【944】 ◎ 三田村 泰助 『宦官―側近政治の構造』 (1963/01 中公新書) ★★★★★

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現代の官僚的組織に照らすと示唆に富む点は多いが、その前にまず読み物として面白い。

宦官―側近政治の構造.jpg 『宦官―側近政治の構造 (中公文庫BIBLIO)』 ['03年] 宦官2.jpg 『宦官―側近政治の構造 (中公新書 (7))』 ['63年]

アンリ・カルティエ=ブレッソン 宦官 1949.jpg 中国の歴史に不可視の闇のように影を落とす「宦官」―中国史の本を読んでも、宦官自体がどういうものであって、何故そうしたものが中国にいたのかということについてはあまり書かれていないことが多いですが、三田村泰助(1909‐1989)による本書は、そうした宦官という不思議な存在を知る上では、まさに「基本書」と言えるもの(1963(昭和38)年・第17回「毎日出版文化賞」受賞)。

 前半は、この「作られた第三の性」について、その起源(宦官は殷の時代からあったが、中国だけのものではなく、古代エジプトやイスラム国家にもいた)から去勢の仕方(死亡する者も多かった)や生態、後宮の管理者、官吏としての役割、その隆盛と興亡などが史料をもとに解説され、最初、刑罰としてあったものが出世の手立てとしてのものに変遷していく様が語られています。

 アンリ・カルティエ=ブレッソン 「宦官」 1949 (本書扉写真)

 この部分は、"文化人類学" 的であるとともに"中国性愛史"的要素もあって大いに興味を引かれますが、宦官は、若い頃は美貌でも、「年をとってくると、その風貌が痛ましくおどけたようになってきて、(中略)ちょうど男の仮装をした老婦人とそっくりになる」「大方のものは年をとるにしたがって肉が落ち、急激にたくさんの皺がよってくる。実際肥満しているものは少ない。40歳でも60歳くらいに見えるのはそのためである」とのこと、扉にあるカルティエ=ブレッソンの宦官を撮った写真がこれにピッタリあてはまるように思えました(しかし、楊貴妃を処刑した高力士や大遠征した鄭和は、何となくこうした"お婆さん"イメージには沿わないなあ)。

 後半は、宦官勢力が政治に大きな影響を及ぼした前漢・後漢、唐、明の3期の政治史を辿り、宦官の政治への関わり方や皇帝に及ぼした影響を解説していますが、著者が、漢の高祖が晩年の孤独の癒しを宦官に求めたことを例に、「これまでの歴史では、宦官が君主の心身を柔らかくさせるソファのような存在であったことを、不当に無視してきたきらいがある」(新書92p)と言っているのは興味深く、皇帝というのは孤独であり、それゆえに宦官に依存したり傾斜したりするのだなあと。

 しかし、大体、宦官が政治に関わりすぎると、民政はともかく権力上層部は混迷するようで、唐代に君主が2人も宦官に謀殺されていることはよく知られている通りです。
 あとがきでは、著者は、宦官を企業の秘書室に喩えていて、まあ、労働基準法的に言えば、「機密の事務を取り扱う者」といったところでしょうか、「機密事務取扱者」が直接政治に関わり始めると「側近政治」となり、ろくなことがないようです。
 宦官同士の連帯というものが共通の被差別意識により非常に強固なものであったこと、皇帝が2人も宦官に殺された唐代は、中国史においても行政機構が精緻化を1つ極めた時代であったことなどを、現代の官僚的組織に照らして考えると、示唆に富む点は多いように思いました。

 それ以前に先ず、読み物として前半・後半ともにそれぞれ極めて面白かったのですが。

 【1983年文庫化[中公文庫]/2003年再文庫化[中公文庫BIBULIO]】

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