【1413】 ◎ ガブリエル・ガルシア=マルケス (鼓 直:訳) 『百年の孤独 (1972/05 新潮社) ★★★★★

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○ノーベル文学賞受賞者(ガブリエル・ガルシア=マルケス)「○ラテンアメリカ文学 【発表・刊行順】」の インデックッスへ

「男系/女系/非嫡子系」複合の家系小説? 構成力と無数の挿話が醸す不思議な力に圧倒された。

百年の孤独 新潮社.jpg百年の孤独 改訳版.jpg 百年の孤独 2006.jpgガルシア=マルケス  『百年の孤独』    .jpg  Gabriel GarciaMarquez.jpg
百年の孤独 (新潮・現代世界の文学)』['72年]『百年の孤独』['99年]『百年の孤独』['06年]Gabriel Jose Garcia Marquez(ガブリエル・ガルシア=マルケス)第一姓(父方の姓)はガルシア、第二姓(母方の姓)はマルケス
百年の孤独』新潮文庫(2024)
『百年の孤独』文庫.jpg百年の孤独 1976.jpg 1967年に発表されたコロンビア出身の作家ガブリエル・ガルシア=マルケス(1928年生まれ)の代表的長編小説で、ホセ・アルカディオ・ブエンディアとウルスラの夫婦を始祖とするブエンディア一族が蜃気楼の村マコンドを創設し、隆盛を迎えながらも、やがて滅亡するまでの100年間を描いています。

"Cien Años de Soledad"(1967)『百年の孤独』スペイン語版 初刊原書

寺山修司1.jpg 寺山修司(1935-1983)が「旅芸人の記録」('75年/ギリシャ)の監督テオ・アンゲロプロス(1935-2012)との対談で、この小説を話題にして2人で盛り上がっていた記憶があり、「旅芸人の記録」の日本公開が1979年ですから、多分その頃のことだと思います(或いは、1975年・第28回「カンヌ国際映画祭」で寺山修司監督作「田園に死す」('74年)がコンペティション部門に出品される一方、「旅芸人の記録」が「FIPRESCI(国際映画批評家連盟)賞」を受賞しているので、その頃か)。

 松岡正剛氏は、寺山修司からこれを読まないかぎりは絶交しかねないという勢いで読むことを勧められていたものの手つかずでいたのが、後になって読んでみてもっと早く読むべきだったと思ったそうです。
 今回が初読であった自分も、同様の後悔をしました(圧倒されるような海外文学作品に新たに出会えたという点では、ある意味で僥倖とも言えるが)。

『百年の孤独』スペイン.jpg 「マコンド」は作者が創作した架空の村ですが(時折出てくる実在の地名からすると、コロンビアでもカリブ海よりの方か)、こうした設定は、作者が影響を受けた作家の1人であるというフォークナーが、『八月の光』などで「ジェファソン」という架空の町を舞台にストーリーを展開しているのと似ています。

 様々な出来事が、しかもその一片で1つの小説になりそうな話がどのページにもぎっしり詰まっていて、その中には、ジプシーが村に持ち込んだ空飛ぶ絨毯とか、洗濯物のシーツと一緒に風で飛ばされて昇天してしまった美人娘とか、死者と会話する子とか、かなりシュールな挿話も多く含まれています。

 この作品は、マコンドの100年を描いたという以上に、7世代に渡るブエンディア一族の物語であるように思われ、新開地での村の創設を思い立ったホセ・アルカディオ・ブエンディア(個人的には、セルバンテスのドン・キ・ホーテと少し似ているところがあるような気がした。妄想癖だけでなく、実行力がある点がキ・ホーテと異なるが)を皮切りに、次々と個性的な人々が登場します。

『百年の孤独』スペイン語版ハードカバー(2007)

百年の孤独 ペーパーバック.bmp そして、その息子兄弟であるホセ・アルカディオとアウレリャノ・ブエンディア大佐(「長い歳月が流れて銃殺隊の前に立つはめになった」と冒頭にあり、『予告された殺人の記録』と似たような書き出しなのだが...)に代表されるように、マッチョで粗暴な一面と革命家としてのヒロイック資質が、更には一部に学究者または職人的執着心が、同じくアルカディオ乃至アウレリャノと名付けられる子孫たちにそれぞれ引き継がれていきます。

『百年の孤独』スペイン語版ペーパーバック(2006)

 となると、一見「男系小説」のようですが、一族の男たちは、放蕩の旅に出て、或いは革命の英雄となって村に戻ってくるものの、晩年は抜け殻のような余生を生きることになるというのが1つのパターンとしてあり、一方、ウルスラを初めとする女性たちは、その子アマランタにしても、更に2世代下った姻族に当たるフェルナンダしても、むしろこちらの方が一族を仕切る大黒柱であるかのように家族の中で存在感を示し、その資質もまた、ウルスラ乃至アマランタという名とともに引き継がれていきます。

 ウルスラが120歳ぐらいまで生きて、一族の歴史に常に君臨しており、そうした意味ではむしろ「女系小説」言えるかも知れませんが、更に、ピラル・テルネラというホセ・アルカディオとアウレリャノ・ブエンディアの第2世代の兄弟両方と関係して一族の家系に絡む女性がいて、この女性もウルスラと同じくらい長生きします。

 同じように第4世代のセグンド兄弟と関係するペトラ・コテスという女性が出てきますが(兄弟の兄の名はホセ・アルカディオ、弟の名はアウレリャノということで、ややこしいったらありゃしないと言いたくなるが)、ここにも一定のフラクタル構造がみてとれます(「非嫡子系」とでも言うべきか)。

 村に文明の利器を持ち込んだジプシー、メルキアデスの「一族の最初の者は樹につながれ、最後の者は蟻のむさぼるところとなる」という予言が当たったことを第6世代のアウレリャノ・バビロニアが知ったとき―。

 いやあ、凄い構成力。作者は、本書出版後に、「42の矛盾」を見つけたが再販でも修正せず、「6つの重大な誤り」については、誰一人それを指摘する人がいなかったと言っていますが、この辺りの言い草は、作者のユーモアある茶目っ気ではないかなあと(それを探そうとするフリークがいるかも知れないが)。

One Hundred Years of Solitude.jpg 細部の構成力もさることながら、ちょうどエミール・ゾラの『居酒屋』、『ナナ』、『ジェルミナール』などの作品群がルーゴン家、マッカール家など3つの家系に纏わる5世代の話として位置づけられる「ルーゴン・マッカール双書」のようなものが、『百年の孤独』という一作品に集約されているような密度とスケールを感じます(運命論的なところもゾラと似ている。ゾラの場合、彼自身が信じていた遺伝子的決定論の色が濃いが)

"One Hundred Years of Solitude"『百年の孤独』英語版ハードカバー

 よくもまあ、こんなにどんどこどんどこ奇妙な話が出てくるものだと感嘆させられますが、それらの1つ1つに執着せず、どんどん先に進んでいく―そのことによって、壮大な小宇宙を形成しているような作品とでも言うべきか。

『百年の孤独』50.jpgガルシア・マルケス.jpg 神話的または伝承説話的な雰囲気を醸しつつも、それでいて読みやすく、人の生き死にとはどういったものか、一族とは何か(大家族を扱っている点では、近代日本文学とダブる面もある?)といったことを身近に感じさせ考えさせてくれる、不思議な力を持った作品でもあるように思いました。

ガルシア・マルケス

 
 
 
 
 
 
『百年の孤独』スペイン語版ハードカバー50周年記念版(2017)
 
 
  
「文庫化したら世界が滅びる!? ノーベル賞作家の傑作 『百年の孤独』ついに文庫化」(「東京新聞」2024年6月25日)
百年の孤独文庫化 .jpg

2025.7.7 蓼科親湯温泉にて
新湯 百年のこ孤独.jpg

 【1972年単行本・1999年改訳版・2006年改装版[新潮社]/2024年文庫化[新潮文庫]】 

 

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ガブリエル・ホセ・ガルシア=マルケス(Gabriel José García Márquez) コロンビア出身のノーベル賞作家。2014年4月17日メキシコ市(Mexico City)の自宅で死去。87歳。

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