【3100】 ◎ ディック・フランシス (菊池 光:訳) 『利腕 (1981/01 ハヤカワ・ノヴェルズ) ★★★★☆

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『大穴』の主人公が再登場。シリーズの中で『興奮』に比肩しうる傑作。

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利腕 (1981年) (Hayakawa novels―競馬シリーズ)』『利腕 (ハヤカワ・ミステリ文庫 フ 1-18 競馬シリーズ)
利腕.jpg 片手の競馬専門調査員シッド・ハレーのもとに、昔馴染みの厩舎から依頼が舞い込む。絶対とも言える本命馬が謎の調子の悪さを見せて失速、次々と原因不明のままレース生命を絶たれるというのだ。馬体は万全、薬物の痕跡もなく、不正が行われた形跡は全くないのだが...。厩舎に仕掛けられた陰謀か、それとも単なる不運か? 調査に乗り出したハレーを襲ったのは、彼を恐怖のどん底に突き落とす脅迫だった。「手を引かないと、残った右手を吹き飛ばすぞ」と―。

 ディック・フランシス(1920-2010/89歳没)の1979年発表作(原題:Whip Hand)で、作者の"競馬シリーズ"40作の中で、「英国推理作家協会(CWA)賞(ダガー賞)」(1979年)のゴールド・ダガー賞と、「アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)」(1981年)という、英米の両方の賞を受賞した唯一の作品です。

 "競馬シリーズ"の第4作『大穴』('65年)で登場したシッド・ハレーが再登場し、その後も『敵手』('95年)、『再起』('06年)に登場するという、基本的に毎回主人公が変わる"競馬シリーズ"の中では数少ないシリーズキャラクターとなっています。

 その主人公シッド・ハレーは、元は競馬騎手で、大障害レースでチャンピオンになったりしましたが、落馬事故をきっかけに左腕を義手にせざるを得なくなり、ラドナー探偵社の調査員に転職、さらに独立して競馬界専門の調査員となってこの作品に登場したというのが、それまでの経緯です。

 前作『大穴』は、絶望の中でだらしなく生きていたシッド・ハレーが、恐喝事件を解決するための任務で銃で撃たれてしまったのを機に再び燃え上がる復活物語になっていましたが、今回の作品のシッド・ハレーは、強い自制心を持って物事に相対する、本来の彼の姿となっているように思いました。身長は167センチと小柄ですが、幼少の頃から苦労を味わい尽くしていて、忍耐強さが彼の本分なのです。

 本命馬が突然不調になる事件を軸として、シンジケートの件、元妻の詐欺師事件、保安部の不正といったさまざまな事件が互いに関連し合ったり、あるいはまったく別個に発生して(全部で4人の依頼主と4つの事件があることになる)、うち2つの事件は、シッド・ハレーや相棒のチコ・バーンズへの先制攻撃・脅し・暴力に満ちており、前作が復活物語ならば、今回は、シッド・ハレーが恐怖を克服する物語となっていると言えます。

 周囲の人間はシッド・ハレーのタフガイぶりを「神経がない」と評しますが、内面はその反対で、彼はしばしば恐怖に苛まれていて、その辺りの人間らしさも魅力です。調査員という職業柄、ハードボイルド風でスパイ小説風でもある展開ですが、気球に乗って追っ手から逃れ、最後は取っ組み合いになるなどのアクション場面も豊富です。

このシリーズの主人公は、結構ラストで身体を張って、実際、身体を傷つけながら、さらには命を危険に晒しながら事件を解決するというのが多いように思いますが、シッド・ハレーはその典型。007シリーズで言えば、ショーン・コネリーが演じていた頃のジェームズ・ボンドではなく、最近のダニエル・クレイグの演じるボンドに近いかも。

 その分、最後までハラハラドキドキさせられました。今まで『興奮』が"競馬シリーズ"の最高傑作だと思っていましたが、この作品もそれに匹敵するくらいの出来ではないでしょうか。『大穴』の続編と見做されるせいか、人気ランキングで『興奮』の後塵を拝しているようですが、シリーズのファンの中には『興奮』よりこちらを上にもってくる人もいるようで、何となく分かる気がしました。

【1985年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]】

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