【3145】 ○ 町田 そのこ 『52ヘルツのクジラたち (2020/04 中央公論新社) ★★★☆

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「不幸のバーゲンセール」か、「虐待の連鎖」ならぬ「寄り添いの連鎖」か。

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52ヘルツのクジラたち (単行本) 』町田そのこ氏

 2021年・第18回「本屋大賞」第1位(大賞)作品。

 主人公・貴瑚はずっと母親から虐待を受け、義父が病気になり寝たきりになってからは、その介護を一人でしなくてはならなかった。介護している義父からも罵倒され、心も体もぼろぼろになっていたある日、高校時代の友達、美晴と再会し、美晴の同僚の男性「アンさん」と出会う。アンさんは貴瑚のことを本気で心配し、貴瑚を家族から引き離してくれた。そして今、貴瑚は亡くなった祖母が暮らしていた大分県の海辺の町にやってきている。貴瑚はそこで、母親に虐待され「ムシ」と呼ばれている少年と出会う。少年は中1くらいの年齢だが、幼い頃の母親の虐待がきっかけで喋ることができない。貴瑚は自分と同じ匂いのする少年を放っておくことができず、少年が安心できる場所を見つけるまでは共にいようと決心する―。

 児童虐待だけでなく、ヤングケアラー、トランスジェンダー、恋人間のDVなど、いろんなものを詰め込んだ感じでしたが、作者がインタビューで「いろんな人の声なき声を小説に織り込んでみることにしました」と語っているように、意図的にそうしているのでしょう。「不幸のバーゲンセールか」との批判もあるように、あざとい感じがしなくもないですが、虐待を受けていたのを家族でない他人に救われた主人公が、今度は虐待を受けている子供を救うことで自身も救われるという「虐待の連鎖」ならぬ「寄り添いの連鎖」の構造になっているところがよくて、やはり感動してしまいます。

 トランスジェンダーの中でも「ゼロジェンダー」に近いそれを扱っている点は、本書の前年に「本屋大賞」を受賞した凪良ゆう『流浪の月』('19斎藤美奈子 2.jpg年/東京創元社)を想起させ、「傷ついたティーン」扱っている点では、2020(令和2)年下半期・第164回「芥川賞」受賞作である宇佐美りん『推し、燃ゆ』('20年/河出書房新社)を想起させられました(『推し、燃ゆ』はこの本書と同年の「本屋大賞」では第9位)。本作は傷ついた女性が虐待されている子供を救おうとする話ですが、こういうメタファミリー的な小説が支持されるのは、家族でも友人でも恋人でもない関係に絆を求める人が多いからではないかと、文芸評論家の斎藤美奈子氏が言っていました。

 タイトルが上手いと思います。「52ヘルツのクジラ」とは、世界で一番孤独だと言われているクジラのことで、他のクジラとは声の周波数が違うため、いくら大声をあげていたとしても、ほかの大勢の仲間にはその声は届かず、世界で一頭だけというそのクジラの存在自体は確認されているものの、姿を見た人はいないと言われているそうです。「クジラたち」とすることで、そうした「52ヘルツのクジラ」に喩えられる"少数者"が世の中にはたくさんいることを示唆しているように思います。

 そう言えば、是枝裕和監督の映画「誰も知らない」('04年/シネカノン)なども、まさにタイトルからして同じ系列であったように思えます。あの映画は育児放棄を描いたものでしたが、母親の失踪後、過酷な状況の中で幼い弟妹の面倒を見る長男に唯一寄り添ったのは、自身が不登校という問題を抱える少女でした。「誰も知らない」は1988年に発生した「巣鴨子供置き去り事件」をモチーフにしていますが、こうしたが家族の問題をテーマとした小説が横溢する今、映画で描かれた世界は今日にも通じるものがあったことを改めて思わせます。

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