【3661】 ○ ポーリーヌ・レアージュ (高遠弘美:訳) 『完訳Oの物語 (2009/01 学研プラス)《(澁澤龍彦:訳) 『O嬢の物語 (2010/08 河出文庫)》 ★★★★

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出版後40年を経て自身が作者であることを認めた才女ドミニク・オーリー。

『完訳Oの物語』.jpgO嬢の物語 講談社.jpg O嬢の物語 角川.jpg
完訳Oの物語』['09年]『O嬢の物語 (講談社文庫 れ 2-1)』(鈴木 豊:訳)['74年]『O嬢の物語 ポーリーヌ・レアージュ 澁澤龍彦/訳 (角川文庫)』['75年]『O嬢の物語 (角川文庫)』[Kindle版]
O嬢の物語 河出.jpg  O嬢の物語 旧訳.jpg
『O嬢の物語』(澁澤龍彦:訳/金子國義:挿画/河出書房新社)['76年]『O嬢の物語 (河出文庫 レ 1-1)』['10年] 『O嬢の物語』(清水正二郎(胡桃沢耕史):訳/浪速書房)['64年]/(清水正二郎:訳/戸山書房)['72年]

 女流ファッション写真家のOは、ある日恋人ルネにとある城館へ連れて来られ、複数の男の共有性的玩弄物となるよう、鞭打やその他肉体を蹂躙する手段をもって心身共に調教される。一ヶ月ほど後、城館を後にしたOは、ルネからステファン卿なる人物を紹介され、卿の求めに従ってルネから卿に譲り渡される。ステファン卿の持ち物となったOは凌辱と鞭打とを繰り返され、さらに卿の持ち物である証として尻に烙印を押され、性器に鉄の輪と鎖を付けられる。そしてある夜会で、梟の仮面を被せられ、陰部を脱毛されたOは衆目に晒されることになる―。

 1954年6月にジャン=ジャック・ポーヴェール書店より刊行された作品で、1955年にはフランスの前衛的な文学賞「ドゥー・マゴ賞」を受賞。本邦では、鈴木豊訳『O嬢の物語』が'74年に講談社文庫から(2015年Kindle版)、澁澤龍彦訳(矢川澄子が下訳)『O嬢の物語』が'75年に角川文庫から(2012年Kindle版)、'92年に河出O嬢の物語 漫画.jpg書房から(2010年河出文庫所収)刊行されていますが(そのほかにも、清水正二郎(胡桃沢耕史)訳『O嬢の物語』('61年新流社)などがある)、個人的には、高遠弘美訳『完訳Oの物語』('09年/学研プラス)で読みました(解説で澁澤龍彦訳、鈴木豊訳と自身の訳を比較したりしている)。グイド・クレパックス作画、巖谷國士訳のコミック版『O嬢の物語(全2巻)』('96年/リブロポート、'07年/エディシオン・トレヴィル)というのもあります。
O嬢の物語 1』['96年]

「O嬢の物語」vjsヌ.jpg「O嬢の物語」 .jpg 「エマニエル夫人」('74年/仏)のジュスト・ジャカン監督により、コリンヌ・クレリー、ウド・キア出演「O嬢の物語」('75年/仏)として映画化されていますが('78年に三鷹東映で、「ラストタンゴ・イン・パリ」(ベルナルド・ベルトリッチ)、「スキャンダル」(サルバトーレ・サ)との3本立てで観た)、焼きゴテが熱そうで、あまり文学の香りはしなかった(笑)。コリンヌ・クレリーはその後「ホテル」('77年/伊・西独)などへの出演を経て、「007 ムーンレイカー」('79年/英)に出ますが、歴代で最もセクシーなボンド・ガールだったとの声も一部にあるようです。

ジャン・ポーラン
ジャン・ポーラン1.jpgジャン・ポーラン2.gif 話を小説の方に戻して、作者のポーリーヌ・レアージュ(Pauline Réage)は女性名ですが、匿名で、発表当時から世界中で本当の作者は誰か話題が沸騰しました。書き手は男で(アルベール・カミュなどはそう確信していた)、本作に長い序文を寄せている言語学者で作家で文芸評論家であるジャン・ポーラン(1884-1968/83歳没)自身ではないかと言われ、一方で彼自身は序文で、「作者が女であるということには、ほとんど疑問の余地はあるまい」と書いていますが、この言は信用がならないと言われていました。

ドミニク・オーリー
ドミニク・オーリー.jpg ところが1994年、フランスの著名な女性編集者のドミニク・オーリー(1907-1998/90歳没)が自身が作者であることを認めたとの報道がありました(当時86歳)。彼女は以前から創作に関与しているのではないかと言われていたものの、それを否定し続けていましたが、40年を経て自分が作者であることを認めたことになります。彼女はソルボンヌ大学を卒業後ジャーナリストとして働き、ガリマール社に編集者として参加したりもしていました。

ジャン=ジャック・ポーヴェール
ジャン=ジャック・ポーヴェール.jpg 因みに、この作品は当初、ガリマール社に出版を断られた後、ジャン・ポーランが、1950年代初頭にマルキ・ド・サドの作品を出版したことで有名で、後に自身の作品『生きているサド』で「ドゥー・マゴ賞」を受賞するジャン・ジャック・ポーヴェールが経営するポーヴェール出版社に話を持ち掛けて出版に漕ぎつけています。ただし、オーリーが作者であることは、ポーラン、ポーヴェールとオーリー本人の3人だけの秘密であったようです。

 ドミニク・オーリーにとってジャン・ポーランは雇い主である同時に恋人であり、女性は性愛文学を書くことができないというポーランの考えが間違っているということを証明するために、この作品を書いたとのことです。また、ポーランより23歳年下ではあるものの、もう若くなく(当時ポーラン70歳、彼女は47歳ぐらいか)、ポーランを失うことを恐れていたオーリーは、彼の気を引くために「恋文として」この物語を書いたとも述べています(「若くもなくかわいくもない自分には、他の武器が必要であった」と説明している)。

 そうした前提でこの物語を読むと、延々たる性描写(ただし、卑猥な言葉は一切使われていない)なども何となく納得がいく気がし、確かに、彼女がポーランに宛てた膨大かつ蠱惑的なラブレターのようにも思えなくありません。ただし、第二部については、ドミニク・オーリーが書いたという説と、ジャン・ポーランが書いたという説があります(ジャン・ポーランが書いたとすれば、ラブレターの返し文みたいなものか)。

 以前、このブログで沼正三の『家畜人ヤプー』を"評価不能"としましたが、雑誌「奇譚クラブ」に掲載された作者の「沼正三」は正体不明の作家で、当時現職エリート判事だったK氏が作者だという説が有力です。個人の性的嗜好をそのまま表現したものが、文学表現的に優れていても「文学」としてはどうかなというのもあり、評価に迷ったというのがあります。

 この『Oの物語』の作者ドミニク・オーリーもたいへんな才女であり、社会的地位も高い点で少し似ているようなところがあるように思いました。"出版後40年を経て自身が作者であることを認めた才女"って、ちょっと劇的であるし、名乗らなかったのは、現代とは異なる当時の時代背景もあったことは想像に難くないでしょう。ただ、書いた動機はさることながら、女性の性の解放を謳っているともとれ(という言い方をするとまたフェミニストから批判があるが)、星4つ評価としました。でも、『家畜人ヤプー』同様、評価するのが難しいというのが本音です。

O嬢の物語 劇場版 ヘア完全解禁 HDリマスター版 [DVD]
「O嬢の物語」1975.jpg「O嬢の物語」コリンヌ.jpg「O嬢の物語」●原題:HISTOIRE D'O●制作年:1975年●制作国:フランス●監督:ジュスト・ジャカン●製作:エリック・ローシャ●脚本:セバスチャン・ジャプリゾ●撮影:ロベール・フレース●音楽:ピエール・バシュレ●原作:ポーリーヌ・レアージュ●時間:105分●出演:コリンヌ・クレリー/ウド・キア/アンソニー・スティール/ジャン・ギャバン/クリスチアーヌ・ミナッツォリ/マルティーヌ・ケリー/リ・セルグリーン/アラン・ヌーリー●日本公開:1976/03●配給:東宝東和●最初に観た場所:三鷹東映(78-02-04)(評価:★★)●併映:「ラストタンゴ・イン・パリ」(ベルナルド・ベルトリッチ)/「スキャンダル」(サルバトーレ・サンペリ)

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