【3428】 ○ マシュー・サイド (山形浩生/守岡 桜:訳) 『才能の科学―人と組織の可能性を解放し、飛躍的に成長させる方法』 (2022/06 河出書房新社)《 非才!―あなたの子どもを勝者にする成功の科学』 (2010/05 柏書房)》 ★★★★

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この世には遺伝子的に決まる「才能」というものはなく、すべては努力であると。

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才能の科学;人と組織の可能性を解放し、飛躍的に成長させる方法』['22年]『非才!: あなたの子どもを勝者にする成功の科学』['10年]『Bounce: Mozart, Federer, Picasso, Beckham, and the Science of Success』['10年]

 ビジネス、学問、スポーツ、芸術...。能力は後天的に伸ばせる! 元オックスフォード大学主席のアスリートが科学的に導き出した成長の法則を、スポーツ選手らのエピソードを交えつつ紹介する―。(版元口上)

 著者マシュー・サイドの『非才!―あなたの子どもを勝者にする成功の科学(Bounce: Mozart, Federer, Picasso, Beckham, and the science of success(2010)』('10年/柏書房)を改題の上、復刊したもの。したがって、同著者の近著『失敗の科学―失敗から学習する組織、学習できない組織(Black Box Thinking: Why Most People Never Learn from Their Mistakes(2015)』('16年/ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『多様性の科学―画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織(Rebel Ideas: The Power of Diverse Thinking(2019)』('21年/ディスカヴァー・トゥエンティワン)より前に書かれた本になります。

 3部構成の第1部「才能という幻想」(第1~4章)では、芸術や学問、スポーツ、ビジネスなど、あらゆる分野で見られる、生まれながらの才能という考え方に疑問を呈し、批判的に考察しています。

 まず、英国代表の卓球選手として2度オリンピックに出場した著者自身についての考察から始まり、著者がすぐれた卓球選手になれたのは、訓練内容や恵まれた環境が要因であったとしています。さらに、"天才"と言われたチェスプレーヤーのガルリ・カスパロフがIBMのディープブルーに勝てたのは"経験"の差であり、"神童"と言われたモーツァルトの場合も、優秀なバイオリニストと練習時間の間には密接な相関関係があり、幼くして英才教育を受けた彼のケースは、そのことの例外と言うよりむしろ証左であると。

 さらには、ゴルフのタイガー・ウッズやテニスのウィリアムズ姉妹の過酷なトレーニング、幼少期から傑出したチェスプレーヤーになるために英才教育を受け、実際にそうなったポルガー3姉妹の話など、さまざまな例から、才能ではなく目的性のある訓練と成長への気構えによって傑出した人物が生まれるとし、人を褒めるときは知性より努力を褒めた方が効果的でり、企業における才能至上主義は良い結果を招かないとしています。

 第2部「パフォーマンスの心理学」(第5~7章)では、プラシーボ効果(偽薬を本物の薬と思い込み、服用することで得られる心理効果)のようなものがスポーツのパフォーマンスにおいて大きな役割を果たすことを、ボクシングのモハメド・アリや三段跳びのジョナサン・エドワーズにとっての宗教、タイガー・ウッズにおける強固な自信などから説明し、「信条」という言葉で表される脳の状態が、高いパフォーマンスを生むとしています(第5章)。

 さらに、「あがり」のメカニズムについて考察し、熟練者だけがあがる能力を持っているとして、それを回避する方法を説くとともに(第6章)、儀式(所謂「ルーティーン」というもの)がなぜスポーツのパフォーマンスを向上せるのか、また、大会で優勝するなどして目標を達成したあと憂鬱になるのはなぜか、考察しています(第7章)。

 第3部「能力にまつわる考察」(第8~10章)では、知覚というものの構造はつくり変わるものであり、意識的な処理ができる帯域幅は誰も同じようなものだが、熟練者はその幅を広げられるとし(第8章)、さらに、ドーピングや遺伝子改良について、強化手段のすべてが人類の将来にマイナスとなるのかどうか考察、最後に、陸上競技において黒人は、短距離(西アフリカ)においても長距離(東アフリカ)においても遺伝子的に優れた走者であるというのが必ずしも正しくないことを実証し、改めて、能力は生得的なものではなく後天的に伸ばせるものであるとして本書を締めくくっています。

 基本的には、この世には遺伝子的に決まる「才能」というものはなく、すべては努力であるという主張の本ですが、著者自身がアスリート出身であることもあってスポーツに関連した事例が多く、説得力をもって楽しく読めます(環境論である点でマルコム・グラッドウェルの『天才! ―成功する人々の法則』('09年/講談社)に近いが、解説でも述べられているように、グラッドウェルの方が「1万時間の練習で何でも習熟」説を安易にぶち上げている分、通俗的か)。

 『失敗の科学』(原著2015年、邦訳2016年)は、なぜ人や組織が失敗をしてしまうのか、そしてそれ以上になぜその失敗から学べずに落とし穴にはまり続けるのかをまとめたもの、『多様性の科学』(原著2019年、邦訳2021年)は、画一的な集団はみな同じ事しか考えず、同じ見落としをしてしまうし、別のフレームで物事が考えられず、大失敗を引き起こすとし、本当の多様性をつくり活用するにはどうすればよいかを説いた本です。未読であれば、本書に次いでこれらに読み進むのもいいかと思います。

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