【3366】 ○ 齋藤 早苗 『男性育休の困難―取得を阻む「職場の雰囲気」』 (2020/08 青弓社) ★★★★

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性別役割分業意識よりむしろ〈仕事優先〉の時間意識に原因が。

男性育休の困難.jpg 『男性育休の困難 取得を阻む「職場の雰囲気」』['20年]

性別役割分業意識よりむしろ〈仕事優先〉の時間意識に原因が。

 本書では、男性が育児休業を取得しようとする際に感じる、何となく取得を言い出せない「職場の雰囲気」はどこからくるのか、育児と仕事を両立することがなぜ困難なのかなどを、育児休業を取得した男性社員だけでなく、長時間労働の経験をもつ男性社員や女性社員たちへのインタビューの語りを通して分析しています。

 第1章では、育児休業を取得した男性へのインタビューから、職場には性別役割分業意識があり、育休と取得する男性はそれを超えるために、自らが置かれている状況が特別であることを上司にアピールする交渉力を発揮しなければならず、また、たとえ育休が取れたとしても、職場には「なんかいやーな感じ」の潜在化した批判が残ることが多いとしています。

 第2章では、男性が育児休業を取ったことで、男性の認識がどのように変化するかをインタビューを通して分析していますが、その間「仕事から離れた」ことはそれほど否定的に捉えられることはなく、性別役割分業意識よりむしろ、〈仕事優先〉の時間意識を自分が持っていたことへの気づきや、〈仕事優先〉の時間意識から〈仕事も育児も〉の時間意識への変化があったとしています。

 第3章では、育児休業を取らなかった男性や、育児をしながら働いた女性に、育児と仕事の時間配分はどうだったかを聞いていますが、労働時間を短縮しなかったケース、労働時間を短縮したケース、仕事を辞めて転職したケースがあり、いずれのケースも男女とも、育児に携わりながらも、そこには〈仕事優先〉の時間意識があったとしています。

 第4章では、正社員として働く人たちの時間意識を、長時間労働や私生活の時間に対する考えを聞くことで探り、入社当初から長時間労働をしてきた正社員は、無意識に〈仕事優先〉の時間意識を持つようになり、その結果、労働時間が私生活の時間をコントロールするようになっているという実態があるとしています。一方、残業ゼロの職場で働く人は、私生活で多彩な活動をしていることを確認しています。

 第5章では、〈仕事優先〉の時間意識と〈仕事も育児も〉の時間意識は、職場でどのような位置づけにあり、これらの時間意識が明らかにする育児の特殊性はどのようなものかを考察しています。そして、従来の「望ましい労働者」像は、〈仕事優先〉の時間意識を持ち、それを実践している労働者である一方、育児は、(柔軟に減らすことができる自由時間と違って)仕事時間を規定する硬直性を持つ(育児の時間が仕事の時間を決める)という特殊性があるため、そこで葛藤が生じるとしています。

 第6章では、これまでの分析を踏まえた上で、なぜ男性は育児休業制度の利用が難しいのかを分析し、性別役割分業意識よりも深層にある〈仕事優先〉の時間意識が、①常に〈仕事優先〉の働き方を要請するとともに、②「どちらかを選択しなければならない」と思わせ、③性別役割分業の実態に沿って、男は仕事、女性は家事・育児を「選択」するよう迫られるためだとしています。

 終章で、男性育休の困難を解消するためにどうすればよいかを述べており、まず「ジェンダー視点をカッコに入れる」ことを提案しています。なぜならば、〈仕事優先〉の時間意識=男性的価値観とは言い難い面があるためです。〈仕事優先〉の時間意識を積極的に受け容れる女性もいれば、育児休業を取得したことで仕事優先〉の時間意識から〈仕事も育児も〉の時間意識への変化する男性もいるためです。その上で、ワーク・ライフ・バランス論を組織文化論に位置づけ、新しい両立研究として進化させていくことの可能性を示唆しています。また、組織成員の相互作用を視野に入れること、さらに、第1章で、変化の可能性の1つに同僚の賛同を動員する事例を示していますが、交渉当事者を拡大すること(育休を取得する男性を増やすこと)を提唱しています。

 本書に出てくるインタビュー対象者は、男女を問わず、会社に入社した時からかなり猛烈に仕事をしてきた人が多いように思いました。そして、そういう人たちの多くは無意識のうちに〈仕事優先〉の時間意識を受け容れており、育児と仕事の両立の困難を抱える当事者に限らず、(人事パーソンも含め)組織の全員が、まず、そのことに気づき、見直してみることが、これからの望ましい働き方を探るうえで必要であると思わされる本でした。

《読書MEMO》
●目次
序 章 「職場の雰囲気」に着目する理由
 1 男性にとっての育児休業制度
 2 男性の育児休業と職場の雰囲気
 3 本書の課題
 4 調査対象
第1章 育休男性と職場のコンフリクト
 1 職場の性別役割分業意識――「お母さんじゃだめなの?」「休めるんだから仕事頼むよ」
 2 手続きの確実さと育児の不確実さ――「いつから休むのかちゃんと出して」
 3 交渉力の発揮――「特別だからできる」
 4 潜在化する批判――「なんかいやーな感じ」
第2章 育休男性の新しい意識
 1 育休取得前――稼ぎ手役割の委譲
 2 育休取得経験で顕在化する意識
 3 育休取得後――意識化される〈時間帯〉
第3章 育児・仕事の時間配分の三つの様相
 1 労働時間を短縮せず、育児に関わる
 2 労働時間を短縮して、育児をする
 3 仕事を辞める
第4章 仕事/私生活をめぐる時間意識
 1 長時間労働に対する認識
 2 私生活の時間に対する認識
 3 コントロールできない労働時間が私生活の時間をコントロールする
 4 残業ゼロと多彩な活動
第5章 「望ましい労働者」像と育児の特殊性
 1 二つの時間意識――〈仕事優先〉と〈仕事も育児も〉
 2 男性が育休取得をためらうのはなぜか
 3 職場の「望ましさ」と育児の特殊性
第6章 なぜ男性育休は困難か
 1 〈仕事優先〉の時間意識に内在する「しかけ」
 2 性別役割分業意識の作動
 3 なぜ男性は育児休業制度の利用が難しいのか
終 章 男性育休の困難を解消するために
 1 ジェンダー視点を「カッコに入れる」とは
 2 組織成員の相互作用を視野に入れる
 3 交渉当事者を拡大する
あとがき

著者プロフィル
齋藤 早苗(サイトウ サナエ)
東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。会社員、団体職員として約20年働き、2度の育児休業を経験。その後、大学院に進学。調査報告に「親はどのような保育を求めているのか――株式会社立保育所に着目して」(「相関社会科学」第24号)、「育児休業取得をめぐる父親の意識とその変化」(「大原社会問題研究所雑誌」2012年9・10月号)など。

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