【2188】 ○ 吉田 修一 『怒り (上・下)』 (2014/01 中央公論新社) ★★★☆ ○ 李 相日(リ・サンイル) 「怒り (2016/09 東宝) ★★★☆)

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やはり一筋縄ではいかない。「怒り」というタイトルは複数形と捉えるべきなのか。
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怒り(上)(下)』['14年] 『怒り 上下巻セット』['14年] 「怒り DVD 通常版['17年]2016年映画化(出演:渡辺謙/森山未來/松山ケンイチ/綾野剛/広瀬すず/高畑充希/宮崎あおい)

 八王子市の新興住宅街で夫婦が惨殺され、現場には「怒」の血文字が残されていた。事件から1年後の夏、千葉・房総の漁港で暮らす洋平・愛子父子の前に「田代」という若者が現われ、東京で大手IT企業に勤め、末期がんの母を見舞いながら暮らすゲイの優馬は、新宿のサウナで「直人」と出会って同居するようになり、沖縄の離島へ母と引っ越し母娘でペンションの手伝いをする女子高生・泉は、無人島で「田中」という男と知り合う。それぞれに前歴不詳の「田代」「直人」「田中」という3人の男。一方、事件を捜査する八王子署の刑事・北見らは、整形手術をして逃亡を続ける犯人・山神一也が一体どこにいるのかを追っていた―。

 2013年に「読売新聞」朝刊に半年にわたって連載された作品で、2007年に起きた英会話学校講師リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件の犯人・市橋達也(当時28歳)の逃避行(2009年逮捕、手記を発表している)など、現実の事件を想起させるものがありました。市橋達也は逃亡期間中に整形手術をし、建設現場で働き、更に沖縄の離島に潜伏していた時期があったとされているため(しかもゲイのハッテン場にいたという目撃情報もあったらしい)、少なくともあの事件はモチーフになっているものと思われます。

 意外と早いうちに犯人らしきが登場するなあと思ったら、そのうち3人も「犯人候補」が出てきて、流石、やっぱりこの作家は一筋縄ではいかないなあという印象でしょうか。謎解きもさることながら、こうした「枠組み」に独自性があって、そのことは前作『愛に乱暴』('13年/新潮社)でも言えますが、但し前作は、ある種"叙述トリック的"な「枠組み」の方が勝ち過ぎてしまったのと、登場人物たちに共感できなかったために△。今回は、指名手配の山神の情報に触れた千葉・東京・沖縄の各舞台の当事者・関係者たちの心の中に浮かんだ疑惑の念や、それが当事者にとって大切な人になればなるほど膨らむ猜疑心と信じたい気持ちとの葛藤がよく伝わってきて○、といった自分の中での評価です。

 雰囲気的には初期作品『パレード』('02年/幻冬舎)を想起させる部分もあったように思います。最も意外な人物が犯人でした。ただ、「怒り」というタイトルから、犯人の犯行動機にある種テーマがあるのかと思いましたが、この部分は解明されておらず、犯人はある意味、人格的に「壊れていた」というだけのことだったともとれます。さらに、真犯人へと導く伏線も特に無かったように思われ、純粋に推理小説として読んでしまうと、後半はカタルシス不全が生じるかもしれません。

 そうしたことなども踏まえると、この「怒り」というタイトルは、複数形と捉えるべきなのかもしれません。沖縄の辰也の怒りなのかもしれないし、「犯人候補」となった2人の男たちの怒りなのかもしれません。辛くやるせない話が多いストーリー展開の中で、愛子の物語をハッピーエンドにし、泉にも将来に向けて幾許かの光明を見出せるような終わり方にしたのは救いでした。

 一方で、独身の刑事・北見と深い関係を持つようになった美佳については、その過去は明かされず、二人の関係も発展しないままで、これでこの話がお終いであるならばやや中途半端かも。「刑事・北見」でシリーズ化して、再登場させるのでしょうか。そうなったらおそらく自分はまた読むだろなあ。正直、自分自身この作品に対し、若干のカタルシス不全があっただけに...。

ポスター撮影:篠山紀信
映画 怒り_0_m.jpg映画 怒りド.jpg(●2016年に監督が「悪人」('10年/東宝)の李相日(リ・サンイル)、主演が渡辺謙で映画化された。千葉篇が松山ケンイチ(田代)・宮崎あおい(愛子)、東京編が綾野剛(直人)・妻夫木聡(優馬)、沖縄編が森山未來(田中)・広瀬すず(泉)という配役で、豪華キャストと言えるかも。 映画化にあたり「映画『オーシャンズ11』のようなオールスターキャストを配してほしい」というのが原作者・吉田修一氏の要望だったらしい。役者一人一人の演技は悪くなく、ストーリーも映画「怒り」.jpg映画「怒り」2.jpg原作にほぼ忠実だったように思う。但し、愛子の父・洋平(渡辺謙)が比較的映画 怒り 7.jpg前面に出て、北見刑事(三浦貴大)は後退し、美佳も出てこない。それと、"伏線"が無かった原作に対し、犯人の「壊れていた」感を出すためか、途中で原作に無いエピソードを入れている。また、愛子の物語をハッピーエンドにしているのは原作と同じだが、泉は何か気の毒なまま終わったように思えた。ただ、原作を読んでなくて犯人を知らないで観た人にとっては、プロセスにおいては結構面白かったのではないか。行定勲監督により映画化された「パレード」('10年/ショウゲート)と原作からして構造がやや似ている。)

映画 怒りc.jpg「怒り」●制作年:2016年●監督・脚映画 怒り.jpg本:李相日(リ・サンイル)●製作:市川南●撮影:笠松則通●音楽:坂本龍一●原作:吉田修一●時間:142分●出演:渡辺謙/森山未來/松山ケンイチ/綾野剛/宮崎あおい/佐久本宝/ピエール瀧/三浦貴大/高畑充希/原日出子/池脇千鶴/広瀬すず/妻夫木聡●公開:2016/09●配給:東宝(評価:★★★☆)

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「怒り」1宮崎.jpg 「怒り」2高畑.jpg 「怒り」3広瀬.jpg
森山未來/松山ケンイチ/綾野剛/渡辺謙/高畑充希/宮崎あおい/妻夫木聡/ピエール瀧/三浦貴大/広瀬すず/原日出子/池脇千鶴
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【2016年文庫化[中公文庫(上・下)]】

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