【3309】 ◎ 黒田 兼一 『戦後日本の人事労務管理―終身雇用・年功制から自己責任とフレキシブル化へ』 (2018/11 ミネルヴァ書房) ★★★★☆

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日本の人事労務管理の歴史を知るうえで良書。

『戦後日本の人事労務管理』.jpg 『戦後日本の人事労務管理:終身雇用・年功制から自己責任とフレキシブル化へ』['18年]

 本書の著者によれば、現在進行する「働き方改革」の背景には、「人が足りなくなれば回してもらえばよいし、不要になれば返せばよい」「成果の達成のみ課せば自己責任で働くようになる」といった危険な認識、人事労務管理の放棄とも危惧される状況があるとのことです。本書は、そうした危機意識のもと、戦後から現在までの日本における人事労務管理の変化の過程を明らかにし、再検証することで、その時々の課題と「働かせ方」の原理の変遷を捉え直し、今まさに求められる「ディーセント="まとも"」な人事労務管理の在り方を探ったものであるとのことです。

 まず序章で、人事労務管理をどう定義し、その変遷過程をどのように分析するか、5つの時期区分を示した後、全7章の第1章で、【第1期:戦後復興期(1945~1955年)】における企業経営と「生産管理闘争」と呼ばれた労働運動の流れを、第2章で、【第2期:第1次高度成長期(1955~1964年)】における戦闘的労働運動の衰退と協調的労使関係の成立を、第3章で、【第3期:第2次高度成長期(1965~1972年)】における協調的労使関係の定着と、職務分析、職務給の導入などにみられる人事労務管理のアメリカ化ともいえる流れを、それぞれ振り返っています。

 続く第4章では、【第4期:オイルショックと低成長期、バブル期(1973~1991年)】における、職能資格制度や職能給の導入をはじめとする「能力主義管理」の台頭と、人事評価に基づき競争的に職場秩序を維持しようとした人事管理の流れを、第5章では、【第5期:1992年以降:バブル崩壊と平成不況】における、「能力主義管理」の徹底とそこから女性労働者が差別的に排除された問題、さらに、その「能力主義管理」が限界に突き当たるまでを追っています。

 そして、第6章では、今日のグローバリゼーション下の日本の人事労務管理は、フレキシブル化と自己責任化が過度に強調されているとしています。つまり、90年代半ばに日本の経営者が求めた、リジッドな長期雇用慣行と「ヒト」基準の処遇からの脱却、市場動向にフレキシブルに対応可能な雇用と処遇への移行などが、それらが現実化した今、また新たな矛盾を生じさせているとしています。

 続く第7章では、そうした現代日本の人事労務管理の実相を、雇用形態(非正規雇用の増加)、人事賃金管理(「成果主義賃金」の登場と衰退、「役割給」の台頭)、労働時間(長時間労働と規制緩和)、教育訓練などについて、統計分析や識者の論文などを基に探っています。

 そして、終章において、ディーセント・ワークの実現に向けた人事労務管理の課題を、雇用安定への道、正規雇用と非正規雇用の均等待遇への道、公平・処遇につながる人事評価制度、長時間労働の短縮とワーク・ライフ・バランスの実現といった観点から整理し、施策を提言しています。

 本書は、これまで著者が発表してきた多くの論文をもとに修正、加筆、再構成したものであるとのことですが、共著ではなく単著であるということもあってか、堅い内容でありながら、読んでいて一連の"流れ"の中で理解できたという印象です。第1章から第5章までは、自動車産業、とりわけ日産自動車の事例が多く出てきて、また、1995年の日経連の『新時代の日本的経営』が幾度となく検証対象として引用されているのも目立ちました。日本の人事労務管理の歴史を知るうえで良書であるし(今の若い人事パーソンって本書に書かれていることをどれくらい知っているのだろうか)、そうした歴史を知ることは、これからどういった方向に向かうべきかを探るうえで無駄にはならないと思います。

 個人的に興味深かった点として、第7章で、「役割給」とは何かをめぐって「職務給に近似した賃金」とする考えに異論を唱えているのと、「コンピテンシー」について結局「使われなくなった」という見方についても異論を述べている点があり(相手は同じ明大学の遠藤公嗣教授であったりするのだが)、この辺りに興味を持たれた人は一度手に取ってみてはどうかと思います。

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This page contains a single entry by wada published on 2024年1月16日 03:06.

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