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壮大なプロットもさることながら、主人公がトラウマから立ち直り男気に目覚めるプロセスがいい『スナップ・ショット』。
A J Quinnell
『スナップ・ショット(新潮文庫)』 〔'84年〕『スナップ・ショット(集英社文庫)』 〔'00年〕『ヴァチカンからの暗殺者 (新潮文庫)』['78年] "In the Name of the Father"(1978)
1982年に発表された冒険小説作家A・J・クィネル(A. J. Quinnell 1940-2005)の小説で、 『燃える男』Man on Fire (1980)、『メッカを撃て』The Mahdi (1981)に続くもの。
天才カメラマンのマンガーは、ベトナム戦争でのトラウマから性的不能となりカメラも捨てていたが、ある女性と出会い、カメラマンとしての腕と男としての自信をも取り戻すことが出来た。その頃、イラクではサダム・フセインが原発の建設に取り組んでいたが、イスラエルでは、それが原発に名を借りた核兵器工場と疑っており、空爆による破壊工作を策していた。しかし、フセインの陰謀を立証するためには、証拠写真が必要であり、そこでマンガーに白羽の矢が立つ―。
クィネルの作品は『燃える男』のような元傭兵クリーシーが主人公として活躍する「クリーシーシリーズ」と(『燃える男』は'04年に「マイ・ボディガード」としてトニー・スコット監督、デンゼル・ワシントン主演で映画化された)、『メッカを撃て』のような"独立系"の話がありますが、これは独立系なので単独で楽しめ、出来もいいと思いました(個人的には、1987年に発表された『ヴァチカンからの暗殺者』 In the Name of the Fatherなど"独立系"の話の方が、この人の作品は面白いと思う)。
何よりも、その当時何気なくなく読んでいたプロットが、この作品発表の前年にイスラエル空軍機がイラクの原子炉を急襲し破壊した事実をベースにしており、更にその後の湾岸戦争、イラク戦争に繋がる政治背景をしっかり取材して書かかれていたものであったことに気づかされ、今更のように驚かされます。
それでもって、かなり自由にフィクションを織り込み、話を壮大かつ面白くしているというのが、この人の作品の特徴でしょうか。『ヴァチカンからの暗殺者』なんて、ローマ法王を守るためにソ連の書記長―しかも実在の(アンドロポフ)―を暗殺しようとする話ですから、スケールは大きいし、実際この物語のプロットも、現実にあったとされるヨハネ・パウロ2世の暗殺未遂事件に着想を得ているとのことです。
ただ、主人公である西側へ亡命したポーランド秘密保安機関のエリート少佐と、潜入作戦のために妻役を装って彼を助けることになる信仰心厚い修道女の関係がどうなっていくかというサイドストーリーの絡ませ方が上手く、そっちの方への関心からぐいぐい引き込まれます。
同様に、『スナップ・ショット』においても、個人的にはプロットの壮大さよりも、戦争で心的トラウマを負った主人公のマンガーが、鬱屈から立ち直って男気に目覚めていくプロセスが好きです。
前半部はセルジュ・ブールギニョン監督の「シベールの日曜日」('62年/仏)を思い出しました。あの映画でハーディ・クリューガー演じる元パイロットの主人公は、インドシナ戦争でベトナム人少女を空爆で殺したのでないかというトラウマから記憶喪失となりますが、孤独な少女との触れ合いを通して癒されていく―、しかし、2人が出会う日曜日、彼のことを変質者だと決め込んだ医師の通報で駆けつけた警官により...。
この映画を観てパトリシア・ゴッジの愛くるしさにハマった人も多いのでは。そこががこの映画の微妙な点でもあり、主人公がトラウマから反動的にロリコン化して最終的には立ち直れなかったともとれなくはないかなあ(少しひねくれ過ぎ? しかし実際、この映画は"ロリコン映画の傑作"という評価のされ方もしている)。
「シベールの日曜日」●原題:CYBELE OU LES DIMACHES DE VILLE D'AVRAY●制作年:1962年●制作国:フランス●監督:セルジュ・ブールギニョン●脚本:セルジュ・ブールギニョン/アントワーヌ・チュダル●撮影:アンリ・ドカエ●音楽:モーリス・ジャール●原作:ベルナール・エシャスリオー「ビル・ダヴレイの日曜日」●時間:110分●出演:ハーディ・クリューガー/パトリシア・ゴッジ/ニコール・クールセ/ダニエル・イヴェルネル,/アンドレ・ウマンスキー●日本公開:1963/06●配給:東和●最初に観た場所:有楽町スバル座(80-06-06)(評価:★★★☆)●併映「悲しみこんにちは」(オットー・プレミンジャー)
まあ、『スナップ・ショット』の天才カメラマンのマンガーの場合は再びヒーローに返り咲き、トラウマを克服するわけですが、クリーシィシリーズより主人公がやや屈折している点が個人的には好みでしょうか(『ヴァチカンからの暗殺者』でも、クールなはずのスナイパーが恋に落ちていくという展開が面白い)。
クィネルは長年覆面作家で通してイタリア・シチリア島の南に位置するマルタ共和国の小島であるゴゾ島(マルタ島自体が淡路島ほどの小さな島国なのだが、ゴゾ島はその中のさらなる島)に住んでいましたが、その地で日本人の青年に「あなた、クィネルさんでしょ?」と言われて観念して覆面を脱いだとか(世界中どこへでも行く日本人!)。タンザニア生まれで、イギリスで教育を受け、作家になる前は世界を駆け回るビジネスマンだったというその経歴が初めて世に知られたのは1999年のこと。『ヴァチカンからの暗殺者』が発表年である1978年に翻訳されていることから、既に日本での人気も定着していたかに思えますが(その年の「週刊文春ミステリーベスト10」の3位にランクインしている)、その頃から数えても更に20年余り「覆面作家」で通していたわけかあ。
A・J・クィネル A. J. Quinnell (1940-2005/享年65)
その後、日本にも講演に来ていますが、すごくシャイな人で、講演では滅茶苦茶緊張していたそうです(前述の日本人の青年に正体を見破られた話はこの時にした。その日本人青年も講演会場に来ていたというから、事実に近い話なのだろう)。残念ながら2005年に亡くなっていますが、旅行会社が「クイネル追悼ツアー」を企画していました。
「A・J・クィネル追悼ツアー」パンフレット〔'06年〕
『スナップ・ショット』...【1984年文庫化[新潮文庫]/2000年再文庫化[集英社文庫]】