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短篇集第3弾。罪を犯した者たちが何らかの理由で刑罰を免れている。いい意味でも悪い意味でも。

『刑罰 (創元推理文庫 Mシ 15-5) 』['22年] 『刑罰』['19年]
短篇の名手が、罪と罰の在り方を問うた、デビュー作『犯罪』(2009年)、第2弾『罪悪』(2010年)に続く短編集としては第3弾(2018年3月の原著刊行。原題:Strafe)。「参審員」「逆さ」「青く晴れた日」「リュディア」「隣人」「小男」「ダイバー」「臭い魚」「湖畔邸」「奉仕活動(スボートニク)」「テニス」「友人」の12編を収録。12編の共通項は、作中で罪を犯した者たちが何らかの理由で刑罰を免れていることです(これはシリーズ共通のモチーフとも言える)。
「参審員」... 不幸な男遍歴を重ねてきたキャサリンが、政治団体を経てソフトウェア会社に就職する。ある日、彼女は参審員に任命されるのだったが、実は彼女は精神を病んでおり―。ドイツは参審員制度。日本の裁判員制度も同じ参審員制度だが、事件ごとに選出される日本の裁判員と異なり、ドイツの参審制は任期制となっている。両方に共通する難しさをこの作品は指摘しているように思えた。よく、参審員が被害者証人に感情移入し過ぎることを問題視されるが(そう言えば日本でも裁判員が下す死刑判決が多くなっている)、この作品もそう。ただし、そうした人物を参審員から外してしまった結果、罪人は重罰を免れ、被害者証人の身に何が起きたかという話になっている点が皮肉であり、また衝撃的でもあった。
「逆さ」... 弁護士シュレジンガーは、かつて無罪を勝ち取った依頼人がその後殺人に走ったという経験をきっかけに酒に溺れていた。そんな彼が、殺人事件の国選弁護人になる。被疑者である被害者の妻には動機も手段も証拠もあったが、本人は「殺していません」と言い続ける。そんな折、弁護士の許へ借金の取り立て屋のヤセルがやってきて、弁護士をボコボコにする―。このヤセルが事件解決の糸口をシュレジンガーに与えるというのが面白い。しかし、ヤセルは調書を見ただけで事件の真相がよく分かったなあ(ホームズか刑事コロンボ並み)。この事件が、アル中の弁護士シュレジンガーの復活の糸口にもなることを予感させる。ヤセルは弁護士にとって"恩人"になったということになる。だからシュレジンガーが彼を暴行罪で訴えることはないだろう。
「青く晴れた日」... 乳児を殺した罪で母親が有罪になり刑務所に収監される。出所して自宅に帰ると夫は平然とした態度をしており―。女は夫の身代わりとなることで3年半を棒に振った上に、子ども死の真相が今になって判ったわけで、夫の死は言わば因果応報ではあるけど、他殺死には違いない。でも、女に罪の意識が湧かないものも理解できる。裁判が結審した後で弁護士にすべて話すというのは、一事不再理の原則を下敷きにしてのことか。
「リュディア」... 離婚した男が寂しさを埋めるためにラブドールを買う。ラブドールにはリュディアと名前をつけた。男はリュディアと愛を育むが―。隣人が人形偏愛の変質者の"恋人"を"凌辱"し、その復讐でボコられてれてしまう話。この人形偏愛の男、禁固6カ月で執行猶予付きかあ。「そんなに悪くない」とにラブドールのリュディアに語る男。実質、無罪みたいなものだからなあ。
「隣人」... 24年間連れ添った妻を亡くしたブリンクマン。そんな矢先、隣の家に夫婦が引っ越してくる。ブリンクマンは夫婦の妻の方のアントニーアと親しくなる。アントニーアには亡き妻の面影があった。彼女の夫がクルマの下にもぐり込んでいる時、ブリンクマンは―。この話に出てくるアントニーアはセクシーで魅力的。愛と欲望が発作的犯行を後押しする。その愛ゆえに彼は後悔していないが、何年か後に弁護士にすべてを打ち明けるつもりらしい。これも、一事不再理原則を下敷きにしてのことか。
「小男」... 小男のシュトレーリッツは43歳独身。そんな彼がコカインの取引に手を染める。警察に逮捕されて裁判になるが―。自宅アパートの地下室で5キロのコカインを偶然見つけたことで"大物"犯罪者になる主人公。気分良くしていたら、犯行時に犯した酒気帯び運転の判決が先に下って、麻薬所持の方はその一環の事件と見做され、一事不再理の原則から裁かれないことに。折角"大物"気分でいたのに...(笑)。一事不再理、続くなあ。
「ダイバー」... 恋愛結婚した夫婦。ところが、夫が妻の出産を目の当たりにしてから変になり、彼は自分の首を締めながら自慰をする性癖にふけるようになる。ある日、教会から帰った妻が浴室に入るとに、浴室で自慰行為にふけっていた夫が首吊り状態で死んでいた―。夫がダイバースーツに身を包んでいるというのが、何かドイツっぽい。スキャンダルを恐れ、スーツを脱がせ遺体をベッドに寝かせるなどしたことが、結果的に妻が疑われる原因となった。優先すべきは「現場保存」だったが。妻がカトリック教徒であり、話が聖金曜日から始まり、復活祭の月曜に幕を閉じることから、浴室で首を括っていた夫を下す妻は、あたかもキリスト降架乃至聖母マリアによるピエタ像のようでもある。
「臭い魚」... 160の異なる民族がひしめき合う地区に暮らす11歳の少年トムは、仲間たちに肝試し的に強要されて、戦災に遭ったアパートに〈臭い魚〉とあだ名された老人を侮辱する。ところが、トムは老人の真実を知って後悔することに―。子供というのは、子供だけの世界が存在する分だけ残酷になり得る。トムに疑いがかかり、実際の老人に石を投げて重傷を負わせた連中は罪を逃れる理不尽。
「湖畔邸」... フェーリックス・アッシャーは火炎状母斑があったが、祖父だけは「あざは秘密の地図だ」と語ってくれた。その祖父が所有していたオーバーバイエルンの湖畔の邸に、彼は幼い頃よく遊びに行っていた。50代になって両親を亡くしたアッシャーは、退職して祖父の邸を入手し、そこに住む。ところが、別荘地開発によって地域の静寂が乱され、彼は人が変わってしまう。ある日、邸の地下の武器庫から銃を取り出し―。、結局アッシャーは裁かれなかったが、証拠が無いためなのか、精神異常と見做されたのか。疑わしきは罰せず、独白は個人のプライバシーであるため、自白とは見做されないということなのか。
「奉仕活動」... トルコ移民の娘セイマは、厳格な両親からイスラム教の規範を押し付けられていた。しかし、知的なセイマはそれを嫌がり、司法の道に進む。弁護士事務所に就職したセイマはある日、人身売買の刑事事件を担当することになり、ルーマニアから拉致されて男の相手をさせられていた女性が証言台に立つのだが―。セイマが弁護することになった男は、女性を騙して"奉仕活動"をさせる極悪人だった。セイマが弁護を拒否すると、裁判長に国選弁護人に指名されてしまう(国選って拒否できないのか)。そもそも、この裁判長が被告に証人の証言内容を喋ったのが悲劇の素だが、駆け出し弁護士に降りかかる理想と現実のギャップが痛々しい。それでも、法の世界に背を向けず、なんとか踏みとどまろうとするセイマの苦い心の内。
「テニス」... フォトジャーナリストの女(36歳)。その夫(57歳)はテニスを嗜んでいたが、同時に浮気もしていた。女は浮気の証拠である別の女のネックレスを目立つ場所に置いた後、ロシアに出張する―。妻はそこまで狙ったわけではいが、夫はネックレスに足を滑らせ、大怪我を負う(因果応報?)。テニスクラブで負けることのなかった夫が、現在は車椅子で会話すらできず、同じクラブで今は女がテニスしてる。犯罪ではないが、女の潜在意識が現実化した感じ。夫の介護費用は大丈夫?かと思うが、女は"バリキャリ"のようで心配無さそう。彼女がこれから性を満喫することを予感させるラスト。一緒に暮らし続けることの方が、むしろ怖い。
「友人」...「私」の幼馴染リヒャルトは金持ちの子弟だった。長じてからは一族の財産を管理する銀行に就職し、やがて妻も娶る。ところが、そこから彼は薬物依存となり身持ちを崩す。2年後、リヒャルトからのメールで彼に会ってみると―。子供が授かれないことからくる夫婦の相剋。外へジョギングに出た妻は暴漢に遭って死んでしまい、犯人は殺人罪となったが、妻の運命を変えられたかもしれないという思いがリヒャルトを打ちのめしているということ。事件の犯人は裁かれるが、被害者の夫が、罪は犯してないのに罰を受けているような状況にあるという独自のパターン。最後に、語り手がこの事件をきっかけに、事件簿を記し始めたことが示唆されている。
冒頭に述べたように、基本形は、罪を犯した者たちが何らかの理由で刑罰を免れているというものですが、それが裁判や法律の限界を示しやるせなさやもどかしさを感じさせるものと、裁かれないことが却って"救い"となっているものがあるのが興味深いです。「悪い意味でもいい意味でも」と言うか、「法律」の限界と「法」の幅とでも言ったらいいのでしょうか。
作者8年ぶりの短編集ですが、力が落ちていないと言うか、デビュー作『犯罪』(2009年)の切れ味に戻っているように思いました。
【2022年文庫化[創元推理文庫]】
