【1426】 ◎ カルロス・フエンテス (木村榮一:訳) 『アウラ・純な魂 他四篇―フエンテス短篇集』 (1995/07 岩波文庫) ★★★★☆

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幻想的な世界を描いて巧み。時に人生の哀感を、時に情念の凄まじさをも描く。

カルロス・フエンテス 『アウラ・純な魂 』.jpgアウラ・純な魂.gif カルロス・フエンテス.jpg
フエンテス短篇集 アウラ・純な魂 他四篇 (岩波文庫)』Carlos Fuentes(1918-2012

aura.jpg メキシコの作家カルロス・フエンテス(Carlos Fuentes、ガルシア=マルケスと同じ1928年生まれ)の作品集で、1962年発表の中篇「アウラ」、同じく中篇「純な魂」他、初期の短篇4編(「チャック・モール」「生命線」「最後の恋」「女王人形」)を収めています。

 フエンテスは、父親が外務省勤務だったため、幼いころから国外各地を転々したとのことですが、そうした欧米の文化との対比で、祖国の文化を見つめ直す視点が作品の底にあり、その辺りがそれぞれの作品にどう反映されているかは、訳者・木村榮一氏の解説に詳しく書かれています。

 但し、そこまで読み取れなくとも、リアリスティックな不気味さと、現実と夢が混ざったような幻想性を併せ持ち、それでいて、時に人生の哀感を、時に人の情念の凄まじさを感じさせるような作風は、木村氏の名訳も相俟って大いに堪能することが出来、話の展開の旨さという点でも、短篇の名手とされるフリオ・コルタサル(1914-1984)に比肩するものがあるように思いました。

チャック・モール.jpg「チャック・モール」 タイトルは、古代インディオの遺跡に見られる人物石像のことで、溺死した知人の公務員の手記に、その男がある店でチャック・モールを購入したその日から、チャック・モールが次第に男の正気を蝕んでいく様が、シュールに描かれていたという話。
 木村氏は、この作品を深く文化論的に解説していますが、SF的な楽しみ方も出来るのでは。

「生命線」 それに比べるとこちらは、銃殺刑に処せられる4人のメキシコ革命軍兵士達の心の揺れを描いたものであり、ぐっと重さを増しますが、個人的には、コルタサルの「正午の島」を読んだ時と同様、本当にこの男たちは、一旦は脱走したのだろうか、男達が死ぬ直前に見た夢と解せなくもないと思ったりもしました。

「最後の恋」 成功し富を得た老人が、若い愛人を連れて海辺のリゾートに滞在しているが、老人の眼の前で、女は若い男と楽しそうに振舞っている―老人の若者への嫉妬と言うより、"若さ"への渇望と諦念が滲む作品で、老人の心理描写の細やかさが素晴らしいです(作者がこれを書いたのは30代前半)。

「女王人形(La muneca reina)」 青年が15年前の幼い頃に一緒に遊んだ少女アミラミアは、今22歳になっているはず。その淡くも切ない想い出に惹かれ、彼女のメモを頼りに、現在の住まいと思われる家を訪れるが、そこには棺に不気味に横たわる人形が。そして、再度の訪問で青年が見たものは―。
 文章も展開も素晴らしく、表題作2作に勝るとも劣らぬゴチック小説の傑作。

「純な魂」 兄ファン・ルイスと妹クラウディアは、かつて濃密な愛情で結ばれていたが、兄は過去を振り切るかのように欧州で暮らし、次々と入れ替わる恋人のことを妹に手紙で書き送る(但し、そこには、恋人と妹の同一視が見られる)。いよいよ、兄がある女性と結婚することになったその時、それまで寛容な母親のような態度をとっていた妹は―。
 木村氏の、欧州文明への傾斜とメキシコ的なものへの回帰を対比させた深遠な解説は別として、サイコススリラーとして読める作品では。

Aura / Carlos Fuentes.jpg「アウラ」 青年歴史家のフェリーペは、新聞広告で高報酬が目を引いた、老夫人の住む邸で彼女の亡き夫の著作を完成させるという仕事に就くことができたが、そのコンスエロ夫人邸には、老夫人の姪にあたるアウラという名の、緑の目をもつ美しい少女がいた―。

Aura /Carlos Fuentes (イメージ/スペイン)

Rosanna Gamson and Contradanza perform Aura by Carlos Fuentes.jpg 溝口健二監督の「雨月物語」('53年)にインスパイアされた作品だそうで、夫が60年前に亡くなったというところで「幽界譚だな」と分かるかとは思うのですが(但し、ラストに予期せぬ宿命的な結末が...)、夢と現実の混ざり合った部分の描写が巧みで(その多くはベッドシーン...)、ぐいぐい引き込まれました。この作品は、スペイン語圏では、映画化されたり(何種類ものイメージフィルムをインターネット上で見ることができる)、舞台・オペラ・舞踊として数多く演じられているようです(写真右:Rosanna Gamson and Contradanza perform "Aura" by Carlos Fuentes)。

 「純な魂」も「アウラ」も、女性の情念の凄まじさが滲み出ている傑作ですが、例えば「純な魂」が、欧州に出向く機内での妹クラウディアの、兄に対する心の中での語りかけで、「アウラ」が、青年フェリーペに対する「君は」という語りかけで、それぞれ終始貫き通されているという、語り口の旨さというのも感じました。

 「アウラ」イメージ・フィルム

アウラ0.jpg『アウラ』(安藤哲行:訳/1982/08/ソムニウム叢書2)
「アウラ」「仮面の日々」「チャック・モール」「ラ・トリゴリビアを擁護して」「トラクトカツィーネ、フランドルの庭から来た男」「蘭の祈り」「神々の語るままに」「火薬を作った男」所収

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カルロス・フエンテス(Carlos Fuentes Macías) 2012年5月15日、心臓疾患のため、メキシコ市内の病院で死去、83歳。

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