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前半の「プール小説」の部分が面白かった(かなり)。人称の切り替わりが巧妙。
ジュリー・オオツカ
『The Swimmers: A novel』['22年]『スイマーズ (新潮クレスト・ブックス) 』['24年]
【第1章】「地下のプール」の語り手は、ある都市の安価な会員制公共地下プールに通い詰める私たち。描かれるのはプールでの水泳が生き甲斐の個性的なスイマーたち。地上の「現実生活」の装飾を外した裸の平等な付き合いに魅せられ、ここを「涅槃」と呼ぶ者もいる。その中には元検査技師のアリスという女性もいる。【第2章】「ひび」はプールの排水溝近くにできた細いひびがスイマーたちに及ぼす不安の波紋を描く。暫く何事もなく忘れかけた頃、ひびは複雑に広がり始め、同様の現象が、アメリカ中だけでなく、東京(ホテルニューオータニ)、ドバイ、フランス等でも起きていると報じられる。定期点検補修期間が何度か延長され、最後にプールの閉鎖が決定。常連たちはスイミング抜きの新生活設計に頭を悩ます。【第3章】「Diem Perdidi(ディエム・ペルディディ)」は三人称で、登場人物は彼女(アリス)とあなた(40代後半のアリスの娘)。アリスと娘の共通の思い出(娘の生まれる前を含めて)について、アリスが何を覚えていて、何を覚えていないかが、美しい言葉で綴られていく。【第4章】「ベラヴィスタ」は、営利型メモリー・レジデンス(認知症高齢者介護施設)(その施設名が「ベラヴェスタ」)の担当者が、入所してきた「あなた」(アリス)に施設の内容や生活、注意点など説明する内容で構成されている。【第5章】「ユーロニューロ」では、2人称の「あなた」で綴られ(「あなた」はアリスではなく、アリスの娘に変わっている)、彼女の夫が現れる―。
2002年発表の『天皇が神だった頃』(邦訳2002年)と2011年発表の『屋根裏の仏様』(邦訳2016年)で評価を得た作者の2022年発表作。米カーネギー文学賞を受賞しています。
冒頭の第1章、第2章だけでもプール小説(そんなジャンルがあるのか?)として楽しく読めましたが(黙々とプールに通う常連を一種のコミュニティとして捉えている)、第3章で話はがらっと変わり、「彼女」と呼ばれる老齢女性が「あなた」と呼ぶ娘に語る回想記になっていて、この彼女が、どうやら、第1章でプールに通っていた元検査技師のアリスの今現在の姿らしいです。老女は認知症が進行して昔のことは覚えているが最近の記憶は不確かで、ただし、35年以上前に通ったスイミングクラブの記憶はあるのです。
彼女は50年前に女児を産んだが直ぐ亡くなり、その後に妹(あなた)と二人の弟を授かった。「あなた」が小学5年の時、一家は日本人強制収容所に送られたらしい。戦後父母は離婚、母娘は白人家庭のメイドで生活費を稼いだ。「あなた」は性的虐待を受けたらしい。母は独身で通し、娘は初婚に失敗し現在に至る。すっと弟たちとは疎遠―といろいろ苦難の道を経た家族のようです。
第4章で、老人介護施設に入ることになった彼女は、入所日に施設側の入居説明を聞きますが、語られるのは「あなたは回復の望みはなく症状が進むだけ、退所はかなわない」ということで、つまり、ここで「生を終える」ということであり、日本の老人ホームの入居説明などと随分違うなあと。
そして最後の第5章で、彼女の夫が登場(再婚していたのだ!)。夫は「研鑽の積んだエンジニア」で現在は退職した数学教授と明かされ、そう言えば、彼女も元検査技師でした(結婚後に夫の影響で検査技師になったのだろう)。娘である「あなた」は大学を出て作家になったようだ(コレ、作者だろう)。夫の献身と優しさに守られ、彼女の後半生は幸せだったようで、典型的な認知症の経過を辿って静かに亡くなると、毎日病院を訪れていた夫は、妻の脳を解剖に付すことを了解する(理系男子だから?)。そして妻を失った彼も静かに老いてゆく―。
全体としては、親切で世話好きで前向きな母の一代記であり、娘から見た母の記録ですが(ノンフィクションっぽい)、読み始めた時には、まさか構成的にこんな展開になるとは思いませんでした。内容的にはやはり、前半の「プール小説」の部分が面白かったです(かなり)。地下プールでは、地上の世界では画家になれない人や、人員削減の憂き目に遭った広告マンや、仕事にあぶれた俳優たちが、見事にエネルギッシュな泳ぎを見せ、68往復泳ぐのがノルマという人もいたりします。「わたしたち」はスイミング愛によって結ばれていて、この地下プールは、心の癒しと尊厳の場であり(マインドフルネスの場とも言える)、一時の避難所であり、連帯感の在り処でもあるということです。自分、も毎月プールで15㎞泳ぎますが、このタイプの小説に初めて出会いました。
テクニカルな部分で言えば、3章のうちの第1章、第2章が「わたしたち」という一人称複数で書かれていて、それが第3章で、主語が一人称複数から三人称単数の「彼女」に切り替わり、第4章では「わたしたち」は営利目的の介護施設の職員になっていて、第5章で「あなた」という二人称単数主語にスイッチしますが、この「あなた」とはアリスの娘(第3章の「あなた」と同じ)のことになります。こうしたテクニックが巧妙で、作品の完成度に寄与しているのは確か。昨年['24年]のノーベル文学書を受賞した韓江(ハンガン)の『すべての、白いものたちの』に通じるものを少しだけ感じました(こういうの、流行っているのか)。
