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"浅田節"全開というか、ベタ過ぎる印象もあるが、「歸鄕」はすんなり心に沁みた。
『帰郷』(2016/06 集英社)
【2019年文庫化[集英社文庫]】
2016(平成28)年第43回「大佛次郎賞」受賞作。
南方戦線で生き残った元兵隊が焼け野原の新宿の闇市で娼婦をしている女とふと出会う「歸鄕」、日本から遠く離れたニューギニアでの生々しい戦闘の中、高射砲の修理にあたる職工を描いた「鉄の沈黙」、幼いころに父が戦死し母と離れて育った大学生が、戦争のことなどすっかり忘れてしまったかのような戦後の開業間もない後楽園遊園地でふと戦争の傷跡を垣間見る「夜の遊園地」、昭和40年代の自衛隊員と戦時中の陸軍兵が時空を超えて交流するSFタッチの「不寝番」、南方戦線の壮絶な戦場をくぐり抜け帰国した元兵士が傷痍軍人と関わったことで数奇な運命をたどる「金鵄のもとに」、海軍を志願した大学生が絶望の中で夢や思い出などを語り合う「無言歌」の6編を所収。
「鉄の沈黙」と「金鵄のもとに」は2002年発表、「歸鄕」その他は2015年から2016年にかけて発表されたものですが、何れも戦争をモチーフにしたもので、それぞれのモチーフやテーマは重く、また、著者があたかも戦争の語り部であるかのように継続してこのテーマを取り上げていることが窺え、その点は尊敬します。
"浅田節"全開というか、それぞれに力作で、Amazon.com の読者レビューなどでも高い評価を得ているようですが、ただ個人的にはあまりにベタ過ぎる印象を受けなくもなく、この辺りはもう作品との相性の問題でしょう。そうした中で、冒頭の「歸鄕」はすんなり心に沁みました。
信州松本の庄屋の長男である主人公が、召集されて南洋に送られたが、部隊は玉砕して彼だけ生き残り、米軍の捕虜なる。実家には戦死の公報が届いていて、郷里へ復員すると、妻は弟と再婚していて弟の子を身ごもっていた。男は逃げるように東京へ出て、焼け跡で出会った娼婦に苦しい胸の内を吐き出すしかなかった―。
他にも主人公の語りを借りて物語にしているものがありますが、日本人ってそんなに自分の事を他人に話すかなあと思ったりしたものもあった中で、この「歸鄕」だけは自然な感じがしたし、最後に明日に向けた救いが用意されているのも良かったです。
短編のタイトルが「歸鄕」と旧字になっていて、短編集としての書籍の表題は「帰郷」と新字になっていますが、イメージとしては「歸鄕」だろうなあ(表題には旧字を使わない方がいいという判断なのか?)。
【2019年文庫化[集英社文庫]】
《読書MEMO》
・2019年「菊池寛賞」受賞(1991年のデビュー以来、『蒼穹の昴』などの中国歴史小説、時代小説、戦争小説、直木賞受賞作『鉄道員』の珠玉の短編まで、幅広いジャンルにわたって、平成の文学界を牽引し続けてきた功績)