【868】 ◎ 吉川 幸次郎 『漢の武帝 (1949/12 岩波新書) ★★★★★

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武帝が中国の歴史・文化に与えた影響が、親しみやすさをもってキッチリわかる良書。

漢の武帝.jpg 『漢の武帝 (岩波新書 青版 (24))』 ['49年] 吉川幸次郎.jpg 吉川幸次郎 (1904‐1980/享年76)

 吉川幸次郎(1904‐1980)の40歳代前半の著作で、同じ岩波新書では『新唐詩選』という著作もあり、漢字学の白川静(1910‐2006)などとも京都学派ということで繋がりの深かった「中国文学者」ですが(50歳過ぎだった白川静に博士論文を書くよう勧めたのは吉川幸次郎)、本書は一般向けに書かれた「歴史書」です。

 漢の武帝の時代(前141‐前87)を中国史上最も輝かしい時代の1つと捉え、武帝の治世を4期に分けて、この希代の天子の業績を検証するとともに中国史において果たした役割を考察した本、と言いっても硬い内容ではなく、歴史小説を読むように面白く読めます(但し、書かれていることは史書に基づいていて、「史記」や「漢書」といった史書自体が面白く書かれているという面もある)。

 著者に言わせれば、武帝の時代は「輝かしい時代」などとカッコつけて言うよりは、「威勢の良い・にぎやかな」時代ということであり、匈奴討伐の衛青、霍去病ら英傑をはじめ登場人物からして派手。ただし、軍事面だけでなく、武帝の目を西域に向けさせた張騫や、公孫弘、張湯といった文臣の功績など外交・内政(経済政策)面での臣下の多岐にわたる活躍を、彼らの人となりも含めて描いていて、武帝が国家改革を進め中央集権を完成するにあたって、炯眼をもって柔軟な人材登用を行ったことがよくわかります。

 そんな武帝も治世の後半は逸材と言える臣下に恵まれず、晩年には神仙思想に染まり、歴代皇帝の中で最も深く呪術に嵌まってしまう、それが、皇太子との間での確執と悲劇に繋がり、ある意味、人間の哀しさを体現した生涯のようにも思え、そうした点も、中国史上最も人々の印象に残る人物の1人となっている一因なのかも。

 戦後まもなくに書かれた本ですが、「皇帝の目は、一人のコーラス・ガールのの上にそそがれた」、「夫婦二人でバアをひらき、夫はショート・パンツをはいて皿を洗い」、「放逸な不良マダムぶりを発揮した」等々、親しみやすい(?)表現が多く、歴史小説よりもむしろ柔らかい部分さえあるかも知れません。

 一方で、武帝という人物が、政治・経済から儒学・宗教までいかに多くの面で、その後の中国の歴史と文化の方向付けをしたかということがキッチリわかる良書、陳舜臣などの中国時代小説を読むきっかけとなった本であるという個人的な思い入れもあり星5つ。

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