「●近代日本文学 (-1948)」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【642】 内田 百閒 『冥途』
「○近代日本文学 【発表・刊行順】」の インデックッスへ「●大島 渚 監督」の インデックッスへ 「●殿山 泰司 出演作品」の インデックッスへ「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ
「小さき者へ」がいい。作家自身よりも残された者の方が逞しかった気もする。
有島武郎(1878‐1923)
『小さき者へ・生れ出ずる悩み (岩波文庫)』(旧版・新版)/『小さき者へ・生れ出づる悩み』新潮文庫/アイ文庫オーディオブック「小さき者へ」
1918(大正7)年に発表された有島武郎(1878‐1923)の「小さき者へ」は、母親(つまり有島の妻)を結核により失った幼い3人のわが子らへの作者の手紙の形式をとっていて、「お前たちは見るに痛ましい人生の芽生えだ」としながらも、「前途は遠い。そして暗い。然し恐れてはならぬ、恐れない者の前に道は開ける。行け。勇んで。小さきものよ」という結語は力強いものです。亡くなった母親の子どもたちへの愛情が、作家の抑制の効いた(よく読むとセンチメンタリズムとリアリズムが混ざっている)文章を通してひしひしと伝わってくる一方で、より不幸な死に方をした知人の死をも想えとするところに、作者らしさを感じます。
同年発表の「生れ出ずる悩み」は、画家を志す青年が「私」を訪ねてくる冒頭の部分が国語教科書などでよくとりあげられているほど、吟味された美しい文章です(昭和40年代から50年代にかけて、光村図書出版の『中等新国語』、つまり中学の「国語」の教科書(中学3年生用)に使用されていた)。
高級官僚の子に生まれながら小説家を志した自身を、労働と芸術の狭間で苦悶する青年に投影しているのが感じられる一方で、個人的には、漁師である青年のような生粋の労働者になりえない自分と対比するあまり、青年を物語の中で美化しすぎている気もし、危うささえ感じます。
文学的には「生れ出ずる悩み」の方が評価は高い? 対し「小さき者へ」は、文庫本で15ページ程の掌編で、かつ「これって文学なの」みたいな感想もあるかと思いますが、個人的には、センチメンタリズムの中にも、わが子を一人前の人格として見る凛とした個人主義の精神が窺えて好きな作品です(なかなか、こんな親にはなれないが)。
有島は、志賀直哉や武者小路実篤らとともに同人「白樺」に参加し、また自らの農場を開放するなどの活動もしますが、後にそうした活動にも創作にも行き詰まり感を見せ、45歳で中央公論社の記者(当時は編集者をこういった)だった波多野秋子と軽井沢で心中自殺します。
一方、「生れ出ずる悩み」のモデルとなった木田金次郎(1893‐1962)は、この事件を契機に漁師をやめ画家として生きる決意をします。描き溜めた作品1,500点が、洞爺丸台風襲来時の出火による「岩内大火」(1954年)で焼失したというのは残念ですが(この大火は水上勉の『飢餓海峡』のモチーフとなった)、それにもめげず創作活動を続けています(美術館の木田金次郎の作品を見ると、力強く少しゴッホっぽい)。
木田金次郎(1893‐1962/享年69)とその作品(岩内マリンパーク・木田金次郎美術館)
さらに、「小さき者へ」で語られる側となった子のうち、長男は映画俳優の森雅之(1911-1973)で、黒澤明監督の「羅生門」('50年/大映)や溝口健二監督の「雨月物語」('53年/大映)、成瀬巳喜男監督の「浮雲」('55年/東宝)などの名作に主演しています。また、その森雅之の娘・中島葵(1945-1991/子宮頸癌のため死去、享年45)もテレビドラマや映画で活躍した女優でした。不倫相手との間の子であったという事情ため、16歳の時まで父親=森雅之から認知されませんでした。生涯独身でしたが、演出家で元東大全共闘のオーガナイザー芥正彦(1969年に東大で三島由紀夫との公開討論会を実施したメンバーの一人)とパートーナー関係にありました。何だか、残された者の方が逞しかったような気もする...。
『女優 中島葵』1992年刊
因みに、中島葵は大島渚監督の「愛のコリーダ」('76年/日・仏)にも、藤竜也が演じた吉蔵の妻役で出ていますが、当然のことながら、吉蔵の情婦・阿部定を演じた松田暎子の方が目立っていました。「愛のコリーダ」は公開の翌年に高田馬場のパール座で観ましたが、日本語の映画にフランス語だったか英語だったかの字幕がつくので変な感じがしました。日本国内での上映は大幅な修正が施されたため(冬の日の外で眠っていて子供たちに雪玉を投げつけられる老乞食を演じた殿山泰司の露出された陰部も含め)、ぼかしの上に外国語の字幕が乗っかっていたような印象があります(2000年に「完全ノーカット版」としてリバイバル上映された)。海外ではベルナルド・ベルトリッチの「ラストタンゴ・イン・パリ」('72年/伊)と比肩し得ると高く評価され、"オーシマ"の名を世界的なものにした作品ですが、国内では田中登監督、宮下順子主演の「実録阿部定」('75年/日活)の方が上との声もありました(阿部定に注目したことは面白いと思ったが、映画の出来としては個人的にはどちらもイマイチか)。
「愛のコリーダ」●制作年:1965年●制作国:日本・フランス●監督・脚本:大島渚●製作:アナトール・ドーマン/若松孝二●撮影:伊東英男●音楽:三木稔●原作:山田風太郎「棺の中の悦楽」●時間:96分●出演:藤竜也/松田暎子/中島葵/芹明香/阿部マリ子/三星東美/藤ひろ子/殿山泰司/白石奈緒美/青木真知子/東祐里子/安田清美/南黎/堀小美吉/岡田京子/松廼家喜久平/松井康子/九重京司/富山加津江/福原ひとみ/野田真吉/小林加奈枝/小山明子●公開:1976/10●配給:東宝東和●最初に観た場所:高田馬場パール座(77-12-03)(評価:★★★)●併映:「ソドムの市」(ピエル・パオロ・パゾリーニ)
殿山泰司(子供に雪玉を投げつけられる老乞食)
【1940年文庫化・1962年・2004年改版[岩波文庫]/1955年再文庫化・1980年・2003年改版[新潮文庫(『小さき者へ・生れ出づる悩み』)]/1966年再文庫化[旺文社文庫(『生れ出づる悩み』)]】
《読書MEMO》
●「小さき者へ」...1918(大正7)年発表 ★★★★
●「生れ出ずる悩み」...1918(大正7)年発表 ★★★