「●まんが・アニメ」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1253】 鳴海 丈 『「萌え」の起源』
「●コミック」の インデックッスへ 「○コミック 【発表・刊行順】」の インデックッスへ
「スポーツマン金太郎」の始まり部分を知った。寺田は面倒見の良さと人間嫌いの両面の人か。


『少年のころの思い出漫画劇場 寺田ヒロオの世界』['09年]
寺田ヒロオのスポーツマンガがよみがえる。スポーツマン金太郎、背番号0、暗闇五段などをエッセンスで掲載。「トキワ荘」のリーダー格で、通称「テラさん」の知られざる素顔を多数の資料から探究する―(版元口上)。第1章から第3章で、寺田ヒロオのスポーツ漫画の代表作「背番号0」「スポーツマン金太郎」「暗闇五段」を抜粋掲載。第4章でその他主要作品を紹介し、第5章は「寺田ヒロオの世界」として、梶井純、寺田ヒロオ自身、手塚治虫、藤子不二雄Ⓐ、鈴木伸一らの文章で寺田の素顔に迫る内容となっています。
読む人の年齢によっても思い入れのある作品は異なってくるかもしれませんが、個人的にはやはり「スポーツマン金太郎」でしょうか。'59(昭和34)年3月17日、「週刊少年サンデー」創刊号(4月5日号)から連載を開始し、'63(昭和38)年まで239回続いた、寺田ヒロオ作品の代表作中の代表作です('09年にマンガショップより「少年サンデー」に連載された全239話と別冊に掲載された読み切り全12話を収録した初の完全版(全9巻)が復刊された)。
個人的にも「懐かしい」と言いたいところですが、自分がリアルタイムで読んだのは、学年誌「小学四・五・六年生」に'65(昭和40)年4月号から'68(昭和43)年3月号まで36回にわたって連載された、「少年サンデー」掲載作のダイジェスト作品でした。さらにその後、「小学二年生・三年生」に '69(昭和44)年から'70(昭和45)年まで13回連載された児童向けに改変された作品(球団名が「東京ゴールド」といった架空のものとなっている)があり、こちららは'12年にマンガショップより学
年誌版(「寺田ヒロオ全集10」)として復刊されています。
『スポーツマン金太郎〔完全版〕 第一章【上】 (マンガショップシリーズ 294)』『スポーツマン金太郎〔完全版〕 第一章【中】 (マンガショップシリーズ 295) 』『スポーツマン金太郎〔完全版〕 第一章【下】 (マンガショップシリーズ 296) 』['09年]『スポーツマン金太郎 学年誌版―寺田ヒロオ全集10 (マンガショップシリーズ 454) 』['12年]
本書にエッセンスが掲載されている「週刊少年サンデー」版は、地元(おとぎの国?)で桃太郎のチームを相手に草野球をしていた金太郎が、プロ野球選手になるために上京するところが描かれていて興味深かったです。この後、後楽園球場で川上コーチに出合って入団テストをしてもらい、巨人の選手になったということのようです(巨人軍入団の経緯は学年誌版にもあったかもしれないが、記憶に無い)。
一方、桃太郎はグランド・ボーイとして西鉄に入り、三原監督の入団テストを受けて西鉄ライオンズの登録選手となり、初試合でリリーフ登板し、相手を三者凡退に打ち取って投手デビューを果たします。同じ日、金太郎は、阪神の新人投手・村山からフェンス直撃のランニングホームランを打つといった具合に、この漫画は長嶋・王を含め実名選手が出てくるのが特徴です。

寺田ヒロオが最も活躍したのは30年代からこの頃ぐらいまででしょうか。ただし、「トキワ荘」のリーダー格として、後に大家となる漫画家たちの無名時代を支えたという功績も大きいと思います。この点は、石ノ森章太郎の『章説 トキワ荘の青春』や、市川準監督(原案:梶井純)の映画「トキワ荘の青春」('96年)でも知ることができます(寺田ヒロオは本木雅弘が演じた)。
しかし、寺田ヒロオ自身は作品面で、正統派児童漫画だけ書き続ける作風が、時流から取り残される形になり(映画「トキワ荘の青春」でも、本木雅弘演じる寺田が、藤子や石ノ森、赤塚らの後輩を年長者としてサポートしていく中、徐々に時流から取り残されていく姿が描写されている)、どんどん寡作となっていき、1973年には漫画業そのものから完全に引退、引退後は、トキワ荘時代の仲間とすらほとんど会わなくなって、晩年は一人自宅の離れに住み、母屋に住む家族ともほとんど顔を合わせることはなかったそうです
朝から酒を飲み、奥さんが食事を日に3度届ける生活を続けていましたが、1992年9月24日に朝食が手つかずに置かれたままになっているのを奥さんが不審に思い、部屋の中に入ったところ、既に息絶えているのが発見されたとのこと。藤子不二雄Ⓐは寺田の死を別のところで「緩慢な自殺」と形容していました。
このことは、本書における藤子不二雄Ⓐの文章にも表れていて、寺田が亡くなる2年前、藤子・F・不二雄、鈴木伸一、石ノ森章太郎と4人で寺田の自宅に行き、歓待されて宴会となったが、終了後、去ってゆく仲間たちにいつまでも手を振り続け、あとで奥さんから聞いた話では「もう思い残すことは無い」と家族に話したとのこと。翌日、礼を伝えるため、寺田宅に電話をかけると、奥さんが出て「今日かぎり寺田はいっさい電話に出ないし、人にも会わない、といってます」と。
非情に面倒見がいい側面と人間嫌いな側面の両方を持った人だったのでしょうか。


原作の所収本は文庫にもなっていますが、今年['23年]、原作者本人の企画立案により、宇野亞喜良氏が18点の挿画を描き下ろし、さらにToshiya Kamei氏による英訳(初訳)を対訳で収録した「ヴィジュアル版五色の舟」とも言える本が刊行されています(書店に並ぶ前に原作者が亡くなったのは惜しまれる)。宇野亞喜良のイメージに引っ張られる感はありますが、宇野亞喜良が好きな人にはいいと思います。



本作は'96(平成8)年4月15日から 6月24日、テレビ朝日系「月曜ドラマ・イン」枠で「イグアナの娘」として菅野美穂主演で放送されました(全11話)。初回視聴率7.9%と低調だったのが、最終回には番組最高視聴率となった19.4%を記録しており、初回と最終回の視聴率の差が2.45倍と2倍以上を記録した20世紀最後のテレビドラマになったとのことです(一部で話題になっているから取り敢えず観てみたら、意外と面白かったということか)。
ドラマでは、青島ゆりこ(川島なお美)は実はイグアナ姫で、人間に恋して魔法使いに人間の姿にしてもらったというのは原作と同じですが、なぜ人間に恋したかというと、夫の正則(草刈正雄)がガラパゴス諸島に訪れた際に命を救ったウミイグアナが彼女だったという説明がされていました。原作にはその部分の説明が無く、イグアナ姫がいきなり魔法使いを訪ねて、「人間の王子様」に恋してしまったので人間の女の子にしてほしいとお願いするところから始まります。何故だろう。謎解き的要素を持たせたのか? それにしては、正則がガラパゴスに行ったり、ウミイグアナを救ったりする場面は原作マンがでは最後まで無かったなあ。



連、軍産複合体など政治経済までを取り込んだ《高いテーマ性》、 ②「ピンガー」「アップトリム」「急速潜航」「有線魚雷」など軍事的専門用語を随所にちりばめ、さらに、孫子などの古典的戦略家の格言を適度に織り交ぜたセリフの《巧みな表現力》、 ③「原潜国家」「やまと保険」などの荒唐無稽な世界の《縦横無尽な創造力と骨太な構成力》を挙げていますが、要を得ているのではないでしょうか。個人的には③の「原潜国家」というコンセプトがやはり白眉と言うか、ピカイチだと思います。
ただし、まさに荒唐無稽であり、突っ込みどころも満載。1発しか原爆を持たない原潜国家が何千発もの原爆を有する大国と果たして「対等」に渡り合えるかとか、そうした疑問を抱き始めると物語の枠組みそのものが成り立たないので、そこは、荒唐無稽は荒唐無稽でよしとすべきかも(ほかにも、潜水艦の傷は深海の水圧で艦体が潰れる危険を招くのに、艦長の海江田が艦殻に「やまと」とナイフで刻んでいる点などが変だとされている)。
個人的には、トム・クランシー原作の小説『

ソ連の原潜「レッド・スコーピオン」の艦長ロブコフが、「


2023(令和5)年・第27回「手塚治虫文化賞新生賞」受賞作。


2022(平成4)年上半期・第167回「芥川賞」受賞作(「群像」2022年1月号掲載)。
ところで、山田詠美氏の評に出てくる「猛禽」キャラとはどのようなキャラクタなのか? これは、瀧波ユカリ氏の漫画『臨死!! 江古田ちゃん』(講談社)にたびたび現れる「猛禽」というキャラクタラベルであり、主人公の江古田らによれば「走ればころび、ハリウッド映画で泣き、寝顔がかわゆく、乳がでかい」(第1巻5頁)という、世の男性にとって魅力的な諸特徴を備えた一種の「娘」キャラで、「狙った獲物(男性)は決して逃がさない」(第1巻5頁)というところから、鷲や鷹などの猛禽類に喩えられてこの名が付いているそうな。




東京・杉並区のとある住宅街に建つボロアパート「平和荘」に住む青年「コースケ」と、そのまわりの人達の交流を描いた作品。時はバブル時代の全盛期、そんな時代に、貧乏なりに生活を楽しむコースケとその周囲の、季節感を織り込んだ日常スケッチがメインとなります。
「ビンボー生活」ばかり描かれているかというと、主人公はあまり呑まないのですが彼女が割と呑み助なので、吾妻橋のアサヒビヤホールに行ったり(ここは1988年に取り壊された)、また彼女は芸術家志望でもあるので、彼女にくっついてバブル感溢れる渋谷の街へストリートウォッチングに行ったり、一緒にロードショー館で映画を観たりしています(彼女が買った前売り券でだが)。「東急名画座」ってロードショー館だったなあ。スペイン坂上の「ライズビル」にも行っていますが、この中にあった映画館「シネマライズ」は2016年に閉館しています。
こうして見ると映画ネタが結構ありますが、個人的に懐かしかったのは、第121話「枕付きオールナイト劇場」でかつて早稲田通り沿いにあった「ACTミニ・シアター」(をモデルとした)と思われる小劇場が描かれていることで、確かに木戸銭を払うと下足札とミルキー飴をくれたし("ご縁がありますように"という意味での5円玉もくれた)、オールナイトの時には座布団枕を貸してくれて、休憩タイムにお茶とお菓子が出たなあと思い出して感動してしまい(笑)、これって、なかなか貴重な"記録"ではないかと思いました。そこで主人公が観る各映画の1シーンも作中に描かれていて(作者の思い入れの深さだろうなあ)、こうしたきめ細かい作画もこの漫画の魅力の1つです。
単行本が入手しにくい状況ですが全5巻とも文庫化されており、そちらの方は比較的手に入り易いかもしれません(Kindle版もある)。自分も今回、文庫で再読しましたが、第121話などは単行本か拡大画面で読みたいです。




![劇画漂流 [文庫版] コミック 全2巻 完結セット.jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E5%8A%87%E7%94%BB%E6%BC%82%E6%B5%81%20%5B%E6%96%87%E5%BA%AB%E7%89%88%5D%20%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%AF%20%E5%85%A82%E5%B7%BB%20%E5%AE%8C%E7%B5%90%E3%82%BB%E3%83%83%E3%83%88.jpg)
2009(平成21)年・第13回「手塚治虫文化賞大賞」を受賞した辰巳ヨシヒロ(1935-2015/79歳没)の自伝的青春漫画作品で、1995(平成7)年から「まんだらけ」のカタログ誌『まんだらけマンガ目録』の8号から22号まで15話連載され、1998(平成10)年からは新創刊された『まんだらけZENBU』が掲載誌となり、2006(平成18)年に33号で打ち切られ、全48話で連載終了しています(何れも季刊誌で発表され12年にわたる連載だった)。
売れるまでは出版社に作品を持ち込んでは断られ、やはり漫画家の世界は競争が激しいなあと思わされましたが、少し売れるようになってくると、今度は最初の方で世話になった出版社ではなくよその出版社のために書くと、前の出版社から圧力がかかるなど、これはこれで大変そう。






原作は、アレクシエーヴィッチが雑誌記者だった30歳代、1978年から500人を超える女性たちから聞き取り調査を行ったもので、本は完成したものの、2年間出版を許可されず、ペレストロイカ後に出版されています。当時ベラルーシの大統領だったアレクサンドル・ルカシェンコは祖国を中傷する著書を外国で出版したと非難し、ベラルーシでは長らく出版禁止になっていたようです。
プーチンやルカシェンコには批判的で、特にベラルーシではその著書は独裁政権誕生以後、出版されず圧力や言論統制を避けるため、2000年にベラルーシを脱出し、西ヨーロッパを転々としたが、2011年には帰国、プーチン・ロシアがウクライナに侵攻し、それをルカシェンコが支持しているという2022年現在においてはどうしているかというと、。2020年に持病の治療のためドイツに出国し、以来ドイツに滞在しているとのこと、今年['22年]5月に74歳になっており、祖国に戻れる日が来るのか心配です。
コミックを見て思ったのは、アレクシエーヴィッチが30歳代とまだ若かったのだなあと(絵は少し若すぎて20代にしか見えないが)。インタビューを受ける側も、原作を読んだ時はかなり高齢かと思いましたが、まだ50代前半ぐらいの年齢だったのではないかと思います。若い頃の壮絶な体験ということもあり、まったく忘れてはおらず、むしろ話すことができるようになるのに戦後20余年を経る必要があったといった内容の話も多かったように改めて思いました。



社交界の人気者ジョニー・アイガース(ケーリー・グラント)は実は詐欺常習者だったが、その彼が列車で偶然知り合った金持ちの娘リーナ・マクレイドロウ(ジョーン・フォンテイン)と駆け落ちする。リーナはジョニーが無一文であることを知り、仕事を持つことを勧め、その結果彼
は従弟の財産を管理するが、やがてリーナは彼が従弟の財産を使いこんでいることを知り衝撃を受ける。続いて彼は友人のビーキー(ナイジェル・ブルース)を唆かし土地に投資させるが、彼女はジョニーがビーキーの金を自由にした上で
彼を殺すのではないかと憶測する。ジョニーはパリへ出発するビーキーを見送ってロンドンに行くが、ビーキーはパリで死亡する。リーナはジョニーを疑っていたが、帰宅した彼の口振りから彼女の疑惑はいよいよ深まる。やがてリーナは彼が保険金目当に自分を殺そうとしていると疑い始める。そして彼が友人の殺人小説の著者イソベル・セドバスクから劇毒薬の秘
密を探り出そうとしているのを知り、ますます疑念を深める。その夜、彼女はジョニーの勧める一杯のミルクを飲む気になれず、翌朝母親を訪ねるのだといってジョニーから逃れようとするが、彼はリーナを自動車で送ろうと言い張る。車が危険な個所に近づいた時、彼の乱暴な運転ぶりに堪りかねた彼女は車から飛び降り逃れようとするが、ジョニーに追いつかれてしまう。しかしそこで彼女がジョニーから聞いたのは意外な告白だった―。
アルフレッド・ヒッチコック監督の1941年公開作で、「レベッカ」('40年)に続いてのヒッチコック作品出演となったジョーン・フォンテインが第14回アカデミー主演女優賞を受賞した作品です(第7回「ニューヨーク映画批評家協会賞」主演女優賞も受賞)。原作は、1932年にフランシス・アイルズ(別名アントニー・バークリー)が発表した小説『レディに捧げる殺人物語』ですが、原作ではリーナはジョニーの勧める一杯のミルクを毒入りと分かっていて飲んで死ぬ―つまり、それくらいジョニーのことを愛していたという終わり方になっています。
疑惑の「光るミルク」は豆電球を仕込んで撮影して、観客の視線を集中させるようにしたとのことです。ここまでやっておいて、結末はやや拍子抜けするものであり、いちばん悔しかったのはヒッチコック自身ではないでしょうか。敢えて張り巡らせた伏線部分はそのまま放置して、ジョニーが殺人犯であるという可能性もあるとのニュアンスを残した終わり方にしたのかも。そうなると、結構深い見方のできる映画ということになるかもしれません。
ジョーン・フォンテインの名演(最初はやや野暮ったいが、恋すると
どんどん綺麗になっていくパターンは「



アスペルガー症候群(AS)、学習障害(LD)、注意欠陥/多動性障害(AD/HD)などの発達障害を併せ持つという漫画家・沖田×華(1979年生まれ)氏によるコミックエッセイ。初出は「別冊 本当にあった笑える話」 2011年2月号から2014年6月号にかけてで、2012年6月ぶんか社より単行本刊。以降、シリーズ化され、直近の2021年4月発行の『わいわい毎日やらかしてます。』で第8巻になります。


横山光輝(1934-2004/69歳没)の漫画『鉄人28号』は、月刊誌「少年」の1956(昭和31)年7月号別冊付録として連載が開始され、1966(昭和41)年5月号別冊付録まで続きました。1966年「少年」での人気第1位を続けている中、作者はストーリー展開の限界を感じて漫画の連載を終了していますが、その後繰り返しリメイクが行われ、派生作品が制作されたりしています。
漫画版は、2005年11月より「巨匠・横山光輝『鉄人28号』執筆50周年記念」プロジェクトとして潮出版社と光プロダクションの共同企画の元、コミックス未収録の読み切り8本を加えたこの「原作完全版」の毎月の刊行が始まり、2007年9月に全24巻で完結しています(横山光輝の元アシスタントとコンピュータによる最新技術で痛んでいた原画を復元したとのこと)。


ある日(現在)、敷島邸にギャング団が強盗に押し入ったところへ、鉄人26号を駆使する怪人が現れ、さらに各地でロボットによる強盗事件が相次ぎ、続いて鉄人27号(このときは鉄人28号と思われていた)も登場し、市街地で大暴れします。一方、敷島博士は実は生きていて、乗鞍岳の研究所内で鉄人28号の開発にあたっており、そこへ鉄人27号とギャング団とそれを追う警察が乱入、正太郎(職業は探偵)たちに敷島博士は開発中のロボットを指し、「本物の鉄人28号はあれなんだ」と言う。ただし、本物の鉄人28号も制御不能で、27号と闘ってやっつけた後に暴走する―。
気になるのは鉄人の大きさで、光文社文庫「鉄人28号」第11巻に収録されている作者本人の「"昔の漫画"と"今の漫画"」というエッセイでは、「身長が2メートル50センチ」と書かれてい
て、そう大きくなかったようです。実際、漫画版の最初の頃はそれくらいの大きさで、それが大きな相手と戦ううちに次第に大きくなっていったようで、1963年のモノクロアニメ版では10メートルくらいにまでなったようです。さらにその後もリメイクなどに際して巨大化がなされ、2004年のリメイク版アニメでは、担当プロデューサーと監督が横山光輝氏の元を訪問し、その時18メートルに決定したそうです。
漫画の方は、本編連載終了の10年後の1976年に「月刊少年ジャンプ」に掲載された最後の読み切り作品では、正太郎と敷島博士が鉄人の手に乗って運ばれるシーンがあり、これは「原作完全版」の第24巻に収録されているほか、第24巻の表紙絵にもなっていて、これを見るとゆうに20メートル以上はありそうです(因みに、「原作完全版」の表紙絵は、第1巻からほぼこの大きさで統一されている)。この1976年版に限らず、本編でも最終話の「怪物ギャロン」(1966)の頃には初登場時より鉄人はかなり大きくなっているようにも見えます(本稿上右の「連載終了の挨拶」ではやや元のサイズに近い大きさに戻している感じもするが)。
また、鉄人の描かれ方として、当初はボディの光沢と影を描かず、見方によってはゴム製にでも見えるようなタッチが続いていましたが、次第にメッシュ状の影などが描かれるようになり、遂にはボディの光沢と影は必須表現となり、重量感が強調されるようなタッチに変貌を遂げています(これも「原作完全版」の表紙絵は、第1巻から光沢と影のあるボディとなっている)。






![トキワ荘の青春 [DVD].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E3%83%88%E3%82%AD%E3%83%AF%E8%8D%98%E3%81%AE%E9%9D%92%E6%98%A5%20%5BDVD%5D.jpg)


冒頭に挙げたトキワ荘の「青春の仲間たち」では、園山俊二が、『がんばれゴンベ』を「毎日小学生新聞」でリアルタイムで読んだ自分としては懐かしいです。「新漫画党」唯一の大学卒(早稲田大学の漫画研究会出身)でしたが、トキワ荘の「半住人」だったと。結局「がんばれゴンベ」は1958年から1992年まで、通算連載回数は9775回となりましたが、肝臓癌で1993年1月20日に57歳で死去したのが惜しまれます(手塚治虫も石ノ森章太郎も60歳で亡くなっている。漫画家ってどうして長生きしないのか)。

トキワ荘について書かれた書籍は当事者によるものも含め数多くあり、また、アニメやドキュメンタリー、ドラマなどにもなっていますが、映画では、昨年['21年]四半世紀ぶりにデジタルリマスター版で公開された、市川準(1948-2008/59歳没)監督の「トキワ荘の青春」('96年)があります(「ロッテルダム国際映画祭」招待作品。1996年キネマ旬報ベストテン第7位、読者選出第7位)。
映画は、トキワ荘におけるリーダー的存在であった寺田ヒロオが主人公であり、その寺田ヒロオを本木雅弘が演じています。コミカルな描写もありますが、自身が理想とする「子供たちに理想を教える漫画」と、雑誌編集者が要求する「商業主義漫画」との間で思い悩む寺田ヒロオの姿などが描かれていて、全体に盛り上がりを抑えた物静かなトーンの作品となっており、それが、ラストで寺田ヒロオが黙ってトキワ荘を去るという結末に繋がっていきます。
当時はまだ無名に近かった自主映画・小劇団関係者で、後年人気スターや映画監督となった俳優が多く起用されていて、安孫子素雄(藤子不二雄Ⓐ)に鈴木卓爾(後に「ゲゲゲの女房」('10年)を監督)、藤本弘(藤子・F・不二雄)に阿部サダヲ(映画デビュー3年目、当時25歳)、石森章太郎にさとうこうじ(映画デビュー作)、赤塚不二夫に大森嘉之、森安直哉に古田新太(映画デビュー翌年・当時31歳)、鈴木伸一に生瀬勝久(映画デビュー作・当時35歳)などを配しています。
結局、寺田ヒロオは後に漫画の筆を折ることになり、本書でも著者が「寺さんの"絶筆宣言"はショックだった。漫画がひどくなる。もう書きたくない」というのが理由だったとありますが、やがてトキワ荘時代のメンバーとの交流も絶ったのは謎です(本人は後に病気が原因と語ったという)。晩年は一人自宅の庭の離れに籠って、母屋に住む家族ともほとんど会話しなかったそうで、1992年9月24日に61歳で亡くなっています。
映画では、若い新進映画化の台頭に(ただし、石森章太郎・藤子不二雄らが早くに売れっ子漫画家となったのに対し、赤塚不二夫・森安直哉らはなかなか芽が出なかった風に描かれている)、本木雅弘が演じる寺田ヒロオが徐々に時流から取り残されていっているように描写されているともとれます(断定的ではないが)。個人的には、『
因みに、石森章太郎者と3歳違いで23歳で亡くなった姉は、映画にも上京した弟のことを思い遣る女性としてとして登場します(演:安部聡子)
「トキワ荘の青春」●英題:TOKIWA:THE MANGA APARTMENT●制作年:1996年●監督:市川準●製作:塚本俊雄/里中哲夫●脚本:市
川準/鈴木秀幸/森川幸治●撮影:小林達比古/田沢美夫●音楽:清水一登/れいち●原案:梶井純『トキワ荘の時代』●時間:110分●出演:本木雅弘/鈴木卓爾/阿部サダヲ/さとうこうじ/大森嘉之/古田新太/生瀬勝久/翁華栄/松梨智子/北村想/安部聡子/土屋良太/柳ユーレイ/桃井かおり/原一男/向井潤一/広
岡由里子/内田春菊/きたろう
/時任三郎●公開:1996/03●配給:カルチュア・パブリッシャーズ●最初に観た場所:神保町シアター(10-09-13)(評価:★★★☆)



でも、そうした仲間に感化されながらも自分の好みをしっかり持っていて、そのあたりはやはり職業柄、創作者であれば当然かもしれませんが、分かる気がしました。例えば、木下惠介監督などは絶賛の対象であり、「
ここでは木下惠介監督の「
たです。このシリーズで一番人気が急上昇したのは一昨年['20年]亡くなった"殺し屋ジョージ"こと宍戸錠で、拳銃無頼帖シリーズとか「早射ち野郎」('61年/日活)はその後だったのだなあ。でも、「ギターを持った渡り鳥」のいいところ(切ないところ)はやはり土地(本作は函館市が舞台)の娘・浅丘ルリ子との別れでしょう。浅丘ルリ子がウェットな執着を見せず、「あの人は戻らない」と決めてかかっているのも西部劇の影響でしょうか。
「ギターを持った渡り鳥」●制作年:1959年●監督:齋藤武市●脚本:山崎巌/原健三郎●撮影:高村倉太郎●音楽:小杉太一郎●原作:小川英●時間:78分●出演:小林旭/浅丘ルリ子/中原早苗/渡辺美佐子/金子信雄/青山恭二/宍戸錠/二本柳寛/木浦佑三/鈴木三右衛門/神戸瓢介/片桐恒男/青木富夫/弘松三郎/伊丹慶治/野呂圭介/近江大介/水谷謙之/高田保/宮川敏彦/ 衣笠真寿夫/原恵子/清水千代子/菊田一郎/倉田栄三/渡井嘉久雄/竹部薫/ 高瀬将敏●公開:1959/10●配給:日活(評価:★★★☆)




『8(エイト)マン』は、平井和正(1938-2015/76歳没)原作・原案、桑田次郎(1935-2020/85歳没)作画によるSF漫画で、講談社の「週刊少年マガジン」に1963(昭和38)年20号から1965(昭和40)年13号まで連載され、テレビアニメ版は1963年11月から1964(昭和39)年12月までTBS系列局で放送されています(テレビアニメ版は「8マン」の「8」がフジテレビの8チャンネルを想起させるので、「エイトマン」とカナカナ表記になった)。
8マンはただ弾よりも速く動けるだけでなく。人工皮膚(プラスティック)でどのような顔にも変装でき、関節は伸縮可能で、関節を縮めることによって、女性など小柄な人物にも変装できるという万能ぶりですが(電子頭脳が麻痺して、さち子を思いやるあまりか、そのさち子に変身してしまったこともある(文庫第1
巻・248p))、弱点もあり、電子頭脳は、火炎・高圧電流などの高熱にさらされると力を失ってしまい、小型の予備電子頭脳が肩にセットされているのですが、その際は本来の能力を十分に発揮できません。そこで、ベルトのバックルに、電子頭脳及び超小型原子炉を冷却するタバコ型の強加剤(冷却剤)が仕込んであり、これを吸わないと戦い続けることが出来ないことがままあります(ある意味、科学が、端的に言えば原子力が万能でないことを示唆しているとも言え、「鉄腕アトム」などよりは先駆的かも。さすが平井和正)。
丁度、ウルトラマンが戦いが3分を過ぎるとカラータイマーがピコンピコン鳴るのと同じで、こうした弱みのあるところがまた魅力なのでしょう。冷却剤はタバコに似ているらしく、宿敵デーモン博士によって冷却剤をタバコにすりかえられる場面もあるほどでしたが(文庫第1巻・243p)、タバコ型冷却剤に手を伸ばす8マンの姿は、ちょうどタバコ好きの人(と言うかニコチン中毒の人)がタバコを切らした時の状況に、絵的には似てしまっています。そこでアニメ版では、子供が喫煙を真似するといけないとの理由で途中からタバコ型強加剤は使用されなくなり、貯水槽に穴を開けて水をかぶるなどの方法で原子炉を冷却していました(これはこれで周囲に迷惑がかかると思うのだが(笑))。因みに、殉職した刑事の東(あずま)八郎が谷博士の手で8マンになった経緯や、谷博士自身が実はスーパーロボットで、8マンとほぼ同じ姿であることは(最初は8マンもそのことを知らない)、話が進んでいくうちに序盤で明かされます。
しかし、1990(平成2)年に桑田が26年ぶりに最終回を執筆し(ペンタッチが微妙に変わっている)、1989(平成元)年から1990(平成2)年)にかけて、リム出版より完全版(全7巻)が単行本出版され、このときにその最終回も収録されています(代筆版は未収録)。単行本は50万部以売れる大ヒットとなりましたが、余勢をかって出た実写映画化などは失敗し、その影響でリム出版も経営破綻し絶版となりました。
これを復活させたのがこの扶桑社文庫版で、その第6巻がシリーズの中でも最高傑作とされる「魔人コズマ」篇になります。最後に東八郎こと8マンはさち子に正体を知られ事務所を去る(さち子・一郎の前から姿消す)という寂しい結末になりますが、連載打ち切り直前の回で、すでに東八郎が8マンであるのはほぼ間違いないとさち子が悟るシーンがあり(文庫第6巻・299p)、これが描
かれたのは連載打ち切りが決まる前なので、この部分については最終回を意識しての展開ではないと思われます。もっとも、さち子はかなり早い段階から東八郎はもしかしたら8マンではないかという疑念は抱いてしばしば悩んでいるため、このままずっと話を続けていくつもりだったのかもしれません。
●楠高治版「最終回」
一方、テレビアニメ版「エイトマン」の方は56話放映され、脚本には半村良、豊田有恒、辻真先らも関わっていて、最高視聴率35.5%(扶桑社文庫による)を記録、視聴率を落とすことなく1964〈昭和39〉年〉12月に終了していて、桑田次郎が拳銃不法所持で逮捕される前に終わっていたことになり、終わり方も、東八郎が事務所を去るとかいうのではなく、普通に終わっています。
「エイトマン」●原作:平井和正●キャラクターデザイン・作画:桑田次郎●演出:大西清/佐々木治次●脚本:平井和正/辻真先(桂真佐喜)/半村良/豊田有恒/加納一朗/大貫哲義●音楽:萩原哲晶(主題歌:作詞・前田武彦/作曲・:荻原哲晶/歌・克美しげる●出演(声):高山栄/上田みゆき/原孝之/天草四郎●放映:1963/11~1964/12(全56回)●放送局:TBS


15世紀前半のヨーロッパのP王国では、C教という宗教が中心となっていた。地動説は、その教義に反く考え方であり、研究するだけでも拷問を受けたり、火あぶりに処せられたりしていた。その時代を生きる主人公・ラファウは、12歳で大学に入学し、神学を専攻する予定の神童であった。しかし、ある日、地動説を研究していたフベルトに出会ったことで地動説の美しさに魅入られ、命を賭けた地動説の研究が始まる―。
こうした設定自体が、なかなかユニークだと思いましたが、第1巻で主人公が死んじゃうのですねえ。後、どうするんだろうと思ったら、どんどん次の人というか次の世界に話を繋げていくようです。これって、結構。描く側はたいへんだと思いますが、ちゃんと構想は出来上がっているのでしょう。

バリバリのキャリアウーマンで生涯独身だった伯母が孤独死。黒いシミのような状態で発見された。衝撃を受けた山口鳴海(35歳独身)は婚活より終活にシフト。誰にも迷惑をかけず、ひとりでよりよく死ぬためにはよりよく生きるしかないと決意する―。
●2025年ドラマ化【感想】2025年6月21日からNHK総合の「土曜ドラマ」枠にて綾瀬はるか主演でドラマ放映された。脚本は、以前に観てそこそこ面白かった「
えないし)。W主演ではないが、美術館の同僚の那須田優弥を演じる佐野勇斗の方が、役との親和性が高く独自の存在感があったかも。
「ひとりでしにたい」●脚本:大森美香●演出:石井永二/小林直希)●音楽:パスカルズ(エンディング:椎名林檎「芒に月」)●原作:カレー沢薫●時間:45分●出演:綾瀬はるか/佐野勇斗/山口紗弥加/小関裕太/恒松祐里/満島真之介/麿赤兒/岸本鮎佳/藤間爽子/小南満佑子/コウメ太夫/國村隼/





![動物農場 [DVD].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E5%8B%95%E7%89%A9%E8%BE%B2%E5%A0%B4%20%5BDVD%5D.jpg)






反共キャンペーンに利用された一例として、ジョン・ハラス(1912-1995)&ジョイ・バチュラー(1914-1991)監督により1954年にアニメ映画化されていますが(「ハラス&バチュラー」は1940~70年代にかけて、ヨーロッパで最大、かつ最も影響力のあるアニメーションスタジオだった)、この製作をCIAが支援していたことが後に明らかになっています。アニメ「動物農場」は結末が原作と異なっていて、原作では最後まで「非政治的」な「静観主義者」だったロバのベンジャミンが、ここでは親友のウマのボクサーがブタのナポレオンの陰謀によって悲惨な最期を遂げたのを契機に目覚め、リーダーとなって、外部の動物たちの援軍を得て反乱を起こし、ブタたちを退治するというハッピーエンドになっています。
ハッピーエンドにするのはいいのですが、やや全体的に粗かったかなあという印象で、明らかに大人向けの内容なのに、子どもに受けようとしたのか、動物たちが愛らしい動きを描いた場面がしばしば挿入されていて、そのわざとさしさから逆にCIAが背後にいるのを意識したりしてしまいます(笑)。ただし、宮崎駿監督などはその技術を高く評価していて、'08年、日本でのDVDの発売に先行して「三鷹ジブリ美術館」として配給し、全国各地で上映しています。また、ジョン・ハラスにはアニメーション技法についての多くの著作があり、宮崎駿監督もそれを参考書として読んだとのことです。
また、漫画家の石ノ森章太郎(1938-1998)がこれを漫画化していて(『アニマル・ファーム』(「週刊少年マガジン」1970年8月23日第35号~9月13日第38号)、'70年初刊)、'18年にちくま文庫に収められています。文庫版は字が小さくて読みにくいとの声もありますが、原作の登場人物のセリフをそのまま引いてきているため、文字数が多くなってしまうことによるもので、原作へのリスペクトが感じられ、また、原作の雰囲気を掴む上でもこのセリフの活かし方は良いと思いました。
最後の方だけ、ちょっと端折った感があったでしょうか。ちくま文庫同録の短編2編(「くだんのはは」「カラーン・コローン」)は要らなかったです。「アニマル・ファーム」のみ最後までしっかり描き切ってほしかったけれど、売れっ子漫画家がいくつか抱えている連載のうちの1つとして描いているので、なかなかそうはいかなかった事情があったのかもしれません。5回の連載でここまで盛り込めれば上出来とみなすべきなのかもしれません(アニメより密度が濃い)。
「動物農場」●原題:ANIMAL FARM●制作年:1954年●制作国:イギリス●監督・製作:ジョン・ハラス/ジョイ・バチュラー●製作製作プロデューサー:ルイ・ド・ロシュモン●脚本:ジョン・ハラス/ジョイ・バチュラー/フィリップ・スタップ/ロサー・ウォルフ●撮影:ディーン・カンディ●音楽:マティアス・サイバー●アニメーション:ジョン・F・リード●原作:ジョージ・オーウェル●時間:74分●日本公開:2008/12●配給:三鷹の森ジブリ美術館(評価:★★★)




昭和22(1947)年6月、当時40歳の坂口安吾(1906-1955)が雑誌『肉体』創刊号に発表した短編小説「桜の森の満開の下」(さくらのもりのまんかいのした)は、坂口安吾代表作の一つで、「堕落論」と並んで読まれており、傑作と称されることの多い作品です。




第二次世界大戦末期のドイツ、ユダヤ人は絶滅収容所行きを逃れるために、屋根裏に隠れて生活していた。同じ頃、パリではレジスタンスの一員が逮捕され、レジスタンス内は密通者がいるのではないかと疑心暗鬼になっていた。それでもなお、ドイツ人は史上希なる独裁者となったアドルフ・ヒットラーに熱狂していた。なぜ、ヒットラーはこれほどにも強大な独裁者となりえたのだろうか―。
水木しげる(1922-2015/享年93)が、画家志望の青年アドルフ・ヒットラーが、いかに政治の道へ進み、独裁者から破滅へ至ったのかを描いた伝記作品。「週刊漫画サンデー」(実業之日本社)に1971(昭和46)年5月8日号から8月28日号まで連載され(連載時のタイトルは「20世紀の狂気ヒットラー」)、ヒットラーを善人とも悪人とも決めつけずに客観的かつユーモラスに描いているのが特徴で、伝記漫画の傑作とされています。
とにかく記述が史実を追って丁寧であり、「月刊漫画ガロ」(青林堂)の1970(昭和45)年10月号から1972年10月号に連載した作者初の伝記漫画で、近藤勇の生涯を描いた『
特にラストの方の臨場感は圧巻で、オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督の「
ちょうど今年['20年]の8月にNHK・BS1スペシャルで「独裁者ヒトラー 演説の魔力」という番組を放送しており、実際にヒットラー演説を聞いた人々をドイツ各地に訪ね、さらに150万語のビッグデータを分析してその人を惹きつける演説の
秘密を探る番組がありました。この中で驚いたのは、番組における「証言者」たる演説を聞いた人々(多くは80歳代後半乃至90歳代で、中には100歳を超える人もいた)のほとんど誰もが、当時ヒットラーの演説に気分が高揚し、好きなロックスターのライブ会場にいるような恍惚感さえ味わったことを、特に臆することなく、むしろ懐かしむように(その身振りを真似るなどして)語っていたことでした(「生演説こそが命」であるというのは、現代で言えば、先の米大統領選の候補者同士の討論会で生の公開討論を望み、リモート討論を拒否したドナルド・トランプがそれに当て嵌まるかも)。
NHKは、BSプレミアムで一昨年['18年]から再放送している「映像の世紀プレミアム」シリーズの第18集として、「ナチス狂気の集団」というのを12月12日(土)に放送するようなので(これは今年12月の放送が初放送になる)、これも観なくてはなりません(同シリーズ第9集「独裁者3人の狂気」も良かった。「映像の世紀」は過去に放映されソフト化されているものの中にも「NHKスペシャル 映像の世紀 第4集 ヒトラーの野望」などヒットラー関係の良作が多い)。



「週刊少年サンデー」(小学館)及び「少年ブック」(集英社)に連載された手塚治虫の漫画作品で、普段は人間の姿をしているのに、ふとした時に異形へと変身を果たしてしまう種族・バンパイヤを描いたもの。手塚作品の特徴の一つである、メタモルフォーゼを取り上げた代表的な作品の一つです。

第1部は「週刊少年サンデー」にて'66(昭和41)年6月12日号(第23号)から'67(昭和42)年5月7日号(第19号)まで連載され手塚治虫本人がこれまでになく重要な登場人物となっています。第2部は、テレビドラマ放映開始時に、「少年ブック」にて'68(昭和43)年10月号から'69(昭和44)年4月号まで連載されましたが、掲載誌の休刊により未完に終わっています(サンデーコミックス初版で全3巻、手塚治虫漫画全集、サンデーコミックス'88年版で全4巻)。
ク)を軸に、それらにトッペイの父・立花博士の助手だった女性バンパイヤで「日本バンパイヤ革命委員会」東京支部長の岩根山ルリ子なども絡んで話が展開していきますが、「間久部緑郎」の名から窺えるように、シェイクスピ
第1部のラストでロックの野望は絶たれますが、ロック自身がが滅んだわけではなく、第2部にも彼は登場します。ここでは、江戸時代に現れた化け猫(ウェコ)の逸話や、インドの山猫少年の話(正体は人間の姿になったウェコ)など、オムニバス形式のようなエピソードを挟んで、ウェコとロックの出会いやトッペイとウェコの出会いなどがあざ縄をなうように描かれます。ただし、前述の通り、残念ながら未完に終わっています。
テレビ版「
ただ、原作には、ロックの同郷の馴染みで、ロックにとっては唯一無二の親友にして、唯一の頭が上がらない相手でもある西郷風介というキャラクターが出てきますが、テレビ版では割愛されています。ロックの人間的一面(それが彼自身の野望の実現には障害にもなるのだが)を示す重要な役回りだったのですが...。
こうして見ていくと、この作品のモチーフはメタモルフォーゼで主人公はトッペイですが、本当の主人公はロックなのかもしれません。彼が具現する「現代悪」は、時に魅力的であったりもします(西郷風介には頭が上がらないといった弱みも含め)。ロックは自分の利益のために他者を利用しますが、主要な登場キャラもまた、彼を頼りにしたり利用したりするわけで、そこが作者の描く「現代悪」の複雑な側面と思われます。テレビ版「バンパイヤ」では、バンパイヤたちが人間と早々に和解し、手を組んでロックと対決するというシンプルな勧善懲悪のストーリーに改変されていて、この辺りは、手塚作品の持つ「毒」を描き切れないテレビの限界でしょうか。まあ、テレビは児童向けなので仕方がないと思いますが、言い換えれば、原作には大人でも考えさせられる要素があるということかもしれません。

「バンパイヤ」●演出:山田健/菊地靖守●制作:疋島孝雄/西村幹雄●脚本:山浦弘靖/辻真先/藤波敏郎/久谷新/安藤豊弘/雪室俊一/中西隆三/宮下教雄/今村文人/三芳加也/石郷岡豪●音楽:司一郎/林光●原作:手塚治虫●出演:水谷豊/佐藤博/渡辺文雄/戸浦六
宏/山本善朗/左ト全/上田吉二郎/岩下浩/平松淑美/鳳里砂/嘉手納清美/桐生かおる/市川ふさえ/館敬介/中原茂男/原泉/日高ゆりえ/本間文子/手塚治虫●放映:1968/10~1969/03(全26回)●放送局:フジテレビ




自身もうつ病を患い、快復した経験をもつ漫画家が、同じ"うつトンネルを抜けた"経験者たちにインタビューを重ねた、それを漫画にしたものです。以前に細川貂々氏の『





1996年から刊行されている小学館版の「学習まんが人物館」シリーズの1冊ですが(№66)、来年['20年の]のNHKの大河ドラマ「麒麟がくる」が明智光秀の生涯を描いたものであるとのことに合わせての刊行と言えます。因みにこのシリーズでは、今年['19年の]のNHKの大河ドラマ「
監修は、大河ドラマ「麒麟がくる」の時代考証を担当している小和田哲男氏であり、同氏の『
とまれ、漫画同様いろいろと「絵的」に観る側を引き込むような話を(真偽のほどはともかく)ドラマでも織り込んでいくのでしょう。でも、漫画はこうして注釈をつけることで諸説あることが説明できるけれど、ドラマの場合はどうするのだろう? まあ、「大河」が歴史的にほぼあり得なかったようなことをしばしば"再現"してみせるのは、今に始まった話ではありませんが。それより、準主役級の帰蝶役の沢尻エリカが先月['19年11月]、麻薬取締法違反の容疑で逮捕され、川口春奈を代役として撮り直しているとのことで、こちらの方がむしろ前代未聞の事態であり、何かとたいへんそうです。 左端:沢尻エリカ(2019.3.8)


の撮影&放送休止を挟み、1~12月の暦年制としては史上初の越年放送となったが、当初予定の44回分を放映。平均視聴率は関東地区・関西地区とも14.4%で、大河ドラマ初の1桁台を記録し過去最低だった2019年の「いだてん」を大幅に上回わり、「本能寺の変」を扱った最終回の視聴率は関東18.4%、関西18.2%までいった。因みに、堺正章が「架空人物の会」という会を起ち上げ、門脇麦、岡村隆史に「我々は、いつだって消えてなくなっちゃう役なんだから頑張って爪痕を残さないとダメですよ」と言い含めたという楽屋ネタがあるが、堺正章が演じた医師・東庵には、曲直瀬道三(まなせ どうさん)という実在のモデルがいる。
【感想】 時代考証担当は小和田哲男氏であり、明智光秀の謀反の理由について、「信長非道阻止説」が展開されるこ
とは、明智光秀を主役とした初めての大河ドラマであることからも既定路線であったように思う。最近、光秀自身は本能寺には行かなかったという説が浮上しているが、この説はドラマではもちろん採用していない。また、光秀が山崎のに敗れたことも、その後落ち武者狩りで殺害されたことも映像化しておらず、本能寺の変のあと話はいきなり3年後に飛び、実は「明智光秀は生きながらえたのかもしれない」と思わせもする終わり方になっていた。
関心をひいたのは、光秀が信長に反旗を翻した要因として、この漫画版同様に「四国問題」における考え方の違いにも触れてはいるものの、本能寺の変の主たる原因は、信長が光秀に「将軍・足利義輝の殺害命令」を下したことにあるという解釈になっていた点で、いくつも説がある謀反の理由の一つに「将軍黒幕説(「鞆幕府推戴説」)」というのもあるが(
阻止説」をさらに具体化したものと言えるだろう(「信長非道阻止説」に沿ってドラマ作りするにしても、何か具体的な"非道行為"を示さないと訴求力が弱いとみてこうなったのではないか)。染谷将太演じる信長が、本能寺にいる自分を襲った相手が光秀であると知ったとき、やはりそうかと納得している風なのが、今回のドラマの特徴を象徴している。つまり、その時の信長は、「光秀は自分ではなく将軍の方を選んだのだ」と悟ったということ。全体として、そうした信長と光秀の関係を描いたドラマだったので、山崎の戦いなどは描かず、「信長が亡くなったところで終わり」ということになったのだろう。
もう一つドラマで特徴的だったのは、本能寺の変の二日前くらいに佐々木蔵之介演じる羽柴秀吉に届いた、眞島秀和演じる細川藤孝(本能寺の変の際、上役であり、親戚でもあった光秀の再三の参戦要請を断っている)の手紙によって「秀吉は事前に光秀の謀反を察知していた」とされている点で、そういう俗説はあるものの、事実として歴史には残る話ではなく、これは「明智光秀は生きながらえた」説と同じく、「遊び」のひとつではないか。秀吉が本能寺の変後、すさまじい勢いで京都へ戻り、光秀軍を破る所謂「中国大返し」の行程には無理があると推論されたりし、このような説が生まれやすくなっているが、「中国大返し」の行程は必ずしも非現実的なものではなかった―というのが近年の有力説である。

橋克典/滝藤賢一/谷原章介/檀れい/徳重聡/西村まさ彦/濱
田岳/坂東玉三郎/ベンガル/本郷奏多/眞島秀和/真野響子/間宮祥太朗/南果歩/向井理/村田雄浩/本木雅弘/山路和弘/ユースケ・サンタマリア/吉田鋼太郎/(ナレーター)市川海老蔵●放映:2020/01~2021/01(全44回)●放送局:NHK


挟み込みの解説によると、漫画家・手塚治虫が昭和28年から29年にか
けて正調絵物語として「銀河少年」を連載しており、同じようなモチーフで、漫画家と挿絵画家の仕事が入れ替わったようにも見えて興味深いです。ただし、「銀河少年」の方は、途中から「絵ものがたり」の看板を外してコマ割り漫画に移行してしまい、しかも前篇だけで連載終了、後篇は描かれませんでした(国書刊行会から復刻版が出されているほか、『手塚治虫漫画全集未収録作品集①-手塚治虫文庫全集194』('12年/講談社)でも読むことができる。途中で打ち切られ未完のため、「手塚治虫漫画全集」(全400巻)には収録されなかった)。解説でも触れられていますが、小松崎茂は「手塚治虫の絵物語時代」が到来するのではないかと心配していたかもしれません。
本書を呼んでも、コマ割りながらも絵は迫力があるものの、ストーリーはちょとどうかな(やや破綻気味?)と思う面もありますが、エディトリアルデザイナーのほうとうひろし氏は、手塚治虫のアトムのロボット漫画で快進撃中だった「少年」編集部から(手塚作品とバッティングしないように?)過剰な介入があったのではないかと推察しています。そのためか、小松崎茂自身も当時落ち込みが激しく、そこへ「あなたの絵と絵コンテが欲しい」と自宅に直談判に来たのがあの特撮監督の円谷英二で、この二人の思いが「




旧制中学二年の主人公のコペル君こと本田潤一は、学業優秀でスポーツも卒なくこなし、いたずらが過ぎるために級長にこそなれないがある程度の人望はある。父親は亡くなるまで銀行の重役で、家には女中が1人いる。コペル君は友人たちと学校生活を送るなかで、さまざまな出来事を経験し、大きな苦悩に直面したりしながらも、叔父さんをはじめ周囲の導きのもと成長していく―。
NHK「
作者の吉野源三郎(1899-1981)は、編集者・児童文学者・評論家・翻訳家・反戦運動家・ジャーナリストなどの肩書があった人で、岩波新書の創刊(1938年)に携わり、雑誌「世界」の初代編集長なども務めた人物です。本書は1937年8月に山本有三編「日本少国民文庫」の第5巻として刊行された本で、80年の年月を経て2017年下半期にいきなりブームになりました。『日本少国民文庫』の最終刊として編纂者・山本有三が自ら執筆する予定だったのが、病身のため代わって作者が筆をとることになったとされていますが、『路傍の石』で知られる山本有三の教養主義小説(ビルディングスロマン)の系譜を引いている印象があり、苦難を乗り越えて立派な人間になるという主人公の意思の表出は、下村湖人などの作品にも通じるように感じました。
NHK「
NHKの「おはよう日本」や「クローズアップ現代」などでも取り上げられて、読む前から話題沸騰といった感じでした。ただ、個人的には、作中で主人公の友人で進歩主義の姉が英雄的精神を強調する場面があるとか、特攻隊員だった若者が出陣前に本書を愛読していたとか聞いていてちょっと敬遠していた面もありましたが、今回のブームを機に実際に読んでみると、各章の後に、その日の話をコペル君から聞いた叔父さんがコペル君に書いたノートという体裁で、ものの見方や社会の構造・関係性といったテーマが語られる構成になっていて、件(くだん)の主人公の友人の姉が登場する章では、叔父さんは「人類の進歩と結びつかない英雄的精神も空しいが、英雄的な気魄を欠いた善良さも、同じように空しいことが多いのだ」という、バランスのとれたコメントをしていました。
そう言えば、NHK-Eテレの「100分de名著」で、この本をテキストとしてジャーナリストの池上彰氏が学校で出張講義を行っていますが、行った先が武蔵中学・高校ということで、やはり完全中高一貫の超進学校だからなあ(当然、男子校)。そういうのが鼻につく人もいるだろうし、この本を矢鱈推奨している"文化人"っぽい人が鼻につくという人もいるかも。自分も当初はその一人でしたが、読んでみて、思ったほどに抵抗を感じなかったのは、最近こそ格差社会とか言われながらも、戦前と比べれば国民の生活水準もそこそこのレベルで平準化し、大学進学率もぐっと上がったためで、当時のそうした背景を気にしなければ、学校内でのいじめの問題など、今日に通じる話として読める普遍性を持っているせいかもしれません。
そう言えば、ブームになるずっと前に、あの辛口評論の齋藤美奈子氏が、本書を若い人への「贈り物に」と薦めていました(齋藤美奈子氏も岩波文化人の系譜?)。個人的には、確かに若い人に読んで欲しいけれど、「読め」と押しつける本ではないのだろうなあと思います(「贈り物」というのはいいかも。「読んだか」と訊かなければ)。

昨年['15年]11月に満93歳で亡くなった水木しげる(1922-2015)が、「月刊漫画ガロ」(青林堂)の1970年10月号から1972年10月号に連載した作者初の伝記漫画で、'13年6月より順次刊行中の『水木しげる漫画大全集』(全108巻(103巻+別巻5巻)の予定)の第2期配本の1つ(№065)。作者あとがきによれば、近藤勇の一生を描くことになったのは、1968(昭和43)年頃から京王線の調布に住むことになり、付近を散歩していて偶然近藤勇の墓に"面会"したのがきっかけだそうです。
巻末資料にもある通り、もともと「星をつかみそこねる男」というタイトルで連載されたにも関わらず、最初に1972年に虫プロ商事の「COMコミックス」別冊として1冊にまとめられ(「なぜか(「ガロ」の青林堂ではなく)虫プロから刊行(された)」と文中にあるが、連載中、作者に原稿料すら払えなかったほど当時の青林堂の経営が悪化していたことが原因と思われる)、その際のタイトルは「巷説 近藤勇」(左)で「星をつかみそこねる男」はサブタイトル







筑摩書房版の全集の第4巻であり、「月刊漫画ガロ」1967(昭和52)年6月号発表の「李さん一家」、同年9月号発表の「海辺の叙景」など、1965(昭和40)年からから1970(昭和45)年発表の18作品を収め、この内14作品が「月刊漫画ガロ」に発表されたものです。
表題作「李さん一家」は後の「無能の人」('67年)にも連なる作風で味わいがありますが(「蟹」は「李さん一家」の続編)、さらなる傑作はもう一つの表題作「海辺の叙景」でしょうか。ラストの見開きが印象に残ります。


![西遊記 [DVD].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E8%A5%BF%E9%81%8A%E8%A8%98%20%5BDVD%5D.jpg)


「フィルムは生きている」は、学研の「中学1年生コース」(1958(昭和33)年4月号~1959(昭和34)年3月号)、「中学2年生コース」(1959年4月号~1959年8月号)に連載されもので、これまでも単行本化されたり文庫に収められたりしていますが、本書では、連載第1回のカラーページ部分を再現し、各回の扉絵も収録され、その他に、作者自身が日本マンガ映画史を辿った「マンガ映画 メイドイン・ジャパン」なども巻末にあります。装丁・装画は和田誠氏で、和田氏も巻末に「手塚さんとの出会い」という小文を寄せています。
物語は、武蔵と小次郎の巌流島の決闘に懸けた「アニメ対決」へと向かっていきますが、一方で、後半に武蔵は視力低下に苦しむことになり、この辺りはベートーヴェンの後半の生涯に重ねた味付けになっています。
一方、「マンガ映画 メイドイン・ジャパン」の最後に、東映が「少年猿飛佐助(壇一雄作)」に続いて「西遊記(手塚治虫作)」を製作中であるとありますが、「手塚治虫作」と言いつつ、出来上がった「西遊記」('60年/東映)は、あくまでもそれまでの「
)にかけての流れの中にあるもので(監督・演出は何れも藪下泰司)、あまり手塚カラーというのが感じらないと言うか、逆にその分、時々「ここは手塚治虫だなあ」と思わせる部分があって、手塚的キャラクター及びその動きの描き方と、当時の東映アニメ調のキャラクター及びその動きの描き方とが全く異質であったことが窺えるものとなっています(但し、実際には手塚治虫は構成のみに関与し、作画には携わっていない)。
「西遊記」●制作年:1960年●監督:藪下泰司(演出)/手塚治虫(構成)●製作:大川博●脚本:植草圭之助/手塚治虫●撮影:大塚晴郷●音楽:服部良一●原作:手塚 治虫●時間:88分●声の出演:小宮山清/新道乃里子/木下秀雄/篠田節夫/関根信昭/武田国久/尾崎勝子/白坂道子/巌金四郎/加藤玉枝/川久保潔/風祭修一●公開:1960/08●配給:東映(評価:★★★) 


漫画「美味しんぼ」における原発事故による健康への影響を巡る表現が大きな波紋を呼んだ一方で、今、福島を描いた漫画が注目を集めているということで、今月['14年6月]2日放送のNHK「クローズアップ現代」で「いま福島を描くこと~漫画家たちの模索~」という特集を組んでいましたが、山本おさむ氏のグルメ漫画「そばもん」、竜田一人氏の福島第一原発での作業員体験のドキュメント漫画「いちえふ」が作者とともに紹介されていました(竜田氏は個人を特定できないように、との条件の下での登場)。
こうした「原発漫画」の先駆けが、この萩尾望都氏の作品(コレ、個人的には偶々番組で紹介される前に読んでいた)と、番組にゲストとして登場していたしりあがり寿氏の『あの日からのマンガ(Beam comix)』('11年7月刊行)でしょう。
一方の萩尾氏は、2011年、東日本大震災の前に引退を考え、短編数編でフェイドアウトする予定だったのが、震災及び原発事故で引退を延期したとのこと(この人もしりあがり氏に先だって2012年春に少女漫画家では初となる紫綬褒章を受章している)。




『伊賀の影丸』は、漫画家の横山光輝(1934-2004/69歳没)が1961(昭和36)年か'ら1966(昭和41)年に「週刊少年サンデー」に連載して人気を博した作品ですが、個人的にも面白かった(というかハマった)記憶があります。貸本版が復刻されていますが、「少年サンデー」の連載の思い出があり、リアルタイムで読んだのは後半の方でしょうか(影丸は幕府隠密だったんだね)。子ども時代に夢中で読んだ人は多かったと思います。
忍者ブームを作ったと言えば、当時、「隠密剣士」(1962-65年)というチャンバラ時代劇もありました。大瀬康一(デビュー作は「
隠密渡り鳥」を唄っていた)、ある時期からこの秋草新太郎の敵役がすべて忍者になり、剣戟シーンが特撮化していったという経緯がありました。
の水木襄は、取材に来たオーストラリア人記者に、「今この場で消えて見せてくれ」と言われたそうです。水木襄は後に実業家に転じてスナック経営などをしていたものの、最近になって、'91年に53歳で自殺死していたことが明かされています(遺体の発見された自宅には、自身の出演した作品のポスター等が所狭しと飾られていたという(2010年9月14日付「デーリー東北新聞」))。
最初の頃はオープニングで、女性隊員・三日月(森槙子)がダムの向こうにいる敵を拳銃で撃つと、リーダーの月光(水木襄)が「バカ!撃つ奴があるか、拳銃は最後の武器だ。我々は忍者部隊だ」と一喝す場面があったりもしました。これ、ある種"忍者の美学"でしょうか。デューク・エイセスが唄う山上路夫作詞のオープニング主題歌が懐かしいです(「
ィング曲とも、作曲・編曲は


ジテレビ(CX)」ではなくNET(現・テレビ朝日)。「藤沢薬品工業」の提供だったため「フジ丸」というネーミングになったもので(主題歌の最後に「ふじさわ~、ふじさわ~」という歌詞が入る)、作画は、白土三平の影響を受けたという
一方、「伊賀の影丸」の横山光輝が原作の「仮面の忍者赤影」(1967-68年)というのもあって、これも「忍者部隊月光」と同じく実写版、イケメンの赤影(坂口祐三郎)が、大凧を操る熟年忍者の白影(牧冬吉)、少年忍者の青影(金子吉延)と共に活躍するというもので、CX系の関西テレビの制作ですが、脚本・音楽等のスタ
ッフがTBS系の「隠密剣士」と重なっており、昭和30年代に始まったこの「忍者ブーム」が、昭和40年代前半ぐらいまで続いたことが窺えます。
漫画版の『仮面の忍者赤影』は、1966(昭和41)年から「週刊少年サンデー」(11月6日号)で連載がスタートし(『伊賀の影丸』の後継連載ということになる)、1966年11月6日号~67年1月15・22日合併号までのタイトルは「飛騨の赤影」だったのが、TV版の放映が決定して1967年1月29日号から「仮面の忍者 赤影」に変わっています(同年5月7日号まで連載)。これも懐かしい漫画ですが、TV版との大きな違いは、赤影自身が少年忍者っぽい点でしょうか。前半部分がTV版でのストーリーに使われたのに対し、タイトルをTV版に合わせた後半部分は漫画版のオリジナル・ストーリーになっており、作者のサービス精神が感じられます(後にアニメ版('87-'88年)も作られた)。 








1959(昭和34)年から1962(昭和37)年まで雑誌「冒険王」('59年7月号~'62年7月号)に連載された手塚治虫の漫画作品で(テレビアニメ化の候補だったが実現しなかった)、作者はこれを自らが初めて描いた「悪魔的なスター」であるとしています。
ガロンはピックを求めて彷徨い、たまたま温泉旅行に行ったピック一行と初めて合流、浴衣を着て旅館内を歩くという愉快な場面もありますが(身長サイズは結構テキトーに拡縮している?)、一方でピックとはぐれて勝手に暴走することも結構多く、「鉄人28号」の前半部分の、リモコンが敵に渡ったり、正太郎の手に戻ってきたりすることが繰り返される状況と似ています。





横山光輝(1934-2004/享年69)
1962(昭和37)年から1964(昭和39)年にかけて小学館の学年誌「小学一年生」('62年1月号~'64年8月号)から持ち上がりで「小学四年生」まで連載された横山光輝(1934-2004/享年69)によるロボットSF漫画です。「鉄人28号」から「魔法使いサリー」まで幅広い創作活動をし、「三国志」など中国史モノにも強かった漫画家でした(『三国志』(全60巻)は全巻持っているのだが、なかなか再読できないでいる)。
「サムソン」は「鉄人28号」と同様リモコンで少年に操られ、悪と戦う巨大ロボット。なぜその少年「のぼる君」がサムソンを操っているのかというと、近所のマッドサイエンティストから偶々サムソンを譲り受けたということで、完全に少年の個人所有物となっています(因みに「鉄人28号」は、太平洋戦争中に秘密兵器として開発されたものが、戦争が終結して使われずに眠っていたという設定)。まあ、この辺りはかなり緩い状況設定ですが(「鉄腕アトム」の生みの親・天馬博士もマッドサイエンティストと言えばそういうことになる)、動かない時のサムソンは野晒しになっていて何だか寂しそう。個人が格納庫を有するはずもありませんが、メンテナンスは大丈夫なのか? 「小学3年生」1968年8月号(連載第30回) 「
本書は"完全"と謳うだけに原画から復刻したカラー部分が美しく再現されています。連載時は巻頭にカラーページがあった時と無かった時がありましたが、改めてカラーで見るとほれぼれします(価格も相応に高いけれど)。夕焼け空をびゅーんと飛んでいくサムソンを夢想した子供時代の記憶が甦ってきました。テレビアニメのイメージが浮かぶ「鉄人28号」に対し、こちらは雑誌漫画のイメージで(テレビアニメ化されなかった)、個人的に懐かしい作品です。

夫の借金と自殺、自身の病気と自殺未遂、AV女優など様々な職業を経験―と、波乱に満ちた人生を送ってきた私は、36歳にして25歳年上の男性と恋をする―。
この作品を読んで思い出されるのが、'05(平成17)年3月にこれもイースト・プレスから刊行された漫画家・吾妻ひでお氏の『失踪日記』('05年)で、こちらは'05(平成17)年度・第34回「日本漫画家協会賞大賞」、'05(平成17)年・第9回「文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞」、'06(平成18)年・第10回「手塚治虫文化賞マンガ大賞」を受賞しました。過去に「漫画三賞」(小学館や講談社といった出版社が主催ではない賞であることが特徴の1つ)と言われるこれら三賞すべてをを受賞した漫画家は吾妻ひでお氏のみです(このほかにフリースタイル刊行「
吾妻ひでお氏の『失踪日記』は、うつ病からくる自身の2回の失踪(1989年と1992年のそれぞれ約4か月間)を描いたものでした。1回目の失踪の時は雑木林でホームレス生活をしていて、2回目の失踪の時はガス会社の下請け企業で配管工として働いていたという具合に、その内容が異なるのが興味深いですが、1回目の失踪について描かれた部分は「極貧生活マニュアル」みたいになっていて、2回目は下請け配管工の「お仕事紹介」みたいになっています。



「月刊コミックビーム」の2007(平成19)年7月号から翌年の1月号にかけて連載された作品に加筆修正したもの。「エスプ長井勝一漫画美術館主催事業」として、「江戸川乱歩×丸尾末広の世界 パノラマ島綺譚」展が今年(2011年)3月に宮城県塩竈市の「ふれあいエスプ塩竈」(生涯学習センター内)で開催されており(長井勝一氏は「月刊漫画ガロ」の初代編集長)、3月12日に丸尾氏のトークショーが予定されていましたが、前日に東日本大震災があり中止になっています。主催者側は残念だったと思いますが、原画が無事だったことが主催者側にとってもファンにとっても救いだったでしょうか。
個人的には、昔、春陽堂の春陽文庫で読んだのが初読でしたが、ラストの"花火"にはやや唖然とさせられた印象があります。原作者自身でさえ"絵空事"のキライがあると捉えているものを、漫画として視覚的に再現した丸尾末広の果敢な挑戦はそれ自体評価に値し、また、その出来栄えもなかなかのものではないかと思われました。
但し、本当に描きたかったのは、後半のパノラマ島の描写だったのでしょう。海中にある「上下左右とも海底を見通すことのできる、ガラス張りのトンネル」などは、実際に最近の水族館などでは見られるようになっていますが、その島で行われていることは、一般的観念から見れば大いに猟奇変態的なものです。

たことがあり(タイトルは「天国と地獄の美女」)、正月(1月2日)に3時間の拡大版(正味142分)で放映されています。明智小五郎役は天知茂、パノラマ島を造成する人見広介役は伊東四朗で(山林王・菰田源三郎と二役)、菰田千代
子(源三郎の妻)役が叶和貴子(当時25歳)、その他に小池朝雄、宮下順子、水野久美らがゲスト出演しています。パノラマ島
自体は再現し切れていないというのがもっぱらの評価で、実際観てみると、特撮も駆使しているものの、ジャングルとか火山とかの造型が妙に手作り感に溢れています(特撮と言うより"遠近法"?)。ただ、逆にこの温泉地の地獄巡り乃至"秘宝館"的キッチュ感が後にカルト的な話題になり、シリーズの中で最高傑作に推す人もいます(叶和貴子は第21話「白い素肌の美女」(原作『盲獣』(実質的には『一寸法師』)('83年)、北大路欣也版第3話「赤い乗馬服の美女」(原作『何者』)('87年)でも"美女役"を務めた)。
「江戸川乱歩 美女シリーズ(第17話)/天国と地獄の美女」●制作年:1982年●監督:井上梅次●プロデューサ:佐々木
孟/植野晃弘/稲垣健司●脚本:
「江戸川乱歩 美女シリーズ(天知茂版)」●監督:井上梅次(第1作-第19作)/村川透/長谷和夫/貞永方久/永野靖忠●プロデューサー:佐々木孟●脚本:宮川一郎/井上梅次/長谷川公之/ジェームス三木/櫻井康裕/成沢昌茂/吉田剛/篠崎好/江連卓/池田雄一/山下六合雄●撮影:平瀬静雄●音楽:鏑木創●原作:江戸川乱歩●出演:天知茂/五十嵐めぐみ(第1作-第19作)/高見知佳(第20作-第23作)/藤吉久美子(第24作・第25作)/大和田獏(第1作)/柏原貴(第6作-第19作)/小野田真之(第20作-第25作)/稲垣昭三(第1作)/北町嘉朗(第1作・第4作-第9作)/宮口二郎(第2作・第3作)/荒井注(第2作-第25作)●放映:1977/08~1985/08(天知茂版25回)【1986/07~1990/04(北大路欣也版6回)、1992/07~1994/01(西郷輝彦版2回)】●放送局:テレビ朝日

1 1977年8月20日 氷柱の美女 『吸血鬼』 三ツ矢歌子 12.6%
11 1980年4月12日 桜の国の美女 『黄金仮面II』 古手川祐子 15.9%
21 1983年4月16日 白い素肌の美女 『盲獣』(『一寸法師』) 叶和貴子 13.3%
ジェームズ三木 脚本家、作家、演出家、元歌手。
「善人の条件」●制作年:1989年●監督・脚本・原作:ジェームス三木●撮影:坂本典隆●音楽:羽田健太郎●時間:123分●出演:津川雅彦/すまけい/小林稔侍/橋爪功/井上順/イッセー尾形/山下規介/森三平太/浪越徳治郎/柳生博/松村達雄/丹波哲郎/小川真由美/桜田淳子/山岡久乃/野際陽子/汀夏子/守谷佳央理/野村昭子/小竹伊津子/鷲尾真知子/松金よね子/浅利香津代/泉ピン子/黒柳徹子●公開:1989/05●配給:松竹(評価:★★★)
「

父子家庭に育った中学1年生ヤケッパチこと焼野矢八(やけのやはち)は、自分が"妊娠"したような感覚に襲われ、ある日身体からエクトプラズム(生霊)を産む。そのエクトプラズムは、彼の父親の作ったダッチワイフに宿ってマリアと名付けられ、ヤケッパチと同じ学校に通うようになる。マリアは見かけは可愛い少女だが、性格は「産みの親」ヤケッパチ似のやんちゃだった―。
'70(昭和45)年4月から11月にかけて「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)に連載された作品で、作者自身は「性教育をテーマにした青春もの」としていますが、どこかの地方自治体では、この作品の連載を理由に「少年チャンピオン」を有害図書に指定したところもあったとのことです(この作品自体、永井豪の『ハレンチ学園』のヒ
ットなどの影響を受けているとされている)。カストリ誌をはじめ戦後のエロマンガを網羅した漫画評論家・米澤嘉博の未完の大著『戦後エロマンガ史』('10年/青林工藝社)では、1970年に手塚治虫が描いた〈性教育マンガ〉として「やけっぱちのマリア」と「アポロの歌」が挙がっていますが(p109)、ということは「エロマンガ」ではないとの認識ではないでしょうか。
ヤケッパチを巡って"ナンバーワン"はマリアと争い、"ナンバーワン"はマリアを「荷造り」して(元々はダッチワイフであるわけだ)網走の刑務所の死刑囚の下へ送ってしまった間、ヤケッパチを誘惑する―その際の中学生である"ナンバーワン"の全裸シーン、と言うより裸になって同級生を誘惑するという設定が、性教育としては"ゆきすぎ"であり、"有害"とされたようです(因みに、ナンバーワンの苗字は雪杉)。




当初、朝日ソノラマで単行本刊行され、その後に出たものは、大まかには大都社版、講談社全集版、秋田書店版の3種類があり、自分が持っている「大都社」版は「ジョーを訪ねた男」「夜の声」「野郎と断崖」「うろこが崎」「暗い窓の女」「わが谷は未知なりき」「嚢(ふくろ)」「処刑は3時に終わった」「バイパスの夜」「猫の血」「蛸の足」「聖女懐妊」「電話」「ロバンナよ」「ふたりは空気の底に」の15篇を収録しています。
「野郎と断崖」...フランス西海岸に「妄想の崖」と呼ばれる切り立った崖が
あり、監獄から脱走した男がこの崖に逃げて来て、通りがかった家族連れを人質に崖下へ逃げるが、崖の上では警官の話し声や、男を説得する警官の声が聞こえる。男は行き場の無い崖中腹から逃げる事も出来ず、家族連れを殺害し、崖の上の警官隊に突入するが― (
「ロバンナよ」...大学時代の悪友を南伊豆に訪ねた手塚治虫は、世間とのつきあいを断った友が、雌ロバを可愛がっていることを知る。その晩泊まった手塚は、友人の妻がロバを殺そうとするのを止
めるが、彼女が言うには、夫は動物の方が好きの変態だと。しかし友人は、自分の実験の失敗によって、妻とロバの心が入れ替わってしまったためだと言う― (ラストで両者の言い分の真偽を考えさせられる面白さ)。



そもそも、「ラバウルの場合、後方に十万の兵隊が、ぬくぬく生活しているのに、その前線で五百人の兵隊に死ねと言われても、とても兵隊全体の同意は得られるものではない」とも書いており、物語の中で、部下に突入を命じながら「君達の玉砕を見届ける義務がある」といって自身はそこに留まろうとしている内に流れ弾に当たって死んだ参謀も、実際には「テキトウな時に上手に逃げた」とのこと(この部分は事実の改変部分であると作者自身が書いている)。
最近の映画の中では強いて言えば、太平洋戦争末期の硫黄島攻防の際の日本側最高司令官であった栗林忠道陸軍中将を主人公にした「硫黄島からの手紙」('06年)の中で、そうした軍隊の内部粛清などの非人間的な面も比較的きっちり描いていたように思われますが、これはクリント・イーストウッドが監督した「アメリカ映画」です(ゴールデングローブ賞「外国語映画賞」、ロサンゼルス映画批評家協会賞「作品賞」受賞作)。
「硫黄島からの手紙」●原題:LETTERS FROM IWO JIMA●制作年:2006年●制作国:アメリカ●監督:クリント・イーストウッド●製作:クリント・イーストウッド/スティーヴン・スピルバーグ/ロバート・ロレンツ●脚本:アイリス・ヤマシタ●撮影:トム・スターン●音楽:カイル・イーストウッド/マイケル・スティーヴンス●時間:141分●出演:渡辺謙/二宮和也/伊原剛志/加瀬亮/中村獅童/渡辺広/坂東工/松崎悠希/山口貴史/尾崎英二郎/裕木奈江/阪上伸正/安東生馬/サニー斉藤/安部義広/県敏哉/戸田年治/ケン・ケンセイ/長土居政史/志摩明子/諸澤和之●日本公開:2006/12●配給:ワーナー・ブラザーズ(評価:★★★☆) 中村獅童 in「硫黄島からの手紙」


「週刊少年サンデー」に'63(昭和38)年から'65年(昭和40)年まで連載された小澤さとる(1936-)氏による海洋冒険漫画で、当時の男子小学生はこぞってこの作品に没頭し、関連するプラモデル商品などを買い求め、ゴム動力の模型潜水艦を学校の中庭の池などに浮かべて遊んだものでした(ウチの学校だけか?)。


太平洋戦争初期に南方戦線で活躍した陸軍飛行第64戦隊(通称「加藤隼戦闘隊」)を率いた加藤健夫中佐の活躍と人柄を描いた伝記映画であるとともに、軍部の協力の下、実戦機による空中戦など迫力のある映像で描いた戦争アクション映画であり、1944(昭和19)年の年間観客動員数1位となった作品。
冒頭の1941(昭和16)年4月の広東に、第64戦隊の戦隊長として加藤建夫少佐(当時)(藤田進)が九七式戦闘機を駆って着任するところからカッコ良く、数ヶ月後、部隊には一式戦闘機(隼)が配備され(国内初の車輪が機体に格納できる「引込脚」の戦闘機だった)、加藤は隼の特性把握も兼ねて、単機南シナの偵察に出向いたりして、その大胆さで隊員らを驚かせます。
1941(昭和16)年12月初旬には部隊はフコク島へ転進、マレー半島攻略戦を実施する山下奉文の部隊の哨戒任務を与えられ、帰路の夜間飛行で仲間を失った加藤は大いに悔みますが、直後に海軍が真珠湾攻撃に成功、悲しみに浸る間もなく加藤の戦隊はコタバルへ転進し、クアラルンプール爆撃の軽爆隊の援護任務にあたり、そこで隼戦闘機での初の空戦を行って戦果を上げます。以降、加藤隼戦闘隊は目覚ましい戦果を上げ続けますが、映画ではそうした部分はニュース映像的に簡潔に伝えるだけで、前半部分のかなりは、加藤の豪放磊落で、かつ部下想いの人間味溢れる人柄の描写に割かれています。
隼戦隊というスペシャリスト軍団の中でも、隊長自身が更に一段と秀でた技術を備えているということは、スペシャリスト軍団を率いるうえで大きなリーダーシップ要因となったと思われますが、「撃墜王」「空の軍神」と呼ばれながらも、すでに40歳近かった加藤自身がどれだけ最前線で戦ったのかはよく分かっていません(映画では、敵機に囲まれ窮地にある味方軍を、加藤が単機で援護する場面などがある)。
但し、加藤の人間性の部分は、映画に描かれている通りの責任感が強い温かな人柄であったようで、20歳前後の若者が多く配属されていた部隊で、部下を自分の息子たちのように大事にし、敵機の攻撃により被弾し帰還できない者が出ると、号泣して兵舎の外に立って帰らぬ部下をいつまでも待ち続けていたとのことで、部下からの信頼や慕われ方は相当のものだったようです。
「戦意昂揚」映画の外形をとりながらも、山本嘉次郎監督はそうした加藤の人柄にスポットを当てることで、巧みにヒューマンな作品に仕上げており、また、藤田進演じる加藤が、時に剽軽なオッサンぶりを見せたり、時に博識ぶりや洒落たセンスを見せたりと、なかなか多彩な味があって良く、少なくともこの映画での加藤の描かれ方は「軍神」という近寄り難い雰囲気ではありません(山本嘉次郎自身が撮りたかった映画を撮ったという感じ)。
この映画の後半の見所は戦闘シーンで、殆どがオリジナルフィルムであり、本物のパイロットが本物の戦闘機を駆ってい編隊飛行などを見せるほか、1942(昭和17)年2月の陸軍落下傘部隊のパレンバン攻略戦を、実戦さながらのスケールで再現してみせています(これは軍の協力がなければ出来ないことだが)。
年代設定は1941(昭和16)年から1942(昭和17)年にかけてであり、同じく「隼」を中心に据えた山本薩夫監督の「翼の凱歌」('42年/東宝)と比べてみると興味深いかもしれません(リアルタイムでみれば共に胴体に日ノ丸のない「一式戦一型」のはずだが、「翼の凱歌」の2年後に作られたこの作品では、年代設定は「翼の凱歌」より少し前でありながら、胴体に日ノ丸のある「一式戦二型」が登場して編隊飛行などを行っている)。
更に戦闘機同士の空中戦や空爆シーンは、円谷英二特技監督による精巧な特殊撮影が織り込まれていて、どこまでが実写でどこまでが模型なのか見た目では分からないぐらいリアル。戦後の怪獣映画の特撮シーンの基礎は、こうした作品で培われたことを窺わせるとともに、円谷英二もまた、自分がやってみたかったことを映画作りの中でやったという側面もあるのではと思ったりもしました。
1942(昭和17)年5月、出先基地から出撃した味方機が途中で不時着し、部下の身を案じて基地からの引き揚げを躊躇っていた矢先に基地は敵の爆撃を受け、急遽追撃した加藤は敵機を撃墜するも敵弾を受け、反転して海中に自爆(多分、帰還が不可能であることを悟ったのだろう。これは部下に普段から話していた「確実に死ねる」方法だった)、38歳で戦死しました(彼の最期の場面は映画には無い)。
加藤はすでに生前から「空の軍神」と呼ばれていたぐらいで、死後ますます「軍神」として祭り上げられることになりますが、彼自身はそんな類の名誉を望んでいなかっただろうし、こんないい人でも死ななければならない、という「戦争というのはやっぱり嫌だなあ」という気持ちの方が見終わった後に残る、ある意味アイロニカルな「戦意昂揚」映画のように思えました。
一方、優秀な戦闘機パイロットに対する憧憬は戦後も長くあったようで、「隼」と並ぶ日本の戦闘機「0戦」「紫電改」をそれぞれ素材とした、辻なおきの「0戦はやと」(「週刊少年キング」(1963(昭和38)年7月8日創刊号から1964(昭和39)年第52号まで掲載)、ちばてつやの「紫電改のタカ」(1963(昭和38)年から1965(昭和40)年まで「週刊少年マガジン」に連載)といったマンガがありました。
この内「0戦はやと」は、TVアニメとして、1964(昭和39)年1月21日から10月27日までフジテレビ系で放送され、脚本には倉本聡氏などが携わっています(「見よ、あの空に 遠く光るもの あれはゼロ戦 ぼくらのはやと 機体に輝く 金色(こんじき)の鷲 平和守って 今日も飛ぶ ゼロ戦 ゼロ戦 今日も飛ぶ」というテーマソングの作詞も倉本聡氏)。
![0戦はやと [VHS].jpg](http://hurec.bz/book-movie/0%E6%88%A6%E3%81%AF%E3%82%84%E3%81%A8%20%5BVHS%5D.jpg)

「0戦はやと」(テレビアニメ版)●演出:星野和夫●製作:鷺巣富雄●脚本:倉本聡/鷺巣富雄/河野詮●音楽:渡辺岳夫●原作:辻なおき●出演(声):北条美智留/朝倉宏二/大塚周夫/田の中勇/家弓家正/大山豊/河野彰●放映:1964/01~10(全38回)●放送局:フジテレビ




東南アジアの独裁国パイパニアでは、人工受精によって人間を大量生産し、兵士に育てる計画が進んでいたが、そのパイパニアへ日本の自衛隊から義勇兵として送られた天下太平は、脱走して捕まり人工受精の研究の実験台にされてしまう。ところが、太平の精子は特殊なもので、彼の精子から生まれた子供は、男でも女でもない第三の性、働き蜂のような無性人間だった。戦争が終わると、医師・大伴黒主とイベント屋・木座神明は、無性人間を使って大儲けすることを企むが、やがて無性人間の中にも反逆する者が出始め、無性人間同士を戦わせる戦争ショーが行われる中、今まで奴隷や兵士として消耗されていた彼らが一斉に立ち上がる―。
オリジナルは1967(昭和42)年1月から翌年7月にかけて「週刊漫画サンデー」(実業之日本社)に連載されたアダルト向けの作品であり、手塚治虫が珍しくもエロチック・ナンセンスに挑んだ作品とされています。但し、エロチックと言っても手塚流のそれであり、いやらしさはありませんが、一応連載に際しては、小島功の筆致などは参考にはしたようです(自身の従来の筆致ではエロチックさに欠けると考えたのか? 雑誌連載時の筆致と単行本化の際のそれとではタッチが異なる)。
更に第3部として、各界の人々からのこの作品に対する論評、思い、漫画などが寄せられています。そのメンバーは、大林宣彦、中島梓、武宮惠子、横田順彌、石上三昇志、夏目房之介、山本貴嗣、米沢嘉博、村上和彦、みなもと太郎、中村桂子(生命誌研究者)など、錚々たるもの。更に、野口文雄氏が、手塚作品におけるセクシュアル表現を、様々な例を挙げて分析しています。
村上和彦氏は、ハッピーエンドがアンハッピーに書きかえられた原因として、連載中の'67年に、南アフリカバーナード博士による心臓移植手術があり、'68年には、札幌医大・和田教授により日本でも世界で30例目となる手術が行なわれたものの、その手術を受けた患者の多くが、拒絶反応や合併症で数十日から数百日で死亡し、和田教授の患者も死亡したことで、こうした生命医学のテクノロジーに懐疑的乃至ペシミスティクになったのではないかといった考察をしていますが、そうかも知れないし、そうで無いかも知れない―。



主人公がいきなり「石屋」を始めるとか、かなり浮世離れしている感じもしますが、「石を売る」('85年)、「無能の人」に描かれている"売石業"にしろ、「カメラを売る」('86年)に描かれている中古カメラ屋にしろ、実際に作者が漫画家からの転身を図って試みた"商売"であるとのこと、但し、だからと言って、《主人公=作者》ということになるはずはなく、そこに自分自身の虚構化という作為があることは、作者自身も認めていますが(カメラ屋をやっていた頃の作者の写真を見ると、やけに朗らかで、作中の人物とイメージは異なる)、この作者の場合、自分の生活が本当に作品の主人公みたいになってしまう傾向があるのではないかという気がしなくもないです。
筑摩版の全集は'93年から'94年にかけて刊行されましたが、作者自身は、'87年の「別離」以降は作品を発表しておらず、今日まで長い沈黙を続けており、「無能の人」みたいな生活を送っているのかなあ(この全集も'08年から'09年にかけて全巻文庫化されているので、印税とかは入っているだろうけれど...)。 






久呂岳と黒姫山には、それぞれアビルとテングという主がいて争いを続けてきたが、麓の村人たちは、そのとばっちりを受け、飢えと貧困に苦しんでいた。母親と別れ父親に死なれたタカ丸・ハト丸の兄弟は、その両山の狭間にある竜が渕の大蛇・立田姫を育ての親として成長するが、やがてタカ丸は出世を望んで村を出て都へ行き、一方のハト丸は、村に残って村の平和を守ろうとし、それぞれに数奇な人々と出会い、多くの妖怪たちと戦うことになる―。
'64(昭和39)年11月から'67(昭和42)年1月にかけて「サンケイ新聞」に連載された作品で、全集そのものが完結しなかった文民社の「手塚治虫全集」の第1巻に収録された作品ですが、作者の唯一の「民話絵物語」であるとのことです。その前に同紙に'61(昭和36)年から3年間連載していた『オズマ隊長』も「絵物語」作品ですが、これは近未来物語であり、民話的な
領主となって故郷の村を守ろうとするタカ丸と、自分たちの力で守ろうとするハト丸は、想いを同じくしながらも、その立場の違いから対決を余儀なくされてしまうようになります。様々な妖怪たちの戦い、妖怪と人間の戦い、そして人間同士の争いという縦軸に、育ての母の愛情、兄弟の反目と協力、彼らの人間的成長という横軸を絡ませたストーリーの巧みさは見事で、時に応じて兄弟の敵となり味方となる佐佐木大二郎という合理主義者のキャラクターも、物語に緊張をもたらす意味で効いているように思いました。




講談社の漫画雑誌「モーニング」に'99(平成11)年5月から'05(平成17)年まで連載されていた漫画作品。
『カバチタレ!』は'02年にTVドラマ化され、フジテレビで1クール放映されましたが、主人公の田村勝弘や栄田千春が女性(常盤貴子・深津絵里)に置き換えられていてどうかなあと思ったけれど、ほどほどに面白く、画面に「心裡留保」とか「供託」とか、解説がテロップ表示されるのが親切でした。.jpg)
ュースしたもので(美食家でお洒落で3回結婚していて、自殺なんてしそうもないキャラに見えたが)、妻の安井かずみ(1939-1994/55歳没)が作詞し(二人でDINKSライフを体現するカップルとか言われていた。バブル以前の話で、庶民には手に届かない世界に思えたが)、加藤和彦が曲を作り(北山修とのコンピで「あの素晴しい愛をもう一度」('71年)など多くの曲を作っているが、サディスティック・ミカ・バンドの「タイムマシンにおねがい」('74年)(作詞:松山猛)なども数多くのアーティストによってカバーされてい
る加藤和彦が作った曲の1つ)、岡崎有紀が歌った"Do you remember me(ドゥー・ユー・リメンバー・ミー)"('80年)でした(岡崎有紀は"歌える女優"だったなあ)。また、番組のエンディング・タイトルのシルエット・ダンサーは山田優で、ドラマ部分にも出演していて、彼女のドラマデビュー作でした。
因みに、岡崎友紀と言えば何と言っても「おくさまは18歳」('70年~'71年)でしょう。原作は本村三四子のラブコメディ漫画ですが、舞台はアメリカのカレッジ「スイートピー学園」。青年教師のリッキー・ネルソンと女学生のリンダ・ネルソンは結婚していることを隠して学園生活を送っているが、次々に事件に巻き込まれ、秘密がばれそうになるというもの。これを日本の普通の高校の男性教師と女子高校生に置き換えて、当時コメディ演技に関しては未知数だった岡崎友紀と石立鉄男(1942-2007/64歳没)を敢えて起用し、結果的に大ブレークしました
。脚本はウルトラマンシリーズの佐々木守他。台詞のメリハリとリズム感を強調して対話のスピードを通常よりも大幅にテンポアップし、30分ドラマに1時間ドラマに相当する分量の台詞を盛り込んだそうです(メインの監督は映画「

「カバチタレ!」●演出:武内英樹/水田成英●制作:山口雅俊●脚本:大森美香●原作:田島隆●出演:常盤貴子/深津絵里/山下智久/篠原涼子/陣内孝則/岡田義徳/香里奈/岡田浩暉/田窪一世/伊藤さおり(北陽)●放映:2001/01~03(全11回)●放送局:フジテレビ

「おくさまは18歳」●監督:湯浅憲明ほか●脚本:佐々木守他●原作:本村三四子●出演:岡崎友紀/石立鉄男/寺尾聰/冨士眞奈美/森川信/秋山ゆり/横山道代/うつみみどり(うつみ宮土理)/内田喜郎/北林谷栄/松坂慶子●放映:1970/09~1971/09(全53回)●放送局:TBS
松坂慶子(当時18歳)





漢の武帝の時代、匈奴との戦いで敵軍の捕虜となった友人の武将・李陵を弁護して武帝の怒りに触れ、宮刑に処せられた太史令・司馬遷は、歴史の真実を書き残すために「史記」を書き始める。一方、最初は匈奴の王・且鞮候(しょていこう)単于からの仕官の誘いを拒んでいた李陵は、誤報により祖国で裏切り者扱いにされて家族を殺され、やがて単于の娘を娶り左賢王となるが、一方、北海(バイカル湖)のほとりには、同じく匈奴に囚われながらも祖国への忠節を貫いた武人・蘇武がいた―。








後にそれぞれ「春秋五覇」の1人に数えられる呉王夫差と越王勾践が、自国の存亡を賭け、智謀の限りを尽くしたこの争いは、「臥薪嘗胆」の故事でも知られていますが、このコミック物語の前半の主人公は、知勇に優れた武将である呉の伍子胥(ごししよ)で、後半の主役は、名軍師として鳴らした越の范蠡(はんれい)と見ていいでしょう。







(●2011年、佐々部清(1958-2020/62歳没)監督により宮﨑あおい、堺雅人主演で映画化された。タイトルは同じ「ツレがうつになりまして。」だが、原作は「その後のツレがうつになりまして。」「イグアナの嫁」からもエピソードをとっている。宮﨑あおい、堺雅人とも、TV版の藤原紀香、原田泰造より演技は上手い。宮﨑あおいはNHK大河ドラマ「篤姫」('08年)で主人公の篤姫を演じており(放送開始時の年齢22歳1か月は、大河ドラマ
の主演としては歴代最年少)、堺雅人はTBS「
「ツレがうつになりまして。」●制作年:2011年●監督:佐々部清●脚本:青島武●撮影:浜田毅●音楽:加羽沢美濃(主題歌:矢沢洋子「アマノジャク」)●時間:121分●出演:宮﨑あおい/堺雅人/吹越満/津田寛治/犬塚弘/田村三郎/中野裕太/梅沢富美男/田山涼成/吉田羊/大杉漣/余貴美子●公開:2011/10●配給:東映●最初に観た場所:丸の内TOEI1(11-11-03)(評価:★★★☆)
余貴美子/大杉漣(ハルさん(宮﨑あおい)の実家・栗田家(栗田理髪店)の両親)













新進作家・十村十枝子の芥川賞の授賞式の日、別の場所で臼場かげりという女が自殺するが、臼場かげりと十枝子はかつて一緒に暮らしていたことがあり、十枝子が受賞した小説は、臼場かげりが書こうとしていた作品の盗作だった。











テレビドラマ「ドラゴン桜」



横町の法律事務所で居候弁護士として働いている新米弁護士・真野論平は、ビンボー劇団の役者でもあるが、与えられる役は着ぐるみを着た端役ばかり。そんな論平に舞い込んでくる仕事の相談は、名誉毀損、婚約不履行、遺産相続など様々であり、彼はハートでこれらの問題を解決する!
ライブドアとフジテレビのニッポン放送株を巡る経営権取得攻防(今思えば、ほとんど"騒動"と言っていいものだった)があったのが'05年のことであり、このマンガが描かれたのはその15年も前のこと。個人的には「ゴールデン・パラシュート」などというタームはこのマンガで知りましたが(学習マンガのように分かりやすい!)、実際に仕事でそうしたM&Aが絡む話に遭遇することは今や珍しいことではなく、その度にこのマンガのことを思い出しています(そう言えば、真山仁原作
のNHKの土曜ドラマ「ハゲタカ」('07年)(主演:大森南朋・柴田恭兵)にもこの言葉、出てきた)。(その後、2018年放送のテレビ朝日「ハゲタカ」(主演:綾野剛)にも第2話のタイトルとして登場。ドラマとしては綾野剛版よりかつての大森南朋版の方がいい。)


寛/菅原文太/田中泯/大杉漣●放映:2007/02~03(全6回)●放送局:NHK 「
●『総務部総務課 山口六平太』








「お葬式」('84年/ATG)で映画界に旋風を巻き起こした伊丹十三監督でしたが、個人的には続く第2作「

趣旨のことを後に述べていますが、確かに、鬼沢さえも黒幕に操られている駒の1つに過ぎなかったという展開は重いけれども、ラストは前作の方がスッキリしていて個人的には「1」の方がカタルシス効果が高かったかなあ。監督自身は、高い娯楽性と巨悪の存在を一般に知らしめることとの両方を目指したのでしょう。




「県庁の星」●制作年:2006年●監督:西谷弘●製作:島谷能成/
亀山千広/永田芳男/安永義郎/細野義朗/亀井修朗●脚本:佐藤信介●撮影:山本英夫●音楽:松谷卓●原作:桂望実「県庁の星」●時間:131分●出演:織田裕二/柴咲コウ/佐々木蔵之介/和田聰宏/紺野まひる/奥貫薫/井川比佐志/益岡徹/矢島健一/山口紗弥加/ベンガル/酒井和歌子/石坂浩二●公開:2006/02●配給:東宝(評価:★★★)


「スーパーの女」●制作年:1996年●監督・脚本:伊丹十三●製作:伊丹プロダクション●撮影:前田米造/浜田毅/柳島克巳/高瀬比呂志●音楽:本多俊之●原作:安土敏「小説スーパーマーケット」●時間:127分●出演:宮本信子/津川雅彦/三宅裕司/小堺一機/伊東四朗/金田龍之介/矢野宣/六平直政/高橋長英/あき竹城/松本明子/山田純世/柳沢慎吾/金萬福/伊集院光●公開:1996/06●配給:東宝(評価:★★★★)
「お葬式」●制作年:1984年●監督・脚本:伊丹十三●製作:岡田裕/玉置泰●撮
影:前田米造●音楽:湯浅譲二●時間:124分●出演:山
崎努/宮本信子/菅井きん/財津一郎/大滝秀治/江戸家猫八/奥村公廷/藤原釜足/高瀬春奈/友里千賀子/尾藤イサオ/岸部一徳/笠智衆/津川雅彦/佐野浅/小林薫/長江英和/井上陽水●公開:1984/11●配給:ATG●最初に観た場所:池袋日勝文化 (85-11-04)(評価:★★★☆)●併映「逆噴射家族」(石井聰互)




「マルサの女」●制作年:1987年●監督・脚本:伊丹十三●製作:玉置泰/細越省吾●撮影:前田米造●音楽:本多俊之●時間:127分●出演:宮本信子/山崎努/津川雅彦/大地康雄/桜金造/志水
季
里子/松居一代/室田日出男/ギリヤーク尼ヶ崎/柳谷寛/杉山とく子/佐藤B作/絵沢萠
子/山下大介/橋爪功/伊東四朗/小沢栄太郎/大滝秀治/芦田伸介/小林桂樹/岡田茉莉子/渡辺まちこ/山下容里枝/小坂一也/打田親五/まる秀也/ベンガル/竹内正太郎/清久光彦/汐路章/上田耕一●公開:1987/02●配給:東宝





徹他/マッハ文朱/加藤善博/浅利香津代/村井のりこ/岡本麗/矢野宣/笠智衆/上田耕一/中村竹弥/小松方正●公開:1988/01●配給:東宝●最初に観た場所:新宿シネパトス (88-03-12)(評価:★★★☆)●併映「マルサの女」(伊丹十三)

.jpg)


「桜の国」の主人公は七波ですが、その父・旭の負っているものも重い。それに加え、七波の親友であり、弟・凪夫に思いを寄せる利根東子。七波の父を追っての広島行きは、彼女に引っ張られてのことですが、彼女は被爆一家と付き合うことを親から禁じられていて、ここに1つ、被爆者に対する差別というのがテーマとして浮き彫りにされています。
「夕凪の街 桜の国」('07年/「夕凪の街 桜の国」製作委員会)




コミックであるせいか、読んでいる間ずっとクリスティの原作『オリエント急行の殺人』でなく、シドニー・ルメット監督の映画「オリエント急行殺人事件」('74年/
英・米)の方が頭に浮かんでいました(原作を読んだ時はあまり雪のシーンをイメージしなかった?)。アルバート・フィニー(1936-2019)がポワロを演じたほか(アカデミー主演男優賞にノミネートされたが、彼のポアロ役はこの一作きりで、以後、アガサ・クリスティ原作の映画化は「
ルグッド、ショーン・コネリー(かつらを外して出
演し始めた最も最初の頃の作品ではないか)、ヴァネッサ・レッドグレーヴ、ウェンディ・ヒラー、ローレン・バコール、イングリッド・バーグマン、マイケル・ヨーク、ジャクリーン・ビセット、ジャン=ピエール・カッセル等々が出演したオールスターキャスト映画でしたが、神経質で少しエキセントリックなところがある中年のスウェーデン人宣教師を演じたイングリッド・バーグマンが印象的でした(実はそのキャラクター自体が"演技"だった!)。イングリッド・バーグマンは事件の中心人物的な公爵夫人役を打診されたけれども、この地味な宣教師役を強く希望したそうで、その演技でアカデミー助演女優賞を獲得しています。
(●2017年にケネス・ブラナー監督・主演のリメイク作品「オリエント急行殺人事件」('17年/米)が作られた。Amazon.comのレビューなどを見ても評価が割れているが、本国でも賛否両論だったようだ。映画批評集サイトのRotten Tomatoesのサイト側によ
る批評家の見解の要約は「映画史の古典となった1974年版に何一つ新しいものを付け足せていないとしても、スタイリッシュなセットとオールスターキャストのお陰で、『オリエント急行殺人事件』は脱線せずに済んでいる」となっている。個人的感想も概ね
そんな感じだが、セットは悪くないけれど、列車が雪中を行くシーンなどにCGを使った分、新作の方が軽い感じがした。旧作にも原作にもないポワロのアクションシーンなどもあったりしたが、最も異なるのは終盤であり、ポワロが事件にどう片を付けるか悩む部分が強調されていて、ラストの謎解きもダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を模した構図の中でケネス・ブラナーの演劇的な芝居が続く重いものとなっている。旧作は、監督である
シドニー・ルメットが、「スフレのような陽気な映画」を目指したとのことで、ポワロの事件解決後、ラストにカーテンコールの意味合いで、乗客たちがワインで乾杯を行うシーンを入れたりしているので、今回のケネス・ブラナー版、その部分は敢えて反対方向を目指したのかもしれない。ただ、もやっとした終わり方でややケネス・ブラナー監督の意図がやや伝わりにくいものだった気もする。)
「オリエント急行殺人事件」●原題:MURDER ON THE ORIENT EXPRESS●制作年:1974年●制作国:イギリス・アメリカ●監督:シドニー・ルメット●製作:ジョン・ブラボーン/リチャード・グッドウィン●脚本:ポール・デーン●撮影:ジェフリー・アンスワース●音楽:リチャード・ロドニー・ベネット●原作:アガサ・ク
リスティ「オリエント急行の殺人」●時間:128分●出演:アルバート・フィニー/リチャード・ウィドマーク/アンソニー・パーキンス/ジョン・ギールグッド/ショーン・コネ
リー/ヴァネッサ・レッドグレーヴ/ウェンディ・ヒラー/ローレン・バコール/イングリッド・バーグマン/マイケル・ヨーク/ジャクリーン・ビセット/ジャン=ピエール・カッセル/レイチェル・ロバーツ/コリン・ブレイクリー/デニス・クイリー/ジョージ・クールリス/マーティン・バルサム●日本公開:1975/05●配給:パラマウント=CIC(評価:★★★☆)






「オリエント急行殺人事件」●原題:MURDER ON THE ORIENT EXPRESS●制作年:2017年●制作国:アメリカ●監督:ケネス・ブラナー●製作:リドリー・スコット/マーク・ゴードン/サイモン・キンバーグ/ケネス・ブラナー/ジュディ・ホフランド/マイケル・シェイファー●脚本:マイケル・グリーン●撮影:ハリス・ザンバーラウコス●音楽:リパトリック・ドイル●原作:アガサ・クリスティ「オリエント急行の殺人」●時間:114分●出演:ケネス・ブラナー/ペネロペ・クルス/ウィレム・デフォー/ジュディ・デンチ/ジョニー・デップ/ジョシュ・ギャッド/デレク・ジャコビ/レスリー・オドム・Jr
/ミシェル・ファイファー/デイジー・リドリー/トム・ベイトマン/オリヴィア・コールマン/ルーシー・ボイントン/マーワン・ケンザリ/マヌエル・ガルシア=ルルフォ/セルゲイ・ポルーニン/ミランダ・レーゾン●日本公開:2017/12●配給:20世紀フォックス(評価:★★★)








少年期の壮大な想いや仲間同士の結束・反目というのは、大人になっても無意識に抱えているものかも知れず、それが表面化し再現されるという設定も悪くないのですが、やはり結末が...。


1975(昭和50)年の「別冊少女コミック」9月号~11月号が初出誌。1975(昭和50)年・第21回「小学館漫画賞」(少年少女部門)受賞作(「ポーの一族」と併せて受賞)。 






すが、14歳の少年のままの美貌を保つ彼らが、18世紀から20世紀のヨーロッパ各地に出没するという設定にまず引き込まれました。





これを読むと、TVドラマ(母親役は篠原涼子)の方は途中から始まっていることになり(小学校入学の少し前から)、またかなり明るいシーンが多かったような気がします。作者は漫画にはいろいろ制約があるといったことを以前言っており、テレビの場合はなおさらそうでしょう。
わが子との心の繋がりを懸命に模索する母親。光君が初めて母親のことを「ママ」と呼ぶ場面や、さまざまな出来事を経て保育園の卒園式で新たな一歩を踏み出す場面は胸を打ちますが、いずれも作者が取材した事実に基づいているようです。
「光とともに~自閉症児を抱えて~」●演出:佐藤東弥/佐久間紀佳●制作:梅原幹●脚本:水橋文美江●音楽:溝口肇●原作:戸部けいこ●出演:篠原涼子/小林聡美/山口達也/武田真治/鈴木杏樹/井川遥/齋藤隆成/市川実日子/大倉孝二/大城紀代/高橋惠子/渡辺いっけい/金沢碧/福田麻由子/佐藤未来/池谷のぶえ●放映:2004/04~06(全11回)●放送局:日本テレビ
「ゲンセンカン主人」
本書の最初に出てくる、かの有名な「ねじ式」ほか、「山椒魚」「通夜」「海辺の叙景」「沼」「峠の犬」は、いずれも'66-'68年の作品です(発表誌はいずれも「月刊漫画ガロ」)。
「沼」('66年)は、背景などはすでにつげ義春特有の幽玄さを帯びているコマがあるのが窺え、内容にも作者らしい叙情性はありますが、登場人物の絵は"永島慎二"風という感じで、「通夜」('67年)は、内容は軽妙ですが、背景絵のタッチがよりつげ作品らしい微細なものになっています。
最後の本書表題としても選ばれている「ゲンセンカン主人」('68年)は、極端に暗い作風で、主人公の旅人の顔もリアルになっています。個人的には、この「ゲンセンカン主人」と、休筆後の「やなぎや主人」に最も"つげ作品"らしさを覚えましたが、短い期間に結構作風が微妙に変化してるなあと、改めて感じました(「ゲンセンカン主人」は石井輝男監督により、1993年に同タイトルで映画化されており、内容は「李さん一家」「紅い花」などを含んでいる)。



'67(昭和42)年から'75(昭和50)年に発表されたつげ作品を「旅」というキーワードで括っていますが、傑作揃いで、巻頭のイメージ画も「旅」というテーマに沿って"つげワールド"を展開していて、とてもいいです。表題作「リアリズムの宿」は、その雰囲気を活かした映画にもなりました。
'93年から'94年にかけて筑摩書房から全集も出ていますが(全9巻)、全部揃えるまで出来なくとも、この1冊でかなり「つげワールド」が堪能できるような気がします(書版の大きさにこだわらなければ主要な作品は小学館文庫などでも読める(その後、筑摩版の全集はちくま文庫として文庫化された))。



「リアリズムの宿」予告



'68(昭和43)年の「月刊ガロ」12月号より連載された滝田ゆう(1932-1990)の「寺島町奇譚」シリーズは、『寺島町奇譚』、『ぬけられます』(共に'70年/青林堂)として単行本刊行され、復刻版なども出ていますが、本書はそれらを合本化した文庫で、作者の真骨頂である戦前・戦中の玉の井遊郭界隈の郷愁溢れる世界を20篇、600ページ余にわたって堪能できます。

街の入り口の「ぬけられます」という看板とは裏腹に複雑に入り組んだ路地に、銘酒屋(私娼旅館)の娼婦たちの世界とベーゴマに熱狂する子供たちの世界が同居しているこの不思議な空間も、物語の最後で米軍の攻撃(東京大空襲)を受けて火の海と化すことになります。

'02(平成14)年に第1巻が刊行され第6回「文化庁メディア芸術祭マンガ部門」で優秀賞を受賞した(その後、'04(平成16)年・第33回「日本漫画家協会賞」大賞も受賞)このシリーズは、あの立花隆氏が絶賛、氏曰く―、「(この漫画は)いまやコミックを超え、ノンフィクションを超え、文学すら超えて、我々の時代が初めて持った、知・情・意のすべてを錬磨する新しい情報メディアとなった。これからの時代、『ブラックジャックによろしく』を読んで悩み苦しんだことがない医者にはかかるな、と言いたい」と、ものすごい褒めようで、東大での講義素材にも使ったりしていますが、確かに医療現場においてあるかもしれない問題を鋭く突いているなあという感じはします(実態とかけ離れているという現場の声もあったようですが)。
この第1巻では、研修医の劣悪な労働条件や治療よりも研究を優先する大学病院の内実を抉っていて、続く第2巻で主人公の研修医は、大学病院の面目を潰してまでも患者を市井の名医に診せたりしています(なかなかの行動力)。
第3巻、第4巻でダウン症の生前告知を通して新生児医療の問題を扱っていて(これは感動しました)、第5巻~第8巻のガン告知の問題を扱っているところまで読みましたが(この部分は'03年にTBS系でテレビドラマ化されたシリーズの中では取り上げられず、翌年の正月にスペシャル版としてドラマ化された)、その後も精神障害とマスコミ報道の問題を扱ったりしているようで、どちらかと言うとジャーナリスティックな(悪く言えばセンセーショナリスティックな)路線を感じます。











.jpg)
.jpg)













1956年より『奇譚クラブ』に「ある夢想家の手帖から」というタイトルで連載され、その後断続的に書き継がれた長編小説で、自分が読んだ角川文庫版も、文庫化に際して加筆・修正されたものであるとのこと。
生前の三島由紀夫がこの作品に強い関心を示し、版元を通じて「沼正三」に会おうとしたらしいですが、三島の全集の"しおり"に「沼正三」が寄稿していて、"沼氏"は編集部と「沼正三」の"仲介役"のフリをして三島に会ったとあります。しかし、この"仲介役"の人物は別に実在していて、時に自ら「沼正三」を名乗り、実際『続・家畜人ヤプー』はこの人の筆によるものらしいというからややこしい(三島は晩年、自分は「沼正三」が誰だか知っていると言っていたそうですが...)。

【1970年単行本[都市出版社](挿画:宮崎保之)/1970年改訂増補限定版・1971年改訂増補限定版特別再販[都市出版社](挿画・装本:村上芳正)/1970年単行本・1971年改訂増補普及版[都市出版社](挿画・装本:宇野亜喜良)/1972年改訂増補決定版[都市出版社](挿画・装本:村上芳正)/1972年文庫化(改訂増補決定版)[角川文庫](カバー・イラスト:村上芳正)/1975年初版本愛憎版[出帆社](装幀:勝川浩二/挿画:宮崎保之)/1984年限定愛蔵版[角川書店](画:村上昴)/1991年改訂増補完全復刻版[スコラ](挿画・装本:宇野亜喜良)/1992年最終増補決定版[大田出版(全3巻)](装幀・画:奥村靫正)/1999年再文庫化[幻冬舎アウトロー文庫(全5巻)](カバーデザイン:金子國義)】

「捕虜生活中、ある運命から白人女性に対して被虐的性感を抱くことを強制されるような境遇に置かれ、性的異常者として復員して来た。(中略)以来20余年間の異端者の悩みは、同じ性向を有する者にしかわかるまい。昼の私は人と議論して負けることを知らなかったが、夜の私は女に辱められることに陶酔した。犬となって美女の足先に戯れることが、馬となって女騎士に駆り立てられることが、その想念だけでも快感を与えてくれた。被虐と汚辱の空想の行きつくところに汚物愛好も当然存在した。/祖国が白人の軍隊に占領されているという事態が、そのまま捕虜時代の体験に短絡し、私は、白人による日本の屈辱という観念自体に興奮を覚えるようになって行った。」(角川文庫版627p)

ストイックで一見とっつきにくそうな「白眼子」に光子が徐々に信頼を寄せるようになる過程が、戦後間もない時代の北海道という背景とともに、うまく描かれていると思いました。途中で新聞記事が出てきて、「えっ、これ、実話?」と一瞬思わせますが、このような霊能力者は、作品の中にもあるように、戦地から帰らぬ出征者の行方を案ずる人や新たな商売や投機を始める人の需要に沿って、当時結構いたのではないだろうか。

の時代.jpg)






これぞまさに日本最古の悲劇的英雄を描く壮大な叙事詩といったところ。こうして見ると、ヤマトタケルの辿った運命はちょっと源義経と似たところがあるあなとか思いつつ、一気に最後まで読みました。ハードカバーに相応しい内容。面白いし、日本神話の勉強にもなります(梅原猛氏の歴史解釈は多分に恣意的であると思われるが)。

「コナン・ザ・グレート」('82/米)は、アーノルド・シュワルツェネッガーの映画本格的デビュー作で(映画初出演作は「SF超人ヘラクレス」('69年)のヘラクレス役で、アーノルド・ストロングという名義でクレジットされている)、ジョン・ミリアスとオリバー・ストーンの共同脚本ですが、シュワちゃんは肉体は大いに披露するものの、まともなセリフは少ないです(似たような体格のスタントマンがいなかったため、スタントも自らこなすなどして頑張ったが、ラジー賞の"最低男優賞"になってしまった。一方、共演のサンダール・バーグマンは、ゴールデングローブ賞の年間最優秀新人賞に)。![Beastmaster [Soundtrack].jpg](http://hurec.bz/book-movie/Beastmaster%20%5BSoundtrack%5D.jpg)
ます。「ジョーイ」('77年)のマーク・シンガー、「
「コナン・ザ・グレート」●原題:CONAN THE BARBARIAN●制作年:1982年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・ミリアス●製作:バズ・フェイシャンズ/ラファエラ・デ・ラウレンティス●脚本:ジョン・ミリアス/オリバー・ストーン●撮影:キャロル・ティモシー・オミーラ●音楽:ベイジル・ポールドゥリス●原作:ロバート・E・ハワード「英雄コナン」●時間:128分●出
演:アーノルド・シュワルツェネッガー/ジェームズ・アール・ジ
ョーンズ/サンダール・バーグマン/マックス・フォン・シドー/ベン・デイヴィッドスン/カサンドラ・ギャヴァ/ジェリー・ロペス/マコ岩松●日本公開:1982/07●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:新宿ローヤル(83-04-30)(評価:★★☆)
「ミラクルマスター 七つの大冒険」●原題:BEASTMASTER●制作年:1982年●制作国:アメリカ・イタリア●監督・脚本:ドン・コスカレリ●製作:バズ・フェイ
シャンズ/ラファエラ・デ・ラウレンティス●脚本:ポール・ペパーマン/ シルヴィオ・タベット●撮影:ポール・ペパーマン●音楽:リー・ホールドリッジ●原作:ロバート
・E・ハワード「英雄コナン」●時間:118分●出演:マーク・シンガー/タニア・ロバーツ/リップ・トーン/ジョン・エイモス/ジョシュア・ミルラッド/ロッド・ルーミス/ベン・ハマー●日本公開:1983/10●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:新宿東急(83-10-16)(評価:★★☆)







厩戸王子のキャラ設定で好悪は分かれるかもしれませんし、池田理代子氏などはこの作品に対する反発から『聖徳太子』(全7巻)を手掛けたともされているようですが(まだそちらは読んでいない)、歴史小説ファンでありながら少女漫画というものを軽く見ている人などには読んでもらいたい作品です。






維新の功臣を祖父にもつ侯爵家の若き嫡子松枝清顕と、伯爵家の美貌の令嬢綾倉聡子のついに結ばれることのない恋。矜り高い青年が、〈禁じられた恋〉に生命を賭して求めたものは何であったか?―大正初期の貴族社会を舞台に、破滅へと運命づけられた悲劇的な愛を優雅絢爛たる筆に描く―。(『春の雪』―「豊饒の海」第1部)
今や控訴院判事となった本多繁邦の前に、松枝清顕の生まれ変わりである飯沼勲が現れる。昭和の神風連を志す彼は、腐敗した政治・疲弊した社会を改革せんと蹶起を計画する。しかしその企ては密告によってあえなく潰える... 。彼が目指し、青春の情熱を滾らせたものは幻に過ぎなかったのか?若者の純粋な〈行動〉を描く―。(『奔馬』―「豊饒の海」第2部)
つまり、「春の雪」では作者は、理知的な本多繁邦(観察者)の視座にいて、「奔馬」では飯沼勲(行為者)に同化しようとしているように思われます。ただし「春の雪」での聡子と一体になる前までの清顕は三島自身でもあり、その後の清顕は、三島がなりたかったけれどもなれなかった「物語」の人物だと思います。
傍目には強引とも思える飯沼勲と松枝清顕の繋がりは、三島自身が転生を信じていたわけではなく(三島が「三島由紀夫」以外の者になることを果たして望むだろうか)、むしろそこに、二重の意味で時間を超越し(つまり、過去の欠落を補償し、限られた生を超えて)「完璧な物語」そのものになろうとする三島の意志を感じました。別な言い方をすれば、結局、三島はこの作品で、自分(「作品化された自分」)のことしか書いていないとも言えるかと思います。
「春の雪」だけ映画化しても、「原作もさぞかし耽美主義の美しい作品なんだろうなあ」で終わってしまって、四部作を通しての思想的なものは伝わらないのではないかと思いましたが、それまでも何度か「春の雪」単独で舞台化されています。実際、映画を観てみるとまずまずの出来栄えだったように思
います(行定勲監督は、三島由紀夫と縁深かった美輪明宏による評価を恐れていたが、美輪明宏に完成した映画を見せたところ絶賛され、何よりもそれが一番嬉しかったと述べている)。勿論、美文調の三島の文体は映画では再現できませんが、李屏賓(リー・ピンビン)のカメラが情感溢れる映像美を演出しています。それと、妻夫木聡や竹内結子は華族を演じるには弱いけれども、若尾文子、岸田今日子、大楠道代といったベテラン女優が脇を固めていたのも効いていたように思います。ただし、150分の長尺でも話を全て収めるのはきつかったようで、松枝家の書生・飯沼を登場させていません(飯沼のキャラを本多に吸収させてしまっている)。



「春の雪」●制作年:2005年●監督:行定勲●脚本:伊藤ちひろ/佐藤信介●撮影:李屏賓/福本淳●音楽:岩代太郎(主題歌:宇多田ヒカル「Be My Last」)●原作:三島由紀夫「豊饒の海 第一巻・春の雪」●時間:150分●出演:妻夫木聡/竹内結子/高岡蒼佑/及川光博/榎木孝明/真野響子/石丸謙二郎/宮崎美子/大楠道代/岸田今日子/田口トモロヲ/山本圭/高畑淳子/中原丈雄/石橋蓮司/若尾文子●公開:2005/10●配給:東宝(評価:★★★☆)




●「〈春の雪〉の第一巻は僕の依然の傾向と同じ作品だ。貴族のみやびやかな恋愛...そういうものが主題だが、第二巻では昭和七年の神風連ともいうべき青年が登場し、(中略)筋はつぶれてもこれだけは入れたいと思う。」(昭和41年8月)


1981(昭和56)年4月から1986(昭和61)年12月まで「ビッグコミック」に掲載の、幕末を舞台に、蘭学医・手塚良仙の息子の良庵と、府中藩士の伊武谷万二郎の2人の生き方を描いた手塚治虫後期の作品で1983(昭和58)年・第29回「小学館漫画賞」(青年一般部門)受賞作。手塚良庵(後の良仙)は実在の人物で作者の曽祖父にあたる人、主人公の伊武谷万二郎は一応架空の人物とされているようです。
手塚治虫の歴史物の中では最高傑作の1つではないかと思います。しっかりした時代考証の上に生き生きとした創作を織り込むところは、司馬遼太郎の初期作品などを想起させます。
主人公「伊武谷万二郎」はこの実在の人物をモデルにしたのではないかと思われます。「伊佐新次郎」という人は実際に熱血肌の人だったようです。お吉がハリスに仕えたのは僅かの期間ですが、その後の彼女の運命に大きな影響を与えました(個人的にはその辺りの経緯を、下田の観光バスガイドの話で初めて知った)。
尚、この作品は2000年4月から9月まで日本テレビ系で連続アニメドラマとして放送され(全25話)、第4回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門(テレビシリーズ・長編)で優秀賞を受賞していますが、午前1時近くから始まる深夜放映だったためで、どれだけの人の目に触れたか(全編を通して観たわけではないが、安易にストーリーをいじらず、ほぼ原作通りだったのではないか)。(2012年にNHK・BS時代劇「陽だまりの樹」として実写版が4月6日(金)から放送された(全12話)。配役は伊武谷万二郎が市原隼人、手塚良庵が成宮寛貴。)











マンガがサブカルチャーとして注目・評価されるずっと以前に、本作や『火の鳥』が既にカルチャー(教養)の側に入っていた時代があったことを思い出しましたが、個人的にはあえて、物語としてのエンタテインメント性を高く評価したいと思います。


'51(昭和26)年4月から1年間にわたり雑誌「少年」(光文社)に掲載された「アトム大使」(第15巻)が"アトム"の初出とされていますが、ただしこれはアトムが脇役の話で、アトムを主人公とした連載は、それに続く「気体人間」からスタートしています(因みに、「アトム誕生」(第1巻)は、このサンコミックス版刊行('75(昭和50)年)に合わせた書き下ろしで、アトムの初出から24年を経ている)。


【1956年単行本(全3巻)・1958年全集(全8巻)・1964年コミックス版(全32巻)〔光文社〕/1968年全集〔小学館(全20巻)〕/1975年コミックス版(全21巻+別巻)・1978年愛蔵版(全3巻)・1980年カラー版(全12巻)〔朝日ソノラマ〕/1979年全集(全18巻+別巻2)・1987年B6版(全7巻)・1992年コミックス版(全15巻)[講談社]/1995年文庫化〔光文社文庫コミックシリーズ(全15巻)〕/1999年コミックス版(全21巻+別巻2)[秋田書店]/2002年文庫化〔講談社漫画文庫(全13巻)〕/2009年再文庫化[講談社(手塚治虫文庫全集BT)]】






医局を追われた桐人の逃避行を助ける「たづ」「麗花」など女性たちが犠牲的存在としてばかり描かれている点や、「万大人」「竜ケ浦」らが同じ病に罹るというややご都合主義的なストーリー展開などが気にならなくもありませんが、桐人の同僚「占部」の原罪的苦悩と贖罪や修道女「ヘレン・フリーズ」の献身などには、ドストエフスキー小説のような深みがあります。
波乱万丈の物語の背景に一貫して、医師会の会長選挙を巡る権力抗争の話があり、物語全体の骨格を成していますが、教授会と医師会の違いこそあれ、'66年映画「
【1972年コミック版[COMコミックス増刊(上・下)]/1974年コミックス版[大都社ハードコミックス(上・中・下)](1986年ハードコミックス改訂[大都社(上・下))]/1977年全集[講談社(全3巻)]/1989年叢書版(上・下)・2000年単行本(全5巻)・2003年単行本(上・中・下)[小学館]/1994年文庫化[小学館文庫(全3巻)]/2008年ビックコミックスペシャル改装版(全2巻)[小学館]/2010年再文庫化[講談社(手塚治虫文庫全集BT)]】





、'77年に歌手デビューしたばかりのホリプロの"新人"片平なぎさを売り出すためのプロモーション映画ともとれるものでした(「ブラック・ジャック」の実写版は加山雄三と本木雅弘がそれぞれブラック・ジャックを演じたものが知られているが、この作品でブラック・ジャックを演じたのは宍戸錠)。
映画チラシ/DVD「
劇場公開は1977年11月26日で、同時上映は「昌子・淳子・百恵 涙の卒業式〜出発(たびだち)〜」でしたが、僅か2週間で上映打ち切りになったとのこと。珍品というか、今では一種のカルトムービーのような評価になっているようです。原作と
の対比で見ると面白く、結構笑えます(原作の方がずっとマトモ)。3年後に鈴木清純監督の「
「瞳の中の訪問者」●制作年:1977年●監督:大林宣彦●製作:堀威夫/笹井英男●脚本:ジェームス三木●撮影:阪本善尚●音楽:宮崎尚志●原作:手塚治虫 「春一番(「ブラック・ジャック」)」●時間:100分●出演:片平
なぎさ/宍戸錠/山本伸吾/志穂美悦子/峰岸徹/和田浩治/月丘夢路(特別出演)/長門裕之(特別出演)/大林宣彦/(以下、友情出演)千葉真一/壇ふみ/藤田敏八●公開:1977/11●配給:ホリプロ=東宝(評価:★★★?)
大林宣彦(テニス審判)



「ブラック・ジャック」●演出:手塚眞●制作:諏訪道彦●音楽:松本晃彦●原作:手塚治虫●出演(声):大塚明夫/水谷優子/富田耕生/川瀬晶子/阪口大助/江川央生/渋谷茂/山田義晴/滝沢ロコ/渡辺美佐/小形満/後藤史彦/佐藤ゆうこ●放映:2004/10~2006/03(全63回)●放送局:読売テレビ.jpg)




『






一方、先に劇場映画作品として公開された宮崎駿監督の「ルパン三世〜カリオストロの城」は、ヒロインのクラリス姫が特定のファンの間で非常に人気があるこ
のカッコ良さの方が個人的には印象に残ったかなあ。
「カリオストロの城」のモデルと言われる(諸説あり)リヒテンシュタイン城。ドイツの南西部の都市・シュトゥットガルトの郊外にあり、映画と同じく古代ローマ様式の水道橋がある。
第1シリーズ当初からのファンの中には、そのやや大人びた雰囲気が好きな層も多くいたようで、劇場版第1作「ルパン三世~ルパンVS複製人間」は、低年齢化したテレビ版の反動からか、クローン人間をテーマとしたSFチックな壮大なストーリーでした。怪人「マモー」(ブライアン・デ・パルマ監督の「
「海のトリトン」●演出:富野喜幸(富野由悠季)●制作:ア
ニメーション・スタッフルーム●脚本:辻真先/松岡清治/宮田雪/松元力/斧谷稔●音楽:鈴木宏昌●原作:手塚治虫「青いトリトン」●出演(声):塩谷翼/広川あけみ/北浜晴子/八奈見乗児/野田圭一/沢田敏子/杉山佳寿子/北川国彦/渡部猛/増岡弘/渡辺毅/塩見龍助/滝口順平/矢田耕司/中西妙子/柴田秀勝●放映:1972/04~09(全27回)●放送局:朝日放送

色:押井守●製作:多賀英典●演出:安濃高志●脚本:金春智子●撮影監督:若菜章夫●音楽:小林泉美・安西史孝・天野正道●原作:高橋留美子●時間:80分●声の出演:平野文/古川登志夫/島津冴子/神谷明●公開:1983/02●配給:東宝●最初に観た場所:大井ロマン(85-05-05)(評価:★★☆)●併映:「うる星やつら2」(押井守)/「うる星やつら3」(やまざきかずお)
「うる星やつら2/ ビューティフル・ドリーマー」●制作年:1984年●監督・脚本:押井守●製作:多賀英典●演出:西
村純二●撮影監督:若

子/田中真弓/藤岡琢也/千葉繁/村山明●公開:1984/02●配給:東宝●最初に観た場所:大井ロマン(85-05-05)(評価:★★★)●併映:「うる星やつら」(押井守)/「うる星やつら3」(やまざきかずお)
「うる星やつら3/リメンバー・マイ・ラブ」●制作年
「うる星やつら」(テレビアニメ版)●チーフディレクター:押井守(1話 - 129話)/やまざきかずお(130話 - 218話)●プロデューサー:布川ゆうじ/井上尭

「ルパン三世〜カリオストロの城」●制作年:1979年●監督:宮崎駿●製作:片山哲生●脚本:宮崎駿/山崎晴哉●作画監督:大塚康生●音楽:大野雄二 ●原作:モンキー・パンチ●時間:98分●声の出演:山田康雄(1932-1995)/島本須美/納谷悟朗(1929-2013)/小林清志/井上真樹夫/増山江威子/石田太郎/加藤正之/宮内幸平/寺島幹夫/山岡葉子/常泉忠通/平林尚三/松田重治/永井一郎/緑川稔/鎗田順吉/阪脩●公開:1979/12●配給:東宝 (評価:★★★☆)


「ルパン三世」(テレビアニメ版)●監督:(第1シリーズ)大隈正秋/(第3シリーズ)こだま兼嗣/鍋島修/亀垣一/奥脇雅晴ほか●プロデューサー:(第2シリーズ)高橋靖二(NTV)/高橋美光(TMS)/(第3シリーズ) 松元理人(東京ムービー新社)/佐野寿七(YTV)●音楽:山下毅雄/(第2シリーズ)大野雄二●原作:モンキー・パンチ●出演(声):山田康雄/小林清志/二階堂有希子/増山江威子/井上真樹夫/大塚周夫/納谷悟朗●放映:1971/10~1972/03(全23回)/1977/10~1980/10(全155回)/1984/03~1985/12(全50回)●放送局:読売テレビ(第1シリーズ)/日本テレビ(第2・第3シリーズ)





中学生の少年・武はある日、父の友人を名乗る男・小泉から「君のお父さんは実は殺された」と告げられる。確かに武には、幼い頃に倒れた父親の傍で泣いている記憶があった。小泉に連れられ父が死んだ場所へ来た武は、おぼろげな記憶を頼りに父の目的地と思しき洞窟を発見。洞窟の奥で武は思いもかけないモノと遭遇しする―。
それでも初読の時は面白ければいいという感じだったのですが、「別冊太陽」の「太陽の地図帖」シリーズに「諸星大二郎 『暗黒神話』と古代史の旅」('14年/平凡社)というのがあり、それを読んで、一つ一つのモチーフが神話やそれにまつわる実在の遺跡などをベースにしていることが分かり、その博覧強記と取材力、構想力に改めて感じ入った次第です(あまり表に出て来ない作者のインタビューなどもあって貴重)。
ただし、本作の序盤において、当時類例のなさから重要文化財指定とされていた深鉢形土器をモチーフとした蛇紋縄文土器を登場させていますが、この土器は後に、(土器自体は縄文時代のものだったが)蛇形装飾の把手が推定復元であることが判明し、指定解除となっているそうです。この土器をモチーフに話が進んでいくので困ったものですが、古代史研究の場合、まあ、こういうことも起き得るのでしょう(笑)。
1988年版には、「週刊少年ジャンプ増刊」1979(昭和54)年1月号掲載された「徐福伝説」が併収されています。中国の秦の時代、始皇帝に命じられて不老不死の秘薬を得るために東方に渡った徐福の一行が嵐のため日本に流され、中国の文明人が未開の日本を訪れることになるという伝説の図式を背景に、男女の悲恋物語を描いています(こちらも、土器が出てくる一方で、徐福が染色体数と同じ47組の男女を連れ行くというSF的要素もあったりする)。
ただし、ここで描かれる徐福は、日本で一般に伝わる、呪術や祈祷・薬剤の調合に長け、医薬・天文・占術等にも通じたインテリで、その像などからも窺える温厚な人柄の人物というイメージと違って、どちらかと言うと始皇帝のイメージに近い、暴君的な強面のキャラクターになっています。この点については、作者独自の人物造型なのでしょうか、実際そういうキャラだったという言い伝えもあるのでしょうか。その辺りはよく分からなかったです。
作家の名作22篇をコマ漫画に仕立てあげた『滝田ゆう名作劇場』('78年/文藝春秋、'83年/文春文庫、'02年/講談社漫画文庫)、野坂昭如の作品を描いた『怨歌劇場』('80年/講談社、'83年/講談社文庫)に続く「劇場シリーズ」第3弾は、落語をコマ漫画にしたものです。
読んでいて、これまでのシリーズと違うのは、(「落語劇場」と謳っているので当然だが)元が小説ではなく落語であるということです。そのため、無意識的に起承転結の「結」を求めて読んでいたら(小説を読むという行為はだいたいそうしたものだ)最後に「オチ」が来て「落とされる」というところでしょうか。そうした面白さ、愉快さが、ああ、やっぱり落語だなあと。
漫画家でこの手のオチを描く人っていないかなあと思ったら、東海林さだおがいた! あの人はエッセイも、昭和軽薄体と呼ばれる独特なリズム感のある文体だなあ。本書を読んで落語を聴きたくなったというのはフツーでしょうが、東海林さだおのエッセイを読みたくなった、というのはちょっと変わっているかも。