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チェスタトン的な"見えない人間"の「盲点」。「サンドイッチのハム」で氷解するのが肝(キモ)。

ヒッチコック・サスペンスs  1.jpgひき逃げを見た02.jpg ひき逃げを見た03.jpg 
ジョン・フォーサイス(推理小説家マイケル・バーンズ)/モー リス・マンソン(医師)  ケント・スミス(民事弁護士・友人ジェリー)/ジョン・フォーサイス(バーンズ)
The Alfred Hitchcock Hour - The Complete Collection [Import]
ひき逃げを見た×4.jpg ある日、自動車で帰宅中の作家マイケル・バーンズ(ジョン・フォーサイス)がひき逃げ事件を目撃する。彼が「すべてを見た」と警察に証言し、逃げた男の特徴や車を明確に告発したことで、犯人と思われる男が逮捕される。しかし、この目撃証言には大きな落とし穴があった。証言者であるバーンズ自身も、運転中に別の交通ルール違反を犯していたことが判明し、警察や検察側から「お前の目撃証言は本当に正確なのか?」と、逆にバーンズの信用性が厳しく追及されることになる。「自分は確実に見た」と主張するバーンズに対し、警察側は彼の過去の違反や目撃時の状況を細かくつついて彼を追い詰め、次第にバーンズの主張が揺らいでいく―。

エヴァン・エヴァンス(ペネロペ・サンフォード/ペニー)/フィリップ・オーバー(薔薇の世話をしていたジョン・ホーイ大佐)/ウィリアム・ニューウェル(酔っ払いピーターソン)/ジョン・フィードラー(車に乗っていたスチュワート)

ひき逃げを見た 地図.jpg 「ヒッチコック・サスペンス」(1963~65)第4話「ひき逃げを見た」(I Saw the Whole Thing)は、「ヒッチコック・サスペンス」の中で唯一のヒッチコック監督作になります。人間がいかに「自分の見たいものしか見ひき逃げを見た01.jpgない」か、記憶がいかに曖昧で都合よく改変されるかを描いたサイコロジカル・サスペンスであり、最後までバーンズが真犯人であるかのように見せず(映像的"叙述都トリック"とも言える)、視聴者も彼の視点に合わせて「警察が無能だ」と感じさせる構成がヒッチコックらしい巧みな演出となっています。
バーニー・フィリップス(スイート警部補)

ひき逃げを見た 道路.jpg 冒頭のストップモーションでのつかみも中盤の法廷シーンもひき逃げを見た04.jpg良く、被告であるバーンズ自らが弁護を担当し、目撃者である証人たちの証言を一つ一つ打ち崩していくあたりは充分堪能できます。そして最後に、観客の視点を自分の手内に集めておいて、実は逆の手でネタを仕込んでいたという手管が見事でした。
ジョン・ザレンバ(アンダーソン検事)/ウィリス・ブーチェイ(ニールソン判事)/エバン・エヴァンス(ペニー)

ひき逃げを見た05.jpg 原作は、法理論の世界的権威メルトン教授が母校ケンブリッジ大学で講義をすることになったものの、当日の朝に頭を強打し、いかにして完全犯罪を遂行するかという突拍子もない名講義をするというユーモア法廷推理小説『メルトン先生の犯罪学演習』('61年/創元推理文庫)のヘンリー・セシルで、この映像化作品の原作もミステリ・ファンの間でも評価が高い作品そうですが、一体どこで読めるのか。自身で監督したということは、ヒッチコック自身も良さを感じ取っていたのでしょうか。先に取り上げた「ヒッチコック劇場(第49話)/手(オッターモール氏の手)」は、叙述トリック的構造を持つ原作をどう映像化するのかが見所でしたが、こちらは、原作がどうなっているのか読んでみたいと思いました。
ウィリス・ブーチェイ(ニールソン判事)

ヒッチコック劇場 第四集.jpgひき逃げを見た00.jpg「ヒッチコック・サスペンス(第8話)/ひき逃げを見た(S 1 E 4 #4)」●原題:The Alfred Hitchcock Hour-I SAW THE WHOLE THING●制作年:1962年●制作国:アメリカ●本国放映:1962/10/11●監督:アルフレッド・ヒッチコック●脚本:ヘンリー・スレッサー●原作:ヘンリー・セシル●時間:48分●出演:ジョン・フォーサイス/ケント・スミス/エヴァン・エヴァンス/ジョ ン・フィードラー/フィリップ・オーバー/ジョ ン・ザレンバ/バーニー・フィリップス/ウィリアム・ニューウェル/ウィリス・ブーチェイ)/モーリス・マンソン/アルフレッド・ヒッチコック(ストーリーテラー)●日本放映:1963/08/09●放映局:関西テレビ(評価★★★★)
ヒッチコック劇場 第四集2 【ベスト・ライブラリー 1500円:第4弾】 [DVD]」(「脱税夫人(The avon emeralds)」「悪徳の町(The crooked road)」「指(Man from the south)」「ひき逃げを見た(I saw the whole thing)」)

ヒットコック・さす.jpg「ヒッチコック・サスペンス」The Alfred Hitchcock Hour(CBS・NBC 1963.9.20~65.5.10)○日本での放映チャネル:関西テレビ(1963・第1シーズン32話を放送)/フジテレビ(1965・第2シーズン32話を放送)
 ●「ヒッチコック・サスペンス」(関西テレビ)
  1963年6月21日〜1964年2月28日 第1シーズン32話を放送(1964年1月31日以降は再放送)
 ●「新・ヒッチコックシリーズ」(フジテレビ)
  1965年1月6日〜1965年9月29日。第2シーズン32話を放送(1965年8月25日以降は再放送)

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「動機」の謎を追う〈ミッシング・リンクもの〉である原作の映像化作品として成功している。

探索000.jpg 間違いの悲劇.jpg
The Alfred Hitchcock Hour [Import anglais]」「ヒッチコック・サスペンス(第42話)/探索」ディック・ヨーク『間違いの悲劇』['06年]
探索06.jpg ミネソタ州ノースフィールドで、年老いた農夫ジョン・クーリー(R・G・アームストロング)の息子トミーが図書館から本を借りたまま失踪した。ノースフィールドの町の図書館司書のスーザン(ジャクリーン・スコット)は、幼馴染みのウィル保安官補(ディック・ヨーク)に捜索を依頼、ウィルは町をあげて大捜索を行うが、トミーは見つからない。その後しばらくして、トミーは後頭部を強打された無残な死体となって発見される。地道に事件の捜査を行うウィルだったが、何一つ手掛かりを見つけることができないままだった。その後、不動産のオーナー男性、そして「独裁者」と言われる地元の名士フローラ・スローン女史(キャサリン・スクイール)が相次いで殺される。まったく手掛かりが無くお手上げ状態で、町の人々は犯人を逮捕できないウィルの責任を追及し、集会を開き自警団を結成すると騒ぎだすが、ウィルはふと、トミーの父親がトミーの遺体の発見現場でガラスの破片を拾っていたことを思い出す。それは、自動車のヘッドライトの破片だった。それによってリンクは、トミーが自動車事故により死亡したこと、そして犯人に気づく。だがその時すでに、犯人は「独裁者」が不動産オーナーから買った中古車を、彼女に押しつけられて購入したスーザンを殺そうとしていた―。
  
EQ㎜1958 8,9.jpg 「ヒッチコック・サスペンス」(1963~65)の第43話「探索」です。原作は、本国で1999年に刊行されたエラリー・クイーンの推理小説短編集『間違いの悲劇』('06年/創元推理文庫)の中の1編「動機」(The Motive)で、1956年に「恐怖の町」という題で発表され、その後、EQMMの1958年8、9月号に「動機」と改題・改稿されて掲載された作品です(ストーリーに変更はなかったものの、かなりの加筆があった模様)。

EQMM(ELLERY QUEEN'S MYSTERY MAGAZINE)1958年8、9月号

探索02.jpg この作品は作者のクイーン(合作ペンネームだが)も自賛しており、文庫解説の飯城勇三氏は、動機の謎を扱った〈ミッシング・リンクもの〉としては、本作は5本の指に入る出来であるとしています。ただし一方で、巧妙な伏線が張り巡らされてはいても、手掛かりに基づく論理的推理には乏しいともしています(言わせてもらえば、犯人の犯行ターゲットも蓋然性に基づくものである)。ただし、飯城勇三氏曰く、この映像化作品は脚本が素晴らしく、原作を見事に映像に移し替えているとし、敢えて不満を言えば、予算のせいか、町のパニックがあまり描かれていないことぐらいかと。

 個人的にも、映像化作品として成功しているように思えました(主人公の名がリンク・ピアスからウィル・ピアスに変更されている)。町のパニックがあまり描かれていなことで、「恐怖の町」という当初の原作のタイトルからは遠くなったかもしれませんが(因みに、この映像化作品の原題も「ノースフィールドの恐怖(Terror at Northfield)」である)、原作では終盤で犯人が分かるのに対し、この映像化作品は、"第2・第3の殺人"の犯人は早々に観る側に判り、あとは、なぜ犯人がその人物を選んで殺害するのかということが焦点となるという、その意味ではむしろ「動機」という原作のタイトルと整合しているように思いました(映像化作品の邦題で「探索」になってしまった。確かに「動機」の謎を追う「探索」ではあるが「動機」の方が良かった)。

 演出は、「刑事コロンボ/祝砲の挽歌」「刑事コロンボ/5時30分の目撃者」「刑事コロンボ/忘れられたスター」、「刑事コロンボ/魔術師の幻想」('74~'76年)のハーヴェイ・ハート(だから先に犯人を明かしているのか((笑))、脚本は「三つ数えろ」('46年)、「リオ・ブラボー」('59年)、「ロング・グッドバイ」('73年)、「スター・ウォーズ/帝国の逆襲」('80年)の女傑リー・ブラケット、そして出演は「奥様は魔女」(1964~72)の"ダーリン"ことディック・ヨークと、スティーヴン・スピルバーグ監督の「激突!」('71年)でのデニス・ウィーヴァー演じる主人公の妻役のジャクリーン・スコット。

探索03.jpg 保安官補役のディック・ヨークは、観る側に「奥様は魔女」の"ダーリン"のイメージを与えるためか、シリアスな状況でもどこかコミカルな印象がありましたが、事件の真相に迫るにしたがって締まってきました。幼馴染みのスーザンとの付かず離れずの関係も見所です。飯城勇三氏は、原作について、「幼馴染みのカップルの田舎風恋愛は、他のクイーン作品に出てくる洒落た都会風の恋愛とは異なっている」としていましたが、映像化してみるとこれはこれで悪くなく、前半のディック・ヨークのコミカルな演技やジャクリーン・スコットの突っ張った演技も効いていたように思います。
    
ディック・ヨーク

探索05.jpg「ヒッチコック・サスペンス(第42話)/探索(S 2 E 3 #35)」●原題:The Alfred Hitchcock Hour -TERROR AT NORTHFIELD●制作年:1963年●制作国:アメリカ●本国放映:1963/10/11●監督:ハーヴェイ・ハート●脚本:リー・ブラケット●原作:エラリー・クイーン●時間:48分●出演:ディック・ヨーク/ジャクリーン・スコット/R・G・アームストロング/キャサリン・スクイール/ピーター・ウィットニー/デニス・パトリック/カート・コンウェイ/ゲルトルート・フリン/ハリー・ハーヴェイ・シニア/アルフレッド・ヒッチコック(ストーリーテラー)●日本放映:1965/03●放映局:フジテレビ(評価★★★★)
 
ヒットコック・さす.jpg「ヒッチコック・サスペンス」The Alfred Hitchcock Hour(CBS・NBC 1963.9.20~65.5.10)○日本での放映チャネル:関西テレビ(1963・第1シーズン32話を放送)/フジテレビ(1965・第2シーズン32話を放送)
 ●「ヒッチコック・サスペンス」(関西テレビ)
  1963年6月21日〜1964年2月28日 第1シーズン32話を放送(1964年1月31日以降は再放送)
 ●「新・ヒッチコックシリーズ」(フジテレビ)
  1965年1月6日〜1965年9月29日。第2シーズン32話を放送(1965年8月25日以降は再放送)「新・ヒッチコッック劇場」(1985~1989)との混同を避けるため、ここでは「ヒッチコック・サスペンス」で統一した(第3シーン29話は本邦未放映)。
ヒッチコック・サスペンス」.jpg
 
奥様は魔女4.jpg奥様は魔女1.jpg奥様は魔女2.jpg「奥さまは魔女」Bewitched(ABC 1964.9.17~1972.7.1)○日本での放映チャネル:TBS(1966〜1968)ほか

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ホーソーン・シリーズ第4弾。ホロヴィッツが殺人容疑で逮捕!今回も愉しめた。

ナイフをひねればp.jpgナイフをひねれば.jpg ナイフをひねれば2.jpg
ナイフをひねれば (創元推理文庫)』['23年]
The Twist of a Knife: A gripping locked-room mystery from the bestselling crime writer (Hawthorne, 4) 』['22年]
ナイフをひねれば』 原著.jpg 「われわれの契約は、これで終わりだ」探偵ホーソーンに、彼が主人公のミステリを書くのに耐えかねて、私、作家のホロヴィッツはこう告げた。その翌週、ロンドンで脚本を手がけた戯曲の公演が始まる。いきなり酷評する劇評を目にして意気消沈するわたし。ところがその劇評家が殺害されてしまう。凶器はあろうことか私の短剣。逮捕された私には分かっていた。自分を救えるのは、あの男だけだと―。

 『メインテーマは殺人』(2017)、『その裁きは死』(2018)、『殺しへのライン』(2021)に続くホーソーン・シリーズの第4弾であり、2022年8月刊行の原著タイトルは"The Twist of a Knife"。「週刊文春ミステリーベスト10(2023年)」海外部門・第2位、「このミステリーがすごい!(2024年版)」海外編・第2位、「本格ミステリ・ベスト10(2024年)」海外篇・第3位、「ミステリが読みたい!(2024年)」海外篇・第2位でした。

 元刑事の探偵ダニエル・ホーソーンが言わばホームズ役で、私ことアンソニー・ホロヴィッツがワトソン役のシリーズ作。タイミング的には、『ヨルガオ殺人事件』を書き始めたころで、「オルダニー島の事件」の本はまだ手付かずとのことで、これが『殺しへのライン』を指すことは、作者の本を読み継いできた読者には明らかなところです。

 このように、作者が登場人物となって起きた事件を小説にする入れ子構造がシリーズの特徴ですが、今回はその作者ホロヴィッツが殺人容疑で逮捕されてしまうという意外な展開に引き込まれます。いったんは釈放されますが、ホロヴィッツが犯人であることを裏付けるような状況証拠が続々出てきて、最重要容疑者として追われることになります。

 今回も、前作に続いてアガサ・クリスティ作品の現代版といった感じでしょうか。途中で犯人が判った気になりましたが違っており、結局、ホーソーンによる最後の謎解きまで判りませんでした(これは判らないのが普通だろうなあ)。ホーソーンが容疑者・関係者を集めて事件の全容を明かす様は、「名探偵ポワロ」を髣髴させます(実際アンソニー・ホロヴィッツは、1989年から2013年にかけて製作されたTVシリーズ「名探偵ポワロ」のうち「白昼の悪魔」など11エピソードの脚本を書いている)。

 今回も愉しめました。意外な展開が、『殺しへのライン』以上だったかもしれません。5つ星評価にしても良かったのですが、『殺しへのライン』と同様、聞かされてみないと読者は知るよしも無い背後事情というのもあって、『殺しへのライン』と同じく星4つとしました。

 アンソニー・ホロヴィッツ作品はどれも並みのミステリのレベルを超えていて、ある程度厳しめに評価しないと、どれも皆5つ星評価になりそう(笑)。でも、全部5つ星評価にしてしまうと、その中でもどれが特に良かったのか後で自分でも分からなくなるので、ホロヴィッツ作品同士の中で相対評価して差をつけているという感じでしょうか。

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ホーソーン・シリーズ第3弾。クリスティ作品の現代版。それなりに期待に応えた。

殺しへのライン.jpg 殺しへのライン2.jpg殺しへのライン3.jpg
殺しへのライン (創元推理文庫 Mホ 15-7) 』['22年]
殺しへのライン原著.jpg殺しへのライン 原著.jpg 『メインテーマは殺人』の刊行まであと3ヵ月。プロモーションとして、探偵ダニエル・ホーソーンと私、作家のアンソニー・ホロヴィッツは、初めて開催される文芸フェスに参加するため、チャンネル諸島のオルダニー島を訪れた。どことなく不穏な雰囲気が漂っていたところ、文芸フェスの関係者のひとりが死体で発見される。椅子に手足をテープで固定されていたが、なぜか右手だけは自由なままだった―。

A Line to Kill: A Novel (A Hawthorne and Horowitz Mystery) 』['21年]ハードカバー/『A Line to Kill 』['21年]ペーパーバック

 2021年8月刊行の原著タイトルは"A Line to Kill "。「週刊文春ミステリーベスト10(2022年)」海外部門・第2位、「このミステリーがすごい!(2023年版)」海外編・第2位、「本格ミステリ・ベスト10(2023年)」海外篇・第2位、「ミステリが読みたい!(2023年)」海外篇・第2位と、年末ミステリランキングでいずれも2位でした(因みに、この年は『われら闇より天を見る』(クリス・ウィタカー)が「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」「ミステリが読みたい!」において3冠制覇している)。

 帯に「あの『カササギ殺人事件』の続編登場!」とありますが、実際には『メインテーマは殺人』(2017)、『その裁きは死』(2018)に続くホーソーン・シリーズの第3弾であり、元刑事の探偵ダニエル・ホーソーンが言わばホームズ役で、私ことアンソニー・ホロヴィッツがワトソン役ということになります(私がホーソンの事件を記録した第1作『メインテーマは殺人』の販売戦略についてエージェントと打ち合わせするところから物語は始まる)。

 今回は、いつも以上にアガサ・クリスティ作品へのオマージュが色濃く、まさにクリスティのミステリの現代版と言えるもので、最初からそのことを意識して書かれた作品のように思いました。

 ある種「観光ミステリ」であること(クリスティ作品では枚挙に暇がない)、「孤島での連続殺人事件」や「10人を超える容疑者」(『そして誰もいなくなった』『白昼の悪夢』か)、いったん解決したかに見えて、最後の最後にまったく異なる事実が明らかになるという展開...等々。ほぼ読み解き不可能な(笑)、「隠されていた人物相関」(『ナイルに死す』『鏡は横にひび割れて』などがそうであり、特に、『鏡は横にひび割れて』に近い)―いい点だけでなく、後出しジャンケン的な点(笑)を含めてクリスティ作品っぽかったです。

 それでも、容疑者の人数が多いかかわらず、キャラクターの描き分けがしっかり出来ていて、すいすい読めました。この点は作者の力量かと思います。「年末ミステリランキング4年連続3冠」の後に作品で、読者の要求水準は高くなってしまっていますが、それなりに期待に応えた作品ではないかと思います。

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精神的な動機の犯罪(?)。人間のどろっとした欲望も関係していて面白かった。

ハロウィーン・パーティ00.jpg
『ハロウィーン・パーティー(ハヤカワ・ミステリ) 』['71年(中村能三:訳)]『ハロウィーン・パーティ (ハヤカワ・ミステリ文庫 1-26)』['77年(中村能三:訳)]『ハロウィーン・パーティー (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』['03年(中村能三:訳)]『ハロウィーン・パーティ〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫)』['23年(山本やよい:訳)]
ペーパーバック(2003・2015・2018)
ハロウィーン・パーティ pb.jpg ウドリー・コモンの「リンゴの木荘」でハロウィーン・パーティの飾りつけの準備中に殺人を目撃したことがあると言い出した13歳の少女、ジョイスが翌日、パーティ用に用意された水の入ったバケツに首を押し込まれて溺死しているのが見つかった。パーティに出席していたアリアドニ・オリヴァ夫人は、ただちにエルキュール・ポアロに助けを求める。ジョイス殺しと彼女が見たという殺人の謎を解き明かすため、ポアロはウドリー・コモンに住む旧友、スペンス元警視を訪ね、捜査に乗り出す―。

 アガサ・クリスティの1969年に発表された作品で、クリスティが生涯に遺した66作の長編ミステリのうち、発表順で60番目にあたり、『親指のうずき』('68年)と『フランクフルトへの乗客』('70年)の間になり、66作の長編のうちポワロが登場するのは33作で、その中では31作目ということになります。ただし、65番目のポワロものの最終作『カーテン』('75年)と最後66番目のミス・マープルものの最終作『スリーピング・マーダー』('76年)はともに1943年に執筆されているので、実際の執筆順で言えば、全体で終わりから5番目、ポワロもので終わりから2番目となります。

 ということで作者晩年期の作品で、本作にも少し出てきますが、英国は1965年11月から死刑執行を5年間停止する時限立法が可決されており(その後、1969年12月に死刑廃止を決定)、犯人は今の日本の量刑相場だと死刑でしょうが、結局、死刑にはならないのだろなあと思ったりしました。

 一方、60年代はビートルズの活動期でもあり(1970年に事実上の解散)、本作でも長髪の若者とか出てきます。時代を反映してかどうか分かりませんが、登場人物がESP(超能力)を話題にするかと思えば、ポアロをコンピュータに喩える場面もあります。

 いろいろな意味で精神的な動機の犯罪(?)でした。でも、人間のどろっとした欲望も関係していて、その両者が絡み合っていたということで、結果的には面白かったです。

 初めて読んだとき、途中で、論理的な根拠も無いまま感覚的に犯人が判ったかなと思いましたが、やっぱり外れていました。やや後出しジャンケン的なきらいもありましたが、愉しめました。ミステリ半分、ブラックメルヘン乃至サイコ的な要素半分といったところでしょうか。

名探偵ポアロ 第63話 ハロウィーン・パーティ 2010.jpg名探偵ポアロハロウィーン・パーティ5.jpg デビッド・スーシェ主演のテレビシリーズの「ハロウィーン・パーティ」(第63話)では、原作のプロットを活かしながら、サブエピソードや脇役のキャラクターを整理していて、魔女伝説などもプラスされていますが、総じて、超自然的ムードにはいささか乏しく、むしろ子供たちが躊躇ない悪意の手にかかる筋立てや、犯人の動機と心理の身勝手さにおぞましさが感じられるものとなっています。あくまでミステリ部分に焦点を当て、丁寧に物語を作らられていた分、神秘的だったりメルヘンチックな部分は抑えられ、説明的であったとも言えます(この作品に限らず、映像化するとそうなる傾向はある)。

名探偵ポアロハロウィーン・パーティ.jpg ラストで、エルキュール・ポワロ(デビッド・スーシェ)とジュディス・バトラー(アメリア・ブルモア)とオリヴァ夫人(ゾーイ・ワナメイカー、「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第4話)/予告殺人」 ('05年/英))の3人が森の中を散策しながら会話するシーンがあり、ジュディスが娘ミ名探偵ポアロ ハロウィーン・パーティ 3.jpgランダ(アリー・ヒギンズ)の「亡き父親」について作り話していたのは、娘には「強い父親」像が必要だったからと、ちゃんとその理由をジュディス本人に言わせていました。脚本家の1つの解釈かもしれませんが、原作より丁寧とも言えるか? 彼女は「女」から娘の将来を想う「母親」になっていったということでしょうか(「どろっと」感を抑えた?)。

名探偵ポアロ ベネチアの亡霊.jpg名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊.jpg 原作が同じく『ハロウィーン・パーティー』であるケネス・ブラナー監督・主演の映画化作品「名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊」('23年/米)はどのような作りになっているのか観てみたいと思いました。ケネス・ブラナーが「オリエント急行殺人事件」('17年)、「ナイル殺人事件」('22年)の次にこの作品を選んだというのも興味深いです(ただし、舞台をベネチアにするなど、かなり設定を変えている?)。
【Amazon.co.jp限定】名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊 ブルーレイ+DVDセット(オリジナルビジュアルシート付き) [Blu-ray]

名探偵ポアロ(第63話)/ハロウィーン・パーティ2010.jpg名探偵ポワロDVDコレクション 37号 (ハロウィーン・パーティー) [分冊百科] (DVD付)』  
メアリー・ヒギンズ(ミランダ・バトラー)  
名探偵ポアロ ハロウィーン・パーティ3.jpg「名探偵ポワロ(第63話)/ハロウィーン・パーティ」●原題:AGAHTA CHRISTIE'S POIROT SEASON11:HALLOWE'EN PARTY●制作年:2010年●制作国:イギリス●本国放映:2010/10/27●監督:チャールズ・パーマー●脚本:マーク・ゲイティス●時間:89分●出演:デビッド・スーシェ/ゾーイ・ワナメイカー(アリアドニ・オリヴァ)/デビッド・イェラ名探偵ポアロ ハロウィーン・パーティ キング他.jpgンド(ジョージ)/アメリア・ブルモア(ジュディス・バトラー)/デボラ・フィンドレイ(ロウィーナ・ドレイク)/メアリー・ヒギンズ(ミランダ・バトラー)/ソフィー・トンプソン(レイノルズ夫人)/ジョージア・キング(フランシス・ドレイク)/イアン・ハラード(エドムンド・ドレイク)/フィネラ・ウールガー(ウィチカー先生)●日本放映:2012/02/08●放映局:NHK-BS2(評価:★★★☆)

ジョージア・キング(フランシス・ドレイク)/デボラ・フィンドレイ(ロウィーナ・ドレイク)


【1971年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(中村能三:訳)]/1977 年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(中村能三:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫〔新訳版〕(山本やよい:訳)]】


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オッターモール氏の手 1957.jpg オッターモール氏の手 4.jpg オッターモール氏の手 1.jpg
ALFRED HITCHCOCK PRESENTS: SEASON TWO [5 Discs]」「手(オッターモール氏の手)」セオドア・ビケル/リス・ウィリアム
オッターモール氏の手 tvm.jpg 1919年のロンドン。ハーバート・ホワイブロー氏はイースト・エンドの路地を抜け、妻の待つ自宅へ帰り着く。その時ノックの音が。ドアを開け、ホワイブロー氏は笑顔でその人物に語りかけた。「さあ、どうぞ。一緒に座ってお茶でも...」その瞬間、その首に手が巻き付いた!―彼は驚愕の叫びを上げ、ホワイブロー夫人は奥の部屋から「ハーバート?」と声を掛けた。ホワイブロー夫妻の殺害現場に出動した巡査部長(セオドア・バイケル)は入口で騒ぐ群衆を整理していた。そこへホワイブロー氏の甥(バリー・ハーヴェイ)がやってくる。「誰がやった?」「まだわからん」 巡査部長は、家の前を通りかかるとドアが開いており、中を覗いたら死んでいたと甥に告げる。現場には争った跡もなく、金も残っており物盗りの気配もなかった。隣人は、夫婦は5年前に引っ越して来て以来、穏やかで皆から好かれていたと語った。指紋もない。甥は叫んだ。「何の理由もない!」「その通り、何の理由もなく彼らは死んだ」。そこへ「ガーディアン」紙の記者サマーズ(リス・ウィリアムズ)もやって来る。マスコミ関係者をシャットアウトした巡査部長は、たまたまバーを巡回中に会ったサマーズと情報の開示について口論する。巡査部長「ところで...何故、あなたはあんなに早く現場に来れたのか?」「たまたまあの時、あの辺りをうろついていたのさ。おやすみ、巡査部長」。その頃、町を歩く花売りの老婆に近付く口笛...その首に手が巻きつく!次の朝、警察へ赴くサマーズ。そこで演説をぶつ初老の巡査ジョンソン(トリン・サッチャー)と浮かぬ顔のピータースン(ジョン・トレイン)。「どこにも理由がないということは...全く理由がないということだ。判るか?...いや、家を間違えたか?そんなバカな...」「どうしたって ワケが判らない。どんな動機が?」サマーズ「多分無いのだ」。ジョンソン「いや、あるはずだ、必要だ」「違う違う...犯罪も殺人もずっと前から動機など必要としてない。」その考えに賛同する巡査部長に、サマーズは続ける。「その男を想像してみよう...普通に見えて、そうじゃない。古風な罪の呵責など全くなく、彼の手の許に3つの殺人は行われた。そして間違いなくどこかで静かにお茶を楽しんでる...我々のように。彼は微笑んでいる―警察が余りに愚かだからだ」。ジョンソン「笑ってはいるだろう...しかし彼はイギリス人じゃない、外国人だ」。その後次なる犠牲者として、あろうことか巡査ピータースンが巡回中に絞め殺されてしまう。記者サマーズは、バーで知り合いがサンドウィッチを食べているのを見て、何となく質問した。「何故、パンにハムがはさんである?」「決まってるだろう。誰かがここにハムを入れたからさ」彼は、それを聞いてあることに気付き、街へ出て行く―。

世界推理短編傑作集4【新版】.jpgトマス・バーク.jpg江戸川 乱歩 .jpg トマス・バーク(Thomas Burke, 1886-1945)によって1929年に発表された短編「オッターモール氏の手」のヒッチコック劇場版。原作者トマス・バークはロンドンのイースト・エンドに生まれ、両親を幼い頃失って孤児院育ち、地元を舞台にした小説を書きました。中でもこの作品はエラリイ・クイーン、ディクソン・カー、アントニー・バウチャー、ハワード・ヘイクラフト等から絶賛され、数多くのアンソロジーに選ばれています。EQMM1950年アンケートの短編ベスト12(所謂「黄金の十二」)の一編(得票数でポー「盗まれた手紙」などを抑えて第1位)に選出され、ディクソン・カーは「最上、最高級、非の打ちどころのない優秀な作品である」と評価、日本では江戸川乱歩が編者である『世界短編傑作集4』('61年/創元推理文庫)に収録されています('19年に発表年順に再編集された新版が刊行。第4巻には1929年から1935年に発表された作品を収録)。

オッターモール氏の手 2.jpg ホラーとして分類される場合も多い本作ですが、ミステリとしてはチェスタトン的な"見えない人間"とも言うべき「盲点」を扱っています(でも、ミステリと言うよりサスペンスホラーか)。原作は、明確に個々のキャラクターを描かず、濃霧に覆われた街を暴走する"殺人者の思惟"が時折、一人称で顔を出す構成も不気味であると同時に、その中に"犯人を埋没させる"効果を発揮して、ラストの衝撃性を高めています(ある種"叙述トリック")。その点、TVドラマ化するとある程度キャラクターを限定し、生身の人間として描かざるを得ず、「ガーディアン」紙の記者サマーズ(原作では"「デイリー・トーチ」紙の若い新聞記者"で名前はない)、巡査部長、ピータースン巡査(原作ではピーターセン)、ジョンソン巡査などが具体的に絡み合う展開で、その分、残念ながら原作の"何かがたち込めている"ような恐怖感は薄れています(原作の犯人は7人を殺害している)。特に、年老いたジョンソン巡査はドラマ独自のオリジナル・キャラクターであり、若き巡査部長との世代間ドラマとして原作に無い微妙なニュアンスを醸してます。また、他にもサマーズの記者魂などが強調され、巧みな脚色ではあるのですが、「普通のドラマ」っぽくなってしまっているとも言えます。

オッターモール氏の手 3.jpg TVドラマ化における最大の個人的関心は、叙述トリック的構造を持つ原作をどう扱うのかでしたが、そうしたこともあって、雰囲気(霧のロンドン)は出ていたけれどイマイチでした(TVドラマとしては良くできているが、原作と比べると―という感じ)。そもそも、これ、タイトルが最大の叙述トリックで、映像化作品の原題は原作と同様"The Hands Of Mr.Ottermole"(「オッターモール氏の手」)なのですが、日本放映時に「手」というタイトルになっていて(ドラマタイトルも今や通称は「オッターモール氏の手」だと思うが)、これだけでオッターモール氏が何者なのかを探る愉しみが無くなっているほか、ラストの衝撃も弱められているように思いました(原作は、記者もラストで犯人に首を絞められようするところで終わっていて、誰かが助けに来るような描写は無い。ドラマで誰かが助けに来る方が、なぜそこが分かったかということなどの点から不自然かも)。

オッターモール氏の手 45.jpg それともう1つ。記者が犯人が誰かに気づく契機となる、ドラマでの「何故、パンにハムがはさんである?」「決まってるだろう。誰かがここにハムを入れたからさ」のセリフの遣り取り部分。原作ではこれだけでなく、記者がそこからどう考えたかもう少し詳しく説明されていますが、基本的には同じコンセプトであり、原作を読んだ時は、正直、この部分からなぜ記者は犯人に思い当たったのか、そんな単純な話なのかと思いました。ただ、今回ドラマを観て、さらに原作を読み直して、やっぱり"単純"なことだったのだと再認識しました。「あまりに日常的すぎる存在は、人間の盲点となり見えなくなる」というチェスタトンの"見えない人間"の「盲点」に帰結するテーマでした。動機の観点からすると、犯人自身も犯行動機がわかっていないわけで、これはやはり(今ではそれほどでもないかもしれないが)発表当時は物議を醸しただろなあと思います。その点も画期的ですが、やはり「サンドイッチのハム」(ある種の形而上学的メタファーになっているとも言える)で謎が氷解するところが、この作品の肝(キモ)なのでしょう。

セオドア・ビケル0.jpgセオドア・ビケル2.jpg 因みに、巡査部長役のセオドア・ビケル(1924-2015、91歳没)は、この作品の翌年には映画「私は死にたくない」('58年)にスーザン・ヘイワードが演じる主人公は無実ではないかとの判定を下す犯罪心理学者(心理鑑定士)役で出演しているほか、「スパイ大作戦」「チャーリーズ・エンジェル」など多くのTVシリーズにゲスト出演している俳優で、本作の20後には「刑事コロンボ(第40話)/殺しの序曲」('77年)で高知能指数者の犯人オリヴァー・ブラント役を演じています(下・いずれも左端)。この「オオッターモール氏の手 刑事コロンボ.jpg刑事コロンボ 殺しの序曲 1.bmpッターモール氏の手」は、犯人の意外性が最大のポイントなのですが、原作を読んで犯人を知ってしまっていたので、どこか「刑事コロンボ」を見るような見方で味わっていたかもしれません(苦笑)。

  
「ヒッチコック劇場(第49話)/手(オッターモール氏の手)(S 2 E 32 #71)」●原題:Alfred Hitchcock Presents -THE HANDS OF MR.OTTERMOLE●制作年:1959年●制作国:アメリカ●本国放映:1957/05/05●監督:ロバート・スティーブンス●脚本:フランシス・コックレル●原作:トーマス・バーク●時間:30分●出演:セオドア・ビケル/リス・ウィリアム/バリー・ハーヴェイ/トリン・サッチャー/ジョン・トレイン/アルフレッド・ヒッチコック(ストーリーテラー)●日本放映:「ヒチコック劇場」(1957-1963)1958/05/27●放映局:日本テレビ(評価★★★☆)


世界推理短編傑作集4【新版】.jpg世界推理短編傑作集4【新版】 (創元推理文庫)』['19年]
収録作品(9篇)※ 発表年順
「オッターモール氏の手」トマス・バーク(1929) 
「信・望・愛」アーヴィン・S・コッブ(1930) 
「密室の行者」ロナルド・A・ノックス(1931)
「スペードという男」ダシール・ハメット(1932) 
「二壜のソース」ロード・ダンセイニ(1932) 
「銀の仮面」ヒュー・ウォルポール(1932)
「疑惑」ドロシー・L・セイヤーズ(1933)
「いかれたお茶会の冒険」エラリー・クイーン(1934) 
「黄色いなめくじ」H・C・ベイリー(1935)

世界推理短編傑作集4.jpg世界短編傑作集 4 (創元推理文庫 100-4)』['61年]
収録作品(9篇)
ヘミングウェイ「殺人者」
フィルポッツ「三死人」
ハメット「スペードという男」
クイーン「キ印ぞろいのお茶の会の冒険」
コッブ「信・望・愛」
バーク「オッターモール氏の手」
チャーテリス「いかさま賭博」
セイヤーズ「疑惑」
ウォルポール「銀の仮面」
   
 
黄金の十二.jpg黄金の十二 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)』['00年]
収録作品(12篇)※ エラリー・クイーンなど12人の作家・評論家の投票による得票数順
バーク「オッタモール氏の手」8票
ポー「盗まれた手紙」6票
ドイル「赤毛組合」6票
バークレイ「偶然は審く」6票
バー「健忘症連盟」5票
フットレル「13号独房の問題」5票
チェスタートン「犬のお告げ」3票
ポースト「ナボテの葡萄園」3票
ハックスレイ「ジョコンダの微笑」3票
ベイリイ「黄色いなめくじ」3票
ベントリイ「ほんものの陣羽織」3票
セイヤーズ「疑惑」3票


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前半の銀行内ドタバタと、後半の「化物屋敷」内アクションとの対比。夢オチかと思ったら...。

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「キートンの化物屋敷」
バスター・キートン傑作集(1) [DVD]
キートンの化物屋敷0出納.jpgバスター・キートン傑作集1.jpg ニューヨーク・ウォール街。バスターが出納係として働く小さな銀行の支配人ジョー(ジョー・ロバーツ)は、郊外の古屋敷・通称「化物屋敷」で偽札造りを続けていた。建物のあちこちに細工を凝らした上に、化物が出るという噂を流し、その屋敷に他人を寄せつけないようにしている。バスターは女性に弱い行員で、美人女性(ヴァージニア・フォックス)に頼まれれば9時開店のところを8時に金庫を開けてしまう。窓口では、バスターが紙幣をキートンの化物屋敷09.jpgめくるとき誤って指に接着剤を付けてしまったお陰で、そのお札に触る者が皆、接着効果に見舞われ、行内は大騒動に。頭取室では、頭取が銀行内に偽札が出回っていることに気づき警察に捜査を依頼。これはマズいと支配人ジョーは偽札回収し証拠隠滅するために、手下に命じて狂言強盗をやらせるという手段に出る。ところが、接着剤浸けの札はさすがに盗めず、計画は狂って窮地のジョーは、たまたまその場で銃を手にしていたバスターにすべての罪を着せる。警察に追われる身になってしまったバスター、最後には例の化物屋敷へと逃げ込む。そこには、ジョーの手下の他に「ファウスト」上演で大失敗をやらして客から逃れた役者らの一座も乱入し―。

キートンの化物屋敷010.jpg キートン・プロのキートン監督・出演作の【第5作(米国公開日:1921年2月10日)】。前半の銀行でのドタバタと、後半の「化物屋敷」という極端な非日常空間でのアクションの対比が見どころの、キートンらしい王道コメディです。

キートンの化物屋敷0s.jpg 前半は、生真面目そうな銀行員のキートンが騒動を引き起こすところが面白いです。接着剤を取るために熱湯をかけようとするが相手の男が熱がるために、ハンマーで殴って気絶させ、さらに今度は、自らの手についた接着剤を取ろうとするキートンがハンマーで自らを殴るというというギャグが可笑しいです。それにしてもこの接着剤、アロンα並みの瞬間強力接着剤だったなあ(なぜ、そんなものが窓口に置いてある? 印紙とか貼るのにこれほどの量は要らないといと思うけれど)。

キートンの化物屋敷首.jpg 後半は「化物屋敷」での展開で、ギミックを含むキートンのアクションが全開。スイッチひとつで滑り落ちる仕掛けの階段をメインに、幽霊から逃げ惑うキートンの動きを堪能することが出来ます。また、人間のパーツを組み立てると本物の人間となって動き出すというジョルジュ・メリエス(「幾つもの頭を持つ男」(1898/仏))流のトリック撮影(ストップモーション)まで見せてくれます。

キートンの化物屋敷0t.jpg 個人的には、事前に"夢オチ"作品と簡易AIから聞いていて、このシーンで"夢オチ"を確信しました。最後、天国の門で拒絶され、ここでも階段を滑り落ちた挙げ句に地獄に辿り着き(作中劇「ファウスト」のパロディか)、悪魔に痛めつけられているところを、銀行の頭取の娘に揺り起こされて、「全部夢だった」と...。でも、どこから夢だったのだろうかと、疑問に思いました。

 目覚めたのは「化物屋敷」内で、起こしてくれたのはそこへ駆けつけた頭取の娘であり、結局それは夢などではなく、最後にジョーが逮捕される直前に腹いせにバスター殴って気絶させ、その間バスターが天国と地獄へ行く幻想を見ただけで、最後の最後だけが、あくまで一時的な「気絶による幻覚」だったということになるかと思います(簡易AIはいい加減な面もある。キートンの短編は夢オチが多いのも、見誤った原因か)。ただし、そうなると、人間のパーツを組み立てると本物の人間となった出来事も実際にあったことになるので、そのあたりは"虚実皮膜(きょじつひにく)"といった感じでしょうか。

ナタリー・タルマッジとの結婚式
キートン らつまっじ.jpgキートンの化物屋敷02.jpg 銀行の頭取の娘を演じたナタリー・タルマッジは、この作品の公開の3カ月後の1921年5月31日にキートンと、共に25歳同士で結婚式を挙げています。しかし、2人の子供をもうけたものの、贅沢な暮らしぶりで、1928年にキートンがMGMと契約した頃からそのキャリアが低迷し始めると心は離れ、1933年に離婚が成立しています。キートンの生涯3回の結婚の内のこの1回目の結婚は5年で終わったことになり、2回目の結婚も3年しか続かず、40代半ばでの3回目のキートン エレノア.jpg結婚にしてやっと生涯の伴侶となる、キートン エレノア2.jpg23歳年下のダンサーのエレノア・ノリスと出会い、キートンが亡くなるまで結婚生活は続いたほか、彼女はキートンの没後もその作品の広報活動に携わりました。エレノア・ノリスとは、キートンが人気凋落で失意の中、トランプ・ゲームを通じて知り合っています。彼女は、映画撮影所で働いていた父親を事故で亡くし、貧乏な家計を助けるために10代でMGM映画でダンサー契約し、1945年までダンサーとして出演を続けた苦労人でした。23歳年下ということはともかく(加藤茶などは45歳下だからなあ)、やっぱり多少の苦労の味を知っている女性の方がいいのかも。

エレノア・ノリス(エレノア・キートン)

キートンの化物屋敷13.jpgキートンの化物屋敷3.jpg「キートンの化物屋敷」●原題:THE HAUNTED HOUSE●制作年:1921年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:エルジン・レスリー●時間:18分●出演:バスター・キートン/ヴァージニア・フォックス/ジョー・ロバーツ/ジョー・キートン/ナタリー・タルマッジ/マーク・ハミルトン●米国公開:1921/02(評価:★★★★)

Top 10 Buster Keaton Films: Shorts(海外サイト)
1. The Haunted House(キートンの化物屋敷)(1921)
2. One Week(キートンの文化生活一週間) (1920)
3. Cops(キートンの警官騒動)(1922)
4. The Scarecrow(キートンのスケアクロウ)(1920)
5. The Play House(キートンの即席百人芸)(1921)
6. The Boat(キートンの船出)(1921)
7. Neighbors(キートンの隣同士)(1920)
8. The Goat(キートンの強盗騒動)(1921)
9. The 'High Sign'(キートンのハイ・サイン)(1921)
10. Convict 13(キートンの囚人13号)(1920)

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自然・シュール・大掛かりなアクション「空中結婚」。短篇時代最後の作品もまた"夢オチ"「捨小舟」。
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「キートンの空中結婚」
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「捨小舟」
キートン dvd4.jpgバスター・キートン傑作集(4) [DVD]」(「北極無宿」「電気屋敷」「成功成功(白日夢)」「空中結婚」「捨小舟」所収)
キートンの空中結婚02.jpg 夏の午後バスターは、遊園地に来ている。お化け屋敷に一人で入っても全然楽しくないのが解り、ガール・ハントを開始。水上ゴンドラを目当てに一人で来た女の子フィリス(フィリス・ヘイヴァー)を発見。すかさず隣の席に座って機会を伺うが、敢えなくヒジテツを喰らう。フィリスは大きな車を乗り回すような男まさりな女の子だった。ガール・ハントを諦めたバスターは、隣の空き地の気球の離陸準備が面白そうなので、作業を手伝うことにする。気球の頂上で作業中に気球は離陸を開始してしまい、バスターひとりが上空へ。飛行がしばらく続くと空腹感、今度はバード・ハントといった具合。気球にとまった鳥をライフルで狙い撃ち。もキートンの空中結婚21.jpgちろん気球は破裂して、バスターあわやの急降下!ところが運良く落下地点が木の上で命拾いする。その辺り一帯は、自然に恵まれた川べりだったので、さっそくフィッシング開始。そして、偶然にも、アウトドアライフを楽しむフィリスの姿がすぐそばに―(「キートンの空中結婚」)。

 キートン・プロのキートン監督・出演作の【第18作(米国公開日:1923年1月22日)】。気球に乗ってしまったキートンが、山奥に着陸し、偶然出会った女性と冒険する物語。前半は気球で空を飛ぶシーンが山場で、気球にとまった鳥をライフルで撃って気球を破裂させたり、空中で命がけの綱渡りをしたりする身体を張ったコメディが見られます。後半は、川岸に不時着したキートンが自然の中で繰り広げるサバイバルで、バラバラの部品から舟を組み立て、魚を捕まえようと奮闘、滝下り、クマなど野生動物との遭遇など、背景のダイナミックさが特徴です。また、キートンらしい、体を張ったアクロバティックなギャグも目いっぱい愉しめます。

キートンの空中結婚22.jpg 実は初めて観た時、キートンが遊園地の水上ゴンドラでヒジテツ(パンチ?)を喰らった女性と、気球が墜落した川岸で出会った女性が同じ女性であることに気づかず、再見して、ちゃんと伏線を回収していることに気づきました。女性の愛を獲得してカヌーで川を下るが、あわや滝に落ちそうになる...というラストは、可愛らしい終わり方でした。


 
キートンの捨小舟001.jpg 美しい夕暮れ時に恋人から別れを告げられたバスターは、彼女のことを忘れるために世界一周の船旅に出発することを決めた。ただし、乗る船は、ボートに幌を掛けただけのような小舟キューピッド号。出発してから何日経ってもキートンの捨小舟05.jpg目の前には大海原が広がるばかり。気分が悪くなったバスターは酔い止めの薬を飲んで横になった。気がつくと、すぐ近くに捕鯨船。その船の船長は七つの海で最も残忍で短気な男だったが、他にあてのないバスターは船室付き給仕として雇ってもらうことにした。鯨の捕獲の最中に船長が海に落ちてしまう。これはラッキー、今度は自分が船長だ、と他の船員に息巻くバスター。その様子を海からサバイバルしてきた船長が見て怒り心頭。船長に追いつめられたバスター危うし、甲板から落ちることを余儀なくされた。ついに海の藻屑と化してしまうのか、と思いきや、船尾から海へと伸びた縄につかまり、救命ボートを奪取する機会を伺うバスターであった―(「捨小舟」)。

キートンの捨小舟06.jpg キートン・プロのキートン監督・出演作の【第19作(米国公開日:1923年3月22日)】。巨大な戦艦や爆破シーンなど、短編ながらも独創的なアイデアが詰め込まれています。キートンの他に、キートン映画で憎まれ役でお馴染みの巨漢ジョー・ロバーツ(ビッグ・ジョー)や、「キートンの白人酋長」('22年)などにも出ているヴァージニア・フォックスらが出演、ビッグ・ジョーは自らも海に落っこちて頑張っていました。船長に追い詰められたキートンは壁の船員リストの自分の名に横棒をサッと引き、船底まで逃げこむと船底の壁を斧でぶち破って船を沈めにかかり、捕鯨船が沈むのと一緒に自分の乗ってきた小舟ごと浮かび上がります。ボートを漕ぎ出したキートンは巨大看板に小舟を繋いで釣りを始めますが、キートンが小舟を繋いだ側とは逆の看板の正面には大きく「3」と書かれ、海軍が同じような巨大看板の「1」「2」を順に砲撃演習しているのに気づかず、砲撃された巨大看板は粉々に爆破されます。ハッと目覚めたキートンは顔の下半分が真っ黒の髭面で小舟の中で目覚め、食糧がない、もう水もないと絶望しますが、 キートンが身を起こしてふと見ると、すぐ近くで別れた恋人(フォックス)が遊泳しており、引いたショットで小舟は実は艀に繋がれたままだったのが映ってエンドマーク。ラストで"夢オチ"と分かる仕掛けです。この作品はキートンが長編映画に移行する前の、短編時代最後の作品です。

 そう言えば、キートンの作品は"夢オチ"が結構あります。短篇では「キートンの囚人13号(ゴルフ狂の夢)」('20年)、「キートンの案山子(スケアクロウ)」('20年)、「キートンの即席百人芸(キートンの一人百役)」('21年)(前半部分)、「キートンの北極無宿」('22年)、「キートンの白日夢(成功成功)」('22年)などが夢オチであり、短篇時代最後のこの作品「捨小舟」も夢オチだったわけですが、その後の中・長編作品でも「キートンの探偵学入門(忍術キートン)」('24年)、「キートンのセブン・チャンス(栃面棒)」('25年)などがそうでした。夢オチの方が荒唐無稽が許される自由度が高いということなのでしょう。


「キートンの空中結婚」
キートンの空中結婚03.jpgキートンの空中結婚23.jpg「キートンの空中結婚(キートンの昇天)」●原題:THE BALLOONATIC●制作年:1923年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●時間:22分●出演:バスター・キートン/フィリス・ヘイヴァー●米国公開:1923/01●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-15)●併映:「キートンの文化生活一週間(マイホーム)」「キートンの強盗騒動(悪太郎)」「キートンの警官騒動」「キートンの鍛冶屋」「キートンの船出(漂流)」(評価:★★★★)

キートンの捨小舟01.jpgキートンの捨小舟02.jpg「捨小舟」●原題:THE LOVE NEST●制作年:1923年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●●時間:19分●出演:バスター・キートン/ジョー・ロバーツ/ヴァージニア・フォックス●米国公開:1923/03(評価:★★★☆)

  
 

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都会的・連続的アクション。4つのシークエンスがテンポ良く愉しめる。アイデアの凝縮度高い。

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「キートンの白日夢」
キートン dvd4.jpgバスター・キートン傑作集(4) [DVD]」(「北極無宿」「電気屋敷」「成功成功(白日夢)」「空中結婚」「捨小舟」所収)
キートンの白日夢020.jpg 夢見がちな無職者バスター。世間知らずなお嬢さんのハートを射止め、彼女の父親に結婚の許しを得ようとしたが、「おまえは娘を養えないだろう」と言われてしまう。そこで、「これから都会に行って成功してみせます。もしダメだったらここに戻ってきてピストキートンの白日夢02.jpgル自殺します」と啖呵を切った。都会に行ったバスターからお嬢さん宛に手紙が順次届いた。
 ■手紙1「僕は今大きなサナトリウムで仕事を任されています。面倒を見ている患者の数は二百ほど。想像を絶するほどの手術をこなさなければなりません」
 ■手紙2「ちょっとした災難のせいで、手術の仕事は諦めなければなりませんでした。今は金キートンの白日夢01.jpg儲けでもしてみようと証券取引所の辺りでビジネスをしています。金融界の著名人たちとよく顔を合わせます。」
キートンの白日夢6.jpg ■手紙3「金儲けにも飽き飽きしました。僕は自分の芸術家的な資質を生かそうと考えました。今日シェークスピアの『ハムレット』で舞台デビューします。」
 ■手紙4「素晴らしい成功!人々があまりに熱狂的に押し寄せてくるので、自分の通り道を探さなければならないほどでした。」
 しかし、彼の都会での生活の実態は―。

 キートン・プロのキートン監督・出演作の【第16作(米国公開日:1922年11月)】。キートンが恋人に宛てた手紙の内容に沿って、キートンの多彩な職業遍歴が楽しめます。"手紙の内容に沿って"と言っても実態は手紙の中身とは雲泥キートンの白日夢s2.jpgキートンの白日夢s1.jpgの差があり、最初に仕事したのはサナトリウムではなく動物病院での獣医の下働きで、証券取引所の辺りでビジネスをしているのではなく道路の清掃をしていて(紙吹雪がスゴい)、舞台デビューはハムレット役ではなく多くの兵士のうちの1人の役に過ぎず...。手紙から恋人の想像する医師や証券ビジネスマン、ハムレット俳優として成功しているキートン像もあり、それだけにギャップ感が大きいです。アクションも全開で、兵士の格好のまま街に飛び出して、定番の警官との追い駆けっこ。かの有名な路面電車に掴まって浮いて空中を泳ぐシーンや、キートンの白日夢7.jpg船の水車でぐるぐる回りながら歩くシーンなどもあります。「白日夢」と言うより「悪夢」ですが、「何をやっても上手くいかないが、めげない」ところがキートンらしい。ただ、タイトルから窺えるように"夢落ち"であり、ハッピーエンドに落ち着きはしますが、夢の内容はやっぱり相当に悲惨で、最後にはキートンが宣言通りピストル自殺をしようとしますが、これも失敗。このように、、結構トーンとしては悲観主義的な雰囲気が色濃い作品ではありますが、都会的・連続的アクションが見られ、4つのシークエンスがテンポ良く愉しめるアイデアの凝縮度という点では傑作だと思います。
 

キートンの白日夢9.jpgキートンの白日夢7.png「キートンの白日夢(成功成功)」●原題:DAY DREAMS●制作年:1922年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●時間:22分●出演:バスター・キートン/ルネ・アドレ/ジョー・キートン/ジョー・ロバーツ●米国公開:1922/11(評価:★★★★) 

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ジョルジュ・メリエスが監督した初期の短編4作。どの作品も"遊んでる"感があって愉しい。

メリエス1-4.jpg
「カレーとドーヴァーの間」「舞踏会のあとの入浴」(1997)/「海底の軍艦メーヌ号見学」「幾つもの頭を持つ男」(1998)

カレーとドーヴァーの間23.jpg 蒸気船「ロベール=ウーダン・スター・ライン」号の乗客らは、英国海峡を渡る際に荒波に遭う。甲板上で、頬髯を伸ばし格子柄の上下を着た男(ジョルジュ・メリエス)が大揺れの中で何とか飲み食いをしようとジタバタし、長髭の聖職者が動転した乗客たちを宥めようと話しかけ、船長は上部甲板からこの混乱した状態を窺い、船酔いになったと思しき女性が介抱される―(「カレーとドーヴァーの間」)。

 英仏海峡を渡る船の揺れをコミカルに描いた、トリックを使わない写実的(ドキュメンタリー)路線の傑作とされる作品です。メリエスの所有する家の庭で、屋外撮影されており、書割の背景画は用いられていません。「ロベール=ウーダン・スター・ライン」という船名は、メリエスが所有していたロベール=ウーダン劇場や、映画会社の商標スター・フィルムからとっています。映画史家のジョン・フレイザーによれば、「乱雑で混乱した振り付けは、準備され、リハーサルされたものであり、全体的な大混乱の中でも、重要な動きはきちんと明示されている」とのこと。嵐に遭う船に自分の劇場の名前を付けているのは鷹揚と言うべきか(笑)。

メリエス2入浴2.jpg 女性(ジュアンヌ・ダルシー)が舞踏会から帰ってくると、女中の手を借りながらドレス、ペチコート、下履き、黒い靴下などを脱いでいく。最後に後ろを向いて肌着を脱ぎ、背中を見せる。そのあとに女中が彼女に湯をかけ、バスローブを羽織らせてて体を乾かす―(「舞踏会のあとの入浴」)。

 女性が風呂に入り、メイドが手伝う様子を描いた作品で、「映画史上初の女性のヌードを撮った映画」の1つと言われています。この作品も、メリエスの家の敷地内にある桃畑の周りに築かれた壁を背景にして屋外で撮影が行われています。入浴する女性を演じたのは、メリエスの愛人であり、彼の舞台や映画に出演していたジュアンヌ・ダルシーという女性で、裸になるシーンでは肌色の肉襦袢を着て演技していますが、彼女が寒がったため、入浴シーンでメイドは水の代わりに砂をかけているそうです(笑)。

メリエス3メーヌ号2.jpg 1898年2月15日、アメリカ海軍の戦艦メイン号はキューバのハバナ湾で停泊中に爆破し、海底に沈没した。その海底とメイン号の残骸が画面に映し出される。長いエアホースが付いた送気式の潜水服の3人のダイバーは、梯子を使って海底へと降りる。ダイバーはメイン号の残骸の大きな穴の開いたところから中へ入り、死体を回収する。死体はロープで結ばれ、海上へと引き上げられる。別のダイバーは船体から重い物体を回収する―(「海底の軍艦メーヌ号見学」)。

 1898年にハバナ港で爆沈した米軍艦メーヌ号をテーマにしたニュース映画風のフィクション(所謂「再構成されたニュース映画」)。内容的には「見学」と言うより、英題の通り「遭難したメイン号で仕事するダイバーたち」が主。ダイバーたちが海底の残骸を探索する海中シーンは、実際に海に潜水したのではなく、スタジオセット内での撮影だったようです。本物の魚が泳ぐ大きな水槽をカメラの前に置き、それを通してセットで演じられるアクションを撮影したとのこと(ダイバー役は水には潜ってはいないらしい)。そう言えば、26年後のバスター・キートンの「海底王キートン」('24年)では、キートンがシエラネヴァダ山中のタホ湖(かつては世界第3位の透明度を誇った)に、時間は短いですが実際に潜水服で潜っていたことを思い出しました(まあ、その間に潜水服も進歩したとは思うが)。

メリエス4幾つもの頭2.jpg マジシャン(ジョルジュ・メリエス)は、ステージ上にある2つのテーブルの間に立ち、自分の頭を引き抜いてテーブルの上に置く。頭はあたりを見回したり、喋ったりしている。マジシャンの首には、すぐに新しい頭が付いてくる。マジシャンはこの芸当に誤魔化しがないことを見せるために、頭を置いたテーブルの下を通り抜ける。それからマジシャンは、新しく生えてきた自分の頭を抜いてはテーブルの上に置くという行為を2回繰り返し、最後に自分の首に4つ目の頭が付く。マジシャンはバンジョーを弾き始め、テーブルの上にある3つの頭も一緒に歌い出す。マジシャンは頭たちの歌声が不快になり、バンジョーで2つの頭を叩いて消してしまう。さらに自分の頭を取って投げ捨て、テーブル上にある残る一つの頭を宙に放り投げると首にくっついて戻る。マジシャンは画面に向かってお辞儀をしてステージから出て行く―(「幾つもの頭を持つ男」)。

 メリエス自身が演じる奇術師が、自分の頭を次々と外してテーブルに並べるという不思議な分身現象を表現した短編トリック映画で、多重露光技術(ストップ・トリック)を駆使した最初の1本と言われています。撮影は4回の多重露光とストップ・トリックの組み合わせで行われ、ここで言うストップ・トリックとは、黒いビロードの幕を背景にしつらえ、メリエスが自分の頭を取り外そうとする仕草をするところで撮影を中断し、黒い頭巾を被ってから撮影を再開すると、頭巾と背景が同化し、頭だけがなくなったかのように見せることができるという技です。雑誌「リテレール」別冊の『映画の魅惑―ジャンル別ベスト1000』('93年/メタローグ)で、版画家の山本容子氏がこの作品をモチーフにした表紙絵を描いていました。

 映画の創成期において様々な技術を開発した人物であり、世界初の職業映画監督の一人といわれている大御所ですが、どの作品も"遊んでる"感があって愉しいです。

メリエ1カレー3.jpg「カレーとドーヴァーの間」●原題:ENTRE CALAIS ET DOUVRES(英:BETWEEN DOVER AND CALAIS /BETWEEN CALAIS AND DOVER)●制作年:1897年●制作国:フランス●監督:ジョルジュ・メリエス●時間:約1分●出演:ジョルジュ・メリエス/ジョルジェット・メリエス/ジョゼ・グラピネ●フランス公開:1897年(評価:★★★☆)
  
メリエス2入浴3.jpg「舞踏会のあとの入浴」●原題:APRES LE BAL (LE TUB)(英:AFTER THE BALL)●制作年:1897年●制作国:フランス●監督:ジョルジュ・メリエス●時間:約1分●出演:ジュアンヌ・ダルシー/ジャンヌ・ブラディ●フランス公開:1897年(評価:★★★☆)
  
    
メリエス3メーヌ号4.jpgメリエス3メーヌ号3.jpg「海底の軍艦メーヌ号見学」●原題:VISITE SOUS-MARINE DU "MAINE"(英:DIVERS AT WORK ON THE WRECK OF THE "MAINE")●制作年:1898年●制作国:フランス●監督:ジョルジュ・メリエス●時間:約1分●パリ公開:1898/04(評価:★★★☆) 
 
 
 
 
 
  
 
映画の魅惑―ジャンル別ベスト1000』('93年/メタローグ)(表紙絵:ジョルジュ・メリエス by 版画家・山本容子)
『映画の魅惑―.jpgメリエス4幾つもの頭3.jpg「幾つもの頭を持つ男」●原題:UN HOMME DE TETES(英:THE FOUR TROUBLESOME HEADS●制作年:1898年●制作国:フランス●監督:ジョルジュ・メリエス●時間:約1分●フランス公開:1898年(評価:★★★☆)

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やや疑問を感じた「デュオ安楽死」。60代になったアンヘラ・モリーナの演技。

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「両親が決めたこと」アルフレド・カストロ/アンヘラ・モリーナ
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欲望のあいまいな対象 [DVD]」フェルナンド・レイ/キャロル・ブーケ/アンヘラ・モリーナ
両親が決めたこと01.jpg スペイン・バルセロナで暮らす80歳の舞台女優クラウディア(アンヘラ・モリーナ)は、末期がんに冒されている。がんは脳にまで転移し、錯乱や半身麻痺、さらに自我の喪失も近づくなか、彼女は安楽死を選択する。子育てよりも舞台優先で生きてきたクラウディアを支え続け、今なお愛してやまない夫フラビオ(アルフレド・カストロ)も彼女とともにスイスで安楽死することを決意し、3人の子どもたちに打ち明ける。子どもたちは戸惑い反発するが父の意志は固く、両親はデュオ安楽死に必要な手順を進め、ついに最後の旅へと出発するときがやって来る―(「両親が決めたこと」)。

両親が決めたこと02.jpg カルロス・マルケス=マルセット監督の2004年公開作で、高齢夫婦のどちらかが病の終末期に安楽死する決意をしたときに、そのパートナーが自身は健康であっても伴侶と共に安楽死する道を選ぶ「デュオ安楽死」というもの(ヨーロッパで急増しているという)を題材にした家族ドラマ。デュオ安楽死を決めた両親と、その子どもたちの心の機微を、ユーモアをも交えながら描いています(妻が元ダンサーということで、時折挿入される芸術的な舞台シーンなどもテーマが重い故の緩衝材的効果を狙ったと思われる)。本作は、2024年・第49回「トロント国際映画祭」で、新たな挑戦作を評価する「プラットフォーム部門」の作品賞を受賞しています。

 それにしても、終末期の病にある母親の安楽死に加え、父親まで一緒に死ぬと言い出したいう事態には、子どもらがびっくりするのも無理ないなあ。でも、最後は容認するとこところは、やはり個人主義的な欧米人の感覚のように思えました。日本だったら周囲が引き留めて、なかなかこうはいかないでしょう(スイスからも遠いというのもあるが)。

「すべてうまくいきますように」2021.jpg さすがに「デュオ」ではないけれど類似した設定である、フランソワ・オゾン監督の「すべてうまくいきますように」 ('21年/仏・ベルギー)にも、スイスの安楽死を請け負う機関が出てきましたが、この「両親が決めたこと」では実際にスイスのそうした施設を使って撮影し、安楽死の手順を映画内で再現し、施設内の様子や火葬して灰になるまでを描いています。あちらは「骨拾い(骨上げ)」という慣習が無く(あれは世界的に見ると非常に珍しい風習のようだ)、いきなり"灰"になってしまうのだなあ。

 個人的には、病が終末期で自我の存続が難しい状態にある妻の安楽死の手助けは「尊厳死」として理解できるけれど、健全な躰を持つ夫に対しては完全な自殺幇助ではないかとの疑問を抱きました。最後に、夫の方がちょっと逡巡したように見えましたが、人間、何らかの未練はあるのでは。施設側は「いつでも止めザルーム ネクスト・ドア2024.jpgられる」としながらも、手順的には(後押しは必要なのかもしれないが)「さあ、死になさい」と言わんばかりで、観ていてちょっとキツイ感じがしました(先に夫の方が逝き、妻が後を追う形になったのには何か意味が込められているのか)。安楽死・尊厳死関連の作品では、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した、末期がんの女性の自死を描いたペドロ・アルモドバル監督 の「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」 ('24年年/スペイン・米)が、自分で死ぬタイミングを選ぶという点で、自分的には一番"しっくりくる死に方"(笑)でした。

アンヘラ・モリーナ in「両親(ふたり)が決めたこと」(2024)/「欲望のあいまいな対象」(1977)
両親が決めたこと03.jpg欲望のあいまいな対象 あんへら.jpg 「両親(ふたり)が決めたこと」ではアンヘラ・モリーナが、60代後半の実年齢で80歳の元舞台女優の妻クラウディアを演じています。アンヘラ・モリーナは、あの「自由の幻想」('74年/仏)のルイス・ブニュエル監督の遺作である「欲望のあいまいな対象」('77年/仏・スぺイン)で知られるようになった女優ですが、この作品を観たシネマリス (神保町)では、その「欲望のあいまいな対象」も掛かっていて、公式xでは、「1955年生まれのアンヘラ・モリーナの20代、60代の演技を続けてご覧頂けます」との触れ込みでした。

欲望のあいまいな対象01.jpg テロの危険に満ちたセビリア。初老の紳士(フェルナンド・レイ)は、発車間際の電車に乗り込もうとしてきた1人の女にバケツの水を被せる。驚く相客の男女らに、彼は女が悪魔であることを語り始める、その娘コンチータ(キャロル・ブーケ)のことを。初老の紳士マチューがコンチータに会ったのは、従兄の判事エドワール(ジュリアン・ベルトー)を食事に招いた日のこと。その日雇われた新しい小間使がコンチータだったのだ。その初々しい姿にすっかり魅せられたマチューは、夜コンチータを呼んだ。しかしコンチータはその部屋を逃げ去り、翌朝、マチューの家を出て行った。彼女を忘れられないマチューはローザンヌのレ欲望のあいまいな対象02.jpgマン湖畔で偶然彼女と再会する。演劇仲間といっしょの彼女は、興行主に騙され無一文だと言う。そんな彼女に金を握らせるマチュー。彼はそれがきっかけで、パリに帰ってからもコンチータのアパートを訪れた。アパートでは、彼女(アンヘラ・モリーナ)は、母と二人で貧しい生活を送っていた。マチューは、母親に大金を渡し、コンチータを自分の邸に引き取ろうとするが、コンチータは、そんなやり方のマチューに怒り、手紙を残して彼の許を去ってしまう。夜も眠れぬマチュー。再びとあるバーで偶然コンチータを見かけた彼は、今度こそは離すまいと、郊外の別荘に連れてゆく。ところが、ベッドの中でマチューが手にしたものは、なんと彼女を守る貞操帯だ。マチューの欲望は一向に満たされない―(「「欲望のあいまいな対象」)。

欲望のあいまいな対象03.jpg 「欲望のあいまいな対象」は「アンダルシアの犬」('28年/仏)、「<自由の幻想」('74年/仏)のルイス・ブニュエル監督の遺作で、主人公の男性がのめり込むヒロイン・コンチータを、フランス人で映画初出演のキャロル・ブーケ(ヒロインの無垢な少女の面の担当?)とスペイン人女優のアンヘラ・モリーナ(ヒロインの妖艶な悪女の面の担当?)の二人の女優が演じるという「二人一役」の演出がなされていましたが、特にアンヘラ・モリーナの美貌とエロティックな肢体は目を惹きます。

欲望のあいまいな対象04.jpg 列車の中で主人公が語る話が映画のメインストーリーですが、その列車にバケツで水をぶっかけられたコンチータも乗っているわけで、彼女もお返しに主人公にバケツで水をぶっかける―ところが、主人公の話が終わって、映画もこれで終わりという時に2人は...。"想定外の結末"との世評ですが、全体を振り返ってみると、やっぱりという気もしないではない、と言うか、この結末しかないのではないかという気もします(この主人公は「病膏肓に入る」だなあ)。エンディングに爆発に象徴されるように、テロによる政情不安というのも背景にあるのでしょうか。個人的にはその辺りの関連はあまりよく分からなかったけれど。

 

両親が決めたことえ.jpg両親(ふたり)が決めたことTHEY WILL BE DUST.jpg「両親(ふたり)が決めたこと」●原題:POLVO SERAN(英題:THEY WILL BE DUST)●制作年:2024年●制作国:スペイン・イタリア・スイス●監督:カルロス・マルケス=マルセット●製作:トノ・フォルゲラ/アリアドナ・ドット/ジョバンニ・ポンピリ/オイゲニア・ムーメンターラー/ダービト・エピナイ●脚本:カルロス・マルケス=マルセット/クララ・ロケ/コーラル・クルス●撮影:ガブリエル・サンドル●音楽:マリア・アルナル●時間:106分●出演:アンヘラ・モリーナ/アルフレド・カストロ/モニカ・アルミラル・バテット/パトリシア・バルガロ/アルバン・プラド/マヌエラ・ビーダーマン●日本公開:2026/02●配給:百道浜ピクチャーズ●最初に観た場所:神保町・シネマリス(26-02-17)●同日上映:「欲望のあいまいな対象」(ルイス・ブニュエル)

欲望のあいまいな対象」[Prime Video]「映画パンフレット★『欲望のあいまいな対象』/ルイス・ブニュエル監督、フェルナンド・レイ、キャロル・ブーケ
欲望のあいまいな対象  p.jpg欲望のあいまいな対象 p.jpg「欲望のあいまいな対象」●原題:CET OBSCUR OBJET DU DESIR(英:THAT OBSCURE OBJECT OF DESIRE)●制作年:1977年●制作国:フランス・スペイン●監督:ルイス・ブニュエル●製作:セルジュ・シルベルマン●脚本:ルイス・ブニュエル/ジャン=クロード・カリエール●撮影:エドモン・リシャール●時間:99分●出演:フェルナンド・レイ/キャロル・ブーケ/アンヘラ・モリーナ/バレリー・ブランコ/エレン・バル/リタ・ラッチ・ペイロ/デイビッ ト・ロッチャ●日本公開:1984/11●配給:フランス映画社●最初に観た場所(再見):神保町・シネマリス(26-02-17)●同日上映:「両親(ふたり)が決めたこと」(カルロス・マルケス=マルセット)

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女性との接触が意外と多かった。高齢化社会問題を先取り? 個人主義的な生き方の強さ。

ハリーとトント1974.jpgハリーとトント11.jpg ハリーとトント12.jpg
「ハリーとトント」ポスター アート・カーニー
ハリーとトント [DVD]
ハリーとトント1d.jpgハリーとトント26.jpgハリーとトント13.jpg 72歳のハリー(アート・カーニー)は、妻に先立たれ3人の子供達も独立しており、マンハッタンのアパートに愛猫トントとともに暮らしていた。しかし、区画整理のためにアパートから強制的に立ち退かざるを得なくなり、長男バート(フィル・ブランス)の家へ移り住むことになるも、そこに馴染むことができず、娘のシャーリー(エレン・バースティン)を尋ねる為、トントを連れてシカゴへ向かう決心をする。トントが原因で飛行機にもバスにも乗ることが出来なくなったが、中古車を買い旅を続けることで、様々な人と出会うことに―。

エレン・バースティン
ハリーとトント22.jpg ポール・マザースキー監督の1974年公開作で、アート・カーニーが映画初主演で第47回「アカデミー主演男優賞」を受賞した作品。ポール・マザースキー監督はハリー役に有名俳優を起用したいと考え、ローレンス・オリヴィエ、既に引退したケイリー・グラントに出演依頼をしたがいずれも断られ、一方プロデューサー側は興行的に失敗する場合も想定してギャラの安いテレビ俳優を希望しており、そこでマザースキーの目に留まったのがたまたま鑑賞した舞台に出ていたアート・カーニーだったとのこと。カーニーは台本を気に入ったものの、72歳のハリーよりも16歳も年下なので断ろうとしたが、マザースキーは第二次大戦で負傷した彼の歩き方がこの役に合ってると思い彼を説得、カーニーは当時56歳で、息子役のラリー・ハグマンと13歳、娘役のエレン・バースティンと14歳しか離れていなかったそうです。

ハリーとトント23.jpg ニューヨークでアパートを立ち退かされた72歳の老人ハリーが、愛猫トントとともにアメリカ大陸を横断するロードムービーです。ハリーが家を追われ、子供たちの世話になれる状況でも、彼らの家庭の都合や空気に無理に合わせず、新しい旅に出るというのは強いなと思います。70代で車を運転し、新しい場所へ行き、様々な世代の人々(ヒッチハイカーの少女や先住民など)と心を通わせるハリーの姿は、冒険心に年齢制限がないことを表しています。旅の過程で、ハリーは家族や友人、そして愛猫トントとの別れを経験します。しかし、彼はその悲しみに押し潰されることなく、思い出を大切にしながら、前を向いて歩き続けます。

ハリーとトント14.jpg 今回久しぶりに「NHK-BSプレミアムシネマ」で観直してみて気づいたのは、ハリーの旅の過程で女性との接触が多いことでした。ラスベガスへ向かう車の運転中に女性(実は売春婦)に声を掛けられ、一緒に過ごすことを誘われます(バーバラ・ローズ演じる彼女はハリーに「少し人生を楽しんだら」と優しく働きかけるが、ここはそれだけのエピソードで終わる)。また、シカゴの老人介護施設にかつての恋人を訪ね再会しますが、彼女は現在認知症を患っており、ハリーを別の男と間違えるなど心痛な場面ですが、二人がかつて愛し合ったという背景が切なく描かれます。

 映画の終盤、ハリーはカリフォルニアのベニスビーチで、たくさんの猫に餌をやっている女性とベンチで隣り合わせになり、彼女がハリーに話しかけ、一緒に暮らすよう誘い、ハリーも彼女と過ごすことを少し考えたようですが、最終的には別の場所で別の(トントに似た)猫を見つけ、彼らと過ごすことを選びます。

ハリーとトント15.jpg これ以外にも、物語の初期、ヒッチハイカーの少女(メラニー・メイヤー)を車に乗せ、しばらく一緒に行動するシーンがあります。 少女から直接的な性的な誘いではありませんが、彼女が同宿したホテルで胸を露わにし、ハリーが動揺したかのように見えるシーンがあります(15歳くらいなのだが)。結局この娘は、ハリーが再会した元引き籠りの自分の孫と意気投合して、若者たちが共同生活を送るコミューンに行くことになりますが、ハリーは、社会の規範にとらわれない彼らの生き方に対し理解を示します。

 旅の過程でこうしたコミューンに出会うというのは、同じくアメリカ大陸横断ロードムービーである「イージー・ライダー」 ('69年/米)で、ピーター・フォンダとデニス・ホッパー演じるヒッピーが、バイクで旅をする中で、ニューメキシコの砂漠にあるヒッピーのコミューンに立ち寄ったのを想起させ、60年代末から70年代のカウンターカルチャーの時代を感じさせます。

ハリーとトント25.jpg 一方で、オープニングシーンの都会の老人たちのショットの連続は、老人の社会的疎外を象徴しており、その後もハリーが老朽化したアパートから強制立ち退きに遭うシーンなどが続き、映画そのものも、高齢化社会の問題を先取りするようなものであったとも言えます(高齢化社会の問題は特にわが国において深刻なのだが)。

 また、同時に、リア王の話が出てくるように、娘や息子たちの元を転々とするハリーの姿は、領土を娘たちに分け与えた後に裏切られる「リア王」の話の骨格と重なります(結局、「時代的」「今日的」「普遍的」テーマ ということか)。

 ただし、シェイクスピアの四大悲劇の1つ「リア王」とは異なり、この映画では老いと自立、家族関係をどちらかと言うと軽妙なトーンで描いています。狂気に陥るリア王とは対照的に、ハリーは旅を通して新たな自由を見出したように見え、改めてハリーの欧米風の個人主義的な生き方の強さを感じました。

チーフ・ダン・ジョージ
小さな巨人 ホフマン ジョージ.jpgハリーとトント24.jpg ハリーがアメリカ横断の旅をする中で、老インディアンと出会い、心を通わせるエピソードがありますが、この老インディアンを演じたチーフ・ダン・ジョージは、1969年に60歳を超えて俳優デビューし、アーサー・ペン監督の「小さな巨人」('70年/米)でアカデミー賞及びゴールデングローブ賞の助演男優賞にノミネートされ、「ニューヨーク映画批評家協会賞」「全米映画批評家協会賞」の男優賞を受賞しています。

Tonto(Jay Silverheels)/Lone Ranger(Clayton Moore)
ローン・レンジャー1.jpgローン・レンジャー2.jpg また、こちらもインディアン絡みになりますが、劇中でハリーも言っている通り、愛猫トントの名は、モノクロ西部劇として人気を博したTVシリーズで、ウィリアム・テル序曲の主題曲と「ハイ・ヨー、シルバー!」の掛け声も懐かしい「ローン・レンジャー」に出てくるローン・レンジャーの相方のインディアンのトントから取った名前です(主人公ハリーの老インディアンとの交流は偶然によるが、運命的要素もあったということか)。「ローン・レンジャー」は近年ではゴア・ヴァービンスキー監督により「ローン・レンジャー」('13年/米)として映画化され(ローン・レンジャーの映画作品としては5作目にあたる)、アーミー・ハマーがローン・レンジャー、ジョニー・デップがトントを演じましたが、第34回「ゴールデンラズベリー賞 最低前日譚・リメイク・盗作・続編賞」を受賞しています。

ローン・レンジャー3.jpgローン・レンジャー TV版 DVD-BOX」クレイトン・ムーア/ジェイ・シルヴァーヒールス

「ローン・レンジャー」The Lone Ranger(ABC 1949~57)○日本での放映チャネル:KRT(1958~59)フジテレビ(1959~63)


ハリーとトント18.jpg「ハリーとトント」●原題:HARRY AND TONTO●制作年:1974年●制作国:アメリカ●監督・製作:ポール・マザースキー●脚本:ジョシュ・グリーンフェルド/ポール・マザースキー●撮影:マイケル・バトラー●音楽:ビル・コンティ●時間:115分●出演:アート・カーニー/エレン・バースティン/ジェラルディン・フィッツジェラルド/ラリー・ハグマン/アーサー・ハニカット/フィル・ブランス/クリフ・デ・ヤング/チーフ・ダン・ジョージ/バーバラ・ローズ/メラニー・メイヤー●日本公開:1975/12●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:高田馬場・パール座(79-10-01)(評価:★★★★)●併映:「これからの人生」(モーシェ・ミズラヒ)

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ドキュメンタリーと言うより映像叙事詩。でもやはりドキュメンタリー。

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リトアニアへの旅の追憶(VHS)」ジョナス・メカス
リトアニアへの旅の追憶01.jpgリトアニアへの旅の追憶(VHS).jpg 1949年、故郷からナチスに追われアメリカに亡命したジョナス・メカス。言葉も通じないブルックリンで一台の16ミリ・カメラを手にしたメカスは日々の生活を日記のように撮り始める。27年ぶりに訪れた故郷リトアニアでの母、友人たちとの再会、そして風景が映し出される―。

リトアニアへの旅の追憶v.jpg【ジョナス・メカス自身による解説] この映画は3つの部分から構成されている。まず、第一の部分は、私がアメリカにやって来てからの数年、1950~53年の間に、私の最初のボレックスによって撮られたフィルム群から成っている。そこでは、私の弟アドルファスや、そのころ私達がどんな様子であったかを見ることができる。ブルックリンの様々な移民の混ざりあいや、ピクニック、ダンス、歌、ウィリアムズバーグのストリートなどを。第二の部分は、1971年に、リトアニアで撮られた。ほとんどのフィルム群は、私が生まれた町であるセミニシュケイを映しだしている。そこでは、古い家や、1887年生まれの私の母や、私たちの訪問を祝う私の兄弟たるや、なじみの場所、畑仕事や、他のさして重要ではないこまごまとしたことや、思い出などを、見ることになる。ここでは、リトアニアの現状などというものは見ることはできない。つまり、27年の空白の後、自分の国に戻って来た「亡命した人間」の思い出が見られるだけなのである。第三の部分はハンブルクの郊外、エルンストホルンへの訪問から始まる。私たちは、戦争の間l年間、そこの強制労働収容所で過ごしたのだった。その挿入部分の後、われわれは私たちの最良の友人たちの一部、ペーター・クーベルカリトアニアへの旅の追憶p.jpg、ヘルマンリトアニアへの旅の追憶05.jpg・ニッチ、アネット・マイケルソン、ケン・ジェイコブスと共にウィーンにいる。そこでは、クレムスミュンスターの修道院やスタンドルフのニッチの城や、ヴィトゲンシュタインの家などをも見ることができる。そしてこのフィルムは、1971年8月のウィーンの野菜市場の火事で終わることになる。─ジョナス・メカス。

 詩人でもあるジョナス・メカス(1922-2019/96歳没)の1972年監督のドキュメンタリー映画で、アメリカ・インディペンデント映画の傑作とされている作品。上記メカス身による解説のように、第一部が1950年から1953年までのアメリカにやってきたメカスと弟、第二部が27年ぶりに里帰りしたメカス、第三部が戦争中に住んでいたハンブルク郊外やウィーンへの訪問となっています。

 その中でも、メカスの生まれ故郷であるリトアニアのセメニシュケイ村への旅(第二部)が中心に描かれており、自在なカメラワークと豊かな感受性でそれらをみずみずしく描いた映像となっていて、ドキュメンタリー映画と言うより映像叙事詩という印象です。

 ただし、美しいだけでなく、映像と併せてメカス自身よって簡潔に語られる、ソ連に編入されナチスの侵攻とともに戦火に包まれた故郷の国の歴史と、ナチスに追われ国外逃亡を図って捕らえられ、さらに強制労働所の脱出を図り2度目で成功して逃走を続けたという彼自身の個人史が重く(飄々としたメカスの印象と対照的)、彼の故郷や家族、友人に対する愛おしい気持ちを観る側に強く伝えてきます。

 その意味では、やはり、そのバックグラウンドの重さによってュメンタリーであると言えますが、映像的にはそうした戦乱の部分などはなく、過去と現在の日常の記録=「映像日記」になっています(「メカスの映画日記」は個人映画のバイブルと言われるはど著名)。こんなやり方、ありかな?とも思ったりしますが、メカスは詩人でもあるので、語りの部分も作品の重要な部分であるということでしょう。また、敢えてそうした表現方法をとることによって、戦争スぺクタル映画など既存の映画の作り方に対する1つのアンチテーゼを示しているともとれます。

リトアニアへの旅の追憶cb.jpg この作品は一応'96年8月30日が本邦"初公開"とされていて、2014年にも再公開され、さらに2022年にイメージフォーラムで再々公開されていますが、そのずっと前に、現在渋谷にあるイメージフォーラムがまだ四谷3丁目にあった70年代の頃からそこで度々上映されていて、当時観に行こうと思いながら結局行けずじまいだった作品でした(ヴェルナー・ヘルツォーク監督の「小人の饗宴」('69年/西独)などもその類。「小人の饗宴」の方は1977年が本邦初公開となっているようだ)。今回観れて、何だか何十年分かの借りを返したような気分です(笑)。

リトアニアへの旅の追憶06.jpg ジョナス・メカス

「リトアニアへの旅の追憶」●原題:REMINISCENCES OF A JOURNEY TO LITHUANIA●制作年:1972年●制作国:イギリス/西ドイツ●監督・撮影・編集・ナレーション:ジョナス・メリトアニアへの旅の追憶03.jpgカス●時間:88分●出演:ジョナス・メカス/ピーター・クーベルカ/ヘルマン・ニッチ/アネット・マイケルソン/ケン・ジェイコブス/ペトラス・メカス●日本公開:1996/08●配給:ダゲレオ出版(イメージフォーラム)●最初に観た場所:シネマブルースタジオ(26-01-17)(評価:★★★★)


「●は行の外国映画の監督②」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1446】 アーサー・ペン「俺たちに明日はない
「●や‐わ行の外国映画の監督①」の インデックッスへ 「●スティーヴン・スピルバーグ監督作品」の インデックッスへ 「●た‐な行の外国映画の監督」の インデックッスへ 「●ま行の外国映画の監督」の インデックッスへ 「●は行の外国映画の監督①」の インデックッスへ 「●TV-M (その他)」の インデックッスへ 「●か行外国映画の監督」の インデックッスへ 「●ジョン・リスゴー 出演作品」の インデックッスへ(「教皇選挙」「トワイライトゾーン 超次元の体験」「世にも不思議なアメージング・ストーリー(第22話)/愛の人形」「クリフハンガー」「完全犯罪」)「●ジョルジュ・ドルリュー音楽作品」の インデックッスへ(「世にも不思議なアメージング・ストーリー(第22話)/愛の人形」)「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ 「●海外のTVドラマシリーズ」の インデックッスへ(「世にも不思議なアメージング・ストーリー」) ○映像の世紀バタフライエフェクト(「ローマ教皇 世界との格闘」)

こんなに面白くしていいのかという感じ。ジョン・リスゴーにまた会えた。

教皇選挙00.jpg
教皇選挙 [DVD]」レイフ・ファインズ
教皇選挙000.jpg ある日、カトリック教会のトップにしてバチカン市国の国家元首であるローマ教皇が、心臓発作のため突如として急死してしまう。教皇死去の悲しみに暮れる暇もなく、イギリス出身でローマ教皇庁首席枢機卿を務めるトマス・ローレンス枢機卿は枢機卿団を招集し、次のローマ教皇を選出する教皇選挙(コンクラーヴェ)を執行することとなった。100人以上の枢機卿がコンクラーヴェが行われるシスティーナ礼拝堂に集まる中、有力候補者として
・ベリーニ枢機卿(米国出身バチカン教区所属・リベラル派)
・トランブレ枢機卿(カナダ・モントリオール教区所属・穏健保守派)
・アデイエミ枢機卿(ナイジェリア教区所属、初のアフリカ系教皇の座を狙う)
・テデスコ枢機卿(イタリア・ベネチア教区所属・保守派伝統主義者)
教皇選挙 相関.jpgの4人の名が取り沙汰される中、メキシコ出身で昨年に前教皇によって新たに任命されたばかりのアフガニスタン・カブール教区のベニテス枢機卿が開始直前に到着する。かくしてコンクラーヴェが始まるが、枢機卿団の票が割れていく水面下では陰謀や差別、スキャンダルの数々が犇めいていた。裏で信仰に関する悩みを抱えるローレンスは、それらに苦悩を深めつつもコンクラーヴェを執行していくが―。

 2024年公開のエドワード・ベルガー監督作で、「白い巨塔」('66年/大映)など選挙モノは面白いのに(「白い巨塔」の場合は医局の教授選だが)「選挙映画」は意外と少ないと思っていたら、コレまさにタイトルも中身も選挙そのものでした。奇しくも上映期間中の2025年4月21日に教皇のフランシスコ教皇が亡くなったことを受けて、実際のバチカンでコンクラーベが行われることとなり、日本でもそれが本作品の上映期間と重なったことから観客数が急増しました。因みに、原作者ロバート・ハリスは自身は非カトリックですが、リベラル派のフランシスコ教皇を敬愛しており、フランシスコ教皇が選ばれた前回のコンクラーベが作品のヒントになっていて、随所にフランシスコ教皇へのオマージュが散りばめられているようです。フランシスコ教皇はトランスジェンダーや同性カップルへの受容を公式に表明した教皇です(ただし、映画のラストのがベニテスがインターセックスだったというのは面白過ぎる創作)。

ナイロビの蜂 2005.jpg 首席枢機卿としてコンクラーベを主宰するローレンス枢機卿を演じたレイフ・ファインズ(「ナイロビの蜂」('05年)に主演)はキャリアハイライトとも言える演技で、重厚感ありました。内容的にも面白く、選挙は最後に予想外の結果となります。でも振り返ってみれば問題のある候補は淘汰されて、これはこれで"予定調和"なのかなと。ところが、最後の最後にもうひと捻りありました(因みに、映画におけるベニテス枢機卿の国籍はメキシコでメキシコ人俳優のカルロス・ディエスが演じてるが、原作ではフィリピン人である)。こんなに面白くしていいのかという感じもありましたが(ジェンダー問題がストーリーの"オチ"として扱われてしまっている印象も)、米国映画だからできるのでしょう。ヨーロッパでは無理かも(英国も製作国に名を連ねるが、あそこは長年ローマ教皇庁と対立してきた英国国教会だから)。

「トワイライトゾーン・超次元の体験」映画チラシ
トワイライトゾーン 超次元の体験 1983.jpgジョン・リスゴー in「教皇選挙」(2024)/「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」(2023)
教皇選挙リスゴー (2).jpg「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」j.jpg 穏健保守派の教皇候補トランブレ枢機卿(この人も"問題あり"人物)役でジョン・リスゴーが出ていたのが嬉しいです(マーティン・スコセッシ監督の「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」('23年)にも判事役で出ていたので、久しぶりというわけでもないが)。

 このジョン・リスゴーという人を最初に観たのは、ジョン・ランディス、スティーヴン・スピルバーグ、ジョー・ダンテ、ジョージ・ミラーの4監督によるオムニバス映画「トワイライトゾーン 超次元の体験」('83/米)だったでしょうか。

  第1話「偏見の恐怖」:ジョン・ランディスがビック・モローを主演にすえて描く人種差別主義者を襲う恐怖の世界。
  第2話「真夜中の遊戯」::老人ホームで暮らす人々に子供の頃の夢と希望を運ぶ男の話をスピルバーグが描く。
  第3話「こどもの世界」:ジョー・ダンテ監督による、スポイルされた超能力少年をめぐる女教師の恐怖の体験。
  第4話「2万フィートの戦慄」:「マッド・マックス」のジョージ・ミラー監督は飛行機恐怖症の男の悪夢を描く。
 人種差別主義者の男が時空を超え、逆に手痛い差別を受けるシリアスかつブラックな第1話は、撮影中の事故で主演のビックジョン・リスゴー「トワイライトゾーン.jpg・モローと子役が亡くなるという、いわくつきの作品。スピルバーグらしいヒューマンな感動(第2話)や、ダンテのトワイライトゾーン 超次元の体験 dvd.jpg過剰なまでにシュールな映像(第3話)など、それぞれの原点や個性が窺えますが、第4話の「2万フィートの戦慄」が最も面白かったです。高所恐怖症の男が嫌々に乗った飛行機で、窓の外に見たものは翼を齧るゴブリン風の生き物(ジョー・ダンテっぽい((笑))。恐怖に駆られ男は近くの席に座っていた警官の拳銃を奪い、窓超しに生き物めがけて発砲。破れた窓から吸い出されそうになり、上半身を機体の外へ突き出し―。この男を演じているのがジョン・リスゴーで、神経質な飛行機恐怖症の男を見事に演じていました。
トワイライトゾーン/超次元の体験 [DVD]


「世にも不思議なアメージング・ストーリー」シーズン1・第22話「愛の人形」(1986)
愛の人形1.jpg愛の人形2.jpg 「トワイライトゾーン 超次元の体験」の元になっているのは往年のTVシリーズ「トワイライトゾーン (ミステリーゾーン)」(原題: The Twilight Zone、CBS 1959~64)ですが、ジョン・リスゴーは、スティーヴン・スピルバーグが製作総指揮を務めた、80年代の同じく一話完結のTVシリーズ「世にも不思議なアメージング・ストーリー」(原題: Amazing Stories、NBC 1985~87)のシーズン1・第22話「愛の人形」(原題: The Doll、1986)に出ていて、こちらは、ジョン・リスゴー演じる孤独な独身男性が手に入れた精巧な人形に魅了され、やがてその人形のモデルとなった実在の女性の悲劇的な運命を知るファンタジー・サスペンスでした。人形に宿るモデルの魂か、あるいは男の狂気か。人形とモデルの女性の過去が交錯し、不思議で切ない結末でしたが、幻想的で少し不気味な雰囲気でもありました。脚本はスティーヴン・スピルバーグ監督の「激突!」('72年/米)の原作・脚本のリチャード・マシスン。ジョン・リスゴーはこの作品で「エミー賞」を受賞しています。

アメージング・ストーリー1ゴーストトレイン1.jpg 「世にも不思議なアメージング・ストーリー」の第1話は製作総指揮を務めたスティーブン・スピルバーグ自身が監督した「ゴースト・トレイン」です。アイオワ州の田舎町の線路沿いの古い家に住むポーランド移民パパ・オストロウスキー(バーナード・ヒューズ)は、昔幼い頃に列車の脱線事故に偶然居合わせ、列車が橋の崩落で沼に沈み、乗客がは全員死亡したという事故だったが、その列車がいつか自分を迎えに来ることを確信しており、息子夫婦には相手にされないが、幼い孫息子クリンカに対し「列車が来たら、パパはもういない」と伝えていた。するとある夜、家が揺れ始め、霧の中から「幽霊列車」が現れるーというもの(このセット、どうやって撮った?)。主人公の名はパパですが、もい一人の主人公である孫のクリンカから見れば祖父にあたり、「列車に乗る」=「死出の旅」ということなのでしょう。「ゴースト・トレイン」というのが宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のようで(あの列車にもタイタニック号で亡くなった人が乗ってくる場面がある)、家の中に列車が入ってくるのはつげ義春の「ねじ式」みたいでした。「未知との遭遇」や「E.T.」などのスピルバーグ作品を彷彿させるシーンが多々あるのが興味深いです。

 シーズン1・全24話、シーズン2・全21話の内、日本では第5話「最後のミッション」、第4話「パパはミイラ」、第3アメージング・ストーリーパパはミイラ.jpgアメージング・ストーリー最後のミッション.jpg2話「真夜中の呪文」の3エピソードを纏めたものが1987年7月に「世にも不思議なアメージング・ストーリー」として劇場公開されています。「最後のミッション(原題: The Mission)」はこれもスティーブン・スピルバーグ自身世にも不思議なアメージング・ストーリー 劇場.jpgの監督作。第二次世界大戦中、爆撃機の中で腹部銃座に閉じ込められた若きガンナー(射撃手)が、車輪が故障して着陸できない状況で取った驚くべき方法とは...。緊張感とファンタジーが融合した作品。「パパはミイラ(原題: Mummy Daddy)」はウィリアム・ディア監督作。ミイラの着ぐるみを着たまま撮影所から帰宅した父親が、そのままの姿で子供と交流する、微笑ましくも少し奇妙な物語。選ばれただけに、共に人気が高いエピソードです。
世にも不思議なアメージング・ストーリー [VHS]
 「最後のミッション」監督:スティーブン・スピルバーグ/出演:ケビン・コスナー
 「パパはミイラ」監督:ウィリアム・ディア/出演:トム・ハリソン
 「真夜中の呪文」監督:ロバート・ゼメキス/出演:クリストファー・ロイド

 話をジョン・リスゴーに戻して、ジョン・リスゴーはさらに90年代にはTVシリーズ「3rd Rock from the Sun」(1996~2001)に計139話出演し「エミー賞ドラマシリーズ 男優賞」を受賞。00年代は、同じくTVシリーズ「デクスター~警察官は殺人鬼」(Dexter 、Showtime 2006~2013)のシーズン4(2009)で、シリアルキラーのアーサー・ミッチェル役で12話ほど出演しています。全米各地で、「同じ境遇の人物を、同じ方法で殺す」3パターンでの殺人を定期的に繰り返す「トリニティ・キラー」。その正体は、表向きは長年教師を務め、教会に欠かさず通い、ボランティア活動に積極的に従事し、良き夫デクスター4.jpgデクスター りすごー.jpg良き父親として、理想的な人物として周囲の信頼を得ているアーサー(その殺戮衝動は、幼い頃、衝撃的な出来事によって、次々と家族を失ったことに起因していた)。ジョン・リスゴーはこのアーサー役で、「エミー賞ドラマシリーズ ゲスト男優賞受賞」(80年代、90年代、00年代とエミー賞を受賞したことになる)、「ゴールデングローブ賞ドラマシリーズ 助演男優賞受賞」を受賞しています。

「デクスター~警察官は殺人鬼」シーズン4(2009)

クリフハンガー〈DTS版〉 [DVD]
クリフハンガー1993.jpg「トワイライトゾーン 超次元の体験」(1983)「クリフハンガー」(1993)
「ペリカン文書」(1993)「完全犯罪」(1993)
ジョン・リスゴー4作.jpg 一方で、メジャー大作の方では、「ダイハード2」('90年/米)のレニー・ハーリンが監督し、シルヴェスター・スタローンが主演した、ロッキー山脈に不時着した武装強盗団と山岳救助隊員の戦いを描いたサスペンス・アクション映画「クリフハンガー」('93年/米・仏・伊・日)で、スタローンを追い詰める冷酷無比な武装強盗団のボスを演クリフハンガー3.jpgじていました(スタローンは高所恐怖症をおして奮闘。セット撮影やCG合成もあるが、断崖に引っかかったヘリでの死闘などは「荒鷲の要塞」('68年/英・米)のロープウェイ上の格闘シーンを彷彿させた)。

「クリフハンガー」('93年)ジョン・リスゴー(武装強盗団のボス・エリック)

完全犯罪00.jpg と思ったら、同じ1993年公開の、魔性の女を巡り2人の男の愛憎と欲望が交錯する犯罪計画の顛末を、二転三転するプロットの中に描いたサスペンス・スリラー「完全犯罪」('93年/米、元々はTVムービー)では、メッチェン・アミックメーチェン・エイミック.jpg(メッチェン・アミックは2人の男を相手にするのは「ツイン・ピークス」('90年-'91年/米)のときと同じだが、堂に入ったと言うか貫禄が増した? この2作以降も、夫がありながら他の男と密通する女性を演じることが多かった女優)が演じる妻を別の男に寝取られる夫を演じていて、でも実はラストでどんでん返しがあり、完全犯罪「図1.jpgそう言えば善良に見えて実は何かを隠しているような雰囲気はありました。多彩な役をこなし(1作品の中でさえ!)、まさにカメレオン俳優と呼ばれるに相応しい俳優だと思います。この1993年には、「ペリカン文書」('93年/米)にもワシントン・ヘラルド紙の編集長役で出て、デンゼル・ワシントン演じる記者グレイ・グランサムの、途中から彼を支援するようになる上司を演じています。いつまでも活躍してほしい俳優です。
「完全犯罪」('93年)ジョン・リスゴー(銀行家ポール)/メッチェン・アミック(妻ローレン)/エリック・ロバーツ(脱獄犯リノ)

ペリカン文書 1993 リスゴー2.jpg「ペリカン文書」('93年)
ジュリア・ロバーツ(法学部の学生ダービー・ショウ)/デンゼル・ワシントン(ワシントン・ヘラルド紙の記者グレイ・グランサム)/ジョン・リスゴー(編集長・グレイの上司スミス・キーン)


教皇選挙 [DVD]
教皇選挙 2024.jpg教皇選挙001.jpg「教皇選挙」●原題:CONCLAVEE●制作年:2024年●監督:エドワード・ベルガー●製作:テッサ・ロス/ジュリエット・ハウエル/マイケル・A・ジャックマン/アリス・ドーソン/ロバート・ハリス●脚本:ピーター・ストローハン●撮影:ステファーヌ・フォンテーヌ●音楽:フォルカー・ベルテルマン●原作:ロバート・ハリス●時間:120分●出演:レイフ・ファインズ/スタンリー・トゥッチ/ジョン・リスゴー/セルジオ・カステリット/ルシアン・ムサマティ/カルロス・ディエス/メラーブ・ニニッゼ/ブライアン・F・オバーン/イザベラ・ロッセリーニ●日本公開:2025/03●配給:キノフィルムズ●最初に観た場所:TOHOシネマズ池袋(25-04-24)(評価:★★★☆)

トワイライトゾーン 超次元の体験2.jpg「トワイライトゾーン 超次元の体験」●原題:THE TWILIGHT ZONE:THE MOVIE●制作年:1983年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・ランディス/スティーヴン・スピルバーグ/ジョー・ダンテ/ジョージ・ミラー●製作:スティーヴン・スピルバーグ/ジョン・ランディス●脚本:ジョン・ランディス/ジョージ・クレイトン・ジョンソン/リチャード・マシスン/メリッサ・マシスン●撮影:ティーブン・ラーナー/アレン・ダヴィオー/ジョン・ホラ●音楽:ジェリー・ゴールドスミス●時間:101分●出演:(ナレーター)バージェス・メレディス/(プロローグ)ダン・エイクロイド/アルバート・ブルックス/(第1話)ヴィック・モロー/チャールズ・ハラハン/(第2話)スキャットマン・クローザース/(第3話)キャスリーン・クインラン/ウィリアム・シャラート/パトリシア・バリー/ケヴィン・マッカーシー/ナンシー・カートライト/ディック・ミラー(第4話)ジョン・リスゴー●日本公開:1984/02●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:自由ヶ丘武蔵野推理(84-09-04)(評価:★★★☆)
トワイライトゾーン 超次元の体験1.jpg

トワイライトゾーン.jpgThe Twilight Zone oo.jpgThe Twilight Zoneド.jpg「トワイライトゾーン (ミステリーゾーン)」The Twilight Zone (CBS 1959~64) ○日本での放映チャネル:日本テレビ(1960)/TBS(1961~67)/AXN

世にも不思議なアメージング・ストーリー 1st.jpg世にも不思議なアメージング・ストーリー1985.jpg「世にも不思議なアメージング・ストーリー」 Amazing Stories (NBC 1985.09~1987.04) ○日本での放映チャネル:日本テレビ「金曜ロードショー」など (1992など)シーズン1全24話・シーズン2全21話
世にも不思議なアメージング・ストーリー 1st シーズンDVD-BOX」[2009年リリース]
DISC.1
第1話「ゴースト・トレイン」監督:スティーブン・スピルバーグ●第2話「愛と哀しみの磁石男」監督:マシュー・ロビンス●第3話「タイムトラベル少年」監督:マイケル・D・ムーア
DISC.2
●第4話「パパはミイラ」監督:ウィリアム・ディア●第5話「最後のミッション」監督:スティーブン・スピルバーグ●第6話「超魔術師と殺人オペラ」監督:ピーター・ハイアムズ
DISC.3
●第7話「宇宙のTVオタク」監督:ボブ・バラバン●第8話「最後のマジック」監督:ドナルド・ペトリ●第9話「こんな天使でよかったら...」監督:バート・レイノルズ ※初ソフト化
DISC.4
●第10話「リモコン親父の逆襲」監督:ボブ・クラーク●第11話「52年目のXマスプレゼント」監督:フィル・ジョアノー●第12話「亡き妻の肖像...魂が棲む画」監督:クリント・イーストウッド
DISC.5
●第13話「魔法の鳥のベビー・シッター」監督:ジョーン・ダーリング●第14話「英雄になった男」監督:レスリー・リンカ・グラッター●第15話「最後の一杯」監督:トーマス・カーター ※初ソフト化
DISC.6
●第16話「夢のガラクタ」監督:ノーマン・レイノルズ●第17話「いないいないバア!」監督:ジョー・ダンテ●第18話「二人だけの霊界」監督:トーマス・カーター
DISC.7
●第19話「鏡よ鏡...」監督:マーティン・スコセッシ●第20話「シークレット・シネマ」監督:ポール・バイテル●第21話「地獄のかつら」監督:アーヴィン・カーシュナー ※初ソフト化
DISC.8
第22話「愛の人形」監督:フィル・ジョアノー●第23話「ワタシは何でも知っている...」監督:レスリー・リンカ・グラッター●第24話「想い出のラブ・ソング」監督:ティモシー・ハットン ※初ソフト化

世にも不思議なアメージング・ストーリー 2ndシーズンDVD-BOX」[2009年リリース]
世にも不思議なアメージング・ストーリー 2.jpgDISC1
「呪いの結婚指輪」(監督・主演:ダニー・デビート/原案:スティーブン・スピルバーグ)
「(秘)インスタント美女」(監督:トム・ホランド/主演:ジョン・クライヤー)
「おじいちゃんの魔球」(監督:ロバート・マルコウィッツ/主演:M・エメット・ウォルシュ)
DISC2
「悪夢へようこそ...」(監督:トッド・ホランド/主演:デヴィット・ホランダー)
「危ない夢」(監督:ケビン・レイノルズ/原案:スティーブン・スピルバーグ/主演:チャールズ・ダーニング)
「腹ペコモンスター」(監督:ジョー・ダンテ/原案:スティーブン・スピルバーグ/主演:ヘイリー・ミルズ)
DISC3
「最期のハンドパワー」(監督:ミック・ギャリス/主演:パトリック・スウェイジ)
「真夜中の呪文」(監督:ロバート・ゼメキス/主演:スコット・コフィ)
「井戸の恩返し」(監督:トッド・ホランド/主演:デビッド・キャラダイン)
DISC4
「かぼちゃコンテスト」(監督:ノーマン・レイノルズ/主演:ポリー・ホリデイ)
「向こう側に渡る会かい?」(監督:ジョーン・ダーリング/主演:ジェイク・ハート)
「永遠の別れのために」(監督:J・マイケル・リーヴァ/主演:ジェフリー・ジョーンズ)
DISC5
「別れ道」(監督:ケン・クワピス/主演:キャシー・ベイカー)
「ゴースト・コップ」(監督:ポール・マイケル・グレイザー/原案:スティーブン・スピルバーグ/主演:マックス・ゲイル)
「ひみつの蘭ちゃん」(監督:ニック・キャッスル/主演:ロバート・タウンゼント)
DISC6
「ワンワン騒動記」(監督:ブラッド・バード/キャクター・デザイン:ティム・バートン/声の出演:マーシャル・エフロン)
「天才作曲家のいたずら」(監督:ポール・バーテル/主演:ダナ・グラッドストーン)
「おかしな隣人」(監督:グラハム・ベイカー/主演:フレデリック・コフィン)
DISC7
「忘れじのダイアナ」(監督:レスリー・リンカ・グラッター/主演:ビリー・グリーン・ブッシュ)
「お引越し」(監督:ロバート・スティーヴンス/主演:スティーヴン・ジェフリーズ)
「キャベツ男の微笑み」(監督:トビー・フーパー/原作:リチャード・マシスン/主演:ディック・ショーン)

愛の人形v.jpg愛の人形v2.jpg「世にも不思議なアメージング・ストーリー(第22話)/愛の人形(愛しのドール)(S1 E22 #22)」●原題:Amazing Storie-The Doll●制作国:アメリカ●本国放映:1986/05/04●監督:フィル・ジョアノー●脚本:リチャード・マシスン●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●時間:25分●出演:ジョン・リスゴー/アン・ヘルム/アルバート・ヘイグ/レイン・フェニックス●日本放映:●日本公開:劇場未公開●発売元:ビクターエンタテインメント●発売日:1988/07/22【VHS】(評価★★★☆)
世にも不思議なアメージング・ストーリー ファースト・シーズン パート2 バリューパック [DVD]」[2016年リリース]
世にも不思議なアメージング・ストーリー1-2.jpgDISC.5/「魔法の鳥のベビー・シッター」監督:ジョーン・ダーリング/主演:メイベル・キング/「英雄になった男」監督:レスリー・リンカ・グラッター/主演:チャーリー・シーン/「最後の一杯」監督:トーマス・カーター/主演:ダグラス・シール/DISC.6/「夢のガラクタ」監督:ノーマン・レイノルズ/主演:マーク・ハミル/「いないいないバア!」監督:ジョー・ダンテ/主演:エディ・ブラッケン/「二人だけの霊界」監督:トーマス・カーター/主演:ジョー・セネカ/DISC.7/「鏡よ鏡...」監督:マーティン・スコセッシ/主演:サム・ウォーターストン/「シークレット・シネマ」監督:ポール・バイテル/主演:ペニー・パイザー/「地獄のかつら」監督:アーヴィン・カーシュナー/主演:トニー・キーニッツ/DISC.8「愛の人形」監督:フィル・ジョアノー/主演:ジョン・リスゴー/「ワタシは何でも知っている...」監督:レスリー・リンカ・グラッター/主演:レオ・ペン/「想い出のラブ・ソング」監督:ティモシー・ハットン/主演:アンドリュー・マッカーシー

アメージング・ストーリー1ゴーストトレイン0.jpgアメージング・ストーリー1ゴーストトレイン2.jpg「世にも不思議なアメージング・ストーリー(第1話)/「ゴースト・トレイン(S1 E1 #1)」●原題:Amazing Storie-Ghost Train●制作国:アメリカ●本国放映:1985/09/29●監督・脚本・原案:スティーブン・スピルバーグ●音楽:ジョン・ウィリアムズ●時間:25分●出演:ロバーツ・ブロッサム/ルーカス・ハース/ゲイル・エドワーズ/スコット・ポーリン●本国放映:●日本公開:劇場未公開●発売元:ビクターエンタテインメント●発売日:1988/07/22【VHS】(評価★★★☆)

世にも不思議なアメージング・ストーリー ファースト・シーズン パート1 バリューパック [DVD]」[2016年リリース]
世にも不思議なアメージング・ストーリー 1-1.jpgDISC.1「ゴースト・トレイン」監督:スティーブン・スピルバーグ/主演:ロバーツ・ブロッサム/「愛と哀しみの磁石男」監督:マシュー・ロビンス/主演:ジョン・スコット・クロウ/「タイムトラベル少年」監督:マイケル・D・ムーア/主演:ケリー・レノ/DISC.2「パパはミイラ」監督:ウィリアム・ディア/主演:トム・ハリソン/「最後のミッション」監督:スティーブン・スピルバーグ/主演:ケビン・コスナー/「超魔術師と殺人オペラ」監督:ピーター・ハイアムズ /主演:グレゴリー・ハインズ/DISC.3「宇宙のTVオタク」監督:ボブ・バラバン/主演:マシュー・ラボートー/「最後のマジック」監督:ドナルド・ペトリ/主演:シド・シーザー/「こんな天使でよかったら...」監督:バート・レイノルズ/主演:ドム・デルイーズ/DISC.4「リモコン親父の逆襲」監督:ボブ・クラーク/主演:シドニー・ラシック/「52年目のXマスプレゼント」監督:フィル・ジョアノー/主演:ダグラス・シール/「亡き妻の肖像...魂が棲む画」監督:クリント・イーストウッド/主演:ハーヴェイ・カイテル


クリフハンガー [DVD]
クリフハンガー4.jpgクリフハンガー 1993.jpg「クリフハンガー」●原題:CLIFFHANGER●制作年:1993年●制作国:アメリカ・フランス・」伊ラリア。日本●監督:レニー・ハーリン●製作:レニー・ハーリン/アラン・マーシャル●脚本:マイケル・フランス/シルヴェスター・スタローン●撮影:アレックス・トムソン/ノーマン・ケント●音楽:トレヴァー・ジョーンズ●時間:113分●出演:シルヴェスター・スタローン/ジョン・リスゴー/マイケル・ルーカー/ジャニーン・ターナー/レックス・リン/キャロライン・グッドール/クレイグ・フェアブラス/グレゴリー・スコット・カミンズ/デニス・フォレスト/ミシェル・ジョイナー/マックス・パーリック/ポール・ウィンフィールド/ラルフ・ウェイト/トレイ・ブロウネル/ザック・グルニエ/ヴィト・ルギニス/スコット・ホクスビー/ジョン・フィン/ブルース・マッギル/キム・ロビラード●日本公開:1993/12●配給:東宝東和(評価:★★★☆)

 
完全犯罪 [DVD]
完全犯罪 1993.jpg完全犯罪4.jpg「完全犯罪」●原題:LOVE,CHEAT&STEAL●制作年:1993年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ウィリアム・カラン●製作:ブラッド・クレボイ/スティーヴ・ステイブラー●撮影:ケント・ウェイクフォード●音楽:プレイ・フォー・レイン●時間:106分●出演:メッチェン・アミック/エリック・ロバーツ/ジョン・リスゴー/デビッド・アクロイド/ダン・オハーリー/ドナルド・モファット/ジェイソン・ワークマン●日本公完全犯罪1993 2.jpg開:1994/06●配給:松竹富士(評価:★★★☆)

完全犯罪(1993)
 

メッチェン・エイミック2.jpg


 
メッチェン・アミック in「ツイン・ピークス」   
     
      
 
  
     


 
《読書MEMO》
●NHK 総合 2026/03/02「映像の世紀バタフライエフェクト#121―ローマ教皇 世界との格闘」 
第二次世界大戦中(特にピウス12世の時代)、ローマ教皇庁がナチス・ドイツに対して公然とした批判を避け(共産主義(ソ連)を脅威と捉えていた)、結果的に接近した時期があったことに触れていたのが印象に残った。
ローマ教皇 世界との格闘.jpg 
危機回避に動いたヨハネ23世。命を狙われるも冷戦下のポーランドで民主化運動を鼓舞したヨハネ・パウロ2世。21世紀には、聖職者による児童への性的虐待が世界中で明るみに出た。その言葉、時に沈黙さえも世界の運命を変えてきた。(語り:糸井羊司)

ヨハネ・パウロ2世暗殺未遂事件2.jpgヨハネ・パウロ2世(教皇就任:1978年10月16日・教皇離任:2005年4月2日)は、1981年5月13日のトルコ人メフメト・アリ・アジャから銃撃された事件で奇跡的に一命をとりとめるが、その後、1983年に狙撃犯人のアジャが収監されている刑務所を訪れ、彼を許したというのがスゴイと思った。

   

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見所がコンパクトに詰まった香港スパイ物「インファナル・アフェア」。中韓スパイ物「無名」「シュリ」。
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日本公開20周年記念上映ポスター/「インファナル・アフェア 三部作 Blu-ray」アンディ・ラウ/トニー・レオン
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無名」[Prime Video]トニー・レオン/ワン・イーボー
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シュリ [DVD]」ハン・ソッキュ/キム・ユンジン/チェ・ミンシク

インファナル・アフェア 20022.jpg 1991年、ストリート育ちの青年ラウ(アンディ・ラウ)は香港マフィアに入ってすぐ、その優秀さに目を付けたボスによって警察学校に送り込まれる。一方、警察学校で優秀な成績を収めていた青年ヤン(トニー・レオン)は突然退学となる。彼は、警視に能力を見込まれマフィアへの潜入を命じられたのだった。やがて2人の青年は、それぞれの組織で台頭していく。そして10年後、警察はヤンから大きな麻薬取引の情報を受け取る。しかし警察の包囲網はラウによってマフィア側に筒抜けとなっていた。検挙も取引も失敗に終わったことで、警察、マフィア双方がスパイの存在に気づいてしまうのだった―(「インファナル・アフェア」)。

アンディ・ラウ(劉徳華)/トニー・レオン(梁朝偉)/アンソニー・ウォン(黄秋生)/ケリー・チャン(曾志偉)

インファナル・アフェア [DVD]
インファナル・アフェア 2002.jpg 1991年公開の警察とマフィアにそれぞれ潜入した2人の男の生き様を描いた香港ノワール(マフィアに潜入するヤンをトニー・レオン、警察に潜入するラウをアンディ・ラウが演じた)。その後、主人公2人の若き日を描く「インファナル・アフェア 無間序曲」('03年)、本作のその後を描く「インファナル・アフェアIII」('03年)も製作され3部作となっています(2023年、日本公開20周年を記念して4K版でシリーズ3部作がリバイバル公開)。2006年にマーティン・スコセッシ監督、レオナルド・ディカプリオ主演で「ディパーテッド」としてハリウッドリメイクされ、アカデミー作品賞などを受賞していますが、それでも、オリジナルを超えるに至っていないというのが世評のようです。

 これを観ないとトニー・レオンは語れないと言われて観ましたが、面白かったです。警察とマフィアに互いのスパイが潜入し、互いの正体がバレるまでのギリギリの駆け引きをするという緊張感あふれる設定が効いています。2人の男の命懸けの心理戦、102分に無駄なく凝縮された脚本、シンメトリーな映像美など、コンパクトな中に見所が大いにあります。

 トニー・レオンとアンディ・ラウの演技に加え、善悪が揺らぐ「救いのない」人間ドラマで、タイトルと中身が関係ないと言う人もいますが、一度入ると抜け出せないまさに「無限道」の世界と言えるかもしれません。潜入した側が「本当の自分」を見失う葛藤がテーマとも言えます(第22回「香港電影金像奨」で最優秀作品賞・最優秀監督賞・最優秀主演男優賞(トニー・レオン)・最優秀助演男優賞(アンソニー・ウォン)を受賞)。


無名ーー.jpg 中国・汪兆銘政権の政治保衛部に所属するフー(トニー・レオン)は、中国共産党の秘密工作員だった男ジャン(ホアン・レイ)の身辺調査を行う。フーは中国国民党に転向するというジャンから共産党幹部の情報を聞き出すことに成功する。1941年、上海に駐在する日本軍スパイのトップ・渡部(森博之)は、政治保衛部の主任となったフーやその上司タン(ダー・ポン)と日本料理店で戦局について話す。フーの部下として働くイエ(ワン・イーボー)は、友人ワン(エリック・ワン)とともに諜報活動に従事していたが―(「無名」)。

トニー・レオン(梁朝偉)/ワン・イーボー(王一博)/ジャン・シューイン(江疏影)ジョウ・シュン(周迅)
  
 第2次世界大戦下の上海で暗躍する中国共産党・中国国民党・日本軍のスパイたちの攻防を描いたノワールサスペンス。トニー・レオンがフー役、ワン・イーボーがイエ役を務めました。トニー・レオンのスパイ役復活という感じで、日本の軍部や汪兆銘政府に食い込むスパイで、冷静沈着かつ謎めいた役柄となっています。「インファナル・アフェア」が テンポが速く、心理戦とアクションのバランスが良かったのに対し、こちらは 映像美と静寂を重視している印象で、断片的なエピソードを再構成するスタイリッシュな作りになっていますが、これが展開を分かりにくくしている面もあったように思います。「インファナル・アフェア」以上に「誰が裏切り者か」に焦点を当てたサスペンスなのに残念でした(自分がついていけないだけかもしれないが)。

 「無名」というタイトルは、中国を守った「無名の英雄」たちへの哀歌という意味なのでしょう。中国映画なので、娯楽映画を作るにしても、落としどころは「中国共産党=正義」になるわけです。そんな中、トニー・レオンは渋かったです。ワン・イーボー(王一博)のカッコ良さが取り沙汰される作品ですが、個人的にはジョウ・シュン(周迅)の演技を久しぶりに観たのが印象に残りました。


シュリ ★★★★.jpg そう言えば、韓国映画で「シュリ」('99年)というスパイ映画も面白かったです。ミステリー、アクションなどさまざまな要素を効果的に使い、南北分断という民族的悲劇を、韓国の情報機関員(ハン・ソッキュ)と、北朝鮮の敏腕女性スナイパー(キム・ユンジン)との悲恋物語にしています。女性を意識してか、誰にでも理解しやすいエピソードを通じて描いています(タイトルは、朝鮮半島にだけ生息する淡水魚の名前で、映画のなかでも「ある部分」で使われており、心ニクイ演出)。韓国では、シュリを観なければ仲間はずれになる、というほどの人気だったそうです。

シュリ 5.jpg 冒頭シーン北朝鮮のスナイパー養成のための特殊部隊の過酷な訓練シーンは圧巻です。一方で、"恋人"同士の切なく淡いキスシーンがあったりして(ハニートラップのつもりが本当に愛してしまうというのは、ウォン・アン・リー(李安)監督監督の「ラスト、コーション」('07年/米・中国・香港・台湾)などもそうだった。愛される側の男性を演じたのはトニー・レオン!)、要は諜報員の恋人が実は敵国のスパイ(スナイパー)だったという話なのですが(映画が北朝鮮特殊部隊の訓練シーンから始まるように、この設定は観客には最初から明かされている)、"彼女"の大都会ソウルの現代的な女子大生っぽい雰囲気と北朝鮮の工作員という正体との間のギャップが大きすぎて、ややリアリティを欠いた部分もありました(ヒロイン役のキム・ユンジンはその後渡米し、TVドラマシリーズ「LOST」(ABC 2004~2010) のレギュラーの座を獲得してワイルドな演技を見せるようになるが、この頃はまだワイルドさが無い)。でも、南北朝鮮の政治的分断を考えさえられるかどうかはともかく、充分に愉しめる映画であり、権利関係の問題で長年に渡って再上映されない状態が続いていたのが、2024年に権利問題が解消されたことから、同年9月以降4Kデジタルリマスター版として再上映されるようになったのは良かったです。

ケリー・チャン(曾志偉)1972年生まれ
ケリー・チャン(曾志偉)2.jpgインファナル・アフェア図1.jpg「インファナル・アフェア」●原題:無間道(英題:INFERNAL AFFAIRS)●制作年:2002年●制作国:香港●監督:アンドリュー・ラウ(劉偉強)/アラン・マック(麦兆輝)●脚本:アラン・マック/フェリックス・チョン●撮影:ライ・イウファイ/アンドリュー・ラウ●音楽:コンフォート・チャン(陳光栄)●時間:102分●出演:アンディ・ラウ(劉徳華)/トニー・レオン(梁朝偉)/アンソニー・ウォン(黄秋生)/エリック・ツァン(曾志偉)/ケリー・チャン(曾志偉)/サミー・チェン(鄭秀文)/ショーン・ユー(余文楽)/エディソン・チャン(陳冠希)/チャップマン・トウ(杜汶澤)/ラム・カート(林 家棟)/エルヴァ・シャオ(蕭亜軒)●日本公開:2003/10●配給:コムストック●最初に観た場所:池袋・新文芸坐(24-08-29)(評価:★★★★☆)

ジョウ・シュン(周迅)1974年生まれ/ジャン・シューイン(江疏影)1986年生まれ
周迅(ジョウ・シュン).pngジャン・シューイン.jpg「無名」●原題:无名(英題: HIDDEN BLADE)●制作年:2023年●制作国:中国●監督・脚本:程耳(チェン・アル)●製作:ウー・ナ/曲吉小江●撮影:ツァイ・タオ/廖拟●音楽:ロディオン・ファラフォントフロクサーヌ・S/ボリス・セバスチャノフ/リー・チャオフイ(主題歌:「無名」ワン・イーボー(王一博))●時間:128分●出演:トニー・レオン(梁朝偉)/ワン・イーボー(王一博)/ジョウ・シュン(周迅)/ホアン・レイ(黄磊)/森博之/ダー・ポン(大鹏)/エリック・ワン(王傳君)/ジャン・シューイン(江疏影)/チャン・ジンイー(張婧儀)●日本公開:2024/05●配給:アンプラグド●最初に観た場所:池袋・新文芸坐(24-08-29)(評価:★★★☆)

キム・ユンジン 1972年生まれ
キム・ユンジン.jpgシュリ v.jpg「シュリ」●原題:쉬리●制作年:1999年●制作国:韓国●監督・脚本:カン・ジェギュ●製作:イ・グァナク/ピョン・ムリム●撮影:キム・ソンボク●音楽:イ・ドンジュン●時間:124分●出演:ハン・ソッキュ/キム・ユンジン/チェ・ミンシク/ソン・ガンホ/パク・ヨンウ/ユン・ジュサン/ソン・ホギュン/ナム・ミョンニョル/ハ・ドクソン/チョ・ドッキョン/パク・チョンムン/チョン・ジノ/キム・スロ/キム・サンミ/パクキム・ユンジン「LOST」.jpg・キサン/チョン・ジンス/ソン・ヨンテ/キム・ジョンミン/パク・チイル/チェ・ウジョン/チェ・ソンウ/ホ・ギホ/チョン・ギルムク/チャン・ヒョンソン/ファン・ジョンミン/イ・チャニョン/チェ・セフン●日本公開:2000/01●配給:シネカノン=アミューズ●最初に観た場所:池袋・新文芸坐(25-01-31)(評価:★★★★)
キム・ユンジン in 「LOST」(シーズン1(2004)〜シーズン10(2010))
「LOST」LOST (ABC 2004/09~2010) ○日本での放映チャネル:AXN(2005~2011)/BS-i

⦅「シュリ」詳しいあらすじ⦆
韓国秘密情報機関OPの特殊要員ジュンウォン(ハン・ソッキュ)は、北朝鮮の女性工作員に殺される悪夢を見ていた。ユ・ジュンウォンと相棒のイ・ジャンギル(ソン・ガンホ)は、最近相次ぐ要人暗殺事件の捜査中であり、その中で浮かぶ北朝鮮の工作員「イ・バンヒ」を追っていた。 一方、ジュンウォンは熱帯魚店の店主であるイ・ミョンヒョン(キム・ユンジン)と交際中で、結婚を間近に控えていた。そして同時に禁酒するよう約束していた。 1998年のとある日、彼らに情報を提供する予定だった武器密売商イム・ボンジュ(ソン・ホギュン)が射殺されたことで、ジュンウォンは事件に北朝鮮の特殊第8軍団が関係している事を知る。そして、ジュンウォンとジャンギルは暗殺犯の行跡を追跡する中で、特殊第8軍団が、韓国エネルギー開発研究所が独自で次世代代替エネルギーとして開発され、国防科学技術研究所で軍事目的に転用開発した新素材の液体爆薬「CTX」を奪取しようと画策していることが分かる。しかし、ボンジュと関係があったと思われる国防科学研究所の主任まで殺害される。「CTX」が陸軍司令部で火力試験を行うため輸送される事を知らされると、ジュンウォン達はヘリコプターで「CTX」の移送現場に急行するが、韓国陸軍が護衛する輸送隊はトンネルを抜けたところで特殊第8軍団による偽の検問で待ち伏せをされ襲撃、護衛兵20名は殲滅され、ジュンウォンらが到着した時にはCTXが強奪された後だった。 奪われた完成品の「CTX」原液4リットルだけでも地方都市を破壊出来るとされる威力である。OPはその奪取犯がかつて航空機テロ鎮圧作戦の際に取り逃がした、パク・ムヨン(チェ・ミンシク)が率いる特殊第8軍団の工作員チームであることが判明する。OPは非常事態へと突入するが、特殊第8軍団の目標が一体何かは分からず、ムヨンの行跡を追っていたジュンウォンとジャンギルは何回も目の前で敵を逃してしまい、OP内部から情報が漏れていることに気づく。 そこでジュンウォンはカフェで警察の友人グァノ(ナム・ミョンニョル)に協力を仰ぐが、ジュンウォンを狙った狙撃手の銃弾が偶然にもグァノの肩に命中してしまう。それを嘲笑うように、ムヨンからOPへ「CTX」を市内10か所に設置したことの電話があり、爆破30分前に連絡すると言うもので初回はソウルのゴールデンタワーを指定した。 ただちにOP要員による「CTX」の捜索が始まるが、間に合わず大爆発を起こして多数の犠牲が出てしまう。そしてジュンウォンはミョンヒョンを連れ出してホテルの一室で保護しようとするが、彼女は禁酒を破ってシャンパンを煽っていた。ジュンウォンはその理由が分からず彼女を抱きしめる―。

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「恋愛時代」「カップルズ」とも濱口竜介監督作品との共通点が多く見られるのが興味深い。

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エドワード・ヤンの恋愛時代 4Kレストア版 [DVD]」「エドワード・ヤンの恋愛時代 [DVD]
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カップルズ 4Kレストア版 [DVD]]」「カップルズ レストア版」[Prime Video]
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東京藝術大学大学院映像研究科第二期生修了制作作品集2008
エドワード・ヤンの恋愛時代01.jpg 【1日目】新進演出家のバーディ(王也民(ワン・イエミン))は新作舞台が有名小説の盗作だと騒がれ、カルチャー企業経営者のモーリー(倪淑君(ニー・シューチン))に泣きつく。問題の小説は彼女の義兄の作品なのだ。バーディ、モーリー、その右腕で親友でもあるチチ(陳湘琪(チェン・シャンチー))、チチの恋人で公務員のミン(王維明(ワン・ウェイミン))の4人は学生時代からの友人。モーリーの婚約者アキン(王柏森(ワン・ポーセン))は大陸へビジネスの勉強に行っていたが、彼女の悪い噂を聞きつけ台北に帰ってくる。彼は投資コンサルタントの友人ラリー(鄧安寧(ダニー・ドン))に相談するが、ラリーはモーリーの会社で働く若い美人フォン(李芹(リチー・リー))と不倫関係にあり、モーリーに事実を追及され、モーリーの会社の経営悪化につけ込もうとしていたところがやむなく退散。チチはミンから転職先を紹介されるが気乗りせずエドワード・ヤンの恋愛時代02.jpg、曖昧な返事をする。ミンは人当たりの良すぎる彼女の気持ちが分からなくなり、モーリーを槍玉に挙げると、チチと口論になる。 チチが帰宅するとモーリーから呼び出しを受ける。夜更けのプールサイドで2人は語らうが、チチは周囲から優等生ぶっていると言われるのが不満だと打ち明け、モーリーにも昔のように悩みを話してと訴える。【2日目】アキンはモーリーに、結婚の時期についてそれとなく探りを入れるが気のない返事。そんな折、彼はラリーに「モーリーとバーディが浮気している」と吹き込まれ激怒、乗り込んでいったTV局でバーディと乱闘を演じることに。モーリーはミンに昼食に誘われるが、チチが転職したがっていることを知り困惑、オエドワード・ヤンの恋愛時代03.jpgフィスでチチを激しくなじり、チチは自分の意向を無視したミンと絶交状態に。女優志望のフォンはチチの紹介でバーディの稽古場へ。そこでバーディから口説かれるが、彼がモーリーに呼び出された隙に、乗り込んできたラリーと鉢合わせ。同行してきたアキンは、モーリーとバーディの喧嘩の場面に遭遇して誤解が解け、バーディとも意気投合。自分の不手際で同僚を退職に追い込んでしまい落ち込んで帰宅したミン。すると家の前にはモーリーが待っていた。チチへのとり成しを頼もうとしたが、ミンは誰とも話す気は無いと無愛想に答え、2人は口論し、取っ組み合いの喧嘩に。ところが、成り行きでベッドインしてしまう。関係を急ぐモーリーを冷静に諭すミン。互いの感情は行き違う。チチはモーリーの義兄で、バーディが争っている作家(閻鴻亜(イエン・ホンヤー))の許へ。彼はかつて恋愛小説を書いていたが、今は厭世感に満ちた小説を上梓しようとしている。チチはそこで、「誰も私のことを分かってくれない」と泣き出し、作家から助言を受けるが、作家の妻であるモーリーの姉(陳立美(チェン・リーメイ))に追い出される。モーリーの姉と作家は仮面夫婦状態。TVキャスターの妻の方は仲を繋ぎ留めようと必死だが、夫はそんな状況に疲れ、反射的にチチに愛の希望を見いだし、タクシーに乗った彼女を追いかけるが、衝突して倒れてしまう。しかしそれが啓示になったのか、「深刻ぶらず、誠実に生きればいい。僕は間違っていた。」と、来た道を戻っていった。その言葉に考えさせられるチチ。そして【3日目】の朝がやってくる―(「エドワード・ヤンの恋愛時代」)。

 「エドワード・ヤンの恋愛時代」は、エドワード・ヤン(楊徳昌、1947-2007(59歳没))監督による1994年制作の台湾映画で、裕福なエリート階級に属しながら心に空虚感を抱く若者たちが、人生の転機を迎える3日間を描く青春群像劇。2022年に4Kレストア版が第79回「ヴェネツィア国際映画祭」にて初公開され、同年の「ニューヨーク映画祭」、第35回「東京国際映画祭」でも公開されています。1995年7月本邦公開で、そう言えば、香港のウォン・カーウァイ(王家衛)監督の「恋する惑星」('95年)なども同年同月の本邦公開でした。同じ台湾の侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督が「冬冬(トントン)の夏休み」('84年)、「童年往時 時の流れ」('85年)と田舎を舞台とした作品を撮っているのと対照的ですが、この監督も後に「ヤンヤン 夏の想い出」('00年)という田舎を舞台とした作品を撮ることになります。

 濱口竜介監督がエドワード・ヤン監督の映画を絶賛していますが、濱口竜介監督の作品と似ているところが感じられ、実際に影響を受けているのでしょう。濱口竜介監督の「ハッピーアワー」('15年)は複数の女性の物語が交差する群像劇でしたが、長尺で登場人物たちの会話と人間関係の変化を丁寧に追っている点が、この「エドワード・ヤンの恋愛時代」における都市生活描写と共通しています。また、「ドライブ・マイ・カー」('21年)とは、登場人物たちが過去の傷や愛の不在を抱え、他人との対話を通して自己と向き合う点で、この作品が持つ「喪失と回復」のテーマと通じます。特に夫婦やカップルの関係の歪みと、それを受け入れるまでの過程に共通点があるように思いました。


カップルズ11.jpgエドワード・ヤンのカップルズ01.jpg バブル経済終期の台北に生きる4人の少年たち。リーダー格のレッドフィッシュ(唐従聖(タン・ツォンシェン))、二枚目の女たらしホンコン(張震(チャン・チェン))、口達者なトゥースペイスト(王啓讃(ワン・チーザン))、新入りのルンルン(柯宇綸(クー・ユールン))。悪徳実業家を父に持つレッドフィッシュの号令のもと、エドワード・ヤンのカップルズ02.jpg詐欺まがいの荒稼ぎをしたり、一人の女の子を「共有」したりと、アパートの一室で無軌道で気ままな生活をしていた。 ある日、イギリス人の元恋人マーカス(ニック・エリクソン)を追ってきたフランス娘マルト(ヴィルジニー・ルドワイヤン)が彼らの前に現れる。レッドフィッシュは、右も左も分からない彼女を言葉巧みに誘い入れ、売春組織に売り飛ばそうと企むが、根は純情なルンルンがマルトを実家の屋根裏に匿い、レッドフィッシュの企みは水泡に帰す。悪名高い父親を疎ましく思いつつも、その冷酷な人生哲学に倣って生きるレッドフィッシュは、かつて父を破産に追い込んだ女アンジェラ(呉家麗(キャリー・ン))に対する復讐計画を練る。ホンコンに彼女を誘惑するよう仕向け、またトゥースペイストを占い師として彼女の許に送り込み、金を騙し取ろうとする。レッドフィッシュの父は失踪中で、暗黒街の組織は息子のレッドフィッシュを人質にとっておびき出そうとするが、組織の間抜けなヒットマンの2人は(呉念眞(ウー・ニェンチェン)/王柏森(ワン・ポーセン))は勘違いして、ルンエドワード・ヤンのカップルズ03.jpgルンとマルトを誘拐、しかしマルトが機転を利かせて2人は脱出に成功。レッドフィッシュは逆にヒットマンを手中にとり、父(張国柱(チャン・クオチュー))の隠れ家に案内するが、人生に疲れた父は愛人(葉全真(イエ・チュエンチェン))と共に心中した後だった。レッドフィッシュは、冷酷さそのものだった父が隠し持っていた弱さを初めて知る。ルンルンはマルトに想いを伝えるが、彼女は自分を危ない目に合わせた彼に怒りをぶつけ、一旦はマーカスに引き取られていく―(「カップルズ」)。

 「カップルズ」はエドワード・ヤン監督の1994年発表作で、第46回「ベルリン国際映画祭アルフレッド・バウアー名誉賞」、第33回「台湾金馬奨助演男優賞」(ワン・チーザン)、第9回「シンガポール国際映画祭監督賞」、第18回「ナント三大陸映画祭ナント市賞」などを受賞しています。1996年12月本邦公開で、陳凱歌(チェン・カイコー)監督の 「花の影」('96年/香港・中国)が同年同月の本邦公開でした。

 これも、複数人のカップルや関係性を群像劇として描き、会話劇を通じて人間関係の崩壊と再構築を描く構造が、濱口竜介監督の「ハッピーアワー」と似ており、都市生活者の複雑な人間模様を背景に、会話の積み重ねによってキャラクターの心理的変化を描き出す手法も共通しています。また、こちらも、登場人物たちが過去の傷や愛の不在を抱え、他人との対話を通して自己と向き合う点で、「ドライブ・マイ・カー」とも似ています。さらには、濱口竜介監督の「PASSION」('08年)がこの映画とよく似ているところがあるように思いました。
 
 濱口竜介 PASSION01.jpg「PASSION」は、東京大学文学部を卒業後、新設された東京藝術大学大学院映像研究科に改めて入学し、映画作りを学んだ濱口監督が、その修了作品として発表した恋愛群像劇。長年恋人同士だった一組のカップルが婚約を発表したのを機に、2人やその周囲の男濱口竜介 PASSION02.jpg女の間でもつれた恋愛感情が一気に顕在化する、そんな彼らの激しく揺れ動く恋心を、緻密な会話劇や驚異的な長回し撮影を通じて描写いた作品です。一院生の卒業制作でありながら、第56回「サン・セバスチャン国際映画祭」や第9回「東京フィルメックス」にも出品され、濱口監督の名前と才能が国内外に広く知られる出世作となりましたが、早くからエドワード・ヤン監督の影響を受けていたのだなあと。

濱口竜介 PASSION03.jpg 90年代の台北と現代の東京(郊外)と背景こそ異なりますが、両作とも、親密な関係にあるカップルや友人グループが、嘘、裏切り、隠された欲望によって崩壊していく過程を描いていて、エドワード・ヤン監督は「カップルズ」を「危険な」映画と位置づけ、濱口監督もまた、男女の恋愛における「PASSION(情熱)」が抱える危うさを容赦なく描き出しています。多少ネタバレになりますが、「カップルズ」では、リーダー格のレッドフィッシュが何を指針に生きればいいのかを虚無の中に見失ったまま終わるのに対し、最も純粋な心を持つルンルンがフランス人女性マルテと一時は危機的な状況になりながらも愛を貫くことで、周囲の空気が少しずつ浄化されていく流れです。「PASSION」も、主人公の男女カップル(省吾と果歩)は、同級生の結婚を祝うパーティーで、省吾の過去の浮気が発覚したことで激しい衝突を起こり、他のカップルにも同様の摩擦が生じて一時はカップルの組み換え状況になりはするものの、結局は元の鞘に収まりますが、しかしながらカップルの関係はこれまでとは同じものではなく、愛情の矢印が一致しない気まずい状況を浮き彫りにしたまま幕を閉じるという、こちらも、ハッピーエンドとやバッドエンドを混ぜたような終わり方です。(濱口監督がヤン監督作の影響を受けたのだろうが)濱口監督作品との共通点が多く見られるのが興味深いエドワード・ヤン監督の2作でした。

エドワード・ヤンの恋愛時代04.jpg「エドワード・ヤンの恋愛時代」●原題:獨立時代(英題: A CONFUCIAN CONFUSION)●制作年:1994年●制作国:台湾●監督・脚本:楊徳昌(エドワード・ヤン)●製作:余為彦(ユー・ウェイエン●音楽:林強(リン・チャン).●撮影:黄岳泰(アーサー・ウォン)/張展(チャン・チャン)/李龍禹(リー・ロンユー)/洪武秀(ホン・ウーショウ)●時間:127分/129分(4Kレストア版)●出演:陳湘琪(チェン・シャンチー)/倪淑君(ニー・シューチン)/王維明(ワン・ウェイミン)/王柏森(ワン・ポーセン)/鄧安寧(ダニー・ドン)/(李芹(リチー・リー))/(閻鴻亜(イエン・ホンヤー)/陳立美(チェン・リーメイ)●日本公開:1995/07/2023/08(4Kレストア版)●配給:シネカノン/ビターズ・エンド(4Kレストア版)●最初に観た場所:シネマート新宿(スクリーン2)(25-04-22)(評価:★★★★)

エドワード・ヤンのカップルズ07.jpg「カップルズ」●原題:麻將(英題:MAHJONG)●制作年:1996年●制作国:台湾●監督・脚本:楊徳昌(エドワード・ヤン)●製作:余為彦(ユー・ウェイエン●音楽:林強(リン・チャン).●撮影:李以須(リー・イーシュー)●時間:121分●出演カップルズ12.jpg:ヴィルジニー・ルドワイヤン/唐従聖(タン・ツォンシェン)/柯宇綸(クー・ユールン)/張震(チャン・チェン)/王啓讃(ワン・チーザン)/陳欣慧(アイビー・チェン)/呉念眞(ウー・ニェンチェン)/王柏森(ワン・ポーセン)/張国柱(チャン・クオチュー)/葉全真(イエ・チュエンチェン)/呉家麗(キャリー・ン)/ニック・エリクソン/ダイアナ・デュピス/林海象(特別出演)●日本公開:1996/12/2025/04(4Kレストア版)●配給:シネカノン/ビターズ・エンド(4Kレストア版)●最初に観た場所:シネマート新宿(スクリーン1)(25-04-22)(評価:★★★★)
張震(チャン・チェン)(当時20歳)

張震(チャン・チェン)ブエノスアイレス」(1997)/「グリーン・デスティニー」(2000)/「グランド・マスター」(2013)/「黒衣の刺客」(2015)
ブエノスアイレス チャン・チェン(張震).jpg 「グリーンディステニー」張しん.jpgグリーン・デスティニー5.png グランドマスター チャン・チェン(張震).jpg 黒衣の刺客ード.jpg


濱口竜介 PASSION04.jpg濱口竜介 PASSION 8.jpg「PASSION」●制作年:2008年●監督・脚本:濱口竜介●プロデューサー:藤井智●撮影:湯澤祐一●時間:115分●出演:河井青葉/岡本竜汰/占部房子/岡部尚/渋川清彦●公開:2008/03●発表:東京藝術大学大学院映像研究科・第二期生修了制作展●最初に観た場所:池袋・新文芸坐(24-05-09)(評価:★★★★)


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女性の活躍・自立を描いた「ビッグ・シティ」。恋と孤独の心理ドラマ「チャルラータ」。

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映画チラシ 岩波ホール「大都会」監督 サタジット・レイ 出演 マドビ・ムカージー、アニル・チャタージービッグ・シティ デジタルリマスター [Blu-ray]
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映画チラシ 岩波ホール「チャルラータ」監督/脚色/音楽 サタジット・レイ 出演 マドビ・ムカージー、ショーミットロ・チャタージーチャルラータ デジタルリマスター [Blu-ray]
大都会 ビッグ・シティ01.jpg 1953年、カルカッタ。ニュー・バーラット銀行のしがない行員であるシュブラト・ムジャンダー(ハレン・チャタージー)は途方に暮れていた。妹のバニの授業料は2ヵ月たまっており、元校長だった父親のプリヤゴパル(ハラドン・バナージー)は老眼鏡が必要だと言い、母親は十日ごとにカギタバコを買わなければならない。こう出費が重なっては、1ヵ月250ルピーという薄給の身ではどうしようもない。夫の友人が夫婦共稼ぎをしていることを知った妻アラチ(マドビ・ムカージー)は働きに出る気になった。求職先も決まったが、これを知った父親は驚いて大反対した。シュブラトが時勢は変わったと説得しても受け入れない。しかし、アラチはやがて勤めに出るようになる。上流家庭を訪問してまわる編物機の外交販売だ。月給はわずか100ルピーでも仕事はけっこう楽しかったし、英国人二世の若い女性エディスとは特に親しくなった。一方、父親は彼なりに金を得る道を考え出した。昔の教え子の中から名を成した人を訪ねあて、謝恩金をせびることにしたのである。老眼鏡も眼科医となっている教え子に無料で作ってもらった。アラチの会社の社長ムカジー(ハレン・チャタージー)はなかなかの切れ者で、アラチがすっかり気に入り月給の他に売り上げの歩合も出すようになった。おかげで家計は楽になったが、シュブラトは夫としての立場上、面白くなかった。家庭以外のことにも大都会 ビッグ・シティ02.jpg急に興味をもち始め身なりも派手になり、子供のピントゥも病気のとき母がいないのを淋しがった。彼は友人にアルバイトの口を頼み、妻に勤めを辞めるように宣告した。翌日、アラチは辞職届けを持って、重い足どりで会社に向かった。しかし、それを提出する前にシュブラトから電話がかかってきた。銀行が閉鎖になり失職したから仕事を辞めないでくれという。この日かサタジット・レイ「ビッグ・シティ」2.jpgら、アラチは一家のただ一人の稼ぎ手となった。さらに不幸は続いた。父親が階段から落ちて家に担ぎ込まれたのだ。だが、アラチの仕事ぶりを気に入っていたムカジーは、失業中のシュブラトにも会社で働くよう勧めてくれた。折りも折り、前からムカジーに気に入られていなかったエディスが突然クビにされた。高熱で欠勤し、顧客との約束を破ったのを、仕事不熱心と断定されたのである。泣き悲しむ親友のエディスにすっかり同情したアラチは、ムカジーの措置に憤慨して、何のためらいもなく辞職届けを叩きつけた。彼女からこのことを聞いて、シュブラトは妻の勇気に驚いた。しがない銀行員だった彼には到底できないことだった。彼は妻をたしなめるどころか、正しいと信ずることを通す勇気を讃えたが、さてこれから先、一家はどうやって暮らしていくのだろう―(「ビッグ・シティ」)。

サタジット・レイ」2.jpg サタジット・レイが1963年に発表した彼の代表作のひとつで、大都会カルカッタを舞台に共働き夫婦の暮らしを描いたドラマ。1964年・第14回 「ベルリン国際映画祭」で「銀熊賞(監督賞)」を受賞。日本では「大都会」のタイトルで'76年に岩波ホールで公開(その時は観に行けなかったが、個人的には「大都会」のタイトルの方が馴染みがある)。2015年9月、レイ監督のデビュー60周年を記念した特集上映「Season of Ray シーズン・オブ・レイ」でリバイバル公開(この時「ビッグ・シティ」と改題された)。昨年['25年]7月にレイ監督のデビュー70周年を記念した特集上映「サタジット・レイ レトロスペクティブ2025」で、再度リバイバル公開されました。

大都会 ビッグ・シティm.jpg サタジット・レイ監督作の中でも「女性の活躍・自立」という観点から現代にも通じるテーマを扱っている作品です。急速な時代の変化の中で、伝統と近代、西洋と東洋が複雑に交差している独立後間もない1950年代のコルカタ。そこで主人公の女性アロティが初めて職場で給料を受け取ります。給料を手にし、社会的に認められ金銭を手にした自分を鏡越しに見て、思わず笑みをこぼすアロティが実に印象的です。

 またアロティは、そのすぐあとに英国人二世の同僚女性から口紅を渡され戸惑いますが、意を決し塗っています。後に出てくる、夫が失業していよいよ自分が頑張らばらなければとういう局面で口紅を塗るシーンと併せて印象的なシーンであり、最初のシーンは女性の社会進出や自己実現を表し、後のシーンはアロティの決意を見事に表す名場面です(この組み合わせが見事)。個人的には、この初めて給料をもらうシーンと、口紅を巡る2つのシーンが印象に残りました。


 1880年のカルカッタ。金と若さと才気の三拍子揃ったブパチ・ダット(ショイレン・ムカージー)は「センチネル」という政チャルラータ01.jpg治新聞の編集長兼経営者として多忙な毎日を送っていた。当時のインドはイギリスの統治下にあり、彼はその植民地支配を批判する進歩的な論陣に健筆をふるっていた。そのブパチの美しい妻チャルラータ(ショイレン・ムカージー)は、当時のインドの女性の常として一日中家に閉じ込められたまま、あり余る時間を刺繍と読書にあてていた。ある日、ブパチは仕事口を頼んできていた妻の兄ウマパダ(シャモル・ゴサル)とその妻マンダキニ(ギタリ・ロイ)を呼び寄せ、ウマパダには「センチネル」紙の経理を担当させ、マンダキニにはチャルラータの話相手をさせることにした。ところが、マンダキニはガサツで無学な女で、チャルラータとは何一つ話が合わない。そこへ文学専攻のブパチの従弟アマル(ショーミットロ・チャタージ)が大学の休暇で訪ねてきた。文学のことなら何でも知っているアマルの出現で、チャルラータの孤独感は癒えた。二人は時の経つのも忘れて文学の話しに熱中した。そんなとき、アマルに富豪の娘との縁談が持ち込まれた。承知すればイギリスに留学させてやるというのだ。しかし、アマルはチャルラータのために断わる。ある日、事件が起きた。経理担当のウマパダが、会社の金を持ち逃げしたのだ。親類だからと信頼していた彼のショックは大きく、悲歎のうチャルラータ02.jpgちに信頼するアマルにだけこの事件を告げた。アマルは悩んだ。自分もまた、チャルラータとの間にブパチの知らない裏切りをしているのではないか。自分がこのままこの家にいれば、いつか彼女の上に不幸が襲う。その夜遅く、アマルは置き手紙を残して、そっと家を出た。翌朝、アマルが家を出たことを知ったチャルラータは、耐えがたいショックを夫の手前懸命に隠し通した。そんなことは何も知らないブパチは心機一転を図るために、チャルラータと共に海岸で休暇を過ごした。カルカッタに戻ると、アマルからの手紙が届いていた。何とか消そうと努めてきたチャルラータの恋が激しく燃え上がった。激しく泣き崩れる彼女の背後にブパチが音もなく近づく。チャルラータの真実を見たブパチは、ショックのあまり家を飛び出した。妻のあの悲しみは、仕事の忙しさにかまけて相手にしなかった自分自身にも責任があるのではないだろうか。イギリスの圧政を批判し、インドの将来を論じることも重要だが、人間にはもっと大切なことがある筈だ。冷静になった彼は、家庭の再建を誓い、再びわが家の門をくぐった―(「チャルラータ」)。

チャルラータ06.jpg サタジット・レイの中期の代表作で、同国の文豪で1913年にノーベル文学賞を受賞した(これはアジア人に与えられた初のノーベル賞だった)ラビンドラナート・タゴール(1861-1941)の短編小説「壊れた巣」を自身の脚本と音楽で映画化し、1965年の「ベルリン国際映画祭」で前年受賞の「ビッグ・シティ(大都会)」('63年)に続いて「銀熊賞(監督賞)」を受賞した作品(日本での公開はこの「チャルラータ」が先)。2015年9月、こちらも、レイ監督のデビュー60周年を記念した特集上映「Season of Ray シーズン・オブ・レイ」でリバイバル公開。昨年['25年]7月にレイ監督のデビュー70周年を記念した特集上映「サタジット・レイ レトロスペクティブ2025」で再度リバイバル公開されました。

チャルラータ04.jpg 「ビッグ・シティ」と同じく夫婦の関係を軸に描いていますが、「ビッグ・シティ」がリアリズムに徹した現代劇で、社会派ドラマであったのに対し、こちらは19世紀末のイギリス植民地時代のベンガルを舞台にした、詩的で内省的な時代劇であり、新聞編集者の裕福な夫に顧みられない孤独な妻が、訪れた従弟に淡い恋心を抱く、人間の心理と内面的な孤独を描いた心理ドラマとなっています。邸宅という閉鎖的な空間の中で、オペラグラス越しに見える風景や、窓から眺める外の世界など、カメラワークや映像美を通じて主人公の妻の「閉じ込められた状況」や内面の変化を繊細に描写しているように思いました。家の中で閉じ込められていた女性が自由になる瞬間を、心情に寄り沿った丁寧なカメラワークで鮮やかに切り取っています。

 「ビッグ・シティ」で家計を助けるためセールスレディとして働き出した妻を演じたのと同じ女優マドビ・ムカージーが、この映画では、贅沢暮らしをしながらも退屈かつ不自由な日々を過ごすチャルラータを演じているというのも、対比的で面白いです(同じ日に観たというのもある)。何れにせよ、両作品とも、彼女の凛とした美しさが映画の大きな魅力であることに違いはありません。両方とも星4つの評価としましたが、個人的好みは「ビッグ・シティ」の方が少しちょっと上だったかも。

サタジット・レイ「ビッグ・シティ」7.jpg「ビッグ・シティ(大都会)」●原題:চারুলতা(英題:MAHANAGAR)●制作年:1963 年●制作国:インド●監督・脚本:サタジット・大都会 ビッグ・シティ015.jpgレイ●製作:R・D・バンサル●撮影:スブラタ・ミットラ●原作:ナレンドラナート・ミットラ●時間:131分●出演:マドビ・ムカージー/アニル・チャタージー/ハレン・チャタージー/シェファリカ・デビ/ジャヤー・バードゥリー/プロシェンジト・ショルカル/ハラドン・バナルジ/ビッキー・レッドウッド●日本公開:1976/04●配給:エキプ・ド・シネマ●最初に観た場所: Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下(25-07-22)(評価:★★★★)

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チャルラータ b.jpgチャルラータ03.jpg「チャルラータ」●原題:চারুলতা(英題:CHARULATA)●制作年:1964 年●制作国:インド●監督・脚本:サタジット・レイ●製作:R・D・バンサル●撮影:スブラタ・ミットラ●原作:ラビンドラナート・タゴール「壊れた巣」●時間:119分●出演:マドビ・ムカージー/ショウミットロ・チャタルジー/ジョイレン・ムカージー/シャマル・ゴーシャル/ギタリ・ロイ●日本公開:1975/11●配給:エキプ・ド・シネマ●最初に観た場所: Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下(25-07-22)(評価:★★★★)


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観客の神経を困憊させる強烈なインパクトをもった作品。45分ずつ延期される処刑!

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「私は死にたくない」ポスター スーザン・ヘイワード
私は死にたくないp3.jpg私は死にたくない1.jpg 結婚をきっかけに売春から足を洗ったバーバラ(スーザン私は死にたくない2.jpg・ヘイワード)。数年後、子どもを抱え夫の麻薬中毒と貧困に苦しむ彼女は、生活のため再び売春を始めてしまう。私は死にたくない1958.jpgそんな中、独り身の老婦人が殺害される強盗殺人事件が起こり、2ヵ月後、札付きの前科者エメットとジャックが逮捕される。そしてまた、容疑者の男たちと一緒にいた彼女も共犯を疑われ逮捕されてしまう。彼女にも売春や偽証の前科があったことか私は死にたくない23.jpgら警察はバーバラを犯人と決めてかかる。事件の夜、彼女は夫と激しい口論をしていた。しかし、それを証明する夫は、その夜家を飛び出したきり行方知れず。バーバラは、無実を主張するも信じてもらえず、結局八方塞がりのまま―。  
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私は死にたくないoscar.jpg 「ウエスト・サイド物語」('61年)、「サウンド・オブ・ミュージック」('65年)のロバート・ワイズ監督が1958年に手掛けたモノクロ作品で、スーザン・ヘイワードが主演を務め、第31回「アカデミー主演女優賞」、第24回「ゴールデング私は死にたくない6.jpgローブ賞 主演女優賞(ドラマ部門)」、第24回「ニューヨーク映画批評家協会賞 主演女優賞」など数々の映画賞に輝きました(特集企画「新宿ハードコア傑作選」(2025年7月18日~9月4日/シネマート新宿)上映作品)。
  
スーザン・ヘイワード
私は死にたくない22.jpg 強盗罪と殺人罪で死刑宣告を受けながらも最期まで無実を訴え、1955年に死刑に処せられたバーバラ・グレアム(1923-1955)の話を、その3年後に映画化したわけで、処刑から比較的年数が無かったことになります。映画では、サンフランシスコ・エグザミナーの記者エドモンド・モンゴメリーの記事、裁判記録、往復書簡、調査報告、インタヴュー、そしてバーバラ自身の手記に基づく真実の物語(FACTURAL STORY)であると紹介されています。

我が子を抱く死刑直前のバーバラ・グレアム(本人)
バーバラ・グレアム2.jpg私は死にたくない3.jpg バーバラは当初から一貫して犯行を否認し無罪を主張し続けますが、かつて犯した売春や保護観察規定違反、偽証罪などさまざまな不法行為のためマスメディアにもスキャンダラスに取り上げられ、挙句に司法取引に応じた囚人の計略に嵌められるなどして陪審員の悪印象を招き、死刑を宣告されます(囮捜査に引っ掛かったのは史実らしい。今なら違法捜査になる可能性が高い)。
(この事件と裁判の経緯はこちらのサイトに分かりやすく書かれているため、リンクを張らせていただいた。)

セオドア・ビケル2.jpg 一方、セオドア・ビケル演じる犯罪心理学者(心理鑑定士)カール・G・G・パームバーグがロールシャッハテストによりバーバラから凶暴性を見い出せかったことから彼女は殺人犯ではないと確信し(当時の報道や記録において、このロールシャッハ・テストによる心理鑑定が、彼女が犯人ではない、或いは殺人に関与していない可能性を示す材料として注目されたのは事実)、しかも彼女は左利きであり事件現場との不整合から冤罪であるとの思いを強めますが、この彼女の味方になり得る洞察に優れた専門家は持病のため急逝、あとの頼りは、当初は彼女が強盗殺人犯であるのは間違いないとの記事で世論を煽りながら、今は、彼女が無罪であるとの思いに転じているエドモンド・モンゴメリー記者だが―。

セオドア・ビケル(「ヒッチコック劇場(第49話)/手(オッターモール氏の手)」(1957)、「刑事コロンボ(第40話)/殺しの序曲」(1977))

 この作品に関して、実際には事実とは異なる部分もあることから(映画は完全に冤罪事件として描いている)、一部では製作サイドによる死刑制度反対の強力なプロパガンダだという論調もあるようですが、いずれにせよ、ガス室での死刑執行の準備の詳細や2度の直前の執行延期に動揺する主人公の様子を克明に描き、観る側の神経を困憊させる強烈なインパクトをもった作品です。ただし、その中で、主人公を演じるスーザン・ヘイワードの、終始気丈で時にユーモラスにも思える振る舞も見せる、その演技に救われます(重いけれど、思いのほか暗くない)。

 現在では到底考えられない刑務所内でのマスコミの直接取材や一般市民との接触、死刑執行のマスコミへの公開など、死刑囚のプライバシー無視がそれに拍車をかけています(日本の今の死刑執行死刑囚の置かれてている状況よりはオープンであるとも言えるが)。

私は死にたくない4.jpg バーバラは判決の無効を訴えたものの失敗し、刑の執行を待つためにサン・クエンティン州立刑務所へ移送されますが、史実も映画同様で、1955年6月3日午前10時にガス室へ送られる予定だったのが、執行は10時45分まで延期されて、さらに10時43分に、再度11時30分まで執行が延期され、疲れきったバーバラは、「どうして私を苦しませるの?私は10時には用意ができていたのに」と言ったそうです。午前11時28分に、バーバラは独房から連れ出されガス室に移されますが、そこでバーバラは立会人の姿を見なくても済むように、目隠しを要請したとのこと、映画でも女看守のアイマスクを借りています。

 彼女は、服の下に聴診器の管を接続するベルトを装着させられており(呼吸を確認するためか)、処刑は、卵状のシアン化ナトリウムを硫酸に落として有毒な青酸ガスを生じさせる仕組みで行われます。担当官がバーバラに、「ガスがガス室に噴出し始めたら、10数えて深呼吸すると楽ですよ」と耳打ちしますが(多くの受刑者は当然のことながら毒ガスを吸うまいと逆に息を止めてしまう)、彼女は「どうしてそれが分かるの」といった受け応えをし、ここもちょっとブラックなユーモア。

 バーバラは泣き言を言わなかったし、姿勢も崩しませんでした。映画での最期の言葉は、「私が無実だと知っている唯一の人に会えるわ。殺されたモナハン夫人に」でした。処刑後、外に出たエドモンド・モンゴメリー記者の、何とかならなかったのかという苦々しい思いが、観る側にもストレートに伝わってきます。エドモンド・モンゴメリー記者を演じたサイモン・オークランドは、後にピーター・イエーツの「ブリット」('68年)でスティーヴ・マックィーン演じる刑事ブリットの理解ある上司役を演じています。

Prime Video: I Want To Live(海外版)
私は死にたくないp.jpg私は死にたくないりた.jpg「私は死にたくない」●原題:I WANT TO LIVE!●制作年:1958年●制作国:アメリカ●監督:ロバート・ワイズ●製作:ウォルター・ウェンジャー●脚本:ネルソン・ギディング/ドン・マンキーウィッツ●撮影:ライオネル・リンドン●音楽:ジョニー・マンデル●私は死にたくないs.jpg時間:120分●出演:スーザン・ヘイワード/サイモン・オークランド/ヴァージニア・ヴィンセント/セオドア・ビケル/マリオン・マーシャル●日本公開:1959/03●配給:ユナイテッド・アーティスツ=松竹●最初に観た場所:シネマート新宿(25-08-13)(評価:★★★★☆)

 
「新宿ハードコア傑作選」(2025年7月18日~9月4日/シネマート新宿)
 
 

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新宿武蔵野館の2本。感動実話「型破りな教室」、ブータン文化が見られる「お坊さまと鉄砲」。
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型破りな教室 [DVD]」エウヘニオ・デルベス
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お坊さまと鉄砲 [DVD]
型破りな教室1.jpg 米国との国境近くにあるメキシコ・マタモロスの小学校。子どもたちは麻薬や殺人といった犯罪と隣りあわせの環境で育ち、教育設備は不足し、教員は意欲のない者ばかりで、学力は国内最底辺だった。6年生の半数以上が卒業を危ぶまれる中、出産のため辞職した8年生の担任の代役として、マタモロス出身の教師フアレス(エウヘニオ・デルベ型やぶりな教室 6.jpgス)が赴任してくる。子どもたちはフアレスのユニークで型破りな授業を通して探究する喜びを知り、それぞれの興味や才能を開花させていく。数学の得意な女子生徒パロマ(ジェニファー・トレホ)は宇宙工学者への夢を募らせ、哲学に興味を持った女子生徒ルペ(ミア・フェルナンダ・ソリス)は英国の哲学者ジョン・スチュアート・ミルの著作を読み始める。また兄のギャング仲間に入ろうとしていた男子生徒ニコ(ダニーロ・グアルディオラ)は、フアレスの授業の面白さに惹かれ、もう少し学校に通いたいと自ら進言する―(「型破りな教室」)。

型やぶりな教室 9.jpg クリストファー・ザラ監督の2023年作で、原題は「RADICAL(過激)」。アカデミー賞受賞作であるシアン・ヘダー監督の「コーダ あいのうた型破りな教室12.jpg」('21年/米・仏・カナダ)の音楽教師役で注目を集めたメキシコシティ出身の俳優エウヘニオ・デルベスが、主人公の熱血教師フアレスを演じています(2023年サンダンス映画祭にてフェスティバル・フェイバリット賞(映画祭観客賞)を受賞)。
ジェニファー・トレホ(パロマ)
型破りな教室2.gif 逆境の中で生徒の才能を見出し伸ばしていく教師の話で、教育格差がテーマになっている点で、カンヌ国際映画祭 で最高賞のパルム・ドールを受賞作したローラン・カンテ 監督の「パリ20区、僕たちのクラス」('08年/仏)を想起させられました。

型破りな教室4.jpg フアレスが校長とビールを飲みながら対話する場面で、メキシコの教育について、「学校は100年前から変わっていない。ベルを鳴らし制服を着せて、「静かに」「整列しろ」「手を挙げろ」を命じる。子供たちを国という機械を動かすただの歯車にする教育だ」と言うのは、今の日本にも通じる話かもしれません。

型やぶりな教室 w.jpg 実話がベースになっているというのは強いなあと。ストレートに感動しました。それまでの壊滅的な学力の状態から、クラスの中の10人が全国上位0.1%の成績に食い込んだという事実にも驚かされます。映画の中で熱血教師フアレスに数学の才能を見出された、廃品回収業の父を持ちヤングケアラーである女生徒パロマのモデルになったのはパロマ・ノヨラという女性で、ジャーナリストのジョシュア・デイヴィスが2013年に雑誌「WI型破りな教室62.jpgRED」で記事として取り上げた事がきっかけになり、映画化の企画が立ち上がったとのこと(ジョシュア・デイヴィスは製作にも名を連ねる)。本人が、哲学に興味を持った女生徒を書架に案内する図書館司書の役で出ているのは粋な演出でした。

ロマ・ノヨラ本人(右)
  

 
お坊さまと鉄砲 9.jpgお坊さまと鉄砲 01.jpg 2006年。長年国民から愛された国王の退位によって、ブータンは民主化へ転換を図る。初めての選挙を目指して、模擬選挙が実施されることに。山に囲まれた村で報せを聞いた高僧は、なぜか弟子の僧侶タシ(タンディン・ワンチュク)に「銃を2丁手に入れてくれ」と頼む。一方、お宝があると聞きつけた銃収集家のロン(ハリー・アインホーン)が村にやってきた―(「お坊さまと鉄砲」)。

お坊さまと鉄砲 02.jpg 第1作「ブータン 山の教室」(19年/ブータン)がブータン映画史上初となる、第94回「アカデミー賞で国際長編映画賞」ノミネート作になったパオ・チョニン・ドルジ監督(Pawo Choyning Dorji、ブータン人の名前は、基本的に「姓(ファミリーネーム)」がなく、複数の「名(個人名)」を並べる形が一般的で、日本で同監督を短く呼ぶ際は「パオ監督」と呼ばれることが多く、ここでは「は行の監督」とした)の、第96回「アカデミー賞国際長編映画賞」ブータン代表としての出品作。2006年のブータンを舞台に、国王の退位にともなう初めての選挙を控えた村の騒動をユーモラスに描いています。

お坊さまと鉄砲 03.jpg なぜ山に籠っていた高僧が出てきて、いきなり弟子に銃を入手するよう命じたのか、その理由が分からないまま外国人お坊さまと鉄砲 04.jpgの銃収集家などが絡んで話としては気を持たせますが、オチは大したことなかったかも。このほのぼのとした結末も悪くはないですが、高僧が弟子に銃が要る理由を明かさなかったのはどうしてなのか、別に、こうこうこうだからと説明しても良かったでは。でも、それを言ってしまうと、お話的には面白みが無くなってしまうからでしょう。

お坊さまと鉄砲 m.jpg 日経新聞の映画評で「楽しく民主主義を考える」とありましたが、新聞社的にはそうなのでしょう。個人的にはむしろ、ブータンの人たちの生活ぶりや風俗・習慣、さらには文化・価値観までもが垣間見られることの方が興味深く、また面白かったかもしれません。

 この2本は「新宿武蔵野館」で観ましたが、この映画館はいつも上映作ごとのディスプレイに圧倒されます(「ある一生」('23年/独・墺)のディスプレイ)。新宿エリアでこれに次ぐのが「シネマート新宿」で(「バニシング・ポイント」('71年/米)(リヴァイバル上映)のディスプレイ)、こちらは手作り感があります(そのほか今は邦画専門館だが、昔は洋画が主だった「テアトル新宿」も昔から力を入れている)。

2024年12月24日 新宿武蔵野館


型破りな教室2023.jpg型やぶりな教室 d.jpg「型破りな教室」●原題: RADICAL●制作年:2023年●制作国:メキシコ●監督・脚本:クリストファー・ザラ●製作:ベン・オデル/エウヘニオ・デルベス/ジョシュア・デイビス●撮影:マテオ・ロンドノ●音楽:パスクアル・レイエス/フアン・パブロ・ビラ●時間:123分●出演:エウヘニオ・デルベス/ダニエル・ハダッド/ジェニファー・トレホ/ヒルベルト・バラーサ/ミア・フェルナンダ・ソリス/ダニーロ・グアルディオラ●日本公開:2024/12●配給:アットエンタテインメント●最初に観た場所:新宿武蔵野館(24-12-24)(評価:★★★★)

ポスターイラスト:nakaban(なかばん)
お坊さまと鉄砲 2023ー.jpgお坊さまと鉄砲 8.jpg「お坊さまと鉄砲」●原題: THE MONK AND THE GUN●制作年:2023年●制作国:ブータン・仏・米・台湾●監督・脚本:パオ・チョニン・ドルジ●製作:シュー・フォン/ステファニー・ライ/ジャン=クリストフ・サイモン●撮影:ジグメ・テンジン●時間:112分●出演:タンディンお坊さまと鉄砲 05.jpg・ワンチュク/ケルサン・チョジェ/タンディン・ソナム/デキ・ラモ/ペマ・ザンモ・シェルパ/ハリー・アインホーン/チョイン・ジャツォ/タンディン・プブ/ウゲン・ドルジ/ユペル・レンドゥップ・セルデン●日本公開:2024/12●配給:マクザム=ザジフィルムズ●最初に観た場所:新宿武蔵野館(24-12-24)(評価:★★★★)

「●張藝謀(チャン・イーモウ)監督作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2616】 張藝謀 「あの子を探して
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コン・リーが奇麗。物語的には悲惨だが、美的には張藝謀作品の頂点にある作品。

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紅夢 [DVD]」['25年]鞏俐(コン・リー)
紅夢1991.jpg 1920年代の中国、 19歳の女学生・頌蓮(スンリェン)(鞏俐(コン・リー))は、父親が亡くなった後実家が没落したため、陳佐千(馬精武(マー・チンウー))という富豪の第四夫人として嫁ぐことを余儀なくされた。紅夢02.jpg彼の大邸宅に嫁入りした際には王室の様な待遇で、気持ちの良い足マッサージを受けた。屋敷の主人は、夜になり彼女の部屋に泊まる時門前に赤い提灯を掲げた。しかし頌蓮はすぐに全ての妾たちが同様の贅沢な待遇を受けていることに気づいた。主人は毎日どの妾の家で夜を過ごすかを決めるとその家の前に赤い提灯を灯し、その妾は足マッサージを受け、食事を決定したり、下僕達の尊敬と服従を得ることができたのだ。やがて、友情を築いたと思っていた第二夫人・卓雲(ヅォユン)(曹翠芬(ツァオ・ツイフェン))からの裏切りや、屋敷に出入りする医者と不倫をしていた第三夫人・梅珊(メイサン)(何賽飛(ホー・ツァイフェイ))への凄惨な罰を目の当たりにし、主人の寵愛を巡る戦いの中で憔悴した頌蓮は次第に正気を失い、常軌を逸した行動に出るようになる―。

紅夢01.jpg 「紅いコーリャン」('87年)、「菊豆<チュイトウ>」('90年)に続く1991年公開の張芸謀(チャン・イーモウ)監督、鞏俐(コン・リー)主演作で、後にコン・リー主演の「紅いコーリャン」、そしてこれもコン・リー主演の「上海ルージュ」('95年)と共に張芸謀監督の「紅三部作」と呼ばれるようになります。1991年・第48回「ヴェネツィア国際映画祭 銀獅子賞」、1992年・第13回「ロンドン映画批評家協会賞 外国語映画賞」受賞作品。台湾の侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督が製作総指揮を務め、香港や日本のスタッフも参加するなど、国境を越えたコラボレーションにより成った作品ですが、何故か本邦では長らくDVD化がされませんでした。2024年12月、「張芸諜 チャン・イーモウ 艶やかなる紅の世界」と題した特集上映にて、HDレストア版でリバイバル公開され、2025年にDVDがリリースされました。

 貧困から抜ける為に男性社会の中に囲い込まれる女性たちの話ですが、自分の意志で自由に行動できるわけもなく、昔からの掟が絶対。とりわけ夫人らに求められるのは男子を生むこと。その女性たちの間でも妬み・嫉みがあり、唯一優しそうにしてくれていた女性が、実はいちばん腹黒だったという...。

紅夢04.jpg 25歳で19歳の学生を演じているコン・リーが違和感なく奇麗です。彼女が正気を失っていく様は痛々しいですが、ストーリーや時代背景は今とあまりに差がありすぎるため、個人的には、「時代に抑圧された女性を描いた映画」的視点と言うよりは、背景部分は男尊女卑の"象徴"として捉え、単に女性たちの物語として映画を観ました。確かに、封建制度下における女性に対する抑圧を可視化した作品ではありますが、例えばこの「赤い提灯」のシステムは、原作である蘇童(スー・トン)の小説『妻妾成群』には無く、張芸謀監督の創作であるようです。監督は当時のインタビューで、中国の家父長制の深刻さを訴えており、本作は中国国内で上映禁止の措置を受けています。それだけ今日的・普遍的問題を示唆しているということなのでしょう。

紅夢03.jpg 単に女性たちの物語として観たと書きましたが、人物の悲劇的運命の造形は多角的に行われいて、各人の諸要素が互いに呼応し合うことで、作品全体の悲劇的雰囲気が高められているように思いました。とりわけ、元名妓であった第三夫人・梅珊(メイサン)の末路は悲惨で、気晴らしに屋上でかつて馴染んだ戯曲を歌っていた、その屋上で処刑されてしまったというのは皮肉です(ほとんどホラー)。これが主人公・頌蓮(スンリェン)に与えた衝撃は大きく、スンリェンの精神崩壊の火付けとなったように思われました。悲劇を美しく視覚化する張芸謀監督の美学的設計無くしては、なかなか味わおうという気にはなれない作品かもしれません。女学生から女へと変貌していくコン・リーの美しさも堪能でき、物語的には悲惨ですが、美的には張藝謀作品の頂点にある作品かもしれません(この頃の張芸謀はスゴかった)。

「紅夢」●原題: 大红灯笼高高挂(英:RAISE THE RED LANTERN)●制作年:1991年●制作国:中国・香港●監督:張藝謀(チャン・イーモウ)●製作:邱復生(チュウ・フウション)●脚本:倪震(ニイ・ゼン)●撮影:趙非(チャオ・フェイ)●音楽:趙季平(チャオ・チーピン)●原作:蘇童(スー・トン)『妻妾成群』●時間:125分●出演:鞏俐(コン・リー)/何賽飛(ホー・ツァイフェイ)/馬精武(マー・チンウー)/曹翠芬(ツァオ・ツイフェン)/周琦(チョウ・チー)/孔琳(コン・リン)/金淑媛(チン・スウユエン)/丁惟敏(ティン・ウェイミン )/曹増銀(ツァオ・ゾンイン)/崔志剛(ツォエ・チーガン)/初暁(ツゥ・シャオ)/徐薇(シュー・ウェイ)●日本公開:1992/04●配給:東宝東和●最初に観た場所:池袋・新文芸坐(25-01-29)(評価:★★★★☆)

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多分あちこちで見られただろう現実が、フィクションを掘り下げている。

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長江哀歌 (ちょうこうエレジー) [DVD]」韓三明(ハン・サンミン)/趙濤(チャオ・タオ)
長江哀歌ジャジャンクー01.jpg 中国の大河・長江の三峡では、三峡ダム建設計画が進められていて、周辺の多くの町が湖底に沈みゆく運命にある。 山西省で炭鉱夫をする韓三明(ハン・サンミン)(韓三明(ハン・サンミン))は、16年前に別れた妻幺妹 (ヤオメイ)(馬礼珍(マー・リーチェン))と娘を探すために三峡の街・奉節(ほうせつ)にやってくる。知り得た住所を訪ねると、そこは既に湖底に沈んでいた。ヤオメイの兄を訪ねると、彼女は南の方で働いているがこの地にいればいずれ会えると言われ、その言葉を信じてこの街に留まることにする。仕事は、沈む街の建物解体作業で、その作業場で気の良いチンピラのと小馬哥(マーク)(周林(チョウ・リン))。と親しくなる。 時を同じくして、沈紅(シェン・ホン)(趙濤(チャオ・タオ))という看護師の女性が奉節の港に降り立つ。山西省から来た彼女は、三峡の工場に働きに出たまま2年も音信がない夫・郭斌(グォ・ビン)(李竹斌(リー・チュ長江哀歌ジャジャンクー02.jpgウビン))を探している。 シェン・ホンは、夫グォ・ビンの友人の王東明(ワン・トンミン)(王宏偉(ワン・ホンウェイ))を訪ね、夫の今の職場に案内されるが夫は不在で、住民の立ち退きを強制する仕事をしているらしい。そして女性経営者といい仲らしいとの情報を得る。夫が経営しているという社交ダンス場に出向くと、そこは長江に架かる大橋が一望できる場所だった。 翌朝、シェン・ホンはグォ・ビンと再会を果たすが、夫の不倫に怒り心頭の彼女は夫を無視し、挙句「好きな人が出来て、その人と上海に行く」と言って離婚を切り出し、独り船に乗って三峡を離れる。 一方その頃、奉節で建物解体の仕事をしているサンミンは、親友のマークを解体現場の事故で失い遺体を長江に見送る。 その直後、サンミンは義兄からヤオメイの居場所が分かったという連絡を受け会いに行く。しかし、ヤオメイは義兄が作った多額の借金のカタとして、義兄に金を貸した船主の元で働かされているという。その船主の男に会い、連れて帰りたいと伝えるが、船主はそれなら貸した金を返せと要求する。サンミンは金を作るため山西省に戻って再び炭鉱で働くことを決意して、奉節の町を去る―。

第63回「ヴェネツィア国際映画祭ジャ.jpg 賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督の2006年作で、第63回「ヴェネツィア国際映画祭 金獅子賞(グランプリ)」受賞作。審査員長を務めたカトリーヌ・ドヌーヴは「金獅子賞を決めるのに時間はかからなかった」と述べています。また、その他にも、「アジア・フィルム・アワード 監督賞」「ロサンゼルス映画批評家協会賞 外国映画賞」などを受賞し、本邦でも2007年度・第81回「キネマ旬報ベスト・テン外国映画第1位」となっています。2009年の三峡ダム完成を控えて激変する中国の政治・経済・社会を反映させた作品で、三峡ダム工事では、その費用・便益効果よりも、国家メンツ&国威発揚のシンボルとして何が何でも完成させるというということが優先され、100万人を越える住人が移住を余儀なくされたといいます(三峡ダムにより水没する村を舞台にした映画に、 戴思杰(ダイ・シージエ)監督の「小さな中国のお針子」('02年/仏・中国)がある)。

長江哀歌ジャジャンクー04.jpg 物語の主人公は、山西省から奉節へやって来た2人の男女ですが、この2人は映画では互いに関係すること無く、全く別の2つの物語が展開していきます。1つは、16年前に別れた妻・幺妹 (ヤオメイ)(馬礼珍(マー・リーチェン))を捜すため奉節にやって来た山西省の炭鉱長江哀歌ジャジャンクー03.jpg労働者・ 韓三明(ハン・サンミン)(韓三明(ハン・サンミン)=役名と同じ)の物語で、もう1つは、同じく山西省から、2年間音信不通となっている夫・ 郭斌(グォ・ビン)(李竹斌(リー・チュウビン))を捜すため奉節にやって来た 沈紅(シェン・ホン)(趙濤(チャオ・タオ))の物語です。この全く無関係な2つの物語を、同じ奉節を舞台として展開させていくことによって、三峡ダムの建設で沈んでいく街における人間の営みの儚さが伝わってきまし。また、古来より山水画の題材として描かれてきた壮大な長江の風景が、背景としてたびたび出てくるのが、その儚さを醸す上で効いています。

長江哀歌ジャジャンクー08.jpg 主人公たちが探す家族は、対照的な人生を歩んでいて、サンミンの妻子の実家はすでに水没し、彼女たちは、変貌する世界の末端に追いやられ、厳しい生活を強いられています。一方、シェン・ホンの夫は、大事業に強引に食い込んで利権を手にし、贅沢三昧の生活を送り、人が変わっています。多分あちことちで見られたであろう現実が映画の中に入り込んで、フィクションが掘り下げられているといった印象でした(当初はドキュメンタリー映画を撮るつもりだったようだ)。

 ドラマ全体を、中国人の生活に欠かせない嗜好品である「烟」(タバコ)」「酒」「茶」「糖(アメ)」というタイトルで分割しているの興味深かったです。本来嗜好品は、日常的な次元で人と人を繋ぐものなのでしょうが、この映画に出てくる嗜好品は、彼らの孤立を象徴するかのように見えます。また、解体予定の建物がロケットのように飛んで場面など、シュールなシーンが3つぐらいあったでしょうか。実験的でもあります。

 個人的には、サンミン が奉節で出会ったチンピラの小馬哥(マーク)(周林(チョウ・リン))が、「男たちの挽歌」('86年/香港)のチョウ・ユンファのファンで、映画での彼の動作のマネばかりしているのが可笑しかったですが、それだけに、あっさり事故で亡くなったのが寂しかったです(長江での水葬ってあるのかあ。日本でも江戸時代の頃は、葬儀代を捻出できない貧しい庶民は水葬だったりしたようだが、現代では違法(死体遺棄罪)である)。

「長江哀歌(エレジー)」●原題:三峡好人(英題:STILL LIFE)●制作年:2006年●制作国:中国●監督・脚本:賈樟柯(ジャ・ジャンクー)●製作:シュウ・ポンルー/ワン・ティアユン/チュウ・ジョン●撮影:余力為(ユー・リクウァイ)●音楽:林強(リン・チャン)●時間:113分●出演:趙濤(チャオ・タオ)/韓三明(ハン・サンミン)/李竹斌(リー・チュウビン)/王宏偉(ワン・ホンウェイ)/馬礼珍(マー・リーチェン)/周林(チョウ・リン)/ホァン・ヨン●日本公開:2007/08●配給:ビターズ・エンド=オフィス北野●最初に観た場所:シネマ ブルースタジオ(25-08-24)(評価:★★★★)

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経済成長が生み出す幻想の中を生きる若者たちの痛みや喪失感(ラストはイマイチ)。

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世界 [DVD]」趙濤(チャオ・タオ)
世界ジャジャンクー01.jpg 北京の「世界公園」でダンサーとして働くタオ(趙濤(チャオ・タオ)は、同僚たちから姐さんと慕われている26歳。公園の守衛主任であるタイシェン(成泰燊(チェン・タイシェン))という恋人がいる。タオの元恋人リャンズー(梁景東(リャン・チントン))がモンゴルへ旅立つというので、2人は彼を見送りに行く。その帰りに立ち寄った汚い安ホテルで、タイシェンはタオに迫るが、タオは拒む。タオはホテルを出て一人で世界公園に戻るが、その後、写真館でDVDを撮っているうち、いつもの親密さが2人に戻ってくる。タイシェンは、先輩から紹介されたチュンと共に、借金を抱えているチュンの弟に会いに、太原へ出発する。ブランド品模造アトリエを経営するチュンは既婚者だが、夫は10年前ベルヴィル(パリ)に行ったきり連絡がない。言葉を交わすうちに、タイシェンとチュンは惹かれてゆくが、彼女は最後は彼の誘いをかわす。一方、タオは、ロシアから来たダンサーのアンナとの間に友情を築くが、カラオケバーでアンナが娼婦として働いていることを知り、涙を流す。タイシェンの幼馴染のサンライ(王宏偉(ワン・ホンウェイ))が、まだ若いアークーニャンとともに、北京の建設現場に出稼ぎに来るが、アークーニャンは過労と事故が重なり、病院に担ぎ込まれる。病院のベッドに横たわった彼が記すメモには、今まで自分に金を貸してくれた人の名前と金額が書いてあり、それを読んだサンライは慟哭する。アークーニャンの死後、その両親と兄が北京に上京し、補償金を受け取る。タオの後輩ダンサーのウェイ(ジン・ジュエ)は、嫉妬深い恋人のニュウ(蒋中偉(チャン・チョンウェイ))に堪忍袋の緒が切れ、別れを宣言するも、結局は結婚することを決意する。ある日の散歩中、タオはダンサーのヨウヨウ(シャン・ワン)と親会社の重役の不倫現場を目撃。そのあとヨウヨウは新しい団長に抜擢される。タオはタイシェンに自分たちの結婚の話を持ち掛けてみるが、彼は何も答えない。2人の結婚式の日、タイシェンの携帯電話には、フランスに旅立つチュンから「あなたに会えてよかった」とのメールが届く。それを読んだタオは、タイシェンの裏切りを知る。タオは、タイシェンを避け、新婚旅行に出ているウェイの新居のアパートで寝泊まりする。そこへタイシェンが現れるが...。深夜の三河鎮で、一酸化炭素中毒で1組の男女が倒れるという騒ぎが起きる。近隣住民によって中庭に運びだされたタオとタイシェンの上に、今年の初雪がちらちらと降り始める。暗闇の中、タオとタイシェンの声が響く。「俺たち、死んだのか」「いいえ、これは新しい始まりよ」―。

世界ジャジャンクー02.jpg 2004年公開のジャ・ジャンクー監督作。舞台になっているのは、北京に居ながらにして世界を回れる「世界公園」で(1993年開園)、そこには、ピラミッド、エッフェル塔、マンハッタンの摩天楼など、世界の名所旧跡が10分の1に縮小され、再現されています(日本で言えば栃木県の「東武ワールドスクウェア」のようなものか。ただし、東京ドーム約1.6個分の広さの東武ワールドスクウェアに対し、世界公園はその約6倍の面積を有している)。世界を身近に体験できるテーマパークは、改革開放以後の中国の象徴とも言え、ドラマは、その「世界公園」に所属するダンサーのタオと彼女の恋人で公園の守衛主任のタイシェンを中心に、彼らを取り巻く人々の様々なエピソードを交えながら展開していきます。

 園内を走るモノレールに乗り、今インドに向かっていると携帯で恋人タイシェンに伝えるタオは、インド風のアトラクションにこれから出演するところです。別の折、フライト・アテンダントに扮したした彼女は、アトラクションの合間に作り物のコックピットでタイシェンと密会しますが、本物の飛行機を見上げる時の彼女の台詞が物語るように、彼女の周りには飛行機に乗ったことがある人間はいません。そこには「世界公園」との対比での皮肉があり、また、偽物で成り立っている「世界公園」が、中国の経済的繁栄の裏側を投影しているようにも見えます。

世界 ジャ3.jpg タオは、タイシェンの裏切りに傷つきますが、外部の世界に憧れ、彼女を閉じ込める世界で傷つきながらも、彼女を待っている人間がいるのは、結局は外部ではなく目の前の世界であることを認識しているようでした。ただし、未遂に終わったものの、無理心中(?)という選択はどうだったのかとは思いました。タオの気質にそぐわない気もするし、ネットのレビューを見ると、やはりラストへの収斂の仕方が気に食わない人もいるようです。個人的にもイマイチでした。

 ただし、急激な経済成長が生み出す幻想の中を生きる若者たちの、彼らの痛みや喪失感をリアルに描き出している映画には違いないと思います。描かれる何組かのカップルの恋愛模様は、時代や背景は異なりますが、エドワード・ヤン監督の「エドワード・ヤンの恋愛時代」('94年/台湾)や濱口竜介監督作(「PASSION」('08 年))を想起させられるものがありました。

「世界」●原題:世界(英題:THE WORLD)●制作年:2004 年●制作国:日本・中国・フランス●監督・世界」 (04年).jpg脚本:賈樟柯(ジャ・ジャンクー)●製作:吉田多喜男/市山尚三●撮影:余力為(ユー・リクウァイ)●音楽:林強(リン・チャン)●時間:133分●出演:趙濤(チャオ・タオ)/成泰燊(チェン・タイシェン)/王宏偉(ワン・ホンウェイ)/蒋中偉(チャン・チョンウェイ)/梁景東(リャン・チントン)●日本公開:2005/10●配給:ビターズ・エンド=オフィス北野●最初に観た場所:シネマ ブルースタジオ(25-08-10)(評価:★★★☆)

电影海报

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昔の日本の田舎を思わせるノスタルジックな雰囲気。人と人との距離感の変化の描き方が上手い。

冬冬(トントン)の夏休み 1984.jpg冬冬(トントン)の夏休み3.jpg
「冬冬(トントン)の夏休み」ポスター]

冬冬(トントン)の夏休み6.jpg 小学校を卒業し終えた冬冬(トントン)(王啓光(ワン・チークァン))は、妹の婷婷(ティンティン)(李淑楨(リー・ジュジェン))と一緒に入院する母(丁乃竺(ティン・ナイチュー))を見舞った後、父(楊徳昌(エドワード・ヤン))が看病に忙しいので、叔父の昌民(陳博正(チェン・ボーチョン))に連れられ、母方の祖父がいる銅羅に夏休みを過ごしに行く。途中の駅で冬冬と妹は叔父と離れ離れになってしまうが、なんとか銅羅駅に到着する。駅前で叔父を待つ間、冬冬は村の子供・阿正國(顔正國(イエン・チョンクオ))らと知り合う。叔父・叔母とは無事会い、医師である厳格な祖父(古軍(グー・ジュン))のいる診療所に辿り着く。村の子供たちと川に泳ぎに行くが、婷婷は男の子ばかりの仲間には入れてもらえず、怒って近くに脱ぎ捨ててあった彼らの服を川に流してしまう。少年たちは裸で家に帰る羽目になったが、裸のまま飼牛を追った阿正國が行方不明になる。冬冬らが木登りしていると、風変わりな女、寒子(ハンズ)(楊麗音(ヤン・リーイン))に出会う。昆虫採集に出掛けた時に昼寝の男を襲う強盗二人組を目撃してしまう。ある日、昌民は恋人の碧雲(林秀玲(リン・シウリン))が妊娠したことで祖父に叱られ、家を飛び出す。男の子たちから仲間はずれにされた婷婷は列車に轢かれそうになったところを寒子に助けられ、彼女を慕うようになる。寒子は雀捕りの男に孕まされ、村人は彼女が子供を生むことに反対するが、彼女の父親は生ませたがった。ひっそりと結婚した昌民と碧雲の住まいを訪れた冬冬はそこで以前の強盗事件の犯人に会う。通報によって犯人を匿った昌民が警察に捕まる。祭の日、入院中の母の容態が悪いと知らせが入る。祖父は祖母(梅芳(メイ・ファン))と母のいる台北に行こうとするが、そんな時、寒子は婷婷が拾った小鳥を巣に戻そうとして、木から落ち意識を失う。台北行きを取り止め看病に当たる祖父。翌日、寒子は意識を取り戻す。母の容態も良くなったとの知らせも入ってくる。祖父は勘当していた昌民を許す。台北から迎えに来た父と一緒に、冬冬は阿正國らに、婷婷は寒子に別れを告げて村を出て行く―。

「冬冬(トントン)の夏休み」ポスター['25年7月]
週刊文春「シネマチャート」全記録.jpg「冬冬(トントン)の夏休み」ポスター.jpg 侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の1984年作で、1984年・第6回「ナント三大陸映画 金の気球賞(最優秀作品賞)」受賞作(『週刊文春「シネマチャート」全記録』('18年/文春新書)によると「週刊文春」の「文春シネマチャート」での評価で 、同チャートにおけるランキングで1位(同率)を獲得した作品の一つとして挙げられている)。2016年および2025年にそれぞれデジタル・リマスター版でリバイバル公開。ホウ・シャオシェン監督自らの少年時代の体験をモチーフにした作品の一本で、監督のその類の他作品はどれも過去を舞台にしていますが、本作は製作当時の時代設定だそうです。原作・脚本の朱天文(チュー・ティエンウェン)の母方の祖父の家で、実際に医院だった日本家屋がロケ地として使われ、外省人の父親と本省人(客家系)の母親を持つ朱天文の体験が元になっているとのことです(二人の少年時代の経験が混ざっているということか)。

 冒頭の小学校の卒業式で「仰げば尊し」が流れたり(歌詞はもちろん中国語)、トントンの母方の実家に畳があったりして(台湾風と日本風の複合家屋か)、田園風景など全体に昔の日本の田舎の風景と似ており、ノスタルジックな雰囲気があります。個人的にも、70年代終わりに台湾の北部と南部、'93年に北部・南部・中部をそれぞれ旅行したため、その中間ぐらいかあと、懐かしさがありました。

 エピソードの描き方、とりわけトントンと阿正國ら村の子供たちとの交流(亀レースとか)、妹のティンティンと村の女・寒子(ハンズ)との心の通い合いなど、人と人との距離感の変化の描き方が上手いと思いました。特に、列車に轢かれそうになったティンティンをハンズが救ってからの二人の距離感の縮まり方は急激で、精神障害があると思われるハンズへの見方も変わります(ある種シャーマン的。でも、スズメを巣に戻そうとして木から落っこちるが)。でも、そんなこと(ハンズのティンティンに対する命の恩人的行為)があったとは誰も知らないし、最後別れ際にティンティンの呼びかけにハンズが応えないのも、却って余韻があってよかったかもしれません。

 振り返れば、何も無さそうな田舎で結構いろいろな事件が起きているわけで、それらを村のコミュニティや肉親・家族らで解決していっている感じでした。しかし、そのコミュニティや家族は、当時としては当たり前だったのだろうけれども、現代から見れば封建的であったりして(でもその中に親の娘に対する思いなどもあったりして)、その辺りも懐かしさの一つの要因かもしれません。

 叔父とその結婚に反対する祖父との狭間で、結婚式に叔父の側からはトントンだけしか出席していないのがちょっと可笑しいです(そのことを夏休みの日記に書いている(笑))。ある意味、トントンが大人社会の亀裂の架け橋となっていることを象徴するような役回りで、最後に祖父が叔父を許す予兆だったようにも思えました(用事を言いつけるついでに勘当を解くというのもいい)。

冬冬(トントン)の夏休み7.jpg 祖母を演じた梅芳(メイ・ファン)は侯孝賢作品の常連で、「童年往事 時の流れ」('86年)、「恋恋風塵」('86年)、「悲情城市」('00年)、「黒衣の刺客」('15年)などにも出演。兄妹の父親役で、「牯嶺街少年殺人事件」('91年)、「エドワード・ヤンの恋愛時代」('94年)、「カップルズ」('96年)、「ヤンヤン 夏の想い出」('00年)などで知られる映画監督の楊徳昌(エドワード・ヤン)(1947-2007/59歳没)が友情出演しています。

楊徳昌(エドワード・ヤン)(友情出演)

冬冬の夏休み -デジタルリマスター版- [DVD]
冬冬(トントン)の夏休み1984.jpg「冬冬(トントン)の夏休み」●原題:(英題:A SUMMER AT GRANDPA`S)●制作年:1984 年●制作国:台湾●監督・脚本:侯孝賢(ホウ・シャオシェン)●製作:張華坤(ジャン・ホアクン)●撮影:陳坤厚(チェン・クンホウ)●原作・脚本:朱天文(チュー・ティエンウェン)●時間:98分●出演:王啓光(ワン・チークァン)/李淑楨(リー・ジュジェン)/古軍(グー・ジュン)/梅芳(メイ・ファン)/陳博正(チェン・ボーチョン)/林秀玲(リン・シウリン)/楊麗音(ヤン・リーイン)/顔正國(イエン・チョンクオ)/丁乃竺(ティン・ナイチュー)/楊徳昌(エドワード・ヤン)●日本公開:1990/08●配給:フランス映画社●最初に観た場所:新宿武蔵野館(25-08-19)(評価:★★★★)


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主人公と相棒(トミー・リー・ジョーンズ)、「昭和残侠伝」シリーズの高倉健と池部良のよう。

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ローリング・サンダー HDニューマスター [DVD]」ウィリアム・ディヴェイン/トミー・リー・ジョーンズ
ローリング・サンダー3.jpgローリング・サンダー2.jpg 1973年、ベトナム戦争からテキサス州サンアントニオへ帰還した空軍将校レーン少佐(ウィリアム・ディヴェイン)と部下のジョニー伍長(トミー・リー・ジョーンズ)は、地元で英雄として大歓迎される。しかしハノイでの7年間の捕虜生活での凄惨な拷問により、レーンの精神は傷ついていた。町の歓迎式典はレーンの功労を労い、「捕虜生活を1日1枚ずつ換算した高額な銀貨」と「州の誇りを象徴したベル」、「キャデラック」が贈呈されたが、周囲の歓迎と裏腹にレーンの表情は醒めていた。その様子をベルを手渡したリンダ(リンダ・ヘインズ)だけが気づく。レーン戻った家庭は変わっていた。妻ジャネット(リサ・リチャーズ)は夫の出兵中の寂しさから州警官クリフ(ローラソン・ドリスコル)と親しいローリング・サンダー』(1977).jpg関係を築いてしまい、赤ん坊だった愛息のマークも成長しクリフへ懐いている。レーンにはどうする事もできず、家族やクリフにはレーンの心中を理解できない。クリフはジャネットとの関係も含めてレーンと新たな関係を築こうとするが、レーンは妻の事には無頓着な様で、唯一、息子を「チビ」と呼ぶなとクリフに告げる。数日後、レーン家に強盗が入る。強盗一味は歓迎式典での銀貨贈呈をTVで観たメキシコ人の徒党だった。彼らはレーンを脅し痛めつけるが、レーンは頑なに口を開かない。終にはディスポーザーでレーンの右手を破砕したところへ妻子が帰宅、マークは躊躇なく銀貨を渡すが、強盗たちは母子を射殺し、レーンをも撃って逃走。一命を取り留め病院で療養するレーンは、失った片腕に義手を取り付ける。息子を亡くした失意を静かな怒りへ変えた彼は、金属製の爪が装着された義手を巧みに操れるようリバビリを重ねる、銃弾を拾い装填できるようになると退院する。レーンに惹かれるリンダは病院に見舞いに行き、彼と接し始める。警察に強盗の詳細を話さずにいたレーンは、一味の会話から凡その居所を察し、リンダを連れてメキシコへと向かう。レーンの動向に気付いたクリフは警察の捜査網を使ってレーンに先回りしようとするが、強盗たちに返り討ちに遭う。強盗一味を探す道中で、リンダはレーンの孤独に共感し、共に生きたいと望む。しかしレーンはリンダをモーテルに残し、エルパソで暮らすかつての盟友ジョニー伍長の許へ向かう。そして、強盗一味の潜伏先を特定する。帰郷した町に居場所の無さを感じていたジョニーは、レーンと共に強盗一味を殲滅すべく、直ちに銃器を用意する。軍服に身を包んだ二人はキャデラックに乗り込み、強盗一味の根城である売春宿へ向かう―。

ローリング・サンダー4.jpg ジョン・フリン監督の1977年公開作。「新宿ハードコア傑作選」(2025年7月18日~9月4日/シネマート新宿)で同年8月15日からリバイバル上映されました。個人的には日本公開の翌年の'79(昭和54)年2月に池袋文芸坐にて最初に観ました。その時の併映がタクシードラオバー0.jpgマーティン・スコセッシ監督の「タクシードライバー」('76年/米)だったのは、共に脚本がポール・シュレイダーだからでしょう。因みに、「タクシードライバー」でロバート・デ・ニーロが演じた主人公のトラヴィスも、ベトナム戦争帰りの元海兵隊員と称していました。
タクシードライバー」('76年/米)
ザ・ヤクザ」('74年/米)
ザ・ヤクザ 高倉.jpg ポール・シュレイダーは「タクシードライバー」の前に、シドニー・ポラック監督、ロバート・ミッチャム・高倉健W主演の「ザ・ヤクザ」('74年/米)の脚本も書いていて、実質的には監督もしています。この時、ポール・シュレイダーと脚本を書いたのが兄のレナード・シュレイダーで、同志社大学と京都大学での英文学の講師として来日し、義侠の世界に興味を持ち、実在の暴力団にも出入りして、日本のアンダーグラウンドを研究したそうです(ポール・シュレイダーは、「MISHIMA:A LIFE IN FOUR CHAPTERS」('85年/米・日)では正式に監督を。この時に共同で脚本を書いた兄のレナード・シュレイダーは、生前の三島由紀夫とも親交があった。兄レナードは、長谷川和彦監督、沢田研二主演の「太陽を盗んだ男」('79年/東宝)の原作者でもある)。

 ポール・シュレイダーが「ザ・ヤクザ」の脚本家であることを踏まえて改めてこの映画を観ると、ベトナム帰還兵物でありながらも、復讐のため相棒同士で死地へ赴く場面は、日本のヤクザ映画とそっくりで、「昭和残侠伝」シリーズ(1965(昭和40)年から1972(昭和47)年までシリーズ9作がある)の高倉健と池部良のようです。売春宿に到着した二人がショットガンを手に襲撃昭和残侠伝 死んで貰います09.jpgし、阿鼻叫喚のなか、一味を射殺していく様や、頭数の多さに手こずり、二人とも被弾するもひるまずに応戦し、最後には一味を殲滅するのも、ヤクザ映画の殴り込みと同じパターン。二人共深手を負ったものの、お互いを支えながら戦場のようになった血まみれの売春宿を後にするのは、「ザ・ヤクザ」と同じパターンでしょうか(「昭和残侠伝」シリーズの場合、池部良は生還できないパターンが殆どだが)。
昭和残侠伝 死んで貰います」('70年/東映)

ローリング・サンダーp.jpg 昔観たときは、バイオレンスがやや空回りしている印象も受けましたが、今観ると、強盗に襲われたレーンが片手を台所のディスポーザー(昔観た時は何だかわからなかった)に入れられても頑なに口を開かないのは、拷問のPTSDで耐えることが"習い"になってしまっているためなのだなあと。捕虜生活での拷問体験がフラッシュバックしていることから窺え、その前の戦地で受けた拷問をクリフに話し、憑かれたように再現してみせる振る舞いも、その伏線になっていました。

ローリング・サンダー5.jpg それと、主人公のレーン少佐を演じたウィリアム・ディヴェインも良かったですが、レーンの盟友ジョニー伍長をトミー・リー・ジョーンズが演じていたのは、改めて映画館で観るまで気づきませんでした。80年代はテレビ出演が主で、映画は出演しても脇役だったようです。でも、こういう役、合っています。再鑑賞の収穫でした。

トミー・リー・ジョーンズ「ローリング・サンダー」('77年)

ローリング・サンダーd.jpgローリング・サンダー HDニューマスター版 [Blu-ray]

ローリング・サンダーp2.jpg「ローリング・サンダー」●原題:ROLLING THUNDER●制作年:1977 年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・フリン●製作:ノーマン・T・ハーマン●脚本:ポール・シュレイダー/ヘイウッド・グールド●撮影: ジョーダン・クローネンウェス●音楽:バリー・デ・ヴォーゾン●原ローリング・サンダー ジョーンズ.jpg案:ポール・シュレイダー●時間:95分●出演:ウィリアム・ディヴェイン/トミー・リー・ジョーンズ/リンダ・ヘインズ/ジェームズ・ベスト/リサ・リチャーズ/ローラソン・ドリスコル/ダブニー・コールマン/ジェームズ・ヴィクター/キャシー・イェーツ/ルーク・アスキュー●日本公開:1978/05●配給:松竹・富士映画●最初に観た場所:池袋文芸坐(79-02-11)●2回目:新宿武蔵野館(25-08-19)(評価:★★★★)●併映(1回目):「タクシードライバー」(マーティン・スコセッシ)

トミー・リー・ジョーンズ in「ある愛の詩」('70年)/「JFK」('91年)/「逃亡者」('93年)/「依頼人」('94年)
トミー・リー・ジョーンズ4.jpg

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売春を日常とする主婦。社会学的観点から見て面白い。観終わった後で議論したくなる映画。

ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル10801975.jpgジャンヌ・ディエルマン ーー.jpg
ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地 [DVD]
ジャンヌ・ディエルマン02.jpg 戦争で夫を失った45歳のジャンヌ(デルフィーヌ・セイリグ)は、ブリュッセルのアパートで16歳の息子と暮らし、日常の行動を規則正しく管理している優秀な主婦。息子が学校へ行っている間に部屋の掃除や料理を完璧に こなし、さらにその合間に客を取って自宅で売春を行っていた。だが、そんな空虚なルーティーンを繰り返しているうちに、少しずつ綻びが生じていく。そしてある日、ジャンヌは自分でも思いもよらぬ反日常的な行動に走る―。

シャンタル・アケルマン.jpg 1975年、ベルギー出身の映画監督シャンタル・アケルマン(1950-2015/65歳没、死因はうつ病による自殺だっとと報道されている)が25歳で発表し、世界中に衝撃を与えた傑作とのこと。子育ての合間に売春を行う主婦の日常(と言いうより、売春を日常とする主婦)を、アパート内の固定カメラによる長回しで延々と映し、少しずつ生じていく心の歪みを淡々と描いています。英国映画協会が世界各国の研究者・批評家からの回答をもとに10年ごとに集計している「オールタイムベスト100選」では、2022年末に初ランクインで第1位に選出。2位のA・ヒッチコック監督「めまい」、3位のO・ウェルズ監督「市民ケーン」、4位の小津安二郎監督「東京物語」という錚々たる名作を抑えての第1位で、発表後じわじわとカルト的な人気を博し、現在では史上最高の映画の一つとされているとのことです(「東京物語」が第1位となった英BBC「最も偉大な外国語映画100本(2018年)」では14位にランクインしていた)。

 15歳のときにジャン=リュック・ゴダール監督の「気狂いピエロ」を観て映画を志し、18歳で監督デビューを果たしたアケルマン監督(ニューヨークで実験映画の運動を主導したジョナス・メカスの影響も受けている)は、以降、約40年間にわたってドキュメンタリー、文芸作、ミュージカル、短編とジャンルやフォーマットに囚われない自由な創作活動を貫き通しましたが、やはり最大の代表作は、この3時間を超える大作ということになるのでしょう。ヒューマントラストシネマ渋谷での「シャンタル・アケルマン映画祭」(2022年4月29日~5月12日)上映作品であり、昨年['25年]Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下で「製作50周年記念」として限定上映されました。

 この作品に先行して団地妻の売春をモチーフとしたもので、ジャン=リュック・ゴダール監督の「彼女について私が知っている二、三の事柄」('66年/仏・伊)が想起されられましたが、あちらは夫がいて、ホテルを密会の場に使っていました。このジャンヌの場合は自宅売春であり、湯を沸かし、ジャガイモの皮を剥き、買い物に出かけ、洗濯をするといった"平凡な"暮らしを繰り返す中で、働いている女性の赤ちゃんを預かり、さらに客を取って自宅で売春をするという、日常に非日常が加わるのではなく、家事の連続である日常に、赤ちゃんを預かるという行為(おそらく月極有料)と同じレベルで"日常の延長"のように自宅売春(曜日ごとに固定客がいる)をしているというのが、特徴的と言えば特徴的です。

ジャンヌ・ディエルマ07.jpg アケルマンの狙いは、当時の世界で女性の大半が人生の多くの時間を割いている「家事」というものの核心が、単純作業の退屈さとその果てしない反復にあるにもかかわらず、従来の映画撮影手法では、それらがすべて編集でカット・圧縮されてしまい女性の世界を適切に表現していない、という事態を転覆させることにあったそうです。そのため、フェミニズム映画の金字塔などとも称されているようですが、主人公が時間をかけて家事をして買い物をし、或いは子どもが起きる前に靴を磨いたりしますが、これらの家庭内の女性の仕事は、アンペイドワーク、シャドウワークであり、彼女は生活のために客をとるのであって、家事と売春はもともと主婦&女性の仕事であり、女性はそれ以外に経済力はなく、女性が性的にも窮屈にも今なお抑圧されているということのようです(社会学的観点からの作品として面白い)。

ジャンヌ・ディエルマン 8.jpg 永遠に続くと思われた日常の歯車は徐々に狂い始め、取り返しのつかない事態を自らの手で引き起こしてしまいますが、その契機は何だったのか。彼女が日常から逸脱しておかしくなっていくのは2日目の客を取った後からですが、その変化の理由を監督は、主人公がオルガスムを知ったからだと述べているとのことです。ただし、他にもルーティンを狂わせる変化の予兆は幾つかあり、息子青年との就寝前の会話で、母親が売春をしていることを知っている息子から、「好きでもない相手とよく寝ることができるね」といった言葉を吐かれたことを、心理的要因として指摘する人もいます。

 さらに、この映画を複数回観た知人の映画通は、この息子はより幼い頃に母をレイプする父の立場に嫉妬しており、母を蹂躙する父に対する息子の殺意が三角関係の構図となって殺人に発展したのだと。3日目の男が彼女に覆い被さってなかなかどいてくれないという感じでモガイている表情はオルガスムとは関係なく、(最愛の)息子の抱く母(私)を蹂躙する男に対する殺意が彼女に乗り移り、自ら発作的に殺人を犯してしまった、と読んだとのことです(ヒッチコックの「サイコ」の逆パターンで、息子の人格が母である主人公に転移したとする見解。穿った見方もあるものだなあと感心させられた)。

 また、最後の窓の外が暗くなって主人公が室内で呆然自失している風景は、ほかの室内風景もそうですが、ベルギー象徴派絵画からのヒントを得たもので、絵画も為すその知人によれば、フェルナン・クノップフ(1858-1921)を思い起こさせるとのことです。個人的にはベルギーの画家と言えば16世紀の画家ピーテル・ブリューゲルで(20世紀で言えばルネ・マグリットもそうか)、フェルナン・クノップフは初め知りましたが、その絵はどこか既視感がありました。

 いろいろな観点で楽しめる映画でした。観終わった後で、いろんな人と議論したくなる映画というのは、いい映画に多いように思います。

ジャンヌ・ディエルマン01.jpg「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地」●原題:JEANNE DIELMAN, 23, QUAI DU COMMERCE, 1080 BRUXELLES●制作年:1975年●制作国:ベルギー/フランス●監督・脚本:シャンタル・アケルマン●撮影:バベット・マンゴルト●時間:201分●出演:デルフィーヌ・セイリグ/ジャン・ドゥコルト/アンリ・ストルク/ジャック・ドニオル=ヴァルクローズ●日本公開:1996/12/2022/04(4Kレストア版)●配給:シネカノン/ビターズ・エンド(4Kレストア版)●最初に観た場所:Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下(7F)(25-05-05)(評価:★★★★☆)

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途中までは良かったが、終盤B級スプラッタームービーになってしまった「サブスタンス」。

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サブスタンス [DVD]」デミ・ムーア/マーガレット・クアリー
サブスタンス 2024.jpgサブスタンス01.jpg 50歳の誕生日を迎えた元人気女優のエリザベス(デミ・ムーア)は、容姿の衰えによって仕事が減っていくことを気に病み、若さと美しさと完璧な自分が得られるという、「サブスタンス」という違法薬品に手を出すことに。薬品を注射するやいなやエリザベスの背が破け、「スー」(マーガレット・クアリー)という若い自分が現れる。若さと美貌に加え、これまでのエリザベスの経験を持つスーは、いわばエリザベスの上位互換とも言える存在で、たちまちスターダムを駆け上がっていく。エリザベスとスーには、「1週間ごとに入れ替わらなければならない」という絶対的なルールがあったが、スーが次第にルールを破りはじめ―。

サブスタンス02.jpg フランスの女性映画監督コラリー・ファルジャの2024年作のSFホラー映画。2024年・第77回「カンヌ国際映画祭」で絶賛されたとのことで、第75回「アカデミー賞」では作品賞のほか計5部門にノミネートされ、メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞。エリザベス役を怪演したデミ・ムーアはキャリア初となる「ゴールデングローブ賞の主演女優賞(ミュージカル/コメディ部門)」にノミネート&受賞を果たし、アカデミー賞でも主演女優賞にノミネートされました。45年近いキャリアを持つ彼女ですが、オスカーの候補者として演技が評価されたのはこれが初めてで、演技者として一皮むけたということかもしれません。

サブスタンス ムーア.jpg 確かに、途中まではデミ・ムーアの演技が悪くなく、また、身体を張って演技している印象でしたが(62歳で50歳のインストラクター役を演じているが、肉体年齢はさらに若そう)、「ボディホラー映画」の触れ込みに沿って本領を発揮するはずだった終盤は、メイクはデヴィッド・リンチ監督の「エレファント・マンサブスタンス d.jpg('80年/英)のマネであるし、ラストで首が這っていくのもジョン・カーペンター監督の「遊星からの物体X」('82年/米)のパクリであるように思いました(着ぐるを脱ぐみたいな再生法も、ややショボいか)。

 ストーリー的にも、エリザベスの互換としてのスーが、本来はエリザベスの仮象でしかないのにエリザベスと別人格になっているように思え(それが監督の狙いだったのかもしれないが)、終盤、両者が併存した状況になるに至ってストーリー破綻しているように思えました。いろいろな意味で期待を裏切られた気がします。

ディスクロージャー」('94年/米)
「ディスクロージャー」.jpg ただし、デミ・ムーアが「女優として新たな復活を果たした」との世評は、先にも述べたように、分からなくもないという感じでしょうか。「ゴースト/ニューヨークの幻」('90年/米)のヒットで有名になって、「ゴールデングローブ賞」の主演女優賞(ミュージカル/コメディ部門)」にもノミネートされましたが、あれから34年経ったのかと思うと感慨深いです。ぞの間、不名誉なゴールデンラズベリー賞を4回も受賞していますが、バリー・レヴィンソン監督の「ディスクロージャー」('94年/米)でマイケル・ダグラス演じるIT企業の社員を「逆セクハラ」する年下の女性上司を演じたのなどは、特別悪くもなかったです(特別良くもなかったが)。

ゴースト ニューヨークの幻 v.jpg 「ゴースト/ニューヨークの幻」は、レンタルビデオが普及し始めた'91年にビデオで観ましたが、いんちき霊媒師オダ・メイを演じたウーピー・ゴールドバークの快演(怪演)の方が印象に残ったでしょうか。デビ・ムーアと共演のパトリック・スウェイジ(1952-2009)は、57歳で膵臓癌で亡くなってしまいました。デミ・ムーアの当時の夫は、同時期公開の「ダイ・ハード2」('90年/米)(「ダイ・ハード」('88年/米)は渋谷東宝で観たが、「2」はこちらも「ゴースト」同様ビデオで観た)主演のブルース・ウィリスでしたが、彼も2022年に失語症のため俳優業から引退することを発表しています。長く続けるということは、それなりに大変案な努力を要するのでしょう。その意味では62歳で50歳のインストラクター役を演じているデミ・ムーアというのは、その事実のみで充分エラいと言えるのかも。

デミ・ムーア.jpg デミ・ムーア

サブスタンス03.jpg「サブスタンス」●原題:THE SUBSTANCE●制作年:2024年●制作国:フランス/イギリス/アメリカ●監督・脚本:コラリー・ファルジャ●製作:コラリー・ファルジャ/ティム・ビーヴァン/エリック・フェルナー●撮影:ベンジャミン・クラカン●音楽:ラファティ●時間:142分●出演:デミ・ムーア/マーガレット・クアリー/デニス・クエイド/エドワード・ハミルトン=クラーク/ゴア・エイブラムス/オスカー・ルサージュ/クリスチャン・エリクソン/ロビン・グリア/トム・モートン/ウーゴ・ディエゴ・ガルシア/ヤン・ビーン●日本公開:2025/05●配給:ギャガ●最初に観た場所:TOHOシネマズ西新井(25-05-29)(評価:★★★)

ゴースト ニューヨークの幻 3.jpgゴースト ニューヨークの幻 1990.jpg「ゴースト/ニューヨークの幻」●原題:GHOST●制作年:1990年●制作国:アメリカ●監督:ジェリー・ザッカー●製作:リサ・ウィンスタイン●脚本:ブルース・ジョエル・ルービン●撮影:アダム・グリーンバーグ●音楽:モーリス・ジャール●時間:128分●出演:パトリック・スウェイジ/デミ・ムーア/ウーピー・ゴールドバーグ/トニー・ゴールドウィン/リック・アビレス/ヴィンセント・スキャヴェリ/フィル・リーズ/アンジェリカ・エストラーダ/アルメリア・マックィーン/ゲイル・ボグス/スティーヴン・ルート/ローラ・ドレイク●日本公開:1990/09●配給:パラマウント映画=UIP(評価:★★★)

DISCLOSURE 2.jpgDisclosure 1994.bmp「ディスクロージャー」●原題:DISCLOSURE●制作年:1994年●制作国:アメリカ●監督:バリー・レヴィンソン●製作:バリー・レヴィンソン/マイケル・クライトン●脚本:ポール・アタナシオ●撮影:アンソニー・ピアース=ロバーツ●音楽:エンニオ・モリコーネ●原作:マイケル・クライトン●時間:128分●出演:マイケル・ダグラス/デミ・ムーア/ドナルド・サザーランド/キャロライン・グッドオール/デニス・ミラー/ロマ・マフィア>ニコラス・サドラー/ローズマリー・フォーサイス/ディラン・ベイカー/ジャクリーン・キム/ドナル・ローグ/アラン・リッチ/ スージー・プラクソン●日本公開:1995/02●配給:ワーナー・ブラザース (評価★★★)

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「死」とどう向かい合うのか。尊厳死を選ぶ者とそれを看取る者を描く。

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ザ・ルーム・ネクスト・ドア」[Prime Video]ティルダ・スウィントン/ジュリアン・ムーア
ザルーム ネクスト・ドア1.jpg 売れっ子作家のイングリッド(ジュリアン・ムーア)は、かつて若い頃に同じ雑誌社で働き疎遠になっていた、親友で元戦場ジャーナリストのマーサ(ティルダ・スウィントン)が末期ガンを患っているザルーム ネクスト・ドア2.jpgことを聞く。彼女はマーサと久しぶりに再会し、会っていない年月を埋めるように病室で語らう日々を過ごす。治療を拒み自らの意志で安楽死を望むマーサは、人ザルーム ネクスト・ドア3.jpgの気配を感じながら最期を迎えたいと願い、"その日"が来る時に隣の部屋にいてほしいとイングリッドに頼む。悩んだ末に彼女に寄り添うことを決めたイングリッドは、マーサが借りた森の中の小さな家で暮らし始める。そして、マーサは「ドアを開けて寝るけれど もしドアが閉まっていたら私はもうこの世にはいない」と言い、最期を迎える彼女との短くかけがえのない日々が始まるのだった―。
2024年・第81回「ヴェネツィア国際映画祭」
審査員長のイザベル・ユペール & ペドロ・アルモドバル監督
ペドロ・アルモドバル監督 ヴぇ.jpgザルーム ネクスト・ドア4.jpg 「神経衰弱ぎりぎりの女たち」('87年/スペイン)、「オール・アバウト・マイ・マザー」('99年/スペイン)など、独特な映画をずっと発表してきた ペドロ・アルモドバル監督の2024年公開の監督初の英語長編映画作品で、ジュリアン・ムーア(世界三大映画祭のすべての女優賞を受賞した女優で、「ゴールデングローブ賞主演女優賞(ドラマ部門)」「アカデミー主演女優賞」の受賞歴もある)とティルダ・スウィントン(こちらも、「ヴェネツィア国際映画祭 女優賞」と「アカデミー助演女優賞」の受賞歴がある)が主演し、2024年・第81回「ヴェネツィア国際映画祭」の「金獅子賞」を受賞しました。

ザルーム ネクスト・ドア.jpgシーグリッド・ヌーネス.jpg 原作『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』は、ニューヨーク生まれで、母親はドイツから、父親はパナマからの中国系移民という作家シーグリッド・ヌーネスが2020年に発表したもので、原題は"What Are You Going Through"(あなたはどんな思いをしているの)。映画が金獅子賞を受賞し、日本で映画公開されることになったのに合わせて訳出されたようです。

ザ・ルーム・ネクスト・ドア』['25年/早川書房]

 人生で、避けて通ることはできない「死」とどう向かい合うのかという大変重いテーマの作品で、しかも、マーサは、僅かな命を延ばすのではなく、死を受け入れること(尊厳死)を望んでおり、つまり、延命治療の拒否だけではなくもっと踏み込んで、自ら死を選ぶ「安楽死」を望んでいるというのが、今日的なテーマのように思えました。同じく安楽死を扱ったフランソワ・オゾン監督の「すべてうまくいきますように」 ('21年/仏・ベルギー)を想起しましたが、こちらの方が、死に逝こうとする側の心情に入り込んでいるかもしれません。

ザ・ルーム・ネクスト・ドア」 (24年 ムーア.jpg ただし、原作及び映画における"主観"はあくまで看取る側である、映画ではジュリアン・ムーアが演じるイングリッドにあり、死を選ぶことを選んだマーサに寄り添うイングリッドの側の苦しさに焦点を置いているとも言えます。そう言えば、「週刊文春」の「シネマチャート」で、翻訳家の芝山幹郎氏や映画評論家の森直人氏が5つ星評価だったのに対し、作家の斎藤綾子氏が「友に欲望を押し付ける重病人の厚かましさに辟易」したとして星2つ評価でしたが、その気持ちも分からなくもないです(翻訳解説によると、原作者シーグリッド・ヌーネス自身もインタビューで「友人には不遜なユーモアが感じられる」と言っており(確信犯?)、「お前の冒険心はどこにいった?」と軽口をたたいたり、「できるだけ楽しい時間にするね」と約束したりする場面がある)。でも、個人的には、死に逝く人のエゴっていうのも分かる気がして、敢えて美化せずにそれを描いているのが、この原作並びに映画の良さではないかと思います。

ザルーム ネクスト・ドア5.jpg ただし、緊張感こそありましたが、映画そのものは暗い感じはせず(原作もけっして暗くはないが、それは登場人たちのインテリジェンスによるところが大きいかも)、死への覚悟を決めているマーサにも、その部屋にも、どこかにはっとする鮮やかさがあり、そこに引き付けられます(つまり映画ではインテリジェンスの部分をデザインに置き換えているとも言え、全体として視覚的に美しく撮っている。ただし、マーサが分厚い本を手にして残された時間が無いことを嘆くなど、インテリとしての苦悩も描いている)。森の中の小さな家で死んでいくというのも、〈自然に還る〉ような感覚で良いです(最後、マーサは一人で死んで逝くことで、イングリッドにある種の優しさを見せたか)。

 マーサが戦場ジャーナリストだったということも「死」をテーマにした作品として象徴的ですが(これ、原作に無い設定か?)、マーサが言わば「おひとり様」であるということも、物語の前提として大きいウェイトを占めると思います。ただし、マーサにはミシェルという娘がいて、その娘との確執を拭えなかったことを後悔していました(「たぶん ミシェルの人生で本当に欠けていたのは、母親の存在だったと思う」とマーサは言う)。

ザルーム ネクスト・ドア2024.jpg ただし、映画の物語は、原作小説の中の1エピソードに過ぎないとも言え、結末も少し異なります。ですから、原作の厳密な映画化ではありません。その映画オリジナルのシーンで、娘ミシェルがマーサの死後にイングリッドを訪ねて来て、母の話を聞くシーンは良かったです。イングリッドがマーサを段々受け入れて、いつの間にか他者を諭すほどに強くなっていたのが窺えました。ラストシーンの「死者と生者の間に降る雪」は、自分なりに解釈すれば、死者が生者同士を結び付け、死者を共有せしめたということだったのではないかと思いました。ある意味、原作を超えていました(娘ミシェルの顔が母マーサに見えたと思ったら、ティルダ・スウィントンの一人二役だった。この身長180センチの英国女優ティルダ・スウィントンは、「スノーピアサー」('14年)、「ヘイル、シーザー!」('16年)、「サスペリア」('18年)で一人二役を務め、「エターナル・ドーター」('22年)では、これもまた母娘の一人二役をこなしている)。

 
ザルーム ネクスト・ドアd.jpg「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」●原題:THE ROOM NEXT DOOR/LA HABITACION DE AL LADO●制作年:2024年●制作国:スペイン/アメリカ●監督・脚本:ペドロ・アルモドバル●製作:アグスティン・アルモドバル/エステル・ガルシア●撮影:エドゥアルド・グラウ●音楽:アルベルト・イグレシアス●時間:107分●出演:ティルダ・スウィントン/ジュリアン・ムーア/ジョン・タトゥーロ/アレッサンドロ・ニヴォラ/ラウール・アレバロ/ファン・ディエゴ・ボト/エスター・マクレガー●日本公開:2025/01●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下(9F)(25-02-18)(評価:★★★★☆)

ペドロ・アルモドバル監督(中央)

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小津安二郎へのオマージュ&旅日記。今やこの映画自体がレトロスペクティブとなった。

東京画00.jpg
東京画 デジタルニューマスター版
東京画030.jpg東京画toukyouga 04.jpg 1983年4月、東京で開催されたドイツ映画祭のために来日したヴィム・ヴェンダースは、小津安二郎(1903-1963、60歳没)の描いた"東京"を探して街を彷徨い歩く。撮影のエドワード・ラックマンと録音のヴェンダース二人だけの旅は、パチンコや食品サンプル工場、「竹の子族」など当時の"日本的"なる風景を写し、「東京物語」主演の笠智衆(1904-1993)、小津組のカメラマン厚田雄春(1905-1992)との対話を通して、小津の"東京"と、近代化した当時の東京を描き出す―。

東京画v.jpg東京画05.jpg かなり昔にビデオで観たのを、新文芸坐で2Kレストア版で再鑑賞。内容をほとんど忘れていたということもあって、新鮮な気持ちで愉しめました。小津安二郎の没後20周年を記念して、小津安二郎を敬愛するヴィム・ヴェンダースが、小津やそのスタッフと作品に捧げたオマージュ映像であり、同時に旅日記作品となっています(ソフィア・コッポラ監督の「ロスト・イン・トランスレーション」('03年/米)と少し似た雰囲気も)。

 小津安二郎作品に出てくる"東京"に憧れ(ただし、映画の冒頭とラストにフィーチャリングされる「東京物語」の映っているシーンは尾道)、街を行くヴェンダースが撮った「東京」は、高層ビルとネオンが林立する、小津の映画とは似ても似つかぬ東京であり、彼は小津の時代は遠くに過ぎ去り、日本的なものが失われたと感じたようです。

東京画02.jpg パチンコ店やゴルフ練習場、食品サンプル工場など"東京画01.jpg現代"日本をある意味象徴するような場所を巡り、興味深いと思いながらも(かなりひとつひとつを丹念に撮っている)、当初の目的に照らすと、そうした場所を訪ねれば訪ねるほど失望を深めたのではないかと思われます(「東京物語」が撮影されたのは1953年だから、そこからだと30年経っていることになる。無理もないか)。

 映画の中では、東京タワーで落ち合った友人のヴェルナー・ヘルツォーク監督(「アギーレ/神の怒り」('72年/西独)、「フィツカラルド」 (82年/西独))も同様のことを述べていますが、ヘルツォークは、この混沌の中から純粋なものを掘り起こすべきだと言っているのに対し、ヴェンダースは、小津安二郎作品に出てくる"東京"はもう今は無いという諦めの感じでしょうか。

 そんなヴェンダースですが、笠智衆を訪ねた時、その語りから、笠智衆そのものと、笠智衆への語る小津安二郎像に大いに感動したのではないでしょうか。ヴェンダースが笠智衆に対して最高の賛辞を贈ったものの、笠智衆は自分は演技がいかに下手だったかを語っているのが面白いです。

東京画06.jpg さらにラストの方では小津組のカメラマン厚田雄春を訪ね、小津映画における撮影手法を厚田雄春に実演してもらっています。これも、小津映画における演出・撮影技法が窺えて(世界最小のカメラ三脚!)興味深いです。厚田雄春は、本当に小津という一人の人の生き様を信じ、他の監督とろくに浮気することも出来なかったと語ります。

 こうしたことから、ヴェンダースは、笠智衆と厚田雄春の二人の人柄がまさしく小津映画そのものであることを発見して満足したのではないかと、映画評論家の佐藤忠男 (1930-2022)も『映画の中の東京』('02年/平凡社ライブラリー)で書いていました。そのヴェンダースが40年後に、渋谷近辺の公演のトイレ清掃を舞台とした「PERFECT DAYS」(23年/日・独)を撮り、第76回「カンヌ国際映画祭」で日本人2人目の男優賞を受賞した役所広司を、「私の笠智衆」と称えることになります。
東京画[IMDb]
東京画000.jpg 映画の後半の方では、出来たばかりの東京ディズニーランドに行こうと思ったけれど、日本に来てわざわざアメリカのコピーを観にいくこともないと引き返したところ、都内でもアメリカ人になりたがっている若者たちがいたと。それが「竹の子族」で(これもかなり丹念に撮っている)、そっか、あの頃なのかと。崔洋一(1949-2022)監督の「十階のモスキート」('83年/ATG)で、内田裕也(1939-2019)演じる主人公の警察官の娘(小泉今日子)が「竹の子族」だったのを思い出しました。

東京画04.jpg 谷中霊園でスーツ姿で花見をする人たち、ホテルで観るテレビに流れる日本の番組やコマーシャル、工事中の有楽町マリオン(1984年完成)、(朝方?の)歌舞伎町のゴールデン街(今、ここ外国人が結構多いが、ヴェンダースもここで朝まで呑んだ?)、路地裏で三角ベースボールに興じる半ズボンの子どもたち―と懐かしい映像が流れ、そっか、小津安二郎の没後20年と言っても、そこから更に、その倍以上の年月がまた流れたのだなあと。

東京画図1tokyo-ga.jpg東京画00tokyo-ga.jpg東京画2tokyo-ga.jpg 今の時代に改めて観ると、この映画自体が一時代の東京を表すレトロスペクティブとなっていて(今登るならば東京タワーではなくスカイツリーだろう)、そこから来る懐かしさや伝わってくる当時の活気が快く、それがこの映画を愉しめた大きな要因だったかもしれません。


 
  
[動画]東京タワーで語るヴェルナー・ヘルツォーク(「アギーレ/神の怒り」('72年/西独)、「フィツカラルド」 ('82年/西独))/[写真]ヴィム・ヴェンダース(「パリ、テキサス」('84年/西独・仏)、「PERFECT DAYS」 (23年/日・独))とヴェルナー・ヘルツォークのスナップ写真(映画ではヴェンダースはナレーションのみで姿は映らない)
 東京画 ヴェンダース ヘルツォーク.jpg

東京画笠智衆.jpg「東京画」●制作年:1985年●製作国:アメリカ・西ドイツ●監督・脚本:ヴィム・ヴェンダース●製作:クリス・ジーヴァニッヒ●撮影:エド・ラッハマン●音楽:ローリー・ペッチガンド●時間:93分●出演:ヴィム・ヴェンダース(ナレーション)/笠智衆/ヴェルナー・ヘルツォーク/厚田雄春●公開:1989/06●配給:フランス映画社●最初に観た場所(再見):池袋・新文芸坐(25-02-13)(評価:★★★★)


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「●「カンヌ国際映画祭 監督賞」受賞作」の インデックッスへ(「マルホランド・ドライブ」)「●「ニューヨーク映画批評家協会賞 外国語映画賞」受賞作」の インデックッスへ(「マルホランド・ドライブ」)「●「全米映画批評家協会賞 作品賞」受賞作」の インデックッスへ(「マルホランド・ドライブ」「ブルーベルベット」)「●デニス・ホッパー 出演作品」の インデックッスへ(「ブルーベルベット」)「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

映画の構造自体がテーマのように思った。細部で人によって解釈が異なってくる?

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マルホランド・ドライブ」[Prime Video]/「マルホランド・ドライブ 4Kリストア版 [DVD]」ナオミ・ワッツ/ローラ・ハリング
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ブルーベルベット (特別編) オリジナル無修正版 [DVD]」カイル・マクラクラン/イザベラ・ロッセリーニ
マルホランド・ドライブ01.jpg 夜のマルホランド・ドライブ道路で自動車事故が起こる。事故現場から一人生き延びた黒髪の女性(ローラ・ハリング)は、助けを求めにハリウッドまで辿り着く。女性が偶然潜り込んだ家は、有名な女優の家だった。女優の姪である女優志望のベティ(ナオミ・ワッツ)に見つかった黒髪の女性は、部屋に貼られていた女優リタ・ヘイワースのポスターを見て、反射的に「リタ」と名乗った。彼女はベティに自分が事故で記憶喪失になっていると打ち明ける。リタのバッグには大金と青い鍵。ベティはリタの失った記憶を取り戻すことに協力する―。
 
マルホランド・ドライブ02.jpg デイヴィッド・リンチ監督による2001年の映画で、もともとは「ツイン・ピークス」('90年~'91年、全30話)のようなTVドラマシリーズとして構想されたものが、ドラマ化の話がボツになってお蔵入りしていた脚本を映画化したようです。そうした経緯で作られた作品ですが、2001年・第54回「カンヌ国際映画祭 」で「監督賞」を受賞し、「全米映画批評家協会賞 作品賞」「ニューヨーク映画批評家協会賞 作品賞」なども受賞、さらに、英BBCが選んだ「21世紀 最高の映画100本」でベストワンに選ばれています(2000年から2016年までの作品がノミネート)。

マルホランド・ドライブ03.jpg デイヴィッド・リンチ監督は本作品により「ハリウッドのダークサイドを描きたい」と述べており、この映画は同じくハリウッドを舞台にした1950年の映画「サンセット大通り」('50年/米)へのオマージュであるそうです。ただ、それは一つのモチーフかもしれまぜんが、この映画は、構造自体が「人間の意識」の曖昧さを表象するテーマのように思いました。

 終盤で、それまでベティと名乗っていたナオミ・ワッツがダイアンという人物になり、リタであったはずのローラ・ハリングがカミーラになって、ストーリーが直線的に繋がらなくなります。現実のシーン、回想のシーン、空想のシーン、夢のシーンのどれがどれか判らなくなってくるため、観ている側は自分の頭の中でもう一度振り返って、それが「現実のシーン」なのか、誰かの「回想・空想・夢」なのか、整理してみる必要に迫られます。そうした意味では、「エターナル・サンシャイン」 ('04年/米)などとちょっと似ている面があるようにも思いました(この映画も、BBCが選んだ「21世紀 最高の映画100本」で第6位にランクインしている)。

マルホランド・ドライブ リー.jpg ただし、作品の雰囲気は「ツイン・ピークス」や同じくデイヴィッド・リンチ監督の「ブルーベルベット」('86年/米)などに近く、「ツイン・ピークス」の小人役のマイケル・J・アンダーソンをはじめ、他のリンチ監督作に出ていた俳優も出てました。一方で、"タップの女王"と呼ばれた「踊る大紐育」('49年/米)のマドンナ、アン・ミラーが、夢と現実世界の二役(役名はともにココ)で出ていたりもします(そう言えば、リー・グラント(「刑事コロンボ(第2話)/死者の身代金」」('71年/米))も出ている。当時75歳。現時点で['26年1月]で存命中。100歳である)。

 どうやら、映画の前3分の2以上を占める「ベティ&リタ」の世界は「夢」で、「ダイアン&カミーラ」の世界が「現実」のようですが、前半部分が誰の夢かというと、ダイアンのこうあって欲しかったという「夢」の世界ということのようです。最初にリタに感情移入してしまったため、そう思い当たるのに時間がかかりました。ただ、それで全部分かったかというと、では、ベットの上にあったリタ=カミーラと思われる死体からベティ=ダイアンが抜け出してくるイメージなどはどう解すればよいのか、まだまだすっきりしない部分が残りました。

 デイヴィッド・リンチ監督自身、結末を決めないで脚本を書き始めたと言っているくらいですから、正解があるのかどうかも不明(「ツイン・ピークス」の結末についても同じことが言える)。細部で人によって解釈が異なってくるところがこの映画の妙味であり、監督自身、それを楽しんでいるのかもしれません。

ブルーベルベットv.jpgブルーベルベット09.jpg よく、「マルホランド・ドライブ」と「ブルーベルベット」('86年/米)とどちらが傑作か、或いはどちらを先に観るべきかといった議論がありますが、個人的には'89年に「ブルーベルベット」をレンタルビデオで観てしまいました。田舎町ブルーベルベット01.jpgの裏側に潜むグロテスクかつミステリアスな人間たち(久ブルーベルベット03.jpg々に映画界メジャー復帰のデニス・ホッパーが演じるサディストの麻薬密売人はとりわけ異常な雰囲気)の織り成す人間模様は、「ツイン・ピクース」につながるデイヴィッド・リンチ監督ならではの世界でしたが、TVドラマ版「ツイン・ピクース」を観ると、「ブルーベルベット」は「ツイン・ピクース」への助走だったような気もします(その間にカイル・マクラクランの演技が熟成した)。一方、「マルホランド・ドライブ」はきらびやか夢の街ハリウッドが舞台ですが、一見すると思いやりがあってまともに見える人間の行為の裏に深い闇が隠れているというテーマ乃至モチーフは共通します。また、描き方として、夢(理想)と現実を曖昧に混在させている点は同じですが、「マルホランド・ドライブ」は、主人公が現実の悲劇的な状況を理想化された夢の物語に投影するという心理的な境界線の上にドラマの大部分が成り立っていて、そのことを観客に予め知らしめないことで観客まで意図的に混沌に巻き込んでおり(推理小説風に言えば"叙述トリック"とでも言うか)、その意味では「ブルーベルベット」からまた進化を遂げているとも言えるように思いました(主人公の夢を追体験するという点では、先に挙げた「エターナル・サンシTwin Peaks (1990).jpgツイン・ピークス.jpgャイン」とも似ている)。「ブルーベルベット」(本当は映画館で観るべき映画だったかも)の評価★★★★に対し、「マルホランド・ドライブ」も、それを若干上回ると思いつつも同じく★★★★としました(こちらは映画館で観たが、リアルタイムでは観てはいないというのがやや残念。因みに、「ツイン・ピークス」の個人的評価はTV--Mながらも★★★★☆。全30話を「次はどうなる?」とハラハラドキドキしながらリアルタイムで観た経験的なインパクトは大きい)。


英BBC Culture企画「21世紀の偉大な映画ベスト100」上位20位(2000年から2016年までの作品がノミネート)
 1.「マルホランド・ドライブ」('01/デビッド・リンチ)
 2.「花様年華」('00/ウォン・カーウァイ)
 3.「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」('07/ポール・トーマス・アンダーソン)
 4.「千と千尋の神隠し」('01/宮崎駿)
 5.「6才のボクが、大人になるまで。」('14/リチャード・リンクレイター)
 6.「エターナル・サンシャイン」('04/ミシェル・ゴンドリー)
 7.「ツリー・オブ・ライフ」('11/テレンス・マリック)
 8.「ヤンヤン 夏の想い出」('00/エドワード・ヤン)
 9.「別離」('11/アスガー・ファルハディ)
 10.「ノーカントリー」('07/ジョエル&イーサン・コーエン)
 11.「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」('13/ジョエル&イーサン・コーエン)
 12.「ゾディアック」('07/デビッド・フィンチャー)
 13.「トゥモロー・ワールド」(''06/アルフォンソ・キュアロン)
 14.「アクト・オブ・キリング」('12/ジョシュア・オッペンハイマー)
 15.「4ヶ月、3週と2日」('07)クリスティアン・ムンジウ
 16.「ホーリー・モーターズ」('12/レオス・カラックス)
 17.「パンズ・ラビリンス」('06/ギレルモ・デル・トロ)
 18.「白いリボン」('09/ミヒャエル・ハネケ)
 19.「マッドマックス 怒りのデス・ロード」('15/ジョージ・ミラー)
 20.「脳内ニューヨーク」('08/チャーリー・カウフマン)

マルホランド・ドライブ リンチ.jpg「マルホランド・ドライブ」●原題:MULHOLLAND DRIVE/MULHOLLAND DR.●制作年:2001年●制作国:アメリカ・フランス●監督・脚本:デイヴィッド・リンチ●製作:ニール・エデルスタイン/ジョイス・エライアソン/トニー・クランツ/マイケル・ポレール/アラン・サルド/メアリー・スウィーニー●撮影:ピーター・デミング●音楽:アンジェロ・バダラメンティ●時間:145分●出演:ナオミ・ワッツ/ローラ・ハリング/ジャスティン・セロー/アン・ミラー/ダン・ヘダヤ/ジェームズ・カレン/ャド・エヴェレット/リチャード・グリーン/ブレント・ブリスコー/ロバート・フォスター/マイケル・J・アンダーソン/リー・グラント●日本公開:2002/02●配給:コムストック●最初に観た場所:新宿ピカデリー(24-10-03)(評価:★★★★)

ローラ・ハリング/デイヴィッド・リンチ監督/ナオミ・ワッツ
     
ブルーベルベットbr.jpgブルーベルベット07.jpgブルーベルベット02.jpg「ブルーベルベット」●原題:BLUE VELVET●制作年:1986年●制作国:アメリカ●監督・脚本:デイヴィッド・リンチ●製作:フレッド・カルーソ●撮影:フレデリック・エルムス●音楽:アンジェロ・バダラメンティ●時間:121分●出演:カイル・マクラクラン/イザベラ・ロッセリーニ/デニス・ホッパーローラ・ダーン/ジョージ・ディッカーソン/ディーン・ストックウェル/ホープ・ラング●日本公開:1987/05●配給:松竹富士クラシック(評価:★★★★)

デニス・ホッパーin「スピード」('94年/米)/ローラ・ダーンin「ジュラシック・パーク」('93年/米)
「スピード」ホッパー2.jpg ジュラシック・パーク」('93年).jpgローラ・ダーン ジュラシックパーク.jpg
 

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ミステリと言うより、ミステリ的謎で引っ張る法廷劇「落下の解剖学」。

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落下の解剖学 [DVD]」ザンドラ・ヒュラー
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映画パンフレット「死刑台のメロディ」 出演 ジャン・マリア・ボロンテ/リカルド・クッチョーラ
ウッドストック 愛と平和と音楽の3日間00.jpg ジョーン・バエズ ウッドストック・ジョプリン.jpg ジャニス・ジョプリン「ディレクターズカット ウッドストック 愛と平和と音楽の3 日間 [Blu-ray]」「ディレクターズカット ウッドストック 愛と平和と音楽の3日間 [WB COLLECTION][AmazonDVDコレクション] [DVD]」「ウッドストック・エディション(紙ジャケット仕様) - ジャニス・ジョプリン
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ローズ (ベストヒット・セレクション) [DVD]」「ローズ [Blu-ray]」「ベッド・ミドラー/ローズ (オリジナル・サウンドトラック デジタル・リマスター盤) 」フレデリック・フォレスト/ベット・ミドラー

落下の解剖学04.jpg ドイツ人のベストセラー作家サンドラ(サンドラ・ヒュラー)は自宅で学生からインタビューを受けていた。屋根裏部屋のリフォームをしていた夫のサミュエル(サミュエル・タイス)が大音量で音楽をかけ始める。サンドラは取材を中断し、また別の機会を、と学生を帰らせる。サミュエルが生まれ育ったフランスの人里離れた雪山に佇む山荘で、サンドラは、教師の仕事をしながら作家を目指す夫サミュエル、11歳の息子ダニエル、愛犬スヌープの家族3人と1匹で暮らしている。事件が発覚したのは、ダニエルがスヌープの散歩から戻った時。山荘前の雪上で頭から血を流し横たわる父親がいたのだ。ダニエルの叫び声を聞いたサンドラが駆けつけると、すでにサミュエルの息は止まっていた。検視の結果、死因は事故または第三者の殴打による頭部の外落下の解剖学06.jpg傷だと報告される。事故か自殺か他殺か―殺人ならば、状況から容疑者はサンドラしかいない。サンドラはかつて交流があった弁護士のヴァンサン(スワン・アルロー)に連絡を取り、山荘にやって来たヴァンサンは、「サミュエルは窓から落下して物置の屋根に頭部をぶつけた」と申し立てることに決める。さらに窓枠の位置の高さから、事故ではなく「自殺」だと主張するしかないと説明する。サンドラは「息子の目の前で自殺するはずがない」と異を唱えるが、半年ほど前、夫が嘔吐した際、吐瀉物に白い錠剤が混じっていたことを思い出す。捜査が進み、検察はサンドラを起訴する決断を下す。ヴァンサンは起訴理由を聞いて驚き、サンドラに「なぜ僕に黙っていたのか」と詰め寄る。サミュエルの死の前日、夫婦が激しく口論し殴り合う音声が、サミュエルのUSBメモリに残されていたのだ。法廷で夫婦喧嘩の録音が再生される。サミュエルはサンドラを「お前のせいで自分には執筆する時間がない」「自分の小説の構想を奪われた」「ダニエルが事故で失明しセックスレスになった時、お前は他の女性と不倫していた」「話し合いにも応じてくれない」と批判する。サンドラは「執筆時間は家事の合間にも作れる」「小説のアイデアをもらうことも不倫もあなたの了承済だった」「書けないことを私のせいにしないで」と激しく反論、激高して壁に物を投げつけ、サミュエルを殴打したのだった。裁判が始まると証人や検事から次々と夫婦の秘密や嘘が暴露される。審理は混沌を極め、真相が見えない中、一度は証言を終えた息子のダニエルが「もう一度証言したい」と申し出る―。

落下の解剖学カンヌ.jpg ジュスティーヌ・トリエ監督の2023年作で、第76回「カンヌ国際映画祭」で「パルム・ドール」と「パルム・ドッグ賞」(視覚障害を持つ少年の愛犬「スヌープ」役のボーダーコリーのメッシは"好演"だった)を受賞した作品(主演のザンドラ・ヒュラーは、自らが主演のジョナサン・グレイザー監督の「関心領域」('23年)が同映画祭同年の「グランプリ」を受賞したため、同一映画祭における上位2つの賞を受賞した作品に主演したことになる)。そのほかに、「ナショナル・ボード・オブ・レビュー外国語映画賞」「ゴールデングローブ賞外国語映画賞(最優秀非英語映画賞)」なども受賞しています(「アカデミー国際映画賞」は「関心領域」が獲った)。
ジュスティーヌ・トリエ(「カンヌ国際映画祭パルム・ドール」受賞。プレゼンターはジェーン・フォンダ)

落下の解剖学02.jpg スリラー映画とかいう触れ込みでしたが、サンドラの視点で描かれているので、観ている側には(叙述トリックでもない限り)サンドラは殺人を犯してはいないだろうという前提で観ることになるのでは。そうした意味では純粋ミステリではないですが、ではどうして夫サミュエルは死んだのかという、別のミステリ的な「謎」が残り、一方で、サンドラの立場は舌鋒鋭い検事(アントワーヌ・レナルツ)に追い込まれ、周囲から見れば嫌疑が深まることになり、これはこれでミステリ的謎で引っ張るドラマで、ミステリと言うより「法廷劇」でした(そう言えば2024年のアカデミー作品賞の「オッペンハイマー」('23年)も後半はある種の法廷劇だった)。

落下の解剖学アカデミー.jpg 同じ作家同士である夫婦間の溝が明らかになっていく様はリアルでした。監督・脚本のジュスティーヌ・トリエと共同脚本のアルチュール・アラリはパートナー同士の関係で、アルチュール・アラリにも、ルバング島での旧日本軍少尉・小野田寛郎の孤独な戦いを描いた「ONODA 一万夜を越えて」('21年)など監督作があり、このあたりは、夫婦が作家同士である映画に重なります(映画では夫婦間で創作活動を巡って関係が険悪になったことが窺えるが、こうした話を書くことができるということは、ジュスティーヌ・トリエとアルチュール・アラリのパートナー関係は良好なのではないか)。
アルチュール・アラリ/ジュスティーヌ・トリエ(「アカデミー賞脚本賞」受賞)

ザンドラ・ヒュラー.jpg ザンドラ・ヒュラーが演じる主人公の名がサンドラ("サ"は濁らない)、サミュエル・タイスが演じる夫の名がサミュエル。ザンドラ・ヒュラーは作中でフランス語を話したいと考えたが、ジュスティーヌ・トリエ監督はその考えを却下し、「彼女が英語を話し、フランス語を話そうと挑戦しているドイツ人であるという事実が、多くの仮面を作り出し、問題を曖昧にし、彼女が何者なのかさらなる混乱を生み出す」と語ったそうです。撮影現場でザンドラ・ヒュラーは、自分の役が有罪なのか無罪なのかを繰り返し尋ねたがトリエ監督は答えなかったそうで、なるほど、そうしたことも演出面で、「謎」で引っ張ることの効果に繋がっていたのかもしれません。ザンドラ・ヒュラー自身は演じていて不安になったのではとも思ったりしますが、彼女はこの演技で2度目の「ヨーロッパ映画賞女優賞」受賞を果たし、「アカデミー賞主演女優賞」と「ゴールデングローブ賞主演女優賞」にノミネートされています。「アカデミー賞主演女優賞」は「哀れなるものたち」('23年/英・米・アイルランド)のエマ・ストーンに、「ゴールデングローブ賞主演女優賞」は「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」('23年/・米)のリリー・グラッドストーンに持っていかれましたが、これを機にハリウッドからも高い評価を受けることになりました。

落下の解剖学01.jpg 物語的には、主人公がぼろぼろになりながらも、最後はハッピーエンドだったのではないでしょうか。弁護士も有能でしたが、息子の証言が決定的でした。賢い子だったなあ。父親が、犬のスヌープのことではなく自分(父親自身)のことを言っていたのだと気づくというのは、父親の自殺願望を察したとも言えるわけで、11歳にしては相当に大人びた洞察ではないでしょうか。フランスは「陪審制」ではなく裁判官も加わる「参審制」の国ですが(ドイツ、イタリアなどもそう)、裁判員だけでなく裁判官もあの証言で(子どもの証言であるにかかわらず)一気に確信を得たのでしょうね。


女は二度決断する ド.jpg死刑台のメロディ1971.jpg そう言えば、ダイアン・クルーガーが「カンヌ映画祭女優賞」を受賞したファティ・アキン監督の「女は二度決断する」('17年/独)も中盤から後半は法廷劇で、裁かれるべき者が裁かれず、被害者の妻である主人公が絶望させられる展開でした。自分がこれまで観た法廷劇で最もやるせなかったのは、アメリカの赤狩りの時代に実際にあった裁判で、イタリア移民のサッコとバンゼッティがいわれなき死刑を受けるまでを描いたジュリアーノ・モンタルド監督の「死刑台のメロディ」('71年/伊)です。


死刑台のメロディ [DVD]

「エンニオ・モリコーネ特選上映」(2024年4月)(併映「ラ・カリファ」』)/リカルド・クッチョーラ(「カンヌ国際映画祭 男優賞」受賞)/ジャン・マリア・ヴォロンテ
「死刑台のメロディ」0.jpg死刑台のメロディ01.jpg 高校生の時に観てラストシーンに衝撃を受け(友人に「観ろ」と言われて観たので、事前に何も知らないで観たかもしれない)、観た後ずっとトラウマになっていたのを、最近約半世紀ぶりに観直しましたが、改めて「法廷劇」であったことに思い当たりました(淀川長治が「結末から始まる映画」というようなことを言っていた記憶があるが、言い得ている。トラウマ克復も含め、観直した意義があった)。この「落下の解剖学」の検事を見ていて、被告を最初から犯人と決めてかかるところは、「死刑台のメロディ」に出てくる検事と同じだなあと思いました。ただし、「死刑台のメロディ」の場合は、裁判官も含め、あたかも裁判所ごと被告らを犯人と決めつけており、その中で弁護士が孤軍奮闘するも被告らを救えなかった...。

サントラ「死刑台のメロディ」ジョーン・バエズ 勝利への讃歌 シングル盤
死刑台のメロディ04.jpg死刑台のメロディ02.jpg 「死刑台のメロディ」の音楽はエンニオ・モリコーネで、ラストで流れるジョーン・バエズ歌唱のテーマ「勝利への讃歌(Here's To You)」が印象に残ります(邦題も、不条理な死刑という結末に向かう状況を、ジョーン・バエズの歌声が「死刑台のメロディ」として切なく表現していることに由来する)。ジョーン・バエズは、マイケル・ウォドレー監督のコンサート・フェスティバル記録映画「ウッドストック 愛と平和と音楽の三日間」('70年/米)でも歌っていた、"Joe Hill"や"Swing Low Sweet Chariot"も有名であり、さらには「勝利を我らに(We shall overcome)」という公民権運動の象徴となった有名曲もありますが、この「勝利への讃歌」もいい曲です。
ジョーン・バエズ.jpg ジョーン・バエズ

死刑台のメロディ06.jpgヴォロンテ 死刑台のメロディー.jpg サッコとバンゼッティは死刑になり、その場所(マサチューセッツ州ボストン郊外の刑務所)は「死の館」と呼ばれ、アメリカ史の恥辱の象徴となっているのに、なぜ「勝利への讃歌」なのか。それは、ヴァンゼッティが獄中で、ジャーナリストのインタビューに答えた次の言葉があるとのことです。やや長くなりますが引用しておきます。

 「俺たちは今では敗残者ではない。俺たちには、素晴らしい生涯が与えられ、俺たちは、勝利を収めた。こんな大事業は一生かかったって、できやしない。ところが、俺たちはいま、まったくの偶然で、この大事業を成就した!俺たちの命、俺たちの苦しみ、そんなものは何でもない!俺たちは、いま殺されようとしている。善良な靴屋と、かわいそうな魚の行商人が、殺されようとしているんだ!だが、あなた方が、俺たちのことを、ちょっとでも考えた時、あなた方は、俺たちのものなんだ! 俺たちの最後の苦しみは、俺たちの勝利なんだ!」。


ウッドストック01.jpgウッドストック02.jpg 因みに、ウッドストック・フェスティバル は、1969年8月15日(金)から17日(日)までの3日間にフォーク&ロックの有名アーティスト達と約40万人の若者を集めて行われた大コンサートで、ジミ・ヘンドリックス、サンタナ、ザ・フー、ジョー・コッカー、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング、ジョーン・バエズ、ジャニス・ジョプリンなど30組以上のロック・フォークアーティストが演奏を繰り広げ、コンサート期間中に死者3人、負傷者5000人、出産2人を記録したそうです。映画「ウッドスウッドストック ジャニス.jpgトック 愛と平和と音楽の三日間」はその記録映画で、とりわけ、このコンサートの翌年の1970年の9月18日に27歳で謎の死(薬物死?)を遂げたジミ・ヘンドリックスの最高のステージの映像としても知られていますが、短期間だが彼と恋愛関係にあったと報道されたジャニス・ジョプリンも印象的でした。日曜深夜(実質17日)のステージに登場し、圧倒的なソウルフルな歌声で「Work Me, Lord」を歌いました(実際には遅延と疲労の中、「Summertime」や「Ball And Chain」なども含め1時間ほど熱唱し、約40万人の観客を魅了したという)。まさにキャリアのハイライトでしたが、彼女もジミ・ヘンドリックスと同じく1970年の10月4日に、これまた27歳で亡くなっています(ヘロイン摂取が致死量を超えたことが死因であるとされている)。酒と麻薬に溺れながらも歌いつづけたジャニス・ジョプリンをモデルとして描いたマーク・ライローズ01.jpgローズ02.jpgデル監督の「ローズ」('79年/米)では、主人公のメアリー・ローズ・フォスター(架空の女性シンガーだが、ほぼジャニス・ジョプリンの人生をなぞっている)を演じたベット・ミドラーが、麻薬と酒でボロボロになって死んだロッジャニス 伝記映画.jpgクの女王ジャニスになりきって熱演、歌唱力もすごく、歌手かと思いましたが実はコメディ映画の出身、ただしシリアスもこなせる女優であり、女優としては3度のエミー賞、4度のゴールデングローブ賞、2度のトニー賞を受賞、歌手としても3度のグラミー賞を受賞していて、歌った主題歌の「ローズ」は、現在までに数多くの歌手がカバーし、スタンダード・ナンバーになっています(ジャニス・ジョプリンの伝記ドキュメンタリーはハワード・オーク監督の「ジャニス」('74年/米)があるが、近年ではエイミー・バーグ監督のドキュメンタリー映画「リトル・ガール・ブルー」('15年/米)が最も決定的な伝記作品とされる)。「ジャニス [DVD]」「ジャニス:リトル・ガール・ブルー [Blu-ray]

 ということで、「落下の解剖学」から「死刑台のメロディ」「ウッドストック 愛と平和と音楽の三日間」を経て「ローズ」に行きついてしまいましたが、4作ともいい作品なので(評価は何れも★★★★)"備忘録"的にはこれはこれでいいのではないかと。


落下の解剖学03.jpg「落下の解剖学」●原題:ANATOMIE D'UNE CHUTE(英:ANATOMY OF A FALL)●制作年:2023年●制作国:フランス●監督:ジュスティーヌ・トリエ●製作:マリー=アンジュ・ルシアーニ/ダヴィド・ティオン●脚本:ジュスティーヌ・トリエ/アルチュール・アラリ●撮影:シモン・ボーフィス●時間:152分●出演:ザンドラ・ヒュラー/スワン・アルロー/ミロ・マシャド・グラネール/アントワーヌ・レナルツ/サミュエル・タイス/ジェニー・ベス/サーディア・ベンタイブ/カミーユ・ラザフォード/アン・ロトジェ/ソフィ・フィリエール/メッシ(犬)●日本公開:2024/02●配給:ギャガ●最初に観た場所:池袋・新文芸坐(24-09-19)(評価:★★★★)

リカルド・クッチョーラ
死刑台のメロディn.jpg死刑台のメロディ03.jpg「死刑台のメロディ」●原題:SACCO E VANZETTI(英:SACCO AND VANZETT)●制作年:1971年●制作国:イタリア・フランス●監督:ジュリアーノ・モンタルド●脚本:ジュリアーノ・モンタルド/ファブリッツィオ・オノフリ●撮影:シルヴァーノ・イッポリティ●音楽:エンニオ・モリコーネ●時間:133分●出演:ジャン・マリア・ヴォロンテ/リカルド・クッチョーラ/シリル・キューザック/ミロ・オーシャ/ジェフリー・キーン/ウィリアム・プリンス/ロザンナ・フラテッロ●日本公開:1972/05●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所(再見):新宿武蔵野館(24-05-21)(評価:★★★★)

ライヴ・アット・ウッドストック [DVD]」ジミ・ヘンドリックス
ウッドストック ジミ.jpgウッドストック03.jpg「ウッドストック 愛と平和と音楽の三日間」●原題:WOODSTOCK●制作年:1970年●制作国:アメリカ●監督:マイケル・ウォドレー●製作:ボブ・モーリス●撮影:マイケル・ウォドレー/デヴィッド・マイヤーズ/リチャード・ピアース/ドン・レンザー●時間:184分/225分(ディレクターズ・カット版)●出演:ジミ・ヘンドリックス/サンタナ/ザ・フー/ジョー・コッカー/クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング/ジョーン・バエズ/ジャニス・ジョプリン●日本公開:1970/07●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:飯田橋・ギンレイホール(78-01-16)(評価:★★★★)●併映:「バングラデシュ・コンサート」(ソウル・スウィマー)

ローズ br.jpgローズ [Blu-ray]ローズ 00.jpg「ローズ」●原題:THE ROSE●制作年:1979年●制作国:アメリカ●監督:マーク・ライデル●製作:マーヴィン・ワース/アーロン・ルッソ●脚本:ビル・カービイ/ボー・ゴールドマン●撮影:ヴィルモス・スィグモンド●音楽:ポール・A・ロスチャイルド●時間:135分●出演:ベット・ミドラー/アラン・ベイツ/フレデリック・フォレスト/ハリー・ディーン・スタントン/バリー・プリマス/デヴィッド・キース/サンドラ・マッケイブ/ウィル・ヘアー/ルディ・ボンド/ドン・カルファ/ジェームズ・キーン/ドリス・ロバーツ●日本公開:1980/11●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:吉祥寺・テアトル吉祥寺(81-04-19)(評価:★★★★)●併映:「ヘアー」(ミロシュ・フォアマン)


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知らないよりは知るべき。米国の開発手法は今も変わらず。

オッペンハイマー 2023.jpgオッペンハイマー00.jpg 
オッペンハイマー [DVD]」キリアン・マーフィー
オッペンハイマー01.jpg 第二次世界大戦下、アメリカで立ち上げられた極秘プロジェクト「マンハッタン計画」。これに参加した J・ロバート・オッペンハイマー(キリアン・マーフィー)は優秀な科学者たちを率いて世界で初となる原子爆弾の開発に成功する。しかし原爆が実戦で投下されると、その惨状を聞いたオッペンハイマーは深く苦悩するようになる。冷戦、赤狩り―激動の時代の波に、オッペンハイマーは飲まれていく―。

オッペンハイマーノーラン.jpg 「インセプション」('10年/米)のクリストファー・ノーラン監督が〝原爆の父〟と称される天才物理学者の半生を描いた作品で、第二次世界大戦末期、広島、長崎に投下された原爆開発の舞台裏と天才科学者の葛藤を描き、 アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演男優賞(キリアン・マーフィー)など7部門を制覇しています。米国では'23年7月21日公開でしたが、日本ではアカデミー賞発表後の'24年3月公開。米国と同時公開にすると、日本では原爆が投下された日に近くなってしまうため公開をずらしたとの見方もありますが、米国で製作された映画は北米公開から数か月遅れて公開されるのはよくあることとの指摘もあるようです(個人的には、前者が本当のところで、後者が弁明に思える)。

オッペンハイマー02.jpg 日本の原爆開発を背景に時代に翻弄された若者たちの姿を描いた作品「太陽の子」のテレビ版('20年/NHK)・映画版('21年/イオンエンターテイメント)を撮った黒崎博監督は、「批判的な意見もあるが、知らないよりは知るべきだ」としています。原爆開発における、ナチに先んじるという大義名分がナチの降伏で消えたにもかかわらず、開発を止められなかった、そこを避けずに描いていることを評価していました(「日本が降伏しないから」との説明も入れているが、"広島"で思い知らしめ、"長崎"で諦めさせる―という発想であったことも作品の中で示されている)。
 
 また、物理学者の野村泰紀氏は、米国の開発手法 今も変わらず、今は量子技術の分野で、同じような各国のせめぎ合いが繰り広げられていて、量子コンピュータを使った情報の改ざんや漏洩を防ぐ暗号の解読ができるようになれば、現在のセキュリティなどは無効になり、社会的な「死」が訪れると。オッペンハイマーに見られる開発者の苦悩はあるが、最後に決めるのは政治家だとしています(この映画でも、後半はほぼ政治劇と言っていいのでは)。

 この映画の評価すべきは、原爆開発を愛国心や正義感でもって単純に正当化していないことにあり、今の米国には、トランプ前大統領の政治的発言を支持し喝采を贈る人々が多くいる一方、それに対し警戒や反発を抱く人々もいて、米国内に愛国心に対する懐疑心が芽生えてきているのが、この作品がアカデミー賞などを獲った背景にあるとの見方もあるようです(ハリウッドは民主党支持者が多いようだ)。

 日本では、原爆が投下されたされた際の様子や被曝の惨状が描かれなかったことが批判の対象にもなっていますが、核兵器廃絶に向けて活動をする日本のNGOなどの人で、そのことを批判している人はほぼいなかったようです。個人的には、CGとか使って変に再現すると却っていろいろ言われたのではないかと思います。

オッペンハイマー03.jpg 因みに、NHK「映像の世紀バタフライエフェクト」の「マンハッタン計画 オッペンハイマーの栄光と罪」('24年2月19日放送)は、原爆を開発した天才科学者オッペンハイマーの葛藤、水爆開発への反対、そして赤狩りによる公職追放という激動の人生を描いた回であり、映画「オッペンハイマー」への理解を深めることができるドキュメンタリーでした。この番組と映画を観て、映画についてやや不満に思ったのは、先にも述べたように映画の後半はほぼ政治劇なのですが、オッペンハイマーが当局の尋問を受けるのは、妻が共産主義者であり、また、彼が水爆開発に協力しなオッペンハイマー04.jpgいということだけが原因のように見えてしまうことです。それもありますが、聴聞会でスパイ容疑をかけられたのは、オッペンハイマーの下、原子爆弾の研究・開発に最年少の18歳で参加した(18歳でハーバード大学を卒業した)天才物理学者テッド・ホールのように、マンハッタン計画で米国の原子爆弾開発に貢献しながら、その傍らスパイとして核情報をソ連へ流出させていた人物が実際に複数いたためであり、そうした背景があまり説明的には描かれていなかったような気がしました(ただ、セオドア・ホールセオドアホール.jpgに関しては、1951年にFBIによる尋問を受けているが、その時は証拠不十分で告発されることはなかったため、原爆開発計画に関する情報のほとんどはクラウス・フックスやローゼンバーグ夫妻によって流出したと考えられてきた)。

セオドア・ホール

『オッペンハイマー』.jpg 因みに、オッペンハイマーに関しては、映画化に合わせて刊行されたこの映画の原作である評伝『オッペンハイマー(上・中・下)』(カイ・バード&マーティン・J・シャーウィン、河邉俊彦訳、山崎詩郎監訳、ハヤカワ文庫)があり(2006年ピュリッツァー賞受賞作品『オッペンハ山崎詩郎.jpgイマーー「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇(上・下)』('07年/PHPP研究所)の文庫化)、監訳者の山崎詩郎氏は、NHK・Eテレの「すイエんサー」や「天才てれびくん」などでもお馴染みの気鋭の若手物理学者です。

映画秘宝 2024年 03 月号.jpg「オッペンハイマー」●原題:OPPENHEIMER●制作年:2023年●制作国:アメリカ●監督・脚本:クリストファー・ノーラン●製作:エマ・トーマス/チャールズ・ローヴェン/クリストファー・ノーラン●撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ●音楽:ルドウィグ・ゴランソン●原作:カイ・バード/マーティン・J・シャーウィン『オッペンハイマー 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』●時間:180分●出演:キリアン・マーフィー/エミリー・ブラント/マット・デイモン/ロバート・ダウニー・Jr. /フローレンス・ピュー/ジョシュ・ハートネット/ケイシー・アフレック/ラミ・マレック/ジャック・クエイド/トム・ジェンキンス/トム・コンティ/ゲイリー・オールドマン/ケネス・ブラナー●日本公開:2024/03●配給:ビターズ・エンド●最初に観た場所:TOHOシネマズ日比谷(IMAXレーザー)(24-04-08)((評価:★★★★)

映画秘宝 2024年3月号 [雑誌] 』(秘宝新社)

《読書MEMO》
●NHK 総合 2024/02/19「映像の世紀バタフライエフェクト#61―"マンハッタン計画 オッペンハイマーの栄光と罪」
オッペンハイマーマンハッタン計画.jpg
アメリカの原爆開発「マンハッタン計画」を指揮した天才科学者オッペンハイマーの生涯を描く。ニューヨークのユダヤ人家庭に生まれ、ハーバード大学を飛び級しながら首席で卒業、「原爆の父」と呼ばれるオッペンハイマーは、アメリカ国内で「戦争を終わらせた英雄」と称えられたが、自分自身は深い罪の意識に苦しんでいた。戦後は、一転してアメリカの水爆開発に異議を唱える。そして赤狩りの対象となり、公職から追放された。(語り:糸井羊司)

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からっとしたカプリ島で繰り広げられるじめっとした夫婦の愛憎劇。分かりやすいゴダール作品。

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「軽蔑」ポスター「軽蔑 [DVD]」ブリジット・バルドー
軽蔑3.jpg 女優カミーユ・ジャヴァル(ブリジット・バルドー)と脚本家ポール・ジャヴァル(ミシェル・ピッコリ)は夫婦である。夜、二人のアパルトマンの寝室での会話は無意味だが、夫婦らしいものでもあった。翌朝、ポールは米国から来た映画プロデューサー、ジェレミー・プロコシュ(ジャック・パランス)と会った。ジェレミーはフリッツ・ラング(本人)が現在撮影中の映画「オデュッセイア」があまりにも難解だとし、脚本のリライトをポールに発注してきた。昼になって、カミーユが現れ、夫妻はジェレミーに自宅に誘われた。自宅でジェレミーは、カミーユをカプリ島でのロケ撮影に来ないかと言う。それは夫が決めること、とカミーユは答える。アパルトマンに帰った後のポールとカミーユは、なぜかしっくりこない。夜、ふたりは別々の部屋で寝ることになる。ジェレミーから再び、カミーユへのロケのオファーの電話があった。ポールはポールで、本人次第だと答えてしまう。電話の後で激したカミーユは、ポールを軽蔑すると言い放つ。ジェレミーの誘いで映画館に行った後、カミーユはオファーを承諾した。カプリ島。ここにはジェレミーの別荘がある。撮影現場でラング監督とはやはりうまくいかないジェレミーは、カミーユに別荘へ戻ろうと言う。カミーユはポールを一瞥するが、ポールは、カミーユがジェレミーと別荘に帰ることを軽く承諾した。ポールは、それよりも、ラング監督との映画「オデュッセイア」の問題について議論を続けたいのだ。遅れて別荘に着いたポールは、軽蔑4.jpgカミーユに、あの日ポールに言い放った「軽蔑」という言葉の真意を問いただす。答えは無かった。翌朝、ポールにカミーユからの手紙が届き、ジェレミーとローマへ発つと書かれていた。同じ頃、ハイウェイで派手な衝突事故が起きていた。大型車にぶつかり大破したスポーツカーには、ジェレミーとカミーユの血まみれの死体があった―。

ゴダール全シナリオ集2.jpg軽蔑 カンヌ.jpg 1963年公開のゴダールの長篇劇映画第6作です。イタリアの作家アルベルト・モラヴィアの同名小説を原作に、当時、2年前に結婚したばかりの妻アンナ・カリーナとの愛の問題に苦悩したゴダールが、自己を投影し、愛の不可能性を描いたとされている作品です。60周年を記念した4Kレストア版が、2023年カンヌ国際映画祭のクラシック部門で上映されました。個人的には、ずっと昔に『ゴダール全シナリオ集〈ゴダール全集〉』('71年/竹内書店)で脚本を読んで以来、何十年の時を経てやっと見(まみ)えた作品になります。

2023年カンヌ国際映画祭ポスター

軽蔑LE MEPRIS60.jpg からっとしたカプリ島の太陽の下で、じめっとした愛憎劇が繰り広げられるこの対比は、やはり映像化された作品を実際に観て初めて分かるように思いました。室内シーンも少なからずありますが、こちらもポップアート調でカラフルな「デザイナーズマンション」のような別荘だったりします(デザイナーズマンションの先駆とも言われるカプリ島にある「マラパルテ邸」を使用)。こうしたことも含め、重苦しいテーマの中にも、ゴダールのセンスや遊び心さえも感じられる作品です。
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ジャック・パランス/ブリジット・バルドー
軽蔑パランス バルドー.jpg ブリジット・バルドー演じるカミーユがミシェル・ピッコリ演じる夫ポールに軽蔑の気持ちを抱いた決定的瞬間の1つはやはり、米国から来た映画プロデューサーが自分のアメ車に彼女を乗せる軽蔑 3.jpgのを、「じゃあ先に帰っていてくれ」とでも言わんばかりに制止する様子が無かった時だろうなあ。脚本のリライトのことで頭がいっぱいだったのは分かるけれど、女性には男性に毅然とした態度をとって欲しいという気持ちがあるのだろうなあ。なぜ、カミーユが夫を軽蔑するようになったのか分からないという人がいるけれど、個人的には、ゴダール作品の中ではかなり分かりやすい部類ではないかと思います(先にシナリオを読んでいたせいもあるかもしれないが)。昔観た「勝手にしやがれ」('59年)や 「気ちがいピエロ」('65年)の個人的評価が★★★★であるのに対し、それらを上回る★★★★☆評価にしたのは、その分りやすさもあったかもしれません(この映画、以前はゴダールにしては分りやす過ぎたために評価が割れ、あまり高い評価を得られなかったのではないか)。

軽蔑 jパランス.jpg その米国から来た映画プロデューサーを演じているのは、あの「シェーン」('53年)でアラン・ラッド演じるシェーンの敵役のアクの強いガンマンを演じたジャック・パランスです。1970年代には、刑事物のTVドラマ「刑事ブロンク」シリーズで主演するものの、やがて低迷し、B級作品やビデオ映画、チープホラーなどに出ていたのが、パーシー・アドロン監督の「バグダッド・カフェ」('87年/西独・米)で久々に復活した俳優でした。この作品では、当時の日本同様、斜陽化著しいヨーロッパの映画産業における、やがてハリウッド一辺倒の世界になるのではないかという不安を背景に、欧州に進出する米国資本の脅威の象徴として描かれているともとれます。

軽蔑 ラング.jpg それに呼応するように、ドイツのサイレント映画の巨匠で、戦後アメリカのB級映画作家となったフリッツ・ラングが本人役で出演し、ただし、愛の問題にも映画産業の問題にも的確な言説を吐いています。アメリカ人プロデューサーとの撮影が頓挫するフリッツ・ラングは、現実世界では1920年代には「死滅の谷」「ニーベルンゲン」「メトロポリス」などの大作を撮っていますが、1960年の「怪人マブゼ博士」(1933年の「怪人マブゼ博士」のリメイク)以降の監督作はありません(ゴダール本人がラングの助監督役で本作に出演している)。

軽蔑 バルドー.jpg 夫婦が不仲になるという設定と古代ギリシャ時代の彫刻のコピーの石膏像が作品に頻繁に出てくるのは、作中にそれを上映している映画館が出てくるロベルト・ロッセリーニの「イタリア旅行」('54年/伊・仏)へのオマージュであるとのこと(ロッセリーニもこの時、当時の妻イングリット・バーグマンの不仲に悩んでいた)。ただし「イタリア旅行」の夫婦はラストで劇的に和解するのですが、本作は和解はナシ。それどころか、最後にカミーユとジェレミーが事故死するのは(ロッセリーニはこの結末に不満だったらしい)、ポールの怨念から来る"念力"の結果? と言うことで、最後、役の上では死んじゃうけれど、ブリジッド・バルドーを最も美しく撮っている映画の1つです。

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軽蔑LE MEPRIS ぴっこり.jpg軽蔑 ポスター.jpg軽蔑LE MEPRIS 00.jpg「軽蔑」●原題:LE MEPRIS(英:CONTEMPT)●制作年:1963年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン=リュック・ゴダール●製作:ジョルジュ・ドゥ・ボールガー/カルロ・ポンティ/ジョーゼフ・E・レヴィーン●撮影:ラウール・クタール●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●原作:アルベルト・モラヴィア●時間:102分●出演:ブリジット・バルドー/ミシェル・ピコリ/ジャック・パランス/ジョルジア・モル/フリッツ・ラング/ジャン=リュック・ゴダール/ラウール・クタール/リンダ・ベラス●日本公開:1964/11●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:池袋・新文芸坐(24-08-13)(評価:★★★★)

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ジャック・ドゥミ監督の長編デビュー作。「シェルブールの雨傘」に繋がる要素を感じた。

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ローラ ジャック・ドゥミ監督 DVD HDマスター」アヌーク・エーメ
ローラtotle.jpg 1日目〈出逢い〉。陽気に騒ぐアメリカの水兵で賑う港町ナント。全てにうんざりしたローラン(マルク・ミシェル)は自由を求めて旅に出たいと思っていた。水兵フランキー(アラン・スコット)は仲間と共にキャバレー「エル・ドラド」に繰り出す。目当ては踊り子のローラだ。ローランは書店でデノワイエ夫人(エリナ・ラブールデット)と娘のセシローラ01.jpgル(アニー・デュペルー)と知り合い、娘と同じ名の幼馴染みのことを思い出す。ローランは紹介された仕事先でローラことセシル(アヌーク・ローラ02.jpgエーメ)と短かい再会をする。彼はそこでヨハネスブルグに行く仕事を引き受けた。デノワイエ夫人はローランの訪問を喜んでいたが、ローラとの約束が迫っているローランは慌しく辞去する。翌日のセシルの誕生日にまた来ると言い残して。ローランとローラは久し振りに2人だけの時を過ごす。彼女は14歳の初恋を語り始めた。祭で出逢ローラ03.jpgったアメリカの水兵ミシェル。一目惚れ。数年後の再会。そして、息子イヴォンを宿したこと。妊娠を知り姿を消した彼。7年経っても彼を待つ彼女。ローランは夜が明けるまで独りで歩き続けた。 2日目〈14歳初恋〉。ローランはローラを愛している自分を知る。フランキーと一緒にいる彼女を見つけ後をつける。ローランはカフェでローラに愛を打ち明ける。優しく微笑むローラだったが、彼女が愛しているのはミシェルだけだった。ローランはフランキーのことでローラを責め、2人は喧嘩別れする。明日シェルブールへ旅立つフランキーはローラに別れを告げに来る。帰り道、フランキーは少女セシローラ06.gifルに出逢い、祭りで賑う街で2人は短く楽しい時間を過ごす。夕刻、ローランはセシルの誕生祝いに訪れる。彼もまた明日旅立たねばならない。 3日目〈旅立ち〉。ローランは雇い主が密売で逮捕されたことを知る。そして、そこに現れたローラと和解し、2人は別れる。ローランはデノワイエ夫人から、セシルが実父の住むシェルブールへ家出したことを聞かされる。夫人も娘の後を追い旅立った。待てど来ぬ恋人を諦めたローラローラ04.jpgは、「エル・ドラド」の踊り子たちに別れを告げていた。そこへ、キャデラックに乗ったミシェルが現れる。熱い抱擁を交す2人。走る車の中からローラが目にしたのは、港に急ぐローランの姿だった―。

 ジャック・ドゥミ監督が1961年に発表した長編デビュー作で、1992年にユーロスペース配給で公開されましたが、その後、2016年にようやっとDVD化(HDマスター)されました。また、リマスター版が2017年にザジフィルムズ配給で、2020年にハピネットの配給でそれぞれ劇場公開されています。

ローラ07.png 話はフランス西部の港町ナントが舞台で、初恋の男性を待ち続ける踊り子ローラを中心に繰り広げられる恋愛物語です。かつて出逢った一人の男、ミシェルの帰りを7年待ち続けている踊り子ローラが、ある日幼なじみのローランと10年ぶりに再会するという話ですが、視点としては、ローランが主人公で、ローラに偶然再会して恋に落ちるという流れで、最後にローランにとってはほろ苦いと言うか、やや残酷とも言える結末が待っていました、

 ローラの7年越しの思い人が突然白いキャデラックに乗って現れるのが(米国で成功したということか)やや唐突すぎる印象もありましたが(思い起こせば、冒頭に白いキャデラックに乗った男が現れ、ローランの行きつけのカフェでその母親が息子が突然7年ぶりに帰ってきたが自分の前に姿を現そうとしないと喚くという伏線があった)、彼はローラを捨てたわけではなかったということでしょう。そこに至るまでの、会いたい人に長年の間会えないでいるローラにとっての恋のもどかしさ、久しぶりに出会えて人生を賭けるほどの恋に落ちたと思ったら、思わぬ展開が待っていたローランにとっての恋の悲劇―この辺りがこの作品のポイントであると言えます。

 ジャック・ドゥミが描きたかったのは、些細な偶然が原因でいともたやすく方向を変えていく人生の不思議、心に潜む人への想いとたとえそれを告白しても届かぬ場合があることの切なさ、互いの心が通じ合ったように見えて必ずしもうまく通じ合うとは限らない運命の皮肉、人が瞬間に味わう幸福感と絶望感の交互の繰り返しなどでしょうか。逆らうことが出来ない運命の力を見せてくれる点で、後の「シェルブールの雨傘」('64年)に繋がる要素を感じる作品でした。

ローラ05.jpg ローラを演じるアヌーク・エーメの魅力が全開で、港町ナントの光と影の映像とミシェル・ルグランの美しい旋律の音楽にマッチしていたように思います(当初は音楽が無く、ジャック・ドゥミが音楽家を探してレコード店に入ると、ミシェル・ルグランのレコードを勧められたという)。ジャック・ドゥミは、この作品と「シェルブールの雨傘」の間にジャンヌ・モロー主演の「天使の入り江」('63年)を撮っていますが、この監督、デビュー当時から女優の魅力を引き出すのが上手かったということが分かります(その分、男優は添え物的? 妻で映画監督のアニエス・ヴァルダの作品にもその傾向がある)。因みに、ドゥミはバイセクシュアルであり、1990年にエイズにて59歳で他界しています。
アヌーク・エーメ

「ローラ」●原題:LOLA●制作年:1961年●制作国:ヌランス●監督・脚本:ジャック・ドゥミ●製作:カルロ・ポンティ/ジョルジュ・ドゥ・ボールガー●撮影:ラウール・クタール●音楽:ミシェル・ルグランン●時間:88分●出演::ジャック・アルダン/アヌーク・エーメ/マルク・ミシェル・コリンヌ・マルシャン●日本公開:1992/01●配給:ユーロスペース●最初に観た場所:池袋・新文芸坐(24-08-10)(評価:★★★★)

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28年ぶりの劇場公開。翻案は成功している。ベルモンドの1人三役。2日続けて観に行った。

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レ・ミゼラブル 2Kリマスター版 [Blu-ray]」ジャン=ポール・ベルモンド
 1899年の大晦日の深夜、醜聞に巻き込まれた伯爵(ダニエル・トスカン・デュ・プランティエ)が逃亡中に自殺した。逃亡をレ・ミゼラブル 1995. 00.jpg助けた運転手のアンリ・フォルタン(ジャン=ピエール・ベルモンド)が状況証拠から伯爵殺害の嫌疑を受け、有罪になる。フォルタンの妻カトリーヌ(クレマンティーヌ・セラリエ)と幼い息子アンリはノルマンディーの海岸にある居酒屋でなんとか職を得る。彼女は吝嗇で残酷な主人ギヨーム(ルフュ)にこき使われながら夫の再審のため懸命に金を稼ぎ、ギヨームの手引きで売春までするが、アンリは脱獄に失敗して命を落とす。彼女は夫の後を追って自殺し、息子のアンリだけが遺される。1918年、成長したアンリはボクシングのチャンピオンになり、養父ギヨームレ・ミゼラブル 1995.jpgから独立した。彼はその後1931年までチャンピオンの地位を守り、引退してトラック運送屋になった。同じ1931年、バレリーナのエリーズ(アレサンドラ・マルティネス)は弁護士の卵アンドレ・ジマン(ミシェル・ブジューナー)と結婚した。1939年、第2次世界大戦でパリはドイツの占領下になり、ユダヤ人のジマン夫妻はノルマンディーに引っ越す。その運送屋がアンリ・フォルタン(ベレ・ミゼラブル 1995. 07.jpgルモンド=二役)だった。ノルマンディーも安全でないと知った夫妻は、アンリにスイス国境まで運んでくれるよう頼む。道中、非識字者のアンリはセーヌ川の古本屋(ダリー・カウル)から買った『レ・ミゼラブル』を読んでくれるようアンドレに頼む。力持ちの彼は、まるでジャン・ヴァルジャンだとよく人に言われていたのだ。前レ・ミゼラブル ベルモント.jpg科者ジャン・ヴァルジャン(ベルモンド=三役)が田舎の司教(ジャン・マレー)の慈愛に触れて人間らしさを取り戻す物語を聞いたこの日から、アンリ・フォルタンは小説のヴァルジャンのように、自分でなく人間愛のためレ・ミゼラブル 1995. 03.jpgに生きていくことを決意する。アンリはジマンの娘サロメ(サロメ・ルルーシュ)をカトリックの寄宿学校に預ける。修道院長(ミシュリーヌ・プレール)は、サロメがユダヤ人と見抜きつつも彼女を庇護する。アンリのお蔭で国境にたどり着いたジマン夫妻だが、逃がし屋が独軍に通じており、亡命ユダヤ人たちは虐殺される。アンドレは重傷を負うが、近所の農家の夫婦もの(アニー・ジラルド、フィリップ・レオタール)に匿われる。一方捕虜になったエリーズは、独軍の慰安婦になることを拒否し、ドイツの強制収容所へ。アンリはペタン派の刑事(フィリップ・コルサン)に捕らえられ拷問に遭うが、同じ房にいた強盗団(ティッキー・オルガドほか)に助けられ脱走。強盗団はゲシュタポから情報を得て、空襲警報中の邸宅に盗みに入るのが仕事。アンリは助けられた義理から嫌々ながら手を貸す。そこへ連合軍上陸作戦の噂が入り、一同は早速レジスタンスに鞍替えする。ノルマンディーにあるギヨームの居酒屋は、今では息子(ルフュ=三役)が経営しているが、その海岸こそ連合軍の上陸地点だった。一同が居酒屋に着いた翌朝に作戦が始まり、アンリは居酒屋の裏手にあるトーチカを爆破して英雄になる。やがてパリも解放され、仲間と別れたアンリは、ギヨームの店で働いていた青年マリウスと共に、パリ郊外にリゾート風のレストランを買う。ジマン夫妻は未だ行方不明で、アンリがサロメを引き取る。実はアンドレはまだ地下に籠もったままだった。匿ってくれた夫婦の妻の方が彼に恋し、嫉妬しながらも妻から離れられない夫が、ドイツ軍の勝利というレ・ミゼラブル 1995. 04.jpg嘘を吹き込んで彼を引き止めていたのだ。アンリは福祉などに力を尽くして地域の尊敬を集め、市長から自分の後任にと頼まれる。強制収容所で生き残ったエリーズ・ジマンが戻り、サロメと親子の再会を果たす。だがそこへアンリの昔の仲間が匿ってくれと言って現れ、彼らを追ってかつてアンリを拷問した元ペタン派の刑事もやって来る。アンリは血に飢えた昔の仲間が許せず、最後には逮捕に協力すらするが、逮捕される。刑事はアンリを裁判にかければ自分の対独協力も白日のもとに晒されると悟り、いったんはアンリを殺そうとするが、アンリの善良さに自らを恥じて自殺する。しかしアンリは刑事殺しの濡れ衣まで着せられそうになる。そのころスイス国境の山中ではアンドレ・ジマンを匿っていた夫婦がついに殺し合い、アンドレは初めて戦争が終わっていたことを知る。アンリの留守中にその店を支えるエリーズと、それにサロメと再会したアンドレは、一家の大恩人アンリの弁護を引き受ける。無罪を勝ち取って数年後、市長になったアンリは、美しく成長したサロメとマリウスの結婚式を執り行うのだった―。

レ・ミゼラブル 1995. 02.jpg 1995年公開のクロード・ルルーシュの製作・監督・脚本作で、主演は「あの愛をふたたび」「ライオンと呼ばれた男」以来ルルーシュと3度目のタッグとなったジャン=ポール・ベルモンド。ヴィクトル・ユーゴーの原作を大幅にアレンジし、その物語にソックリの人生を送る男が主人公で、20世紀の激動の時代を舞台に描いた大河ロマン(第2次大戦前後に時代設定され、ドイツ軍のユダヤ人狩りにかなりの時間が割かれている。因みにクロード・ルルーシュはユダヤ人である)。1996年・第17回「ロンドン映画批評家協会賞 外国語映画賞」、同年・第53回「ゴールデングローブ賞 外国語映画賞」受賞作。

ジャン=ポール・ベルモンド

 海外では評価も高く、またヒットもしたのに、日本ではシネマスクエア東急の単館ロードで終わってしまいました。トークイベントでの解説によれば、日本では当時、娯楽映画はCGなどを駆使したハリウッド映画の方に関心が行ってしまい、一方、フランス映画は、ゴダールやトリュフォーなどヌーベルバーグの監督を中心に"作家主義"的に語られることが多くなり、ジャン=ポール・ベルモンドのこうした作品は、日の目を見ない不遇の時代が続いたとのこと。ベルモンドという俳優そのものも、ゴダールの「勝手にしやがれ」などの作品の中で語られるのが主で、結果として、こうした作品に目が行かなかったのではないかということです。

レ・ミゼラブル 輝く光の中で.jpg 本邦では1997年にVHS版とレーザーディスク版が「レ・ミゼラブル 輝く光の中で」というタイトルでリリースされて以来ソフト化されておらず、ずっと観る機会がありませんでした。それが、昨年['24年]、ベルモンド主演作をリマスター版で上映する「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選グランドフィナーレ(第4弾)」('24年6月28日~東京・新宿武蔵野館ほか)にて28年ぶりに劇場公開され、本作としての初日それを観ましたが、期待に違わず楽しめた3時間が短く感じられる作品で、2日目にまた観にいきました(その2日目が、仏文学者・翻訳家の野崎歓氏のトーク・イベント付きだった)。

レ・ミゼラブル~輝く光の中で~【字幕版】 [VHS]>

 まず、アンリ・フォルタン(父)として登場するジャン=ポール・ベルモンドは、アンリ・フォルタン(子)役のほか、劇中劇としての原作『レ・ミゼラブル』でジャン・ヴァルジャン役も務める1人三役で(オープニングシーンのベルモンドは、そのジャン・ヴァルジャンとしての彼であることが暫くして判る)、さらに、居酒屋を営む夫婦にこき使われながら育てられるアンリ(子)の子供時代は、原作の宿屋のテナルディエ夫婦にこき使われたコゼットにダブります(このことが、大人になったアンリが『レ・ミゼラブル』に惹かれる要因の1つにもなり、彼は自分がヴァルジャンでありコゼットであるとい言う)。

 アンリ(子)を追う警部役のフィリップ・コルサンも、原作のジャヴェール警部との二役で、原作のジャヴェール警部は橋の欄干から飛び降り自殺しましたが、自殺死する点でもジャヴェール警部と同じです。コルサンは、原作のジャヴェール警部を、職務に忠実な男として尊敬しています(そこでアンリと意見が合わない)。

 また、アンリ(父)の妻カトリーヌ役のクレマンティーヌ・セラリエも、同じく非業の死を遂げる、原作のゴゼットの母ファンティーヌとの二役です。さらには、吝嗇な居酒屋の主人ギヨーム(ルフュ)を演じたルフュも、店を継いだその息子役と、作中劇としての原作の宿屋のテナルディエの三役です(ギヨームはテナルディエを尊敬している。その点でアンリと意見が合わない)。こうしたことを確認しながら観るのも面白いです。

 そのほか、アンリが一時仲間に加わる「強盗団」は、原作の悪党集団「パトロン=ミネット」の翻案で、そこから身を転じるレジスタンスは原作の共和派秘密結社「ABC(ア・ベ・セー)の友」の翻案でしょうか(原作で「ABCの友」に加入するのはマリウスなのだが)。

 原作『レ・ミゼラブル』は劇中劇とし、本編は内容を大幅に改変しているわけですが、物語が原作とパラレルになっている点で、脚本がよく出来ていると思いました。しかも演出は見事であり、感動的させられます(1回目観て感動を味わい、2回目観て翻案を楽しんだという感じ)。結末のハッピーエンドはある程度見えていましたが、それでもカタルシス効果充分で、クロード・ルルーシュの翻案は成功したと思います。

 ジャン=ポール・ベルモンド(1933生まれ)は当時62歳。渋みがあり、顔の皺の一つ一つに味わいがある感じ。ヴァルジャンに銀器を与える司教を演じたジャン・マレー(1913生まれ)(「美女と野獣」('46年/仏))は81歳で、貫録の演技。アンドレを匿うことで夫から心が離れてしまう妻を演じたアニー・ジラルド(1931生まれ)(「若者のすべて」('68年/伊・仏))も、演技達者ぶりを見せています(夫婦の愛憎劇はサスペンスフルでもあった)。

 これまで観た「レ・ミゼラブル」映画の評価は以下の通り(◎が多いね)。ジャン・ギャバン版は原作を忠実に映画化しているとされており、リーアム・ニーソン版は、ジャン・ヴァルジャンとジャヴェール警部の葛藤を中心に描いていて、ジャヴェール警部が自殺したところで終わります。ヒュー・ジャックマン版はミュージカルで、ミュージカルのオリジナル脚本を忠実に映画化しているとされるようです。

「レ・ミゼラブル」 (57年/仏・伊).jpg「レ・ミゼラブル」 (98年/米).jpg「レ・ミゼラブル」 (12年/英).jpg◎ ジャン=ポール・ル・シャノワ 監督、ジャン・ギャバン主演 「レ・ミゼラブル」 ('57年/仏・伊)(186分) ★★★★☆
〇 ビレ・アウグスト監督、リーアム・ニーソン主演 「レ・ミゼラブル」 ('98年/米)(124分) ★★★☆
◎ トム・フーパー監督、ヒュー・ジャックマン主演 「レ・ミゼラブル」 ('12年/英)(158分) ★★★★☆


「レ・ミゼラブル」1995.jpg◎ クロード・ルルーシュ 監督、ジャン=ポール・ベルモンド主演 「レ・ミゼラブル」 ('95年/仏・伊)(175分) ★★★★☆

 このジャン=ポール・ベルモンド版が、いちばん独創に富んでいると言えばそういうことになるかと思います(原作をベースとした別個の物語との言える)。先述の通り、新宿武蔵野館がそれまで'20年、'21年、'22年の3回にわたって上映してきた「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選」('21年9月にベルモンドが亡くなり、'22年が言わば「1周忌上映」になってしまった)の第4弾「グランド・フィナーレ」('24年)で鑑賞したわけですが、観ることができて良かったです。

「レ・ミゼラブル」●原題:LES MISERABLES●制作年:1995年●制作国:フランス●監督・製作・脚本:クロード・ルルーシュ●撮影:クロード・ルルーシュ/フィリッペ・パヴァン・ド・チェカティ●音楽:ディディエ・バルベリヴィエン/エリック・ベルショー/フランシス・レイ/ミシェル・ルグラン/フィリップ・サーヴェイン(挿入歌:パトリシア・カース(作詞:ディディエ・バルブリヴィアン/作曲:フランシス・レイ))●原作:ヴィクトル・ユーゴー●時間:175分●出演:ジャン=ポール・ベルモンド/ミシェル・ブジュナー/アレサンドラ・マルティネス/サロメ・ルルーシュ/マルゴ・アバスカル/アニー・ジラルド/フィリップ・レオタール/クレマンティーヌ・セラリエ/フィリップ・クロワシル/ティッキー・オルガド/ウィリアム・レイメルジー/ジャン・マレー/ミシュリーヌ・プレール/ダニエル・トスカン・デュ・プランティエ/ミカエル・コーエン/ジャック・ブーデ/ロベール・オッセン/ダリー・コール/アントワーヌ・デュレリ/ジャック・ガンブラン/ピエール・ヴェルニエ/ルフュ●日本公開:1996/08●配給:ワーナー・ブラザーズ●最初に観た場所:新宿武蔵野館(24-07-05)●2回目:新宿武蔵野館(24-07-06)(評価:★★★★☆)

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難しいことは考えず、愉しむ映画。ジャクリーン・ビセットの魅力全開。

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「おかしなおかしな大冒険」ポスター   ジャン・ポール・ベルモンド/ジャクリーン・ビセット
Le Magnifique / おかしなおかしな大冒険 北米版DVD [Import] [DVD]
おかしなおかしな大冒険 北米版.jpgおかしなおかしな大冒険02.jpg フランソワ・メルラン(ジャン・ポール・ベルモンド)は、007ばりのスパイ・シリーズで人気の冒険小説作家だ。毎月、編集者のシャロン(ヴィットリオ・カプリオーリ)に新しいスパイものを提出し、目下メキシコを舞台にしてスパイ小説を執筆中。彼はアパートの窓越しに見染めた クリスティーヌ(ジャクリーン・ビセット)をヒロインとし、スーパーマンである秘密諜報員ボブ・セント・クレア(ベルモンド二役)がヒーローになって大おかしなおかしな大冒険12.jpg 活躍する白日夢に浸ってしまう。夢の中での事件の発端はメキシコの港町で、米国諜報員が殺されたことから始まる。この事件究明のため、中近東にい たボブがアカプルコに派遣され、メキシコ諜報部の連絡員タチアナ(ジャクリーン・ビセット二役)と連絡をとる。アカプルコではボブとタチアナの命を狙うカルポフ(カプリオーリ二役)一味のために次々に危険が降りかかるが、ボブの大活躍によって何とか脱出する。カルポフはボブに一大仕掛けで挑戦してくる。それは海岸沿いのハイウェイに鏡の巨大な壁を築き、ドライ ブ中のボブを錯覚させようというものだ。ボブはハンドルを切りそこねて鏡の壁に大衝突。絶壁から海へと投げ飛ばされる。しかし 彼は...。そこでフランソワはヒーローを殺すわけにはいかないと我に返る。やがて、クリスチィーヌがフランソワの部屋にやって来るようになる。彼女は女子大生で社会心理学を専攻しているのだが、フランソワの小説を偶然読んだことから、なぜ彼の創造したスーパーマンが大衆に受ける のかを分析し、論文を書こうとしていた。そのクリスチィーヌが、編集者のシャロンと付き合い出したことを知って、フランソワは気が気でない。いっ そのことボブをアンチ・ヒーローにしやらどうなるか―。最後の仕上げを急ぐフランソワは、ボブを徹底してズッコケ三枚目にしてタチアナとのラブ・アフェ アを面白おかしく書き出した。フランソワはやっと書き上げた原稿を、窓からシャロンに投げつけた。そしてクリスチィーヌを抱きしめ、やっと自分のものにした―。

おかしなおかしな大冒険13.jpg 1973年のフィリップ・ド・ブロカ監督作で、「カトマンズの男」('65年/仏・伊)以来となる、ド・ブロカ監督とジャン=ポール・ベルモンドと4度目のタッグを組んだ作品。作中小説の舞台であるメキシコで、かなり大掛かりなロケ撮影が行われていますが、日本国内では劇場公開、テレビ放送はあったものの、長らくソフト化は行われていませでした。新宿武蔵野館が'20年、'21年、'22年の3回にわたって上映してきた「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選」の「グランド・フィナーレ」('24年)で鑑賞。この上映を機に、4Kリマスター版DVDが今年['25年]リリースされました。原題の「magnifique(マニフィック)」は、「すばらしい」という意味で、英語の「magnificent」と同じ意味です。

 物語は小説と現実がパラレルに進行し、共にベルモンドが演じる小説の中のスーパーマン的ヒーローのボブと、現実世界の原稿の締め切りに追われるスパイ小説作家フランソワの対比が面白かったです。作者のフランソワがだんだん自分が生み出したヒーロー・ボブが嫌いになってきて、最後は、作者が小説の主人公をヒーローの座から引きずり下ろしたという感じでしょうか。それによって、フランソワは自己疎外から脱し、目出度くクリスチィーヌと理解し合えるというオチですが、この後シリーズ小説の方はどうなる?
  
 まあ、難しいことは考えず、愉しむ映画なのでしょう。そもそも、冒頭からボブが繰り広げるスパイの世界は"お馬鹿映画"そのもので(007シリーズのパロディが随所にみられる)、フランソワが人気作家ではあるものの通俗作家であることを表しており(そのことに本人も嫌気をさしている風。したがって、窓から原稿を投げたのは、シリーズの打ち止めを示唆しているともとれる)、ジャクリーン・ビセット演じる現実世界の女子大生クリスティーヌも、彼の作品自体と言うより、なぜそれが「大衆に受ける のか」がテーマになっている感じでした。

 そのジャクリーン・ビセットの魅力全開の映画でもあります。この作品の前に「ブリット」('68年/米)でスティーブ・マックイーンと、後に「セント・アイブス」('76年/米)でチャールズ・ブロンソンと共演するなどしていますが、露出度はこの作品が一番では。このように英国人でありながら、米国映画だけでなくフランス映画にも出ていて、ロバート・フリーマン監督の「フランソワの青春」('69年/仏)ですでに主役としてフランス映画デビューしています。ただし、この作品、ジャクリーン・ビセット絶頂期の美貌を堪能できるらしいのに日本未公開です。

おかしなおかしな大冒険<4K.jpgおかしなおかしな大冒険00.jpg「おかしなおかしな大冒険」●原題:LE MAGNIFIQUE●制作年:1973年●制作国:フランス/イタリア●監督・脚本:フィリップ・ド・ブロカ●製作:アレクサンドル・ムヌーシュキン/ジョルジュ・ダンシジェール●撮影:ルネ・マテラン●音楽:クロード・ボリング●時間:94分●出演:ジャン・ポール・ベルモンド/ジャクリーン・ビセット/ヴィットリオ・カプリオーリ/レイモン・ジェローム/ハンス・メイヤー/モニーク・タルベ/マリオ・ダヴィッド/ブルーノ・ガルサン/ジャン・ルフェーブルン●日本公開:1974/06●配給:エデン●最初に観た場所:新宿武蔵野館(24-07-02)((評価:★★★☆)

おかしなおかしな大冒険<4Kリマスター版> [DVD]」['25年]

2024年7月2日 新宿武蔵野館
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ルイ・マルの冒険活劇コメディ。「鬼火」があったからこそ撮られたセラピー的作品。女性讃歌。

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ビバ、マリア [DVD]」ブリジット・バルドー/ジャンヌ・モロー
ビバ!マリア02.jpg アイルランドの刑務所で生まれたマリー(ブリジット・バルドー)は、アナーキストの父のもとで幼い頃からテロ活動を続けてきた。中米での作戦中に父を亡くし、ひとりで逃亡生活を始めた彼女は、ある旅芸人一座に遭遇。一座の花形である歌手マリア(ジャンヌ・モロー)は、同じ名を持つコンビの相方を亡くしたばかりだった。一座はマリーをスペイン語式に「マリア」と呼んでペアを復活させ、2人はたちまち人気者となる。悪政に耐えかねた民衆の不満が高まるなか、一座は偶然にも革命軍を率いるフローレス(ジョージ・ハミルトン)と出会うが、やがてフローレスは銃弾に倒れてしまう。2人のマリアはフローレスの遺志を継ぎ、壮絶な戦いに身を投じていく―。

ビバ!マリア03.jpg 1965年公開の、ルイ・マル監督がブリジット・バルドーとジャンヌ・モローを主演とし、革命に揺れる20世紀初頭の中米を舞台に、同じマリアという名を持つ2人の女性の活躍をアクション映画や西部劇のパロディ満載で活写したコメディ。ルイ・マル監督による冒険活劇コメディというのが意外ですが、「鬼火」('63年)完成後、スタッフ間に蔓延していた自殺願望、厭世的な雰囲気を一掃すべく、ルイ・マルが異国情緒豊かな中南米を舞台にしたコメディを構想したのがこの作品だそうです(それにしても「鬼火」の影響力、スゴイ。「鬼火」があったからこそ撮られた、ある種セラピー的な作品とも言える)。

 ルイ・マル監督は一応、「地下鉄のザジ」('60年)のようなコメディ色の濃い作品も前に撮っていることは撮っています。フィリップ・ド・ブロカ監督、ジャン=ポール・ベルモンド出演の南米を舞台にした活劇コメディ「リオの男」('64年)が公開された翌年の作品でもあります。

ビバ!マリア01.jpg ブリジット・バルドー演じるマリーは元々はIRAの戦士みたいですが、ひょんなことから旅芸人の一座に加わり、ジャンヌ・モロー演じる踊り子マリアと共に、ストリッパーとして2人で客を沸かせるという流れは、当時31歳のブリジット・バルドーを迎え撃つ当時37歳ジャンヌ・モローという感じもしなくはないですが、16週間もの長く厳しい撮影期間を通して2人の間には戦友意識が生まれ、この作品で生涯の盟友となったそうです。

ビバ!マリア07.jpg 元々は戦いなどに興味のなかったジャンヌ・モローの演じるマリアが恋に落ち、いつの間にか立派な闘争集団のドンになる流れと、そこに手を貸す元バリバリの反体制派テロリストのブリジット・バルドー演じるマリア(元マリー)。女性の力が男性を凌駕するものとして描かれている作品であり(タイトルそのものが女性讃歌)、ルイ・マルらしいと言うよりジャンヌ・モローらしいと言えるかもしれません。ジャンヌ・モローはこの作品で「英国アカデミー賞海外女優賞」を受賞し、ブリジット・バルドーもノミネートされました。


 ジャンヌ・モローが恋に落ちる闘争集団のリーダーを演じているのは、様々な女優と浮名を流したプレイボーイとして知られる米国俳優のジョージ・ハミルトン(1939年生まれ)(この映画は仏・伊合作映画だが、米国資本で製作されている)。後に「ドラキュラ都へ行く」('79年)のようなコメディ映画にも出ていて、映画でも実生活を地でいくキザでニヤけたジゴロ役が多い俳優ですが、この「ビバ!マリア」では、革命の道半ばで斃れ、ジャンヌ・モローに後を託すというシリアスな役柄。全編ドタバタではなく、シリアスなところはシリアスに作っているのが功を奏しています。

 BB(バルドー)の健康的なセクシーさとジャンヌ・モローの知的な美しさの対照、2人が歌って踊るショーシーン、馬に乗ってのアクション、ピエール・カルダンが担当した衣装など、愉しみどころ盛沢山ですが、しかし、この映画は一体何人エキストラを使ったのだろうか。火薬の量ビバ!マリアb1.jpgも半端じゃないね。どうしてもルイ・マル監督作というイメージが湧かない(笑)。


ビバ!マリア06.jpg「ビバ!マリア」●原題:VIVA MARIA!●制作年:1965年●制作国:フランス・イタリア●監督:ルイ・マル●製作:オスカル・ダンシヘルス●脚本:ルイ・マル/オスカル・ダンシヘルス●撮影:アンリ・ドカエ●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●時間:122分●出演:ジャンヌ・モロー/ブリジット・バルドー/ジョージ・ハミルトン/クラウディオ・ブルック/カルロス・ロペス・モクテズマ/ポーレット・デュボスト●日本公開:1966/04●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所:新宿武蔵野館(24-10-01)(評価:★★★☆)

ビバ! マリア [Blu-ray]

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「ヘルシンキ3部作」第3作。"人生、捨てたもんじゃない"と思わせてくれる。

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街のあかり [DVD]」マリア・ヤルヴェンヘルミ/ヤンネ・フーティアイネン
街のあかり2.jpg ヘルシンキの百貨店で夜間警備員を務める冴えない男コイスティネン(ヤンネ・フーティアイネン)は、魅力的な女性ミルヤ(マリア・ヤルヴェンヘルミ)と出会う。2人はデートをし、コイスティネンは恋に落ちた。人生に光が射したと思った彼は、起業のため銀行の融資を受けようとするが、まったく相手にされなかった。それでも恋している彼は幸せだった。街のあかり1.jpgしかし、実は恋人は彼を騙していた。ミルヤは、宝石強盗を目論むリンドストロン(イルッカ・コイヴラ)の手先だった。まんまと利用されたコイスティネンだったが、惚れたミルヤを庇って服役する。リンドストロンはそこまで読んで、孤独な彼を狙ったの街のあかり4.jpgだ。馴染みのソーセージ売りアイラ(マリア・ヘイスカネン)の彼への思いには気づかぬまま、粛々と刑期を終え社会復帰を目指すコイスティネン。だがある日、リンドストロンと一緒のミルヤと居合わせた彼は、そこで初めて自分が利用されていたに過ぎないことを悟る―。

街のあかり5.jpg 2006年公開の、アキ・カウリスマキ監督の、「浮き雲」('96年)、「過去のない男」('02年)に続く「ヘルシンキ3部作」(または「敗者3部作」)の第3作(完編)で、'06年カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品作。

 この作品の主人公の男は"孤独"の中にいて、彼の身に起こる不幸はとても辛いものだけれど、彼自身は自分の不幸に気づいてない様子でもあります。さらには、幸せの芽がすぐ傍にあることをも―(やや"無力症"気味?)。そんな彼が起業を思い立ったのはいいですが、職業訓練校の終了証明だけを持って銀行に行き、それだけでもって融資を受けようとするのが滑稽(この辺り、カウリスマキ独特のユーモアか)。それでも、切ない出来事のあとにジンワリ心に広がる希望があって、誰かがこの映画についてそう言ってたけれど、"人生、捨てたもんじゃない"と思わせてくれる、やさしさで包み込むような物語が心地いいです。

街のあかり31.jpg コイスティネンを演じるヤンネ・フーティアイネンは、アキ・カウリスマキ作品では前作「過去のない男」などに脇役出演し、今回がカウリスマキ作品で初めての主演。恋人のいない寂しい男を演じるにはマルチェロ・マストロヤンニに似ていて男前過ぎる気もしましたが、その分、寂しそうな姿は絵になっていました(職場でも孤立し、男たちは彼のことを蔑んでいるのに、女性たちは同情的であるのはこのイケメンのせい?)。一方、アキ・カウリスマキ作品主役級常連のカティ・オウティネンは、スーパーのレジ係の役でカメオ出演していました。

街のあかり7.jpg「街のあかり」●原題:LAITAKAUPUNGIN VALOT(英:LIGHTS IN THE DUSK)●制作年:2006年●制作国:フィンランド・フランス・ドイツ●監督・脚本・製作・撮影:アキ・カウリスマキ●時間:78分●出演:ヤンネ・フーティアイネン/マリア・ヤルヴェンヘルミ/イルッ街のあかりcb.jpgカ・コイヴラ/マリア・ヘイスカネン/ヨーナス・タポラ/ペルッティ・スヴェホルム/メルローズ(バンド)/カティ・オウティネン(カメオ出演)/パユ(犬)●日本公開:2007/07●配給:ユーロスペース●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-05-12)((評価:★★★☆)

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「ヘルシンキ3部作」第2作。貧しい暮らしをしている人々の方が不遇の男に親切。

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過去のない男 [DVD]」カティ・オウティネン/マルック・ペルトラ
過去のない男1.jpg フィンランドのヘルシンキに向かう列車の乗客の中にその男(マルック・ペルトラ)はいた。辿り着いた夜の公園で彼は一眠りしていたが、そこに現れた3人組の暴漢に身ぐるみ剥がれた上にバットで執拗に殴打され、半死半生の身で病院に搬送された。一時は死んだと診断された男だったが奇跡的に蘇生した。その後、港の岸辺で再び昏倒していた男を救ったのは、コンテナに住むニーミネン(ユハニ・ニユミラ)一家であった。徐々に回復していった彼であったが、一家の妻カイザ(カイヤ・パリカネン)過去のない男2.jpgに何者か問われたときに、答えられなかった。彼は、頭を殴られたことにより、それまでの記憶、それまでの自分を失ってしまっていたのだ。そんな「過去を失った男」である彼に港町の人々は快く手を貸してくれる。コンテナ一家の主人は金曜日にスープを配給する救世軍の元に男を連れて過去のない男3.jpg行き、「人生は後ろには進まない」と励ます。地元の悪徳警官アンティラ(サカリ・クオスマネン)は彼に空きコンテナを貸し与え、男はその前にじゃがいも畑を作り、拾ったジュークボックスを置いた。職安では身分がないという理由で門前払いされたが、救世軍の事務所で仕事を得ることが出来た。そして、そこに属する下士官の女性イルマ(カティ・オウティネン)と仲を深めながら、男は徐々に人間としての生活を取り戻していく―。

過去のない男4.jpg アキ・カウリスマキ監督の2002年公開作。「浮き雲」('96年)に続く「ヘルシンキ3部作(敗者3部作)」の第2作。'02年・第55回「カンヌ国際映画祭」で「グランプリ」と、救世軍の女性イルマを演じたカティ・オウティネンが「女優賞」を受賞しています(カンヌは格差社会を描いたものがよく賞を獲る)。

過去のない男5.jpg コンテナで暮らすような貧しい暮らしをしている人々の方が役人などより、不遇の男に対してよほど親切だったなあ。そんな貧しい人が「ディナーに行く」といっておめかししているので、どんなレストランに行くのかと思ったら...(笑)。救世軍が貧しい人々のスープを配るというのは、現代でも同じなのか。神田神保町に日本本営があるけれど...。それにしても、救世軍の弁護士って年寄りだったけれど有能だったなあ。拘留された男の許にその弁護士を遣わして彼の身柄を救ったのもイルマだったという、この辺りは分かりやすかったです。

 「植物人間になるくらいなら死なせてやろう」って医者が口に出して言うのが、あちらの国らしいと思いました。

過去のない男6.jpg この年の「パルム・ドール」はロマン・ポランスキー監督の「戦場のピアニスト」でしたが、優秀な演技を披露した犬に贈られる「パルム・ドッグ賞」を、犬のタハティ(役名:ハンニバル)が受賞しています(同監督作品は必ず犬が登場し、何度かこの賞にノミネートされている。「ルアーヴルの靴みがき」('11年)では、「パルム・ドッグ賞」の「審査員特別賞」を受賞)。フィンランドのムード歌謡=イスケルマの曲の数々とともに(同時監督の作品にはしばしば地元のバンドやミュージシャンが出てくる)、アキ・カウリスマキ監督がファンだと公言する日本のクレイジーケンバンドの「ハワイの夜」が挿入歌として流されています(もともとカウリスマキ・ファンである小野瀬雅生が、自分たちのCDが出るたびに欠かさずカウリスマキ監督に送っていて、その彼らのサウンドが監督に気に入られたという経緯がある)。

過去のない男 サカリ・クオスマネン.jpgカティ オウティネン .jpg 因みに、救世軍の女性を演じて「カンヌ国際映画祭女優賞」を受賞したカティ・オウティネンは「パラダイスの夕暮れ」('86年)、「マッチ工場の少女」('90年)、「浮き雲」('96年)、この後の「ルアーヴルの靴みがき」('11年)などにも出演し、悪徳警官を演じたサカリ・クオスマネンも「浮き雲」でレストランのドアマン、「希望のかなた」('17年)でレストラン店主役など出ていて(こちらはどちらとも"いい人"の役)、2人とも同監督作品の常連です。この監督、常連の俳優か、そうでなければ素人に近い人を使う傾向があるのではないでしょうか。おそらく、中途半端に演技されるのが嫌なんだろうなあ。

過去のない男7.jpg「過去のない男」●原題:MIES VAILLA MENNEISYYTTA(仏:L'HOMME SANS PASSE、英:THE MAN WITHOUT A PAST)●制作年:2002年●制作国:フィンランド・ドイツ・フランス●監督・脚本・製作:アキ・カウリスマキ●撮影:ティモ・サルミネン●音楽:レーヴィ・マデトーヤ●時間:97分●出演:カティ・オウティネン/マルック・ペルトラ/アンニッキ・タハティ/マルコ・ハーヴィスト&ポウタハウカ(救世軍バンド)/ユハニ・ニユミラ/カイヤ・パリカネン/エリナ・サロ/サカリ・クオスマネン/アンネリ・サウリ/オウティ・マエンパー/ペルッティ・スヴェホルム/タハティ(犬のハンニバル)●日本公開:2003/03●配給:ユーロスペース●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-04-29)((評価:★★★★)

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「ヘルシンキ3部作」第1作。会話がすべてではないところに夫婦のリアルを感じ、一方で、寓話的でもあった。
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【映画チラシ】浮き雲 アキ・カウリスマキ カティ・オウティネン」 カリ・ヴァーナネン
カティ・オウティネン/サカリ・クオスマネン
浮き雲01.jpg浮き雲012」.jpg 伝統的スタイルのレストラン"ドゥブロヴニク"で給仕長を務めるイロナ(カティ・オウティネン)は、市電の運転士である夫ラウリ(カリ・ヴァーナネン)とつましく幸せに暮らしていた。しかし不況の影響でラウリは整理解雇、"ドゥブロヴニク"も大手チェーンに買収されイロナたち従業員は失職してしまう。働き盛りを過ぎた中年の夫婦は職探しに苦労する。イロナは場末の安食堂のコック兼給仕の仕事に就くが、税務調査のゴタゴタで給料がうやむやに。妻の給料を食堂経営者に請求しに行ったラウリは浮き雲02.jpg、袋叩きにされ港に放り出される。安宿でしばらく静養したラウリが帰宅すると、家財は差し押さえられており、イロナはラウリの妹のもとに身を寄せていた。イロナの元同僚で"ドゥブロヴニク"のドアマンだったメラルティン(サカリ・クオスマネン)の紹介で仕事にありついたラウリは、彼にレストランの開業を提案される。夫婦は決意して事業計画を立てるが、資金を借してくれる銀行がない。ラウリはクルマを売った金をカジノで増やそうとするが浮き雲03.jpg、全額スッてしまう。途方に暮れるイロナだったが、求職に訪れた美容院で偶然、"ドゥブロヴニク"の元経営者スヨホルム夫人(エリナ・サロ)と再会する。引退して生きがいを失っていた夫人は、イロナの計画を聞いて出資を申し出る。ラウリとメラルティンは、"ドゥブロヴニク"の元シェフでアルコール依存症のラユネン(マルク・ペルトラ)を探し出し、治療施設に送り込んで更生させる。"ドゥブロヴニク"の元従業員たちが揃い、イロナとラウリのレストラン"ワーク"が開店した。ランチタイムになっても客が入らず不安になるが―。

 1996年公開の、アキ・カウリスマキ監督の「ヘルシンキ3部作」(社会の底辺で生きる「敗者」たちの姿を独特のユーモアと哀愁を交えて描いた作品群で、「敗者3部作」とも呼ばれている)の第1作。

 妻が勤めるのはなかなかいい感じのレストランでしたが、いきなりリストラをし、加えて夫も失業。失業補償なんていらない!と、夫は積極的に運転関連の職を探し、長距離バス運転士に内定するが健康診断で不適とされ運転資格まで失い、妻はレストランを回るも、「38歳は高年齢」と前職経験も評価されない―というように失業による不幸が怒涛のように主人公の夫婦を襲ってきますが、それでいてこの夫婦、どこかユーモラスで間の抜けたところがあり、クスリと笑ってしまう場面もあるのはこの監督ならではでしょうか。

こんな映画が、.jpg この作品、漫画家の吉野朔美(1950-2016/57歳没)の『こんな映画が、―吉野朔実のシネマガイド』('01年/PARCO)にも取り上げれていましたが、吉野朔美氏は、この監督は「間」を作るのが上手い人で、「......」の部分ばかりで出来上がっていてセリフが極めて少ないのが特徴であると。ナルホド(そう言えば、「孤高のグルメ」の俳優・松重豊がアキ・カウリスマキ監督の作品が大好きだという)。

 妻の給料がうやむやになったことに怒り、食堂経営者の所に行き、逆にぼこぼこににされて血だらけの顔を妻にみせられず何日も家に帰らない夫。帰ってこないことに怒った妻は家を出ていってしまいます。事情を説明してもなかなか許さない妻。でも、一緒に家に帰ったということは、許したということでしょう(吉野朔美氏によれば、妻は夫が帰らなかったことは許していないが、夫の怒りには感謝しているのだと)。会話がすべてではないところに夫婦のリアルを感じます。

浮き雲04.jpg 一方で、元経営者に偶然出会い、彼女が引退して生きがいを失い、金の使い道を持て余していた(いつの間に蓄財した? 店を売却した金か)というのはややご都合主義とみる向きもあるかもしれません。この部分は寓話的と言うか、大人のメルヘンのようにも感じました。監督インタビューによると、結末はハッピーエンドにするしかなかったが、本当は結末をもっと非情なものにしたいと思っていたので、自身でも納得がいかないという気持ちもあったとのことです(これに対し、前作「マッチ工場の少女」('90年)は悲劇的、非情な終り方で突っ切ったと言える)。

浮き雲05.jpg ラスㇳ、店を開店しランチタイムになっても客が入らず不安がる夫婦ですが、しばらくすると1人入り2人入り、やがて満員となった上、ディナーの団体予約まで入る―。喜びを噛みしめて店の前で一服し、空を見上げる夫婦の表情がいいです。吉野朔美氏は、「見終わった時、少し上向きな気分になっている気持ちの良い映画です。こうゆうのは作ろうと思ってもなかなかできない」と。何気ない小さなエピソードの積み重ねなのだなあ。吉野朔美はこの監督の上手さをよく見ていたと改めて思いました。偶然も重要だが、その機会を掴める心構え・準備が必要であるということ。『その幸運は偶然ではないんです!』のJ・D・クランボルツの「プランドハプンスタンス理論」を想起させる作品でもありました。

愛しのタチアナ浮き雲 HD.jpg真夜中の虹 浮き雲dvd.jpg「浮き雲」●原題:KAUAS PILVET KARKAAVAT(英語:DRIFTING CLOUDS)●制作年:1996年●制作国:フィンランド●監督・脚本・製作:アキ・カウリスマキ●撮影・音楽:ティモ・サルミネン●時間:98分●出演:カティ・オウティネン/カリ・ヴァーナネン/エリナ・サロ/サカリ・クオスマネン/マルク・ペルトラ/マッティ・オンニスマー/ピエタリ(犬)●日本公開:1997/07●配給:ユーロスペース●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-12-07)(評価:★★★★)

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《読書MEMO》
■監督のインタビューからの抜粋
「わたしが「浮き雲」を作ろうとしていたとき、フィンランドでは失業率が22%にも達し、友人たちも破産の憂き目にあっていました。それほどたくさんの人たちが仕事を失い、 国中が絶望に覆われている状況のなかで、わたしはこの問題を見つめる映画を作りたいと思ったのです。結末については、ハッピーエンドにするしかありませんでした。 これはわたしが作った唯一のソーシャル・セラピー的な映画です。ただ本当は結末をもっと非情なものにしたいと思っていたので、納得がいかないという気持ちもありますが...」

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「労働者3部作」第3作。希望の無い終わり方だが、個人的にはこれはこれで良かった。

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「マッチ工場の少女」カティ・オウティネン
マッチ工場の少女01.jpg イリス(カティ・オウティネン)は母(エリナ・サロ)と継父(エスコ・ニッカリ)と暮らす冴えない独身女性。マッチ工場に勤めるが、両親は彼女の収入をあてにして働かず、家事までさせる始末。質素な身なりゆえか男性との出会いもなく、味気ない日マッチ工場の少女04.jpg々を送るイリス。ある給料日、イリスはショーウィマッチ工場の少女034.jpgンドーで見かけた派手なドレスを衝動買いする。両親に咎められ返品を命じられるが、かまわずドレスを着てディスコに行くと、アールネ(ヴェサ・ヴィエリッコ)という男に声をかけられる。一流企業に勤める彼の豪華なアパートで一夜を共にする二人。アールネに惚れ、さらなるデートを取り付けようとするイリス。自宅へ招き両親にまで会わせるが、あの夜のことは遊びだったとアールネは告げる。後日、妊娠していたことをマッチ工場の少女03.png知ったイリスは、一緒に子供を育てるようアールネに手紙を書く。しかし返事は小切手と、中絶を求める短い言葉だけ。放心して町へ彷徨い出たイリスは、クルマに撥ねられ流産する。さらに追い打ちをかけるように、母に心労をかけたとマッチ工場の少女058.jpgして継父から勘当される。兄(シル・セッパラ)のアパートに転がり込み、悲嘆に暮れるイリス。やがて意を決した彼女は、薬局で殺鼠剤を購入し、水に溶かして「毒」を作りボトルに入れてハンドバッグにしまう。アールネのアパートを訪ねると女が出てくる。入れ違うように中に入り、「お酒」と言うとアールネが二人分持ってくる。「氷も」と言い、アールネが取りに行っている間、彼のグラスに毒を注ぐ。「お別れに来マッチ工場の少女054.jpgたの。もうご心配要らないわ」小切手を返しマッチ工場の少女06.jpgイリスは去る。安心したアールネは酒を飲み干す。帰りにイリスがバーに寄りビールを飲みながら本を読んでいると、酔った男がナンパしてくる。イリスは微笑みかけ、彼のグラスに毒を注ぐ。翌日、イリスは実家に行き、母と継父に食事を用意する。ウォッカのボトルに残りの毒を全部入れ、自分は隣の部屋で一服しながら音楽を聴く。両親が死んだのを確認して家を出る。翌日工場で働いていると、二人の刑事がやってくる―。

 1990年公開のアキ・カウリスマキ監督の、「労働者(プロレタリアート)3部作」の「パラダイスの夕暮れ」('86年)、「真夜中の虹」('88年)に続く第3作。ベルリン国際映画祭「インターフィルム賞」受賞作。

マッチ工場の少女05.jpg 主演は「パラダイスの夕暮れ」に続いてカティ・オウティネン。ただし、「パラダイスの夕暮れ」「真夜中の虹」のような主人公たちの先行マッチ工場の少女02.pngきに希望を持たせるような話でもなく、むしろ、主人公のイリスがシリアルキラーみたになってしまうため(4人殺害した?)、後味の悪い作品と言えるかもしれません。こうした救いに無い終わり方をする作品は、カウリスマキ監督作では珍しいと言えます。したがって一般にはウケないかもしれませんが、個人的には、こうしたハッピーエンドではない作品も好きです。

 カウリスマキ監督が敬愛する小津安二郎の作品で言えば、主人公が終盤一気に自滅の道へ突き進んで行く「東京暮色」('57年)みたいな位置づけになるでしょうか。(「東京暮色」は1957年度「キネマ旬報ベストテン」で第19位と低位だったが、笠智衆によれば、小津安二郎自身がそのことを自虐を込めて語っていたようだ)。

 ハッピーエンドしか撮らない監督というのもまた面白味がないし、この作品の場合、確かに後味はよくないですが、主人公の内面では行為が完結したものとなっており(落とし前をつけた形で終わる)、しっかりとした芯が感じられる作品でした(ハッピーエンドとは別の意味でのカタルシスがある)。イリスの逮捕で映画は終わりますが、それがイリスにとっては納得済みで、むしろ的な終幕だったと言えます(因みに、フィンランドには死刑制度は無い)。

マッチ工場の少女061.jpg 主人公が唯一の理解者であると思われる兄の家に駆け込むと、室内にジュークボックスやビリヤード台がある洒落た感じの佇まいで、彼は意外と器用に生きているのかも(このシル・セッパラ演じる兄のキャラクターは、アキ・カウリスマキの兄ミカ・カウリスマキ監督、シル・セッパラ主演の「ゾンビ・アンド・ザ・ゴースト・トレイン」('91年/フィンランド)という作品に引き継がれているようだ)。家族の中で彼女だけが割食っている感じで、男女格差というのもモチーフとしてあるように思われます。簡単に女を捨てる男、娘に生活の糧をアテにする義父―こうした輩への批判が込められているのは勿論で、その意味では、フェニミズム映画とも言えるかと思います。

マッチ工場の少女v.jpgマッチ工場の少女p.jpg「マッチ工場の少女」●原題:TULITIKKUTEHTAAN TYTTO(英: THE MATCH FACTORY GIRL)●制作年:1990年●制作国:フィンランド●監督・脚本:アキ・カウリスマキ●製作:アキ・カウリスマキ/クラス・オロフソン/カティンカ・ファラーゴ●撮影:ティモ・サルミネン●時間:69分●出演:カティ・オウティネン/ヴェサ・ヴィエリッコ/エリナ・サロ/エスコ・ニッカリ/シル・セッパラ●日本公開:1991/03●配給:シネセゾン●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-11-23)((評価:★★★★)
 
   
  
 
マッチ工場の少女 [VHS]
 

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「労働者3部作」第2作。ハードボイルドロマン? 切なさと希望の映画。

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「真夜中の虹」トゥロ・パヤラ/スサンナ・ハーヴィスト/マッティ・ペロンパー
「真夜中の虹」00.jpg「真夜中の虹」01.jpg 北国の炭鉱が閉山し失業したカスリネン(トゥロ・パヤラ)。「南へ行け」と父からキャデラックのコンバーチブルを譲り受けた。父は拳銃自殺した。旅の途中二人組の強盗から有り金を全部奪われてしまう。辿り着いた港で日雇い労働者として働き出す。駐車監視員のイルメリ(スサンナ・ハーヴィスト)から違反を見逃してもらったかわりに食事をご馳走した。その夜彼女の家でベッドを共にした。翌朝寝ていると息子のリキ(エートゥ・ヒルカモ)に起こされ「仕事に行かないの?」と尋ねられる。シングルマザーのイルメリはいくつかのバイトを掛け持ちしていた。カスリネンは街に出て仕事を捜すがなかなか見つからない。安く泊まれる「教会宿泊所」を追い出され、やむを得ず父の車を売る。駅でシケモクを拾って火をつけようとしていたら強盗の一人を見つける。追い詰めたらナイフを出してきた。そ「真夜中の虹」04.jpgれを奪って床に押さえつけたところで警察が来た。強盗殺人未遂、凶器所持、公務執行妨害でカスリネンに1年11か月の懲役刑が下る。駅には不当逮捕を裏付けるであろう監視カメラがあったのに。イルメリと息子が刑務所に面会に来る。出所したら結婚しようと約束する。イルメリのことで侮辱してきた「真夜中の虹」05.jpg看守を殴り懲罰房に入れられる。イルメリとリキから差し入れのケーキが届く。ケーキの中には金鋸が入っていた。それを使い、同室者のミッコネン(マッティ・ペロンパー)と共に脱獄に成功する。売った車を取り戻し、イルメリを迎えに行き結婚式をあげる。カスリネン、ミッコネンは闇の業者に国外逃亡のための偽造パスポートを依頼する。業者から銃と車を借り、銀行強盗をして資金を調達する。ミッコネンが金のことで業者とトラブルになり刺される。それをみたカスリネンは業者二人を撃つ。ミッコネンを埋葬したあと、カスリネン、イルメリ、リキの3人は真夜中の港に停泊する貨物船アリエル号でメキシコをめざす―。

 1988年公開の、アキ・カウリスマキ監督の長編5作目で、「労働者(プロレタリアート)3部作」の第2作。仕事も家もお金も何もかも失った男が希望を求めて南へと向かう波乱万丈の旅を、カウリスマキ節というべき淡々としたタッチで綴っています(それでもカウリスマキ作品にしては"波乱万丈")。

「真夜中の虹」06.jpg 「ハードボイルドロマン」という触れ込みもあり、確かに「脱獄」を描いた箇所もありますが、誰かが言っていたように、ティム・ロビンスの用意周到さも(「ショーシャンクの空に」('94年/米))、スティーブ・マックイーンの華麗さや過酷さも(「大脱走」('63年/米)、「パピヨン」('73年))、クリント・イーストウッドの執念も(「アルカトラズからの脱出」('79年/米))、その何れも無い緩~い感じの脱獄でした(笑)。これがまたアキ・カウリスマキ監督らしいのですが、でも「レザボア・ドッグス」('92年/米)みたいなところもあって、一応、ハードボイルドなのかも(主人公はほとんど表情を変えず淡々としている点でもハードボイルド? だとしたら、カウリスマキ作品はどれもハードボイルドだとうことになってしまうが)。

「真夜中の虹」03.jpg カウリスマキ監督作品の常連マッティ・ペロンパーが演じる、主人公と刑務所で同室の男ミッコネンが良かったです(主人公が監房に入ったとたんに彼がいて、マッティ・ペロンパー、どんな役でもやるなあと(笑))。最初は不愛想で脱獄にも乗り気でなかったように見えましたが、実は同じような思いを秘めていた。共に脱獄した後は、カスリネンとイルメリの結婚式の立会人を務めたりもします。もう一人の立会人がそこらの警備員か何かなのが可笑しいですが(こうしたユーモアがカウリスマキ監督らしい)。
真夜中の虹 [VHS]
「真夜中の虹」v.jpg そのミッコネン、最後は、偽造パスポートの闇業者がカネを総獲りしようとしたことに抗って刺されてしまい、貨物船「アリエル号」で逃避行にタ旅立とうとするカスリネンらに対し、(自分の死体を)ごみ捨て場に埋めてくれと言うのがあまりに切な過ぎました。〈自由〉の夢はカスリネンら3人に託したということでしょう。

 カスリネンらが港について初めて船の行き先がメキシコであることを知るというのも、彼らの計画がかなり大雑把であったことを物語っていますが、「メキシコ」というのは、中盤のミッコネンがカスリネンに話した逃亡先の候補の中にありました。理想的だが行くのに金がかかると(物語としてはちゃんと伏線とオチになっているわけだ)。

 ラストに流れる「オズの魔法使い」('39年/米)のテーマ「虹の彼方に」が、映像的にもテーマ的にも作品にマッチしていて、アキ・カウリスマキ監督の音楽センスの良さを感じました(ウォン・カーウァイ監督が「欲望の翼」('90年/香港)でロス・インディオス・タバハラスやザビア・クガートの曲を使ったのを想起した)。原題は「アリエル」ですが、「真夜中の虹」という邦題は上手い付け方だと思います。

 イルメリの息子リキは賢くて強い子でした。幼い頃にこうした経験をした子は、メキシコの地でどんな大人になるかなあ。母親を支え続けるのは間違いないでしょう。切なさと希望の映画でした。

「真夜中の虹」●原題:ARIEL●制作年:1988年●制作国:フィンランド●監督・脚本・製作:アキ・カウリスマキ●撮影:ティモ・サルミネン●音楽:ヨウコ・ルッメ●時間:73分●出演:トゥロ・パヤラ/スサンナ・ハーヴィスト/マッティ・ペロンパー/ エートゥ・ヒルカモ/エスコ・ニッカリ●日本公開:1990/09●配給:シネセゾン●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-11-19)(評価:★★★★☆)

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「労働者3部作」第1作。カウリスマキ映画の作風の雛形が出来上がった作品。

パラダイスの夕暮れ1986.jpgパラダイスの夕暮れ03.jpg
パラダイスの夕暮れ (字幕版)」[Prime Video]マッティ・ペロンパー/カティ・オウティネン

パラダイスの夕暮れ103.jpg ニカンデル(マッティ・ペロンパー)はゴミの収集人。相棒と二人、収集車に乗ってゴミを集めて回る。仕事帰りにスーパーで買い物をしていると手首から血が出ていた。レジ係の女性イロナ(カティ・オウティネン)が親切に手当してくれた。ニカンデルは彼女に一目惚れする。年配の同僚(エスコ・ニッカリ)から「俺は独立してのし上がるつもりだ。一緒にやろう。」と誘われ、その気になったが、同僚は仕事中に急死してしまう。ショックを受けたニカンデルはバーで酔って暴れ、留置所に入れられた。そこで出会ったメラルティン(サカリ・クオスマネン)という失業中の男に自分の会社を紹介し、一緒に働くことになる。仕事中にパラダイスの夕暮れ104.jpg偶然イロパラダイスの夕暮れ105.jpgナに再会し、デートに誘う。ビンゴホールに連れて行ったら「わたしたちうまくいかない」と振られてしまう。イロナはスーパーの店長(ペッカ・ライホ)からクビを言い渡される。悔しくて事務所の手提げ金庫を盗んだ。帰り道、ニカンデルを見つけドライブをねだった。二人は郊外のホテルに泊まりゆっパラダイスの夕暮れ106.jpgくり話をした。翌朝、海を見ながら初めてキスをした。イロナがアパートに帰ると刑事が待っていた。彼女が取り調べを受けている間、ニカンデルはこっそりと金庫をスーパーの事務所に戻す。ニカンデルがイロナのアパートに行くとルームメイト(キッリ・ケンゲス)しかいなかった。彼女は荷物を纏めて出て行ったらしい。ニカンデルは車で探し回ったが見つからない。イロナはホテルが満室だったのでベンチで夜を明かし、朝になってニカンデルの部屋のベルを鳴らした。ニカンデルはコーヒーを出した。彼が仕事をしている間、イロナは彼のベッドで眠った。同棲が始まり、イロナは衣料品店で働き出したが、二人の心はすれ違う。夕食後、イロナが「散歩に行きたい」と言うのでニカンデルが「一緒に行こう」と言うと「独りがいいの」パラダイスの夕暮れ107.jpgと答える。メラルティン夫婦と一緒に4人で映画を観て、酒を飲もうと約束をしたのにイロナはすっぽかす。寂しく情けない思いをしたニカンデルはヘソをまげ、彼女をアパートから追い出す。レコードを聴いたり、パブで酒を飲んで自分を慰めたが、どうしても彼女に会いたかった。イロナは勤め先の店長(ユッカ=ペッカ・パロ)と高級レストランで食事をしていたが、気分が乗らず「帰るわ。ご馳走さま」と中座し、ニカンデルの部屋へ行き、留守だったが彼のレコードを聴きながら寝入ってしまった。その頃ニカンデルはパブの帰り道、暴漢におそわれてケガをして倒れていた。翌日、搬送された病院にメラルティンが見舞いに来た。やっぱりイロナに会いたい。病院を抜け出して彼女の店に行った。「迎えに来た。新婚旅行に行こう」「いいわね」二人をメラルティンは港まで送った―。

パラダイスの夕暮れ109.jpg 1986年公開の、アキ・カウリスマキ監督の、長編3作目で、「労働者(プロレタリアート)3部作」第1作。今に見られるカウリスマキ映画の独特の作風の雛形が出来上がった作品とされ、さらに、既にそれは完成形と言えるものになっています。また、アキ・カウリスマキ監督作の常連となるマッティ・ペロンパーとカティ・オウティネンの初共演作でもあります(ただし、マッティ・ペロンパーの方は、アキ・カウリスマキ監督と親交のあるジム・ジャームッシュ監督のオムニバス映画「ナイト・オン・ザ・プラネット」('91年/米)のヘルシンキ編にも出たりしていたが、残念ながら44歳で早逝した)。

マッティ・ペロンパー(1951-1995/44歳没)
 
 「労働者3部作」の第1作の主人公がゴミの収集人というのも象徴的です。因みに、労働者3部作のあとの2作(「真夜中の虹」「マッチ工場の少女」)はそれぞれ失業者、女工を主人公にしています。徹底して社会の片隅に生きる人々(少し貧しいが、心は優しい)を主人公にし続けているとこころが、ある意味凄いと思います(小津安二郎などの影響も受けているようだが、小津は途中から中流以上の家庭を舞台にするようになった)。

 この作品を観て、経済的に裕福ではない人を主人公に据えるとともに、彼らは、現状では幸福感が得られていないと言うか、幸福とは何か、自分が不幸だということにも気づかないでいるような状況で登場するのも特徴であると改めていました。イロナに「なぜ私といるの?」と訊かれたニカンデルが、「俺には理由なんてない。あるのはただ、この名前と、ゴミ集めの制服、虫歯に病気の肝臓、慢性胃炎...いちいち理由をつける贅沢なんて俺にはない」と、ちょっとハードボイルドっぽく返しますが(この男、時々ハードボイルドを気取るところもある)、自虐的と言うか達観してしまっている印象も受けます。二人は急接近したと思ったら離反したりしますが、最後はハッピーエンドに。でも、この先この二人、大丈夫かなという気もします(結構、発作的に行動する傾向が二人ともある)。

 ニカンデルの友人となるメラルティンを演じたサカリ・クオスマネンがいい味出していて、演じているメラルティンというのも実はいい男でした。ラスト、2人がソ連船でエストニアのタリンに新婚旅行で旅立つときに見送る姿が何とも言えませんでした(因みに、カウリスマキ監督は、旅立つ二人を映さず、見送る友人だけを撮っている)。この人もアキ・カウリスマキ監督作の常連で、「過去のない男」('02年)では悪徳警官を演じていました。強面の悪(ワル)の方が風貌的に似合うため、この映画での意外性が効いています。

 ビンゴホールというのがあるんだね。まあ、フツー、デートするような場所ではないけれど(笑)。カウリスマキ監督自身もホテルのフロント係として出演しています。フィンランドの地元のムード歌謡曲などが使われているのも、カウリスマキ監督作の特徴。あと無いのは、「犬」の演技だけでしょうか。

パラダイスの夕暮れ f.jpgパラダイスの夕暮れ108.jpg「パラダイスの夕暮れ」●原題:VARJOJA PARATIISISSA(英: SHADOWS IN PARADAISE)●制作年:1986年●制作国:フィンランド●監督・脚本:アキ・カウリスマキ●製作:ミカ・カウリスマキ●撮影:ティモ・サルミネン●時間:78分●出演:マッティ・ペロンパー/カティ・オウティネン/サカリ・クオスマネン/エスコ・ニッカリ/キッリ・ケンゲス/ペッカ・ライホ/ユッカ=ペッカ・パロ/ヴァンテ・コルキアコスキ/マリ・ランタシラ/ アキ・カウリスマキ(カメオ出演)●日本公開:2000/04●配給:ユーロスペース●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-10-10)(評価:★★★☆)

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アニメ映画化のメリットが大きい。監督は長崎に住む親戚を原爆で亡くしている日系アメリカ人。
風が吹くとき 1986.jpg 風が吹くとき1.jpg 風が吹くとき2.jpg 風が吹くとき 絵本.jpg
風が吹くとき デジタルリマスター版 [DVD]」/『風が吹くとき』['98年](さくま ゆみこ:訳)(上)/『風が吹くとき』['82年](小林忠夫:訳)(下右)
風が吹くとき 絵本1.jpg風が吹くとき 2.jpg イギリスの片田舎で平穏に暮らすジムとヒルダの夫婦は、二度の世界大戦をくぐり抜け、子どもも育て上げ、いまは老境に差し掛かっている。そんなある日、2人は近く新たな世界大戦が起こり、核爆弾が落ちてくるという知らせを聞く。ジムは政府が配ったパンフレットに従ってシェルターを作り備えるが、ほどなくして凄まじい爆風に襲われる。周囲が瓦礫になった中で生き延びた2人は、政府の教えに従ってシェルターでの生活を始めるが―。
ジェームズ・T・ムラカミ
風が吹くとき 1.jpg風が吹くとき 監督.jpg 1986年のジェームズ・T・ムラカミ監督作。原作は、「スノーマン」「さむがりやのサンタ」で知られるイギリスの作家・イラストレーターのレイモンド・ブリッグズが1982年に発表した、核戦争に際した初老の夫婦ブロッグス夫妻を主人公にした絵本で(原題:When the Wind Blows)、彼らが参考にする政府が発行したパンフレットは、イギリス政府が実際に刊行した手引書 "Protect and Survive" (『防護と生存(英語版)』)の内容を踏まえているとのことです。日本語版は1982年に小林忠夫の訳で篠崎書林から出版され、1998年にはさくまゆみこの訳であすなろ書房から出版されています(小林忠夫はあとがきで、作者は本書を現代のエリートたちへの警告の書として描いたとしている)。

風が吹くとき 3.jpg イギリス映画ですが、監督のジェームズ・T・ムラカミは、長崎に住む親戚を原爆で亡くしているという日系アメリカ人。音楽はロジャー・ウォーターズで、主題歌はデビッド・ボウイの英国人コンビ。日本語吹替え版は大島渚が監修し、ジムとヒルダの声を森繁久彌と加藤治子が担当。1987年7月に日本初公開。2008年7月、デジタルリマスター版が公開。2024年8月にも吹き替え版でリバイバル公開されましたが、個人的には字幕版で観ました。

風が吹くとき 4.jpg 夫婦が孤立の中、マニュアルを参照しながらも、時に無知や思い込みからくる誤った行動をとってしまうことなどから(日光浴をしたり、雨水を飲んだり...)、次第に"被曝死"への道を辿っていく様は恐ろしいものであり、夫婦が最後まで政府の助けが来ることを信じているのも、それが心情的には"救い"であると言うよりは、むしろ見ていて歯がゆくなる思いがします。でも、実際に身近に核爆弾が落ちたら、中途半端な知識なんか役に立たないんだろなあ。政府も何かしてくれるわけでもないし、そもそも何もできないでしょう。

ペーパーバック(1986)/ハードカバー(1987)
風が吹くとき 洋書.jpg風が吹くとき 本2.jpg 原作の絵本は、そうした会話部分は細かく区切られたコマ漫画になっていて、それがほとんどを占め、それだけ夫婦間で交わされる会話が重要であるということでしょう。ただし、必ずしも読みやすいというものではありません(小林忠夫は「大人が子どもに読んで聞かせる絵本」としている)。それをアニメ映画にすることで、会話と情景描写を同時に味わえるため、誰もが鑑賞しやすくなっており、映画化のメリットは大きいと思いました(原作者レイモンド・ブリッグズが脚本を担当))。

サクリファイス ニーチェ.jpg 因みに、核戦争が起きたと想定した映画では、この映画と同じ年に公開されたアンドレイ・タルコフスキー監督の「サクリファイス」('86年/スウェーデン・英・仏)があります。ハンガリーのタル・ベーラ監督の「ニーチェの馬」('11年ハンガリー・仏・スイス・独)もそうでした。ただ、いずれも、この「風が吹くとき」と同じく、核爆発や核攻撃の直接的な場面はありません(ただし、この「風が吹くとき」では、タイトル通り夫婦の家を凄まじい爆風が襲う場面はある)。

 「サクリファイス」では、世界の終りの危機が核戦争勃発によってもたらされたことが、登場人物がテレビでそのニュースを聴く場面があることから具体的に示されているのに対し(したがって「風が吹くとき」に近い形)、「ニーチェの馬」では、風吹きすさぶ中、父と娘が暮らす一軒家に立ち寄った男が、町は風で駄目になった」と言うだけです。ただし、2人きりで孤立して死を待つほかないとう状況は、「風が吹くとき」に似ているとも言えます。これらを見比べてみるのもよいかと思います。

風が吹くとき 本1.jpg風が吹くとき d.jpg「風が吹くとき」●原題:WHEN THE WIND BLOWS●制作年:1986年●制作国:イギリス●監督:ジェームズ・T・ムラカミ(日本語吹き替え版監督:大島渚)●製作:ジョン・コーツ●脚本:レイモンド・ブリッグズ●絵コンテ:ジミー・T・ムラカミ●音楽:ロジャー・ウォーターズ(主題歌:デビッド・ボウイ)●原作:レイモンド・ブリッグズ●時間:85分●出演:ジョン・ミルズ/ペギー・アシュクロフト/(日本語版)森繁久彌/加藤治子/田中秀幸●日本公開:1987/07●配給:ヘラルド・エース=日本ヘラルド映画●最初に観た場所:新宿武蔵野館(24-08-25)(評価:★★★★)

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南北戦争、スペクタクルシーンもあったが、やや冗長。それを一気に締めるラストの三つ巴決闘。

続・夕陽のガンマン b.jpg続・夕陽のガンマンp.jpg続・夕陽のガンマン0.jpg
クリント・イーストウッド/リー・ヴァン・クリーフ/イーライ・ウォラック

続・夕陽のガンマン/地獄の決斗 [Blu-ray]
続・夕陽のガンマン 特別版 [DVD]
続・夕陽のガンマンdvd.jpg 3人の賞金稼ぎが酒場に入った途端に銃撃戦となり、一人の男が店の窓を破って飛び出してきた。そして店内には3人の死体が。悪事を積み重ね2000ドルの賞金が懸かったその男の名前はテュコ<卑劣漢>(イーライ・ウォラック)。不敵な笑みを浮かべた一人の殺し屋の男が荒野の一家を訪れた。殺し屋はある兵士を追っており、その名前が知りたいという。名前を告げた一家の主は、金は倍額出すから依頼を破棄して代わりにその雇い主を殺してくれと頼むが、雇い主からの依頼は反故にできないが、追加で依頼を受ける分には構わないと言う。殺し屋は一家の父子を射殺し、別の雇い主に依頼を遂げたと告げ、雇い主も葬る。その男の名前はエンジェル<悪玉>(リー・ヴァン・クリーフ)。賞金稼ぎの待ち伏せに遭い包囲されるテュコ、とその場に金髪で長身のガンマンが現れ、3人の賞金稼ぎを早撃ちで斃す。金髪の男は賞金首のお尋ね者であるテュコ本人を売って賞金を受け取り、縛り首される寸前の縛り縄を長距離から狙撃で切断してテュコを逃走させては後で賞金を山分けする商売を繰り返していたが、テュコの賞金首の額が上限に達したため、商売に見切りをつけ荒野の真ん中でテュコを置き去りにして去る、その金髪の男の名前はブロンディ<善玉>(クリント・イーストウッド)。野垂れ死に寸前で町に到着したテュコは報復のためブロンディを嬲り殺しにしようとする。その砂漠の道中、死にかけた兵士を乗せた馬車に遭遇、その兵士こそエンジェルが追っている兵士だったが既に致命傷を負い、息も絶え絶えの中ブロンディに大金の在り処を伝えて事切れる。南北戦争の戦場を横目に3人の男達は、裏切り、痛めつけ、時には共闘し、時には互いに出し抜こうとし、隠された20万ドル相当の硬貨の在り処を目指す。大金が眠る墓場に到着した3人は、大金を総取りできる決闘で決着をつけようとする―。

続・夕陽のガンマンp3.jpg 1966年のセルジオ・レオーネ監督作で、「荒野の用心棒」('64年)と「夕陽のガンマン」('65年)に続く所謂「ドル箱三部作」(正確にはドル三部作)の第3作目であるとされている作品(ただし、年代的には一番古いとされている)。原題の Il buono, il brutto, il cattivo を直訳すると「善玉、卑劣漢、悪玉」ですが、英題(The Good, the Bad and the Ugly)では順番が変わって「善玉、悪玉、卑劣漢」となっています(前2作の英題がA Fistful of Dollars(荒野の用心棒)、For a Few Dollars More(夕陽のガンマン)なのに対し、この作品だけタイトルに「ドル」が無い)。日本で初めて劇場公開されたときには、「続・夕陽のガンマン/地獄の決斗」でしたが、ビデオ販売時に「続・夕陽のガンマン」になったようです。

 南北戦争が背景で、1500人の地方兵をエキストラに使い、60トンの爆薬を使用し、160万ドルで製作されていて(ただし、当時のハリウッド映画としてはむしろ低予算だそうだ)、橋の爆破シーンなど、壮大なスペクタクルシーンもあります。南北戦争を舞台にした映画には「風と共に去りぬ」などがありますが、戦闘の模様を描いた作品はあまり観る機会がないかもしれません。実際には、戦争映画ではないのですが、イーストウッド演じるブロンディが戦争の虚しさを示唆するような場面もあります(彼は橋を爆破して無駄な戦いを回避することで多くの人命を救ったことになり、その意味で確かに<善玉>と言えるかも)。

 ただ、南北戦争という舞台背景に、3人の主人公の金を巡る駆け引きを織り交ぜて描いているのが、却ってテンポを悪くして大味になっている印象もあります。戦争映画と言うより、前2作の続編として観ているということもあり、その流れで観てしまうと、3時間のは長さはやや冗長の感がありました(一方で、リー・ヴァン・クリーフ演じるエンジェルがいつも唐突に現れるなど、ストーリーが飛ぶような箇所もあった)。

続・夕陽のガンマン三つ巴.jpg それが、ラストの三つ巴の決闘で、それまでの「減点」を一気に取り戻した感じがします。ここまで来るとある種「様式美」です。映画撮影用に造られたスペインのサッドヒル(墓地)は、5000基の墓標が円形に配置された巨大オープンセットで、撮影の49年後にこの映画のファンの有志の人たちが、草や土に埋もれたままのサッドヒルを掘り返して2000基を復元し、このプロジェクトは「サッドヒルを掘り返せ」('17年/スペイン)という記録映画になっています。

 「ドル箱三部作」は後の方になればなるほどいいとの評価があります。例えばIMDbの評価を見ると、「荒野の用心棒」('64年)[7.9]<「夕陽のガンマン」('65年)[8.2]<「続・夕陽のガンマン」('66年)[8.8]とだんだん高い評価になっています。続編の方が本編より評価が高い映画というのは時々ありますが、第3作が最も高い評価であるケースというのは少ないかもしれません。特に、米国ではこの「続・夕陽のガンマン」の評価が高いようですが、日本でも3部作ではこれが一番という人が最近は多数派ではないでしょうか(公開当初はそうでもなかった)。

続・夕陽のガンマン り.jpg続・夕陽のガンマン9.jpg 個人的には、前2作と質的にやや異なる映画になっているため比べるのは難しいですが、先に述べた通り、後半"挽回"しているので(シリーズの流れに"回帰"しているとも言える)、前2作と同じく★★★★の評価です。リー・ヴァン・クリーフは前作「夕陽のガンマン」の方が好みだったかも(悪そうに見えて実はワケアリ)。「夕陽のガンマン」は、クリント・イーストウッドではなくリー・ヴァン・クリーフの映画でしたが、こっちはイーライ・ウォラックの映画になっているという印象です(3人の内、セリフが圧倒的に多いのがこの人)。

 因みに、IMDbではセルジオ・レオーネが生涯に監督した7作品のうち、「荒野の用心棒」「夕陽のガンマン」「続・夕陽のガンマン」「ウエスタン」「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」の5作品が2015年7月現在のユーザーの選んだTop250のリストにランクインしています。特にこの「続・夕陽のガンマン」は黒澤明監督の「七人の侍」などを凌ぎ、ハリウッド以外で製作された映画の中で最高の順位を獲得(当時)、根強い人気があることを窺わせます。

音楽:エンニオ・モリコーネ

続・夕陽のガンマp.jpg続・夕陽のガンマン09.jpg「続・夕陽のガンマン(続・夕陽のガンマン/地獄の決斗)」●原題: Il BUONO, Il BRUTTO, Il CATTIVO(英:THE GOOD, THE BAD AND THE UGLY●制作年:1966年●制作国:イタリア・西ドイツ・スぺイン・アメリカ●監督:セルジオ・レオーネ●製作:アルベルト・グリマルディ●脚本:フリオ・スカルペッリ/セルジオ・レオーネ/ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニ●撮影:トニーノ・デリ・コリ●音楽:エンニオ・モリコーネ新文芸坐241011.jpg●時間:178分(完全版)・162分(国際版)●出演:クリント・イーストウッド/リー・ヴァン・クリーフ/イーライ・ウォラック/マリオ・ブレガ/ルイジ・ピスティッリ/アルド・ジュフレ/アントニオ・カサール/クラウディオ・スカラチリ/サンドロ・スカラチリ/リヴィオ・ロレンゾン/ラダ・ラシモフ●日本公開:1967/12●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所(再見):池袋・新文芸坐(24-10-11)(評価:★★★★)

新文芸坐で無料配布されていた「続・夕陽のガンマン」ポストカード
続・夕陽のガンマンpc.jpg

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暴力と弱さの間で葛藤する人間。ハーベイ・カイテルが怪演。宗教的テーマか。

「バッド・ルーテナント」000.jpg
バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト 無修正 HDリマスター版
「バッド・ルーテナント」2.jpg 1988年、ニューヨークのブロンクス。警部補LT(ハーヴェイ・カイテル)は今朝も車中から二人の息子を見送りながら、目覚めのコカインを吸う。今日最初の事件は被害者二名の殺人事件。現場を離れコーヒーを買いに行くと、駐車場泥棒を見かけるが無視。次の事件は薬物売人グループの追跡。LTは売人をアパートの上階に追い詰めるふりをして、別の事件で入手した薬物を与え、自分のために取っておいた薬物を吸う。売人は数日内に薬物を売却し、売上金の一部をLTに渡すことを約束する。その頃、修道女(フランキー・ソーン)が教会で二人の若い不良からレイプされる事件があり、犯人逮捕の賞金は5万ドルとされる。LTは病院で医師の診断を受ける修道女を覗き見るが、彼女は犯人を恨まないとし、事件により神のご加護を受ける機会を得たと語る。翌朝、LTはテレビでメッツvs.ドジャースのリーグチャンピオンシップシリバッド・ルーテナント01.jpgーズで、自分が賭けていたドジャースが負けたのを見てがっくりするが、次の試合で掛金を倍にして取り戻そうとする。メッツは最初三連敗し、彼はドジャースの勝利を確信していのだ。今度の掛金は持ち金以上の3万ドル。彼の薬物使用および飲酒はさらにひどくなり、行動は制御不能に。他の事件現場で薬物を見つけてスーツのポケットに隠す。しかし注意力減退により薬物を路上に落とし、同僚は訝るが、彼は証拠として提出するつもりだったと嘘をつく。彼は掛金をさらに倍の6万ドルにする。ノミ屋は忠告するが、LTはこれまで三連敗したチームが優勝したことはないと言う。彼の犯罪行為は悪化し、親の車でクラブに行こうとした若い女性二人を路肩停車させ、猥褻行為を強要する。メッツが勝ち、彼は掛金をさらに倍にしようするが、ノミ屋はLTが胴元から殺害される恐れがあるとし、12万ドルの掛金は自殺行為だとして拒否、LTは胴元に掛金を告げる。飲酒運転をしながら試合結果を聴バッド・ルーテナント03.jpgくが、ドジャースが負け、カーラジオを銃で撃つ。やがて、売人から売上金のうち3万ドルを回収する。彼は修道女がレイプされた教会へ行くと、彼女が祭壇の前で跪いて祈っていた。彼は、もし彼女が犯人が誰か知っているのであれば、代わりに彼らを殺すと言うが、彼女はもう忘れたと繰り返し、祭壇の前に跪く、LTを残して去り、、LTは精神的に不安定になる。彼は祭壇の十字架に貼られたキリストを見て涙しながら罵声を浴びせ、最終的に自分の弱さを懺悔して罪の許しを請う。キリストの足元に這っていき、血まみれの足にキスをして顔を上げると、それはキリストではなく聖杯を持った近所の黒人女性だった。彼女は、LTに、夫の質店に二人のレイプ犯が聖杯を質入れしたのだと語る。LTはレイプ犯二人を追跡して発見し、二人を手錠で繋ぐ。彼らに銃口を向けつつ、メッツが歴史的大逆転をし優勝するところをテレビで見ながら三人で次々とコカインを吸う。そして、彼らをバスターミナルに連れて行き、二度とニューヨークに戻ってくるなと語り、3万ドルが入ったシガーボックスを持たせてバスに乗せる。二人をバスで逃がした後、泣きながら車を走らせ、道路で止まると、別の車が横づけし「おい、警官」と声を掛け、雑踏の中に銃声が二発響く。LTの車の周りに人が群がっていく―。

「バッド・ルーテナント」3.jpg アメリカ・インディーズ映画界の鬼才と言われるアベル・フェラーラの1992年公開作で、ニューヨークを舞台に、暴力と弱さのあいだで葛藤する人間と都市の暗部を描いた人間ドラマです。1992年のカンヌ国際映画祭で上映されるも、ショッキングな描写や内容から賛否を呼んだそうです。2024年に本邦でリバイバル上映されました。

バッド・ルーテナント03.gif 「ルーテナント(Lieutenant)」=「副官」「補佐官」はここでは警部補の意味であり、「バッド・ルーテナント」は悪徳刑事ということですが、そえを絵に描いたような堕落した主人公LTを、「ピアノ・レッスン」(墺・ニュージーランド・仏)、「スモーク」('95年/米)のハーベイ・カイテルが怪演しており、特に素っ裸でラリっているシーンは強烈な印象を残しました。

 しかしながら、内容的には哲学的とも言える問い掛けがあるものになっています。ハーベイ・カイテル演じる主人公が、酒とドラッグの日常に溺れながらも、最後に信仰らしきものを持つ(犯罪者に"赦し"を与える)のは、それなりに説得力があったように思います(主人公は、自分がカトリックであることを認めており、子供たちもカトリック系の学校 に通わせていた。ただし、今は信仰とは程遠い生活ぶりだった)。主人公は存在となる最後の信仰に辿り着いたことでキリスト者になり得たのか。でも、あっさり殺されてしまう。それが、彼の贖罪だったのか。

 公式リーフレットによると、そもそもこの映画は1982年にスパニッシュ・ハーレムで起きた尼僧強姦事件と、その事件解決のために教会だけでなく一般市民からも懸賞金の寄付が募られ、犯人がすぐ捕まったという出来事からインスパイアされたもので、共にカトリック教徒であるアベル・フェラーラ監督と女優のゾーイ・ルンドの共同脚本です(実質彼女が脚本の殆どを書き、撮影現場でもリライトをしながら出演していたようだ)。

 アベル・フェラーラ監督はその後仏教徒になったそうですが、それを聞くと、親鸞の「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」という言葉がこの映画から思い出されます。

ゾーイ・ルンド.jpgバッド・ルーテナント02.jpg 一方のゾーイ・ルンドは、ミュージシャン、モデル、女優、作家、脚本家、政治活動家、プロデューサーと多彩な活動をしながらも、1999年にパリで麻薬中毒による心不全で37歳で死去しています。この映画でハーベイ・カイテルがラリっているシーンが強烈な印象を残すのは、脚本家にそうしたバックグラウンドがあったからというのもあるかもしれません。

「レザボア・ドッグス」早稲田松竹.jpg
「バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト」●原題:BAD LIEUTENANT●制作年:1992年●制作国:アメリカ●監督:アベル・フェラーラ●製作:エドワード・R・プレスマン/マリー・ケイン●脚本:ジゾーイ・ルンド/アベル・フェラーラ●撮影:ケン・ケルシュ●音楽:ジョー・デリア●時間:96分●出演:ハーヴェイ・カイテル/ゾーイ・ルンド/フランキー・ソーン/ヴィクター・アルゴ/ポール・カルデロン/ レナード・トーマス/ロビン・バロウズ /ヴィクトリア・バステル●日本公開:1994/06●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:早稲田松竹(24-05-28)((評価:★★★☆)併映:「レザボア・ドッグス」(クエンティン・タランティーノ)
 
 
 

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最初は「取り引き」の関係だったのが、途中から本当の恋愛関係になっていく。

「ピアノ・レッスン」000.jpg
ピアノ・レッスン DVD HDリマスター版」ホリー・ハンター/ハーヴェイ・カイテル
ピアノ・レッスン01.jpg 1800年代半ば、主人公エイダ(ホリー・ハンター)は娘フローラ(アンナ・パキン)とピアノを伴い、スコットランドから未開の地ニュージーランドへ旅立った。現地では彼女の結婚相手スチュアート(サム・ニール)が迎えたが、彼は重いピアノを自宅へ運ぶことを拒み、ピアノを浜辺に置き去りにした。話すことができないエイダにとって、ピアノはかけがえのないものであり、エイダは娘を連れて何度も浜辺にピアノを弾きに訪れた。その姿とピアノに惹きつけられピアノ・レッスン02.jpgたベインズ(ハーヴェイ・カイテル)はピアノをスチュアートから自分の土地と交換して手に入れる。エイダに「黒鍵の数だけ自分にレッスンをしてくれたら、ピアノを返す」と約束すピアノ・レッスン04.jpgる。初めはベインズを嫌ったエイダだったが、レッスンを重ねるごとに気持ちが傾く。2人の秘密のレッスンを知ったスチュアートはエイダにベインズと会うことを禁じる。彼女は鍵盤にメッセージを書き、フローラにベインズへ届けるように託すが、情事を覗き見していたフローラは、スチュアートに鍵盤を渡して密告。スチュアートは逆上し、エイダの人指し指を切り落とす。だが、彼女の瞳にベインズへの思慕を読み取り、ベインズに2人で島を去るがいいと言う―。

ピアノ・レッスン03.jpgピアノ・レッスン 1993.jpgピアノ・レッスン v.jpg 1993年に公開されたジェーン・カンピオン監督作で(原題:The Piano)、ジェーン・カンピオン監督のオリジナル脚本であり、ノベライズ版が新潮文庫にもあります(ノーベル文学賞作家のアリス・マンローに「ピアノ・レッスン」という短編があるが(原題:Dance of the Happy Shades(幸せな木陰たちのダンス?))、あれはまったくの別作品)。「ピアノ・レッスン」は個人的には90年代のレンタルビデオ全盛期にビデオで観て、ああ、これ劇場で観てもよかったかなと思った作品の1本でしたが、「TOHOシネマズシャンテ」で4K版でリバイバル上映されることになり、最近そうした昔の作品を劇場で4K版で観る機会がよくあるのはありがたいです。

ピアノ・レッスン カイテル1.jpgピアノ・レッスン kaiteru 2.jpg ハーヴェイ・カイテル演じるマオリ族の男ベインズとホリー・ハンター演じる女エイダの関係は、最初は「取り引き」の関係であったのが、途中から本当の恋愛関係になっていく、その描き方が巧みです。果たしてエイダの行為は、純粋にピアノを取り戻すためだけのものだったのか。おそらく最初はそうだっただろうが...。今回観直してみて、エイダがベインズとの愛と官能の炎を燃え上がらせていく、そこに至るまでの過程を再確認するような感覚がありました。

 女性監督として初、またニュージーランド出身の映画監督として初となる「カンヌ国際映画祭パルム・ドール」と「女優賞」(ホリー・ハンター)を受賞した作品で、「ロンドン映画批評家協会賞 作品賞」をも受賞、米アカデミー賞でも主演女優賞、助演女優賞(アンナ・パキン)などを受賞しています(因みに、「オーストラリア映画協会賞」では、作品賞、監督賞、主演女優賞、主演男優賞、撮影賞、衣装デザイン賞、編集賞、作曲賞、美術賞、脚本賞、音響賞の11部門を受賞)。

 「アカデミー主演女優賞」のホリー・ハンターは(「カンヌ国際映画祭女優賞」「ゴールデングローブ賞主演女優賞(ドラマ部門)」なども受賞)、エイダ役に惚れこんでジェーン・カンピオン監督に熱心に売り込み、当初シガニー・ウィーバーをイメージしていたカンピオン監督を翻意させ、エイダ役を得たとのこと。ピアノ演奏の重要なシーンは本人が演奏しています。

ピアノ・レッスン07.jpg また、エイダの娘フローラを演じて「アカデミー助演女優賞」を受賞したアンナ・パキンは、当時11歳での受賞で、これは「ペーパー・ムーン」('73年)でのテータム・オニール(当時10歳)に次ぐ史上2番目の若さだとのことです。スチュアートが海岸に置き去りにしたピアノをエイダが弾き、フローラがバレイを踊るシーンは有名になりましたが、ニュージーランド北島の西海岸、ムリワイビーチ(カツオドリの群生地として有名)でロケされたそうです(ロジャー・ドナルドソン監督、アンソニー・ホプキンス主演の「世界最速のインディアン」('05年/ニュージーランド・米)もこのビーチをロケ地にしている)。

 マオリ族の男ベインズを演じたハーヴェイ・カイテルは、ギャング役などのイメージがある俳優ですが、マーティン・スコセッシ監督の「タクシードライバー」('76年)で売春宿のポン引き役を演じて注目され、フランシス・フォード・コッポラ監督の「地獄の黙示録」('79年)の主役ウィラード大尉役に抜擢されましたが、監督のフランシス・フォード・コッポラとの意見の相違と契約書の文面を巡って撮影開始わずか2週間後に降板(代役はマーティン・シーン)し、これが映画会社との間で「俳優の都合による契約違反」とされたためにハリウッドにおいて敬遠されるようになり、以後徐々に端役しか与えられなくなりました。そのため、活動の拠点をヨーロッパの映画に移し、リドリー・スコット監督らの作品に出演を重ねて復活のチャンスを地道に待ち(この頃もギャング役が多かったようだ)、同監督の「テルマ&ルイーズ」('91年)で義理人情に厚い刑事を演じて復活、同年公開の「バグジー」でアカデミー助演男優賞にノミネートされています。「ピアノ・レッスン」は完全復活を証明しただけでなく、演技の幅を見せた作品でもあったように思います。

ピアノ・レッスン05.jpg 19世紀の半ば、英国は開拓者として1万人以上の労働者をニュージーランドに送り込みましたが、その時代は入植者とマオリ族間で土地問題や人種差別問題で争いが絶えなかったようです。この作品にも入植者とマオリ族の諍いは描かれており、ヨーロッパ女性とマオリ男性との道ならぬ恋は、いといろな意味で話題となる背景だったのだろうと思われます。

 因みに、マオリ族はタヒチ島周辺を父祖とするポリネシア系民族で「ハワイキ」(マオリ語で故郷)からカヌーで来たとの伝説があり「ハワイ」を含む単語が物語るように、ハワイ原住民と同民族になります(ポリネシアンは数千キロをカヌーで移動している)。一方、古代の木造住居や入れ墨、お歯黒などの習慣は日本との共通性もある民族です。

TOHOシネマズ・シャンテ.jpg日比谷シャンテ・ シネ.jpg「ピアノ・レッスン」●原題:THE PIANO●制作年:1993年●制作国:オーストラリア/ニュージーランド/仏●監督・脚本:ジェーン・カンピオン●製作:ジェーン・チャップマン●撮影:スチュアート・ドライバーグ●音楽:マイケル・ナイマン●時間:121分●出演:ホリー・ハンター/ハーヴェイ・カイテル/サム・ニール/アンナ・パキン/ケリー・ウォーカー/ジュヌヴィエーヴ・レモン/トゥンギア・ベイカー/イアン・ミューン●日本公開:1994/02●配給:フランス映画社●最初に観た場所(再見):TOHOシネマズシャンテ(スクリーン2)(24-04-08)(評価:★★★★)
日比谷シャンテ・シネ 1987年10月3日、日比谷映画跡地に2スクリーンで開館。1995年~3スクリーン。2009年2月~「TOHOシネマズ シャンテ」に館名変更。

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原作者のポール・オースターらしさが活かされた映画。

「スモーク」01.jpg「スモーク」02.jpg
スモーク デジタルリマスター版 [Blu-ray]
ハーヴェイ・カイテル/ウィリアム・ハート(1950-2022)
スモーク 4.jpg ブルックリンの街角で小さな煙草店を営むオーギー・レン(ハーヴェイ・カイテル)は、10年以上毎日同じ時刻の同じ場所で写真を撮影していた。煙草屋の常連で、オーギーの親友でもあるポール・ベンジャミン(ウィリアム・ハート)は、作家であるが数年前に銀行強盗の流れ弾で妻を亡くして以来、仕事が手につかず悩んでいた。閉店間際の店に駆け込んだポールは、見せてもらったオーギーの写真集から亡き妻のありし姿を見つけ号泣する。ポールはボンヤリとして自動車に轢かれそうになったのを助けられ、ラシード(ハロルド・ペリノー・ジュニア)と出会う。その怪しい少年に感謝し、ポールは彼を自分の家に泊めてやる。2晩泊まった後にラシードは家を出て行ったが、その数日後にラシードの叔母を名乗る女性が現れた。ラシードの本名はトーマス・コールといい、偽名を使って各地を転々としていたのだ。その頃トーマスは生き別れた父親のサイラス(フォレスト・ウィテカー)に会いに、サイラスが営む小さなガレージを訪れた。トーマスはサイラスのガレージのスケッチをしているが、追い払われても退かず、そこでトーマスは以前世話になったポールの名前を偽名として用い、無理やり雇わせる。後日、トーマスはポールの元を再訪。ポールは先日トーマスの叔母が自分の元を訪れた経緯を述べ、本名を問い詰める。トーマスを追うギャングに押し入られ、ポールはトーマスのヤバさを知る。ルビー(ストッカード・チャニング)は戦争中、オーギーを裏切り他の男と結婚したが、娘がピンチだと金の工面に訪れる。ポールはトーマスの隠した6000ドルを自宅で見つけるが、その金はトーマスがタバコ屋のバイトでドジした賠償に当てられ、さらにルビーに渡される。トーマスはサイラスに本当の名を名乗り、息子であることを伝えるが、混乱から乱闘になる。オーギーは作家に昼食をとりながら過去にあったクリスマスの話をする。昔、万引き犯を追いかけるが逃げられ、落としていった財布には写真だけがあった。家を訪ねるとそこには盲目のおばあさんが一人で住んでいて、自分のことを孫だと思い込んだ。だから話を合わせて一緒にクリスマスを過ごしてきたという。それにポールは「本当にいいことをしたな。人を幸せにした。生きていることの価値だ」と言う。オーギーはその言葉に心から満足する。ポールはその話の原稿を書き始める―。

ポール・オースター.jpgウェイン・ワン.jpg 香港出身のウェイン・ワン監督の1995年公開作で、同年・第45回 「ベルリン国際映画祭」の銀熊賞(審査員特別賞)受賞作。原作は今年['24年]4月30日に77歳で没したポール・オースターが、ニューヨーク・タイムズ紙から依頼されて書いた短編小説。ポール・オースターは、事実を載せるはずの新聞に虚構を書けというアイデアが気に入って引き受けたそうで、そのタイムズ紙を読んでウェイン・ワン監督が感激して映画化をポール・オースターに持ちかけたということだったようです。ポール・オースターはウェイン・ワン監督と親交を深め、映画「スモーク」の脚本を書き下ろし、ハーヴェイ・カイテルやフォレスト・ウィテカーなどのキャストの選定もポール・オースターが行ったそうです。

スモーク p.jpg オーギーがポールにクリスマス・ストーリー(盲目のおばあさんとの話)を語る店は実在する惣菜屋で、この店での撮影に3日間もかかり、ポール・オースターはハーヴェイ・カイテルにセリフの一字一句変えることを禁じたとのこと。結果、このクリスマス・ストーリーを語るシーンが、ハーヴェイ・カイテルの演技の見せ処となったように思います。

 ラストで回想でそのオーギーの最後の話が演じられますが、実はおばあさんは声を聞いてすぐに別人だと分かっていたことは、オーギーの話の中で明かされていて、要するに、二人は互いに演技し合っていたということになります。また、オーギーがタバコ屋の前で撮影しているカメラは、そのとき去り際に盗んだものだった(箱に「キヤノンAE-1」とあった)という、ちょっと「オチ」っぽい終わり方で、このあたりはオースターらしいです。映画全体を通しても、原作者のポール・オースターらしさが活かされた映画と言えるかもしれません。

映画パンフレット(タバコ店の店名は「Brooklin CIGAR CO.」とある)

 「スモーク」を撮り終えた頃、余ったフィルムでスピンオフ作「ブルー・イン・ザ・フェイス」が即興で撮られ、6日間で撮り終えられたこの作品には、「スモーク」に出演したハーヴェイ・カイテル(同じく煙草屋の役)はもとより数多くの俳優が集まり、その中にはルー・リード、マイケル・J・フォックス、マドンナなどがいます(ポール・オースターはこの作品の脚本執筆&副監督を務めている)。

オーギー・レンのクリスマス・ストーリー00.jpg また、ポール・オースターが1987年の『ニューヨーク三部作』(City of Glass, Ghosts, The Locked Room)の発表から5年後の1992年に発表した原作(Auggie Wren's Christmas Story)は、柴田元幸訳、タダジュン絵で『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』('21年/スイッチパブリッシング)としオーギー・レンのクリスマス・ストーリー2.jpgて翻訳されています(絵本だが、原文は全部生かしている)。タダジュン氏のモノクロの絵がいい感じです。原作はポールの視点で描かれており、ニューヨーク・タイムズからクリスマスの朝刊に載せる短編を書かないかといわれ引き受けたものの、「クリスマス・スートリー」なんて書けないと悩んでいたという、作家ポール・オースター自身の経験を裏返しにして活かしています。「銀行強盗の流れ弾で妻を亡くした」とかはもちろん"脚本家ポール・オースター"としての創作ですが。原作では「銀行強盗の流れ弾で妻を亡くした」という話そのものが無く、これは映画のオリジナルです(ラシード少年の話なども原作には無い話で、原作では少年そのものが登場しない)。

オーギー・レンのクリスマス・ストーリー3.jpg 物語の中で、最後は、ポールはオーギーの盲目のおばあさんとの話は全部でっち上げではないかとも思いますが、彼の話を信じることにし、「誰か一人でも信じる人間がいる限り、本当でないない物語などありはしないのだ」として、小説のネタをくれたオーギーに感謝します。ある意味、「虚構」が入れ子構造になっているとも言え、「虚構の中にこそ真実がある」という作家のメッセージのように思いました。

翻訳夜話.jpg村上柴田.jpg 因みに、村上春樹氏・柴田元幸氏の共著の『翻訳夜話』('00年/文春新書)に、訳者によって翻訳がどう変わってくるかという見本として、両者それぞれの翻訳による「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」の抜粋とその原文が収録されているので、村上春樹訳と比べてみるのもいいかと思います。

村上春樹氏・柴田元幸氏

スモーク 3.jpg
「スモーク」●原題:SMOKE●制作年:1995年●制作国:アメリカ・日本・ドイツ●監督:ウェイン・ワン(王穎)●製作:ピーター・ニューマン/グレッグ・ジョンソン/黒岩久美/堀越謙三●脚本:ポール・オースター●撮影:アダム・ホレンダー●音楽:レイチェル・ポートマン●原作:ポール・オースター『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』●時間:113分●出演:ハーヴェイ・カイテル/ウィリアム・ハート/ハロルド・ペリノー・ジュニア/スモーク 2.jpgフォレスト・ウィテカー/ストッカード・チャニング/アシュレイ・ジャッド/エリカ・ギンペル/ジャレッド・ハリス/ヴィクター・アルゴ●日本公開:1995/10●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:新宿武蔵野館(24-06-05)((評価:★★★★)

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出てくる人が皆 "過剰"で、予想のつかないことが次から次へと起きる。テーマ的には家族の絆か。

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ルナ・パパ [DVD]」チュルパン・ハマートヴァ
「ルナ・パパ」0.jpg 満月の夜、女優を夢見るマムラカット(チュルパン・ハマートヴァ)は森で舞台俳優と名乗る男に声をかけられて互いに結ばれ「ルナ・パパ」1.jpgる。その後体の変調に気づいたマムラカットは村の医師を訪ねたものの、医師は流れ弾に当たって死ぬ。仕方なく父親(アト・ムハメドシャノフ)に妊娠を打ち明けるが、激怒した父親は戦争で精神を病んだ息子ナスレディン(モーリッツ・ブライプトロイ「ルナ・パパ」64.jpg)と彼女を引き連れて相手の男捜しに東奔西走。道中、困窮した状況を察したマムラカットは、売血を試みるが、ひょんなことから何もせずに金を貰えることに。村に帰ると、父親がわからない子を妊娠した彼女への村人からの罵倒が絶えず、一人村を出て列車に乗り込むマムラカットは、車内で売血の際に会った男と再会する。将来を悲観したマムラカットにその男は結婚を申し「ルナ・パパ」6.jpg出る。そして結婚式。だが晴れの舞台は一転し、新郎と父親の頭上に何故か空から牛が降ってきて直「ルナ・パパ」7.jpg撃、二人は湖にら落下して溺死するという悲劇に。後に月夜の男が判明。しかし、その男は、飛行機から牛を突き落とした男でもあった。怒ったマムラカットがその男に銃口を向けると、男は恐怖のあまり昏睡状態になる。兄ナスレディンは村人たちの怒号に追い詰められた妹のマムラカットを石垣の上に建つ家に逃す。するとその家の天井についた扇風機がプロペラとなり―。

「ルナ・パパ」監督.jpg 「ルナ・パパ」は、バフティヤル・フドイナザーロフ監督による1999年公開のファンタジックなドラマ。1999年の東京国際映画祭で上映され、「最優秀芸術貢献賞」を受賞した作品です。キルギス、タジキスタン、ウズベキスタンの三か国の国境が接する地域(グーグルマップで見ると、この辺りは国境が入り組んでいて、確かに作品に出てきた大きな湖もある)に3.5キロメートルにも及ぶ広大なセット建てて撮られた作品そうで、吹きさらしの荒野、西部劇みたいな舞台は、無声映画時代の(「グリード」('24年/米)に出てくるような)ハリウッドの砂漠のようでもあります。

バフティヤル・フドイナザーロフ監督(1965-2015/49歳没)

「ルナ・パパ」4.jpg「ルナ・パパ」2.jpg 出てくる人びとが皆何かにつけて"過剰"で、予想だにつかないことが次から次へと起き、まったく先が読めない展開で飽きさせませんでした。終盤は、風刺の色合いを強めるとともに、一気にファンタジスティックな展開へ。でも、一方で、そ「ルナ・パパ」668.jpgこまでにリアリズムを積み上げているから、それだけファンタジーの効果があるのでしょう。ラスト、「心の狭い人たちよ、さようなら」と語り手の「(母親の胎内にいる)ボク」は言い残して、「家」は、「天空の城 ラピュタ」の如く舞い上がります。

 今まで観たことのないタイプの作風の映画でしたが(テーマ的には家族の絆の要素が濃いか)、強いて言えばユーゴスラビアのサラエヴォ(現在はボスニア・ヘルツェゴビナの首都)出身のエミール・クリトリッツァ監督の「アンダーグラウンド」('95年/仏・独・ハンガリー・ユーゴスラビア・ブルガリア)や「黒猫・白猫」('98年/仏・独・ユーゴスラビア)などに通じるものがあるかなと勝手に思ったりもしました(ユーゴスラビアとタジキスタン、地理的には少し遠いが)。ネットで見たら、同じ印象を持った人がいたようです。

「ルナ・パパ」66.jpg「ルナ・パパ」42.jpg 真摯なヒロインのマムラカット(「大地」「祖国」という意味らしい)を演じたソビエト連邦生まれのロシアの女「ルナ・パパ」67.jpgチュルパン・ハマートヴァが良く、彼女はその後、ヴォルフガング・ベッカー監督の「グッバイ、レーニン!」('03年/独)や、2021年のカンヌ国際映画祭に出品されたキリル・セレブレニコフ監督の「インフル病みのペトロフ家」(露・仏・スイス・独)などにも出演。2022年2月にロシアがウクライナに侵攻した際にはラトビアに滞在しており、戦争に反対する請願に署名。その後ロシアへの帰国を断念し、3月20日に亡命を決断したことを公表しています。

「ルナ・パパ」s.jpg「ルナ・パパ」●原題:LUNA PAPA●制作年:1999年●制作国:ドイツ・オーストリア・日本●監督:バフティヤル・フドイナザーロフ●製作:カール・バウムガートナー/ ヘインツ・ストゥサック/ イーゴリ・トルストノフ/トマス・コーファー/フィリップ・アブリル●脚本:バフティヤル・フドイナザーロフ/イラー・クリナザーロフ●撮影:マーティン・グシュラハト/ドゥシャン・ヨクシモビッチ/ロスチスラフ・ピルーモフ●「ルナ・パパ」sb.jpg音楽:ダーレル・ナザーロフ●時間:108分●出演:チュルパン・ハマートヴァ/モーリッツ・ブラウプトロイ/アト・ムハメドシャノフ/ポリーナ・ライキナ/メラーブ・ミニッゼ●日本公開:200/07●配給:ユーロスペース●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-04-04)((評価:★★★★)
 

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タジキスタン内戦下での恋愛。ロープウェイでのデート。"愛は時や場所を選ばず"。

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「コシュ・バ・コシュ」パウリーナ・ガルベス/ダレル・マジダフ
「コシュ・バ・コシュ」1.jpg 内戦状態にある中央アジア・タジキスタンの首都ドゥシャンベで、ロープウェイの操縦士として働く青年ダレル(ダレル・マジダフ)。一方、モスクワから久々にドゥシャンベに帰ってきた女性ミラ(パウリーナ・ガルベス)は、父が「コシュ・バ・コシュ」3.jpg賭博で作った借金のかたにされてしまう。街で銃声が鳴り響く中、都会的なミラに一目惚れしたダレルは彼女の愛を獲得するべく突き進むが―。

バフティヤル・フドイナザーロフ.jpg 1993年公開のタジキスタンのバフティヤル・フドイナザーロフ監督(1965-2015/49歳没)作で、長編デビュー作「少年、機関車に乗る」('91年/タジキスタン・ソ連)で国際的に注目された同監督の長編第2作であり、内戦下のタジキスタンを舞台に若い男女の不器用な恋の行方を綴ったラブストーリー。1993年・第50回「ヴェネツィア国際映画祭」で銀獅子賞を受賞しています。

バフティヤル・フドイナザーロフ監督(1965-2015/49歳没)

「コシュ・バ・コシュ」v.jpg 因みにタジキスタンは、1991年のソ連の崩壊でタジキスタン共和国として独立したのですが、独立直後から共産党勢力とイスラム勢力の内戦状態が長く続き、最終和平合意が成立したのは1997年6月で、この間、内戦により約6万人が死亡したと言われています。

「コシュ・バ・コシュ」6.jpg タイトルの「コシュ・バ・コシュ」は、タジクの賭博用語で"勝ち負けなし"という意味だそうで、ここでは主人公の青年の恋模様を象徴していると思われます。一方の、主人公の女性は「コシュ・バ・コシュ」7.jpg、最後に「父の死」という哀しい思いをすることになりますが、気づいてみれば、そうした辛いことばかりではなかったことが示唆されています(彼女にとっても"勝ち負けなし"か)。ということで、一応はアンハッピーエンドな面もありながら、ハッピーエンドでもあると言えるのですが、実態としては結局父親の負債は、それを肩代わりした青年に引き継がれているだけなので、これから先も二人は大変だなあと(この青年もギャンブルで取り返そうと考えているところからすると依存症? かつての賭博仲間が誰も相手にしてくれないのは、誰もがトラブルに巻き込まれたくないからか)。

「コシュ・バ・コシュ」4.jpg 冒頭の女性の父親らが賭けをやる場面が迫真の演技で、この監督の演出力にただならぬものを感じました。青年の飄々とした雰囲気も良かったです。でも、将来がちょっと心配(笑)。砲火の音が響く一方で(実際に撮影の後半は内戦が激化した時期だったとのこと)、淡々と続く人々の生活を牧歌的なムードの中に描き、戦時下での恋、ロープウェイでのデートと、"愛は時や場所を選ばず"という主題を上手く浮き彫りにしていたように思います。

「コシュ・バ・コシュ」2.jpg 撮影に使われたロープウェイは、グーグルマップで検索すると今もあるみたいですが、観光用で使われているのかどうかはよくわかりません(そう言えば、この映画では、ロープウェイで干し草とか運んでいたけれど、観光客らしきはまったく出てこなかった)。個人的には、前エントリーで取り上げた「ある一生」('23年/独・墺)と併せて「ロープウェイが出てくる映画(アクション映画を除く)」のベスト5に入れておきたい作品です。
 
「コシュ・バ・コシュ」5.jpg「コシュ・バ・コシュ 恋はロープウェイに乗って」●原題:KOSH BA KOSH●制作年:1993年●制作国:タジキスタン●監督:バフティヤル・フドイナザーロフ●脚本:バフティヤル・フドイナザーロフ/レオニード・マフカーモフ●撮影:ゲオルギー・ザラーエフ●音楽:アフマド・バカエフ●時間:96分●出演:パウリーナ・ガルベス/ダレル・マジダフ/ボホドゥル・ジュラバエフ/アルバルジ・バヒロワ/ナビ・ベグムロドフ/ラジャブ・フセイノフ/ズィーズィデン・ヌーロフ●日本公開:1994/08●配給:ユーロスペース●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-04-02)((評価:★★★★)

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自分の人生の重要シーンを10挙げるとすれば何と何が来るか考えさせられた。

ある一生 映画.jpg ある一生1.jpg ある一生 原作.jpg
「ある一生」ポスター/シュテファン・ゴルスキー/『ある一生 (Shinchosha CREST BOOKS)』['19年]
ある一生 子供時代.jpg 1900年頃のオーストリア・アルプス。孤児の少年アンドレアス・エッガー(イヴァン・グスタフィク)は渓谷に住む、遠い親戚クランツシュトッカー(アンドレアス・ルスト)の農場にやってきた。しかし、農場主にとって、孤児は安価な働き手に過ぎず、虐げられた彼にとってのある一生2.jpg心の支えは老婆のアーンル(マリアンヌ・ゼーゲブレヒト)だけだった。彼女が亡くなると、成長したエッガー(シュテファン・ゴルスキー)を引き留めるものは何もなく、農場を出て、日雇い労働者として生計を立てる。その後、渓谷に電気ある一生3.jpgと観光客をもたらすロープウェーの建設作業員になると、最愛の人マリー(ユリア・フランツ・リヒター)と出会い、山奥の木造小屋で充実した結婚生活を送り始める。しかし、幸せな時間は長くは続かなかった。第二次世界大戦が勃発し、エッガーも戦地に召集されたもののソ連軍の捕虜となり、何年も経ってから、ようやく谷に戻ることができた。そして、時代は過ぎ、観光客で溢れた渓谷で、人生の終焉を迎えたエッガー(アウグスト・ツィルナー)は過去の出来事がフラッシュバックし、アルプスを目の前に立ち尽くす―。
   
ある一生5.jpg 「アンネの日記」('16年/独)のハンス・シュタインビッヒラー監督の2023年作。原作であるオーストリアの作家ローベルト・ゼーターラー(1966年、ウィーン生まれ。俳優として数々の舞台や映像作品に出演後、2006年『ビーネとクルト』で作家デビュー)の同名小説は、2014年に刊行されるや読書界の話題をさらい、世界40カ国以上で翻訳され160万部以上発行、ブッカー賞最終候補にもなった作品だそうです(2018年刊行の『野原』も「シュピーゲル」誌のベストセラーリスト1位を獲得している)。この原作を美しい情景と共に映画化し、激動の時代に翻弄されながら過酷な人生を歩んだ男の一生を描いたヒューマンドラマになっています(主人公の8歳の時をイヴァン・グスタフィク、18歳から47歳をシュテファン・ゴルスキー、60歳から80歳をアウグスト・ツィルナーが演じている)。

 「週刊文春」の映画評で、芝山幹郎氏(翻訳家)などはこの作品を褒めているのではないかと思ったら、「苦手な臭いを感じた」とのことで5つ星満点評価で★★★と抑えめの評価で(「過大評価したくない」とまで言っている)、中野翠氏(コラムニスト)の方がむしろ「一見淡々とした評価だが、胸の奥深くに滲みる」として★★★★とより高い評価だったのが意外でした。でも、言われてみれば、確かにあまりにストレートな造型で、芝山幹郎氏の気持ちも分からなくないです。

 戦争に行った以外は、山で生き、山で死んでいった無名の男エッガーの人生。個人的には、ラスト近くで、バスから降りた老エッガーに、それまでの人生の思い出がフラッシュバックして甦ってくるシーンが、彼の人生を集約しているようで良かったです。記憶の"結晶化"作用ではないですが、苦難に満ちたかに思えた彼の人生は、愛と幸福に満ちた人生でもあったのだなあと思ったのと、人生って集約すると、10前後の主だったシーンに纏まってしまうのかもしれないなあと思いました(自分の人生の重要シーンを10挙げるとすれば何と何が来るだろうかと考えさせられた)。

ある一生02.jpg 原作はどんな大河小説なのかと思って手にしてみたら、150ページほどのやや長めの中編といった感じの本でした。映画は原作に忠実に作られているのを感じましたが、映画はエッガーの一生を時系列で追っているのに対し、原作の方は人生を俯瞰するような描き方で、時に時系列が入れ替わったりします。
 
ローベルト・ゼーターラー 『ある一生 (Shinchosha CREST BOOKS) 』['19年]2025.6.7 蓼科親湯温泉にて

 例えば、映画の中盤にある、エッガーが山小屋で見つけた瀕死のヤギ飼い〈ヤギハネス〉を背負って山を下ろうとするも、エッガーは片脚が不自由なうえ、折りからの吹雪に足を滑らせて身動きが取れないでいると、ヤギハネスは、死は氷の女が魂を奪っていくのだと語り、雪の中へ駆けて消えていく―というシーンは、原作では冒頭に来ています(そして、マリーとの出会いがその次に来る)。
 
ある一生老.jpg また、映画では、エッガーが亡くなるシーンがラストで、その前に、前述のそれまでの人生の思い出がフラッシュバックするシーンがありますが、原作では、順番が逆転し、エッガーが亡くなったという記述の後に、彼がバスに乗り、さらにバスから降るシーンがあります。映画におけるフラッシュバックシーンは、原作では「ひとつひとつの記憶が蘇ってきた」となっています。そして「まだそのときじゃない」とエッガーは小声で言います(つまり、今はまだ死なないと)。原作は最も重要な場面を最初と最後に持ってきているとも言えます。主人公は哲学者でも何でもなく、山に生きる無骨な男ですが、映画には常に「生」と密接した「死」の雰囲気があります。そうしたことが作品テーマであることは、原作の構成が、生と死を巡る重要シーンを冒頭と最後に持ってきていることからも窺えるように思いました。単に無名の男の生涯を描いた"感動作"ということではなく、観る側に人生とは何かを考えさせる作品ともとれます(「評価する」か、芝山幹郎氏が言うところの「過大評価しない」かの分かれ目はこの点だろう)。

『バグダッド・カフェ』(1987)2.jpg 中野翠氏が「親代わりの老婆と、妻という救い」があったとしていますが、虐げられた少年にとっての心の支えとなった老婆アーンルを演じたのはマリアンヌ・ゼーゲブレヒト。パーシー・アドロン監督の「バグダッド・カフェ」 ('87年/西独)で、ジャック・パランス演じる老画家が恋心を抱くおデブの女性ジャスミンを演じていた女優で、あまり喋らないですが、存在感があってその印象は強烈でした。あれから36年、まだ現役なのだなあ(痩せた?)。

「バグダッド・カフェ」 ('87年/西独)
マリアンヌ・ゼーゲブレヒト/ジャック・パランス


ある一生4.jpg「ある一生」●原題:EIN GANZES LEBEN●制作年:2023年●制作国:ドイツ・オーストリア●監督:ハンス・シュタインビッヒラー●製作:ヤーコプ・ポホラトコ/ディエター・ポホラトコ/ティム・オーバーベラント /テオドール・グリンゲル/トビアス・アレクサンダー・サイファート/スカディ・リス●脚本:ウルリッヒ・リマー●撮影:アルミン・フランゼン●音楽:マシアス・ウェバー●原作:ローベルト・ゼーターラー●時間:115分●出演:シュテファン・ゴルスキー/アウグスト・ツィルナー/イバン・グスタフィク/アンドレアス・ルスト/ユリア・フランツ・リヒター/ロバート・スタッドローバー/トーマス・シューベルト/ルーカス・ウォルヒャー/マリアンネ・ゼーゲブレヒト/マリア・ホーフステッター/ペーター・ミッタールッツナー●日本公開:2024/07●配給:アットエンタテインメント●最初に観た場所:新宿武蔵野館(24-08-25)(評価:★★★★)

2024年8月25日 新宿武蔵野館
ある一生 m.jpg

「●み ヘンリー・ミラー」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 「●む 向田 邦子」【628】 向田 邦子 『思い出トランプ
「○海外文学・随筆など 【発表・刊行順】」の インデックッスへ 「●三島由紀夫」の インデックッスへ

文学的・哲学的色合いの濃いエッセイ集。三島作品をちゃんと読み込んでいる。

三島由紀夫の死 ミラー.jpgヘンリー・ミラー・コレクション(16).jpgヘンリー・ミラー.jpg 三島由紀夫自決.jpg
ヘンリー・ミラー(1891-1980) 三島由紀夫(1925-1975)
ヘンリー・ミラー・コレクション15 三島由紀夫の死』['17年]『ヘンリー・ミラー・コレクション16 対話/インタヴュー集成』['16年]
ヘンリー・ミラー1-10.jpg ヘンリー・ミラー(1891-1980)によるエッセイ集。白水社の2010年に完結した《ヘンリー・ミラー・コレクション全10巻》の、2013年12月から刊行が始まった第2シリーズ(2019年完結)の内の1冊で、通巻で第15巻になります(最終第16巻は対談・インタビュー集)。ヘンリー・ミラーが三島由紀夫自決の翌年1971年に発表したのが表題作「三島由紀夫の死」で、その他に、映画監督ブニュエルを称賛する「黄金時代」、写真家ブラッサイを語る「パリの眼」をはじめ10編のエッセイや書簡などを収録、テーマごとに5つにジャンルに分けています。
ヘンリーミラーコレクション 10冊 水声社 』[第1シリーズ]

 まず最初の「自己を語る」の章に収められた「自伝的覚書」が、自身の出自や来歴を語っていて興味深いです。「自分にとって作品を書く目的は、大いなる現実を打ち立てることにある」とし、「自分は写実主義や自然主義の作家ではない。人生を捉えようとしており、文学において、それは夢や象徴の使用によってはじめて達成できるように思われるのだ」としています(深い!)。

 この「自伝的覚書」を初め、以下に続くエッセイにも、エッセイでありながら哲学的であったり、或いは文学的な表現が多く見られ、彼の小説のようにシュールレアリズムっぽい表現もありますが、先に挙げたその言葉によれば作家自身は「現実」を希求しており、その結果がこの作家の場合はそうした表現になるものと思われました。

 「映像の領域」の章の「黄金時代」で、このルイス・ブニュエ監督の1930年作を絶賛しており、また、その他に自分が素晴らしいと思った作品を挙げているのが興味深いですが(かなり古い映画が多い)、その中で「「三本の日本の映画」(それぞれ古代、中世、近代の日本を扱ったもの)」としながら、「タイトルは忘れてしまった」というのが残念です。

ヘンリー・ミラー ブラッサイ.jpg 「パリの眼」で写真家のブラッサイとの出会いのことを語っていますが、ブラッサイにも『作家の誕生ヘンリー・ミラー』('79年/みすず書房)という、作家ではない人物が書いたとは思えない著書があります(ブラッサイの写真集『夜のパリ』('88年/みすず書房)でヘンリー・ミラーは被写体になっている。個人的には『ブラッサイ写真集成』('00年原著刊行、'05年/岩波書店)で見た)。

作家の誕生ヘンリー・ミラー (1979年)』『ブラッサイ著/ヘンリー・ミラーとの対話(Henry Miller, Happy Rock)』表紙:ヘンリー・ミラー、撮影:ブラッサイ


ヘンリー・ミラー、ホキ徳田.jpg ずっと文学的・哲学的なエッセイが続いて、それが最後の「三島由紀夫の死」だけがオーソドックスな評論スタイルであるので、逆に意外に思ってしまいました。「週刊ポスト」に1971年10月29日号から5週に渡って連載されたものですが(当時ヘンリー・ミラーの知名度はどれぐらいだったのか)、日本人に向けてこうした文章を書くのは、作家の当時の妻が日本人のホキ徳田(1937- 、ヘンリー・ミラーの8人目の妻として知られる)であることも関係していると、自らも書いています。

 ただし、『太陽と鉄』『金閣寺』など三島のカギとなる作品をちゃんと見込んでいるようで、その上で、所謂"三島事件"(三島が東京・市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部で、憲法改正と自衛隊の決起を訴えた演説(呼びかけ)を行い、その直後に割腹自殺を遂げた出来事)について、こう語っています。

「三島は高度の知性に恵まれていた。その三島ともあろう人が、大衆の心を変えようと試みても無駄だということを認識していなかったのだろうか」

「かつて大衆の意識変革に成功した人はひとりもいない。アレクサンドロス大王も、ナポレオンも、仏陀も、イエスも、ソクラテスも、マルキオンも、その他ぼくの知るかぎりだれひとりとして、それには成功しなかった。人類の大多数は惰眠を貪っている。あらゆる歴史を通じて眠ってきたし、おそらく原子爆弾が人類を全滅させるときにもまだ眠ったままだろう」

「彼らを目ざめさせることはできない。大衆にむかって、知的に、平和的に、美しく生きよと命じても、無駄に終るだけだ」

 三島の文学を評価しながらも、その死に対してネガティブな評価をしているのは、川端康成などに通じるものがあるように思いました(その川端もまた、三島の死から2年後に自ら命を絶った)。

 この「三島由紀夫の死」はパートⅠとパートⅡに分かれていて、後半にいけばいくほど文学的・哲学的になっていきます。個人的には全編を通して、ヘンリー・ミラーの小説が持つ独特の文学的・哲学的世界観を、これらのエッセイを通しても感じることができて(久しぶりにヘンリー・ミラーの文章に触れて嬉しかったというだけのことかもしれないが)良かったです。

《読書MEMO》
三島由紀夫の死 ミラー 大.jpg●目次
自己を語る
自伝的覚書(1939)/ブルックリン橋(1936)
生の哲学
心の知恵(1939)
映像の領域
黄金時代(1938)/パリの眼(1937)
友人との対話
ハムレット―ある書簡(1935--38)/若きベトナム詩人への手紙(1972)
同時代の文学・芸術運動との対決
いたるところにいるシュルレアリストへの公開状(1938)
アラブ・極東への眼差し
アルベール・コスリーの小説(1945)/三島由紀夫の死(1971)
解題
ヘンリー・ミラーのエッセイについて 松田憲次郎


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出版後40年を経て自身が作者であることを認めた才女ドミニク・オーリー。

『完訳Oの物語』.jpgO嬢の物語 講談社.jpg O嬢の物語 角川.jpg
完訳Oの物語』['09年]『O嬢の物語 (講談社文庫 れ 2-1)』(鈴木 豊:訳)['74年]『O嬢の物語 ポーリーヌ・レアージュ 澁澤龍彦/訳 (角川文庫)』['75年]『O嬢の物語 (角川文庫)』[Kindle版]
O嬢の物語 河出.jpg  O嬢の物語 旧訳.jpg
『O嬢の物語』(澁澤龍彦:訳/金子國義:挿画/河出書房新社)['76年]『O嬢の物語 (河出文庫 レ 1-1)』['10年] 『O嬢の物語』(清水正二郎(胡桃沢耕史):訳/浪速書房)['64年]/(清水正二郎:訳/戸山書房)['72年]

 女流ファッション写真家のOは、ある日恋人ルネにとある城館へ連れて来られ、複数の男の共有性的玩弄物となるよう、鞭打やその他肉体を蹂躙する手段をもって心身共に調教される。一ヶ月ほど後、城館を後にしたOは、ルネからステファン卿なる人物を紹介され、卿の求めに従ってルネから卿に譲り渡される。ステファン卿の持ち物となったOは凌辱と鞭打とを繰り返され、さらに卿の持ち物である証として尻に烙印を押され、性器に鉄の輪と鎖を付けられる。そしてある夜会で、梟の仮面を被せられ、陰部を脱毛されたOは衆目に晒されることになる―。

 1954年6月にジャン=ジャック・ポーヴェール書店より刊行された作品で、1955年にはフランスの前衛的な文学賞「ドゥー・マゴ賞」を受賞。本邦では、鈴木豊訳『O嬢の物語』が'74年に講談社文庫から(2015年Kindle版)、澁澤龍彦訳(矢川澄子が下訳)『O嬢の物語』が'75年に角川文庫から(2012年Kindle版)、'92年に河出O嬢の物語 漫画.jpg書房から(2010年河出文庫所収)刊行されていますが(そのほかにも、清水正二郎(胡桃沢耕史)訳『O嬢の物語』('61年新流社)などがある)、個人的には、高遠弘美訳『完訳Oの物語』('09年/学研プラス)で読みました(解説で澁澤龍彦訳、鈴木豊訳と自身の訳を比較したりしている)。グイド・クレパックス作画、巖谷國士訳のコミック版『O嬢の物語(全2巻)』('96年/リブロポート、'07年/エディシオン・トレヴィル)というのもあります。
O嬢の物語 1』['96年]

「O嬢の物語」vjsヌ.jpg「O嬢の物語」 .jpg 「エマニエル夫人」('74年/仏)のジュスト・ジャカン監督により、コリンヌ・クレリー、ウド・キア出演「O嬢の物語」('75年/仏)として映画化されていますが('78年に三鷹東映で、「ラストタンゴ・イン・パリ」(ベルナルド・ベルトリッチ)、「スキャンダル」(サルバトーレ・サ)との3本立てで観た)、焼きゴテが熱そうで、あまり文学の香りはしなかった(笑)。コリンヌ・クレリーはその後「ホテル」('77年/伊・西独)などへの出演を経て、「007 ムーンレイカー」('79年/英)に出ますが、歴代で最もセクシーなボンド・ガールだったとの声も一部にあるようです。

ジャン・ポーラン
ジャン・ポーラン1.jpgジャン・ポーラン2.gif 話を小説の方に戻して、作者のポーリーヌ・レアージュ(Pauline Réage)は女性名ですが、匿名で、発表当時から世界中で本当の作者は誰か話題が沸騰しました。書き手は男で(アルベール・カミュなどはそう確信していた)、本作に長い序文を寄せている言語学者で作家で文芸評論家であるジャン・ポーラン(1884-1968/83歳没)自身ではないかと言われ、一方で彼自身は序文で、「作者が女であるということには、ほとんど疑問の余地はあるまい」と書いていますが、この言は信用がならないと言われていました。

ドミニク・オーリー
ドミニク・オーリー.jpg ところが1994年、フランスの著名な女性編集者のドミニク・オーリー(1907-1998/90歳没)が自身が作者であることを認めたとの報道がありました(当時86歳)。彼女は以前から創作に関与しているのではないかと言われていたものの、それを否定し続けていましたが、40年を経て自分が作者であることを認めたことになります。彼女はソルボンヌ大学を卒業後ジャーナリストとして働き、ガリマール社に編集者として参加したりもしていました。

ジャン=ジャック・ポーヴェール
ジャン=ジャック・ポーヴェール.jpg 因みに、この作品は当初、ガリマール社に出版を断られた後、ジャン・ポーランが、1950年代初頭にマルキ・ド・サドの作品を出版したことで有名で、後に自身の作品『生きているサド』で「ドゥー・マゴ賞」を受賞するジャン・ジャック・ポーヴェールが経営するポーヴェール出版社に話を持ち掛けて出版に漕ぎつけています。ただし、オーリーが作者であることは、ポーラン、ポーヴェールとオーリー本人の3人だけの秘密であったようです。

 ドミニク・オーリーにとってジャン・ポーランは雇い主である同時に恋人であり、女性は性愛文学を書くことができないというポーランの考えが間違っているということを証明するために、この作品を書いたとのことです。また、ポーランより23歳年下ではあるものの、もう若くなく(当時ポーラン70歳、彼女は47歳ぐらいか)、ポーランを失うことを恐れていたオーリーは、彼の気を引くために「恋文として」この物語を書いたとも述べています(「若くもなくかわいくもない自分には、他の武器が必要であった」と説明している)。

 そうした前提でこの物語を読むと、延々たる性描写(ただし、卑猥な言葉は一切使われていない)なども何となく納得がいく気がし、確かに、彼女がポーランに宛てた膨大かつ蠱惑的なラブレターのようにも思えなくありません。ただし、第二部については、ドミニク・オーリーが書いたという説と、ジャン・ポーランが書いたという説があります(ジャン・ポーランが書いたとすれば、ラブレターの返し文みたいなものか)。

 以前、このブログで沼正三の『家畜人ヤプー』を"評価不能"としましたが、雑誌「奇譚クラブ」に掲載された作者の「沼正三」は正体不明の作家で、当時現職エリート判事だったK氏が作者だという説が有力です。個人の性的嗜好をそのまま表現したものが、文学表現的に優れていても「文学」としてはどうかなというのもあり、評価に迷ったというのがあります。

 この『Oの物語』の作者ドミニク・オーリーもたいへんな才女であり、社会的地位も高い点で少し似ているようなところがあるように思いました。"出版後40年を経て自身が作者であることを認めた才女"って、ちょっと劇的であるし、名乗らなかったのは、現代とは異なる当時の時代背景もあったことは想像に難くないでしょう。ただ、書いた動機はさることながら、女性の性の解放を謳っているともとれ(という言い方をするとまたフェミニストから批判があるが)、星4つ評価としました。でも、『家畜人ヤプー』同様、評価するのが難しいというのが本音です。

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「O嬢の物語」1975.jpg「O嬢の物語」コリンヌ.jpg「O嬢の物語」●原題:HISTOIRE D'O●制作年:1975年●制作国:フランス●監督:ジュスト・ジャカン●製作:エリック・ローシャ●脚本:セバスチャン・ジャプリゾ●撮影:ロベール・フレース●音楽:ピエール・バシュレ●原作:ポーリーヌ・レアージュ●時間:105分●出演:コリンヌ・クレリー/ウド・キア/アンソニー・スティール/ジャン・ギャバン/クリスチアーヌ・ミナッツォリ/マルティーヌ・ケリー/リ・セルグリーン/アラン・ヌーリー●日本公開:1976/03●配給:東宝東和●最初に観た場所:三鷹東映(78-02-04)(評価:★★)●併映:「ラストタンゴ・イン・パリ」(ベルナルド・ベルトリッチ)/「スキャンダル」(サルバトーレ・サンペリ)

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前半の「プール小説」の部分が面白かった(かなり)。人称の切り替わりが巧妙。

The Swimmers.jpg スイマーズ (Shinchosha CREST BOOKS)2.jpg ジュリー・オオツカ
The Swimmers: A novel』['22年]『スイマーズ (新潮クレスト・ブックス) 』['24年]

【第1章】「地下のプール」の語り手は、ある都市の安価な会員制公共地下プールに通い詰める私たち。描かれるのはプールでの水泳が生き甲斐の個性的なスイマーたち。地上の「現実生活」の装飾を外した裸の平等な付き合いに魅せられ、ここを「涅槃」と呼ぶ者もいる。その中には元検査技師のアリスという女性もいる。【第2章】「ひび」はプールの排水溝近くにできた細いひびがスイマーたちに及ぼす不安の波紋を描く。暫く何事もなく忘れかけた頃、ひびは複雑に広がり始め、同様の現象が、アメリカ中だけでなく、東京(ホテルニューオータニ)、ドバイ、フランス等でも起きていると報じられる。定期点検補修期間が何度か延長され、最後にプールの閉鎖が決定。常連たちはスイミング抜きの新生活設計に頭を悩ます。【第3章】「Diem Perdidi(ディエム・ペルディディ)」は三人称で、登場人物は彼女(アリス)とあなた(40代後半のアリスの娘)。アリスと娘の共通の思い出(娘の生まれる前を含めて)について、アリスが何を覚えていて、何を覚えていないかが、美しい言葉で綴られていく。【第4章】「ベラヴィスタ」は、営利型メモリー・レジデンス(認知症高齢者介護施設)(その施設名が「ベラヴェスタ」)の担当者が、入所してきた「あなた」(アリス)に施設の内容や生活、注意点など説明する内容で構成されている。【第5章】「ユーロニューロ」では、2人称の「あなた」で綴られ(「あなた」はアリスではなく、アリスの娘に変わっている)、彼女の夫が現れる―。

 2002年発表の『天皇が神だった頃』(邦訳2002年)と2011年発表の『屋根裏の仏様』(邦訳2016年)で評価を得た作者の2022年発表作。米カーネギー文学賞を受賞しています。

 冒頭の第1章、第2章だけでもプール小説(そんなジャンルがあるのか?)として楽しく読めましたが(黙々とプールに通う常連を一種のコミュニティとして捉えている)、第3章で話はがらっと変わり、「彼女」と呼ばれる老齢女性が「あなた」と呼ぶ娘に語る回想記になっていて、この彼女が、どうやら、第1章でプールに通っていた元検査技師のアリスの今現在の姿らしいです。老女は認知症が進行して昔のことは覚えているが最近の記憶は不確かで、ただし、35年以上前に通ったスイミングクラブの記憶はあるのです。

 彼女は50年前に女児を産んだが直ぐ亡くなり、その後に妹(あなた)と二人の弟を授かった。「あなた」が小学5年の時、一家は日本人強制収容所に送られたらしい。戦後父母は離婚、母娘は白人家庭のメイドで生活費を稼いだ。「あなた」は性的虐待を受けたらしい。母は独身で通し、娘は初婚に失敗し現在に至る。すっと弟たちとは疎遠―といろいろ苦難の道を経た家族のようです。

 第4章で、老人介護施設に入ることになった彼女は、入所日に施設側の入居説明を聞きますが、語られるのは「あなたは回復の望みはなく症状が進むだけ、退所はかなわない」ということで、つまり、ここで「生を終える」ということであり、日本の老人ホームの入居説明などと随分違うなあと。

 そして最後の第5章で、彼女の夫が登場(再婚していたのだ!)。夫は「研鑽の積んだエンジニア」で現在は退職した数学教授と明かされ、そう言えば、彼女も元検査技師でした(結婚後に夫の影響で検査技師になったのだろう)。娘である「あなた」は大学を出て作家になったようだ(コレ、作者だろう)。夫の献身と優しさに守られ、彼女の後半生は幸せだったようで、典型的な認知症の経過を辿って静かに亡くなると、毎日病院を訪れていた夫は、妻の脳を解剖に付すことを了解する(理系男子だから?)。そして妻を失った彼も静かに老いてゆく―。

 全体としては、親切で世話好きで前向きな母の一代記であり、娘から見た母の記録ですが(ノンフィクションっぽい)、読み始めた時には、まさか構成的にこんな展開になるとは思いませんでした。内容的にはやはり、前半の「プール小説」の部分が面白かったです(かなり)。地下プールでは、地上の世界では画家になれない人や、人員削減の憂き目に遭った広告マンや、仕事にあぶれた俳優たちが、見事にエネルギッシュな泳ぎを見せ、68往復泳ぐのがノルマという人もいたりします。「わたしたち」はスイミング愛によって結ばれていて、この地下プールは、心の癒しと尊厳の場であり(マインドフルネスの場とも言える)、一時の避難所であり、連帯感の在り処でもあるということです。自分、も毎月プールで15㎞泳ぎますが、このタイプの小説に初めて出会いました。

 テクニカルな部分で言えば、3章のうちの第1章、第2章が「わたしたち」という一人称複数で書かれていて、それが第3章で、主語が一人称複数から三人称単数の「彼女」に切り替わり、第4章では「わたしたち」は営利目的の介護施設の職員になっていて、第5章で「あなた」という二人称単数主語にスイッチしますが、この「あなた」とはアリスの娘(第3章の「あなた」と同じ)のことになります。こうしたテクニックが巧妙で、作品の完成度に寄与しているのは確か。昨年['24年]のノーベル文学書を受賞した韓江(ハンガン)の『すべての、白いものたちの』に通じるものを少しだけ感じました(こういうの、流行っているのか)。

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パレスチナの女性作家が描いたイスラエル兵の女性に対する「物(もの)化」。

『とるに足りない細部』図1.jpgとるに足りない細部.jpgとるに足りない細部2.jpg アダニーヤ・シブリー.jpg
とるに足りない細部』['24年]アダニーヤ・シブリー
Minor Detail』['20年/ペーパーバック ]
とるに足りない細部3.jpg【第一部】1949年8月13日。イスラエル独立戦争の翌年、戦闘で破壊されたキブツの跡地にイスラエル軍が駐屯を始める。駐屯軍の任務は、エジプトとの国境の策定と付近の安全確保だ。焼けつくネゲブ砂漠をパトロール中に藪の中に動きを発見。掃射後に見たのは死んだ6頭のラクダと黒い衣装の中で震えている少女だけ、男も武器もなかった。ベドウインの少女がラクダを連れ散歩していたのだったが、パトロール隊は少女を連行する―。

【第二部】25年後、語り手の女性は25年前のベドウイン少女レイプ虐殺事件を歴史の一頁として回顧したイスラエル記者の記事を読む。少女が殺された日付、1949年8月13日が自分の誕生日と同じと知って記者に連絡を取る。当惑気味の彼から現場付近の記念博物館などを聞き出す。レイプや虐殺はこの国では日常茶飯事に起きる「取るにたりない細部」に過ぎない。何故これほどまでに血が騒ぐのか彼女自身にも解らない―。

英語・スペイン語・フランス語・ドイツ語版
『とるに足りない細部』 .jpg 1974年生まれのパレスチナ人の女性作家アダニーヤ・シブリーによる作品で、2017年にアラビア語で発表されたのち各国語に翻訳され、全米図書賞翻訳部門最終候補(2020年)、国際ブッカー賞候補(20121年)になるなど高く評価されたたほか、2023年にはドイツの文学賞であるリベラトゥール賞を受賞。しかし同年10月、イスラエルによるガザへの攻撃が激化するなか、フランクフルト・ブックフェアで開催予定だった授賞式は同賞の主催団体によって中止され、ブックフェアは「イスラエル側に完全に連帯する」との声明を出し、この決定に対しては、作家や出版関係者を中心に世界中から抗議の声が上がったとのことです。

 上記のように、イスラエル駐屯軍の士官が語り手の第一部と、作者の分身とも思われる女性が語り手のに第二部に分れ、その間に25年の経過があって、第一部のイスラエル兵に集団レイプされ殺されたベドウイン少女の死亡日と、第二部の女性の語り手の誕生日が同日というだけの「取るにたりない」繋がりがあるという構成です。

 第一部の少女が連行されてからの描写が凄まじいです。士官自身はもともと、ベドウインは植物を植えることを知らず、羊やラクダを連れて草の根まで食べさせて土地を荒らし、後は移動するだけなのに、自分たちはこの約束の地に家を建て、井戸を掘り砂漠を農地や牧場に変え、やがては工場や商店を呼び込んで繁栄するだろうと、自負心と差別意識が相俟っているような人物。毒雲に噛まれた傷跡が悪化し化膿して幻覚症状に陥りますが、彼にとっては蜘蛛もベドウインも排除すべき生き物ということでは同じです。

 連行した少女をベドウインの部落に戻すか、指令本部に連れて行くべきか士官は考えますが、結局、泣きわめくだけの、垢と悪臭まみれの娘を広場に連れ出し、服を脱がせ、体を洗わせ、乳房や陰部を見物の兵に晒した後、少女を飯炊き女として使うか、慰めものにするかと提案。隊長は次の日の朝まで少女への接触を禁じる命令を出し、少女を自分の小屋で犯した後、三日間兵士に与え、さらにその後、少女を撃ち、砂漠に予め用意した穴に埋める。本部には完全隠蔽。兵士に「極く些細な気晴らし」を与えたのだった―。

 第二部で、少女が殺された事情を探ろうとする語り手(パレスチナ人)は、ガザに住む友人に頼んで通行証を、男友達に頼んでレンタカーを借り、搭乗者に名前を追加してもらって検問所を突破。しかし、道に迷い、新たに出来た高速道路や入植地のアパート群に、この地の変わりように驚く。やっと事件の現場らしき場所へ行き着くと、博物館の人のいい管理人が、昔井戸に投げ込まれたベドウイン人の少女の死体を見たと話すが、アラブ人は挙動が怪しい人間を井戸に投げ込むことがあるという、史実と違う話になっている―。

 翌朝、廃墟の近くで、当時司令官が住み少女がレイプされた小屋に似ている小屋を見つけ近づくが「そこを動くな」の声で我に返る。彼女は知らないうちに軍事施設の中に入り込んでいたのだ。銃口が狙っているのが判り、何気なくポケットに手を入れた瞬間―。

 ストーリーは登場人物の内面に入り込むのを避け、出来事を淡々と述べるスタイルで進行していきますが、作者自身、余計な想念を働かせずに物語として読んでほしいと言っており、また、この物語を政治情勢と絡めて論じられることを忌避しているようです。個人的にも読んでいて、字も読めないベドウイン少女ともう一人の作者を想起させる知識人女性は、女性という「弱者としての性」で繋がっているように思いました。

 イスラエル兵によるその女性に対する「物(もの)化」は、イスラム社会における「男尊女卑」を超えているとも捉えることができます。その意味で、普遍性のある作品であると同時に、(史実と異なる伝承がされていることなども含め)政治的な読まれ方をされることがある程度避けられない作品でもあるように思いました。それでも佳作だと思います。

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村と共に死んでいく男。『ペドロ・パラモ』を想起した。死に対する怖れと安心。

黄色い雨0.jpg黄色い雨.jpg フリオ・リャマサーレス.jpg
黄色い雨』['05年]『黄色い雨 (河出文庫 リ 5-1)』['17年]フリオ・リャマサーレス(1955年生まれ)

 舞台はピレネー山脈麓の過疎村アイニェーリェ村。主人公の私の語りで物語は進む。村の住民が次々に離村していった。私の娘はたった四歳の時に病気で苦しみ抜いた末に死んだ。私の息子も一人はスペイン内戦の時に徴兵されて消息不明となり、もう一人の息子も家族を捨てて出て行ったきりである。結局、私と妻のサビーナ、そして飼っている雌犬のみが村に残された。そして、妻もやがて寂しさに耐えきれなくなって、首を括って死んだ。私は廃村になった村で雌犬と共に細々と命を繋いだが、ただ死を待ち受けているだけにも思えた。私はある日、毒蛇に噛まれて生死の境を彷徨った。そして、その頃から、私の前の死者たちが現れるようになった。まずは母親、そして親族。そしてある日、唯一かけがえのない友である雌犬に、死の象徴であるポプラの枯れ葉色の影が落ちていることに気づいた。いずれこの時が来ると覚悟していた私は、そのためにとっておいた銃弾で犬を撃ち殺して死者たちのもとへ送り出し、自分もベッドに横人って死の訪れを待った―。

La Lluvia Amarilla.jpg スペインの小説家、詩人フリオ・リャマサーレス(1955年生まれ)が1988年に発表した小説で(原題:La lluvia amarilla)、リャマサーレスはマドリッド大学の法学部に入学し、卒業後は弁護士を経てジャーナリストとして働く傍らで詩を書き続けていましたが、この作品で(法律やジャーナリズムとは対極にあるような幻想的な作品だが)世界的に知られるようになり、小説の執筆に活動の重点を移したとのことです。

La Lluvia Amarilla』(スペイン語版ペーパーバック)

 小説の舞台のアイニェーリェ村は実在することが小説の冒頭に書かれています。1970年に廃村になったものの、家々は徐々に崩れながらもまだ建っていると。そして主人公の「私」も、次々に崩壊していく家屋を眺めながら、過去の思い出について語り出す。村であった出来事、村を離れていく息子や近所の人々。村と共に生き、今は村と共に死に絶えようとしている「私」は決して死から目をそらすことなく、最後まで冷静に観察を続け、或いは見方によっては、もうすでに死んでいて、死者の世界から語り掛けているようにもとれます。

 ちょっと、ラテンアメリカ文学におけるマジックリアリズム的雰囲気も感じました。そう言えば、『百年の孤独』ガブリエル・ガルシア=マルケスも、ジャーナリスト兼小説家(ジャーナリストが先で小説家が後から)でした。ただし、個人的に最も想起させられたのは、同じくラテンアメリカ文学で、1955年にメキシコの作家フアン・ルルフォが発表した『ペドロ・パラモ』(1979年/岩波現代選書)でした。

 『ペドロ・パラモ』の主人公「おれ」は、母親が亡くなる際に言い遺した、自分たちを見捨てた父親に会って償いをさせろという言葉に従い、顔も知らない父親ペドロ・パラモを捜しに、ある町に辿り着きますが、町には生きている者はなく、ただ、死者ばかりが過去を懐かしんで、蠢いているだけだった―というもの。この小説のスゴイところは、何と主人公も実は死んでいたということで(途中でそのことがわかるが。それまで自分が死んでいることに気づかない)、シュールなところが似ているように思いました。

 『黄色い雨』は、200ページ弱と中編と長編の間ぐらいの長さですが、物語の最初の方で妻が首を吊って死んでしまい、あとは傍にいるのは雌犬ただ一匹という孤独な〈私〉が、迫りくる死と向き合い、それを見つめ続けるという重苦しい描写が続きます。ただし、一方で、失われた多くのものへの美しいレクイエム的な感情も描かれています。

 結局、最期、人間は一人で死んでいくのだということでしょう。失われたものたちへの深い哀惜の念を抱きながら、やがて自分もいつかその一員となるという、死に対する怖れと、死を受け入れることによる安心。そうした思いを読む側に抱かせる不思議な作品でした。

【2017年文庫化[河出文庫]】

《読書MEMO》
●2025年11月29日(土)付の「朝日新聞」朝刊の読書面「気になる本 読みかえす本」で、ロックバンド「クリープハイプ」のボーカル&ギターの(小説家でもある)尾崎世界観氏がこのフリオ・リャマサーレスの小説『黄色い雨』を紹介していた。コロナ禍の時の読んだとのこと。この記事は、朝日新聞社の関連サイト「好書好日」でも読める(「他者の存在から自分が見える 尾崎世界観」)。


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「○海外文学・随筆など 【発表・刊行順】」の インデックッスへ ○ノーベル文学賞受賞者(アナトール・フランス) 

「賢く考えていながら愚かに行動するのが、人間の性」。やるせない話だった。

神々は渇く f.jpg
神々は渇く.jpg アナトール・フランス1921.jpg アナトール・フランス(1921)
神々は渇く (岩波文庫 赤 543-3)』['77年]

Les Dieux ont soi』['93年]

Les Dieux ont Soif, 19121.jpg 貧しくも正義感あふれる愛国的な青年画家エヴァリスト・ガムランは、あるきっかけで革命裁判所の陪審員になって権力を持ち、ジャコバン派の影響を受けたことで、「残虐非道な化物」と化して、元貴族、亡命を試みた者、無神論者、娼婦等を悉く死刑にするようになる。元貴族で今は屋根裏部屋で暮らす老人ブロトは、ルクレティウスを信奉する無神論者で、聡明な彼は、人命を脅かす革命裁判所を長く続かないとし、「革命裁判所には低劣な正義感と平板な平等意識とが支配しています。これがやがて革命裁判所を憎むべきもの嗤うべきものにし、万人に嫌悪を催させることになるでしょう」と予言する。そして、その思想ゆえに逮捕される―。

Les Dieux ont soif』['18年]ペーパーバック

 アナトール・フランスの、フランス革命期の恐怖政治とそれに巻き込まれる人々を描いた歴史小説で、1911年11月から1912年1月にかけて「パリ評論」誌に掲載され、1912年6月に単行本として刊行されました(原題:Les Dieux ont Soif)。多くの資料に基づいて組まれたそのプロットは老練で、緻密な風俗描写は、読む者を18世紀末の騒乱の体験者にしてしまうようなリアリティがあります。

Les Dieux ont Soif, 19122.jpg 主人公のエヴァリストは、恋人エロディが過去に付き合っていた男に嫉妬しており、それらしき貴族が逮捕されると、こいつに違いないと思い込み、エロディが否定するにもかかわらず、人違いで死刑を宣告してしまいます。また、革命裁判所の判事ルノダンに至っては、逮捕された貴族シャサーニュの愛人であるジュリ(エヴァリストの妹)からシャサーニュを救ってほしいと頼まれると、肉体交渉を迫り、その後で約束を破ります(藤沢周平原作、山田洋次監督の「隠し剣 鬼の爪」('04年/松竹)に出てくる悪徳家老みたい)。

 そして、ブロトが予言したように、民衆から「もうたくさんだ!」という声が上がり始め、所謂「テルミドールのクーデター」によってロベスピエールが失脚すると、エヴァリストたちはかつて貴族たちを罵っていた民衆に罵倒されながら革命広場の処刑場へと送られますが、彼は自分がしたことを悔やみはせず、もっと多くの人間を死刑にできなかった己の寛容さを悔みつつ断頭台の露と消えていく―という、もともと繊細な精神の画家で、母親思いの優しい男だったのが、どういう運命のいやずらでこうなったしまうのかという、スゴイと言うかやるせない話でした(ブロト老人のような人物の存在が唯一の救いか)。

Les Dieux ont Soif, 19123.jpg 作者は、老人ブロトにシンパシーを寄せていますが、エヴァリストを突き放しているわけではなく、この美貌の怪物は、飢えた母子にパンを恵み、農夫が小麦を刈るのを見て涙し、見知らぬ少年に銀貨を与え、初めて陪審員席に座った時は、騎兵隊の馬糧でひと儲けしようとした悪党を「証拠がない」と無罪にしたりもして、寛容さも見せています。そんな彼が「残虐非道な化物」になってからは、常に悪夢にうなされ、「自分は忌まわしい者とされて死ぬだろう」と自覚しており、それでも冷酷に徹するのは、王や貴族や彼らに与する者など「祖国の敵どものけがれた血」を流す大役を引き受けようとするヒロイックな愛国心ゆえです。

 しかしながら、例えば、「国王万歳!」と叫んで逮捕される娼婦には愛国心が無いとしてエヴァリストが彼女たちを憎むのは、実は個人的な感情に起因していて、「官能と精神との快楽を享受し、生きることが愉しかった時代に生きていた」者を嫌悪していためで、ただし、本人にはその自覚は無く、革命の混乱時において、誰かがやらねばならぬ仕事を愛国者として全うし、公安に寄与していると思い込んでいる一方で、自身の性生活はタガが外れたようになり、狂った男の血の匂いに興奮する恋人エロディの激しい愛撫によって快楽と癒しを得ているという、快楽を否定しながら、自身が快楽に嵌る矛盾に陥っています。

 エヴァリストのような人間を人でなしの化物として攻撃するのは簡単ですが、いざ狂熱の時代に投げ込まれ、同じ立場に身を置く羽目に陥った時、彼のようにならないと誰もが断言できるでしょうか。作者は「主人公ガムランは、ほとんど化物のような人物だ。しかし人間は徳の名において正義を行使するにはあまりにも不完全であること、されば人生の掟は寛容と仁慈とでなければならないことを、私は示したかったのだ」と語っています。

 人間の不完全さについては、エピクロスも『わが友の書』で「賢く考えていながら愚かに行動するのが、人間の性だ」と記しており、また、アナトール・フランスによる『エピクロスの園』に記された、「快楽は恐怖が混じっていてこそ人を陶酔させる」や「人間が真に人間としてとどまるのは憐れみによってである」という言葉は、『神々は渇く』にも貫かれています。

 エヴァリストは貧しい芸術家で、純粋で、弱き者に同情的で、無神論者に共感することもあったのが、ジャコバン派の集会に通い詰めるうちに、「清廉潔白の人」ロベスピエールの教えに染まり、その分身たらんとしたのですが。こういうタイプの人間はいつの時代にもいて、彼らは往々にして、新たに生まれ変わった自分をむやみに徹底させ、極端に走りたがるので、こうした人間が権力を持つとロクなことにならないということでしょう。その周囲にいて巻き添えを食らう人は堪らないし、結局は本人も破滅への道を歩むことになるのでしょう。

神々は渇く い.jpg 『神々は渇く』は歴史小説であるため面白く、革命裁判の様子は、臨場感満点です。史実がベースとなっているので、ストーリーの展開は周知のものですが、先にも述べた通り、その時代の目撃者になっている気持ちにさせられ、大河ドラマを観ているような印象もあり、その時代をくぐり抜けてきたような疑似体験ができます。

 結局、「人間は本能と感情とによって導かれる」ため、いざという時、自分の行動にそれを上手く生かすには、普段から自分を見つめ、統制し、訓練しておくことが必要なのでしょう。自分自身の哲学を持っておくことも必要でしょう。それでも、いざとなったらどうなるか、保証の限りではないですが(心許ないね)。

【1932年単行本[春陽堂(『血に飢えた神々』)]/1950年全集本[白水社(『アナトオル・フランス長篇小説全集』)]/1961年文庫化[角川文庫(根津憲三:訳)]/1977年再文庫化[岩波文庫(大塚幸男:訳)]】

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心温まる作品。「情けは人の為ならず」ということか。

シルヴェストル・ボナールの罪2.jpgシルヴェストル・ボナールの罪.jpg アナトール・フランス.jpg アナトール・フランス
シルヴェストル・ボナールの罪 (岩波文庫 赤 543-4) 』['75年]

Le Crime De Sylvestre Bonnard (Folio classique)』['91年]
第一部「薪」
 主人公シルヴェストル・ボナールはパリ在住の文献学者であり、セーヌ河畔の家で、婆やと一匹の老猫とともに暮らしている。ボナールはある貴重な写本の行方を追ってシチリア島まで旅する。しかし、写本はすでに売り払われた後だった。彼は、パリのオークション会場で目当ての写本を競り落とそうと奮闘するが、競り値は高騰し、写本は落札できなかった。ところが彼は、かつて恩を施したことのある貧しかった女性から思わぬ贈り物を受けることになる―。

シルヴェストル・ボナールの罪2bu.jpg第二部「ジャンヌ・アレクサンドル」
 ボナールは、若いころの悲恋の相手だった女性の孫娘ジャンヌが孤児となって不幸な生活を送っていることを知り、その待遇改善を働きかけるが、ついには彼女を引き取ってその後見人となる。その後、ボナールの教えを受けていた学生とジャンヌが惹かれ合い、二人は結婚することになる。ジャンヌの持参金作りのため、ボナールは蔵書を売り払うことに決めるが、愛着があってどうしても手放し難い書物を夜中に抜き取って自分の元に留めてしまう(これが表題の「罪」を意味している)―。

フェルナン・シメオン(フランス語版)の挿絵による第二部の一場面

 1921年にノーベル文学賞を受賞したアナトール・フランス(1844-1924)が1881年、37歳のときに発表した作品(原題:Le Crime de Sylvestre Bonnard)であり、その年齢にして54歳から70歳までの主人公を描いていることになりますが、この作品はアカデミー・フランセーズから文学賞を授賞され、彼は作家として一般的な名声を得ることになったとされています。

 第一部は80ページ、第二部は180ページで、分量的に不均衡がある構成ですが、仏文学者の辰野隆(1888-1964)は、「この小説には構成が欠けている。組み立てに無頓着で、ただ二つの長い挿話があまり緊密でなく繋がれているに過ぎない」と指摘し、構成の組織を欠くことと、未来に向かって新しい扉を拓く趣のきわめて少ないことは、この作品に限らずアナトール・フランスのすべての小説を貫く欠点だと指摘しています。

 確かに、第二部で、ボナールが愛着があって売れなかった本がまさに第一部の写本であり、そこでしか第一部と第二部が繋がっていません。でも、何となく心温まる作品です(彼の「罪」は、彼だけが「罪」と感じているものであって、むしろ彼の真面目な人柄を感じさせる)。この「心温まる」という要素も、昔からある物語のパターンであり、その辺りも批判の対象になっているのでしょう。それでも、翻訳者である大塚幸男(1909-199)などはやはり、「愛書家アナトール・フランスの面目躍如たる、心あたたまる小説である」と述べています。

 ストーリー的には第一部の方が面白かったでしょうか。同じ建物の屋根裏部屋に住んでいた、貧しく若い子連れの女がねえ。再会した時、ボナール先生は最後まで分からなかったみたいだなあ。相手は気づいていたけれど。「薪」の差し入れがこんな形で返ってくるとは。「情けは人の為ならず」って誤用されがちな言い回しですが、もともとはこんな話のことを言うのだろなあ。

 文庫解説によれば、アナトール・フランスは70歳のときにロワール河畔のラ・ベシェルリーに別荘を購入したが、その2年後、かつての恋人でいまは亡きカイヤヴェ夫人の孫娘がこの別荘に滞在することになり、これは、35年前に書かれた『シルヴェストル・ボナールの罪』において、ボナールの昔の恋人の孫娘ジャンヌがセーヌ河畔のボナールの家を訪れる場面に偶然にも重なるとのこと。なかなか興味深いエピソードです。

シルヴェストル・ボナールの犯.jpgシルヴェストル・ボナールの罪m.jpg 因みに、1929年にフランスでアンドレ・ベルトミュー監督により無声映画化されていますが、現在ではあまり知られていません。また、カナダの映画監督のグザヴィエ・ドランが、この小説の一節を引用して映画製作への情熱を語るなど、文学作品として、また引用元として言及されることはあるようです。

映画ポスター

【1922年単行本[冬夏社『シルヴエストル・ボナール博士の罪』]/1947年全集本[白水社(『アナトオル・フランス長篇小説全集〈第1巻〉シルヴェストル・ボナールの罪』)]/1975年文庫化[岩波文庫]】


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画期的シチュエーション。多様な人物造型。自然主義文学と似ている点、新たな点。
カミュ  『ペスト』000.jpg
ペスト (新潮文庫) 』['69年]「プレイグ [VHS]」ウィリアム・ハート/ロバート・デュヴァル/ラウル・ジュリア
ペスト (岩波文庫)』['21年(三野博司:訳)]『ペスト (光文社古典新訳文庫) 』['21年(中条省平:訳)]
カミュ  『ペスト』岩波文庫.jpgカミュ  『ペスト』光文社古典新薬文庫.jpg 「四月十六日の朝、医師ベルナール・リウーは、診察室からでかけようとして、階段口のまんなかで、一匹の死んだ鼠につまずいた」―。アルベール・カミュが第二次大戦後まもない1947年に発表した小説で、194X年のアルジェリアの人口二十万人の港町オランが舞台(オランはアルジェリア北西部に位置する同国第二の人口(2008年現在683,000人)を持つ都市で、観光名所である)。大流行する感染症のペストに対して、人々が何の手も打てず、死者が増え続ける。絶望の淵で、思想も立場も異なる人たちが手を携え感染症という不条理に抗う様子を描いています。

カミュ  『ペスト』解説本.jpg このカミュの『ペスト』は、新型コロナウイルスが猛威を奮う中で空前のヒットとなった作品でもあります。新潮文庫版は2020年だけで過去の販売総数を超えてしまったといい、岩波文庫(三野博司:訳)や光文社古典新訳文庫(中条省平:訳)でも新訳が刊行され、中条省平氏監修の『NHK「100分de名著」ブックス アルベール・カミュ ペストー果てしなき不条理との闘い』('20年7月/NHK出版)や、哲学者、教育家、作家の大竹稽氏(1970年生まれ)が監修した『マンガ&あらすじでつかむ! 60分でわかる カミュの「ペスト」』('20年7月/あさ出版)、哲学者の小川仁志氏が監修した『まんがでわかるカミュ『ペスト』』('20年7月/宝島社)といったテキスト本やマンガも刊行されました。

 物語の主要登場人物は以下の10人です(語り手は0番とした)。
  ⓪ 語り手:その正体は最後になって明かされる。
  ① ベルナール・リウー:医師。
  ② ジャン・タルー:よそ者、彼の手帳がこの作品のもうひとつの語り手。
  ③ ジョセフ・グラン:作家志望の下級役人。
  ④ コタール:絶望に駆られた男、犯罪者。
  ⑤ カステル:老医師。
  ⑥ リシャール:市内で最も有力な医師の一人。医師会長。
  ⑦ パヌルー:博学かつ戦闘的なイエズス会の神父。
  ⑧ オトン氏:予審判事、「ふくろう男」。
  ⑨ レイモン・ランベール:新聞記者。
  ⑩ 喘息病みの爺さん:リウーの患者

 訳者・宮崎峰雄の文庫解説を参照すると、物語の記述者は結局①医師リウーであるが、もう1つ、②タルーの「手帳」があり、この2つの流れのほかに、③老吏グランの生涯とタルーの生活、⑩喘息病みの爺さんの生活、という3つの"小島"があるとのこと。登場人物はペストとの遭遇で大きく変貌する人と変わらない人に分かれ、前者に属するのが⑦司祭パヌルー(「神の正義」を代表)、⑧判事オトン(「社会の正義」を代表)、⑨新聞記者ランベール(「人間の正義」を代表)、④犯罪者コタール(それら正義、とりわけ社会正義に反抗する孤立者)で、後者が①医師リウー、②よそ者タルー、③下級役人グラン、⑩喘息病みの爺さん、⑤老医カステルなどであるとのことです(⑩の喘息病みの爺さん以外は、共同社会の連帯性に目覚めた「不条理人」であると)。

 ⑧オトン判事は、愛児の死によって慎ましい愛の奉仕者に変貌しますが、②よそ者のタルーと同じようにペストの終息直前に病に斃れることは、苦行者というものに対するカミュの考え方を暗示しているのかもしれないと。一方、④絶望に駆られた犯罪者コタールの変貌は、非常事態のため法の追求を逃れたことの喜び以上に、すべての人々がいわば自分と同じ境遇に陥り、社会的孤立から救われた喜びにあり、②第二の語り手タルーは「あの男の唯一の本当の罪は、子供たちた人々をしなせたところのものを、心の中で是認していたことだ」と言います。一方、①第一の語り手リウー医師はこの男にある種連帯感に似た苦痛を示しています。さらに、⑦パヌルー神父となると、最初ペストに神の懲罰を見、人々に改悛を説いていたところが、罪なき子の死に直面し、それに憤りたくはなるが「それはつまり、それがわれわれの尺度を超えたことだからです。しかし、おそらくわれわれは、自分たちに理解できないことを愛さねばならないのです」、つまり「不条理」ゆえに却って神を愛さねばならないという思いに至り、これが①リウー医師との際立った相違点になります。

 前作『異邦人』は、ムルソーというこれまでの小説に無かった新しいタイプの登場人物を産み出したことに大きな価値があったようように思いますが、この『ペスト』では、パンデミックというこれまでほとんど小説の背景として無かったシチュエーションを描いているの画期的です(エドガー・アラン・ポーがフランスでのコレラ流行とパニックをモデルにした短編を著している)。しかし、これが小説として面白く読めるのは、パニック小説だからではなく、以上延々述べたように、登場する様々な人物が、それぞれ様々な生き方や人生観の象徴としてあり、それらが互いに影響し合ったり変化したりしていることで、そこにまたリアリティもあるためでしょう。主要登場人物だけで10人ぐらいいて(このほかにリウー医師の母親などもいる)、読んでいて、バルザックやゾラの小説を読んでいるときのような気分になります。

 バルザックやゾラと言えばフランス自然主義文学ですが、人間が不条理な状況に直面した時の対応をテーマにしたこの作品は、ある意味、人間の行動を環境や遺伝子などの要因で決定されるとするフランス自然主義の流れを汲むともとれます(『ペスト』では、人間が自然災害に直面した時の無力感や絶望感が描かれているが、自然主義的な視点から見れば、これは自然の力に対する人間の無力さを表しているとも言える)。一方『ペスト』では、ペストに立ち向かうための反抗や連帯の姿が描かれていて、この点は、自然主義とは対照的に、人間は環境に抗うことができるというメッセージが込められていると思います。また、カミュは、世界は意味をなくし、不条理であるという考え方を重視していますが、自然主義は、人間の行動は環境や遺伝子によって決定されると捉え、不条理という概念を重視していません。そうした観点からみると、これまでの文学の流れを汲みながら、新しい枠組みを示した作品とも言えます。

白の闇 2008-4.jpg パンデミックを小説の背景としたという点で似たシチュエーションの作品で、ポルトガル初のノーベル文学賞作家(劇作家・ジャーナリストでもある)ジョゼ・サラマーゴ(1922-2010/87歳没)が1995年に発表した『白の闇』(2001年/日本放送出版協会)があります。急に目の前が白い闇状態になって見えなくなる伝染病が原因不明のまま次々と周囲に伝染していき、事態を重く見た政府が、感染患者らを、精神病院だった建物を収容所にしてそこへ隔離するが、介助者のいない収容所の中で人々は秩序を失い、やがて汚辱の世界にまみれていくというもの(『ペスト』以上にディストピア的か)。2008年にフェルナンド・メイレレス監督、ジュリアン・ムーア主演で「ブラインドネス」として映画化もされ、第61回カンヌ国際映画祭のオープニング作品でした。日本からも最初に感染する夫婦役で伊勢谷友介、木村佳乃が出演していますが、ほとんどパニック映画といったところでしょうか(全部観ていないので、ちゃんとした評価はできないが)。

カミュ  『ペスト』プレイグ 00.jpgカミュ  『ペスト』プレイグ 1.jpg このカミュの『ペスト』も、1992年に「プレイグ」(plague、ペストの英語表現)として映画化されています。舞台を現代の南米の架空の小都市(市の名前は原作と同じ)に移し、エイズをはじめとする時代状況の変化に即した新たな解釈が付け加えられていますが、原作にほぼ忠実に映像化されていると言えます。監督・脚本はアルゼンチン・ブエノスアイレス出身のルイス・プエンソ。音楽は、「炎のランナー」「ブレードランナー」などのヴァンゲリス。出演はウィリアム・ハート(リウー医師)、ロバート・デュヴァル(グランカミュ  『ペスト』プレイグ 2.jpgト老人・原作の喘息病みの爺さんに相当する役か)ほか、「グラン・ブルー」主演のジャン・マルク・バール(原作の新聞記者レイモン・ランベールに該当するテレビカメラマン役)、「仕立て屋の恋」のサンドリーヌ・ボネール(ニュースキャスターのマルティーヌ。原作に無いキャラで、しいて言えばレイモン・ランベールの分身か。「仕立て屋の恋」じゃないが、この映画でもウィリアム・ハート医師を誘惑するなどややファム・ファタールがかっている)、「蜘蛛女のキス」のラウル・ジュリア(暗黒街とつながりがあり、最後に無差別発砲をする男コタール役。「アダムス・ファミリー」シリーズでも知られたギョロ目俳優だが'94年に急逝してシリーズが「2」で終わってしまった。ホンダ・オデッセイのCMにも出ていた)と意外と豪華布陣。単なるパニック映画にしてしまわなかった点は評価されるべきかもしれませんが、演出のまずさから全体的にぼんやりとしまい、作品カミュ  『ペスト』プレイグ ウォリアムハート.jpgカミュ  『ペスト』プレイグ ロバートデュバル.jpgカミュ  『ペスト』プレイグ じゅりあ.jpgの意図した事が不明瞭なまま雰囲気だけ盛りたてて先に進んでしまう、かなり一人よがりな印象も。やはり、原作の不条理的テーマというのは映画では伝わりにくいものだったかもしれません(あらすじを再確認するにはまずまずだった)。

ウィリアム・ハート(リウー医師)/ロバート・デュヴァル(グラン老人)/ラウル・ジュリア(コタール)

カミュ  『ペスト』プレイグ 0.jpg「プレイグ」●原題:THE PLAGUE/LA PESTE●制作年:1992年●制作国:フランス・イギリス・アルゼンチン●監督・脚本:ルイス・プエンソ●製作:クリスチャン・チャレット/ジョン・ペッパー●撮影:フェリックス・モンティ●音楽:ヴァンゲリス●原作:アルベール・カミュ●時間:120分●出演:ウィリアム・ハート/ロバート・デュヴァル/ラウル・ジュリア/ジャン=マルク・バール/サンドリーヌ・ボネール/ヴィクトリア・テナント●日本公開:1995/02●配給:日本スカイウェイ(評価:★★★)

ラウル・ジュリア/ウィリアム・ハート/ロバート・デュヴァル

サンドリーヌ・ボネール.jpg サンドリーヌ・ボネール 


ラウル・ジュリア.jpg
ラウル・ジュリア(1940-1994)
ホンダ「オデッセイ」CM (1994)(出演:アンジェリカ・ヒューストン/ラウル・ジュリア)
アダムス・ファミリー [DVD]
アダムス・ファミリー 1991.jpgアダムス・ファミリー 19912.jpg「アダムス・ファミリー」●原題:THE ADDAMS FAMILY●制作年:1991年●制作国:アメリカ●監督:バリー・ソネンフェルド●製作:スコット・ルーディン●脚本:キャロライン・トンプソン/ラリー・ウィルソンソ●撮影:オーウェン・ロイズマン●音楽:マーク・シャイマン(主題歌:M.C.ハマー)●原作(キャラクター創造):チャールズ・アダムス●時間:100分●出演:アンジェリカ・ヒューストン/ラウル・ジュリア/クリストファー・ロイド/クリスティーナ・リッチ/ジュディス・マリナ/ダナ・アイヴィ/カレル・ストルイケン/ダン・ヘダヤ/ポール・ベネディクト/エリザベス・ウィルソン/ジョン・フランクリン●日本公開:1992/04●配給:COLTRI(コロンビア・トライスター映画)(評価:★★☆)

アダムス・ファミリー2 [DVD]
アダムス・ファミリー2 1993.jpgアダムス・ファミリー2 1993 2.jpg「アダムス・ファミリー2」●原題:THE ADDAMS FAMILY VALUES●制作年:1993年●制作国:アメリカ●監督:バリー・ソネンフェルド●製作:スコット・ルーディン●脚本:ポール・ラドニック●撮影:ドナルド・ピーターマン●音楽:マーク・シャイマン(主題歌:Addams Family (WHOOMP!))●原作(キャラクター創造):チャールズ・アダムス●時間:94分●出演:アンジェリカ・ヒューストン/ラウル・ジュリア/クリストファー・ロイド/ジョーン・キューザック/クリスティーナ・リッチ/キャロル・ケイン/ダナ・アイヴィ/ジョン・フランクリン/ジョーン・キューザック/メルセデス・マクナブ/デヴィッド・クラムホルツ/ピーター・マクニコル/クリスティーン・バランスキー/ネイサン・レイン/トニー・シャルーブ/シンシア・ニクソン/デヴィッド・ハイド・ピアース/バリー・ソネンフェルド●日本公開:1993/12●配給:ユナイテッド・インターナショナル・ピクチャーズ(評価:★★☆)


⦅「プレイグ」詳しいあらすじ⦆
カミュ  『ペスト』プレイグ 9.jpg南米の小都市オラン。政局が混乱し、特別警戒体制にあるこの地を取材すべく、フランスのテレビ局からカメラマンのタルー(ジャン=マルク・バール)とニュースキャスターのマルティーヌ(サンドリーヌ・ボネール)が訪れていた。マルティーヌはある時、ホテルのエレベーター内で鼠を見つけ、まもなく泡を吹いて死んだのを目撃する。やがて激しい悪寒と嘔吐の末に死ぬ人々が続出し、オランの街は静かな死の恐怖に包まれた。医師のリウー(ウィリアム・ハート)は、早くからそれをペストによるものだと判断。ペスト発生のニュースを隠すよう要請する市行政部の意見に真っ向から反対し、軍隊を呼んで街を閉鎖すべきだと主張する。街は完全に封鎖され、タルーは特ダネのチャンスだと意気込むが、恋人をパリに残すマルティーヌは街から脱出しようと決心する。彼女はその工作のため、暗黒街とつながりのある男コタール(ラウル・ジュリア)と接触する。その間にも犠牲者は増え続け、3人は罪なき聖歌隊の少年が、死の床で短い命を散らすところに立ち会った。教会で人々の改悛を説いていたパヌルー神父は、この不条理な死を受け入れがたく、苦悩した末にペスト患者の死体を埋葬する穴に赴き、自らの体を横たえる。さらにリウーの友人で気のいい老役人グラント(ロバート・カミュ  『ペスト』プレイグ 4.jpgデュヴァル)も病に倒れ、マルティーヌはベッドに横たわる瀕死の彼を見舞う。タルーとマルティーヌは街に残り、ボランティアとしてリウーに協力した。だが、マルティーヌは隔離所に収容されてしまい、タルーは自分がペストに罹ったことを知る。やがてペストの猛威も終息に向かう。グラントは一命を取り留め、タルーも快方に向かい、マルティーヌも隔離所から開放された。オランの人々が笑顔を取り戻した頃、狂気にとらわれたコタールが部屋に立て籠り、「ペストはまだ終わっていない、いつかまたやって来るぞ」と叫び、通りに向けて無差別に発砲した。リウーが説得に当たったが、群衆を守ろうとしたタルーが撃たれた。リウーは瀕死の彼を抱いて泣いた。

ウィリアム・ハート/サンドリーヌ・ボネール/ジャン=マルク・バール/ロバート・デュヴァル/ラウル・ジュリア

【1969年文庫化[新潮波文庫(宮崎嶺雄:訳)]/2021年再文庫化[岩波文庫(三野博司:訳)]/2021年再文庫化[光文社古典新訳文庫(中条省平:訳)]】

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「運転席」に座って主人公を"ドライブ"しているのは"狂気"か。今まで読んだことないタイプの話だった。
『運転席』.jpg  「運転席」vhs.jpg The Driver's Seat.jpg
運転席 (1972年) (ハヤカワ・ノヴェルズ)』/映画「サイコティック」エリザベス・テイラー/「The Driver's Seat/Impulse [DVD]」(ウィリアム・シャトナー主演「Impulse(「キラー・インパルス/殺しの日本刀」)」とセット)

 ヨーロッパのとある北の国で、会計事務所の事務員として働く女性リズは、4か国語を話す30代独身キャリアウーマンである。その彼女がとある南の国へ海外旅行に出かける。チンドン屋みたいにド派手な色合いの服を着て 練り歩き、店員、通行人、警察官、旅先で知りあった人たちに絡んでは、自分の臭跡を残していく。それはやがて起こる悲劇の伏線となる―。

 ミュリエル・スパーク(1918-2006)が1970年に発表した小説で、原題もまさにThe Driver's Seat。リズは、旅行の目的地に向かう飛行機の機内においてから、両隣りに座った男性と噛み合わない会話をし、旅先でも出会った老女と何だかおかしい会話をしています。何のための旅行と思われるところがありますが、要は「運命の人」を探すのが旅の目的らしいということがわかってきます。

 ここからはネタバレになりますが、彼女は目的地に着いた翌日、現地の「公園のなかの空き別荘の庭で、手首をスカーフで、足首を男のネクタイで縛られたうえ、めった刺しにされた惨死体として」発見されることが、この作家独特のフラッシュフォワード(結末の先取り)として、早いうちに読者に知らされます。したがって、彼女はどうしてそんなことになったのか、物語はミステリの様相を帯びてきます。

 ところが、さらにここからネタバレになりますが、どうやら彼女が探していた「運命の人」というのは自分を殺してくれる男性だったようです。つまり、彼女は自分の死に向かってまっしぐらに突き進んでいるわけで、最終的にその目的を果たしたようです。

 なぜ彼女がそんなことになっているのかは、作者は直接語ろうとはしないため、彼女の行動、彼女の見るもの、彼女が接触する人物との遣り取りを通して推し測るしかないのですが、とても理解できるようなものではありません。「ホワイダニット」を探る読者に対して作者は「フーダニット」までは示しますが、「ホワイダニット」は読者が自ら考えるしかないのでしょう(作中にも「嬰q長調の"ホワイダニット"」との示唆がある)。

 「フーダニット」といっても、そうした性向を持った男性を探し当てたものの、いわば無理強いした嘱託殺人のようなもので、犯人も被害者のようなものかも。因みに「探し当てた男性」は偶然にも彼女が旅先で出会った老女の甥で、しかも、さらに偶然には、実は彼女がこの旅行の早い段階で会っていた!このオチは面白かったです。ある意味、確かに「運命の人」(実態は単なる〈神経症〉男なのだが)。フラッシュフォワード的記述が伏線になっていたましたが、見抜けませんでした。

 「運転席」というタイトルは、おそらく彼女の行動をドライブしている(駆り立てている)何者かを示唆しているのでしょう。自殺者が死に向かって突き進む話はありますが、自殺者は自分で死に向かって脚本を書くのに対し、リズの場合は誰かが書いた脚本をひたすら演じているようであり、ある種「解離性人格障害」のようにも思いました。

 「運転席」に座ってリズを"ドライブ"しているのは"狂気"でしょうか。今までまったく読んだことのないタイプの小説でした。


Driver's Seat (Identikit).jpg映画「運転席」.jpg この作品は「悦楽の闇」('75年/伊)のジュゼッペ・パトローニ・グリッフィ監督により「サイコティック/Driver's Seat (Identikit)」('74年/伊)としてエリザベス・テイラー主演で映画化され、エリザベス・テイラーは、アガサ・クリスティの『鏡は横にひび割れて』の映画化作品でガイ・ハミルトン監督の「クリスタル殺人事件」('80年/英)など凖主役級(「クリスタル殺人事件」の場合、一応は主演は犯人役のエリザベス・テーラーではなくミス・マープル役のアンジェラ・ランズベリーということになる)の出演作はこの後にもありましたが、純粋な主演作品としては42裁で出演したこの映画が最後の作品になりました。

Driver's Seat (Identikit)0.jpg 映画は劇場未公開で、80年代に日Driver's Seat (Identikit)7.jpg本語ビデオが「パワースポーツ企画販売」という主としてグラビア系映像ソフトを手掛ける会社から「サイコティック」というタイトルで発売(年月不明)され、こうした会社からリリースされたのは、テイラーの乳首が透けて見えるカットがあるためでしょうか("色モノ"扱い?)。'20年5月にDVDの海外版が再リリーズ、'22年12月VOD(動画配信サービス)のU-NEXTで日本語字幕付きで配信されました。

 ある意味、原作通り映像化しているため、原作を知らない人にはわけが分からなかったのDriver's Seat (Identikit)4.jpgではないでしょうか。一部改変されていて、リズが当初からインターポールにマークされている設定になっていますが(ただしその理由は最後まで明かされない)、これは、映画の脚本にも参加したミュリエル・スパークがインターポールに勤務したことがあるという経歴の持ち主のためでしょうか(アンディ・ウォーホルが出演している)。

Driver's Seat (Identikit)3.jpg エリザベス・テイラーは体当たり的にこの難役に挑んでいますが、役が役だけに、また、ましてやオチが不条理オチだけに、評判はイマイチだったようです(彼女の生涯最悪の映画とも言われているらしい)。

 この映画のエリザベス・テイラーの演技を見ていると、すべては性的欲求不満が原因のように思えてきますが(彼女はそうした欲求不満の女性を演じるのが上手かった)、この主人公は性的交渉自体を望んでいるわけではありません。主人公が望むのはあくまで「死」であり、彼女がそこまで至ってしまうのは、当時の女性に対する社会的抑圧も誘因としてあったのかなという気がします。

Driver's Seat (Identikit)9.jpg また、「嘱託殺人」を選んだのは、主人公がカソリックで、自殺が禁じられていることも理由として考えられるように思いました(自分を殺す際に手足を縛ることまで要求したのは、あくまでも殺人だと印象付けるため)。

 先にも述べた通り、エリザベス・テイラーの長い映画キャリアの中で最も酷い作品とも評されていますが、原作を念頭に置けばそう酷評されるような作品ではなく、むしろよく出来ていると思います。撮影は「ラストエンペラー」のヴィットリオ・ストラーロ、音楽は「家族の肖像」のフランコ・マンニーノであることから、イタリアの製作陣はそれなりの人材を配したのではないでしょうか。イタリア語タイトルは"Smrt u Rimu"(「ローマの死」)。原作では「南の国」としか言われていませんが、いろいろな点で原作をイメージするのにうってつけの作品と言えます。

Driver's Seat (Identikit)2.jpgDriver's Seat (Identikit)5.jpg「サイコティック」●原題:IDENTIKIT(英:DRIVER'S SEAT/伊:SMRT U RIMU)●制作年:1974年●制作国:イタリア●監督:ジュゼッペ・パトローニ・グリッフィ●製作:フランコ・ロッセリーニ●脚本:ラファエル・ラ・カプリア/ジュゼッペ・パトローニ・グリッフィ/ミュリエル・スパーク●撮影:ヴィットリオ・ストラーロ●音楽:フランコ・マンニーノ●時間:105分●出演:エリザベス・テイラー/イアン・バネン/グイード・マンナリ/モナ・ウォッシュボーン/アンディ・ウォーホル●配信:2022/12●配信元:U-NEXT(評価:★★★★)

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自分にとってはストーリーよりも技巧(フラッシュフォワード)の小説だった。

『ミス・ブロウディの青春 (1973年)』.jpgミス・ブロウディの青春 (1973年).jpgミス・ブロディの青春 u.png 『ミス・ブロディの青春』3.jpg
ミス・ブロウディの青春 (1973年) 』『ミス・ブロウディの青春 (白水Uブックス 203 海外小説永遠の本棚)』['15年]『ブロディ先生の青春』['15年/河出書房新社]
映画「ミス・ブロウディの青春」.jpg「ミス・ブロディの青春」1.jpg
「ミス・ブロディの青春」('69年/英)マギー・スミス

 1930年代、エディンバラの寄宿制一貫女子学校での、風変わりな女性教師ブロウディ先生と生徒たちの物語。思い込みの激しいブロウディ先生は、自分の世界観に相応しい生徒を育てるために、サンディをはじめとす6名のブロウディ組と呼ばれる少数精鋭的生徒のグループを結成し独特の教育を進める。しかし、思春期の学生の変化は早く、かつてはブロウディに憧れた彼女らも16歳の時点では各々の道を進みたがるようになる―。、

 ミュリエル・スパーク(1918-2006)が1961年に発表した小説(原題:The Prime of Miss Jean Brodie)で、英ガーディアン紙「必読小説1000冊決定版リスト」に「運転席」などと共に入っている作品(彼女の作品は5作も入っている)。物語はブロウディ先生とそれを囲む十代前半の生徒たちの話ということで、小説からは結構ガーリームービーっぽい雰囲気も感じました。

 それにしても、このブロウディ先生はちょっとやりすぎというかエキセントリックな感じが強くて、自意識としては正義感に満ちているのでしょうが、ブロウディ組の御しやすい生徒を自分の恋愛のために利用したり、あるいはその内の1人に自身の恋愛願望を代行させたりして(その結果、その娘はスペインで爆死することになる)、結構あざとくもあり、また結果として残酷でもあって、シンパシーが湧きにくい感じです。

 そもそも、ブロウディ先生は思想的にファシズムに傾倒してしてしまって、これを生徒に押しつけるのもどうかしています(自身がヒトラーやムッソリーニになってしまっている)。遂には生徒の裏切りに遭い、彼女は職を失うことになるのですが、あまり気の毒な気はしませんでした。

 むしろ、彼女の自身の信念に沿った行為がどんどん危険なものとなっていくという点で結構ブラックというか、ミステリではありませんが「いやミス」的でもあります。作者の本当の狙いも、実はそのあたりにあるのではないかと思われ、少なくとも、作者はブロウディ先生を突き放しているように思えます。

 ただし個人的には、ストーリーよりもその構成に特徴があるように思いました。所謂フラッシュフォワードと言うか、「将来」に起きることやその結末が、「現在」進行中の物語の合間合間に語られています。そのため、ブロウディ先生がやがて生徒に裏切られ、学校を去るということも、読んでいて早い段階から分かります(先に挙げた生徒の悲惨な最期も、実際にはずっと先の話なのだが、読んでいる途中で明かされてしまう)。

 あとは、生徒の内の誰がブロウディ先生を裏切ったかということがミステリ的ですが、これもおおよそ検討はつかなくもないです。作者は、ミス・ブロウディを通して、人間の思念の暴走とその成れの果ての悲惨を描き、そこに、作者が得意とするフラシュフォワード的な手法を織り込むことで「決定論」的な世界を構築してみせたものと思われます。ただ、どちらかと言えばやはりストーリーよりも技巧の小説でした(自分にとっては)。

「ミス・ブロディの青春」3.jpg この作品は、ロナルド・ニーム監督(「ポセイドン・アドベンチャー」('72年)、「オデッサ・ファイル」('74年))、マギー・スミス(「ナイル殺人事件」('78年)、「地中海殺人事件」('82年))主演で「ミス・ブロディの青春」('69年/英)として映画化され(邦題でブロウディ→ブロディに。そのブロディ組は6人から4人に圧縮されていた)、マギー・スミスが1969年・第23回「英国アカデミー賞」並びに1970年・第42回「アカデミー賞」の主演女優賞をW受賞しています。

「ミス・ブロディの青春」2.jpg 1930年頃、スコットランドの首都エジンバラ。マーシア・ブレーンという名門女子高があった。先生たちは、みな地味だったが、一人ミス・ジーン・ブロディ(マギー・スミス)だけは違っていた。派手な服装、ウィットに富んだ会話そして自分はいま、青春のただ中にいると公言してはばからなかった。彼女に反感を持った生徒もいたが、逆に、彼女に惹かれ〈ブロディ一家〉と称する生徒たちもいた。サンディ(パメラ・フランクリン)、モニカ、ジェニー、メリーの四人組である。一方ブロディは、美術教師テディ(ロバート・スティーブンス)の恋人なのだが、彼の態度が煮えきらないので、音楽教師ゴードンに心を移した。こんな一件に生徒たちが関心を持たないはずがない。加えて学校側も攻撃に出る。ブロディの立場は少しずつ悪くなっていく。やがてゴードンが離れ、テディも離れていく。だがブロディはテディのことを忘れることが出来ない。テディとて同じこと。ブロディの代りにサンディをモデルにして絵を描いていたが、顔だけはブロディになってしまう。このことはサンディの心をいたく傷つけた。やがてブロディにとって進退きわまりない事件が持ちあがった。スペイン戦争を賛美した彼女の教えに、生徒の一人メリーが兄を訪ねて戦場に行ったのである。そして空爆に遭い死んでしまう。攻撃の矢は一斉にブロディに向けられ、ついに退職するところまで追い詰められた。頼みの生徒サンディも彼女に背を向ける。ここに来て初めて、ブロディは、自らの青春が終りを告げたことを知るのだった―。

「ミス・ブロディの青春」5.jpg 映画では、冒頭からマギー・スミス演じるブロディ先生は学校に新しい息吹をもたらすエースであるかのように颯爽と登場し、女性校長はそれを良く思わない頑固な守旧派のような形で始まって、この点では小説と同じですが、やがてすぐにブロウディ先生はどこかおかしいということが伝わってくるようになっています。それと、映像で見るせいか、性的抑圧が強い印象を受け(実際に複数の男性教師から誘惑される)、彼女の行動の根底にそうしたものがあることを原作以上に窺わせるものとなっていました(サンディって原作ではメガネかけていたっけ。美術教師テディの絵のヌードモデルになるのは原作と同じで、原作では愛人になる)。

 映画では小説のようなフラシュフォワード的な手法は使われておらず、ブロウディ先生が生徒の裏切りに遭って学校を追われるまでが描かれていますが、学校の授業で、ムッソリー率いる黒シャツ隊の映像を生徒に見せて賛美するのはやはりマズいでしょう。ミス・ブロウディというキャラクターの歪みを分かりやすく描いていましたが、それが画一的な描かれ方にはなっておらず、一定のリアリティを保っているところは、マギー・スミスの演技力によると思われます。

「ミス・ブロディの青春」34.jpg 美術教師テディが最初ブロディの代りにサンディとは別の女生徒をモデルに絵を描くも、目がマギー・スミスになっていて女生徒とは似ておらず、彼が描く少年少女や、果ては犬までもがマギー・スミスの目になっているのがご愛敬でした(行き詰ってヌード画家に転身した?)。

ミス・ブロディの青春 [DVD]
「ミス・ブロディの青春」6.jpg「ミス・ブウディの青春」.jpg「ミス・ブロディの青春」●原題:THE PRIME OF MISS JEAN BRODIE●制作年:1969年●制作国:イギリス●監督:ロナルド・ニーム●製作:ロバート・フライアー●脚本:ジェイ・プレッソン・アレン●撮影:テッド・ムーア●音楽:ロッド・マッキューン●時間:102分●出演:マギー・スミス/ロバート・スティーブンス/パメラ・フランクリン/ゴードン・ジャクソン/ジェーン・カー/セリア・ジョンソン/シャーリー・スティードマン/ダイアン・グレイソン●日本公開:1969/11●配給:20世紀フォックス((評価:★★★☆)

【2015年叢書化[白水社Uブックス(岡 照雄:訳)/2015年単行本[河出書房新社(『ブロディ先生の青春』木村政則:訳)]】

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登場人物ほぼ全員70歳以上の「笑劇」&「いやミス」。怪電話の主は「死神」?

死を忘れるな(ミュリエル・スパーク.jpg『死を忘れるな』2.jpg 『死を忘れるな』白水.jpg
死を忘れるな』['13年]/『死を忘れるな (白水Uブックス) 』['15年]

 「死ぬ運命を忘れるな」と電話の声は言った。デイム・レティ(79歳)を悩ます正体不明の怪電話は、やがて彼女の知人たちの間にも広がっていく。犯人探しに躍起となり、疑心暗鬼にかられて遺言状を何度も書き直すデイム・レティ。かつての人気作家で現在は少々認知症気味のチャーミアン(85歳)は死の警告を悠然と受け流し、レティの兄でチャーミアンの夫ゴドフリー(87歳)は若き日の数々の不倫を妻に知られるのを恐れながら、新しい家政婦ミセス・ベティグルー(73歳)の脚が気になる模様。社会学者のアレック(79歳)は彼らの反応を観察して老年研究のデータ集めに余念がない。果たして謎の電話の主は誰なのか―。

Memento Mori』ペーパーバック(2014)『Memento Mori』ドイツ語版(2018)Muriel Spark
死を忘れるな  ミュリエル・スパーク.jpg死を忘れるな ミュリエル・スパーク.jpg死を忘れるな   ミュリエル・スパーク.jpg ミュリエル・スパーク(1918-2006)が1959年に発表した小説であり、原題もまさにMemento Mori(死を想え)。登場人物ほぼ全員70歳以上(レティの今の家政婦アンソニーはぎりぎり69歳だが)の入り組んだ人間模様を、辛辣なユーモアを交えて描き、ミステリの要素もありました。読み始めて最初の20ページいくかいかないかくらいで、病院の患者が1ダースいる老人病科(女性のみ)が舞台となり、あっという間に通算で十数人ぐらいの人物が登場したことになってしまったので、もう一度最初に戻って、人物相関図を作りながら読みました(笑)。

 突き放した視点で人間を描く作者らしく、登場人物は喰えない、共感できない人間ばかりで、「笑劇」であると同時に「いやミス」っぽい感じも。ただし、「ミステリの要素もある」としましたが、犯人(電話の主)は明かされておらず、その意味では、サスペンスフルでありながらも、ミステリとして完結しておらず、やや消化不良の感もありました(この作家にまだ慣れてなかったというのもある)。

 ただし、登場人物の中には懸命に事態を分析している人物もいて(まあ、するのが普通だが)、デイム・レティは、甥で売れない小説家のエリックか、かつて婚約を破棄した老社会学者のアレック(79歳)の 仕業ではないかと考え、チャーミアンの夫ゴドフリーはその電話は偏執狂か、または妹レティの敵の誰かの仕業ではないかと考え(結局誰かわからないということ(笑))、「老年」を研究課題としているアレックは、自身も謎の電話を受けた一人だが、一連の怪電話の説明に「集団ヒステリー」論を当て嵌めています。

 さらに、レティの昔の女中で今は老人病棟にいるミス・テイラー(82歳)は、この人は人間的にはまともなのですが(なにせ、"まともな人"はこの作品では少数派に属する(笑))、最初はアレックを疑っていましたが、最終的に出した結論は(おそらく自身の信仰という観点から)電話の正体は「死神」であると。ところが科学的捜査をしていたはずのモーティマー警部も、最後にはテイラーと同じ結論に至るので、これにはやや驚きました。

 この流れていくと、「死神」説は極めて有力(笑)。モーティマーがそうした結論に至ったのは、あらゆる科学的捜査を尽くした上で、尚もそれが解明されないならば、あとは超現実的なものしか残らないだろうということのようです。

 作者は、登場人物の会話と行動だけを主として描き、個々の思惟を深く描くことをしないので、結局のところ誰の意見にも加担しておらず、もともと犯人を特定していないようにも思えるし、テイラーとモーティマー警部が異なったアプローチから同一の結論に至っていることから、もしかしたら「死神」説を想定しているのかもしれない―とも思った次第です。

『死を忘れるな』tv.jpg 1996年にBBCでTVドラマ化されていて、ミュリエル・スパーク原作、ロナルド・ニーム監督の「ミス・ブロディの青春」('69年/英)で主役のミス・ブロディを演じ「英国アカデミー賞」と「米アカデミー賞」の主演女優賞をW受賞したマギー・スミスが、その縁からか準主役級の家政婦ミセス・ベティグルー役で出ています(原作ではこの人だけハッピーエンドなんだなあ。でも実は主人の遺言を書き換え遺産を独り占めした悪(ワル)だったのかも。ドラマでの描かれ方を知りたい)。

【1964年全集[白水社『新しい世界の文学〈第13〉死を忘れるな』/1981年単行本[東京新聞出版部(『不思議な電話―メメント・モーリ』今川憲次:訳)]/2015年叢書化[白水社Uブックス]

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個人的好みは「捨ててきた娘」。やや凝った通好みは「双子」と「黒い眼鏡」か。ヒッチコック劇場版は別原作。
『バン、バン! はい死んだ』3.jpg
(カバーの15のイラストが15の収録作品に対応したものとなっている)
バン、バン! はい死んだ: ミュリエル・スパーク傑作短篇集』['13年]Muriel Spark(1918-2006/88歳没)
『バン、バン! はい死んだ』.jpg『バン、バン  はい死んだ』.jpgミュリエル・スパーク.jpg ミュリエル・スパーク(1918-2006)の短編集で、1958年発表の「ポートペロー・ロード」ほか15編を収録。収録作品は、「ポートペロー・ロード」(1958)/「遺言執行者」(1983)/「捨ててきた娘」(1957)/「警察なんか嫌い」(1963)/「首吊り判事」(1994)/「双子」(1954)/「ハーパーとウィルトン」(1953)/「鐘の音」(1995)/「バン、バン! はい死んだ」(1961)/「占い師」(1983)/「人生の秘密を知った青年」(2000)/「上がったり、下がったり」(1994)/「ミス・ピンカートンの啓示」(1955)/「黒い眼鏡」(1961)/「クリスマス遁走曲」(2000)。

「ポートペロー・ロード」... 「私」(通称ニードル)は実は死者である。5年前に世を去ったが、いろいろとし残したことがあって、なかなかあの世でゆっくりもしていられない。そこで、週日は忙しく動き回り、土曜日にはポートベロー・ロードを歩いて気晴らしをしている。そんなある日、旧友の二人連れを見かけ、男の方に声を掛ける。「あら、ジョージ」と―。被害者が幽霊として殺人加害者に話し掛ける。その姿や声は、連れの妻には見えず聞こえない。罪に意識の成せる業ともとれるが、死者が語り手となっているところが面白い。

「遺言執行者」... 叔父の遺作を横取りした姪が、あの世から叔父(とその彼女)に責められる―。叔父からのメッセージが自分の行動を先取りしているのが怖さを増す。死者に監視されている生活は嫌だなあ。単なる怖さと言うより自分への後ろめたさでしょう。むしろ、その後ろめたさが為せる幻覚ともとれる。

棄ててきた女.jpg「捨ててきた娘」... 仕事を終えてバスに乗り、帰宅しようとして「私」は仕事場に何かを忘れてきたような気がする。頭の中では雇い主のレターさんの吹く口笛の曲が鳴っている。いったい「私」は何を忘れてきたのだろう。バスの運賃を手に握り締めたまま、もういちど仕事場に戻った「私」がそこでみつけたものとは―。面白かった。アンブローズ・ビアスの「アウル・クリーク橋の一事件」、フリオ・コルタサルの「正午の島」に通じるものがあった。主人公が「周囲の視線が私を突き抜けていくばかりか、歩行者が私の体を通り抜けていくような感覚があるのだ」というのが伏線か。短めだが本短編集で一番の好み。

 因みに、この作品は、若島正編『棄ててきた女―異色作家短篇集19アンソロジー/イギリス篇』('07年/早川書房)にも表題作として所収されている(若島正:訳)。

棄ててきた女 アンソロジー/イギリス篇 (異色作家短篇集)』['07年]

「警察なんか嫌い」... 「警官嫌いを直すなら、警察に行くのがいちばんだよ」と叔母に言われた青年は、いやいやながら警察に行った。彼は警察が嫌いだった。ちょうど知り合いの女の子が「郵便局嫌い」だったのと同じように。青年が警察署に行くと、番号で呼ばれ、手錠を掛けられ、独房に入れられた。「言語を絶する事件」が起こり、彼はその犯人なのだという。かくして裁判が開かれ、青年は「言語を絶する罪」により裁かれる―。 「言語に絶する以上、言語にはできないゆえ、証言は認めることができない」という「不思議な国のアリス」などにも出てきそそうな不条理レトリック。有罪になった彼の警察嫌いが直らないのは当然か。

「首吊り判事」... 新聞は死刑の宣告を下したスタンリー判事の表情を。まるで幽霊を見たかのような顔であり、明らかに動揺を見せていた、と伝えた。死刑の宣告が重荷だったのではないか。死刑制度に疑義があるのではないか、と憶測が飛び交う―。実は。スタンリー判事が死刑の宣告をしたとき特別な表情を見せたのは、そのとき彼は勃起し、性的な絶頂に達してしまったからだったというのがすごい。それでも飽き足らないのか、彼がやがて殺人者となることが示唆されている。

現代イギリス女流短篇集.jpg「双子」... 「私」が学生時代の友人ジェニーを訪ねる。ジェニーはサイモンと結婚し、二人の間には双子の子供マージーとジェフがいる。幸せを絵に描いたような夫婦と愛くるしい女の子と男の子が暮らしている家だ。楽しい滞在になるはずだった。にもかかわらず、私は次第に微妙な違和感を、その家族に感じ始める―(続きは下段に)。個人的見解だが、この双子そのものはイノセントではないのか。「キッチンでパパと女の人が一緒にいたよ」とママに言ったのでは。夫婦のディスコミュニケーションの煽りを受けて、「私」が全部扇動していることにされてしまったということではないか。

因みに、この作品は、『現代イギリス女流短篇集―太陽選書25』('74 年/太陽社)にも所収されている(菅原時子:訳)。ミステリっぽい雰囲気もあるが、一応、純文学の系譜になるのか。

現代イギリス女流短篇集 (1974年) (太陽選書)

「ハーパーとウィルトン」... 作家である私を訪ねてきたのは、自分が書いた小説の登場人物たちだった―。ひと昔前が舞台だが、現代の基準に沿って自分たちの汚名をそそいでくれと要求する登場人物たち。作者は自らの作品の結末書き直すが、作者自身、座りの悪さを感じていたための出来事ではないか。"夢オチ"ともとれるが、"夢"と現実の両方をつなぐ人物(庭師)がいるのがミソ)。

「鐘の音」... 82歳のマシューズ老人が亡くなって3か月が経ったが、息子ハロルドが父親を殺したとの密告があり、遺体を掘り起こした結果、彼が殺害されたらしいことが判明。老人の息子や直前に老人と口論したフェル医師が容疑者として浮かんだが、彼らには完璧なアリバイが―。時間差トリックで、純粋ミステリに近く、こうしたスタンダードな作品もあるのだなあと。"夏時間"なんて〈後出しジャンケン〉ではないかと思う人もいるかもしれないが、11時50分に出産に立ち会って、帰宅したのが教会の時計が12時を告げた時、という時点でおかしいと思うべきだった。

「バン、バン! はい死んだ」... シビルの家の近所にシビルそっくりの女の子が引っ越してくる。容貌こそ似ていたが、シビルはデジルが好きになれなかった。泥棒ごっこのルールを無視して、いつもシビルだけにピストルを撃つまねをして「バン、バン!はい死んだ」とやるからだ。大人になったシビルは勤務先の南ローデシアで、再びデジルに出会う。農園主と結婚したデジルは、独り身のシビルを家に招待しては夫との熱熱ぶりを見せつける。頭の良さを鼻にかけるシビルに対するデジルの挑発だった。デジル夫婦とシビル、それにもう一人の男との間に仕組まれた愛憎劇。芝居がかった男女関係がこじれて事件は起きる―。「バン、バン!」という通り、犠牲者は二人ということか。最初から事件の起きそうな雰囲気。タイトルで「バン、バン」と2回あるのは、二人死んだからだろう。実はテッドとデジルはうまくいってなかった、そして、事件後、シビルがテッドと一緒になるのだろう。

「占い師」... トランプ占いをやる私がある夫人の占いをしてあげるが、何か夫人のカードを解読する力は自分より上であるように感じる―。占われた相手の夫人の方が占った側の私より人の運命を見る能力が上だったという話。相手は、実は私の将来を見通していて、こちらの占いの先回りをして将来を変えてしまう。つまり、今の夫を捨て、私が夫とすべき男性と一緒になるという皮肉譚だった。

「人生の秘密を知った青年」... 失業中の男の下に現れる幽霊。恋人と結婚できない彼に嫌味を言うが、一方で競馬の当たり馬券を予言し、男が勘で賭けても当たるように。男が一念発起して彼女を射止めると、幽霊は消える―。幸せになったことの引き換えに"超能力"が消えるというパターンの話と同類か。

「上がったり、下がったり」... 彼は21階からエレベーターに乗ってくる、と彼女は確かめた。同じように彼女は16階にある会社に勤めている、と彼は確認した。二人の男女はエレベーターの中で互いを意識する。その階のどの会社に勤めているのか、どこに住んでいるのか、髪の毛は染めているのか、独身なのか。ある日、彼は彼女をディナーに誘う。エレベーター以外の場所で二人が会うのはこれが初めてになる―。二人の男女のそれぞれの視点で交互に描かれていて、二人が口をきくまでに妄想を膨らませすぎているため、彼と彼女のそれぞれの相手に対する認識のズレがあるのが可笑しい。

「ミス・ピンカートンの啓示」... カップルの目の前に、茶碗の受け皿ほどの大きさの、回転する飛行物体が飛んでくるというミニSF譚。まさにフライング・ソーサ―なのだが、受け皿が空を飛んでいて、見る者によっては宇宙人が操縦しているところまで見えたということでマスコミも殺到するのに、当事者たちは、受け皿がどこのブランドなのかの方がさも重大事であるのが可笑しい。英国的なものへの風刺?

世界短篇文学全集〈第2〉.jpg「黒い眼鏡」... 「私」は、いま一緒にいる精神科医のグレイ医師が昔の知り合いだったことに気がついた。なぜグレイ医師は一般の開業医を辞め心理学を志すようになったのか―(続きは下段に)。ドロシーとバジルの姉弟が近親相関的関係にあったというグレイ医師の見方は間違いないところでしょう。グレイ医師は精神分析を学んでこの問題を克服したとしているが、そのことを語っている「私」自身がそこに関与している可能性があるため、何が真実なのか分からないとうのは、穿ち過ぎた見方だろうか。

 因みに、この作品は、先の『現代イギリス女流短篇集―太陽選書25』('74年/太陽社)に所収されているほか、『世界短篇文学全集〈第2〉イギリス文学 20世紀』('62年/太陽社)にもジョージ・オーウェル「象を撃つ」などとともに所収されている(工藤昭雄:訳)。これも「双子」同様、ミステリっぽい雰囲気もあるが、一応、純文学の系譜になるのかもしれない。

世界短篇文学全集〈第2〉イギリス文学 20世紀 (1962年)

「クリスマス遁走曲」... シンシアがクリスマス休暇でシドニーからロンドンに向かう飛行機で知り合った若さ溢れるパイロットのトム。親切にしてくれ、給油地のバンコクに着いた頃には互いに「忘れられない日になりそうだ」と。離婚協議中だという彼との将来の夢が膨らむ。目的地に着いて、航空会社に電話したら、そんな名のパイロットはウチにはいないと―。果たしてトムは実在したのか。ラストで呆然とする女性がいい。

 バラエティに富んだ15編でした。個人的好みはやはり、切れ味が印象に残った「捨ててきた娘」でした。やや凝った、通好みかなと思われるのは「双子」と「黒い眼鏡」でしょうか。


「バーン!もう死んだ」6.jpg 因みに、「新・ヒッチコック劇場」で「バーン!もう死んだ」というのを観たのですが、これはミュリエル・スパークのものとは全く別のお話(監督は「愛は静けさの中に」('86年/米)のランダ・ヘインズ)。アマンダは男の子たちと一緒に戦争ごっこがやりたいのだが、銃のおもちゃを持っていないため、仲間に入れてもらえない。そんな折、彼女のおじさんが内戦の続くアフリカから戻ってきた。お土産を探し、おじさんの鞄をあさっていると、アマンダは本物の銃を見つける。彼女はそれに弾をこめ、街へ遊びに出て行った―。これはこれで、ハラハラする話でした。旧「ヒッチコック劇場」(TBS版第1話「バァン!もう死んだ」)で男の子だったものを女の子に変え、ラストで狙われるのも家政婦から意地悪な男の子に変更したそうです。街中でわがままな女の子に狙いを定めては外し「運のいい野郎」だと捨て台詞をはくなど、細かい描写もがよく描けていました。

新・ヒッチコック劇場.jpg「バーン!もう死んだ」3.jpg「新・ヒッチコック劇場(第21話)/バーン!もう死んだ」●原題:Alfred Hitchcock Presents -P-3.BANG! YOU'RE DEAD●制作年:1985年●制作国:アメリカ●本国放映:1985/05/05●監督:ランダ・ヘインズ●脚本:ハロルド・スワントン/クリストファー・クロウ●原作:マージェリー・ボスパー●時間:24分●出演:ビル・マミー/ゲイル・ヤング/ライマン・ウォード/ジョナサン・ゴールドスミス/ケイル・ブラウン/アルフレッド・ヒッチコック(ストーリーテラー)●日本放映:1988/03●放映局:テレビ東京●日本放映(リバイバル):2007/07/29●放映局:NHK-BS2(評価★★★☆)
新・ヒッチコック劇場 7 日本語吹替版」(「惑星人テレビジャック」「処刑飛行」「バーン!もう死んだ」収録)

 
●やや詳しいあらすじ
「双子」...最初はマージーが自分にお金をくれ、と言ってきたことだ。女の子はその理由を言わなかったので、私が断ると、ジェニーがやってきてパン屋に支払う小銭がなかったので「そう言って」お金を借りてきてちょうだい、と娘に言ったのだという。そういう話だったのなら...と私はきちんと説明しなかったマージーを責めることもできず、ジェニーはジェニーで自分のことをケチだと思っているのかもしれない、と、どちらに転んでも妙な居心地悪さを私は感じる。男の子ジェフもマージーと同じような振る舞いをし、私は気まずい思いをする。数年後、私はジェニー家をパーティ出席のため再訪する。そこで私は前回以上の手の込んだ「仕打ち」を、その家族から被る。後から、そのパーティの際に、サイモンがその場にいた女友達とキッチンで不埒なまねをしていたという出鱈目をジェニーに言ったのが私だという手紙がサイモンから届いたのだ。悪いのは双子の子供たちか、それとも、ジェニーか―。

「黒い眼鏡」... 私が13歳の時近所の眼科医へ眼鏡をつくりにいったときのことだ。あの時眼科医のバジル・シモンズは私の肩に手をやり首筋に触れた。そのときバジルの姉のドロシーが検査室に入ってきた。バジルはすぐに手を引っ込めたがドロシーは何かを認めたはずだ─私はそう確信した。「弟を誘惑するな」とでも言っているようだった。私の祖母と叔母によれば、バジルとドロシーの姉弟には寝たきりの母親がいての母親にはかなりの財産があるらしい。また、ドロシー・バジルは片目が見えないことも祖母と叔母は私に知らせてくれた。二年後、私は眼鏡を壊してしまったので再びバジル・シモンズの店を訪れた。バジルは今でも私に関心を持っているようだった。その時もまた祖母と叔母は再び私にバジルとドロシーに関する情報を知らせてくれた。彼女たちによれば、母親の財産のほとんどは姉のドロシーに相続され、または、弟のバジルに委託されるらしい、と。私はバジル先生のことを思う。すると私はいつのまにかバジル先生の家の前に来ている。窓からバジル先生が書類を見て何かをしているのが見える。それは遺言書の偽造に違いない。私はそう確信した。次の日、眼鏡の調子が悪いとバジル・シモンズを訪ねた。検眼の最中に姉のドロシーが自分の目薬を取りに検査室に入って来た。探していた目薬を手に取りドロシーが二階に戻ると、悲鳴が聞こえた。目薬には毒物が入っており、ドロシーは失明した。これで両目が見えなくなった。その後ドロシーは気が狂ってしまったという。

バジル・シモンズはグレイ医師と結婚したが、しばらくして、姉と同じく精神を病んでしまった。グレイ医師は、私が誰で私が事の次第を知っていることを知らずに、自分の内面を私に聞かせる。性覚醒、エディプス転移といった「くだらない話」を私にする。グレイ医師は、夫のバジルの精神の病は、姉の失明の原因は自分にあると考えていることだと説明する。ドロシーは見てはならないものを見てしまったために、無意識のうちに自分を罰しようと目薬の調合を間違えた。夫のバジルは無意識に姉がそうなることを望んでいたため、自分に責任があると信じてしまった。グレイ医師は、そう読み解く。

それを聞いて私はゲームを始める。グレイ医師は、バジル姉弟は無意識の近親相姦だと言う。私は、そのことをバジルと結婚するとき知らなかったのですか? と尋ねる。グレイ先生は、そのときはまだ心理学を勉強していなかったと答える。何度かこういう遣り取りを繰り返した後、グレイ医師は私に告白する。私が精神科医になったのは、夫のバジルがあれこれ「妄想」を抱くようになったので、それを読み解くために心理学の勉強を始めた、と。効果はあった。なぜなら私は正気を保っているから。私が正気を保っているのは、私が正気を保てるよう、あの事件を読み解いたから。グレイ医師は言う。妻として見れば、夫は有罪──明らかに姉を失明させ、遺言書を偽造した。でも精神科医としては、夫は完全な無罪になる。「なぜご主人の告発を信じないのですか?」「私は精神科医よ。告白はめったに信じない」と―。

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短篇集第3弾。罪を犯した者たちが何らかの理由で刑罰を免れている。いい意味でも悪い意味でも。
フェルディナント・フォン・シーラッハ  刑罰 00.jpg
刑罰 (創元推理文庫 Mシ 15-5) 』['22年]      『刑罰』['19年]
フェルディナント・フォン・シーラッハ  2.jpg 短篇の名手が、罪と罰の在り方を問うた、デビュー作『犯罪』(2009年)、第2弾『罪悪』(2010年)に続く短編集としては第3弾(2018年3月の原著刊行。原題:Strafe)。「参審員」「逆さ」「青く晴れた日」「リュディア」「隣人」「小男」「ダイバー」「臭い魚」「湖畔邸」「奉仕活動(スボートニク)」「テニス」「友人」の12編を収録。12編の共通項は、作中で罪を犯した者たちが何らかの理由で刑罰を免れていることです(これはシリーズ共通のモチーフとも言える)。

「参審員」... 不幸な男遍歴を重ねてきたキャサリンが、政治団体を経てソフトウェア会社に就職する。ある日、彼女は参審員に任命されるのだったが、実は彼女は精神を病んでおり―。ドイツは参審員制度。日本の裁判員制度も同じ参審員制度だが、事件ごとに選出される日本の裁判員と異なり、ドイツの参審制は任期制となっている。両方に共通する難しさをこの作品は指摘しているように思えた。よく、参審員が被害者証人に感情移入し過ぎることを問題視されるが(そう言えば日本でも裁判員が下す死刑判決が多くなっている)、この作品もそう。ただし、そうした人物を参審員から外してしまった結果、罪人は重罰を免れ、被害者証人の身に何が起きたかという話になっている点が皮肉であり、また衝撃的でもあった。

「逆さ」... 弁護士シュレジンガーは、かつて無罪を勝ち取った依頼人がその後殺人に走ったという経験をきっかけに酒に溺れていた。そんな彼が、殺人事件の国選弁護人になる。被疑者である被害者の妻には動機も手段も証拠もあったが、本人は「殺していません」と言い続ける。そんな折、弁護士の許へ借金の取り立て屋のヤセルがやってきて、弁護士をボコボコにする―。このヤセルが事件解決の糸口をシュレジンガーに与えるというのが面白い。しかし、ヤセルは調書を見ただけで事件の真相がよく分かったなあ(ホームズか刑事コロンボ並み)。この事件が、アル中の弁護士シュレジンガーの復活の糸口にもなることを予感させる。ヤセルは弁護士にとって"恩人"になったということになる。だからシュレジンガーが彼を暴行罪で訴えることはないだろう。

「青く晴れた日」... 乳児を殺した罪で母親が有罪になり刑務所に収監される。出所して自宅に帰ると夫は平然とした態度をしており―。女は夫の身代わりとなることで3年半を棒に振った上に、子ども死の真相が今になって判ったわけで、夫の死は言わば因果応報ではあるけど、他殺死には違いない。でも、女に罪の意識が湧かないものも理解できる。裁判が結審した後で弁護士にすべて話すというのは、一事不再理の原則を下敷きにしてのことか。

「リュディア」... 離婚した男が寂しさを埋めるためにラブドールを買う。ラブドールにはリュディアと名前をつけた。男はリュディアと愛を育むが―。隣人が人形偏愛の変質者の"恋人"を"凌辱"し、その復讐でボコられてれてしまう話。この人形偏愛の男、禁固6カ月で執行猶予付きかあ。「そんなに悪くない」とにラブドールのリュディアに語る男。実質、無罪みたいなものだからなあ。

「隣人」... 24年間連れ添った妻を亡くしたブリンクマン。そんな矢先、隣の家に夫婦が引っ越してくる。ブリンクマンは夫婦の妻の方のアントニーアと親しくなる。アントニーアには亡き妻の面影があった。彼女の夫がクルマの下にもぐり込んでいる時、ブリンクマンは―。この話に出てくるアントニーアはセクシーで魅力的。愛と欲望が発作的犯行を後押しする。その愛ゆえに彼は後悔していないが、何年か後に弁護士にすべてを打ち明けるつもりらしい。これも、一事不再理原則を下敷きにしてのことか。

「小男」... 小男のシュトレーリッツは43歳独身。そんな彼がコカインの取引に手を染める。警察に逮捕されて裁判になるが―。自宅アパートの地下室で5キロのコカインを偶然見つけたことで"大物"犯罪者になる主人公。気分良くしていたら、犯行時に犯した酒気帯び運転の判決が先に下って、麻薬所持の方はその一環の事件と見做され、一事不再理の原則から裁かれないことに。折角"大物"気分でいたのに...(笑)。一事不再理、続くなあ。

「ダイバー」... 恋愛結婚した夫婦。ところが、夫が妻の出産を目の当たりにしてから変になり、彼は自分の首を締めながら自慰をする性癖にふけるようになる。ある日、教会から帰った妻が浴室に入るとに、浴室で自慰行為にふけっていた夫が首吊り状態で死んでいた―。夫がダイバースーツに身を包んでいるというのが、何かドイツっぽい。スキャンダルを恐れ、スーツを脱がせ遺体をベッドに寝かせるなどしたことが、結果的に妻が疑われる原因となった。優先すべきは「現場保存」だったが。妻がカトリック教徒であり、話が聖金曜日から始まり、復活祭の月曜に幕を閉じることから、浴室で首を括っていた夫を下す妻は、あたかもキリスト降架乃至聖母マリアによるピエタ像のようでもある。

「臭い魚」... 160の異なる民族がひしめき合う地区に暮らす11歳の少年トムは、仲間たちに肝試し的に強要されて、戦災に遭ったアパートに〈臭い魚〉とあだ名された老人を侮辱する。ところが、トムは老人の真実を知って後悔することに―。子供というのは、子供だけの世界が存在する分だけ残酷になり得る。トムに疑いがかかり、実際の老人に石を投げて重傷を負わせた連中は罪を逃れる理不尽。

「湖畔邸」... フェーリックス・アッシャーは火炎状母斑があったが、祖父だけは「あざは秘密の地図だ」と語ってくれた。その祖父が所有していたオーバーバイエルンの湖畔の邸に、彼は幼い頃よく遊びに行っていた。50代になって両親を亡くしたアッシャーは、退職して祖父の邸を入手し、そこに住む。ところが、別荘地開発によって地域の静寂が乱され、彼は人が変わってしまう。ある日、邸の地下の武器庫から銃を取り出し―。、結局アッシャーは裁かれなかったが、証拠が無いためなのか、精神異常と見做されたのか。疑わしきは罰せず、独白は個人のプライバシーであるため、自白とは見做されないということなのか。

「奉仕活動」... トルコ移民の娘セイマは、厳格な両親からイスラム教の規範を押し付けられていた。しかし、知的なセイマはそれを嫌がり、司法の道に進む。弁護士事務所に就職したセイマはある日、人身売買の刑事事件を担当することになり、ルーマニアから拉致されて男の相手をさせられていた女性が証言台に立つのだが―。セイマが弁護することになった男は、女性を騙して"奉仕活動"をさせる極悪人だった。セイマが弁護を拒否すると、裁判長に国選弁護人に指名されてしまう(国選って拒否できないのか)。そもそも、この裁判長が被告に証人の証言内容を喋ったのが悲劇の素だが、駆け出し弁護士に降りかかる理想と現実のギャップが痛々しい。それでも、法の世界に背を向けず、なんとか踏みとどまろうとするセイマの苦い心の内。

「テニス」... フォトジャーナリストの女(36歳)。その夫(57歳)はテニスを嗜んでいたが、同時に浮気もしていた。女は浮気の証拠である別の女のネックレスを目立つ場所に置いた後、ロシアに出張する―。妻はそこまで狙ったわけではいが、夫はネックレスに足を滑らせ、大怪我を負う(因果応報?)。テニスクラブで負けることのなかった夫が、現在は車椅子で会話すらできず、同じクラブで今は女がテニスしてる。犯罪ではないが、女の潜在意識が現実化した感じ。夫の介護費用は大丈夫?かと思うが、女は"バリキャリ"のようで心配無さそう。彼女がこれから性を満喫することを予感させるラスト。一緒に暮らし続けることの方が、むしろ怖い。

「友人」...「私」の幼馴染リヒャルトは金持ちの子弟だった。長じてからは一族の財産を管理する銀行に就職し、やがて妻も娶る。ところが、そこから彼は薬物依存となり身持ちを崩す。2年後、リヒャルトからのメールで彼に会ってみると―。子供が授かれないことからくる夫婦の相剋。外へジョギングに出た妻は暴漢に遭って死んでしまい、犯人は殺人罪となったが、妻の運命を変えられたかもしれないという思いがリヒャルトを打ちのめしているということ。事件の犯人は裁かれるが、被害者の夫が、罪は犯してないのに罰を受けているような状況にあるという独自のパターン。最後に、語り手がこの事件をきっかけに、事件簿を記し始めたことが示唆されている。

 冒頭に述べたように、基本形は、罪を犯した者たちが何らかの理由で刑罰を免れているというものですが、それが裁判や法律の限界を示しやるせなさやもどかしさを感じさせるものと、裁かれないことが却って"救い"となっているものがあるのが興味深いです。「悪い意味でもいい意味でも」と言うか、「法律」の限界と「法」の幅とでも言ったらいいのでしょうか。

 作者8年ぶりの短編集ですが、力が落ちていないと言うか、デビュー作『犯罪』(2009年)の切れ味に戻っているように思いました。

【2022年文庫化[創元推理文庫]】


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安楽死(自殺幇助)問題を扱った戯曲。議論の〈拮抗〉から「死ぬ権利」が宗教的な壁を乗り越えつつあると見て取れる。
フェルディナント・フォン・シーラッハ 神.jpgフェルディナント・フォン・シーラッハ 2.jpg フェルディナント・フォン・シーラッハ
』['23年]

 78歳の元建築家ゲルトナーは、医師に薬剤を用いた自死の幇助を求めている。彼は肉体的にも精神的にも健康な状態だ。ただ、愛する妻を亡くし、これ以上生きる意味はないと考えている。ドイツ倫理委員会主催の討論会が開催され、法学、医学、神学の各分野から参考人を招いて、彼の主張について議論することになった。「死にたい」という彼の意志を尊重し、致死薬を与えるべきか? ゲルトナーのホームドクターや顧問弁護士も意見を述べ、活発な議論が展開される。だが、最終的な結論をくだすのは―観客の「あなた」だ―。

 2012年(第9回)「本屋大賞」で初めて「翻訳小説部門」が設けられ、その時に第1位をとったのが、刑事事件弁護士であった著者が2009年に発表したでデビュー作『犯罪』('11年/東京創元社)であり、それから10作目にあたるのが、2020年発表のこの戯曲(原題:Gott)です。作者はミステリ作家ですが、本作について言えば、純文学に近かったです。

「すべてうまくいきますように」2021.jpg 本書にも出てきますが、ドイツでは2015年に連邦議会が自死の介助を医師が行うことを処罰する法律を制定しましたが、2020年に連邦憲法裁判所がこれを違憲無効としています。フランソワ・オゾン監督の「すべてうまくいきますように」('21年/仏・ベルギー)という、安楽死を望む父親を、娘(ソフィー・マルソー)たちがスイスの合法的安楽死協会にフランス当局の追手を振り切って送り届けるという映画がありましたが、今ドイツは安楽死についてはスイスと同様にリベラルなものとなっているようです。この戯曲では、そうした安楽死を巡って揺れ動くドイツ国内さらには国外の情勢を同時並行的背景としながら、安楽死(自殺幇助)の是非についての倫理的議論が展開されていきます。

死ぬということ-医学的に、実務的に、文学的に.jpg 安楽死(医師の臨死介助)を整理すると、①消極的臨死介助(延命医療の中止)、②間接的臨死介助(緩和ケアの投薬で死期を早める)は日本でも容認されていますが、③自死を希望する者に安楽死用の薬剤を投与する自死介助まで容認できるのかどうかが国によって違ってきます(因みに、黒木登志夫『死ぬということ―医学的に、実務的に、文学的に』 ('24 年/中公新書) では、「延命治療拒否(消極的安楽死)」は死に直接介入しないため「安楽死」の概念から外し、「自殺幇助」も「安楽死」から外し、「安楽死」(積極的安楽死)を「延命治療拒否」と「自殺幇助」の中間にあるものと位置づけ、さらにそれを「間接的臨死介助」と「直接的介助」に分けている)。

 この2幕構成の戯曲は、解説の宮下洋一氏も書いているように、第1幕の前半は「目と耳で捉えることができた科学的な世界」でしたが、後半は「神という非科学的世界」であり、難しく感じられ、「この後者の世界を閑却して安楽死を語ることは、欧米人にとって意味を持たない」ということなのだろうなあと思いました。

 宮下氏は、「日本人が『神』から推察できることは何か。それはおそらく、西洋諸国が捉える「死ぬ権利」について、日本人が同じ土俵で語ることは難しいという現実ではないだろうか。現代の西洋的な価値観と宗教観に基づくのであれば、安楽死は必ずしも否定されるべきではないのかもしれない」とも述べています。「彼らは、公然と「死ぬ権利」を主張するように、個が尊重される社会で生きている」「それに対し日本は、自己決定そのものが難しい社会だ」と。

 因みに、2015年から現在(2022年)まで7年間にわたり世界の安楽死を取材してきた宮下氏によると、取材を開始した当初は、スイス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグを始め、アメリカの一部の州のみが、安楽死を容認する代表的な国や州であったのに対し、2016年以降、カナダ、ニュージーランド、スペイン、オーストラリア、イタリア、ドイツと西洋諸国は次々と安楽死の法制化を実現し、フランスも2023年まで安楽死法の可決を目指しているとのことです(2024年12月現在、まだ"議論中"だが、「医師支援による自殺」をフランス人の約9割が支持しているという調査結果もあるようだ)。こうした背景には先進国の少子高齢化などがあるようですが、だからと言って日本もすぐにそうなるかというと、そう簡単にはいかないでしょう。

 この作品を読んで思ったのは、西洋の場合、「安楽死」を巡る問題がそのまま、命とは誰のものか(神が与えてくださったものではないか)という議論に直結するということで(『神』というタイトルに納得)、そうした中で、この作品では安楽死の是非が〈拮抗〉した議論となっています。西洋社会の現況としても、先に述べたように安楽死容認の動きが進んでおり、この作品における〈拮抗〉も、「死ぬ権利」が宗教的な壁を乗り越えつつあることの反映と見て取れるように思いました。ただし、日本ではこの種の葛藤自体が無いため、宮下氏が言うように、日本人は日本人で、独自の死生観を構築していかざるを得ないのでしょう。

《読書MEMO》
世界の安楽死の現状:(医師による自殺幇助は除く)
世界の安楽死の現状.jpg

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短篇集第2弾。時にユニークに、時に衝撃を持って描かれた"事件簿"。

シーラッハ 『罪悪』.jpg シーラッハ 罪悪.jpg  シーラッハ 罪悪2.jpg
罪悪 (創元推理文庫) 』['16年]           『罪悪』['12年]

 2012年より「本屋大賞」で新設された翻訳部門で第1位となった短編集『犯罪』(2009年の原著刊行)に続く短篇集第2弾で(2010年原の著刊行、原題:Schuld)、「ふるさと祭り」「遺伝子」「イルミナティ」「子どもたち」「解剖学」「間男」「アタッシュケース」「欲求」「雪」「鍵」「寂しさ」「司法当局」「清算」「家族」「秘密」の15編が収録されています。本自体の厚さは200ページ前後と前作とほとんど変わりませんが、前作と比べて収録短編の数が少し多く、その分、1作当たりが短めでしょうか。

すなわち前作に比べて短い短編も収録されているというわ

「ふるさと祭り」... 小さな町の六百年祭。町の住人たちからなるブラスバンドの男たちは、みな白粉に口紅、つけ髭で扮装をしていた。転んでビールを浴びた給仕の娘の裸がTシャツに浮かび上がると、突然皆で襲い始めて―。語り手の弁護士としての初仕事が、暴漢たち(といっても元は普通の市民だったはずだが)の弁護かあ。しかも、裁判に勝ってしまう。娘の父親の痛々しさ。弁護士が罪を犯した気分になるのがわかる。

「遺伝子」... 家を出て乞食をしている17歳の少女ニーナと、同じく駅で暮らしていて知り合った24歳の青年トーマス。60歳から65歳くらいの老人に、家に誘われるが、ふとしたはずみで殺してしまい―。好色老人は強姦魔になるまでには至らなかったわけで、後からそれを知ったトーマスがまずいと思ったわけだ。19年(時効成立の1年前か)平穏に暮らしていたのになあ。捜査方法なので、「遺伝子」と言うより、原題通り「DNA」でいいと思う。

「イルミナティ」... 人付き合いの苦手なヘンリーは寄宿学校で出会った60代の美術の女性教師に絵の才能を認めてもらう。ところが秘密結社イルミナティを名乗るグループに目をつけられ、陰惨ないじめのターゲットになってしまう―。男子寄宿学校生らの"生け贄"の生徒へのいじめが引き起こす悲劇。裁かれるべき者が充分に裁かれないもどかしさ。

「子どもたち」... 妻ミリアム(29歳)と幸せな家庭を築いていたホールブレヒト(38歳)。しかし「24件の児童虐待」容疑(24件中にミリアムの学校の教え子もいた)で捕まってしまったことでホールブレヒトの人生は一変。3年半の禁錮刑の判決が下される―。女の子の嫉妬は怖い。過去の事件が冤罪であった場合、真犯人が少女であったにせよ、マスコミ報道を敢えてしないということがあるのだろうか。

「解剖学」... 勇気を振り絞って声を掛けたのに「タイプじゃないわ」と冷たくあしらわれ恨みに思った男は、女の殺害計画を立てる。解剖道具などすべての準備を整え(サイコパスか)、計画を実行に移すばかりだったが―。まさにこれからとき事故に遭うわけで、相手は過失致死罪なのだが結果として殺人を未遂に終わらせたわけで、1年半の執行猶予付き有罪判決というのは、軽くて済んだということか。

「間男」... 高級紳士服店を経営する48歳のパウスルベルクと弁護士である36歳の妻。サウナでのある出来事を契機に2人はいつしか妻が他の男と関係することに興奮を覚えるようになっておりその秘密の楽しみはうまくいっていたが―。匿名の関係性の中に知っている人間が入ってくると、微妙な変則的(変態的)関係が崩れて、おかしくなってしまうのか。

「アタッシュケース」... ベルリンの環状高速道路で見回りをしていた婦警が、一台の車のトランクを調べると、死体の写真が18枚入ったアタッシュケースが見つかる。運転手は自分は運ぶよう頼まれただけだと言って―。この人の作品はたまにこういう完全迷宮入り事件があるが、「作者の事件簿」という触れ込みにリアリティを持たせるため?

「欲求」...幸せな家庭を築いているもののいつしか自分をからっぽだと思うようになった彼女は、ストッキング売場の棚の前で30分も立ちつくし。やがて一足をコートに押し込んで、レジを通り抜けたが―。不要なものを万引きするのは病気だろう。本当に問題解決したか怪しい。

「雪」... 特別出動コマンド(SEK)に突入され麻薬密売の容疑で捕まった老人。老人は確かに千ユーロで、ブツを小分けしたい密売人に部屋を貸していたのだ。やがて見知らぬ若い女性が面会にやって来て―。老人、女、その恋人。売人を巡る掟は厳しい。老人の女への思い遣りが唯一の救いか。

「鍵」... フランクとアトリスはクスリで儲けるためにロシア人と取引しようとしていた。金を入れた駅のコインロッカーの鍵を預かるのがアトリスの係だったが、飼い犬バディが鍵を飲み込んでしまって―。"鍵"を巡るドタバタ劇。墟リスは間抜けそうに見えて、意外としっかりしていたのかも。

「寂しさ」... 14歳のラリッサは、隣のアパートに住む父の友人のラックなーに脅され、無理やりに乱暴されてしまう。やがてラリッサは体調が悪くなり、吐き気やめまい、腹痛を感じるようになり―。望まない妊娠に至る事件。赤ん坊は死産だったから、殺人ではなく死体遺棄だと思うが、証明しようがないね。一応ハッピーエンドだが、最後に覗く女性の想い。自らの"腹を痛めた子"には違いないか。

「司法当局」... 飼い犬同士の争いがケンカに発展し、相手の犬を蹴った加害者と思しきタュランが逮捕されるが、彼は犬も飼っておらず、そもそも彼は生まれつき脚が悪い。しかしトゥランは何も行動しようとせず―。「事件簿」らしい誤認逮捕の例。

「清算」... アレクサンドラは優しい夫との間にザスキアという娘が生まれ、幸せに暮らしていた。しかし、やがて夫は酔うと彼女に暴力をふるうようになる。ザスキアを連れて逃げ出すが―。DV回避のための夫殺し。裁判長は理解ある人物で、正当防衛が成立。しかし、本当に彼女が殺したのか。ラストの一文が答え。

「家族」... 日本の僧院で修業し、日本の自動車メーカーで働き、退社後は株で儲けてバイエルンの湖近くに豪邸を建てたヴァラー。やがて父親違いの弟フリッツ・マイネリングがブラジルで犯罪で捕まると、助けてやろうするが―。異父兄弟でありながら、片や努力して成功を勝ち取った男と、片や更生できない根っからの犯罪者。ヴァラーの父も喧嘩や泥棒の常習犯だったのだが、その気質が血の繋がりの無い方に引き継がれていた?

「秘密」... カルクマンと名乗る男が毎朝〈私〉の弁護士事務所を訪ねて来てCIA(中央情報局)とBND(ドイツ連邦情報庁)に追われているという話をする。〈私〉は彼を精神科医に連れて行くが―。短い話である分、ラストが効いている(笑った)。

 裁判所や弁護士の力で簡単に解決出来ない複雑な事件が、時にユニークに、時に衝撃を持って描かれた短編集。最初の方は暗い話が多かったけれども、読んでいくうちにいいバランスになっていった感じ。1作当たりが短めであるということもあってか、前作『犯罪』ほどのインパクトはないですが、それぞれの話が短い分読みやすく、また、楽しめる一冊になっています。

【2016年文庫化[創元推理文庫]】

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弁護士の事件簿といった感じ。社会の暗部をリアルに反映する一方で、暖か味も。

シーラッハ 犯罪.jpg シーラッハ 『罪悪』00.jpg
犯罪 (創元推理文庫)』['15年]       Ferdinand von Schirach   『犯罪』['11年]
シーラッハ 犯罪01.jpgシーラッハ.jpg 弁護士である作者の2009年発表のデビュー作で(原題:Verbrechen)、自身の事務所が扱った事件をベースにしたという連作物語集。ただし、文庫解説の松山巖氏は、そう称していることも含めて純然たる創作であろうと述べていて、推測の根拠として守秘義務とその叙述手法を挙げています。ドイツ本国では「クライスト賞」ほか文学賞3冠を受賞。日本では「翻訳ミステリー大賞」にノミネートされたほか、「本屋大賞」で2012年より新設された翻訳部門で1位、「ミステリが読みたい!」(早川書房)、「週刊文春ミステリーベスト10」(文藝春秋)、「このミステリーがすごい!」(宝島社)でそれぞれ2位にランクインしています。所収作品は「フェーナー氏」「タナタ氏の茶盌」「チェロ」「ハリネズミ」「幸運」「サマータイム」「正当防衛」「緑」「棘」「愛情」「エチオピアの男」の11編です。

「フェーナー氏」... 開業医フェーナー氏は、今の妻と結婚する前、彼女に懇願されて生涯彼女を捨てないと誓った。その後、共に生活するようになってから彼女の本性が徐々に現れ、彼女から様々な嫌がらせを受ける。それを50年も我慢した氏だったが、遂に耐え切れなくなり、妻を殺める―。現代人にとって「誓う」という行為は何の意味もないとされているが、フェーナー氏は"現代人"ではなかったと作者は説明する。自分が立てた誓いに自分でがんじがらめになってしまったフェーナー氏。普通ならさっさと離婚すればいいのにと思うのだが、身近にもこうした夫婦はいそうで、しみじみとした気分にさせられる。

「タナタ氏の茶盌」... チンピラの若者たちが豪邸に押し入って金庫を奪う。中には現金と高級腕時計のほか、古い陶器が入っていた。彼らは陶器を30ユーロで売る。ところが、それはタナタ家に400年以上にわたって伝わる家宝だった―。ギャングがそのチンピラたちを締め上げて漁夫の利を得ようとするが、なぜかそのギャングらが次々と殺される。背後にいたのは金持ちの老人タナタ氏。非力な風采に似合わず、実はとても恐ろしい人でもあったということか。東洋的神秘主義的な雰囲気もある作品。

「チェロ」... 建設会社2代目のタックラーには、テレーザとレオンハルトという2人の子がいた。タックラーは妻を亡くした後、使用人を介して姉弟を厳しく躾ける。耐え切れなくなった2人は、テレーザが音楽大学に入学するという口実で、町を出る。ある日、レオンハルトが事故で記憶を失ってから悲劇は始まる―。ほとんど神話的な破滅の物語(近親相関)だった。結末からするに、父は父なりに子どもたちを愛していたということか。

「ハリネズミ」... カリムの一家はレバノン人の犯罪者の家系で、末っ子のカリムには8人の兄がおり、いずれも前科者。ところが、カリムだけは彼らと違って天才的頭脳を持つ優等生だった。「狐はたくさんのことを知っているが、ハリネズミはただ1つの大事なことだけ知っている」。周囲は誰もがキツネで自分だけハリネズミ。ただし、そのことを隠して二重生活を送るカリム。窃盗を犯した兄の法廷弁論で、彼は双子トリックの応用で裁判官や検事を煙に巻く―。その賢さを最後まで周囲に気取られないところが、人間的にもクレバー。

「幸運」... 東欧出身のイリーナは祖国で酷い目に遭ってドイツに不法移民し、今はベルリンで売春婦として働く。やがてイリーナはカレという心優しい男性と同居することになるが、ある日、イリーナと客との間に"事件"が起きる―。愛ゆえに自分が罪を被るというのはなかなか出来ない(恋人が罪を犯したと思ってしまったわけだが)。弁護士の導きもあったかと思うが、検察官はその愛の心意気を慮ったととれなくもない。

「サマータイム」... ベイルートの難民キャンプで生まれ育ったアッバスは、ドイツに渡って将来を賭ける。彼は麻薬密売人になり、シュテファニーという女性と恋仲になるが、そのシュテファニーが何者かに殺される―。タイトルがネタバレになっているではないかと思ってしまったが、実は、弁護士が、「写真の中の15時が夏時間に換算されるとすれば、実際には14時になるはずです」と堂々と主張している点がトリックであると、ネットで見て知った(正しくは。は16時になる)。論述トリックだったのか。すると犯人は誰?

「正当防衛」... 男が2人の暴漢にナイフと金属バットで襲われるも、あっさり返り討ちにして2人とも殺害する。逮捕された男は身元不明だった。正当防衛か、それとも過剰防衛か。男が黙秘を通すため、正体は判明しない―。武器を持った暴漢2人を返り討ちし、しかも急所を一撃してとどめを刺していることからして「特殊工作員」か何かとしか考えられないのでは(周辺で起きた事件との関係からみても)。供述も証拠もなければ釈放するしかない。弁護士の腕の見せ所もなく、そのむしゃくしゃした気持ちがラスト一行に表れていた。

「緑」... 伯爵の御曹司フィリップは最近羊を殺害してその目をくり抜くことを繰り返しているようだ。そんな折、彼が駅まで送った女の子が行方不明になる―。結局フィリップは妄想型統合失調症と診断される。殺人などはやっていないというのは、読んでいて大方見当がついた。だだ、人間や動物が数字に見えるという病状が興味深かった。

「棘」... 博物館に就職したフェルトマイヤーは「棘を抜く少年」という彫像に拘りを覚える。果たして少年は足の裏に刺さった棘を抜いたのか気になるのだが、確認するも棘が見当たらない。さらに、彼は他人の靴底に画鋲を仕込み、それを抜くところを見て快感を覚えるようになる―。これも、精神にやや異常をきたした人物の話。思えば、仕事のローテーションが行われなくなり、退職の日までひたすら「棘を抜く少年」の部屋で警備を続けることになってしまったのが、フェルトマイヤーの心がおかしくなっていった原因だろう。

「愛情」... 大学生のパトリックが恋人の背中をナイフで切りつける。その動機は彼が恋人を食べたいと思ったから―。精神異常の話が続くなあ。途中で佐川一政の名前が出てきて、彼は東京でレストラン評論家になってるとのこと。知らなかった。2022〈令和4〉年に73歳で亡くなっている。

「エチオピアの男」... 捨て子のミハルカは学生時代から周囲と上手くいかず、長じてからは身長197cmの大男になっていた。彼は衝動的に銀行強盗をし、その金を持ってエチオピアに飛ぶ。エチオピアで彼は村のために様々な献身をする。しかし、いつしか当局が―。精神異常の話が3つ続いたが、最後はいい人の話というか、メルヘンチックな話で締めた印象。ドイツでの犯罪をエチオピアでの善行で相殺―ドイツの検察は国際的に中立の立場を取るということか。

 ミステリと言っても純粋なミステリではなく、弁護士の事件簿といった感じで、今まであまり見ないタイプで新鮮でした。創作であるにしても、実際の事件からヒントを得たのでしょう。ドイツ社会の暗部や歪みがリアルに反映されています。一方で、客観的な描写スタイルをとりながらも、人間に対する暖かい眼が感じられました。(解説で知ったのだが)11篇のすべての作品には林檎が出てくるという遊びなども愉しめます。

【2015年文庫化[創元推理文庫]】

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独特の映像美。やはりこの監督の作品は高画質で観るに限ると改めて思った。

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「ノスタルジア」1.jpg イタリア中部トスカーナ地方、朝露にけむる田園風景に男と女が到着する。モスクワから来た詩人アンドレイ・ゴルチャコフ(オレーグ・ヤンコフスキー)と通訳のエウジュニア(ドミツィアナ・ジョルダーノ)。二人は、ロシアの音楽家パヴェル・サスノフスキーの足跡を辿っていた。18世紀にイタリアを放浪し、農奴制が敷かれた故国に戻り自死したサスノフスキーを追う旅。その旅も終りに近づく中、アンドレイは病に冒されていた。古の温泉地バーニョ・ヴィニョーニで「ノスタルジア」2.jpg、二人はドメニコという男と出会う。彼は、世界の終末が訪れたと信じ、家族で7年間も家に閉じこもり、人々に狂信者と噂される男だった。ドメニコのあばら屋に入ったアンドレイは、彼に一途の希望を見る。ドメニコは、広場の温泉を蝋燭の火を消さずに渡り切れたなら世界はまだ救われると言うのだ。アンドレイが宿に帰ると、エウジェニ「ノスタルジア」3.gifアが恋人のいるローマに行くと言い残して旅立った。再びアンドレイの脳裏を故郷のイメージがよぎる。ローマに戻ったアンドレイは、エウジェニアからの電話で、ドメニコが命がけのデモンストレーションをしにローマに来ていることを知る。ローマのカンピドリオ広場のマルクス・アウレリウス皇帝の騎馬像に登って演説するドメニコ。一方、アンドレイはドメニコとの約束を果たしにバーニョ・ヴィニョーニに引き返し、蝋燭に火をつけて広場の温泉を渡り切ることに挑む決意をする。演説を終えたドメニコがガソリンを浴び火をつけて騎馬像から転落した頃、アンドレイは、火を消さないようにと、二度、三度と温泉を渡り切る試みを繰り返すのだった―。

 アンドレイ・タルコフスキーが1983年にイタリアで製作したイタリア、ソ連合作映画。1983年・第36回「カンヌ国際映画祭」創造映画大賞(「監督賞」相当)受賞作(「国際映画批評家連盟賞」「エキュメニック審査員賞」も併せて受賞)。ローマのチネテカ・ナチオナーレの協力で 4Kで 修復が行われ、「ノスタルジア」5.jpgボローニャ復元映画祭2022でワールドプレミア上映されたものが日本でもロードショー公開されたので観に行きました。そして、やはりこの監督の作品は独特の映像美が真骨頂であり、4Kで観るに限ると改めて思った作品でした。

 主人公のアンドレイには、その名の通り、祖国を追放になったタルコフスキー自身が反映されているし、彼がその足跡を辿る放浪詩人サスノフスキーにもそれは反映されているとみていいでしょう。彼の故郷の記憶が夢に甦る場面は、「惑星ソラリス」('72年)や「」('75年)にも通じるところがあるように思いました。哲学的なムードが漂いますが「ノスタルジア」という情緒的なタイトルのもと、映像詩として鑑賞すれば、意外とシンプルに伝わってくる作品ではないでしょうか。
  
「ノスタルジア」4.jpg タルコフスキー作品は、'80年に「岩波ホール」で「鏡」を観て、その今までどの映画でも観たことのない類の映像美に圧倒されました。3年後の'83年3月に「大井ロマン」で再見しましたが、その際に併映だった「ストーカー」('79年)は、観ていてSF仕立ての筋を追いすぎたせいか、逆にあまり頭に入ってきませんでした(結局何も起こらないので眠くなった(笑))。同年5月に「大井武蔵野館」で「惑星ソラリス」を観ましたが、これも同様、あまり頭に入ってこない。ところが'23年に「シネマブルースタジオ」で「惑星ソラリス」を再見して、こんな分かりやすい映画だったかと(クリストファー・ノーランの「インセプション」('10年/米)を観た時、おそらくそれに影響を与えたと思われるこの作品のあらすじを改めて確認していたというのもある)。そこで今回は、先述の通り、最初からタルコフスキー独自の映像詩としての美しさを堪能するつもりで、あらすじの方は事前に押さえた上で鑑賞しました。そしたら、いい具合に堪能できました(こうした作品は、そういった鑑賞法もあるかも)。

 今のところ、タルコフスキー映画の'72年以降5作の個人的評価は、評価の高い順位に、
 「」('75年)..................... ★★★★★
 「惑星ソラリス」('72年)....... ★★★★☆
 「ノスタルジア」('83年)....... ★★★★
 「サクリファイス」('76年).... ★★★☆
 「ストーカー」('79年)......... ★★★
とちょうど段階的になっている感じで、ただし、「ストーカー」なども観直してみたら「ソラリス」みたいに評価が変わるかもしれません。とにかく、寝不足で映画館に行かない方がいいのは確かです(笑)。

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「ノスタルジア」0.jpg「ノスタルジア」6.jpg「ノスタルジア」●原題:NOSTALGHIA(英:NOSTALGIA)●制作年:1983年●制作国:イタリア・ソ連●監督:アンドレイ・タルコフスキー●製作:レンツォ・ロッセリーニ/マノロ・ポロニーニ●脚本: アンドレイ・タルコフスキー/トニーノ・グエッラ●撮影:ジュゼッペ・ランチ●時間:126分●出演:オレーグ・ヤンコフスキー/エルランド・ヨセフソン/ドミツィアナ・ジョルダーノ/パトリツィア・テレーノ/ラウラ・デ・マルキ/デリア・ボッカルド/ミレナ・ヴコティッチ●日本公開:1984/03●配給:ザジフィルムズ●最初に観た場所:Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下(24-02-13)(4K修復版)(23-02-08)(評価:★★★★)

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しっかり西部劇している「アウト・ウェスト」。ギミック中心、キートンが女装する「初舞台」。

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「ファッティとキートンのアウト・ウェスト(デブ君の出稼ぎ)」
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「デブの舞台裏(ファッティとキートンの初舞台)」

 西部開拓時代、流れ者のファッティ(ロスコー・アーバックル)は、西部に向かう列車の貯水タンクに潜入するも、乗客の食べ物をかすめ取っていたのがバレて砂漠に放っぽり出される。喉の渇きを癒すため何とか湧き水に辿り着いたのもつかの間、インディアンに追アウト・ウェスト 名手.jpgわれる身に。一方、「ラストチャンス酒場」の経営者兼保安官のキートンは、ワイルド・ビル(アル・セント・ジョン)の盗賊一味に店を襲われ、バーテンダーが撃たれてしまう。そこへ偶然インディアンから逃れてやってきたファッティが実は拳銃の名手で、盗賊一味を一人で追っ払ってしまう。ファッティは新たにバーテンダーとしてキートンの店に雇われ、店を訪れたまたま皆に虐められていた黒人を救った優しい女性スー(アリス・レイク)と恋に落ちる。その彼女に、再び店を訪れたワイルド・ビルがしつこく言い寄るため、ファッティとキートンは協力して彼を追い出す。しかし、復讐の念に駆られたワイルド・ビルによってスーは攫われてしまう―。

 ロスコー・アーバックルが監督した1918年1月20日米国公開作。結構大掛かりなロケで、しっかり"西部劇"していたなあという印象。これもあくまでもロスコー・アーバックルが主演で、最後はワイルド・ビルからヒロインを奪う返して2人してハッピーエンドとなる一方、キートンの方はワイルド・ビルの手下たちと応戦し、援護している位置づけ。それでいて、ロケのスケールに相応しいアクションの部分は、ロスコー・アーバックルも崖から転がり落ちるなどして奮闘してはいるものの、やはりキートンが担っている部分が大でしょうか。

アウト・ウェスト 酒場.jpg キートンが酒場で、トランプでアウト・ウェスト 求人.jpgいかさまをした男をあっさり撃ち殺してしまうのは、彼が保安官でもあるからでしょうか。盗賊が襲って来て、バーテンダーが撃ち殺されると、ホールドアップしたたまま新たなバーテンダーの求人を出す―ハードボイルドと冷静さを気取っているキートンが可笑しいです。ただ、黒人いじめにファッティもキートンも加担しているのはいただけません。スーが現れ、彼らを反省させる伏線ともとれますが(スーは「救世軍」の女性という設定らしい)。

アウト・ウェスト 馬.jpg アル・セント・ジョン演じるワイルド・ビルの、フアウト・ウェスト 父.jpgァッティがビール瓶で頭を何度叩いても意に介さず女性に言い寄り続ける屈強ぶりがターミネーターみたいでスゴイというよりシュールです(ただし、くすぐりに弱い)。ファッティは客の馬に酒を飲ませて酔わせるといった悪戯好きですが、馬が酔っぱらう演技はどうやって撮ったのでしょう? キートンの父親のジョー・キートンが出ているようですが、冒頭のファッティの食べ物をかすめ取られる3人の乗客の中央の人物がそれでしょうか。


デブの舞台裏 提案.jpg ファッティ(ロスコー・アーバックル)、キートン、アル・セント・ジョンら3人は、劇場の舞台係(ステージハンド)として働いていた。舞台では次の公演に向けて準備が進んでいたが、強面の出演者、怪力男の"玉葱教授"(チャールズ・A・ポスト)たちが反抗してストライキを起こし、ショーをボイコットしたため、彼らは困り果てる。そこへモリー・マローン演じる、玉葱教授にこき使われて離反した助手(兼愛人?)がやって来て、自分たちでショーをやることを提案、3人はその決意をする。ショーが始まり、まずは助手によるヒロインの美女の妖艶な踊り。続いて彼女と入れ替わったキートンも女装で登場し、蝶のような踊りや手を使わない側転など、アクロバティックな演技を披露。エンディングでのファッティと自分の助手との濃厚なラブシーンを見て怒った玉葱教授は観客席から銃を発砲。その彼をキートンがブランコを使って舞台に引き摺り下ろし、無事制圧する―(「デブの舞台裏」)。

デブの舞台裏 壁.jpg ロスコー・アーバックルが監督した1919年9月7日米国公開作。こちらは室内劇なので、ギミック中心。キートン映画の特徴のひとつに、装置の仕掛けによる笑いがあり、特に「キートンの文化生活一週間 (マイホーム)」('21年)や「キートンの蒸気船」('28年)で見せた家の壁が壊れて倒れてくるものの、キートンはちょうど窓の位置で助かるというシーンが有名ですが、それと同じ仕掛けが、スケールは小さいですが、ロスコー・アーバックルが監督したこの作品でも見られます。

デブの舞台裏 女装1.jpgデブの舞台裏 女装.jpg あとは、舞台劇で(途中でモリー・マローン演じる助手とチェンジして)ヒロインを演じるキートンの女装が見られるのが珍しいでしょうか。アーバックルの方は「ファッティとキートンのおかしな肉屋(デブ君の女装)」('17年)、「ファッティとキートンのコニー・アイランド」('17年)など他の幾つもの作品で女装していますが、キートンの方は、この作品以外では、「キートンの花婿(His Wedding Night)」('17年)で、配達員役でありながら、誤解からウェディングドレスのモデルになるシーンがあるのと、「キートンの即席百人芸」('21年)で、キートンが一人で何役も演じ分ける中に女装のキャラクターがちらっと出てくるぐらいでしょうか。

デブの舞台裏 ポスター.jpg 冒頭のファッティがショーの準備をする中で、壁の開演予告の一部だけ読んで("The Little Laundress"が"undress"に見えた)、ポルノショーと思い込んで急いでチケットを買う通行人も可笑しいです。バルコニー席に現れた彼は、作中で「不埒な目的を持った観客」として表され、王様役のアーバックルの腕の中に飛び込むところを誤ってバルコニー席に飛び込んでしまうキートンをまともに受け止めるという災難に見舞われることになります。

デブの舞台裏 大男.jpg 最後、客席から発砲する(殺人未遂じゃん)玉葱教授役のチャールズ・A・ポスト(1897-1952/55歳没)は当時まだ21歳。大柄ですが、キートンらとの絡みでしっかりアクションしているのは、若いからよく体が動くため? 身長198cmなので、「キートンの文化生活一週間」('20年)以降、後のキートン作品の大男役で常連のジョー・ロバーツ(1871-1923/52歳没)の身長191cmを上回ります。


「ファッティとキートンのアウト・ウェスト(デブ君の出稼ぎ)」●原題:OUT WEST●制作年:1917年●制作国:アメリカ●監督:ロスコー・アーバックル●製作:ジョセフ・M・シェンク●脚本:ロスコー・アーバックル/ナタリー・タルマッジ●撮影:ジョージ・ピータース●時間:25分●出演:ロスコー・アーバックル/バスター・キートン/アル・セント・ジョン/アリス・レイク/ジョー・キートン●米国公開:1918/01(評価:★★★☆)

「デブの舞台裏(ファッティとキートンの初舞台)」●原題:BACKSTAGE●制作年:1919年●制作国:アメリカ●監督:ロスコー・アーバックル●製作:ジョセフ・M・シェンク●脚本:ジャン・ハヴズ●撮影:エルギン・レスレー●時間:26分●出演:ロスコー・アーバックル/バスター・キートン/アル・セント・ジョン/モリー・マローン/チャールズ・A・ポスト●米国公開:1919/09(評価:★★★☆)

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笑うキートンが見られる「コニー・アイランド」。表情も豊かな「自動車屋」。

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「ファッティとキートンのコニー・アイランド(キートンのコニー・アイランド/デブ君の浜遊び)」
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「デブの自動車屋」
ファッティとキートンのコニー・アイランド1.jpg 謝肉祭に沸くニューヨーク。コニー・アイランドの海岸で、恐妻とのデートに退屈したファッティ(ロスコー・アーバックル)は、砂浜に埋まって隠れ、何とか妻を撒くことに成功。一方、パレード見物を終えたキートンとガール・フレンドが遊園地にやって来た。彼女に一目惚れしたファッティは横恋慕を企んで、まんまと彼女を海水浴に誘い出すことに成功する。しかしファッティに合うサイズの貸し水着がなく、太ったおばさんの水着を盗み出す始末。女装して彼女と海水浴場へ繰り出すが―(「ファッティとキートンのコニー・アイランド」)。

ファッティとキートンのコニー・アイランド2.jpg ロスコー・アーバックルが監督した1917年10月29日米国公開作。一人の女性を巡って、ロスコー・アーバックルと彼の従兄弟のアル・セント・ジョン、そして、アーバックルにスカウトされて映画界入りした軽業師バスター・キートンの3人が奪い合いをするドタバタするコメディ。自分の女装姿にまんざらでもないファッティが可愛らしいです。アーバックルがあくまで主演で、この年に映画ファッティとキートンのコニー・アイランド3.jpg界入りしたバスター・キートンはまだ助演ですが、ゴーカートでの衝突やバック転など、鍛えぬかれた肉体の演技を披露しています。

大笑いするキートン

 スクリーンで笑わないことで知られるキートンですが、そんな彼が、間抜けな若者と髭の警官の2役を演じたこの映画では、笑う場面があることが注目点でしょう。「笑わぬ喜劇王」のキャラクターがまだ出来上がっていなかったことを表しています。自身監督した「キートンの文化生活一週間」('20年)以降、キートンという俳優は演技では本当に笑わないキャラクターに徹した人で、演技Buster Keaton/This is Your Life.jpgがだけでなくプライベート写真でもインタビュー・フィルムでも無表情を貫いています(普段はよく笑うが、カメラが回ると絶対に顔を崩さないよう徹底していたという妻の証言もあるが)。1957年に英BBCの「This is Your Life」という番組に出演した際も(最初は眼鏡をかけて登場する)、若い頃の自分のそっくりさんが出てきたりしてもニコリともせず、一方で、しれっとロスコー・アーバックルにまつわる(追慕を込めた)冗談をかましており、サービス精神はなおも旺盛、その放送分は米国で「Buster Keaton/This is Your Life」('57年/米)というDVDになっています(IMDb評価 7.6(初放映時の原版テープがYouTubeにあった。DVDでは削除されているCMが入っている))。この姿勢は70歳近くなった晩年に作られた「線路工夫(The Railrodder)」('65年/カナダ)という25分ほどの小品や、その撮影の椅子を記録した「キートン・ライズ・アゲイン」('65年/カナダ)でも踏襲されています。


デブの自動車屋 0.jpg 自動車屋で働くファッティとキートン。二人のドジで、ガレージはいつもてんやわんやの大騒ぎ。ある日、ガレージのオーナーの娘モリー(モリー・マローン)にしつこく言い寄ってくる求婚者ジム(ハリー・マッコイ)が、バラの花束を抱えてやって来た。ところが花束はファッティたちのおかげで油まみれになり、受け取ったモリーの顔は真っ黒に。そのせいでモリーに嫌われてしまったジムは、復讐のためにファッティたちに犬をけしかける。犬にお尻を噛まれてズボンが脱げてしまったキートンは、警官に追われる羽目に...。一方、ひょんなことからガレージに閉じ込められてしまったジムは、二人に気付かれる前に逃げ出そうと画策しているうちに、火事を起こしてしまう。激しい火の手が上がり、モリーとジムは逃げ遅れてしまう。消防士でもあるファッティとキートンは、懸命に消火活動にあたるが、穴が開いたホースから水が漏れてしまい、なかなか鎮火できない―(「デブの自動車屋」)。

デブの自動車屋 02.jpg こちらもロスコー・アーバックルが監督した1920年1月11日米国公開作。キートンの頭がちょこんと当たっただけで自動車が発進したり、ガソリンまみれの男の横で煙草に火をつけようとしたり、下着姿を隠す為にポスターからキルト・スカートを剥ぎ取ったりと趣向は盛沢山で、キートンのアクションも全開。後の「笑わぬ喜劇王」キートンは「無表情の喜劇王」キートンでもあるわけですが、ここでは表情も豊かです。

デブの自動車屋 01.jpg 自動車修理工の話で、皆オイルで顔が真っ黒になるのはコメディの常道。キートンとファッティがコンビネーション発揮して警察にバレないように歩くシーンが面白く、キートンはポールを逆立ちしながら昇ったして、その身体能力の高さを窺わせます。

 途中から消火活動の話になって、そっか、何故そうなのかよく分からないけれど、自動車屋は消防署でもあったのかと(後の「キートンの鍛冶屋」('22年)では鍛冶屋が自動車修理屋を兼ねていたが)。消火活動にあたる面々がランチタイムになるとまだ火が燃え盛っていて、美女が助けを求めているのに引き揚げてしまうのは何に対する皮肉でしょうか。


バスター・キートン傑作集(5).jpg「ファッティとキートンのコニー・アイランド(キートンのコニー・アイランド/デブ君の浜遊び)」●原題:CONEY ISLAND●制作年:1917年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ロスコー・アーバックル●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:ジョージ・ピータース●時間:24 分●出演:ロスコー・アーバックル/バスター・キートン/アリス・マン/アル・セント・ジョン●米国公開:1917/10●最初に観た場所:アートシアター新宿(84-05-27)(評価:★★★☆)●併映:「デブの自動車屋」「キートンの文化生活一週間(マイホーム)」「キートン・ライズ・アゲイン」

バスター・キートン傑作集(5) [DVD]」(「コニー・アイランド」「自動車屋」「馬鹿息子」(長編))   
 
「デブの自動車屋」●原題:THE GARAG●制作年:1920年●制作国:アメリカ●監督:ロスコー・アーバックル●製作:ジョセフ・M・シェンク●脚本:ジャン・ハヴズ●撮影:エルジン・レスリー●時間:22分●出演:ロスコー・アーバックル/バスター・キートン/モリー・マローン/ハリー・マッコイ/リューク(犬)/アリス・レイク(ノンクレジット)●米国公開:1920/01●最初に観た場所:アートシアター新宿(84-05-27)(評価:★★★☆)●併映:「キートンのコニー・アイランド(デブ君の浜遊び)」「キートンの文化生活一週間(マイホーム)」「キートン・ライズ・アゲイン」

This Is Your Life [VHS]」「"This Is Your Life" Buster Keaton (TV Episode 1957)
This Is Your Life [VHS].jpg「Buster Keaton/This is Your Life(S5 E28)」●制作年:1957年●制作国:アメリカ●製作総指揮・司会:Buster Keaton/This is Your Life 1957.jpgラルフ・エドワード●演出:リチャード・ゴットリーブ●ゲスト出演:バスター・キートン/エディ・クライン/ドナルド・クリスプ/レッド・スケルトン/ドナルド・オコナー/エレノア・ノリス・キートン/ハリー・キートン/ルイーズ・キートン●米国放映:1957/04(評価:★★★☆)

 
  
 

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キートンの映画デビュー作「おかしな肉屋」。アクションのピークを感じさせる「給仕」。
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「ファッティとキートンのおかしな肉屋(デブ君の女装)」

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「デブの給仕」
   
ファッティとキートンののおかしな肉屋01.jpg 肉屋に勤めるファッティ(ロスコー・アーバックル)と客のキートン(バスター・キートン)。ファッティは、店主の娘アーモンダイン(アリス・レイク)と恋愛関係にある。娘が入っている寄宿学校に女装して侵入するファッティだが、恋敵のスリム(アル・セント・ジョン)も女装して侵入してきて鉢合わせ。ドタバタの末、ファッティと娘は2人で逃げ出し、結婚することになる―(「ファッティとキートンのおかしな肉屋」)。

ファッティとキートンののおかしな肉屋02.jpg ロスコー・アーバックルが監督した1917年4月23日米国公開作。アーバックルにスカウトされて1917年にニューヨークへ渡り映画界入りした軽業師バスター・キートンの映画初出演作ですが、主演はあくまでアーバックルで、キートンは、アーバックルの従兄弟のアル・セント・ジョンに次いで3番手ぐらいでしょうか。

ファッティとキートンののおかしな肉屋03.jpg 前半はお店でのドタバタでファッティの包丁捌きと肉のコントロールがなかなか凄く、勢いあるの小麦粉の投げ合いも完成度は高いです。キートンの動きもまさに現役軽業師のそれで、キレキレ。後半は寄宿学校でのドタバタで、アーバックルの女装に次いで恋敵役のアル・セント・ジョンも女装(客のキートンはなぜ彼について寄宿学校へ行った?)。思い切りの良いアクションが楽しい作品ですが、キートンは新人にして1度も撮り直し必要とせずに演じ切ったそうです。


デブの給仕12.jpg 高級なのに世界一サービスの悪いホテルで働くベル・ボーイの2人(ロスコー・アーバックル/バスター・キートン)。キートンは、同僚のファッティの恋を実らせるため、銀行強盗のフリをし、そこにファッティが駆けつけ事件を解決することで、彼女を振り向かせるというシナリオを練る。しかし、そこに本物の銀行強盗が現れて―(「デブ君の給仕」)。

 同じくロスコー・アーバックルが監督した1918年3月18日米国公開作。この作品もアーバックル主演ですが、キートンはアル・セント・ジョンを抑えて2番手の位置づけに来ていると言っていいのではないかと思います。

デブの給仕18.jpgデブの給仕13.jpg 前半は、アーバックルがベル・ボーイのほかに床屋も兼ね、客の髪や髭をいじるとその客がリンカーンになったりグラント将軍になったりという寄席芸っぽいギャグを披露。それが後半になると、相方キートン(「おかしな肉屋」の時の3番手から完全にアーバックルの相方に"昇進"している)のアクションが炸裂し、もしかしたらこの頃の彼のアクションが一番ピークだったのではないかと思わせるほどです。

デブの給仕17.jpg ホテルのエレベーターが、ボタンを押すとホテルの表の鈴が鳴り、それに合わせて馬がロープを引っ張り箱が昇降するという、まさに「1馬力エレベーター」の仕組みが可笑しいです(アル・セント・ジョンはこのエレベーター係(馬係?)に後退)。こうした後年のキートン作品の雰囲気も感じさせるメカニカルなギャグも冴えわたり、最後は銀行強盗にハイジャックされたトローリーカーが斜面を逆走してホテルのロビーに突っ込むという、「スピード」('92年/米)並みの大掛かりな仕掛けに。

 前半がコミカルなギャグで、その部分をアーバックルが主に担い、後半がアクションで、その部分はキートンが持ち分を発揮しているという点で、この2作は通じるところがあるように思いました。

ファッティとキートンののおかしな肉屋0.jpgファッティとキートンののおかしな肉屋000.jpg「ファッティとキートンのおかしな肉屋(デブ君の女装)」●原題:THE BUTCHER BOY●制作年:1917年●制作国:アメリカ●監督:ロスコー・アーバックル●製作:ジョセフ・M・シェンク●脚本:ロスコー・アーバックル/ジョセフ・アンソニー・ローチ●撮影:フランク・D・ウィリアムズ●時間:30分●出演:ロスコー・アーバックル/バスター・キートン/アル・セント・ジョン/アリス・レイク/ルーク(犬)●米国公開:1917/04(評価:★★★☆)

「デブ君の給仕」●原題: THE BELL BOY●制作年:1918年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ロスコー・アーバックル●撮影:エルジン・レスリー●時間:33分●出演:ロスコー・アーバックル/バスター・キートン/アル・セント・ジョン/アリス・レイク●米国公開:1918/03(評価:★★★☆)

BUSTER KEATON: SHORTS COLLECTION 1917-23 (5 DISCS)」(言語:英語)
BUSTER KEATON SHORTS COLLECTION 1917-23.jpgDisc1
ファッティとキートンのおかしな肉屋(デブ君の女装)(The Butcher Boy , 1917)
デブ君の入婿 (The Rough House, 共同監督, 1917)
デブ君の結婚 (His Wedding Night, 1917)
デブ君の医者 (Oh Doctor, 1917)
ファッティとキートンのコニー・アイランド(デブ君の浜遊び) (Coney Island, 1917)
ファッティとキートンのアウト・ウェスト(デブ君の出稼ぎ) (Out West, 1918)
Disc2
デブ君の給仕 (The Bell Boy, 1918)
デブ君の巌窟王 (Moonshine, 1918)
ファッティとキートンのグッドナイト・ナース(デブ君の入院) (Good Night, Nurse!, 1918)
デブのコック (The Cook, 1918)
デブの舞台裏(ファッティとキートンの初舞台) (Back Stage, 1919)
飼葉の種 (The Hayseed, 1919)
デブの自動車屋 (The Garage, 1919)
Disc3
キートンのハイ・サイン (The High Sign, 共同監督, 1921)
文化生活一週間(キートンのマイホーム) (One Week, 共同監督, 1920)
キートンの囚人13号(ゴルフ狂の夢) (Convict 13, 1920)
キートンの案山子(スケアクロウ) (The Scarecrow, 共同監督, 1920)
キートンの隣同士 (Neighbors, 共同監督, 1920)
キートンの化物屋敷 (The Haunted House, 共同監督, 1921)
キートンのハード・ラック(悪運) (Hard Luck, 共同監督, 1921)
Disc4
キートンの強盗騒動(悪太郎) (The Goat, 1921)
キートンの即席百人芸(キートンの一人百役) (The Playhouse, 共同監督, 1921)
キートンの船出(漂流) (The Boat,兼脚本, 共同監督, 1921)[18]
キートンの白人酋長(キートンの酋長、キートンのハッタリ酋長) (The Paleface, 共同監督, 1922)
キートンの警官騒動 (Cops, 1922)
キートン半殺し(キートンの猛妻一族、キートンの飴ン棒、キートンの華麗なる一族) (My Wife's Relations, 1922)
Disc5
キートンの鍛冶屋 (The Blacksmith, 1922)
キートンの北極無宿 (The Frozen North, 共同監督, 1922)
成功成功(キートンの白日夢) (Day Dreams, 共同監督, 1922)
キートンの電気屋敷(電気館) (The Electric House, 共同監督, 1922)
キートンの空中結婚(キートンの昇天) (The Balloonatic, 1923)
捨小舟 (The Love Nest, 共同監督, 1923)
ファッティとキートンのおかしな肉屋(デブ君の女装)(The Butcher Boy , 1917)
デブ君の入婿 (The Rough House, 共同監督, 1917)
デブ君の結婚 (His Wedding Night, 1917)
デブ君の医者 (Oh Doctor, 1917)
ファッティとキートンのコニー・アイランド(デブ君の浜遊び) (Coney Island, 1917)
ファッティとキートンのアウト・ウェスト(デブ君の出稼ぎ) (Out West, 1918)

Disc2
デブ君の給仕 (The Bell Boy, 1918)
デブ君の巌窟王 (Moonshine, 1918)
ファッティとキートンのグッドナイト・ナース(デブ君の入院) (Good Night, Nurse!, 1918)
デブのコック (The Cook, 1918)
デブの舞台裏(ファッティとキートンの初舞台) (Back Stage, 1919)
飼葉の種 (The Hayseed, 1919)
デブの自動車屋 (The Garage, 1919)

Disc3
キートンのハイ・サイン (The High Sign, 共同監督, 1921)
文化生活一週間(キートンのマイホーム) (One Week, 共同監督, 1920)
キートンの囚人13号(ゴルフ狂の夢) (Convict 13, 1920)
キートンの案山子(スケアクロウ) (The Scarecrow, 共同監督, 1920)
キートンの隣同士 (Neighbors, 共同監督, 1920)
キートンの化物屋敷 (The Haunted House, 共同監督, 1921)
キートンのハード・ラック(悪運) (Hard Luck, 共同監督, 1921)

Disc4
キートンの強盗騒動(悪太郎) (The Goat, 1921)
キートンの即席百人芸(キートンの一人百役) (The Playhouse, 共同監督, 1921)
キートンの船出(漂流) (The Boat,兼脚本, 共同監督, 1921)[18]
キートンの白人酋長(キートンの酋長、キートンのハッタリ酋長) (The Paleface, 共同監督, 1922)
キートンの警官騒動 (Cops, 1922)
キートン半殺し(キートンの猛妻一族、キートンの飴ン棒、キートンの華麗なる一族) (My Wife's Relations, 1922)

Disc5
キートンの鍛冶屋 (The Blacksmith, 1922)
キートンの北極無宿 (The Frozen North, 共同監督, 1922)
成功成功(キートンの白日夢) (Day Dreams, 共同監督, 1922)
キートンの電気屋敷(電気館) (The Electric House, 共同監督, 1922)
キートンの空中結婚(キートンの昇天) (The Balloonatic, 1923)
捨小舟 (The Love Nest, 共同監督, 1923)

 

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都会的要素が入り交ざりシュールな「北極無宿」。キートンのギミック趣味が満載「電気屋敷」。

キートンの北極無宿00.jpg
「キートンの北極無宿」
キートンの電気屋敷00.jpg
「キートンの電気屋敷」
キートン dvd4.jpgバスター・キートン傑作集(4) [DVD]」(「北極無宿」「電気屋敷」「成功成功(白日夢)」「空中結婚」「捨小舟」所収)

キートンの北極無宿01.jpg 大雪原の真ん中に地下鉄の駅がある。その出口から出てきたバスターの出で立ちは、西部劇スターのウィリアム・S・ハートのカナダの騎馬警官隊員役を演じる時風だった。雪原を歩いて通りかかった酒場は、窓から覗くと酒あり博打あり踊り子ありのいかにもなウェスタン酒場。バスターはなぜか無性にキートンの北極無宿02.jpg西部劇でよくあるような強盗をしたくなり、実行に移すが結局うまく行かず、わが家に帰ることにする。家に入ると、暖炉の前で妻が男と愛を囁いている。最愛の妻の裏切りに涙するも、哀しみの感情はやがて憎しみに変わり、二人を撃ち殺してしまう。しかしよく見たら自分の家じゃない。「こりゃまた失礼」とその場を後に。本物のわが家では、本物の妻が愛情たっぷりに迎えてくれるが、バスターは冷たくあしらう。妻は泣き叫び、取りすがった十字架が頭に落ちて卒倒する。女の叫び声を不審に思った警官が様子を見に来るが、抜け目なくごまかすバスター。狡猾で好色な人間になりきっているバスターは、今度は隣の若奥さんに目を着ける。隣の家では夫が単身で出張する予定だったが「バスターのようなのがいる限り安心できない」と二人で出発することにした。犬橇で目的地に向かった二人の後をバスターが追う、その嫌らしい執念深さは、まるで「愚かなる妻」のエーリッヒ・フォン・シュトロハイムのようだった―(「キートンの北極無宿」)。

キートンの北極無宿07.jpg キートン・プロのキートン監督・出演作の【第15作(米国公開日:1922年8月28日)】。キートンには珍しいパロディのオンパレードで、当時人気の西部劇スター、ウィリアム・S・ハートの出で立ちで登場するキートン。ハートが必ず一作中に見せる男涙をギャグにしたため、この後しばらくハートから断交されたという逸話もあるそうですが、コレ、キートンの盟友ロスコー・アーバックルに殺人の容疑がかけられた事件の際に、ハートがアーバックルが有罪であるような主張をしたというのが因縁としてあり、それでキートンは彼を徹底的にパロディ化して糾弾したようです。

キートンの北極無宿03.jpg テーマは同年にヒットした、カナダ北部で暮らすイヌイットの文化・習俗を記録したドキュメンタリー「極北の怪異」(1922)か取られており、舞台は"北極"と言うよりイメージ的にはアラスカでしょうか(シロクマはなく黒い熊が出てくる)。ただし、実際のロケ地は米カリフォルニア州のトラッキー郊外にあるダナー湖だそうです(ここは「チャップリンの黄金狂時代」('25年)のロケ地にもなったが、あの作品も舞台はアラスカを想定している)。何れにせよ、雪原に地下鉄の駅の出口があったり、「タクシー」と言って馬橇を止めたりと、都会的要素が入り交ざるシュールでキッチュな展開は「極北の怪異」にはないオリジナルでしょう(笑)。

 キートンは珍しく悪役ですが、ここまで鬼畜に徹していると、これは何かありそうだなと思ったら、映画のラストにオチが用意されていました。劇中のバスターが見せる軍服姿のロシア将校は、これも同年の「愚かなる妻」(1922)のエリッヒ・フォン・シュトロハイムのモノマネですが、こちらのパロディはシュトロハイムは好意的に受け止めたらしいです。


キートンの電気屋敷01.jpg 今日は州立大学の卒業式。植物学の博士号を得たバスターだったが、ちょっとしたアクシデントにより、電気工学の学位取得を証明する卒業証書を手にしていた。そのおかげで、新しもの好きの大金持ちに、大邸宅の電気技師として雇われることになる。主人たちが休暇の間に邸宅を電気仕掛けに大改造。その結果は主人も満足、何でも自動でやってくれると大好評。それも束の間、雇ってもらえず悔しい思いをした本物の電気工学士が、復讐のためにその館に忍び込むのであった―(「キートンの電気屋敷」)。

 キートン・プロのキートン監督・出演作の【第17作(米国公開日:1922年10月16日)】。前年に製作開始となったが、撮影中のケガで改めて撮り直されたという作品。キートン個人のギミック趣味がふんだんに見られます。

ヴァージニア・フォックス
キートンの電気屋敷07.jpgキートンの電気屋敷02.jpg 階段はエスカレーターのようで、食卓は回転寿司風("流れ寿司"というのに近いか)。食器洗い機まで出てきて...。エスカレーターは当時すでにあったにしても、いろいろな点で予見的。ただし現代の科学水準では少々幼児的にも見え、それが映画全体を幼稚的に見えるものにしているかもしれず、評価は微妙なところでしょうか。

 ただし、キートンはこうしたギミックだけでなく、ケガからに復帰直後にもかかわらずアクションもしっかり見せていて、その点は偉いです。△にするには忍びなく、○としました。


キートンの北極無宿 .jpgキートンの北極無宿04.jpg「キートンの北極無宿」●原題:THE FROZEN NORTH●制作年:1922年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:エルジン・レスリー●時間:17 分●出演:バスター・キートン/ジョー・ロバーツ/シビル・シーリー/エドワード・F・クライン●米国公開:1922/08(評価:★★★☆) バスター・キートン/シビル・シーリー


「キートンの電気屋敷(電気館)」●原題:THE ELECTRIC HOUSE●制作年:1922年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:エルジン・レスリー●時間:20 分●出演:バスター・キートン/ジョー・ロバーツ/ヴァージニア・フォックス/マイラ・キートン●米国公開:1922/10(評価:★★★☆)
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私生活における妻の親族へのあてつけ?「半殺し」。ドタバタ喜劇ながらも実験的な「鍛冶屋」。

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「キートンの半殺し」
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「キートンの鍛冶屋」
バスター・キートン傑作集3.jpgバスター・キートン傑作集(3) [DVD]」(「酋長」「警官騒動」「キートン半殺し」「鍛冶屋」所収)

キートンの半殺し01.jpg 様々な言語が飛び交い、住民同士の誤解も絶えない外国人街。ポーランド人のカップルが電話で「そこでは婚姻届の手続きがポーランド語でできますか」と確認、判事は「ええ私はポーランド語以外は話せません」と答える。その判事の職場の向いにバスターが職人をしているパン屋(?)があった。バスターがパン生地をこねているときに入ってきた郵便屋は、バスターのせいで郵便物をぶちまけてしまう。靴の裏に付着した一枚の手紙をバスターは返そうかとも思うが、怒った相手が物を投げてくるので、手紙をポケットにしまい逃げ出す。通りの角でアイリッシュ系の大女ケイトとぶつかる。向かいの窓が割れたのはバスターのせいだと勘違いしたケイトは彼を判事のもとに引っキートンの半殺し02.jpg張っていく。ところが判事もこの二人は先程の電話のカップルに違いないと勘違いし、婚姻の手続きをしてしまう。意外な展開にもケイトは喜び、配偶者を強引に家まで連れていった。妻の家の同居人は父親と四兄弟。その貧しくともアグレッシブな一族は、新しい家族の一員をぞんざいに扱ったが、彼のポケットに「あなたは近々大金を相続できます」という弁護士からの手紙が入っているのを見つけると、態度を一変。早速バスターに舞込むはずの遺産をあてにして多額の借金をし、広々とした高級マンションを購入、豪勢な暮らしを始めるが―(「キートンの半殺し」)。

キートンの半殺し04.jpgキートンの半殺し p.jpg キートン・プロのキートン監督・出演作の【第13 作(米国公開日:1922年5月6日)】。本邦公開当時、冒頭の「パン作り」を"キャンディ・カンパニー"という店のディスプレイ文字から「飴作り」と解釈して、「キートンの飴ン棒」といったタイトルも付けられたりしました。確かにバスターが練っているのは"飴"っぽい感じもしますが、終盤でイースト菌を使ったギミックが出てくるので、やはり「パン」なのかなとも。ただし、イースト酵母を使用した飴は日本でも「酵母飴」などとして市販されており、やはり飴でいいのかも(この辺りは自分にはよくわからない)。

キートンの半殺し03.jpg 外国人との言葉や習慣の違いをネタにしたギャグが幾つかあり、たとえば、妻の家の食卓でなかなか肉にありつけないバスターが、カレンダーを破って家族に金曜日と思わせることで、肉にありつくギャグ(金曜日に肉を食べない習慣は主にカトリック教会系)などがそれ。これまでのキートンの作品には文化の違いによるギャグはあまりなかったので珍しいです(第11作の「キートンの白人酋長」('22年)に戯画化されたネイティブ・アメリカンは登場したが)。

 製作当時のキートンの私生活に潜む彼の妻の親戚一族へのあてつけをカリカチュアしたとの説があり、そうであるならば「半殺し」のタイトルは的を得ていることにはなりますが、「猛妻一族」の方が説明的ではあるかも。ただ、何れにせよ、そうした要因からか、前半は文化的ギャップを描いてアクションの方は抑え気味で、終盤になってようやっと一気に動き出したという感じでしょうか。後の長編作品に繋がるストーリー性の強い作品でもあります。


キートンの鍛冶屋01.jpg バスターは、鍛冶屋の下働き。主人のジョーは、怒ると前後の見境がなくなる乱暴者。ハンマーや車輪が看板にしている磁石に吸い寄せられてしまったのにも気づかず、無くなったのはバスターのせいだと勘違いして突き飛ばす。その様子を通りから見ていた村のシェリフが、二人の間に入って「暴力はいかんよ」とジョーを諭す。その間に署長のバッジやピストルが、磁石のせいで紛失。ジョーが奪ったと勘違いした署長は「そこまでするなら逮捕だな」と仲間をキートンの鍛冶屋02.jpg助っ人にして連行しようとするが、村一番の怪力男は5人がかりでも手に余る。ところが、意外にもバスターのおかげで何とか逮捕に至る。自由に仕事が出来るようになったバスター。しかし、失敗の連続。蹄鉄の好みがうるさい白馬には、車のオイルで黒い跡を付けてしまうし、柔らかな鞍をお望みの女性には、サスペンション効きすぎの鞍を売ってしまう。仕舞いには新品同然の高級車に壊滅的損害を与えてしまう。ここまでやってしまったからには逃げるしかない。一方、例の白馬の持ち主の女性ヴァージニアは家に帰り着き、家族の出迎えを受けるが、母親が愛馬に付いている黒い跡を見て悲鳴を上げる。驚いた白馬は、ヴァージニアを乗せたまま暴走する―(「キートンの鍛冶屋」)。

キートンの鍛冶屋03.jpg キートン・プロのキートン監督・出演作の【第14作(米国公開日:1922年7月21日)】。典型的ドタバタ喜劇ながらも、遠方より顔のアップまでワンカットで迫る奇異なショットから、ラストのオチに繋がるキートンの空間的ギャグの完結法など、短編作品らしからぬ奥行きがあり、実験映画のようにアヴァンギャルドな価値観、ラディカル・ポップな展開が横溢する作品です。

キートンの鍛冶屋04.jpg 最後には蒸気機関車も出てきて、乗り物好きのキートンらしい一作。この映画において鍛冶屋は鍛冶屋でもあり、自動車修理屋でもあるのでしょうか。考えてみれば、馬も自動車も乗り物なので、馬が動力として使われなくなったときに、鍛冶屋が自動車修理工へと移行していくのも自然な成り行きとも言えるかも。1920年代と言えばフォード・モーター社がT型フォードをより大量供給する生産システムの革新にひたすら邁進した時期になります。そんな歴史の流れを知ることのできる作品でした。
  
キートンの半殺し07.jpg「キートンの半殺し(キートンの猛妻一族、キートンの飴ン棒、キートンの華麗なる一族)」●原題:MY WIFE`S RELATIONS●制作年:1922年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●撮影:エルジン・レスリー●時間:22 分●出演:バスター・キートン/ケイト・プライス/ジョー・ロバーツ/モンティ・コリンズ/ウィーザー・デル●米国公開:1922/05(評価:★★★☆)

バスター・キートン/ジョー・ロバーツ/ヴァージニア・フォックス
キートンの鍛冶屋07.jpg「キートンの鍛冶屋」●原題:THE BLACKSMITH●制作年:1922年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/マルコム・セント・クレア●撮影:エルジン・レスリー●時間:20分●出演:バスター・キートン/ジョー・ロバーツ/ヴァージニア・フォックス●米国公開:1922/07●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-15)●併映:「キートンの文化生活一週間(マイホーム)」「キートンの強盗騒動(悪太郎)」「キートンの警官騒動」「キートンの船出」「キートンの空中結婚」(評価:★★★☆)

「●バースター・キートン監督・出演作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3641】 「キートンの半殺し
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ホーム・コメディ&特撮パニック映画「船出」。米暗黒史を取り上げている点で評価されるべき「白人酋長」。
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「キートンの船出(漂流)」バスター・キートン/シビル・シーリー
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「キートンの白人酋長」バスター・キートン/ジョー・ロバーツ
バスター・キートン傑作集2.jpgバスター・キートン傑作集3.jpgバスター・キートン傑作集(2) [DVD]」(「ハード・ラック」「ザ・ハイ・サイン」「悪太郎」「即席百人芸」「漂流」所収)
バスター・キートン傑作集(3) [DVD]」(「酋長」「警官騒動」「キートン半殺し」「鍛冶屋」所収)

キートンの船出10.jpgキートンの船出11.jpg マイホームパパのバスターは、家族とマリンレジャーを楽しむために、クルーザーをハンドメイドし、この度ようやく完成した。その船を運び出すのにクルマで牽引しようとするが、建造作業場だった一階のガレージの出口が狭くて苦労する。無理な牽引の結果、家は全壊するが、バスターは、船を「DAMFINO(damned if I know=知るもんか)」号と名付け、家はキートンの船出4.jpgそのままにしてマリーナに向かう。運河に面したマリーナでの進水式は、船の構造に問題があったのか、進水ならぬ浸水式になってしまうが、家族みんなで修復していよいよ出航、海に向かって運河を下っていく。橋の下をくぐる時にはマストや煙突が引っかからないよう寝かせられる工夫がされていた。河口で一休みの後、大海に乗り出す頃には、夕闇が訪れていた。夜も更けて、あとは寝るだけという時刻、海は嵐で大荒れに。一枚の枯れ葉のように波に翻弄される「知るもんか号」、バスターは救難信号を他の船に送って、助けを求めるが―(「キートンの船出」)。

キートンの船出12.jpg キートン・プロのキートン監督・出演作の【第10作(米国公開日:1921年11月10日)】。50年代に旧キートン邸よりフィルムが大量発見されたことで今日のリバイバル上映が可能となった作品の1つですが、本作がそれらフィルムの中で最も危篤状態にあったと言われています。キートン・プロ第1作の「キートンの文化生活一週間」('20年)の続編とも言うべき作品で、サイレント期キートン唯一のホーム・コメディで、「文化生活一週間」の時は新郎新婦でまだ子どもはいなかったですが、今度は妻と二人の息子を連れての外航記となっています。世評では、映画的完成度は同時代のキートン自身の作品も含めて、数多くの喜劇の中でも極めて高いものとされているようです。

キートンの船出18.jpg 一家の乗った小船が嵐に見舞われ、笹の葉のように荒波に揉まれるわけで、ちょっと怖いというか、ある種パニック映画的です。船体がぐるぐる回転するシーンなどは、セットと模型でうまく撮っているなあと(今風に言えば"特撮"だが、完成度が高い)。奥さん役のシビル・シーリー(Sybil Seely、当時21歳)は、「キートンの文化生活一週間」でバスターの新妻役を、「キートンの囚人13号」('20年)や「キートンの案山子」('20年)でバスターの憧れの恋人を演じていましたが、その彼女も今度は子役共々に水浸しの熱演で、コレ、撮る方も撮られる方も撮影が大変だったろうなあ。

 最後、家もクルマも船も失って流れ着いた場所は一体どこか―船の名前がラストのオチになっていますが、生きていればそれで良しとする究極の楽観主義というか、そこに家族の絆の強さが見い出せる作品でもありました。


キートンの白人酋長 192201.jpgキートンの白人酋長18.jpg アメリカ中西部、インディアンの一族が居留地で平和に暮らしている。ところがその近くに事務所を構える悪賢い石油業者が手先を使い、居留地の権利証を奪い取ってしまった。石油業者から立退き要求の通知を受けとり、怒ったインディアンの酋長は一族全員に命ずる、「ここに最初に入ってきた白人を殺せ」。するとその時も知らないバスターが入口から入ってきた、捕虫網を持ち、蝶々を追って。バスターはインディアンたちに捕まり火刑柱にくくり付けられてしまうが、一旦は逃げ出すことに成功する。執拗な追跡をかわし、避難したあばら屋でバスターはアスベスト材を見つけ、それで下着を作り着用した。結局は、再び捕まってしまい、火あぶりの刑が執行される。しかし、火あぶりでも死なないバスターは、今までとは逆に一族の崇敬を受け酋長に祭り上げられる。そして土地問題を知ると、一族を引き連れ石油業者に談判しに向かうことに―(「キートンの白人酋長」)。

キートンの白人酋長11.jpg キートン・プロのキートン監督・出演作の【第11作(米国公開日:1922年1月15日)】。斜面から転がり落ちたり、毛布をパラシュートみたいにして崖から飛び降りたり、吊り橋アクションやら、驚キートンの白人酋長12.jpgきのスタントの連続。特に、斜面から転がり落ちるシーンは、後の「キートンのセブン・チャンス」('25年)を想起させます。キートンにしては珍しくハッピーエンドな作品。インディアンのために土地の権利を勝ち取ったキートンは、酋長の娘(ヴァージニア・フォックス)に求婚する。熱烈に接吻する二人。「2年後」のテロップの後に画面が戻ると、二人はまだ接吻し続けている―要するに、一瞬にして恋に落ちたが、それは一瞬にして覚めるような恋ではなかったということが言いたいのでしょう。

「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」2023.jpgキラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」.jpg 「キートンの船出」と比べ、アクションのスケールは大きいけれど、「船出」の特撮級のギミックには負けるでしょうか。しかしながら、マーティン・スコセッシ監督、レオナルド・ディカプリオ、ロバート・デ・ニーロ主演の 「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」 (2023年/米)ではないですが、石油業者がインディアンを騙して土地を奪おうとして画策したアメリカの暗黒史を取り上げているという点で、評価されるべきかと思います(「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」の場合は、連続殺人事件までもが絡んでくるが)。

●ヴァージニア・フォックス出演のキートン映画
キートンの隣同士17.jpg1920 キートンの隣同士      Neighbors        The Bride
1921 キートンの化物屋敷     The Haunted House     Bank President's Daughter
1921 キートンのハード・ラック   Hard Luck       Virginia
1921 キートンの強盗騒動     The Goat        Chief's daughter
1921 キートンの即席百人芸    The Playhouse       Twin  Uncredited
1922 キートンの白人酋長     The Paleface     Indian Maiden   Uncredited
1922 キートンの警官騒動     Cops         Mayor's Daughter
1922 キートンの鍛冶屋      The Blacksmith       Horsewoman
1922 キートンの電気屋敷     The Electric House       Girl  Uncredited
1923 捨小舟          The Love Nest        The Girl


キートンの船出0000.jpgキートンの船出19.jpg「キートンの船出(漂流)」●原題:THE BOAT●制作年:1921年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:エルジン・レスリー●時間:22 分●出演:バスター・キートン/シビル・シーリー/エドワード・F・クライン●米国公開:1921/10●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-15)●併映:「キートンの文化生活一週間(マイホーム)」「キートンの強盗騒動(悪太郎)」「キートンの警官騒動」「キートンの鍛冶屋」「キートンの空中結婚」(評価:★★★★)
  
キートンの白人酋長19.jpg「キートンの白人酋長(キートンの酋長、キートンのハッタリ酋長)」●原題:THE PALEFACE●制作年:1922年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:エルジン・レスリー●時間:21 分●出演:バスター・キートン/ジョー・ロバーツ/エドワード・F・クライン●米国公開:1922/01(評価:★★★★)
  
バスター・キートン短編集 新訳版 [DVD]」収録:「キートンの鍛冶屋」「キートンの船出」「キートンの酋長」「キートンの白昼夢」
バスター・キートン短編集 新訳版 [DVD].jpg

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ストーリー性の強い「ハイ・サイン」。トリック優先の「即席百人芸」。

キートンのハイ・サイン00.jpg
「キートンのハイ・サイン」
キートンの即席百人芸00.jpg
「キートンの即席百人芸」
バスター・キートン傑作集(2) [DVD]」(「ハード・ラック」「ザ・ハイ・サイン」「悪太郎」「即席百人芸」「漂流」所収)
キートンのハイ・サイン01.jpgバスター・キートン傑作集2.jpg 無賃乗車のバスターが列車から放り出された所は遊園地の近く。メリーゴーランドを楽しんでいる人のポケットから新聞をかすめ取り、求人広告欄を探す。銃の射的場で客集めのために射的のエキスパートを募集しているのを見つけ、広告の住所を頼りにその射的場=タイニイ(ちっちゃな)・ティムの店を訪ねてみることにした。その途中、無警戒な警官から拳銃をせしめて射的の練習をするが、腕のせいか拳銃のせいか狙った的に命中させられないバスターであった。射的場では、キートンのハイ・サイン02.jpgタイニイ・ティムがバスターを迎え、命中のしるしの鐘を鳴らせるようになったら雇う旨を言い残して席を外し、地下の別室に向かう。実力では鐘を鳴らせないことが判ったバスターは、的に命中しなくても鐘だけは鳴る仕掛けを考えつき、ティムの居ない間にその備えつけを完了する。店の地下室は、ティムが率いるギャング団"ブリンキング・バザーズ"のアジトだった。一味は裕福な実業家から1万ドルを脅し取ろうとしていたが、期限を過ぎても金を渡そうとしないので「ええキートンのハイ・サイン03.jpgい面倒だ、殺っちまおう」と相談していた。標的にされた実業家の方でも身の危険を感じ、自宅を改造するなどギャング団の襲撃に備えていた。ティムが一旦店に戻りバスターの様子を見に行くと、百発百中で鐘を鳴らしている。これは殺し屋として使えると閃いたティムは一味にその案を教えるために再び地下室に降りた。その間にその店に立ち寄った実業家父娘もまたバスターの銃の腕前に惚れ込み、ボディガードを依頼した。娘に切願されたバスターは断らなかった。ギャング団の計画がまとまるとバスターは地下室に連れて行かれた。そこで入団を強要され、実業家の殺しを命令されたバスターは、実業家の自宅へ向かう―。(「キートンのハイ・サイン」)

 キートン・プロのキートン監督・出演作の【第7作(米国公開日:1921年4月12日)】。射撃の実力皆無のバスターが、ひょんなことから射撃の名人と勘違いされ、ギャング団に無理やり入れられて、実業家の殺しの実行役を命じられてしまう一方で、当の実業家からもその娘とともに腕を見込まれ、彼のボディガードを依頼されるという、これまでの作品に比べて一段とストーリー性の高い内容です。

キートンのハイ・サイン04.jpg 同時にギミックも満載で、冒頭のかすめ取った新聞を広げていくとどんどん大きくなっていく(こんな新聞どうやって印刷するのか)小ネタから始まって、ラストは仕掛けだらけの屋敷を悪党どもに追われて1階から2階、1階から1階へと駆け巡る、その様子を屋敷ごと断面図的に見せます。

 1989年のカリフォルニアの古典映画発掘作業にて蘇生した幻の作品の1つで、そうした作品が今、DVDなどで観ることができるのは有難いです。1921年4月に米国で公開されていますが、1920年に撮影されたキートンの初単独監督作品です。ただし、キートン本人が気に入らずその年は公開が見送られ(同年、キートンの監督作品である「文化生活一週間(マイホーム)」 が公開されている)、完成後1年を経てやっと公開されましたが、その間に編集が入ったため、複数のバージョンがあるようです。
  
  
キートンの即席百人芸01.jpg 今夜のオペラ劇場の出し物は、歌や踊りやお喋りを黒人的なノリで白人が演じるミンストレルショー。序曲を奏でるのは、半分ジャズバンド風の管弦楽団。幕が上がって役者が揃う、「ブラウン君この辺りの竜巻はすごいらしいね」「そうなんでさぁご主人様、そいつにやられると、1ドル銀貨が四つに割れて25セント玉になっちまうんでさぁ」...と、とぼけた台詞。そして、このショーが他の何より秀逸なのは、演ずる人もスタッフも、見る人までもが皆バスター・キートン、という趣向。第二幕、二人組のタップダンスが鮮やかで、もっと見ていたいなあ、というところで、バスターは夢から醒めた。現実のバスターは舞台の裏方=雑用係。大道具の片付けやキートンの即席百人芸02.jpgら、新入りを楽屋に案内するのやら、地味な仕事を一人で何役もこなさなければならない。今度の新入りは、手品師のアシスタントガール。てっきり一人の女の子だと思ったら、双子の姉妹。鏡の効果で四人に見える。これは一体夢の続きか?!、とバスターは混乱してしまう。我侭な劇場支配人ジョーから言われる難題にも、バスターはそれなりに巧く対応する。兵隊役が一度に5、6人辞めた穴埋めを今すぐ何とかしろ、と命じられれば、近くの工事現場から人足を集めてきたり...。ところが、支配人のアゴ髭に着いたタバコの火を消すために、消化作業用の斧を用いて支配人をノックアウトしてしまう。怒りをかったバスターは劇場内を逃げ回ることに―。(「キートンの即席百人芸」)

キートンの即席百人芸03.jpg キートン・プロのキートン監督・出演作の【第9作(米国公開日:1921年10月6日)】。キートンの映画的好奇心=トリックが昇華した作品です。動きのタイミングを計るために、知人のバンジョー奏者にリズムを取らせてカメラを廻したとのことです。ヴォードヴィル時代に演じたと技の名残りがが多く見られる、キートン本人のアイデアを知るには最良のテキストです。

 見どころは、まさに「一人百役」。多重露出の手法を用いて、出演者からオーケストラ、観客に至るまですべてバスター・キートンという夢のような劇場を作り上げています(オチとして実際に夢だったわけだが)。ただ、その分そうしたトリックが優先されていて、後からストーリーを考えついた様な構成に感じられ、【第7作】「キートンのハイ・サイン」や【第8作】「キートンの強盗騒動」など比べるとやや後退した印象も受けなく、それらの評価より星半分マイナスにしました。

キートン全短編集-4枚組- [DVD]
キートン全短編集-4枚組.jpg「キートンのハイ・サイン(悪運)」●原題:THE HIGH SIGN●制作年:1921年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:エルジン・レスリー●時間:18 分●出演:バスター・キートン/バーテイン・バーケット・ゼイン/アル・セント・ジョン●米国公開:1921/04(評価:★★★★)

「キートンの即席百人芸(キートンの一人百役)」●原題:THE PLAYHOUSE●制作年:1921年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:エルジン・レスリー●時間:20 分●出演:バスター・キートン/ヴァージニア・フォックス/ジョー・ロバーツ●米国公開:1921/10(評価:★★★☆)

●収録内容
・キートン全短編集(1) 99分 
1.ザ・ハイサイン (1920)
2.文化生活一週間 (1920)
3.ゴルフ狂の夢 (1920)
4.案山子 (1920)
おまけ デブ君の浜遊び (1917)
・キートン全短編集(2) 103分 
5.隣同志 (1920)
6.化物屋敷 (1921)
7.ハード・ラック (1921)
8.悪太郎 (1921)
9.即席百人芸 (1921)
・キートン全短編集(3) 102分
10. 漂流 (1921)
11. 酋長 (1921)
12. 警官騒動 (1922)
13. 華麗なる一族 (1922)
14.キートンの鍛冶屋 (1922)
・キートン全短編集(4) 95分   
15. 北極無宿 (1922)          
16. 成功々々(1922)
17. 電気館 (1922)
18. 空中結婚 (1922)
19. 捨小舟 (1923)

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キートン流喜劇論が認識できる。やはりラストの"復活"があってこその喜劇。

キートンのハード・ラック(悪運)00.jpg
「キートンのハード・ラック(悪運)」
バスター・キートン傑作集(2) [DVD]」(「ハード・ラック」「ザ・ハイ・サイン」「悪太郎」「即席百人芸」「漂流」所収)
キートンのハード・ラック(悪運)p.jpgバスター・キートン傑作集2.jpg 「なんて、ついてないんだろう。仕事はクビになるし、彼女には振られる。しょうがないから靴磨きでも、と思って我慢して磨いてやったらそいつは金も払おうとしない。もうこの世の中がほとほと嫌になった」と、バスターは自殺を決意。いろいろと試みるが、やはり、ついてない。電車に轢かれたくても、電車が手前で止まって折り返し運転してしまうし、公園で首を吊ろうとしても、目撃者が警察に通報して邪魔されるし。一体どうすれば望みどおり死ねるんだろうと考えながら通りかかったレストランの裏窓、棚の上に「毒」がある。これだ!とばかり服毒するが、いっこうに死なない。実は毒というのはラベルだけ、中身はウィスキーだった。酔っぱらって気分が良くなったバスタキートンのハード・ラック(悪運)02.jpgーは隣室で行われている動物園長主催の会合に出席。園長の「アルマジロを捕獲できる者にたんまりと賞金を出す」という一声に、自分がやる、と名乗り出る。野生動物を捕獲するのは、自然のなかでの気の長い勝負。まずは腹ごしらえ、と釣りを始めるバスター。次第に大きくなる獲物にいよいよツキが回ってきたかと、しばし思う。釣りを終えて、歩いていると目の前をアルマジロらしき動物が横切る。今だ、とばかりライフルをぶっ放すが、構えが逆だった。近くのカントリークラブ、紳士淑女が狐狩りへ出かけるところ。騎乗できずに困っているお嬢様風のヴァージニアを見かけたバスターは、これは出会いのチャンスかも、と手伝うことにする。案の定、ライフル持参のバスターは狐狩りに誘われた。途中で、はぐれて一人遅れて戻ってくると、クラブハウスは"トカゲのルーク"率いる盗賊団に襲撃されていた。バスターはヴァージニア救出に見事成功。その勢いを借って彼女に求婚することにした―。

キートンのハード・ラック(悪運)01.jpg キートン・プロのキートン監督・出演作の【第6作(米国公開日:1921年3月16日)】。キートン本人が最も気に入っていた短編といわれていますが、仕事を失い、恋人にも捨てられたキートンは、冒頭から自殺を試みるという、これまたブラックな展開で、こういうのが自分でも好きだったのでしょうか。野生動物の捕獲に出掛ける前に釣りに行くというのは唐突感がありますが(「まずは腹ごしらえ」しようとしたのか)、釣った魚を餌により大きな魚を釣るというのが可笑しく、十分な大魚を釣り上げてまだまだ続ける...コレを見せたかったのかあと。アルマジロは結局出てこなかったけれど(「巻物」とか訳されていたりもする)、馬と間違えて水牛に飛び乗ったり、熊に追いかけられたりと、動物との危険な絡みはどうやって撮ったのでしょうか。

ジョー・ロバーツ
キートンのハード・ラック ジョー・ロバーツ.jpg 大男のジョー・ロバーツ、今回は盗賊団の頭目"トカゲのルーク"でした(ヴァージニア・フォックスにセクハラしまくる)。ヴァージニア救出を成し遂げたにもかかわらず、その新たな恋にも破れキートンのハード・ラック(悪運)09.gifたキートンは、プールの飛び込み台から飛び降りて(コレ、相当高い)、地面に激突(どうやって撮った?)、あっさりと死んでしまい、結局は自殺を果たした―と思いきや、何年か後に復活、家族を連れてまた地上に。チャイナ帽を被っているので、「チャイナ・シンドローム」('79年/米)ではないけれど、中国まで突き抜けていったのでしょうか。

 公開当時の記録以外は、ネガ、プリントともに長期間失われていた作品。1980年代後半、偶然に東欧でプリントが発見され、映画史家のケヴィン・ブラウンローとサミュエル・ジルが当時のスクリプトを基に復刻を果たし、今日の再見に至っています。発見されたプリントはラストの約3分間が修復不可能なために、説明的な字幕とスチールによって再構成されているそうですが、粗悪な画調の中でも一貫したキートン流の喜劇論は認識できる佳作です(これ、やはりラストの"復活"が無いと喜劇にならないからなあ)。

「キートンのハード・ラック(悪運)」●原題:HARD LUCK●制作年:1921年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:エルジン・レスリー●時間:19 分●出演:バスター・キートン/ヴァージニア・フォックス/ジョー・ロバーツ●米国公開:1921/03(評価:★★★★)

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キートン版(長屋小噺的)ロミオとジュリエット。アクションはまるでアニメの実写化。

キートンの隣同士00.jpg
「キートンの隣同士」バスター・キートン/ジョー・ロバーツ/ジョー・キートン(キートンの父)/ヴァージニア・フォックス
バスター・キートン傑作集(1) [DVD]
バスター・キートン傑作集1.jpgキートンの隣同士01.jpg キートン一家のアパートとヴァージニア一家のアパートは、塀一枚で隔てられた隣同士。バスターとヴァージニアは、その塀を媒介にして想いを伝え合う恋人同士。ところがふたりの親同士は仲が悪い。娘が隣の息子と付き合うなんて論外。ヴァージニアの父親はバスターにとって塀より高い結婚の障害物。その障害物にキートンは徹底抗戦。両アキートンの隣同士 09.jpgパート間にあって利用できるものは何でも利用する。物干しロープや電線は逃走に、細工し蠅叩きみたいになった塀は闘争に、電柱は監視塔にといった具合。しかし、誤って通りがかりの警官を巻き込んでしまう。きりきり舞いの警察は、両家の主人とバスターを連行することで事態を収拾した。家庭裁判所で「もう喧嘩はしません、仲良くします」という宣誓書にサインする両家の主人。こうなるともうバスターとヴァージニアの仲を邪魔するものは何もない。判事の媒酌のもと、二人は晴れて結ばれる運びに。ところが結婚式当日、花嫁の父がバスターの用意した安物の指輪に腹を立てて、式は中止に追い込まれ―。

キートンの隣同士02.jpg キートン・プロのキートン監督・出演作の【第4作(米国公開日:1920年12月22日)】。親同士がいがみ合うも、隣家の娘ヴァージニアと恋仲のキートン。同じアパートの友人と共謀して彼女を連れさる作戦を―。ストーリー自体は「ロメオとジュリエット」と言うより落語に通底する定石的な長屋小噺ながらも、パントマイムとアクションが炸裂し、一気に見せます。キートンの父親を演じているのは実の父親のジョー・キートン。結構出ずっぱりで、しっかりアクションもしています(お父さんがキートンの考案した跳ね板で飛ばされて、宙高く一回転して地面に落下するシーンがあるが、キートンの両親はもともと舞台芸人で、キートンがまだ4歳の頃、彼の身体を逆さに持ち上げてぶんぶん振り回す「人間モップ」という、荒っぽいギャグを売り物とし、キートンは泣き顔一つせず演じていたという話がある)。

空中を舞うジョー・キートン
キートンの隣同士05.jpg 最大の見どころは、3階の部屋に閉じ込められたキートンが、やはり向かいの3階にいるヴァージニアと駆け落ちするキートンの隣同士 03.jpgため、2人の友人に頼んで、その肩に立って空中を移動するシーンでしょうか。バレそうになると、1段目の友人は1階の窓に、2段目の友人は2階の窓に、そしてキートンは3階の窓に飛び込む―これを何往復もして、最終的にはキートンがヴァージニアを担いで、肩車のまま小走りで逃げるという、まるでアニメを強引に実写化したかのようなアクションでした。キートン一人で派手なアクションをするシーンは多々ありますが、これはヴァージニア・フォックスの加えた4人によるものなので珍しいです。
  
キートンの隣同士04.jpg キートンが警官から逃れる際に野球場の塀の隙間から試合を観ていると、ホームランボールが警官を直撃。活動弁士が「ベーブ・ルースはやっぱりスゴイな」というセリフをアテていましたが、ニューヨーク・ヤンキースのベーブ・ルースはこの映画の公開の前年の2020年、それまでの自己最多だった年間29本を大きく上回る54本のホームランを打ち、その翌年(つまりこの映画の公開年。映画は3月に公開されている)のシーズンでは、59本の本塁打を打ち、457塁打というMLB記録を打ち立てています。やはり、ベーブ・ルースの打ったホームランボールとの設定だったのでしょうか。

キートンの隣同士(Neighbors)図2.jpg「キートンの隣同士」●原題:NEIGHBORS●制作年:1920年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:エルジン・レスリー●時間:16 分●出演:バスター・キートン/ヴァージニア・フォックス/ジョー・ロバーツ/ジョー・キートン●米国公開:1920/12(評価:★★★★)

  
 
  

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2作とも後期の長編より面白い。それにしても、アクションがシュール過ぎる(笑)。

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バスター・キートン傑作集(1) [DVD]」「キートンの囚人13号」バスター・キートン/ジョー・ロバーツ
(「文化生活一週間」「ゴルフ狂」「案山子」「隣同志」「化物屋敷」所収)
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「キートンの案山子」

キートンの囚人13号01.jpg ゴルフ場でも珍プレー続出のバスターは、打ったボールが茶店の壁に当たり、自分の頭に跳ね返ってきたために気絶してしまう。そこに現れた脱獄囚13号、自分の囚人服とバスターの服を取替えて、まんまとずらかる。意識を取り戻したバスターは、自分が囚人服を着ていることに気がつかないままプレイを続けようとするが、脱獄囚13号を追ってきた刑務所の看守たちに取り囲まれて、ようやく気づき、慌てて逃げ出す。何とか看守たちを巻いて、安全な場所に辿り着いたと思いホっとしたのも束の間、周りをよく見渡してみるとそこは刑務所の中。しかもその日の死刑執行対象者は、13号だった! 絞首台に上るバスター、絶体絶命のピンチ!(「キートンの囚人13号」)

エドワード・F・クライン
キートンの囚人13号02.jpg キートン・プロのキートン監督・出演作の【第2作(米国公開日:1920年10月27日)】。ゴルフでボール一つが思い通りにならず、苦闘するキートン。でも、空振りしてひっくり返るアクションからもう人間離れしているという感じ。池ポチャのボールを打つというのもスゴイね(クラブをオールに使えるのか?)。間違って刑務所に送られてからはアクションがさらにヒートアップし、それも畳みかけるようなテンポで続きます。エドワード・F・クラインは、「死刑執行人チャンピオン」。何だ、それ?。一方の、ジョー・ロバーツ演じる極悪囚人は人間離れした力を見せます。しかし、それもキートンの奇想天外なアクションを前にしては敵わない。キートンの本領発揮作品。無理に夢落ちにする必要もなかったかもしれませんが(「ゴルフ狂の夢」という邦題もある)、アクションがシュール過ぎることや「死刑執行人チャンピオン」がいることの説明にはなっている? 絞首刑にされそうになったキートンの首吊りロープがゴムにすり替えられていて、キートンがピョンピョン跳ねるシーンなどはブラックユーモア的であり(死ねない分、逆に苦しいのでは(笑))、そうしてこともあって夢落ちにした?

バスター・キートン/ジョー・ロバーツ
キートンの案山子02.jpg バスターとジョーは部屋が一つしかない一軒家で共同生活をしている。歯痛に悩むバスターの傍らで身だしなみを整えるジョー、鏡を裏返すとそこにはシビルの肖像写真が貼ってある。それに向かってジョーが愛情表現するのを見たバスターはそれを取り上げて「彼女がどう思ってるかわからないけど、結婚するのは僕だよ」と歯痛も忘れて熱く主張する。歯を抜いてから、いつものとおり、朝食の準備。バスターは料理ジョーはテーブルセッティング。母親がいなくても家事が円滑に運ぶように、室内には様々な工夫が凝らされていた。後片付けを迅速かつ完璧に終えてからお出掛け。 外に出てみるとタイミング良く隣のお嬢さんシビル登場。彼女を巡って二人は争奪戦を繰り広げる。そキートンの案山子03.jpgの様子を見たシビルの父親はシビルに家に戻るよう戒める。面白くないシビルは、父親に仕返ししようと、胃にもたれるようなクリームたっぷりのパイを焼いた。それを窓辺に置いて冷ましている間、庭先に出てダンサーズ組合で習った踊りを母親に披露するシビル。たまたまジョーが通りかかり踊りのお相手を務めることに。後から来たバスターは仲の良さそうな二人を見て、ハートブレイク。力なく窓辺に寄り掛かる。と、そこにはこってりしたパイを食べて興奮した犬がいた。それを狂犬だと勘違いしたバスターは逃げる。逃げるから犬は追っかけてきて、高い塀の上までついてくる。追い詰められたキートンだったが―(「キートンの案山子」)。

デブ君の給仕」(1918年) ロスコー・アーバックル
デブ君の給仕.jpg キートン・プロのキートン監督・出演作の【第3作(米国公開日:1920年11月17日)】。天井から調味料セットは出てくるは、風呂とソファー兼用、本棚の背後に冷蔵庫...etc.  バスターとジョーの家のセットの仕掛けがスゴすぎ! 前半丁寧に家のギミックを見せ、中盤から犬との追い駆けっこになって爆走、終盤は案山子にもなって、ハッピーエンドまで走り切ったという感じでした。キートンが以前に一緒に仕事していたロスコー・アーバックル(「キートンとファッティのコニー・アイランド(デブ君の浜遊び)」('17年)キートンの案山子01.jpgなどの監督・脚本家兼俳優で、それ以前に「両夫婦」('14年)などチャップリンの作品にも出ていたが、1920年当時の彼はすでにパラマウント社へ移籍していた。1921年、女優ヴァージニア・ラッペへの強姦殺人容疑で起訴され、映画界を追放されるが、後に冤罪であったことが証明されている)との共作期のリズムとテンポを踏襲しているのは間違いありません。滅茶苦茶"演技"しまくっている犬"ルーク・ザ・ドッグ"は、そのアーバックルの飼い犬だそうです。シビル・シーリーって「キートンの文化生活一週間(マイホーム)」('20年)にも出ていましたが、こうして観ると今風に可愛いね。なぜ、ダンサーズ組合員だと、笛が鳴るまで踊りをストップできないのか、よく分からなかったけれど。

 2作とも、後期のキートンがMGMに移ってからの長編などよりは動きがキレキレで、その分面白いです。それにしても、アクションがシュール過ぎます(笑)。

「キートンの囚人13号(ゴルフ狂の夢)」●原題:CONVICT 13●制作年:1920年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:エルジン・レスリー●時間:17分●出演:バスター・キートン/シビル・シーリー/ジョー・ロバーツ/エドワード・F・クライン●米国公開:1920/10(評価:★★★★)

キートンの案山子 ドッグ.jpg「キートンの案山子(スケアクロウ)」●原題:THE SCARECROW●制作年:1920年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:エルジン・レスリー●時間:16 分●出演:バスター・キートン/エドワード・F・クライン/ジョー・ロバーツ/ジョセフ・M・シェンク/ルーク・ザ・ドッグ●米国公開:1920/11(評価:★★★★)

ルーク・ザ・ドッグ


BUSTER KEATON: SHORTS COLLECTION 1917-23 (5 DISCS)」(言語:英語)
BUSTER KEATON SHORTS COLLECTION 1917-23.jpgDisc1
ファッティとキートンのおかしな肉屋(デブ君の女装)(The Butcher Boy , 1917)
デブ君の入婿 (The Rough House, 共同監督, 1917)
デブ君の結婚 (His Wedding Night, 1917)
デブ君の医者 (Oh Doctor, 1917)
ファッティとキートンのコニー・アイランド(デブ君の浜遊び) (Coney Island, 1917)
ファッティとキートンのアウト・ウェスト(デブ君の出稼ぎ) (Out West, 1918)
Disc2
デブ君の給仕 (The Bell Boy, 1918)
デブ君の巌窟王 (Moonshine, 1918)
ファッティとキートンのグッドナイト・ナース(デブ君の入院) (Good Night, Nurse!, 1918)
デブのコック (The Cook, 1918)
デブの舞台裏(ファッティとキートンの初舞台) (Back Stage, 1919)
飼葉の種 (The Hayseed, 1919)
デブの自動車屋 (The Garage, 1919)
Disc3
キートンのハイ・サイン (The High Sign, 共同監督, 1921)
文化生活一週間(キートンのマイホーム) (One Week, 共同監督, 1920)
キートンの囚人13号(ゴルフ狂の夢) (Convict 13, 1920)
キートンの案山子(スケアクロウ) (The Scarecrow, 共同監督, 1920)
キートンの隣同士 (Neighbors, 共同監督, 1920)
キートンの化物屋敷 (The Haunted House, 共同監督, 1921)
キートンのハード・ラック(悪運) (Hard Luck, 共同監督, 1921)
Disc4
キートンの強盗騒動(悪太郎) (The Goat, 1921)
キートンの即席百人芸(キートンの一人百役) (The Playhouse, 共同監督, 1921)
キートンの船出(漂流) (The Boat,兼脚本, 共同監督, 1921)[18]
キートンの白人酋長(キートンの酋長、キートンのハッタリ酋長) (The Paleface, 共同監督, 1922)
キートンの警官騒動 (Cops, 1922)
キートン半殺し(キートンの猛妻一族、キートンの飴ン棒、キートンの華麗なる一族) (My Wife's Relations, 1922)
Disc5
キートンの鍛冶屋 (The Blacksmith, 1922)
キートンの北極無宿 (The Frozen North, 共同監督, 1922)
成功成功(キートンの白日夢) (Day Dreams, 共同監督, 1922)
キートンの電気屋敷(電気館) (The Electric House, 共同監督, 1922)
キートンの空中結婚(キートンの昇天) (The Balloonatic, 1923)
捨小舟 (The Love Nest, 共同監督, 1923)
ファッティとキートンのおかしな肉屋(デブ君の女装)(The Butcher Boy , 1917)
デブ君の入婿 (The Rough House, 共同監督, 1917)
デブ君の結婚 (His Wedding Night, 1917)
デブ君の医者 (Oh Doctor, 1917)
ファッティとキートンのコニー・アイランド(デブ君の浜遊び) (Coney Island, 1917)
ファッティとキートンのアウト・ウェスト(デブ君の出稼ぎ) (Out West, 1918)

Disc2
デブ君の給仕 (The Bell Boy, 1918)
デブ君の巌窟王 (Moonshine, 1918)
ファッティとキートンのグッドナイト・ナース(デブ君の入院) (Good Night, Nurse!, 1918)
デブのコック (The Cook, 1918)
デブの舞台裏(ファッティとキートンの初舞台) (Back Stage, 1919)
飼葉の種 (The Hayseed, 1919)
デブの自動車屋 (The Garage, 1919)

Disc3
キートンのハイ・サイン (The High Sign, 共同監督, 1921)
文化生活一週間(キートンのマイホーム) (One Week, 共同監督, 1920)
キートンの囚人13号(ゴルフ狂の夢) (Convict 13, 1920)
キートンの案山子(スケアクロウ) (The Scarecrow, 共同監督, 1920)
キートンの隣同士 (Neighbors, 共同監督, 1920)
キートンの化物屋敷 (The Haunted House, 共同監督, 1921)
キートンのハード・ラック(悪運) (Hard Luck, 共同監督, 1921)

Disc4
キートンの強盗騒動(悪太郎) (The Goat, 1921)
キートンの即席百人芸(キートンの一人百役) (The Playhouse, 共同監督, 1921)
キートンの船出(漂流) (The Boat,兼脚本, 共同監督, 1921)[18]
キートンの白人酋長(キートンの酋長、キートンのハッタリ酋長) (The Paleface, 共同監督, 1922)
キートンの警官騒動 (Cops, 1922)
キートン半殺し(キートンの猛妻一族、キートンの飴ン棒、キートンの華麗なる一族) (My Wife's Relations, 1922)

Disc5
キートンの鍛冶屋 (The Blacksmith, 1922)
キートンの北極無宿 (The Frozen North, 共同監督, 1922)
成功成功(キートンの白日夢) (Day Dreams, 共同監督, 1922)
キートンの電気屋敷(電気館) (The Electric House, 共同監督, 1922)
キートンの空中結婚(キートンの昇天) (The Balloonatic, 1923)
捨小舟 (The Love Nest, 共同監督, 1923)

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フランス風の笑い(エスプリ)を体現したような作品。

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ぼくの伯父さん [DVD]」「ぼくの伯父さん HDマスター版 [DVD]」['24年]「ぼくの伯父さん」[Prime Video]
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ぼくの伯父さんの休暇 [DVD]」『ぼくの伯父さんの休暇 (中公文庫 カ 3-1)』(小説化作品)['08年]

 パリの古い下町に住む「ぼくの伯父さん」ことユロ氏(ジャック・タチ)が、自動化されアメリカナイズされたモダンな住宅やプラスチック工場で悪戦苦闘するコメディ「ぼくの伯父さん(Mon Oncle)」は、ジャック・タチ(1907-1982)監督の長編第2作「ぼくの伯父さんの休暇(Les Vacances de Monsieur Hulot))」('53年/仏)に続く長編第3作で、日本ではこちらの方が早く公開されています(タチが演じるユロ伯父さんが登場するのは「ぼくの伯父さんの休暇」と同じだが、直接のストーリー関係はない)。爆笑を誘うような場面はほとんど無いですが、知らず知らずのうちにくすっと笑っていて、観終えてからどこで笑ったか考え、またそこで思い出し笑いするといった、フランス風の笑い(エスプリ)を体現したような作品。1958年・「フランス映画批評家協会賞 作品賞」ぼくの伯父さん Mon Oncle .jpg(ジョルジュ・メリエス賞)、1958年・第11回「カンヌ国際映画祭 審査員特別賞」を受賞したほか、米国で1958年・第31回「アカデミー賞外国語映画賞」を受賞していますが、この作品ではそのモダンな住宅のセットも話題になり、ジャック・タチのモダニスト的な資質も注目されました(映画は小説化されていて、文庫化もされている)。

「ぼくの伯父さん」の1シーンとセットのレプリカ(パリ)
ジャック・タチ「ぼくの伯父さんの休暇」【DVD】
ぼくの伯父さんの休暇d.jpgぼくの伯父さんの休暇01.jpg 一方、「ぼくの伯父さんの休暇)」は、海辺の避暑地にやって来てバカンスを楽しむユロ氏が、行く先々で珍妙な騒動を巻き起こすというもので、ストーリーらしいストーリーは存在せず、いわゆる「スケッチ・コメディー」(ポートレイト・ムービー形式のコメディ)に仕立てていますが、こちらもフランス人らしいエスプリの効いたコメディ作品であり、「ぼくの伯父さん」以前にジャック・タチのスタイルが出来上がっていたことを窺わせます。「ぼくの伯父さん」と違ってモノクロ映画ですが、これはこれで強い印象がありました。この作品は、1953年度の「ルイ・デリュック賞」を受賞していますが、コメディでは初のことと思われます。原題を直訳すると「ユロ氏の休暇」となり、伯父さんとの表現は出て来ませんが(本編中にもそのような言及は無い)、邦題がこのようになったのは、長編3作目「ぼくの伯父さん」の方が日本では先に公開されたためです(こちらも小説化されていて、文庫化もされている)。

ピエール・エテックス ヨーヨー.jpgピエール・エテックス.jpg 先にピエール・エテックスの「ヨーヨー」('62年/仏)などの作品を取り上げましたが、ピエール・エテックスはジャック・タチのもとで映画作りの方法を学んでいます。少ないセリフや立ち振る舞い、街の人々を巻き込みながら起こる不運や偶然にニヤリとしてしまう感覚は両者の作品に共通するものであり、ピエール・エテックスがジャック・タチ作品からさまざまな要素を吸収しているのが、彼の映画から見て取れます。日本語版Wikipediaによると、彼は「ぼくの伯父さん」にも出演していたとあります(もちろん、この作品のユロ伯父さんを演じるのはジャック・タチであり、ピエールぼくの伯父さん Mon Oncle2.jpgジャック・タチ.jpg・エテックスはどこに出ていたか思い出せない。また、英語版Wikipediaでは出演確認ができない)。まあ、ジャック・タチ監督の"弟子筋"といったとことろでしょうか。

Tati as M. Hulot(ジャック・タチ in「ぼくの伯父さん」('58年/仏))

  「ぼくの伯父さん」「ぼくの伯父さんの休暇」とも、初めて観た際の評価は★★★でしたが、ネットで再見して、懐かしさのあまり(笑)★1つ加えました(初見の際には気づかなかったジャック・タチの洗練されたセンスも評価修正の要因)。

ぼくの伯父さんp.jpgぼくの伯父さん000.jpg「ぼくの伯父さん」●原題:MON ONCLE(英題:My Uncle)●制作年:1958年●制作国:フランス・イタリア●監督・製作・脚本:ジャック・タチ●撮影:ジャン・ブールゴワン●音楽:アラン・ロマン/フランク・バルチェッリーニ●時間:120分●出演:ジャック・ぼくの伯父さん d.jpgタチ/アラン・ベクール/ジャン=ピエール・ゾラ/アドリアンヌ・セルヴァンティ/ドミニク・マリー/ルシアン・フレジス/ベティ・シュナイダー/イヴォンヌ・アルノー/ピエール・エテックス(?)●日本公開1958/12:●配給:新外映●最初に観た場所:日仏学院(82-09-25)(評価:★★★★)

ぼくの伯父さんの休暇02.jpg「ぼくの伯父さんの休暇」●原題:LES VACANCES DE MONSIEUR HULOT(英題:Monsieur Hulot's Holiday, Mr. Hulot's Holiday)●制作ぼくの伯父さんの休暇009.jpg年:1953年●制作国:フランス●監督・製作・脚本:ジャック・タチ●撮影:フレッド・オラン/ジャック・タチ●音楽:アラン・ロマン●時間:88分●出演:ジャック・タチ/ナタリー・パスコー/ルイ・ペロー/アンドレ・デュボワ●日本公開:1963/08●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:日仏学院(82-09-25)(評価:★★★★)

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野外をクルマみたいに移動するベッドが愉しかった「大恋愛」。アカデミー短編映画賞受賞作「幸福な結婚記念日」。
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大恋愛 HDレストア版 [DVD]」【映像特典】短編「幸福な結婚記念日」

大恋愛 02.jpg 工場経営者の娘と結婚したピエール(エテックス)は、義父から仕事を任され妻フロランス(アニー・フラテリーニ)と悠々自適な暮らしを送りながらも、どこか満たされない思いを抱えていた。そんなある日、彼は秘書として入社してきた18歳の魅力的な女性アグネス(ニコール・カルファン)に心を奪われ、妄想をエスカレートさせていく―(「大恋愛」)。

大恋愛 03.jpg 「大恋愛」はピエール・エテックス(1928-2016/87歳没)初のカラー長編映画。男(エテックス)の夢想で繰り広げられる恋の身悶えが伝わってきますが(ニコール・カルファンが可愛いい。彼女に限らず、エテックス映画には美女がよく出てくる)、ラスト、意外とあっさり覚めて元の鞘に収まった感じ(ビリー・ワイルダーの「七年目の浮気」('55年/米)みたいだね)。

大恋愛 01.jpg 実は、妻フロランスを演じたアニー・フラテリーニは、後に本当にエテックスと結婚しています。アニー・フラテリニは元サーカス芸人で、エテックスは彼女と共にアニー・フラテリニサーカス学校を設立しています(1997年に死別)。

 野外をクルマみたいに移動するベッドが愉しかったです(この辺り、すべて男の夢想世界なのだが)。誰かが、「面白さとしては、『健康でさえあれば』('65年)よりは上、『ヨーヨー』('64年)よりは下」と言っていましたが、個人にはほぼそれに近い評価です。一応、「ヨーヨー」...★★★★、「健康でさえあれば」...★★★☆ に対して、本作は「健康でさえあれば」と同じ★★★☆としました(IMDb評価は7.5で、こちらも評価は7.5の「ヨーヨー」と拮抗している)。

 
幸福な結婚記念日 1.jpg 結婚記念日を妻と自宅で祝うため、プレゼントやワインを買い込んで家路を急ぐ男。しかしパリの交通渋滞などのトラブルに次から次へと巻き込まれ、なかなか家に辿り着くことができず―(「幸福な結婚記念日」)。

幸福な結婚記念日 2.jpg 「幸福な結婚記念日」は短編で、主人公の男が結婚記念日に妻の待つ我が家に帰宅しようとするも、渋滞などに巻き込まれ、なかなか帰宅できない様を描いたもの(「健康でさえあれば」にも渋滞コメディがあったなあ)。現代人のストレス感を主人公が象徴的に代弁している感じ。そうしたこともあってか、1963年・第35回「アカデミー賞」で「最優秀短編実写映画賞」を受賞しています。

 パリの街並みと石畳を走ってるクルマが絵になっています。タイトルの「幸福な」は反語表現なわけだなあ。

大恋愛[評価 7.5]
大恋愛 04.jpg大恋愛 00.jpg「大恋愛」●原題:LE GRAND AMOUR(英:THE GREAT LOVE)●制作年:1968 年●制作国:フランス●監督:ピエール・エテックス●製作:ポール・クロードン●脚本:ピエール・エテックス/ジャン=クロード・カリエール●撮影:ジャン・ボフティ●●時間:87分●出演:ピエール・エテックス/アニー・フラテリーニ/ニコール・カルファン●日本公開:2022/12●配給:ザジフィルムズ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-08-27)(評価:★★★☆)


Heureux anniversaire[評価 7.2]
幸福な結婚記念日 0.jpg幸福な結婚記念日 4.jpg「幸福な結婚記念日」●原題:HEUREUX ANNIVERSAIRE(英:HAPPY ANNIVERSARY)●制作年:1962 年●制作国:フランス●監督・脚本:ピエール・エテックス/ジャン=クロード・カリエール●製作:ポール・クロードン●撮影:ピエール・ルバン●音楽:クロード・スティエルマンス●時間:13分●出演:ピエール・エテックス/ジョルジュ・ロリオット/ノノ・ザミット/ルシアン・フレジス●日本公開:2022/12●配給:ザジフィルムズ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-08-27)(評価:★★★☆)

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爆笑を誘うというよりは、クスっと笑えるところがエテックスらしい。

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健康でさえあれば HDレストア版 [DVD]」【映像特典】短編「絶好調」/「健康でさえあれば」「絶好調」

ピエール・エテックス.jpg健康でさえあれば01.jpg ピエール・エテックス(1928-2016/87歳没)の「健康でさえあれば」は、「不眠症」「シネマトグラフ」「健康でさえあれば」「もう森へなんか行かない」の4話のオムニバス映画。1965年に一本の長編として仕上げられたものを1971年に再編集し、もともと一部を構成していた「絶好調」を独立させ、お蔵入りにしていた「もう森へなんか行かない」を第4話に入れたとのことです。
 
健康でさえあれば 不眠症.jpg 「不眠症」... 夜なかなか寝付けない男(エテックス)は、時間を潰そうとしてドラキュラ小説を読み始めるが―。ベッドで小説を読む男のいる健康でさえあれば 不眠症2.jpg現実世界(カラー)と、ドラキュラ小説の世界(モノクロ)を行き来し、やがて両方が交錯する展開が面白かったです。ドラキュラ小説の世界は重厚にしっかり描かれていて、トッド・ブラウニング の 「魔人ドラキュラ」('31年/米)をも想起させますが、そのドラキュラ伯爵を演じているのは名優ベラ・ルゴシならぬエテックス本人であるというのが可笑しいです(ドラキュラに追われている少女役の女優が綺麗)。
 
健康でさえあれば 2.jpg 「シネマトグラフ」... 男(エテックス)は映画館にいたはずだったのだが、幕間に流れるCM の奇妙な世界へ入り込んでしまう―。序盤は映画館の客たちのマナーの悪さが面白おかしく描かれ、映画が始まる前にTVコマーシャルっぽいCMが入るのですが、そのトーンがどこか変てこで、CMタレントたちが商品の効果を訴える相手がいつの間にかエテックスが演じる男になってしまっています。現実と仮想が交錯すると言う点で第1話「不眠症」に似ていますが、こちらは主人公が完全にCMの世界に入り込んでしまう感じ。"一滴垂らすだけで水を牛乳に変えるエキス"とか"車から髪の毛からサラダまで使える万能オイル"とか、完全に誇大広告の皮肉。シュールな小ネタの数々が楽しいです。
 
健康でさえあれば 3.png 「健康でさえあれば」... 近代化が進む都市。誰もがストレスを抱えて精神科を訪ねるが、ひときわストレスを抱えているのは精神科医本人だった。そこへ一人の男(エテックス)が訪ねて来る―。工事現場の騒音、交通渋滞といった現代ストレスの元凶が描かれ、バックには常にドリルを穿つような音が流れる中、話は展開していきます。と言っても脈絡が」あるような話でもなく、ナンセンスギャグの連続という感じ。込み合ったレストランで男の隣に席移動した薬剤師が、誤って男の薬かなんかを食べてしまうコント風のギャグが可笑しかったです(精神科のグラマーな受付嬢はベラ・バルモントか)。
 
健康でさえあれば もう森へなんか行かない.jpg 「もう森へなんか行かない」... 都会の喧騒から打って変わって、小鳥のさえずる田園が舞台。森に狩りにきた下手糞ハンター(エテックス)、境界柵の杭打ち作業をする農夫(管理人?)、ピクニックに来た中年夫婦が織りなすカリカチュア―。お互いに干渉し合ってお互いに目標が達成できないという状況を、ドリフターズのコントの連続のような形で描き出しています。4話の中では、比較的オーソドックスなコメディかも。第3話「健康でさえあれば」と突き合わせると、都会も嫌だけれど、田舎も楽しいことは無いということになる?
 
 以上が「健康でさえあれば」の全4話。続いて「絶好調」。

絶好調2.jpg絶好調1.jpg 「絶好調」... 田舎でソロキャンプをしていた青年(エテックス)は、管理の行き届いたキャンプ場へ行くよう警官に指示される。仕方なくキャンプ場へ移動したものの、そこは有刺鉄線で囲われた強制収容所(キャンプ)のような場所だった―。序盤のソロキャンプでいつまでも珈琲が沸かせないエテックスは、短編「破局」の手紙をなかなか書けないエテックスに通じます。中盤以降は、管理社会を皮肉ったものですが、次第に別の意味でのキャンプ=強制収容所のパロディになっていくところがブラック。最後は「大脱走」よろしくトンネルで脱出‼

 「ヨーヨー」('64年)の公開当時の評判がイマイチで(今観るとよく出来ていると思うが)、もっと面白いものをとの要請で作られたとのことですが、それぞれに面白いものの、やや方向性に一貫したものがなく(無理やり1つの作品にした印象も)、ギャグの積み重ねであるという印象は拭えません(「ヨーヨー」を超えてはいない)。ただ、爆笑を誘うというよりは、クスっと笑えるところがエテックスらしく、○としました。

Tant qu'on a la santé[評価 7.0]
健康でさえあれば08.jpg健康でさえあれば 004.jpg「健康でさえあれば」●原題:TANT QU'ON A LA SANTE(英題:AS LONG AS YOU'VE GOT YOUR HEALTH)●制作年:1965 年●制作国:フランス●監督:ピエール・エテックス●製作:ポール・クロードン●脚本:ピエール・エテックス/ジャン=クロード・カリエール●撮影:ジャン・ボフティ●音楽:ジャン・パイヨー●時間:67分●出演:ピエール・エテックス/デニース・ペロンヌ/サヴィーヌ・サン/ベラ・バルモント/ロジェ・トラップ●日本公開:2022/12●配給:ザジフィルムズ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-08-20)(評価:★★★☆)
健康でさえあれば02.jpg 健康でさえあれば」.jpg

En pleine forme[評価 6.7]
絶好調」.jpg絶好調3.jpg「絶好調」●原題:EN PLEINE FORME(英題:FEELING GOOD)●制作年:1965年●制作国:フランス●監督:ピエール・エテックス●製作:ポール・クロードン●脚本:ピエール・エテックス/ジャン=クロード・カリエール●撮影:ジャン・ボフティ●音楽:ジャン・パイヨー●時間:14分●出演:ピエール・エテックス/ロジェ・トラップ /プレストン/ロベルト・ブロメ●日本公開:2022/12●配給:ザジフィルムズ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-08-20)(評価:★★★☆)

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「サーカス愛」に溢れるコメディ映画。大富豪シーンは圧巻。エンディングもいい。

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ピエール・エテックス Blu-ray BOX Ⅰ」「ヨーヨー」
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映画チラシ フェリーニの道化師 フェデリコ・フェリーニ監督」「フェリーニの道化師 [DVD]

yoyo0.jpgyoyo .jpg 世界恐慌で破産した大富豪(ピエール・エテックス)は、元恋人であるサーカスの曲馬師と再会し、その存在を知らなかった幼い息子との3人での地方巡業の旅に出る。やがて成長した息子はヨーヨー(ピエール・エテックス二役)という人気クラウンになり、第2次世界大戦が終わると、かつて父が暮らしていた城を再建するべく奔走する。空中ブランコ乗りのイゾリーナ(クローディーヌ・オージェ)に恋したヨーヨーは、興行プロデューサーとして成功するが―。

ヨーヨー2.jpg 世界恐慌までを字幕付きのサイレントで、その後をトーキーで描いています。エテックスの盟友で後に「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」などを手がける脚本家ジャン=クロード・カリエールが共同脚本を担当。日本では「ピエール・エテックス レトロスペクティブ」(2022年12月24日~2023年1月20日、東京・シアター・イメージフォーラム)で劇場初公開されました。

ピエール・エテックスヨーヨー 9.jpg 最初の方の大豪邸における大富豪の暮らしぶりから圧巻。就寝するだけのことに何人の執事らが関わるのか数えきれす、楽団が来てセレナーデか何か奏でたり、大勢の女性たちが体をほぐすに来たりと、一体この邸宅で何人雇っているのでしょうか。立派な岩風呂にこれから自分が入るのかと思ったら、飼い犬用だったというのには笑いました。でも、大富豪自身はどこか虚無的。曲馬師の娘に恋することで人生の喜びに目覚める―。

ヨーヨー4.jpg やがて世界恐慌。ビルの屋上から自殺者が降ってくるので気をつけなければならない。富豪も破産し、女性と再び出会うが、彼女の傍にいたのは自分の息子だった。そして3人でサーカスの旅へ。ライバルのサーカス一行が「ザンパノとジェルソミーナ」(フェデリコ・フェリーニの 「」('54年)へのオマージュ)、時代の動きを表すカール・マルクスの肖像の後からなぜかグルーチョ・マルクス像が続き、ヒトラーは壁に向かって歩き、なにかもぞもぞしていると思ったら、振り向くとチャップリンに変身していた(チャップリンの「独裁者」('40年)へのオマージュ)―と、この辺りは映画愛満載でした。

ヨーヨー1.jpg やがて、主役は富豪からクラウンとして有名になった息子にバトンタッチされます(言ってもどちらもエテックスが演じているだが)。彼は子供時代に父の屋敷に入り込んで彷徨い(そのシーンはベルイマン映画のよう)、その時の憧れから父の屋敷を取り戻そうと頑張り、クラウンとして稼ぎをすべて屋敷の修復に費やします。その間、人気スターゆえの煩わしさや、製作者としての何かとままらない気持ちも描かれます(前年公開のフェリーニの「81/2」('63年)を想起させられる)。

ヨーヨー3.jpg そして、遂に屋敷を完全修復し、大勢を招いてお披露目パーティーを。離れて暮らす両親(画面に顔は出てこない)を呼び寄せ、屋敷の中を見るよう言いますが、両親は中には入らず去っていきます。そのことで、華やかだが空疎な豪邸を後に、ヨーヨー自身も象に乗って去っていく―やはり、ヨーヨーはサーカスの世界に帰っていくということでしょう。ちょっと寂しいけれど、いいエンディングでした。

 トリュフォーが絶賛し、ゴダールがその年のベストテンに選んだという作品。日本公開まで半世紀以上もかかってしまいましたが、もっと注目されていい作品。キートンの「大列車強盗」('26年)からチャップリンの「独裁者」('40年)、フェデリコ・フェリーニの 「道」('54年)、イングマール・ベルイマン「沈黙」('63年)まで、さまざまな映画へのオマージュが見られます。

フェリーニの道化師 フェデリコ・フェリーニ Blu-ray
フェリーニの道化師 br.jpgフェリーニの道化師」01.jpg さらに、そうした「映画愛」以上に「サーカス愛」に溢れるコメディ映画で、ピエール・エテックスもこの5年後、フェデリコ・フェリーニ監督の「フェリーニの道化師」('70年・伊)に出演します。かつての名道化師を追いかけていたフェリーニが、彼らの演技を収めたフィルムのある家を訪ねます。そのフィルムを持っていたのが、名フェリーニの道化師」02.jpgフェリーニの道化師 エテックス.jpgコメディアンで映画監督でもあったピエール・エテックス(「道化師」に関しては本邦ではピエール・エテの表記)だったと(部屋のバックに「ヨーヨー」のポスターが見える)。

ピエール・エテックス in「フェリーニの道化師」(本人役)[当時42歳]

 この作品はフェリーニの道化師」08.jpg、フェリーニ監督がイタリア国営放送のために制作したドキュメンタリー風テレビ映画で、実際にはドキュメンタリーに見える部分も演出されているようです(実在の道化師たちの談話がフェリーニ率いる虚実混淆の"撮影隊"によってフィルムに収められる様子が描かれることで、映画は幻想と現実が幾重にも入り組んだ複雑な様相を呈している)。1970年の12月25日(クリスマスの日)にテレビ放映され、同月27日から劇場公開されていますが、傑作との評判に7年後の1976年12月に日本でも公開の運びとなっています。サーカスやピエロといった消えゆく文化への惜別の念と再興への希望という点で、「ヨーヨー」「道化師」の両作品は通底しているように思いました。


 因みに、ピエール・エテックスはジャック・タチ(1907-1982)のもとで映画作りの方法を学び、そこからさまざまな要素を吸収しているのが、彼の映画から見て取れます。少ないセリフや立ち振る舞い、街の人々を巻き込みながら起こる不運や偶然に、ニヤリとしてしまうあの感覚は間違いなく見覚えがあるのですが、それだけではありません。ジャック・タチだけでなく、チャップリンやキートンといったコメディ映画の巨匠たち、フェリーニやブニュエルなど、その他さまざまな映画監督たちの作風をピエール・エテックス監督作は想起させます。日本語版Wikipediaによると、彼は、フェリーニ監督の「フェリーニの道化師」('70年/伊)のずっと前に、ジャック・タチ監督の「ぼくの伯父さん」('58年/仏)にも出演していたとあります(もちろん、この作品のユロ伯父さんを演じるのはジャック・タチであり、ピエール・エテックスはどこに出ていたか思い出せない。また、英語版Wikipediaではぼくの伯父さん Mon Oncle2.jpgジャック・タチ.jpg出演確認ができない)。まあ、ジャック・タチ監督の"弟子筋"といったとことろでしょうか。「ぼくの伯父さん」は、1958年・第11回「カンヌ国際映画祭 審査員特別賞」を受賞したほか、米国で1959年・第31回「アカデミー賞外国語映画賞」を受賞します。

ジャック・タチ in「ぼくの伯父さん」('58年/仏)

    
ルアーヴルの靴みがき」(医師役)[当時82歳]/「皆さま、ごきげんよう」(ホームレス役)[当時86歳]
「ルアーヴルの靴みがき」11.jpg皆さま、ごきげんよう.jpg ピエール・エテックスはこのほかに自身の監督作以外に10数本の映画に出演していて、映画を撮ることは早くにやめてしまいましたが(1971製作のヴァカンスに出かけるフランス人たちを辛辣ともいえる視線で捉え(「ぼくの伯父さんの休暇」へのオマージュか)、ビュルレスク的に構成した初のドキュメンタリー「桃源郷」(Pays de cocagne(英題:Land of Milk and Honey))がそのキャリアに終止符を打つことになった問題作だったとされ(個人的には、意図が伝わりにくい作品だと思った)、また、その後、1986年にラ・ヴィレットのオムニマックスのための最初の作品(「私は宇宙で書く」(J'écris dans l'espace)の演出をオファーされるも、この作品の失敗により、エテックスは映画製作に対する情熱を完全に失ったとも言う)、一方で映画への出演の方は晩年にも見られ、アキ・カウリスマキ監督の「ルアーヴルの靴みがき」('11年/フィンランド・仏・独)などもその1つ。2016年10月14日(87歳没)に没する前年にも、タール・イオセリアーニ監督の「皆さま、ごきげんよう」('15年/仏・ジョージア)に出ています。

「桃源郷」(Pays de cocagne(英題:Land of Milk and Honey))1971
桃源郷」(Pays de cocagn.jpg

エテックス 桃源郷.jpgエテックス 桃源郷2.jpg
・THE SUITOR(「恋する男(女はコワイです)」1962)
・YOYO(「ヨーヨー」1964)
・AS LONG AS YOU'VE GOT YOUR HEALTH(「健康でさえあれば」1965)
・RUPTURE(「破局」1961)
・HAPPY ANNIVERSARY(「幸福な結婚記念日」1962)
・LE GRAND AMOUR(「大恋愛」1968)
・FEELING GOOD(「絶好調」1965)
・Land of Milk and Honey(「桃源郷」1971)

 
フェリーニの道化師 [DVD]
フェリーニの道化師dvd.jpg⦅「フェリーニの道化師」あらすじ⦆
 少年は寝室の窓から外を見ると巨大なテント小屋が張られていた。翌朝少年は母親に「あれは何」と聞くと母は「サーカスよ。悪い子は連れて行かれるよ」と答えた。そして夜になると母に連れられてサーカスを見に行った。爆弾を空に舞わせて背中で受ける芸、小さなシーソーに葉巻を乗せて飛ばし、口でくわえる芸、二人の道化師の一人が怒り一方の頭に斧を打ち込む芸、小人の丸焼きを模した芸、怪力女性の決闘、インド人の生きたままの埋葬、人魚やシャムの双生児などの見世物。そんな道化師たちの芸が始まる。道化師たちはみな目茶苦茶で不恰好な衣装と白塗りのふざけた化粧の顔で、躍動感と活気、猥雑と喧騒、度肝を抜くような奇抜な仕掛けで、見物人を驚かす。そんな道化師の芸を見ていた少年は、道化師に恐怖を感じて泣き出す。母は「何を泣いているの。家に帰ったらお灸だよ」と叱られた。少年は「判読しがたい無表情な白い顔。酔っ払いのゆがんだ顔。叫び声。異常な笑い。バカげた冗談。どこの田舎にもいる風変わりで落ち着きの無い人達を思い出させた」と回想する。助平で冗談好きのジョバンニ爺さん。また1.3メートルの身長の尼さんは、自分だけが聖人に信じられていると呟き、修道院と精神病院を往復する。怠け者の夫を罵る妻。ムッソリーニの演説を諳んじている傷痍軍人。喧嘩ばかりする駅馬車の御者。戦争映画を見て翌日壁に向かって突進した男、などなど。
フェリーニの道化師 アニタ.jpg 現在、道化師はどうなったか。フェリーニ監督は「恐怖を誘う強烈な喜劇性と大騒ぎの楽しさ。彼らの属していた世界はない。サーカス小屋はグランドだ。観客に子どもらしい単純さはない」と現状を調べようと取材チームを組み各地を取材する。イタリアのオルフェイサーカスを訪ねた(サーカスではアニタ・エクバーグと偶然会う)。座長は「現代の道化師は、長いものは喜ばれない。笑いは10分でいい」「昔の道化師は終わった。今は扮装も変わった」と語る。オーギュストという道化師は、酒びたりで病院に入院したが、ヌーボーサーカスの道化を見るため病院を抜け出し、芸を見ながら亡くなった。パリの「冬」サーカス場は、全盛は終わり観客が子どもだけ、そこにいるバプティストやチャップリンの娘はフランス巡業を夢見ている。スペインの道化師リベルは道化師の学校を作れと主張。ピエール・エテ監督は道化師の記録映画を持っていたが、フイルムが焼けて見られない。ロリオ、バリオなどはアルバムを見せ過去を語るだけ。そしてクライマックスの道化師の死をテーマにした大掛かりな道化師を結集した圧巻の芸が展開される。やがて終演し、道化師たちは退場して消灯される。その中で一人の道化師はトランペットで「引き潮」を吹き鳴らし、死んだ仲間の存在を確かめまる。すると死んだ仲間が現れ、一緒に舞台で演奏し合い静かに楽屋へ去る

Yoyo[評価 7.5]
ヨーヨーYoyo.jpgヨーヨー cb.jpg「ヨーヨー」●原題:YOYO●制作年:1964年●制作国:フランス●監督:ピエール・エテックス●製作:ポール・クロードン●脚本:ピエール・エテックス/ジャン=クロード・カリエール●撮影:ジャン・ボフティ●時間:98分●出演:ピエール・エテックス/リュス・クランクローディーヌ・オージェ●日本公開:2022/12●配給:ザジフィルムズ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-08-06)(評価:★★★★)
 


映画パンフレット 「フェリーニの道化師」 監督/出演 フェデリコ・フェリーニ 出演 アニタ・エクバーグ/ピエール・エテ/アニイ・フラッテリーニ/グスターブ・フラッテリーニ/リアナ/トリスタン・ルミイ/フランコ・ミグリオリーニ」 
フェリーニの道化師 i.jpg「フェリーニの道化師」1970年.jpg「フェリーニの道化師」●原題:FELLINI:I CROWNS●制作年:1970年●制作国:イタリア●監督:フェデリコ・フェリーニ●製作:エリオ・スカルダマーリャ/ウーゴ・グエッラ●脚本:フフェリーニの道化師 12.jpgェデリコ・フェリーニ/ベルナルディーノ・ザッポーニ●撮影:ダリオ・ディ・パルマ●音楽:ニーノ・ロータ●時間:110分●出演:フェデリコ・フェリーニ/アニタ・エクバフェリーニの道化師 p.jpgーグピエール・エテックス/ジョセフィン・チャップリン/グスターブ・フラッテリーニ/バティスト/アニイ・フラッテリーニ/リアナ/トリスタン・ルミイ/フランコ・ミグリオリーニ●日本公開:1976/12●配給:東宝東和●最初に観た場所:池袋・文芸坐(78-02-07)(評価:★★★★)●併映:「フェリーニのアマルコルド」(フェデリコ・フェリーニ)
「エキプ・ド・シネマ」3周年(1974.02-1976.12)記念カタログ(フェリーニ特集)
フェリーニの道化師」アニタ.jpg

桃源郷 8.jpg「桃源郷」●原題:PAYS DE COCAGNE(英題:Land of Milk and Honey)●制作年:1971年●制作国:フランス●監督:ピエール・エテックス●製作:ポール・クロードン●脚本:ピエール・エテックス●撮影:ジャン・ボフティ●音楽:ホセ・パディーヤ●時間:80分●ドキュメンタリー●日本公開:2022/12●配給:東京日仏学院[自主上映](「フレンチタッチ・コメディ!〜30年から現在までのフランス映画のコメディ特集」(15-11-20))(評価:★★★?)


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エテックス監督の長編デビュー作&短編。共に軽妙で、軽くブラック・コメディ的。

「恋する男」「破局」.jpg
恋する男 HDレストア版 [DVD]」【映像特典】短編「破局」/「恋する男(女はコワイです)」「破局」

ピエール・エテックス 恋する男4.jpg 天文学の趣味に没頭してばかりの不器用な三十男(ピエール・エテックス)。ある日、父親(クロード・マッソ)から結婚を命じられ、色々な女性を求めて町恋する男(1962)1.jpgを歩いたが、この純情青年に振り向く女性はなかった。この家に下宿していたスウェーデンの美少女(カリン・ベズレー)にもプロポーズしたが、仏語のわからない彼女にはさっぱり。男は遂にナイトクラブでローレンス(ローランス・リニェール)という女と知りあったが、この女、大酒のみで困った性格だが、それでも優しく親切であった。とこ恋する男(1962)3.jpgろが、テレビの中で悩ましく歌う歌手(フランス・アルネル)を見て、彼はたちまちノボセる。部屋中を彼女のブロマイピエール・エテックス 恋する男3.jpgドで飾りたて、等身大の立看板まで持ち込む執心ぶり。この有様を見たスウェーデン娘の哀しみが彼に理解出来るワケもなく、苦心惨憺ようやく歌手の楽屋を訪ね、その夢と現実のあまりの差異に男は初めて大声で快活に笑った。スウェーデン娘が淋し恋する男(1962)2.jpgくパリを後にするとき、彼女こそ、彼の純情を理解した真実人生の伴侶にふさわしい女性であったことに彼は気づき後を追う―。

ピエール・エテックス 恋する男5.jpg 映画監督・俳優・イラストレーター・道化師など多彩に活躍したフランスのマルチアーティスト、ピエール・エテックス(1918-2016/87歳没)監督の1962年の長編監督デビュー作(原題:LE SOUPIRANT(英:THE SUITOR))。フランス本国で大ピエール・エテックス 恋する男8.jpgヒットし、喜劇映画ではジャック・タチの「ぼくの伯父さんの休暇」('53年/仏)以来恋する男(1962)ルイ・デリュック賞.jpgとなる「ルイ・デリュック賞」(毎年最高のフランス映画に与えられる、フランス映画界最古の映画賞)を受賞しています。

2022年12月24日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国にて開催の〈ピエール・エテックス レトロスペクティブ〉で公開された7作品の内の1つで、この作品のみが'63年に本邦公開済みで(当時の邦題は「女はコワイです」だった)、他の作品は"本邦初公開"でした(ただし、2015年11月13日(金)~ 12月20日(日)の約1ヶ月間、飯田橋にある東京日仏学院(アンスティチュ・フランセ東京)にて開催された「フレンチタッチ・コメディ!〜30年から現在までのフランス映画のコメディ特集」で、11月20日(金)に「幸福な記念日」('62年/12分)、「恋する男」('62年/83分)、「絶好調」('65年/13分)、「桃源郷」('71年/74分)が、12月6日(日)に「破局」('61年/11分)、「健康である限りは」('65年/80分)が、12月11日(金)に「ヨーヨー」('64年/99分)、「大恋愛」('68年/85分)が上映されているほか、同年11月21日(土)~29日(日)の第16回「東京フィルメックス映画祭」でも、在日フランス大使館とアンスティチュ・フランセ日本の共催で「特集上映ピエール・エテックス」が開催され、「ヨーヨー」「大恋愛」が上映されている。ただし、映画祭での上映であるため、ここでは'63年本邦公開の「恋する男(女はコワイです)」以外は、劇場公開されていない「桃源郷」を除き、「映画.com」に沿って2022年12月"本邦初公開"とした)。

恋する男(1962)4.jpg恋する男(1962)ル.jpg 非モテ系青年が結婚を決意し、女性と付き合おうとするも次々と失敗するコメディ。引き籠りの天文学オタクだけれども、女性には夢想的憧れを抱いているという、主人公の性格を如実に知らしめる演出が冒頭から巧みで、リアルさとオーバーにならない喜劇的演技のバランスがほど良かったように思います。

 たまたま主人公に近づいてきた女性は、美人だけれども厄介な女性で(ほぼ酔っ払い)、その女性とのやりとりが軽妙で笑え、そこから今度はテレビに登場した女性歌手に一目惚れしてしまって、妄想に浸るとまたオタク的気質全開。妄想がエスカレートして病んでいく展開は、ブラックユーモア的でもあります。

 最後、自分にとって大事な女性が実は一番身近にいたことに気づいたみたい。思いが通じ合ったのか、その辺りをぼかしているのが洒落ていると言えば洒落ているのかもしれないけれど、ストレートにハッピーエンドにしても良かったようにも思えました(一応、ほぼほぼハッピーエンドっぽいが)。


ピエール・エテックス 破局1.jpg 恋人から手紙を受け取った男。中には破かれた自分の写真が同封されていた!こちらも負けじと別れの手紙を書こうと奮闘するが、万年筆、インク、便箋、切手、デスク...なぜか翻弄されてどうしても返事を書くことができない―(「破局」)。

ピエール・エテックス 破局4.jpg ジャン=クロード・カリエールとの共同監督・脚本作ですが、セリフがなく、音を使ったギャグが冴える作品でした。何をやろうとしてもうまくいかない、こんなことって日常でもあるかも。ここまでそれが連続することはないにしても...。危ない、危ないと思わせて、実際そうなるところが上手いです。ただ、転落するラストは予想外でした。軽くブラック・コメディ的で、これは両作品に言えることかもしれません。

Le Soupirant[評価 7.2]
恋する男図1.jpgピエール・エテックス 恋する男cb.jpg「恋する男(女はコワイです)」●原題:LE SOUPIRANT(英:THE SUITOR)●制作年:1962年●制作国:フランス●監督:ピエール・エテックス●脚本:ピエール・エテックス/ジャン=クロード・カリエール●撮影:ピエール・ルバン●音楽:ジャン・パイヨー●時間:84分●出演:ピエール・エテックス/クロード・マッソ/デニース・ペロンヌ/ローレンス・リニエール/フランス・アルネル/カリン・ヴェスリ●日本公開:1963/11●配給:東和●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-07-23)(評価:★★★☆)●併映:「破局」(ピエール・エテックス)

Rupture[評価 6.9]
破局020.jpgピエール・エテックス 破局5.jpg「破局」●原題:RUPTURE●制作年:1961年●制作国:フランス●監督・脚本:ピエール・エテックス/ジャン=クロード・カリエール●撮影:ピエール・ルバン●音楽:ジャン・パイヨー●時間:12分●出演:ピエール・エテックス●日本公開:2022/12●配給:ザジフィルムズ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-07-23)((評価:★★★☆)●併映:「恋する男」(ピエール・エテックス)


●「ルイ・デリュック賞」(1937年創設)これまでの受賞作
1937年 - 1949年
 1937年 どん底 Les Bas-fonds、ジャン・ルノワール
 1938年 Le Puritain、ジェフ・ムッソ (Jeff Musso)
 1939年 霧の波止場 Le Quai des brumes、マルセル・カルネ
 1940年(該当作なし)
 1941年(該当作なし)
 1942年(該当作なし)
 1943年(該当作なし)
 1944年(該当作なし)
 1945年 希望 Espoir, sierra de Teruel、アンドレ・マルロー
 1946年 美女と野獣 La Belle et la Bête、ジャン・コクトー
 1947年 パリ1900年 Paris 1900、ニコル・ヴェドレス
 1948年 Les Casse-pieds、ジャン・ドレヴィル (Jean Dréville)
 1949年 七月のランデヴー Rendez-vous de juillet、ジャック・ベッケル

1950年代
 1950年 田舎司祭の日記 Journal d'un curé de campagne、ロベール・ブレッソン
 1951年(該当作なし)
 1952年 恋ざんげ Le Rideau cramoisi、アレクサンドル・アストリュック
 1953年 ぼくの伯父さんの休暇 Les Vacances de monsieur Hulot、ジャック・タチ
 1954年 悪魔のような女 Les Diaboliques、アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
 1955年 夜の騎士道 Les Grandes Manœuvres、ルネ・クレール
 1956年 赤い風船 Le Ballon rouge、アルベール・ラモリス (Albert Lamorisse)
 1957年 死刑台のエレベーター Ascenseur pour l'échafaud、ルイ・マル
 1958年 僕は黒人 Moi un noir、ジャン・ルーシュ
 1959年 日曜には埋葬しない On n'enterre pas le dimanche、ミシェル・ドラック (Michel Drach)

1960年代
 1960年 かくも長き不在 Une aussi longue absence、アンリ・コルピ
 1961年 Un cœur gros comme ça、フランソワ・レシャンバック
 1962年 不滅の女 L'Immortelle、アラン・ロブ=グリエ
     女はコワイです Le Soupirant、ピエール・エテックス
 1963年 シェルブールの雨傘 Les Parapluies de Cherbourg、ジャック・ドゥミ
 1964年 幸福 Le Bonheur、アニエス・ヴァルダ
 1965年 城の生活 La Vie de château、ジャン=ポール・ラプノー
 1966年 戦争は終った La guerre est finie、アラン・レネ(1回目)
 1967年 めざめ Benjamin、ミシェル・ドヴィル
 1968年 夜霧の恋人たち Baisers volés、フランソワ・トリュフォー
 1969年 すぎ去りし日の... Les Choses de la vie、クロード・ソーテ(1回目)

1970年代
 1970年 クレールの膝 Le Genou de Claire、エリック・ロメール
 1971年 Rendez-vous à Bray、アンドレ・デルヴォー (André Delvaux)
 1972年 戒厳令 État de siège、コスタ=ガヴラス
 1973年 サン・ポールの時計屋 L'Horloger de Saint-Paul、ベルトラン・タヴェルニエ
 1974年 平手打ち La Gifle、クロード・ピノトー (Claude Pinoteau)
 1975年 さよならの微笑 Cousin, cousine、ジャン=シャルル・タケラ
 1976年 判事ファイヤールあだ名はシェリフ Le Juge Fayard dit Le Shériff、イヴ・ボワッセ (Yves Boisset)
 1977年 ディアボロ・マント Diabolo menthe、ディアーヌ・キュリス (Diane Kurys)
 1978年 銀行 L'Argent des autres、クリスチャン・ド・シャロンジュ (Christian de Chalonge)
 1979年 王と鳥 Le Roi et l'oiseau、ポール・グリモー

1980年代
 1980年 Un étrange voyage、アラン・カヴァリエ (Alain Cavalier)
 1981年 Une étrange affaire、ピエール・グラニエ=ドフェール (Pierre Granier-Deferre)
 1982年 ダントン Danton、アンジェイ・ワイダ
 1983年 愛の記念に À nos amours、モーリス・ピアラ
 1984年 La Diagonale du fou、リシャール・ダンボ (Richard Dembo)
 1985年 なまいきシャルロット L'Effrontée、クロード・ミレール
 1986年 汚れた血 Mauvais Sang、レオス・カラックス
 1987年 右側に気をつけろ Soigne ta droite、ジャン=リュック・ゴダール
     さよなら子供たち Au revoir les enfants、ルイ・マル(2回目)
 1988年 読書する女 La Lectrice、ミシェル・ドヴィル(2回目)
 1989年 愛さずにいられない Un monde sans pitié、エリック・ロシャン

1990年代
 1990年 ピストルと少年 Le Petit Criminel、ジャック・ドワイヨン
     髪結いの亭主 Le Mari de la coiffeuse、パトリス・ルコント
 1991年 めぐり逢う朝 Tous les matins du monde、アラン・コルノー
 1992年 小さな王子が言いました Le petit prince a dit、クリスティーヌ・パスカル (Christine Pascal)
 1993年 スモーキング / ノー・スモーキング Smoking / No Smoking、アラン・レネ(2回目)
 1994年 野性の葦 Les Roseaux sauvages、アンドレ・テシネ
 1995年 とまどい Nelly et M. Arnaud、クロード・ソーテ(2回目)
 1996年 クリスマスに雪は降るの? Y aura-t-il de la neige à Noël?、サンドリーヌ・ヴェッセ (Sandrine Veysset)
 1997年 恋するシャンソン On connaît la chanson、アラン・レネ(3回目)
     マルセイユの恋 Marius et Jeannette、ロベール・ゲディギャン
 1998年 倦怠 L'Ennui、セドリック・カーン
 1999年 素敵な歌と舟はゆく Adieu, plancher des vaches !、オタール・イオセリアーニ

2000年代
 2000年 ココアをありがとう Merci pour le chocolat、クロード・シャブロル
 2001年 インティマシー/親密 Intimité、パトリス・シェロー
 2002年 ぼくの好きな先生 Être et avoir、ニコラ・フィリベール (Nicolas Philibert)
 2003年 ベルヴォー三部作 その一:素敵な夫婦 Un couple épatant / その二:逃亡 Cavale / その三:その後 Après la vie、リュカ・ベルヴォー (Lucas Belvaux)
     Les Sentiments、ノエミ・ルヴォフスキー (Noémie Lvovsky)
 2004年 キングス&クイーン Rois et reine、アルノー・デプレシャン
 2005年 恋人たちの失われた革命 Les Amants réguliers、フィリップ・ガレル
 2006年 レディ・チャタレイ Lady Chatterley、パスカル・フェラン
 2007年 La Graine et le Mulet、アブデラティフ・ケシシュ
 2008年 La Vie moderne、レイモン・ドゥパルドン
 2009年 預言者 Un prophète、ジャック・オーディアール (Jacques Audiard)

2010年代
 2010年 ミステリーズ 運命のリスボン Mystères de Lisbonne、ラウル・ルイス
 2011年 ル・アーヴルの靴みがき Le Havre、アキ・カウリスマキ
 2012年 マリー・アントワネットに別れをつげて Les Adieux à la reine、ブノワ・ジャコ
 2013年 アデル、ブルーは熱い色 La Vie d'Adèle、アブデラティフ・ケシシュ(2回目)
 2014年 アクトレス〜女たちの舞台〜Sils Maria、オリヴィエ・アサヤス


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これもまた、濱口竜介監督作との類似性の点で興味深かった(特に第1話)。

パリのランデブー00.jpg
パリのランデブー [DVD]」第1話:「7時のランデブー」/第2話:「パリのベンチ」/第3話:「母と子1907年」

 エリック・ロメール監督が3話構成のオムニバスで描く恋愛コメディ(1994年製作・1995年公開)。

パリのランデブー1-1.jpg〈第1話:7時のランデブー〉法学部の学生エステル(クララ・ベラール)は試験を控えているが、恋人のオラス(アントワーヌ・バズレル)が自分に会わない日の7時ごろにカフェで別の女の子とデートしているという話パリのランデブー1-2.jpgを聞かされて勉強も手につかない。朝、市場で買い物中のクララは見知らぬ男に愛を告白され、ふと思いついてオラスがデートしていたという例のカフェに夜7時に来るように言う。その直後彼女は財布がないのに気づき、さてはあの男にスラれたと思う。夕方、アリシー(ジュディット・シャンセル)という女の子が財布を拾って届けてくれた。彼女は7時に例のカフェで待ち合わせがあるというので、エステールも件のスリとの待ち合わせの話をして一緒に行く。予想どおり、アリシーのデートの相手はオラスだった。エステルは彼に愛想が尽きる。アリシーも事態を察して去ると、そのテーブルに朝の市場の青年が腰掛け、人を待つ風でビールを注文する―。

パリのランデブー1-3.jpg 「偶然と想像」('21年)で「ベルリン国際映画祭銀熊賞」を受賞した濱口竜介監督は、同作をエリック・ロメールの作品、特に「パリのランデブー」に触発されて作ったとのことです。「あれも偶然がテーマになっていますが、構成も含めて参考にしています」と語っていますが、中でも「偶然と想像」の第1話「魔法(よりもっと不確か)」は、この作品の第1話「7時のランデブー」を色濃く反映していたように思います(「偶然」の設定がほぼ同じ)。男の身勝手が描かれていますが、ラストで再登場した青年の方は、スリではなかったのかあ。ちょっと気の毒。でも、このユーモラスな結末は、このエピソードの救いにもなっています。3話の中でも人気の高いエピソードであることに納得です。


パリのランデブー2-1.jpg〈第2話:パリのベンチ〉彼(セルジュ・レンコ)は郊外に住む文学教師、彼女(オロール・ローシェール)は同棲中の恋人が別にいるらしい。9月から11月にかけて、二人はパリの随所にある公園でデートを重ねる。彼は彼女パリのランデブー2-2.jpgを自宅に連れていきたいが、彼女は貴方の同居人がいやといって断る。彼女の恋人が親類の結婚式で留守にするとかで、彼女は観光客になったつもりでホテルに泊まろうと提案する。いざ目的のホテル前で、彼女は恋人が別の女とホテルに入るのを見る。別れるのは今がチャンスという彼に、彼女は「恋人がいなければあなたなんて必要ないわ」と言う―。

パリのランデブー2-3.jpg 第1話と対照的に第2話は完全に女性上位。主人公の彼女の好みで、デートの場所はいつも外で、場所も彼女が指定するのですが、それが、9月30日 サン=ヴァンサン墓地、10月14日 ベルヴィル公園、10月21日 ヴィレット公園、11月12日 モンスリ公園、11月18日 トロカデロ庭園、11月25日 オートゥイユ庭園...といった具合に日記風に展開されていき、映画自体がパリの公園巡りみたいになっています(笑)。ラストに決定的な女性のエゴを見せつけられた気がしますが、第1話と違って、この女性が嫌になると言うより(好きにもならないが)、男女の関係というものの複雑さを感じさせ、意外と深いエピソードだったようにも思います。


パリのランデブー3-1.jpg〈第3話:母と子1907年〉ピカソ美術館の近くに住む画家(ミカエル・クラフト)は、知人からスウェーデン人女性(ヴェロニカ・ヨハンソン)を紹介されていた。彼は自分を訪ねて来た彼女をピカソ美術館に連れていく。自分は美術館に入らず、8時に会う約束をしてアトリエに帰るその途中、彼は若い女(ベネディクト・ロワイヤン)とすれ違い、彼女を追って美術館に入る。彼女は「母と子1907年」の前に座る。彼はスウェーデン女性と合流し、そパリのランデブー3-2.jpgの名画の前で例の女性にわざと聞こえるように絵の講釈を始める。彼女が席を立ち、彼は慌てて別れを告げて女を追って美術館を出て、道で声をかける。彼女は自分は新婚で夫は出版業者、今度出る画集の色を原画と比べに来たのだという。彼はめげず、彼女も興味を覚えて彼の絵を見にアトリエに行く。二人は絵画談義を交わし、結局何もないまま女は去る。画家はしばし絵筆を取って作品に手を加え、スウェーデン女性との待ち合わせの場所に行く。だが時間が過ぎても女は現れない。家に帰った画家は絵の中の人物を一人完成させ、呟く。「それでも今日一日まったく無駄ではなかった」と―。

パリのランデブー3-3.jpg ベネディクト・ロワイヤンの《美術女》ぶりがいいですが、元々は人気モデルで、映画出演はあまりないみたい。スウェーデン人女性=のヴェロニカ・ヨハンソンも同じくモデル系でしょうか(皆が振り返るような振るには勿体ない美人だと思ったら、最後は女の方が男を振ったのか)。こうした演技経験の浅い人を使うところがエリック・ロメールらしく、先に挙げた濱口竜介監督はそうした部分においてもこれに倣っていて、「ハッピーアワー」('15年)で主演した演技経験の無い4人の女性に、第68回「ロカルノ国際映画祭最優秀女優賞」をもたらしています。

パリのランデブー4-1.jpg 各話の頭にアコーディオン弾きと歌い手の2人組が出てくるのは、ルネ・クレール監督の「巴里の屋根の下」へのオマージュでしょう。各話を繋いでいく辺りも演出方法そうですが、エリック・ロメール監督自身、先駆者の影響を受けているのだなあと改めて思いました。

濱口竜介.jpg 濱口竜介監督は演出においてひたすら「本読み」をやることで知られていますが、エリック・ロメール監督がそうであり、さらに遡るとジャン・ルノワール監督もそう。濱口監督によれば、エリック・ロメールは演技経験のない人とそれをやることを好み、ジャン・ルノワールはプロフェッショナルの役者とそれをやることを好んだそうです。濱口監督の場合、経験のない人とは「親密さ」('12年)で実際に「本読み」をやり、プロの役者とは米アカデミー国際長編映画賞などを受賞した「ドライブ・マイ・カー」('21年)の《映画ワークショップ》の場面としてそれを見せていました。

waveオープン 1983-11-18.gifシネヴィヴァン六本木.jpgシネヴィヴァン六本木2.jpg 今回シネマブルースタジオで観た、「飛行士の妻」('80年)、「美しき結婚」('81年)、「満月の夜」('84年)、「緑の光線」('86年)、「友だちの恋人」('87年)、「レネットとミラベル/四つの冒険」('87年)、「木と市長と文化会館/または七つの偶然」('93年)、そしてこの「パリのランデブー」('95年)はすべて'84年設立のシネセゾンの配給で、日本での初公開は'83年11月オープンの「WAVEビル」内に出来たシネヴィヴァン六本木でした。
 
  
パリのランデブー4-2.jpgパリのランデブー4-3.jpg シネヴィヴァンは独自に映画パンフレットを作っていて、ロベール・ブレッソン監督の「ラルジャン」 ('83年/仏・スイス)やフレディ・M・ムーラ監督の「山の焚火」('85年/スイス)、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の「童年往時/時の流れ」('85年/台湾)などはシネヴィヴァンで観ましたが、エリック・ロメール作品は当時見逃してしまいました。そうこうしている内に、シネセゾンそのものが'98年6月にその活動を終え、シネヴィヴァン六本木も'99年12月25日閉館となりました。

 シネマブルースタジオの今回のシリーズ上映は有難いですが、この手の映画って、観ることができる時に観ておかないと次はいつ観られるかわからない、と改めて思わされました。

「パリのランデブー」●原題:LES RENDEZ-VOUS DE PARIS(英:RENDEZ-VOUS IN PARIS)●制作年:1993年●制作国:フランス●監督・脚本:エリック・ロメール●製作:フランソワーズ・エチュガレー●撮影:ディアーヌ・バラティエ●音楽:エリック・ロメール●時間:105分●出演:(第1話)クララ・ベラール/アントワーヌ・バズレル/ジュディット・シャンセル/(第2話)セルジュ・レンコ/オロール・ローシェール/(第3話)ミカエル・クラフト/ヴェロニカ・ヨハンソン/ベネディクト・ロワイヤン●日本公開:1993/11●配給:シネセゾン●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-03-13)(評価:★★★★)

 
 
 

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濱口竜介監督が影響を受けていることを窺わせるという点で興味深かった。

「木と市長と文化会館」93年.jpg「木と市長と文化会館」03.jpg
木と市長と文化会館 または七つの偶然」[Prime Video]

「木と市長と文化会館」01.jpg パリの南西部ヴァンデ県サン=ジュイールの市長ジュリアン(パスカル・グレゴリー)は、村の原っぱに、図書館とCD・ビデオのライブラリー、野外劇場、プールを備えた総合文化センターを建設しようと考えていた。だが、この計画は周囲の賛同を得られないでいる。ジュリアンの恋人で、根っからのパリっ子である小説家のベレニス(アリエル・ドンバール)も「文化会館なんて必要かしら」と少々懐疑的「木と市長と文化会館」02.jpg。村のエコロジストの小学校教師マルク(ファブリス・ルキーニ)は、烈火のごとく怒る。ジュリアンにインタビューした女性ジャーナリストのブランディーヌ(クレマンティーヌ・アムルー)のルポは編集長(フランソワ・マリー・バニエ)の独断で、マルクを中心としたエコロジー特集になってしまう。そんなある日、偶然にマルクの娘ゾエ(ギャラクシー・バルブット)とジュリアンの娘ヴェガ(ジェシカ・シュウィング)が出会って友達となり、ゾエは市長に「文化会館よりみんなが集まって楽しめる広場がいいわ」と訴える。結局、予定地の地盤が弱いことが判明し、建設は中止となった。代わりにジュリアンは広大な土地を開放し、そこは人々の憩いの広場となった―。

 エリック・ロメール監督の'93年公開作で、第三の連作「四季の物語」の撮影の合間に16ミリで撮ったのがこの作品とこれに続く「パリのランデブー」('95年)。物語の通り、パリの南西部ヴァンデ県の人口425名の村サン=ジュイール・ションジヨンで'92年の3月、6月、9月の3回に分けて撮影が行われ、3,4人のスタッフでハンディカメラで撮ったそうです。マスコミ向けの試写も宣伝もなく、'93年3月にパリで突然封切られましたが、フランス総選挙の2か月前というタイミングもあって、22週で75万人を動員するヒットとなったそうです。

 ただし、政治ドラマとしては饒舌な割にはなかなか話が進まない感じで(文化会館もあってもいいのではと思ったけどね)、個人的には政治的な話の中身もさることながら、ドキュメンタリー風のレポートドラマ的スタイルに関心がいきました。どこまで脚本があったのか(もし脚本があり全部セリフがあったとしても正確に憶えるのは無理だろう)、どこまでその場で本当に議論しているのかよく分からないところが興味深かったです。

濱口竜介.jpg 「ドライブ・マイ・カー」('21年)でカンヌ国際映画祭監督賞やアカデミー国際長編映画賞などを受賞した濱口竜介監督は、エリック・ロメール監督作の影響を受けており、この作品や(他のロメール監督作にも部分的にドキュメンタリータッチで撮っているものがあるが、この作品は全編がそう)、続く「パリのランデブー」('95年)からの影響を受けて、ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞することになったオムニバス映画「偶然と想像」('21年)を構想したとのことで(「偶然と想像」にも第1話「魔法(よりもっと不確か)」で女子二人のタクシー内での延々と続く会話が冒頭からある)、「偶然と想像」は3話から成っていますがもともと全7話の想定あり、タイトルもこの作品から影響を受けているとのことのことです。

 そう言えば、映画の中で出演者が意見を述べたり議論したりする濱口竜介監督の「親密さ」('12年)なども、こうした作品の影響を受けているのではないでしょうか。濱口竜介監督が早くからエリック・ロメール作品の影響を受けていることを窺わせます。

「木と市長と文化会館」04.jpg アリエル・ドンバールをたっぷり観られる映画でもあります。市長ジュリアン役のパスカル・グレゴリーは、「海辺のポリーヌ」('83年)ではアリエル・ドンバールに袖にされる役でしたが、10年後のこの作品では恋人同士の役。パスカル・グレゴリーは、最近では婁燁(ロウ・イエ)監督の 「サタデー・フィクション」 ('19年/中国)にスパイ役の鞏俐(コン・リー)に指示を出すフランスの老諜報員役で出ていました(この映画からさらにまた26年かあ。歳をとるのも無理はない)。

パスカル・グレゴリー/アリエル・ドンバール/ファブリス・ルキーニ/クレマンティーヌ・アムルー

ファブリス・ルキーニ 「レネットとミラベル 四つの冒険」('87年)/「木と市長と文化会館 または七つの偶然」('93年)
「木と市長と文化会館」f.jpg 文化会館設立反対派の教師マルクを演じたのはファブリス・ルキーニで、「レネットとミラベル 四つの冒険」('87年)の第4話「絵の売買」の画廊の主人役などエリック・ロメール監督の常連。最近ではフランソワ・オゾン監督のコメディ映画「私がやりました」('23年/仏)に判事役で出ています。ジュリアンにインタビューした女性ジャーナリストのブランディーヌを演じたクレマンティーヌ・アムルーは、エリック・ロメール監督の「聖杯伝説」('78年)の頃からファブリス・ルキーニ共にロメール監督作に出ている女優でした。

パスカル・グレゴリー「木と市長と文化会館 または七つの偶然」('93年)/「サタデー・フィクション」('19年/中国)
「木と市長と文化会館」07.jpgパスカル・グレゴリー.jpg 


「木と市長と文化会館」05.jpg「木と市長と文化会館 または七つの偶然」●原題:L'ARBRE, LE MAIRE ET LA MEDIATHEQUE OU LES HASARDS(英:THE TREE, THE MAYOR AND THE MEDIATHEQUE)●制作年:1993年●制作国:フランス●監督・脚本:エリック・ロメール●製作:フランソワーズ・エチュガレー●撮影:ディアーヌ・バラティエ●音楽:エリック・ロメール●時間:105分●出演:パスカル・グレゴリー/アリエル・ドンバール/ファブリス・ルキーニ/クレマンティーヌ・アムルー/フランソワ・マリー・バニエ/ジャン・パルヴュレスコ/フランソワーズ・エチュガレー/ギャラクシー・バルブット/ジェシカ・シュウィング/レイモンド・ファロ/マヌエラ・ヘッセ●日本公開:1994/04●配給:シネセゾン●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-02-28)((評価:★★★☆)

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「友だちの恋人」の撮影の合間に撮られた作品。まったく性格の異なる都会の娘と田舎の娘の共同生活。
「レネットとミラベル」000.jpg
レネットとミラベルの四つの冒険/コーヒーを飲んで (エリック・ロメール コレクション) [DVD]」ジョエル・ミケル/ジェシカ・フォルド
 エリック・ロメール監督による1987年公開作「友だちの恋人」の撮影の合間に撮られたのが、レネットとミラベルの同一主人公らによる「青い時間」「カフェのボーイ」「物乞い 窃盗常習犯 女詐欺師」「絵の売買」の4つの短編から成るこのオムニバス映画で、ロメール監督は田舎の娘レネット役のジョエル・ミケルの体験談に着想を得て本作を企画し、少人数のスタッフと16ミリフィルムで撮影を敢行したそうです。
1話「青い時間」.jpg 自転車のパンクをきっかけにミラベル(ジェシカ・フォルド)は、ある田舎道で、この町の納屋のような家に一人で住み、絵を描いて暮らしているレネット(ジョエル・ミケル)と出会う。彼女はミラベルに、夜明け前に1分間だけ音のない世界になる"青の時間"を体験させようと家に泊まるよう誘うが、せっかくのチャンスが車の音で失敗に終わる。落胆するレネットに、ミラベルはもう1晩泊まることを告げ、二人はその昼間に田舎の生活と自然を満喫する。そして2泊目の夜明け、二人は"青い時間"を味わい 感動する―。(第1話「青い時間」)

1話「青い時間」2.jpg 同監督の「緑の光線」に似ているように思いました。シリーズ第5作「緑の光線」('86年)は、孤独なヒロインがバカンスの最後の日に知り合った若者と一緒に、日没前に一瞬だけ見えるという太陽の「緑の光線」を見に行くという話でしたが、「青い時間」では、それぞれ田舎と都会に住む若い女性同士の組み合わせ。二人の出会いから、性格の全く異なる二人が打ち解けていく様ががごく自然に描かれていていました。自然も美しいし(「緑の光線」と同じく、チーズで有名なブリー地方が舞台)、レネットの住まいも悪くなかったです。でもパリで絵の勉強をするために、彼女はミラベルのアパートへ―。

2話「カフェのボーイ」.jpg 秋になり、パリのミラベルのアパートで同居し、美術学校に通うレネットは、ある日ミラベルと待ち合わせしたモンパルナスのカフェで、奇妙なボーイ(フィリップ・ロダンバッシュ)と出会う。小銭を持っていないミラベルがコーヒー代に200フラン札を出すと、ボーイは「どうせ友だちなんか来ないんだろう。飲み逃げしようとしてもそうはいかない。おつりが出せないから小銭で払え」と無理難題を言う そこにミラベルがやってきて、彼女は500フラン札を出してボーイと押し問答が続くが、ボーイが席を離れた隙に二人はお金を払わず逃げてしまう しかし、レネットは翌朝、代金を払いにカフェに行く―。(第2話「カフェのボーイ」)

 レネットがモンパルナスのカフェに行く道を尋ねた行きずりの男性たちも変な連中だったけれど、それ以上に可笑しいのがボーイで(客であるレネットからすれば頭にくる相手だが)、翌日、レネットがカフェに金を払いに行った時、「昨日のボーイは?」と訊くと、「彼はアルバイトだから、もういない」と言われます。馘首になったのかなあ。イマイチ、釈然としない...。
 
ヤスミナ・アウリー(万引き犯)/マリー・リヴィエール(女詐欺師)
3話「物乞い、窃盗常習犯、女詐欺師」.jpg 物乞いに小銭をやるレネットに影響を受けたミラベルは、ある日、スーパーで万引きする女(ヤスミナ・アウリー)を見つけ、彼女を助ける行為をするが、成り行きから女が万引きした商品はミラベルの手に残ってしまう 帰宅後、二人は彼女の行為について議論する 。ある日 レネットは、駅で小銭をせびる女(マリー・リヴィエール)に会い、彼女に小銭を与えたため電車に乗り遅れてしまう。 電話をしようとするが小銭がないので、彼女も通行人に小銭をせびるがうまくいかない。 すると、先ほどの女がまた通行人から小銭をせびっているのを見つけ、彼女に金を返すように詰め寄るが、彼女が泣き出してしまい 諦める―。(第3話「物乞い、窃盗常習犯、女詐欺師」)

 レネットは、ミラベルが万引き女を助けたと聞き、その理由が「彼女が捕まって懲役になったら可哀そうだから」とのことで、ミラベルを咎めます。ミラベルのやったことは犯罪の幇助であり、それを非難するレネットに分があるでしょう。二人の性格の違いもあるでしょうが、ちょっとミラベルの社会道徳観が心配です(この先、大丈夫か)。女詐欺師を演じたのはロメール監督の「飛行士の妻」「緑の光線」でそれぞれ主役を演じたマリー・リビエールでした。それにしても、3作とも全然タイプの異なる役だなあ。さらに、スーパーの万引き監視員を演じているのは、「美しき結婚」('81年)主演のベアトリス・ロマン! こうなるとカメオ出演に近いでしょうか。。

ファブリス・ルキーニ(画廊の主人)
4話「絵の売買」.jpg レネットは、今月家賃を払う番だったが、金が無く、 二人はレネットが描いた絵を画廊に売ることにする。 レネットは言葉が話せないふりをして画廊の主人(ファブリス・ルキーニ)と交渉するがうまくいかない。しかし、他の客が画廊に入って来たのを契機に、ミラベルが機転を発揮し二人は大金を手にする―。(第4話「絵の売買」

 これは第2話、第3話に比べて落ちがはっきりしていて面白かったです。画廊の主人を演じたのは、「満月の夜」('84年)で、パスカル・オジェ演じる主人公ルイーズから振られる男性オクターブを演じたファブリス・キーニでした。エリック・ロメール作品に多く出演したほか、フランソワ・オゾン監督の「危険なプロット」(2012年)で主演するなどし、セザール賞に6回ノミネートされた、今やフランスが誇る名優であるとのことです。

「レネットとミラベル」p.jpg1話「青い時間」23.jpg 4話の中では第1話が★★★★、第4話が★★★☆、あと第2話と第3話が★★★といったところでしょうか。どれもユーモアを交えた軽快なタッチで描かれていて、「喜劇と格言劇」シリーズの作品と比べてもより軽いかも。「喜劇と格言劇」シリーズが男女の恋愛模様を中心に描いているのに対して、女性同士のからっとした感じの友情を描いており、そうした男女の情が絡まない分、軽くなっているのかもしれません。

「レネットとミラベル 四つの冒険」●原題:QUATRE AVENTURES DE REINETTE ET MIRABELLE(英:FOUR ADVENTURES OF REINETTE AND MIRABELLE)●制作年:1986年製作(公開は1987年)●制作国:フランス●監督・脚本:エリック・ロメール●製作:マルガレット・メネゴス●撮影:ベルナール・リュティック●音楽:ロナン・ジレ/ジャン=ルイ・ヴァレロ●時間:99分●出演:ジョエル・ミケル/ジェシカ・フォルド/フィリップ・ロダンバッシュ/ヤスミナ・アウリー/マリー・リヴィエール/ベアトリス・ロマン/ファブリス・ルキーニ●日本公開:1989/07●配給:シネセゾン●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-02-18)(評価:★★★☆)

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「喜劇と格言劇」シリーズ第6作(最終作)。男女二組の恋愛を描く。

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「友だちの恋人」 (1987) 映画パンフレット CINE VIVANT No.28 ソフィー・ルノワール/エマニュエル・ショーレ

「友だちの恋人」1.jpg パリ近郊の新都市セルジー・ポントワーズで市役所に勤めるブランシュ(エマニュエル・ショーレ)は、職員食堂で最後の夏休みを迎えた学生レア(ソフィー・ルノワール)と出会い意気投合する。恋人ファビアン(エリック・ビエラード)の好きな水泳が苦手というレアのため、ブランシュは水泳の手ほどきをすることに。そして二人がプー「友だちの恋人」8.jpgルにいたところへ、ファビアンの友人アレクサンドル(フランソワ・エリック・ゲンドロン)が現れる。ブランシュはたちまちアレクサンドルに恋してしまうが、好きな相手に対して臆病になってしまう性格のため打ち解けられない。ファビアンは卒業を機に、最近ウマが合わないファビアンを捨て、パリを去ろうとする。運命の悪戯でブランシュはファビアンと親しくなり、一夜を共にする。ところが、休暇旅行から帰ってきたレアがファビアンと仲直りしたとブランシュに告げる。一方、レアはアレクサンドルに口説かれる―。

「友だちの恋人」9.jpg「友だちの恋人」2.jpg 「友だちの恋人」(副題は「友だちの友だちは友だち」)は、エリック・ロメール監督による1987年公開作品。同監督の「喜劇と格言劇」シリーズ第6作で、これがシリーズ最終作になります。パリ郊外のニュータウンを舞台に、4人の男女が繰り広げる恋愛模様を軽快なタッチで描いていて、これまでのシリーズ作が一人の女性が主人公だったのが、今回は一応ヒロインに焦点を合わせながらも、主人公とその女友達の恋愛も描いていて、相互に"反応"し合う男女2×2の恋物語になっている点が特徴的です。

「友だちの恋人」3.jpg 主要登場人物4人の関係がどんどん移り変わって、観ている方も混乱しますが、仕舞いには、登場人物であるブランシュとレアも互いに勘違いしたりして(笑)。ラストは友だちの恋人09.jpgハッピーエンドでしたが、ブランシュは周囲に振り回されている印象も。これがハッピーエンドでなかったら、あまり好きになれない映画だったかもしれません。この二組、この先大丈夫かなあというのもあります(特にアレクサンドルはプレイボーイだし)。

 マニュエル・ショーレットは本作が映画初出演で、あとはジョン・ジョスト監督の「ニューヨークのすべてのフェルメール(All the Vermeers in New York)」('90年/米)という作品に主演として出ているようです。

 ソフィー・ルノワールは、印象派の画家ピエール=オーギュスト・ルノワールの曾孫、「フレンチ・カンカン」('54年/仏)のジャン・ルノワール監督の孫にあたり、ソフィー・ルノワール2.jpgソフィー・ルノワール.jpgロメール監督の「美しき結婚」('81年/仏)でベアトリス・ロマンの妹役を演じるなどし、また現在は写真家として活動していて、'22年には銀座で個展を開いています。色彩・映像センスは血筋か(写真はいずれも「家庭画報.com」より)。

友だちの恋人 [DVD]
「友だちの恋人」4.jpg「友だちの恋人」5.jpg「友だちの恋人」●原題:L'AMI DE MON AMIE(英:BOYFRIENDS AND GIRLFRIENDS)●制作年:1987年●制作国:フランス●監督・脚本:エリック・ロメール●製作:マルガレット・メネゴス●撮影:ベルナール・リュティック●音楽:ジャン=ルイ・ヴァレロ●時間:102分●出演:エマニュエル・ショーレ/ソフィー・ルノワール/エリック・ヴィラール/フランソワ・エリック・ジェンドロン/アン=ロール・マーリー●日本公開:1988/07●配給:シネセゾン●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-02-04)(評価:★★★☆)

「友だちの恋人」 (87年).jpg

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アンハッピーエンドのはずが...。やっぱり"一筋縄ではいかない"アニエス・ヴァルダ。

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5時から7時までのクレオ 19622.jpg5時から7時までのクレオ1.jpg
5時から7時までのクレオ アニエス・ヴァルダ HDマスター [DVD]
「5時から7時までのクレオ」ポスター 
5時から7時までのクレオp.jpg5時から7時までのクレオ0.jpg クレオ(コリーヌ・マルシャン)は売り出し中のポップシンガー。午後7時に、2日前に受けた精密検査の結果を聞くことになっている彼女は、自分がガンではないかと怯えつつ、占い師にタロットで自分の未来を占ってもらう。占い師は、身近な未亡人が面倒を見てくれていること、寛大な恋人がいるがなかなか会えずにいること、音楽の才能があることなど、クレオの過去と現在の状況を正しく言い当て、未来については、病気の兆候があることを告げるものの、そのことについては口を濁して、これから調子のいい若者に出逢うだろうと告げる。しかし、クレオが部屋を出ると占い師は同居の男に「あの子はガンよ。もうだめだわ」と。一方クレオは、カフェで中年女性のアンジェール(ドミニク・ダヴレー)と落ち合う。アンジェー5時から7時までのクレオ4.jpgルはクレオの生活を管理するマネージャーのような女性。占いの結果を告げて泣くクレオをアンジェールが慰め、気持ちを落ち着けたクレオは帽子店に寄り帽子を選んでいるうちにすっかり機嫌をよくし、アンジェールと共にタクシーで帰路に。車中のラジオからはクレオの歌が流れる。帰宅するとやがて年上の恋人がやってくるが、仕事が忙しいからとすぐに帰ってしまう。入れ替わりにやってきた若い作曲家のボブ(ミッシェル・ルグラン)と作詞家。二人はクレオの新曲について相談とレッスンをしに来たのだった。陽気な二人と楽しそうにしていたク5時から7時までのクレオ3.jpgレオだったが、二人が持ち込んだ新曲「恋の叫び」の暗い曲調と歌詞に心を掻き乱され、レッスンを中断して部屋を出て行ってしまう。クレオはパリの街を彷徨うが心落ち着けることができず、友人のドロテ(ドロテ・ブラン)に会いに行く。美術学校のヌードモデルの仕事を終えたドロテとクレオは、ドロテの恋人ラウルの車で出掛け、クレオは病気への不安をドロテに打ち明ける。二人はラウルが映写技師として働く映画館に行き、映写室の小窓から無声映画のコメディを見て楽しむ。しかし、映画館を出たクレオは5時から7時までのクレオ2.jpg、バッグの鏡を落として割れたのが不吉だとまた不安になる。ドロテと別れたクレオはタクシーでモンスリ公園に向かう。園内を散策していると、アントワーヌという若い男(アントワーヌ・ブルセイエ)が馴れ馴れしく声を掛けてくる。最初鬱陶しく思っていたクレオだったが、次第に話をするようになる。彼は休暇中の兵士で、今夜軍隊に戻り、アルジェリアに向かうという。病気についての不安を打ち明けたクレオが、検査の結果を面と向かって聴くのは怖いので医師に電話をするつもりだと言うと、アントワーヌは一緒に行こうとクレオを誘い、ピティエ=サルペトリエール病院に向かう。病院の受付でクレオは、担当医のヴァリノは既に帰ったと告げられる。クレオとアントワーヌは病院の広い庭を手を繋いで歩き、やがてベンチに腰をかける。そこに一台の車がやってきて二人の前で止まる。運転していたのは帰宅したはずのヴァリノ医師で、彼は「放射線治療は少々きついが必ず治るから心配は要らない。あす11時に来て下さい」と手早く告げると去って行く―。

 アニエス・ヴァルダ監督による1962年作品で、「フランス映画批評家協会賞 作品賞」(ジョルジュ・メリエス賞)受賞作。モノクロ作品ですが、冒頭、タロット占いのシーンのみカラーです。タイトル通り、クレオのある日の5時から7時までをほぼリアルタイム(映画の長さは90分)で描写しています(思えば、占い師の予言は全部当たっていたなあ)。

 ラストで、「放射線治療は...」と医師に言われたのが実質「ガン宣告」になるかと思います。従ってアンハッピーエンドのはずなのですが、あれほどガンに怯えてイライラし通しだったはずのクレオの宣告された際の反応が、「私もう怖くないようよ、何か幸福な感じよ」といった感じで明るいので、ええーっと思ってしまいました(この作品を、結局彼女はガンではなかったと勘違いして記憶している人がいたぐらい)。

 「幸福(しあわせ)」('65年)もそうですが、観終わった後、もう一度振り返ってみないと経緯が呑み込めない、いわば「一筋縄ではいかない」アニエス・ヴァルダの"本領発揮"(?)といったところでしょうか(自分がただ鈍いだけかもしれないが)。

5時から7時までのクレオ5.jpg 振り返れば、終盤で戦地アルジェリアに行く青年と出会ったことで彼女の心境に変化があったことは間違いなく、その際の会話を顧みると、以下のような感じでした。
  クレオ「今の大きな恐怖は死なの」
  兵士「アルジェリアは恐怖でいっぱいです。(中略)無駄死にはしたくない。戦死なんて情けない。僕は女のため、恋のために死にたい」
 クレオは、自分以上に切実に死に直面しているかもしれない若い兵士に会ったことで、自身も自らの運命と向き合う決意を固めたとも解せられ、病院からの電話を待つのではなく、直接結果を訊きに(兵士と共に)病院に赴くというその後の行動も、それに符合します。そして、最後は、前向きに病気と闘う決意を表明したといったとことろでしょうか。

5時から7時までのクレオ ルグラン.jpg 音楽のミシェル・ルグランは、クレオに曲を提供する作曲家役でも登場(若い!)、ピアノを弾き、達者な歌も聴かせています(検査結果が気が気でないクレオは、その彼に当り散らすのだが)。

ミシェル・ルグラン

5時から7時までのクレオ カリ.jpg クレオが訪ねる友人の映像作家が作った無声映画の登場人物として、当時結婚して間もないジャン・リュック・ゴダールとアンナ・カリーナが登場、ただし、アンナ・カリーナは白塗りにしていて、ゴダールも若すぎるため、言われなければアンナ・カリーナとゴダールとは分かりません。因みにこゴダールとアンナ・カリーナが結婚していた時期は、1961年3月から1964年12月です。

5時から7時までのクレオ 5.jpg「5時から7時までのクレオ」●原題:CLEO DE 5 A 7(英:CLEO FROM 5 TO 7)●制作年:1962年●制作国:イタリア・フランス●監督・脚本:アニエス・ヴァルダ●製作:ジョルジュ・ド・ボールガール/カルロ・ポンティ●撮影:ジャン・ラビエ●音楽:ミシェル・ルグラン(主題歌:作詞アニエス・ヴァルダ/作曲ミシェル・ルグラン)●時間:90分●出演:コリーヌ・マルシャン/アントワーヌ・ブルセイエ/ドミニク・ダヴレー/ドロテ・ブラン/ミシェル・ルグラン/(サイレント映画のなかの登場人物)ジャン=リュック・ゴダール/アンナ・カリーナ「5時から7時までのクレオ」s.jpg/エディ・コンスタンティーヌ/ジャン=クロード・ブリアリ/ジョルジュ・ドゥ・ボールガール●日本公開:1963/05●配給:東和●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(21-01-19)(評価:★★★★)

ジャン=リュック・ゴダール/アンナ・カリーナ/エディ・コンスタンティーヌ/ジャン=クロード・ブリアリ

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カタルシス効果は弱いが、デカダンスな雰囲気を醸す映像はスタイリッシュ。

「花の影」000.jpgポスター 「花の影 [DVD]」張國榮(レスリー・チャン)(香港)/鞏俐(コン・リー)(中国)/林健華(リン・チェンホア)(台湾)
「花の影」1.jpg「花の影」2.jpg「花の影」3.jpg 富豪に嫁いだ姉を頼り、蘇州にやってきた少年・忠良(チョンリァン)。そこでは当主の愛娘・如意(ルーイー)を始め、皆が阿片「花の影」コンり―.jpgに酔いしれていた。退廃した空気の中、最愛の姉に弄ばれ絶望した忠良は屋敷を飛びだす。時は過ぎ、1920年代の魔都・上海。心に傷を負って女性を愛せなくなった忠良(張国栄(レスリー・チャン))は、人妻を誘惑して金品を巻き上げる上海マフィア配下のジゴロとなっていた。そんな彼に、マフィアのボスが故郷の女富豪を誘惑する様に命令を下す。彼女こそ、美しく成長した如意(鞏俐(コン・リー))だった。様々な思惑を交差させながら、二人はいつしか本気で愛し合うようになるが―。
花の影 [Blu-ray]
「花の影」00.jpg「花の影」9.jpg 1996年公開作で、陳凱歌(チェン・カイコー)監督のもと、「さらば、わが愛/覇王別姫」('93年/中国)に続いて張国栄(レスリー・チャン)と鞏俐(コン・リー)が再び組んだメロドラマ。1920年代の上海と蘇州を舞台に退廃的で破滅的な男女の愛を描いています。

 「さらば、わが愛/覇王別姫」に比べ、政治が背景に後退し、恋愛メロドラマ的要素が前面に出ています。「さらば、わが愛/覇王別姫」で一人の男性を巡って愛を争ったレスリー・チャンとコン・リーが、今度は愛し合う関係になっていますが、と言っても陳凱歌なので一筋縄ではいきません。レスリー・チャン演じる忠良は、幼い頃に姉夫婦に性的虐待を受け、「心が死んでいて」人を愛せない性質になってしまっています。

 最後はコン・リー演じる如意にそのことをズバリと言われ、彼女は別の男と結婚することに。そこで忠良とった行動は―。う~ん、ちょっとやり過ぎという感じ。他人のモノになるならいっそ自分が...ということでしょうが、彼の愛が結局はエゴでしかないことをよく表していると言えばそうだけれども、後味があまりよくない(結局、姉の夫、つまり如意の父親も彼がヒ素を使って廃人にしたのか)。

「花の影」4.jpg というわけでカタルシス効果は弱いですが、デカダンスな雰囲気を醸す映像はスタイリッシュでもあります。室内シーンが多いせいか、クリストファー・ドイルっぽくはなかったかもしれませんが、この映像美を味わうだけでも価値はあるように思いました。

 考えてみれば、香港のレスリー・チャンと中国のコン・リーと、如意の家に養子に行く端午(ドァンウー)を演じた台湾の林健華(リン・チェンホア=ケビン・リン)の3か国スター"揃い踏み"。その中でも端午の変貌が興味深く、特にラストは"大変貌"を遂げていました。まさか頼りない雰囲気だった彼が最後に〇〇になるとは(苦笑)。血統主義の中国らしいと言えばそうだが(端午は自身はもともと血族ではなく姻族だが)。

鞏俐(コン・リー)/周迅(ジョウ・シュン)
鞏俐 風月.jpg周迅 風月.jpg周迅(ジョウ・シュン).png 当時30歳のコン・リーが奇麗。忠良が行くナイトクラブの垢抜けない少女(アヘン中毒者?)は周迅(ジョウ・シュン)だったのかあ。婁燁(ロウ・イエ)監督の 「ふたりの人魚(蘇州河)」(1998年撮影)の2年前、22歳の頃ということになりますが、全然分からなかったです。

「花の影」1.jpg「花の影」5.jpg「花の影」●原題:風月(英:TEMPTRESS MOON)●制作年:1996年●制作国:香港・中国●監督:陳凱歌(チェン・カイコー)●製作:湯君年(タン・チュンニェン)/徐楓(シュー・フォン)●脚本:舒琪(シュウ・チー)●撮影: クリストファー・ドイル(杜可風)●音楽: 趙季平(チャオ・チーピン)●原案: 陳凱歌/王安憶(ワン・アンイー)●時間:128分●出演:張國榮(レスリー・チャン)/鞏俐(コン・リー)/林健華(リン・チェンホア)/何賽飛(ホー・サイ新文芸坐2024年02月26日.jpgフェイ)/呉大維(デヴィッド・ウー)/謝添(シェ・ティェン)/周野芒(ジョウ・イェマン)/周潔(ジョウ・ジェ)/葛香亭(コー・シャンホン)/周迅(ジョウ・シュン)●日本公開:1996/12●配給:日本ヘラルド映画(評価:★★★☆)●最初に観た場所[4K版]:池袋・新文芸坐(24-02-26)
新文芸坐(2024年2月26日撮影)

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ゴチック・ムービー×フェミニズム映画。エマ・ストーンの熱演&怪演に尽きる。

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哀れなるものたち ブルーレイ+DVDセット [Blu-ray]」エマ・ストーン

哀れなるものたち3.jpg 医学生のマックス・マッキャンドルス(ラミー・ユセフ)は、外科医で研究者のゴドウィン・バクスター(通称ゴッド)(ウィレム・デフォー)の助手に選ばれる。ゴッドはベラ・バクスター(エマ・ストーン)という知能が未発達の成人女性の研究をしてお哀れなるものたち2.jpgり、マックスはベラが覚えた言葉や食べた物を記録する仕事を引き受ける。ベラはゴッドの家の中に閉じ込められ、日々多くの語彙や感情を覚え、次第には性の歓びをも覚えていく。マックスは近くで観察する時間を過ごす中で、ベラに好意を抱くようになる。ベラの正体をゴッドに問い詰めたマックスは、次のよ哀れなるものたち5.jpgうな事実を知らされる。ある時、ヴィクトリア(エマ・ストーン、二役)という妊婦が橋から飛哀れなるものたち4.jpgび降り自殺をし、その遺体を発見したゴッドが、生存していた胎児の脳を妊婦に移殖して生き返らせたのだという。ゴッドの励ましを受け、マックスはベラに結婚を申し込み、ベラもそれを受け入れた。しかし、知性が急速に発達していったベラは自然と外の世界に興味を持ち始め、結婚の契約のために家に上がり込んだ放蕩者の弁護士ダンカン(マーク・ラファロ)に誘われて大陸横断の旅に出る。大人の体を持ちながら新生児の目線で世界を見つめるベラは時代の偏見から解放され、平等や自由を知り、驚くべき成長を遂げていく―。

哀れなるものたち1.jpg ヨルゴス・ランティモス監督の2023年作で、「女王陛下のお気に入り」('18年/英・アイルランド・米)の時のエマ・ストーンと再びタッグを組み、スコットランドの作家アラスター・グレイの同名ゴシック小説を映画化したもの。2023年・第80回「ベネチア国際映画祭 金獅子賞」を受賞し、第96回アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、脚色賞ほか計11部門にノミネートされ、主演女優賞、衣装デザイン賞、美術賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞の4部門で受賞しました。

 2023年10月28日には全世界での劇場公開に先駆け東京国際映画祭で上映され、2024年1月、R18+指定作品としては異例の約330スクリーンという大規模で公開、Dolby Atmos版も同時上映され、個人的にはそれを観ました。

哀れなるものたち (ハヤカワepi文庫 ク 7-1 epi111)』['23年9月]カバーイラスト:アラスター・グレイ(作者)
哀れなるものたち表紙絵.jpg哀れなるものたち (ハヤカワepi文庫).jpg 原作は1992年に発表されたアラスター・グレイ(自作の挿画や表紙絵を自分で手掛けることで知られる)の同名小説('23年/ハヤカワepi文庫)で、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』(1818年)などをルーツとするゴチック小説並びにゴチック・ムービーの系譜と見ていいのではないでしょうか(最近自分が観た中では、テリー・ギリアム監督の「Dr.パルナサスの鏡」 ('09年/英・カナダ)などもゴチック・ムービーと言えるか)。同時に、ポジティブで、パワフルなフェミニズム映画にもなっています。

哀れなるものたち6.jpg哀れなるものたち7.jpg 「ラ・ラ・ランド」('16年/米)で2016年・第73回「ベネチア国際映画祭 女優賞」、第74回「ゴールデングローブ賞 主演女優賞(ミュージカル・コメデアカデミー賞 2024 エマ・ストーン.jpgィ部門)」、第89回「アカデミー賞アカデミー主演女優賞」受賞のエマ・ストーンが、この作品でも2024年・第81回「ゴールデングローブ賞 主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)」、第96回「アカデミー主演女優賞」を受賞しました。

 「アカデミー主演女優賞」では、「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」('23年/米)のリリー・グラッドストーンが対抗馬とされていましたが、リリー・グラッドストーンは受け身的な演技が多かったため、ここまでエマ・ストーンに熱演&怪演されると、エマ・ストーンに賞を持っていかれるのは仕方がないかなという感じです。

[哀れなるものたちp.jpg 最後に、ベラが母であるヴィクトリアの自殺の原因が暴力的で残虐な夫・アルフィー(クリストファー・アボット)にあったことを突き止め、医者としてゴッドの研究を引き継ぐことを決意したベラが、(手始めに?)アルフィーにヤギの脳を移殖したという、言わば復讐劇的なオチでした。

 ただし、ベラ=ヴィクトリアの関係において、母ヴィクトリアの躰に胎児ベラの脳を移植した場合、ベラがヴィクトリアの身体を支配するという、それが可能かどうかはともかく、至極"科学的"な前提で物語が進んでいるのに、最後にアルフィーがヤギになったような終わり方(クリス・ウェイラス監督の「ザ・フライ2 二世誕生」 ('88年/米)がこのパターンだった)になっていて、そこに矛盾を感じました。

 「ザ・フライ2 二世誕生」の場合は、悪玉の科学者がハエ男にされてしまうという"因果応報"的結末でしたが、この映画では、ベラ=ヴィクトリアの関係に準じれば、ヤギがアルフィーの躰を支配していることになり、アルフィーとしての意識は無いため、"因果応報"になっていないように思います。面白かったし、衣装や美術、特撮も見応えがあっただけに、そこのみ残念でした。

 原作はもっと凝ったメタ物語の構成になってますが(枠組みとしてはゴッドの手記になっている)、映画のラストに相当する部分(アルフィーへのヤギの脳の移植)は無く、アルフィー・ブレシントン将軍は後日自殺して果てることになっています。

「哀れなるものたち」●原題:POOR THINGS●制作年:2023年●制作国:イギリス・アメリカ・アイルランド●監督:ヨルゴス・ランティモス●製作:エド・ギニー/アンドリュー・ロウ/ヨルゴス・「哀れなるものたち」ハンナ・シグラ.jpgランティモス/エマ・ストーン●脚本:トニー・マクナマラ●撮影:ロビー・ライアン●音楽:イェルスキン・フェンドリックス●時間:141分●出演:エマ・ストーン/マーク・ラファロ/ウィレム・デフォー/ラミー・ユセフ/クリストファー・アボット/キャサリン・ハンター/ジェロッド・カーマイケル/マーガレット・クアリー/ハンナ・シグラ●日本公開:2024/01●配給:ディズニー●最初に観た場所:TOHOシネマズ日比谷(スクリーン5・デジタルTCX DOLBYATMOS上映)(23-02-08)((評価:★★★★)
ハンナ・シグラ(ベラがその影響を受け、生きる道筋を見出だす老婦人マーサ・フォン・カーツロック)

TOHOシネマズ日比谷スクリーン5・デジタルTCX DOLBYATMOS
TOHOシネマズ日比谷 スクリーン5.jpg

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面白い。もう再現不可能な、結構贅沢かつ貴重な俳優陣並びに配役ではなかったか。

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ナイト・オン・ザ・プラネット [DVD]」ウィノナ・ライダー/ジーナ・ローランズ/マッティ・ペロンパー

 ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキを舞台に、タクシードライバーと乗客の人間模様を描く、1991年のジム・ジャームッシュ監督のオムニバス映画です。

ナイト・オン・ザ・プラネット1-1.jpgロサンゼルス 若い女性タクシー運転手コーキー(ウィノナ・ライダー)は、空港で出会ったビバリーヒルズへ行こうとしている中年女性ヴィクトリア(ジーナ・ローランズ)を乗せる。映画のキャスティング・ディレクターであるヴィクトリアは、新作に出演する女優を探し出すのに手を焼いていた。口は汚いがチャーミングなコーキーに可能性を感じたヴィクトリアはある提案をする―。

ナイト・オン・ザ・プラネット1-2.jpg ウィノナ・ライダー(当時19歳)がいい。こうした役を演じつつ、2年後のマーティン・スコセッシ監督の「エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事」('93年/米)で伝統主義的な貴族の娘を演じて「ゴールデングローブ賞助演女優賞」を受賞しているからスゴイ。2001年に窃盗罪で逮捕され有罪となりキャリアが途切れかかったが、何とかつながった(10代の頃に境界性パーソナリティ障害を患っていたということと関係しているのか)。ジーナ・ローランズが佇むラストの余韻もいい。

ナイト・オン・ザ・プラネット2-1.jpgニューヨーク 寒い街角で、黒人の男ヨーヨー(ジャンカルロ・エスポジート)はブルックリンへ帰るためタクシーを拾おうとするが、なかなか捕まらない。ようやく捕まえたタクシーを運転していたのは、東ドイツからやってきたばかりのヘルムート(アーミン・ミューラー=スタール)。しかし彼は英語がうまく話せず、その上オートマ車の運転もろくにできない。降りようにも降りられないヨーヨーは、自分でタクシーナイト・オン・ザ・プラネット2-2.jpgを運転する―。

 面白かった。タクシー運転手役のアーミン・ミューラー=スタールは元々東ドイツの俳優で、政府によりブラックリストに載せられたため、1980年、西ドイツに逃亡する形で移住、反体制運動に加担しキャリアを断たれてから2年後、俳優業を再開し、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の「ベロニカ・フォスのあこがれ」('82年/西独)で完全復活している。映画では、ラストはちょっと心許ないヘルムートだった。
  
ナイト・オン・ザ・プラネット3-1.jpgパリ 大使に会いに行くという黒人の乗客2人の態度に腹を立てたコートジボワール移民のタクシー運転手(イザック・ド・バンコレ)は、我慢ならず途中下車させてしまう。そこに若い盲目の女(ベアトリス・ダル)が乗車する。当初、運転手は気が強く態度の大きい女に苛立っていたが。だが、彼は晴眼者のナイト・オン・ザ・プラネット3-2.jpg自分以上に鋭い感覚を持つ女には物事の本質が的確に見えているように思え、何とも言い難い強い印象を受ける―。

 ジャン=ジャック・ベネックス監督の「ベティ・ブルー/愛と激情の日々」('86年/仏)でデビューしたベアトリス・ダルがいい。ラストで風を受けて川べりを歩くシーンが特に。

ナイト・オン・ザ・プラネット4-1.jpgローマ 1人で無線相手にうるさく話しかけるタクシー運転手ジーノ(ロベルト・ベニーニ)は神父(パオロ・ボナチェリ)を乗せる。そして、せっかく神父を乗せたのだからと勝手に懺悔し始めるが、その内容は傍から見ればハレンチな艶笑話ばかり。神父は心臓が悪く薬を飲もうとするが、ジーノの乱暴な運転のせいで薬を落としてしまう。仕方なく神父は、我慢してジーノの"懺悔"を聞き続ける―。

ナイト・オン・ザ・プラネット4-2.jpg ロベルト・ベニーニが可笑しい。ジム・ジャームッシュ監督の「ダウン・バイ・ロー」('86年/米・西独)に続くこの作品で注目を集め、自身が監督・脚本・主演を務めた「ライフ・イズ・ビューティフル」('97年/伊)は「アカデミー賞」では本命のトム・ハンクス(「プライベート・ライアン」)を押しのけて主演男優賞を受賞した。彼にとっては、そうしたステップアップの基となった作品。
     
ナイト・オン・ザ・プラネット5-1.jpgヘルシンキ 凍りついた街で無線連絡を受けたタクシー運転手ミカ(マッティ・ペロンパー)。待っていたのは酔っ払って動かない3人の労働者風の男。その中の1人アキは酔い潰れていて車に乗ってからも眠っているが、残る2人はミカに、今日がアキにとってどれほど不幸な1日かを高らかに語り始める。しかし、ミカは今、アキとは比べ物にならないほどに不幸であるがために、彼らの話に動じることはナイト・オン・ザ・プラネット5-2.jpgなかった―。

 タクシー運転手ミカ役のマッティ・ペロンパーは俳優兼ミュージシャンで、フィンランドの名匠アキ・カウリスマキ監督の「パラダイスの夕暮」('86年/フィンランド)などに主演している。酔っ払い役を演じた他の俳優らも、ミュージシャンでもあったり、アキ・カウリスマキ監督の作品に出ていたりするようだ。アキ・カウリスマキ監督と同じような俳優の使い方をしているのが興味深い。


 90年代のレンタルビデオ全盛期にビデオショップで借りて「拾い物」だった作品です(最近この手の作品がデジタルリマスター版で再上映されることがあり、喜ばしい)。自主制作映画なのですが、今こうして振り返ると、もう再現不可能な、結構贅沢かつ貴重な俳優陣並びに配役ではなかったでしょうか。


ナイト・オン・ザ・プラネットv.jpgナイト・オン・ザ・プラネット0.jpg「ナイト・オン・ザ・プラネット」●原題:NIGHT ON EARTH●制作年:1991年●制作国:アメリカ●監督・製作・脚本:ジム・ジャームッシュ●撮影:フレデリック・エルムス●音楽:トム・ウェイツ●時間:129分●出演:(ロサンゼルス)ウィノナ・ライダー/ジーナ・ローランズ/(ニューヨーク)アーミン・ミューラー=スタール/ジャンカルロ・エスポジート/アンジェラ - ロージー・ペレス/(パリ) イザック・ド・バシネマート新宿(「ナイト・オン・ザ・プラネット」).jpgンコレ/ベアトリス・ダル/(ローマ)ロベルト・ベニーニ/パオロ・ボナチェリ/(ヘルシンキ) マッティ・ペロンパー/カリ・ヴァーナネン/サカリ・クオスマネン/トミ・サルミラ●日本公開:1992/04●配給:フランス映画社(評価:★★★★)●最初に観た場所[再見]:シネマート新宿(スクリーン2)(24-03-08)

シネマート新宿(24-03-08)


《読書MEMO》
「週刊文春」連載「洋画掘り出し市」2024年 9/12号

ナイト・オン・ザ・プラネット 文春.jpg

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長さを感じさせなかった。「グッドフェローズ」に通じる娯楽性。まさに米国の暗黒史!

「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」2023.jpg「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」01.jpg
キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン (2023) [DVD]」リリー・グラッドストーン/レオナルド・ディカプリオ/ロバート・デ・ニーロ

「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」02オセージ.jpg 20世紀初頭のアメリカ。先住民のオセージ族は石油を発見し、莫大な富を手に入れていた。一方、列車で彼らの土地にやってきた白人たちは、富を奪おうとオセージ族を巧妙に操り、殺人に手を染める―。第一次世界「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」03.jpg大戦の帰還兵アーネスト・バークハート(レオナルド・ディカプリオ)は、地元の有力者である叔父のウィリアム・ヘイル(ロバート・デ・ニーロ)を頼ってオクラホマへ移り住む。そして、先住民族オセージ族の女性モリー・カイル(リリー・グラッドストーン)と恋に落ち夫婦となるが、2人の周囲で不可解な連続殺人事件が起き始める。町が混乱と暴力に包まれる中、ワシントンD.C.から派遣された捜査官が調査に乗り出すが、この事件の裏には驚愕の真実が隠されていた―。

「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」原作.jpg マーティン・スコセッシ監督の2023年作で、原題は"Killers of the Flower Moon"。主演はレオナルド・ディカプリオで、共演はロバート・デ・ニーロ、ジェシー・プレモンス、リリー・グラッドストーンら。デイヴィッド・グランによるノンフィクション・ノベル『花殺し月の殺人―インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』を映画化したサスペンスです。2023年「ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞 作品賞」「ニューヨーク映画批評家協会賞 作品賞」を受賞していますが、アカデミー賞では無冠でした(スコセッシもディカプリオもデニーロも既に受賞歴があるし、同じ骨太歴史大作「オッペンハイマー」に票が流れたのか)。

「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」04.jpg タイトルの由来は、4月に咲いた小さな花が5月に生えてきた大きな草や花によって駆逐されてしまうので、オセージ族は5月を「フラワー・キ「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」05.jpgラー・ムーン(花殺し月)」と呼ぶことから。比喩的には、先住インディオが「4月に咲いた小さな花」で、後からやってきた白人が、それらを"駆除"する「5月に生えてきた大きな草や花」ということなのでしょう。

レオナルド・ディカプリオ(アーネスト・バークハート)/ジェシー・プレモンス(トム・ホワイト捜査官)
  
 マーティン・スコセッシ監督はレオナルド・ディカプリオと6回目のコンビ、ロバート・デ・ニーロとは10回目のコンビですが、この3者のタッグは初。ディカプリオは当初、原作の主人公である司法省捜査局(後のFBI)のトム・ホワイト捜査官役の予定でしたが、デ・ニーロ演じる敵役ヘイルの甥アーネスト・バークハート役を熱望したため、彼がアーネストを演じることになり、トム・ホワイト捜査官役はジェシー・プレモンスになったようです(その結果、2年間かけて書かれた脚本が大幅変更となった)。

「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」デ・ニーロ.jpg「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」ディカプリオ.jpg ディカプリオとデ・ニーロの競演が楽しいし、ストーリーも面白いので、3時間半近い上映時間があまり長く感じられませんでした。主人公のアーネストは、妻モリーを愛しながらもヘイルの企みに協力することになり、事件の真相が明るみになった際もヘイルを守る動きを見せるが、自身の子リトル・アナの死を受け真相を告白する―。

「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」11.jpg 米国史の暗部を抉るだけでなく、エンタテインメントとしても人間ドラマとしても良くできており、マーティン・スコセッシ監督のいまだ衰えぬ力量を感じました。 デ・ニーロが演じる叔父の"キング"が、表向きオーセージ族の理解者・支援者であるに反して、実は本性は怖い男であるという構図は、(娯楽性という面で)早稲田松竹で同時期に同じく1本立て上映された「グッドフェローズ」('90年)に通じるものがあるように思いました。

「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」06.jpg

 因みに、実際には悪いのは一部の白人だけではなく、石油によって大きな富がオーセージ族に生れたために、多くの白人がその人頭権、ロイヤルティ、土地を奪おうとして画策し、60人の部族員が殺されたと推計されているそうです。FBIは、オーセージ族の女性を妻にした(映画におけるアーネストのような)白人男性数人が、部族員の殺害を命じた首謀者であると見做して捜査・起訴したようで、他にも無節操な白人が彼らの権利を騙し取ったりして、ある場合では、オーセージ族に対する「保護者」として裁判所から指名された弁護士や事業家がその実行者だったりしたそうです(告発され有罪になったのは3名のみだそうで、それにキングとアーネストのモデルが含まれるということか。映画では、キングとアーネストはともに終身刑となるも早期仮釈放となったことが、ラジオのショー番組の形でに示されていた)。まさに米国の暗黒史!

2023年5月、第76回「カンヌ国際映画祭」アウト・オブ・コンペティション部門プレミア上映
「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」12.jpg「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」●原題:KILLERS OF THE FLOWER MOON●制作年:2023年●制作国:アメリカ●監督:マーティン・スコセッシ●製作:ダン・フリードキン/マーティン・スコセッシ/ブラッドリー・トーマス/ダニエル・ルピ●脚本:エリック・ロス/マーティン・スコセッシ●撮影:ロドリゴ・プリエト●音楽:ロビー・ロバートソン●原作:デイヴィッド・グラン『花殺し月の殺人―インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』●時間:206分●出演:レオナルド・ディカプリオ/ロバート・デ・ニーロ/リリー・グラッドストーン/ジェシー・プレモンス/ブレンダン・フレイザー/タントゥー・カーディナル/モリソン - ルイス・キャンセルミ/ジェイソン・イズベル/カーラ・ジェイド・メイヤーズ/ジャネー・コリンズ/ジリアン・ディオン/ウィリアム・ベロー/スタージル・シンプソン/タタンカ・ミーンズ/マイケル・アボット・Jr/パット・ヒーリー/ スコット・シェパード/ゲイリー・バサラバ/スティーヴ・イースティン/ジョン・リスゴー/マーティン・スコセッシ●日本公開:2023/10●配給:東和ピクチャーズBrendan Fraser KILLERS OF THE FLOWER MOON.jpg「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」j.jpg「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」スコセッシ.jpg●最初に観た場所:早稲田松竹(24-01-26)(評価:★★★★)

ブレンダン・フレイザー(キングの代理人ハミルトン弁護士)/ジョン・リスゴー(キングの裁判を執り行うポラック判事)/マーティン・スコセッシ(ラジオのショー番組のプロデューサー兼司会)


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「労働者3部作」に続くシリーズ第4作。「格差の最も無い国」にある"格差"。競争社会の外にいる人々への暖かい視線。
「枯れ葉」2023.jpg「枯れ葉」03.jpg 「枯れ葉」01.jpg
枯れ葉 [DVD]」アルマ・ポウスティ/ユッシ・バタネン
「枯れ葉」04.jpg アンサ(アルマ・ポウスティ)はヘルシンキのスーパーマーケットで働く独身女性、ホラッパ(ユッシ・バタネン)は酒に溺れながらも、どうにか産廃工事で働いている独身男性。ある夜、アンサは友人のリーサ(ヌップ・コイブ)とカラオケバーへ行き、そこへ同僚のフオタリ(ヤンネ・フーティアイネン)に誘われたホラッパがとやって来る。フオタリがリーサを口説こうとする中、アンサとホラッパは、互いの名前も知らぬまま惹かれ合う。アンサは、スーパーの廃棄食品を持ち帰ろうとしたとして事前通告無しで馘を言い渡され、上司の理不尽な通告に怒り、リーサと共にスーパーを辞める。アンサはパブの皿洗いの仕事に就くが、給料日にオーナーが麻薬の密売で警察に捕まってしまう。「枯れ葉」06.jpg偶然そこにホラッパがやってきて、カフェでコーヒーを飲み、その後2人は映画館に行くことに。映画館でゾンビ映画を観て、帰り際ホラッパは「また会いたい」と言う。名前は今度教えると言い、アンサは電話番号をメモした紙をホラッパに渡して頬にキスをするが、ホラッパはそのメモを失くしてしまう。ホラッパは帰ってからメモが無いことに気づくが、探そうにも名前も分からず途方に暮れる。その上飲酒がバレて仕事もクビに「枯れ葉」05.jpgなってしまう。同僚のフタリオに「再会して結婚しかけた」と話すが、連絡しようにも彼女の連絡先を知らないことを言い嘆く。一方アンサも、ホラッパから電話がないことにヤキモキする。しかし2人は偶然映画館の前で再会し、アンサはホラッパをディナーに招待する。穏やかに食事をしていたが、隠れて酒を飲むホラッパに対し、アンサは「アル中はご免よ」と言い、父と兄がお酒によって死に、母はそれを嘆いて死んだと話す。するとホラッパは「指図されるのはご免だ」と言って出ていく。不運な偶然と現実の過酷さが、彼らをささやかな幸福から遠ざける中、果たして2人は、無事に再会を果たし、想いを通い合わせることができるのか―。

アキ・カウリスマキ監督の『Fallen Leaves』がカンヌ審査員賞を受賞 - Nord News
「枯れ葉」がカンヌ審査員賞.jpg アキ・カウリスマキ監督が「希望のかなた」(2017)で監督引退宣言してから6年経を経て、引退を撤回して撮ったラブストーリーで、2023年・第76回「カンヌ国際映画祭」で「審査員賞」を受賞し(受賞ニュースが伝えられた時の邦訳は原題直訳の「落ち葉」だったが、音楽にシャンソンの名曲「枯葉」が使われているため、このタイトルになったと思われる)、「タイム」誌はこの映画が「静かな傑作」であり、カウリスマキの最高傑作かもしれないと評しています。当初3部作として構想され完結していた「労働者」シリーズの「パラダイスの夕暮れ」(2002)、「真夜中の虹」(1990)、「マッチ工場の少女」(1991)に続く4作目として、厳しい現実を描きながらも、ささやかな幸せを信じ生きる人々を優しく描いています。

 フィンランドは「世界の幸福度ランキング」で2022年・2023年と連続して第1位で、「最も格差の少ない国」とされていますが、そうした国フィンランドを舞台に、実在する"格差社会"の底辺にいる人々を描き続けているのが特徴的です(アキ・カウリスマキ監督自身もサンドブラスト、製紙工場、病院の清掃業などで働いていた経歴を持つ)。この映画のアンサも、最後は女性でありながら工場で働く肉体労働者となり、ホラッパに至っては鋳造所で働くようになったものの、アル中がたたって住むところすら無くなり、安ホステルで寝泊まりするようになります(しかし、タルデンヌ兄弟や是枝裕和ではないが、こうした"格差社会"ものはカンヌで強いね)。

 かつてアキ・カウリスマキ監督は、小津安二郎監督生誕90年(没後30年)を記念して世界中の映画作家が小津安二郎を語った「小津と語る」(1993)の中で、「あなたのレベルに到達できないことを納得するまでは、死んでも死にきれません」という言葉を残していますが、この映画にも小津の影響が見られるのでしょうか。無表情と棒読みのセリフは、役者に「演技をさせない」という意味で、日本の濱口竜介監督の作品などにも通じるものがあるように思いました。

「枯れ葉」07.jpg アンサもホラッパも厳しい現実の中にいますが、それぞれに自分のことを気にかけてくれる同僚(二人とも解雇されるので"元同僚"になるが)の友人がいるのが救いでした(最後の方でホラッパが入院する病院の看護師も優しかった)。アキ・カウリスマキ監督の、競争社会ではない、普通の社会(競争社会の外)に生きる人々への温かい視線を感じます。

「枯れ葉」poster.jpg 映画館にはブリジット・バルドーの映画ポスターがあったり、アラン・ドロンの「若者のすべて」(1960)やジャン=ポール・ベルモンドの「気狂いピエロ」(1965)などポスターもあったりして(ロベール・ブレッソン監督の「ラルジャン」(1983)[左]もあった)、そのほかの場面でも背景に映画やレビューのポスターを映り込ませており、この辺りも小津が古い作品でよくやったことであり、小津作品へのオマージュでしょうか。

 2人がデートで観たゾンビ映画は、アキ・カウリスマキ監督と親交のあるジャームッシュ監督の「デッド・ドント・ダイ」(2019)。観終わって映画館を真っ先に出てきたシネフィルと思われる中年男たちが、(ゾンビ映画だったのに)この映画はロベール・ブレッソンの「田舎司祭の日記」(1950)に似ている、いやジャン=リュック・ゴダールの「はなればなれに」(1964)だ、と激論を交わす姿が笑いを誘います(この後、アンサとホラッパの2人は本当の離れ離れになってしまう。この映画は「悲喜劇」だとされているようだ)。

「枯れ葉」アルマ・ポウスティ.jpg また、主演のアルマ・ポウスティは、来日時のインタビューで「この映画は荷物を抱えた孤独な人々が人生の後半で出会う物語だ。人生の後半で恋に落ちるのは勇気がいる」と説明しています。演出はフリーではなく考え抜かれており、「とにかくセリフを覚えてこい。でも練習するな」と指示されるそう。またほとんどのシーンがワンテイクで撮影されているため、ポウスティは「俳優としては怖い」と吐露。さらにカウリスマキが現場でモニタを使わないことにも触れ、「一度カメラをのぞいて照明や小道具の位置を自分でチェックしたら、カメラの横に座ってワンテイクで撮る。あとからモニタはチェックしない。何が撮れているのかわかっているからです」と説明しています。

「枯れ葉」band.jpg ヘルシンキ在住のアンナ&カイサ・カルヤライネン姉妹によるバンド「MAUSTETYTÖT(マウステテュトット)」も出演し、劇中歌として「Syntynyt suruun ja puettu pettymyksin(悲しみに生まれ、失望を身にまとう)」という歌が歌われていますが、無口な主人公の気持ちを代弁しているような歌で、こうした地元のミュージシャンの劇中での起用は「ルアーヴルの靴みがき」(2011)など他のほとんどの作品でもやっています。

「枯れ葉」dog.jpg 「ルアーヴルの靴みがき」では、カウリスマキ監督の愛犬〈ライカ〉が登場し、カンヌ国際映画祭で優秀な演技を披露した犬に贈られる賞「パルム・ドッグ賞」の「審査員特別賞」を受賞していますが、この作品でも、〈アルマ〉という犬が、アンサが殺処分されそうだったのを拾ってやった犬として登場し、ちゃんと演技していて(笑)、「パルム・ドッグ賞」の「審査員大賞」を受賞しています。アンサが犬に付けた名前は「チャップリン」。ラストでアンサがホラッパと画面の奥へ歩いて行くシーンは、「モダン・タイムス」(1936)へのオマージュになっていました(こちらは「男女」+「犬」だったけれど)。

 因みに、映画の時代設定は不明確であり、映画の中に映っている壁掛けカレンダーは、まだ来ていない2024年秋を示している一方、ラジオでナレーションされているニュースは2022年のロシアのウクライナ侵攻の初期の出来事であって、そのため、別の現実が舞台になっているとも言われているようです(メタ―バース流行り?)。

「枯れ葉」d2.jpg「枯れ葉」02.jpg「枯れ葉」●原題:KUOLLEET LEHDET(英:FALLEN LEAVES)●制作年:2023年●制作国:フィンランド・ドイツ●監督・脚本:アキ・カウリスマキ●製作:ミーシャ・ヤーリ/アキ・カウリスマキ/マーク・ルオフ/アルマ(犬)●撮影:ティモ・サルミネン●時間:81分●出演:アルマ・ポウスティ/ユッシ・バタネン/ヤンネ・フーティアイネン/ヌップ・コイブ/マッティ・オンニスマー/アルマ(犬のチャップリン)●日本公開:2023/12●配給:ユーロスペース●最初に観た場所:角川シネマ有楽町(スクリーン1)(24-01-24)(評価:★★★★☆)

アルマ(犬のチャップリン)

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"恐怖の子ども"は主人公の幻想。許される範囲内での「映像のウソ」。

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<あの頃映画> 影の車 [DVD]
松本清張傑作映画ベスト10 10 影の車 (小学館DVD BOOK)」藤剛/岩下志麻/小川真由美
影の車 db.jpg影の車001.jpg 浜島幸雄(加藤剛)はある日、幼馴染の小磯泰子(岩下志麻)の呼びかけに振り返る。それは、平凡な男の生涯を根底からゆさぶる運命の声だった。浜島は旅行案内所に勤続12年の係長で、妻の啓子(小川真由美)は万事に社交好きで影の車003.jpg陽気だ。毎日が会社と団地の往復、生活も仕事も単調で味気ない浜島は、泰子に会って同じバスに乗っただけで軽い興奮があった。二度目に泰子に会った時、勧められるままに泰子の家を訪ねる。4年前に夫に死なれた泰子は6歳の健一(岡本久人)と二人暮し。保険の集金と勧誘での慎ましい生活だ。健一は父親が無いためか、孤独癖のある無口な子供だった。夢多き思春期の共通の追憶に話が弾み、浜島の泰子への傾斜は急だった。やがて、狭い泰子の家では、健一の眼が浜島には苦痛になった。だが、自然影の車002.jpgの成り行きで二人は結ばれる。初夜のように白無垢の長襦袢で浜島を迎える泰子がいた。浜島は健一を手なづけようと心を砕くが、その都度失敗する。浜島にも幼い日に夫を失った母(岩崎加根子)と伯父(滝田裕介)との間に立たされた忘れ得ぬ記憶があったため、健一の反感がこたえた。そして、健一が自分を殺そうとしている幻想に悩まされ始めた。一度は妻と別れて泰子と結婚しようと決心しながら、健一のことを考えると、また泰子を諦らめようかと思い迷った。一方、空閨を癒やされた泰子は、啓子への後ろめたさも、浜島を見る健一の白い目にも心を向けず、ひたすら愛欲の歓びに溺れた。紅葉のころ、浜島苦心のドライブ旅行も小さな健一の本能的な反発を食う。浜島は再び幻影の虜になった。宿命というには、余りにも似かよった浜島自身の幼年期の体験。あの時のように俺は健一に殺される。泰子は浜島のノイローゼを満ちたりた笑いで一蹴した。しかし、恐るべき運命の符合は、悪魔の悪戯か、結末が逆になった―。

影の車 d.jpg 野村芳太郎監督、橋本忍脚本の1970年公開作で、原作は、松本清張の「婦人公論」1961(昭和36)年1月号から8月号まで連載され、同年8月、中央公論社より単行本が刊行された連作短編集『影の車』の内の1つ「潜在光景」。ただし、この"潜在光景"というタイトルに符合する結末が最後になってみないと分からないためか、それとも逆にネタバレ的なタイトルとも言えるせいか、短編集のタイトルが映画化作品のタイトルになっています。

影の車 j.jpg 加藤剛が主人公の不倫する男を演じていますが、彼が岩下志麻演じる不倫相手の子どもに対して抱く恐怖はおそらく幻想であり、それは、今自分は不倫をしているという罪の意識と、かつて幼い自分が母の不倫相手に対して殺意を抱いたという原体験からくるものでしょう。子どもの所作の一つひとつが自分を批判しているように見え、仕舞いには凶器でもって自分を殺害しようとしているように見えてきます。

 映像的にも、子どもの顔に影が差すように撮ったり、持っている道具がこれから凶行に及ぶための凶器に見えるように撮ったりしています。見方によっては、ヒッチコックがサスペンス映画において"禁じ手"とした「映像のウソ」であるとも言えますが、ここは、"恐怖の子ども"は加藤剛演じる主人公の心象を映像化したものであることが明らかであり、許される範囲内での「映像のウソ」ではないかと思いました。

「影の車」ドラマ.jpg「影の車」ドラマ1.jpg 因みに、これまで3度テレビドラマ化されていて、2001年の「松本清張特別企画・影の車」(TBS)(風間杜夫・原田美枝子・浅田美代子版)を観ましたが、これも悪くなかったです。この作品の場合、主人公の男性は真面目そうな人間であればあるほど良く、それは罪の意識が浮き彫りにされるためで、風間杜夫もその要件を満たしていましたが、加藤剛はそれ以上で、まさにピッタリでした。

 ・1971年「影の車」(フジテレビ)日色ともゑ・園井啓介・岡本久人・橋爪功
 ・1988年「松本清張サスペンス・潜在光景」(関テレ・フジテレビ) 水谷豊・大谷直子
 ・2001年「松本清張特別企画・影の車」(TBS)風間杜夫・原田美枝子・浅田美代子

影の車 w.jpg影の車 岩下.jpg「影の車」●英題:THE SHADOW WITHIN●制作年:1970年●監督:野村芳太郎●製作:三嶋与四治●脚本:橋本忍●撮影:川又昂●音楽:芥川也寸志●時間:98 分●出演:加藤剛/岩下志麻/小川真由美/岩崎加根子/滝田裕介/近藤洋介/岡本久人/小山梓/芦田伸介/稲葉義男/長谷川哲夫●公開:1970/06●配給:松竹●最初に観た場所:池袋・新文芸坐(25-03-13)(評価:★★★★)

新文芸坐「監督・野村芳太郎 が描く、作家・松本清張 の世界」(2025)
清張原作映画文芸坐」2025.jpg

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ドラマとは異なり、ほぼ原作通りの「悪が勝つ」結末で満足!?

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けものみち [DVD]」池内淳子/池部良/小沢栄太郎/小林桂樹/伊藤雄之助
けものみちp.jpgけものみち1.jpg 中風で寝たきりの夫・寛次(森塚敏)を女中勤めで養っている成沢民子(池内淳子)は、客のホテル支配人・小滝(池部良)に誘われ、事故死を装い、夫の寛次を焼き殺した。そして民子は翌日、小滝の紹介で弁護士・秦野(伊藤雄之助)と共に鬼頭洪太(小沢栄太郎)の邸を訪れた。中風で身体の不自由な老人・鬼頭の世話をするため民子は選ばれたのだ。金に任せた華けものみち2.jpg美な生活、民子は鬼頭に身体を任せながら、いつか小滝が忘れられない人となる。一方焼死事件に不審を抱いた警視庁捜査一課の久恒刑事(小林桂樹)は、当日現場付近にけものみち3.jpg民子らしい女がいたことを聞き込みながら、民子のアリバイを崩せず、次第に民子の美しさに職業を逸脱した淫らな行為を迫るのだった。久恒の調査で、鬼頭は元満州浪人で、戦後莫大な金を手にし、政治けものみち4.gifを裏から動かし、右翼団体を握っている人物であり、秦野とは、かつて鬼頭のもとで働いていた鉱夫の偽名で、本物の弁護士・秦野は満州で行方不明となっていた。また小滝は左翼くずれで、満州から古美術を盗み秦野らに近づいて、一つのラインを形成していることが判明した。その頃政界では、ある殺人事件にまきこれた高速道路公団総裁・香川(千田是也)が辞職し、新しい総裁が椅子についた。鬼頭のさ<しがねであることは当然ながら、確証がつかめず久恒は苛立つ。だが鬼頭の手は久恒にも伸びた。知りすぎた久恒は退職を勧告され呆然とする。そして数日後、久恒は鬼頭の用心棒・黒谷(黒部進)に殺害された。事件は複雑な人間関係を見せた頃、鬼頭が死亡、通夜の鬼頭邸で秦野が殺害される。民子は今さらながら、自分の置かれた立場に恐怖を感じた。小滝を訪ねた民子は、ある安宿に逢瀬を楽しんだが、入浴中、不意に乱入した黒部の手で石油をかぶり火だるまとなって死ぬ。だがその黒部も、浴室の戸をいち早く閉めてニヒルな笑いを浮かべる小滝の策に自ら滅んでゆくのだった―。

けものみち (新潮文庫).jpg 須川栄三(1930-1998/68歳没)監督の1970年作で、原作は、松本清張が「週刊新潮」に'62(昭和37)年1月から翌年12月にかけて連載したもので、'64(昭和39)年5月、新潮社から単行本として刊行されています。この映画化作品のほか、過去3度テレビドラマ化されています。
 
 •1982年「松本清張シリーズ・けものみち」[全3回]名取裕子・山崎努(NHK)
 •1991年「松本清張作家活動40年記念・けものみち」[全3回]十朱幸代・草刈正雄(NHK)
 •2006年「松本清張 けものみち」[全9回]米倉涼子・佐藤浩市(テレビ朝日)

「けものみち」1982.01 .jpg「けものみち」19822.jpgkemonomichi.jpg この中で、'82年の名取裕子・山崎努版の民子役の名取裕子はピッタリだと思いましたが、その上をいく映画における池内淳子という感じ。ジェームス三木脚本、和田勉演出の'82年のドラマ版も錚々たる配役ですが、やはり全体的にみても映画版の方が上でしょうか('06年ドラマ版はかなり落ちる)。

  役名  '65年映画'82年ドラマ'06年ドラマ
  民子  池内淳子 / 名取裕子 (米倉涼子)
  小滝  池部 良 / 山崎努  (佐藤浩市)
  鬼頭  小沢栄太郎/ 西村晃  (平幹二朗)
  秦野  伊藤雄之助/ 永井智雄 (吹越 満)
  久恒  小林桂樹  /伊東四朗 (仲村トオル)
  米子  大塚道子  /加賀まりこ(若村麻由美)

「けものみち」道行.jpg  '82年のドラマ版では、原作よりも、名取裕子演じる民子を中心に描いていて、原作と結末を変えて、民子が、最後は山崎努演じる小滝との逃避行を図るかたちになっており、"道行(みちゆき)物"のような印象があって(小滝が最後に民子に心底惚れた)、小滝を完全な悪者にしていないところがテレビ的であると思えましたが、これはこれで良かったです(評価★★★★)。
【3133】 ○ 和田 勉 (原作:松本清張) 「松本清張シリーズ・けものみち」 (1982/01 NHK) ★★★★

けものみちd.jpg「けものみち」池内2.jpg 一方、この池内淳子の映画版は、ラストで民子が辿る運命は原作と同じで、ちょっと残酷ですが、これも夫殺しの原罪の報いということでしょうか。まあ、原作は民子ではなく小滝が主人公であり、その彼のピカレスク小説と解するのがオーソドックスであると思われます。

 こうしたピカレスク小説は、原作は「悪が勝つ」といった終わり方になっていても、映画化される際にはその「悪」も最後は滅びるといった改変がされることが清張作品においても少なからずありますが(「黒い画集 ある遭難」('61年/東宝)などはその典型)、この映画は、黒谷(黒部進)という原作には無い殺し屋が登場するなど途中一部改変はあるものの、ほぼ原作通りの「悪が勝つ」結末で満足(!?)でした。ただし、最後に小滝が見せるニヒルな笑いは、泣き笑いともつかぬ表情ともとれます。(評価はこちらも★★★★)。

 その池部良演じる「悪」を体現している小滝が、ずっとニヒルで(前年の「乾いた花」('64年/松竹)で演じたヤクザ・村木に近いイメージ)、これちょっとカッコ良すぎるのではと思ってしまうのは、小滝のモデルが当時ホテルニュージャパンのオーナー兼社長だった横井英樹(1913-1998)であると言われていて、落差イメージが念頭にあるためかもしれません。

けものみち図1.jpgけものみち5.jpg「けものみち」●英題:BEAST ALLEY●制作年:1965年●監督:須川栄三●製作:藤本真澄/金子正且●脚本:白坂依志夫/須川栄三●撮影:福沢康道●音楽:武満徹●時間:150分●出演:池内淳子/池部良/小沢栄太郎/小林桂樹/伊藤雄之助/森塚敏/大塚道子/黒部進/千田是也/菅井きん/矢野宣/土屋嘉男/中丸忠雄/小松方正/稲葉義男●公開:1965/09●配給:東宝●最初に観た場所:神田・神保町シアター(25-05-11)(評価:★★★★) 
 

「けものみち」ばんせn.jpgkemonomichi.jpg「松本清張シリーズ・けものみち」●演出:和田勉●脚本:ジェームス三木●音楽:(オープニング)ムソルグスキー「交響詩 禿山の一夜」/(劇中音楽)ムソルグスキー「組曲 展覧会の絵」(ラヴェル編曲)●原作:松本清張●出演:名取裕子/山崎努/西村晃/伊東四朗/永井智雄/加賀まりこ/石橋蓮司/中村伸郎/久米明/加藤和夫/勝部演之/林昭夫/塩見三省/松崎真/高森和子/原知佐子/矢吹二朗/林ゆたか/奥野匡/野村信次/西村淳二/松本マツエ/増田順司/大森義夫/山崎満/松村彦次郎/入江正徳/小坂明央/小林かおり/永六輔●放送日:1982/01/09~23●放送局:NHK(評価:★★★★)
 

「けものみち」米倉[.jpg「けものみち」平 米倉.jpg「松本清張 けものみち」●演出:松田秀知/藤田明二/福本義人●プロデューサー:内山聖子(テレビ朝日)/伊賀宣子(共同テレビ)●脚本:寺田敏雄●音楽:(エンディング)中島みゆき「帰れない者たちへ」●原作:松本清張●出演:米倉涼子/佐藤浩市/仲村トオル/若村麻由美/平幹二朗●放映:2006/01/12~03/09(全9回)●放送局:テレビ朝日

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松本清張と野村芳太郎が決別する契機となった作品と言われているが...。

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「迷走地図」勝新太郎/岩下志麻/松坂慶子/渡瀬恒彦/伊丹十三/芦田伸介
「キネマ旬報」1983年10月下旬号
迷走地図 キネ旬.jpg 政権を握る改憲党内第二派閥領袖・寺西正毅(勝新太郎)は、現首相、桂重信(芦田伸介)から政権の禅譲を受け、この秋に首相の座に就くのがほぼ既定路線だった。寺西を裏で支えているのは、夫人の文子(岩下志麻)と秘書の外浦卓郎(渡瀬恒彦)だ。外浦は財界の世話役である和久宏(内田朝雄)に、寺西派とのパイプ役として送りこまれ、4年前から寺西の私設秘書となっていた。寺西邸から政治献金のバックペイの金を、和久のもとへ届ける使者として立てられた銀座のクラブ「オリベ」のママ・織部里子(松坂慶子)が、その金を自転車の男(平田満)に奪われるという事故を起こした時、警察に手を回して闇から闇に葬ったのも外浦の力であった。前首相・入江宏文が急死し、政局は秋の総裁選に向け、俄かに動き始める。桂迷走地図 4.jpgがひき続き政権を担当する意思を見せたのを受けて、外浦と和久、そして和久に囲われている里子は京都へ飛び、関西財界の有力者、望月稲右衛門(宇野重吉)から20億の融資を引き出した。第三派閥板倉派抱き込みのための工作資金である。桂派と寺西派になる政権争いが日ごと激しさを増す中、外浦が和久の経営する東南アジアの会社に招かれたとの理由で突然辞意を表明した。出発間際東大の後輩にあたり、政治家相手の代筆業をしている土井伸行(寺尾聰)を訪ねた外浦は、土井に個人名義の貸金庫の管理を依頼し、自分にもしものことがあったら、中身は自由に使えと告げる。外浦が外地で自動車事故死したことを新聞で知った土井は、すぐに貸金庫を開けた。中身は、文子と外浦の2年間に及ぶ不倫の恋の記録、文子自筆のラブレターの束であった。板倉派が、次第に奇妙な動きを見せ始める。川村正明(津川雅彦)率いる「革新クラブ」に照準を合わせ、かねてから川村が熱を上げていた里子を使って川村を自派の傘下におさめたのだ。土井が自宅において惨殺死体で発見された。新聞に過激派の犯行声明が載り、警察は内ゲバ殺人としてこの事件を処理するが、裏で板倉派が動いていた。桂派に寝返った板倉(伊丹十三)から「あと一期待たないか」ともちかけられた寺西が見せられたのは、例のラブレターだった。帰宅した寺西は文子を責めるが、後日、桂を支持することを発表する。第二次桂内閣誕生の日、寺西邸では、少数の記者を相手に怪気炎を上げている寺西の姿があった―。

迷走地図上下.jpg 野村芳太郎監督の1983年10月公開作で、原作は、松本清張が「朝日新聞」に1982年2月から 1983年5月まで連載した長編小説(1983年8月に新潮社から単行本刊行)。1970年代から1980年代にかけての自民党派閥政治の生態を窺うことができる"ポリティカル・フィクション"です。松本清張と野村芳太郎がタッグを組んだ最後の作品で、松本清張と野村芳太郎が決別する契機となった作品とも言われています。

 群像劇となっているため、主役の勝新太郎が演じる党内第二派閥領袖で次期総裁の有力候補・寺西も、外地歴訪などで出番はそう多くなく、渡瀬恒彦が演じる秘書の外浦卓郎が物語の進行役のような役割を果たすのは原作と同じなのですが、その外浦も外地で事故死し(おそらく自殺)、その役割を寺尾聰が演じるライターの土井に引き継ぐため、やや焦点(視点)が定まりにくい印象も。 一方で、松坂慶子が演じる銀座のクラブ「オリベ」のママ・里子の後ろ盾は誰なのかというのが、原作における数少ないミステリ的要素なのですが、これも映画では最初から既定事実として明らかにされてしまっている感じです。

 それでも愉しめたのは、オールスター映画とも言える豪華な配役のお陰でしょうか。とりわけ女優陣がよく、プレイボーイの政治家・津川雅彦を軽くいなす松坂慶子、勝新太郎に(アドリブで)顔にお茶をぶっかけられても屹然と対峙する岩下志麻、その岩下志麻が夫・渡瀬恒彦の不倫相手であることを察して凛然と詰め寄るいしだあゆみと、見どころはそれなりにあったと思います。

 脇も堅く、津川雅彦演じる節操のない川村に振り回される秘書の鍋屋に加藤武、寺西の盟友である警察OBの法務大臣に大滝秀治、京都の謎の高利貸しに宇野重吉(寺尾聡と親子出演になる)、里子のバッグをひったくるも怖くなって落とし物として届ける男に平田満、土井の秘書に片桐夕子など。

迷走地図 伊丹.jpg 加藤武演じる鍋屋が川村に愛想をつかして辞め、朝丘雪路が演じるタレント議員のもとに転じるも、高慢な彼女からコケにされるというのは、津川雅彦と朝丘雪路が実生活で夫婦であることも相俟って可笑しいです。松坂慶子演じるクラブ「オリベ」のママ・里子が、実は同クラブのホステス早乙女愛と同性愛だったという原作には無いオチも。でも、いちばん"遊んで"いるのは、政調会長の板倉を演じた伊丹十三の演技が、終始田中角栄のモノマネになっていることでしょうか。

津川雅彦(二世代議士・党内最小派閥「革新クラブ」リーダー・川村正明)/伊丹十三(党政調会長・「板倉派」領袖・板倉退介)

迷走地図 スチール.jpg 野村芳太郎監督は何本も松本清張作品を監督しましたが、清張はこの映画を気に入らず、この作品に限っては、清張の原作と野村の映画の「方向性」が、全く噛みあわなかったと言われ、以後、清張と野村の関係は疎遠となったとのこと(清張が封印したのか、ビデオ・DVD化されていない)。

 しかしながら、ストーリーを原作から大きく変えているわけではなく、どこが気に入らなかったのか、よく分かりませんでした。もしあるとすれば、こうした戯画的な描き方が、"お遊び"の度が過ぎると思われたのかもしれません(全体的にも軽さが目立つと言われればそうかも)。

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迷走地図・岩下志麻松坂慶子.jpg迷走地図  c.jpg「迷走地図」●制作年:1983年●監督:野村芳太郎●製作:野村芳太郎/杉崎重美/小坂一雄●脚本:野村芳太郎/古田求●撮影:川又昂●音楽:甲斐正人●原作:松本清張●時間:136分●出演:勝新太郎/岩下志麻/松坂慶子/早乙女愛/津川雅彦/加藤武/渡瀬恒彦/いしだあゆみ/寺尾聰/片桐夕子/内田朝雄/中島ゆたか/朝丘雪路/伊丹十三/大滝秀治/芦田伸介/宇野重吉●公開:1983/10●配給:松竹●最初に観た場所:池袋・新文芸坐(25-03-04)(評価:★★★☆)

岩下志麻/松坂慶子

新文芸坐「監督・野村芳太郎 が描く、作家・松本清張 の世界」(2025)
清張原作映画文芸坐」2025.jpg

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国会議員秘書の生態を通して、駆け引きに没頭する永田町の「政界」を描く。

迷走地図 (1983年)ハードカバー.jpg
 
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迷走地図 上』『迷走地図 (1983年)』['83年]/『迷走地図 上 (新潮文庫 ま 1-52)』『迷走地図 下 (新潮文庫 ま 1-53) 』['86年]
映画「迷走地図」('83年/松竹)/ドラマ「迷走地図」('92年/TBS)
迷走地図  映画1.jpg迷走地図 ドラマ 1.jpg 国会議員から院内紙記者に至るまで、多種多様な人種が、利権・利得を求めて蠢く永田町界隈。与党・政憲党内では、最大派閥の領袖で現総裁の桂重信から、第2派閥である寺西派の領袖・寺西正毅への政権禅譲が噂されていた。党内の政策集団「革新クラブ」のホープと目され、女性ファンも多い二世議員の川村正明は、パーティ中の演説で、「老害よ、即刻に去れ」と政権のたらい回しを痛烈に批判する。しかしスピーチの台本は、川村の私設秘書・鍋屋健三が、政治家の著書の代作屋の土井信行に注文して作らせたものであった。女性問題の発覚を切り抜けた川村は、パーティに顔を見せた高級クラブ「オリベ」のママ・織部佐登子に目をつけ、フランス製の高級ハンドバッグを餌に攻略を狙う。しかし、知られざる使命を帯びていた佐登子は、寺西正毅の邸宅で、寺西夫人・文子と秘書・外浦卓郎の介在する中、川村の贈ったハンドバッグを使い、大金を受領していた。その後、外浦は寺西の秘書を辞し、大学の後輩である土井に貸金庫のキーを託し、南米・チリへ去ったが―。

 松本清張の「朝日新聞」に1982年2月から 1983年5月まで連載され長編小説(1983年8月に新潮社から単行本刊行)。貸金庫に隠された物の正体は何か?事件の背後にある政界関係者の思惑は? 議員秘書など主に裏方の視点から、永田町に棲む人々の生態を描いた"ポリティカル・フィクション"(Wikipedia)です。

 作者自身は「いわゆる政治小説ではない」と朝日新聞('83年5月12日)で述べています。政治小説ではないからモデルもいないということで、登場する保守党のリーダーの名前が桂重信(桂太郎と大隈重信の合成)、板倉退助(板垣退助のもじり)などとなっています。描きたかったのは、国会議員の秘書の生態であるとのこと。ただし、読者に訴えたかったのは、政党間や政治家同士の駆け引きに没頭する永田町の「政界」は、いったい日本の政治をどこへ持っていこうとしているのかということであり、国民のためを思う真剣さがあるのかという問いがテーマであるとのことです。であるため、広い意味ではやはり政治小説ということになるのではないでしょうか。

 ただし、政治ミステリーまでは言えず、結末も(匂わせてはいるが)それほどはっきりしていません。そのため、カタルシス効果は弱いかもしれませんが、作者は、話にオチをつけるよりは、こうしたことが延々と繰り返されていくということを言いたかったのではないかと思います。

迷走地図 1983.png迷走地図  1983.jpg 野村芳太郎監督、勝新太郎主演で映画化されましたが(「迷走地図」('83年/松竹))、松本清張はこの映画を気に入らず、この作品に限っては、清張の原作と野村芳太郎の映画の「方向性」が、全く噛みあわなかったと言われ、以後、清張と野村芳太郎の関係は疎遠となったとのこと。このため、'92年に松本清張の作家活動40年記念としてTBSでテレビドラマ化されることになった際には、担当の市川哲夫プロデューサーは清張の意向を受け入れ、作家本人が納得する作品を仕上げたとのことです。

野村 芳太郎 (原作:松本清張) 「迷走地図」 (1983/10 松竹) ★★★☆

迷走地図 ドラマ v.jpg 個人的には、映画もそれほど原作を外れているようには思いませんでしたが、テレビも同様でした(清張が気に入らなかったのは。あらすじ云々より映画における人物の描き方か?)。映画で渡瀬恒彦が演じた寺西の秘書・外浦を、TBSの元ニュースキャスターでラジオパーソナリティの森本毅郎が演じ、勝新太郎が演じた寺西を二谷英明が、岩下志麻が演じたその妻を若尾文子が、寺尾聡が演じた代作屋の土井を世良公則が、松坂慶子が演じた「オリベ」のママを小柳ルミ子が演じています(ドラマは若尾文子が主演のようだ)。

 映画が寺西役の勝新太郎を主演に据えながらも、渡瀬恒彦演じる秘書・外浦に視点を置きつつ、全体としては群像劇の色合いが濃かったのに対し、ドラマの方は、クレジット上の主役は若尾文子ですが、実際の物語は映画同様、森本毅郎が演じるの秘書・外浦を中心に展開し、やはり群像劇の様相を呈しています(資金貸しの望月稲右衛門を演じた若山富三郎は、放送の3日後に62歳で亡くなり、本作が遺作となった)。

 細かいことを言えば、原作における寺西夫人・文子のラブレターがドラマで画カセット録音に置き換えられているほか、その恋の相手である外浦卓郎はチリではなく経由地のロサンゼルスで事故死(現地ロケしている)、その遺志を継いだ土井信行を葬った黒幕が、原作では寺西派の手先ではなく、さらに上手の黒幕がいたことを匂わせていますが、ドラマではそこまでは捻っていません。

 ドラマを観て、映画のどの部分を原作者が気に入らなかったのか分からなかったので、もう一度、映画を観直してみようと思いましたが、ドラマの方は、ビデオ化されたもののDVD化はされなかったのに対し、映画の方はソフト化さえされていない状況です。それが池袋の新文芸坐で掛かるということで観にいきました(次エントリー)。

迷走地図 ドラマ 2.jpg「松本清張作家活動40年記念・迷走地図」●演出:坂崎彰●プロデュー:市川哲夫●脚本:重森孝子●音楽:大野克夫●原作:松本清張●出演:若尾文子/森本毅郎/木内みどり/内田朝雄/世良公則/久米明/小柳ルミ子/山内明/若山富三郎/有森也実/目黒祐樹/佐野浅夫/村上里佳子/戸浦六宏/上田耕一/井上昭文/角野卓造/島田正吾/石堂淑朗/二谷英明/(ナレーション)鈴木瑞穂●放映:1992/03/30(全1回)●放送局:TBS(「月曜ドラマスペシャル」枠)

若尾文子(寺西の妻)/木内みどり(外浦の妻)


⦅ドラマの詳しいあらすじ⦆
迷走地図 ドラマ c.jpg今から約10年前のこと、一人の元過激派の男が殺された。時を同じくして内閣改造が与党・政憲党の内部抗争を経て行われていた。その時点から遡ること3ヶ月。次期総理が有力視されている寺西正毅(二谷英明)の邸宅では早朝から派閥の有力代議士達が集まり、政権取りの秘策を錬っていた。現総理・桂重信(内田朝雄)を速やかにその座から引き下ろすために話し合い、その実行者は寺西の懐刀・外浦卓郎(森本毅郎)と決められた。外浦は東大卒の敏腕な新聞記者上がりのキレ者で、寺西夫人・文子(若尾文子)の信任も厚かった。その外浦の仕掛けた桂派の金権スキャンダル記事で、永田町は騒然となる。永田町のアダムスホテルには様々な政治業界の人間が集まっている。元東大全共闘出身で、政治家のゴースト・ライターをしている土井信行(世良公則)も、そこに事務所を構えていた。その彼と外浦は先輩後輩関にあり、政治家のパーティーで久しぶりに再会して心を通じ合う。外浦が桂派の罠に嵌って主人の寺西の不興を買い、チリに長期出張を命ぜられることになった時、土井は彼からある依頼を受ける。それは外浦所有の秘書貸金庫の管理であった。間もなく外浦はロサンゼルス経由でチリへ飛び立つが、ロスから外浦が交通事故で急死したという急報が飛び込む。土井は衝撃を受け、貸金庫の鍵を開ける。そこにあったものは、次期政権を狙う寺西正毅の夫人・文子との情事を記録した秘密録音テープであった。外浦は「それを君がどう利用しても良い」という遺言を残していた。その頃、政憲党内部の対立抗争はますます激化し、寺西派は京都の謎の高利貸し(若山富三郎)に20億の献金を依頼。その使者は財界の大物・石井庫造(久米明)とその愛人・銀座の高級クラブのママ佐登子(小柳ルミ子)であった。土井が抱え込んだ秘密テープの存在はやがて寺西派のNo.2で警察OBの政治家・三原伝六(山内明)の知るところとなり、土井は公安関係者の標的となる。そしてある夜、遂に権力の怒りの制裁が加えられる―。

【1986年文庫化[新潮文庫(上・下)]】

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松本清張の真骨頂という感じの作品。映画よりドラマの方が原作に忠実。

『内海の輪』000.jpg
内海の輪 (カッパ・ノベルス)』['69年]『内海の輪 (角川文庫)』['74年]『内海の輪 新装版 (角川文庫) 』['23年]「<あの頃映画> 内海の輪 [DVD]」岩下志麻「火曜サスペンス劇場 松本清張スペシャル 内海の輪 [DVD]」中村雅俊
2025.3.30 蓼科親湯温泉にて
新湯 内海の輪.jpg 東京のZ大学に勤務する考古学者・江村宗三は、愛媛県松山の洋品店主の妻である西田美奈子と不倫関係になっていた。14年前、美奈子は宗三の兄嫁であった。美奈子の現在の夫・慶太郎は不能な老人となって久しい。落ち合った宗三と美奈子は、広島県の尾道で宿泊したが、火の点いた美奈子は、自分が松山の家を出ることを主張し始める。スキャンダルで考古学会から葬られることを恐れる宗三。有馬温泉に移ると、美奈子は宗三に妊娠を告げる。「もう松山には戻れないわ。あなたなしには生きてゆかれなくなったわ」と、宗三の子を産むと宣言、それは宗三の学界からの追放を意味し、絶望に落ちた宗三は美奈子の殺害を計画するが―。(「内海の輪」)

 「内海の輪」は、松本清張が「黒の様式」第6話として「週刊朝日」'68(昭和43)年2月16日号~10月25日号に連載し(連載時のタイトルは「霧笛の町」)、'69(昭和44)年5月に中編集『内海の輪』収録の表題作として、光文社(カッパ・ノベルス)から刊行された作品(併録「死んだ馬」)。
 
 ミステリ要素よりは女性の欲望と情念が前面に出た作品で、松本清張の真骨頂という感じの作品。やはり恋愛では、女性の方が一途なのか、老舗洋品店の妻としての安定した生活を捨てても恋を貫こうとする美奈子に対し、宗三は、美奈子を愛しているものの、考古学者としての野心もあり、女の一途さ、情の深さにそれに翻弄され、追い詰められて犯行に至ります。

 「ボタンが決め手」というのがプロット的に弱いとみたのか、宗三が東京で乗ったタクシーの運転手が旅先で乗ったタクシーの運転手と偶然同じだったことから証言が得られるという展開が最後にあり、偶然に依拠し過ぎとの批判もあるようですが、このパターンは清張の作品にもあり、「本格推理」でもないので、これはこれで「ボタン」を補うという点でいいのではないでしょうか。

「内海の輪」dvd2.jpg「内海の輪」がけ.jpg '71年に斎藤耕一監督により映画化されており、主演の岩下志麻は、「お話があって早速読みましたが推理小説というより愛のドラマのように感じました。女のサガとでもいいましょうか、女の愛の一つのタイプのもので一生懸命演じてみたいと思います」と話したというから、自分と同じ印象を持ったということか。

「内海の輪」04.jpg 映画の出来について淀川長治は、「岩下志麻はもはやカトリーヌ・ドヌーブ級のうまさ。問題は青年のエゴと弱さをさらけだす宗三役の中尾彬。これが弱さのかげをもっと深く見せねばならなかった。難役ゆえに惜しい」「しかし日本映画もこれほど上等になってきた」などと評しましたが、前半は個人的にも同意見です。

「内海の輪」03.jpg 原作では場面的には登場しない、美奈子の不能夫を三國連太郎が演じており、冒頭から岩下志麻との濡れ場シーンがあったり(しかもその夫と女中の関係も描かれる)、倒叙型で先に女性の死体が見つかった場面があったりと(しかも原作のように白骨死体で見つかるのは別の事件の話になっている)、ところどころ部分的に原作を変えていますが、岩下志麻の演技力でぐいぐい引っ張っていく感じでした(そっか、物語の主人公役は中尾彬だが、主演は完全に岩下志麻だった)。

「内海の輪」09.jpg ところが、女が男の自分への殺意に気づき、最後は誤って自ら断崖から足を滑らせ...と、ここで原作と大きく異なってしまい、これって事故であり、原作の殺人事件にならないじゃないかと。男の殺意も実行に移さなければ女の思い込みともとれるし、逃げるのが得策ではなかったのにその場から逃げてしまった男は、「殺人」の嫌疑はかけられても仕方がないですが、実情は「死体遺棄」といったところでしょうか。男の出世にも関係する、原作の石器の発見の話も端折られていて、原作者は何も言わなかったのかなあ(脚本家はクレームをつけたらしい)。

「内海の輪」ドラマ1.jpg「内海の輪」ドラマ2.jpg これまで、'82年のTBS「ザ・サスペンス」の〈滝田栄・宇津宮雅代版〉と、2001年の日本テレビ「火曜サスペンス劇場」の〈中村雅俊・十朱幸代版〉の2度テレビドラマ化されていて、〈中村雅俊・十朱幸代版〉を観ましたが、こちらの方が映画よりずっと原作に忠実でした。女は不倫旅行のるんるん気分の内に殺害されるし、男には明確な殺意がありました(あくまで中村雅俊が主演)。死体は白骨死体で見つかり、その付近での石器の発見の話も活かされていました。ラストの犯行の決め手になる小道具だけが、ボタンからメガネに変更されていましたが、これなら、タクシー運転手の証言を借りずとも男が犯人であることが立証でき、完璧と言えるかと思います。

火曜サスペンス劇場「松本清張スペシャル 内海の輪」(2001年/日本テレビ)中村雅俊/十朱幸代/紺野美沙子/石橋蓮司


 銀座裏のバーのマダム・石上三沙子は、店を開いて3年後、和風建築家の池野典也と出会う。池野が当代一流の建築設計家で、相当の財産を持っているらしいことを聞いた三沙子は、再度の来店時に池野を誘い出した。病妻を失った63歳の池野は、33歳の三沙子と再婚した。三沙子は夫の設計事務所の経理主任・樋渡忠造を味方に付け、夫の収入の実体を把握したが、二年ほど経つと、池野の肉体的能力の衰退とともに、設計の才能が枯渇してきたことに気づく。夫が死んだ後も設計事務所を維持し、自分の名声を高めたい三沙子は、事務所員のなかでも飛び抜けて優秀な秋岡辰夫に近づく。三沙子はバーで培った技巧を駆使し、女性経験のなかった秋岡は三沙子の術中にはまる―(「死んだ馬」)。
   
 併録の「死んだ馬」は、「小説宝石」'69(昭和44)年3月号に掲載された文庫で70ページほどの中編で、今度は三沙子という女性に翻弄される男の話。愛人の愛情と仕事上の名声の両方を手に入れようとしてしている点で「内海の輪」の主人公と似ていますが、女のために(自分自身のためでもあるが)殺人まで犯してしまい、しかし、女が自分を愛してはおらず利用しただけだったと後から気づき、女に殺意を抱くという、この辺りの流れが、これまた松本清張ならではの旨さでした。

 松本清張の作品が長編に限らず中短編も数多く映像化されているのは(その点ではアガサ・クリスティやコナン・ドイルに匹敵するのでは)、こうした長編にもなりそうな素材を中短編にうまく凝縮しているというのもあるのではないでしょうか。実際、この作品も2度ドラマ化されており、'81年のテレビ朝日「土曜ワイド劇場」の〈小川真由美・山本亘版〉と、2002年のTBSの〈かたせ梨・萩原聖人版〉がありますが、どちらも未見。機会があれば観てみたいと思います。

「松本清張の死んだ馬 殺人設計図」(1981年/テレビ朝日)小川真由美・山本亘・山形勲・山田吾一
「死んだ馬」1.jpg
「松本清張没後10年特別企画 死んだ馬・殺意の接点」(2002年/TBS)かたせ梨・萩原聖人・神山繁・蟹江敬三
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「内海の輪」0m.jpg「内海の輪」06.jpg「内海の輪」●制作年:1971年●監督:斎藤耕一●製作:三嶋与四治●脚本:山田信夫/宮内婦貴子●撮影:竹村博●音楽:服部克久●原作:松本清張「内海の輪」●時間:103分●出演:岩下志麻/中尾彬/三國連太郎/滝沢修/富永美沙子/入川保則/水上竜子/加藤嘉/北城真記子/赤座美代子/夏八木勲/高木信夫/高原駿雄●公開:1971/02●配給:松竹●最初に観た場所:池袋・新文芸坐(24-07-23)(評価:★★☆)<.font>


「内海の輪」ドラマ.jpg「松本清張スペシャル 内海の輪」.jpg「松本清張スペシャル 内海の輪」t.jpg「松本清張スペシャル 内海の輪」●監督:三村晴彦●脚本:那須真知子●音楽:佐藤允彦●原作:松本清張「内海の輪」●出演:中村雅俊/十朱幸代/紺野美沙内海の輪 石橋蓮司.jpg子/石橋蓮司/西田健/塩見三省/丸岡奨詞/野村昇史/柳川慶子/廣田行生/勝部演之/伊藤昌一/小久保丈二●放映:2001/03/27(全1回)●放送局:日本テレビ(火曜サスペンス劇場)

石橋蓮司(西田美奈子(十朱幸代)の夫・西田啓太郎)

【1969年ノベルズ版[カッパ・ノベルス]/1974年文庫化・2023年新装版[角川文庫]】

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映画を先に観たが、原作を読むと主人公の"冤罪"的要素がより浮き彫りになってくる。

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わるいやつら カッパ.jpgわるいやつら 文庫1.jpg
わるいやつら (1961年)』['61年]『わるいやつら 全一冊決定版 (カッパ・ノベルス) 』['70年]『わるいやつら(上) (新潮文庫)』['66年]『わるいやつら 下 (新潮文庫 ま 1-9) 』['66年]『わるいやつら 上下2冊セット 松本清張 新潮文庫』]                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   
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 戸谷信一はある総合病院の院長だが、病院の経営には無関心で、もっぱら骨董品収集と漁色に明け暮れている。そのため病院の経営は苦しく、赤字は毎月増えるばかりであったが、妻・慶子との別居中に作った二人の愛人、銀座の高級洋品店「パウゼ」の経営者の藤島チセと、大きな家具店の妻女・横武たつ子から、金を巻き上げては赤字の穴埋めに充てていた。最近新たに若くして銀座で一流洋装店を経営する美貌のデザイナー槙村隆子を知った戸谷は、彼女に強い興味を持ち、結婚に持ち込みたいと思うようになった。そのためさらに多額の金が必要になったが、その金も愛人から絞り取ることで乗り切れると戸谷は考えていた。しかし、愛人の一人である横武たつ子の病夫の急死に、これもまた自分の愛人である看護婦長の寺島トヨと思わぬ関わりを持ったことから、戸谷とその周囲の人間の運命は狂い出す―。
  
わるいやつら 1980.jpgわるいやつら文庫12.jpg 松本清張が「週刊新潮」に1960(昭和35)年1月から 1961(昭和36)年6月まで連載した長編小説(加筆修正のもと1961年10月に新潮社から単行本刊行)。医者の社会的権威を利用して犯罪に手を染めてゆく医師と、その人間関係を描くピカレスク・サスペンスで、野村芳太郎監督によって1980年に松竹で映画化されたほか、これまでに1985年・2001年・2007年・2014年の4度テレビドラマ化されています(ただし、2007年版は、米倉涼子演じる看護師・寺島豊美(寺島トヨ)が主人公になっている)。
<あの頃映画> わるいやつら [DVD]

わるいやつら1980.jpg 映画を観たり原作を読む前から、病院長・戸谷信一が次々に人を殺害する物語であるということは知っていました。ただ、冷徹な主人公が頭脳的・計画的に愛人を殺していくのかと思ったら、ボンボンで自堕落プレイボーイの二代目病院長が、金目当てに愛人にした女たちに逆に自身が翻弄され、安易に犯行を計画して半ば共犯的に殺人を犯し、最後には心底惚れ込んだ女に裏切られるという話でした。それでも、その方がりアリティがあって面白かったです。
「わるいやつら」('80年/松竹)片岡孝夫/宮下順子

 本作執筆のきっかけとして、作者の母が1955年に亡くなった際、埋葬許可証を発行する区役所の手続きが非常に簡単で、係員が死亡診断書を発行した医者に問い合わせることをせず、診断書の記載がそのまま形式的に通過していくことに驚き、創作のヒントを得たと作者は述べています。ただし、本作は、そうした診断者や医師の問題がどうのこうのと言うより、1人の人間のキャラクターを描くことで、人間の弱さを描いているように思え、そこが良かったです。カッパ・ノベルズで二段組500ページありますが、追い詰められていく主人公の心理にフォーカスされていて、ラストまですんずん読めました。

 先に野村芳太郎監督による映画化作品を観たのですが、原作を読んでみて改めて旨いなあと思ったのは、(以下、ネタバレ)無期懲役の戸谷に比べ、寺島トヨと藤島チセとの二人は殺人幇助ということで、刑期はずっと短かかったという結末になっている点です。戸谷が突発的ながらも殺意をもって殺そうとしたのは看護婦長の寺島トヨのみで、ただし、彼女は実は死んでいなかったわけです。一方、横武たつ子の病夫の死や横武たつ子自身の死には寺島トヨが強く関与している疑いがあり、また、藤島チセの夫の死には藤島チセ自身が関与している疑いがあるのですが、結局、主犯はすべて戸谷であるというような罪状になっているということです。つまり、ここにある種、寺島トヨと藤島チセという捨てられた愛人同士が結託した、別の女・槙村隆子に走った戸谷に対する復讐劇が成り立っている点です。

 映画を観た時は、その辺りを意識せず観ていましたが、原作を読むと、そうした"冤罪"的要素(とまで言えるかどうかはともかく)がより浮き彫りになってきます。映画も一応その線で作られていますが、ややアピールが弱かったでしょうか。その当たりを意識してか、女もしたたかということを強調したかったのか、原作に無い事件をラストに加えていますが(おそらく、この結末の方が原作より知られていると思う)、これはやや無理があったかと思います。

わるいやつら 32.jpg 映画のラストの方で、渡瀬恒彦が演じる戸谷の弁護士と、佐分利信が演じる戸谷に判決を言い渡す裁判官を佐分利信がそれぞれ1シーンずつ出てきますが、原作では「戸谷は弁護士を雇ったが、あまり有能な弁護士でもなさそうだった」とあり、確かに、渡瀬恒彦が演じる弁護士などは最初から「期待されては困る」的な雰囲気でした。弁護士も裁判官も当てにならなかったということでしょう。だから、佐分利信みたいな大物俳優が出て来ても、さらっと突き放すように判決を言い渡す1シーン限りだったのだなあと、改めて思い当たった次第です。一方、これはあまりに穿った見方かもしれませんが、緒形拳演じる刑事は、ヤリ手であるには違いないですが、戸谷により深い罪を負わせようとする女性たちのタッグをバックアップするような役回りになっていると解せなくもないように思いました。

【1962年新書化[新潮社ポケット・ライブラリ]/1966年文庫化[新潮文庫(上・下)]/1970年ノベルズ版[カッパ・ノベルズ]】

《読書MEMO》
わるいやつら 文庫8.jpgわるいやつら 文庫9.jpg●新潮文庫版下巻(1966年)の裏表紙(および新潮社ホームページ)では、「(戸谷は)横武たつ子の病夫を殺したあげく、邪魔になった彼女をも殺害し」と記述されている(2025年現在)が、小説の内容としては明らかに不正確な記述である(第一章第4節参照)。カッパ・ノベルズ版では、「横武たつ子が夫猿害の疑いで財産を失うと、戸谷は婦長の寺島と共謀、彼女を殺害」とあり、こちらの方が実態に近いが、それでもまだ、横武たつ子猿害が「共謀」と言えるか疑義が残る。

「●野村 芳太郎 監督作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2990】 野村 芳太郎 「疑惑 
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金目当てに愛人にした女たちに逆に自身が翻弄され...。役者の演技が愉しめる。

わるいやつら 1980.jpgわるいやつら03.jpg
<あの頃映画> わるいやつら [DVD]」片岡孝夫/宮下順子/梶芽衣子/松坂慶子

わるいやつら片岡松坂.jpg 総合病院の院長・戸谷信一(片岡孝夫)は名医と言われた父の死後漁色にあけくれ、病院の赤字を女たちから巻き上げた金で埋めていた。戸谷は妻の慶子(神崎愛)と別居中で、横武たつ子(藤真利子)、藤島チセ(梶芽衣子)の二人の金ずるの愛人がいる。また彼は槙村隆子(松坂慶子)という独身で美貌のファッションデザイナーに夢中になっている。戸谷は友人の経理士・下見沢(藤田まこと)に妻との離婚の金銭問題やその他の悪事を任せていた。愛人たつ子は深川の材木商のおかみで、親ほど歳の違う夫(米倉斉加年)は、長く病床にあり、彼女が店をきりもりしていた。彼女は戸谷に金を貢ぎながら、夫を毒殺しようとする。戸谷の協力で、たつ子の計画は成功するがわるいやつらpp.jpg、家族の疑いで彼女は店の金を自由に使えなくなる。戸谷は結婚を迫る金のないたつ子を、かつての父の二号で、自分も関係した婦長の寺島トヨ(宮下順子)と共謀して殺害する。一方の愛人、藤島チセも東京と京都にある料亭を切りまわす女傑で、戸谷の最大の資金源だった。チセも夫(山谷初男)を疎ましがっており、戸谷はたつ子のときと同じ方法で殺害する。二度とも、医師として信用のある戸谷の書いた死亡診断書は何の疑いも持たれなかった。戸谷は秘密を知るトヨの存在が次第に邪魔になり、モーテルで絞殺、死体を林の中に投げ捨てた。戸谷はすべての情熱を隆子に注いだ。一方、トヨの死体発見の記事はいつまでも報道されなかった。ある日、警察が戸谷をわるいやつら緒形拳.jpg訪れた。たつ子とチセの夫の死因に不審な点があると言う。さらに、下見沢が戸谷の預金を下して行方をくらませたことが判明する。絶望した戸谷は殺人で逮捕される。井上警部(緒形拳)に追いつめられる戸谷。そして、殺したはずのトヨとチセが逮まった。トヨは息絶えておらず、逃げてチセと組んだのだ。無期懲役の戸谷に比べ、二人は殺人幇助ということで、刑期はずっと短かかった。数日後、隆子のファッション・ショーが開かれていた。それは下見沢のプロデュースによるものだった。そして、ナイフを隠しもった下見沢が隆子に襲いかかった。刑務所に送られる戸谷の足もとに風に舞う新聞が絡みついた。そこには「血ぬられたファッション・ショー・デザイナー重傷、中年男の悲恋」の見出がた―。

わるいやつら カッパ.jpgわるいやつら-2.jpg 野村芳太郎監督の1980年6月公開作で、原作『わるいやつら』は、松本清張が「週刊新潮」に1960年1月から 1961年6月まで連載した長編小説(加筆修正のもと1961年10月に新潮社から単行本刊行)。松竹・霧プロダクションの第1回提携作品で、英語題名は"Bad Sorts"です。

 原作を読んでなくて映画を観ましたが(これまで原作を読んでないがために映画も観なかった)、原作が、松本清張によるピカレスク・サスペンスであり、病院長・戸谷信一が次々に人を殺害する物語であるということは知っていました。ただ、冷徹な主人公が頭脳的・計画的に愛人を殺していくのかと思ったら、わるいやつらv.jpgボンボンで自堕落プレイボーイの二代目病院長が、金目当てに愛人にした女たちに逆に自身が翻弄され、安易に犯行を計画して半ば共犯的に殺人を犯し、最後には心底惚れ込んだ女に裏切られるという話でした。

わるいやつら片岡.jpg 内容的には2時間ドラマの方が似合うような中身なのですが、片岡孝夫の演技がこのショボいと言うか薄っぺらな主人公に微妙にマッチしていて、そこそこリアリティあるものとなっていたのが悪くなかったです(この人、今は人間国宝の「片岡仁左衛門」となっているが、今もって「片岡孝夫」のイメージがある)。

わるいやつら松坂.jpg 女優陣は、松坂慶子、梶芽衣子、宮下順子、藤真利子、神埼愛と なかなか布陣です(ポスターもそれをアピールしたものとなっている)。ただし、松坂慶子(当時28歳)は主演ということですが、高級ブティック経営者兼ファッションデザイナーという役柄にせいかわるいやつら宮下2.jpg、パターナルな演技でやや印象が薄く(2年前の大岡昇平原作、野村芳太郎監督の「事件」('78年/松竹)の時の方が"毒"があって良かった)、それは料亭の女将を演じた梶芽衣子(当時33歳)についても言え、着物姿を見せることが最大目的化している?印象も。むしろ病院の婦長で"父親の代からの愛人"を演じた宮下順子(当時31歳)が、日活ロマンポルノの看板女優として淫靡で湿った女の性を演じてきた分、ここでも日陰の女の凄みを見せつけていたように思います(「赫い髪の女」('79年/にっかつ)に出たのが前年かあ)。

わるいやつら藤田.jpgわるいやつら緒形渡瀬佐分利.jpg 片岡孝夫以外の男優陣は、藤田まこと、緒形拳、渡瀬恒彦、佐分利信など。藤田まことの経理士(税理士みたいなものか。原作では弁護士になっていた)は、とぼけた味があって良かったです。それだけに、最後の(原作には無い)槙村隆子に襲いかかるシーンは要らなわるいやつらラスト.jpgかったようにも思います(槙村隆子も男を利用するだけ利用して捨てる"悪女"であったことを強調し、"神の鉄槌"を下した?)。緒形拳の刑わるいやつら緒形.jpg事は、出演時間は短いけれど、時に余裕の笑みを浮かべ、時に激高しながらも戸谷を追い詰めていく演技はさすが圧巻(「鬼畜」('78年/松竹)の気弱男とはうって変わった演技)。渡瀬恒彦わるいやつら松本清張傑作映画ベスト10 7.jpgの弁護士、佐分利信の裁判官は、ほとんど一場面のみの登場で、友情出演みたいな感じですが、原作を読んだ後で改めて気づいたのですが、要するに、共に"頼りにならない"弁護士と裁判官という位置づけだったわけか。

 ということで、後で原作を読んで分かったこともあり、また、原作の面白さに助けられている面もあって評価は難しいのですが、小学館DVD BOOKの「松本清張傑作映画ベスト10」にも収められているし、少なくとも失敗作ではなく、むしろ成功していると見てよく、役者の演技も愉しめるので、評価は★★★★としました。

松本清張傑作映画ベスト10 7 わるいやつら (小学館DVD BOOK)』['10年]

わるいやつらp2」」.jpgわるいやつらキャスト.jpg「わるいやつら」●制作年:1980年●監督:野村芳太郎●製作:野村芳太郎/野村芳樹●脚本:井手雅人●撮影:川又昂●音楽:芥川也寸志●原作:松本清張●時間:129分●出演:片岡孝夫/松坂慶子/梶芽衣子/藤真利子/宮下順子/わるいやつら小林稔侍.jpg神崎愛/藤田まこと/緒形拳/渡瀬恒彦/米倉斉加年/山谷初男/梅野泰靖/小林稔侍/稲葉義男/関川慎二/神山寛/滝田裕介/西田珠美/雪江由記/香山くにか/なつきれい/小沢栄太郎/佐分利信●公開:1980/06●配給:松竹●最初に観た場所:池袋・新文芸坐(25-03-06)(評価:★★★★)
  
小林稔侍(刑事)/片岡孝夫(戸谷)

片岡仁左衛門.jpg 十五代目 片岡仁左衛門(片岡孝夫)(2015年、人間国宝)

新文芸坐「監督・野村芳太郎 が描く、作家・松本清張 の世界」(2025)
清張原作映画文芸坐」2025.jpg

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各エピソードが丁寧に描かれていた。どこまでが「看取り」でどこからが「介護」か。でも、応援のつもりで◎。
「みとりし」2019.jpg 『私は、看取り士。』.jpg
私は、看取り士。わがままな最期を支えます』['18年/佼成出版社]
みとりし [DVD]」 出演:榎木孝明/村上穂乃佳/高崎翔太

「みとりし」01.jpg
つみきみほ/宇梶剛士
「みとりし」001.jpg 交通事故で娘を亡くした定年間際のビジネスマン・柴久生(榎木孝明)。家族ともバラバラになり、喪失感から自殺を図ろうとした彼の耳に聞こえた「生きろ」の声。それは切磋琢磨して一緒に仕事に励んだ友人・川島(宇梶剛士)の最期の声だったと、彼の"看取り士"だったという女性(つみきみほ)から聞かされる。看取り士という職業に興味を持った柴は彼女に訊ね、「医者から余命告知を受けた人が最期をできるだけ安らかに旅立つことが出来るよう手伝いすること」が看取り士の仕事だと知る。5年後、早期退職後セカンドライフの仕事として看取り士を選んだ柴の姿が、岡山県高梁市にあった。地元の唯一の診療所の清原医師(斉藤暁)と連携しながら、小さな看取りステーション「あかね雲」でボランティアスタッフたちと最期の時を迎える患者たちを支えている。そんなある日、新任の医者・早川奏太(高崎翔太)、23才の新人看取り士・高村みのり (村上穂乃佳)が着任してくる。みのりは、9歳の時に母を亡くしたという経験からこの職業を選ぶが、経験が浅く、緊張しながら最初の患者を柴と共に担当する。最初の患者は、「もう病院に戻りたくない」という希望を持つ83才の清水キヨ(大方緋紗「みとりし」02.jpg子)。息子 の洋一(仁科貴)は、嫁・千春(みかん)が義母の面倒を見ないということで、柴たちへ依頼をしてきた。日々弱っていくキヨに寄り添う洋一、そして柴とみのり。キヨの最期、柴は洋一を促し母の背中を支えさせるが、みのりは見守ることしかできなかった。みのりは、腎機能が低下して別の病院に転院しなければならないという東條勝治(石濱朗)を初めて一人で担当すること になる。息子は東京で仕事をしているので看護できないが、勝治は「家に帰りたい」と訴えていた。みのりは懸命にケアをし、心を通い合わせるが、ある日クスリの量を間違え、勝治は不眠でベッドから落ちる。自信喪失のみのりに、柴は「ただ黙って聞いて。そして優しく触れて気持ちを受け止めるんだよ」とアドバイスをする。勝治の最期、東京から駆けつけた 息子は「父さんの子供で良かったと思ってるよ」と父に語り掛ける。みのりが初めて看取り士として命のバトンを渡せた瞬間でもあった。乳がんの再発と肺への転移で清原病院に入院している山本良子(櫻井淳子)は、3人の子を持つ母親である。余命いくばく ない彼女の希望もやはり、自宅に帰ることだった。夫・幸平(藤重正孝)は、子3人の面倒を見ながら、妻・良子を献身的に看護していたが、子育てと看護の大変さから柴たちへ相談をしてきた。柴の指導の元、みのりが山本家の母親の最期と向き合う日々が始まる―。

「みとりし」03.jpg 白羽弥仁(しらは みつひと)監督による2019年9月13日公開作で、「おくりびと」('08年)のようなブームになってもおかしくない作品ですが、閉館前の有楽町スバル座(2019年10月20閉館)でのロード公開の後、不運にも間もなくコロナ禍となり、広がりをみせないままになってしまった作品です。最近は関係者の努力により、地域の看取り師などと連携して市区町村での上映会を繰り返しているようで、個人的にも区の施設での上映会で観ました。

「みとりし」エノキ.jpg 柴田久美子・日本看取り士会会長の著書『私は、看取り士』(佼成出版社)がベースとなっており、かねてより柴田氏と親交のあった俳優の榎木孝明が(二人は十数年前に島根県の離島であり、柴田氏が「看取りの家」を開設した隠岐諸島・知夫里島で邂逅したそうだ)、柴田氏のガン告知を受け、彼女の27年間の看取り士としての集大成をしようと決意したことが映画製作のきっかけだとのこと(従って榎木孝明は企画段階から本作に参加してている)。

 柴田久美子の直接的なモデルはつみきみほ演じる看取り士と思われますが、榎木孝明が演じる主人公の柴久生という名前から柴田久美子が反映されていることが窺えます(さらに、主人公はラストでがん告知を受けたことが示唆されている)。

 「入退院を繰り返しててきた老母」「孤独死した老人男性」「人工透析をやめ自宅に戻った父親」「若くして乳がんとなった3人の子を持つ母」の4つのエピソードの1つ1つが丁寧に描かれ、それらの看取り経験を通して新人看取り士のみのりや新任医師の奏太が成長していくのがいいです。

 4つのケースは、当人が病院で死ぬより自宅で死にたいと思っている点で共通しており、実際、病院にいた時より自宅に戻った時の方が元気に。家族と一緒にいられればなおさらのことで、2番目のケースだけ孤独死なのでそうではなかったですが、それ以外のケースでの別れの会話「お母ちゃんありがとう」「お父さんの子供でよかった」「ママ起きて」といった言葉には泣かさます(2番目のような悲惨なケースも敢えて描いているのも意義があると思う)。

「みとりし」04.jpg 主演の1人、村上穂乃佳はオーディション選考1200人の中から選ばれたそうですが、良かったと思うし(その後、奥田裕介監督の「誰かの花」('21年)でも主役の介護ヘルパー役を務めることに。この作品もミニシアター系でしか上映されなかった)、つみきみほ、宇梶剛士などのちらっとしか出てこない俳優の演技もしっかりしていました。劇場で上映しないのかなあ。

 因みに、「看取り士」の仕事は、具体的には、どこでどのように最期を迎えるのか、葬儀や墓のことなど、本人の相談に応じ、医療保険、介護保険などの社会資源を充分に使えるようサポートするのが役割で、それに対し「看取り」とは、具体的に死が避けられない状況の人に対し、最期を迎えるそのときまで、食事や排せつの介護といった日常生活のケアをすることで、点滴を打つような医療行為や治療による延命は含まれないものの、「介護」は入ってくるようです(この映画では「本来の意味での看取り士は介護はしない」との前置きのもと、描き方としては「看取り士」に一部「介護」を含め、広く「看取り」の役割を負わせていたように思います。

 であるので、どこまでが「看取り」でどこからが「介護」かわかりづらいという問題は孕んでいますが、応援するつもりで◎評価にしました。

「みとりし」009.jpg「みとりし」19.jpg「みとりし」●制作年:2019年●監督・脚本:白羽弥仁●製作:高瀬博行/柴田久美子(企画)/榎木孝明(企画)/嶋田豪(企画)●撮影:藍河兼一●音楽:妹尾武●原案:柴田久美子『私は、看取り士』●時間:110分●出演:榎木孝明/村上穂乃佳/高崎翔太/斉藤暁/つみきみほ/宇梶剛士/杉本有美/松永渚/大地泰仁/白石糸/大方斐紗子/仁科貴/みかん/堀田眞三/片桐夕子/石濱朗/西澤仁太/金山一彦/藤重政孝/櫻井淳子●公開:2019/09●配給:アイエス・フィールド●最初に観た場所:サンパール荒川(23-11-23)(評価:★★★★☆)

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