【902】 ○ 内山 節 『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか (2007/11 講談社現代新書) ★★★★

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民俗学的アプローチから歴史哲学的考察を展開。ユニークな視点を示している。

日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか.gif 『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか (講談社現代新書)』 ['07年]

 著者は世の中の近代化の流れに背を向け、20代から群馬の山奥の小村に入り、その地において、自然や風土と共同体や労働との関係についての過去と現在を見つめ、自から思索をしてきた異色の哲学者で、里山の復活運動などの"身体的"実践も行ってきている人。
 本書は、日本人がキツネに騙されたという話は何時頃まであったのかという、民俗学的な切り口から入り、実際、キツネの騙し方のパターンの分類などは、そうした興味から面白く読めました。

 著者によれば、キツネに騙されたという話を聞かなくなったのは1965年頃だということで、そうなった理由として、
  ① 高度経済成長には経済的価値のみが唯一の価値となり、自然・神・歴史と自分との連携意識が衰えた、
  ② 科学的真理を唯一の真理とする合理主義により、科学的に説明できないことは迷信やまやかしとして排除された、 
  ③ テレビ゙の普及で与えられた情報だけ事実として受け取るようになり、自然の情報を読み取る能力が衰えた、
  ④ ムラの中で生きていくための教育体系(通過儀礼や年中行事など)が崩れ、受験教育一辺倒になった、
  ⑤ 自然や共同体の中の生死という死生観が変化し、個人としての"人間らしさ"を追求するのが当然になった、
 などを挙げていて、かくして日本人は「キツネに騙される能力」を失った―という、騙されなくなったことを精神性の"衰退"とする捉え方をしているわけです。

 本書を読み進むとわかりますが、本書でのこうした民俗学的な話は、歴史とは何かという歴史哲学へのアプローチだったわけで、著者によれば、日本人は、西洋的な歴史観=幻想(歴史は進歩するものであり、過去は現在よりも劣り、量的成長や効率化の追求が人を幸せにする)をそのまま受け入れた結果、国家が定めた制度やシステムが歴史学の最上位にきて、「キツネに騙された」というような「ムラの見えない歴史」は民俗学の対象とはなっても歴史としては扱われていと、そのことを指摘していて、そこでは、人間にとって大切なものは何かと言う価値観の検証も含めた歴史学批判が展開されており(645年に大化の改新があったことを知って何がわかったというのか)、併せて、近代的な価値観の偏重に警鐘を鳴らしているように思えました。
日本人の歴史意識.jpg
 著者は、民俗学の宮本常一、歴史学の網野善彦などの思想に造詣が深いようですが、個人的には、今まで読んだ本の中では、網野善彦の『日本中世の民衆像』('80年/岩波新書)などもさることながら、それ以上に、方法論的な部分で、西洋史学者・阿部謹也『日本人の歴史意識』('04年/岩波新書)を想起させられるものがありました(中世の民衆の「世間」観を考察したこの本の前半部分は、「日本霊異記」から10話ほどが抜粋され、その解説が延々と続く)。

 本書後半部分の思索は、人にとって「生」とは何か、その営みの歴史における意味は?ということにまで及んで深いが、一方で"キツネ"というアプローチが限定的過ぎる気もし、1965年という区切りの設定も随分粗っぽい。それでも、ユニークな視点を示しているものであることには違いなく、コミュニティ活動のヒントになるような要素も含まれている(具体的にではなく、思考のベクトルとしてだが)ように思えました。

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This page contains a single entry by wada published on 2008年5月23日 22:00.

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