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臨床心理士が検証する「毒物宅配事件」。鬱病患者の心の苦しみに迫る。
『Dr.キリコの贈り物』〔'99年〕 「草壁」の自宅を家宅捜索する捜査官 [共同通信社]
'98年12月に杉並区で起きた女性の自殺事件が、宅配便で送られてきた青酸カリを使用したものだったこと、送り主の札幌在住の「草壁竜次」と名乗る27歳の男性も自殺し、2人がインターネットの自殺志願者の集う掲示板で接点があったことなどが判明、当初は"自殺系サイト"で毒物を匿名販売する悪質なネット犯罪とされたが、この「毒物宅配事件」に対し、事件後「青酸カリはお守りだった」と新聞紙上で語った女性が現れ、マスコミの論調も変化する―。
本書は、この木島彩子という女性の電子メールやネット掲示板への書き込みを中心にノンフィクション小説風に構成されていて、彼女が鬱を病み、自らホームページを開設して心中相手を探したこと、そして、草壁竜次が"自殺系サイト"に毒薬の専門知識を提供し「その量では死ねない」と書いて掲示板から追放されたのを知り、自身のサイトで「ドクター・キリコの診察室」という掲示板を任せた経緯などが書かれています。
著者はジャーナリストではなく臨床心理士ですが、彩子自身と草壁竜次、更には彩子の心中相手として応募してきた家庭内暴力によるPTSDの女性とのやりとりも含め、3人の鬱病患者が自殺に惹かれるようになる経緯と、死に対するスタンスの違いや変化をリアルに浮き彫りにしています(守秘義務の遵守を小説風に描くという方法論に旨く転嫁させているともとれる)。
彩子は自殺を敢行しようとするが、草壁はそれを止めることなく彩子に毒薬を贈る(但し、使用せず保管するに留めるという条件付きで)、そして、彩子が結局は自殺に至らなかったことを聞き大喜びする。毒薬が贈られてきた時点では、草壁の真意を測りかねていた彩子だったが―。
著者は終章の事件分析において、Dr.キリコこと草壁竜次の行為が一種のセラピー的構造を持っていたという位置づけが可能であるとし、但し、そのリスクの大きさから心理療法としては評価できないとしていますが、それは当然の見解でしょう。
すべての心理療法にはリスクの部分、賭けの要素が伴うことも著者は認めていますが、「お守りとしての青酸カリ」という草壁竜次の考えは、失敗した場合の「自死」という"責任"の取り方も含め、彼固有の観念に基づくもの。
ただ、彼が毒薬を送ったのは、心療内科などに通院しても鬱が改善されない人に対してだけあり(彼自身がそうだった)、本書は、そうした鬱病患者の心の苦しみに十二分に迫る内容の本であることは間違いないと思います。