【3688】 ◎ シャンタル・アケルマン 「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地」 (75年/ベルギー・仏) (1996/12 シネカノン) ★★★★☆

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売春を日常とする主婦。社会学的観点から見て面白い。観終わった後で議論したくなる映画。

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ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地 [DVD]
ジャンヌ・ディエルマン02.jpg 戦争で夫を失った45歳のジャンヌ(デルフィーヌ・セイリグ)は、ブリュッセルのアパートで16歳の息子と暮らし、日常の行動を規則正しく管理している優秀な主婦。息子が学校へ行っている間に部屋の掃除や料理を完璧に こなし、さらにその合間に客を取って自宅で売春を行っていた。だが、そんな空虚なルーティーンを繰り返しているうちに、少しずつ綻びが生じていく。そしてある日、ジャンヌは自分でも思いもよらぬ反日常的な行動に走る―。

シャンタル・アケルマン.jpg 1975年、ベルギー出身の映画監督シャンタル・アケルマン(1950-2015/65歳没、死因はうつ病による自殺だっとと報道されている)が25歳で発表し、世界中に衝撃を与えた傑作とのこと。子育ての合間に売春を行う主婦の日常(と言いうより、売春を日常とする主婦)を、アパート内の固定カメラによる長回しで延々と映し、少しずつ生じていく心の歪みを淡々と描いています。英国映画協会が世界各国の研究者・批評家からの回答をもとに10年ごとに集計している「オールタイムベスト100選」では、2022年末に初ランクインで第1位に選出。2位のA・ヒッチコック監督「めまい」、3位のO・ウェルズ監督「市民ケーン」、4位の小津安二郎監督「東京物語」という錚々たる名作を抑えての第1位で、発表後じわじわとカルト的な人気を博し、現在では史上最高の映画の一つとされているとのことです(「東京物語」が第1位となった英BBC「最も偉大な外国語映画100本(2018年)」では14位にランクインしていた)。

 15歳のときにジャン=リュック・ゴダール監督の「気狂いピエロ」を観て映画を志し、18歳で監督デビューを果たしたアケルマン監督(ニューヨークで実験映画の運動を主導したジョナス・メカスの影響も受けている)は、以降、約40年間にわたってドキュメンタリー、文芸作、ミュージカル、短編とジャンルやフォーマットに囚われない自由な創作活動を貫き通しましたが、やはり最大の代表作は、この3時間を超える大作ということになるのでしょう。ヒューマントラストシネマ渋谷での「シャンタル・アケルマン映画祭」(2022年4月29日~5月12日)上映作品であり、昨年['25年]Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下で「製作50周年記念」として限定上映されました。

 この作品に先行して団地妻の売春をモチーフとしたもので、ジャン=リュック・ゴダール監督の「彼女について私が知っている二、三の事柄」('66年/仏・伊)が想起されられましたが、あちらは夫がいて、ホテルを密会の場に使っていました。このジャンヌの場合は自宅売春であり、湯を沸かし、ジャガイモの皮を剥き、買い物に出かけ、洗濯をするといった"平凡な"暮らしを繰り返す中で、働いている女性の赤ちゃんを預かり、さらに客を取って自宅で売春をするという、日常に非日常が加わるのではなく、家事の連続である日常に、赤ちゃんを預かるという行為(おそらく月極有料)と同じレベルで"日常の延長"のように自宅売春(曜日ごとに固定客がいる)をしているというのが、特徴的と言えば特徴的です。

ジャンヌ・ディエルマ07.jpg アケルマンの狙いは、当時の世界で女性の大半が人生の多くの時間を割いている「家事」というものの核心が、単純作業の退屈さとその果てしない反復にあるにもかかわらず、従来の映画撮影手法では、それらがすべて編集でカット・圧縮されてしまい女性の世界を適切に表現していない、という事態を転覆させることにあったそうです。そのため、フェミニズム映画の金字塔などとも称されているようですが、主人公が時間をかけて家事をして買い物をし、或いは子どもが起きる前に靴を磨いたりしますが、これらの家庭内の女性の仕事は、アンペイドワーク、シャドウワークであり、彼女は生活のために客をとるのであって、家事と売春はもともと主婦&女性の仕事であり、女性はそれ以外に経済力はなく、女性が性的にも窮屈にも今なお抑圧されているということのようです(社会学的観点からの作品として面白い)。

ジャンヌ・ディエルマン 8.jpg 永遠に続くと思われた日常の歯車は徐々に狂い始め、取り返しのつかない事態を自らの手で引き起こしてしまいますが、その契機は何だったのか。彼女が日常から逸脱しておかしくなっていくのは2日目の客を取った後からですが、その変化の理由を監督は、主人公がオルガスムを知ったからだと述べているとのことです。ただし、他にもルーティンを狂わせる変化の予兆は幾つかあり、息子青年との就寝前の会話で、母親が売春をしていることを知っている息子から、「好きでもない相手とよく寝ることができるね」といった言葉を吐かれたことを、心理的要因として指摘する人もいます。

 さらに、この映画を複数回観た知人の映画通は、この息子はより幼い頃に母をレイプする父の立場に嫉妬しており、母を蹂躙する父に対する息子の殺意が三角関係の構図となって殺人に発展したのだと。3日目の男が彼女に覆い被さってなかなかどいてくれないという感じでモガイている表情はオルガスムとは関係なく、(最愛の)息子の抱く母(私)を蹂躙する男に対する殺意が彼女に乗り移り、自ら発作的に殺人を犯してしまった、と読んだとのことです(ヒッチコックの「サイコ」の逆パターンで、息子の人格が母である主人公に転移したとする見解。穿った見方もあるものだなあと感心させられた)。

 また、最後の窓の外が暗くなって主人公が室内で呆然自失している風景は、ほかの室内風景もそうですが、ベルギー象徴派絵画からのヒントを得たもので、絵画も為すその知人によれば、フェルナン・クノップフ(1858-1921)を思い起こさせるとのことです。個人的にはベルギーの画家と言えば16世紀の画家ピーテル・ブリューゲルで(20世紀で言えばルネ・マグリットもそうか)、フェルナン・クノップフは初め知りましたが、その絵はどこか既視感がありました。

 いろいろな観点で楽しめる映画でした。観終わった後で、いろんな人と議論したくなる映画というのは、いい映画に多いように思います。

ジャンヌ・ディエルマン01.jpg「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地」●原題:JEANNE DIELMAN, 23, QUAI DU COMMERCE, 1080 BRUXELLES●制作年:1975年●制作国:ベルギー/フランス●監督・脚本:シャンタル・アケルマン●撮影:バベット・マンゴルト●時間:201分●出演:デルフィーヌ・セイリグ/ジャン・ドゥコルト/アンリ・ストルク/ジャック・ドニオル=ヴァルクローズ●日本公開:1996/12/2022/04(4Kレストア版)●配給:シネカノン/ビターズ・エンド(4Kレストア版)●最初に観た場所:Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下(7F)(25-05-05)(評価:★★★★☆)

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