【3662】 ○ ヘンリー・ミラー (松田憲次郎/小林美智代/萩野 亮/野平宗広:訳) 『三島由紀夫の死―ヘンリー・ミラー・コレクション15』 (2017/12 水声社) ★★★★

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文学的・哲学的色合いの濃いエッセイ集。三島作品をちゃんと読み込んでいる。

三島由紀夫の死 ミラー.jpgヘンリー・ミラー・コレクション(16).jpgヘンリー・ミラー.jpg 三島由紀夫自決.jpg
ヘンリー・ミラー(1891-1980) 三島由紀夫(1925-1975)
ヘンリー・ミラー・コレクション15 三島由紀夫の死』['17年]『ヘンリー・ミラー・コレクション16 対話/インタヴュー集成』['16年]
ヘンリー・ミラー1-10.jpg ヘンリー・ミラー(1891-1980)によるエッセイ集。白水社の2010年に完結した《ヘンリー・ミラー・コレクション全10巻》の、2013年12月から刊行が始まった第2シリーズ(2019年完結)の内の1冊で、通巻で第15巻になります(最終第16巻は対談・インタビュー集)。ヘンリー・ミラーが三島由紀夫自決の翌年1971年に発表したのが表題作「三島由紀夫の死」で、その他に、映画監督ブニュエルを称賛する「黄金時代」、写真家ブラッサイを語る「パリの眼」をはじめ10編のエッセイや書簡などを収録、テーマごとに5つにジャンルに分けています。
ヘンリーミラーコレクション 10冊 水声社 』[第1シリーズ]

 まず最初の「自己を語る」の章に収められた「自伝的覚書」が、自身の出自や来歴を語っていて興味深いです。「自分にとって作品を書く目的は、大いなる現実を打ち立てることにある」とし、「自分は写実主義や自然主義の作家ではない。人生を捉えようとしており、文学において、それは夢や象徴の使用によってはじめて達成できるように思われるのだ」としています(深い!)。

 この「自伝的覚書」を初め、以下に続くエッセイにも、エッセイでありながら哲学的であったり、或いは文学的な表現が多く見られ、彼の小説のようにシュールレアリズムっぽい表現もありますが、先に挙げたその言葉によれば作家自身は「現実」を希求しており、その結果がこの作家の場合はそうした表現になるものと思われました。

 「映像の領域」の章の「黄金時代」で、このルイス・ブニュエ監督の1930年作を絶賛しており、また、その他に自分が素晴らしいと思った作品を挙げているのが興味深いですが(かなり古い映画が多い)、その中で「「三本の日本の映画」(それぞれ古代、中世、近代の日本を扱ったもの)」としながら、「タイトルは忘れてしまった」というのが残念です。

ヘンリー・ミラー ブラッサイ.jpg 「パリの眼」で写真家のブラッサイとの出会いのことを語っていますが、ブラッサイにも『作家の誕生ヘンリー・ミラー』('79年/みすず書房)という、作家ではない人物が書いたとは思えない著書があります(ブラッサイの写真集『夜のパリ』('88年/みすず書房)でヘンリー・ミラーは被写体になっている。個人的には『ブラッサイ写真集成』('00年原著刊行、'05年/岩波書店)で見た)。

作家の誕生ヘンリー・ミラー (1979年)』『ブラッサイ著/ヘンリー・ミラーとの対話(Henry Miller, Happy Rock)』表紙:ヘンリー・ミラー、撮影:ブラッサイ


ヘンリー・ミラー、ホキ徳田.jpg ずっと文学的・哲学的なエッセイが続いて、それが最後の「三島由紀夫の死」だけがオーソドックスな評論スタイルであるので、逆に意外に思ってしまいました。「週刊ポスト」に1971年10月29日号から5週に渡って連載されたものですが(当時ヘンリー・ミラーの知名度はどれぐらいだったのか)、日本人に向けてこうした文章を書くのは、作家の当時の妻が日本人のホキ徳田(1937- 、ヘンリー・ミラーの8人目の妻として知られる)であることも関係していると、自らも書いています。

 ただし、『太陽と鉄』『金閣寺』など三島のカギとなる作品をちゃんと見込んでいるようで、その上で、所謂"三島事件"(三島が東京・市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部で、憲法改正と自衛隊の決起を訴えた演説(呼びかけ)を行い、その直後に割腹自殺を遂げた出来事)について、こう語っています。

「三島は高度の知性に恵まれていた。その三島ともあろう人が、大衆の心を変えようと試みても無駄だということを認識していなかったのだろうか」

「かつて大衆の意識変革に成功した人はひとりもいない。アレクサンドロス大王も、ナポレオンも、仏陀も、イエスも、ソクラテスも、マルキオンも、その他ぼくの知るかぎりだれひとりとして、それには成功しなかった。人類の大多数は惰眠を貪っている。あらゆる歴史を通じて眠ってきたし、おそらく原子爆弾が人類を全滅させるときにもまだ眠ったままだろう」

「彼らを目ざめさせることはできない。大衆にむかって、知的に、平和的に、美しく生きよと命じても、無駄に終るだけだ」

 三島の文学を評価しながらも、その死に対してネガティブな評価をしているのは、川端康成などに通じるものがあるように思いました(その川端もまた、三島の死から2年後に自ら命を絶った)。

 この「三島由紀夫の死」はパートⅠとパートⅡに分かれていて、後半にいけばいくほど文学的・哲学的になっていきます。個人的には全編を通して、ヘンリー・ミラーの小説が持つ独特の文学的・哲学的世界観を、これらのエッセイを通しても感じることができて(久しぶりにヘンリー・ミラーの文章に触れて嬉しかったというだけのことかもしれないが)良かったです。

《読書MEMO》
三島由紀夫の死 ミラー 大.jpg●目次
自己を語る
自伝的覚書(1939)/ブルックリン橋(1936)
生の哲学
心の知恵(1939)
映像の領域
黄金時代(1938)/パリの眼(1937)
友人との対話
ハムレット―ある書簡(1935--38)/若きベトナム詩人への手紙(1972)
同時代の文学・芸術運動との対決
いたるところにいるシュルレアリストへの公開状(1938)
アラブ・極東への眼差し
アルベール・コスリーの小説(1945)/三島由紀夫の死(1971)
解題
ヘンリー・ミラーのエッセイについて 松田憲次郎


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