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「●お 大岡 昇平」の インデックッスへ
裁判は、判決から"事実"を組み立てていくフィションかという問い。
『フィクションとしての裁判―臨床法学講義 (1979年)』朝日レクチャーブックス
弁護士として砂川事件やサド「悪徳の栄え」事件等で長年活躍してきた大野正男(1927-2006)は、その後最高裁判事になっていますが、本書は弁護士時代に作家の大岡昇平(1909‐1988)と対談したもので、'79年に「朝日レクチャーブックス」の1冊として出版されています。
過去の「文学裁判」や大岡氏の小説『事件』(大野氏は大岡氏がこの小説を執筆する際の法律顧問を務めた)をたたき台に、裁判における事実認定とは何か、冤罪事件はなぜ起きて誤判の原因はどこにあるのか、さらに「正義」と何か、裁判官は「神の眼」になりうるのかといったところまで突っ込んで語られています。結論的には、裁判とは判決から遡及的に"事実"を組み立てていくフィショナルな作業であるともとれるという観点から、「臨床法学」教育の大切さを訴えています。
大岡 昇平『事件』
対談過程で、大岡氏が『事件』の創作の秘密を明かしているのが興味深く、また今まであまり知らなかった冤罪事件について知ることができました(「加藤新一老事件」の場合、62年ぶりに無罪になったというのは驚き。裁判で費やした一生だなあと)。
「陪審制」についても論じられていて(昭和3年から昭和18年まで、日本にも陪審制度があったとは知らなかった)、両者とも導入に前向きですが、裁判官が審議に加わる「参審制」の場合は、参審員の裁判官に対する過剰な敬意が個々の判断を誤導してしまう恐れがあるというのは、日本人の性向を踏まえた鋭い指摘だと思いました(裁判員制度も「参審制」だけど、大丈夫か?)。
「陪審制」をモチーフにした推理小説などが紹介されているのも興味深く、陪審員の中に殺人経験のある女性がいて、彼女は"経験者"しか知りえないことを知っている被告が殺人犯であると察するけれども、自らを守るために無罪を主張するといった話(ポストゲート『十二人の評決』)や、裁判官が真犯人だったという話とかの紹介が面白く読めました。
本書は残念ながら絶版中で、この対談の一部は大岡の全集の中の対談集『対談』('96年/筑摩書房)に収められていますが、両者の対談の面白さや奥深さは、こうした抄録では充分に伝わってこない。
司法制度改革に関連する話題もなどもとり上げているので、文庫化してほしいと思っています。
大野正男(おおの・まさお=元最高裁判事、弁護士)2006年10月28日、肺炎のため死去、79歳。