「●イラスト集」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1276】 堀江 あき子 『昭和少年SF大図鑑』
そのオーラに溢れた怪奇画を再びこうして見られるだけでも有難い。
『柳柊二怪奇画帖』
イラストレーター・挿絵画家の柳柊二(やなぎ・しゅうじ)(1927-2003)(本名:柳橋風有草(やなぎばし・かざうぐさ)の怪奇挿画を集めたもので、昭和40年代頃の少年雑誌には「大図解」というグラビアページがありましたが、それを飾る画家としては、柳柊二は石原豪人(ごうじん)(1923-1998)と並ぶ"大御所"だったように思います(この二人、共に75歳で亡くなっている)。
石原豪人は「エロスと怪奇」を描いたイラストレーターと言われていますが、柳柊二の方は「怪奇」が中心で(初期にはエロス系も描いていたが、子どもができてやめたようだ)、ただし、普通の歴史時代ものの挿絵なども多く描いています(「伝記文庫」の表紙絵なども描いている)。両者を「怪奇」同士で比較すると、石原豪人が、力強いタッチで押してくるのに対し、柳柊二は繊細なタッチで、伊藤彦造(1904- 2004/享年100)のイラストをも想起させます。
本書では、その細かいタッチが分かるようにページいっぱいに絵を載せていて、見開きページも少なからずあって、画家の筆致を堪能できます。一方で、モノクロ・二色刷りが主体で、カラー原画のページがちょっと少ないかなという感じもします。もともと少年雑誌の「大図解」がモノクロ・二色刷りが多く、これは致し方なかったのかなと(怪奇画に絞って、しかも原画が残されているもののみで本書を構成したこともその理由か)。
巻末に、柳柊二夫人、柳橋静子さんのインタビューがあり、本人は「子供の絵はごまかしちゃいけない」と言い、「リアルな絵が描ける装画家はいないんじゃないかなあ」と嘆いてもいたとのこと。忙しい時期は、今は禁止薬物になっている精神賦活剤を飲んで、60時間くらい起き続けて描いていたそうです。ずっと奥さんを「おい」とだけで呼んでいたのに、最期亡くなるちょっと前に「静子さん」と名前で奥さんを呼び、感謝の意を表したという話にはほろりとさせられます。
解説によれば、柳柊二は怪奇画を得意としていたわけでもなく、多くの出版社から依頼を受けて、描いてきたものは多岐に渡り、子供向けだけを取ってみても怪奇画はその一部にすぎないとのこと(「講談社の絵本」シリーズの表紙などを手掛けており『ヘンゼルとグレーテル』などは高い水準であると)。柳柊二のものと知らずに見ていた絵も結構あったかもしれないなあと思いました。
でも、取り敢えず、原画が残っていて(殆どが、出版社から戻されて、本人宅に無造作に仕舞われていたものだったそうだ)、そのオーラに溢れた怪奇画を再びこうして見られるだけでも有難いことだと思います。