【3337】 ○ 宇田川 元一 『他者と働く─「わかりあえなさ」から始める組織論』 (2019/10 NewsPicksパブリッシング) ★★★★

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「わかりあえなさ」から始まる問題を解くには「対話」と「ナラティブ・アプローチ」をと説く。

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他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論』['19年]

 本書では、組織内で起きる「わかりあえなさ」から始まる諸問題は、単なるノウハウやスキルで解決できるものではないとし、こうした複雑で厄介な組織の問題を解くための方法として、「対話」と「ナラティブ・アプローチ」というものを提唱しています。

 まず、組織内の問題を、リーダーシップ研究者のロナルド・ハイフェッツの論を引用して「技術的問題」と「適応的課題」に分けています。「技術的問題」とは、ハウツーやノウハウ、あるいは、技術的合理性に基づく何らかの処方箋が存在する課題であり、誰かがすでに解決していることが多いが、組織のなかにある「わかりあえなさ」の問題は後者の「適応的課題」であり、ハウツーやノウハウによって一方的に解決できる問題ではないとしています。そして、「適応的課題」を解くものが「対話」であり、対話とは「新しい関係性を構築すること」であるとしています。

 第1章では、組織における一方的に解決できない「適応課題」として、大切にしている「価値観」と実際の「行動」にギャップが生じるケース(「ギャップ型」)、互いのコミットメントが対立するケース(「対立型」)、「言いにくいことを言わない」ケース(「抑圧型」)、痛みや恐れを伴う本質的な問題を回避するために、逃げたり別の行動にすり替えたりするケース(「回避型」)の4つのタイプを挙げています。

 そして、適応課題が見い出されたときには相手を変えるのではなく、こちら側の「ナラティブ(解釈の枠組み、囚われ)」を変えるアプローチが必要であるとし、ナラティブとは物語、つまりその語りを生み出す「解釈の枠組み」のことであるとしています。また、ナラティブとは、視点の違いにとどまらず、その人たちが置かれている環境における「一般常識」のようなものであるとも言っています。

 つまり、適応的課題とは、問題を生み出しているステークホルダーが相互に有している「ナラティブ(解釈の枠組み:囚われ)」が、微妙に「ズレ」ているがゆえに、そこからの解釈、行動の枠組みがすべて「ズレ」てきて、いわゆる「適応的課題」を組織に生み出していると考えられるということです。しかも、人々は、自己の囚われのナラティブには自覚的ではなく、ましてや、他人のナラティブにも気づかないでいるため、両者の間にある溝そのものが見えていないことが多いとしています。

 ここまで、「対話」とは、一方的な技術だけでは解決できない「適応課題」を解消するための「新しい関係性を築く」方法であり、対話に取り組むことで、互いの「ナラティブ」の溝に向き合って厄介な状況を乗り越えていくことができるとしてきました。

 そこで、第2章では、対話を「溝に橋を架ける」という行為になぞらえ、適応課題に挑んでいくためには、1.準備「溝に気づく」―2.観察「溝の向こうを眺める」―3.解釈「溝を渡り橋を設計する」―4.介入「溝に橋を架ける」という4つの対話のプロセスを経なければならないとして、各プロセスを解説しています。この部分が本書の中核になるかと思います。

 例えば「準備」においては、一度自分のナラティブを脇に置いてみることが、実践的な取り組みの第一歩であるとしています。また、次の「観察」では、よい観察は発見の連続であるはずであるとしており、「解釈」では、よい解釈をするには、協力者などのリソースを交えて考えるとよいとしています。そして、「介入」というアクションは、次の観察の入り口となり、こうして対話のプロセスを繰り返すことで、新たな関係性は構築されていくとしています。

 第3章から第5章にかけては実践編として、1.総論賛成・各論反対の溝にどう挑むか、2.正論の届かない溝にどう挑むか、3.権力が生み出す溝にどう挑むかについてそれぞれ、より実践的な観点から論じています。

 第6章では、対話を拒む5つの罠として、①気づくと迎合になっている、②相手への押しつけになっている、③相手との馴れ合いになっている、④他の集団から孤立する、⑤結果が出ずに徒労感に支配される、を挙げ、その問題点とそうならないための対処法を説いています。例えば、相手との馴れ合いになるのは、いったん橋が架かった相手との関係性を維持すべく、言いたいことが言えない「抑圧型」の適応課題が生じることを意味するとしていて、ナルホドと思わされました。

 最終の第7章では、「ナラティブ・アプローチ」の目指すところは、相手を自分のナラティブに都合よく変えることではなく、自分を改めることを通じて、相手との間に、今までなかった関係性の構築を目指すことにあるとし、また、対話の実践は自分を助けることにもなるとしています。

 NHK白熱教室シリーズ「ハーバードリーダーシップ白熱教室」(2016)で知られるロナルド・ハイフェッツ教授が『最難関のリーダーシップ―変革をやり遂げる意志とスキル』('17年/英治出版)の中でも提唱しているアダプティブ・リーダーシップ(観察、解釈、介入という3つの主要な活動を反復することで、難題に取り組み、成功するように人々をまとめあげ動かしていくリーダーシップ)の"日本版"という印象を受けました。

 ただし、特にリーダーシップを発揮する場面に限らず、組織内における多くのコミュニケーション場面において当て嵌まる示唆を含んだ内容であると思います。とりわけ人事パーソンは常日頃から、多種多様な他者のナラティブ(解釈の枠組み)に向き合う機会が多いと思われ、その際の考え方やの問題解決のヒントとなる本であるとも言えるかと思います。

一方で、認識論的な内容でもあるため、理解することはできるが、読んだからといってすぐにできるものでもない―実践には相当の鍛錬が必要かな(?)という気にもさせられた本でした(鍛錬の場は日々そこかしこにあるので、あとは意識の問題か)。

《読書MEMO》
●目次
はじめに 正しい知識はなぜ実践できないのか
第1章 組織の厄介な問題は「合理的」に起きている
第2章 ナラティヴの溝を渡るための4つのプロセス
第3章 実践1.総論賛成・各論反対の溝に挑む
第4章 実践2.正論の届かない溝に挑む
第5章 実践3.権力が生み出す溝に挑む
第6章 対話を阻む5つの罠
第7章 ナラティヴの限界の先にあるもの
おわりに 父について、あるいは私たちについて

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