「●ほ 保坂 和志」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【619】 保坂 和志 『生きる歓び』
「●文学」の インデックッスへ
「何も起こらない小説」。保坂流「小説のルール」がよく体現された作品。
『草の上の朝食 (中公文庫)』 〔'00年〕 『書きあぐねている人のための小説入門』 〔'03年〕
作者のデビュー作『プレーンソング』('90年/講談社)の続編で、前作同様、「ぼく」と4人の仲間(お調子者のアキラ、撮影マニアのゴンタ、会社経営をしていたとかいう島田、野良猫の餌やりが日課のよう子)のアパートでの共同生活の日常が淡々と描かれていて、「ぼく」の競馬仲間で、あまり物を深く考えない石山さん、競馬の中に自らの世界観を注入してしまったような感じの三谷さんなどの登場人物も同じ。
『プレーンソング (中公文庫)』 〔'00年〕
会話を通してのこれらユニークなキャラクターの描き方が丁寧で(「創作ノート」によると3回ぐらい全編にわたって書き直されている)、また面白くもあり、「ぼく」が工藤さんという年上の女性と恋人関係のようなものに至ることのほかには、さほどたいした出来事もなく、ぷっつり話は終わってしまうのですが、そのことにもあまり不満は感じませんでした。
もともと作者は、ここ10年流行った「何も起こらない小説」の先駆者みたいな人ですが、同著者の『書きあぐねている人のための小説入門』('03年/草思社)によれば、「テーマはかえって小説の運動を妨げる」(60p)、「代わりにルールを作る」(64p)等々が述べられていて、『ブレーンソング』での第1ルールは、「悲しいことは起きない話にする」、第2ルールは、「比喩を使わない」「作品を仕上げる都合だけで、よく知らないものや土地を出さない」(68p)ということだったそうで、「社会にある問題を後追いしない」(不登校・老人介護・環境保護・リストラなど)(74p)、「ネガティブな人間を描かない」(83p)ことが作者の信条だそうですが、本作は前作以上にこの基本ルールが踏襲されている感じがしました。
「ぼく」が初めて工藤さんを仲間に紹介する場面が良かったです。み〜んないい人って感じで、「ぼく」にとって工藤さんは「外」の人で、4人は「中」の人という感じがしました(だから、恋愛小説にはなっていないのでは)。
でも、この小説での「いい人」って何だろうで考えると、相手の存在を認めつつも相手に過度の干渉をしないというか、こうした異価許容性のようなものを彼らは持ち得てるように思え、無視はしない(関心を示してくれる)が決して邪魔もしない、そうした人間関係が描かれている点が、今の若い読者に心地良い読後感を与えることにつながっているのでは。
逆に、ぬるま湯的で性に合わないという人も多くいるだろうけれど、時代設定は'80年代後半でバブル景気に入った頃のはずで、こうしたモラトリアム的というか、ノンシャランな生活をしていても、引きこもりだ、ニートだと世間から言われることがなかったんでしょうね。
だから、登場人物たちは、聖書やニーチェの話をする、つまり、「世間」ではなく「世界」が思考対象となっているのだと思いました。
登場人物のうち男性はモデルがいるけれど、女性はほとんど創作らしく、電話友達のゆみ子が「よう子ちゃんは未来なのよ」と言うくだりは、創作が嵩じてやや"作品解説的"な感じがしました。
こういう"ヒント"から自分なりに作品の背後の世界観を読み取ってもいいけれど、個人的には、ただ味わうだけでもいいかも、と思いました。
【1996年文庫化[講談社文庫(『プレーンソング・草の上の朝食』)]/2000年再文庫化[中公文庫]】