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検閲に脚本をズタズタにされながらも、ワイルダーの洒落たセリフとモンローの演技力でもってる「七年目の浮気」。
「七年目の浮気 [Blu-ray]」 映画スチール写真 「お熱いのがお好き(特別編) [DVD]」
妻子を避暑に送り出した出版社に勤める中年サラリーマンのリチャード(トム・イーウェル)が、自分のアパートの階上にマリリン・モンローそっくりの美女(モンロー)が引っ越してきたことを知って浮気の虫が疼き、彼女を映画に誘ったり、冷房のきいた涼しい部屋を提供して浮気を試みる―。
マリリン・モンローは、このビリー・ワイルダー監督の「七年目の浮気」(原題:The Seven Year Itch、1955年)の頃は精神状態が不安定で、撮影時にはうつ状態になることが多く(コメディ映画を撮っているのにそれはマズイ)、セットでは集中力を欠いてセリフを忘れてしまい、撮影に遅れてくることも少なくなかったとのことです。更に、撮影期間中のジョー・ディマジオとの離婚により(この映画が離婚の一因になったとも言われる)、精神状態はますます悪化し、モンローの遅刻は頻度を増して、映画の完成が予定より遅れたそうです。
Photo by Documentary photographer George Zimbel
因みに、例の地下鉄の風でスカートがまくれ上がるシーンは、深夜1時からの屋外ロケ撮影にもかかわらず数百人ものカメラマンや数千人とも言われる野次馬が集まったため、歓声や野次などの雑音がマイクに入り過ぎて本編では使われず、結局スタジオでセットで撮影し直したとのことです。但し、屋外ロケは、最初から映画の宣伝だけのためだったとの内輪話もあります。夫のディマジオは屋外ロケ撮影に立ち会って不快感を露わにしており、二人の離婚はその2週間後でした。この撮影が離婚の契機となったとすれば、罪作りな話かも。
Marilyn Monroe on location, "The Seven Year Itch", New York City 1954
(左上及び左写真は屋外ロケの際に報道カメラマンなどが撮ったもの、その右の写真はスタジオ内での撮影模様(左はモンローに演技をつけるビリー・ワイルダー監督))。
スタジオ撮影でもモンローのセクシーさはとどまるところを知らなかったのか、実際の作品の中では顔だけのショットと足だけのショットに分かれてしまっています(映画スチール写真とも異なる)。
こうした撮り直しやショットの分割は、制作中に米国映倫の規制圧力により映画会社から撮影現場に修正要請が入り、脚本の中の際どいシーンが次々カットされるなどし、そうしたことの一環として、地下鉄シーンでのスカート内の露出も最低限に抑えたということのようです(脚本には不貞行為の場面はなかったが、サラリーマン氏が自分のベッドでモンローのヘアピンを見つける描写など不貞を連想させるシーンは、映倫からの検閲を受けると考えた会社側がワイルダーに削除を命じたりした)。
モンローは同監督の「お熱いのがお好き」(原題:Some Like It Hot、1959年)の撮影の際にも精神不安定のために遅刻を繰り返しますが、トミー・カーティスとジャック・レモンがほぼ全編を通じて女装で登場する話であったため、ワイルダー監督がどぎつさを緩和するためにモノクロにしたのが、当然カラー作品だと思っていたモンローには気に入らなかったというのが元々あったようです。撮影中にちょっとでも気に障ることがあると助監督に当たり散らしたりなどして、「撮影現場でのトラブルの原因は99%はモンローにあった」と現場関係者に言わしめたほどでした。
共演のトミー・カーティスはモンローとのキスシーンについて「ヒトラーとキスしたようなものだ」とコメントしています(トミー・カーティス本人は後にこの発言を否定している)。一方、もう一人の共演者ジャック・レモンは催眠術の名手であり、ロケ宿泊地のホテルでその技法により彼女を催眠誘導してリラクゼーションに導き、何とかクランクアップに漕ぎ着けたという話もあります(藤本正雄『催眠術入門』('67年/カッパ・ブックス)など)。
興味深いのは、モンローのおかげですったもんだした撮影であったにも関わらず、それぞれ作品が公開されると、「七年目の浮気」の方は興業収入1,200万ドルの大ヒットを記録して、モンローの演技は批評家と観客の両方から高く支持され、彼女は更なる人気を博し(日本でも'55年11月の「テアトル東京」オープンの杮落とし上映がこの作品だった)、また「お熱いのがお好き」ではその演技でゴールデングローブ賞主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)を獲得、名実ともに大女優の地位を築き上げていることで、「お熱いのがお好き」では撮り直しをする度に演技が良くなっていき、撮影が終了して帰りかける頃には、彼女が誰よりも元気であったと言います。
「七年目の浮気」でもそんな感じだったのではなかったのでしょうか。元が舞台劇であるにも関わらず、先に述べたように検閲予防のため脚本がズタズタにされた作品で、初めて観た時の個人的評価はそう高くはなかったのですが(脚本も演出も「お熱いのがお好き」の方が上か)、今観ると、この作品は、ワイルダーの洒落たセリフと「モンローの演技力」でもってるような気がして、当初の評価に星1個分プラスしました。
そういえば、イラストレーターの和田誠氏も、『お楽しみはこれからだ』で結構モンローを取り上げていたのではなかったかなあ。まあ、和田誠氏はビリー・ワイルダーがそもそも好きだからなあ。今、探してみたら『お楽しみはこれからだ PART3―映画の名セリフ』('80n年/文藝春秋)で、モンローが「大アマゾンの半魚人」('54年)を観た後の感想を言ったセリフ「半魚人は可哀そう。顔は怖いけれど悪者じゃないわ。愛情を求めているのよ」というのを取り上げていました。
『お楽しみはこれからだ〈part 3〉―映画の名セリフ (1980年)』
ワイルダー監督はモンローを使っての撮影が終わる度に、彼女の情緒不安定と我儘にはもう懲り懲りしたと周囲に漏らしながらも、結局のところ彼女のコメディエンヌとしての才能は高く評価していたようで、三度(みたび)彼女を使って次回作を撮ることを考えていたといいますが、彼女の死によってそれは実現しませんでした。
モンローの演技力については、錚々たる映画スターを輩出した俳優養成所「アクターズ・スタジオ」を主宰していたリー・ストラスバーグが、モンローとマーロン・ブランドが、彼の門下で最も優れた才能の持ち主であると言っていたそうです(亀井俊介 『アメリカでいちばん美しい人―マリリン・モンローの文化史』('04年/岩波書店))。
「七年目の浮気」の最後は、件(くだん)のサラリーマン氏は自らが妻を愛していたことを再認識するというコメディ映画らしい無難なオチですが、セックスシンボルとして多くの男性を魅了する一方で、"正妻"となるには落ち着きが悪く、彼女自身はいつまでたっても安定した境遇を得られないという、公私の両面に渡ってモンローに合致したヒロイン像だったように思います(ラストのモンローはやや寂しげか)。また、クレジットでモンローの役に名前が無く、単に「ザ・ガール」となっていることから、この女性自体が主人公のサラリーマン氏の妄想ではないかという見方もあるようです(川本三郎氏など)。
「七年目の浮気」●原題:THE SEVEN YEAR ITCH●制作年:1955年●制作国:アメリカ●監督:ビリー・ワイルダー●製作:ビリー・ワイルダー/チャールズ・K・フェルドマン●脚本:ビリー・ワイルダー/ジョージ・アクセルロッド●撮影:ミルトン・クラスナー●音楽:アルフレッド・ニューマン●原作:ジョージ・アクセルロッド●時間:105分●出演:マリリン・モンロー/トム・イーウェル/イヴリン・キース/ソニー・タフツ/オスカー・ホモルカ/マルグリット・チャップマン/ロバート・ストラウス●日本公開:1955/11●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:高田馬場ACTミニシアター(84-01-14)(評価:★★★☆)●併映:「フロント・ページ」(ビリー・ワイルダー)/「アラビアのロレンス」(デビッド・リーン)/「せむしの仔馬」(イワノフ・ワーノ)/「雪の女王」(レフ・アタマノフ) 高田馬場(西早稲田)ACTミニシアター 1970年代開館。2000(平成12)年3月26日活動休止・閉館。
「七年目の浮気 特別編 [DVD]」
「お熱いのがお好き」●原題:SOME LIKE IT HOT「お熱いのがお好き〈特別編〉 [DVD]」●制作年:1959年●制作国:アメリカ●監督:ビリー・ワイルダー●製作:ビリー・ワイルダー/チャールズ・K・フェルドマン●脚本:ビリー・ワイルダー/I・A・L・ダイアモンド●撮影:ミルトン・クラスナー●音楽:アルフレッド・ニューマン●原作:ロバート・ソーレン●時間:120分●出演:マリリン・モンロー/トニー・カーティス/ジャック・レモン/ジョージ・ラフト/パット・オブライエン/ジョー・E・ブラウン/ジョージ・E・ストーン/ジョアン・ショーリー/ビリー・グレイ●日本公開:1959/04●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所:高田馬場ACTミニシアター(84-02-25)(評価:★★★☆)●併映:「鉄道員」(ピエトロ・ジェルミ)/「カビリアの夜」(フェデリコ・フェリーニ)/「フェリーニの監督ノート」(フェデリコ・フェリーニ)/「聖メリーの鐘」(レオ・マッケリー)/「ふくろうの河」(ロベール・アンリコ)/「(チャップリンの)ノックアウト」(チャールズ・アヴェリー)
作品はモノクロ