【3320】 ◎ 水町 勇一郎 『労働法入門 新版 (2019/06 岩波新書) ★★★★☆

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近年大きく発展している労働法の骨格・背景を描き、「読む教科書」として"優れモノ。

労働法入門 新版 (岩波新書.jpg 『労働法入門 新版 (岩波新書 新赤版 1781) 』['19年]

『労働法入門 新版』図1.jpg 本書は、労働法の基礎知識を解説した初版を、働き方改革関連法の施行開始を受けて8年ぶりに改訂したもので、「働き方改革」その他の法改正や最近の判例なども盛り込み、近年大きく発展している労働法の骨格とその背景を描きだすことを狙いとしたものであるとのことです。

 まず第1章「労働法はどのようにして生まれたか」では、労働法の誕生と発展の歴史を追うとともに、安倍内閣の「働き方改革」の趣旨と背景について解説しています。ここでは、働き方改革は、日本的雇用システムがもたらした社会的弊害の解消という側面とともに、日本経済に生産性・成長力の底上げとその成果の労働者への公正な分配によって成長と分配の好循環を実現するという安部政権の経済政策(所謂「アベノミクス」)としての側面を持つとしています。

 第2章「労働法はどのような枠組みから成り立っているのか」では、「法」とは何かということから説き起こし、人は何を根拠に他人から強制されるのか、労働法の「法源」について解説しています。その法源は、法が権利と義務の体系であるとすれば、1つは「契約(労働契約)」であり、もう1つは「法律(労働基準法などの強行法規)」であるが、さらに労働法に固有の法源として労働協約と就業規則があり、日本の労働法の体系は、①法律(強行法規)、②労働協約、③就業規則、④労働契約の4つの法源から成るとしています。そして、日本の労働関係の特徴として、①共同体的性格と②就業規則の重要性の2点について述べています。

 第3章から各論に入ったと言え、第3章「採用、人事、解雇は会社の自由なのか」では、雇用関係の展開と法について取り上げ、雇用関係の終了(解雇―解雇権濫用法理、整理解雇法理、退職勧奨、有期労働の雇止め法理等)、成立(採用―採用内定・内々定、試用期間、求人詐欺等)、展開(人事―人事権の一般的な規制枠組み、査定、昇進・昇格・降格、配転・出向・転籍、休職、懲戒処分等)について解説しています。

 第4章「労働者の人権はどのようにして守られるのか」では、労働者の人権の保護(雇用差別・障害者差別の禁止、正規・非正規労働者間の待遇格差の禁止、ハラスメントなどのいじめ・嫌がらせからの保護、内部告発の保護等)について解説しています。

 第5章「賃金、労働時間、健康はどのようにして守られているのか」では、労働条件の内容と法の関係を取り上げ、賃金(就労不能時の賃金、賞与や退職金の不支給規定、賃金引き下げ、最低賃金、政府による未払い賃金の立替え払い制度等)、労働時間(法定労働時間・休憩・休日の原則、名ばかり管理職問題、時間外・休日労働の要件及び割増賃金、高プロ・裁量労働制度、休暇・休業制度と不利益取り扱いの禁止、労働安全衛生、労災補償、過労死と過労自殺等)について解説しています。

 第6章「労働組合はなぜ必要なのか」では、労使関係をめぐる法について取り上げ、労働組合の存在意義と労働組合制度にまつわる基本的知識(団体交渉と労働協約、団体行動権の保障、不当労働行為の禁止等)及び日本の労働組合(企業別労働組合)の強みと弱みを解説しています。

 第7章「労働力の取引はなぜ自由に委ねられないのか」では、、労働市場を巡る法律について取り上げ、労働者派遣事業や職業紹介事業の法規制、雇用の促進のためのいわゆる雇用政策法について解説するとともに、日本の労働市場法をめぐる課題として、派遣労働者の雇用の安定と待遇の改善(多様な社会実態にあったセーフティネットの構築)、これまで企業内教育システムの対象とされてこなかった非正社員の教育訓練(政府がそれを制度的に促していく取り組み)の2点を指摘しています。

 第8章で「『労働者』『使用者』とは誰か」では、労働関係の多様化・複雑化と法について取り上げ、労働法における「労働者」の適用範囲は、労働基準法、労働契約法、労働組合法などで異なるとともに、労働法上の責任追及の相手となる「使用者」の範囲も同様に異なることを解説し、労働関係が多様化・複雑化するなかで、「労働者」や「使用者」という概念を再検討すべきときにきているのではないかとしています。

 第9章「労働法はどのようにして守られるのか」では、労働紛争解決のための法を取り上げ、労使の話し合いによる紛争の解決と行政による紛争の解決、最後の拠り所としての裁判所とその前の段階としての労働審判について解説しています。日本の労働紛争解決制度の最大の問題点は、実際の労働の現場では、紛争が数多く起きているにもかかわらず、裁判所の利用者数が欧米諸国に比べ圧倒的に少ないことであるとし、その他の選択肢も含め、労働者が問題を抱えたときどこに相談すればよいかを示しています。

 第10章「労働法はどこにいくのか」では、労働法の背景にある変化とこれからの改革に向けて述べています。ここでは、日本の労働法をめぐっては、労働法の対象となる労働者像が「集団としての労働者」から「個人としての労働者」へと転換しつつある中、「個人」としての労働者に視点を移して個別の労働契約をサポートする方向に進むべきであるとする見解と、人間らしい労働条件の実現のためには「国家」による法規制が重要であるという見解が存在しているとする一方、その中間にある「集団」というものに着眼し、労働組合、労働者代表組織、非営利団体等の「集団」的な組織とネットワークによる問題の解決・予防がこれからの労働法の重要な課題だとしています。国家」「個人」「集団」のそれぞれの役割を述べつつ、これからの労働法は、これらの適切な組み合わせが求められるだろうとしています。

 全体としては、タイトル通りのオーソドックスな「入門書」と言えるのではないでしょうか。人事パーソンの立場からすれば実務書というより教養書の類になるかと思いますが、労働法にある程度は通暁していると思われる人が読んでも、"復習"を通して、新たな知見が得られるものと思われます。旧版もそうでしたが、「読む教科書」として手頃な"優れモノ"であると思います。実務面でより深く学びたい読者は、ゼミナールテキスト形式で書かれた、同著者の『労働法』(有斐閣)などに読み進むのもよいでしょう。

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