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失踪した子を探す母と末期がんの男。ミステリと言うより、生きることの希望と絶望を描いた重厚な人間ドラマ。
『柔らかな頬』(1999/04 講談社) 文春文庫 (上・下)
1999(平成11)年上半期・第121回「直木賞」受賞作。
夫の得意先会社の石山と不倫関係にあったカスミは、双方の家族で北海道の石山の別荘へ行った際にも彼と逢引きするが、その最中に5歳の娘が行方不明となる。
それから4年、カスミの娘を探す日々は続いたが、娘はまるで神隠しにでも遭ったかのようにその行方が掴めない―。
不倫と子供の失踪事件を経て崩壊していく2つの家庭、とりわけ主人公のカスミの不倫に溺れていく心理や、後悔に苛まれながら娘を探す心理がよく描けていると思います。
カスミには北海道の寒村を家出して両親を捨てたという過去があり、失踪した娘を単独でも探そうとするところに、彼女の原罪意識が表れているともとれます。
一方で、娘を探すことが彼女の生きがいになっているように思えるフシもあり、残された家族さえ捨てて娘の探索にあたる様は、故郷を捨てたときと同じく、ある種のエゴイスティックな行動をリフレインしているようにもとれるとところが微妙。
それに対し男たちは、諦めムードの夫にしても離婚して無頼の生活を送る石山にしても、なしくずし的に現状に妥協しているように見えます。
そうした中で、ガンで余命いくばくも無い内海という元刑事がカスミの捜査協力者として登場しますが、物語の後半は、カスミと内海の人生の意味を模索するロードムビーの様相を呈しているように思えました。
内海の、迫り来る死を受け入れつつも事件解決への「野心」によって生を燃焼させようとする様は、これはこれで1つのエゴではないかという気もしました。
だから、カスミも内海も、真相を知るために協力し合ってはいるが、自分のために生きているという点では、互いに融和し合っているわけではない。
娘の失踪の謎を解く2人の「夢」の話も、本作品がミステリとしての結末を用意していないことを暗示しているように思え(著者自身は当初、最後のシーンで真犯人を書いていたが、編集担当者に「犯人を決めてしまって失うものは大きい。子供の不在という理不尽な出来事に対して、あれだけ幻視を書いたのだから」と言われて書き直したそうです)、生きていくことの希望と絶望を描いたシリアスな人間ドラマだに仕上がっていると思いました。
【2004年文庫化[文春文庫(上・下)]】