【3011】 ○ 樋口 一葉 「にごりえ」―『にごりえ・たけくらべ』 (1949/06 新潮文庫) ★★★★

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「悲惨小説」になっているのが逆に面白いのかも。リアリズムで読者を惹きつける。

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にごりえ・たけくらべ (新潮文庫)』(にごりえ・十三夜・たけくらべ・大つごもり・ゆく雲・うつせみ・われから・わかれ道)/『にごりえ・たけくらべ (岩波文庫 緑25-1)』(カバー絵:鏑木清方「たけくらべの美登利」)/『樋口一葉 [ちくま日本文学013]』(たけくらべ・にごりえ・大つごもり・十三夜・ゆく雲・わかれ道・われから・春の日・琴の音・闇桜・あきあわせ・塵の中・他)/映画「にごりえ」淡島千景
にごりえ 31.jpg 丸山福山町の銘酒屋街にある菊の井のお力は、上客の結城朝之助に気に入られるが、それ以前に馴染みになった客・源七がいた。源七は蒲団屋を営んでいたが、お力に入れ込んだことで没落し、今は妻子共々長屋での苦しい生活を送っている。しかし、それでもお力への未練を断ち切れずにいた。ある日、朝之助が店にやって来た。お力は酒に酔って身の上話を始めるが、朝之助はお力に出世を望むなと言う。一方の源七は仕事もままならなくなり、家計は妻の内職に頼るばかりになっていた。そんな中、子どもがお力から高価な菓子を貰ったことをきっかけに、それを嘆く妻と諍いになり、ついに源七は妻子とも別れてしまう。ある日、菊乃井でお力が行方不明になり、騒ぎになっていた―。

ちくま日本文学013 樋口一葉.jpg 樋口一葉が、1895(明治28)年9月、雑誌「文芸倶楽部」に発表した作品です。舞台となった丸山福山町は現・文京区白山一丁目、西片一丁目あたりで旧花街に近く、樋口一葉は「たけくらべ」の舞台となった竜泉寺町(現・台東区竜泉)を引き上げた後、1894(明治27)年から没する1896(明治29)年まで丸山福山町に居住し、「にごりえ」のほか、「大つごもり」「たけくらべ」「十三夜」等の名作を遺しています(竜泉に「一葉記念館」があるが、本郷の東大赤門の向かいにも「一葉会館」があり、ゆかりの品々が展示されている)。

樋口一葉 [ちくま日本文学013]』(カバー絵:安良光雅

にごりえ 小池 神山.jpg この「にごりえ」は、今井正監督によりオムニバス映画「にごりえ」('53年/松竹)の第3話として淡島千景主演で映像化されていて、結城朝之助を山村聡、源七を宮口精二、源七の妻・お初を杉村春子が演じています(二人の息子を当時6歳の松山省二が演じている)。「文学座総出演」の映画とのことで、この第3話にはそのほかにヤクザや酔客などの役で、加藤武や小池朝雄、神山繁などがノンクレジットでちょっとだけですが出ています。

 推理小説ではないので結末を明かしてしまうと、最後にお力は源七の刃によって、無理とも合意とも分からない心中の片割れとなって死ぬことにまります。結局、お力も源七のことが忘れられず、二人はどこかで会ったのではないかと思われます。ただし、その時、妻子に去られ絆(ほだ)しの無くなった源七の方はともかく、お力の方に心中する気持ちまで固まっていたかは疑問です。実際、検証ではお力は後ろ袈裟に切られており、逃げようとしたのではないかと推察されています。ただし、その前に二人が裏山で話し合っているところが人に見られていることから、事前の合意があったともとれ、結局、作者は意図的にどちらでもとれるような書き方をしたように思います。

にごりえ 2.jpg この物語におけるお力は上客の結城朝之助の態度は微妙です。お力は菊の井のいわばナンバーワン芸妓でありながら、今の生活を虚しく感じており、自暴自棄になっているところがあります。そんなお力の前に客として朝之助という独身男性が現れ、彼に対して彼女は自分の生い立ちなどを語るまでになり(その中身は子ども時代の凄まじいまでの貧乏物語で、これは映画でも映像化されていた)、一時は朝之助に気持ちが傾いたかに思えました。でも、朝之助の方は、突き放しはしないものの、「俺の嫁になれ」などといったことを言うわけでもありません。

にごりえ 宮口.jpg お力も、結局は朝之助とは一緒にはなれないと思ったのでしょうか。あるいは、彼女自身が男性に完全に所有されることを拒否しているようにもとれます。そして、さらに深い虚無感に陥ったようにも思われ、源七の方へ奔ったともとれます(源七を狂わせた罰を自ら引き受けて死んでいったとの解釈もあるようだ)。一方、源七の側にすれば、「いっそ死のう」との想いは自然なことであり、ネガティブな意味での「渡りに船」だったかもしれません。彼は一緒に死んでくれる相手としてお力のことを考えていたのではないかと思われます(山中貞雄監督の「人情紙風船」('37年/東宝映画)を思い出した)。
 
 樋口一葉の作品はやはり悲劇が多いように思いますが、この作品は、抒情性を湛えた「たけくらべ」などと比べると、徹底した悲劇であるように思います(「たけくらべ」が一葉の作品の中でも特殊な方なのかも)。お力の死は恋人を亡くした朝之助にとっても不幸であり、源七の死は戻ってくる所を無くしたその妻にとっても不幸です(二人の子どもにとっても不幸ということになる)。

にごりえges.jpg ただし、変な言い方ですが、こういう絶望的な物語(「悲惨小説」)になっているところが逆に面白いのかもしれず、一葉という人は読者心理がよく分かっていたのではないかと思います。また、お力自身の絶望感には、何か運命論的な思い込みがあるようにも思います。そうしたお力の絶望感が読む側に伝わってくる根底には、描写のリアリズムがあるのでしょう。それも読者を惹きつける要因になっていると思います。

「にごりえ」●制作年:1953年●監督:今井正●製作:伊藤武郎●脚本:水木洋子/井手俊郎●撮影:中尾駿一郎●音楽:團伊玖磨●原作:樋口一葉『十三夜』『大つごもり』『にごりえ』●時間:130分●出演:《十三夜》田村秋子/丹阿弥谷津子/三津田健/芥川比呂志/久門祐夫(ノンクレジット)《大つにごりえages.jpgごもり》久我美子/中村伸郎/竜岡晋/長岡輝子/荒木道子/仲谷昇(山村石之助(ノンクレジット))/岸田今日子(山村家次女(ノンクレジット))/北村和夫(車夫(ノンクレジット))/河原崎次郎(従弟・三之助(ノンクレジット))《にごりえ》淡島千景/杉村春子/賀原夏子/南美江/北城真記子/文野朋子/山村聰/宮口精二/十朱久雄/加藤武(ヤクザ(ノンクレジット))/加藤治子/松山省二/小池朝雄(女郎に絡む男(ノンクレジット))/神山繁 (ガラの悪い酔客(ノンクレジット))●公開:1953/11●配給:松竹(評価:★★★★)

【1949年文庫化・1978年・2013年改版[新潮文庫(『にごりえ・たけくらべ』)]/1950年文庫化・1999年改版[岩波文庫(『にごりえ・たけくらべ』)]/1968年再文庫化[角川文庫(『たけくらべ・にごりえ』)]/1992年再文庫化・2008年改版[ちくま文庫(『ちくま日本文学013 樋口一葉』)]】

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