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笑うキートンが見られる「コニー・アイランド」。表情も豊かな「自動車屋」。

「ファッティとキートンのコニー・アイランド(キートンのコニー・アイランド/デブ君の浜遊び)」

「デブの自動車屋」
謝肉祭に沸くニューヨーク。コニー・アイランドの海岸で、恐妻とのデートに退屈したファッティ(ロスコー・アーバックル)は、砂浜に埋まって隠れ、何とか妻を撒くことに成功。一方、パレード見物を終えたキートンとガール・フレンドが遊園地にやって来た。彼女に一目惚れしたファッティは横恋慕を企んで、まんまと彼女を海水浴に誘い出すことに成功する。しかしファッティに合うサイズの貸し水着がなく、太ったおばさんの水着を盗み出す始末。女装して彼女と海水浴場へ繰り出すが―(「ファッティとキートンのコニー・アイランド」)。
ロスコー・アーバックルが監督した1917年10月29日米国公開作。一人の女性を巡って、ロスコー・アーバックルと彼の従兄弟のアル・セント・ジョン、そして、アーバックルにスカウトされて映画界入りした軽業師バスター・キートンの3人が奪い合いをするドタバタするコメディ。自分の女装姿にまんざらでもないファッティが可愛らしいです。アーバックルがあくまで主演で、この年に映画
界入りしたバスター・キートンはまだ助演ですが、ゴーカートでの衝突やバック転など、鍛えぬかれた肉体の演技を披露しています。
大笑いするキートン
スクリーンで笑わないことで知られるキートンですが、そんな彼が、間抜けな若者と髭の警官の2役を演じたこの映画では、笑う場面があることが注目点でしょう。「笑わぬ喜劇王」のキャラクターがまだ出来上がっていなかったことを表しています。自身監督した「キートンの文化生活一週間」('20年)以降、キートンという俳優は演技では本当に笑わないキャラクターに徹した人で、演技
がだけでなくプライベート写真でもインタビュー・フィルムでも無表情を貫いています(普段はよく笑うが、カメラが回ると絶対に顔を崩さないよう徹底していたという妻の証言もあるが)。1957年に英BBCの「This is Your Life」という番組に出演した際も(最初は眼鏡をかけて登場する)、若い頃の自分のそっくりさんが出てきたりしてもニコリともせず、一方で、しれっとロスコー・アーバックルにまつわる(追慕を込めた)冗談をかましており、サービス精神はなおも旺盛、その放送分は米国で「Buster Keaton/This is Your Life」('57年/米)というDVDになっています(IMDb評価 7.6(初放映時の原版テープがYouTubeにあった。DVDでは削除されているCMが入っている))。この姿勢は70歳近くなった晩年に作られた「線路工夫(The Railrodder)」('65年/カナダ)という25分ほどの小品や、その撮影の椅子を記録した「キートン・ライズ・アゲイン」('65年/カナダ)でも踏襲されています。
自動車屋で働くファッティとキートン。二人のドジで、ガレージはいつもてんやわんやの大騒ぎ。ある日、ガレージのオーナーの娘モリー(モリー・マローン)にしつこく言い寄ってくる求婚者ジム(ハリー・マッコイ)が、バラの花束を抱えてやって来た。ところが花束はファッティたちのおかげで油まみれになり、受け取ったモリーの顔は真っ黒に。そのせいでモリーに嫌われてしまったジムは、復讐のためにファッティたちに犬をけしかける。犬にお尻を噛まれてズボンが脱げてしまったキートンは、警官に追われる羽目に...。一方、ひょんなことからガレージに閉じ込められてしまったジムは、二人に気付かれる前に逃げ出そうと画策しているうちに、火事を起こしてしまう。激しい火の手が上がり、モリーとジムは逃げ遅れてしまう。消防士でもあるファッティとキートンは、懸命に消火活動にあたるが、穴が開いたホースから水が漏れてしまい、なかなか鎮火できない―(「デブの自動車屋」)。
こちらもロスコー・アーバックルが監督した1920年1月11日米国公開作。キートンの頭がちょこんと当たっただけで自動車が発進したり、ガソリンまみれの男の横で煙草に火をつけようとしたり、下着姿を隠す為にポスターからキルト・スカートを剥ぎ取ったりと趣向は盛沢山で、キートンのアクションも全開。後の「笑わぬ喜劇王」キートンは「無表情の喜劇王」キートンでもあるわけですが、ここでは表情も豊かです。
自動車修理工の話で、皆オイルで顔が真っ黒になるのはコメディの常道。キートンとファッティがコンビネーション発揮して警察にバレないように歩くシーンが面白く、キートンはポールを逆立ちしながら昇ったして、その身体能力の高さを窺わせます。
途中から消火活動の話になって、そっか、何故そうなのかよく分からないけれど、自動車屋は消防署でもあったのかと(後の「キートンの鍛冶屋」('22年)では鍛冶屋が自動車修理屋を兼ねていたが)。消火活動にあたる面々がランチタイムになるとまだ火が燃え盛っていて、美女が助けを求めているのに引き揚げてしまうのは何に対する皮肉でしょうか。
「ファッティとキートンのコニー・アイランド(キートンのコニー・アイランド/デブ君の浜遊び)」●原題:CONEY ISLAND●制作年:1917年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ロスコー・アーバックル●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:ジョージ・ピータース●時間:24 分●出演:ロスコー・アーバックル/バスター・キートン/アリス・マン/アル・セント・ジョン●米国公開:1917/10●最初に観た場所:アートシアター新宿(84-05-27)(評価:★★★☆)●併映:「デブの自動車屋」「キートンの文化生活一週間(マイホーム)」「キートン・ライズ・アゲイン」
「This Is Your Life [VHS]」「"This Is Your Life" Buster Keaton (TV Episode 1957)」
「Buster Keaton/This is Your Life(S5 E28)」●制作年:1957年●制作国:アメリカ●製作総指揮・司会:
ラルフ・エドワード●演出:リチャード・ゴットリーブ●ゲスト出演:バスター・キートン/エディ・クライン/ドナルド・クリスプ/レッド・スケルトン/ドナルド・オコナー/エレノア・ノリス・キートン/ハリー・キートン/ルイーズ・キートン●米国放映:1957/04(評価:★★★☆)
「デブの自動車屋」●原題:THE GARAG●制作年:1920年●制作国:アメリカ●監督:ロスコー・アーバックル●製作:ジョセフ・M・シェンク●脚本:ジャン・ハヴズ●撮影:エルジン・レスリー●時間:22分●出演:ロスコー・アーバックル/バスター・キートン/モリー・マローン/ハリー・マッコイ/リューク(犬)/アリス・レイク(ノンクレジット)●米国公開:1920/01●最初に観た場所:アートシアター新宿(84-05-27)(評価:★★★☆)●併映:「キートンのコニー・アイランド(デブ君の浜遊び)」「キートンの文化生活一週間(マイホーム)」「キートン・ライズ・アゲイン」


(エスプリ)を体現したような作品。1958年・第11回「カンヌ国際映画祭 審査員特別賞」を受賞したほか、米国で1958年・第31回「アカデミー賞外国語映画賞」を受賞していますが、この作品ではそのモダンな住宅のセットも話題になり、ジャック・タチのモダニスト的な資質も注目されました(映画は小説化されていて、文庫化もされている)。
一方、「ぼくの伯父さんの休暇)」は、海辺の避暑地にやって来てバカンスを楽しむユロ氏が、行く先々で珍妙な騒動を巻き起こすというもので、ストーリーらしいストーリーは存在せず、いわゆる「スケッチ・コメディー」(ポートレイト・ムービー形式のコメディ)に仕立てていますが、こちらもフランス人らしいエスプリの効いたコメディ作品であり、「ぼくの伯父さん」以前にジャック・タチのスタイルが出来上がっていたことを窺わせます。「ぼくの伯父さん」と違ってモノクロ映画ですが、これはこれで強い印象がありました。この作品は、1953年度の「


・エテックスはどこに出ていたか思い出せない。また、
「ぼくの伯父さん」●原題:MON ONCLE(英題:My Uncle)●制作年:1958年●制作国:フランス・イタリア●監督・製作・脚本:ジャック・タチ●撮影:ジャン・ブールゴワン●音楽:アラン・ロマン/フランク・バルチェッリーニ●時間:120分●出演:ジャック・
タチ/アラン・ベクール/ジャン=ピエール・ゾラ/アドリアンヌ・セルヴァンティ/ドミニク・マリー/ルシアン・フレジス/ベティ・シュナイダー/イヴォンヌ・アルノー/ピエール・エテックス(?)●日本公開1958/12:●配給:新外映●最初に観た場所:日仏学院(82-09-25)(評価:★★★★)
「ぼくの伯父さんの休暇」●原題:LES VACANCES DE MONSIEUR HULOT(英題:Monsieur Hulot's Holiday, Mr. Hulot's Holiday)●制作
年:1953年●制作国:フランス●監督・製作・脚本:ジャック・タチ●撮影:フレッド・オラン/ジャック・タチ●音楽:アラン・ロマン●時間:88分●出演:ジャック・タチ/ナタリー・パスコー/ルイ・ペロー/アンドレ・デュボワ●日本公開:1963/08●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:日仏学院(82-09-25)(評価:★★★★)


世界恐慌で破産した大富豪(ピエール・エテックス)は、元恋人であるサーカスの曲馬師と再会し、その存在を知らなかった幼い息子との3人での地方巡業の旅に出る。やがて成長した息子はヨーヨー(ピエール・エテックス二役)という人気クラウンになり、第2次世界大戦が終わると、かつて父が暮らしていた城を再建するべく奔走する。空中ブランコ乗りのイゾリーナ(クローディーヌ・オージェ)に恋したヨーヨーは、興行プロデューサーとして成功するが―。
世界恐慌までを字幕付きのサイレントで、その後をトーキーで描いています。エテックスの盟友で後に「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」などを手がける脚本家ジャン=クロード・カリエールが共同脚本を担当。日本では「ピエール・エテックス レトロスペクティブ」(2022年12月24日~2023年1月20日、東京・シアター・イメージフォーラム)で劇場初公開されました。
最初の方の大豪邸における大富豪の暮らしぶりから圧巻。就寝するだけのことに何人の執事らが関わるのか数えきれす、楽団が来てセレナーデか何か奏でたり、大勢の女性たちが体をほぐすに来たりと、一体この邸宅で何人雇っているのでしょうか。立派な岩風呂にこれから自分が入るのかと思ったら、飼い犬用だったというのには笑いました。でも、大富豪自身はどこか虚無的。曲馬師の娘に恋することで人生の喜びに目覚める―。
やがて世界恐慌。ビルの屋上から自殺者が降ってくるので気をつけなければならない。富豪も破産し、女性と再び出会うが、彼女の傍にいたのは自分の息子だった。そして3人でサーカスの旅へ。ライバルのサーカス一行が「ザンパノとジェルソミーナ」(フェデリコ・フェリーニの 「
やがて、主役は富豪からクラウンとして有名になった息子にバトンタッチされます(言ってもどちらもエテックスが演じているだが)。彼は子供時代に父の屋敷に入り込んで彷徨い(そのシーンはベルイマン映画のよう)、その時の憧れから父の屋敷を取り戻そうと頑張り、クラウンとして稼ぎをすべて屋敷の修復に費やします。その間、人気スターゆえの煩わしさや、製作者としての何かとままらない気持ちも描かれます(前年公開のフェリーニの「
そして、遂に屋敷を完全修復し、大勢を招いてお披露目パーティーを。離れて暮らす両親(画面に顔は出てこない)を呼び寄せ、屋敷の中を見るよう言いますが、両親は中には入らず去っていきます。そのことで、華やかだが空疎な豪邸を後に、ヨーヨー自身も象に乗って去っていく―やはり、ヨーヨーはサーカスの世界に帰っていくということでしょう。ちょっと寂しいけれど、いいエンディングでした。
さらに、そうした「映画愛」以上に「サーカス愛」に溢れるコメディ映画で、ピエール・エテックスもこの5年後、フェデリコ・フェリーニ監督の「フェリーニの道化師」('70年・伊)に出演します。かつての名道化師を追いかけていたフェリーニが、彼らの演技を収めたフィルムのある家を訪ねます。そのフィルムを持っていたのが、名
コメディアンで映画監督でもあったピエール・エテックス(「道化師」に関しては本邦ではピエール・エテの表記)だったと(部屋のバックに「ヨーヨー」のポスターが見える)。
、フェリーニ監督がイタリア国営放送のために制作したドキュメンタリー風テレビ映画で、実際にはドキュメンタリーに見える部分も演出されているようです(実在の道化師たちの談話がフェリーニ率いる虚実混淆の"撮影隊"によってフィルムに収められる様子が描かれることで、映画は幻想と現実が幾重にも入り組んだ複雑な様相を呈している)。1970年の12月25日(クリスマスの日)にテレビ放映され、同月27日から劇場公開されていますが、傑作との評判に7年後の1976年12月に日本でも公開の運びとなっています。サーカスやピエロといった消えゆく文化への惜別の念と再興への希望という点で、「ヨーヨー」「道化師」の両作品は通底しているように思いました。
ピエール・エテックスはこのほかに自身の監督作以外に10数本の映画に出演していて、映画を撮ることは早くにやめてしまいましたが(1971製作のヴァカンスに出かけるフランス人たちを辛辣ともいえる視線で捉え(「ぼくの伯父さんの休暇」へのオマージュか)、ビュルレスク的に構成した初のドキュメンタリー「


⦅「フェリーニの道化師」あらすじ⦆
現在、道化師はどうなったか。フェリーニ監督は「恐怖を誘う強烈な喜劇性と大騒ぎの楽しさ。彼らの属していた世界はない。サーカス小屋はグランドだ。観客に子どもらしい単純さはない」と現状を調べようと取材チームを組み各地を取材する。イタリアのオルフェイサーカスを訪ねた(サーカスではアニタ・エクバーグと偶然会う)。座長は「現代の道化師は、長いものは喜ばれない。笑いは10分でいい」「昔の道化師は終わった。今は扮装も変わった」と語る。オーギュストという道化師は、酒びたりで病院に入院したが、ヌーボーサーカスの道化を見るため病院を抜け出し、芸を見ながら亡くなった。パリの「冬」サーカス場は、全盛は終わり観客が子どもだけ、そこにいるバプティストやチャップリンの娘はフランス巡業を夢見ている。スペインの道化師リベルは道化師の学校を作れと主張。ピエール・エテ監督は道化師の記録映画を持っていたが、フイルムが焼けて見られない。ロリオ、バリオなどはアルバムを見せ過去を語るだけ。そしてクライマックスの道化師の死をテーマにした大掛かりな道化師を結集した圧巻の芸が展開される。やがて終演し、道化師たちは退場して消灯される。その中で一人の道化師はトランペットで「引き潮」を吹き鳴らし、死んだ仲間の存在を確かめまる。すると死んだ仲間が現れ、一緒に舞台で演奏し合い静かに楽屋へ去る。
「ヨーヨー」●原題:YOYO●制作年:1964年●制作国:フランス●監督:ピエール・エテックス●製作:ポール・クロードン●脚本:ピエール・エテックス/ジャン=クロード・カリエール●撮影:ジャン・ボフティ●時間:98分●出演:ピエール・エテックス/リュス・クランクローディーヌ・オージェ●日本公開:2022/12●配給:ザジフィルムズ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-08-06)(評価:★★★★)
「フェリーニの道化師」●原題:FELLINI:I CROWNS●制作年:1970年●制作国:イタリア●監督:フェデリコ・フェリーニ●製作:エリオ・スカルダマーリャ/ウーゴ・グエッラ●脚本:フ
ェデリコ・フェリーニ/ベルナルディーノ・ザッポーニ●撮影:ダリオ・ディ・パルマ●音楽:ニーノ・ロータ●時間:110分●出演:フェデリコ・フェリーニ/アニタ・エクバ
ーグ/ピエール・エテックス/ジョセフィン・チャップリン/グスターブ・フラッテリーニ/バティスト/アニイ・フラッテリーニ/リアナ/トリスタン・ルミイ/フランコ・ミグリオリーニ●日本公開:1976/12●配給:東宝東和●最初に観た場所:池袋・文芸坐(78-02-07)(評価:★★★★)●併映:「フェリーニのアマルコルド」(フェデリコ・フェリーニ)
「桃源郷」●原題:PAYS DE COCAGNE(英題:Land of Milk and Honey)●制作年:1971年●制作国:フランス●監督:ピエール・エテックス●製作:ポール・クロードン●脚本:ピエール・エテックス●撮影:ジャン・ボフティ●音楽:ホセ・パディーヤ●時間:80分●ドキュメンタリー●日本公開:2022/12●配給:東京日仏学院[自主上映](「フレンチタッチ・コメディ!〜30年から現在までのフランス映画のコメディ特集」(15-11-20))(評価:★★★?)


第1章のミニシアターというものが未知数だった「80年代」のトップは新宿「シネマスクエアとうきゅう」(81年12月、歌舞伎町「東急ミラノビル」3Fにオープン)。企業系ミニシアターの第1号で、1席7万円の椅子が売り物でした。柳町光男のインディペンデント作品「
が16週上映(コピーは"中世は壮大なミステリー"。教養映画風だが実はエンタメ映画)、今で言うストーカーが主人公で、買い手がつかなかったのを買い取ったというパトリス・ルコントの「
六本木「俳優座シネマテン」(81年3月、「俳優座劇場」内にオープン)の「テン」は夜10時から映画上映するためだけでなく、ブレイク・エドワーズのコメディ「テン」(79)から
とったとのこと。トリュフォーの、フランスの文豪ヴィクトル・ユーゴーの次女アデルの狂気的な恋の情念を描いた「アデルの恋の物語」(75)はここでした。ルキノ・ヴィスコンティが看板監督で、「地獄に堕ちた勇者ども」(69)や「
81年オープンのもう1館は、渋谷「パルコ・スペース・パート3」。ヴィスコンティの「郵便配達は二度ベルを鳴らす」(43)(ヴィスコンティの処女作。原作はアメリカのハードボイルド作家ジェームズ・M・ケイン。映画での舞台は北イタリア、ポー河沿いのドライブイン・レストランに。ファシスト政権下でオールロケ撮影を敢行した作品)、「
行機でやってきて、ホテルに泊まり1週間通い詰めた人もいたとのこと。カルトムービーとインディーズのメッカでもあり、日本では長年オクラだった「ピンク・フラミンゴ」(72)は、86年に初めてここで正式上映されたとのこと、個人的には84年に「アートシアター新宿」で観ていましたが、その内容は正直、個人的理解を超えていました。99年に映画常設館「CINE QUINTO(シネクイント)」となり、これは第2章で「シネクイント」として取り上げられています。個人的には、初期の頃観た作品では、フランスの女流監督コリーヌ・セローの「彼女と彼たち-なぜ、いけないの-」(77)、チェコスロバキアのカレル・スミーチェクの「少女・少女たち」(79)、台湾の侯孝賢(ホウ・シャオシェン)の「
「シネヴィヴァン六本木」(83年11月「WAVEビル」地下1階にオープン)は、オープン2本目でゴッドフリー・レジオ監督の「コヤニスカッティ」(82)を上映、アメリカの大都市やモニュメントバレーなどを映したイメージビデオ風ドキュメンタリー。コヤニスカッティとはホピ族の言葉で「平衡を失った世界」。延々と続いた早回しシーンがスローモーションに転じた途端に眠気に襲われました。アンドレイ・タルコフスキー監督の「ノスタルジア」(83)が84年に7週間上映、ビクトル・エリセ監督の「
監督の「
「ユーロスペース」(82年、渋谷駅南口桜丘町「東武富士ビル」2Fにオープン)は、85年6月のデヴィッド・クローネンバーグ監督の「
ーヴン・キング原作の「
「シャンテ・シネ」(87年、日比谷映画跡地にオープン)は、今の
「TOHOシネマズ シャンテ」。ここの大ヒット作は何と言っても88年公開の「ベルリン・天使の詩」(87)で、30週のロングランという単館ロード全体の記録を打ち立てたとのこと(動員数は16.6万人)。侯孝賢(ホウ・シャオシェン)の「
「シネスイッチ銀座」(87年にオープン)は、個人的には前身の「銀座文化劇場・銀座ニュー文化」さらに「銀座文化1・2」の頃から利用していましたが、"シネスイッチ"は、洋画と邦画の2チャンネルを持つという意味でのネーミングだそうで、ジェームズ・アイヴォリーの「
第2章のブームの到来の「90年代」のトップは渋谷「シネマライズ」(86年6月、渋谷 スペイン坂上「ライズビル」地下1階にオープン)。劇場の認知度を上げたのは86年7月公開のトニー・リチャードソンの「
2011年に閉館した「シネセゾン渋谷」 (85年11月、渋谷道玄坂「ザ・プライム渋谷」6Fにオープン)はリバイバル上映に個性があり、市川崑の「
「ル・シネマ」(89年9月、渋谷道玄坂・Bunkamura6階にオープン)の方は東急系で、92年にかけられたジャック・リヴェット監督(原作はバルザック)のフランス映画「
主演の「花の影」(96)も17週上映、今世紀に入ってからは、張藝謀(チャン・イーモウ)監督、チャン・ツィイー主演の「
「恵比寿ガーデンシネマ」(94年10月、恵比寿ガーデンテラス弐番館内にオープン)は、ポール・オースター原作、ウェイン・ワン監督の、ニューヨークのタバコ屋の人間模様を描いた「スモーク」(95)のような渋い作品をやっていました。個人的には、ロイ・アンダーソンの「
第2章の最後は、「岩波ホール」(68年オープン、74年から映画常設館に)。サタジット・レイ「
4年2月にロードショー。4週間後にホールは満席になったといいます(因みに、サタジット・レイの「大地のうた三部作」のうち「大河のうた」は結末がハッピーエンドでないため、インドでも興行上は振るわなかった)。その後も、75年にルネ・クレールの「

「隣の女」●原題:LA FEMME DA'COTE(英:THE WOMAN NEXT DOOR)●制作年:1981年●制作国:フランス●監督:フランソワ・トリュフォー●製作:フランソワ・トリュフォー/シュザンヌ・シフマン●脚本:フランソワ・トリュフォー/シュザンヌ・シフマン/ジャン・オーレル●撮影:ウィリアム・ルプシャンスキー●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●時間:107分●出演:ジェラール・ドパルデュー/ファニー・アルダン/アンリ・ガルサン/ミシェル・ボートガルトネル/ヴェロニク・シルヴェール/ロジェ・ファン・ホール/オリヴィエ・ベッカール●日本公開:1982/12●配給:東映ユニバースフィルム●最初に観た場所:五反田TOEIシネマ(83-10-01)(評価:★★★)●併映:「アメリカの夜」(フランソワ・トリュフォー)/「終電車」(フランソワ・トリュフォー)
「アメリカの夜(映画に愛をこめて アメリカの夜)」●原題:LA NUIT AMERICAINE(英:DAY FOR NIGHT)●制作年:1973年●制作国:フランス●監督・脚本:フランソワ・トリュフォー●製作:マルセル・ベルベール●撮影:ピエール=ウィリアム・グレン●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●時間:115分●出演:ジャクリーン・ビセット/ヴァレンティナ・コルテーゼ/ジャン=ピエール・オーモン/ジャン=ピエール・レオ/アレクサンドラ・スチュワルト/フランソワ・トリュフォー/ジャン・シャンピオン/ナタリー・バイ/ダニ/ベルナール・メネズ●日本公開:1974/09●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:五反田TOEIシネマ(83-10-01)(評価:★★★☆)●併映:「隣の女」(フランソワ・トリュフォー)/「終電車」(フランソワ・トリュフォー)
「終電車」●原題:LE DERNIER METRO(英:THE LAST METRO)●制作年:1980年●制作国:フランス●監督:フランソワ・トリュフォー●製作:マルセル・ベルベール●脚本:フランソワ・トリュフォー/シュザンヌ・シフマン●撮影:ネストール・アルメンドロス●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●時間:134分●出演:カトリーヌ・ドヌーヴ/ジェラール・ドパルデュー/ジャン・ポワレ/ハインツ・ベネント/サビーヌ・オードパン/ジャン=ルイ・リシャール/アンドレア・フェレオル/モーリス・リッシュ/ポーレット・デュボスト/マルセル・ベルベール●日本公開:1982/04●配給:東宝東和●最初に観た場所:五反田TOEIシネマ(83-10-01)(評価:★★★)●併映:「アメリカの夜」(フランソワ・トリュフォー)/「終電車」(フランソワ・トリュフォー)
「薔薇の名前」●原題:LE NOM DE LA ROSE●制作年:1986年●制作国:フランス・イタリア・西ドイツ●監督:ジャン=ジャック・アノー●製作:ベルント・アイヒンガー●脚本:アンドリュー・バーキン●撮影:トニーノ・デリ・コリ●音楽:ジェームズ・ホーナー●原作:ウンベルト・エーコ●時間:132分●出演:ショーン・コネリー/クリスチャン・スレーター/F・マーリー・エイブラハム/ロン・パールマン/フェオドール・シャリアピン・ジュニア/エリヤ・バスキン/ヴォルカー・プレクテル/ミシェル・ロンスダール/ヴァレンティナ・ヴァルガス●日本公開:1987/12●配給:ヘラルド・エース●最初に観た場所(再見):新宿武蔵野館(23-04-18)(評価:★★★)
「赤い影」●原題:DON'T LOOK NOW●制作年:1973年●制作国:イギリス・イタリア●監督: ニコラス・ローグ●製作:ピーター・カーツ●脚本:アラン・スコット/クリス・ブライアント●撮影:アンソニー・B・リッチモンド●音楽:ピノ・ドナッジオ●原作:ダフニ・デュ・モーリエ「いまは見てはだめ」●時間:110分●出演:ドナルド・サザーランド/ジュリー・クリスティ
/ヒラリー・メイソン/クレリア・マタニア/マッシモ・セラート/レナート・スカルパ/ジョルジョ・トレスティーニ/レオポルド・トリエステ●日本公開:1983/08●配給:ヘラルド・エース●最初に観た場所:新宿・シネマスクエアとうきゅう(83-09-11)(評価:★★★)
「マーラー」●原題:MAHLER●制作年:1974年●制作国:イギリス●監督・脚本:ケン・ラッセル●製作:ロイ・ベアード●撮影:ディック・ブッシュ●音楽:グスタフ・マーラー/リヒャルト・ワーグナー/ダナ・ブラッドセル●時間:115分●出演:ロバート・パウエル/ジョージナ・ヘイル/リー・モンタギュー/ロザリー・クラチェリー●日本公開:1987/06●配給:俳優座シネマテン=フジテレビ●最初に観た場所:新宿・シネマスクエアとうきゅう(87-06-21)(評価:★★★)
「ケレル(ファスビンダーのケレル)」●原題:QUERELLE●制作年:1982年●制作国:西ドイツ/フランス●監督:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー●脚本:
ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー/ブルクハルト・ドリースト●撮影: クサファー・シュヴァルツェンベルガー/ヨーゼフ・バブラ●音楽:ペール・ラーベン●原作:ジャン・ジュネ『ブレストの乱暴者』●時間:108分●出演:ブラッド・デイヴィス/ジャンヌ・モロー/フランコ・ネロ/ギュンター・カウフマン/ハンノ・ポーシェル●日本公開:1985/05●配給:人力飛行機舎=デラ●最初に観た場所:新宿・シネマスクエアとうきゅう(88-05-28)(評価:★★★?)
「アデルの恋の物語」●原題:L'HISTOIRE D'ADELE H.(英:THE STORY OF ADELE H.)●制作年:1975年●制作国:フランス●監督・製作:フランソワ・トリュフォー●脚本:フランソワ・トリュフォー/ジャン・グリュオー/シュザンヌ・シフマン●撮影:ネストール・アルメンドロス●音楽:モーリス・ジョベール●原作:フランセス・ヴァーノア・ギール『アデル・ユーゴーの日記』●時間:96分●出演:イザベル・アジャーニ/ブルース・ロビンソン/シルヴィア・マリオット/ジョゼフ・ブラッチリー/イヴリー・ギトリス●日本公開:1976/04●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所:大塚名画座(78-12-08)(評価:★★★★)●併映:「二十歳の恋」(フランソワ・トリュフォー/ロベルト・ロッセリーニ/石原慎太郎/マックス・オフュルス/アンジェイ・ワイダ)
「地獄に堕ちた勇者ども」●原題:THE DAMNED(独:Götterdämmerung)●制作年:1969年●制作国:イタリア・西ドイツ・スイス●監督:ルキノ・ヴィスコンティ●製作:アルフレッド・レヴィ/エヴェール・アギャッグ●脚本:ルキノ・ヴィスコンティ/ニコラ・バダルッコ/エンリコ・メディオーリ●撮影:アルマンド・ナンヌッツィ/パスクァリーノ・デ・サンティス●
音楽:モーリス・ジャール●時間:96分●出演:ダーク・ボガード/イングリッド・チューリン/ヘルムート・バーガー/ラインハルト・コルデホフ/ルノー・ヴェルレー/アルブレヒト・シェーンハルス/ウンベルト・オルシーニ/シャーロット・ランプリング/ヘルムート・グリーム/フロリンダ・ボルカン●日本公開:1970/04●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:大塚名画座(79-02-07)(評価:★★★★)●併映:「ベニスに死す」(ルキノ・ヴィスコンティ)
「カッコーの巣の上で」●原題:ONE FLEW OVER THE CUCKOO'S NEST●制作年:1975年●制作国:アメリカ●監督:ミロス・フォアマン●製作:ソウル・ゼインツ/マイケル・ダグラス●脚本:ローレンス・ホーベン/ボー・ゴールドマン●撮影:ハスケル・ウェクスラー●音楽:ジャック・ニッチェ●原作:ケン・キージー『カッコウの巣の上で』●時間:133分●出演:
ジャック・ニコルソン/ルイーズ・フレッチャー/マイケル・ベリーマン/ウィリアム・レッドフィールド/ブラッド・ドゥーリフ/クリストファー・ロイド/ダニー・デヴィート/ウィル・サンプソン●日本公開:1976/04●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所:テアトル吉祥寺(82-03-13)(評価:★★★★)●併映:「ビッグ・ウェンズデー」(ジョン・ミリアス)
「光と影のバラード」●原題:Свой среди чужих, чужой среди своих(英題:AT HOME AMONG STRANGERS)●制作年:1974年●制作国:ソ連●監督:ニキータ・ミハルコフ●脚本:エドゥアルド・ボロダルスキー/ニキータ・ミハルコフ●撮影:パーベル・レベシェフ●音楽:エドゥアルド・アルテミエフ●時間:95分●出演:ユーリー・ボガトィリョフ/アナトリー・ソロニーツィン/セルゲイ・シャクーロフ/アレクサンドル・ポロホフシコフ/ニコライ・パストゥーホフ/アレクサンドル・カイダノフスキー/ニキータ・ミハルコフ●日本公開:1982/10●配給:日本海映画●最初に観た場所:六本木・俳優座シネマテン(82-11-21)(評価:★★★☆)
「郵便配達は二度ベルを鳴らす」●原題:OSSESSIONE●制作年:1943年●制作国:イタリア●監督:ルキノ・ヴィスコンティ●製作:カミッロ・パガーニ●脚本:ルキノ・ヴィスコンティ/マリオ・アリカータ/ジュゼッペ・デ・サンティス/ジャンニ・プッチーニ●撮影:アルド・トンティ/ドメニコ・スカーラ●音楽:ジュゼッペ・ロゼーティ●原作:ジェームズ・M・ケイン●時間:140分●出演:マッシモ・ジロッティ/クララ・カラマイ/ファン・デ・ランダ/ディーア・クリスティアーニ/エリオ・マルクッツォ/ヴィットリオ・ドゥーゼ●日本公開:1979/05●配給:インターナショナル・プロモーション●最初に観た場所:池袋・文芸坐(79-09-24)(評価:★★★★)●併映:「家族の肖像」(ルキノ・ヴィスコンティ)
「ピンク・フラミンゴ」●原題:PINK FLAMINGOS●制作年:1972年●制作国:アメリカ●監督・製作・脚本・撮影:ジョン・ウォーターズ●時間:93分●出演:ディヴァイン/ディビッド・ロチャリー/メアリ・ヴィヴィアン・ピアス●日本公開:1986/06●配給:東映=ケイブルホーグ●最初に観た場所:渋谷・アートシアター新宿(84-08-01)(評価:★★★?)●併映:「フリークス・神の子ら(怪物団)」(トッド・ブラウニング)
「彼女と彼たち-なぜ、いけないの-」●原題:POURQUOI PAS!●制作年:1977年●制作国:フランス●監督・脚本:コリーヌ・セロー●製作:ミシェル・ディミトリー●撮影:ジャン=フランソワ・ロバン●音楽:ジャン=ピエール・マス●時間:97分●出演:サミー・フレイ/クリスチーヌ・ミュリロ/マリオ・ゴンザレス/ニコル・ジャメ●日本公開:1980/11●配給:フランス映画社●最初に観た場所:渋谷・パルコスペース3(84-06-17)(評価:★★★★)
「寡婦(やもめ)の舞」●原題:과부춤(英:WIDOW DANCING)●制作年:1984年●制作国:韓国●監督:李長鍋(イー・チャンホ)●脚本:李長鍋(イー・チャンホ)/李東哲(イ・ドンチョル)/イム・ジンテク●撮影:ソ・ジョンミン●原作:李東哲(イ・ドンチョル)『五人の寡婦』●時間:114 分●出演:イ・ボイ(李甫姫)/パク・ウォンスク(朴元淑)/パク・チョンジャ(朴正子)/キム・ミョンコン(金明坤)/パク・ソンヒ/チョン・ジヒ/ヒョン・ソク/クォン・ソンドク/ソ・ヨンファン/イ・ヒソン●日本公開:1985/09●配給:発見の会●最初に観た場所:渋谷・パルコスペース3(「東京国際映画祭」)(85-06-02)(評価:★★★☆)
「ビジル」●原題:VIGIL●制作年:1984年●制作国:ニュージーランド●監督:ヴィンセント・ウォード●製作:ジョン・メイナード●脚本:ヴィンセント・ウォード/グレーム・テットリー●撮影:アルン・ボリンガー●音楽:ジャック・ボディ●時間:114 分●出演:ビル・カー/フィオナ・ケイ/ペネロープ・スチュアート/ゴードン・シールズ●日本公開:1988/02●配給:ギャガ・コミュニケーションズ●最初に観た場所:渋谷・パルコスペース3(85-06-02)(評価:★★★☆)
「コヤニスカッティ(コヤニスカッツィ)」●原題:KOYANISQATSI●制作年:1982年●制作国:アメリカ●監督:ゴッドフリー・レッジョ●製作:
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「暗殺の森」●原題:CONFORMISTA●制作年:1970年●制作国:イタリア・フランス・西ドイツ●監督・脚本:ベルナルド・ベルトリッチ●撮影:ヴィットリオ・ストラーロ●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●原作:アルベルト・モラヴィア『孤独な青年』●時間:115分●出演:ジャン=ルイ・トランティニャン/ステファニア・サンドレッリ/ドミニク・サンダ/エンツォ・タラシオ●日本公開:1972/09●配給:パラマウント映画=CIC●最初に観た場所:シネヴィヴァン六本木(84-06-21)(評価:★★★☆)
「闇のカーニバル」●制作年:1981年●●監督・脚本・撮影:山本政志●製作:伊地知徹生/山本政志●時間:118分●出演:太田久美子/桑原延亮/中島稔/太田行生/じゃがたら/遠藤ミチロウ/伊藤耕/中島稔/前田修/山口千枝●公開:1981/12●配給:CBC=斜眼帯●最初に観た場所:渋谷・ユーロスペース(83-07-16)●2回目:渋谷・ユーロスペース(88-07-09)(評価:★★★★)
「ブラザー・フロム・アナザー・プラネット」●原題:THE BROTHER FROM ANOTHER PLANET●制作年:1984年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ジョン・セイルズ●製作:ペギー・ラジェスキー/マギー・レンジー●撮影:アーネスト・ディッカーソン●音楽:メイソン・ダーリング●時間:110分●出演:ジョー・モートン/ダリル・エドワーズ/スティーヴ・ジェームズ/レナード・ジャクソン/ジョン・セイルズ/キャロライン・アーロン/デヴィッド・ストラザーン●日本公開:1986/05●配給:ユーロスペース●最初に観た場所:ユーロスペース(86-06-14)(評価:★★★★)
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「避暑地の出来事」●原題:A SUMMER PLACE●制作年:1959年●制作国:アメリカ●監督・製作・脚本:デルマー・デイヴィス●撮影:ハリー・ストラドリング●音楽:マックス・
スタイナー●原作:スローン・ウィルソン『避暑地の出来事』●時間:131分●出演:リチャード・イーガン/ドロシー・マクガイア/トロイ・ドナヒュー/ サンドラ・ディー/アーサー・ケネディ●日本公開:1960/04●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:銀座文化劇場(84-06-21)(評価:★★★☆)
「酒とバラの日々」●原題:DAYS OF WINE AND ROSES●制作年:1962年●制作国:アメリカ●監督:ブレイク・エドワーズ●製作:マーティン・マヌリス●脚本:J・P・ミラー●撮影:フィル・ラスロップ●音楽:
「シャレード」●原題:CHARADE●制作年:1963年●制作国:アメリカ●監督:スタンリー・ドーネン●製作:マーティン・マヌリス●脚本:J・P・ミラー●撮影:フィル・ラスロップ●音楽:
ー・マッソー/ジョージ・ケネディ/ネッド・グラス●日本公開:1963/12●配給:ユニバーサル・ピクチャーズ●最初に観た場所:銀座文化劇場(88-04-16)(評価:★★★☆)

「レザボア・ドッグス」●原題:RESERVOIR DOGS●制作年:1992年●制作国:アメリカ●監督・脚本:クエンティン・タランティーノ●製作:ローレンス・ベンダー●撮影:アンジェイ・セクラ●音楽:カリン・ラクトマン●時間:100分●出演:ハーヴェイ・カイテル/ティム・ロス/マイケル・マドセン/クリス・ペン/スティーヴ・ブシェミ/ローレンス・ティアニー/クエンティン・タランティーノ●日本公開:1993/04●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所(再見):早稲田松竹(24-05-20)(評価:★★★★)●併映:「バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト」(アベル・フェラーラ)

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ダー●音楽:レイチェル・ポートマン●原作:ポール・オースター『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』●時間:113分●出演:ハーヴェイ・カイテル/ウィリアム・ハート/ハロルド・ペリノー・ジュニア/フォレスト・ウィテカー/ストッカード・チャニング/アシュレイ・ジャッド/エリカ・ギンペル/ジャレッド・ハリス/ヴィクター・アルゴ●日本公開:1995/10●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:新宿武蔵野館(24-06-05)((評価:★★★★)
「木靴の樹」●原題:L'ALBERO DEGLI ZOCCOLI(米:THE TREE OF WOODEN CLOGS)●制作年:1978年●制作国:イタリア●監督・脚本・撮影:エルマンノ・オルミ●音楽:J・S・バッハ●時間:186分●出演:ルイジ・オルナーギ/フランチェスカ・モリッジ/オマール・ブリニョッリ/テレーザ・ブレシャニーニ/バティスタ・トレヴァイニ/ルチア・ベシォーリ●日本公開:1979/04●配給:フランス映画社●最初に観た場所:有楽町・スバル座(80-12-02)(評価:★★★★)
「大理石の男」●原題:CZLOWIEK Z MARMURU●制作年:1977年●制作国:ポーランド●監督:アンジェイ・ワイダ●製作:バルバラ・ペツ・シレシツカ●脚本:アレクサンドル・シチボ
ル・リルスキ●撮影:エドワルド・クウォシンスキ●音楽:アンジェイ・コジンスキ●時間:165分●出演:イエジー・ラジヴィオヴィッチ/クリスティナ・ヤンダ/タデウシ・ウォムニツキ/ヤツェク・ウォムニツキ/ミハウ・タルコフスキ/ピョートル・チェシラク/ヴィエスワフ・ヴィチク/クリスティナ・ザフヴァトヴィッチ/マグダ・テレサ・ヴイチク/ボグスワフ・ソプチュク/レオナルド・ザヨンチコフスキ/イレナ・ラスコフスカ/スジスワフ・ラスコフスカ●日本公開:1980/09●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:飯田橋・佳作座(81-05-24)(評価:★★★☆)●併映:「水の中のナイフ」(ロマン・ポランスキー)

「女の叫び」●原題:A DREAM OF PASSION●制作年:1978年●制作国:アメリカ・ギリシャ●監督・脚本:ジュールス・ダッシン●撮影:ヨルゴス・アルヴァニティズ●音楽:ヤアニス・マルコプロス●時間:110分●出演:メリナ・メルクーリ/エレン・バースティン/アンドレアス・ウツィーナス/デスポ・ディアマンティドゥ/ディミトリス・パパミカエル/ヤニス・ヴォグリス/フェドン・ヨルギツィス/ベティ・ヴァラッシ●日本公開:1979/12●配給:東宝東和●最初に観た場所:岩波ホール(80-02-04)(評価:★★★★)
「最後の一葉」「賢者の贈物」など、O・ヘンリーの代表的短編5編を原作とする、5人の監督による全5話のオムニバス映画で、進行役を作家のジョン・スタインベックが務めています。
紳士気取りで人の善いルンペン男ソーピイ(チャールズ・ロートン)は、夏は涼しいセントラル・パークで、冬は暖かい留置所で暮らすこと
にしていた。ある年の冬、彼は仲間のホレス(デイヴィッド・ウェイン)に、留置所に入る秘術を伝授しようとしたが、どうもうまく警官に捕まらない。ソーピイは街の女(マリリン・モンロー)に声を掛けたが、かえって彼女に好意を寄せられ面喰らって逃げ出す始末。ある教会に入り、オルガンの響きに心打たれて、ルンペン渡世から足を洗おうと決心したが―。
刑事のバーニイ(デール・ロバートソン)は、迷宮入り殺人事件の犯人をヤクザ者のジョニイ(リチャード・ウィドマーク)だと睨んだ。バーニイとジョニイは幼な友達で、2人は十数年ぶりで再会したのだ。バーニイはジョニイに証拠を突きつけ迫るが、ジョニイはバーニイに昔千ドル貸したことを持ち出した。バーニイはジョニイを一応見逃し、千ドルの工面を考えた。すると町の新聞「クラリオン・コール」が、犯人の名前を通告した者に千ドル出すという懸賞を―。
最後の格闘シーンは要らなかったが、新聞記事で見せる終わり方は旨かった。リチャード・ウィドマークのヤクザ者の役が嵌っている。晩年は大御所的存在だったが、若い頃は、冷やかな笑顔をトレードマークに、
ギャング映画の非情な殺し屋、戦争映画の冷徹で人望のない指揮官役などで持ち味を発揮していた人だ。「
恋人に捨てられた若い女画学生ジョアンナ(アン・バクスター)は、失望し、寒いニューヨークの街を彷徨った末、姉スーザン(ジーンン・ピータース)と一緒に住むアパートに辿り着くと、そのまま病の床に伏す。医師は肺炎と診断し、ジョアンナが生きる希望を取り戻さなければ助からないと言った。彼女は自分の部屋の窓ぎわに生えている蔦にある21枚の葉が、その1枚ごとに彼女の1年間の生命を意味し、最後に残った葉が風に吹き落とされたら、自分は死ぬと思い込んでいる。容態は悪化し、ある朝、蔦も葉も最後の1枚になっ
た。途方にくれたスーザンは、バーマン(グレゴリー・ラトフ)という自分の才能に自信を失った画家に悩みを訴える―。
評価されているようだ。他のカラー作品も観たが、「葉っぱ」がダメなものが多い。白黒が幸いしたかも。アン・バクスターと言えば「イブの総て」('50年)だが、「
サム(フレッド・アレン)と相棒のビル(オスカー・レヴァント)は、金持ちの子を誘拐して身代金を稼ごうとアラバマの村へやって来た。2人はうまく少年を誘拐する
ことに成功、身代金請求の手紙を少年の両親宛てに出した。ところが、この少年、インディアンの酋長気どりの腕白小僧で2人はほとほと手を焼く。そのうち、両親から手紙が来たが、それには身代金を払わないと言うばかりか、どうしても少年を返したいなら250ドルよこせと書いてあった―。
愛し合う若夫婦デラ(ジーン・クレイン)とジム(ファーリー・グレンジャー)は、貧乏なのでクリマス・イヴが来るのにお互いの贈物を買うことができなかった。デラは出勤するジムを送りながら一緒に街に出、途中で2人はある宝
石商のウィンドウの前に立ち止まる。ジムは素敵な櫛に目をつけ、これがデラのふさふさした金髪を飾ったらさぞ美くしかろうと考えた。一方デラはプラチナの時計入れを見て、これはジムの骨董的な金の懐中時計を入れるのにふさわしいと思った―。
「人生模様」●原題:O. HENRY'S FULL HOUSE●制作年:1952年●制作国:アメリカ●監督:(第1話)ヘンリー・コスター/(第2話)ヘンリー・ハサウェイ/(第3話)ジーン・ネグレスコ/(第4話)/ハワード・ホークス/(第5話)ヘンリー・キング●脚本:(第1話)ラマー・トロッティ/(第2話)リチャード・L・ブリーン/(第3話)アイヴァン・ゴッフ/ベン・ロバーツ/(第4話)チャールズ・レデラー/ベン・ヘクト/ナナリー・ジョンソン/(第5話)ヘンリー・キング/ウォルター・バロック/フィリップ・ダン●撮影:(第1話)ロイド・エイハーン/(第2話)ルシアン・バラード/(第3話)ジョセフ・マクドナルド/(第4話)ミルトン・R・クラスナー/(第5話)ジョセフ・マクドナルド●音楽:アルフレッド・ニューマン●原作:原作:О・ヘンリー●時間:117分●出演:(第1話)チャールズ・ロートン/マリリン・モンロー/デヴィッド・ウェイン/(第2話)デイル・ロバートソン/リチャード・ウィドマーク/(第3話)アン・バクスター/ジーン・ピーターズ/グレゴリー・ラトフ/(第4話)フレッド・アレン/オスカー・レヴァント/リー・アーカー/(第5話)ジーン・クレイン/ファーリー・グレンジャー/(進行役)ジョン・スタインベック●日本公開:1953/06●配給:20世紀フォックス(評価:★★★★)

大工の息子ではあったが大工仕事よりもラテン語の勉強に身を入れるジュリアン・ソレル(ジェラール・フィリップ)は、シェラン僧院長(アンドレ・ブリュノ)の推薦でヴェリエエルの町長レナール侯爵家の家庭教師となった。レナール夫人(ダニエル・ダリュー)はいつしかジュリアンに愛情を抱くようになったが、ジュリアンとの逢瀬が重なるにつれ次第に後悔し、子供が病気になったとき、夫人は自分の非行を天が罰したのではないかと考えるようになった。世間の口も次第にうるさくなって来たころ、ジュリアンは心を決めてかねての計画通り神学校に向けて出発した。ナポレオン戦争直後のフランスでは、僧侶になることが第一の出世道だったのだ。しかし、神学校でも、ジュリアンは、平民に生れた者の持つ反逆の感情に悩まねばならなかった。ピラール僧院長(アントワーヌ・バルペトレ)はジュリアンの才気を愛してい
たが、同時に彼の並ばずれて強い野心を心配していた。僧院長がラ・モール侯爵(ジャン・メルキュール)に招かれてパリに行くときジュリアンも同行してラ・モール侯爵の秘書となったが、ここでも上流社会からの侮蔑の目が彼に注がれた。ジュリアンはその復讐に、侯爵令嬢マチルド(アントネラ・ルアルディ)と通じ、侯爵令嬢をわがものと
した優越感に酔った。二人の結婚を認めねばならなくなった侯爵は、レナール夫人にジュリアンの前歴を照会した。夫人は聴問僧に懺悔したと同じく、ジュリアンを非難し、自分との関係を暴露した返事をよこした。これを読んでジュリアンは激怒し、夫人をピストルで傷つけた。法廷に立ったジュリアンはあらゆる弁護を拒絶した。彼はこの犯行が貴族への復讐心から出たものではなく、彼女への恋から発していることを悟った。獄舎に訪れて心から許しを乞う夫人との抱擁に満足しつつ、ジュリアンは絞首台の人となる―。
映画は、分かりやすく作ってあると思いました。「赤と黒」の意味するところなどは極々説明的に撮られていましたが、原作には何ら説明は無かったのではないでしょうか(実際は当時のフランス軍の軍服は青色だったとのことだし)。ただ。やはり原作を読んでいないとストーリー的に理解に苦しむ場面も少なからずあるようにも思いました。それでも、原作をまずまずはなぞっています。原作の2度目の映画化作品で、フランス映画としては初でしたが、こうした堂々とした大作が作られてしまうと、リメイク作品はちょっと作りにくいのかもしれません(1997年にフランスでTVドラマとしてジャン=ダニエル・ヴェラーゲの監督で再び映像化され、NHK(BS)でも放送、後にDVDも発売された)。
ただし、原作を読んから観るとやはり物足りないと言うか、少しだけ軽い感じがします。当時31歳のジェラール・フィリップが主人公ジュリアン・ソレルの18歳から23歳までを演じていることもあって、大工の息子時代の彼は描かれておらず、映画が始まって30分でダニエル・ダリュー演じるレナール夫人との出会いがあるのは、かなり駆け足気味という印象です(映画全体の長さは3時間12分)。因みに、'97年のTVドラマ版では、大工見習時代のジュリアン・ソレルが描かれていて、非常におどおどした自信無さげな様子は、原作に忠実かと思われました(ドラマ版の長さは3時間20分)。
原作には、ジュリアン・ソレルが最初は自分の出世のためにレナール夫人を自らの手中に収めようとするものの、相手の自分への愛情を得たばかりでなく、次第に彼自身が本気で夫人を愛するようになっていく過程が、心理小説として丹念に描かれているのですが、映画では、そのあたりが駆け足気味だったでしょうか。侯爵令嬢マチルドに対しても同じで、ジュリアン・ソレルはマルチドを最初は自身の出世に利用するつもりだったのですが、次第に...。これが映画だと展開が早すぎて、ジュリアン・ソレルが単に惚れやすい男にも見えなくもないです。それでも、ジェラール・フィリップは美貌のみならず演技力を兼ね備えた俳優であり、彼なりのオーラのようなものは発していたと思います。

それと、この作品は美女映画としても楽しめました。レナール夫人を演じたダニエル・ダリューも美人であれば、侯爵令嬢マチルドを演じたイタリア女優のアントネラ・ルアルディも綺麗で(これだと、ジュリアンがそれぞれと恋に落ちるのも無理はないか)、レナール家の小間使でジュ
リアンに想いを寄せるエリザを演じたアンナ・マリア・サンドリ(彼女もイタリアの女優)までもが、今風の美女でした(この小間使エリザのジュリアンへの思慕は、原作以上に強調されていて、エリザの出番もかなり多い)。

因みに、TVドラマ版でジュリアン・ソレルを演じたキャロル・ブーケも美男子で、実年齢でジュリアン・ソレルよりずっと上だったジェラール・フィリップよりは原作に近いかも(ジェラール・フィリップのようなオーラはないが)。レナール夫人を演じたキム・ロッシ・スチュアートも、マチルドを演じたジュディット・ゴドレーシュもこれまた美人。特にキム・ロッシ・スチュ
アートはモデル出身の女優ですが、堂々とした印象すらあります(ジュリアン役のキャロル・ブーケより上にクレジットされている。キャラクター的にはダニエル・ダリュー演じる夫人の方が原作に近いか)。こちらもまた、展開が速く原作を読んでいないとよく理解できない部分もありますが、映画版よりは淡々と物語に沿って作られている印象もあり、DVDで一気に観るというより、2夜に分けて観るのがちょうどよいといった感じのものでした(NHKの放送が2夜に分かれていた)。フランスでのテレビ放送時は、視聴率が30%を超える大ヒットとなったとのことで、名作のTVドラマ版としては立派な出来だと思います。
「赤と黒」●原題:LE ROUGE ET LE NOIR●制作年:1954年●制作国:フランス・イタリア●監督:クロード・オータン=ララ●製作:アンリ・デューチュメイステル/ジャ
ンニ・ヘクト・ルカーリ●脚本:ジャン・オーランシュ/ピエール・ボスト●撮影:ミシェル・ケルベ●音楽:ルネ・クロエレック●原作:スタンダール「赤と黒」●時間:192分(完全版)●出演:ジェラール・フィリップ/ダニエル・ダリュー/アントネッラ・ルアルディ/アンドレ・ブリュノ/アントワーヌ・バルペトレ/ジャン・メルキュール/ジャン・マルティネリ/アンナ=マリア・サンドリ/ミルコ・エリス/ピエール・ジュルダン/ジャック・ヴァレーヌ●日本公開:1954/12●配

「赤と黒(TV-M)」●原題:LE ROUGE ET LE NOIR●制作年:1997年●制作国:フランス・イタリア・ドイツ●監督:ジャン=ダニエル・ヴェラーグ●原作:スタンダール「赤と黒」●時間:200分●出演:キム・ロッシ・スチュアート/キャロル・ブーケ/ベルナール・ヴェルレー/モーリス・ガレル/リュディガー・フォーグラー/ジュディット・ゴドレーシュ/フランチェスコ・アクアローリ/クロード・リッシュ●日本放送:2001/08・09●放送局:NHK-BS(評価:★★★★)




![動物農場 [DVD].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E5%8B%95%E7%89%A9%E8%BE%B2%E5%A0%B4%20%5BDVD%5D.jpg)






反共キャンペーンに利用された一例として、ジョン・ハラス(1912-1995)&ジョイ・バチュラー(1914-1991)監督により1954年にアニメ映画化されていますが(「ハラス&バチュラー」は1940~70年代にかけて、ヨーロッパで最大、かつ最も影響力のあるアニメーションスタジオだった)、この製作をCIAが支援していたことが後に明らかになっています。アニメ「動物農場」は結末が原作と異なっていて、原作では最後まで「非政治的」な「静観主義者」だったロバのベンジャミンが、ここでは親友のウマのボクサーがブタのナポレオンの陰謀によって悲惨な最期を遂げたのを契機に目覚め、リーダーとなって、外部の動物たちの援軍を得て反乱を起こし、ブタたちを退治するというハッピーエンドになっています。
ハッピーエンドにするのはいいのですが、やや全体的に粗かったかなあという印象で、明らかに大人向けの内容なのに、子どもに受けようとしたのか、動物たちが愛らしい動きを描いた場面がしばしば挿入されていて、そのわざとさしさから逆にCIAが背後にいるのを意識したりしてしまいます(笑)。ただし、宮崎駿監督などはその技術を高く評価していて、'08年、日本でのDVDの発売に先行して「三鷹ジブリ美術館」として配給し、全国各地で上映しています。また、ジョン・ハラスにはアニメーション技法についての多くの著作があり、宮崎駿監督もそれを参考書として読んだとのことです。
また、漫画家の石ノ森章太郎(1938-1998)がこれを漫画化していて(『アニマル・ファーム』(「週刊少年マガジン」1970年8月23日第35号~9月13日第38号)、'70年初刊)、'18年にちくま文庫に収められています。文庫版は字が小さくて読みにくいとの声もありますが、原作の登場人物のセリフをそのまま引いてきているため、文字数が多くなってしまうことによるもので、原作へのリスペクトが感じられ、また、原作の雰囲気を掴む上でもこのセリフの活かし方は良いと思いました。
最後の方だけ、ちょっと端折った感があったでしょうか。ちくま文庫同録の短編2編(「くだんのはは」「カラーン・コローン」)は要らなかったです。「アニマル・ファーム」のみ最後までしっかり描き切ってほしかったけれど、売れっ子漫画家がいくつか抱えている連載のうちの1つとして描いているので、なかなかそうはいかなかった事情があったのかもしれません。5回の連載でここまで盛り込めれば上出来とみなすべきなのかもしれません(アニメより密度が濃い)。
「動物農場」●原題:ANIMAL FARM●制作年:1954年●制作国:イギリス●監督・製作:ジョン・ハラス/ジョイ・バチュラー●製作製作プロデューサー:ルイ・ド・ロシュモン●脚本:ジョン・ハラス/ジョイ・バチュラー/フィリップ・スタップ/ロサー・ウォルフ●撮影:ディーン・カンディ●音楽:マティアス・サイバー●アニメーション:ジョン・F・リード●原作:ジョージ・オーウェル●時間:74分●日本公開:2008/12●配給:三鷹の森ジブリ美術館(評価:★★★)


1888年のパリ。上流向けクラブ「パラヴァン・シノワ(シナの屏風)」のオーナー・ダングラール(ジャン・ギャバン)は、モデルをしていたところを自身が発掘したローラ(マリア・フェリックス)をベリーダンサーとしてクラブのスターに据え、同時に彼女を自身の愛人にしていた。ローラもダ
ングラールを愛していたが、彼の事業の出資者であるヴァルテル男爵(ジャン=ロジェ・コシモン)が彼女につきまとっていた。ある晩モンマルトルに行ったダングラールは、「白い女王」というキャバレーで恋人のパン職人のポーロ(フランコ・パストリーノ)とカンカン踊りに興じる
洗濯女の娘ニニ(フランソワーズ・アルヌール)の新鮮さに驚嘆し、カンカン踊りを新しいショーとして興行することを決心、「パラヴァン・シノワ」
を売却して「白い女王」を買い取り、カンカン踊りに「フレンチ・カンカン」という名称を与え、「白い女王」を取り壊してニニを中心に大勢の踊り子がカンカンを踊るショーを上演するキャバレー「ムーラン・ルージュ」を立ち上げることにする。棟上式の日、ニニに嫉妬したローラが喧嘩を仕掛けて乱闘となり、さらにダングラールに嫉妬したポーロが工事中の穴にダングラールを突き落とし、彼は大ケガを負う。彼が退院した日、ローラに唆されてヴ
ァルテル男爵が出資を取りやめたことを知ったダングラールは絶望するが、その晩ニニと初めて結ばれる。かねてからニニに思いを寄せていた某国のアレクサンドル王子(ジャンニ・エスポジート)が新たな支援者となり、
ムーラン・ルージュの工事は進むが、嫉妬に燃えるローラは、王子を連れ「ムーラン・ルージュに押しかけ、皆の面前でニニにダングラールの情婦であることを告白させる。王子はピストル自殺をするが未遂に終わり、ダングラール名義に書き換えたムーラン・ルージュの権利書を残して去る。後悔したローラも協力を約し、ムーラン・ルージュはなんとか開店にこぎつける。しかし ショーの本番直前、新人歌手のエステル(アンナ・アメンドーラ)に囁きかけるダングラールを見かけたニニは楽屋に籠ってしまい、観客たちは騒ぎ出す―。
ジャン・ルノワール監督の1954年制作、1955年フランス公開作で、1880年代のパリを舞台に、フレンチ・カンカンとムーラン・ルージュの誕生を虚実取り混ぜて描いたものです。キャバレー"ムーラン・ルージュ"を舞台にした映画は数多く、アメ
リカでは、ムーラン・ルージュに通い詰めた画家ロートレックの生涯を描いたジョン・ヒューストン監督の「赤い風車」('52年)や、共にミュージカル映画で、シャーリー・マクレーン主演「カンカン」('60年)、ニコール・キッドマン主演「ムーランルージュ」('01年)などがあります。この作品のヒロイン・ニニを演じた当時23歳のフランソワーズ・アルヌールは一気にスターとなりり、その後、アンリ・ヴェルヌイユ監督の「ヘッドライト」('56年)で再びジャン・ギャバンと共演することになります。
ラストの、ムーラン・ルージュの客席のあちこちからフレンチ・カンカンのダンサーが沸いて出てきて、クライマックスのフレンチ・カンカンの大演舞に繋がっていくシーンは、美しいカラー映像と相俟って圧巻です。さすが画家ルノワールの次男! 「
裏を返せば、王子が去った後に結ばれないのはダングラールとニニだけであり、ダングラールは楽屋に籠ってしまったニニに、「オレは籠の鳥にはなれない」と言っていましたが(説得するつもりが開き直りになっていた(笑))、これが一般的な家庭というものを持ち得ないダングラールの性(さが)であると同時に、興行に人生を賭けた人間の厳しさということなのかもしれません(この厳しさは、踊りにすべてを賭けることにしたニニにも当てはまる)。
この映画は、公開時には興行的に成功しましたが、やがて1950年代末にフランスで始まったにヌーヴェルバーグが隆盛となり、後の批評家たちによって退屈な映画だとして無視されてしまったようです。それがまた最近になって、「ベル・エポック」と呼ばれる時代に、大衆芸能の世界にも新しい現実感覚を示すような創造性豊かな表現方法の革新があったことを、興行の世界だけでなく町の様子や人々の風俗と併せて色彩豊かに描いた作品として再注目されています。
個人的にも、昔はこんな映画は観に行かなかったでしょうが、だんだんこうした映画が快く、また何となく懐かしく感じられるようになった昨今です(やはり年齢のせいか?)。そう言えばジャン・ギャバンって「
パリとボルドー間を走る初老のトラック運転手ジャン(ジャン・ギャバン)はこの日、長時間の運転の途中、国道沿いにある「ラ・キャラバン」という宿屋で休憩し、ふと一年前の出来事に思いを馳せた。あの日もこの宿を訪れた彼は、そこで年若い女中クロチルド(フランソワーズ・アルヌール)と出会い、恋に落ちた。冷たく暗い家庭に嫌気が差していた妻子持ちのジャンにとって、彼女は掛け替えのない存在となっていく。こうして新しい人生を歩む決心をするジャンだが、その矢先に職を失い、クロチルドとの連絡を絶ってしまう。クロチルドは妊娠していたが、彼の失業を知るとジャンに心配かけまいと、密かに堕胎医を訪れるのだが―。
フランソワーズ・アルヌールは「フレンチ・カンカン」の時より若い印象も受けますが、「フレンチ・カンカン」の翌年作で当時24歳(劇中の設定は22歳)。セルジュ・グルッサールによる原作は、ジャンの妻ソランジュの死にまつわる事件を描いていて、ジャンはソランジュを自宅のアパートの窓から突き落とした容疑で逮捕されるが、真犯人は...というミステリ設定。これをアンリ・ヴェルヌイユ監督は古典的メロダラマに換骨奪胎しています。「

「フレンチ・カンカン」●原題:FRENCH CANCAN●制作年:1954年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン・ルノワール●製作:ミシェル・ケルベ●撮影:ルッツ・ライテマイヤー●音楽:ジョルジュ・ヴァン・パリス●時間:102分●出演:ジャン・ギャバン/フランソワーズ・アルヌール/マリア・フェリックス/アンナ・アメンドーラ/ヴァルテジャン=ロジェ・コシモン/ジャンニ・エスポジート/フランコ・パストリーノ/アニック・モーリス/ミシェル・ピッコリ/エディット・ピアフ●日本公開:1955/08●配給:東和●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(20-12-16)(評価:★★★★)
「ヘッドライト」●原題:DES GERS SANS IMPORTANCE●制作年:1956年●制作国:フランス●監督:アンリ・ヴェルヌイユ●製作:ルネ・ラフィット●脚本:フランソワ・ボワイエ/アンリ・ヴェルヌイユ●撮影:ルイ・パージュ●音楽:ジョセフ・コズマ●原作:セルジュ・グルッサール●時間:115分●出演:ジャン・ギャバン/フランソワーズ・アルヌール/イヴェット・エティエヴァン/ダニー・カレル/ピエール・モンディ/ポール・フランクール/ダニー・カレル/リラ・ケドロヴァ●日本公開:1956/10●配給:新外映●最初に観た場所:銀座文化劇場(88-08-27)(評価:★★★★)







神分析医のアナ・フォックスは、夫と娘と生活を別にして、ニューヨークの高級住宅街の屋敷に10カ月も一人こもって暮らしていた。広場恐怖症のせいで、そこから一歩たりとも出られないのだ。彼女の慰めは古い映画とアルコール、そして隣近所を覗き見ること。ある時、アナは新しく越してきた隣家で女が刺される現場を目撃する。だが彼女の言葉を信じるものはいない。事件は本当に起こったのか―。
最後の畳み掛けるような、且つ意外な展開も良く、素直に「面白かった」と言える作品でした。ミステリと言うよりサスペンス、サスペンスと言うよりホラーでした。
「裏窓」も、実際に殺人事件はあったのだろうかということがプロセスにおいて大きな謎になっていて、映画の中で実際には殺人が起こっていないのではないか、という仮説をもとにして論証を試みた、加藤幹郎著『ヒッチコック「裏窓」ミステリの映画学』('05年/みすず書房)という本もあったりします(加藤幹郎氏の主眼は「裏窓」そのものの読解ではなく、そこから見えてくるヒッチコック映画の計算された刷新性を見抜くことにあるかと思われるが、「裏窓」における事件が無かったとすることについては無理があるように思う)。
ヒッチコックは、『映画術―ヒッチコック・トリュフォー』('81年/晶文社)でのインタビューの中で、「わたしにとっては、ミステリーはサスペンスであることはめったにない。たとえば、謎解きにはサスペンスなどはまったくない。一種の知的なパズル・ゲームにすぎない。謎解きはある種の好奇心を強く誘発するが、そこにはエモーションが欠けている」と述べており(p60)、「観客はつねに、危険にされされた人物の方に同化しておそれをいだくものなんだよ。もちろん、その人物が好ましく魅力的な人物ならば、観客のエモーションはいっそう大きくなる。「裏窓」のグレース・ケーリーがその例だ」と述べています。
「裏窓」は公開当時、ジェームズ・ステュアート演じる主人公の〈のぞき〉の悪趣味ぶりを攻撃されましたが、「これこそが映画じゃないか。のぞきがいかに悪趣味だって言われようと、そんな道徳観念よりもわたしの映画への愛のほうがずっと強いんだよ」(同書P20)と答えています。ある批評家が、「『裏窓』はおぞましい映画だ、のぞき専門の男の話だ」と「吐き捨てるように書いた」のに対しても、「そんなにおぞましいものかね。たしかに、『裏窓』の主人公はのぞき屋(スヌーパー)だ。しかし、人間である以上、わたしたちはみんなのぞき屋ではないだろうか」と述べています(同署p218-219)。
「裏窓」●原題:REAR WINDOW●制作年:1954年●制作国:アメリカ●監督・製作:アルフレッド・ヒッチコック●脚本:ジョン・マイケル・ヘイズ●撮影:ロバート・バークス●音楽:フランツ・ワックスマン●原作:ウィリアム・アイリッシュ「裏窓」●時間:112分●出演:ジェームズ・スチュアート/グレース・ケリー/レイモンド・バー/セルマ・リッター/ウェンデル・コーリイ/ジュディス・イヴリン/ロス・バグダサリアン/ジョージン・ダーシー/サラ・ベルナー/フランク・キャディ/ジェスリン・ファックス/ギグ・ヤング●日本公開:1955/01●配給:パラマウント映画●最初に観た場所:新宿文化シネマ2(84-02-19)(評価:★★★★)





「ヒッチコック劇場(第136話)/指」('60年)スティーブ・マックイーン/ニール・アダムス/ピーター・ローレ
『あなたに似た人(Someone Like You)』はロアルド・ダール(Roald Dahl、1916-1990/享年74)の1953年刊行の第二短編集で、1954年の「アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)」受賞作です(短編賞)。因みに第一短編集は1946年刊行の『飛行士たちの話』('81年/ハヤカワ・ミステリ文庫)、第三短編集は1960年刊行の『
『あなたに似た人』は、田村隆一訳で1957年にハヤカワ・ポケットミステリで刊行され、その後1976年にハヤカワ・ミステリ文庫で刊行(創刊ラインアップの一冊)されましたが、その際には、「味」「おとなしい兇器」「南から来た男」「兵隊」「わがいとしき妻よ、わが鳩よ」「海の中へ」「韋駄天のフォックスリイ」「皮膚」「毒」「お願い」「首」「音響捕獲機」「告別」「偉大なる自動文章製造機」「クロウドの犬」の15編を所収していました。そして、この田口俊樹氏による〔新訳版〕は、「Ⅰ」に「味」「おとなしい凶器」「南から来た男」「兵士」「わが愛しき妻、可愛



DVD化されたりしています(このように当時放映されず後にDVD化されたエピソードや、今も本邦未ソフト化のエピソードもあるため、ロアルド・ダール劇場の「話数」は原則通り本国のものを採用)。ドラマ版は原作をどう表現しているかを観る楽しみもあり、この原作のドラマ化作品「ワインの味」に関して言えば、まずまず楽しめました(緊迫感のあとのスッキリした気分は、ドラマの方が効果大だったかも)。
料理の支度をしながら愛する夫の帰りを待っている妻メアリ。しかし、帰ってきた夫からもたらされたのは別れの言葉だった。彼女は絶望して、とっさに夫を殺害するが、凶器の仔羊の冷凍腿肉を解凍して調理し、それを刑事たちにふるまう。刑事たちは何も知らずに殺人の凶器となった証拠を食べてしまう―。松本清張の短編集『

移せないかと考えた」(渡辺剣次編『13の凶器―推理ベスト・コレクション』('76年/講談社))と創作の動機を明かしています。この作品は次に述べる「南から来た男」と同じく、CBSで1955年から1962年に放映された「ヒッチコック劇場(Alfred Hitchcock Presents)」で第84話「兇器」(1958)(ヒッチコック劇場の「話数」は邦順を採用)として映像化されています。映像化してどれくらいリアリティがあるかと思われるプロットですが、そこはさすがにヒッチコックでした。作品の核であるユーモアは、リアティによって支えられているのだなあと。ラストの主人公の笑みは、2年後に撮られる「
因みに、「ロアルド・ダール劇場 予期せぬ出来事」の中では、第1シリーズ第4話でドラマ化(「おとなしい凶器」(1979))されていますが(主演は「わらの犬」('71年)のスーザン・ジョージ)、最初に実際に外部の者の犯行であったような映像を見せていて、観る者に対するある種"叙述トリック"的な造作になっています。好みはあると思いますが、個人的には、実際に無かったことを映像化するのはどうかなと思いました。
プールそばのデッキチェアでのんびりしている私は、パナマ帽をかぶった小柄な老人が、やって来たのに気づく。アメリカ人の青年が、老人の葉巻に火をつけてやる。いつでも必ずライターに火がつくと知って、老人は賭けを申し出、あなたが、そのライターで続けて十回、一度もミスしないで火がつけ
られるかどうか、自分はできない方に賭けると。十回連続でライターに火がついたら、青年はキャデラックがもらえ、その代り、一度でも失敗したら、小指を切り落とすと言う。青年は迷うが―。この作品は、金原瑞人氏の訳で『南から来た男 ホラー短編集2』('12年/岩波少年文庫)にも所収されています。
この「南から来た男」は「ヒッチコック劇場」で1960年にスティーブ・マックイーンとニール・アダムス(当時のマックイーンの妻)によって演じられ((第136話「指」)、監督はノーマン・ロイド(ヒッチコックの「逃走迷路」('42年)で自由の女神から落っこちる犯人を演じた俳優でもあり、「ヒッチコック劇場」で19エピソード、「ヒッチコック・サスペンス」で3エピソードを監督している)、"南から来た男"を演じたのはジョン・ヒューストン監督の「
出るのが興味深く、緊迫感においてスティーヴン・バウアー版を上回っているように思います(IMDbのスコアもマックイーン版は
「ロアルド・ダール劇場 予期せぬ出来事」の中では第1シリーズ第1話として1975年に、ホセ・フェラー(老人)、マイケル・オントキーン(青年)主演でドラマ化(邦題も「南から来た男」)されています。舞台は原作通りリゾートになっていて、老人はちゃんとパナマ帽を被っています。派手さは無いけれど原作にほぼ忠実です(IMDbのスコアは
吉行淳之介はこの短編の初訳者である田村隆一との対談で、あのラストで不気味なのは「老人」ではなく「妻」の方であり、夫の狂気に付き合う妻の狂気がより強く出ていると指摘しています。そう考えると、結構"深い"作品と言えるかと思います。
私と妻はブリッジをやるためにスネープ夫妻が来るのを待っている。私も妻も夫妻のことはあまり好きではないが、ブリッジのために我慢する。妻はふと、いったい、スネープ夫妻が2人きりの時はどんな様子をしているのか、マイクを取り付けて聞いてみようと言う。そいて、それを実行に移し、聞こえてきた2人の会話は、ブリッジにおけるインチキの打ち合わせだった。それを聞いた妻は―。夫婦そろって悪事に身を染める場合、妻主導で、夫は妻の尻に敷かれていたという状況もあり得るのだなあ(「ロアルド・ダール劇場 予期せぬ出来事」の中では、第2シリーズ第17話でドラマ化(1980)されているが、日本でDVD化はされていない)。
(オークション・プール)に参加する。嵐が来ているので、ミスター・ボディボルは有り金全部を短い距離につぎ込むが、朝起きると嵐は収まり、船は快走していて、彼は大いに嘆く。しかし、ある作戦を思いつき、それは、船から人が落ちれば船は救助のため遅れるはずだというもので、自分が落ちた現場を目撃するのに最適な人を探し始める―。ブラックでコミカルと言うか、悲喜劇といった感じ。他人を突き落とすことを考えないで、自分で飛びこんだ分、悪い人ではないのでしょうが。この作品も「ヒッチコック劇場」で第103話「賭」(1958)として映像化されていて、「兇器」と同じく、ヒッチコック
自身が監督しています。クル
ーズ船は借り切ったのかなあ。主役の俳優は、この体形で海に飛び込んで大丈夫かな思ったけれど、見事な飛込みぶりでした。スタントだとは思いますが、「落ちる」のではなく「飛び込み」をしていました。老婦人が見ていない隙に落ちるのだから、これでもいいのかも(でも、アスリートぽかった)。
この作品は「ロアルド・ダール劇場 予期せぬ出来事」の中では、第1シリーズ第8話「海の中へ」(1979)としてドラマ化されていて、やはり主人公は太っていますが、こちらは「落ちて」いました。こちらも立派なクルーズ船を使っていましたが、ヒッチコック版の方がモノクロフィルムの強みと言うか、重厚感が
あったように思います。この映像化作品単独で観ても面白いのですが、それは原作の面白さに依るものであり、ヒッチコック版と比べると、同じ短編でありながら、ヒッチコック自身が演出したことで醸されている重厚感には及ばないでしょうか。繰り返しになりますが、コメディ映画は、リアルかつシリアスに作り込めが作り込むほど、ユーモアが映えるように思います(因みに原題が "Dip in the Sea"でなく"Dip in the Pool"となっているのは、"Dip in the Sea"だと「海水浴」になってしまうのと、"Dip"とすることで「賭場(Pool)に浸る」という意味に懸けたのではないか)。
れもドラマシリーズ「ロアルド・ダール劇場 予期せぬ出
来事」の中で第2シリーズ第12話「見知らぬ乗客」(1980)として映像化されています。主演のジョン・ミルズ(「ライアンの娘」('70年/英・米)のオスカー俳優でサーの称号が与えられている)はさすがの演技達者ぶりで、若き日のフォックスリーを演じたジョナサン・スコット=テイラー(前年に「オーメン2」('79年/米)でダミアン少年を演じている)のいじめっ子ぶりも強烈でした。
ら追い払われそうになったドリオリは、自分はこの絵描きの描いたものを持っていると叫ぶ―。タイトルから何となくどういうことか分かりましたが、さすがにラストはブラックで、ちょっと気持ち悪かったです。とは言え、同時に、主人公の哀れさも滲みます。これも「ロアルド・ダール劇場 予期せぬ出来事」の中で第2シリーズ第11話「永遠の名作」(1980)として映像化されています。カンヌには画商が老人を住まわせると言っていたホテルは存在しないというところまではよく分からなかったですが、ラストの額縁に入った一枚の絵を見せられれば、それだけで充分でした。
動かすか、万が一噛まれた時の処置はどうするか等々、様々な作戦を立てるが―。ハリーのインド人医師に対する人種差別意識と重なり、風刺っぽい皮肉が効いています。この作品もまた「ヒッチコック劇
場」で第124話「毒蛇」として映像化されていますが、原作をいくつか変えています。大きなものとしては、ハリーと"ティンバー"(原作の「私」)の一人の女性をめぐる微妙な関係と、結末のドラマ独自のどんでん返しがあります。普通、原作をいじるとダメになることが多いですが(特に結末)、ヒッチコック自身が演出しているこの作品は原作とはまた違った"味"がありました。
また、「ロアルド・ダール劇場 予期せぬ出来事」の中では第2シリーズ第14話「或る夜の事件」(1980)としてドラマ化されていて、こちらもハリーの妻と"ティンバー"の不倫などを織り込んで話を膨らませていますが、その部分をここまで"見える化"してしまったのはどうだったかなと思いました(同じく改変はしているが、ヒッチコック版の方がいいか)。
ざけて穴に頭を突っ込んで抜けなくなってしまう。バジル卿は、鋸と斧を持ってくるよう執事に命じるが、彼が手にしたのは斧だった―。芸術至上
主義の本分からして、実際、斧で妻の首を切落としかねない感じでしたが...。浮気妻への"心理的"復讐と言ったところだったでしょうか。「ロアルド・ダール劇場 予期せぬ出来事」の中では、第1シリーズ第6話でドラマ化(「首」(1979))されています。実際に広大な庭にムーアっぽい彫刻を幾つも据えていました。ラストは、斧を振り下ろすところでストップモーションになっています。
茹でたりすると電磁波を発信するという話がありましたが、最近は園芸店やホームセンターで、「電磁波を吸収する効果があるサボテン」というのが売られています。「ロアルド・ダール劇場 予期せぬ出来事」の中では、第4シリーズ第41話でドラマ化(「音響捕獲機」(1981))されていますが、 ハリー・アンドリュースが演じるクロースナーは、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」('85年/米)でクリストファー・ロイドが演じた"ドグ"っぽい感じのマッドサイエンティストぶり(でも、こっちの方が4年早い)。ただ、映像化したからと言って何か新たな発見があるような内容でもなかったです。

因みに、スティーブ・マックイーンの初主演映画は、「ヒッチコック劇場」の「指」に出演した2年前のアービン・S・イヤワース・ジュニア監督の「マックイーンの絶対の危機(ピンチ)」('58年)で、日本公開は'65年1月。日本での'72年のテレビ初放送時のタイトルは「SF人喰いアメーバの恐怖」で、'86年のビデオ発売時のタイトルも「スティーブ・マックィーンの人喰いアメーバの恐怖」だったので、「人喰いアメーバの恐怖」のタイトルの方が馴染みがある人が多いのではないでしょうか。宇宙生物
が隕石と共にやって来たという定番SF怪物映画で、怪物は田舎町を襲い、人間を捕食して巨大化していきますが、これ、"アメーバ"と言うより"液体生物"でしょう(原題の"The Blob"はイメージ的には"スライム"に近い?)。この液体生物に立ち向かうのがマックイーン(当時、クレジットはスティーブン・マックイーンで、役名の方がスティーブになっている)らが演じるティーンエイジャーたちで、スティーブン・マックイーンは実年齢27歳で高校生を演
じています(まあ、日本でもこうしたことは時々あるが)。CGが無い時代なので手作り感はありますが、そんなに凝った特撮ではなく、B級映画であるには違いないでしょう。ただそのキッチュな味わいが一部にカルト的人気を呼んでいるようです。スティーブ・マックイーン主演ということで後に注目されるようになったことも影響しているかと思いますが、「人喰いアメーバの恐怖2」(ビデオ邦題「悪魔のエイリアン」)('72年)という続編や「ブロブ/宇宙からの不明物体」('88年)というリメイク作品が作られています。
国:イギリス●放映局:BBC●本国放映:1980/04/12●監督:アラステア・リード●脚本:ロナルド・ハーウッド●原作:ロアルド・ダール「味」●時間:26分●出演:ロアルド・ダール(Self-Introduced)/ロン・ムーディー/アントニー・キャリック/Mercia Glossop/デビー・ファーリントン●DVD発売:2008/01●発売元:JVD(評価★★★☆)
「ヒッチコック劇場(第84話)/兇器」●原題:Alfred Hitchcock Presents(S 3 E 28-#106)LAMB TO THE SLAUGHTER

「ロアルド・ダール劇場 予期せぬ出来事(第4話)/おとなしい凶器」●原題:Tales of the Unexpected -LAMB TO THE SLAUGHTER●制作年:1979年●制作国:イギリス●放映局:BBC●本国放映:1979/04/14●監督:アラン・ピックフォード●脚本:ロビン・チャップマン●原作:ロアルド・ダール「おとなしい凶器」●時間:24分●出演:ロアルド・ダール(Self-Introduced)/スーザン・ジョージ/マイケル・バーン/ブライアン・ブレスト●日本放映:1980/05/10●放映局:東京12チャンネル(現テレビ東京)(評価★★★)
「ヒッチコック劇場(第136話)/指」●原題:Alfred Hitchcock Presents(S 5 E 15-#168)MAN FROM THE SOUTH●制作年:1959年●制作国:アメリカ●本国放映:1960/01/03●監督:

映局:日本テレビ(評価★★★★)

「新・ヒッチコック劇場(第15話)/小指切断ゲーム」●原題:Alfred Hitchcock Presents -P-2.MAN FROM THE SOUTH●制作年:1985年●制作国:アメリカ●本国放映:1985/05/05●監督:スティーブ・デ・ジャネット●製作:レビュー・スタジオ●脚本:スティーブ・デ・ジャネット/ウィリアム・フェイ●音楽:ベイジル・ポールドゥリス●原作:ロアルド・ダール「南から来た男」●時間:24分●出演:アルフレッド・ヒッチコック(ストーリーテラー)/スティーヴン・バウアー(青年)/メラニー・グリフィス(若い女)/ジョン・ヒューストン(カルロス老人)/キム・ノヴァク(女)/ティッピ・ヘドレン(ウェートレス)●日本放映:1988/01/0


局:テレビ東京●日本放映(リバイバル):2007/07/08●放映局:NHK-BS2(評価★★★☆)
新・ヒッチコック劇場「南部から来た男」(1985)"Man From The South"(日本放送時のタイトル「小指切断ゲーム」) 


「ロアルド・ダール劇場 予期せぬ出来事(第1話)/南から来た男」●原題:Tales of the Unexpected -MAN FROM THE SOUTH●制作年:1979年●制作国:イギリス●放映局:BBC●本国放映:1979/03/24●監督:マイケル・タクナー●脚本:ケビン・ゴールドスタイン・ジャクソン●原作:ロアルド・ダール「南から来た男」●時間:24分●出演:ロアルド・ダール(Self-Introduced)/ホセ・フェラー/マイケル・オントキーン/パメラ・スティーヴンソン/シリル・ルッカム/ケティ・フラド●日本放映:1980/04/19●放映局:東京12チャンネル(現テレビ東京)(評価★★★☆)
「ヒッチコック劇場(第103話)/賭」●原題:Alfred Hitchcock Presents(S 3 E 35-#113)A DIP IN THE POOL●制作年:1958年●制作国:アメリカ●本国放映:1958/06/01●監督:アルフレッド・ヒッチコック●脚本:フランシス・コックレル●原作:ロア
「ロアルド・ダール劇場 予期せぬ出来事(第8話)/海の中へ」●原題:Tales of the Unexpected -A DIP IN THE POOL●制作年:1979年●制作国:イギリス●放映局:BBC●本国放映:1979/05/19●監督:マイケル・タクナー●脚本:ロナルド・ハーウッド●原作:ロアルド・ダール「賭」●時間:24分●出演:ロアルド・ダール(Self-Introduced)/ジャック・ウェストン/グラディス・スペンサー/マイケル・トラウトン/ジャナ・シェルドン/ポーラ・ティルブルック●日本放映:1980/06●放映局:東京12チャンネル(現テレビ東京)(評価★★★)
ロッピング・フォックスリー」●時間:25分●出演:ロアルド・ダール(Self-Introduced)/ジョン・ミルズ/アンソニー・スティール/ポール・スパリアー/ジョナサン・スコット・テイラー●日本放映:1980/06●放映局:東京12チャンネル(現テレビ東京)(評価★★★☆)
C●本国放映:●1980/04/28●監督:ハーバート・ワイズ●脚本:ロビン・チャップマン●原作:ロアルド・ダール「首」●時間:24分●出演:ロアルド・ダール(Self-Introduced)/デレク・ジャコビ/ルーシー・ガッテリッジ/ボリス・イザロフ/ドナルド・ピカリング/Teris Hebrew●日本放映:1980/06●放映局:東京12チャンネル(現テレビ東京)(評価★★★☆)




「ヒッチコック劇場(第124話)/毒蛇」●原題:Alfred Hitchcock Presents(S 4 E 1-#118)POISON●制作年:1958年●制作国:アメリカ●本国放映:1958/10/05●監督:アルフレッド・ヒッチコック●脚本:ケイシー・ロビンソン●原作:ロアルド・ダール「毒」●時間:30分●出演:アルフレッド・ヒッチコック(ストーリーテラー)/ウェンデル・コーリー/ジェームズ・ドナルド/アーノルド・モス/ドゥリーン・ラング●日本放映:「ヒチコック劇場」(1957-1963)●放映局:日本テレビ(評価★★★★)
「ロアルド・ダール劇場 予期せぬ出来事(第14話)/或る夜の事
件」●原題:Tales of the Unexpected -POISON●制作年:1980年●制作国:イギリス●放映局:BBC●本国放映:1980/04/28●監督:グレアム・エヴァンズ●脚本:ロビン・チャップマン●原作:ロアルド・ダール「毒」●時間:23分●出演:ロアルド・ダール(Self-Introduced)/アンドリュー・レイ/アンソニー・スティール/ジュディ・ギーソン/サイード・ジャフリー●日本放映:1980/07●放映局:東京12チャンネル(現テレビ東京)(評価★★★)
「ロアルド・ダール劇場 予期せぬ出来事(第6話)/首」●原題:Tales of the Unexpected -NECK●制作年:1979年●制作国:イギリス●放映局:BBC●本国放映:1980/04/28●監督:クリストファー・
マイルズ●脚本:ロビン・チャップマン●原作:ロアルド・ダール「首」●時間:25分●出演:ロアルド・ダール(Self-Introduced)/ジョーン・コリンズ/マイケル・オルドリッジ/ピーター・ボウルズ/ジョン・ギールグッド●日本放映:1980/05●放映局:東京12チャンネル(現テレビ東京)(評価★★★☆)
「ロアルド・ダール劇場 予期せぬ出来事(第41話)/音響捕獲機」●原題:Tales of the Unexpected -THE SOUND MACHINE●制作年:1981年●制作国:イギリス●放映局:BBC●本国

「マックイーンの絶対の危機(ピンチ)(人喰いアメーバの恐怖)」●原題:THE BLOB●制作年:1958年●制作国:アメリカ●監督:アービン・S・イヤワース・ジュニア●製作:ジャック・H・ハリス●脚本:ケイト・フィリップス/セオドア・シモンソン●撮影:トーマス・スパルディング●音楽:ラルフ・カーマイケル●原案:アービン・H・ミルゲート●時間:86分●出演:スティーブ・マックイーン/アニタ・コルシオ/アール・ロウ/ジョージ・カラス/ジョン・ベンソン
/スティーヴン・チェイス/ロバート・フィールズ/アンソニー・フランク/ジェームズ・ボネット/オーリン・ハウリン●日本公開:1965/01●配給:アライド・アーティスツ(評価★★★)










王立オペラ座のバレリーナのマリー(マイ・ブリット・ニルソン)は新聞記者の恋人ダヴィッド(アルフ・チェリン)の求愛に迷っていた。ある日届いた1冊の古い日記に13年前の思い出を呼び起こされ、電気設備の事故でリハーサルが中断されたのを機に、毎夏を過ごした伯母の別荘を訪れる。今彼女の中で、初恋の人ヘンリック(ビルイェル・マルムステーン)との出会いと、"毎日が金の糸に連なった真珠のような輝き"のひと夏が甦る。13年前の夏、別荘に行ったマリーは学生のヘンリックと恋に落ちた。伯母の友人エ
ルランド(ゲオルグ・フンキースト)もマリーに関心を持っていたが、彼女にとってエルランドは"おじさん"であり、ヘンリックとの海辺での抱擁こそが永遠のものと思われた。しかしヘンリックは、彼女にいい所を見せようと崖から海に飛び込んで全身打撲で危篤に陥り、彼女とエルランドに看取られて死ぬ。ヘンリックの日記を密かにポケットにしまい込んだエルランドは、マリーを抱いて求
愛する。そして再び現在。マリーは自分を訪ねたエルランドに会うが、彼との愛人関係は既に終わっているものであることが窺える。彼は復縁を望んで日記を送ってマリーを呼び寄せたのだが、彼女はそれを拒んで劇場へ戻る。また楽屋の鏡を前にぽつねんと座る彼女。同僚が化粧を落とすのが怖いのかと冷やかし、舞台監督が彼女のバレリーナとしての衰えを容赦なく指摘する。そこへ、現在の恋人ダヴィッドが現れ、彼と口論しながらも彼女は、自分を理解してくれ、とヘンリックの日記を渡す。晴れ晴れした気持ちで化粧をぬぐった彼女。そして、翌日の出番前、舞台袖に現れたダヴィッドは無言で彼女を抱く。キスするためつま先立ちした彼女はそのまま舞台に出ていく―。
イングマール・ベルイマン(1918-2007/享年89)の1951年公開作で、この頃から映画監督ベルイマンとしてのスタイルが確立したとされています。映画の構成は、主人公のバレリーナの現在の意識の流れの中に、彼女の過去の記憶がフラッシュバック的に挿入されていくという点で、後の「
思い出の中の夏の別荘地での若い2人の恋が、北欧の太陽と森と湖面のまばゆい輝きを背景に美しく描かれており、それらのシーンの明るさは、暗いトーンを主体とした現在の彼女が置かれている状況―バレリーナである自分がプリマドンナとしてのピークをもう過ぎて、その座を明け渡す日が近いことが予感され、更に、過去を引き摺ったまま今の恋人とも一歩を踏み出せず口喧嘩ばかりで、そこへ、初恋の人の死の哀しみにつけ込まれかつて愛人関係を結んでしまった男が復縁を求めて訪ねてきたという状況(状況そのものがもうかなり暗い)―のシーンと対比的に描かれることで、更にその明るさを増して見えます(この瑞々しい明るさは、とても1950年代初めに作られた作品とは思えないほど)。
一方で、この眩い光に包まれた思い出も、初恋の人の事故死によって悲劇に終わるわけであって、光と影の強烈なコントラストにどこか不吉な予感が漂うとみてとれなくもなく、それは、「現在」における主人公の甘美な回想としての、そして、何度思い返しても悲劇に終わることが運命づけられている思い出であることを表しているのかもしれません(フラッシュバックの手法を取っているが、主人公の現在の意識の流れの一部としての回想であるということになる)。
鳥の湖」を踊るシーンなども明らかに意図的に暗い)、その「現在」のシーンの「暗さ」によって、思い出のシーンの「明るさ」がより一層に際立って印象に残った映画でした。ということで、結局シーンとしては「明るさ」が一番印象に残ったわけですが、それは眩いばかりの明るさであると同時に、儚(はかな)さのようなものを伴った明るさだったとも言えるかもしれません。
「夏の遊び」●原題:SOMMARLEK(英:SUMMER INTERLUDE)●制作年:1951年●制作国:スウェーデン●監督:イングマール・ベルイマン●製作:アラン・エクルンド●脚本:イングマール・ベルイマン/ヘルベット・グレヴェーニウス●撮影:グンナール・フィッシェル●音楽:エリク・ノルドグレン●時間:90分●出演:マイ・ブリット・ニルソン/ビルイェル・マルムステーン/アルフ・チェリン/スティーグ・オリーン/ゲオルグ・フンキースト●日本公開:1992/09●配給:アルバトロス・フィルム●最初に観た場所:早稲田松竹(15-10-05)(評価:★★★★)●併映:「第七の封印」(イングマール・ベルイマン)



十字軍の遠征が終わって間もないスウェーデン。騎士のアントニウス(マックス・フォン・シドー)とその従者ヨンス(グンナール・ビョルンストランド)は、十年に及んだ無益な遠征から帰国する。
そこで彼らが見たのは、黒死病に蹂躙される祖国と、神に救いを求め惑乱する民衆の姿だった。故郷に辿りつくと同時にアントニウスは、彼の後を追ってきた死神(ベント・エケロート)の存在に気付く。アントニウスに死を宣告する死神に対して、彼は自らの命を賭け、また神の存在を確かめるためにチェスでの対決を申し入れる。死神との勝負は長引き、その間の猶予を生かしてアントニウスは妻の待
つ居城へと歩みを進める。道中でアントニウスは様々な人物に遭遇する。純朴な旅芸人ヨフ(ニルス・ポッペ)とその妻(ビビ・アンデショーン)の一家、妻に駆け落ちされた鍛冶屋(オーケ・フリーデル)、家族を疫病で失った少女(グンネル・リンドブロム)、下劣な犯罪者に成り下がった嘗ての聖職者ラヴァル(ベティル・アンデルベルイ)、魔女として火焙りの刑に処される女(モード・ハンソン)、疫病の蔓延を神の天罰だと考え自らを鞭打つ狂信者たち、破滅の予感に恐れ慄く人々など。その内の旅芸人一家、鍛冶屋
夫妻と少女を一行に加え、アントニウスは城への旅を続けるが、それは同時に彼に残された猶予期間が終わりつつあることを意味していた。城を目前としたある夜、アントニウスは死神相手にチェスの敗北を認める。結局自身の魂の救済も神との対話も達成できなかったアントニウスだが、旅芸人の
一家を死神から守ることには成功する。荒れ果てた城で妻と再会し、晩餐をとるアントニウスとその一行の目の前に突然死神が現れ、その場に居た者全員の命を奪う。翌朝、死神の魔の手から無事逃げ出した旅芸人のヨフが見たのは、死神に先導され数珠繋ぎになって死の舞踏を踊るアントニウスら犠牲者たちの姿だった―。
イングマール・ベルイマン(1918-2007/享年89)が、土着信仰とキリスト教信仰が混在する中世の北欧を舞台に、神の不在という実存主義的なテーマに挑んだ問題作。前年の「夏の夜は三たび微笑む」('55年)に続き、1957年度のカンヌ国際映画祭のパルム・ドールに2年連続でノミネートされ、受賞はならなかったものの、本作品は同映画祭の審査員特別賞を齎しました。
当初、こうしたモチーフは、ベルイマンによって「木版の絵」という演劇学校の学生の練習用に書かれた一幕劇になり、それがラジオ劇として放送され、市立劇場でも公演されました。彼はこれを映画シナリオに書き換えて映画会社に送り、一旦はボツになったもののの、「夏の夜は三たび微笑む」のヒットを受けて映画化が決まりました。結果的に、ベルイマンの最大のヒット作の1つとなりまし
たが、「木版の絵」から「第七の封印」になる時に、最後に生き残る旅芸人ヨフとその妻、そしてその幼子ミカエルの話が加わりました。先の宗教画に照らせば、ヨフはヨセフで、その妻はマリア、幼子ミカエルはイエスを表すことになります(但し、ヨフは夢想家として描かれ、その妻は生活に根ざした現実主義者として描かれていて、また、ヨフ自身が聖母マリアとイエスの姿をが幻視するという場面もある)。
人それぞれにいろいろな見方が出来る映画であり、ペストが蔓延し世界が終末の不安に慄く中世ヨーロッパという背景は、当時の特殊な時代状況だとする見方がある一方、現代の不安に満ちた時代を反映していると見る向きもあります。また、ヨフの一家が生き延びることに宗教的な救いを探る人もいる一方、彼らが旅芸人の一家であることから、ベルイマンは芸術に救いを見出しているのではないかと見方もあります(何れにせよ、ヨフ一家が生き延びることが"映画的"な意味では救いになっていることには違いないと思う)。
ラストも含め、重い主題の映画でありながら、映画全体が寓話的な印象を受け、意外と軽妙感もあったりします。更に随所にコメディの要素も含まれていて、それまでのベルイマンの作品にも見られる艶笑喜劇的要素さえあります。死神の姿も過剰に戯画的であるし、死神がアントニウスの作戦に嵌りそうになって挽回の手を打つためズルをするという(教会の告解室でアントニウスは神への疑念と苦悩を語るが、聖職者のふりをした死神に騙されてチェスの作戦を教えてしまう)、人間と騙し騙されつつどっこいどっこいの勝負をしている死神というのも何だか可笑しいです。
映画の中に、教会の壁画(例の「死神の踊り」)を描いている男が出てきて、ヨンスが何故こんな無意味なものを描くのかと問うと、画家は、「人間は皆死ぬものだということを悟らせるためだ」と言い、また、「骸骨は裸の女よりも人々の関心を引く」とも言います。となると、この映画に出てくる死神も、そうした"目的"と"効果"のために描かれた絵の一つのパーツであるに過ぎないと言えるかもしれません。ベルイマンは作中の宗教画家になろうとしたのかも。そして、この映画が商業的な成功を収めたということは、そうしたベルイマンの意図が成功した言えなくもないかもしれません。ベルイマン自身が自作の中で最も気に入っている作品だそうです。
「第七の封印」●原題:DET SJUNDE INSEGLET(英:THE SEVENTH SEAL)●制作年:1957年●制作国:スウェーデン●監督・脚本:イングマール・ベルイマン●撮影:グンナール・フィッシェル●音楽:エリク・ノルドグ
レン●時間:96分●出演:マックス・フォン・シドー/グンナール・ビョルンストランド/ベント・エケロート/ニルス・ポッペ/ビビ・アンデショーン/グンネル・リンドブロム/ベティル・アンデルベルイ/オーケ・フリーデル/インガ・ジル/モード・ハンソン●日本公開:1963/11●配給:東和●最初に観た場所(再見):早稲田松竹(15-10-05)(評価:★★★★)●併映:「夏の遊び」(イングマール・ベルイマン)
![野いちご [DVD]0_.jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E9%87%8E%E3%81%84%E3%81%A1%E3%81%94%20%5BDVD%5D0_.jpg)

![[野いちご]撮影中のベルイマン.jpg](http://hurec.bz/book-movie/%5B%E9%87%8E%E3%81%84%E3%81%A1%E3%81%94%5D%E6%92%AE%E5%BD%B1%E4%B8%AD%E3%81%AE%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%B3.jpg)
イサク(ヴィクトル・シェーストレム)は76歳の医師で、他人との接触を好まず、専ら書斎に引き籠っている。6月1日、彼は50 年に及ぶ医学への献身により、ルンドで行われる名誉博士号を受ける式典に出席することになっていた。息子エヴァルドの妻マリアンヌ(イングリッド・チューリン)が同乗した車でルンドへ向う途中、青年時代を過した邸に立ち寄る。草叢の野いちごはありし日の情景を甦らせる―野いちごを摘む可憐なサーラ(ビビ・アンデショーン)はイサクの許婚だったが、大胆なイサクの弟が
サーラを奪う―。傷ついたイサクの心は未だに癒えない。ここからサーラと名乗る女学生(ビビ・アンデショーン、2役)と2人の男友達の3人組ヒッチハイカーを乗せる。若い彼等の溢れんばかりの天衣無縫さに接して、イサクは今更のように無為に過ごした年月を悔む。曲り角ですれ違う車と衝突しかけ、相手の車は
転覆、乗っていた夫婦を同乗させたが、彼らはあたり構わず口論し互に蔑み、仕舞いには叩き合う。マリアンヌは2人を降ろす。廻り道をして、イサクは96歳の老母を訪ねる。彼女は他人にも自分にも厳しく、親族は誰も寄りつかない。車中、またしてもイサクは微睡(まどろ)む―暗い森の中に連れて行かれたイサクは、妻カリンと愛人の密会を
見る。それはイサクがかつて目撃した光景そのままだった―。目覚めたイサクは、妻の告白を聞いて以来、自分が死を生きていることに気づく。マリアンヌは、エヴァルトも死を望んでいると話す。車はルンドに着き、ファンファーレと鐘の音に包まれて式典は荘重に行われ、授与式は無事終わる。イサクはその夜、マリアンヌと家族のことについて誠実に話し合う。寝室の外では昼間に出会ったヒッチハイカーたちがイサクの栄誉を祝福し、イサクはいつになく温かい感情に浸る。ベッドに横たわると夢の世界に入っていた―野いちごの森からサーラが現れてイサクを入江に連れて行く。イサクの父は静かに釣糸をたれ、傍では母が本を開いていた。イサクの心境をそのままにすべては安らかだった―。
イングマール・ベルイマン(1918-2007/享年89)が自らの脚本を演出した、老医師の夢と現実を一種の回想形式で描く作品。「夏の夜は三たび微笑む」('55年)、「
舞台は「第七の封印」の中世から一転して現代に移っていますが、ロードームービーっぽいところが似ているかもしれません。道中の風景、初夏の光と影を美しく撮っていますが、リアリスティックであると同時にシュールでもあり、イサクが見る自らの「死」を象徴するかのような夢はまさにシュールレアリスムの影響を受けているのが窺えるとともに(シュールレアリスム映画「
ビビ・アンデショーンが、回想シーンにおけるイサクのかつての許婚サーラと、現在のシーンにおける3人組ヒッチハイカーの1人サーラの1人2役を演じていますが、片や婚約者の弟に唇を奪われ婚約者との結婚を諦める古風な女性であり、片や2人のボーイフレンドを引き連れヒッチハイクをするモダンな女性であるという、互いに対照的な役どころなのが興味深いです。
一方、イサクの息子の妻マリアンヌを演じたイングリッド・チューリンは、ベルイマン映画の常連でありながらこの作品では一見脇役のようですが、イサクの心境を映し出す鏡のような役割も果たしていて、やはりそれなりに重いウェイトを占めていたようにも思います。「第七の封印」で主役だったマックス・フォン・シドーは、この作品では殆ど目立たないカメオ出演的な役(ガソリンスタンド店の店主)。グンネル・リンドブロムが回想シーンにおけるシャルロッタ(サーラ(ビビ・アンデショーン)の妹)役で出ていした(下)。
イサクを演じたヴィクトル・シェーストレムは、当時78歳と高齢で健康に優れず、撮影中にセリフを忘れることもしばしばで、屋外での撮影が予定されていた幾つかのシーンが、健康を考慮して屋内での撮影に変更されたといい、この作品が彼の遺作となったわけですが、ベルイマンはインタビューで、この映画の撮影そのものが「時」に対する闘い(つまりシェーストレムの老化と映画を完成させることとの時間的な競い合い)であったことを明かしています(小藤田千栄子(編)『
「第七の封印」は極めて直截的に「死」がモチーフでありテーマでもありましたが、この「野いちご」も「老い」がテーマであり、詰まるところ「死」がテーマと言えるかと思います。そうした重くのしかかってくるテーマを扱いながらも、「第七の封印」で最後に生き延びる家族があったように、この作品にもラストに救いがあるのがいいです。ただ、その「救い」の見せ方が、「第七の封印」と「野いちご」では異なり、ベルイマンという監督の幅の広さを感じさせます。
「野いちご」●原題:SMULTRONSTALLET(英:WILD STRAWBERRIES)●制作年:1957年●制作国:スウェーデン●監督・脚本:イングマール・ベルイマン●撮影:グンナール・フィッシェル●音楽:エリク・ノルドグレン●時間:91分●出演:ヴィクトル・シェストレム/ビビ・アンデショーン/イングリッド・チューリン/グンナール・ビョルンストランド/マックス・フォン・シドー/グンネル・リンドブロム●日本公開:1962/12●配給:東宝東和●最初に観た場所:京橋フィルムセンター(80-07-11)●2回目:早稲田松竹(15-04-10)(評価:★★★★☆)●併映(2回目):「処女の泉」(イングマール・ベルイマン)



。翌朝、彼を捕らえた憲兵に対して司教は「食器は私が与えたもの」だと告げて彼を放免させたうえに、2本の銀の燭台をも彼に差し出す。それまで人間不信と憎悪の塊だったバルジャンの魂は司教の信念に打ち砕かれ、迷いあぐねているうちに、サヴォワの少年の持っていた銀貨を結果的に奪ってしまうが、それを悔いて、正直な人間として生きていくことを誓う―。
1819年、バルジャンはマドレーヌと名乗り、黒いガラス玉および模造宝石の事業で成功を収め、更に、その善良な人柄と言動が人々に高く評価されて町の市長になっていた。彼の営む工場でファンティーヌ(ダニエル・ドロルム)という女性が、3歳になる娘をモンフェルメイユのテナルディエ夫妻(ブールヴィル、エルフリード・フローリン)に預け女工として働に
いていていたが、その後売春婦に身を落とし、あるいざこざが契機でバルジャン救われる。病に倒れた彼女の窮状を知ったバルジャンは、彼女の娘コゼットを連れて帰ることを約束する。テナルディエは養育費と称し、様々な理由をつけてはファンティーヌから金をせびっていた。モンフェルメイユへ行こうとした矢先、バルジャンは、自分と間違えられて逮捕された男のことをジャベール警部(ベルナール・ブリエ)から聞かされ、葛
藤の末、彼を救うことを優先し、自身の正体を公表して逮捕されるが、通算5度目となる脱獄を図る。1823年、亡きファンティーヌとの約束を果たすためモンフェルメイユにやって来たバルジャンは、村はずれの泉でコゼット(マーティン・ハーヴェット)に出会う。彼女は8歳で、テナルディエ夫妻の営む宿屋で女中としてただ働きさせられていた。バルジャンはテナルディエの要求どおり金を払い、コゼットを奪還してそのままパリへ逃亡、パリに赴任していたジャベールら警察の追っ手をかいくぐり、修道院で暮らし始める―。
パリのプリュメ通りにある邸宅に落ち着いたバルジャンとコゼット(ベアトリス・アルタリバ)は、よくリュクサンブール公園に散歩に来ていた。そんなふたりの姿をマリユス
(ジャンニ・エスポジト)というの若者が見ていた。共和派の秘密結社ABC(ア・ベ・セー)に所属する貧乏な学生である。ブルジョワ出身の彼は幼い頃に母を亡くし祖父に育てられたが、ナポレオン1世のもとで働いていた父の死がきっかけでボナパルティズムに傾倒し、王政復古賛成の祖父と対立、家出していた。マリユスは美しく成長したコゼットに一目惚れする。テナルディエの長女エポニーヌ(シルヴィア・モンフォール)の助けを得て彼女の住まいを見つけ、同じころ彼に惚れていたコゼットに、ようやく出逢うことが出来、互いを深く愛し合うようになるが、
コゼットはバルジャンから、1週間後にイギリスへ渡ることを聞かされる。コゼットとジャン・バルジャンとマリユスの3人を中心とした運命の渦は、ジャベール、テナルディエ一家、マリユスの家族や親しい人々、ABCの友のメンバーまで巻き込んで大きくなっていき、七月革命の混沌にあるパリを駆け回り、やがて1832年の六月暴動へと向かって行く―。
1957年のジャン=ポール・ル・シャノワ監督作で、原作は勿論ヴィクトル・ユゴーの同名小説。Wikipediaには、「数々の映画化作品の中で、最も原作を忠実に再現された作品として高く評価されており、約10億フランの巨額を賭けて製作された巨編映画である。今日でも、古典映画の中でも特に最高傑作として評価されており、根強いファンも少なくない」とあり、実際、Amazon.comのレビューなどを見てもそれは窺えます。レビューの中には、「他の映画化作品は、2012年のミュージカル映画も含めて、興業上の理由から短く話を端折って、その代わりに、脚本家や監督、俳優の"色"を濃く打ち出して独自の商品価値を出すスタイルと考えてよく、ユーゴーの作品に着想を得た"何か別のもの"だと考えたほうが良い」といったような"通"っぽいコメントもありました。
個人的には、トム・フーパー監督によるミュージカル映画
一方、このル・シャノワ版は、約3時間の大作ですが、派手な演出や作為的な盛り上げもなく、文芸作品路線とでも言うか、物語を淡々と読み進めていくように話が進んでいき、それでいて感動を惹き起こすのは、やはり原作の力でしょうか。それともう一つ大きいのは、やはり、ジャン・バルジャンを演じたジャン・ギャバン(当時53歳)の圧倒的な存在感でしょう。トム・フーパー監督のミュージカル映画「レ・ミゼラブル」が群像劇という印象を受けるのに対し、このル・シャノワ版「レ・ミゼラブル」はジャン・ギャバン演じるジャン・バルジャンを中心とした、まさに"ジャン・ギャバン版"といった印象を受けました。
過去4回脱獄を繰り返した囚人で、市長になった後に再び囚われの身となるもあっさり5回の脱獄を成し遂げるとか、犯罪者集団を相手に凄んでみせて逆に連中をビビらせるとかいった役どころは、ギャング映画で鳴らしたジャン・ギャバン向き(?)。一方で、幼い少女コゼットとの取り合わせなどは、前年作「
うな気がします(バルジャンと間違えられて逮捕された男までジャン・ギャバンが演じているのは、ちょっとした"お遊び"的要素か。ビデオジャケットにもなっているけれど、この時の役どころはジャン・バルジャンではなく"ジャン・バルジャンに間違えられた男"である)。
「レ・ミゼラブル」●原題:LES MISERABLES●制作年:1957年●制作国:フランス・イタリア●監督・製作:ジャン=ポール・ル・シャノワ●脚本:ルネ・バジャベル/ミシェル・オーディアール/ジャン=ポール・ル・シャノワ●撮影:ジャック・ナトー●音楽:ジョルジュ・バン・パリス●原作:ヴィクトル・ユゴー●時間:186分●出演:ジャン・ギャバン/ダニエル・ドロルム/ベルナール・ブリエ/セルジュ・レジアニ/ブールヴィル/エルフリード・フローリン/シルヴィア・モンフォール/ジャンニ・エスポジート/ベアトリス・アリタリバ/フェルナン・ルドゥー/マーティン・ハーヴェット●日本公開:1959/06●配給:中央映画社(評価:★★★★☆)



1958年に行われた第5回ニューポート・ジャズ・フェスティバルの模様を収めたドキュメンタリーフィルムで、音楽を扱ったドキュメンタリーの中でも、、映像的には最高水準にある作品とされているようです。そうと知らずに初めて観た時は、映像と音楽をただただ愉しんだという感じでしたが、初めて観た時('86年)に既に作られてから四半世紀経っていたのだなあと(これは今になって意外に思う)。
カメラマンで、この記録映画をちょっと変わった撮り方をしていて、実際にはこのフェスティバルには100人以上のミュージシャンが出演したそうですが、ルイ・アームストロング、アニタ・オデイ、マヘリア・ジャクソン、ダイナ・ワシントン、セロニアス・モンク、ゲリー・モリガン、ジョージ・シェアリングなど40人くらいに絞り込み(その結果、マイルス・デイヴィス、デューク・エリントン、ソニー・ロリンズなどの出演場面がカットされ、その演奏が収められていない)、しかも、4日間のイベントをまるで1日のイベントであったかのように撮っています。
また、演奏会場の準備風景やバックステージ、観客の様子などもしっかり撮っていて、この手法は「ウッドストック」('70年/米)などに引き継がれるわけですが、歌い手
や演奏者よりも観客の方を長く撮っていたりする時間帯もあり、仕舞いには、カメラはフェスティバル会場を飛び出し、同時期に当地で行われようとしていたヨットのアメリカズ・カップの準備の様子や練習風景、アメリカズ・カップが本来のお目当だったと思われる観光客まで撮っています。
ということで、演奏の音楽が流れている間、カメラは、熱心に聴き入る観客ばかりでなく、無心にアイスクリームを食べる女性を望遠レンズでそっと撮ったり、海面を走るヨットを俯瞰で撮ったりもしているわけですが、そうした映像が音楽と不思議とフィットしていて、「聖者が街にやってくる」ではないですが、「ニューポートの街にジャズ・フェスティバルがやってきた」という雰囲気がシズル感をもって伝わってきます(そもそもこの映画は、クラシックカーに乗った楽隊がニューオリンズ風の演奏を繰り広げながら街を走るシーンから始まる)。
出演者の中では、終盤に登場するルイ・アームストロング(1901-1971/享年69)の貫禄とエンターテイナーぶりはさすがという感じでした。それ以外では、ラストのマヘリア・ジャクソンのゴスペルも良
かったですが、最初の方に出てくる、「スウィート・ジョージア・ブラウン」「二人でお茶を」の2曲






1870年代のテキサスのある町に、東部から1人の紳士ジェームズ・マッケイ(グレゴリー・ペック)が、有力者テリル少佐(チャールズ・ビックフォード)の娘パット(キャロル・ベイカー)
と結婚するためにやって来る。出迎えた牧童頭のスティーブ・リーチ(チャールトン・ヘストン)は主人の娘を密かに恋しており、ヤサ男風のジェームズに敵意を抱く。パットは、ジェームズと父の牧場に向かう途中、ヘネシー家の息子
バック(チャック・コナーズ)たちの悪戯を受けるが、ジェームズは彼らの為すがままで抵抗しなかった。パットの父テリル少佐は大地主ルーファス・ヘネシー(バール・アイヴス)とこの地の勢力を二分して争っていた。両者が共に目をつけている水源地ビッグ・マディは、パットの親友の女教師ジュリー・マラゴン(ジーン・シモンズ)が所有していた。
彼女は一方が水源を独占すれば必ず争いが起こると考え、どちらにも土地を売ろうとしなかった。少佐は娘婿にされた乱暴に対して、ヘネシーの集落を襲いヘネシーの息子たちにリンチを加えて復讐するが、ジェームズはそんな少佐に相
容れないものを感じる。彼は争いの元である水源地ビッグ・マディを見て女主人ジュリーに会い、中立の立場で誰にでも水を与え、自分でこの地に牧場
を経営したいと申し出て売約契約を交わす。血気にはやるパットと父の少佐には、ジェームズの態度が不満だった。一方、ヘネシー父子は、水源地を手に入れて少佐に対抗するため、ジュリーを監禁する。ジェームズはメキシコ人牧童ラモン(
アルフォンソ・ベドヤ)の案内で単身本拠に乗り込み、水源は自由にすると明言してジュリーを救出しようとする。ジュリーに横恋慕する息子バックは、父ルーファス・ヘネシーの計らいでジェームズと決闘することになるが、卑怯な振舞いから父に射殺される。やがて少佐の一隊が乗り込んできて戦いが始まり、1対1で対決したルーファスと少佐は相撃ちで共に死に、憎悪による対立と暴力の時代は終わりを告げる―。
ウィリアム・ワイラー監督の1958年作品で、まさに「大いなる西部」を雄大に描きつつ、その中に様々な価値観の対立を織り込み、また、ストーリー的にも2時間46分の長尺でありながら飽きさせずに最後まで見せるという、巨匠ならではの堂々たる娯楽大作です。グレゴリー・ペック(1916-2003/享年87)、チャールトン・ヘストン(1923-2008/享年84)、ジーン・シモンズ(1929-2010/享年80)、キャロル・ベイカー(1931- )の4大スターが共演していますが、テレビで初めて観た時は4人とも存命していたのが、今はキャロル・ベイカーしか生きていないのは、50年以上前の作品であるから仕方無いけれど、ちょっと寂しいです。
チャールトン・ヘストンは「主演」ではなく、主演はこの映画の製作も兼ねたグレゴリー・ペックであり、チャールトン・ヘストンの方は「助演」ということで、年齢的にも、グレゴリー・ペックが当時42歳だったのに対し34歳と、相対的にはまだ若い感じか。ウィリアム・ワイラー監督は、グレゴリー・ペックの主演作では「ローマの休日」('53年)があり、一方、この作品の翌年には、チャールトン・ヘストン主演の「ベン・ハー」('59年)を撮ることになります。
この作品には、グレゴリー・ペック演じるジェームズ・マッケイのキャラクターが分かりにくいとの批評もあるようですが、物語の設定上も、周囲が煮え切らないようなものを感じるキャラだから、観ている側がそう感じるのもおかしくないかも。実際にはジェームズは勇気ある正義漢であり、決して"ヤサ男"でも"慎重居士"でもないわけですが
(逆にいくら命があっても足りないくらい(?)勇敢)、ただ、そこまで「能ある鷹は爪を隠す」的行動をするかなあという感じは確かにあります(却ってイヤミっぽい?)。むしろ、チャールトン・ヘストン演じる牧童頭スティーブ・リーチのキャラクターの方が分かり易くて親近感が感じられました。チャールトン・ヘストンが屈折した役柄を演じているというのも興味深いですが、彼は同年のオーソン・ウェルズ監督の

それ以外の俳優陣では、ヘネシー家の父親を演じたバール・アイヴス(1909-1995、数多くのヒット曲を持つフォーク歌手でもあった)がアカデミー助演男優賞とゴールデングローブ賞の両方の助演男優賞を受賞していますが、個人的には、ジーン・シモンズ(1929-2010)演じる女教師が印象的でした。きりっとした美人でもありますが、自らの名誉を犠牲にしてジェームズを守ろうとするところが、名誉にこだわって争いを繰り返す周囲の愚か者たちとの対比で際立
っていました。最後は、ジェームズと結ばれることを暗示するような終わり方と取るのが妥当―というか、もう、それしかないだろうなあと思ったりもします。
グレゴリー・ペックとチャールトン・ヘストンの延々と続く殴り合いのシーンも語り草になっていますが、確かにグレゴリー・ペック190㎝、チャールトン・ヘストン191㎝という両者の長身は荒野に映えます。但し、敵役バック・ヘネシーを演じたチャック・コナーズ(1921-1992/享年71)はそれらを上回る身長197㎝の長身で、俳優になる前はBAA(現NBA)とMLBの選手でした(つまりプロバスケットボールとメジャーリーグ
の選手を兼ねていたことになる)。1958年10月に公開されたこの映画の中では、ヘネシー家の不良息子で、ジェームズ、パットらにちょっかいを出し、ジュリーに横恋慕した挙句、最期はその卑怯な行為によりバール・アイヴス演じる自分の父親に射殺されてしまうという情けない男の役ですが、同じく1958年9月から米ABCで放送開始されたテレビ西部劇「ライフルマン」では、無法者の悪や暴力と闘う銃の達人にして、妻に



Charlton Heston in 1958 "Touch of Evil" (「



神経質で元教師の母親と冷淡な元軍医の父親を持つアメリはあまり構ってもらえず、両親との身体接触は父親による彼女の心臓検査時だけ。いつも父親に触れてもらうのを望んでいたが、稀なことなので心臓が高揚し、心臓に障害があると勘違いした父親は、学校には登校させず周りから子供たちを遠ざけてしまう。その中で母親を事故で亡くし、孤独の中で彼女は想像力の豊かな、しかし周囲と満足なコミュニケーションがとれない不器用な少女になっていく。そのまま成長して22歳となったアメリ(オドレイ・トトゥ)は実家を出てアパートに住み、モンマルトルにある元サーカス団員経営のカフェで働き始める。ある日、偶然に自室から小さな箱を発見し、中に入っていた子供の宝物を持ち主に返そうとした彼女は、探偵の真似事の末に前の住人を探し、箱を持ち主に返して喜ばれたことで、彼女は人を幸せにすることに喜びを見出すようになる―。

個性的なセンスと独特のビジュアル、エスプリとユーモアに溢れた作品で(結構ブラックユーモアが多いためゲテモノ映画と間違えられたのか?)、こんなの今まで見たことないという感じでした。敢えて言えば、駅のスピード証明写真機のボックスに定期的に現れる男は一体何者かといったミステリ風味を効かせている点で、ジャン=ジャック・ベネックスの「ディーバ」('81年/仏)を想起しましたが、やはり作品全体がこの監督のオリジナリティを色濃く反映したものとなっているように思います。
そして何よりもオドレイ・トトゥ演じるアメリがいいです。クレーム・ブリュレの表面をスプーンで割ったり、パリを散歩しサン・マルタン運河で石を投げ水切りをするなど、ささやかな一人遊びと空想にふける毎日を送っていたアメリは、子供時代の宝箱を持主に届けて喜ばれたことで、「この時、初めて世界と調和が取れた気がし」、以降、父親の庭の人形を父親に内緒で世界旅行をさせ父親に旅の楽しさを思い出させるなど、様々な人に関与するようになります。
そうした彼女にも気になる男性が現れ、それはスピード写真のボックス下に捨てられた他人の証明写真を収集する趣味を持つ若者でしたが、気持ちをどう切り出してよいのかわからず、他人を幸せにしてきた彼女も自分が幸せになる方法は見つからない―でも最後は、アパートの同居人で絵描きである老人らに励まされて...。
ところで、この映画に雰囲気、どこか既視感があると思ったら、ルイ・マル監督の「地下鉄のザジ」('60年/仏)が髣髴されました。コミカルでシュールなタッチ、好奇心旺盛な女の子、美しいパリの風景と、共通点が多いです(「地下鉄のザジ」は途中から加速的にスラップスティック・コメディ化するため、想起するのにやや間があった)。ネットで調べてみたら、「アメリの元ネタ」などと言われているようで、一昨年['14年]目黒シネマで「名作チョイス 第一弾 ~おかっぱ★Love~」として「地下鉄のザジ」と「アメリ」を組み合わせた上映があったそうです。その際に「おかっぱ割引」として、"おかっぱ頭"の髪型(おかっぱボブ)の人は割引料金だったようです。確かに、"おかっぱ頭"という点でも「地下鉄のザジ」と「アメリ」の主人公、共通していたなあと改めて思った次第です。
因みに、ラストで、ザジは約束の時間に叔母さんと母親の待つ駅に行き、母親が地下鉄に乗ったかと聞くとザジはただ「乗らない、疲れちやった」と言って終わるのですが、これをもってザジは地下鉄に乗らず終いだったと思っている人が多いようです。実はパリ滞在中にザジの相手をしていた叔父さんが、店で勃発した大乱闘から避難するために、疲れて眠り込んだザジを抱えて地下鉄に避難したとたんに、ストが解決して地下鉄が動き出したのですが、その時まだザジは眠りこけていたために、自分が地下鉄に乗ったという記憶が無いのです。
「地下鉄のザジ」は、登場人物らのドタバタがドリフターズのコントみたいで(クレージー・キャッツがこの映画を参考にしたとも)楽しいのですが、大乱闘になだれ込む終盤の頃には食傷気味になり、最初に観た際の評価は★★★ぐらいでした。ただし、今観ると、1960年のパリの街のあちこちの風景を多数切り取っており、これは映像記録として貴重なのではないかと思われ、星半分プラスしました。「アメリ」で観られるその40年後のパリの風景と見比べてみるのもオツかもしれません(観る順番としては「地下鉄のザジ」→「アメリ」がお薦め)。
「アメリ」●原題:TLE FABULEUX DESTIN D'AMELIE POULAIN●制作年:2001年●制作国:フランス●監督:ジャン=ピエール・ジュネ●製作:クロディー・オサール●脚本:ジャン=ピエール・ジュネ/ギヨーム・ローラン●撮影:ブリュノ・デルボネル●音楽:ヤン・ティルセン●原作:イポリト・ベルナール●時間:122分●出演:オドレイ・トトゥ/マチュー・カソヴィッツ/セルジュ・マーリン/ジャメル・ドゥブーズ/ヨランド・モロー/クレア・モーリア/ドミニク・ピノン/クロディルデ・モレ/リュファス/イザベル・ナンティ/アータス・デ・ペンクアン/(ナレーション)アンドレ・デュソリエ●日本公開:2001/11●配給:アルバトロス・フィルム●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(15-03-25)(評価:★★★★)
「地下鉄のザジ」●原題:ZAZIE DANS LE MÉTRO●制作年:19601年●制作国:フランス●監督・製作:ルイ・マル●脚本:ジャン=ポール・ラプノー/ルイ・マル●撮影:アンリ・レイシ●音楽:フィオレンツォ・カルピ●原作:レーモン・クノー●時間:93分●出演:カトリーヌ・ドモンジョ/フィリップ・ノワレ/カルラ・マルリエ/ヴィットリオ・カプリオーリ/ユベール・デシャン/アニー・フラテリーニ/アントワーヌ・ロブロ/ジャック・デュフィロ/イヴォンヌ・クレシュ/ニコラ・バタイユ/オデット・ピケ●日本公開:1961/02●配給:映配●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(14-06-22)(評価:★★★☆)



広告会社の重役ロジャー・ソーンヒル(ケーリー・グラント)は、ホテルのロビーでの会合中、偶然別の人物に間違えられて誘拐され、広壮な邸宅に連れていかれる。そこにいたタウンゼントと名乗る男(ジェームズ・メイソン)は彼の事をキャプランというスパイだと決めつけ、ロジャーが否定すると、今度は泥酔運転に見せかけて殺されそうになる。窮地を脱したロジャーは、翌日、タウンゼントが国連で演説することを知り、真相を確かめようと国連ビルへ赴くが、そこに現れたタウンゼントは全くの別人だった。そして、タウンゼントの背中にナイフが突き立てられ、容疑はロジャーにかかってしまう。政府のスパイ機関の会議室では、教授(レオ・G・キャロル)と呼ばれる男を中心に、予想外の事態への対応を協議していた。タウンゼントに成りすました男は、実はヴァンダムという敵のスパイ一味の親
玉で、教授たちは彼らヴァンダム一味の中に自分たちの側のスパイを送り込んでいた。キャプランは教授たちが創造した架空のスパイで、ヴァンダムの注意をキャプランに引き付けることで、味方のスパイを守ろうという作戦だった。スパイ合戦に巻き込まれたロジャーに対し教授たちは同情しつつも、味方のスパイの安全の
1959年のアルフレッド・ヒッチコック作品で、小麦畑でのセスナシーンやラシュモア山のシーンなどで知られるように、ヒッチコック唯一のアクション・サスペンスムービーとも言われています。こうした作品は大味になりがちなところを、筋立てとその運びの旨さで飽きさせず、さすがアカデミー賞の脚本賞にノミネートされただけのことはあります。個人的には、アクションもさることながら、ラシュモア山麓に建っている敵のモダンな別荘だとか、ロジャーがオークション会場で敵に囲まれた際に、わざと無茶苦茶な値を付けて警備員に連れ出されることで難を逃れるといったシーンなどが意外と印象に残っていたりします。
主演のケーリー・グラント(1904-1986/享年82)は、ジェームズ・ステュアート(1908-1997/享年89)と並ぶヒッチコック映画の代表的俳優であり、「断崖」('41年)、「汚名」('46年)、「泥棒成金」('55年)でヒッチコック映画のまさに"顔"となりましたが、その後、「裏窓」('54年)、「知りすぎていた男」('56年)、「めまい」('58年)でジェームズ・ステュアートが台頭し、立場が逆転した印象もあったところにこの作品に出演し、再びジェームズ・ステュアートに並ぶか、或いは抜き返したという感じではないでしょうか。
ジェームズ・ステュアートはこの作品のロジャー役を熱望していたそうですが、フランソワ・トリュフォーのヒッチコックに対するインタビュー集『映画術 ヒッチコック/トリュフォー』(山田宏一・蓮實重彦訳、'81年/晶文社)によれば、ヒッチコックは、「
一方、謎の女性を演じている女優はエヴァ・マリー・セイント(1924- )で、当時すでに「波止場」('54年)でアカデミー助演女優賞を受賞していましたが(因みに「波止場」はグレースー・ケリー
が「裏窓」出演のために役を断り、そのためエヴァ・マリー・セイントに役が回ってきた)、ヒッチコックはこの作品でしかエヴァ・マリー・セイントを使っていません。おそらく、従来のヒッチコ
ック作品のヒロイン像と違って、「007シリーズ」のボンドガールのような役回りであることも関係しているのでしょう。ラストのロジャーと2人で寝台車のベッドで抱き合うシーンなども「007シリーズ」の
エンディングっぽいですが、「007シリーズ」の第1作「![[北北西に進路を取れ]posterart_.jpeg](http://hurec.bz/book-movie/%5B%E5%8C%97%E5%8C%97%E8%A5%BF%E3%81%AB%E9%80%B2%E8%B7%AF%E3%82%92%E5%8F%96%E3%82%8C%5Dposterart_.jpeg)
因みに、恒例のヒッチコック自身のカメオ出演は、この作品では冒頭のクレジットタイトルの最後に出てくるバスに乗り遅れる男性であり、探す上ではかなり分かりやすい部類ではないでしょうか(「
「北北西に進路を取れ」●原題:NORTH BY NORTHWEST●制作年:1959年●制作国:アメリカ●監督・製作:アルフレッド・ヒッチコック●脚本:アーネスト・レーマン●撮影:ロバート・バークス●音楽:バーナード・ハーマン●時間:136分●出演:ケーリー・グラント/エヴァ・マリー・セイント/
ジェームズ・メイソン/マーティン・ランドー/ジェシー・ロイス・ランディ
ス/レオ・G・キャロル/ジョセフィン・ハッチンソン/フィリップ・オバー/エドワード・ビンズ/アダム・ウィリアムズ/ロバート・エレンシュタイン●日本公開:1959/09●配給:メトロ・ゴールドウィン・メイヤー●最初に観た場所:高田馬場・ACTミニシアター(88-07-10)(評価:★★★★)●併映:「暗殺者の家」(アルフレッド・ヒッチコック)



米国とメキシコの国境で、町の有力者が車に仕掛けられた爆弾によって爆死する。新婚旅行で町に来ていたメキシコ人麻薬捜査官のバルガス(チャールトン・ヘストン)は米国側の刑事クインラン(オーソン・ウェルズ)やその相棒のメンジス(ジョゼフ・キャレイア)らと協力して捜査にあたる。クインランはメキシコ人の容疑者
を逮捕するが、証拠の品はクインランが捏造したものだった。それに気付いたバルガスはクインランの扱った過去の事件を調査すると、過去にも同様にクインラン
によって証拠が捏造されたと思われる事件があった。バルガスは警察上層部にクインランを告発するが逆に反論され、警察もク
インランに味方する。バルガスの告発に危機を抱いたクインランは、バルガスに敵対するギャングのグランディ(エイキム・タミロフ)にバルガスの妻スーザン(ジャネット・リー)を誘拐させ、ホテルの一室に連れ込ませる。クインランはその部屋
でグランディを絞殺し、スーザンに殺人の罪を着せようとす
る。しかしクインランが現場に置き忘れた杖をメンジスが発見し、彼はバルガスに協力することを決意する。メンジスは無線機を身に付けてクインランとの会話を録音し、証拠をつかもうとする。しかしそれを見破ったクインランはメンジスを射殺、後を付
けていたバルガスをも撃とうとする。が、メンジスが最期にクインランを撃ち、録音された証拠のテープを聞きながらクインランは息絶える。しかしその頃、クインランが捏造した証拠で逮捕されたメキシコ人は、爆弾事件の犯人であることを自白していた―。
1958年に作られたこの映画は、当初オーソン・ウェルズは俳優としてのみの起用で、監督は別人に依頼する予定だったのが、ユニヴァーサルがチャールトン・ヘストンと出演交渉を行った際に、ウェルズの出演を知ったチャールトン・ヘストンが、ウェルズが監督も兼ねることを会社に強く要望したためにウェルズの監督が実現したとのことです。
映画は2本立ての添え物の方の一本として公開され、興行的には惨憺たる失敗で、米国内の批評家からも黙殺され、結果的にウェルズにとって本作品がアメリカにおける最後の監督作品となりますが、同年のブリュッセル万国博覧会で上映された際には審査員のジャン=リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォーたちから絶賛され、万博での最高賞を与えられています。

更に、オーソン・ウェルズが監督することになった段階で、原作ではメキシコ人の妻を持つアメリカ人地方検事補佐が主人公だったのを、夫婦の国籍を逆にし(つまり、チャールトン・ヘストンがメキシコ人で、ジャネット・リーがアメリカ人の妻ということにした)、物語の舞台をカリフォルニア州からアメリカとメキシコの国境地帯にするなどの様々な設定の変更をウェルズは行っています。
また更にウェルズは、実際の映画化(撮影)段階で、映画が始まってすぐの爆弾のクローズアップから爆発までの3分18秒をワンショットで見せることにし、その他にもこの作品には5分を超える長回しが複数回ありますが、とりわけ冒頭のこの長回しシーンは、作品自体の再評価を経て、今や映画史に残ると言ってもいいシークエンスとされています。
それらに加えてウェルズは、当初予定していなかった2人の俳優、モーテルの夜勤係のデニス・ウィーバー(スティーヴン・スピルバーグ監督のTV映画「
但し、作品として成功していなければ、どうにも評価のしようがないでしょう。この作品は、細部を見れば、足の悪いクインランが現場に杖を置き忘れるか?といった穴が無くもないし、作品そのものが部分的にカットされてしまったことで、ラストでの、メンジスに撃たれたクインランの死の間際の「これはおまえのために受けた2発目の銃弾だ」という言葉の意味が分かりにくくなっているということもあるかと思いますが、それでもやはり、ウェルズの万能ぶりが発揮されたフィルム・ノワール史上に残る傑作であると思います(逸失部分があるのが残念)。
マレーネ・ディートリッヒは、ウェルズとの友情からノークレジット、ノーギャラでOKという事で出演を快諾したそうですが、2日間だけの撮影参加ながら、自前の衣装を着てウェルズが彼女を想定して書き加えたジプシー女ターニャを魅力たっぷりに好演(ラッシュ・フィルムを観て大物
女優の出演を初めて知った
スタジオの重役たちは、ディートリッヒの名前をクレジットに出すために彼女に出演料を支払った)、最後の方のセリフで、クインラインを愛していたのは私ではなく、彼を殺した部下の男メンジスだったと言うのは、この作品のテーマの1つ(クインラインとそれを支えた部下との愛憎)を端的に言い当てているように思いました。ディートリッヒ自身は後にこの場面を、自身の女優としてのキャリアの中で最高の演技だったと述べています。
「黒い罠」●原題:TOUCH OF EVIL●制作年:1958年●制作国:アメリカ●監督・脚本:オーソン・ウェルズ●製作:アル
バート・ザグスミス/リック・シュミドリン(修復版)●撮影:ラッセル・メティ●音楽:ヘンリー・マンシーニ●原作:ホイット・マスターソン「黒い罠」●96分(劇場公開版)/109分(試写会版)/111分(修復版)●出演:オーソン・ウェルズ/チャールトン・ヘストン/ジャネット・リー/ジョセフ・カレイア/エイキム・タミロフ/マレーネ・ディートリッヒ/デニス・ウィーヴァー/ヴァレンティン・デ・ヴァルガス/モート・ミルズ/ヴィクター・ミリアン/ジョアンナ・ムーア/ザ・ザ・ガボール/ジョセフ・コットン(ノンクレジット)●日本公開:1958/07●配給:ユニヴァーサル・ピクチャーズ(評価:★★★★)



個人的には、昔は淀川長冶ってそれほどスゴイとは思っていなかったのですが、今になってやはりスゴイ人だったんだなあと思ったりもします。作品解説もさることながら、作品を要約し、その見所となるポイントを抽出する技は絶妙という感じです。本書で言えば、例えば、レオ・マッケリー監督、ケーリー・グラント、デボラ・カー主演の「めぐり逢い」('57年、原題:An Affair to Remember)のラストシーンのエンパイアステートビルで出会えなかった2人が最後の最後に出会うシーンの解説などは、何だか今目の前に映画のスクリーンがあるような錯覚に陥りました。この映画、最初観た時はハーレクイン・ロマンスみたいと思ったけれど、今思えばよく出来ていたと(著者に指摘されて)思い直したりして...。これ自体が同じレオ・マッケリー監督作でシャルル・ボワイエ、アイリーン・ダン主演の「邂逅(めぐりあい)」('39年、原題:Love Affair)のリメイクで(ラストを見比べてみるとその忠実なリメイクぶりが窺える)、その後も別監督により何度かリメイクされています。トム・ハンクス、メグ・ライアン主演の「





イタリア映画では、ビットリオ・デ・シーカの「昨日・今日・明日」('63年)、「

づいていない)を扱ったブラックコメディで、ちょっと世に出るのが早すぎたような作品でもあります。
トム・コートネイ、サム・ワナメイカー、キャンディス・バーゲンが出演。キャンディス・バーゲンって映画に出たての頃からインテリっぽい役を地でやっていて、しかも同時に、健康的なセクシーさがありました。
「めぐり逢い」●原題:AN AFFAIR TO REMEMBER●制作年:1957年●制作国:アメリカ●監督:レオ・マッケリー●製作:ジェリー・ウォルド●脚本:レオ・マッケリー/デルマー・デイヴィス/ドナルド・オグデン・ステュワート●撮影:ミルトン・クラスナー●音楽:ヒューゴ・フリードホーファー●原案:レオ・マッケリー/ミルドレッド・クラム●時間:119分●出演:ケーリー・グラント/デボラ・カー/リチャード・デニング/ネヴァ・パターソン/キャスリーン・ネスビット/ロバート・Q・ルイス/チャールズ・ワッツ/フォーチュニオ・ボナノヴァ●日本公開:1957/10●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:高田馬場・ACTミニシアター(85-11-03)(評価:★★★☆)●併映:「ティファニーで朝食を」(ブレイク・エドワーズ)







「ひまわり」●原題:I GIRASOLI(SUNFLOWER)●制作年:1970年●制作国:イタリア・フランス・ソ連●監督:ヴィッ
トリオ・デ・シーカ●製作:カルロ・ポンティ/アーサー・コーン●脚本:チェザーレ・ザ
バッティーニ/アントニオ・グエラ/ゲオルギス・ムディバニ●撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ●音楽:ヘンリー・マンシーニ●時間:107分●出演:マルチェロ・マストロヤンニ/ソフィア・ローレン/リュドミラ・サベーリエワ/アンナ・カレーナ/ジェルマーノ・ロンゴ/グラウコ・オノラート/カルロ・ポンティ・ジュニア●日本公開:1970/09●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:目黒シネマ(83-05-01)(評価:★★★★)●併映:「ワン・フロム・ザ・ハート」(フランシス・フォード・コッポラ) 

「魚が出てきた日」●原題:THE DAY THE FISH COME OUT●制作年:1967年●制作国:アメリカ●監督・製作・脚本:マイケル・
カコヤニス●撮影:ウォルター・ラサリー●音楽:ミキス・テオドラキス●時間:110分●出演:コリン・ブレークリー/サム・ワナメーカー/トム・コートネイ/キャンディス・バーゲン/

キャンディス・バーゲン in 「ボストン・リーガル」 with 






があり、これを日本人をバカにしていると観客がとれば日本では受けないとして配給会社が配給を見送ったようですが、ちょっと世に出るのが早すぎたでしょうか。監督は後に「![黒い画集 あるサラリーマンの証言[1].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E9%BB%92%E3%81%84%E7%94%BB%E9%9B%86%E3%80%80%E3%81%82%E3%82%8B%E3%82%B5%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%81%AE%E8%A8%BC%E8%A8%80%5B1%5D.jpg)

「アパートの鍵貸します」('60年/米)は、アカデミー賞の作品賞、監督賞など5部門受賞した作品で、和田誠氏が『お楽しみはこれからだ』シリーズなどで何度も取り上げている作品でもあります。出世の足掛かりにと、上役の情事のためにせっせと自分のアパートを貸している会社員バドことC・C・バクスター(ジャック・レモン)でしたが、人事部長のJ・D・シェルドレイク(
フレッド・マクマレイ)が自分の部屋に連れ込んで来たのが、何と自身の意中の人であるエレベーターガールのフラン(シャーリー・マクレーン)だったというよく知られた

のに対し、あの試合は巨人対南海線で、日本シリーズではなく1リーグ制の時の試合だと川本氏が指摘しているのがマニアックです。志村喬が野球監督を演じた「男ありて」('55年/東宝)を取り上げると、川本氏が「素晴らしい映画」だとすかさずフォローするのが嬉しいです。
れてきて飲ませるビールは"配給"だったとか(そう言えば、今日はたまたまビールが手に入ったようなことを志村喬が言ってたっけ)、一方、小津安二郎はサントリーと提携してい
て、「
このウィスキーは」と言わせているとか、岸田今日子がやっている店がトリスバーだとか。なるほどで。それでいて、冒頭の川崎球場の照明塔のシーンでサッポロビールとあるから、川本氏が言うように両方から金もらっていたのか(因みに、サントリーがビール事業に再進出したのは1963(昭和38)年で、この映画が公開された翌年)。小津映画では酒好きの中村伸郎のために、飲むシーンは実際に酒を飲ませ、肴もウニだったりしたというからスゴイね。笠智衆は下戸だったけれど、東野英治郎は本当に酔っぱらっていたわけかあ。
A級、B級問わずと言うことで、黒澤や小津といった巨匠ばかりでなく、前田葉子主演の「女競輪王」('56年/新東宝)なんて作品なんかも取り上げているのが何だか嬉しいです。


「ガン・ホー」●原題:GUNG HO●制作年:1986年●制作国:アメリカ●監督:ロン・ハワード●製作:デボラ・ブラム/トニー・ガンツ●脚本:ローウェル・ガンツ/ババルー・マンデル●撮影:ドナルド・ピーターマン●音楽:トーマス・ニューマン●時間:111分●出演:マイケル・キートン/ゲディ・ワタナベ/ミミ・ロジャース
/山村聰/クリント・ハワード/サブ・シモノ/ロドニー・カゲヤマ/ジョン・タトゥーロ/バスター・ハーシャイザー/リック・オーヴァートン●日本公開:(劇場未公開)VHS日本発売:1987/11●発売元:パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン(評価:★★★☆) 

「黒い画集 あるサラリーマンの証言」●制作年:1960年●監督:堀川弘通●製作:大塚和/高島幸夫●脚本:橋本忍●撮影:中井朝一●原作:松本清張「証言」●時間:95分●出演:小林桂樹/中北千枝子/平山瑛子/依田宣/原佐和子/江原達治/中丸忠雄/西村晃/平田昭彦/小池朝雄/織田政雄/菅井きん/小西瑠美/児玉清/中村伸郎/小栗一也/佐田豊/三津田健/西村晃/、平田昭彦●公開:1960/03●配給:東宝●最初に観た場所:池袋文芸地下 (88-01-23)(評価★★★☆)

「アパートの鍵貸します」●原題:THE APARTMENT●制作年:1960年●制作国:アメリカ●監督・製作:ビリー・ワイルダー●脚本:ビリー・ワイルダー/I・A・L
・ダイアモンド●撮影:ジョセフ・ラシェル●音楽:アドルフ・ドイッチ●時間:120分●出演:ジャック・レモン/シャーリー・マクレーン/フレッド・マクマレイ/レイ・ウォルストン/ジャック・クラスチェン/デイビット・ホワイト/ホープ・ホリデイ/デイビット・ルイス/ジョアン・ショウリイ/エディ・アダムス/ナオミ・スティーブンス●日本公開:1960/10●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所:銀座文化2(86-06-13) (評価:★★★★)

銀座文化2 1955年11月21日オープン「銀座文化劇場(地階466席)・銀座ニュー文化(3階411席)」、1978年11月2日~「銀座文化1(地階353席)・銀座文化2(3階210席)」、1987年12月19日〜「シネスイッチ銀座(前・銀座文化1)・銀座文化劇場(前・銀座文化2)」、1997年2月12日〜休館してリニューアル「シネスイッチ銀座1(前・シネスイッチ銀座)・シネスイッチ銀座2(前・銀座文化劇場)」




和田 誠 氏 

自分があまり面白いと思わなかった映画は、その理由も含め正直に書いているのもいいです。一方、この人の一番好きな監督は、表紙に「
ボギーことハンフリー・ボガートが出演したビリー・ワイルダー作品では「麗しのサブリナ」('54年)があり、ここではボガートの「ぼくをみてください。神経痛の大学生だ」というセリフを取り上げていますが、堅物の兄ボガートが、遊び人の弟ウィリアム・ホールデンから女の子オードリー・ヘプバーンを引き離すために自分が代わりにデートする、その際に無理矢理若作りしている自分のことを自嘲気味に父親に言うセリフです。
この作品は、ボガートがコメディタッチの演技を見せ(しかもラストは女の子を追いかけるために飛んでいく)、
それが彼にあまりに似合っていないのではないかということで、一般の評価はそう高くないように思いますが、本書では、三島由紀夫がこのセリフを言うボガートを評して、「これ以上の適役はなかろう」と当時の「スクリーン」誌に書いていることを取り上げ、「こんな文章を読むと、とてもあのような死に方をする人とは思えないのだ」と書いているが印象深かったです(和田氏がこの文章を書いている時は、三島の自決からまだ3年と経っていない)。
「麗しのサブリナ」は、サミュエル・テイラーの舞台劇を映画化したもので、「ローマの休日」に続くヘプバーン主演第2作。運転手の娘が何故ジバンシィを着ているのかというのはあるけれ
ど(ジバンシィがヘプバーンのドレスを最初にデザインしたのがこの作品だが、ジバンシィはヘプバーンと顔を合わせるまで、自分が衣裳を担当する女優はキャサリン・ヘプバーンだと思っていた)、モノクロのせいか、ヘプバーンの美しさ、可憐さという点では「ローマの休日」と並んで一番の作品ではないかと思います。でも、ビリー・ワイルダーの演出も結構しっかりしていて、そこがまた見所だったのかも(因みに、ボガートは撮影中、ヘプバーンの演技の未熟さにややウンザリさせられていたという話もある(エドワード・ルケィア『ハリウッド・スキャンダル』より))。


「サンセット大通り」●原題:SUNSET BOULEVARD●制作年:1950年●制作国:アメリカ●監督:ビリー・ワイルダー●製作:チャールズ・ブラケ
ット●音楽:フランツ・ワックスマン●時間:110分●出演:グロリア・スワンソン/ウィリアム・ホ
た場所:銀座文化劇場 (88-12-12) (評価:★★★★)

![尼僧ヨアンナ [DVD].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E5%B0%BC%E5%83%A7%E3%83%A8%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%8A%20%5BDVD%5D.jpg)




個人的にもイェジー・カヴァレロヴィッチの映画の方を先に観て(1962年に発足した日本アート・シアター・ギルド(ATG)の配給第1作でもある)、やや内容を忘れかけた頃に原作を読みましたが、そのことにより改めて映画のシーンが甦ってきました。映画を観た際は、ストーリー面で、ラストでスリン神父(ミエチスワフ・ウォイト)がヨアンナ(ルチーナ・ヴィニエツカ)を悪魔から守ることと引き換えに自らが悪魔を引きうけ殺戮を行うというのは、やや映画的な作り方をしているのではないかとも思いましたが、読んでみたら原作もその通りでした。

個人的には「原作が映画と同じ展開だった」のがやや意外であり、岩波文庫版の翻訳者・関口時正氏の解説でも、スーリンに重罪を犯させる結末ではなく、"小説的筋書きとしての効果の成否"についてはともかく、自殺させることでも足りたのではないか
(自殺も罪ではあるが)と書いているのは、文学作品を読んだつもりが結構"ホラー"だったかもしれないという自分の読後感をある部分代弁してくれているようにも思えました(ヨアンナが突然表情を変え、悪魔の語り口で話し始めるのはまるで映画「エクソシスト」みたい)。
因みに、小説は前任者の司祭が火刑に処せられ、若き神父スーリンが悪魔祓いのため派遣されるところから始まりますが、ヨアンナにはジャンヌという実在のモデルがいる一方、このスーリンにもスュランという実在のモデルがいて、1634年、34歳の時に悪魔祓いのため修道院に派遣されて、ジャンヌの悪魔をわが身に引き受けた結果としてボロボロになり、殺人を犯したり自殺したりするまでには至らなかったけれど(自殺未遂はあった)、20年近く闘病・治療生活を送って、60歳を過ぎてやっとジャンヌと過ごした濃密な時間を書き記したものを完成させたようです(内容は、宗教的な矩を超えない範囲で、神秘主義的色合いの濃いものらしい)。
1961年に作られた映画「尼僧ヨアンナ」は、スターリン主義の抑圧を受けていた当時のポーランド情勢を、戒律下に置かれた修道尼らの性的抑圧として表したと解されることが多いようですが、イエジー・カヴァレロヴィッチ監督には、社会派サスペンス映画「影」('56年)など、ポーランドの政治情勢を反映させながらも娯楽性を含んだ作品も撮っており(この作品と「夜行列車」('59年)、「尼僧ヨアンナ」の3本が最高傑作とされている)、また、「尼僧ヨアンナ」において修道尼たちが一斉に地面に倒れ込むのを俯瞰で撮るなど、カメラワークにも非常に洗練されたものがあって、芸術的完成度は高いように思います(その分、"政治"が後退する? 少なくとも個人的にはあまりプロパガンダ性を感じなかった)。
また、イヴァシュキェヴィッチの原作の方も、1943年という、ポーランドのユダヤ人や知識層が厳しい弾圧を受けていた時期に書かれたものですが(イヴァシュキェヴィッチは既にポーランドを代表する文人であったとともにレジスタンス運動を指揮していた)、岩波文庫版解説で関口時正氏は、「尼僧ヨアンナ」にしてもその他の作品にしても、彼の作品はポーランド現代文学の中では珍しく「徹底的に非政治的で、官能的な小説」であるとしています。
この関口時正氏の本作に対する見方には痛く共感しました。イヴァシュキェヴィッチという人は政治と文学を分けて考えていたのではないか。そうして考えると、映画「尼僧ヨアンナ」も、いろいろと背景はあるのかもしれませんが、先ずは、観たままの通り感じればよい作品なのかもしれません。
「尼僧ヨアンナ」●原題:MATKA JOANNA OD ANIOLOW(MOTHER JOAN OF THE ANGELS)●制作年:1960年●制作国:アメリカ●監督:イェジー・カヴァレロヴィッチ●脚本:タデウシュ・コンビッキ/イェジー・カヴァレロヴィッチ●撮影:イェジー・ウォイチック●音楽:アダム・ワラチニュスキー●原作:ヤロスワフ・イヴァシュキェヴィッチ●時間:110分●出演:ルチーナ・ウィンニッカ/ミエチスワフ・ウォイト/ミエチスワフ・ウォイト/アンナ・チェピェレフスカ/マリア・フヴァリブク/スタニスラフ・ヤシュキェヴィッチ●日本公開:1962/04●配給:東和/ATG(共同配給)●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会(79-04-18)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(10-07-03)(評価:★★★★)●併映:「パサジェルカ」(アンジェイ・ムンク)

パリ郊外でカフェを営むテレーズ(アリダ・ヴァリ)はある日、店の前を通る浮浪者に目を止める。その男(ジョルジュ・ウィルソン)は16年前に行方不明になった彼女の夫アルベールにそっくりであった。テレーズはその男とコンタクトをとるが、その男は記憶喪失だった―。
の小説『モデラートカンタービレ』(原題:Moderato Cantabile, 1958年)を原作としジャンヌ・モロー、ジャン=ポール・ベルモンドが主演した「雨のしのび逢い」('60年/仏・伊)の脚本家ジェラール・ジャルロと共同でいきなり脚本から書き起こしていて、それは「ちくま文庫」に所収されています。
アリダ・ヴァリはキャロル・リード監督の「第三の男」('49年/英)が有名ですが、この作品を観ると、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「
この「かくも長き不在」においても、アリダ・ヴァリ演じるテレーズには日常においては暗さは無く、16年前にゲシュタポに捕えられたまま消息を絶った夫の帰りを待ちながらも店を営んで逞しく生活しており、若い恋人までいるような様子であって、そこへ抜け殻のようになって現れた"夫かもしれない男"との対比が、逆に男の心的外傷によるトラウマの闇の深さを際立たせています。テレーズが男とぎこちないダンスをした際に、男の頭部の傷に気づく場面はぞっとさせられますが、一方で、そのことにより"夫かもしれない男"に憐れみと慈しみを覚えるテレーズの表情は、まさにアリダ・ヴァリにしか出来ないような演技であり、この作品の白眉と言えます。
マルグリット・デュラスは多くの作品を残しながら自身も監督業を手掛けていますが、どちらかと言うと原作や脚本を書いたものを別の映画監督が映画化したものの方が知られており、有名なものでは原作・脚本を書き、アラン・レネが監督してカンヌ国際映画祭FIPRESCI(国際映画批評家連盟)賞を受賞した「二十四時間の情事」('59年/仏・日)がありますが、こちらもモチーフとしてナチの収容所体験を持つ女性が出てきます。ヌーヴェル・ヴァーグの色合いを感じる作品で、観念的な原作の文脈でそのまま映像化するとこんな感じかなという作品ですが、これもオリジナルよりは分かり易くなっています。同じアラン・レネ監督の、後にノーベル文学賞を受
賞する作家アラン・ロブ=グリエ(1922-2008/享年85)原作の「去年マリエンバートで」('61年/仏)ほどには前衛的ではなく、デュラスの小説の映画化作品は、小説より分かり易くなる傾向にあるように思います(それでもまだ難解な面もあるが、「去年マリエンバートで」のように観ていて眠くなる(?)ことはない)。デュラスの小説『ジブラルタルから来た水夫』を原作とするトニー・リチャードソン監督の「ジブラルタルの追想」('67年/英)なども、えーっ、原作ってこんなラブロマンスなの、というようなハーレクイン風の仕上がりで、ここまで噛み砕いてしまうとどうかなというのはありますが、さすがにこの作品は自身で脚本までは書いていないようです。
「かくも長き不在」のちくま文庫版の原作脚本を読むと、自身で監督したものに有名な作品は無いけれど、(脚本家の協力・示唆はあったにせよ)小説的効果と映画的効果の違いはわかっていた人ではないかという気がします。特に、この映画のラストの男を呼ぶ声が伝言のように街中を伝わっていく場面は、映画的シチュエーションの極致と言ってよいかと思います。
「かくも長き不在」●原題:UNE AUSSI LONGUE ABSENCE●制作年:1960年●制作国:フランス●監督:アンリ・コルピ●脚本:マルグリット・デュラス/ジェラール・ジャルロ●撮影:マルセル・ウェイス●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●時間:98分●出演:アリダ・ヴァリ/ジョルジュ・ウィルソン/シャルル・ブラヴェット/ジャック・アルダン/アナ・レペグリエ●日本公開:1964/08●配給:東和●最初に観た場所:新宿シアターアプル(85-04-21)(評価:★★★★)



「去年マリエンバートで」●原題:L'ANNEE DERNIERE A MARIENBAT●制作年:1961年●制作国:フランス・イタリア●監督:アラン・レネ●製作:ピエール・クーロー/レイモン・フロマン●脚本:アラン・ロブ=グリエ●撮影:サッシャ・ヴィエルニ●音楽:フランシス・セイリグ●時間:94分●出演:デルフィーヌ・セイリグ/ ジョルジュ・アルベルタッツィ(ジョルジョ・アルベルタッツィ)/ サッシャ・
ピトエフ/(淑女たち)フランソワーズ・ベルタン/ルーチェ・ガルシア=ヴィレ/エレナ・コルネル/フランソワーズ・スピラ/カリン・トゥーシュ=ミトラー/(紳士たち)ピエール・バルボー/ヴィルヘルム・フォン・デーク/ジャン・ラニエ/ジェラール・ロラン/ダビデ・モンテムーリ/ジル・ケアン/ガブリエル・ヴェルナー/アルフレッド・ヒッチコック●日本公開:1964/05●配給:東和●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会(81-05-23)(評価★★★?)●併映:「アンダルシアの犬」(ルイス・ブニュエル)
「ジブラルタルの追想」●原題:THE SAILOR FROM GIBRALTAR PERFORMER●制作年:1967年●制作国:イギリス●監督:トニー・リチャードソン●製作:オスカー・リュウェンスティン●脚本:クリストファー・イシャーウッド/ドン・マグナー/

1954年の仏ディジョン。新聞社主アンリ(アラン・キュニー)の妻ジャンヌ(ジャンヌ・モロー)は閉塞的な日常からの逃避を月に二度のパリ行きと愛人ラウール(ホセ・ルイ・ド・ビラロンガ)との密会に求めていた。妻の不倫を疑うアンリの思惑により、逆に、ラウール
たちを屋敷に迎えざるを得なくなったその当日、車が故障した所を若い考古学者ベルナール(ジャン・マルク・ボリー)に拾われ家に辿り着いた彼女。友人らを迎えたその晩、眠れずに戸外へ出ると、そこにベルナールの姿もあった。夢遊病者のように庭をさまよい歩き、いつしか二人
は、ジャンヌの寝室で愛を交わす。そして翌朝、驚く夫や愛人を後目に、彼女は新しい男と共に家を出る―。
ルイ・マルの監督デビュー第2作目('58年)で、カンヌ国際映画祭「審査員特別賞」受賞作。実業家の若い妻ジャンヌが、仕事人で嫉妬深い夫とスポーツマンで貴族的生活を送っているプレイボーイの愛人の間で揺れ動いていたと思ったら、偶然出会った若い考古学者と一夜にして突然の恋に落ちるという、ストーリーとしては意外な展開ですが、ラブロマンスとしてはむしろオーソドックスなタイプの1
つ。むしろアンニュイな若妻を主人公とする(この頃ルイ・マルとジャンヌ・モローは恋人同士の関係にあったと思うが)この"正統派"ラブロマンスを26歳で真っ向から撮っているというのがスゴイなあと思うし、ちょっと背伸びしている感じもなくもないですが、既に「死刑台のエレベーター」という傑作を撮っているだけに、何か映画の文法というものを若くして体得してしまっている印象を受けます。
ジャンヌが夜中に偶然にベルナールと出くわして、そこから二人が結ばれるまでの映像の流れはまるで夢の世界のようであり(カメラは「死刑台のエレベーター」と同じくアンリ・ドカエだが、この夜のシーン、何となく〈道行〉のような印象を受けたのは自分だけか)、それに被るクラシック音楽も効いています。子どもに別れまで告げていることからジャンヌの強い決意が窺える一方で、ラストではどことなく未だ不安の表情を残しているというのがリアル。それでも、もう彼女は元の世界に戻ることはない...
「死刑台のエレベーター」のマイルス・デイヴィスの使われ方といい、「鬼火」のエリック・サティのピアノ曲の使われ方といい、この監督の映像と音楽の融和レベルの高さは他の追随を許さないものあるとこの作品を観ても思います。強いて言えば、自分が映画のセオリーというものをマスターし切っていることを見せつけるために撮った作品ともとれるのが難点と言えなくもないですが、(デビュー作がフロックでないことを証明するために?)敢えて古典に材を得つつ、クラシカルな優美さを現代に移し替えても損なわないのは、やはり巧みの技と言えるかと思いました。
ハネス・ブラームス●原作:イヴァン・ドノン「明日
はない」●時間:95分●出演:ジャンヌ・モロー/ジャン・マルク・ボリー/アラン・キュニー/ホセ・ルイ・ド・ビラロンガ/ジュディット・マーグル/ガストン・モド/ジュディット・マーレ●日本公開:1959/04●配給:映配●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(14-07-08)(評価:★★★★)





石器時代、ローマ時代、現代の3つの時代で繰り広げられる、美しい娘を手に入れるまでの男の恋愛騒動&奮闘劇で、キートン・プロダクションのキートン監督・出演作の【第20作】で、キートンが監督した初長編作品(1923年9月公開、47分)ということになっていますが、長編への進出に不安のあったキートンが、従来に短編を組み合わせる形で制作し、上手くいかなかった場合はそれぞれ個別の作品として公開しようと考えていたという説もあるようです。日本公開は1925(大正14)年3月で、公開時邦題は「滑稽恋愛三代記」。'74年7月に「キートンの恋愛三代記」のタイトルで「ニュー東宝シネマ2」でリバイバル上映されました(併映短編「スケアクロウ」「マイホーム」)。
各時代それぞれシチュエーションごとに区切って、47分の間に石器時代、ローマ時代、現代の3つの時代が繰り返し出てくる展開は、キートンならではのギャグ満載で観る者を飽きさせず、しかも前半の恋占いシーンや、中盤の女性をめぐる男達の決闘シーンなど、時代ごとのモチーフを揃えているところなどから、やはり最初からから長編としての公開を意識したものと思われます(キートンの相手役のヒロインも一貫してマーガレット・リーイー(Margaret Leahy)が演じているし)。
セシル・B・デビル監督を皮肉ったものとも言われていますが、このキートンの「恋愛三代記」の中でもセットなどに最もお金をかけている場面のように思われました。D・W・グリフィス監督の「イントレランス」('16年)のパロディとも言われていますが、確かにセットは「イントレランス」と似ています(大掛かりなだけに、大観衆の迎える中でキートンがしょぼい犬ぞりで登場するギャップが非常に効果的なのだが)。
キートンは実際に映画「ベン・ハー」を参考したのでしょうか? ウィリアム・ワイラー監督、チャールトン・ヘストン主演の「ベン・ハー」('59年/米)はアカデミー賞11部門を獲得した大作として知られていますが、その前にフレッド・ニブロ監督が撮ったラモン・ノヴァロ主演のMGM映画「ベン・ハー」('26年/米)があり、ウィリアム・ワイラーはこの作品で助監督を務めています。この作品は、「民衆」役でジョン・バリモア、ジョーン・クロフォード、マリオン・デイヴィス、ダグラス・フェアバンクス、リリアン・ギッシュ、ハロルド・ロイド、メアリー・ピックフォードなど多くのスターが出演していることでも知られています。但し、これはこの「恋愛恋愛三代記」の3年後の公開作品であり、キートンが真似ようにもそれは不可能です。
品を参照した可能性はかなり高いように思います。
ローマ時代だけでなく、石
器時代も現代も手抜きしておらず、石器時代ではマンモスの代わりに本物のアフリカゾウを使い(ローマ時代のキートンが爪を磨いてあげることで喰われずに済んだライオンは明らかに着ぐるみだが)、現代ではフットボールの試合をスポーツ大好き人間のキートンらしくかなり本格的に撮影しています。石
器時代の岩から岩へ飛び移ってのアクションが、現代のビルからビルへ飛び移るアクションと重なるのも上手いし(それにしてもスゴいアクション)、ラストはどの時代のキートンも目出度くヒロインと結ばれ、石器時代では凄い数の子どもに恵まれ、ローマ時代もそこそこ、それが現代では夫婦の間にペットの犬が一匹というのが見る側の予想を覆して可笑しいです(少子化時代を予測した?)。
派手なアクションもありますが、細かいギャグや小道具も効いていたように思います。石器時代で言えば、キートンがしている"腕時計型の日時計"とか"ゴルフセット"とか。現代においては、ジョー・ロバーツ演じる恋敵(こちらも3時代を通しての)の見せる身分証(社員証)にFirst National Bank(国立一流銀行)であるのに対し、キートンのがLast National Bank(国立三流銀行)であるというのも可笑しいです。現代版
におけるキートン帽にネクタイ、ワイシャツ、チョッキ、ダブダブのズボン、ドタ靴という組み合わせは、所謂「アーバックル時代」と言われるロスコー・アーバックルとの共演時代(1917-1920)の最後の名残りかと思われますが、キートン帽など以降の作品にも暫く引き継がれていくものもあります。
石器時代にキートンがアプローチする女性の一人で岩の上に寝そべっている女性―立ち上がると実は大女だった―は、ブランシ・ペイソンという人で、ニューヨーク最初の婦人警官だったそうです。
「キートンの恋愛三代記(滑稽恋愛三代記)」●原題:THE THREE AGES●制作年:1923年●制作国:アメリカ●監督:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:バスター・キートン/ジョセフ・M・シェンク●脚本:バスター・キートン/クライド・ブラックマン/ジョゼフ・ミッチェル/ジャン・C・ハヴェズ●撮影:エルジン・レスレー/ウィリアム・C・マクガン●時間:47分●出演:バスター・キートン/ウォーレス・ビアリー/マーガレット・リーイー/ジョー・ロバーツ/ホラス・モーガン/リリアン・ローレンス●日本公開:1925/03●配給:イリス映画(評価:★★★★)
「ベン・ハー」●原題:BEN-HUR●制作年:1959年●制作国:アメリカ●監督:ウィリアム・ワイラー●製作:サム・ジンバリスト/ウィリアム・ワイラー●脚本:カール・タンバーグ/マクスウェル・アンダーソン/クリストファー・フライ/ゴア・ヴィダル/S・N・バーマン●撮影:ロバート・L・サーティーズ●音楽:ミクロス・ローザ●原作:ルー・ウォーレス●時間:212分●出演:チャールトン・ヘストン/スティーヴン・ボイド/ジャック・ホーキンス/ハイヤ・ハラ
リート/ヒュー・グリフィス/マーサ・スコット/キャシー・オドネル/フランク・スリング/サム・ジャッフェ/フィンレイ・カリー/テレンス・ロングドン/アンドレ・モレル/ジョージ・レルフ/マリ
ナ・ベルティ/ジュリアーノ・ジェンマ/クロード・ヒータ/フィンレイ・カリー●日本公開:1960/04●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:杉本保男氏邸(80-12-02)(評価:★★★★)
「ベン・ハー」●原題:BEN-HUR:A TALE OF THE CHRIST●制作年:1926年●制作国:アメリカ●監督:フレド・ニブロ●脚本:ジューン・メイシス/ケイリー・ウィルソン/ベス・メレディス●撮影:クライド・デ・ヴィナ/ ルネ・ガイサート/ パーシー・ヒルバーン/カール・ストラッス●音楽:ウィリアム・アクスト●原作:ルー・ウォーレス●時間:141分●出演:ラモン・ノヴァロ/フランシス・X・ブッシュマン/メイ・マカヴォイ/ベティ・ブロンソン/クレア・マクドウェル/キャスリーン・キー/カーメル・マイヤーズ/ナイジェル・ド・ブルリエ/ミッチェル・ルイス/レオ・ホワイト/フランク・


「ベン・ハー」●原題:BEN-HUR●制作年:1907年●制作国:アメリカ●監督:シドニー・オルコット●脚本:ジーン・ゴルチエ●原作:ルー・ウォーレス●時間:15分●出演:ハーマン・レトガー/ウィリアム・S・ハート●米国公開:1907/12●最初に観た場所:杉本保男氏邸(81-09-27)(評価:★★★☆)


妻子を避暑に送り出した出版社に勤める中年サラリーマンのリチャード(トム・イーウェル)が、
自分のアパートの階上にマリリン・モンローそっくりの美女(モンロー)が引っ越してきたことを知って浮気の虫が疼き、彼女を映画に誘ったり、冷房のきいた涼しい部屋を提供して浮気を試みる―。
因みに、例の地下鉄の風でスカートがまくれ上がるシーンは、深夜1時からの屋外ロケ撮影にもかかわらず数百人ものカメラマンや数千人とも言われる野次馬が集まったため、歓声や野次などの雑音がマイクに入り過ぎて本編では使われず、結局スタジオでセットで撮影し直したとのことです。但し、屋外ロケは、最初から映画の宣伝だけのためだったとの内輪話もあります。夫のディマジオは屋外ロケ撮影に立ち会って不快感を露わにしており、二人の離婚はその2週間後でした。この撮影が離婚の契機となったとすれば、罪作りな話かも。
スタジオ撮影でもモンローのセクシーさはとどまるところを知らなかったせいなのか(笑)、実際の作品の中では顔だ
けのショットと足だけのショットに分かれてしまっています(映画スチール写真とも異なる映像になっている)。 
、地下鉄シーンでのスカート内の露出も最低限に抑えたということのようです(脚本には不貞行為の場面はなかったが、サラリーマン氏が自分のベッドでモンローのヘアピンを見つける描写など不貞を連想させるシーンは、映倫からの検閲を受けると考えた会社側がワイルダーに削除を命じたりした)。
モンローは同監督の「お熱いのがお好き」(原題:Some Like It Hot、1959年)の撮影の際にも精神不安定のために遅刻を繰り返しますが、トミー・カーティスとジャック・レモンがほぼ全編を通じて女装で登場する話であったため、ワイルダー監督がどぎつさを緩和するためにモノクロにしたのが、当然カラー作品だと思っていたモンローには気に入らなかったというのが元々あったようです。撮影中にちょっとでも気に障ることがあると助監督に当たり散らしたりなどして、「撮影現場でのトラブルの原因は99%はモンローにあった」と現場関係者に言わしめたほどでした。
」とコメントしています(トミー・カーティス本人は後にこの発言を否定している)。一方、もう一人の共演者ジャック・レモンは催眠術の名手であり、ロケ宿泊地のホテルでその技法により彼女を催眠誘導してリラクゼーションに導き、何とかクランクアップに漕ぎ着けたという話もあります(

「七年目の浮気」でもそんな感じだったのではなかったのでしょうか。元が舞台劇であるにも関わらず、先に述べたように検閲予防のため脚本がズタズタにされた作品で、初めて観た時の個人的評価はそう高くはなかったのですが(脚本も演出も「お熱いのがお好き」の方が上か)、今観ると、この作品は、ワイルダーの洒落たセリフと「モンローの演技力」でもってるような気がして、当初の評価に星1個分プラスしました。
「七年目の浮気」の最後は、件(くだん)のサラリーマン氏は自らが妻を愛していたことを再認識するというコメディ映画らしい無難なオチですが、セックスシンボルとして多くの男性を魅了する一方で、"正妻"となるには落ち着きが悪く、彼女自身はいつまでたっても安定した境遇を得られないという、公私の両面に渡ってモンローに合致したヒロイン像だったように思います(ラストのモンローはやや寂しげか)。また、クレジットでモンローの役に名前が無く、単に「ザ・ガール」となっていることから、この女性自体が主人公のサラリーマン氏の妄想ではないかという見方もあるようです(川本三郎氏など)。
「七年目の浮気」●原題:THE SEVEN YEAR ITCH●制作年:1955年●制
作国:アメリカ●監督:ビリー・ワイルダー●製作:ビリー・ワイルダー/チャールズ・K・フェルドマン●脚本:ビリー・ワイルダー/ジョージ・アクセルロッド●撮影:ミルトン・クラスナー●音楽:アルフレッド・ニューマン●原作:ジョージ・アクセルロッド●時間:




「お熱いのがお好き」●原題:SOME LIKE IT H
・E・ストーン/ジョアン・ショーリー/ビリー・グレイ●日本公開:1959/04●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所:高田馬場ACTミニシアター(84-02-25)(評価:★★★☆)●併映:「鉄道員」(ピエトロ・ジェルミ)/「カビリアの夜」(フェデリコ・フェリーニ)/「フェリーニの監督ノート」(フェデリコ・フェリーニ)/「聖メリーの鐘」(レオ・マッケリー)/「ふくろうの河」(ロベール・アンリコ)/「(チャップリンの)ノックアウト」(チャールズ・アヴェリー)



会社の技師ジュリアン・タベルニエ(モーリス・ロネ)と社長夫人フロランス・カララ(ジャンヌ・モロー)は愛し合っていて、社長のシモンを殺害する完全犯罪を計画する。実行の日、ジュリアンはバルコニーから錨付ロープをかけて上って社長室に入り、社長を射殺してその手に拳銃を握らせる。手摺から一階下の自屋に戻ってエレベーターで下に降り
て外に出る。手摺にロープを忘れて来たことに気付き、またエレベーターに乗るが、エレベーターは階の途中で止まってしまう(ビルの管理人が電源スイッチを切って帰ったため)。ジュリアンは脱出しょうとするが果たせず、フロランスとの約束の時間は過ぎていく。彼を待つフロランスは次第に不安にかられ、彼を求めて夜のパリを彷徨う。一方、花屋の売り子ベロニック(ヨリ・ベルダン)とチンピラのルイ(ジョルジュ・プージュリ
ー)は、ジュリアンの車を盗んで郊外に出る(車内には小型カメラ、拳銃がある)。前を走るスポーツカーの後についてあるモーテルに着くと、ジュリアン・タベルニエ夫婦と偽って投宿し、スポーツカーの持主のドイツ人夫婦と知り合ってパーティに呼ばれ、遊び半分にカメラで写真を撮った後、モーテルの現像屋へフィルムを出す。二人はスポーツカーを盗もうとして見つかり夫婦を射殺して逃げるが、アパートにも戻ってから怖くなり心中を図る―。
後から付いてくる理屈はともかく、観ている間は、リアリスティックな映像によってサスペンスフルな雰囲気にどっぷり浸れます。それと何と言っても、モーリス・ロネとジャンヌ・モローが演じる主人公2人の描き方が良く、熱愛という感じではなく2人共人生に倦んでいるような感じでしょうか。もう一組の若者たちも、主人公らと対比的に描かれていると言うよりはむしろ同類かも。
この作品は超低予算映画ということでも知られていて、それにしては"帝王"マイルス・デイヴィスが演奏しているではないかと疑問に思われますが、マイルスがたまたまパリに演奏公演に来ていたのを、ルイ・マル監督が一晩借り受けて、ラッシュに合わせ即興で演奏してもらったということです。
(●2020年にシネマブルースタジオでニュープリント版で再見した。モーリス・ロネ演じる主人公ジュリアンが犯行に使ったロープを現場にそのままにしてしまうというミスは、犯行を終えたちょうどその時に自分の部屋の方の電話が鳴っていて、出ないと怪しまれると思って焦った結果、ロープの方が意識から飛んでしまったためだった。人間は緊張すると短期記憶が弱くなることがあるらしい。主人公は"密室殺人"を完成させたかに見えたが、元来は犯罪のプロではない素人であり、その意味では凡ミスだがリアリティがあったように思われた。そのようにして見ていくと、元々ミステリとして洗練されたものを目指しているのではなく、主人公らの計画が偶然により狂っていく過程をリアリティを重視しながら描いているように思えた。


作国:フランス●監督:ルイ・マル●製作:ジャン・スイリエール●脚本:ロジェ・ニミエ/ルイ・マル●撮影:アンリ・ドカエ●音楽:マイルス・デイヴィス●原作:ノエル・カレフ「死刑台のエレベーター」●時間:95分●出演:モーリス・ロネ/ジャンヌ・モロー/ジョルジュ・プージュリー/リノ・ヴァンチュラ/ヨリ・ヴェルタン/シャルル・デネ/ジャン=クロード・ブリアリ
(ノンクレジット)●日本公開:1958/09●配給:ユニオン●最初に観た場所:新宿アートビレッジ (79-02-10)●2回目:新宿アート






集めて再び犯罪に手を染めようとしていた。それは、ダービーの行われる日に競馬場の売上金を強奪しようというもので、集まったのは、ジョニーの他に、軍資金を出すマーヴィン(ジェイ・C・フリッペン)、競馬場の馬券売場の現金係ジョージ(エライシャ・クック)、競馬場のバーのバーテンダーのマイク( ジョー・ソウヤー)、競馬場の整備を担当している悪徳警官ランディ(テッド・デコルシア)、元レスラーのモーリス(コーラ・クワリアーニ)の5人。ジョニーは更に射撃の名手ニッキを雇う。競馬場近くのモーテルの一室借りて犯行当日の根城とし、決行の前日、一味は最後の打合せをしたが、警官まで仲間に引き込んだ計画に隙はないように思われた。しかし、妻シェリー(マリー・ウィンザー)の尻に敷かれっぱなしのジョーが、妻から嘲りの言葉を浴びてプライドを踏みにじられ
、思わず計画のことを口にしてしまう。彼女からそれを聞いた彼女の不倫相手のヴァル(ヴィンス・エドワーズ)は、彼らが奪った金をさらに強奪する計画を立てる―。
決行の日、先ずモーリスがバーに来て飲物を注文、マイクの出した飲物に因縁をつけ暴れ始める。彼を押さえようとする警備員を大男のモーリスは次々と投げ飛ばして騒ぎは拡がり、競馬場の金庫室を見張っていた警官まで出てくる。一方、ニッキは競馬場の外側コースからレース中の馬を一発で倒してレースを混乱させるが、来合せた警官の銃弾に倒れる。競馬場の騒ぎの間にジョニーはジョージの合図で金庫室に入り、職員を機関銃で脅して200万ドルの紙幣を袋に詰込ませ、それを窓から投げて表へ出る。袋はランディが自分のパトカーに積んでモーテルの一室へ一旦放り込む。先に戻ったジョージら5人は別のホテルの一室で金を持って現れるはずのジョニーを待つが、そこへ現れたのは機関銃を構えたヴァルとその仲間で、その場で銃撃戦となり、重傷のジョージ以外は敵味方とも全員死んでしまう。ジョージは血まみれのまま車で自分のアパートへ戻り、ヴァルとの高跳びのための荷造りしていたシェリーを射殺、自身も息絶える。ジョージが血まみれになって車で行くのを、ホテルへ急ぐ途中で見つけたジョニーは、危険を覚ってフェイの待つ飛行場へ直行する―。
スタンリー・キューブリック(1928-1999/享年70)監督の劇場公開第1作で(原題:THE KILLING)、この時彼は28歳でしたが、自ら脚本も手掛けたこの作品の完成度の高さには目を瞠るものがあります。前年作で同じくフィルム・ノワール系の「非情の罠」('55年)も観ましたが、1年で格段の進歩という感じです(まあ、この「現金に体を張れ」は「非情の罠」より以前から彼が構想を暖めていたものだそうだが)。


「現金に体を張れ」の前年作の「非情の罠」('55年、原題:THE KILLER'S KISS)は、スタンリー・キューブリックの長編第2作で、商業映画では第1作に当たる作品で、キューブリックは撮影、編集なども兼ねています。絶頂期を過ぎたのボクサーのデイヴィー(ジャミー・スミス)が、向かい隣りのアパートに住むダンスホールで働くみじめな踊り子グロリア(アイリーン・ケイン)を彼女の情婦ヴィンセント・ラパロ(フランク・シルヴェラ)から救い出そうとするが、実は大物ギャングであったラパロに殺られてしまというだけのB級映画ですが(Wikipediaではデイヴィーはラパロ
を倒し、グロリアと結ばれるというストーリーになっているけれど、そうだったかなあ)、ストーリーはさることながら、凝った画面構成などにはキューブリックらしさが感じられます。特に、マネキン倉庫で迎えるクライマックスの格闘シーンなどは、マネキンの手足があちこちに転がって、異様な雰囲気を醸し出しています。44分に短縮されて'60年に劇場公開されたままだったのが、'93年にJSB日本衛星放送(WOWOWの前身)が全編を放映、67分の完全版としてはこれが日本初公開となりましたが、個人的にはまだ短縮版しか観ていません。1959年のロカルノ国際映画祭でグランプリを獲っている作品。個人的評価は△ですが、完全版を観れば○に変わるかもしれません。

「現金に体を張れ」●原題:THE KILLING●制作年:1956年●制作国:アメリカ●監督:スタンリー・キューブリック●製作:ジェームス・B・ハリス●脚本:スタンリー・キューブリック/ジム・トンプスン●撮影:ルシエン・バラード●音楽:ジェラルド・フリード●原作:ライオネル・ホワイト「見事な結末」●時間:83分●出演:スターリング・ヘイドン/ジェイ・C・フリッペン/メアリ・ウィンザー/コリーン・グレイ/エライシャ・クック/マリー・ウィンザー/テッド・デコルシア/ ジョー・ソウヤー/コーラ・クワリアーニ/ヴィンス・エドワーズ●日本


「非情の罠」●原題:THE KILLER'S KISS●制作年:1956年●制作国:アメリカ●監督:スタンリー・キューブリック●製作:スタンリー・キューブリック/モリス・ブーゼル●脚本:スタンリー・キューブリック/ハワード・サックラー●撮影:スタンリー・キューブリック●音楽:ジェラルド・フリード●編集:スタンリー・キューブリック●時間:67分(短縮版:44分)●出演:フランク・シルヴェラ/ジャミー・スミス/アイリーン・ケイン/ジェリー・ジャレット/ルース・ソボトゥカ●日本公開:1960/09●配給:ユナイト映画●最初に観た場所:三鷹オスカー(80-02-09) (評価:★★★)●併映:「時計じかけのオレンジ」(スタンリー・キューブリック)「



本国で'71年3月に放映されたもので、日本では一応シリーズ第3話となっていますが、本国で'68年2月に放映された「殺人処方箋」と同じく、シリーズ化の前に作られたパイロッット版です。同'71年9月に次の第3話「
日本での放映は、'72年8月に「殺人処方箋」、'72年11月「構想の死角」、そして'73年4月にこの「死者の身代金」となっており、'73年2月に放映された第9話「
「殺人処方箋」でスーツもヘアスタイルもさっぱりしていたのが、ちゃんとよれよれのコートで、もじゃもじゃの髪型になっているし、いざという時に筆記用具を失くしたりなかなか出てこなかったりするのは「殺人処方箋」の時からですが、"バーニーの店"でチリソースを食べるシーンは今回が初めて。あとは、愛車プジョーはまだ出てきていません。
犯人は、リー・グラント演じる女性弁護士レスリーで、電話を使った偽装誘拐トリックなど、その後のシリーズの作品の同種の場面を彷彿させるシーンが幾つかありますが、何よりも、出だしは犯人に対しても、他の捜査員(FBI)に対してもぐっと控えめでありながらも、レスリーが"夫からの電話"に対し、「あなたご無事?」などと言って夫の安否を訪ねなかったことをまず不審に思うといったところから事件の真相に迫るところが、やはり"コロンボ"らしいなあと(FBI捜査官らはこれを看過してしまう)。
犯人に対しては、状況証拠がありながらも決定的な証拠がなくてお手上げだというフリをして、最後一気にに犯人から物証を引き出す―このやり方も、その後のシリーズの作品に同様のものがあったし、まさに本作において、シリーズ化以降の"コロンボ"のキャラクターや事件解決手口のパターンが出来上がっていたという感じ。
完全犯罪が破綻したのは、そうした自分の思い込みによるものだと、この辺りは「殺人処方箋」とも通じるものがありますが、それを犯人である彼女に説いてみせるのは、やや解説過剰かなあ(脚本家は、犯人の口から言わせたかったのだろうなあ)。
因みに、犯人役のリー・グラントは、ブロードウェイで評価を得た後、1951年にブロードウェイのヒット作の映画化である「探偵物語」('51年/米)で、舞台となる二十一分署に連行され、分署内の様々な人間模様を目撃する女スリ役で映画デビュー(主演はカーク・ダグラス)、本作は自身が舞台でも演じていた当り役であり、1952年・第5回「カンヌ国際映画祭女優賞」を受賞しています(この映画、原題の"Detective Story"を「探偵物語」と訳してしまったのはなぜか。刑事(Detective)しか出てこないのに)。しかし彼女は、当時吹き荒れた赤狩りのブラック・リストに載ったため、以後12年の間は映画の仕事がほとんどなくなってしまい、テレビに出演、1967年のノーマン・ジュイソン監督、シドニー・ポワチエ主演の「夜の大捜査線」('67年/米)で映画に復帰し、1975年のハル・アシュビー監督、ウォーレン・ベイティ主演の「シャンプー」('75年/米)に有閑マダム役で出演し、「アカデミー助演女優賞」を受賞しています。
「刑事コロンボ(第2話)/死者の身代金」●原題:RANSOM FOR A DEAD MAN●制作年:1971年●制作国:アメリカ●監督:リ
チャード・アービング●脚本・製作:ディーン・ハーグローブ●音楽:ビリー・ゴールデンバーグ●時間:95分●出演:ピーター・フォーク/リー・グラント/パトリシア・マティック/ハロルド・グールド/ハーラン・ウォード/ハンク・ブラント/ビル・ウォーカー/ジャドソン・モーガン/ジョン・フィンク/リサ・ムーア/ジーン・バイロン●日本公開:1973/04●放送:NHK-UHF(評価:★★★★)


「探偵物語」●原題:DITECTIVE STORY●制作年:1951年●制作国:アメリカ●監督・製作:ウィリアム・ワイラー●脚本:フィリップ・ヨーダン/ロバート・ワイラー●音楽:ヴィクター・ヤング●撮影:リー・ガームス●原作:シドニー・キングスレー●時間:103分●出演:カーク・ダグラス/エリノア・パーカー/ウィリアム・ベンディックス/ジョージ・マクレディ/ホレイス・マクマホン/グラディス・ジ
ョージ/ジョセフ・ワイズマン/リー・グラント/ジェラルド・モーア/フランク・フェイレン/ワーナー・アンダーソン/クレイグ・ヒル/マイケル・ストロング/ルイス・ヴァン・ロッテン/バート・フリード/ワーナー・アンダーソン/グランドン・ローデス/ウィリアム・フィリップス/ラッセル・エヴァンズ●日本公開:1953/02●配給:パラマウント映画●最初に観た場所:高田馬場・ACTミニシアターー(84-10-20)(評価:★★★★)





ポスターに関して言えば、60年代よりも前のものの方がいいものが多いような印象を受けました。個人的には、「キング・コング」('33年)のポスターが見開き4ページにわたり紹介されているのが嬉しく、「『美女と野獣』をフロイト的に改作」したものとの解説にもナルホドと思いました。映画の方は、最近のリメイクのようにすぐにコングが出てくるのではなく、結構ドラマ部分で引っ張っていて、コングが出てくるまでにかなり時間がかかったけれど、これはこれで良かったのでは。当のコングは、ストップ・アニメーションでの動きはぎこちないものであるにも関わらず、観ている不思議と慣れてきて、ティラノサウルスっぽい「暴君竜」との死闘はまるでプロレスを観ているよう(コマ撮りでよくここまでやるなあ)。比較的自然にコングに感情移入してしまいましたが、意外とこの時のコングは小さかったかも...現代的感覚から見るとそう迫力は感じられません。但し、当時は興業的に大成功を収め(ポスターも数多く作られたが、本書によれば、実際の映画の中での
コングの姿を忠実に描いたのは1点[左上]のみとのこと)、その年の内に「コングの復讐」('33年)が作られ(原題は「SON OF KONG(コングの息子)」)公開されました。 「コングの復讐」('33年)[上]
因みに、アメリカやイギリスでは「怪獣映画」よりも「恐竜映画」の方が主に作られたようですが、日本のように着ぐるみではなく、模型を使って1コマ1コマ撮影していく方式で、ハル・ローチ監督、ヴィクター・マチュア、キャロル・ランディス主演の「紀元前百万年」('40年)ではトカゲやワニに作り物の角やヒレをつけて撮る所謂「トカゲ特撮」なんていう方法も用いられましたが、何れにしても動きの不自然さは目立ちます。そもそも恐竜と人類が同じ時代にいるという状況自体が進化の歴史からみてあり得ない話なのですが...。
この作品のリメイク作品が「恐竜100万年」('66年)で、"全身整形美女"などと言われたラクエル・ウェルチが主演でしたが(100万年前なのに
ラクェル・ウェルチがバッチリ完璧にハリウッド風のメイキャップをしているのはある種"お約束ごと"か)、やはりここでも模型を使っています。結果的に、ラクエル・ウェルチの今風のメイキャップでありながらも、何となくノスタルジックな印象を受けて、すごく昔の映画のように見えてしまいます(CGの出始めの頃の映画とも言え、なかなか微妙な味わいのある作品?)。

それが、その10年後の、ジョン・ギラーミン監督のリメイク版「キングコング」('76年)(こちらは邦題タイトル表記に中黒が無い)では、キング・コングの全身像が出てくる殆どのシーンは、リック・ベイカーという特殊メイクアーティストが自らスーツアクターとなって体当たり演技したものであったとのことで、ここにきてアメリカも、「ゴジラ」('54年)以来の日本の怪獣映画の伝統である"着ぐるみ方式"を採り入れたことになります(別資料によれば、実物大のロボット・コング(20メートル)も作られたが、腕や顔の向きを変える程度しか動かせず、結局映画では、コングがイベント会場で檻を破るワンシーンしか使われなかったという)。
「

代では「遊星よりの物体X」('51年)や「大アマゾンの半魚人」('54年)などのポスターがあるのが楽しく、50年代では日本の「ゴジラ」('54年)のポスターもあれば、「
「キャット・ピープル」はポール・シュレイダー監督、ナスターシャ・キンスキー主演で同タイトル「キャット・ピープル」('81年)としてリメイクされ(オリジナルは日本では長らく劇場未公開だったが1988年にようやく劇場公開が実現したため、多くの人がリメイク版を先に観たことと思う)、「遊星よりの物体X」は、ジョン・カーペンター監督によりカート・ラッセル主演で「遊星からの物体X」('82年)としてリメイクされています。
前者「キャット・ピープル」は、オリジナルでは、猫顔のシモーヌ・シモンが男性とキスするだけで黒豹に変身してしまう主人公を演じていますが、ストッキングを脱ぐシーンとか入浴シーン、プールでの水着シーンなどは当時としてはかなりエロチックな方だったのだろうなあと。実際に黒豹になる
場面は夢の中で暗示されているのみで、それが主人公の妄想であることを示唆しているのに対し、リメイク版では、ナスターシャ・キンスキーが男性と交わると実際に黒豹に変身します。ナスターシャ・キンスキーの猫女(豹女?)はハマリ役で、後日
「あの映画では肌を露出する場面が多すぎた」と述懐している通りの内容でもありますが、むしろ構成がイマイチのため、ストーリーがだらだらしている上に分かりにくいのが難点でしょうか。ナスターシャ・キンスキー自身は、「テス」('79年)で"演技開眼"した後の作品であるため、「肌を出し過ぎた」発言に至っているのではないでしょうか。「テス」は、19世紀のイギリスの片田舎を舞台に2人の男の間で揺れ動きながらも愛を貫く女性を描いた、文豪トマス・ハーディの文芸大作をロマン・ポランスキーが忠実に映画化した作品で、ナスターシャ・キンスキーの演技が冴え短く感じた3時間でした(ナスターシャ・キンスキーはこの作品でゴールデングローブ賞新人女優賞を受賞)。一方、「テス」に出る前年にナスターシャ・キンスキーは、スイスの全寮制寄宿学校を舞台に、そこにやって来たアメリカ人少女という
設定の青春ラブ・コメディ「レッスンC」('78年)に出演していて、そこでは結構「しっかり肌を出して」いたように思います。「レッスンC」は音楽は



「キング・コング」('33年)のリメイク、ジョン・ギラーミン監督の「キングコング」('76年)は、オリジナルは、ヒロイン(フェイ・レイ)に一方的に恋したコングが、ヒロインをさらってエンパイアステートビルによじ登り、コングの手の中フェイ・レイは恐怖のあまりただただ絶叫するばかりでしたが(このため、フェイ・レイ"絶叫女優"などと呼ばれた)、
リメイク版のヒロイン(ジェシカ・ラング)は最初こそコングを恐れるものの、途中からコングを慈しむかのように心情が変化し、世界貿易センタービルの屋上でヘリからの銃撃を受けるコングに対して「私といれば狙われないから」と言うまでになるなど、コングといわば"男女間的コミュにケーション"をするようになっています(そうしたセリフ自体は観客に向けての解説か?)。但し、「美女と野獣」のモチーフが、それ自体は「キング・コング」の"正統的"なモチーフであるにしてもここまで前面に出てしまうと、もう怪獣映画ではなくなってしまっている印象も。個人的には懐かしい映画であり、
興業的にもアメリカでも日本でも大ヒットしましたが、後に観直してみると、そうしたこともあってイマイチの作品のように思われました。ジェシカ・ラングも「郵便配達は二度ベルを鳴らす」('81年)で一皮むける前の演技であるし...2005年にナオミ・ワッツ主演の再リメイク作品が作られましたが、ナオミ・ワッツもジェシカ・ラング同様、以降の作品において"演技派女優"への転身を遂げています。
(●2017年に32歳のジョーダン・ヴォート=ロバーツ監督による「キングコング:髑髏島の巨神」('17年/米)が作られた。シリーズのスピンオフにあたる作品とのことだが、主役はあくまでキングコング。1973年の未知の島髑髏島が
舞台で、一応、コングが島の守り神であったり、主人公の女性を救ったりと、オリジナルのコングに回帰している(一方で、随所にフランシス・フォード・コッポラ監督の「
込められているようだ)。ヴォート=ロバーツ監督自らが来日して行われた本作のプレゼンテーションに参加した
「

「キング・コング」●原題:KING KONG●制作年:1933年●制作国:アメリカ●監督:メリアン・C・クーパー/アーネスト・B・シェードサ
ック●製作:マーセル・デルガド●脚本:ジェームス・クリールマン/ルース・ローズ●撮影:エドワード・リンドン/バーノン・L・ウォーカー●音楽:マックス・スタイナー●時間:100分●出演:フェイ・レイ/ロバート・アームストロング/ブルース・キャボット/フランク・ライチャー/サム・ハーディー/ノーブル・ジョンソン●日本公開:1933/09●配給:ユニヴァーサル映画●最初に観た場所:池袋・文芸座ル・ピリエ(84-06-30)(評価:★★★☆)●併映:「紀元前百万年」(ハル・ローチ&ジュニア)


「恐竜100万年」●原
題:ONE MILLION YEARS B.C.●制作年:1966年●制作国:イギリス・アメリカ●監督:ドン・チャフィ●製作:マイケル・カレラス●脚本:ミッケル・ノバック/ジョージ・ベイカー/ジョセフ・フリッカート●撮影:ウィルキー・クーパー●音楽:マリオ・ナシンベーネ●時間:105分●出演:ラクエル・ウェルチ/ジョン・リチャードソン/パーシー・ハーバート/ロバート・ブラウン/マルティーヌ=ベズウィック/ジェーン・ウラドン●日本公開:1967/02●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:杉本保男氏邸 (81-02-06) (評価:★★★) Raquel Welch age71

「禁断の惑星」●原題:FORBIDDEN EARTH●制作年:1956年●制作国:アメリカ●監督:フレッド・マクラウド・ウィルコックス●製作:ニコラス・ネイファック●脚本:シリル・ヒューム●撮影:ジョージ・J・フォルシー●音楽:ルイス・アンド・ベベ・バロン●原作:アーヴィング・ブロック/アレン・アドラー「運命の惑星」●時間:98分●出演:ウォルター・ピジョン/アン・フランシス/レスリー・ニールセン/ウォーレン・スティーヴンス/ジャック・ケリー/リチャード・アンダーソン/アール・ホリマン/ジョージ・ウォレス●日本公開:1956/09●配給:MGM●最初に観た場所:新宿・名画座ミラノ(87-04-29)(評価:★★★☆)
「宇宙水爆戦」●原題:THIS ISLAND EARTH●制作年:1955年●制作国:アメリカ●監督:ジョセフ・ニューマン●製作:ウィリアム・アランド●脚本:フランクリン・コーエン/エドワード・G・オキャラハン●撮影:クリフォード・スタイン/デビッド・S・ホスリー●音楽:ジョセフ・ガ―シェンソン●原作:レイモンド・F・ジョーンズ●時間:86分●出演:フェイス・ドマーグ/レックス・リーズン/ジェフ・モロー/ラッセル・ジョンソン/ランス・フラー●配給:ユニバーサル・ピクチャーズ●日本公開:1955/12)●最初に観た場所:新宿・名画座ミラノ(87-05-17)(評価:★★★☆)


ズビー●撮影:ジョン・ベイリー●音楽:ジョルジ
オ・モロダー(主題歌:








「キングコング」●原題:KING KONG●制作年:1976年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・ギラーミン●製作:ディノ・デ・ラウレンティス●脚本:ロレンツォ・センプル・ジュニア●撮影:リチャード・H・クライン●音楽:ジョン・バリー●時間:134分●出演:ジェフ・ブリッジス/ジェシカ・ラング/チャールズ・グローディン/ジャック・オハローラン /ジョン・ランドルフ/ルネ・オーベルジョノワ/ジュリアス・ハリス/ジョン・ローン/ジョン・エイガー/コービン・バーンセン/エド・ローター ●日本公開:1976/12●配給:東宝東和●最初に観た場所:新宿プラザ劇場(77-01-04)(評価:★★★)![郵便配達は二度ベルを鳴らす [DVD].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E9%83%B5%E4%BE%BF%E9%85%8D%E9%81%94%E3%81%AF%E4%BA%8C%E5%BA%A6%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%92%E9%B3%B4%E3%82%89%E3%81%99%20%5BDVD%5D.jpg)

ブ・ラフェルソン●脚本:デヴィッド・マメット●撮影:スヴェン・ニクヴィスト●音楽:マイケル・スモール●原作:ジェイムズ・M・ケイン「郵便配達は二度ベルを鳴らす」●時間:123分●出演:ジャック・ニコルソン/ジェシカ・ラング/ジョン・コリコス/マイケル・ラーナー/ジョン・P・ライアン/ アンジェリカ・ヒューストン/ウィリアム・トレイラー●日本公開:1981/12●配給:日本ヘラルド●最初に観た場所:三鷹オスカー (82-08-07)●2回目:自由ヶ丘・自由劇場 (84-09-15)(評価★★★★)●併映:(1回目)「白いドレスの女」(ローレンス・カスダン(原作:ジェイムズ・M・ケイン))●併映:(2回目)「ヘカテ」(ダニエル・シュミット)


「キングコング:髑髏島の巨神」●原題:KONG:SKULL ISLAND●制作年:2017年●制作国:アメリカ●監督:ジョーダン・ヴォート=ロバーツ●脚本:ダン・ギルロイ/マックス・ボレンスタイン/デレク・コノリー●原案:ジョン・ゲイティンズ/ダン・ギルロイ●製作:トーマス・タル/ジョン・ジャシュー/アレックス・ガルシア/メアリー・ペアレント●撮影:ラリー・フォン●音楽:ヘンリー・ジャックマン●時間:118分●出演:トム・ヒドルストン/
サミュエル・L・ジャクソン/ジョン・グッドマン/ブリー・ラーソン/ジン・ティエン/トビー・ケベル/ジョン・オーティス/コーリー・ホーキンズ/ジェイソン・ミッチェル/シェー・ウィガム/トーマス・マン/テリー・ノタリー/ジョン・C・ライリー●日本公開:2017/03●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:OSシネマズ ミント神戸 (17-03-29)(評価★★☆)

OSシネマズ ミント神戸 神戸三宮・ミント神戸(正式名称「神戸新聞会館」。阪神・淡路大震災で全壊した旧・神戸新聞会館跡地に2006年10月完成)9F~12F。全8スクリーン総座席数1,631席。




個人的に一番印象に残った話は、ピーター・フォークのエピソードで、彼は3歳の時に悪性の腫瘍のため右目を取り、代わりに義眼を入れていたのですが、12歳の時、野球の試合で二塁打を三塁打にしようと三塁にかけ込んだらアンパイアがアウトにしたので、「どこ見てんだヨォ。お前のがよっぽどこれが必要じゃねぇかァ?」と、おもむろに義眼を取り出して怒鳴ったことがある―というもの。
この手の話は本書の中で他にも幾つか紹介されていて、グレゴリー・ペックは「真昼の決闘」の主役を降りたが、「駅馬車」(1939)の主役を降りたゲイリー・クーパーが代わりに主役をやり、アカデミー主演男優賞を獲得した―。因みに、ウィキペディアによれば製作者のスタンリー・クレイマーはこの映画を「誰も守ろうとするガッツが無かったので滅んでいった町についての話だ」と語ったといい、別の本で、ジョン・ウェインなどは同じような理由でこの作品が好きではなかったというような話を読んだことがあります(作家の村上春樹氏が『村上さんのところ』('15年/新潮社)
で「何度も観返している映画ベスト3はなんですか?」との問いに、「ジョン・フォードの『静かなる男』と、フレッド・
ジンネマンの『真昼の決闘』です。四面楚歌みたいな状況に置かれたときに(何度かそういうことがありました)、よく観ました。見終わると、「僕もがんばらなくちゃな」という気持ちになれます。どちらもとてもよくつくられた映画です。何度観ても飽きません」と答えていた。同氏によれば、アメリカのホワイトハウスの映画室で、もっとも数多く大統領に観られた映画は「真昼の決闘」だという話を聞いたことがあるそうな)。
「マイ・フェア・レディ」のヒンギス教授役で知られるレック・ハリスンは、ミュージカル「王様と私」の"王様"役を断り、代わりに初舞台を飾り、大成功を収めたのが当時新人のユル・ブリンナーであるとのこと。当然のことながら、そのまま映画でも"王様"を演じたユル・ブリンナーは、アカデミー主演男優賞を受賞しています("アンナ"役のデボラ・カーもゴールデングローブ賞主演女優賞を受賞)。
ポール・ニューマンは、「
ジョン・ガ―フィールドが「欲望という名の電車」(1951)のスタンリー・コワルスキー役を断ったために、その役が廻ってきたのが
マーロン・ブランド。そのマーロン・ブランドは、「
そのロバート・レッドフォード主演の三大作品「スティング」「

オリバー・バレット役、「
「真昼の決闘」●原題:HIGH NOON●制作年:1952年●制作国:アメリカ●監督:フレッド・ジンネマン●製作:ス






また、テリエ夫人が使っている5人の女の中で最も肉感的な女(「丸々と太った、全体が腹だけでできているような女」)であるローザをダニエル・ダリューが演じていますが、このローザは「脂肪の塊」の娼婦エリザベットと同じく、モーパッサンの小説における「ソーセージのように
「快楽」は、「メゾン テリエ」の他に、「仮面」と「モデル」という、同じくモーパッサンの短篇を原作とした作品から成るオムニバス映画であり、「仮面(の男)」は、美男の仮面を付けてまでも終生女を漁ってきた老人(ジャン・ガラン)と、こ
の女好きの夫に一生を捧げてきた妻(ガビ・モルレ)の話、「モデル」は、画家(ダニエル・ジェラン)がモデル(シモーヌ・シモン)
と深い仲になるも彼女に飽きてきて別れようとすると、モデルの方は自殺を仄めかし、その結果――(ここでも"脚を折る"までの一途の恋という「クロシェット」と同じモチーフが使われている)。ラストは、そっか、こういうことになるのか、といった感じ。シモーヌ・シモンはジャック・ターナー監督の「
一方の「ピクニック」は、DVD版の冒頭には「1860年の夏の日曜日、パリの金物商デュフール氏は妻と義母と娘と未来の婿養子アナトールを連れて隣の牛乳屋から借りた馬車でピクニックに出かけた」というのが字幕が出ますが、これは未完の作品だから、説明的にこうした字幕が付いているのでしょう(DVD版は、40分(内、オリジナルは35分)の本編に86分の「NG集」と15分の「リハーサル」が付いている)。
レストランを見つけた金物商(アンドレ・ガブリエロ)の一行は、そこでピクニックを楽しむことにし、レストランにはボート遊びに来たアンリ(ジョルジュ・ダルヌー)とルドルフ(ジャック・B・ブリ
ュニウス)がいて、アンリはブランコをこぐ娘アンリエット(シルヴィア・バタイユ)に魅了され、父親と婿養子が釣りに行っている間に、ルドルフと共にアンリエットとその母親(ジャーヌ・マルカン)をそれぞれボートに誘い出して別々のボートで川に漕ぎ出し、陸に上がってそれぞれが関係を持つ―。
数年後、アンリが思い出の場所を訪れるとアンリエットがいて、その傍らには夫となったアナトールが寝ている。二人は、お互いを忘れたことがないという短い会話を交わすが、アナトールが目覚めたために別れる―。
ことによってどろっとしてしまいそうな話(考えてみれば結構エロチックな話でもある)を、父オーギュスト・ルノワールの印象派絵画をそのまモノクロ映像したような光と影の映像美で包み込み、美しく仕上げています(ヒロインのアンリエットを演じたシルヴィア・バタイユは哲学者で『眼球譚』の作者でもあるジョルジュ・バタイユの妻)。
映画にしてしまうとストーリーにはやや物足りなさもありますが(これでも短編である原作を相当膨らませてはいる)、ジャン・ルノワール自身、自伝の中でこの作品について、「私にとって理想は、まったく主題のない、ひとえに監督の感覚に基づく、その感覚を俳優たちが一般公衆にわかる形に表現してみせた、そんな映画であった」と述べているように(「水」抜きの映画など、私には考えられないとも言っている)、こうした映像美の追求ががこの作品の最大の狙いだったのかも知れません。
「快楽」(「仮面」「メゾン テリエ」「モデル」)●原題:LE PLAISIR(Le Masque、La Maison Tellier、Le Modèle)●制作年:1952年●制作国:フランス●監督:マックス・オフュルス●脚本:ジャック・ナタンソン/マックス・オフュルス●撮影:クリスチャン・マトラ/フィリップ・アゴスティニ●音楽:ジョエ・エイオス●原作:ギ・ド・モーパッサン「仮面」「メゾン テリエ」「モデル」●時間:99分●出演:(第1話「仮面」)ジャン・ガラン/クロード・ドーファン/ガビ・モルレ/(第2話「メゾン テリエ」)マドレーヌ・ルノー/ジネット・ルクレール/ダニエル・ダリュー/ピエール・ブラッスール/ジャン・ギャバン/(第3話「モデル」)ジャン・セルヴ



「ピクニック」●原題:PARTIE DE CAMPAGNE●制作年:1936年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン・ルノワール●製作:ピエール・ブロンベルジェ●撮影:クロード・ルノワール●音楽:ジョゼフ・コスマ●原作:ギ・ド・モーパッサ「野あそび」●時間40分●出演:シルヴィア・バタイユ/ジョルジュ・ダルヌー(ジョルジュ・サン=サーンス)/ジャック・B・ブリュニウス/アンドレ・ガブリエロ/ジャーヌ・マルカン/ガブリエル・ファンタン/ポール・タン●日本公開:1977/03●配給:フランス映画社●最初に観た場所:京橋フィルムセンター(80-02-15)(評価:★★★★)●併映:「素晴しき放浪者」(ジャン・ルノワール)




その保険外交員が犯人でないことは、愛人との密会の際に(それがちょうど事件が起きた日でもあった)彼に出会った石野にはわかっているわけですが、保険外交員のアリバイ立証の求めにより法廷証言を求められても、石野は自らの保身のために外交員とは会わなかったと否認してしまい、しかしながら、愛人についつい彼にはアリバイがあるとの事実を話したのが人づてに伝わり、事件を担当している弁護士の耳にそれが入ります。そして―。
因みに、松本清張本人が評価していた映画化作品は「張込み」('58年/松竹)、「黒い画集 あるサラリーマンの証言」、「砂の器」('78年/松竹)だけであったといい(3作とも脚本は橋本忍)、特に「張込み」と「黒い画集 あるサラリーマンの証言」については、 「映画化で一番いいのは『張込み』『黒い画集 あるサラリーマンの証言』だ。両方とも短編小説の映画化で、映画化っていうのは、短編を提供して、作る側がそこから得た発想で自由にやってくれるといいのができる。この2本は原作を超えてる。あれが映画だよ」と述べたとのことです。(白井佳夫・川又昴対談「松本清張の小説映画化の秘密」(『松本清張研究』第1号(1996年/砂書房)、白井佳夫・堀川弘通・西村雄一郎対談「証言・映画『黒い画集・あるサラリーマンの証言』」(『松本清張研究』第3号(1997年/砂書房))。



「黒い画集 あるサラリーマンの証言」●制作年:1960年●監督:堀川弘通●製作:大塚和/高島幸夫●脚本:橋本忍●撮影:中井朝一●音楽:池野成●原作:松本清張「証言」●時間:95分●出演:小林桂樹/中北千枝子/平山瑛子/依田宣/
原知佐子/江原達治/中丸忠雄/西村晃/平田昭彦
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主人公のセシルは、寡(やもめ)の父レーモンとコート・ダジュールの別荘で17歳の夏を過ごしていたが、その別荘に亡き母の友人のアンヌがやって来る。セシルも最初は聡明で美しいアンヌを慕うが、アンヌが父と結婚する気配を見せ始め、母親然としてセシルに勉強のことやボーイフレンドとのことを厳しく言い始めると、父との気楽な生活が続かなくなり、父をアンヌに取られるのではないかという懸念から、彼女はアンヌに反感を抱くようになる。やがて彼女は父とアンヌの再婚を阻止する計画を思いつく―。
サスペンスフルであるとも言えるストーリーは、オットー・プレミンジャー監督の「天使の顔」(' 52年/仏)と似ているという話がありますが、そのオットー・プレミンジャー監督によって1957年にアメリカ映画化されています。
映画では、恋多き父親をデイヴィッド・ニーヴン(戦争映画などとは違ったいい味出している。1983年に筋萎縮性側索硬化症で亡くなった)、前の愛人をミレーヌ・ドモンジョ(右写真:アメリカ映画にはこれが初出演)、新しい恋人をデボラ・カー(物語の結末上、個人的には、1982年にコート・ダジュールで自動車事故死したグレイス・ケリーと何となくダブる)が演じていますが、う~ん、役者は皆いいのですが、何となく原作
の雰囲気と違うような...(フランソワ・トリュフォーは、「映画がサガンを裏切っているかどうかなんて問題じゃない。プレミンジャーやセバーグにサガンが値するかどうかが問題なのだ」として、一方的に映画の方の肩を持っているが)。
サガン自身はその後も佳作を産み出すものの、セレブとのパーティ三昧、生死を彷徨うスポーツカー事故、ドラッグ所持での有罪判決、ミッテラン元大統領との親密な交際、晩年の貧困の原因となったギャンブル等々、むしろゴシップ・メーカーとして目立った存在でした。










「サガン―悲しみよこんにちは」(2008)

世界も、外套と同様にきらきら輝いたものに見えてきたのだった。ところがその矢先―。
「外套」の方は、本国で何度か映画化されていて、「小犬を連れた貴婦人」('59年/ソ連)に俳優として出演していたアレクセイ・バターロフ(1928年生まれ)監督の作品('60年/ソ連)を観ましたが、原作に沿ってきっちり作られていて、作品全体としては悪くない出来だと思いました。但し、一方で、バシマチキン(アカーキイ)の人物造型はやや"戯画的"に描かれ過ぎていてるようにも思いました(一番劇画チックなのは、彼が幽霊になってからだが)。
まあ、原作がそもそも"戯画的"な性格を持っているというのはあるのですが、ペーソスより滑稽と怪奇の方が勝ち過ぎている気もしました。主演のロラン・ブイコフの演技の評価は高
いですが、「名演技」であることには違いないですが、個人的印象としては「怪演」であるとも言えるように思います。ベタなウェット感を拭い去ることによって、最終的には逆にペーソスを引き出そうというのが狙いだったのかもしれませんが。

この作品はまた、「
ユーリー・ノルシュテインは「
「鼻」の方は、「禿山の一夜」「展覧会の絵」で知られるアニメーション界の巨人アレクサンドル・アレクセイエフ(Alexandre Alexeieff、1901-1982)が短編アニメ映画化していて(「鼻」(1963))、この人の作品はピンスクリーンという手法で知られています(これまた、ボードに立てた「25万本の針」を出したり引っ込めたりして光を当てながら1コマ1コマ撮っていくという、気の遠くなるような時間のかかかる技法)。このアレクセイエフの「鼻」もウェブで視聴可能、音楽のみでセリフは無く、最後はややブラックなオチになっています。

「鼻」(アニメ版)●原題:Le Nez (The Nose)●制作年:1963年●制作国:フランス●監督:アレクサンドル・アレクセイエフ●共同監督:クレア・パーカー●原作:ニコライ・ゴーゴリ「鼻」●時間:11分●DVD発売:2006/03●発売元:ジェネオン エンタテインメント(評価:★★★★)






牛追いの旅の途中で逗留した墓場の町トゥームストーンで、牛を盗まれ末弟を殺されたワイアット・アープ(ヘンリー・フォンダ)ら兄弟は、犯人を捜すべく町に留まり保安官職を引き受けるが、町には賭博師ドク・ホリディ(ヴィクター・マチュア)がいた。ワイアットは根っからの悪人ではないドクに一目置き、友情を抱く。やがてドクを追って東部からクレメンタイン(リンダ・ダーネル)という女性が来て、ワイアットは密かに恋心を抱くも彼女のドクへの想いを知り、その希望を叶えるためにも酒浸りのドクに酒を控えるよう忠告するが、は自らが病気であることを悟るドク、彼女につれない態度をとる―。
「荒野の決闘」は1946年のジョン・フォード作品ですが、ヘンリー・フォンダの映画と言ってもいいかも(そもそも、ジョン・フォードがジョン・ウェインを使わずヘンリー・フォンダを起用している点が興味深い)。もの静かながらも正義感と責任感を裡に秘め、武骨ながらも時にユーモアも見せるヘンリー・フォンダ独特のワイアット・アープ像が印象的でした。
この作品の他にも「OK牧場の決斗」('57年/ジョン・スタージェス監督、バート・ランカスター、カーク・ダグラス主演)をはじめ何度か映画の素材になっており、90年代に入っても「
「荒野の決闘」では、ワイアット・アープとドグ・ホリディは酒場で出会って意気投合し、ドク・ホリディに惚れていた酒場の女が銃で撃たれる事件が起きて、ドクがその時に彼女の手術をしたために、彼が元医者であることが初めて皆に知れるというようになっていますが、「OK牧場の決斗」「トゥームストーン」「ワイアット・アープ」では2人は以前から親友だったことになっています。
和田誠氏は『
「OK牧場の決斗」も西部劇の傑作には違いなく、アクション味やカタルシスの度合いは「荒野の決闘」より上かも知れませんが、個人的には「荒野の決闘」の静かな雰囲気の方が好きかなあ(モノクロームの味わいもある)。
"娯楽作品"vs."文芸作品"という感じで、比較するのに
無理があるかも知れませんが、ワイアット・アープ像は、保安官然とした「OK牧場の決斗」のバ―ト・ランカスターよりも、じわっと人間味が出ている「荒野の決闘」のヘンリー・フォンダの方
が上、ドグ・ホリディは誰が演じても受ける"映画向き"のキャラクターという気はしますが、これもヴィクター・マチュアの存在感が、カーク・ダグラス(これも、この作品でのバ―ト・ランカスターと比べると悪くはないが)を上回っているように思います(但し、先に挙げた和田誠氏の『お楽しみはこれからだ―映画の名セリフ』によると、この「荒野の決闘」でのヴィクター・マチュアの一般的評価はあまり高くないようだ)。
「荒野の決闘」のテーマ曲「いとしのクレメンタイン」は、歌詞に"a miner, forty-niner"とあるように、ゴールドラッシュ時代を回顧したアメリカ民謡で、"Clementine"は亡くなった恋人(抗夫の娘)の名、日本では探検・登山家の西堀栄三郎が作詞した「雪山讃歌」として知られています。
ジョン・スタージェス監督自身は「OK牧場の決斗」の内容に不満であったと言われ、この10年後、「OK牧場の決斗」の後日譚をより史実に近い形で描いた「墓石と決闘(Hour of the Gun)」('67年)を撮っていますが、配役はワイアット・アープがジェームズ・ガーナー、ドク・ホリデイがジェイソン・ロバーズに変わっています(OK牧場での決斗シーンから映画が始まるので、正続で描かれ方を比べてみるのもいい)。

「荒野の決闘(いとしのクレメンタイン)」●原題:MY DARLING CLEMENTINE●制作年:1946年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・フォード●製作:サミュエル・G・エンゲル●脚本:サミュエル・G・エンゲル/ウィンストン・ミラー●撮影:ジョー・マクドナルド●音楽:シリル・モックリッジ/アルフレッド・ニューマン●原作:サム・ヘルマン/スチュアート・N・レイク●時間:97分●


「OK牧場の決斗」●原題:GUNFIGHT AT THE O.K. CORRAL●制作年:1957年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・スタージェス●製作:ハル・B・ウォリス●脚本:レオン・ウーリス●撮影:チャールズ・ラング・Jr●音楽:ディミトリ・ティオムキン●原案:ジョージ・スカリン●時間:122分●出演:バート・ランカスター/カーク・ダグラス/ロンダ・フレミング/ライル・ベトガー/ジョン・アイアランド/ジョー・ヴァン・フリート/リー・ヴァン・クリーフ/アール・ホリマン/デニス・ホッパー/ケネス・トビー/デフォレスト・ケリ
ジャック・イーラム/ブライアン・ハットン/フランク・フェイレン/マーティン・ミルナー/オリーヴ・ケリー/テッド・デ・コルシア●日本公開:1957/07●配給:パラマウント映画(評価:★★★☆)


え(黒澤監督はこの作品を観て、スタージェス監督に日本刀を贈ったとの逸話がある)、一方で、「七人の侍」の「七人」と、「荒野の七人」の「七人」を無理に重ねることはしていないのが分かりました。例えば、クリス(ユル・ブリンナー)は勘兵衛(志村喬)がモデルであるにしても多少キャラクターは異なるし、ビン(スティーブ・マックイーン)は五郎兵衛(稲葉義男)と七郎次(加東大介)の、チコ(ホルスト・ブッフホルツ)は勝四郎(木村功)と菊千代(三船敏郎)の、オレイリー(チャールズ・ブロンソンは平八(千秋実)と菊千代の、それぞれ"混合型"のキャラクターになっているそうですが、そう言われてもピンとこないようなキャラクターもいます(ビンには"菊千代"も入っているのではないか)。リー(ロバート・ヴォーン)やハリ―(ブラッド・デクスター)のようにオリジナルに無いキャラクターが造られている一方で、ナイフの名手ブリット(ジェームズ・コバーン)のように、久蔵(宮口精二)がモデルであることが比較的わかり易いものもあります(因みに、久蔵のモデルは宮本武蔵だそうな)。
映画公開時の出演俳優らの知名度は、ユル・ブリンナーが断トツで、ホルスト・ブッフホルツがそれに続くものだったそうですが、同じくジョン・スタージェスが監督し、スティーブ・マックイーン、チャールズ・ブロンソン、ジェームズ・コバーンが共演した「大脱走」('63年)でスティーブ・マックイーンが
この作品でチャールズ・ブロンソンやジェームズ・コバーンの演じたバイプレーヤー的な役柄も良かったように思い、
作のTVドラマ「
スティーブ・マックイーンが'80年に癌で50歳で亡くなり(アスベスト吸引による中皮腫説がある)、ユル・ブリンナーも'85年に肺癌で65歳で亡くなった後、'02年から'03年にかけての僅か1年の間に、ジェームズ・コバーン(心筋梗塞)、ブラッド・デクスター(肺
気腫)、ホルスト・ブッフホルツ(肺炎)、チャールズ・ブロンソン(肺炎)と「七人」のうち4人が相次
いで亡くなったのが寂しかったです。現時点[2011年2月時点]で存命しているのはロバート・ヴォーンのみになってしまっています(ロバート・ヴォーンは2016年11月11日急性白血病のため逝去。これで「荒野の七人」にガンマン役で出演した7人の男優全員がこの世を去ったことになった)。
「荒野の七人」●原題:THE MAGNIFICENT SEVEN●制作年:1960年●制作国:アメリカ●監督・製作:ジョン・スタージェス●脚本:ウイリアム・ロバーツ●撮影:チャールズ・ラング●音楽:エルマー・バーンスタイン●原作:黒澤明/橋本忍/小国英雄(映画「七人の侍」)●時間:128分●出演:ユル・ブリンナー/スティーブ・マックイーン/チャールズ・ブロンソン/ロバート・ヴォーン/ジェームズ・コバーン/ホルスト・ブッフホルツ/ブラッド・デクスター/イーライ・ウォラック/ウラジミール・ソコロフ/ジョン・アロンゾ/ロゼンダ・モンテロス/ヨルグ・マルティネス・デ・ホヨス/リコ・アラニス●日本

「荒野の七人」(1961年)公開中の新宿ミラノ座



1948年の作品。1939年にブロードウェイで上演されたマックスウェル・アンダーソンの戯曲「キー・ラーゴ」を、ジョン・ヒューストンとリチャード・ブルックスが映画用に脚色したもので、
それでいてスカッとしたカタルシスがあるのは、最初の内は"男気"をなかなか見せないフランクが、徐々にその本分を発揮し、最後に...というプロセスから結末までの描き方の上手さによるものでしょう。
とりわけ、その演技が光るのはエドワード・G・ロビンソンで、その強面の悪役ぶりは、ボガートの好演をも喰ってしまっているほどです。
エドワード・G・ロビンソン(1893-1973/享年79)という人は8カ国語を操るインテリだったそうで、そのリベラルな思想のため40年代後半はハリウッドでも冷遇され、この作品でも"後輩スター"であるハンフリー・ボガートの脇に回ることになりましたが、仕事と割り切って出演を承諾、ボガートの方もロビンソンに対し"先輩スター"として接し、他のスタッフもこれに倣うよう命じたという逸話があります。

「キー・ラーゴ」●原題:KEY LARGO●制作年:1948年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・ヒューストン●製作:ジェリー・ウォルド●脚本:リチャード・ブルックス/ジョン・ヒューストン●撮影:カール・フロイント●音楽:マックス・スタイナー●原作戯曲:マックスウェル・アンダーソン「キー・ラーゴ」●時間:138分●出演:ハンフリー・ボガート/エドワード・G・ロビンソン/ローレン・バコール/ライオネル・バリモア/クレア・トレヴァー/ジョン・リッジリー/モンテ・ブルー/トーマス・ゴメス●日本公開:1951/11●配給:セントラル●最初に観た場所:吉祥寺ジャヴ(JAⅤ)50(85-12-21)(評価:★★★★)

吉祥寺ジャヴ(JAⅤ)50 1951年~「ムサシノ映画劇場」、1984年3月~「吉祥寺バウスシアター」(現・シアター1/218席)と「ジャヴ50」(現・シアター2/50席)の2館体制でリニューアルオープン。2000年4月29日~シアター3を新設し3館体制に。 2014(平成26)年5月31日閉館。

吉祥寺バウスシアター内



アダムス機長を演じたレスリー・ニールセンが昨年('10年)11月に亡くなった(享年84)のに続いて、アルティラを演じたアン・フランシスも今年('11年)1月に亡くなり(享年80)、寂しい限りです。TV番組「ハニーにおまかせ」('56年~)の私立探偵役のアン・フランシスも、「裸の銃(ガン)を持つ男」('86年)のレスリー・ニールセンも、この映画では2人とも20代でしょうか。この作品を観ると、永遠に2人とも若いままでいるような錯覚に陥ります。
「禁断の惑星」がシェイクスピアの「テンペスト」を下敷きにしていることはよく知られていて、最初に劇場(名画座ミラノ、すでに「名画座料金」ではなくなっていた)で観た時も、同時期の作品「宇宙水爆戦」('55年)などに比べてよく出来ているように思いました。
「宇宙水爆戦」の方は結構キッチュ趣味と言えるかも。惑星間戦争で絶滅の危機にある星の異星人の科学者が、地球の科学者に協力を依頼するが、実はその星の指導者は地球を支配して移り住むことを企んでいた―というストーリーですが、最後、事件が一見落着したかと思ったら、宇宙船内に潜んでいた宇宙昆虫人間みたいなミュータントに襲われそうになるという―このとってつけたように出現するミュータントがポスターなどではメインになっていて、それだけストーリーは印象に残らないといことでしょうか。ストーリー的にも怪物キャラクター的にも、当時流行ったSFパルプマガジンの影響を強く受けているようです(そのこともキッチュ感に繋がる要因か。でもこのキッチュ感こそが、この作品の根強い人気の秘密かも)。
一方、「禁断の惑星」に出てくる有名キャラクターは万能ロボット「ロビー」で、これを参照したのが60年代に作られたテレビ番組「宇宙家族ロビンソン」に出てくるロボット(愛称:フライデー)だったりし、先駆的な要素も結構あったわけです(「宇宙家族ロビンソン」には外にも「宇宙水爆戦」も参考にしている箇所が幾つかある)。
因みに、このロボットは、「刑事コロンボ」の第23話「愛情の計算」('74年)にも"ゲスト出演"して
おり(下半身の造りが二本脚から台座型に変わっている)、人工知能研所の所長である犯人のアリバイ作りに一役買っていますが、ロボットのキー・ボードを叩く手つきの大雑把さを見ると、ちょっと所長の代役をさせるには無理な感じも。
(こちらは娘を庇ってだが)使われましたが、真犯人ではないと分かっていながら拘束するのはいかがなものでしょうか(「恋におちたコロンボ」の脚本はピーター・フォーク自身が手掛けている)。但し、フェイ・ダナウェイの演技力はさすが。70年代のシリーズ作に比べ見劣りがする90年代のシリーズ作(特に後期作品)の中では、ひときわ映える名犯人役と言っていいのではないでしょうか。



をはじめフセイン大統領、ホメイニなど様々な人物をコケにし、「裸の銃を持つ男PART2 1/2」('88年)では当時のアメリカ大統領
ジョージ・ブッシュをコケにしています。「裸の銃を持つ男PART33 1/3 最後の侮辱」('94年)までプリシラ・プレスリー、ジョージ・ケネディ、O・J・シンプソンという共演トリオは変わらず和気藹々といった雰囲気でしたが、O・J・シ
ンプソンは'94年に発生した元妻の殺害事件(「O・J・シンプソン事件」)の被疑者となってしまいました(刑事裁判で殺人を否定する無罪判決となったが、民事裁判では殺人を認定する判決が下った)。
「禁断の惑星」という作品は、ストーリーも凝っているように思われ、「テンペスト」をなぞるだけでなく、「イドの怪物」という精神分析的な味付けがされていて、ファーザー・コンプレックスがモチーフになっているように、フロイディズムの影響も濃く滲んでいます。
ている彼の演技とは全く異なる演技をしているし(昔の怪獣映画の宝田明や夏木陽介の感じ、乃至は、背景も含めると「キャプテンウルトラ」('67年)の中田博久の方がより近いか)、いろいろと見所が多い作品です(「なぜウチの中にビオトープがあるのか?」とか、突っ込み所も含めて)。
尚「キャプテンウルトラ」にも、「宇宙警察パトロール隊」と共に「宇宙船シュピーゲル号」(なぜか「鏡」を意味するドイツの有名週刊誌の名前)に乗り込み、バンデル星人や怪獣たちと戦い続ける万能ロボット「ハック」が登場しますが、こちらは「ゴジラ」以来の日本の"伝統"か(この番組の制作
会社は東映)、着ぐるみっぽいロボットでした。このシリーズは、脚本が番組放送に追いつかなくなった「ウルトラマン」と、その後継番組として構想されていた「ウルトラセブン」との間の所謂「つなぎシリーズ」だったので、書割りのような背景からも察せられる通り、番組制作予算は限られていたようです。その後ウルトラ・シリーズでお決まりとなる"紅一点"の女性隊員は、ここでは「アカネ隊員」ですが、「ウルトラマン」で桜井浩子が演じた「フジ・アキコ隊員」、「ウルトラセブン」で菱見百合子が演じた「アンヌ隊員」と並んで、この「キャプテンウルトラ」で城野ゆきが演じた「アカネ隊員」も、今も
って人気があるようです。いわばフジ・アキコ隊員の後輩格、アンヌ隊員の先輩格になりますが、アカネ隊員は紅一点と言うより"準主役"と言った方がいいかも。アカネ隊員は番組の最初から準主役級でいたわけでなく、レギュラーメンバーだった「キケロ星人ジョー」(演じていたのは無名時代の
SFパルプマガジン風ファッション
万能ロボット・ロビー登場
なぜウチの中にビオトープがあるのか?
アン・フランシス/レスリー・ニールセン







●原案:ロバート・スペクト●音楽:ディック・デ・ベネディクティス●時間:74分●出演:ピーター・フォーク/ホセ・ファーラー/ロバート・ウォーカー/ジェシカ・ウォルター/リュー・エヤーズ/リー・H・モンゴメリー/アーサー・バタニデス/ジョン・ザレンバ/ウィリアム・ブライアント/ルー・ワグナー/バート・ホランド●日本公開:1974/08●放送:NHK総合(評価:★★★)「
「新・刑事コロンボ/恋におちたコ

「裸の銃(ガン)を持つ男」●原題:THE NAKED GUN:FROM THE FILES OF POLICE SQUAD!●制作年:1988年●制作国:アメリカ●監督:デヴィッド・ザッカー●製作:ロバート・K・ウェイス●脚本:ジェリー・ザッカー/ジム・エイブラハムズ/デヴィッド・ザッカー/パット・プロフト●撮影:ロバート・スティーヴンス●音楽:アイラ・ニューボーン●時間:85分●出演:レスリー・ニールセン/プリシラ・プレスリー/ジョージ・ケネディ/O・J・シンプソン/リカルド・モンタルバン/ナンシー・マルシャン●配給:UIP映画配給●日本公開:1989/04(評価:★★★☆) 


「キャプテンウルトラ(第9話)/怪生物バンデルエッグあらわる」●制作年:1967年●監督:加島昭●脚本:鈴木良武/伊東恒久●音楽:冨田勲●時間:92 分●出演:中田博久
/小林稔侍/城野ゆき/伊沢一郎/安中滋/佐川二郎/桐島好夫/川田信一/(以下、非レギュラー)八名信夫/三重街恒二/大槻憲/木内博之/比良元高●放送局:TBS●放送日:1967/06/11(評価:★★★)


城野ゆき(アカネ隊員)




日本人が聖書を読んでよく引っ掛かるのが「奇跡」に関することですが、著者は、「奇跡」と「異象(異常な現象)」とは別であり、現象として信仰の有無に関係なく、誰にも認識できるものは(現象化されたもの)は「奇跡」ではなく「異常な現象」であり、「奇跡」とは認識の対象ではなく、現象の背後にあるものに対する信仰の対象であるとしていて、こうした見方を通して、処女降臨やキリストの復活をどう読むかが、分かり易く解説されています。


この物語は、セシル・B・デミル監督により「サムソンとデリラ」('49年/米)という映画作品になっていて、ジョン・フォード監督の「荒野の決闘」('46年/米)でドク・ホリデイを演じたヴィクター・マチュア(1913-1999)が主演しました。往々にして怪力男は純粋というか単純というか、デリ
ラのような悪女にコロっと騙されるというパターナルな話であり(アブラハム、サラ、ハガルの三角関係同様に?)、全体にややダルい感じがしなくも無いけれど、ヴィクター・マチュアの"コナン時代"のアーノルド・シュワルツネッガーのようなマッチョぶりは様になっていました。最後の方で、髪を切られて怪力を失ったサムソンが囚われの身となり神に嘆願するシーンはストレートに胸をうち、ラストの神から力を得て大寺院を崩壊させるスペクタルシーンは圧巻、それまで結構だらだら観ていたのに、最後ばかりは思わず力が入り、また、泣けました(カタルシスだけで終わってはマズイいんだろうけれど・・・。と言って、勝手にストーリーを変えたりすることも出来ないだろうし、聖書の物語の映像化は案外と難しい?)
これ、オペラにもなっていて、カミーユ・サン=サーンスが作曲したテーマ曲はフィギアスケートの安藤美姫選手が以前SP(ショート・プログラム)で使っていましたが、その時の衣装もこの物語をイメージしたものなのかなあ。
とデリラ」●原題:SAMSON AND DELILAH●制作年:1949年●制作国:アメリカ●監督・製作:セシル・B・デミル●脚本:ジェシー・L・ラスキー・ジュニア/フレドリック・M・フランク●撮影:ジョージ・バーンズ●音楽:ヴィクター・ヤング●原作:ハロルド・ラム●時間:128分●出演:ヴィクター・マチュア/ヘディ・ラマー/ジョージ・サンダース/アンジェラ・ランズベリー/ヘンリー・ウィルコクスン●日本公開:1952/02●配給:パラマウント日本支社(評価:★★★☆)
「奇跡」●原題:ORDET●制作年:1955年●制作国:デンマーク●監督・脚本:カール・テオドア・ドライヤー●製作:エーリク・ニールセン●撮影:ヘニング・ベンツセン●音楽:ポール・シーアベック●原作:カイ・ムンク ●時間:126分●出演:プレベン・レアドーフ・リュエ/ヘンリック・マルベア/ビアギッテ・フェザースピール/カイ・クリスチアンセン/エーミール・ハス・クリステンセン●日本公開:1979/02●配給:フランス映画社●最初に観た場所:岩波ホール (79-02-27) (評価:★★★★)


著者独自の「星」による採点は上の方が厳しくて、100点満点換算すると100点に該当する作品は無く、最高は90点で「天井桟敷の人々」('45年)と「ザッツ・エンタテインメント」('74年)の2作か(但し、個人的には、「天井桟敷の人々」は、一般的な「ミュージカル映画」というイメージからはやや外れているようにも思う)。











アメリカの作曲家コール・ポーターの伝記作品。著者の言う通り、「ポーターの佳曲の数々を聴かせ唄と踊りの総天然色場面を楽しませる」のが目的みたいな作品(曰く「その限りにおいては楽しい」と)。


ならない」という「赤い靴」の伝説があるそうだが、「赤い靴」と言えばアンデルセンが先に思い浮かぶ(一応、そこから材を得ているとのこと)。.jpg)

24時間の休暇をもらった3人の水兵がニューヨークを舞台に繰り広げるミュージカル。3人が埠頭に降り立って最初に歌うのは「ニューヨーク、ニューヨーク」。振付もジーン・ケリーが担当した。著者はヴェラ=エレンの踊りが良かったと。
「踊る大紐育」●原題:ON THE TOWN●制作年:1949年●制作国:アメリカ●監督:スタンリー・ドーネン●製作:アーサー・フリード●脚本:ベティ・カムデン/アドルフ・グリーン●撮影:ハロルド・ロッソン●音楽:レナード・バーンスタイン●原作:ベティ・カムデン/アドルフ・グリーン●時間:98分●出演:ジーン・ケリー/フランク・シナトラ/ジュールス・マンシン/アン・ミラー/ジュールス・マンシュイン/ベティ・ギャレット/ヴェラ・エレン●日本公開:1951/08●配給:セントラル●最初に観た場所:テアトル新宿(85-09-23)
⑧「巴里のアメリカ人」 ('51年/米)著者 ☆☆☆☆★(85点)自分 ★★★★(80点)


「巴里のアメリカ人」●原題:AN AMERICAN IN PARIS●制作年:1951年●制作国:アメリカ●監督:ヴィンセント・ミネリ●製作:アーサー・フリード●脚本:アラン・ジェイ・ラーナー●撮影:アルフレッド・
ギルクス●音楽:ジョージ・ガーシュイン●時間:113分●出演:ジーン・ケリー/レスリー・キャロン/オスカー・レヴァント/ジョルジュ・ゲタリー/ユージン・ボーデン/ニナ・フォック●日本公開:1952/05●配給:MGM日本支社●最初に観た場所:高田馬場パール座(78-05-27)●併映:「シェルブールの雨傘」(ジャック・ドゥミ)


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落ち目のスター、フレッド・アステアの再起物語で、「イースター・パレード」以上にショー・ビズもの色合いが強い作品だが、コメディタッチで明るい。ストーリーは予定調和だが、本書によれば、ミッキー・スピレーンの探偵小説のパロディが織り込まれているとのことで、そうしたことも含め、通好みの作品かも。但し、アステアとシド・チャリシーの踊りだけでも十分楽しめる。シド・チャリシーの踊りも、レスリー・キャロンと双璧と言っていぐらいスゴイ。
「バンド・ワゴン」●原題:THE BANDO WAGON●制作年:1953年●制作国:アメリカ●監督:ヴィンセント・ミネリ●製作:アーサー・フリード●脚本:ベティ・コムデン/アドルフ・グリーン●撮影:ハリー・ジャクソン●音楽:アドルフ・ドイッチ/コンラッド・サリンジャー●時間:112分●出演:フレッド・アステア/シド・チャリシー/オスカー・レヴァント/ナネット・ファブレー●日本公開:1953/12●配給:MGM●最初に観た場所:テアトル新宿(85-10-19)

著者曰く「すばらしいファション・ミュージカル」であり、オードリー・ヘプバーンの魅力がたっぷり味わえると(原題の「ファニー・フェイス」はもちろんヘップバーンのことを指す)。
衣装はジバンシー、音楽はガーシュウィンで、音楽と併せて、女性であればファッションも楽しめるのは確か。
ちょっと「マイ・フェア・レディ」に似た話で、「マイ・フェア・レディ」が吹替えなのに対し、こっちはオードリー・ヘプバーン本人の肉声の歌が聴ける。それにしても、一旦引退したこともあるはずのアステアが元気で、とても57才とは思えない。結局、更に20余年、「ザッツ・エンタテインメント」('74年)まで活躍したから、ある意味"超人"的。「タワーリング・インフェルノ」 ('74年)ではその演技が高評価を受け、アカデミー助演男優賞にノミネートされた。
「パリの恋人」●原題:FUNNY FACE●制作年:1956年●制作国:アメリカ●監督:ス
タンリー・ドーネン●製作:アーサー・フリード●脚本:レナード・ガーシェ●撮影:レイ・ジューン●音楽:ジョージ・ガーシュウィン/アドルフ・ドイッチ●時間:103分●出演:オードリー・ヘプバーン/フレッド・アステア/ケイ・トンプスン/ミシェル・オークレール●日本公開:1957/02●配給:パラマウント映画●最初に観た場所:高田馬場ACTミニシアター(85-11-03)●併映:「リリー・マルレーン」(ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー)
⑪「南太平洋」('58年/米)著者 ☆☆☆★(65点)自分 ★★★☆(70点)
れる自然が満喫できる島だった)。著者は「戦時色濃厚な」作品であるため、あまり好きになれないようだが、それを言うなら、著者が高得点をつけている「シェルブールの雨傘」などは、フランス側の視点でしか描かれていないとも言えるのでは。超エスニック、大規模ロケ映画で、空も海も恐ろしいくらい青い(カラーフィルターのせいか? フィルターの色が濃すぎて技術的に失敗しているとみる人もいるようだ)。トロピカル・ナンバーの定番になった主題歌「バリ・ハイ」や「魅惑の宵」などの歌曲もいい。



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B級映画俳優のジェイク(クレイグ・ワッソン)は、ドラキュラ映画の主演で棺に入るシーンで閉所恐怖症の発作を起こしてクビになり、失意のまま帰宅したところ、同棲中の恋人が男と情事にふけっているという散々な有様。家は彼女のものであり、意気消沈のまま家を出た彼は、あるオーディション会場で、サム(グレッグ・ヘンリー)という男と知り合い彼の家へ招かれる。そこはモ
ダンな豪邸で、サムはジェイクに留守中の家の管理を頼むとともに、望遠鏡越しに見える魅惑的な隣人(デボラ・シェルトン)の存在を教える―。
ブライアン・デ・パルマ監督の同系統のサスペンス作品では「殺しのドレス」('80年)が知られてますが、確かに面白い作品で、美術館でのなめまわすようなカメラワークや、「サイコ」を意識したア
も当時デビュー10年ながらいまだに"売り出し中"の身)、エロチックなシーンもふんだんにあり、この映画全体がB級の雰囲気を醸していますが、そのキッチュ感が却ってでいいです。内容的にも、ヒッチコックへのオマージュを込めながらも、ミステリとしてのオリジナリティは十分にあるように思われ、個人的には「裏窓」×「めまい」+アルファという評価ですが、観る人によっては、最後が"マイナス"になる人もいるかもしれません。

映画後半に出てくるポルノ女優を演じたメラニー・グリフィスは、ヒッチコック監督作品「鳥」('63年)のヒロイン役を演じたティッピ・ヘドレンの娘であり(この作品の翌年にTV番組「
「ワーキング・ガール」は、ウォール街の投資銀行のM&A部門で働く秘書(メラニー・グリフィス)が、尊大な女性上司(シガニー・ウィーバー)がスキー休暇中に骨折し職場復帰するまでの間に、上司の愛人(ハリソン・フォード)と共に進行中の合併話を期せずして進行させることになるというサクセス・ストーリーですが(当時のアメリカではM&Aの嵐が吹き荒れていたようだ)、メラニー・グリフィス、シガニー・ウィーバー共にいい味出していて、映画自体もまあまあ楽しめました。冒頭にワールドトレードセンター(WTC)の空撮が出てきますが、この作品自体WTCで撮影されています。因みに、"ワーキング・ガール"というタイトルには「キャリア・ウーマン」の他に「娼婦」という意味もあります。

「ボディ・ダブル」の作品ベースとなっているヒッチコックの「裏窓」('54年)と「めまい」('58年)のうち「めまい」
「めまい」では、カメラワークにおいてズームアウトしながらカメラを前方へ動かすことで被写体のサイズが変わらずに広角になる映し方(逆ズーム)で墜落感を表す手法や、カメラが被写体の周りを回る映し方(360°パン)でキスシーンなどの陶酔感を表す手法などが用いられていることでも有名で、デ・パルマ監督もこの作品でそうした技法をしっかり採り入れています。キム・ノヴァクの妖しげな魅力が印象に残った映画でもありました。 
「ボディ・ダブル」●原題:BODY DOUBLE●制作年:1984年●制作国:アメリカ●監督・製作:ブライアン・デ・パルマ●脚本:ロバート・J・アヴレッチ/ブライアン・デ・パルマ●撮影:スティーヴン・H・ブラム●音楽:ピノ・ドナッジオ●時間:114分●出演:クレイグ・ワッソン/グレッグ・ヘンリー/デボラ・シェルトン/メラニー・グリフィス/ガイ・ボイド/デヴィッド・ハスケル/デニス・フランツ/アル・イズラエル/レベッカ・ スタンリー/ダグラス・ワーヒット/B・J・ジョーンズ/ラス・マリン/レーン・デイヴィース●日本公開:1985/02●配給:コロムビア映画●最初に観た場所:三軒茶屋映劇 (85-09-15)(評価:★★★★☆)●併映:「聖女アフロディーテ」(ロバート・フュースト)/「ブレスレス」(ジム・マクブライド)



みち街」にオープン。 ①三軒茶屋東映(→三軒茶屋シネマ)2014(平成26)年7月20日閉館 ②三軒茶屋映劇(映画劇場)(現サンタワービル辺り)1992(平成4)年閉館 ③三軒茶屋中劇(中央劇場))2013(平成25)年2月14日閉館
「殺しのドレス」●原題:DRESSED TO KILL●制作年:1980年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ブライアン・デ・パルマ●製作:ジョージ・リットー●撮影:ラルフ・ボード●音楽:ピノ・ドナッジオ●時間:114分●出演:マイケル・ケイン/アンジー・ディキンソン/ナンシー・アレン/キース・ゴードン/デニス・フランツ/デヴィッド・ マーグリーズ/ブランドン・マガート●日本公開:1981/04●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:六本木・俳優座シネマテン(81-04-03)●2回目:テアトル吉祥寺 (86-02-15)(評価:★★★★)●併映(2回目):「デストラップ 死の罠」(シドニー・ルメット)/「日曜日が待



「ワーキング・ガール」●原題:WORKING GIRL●制作年:1988年●制作国:アメリカ●監督:マイク・ニコルズ●製作:ダグラス・ウィック●脚本:ケヴィン・ウェイド●撮影:ミハエル・バルハウス●
音楽:カーリー・サイモン●時間:115分●出演:ハリソン・フォード/シガニー・ウィーバー/メラニー・グリフィス/アレック・ボールドウィン/オリバー・プラット/ケヴィン・スペーシー/ジョーン・キューザック/フィリップ・ボスコ/ノーラ・ダン/ジェームズ・ラリー●日本公開:1989/05●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:新宿アカデミー (89-07-08)(評価:★★★☆) 



「めまい」●原題:VERTIGO●制作年:1958年●制作国:アメリカ●監督・製作:アルフレッド・ヒッチコック●脚本:アレック・コペル/サミュエル・テイラー●撮影:ロバート・バークス●音楽:バーナード・ハーマン●原作:ピエール・ボワロー/トマ・ナルスジャック「死者の中から」●時間:128分●出演:ジェイムズ・スチュアート/キム・ノヴァク(Kim Novak)/バーバラ・ベル・ゲデス/トム・ヘルモア/ヘンリー・ジョーンズ/レイモンド・ベイリー/エレン・コービイ/リー・パトリック●日本公開:1958/10●配給:パラマウント映画●最初に観た場所:歌舞伎町シネマ1(84-03-31)(評価:★★★★) 

歌舞伎町シネマ1・歌舞伎町シネマ2 1985年、コマ劇場左(グランドオヲデオンビル隣り)「新宿ジョイパックビル」(現「ヒューマックスパビリオン新宿歌舞伎町」)2Fにオープン→1995年7月~新宿ジョイシネマ3・新宿ジョイシネマ4。1997(平成9)年11月閉館。
1.『めまい』"Vertigo"(1958/米) 監督:アルフレッド・ヒッチコック 191票 



作家志望の夢を抱いてローマに出てきたマルチェロだったが、夢破れて今はしがないゴシップ記者となっている。エンマ(イヴォンヌ・フルノー)という娘と同棲しながらも、ナイト
クラブで富豪娘(アヌーク・エーメ)と出会ってホテルで一夜を明かしたり、ハリウッドのグラマー女優(アニタ・エクバーグ)を取材がてらに彼女と野外で狂騒したりし、エンマは彼の言動を嘆く―。
"マルチェロ"の仕事は、ゴシップ・カメラマン「パパラッチ」の"記者版"のようなもので(「パパラッチ」の通称はこの映画に登場するゴシ
ップ・カメラマン「パパラッツォ」の名前に由来する)、乱痴気と頽廃に支配された街ローマを象徴するような仕事であり、同時に、主人公である彼が、爛熟したローマの現況の「語り部」的役割も果たしているようです。

主人公のマルチェロは元々プレイボーイなのですが、虚しい仕事ばかりで心身は疲れきっている―。それでも、仕事絡みで深夜にアニタ・エクバーグみたいな女優とトレビの泉で戯れたりすることが出来るのであれば、結構"役得"ではないかとも、そのような僥倖に巡り合ったことの無い自分などは傍目に思ったりするのですが、マルチェロの場合はそれでもどこか満たされない思いがあるようで、実際、彼の周囲の人も幸せになる人は少なくなり、彼自身も"甘い生活"に浸れば浸るほど不幸になっていきます。
マルチェロにもメンター的存在であった友人(アラン・キュニー)がいて、マルチェロもいつかは彼らのような安寧の生活を送りたいと思っていたのですが、その友人夫婦がある日突然に自分達の子供を道連れに一家心中したという事件があり、このことが彼にとってあまりにショックであったために、自らの人生を見直させる契機にはならず、むしろ虚無感を増幅させたと言えるかと思います。
マルチェロが海辺の別荘で仲間らと遊び耽り、翌朝、享楽に疲れ果てた体のほてりを醒ますために出かけた浜辺に、醜悪な怪魚(エイ?)が打ち上げられていて悪臭を放っている。小さな浅干潟を隔てたその向こうに、顔見知りの可憐な少女がいて、マルチェロは声かけるが潮風にかき消されて彼女には届かない―。
腐りつつある「醜悪な怪魚」はマルチェロ自身の今の姿であり、少女がいる「静謐な世界」は、自分がそこに行くことを望んでももはや達し得なくなってしまった場所であるという、ラストシーンの、鮮烈なコントラストを以って示した象徴表現には充分な説得力と余韻があり、自分自身もマスコミ業界にいたことがありますが、そうした"ギョーカイ"の人がこのラストを観たら、なおのことグッと迫るものがあるのかも知れません。逆に言えば、干潟を渡って少女の所へは行かず、また仲間達の所へ戻ってしまうであろう(戻っていくしかない)マルチェロだからこそ、我々俗人の目から見て、その哀しみに共鳴できるのかもしれないとも思いました。






それを知った娘ジャクリーヌ・ササールは泣きながら去り、後半は、ムッソリーニ政権の崩壊、新政権の誕生、イタリアの降伏という動乱の戦局の下、刹那的な恋に激しく燃える高官の息子トランティニャンと未亡人ロッシ・ドラゴの愛と別離が描かれています。
2人の「出会い」は海岸で、独軍機の威嚇飛行に人々が怯え逃げる際に、転んで泣いていた幼子をトランティニャンが助けたのが、ロッシ・ドラゴの娘だったというもの、「別れ」は、トランティニャンが兵役逃れを図りロッシ・ドラゴと逃避行を図る際に、列車が米軍機の爆撃を受け大勢の死者が出て、その中にその娘の亡骸を見つけて、彼女が現実に(乃至"罪の意識"に)目覚めるという、「出会い」も「別れ」も共に「爆撃機」と「娘」が絡んだものです。双葉十三郎氏は、「後半になって愛国モラルが顔を出すと、凡庸化していしまう」とsていますが、これは兵役を嫌がっていたトランティニャンが列車の被爆事故を機に女性と別れ、戦線に加わるというストーリーがいかにもという感じがするからでしょう。
戦時下の恋の物語ですが、当時のイタリアの上流階級の一部は、そうした戦局の最中に合コンみたいなパーティーをやったり、海水浴に興じたりしていたというのは、実際の話なのだろうなあと。ある種、集団的な"刹那主義"的傾向?(その反動で、或いはバランスをとるために、トランティニャンを兵役に行かせた?)。

「男と女」(Un homme et une femme、'66年/仏)もジャン・ルイ・トランティニャンが未亡人(スタントマンの夫を目の前で失った女アヌーク・エーメ)に絡むもので、こちらはトランティニャン自身も妻に自殺された男寡のカーレーサーという設定で、2人が知り合ったのは互いの子供が通う寄宿学校の送り迎えの場という、「激しい季節」同様に子供絡みです(カンヌ国際映画祭「グランプリ」(現在の最高賞パルム・ドールに相当)及び「国際カトリック映画事務局賞」、米国「アカデミー外国映画賞」「ゴールデングローブ賞外国語映画賞」受賞作)。
一作品の中でモノクロ、カラ―、セピア調などを使い分けるといった凝った映像のつくりです。但し、ストーリーそのものは個人的には結構俗っぽく感じられ、トランティニャンが鬱々として煮えたぎらずしょぼい恋愛モノという印象しか受けないの
最初から映像美と音楽を調和させることが最大の狙いで、ストーリーの方は意図的に通俗であることを図っていたのかも。ルイ・マル監督の「


「激しい季節」●原題:ESTATE VIOLENTA●制作年:1959年●制作国:イタリア●監督:ヴァレリオ・ズルリーニ●製作:シルヴィオ・クレメンテッリ●
脚本:ヴァレリオ・ズルリーニ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ/ジョルジョ・プロスペリ●撮影:ティノ・サントーニ●音楽:マリオ・ナシンベ

「男と女」●原題:UN HOMME ET UNE FEMME(英:A MAN AND A WOMAN)●制作年:1966年●制作国:フランス●監督・製作:クロード・ルルーシュ●脚本:クロード・ルルーシュ/ピエール・ユイッテルヘーヴェン●撮影:クロード・ルルーシュ●音楽:


ロカルノ国際映画祭グランプリ受賞作(原題:Il grido=「叫び」)。内縁の妻に捨てられた男の放浪と悲劇的結末を淡々と描いた作品で、主人公の男が独白するでもなく説明的な描写があるわけでもないのに、ポー平野の荒涼たる風景と重なるかのように、男の孤独と絶望がひしひしと伝わってきました。
元々一工場労働者に過ぎない彼がそんなに金を持っているわけではなく、時には親切な他人から毛布をあてがわれて、娘のロジナ(可愛い!)と野外で添い寝するような、そんな旅を続けます。
そうしながらも、行く先で土地の女と接し、一旦は同棲のような状態にもなったりし、しかし、結局は自分を捨てたイルマのことが忘れず、心の空洞は埋まらない。娘をイルマの元に戻してからは更に孤独を募らせ、結局、満たされぬ想いを抱いたまま元の町に舞い戻ってきてしまうが、家の窓から覗き見えたのは、夫と幸せそうに暮らすイルマと、新たに生まれたらしい赤ん坊のオムツを変えるロジナの姿だった―。
工場内の高い鉄塔に登り投身自殺を図ろうとするアルドと、それに気づき下から不安げに見守るイルマ。力なくイルマに手を振る男。ふらふら揺れる男の身体はやがてスローモーションのように前傾し、叫び声を上げるイルマ―。この一場面に7分間を費やしているそうですが、時間をかけている分リアルな緊張が続き、こんなに釘付けにされた映画シーンは個人的にはそれまでもその後もほとんど無いです。
世から消滅させる手続きが残っているだけに過ぎない―、夢遊病者のようになった彼を見てそんな印象を持ち、結末自体は悲劇的ではあるものの、ある種のカタルシスさえ覚えました(元来、「悲劇」と「カタルシス」はセットのようなものとも言えるが)。


アリダ・ヴァリ(1921-2006、Alida Valli)はキャロル・リード監督の「第三の男」('49年/英)などでお馴染みですが、ドリアン・グレイ(1928-2011、Dorian Gray)など主人公が絡む妻以外の3人の女性を演じている女優ほどには美人でもセクシーでもないところに逆にリアリティを感じます。スティーヴ・コクラン(1917-1965、Steve Cochran)はアメリカの俳優でギャング映画などによく出ていた人であり、結局この作品が彼の出演作の中では最高傑作になったのでは。アントニオーニの演出力を感じる作品でもあります。
「さすらい」●原題:IL GRIDO(英:THE CRY)●制作年:1957年●制作国:イタリア●監督:ミケランジェロ・アントニオーニ●脚本:エンニオ・デ・コンチーニ/エリオ・バルトリーニ/ミケランジェロ・アントニオーニ●撮影:ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ●音楽:ジョヴァンニ・フスコ●時間:102分●出演:スティーヴ・コクラン/アリダ・ヴァリ/ドリアン・グレイ/ベッツ



原題は「ロッコとその兄弟たち」(原作はジョヴァンニ・テストーリの『ギゾルファ橋』)。近親相互間の人間臭い葛藤が凄まじく、三男のロッコ(アラン・ドロン)がボクサー志望の次男(レナート・サルヴァトーリ)の恋人ナディア(アニー・ジラルド)に横恋慕したとして、兄一味が彼女を強姦するのを目の当たりにさせられ絶叫するシーンなどは心底痛々しく感じられ、ジュゼッペ・ロトゥンノのカメラワークも含め、ヴィスコンティのリアルで気迫のこもった演出に改めて驚嘆させられます。
兄のために、自分に求婚するナディアを振り切って身を引き、家族を経済的苦境から救うために好きではないのにボクサーなるロッコは、どこまで純粋なキャラクターなのだろうか。リアリティが欠如しているとすれば、アラン・ドロンがボクサーとしてはあまりに美男過ぎる点はともかくとして、旧恋人を殺めてしまった兄さえも暖かく迎えるこのロッコの善人ぶりぐらいかなと。でも、そのロッコがいなければ全く救いの無いような映画であり、貧しいがゆえに兄は弟を妬み、同じ貧しさのゆえに弟は兄への兄弟愛に飢えるという―ということになるのでしょうか。
作中では、アニー・ジラルドは元カレのレナート・サルヴァトーリに殺されてしまうのですが(レナート・サルヴァトーリは
婚し、アニー・ジラルドはレナート・サルヴァトーリが亡くなるまで添い遂げています。
また、それほど出番は多くありませんが、長男ヴィンチェンツォの婚約者ジネッタ役でクラウディア・カルディナーレが出ていてます。このように、今思うと、アラン・ドロンを筆頭に結構豪華な役者陣だったわけですが、ヴィスコンティ作品の中では1948年に発表のネオ・レアリスモ作品「揺れる大地」の第二部のように位置づけられることが多いことからも窺えるように、それらの役者がリアルな生活感の中に自然と嵌っていて、違和感を感じさせないところがいいです(「いい」と言うより「スゴイ」と言うべきか)。一方で、ヴィスコンティ的壮麗美として、アラン・ドロンの美貌、ミラノの町並み、大聖堂のビジュアルなどもちゃんと鏤(ちりば)められているわけで、そうした意味ではしっかり"映画的"でもあるのですが。
ルキノ・ヴィスコンティ/パスクァーレ・フェスタ・カンパニーレ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ/マッシモ・フランチオーザ/エンリコ・メディーリ●撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ●音オ
楽:ニーノ・ロータ●原作:ジョヴァンニ・テストーリ「ギゾルファ橋」●時間:168分●出演:アラン・ドロン/アニー・ジラルド/レナート・サルヴァトーリ/クラウディア・カルディナーレ/カティーナ・パクシヌー/ロジェ・アンナ/パオロ・ストッパ/スピロス・フォーカス/マックス・カルティエール/ロッコ・ヴィドラッツィ/コラド・パーニ/アレッサンドラ・パナーロ/アドリアー ナ・アスティ/シュジー・ドレール/クラウディア・モーリ●日本公開:1960/12●配給:イタリフィルム●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会(81-06-20)●2回目:飯田橋佳作座(83-04-17)(評

アラン・ドロン(1935-2024)


旅芸人のザンパノ(アンソニー・クイン)は芸の手伝いをする女が死んでしまったため、その妹のジェルソミーナ(ジュリエッタ・マシーナ)を幾ばくかのお金で買い取った。粗野で暴力を振るうザンパノと、頭が弱いが心の素直なジェルソミーナは一緒に旅に出る旅に出る―。
アンソニー・クイン(1915‐2001)が亡くなった際にも、新聞ではこの作品のスチールと共に報じられていました。彼の出演作品の中でも代表作になるのでしょうが、監督の奥さんであるジェルソミーナ役のジュリエッタ・マシーナ(1921‐1994)の演技が、これまた素晴らしいと思いました。フェリーニの作品の中でも一番好きな映画で、初めて観た時は、次の日また観に行きました。
この映画には幾つかの謎があり、例えばジェルソミーナがいつも口ずさむ歌(音楽の教科書に「ジェルソミーナ」というタイトルで出ていた)は、物語の中では一体誰が作曲したことになっているのか、ザンパノと彼が殺した綱渡り芸人は以前にはどういう関係にあったのか、といったものから、ジェルソミーナが家族と別れる時、実は絶望よりも希望の方が勝っていたのか、何故ジェルソミーナは修道尼の誘いを断り修道院を後にしてザンパノについていったのか等々です。
この映画でのジェルソミーナの表情は、1つの場面においてもめまぐるしく変化し、彼女は物語の設定としては「頭が弱い」とされていますが、必ずしもそうとは言えないような気もしました。例えば、「頭が弱い」からザンパノに虐げられても彼についていってしまうのではなく、一見粗暴に見えるザンパノの弱さと優しさを見抜き、また、綱渡り芸人からも言われたように、自分しかザンパノを支える人間はいないということがわかっていたのでしょう。
ザンパノ自身の方はそのことに気づかずに、彼が綱渡り芸人を殺したことを知って泣き続け心を閉ざしたままの彼女を置いていってしまい、何年か経た後に、彼女の死を聞いて号泣する自分を通して、自分が彼女を愛していたことをやっと知り、また、その彼女を見捨てた過ちに気づく―、そして今、自分は彼女に何もしてやれなかったという思いを抱いて残りの人生を送らなければならないという、これが彼にとっての"罰"になっていて、その罰を通して、かつて自分が犯した数々の罪をも知る―という構造になっているように思いました。
綱渡り芸人が殺されてジェルソミーナが泣いたのは、優しかった彼が死んだということもありますが、むしろ、ザンパノの犯した罪に対する慄きからのものでしょう。人間の原罪を抉った作品であり、バックにキリスト教的な宗教観の影響も見てとれなくもないですが、但し、あまりそのことに引き寄せて解釈すると、ジェルソミーナが単なる"聖性"のシンボルになってしまうような気もしなくもありません。旅芸人たちの笑顔の底にある生身の人間としての悲哀-それに対する洞察と共感が込められていることは、「フェリーニの道化師」('70年)などの作品と併せて観るとよく解るかと思います。


Agatha Christie
金持ちの老婦人がある晩撲殺され、彼女と親しくし金銭的事務を任されていたことから嫌疑をかけられた青年レナードを腕利きの老弁護士ウィルフリッドロバーツ卿は弁護することになるが、金目当てだとすれば動機も充分な上に状況証拠は青年に不利なものばかり。しかも、彼を救えるはずの外国人妻ローマインが、あろうことか"検察側の証人"として出廷し、夫の犯行を裏付ける証言を―。
自分自身が接した順番は、映画→戯曲→短編という逆時系列であり、戯曲と短編ではトリックそのものは同じなのですが、戯曲の方が法廷劇としてのテンポの良さや愛憎劇としての深みに勝っていて面白く、何よりも短編の最後のドンデン返しに加えて、戯曲の方は更にもう1回どんでん返しがあります(短編を訳している茅野美ど里氏は、「クリスティ作品で原作以上に映画の方が面白いと思ったのはこれひとつ」と述べている)。
映画は戯曲にほぼ忠実に作られており、初めて観たときにはすっかりトリックに騙されましたが、短編→映画と進んだ人の中には、2回目のドンデン返しは、ストリーテラーであるビリー・ワイルダー監督の創意であると思った人もいたようです(実はクリスティ自身のアイデア)。
映画では、弁護士役の舞台出身俳優チャルールズ・ロートンの演技が高く評価されたようですが、外国人妻ローマイン役のマレーネ・デートリッヒも良かったと思います(演技もさることながら、当時56歳ですから、あの美貌と脚線美には脱帽)。
短編と戯曲と映画をそれぞれ比べると、短編では外国人妻はオーストリア人になっているのに、戯曲と映画ではドイツ人になっている(デートリッヒを想定した?)といった細かい違いもさることながら、戯曲では老弁護士はあまり事の急進展に疑問を感じておらず、裁判に勝つことしか眼中に無いのに対し、映画でのチャルールズ・ロートンは、「何だかおかしい」感を抱き続けているように見え、短編では具体的に、外国人妻の仕草の癖から老弁護士がある時出会った女性を想起するまでに至っています。
映画の圧巻の1つは、デートリッヒが老弁護士チャルールズ・ロートンに(かなり高飛車に)謎解きをする場面で、あの太っちょのチャルールズ・ロートンが冷や汗を流して縮み上がる―にも関わらず、第2のドンデン返しの後で、彼女のためにこの老弁護士はある決心をするのですが、この"決意表明"は短編にも戯曲にも無いため、ビリー・ワイルダーの創意なのではないかと思います。
マレーネ・ディートリッヒ(1901-1992)

「情婦」●原題:WITNESS FOR THE PROSECUTION●制作年:1957年●制
作国:アメリカ●監督:ビリー・ワイルダー●製作:アーサー・ホーンブロウ・ジュニア●脚本:ビリー・ワイルダー/ハリー・カーニッツ●撮影:ラッセル・ハーラン●音楽:マティ・マルネック/ラルフ・アーサー・ロバーツ●原作戯曲:アガサ・クリスティ●








スタインベックはこの作品でその名を知られるようなり、2年後に発表した、旱魃と耕作機械によって土地を奪われた農民たちのカリフォルニアへの旅を描いた『怒りの葡萄』('39年)でピューリツァー賞を受賞しますが、「二十日鼠と人間」「怒りの葡萄」の両方とも映画化されており、「二十日鼠と人間」は'39年と'92年に映画化されていますが、ゲイリー・シニーズが監督・主演した「

ジェームズ・ディーンがその演技への評価を確立したとされるエリア・カザン監督の「エデンの東」('55年)も、スタインベックの『エデンの東』('50年)がベースになっているのですが、原作が南北戦争から第1次世界大戦までの60年間の2つの家族の3代にわたる歴史を綴った4巻56章から成る膨大な物語であるのに対し、映画の中で描かれているのは最後のほんの一時期のみで1家族2世代の話に圧縮されており、実質的には、父に好かれたいがそれが叶わないケイレブ(キャル)・トラスク (ジェームズ・ディーン)の苦悩の物語となっています。「エデンの東」の原作は読んでいませんが、スタインベックは後期作品ほど大味の嫌いがあるらしく(エリア・カザンの翻案は当然の選択だったのだろう)、そうした意味では『二十日鼠と人間』は、スタインベックに「文学の神様」が宿った時期の作品であると言えるかと思います。

「怒りの葡萄」●原題:THE GRAPES OF WRATH●制作年:1940年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・フォード●製作:ダリル・F・ザナック●脚本:ナナリー・ジョンソン●撮影:グレッグ・トーランド●音楽:アルフレッド・ニューマン●原作:ジョン・スタインベック●時間:128分●出演:ヘンリー・フォンダ/ジェーン・ダーウェル/ジョン・キャラダイン/チャーリー・グレイプウィン/ドリス・ボードン/ラッセル・シンプソン/メエ・マーシュ/ウォード・ボンド●日本公開:1963/01●配給:昭映フィルム●最初に観た場所:吉祥寺ジャヴ50(84-07-14)(評価:★★★★) 

「エデンの東」●原題:EAST OF EDEN●制作年:1955年●制作国:アメリカ●監督・製作:エリア・カザン●脚本:ポール・オスボーン●撮影:テッド・マッコード●音楽:レナード・ローゼンマン●原作:ジョン・スタインベック●時間:115分●出演:ジェームズ・ディーン/ジュリー・ハリス/レイモンド・マッセイ/バール・アイヴス/リチャード・ダヴァロス/ジュー・ヴェン・フリート/
アルバート・デッカー/ロイス・スミス/バール・アイヴス●日本公開:1955/10●配給:ワーナ
ー・ブラザース●最初に観た場所:池袋文芸坐(79-02-18)●2回目:テアトル吉祥寺(82-09-23)(評価:★★★★)●併映(1回目):「理由なき反抗」(ニコラス・レイ)●併映(2回目):「ウェストサイド物語」(ロバート・ワイズ)
【1952年文庫化[三笠文庫(大門一男:訳)]/1953年文庫化[新潮文庫(大門一男:訳)]/1955年文庫化[河出文庫(石川信夫:訳)]/1960年文庫化[角川文庫(杉木喬:訳)]/1970年文庫化[旺文社文庫(繁尾久:訳)]/1994年再文庫化[新潮文庫(『ハツカネズミと人間』(大浦暁生;訳)]】


ジェームズ・ディーンが補導されて警察署いる場面のパンフレットが懐かしいこの映画は、
マーロン・ブランドが出演を断った脚本が、ジョージ・スティーブンス監督の「
この映画でのジム(ジェームズ・ディーン)とプレイトウ(サル・ミネオ)の関係はよく同性愛だと言われていますが、17歳という設定ですから思春期的なものであると思われ、それでも当初はジムがプレイトウにキスしようとするシーンもあったそうですが、米国内の検閲でカットされたとのこと。個人的には、カットされて良かったと思います。もしそのシーンがあると、BL色が濃くなって、ジュディ(ナタリー・ウッド)を含めた3人の関係のバランスが壊れていたのではないかと思われるからです。
一方で、この映画の脚本には、当時の若者の声を聞いたアンケートが反映されていて、そのため、世間の親への教唆的要素が多分に含まれているようにも思います(「理由なき反抗」というタイトルからして)。
わらず、父親は叱ることも止めることも出来ずジムをガッカリさせる場面な
どは、当時言われるようになっていた"父権の失墜"に対する警告ともとれるのではないでしょうか。


'75年にレイ・コノリー監督により「ジェームズ・ディーンのすべて-青春よ永遠に」(James Dean:The First American Teenager)という記録映画(TV用ドキュメンタリー)が作られていて、その中でナタリー・ウッドもサル・ミネオもジェームズ・ディーンの思い出を語っていますが、その翌年の'76年にサル・ミネオは強盗に刺殺され(享年38、生前はピーター・フォークと知己の関係にあり、「刑事コロンボ」の「ハッサン・サラーの反逆」('75年)に、アラブのある国の大使館員の役で出演していた。犯人役はヘクター・エリゾンド(最近では「名探偵モンク」でモンクの新しいかかりつけの精神分析医役を演じている)で、犯人に協力させられて、結局口封じのため殺されてしまう役だった)、更にその

5年後の'81年には、ナタリー・ウッドが撮影中にボートの転覆事故で亡くなっています(享年43、その死因には、事故説以外に他殺説、自殺説もある)。
この記録映画の中では、ジェームズ・ディーンがマーロン・ブランドの演技を意識していたことが窺えたのが興味深かったです(演技ばかりでなく、自分はパーティ嫌いでバーティを避けていたのに、パーティに出ていたマーロン・ブランドがどういった様子だったかを人に聞くなど、普段の立ち振る舞いにも強い関心を示していた)。もし、もっと長生きしていたら、どんな作品に出ていただろうかと、ついつい考えてしまいますが、オヤジになったジェームズ・ディーンなんて見たくないという人も結構いるだろうなあ。


「理由なき反抗」●原題:REBEL WITHOUT A COUSE●制作年:1955年●制作国:アメリカ●監督・原案:ニコラス・レイ●製作:デヴィッド・ワイスバート●脚本:スチュワート・スターン/アーヴィング・シュルマン●撮影:アーネスト・ホーラー●音楽:レーナード・ローゼンマン●時間:105分●出演:ジェームズ・ディーン/ナタリー・ウッド/サル・ミネオ/デニス・ホッパー/ジム・バッカス/ロシェル・ハドソン/コーレイ・アレン/ウィリア
ム・ホッパー/ニック・アダムス/エドワード・プラット/アン・ドーラン/フランク・マッゾラ●日本公開:1956/04●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:高田馬場・早稲田松竹(77-12-21)●
2回目:池袋文芸坐(79-02-18)(評<価★★★★)●併映(1回目):「ジャイアンツ」(ジョージ・スティーブンス)●併映(2回目):「エデンの東」(エリア・カザン」

「ジェームズ・ディーンのすべて 青春よ永遠に」●原題:JAMES DEAN:THE FIRST AMERICAN TEENAGER●制作年:1975年●制作国:アメリカ●監督:レイ・コノリー●製作:デイヴィッド・パトナム
/サンディ・リーバーマン●時間:80分●出演:ジェームズ・ディーン/ナタリー・ウッド/サル・ミネオ/デニス・ホッパー/サミー・デイビスJr./キャロル・ベイカー●日本公開:1977/09●配給:東宝東和●最初に観た場所:テアトル新宿(78-01-13)(評価★★★) ●併映:「サスペリア」(ダリオ・アルジェント)●記録映画



「刑事コロンボ(第33話)/ハッサン・サラーの反逆」●原題:A CASE OF IMMUNITY●制作年:1975年●制作国:アメリカ●監督:テッド・ポスト●製作:エドワード・K・ドッズ●脚本:ルー・ショウ●撮影:リチャード・C・グローナー●音楽:ベルナルド・セガール/ハル・ムーニー●時間:73分●出演:ピーター・フォー
ク/ヘクター・エリゾンド/サル・ミネオ/ケネス・トビー/バリー・ロビンス/ビル・ザッカート/ハンク・ロビンソン/ハーヴェイ・ゴールド/アンドレ・ローレンス/ネイト・エスフォームス/ジョージ・スカフ/ジェフ・ゴールドブラム(ノンクレジト(領事館前で抗議活動しているデモ隊の男))●日本公開:1976/12●放送:NHK:★★★☆)

「父親は強い男でなければならない」ということか。アラン・ラッドが降りて役を得たジェームズ・ディーン。
」早川書房.jpg)

「ジャイアンツ」('56年)はエドナ・ファーバー女史のベストセラー小説の映画化作品ですが、完成3日後にジェームズ・ディーンが事故死するという不幸もあって話題を呼び、当時アメリカでも日本でも大ヒットしたとのこと。
ジェームズ・ディーンの老け役の演技には批評家の間で賛否があったものの、ディーンのスタニフラフスキー流演技が、ロック・ハドソンの古典派演技と好対照を成している点でも興味深い作品です。
ある家族の前に突然現れた流れ者という設定は、同じジョージ・スティーブンス監督の前作「シェーン」('53年)と似ていますが、流れ者の"シェーン"を演じたアラン・ラッドが、実は「ジャイアンツ」の同じく"流れ者"であるジェット・リンク役に予定されていたのが、アラン・ラッドが役を降りたために、監督に直訴していたジェームズ・ディーンの願いが叶い、ジェット・リンク役が彼に回ってきたという経緯があります。
「シェーン」に出てくる家族の父親は、シェーンに一方的に助けられ何とか悪徳牧畜業者から家族を守りますが、これでは家長としての面目は丸つぶれではないでしょうか。奥さんはシェーンに惹かれ、シェーンも奥さんに惹かれている―その想いを断ち切るかのようにシェーンは去っていきますが、この後の夫婦の関係という観点から考えると、ハッピーエンドとは言い切れないモヤモヤしたものが残ります。

おいても、原作における主人公の役を演じているのに映画の中では準主役級にされてしまっていたように、大スターと言えるほどの俳優ではなかったのが、この「シェーン」1作で一気にハリウッドの大スターとなります。ところが、その後は大した作品に出ておらず、60年代を過ぎて人気にも陰りが出てからはノイローゼになり、最後は睡眠薬の多用が原因で亡くなっています(享年50)。
一方のシェーンの敵役の殺し屋のウィルソン(酒場でコーヒーしか飲まないところが却って凄味があった)を演じたジャック・パランス(1919-2006)は、その後も性格俳優として活躍し、どちらかと言うと相変わらず悪役が多かったですが、パーシー・アドロン監督の「
が「カウボーイ体験ツアー」に軽い気持ちで参加し、予期せずにもそこで自らを見つめ直し、自己を取り戻していくという話で(当時のアメリカの不況を反映している面もあったのかも)、「カウボーイ体験ツアー」なるものがあるのを初めて知りましたが、ジャック・パランスはツアーの教官役の老齢のカウボーイを演じ、当時72歳でしたが、老境に達していい味を出していました。「
映画の中でジャック・パランス演じるベテラン・カウボーイは心臓病で急死し、残された3人は、素人のまま「牛追い」の旅をすることになるわけですが(ジョン・ウェインの「赤い河」を意識したかのような牛追いシーンがあった)、実際のジャック・パランス本人は'06年に87歳で老衰のため亡くなっています。

ン・ウィザース/キャロル・ベイカー/チル・ウィリス/メーセデス・マッキャンブリッジ/サル・ミネオ/ロッド・テイラー/ナポレオン・ホワイ
ティング/ジュディス・エヴリン/ポール・フィックス/エルザ・カルデナス/フラン・ベネット/デニス・ホッパー/マーセデス・マッケンブリッジ●日本公開:1956/12●配給:ワーナー・ブラザーズ●最初に観た場所:早稲田松竹(77-12-21) (評価★★★★)●併映:「理由なき反抗」(ニコラス・レイ)
「シェーン」●原題:SHANE●制作年:1953年●制作国:アメリカ●監督:ジョージ・スティーブンス●製作:ジョージ・スティーヴンス●脚本:A・B・ガスリー・Jr●撮影:ロイヤル・グリグス●音楽:ヴィクター・ヤング●原作:ジャック・シェーファー「シェーン」●時間:118分●出演:アラン・ラッド/ヴァン・ヘフリン/ジーン・アーサー/ブランドン・デ・ワイルド/ジャック・パランス/ペン・ジョンスン/エドガー・ブキャナン/エミール・メイヤー/エリシャ・クック・Jr./ダグラス・スペンサー/ジョン・ディエルケス●日本公開:1953/10●配給:パラマウント映画●最初に観た場所:高田馬場パール座(77-12-20) (評価★★★☆)●併映:「駅馬車」(ジョン・フォード) 



・ガン
ツ/ババルー・マンデル●撮影:ディーン・セムラー●音楽:マーク・シェイマン●時間:112分●出演:ビリー・クリスタル/ダニエル・スターン/ブルーノ・カービー/ヘレン・スレイター/ジャック・パランス/パトリシア・ウェティグ/ノーブル・ウィリンガム/デヴィッド・ペイマー/フィル・ルイス/ジェフリー・タンバー/カイル・セコー/トレイシー・ウォルタ/ロバート・コスタンゾ/イヤードリー・スミス/ジェイク・ジレンホール(映画初出演)/ダニエル・ハリス/フランク・ウェルカー●日本公開:1992/03●配給:東宝東和 (評価★★★) 「


「12人の優しい日本人」は、筒井康隆の『12人の浮かれる男』を原作とする劇団東京サンシャインボーイズの舞台戯曲の映画化作品で、もしも日本に陪審員制が導入されたら...という前提でのコメディです。 ストーリーはちょうど、シドニー・ルメット監督の名作で
「十二人の怒れる男」は、ナイフで実父を殺害した容疑がかかる少年の裁判における12人の陪審員の討議において、唯一人、少年の犯行だという意見に疑問を感じた陪審員(ヘンリー・フォンダ)が、残り11人の有罪説の根拠の脆弱を順番に暴いていくものです。圧倒的に被告に不利だった数々の証拠が全て崩され、結局、全員一致で「無罪」の評決が下されるまでの展開は息をもつかせぬものですが、この作品のテーマは、「議論による民主主義の勝利」と言うよりも、その議論の中核を成す「事実に基づく強固な論理」そのものにあるとも言え、推理劇としての楽しさを満喫できるものでした(企業の社員研修などで使われることもあるようだ。ロジカル・シンキングの強化が狙い?)。
「12人の優しい日本人」は、12人の陪審員のうち11人までが被告を無罪だと考えていたところ...という「十二人の怒れる男」とは逆の状況から始まり、その後の展開も含め明らかに「十二人の怒れる男」のパロディなの
ですが、一人の若い男の陪審(相島一之)が有罪を主張して周囲を一人ずつ論理的に説得し、ほぼ有罪で固まりかけたところへ、それまで黙っていた男の陪審員(豊川悦司)が口を開
き始めて、但し、自分が主張するだけでなく、他の陪審員に自らの考えも言わせつつ、再び一人ずつ無罪支持に導いて最初の状況に戻してしまう、という―三谷幸喜の凝った脚本もいいし(東京サンシャインボーイズは'83年、三谷幸喜が大学3年の時に結成)、役者も下手な人がおらず、自然に笑えるし、テンポのいい緊張感を持って最後まで観続けることができます。
どちらかと言えば良識派だが、ちょっと偏屈なところもある歯科医(村松克己、当初「銀行員」と称していた)、「難しいことは私には分かりません」と繰り返すばかりの主婦(林美智子、NHK
の朝の連ドラ「うず潮」('64年度、原作は林芙美子)の主人公・林フミ子役だった(主人公名から分かるように、林芙美子の自伝的作品『

ネタばれになりますが、ヘンリー・フォンダに相当する役は相島一之ではなく、実は豊川悦司の役であり、一見ヘンリー・フォンダに相当する役に見えた相島一之は、実はリー・J・コッブに相当する役だったんだなあと。このあたりのネジレさせ方もパロディとして上手いと思いました。
豊川悦司はこの作品が本格的映画デビューでしたが(内容的には殆ど舞台劇だが)、元々はシェイクスピア劇で知られる演劇集団「円」出身で、演技の基礎はしっかりしているし、この作品の役はハマリ役
だったと思います(最近の舞台では、江口洋介がこの役をやっていて、江口洋介にとっての舞台デビュー作となっている)。
「十二人の怒れる男」に対しては、日本に陪審制がないのは、体制側がこういう結果を恐れているからだ、という説もあるようです(ヘンリー・フォンダに対してではなく、残り11人の陪審員について言っているのだろうが、逆説的にはヘンリー・フォンダも含めた"場"または"座"として言えるかも)。日本人は会議などで権威者や専門家の意見に靡(なび)きやすいと言われますが、そうした専門家または専門家っぽい人に対して過剰な敬意を抱いてしまいやすい傾向にあるらしいです。
「12人の優しい日本人」は「十二人の怒れる男」と同様「陪審制」における話ですが、専門家(裁判官)が討議に加わる「参審制」の裁判員制度であればなおのこと、この映画のままとは言わないまでも類似のことが(つまり裁判官の意見に市民がどんどん引っ張られるようなことが)ありうるのではと、この映画の豊川悦司の役にすっかりダマされた自分をふりかえって思うのです。
「12人の優しい日本人」●制作年:1991年●製作:ニュー・センチュリー・プロデューサーズ●監督:中原俊●脚本:三谷幸喜●原作:筒井康隆「12人の浮かれる男」●時間:116分●出演:塩見三省/相島一之/上田耕一/二瓶鮫一/中村まり子/大河内浩/梶原善/山下容莉枝/村松克己/林美智子/豊川悦司/加藤善博●劇場公開:1991/12●配給:アルゴプロジェクト (評価★★★★)


成美/渡辺文雄/紅新子/永野達雄●放映:1964/04~1965/04(全310回)●放送局:NHK
「十二人の怒れる男」●原題:12 ANGRE MEN●制作年:1957年●制作国:アメリカ●監督:シドニー・ルメット●製作:レジナルド・ローズ/ヘンリー・



テオ・アンゲロプロス監督には、「ギリシャ現代史3部作」、「国境3三部作」、「20世紀3部作」(第1作「エレニの旅」('04年)のみ公開済み)などのシリーズがあり、70年代に発表された「旅芸人の記録」は「ギリシャ現代史3部作」の1つ。カンヌ映画祭で寺山修司の「田園に死す」と競い、国際映画批評家連盟賞を受賞しました(当時の映画情報誌「シティロード」に両監督の対談が載った)。
アンゲロプロス監督の次の作品でヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞(EMERGING CINEMA)を受賞した「アレキサンダー大王」('80年)にも期待しましたが、これは実在のアレキサンダー大を扱ったものではなく、義賊の頭領となった男をギリシャ歌劇「アレキサンダー大王」に重ねて描いたものです。
この作品の"アレクサンダー大王"は癇癪持ちで、自分の育ての母と結婚するも彼女を射殺し、交渉相手の密使も殺し、仕舞には英国人の人質らも殺してしまうという―。そこに至るまでに、複雑な政治背景が重層的に描かれていますが、その描かれ方が象徴的であったりして分かりにくかったです(併せて、カットバックで彼の子ども時代が描かれていて、現在と過去が同じフレームで併行する手法などは「旅芸人の記録」にもあった)。






「アレクサンダー大王」●原題:O MEGALEXANDROS(ALEXANDER THE GREAT)●制作
年:1975年●制作国:ギリシャ/イタリア/西ドイツ●監督:テオ・アンゲロプロス●製作:ニコス・アンゲロプロス●脚本:テオ・アンゲロプロス/ペトロス・マルカリス●撮影:ジョルゴス・アルヴァニティス●音楽:クリストドゥス・ハラリス●時間:208分●出演:オメロ・アントヌッティ/エヴァ・コタマニドゥ/グリゴリス・エバンゲラトス●日本公開:1982/03●配給:フランス映画社●最初に観た場所:大井武蔵野館(83-11-13) (評価★★★)


ヘミングウェイの代表作、且つ、生前に発表された最後の作品。最初に読んだのは中学生の時で、多少気負って読み始めたら、最初の老人と少年との会話の部分でいきなり野球の話などが出てきて、文学全集に収まるような作品にプロ野球(正確にはメジャーリーグだが)の話があるのがちょっと意外な印象を受け、結局今でもそのことが一番印象に残っていたりもします(川上弘美氏だったかな?小学5年生の時に読んだという作家は)。
ヘミングウェイは1952年にこの作品を書き上げ、1954年にノーベル文学賞を受賞しており、ノーベル文学賞は個別の作品ではなく作家の功績および作品全体に与えられるものですが、一方で、この「老人と海」が受賞に寄与したとされていて、これを"受賞対象作"とすれば、書かれてから受賞まで僅か2年しかないことになります(まあ、それまでの実績が評価されたのだろうけれど)。ヘミングウェイはこの作品でピュ-リッツア-賞(文学部門)も受賞しています。
「ハードボイルド・リアリズム」と呼ぶに相応しい福田訳(経年疲労しない名訳)から、センチメンタリズムを排した男性原理、ギリシャ悲劇的なヒロイズム(或いはハリウッド映画に受け継がれるようなヒロイズム)が浮き彫りにされているように思えます(実際、このサンチャゴ老人のストイシズムはカッコいい)。ヘミングウェイは母グレイスに女の子のように育てられたとのこと、幼少の頃の女装させられた写真は有名で(後のハンティングなどに興じる数ある"逞しい"写真と対比すると興味深い)、彼のマッチョ願望をそうした幼児体験の反動であると見る心理学者もいます。
この作品については、ジョン・スタージェスが監督し(「OK牧場の決斗」('57年)と「荒野の七人」('60年)の間の作品になる)、スペンサー・トレーシーが主演した映画化作品「老人と海」('58年)が
あり、個人的にはビデオで観ました。2度アカデミー主演男優賞を受賞しているスペンサー・トレーシーは、「山」('56年)などを観ても名優だと思いますが、この映画でも十分名優ぶりを発揮していたと思います。ただ、独白とナレーション(本人)の組み合わせが多く続くため、さすがの彼も「山」よりは結構きつそうに演技している印象も受けました。この映画の当初製作費は200万ドルであったのが、「適
切な魚の映像を探す」ために500万ドルにまで上昇したそうで、そのため水中でカジキをつつくサメたちのシーンなどもあったりして緊迫感は大いにありますが、その緊迫感は動物パニック映画風のものでした。そうした状況の中で、原作の文学性はスペンサー・トレーシー一人の演技にすべて負わせているという感じで、その辺が「結構きつそうに演技している印象」に繋がるのかもしれません。でも、スペンサー・トレーシーという人はものすごい自信家だったそうで、まさに自分の力の見せ所と思って演技していたとも考えられます。.jpg)
」 by Alexandre Petrov(アレクサンドル・ペトロフ) 1999.jpg)
コンピュータ制御により動画構成されている。これは最近のアニメ芸術に共通して見られる傾向)だと、海が本当に綺麗に描かれて、実際、この人の作品は水をモチーフにしたものが多いようですが、これはまさに「動く巨大絵本」だなあと感心させられました。ただ、時間が23分と短いため(この23分に4年もかけたそうだが)、アイマックスで観た時はスゴイと思ったけれど、後で振り返ると文学的なエッセンスはかなり抜け落ちた感じも拭えませんでした(星3つ半はやや辛目の評価か)。

「老人と海」●原題:THE OLD MAN AND THE SEA●制作年:1958年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・スタージェス●製作:リーランド・ヘイワード●脚本:ピーター・ヴィアテル●撮影::ジェームズ・ウォン・ハウ/フロイド・クロスビー/トム・タットウィラー/ラマー・ボーレン(水中撮影)●音楽:ディミトリ・ティオムキン●原作:アーネスト・ヘミングウェイ●時間:86分●出演:スペンサー・トレイシー(老人&ナレーション)/フェリッペ・パゾス(少年)/ハリー・ビレーヴァー/ドン・ダイアモンド●日本公開:1958/10●配給:ワーナー・ブラザース(評価:★★★☆)
「老人と海」●原題:THE OLD MAN AND THE SEA●制作年:1999年●制作国:ロシア/カナダ/日本●監督・脚本:アレクサンドル・ペドロフ/和田敏克●製作:ベルナード・ラジョア/島村達夫●撮影:セルゲイ・レシェトニコフ●音楽:ノーマンド・ロジャー●原作:アーネスト・ヘミングウェイ●時間:23分●日本公開:1999/06●配給:IMAGICA●最初に観た場所:東京アイマックス・シアター 










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て効果を上げているかを、トリュフォーが本人から巧みに聞き出していて、例えば後者(セオリー外)で言えば、最初の被害者にジャネット・リーを起用した点などもそうです。ヒッチコック映画で女優がブラジャー姿で出てくるのはこの作品だけです(しかも3度も。白い下着姿で1度、黒い下着姿で2度出てくる。他のヒッチコック映画のヒロインでは考えられない)。因みにジャネット・リーは、ポスターでは中ほどより下にその名があり、特別出演のような扱いになっています。
自らがこの作品の監督だとして、普通は映画の半ばで殺される女性に有名女優を用いようとは思わないでしょう。物語の最後まで観客の興味を牽引していくと思われた主演クラスの女優が演じる役を途中で被害者にしてしまい、観客の感情移入に見事に肩透かしを食わせ、アンソニー・パーキンスが演じる孤独な青年に一気に感情移入の対象を移行させる―やはり、こうした計算され尽くした「映画術」から見ても、ヒッチコックの映画監督としての才能が原作の名を高めたというべきでしょう(最初の30分はジャネット・リーの独壇場で、30分してからアンソニー・パーキンスが登場し、48分頃に例のシャワーシーンがある。ジャネット・リーはすぐ殺害されてしまうイメージがあるが、108分の映画の内、前半約50分までは出ていたことになる)。
ヒッチコックがこの小説の映画化に踏み切った理由は、ただ1つ、「シャワーを浴びていた女性が突然に殺されるという悲惨さ」にショックを受けたからとのことで(匿名で、極めて安値で原作の映画化権を買い取っている)、45秒のシャワーシーンに200カット詰めみ7日間もかけて撮ったという話は有名。但し、このシーンの撮影の際にアンソニー・パーキンスは舞台出演中で撮影現場にはいなかったことを、映画公開の20年後にアンソニー・パーキンス自身が告白しています(解離性人格である殺人者は犯行時には服装も髪型も母親の姿になるという設定であり、アンソニー・パーキンスがいなくても撮影可能だったということになる。犯人の影姿から鬘を被っていることが窺える)。
その外にも、ジャネット・リーの手と肩と顔だけが本物で、あとは全てスタンドインのモデルを使っているとか、エロティックかつ残酷な場面という印象があるにも関わらず、女性の乳房さえ映っておらず、ナイフが肉に刺さるショットも無い(そうした印象は全てモンタージュ効果によるものである)とか、このシーンだけでもネタは尽きません。
ジャネット・リー(Janet Leigh、本名:Jeanette Helen Morrison、1927年7月6日 - 2004年10月3日)は、カリフォルニア州マーセド出身。アメリカの女優。15歳で駆け落ちしたが4ヶ月で破局、19歳で大学の同級生と再婚した。休暇中、写真のモデルとして写った写真を、女優ノーマ・シアラーが偶然見て、「この顔は絶対映画に出るべきよ」と映画関係者にスカウトを勧めたという。20歳で当時若く素朴な田舎の少女を捜していたメトロ・ゴールドウィン・メイヤーと契約する。彼女の最も有名な出演作は、アルフレッド・ヒッチコックの『サイコ』(1960年)である。同作での演技でアカデミー主演女優賞にノミネートされ、ゴールデングローブ賞を受賞した。また、有名なシャワーシーンの演技から、今日では「絶叫クイーン」の1人として挙げられることがある。娘のジェイミー・リー・カーティスもまた、『ハロウィン』(1978年)での演技が評価され、同様に称される。(「
「サイコ」●原題:PSYCHO●制作年:1960年●制作国:アメリカ●監督・製作:アルフレッド・ヒッチコック●音楽:バーナード・ハーマン●原作:ロバート・ブロック「気ちがい(サイコ)」●時間:108分●出演:アンソニー・パーキンス/ジャネット・リー/ベラ・マイルズ/マーチン・バルサン/ジャン・ギャヴィン●日本公開:1960/09●配給:パラマウント●最初に観た場所:六本木・俳優座シネマテン(97-09-19) (評価★★★★☆)
「ユージュアル・サスペクツ」●原題:THE USUAL SUSPECTS●制作年:1995年●制作国:アメリカ●監督:ブライアン・シンガー●製作:ハンス・ブロックマン他●脚本:クリストファー・マッカリー●撮影:ニュートン・トーマス・サイジェル●音楽:ジョン・オットマン●時間:106分●出演:ケヴィン・スペイシー/ガブリエル・バーン/スティーヴン・ボールドウィン/ベニチオ・デル・トロ/ケヴィン・ポラック/チャズ・パルミンテリ/ピート・ポスルスウェイト●日本公開:1996/04●配給:アスミック●最初に観た場所:銀座テアトル西友(96-04-29) (評価★★★☆)

アトル銀座 by PARCO」)、「銀座テアトルシネマ」(座席数150席) 。2013年5月31日共に閉館。











映画の解釈では、淀川長治のホモ・セクシュアル映画説が有名です(因みに、原作者のパトリシア・ハイスミスはレズビアンだった)。あの吉行淳之介も、淀川長治のディテールを引いての実証に驚愕した(吉行淳之介『恐怖対談』)と本書にありますが、ルネ・クレマンが来日した際に淀川長治自身が彼に確認したところ、そのような意図は無いとの答えだったとのことです(ルネ・クレマン自身がアラン・ドロンに"惚れて"いたとの説もあり、そんな簡単に本音を漏らすわけないか)。(●2016年にシネマブルースタジオで再見。トムがフィリップの服を着て彼の真似をしながら鏡に映った自分にキスするシーンは、ゲイ表現なのかナルシズム表現なのか。マルジュがフィリップに「私だけじゃ退屈?そうなら船をおりるわ」とすねるのは、フィリップの恋人である彼女が、男性であるトムをライバル視してのことか。再見していろいろ"気づき"があった。) 







「デス・トラップ 死の罠」の原作は「死の接吻」「ローズマリーの赤ちゃん」のアイラ・レビンが書いたブロードウェイの大ヒット舞台劇。落ち目の劇作家(マイケル・ケイン)の許に、かつてのシナリオライター講座の生徒クリフ(クリストファー・リーヴ)が書いた台本「デストラップ」が届けられ、作家は、金持ちの妻マイラ(ダイアン・キャノン)に「この劇は
傑作だ」と話し、盗作のアイデアと青年の殺害を仄めかし、青年が郊外の自宅を訪れる際に殺害の機会を狙う―(要するに自分の作品にしてしまおうと考えた)。ドンデン返しの連続は最後まで飽きさせないもので、「スーパーマン」のクリストファー・リーブが演じる劇作家志望のホモ青年も良かったです(この人、意外と演技派俳優だった)。
クリストファー・リーブ/マイケル・ケイン![映画「ディーバ].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E6%98%A0%E7%94%BB%E3%80%8C%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%90%5D.jpg)
「ディーバ」は、ジャン=ジャック・ベネックス監督の長編第1作で、オペラを愛する18歳の郵便配達夫が、レコードを出さないオペラ歌手のコンサートを密かに録音したことから殺人事件に巻き込まれるというもので、1981年12月にユニフランス・フィルム主催の映画祭「新しいフランス映画を見るフェスティバル」での上映5作品中の1本目として初日にThe Space (Hanae Mori ビル5F)で上映されるも、その時はすぐには日本配給には結びきませんでした。しかし、'81年シカゴ国際映画祭シルヴァー・ヒューゴー賞を受賞し、'82年セザール賞で最優秀新人監督作品賞(ジャン=ジャック・ベネックス)のほかに、撮影賞(フィリップ・ルースロ)、



「私が密かに愛した映画」で「パワー・プレイ」を推した橋本治氏が、「すっごく面白いんだけど、これを見たっていう人間に会ったことがない」とコメントしてますが、見ましたよ。
ヨーロッパのある国でテログループによる大臣の誘拐殺人事件が起き、大統領がテロの一掃するために秘密警察を使ってテロリスト殲滅を実行に移すもののそのやり方が過酷で(名脇役ドナルド・プレザンスが秘密警察の署長役で不気味な存在感を放っている)、反発した軍部の一部が戦車部隊の隊長ゼラー(ピーター・オトゥール)を引き入れクーデターを起こします。クーデターは成功しますが、宮殿の大統領室にいたのは...。「漁夫の利」っていうやつか。最後、ピーター・オトゥールがこちらに向かってにやりと笑うのが印象的でした。
「第三の男」●原題:THE THIRD MAN●制作年:194





「恐怖の報酬」●原題:LE SALAIRE DELA PEUR●制作年:1953年●制作国:フランス●監督・脚本:アンリ・ジョルジュ・クルーゾー●撮影:アルマン・ティラール●音楽:ジョルジュ・オーリック●原作:ジョルジュ・アルノー●時間:131分●出演:イヴ・モンタン/シャルル・ヴァネル/ヴェラ・クルーゾー/フォルコ・ルリ/ウィリアム・タッブス/ダリオ・モレノ/ジョー・デスト●日本公開:1954/07●配給:東和●最初に観た場所:新宿アートビレッジ (79-02-10) (評価:★★★★)●併映:「死刑台のエレベーター」(ルイ・マル)
「ポスター[左](

「太陽がいっぱい」●原題:PLEIN SOLEIL●制作年:1960年●制作国:フランス●監督:ルネ・クレマン●製作:ロベール・アキム/レイモン・アキム●脚本:ポール・ジェゴフ/ルネ・クレマン●撮影:アンリ・ドカエ●音楽:ニーノ・ロータ●原作:パトリシア・ハイスミス 「才能あ
「白いドレスの女」●原題:BODY HEAT●制
作年:1981年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ローレンス・カスダン●製作:フレッド・T・ガロ●撮影:リチャード・H・クライン●音楽:ジョン・バリー●原作:ジェイムズ・M・ケイン 「殺人保険」●時間:113分●出演:ウィリアム・ハート/
キャスリーン・ターナー/リチャード・クレンナ/テッド・ダンソン/ミッキー・ローク/J・A・プレストン/ラナ・サウンダース/キム・ジマー●日本公開:1982/02●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:三鷹オスカー (82-08-07) ●2回目:飯田橋ギンレイホール(86-12-13)(評価:★★★★☆)●併映(1回目):「郵便配達は二度ベルを鳴らす」(ボブ・ラフェルソン)



「パルプ・フィクション」●原題:PULP FICTION●制作年:1994年●制作国:アメリカ●監督・脚本:クエンティン・タランティーノ●製作:ローレンス・ベンダー
マン●時間:155分●出演:ジョン・トラヴォルタ/サミュエル・L・ジャクソン/ユマ・サーマン/ハーヴェイ・カイテル/アマンダ・プラマー/ティム・ロス/クリストファー・ウォーケン/ビング・ライムス/ブルース・ウィリス/エリック・ストルツ/ロザンナ・アークエット/マリア・デ・メディロス/ビング・ライムス●日本公開:1994/09●配給:松竹富士 (評価:★★★★)
ハーヴェイ・カイテル(掃除屋"ザ・ウルフ")
「デス・トラップ 死の罠」●原題:DEATHTRAP●制作年:1982年●制作国:アメリカ●監督:シドニー・ルメット●製作:バート・ハリス●脚本:ジェイ・プレッソン・アレン●撮影:アンジェイ・バートコウィアク●音楽:ジョニー・マンデル●原作:アイラ・レヴィン●時間:117分●出演
:マイケル・ケイン/クリストファー・リーヴ/ダイアン・キャノン/アイリーン・ワース/ヘンリー・ジョーンズ/ジョー・シルヴァー●日本公開:1983/09●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:テアトル吉祥寺 (86-02-15) (評価:★★★☆)●併映「殺しのドレス」(ブライアン・デ・パルマ)
「ディーバ」●原題:DIVA●制作年:1981年●制作国:フランス●監督:ジャン=

「パワー・プレイ 参謀たちの夜」●原題:POWER PLAY OPERATION OVERTHROW●制作年:1978年●制作国:イギリス/カナダ●監督:マーティン・バーク●製作:クリストファー・ダルトン●撮影:オウサマ・ラーウィ●音楽:ケン・ソーン●時間:110分●出演:ピーター・オトゥール/デヴィッド・ヘミングス/バリー・モース/ドナルド・プレザンス/ジョン・グラニック/チャック・シャマタ/アルバータ・ワトソン、/マーセラ・セイント・アマント/オーガスト・シェレンバーグ●日本公開:1979/11●配給:ワールド映画●最初に観




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ケチな男が拾ったサクランボを種ごと食べてしまったため、種が男の頭から芽を出して大きな桜の木になる。近所の人たちは大喜びで男の頭に上って、その頭を「頭山」と名づけて花見で大騒ぎ、男は頭の上がうるさくて苛立ちのあまり桜の木を引き抜き、頭に大穴が開く。この穴に雨水がたまって大きな池になり、近所の人たちが船で魚釣りを始め出し、釣り針をまぶたや鼻の穴に引っ掛けられた男は怒り心頭に発し、自分で自分の頭の穴に身を投げて死んでしまう―。
江戸落語「頭山」(上方落語では「さくらんぼ」)を基にした短編アニメ「頭山」('02年)、シュールな展開が面白かったです。このタイプのナンセンスは個人的好みでもありました。徒然草の「堀池の僧正」が元ネタであるという説があるそうですが、西洋でも、ビュルガー原作の小説「ほら吹き男爵の冒険」の中に、男爵が大鹿めがけて撃ったサクランボの種が鹿の額に命中し、後日、男爵は
頭からサクランボの木を生やしたその鹿と遭遇してこれを射止め、シカ肉とサクランボソースの両方を堪能する―という話があり、サクランボという点で符合しているのが興味深いです。ユーリー・ノルシュテインなどの影響も感じられ、一方で語りは浪曲師の国本武春が弁士を務めているジャパネスク風というこのアニメ作品、世界4大アニメーション映画祭(アヌシー・ザグレブ・オタワ・広島)のうちアヌシー、ザグレブ、広島でグランプリを獲得し、第75回アカデミー賞短編アニメーション部門にもノミネートされ、内外23の映画祭で受賞・入賞を果たしたそうです。
アニメーションの誕生から現代に至るまでの歴史を辿り、「頭山」のメーキングから、アニメーションの作り方までを、編集・録音、発表・公開まで含めて(この辺りは職業ガイド的)紹介しています。
本書はカラー版なので写真が美しく、カレル・ゼマン(或いはカレル・ゼーマン)(KAREL ZEMAN 1910-1989/チェコ)の「水玉の幻想」(Inspiration 1948年)などは、動いているところをまた見たくなります(これも手づくり作品の極致)。物語は、ガラス細工職人が、創作にちょっと行き詰ったある日、窓の外の雨の中に見た幻想という形をとっており、木の葉を伝う雨の一雫の中に幻想の世界が広がり、踊り子とピエロの儚い愛の物語が展開するガラス人形アニメーションで、人や動物、草や木、湖や海まで全てガラスで作られており、それらをコマ撮りしてここまでの高度な芸術世界を創り上げているのは、ボヘミアンガラスのお膝元とは言え、驚嘆させられるものがあります。長さ10分強の短編ですが、ゼマンにはこの他に、ジュール・ヴェルヌの小説などを映像化した長編作品もあります(代表作は「盗まれた飛行船(Ukradená vzducholoď)」(原作『十五少年漂流記』 88分、1966年))。
「頭山」●英題:MT. HEAD●制作年:2002年●監督・演出・アニメーション・編集・製作:山村浩二●脚本:米村正二 ●原作:落語「頭山」●時間:10分●声の出演:国本武春/ブルーノ・メッカー●公開:2003/04●配給:スローラーナー=ヤマムラアニメーション(評価:★★★★)
「雪の女王」●原題:Снежная королев(スニェージナヤ・カラリェバ)●制作年:1957年●制作国:ソ連●監督:レフ・アタマノフ●脚本:レフ・アタマノフ/G・グレブネル/N・エルドマン●音楽:A.アイヴァジャン●原作:ハンス・クリスチャン・アンデルセン●時間:63分●声の出演:Y.ジェイモー/A.カマローワ/M.ババノーワ/G.コナーヒナ/V.グリプコーフ●公開:1960/01/1993/08 ●配給:NHK/日本海映画●最初に観た場所:高田馬場ACTミニシアター(84-01-14)(評価:★★★★)●併映:「せむしの仔馬」(イワノフ・ワーノ)

「水玉の幻想」●原題:INSPIRACE●制作年:1948年●制作国:チェコスロバキア●監督:カレル・ゼマン(ゼーマン)●時間:12分●公開:1955/06●配給:独立映画(評価:★★★★)





原作もいいけれど、「冒険者たち」の監督ロベール・アンリコによる本作の映画化作品「ふくろうの河」(La Rivière du Hibou/'61年/仏)も良くて、逃走する主人公の息づかいが聞こえる緊張感に、モノクロならではの瑞々しさが加わった傑作短篇映画となっています。
セリフも音楽もほとんど無く、アテネフランセで英字幕版でも観ましたが、充分堪能することができました(1962年カンヌ国際映画祭パルム・ドール賞(短編部門)、1963年アカデミー賞短編実写賞受賞作。あの

また、この原作は、ロベール・アンリコの短篇映画に先行し
ビアスを日本に紹介したのは、彼を短篇小説の名手と絶賛していた芥川龍之介だったそうですが、『侏儒の言葉』などには『悪魔の辞典』のア



「ふくろうの河」●原題:LA RIVIERE DU HIBOU/AN OCCURRENCE AT OWL CREEK BRIDGE●制作年:1961年●制作国:フランス●監督・脚本:ロベール
・アンリコ●撮影:ジャン・ボフェティ●音楽:アンリ・ラノエ●原作:アンブローズ・ビアス「アウル・クリーク橋の一事件」●時間:95分(第3部「ふくろうの河」23分)●出演:ロジェ・ジャッケ
/アン・コネリー/サミー・フレイ●日本公開:1963/09●配給:東和●最初に観た場所:ACTミニシアター (84-02-05)●併映:「カビリアの夜」(フェデリコ・フェリーニ)/「フェリーニの監督ノート」(フェデリコ・フェリーニ)/「(チャップリンの)ノックアウト」(チャールズ・アヴェリー)/「聖メリーの鐘」(レオ・マッケリー)/「お熱いのがお好き」(ビリー・ワイルダー)《「トワイライト・ゾーン/ふくろう河(S 5 E 22 #142)」)●放映国:アメリカ●米国放映:1964/2/28)》(評価:★★★★)

年:1959年●制作国:アメリカ●本国放映:1959/12/20●監督:ロバート・スティーブンソン(Robert Stevenson)●脚本:ハロルド・スワントン(Harold Swanton)●原作:アンブローズ・ビアス「アウル・クリーク橋の一事件」●時間:30分●出演:ロナルド・ハワード(Ronald Howard)/ケネス・トビー(Kenneth Tobey)/ジェームス・コバーン(James Coburn)/ファノ・フェルナンデス (Juano Hernández)/ダグラス・ケネディ(Douglas Kennedy)/アルフレッド・ヒッチコック(ストーリーテラー)●日本放映:「ヒチコック劇場」(1957-1963)●放映局:日本テレビ(評価★★★☆)











1885年の原著発表のフランスの作家エミール・ゾラ(Emile Zola、1840‐1902)による作品で、彼の膨大な小説群「ルーゴン・マッカール双書」の中では『居酒屋』(1877年発表)、『ナナ』(1879年発表)と並ぶ代表作。

「居酒屋」でマリア・シェルが演じた洗濯女ジェルヴェーズは、一度は夫に逃げられた女性ですが、今度は真面目な屋根職人と結婚します。しかし、その亭主である男はある日屋根から落ちて大ケガをし、彼はやがて酒びたりになる―、それでも彼女はダメ亭主にもめげず懸命に働き、なんとか自分の店を持つものの、更に重なる不運があって、やがて自身が酒に溺れ破滅するという、きつい話(マリア・シェルはこの作品の演技により1956年・第17回「
(●2025年にゾラの原作『居酒屋』を読んだ。傑作である。ここまで主人公をイジメるかというぐらいで、映画以上に凄かった。映画はまだ温(ぬる)い。20巻シリーズの「ルーゴン・マッカール双書」の第7巻で、1877年2月単行本刊行(1876年に新聞に連載が開始)、1885年発表の「ルーゴン・マッカール双書」の第13巻に当たる『ジェルミナール』よりさらに暗い(笑)。連載が始まるや非難囂囂(ごうごう)で連載が中断されることもあったが、本が出ると大ベストセラーになったそうだ。ゾラの作品でこれしか読まないと、ゾラが自然主義の作家であることは認識させられるが、あまりペシミスティックであるため、後に彼が空想的社会主義に向かっていくことを予測するのは不可能だと思った。)


1941年にアカデミー作品賞を受賞した作品がありましたが、そこには影の部分もあれば(悲惨な炭鉱事故の場面)、また光の部分もあり(家族愛がテーマだとも言える)、ノスタルジーにより美化された部分もありました(全体が当時少年だった語り手の想い出として設定されている。モーリーン・オハラって、昔のアメリカ映画にみる典型的な美人だなあ)。


「居酒屋」●原題:GERVAISE●制作年:1956年●制作国:フランス●監督・:ルネ・クレマン●製作:アニー・ドルフマン●脚本:ジャン・オーランシュ/ピエール・ポスト●撮影:ロベール・ジュイヤール●音楽:ジョルジュ・オーリック
「わが谷は緑なりき」●原題:HOW GREEN WAS MY VALLEY●制作年:1941年●制作国:アメリカ●監督:ジ
ョン・フォード●製作:ダリル・F・ザナック●脚本:フィリップ・ダン●撮影:アーサー・ミラー●音楽:アルフレッド・ニューマン●原作:リチャード・レウェリン(How Green Was My Valley)●時間:118分●出演:ウォルター・ピジョン/モーリーン・オハラ/ドナルド・クリスプ/アンナ・リー/ロディ・マクドウォール●日本公開:1950/12●配給:セントラル●最初に観た場所:吉祥寺ジャヴ50 (84-06-30)●2回目:自由が丘劇場 (85-02-17) (評価:★★★★)●併映(2回目)「いとしのクレメンタイン 荒野の決闘」(ジョン・フォード)



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/エミール・カレヴィッチ/ヴラデク・シェイバル/ヤン・エングレルト●日本公開:1958/01(1979/12(リバイバル))●配給:東映洋画●最初に観た場所:新宿アートビレッジ (79-04-10) (評価:★★★★☆) ●併映:「灰とダイヤモンド」(アンジェイ・ワイダ)「地下水道」の一場面/「
「灰とダイヤモンド」(1958)
【1954年文庫化・1994年改版[岩波文庫(上・中・下)]/1994年再文庫化[中公文庫(上・下)]】
![白夜 [DVD]PL.jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E7%99%BD%E5%A4%9C%20%5BDVD%5DPL.jpg)

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ルキノ・ヴィスコンティ版「白夜」は、ペテルブルクからイタリアの港町に話の舞台を移し、但し、オールセットでこの作品を撮っていて(モノクロ)、主人公の孤独な青年にマルチェロ・マストロヤンニ、恋人に去られた女性に「居酒屋」のマリア・シェル、その恋人にジャン・マレーという錚々たる役者布陣であり、キャスト、スタッフ共に国際的です。
「ヴェネツィア高裁映画祭・銀獅子賞」を受賞するなど、国際的にも高い評価を得た作品で、タイトルに象徴される幻想的な雰囲気を伝えてはいるものの、細部において小説から抱いたイメージと食い違い、個人的にはやや入り込めなかったという感じです。

神経質そうでややストーカーっぽいとも思える青年(ギョーム・デ・フォレ)の、それでいて少
し滑稽で哀しい感じが原作を身近なものにしていて、恋人の名前をテープに吹き込んだりしている点などはオタク的であり、こんな青年は実際いるかもしれないなあと
―。そうしたギョーム・デ・フォレの鬱屈した中にも飄々としたユーモアを漂わせた青年に加えて、イザベル・ヴェンガルテンの内に秘めた翳のある女性も良かったように思います(ギヨーム・デ・フォレ、イザベル・ヴェンガルテン共にこの作品に出演するまで演技経験が無かったというから、ブレッソンの演出力には舌を巻く)。
夜のセーヌ河をイルミネーションに飾られた水上観光バス(バトー・ムーシュ)がボサノヴァ調の曲を奏でながらクルージングする様を、橋上から情感たっぷりに撮った映像はため息がでるほど美しく、原作のロマンチシズムを極致の映像美にしたものでした。
「白夜」(ヴィスコンティ版)●原題:QUATER NUITS D'UN REVEUR●制作年:1957年●制作国:イタリア・フランス●監督・脚本:ルキノ・ヴィスコンティ●撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ●音楽:ニーノ・ロータ●原作:ドストエフスキー●時間:107分●出演:マルチェロ・マストロヤンニ/マリア・シェル/ジャン・マレー/クララ・カラマイ/マリア・ザノーリ/エレナ・ファンチェーラ●日本公開:1958/04●配給:イタリフィルム●最初に観た場所:高田馬場東映パラス(86-11-30)(評価★★★)●併映:「世にも怪奇な物語」(ロジェ・バディム/ルイ・マル/フェデリコ・フェリーニ)
「白夜」(ブレッソン版)●原題:QUATRE NUITS D'UN REVEUR(英:FOUR NIGHTS OF A DREAMER)●制作年:1971年●制作国:フランス●監督・脚本:ロベール・ブレッソン●撮影:ピエール・ロム●音楽:ミシェル・マーニュ●原作:ドストエフスキー●時間:83分●出演:イザベル・ヴェンガルテン/ギョーム・デ・フォレ●日
本公開:1978/02●配給:フランス映画社●最初に観た場所:池袋文芸坐(78-06-22)●2回目:池袋文芸坐(78-06-23)●3回目:有楽シネマ(80-05-25) (評価★★★★★)●併映(1回目・2回目):「少女ムシェット」(ロベール・ブレッソン)●併映(3回目):「鬼火」(ルイ・マル)

総合ベスト10も、「天井桟敷の人々」「第三の男」「市民ケーン」「風と共に去りぬ」「大いなる幻影」「ウェストサイド物語」「2001年宇宙の旅」「カサブランカ」「駅馬車」「戦艦ポチョムキン」と"一昔前のオーソドックス"といった感じでしょうか(今でも名画であることには違いありませんが)。
「禁じられた遊び」


「小さな悪の華」チラシ

一方、ジョエル・セリア監督の「小さな悪の華」('70年/仏)という作品は、早熟で魔性を持つ2人の15歳の少女が、ボードレールの「悪の華」を耽読し、農夫に裸を見せつけ、行きずりの男を誘拐して殺し、最後に焼身自殺するという衝撃的なものでしたが、祭壇作りにハマる少女たちには、「禁じられた遊び」の"十字架マニア"の少女ポーレットの"裏ヴァージョン"的なものを感じました。この作品は、"少女ポルノ"的描写であるともとれる場面があるため、製作当時、フランス本国では上映禁止となったとのことです。

「大地のうた」('55年/インド)はサタジット・レイ監督の「オプー3部作」の第1作で、ベンガル地方の貧しい家庭の少年オプーの幼少期が描かれ、何と言っても、貧困のため雨中に肺炎で斃れたオプーの姉の挿話が哀しかったです。
しかし、「大河のうた」は世界的には前作を上回る評価を得、1957年・第18回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞、サタジット・レイは黒澤明を尊敬していましたが、同年にコンペティション部門に出品されていた黒澤明の「蜘蛛巣城」('57年/東宝)をコンペで破ったことになります。その黒澤明は、「サタジット・レイに会ったらあの人の作品が判ったね。眼光炯炯としていて、本当に立派な人なんだ。『蜘蛛巣城』がヴェネチア国際映画祭で『大河のうた』に負けた時、これはあたりまえだと思ったよ」と語っています。世界から喝采を浴びたサタジット・レイは、この作品を3部作とすることを決意、第3作「大樹のうた」('58年)は、青年となったオプーと、亡き妻の間に生まれ郷里に置いてきた息子との再会の物語になっています。.jpg)
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3作を通じて音楽にラヴィ・シャンカールのシタールが使われていることが、3部作に統一性を持たせることに繋がっていてるように思います。因みに、ラヴィ・シャンカールの2人の娘は、姉がジャズ歌手のノラ・ジョーンズ、妹がシタール奏者のアヌーシュカ・シャンカールで、この2人は異母姉妹です。なお、ラヴィ・シャンカールの演奏は、ジョージ・ハリスンの呼びかけで行われた飢饉救済コンサートのドキュメンタリー映画「
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「禁じられた遊び」●原題:JEUX INTERDITS●制作年:1952年●制作国:フランス●監督:ルネ・クレマン●脚本:ジャン・オーランシュ/ピエール・ポスト●撮影:ロバート・ジュリアート●音楽:ナルシソ・イエペス●原作:フランソワ・ボワイエ●時間:86分●出演:ブリジッド・フォッセー/ジョルジュ・プージュリー/スザンヌ・クールタル/リュシアン・ユベール/ロランヌ・バディー/ジャック・マラン●日本公開:1953/09●配給:東和●最初に観た場所:早稲田松竹 (79-03-06)●2回目:高田馬場・ACTミニシアター (83-09-15)(評価:★★★★☆)●併映(1回目):「鉄道員」(ピエトロ・ジェルミ)●併映(2回目):「居酒屋」(ルネ・クレマン)
「フランスの思い出」●原題:LE GRAND CHEMIN●制作年:1987年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン=ルー・ユベール●製作:パスカル・オメ/ジャン・フランソワ・ルプティ ●撮影:クロード・ルコント●音楽:ジョルジュ・グラニエ●時間:91分●出演:アネモーネ/リシャール・ボーランジェ/アントワーヌ・ユベール/ヴァネッサ・グジ/クリスチーヌ・パスカル/ラウール・ビイレー●日本公開:1988/08●配給:巴里映画●最初に観た場所:五反田TOEIシネマ (89-08-26)(評価:★★★★)●併映:「人生は長く静かな河」(エティエンヌ・シャティリエ)





「小さな悪の華」●原題:MAIS NE NOUS DELIVREZ PAS DU MAL●制作年:1970年●制作国:フランス●監督・脚本:ジョエル・セリア●撮影:マルセル・コンブ●音楽:ドミニク・ネイ●時間:103分●出演:ジャンヌ・グーピル/カトリーヌ・ワグナー/ベルナール・デラン/ミシェル・ロバン●日本公開:1972/03●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:中野武蔵野館 (77-12-12)(評価:★★★☆)●併映:「


「大地のうた」●原題:PATHER PANCHALI●制
作年:1955年●制作国:インド●監督・脚本:サタジット・レイ●撮影:スブラタ・ミットラ●音楽:ラヴィ・シャンカール●原作:ビブーティ・ブーション・バナージ●時間:125分●出演:カヌ・バナールジ/コルナ・バナールジ/スピール・バナールジ●日本公開:1966/10●配給ATG●最初に観た場



「大河のうた」●原題:APARAJITO●制作年:1956年●制作国:インド●監督・脚本:サタジット・レイ●撮影:スブラタ・ミットラ●音楽:ラヴィ・シャンカール●原作:ビブーティ・ブーション・バナージ●時間:110分●出演:ピナキ・セン・グプタ/スマラン・ゴシャール/カヌ・バナールジ/コルナ・バナールジ ●日本公開:1970/11●配給:ATG●最初に観た場所:池袋テア
トルダイヤ (85-11-30)(評価:★★★★☆)●併映「大地のうた」「大樹のうた」(サタジット・レイ)
「大樹のうた」●原題:APUR SANSAR●制作年:1958年●制作国:インド●監督・脚本:サタジット・レイ●撮影:スブラタ・ミットラ●音楽:ラヴィ・シャンカール●原作:ビブーティ・ブーション・バナージ●時間:105分●出演::ショウミットロ・チャテルジー /シャルミラ・タゴール/スワパン・ムカージ/アロク・チャクラバルティ●日本公開:1974/02●配給:ATG●最初に観た場所:池袋テアトルダイヤ (85-11-30)(評価:★★★★☆)●併映「大地のうた」「大河のうた」(サタジット・レイ)



面白いものが多く、またヴィヴィッドな印象を受けるのが意外かも知れません。よく知られているところでは、ジーン・セバーグ、ジャン=ポール・ベルモンド主演の「勝手にしやがれ」('59年)、アンナ・カリーナ、ベルモント主演の「気狂いピエロ」('65年)などの初期作品でしょうか。スチール写真が適度に配置され、読むと再度見たくなり、未見作品にも見てみたくなるものがありました。


パトリシアはミシェルとの愛を確認するため、ミシェルの居所をわざと警察に密告する―というもので、この不条理に満ちた話のオリジナル作者はフランソワ・トリュフォーですが、最終シナリオはゴーダルの頭の中にあったまま脚本化されずに撮影を開始したとのこと。台本無しの撮影にジャン=ポール・ベルモントは驚き、「どうせこの映画は公開されないだろうから、だったら好きなことを思い切りやってやろう」と思ったという逸話があります(1960年・第10回ベルリン国際映画祭「銀熊賞(監督賞)」受賞作)。.jpg)
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「気狂いピエロ」は―、フェルディナン(ジャン=ポール・ベルモント)という男が、イタリア人の妻とパーティに行くが、パーティに退屈し戻ってきた家で、昔の恋人マリアンヌ(アンナ・カリーナ)と再会し、成り行きで彼女のアパートに泊まった翌朝、殺人事件に巻き込まれて、2人は逃避行を繰り返す羽目に。フェルディナンは孤島での生活を夢見るが、お互いにズレを感じたマリアンヌが彼を裏切って情夫の元へ行ったため、フェルディナンは彼女と情夫を射殺し、彼も自殺するというもの(1965年・第26回ヴェネチア国際映画祭「新鋭評論家賞」受賞作)。 


「勝手にしやがれ」●原題:A BOUT DE SOUFFLE(英:BREATHLESS)●制作年:1959年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン=リュック・ゴダール●製作:ジョルジュ・ド・ボールガール●原作・原案・脚本:フランソワ・トリュフォー●撮

「気狂いピエロ」のポスター。『キネマ旬報』1967年2月下旬号に掲載された広告。
●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン=リュック・ゴダール●製作:ジョル
作国:フランス・イタリア●監督・脚本:ジャン=リュック・ゴダール●撮影:ラウール・クタール●音楽:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン●原案:カトリーヌ・ヴィムネ●時間:90分●出演:ジョゼフ・ジェラール/マリナ・ヴラディ/アニー・デュプレー/ロジェ・モンソレ/ラウール・レヴィ/
ジャン・ナルボニ/イヴ・ブネトン/エレナ・ビエリシック/クリストフ・ブルセイエ/マリー・ブルセイエ/マリー・カルディナル/ロベール・シュヴァシュー/ジャン=リュック・ゴダール(ナレーション)●日本公開:1970/10●配給:フランス映画社●最初に観た場所:有楽シネマ (83-05-28) (評価★★★)●併映:「気狂いピエロ 」(ジャン=リュック・ゴダール)



有楽シネマ (1955年11月14日オープン、1994年12月休館、1995年6月16日~シネマ有楽町(成人映画上映館)、1996年~銀座シネ・ラ・セット、159席) 2004(平成16)年1月31日閉館 跡地に建設のイトシアプラザ内に2007年10月シネカノン有楽町2丁目オープン、2009年12月4日ヒューマントラストシネマ有楽町に改称





冒頭に挙げた映画「十戒」('57年/米)は、セシル・B・デミル監督が自らが手がけたサイレント大作「十誡」('23年/米)を、10年の製作期間と1350万ドル(当時)を投じて自らリメイクしたもので、製作費の10倍もの興行収入を上げ、パラマウント映画としてのそれまでの最高記録を更新しました(2020年現在、
紅海が真っ二つに割れるシーンなどのスペクタルもさることながら(滝の落下を逆さまに映している?)、モーセが杖を蛇に変えるシーンなどの細かい特殊撮影も当時にしてはなかなかのもの(CGの無い時代に頑張っている)。
モーセを演じたチャールトン・ヘストン(1924-2008/享年84)の演技は大味ですが、それがスペクタクル映画にはむしろ合っている感じで、一方、もう1人の主役ラメセスを演じたユル・ブリンナー(1920-1985/享年65)は、父親がスイス系モンゴル人で母親はルーマニア系ジプシーであるという、ファラオ(エジプト王)を演じるに相応しい(?)ユニヴァーサルな血統(「王様と私」('56年/米)ではシャム王を演じている)。更に、癖のあるキャラクターを演じるのが巧みなエドワード・G・ロビンソン(1893-1973/享年79)、「イヴの総て」('50年)のアン・バクスター(1923-1985/享年62)などの名優が脇を固めていました。何れにせよ、もう1度観るにしても、劇場などの大スクリーンで観たい作品です。



ミル●脚本:イーニアス・マッケンジー/ジェシー・L・ラスキー・Jr/ジャック・ガリス/フレドリック・M・フランク●撮影:ロイヤル・グリッグス●音楽:エルマー・バーンスタイン●時間:222分●出演:チャールトン・ヘストン/ユル・ブリンナー/アン・バクスター/エドワード・G・ロビンソン/ジョ
