【2430】 ○ 戴思杰(ダイ・シージエ) 「小さな中国のお針子」 (02年/仏・中国) (2003/01 アルバトロス・フィルム) ★★★☆

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知識人目線、外国人目線は感じるが、ラストシーンは青春のノスタルジーに満ちていて秀逸。

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戴思杰(ダイ・シージエ)

小さな中国のお針子 [DVD]
Chisana chûgoku no ohariko(2002)

中国の小さなお針子 マー・ルオ.jpg 1971年、文革の嵐が吹き荒れる中国。青年マー(馬剣鈴)(劉燁〈リウ・イエ〉)とルオ(羅明)(陳坤〈チェン・クン〉)は医者を親に持つことから、反革命分子の子として再教育のために奥深い山村へ送り込まれた。彼らはそこで過酷な肉体労働を強いられる。ある日二人は、美しい少女、お針子(周迅〈ジョウ・シュン〉)に出会う。ルオはお針子に一目惚れした。彼らは、同じ再教育で来ている若者が禁書である西洋の本を大量に隠し持っていることを知り、それ中国の小さなお針子 THE LITTLE CHINESE SEAMSTRESS 3.jpg中国の小さなお針子 THE LITTLE CHINESE SEAMSTRESS 2.jpgを盗み出す。そして、文盲のお針子に毎夜西洋の文学を読み聞かせてあげるのだった。許されない秘密を共有することで結びつきを強める三人。そして、お針子は西洋文学が語る自由に次第に目覚めていく―。

 戴思杰(ダイ・シージエ)監督・脚本による2002年製作のフランス・中国の合作映画で、原作は戴監督の自著『バルザックと小さな中国のお針子』(早川書房刊)。マーとルオが農村に行かされたのは、文化大革命当時の所謂「下放」運動の対象となったわけですが、戴思杰監督自身、この作品の主人公らと同じく10代の時に「下放」されており、原作及び映画にはその時に実際にあったことなども盛り込まれているとのことです(お針子の祖父の仕立て屋に9晩かけて「モンテクリスト伯」を物語るエピソードは実際にあった話らしい)。

中国の小さなお針子 THE LITTLE CHINESE SEAMSTRESS.png 「下放」に出された経験がある監督は、「第五世代監督」の旗手と言われる「紅いコーリャン」の張芸謀(チャン・イーモウ)、「さらば、わが愛/覇王別姫」の陳凱歌 (チェン・カイコー)を筆頭に数多くいて、「下放」そのものを扱った映画も、陳監督の「子供たちの王様」('87年/中国)や、「紅いコーリャン」に主演した姜文(チアン・ウェン)が監督した「太陽の少年」('94年/中国・香港)、陳冲(ジョアン・チェン)監督の「シュウシュウの季節」('98年/米)、池谷薫監督の「延安の娘」('02年/日)などがあります。

 但し、陳凱歌は2002年以降アメリカで活動しているし、姜文は00年代に中国当局より7年間映画製作・出演禁止処分を受けています。「シュウシュウの季節」はアメリカ映画、「延安の娘」は日本映画で、この「小さな中国のお針子」も、フランス・中国の合作映画ですが実質的にはフランス映画です。

 戴思杰監督自身は福建省で医師の両親のもとに生まれ、1971年から74年まで四川省の山岳地帯で「再教育」を受けたあとに1984年に政府給費留学生としてパリ映画高等学院に留学、そのままフランスに在住し、フランス語で書いた初の小説『バルザックと小さな中国のお針子』で作家デビュー、これがフランスで40万部のベストセラーとなり、フランス人プロデューサーにより映画化に至ったという経緯です(多くのプロデューサーから映画化権獲得の申し入れがあった)。

中国の小さなお針子s.jpg中国の小さなお針子 ルオ・お針子3.jpg そのように、実質フランス映画であるということもあってか、観ていてそれっぽい筋書きや演出、或いは撮り方をしていると感じれる部分がありました。主人公の二人、ヴァイオリン青年マー(より作者の分身に近いと言える)と歯科医を目指すルオが違った形でお針子に恋をするため、二人の青年とお針子の恋愛を描いた青春映画としての色合いも濃いように思います。革命思想に洗脳されたかのように見えた村長も実は人柄はそう悪くなく、後にマーが再訪した時は歓待してくれたという―いくら恋愛絡みにしても、みんな懐かしくていい思い出となり、苦楽ともにノスタルジーによって美化されてしまうというのはどうなのかという印象は若干あります。しかし、戴監督自身は、「下放」というのは映画の背景に過ぎず、描きたかったのは「文学の力が人を変えていく」様だったというようなことを、どこかのインタビューで答えていたように思います。

中国の小さなお針子 マー・お針子.jpg 個人的に印象に残った場面があり、それは、お針子がルオの子どもを身籠ってしまって違法ながらも中絶するしかなくなり、マーが町で何とか産科医に会い、自分の父親の名前を告げると、マーの父親の名も政治的不遇をも知っていたにも関わらずその産科医に身構えられてしまい(マーが「妹」に生理が無いので相談に乗って欲しいと切り出し「お前の父親に娘などいない」と嘘がバレれたということもあるが)、マーが最後に一縷の望みを賭けて、この窮状を救ってくれるならば「バルザックの本を一冊差し上げます」と言ってその本を見せると、産科医がその中の一文を読んで、「この翻訳は傅雷だな、文体で分かる。可哀そうに、お前のお父さんと同じ人民の敵だ」と言いい、こらえきれなくなって泣きじゃくるマーを慰め、お針子や青年たちのために危険を冒してひと肌脱ぐ決意をするという箇所で、ああ、これは当時弾圧を受けながらも内面の矜恃を保った多くの「知識人」に対するオマージュなのだなあと思いました。

中国の小さなお針子 G.jpg そうした「知識人目線」みたいなのは確かにあり、その辺りもこの映画に対する批判的な見方の要因としてあるようです。お針子の描き方は、川端康成の原作で何度も映画化された「伊豆の踊子」などにも通じるところがあるように思いました(あの作品には東大生から見た"上から目線"との批判もある)。あとはやはり「外国人目線」でしょうか(正確には"外国からの目線"か)。中国語タイトル「巴爾扎克与小裁縫」(バルザックと小さなお針子)に対し、フランス語タイトルは「Balzac Et La Petite Tailleuse Chinoise」(原著共)。原著の仏語タイトルに倣って日本語タイトルに「中国の」とわざわざ入れたことで一層「外国人目線」が意識させられるようになってしまいましたが、ある意味、この作品の微妙な本質というか性格を表しているようにも思います。

 とは言え、批判するのは簡単、中国に外国からスタッフが入って映画を作るのは大変、という事情もあったかと思います。まず、中国国内での撮影許可を得るために当局と交渉があって、原作で27年後に再会する主人公二人が、作者及び監督の分身であるマーの方はバイオリンの名手となってパリで友人と四重奏団を組んでいて、ルオの方はアメリカで歯科医になっているのに対し、「二人とも海外に行ってしまっているのはけしからん」という当局のクレームで、ルオは上海で歯科医となりその分野での国家的権威になっているという具合に改変されています。これも現地でロケを行う許可を得るためのバーター条件だったとのことでやむを得ないのかも。

張家界.jpg 中国で中国の俳優を使って中国の地で撮影出来たことはやはり大きかったように思います。ロケ地の張家界(湖南省)は幻想的に美しく今や中国の一大観光名所ですが、当時は60人の映画クルーが何日もかけてやっと辿り着き、そこには何も無かったと言います。撮影のために建てた主人公の青年らが寝起きした住居などは、後に休憩所として使えるように取り壊さないで残してきたとのことです。

 ストーリーの中では鳳凰山にあるこの美しい村が三峡ダムの工事で水没することになったため、マーは懐かしさに駆られて村を再訪するわけですが、村長など老人はいてもお針子がいないというのが辛いです(文学によって村以外の世界を知ったお針子は、マーやルオがいる時に村を出てしまっていたのだが、戻ってはいなかった)。二人がお針子に文学を読んで聞かせた部屋が水没するラストシーンのイメージ映像は、惜別の念と青春のノスタルジーとに満ちていて秀逸。やはりコレ、青春恋愛映画だなあ。思い出の土地が水没するというのは、痕跡は無くとも土地がそのままであるというのとはまた違った深い寂しさがあるだろうなあ、などと思いました。

周迅(ジョウ・シュン).png劉燁〈リウ・イエ〉.png陳坤〈チェン・クン〉.jpg 当局との中国でのロケ交渉と併せ、中国との共同製作作品とし中国の俳優を使うことを条件として作られた映画であるのに(何れも中国国内で上映できるようにとの仏側からの提案だった)、結局、中国では上映もされていなければ原作も刊行されていない状態が今も続いていますが、周迅(ジョウ・シュン)をはじめ主演俳優のその後の人気もあって、海賊版のビデオやインターネット動画などで結構多くの人が観ているのではないかという気もします。
周迅(ジョウ・シュン)/劉燁(リウ・イエ)/陳坤(チェン・クン)

中国の小さなお針子 wakare.jpg「小さな中国のお針子」●原題:巴爾扎克与小裁縫/BALZAC ET LA PETITE TAILLEUSE CHINOISE/BALZAC AND THE LITTLE CHINESE SEAMSTRESS●制作年:2000年●制作国:フランス・中国●監督:戴思杰(ダイ・シージエ)●脚本:戴思杰(ダイ・シージエ)/ナディーヌ・ペロン●撮影:ワン・プージャン●音楽:ジュン=マリー・ドリュージュ●原作:戴思杰(ダイ・シージエ)●時間:110分●出演:周迅(ジョウ・シュン)/陳坤(チェン・クン)/劉燁(リウ・イエ)/王双宝(ワン・シュアンパオ)/叢志軍(ツォン・チーチュン)/王宏偉(ワン・ホンウェイ))●日本公開:2003/01●配給:アルバトロス・フィルム(評価:★★★☆)

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