【2698】 ◎ 大内 伸哉 『勤勉は美徳か?―幸福に働き、生きるヒント』 (2016/03 光文社新書) ★★★★☆

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幸福に働くには?「働く人が時間主権を回復することが大切」に納得。

勤勉は美徳か?.jpg勤勉は美徳か? 幸福に働き、生きるヒント (光文社新書)』['16年]

 同著者による『君の働き方に未来はあるか?』(2014年/光文社新書)の後継書ですが、前著がこれから働き始める(あるいは働き始めてまだ間もない)若者を対象にしていたのに対し、本書は主に、これまで頑張って働いてきたけれどもなかなか幸福感を得られず悩んでいる人に向けて、幸せに働くことの意味を考えてもらうために書かれたものであるとのことです。

 第1章では、労働者が仕事において不幸になる原因をさまざまな角度から眺めています。ヒルティの『幸福論』を参考にしながら、仕事の「内側」に入ることができず、仕事に隷属して主体性を発揮できないことに問題の根幹があると分析し、仕事の様々な局面でできるかぎり主体性を発揮していくことが、幸福に働くうえでのポイントになるとしています。もちろん、労働者個人の立場みれば主体性を発揮したくともできないこともあるが、本人の努力次第で主体性を発揮できる領域もあるとのことです。

 第2章では、仕事の目的を金銭などの物質的な満足に陥ってしまい、他人の評価を気にして働くことが不幸につながるとしています。他人の評価を気にして働くことがいけないというのではなく、公正な評価を受けて働くということは、自らが社会で承認されるという精神的な満足をもたらし、幸福な働き方につながり、ここで大切となる主体性とは、公正な評価をする良い会社を自ら探していくことにあります(つまり、良い会社をみつけることが、働くうえで重要な意味をもっているということである)。

 第3章では、「いつ」「どこで」という面で会社からの拘束をできるだけ受けないようにするという意味での主体性を論じています。その際に重要となる理念が「ワーク・ライフ・バランス」であり、テレワークが普及すると、「いつ」「どこで」という制約が徐々になくなり、「ワーク・ライフ・バランス」を実現しやすい社会が到来するだろうとしています。

 第4章では、そうなると、何を仕事としてやっていくかが重要になり、それは「どのように」働くかにも関係してくるとしています。目の前の仕事にエネルギーを吸い取られてしまい、将来に繋がらないような仕事をしてしまうのではダメで、但し、ここでも技術の進歩により、仕事の大きな新陳代謝が起きることが予想され、仕事の将来展望は不透明になってきているとしています。だからこそ、政府が労働者の職業キャリアを保障するキャリア権が重要になるが、それは「基盤」にすぎず、その基盤のうえにどのような幸福を築くかは、個々の労働者が主体的に追求しなければならない、但し、そのことが容易ではないからこそ、政府が労働法によって、直接労働者の幸福を実現する必要がある、ともいえるとしています。

 第5章では、政府による幸福の実現に、どこまで期待できるかを検討し、結論としては、政府にあまり期待しすぎてはならないとしています。労働法によって労働者の権利を保障しても、かえって副作用や権利が十分に行使されない面があったり(著者は一部の"お節介が過ぎる"法律に疑問を呈している)、また、経営者の自由や労使の自治を無視して政府が介入するには限界があるとしています。

 第6章では、政府による幸福の実現は難しいとしても、これまでの雇用文化を変えて、社会で労働者が幸福になりやすい土壌を作ることはできるのではないかという観点から、特に問題となる日本の休暇文化の貧困性を、法制度面と実態面から取り上げ、日本の労働者がもっと休めるようにするための法改正と意識改革のための具体的な提案を行っています。

 第7章では、そうした意識改革は、日本人の美徳とされてきた勤勉さの面でも行う必要があるとして、勤勉に働くことの意味を問い直しています。そして、勤勉さを否定し去るのではなく、主体性を損なうほどの過剰な勤勉性は避ける方が望ましいと提言しています。企業秩序は労働者に重くのしかかるが、それを乗り越えて、もっと自由に働き主体性を発揮できるようにならなければ、労働者は幸福にはなれないとしています。

 第8章では、第1章で提起した主体性の意味をもう一度問い直し、幸福な働き方の鍵は、一人ひとりの日常の仕事の中に創造性を追求し、そこに精神的な満足を見出すことであるが、特に重要なのは、時間主権を回復することであるとしています。ホワイトカラー・エグザンプションは批判されることの多い制度であるが、制度の真の目的は時間規制を取り除き、労働者が仕事において時間主権を取り戻し、創造的な仕事をするための主体性を実現することにあるとしています。

 本書の結論としては、幸福な働き方とは、日常の仕事に創造性を追求して主体的に取り組むこと、かつ、そのために必要な転職力を身につけるために主体的に行動すること、という二重の主体性をもって実現できるということになります。そして、その実現は容易ではないが、最後は自分自身でつかみ取らねばならないとしています。

 労働法学者でありながらも労働法の限界を見極め、労働法や政策によって働く人の幸福を実現するのは難しいとしても、雇用文化や働く人の個々の意識改革は可能なのではないかとし、とりわけ一人ひとりの日常の仕事の中に創造性を追求し、そこに精神的な満足を見出すうえで特に重要なのは、働く人が時間主権を回復することであるという導き方は、非常に説得力があるように思えました。

 安易な時間外労働をなくし、しっかり休むことでワーク・ライフ・バランスを実現することが、働く側がより自由に自らの個性を活かして働くことに繋がり、更にはそれが組織の活性化に繋がるということ、また、働く側が主体性をもって働くことが、自らの専門的技能を高めて、いつでも転職できるようなキャリアを形成することに繋がるということになるかと思います。

 ビジネスパーソンにとって働くということについて今一度考えてみるのによい啓発書であり、また随所に労働法学者の視点や法律に対する見解が織り込まれていることから、人事パーソンにもお薦めできる本です。

《読書MEMO》
● 目次
はしがき
【第1章】労働者が不幸となる原因を考える ―― 過労・ストレス・疎外
【第2章】公正な評価が、社員を幸せにする ―― 良い会社を選べ
【第3章】生活と人生設計の自由を確保しよう ―― ワーク・ライフ・バランスへの挑戦
【第4章】「どのように」「何をして」働くかを見直そう ―― 職業専念義務から適職請求権まで
【第5章】法律で労働者を幸福にできるか ―― 権利のアイロニー
【第6章】休まない労働者に幸福はない ―― 日本人とバカンス
【第7章】陽気に、自由に、そして幸福に ―― 勤勉は美徳か?
【第8章】幸福は創造にあり
あとがき
●トラバーユ(travail)の意味(42p)
 ①仕事 ②陣痛
●アンナ・ハーレント(43p)
人間の活動の3類型とギリシャへの置き換え
「action」...公的な活動(市民)
「work」...その結果が「作品」として評価されるもの(職人)
「labor」...奴隷のやる仕事(奴隷)

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