【3314】 ◎ 大内 伸哉 『非正社員改革―同一労働同一賃金によって格差はなくならない』 (2019/03 中央経済社) ★★★★☆

「●労働経済・労働問題」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3392】 ジェフリー・フェファー 『ブラック職場があなたを殺す
「●大内伸哉」の インデックッスへ 「●文春新書」の インデックッスへ

非正社員問題や同一労働同一賃金の議論の根底にあるものを見つめ直すのによい。

『非正社員改革』1.jpg『非正社員改革』.jpg 『非正社員改革』['19年]

 労働法学者である著者による本書では、「非正社員(非正規労働者)とは、不安定な雇用環境や賃金格差にさらされる可哀そうな労働者である」というイメージがマスコミ等により誇張されすぎているのではないか、そうした中で打ち出された同一労働同一賃金の原則は、一見正しいようでどこか落とし穴があるのではないか、という疑問を投げかけています。

 全4編8章から成る第1編「日本型雇用システムと正社員」の第1章では、なぜ法律には非正社員の定義がないのかを考察し、法律上は正社員と非正社員の格差はなく、パートタイムや有期は労働条件の一つにすぎないとしています。第2章では、統計調査の数字などから非正社員の実像を描き出し、企業はなぜ非正社員を活用するのか、労働者はなぜ非正社員として働くのかを考察、非自発的非正社員は言われているほどに多くはないが、彼らが不満を抱いているのも事実であるとしています。そして、日本型雇用システムの下では、非正社員は正社員の地位を補完する機能として存在してきたとしています。

 第2編「非正社員をめぐる立法の変遷」では、第3章で、日本型雇用システムは労使自治の産物であり、正社員の地位と非正社員の地位は労使が自主的に形成してきたものであるとしたうえで、私的自治を制限するための法律としての労基法の制定と、以降の、法律の足りない部分を補充する判例法理の形成や、私的自治を重視する見解や均等待遇を志向する見解などの学説の動向を振り返っています。第4章では、「消極的介入の時代」として、政府の構造改革政策や労働者派遣の自由化など、労使自治への介入を消極化(緩和)した諸策と、それによってワーキング・プアが増加し社会問題化したこと、2007年のパート労働法改正などにより公正な待遇の確保が求められるようになったこと、偽装請負などで労働者派遣に厳しい目線がそそがれるようになったこと、などの経緯を追っています。第5章では、「積極的介入の時代」として、2012年の派遣労働法改正で、派遣労働者の雇用の安定をはかるために規制が強化され、同年の労契法の改正では有期労働契約も規制がかって無期転換ルールなどが定められるなどし、さらに2018年のパート・有期労働法の制定などもあって、企業の採用の自由は否定され、私的自治の制限が近年は強化されているとしています。

 第3編「非正社員を論理的・政策的に考える」では、第6章で、採用の自由はどこまで制約してよいのかを考察し、2012年の労契法の改正は労働契約の締結強制にまで踏み込んだとし、有期労働契約の無期転換について、海外の法律ではそれを正当化するロジックがあるが、日本の場合はそういたロジックのない政策立法であったとして、その政策的妥当性を検証しています。そして、非自発的非正社員を減らすために、正社員を増やそうと企業に働きかけるという方向性そのものに再考が求められるとし、具体的には、正社員として採用されるに適した人材を育成するという、労働者側に着目した教育訓練を展開していくこと必要であるとしています。さらに第7章で、法は契約内容にどこまで介入してよいのかを考察しています。ここでは同一労働同一賃金について、日本型雇用システムにおける賃金決定のあり方は、同一(価値)労働に対して同一賃金を支払うものでないことを考慮すると、日本において、これを法的な原則として導入するという議論は、もとから的外れだった可能性が高いとしています。

 第4編「真の格差問題とは」では、第8章で、非正社員改革として必要なのは、企業の権限や自由を制限することではなく、非正社員と正社員の格差をもたらす原因である能力の格差をいかに縮めるかが重要なのだとしています。つまり、企業ではなく、労働者に働きかけて、格差が生じないように予防する政策こそが非正社員改革の肝となるとしています。また、第4次産業革命のなかで生じる格差も、新しい技術と共生する能力の違いから生じる可能性があり、デジタル技術を使いこなせるかどうかの格差が、今後の格差問題の中心になっていくかもしれないとしています。

 本書の特徴は、非正社員を日本型雇用システムの構成要素と位置づけたうえで、改革のための法政策の方向性を検討したところにあります。正社員と非正社員の格差は日本型雇用システムにおける労使自治の産物であり、また、契約自由の範囲内で生じたとしています。その意味で、法がそれに介入するのは望ましくないし、非正社員の問題に取り組むとしても、それは労使の手によって日本型雇用システムをトータルにみながら進められるべきものだったとしている点です。著者自身が述べているように、これまでの著者の本が、立法の不活動を打破するために、解雇の金銭的解決やホワイトカラー・エグザンプションなどの改革案を示したものであったのと比べると、立法の「過活動」を抑えるために、なぜ立法介入が必要なのか問い直しているという点で、ベクトルがこれまで逆向きであるのも特徴的です。

 個人的には、正社員と非正社員について、賃金格差よりも教育格差を問題視していることに共感しました。やや気になったのは、企業性善説に立っているように思われた点でしょうか。何れにせよ、非正社員問題や同一労働同一賃金の議論の根底にあるものを見つめ直すという意味で、人事パーソンが手にするにはいいのではないかと思います。

About this Entry

This page contains a single entry by wada published on 2024年1月16日 15:52.

【3313】 ○ 大内 伸哉 『会社員が消える―働き方の未来図』 (2019/02 文春新書) ★★★★ was the previous entry in this blog.

【3315】 ○ 開本 浩矢 (編) 『組織行動論 (ベーシック+)』 (2019/03 中央経済社) ★★★★ is the next entry in this blog.

Find recent content on the main index or look in the archives to find all content.

Categories

Pages

Powered by Movable Type 6.1.1