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「温泉文学論」と言うより、温泉に関係した個々の作品・作家論。さらっと読めて興味深い。
川村 湊 氏
『温泉文学論 (新潮新書)』['07年]/『作家と温泉---お湯から生まれた27の文学 (らんぷの本)』['11年]
幸田露伴が問い、川端康成が追究した「温泉文学」とは何か? 夏目漱石、宮澤賢治、志賀直哉...名作には、なぜか温泉地が欠かせない。立ちのぼる湯煙の中に、情愛と別離、偏執と宿意、土俗と自然、生命と無常がにじむ。本をたずさえ、汽車を乗り継ぎ、名湯に首までつかりながら、文豪たちの創作の源泉をさぐる異色の紀行評論(「BOOK」データベースより)。
日本の近代文学には温泉のシーンが少なからずあり、またそれ以上に、作者自身が温泉宿に籠って書き上げた作品が多いため、本書のような「温泉文学」論があってもいいかなという気がします。ただし、本書の前書きに、川端康成の「温泉文学はみんな作者が客間に座っている」という言葉が紹介されていて、著者は、川端康成が示唆した「ほんたうの温泉文学」はいまだ書かれていないということだろうとも言っています。
本書についても、「温泉文学」論と言うより、温泉に関係した作品や作家の、個々の作品・作家論という印象でした。切り口は様々で、こうした自在な切り口の前提として、いずれも「温泉」繋がりであることがあるように思われました(「温泉」繋がりであることがその自在性を許している?)。取り上げている作品と関連する温泉は以下の通りです。
第1章 尾崎紅葉『金色夜叉』―― 熱海(静岡)
第2章 川端康成『雪国』―― 越後湯沢(新潟)
第3章 松本清張『天城越え』―― 湯ヶ島(静岡)、川端康成『伊豆の踊子』--― 湯ヶ野(静岡)
第4章 宮澤賢治『銀河鉄道の夜』―― 花巻(岩手)
第5章 夏目漱石『満韓ところどころ』―― 熊岳城・湯崗子(中国)
第6章 志賀直哉『城の崎にて』―― 城崎(兵庫)
第7章 藤原審爾『秋津温泉』――奥津(岡山)
第8章 中里介山『大菩薩峠』―― 龍神(和歌山)、白骨(長野)
第9章 坂口安吾『黒谷村』―― 松之山(新潟)
第10章 つげ義春『ゲンセンカン主人』―― 湯宿(群馬)
尾崎紅葉の『金色夜叉』がアメリカの小説の翻案というか焼き直しであることは初めて知りました。川端康成の『雪国』が「R‐18指定の成人小説」であるとうのはナルホドという印象(だから「伊豆の踊子」と違って教科書に載らないのか)。松本清張の『天城越え』が川端康成の『伊豆の踊子』のパロディーとして(あるいは批判として)書かれたという論は有名です。
宮澤賢治に関しては、『銀河鉄道の夜』のことより、宮澤賢治が花巻温泉の花壇設計に関わったことにフォーカスしています。夏目漱石は『満韓ところどころ』というややマニアック?な旅行記を取り上げていますが、著者は中国の温泉にも取材に行ったのかあ。志賀直哉の『城の崎にて』は、これぞまさに「温泉文学」と言えるか。藤原審爾の『秋津温泉』も舞台が完全に温泉であり、タイトルにもまさに「温泉」と入っているので、この2作は結構「温泉文学」の中心に近い位置づけになるかもと思ったりもします。
各章の末尾にコラムがあり、【本】では作品の刊行、文庫情報などが、【湯】では紹介した温泉の効能などの特徴が、【汽車】では、その温泉への交通アクセスが書かれているのが親切です(温泉情報と交通アクセスはあくまで素人の記述であることを断っている)。"現場を踏む"という信条のもと、本書で紹介した温泉のうち、熱海を除いてすべて取材で行ったそうで、また、作品の方は大長編の『大菩薩峠』を除いてすべて読み直したそうです。そうした甲斐あってか、さらっと読める一方で、それなりに興味深い作品論、作家論になっているように思いました。
本書を手にしたのは、最近、読書会で梶井基次郎の『檸檬』を取り上げた際に、梶井基次郎の「温泉文学」とも言える小品群を読み直したせいであり、ただし本書には梶井基次郎の章は無かったなあと思ったら、『作家と温泉―お湯から生まれた27の文学 (らんぷの本)』('11年/河出書房新社)で取り上げられていました。
こちらは、夏目漱石、志賀直哉、川端康成などの文豪から武田百合子、田中小実昌、つげ義春、横尾忠則ら、作家と温泉の味わい深いエピソードを紹介し、川本三郎氏、坪内祐三氏らがコラムを寄せています。何よりも「らんぷの本」の特性を活かした、お風呂でなごむ文豪たちのまったりした様を撮った写真が満載の構成となっていて、作家と温泉の繋がりの強さをシズル感をもって味わうことができます。
表紙は井伏鱒二と太宰治ですが(この二人は師弟関係)、中身の井伏鱒二とともに風呂に入る太宰治の素っ裸(当たり前だが)の写真は貴重?(解説によれば、太宰はこの写真に写っている下腹部の盲腸の傷跡を気にしており、撮影した伊馬春部にフィルムの処分を求めたという)。宮澤賢治はやっぱり花巻の花壇設計のことが書いてあります。最終章は『温泉と文学』と同じく「つげ義春」。文学ではなく漫画ですが、温泉を語るうえで外せないといったところなのでしょう。
《読書MEMO》
●『作家と温泉―お湯から生まれた27の文学 (らんぷの本)』
目次
・夏目漱石と道後温泉(愛媛県・熊本県)
・志賀直哉と城崎温泉(兵庫県)
・檀一雄と温泉事件簿(静岡県・青森県)
・吉川英治と温川温泉(青森県)
・川端康成と湯ケ島温泉(静岡県)
・折口信夫と浅間温泉(長野県)
・武田百合子と「浅草観音温泉」(東京都)
・宮沢賢治と花巻温泉(岩手県)
・山口瞳と『温泉へ行こう』(日本全国)
・坂口安吾と伊東のヌル湯(静岡県)
・谷崎潤一郎と有馬温泉(兵庫県)
・田中小実昌と寒の地獄(大分県)
・種村季弘と『温泉百話』(日本全国)
・横尾忠則と草津温泉(群馬県)
・与謝野晶子・鉄幹と法師温泉(群馬県・大分県)
・竹久夢二と温泉の女たち(日本全国)
・田宮虎彦と鉛温泉(岩手県)
・梶井基次郎と紀州湯崎温泉(和歌山県)
・川崎長太郎と入れなかった湯(千葉県)
・田山花袋と『温泉めぐり』(日本全国・朝鮮半島・中国)
・太宰治と浅虫、四万温泉(青森県・群馬県)
・井伏鱒二と下部温泉(山梨県)
・小林秀雄と美と温泉(神奈川県・大分県・長野県)
・若山牧水と土肥温泉(静岡県)
・北原白秋と船小屋温泉(福岡県)
・つげ義春と貧しい温泉宿(日本全国)