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「魔術的リアリズム」の真骨頂。『百年の孤独』の余韻を引いているような作品群。
スペイン語ペーパーバック(2010) 『エレンディラ (1983年) (サンリオ文庫)』『エレンディラ (ちくま文庫)』映画「エレンディラ」('83年/メキシコ・仏・西独)『美しい水死人―ラテンアメリカ文学アンソロジー (福武文庫)』['95年]
14歳の美少女エレンディラは、両親を早く亡くし祖母に育てられたが、自らの過失による火事で家を焼き、その償いとして、祖母とテント生活の旅をしながら売春させられる。テントの前には男達が群がり商売は繁盛、祖母が1日に何十人もの客を取らせるため、エレンディラはボロボロになってしまうが、何度か逃げ出す機会があったものの、結局は自分から祖母の元に戻っていく―。(「無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語」)
ボリビアの作家、G・ガルシア=マルケス(1928-)が1978年に発表した作品集で、中篇「無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語」の他に、「大きな翼のある、ひどく年取った男」「失われた時の海」「この世でいちばん美しい水死人」「愛の彼方の変わることなき死」「幽霊船の最後の航海」「奇跡の行商人、善人のブラカマン」の各短篇6作を所収。
民話や伝承のエピソードがベースになった作品が多く含まれているそうですが、「魔術的リアリズム」の作家と呼ばれるように、現実的なものと幻想的なものを結び合わせて、独特の神話的な作風を生んでおり、それが、砂漠とジャングルと海が隣接するボリビアの風土を背景にしたものであるだけに、なおさらにエキゾチックなイマジネーションを駆りたてます。
「大きな翼のある、ひどく年取った男」で、地上に堕ちて着て、村人に奇妙な見世物のように扱われる、老いた"天使"を描いたかと思うと、「この世でいちばん美しい水死人」では、村に漂着した"土左衛門"の美しさを村の女達が賛美するという、ちょっと日常では考えられないと言うか、人々の日常の中に非日常、非現実がいきなり入り込んだような話が続きます。
『美しい水死人―ラテンアメリカ文学アンソロジー (福武文庫)』
「大人のための残酷な童話」として書かれたそうですが、個人的には、「愛の彼方の変わることなき死」と「奇跡の行商人、善人のブラカマン」が面白かったです。
「愛の彼方の変わることなき死」は、上院議員オナシモ・サンチェスが、選挙運動期間中に少女と淫行に及ぶというもので、彼は、そのことがスキャンダルとなり、6ヵ月と11日後に自らが死ぬことになることを正確に予知しながらも、まさに今、少女を傍に侍らせているのですが、自らの宿命に抗し得ない人物を描いているように思いました。
「奇跡の行商人、善人のブラカマン」は、奇跡を起こすと言ってインチキ商品を売り歩く悪徳商人ブラカマンに師事したばかりにひどい目に遭う「ぼく」の話ですが、このブラカマンというのが、最初は単なるインチキ男に過ぎないのが、だんだんその行為が本当に超常現象的になってきて、「ぼく」にまで神のような力が備わってしまうというもの。
この作家は、何だか、極端に常軌を逸した話が好きなんだなあ(それが面白いところでもあるが)。もう、こうなってくると、人間的にいい人だとか悪い人だとかいう道徳的なことは超越してしまい、また、あまりに乾いているため、悲惨さや残酷さといったものも超えてしまっている感じです。
それは「エレンディラ」(Erendira)にも言え、エレンディラは、彼女を救おうとする美男子だがややひ弱な青年ウリセスとの恋に落ち、ついに祖母を殺そうとしますが、これが、大量に毒を盛った誕生祝いのケーキをまるごと食べても死なず(髪の毛は全部抜けるが)、こうなるともう魔女に近い。更に、爆弾でも死なず、鬘(かつら)が黒焦げになっているだけというのは、まるでカトゥーン・アニメのようなユーモア。
最後は、ウリセスが肉包丁で祖母に止めを刺しますが、祖母の死を確認したエレンディラは何処かへ去って行き、ウリセスはただ泣くばかり―。
エレンディラが自分を虐待し続けてきた祖母に、深層心理では深く依存していたことが窺え、神話的であると同時に、人間心理の本質を突いた作品でもあります(虐待被害者にとって、虐待者が同時に庇護者でもあるというのは、現実にもあるなあ)。
"Innocent Erendira and Other Stories (International Writers)"
「エレンディラ」は、1983年にルイ・グエッラ監督によりイレーネ・パパス(祖母役)主演で映画化され、日本でもPARCOの配給で公開されましたが、チェックしていたものの見損なってしまい、今はビデオも絶版となりDVD化もされていないということで、やはり、こうした映画は、観ることが出来るその時に観ておくべきだったなあと今更ながらに思います。
'07年に蜷川幸雄氏により舞台化されていますが、オリジナルの「エレンディラ」の話に「大きな翼のある、ひどく年取った男」の話を織り込んで、ウリセスを天使にするという、相当に手を加えた脚色になっているようです(祖母役は嵯川哲朗)。
「エレンディラ」の中にも、上院議員オナシモ・サンチェスや悪徳商人ブラカマンの名が出てくるように、これらの話がある土地で同じ時期に起きた出来事であるかのような構成になって、『百年の孤独』('72年発表)の余韻を引いているような作品という印象を持ちました(短篇については、これらの作品の何れかが『百年の孤独』に挿入されていても不自然ではないかも)。
VHS「エレンディラ」
VHS「エレンディラ/ヘカテ」
【1988年再文庫化[ちくま文庫]】
蜷川幸雄(1935年10月15日-2016年5月12日)演出家、映画監督、俳優。
2016年5月12日、肺炎による多臓器不全のため死去。80歳。