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映画を先に観たが、原作を読むと主人公の"冤罪"的要素がより浮き彫りになってくる。



『わるいやつら (1961年)』['61年]『わるいやつら 全一冊決定版 (カッパ・ノベルス) 』['70年]『わるいやつら(上) (新潮文庫)』['66年]『わるいやつら 下 (新潮文庫 ま 1-9) 』['66年]『わるいやつら 上下2冊セット 松本清張 新潮文庫』]

戸谷信一はある総合病院の院長だが、病院の経営には無関心で、もっぱら骨董品収集と漁色に明け暮れている。そのため病院の経営は苦しく、赤字は毎月増えるばかりであったが、妻・慶子との別居中に作った二人の愛人、銀座の高級洋品店「パウゼ」の経営者の藤島チセと、大きな家具店の妻女・横武たつ子から、金を巻き上げては赤字の穴埋めに充てていた。最近新たに若くして銀座で一流洋装店を経営する美貌のデザイナー槙村隆子を知った戸谷は、彼女に強い興味を持ち、結婚に持ち込みたいと思うようになった。そのためさらに多額の金が必要になったが、その金も愛人から絞り取ることで乗り切れると戸谷は考えていた。しかし、愛人の一人である横武たつ子の病夫の急死に、これもまた自分の愛人である看護婦長の寺島トヨと思わぬ関わりを持ったことから、戸谷とその周囲の人間の運命は狂い出す―。

松本清張が「週刊新潮」に1960(昭和35)年1月から 1961(昭和36)年6月まで連載した長編小説(加筆修正のもと1961年10月に新潮社から単行本刊行)。医者の社会的権威を利用して犯罪に手を染めてゆく医師と、その人間関係を描くピカレスク・サスペンスで、野村芳太郎監督によって1980年に松竹で映画化されたほか、これまでに1985年・2001年・2007年・2014年の4度テレビドラマ化されています(ただし、2007年版は、米倉涼子演じる看護師・寺島豊美(寺島トヨ)が主人公になっている)。
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映画を観たり原作を読む前から、病院長・戸谷信一が次々に人を殺害する物語であるということは知っていました。ただ、冷徹な主人公が頭脳的・計画的に愛人を殺していくのかと思ったら、ボンボンで自堕落プレイボーイの二代目病院長が、金目当てに愛人にした女たちに逆に自身が翻弄され、安易に犯行を計画して半ば共犯的に殺人を犯し、最後には心底惚れ込んだ女に裏切られるという話でした。それでも、その方がりアリティがあって面白かったです。
「わるいやつら」('80年/松竹)片岡孝夫/宮下順子
本作執筆のきっかけとして、作者の母が1955年に亡くなった際、埋葬許可証を発行する区役所の手続きが非常に簡単で、係員が死亡診断書を発行した医者に問い合わせることをせず、診断書の記載がそのまま形式的に通過していくことに驚き、創作のヒントを得たと作者は述べています。ただし、本作は、そうした診断者や医師の問題がどうのこうのと言うより、1人の人間のキャラクターを描くことで、人間の弱さを描いているように思え、そこが良かったです。カッパ・ノベルズで二段組500ページありますが、追い詰められていく主人公の心理にフォーカスされていて、ラストまですんずん読めました。
先に野村芳太郎監督による映画化作品を観たのですが、原作を読んでみて改めて旨いなあと思ったのは、(以下、ネタバレ)無期懲役の戸谷に比べ、寺島トヨと藤島チセとの二人は殺人幇助ということで、刑期はずっと短かかったという結末になっている点です。戸谷が突発的ながらも殺意をもって殺そうとしたのは看護婦長の寺島トヨのみで、ただし、彼女は実は死んでいなかったわけです。一方、横武たつ子の病夫の死や横武たつ子自身の死には寺島トヨが強く関与している疑いがあり、また、藤島チセの夫の死には藤島チセ自身が関与している疑いがあるのですが、結局、主犯はすべて戸谷であるというような罪状になっているということです。つまり、ここにある種、寺島トヨと藤島チセという捨てられた愛人同士が結託した、別の女・槙村隆子に走った戸谷に対する復讐劇が成り立っている点です。
映画を観た時は、その辺りを意識せず観ていましたが、原作を読むと、そうした"冤罪"的要素(とまで言えるかどうかはともかく)がより浮き彫りになってきます。映画も一応その線で作られていますが、ややアピールが弱かったでしょうか。その当たりを意識してか、女もしたたかということを強調したかったのか、原作に無い事件をラストに加えていますが(おそらく、この結末の方が原作より知られていると思う)、これはやや無理があったかと思います。
映画のラストの方で、渡瀬恒彦が演じる戸谷の弁護士と、佐分利信が演じる戸谷に判決を言い渡す裁判官を佐分利信がそれぞれ1シーンずつ出てきますが、原作では「戸谷は弁護士を雇ったが、あまり有能な弁護士でもなさそうだった」とあり、確かに、渡瀬恒彦が演じる弁護士などは最初から「期待されては困る」的な雰囲気でした。弁護士も裁判官も当てにならなかったということでしょう。だから、佐分利信みたいな大物俳優が出て来ても、さらっと突き放すように判決を言い渡す1シーン限りだったのだなあと、改めて思い当たった次第です。一方、これはあまりに穿った見方かもしれませんが、緒形拳演じる刑事は、ヤリ手であるには違いないですが、戸谷により深い罪を負わせようとする女性たちのタッグをバックアップするような役回りになっていると解せなくもないように思いました。
【1962年新書化[新潮社ポケット・ライブラリ]/1966年文庫化[新潮文庫(上・下)]/1970年ノベルズ版[カッパ・ノベルズ]】
《読書MEMO》

●新潮文庫版下巻(1966年)の裏表紙(および新潮社ホームページ)では、「(戸谷は)横武たつ子の病夫を殺したあげく、邪魔になった彼女をも殺害し」と記述されている(2025年現在)が、小説の内容としては明らかに不正確な記述である(第一章第4節参照)。カッパ・ノベルズ版では、「横武たつ子が夫猿害の疑いで財産を失うと、戸谷は婦長の寺島と共謀、彼女を殺害」とあり、こちらの方が実態に近いが、それでもまだ、横武たつ子猿害が「共謀」と言えるか疑義が残る。
