【3647】 ◎ フェルディナント・フォン・シーラッハ (酒寄進一:訳) 『犯罪 (2011/06 東京創元社) ★★★★☆

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弁護士の事件簿といった感じ。社会の暗部をリアルに反映する一方で、暖か味も。

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犯罪 (創元推理文庫)』['15年]       Ferdinand von Schirach   『犯罪』['11年]
シーラッハ 犯罪01.jpgシーラッハ.jpg 弁護士である作者の2009年発表のデビュー作で(原題:Verbrechen)、自身の事務所が扱った事件をベースにしたという連作物語集。ただし、文庫解説の松山巖氏は、そう称していることも含めて純然たる創作であろうと述べていて、推測の根拠として守秘義務とその叙述手法を挙げています。ドイツ本国では「クライスト賞」ほか文学賞3冠を受賞。日本では「翻訳ミステリー大賞」にノミネートされたほか、「本屋大賞」で2012年より新設された翻訳部門で1位、「ミステリが読みたい!」(早川書房)、「週刊文春ミステリーベスト10」(文藝春秋)、「このミステリーがすごい!」(宝島社)でそれぞれ2位にランクインしています。所収作品は「フェーナー氏」「タナタ氏の茶盌」「チェロ」「ハリネズミ」「幸運」「サマータイム」「正当防衛」「緑」「棘」「愛情」「エチオピアの男」の11編です。

「フェーナー氏」... 開業医フェーナー氏は、今の妻と結婚する前、彼女に懇願されて生涯彼女を捨てないと誓った。その後、共に生活するようになってから彼女の本性が徐々に現れ、彼女から様々な嫌がらせを受ける。それを50年も我慢した氏だったが、遂に耐え切れなくなり、妻を殺める―。現代人にとって「誓う」という行為は何の意味もないとされているが、フェーナー氏は"現代人"ではなかったと作者は説明する。自分が立てた誓いに自分でがんじがらめになってしまったフェーナー氏。普通ならさっさと離婚すればいいのにと思うのだが、身近にもこうした夫婦はいそうで、しみじみとした気分にさせられる。

「タナタ氏の茶盌」... チンピラの若者たちが豪邸に押し入って金庫を奪う。中には現金と高級腕時計のほか、古い陶器が入っていた。彼らは陶器を30ユーロで売る。ところが、それはタナタ家に400年以上にわたって伝わる家宝だった―。ギャングがそのチンピラたちを締め上げて漁夫の利を得ようとするが、なぜかそのギャングらが次々と殺される。背後にいたのは金持ちの老人タナタ氏。非力な風采に似合わず、実はとても恐ろしい人でもあったということか。東洋的神秘主義的な雰囲気もある作品。

「チェロ」... 建設会社2代目のタックラーには、テレーザとレオンハルトという2人の子がいた。タックラーは妻を亡くした後、使用人を介して姉弟を厳しく躾ける。耐え切れなくなった2人は、テレーザが音楽大学に入学するという口実で、町を出る。ある日、レオンハルトが事故で記憶を失ってから悲劇は始まる―。ほとんど神話的な破滅の物語(近親相関)だった。結末からするに、父は父なりに子どもたちを愛していたということか。

「ハリネズミ」... カリムの一家はレバノン人の犯罪者の家系で、末っ子のカリムには8人の兄がおり、いずれも前科者。ところが、カリムだけは彼らと違って天才的頭脳を持つ優等生だった。「狐はたくさんのことを知っているが、ハリネズミはただ1つの大事なことだけ知っている」。周囲は誰もがキツネで自分だけハリネズミ。ただし、そのことを隠して二重生活を送るカリム。窃盗を犯した兄の法廷弁論で、彼は双子トリックの応用で裁判官や検事を煙に巻く―。その賢さを最後まで周囲に気取られないところが、人間的にもクレバー。

「幸運」... 東欧出身のイリーナは祖国で酷い目に遭ってドイツに不法移民し、今はベルリンで売春婦として働く。やがてイリーナはカレという心優しい男性と同居することになるが、ある日、イリーナと客との間に"事件"が起きる―。愛ゆえに自分が罪を被るというのはなかなか出来ない(恋人が罪を犯したと思ってしまったわけだが)。弁護士の導きもあったかと思うが、検察官はその愛の心意気を慮ったととれなくもない。

「サマータイム」... ベイルートの難民キャンプで生まれ育ったアッバスは、ドイツに渡って将来を賭ける。彼は麻薬密売人になり、シュテファニーという女性と恋仲になるが、そのシュテファニーが何者かに殺される―。タイトルがネタバレになっているではないかと思ってしまったが、実は、弁護士が、「写真の中の15時が夏時間に換算されるとすれば、実際には14時になるはずです」と堂々と主張している点がトリックであると、ネットで見て知った(正しくは。は16時になる)。論述トリックだったのか。すると犯人は誰?

「正当防衛」... 男が2人の暴漢にナイフと金属バットで襲われるも、あっさり返り討ちにして2人とも殺害する。逮捕された男は身元不明だった。正当防衛か、それとも過剰防衛か。男が黙秘を通すため、正体は判明しない―。武器を持った暴漢2人を返り討ちし、しかも急所を一撃してとどめを刺していることからして「特殊工作員」か何かとしか考えられないのでは(周辺で起きた事件との関係からみても)。供述も証拠もなければ釈放するしかない。弁護士の腕の見せ所もなく、そのむしゃくしゃした気持ちがラスト一行に表れていた。

「緑」... 伯爵の御曹司フィリップは最近羊を殺害してその目をくり抜くことを繰り返しているようだ。そんな折、彼が駅まで送った女の子が行方不明になる―。結局フィリップは妄想型統合失調症と診断される。殺人などはやっていないというのは、読んでいて大方見当がついた。だだ、人間や動物が数字に見えるという病状が興味深かった。

「棘」... 博物館に就職したフェルトマイヤーは「棘を抜く少年」という彫像に拘りを覚える。果たして少年は足の裏に刺さった棘を抜いたのか気になるのだが、確認するも棘が見当たらない。さらに、彼は他人の靴底に画鋲を仕込み、それを抜くところを見て快感を覚えるようになる―。これも、精神にやや異常をきたした人物の話。思えば、仕事のローテーションが行われなくなり、退職の日までひたすら「棘を抜く少年」の部屋で警備を続けることになってしまったのが、フェルトマイヤーの心がおかしくなっていった原因だろう。

「愛情」... 大学生のパトリックが恋人の背中をナイフで切りつける。その動機は彼が恋人を食べたいと思ったから―。精神異常の話が続くなあ。途中で佐川一政の名前が出てきて、彼は東京でレストラン評論家になってるとのこと。知らなかった。2022〈令和4〉年に73歳で亡くなっている。

「エチオピアの男」... 捨て子のミハルカは学生時代から周囲と上手くいかず、長じてからは身長197cmの大男になっていた。彼は衝動的に銀行強盗をし、その金を持ってエチオピアに飛ぶ。エチオピアで彼は村のために様々な献身をする。しかし、いつしか当局が―。精神異常の話が3つ続いたが、最後はいい人の話というか、メルヘンチックな話で締めた印象。ドイツでの犯罪をエチオピアでの善行で相殺―ドイツの検察は国際的に中立の立場を取るということか。

 ミステリと言っても純粋なミステリではなく、弁護士の事件簿といった感じで、今まであまり見ないタイプで新鮮でした。創作であるにしても、実際の事件からヒントを得たのでしょう。ドイツ社会の暗部や歪みがリアルに反映されています。一方で、客観的な描写スタイルをとりながらも、人間に対する暖かい眼が感じられました。(解説で知ったのだが)11篇のすべての作品には林檎が出てくるという遊びなども愉しめます。

【2015年文庫化[創元推理文庫]】

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