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賛否が分かれる結末。初めて母国語のドイツ語で演じたダイアン・クルーガーは好演。

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「女は二度決断する」ダイアン・クルーガー(右)[カンヌ国際映画祭女優賞]

 ドイツ、ハンブルク。生粋のドイツ人のカティヤ(ダイアン・クルーガー)はトルコからの移民であるヌーリ(ヌーマン・エイカー)と結婚、女は二度決断する s.jpgヌーリは麻薬の売買をしていたが今は足を洗い、真面目に働き、息子も生まれ、幸せな家庭を築いていた。 ある日、ヌーリの事務所の前で白昼に爆弾が爆発し、ヌー女は二度決断する 320.jpgリと愛息ロッコが犠牲になる。トルコ人同女は二度決断する ages.jpg士のもめごとが原因ではないかと警察は疑うが、移民街を狙ったドイツ人による人種差別テロであることが判明する。実行犯としてネオナチの若いメラー夫婦(ウルリッヒ・ブラントホフ、ハンナ・ヒルスドルフ)が起訴され、カティヤは弁護士ダニーロ(デニス・モシット)と共に裁判に臨むが、証拠不十分、アリバイあり、目撃証言無効、といった身をえぐられるような裁判に、カティヤの心の傷は深まってゆく。そんな中、生きる気力を失いそうになりなりながら、カティヤはある決断をする―。

ダイアン・クルーガー/ファティ・アキン監督
女は二度決断する 6.jpg女は二度決断する   .jpg トルコ系移民の子でハンブルグ生まれのファティ・アキン監督(カンヌ・ヴェネツィア・ベルリンの3大映画祭の全てで賞を獲っている監督でもある)の2017年ドイツ映画で、第70回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で上映されてパルム・ドールを争い、ダイアン・クルーガーが女優賞を獲得、米国では、第75回ゴールデングローブ賞で外国語映画賞を獲得しています。

女は二度.jpg女は二度決断する   mages.jpg 前半部分は、カティヤの幸せな結婚生活と不幸な惨劇の後に法廷劇が続きます。犯人らはすぐに捕まりますが、テロリスト側のアリバイ工作を見抜けない裁判所が犯人たちを裁ききれない状況となり、カティヤの苛立ちは募るばかり。そして犯人らが無罪となった後半は、カティヤが単独で彼らが犯人に間違いないことを突き止め、復讐を図るサスペンス調となっていました。

女は二度決断する 8.jpg やはり、ラストのカティヤの「決断」は、賛否分かれるだろうと思います。エンタテインメントとしての復讐劇ならば、復讐相手を斃して観客にカタルシスを与えて終わりですが、本作は実話をベースにした比較的リアルな背景の物語であり、その流れで見ると、復讐殺人も殺人であることには違いなく、落とし所としての主人公が選んだ結末は、復讐の連鎖を繰り返さないための潔いものであり、ある意味納得がいくとも言えます。また、これくらい覚悟が無いと、復讐なんてそう易々やるものでもないとも言えるし、主人公の絶望がそれだけ深いものであることを表しているともとれます。

 しかし、一方で、犯人たちのあまりの幼さを見ると、こうした人間をこの世から抹殺することにどれだけの意義があるのか、背後にある大きな問題の方が重要ではないのかとも思ってしまうし、彼女を支えてきた女友達のブリジットをはじめとする周囲の人々(髯の弁護士ダニーロもいい人だった)の善意は何だったのだろうかという虚しさも感じます。

女は二度決断するヨハネス・クリシュ.jpg いろいろ考えさせられるのは、事実を元にした脚本であるのもさることながら、主演のダイアン・クルーガーをはじめ、犯人の弁護士ハーバーベックを演じたハネス・クリシュら演技達者の醸すリアリズムによるところが大きいと思われます。カンヌ映画の賞レースの傾向として、移民や社会の底辺の人々を描いたものが比較的強い気がしますが(第71回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを獲った是枝裕和監督の「万引き家族」('18年/ギャガ)もその例か)、この映画がパルム・ドールを争ったというのは、移民やそれに対する排他主義、人種差別を描いたということだけが理由ではなく、役者陣の演技力も要因としてあった思います。

IMG_2474.JPG女は二度決断する クルーガー.jpg とりわけ、ダイアン・クルーガーは好演しており、自身もこの役柄について「人生変えるほどの衝撃」があったと述べています。彼女のそれまでの代表作に「戦場のアリア」('05年/仏・独・伊)がありますが未見。個人的にはその前年の「ナショナル・トレジャー」('04年/米)でニコラス・ケイジナショナル・トレジャー111.jpgと共演したのを観ましたが、"フツーに"娯楽映画の添え物的美女といった感じだったでしょうか。ファン・アナキン監督には、「あなたの映画に出たい」と5年間直訴していたそうで、15歳で母国を離れて25年、ずっとハリウッドで活動し、今回初めて母国語で演じる機会を得(「戦場のアリア」の時はフランス語で演じている)、カンヌ国際映画祭の女優賞を獲得したとのことです。
2018年4月6日・朝日新聞(夕刊)

女は二度 決断する.jpg ダイアン・クルーガーは、半年をかけてテロや殺人事件の遺族らに話を聞いたりするなど、入念な役作りをしたとのことですが、この映画のラストについては、彼女自身脚本を読んで、「これはどう演じたらいいのか⁈」と迷ったそうです。結局、こうすべきだと説く映画ではなく、観る人に自分ならどうするかを考えて欲しいと彼女はインタビューで言っていますが、確かに、そういう作りになっているなあと思いました(個人的には自分の中でもいまだに賛否が分かれている?)。
    
「女は二度決断する」●原題:AUS DEM NICHTS●制作年:2017年●制作国:ドイツ●監督・脚本:ファティ・アキン●製作:ファティ・アキン/ヘルマン・ヴァイゲル●撮影:ライナー・クラウスマン●音楽:ジョシュ・オム●時間:106分●出演:ダイアン・クルーガー/デニス・モシット/ヨハネス・クリシュ/ヌーマン・エイカー(ヌーマン・アチャル)/サミア・ムリエル・シャンクラン/ウルリッヒ・トゥクール/ラファエル・サンタナ/ハンナ・ヒルスドルフ/ヘニング・ペカー/ウルリッヒ・ブラントホフ/ハルトムート・ロート/ヤニヒューマントラストシネマ有楽町.jpgヒューマントラストシネマ有楽町 sinema2.jpgス・エコノミデス</カリン・ノイハウザー/ウーヴェ・ローデ/アシム・デミレル/アイセル・イシジャン●日本公開:2018/04●配給:ビターズ・エンド●最初に観た場所:ヒューマントラストシネマ有楽町(シアター2)(18-05-18)(評価:★★★☆)
ヒューマントラストシネマ有楽町(2007年10月13日「シネカノン有楽町2丁目」が有楽町マリオン裏・イトシアプラザ4Fにオープン。経営がシネカノンから東京テアトルに変わり、2009年12月4日現在の館名に改称)[シアター1(162席)・シアター2(63席)] 
女は二度決断する .jpg左から、ウルリッヒ・ブラントホフ(アンドレ・メラー役)/ヌーマン・エイカー(ヌーマン・アチャル)(カティヤの夫役)/ファティ・アキン監督/ダイアン・クルーガー(主人公カティヤ役)/サミア・ムリエル・シャンクラン(カティヤの女友達ブリジット役)/ヨハネス・クリシュ(犯人側の弁護士ハーバーベック役)/デニス・モシット(カティヤ側の弁護士ダニーロ役) in The 70th Cannes Film Festival

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精神的"終活映画"「ラッキー」。ハリー・ディーン・スタントンへのオマージュ。

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「ラッキー」ハリー・ディーン・スタントン(撮影時90歳)/「パリ、テキサス デジタルニューマスター版 [DVD]」「エイリアン [AmazonDVDコレクション]

ラッキー 映画.jpg 90歳の通称"ラッキー"(ハリー・ディーン・スタントン)は、今日も一人で住むアパートで目を覚まし、コーヒーを飲みタバコをふかす。ヨガをこなしたあと、テンガロンハットを被って行きつけのダイナーに行き、店主のジョー(バリー・シャバカ・ヘンリー)と無駄話をかわし、ウェイトレスのロレッタ(イヴォンヌ・ハフ・リー)が注いだミルクと砂糖多めのコーヒーを飲みながら新聞のクロスワード・パズルを解く。夜はバーでブラッディ・マリーを飲み、馴染み客たちと過ごす。そんな毎日の中で、ある朝突然気を失ったラッキーは、人生の終わりが近いことを思い知らされ、「死」について考え始める。子供の頃怖かった暗闇、逃げた100歳の亀、"生餌"として売られるコオロギ―小さな町の、風変わりな人々との会話の中で、ラッキーは「それ」を悟っていく―。

ジョン・キャロル・リンチ監督.jpgファウンダーe s.jpg 昨年[2017年]9月に91歳で亡くなったハリー・ディーン・スタントン主演のジョン・キャロル・リンチ監督作品で、ハリー・ディーン・スタントンの遺作となりました。ジョン・キャロル・リンチは本来は俳優で(最近では「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」('16年/米)で「マクドナルドラッキー 映画02.jpg」の創始者マクドナルド兄弟の兄モーリスを演じていた)、この「ラッキー」が初監督作品になります。一方、2017年のTV版「ツイン・ピークス」でハリー・ディーン・スタントンを使ったデヴィッド・リンチ監督が、主人公ラッキーの友人で、逃げてしまったペットの100歳の陸ガメ"ルーズベルト"に遺産相続させようとしとする変な男ハワード役で出演しています(役者として目いっぱい演技している)。

デヴィッド・リンチ(ペットの陸ガメ"ルーズベルト"の失踪を嘆く白い帽子の男)/ハリー・ディーン・スタントン(ブラッディ・マリーを手にする男)

 主人公のラッキーは、ハリー・ディーン・スタントン自身を擬えたと思われますが(存命中だったが、彼へのオマージュになっている? スタラッキー 映画01.jpgントンは太平洋戦争時に、映画の中でダイナーの客が語る沖縄戦に実際に従軍している)、映画では少々偏屈で気難しいところのあるキャラクターとして描かれています。自分の言いたいことを言い、そのため周囲の人々と小さな衝突をすることもありますが、でも、ラッキーは周囲の人々から気に掛けられ、愛されていて、彼を受け容れる友人・知人・コミニュティもあるといったラッキー 映画03.jpg具合で、むしろこれって"ラッキー"な老人の話なのかもと思いました。但し、彼自身はウェット感はなく、どうやら無神論者らしいですが、そう遠くないであろう自らの死に、自らの信念である"リアリズム"(ニヒリズムとも言える)を保ちつつ向き合おうしています。ある意味、精神的"終活映画"と言えるでしょうか。その姿が、ハリー・ディーン・スタントン自身と重なるのですが、孤独でドライな生き方や考え方と、それでも他者と関わりを持ち続ける態度の、その両者のバランスがなかなか微妙と言うか絶妙かと思いました。

ラッキー .jpg ハリー・ディーン・スタントンはこの映画撮影時は90歳で、「八月の鯨」('87年/米)で主演したリリアン・ギッシュ(1893-1993)が撮影当時93歳であったのには及びませんが、「サウンド・オブ・ミュージック」('65年/米)のクリストファー・プラマーが「手紙は憶えている」('15年/カナダ・ドイツ)で主演した際の年齢85歳を5歳上回っています(クリストファー・プラマーはその後「ゲティ家の身代金」('17年/米)で第90回アカデミー賞助演男優賞に88歳でノミネートされ、アカデミー賞の演技部門でのノミネート最高齢記録を更新した)。

ラッキー 映画p.jpg ハリー・ディーン・スタントンがこれまでの出演した作品と言えば、SF映画の傑作「エイリアン」や、準主役の「レポマン」、主役を演じた「パリ、テキサス」など多数ありますが、第37回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した、ヴィム・ヴェンダース監督の「パリ、テキサス」が特に印象深いでしょうか。この「ラッキー」のエンディング・ロールで流れる彼に捧げる歌の歌詞に「レポマン」「パリ、テキサス」と出てきます。また、米国中西部らしい舞台背景は「パリ、テキサス」を想起させます(ジョン・キャロル・リンチ監督はジョン・フォードの作品なども参考にしたと言っているが、確かにそう思えるシーンもある)。

パリ,テキサス コレクターズ・エディション_.jpgパリ、テキサス01.jpgパリ、テキサス03.jpgパリ、テキサス02.jpg 「パリ、テキサス」('84年/独・仏)は、失踪した妻を探し求めテキサス州の町パリをめざす男(スタントン)が、4年間置き去りにしていた幼い息子と再会して親子の情を取り戻し、やがて巡り会った妻(ナスターシャ・キンスキー)に愛するがゆえの苦悩を打ち明ける―というロード・ムービーであり、当時まだアイドルっぽいイメージの残っていたナスターシャ・キンワン・フロム・ザ・ハート キンスキー.jpgスキーに、「のぞき部屋」で働いている生活疲れした人妻を演じさせ新境地を開拓させたヴィム・ヴェンダース監督もさることながら、ハリー・ディーン・スタントンの静かな存在感も作品を根底で支えていたように思います。ヴィム・ヴェンダース監督は、ロマン・ポランスキー監督が文豪トマス・ハーディの文芸大作を忠実に映画化した作品「テス」('79年/英)でナスターシャ・キンスキーの演技力を引き出したのに匹敵する演出力で、フランシス・フォード・コッポラがオール・セットで撮影した「ワン・フロム・ザ・ハート」('82年/米)で彼女を"お人形さん"のように撮って失敗した(少なくとも個人的には成功作に思えない)のと対照的でした(まあ、ナスターシャ・キンスキーが主役の映画ではなく、彼女は準主役なのだが。因みに、この「ワン・フロム・ザ・ハート」には、ハリー・ディーン・スタントンも準主役で出演している)。

エイリアン スタントン.jpg ハリー・ディーン・スタントンは、主役だった「パリ、テキサス」に比べると、リドリー・スコット監督の「エイリアン」('79年/米)では、"怪物"に「繭」にされてしまい、最後は味方に火炎放射器で焼かれてエイリアン ジョンハート.jpgしまう役だったからなあ(それもディレクターズ・カット版の話で、劇場公開版ではその部分さえカットされている)。ただ、あの映画は、英国の名優ジョン・ハートでさえも、エイリアンの幼生(チェスト・バスター)に胸を食い破られるというエグい役でした。最初に観た時はストレートに怖かったですが、最後に生き残るのはシガニー・ウィーバー演じるリプリーのみという、振り返ればある意味「女性映画」だったかも。シリーズ第1作では男性に置き換えられていますが、チェスト・バスターが躰を食い破って出て来るというのは、哲学者・内田樹氏の「街場の映画論」等での指摘もありましたが、女性の出産に対する不安(恐怖、拒絶感)を表象しているのでしょうか。

エイリアン2s.jpgエイリアン2ド.jpg この恐れは、シガニー・ウィーバー演じるリプリーが完全に主人公となったシリーズ第2作以降、リプリー自身の見る「悪夢」として継承されていきます。「エイリアン2」('86年/米)の監督は、「ターミネーター」のジェームズ・キャメロン。ラストでエイリアンと戦うリプリーが突如「機動戦士ガンダム」風に変身する場面に象徴されるように、SF映画というよりは戦争アクション映エイリアン3ド.jpg画風で、「1」に比べ大味になったように思います(海兵隊のバスケスという男まさりの女兵士は良かった)。デヴィッド・フィンチャー監督の「エイリアン3」('92年/米)になると、リドリー・スコット監督がシンプルな怖さを前面に押し出した第1作に比べてそう恐ろしくもないし(馴れた?)、ジェームズ・キャメロン監督がエイリアンを次々と繰り出した第2作に較べても出てくるエイリアンは1匹で物足りないし、ラストの宗教的結末も、このシリーズに似合わない感じがしました。

ジョン・ハート(31歳当時)/in 「エレファント・マン」('80年/英・仏)
ジョンハート.jpgエレファントマン ジョンハート.jpg チェスト・バスターの出現がシリーズを象徴する場面として印象に残るという意味では、「エイリアン」でのジョン・ハートの役は、エグいけれどもオイシイ役だったかも。この人、「エレファント・マン」('80年/英・仏)で"エレファント・マン"ことジョゼフ・メリック役もやってるしなあ。あれも、普通の二枚目出身俳優なら受けない役だったかも。

ジョン・ハート .jpgハリーディーンスタントン.jpg そのジョン・ハートも「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」('17年/英)のチェンバレン役を降板したと思ったら、昨年['17年]1月に膵臓ガンで77歳で亡くなっています。「ウィンストン・チャーチル」ではゲイリー・オールドマンがアカデミー賞の主演男優層を受賞していますが、そのゲイリー・オールドマンと、第22回「サテライト・アワード」(エンターテインメント記者が所属する国際プレス・アカデミが選ぶ映画賞)の主演男優賞を分け合ったのがハリー・ディーン・スタントンです。但し、スタントンは"死後受賞"でした。遅ればせながらこれを機に、ジョン・ハートとハリー・ディーン・スタントンに追悼の意を捧げます(「冥福を祈る」と言うと、"ラッキー"から「冥土なんて存在しない」と言われそう)。

20170918211045e91s.jpg そう言えば、ハリー・ディーン・スタントンは生前、"The Harry Dean Stanton Band"というバンドで歌とギターも担当していて、2016年に第1回「ハリー・ディーン・スタントン・アウォード」というイベントが開催され、ホストが今回の作品にも出ているデヴィッド・リンチで、ゲストが「沈黙の断崖」('97年)でハリー・ディーン・スタントンと共演したクリス・クリストファーソンや、「ラスベガスをやっつけろ」('98年)などで共演経験のあるジョニー・デップでしたが(ジョニー・デップの登場はハリー・ディーン・スタントンにとってはサプラズ演出だったようだ)、この「ハリー・ディーン・スタントン賞」って誰か"受賞者"いたのかなあ。
 
Harry Dean Stanton performs 'Everybody's Talkin' with Johnny Depp & Kris Kristofferson.('Everybody's Talkin'は映画「真夜中のカーボーイ」の主題歌」)

Lucky (2017)
Lucky (2017).jpg
「ラッキー」●原題:LUCKY●制作年:2017年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・キャロル・リンチ●製作:ダニエル・レンフルー・ベアレンズ/アイラ・スティーブン・ベール/リチャード・カーハン/ローガン・スパークス●脚本:ローガン・スパークス/ドラゴ・スモンジャ●撮影:ティム・サーステッド●音楽:エルビス・キーン●時間:88分●出演:ハリー・ディーン・スタントン/デヴィッド・リンチ/ロン・リヴィングストン/エド・ベグリー・Jr/トム・スケリット/ジェームズ・ダーレン/バリー・シャバカ・ヘンリー/ベス・グラント/イヴォンヌ・ハフ・リー/ヒューゴ・アームストロングス●日本ヒューマントラストシネマ有楽町.jpgヒューマントラストシネマ有楽町 sinema2.jpg公開:2018/03●配給:アップリンク●最初に観た場所:ヒューマントラストシネマ有楽町(シアター2)(18-04-13)(評価:★★★★)
ヒューマントラストシネマ有楽町(2007年10月13日「シネカノン有楽町2丁目」が有楽町マリオン裏・イトシアプラザ4Fにオープン。経営がシネカノンから東京テアトルに変わり、2009年12月4日現在の館名に改称)[シアター1(162席)・シアター2(63席)]

Pari, Tekisasu (1984)
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「パリ、テキサス」●原題:PARIS,TEXAS●制作年:1984年●制作国:西ドイツ・フランス●監督:ヴィム・ヴェンダース●製作: クリス・ジーヴァニッヒ/ドン・ゲスト●脚本:L・M・キット・カーソン/サム・シェパード●撮影:ロビー・ミューラー●音楽:ライ・クーダー●時間:147分●出演:ハリー・ディーン・スタントン/サム・ベリー/ベルンハルト・ヴィッキ/ディーン・ストックウェル/オーロール・クレマン/クラッシー・モビリー /ハンター・カーソン/ヴィヴァ/ソコロ・ヴァンデス/エドワード・フェイトン/ジャスティン・ホッグ/ナスターシャ・キンスキー/トム・ファレル/ジョン・ルーリー/ジェニ・ヴィシ●日本公開:1985/09●配給:フランス映画社●最初に観た場所:テアトル新宿(86-03-30)(評価:★★★★)●併映:「田舎の日曜日」(ベルトラン・タヴェルニエ)

ワン・フロム・ザ・ハート 【2003年レストア・バージョン】 [DVD]
ワン・フロム・ザ・ハート dvd.jpgワン・フロム・ザ・ハート ちらし.jpg「ワン・フロム・ザ・ハート」●原題:ONE FROM THE Heart●制作年:1982年●制作国:アメリカ●監督:フランシス・フォード・コッポラ●製作:グレイ・フレデリクソン/フレッド・ルース●脚本:アーミアン・バーンスタイン/フランシス・フォード・コッポラ●撮影:ロナルド・V・ガーシア/ヴィットリオ・ストラーロ●音楽:トム・ウェイツ●時間:107分●出演:フレデリック・フォレスト/テリー・ガー/ラウル・ジュリア/ナスターシャ・キンスキー/レイニー・カザン/ハリー・ディーン・スタントン /アレン・ガーフィールド/カーマイン・コッポラ/イタリア・コッポラ/レベッカ・デモーネイ●日本公開:1982/08●配給:東宝東和●最初に観た場所:目黒シネマ(83-05-01)(評価:★★★)●併映:「ひまわり」(ビットリオ・デ・シーカ)

エイリアン 1979.jpgエイリアン スタントン.jpg「エイリアン」●原題:ALIEN●制作年:1979年●制作国:アメリカ●監督:リドリー・スコット●製作:ゴードン・キャロル/デヴィッド・ガイラー/ウォルター・ヒル●脚本:ダン・オバノン●撮影:デレク・ヴァンリント●音楽:ジェリー・ゴールドスミス●時間:117分●出演:トム・スケリット/シガニー・ウィーバー/ヴェロニカ・カートライト/ハリー・ディーン・スタントン/ジョン・ハート/イアン・ホルム/ヤフェット・コットー●日本公開:1979/07●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:三軒茶屋東映(84-07-22)(評価:★★★★)●併映:「遊星からの物体X」(ジョン・カーペンター)

エイリアン2.jpgエイリアン2 .jpgエイリアン2 DVD.jpg「エイリアン2」●原題:ALIENS●制作年:1986年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ジェームズ・キャメロン●製作:ゲイル・アン・ハード●撮影:エイドリアン・ビドル●音楽:ジェームズ・ホーナー●時間: 137分(劇場公開版)/154分(完全版)●出演:シガニー・ウィーバー/マイケル・ビーン/ポール・ライザー/ランス・ヘンリクセン/シンシア・デイル・スコット/ビル・パクストン/ウィリアム・ホープ/リッコ・ロス/キャリー・ヘン/ジャネット・ゴールドスタイン●日本公開:1986/08●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:日本劇場(86-10-05)(評価:★★★)
エイリアン2 (完全版) [AmazonDVDコレクション]

エイリアン3.jpgエイリアン3 DVD.jpg「エイリアン3」●原題:ALIENS³●制作年:1992年●制作国:アメリカ●監督:デヴィッド・フィンチャー●製作:ゴードン・キャロル/デヴィッド・ガイラー/ウォルター・ヒル●脚本:デヴィッド・ガイラー/ウォルター・ヒル/ラリー・ファーガソン●撮影:アレックス・トムソン●音楽:エリオット・ゴールデンサール●時間:114分(劇場公開版)/145分(完全版)●出演:シガニー・ウィーバー/チャールズ・S・ダットン/チャールズ・ダンス/ポール・マッギャン/ブライアン・グローバー/ラルフ・ブラウン/ダニー・ウェブ/クリストファー・ジョン・フィールズ/ホルト・マッキャラニー/ランス・ヘンリクセン/ピート・ポスルスウェイト●日本公開:1992/08●配給:20世紀フォックス(評価:★★)
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エレファント・マン3.jpg「エレファント・マン」●原題:THE ELEPHANT MAN●制作年:1980年●制作国:イギリス●監督: デヴィッド・リンチ●製作:ジョナサン・サンガー●脚色:クリストファー・デヴォア/エリック・バーグレン/デヴィッド・リンチ●撮影:フレディ・フランシス●音楽:ジョン・モリス●時間:124分●出演:ジョン・ハート/アンソニー・ホプキンス/ジョン・ギールグッド/アン・バンクロフト●日本公開:1981/05●配給:東宝東和●最初に観た場所:不明 (82-10-04)(評価:★★★☆)

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映像は綺麗だが、娯楽映画的なアップテンポの展開を期待した人にはやや退屈か。

黒衣の刺客aj.jpg黒衣の刺客bb3.jpg 黒衣の刺客 asa.jpg
黒衣の刺客 [DVD]」 舒淇(スー・チー)as 聶隠娘(ニエ・インニャン)
張震(チャン・チェン)as 田季安(ティエン・ジィアン)
黒衣の刺客  0.jpg 唐代8世紀後半、聶隠娘(ニエ・インニャン)(舒淇(スー・チー))が、13年ぶりに両親の元へ帰ってくる。道士・嘉信(ジャーシン)(許芳宜(シュー・ファンイー))に育てられ、暗殺者としての修行を積んだ彼女には、魏博(ウェイボー)の節度使・田季安(ティエン・ジィアン)(張震(チャン・チェン))暗殺命令が下されている。ある夜、季安の館に何者黒衣の刺客 s.jpgかが忍び入り、季安は、室内に残された玉玦の片割れを見て、幼馴染みだった隠娘が自分の命を狙っているのを知る。かつて、先帝の妹で、妾腹の季安の養母だった嘉誠(ジャーチャン)公主(許芳宜(シュー・ファンイー)二役)の計らいで婚約した隠娘と季安は、その証に玉玦を半分ずつ託されたが、田家と元家が同盟を結んだため結婚は破談、隠娘に身の危険が迫ったため、嘉誠は双子の姉・嘉信に彼女を預けたのだ。隠娘の伯父・田興(ティエン・シン)(雷鎮語(レイ・チェンユイ))は、朝廷寄りの献言をしたことで季安の怒りを買い、国境へ左遷されることになる。義弟である黒衣の刺客_02.jpg隠娘の父・聶鋒(ニエ・フォン)(倪大紅(ニー・ダーホン))が護送するが、道中で元家の刺客たちに襲われる。田興は生き埋めにされかけ、聶鋒らも縛られるが、通黒衣の刺客ges.jpgりがかりの鏡磨きの青年(妻夫木聡)が助けに現れる。その青年も追い詰められたところに隠娘が駆けつけ、刺客たちを撃退するが、そんな娘に聶鋒は、道士に預けたのは誤りではなかったかと後悔する。別れも告げず去った隠娘は、仮面の女刺客・精精兒(ジンジンアー)(周韻(チョウ・ユン))に襲われ手傷を負い、後を追ってき黒衣の刺客 tumabuki.jpgた鏡磨きの青年の治療を受ける。青年はかつて日本から遣唐使としてやってきたのだが、今は鏡磨きをしながら旅していた。季安の側室・瑚姫(フージィ)(謝欣穎(シェ・シンイン))が不意に廊下で倒れ込む。季黒衣の刺客 09.jpg安の館に忍び入っていた隠娘は、呪術に苦しむ瑚姫を救い、駆けつけた季安に瑚姫の妊娠を告げて去る。季安は、正妻の田元氏(ティエン・ユエンシ)(周韻(チョウ・ユン)二役)が呪術師を雇い、瑚姫を苦しめたのだと知る。呪術師は射殺され、季安は元氏を斬り捨てようとするが、母を庇う息子を前に思い止まる。嘉信を訪れた隠娘は、季安暗殺を遂行できなかったと告げる。嘉信は隠娘を、暗殺者としての技術は完成しながらも情を捨てられなかったのだと詰る。隠娘と嘉信は一戦を交えるが、隠娘の剣術の腕前は、師匠の嘉信に引けを取らないものとなっていた。隠娘は剣を収めて立ち去り、嘉信はそれを呆然と見つめる。隠娘は、新羅へ向かう鏡磨きの青年らと共に、霧深い草原の彼方へと姿を消す―。

舒淇(スー・チー)as 聶隠娘(ニエ・インニャン)[アジア・フィルム・アワード主演女優賞
黒衣の刺客mages.jpg 2015年公開の侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督による台湾・中国・香港合作映画で、同監督初の武侠映画です。中華圏の監督は、芸術映画を撮って"巨匠"と言われるようになっても武侠映画を撮ることにこだわりがあるようです。代表的なものでは、同じ台湾出身のアン・リー(李安)監督の「グリーン・デスティニー」('00年/中国・香港・台湾・米)、中国の張藝謀(チャン・イーモウ)監督の「HERO」('02年/香港・中国)、香港のウォン・カーウァイ(王家衛)監督の「グランド・マスター」('13年/香港・中国)などがあり、「グリーン・デスティニー」はトロント国際映画祭の最高賞「観客賞黒衣の刺客 kannnu_m.jpg」を受賞、「HERO」はベルリン国際映画祭の「銀熊賞(アルフレード・バウアー賞)」を受賞、「グランド・マスター」は香港国際映画祭「アジア・フィルム・アワード」受賞と、"巨匠"たちは武侠映画においても賞レースでの強さを発揮しています。そして、この「黒衣の刺客」も、第68回カンヌ国際映画祭で「監督賞」を受賞し、「アジア・フィルム・アワード」も、最高賞である「作品賞」ほか主演女優賞(舒淇(スー・チー))、助演女優賞(周韻(チョウ・ユン))などを受賞しています。

左から、妻夫木聡、周韻(チョウ・ユン)、侯孝賢監督、許芳宜(シュウ・ファンイー)、謝欣穎(ニッキー・シエ)、張震(チャン・チェン)、舒淇(スー・チー)

黒衣の刺客 人物相関.jpg ただ、この作品は先に挙げた3作品に比べ武闘シーンは多くなく、カンフー映画とまでは呼べない内容であり、侯孝賢監督自身も、インタビューで「カンフーアクションやワイヤーアクションには関心がなく、黒澤明監督のサムライ映画の動き、背景に大自然が映るような部分に興味があった」という趣旨の発言をしています。話が前半緩やかに進むのは、複雑黒衣の刺客in9.jpgな人間関係図を観る者に分からせるためかとも思いましたが(それでも説明不足で分かりにくのだが)、後半になってもゆったりしたペースはそれほど変わらず、黒澤作品の前期のダイナミズムよりも、後期の様式美の影響が強く感じられます。時々、水墨画のような荘厳な背景が現われて、その美しさにはっとさせられますが、娯楽映画的なアップテンポの展開を期待した人にはやや退屈に感じられたかも。後半の映黒衣の刺客  fukei.jpg像美は、小栗康平監督の「FOUJITA」('15年/日・仏)の後半を想起させ、森などの自然を撮ったシーンは、ウォン・カーウァイ監督の「欲望の翼」('90年/香港)やアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の「ブンミおじさんの森」('10年/タイ・英・仏・独・スペイン)を想起しました。欧州の映画祭に打って出るアジアの映画監督は、「森」を撮ってアピールするのが常道なのでしょうか(中国映画の場合、「竹林」というのもよく出てくる)。

黒衣の刺客mg_5_m.jpg 妻夫木聡演じる窮地に追い込まれたヒロインを助ける日本人青年(彼が元遣唐使であるという説明は映画の中では無い)の日本に居る妻役を務めた忽那汐里のシーンは、侯孝賢監督が来日した際のインタビューによると、編集の女性スタッフから「青年に奥さんが居るなんて、主人公の女刺客が可哀そう」という声が上がって国際版でカットされ、それが、日本公開版で監督の希望で戻されたとのこと。青年を日本で待つ人が居ることで、隠娘の孤独が一層深まるようにしたと明かしていますが、原作(原作者の裴鉶(はいけい)は晩唐の官僚&伝奇作家)では隠娘はこの青年と一緒になるようです。映画でもそう解釈できなくもない?(でも何故最後に向かう先が新羅なのか。やっぱり青年が朝鮮半島経由で日本に帰るため?)。

 その他に、隠娘の子供時代なども撮ったそうですが、最終的に全然残さなかったそうで、結局、いろいろな面で説明不足になったように思います。妻夫木聡が中国語を話すシーンもあったのが、これも「そんなに説明しなくてもわかると判断しました。セリフにしすぎると想像できなくなるからです」としてカットしたそうです(だから彼が何者なのかよく分からない)。但し、妻夫木聡が中国語を話すシーンをカットし黒衣の刺客ロード.jpg刺客聶隱娘 .jpgたのは、小栗康平監督の「FOUJITA」('15年/日・仏)で藤田嗣治を演じたオダギリジョーがフランス語で会話して失敗した(評論家の浅田彰氏がボロクソに貶していた)、その轍を踏まなかったとも言え、見方によってはまだ良かったのかもしれません。でも全体としてはやはり、映像は綺麗ですが、説明不足は否めないように感じました。

周韻(チョウ・ユン)as 田元氏(ティエン・ユエンシ)[アジア・フィルム・アワード助演女優賞

張震(チャン・チェン)ブエノスアイレス」(1997)/「グランド・マスター」(2013)/「黒衣の刺客」(2015)
ブエノスアイレス チャン・チェン(張震).jpg グランドマスター チャン・チェン(張震).jpg 黒衣の刺客ード.jpg

黒衣の刺客-600x400.jpg「黒衣の刺客」●原題:刺客聶隱娘/THE ASSASSIN●制作年:2015年●制作国:台湾・中国・香港●監督:侯孝賢(ホウ・シャオシェン)●製作:廖慶松●脚本:侯孝賢/朱天文(チュー・ティエンウェン)●音楽:林強(リン・チャン).●撮影:李屏賓(リー・ピンビン)●原作:裴鉶(はいけい)「聶隱娘」●時間:106分(インターナショナル版)/108分(日本オリジナル・ディレクターズカット版)●出演:舒淇(スー・チー)/黒衣の刺客739.jpg張震(チャン・チェン)/許芳宜(シュー・ファンイー)/周韻(チョウ・ユン)/倪大紅(ニー・ダーホン)/咏梅(ヨン・メイ)/雷鎮語(レイ・チェンユイ)/謝欣穎(シェ・シンイン)/阮經天(イーサン・ルアン)/妻夫木聡/忽那汐里●日本公開:2015/09●配給:松竹メディア事業部(評価:★★★)
左から、李屏賓(リー・ピンビン)、謝欣穎(ニッキー・シエ)、許芳宜(シュウ・ファンイー)、侯孝賢監督、舒淇(スー・チー)、張震(チャン・チェン)、周韻(チョウ・ユン)、妻夫木聡

舒淇(スー・チー)in Cannes International Film Festival  謝欣穎(ニッキー・シエ)
黒衣の刺客_舒淇(スー・チー).jpg 舒淇_m.jpg  謝欣穎m.jpg

《読書MEMO》
"巨匠"監督の「武侠映画」受賞した主要映画賞と個人的評価
グリーン・デスティニー(00年/中・香・台・米).jpgアン・リー(李安)グリーン・デスティニー」('00年/中国・香港・台湾・米)
 トロント国際映画祭「観客賞」インディペンデント・スピリット賞「作品賞」ロサンゼルス映画批評家協会賞「作品賞」香港電影金像奨「最優秀作品賞」★★★☆
HERO~英雄~2002.jpg張藝謀(チャン・イーモウ)HERO」('02年/香港・中国)
 ベルリン国際映画祭「銀熊賞(アルフレード・バウアー賞)」★★★☆
グランド・マスター 2013.jpgウォン・カーウァイグランド・マスター」('13年/香港・中国)
 アジア・フィルム・アワード香港電影金像奨「最優秀作品賞」★★★
黒衣の刺客 2015 .jpg侯孝賢(ホウ・シャオシェン)黒衣の刺客」 ('15年/台湾・中国・香港)
 カンヌ国際映画祭「監督賞」アジア・フィルム・アワード★★★

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静かに訪れる世界の終り。タルコフスキーの「サクリファイス」より骨太で重かった。

ニーチェの馬 dvd.jpgニーチェの馬es.jpg  サクリファイス タルコフスキー dvd.jpg
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ニーチェの馬_04.jpg 1日目・・・農夫(デルジ・ヤーノシュ)は馬車に乗り、風の中人里離れた家に戻る。娘(ボーク・エリカ)は彼を出迎え、農夫は馬と車を小屋に戻す。娘は農夫の服を着替えさせ、2人で茹でたジャガイモ1個の食事を貪る。寝る段になって、農夫は58年鳴き続けた木食い虫が鳴いていないことに気付く。外は暴風が吹き荒れている。2日目・・・娘は井戸に水を汲みに行く。パーリンカ(焼酎)を飲んだ後、農夫はいつもの通り、馬車に乗って外へ出ようとするが、馬は動こうとしない。諦めた農夫は家に戻って薪を割り、娘は洗濯をする。ジャガイモを貪ったところへ男(ミハーイ・コルモス)が現れ、パーリンカを分けてくれるように頼む。町は風で駄目になったという男は、世界についてのニヒリズム的持論を延々述べるが、農夫はくだらないと一蹴、男はパーリンカを受け取って出て行く。3日目・・・娘は井戸で水を汲む。パーリンカを飲み、農夫と娘は馬小屋の掃除をする。新たな飼い葉を与えても馬は食べない。ジャガイモニーチェの馬 nagare.jpgを食べていた時外を見ると、馬車に乗った数人の流れ者が現れ、勝手に井戸を使い出す。2人は外へ飛び出して流れ者を追い払い、流れ者は2人を罵って去る。食器を片付けた後、娘は流れ者の一人が水の礼として渡した本を読むと、教会における悪徳について書かれていた。未だ風は激しく吹き続けている。4日目・・・娘が水を汲みに行くと、井戸が干上がっていた。馬は相変わらず飼い葉を食べず、水ニーチェの馬ド.jpgも飲まない。農夫はここにはもう住めないと、家を引き払う決心をする。荷物を纏めて馬を連れ、今度は自分らで車を引いて農夫と娘は家を出るが、丘を越えたところで戻ってくる。娘は窓から外を何も言わず見続ける。5日目・・・娘は農夫を着替えさせ、農夫は小屋に行き馬の縄を外してやる。2人はジャガイモを貪るも力なく、農夫は殆どを残してしまう。夜になったが、ランプに火が付かなくなり、火種も尽きる。嵐は去っていた。6日目・・・農夫と娘が食卓についている。農夫はジャガイモを生のまま口にするが、すぐ諦める。2人を沈黙が支配する―。

ニーチェの馬 uma2.jpg ハンガリーのタル・ベーラ監督(1955年生まれ)の2011年の作品で、第61回ベルリン国際映画祭銀熊賞61st Berlin Film Festival - 'A Torinoi Lo' Premiere.jpg(審査員グランプリ)、国際批評家連盟賞(コンペティション部門)を受賞した作品ですが、タル・ベーラ監督はこの作品を監督としての最後の作品と表明しています。それぞれ農夫と娘を演じたデルジ・ヤーノシュ、ボーク・エリカ,ミハーイ・コルモス共、前作「倫敦から来た男」('07年/ハンガリー)に続いての出演で、音楽、撮影、編集も同じスタッフです。
Actor Mihaly Kormos, actress Erika Bok, actor Janos Derzsi and director Bela Tarr in 61st Berlin Film Festival

ニーチェの馬 uma.jpg 強烈な印象を残す馬は、本当に働かなくてその日に売り手がつかなかったらソーセージになるところだった馬を、タル・ベーラ監督がこれだと思って"スカウト"したそうです。冒頭に「1889年1月3日。哲学者ニーチェはトリノの広場で鞭打たれる馬に出会うと、駆け寄り、その首をかき抱いて涙した。そのまま精神は崩壊し、彼は最期の10年間を看取られて穏やかに過ごしたという。 馬のその後は誰も知らない」とナレーションが流れます。この馬は、そのニーチェの馬を象徴的に指しているのでしょうか(原題は「トリノの馬」)。

ニーチェの馬 te.jpg 農夫と娘が強風の中家に閉じ込められ、2日目にはその馬は動かなくなり、4日目には水を失い、5日目には火を失うといった具合に生きていく上で欠かせないものを順番に失っていくわけで、旧約聖書における神が6日間で世界を作った「天地創造」とは逆に、6日で世界が静かに崩壊していく様が、農夫と娘の生活の変化を通して間接的に描かれているとも言えます(タル・ベーラ監督はこの作品について、「本当の終末というのはもっと静かな物であると思う。死に近い沈黙、孤独をもって終わっていくことを伝えたかった」と語っている)。

サクリファイス タルコフスキーga.bmpサクリファイス4.jpg 長回しという点で、アンドレイ・タルコフスキー監督やテオ・アンゲロプロス監督の作品と似ているように思われ、また、世界の終わりを間接的に描いたのであるならば、タルコフスキー監督が第39回カンヌ国際映画祭で、カンヌ映画祭史上初の4賞(審査員特別グランプリ、国際映画批評家賞、エキュメニック賞、芸術特別貢献賞)を受賞した「サクリファイス」('86年/スウェーデン・英・仏)を思い出させます。「サクリファイス」はタルコフスキー監督の遺作で、この監督は晩年になればなるほど作品の哲学的な色合いが濃くなっていったように思いますが、但し「サクリファイス」では、世界の終りの危機が核戦争勃発によってもたらされたことが、登場人物がテレビでそのニュースを聴く場面があることから具体的に示されているのに対し、この「ニーチェの馬」では、2日にパーリンカを分けて欲しいと立ち寄った男が、「町は風で駄目になった」と言うだけです。

ニーチェの馬 po.jpg ほぼ全編に渡って吹きすさぶ風(人工の風だそうだが)―この風によって世界が滅ぶという抽象性がある意味この映画の"重み"になっているように思います。加えて、農夫を演じたデルジ・ヤーノシュの哲学者のような顔つき。殆どセリフがないのも"重さ"に繋がっているし、モノクロ映画であることも効果を増しているように感じられ、個人的には「サクリファイス」より骨太感があるように思いました。長回しが多く、観るのにある程度覚悟のいる作品ですが、他にあまり類を見ない作品であると思います(ジャガイモがこれほど印象に残る映画も無い)。

 因みにハンガリー語圏では名前を「姓・名」の順で表記するため、タル・ベーラ監督は「タル」が姓で「ベーラ」が名前です(女優ボーク・エリカは「エリカ」が名前と言えば分かりやすいか)。印欧語族風にベーラ・タルと表記することもあり(テニスプレーヤーのモニカ・セレシュなども「名・姓」の順)、同じハンガリーの映画監督で、「密告の砦」('65年/密告の砦 0.jpg密告の砦 01.jpgハンガリー)のヤンチョー・ミクローシュ(1921-2014)なども「ミクローシュ・ヤンチョー」と「名・姓」の順で長年通ってしまっているのでややこしいです。1869年、オーストリアとハンガリーの二重帝国治下に入って3年目のハンガリーの、農民と義賊の群れが狩りこまれた荒野の砦を舞台にした「密告の砦」は、ハンガリー人将校たちが仕組んだ"密告"の罠にはまり、次々と倒れていく義賊集団のゲリラたちが悲惨でした。農民が義賊ゲリラ狩りに駆り出されるというのは皮肉ですが、コレ、すべて史実とのことです(1966年度ハンガリー批評家選出最優秀映画賞、1967年度英国批評家協会優秀外国映画賞受賞作品)。「密告の砦」と「ニーチェの馬」の2本だけで、ハンガリー映画って"重い"なあという印象になってしまいがちですが、とりあえず「ヤンチョー」と「タル」が姓であることを憶えておきましょう。

ニーチェの馬 ges.jpg「ニーチェの馬」●原題:A TORINOI LO/THE TURIN HORSE●制作年:2011年●制作国:ハンガリー・フランス・スイス・ドイツ●監督:タル・ベーラ(苗字・名前順、以下同じ)●製作:テーニ・ガーボル●脚本:タル・ベーラ/クラスナホルカイ・ラースロー●撮影:フレッド・ケレメン●音楽:ヴィーグ・ミハーイ●時間:154分●出演:デルジ・ヤーノシュ/ボーク・エリカ/コルモス・ミハリー●日本公開:2012/02●配給:ビターズ・エンド●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-03-25)(評価:★★★★)

サクリファイス タルコフスキー 00.jpgサクリファイス 000.jpg「サクリファイス」●原題:OFFRET●制作年:1986年●制作国:スウェーデン・イギリス・フランス●監督・脚本:アンドレイ・タルコフスキー●製作:カティンカ・ファラゴ●撮影:スヴェン・ニクヴィスト●音楽:ヨハン・ゼバスティアン・バッハ●時間:149分●出演:エルランド・ヨセフソン/スーザン・フリートウッド/オットーアラン・エドヴァル/グドルン・ギスラドッティル/スヴェン・ヴォルテル/ヴァレリー・メレッス/フィリッパ・フランセーン/トミー・チェルクヴィスト●日本公開:1987/04●配給:フランス映画社●最初に観た場所:テアトル新宿(87-10-17)(評価:★★★☆)

密告の砦 00.jpg密告の砦 02.jpg「密告の砦」●原題:SZEGENYLEGENYEK●制作年:1965年●制作国:ハンガリー●監督:ミクローシュ・ヤンチョー(名前・苗字順、以下同じ)●脚本:ジュラ・ヘルナーディ●撮影:タマーシュ・ショムロー●時間:149分●出演:ヤーノシュ・ゲルベ/ティボル・モルナール/アンドラーシュ・コザーク/ガーボル・アガールディ/ゾルタン・ラティノヴィッチ●日本公開:1977/06●配給:フランス映画社●最初に観た場所:千石・三百人劇場(80-01-23)(評価:★★★★)●併映:「オーソン・ウェルズのフェイク」(オーソン・ウェルズ)

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ブレッソンの「少女ムシェット」「ラルジャン」を想起させられた。エミリー・デュケンヌは好演。

ロゼッタ 1999.jpgロゼッタ dvd.jpg  ロゼッタ カンヌ.jpg
ロゼッタ [DVD]」ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督とエミリー・デュケン in 第52回カンヌ国際映画祭(1999)
ロゼッタ es.jpg 16歳の少女ロゼッタ(エミリー・デュケンヌ)は、働いていた工場から突然解雇され、暴れながら警備員につまみ出される。彼女はバスに乗り、住まいであるトレーラーハウスがあるキャンプ場に、いつもの秘密の入り口から入る。トレーラーハウスにはアル中でセックス依存症の母親(アンヌ・イェルノー)がいて、ロゼッタに隠れて酒を飲んでは男を連れ込むため、ロゼッタとはいつも喧嘩に。ロゼッタも持病の腹痛に悩まされている。管理人に隠れてキャンプ場の中の池で釣りをするロゼッタ。町で母親が繕い直した古着を売るが大した金にはならず、役所に届け出た休ロゼッタ09.jpg職届も受け取ってもらえない。いつも立ち寄るワッフル・スタンドで、新顔の店員リケ(ファブリツィオ・ロンギオーヌ)と知り合う。リケのお蔭でワッフル製造の仕事を得たロゼッタだが、社長(オリヴィエ・グルメ)はすぐに自分の息子に仕事を渡してしまい、彼女はまたも失職。リケは彼女に自分が密ロゼッタ 映画ages.jpgかに作っているワッフルを売ることを勧めるが、仕事が欲しいロゼッタはそのことを社長に密告、クビになったリケの替わりに職を得る。問いつめるリケにロゼッタは仕事のためと素っ気なく答える。だが、家に戻り泥酔して眠り込む母親を見た彼女は、社長に電話し仕事を辞めることを伝える。そのことを知らないリケはキャンプ場にやってきて彼女を追い回す。何もかもうまくいかず、倒れ込み泣き出すロゼッタ。リケはロゼッタを黙って抱き起こす―。

ロゼッタ 5zj.jpeg 1999年公開のジャン=ピエール&ダルリュック・ダルデンヌの兄弟の監督によるベルギー・フランス映画で、第52回カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞しており(審査委員長はデヴィッド・クローネンバーグ監督)、更に主演のエミリー・ドゥケンヌが女優賞を獲得しています。ダルデンヌ兄弟はその後「ある子供」('05年/ベルギー・仏)で2度目のパルム・ドールを受賞することになりますが、個人的には「ある子供」の方を先に観ました。「ある子供」が終始ドキュメンタリー・タッチであったこともあって、おそらくこの映画もいきなり終わったりするのだろうなあと思っていましたが、確かに「ある子供」以上に"いきなり"終わりました。ドキュメンタリーでも、最後は何かまとめ的な終わり方をするのが通常であり、ドキュメンタリー出身のダルデンヌの兄弟の場合、むしろ"いきなり"終わるところが映画的なのかもしれません。

 ロベール・ブレッソンの影響を強く感じました。ラストは、ロゼッタが窓の隙間に詰め物をしたり、プロパンガスのボンベのガスが無いので管理人の所へ行って新しいボンベを買ったりしているので何をしているのかなと思いましたが、これも、恵まれない境遇にある少女が最期に自殺を遂げるブレッソンの「少女ムシェット」('67年/仏)が想起され、ああ、これから自殺しようとしているのだと気づきました。

ロゼッタages.jpg その(自死に向けて)重たいプロパンボンベをトレーラーハウスまでよろけながら運ぶロゼッタのところへ、ロゼッタに裏切られて自らの職を奪われたリケがやってきて、すでにロゼッタがリケから奪った仕事も辞めていることを知らずに、彼女の周りをバイクでぐるぐり回ります。彼はロゼッタの現在の行動の意味がわからず、ただ彼女がなぜ自分を裏切ったのか知りたかっただけだと思いますが、ロゼッタがよろけた際に彼が手を差し伸べたところで映画は終わります。その際に、ロゼッタが初めて見せる誰かに救いを求めるような表情―これが、これまで自らの境遇とたった独り闘い続け、外に対して心を閉ざしきたロゼッタの"救い"の兆しなのかもしれません(「ある子供」では男性に対して女性の存在が救いとなっていて、男女の位相がちようど逆になっている感じか)。

ロゼッタ 映画es.jpg そこに至るまでにも、リケと知り合うもトレーラーに住んでいることをリケに知られたくなかったロゼッタが、仕事の空きを知らせに来たリケに殴りかかるといったこともありました。一方で、トレーラーハウスに帰るのが嫌なロゼッタを、ロゼッタに仕事をみつけてくれたリケが自分の家に泊めた際に、寝る前にロゼッタが彼女自身に「ロゼッタ、仕事も見つけた」「ロゼッタ、友達もできた」「まっとうに生きる」と話しかけるシーンもありました(これが唯一ロゼッタの心象を描いたシーン)。それでいてロゼッタの新たな仕事が社長の息子に奪われてしまうと、リケがこっそり自分用にワッフルを作っていることを社長に密告してその仕事を奪ってしまうわけであって、フツーに考えれば彼女は人としてやってはいけないことをやっていることになりますが、それくらのことをするまでのロゼッタの仕事への執念とも取れるし、それだけ彼女の心の闇が深いことを物語っているとも言えます。

ロゼッタ 映画ges.jpg ロゼッタがその後どうなるかは殆ど示唆されておらず、この映画を観る側に委ねられていうようにも思われ、個人的にはロベール・ブレッソン監督の「ラルジャン」('83年/年/仏・スイス)とダルデンヌの兄弟自身の「ある子供」の中間的な終わり方になっているようにも思いました。カンヌ映画祭ではパルム・ドール受賞に関して賛があったようですが("上から目線"的だという批判もあった?)、先にも述べた通り兄弟は「ある子供」で2度目のパルム・ドールを受賞することになり、また、映画初出演で女優賞を獲得したエミリー・デュケンヌ(当時17歳だが好演。むしろこちらの受賞の方がすんなり受け入れられたのではないか)も、2009年にはアンドレ・テシネ監督映画の「La fille du RER」でカトリーヌ・ドヌーヴと共に主演を務めるなど女優として活躍しています。

ロゼッタ 映画ド.jpg「ロゼッタ」●原題:ROSETTA●制作年:1999年●制作国:ベルギー・フランス●監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ●製作:ジャン=ピエール&リュック・ダルデン/ローラン・ペタン/マイケル・パティン●撮影:アラン・マルクーン●時間:93分●出演:エミリー・ドゥケンヌ/ファブリッツィオ・ロンギーヌ/アンヌ・イェルノー/オリヴィエ・グルメイ●日本公開:2000/04●配給:ビターズ・エンド●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-02-25)(評価:★★★★)

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地球の裏側が舞台だけに、一人でいることの孤独感がひしひしと伝わってくる。

ブエノスアイレス 1997 .jpgブエノスアイレス 00.jpgブエノスアイレス_d15.jpg
 ウィン(レスリー・チャン)とファイ(トニー・レオン)
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ブエノスアイレス_d5.jpg 香港から地球の裏側に当たるアルゼンチンをブエノスアイレス_d11.jpg旅するウィン(レスリー・チャン)とファイ(トニー・レオン)のゲイのカップルは、それが「やり直す」ための旅行にもかかわらず、イグアスの滝へ行く途中で道に迷って荒野のハイウェイで喧嘩別れしてしまう。一人になったファイは旅費不足を補うためブエノスアイレスのタンゴバーでドアマンとしてブエノスアイレス_d12.jpg働くが、そこへ白ブエノスアイレス 02.jpg人男性とともにウィンが客として現れる。以降ウィンは何度もファイに復縁を迫りその度ファイは突き放すが、嫉妬した男性愛人にケガを負わされたウィンがアパートに転がり込んで来たため、やむなく介護する。ウィンブエノスアイレス 09.jpgとの生活にファイは安らかな幸せを感じるが、ケガの癒えたウィンはファイの留守に出歩くようになり、ファイは独占欲からウィンのパスポートを隠す。一方、ファイは転職した中華料理店の同僚で台湾からの旅行者のチャン(チャン・チェン)と親しくなり、そんなファイのもとからウィンは去っていく。旅行資金が貯まったチャンは南米最南端の岬へ旅立ち、チャンの出発後、ファイは稼ぎのいい食肉工場に転職、旅費が貯まりイグアスの滝へと旅立つ。香港への帰途、ファイは台北のチャンの実家が営む屋台を訪れる―。

ウォン・カーウァイ「ブエノスアイレス」.jpgブエノスアイレス 11.jpg ウォン・カーウァイ(王家衛)監督の1997年の香港映画で、同年の第50回カンヌ国際映画祭監督賞受賞作品。主演のトニー・レオンは、1998年・第17回香港電影金像奨で最優秀主演男優賞を受賞しています。中華圏の監督による同性愛をモチーフとした映画は、陳凱歌(チェン・カイコー)監督の「さらば、わが愛/覇王別姫」('93年/香港)やアン・リー監督の「ウェディング・バンケット」(93年/台湾・米)が既にありましたが、「さらば、わが愛/覇王別姫」は1920年代の中国の京劇団が舞台で、「ウェディング・バンケット」はアメリカが舞台、一方、この「ブエノスアイレス」はタイトル通りアルゼンチンが舞台で、最後の方に台湾が出てきます(香港は出てこなかった)。

 ゲイ・ムービーですが、男同士の恋人感情の揺れやぶつかり合いが丁寧かつ生々しく描かれていて、恋愛映画としてもよく出来ているように思いました。監督の狙いも、異性間の恋愛感情と何ら変わることがない普遍性を示すことにあったのではないでしょうか。ただ、やはりゲイ・ムービーということもあって、公開時は男性には敬遠され、そのかわり女性客が押しかけたようです(「シネマライズ」で約10万人を動員し、これは同館の歴代上映作品の観客動員数の第5位にあたる)。

ブエノスアイレス_d17.jpg 撮影は難航したようで、トニー・レオン(梁朝偉)は「同性愛者役はできない」と一旦出演を辞退したものの、「亡父の恋人をアルゼンチンに探しに行く息子の物語」に書き改めた新企画を示されて了承、ところが現地に着いてみるとストーリーは大きく変更されていました(監督に騙された?)。男同士でのラブシーンにはかなり抵抗があり、撮影後に呆然としてしていたそうです。

ブエノスアイレス_de.jpg また、相方役のレスリー・チャン(張國榮)は、映画俳優と人気歌手の掛け持ちで、撮影当時コンサートツアーの予定があり、遅延を重ねた撮影の途中でやむを得ず香港へ帰国してしまい、収拾のつかなくなったストーリーを完結させるために、兵役直前で休業に入る予定だった台湾出身のチャン・チェン(張震)と、香港出身の歌手シャーリー・クワン(關淑怡)が招集されましたが、チャン・チェンが中華料理店でのファイの後輩にあたるチャンの役でかなり重要な役どころで出ているのに対し、シャーリー・クワンの出演シーンは本編ブエノスアイレス_d16.jpgでは1カットも使われていません。チャン・チェンはカンフー俳優でもあり、兵役からの復帰後、アン・リー監督の「グリーン・デスティニー」('00年/中国・香港・台湾レスリー・チャン3.gif・米)などに出演し、近年ではウォン・カーウァイ監督、トニー・レオン主演の武術映画「グランド・マスター」('13年/香港・中国)にも出演しています。レスリー・チャンは「さらば、わが愛/覇王別姫」で既に同性愛者を演じていましたが、2003年に香港の高級ホテル「マンダリン・オリエンタル」から投身自殺を図り、46年の生涯を終えています。

ブエノスアイレス sessi .jpg 元から撮影現場で脚本決めをしたりするところがあるウォン・カーウァイ監督なので、レスリー・チャンが現地に留まっていればストーリー的には違った展開になっていたと思われます。この作品のメイキング映画「ブエノスアイレス 摂氏零度」('99年/香港)によれば、シャーリー・クワンはファイの妻役で登場し、チャンとも絡みがある一方、ウィンとウィンのケガを診察した女医とファイとの間で三角関係になるようなシナリオが用意されていたようです。

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 結局、ファイはウィンと別れた後、チャンへとその想いを転じましたが、それはあくまでプラトニック・ラブということなのでしょうか(因みにプラトン自身は同性愛者で且つ実践派だった)。この終わり方に美学を感じる人もいれば、ウィンがフラれた形で可哀そうと思う人もいるかもしれません。でも、ファイは常に仕事をしていたのに、ウィンは仕事もしないで、ヒモみたいな暮らしぶりだったからなあ。ヒモだってウチを守るくらいのことはするだろうけれど、勝手に出歩いてファイの気を揉ませていたし、その癖、ファイへの猜疑心や嫉妬心は強かった...。

ブエノスアイレス_d24.jpg こうしたことも含め、全編を貫いているのは、人間は孤独であり、その辛さに耐えられるかという問いかけではないでしょうかか。舞台が地球の裏側だけに、そのことが一層ひしひしと感じられます。そうした中で、一人では生きることが出来ないのがウィンブエノスアイレス ges.jpgで、次第に破滅に向かって行くタイプかも(ラストの方では、男性の愛人を仮想ファイに見立てていた)。一方で意外と逞しいのが中華料理店の後輩のチャンで、先輩の代わりに南米最南端の岬へ行って悩みを捨ててきてあげるからとファイにテープレコーダーブエノスアイレスes.jpgを渡しますが、ファイはテープレコーダーを握りしめるも言葉はなく、涙を流すしかありませんでした。それまで何となく距離を置いてこの映画を観ていたつもりが、このシーンではこちらもブエノスアイレス_d27.jpg泣けました。ファイが仕事に打ち込んできたのは、ウィンとの別離の痛みを忘れるためというのもあったのではないでしょうか(でも忘れられないでいる)。というわけで、チャンは約束通りしっかり南米最南端のエクレルール灯台まで行き('97年1月)、そのファイが"自らの悩みを吹き込んだ"カセットを聴くも、そこにはファイの言葉は無く、泣き声のようなものしか聴こえませんでした。

ブエノスアイレス_d25.jpg 一方のファイも最後には、貯めた金で中古車を買って旅の目的地だったイグアスの滝へ行っており、そこでウィンの不在を再認識しながらも彼との過去を封印したような感じで、更に帰国時には台北に寄って('97年2月。テレビでは鄧小平死去のニュースが伝えられている。この辺りは物語が撮影とリアルタイムになっているようだ)、チャンの実家が営む屋台を訪れ、チャンの写真を一枚盗むことで、「もし会おうと思えば、どこでだって会うことができる」と確信します。こうした行為は何れも自らの過去を整理するための(同時に未来へ向けての再生のための)儀式のように思えました。

花様年華75.jpg そう言えば、「花様年華」('00年/香港)のラストも、トニー・レオン演じる主人公がわざわざアンコールワット(こちらもイグアス同様に観光名所)まで行って、ある人妻女性との過去を封印したように見えました。マギー・チャン演じる当の相手女性はいちいちそんなことをしません。ひとり親として頑張って息子を育てていくのみ。よく女性は失恋旅行をすると言われますが、「ブエノスアイレス」と「花様年華」の2作を観ると、この種の儀式的行為をするのはむしろ男ではないかと思ってしまいます。ファイが、香港で父親の会社の金を盗み勘当されたと思われる、その父親に手紙を書くシーンがありました。人は一人では生きられない、では現実の孤独とどう向き合うか、ということと併せ、自らの過去とどう向き合うかというのも、この作品のテーマかもしれません。
「花様年華」より
チャン・チェン(張震)
ブエノスアイレス チャン・チェン(張震).jpg「ブエノスアイレス」●原題:春光乍洩/HAPPY TOGETHER●制作年:1997年●制作国:香港●監督・製作・脚本:ウォン・カーウァイ(王家衛)●撮影:クリストファー・ドイル(杜可風)●音楽:ダニー・チョンほか●時間:96分●出演:レスリー・チャン(張國榮)/トニー・レオン(梁朝偉)/チャン・チェン(張震)/グレゴリー・デイトン/スー・ピンラン(蕭炳林)●日本公開:1997/09●配給:プレノンアッシュ●最初に観た場所:渋谷・Bunkamura ル・シネマ(18-02-17)(評価:★★★★☆)

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「お迎え」のイメージは意外と日本的か。一方で、「説明してよ~」という所も多々あったが...。

ブンミおじさんの森@._V1_.jpgブンミおじさんの森@._V2_.jpgブンミおじさんの森 dvd.jpg アピチャッポン・ウィーラセタクン.jpg
ブンミおじさんの森 スペシャル・エディション [DVD]」アピチャッポン・ウィーラセタクン

 腎臓の病により死を間近にしたブンミ(タナパット・サイサイマー)は、後先長くないことを悟り、タイ東北部の自らの農園に、亡き妻の妹・ジェン(ジェーンジラー・ポンパット)と都会で暮らす甥のトン(サックダー・ケァウブアディー)をブンミおじさんの森01.jpg呼び寄せる。ある日の3人での夕食の席に突然、19年前に亡くなったブンミの妻・フエイ(ナッタカーン・アパイウォン)の幽霊が現れる。彼女はブンミの病気が心配でやってきたという。彼らはブンミおじさんの森02.jpg最初こそ驚くものの、懐かしさから語り合う。暫くすると、今度は長年行方不明になっていたブンミの息子・ブンソンが姿を変えて現れる。息子は、森で猿の精霊に出会い、猿の精霊たちの仲間になっていた。愛する者たちを取り戻したブンミは、いよいよ最期の時が来たと悟り、皆で森の中に入っていく。彼は、洞窟の闇の中で、自分の前世を思い出す―。

ブンミおじさんの森00.jpg アピチャッポン・ウィーラセタクン(アピチャートポン・ウィーラセータクンの表記も。Apichatpong Weerasethakul、1970- )の2010年監督作で、2010年・第63回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞しました(2011年・第35回香港国際アピチャッポン・ウィーラセタク.jpg映画祭「アジア・フィルム・アワード(第5回)」最優秀作品賞も受賞)。原題は「前世を思い出せるブンミおじさん(Uncle Boonmee Who Can Recall His Past Lives)」で、監督が着想を得たのも、タイの僧侶による著書「前世を思い出せる男」という本です。カンヌの審査員長のティム・バートンは「我々は映画にサプライズを求めている。この映画はそのサプライズを多くの人々にもたらした」と語っています。タイ映画史上初めてとなるパルム・ドール受賞でしたが、この監督は2002年に「ブリスフリー・ユアーズ」が第55回カンヌ国際映画祭のある視点部門のグランプリを受賞し、2004年に「トロピカル・マラディ」が第57回カンヌ国際映画祭の審査員を受賞しているので、受賞はフロックとは言えないでしょう。日本では受賞を逃した北野武監督の「アウトレイジ」ばかりに話題が集中しましたが、フランスをはじめとする欧米の映画界ではアピチャートポン監督の受賞は至極当然であり、むしろ遅きに失した感があるといった評価だったようです。

ブンミおじさんの森ges.jpg ファンタジー映画と言うか、他の作品に無い独特の雰囲気を醸しており、例えば―ある王女の手が若い兵士に触れ、王女が顔を水面に映すと、たちまち美しく若返って、王女と兵士は抱き合いうが、滝の近くの水中に大ナマズがいて、王女はナマズと共に泳ぎ(ナマズと交接したように見える)、やがてナマズに変身し、二匹のナマズは戯れるように泳ぐ―という不思議な挿話があります。この王女はブンミの前世の姿なのでしょうか。一方、ブンミの来世を表していると思われる場面では、、独裁者の支配する世界になっていて、そこにまたしても猿の精霊が現われ(出て来るたびに着ぐるみっぽくなってくる)、これはブンミが猿の妖精になっているということなのでしょうか。

ブンミおじさんの森V3_.jpg ブンミが亡くなった後行われた葬式も、不思議な雰囲気でしたが、タイの地元の人が見れば、自分たちの土地の風俗を描いたに過ぎないのかもしれません。ただ、その後も不思議な話は続き、ラストで、僧になったトンが寺を抜け出してジェンとその娘の泊まるホテルにやってきますが、2人が食事に出掛ける際に、依然として娘と一緒にテレビを見続けているもう一組のジェンとトンがいて、2人はちょっと驚きますが、そのまま外出してしまいます。映画は、この"幽体分離"の場面(状況)のままで終わります。

ブンミおじさんの森s.jpg 全体として、輪廻転生というのがモチーフになっていて、それがまた、死を迎えようといるブンミの達観した態度にも繋がっていうように思いました(このブンミを演じている人、"演技"をしてる感じが全然しない)。亡くなる時に死者が「お迎え」に来て、そのことにより人は安らかに逝くことができるというのは、日本だけの話ではなかったのだなあと。こうしたモチーフが日本人には思ったよりしっくりくる一方で、「説明してよ~」という感じの所も多々あったりしましたが(村上春樹の小説みたい)、説明的になってしまうと削がれる要素というのも多いのかもしれません。

ブンミおじさんの森es.jpg ウィーラセタクン監督のインタビューなどを見ると、「理屈は捨てて、イメージや音が自分の中に流れ込むのを、自然体で受け入れてください」とのことで、やはり自ら解題したりしてはいないようです(これも村上春樹みたいで賢明かも)。技巧的には、監督が幼い頃から観てきたタイの映画のいろんな要素を盛り込んだとのことで、ファンタジー映画、怪奇映画、アドベンチャー映画などの思い出をブンミの体験や前世の記憶を描くときの参考にしたのが、この映画であるとのことです(「スター・ウォーズ」のチューバッカ風の猿の精霊は、意図的にキッチュなものにしたらしい)。

ブンミおじさんの森V1_.jpg 監督はこの映画について、「先入観を持たずに、まるで外国を旅しているかのような気持ちで観てほしいですね。車窓から景色を眺めるように、鑑賞ではなく映画を"体験"していただきたいと思っています」とも述べていて、そう言えば、劇場に、おそらくタイ語も分からなければ日本語字幕も読めないであろう(チケットを買うのに苦労していた)西洋人男性3人組が観に来ていて、多分彼らは(少なくともその内1人は)この映画の鑑賞方法を事前に理解していたのだろうなあと思いました。
     
Loong Boonmee raleuk chat (2010)
Loong Boonmee raleuk chat (2010).jpg
ブンミおじさんの森V0_.jpg「ブンミおじさんの森」●原題:UNCLE BOONMEE WHO CAN RECALL HIS PAST LIVES●制作年:2010年●制作国:タイ・イギリス・フランス・ドイツ・スペイン●監督・脚本:アピチャッポン・ウィーラセタクン(アピチャッポン・ウィーラセータクン)●製作:アピチャッポン・ウィーラセタクン/サイモン・フィールド/キース・グリフィス/シャルル・ド・モー●撮影:サヨムプー・ムックディプローム●音楽:清水宏一●時間:114分●出演:タナパット・サイサイマー/ジェーンジラー・ポンパット/サックダー・ケァウブアディー/ナッタカーン・アパイウォン●日本公開:2011/03●配給:ムヴィオラ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-02-12)(評価:★★★★)

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子どもたちの活き活きとした演技。"感動作"と言うより"考えさせられる映画"。

パリ20区、僕たちのクラス 2008.jpg パリ20区、僕たちのクラス 00.jpg ローラン・カンテ.jpg
フランソワ・ベゴドー原作・脚本・主演   ローラン・カンテ監督
パリ20区、僕たちのクラス [DVD]

 パリ20区にある中学校の教室。始業のベルが鳴っても、24人の生徒たちはなかなか席に着こうとせず、授業では、教師の言い間違いは嬉々として指摘する。そんな生徒たちに囲まれた国語教師のフランソワ(フランソワ・ベゴドー)は、4年目になるパリ20区、僕たちのクラスs.jpg新学年を迎えた。移民も多いこのクラスの生徒たちは、出身国、生い立ち、将来の夢もみんな異なる。フランソワは語尾変化もを書けない生徒たちに正しく美しいフランス語を教えようとするが、スラングにパリ20区、僕たちのクラス 03.jpg慣れた生徒たちは接続法半過去など文語で金持ちの言葉だと反発する。しかし、フランソワは国語を、生きるための言葉を学ぶこと、他人とのコミュニケーションを学び、社会で生き抜く手段を身につけることだと考えている。そこで「アンネの日記」を読ませた後に、生徒たちに自己紹介文を書かせる。最初は高圧的だったフランソワも、彼らとの何気ない対話の一つ一つが授業であり、真剣勝負ということが分かり、24人の生徒に真正面から対峙し、悩んだり葛藤する―。

パリ20区、僕たちのクラス32.jpgローラン・カンテ .jpg 2008年のローラン・カンテ監督作で、2008年・第61回カンヌ国際映画祭で、純粋なフランスの映画としては「悪魔の陽の下に」('87年/仏)以来21年ぶりとなるパルム・ドール受賞作となりました。審査委員長のショーン・ペンは「作品は完璧に一体化されている。演技、脚本、挑発、寛大さすべてが魔法だ」と評しています。原作は、フランソワ・ベゴドーが実体験に基づいて2006年に発表した小説『教室へ』(早川書房)であり、そのフランソワ・ベゴドー自身が脚本及び主演を務めています(フランソワ・ベゴドーの本職はあくまで作家であり、映画出演はこの作品のみ)。

 24人の生徒は、ローラン・カンテ監督が現役の生徒を対象にオーディション選考を行って選んだ、全員が演技経験の無い本物の中学生で、それでいて、彼らの活き活きとして演技には驚かされますが、監督は生徒たちと週1回、7ヶ月にわたるワークショップを行って信頼関係を築いて撮影に臨んだそうです(ドキュメンタリーではなく、皆が演技しているということになる)。個人的には、学年はやや下になあの子をさがして09.jpgりますが、張芸謀(チャン・イーモウ)監督の「あの子を探して」('99年/中国)を想起しました。小学校で1年から4年まで28人の生徒たちを中学生相当の女の子が代用教員として教える話で、こちらも生徒たちは全員演技経験は無しでしたが(主人子の代用教員役の女の子も)、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞しています。張芸謀監督の演出力はスゴイと思いましたが、ローラン・カンテ監督も負けていないし、生徒たちと本気で遣り合っているようなフランソワ・ベゴドーの演技も効いていると思います。
「あの子を探して」('99年/中国)

 この映画を観ていてもう1つ想起したのが、2005年・第58回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールある子供01.jpgを受賞したジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督の「ある子供」('05年/ベルギー・仏)で、社会の下層にいる若者をドキュメンタリータッチで描いた作品ですが、社会の下層にいる若者が描かれていることに加えて、ドキュメンタリータッチであること、必ずしも予定調和では終わっていないことなどこの作品と通じるところがあり、こういう作品が国際的な映画祭に出品されるところがフランスらしいのかもしれません(日本の場合、社会の底辺を描いた映画は減っているし、それを海外の映画祭に出品するということは殆ど無いのではないか)。
「ある子供」('05年/ベルギー・仏)

パリ20区、僕たちのクラス .jpg 勿論、この作品は、日本における中学校等の"学級崩壊"問題と対比させて観ることも可能で、そこから色々な示唆も得られるかもしれません。しかし、一方で、フランス特有の移民社会の問題とそこから派生する生活や教育の格差の問題を分かりやすく反映させたものでもあります(しかしながらその解決は大変難しい)。一説には、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した背後には、「排除」の問題がフランスで重要な問題になっていたという事情があったと言われています。映画の中でスレイマンという少年が行きがかりから先生に暴言を吐いたことにより、退学処分になるという結果を招きますが、彼が退学になることで学校側は規律を保つことになり、退学になった彼は新たな転校先で受け入れられる―或いはフランソワ先生が危惧するように彼の父親(映画には姿を見せない)によってアフリカの故国に送り還される―ということでいいのだろうか、という問題提起がなされているように思いました。ラストもいわばアンチクライマックスで、"感動作"と言うより"考えさせられる映画"です。

Paris 20-ku, Boku tachi no Class (2008).jpg こうした多国籍社会特有の問題は2008年当時に限らず、移民問題がヨーロッパ圏の大きな問題となっている今日、引き続いてフランスに存する(或いはヨーロッパの各国にもある)のだと思います。その後、フランスでは、ジュリー・ベルトゥチェリ監督が、同じく中学校を舞台に、多文化学級に通う20の国籍、24人の生徒たちの出会いと友情を描いたドキュメンタリー「バベルの学校」('13年/仏)を撮っていて、こちらも機会があれば観てみたいと思います。

Paris 20-ku, Boku tachi no Class (2008)

「パリ20区、僕たちのクラス」●原題:ENTRE LES MURS●制作年:2008年●制作国:フランス●監督:ローラン・カンテ●製作:キャロル・スコッタ/カロリーヌ・ベンジョー/バルバラ・レテリエ/シモン・アルナル●脚本:ローラン・カンテ/フランソワ・ベゴドー/ロバン・カンピヨ●撮影:バリー・マーコウィッツ●音楽:ピエール・ミロン●原作:フランソワ・ベゴドー「教室へ」●時間:128分●出演:フランソワ・ベゴドー●日本公開:2010/06●配給:東京テアトル(評価:★★★★)

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ブレッソンっぽい。ドメンタリーの手法を上手く生かし、最後まで貫き通すことで成功している。

ある子供 2005 dvd.jpg ある子供01.jpg ダルデンヌ兄弟 58回カンヌ国際映画祭パルム・ドール.jpg
ある子供 [DVD]」デボラ・フランソワ/ジェレミー・レニエ  ダルデンヌ兄弟 in 第58回カンヌ国際映画祭(2005)(プレゼンター:モーガン・フリーマン/ヒラリー・スワンク)
ある子供00.jpg 20歳のブリュノ(ジェレミー・レニエ)と18歳のソニア(デボラ・フランソワ)のカップルは、生活保護給付金と、ブリュノある子供02.jpgが14歳の少年スティーヴ(ジェレミー・スガール)らと盗みを働きながら得た金で食いつなぐ、その日暮らしの生活を送っていた。二人に赤ん坊が出来たとき、ソニアはブリュノに真面目に働くようにと紹介ある子供04.jpgされた仕事を教えるも、相変わらずブリュノに定職に就く気はなく、職業斡旋所に並ぶ列から離れた彼は、赤ん坊と二人っきりになった隙に、闇取引業者に赤ん坊を養子として売ってしまい、それを聞いたソニアは卒倒し病院に運ばれる。ブリュノは闇取引業者から赤ん坊を取り返したものの、意識を戻したソニアは警察に事の次第を話していた。怒りの収まらないソニアに家を追い出されたブリュノは、再び手下の少年スティーヴを使って、スクーターによるひったくり強盗を働くが、私服刑事に追われることに―。

ダルデンヌ兄弟Dardenne-brothers.jpg 2005年公開のジャン=ピエール&ダルリュック・ダルデンヌの兄弟の監督によるベルギー・フランス映画で、第58回カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞作。ダルデンヌ兄弟は1999年に「ロゼッタ」('99年/ベルギー・仏)で第52回カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞しており、この作品で、パルム・ドールを2度受賞した5組目の監督となりました(日本人では今村昌平監督が2度受賞している)。

Dardenne-brothers

ラルジャン.jpg 元々ドキュメンタリー映画出身の兄弟監督ですが、この作品はそのドメンタリーの手法を上手く生かしているよう思いました。音楽は一切なく、1つのシーンにおける時間の流れも出来るだけ切らないようにして撮っているのが感じられました。すでに言われているように、ロベール・ブレッソンの映画を強く受けていることが窺え、ブリュノの犯行の犯行の手口を克明に追う様などは「スリ」('59年/仏)を、ブリュノが転落して行く様や、ラストでソニアがブリュノに面会に来る場面などは、「ラルジャン」('83年/仏・スイス)を想起させられました。

ある子供03.jpg 子どもがが生まれたことによって、母性に目覚め、いち早く今までの生活から抜け出そうと考えるようになったソニアと、何とその子どもを他人に売ってしまい、一時的に大金を得て喜んでいるブリュノ―という2人が対比的に描かれていて、「その子供」とは、2人の間に生まれた赤ん坊("子ども")を指すというよりも、むしろ、貧困と無知ゆえに、常人ならば備えているはずの倫理道徳観を持たないブリュノ("子供")を指していることが窺えます。どうしてソニアがもっと早くにブリュノに見切りをつけないのかなと思ってしまいますが、"子ども"が生まれるまではソニア自身も"子供"であったということなのでしょう。

ある子供06.jpg 最後にブリュノは、共に私服刑事に追われ、冷たい川に逃れたために低体温症となった末警察に捕まったスティーヴを救うために、自分が首謀者だと警察に自首するという初めてまともな行動をし、更に、刑務所を訪れて再びブリュノの気持ちに寄り添うソニアと共に涙を流します。それが、この作品の救いとなっていますが、この2人が本当にこれから一緒にやっていけるのか、また一緒にやっていくことがソニアにとっていいことなのか、それは誰にも分からない―といった終わり方になっているところが、ヨーロッパ映画らしいと言うか、この監督らしいと言えます(少なくともハリウッド映画的ではない)。

L'enfant (2005).jpg もしこれが、ソニアの愛情によってブリュノが《心底改悛し、将来立直ることが誰の目にも明らかに分かる》終わり方だったら、これまでずっと緊迫したドメンタリー・タッチできたものが、最後の部分だけとって付けたように"お話"になってしまうため、そうならないようにしたのではないかと思います。

Deborah_François_César_2016.jpg 但し、観る人によっては、ストレートに感動作ととる人、一歩引いて"お涙頂戴"ではないかとる人もいれば、ラストがはっきりしない(二人がこの先どうなるか分からない)のを不満に思う人もいるかもしれません。この加減が難しいところですが、個人的には、先に述べた通り、ドメンタリー・タッチを最後まで貫き通しているように思われ、そのことによって成功している作品だと思います。

L'enfant (2005) デボラ・フランソワ Deborah_François__2016(ベルギー出身)

ある子供 ges.jpg「ある子供」●原題:L'ENFANT●制作年:2005年●制作国:ベルギー・フランス●監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ●製作:ジャン=ピエール&リュック・ダルデン/デニス・フレイド●撮影:アラン・マルコァンツ●時間:95分●出演:ジェレミー・レニエ/デボラ・フランソワ/ジェレミー・スガール/ファブリツィオ・ロンジョーネ/オリヴィエ・グルメ/ステファーヌ・ビソ/ミレーユ・バイ●日本公開:2005/12●配給:ビターズ・エンド(評価:★★★★)

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フランシス・フォード・コッポラ監督自身の同時解説(DVD特典)が興味深かった。

カンバセーション・・・盗聴・・・ .jpg カンバセーション...盗聴... VHS.jpg カンバセーション...盗聴... dvd.jpg カンバセーション...盗聴... dvd2.jpg
パンフレット「カンバセーション~盗聴~ [VHS]」「カンバセーション...盗聴... [DVD]」「カンバセーション...盗聴... [DVD]
カンバセーション・・・盗聴・・・01.jpgカンバセーション...盗聴00.jpg サンフランシスコのユニオンスクエアを散歩する一組のカップルを注視する一見ごく平凡な中年男ハリー・コール(ジーン・ハックマン)は、実はプロの盗聴屋で、彼は大企業の取締役からの依頼を受け、カップルの会話をテープに録音していたのだ。ハリーの通信傍受カンバセーション...盗聴ges.jpgの権威としての輝かしい名声とは裏腹に、その私生活は孤独であり、それは盗聴という仕事を生業にしていながら、彼が自らのプライバシーの保持に異常に気を使っていカンバセーション...盗聴04.jpgるからだ。そのためにハリーは、彼のことをより知りたがる恋人アミー(テリー・ガー)とも別れる羽目に。そんな彼にとって唯一の心の支えは、厳重に外部から隔離された自室で、ジャズの調べに合わせてサクソフォンを演奏することだった。ユニオンスクエアで密会する男女の会話を盗聴したハリーは、一見すると他愛の無い世間話にカンバセーション...盗聴 04.jpg見えた二人の会話に不審なものを感じ、依頼人の秘書マーティン(ハリソン・フォード)への録音テープの受け渡しを拒否する。依頼人のオフィスからの帰り道にハリーは、公園で盗聴したカップルに遭遇、例の二人組は、女の方は依頼人の妻(シンディ・ウィリアムズ)で、男はその会社に勤めていた社員(フレデリック・フォレスト)だった。ハリーは依頼主への疑念から、「好奇心を捨て、淡々と仕事する」とする自らのポリシーを破り、改めて録音テープを再生する。すると、「チャンスがあれば我々を殺す気だ」という事件の予兆を示す声が録音されていた。ハリーは、依頼主の重役(ロバート・デュヴァル)が二人を殺害しようとしているのではないかという疑惑を抱く―。

 1974年4月米国公開のフランシス・フォード・コッポラ監督作で、同監督の「ゴッドファーザー」('72年)と「ゴッドファーザー PART II」('74年)の間に作られた作品。映画の構想自体は、フランシス・フォード・コッポラが1960年代中盤から暖めていたものですが、「ゴッドファーザー」の成功によって映画化が実現したとのこと。当時、興行的には失敗作でしたが評論家からは高い支持を得、1974年のカンヌ国際映画祭では最高賞であるグランプリ(翌1975年から現在の正式名であるパルム・ドールに改称)を受賞しています。

カンバセーション盗聴V1_.jpg 90年代にビデオで観て今一つでしたが、最近DVDで観直してみて、なかなか面白いのではないかと思いました。自分が観たDVDには、監督のフランシス・フォード・コッポラと編集のウォルター・マーチによる字幕解説が特典付録として付いていました。2000年の時点でコッポラ監督自らがこの作品を振り返った解説が全編にわたって字幕スーパーでインポーズされていて、その内容も、映画ストーリーの進行そのものに合わせた解説や登場する俳優に関するエピソード、更には自分の生い立ちや、撮りたいと思っている作品、名作映画や自身の作品についてなど多岐にわたっていて、なかなか興味深かったです。

 それによれば、フランシス・フォード・コッポラ監督は、元々は集団劇的な大作ではなく個人を描いたオリジナル脚本の作品を撮りたかったけれども、家族を養うために、不本意ながらも原作のある作品「ゴッドファーザー」の仕事を引き受け、それが成功を収め、皆が自分の意見を聴いてくれるようになったため、この映画の製作が実現したとのことです。但し、「ゴッドファーザー PART II」('74年)から「地獄の黙示録」('79年)の間はいろいろ大変で、好きな映画を撮れなかったとも言っています(村上春樹は「地獄の黙示録」にプライベート・フィルム的要素を見て取っていた。さすがと言うべきか)。一方で、「タッカー」('88年)のような映画の撮影は楽しかったと述べています。

カンバセーション...盗聴 デュヴァル.jpgカンバセーション...盗聴 hf.jpgカンバセーション...盗聴 jk.jpg 妻に不倫された取締役を演じたロバート・デュヴァルや、すごく陰険そうな秘書を演じた「スター・ウォーズ」('77年)でブレイクする前のハリソン・フォードがこの映画に出演することになった経緯などが語られているのも楽しいし、この映画出演の数年後に癌で亡くなったジョン・カザールの人間性を絶賛し、その死を惜しんでいます。ジーン・ハックマンは本当は若々しくダンディであったため、老けていてダサい風采のオタク系男である主人公を演じるのに苦労し、イラカンバセーション...盗聴01.jpgついていたとのことです。霧の公園のシーンの撮影の際に近所の住民の通報で警察や記者の邪魔が入り、撮影を中断せざるを得なかったこと(ジーン・ハックマンはますますくイラついたらしい)、結果としてラストシーンに想定していたその場面を中盤に持って来ざるをえなかったことなどを明かしています。また、この映画は、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「欲望」('67年)やアルフレッド・ヒッチコック監督の「サイコ」('60年)などの影響を受けていることも明かしています(「サイコ」の影響を受けているのは言われなくとも分かるが、「欲望」の影響を受けているのは意外だった)。

カンバセーション...盗聴 見本市.jpg 映画公開直後に「ウォーターゲート事件」が発覚し('74年6月)、大いに驚いたとのことで、事件を無意識的に予知したのかも、とも。その他にも、映画に出てくる盗聴業者の見本市のようなものは、本物のその業界の見本市で撮影したとか、主人公が告解する神父の役と、新聞に出た事件の真相を知ろうと取締役の会社に行って警備員に追い返されるその警備員の役は、共にジーン・ハックマンの弟が演じていること、後者のシーンは「室内シーン」だが実は建物の外で撮られていること(言われてみればそんな感じ)など、色々と明かしていて楽しいです。

 ラストで、主人公ハリーは自分が勘違いしていたことに気づきますが、「チャンスがあれば我々を殺す気だ」という言葉が別の意味にも取れることを、解説でコッポラ自身が、二重の意味を持たせたことが良かったのか、もっとシンプルにした方が良かったのかどうか分からないともコメントしています。そして、ハリーは、謎の人物からの「盗聴してる」という電話に怖カンバセーション・・・盗聴・・・02.jpgれ慄きます(この電話の主は、ハリソン・フォード演じるマーティンか。ならば、マーティンは重役夫人カップルとグルなのか)。ハリーは家の中に盗聴器が仕掛けられていないか探しまくりますが(コッポラ監督自身が、盗聴器がある思って主人公が壊すビニール製のキリスト像は「壊れにくかった」とか、自分だったらサクソフォンのトラップに盗聴器が仕掛けてあると疑うとかコメントしている(笑))、結局は盗聴器は見つかりません(コッポラ監督が自分にもどこにあるか分からないとコメントしている(笑))。主人公はもともと神経質な性質なので、それが脅迫神経症に進行し、盗聴のプロが自分が盗聴される立場になって被害妄想になっていくという、たいへん皮肉な結末です。

カンバセーション盗聴 001.jpgカンバセーション 盗聴_03.jpg どこまでが現実でどこまでが主人公の妄想か、仮に妄想であれば主人公はどの辺りからその世界に入っていったのか分からないままでしたが、おそらくは主人公の同僚だったスタン(ジョン・カザール)を引っこ抜いた同業ライバルのウィリアム・P・モラン(アレン・ガーフィールド)のスパイであるコンパニオン女性メレディス(エリザベス・マックレイ)と一夜を共にした辺りからではないかと。新聞記事などから事件が現実のものであったことは間違いないのでしょう。あとは、どこまでが現実でどこまでが主人公の妄想かは、映画を観た人の間で議論してくださいという、含みを持たせた作りにしているように思いました。最初に観た時は、もやっとした印象が残るのがネックになりましたが、観直してみて、これはこれでいいと思うようになりました。フランシス・フォード・コッポラ監督自身の同時解説のお蔭で、興味と愛着が増した作品です。

カンバセーション盗聴 002.jpgジョン・カザール(スタン)/エリザベス・マックレイ(メレディス)/アレン・ガーフィールド(ウィリアム・P・モラン)/ジーン・ハックマン(ハリー・コール)
Conversation - Tôchô (1974)
Conversation - Tôchô (1974).jpg
カンバセーション...盗聴...1974.jpg「カンバセーション...盗聴...」●原題:THE CONVERSATION●制作年:1974年●制作国:アメリカ●監督・製作・脚本:フランシス・フォード・コッポラ●撮影:ビル・バトラー●音楽:デイヴィッド・シャイア●カンバセーション...盗聴 s.jpg時間:113分●出演:ジーン・ハックマン/ジョン・カザール/アレン・ガーフィールド/フレデリック・フォレスト/シンディ・ウィリアムズ/マイケル・ヒギンズ/エリザベス・マックレイ/テリー・ガー/ハリソン・フォード/ロバート・デュヴァル●日本公開:1974/11●配給:パラマウント映画=CIC(評価★★★★)

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久しぶりに劇場で観直してみてもやはり解らず、それでも解らないままに圧倒される映画。

地獄の黙示録2017.jpg 地獄の黙示録 特別完全版2017.jpg   地獄の黙示録01ヘリ .jpg
地獄の黙示録 [DVD]」(2017)/「地獄の黙示録 特別完全版 [DVD]」(2017)

地獄の黙示録02 でゅばる.jpg 米国陸軍・ウィラード大尉(マーティン・シーン)に、カーツ大佐(マーロン・ブランド)暗殺の命令が下る。ウィラードと同行者は、哨戒艇でメコン河を上り、やがて、ジャングルの奥地にあるカーツ大佐の王国へとたどり着く―。

 1979年公開のフランシス・フォード・コッポラ監督作品(原題:Apocalypse Now)で(日本公開は1980年)、4年の歳月と3100万ドルの巨費地獄の黙示録03 pm.jpgをかけて作られた大作であり、カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作でもあって、鳴り物入りで日本公開されましたが、当時テアトル東京に観に行って、解らないままに圧倒されたという印象でした。こうした映画って、観てから時間が経つうちに、ああ、あれってこういことだったんだなあとか解ってくることがありますが、この映画に関してそれが無く、ずっと解らないままでした(先日ちょうど37年ぶりに劇場で観たが、今観ても解らず、解らないままに圧倒される?)。そのうち、この映画が"ワースト1"映地獄の黙示録05 kingdom.jpg画に選ばれたりするような時期があり、例えば『大アンケートによる洋画ベスト150』('88年/文春文庫)の際のアンケートでは"ワースト10"のトップに選ばれています。この結果を受けて、『洋・邦名画ベスト150 〈中・上級篇〉』('92年/文春文庫)で故・田中小実昌2.jpg田中小実昌が映画評論家の北川れい子氏との対談で、「ぼくはそんなに気に入らないことはないですね」とし、ワーストに選ばれる作品はみんな大作なんですよ」と言っていて、ナルホドなあと思いました。

長谷川和彦s.jpg地獄の黙示録06 かーつ.jpg 映画の公開前に映画監督の長谷川和彦氏がコッポラ監督にインタビューしていて、この映画のテーマは何かと質問したら、コッポラは「撮っていて途中で分からなくなった」と答えたとのこと。完成作に寄せた序文でもコッポラは、「撮影の間に映画が徐々にそれ自体で一人歩きを始めた」としていて、映画製作のプロセスをウィラード大尉が奥深いジャングルの河を上って行く旅に重ね合わせています。

地獄の黙示録s.jpg 簡単に言ってしまえば戦争の狂気を描いた映画ということになり、ゆえに「地獄の黙示録 ロ.jpg反戦映画」ということになるのかもしれませんが、多くの戦争映画がそうであるように、同時に戦争と人間の親和性を描いた映画でもあるように思います。特にこの映画は、ロバート・デュヴァル演じるサーフィンをするために敵方の前哨基地を襲撃するビル・キルゴア中佐などに、その部分がよく表象されているように思います。もちろんマーロン・ブランド演じるカーツ大佐にも狂気と戦争への親和性は見られ、むしろカーツ大佐は戦争に過剰に適地獄の黙示録07 s.jpg応してしまい、王国を築いて自分でも壊せなくなってしまったため、マーティン・シーン演じるウィラード大尉に「殺される」運命を選んだのかもしれません。立花 隆 2.jpg評論家の立花隆氏は、ギリシャ神話を隠喩的に織り込んでいると述べていますが、ウィラード大尉によるカーツ大佐殺害は、「父親殺し」の暗喩ととれなくもないでしょう。

村上春樹 09.jpg 村上春樹氏が評論『同時代としてのアメリカ』(単行本化されていない)の中でこの映画について、「いわば巨大なプライヴェート・フィルムであるというのが僕の評価である。大がかりで、おそろしくこみいった映画ではあるが、よく眺めてみればそのレンジは極めて狭く、ソリッドである。極言するなら、この70ミリ超大作映画は、学生が何人か集まってシナリオを練り、素人の役者を使って低予算で作りあげた16ミリ映画と根本的には何ひとつ変りないように思えるのだ」と述べていて、コッポラ監督の談話などから映画製作自体が何か自分探しみたいになっていることが窺えることからも、村上氏の指摘はいいところを突いているように思いました。

 この映画は脚本の段階から紆余曲折あり、原作はジョゼフ・コンラッド(1857‐1924)の『闇の奥』ですが、内容はベトナム戦争に置き換えられ、最初にストーリーを書き下ろしたのは、「ビッグ・ウェンズデイ」('78年)のジョン・ミリアス監督で、その第一稿をコッポラ監督が大幅に書き換えています。また、ウィラード大尉は当初ハーヴェイ・カイテルが演じる予定だったのが、契約のトラブルで降板し、ハリソン・フォードの起用地獄の黙示録 ハリソン・フォード.JPG地獄の黙示録 ハリソン・フォード2.jpgも検討されましたが、「スター・ウォーズ」('77年)の撮影があって無理となり、最終的にマーティン・シーンに落ち着いています。ハリソン・フォードは、撮影の見学に来たときに、映画の序盤部分に端役として出演しており、その時の役名は「ルーカス大佐」となっています。

Jigoku no mokushiroku (1979) フレデリック・フォレスト(哨戒艇乗組員シェフ)全米映画批評家協会賞助演男優賞
Jigoku no mokushiroku (1979).jpgフレデリック・フォレスト.jpg「地獄の黙示録」●原題:APOCALYPSE NOW●制作年:1979年●制作国:アメリカ●監督・製作:フランシス・フォード・コッポラ●脚本:ジョン・ミリアス/フランシス・フォード・コッポラ/マイケル・ハー(ナレーション)●撮影:ヴィットリオ・ストラーロ●音楽:カーマイン・コッポラ/フランシス・フォード・コッポラ●原作:ジョゼフ・コンラッド「地獄の黙示録 デニス・ホッパー_11.jpg闇の奥」●時間:153分(劇場公開版)/202分(特別完全版)●出演:マーロン・ブランド/ロバート・デュヴァル/マーティン・シーン/フレデリック・フォレスト/サム・ボトムズ/ローレンス・フィッシュバーン/アルバート・ホール/ハリソン・フォード/G・D・スプラドリン/デニス・ホッパー/クリスチャン・マルカン/オーロール・クレマン/ジェリー・ジーズマー/トム・メイソン/シンシア・ウッド/コリーン・キャンプ/ジェリー・ロス/ハーブ・ライス/ロン・マックイーン/スコット・グレン/ラリー・フィッシュバーン(=ローレンス・フィッシュバーン)●日本公開:1980/02●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:銀座・テアトル東京(80-05-07)●2回目:高田馬場・早稲田松竹(17-05-07)(評価★★★★)●併映(2回目):「イージー・ライダー」(デニス・ホッパー)

テアトル東京 1955 七年目の浮気3.jpgテアトル東京2.jpg

テアトル東京内.jpg

テアトル東京
1955(昭和30)年11月1日オープン (杮落とし上映:「七年目の浮気」)
1981(昭和56)年10月31日閉館 (最終上映」マイケル・チミノ監督「天国の門」)

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疑似的父親にみる父性原理。主人公は今必ずしも幸せでない? 通常版(劇場公開版)で十分か。

Nyû shinema paradaisu (1988).jpgニュー・シネマ・パラダイス SUPER.jpg ニュー・シネマ・パラダイス10.jpg ジュゼッペ・トルナトーレ.jpg
ニュー・シネマ・パラダイス SUPER HI-BIT EDITION [DVD]」ジュゼッペ・トルナトーレ監督 Nyû shinema paradaisu (1988)

ニュー・シネマ・パラダイス23.jpg ローマに住む映画監督のサルヴァトーレ(中年期:ジャック・ペラン)は、アルフレード(フィリップ・ノワレ)という老人が死んだという知らせを受ける。アルフレードは、かつてシチリア島の小さな村にある映画館・パラダイス座で働く映写技師だった。「トト」という愛称で呼ばれていた少年時代のサルヴァトーレ(少年期:サルヴァトーレ・カシオ)は大の映画好きで、母マリア(中ニュー・シネマ・パラダイス25.jpg年期:アントネラ・アッティーリ)の目を盗んではパラダイス座に通いつめていた。「トト」はやがて映写技師のアルフレードと心を通わせるようになり、ますます映画に魅せられていった。アルフレードから映写技師の仕事も教わるニュー・シネマ・パラダイス26.jpgようになった「トト」だったが、フィルムの出火から火事になり、アルフレードは重い火傷を負って失明してしまう。その後、焼失したパラダイス座は「新パラダイス座」として再建され、父の戦死が伝えられた「トト」は、家計を支えるためにそこで映写技師として働くようになる。やがて思春期を迎えた「トト」ことサルヴァトーレ(青年期:マルコ・レオナルディ)は駅で見かけた美少女ニュー・シネマ・パラダイス62.jpgエレナ(アニェーゼ・ナーノ)との初恋を経験、それから兵役を経て成長し、今は映画監督として活躍するようになっている。成功を収めた彼のもとに母マリア(壮年期:プペラ・マッジオ)からアルフレードの訃報が届き、映画に夢中だった少年時代を思い出しながら、サルヴァトーレは故郷のシチリアに30年ぶりに帰って来たのだった―。

ニュー・シネマ・パラダイス200.jpg ジュゼッペ・トルナトーレ監督(1956年生まれ)の1988年公開作で、1989年カンヌ国際映画祭審査員グランプリを受賞したほか、イタリア映画としては15年ぶりにアカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞した作品です。日本でも'89年12月に公開され、「シネスイッチ銀座」での単館ロードながら40週というロングランを記録し、観客動員数約27万人、売上げ3億6900万円という数字は、単一映画館における興行成績としては未だ破られておらず、単館ロードそのものが減っているため、この記録は今後も破られないと言われています。

 124分の「劇場公開版(国際版)」の他に175分の「完全版(ディレクターズカット版)」があり、そちらもビデオやDVD化されています。「完全版」も劇場で観たいと思っていたらシネマブルースタジオでやることになり、観に行くと、当初「完全版」での上映を予定していたのが「通常版」(劇場公開版(国際版))の上映に変更となったとのことでした。それでも、27年ぶりぐらいに観て懐かしかったです(映画そのものが"ノスタルジー映画"であり、気分的に何だかダブった)。
音楽:エンニオ・モリコーネ

ニュー・シネマ・パラダイス31.jpg この映画について、母性(女性)原理への回帰という意味で日本人の気質に通じるものがあって、日本人に受け入れられやすいのではないかという見方をどこかで読んだ覚えがありますが、確かにシシリア人気質というのは家族の絆を非常に重んじるところがあるようです。但し、映画において「トト」ことサルヴァトーレにとって疑似的な父親の役割を果たすアルフレードは、サルヴァトーレに「この村から出て行け。ローマに行って、もう戻ってくるな」と諭すわけであって、これは完全な父性(男性)原理と言えるのではないかと思いました(「ノスタルジーに惑わされるな」と言っているのも同じことだろう。極論すれば、家族を犠牲にしてもわが道を行けと言っているともとれる)。

ニュー・シネマ・パラダイス80.jpg それがいいのか悪いのかというと、結局トトことサルヴァトーレは、映画監督としては成功したものの、アルフレードの教えを守ったばかりに母親は30年間息子に会えず、そして、成功しているはずのサルヴァトーレ自身も、実を結ばなかった初恋の思い出を引き摺っているのか、結婚もせずに付き合う女性をとっかえひっかえし、何となく虚無感を漂わせている感じです。但し、これをもってアルフレードの教えが誤っていたとかそんなことは言えないだろうなあ。アルフレードの教えを守ったからこそ映画人としての今の自分があるのかもしれないし、何かを得れば何かを失う、人生って大方そのようなものではないかなあと思いました。

 175分の「完全版」では主人公の人生に焦点が置かれており、青年期のエレナとの恋愛や壮年期の帰郷後の物語が描かれるため、同じラストシーンも、「通常版」では少年時代の映画を愛する心を取り戻す意味合いに近いものになっているのに対し、「完全版」では長い年月エレナに囚われていた心を慰められるという意味合いに近くなって、ニュアンスが異なってくるとのこと。従って、「完全版」を観ないと、この映画の本当の意味(例えばラストの編集されたキスシーンのオンパレードの意味など)は理解できないという人もいるようです。

 一方で、映画サイトallcinemaでは、「通常版」に「星4つ」という満点の評価を与え、「かなり印象を異にする3時間完全版もあるが、はっきりいってこちらだけで十二分である」とコメント。「完全版」に対する評価は「星1つ半」という低評価で、「"映画をこよなく愛する人たち"にとって、これほどまでの感動を与えてくれた映画は過去にあっただろうかと思えるほど、映画ファンにはたまらなかった秀作に、51分・約60カットも加えてしまった蛇足の完全版。初公開版と異なるところは、青年期のサルヴァトーレと恋人とのすれ違いの理由や、彼の"ストレートな"感情表現の描写などが追加された所だが、徹底的に違うのは、シチリア島に戻った中年サルヴァトーレが出会う人物とのその後のエピソード。ディレクターズカット版が登場すると、初公開版とのギャップから賛否両論となるが、これもそのひとつで、観終わった後の主人公に対するイメージはおろか、作品に対する評価までもが全く変わってしまうほど。初公開時に"この映画を見て泣けない人は、鬼と呼ばれても仕方ない!"などと言われていたが、完全版に関しては、その想いを半減させざるをえないとんでもない1本」とallcinemaにしてはかなり辛口のコメントがあります。

 完全版では、中年になったサルヴァトーレはエレナとも再会し、そのエレナをブリジット・フォッセーが演じているとのことで、ちょっと観たい気持ちもあったのですが、allcinemaのコメントを読むと、まあ観なくてもいいかなとも(実際に「完全版」を観た人がこのallcinemaのコメントを読んでどう思うかはまちまちだと思われるが)。「ニュー・シネマ・パラダイス」というタイトルからして"映画愛"がテーマの作品とみるべきでしょう。また、あまりリアリステッィクに何もかも描いてしまうと凡百の恋愛映画になってしまうということはあるのかもしれません。実際、この映画が一番最初、1988年にイタリアで劇場公開された際の「オリジナル版」の上映時間は155分だったそうですが、興行成績が振るわなかったため、ラブシーンやエレナとの後日談をカットして124分に短縮し(監督本人が編集)、それが映画祭などで国際的に公開され成功を収めたとのことです。と言うことで、今回も「通常版(劇場公開版=短縮版)」だけを観て、評価は星4つ半としました。

 この映画、主人公が今現在において必ずしも幸福そうでないところがミソなのかもしれません(対比的に少年時代や青春時代がより輝いて見える)。ただ、主人公がなぜ今すそう幸せそうに見えないのかを映画の中で説明し始めると、観る側のイマジネーション効果を減殺し、ダメな映画になってしまうということなのでしょう。

ニュー・シネマ・パラダイス poster.jpgニュー・シネマ・パラダイス22.jpg「ニュー・シネマ・パラダイス」●原題:NUOVO CINEMA PARADISO●制作年:1988年●制作国:イタリア・フランス●監督・脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ●製作:フランコ・クリスタルディ●撮影:ブラスコ・ジュラート●音楽:エンニオ・モリコーネ/アンドレア・モリコーネ●時間:155分(オリジナル版)/124分(国際版(劇場公開版))/175分(完全版(ディレクターズカット版))●出演:フィリップ・ノワレ/ジャック・ペラン/サルヴァトーレ・カシオ/マルコ・レオナルディ/アニェーゼ・ナーノ/アントネラ・アッティーリ/プペラ・マッジオ/レオポルド・トリエステ/エンツォ・カナヴェイル/レオ・グロッタ/イサ・ダニエ銀座文化・シネスイッチ銀座.jpgシネスイッチ銀座.jpgリ/タノ・チマローサ/ニコラ・ディ・ピント●日本公開:1989/12●配給:アスミック・エース●最初に観た場所:シネスイッチ銀座(90-02-11)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(17-05-27)(評価★★★★☆)
シネスイッチ銀座 (60年代「銀座文化劇場/銀座ニュー文化」、70年代「銀座文化1・銀座文化2」、1987年〜「銀座文化/シネスイッチ銀座」、1997年〜「シネスイッチ銀座1・2」) 

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この映画を観た外国人は、谷崎ってこんなに面白いのかと思ったのかもしれないけれど...。

Kagi (1959).jpg市川崑 鍵 .jpg市川崑 鍵 dvd 2015.jpg  鍵 谷崎 中公文庫.jpg
鍵 [DVD]」(2015)『鍵 (中公文庫 (た30-6))
Kagi (1959) 仲代達矢/京マチ子(35歳)

鍵 1959  0.jpg 古美術の鑑定家・剣持(中村鴈治郎)は、主治医・相馬(浜村純)の目を盗んで京都T大の内科に通い、娘・敏子(叶順子)の婚約者でインターンの木村(仲代達矢)に精力回復のホルモン剤注射を妻に内緒で打たせている。ある日その内科を剣持の妻・郁子(京マチ子)が訪ね、夫の通院を知るが夫には黙っている。彼女は夫を嫌っていたが、でも夜は...。木村が家に来て、皆でブランデーを飲んだ際、郁子は酔って風呂鍵 1959 1.jpg場で眠ってしまう。剣持は木村に手伝わせ、裸身の妻を寝室へ運ぶ。木村と郁子を煽り、嫉妬によって自らの気持を若返らせるという剣持の策略だ。その夜も剣持は盛んに妻に鍵 1959 47.jpg酒を勧め、郁子は酔って風呂場へ消える。翌日木村は呼ばれ、フィルムの現像を頼まれる。敏子はそうした現場を目撃してしまう。木村は敏子と既に関係を持っていた。敏子は家を出て間借りする。その彼女の下宿で、郁子は酔ってまた風呂場で倒れる。敏子が剣持に知らせに行く間、木村と郁子は二人きりだった。その夜、剣持が高血圧からの眩暈で倒れるという出来事があった。郁子が何処かへ出掛け、敏子が来て父娘は久しぶりに夕食を共鍵 1959 s.jpgにする。木村と郁子は度々会っている。彼女の貞操が不潔な方法で...言いかけた敏子に剣持は怒り、彼女を追い帰す。彼は妻には黙って木村と敏子を呼び寄せ、急に君たちの結婚の日取りを決めようと言う。敏子は、「母は父が具合が悪いのを前から知っていて、父を興奮させて殺すために貴方を利用していたのかも知れません」と木村に言う。郁子は婚約が整って晴々としている。剣持は映画に3人で行けと小遣いをくれるが、郁鍵 s.jpg子も木村も用事があると言い、敏子が一人残される。夜、郁子が帰って来て、木村と全て結着をつけてきた、木村との間には何も無かったと言う。深夜、郁子の顔の上へ剣持の頭がグラリと崩れ落ち、郁子はテキパキと処置する。木村も来て、郁子は彼に「今夜、十一時にね」と言って裏口の鍵を渡す。夜、女中部屋で2人は抱き合う。郁子は彼に敏子と結婚して、ここに一緒鍵 09.jpgに住み、開業すればと言い、木村はそれに従うつもりだ。ある晩、剣持は郁子に衣服を脱ぐことを命じ、その美しい肉体に歓喜しながら死ぬ。葬式が終わり、骨董品は古美術商が持って行き、家も抵当に入っているらしい。金の切れ目が縁の切れ目と、木村はこの一鍵 _R.jpg家から足を抜きたいと思い始める。敏子は台所の農薬を郁子の紅茶に入れるが、彼女は平然としている。婆やのはな(北林谷栄)が色盲で、ミガキ粉の罐と間違うといけないと中身を入れ替えていたのだ。そのはなが3人のサラダに農薬をふりかける。薬が効き、敏子が倒れ、郁子が眼を閉じ、木村も死ぬ。はなは自分が3人を殺害したと自白するが、警察はボケ老人だと思って相手にせず、妻が夫の後を追い、娘とその婚約者がそれに同情死したと解する―。

 市川崑(1915-2008)監督の1959年公開作品。1960年・第13回カンヌ国際映画祭のコンペティションに出品され、審査員賞(現在のグランプリに該当)をミケランジェロ・アントニオーニ監督の「情事」('60年/伊)と同時受賞し、第17回ゴールデングローブ賞(英語版)では、外国語映画賞を受賞しています。

 原作は言わずと知れた谷崎潤一郎の「」で、この作品以降、国内では3回映画化されていますが、それぞれ、1974年版が神代辰巳監督のロマンポルノで(主演:荒砂ゆき、観世栄夫)、1983年版がピンク映画の木俣堯喬の監督作(主演:松尾嘉代、岡田眞澄)、1997年版は池田敏春監督作で(主演:川島なお美、柄本明)、これも川島なお美の裸が売りだったような。この外に1984年のイタリア映画「鍵」(ティント・ブラス監督)があり鍵 川島.jpgます。海外版は未見ですが、日本版で原作の芸術性を重視して撮られているのはこの市川昆監督作だけのような気もします。但し、原作がそもそも「ワイセツか文学か」という議論のネタになりそうな要素を孕んでいるだけに、この市川監督作さえ微妙と言えるかも(評論家か誰かが「ポルノ映画の秀作」と呼んでいた)。

「鍵」1997年版(監督:池田敏春/出演:川島なお美(1960-2015)

 日本版は4作とも原作を改変しており、この市川監督作も、まず、日記という形式を設定していないという大きな枠組み改変があります。従って、日記をしまう箱の「鍵」なども出て来ず、鍵が出てくるのは、郁子(京マチ子)が木村(仲代達矢)に逢引き用に渡す裏口の「鍵」のところです。その外に、夫(中村鴈治郎)の職業が大学教授から美術品鑑定家になっていたりするなど細かい改変があります。

鍵 195971.jpg ストーリー的には、前半はほぼ原作通りに進みますが、半身麻痺の夫が、自分の目の前で妻に裸になることを要求し、その肉体美に歓喜しながら死んでいくというのは映画のオリジナルであり、さらに最後、夫の死後、娘・敏子(叶順子)が母の毒殺を試みるが失敗し、続いて婆や(北林谷栄)が郁子・敏子・木村を毒殺するというのは、"大胆"と言うより"驚愕"の改変と言っていいのではないでしょうか。

鍵 1959 48.png 原作では、また違った意味でのドンデン返しのようなものがあるのですが、それは日記の表現に関わるものであり、映像化が難しい言わば"文学的"なドンデン返しです。一方、映画の方は、最初から日記という枠組みを外してしまっているので、和田夏十(本名:市川由美子、1920-1983)らの脚本は、こうしたオリジナルの結末を用意したのでしょう。この映画を観た外国人は、谷崎ってこんなに面白いのかと思ったのかもしれないけれど、少なくともラストは谷崎じゃないと言いたくもなるような気もします。

鍵 1959 冒頭.jpg でも確かに、仲代達矢演じる木村が冒頭で「人間は誰もが老衰から免れることは出来ません」「この映画は老衰と闘った悲愴で非常に興味のある物語です」とシニカルにコメントし、冷静な語り部的な立場なのかなと思ったら、最後は自身が毒殺の憂き目に遭い、なぜ自分が殺されなければならないのか分からないといったまま苦悶に眼を見張るのが、意外性という意味では効いていたように思います。

鍵 1959 京.jpg 京マチ子(1924- )は、「羅生門」('50年)、「源氏物語」('51年)、「地獄門('52年)、「千姫」('53年)といった時代物の印象が強いですが、こうした現代ものでもしっかり存在感と言うかリアリティを醸していて、やはり女優としては希有な存在と言えるのでしょう。当時35歳で、原作の妻・郁子は46歳ですから、原作の設定よりかなり若いということになりますが、映画にすると(観客のこともあって)大体こんな感じになるのかでしょうか。

鍵-11.jpg鍵 1959 中村鴈治郎.jpg 一方、歌舞伎役者で「映画スターの中村鴈治郎」と言われた2代目・中村鴈治郎(1902-1983)は、当時57歳。2年後に小津安二郎監督の「小早川家の秋」('61年/東宝)でも"好色老人"(愛人宅で亡くなるご隠居)を演じていますが、同じ好色ぶりでも、この「鍵」の方が淫靡な感じがして小早川家の秋 S.jpg(谷崎にマッチしていて?)いいです。大体、主人公の年齢(56歳)と同じ年齢で演じていることになりますが、妻役の京マチ子との間には実年齢で22歳もの開きがあります。

中村鴈治郎 in「小早川家の秋」('61年/東宝)

 因みに、京マチ子はこの作品の10年前に同じく谷崎潤一郎原作で木村恵吾監督の「痴人の愛」('49年/大映)で主人公のナオミを演じていましたが、剣持の娘・敏子を演じた叶順子(1936- )はこの痴人の愛 京マチ子.jpg痴人の愛 叶順子.jpg作品の翌年、同じ木村恵吾監督によってリメイクされた「痴人の愛」('60年/大映)で主人公のナオミを演じています(1963年の人気ピーク時に引退)。
「痴人の愛」('49年)京マチ子、宇野重吉主演/「痴人の愛」('60年)叶順子主演

鍵(1959)1.jpg鍵 1959 01.jpg「鍵」●制作鍵 1957es.jpg年:1959年●監督:市川昆●製作:永田雅一●脚本:長谷部慶治/和田夏十/市川崑●撮影:宮川一夫●音楽:芥川也寸志●原鍵 1957 市川ド.jpg作:谷崎潤一郎●時間:107分●出演:京マチ子/叶順子/仲代達矢/中村鴈治郎/北林谷栄/菅井一郎/倉田マユミ/潮万太郎/星ひかる/浜村純/山茶花究/伊東光一/花布辰男/大山健二/河原侃二/高村栄一/南部彰三/伊達三郎/中條静夫●公開:1959/06●配給:大映(評価:★★★☆)

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カンヌ映画祭パルム・ドール受賞作。上手い作りだと思うが、後半がやや通俗に流れたか。

うなぎ dvd 完全版_.jpgうなぎ dvd.jpg   うなぎ 05.jpg
うなぎ 完全版 [DVD]」「うなぎ [DVD]」  役所広司/清水美砂
役所広司/常田富士男/佐藤允(1934-2012)
うなぎ 03.jpg 山下拓郎(役所広司)の元に拓郎が夜釣りに行っている間、妻恵美子(寺田千穂)が浮気しているという手紙が届く。ある夜釣りを早めに切り上げて家に帰って、妻の浮気現場を目撃する。拓郎は怒りを抑えきれず妻を刺殺し、そのまま自首、そして8年後に仮出所する、労役で外に出た時に捕まえたうなぎと共に外のうなぎ 04.jpg世界に出た拓郎は、服役中に資格をとった理髪店をひっそりと開き、身元引受人のである寺の住職(常田富士男)とその妻(倍賞美津子)に見守られ、隣家の船大工・高田重吉(佐藤允)をはじめ次第に町の人との交流も増えていく。ある日、うなぎの餌を探しに川へ行くと、川原の茂みで倒れている女を発見。女は殺した妻に瓜二つで、戸惑いながらも警察に通報し、女は睡眠薬を飲んでいたが、一命を取り留める。後日、その女・服部桂子(清水美砂)が礼に訪れ、拓郎の理髪店で働きたいと言い出す。拓郎は渋々女を受け入れ、町の住民はそれを歓迎する。しかし、桂子には何か秘密があるらしい―。
Unagi (1997)
Unagi (1997).jpg
うなぎ 第50回カンヌ映画祭 パルムドール賞.gif 1997年の今村昌平(1926-2006)監督作で、1997年・第50回カンヌ国際映画祭において作品賞(最高賞)に相当するパルム・ドールを受賞した作品であり、今村昌平監督にとっては「楢山節考」('83年/東映)に次いで2度目の受賞でした。「楢山節考」の受賞の時は、今村監督自身は、どうせ外国人には理解できないだろうと思ってカンヌへは行かず、この「うなぎ」の時は、カンヌに行ったけれども、受賞は無いと思って発表日の前に帰国しています。

第50回カンヌ映画祭「パルムドール賞」/役所広司とプロデューサの飯野久氏

 事前の日本での評価は、今村作品としては水準に達していないというもので、一般にも、カンヌでの受賞は意外であるという反応だったようです。個人的にも、そう悪い作品ではないけれど、吉村昭による原作短編「闇にひらめく」(『海馬(トド)』('89年/新潮社) 所収)と比べると、ちょっと違うなあという印象も受けました(オリジナルが短編の場合、映画化作品の方に色々な話が付け加わることはごく普通にありがちだが)。

うなぎ9.jpg 拓郎が出所する際に、身元引受人の寺の住職(常田富士夫)が「どうしてうなぎなんだ?」と訊く場面があり、「話を聞いてくれるんです」「それに余計なことをしゃべりませんから」と答え、その時の役所広司の演技が自然であり、また、主人公の外界との接触を避けようとする心理状況をよく表しているように思いました。但し、原作では、うなぎを飼う話などは無く、主人公(名前は原作では"昌平")の開業する店が床屋ではなくて鰻屋ということになっています(そのためにうなぎ採りの名手に師事するが、そのうなぎ採りの場面だけ、モチーフとして活かされている)。

うなぎ 清水.jpg 全体の構成としては、原作は、主人公が女(名前は原作でも"桂子")に自分の過去の前科を告白すると(原作では妻を刺したが、妻は死んではいない)、女が実は知っていたというところで終わりますが、映画では、そのあと、桂子を巡るいろいろなトラブル話があって、それに拓郎は巻き込まれ、最後は桂子のために積極的にトラブルに関与していきます。

うなぎ1.jpg 映画では、町の住民の中に、原作には無い、宇宙人との交流を夢見る"UFO青年"(小林健)がいて、その青年に対して拓郎が「ホントは、人と付き合うのが恐いんじゃないのか」と言っており、この時点で拓郎には、今のところうなぎを"話し相手"にしているという自分が抱えている問題が十分に把握できているように思われました。押しかけ気味に登場した桂子のお蔭で、いずれ拓郎はその問題を乗り越えることが出来るだろうということは観ていて想像に難くなく、ラストでうなぎを川に放すシーンに自然に繋がっていきます。

うなぎ65.jpg そうした意味では上手い作りだと思うし、原作のテーマを発展的に活かしているとも言えます(モチーフは、「うなぎを採る」ことから「うなぎを飼う」ことに変わっているが)。役所広司も清水美砂も好演、脇を固める俳優陣もまずまずですが、前半はともかく、後半がやや通俗に流れたかなあという印象もありました。ラストシーンなどもいいシーンですが、パターンと言えばパターン。短編を膨らませるって、意外と難しいことなのかも。

うなぎ vhs.jpg 製作発表の直前まで「闇にひらめく」というタイトルでいく予定だったのが、発表の場で、今村監督の意向で「うなぎ」というタイトルになったとのこと。原作以外に、同じく吉村昭の作品である『仮釈放』などからも多くのモチーフを引いてきているため(妻の不倫が何者かの手紙で発覚することや、主人公が出所後に生き物(「仮釈放」ではメダカ)を飼うこと、同じ刑務所の受刑者仲間だった男(柄本明)が主人公に接触することなどは、『仮釈放』からとられている)、「闇にひらめく」のままでいくよりは「うなぎ」というタイトルにして"正解"だったように思います(映画における"うなぎ"のポジショニングが、「闇にひらめく」のうなぎよりも「仮釈放」におけるメダカに近い)。

田口トモロヲ うなぎ.jpg「うなぎ」●制作年:1997年●監督:今村昌平●製作総指揮:奥山和由●プロデューサ:飯野久●脚本:今村昌平/天願大介/冨川元文●撮影:小松原茂●音楽:池辺晋一郎●原作:吉村昭「闇にひらめく」「仮釈放」●時間:117分(劇場公開版)/134分(完全版)●出演:役所広司/清水美砂/常田富士男/倍賞美津子/佐藤允/哀川翔/小林健/寺田千穂/柄本明/平泉成/中丸新将/上田耕一/光石研/深水三章/小西博之/小沢昭一/田口トモロヲ/市原悦子●公開:1997/05●配給:松竹(評価:★★★☆)

田口トモロヲ in「うなぎ」堂島英次(服部桂子の愛人)役(「毎日映画コンクール」男優助演賞)

役所広司 in 周防正行監督「Shall We ダンス?」('96年)/今村昌平監督「うなぎ」('97年)
Shall We ダンスes.jpg うなぎ  .jpg

清水美砂 in 周防正行監督「シコふんじゃった。」('92年)/今村昌平監督「うなぎ」('97年)
シコふんじゃった9.jpg うなぎ ド.jpg

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話的であると同時に戯画的。ベルイマンは作中の宗教画家になろうとしたのか?

「第七の封印」(1957年製作、1963年日本公開).jpg第七の封印 dvd  .jpg第七の封印 dvd_.jpg 第七の封印8.jpg
第七の封印 <HDリマスター版> 【DVD】」「第七の封印 [DVD]

第七の封印4.jpg 十字軍の遠征が終わって間もないスウェーデン。騎士のアントニウス(マックス・フォン・シドー)とその従者ヨンス(グンナール・ビョルンストランド)は、十年に及んだ無益な遠征から帰国する。そこで彼らが見たのは、黒死病に蹂躙される祖第七の封印.jpg国と、神に救いを求め惑乱する民衆の姿だった。故郷に辿りつくと同時にアントニウスは、彼の後を追ってきた死神(ベント・エケロート)の存在に気付く。アントニウスに死を宣告する死神に対して、彼は自らの命を賭け、また神の存在を確かめるためにチェスでの対決を申し入れる。死神との勝負は長引き、その間の猶予を生かしてアントニウスは妻の待イングマール・ベルイマン 第七の封印.jpg第七の封印_002.jpgつ居城へと歩みを進める。道中でアントニウスは様々な人物に遭遇する。純朴な旅芸人ヨフ(ニルス・ポッペ)とその妻(ビビ・アンデショーン)の一家、妻に駆け落ちされた鍛冶屋(オーケ・フリーデル)、家族を疫病で失った少女(グンネル・リンドブロム)、下劣な犯罪者に成り下がった嘗ての聖職者ラヴァル(ベティル・アンデルベルイ)、魔女として火焙りの刑に処される女(モード・ハンソン)、疫病の蔓延を神の天罰だと考え自らを鞭打つ狂信者たち、破滅の予感に恐れ慄く人々など。その内の旅芸人一家、鍛冶屋第七の封印ド.jpg夫妻と少女を一行に加え、アントニウスは城への旅を続けるが、それは同時に彼に残された猶予期間が終わりつつあることを意味していた。城を目前としたある夜、アントニウスは死神相手にチェスの敗北を認める。結局自身の魂の救済も神との対話も達成できなかったアントニウスだが、旅芸人の第七の封印7.jpg一家を死神から守ることには成功する。荒れ果てた城で妻と再会し、晩餐をとるアントニウスとその一行の目の前に突然死神が現れ、その場に居た者全員の命を奪う。翌朝、死神の魔の手から無事逃げ出した旅芸人のヨフが見たのは、死神に先導され数珠繋ぎになって死の舞踏を踊るアントニウスら犠牲者たちの姿だった―。

第七の封印 5.jpg イングマール・ベルイマン(1918-2007/享年89)が、土着信仰とキリスト教信仰が混在する中世の北欧を舞台に、神の不在という実存主義的なテーマに挑んだ問題作。前年の「夏の夜は三たび微笑む」('55年)に続き、1957年度のカンヌ国際映画祭のパルム・ドールに2年連続でノミネートされ、受賞はならなかったものの、本作品は同映画祭の審査員特別賞を齎しました。

 「第七の封印」は、ベルイマンが子供の頃に、牧師であった父に連れられて行った教会の壁や天井に見た中世の宗教画にそのモチーフがあったとのことで、ベルイマンが記憶していたその図像の中に、森の中で死神が十字軍の騎士とチェスをしているものや、死神が黄泉の国へと向かう最後の踊りを踊る人々を導くものがあったといいます。また、別の天井には、よちよち歩きの御子の手を取って薔薇の園を行く聖母の絵があったといいます。

第七の封印 (1).jpg 当初、こうしたモチーフは、ベルイマンによって「木版の絵」という演劇学校の学生の練習用に書かれた一幕劇になり、それがラジオ劇として放送され、市立劇場でも公演されました。彼はこれを映画シナリオに書き換えて映画会社に送り、一旦はボツになったもののの、「夏の夜は三たび微笑む」のヒットを受けて映画化が決まりました。結果的に、ベルイマンの最大のヒット作の1つとなりまし第七の封印3.jpgたが、「木版の絵」から「第七の封印」になる時に、最後に生き残る旅芸人ヨフとその妻、そしてその幼子ミカエルの話が加わりました。先の宗教画に照らせば、ヨフはヨセフで、その妻はマリア、幼子ミカエルはイエスを表すことになります(但し、ヨフは夢想家として描かれ、その妻は生活に根ざした現実主義者として描かれていて、また、ヨフ自身が聖母マリアとイエスの姿をが幻視するという場面もある)。

 この作品を観ると、ベルイマンはキリスト教に対して反キリスト教的な立場をとっているわけではなく、キリスト教の問題性を主軸に据えているように思えます(この作品は、ベルイマンが初めてキリスト教を直接的に扱った作品でもあるが)。その問題性とはやはり、神の不在ということになるかと思います。

第七の封印_004.jpg 人それぞれにいろいろな見方が出来る映画であり、ペストが蔓延し世界が終末の不安に慄く中世ヨーロッパという背景は、当時の特殊な時代状況だとする見方がある一方、現代の不安に満ちた時代を反映していると見る向きもあります。また、ヨフの一家が生き延びることに宗教的な救いを探る人もいる一方、彼らが旅芸人の一家であることから、ベルイマンは芸術に救いを見出しているのではないかと見方もあります(何れにせよ、ヨフ一家が生き延びることが"映画的"な意味では救いになっていることには違いないと思う)。

第七の封印es.jpg ラストも含め、重い主題の映画でありながら、映画全体が寓話的な印象を受け、意外と軽妙感もあったりします。更に随所にコメディの要素も含まれていて、それまでのベルイマンの作品にも見られる艶笑喜劇的要素さえあります。死神の姿も過剰に戯画的であるし、死神がアントニウスの作戦に嵌りそうになって挽回の手を打つためズルをするという(教会の告解室でアントニウスは神への疑念と苦悩を語るが、聖職者のふりをした死神に騙されてチェスの作戦を教えてしまう)、人間と騙し騙されつつどっこいどっこいの勝負をしている死神というのも何だか可笑しいです。
Dai-nana no funin (1957)
Dai-nana no funin (1957).jpg
第七の封印 poster.jpg 映画の中に、教会の壁画(例の「死神の踊り」)を描いている男が出てきて、ヨンスが何故こんな無意味なものを描くのかと問うと、画家は、「人間は皆死ぬものだということを悟らせるためだ」と言い、また、「骸骨は裸の女よりも人々の関心を引く」とも言います。となると、この映画に出てくる死神も、そうした"目的"と"効果"のために描かれた絵の一つのパーツであるに過ぎないと言えるかもしれません。ベルイマンは作中の宗教画家になろうとしたのかも。そして、この映画が商業的な成功を収めたということは、そうしたベルイマンの意図が成功した言えなくもないかもしれません。ベルイマン自身が自作の中で最も気に入っている作品だそうです。

第七の封印images.jpg「第七の封印」●原題:DET SJUNDE INSEGLET(英:THE SEVENTH SEAL)●制作年:1957年●制作国:スウェーデン●監督・脚本:イングマール・ベルイマン●撮影:グンナール・フィッシェル●音楽:エリク・ノルドグ『第七の封印』を演出中のイングマール・ベルイマン.jpgレン●時間:96分●出演: マックス・フォン・シドー/グンナール・ビョルンストランド/ベント・エケロート/ニルス・ポッペ/ビビ・アンデショーン/グンネル・リンドブロム/ベティル・アンデルベルイ/オーケ・フリーデル/インガ・ジル/モード・ハンソン●日本公開:1963/11●配給:東和●最初に観た場所(再見):早稲田松竹(15-10-05)(評価:★★★★)●併映:「夏の遊び」(イングマール・ベルイマン)
「第七の封印」を演出中のイングマール・ベルイマン(1956)

《読書MEMO》
ウディ・アレンが選ぶベスト映画10(from 10 Great Filmmakers' Top 10 Favorite Movies)
『第七の封印』(イングマール・ベルイマン監督、1956年)
『市民ケーン』 (オーソン・ウェルズ監督、1941年)
『大人は判ってくれない』 (フランソワ・トリュフォー監督、1959年)
『8 1/2』 (フェデリコ・フェリーニ監督、1963年)
『フェリーニのアマルコルド』 (フェデリコ・フェリーニ監督、1974年)
『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』 (ルイス・ブニュエル監督、1972年)
『大いなる幻影』 (ジャン・ルノワール監督、1937年)
『突撃』 (スタンリー・キューブリック監督、1957年)
『羅生門』 (黒澤明監督、1950年)
『自転車泥棒』 (ヴィットリオ・デ・シーカ監督、1948年)

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重くのしかかってくる作品ではあるが、"謎"の残る作品でもあった。

太陽はひとりぼっち6.jpg
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太陽はひとりぼっち [DVD]」/ポスター/モニカ・ヴィッティ

太陽はひとりぼっちC.jpg ヴィットリア(モニカ・ヴィッティ)は婚約者リカルド(フランシスコ・ラバル)と別れたばかりだが、証券取引所に入り浸りの母はそんな彼女の話太陽はひとりぼっち02.jpgを聞こうとはしない。女友達のアニタ(ロッサナ・ローリ)とマルタの3人で深夜のアパートでアフリカ人に扮してふざけたり、アニタの夫の操縦するセスナに乗ったりと気分転換を図るも、別離の後の倦怠感は消える様子を見せない。取引所では株が暴落し、ヴィットリアの母(リッラ・ブリグノン)は今にも自殺せんばかりだ。そんな中ヴィットリアは、以前からたびたび見かけていた仲買所に勤めるピエロ(アラン・ドロン)と親密になり、新しい愛を始めようとする。しかし、実は何も変化が起こっていないように、無常に日々は流れていく―。

 '62年公開作品で、ミケランジェロ・アントニオーニ(1912-2007)監督の「情事」('60年/伊)、「夜」('61年/伊)に続く「愛の不毛三部作」の最後の作品です(カンヌ国際映画祭「審査員特別賞」受賞作)。マルチェロ・マストロヤンニとジャンヌ・モローを起用した「夜」に対して、こちらは「情事」のモニカ・ヴィッティを再起用、相手役はアラン・ドロン。日本では、当時人気絶頂のアラン・ドロンが出ているということでヒットしました(邦題が原題の「日蝕」から「太陽はひとりぼっち」と太陽はひとりぼっち 園まり.jpgいうアラン・ドロンに合わせたようなタイトルになり、ミーナが唄ったテーマ曲は、邦題タイトルそのまま曲名で園マリなどがカバーした)。実際にはアラン・ドロンのと言うより、モニカ・ヴィッティの映画と言っていいのではないでしょうか。モニカ・ヴィッティは、アントニオーニ監督初のカラー作品となった「赤い砂漠」('64年/伊・仏)にも主役で起用されることになります。

太陽はひとりぼっち11.jpg ただ美男・美女の共演でヒットしただけの作品ではなく、批評家の評価も「愛の不毛三部作」の中では高い方であるようですが、やや高尚且つ難解な印象も受ける映画です(当時の一般の観客はどのような印象を持ったのだろうか)。個人的には、冒頭とラストにそれぞれ大きな壁があるように思え、1つは、冒頭のモニカ・ヴィッティ演じるヴィットリアとフランシスコ・ラバル太陽はひとりぼっち13.jpg演じる婚約者リカルドとの延々と続く「別れ」の会話のシーン。観る側は、まず最初にこのシーンの好みで、作品にすっと入れるかどうかが決まるのではないでしょうか(自分としては比較的すっと入れた)。もう1つはラストにいきなり現れる「日蝕」と「核」を象徴したかのような抽象的・コラージュ的な映像。中世ヨーロッパにおいて日蝕は神の不在を意味したそうですが、それを「核時代の危機」「核被曝の不安」に置き換えているのでしょうか(そう言えば、同じ年に作られたイングマール・ベルイマン監督の「冬の光」('62年/スウェーデン)でも、マックス・フォン・シドー演じる男が、中国が原子爆弾を持つというニュースを新聞で読んで不安で塞ぎ込み、遂には自殺してしまう。何れもキューバ危機('62年)直前の緊迫した世界情勢などが反映されているのだろうか)。

太陽はひとりぼっちs.jpg なぜこの映画がモニカ・ヴィッティの映画であるかと言うと、彼女の演じる主人公ヴィットリアの「愛の不毛」を中心に描かれているためで、何とはない虚無感というか不安感に嵌り込まざるを得ない主人公にこの作品のテーマ(同時に現代人のテーマでもある)を一人で負わせているのに対し、アラン・ドロン演じる証券マンのピエロの方は、俗世間の中で何も考えずに飛び跳ねている実利主義的な男として、その存在自体が空虚に描かれているのが対象的です(アラン・ドロンのファンには不満だったのではないか。しかし、実生活上のアラン・ドロンは後に映画界から実業界に転身した)。

太陽はひとりぼっちL.jpg太陽はひとりぼっち  s.jpg そのピエロがいる側の世俗にまみれた世界の象徴として描かれているのが証券取引所で、この描かれ方がなかなか興味深く、取り引きは全て部アナログで行われ、市場のセリのような喧噪ぶりですが、多少戯画的に描かれているとはいえ、ヴィットリアがいる静謐な世界とのコントラストが見事です。

L'ECLISS:1962.jpg そして、両方の間をピンポン玉のように行き来するのが証券マンのピエロ。自分はやり手だと思っていて、株が大暴落して大損をした上に大借金を負った太陽はひとりぼっち8.jpgヴィットリアの母親などは自殺せんばかりなのに、彼自身は一時滅入りはするが立ち直りも早く(証券マンってそんなものか)、むしろ今度はヴィットリアの方に攻勢をかけます(自分が女性にモテると分かっている。まあ、そうでなければヴィットリアのような女性には近づけない)。彼女も一時この男とはという気にはなったのか男女の関係になりもしますが、そこから深まることはなく、そのことがピエロにもどかしさを与えます。

太陽はひとりぼっち03.jpg ピエロでなくとも、同じ立場に置かれれば、男なら誰もがもどかしさを感じるだろうなあ。個人的には、ラストが今一つ入り込めなかったことのもどかしさとも重なるといった感じでしょうか。重くのしかかってくる作品ではありましたが、"謎"の残る作品でもありました。

太陽はひとりぼっち7.jpg モニカ・ヴィッティは相変わらずの美貌で「情事」に勝るとも劣らないアンニュイ感を漂わせ、しかも今回は美男ドロンとの組み合わせでますます絵になるといったところですが、作品としては「情事」の方が分かり易いように思いました。

太陽はひとりぼっち   s.jpg太陽はひとりぼっち65.jpg ローマの街の光と影を美しく(時に不気味に)撮ったカメラがい良かったです(撮影は「さすらい」('57年/伊)、「太陽がいっぱい」('60年/仏・伊)、「エヴァの匂い」('62年/仏)、「8 1/2」('63年/伊・仏)のジャンニ・ディ・ヴェナンツォ)。原爆のキノコ雲のような建物は、1960年のローマ・オリンピックの競技場の1つだったローマ市内テスタッチオにあったベロドロモ・オリンピコ(Velodromo Olimpico)の一部か。

Taiyô wa Hitoribocchi (1962)
Taiyô wa Hitoribocchi (1962).jpg
太陽はひとりぼっち  import ps.jpg「太陽はひとりぼっち」●原題:L'ECLISSE●制作年:1962年●制作国太陽はひとりぼっち s6.jpg:イタリア・フランス●監督:ミケランジェロ・アントニオーニ●製作:ロベール・アキム/太陽はひとりぼっち 柱.jpgレーモン・アキム●脚本:ミケランジェロ・アントニオーニ/トニーノ・グエッラ/エリオ・バルトリーニ/オティエリ●撮影:ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ●音楽:ジョヴァンニ・フスコ●主題歌:ミーナ●時間:118分●出演:アラン・ドロン/モニカ・ヴィッティ/フランシスコ・ラバル/リッラ・ブリグノン/ルイ・セニエ/ロッサナ・ローリ/ミレッラ・リッチャルディ●日本公開:1962/12●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(16-02-23)(評価:★★★★)

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強く惹かれ合いながらも一線を越えることが出来ない男女。魅せる"雰囲気"と幾つかの"謎"。

花様年華 [DVD].jpg花様年華dvd.jpg 花様年華 11.jpg
花様年華 [DVD]」「花様年華 [DVD]」 トニー・レオン/マギー・チャン

花様年華 01.jpg 1962年の香港。新聞社の編集者であるチャウ(トニー・レオン〈梁朝偉〉)が夫妻でアパートに引っ越してきた日、隣の部屋にもチャン夫人(マギー・チャン〈張曼玉〉)が夫と引っ越してくる。チャン夫人は商社で社長秘書として働いている。チャウの妻とチャン夫人の夫は仕事のせいであまり家におらず、二人はそれぞれの部屋に一人でいることが多かったが、大家のスーエン夫人(レベッカ・パン)の仲立ちもあり二人は親しくなる。ある日、一緒に昼食を取った際、それぞれの配偶者の日本土産の話などから、お互いの配偶者同士が浮気しているらしいと察する。隣同士の部屋に住む孤独な男と女―。チャウは夫人により接近するため、本の好きな彼女に自らの小説執筆の手伝いを依頼する。夫人がスリッパのままチャンの部屋にやって来たある日、偶然にアパートの住民ら花様年華 02.jpgが徹夜マージャンをすることになり、自分の部屋に戻るに戻れなくなった夫人は、一夜をチャンの部屋で過ごすも機会を窺い、自分のスリッパを置き足に合わないチャウ夫人のヒール靴を履いて、さも外出先から自宅に帰ってきたかのようにチャンの部屋を出て行く。更に二人は、チャウが小説を書くために借りたホテルの部屋で何度か逢引するが、チャウが夫人が夫を問い詰めることを想定した練習台になったりするものの、二人は自分たちの配偶者のように簡単に不倫関係を結ぶことは出来ないでいる。チャウは、シンガポールでの仕事に誘われて現地へ行くことにするが、その際に夫人を誘うも彼女は一緒には来ない。しかし、1963年のある日、彼女は突然シンガポールのチャウの部屋を訪ねる。チャウは無言の電話を受け、自分の部屋の灰皿に夫人のタバコの吸い殻を見つけるが、夫人とは会えなかった。時は流れ1966年、子どもを連れたチャン夫人が香港のかつてのアパートにスーエン夫人を訪ね、アメリカに移住するというスーエン夫人からかつて住んだ部屋を借り受ける。一方のチャンもその後アパートを訪れ、新しい管理人に、隣は「お母さんと息子」が住んでいると聞く。それが誰であるかを確認することなく、その後彼は取材でアンコールワットを訪問し、古跡の壁の穴に過去の秘密を封印する―。

花様年華00.jpg ウォン・カーウァイ(王家衛)監督の2000年作品で、同監督の「欲望の翼」('90年)の続編、「2046」('04年)の前編とも言われていますが、雰囲気のある映画と言うか、最初はその雰囲気だけで引っ込まれて観ました。60年代の香港の共同住宅、隘路のような廊下、屋台形式の共同炊事場兼食堂―そうした舞台を背景に、互いに強く惹かれ合いながらもどうしても一線を越えることが出来ないでいる男女をしっとりと描いていて、それはホテルで二人が密会するようになっても続いていきます。ナット・キング・コールの「キサス・キサス・キサス」などの曲がくぐもった感じで背後に流れるのもムーディでした(この作品は2000年・第53回カンヌ国際映画祭で、男優賞(トニー・レオン)を受賞したほか、撮影監督、美術監督など映画スタッフに対して贈られる技術賞である「フランス映画高等技術委員会賞」(現「バルカン賞」)を受賞している)。

花様年華 (00年/香港).jpg 一方で、観ていて大きな謎の部分もありましたが、それは後にネットなどでいろんな人の分析を読んで、ナルホドなあと思ったりもし、また、そうした中でも見方が分かれていたりして、どっちの解釈が正しいのか、それは"正解"があるのか、それとも元々が観客に解釈を委ねている作品なのか―などと考えてみる上で"面白い"作品であると思います。以下、個人的解釈―。

 チャン夫人は何故1963年になってシンガポールにチャウを訪ねたのか。これは、やはりチャウと一緒になろうと考えたのではないでしょうか(この時点でチャウの方は指輪をしておらず、シンガポール行きを契機に離婚をしている可能性が高い。勿論、離婚していなくても指輪はもうしなかったとは思うが)。夫人はそれでも、現地まで行ったにも関わらず、チャウに直接会って想いを伝えるまでには至らず、結果として訪ねた痕跡を残すに留まってしまった―ということではないか。

花様年華12.jpg 一説では、チャン夫人はスリッパを取りにシンガポールに行ったという見方もあるようですが、それは、後でチャウが部屋から無くなったものがあるとメイドに訴える、その"無くなったもの"とはスリッパであり、それは、例のマージャンの夜に夫人がチャウの部屋に置いてきたスリッパだったという。彼女がスリッパを"回収"するカットは実際にあり(スリッパが件(くだん)のものであったことそのものはまず間違いないだろう)、チャウにシンガポールでの仕事を紹介した人物がかつてのアパートの同居人でもあったことから、その人物がスリッパを見れば、どうして夫人のスリッパがここにあるのかと訝しがる、そのことを夫人は恐れたのか。仮にそうであるとしても、チャウが例のスリッパをシンガポールに持って行っていることを夫人は事前に知る由もなく、やはりここは、自分がチャウと付き合っていた「痕跡を消す」ためにスリッパを"回収"したのではなく(また、そのためにシンガポールまで行ったわけでもなく)、わざとタバコの吸い殻を残したのと同じように、チャウに想いを伝えに来たが踏み切れず、来たという「痕跡を残す」ためにスリッパを持ち帰ったと見るべきではないでしょうか。

 では、最後に出てくるチャン夫人が連れている子どもは誰との間にできた子なのか。チャン夫人が夫と縁りが戻り、男の子を儲けたと見る向きもありますが、そうすると先のスリッパ"回収"による「痕跡を消す」説と符合する面も出てくるものの、ややセコい感じも。但し、この説には一定の論拠が花様年華 06.jpgあり、チャウの妻(声のみで姿は画面には一度も出てこない)が電話で相手に対し(相手は不倫相手のチャン夫人の夫のようだが、こちらも声のみで姿は画面には一度も出てこない)、「話さないとダメよ」と言って泣いていることから(この部分も声のみ)、不倫相手に離婚を迫ったもののチャン夫人の夫が離婚を渋っているらしいことが窺え、更に、チャン夫人の夫が日本に出張中にチャン夫人の誕生日にラジオに歌のリクエストしていることで(その曲名が「花様的年華」)、これを聴いたチャン夫人が夫と和解し、結局は夫と別れなかったと解されるというもの。でも、そうだとしたら、どうしてわざわざチャウとの思い出が色濃く残るかつてのアパートに舞い戻ってくるのかが理解し難い気がします(この時、指輪はどうなっていた? 1962年時点では最後まで外さなかったようだが)。

トニー・レオン マギー・チャン1.png では、チャン夫人が連れている子どもはチャウの子なのか。だとしたら、二人はそれまでどうしても越えられなかった一線を最後に越えたことになりますが、それは何時だったのか。おそらく、夫人の夫への問い質し練習の延長としてやった、チャウとの別れの場面のロールプレイング(相手は夫を想定しているのかチャウを想定しているのか微妙)の後、夫人が泣き崩れ「今日は帰りたくない」というあの辺りでしょうか(2度目のタクシー内の場面)。その後、チャウがシンガポールに行っている間に妊娠・出産し、シンガポールにはそのことをチャウに伝えるためにも行ったとすれば、目的は果たさなかったものの行った動機としても説明がつくのではないでしょうか。

 個人的解釈としては、チャン夫人が最後、子ども連れて思い出の詰まったアパートに舞い戻ってきた割には結構さばさばして見えるのは、"思い出"に生きることで踏ん切りがついているためであって(その点でチャウとの間に生まれた子どもがい花様年華74.jpgるという意味は大きい)、一方、おそらくは隣の部屋にチャン夫人が戻って来ているのを知らないままにアンコールワットに行ったチャウは、そこまで割り切って"思い出"に生きられないからこそ(男女の生理的違いと言っていいのでは)、遺跡の壁の穴に口づけをするという行為を以って意識的に"思い出"を封印しようとしたのではないか―と考えます。

Kayô nenka(2000)
Kayô nenka(2000).jpg
花様年華7_jp.jpg花様年華2).jpg「花様年華」●原題:花様年華/IN THE MOOD FOR LOVE●制作年:2000年●制作国:香港●監督・製作・脚本:ウォン・カーウァイ(王家衛)●撮影:クリストファー・ドイル/リー・ピンビン(李屏賓)●音楽:マイケル・ガラッソ/梅林茂●時間:98分●出演:トニー・レオン(梁朝偉)/マギー・チャン(張曼玉)/レベッカ・パン(藩迪華)/ライ・チン(雷震)/スー・ピンラン(蕭炳林)●日本公開:2001/03●配給:松竹●最初に観た場所:渋谷・Bunkamura ル・シネマ1(01-04-25)(評価:★★★★★
  
Maggie Cheung2.jpgマギー・チャン2.jpgトニー・レオン.jpgトニー・レオン マギー・チャン(hero 2002).jpg


マギー・チャン(張曼玉)/トニー・レオン〈梁朝偉〉[2000年第53回カンヌ国際映画祭男優賞(「花様年華」)]/マギー・チャン&トニー・レオン in 「HERO」(2002年/中国・香港/張芸謀(チャン・イーモウ)監督)
 

Bunkamura ル・シネマ1.jpgBunkamura ル・シネマ内.jpgBunkamura ル・シネマ2.jpgBunkamura ル・シネマ1・2 1989年9月、渋谷道玄坂・Bunkamura6階にオープン


 
 
 
 
《読書MEMO》
●ポール・シュレイダー監督の選んだオールタイムベスト10["Sight & Sound"誌・映画監督による選出トップ10 (Director's Top 10 Films)(2012年版)]
 ●市民ケーン(オーソン・ウェルズ)
 ●暗殺の森(ベルナルド・ベルトルッチ)
 ●花様年華(ウォン・カーウァイ)
 ●レディ・イヴ(プレストン・スタージェス)
 ●オルフェ(ジャン・コクトー)
 ●スリ(ロベール・ブレッソン)
 ●ゲームの規則(ジャン・ルノワール)
 ●東京物語(小津安二郎)
 ●めまい(アルフレッド・ヒッチコック)
 ●ワイルドバンチ(サム・ペキンパー)

●英BBC Culture「21世紀の偉大な映画ベスト100」(2016.08.24発表)上位20位
1.「マルホランド・ドライブ」(01/デビッド・リンチ)
2.「花様年華」(00/ウォン・カーウァイ)
3.「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」(07/ポール・トーマス・アンダーソン)
4.「千と千尋の神隠し」(01/宮崎駿)
5.「6才のボクが、大人になるまで。」(14/リチャード・リンクレイター)
6.「エターナル・サンシャイン」(04/ミシェル・ゴンドリー)
7.「ツリー・オブ・ライフ」(11/テレンス・マリック)
8.「ヤンヤン 夏の想い出」(00/エドワード・ヤン)
9.「別離」(11/アスガー・ファルハディ)
10.「ノーカントリー」(07/ジョエル&イーサン・コーエン)
11.「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」(13/ジョエル&イーサン・コーエン)
12.「ゾディアック」(07/デビッド・フィンチャー)
13.「トゥモロー・ワールド」(06/アルフォンソ・キュアロン)
14.「アクト・オブ・キリング」(12/ジョシュア・オッペンハイマー)
15.「4ヶ月、3週と2日」(07)クリスティアン・ムンジウ
16.「ホーリー・モーターズ」(12/レオス・カラックス)
17.「パンズ・ラビリンス」(06/ギレルモ・デル・トロ)
18.「白いリボン」(09/ミヒャエル・ハネケ)
19.「マッドマックス 怒りのデス・ロード」(15/ジョージ・ミラー)
20.「脳内ニューヨーク」(08/チャーリー・カウフマン)

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やはりクライマックスは船の山越えか。文化人類学的な視点の入った映画だったかも。

フィツカラルド dvd.jpgフィツカラルド 山越え.jpg フィツカラルド 2.png
フィツカラルド [DVD]」 クラウス・キンスキー/クラウディア・カルディナーレ

フィツカラルド01.jpg 19世紀末のブラジル・マナウスのオペラハウス。オペラ歌手エンリコ・カルーソの公演を聴こうとペルー・イキトスからボートを漕いで来たフィツカラルド(クラウス・キンスキー)とモリー(クラウディア・カルディナーレ)。会場にもぐり込んだフィッカラルドは、カルーソのテノールに聞き入る。アイルランド出身の彼の本名はブラ『フィツカラルド』(1982).jpgイアン・スウィーニー・フィツジェラルドだが、インディオたちは彼をフィツカラルドと呼ぶ。今は製氷業だが、かつてアンデスに鉄道を敷設しようとして破産した経歴の持主で、白人らは彼を奇人とみなしていたが、娼家経営の愛人モリーは良き理解者であり、インディオの子らも彼を慕う。彼はイキトスにオペラ・ハウスを建てようと決意するが、それには莫大な資金が必要で、ゴム成金たちには相手にされない。そこで彼は、自らがジャングルを切り拓いてゴム園を作ることを計画、モリーが出してくれた金で成金の一人ドン・アキリノ(ホセ・レーゴイ)から中古の蒸気船フィツカラルド tikuonnki.jpgを買い、パウル船長(ポール・ヒッチャー)、料理人ウェレケケ(ウェレケケ・エンリケ・ボホルケス)、機関士チョロ(ミゲル・アンヘル・フェンテス)らを雇う。"モリー号"と命名された船は修理を終えてアマゾン川に船出、彼のゴム園用地は流れの激しい"ボンゴの瀬"のあるウカヤリ川上流にあったため、彼はフィツカラルド 02.png船をパテリア川に進める。途中、中断された鉄道駅に寄り、レールを外して船に積み込む。船が進んで首刈り族の土地に入ると、乗組員らの多くは逃亡してしまう。フィツカラルドは操舵室の屋根上に蓄音機を置いてレコードをかけ、密林にオペラが流れるとインディオたちが姿を現わす。彼らは続々と船に乗り込んで来フィツカラルド 01.jpgるが、フィツカラルド一行に手を出さない。フィツカラルドは、パテリア川とウカヤリ川が最も接近したところで、船を川から揚げて山越えしてウカヤリ川に降ろすという計画をインディオに伝えると、酋長(D・P・エスピノサ)は協力するという。目的地に着いてレールを降ろし、ジャングルを切り拓き、滑車で船を引っぱり揚げる。7ヵ月後、遂に船はウカヤリ川に浮かぶ。祝杯に酔ったフィツカラルドらが寝ている隙に、インディオたちは船を激流に放つ。彼らは激流の荒ぶる魂を静める儀式として協力したのだった。フィッカラルドらを乗せたモリー号は、木の葉の如く激流を流されていく―。

フィツカラルド 00.jpg ヴェルナー・ヘルツォーク監督による1982年作品で、同年のカンヌ国際映画祭「監督賞」受賞作。完成まで4年半を要し、苛酷なロケのためスターが次々と降板していった末にフィツカラルドの役をクラウス・キンスキーが得たことは知られていますが、結果として、オペラハウス建設への情熱に憑かれたフィツカラルドを演じたクラウス・キンスキーはハマリ役でした(思えば彼は、同監督の「アギーレ/神の怒り」('72年)で既に、エル・ドラドへの夢に憑かれアマゾン川を遡行するピサロの分遣隊の副隊長を演じていたのだが)。

ヴェルナー・ヘルツォーク監督/クラウス・キンスキー

 結局フィツカラルドは何とかイキトス(1900年代始めにゴムブームが起き、街はゴム産業で知られていた)に帰り着くが、彼の計画自体は水泡に帰し、彼はモリー号をドン・アキリノに売り、その金でオペラ一座を雇って一度だけの船上オペラを上演する―。

フィツカラルド ラスト.jpg ラストの、数日後には自分の所有から離れるモリー号の船上で、オペラを聴きながらフィツカラルドが見せる陶酔と誇りと狂気が入り交ざった表情はなかなかですが(ヘルツォーク作品の中ではかなり爽やかなエンディング?)、この映画のクライマックスはやはり、この映画を観たことがない人でもビデオやCDのジャケットでその場面は知っていると思われる、例の蒸気船の山越えでしょう。

フィツカラルド yamage2.jpg ヘルツォーク監督、ホントに船を山越えさせてしまったなあという感じで、実写でここまでやるというのは当時でもスゴイと思いましたが(完璧主義者だったE.Ⅴ.シュトロンハイムの系譜か)、CG全盛の今ではもうこんな撮影はあり得ないか。"ボンゴの瀬"に船が突っ込むシーンはさすがにミニチュアを使っていますが、これまで本チャンでやったらそれこそ死者が出ていたかもしれません。「山越え」でスペクタクル的には充分満足でした(アマゾン支流をゆっくり遡上するシーンも含め、劇場で観たい作品ではある)。

フィツカラルド03.jpg アギーレと同様フィッツカラルドも実在の人物に改変を加えて描いてるようですが、最初観た時は肉食系人種の凄まじい執念のようなものを感じました。また、異文化の出会いの物語でもあったなあと。最初は、西洋人の自らの文化への自信のようなものを感じましたが(「オペラで未開の地を啓蒙してやる」みたいな)、最近観直してみて、ラストの方でフィツカラルドが、初めてナイヤガラ瀑布を見つけた西洋人の言葉をぼそっと語る場面があったことに気づき、ああ、自分のことをなぞらえていたのだなあと。つまり、人に語っても信じてもらえないような不思議な体験をしたということであり、そこに彼の異文化への畏敬のようなものを感じました。結構、文化人類学的な視点の入った映画だったかもしれません。

Fitsukararudo(1982)
Fitsukararudo(1982).jpg
フィツカラルド      .jpg「フィツカラルド」●原題:FITZCARRALDO●制作年:1982年●制作国:西ドイツ●監督・脚本:ヴェルナー・ヘルツォーク●製作:ヴェルナー・ヘルツォーク/ルッキ・シュティペティック●撮影:トーマス・マウホ●音楽:ポポル・ヴー●時間:158分●出演:クラウス・キンスキー/クラウディア・カルディナーレ/ホセ・レーゴイ/ポール・ヒッチャー/フィツカラルド c.カルディナーレ.jpgウェレケケ・エンリケ・ボホルケス/ミゲル・アンヘル・フェンテス/グランデ・オセFITZCARRALDO Claudia Cardinale.jpgロ/ペーター・ベルリング/デイヴィッド・ペレス・エスピノサ/パウル・ヒットシェル●日本公開:1983/07●配給:大映インターナショナル●最初に観た場所:東急名画座(83-04-16)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(15-06-23)(評価:★★★★)
Claudia Cardinale in FITZCARRALDO
FITZCARRALDO Claudia Cardinale2.jpg

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五月革命に翻弄される田舎のブルジョワたちの人間模様。フランスの田舎を美しく撮っている。

五月のミル dvd.jpg 五月のミル MILOU EN MAI DVD.jpg 五月のミル ピクニック.jpg  美しき諍い女 _.jpg
「五月のミル」[DVD]「五月のミル【HDニューマスター版】 [DVD]」ミシェル・ピコリ主演「美しき諍い女 無修正版 [HDリマスター版] Blu-ray
五月のミル 母の死.jpg 1968年5月のパリ五月革命の最中、南五月のミル 0.jpg仏ジェール県の当主ヴューザック家夫人(ポーレット・デュボー)が突然の発作で死ぬ。長男のミル(ミシェル・ピコリ)は彼女の死を兄弟や娘たちに伝えようとするがストで電話が繋がらない。ようやく駆け付けたミルの娘カミーユ(ミュウミュウ)と五月のミル ザリガニ.jpgフランソワーズたち3人の子、姪のクレール(ドミニク・ブラン)とそのレズビアン友達マリー=ロール(ロゼン・ル・タレク)、弟のジョルジュ(ミシェル・デュショーソワ)と彼の後妻リリー(ハリエット・ウォルター)たちの話題は革命と遺産分配のことばかり。立派な邸宅を売ったらゴルフ場にもできるというカミーユとジョルジュにミルは怒りを爆発させ、小川へザリガニ捕りに行く。カミーユと幼馴染みの公証人ダニエル(フランソワ・ベルレアン)の読みあげる夫人の遺書の中に、小間使いのアデル(マルティーヌ・ゴーティエ)が相続人に含まれていると知って一同は驚くが、気のあるミルだけは喜ぶ。パリで学生運動に参加しているジョルジュの息子ピエール五月のミル milou-en-mai.jpg=アラン(ルノー・ダネール)が共産党嫌いのグリマルディ(ブルーノ・カレット)のトラックに乗せてもらって屋敷に現われる。翌日、革命の影響で葬儀屋までがストをする。ミルたちは遺体を庭に埋めることにし、葬式を一日延期し、ピクニックに興じる。その夜、屋敷に現われた村の工場主夫妻から、ド・ゴール大統領が姿を消していて、ブルジョワは殺されると知らされた一同は、森の洞窟へと逃げる。疲労と空腹で一夜を過ごした彼らのもとにアデルがやって来て、ストが終ったことを知らせる。いつしか彼らの心の中には、屋敷を売る考えはなくなっていた。無事に葬儀は終わり、人々も帰るべき場所へと帰って行き、屋敷には再びミルだけが残される―。

田舎の日曜日 1984 dvd.jpgお葬式 映画 dvd.jpg ルイ・マル監督の1989年作品(公開は1990年)。ミルが住む美しい田舎へ娘や孫たちがやって来てまた慌ただしく去っていくという設定は、ベルトラン・タヴェルニエ監督の「田舎の日曜日」('84年/仏)を想起させますが、ストのため埋葬できない遺体を差し置いて、遺産相続の話で親族同士が揉め、更に、久しぶりに、或いは新たに出会った男女が急速に接近するなどといった色恋も交えた展開は、伊丹十三監督の「お葬式」('84年/ATG)に近いかも。

田舎の日曜日[デジタルリマスター版] [DVD]」「伊丹十三DVDコレクション お葬式

五月のミル3.jpg ブルジョワ階級出身のルイ・マル監督が五月革命に翻弄されるブルジョワを風刺と皮肉を込めて描いた作品ととれますが、アイロニカルな部分がことさらに強調されているわけではなく、その点において自然であるとともにやや中途半端か。むしろ、政治的なことは抜きにして、単純に集団劇として見た場合に結構面白いのではないでしょうか(ルイ・マルの頭にはアントン・チェーホフの『桜の園』があったという。また、ジャン・ルノワールの「ゲームの規則」的な作りをも意識しているらしい)。

五月のミル pikori.jpg ミルは母親の死に一度慟哭しますが、その後は親族たちのドタバタに振り回され、そうした中で弟の後妻リリーと急速に接近(それまでも小間使いのアデルと恋人関係にあったようだが)、娘のカミーユは幼馴染みの公証人のダニエルとの関係が再燃したようで、レズビアンだったはずのマリー=ロールはピエール=アランと親密になり、それに対抗するようにクレールもトラック運転手のグリマルディと親しくなります(何だか、親戚と他人が入り混じった乱交状態みたいになってくるね)。

五月のミル ピクニック2.jpg こうした人同士の関係の化学変化が、ミルの突然思い立ったザリガニ捕りや(これも相続争い対する嫌気から逃れたい気持ちからの行動だと思うが)、関係者総出でのピクニックを通して描かれ、美しい自然の中で人々の気持ちが解放され、行動が大胆になっていく一方、屋敷を売ってどうのこうのといった考えは消えていき、また、それは同時に、屋敷を売りたくないミルの思惑に沿ったものになっているというのは、観ていてまずますスムーズな流れです。

五月のミル rasuto.jpg しかし、ミル自身は、屋敷は売らずに済んだものの、最後は小間使い兼恋人のアデルにも婚約者がいて彼女も去っていくという目に遭います(意外としたたかな女性だった)。リリーも去ってアデルも去り、残されたミルは、もう誰もいない屋敷で亡き母の幻影とダンスを踊る―ミルの老境の孤独を感じさせるエンディングで、初黒澤明が選んだ100本の映画 (文春新書).jpg黒澤明         .jpgめ「田舎の日曜日」→中ほど「お葬式」→ラスト再び「田舎の日曜日」といった感じの作品ですが、「田舎の日曜日」同様にフランスの田舎を美しく撮っている作品でもあります。黒澤明(1910-1998)監督の娘である黒澤和子氏によれば、黒澤明が生前評価していた作品でもあるようです(黒澤和子『黒澤明が選んだ100本の映画』('14年/文春新書))。

 この作品、オリジナルタイトルは Milou en mai(「5月のミル」) だけれども、英文タイトルだと May Fools(「5月の愚か者たち」) になっているなあ。

                               ミシェル・ピコリ/エマニュエル・ベアール
美しき諍い女 poster .jpgジャック・リヴェット.jpg美しい諍い女4.jpg ミシェル・ピコリ(1925年生まれ)は「最後の晩餐」('73年/伊・仏)や「自由の幻想」('74年/仏)にも出ていた俳優ですが、この映画の翌年、今年['16年]1月に亡くなったジャック・リヴェット(1928-2016/享年87)監督(この人もヌーヴェルヴァーグの中心的人物である)の「美しき諍い女(いさかいめ)」('91年)に出演しています。高名であるが世捨て人の画美しい諍い女05.jpg家(ミシェル・ピコリ)が、もともとモデルだった妻(ジェーン・バーキン)とプロヴァンスの片田舎にある古城で静かに暮らしているところへ、一人の若い画家が恋人(エマニュエル・ベアール)を連れて彼のもとを訪れると、画家は彼女をモデルにする事で、自分が長い間打ち捨てていた作品「美しき諍い女」の制作を再開する気になるというもので、ノーカット版は3時間57分ですが、当時['93年]ビデオ版(1時間31分)で観てしまいました(リヴェットが別撮りのフィルムでテレビ用にシーンを変更した2時間5分の別バージョン「美しき諍い女ディヴェルティメント」が1993年に劇場公開されているが、現在は約4時間のオリジナル完全版がDVD・Blu-ray化されている)。作中を通じて、エマニュエル・ベアールはほとんど美しい諍い女03.jpg知られざる傑作.JPG全裸で、「ワイセツか芸術か」の物議をかもした問題作ですが、カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞しています。個人的には、画家のアトリエのある古城の別荘がヨーロッパ的でいい感じでした(ウラヤマシイ)。原作はバルザックの短編「知られざる傑作」であり(岩波文庫『知られざる傑作 他五編』に所収。帯に結末が書いてあることから窺えるように、あくまでも文学作品である)、手元の文庫版があるので、それを読んだ上でまた観直してみたいと思います(文庫で50ページ足らずの作品を4時間の映画にしてしまうなんてスゴイね。当時観た時の評価は★★★★)。
バルザック「知られざる傑作―他5篇 (1948年) (岩波文庫)

ミシェル・ピコリ in「最後の晩餐」('73年/伊・仏) with マルチェロ・マストロヤンニ
最後の晩餐1.jpg 最後の晩餐4.bmp

五月のミル  .jpg五月のミル シネヴィヴァン 1990.jpgMay Fools (1990).jpg「五月のミル」●原題:MILOU EN MAI●制作年:1989年(公開年:1990年)●制作国:フランス・イタリア●監督:ルイ・マル●製作:ルイ・マル/ヴィン・セントマル●脚五月のミル 06.jpg本:ジャン=クロード・カリエール●撮影:レナート・ベルタ●音楽:ステファン・グラッペリ●時間:107分●出演:ミュウミュウ/ミシェル•ピコリ/ミシェル・デュショーソワ/ブルーノ•カレット/ポーレット・デュボー/ハリエット•ウォルター/マルティーヌ•ゴーティエ/ドミニク・ブラン/ロゼン・ル・タレク/フランソワ・ベルレアン/ルノー・ダネール●日本公開:1990/08●配給:シネセゾン●最初に観た場所:シネヴィヴァン六本木(90-10-10)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(15-04-18)(評価:★★★☆)

美しき諍い女 デジタル・リマスター版(2枚組).jpgミシェル・ピコリ/ジェーン・バーキン  「美しき諍い女(いさかいめ)」●原美しき諍い女  ジェーン・バーキン.jpg題:LA BELLE NOISEUSE●制作年:1991年●制作国:フランス●監督:ジャック・リヴェット●製作:マルティーヌ・マリニャック●脚本:パスカル・ポニツェール/クリスティーヌ・ロラン/ジャック・リヴェット●撮影:ウィリアム・リュプチャンスキー●音楽:イゴール・ストラヴィンスキー●時間:107分●出演:ミシェル・ピコリ/ジェーン・バーキン/エマニュエル・ベアール/マリアンヌ・ドニクール/ダヴィッド・バースタイン/ジル・アルボナ/マリー・ベリュック/マリー=クロード・ロジェ●日本公開:1992/05●配給:コムストック(評価:★★★★) 
美しき諍い女 デジタル・リマスター版(2枚組) [DVD]」[237分]

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ポーランド現代文学の中では珍しく「徹底的に非政治的で官能的な小説」という見方に共感。

尼僧ヨアンナ―他 (東欧の文学)2.jpg尼僧ヨアンナ (岩波文庫).jpg        尼僧ヨアンナ [DVD].jpg 尼僧ヨアンナ ps デザイナー大島弘義.jpg
尼僧ヨアンナ (岩波文庫)』 「尼僧ヨアンナ [DVD]」/「尼僧ヨアンナ」ポスター(デザイン:大島弘義)
尼僧ヨアンナ 格子03.jpg尼僧ヨアンナ―他 (東欧の文学)』福岡 星児:訳(1967/07 恒文社)

 中世末期、ポーランドの辺境の町ルーディンで、修道院の若き尼僧長ヨアンナに悪魔がつき、悪魔祓いに派遣された若き神父スーリンはあれこれ手を尽くすが万策尽きる―。

イヴァシュキェヴィッチ.jpg ウクライナ出身のポーランド人作家ヤロスワフ・イヴァシュキェヴィッチ(1894-1980)が、1943年、作者49歳の時に執筆した作品で(1946年に中短編集の中で発表された)、フランスの小都市ルーダンで実際に行われた悪魔裁判を素材とした作品ですが、それを、中世末期のポーランドの辺境の町「ルーディン」に舞台を置き換えています。その他は、驚愕の結末を除いてはほぼ史実に忠実だそうです。
Jarosław Iwaszkiewicz(1894-1980)

ルーダンの悪魔.jpg 実際に起きた事件は、1632年からフランスの小都市ルーダンで、ウルスラ会の修道女たちが悪魔憑きの症状を示し、神を冒涜する言葉、痙攣と硬直、淫らでショッキングな振舞い等が人々に衝撃を与えたため、悪魔祓いと原因究明の審査が行われ、ルーダンの教会の司祭であり、教養と魅力的な物腰で街の女を次々にものにし(その結果、多くの敵も作っていた)ウルバン・グランディエが、悪魔と契約を結んだとの罪状で生きながら火刑に処されれたいうもので、この事件を素材とした小説には、この作品のほかにイヴァシュキェヴィッチと同年生まれの英国の作家オルダス・ハックスリー(1894-1963)の『ルーダンの悪魔』(The Devils of Loudun 、1952)などがあります。

ルーダンの悪魔
尼僧ヨアンナ パティオ.jpg
 この作品の原題は『尼僧長"天使たちの"ヨアンナ』(Matka Joanna od Aniołów)ですが、1961年にポーランドの映画監督イェジー・カヴァレロヴィッチ(1922-2007)によって「尼僧ヨアンナ」(英文タイトル:Mother Joanna of the Angels)として映画化され、カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞するなどして世界的に有名になったことから、岩波文庫版('96年)関口時正氏の訳でもこれをタイトルにしています。本邦初訳は『「東欧文学全集」第8巻‐イヴァシュキェヴィッチ集』(恒文社)の福岡星児訳('67年)でこれも映画化の後の刊行であり、映画が本邦公開された時点('62年)では原作の邦訳は無かったことになります。

イェジー・カヴァレロヴィチ.jpg 個人的にもイェジー・カヴァレロヴィッチの映画の方を先に観て(1962年に発足した日本アート・シアター・ギルド(ATG)の配給第1作でもある)、やや内容を忘れかけた頃に原作を読みましたが、そのことにより改めて映画のシーンが甦ってきました。映画を観た際は、ストーリー面で、ラストでスリン神父(ミエチスワフ・ウォイト)がヨアンナ(ルチーナ・ヴィニエツカ)を悪魔から守ることと引き換えに自らが悪魔を引きうけ殺戮を行うというのは、やや映画的な作り方をしているのではないかとも思いましたが、読んでみたら原作もその通りでした。
Jerzy Kawalerowicz(1922-2007)

ツイン・ピークス1.jpgツイン・ピークス3.jpg まるで、デイヴィッド・リンチが監督して90年代初頭に人気を博したTVドラマ「ツイン・ピークス」の、主人公のFBI捜査官が少女を守るために悪魔に魂を売り渡してしまうラストみたいです。デイヴィッド・リンチによると、あのラストはあくまでも第2シーズンの最終話に過ぎないとのことですが、その続きは作られていません。

尼僧ヨアンナ 08.jpg 個人的には「原作が映画と同じ展開だった」のがやや意外であり、岩波文庫版の翻訳者・関口時正氏の解説でも、スーリンに重罪を犯させる結末ではなく、"小説的筋書きとしての効果の成否"についてはともかく、自殺させることでも足りたのではないか尼僧ヨアンナ 05.jpg(自殺も罪ではあるが)と書いているのは、文学作品を読んだつもりが結構"ホラー"だったかもしれないという自分の読後感をある部分代弁してくれているようにも思えました(ヨアンナが突然表情を変え、悪魔の語り口で話し始めるのはまるで映画「エクソシスト」みたい)。

 但し、"ホラー"と言っても作者の筆致は冷静であり、むしろ、憑依現象を冷静に解析した情動力学的な"心理劇"ともとれるように思います。読んでいて、修道院で起きていることは、戒律による性的抑圧に起因する集団ヒステリーに類するものであることの察しがつくようになっています。また、ヨアンナの体の中に複数の悪魔がいて、それらが交互に姿を現すというのは、ダニエル・キイスの『24人のビリー・ミリガン』を想起させます(「複数の悪魔」は複数人格を呈す解離性障害として説明可能ではないか)。

尼僧ヨアンナ 07.jpg 因みに、小説は前任者の司祭が火刑に処せられ、若き神父スーリンが悪魔祓いのため派遣されるところから始まりますが、ヨアンナにはジャンヌという実在のモデルがいる一方、このスーリンにもスュランという実在のモデルがいて、1634年、34歳の時に悪魔祓いのため修道院に派遣されて、ジャンヌの悪魔をわが身に引き受けた結果としてボロボロになり、殺人を犯したり自殺したりするまでには至らなかったけれど(自殺未遂はあった)、20年近く闘病・治療生活を送って、60歳を過ぎてやっとジャンヌと過ごした濃密な時間を書き記したものを完成させたようです(内容は、宗教的な矩を超えない範囲で、神秘主義的色合いの濃いものらしい)。

ルチーナ・ヴィニエツカ (カヴァレロヴィッチ監督夫人)

尼僧ヨアンナ パティオ02.jpg 1961年に作られた映画「尼僧ヨアンナ」は、スターリン主義の抑圧を受けていた当時のポーランド情勢を、戒律下に置かれた修道尼らの性的抑圧として表したと解されることが多いようですが、イエジー・カヴァレロヴィッチ監督には、社会派サスペンス映画「影」('56年)など、ポーランドの政治情勢を反映させながらも娯楽性を含んだ作品も撮っており(この作品と「夜行列車」('59年)、「尼僧ヨアンナ」の3本が最高傑作とされている)、また、「尼僧ヨアンナ」において修道尼たちが一斉に地面に倒れ込むのを俯瞰で撮るなど、カメラワークにも非常に洗練されたものがあって、芸術的完成度は高いように思います(その分、"政治"が後退する? 少なくとも個人的にはあまりプロパガンダ性を感じなかった)。

尼僧ヨアンナ 04.jpg また、イヴァシュキェヴィッチの原作の方も、1943年という、ポーランドのユダヤ人や知識層が厳しい弾圧を受けていた時期に書かれたものですが(イヴァシュキェヴィッチは既にポーランドを代表する文人であったとともにレジスタンス運動を指揮していた)、岩波文庫版解説で関口時正氏は、「尼僧ヨアンナ」にしてもその他の作品にしても、彼の作品はポーランド現代文学の中では珍しく「徹底的に非政治的で、官能的な小説」であるとしています。

尼僧ヨアンナ_2.jpg この関口時正氏の本作に対する見方には痛く共感しました。イヴァシュキェヴィッチという人は政治と文学を分けて考えていたのではないか。そうして考えると、映画「尼僧ヨアンナ」も、いろいろと背景はあるのかもしれませんが、先ずは、観たままの通り感じればよい作品なのかもしれません。 
 
尼僧ヨアンナ0.jpg「尼僧ヨアンナ」●原題:MATKA JOANNA OD ANIOLOW(MOTHER JOAN OF THE ANGELS)●制作年:1960年●制作国:アメリカ●監督:イェジー・カヴァレロヴィッチ●脚本:タデウシュ・コンビッキ/イェジー・カヴァレロヴィッチ●撮影:イェジー・ウォイチック●音楽:アダム・ワラチニュスキー●原作:ヤロスワフ・イヴァシュキェヴィッチ●時間:110分●出演:ルチーナ・ウィンニッカ/ミエチスワフ・ウォイト/ミエチスワフ・ウォイト/アンナ・チェピェレフスカ/マリア・フヴァリブク/スタニスラフ・ヤシュキェヴィッチ●日本公開:1962/04●配給:東和/ATG(共同配給)●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会(79-04-18)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(10-07-03)(評価:★★★★)●併映:「パサジェルカ」(アンジェイ・ムンク)

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戦争の悲劇を描いたマルグリット・デュラス原作(脚本)の映画化作。DVD化されていない名作。

かくも長き不在 ポスター.jpgかくも長き不在 vhs.jpg かくも長き不在 01.jpg かくも長き不在 ちくま.jpg
輸入版ポスター/「かくも長き不在」VHS/『かくも長き不在 (ちくま文庫)

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE.jpg パリ郊外でカフェを営むテレーズ(アリダ・ヴァリ)はある日、店の前を通る浮浪者に目を止める。その男(ジョルジュ・ウィルソン)は16年前に行方不明になった彼女の夫アルベールにそっくりであった。テレーズはその男とコンタクトをとるが、その男は記憶喪失だった―。

 アンリ・コルピ(1921-2006/享年84)監督の1961年公開の作品で、この人は映画監督の他に雑誌編集者、脚本家、音楽家、編集技師として幅広く活動した人ですが、逆に単独監督した作品として有名なのはこの一作くらいではないでしょうか。但し、この作品でカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞しています。

 この作品もある種"企画"的側面があり、原作者のマルグリット・デュラス(1914-1996/享年81)は1960年にこの物語を、同じくデュラスマルグリット・デュラス.jpgの小説『モデラートカンタービレ』(原題:Moderato Cantabile, 1958年)を原作としジャンヌ・モロー、ジャン=ポール・ベルモンドが主演した「雨のしのび逢い」('60年/仏・伊)の脚本家ジェラール・ジャルロと共同でいきなり脚本から書き起こしていて、それは「ちくま文庫」に所収されています。
Marguerite Duras(1914 - 1996)
かくも長き不在 02.jpg
 戦争の悲劇を描いた感動作ですが、マルグリット・デュラスの作品の中でも分かり易く、また、件(くだん)の浮浪者は果たしてテレーズの夫であるのかどうかという関心から引き込まれます。そして、事実は結末で意外な形で示唆されますが(テレーズの呼んだ夫の名を街の人が次々と伝えていき、それに反応する形で浮浪者が降参するかのように両手を上げるのが悲しい)、その前のテレーズと浮浪者のダンスシーンなども、ぎこちなく二人が抱き合うところなどは逆にリアルで感動させられ、定番的な作り物にしてしまわない脚本と演出の上手さが感じられました。

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE aridabari.jpg アリダ・ヴァリはキャロル・リード監督の「第三の男」('49年/英)が有名ですが、この作品を観ると、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「さすらい」('57年/伊)で夫と別れて暮らすことになった妻を演じていたのを思い出します。「さすらい」において、夫は疲弊して妻の元に戻りますが、アリダ・ヴァリ演じる妻は既に新たな生活を築いており、夫は妻の目の前で自死を遂げます。

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE 1.jpg この「かくも長き不在」においても、アリダ・ヴァリ演じるテレーズには日常においては暗さは無く、16年前にゲシュタポに捕えられたまま消息を絶った夫の帰りを待ちながらも店を営んで逞しく生活しており、若い恋人までいるような様子であって、そこへ抜け殻のようになって現れた"夫かもしれない男"との対比が、逆に男の心的外傷によるトラウマの闇の深さを際立たせています。テレーズが男とぎこちないダンスをした際に、男の頭部の傷に気づく場面はぞっとさせられますが、一方で、そのことにより"夫かもしれない男"に憐れみと慈しみを覚えるテレーズの表情は、まさにアリダ・ヴァリにしか出来ないような演技であり、この作品の白眉と言えます。

 因みに、この映画を観て、いくら心的外傷を負ったとは言え、自分の夫と他人の区別がつかないものだろうかという慰問を抱く人がいますが、心的外傷だけでなく記憶中枢である海馬を損傷するなど脳に器質的障害を負った場合、その人の顔つきまでも全く変わってしまうことが見受けられるようで、個人的にもそうしたケースに接したことがあります。

「二十四時間の情事」1.jpg マルグリット・デュラスは多くの作品を残しながら自身も監督業を手掛けていますが、どちらかと言うと原作や脚本を書いたものを別の映画監督が映画化したものの方が知られており、有名なものでは原作・脚本を書き、アラン・レネが監督してカンヌ国際映画祭FIPRESCI(国際映画批評家連盟)賞を受賞した「二十四時間の情事」('59年/仏・日)がありますが、こちらもモチーフとしてナチの収容所体験を持つ女性が出てきます。ヌーヴェル・ヴァーグの色合いを感じる作品で、観念的な原作の文脈でそのまま映像化するとこんな感じかなという作品ですが、これもオリジナルよりは分かり易くなっています。同じアラン・レネ監督の、後にノーベル文学賞を受去年マリエンバートで 01.jpg賞する作家アラン・ロブ=グリエ(1922-2008/享年85)原作の「去年マリエンバートで」('61年/仏)ほどには前衛的ではなく、デュラスの小説の映画化作品は、小説より分かり易くなる傾向にあるように思います(それでもまだ難解な面もあるが、「去年マリエンバートで」のように観ていて眠くなる(?)ことはない)。デュラスの小説『ジブラルタルから来た水夫』を原作とするトニー・リチャードソン監督の「ジブラルタルの追想」('67年/英)なども、えーっ、原作ってこんなラブロマンスなの、というようなハーレクイン風の仕上がりで、ここまで噛み砕いてしまうとどうかなというのはありますが、さすがにこの作品は自身で脚本までは書いていないようです。

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE 7.jpg 「かくも長き不在」のちくま文庫版の原作脚本を読むと、自身で監督したものに有名な作品は無いけれど、(脚本家の協力・示唆はあったにせよ)小説的効果と映画的効果の違いはわかっていた人ではないかという気がします。特に、この映画のラストの男を呼ぶ声が伝言のように街中を伝わっていく場面は、映画的シチュエーションの極致と言ってよいかと思います。

 しかし、この「かくも長き不在」、以前はビデオとLD(レーザーディスク)で発売されていたけれど、2014年現在DVD化はされていないようです。どうして?(2015年完成の4Kスキャン→2K修復画質により2018年に初めてDVD&Blu-ray化された)

かくも長き不在 シアターアプル.jpgUNE AUSSI LONGUE ABSENCE 3.jpg「かくも長き不在」●原題:UNE AUSSI LONGUE ABSENCE●制作年:1960年●制作国:フランス●監督:アンリ・コルピ●脚本:マルグリット・デュラス/ジェラール・ジャルロ●撮影:マルセル・ウェイス●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●時間:98分●出演:アリダ・ヴァリ/ジョルジュ・ウィルソン/シャルル・ブラヴェット/ジャック・アルダン/アナ・レペグリエ●日本公開:1964/08●配給:東和●最初に観た場所:新宿シアターアプル(85-04-21)(評価:★★★★)
ポスター(イラスト:和田 誠

二十四時間の情事 02.jpg「二十四時間の情事」●原題:HIROSHIMA 二十四時間の情事_.jpgMON AMOUR●制作年:1959年●制作国:フランス・日本●監督:アラン・レネ●脚本:マルグリット・デュラス●撮影:サッシャ・ヴィエルニ/高橋通夫●音楽:ジョヴァンニ・フスコ(イタリア語版)/ジョルジュ・ドルリュー●時間:90分●出演:エマニュエル・リヴァ/岡田英次/ステラ・ダサス/ピエール・バルボー/ベルナール・フレッソン●日本公開:1959/06●配給:大映●最初に観た場所:京橋・フィルムセンター(80-07-15)(評価:★★★★)
二十四時間の情事 [DVD]

去年マリエンバートで  チラシ.jpg去年マリエンバートでes.jpg「去年マリエンバートで」●原題:L'ANNEE DERNIERE A MARIENBAT●制作年:1961年●制作国:フランス・イタリア●監督:アラン・レネ●製作:ピエール・クーロー/レイモン・フロマン●脚本:アラン・ロブ=グリエ●撮影:サッシャ・ヴィエルニ●音楽:フランシス・セイリグ●時間:94分●出演:デルフィー去年マリエンバートで ce.jpgヌ・セイリグ/ ジョルジュ・アルベルタッツィ(ジョルジョ・アルベルタッツィ)/ サッシャ・ピトエフ/(淑女たち)フランソワーズ・ベルタン/ルーチェ・ガルシア=ヴィレ/エレナ・コルネル/フランソワーズ・スピラ/カリン・トゥーシュ=ミトラー/(紳士たち)ピエール・バルボー/ヴィルヘルム・フォン・デーク/ジャン・ラニエ/ジェラール・ロラン/ダビデ・モンテムーリ/ジル・ケアン/ガブリエル・ヴェルナー/アルフレッド・ヒッチコック●日本公開:1964/05●配給:東和●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会(81-05-23)(評価★★★?)●併映:「アンダルシアの犬」(ルイス・ブニュエル)

THE SAILOR FROM GIBRALTAR PERFORMER.jpg「ジブラルタルの追想」●原題:THE SAILOR FROM GIBRALTAR PERFORMER●制作年:1967年●制作国:イギリス●監督:トニー・リチャードソン●製作:オスカー・リュウェンスティン●脚本:クリストファー・イシャーウッド/ドン・マグナー/ジブラルタルの水夫.jpgトニー・リチャードソン●撮影:ラウール・クタール●音楽:アントワーヌ・デュアメル●原作:マルグリット・デュラス「ジブラルタルから来た水夫(ジブラルタルの水夫)」●時間:90分●出演:ジャンヌ・モロー/イアン・バネン/オーソン・ウェルズ/ヴァネッサ・レッドグレーヴ●日本公開:1967/11●配給:ユナイテッド・アーチスツ●最初に観た場所:大塚名画座(78-12-12)(評価:★★☆)●併映:「悪魔のような恋人」(トニー・リチャードソン)(原作:ウラジミール・ナボコフ)
ジブラルタルの水夫

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「三軒茶屋シネマ」ラストショー2本立て―といっても、通常のラインアップと変わらないが...。

そして父になる tirasi.jpg 映画チラシ のぼうの城 tirasi.jpg 映画チラシ
そして父になる DVDスタンダード・エディション」 「のぼうの城 通常版 [DVD]

三軒茶屋シネマ ラスト.JPG三軒茶屋シネマ ラストしおり.JPG 今月['14年7月]20日で60年の歴史を閉じた「三軒茶屋シネマ」の最終上映作品がこの「そして父になる」と「のぼうの城」の邦画2本立てであり、結構急な閉館予告だったせいか、通常の「二番館」的プログラムであって「さよならフェスティバル」的なプログラムではないのがやや唐突な気もします。それでも、最終日に観に行くと、午後の上映からは155席が満席になっていました(一応、前々週の「イタリア映画・不朽の名作2本立て」(「ニュー・シネマ・パラダイス」「ひまわり」)と前週の「モノクロ・サイレント映画の傑作2本立て」(「街の灯」「アーティスト」)と併せてフェスティバル的な上映とのことらしいが)。

そして父になる 1.jpg 是枝裕和監督の「そして父になる」('13年/ギャガ)は、夫(福山雅治)と妻(尾野真千子)の間にいる6歳の一人息子が、実は出生時に子どもの取り違えがあって実の息子ではなかったことが判明し、そこから始まるその夫婦の苦悩と、取り違えられた子を育ててきたもう1つの夫婦(リリー・フランキー・真木よう子)とのやり取りを描いた作品(2014年「芸術選奨」受賞作)。

そして父になる 2.jpg 子どもの取り違えが判明してからその次にどういう手順になるのかがきっちり取材されていて、加えて、河瀬直美監督に見出され「萌の朱雀」('97年)でデビューしたd尾野真千子、「無名塾」出身の真木よう子、スピルバーグがその演技を絶賛したリリー・フランキーなど、演技陣も充実していました。第66回カンヌ国際映画祭の審査そして父になる カンヌ.jpg員賞(パルムドール、(審査員特別)グランプリに次ぐ賞)を受賞した作品ですが、国内では、尾野真千子、真木よう子の2人はそれぞれ第37回「日本アカデミー賞」の優秀主演女優賞、最優秀助演女優賞を受賞、福山雅治、リリー・フランキーもそれぞれ優秀主演男優賞、最優秀助演男優賞を受賞しています(電気屋夫婦の方が「最優秀」を獲っていることになる。因みに真木よう子は、同年の「さよなら渓谷」での最優秀主演女優賞とのW受賞)。

 ある種、アンチ・クライマックス映画で、問題提起型作品の多い是枝裕和監督らしい作品。尤も、このテーマで安易な落とし所を設けて「感動物語」風にしてしまったら是枝監督作らしくはなくなるし、おそらく何人もいるであろう同種の事件の当事者に対する冒涜になってしまうのでしょう。それに代わるカタルシス効果がどこかに欲しかった気もしますが、カンヌでは上映後にスタンディングオベーションがあったというから、これでよしとすべきでしょうか(カンヌで観ていた人たちは概ね娯楽性を求めているわけではないだろうが)。子役までも上手だったことから、監督の演出力を率直に評価したいと思います。

のぼうの城 1.jpg 犬童一心、樋口真嗣共同監督の「のぼうの城」('12年/東宝)は、北条氏の支城で、周囲を湖に囲まれ浮城とも呼ばれる忍城(おしじょう)の領主・成田氏一門の成田長親(野村萬斎)と、その城を攻め落とそうとする豊臣方・石田三成(上地雄輔)の攻防を描いた作品で、2時間超ですがあまり長さを感じさせず、予想以上に面白かったです(この面白さは、和田竜氏の直木賞候補となった原作の面白さによるものではないかとも思うが、原作を読んでいないので、素直に「面白かった」としておきたい。台詞が一部、「○○的」など現代語になっているのが気になったが、脚本も原作者によるもの)。

のぼうの城 佐藤.jpg 歌舞伎や狂言の俳優が、日頃その世界で伝統芸能の継承・研鑽に励みつつも、現代劇や時代劇に出てすんなりそれにフィットした演技が出来てしまうのにはいつも感心させられますが、この映画の野村萬斎の場合、狂言の演技をそのまま成田長親のキャラに活かしていることにより、映画を自分の作品にしている点で、起用に充分応えているように思いました。また、近習の正木丹波守利英を演じた佐藤浩市の演技がオーソドックスな映画的演技であることも、対比的な効果を醸しているように思われます。この2人はそれぞれ第36回「日本アカデミー賞」の優秀主演男優賞、優秀助演男優賞を受賞しています。

のぼうの城 野村.jpg ストーリー的には、最後は、北条氏の本城である小田原城が落城してしまうことから、支城を巡って争う理由がなくなり、これ以上は戦わずして成田氏は忍城を豊臣方・石田三成に明け渡すことになってしまうという点では、これもまた、アンチ・カタルシス的な作品と言えるかもしれません(M&Aで大企業に吸収される関係会社みたい)。それでも「こういう武将もいたのだ」という面白さによってさほどカタルシス不全を感じさせないのは、これはやはり、原作の目の付け所の良さに拠るものかと思われます。

 僅か500の兵で2万の大軍から城を守り和議に持ち込んだというのはやはりスゴイことだと思います。近年の研究では、もともと水攻めに向かない城に対して水攻めに固執した秀吉のミスだったとの説が有力なようで、実戦経験の乏しい石田三成に配慮した作戦が裏目に出たのか。逆に三成が書状の中で「諸将は完全に水攻めと決め込んで全く攻め寄せる気がない」と嘆く事態となったわけですが、水攻めの決定に三成軍の武将たちのモチベーションががたんと低下する場面はこの作品の中でも描かれています。

夏八木勲 のぼう.jpg 観る前は、60年の歴史を持つ名画座のラストショーとしてはややもの足りないラインアップのようにも思えましたが、実際に観てみたらまあ思ったより良かったという感じでしょうか(でもやっぱり、基本的には通常のラインアップと変わらない組み合わせだった? 後に知ったことだが、劇場管理者は敢えて長年二番館として営業してきた三茶シネマらしいラインアップを選んだらしい)。ラストショーと思って思い入れを込めて観た分、評価はやや甘くなっているかもしれません。昨年['13年]5月に亡くなった夏八木勲(1939-2013/享年73)が両方の作品に脇役で出ています('12年の秋から膵癌を患い、闘病を続けていた)。

三軒茶屋シネマ8.JPG 名画座に降りてくる前にDVDがレンタルショップに並んでしまうというのはやはり名画座にとってはキツイことかも。「三軒茶屋シネマ」の閉館により、都内23区に残る名画座は「飯田橋ギンレイホール」「池袋新文芸坐」「早稲田松竹」「目黒シネマ」「下高井戸シネマ」「新橋文化劇場」「キネカ大森」「三軒茶屋シネマ70.JPGシネマヴェーラ渋谷」「神保町シアター」「ラピュタ阿佐ヶ谷」の10館となるそうですが(日本芸術センター運営の「シネマブルースタジオ」や「東京国立近代美術館フィルムセンター」などの公的施設は除く)、この内「新橋文化劇場」は、来月['14年8月]末閉館することが決まっています。
三軒茶屋シネマ6.jpg

三軒茶屋シネマ (1955年「三軒茶屋東映」オープン、1973年建て替え、1997年~「三軒茶屋シネマ」) 2014(平成26)年7月20日閉館日に撮影(左写真手前右:2013(平成25)年2月14日閉館「三軒茶屋中央劇場」(右写真右奥)跡)

Soshite chichi ni naru (2013) 樹木希林(1943-2018)/尾野真千子
Soshite chichi ni naru (2013) .jpgそして父になる 樹木希林.jpg「そして父になる」●英題:LIKE FATHER,LIKE SON●制作年:2013年●監督・脚本:是枝裕和●製作:亀山千広/畠中達郎/依田翼●撮影:瀧本幹也●音楽:松本淳一/森敬/松そして父になる 3.jpg原毅●時間:120分●出演:福山雅治/尾野真千子/真木よう子/リリー・フランキー/二宮慶多/黄升炫/中村ゆり/高橋和也/田中哲司/井浦新/ピエール瀧/大河内浩/風吹ジュン/國村隼/樹木希林/夏八木勲●公開:2013/09●配給:ギャガ●最初に観た場所:三軒茶屋シネマ(14-07-20)(評価:★★★★)●併映:「のぼうの城」(犬童一心/樋口真嗣)
                
のぼうの城 3.jpg「のぼうの城」●制作年:2012年●監督:犬童一心/樋口真嗣●製作:久保田修●脚本:和田竜●撮影:瀧本幹也●音楽:松本淳一/森敬/松原毅●時間:145分●出演:野村萬斎/榮倉奈々/成宮寛貴/佐藤浩市/山口智充/上地雄輔/前田吟/中尾明慶/尾野真千子/ピエール瀧/山田孝之/平岳大/市村正親/西村雅彦/鈴木保奈美/平泉成/夏八木勲●公開:2012/11●配給:東宝●最初に観た場所:三軒茶屋シネマ(14-07-20)(評価:★★★★)●併映:「そして父になる」(是枝裕和)

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橋本忍脚本が巧みな「切腹」。壮絶且つ凄絶な復讐(仇討)劇。決闘シーンも味がある。

切腹 1962 ポスター.jpg切腹 1962 dvd.jpg 切腹 1962 決闘シーン.jpg  『東京裁判』 dvd.jpg
「切腹」 [DVD]」/護持院原決闘シーン(丹波哲郎・仲代達矢) 「東京裁判 [DVD]
「切腹」ポスター
切腹 1962 前庭 仲代.jpg 寛永7(1630)年10月、井伊家上屋敷に津雲半四郎(仲代達矢)という浪人が訪れ、「仕官先もままならず、生活も苦しくなったので屋敷の庭先を借りて切腹したい」と申し出る。申し出を受けた家老・斎藤勘解由(かげゆ)(三國連太郎)は、春先、同様の話で来た千々岩求女(石濱朗)の話をする。食い詰めた浪人たちが切腹すると称し、なにがしかの金品を得て帰る最近の流行を苦々しく思っていた勘解由が切腹の場をしつらえると、求女は「一両日待ってくれ」と狼狽したばかりか、刀が竹光であったために死に切れず、舌を噛み切って無惨な最期を遂げたと。この話を聞いた半四郎は、自分はその様な"たかり"ではないと言って切腹の場に向かうが、最後の望みとして介錯人に沢潟(おもだか)彦九郎(丹波哲郎)、矢崎隼人(中谷一郎)、川辺右馬介(青木義朗)の3人を順次指名する。しかし、指名された3人とも出仕しておらず、何れかの者が出仕するまでの間、半四郎は自身の話を聞いて欲しい「切腹」 (1962 松竹).jpgと言う。求女は実は半四郎の娘・美保(岩下志麻)の婿で、主君に殉死した親友の忘れ形見でもあった。孫も生れささやかながら幸せな日が続いていた矢先、美保が胸を病み孫が高熱を出した。赤貧の浪人生活で薬を買う金も無く、思い余った求女が先の行動をとったのだ。そんな求女に一両日待たねばならぬ理由ぐらいせめて聞いてやる労りはなかったのか、武士の面目などとは表面だけを飾るもの、と勘解由に厳しく詰め寄る半四郎が懐から出したものは―。

『東京裁判』 映画.jpg小林正樹.jpg 「人間の條件」6部作('59-'61年)の小林正樹(1916-1996/享年80)が1962(昭和37)年に撮った同監督初の時代劇作品であり、1963年・第16回カンヌ国際映画祭「審査員特別賞」受賞作です(現在のグランプリに該当)。この監督にはベルリン国際映画祭で「国際映画批評家連盟賞」を受賞した「東京裁判」('83年)という長編ドキュメンタリーの傑作もあります。この「東京裁判」という映画を観ると、裁判の争点は端的に言えば、天皇を死刑にすべきかどうかという点であったともとれ(中心となる戦犯らは死刑が裁判前からすでに確定しているようなもので、魂『東京裁判』 映画2.jpgを抜かれたお飾りのように被告席にいるだけ)、そのことを(主役が法廷にいないことも含め)浮き彫りにした内容であるだけに4時間37分を飽きさせることなく、下手なドラマよりずっと緊迫感がありました(この編集の仕方こそがドキュメンタリーにおける監督の演出とも言える。ナレーターは佐藤慶)。争点が天皇にあったことは、この裁判が、昭和天皇の誕生日(現昭和の日)に11ヶ国の検察官から起訴されたことに象徴されており、天皇に処分は及ばなかったものの、皇太子(当時)の誕生日(現天皇誕生日)に被告人28名のうちの7名が絞首刑に処されたというのも偶然ではないように思われます。
「切腹」ポスター in 小津安二郎「秋刀魚の味」
切腹 poster.jpg切腹 小林正樹.jpg 「切腹」の原作は滝口康彦(1924-2004)の武家社会の虚飾と武士道の残酷性を描いた作品です。映画化作品にも、かつて日本人が尊んだサムライ精神へのアンチテーゼが込められているとされていますが、井伊家の千々岩求女への対応は、武士道の本筋を外れて集団サディズムになっているように感じました(同時に斎藤勘解由は、千々岩求女を自らの出世の材料にしようとしたわけだ)。ストーリーはシンプルですが骨太であり(脚本は橋本忍)、観る側に、何故半四郎が介錯人に指名した3人が何れもその日に出仕していないのかという疑問を抱かせたうえで、半四郎がまさに切腹せんとする庭先の場面に、半四郎の語る回想話をカットバックさせた橋本忍氏の脚本が巧みです。

切腹(196209 松竹).jpg 壮絶且つ凄絶な復讐(仇討)劇でしたが、改めて観ると、息子・千々岩求女の亡骸を半四郎が求女の妻・美保と一緒に引き取りに来た際に、求女に竹光で腹を切らせた首謀者である沢潟、矢崎、川辺の3人しか半四郎に会っておらず、それ以外の者には半四郎の面が割れていないとうのが一つの鍵としてあったんだなあと。

切腹 1962 岩下.jpg 半四郎役の仲代達矢(当時29歳)は、長台詞を緊迫感絶やすことなくこなしており、勘解由役の三國連太郎(当時39歳)、沢潟役の丹波哲郎(当時39歳)の "ヒール(悪役)"ぶりも効いています(19歳の美保を演じた岩下志麻は当時21歳だったが、やはり若い。11歳の少女時代(右)まで演じさせてしまっているのはやや強引だったが)。

切腹 1962 三國.jpg 撮影中に起きた仲代達矢と三國連太郎の演劇と映画の対比「論争」は海外のサイトなどにも紹介されていて(この作品は「カンヌ映画祭」で審査員特別賞を受賞している)、仲代達矢の台詞を喋る声が大きすぎて、三國連太郎が(仲代達矢が演劇出身で)映画と演劇の違いが解っていないとしたのに対し、仲代達矢は、集音マイクがあろうと、実際の人物間の距離に合わせた声量で台詞を言うべきだと反論したというものです(小林正樹監督が両者が納得し合うまで議論するよう仕向けたため撮影は3日間中断、後に仲代達矢はあの議論は有意義だったと述懐している)。

切腹 1962 丹波.jpg カットバック(回想)シーンの中にある仲代達矢と丹波哲郎の決闘場面はなかなかの圧巻で、仲代達矢はこの作品と同じ年の1月に公開された「椿三十郎」('62年/東宝)で先に三船敏郎と決闘シーンを演じているわけですが、丹波哲郎との決闘シーンは、それとはまた違った味わいがありました(「椿三十郎」と言わば真逆の役回りであることもあり、"仲代達矢目線"で観ればこちらの方がいい)。

 因みに、その仲代達矢の腰を低く落として脇に刀を構える構えは戦国時代のもので、丹波哲郎の直立姿勢での構えは江戸時代初期に始まりその後主流となったものであるとのことです。

護持院原の敵討―他二篇 森鴎外著.png 両者が決闘した護持院原(ごじいんがはら)は、森鷗外の中編「護持院原の敵討」でも知られていますが、現在の千代田区神田錦町辺りで、江戸時代は"敵討ちの名所"だったようです(江戸から「中追放」の罪となった者の放たれる境界線のすぐ外側。従って、放たれた途端に、私怨を晴らし切れない者などに決闘を申し込まれる)。沢潟の方から半四郎をわざわざ決闘の場として護持院原に誘ったことがずっと個人的には解せなかったのですが、この作品の時代設定は大阪の陣からまだ15年しか経っていないので(まだ"敵討ちの名所"になっていない?)、たまたま近場の原っぱが護持院原だったと考えれば、沢潟が半四郎を護持院原に誘ったこと自体は不自然ではないのかもしれないと改めて思いました。

Seppuku(1962)  第16回カンヌ国際映画祭「審査員特別賞」受賞作
Seppuku(1962).jpg

近江彦根藩井伊家屋敷跡(東京都千代田区)の石碑.jpg 因みに、滝口康彦(1924-2004)による原作「異聞浪人記」は、講談社文庫版『一命』に所収(三池崇史監督、市川海老蔵 主演の本作のリメイク作品('11年)のタイトルは「一命」となっている)。『滝口康彦傑作選』(立風書房)にある原作に関する「作品ノート」によれば、「『明良洪範』中にある二百二十字程度の記述にヒントを得た。彦根井伊家の江戸屋敷での話で、原典では井伊直澄の代だが、小説では、大名取潰しの一典型といえる福島正則の改易と結びつけるため、直澄の父直孝の代に変えている」とのことです。『明良洪範』の記述の史実か否かの評価については様々な異論があるようですが、ある程度歴史通の人たちの間では、この中にある、彦根藩(この藩は当時は弱小藩だったが後に安政の大獄で知られる大老・井伊直弼を輩出する)が士官に来た浪人を本当に切腹させてしまったことが、こうした「狂言切腹」の風習が廃れるきっかけとなったとされているようです。
近江彦根藩井伊家屋敷跡(東京都千代田区)の石碑

人間の条件2.jpg小林 正樹(こばやし まさき、1916年2月14日 - 1996年10月4日)は、北海道小樽市出身の映画監督である。1952年(昭和27年)、中編『息子の青春』を監督し、1953年(昭和28年)『まごころ』で正式に監督に昇進。1959年(昭和34年)から1961年(昭和36年)の3年間にかけて公開された『人間の條件』は、五味川純平原作の大長編反戦小説「人間の條件」の映画化で、長きに渡る撮影期間と莫大な製作費をつぎ込み、6部作、9時間31分の超大作となった。続く1962年(昭和37年)初の時代劇『切腹』でカンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞。続いて小泉八雲の原作をオムニバス方式で映画化した初のカラー作品『怪談』は3時間の大作で、この世のものとは思えぬ幻想的な世界を作り上げ、二度目のカンヌ国際映画祭審査員特別賞を受けた他、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされ、日本映画史上屈東京裁判 小林正樹.jpg指の傑作と絶賛された。1965年(昭和40年)松竹を退社して東京映画と契約し、1967年(昭和42年)三船プロ第一作となる『上意討ち 拝領妻始末』を監督して、ヴェネツィア国際映画祭批評家連盟賞を受賞、キネマ旬報ベスト・ワンとなった。1968年(昭和43年)の『日本の青春』のあとフリーとなり、1969年(昭和44年)には黒澤明、木下恵介、市川崑とともに「四騎の会」を結成。1971年(昭和46年)にはカンヌ国際映画祭で25周年記念として世界10大監督の一人として功労賞を受賞。1982年(昭和57年)には極東国際軍事裁判の長編記録映画『東京裁判』を完成させた。1985年(昭和60年)円地文子原作の連合赤軍事件を題材にした『食卓のない家』を監督。これが最後の映画監督作品になる。(「音楽映画関連没年データベース」より)

切腹 1962 チラシ.jpg切腹 1962 仲代 立ち回り.jpg「切腹」●制作年:1962年●監督:小林正樹●脚本:橋本忍●撮影:宮島義勇●音楽:武満徹●原作:滝口康彦「異聞浪人記」●時間:133分●出演:仲代達矢/三國連太郎/丹波哲郎/石浜朗/岩下志麻/三島雅夫//中谷一郎/佐藤慶/稲葉義男/井川比佐志/武内亨/青木義朗/松村達雄/小林昭二/林孝一/五味勝雄/安住譲/富田仲次郎/田中謙三●公開:1962/09●配給:松竹(評価:★★★★)

『東京裁判』 映画1.jpg『東京裁判』 映画3.jpg「東京裁判」●制作年:1983年●監督:小林正樹●総プロデューサー:須藤博●脚本:小笠原清/小林正樹●原案:稲垣俊●音楽:武満徹●演奏:東京コンサーツ●ナレーター:佐藤慶●時間:277分●公開:1983/06●配給:東宝東和●最初に観た場所:池袋文芸坐(84-12-08)(評価:★★★★)

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画家の老境をしみじみと描く。年齢がいってから観た方がより味わいがある作品かも。

田舎の日曜日 ちらし.jpg田舎の日曜日 1984 dvd.jpg 田舎の日曜日 01.jpg
チラシ/「田舎の日曜日[デジタルリマスター版] [DVD]」ルイ・デュクルー/サビーヌ・アゼマ

 1912年の秋のある日曜日のパリ郊外田舎。画家ラドミラル氏(ルイ・デュクルー)は、パリから訪ねてくる息子ゴンザグ(ミシェル・オーモン)一家を駅に出迎えるため出掛けるが、駅に向かう途中で一家を迎えることになり、70歳を越えた脚の衰えをまざまざと感じる。ゴンザグと嫁のマリー・テレーズ(ジュヌヴィエーヴ・ムニック)、孫娘で体の弱いミレイユ(カティア・ボストリコフ)と孫息子たちが訪れて賑やかになった氏の邸に、普段めったに訪ねて来ない娘のイレーヌ(サビーヌ・アゼマ)までが、最新型の自動車を運転してやって来る。パリでファッションブティックをオープンしたばかりで若く美しい彼女は、久しぶりの実家帰りでくつろぐが、恋人からかかってくるはずの電話を待っており、恋に悩んでいる様子でもある。ミレイユが木に登って降りれなくなるという騒ぎが起き、更に、恋人からの電話がないのに苛立ったイレーヌがパリに発つと言い出す。ラドミラール氏は娘を宥め、自分のアトリエに招くが、イレーヌはそこに父の絵に対する苦悩を見る。イレーヌに誘われてドライブに出たラドミラル氏は、森の中のレストランで妻の想い出を娘に語る。そんな父にイレーヌは一緒に踊ってと言い出す。二人が家に戻るとパリからの電話が彼女を待っていた。とりみだして去る娘を、そっと送り出すラドミラル氏。夕方、いつものようにゴンザク一家を見送った彼は、アトリエに入り新しい画布に向かう―。

田舎の日曜日 03.jpg ベルトラン・タヴェルニエ(Bertrand Tavernier、1941- )監督の初期作品で、第37回カンヌ国際映画祭監督賞作(原作は脚本家ピエール・ボストの遺作『ラドミラル氏はもうすぐ死んでしまう』)。ストーリー的にはただこれだけの話ですが、パリ郊外の田舎の風景の映像も美しく、何となくじわーっとくる作品です。こうした作品を飽きずに最後まで見せるのは、相当な力量ではないかと最初に観た当時思いましたが(途中で退屈になってしまう人もいておかしくない作品でもあるが)、この監督はその後も佳作を世に送り続けています。でも、自分が観たベルトラン・タヴェルニエの作品ではこれが一番かと。娘イレーヌ役のサビーヌ・アゼマは、1985年(第10回)セザール賞(フランスにおける映画賞で、同国における米アカデミー賞にあたる)の最優秀女優賞を受賞しています。

田舎の日曜日 05.jpg 邸での些細な出来事の殆どが、老境の画家ラドミラル氏の視点から描かれているように思えますが、彼が数年前までは風景画を描いていたのが、最近はアトリエの中の椅子等のオブジェを描くように変わっているのが興味深いです。更に、娘イレーヌは、父のアトリエの屋根裏部屋で、美しいレースのショールと情熱的な画を見つけて感動しますが、これらも、老画家のこれまでの内面の精神的歩みを物語っているように思えました。

 老画家は恋に悩む娘のことを気遣っていますが、年老いてから、周囲の全てが順調で何も心配することはないという状況よりも、多少の心配事があった方が、「生きている」という実感があるのかもしれないと思ったりもしました。

田舎の日曜日 1984 03.jpg 妻に先立たれたとはいえ、美しい田舎の邸に住まい、訪ねてきてくれる子どもも孫もいて、しかも自分には創作という"定年の無い仕事"があるという、ある意味、ラドミラル氏は充分に恵まれた老人なのかもしれません。それでも、全体として見れば、老いと人生の侘しさをしみじみと描いた作品であると言え(印象派絵画のように描かれる田舎の紅葉の光と影が主人公の老境にすごくマッチしている)、家族のこと(娘イレーヌの恋愛)が心配事に絡んでいる点など、小津安二郎の作品にも通じるものがあるように思いました。

田舎の日曜日 09.jpg しかし、最後に家族が去った後、新たな創作にとりかかろうとするラドミラル氏のその姿からは、非常に強い「個人」や「自我」というものが見て取れ、小津安二郎などの日本映画とはまた違った趣も感じられました。

 ある程度年齢がいってから観た方がより味わいがある作品かも。但し、当のタヴェルニエ監督はこの作品を40代前半で撮っているんだなあ。

田舎の日曜日 02.jpg田舎の日曜日 00.png「田舎の日曜日」●原題:UN DIMANCHE A LA CAMPAGHE●制作年:1984年●制作国:フランス●監督・製作・脚本:ベルトラン・タヴェルニエ●共同脚本:コロ・タヴェルニエ●撮影:ブルーノ・ド・ケイゼル●音楽:ガブリエル・フォーレ●原作:ピエール・ボスト「ラドミラル氏はもうすぐ死んでしまう」●時間:95分●出演:ルイ・デュクルー/サビーヌ・アゼマ/ミシェル・オーモン/ジュヌヴィエーヴ・ムニック/カティア・ボストリコフ●日本公開:1985/11●配給:フランス映画社●最初に観た場所:テアトル新宿(86-03-30)(評価:★★★★)●併映:「パリ、テキサス」(ヴィム・ヴェンダース)

テアトル新宿 tizu.jpgテアトル新宿.jpgテアトル新宿3.jpgテアトル新宿 1968年12月5日、靖国通り沿いに名画座としてオープン、1989年12月に封切り館としてニューアル・オープン(新宿伊勢丹メンズ館の隣、新宿テアトルビルの地下一階)

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クルド人問題の入門書として定番的位置付け。映画「路」は重かった。

クルド人 もうひとつの中東問題.jpg        路(みち)04.JPG  ギュネイ.jpg 
クルド人 もうひとつの中東問題 (集英社新書)』 「映画パンフレット 「路(みち)」 監督 ユルマズ・ギュネイ 出演 タルック・アカン/シェリフ・セゼル/ハリル・エルギュン/メラル・オルホンソイ/ネジュメッティン・チュバンオウル/セムラ・ウチャル/ヒクメット・チェリク」 ユルマズ・ギュネイ(Yilmaz Güney 1937-1984/享年47)

川上洋一.bmp 朝日新聞社の中東アフリカ総局長などを務めたベテラン記者の川上洋一氏(本書執筆時は既に新聞社を退職し大学教授)がクルド人問題について書いたもので、'02年の刊行ですが、その後最近まであまりこうしたクルド人にフォーカスした本がそう多く出されていなかったため、クルド人問題の入門書としては定番的位置付けになっているのではないでしょうか。

kurd-map.gif 本書によれば、「祖国なき最大の民」と言われるクルド人の居住地域(クルディスタン)は主にトルコ、イラン、イラクにまたがり、面積はフランス一国にも匹敵、人口は2500万人とも推定され、パレスチナ人約800万を大きく凌ぐとのことです。

地図出典:www.fuzita.org

 クルドの歴史を古代シュメールにまで遡り紹介していますが、クルド人の自治・独立活動が活発化したのは19世紀末以降であって、その後、第一次世界大戦によってオスマン・トルコ帝国が崩壊してから今日まで、国際政治のパワー・ゲームに翻弄されてきた経緯を特に詳しく書いており、この辺りは、根っからの大学教授(といってもどれぐらい研究者がいるのか)よりも、著者のような記者経験者の書くものの方が、より時事的な視点に沿った書き方になって、読む側としては良いのかも。

 オスマン・トルコ時代も「トルコ化」政策などの下で圧迫されていたわけですが、20世紀に入ってからの、トルコ、イラン、イラク三国による翻弄のされ方が哀しい―クルディスタンが紛争多発地域にまたがっているとうのが、ある意味、不幸の源なのでしょうが、それに大国の利権が絡んで、もうグジャグジャという感じ。

 但し、著者の視点は冷静で、幾多の自治・独立活動がの挫折をタ丹念に追うと共に、クルド人自身が、彼らの解放闘争の史上では部族主義になりがちで民族の統一が実現しない、外国依存に陥りやすい、というマイナス要因を持っているとしています。

 今後の見通しも示していますが、こうなると悲観的なものにならざるを得ない―トルコ、イラン、イラクの三国の何れにとってもクルド人国家の独立は脅威であって容認されざるものであり、強いて言えば、クルド寄りの政党、クルド人市長などがいるトルコに若干の光明が見えるといったところでしょうか(国会議員にも入り込んでいるが、これまで出自を明かしていないケースが殆ど。しかし、近年になって自らをクルド人と認める人が増えているようである)。

路(みち)05.JPG 本書を読んで思い出されるのは、クルド人であるユルマズ・ギュネイ(1937-1984)監督の映画「路<みち>」('82年/トルコ・スイス)でした(この人、元は二枚目俳優。反体制作家でもあり、獄中から代理監督を立てて映画を作っていた)。

 映画は、1980年秋、マルマラ海の小島の刑務所から5日間の仮出所を許された5人のクルド人の囚人を追っていますが、その内の一人は、故郷への帰途にある街で、軍による外出禁止令が出てしまっていて足止めを喰い、もう一人は仮出所許可証が見つからずに軍に拘留され、何れもなかなか故郷に辿りつけない。何とか故郷に辿りついた一人は、そこでクルド・ゲリラと憲兵隊との銃撃戦があり、兄が亡くなったこと知って、刑務所には戻らず自らゲリラとなって戦う道を選ぶ―。

 こうした政治的状況と併せて、クルド人の男女観や社会的因習などもが描かれており、フィアンセと再会した一人は、デートを親族から監視されることに嫌気がさして売春宿に駆け込みながら、フィアンセに対しては専制的に服従を要求し、また別の男は、妻の兄を死なせたのは自分に責任があると告白したばかりに村に居れなくなって、最後は妻の弟に射殺されてしまう―。

路(みち)06.JPG 最初の男がやっと故郷に戻ってみると、妻は彼が入獄中に売春した咎で実家に戻され鎖に繋がれていて、しかも、掟により家名を汚した妻を自ら殺さなければならず、彼は妻を背負って山中へ逃げるが、鎖で繋がれていた間パンと水しか与えられていなかった妻は、雪の中で衰弱死する―。

 兄を亡くしゲリラになることを決意した3番目の男には好きな娘がいたが、兄が死に独身の弟がいる場合は、弟は兄嫁と結婚しなければならないというクルドの因習を拒否できない―。

路(みち)07.JPG クルド人の圧政に対する不屈の精神と家族愛、男女愛を描く一方で、クルド人自らが、旧弊な因習により自らを縛っている面もあること如実に示した作品で、本国(クルド社会)内でも評価が割れたのではないかなあ。いや、そもそも、ギュネイ監督の作品は国内上映が禁止されているか(国際的にはカンヌ国際映画祭で最高賞であるパルム・ドールを受賞)。

 この作品も獄中から指揮して作ったもの。5人の顔が何となく似ているので(クルド人も皆トルコ髭を生やしている)、初めて観た時は途中で誰が誰だったか分からなくなったりもしたけれど、いろいろ考えさせられる重い映画には違いなく、監督の死が惜しまれます(撮影後、仮出所の際に脱走しフランスで映画を仕上げたが、その2年後に癌で死去)。

路 YOL 1982l5.jpgYol(1982).jpg「路<みち>」●原題:YOL●制作年:1982年●制作国:トルコ/スイス●監督・脚本:ユルマズ・ギュネイ●製作:エディ・ヒュプシュミット/K・L・プルディ●演出:シェリフ・ギョレン●撮影:エルドーアン・エンギン●音楽:セバスチャン・アルゴン/ケンダイ●時間:115分●出演:タルク・アカン/シェリフ・セゼル/ハリル・エルギュン/メラル・オルホンソイ/ネジュメッティン・チュバンオウル/セムラ・ウチャル/ヒクメット・チェリク●日本公開:1985/02●配給/フランス映画社●最初に観た場所:有楽町スバル座(85-10-27) (評価★★★★)
Yol(1982)

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'93年は「ジュラシック・パーク」の年か。アイロニカルだった「ザ・プレイヤー」。

イヤーブック1994.JPG映画イヤーブック1994.jpg    ザ・プレイヤー.jpg  ザ・プレイヤー  dvd.jpg
映画イヤーブック〈1994〉 (現代教養文庫)』/「ザ・プレイヤー」チラシ/「ザ・プレイヤー デラックス版 [DVD]

 1993年に公開された洋画328本、邦画151本、計479本の全作品データと解説を収録、更に映画祭、映画賞の記録、オリジナル・ビデオ・ムービー、未公開ビデオのデータなども網羅しています。

 本書での最高評価になる「四つ星」作品は、「ザ・プレイヤー」「愛の風景」「マルコムX」「許されざる者」「クライング・ゲーム」「秋菊の物語」「ジュラシック・パーク」「アラジン」「リバー・ランズ・スルー・イット」「ザ・シークレット・サービス」「タンゴ」「友だちのうちはどこ?」など10作品、一方邦画は、「お引越し」(相米慎二監督)「病院で死ぬということ」(市川準監督)「月はどっちに出ている」(崔洋一監督)「ヌードの夜」(石井隆監督)の4作品と、依然やや寂しいか。

 映画館の年間入場者数は、それまでの史上最低を記録した'92年よりやや上向いて1億3千万人台に戻りましたが、これは偏に「ジュラシック・パーク」の大ヒットのお陰、邦画は、前年の「シコふんじゃった。」に続いて、今度は「月はどっちに出ている」が映画賞を総ナメするという、表面的にはやや偏った状況でした。

ザ・プレイヤー  vhs.jpg でも、前出の通り、ピレ・アウグスト監督の「愛の風景」(スウェーデン他9カ国)、チャン・イーモウ監督の「秋菊の物語」(中国)、パトリス・ルコント監督の「タンゴ」(仏)、アッバス・キアロスタミ監督の「友だちのうちはどこ?」(イラン)といったハリウッド映画以外の作品も一部で注目された年であり、また、ハリウッド映画の中にも、ロバート・アルトマン監督がハリウッドの映画製作の内幕を描いた「ザ・プレーヤー」('92年/米)などの変わった作品もありました(この作品は1992年カンヌ国際映画祭「監督賞」及びインディペンデント・スピザ・プレイヤー 1.jpgリット賞、ニューヨーク映画批評家協会賞などを受賞している)。

 原作・脚本はマイケル・トルキンで、ハリウッド映画界の権力者"プレイヤー"を目指す若手プロデューサーのグリフィン(ティム・ロビンス)が、脚本を没にされた脚本家から脅迫を受けるが、逆に脅迫者とおぼしき脚本家を殺害し、その恋人(グレタ・スカッキ)をも自分の女にしてしまう―「えーつ、これで終わり!?」という感じで、皮肉を込めたピカレスク・ロマンだったわけね。

THE PLAYER 1992 movie.jpg ラスト近く、グリフィンはウケだけを狙ったどうしょうもない通俗映画を作っていて、それに主演しているのが、ジュリア・ロバーツ、ブルース・ウィリスの二人で、更にバート・レイノルズ、アンジェリカ・ヒューストン、ジョン・キューザック、ジャック・レモン、アンディ・マクダウェル、シェール、ピーター・フォーク、スーザン・サランドンなどが映画内映画にカメオ出演している―この辺りはやはりロバート・アルトマンの名の下に―という感じでしょうか。

スーザン・サランドン/ピーター・フォーク

 ロバート・アルトマンは「M★A★S★H」(70年/米)、「ナッシュビル」(75年/米)以来、時々こうした"仲間内"感覚の作品を撮っていたなあ。この作品も、アイロニカルだけれど、みんなんで楽しみながら映画を作っている感じもあって、その分「毒」が中和されている印象も。

"THE PLAYER"(1992)輸入版DVD
THE PLAYER 1992.jpg「ザ・プレイヤー」●原題:THE PLAYER●制作年:1992年●制作国:アメリカ●監督:ロバート・アルトマン●製作:デヴィッド・ブラウン/マイケル・トルキン/ニック・ウェクスラー●脚本・原作:マイケル・トルキン●撮影:ジャン・ルピーヌ●音楽:トーマス・ニューマン●時間:124分●出演:ティム・ロビンス/グレタ・スカッキ/フレッド・ウォード/ウーピー・ゴールドバーグ/ピーター・ギャラガー/ブライオン・ジェームズ/ヴィンセント・ドノフリオ/ディーン・ストックウェル/リチャード・E・グラント/シドニー・ポラック/シンシア・スティーヴンソン/ダイナ・メリル/ジーナ・ガーション/ジェレミー・ピヴェン/リーア・エアーズ●カメオ出演ジュリア・ロバーツ/ブルース・ウィリス/バート・レイノルズ/アンジェリカ・ヒューストン/ジョン・キューザック/ジャック・レモン/アンディ・マクダウェル/The-Player.jpgシェール/ピーター・フォーク/スーザン・サランドン/ジル・セント・ジョン/リリー・トムリン/ジョン・アンダーソン/ミミ・ロジャース/ジョエル・グレイ/ハリー・ベラフォンテ/ゲイリー・ビューシイ/ジェームズ・コバーン/ルイーズ・フレッチャー/スコット・グレン/ジェフ・ゴールドブラム/エリオット・グールド/サリー・カークランド/マーリー・マトリン/マルコム・マクダウェル/ニック・ノルティ/ロッド・スタイガー/パトリック・スウェイジ●日本公開:1993/01●配給:大映(評価:★★★☆) Julia Roberts, Bruce Willis and may others for The Player

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'92年公開作品はバブル崩壊"効果"? ちょっと変わった感じの映画が目立った年。

映画イヤーブック 1993.jpg   バートン・フィンク vhs1.jpg フライド・グリーン・トマト vhs.jpg
映画イヤーブック〈1993〉 (現代教養文庫)』/「バートン・フィンク」(VHS)/「フライド・グリーン・トマト」(VHS)  

プリティ・リーグ dvd.jpg 1992年に公開された洋画317本、邦画133本、計450本の全作品データと解説を収録していますが、この数字、本書の前年版によれば、前年の1991年に劇場公開された洋画は413本、邦画は151本、計564本となっていましたから、前年の2割減(洋画は2割5分減)ということになり、バブル崩壊の影響がこの辺りにも出たなあと。

 本書での最高評価になる「四つ星」作品は、「バートン・フィンク」「JFK」「美しき諍い女」「フライド・グリーン・トマト」「仕立て屋の恋」「プリティ・リーグ」など10作品、邦画は、「シコふんじゃった。」「いつかギラギラする日」「青春デンデケデケデケ」など4作品とやや寂しいか。
プリティ・リーグ [DVD]

バートン・フィンク0.jpg 結局、邦画界は1月に公開された周防正行監督の「シコふんじゃった。」がその年の映画賞を総ナメした形になりましたが、これ、意外と穴だったと言うか、実際に面白く(個人的にもこの年のナンバー1作品。但し、これだけ賞を獲ると、日本映画は他にいい作品がないのかという気も)、一方、洋画も例年の大作とは一味違ったものがじわじわ人気を呼んだりして、その典型が1991年・第44回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したジョエル・コーエン監督の「バートン・フィンク」('91年/米)ではなかったでしょうか。

Barton Fink -John Goodman & John Turturro

バートン・フィンク1.jpg 1941年、場末の安ホテルに籠って脚本を書いていた劇作家バートン・フィンク(ジョン・タトゥーロ)は、隣室のセールス男メドウズ(ジョン・グッドマン)と親しくなるが、フィンク自身は脚本が書けなくなるスランプに陥り、更には自分の部屋で殺人事件が起きて、メドウズが死体を片付けてくれたものの、彼は完全に神経症に陥る―。

 幾つもの解釈ができる面白い作品で、結局、フィンク自身が現実と空想の区別がつかなくなっているようです。ラストのホテルの部屋の壁に架かった絵画のアップが1つの謎解きと言えるかも(バートン・フィンクのモデルはフォークナーだそうだ)。カンヌ映画祭で史上初の三冠(パルム・ドール(グランプリ)・監督賞・主演男優賞)を成し遂げた作品とのことで、ストーリーの巧さもあるけれども、脚本執筆という創造の苦しみが描かれているのが、同業者の共感を呼んだ?

フライド・グリーン・トマト1.jpg もう一つ、同じく'92年公開のジョン・アヴネット監督の「フライド・グリーン・トマト」('91年/米)は、「ドライビング・ミス・デージー」のジェシカ・タンディが演じる元カフェ経営者の昔話を、「ミザリー」のキャシー・ベイツ演じる夫に愛想をつかされた女性が聴くという展開でしたが(アカデミー主演賞女優同士!)、ジェシカ婆さんが淡々と語る話の内容が、ある種、女性たちの人間として生きる権利を求めての闘いの軌跡というか、感動ストーリーでありながらも、合間に入るエピソードがグリム童話みたいに残酷(猟奇的)だったりして、この取り合わせの妙が何とも言えない作品でした。
    
プリティ・リーグ 2.png 女流監督ペニー・マーシャルが「レナードの朝」('90年)の次に撮った「プリティ・リーグ」('91年/米)のあらすじは―、1943年、男たちが戦争に駆り出され、プロ野球閉鎖の危機が訪れる中、全米女子プロ野球リーグが結成され、最強チーム"ピーチズ"のメンバーは、田舎の主婦からホール・ダンサーまで、野球を愛する男顔負けのスーパー・レディースで構成さMadonna A League of Their Own.jpgれていたが、汗と埃にまみれて白球を追う彼女たちの力強く美しい姿には全米が拍手を贈った―という感動もので、一見すると漫画的題材ですが、実話がベースになっているというのはやはり強いなあと。監督役のトム・ハンクスの演技が冴え、痛快スポーツ・ドラマとなっていますが、最後の同窓会的にかつてのメンバーが集う場面は、賛否があるものの個人的には良かったです。スーパースターのマドンナがナインの一員として(エース役のジーナ・デイビスの助演として)しっかり演技しているという点で興味深い作品でもあります。マドンナはハマリ役でした。 

Madonna in A League of Their Own

 好き嫌いが分かれそうな作品もありますが、バブル崩壊"効果"ではないでしょうが、がんがん力で押していくタイプの大作より、こうしたちょっと変わった感じの映画が目立った年でした。

バートン・フィンク dvd.jpgバートン・フィンク [DVD]」 ジュディ・デイヴィス in「バートン・フィンク」(1991年ニューヨーク映画批評家協会賞助演女優賞受賞) BARTON FINK, Michael Lerner, マイケル・ラーナー(1991年ロサンゼルス映画批評家協会賞助演男優賞受賞)
ジュディ・デイヴィス バートン・フィンク.jpgBARTON FINK, Michael Lerner, 1991l.jpg「バートン・フィンク」●原題:BARTON FINK●制作年:1991年●制作国:アメリカ●監督:ジョエル・コーエン●製作:イーサン・コーエン●脚本:ジョエル&イーサン・コーエン●撮影:ロジャー・ディーキンス●音楽:カーター・パウエル●時間:116分●出演:ジョン・タトゥーロ/ジョン・グッドマン/ジュディ・デイヴィス/マイケル・ラーナー/ジョン・マホーニー/トニー・シャルーブ●日本公開:1992/03●配給:KUZUIエンタープライズ(評価:★★★★)

「フライド・グリーン・トマト」 (91年/米).jpg「フライド・グリーン・トマト」●原題:FRIED GREEN TOMATO●制作年:1991年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・アヴネット●製作:ジョン・アヴネット/ジョーダン・カーナー●脚本:キャロル・ソビエスフライド・グリーン・トマト dvd.jpgキー/ファニー・フラッグ●撮影:ジェフリー・シンプソン●音楽:トーマス・ニューマン●原作:ファニー・フラッグ「フライド・グリーン・トマト・アット・ザ・ホイッスル・ストップ・カフェ」●時間:130分●出演:キャシー・ベイツ/ジェシカ・タンディ/メアリー・スチュアート・マスターソン/メアリー=ルイーズ・パーカー/スタン・ショウ/シシリー・タイソン/クリス・オドネル/ゲイラード・サーテイン/ティム・スコット/ロイス・スミス/グレイソン・フリック/アフトン・スミス/ゲイリー・バサラバ/レイノール・シェイン●日本公開:199206●配給:アスキー映画(評価:★★★★)
フライド・グリーン・トマト [DVD]

トム・ハンクス/ジーナ・デイヴィス/ マドンナ
プリティ・リーグ [DVD].jpgプリティ・リーグ 1.png「プリティ・リーグ」●原題:A LEAGUE OF THEIR OWN●制作年:1991年●制作国:アメリカ●監督:ペニー・マーシャル●製作:ロバート・グリーンハット/エリオット・アボット●脚本:ババルー・マンデル/ローウェル・ガンツ●撮影:ミロスラフ・オンドリチェク●音楽:ハンス・ジマー●時間:116分●出演:トム・ハンクス/ジーナ・デイヴィス/マドンナ/ロリー・ペティ/ロージー・オドネル/ジョン・ロビッツ/デヴィッド・ストラザーン/ゲイリー・マーシャル/ビル・プルマン/ティア・レオーニ/アン・キューザック/エディ・ジョーンズ/アン・ラムゼイ/ポーリン・ブレイスフォード/ミーガン・カヴァナグ/トレイシー・ライナー/ビッティ・シュラム/ドン・S・デイヴィス/グレゴリー・スポーレダー●日本公開:1992/10●配給:コロンビア・トライスター映画社(評価:★★★★)

Madonna - 1992 Steven Meisel   ジーナ・デイビス in「テルマ&ルイーズ」('91年/米)
Madonna - 1992 Steven Meisel.jpg テルマ&ルイーズ ジーナ・デイビス.jpg

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主人公の10歳の少女時代を描いた部分が優れていた(ベトナム版「おしん」?)。

青いパパイヤの香り dvd0.jpg 青いパパイヤの香り dvd.jpg 青いパパイヤの香り .jpg
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青いパパイヤの香り1.jpg 1951年のサイゴン、10歳になる娘ムイは田舎からとある家へ奉公にやって来て、食事の世話や家事手伝い、その他細々とした事を任され、毎日を過ごしていた。その家には何もせずただ楽器を楽しむだけの父親、衣地屋を営み家系を支える母親、嫁に辛くあたる祖母、社会人の長男と幼い弟という家族がいた。やがてムイは、家に遊びに来た長男の友人クェンに密かに恋心を抱くようになる。10年後、ムイは暇を出され、今度はクェンの家へ奉公に出される―。

「青いパパイヤの香り」.jpg 前半から中盤にかけては、ベトナム版「おしん」という感じですが、少女ムイを演じる子役の演技が旨く、子供ながらもこうしたしっとりした情感を出せるのは、監督の演出の成せる業(わざ)だろうと思いました(この作品の殆どの俳優がフランス在住のベトナム人で映画初出演であり、トラン・アン・ユン監督は、この作品でカンヌ映画祭のカンヌ国際映画祭で新人監督賞に該当する「カメラ・ドール」を受賞している)。

 少女が奉公に入った家は、かなり家庭の事情が複雑で、過去から現在にまで重いものを引き摺っている感じ(う~ん、彼女は料理の作り方だけでなく、人間についての様々な事をここで学んだのだろうなあ)。極力セリフを用いず、登場人物の想いを映像で表現しているところは、小津安二郎作品などの日本映画に通じるものを感じました。

青いパパイヤの香り2.jpg 二十歳になってからの話は、ちょっとシンデレラ・ストーリーっぽくって、しかも、結果として"略奪愛"的な展開になっているのですが、ひたすら相手に尽くすムイの姿勢には、クェンならずとも惹かれるのかも。但し、前半の少女時代の話に比べると、ストーリー的にはやや平板な感じもしました。

青いパパイヤの香り75.jpg トラン・アン・ユン監督はベトナムで生まれ、パリ育ち、またパリで映像芸術について学んだ人で、デビュー作にあたるこの作品は、すべてフランスでセットを組んで撮られたそうですが、昆虫や魚、野菜や果物、料理などの映像を合間ごとに挟むことにより、アジア的雰囲気を巧みに醸しているように思えました(パパイヤはベトナム人にとっては"野菜"であることがよく分かる)。

 映像的にもカラフルで綺麗。但し、監督のベトナムへの想いが美化され過ぎているのか、"綺麗すぎる"感じも。日本で公開された時もヒットしましたが、特に女性に受けたとのことで、エスニック・ブームとの相乗効果もあったのではないでしょうか(シンデレラ・ストーリーであるということもあるし)。

青いパパイヤの香り トラン夫妻.jpg 二十歳のムイを演じた女優は、実生活において監督の妻となったということで、こういうパターンは日本でも海外でもよくありますが、監督が女優を恋愛対象として見ている時は、いい映画に撮れるのかも。主人公が、永く召使い的な立場にありながらも純粋さと女性らしさを失わず、「凛として生きる」ことを貫いてきたことが分かるように描いていたように思います。

「青いパパイヤの香り」2.jpg「青いパパイヤの香り」3.jpg 但し、映画全体としてはやはり、小さな出来事を積み重ねることである家族の全体を浮き彫りにするとともに、その中における、外部からやって来た10歳の少女の精神的成長を描いた前半部分の方が優れていたように思います。

青いパパイヤの香り_.jpg「青いパパイヤの香り」●原題:Mùi du du xanh/仏:L'ODEUR DE LA PAPAYE VERTE/英:THE SCENT OF GREEN PAPAYA●制作「青いパパイヤの香り」4.jpgMùi du du xanh(1993).jpg年:1993年●制作国:フランス/ベトナム●監督・脚本:トラン・アン・ユン●製作:アドリーヌ・ルカリエ/アラン・ロッカ●撮影:アラン・ネーグル●音楽:トン=ツァ・ティエ●時間:104分●出演:トラン・ヌー・イェン・ケー/リュ・マン・サン/トルゥオン・チー・ロック/グエン・アン・ホア/ヴォン・ホア・ホイ/トラン・ゴック・トゥルン/タリスマン・バンサ/ソウヴァンナヴォング・ケオ/ネス・ガーランド●日本公開:1994/08●配給:デラ・コーポレーション(評価:★★★☆)
Mùi du du xanh(1993)

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「黄粱一炊の夢」乃至「胡蝶の夢」。自殺した妻との邂逅は「惑星ソラリス」へのオマージュか。

インセプション チラシ.jpg インセプション dvd.jpg       マトリックス dvd.jpg      惑星ソラリス dvd.jpg
「インセプション」チラシ/「インセプション [DVD]」「マトリックス 特別版 [DVD]」「惑星ソラリス [DVD]

インセプション2.jpg 人の夢に入り込むことでアイデアを"盗み取る"産業スパイ・コブ(レオナルド・ディカプリオ)に、大企業のトップ・サイトー(渡辺謙)が、ライバル企業の社長の息子ロバート(キリアン・マーフィー)に父親の会社を解体させるアイデアを"植えつける(インセプション)"仕事を依頼する。自殺した妻モル(マリオン・コティヤール)殺害の容疑をかけられ子供に会えずにいたコブは、犯罪歴抹消と引き換えに仕事を引き受けることにし、コブ及びサイトーに、コブの仕事仲間のアーサー(ジョゼフ・ゴードン=レヴィット)、夢の世界の「設計士」アリアドネ(エレン・ペイジ)、ターゲットの思考を誘導する「偽装師」イームス(トム・ハーディ)、夢の世界を安定させる鎮静剤を作る「調合師」ユスフ(ディリープ・ラオ)の4人を加えた計6人で、ロバートの夢の中に潜入する―。

Inception(2010).jpgInception.jpg 最初は6人がこれからやろうとしていることの説明(理屈)が多くてややダルかったけれども、実際に夢への潜行が始まると、「夢」から「夢の中の夢」に、更に「夢の中の夢の中の夢」に降りて行くという発想が面白く、思いつかないことでもないけれど、よくこれを「お話」にして「映像化」したものだと―。突っ込み所は多いのですが、つい先月['11年7月]発表された英国の映画誌「TOTAL FILM」の投票による"史上最高のSF映画べスト10"で、今世紀の作品として唯一8位にランクインしています。
Inception(2010)
                  
インセプション1.jpg 実際に夢の第1階層(雨のL.A.)、第2階層(ホテル)、第3階層(雪の要塞)のそれぞれで繰り広げられるのは、カーチェイスだったり銃撃戦だったりと定番のアクションなのだけれど(敵はロバートの潜在意識に既にインセプションされているライバル企業側の輩)、下の階層に行くにつれて相対的に上の層より時間の流れが遅くなり、その分だけ時間稼ぎ出来るといった着想などはなかなか秀逸ではないかと思われ(「黄粱一炊の夢」「邯鄲の夢」の"二乗"ということか)、ラストも、コブは本当に現実世界に戻ってきたのか、ちょっと気を持たせる終わり方でした(この辺りはむしろ「胡蝶の夢」か)。
                      
マトリックス 映画.jpg 仮想現実世界での戦いと言えば、ウThe Matrix(1999).jpgォシャウスキー兄弟の「マトリックス」('99年/米)を想起しますが、ストーリー的にはこの 「インセプション」 の方が凝っているのでは。但し、「マトリックス」は、シリーズを通してファッションの方に凝っていて、夢と現実世界を結ぶのが"公衆電話"や"黒電話"であるなどというキッチュな味付けもありましたが、それに比べると「キック」というのはやや原始的。物理的な衝撃によって眠り(夢)から覚めるというのは、オーソドオクスと言えばオーソドックスですが。
The Matrix(1999)

 全体としては、いろんなものを詰め込み過ぎた(オタク系でもあり恋愛系でもある)「マトリックス」よりも、ストレートなアクション系に近いこっちの方が好みですが、いっそのこと、"亡き妻への追慕"といったモチーフも織り込まないで、「夢の階層構造」のみを中心モチーフに据えたアクションに徹しても良かったように思います。

惑星ソラリス11.jpg 映像面でスタンリー・キューブリックの「惑星ソラリス12.jpg2001年宇宙の旅」('68年/米)や、アンドレイ・タルコフスキー作品へのオマージュが見られますが、モチーフとして特に似ているのはタルコフスキーの「惑星ソラリス」('72年/ソ連)ではないでしょうか。

惑星ソラリス1.jpg 「惑星ソラリス」の宇宙飛行士であり科学者でもある主人公(ドナタス・バニオニス)は、"意識を持つ"惑星ソラリスを調査する中で、ソラリスが主人公の記憶の中から再合成して送り出してきた「かつて自殺した妻」(ナタリア・ボンダルチュク)と邂逅し(「インセプション」も同じ)、その仮想現惑星ソラリスSOLARIS 1972.jpg実世界の虜囚となってしまうのですが、クリストファー・ノーランは、どうしてもあの作品のモチーフを使いたかったのでしょうか。

「惑星ソラリス」のナタリア・ボンダルチュク(「戦争と平和」の監督セルゲイ・ボンダルチュクの娘)とドナタス・バニオニス

Wakusei Solarisu (1972).jpg 「惑星ソラリス」はタルコフスキー監督の中でも最も有名な作品ですが(カンヌ国際映画祭で「審査員特別グランプリ」及び「FIPRESCI(国際映画批評家連盟)賞」を受賞)、前半は何となく人間ドラマ風で、それが後半になるとぐっと哲学的で難解になるため、自分自身どこまで理解できたかやや心もとない? タルコフスキー監督の作品は晩年に向けてますます哲学的になっていき、同監督の作品の中では個人的にはどちらかと言えば抒情的な作風の「」('75年/ソ連)が好みです。「惑星ソラリス」のラストは所謂"解"を示さない終わり方でしたが、「インセプション」の終わり方もやや似ていて(思わせぶり?)、「インセプション」には、「惑星ソラリス」へのオマージュが相当に込められているように思われました。
Wakusei Solarisu (1972)

インセプション 富士川.jpg 「インセプション」には、700系新幹線「のぞみ」が富士川鉄橋を走る映像が出てきますが、「惑星ソラリス」では、未来都市のイメージとして、首都高速道路の赤坂惑星ソラリスSolaris-Highway-Scene-Tokyo-640x277.jpgトンネル付近を走行するクルマの車内から見た映像があり、こうした日本からの素材の抽出なども「惑星ソラリス」を意識しているのではないかと思いました。
Solaris-Highway-Scene-Tokyo
 
「インセプション」 クリストファー・ノーラン.jpgインセプション マリオン・コティヤール.jpg「インセプション」●原題:INCEPTION●制作年:2010年●制作国:アメリカ●監督・脚本:クリストファー・ノーラン●製作:エマ・トーマス/クリストファー・ノーラン●撮影:ウォーリー・フィスインセプション 映画.jpgター●音楽:ハンス・ジマー●時間:148分●出演:レオナルド・ディカプリオ/渡辺謙/キリアン・マーフィー/トム・ベレンジャー/マイケル・ケイン/マリオン・コティヤール/ジョセフ・ゴードン=レヴィッド/エレン・ペイジ/トム・ハーディー/ディリープ・ラオ/ルーカス・ハ―ス/ロバート・フィッシャー/キリアン・マーフィ●日本公開:2010/07●配給:ワーナー・ブラザース(評価:★★★☆)
             
THE MATRIX title.jpgマトリックス チラシ.jpg「マトリックス」●原題:THE MATRIX●制作年:1999年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ウォシャウスキー兄弟(アンディ・ウォシャウスキー/ラリー・ウォシャウスキー)ウォシャウスキー姉弟(アンディ・ウォシャウスキー&ラナ・ウォシャウスキー(性転換前はラリー・ウォシャウスキー))→2016年弟アンディ・ウォシャウスキーも性転換手術をしてリリー・ウォシャウスキーとなり、ウォシャウスキー姉妹に)●製作:ジョエル・シルバー●撮影:マトリックス 1999.jpgビル・ポープ●時間:136分●出演:キアヌ・リーブス/ローレンス・フィッシュバーン/キャリー=アン・モス/ヒューゴ・ウィービング/グローリア・フォスター/上野東急2.jpgジョー・パントリアーノ/マーカス・チョン/ジュリアン・アラハンガ/マット・ドーラン/ベリンダ・マクローリー/レイ・パーカー/ポール・ゴダード/ロバート・テイラー/デビッド・アストン/マーク・グレイ/エイダ・ニコデモ/ビル・ヤング/デヴィッド・オコナー●日本公開:1999/09●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:上野東急(99-10-11)(評価:★★☆)
上野東急 場所.jpg上野東急1.jpg上野東急閉館8.jpg上野東急 1957年1月19日「上野東急」オープン、1981年10月休館。1982年12月4日「上野とうきゅうビル」に建て替えられ、3階に「上野東急」、1階に「上野東映」(1998年3月「上野東急2」に改称)の2館体制で再オープン。2012年4月30日「上野とうきゅうビル」解体により閉館。

惑星ソラリス パンフレット.jpg惑星ソラリスs.jpg「惑星ソラリス」●原題:SOLARIS●制作年:1972年●制作国:ソ連●監督:アンドレイ・タルコフスキー●脚本:アンドレイ・タルコフスキー/フリードリッヒ惑星ソラリス チラシ.jpg・ガレンシュテイン●撮影:ワジーム・ユーソフ●音楽:エドゥアルド・アルテミエフ●原作:スタニスワフ・レム「ソラリス」(「ソラリスの陽のもとに」)●時間:165分●出演:ナタリア・ボンダルチュク/ドナタス・バニオニス/ウラジスラフ・ドヴォルジェツキー/アナトーリー・ソロニーツィン/ソス・サルキシャン/ユーリー・ヤルヴェト/ニコライ・グリニコ/タマーラ・オゴロドニコヴァ/オーリガ・キズィローヴァ●日本公開:1977/04●配給:日本海映画●最初に観た場所:大井武蔵野館(83-05-29)(評価:★★★☆) 「惑星ソラリス」1977年岩波ホール公開時パンフレット
 
鏡 Blu-ray.jpg鏡 パンフレット.jpg「鏡」●原題:ZERKALO●制作年:1975年●制作国:ソ連●監督:アンドレイ・タルコフスキー●脚本:アレクサンドル・ミシャーリン/アンドレイ・タルコフスキー●撮影:ゲオルギー・レルベルグ●音楽:エドゥアルド・アルテミエフ●挿入詩:アルセニー・タルコフスキー●時間:108分●出演:マルガリータ・テレホワ/オレーグ・ヤンコフスキー/イグナト・ダニルツェフ/フィリップ・ヤンコフスキー/アナトーリー・ソロニーツィン●日本公開:1980/06●配給:日本海映画●最初に観た場所:岩波ホール (80-07-03) (評価:★★★★★  「鏡 Blu-ray」['13年]

「鏡」 1980年岩波ホール公開時パンフレット

《読書MEMO》
●英国の映画誌「TOTAL FILM」の投票による"史上最高のSF映画べスト10"(2011/07)
1位『ブレードランナー』('82)
2位『スター・ウォーズ エピソード5 帝国の逆襲』('80)
3位『2001年宇宙の旅』('68)
4位『エイリアン』('79)
5位『スター・ウォーズ エピソード4 新たなる希望』('77)
6位『E.T.』('82)
7位『エイリアン2』(86)
8位『インセプション』('10)
9位『マトリックス』('99)
10位『ターミネーター』('84)

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B級っぽい単純明快さ、血沸き肉躍り、かつホロリとさせる「カリフォルニア・ドールズ」。

「カリフォルニア・ドールズ」.jpgTHE CALIFORNIA DOLLS.jpg  カリフォルニア・ドールス.jpg   ベルリン・天使の詩.png
「カリフォルニア・ドールズ」[VHS](廃版)/チラシ「ベルリン・天使の詩【字幕ワイド版】[VHS]

ピーター・フォーク.jpg ピーター・フォークが今月('11年6月)23日、ロサンゼルス近郊ビバリーヒルズの自宅で亡くなったという報に接しました。83歳だったとのことですが、以前からアルツハイマー症であることが伝えられており、心配していたのですが...。

ピーター・フォーク2.jpgカリフォルニア・ドールズ 00.jpg ピーター・フォークと言えば、70年代と90年代の2期にわたっての「刑事コロンボ」のTVシリーズが代表作でしょうが、一部の新聞の訃報で、代表的な出演映画にロバート・アルドリッチ監督の「カリフォルニア・ドールズ」('81年/米)とヴィム・ヴェンダース監督の「ベルリン/天使の詩」('87年/西独・仏)が並んで紹介されていました。 「カリフォルニア・ドールズ」('81年/米)

カリフォルニア・ドールズ4.jpg 「カリフォルニア・ドールズ」(原題:...All the Marbles)は、アメリカの女子プロレスの世界を描いた作品で、さえない女子プロレスのタッグである、黒髪のアイリス(ヴィッキー・フレデリック)と金髪のモリー(ローレン・ランドン)の「カリフォルニア・ドールズ」のプロモーター、エディ役をピーター・フォークが好演。「ドールズ」はアウェイでの負けが仕組まれた試合で勝ってしまい、世間からも興行界からも批判に晒されるが、そこへ一発逆転をもたらすようなチャンスが巡って来る―。

カルフォルニア・ドールズ1.jpgカリフォルニア・ドールズ」.jpg ピーター・フォーク演じるプロモーターと「ドールズ」との心の通い合いが結構泣けて、こてこてのアメリカ映画でありながら、どことなく日本の人情噺的な雰囲気もある作品です。

 因みに、ラストミミ萩原 カリフォルニア・ドールズ.jpgのクライマックスで使われる大技ローリング・クラッチ・ホールド(回転エビ固め)は、2人が日本人レスラーとの対戦で、ミミ萩原(女子レスラー役で出演)の得意技を倣って自分らの決め技にしたものです(実際の日本での試合のテレビ中継では、ミミ萩原がこの技を繰り出すと、アナウンサーの志生野温夫が「ミミの十八番!!」と叫びながら実況していた)。

ミミ萩原 in「カリフォルニア・ドールズ」

 プロモーターのエディもレフェリーを買収していたりとか、ドールズの応援歌を作ってオルガン奏者を買収して演奏させたりとか、何でもありの世界なのですが、ラストの大一番に敗れた敵役の相手方のタッグもドールズの勝利を讃えるなど、基本的に根っからの悪い人は主要登場人物の中にはいなかったという印象で、後味は爽やかでした。

 この作品がアルドリッチの遺作になってしまいましたが、 「ロンゲスト・ヤード」(' 74年/米)などで男臭い世界を描いて定評のあったアルドリッチ監督の遺作が、若い女子プロレスラーたちが主人公の作品であるというのも、意外と言えば意外かもしれないし、スポ根っぽい点がアルドリッチらしいと言えばらしいかもしれません。。

ピーター・フォーク ベルリン・天使.jpgベルリン・天使の詩1.jpg ヴィム・ヴェンダース監督の「ベルリン/天使の詩」は、人間になりたがっている天使ダミエル(ブルーノ・ガンツ)がサーカスの舞姫に恋をするというファンタジックなストーリーでしたが、映画俳優のピーター・フォーク(本人役を演じている)がベルリンに撮影のためやって来ていて、子供にしか見えないはずの天使が、どういうわけか彼には見えるらしい―。

東京画toukyouga 04.jpgヴィム・ヴェンダース.jpg 映画は、「全てのかつての天使、特に小津安二郎、フランソワ、アンドレイに捧ぐ」というクレジットで締め括られており(ヴェンダースは'85年に小津安二郎へのオマージュとも言えるドキュメンタリー映画「東京画」を撮っている。また、'07年のインタビューで「今ならロベール・ブレッソンとサタジット・レイを必ず加える」と述べている)、日比谷シャンテ・シネの興業記録をうちたてたほどブームになった映画でしたが、ヴェンダースのファンが日本にそんなにいたのかと、当時はやや不思議に思いました。ピーター・フォークという親しみのある俳優が出ていて、ユーモアと芸術映画っぽい雰囲気を兼ね備えた作品であることに加えて、映画公開の半年前の'87年10月にオープンした日比谷シャンテが、デート・スポットとして新鮮かつ手頃だったという要因もあったのではないかと思います。

パリ、テキサス  .jpg 「ベルリンの壁」崩壊の数年前に作られた作品で、「壁」がロケ地にも使われ、映画の中でも象徴的な役割を果たしていますが、やや高踏的かなあ。個人的には、ナスターシャ・キンスキーを使った「パリ、テキサス」('84年/仏・西独)の方が好みでした。「パリ、テキサス」が1984年のカンヌ国際映画祭で最高賞の「パルム・ドール」を受賞したのに対し、「ベルリン/天使の詩」も1987年のカンヌ国際映画祭で「監督賞」を受賞するなど芸術作品として国際的評価も高かったですが、「パリ、テキサス」のナスターシャ・キンスキー以上に、この作品のピーター・フォークは、"客演"という感じがあり、彼の"正体"にもやや唐突感を覚えました。

 ピーター・フォークの代表的出演作として「ベルリン・天使の詩」を紹介していて、「カリフォルニア・ドールズ」を紹介していない新聞もありましたが、追悼作品として観るのであれば、B級作品っぽい単純明快さ、カリフォルニア・ドールズ シアターN.jpg血沸き肉躍り、かつホロリとさせる場面もある「カリフォルニア・ドールズ」の方が、自分としてはお薦め。但し、本邦においては楽曲の著作権関係によりDVD化されていないのが難でしょうか(2012年に吉祥寺バウスシアター、渋谷シアターNでリバイバル上映され(シアターNはクロージング上映)、2015年にDVD化された)

「カリフォルニア・ドールズ」予告

...All the Marbles(1981)
All the Marbles(1981).jpgカリフォルニア・ドールズ 00.jpgカリフォルニア・ドールズ 07.jpg「カリフォルニア・ドールズ」●原題:...All THE MARBLES a.k.a. THE CALIFORNIA DOLLS●制作年:1981年●制作国:アメリカ●監督:ロバート・アルドリッチ●製作:バート・ヤング カリフォルニア・ドールズ.jpgウィリアム・アルドリッチ●脚本:メル・フローマン●撮影:ジョセフ・バイロック●音楽:フランク・デ・ヴォール●時間:113分●出演:ピ中野武蔵野ホール.jpgーター・フォーク/ヴィッキー・フレデリック/ローレン・ランドン/バート・ヤング/クライド・クサツ/ミミ萩原●日本公開:1982/06●配給:コロムビア映画●最初に観た場所:中野武蔵野館(83-02-06)(評価:★★★★)●併映「ベストフレンズ」(ジョージ・キューカー)

TOHOシネマズ・シャンテ.jpg日比谷シャンテ・ シネ.jpg 「ベルリン/天使の詩」●原題:DER HIMMEL UBER BERLIN●制作年:1987年●制作国:西ドイツ/フランス●監督:ヴィム・ヴェンダース●製作:ヴィム・ヴェンダース/アナトール・ドーマン●脚本:ヴィム・ヴェンダース/ペーター・ハントケ●撮影:アンリ・アルカン●音楽:ユルゲン・クニーパー●時間:127分●出演:ブルーノ・ガンツ/ソルヴェーグ・ドマルタン/オットー・サンダー/クルト・ボイス/ピーター・フォーク●日本公開:1988/04●配給:フランス映画社●最初に観た場所:日比谷シャンテ・ シネ2(88-05-05)(評価:★★★)
日比谷シャンテ・シネ 1987年10月3日、日比谷映画跡地に2スクリーンで開館。1995年~3スクリーン。2009年2月~「TOHOシネマズ シャンテ」に館名変更。

日比谷映画劇場5.jpg日比谷シャンテ03.jpg日比谷映画劇場(日比谷映劇)(1984年10月31日閉館)と日比谷シャンテ入口(日比谷映劇のデザインを一部模している)

 

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レイ・ミランドが出ているのが嬉しいが、もう少し直接対決の場面が欲しかった。

刑事コロンボ 悪の温室 vhs.jpg刑事コロンボ 悪の温室.jpg 失われた週末 dvd.jpg 指輪の爪あと vhs.jpg
特選 刑事コロンボ 完全版「悪の温室」 [VHS]」「刑事コロンボ 完全版 Vol.6 [DVD]」レイ・ミランド「失われた週末 [DVD]」「特選 刑事コロンボ 完全版「指輪の爪あと」【日本語吹替版】 [VHS]

悪の温室 1.jpg悪の温室 タイトル.jpg ラン愛好家のジャービス・グッドイン(レイ・ミランド)は、資産家の遺児である甥のトニー(ブラッドフォード・ディルマン)の信託財産の共同管理人になっていたが、それは、トニーの父が、息子が浪費できないように遺産を信託の形で遺したものだった。ジャービスはトニーと謀って狂言誘拐を演出し、2人は信託財産から30万ドルを引き出させることに成功するが、ジャービスの本当の狙いは、その後でトニーを殺害し、金を独り占めすることだった―。

刑事コロンボ 悪の温室 1.jpg 「刑事コロンボ」が第2シーズンに入ってからの作品で、通算では第11話(パイロット版である「殺人処方箋」と「死者の身代金」を含めてカウントして)。ビリーワイルダー監督の「失われた週末」('45年)に主演したレイ・ミランド(1905-1986)が犯人役で出ているのが個人的には嬉しい作品ですが、もう少しコロンボとの直接対決の場面があっても良かったのではないかという気もします。

レイ・ミランド.jpg 「失われた週末」は、ブレイク・エドワーズ監督の「酒とバラの日々」('62年)と並んで、アルコール依存症患者を描いた映画の傑作とされていますが、「酒とバラの日々」が依存症の苦しみから立ち直ったジャック・レモン演じる主人公が過去の苦しかった日々を振り返るという形をとっている(ヘンリー・マンシーニの甘い音楽がそのことを象徴している)のに対し、「失われた週末」のレイ・ミランド演じる主人公の方は、リアルタイムでどんどんアル中の深みに嵌っていくのが描かれていて怖い面もありました。

「失われた週末」1.jpg失われた週末 1シーン.jpg 売れない作家である主人公の依存症は相当なもので、作家なのに酒を買うためにタイプライターを売ってしまうし、アル中治療病棟に入院してからもそれは治まらず、医師の白衣か何かを盗んで病院を抜け出て、それを換金して酒を買おうとする―最後は恋人の愛によって救われるのですが、プロセスにおいては次第に恐怖映画のようになっていくところが凄く、酒造業界から「500万ドル払うから作品を処分してくれ」 との申し出もあったということです。

「失われた週末」2.jpg 1945年度アカデミー受賞作品で、1946年カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作品(現在のパルム・ドール=最高賞に該当)でもあります。アカデミー賞は監督賞、脚本賞も受賞し、更にレイ・ミランドも主演男優賞を受賞していますが、彼がその後、サスペンス映画やSFホラー映画に多く出演するようになることを暗示するような作品でもありました。

悪の温室2.jpg 「悪の温室」のレイ・ミランドは、あの作品から四半世紀以上を経ていますが、傲慢で自信に満ちた犯人像をしゃきっと演じています。でも、目元とか変わっていないなあ、この人(アル中役ではないのだから当たり前だが、眼光が鋭くなった?)。

 コロンボは、犯行に使われた拳銃から、犯人の牙城を切り崩していきますが、その拳銃は過去にも使われたことがあって、コロンボの単独推理+ロス市警のデータベースの力で事件を解決していくという感じでしょうか。

悪の温室3.jpg その時に若手刑事に触発されて金属探知機を使うというのがコロンボにしては珍しく、そもそも誘拐事件でコロンボが出動して、実際に殺人事件が起こるのはドラマの真ん中あたりというのも珍しいパターンです。

 シリーズの中では面白かった部類ですが、ただ、犯人の計画が事前においては周到であるのに対し、事後においては(過去の事件を語って自分から事件解決の糸口をコロンボに与えてしまったり、動機の薄い人物に犯行を押し付けようとしたり)かなり雑なのが気になりました。

指輪の爪あと5.jpg指輪の爪あと ロバート・カルプ.jpg指輪の爪あと レイ・ミランド.jpg レイ・ミランドは、これに先立つシリーズ第4話「指輪の爪あと」にも出演していて、こちらは妻を殺される新聞社社長の大富豪という被害者側の役。この事件の犯人は、大富豪が妻の浮気調査のために雇った私立探偵で、浮気の証拠を掴むものの依頼主に報告せず、妻の方を恐喝するも、妻が交渉に応じず、逆に夫に恐喝されたことを伝えると言ったため、発作的に妻を殺してしまうというもので、第12話「アリバイのダイヤル」、第21話「意識の下の映像」でも犯人役を好演したロバート・カルプ(1930-2010)が犯人の探偵を演じており、彼のシリーズ初登場でもありましたが、過去の事件について容疑者が語ったことが仮にいい加減なものであったとしたら元も子も無い「悪の温室」よりは、ミステリとしての出来はこちらの方がやや上でしょうか。

指輪の爪あと1.jpg2指輪の爪あと  タイトル.jpg 殺人現場に被害者のコンタクトレンズが落ちている可能性があることをコロンボが容疑者に示唆し、逆トリックを仕掛けるというもので、犯人逮捕後に「妻がコンタクトレンズを落としておいてくれて良かった」というレイ・ミランドに対して、実はそれがコロンボの仕掛けたトリックであることを明かされて、彼は目を白黒。更に、「それにしても車が偶然...」というレイ・ミランドに対し、それもまたコロンボの仕掛けであったことを示唆し、もはや茫然としているレイ・ミランドを残して、コロンボは去っていくというエンディングのシナリオは、エミー賞の最優秀ドラマ脚本賞を受賞しています。


失われた週末 ポスター.jpg「刑事コロンボ(第11話)/悪の温室」●原題:THE GREENHOUSE JUNGLE●制作年:1972年●制作国:アメリカ●監督:ボリス・セイガル●製作:ディーン・ハーグローヴ●脚本:ジョナサン・ラティマー●刑事コロンボ 悪の温室 二見文庫.jpgストーリー監修:ジャクソン・ギリス●音楽:オリヴァー・ネルソン●時間:74分●出演:ピーター・フォーク/レイ・ミランド/サンドラ・スミス/ボブ・ディシー/ブラッドフォード・ディルマン/アーレン・マーテル/ウィリアム・スミス/ロバート・カーネス●日本公開:1973/05●放送:NHK-UHF(評価:★★★☆)
刑事コロンボ 悪の温室 (二見文庫)
                      「失われた週末」ポスター(和田 誠
The Lost Weekend (1945).jpg失われた週末 和田誠ポスター.jpg「失われた週末」●原題:THE LOST WEEKEND●制作年:1945年●制作国:アメリカ●監督:ビリー・ワイルダー●製作:チャールズ・ブラケット●脚本:チャールズ・ブラケット/ビリー・ワイルダー●撮影:ジョン・サイツ●音楽:ミクロス・ロージャ●時間:101分●出演:レイ・ミランド/ジェーン・ワイマン/フィリップ・テリー/ハワード・ダ・シルヴァ/ドリス・ダウリング●日本公開:1947/12●配給:パラマウント映画●最初に観た場所:高田馬場・ACTミニシアター (85-04-27) (評価★★★★)●併映:「麗しのサブリナ」(ビリー・ワイルダー)
"The Lost Weekend (1945)"

刑事コロンボ(第4話)/指輪の爪あと.jpg指輪の爪あと2.jpg「刑事コロンボ(第4話)/指輪の爪あと」●原題:DEATH LENDS A HAND●制作年:1971年●制作国:アメリカ●監督:バーナード・コワルスキー●製作・脚本:リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク●ストーリー監修:スティーブン・ボッコ●音楽:ギル・メレ●時間:76分●出演:ピーター・フォーク/ロバート・カルプ/レイ・ミランド/パトリシア・クローリィ/ブレット・ハルゼー/エリック・ジェイムズ●日本公開:1973/01●放送:NHK-UHF(評価:★★★★)

刑事コロンボ 完全版2.jpg刑事コロンボ完全版 DVD-SET 2 【ユニバーサルTVシリーズ スペシャル・プライス】
Disc6 (11) 悪の温室:約74分 (12) アリバイのダイヤル:約74分
Disc7 (13) ロンドンの傘:約97分 (14) 偶像のレクイエム:約74分
Disc8 (15) 溶ける糸:約73分 (16) 断たれた音:約74分
Disc9 (17) 二つの顔:約74分 (18) 毒のある花:約73分
Disc10 (19) 別れのワイン:約95分 (20) 野望の果て:約98分
Disc11 (21) 意識の下の映像:約73分 (22) 第三の終章:約74分

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乾いた演出と映像詩のようなトーンが新鮮な「スト・パラ」。ラストが爽やかな「ダウン・バイ・ロー」。
ストレンジャー・ザン・パラダイスdvd.jpg 『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(1984)2.jpg ダウン・バイ・ローdvd.jpg DOWN BY LAW01.jpg
ストレンジャー・ザン・パラダイス [DVD]」 「ダウン・バイ・ロー コレクターズ・エディション [DVD]

ストレンジャー・ザン・パラダイス1.jpg ニューヨークに住むウィリー(ジョン・ルーリー)は、クリーブランドに住む叔母が入院する間、ハンガリー出身の16歳の従妹エヴァ(エスター・バリント)を預かることになり、エヴァ、ウィリー、ウィリーの賭博友達エディ(リチャード・エドソン)の3人の奇妙な生活が始まる―。
 最初、ニューヨークを舞台にする「The New World」が短編作品として制作され、ヴィム・ヴェンダースに才能を認められたジム・ジャームッシュが彼から生フィルムを譲り受け、ジョン・ルーリーとの共同脚本で、続くクリーブランドを舞台とする「One Year Later」、フロリダを舞台とする「Paradise」を撮影したという、3部作で1つの作品になって、カンヌ国際映画祭で新人監督賞に該当する「カメラ・ドール」、ロカルノ国際映画祭でグランプリに該当する「金豹賞」を受賞しています。

ストレンジャー・ザン・パラダイス2.jpg ジム・ジャームッシュ監督の前作「パーマネント・バケーション」('80年)もそうですが、自主制作フィルムの雰囲気を保っていて、それを3本繋ぎ合せたという感もあり、ストーリーはあって無いようなシンプルなものです。

『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(1984).jpg 一応はロード・ムビーのような体裁をとっていて(途中からか)、ウィリーとエディがエヴァを誘って雪のエリー湖に行ったり、南国フロリダに行ったりしていますが、ストーリーよりも3人の、ぎこちないようで自然体でもあるように見える不思議な関係を、淡々としたモノクロームのカメラワークで描いており(殆どワンシーン・ワンショットで撮られている)、その演出と映像のトーンそのものが新鮮でした(時に映像詩のような印象も)。

 映画データベースで「コメディ」に分類されていましたが、確かにドッグレースや競馬などに入れあげる男2人は浮いたり沈んだりで、一方で、エトランゼであるエヴァの下にひょんなことから大金が入るというのは確かに可笑しい。でも、最初からストーリーで見せようという作品ではなく、3人の演技しているのか演技していなのかよく分からないような遣り取りの細部においてクスッと笑わせるような作品であり、何とも言えない不思議な仕上がりです。それでいて、ウィリーのエヴァに寄せる仄かな想い(妹を想いやるような感情)が伝わって来て、観終わった後の余韻もいいです。

 次作「ダウン・バイ・ロー」('86年)もモノクロでしたが、3人の刑務所仲間の男の脱獄劇をユーモラスに描いていて、こちらの方がストーリー性は前面に出ている分(映画らしくなった分?)、原石の魅力はやや減少しましたが、これはこれでファンキーな味わいがあります。

ダウン・バイ・ロー1.jpg タイトルは「はみ出し者仲間」の意。刑務所仲間の超ノン気な脱獄道中で、今回も音楽も担当のジョン・ルーリーが演技でも相変わらず良く、そのジョン・ルーリーと、映画初出演のシンガーソングライター、トム・ウェイツのクールな2人に、後に「ライフ・イズ・ビューティフル」('98年)を監督・脚本・主演し、アカデミー賞主演男優賞・外国映画作品賞を受賞する、ロベルト・ベニーニが陽気に絡みます。

ダウン・バイ・ロー2.bmp 登場人物の行動が行き当たりばったりだったり、予期せぬ偶然に流されたりするのと、登場人物相互の関わり合いがカラッと乾いた感じで描かれているのは「スト・パラ」と同じで、最後に男達が、ごく当たり前のようにそれぞれの道へ別れていくのは、日本映画ではちょっと考えられないようなドライ且つ爽やかなエンディングでした。

ジョン・ルーリー.jpg ジョン・ルーリー(イイ男にも見えるし、ハ虫類系の顔にも見える)も、本職は役者ではなくサックス奏者で、両作品の音楽も担当していますが、多才な人だなあと。90年代にライム病という難病を発症して生死の境を彷徨い、音楽活動からは身を引きましたが、画家としての活動に創作意欲の捌け口を見出し、昨年('10年)には日本でも個展が開かれています(作品は夢の世界を描いたような水彩画が多く、画風は子供の描いた絵のように見えるものもあれば、幽玄な水墨画に近いものもある。やはり、大病したためただろうか)

Stranger Than Paradise(1984).jpg「ストレンジャー・ザン・パラダイス」●原題:STRANGER THAN PARADISE●制作年:1984年●制作国:アメリカ・西ドイツ●監督:ジム・ジャームッシュ●製作:サラ・ドライヴァー●脚本:ジム・ジャームッシ/ジョン・ルーリー●撮影:トム・ディチロ●音楽:ジョン・ルーリー●時間:90分●出演:ジョン・ルーリー/エスター・バリント/リチャード・エドソン/セシリア・スターク/ダニー・ローゼン/ラメルジー/トム・ディチロ/リチャード・ボーズ/ロケッツ・レッドグレア/ハーヴェイ・パー/ブライ新宿文化シネマ2.jpgアン・J.バーチル/サラ・ドライヴァー/ポール・スローン●日本公開:1986/04●配給:フランス映画社●最初に観た場所:新宿文化シネマ2(86-08-23)(評価:★★★★☆)●併映「真夏の夜のジャズ」(バート・スターン) Stranger Than Paradise(1984)
新宿文化シネマ2 2006(平成18)年9月15日閉館、2006(平成18)年12月9日〜文化シネマ1・4が「新宿ガーデンシネマ1・2」としてオープン(2008(平成20)年6月14日「角川シネマ館」に改称)、文化シネマ2・3が「シネマート新宿1・2」としてオープン

スバル座.jpgDOWN BY LAW02.jpg「ダウン・バイ・ロー」●原題:DOWN BY LAW●制作年:1986年●制作国:アメリカ・西ドイツ●監督・脚本:ジム・ジャームッシュ●製作:アラン・クラインバーグ●撮影:ロビー・ミューラー●音楽:ジョン・ルーリー●時間:107分●出演:トム・ウェイツ/ジョン・ルーリー/ロベルト・ベニーニ/ニコレッタ・ブラスキ/エレン・バーキン●日本公開:1986/11●配給:フランス映画社●最初に観た場所:有楽町・スバル座(86-12-14)(評価:★★★★)

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「集団主人公」映画。「アメリカン・アイドル」の地方予選を想起させる「ナッシュビル」。

ナッシュビル Nashville.jpg ナッシュビル チラシ.jpg   グランド・ホテル ポスター.jpg  マッシュ dvd_1L.jpg
Nashville [DVD] [Import]」(輸入盤)/チラシ  「グランド・ホテル[DVD]」「マッシュ [DVD]

ナッシュビル 1場面.jpg カントリー音楽のメッカ、ナッシュビルで、ある大統領候補のキャンペーンのためにコンサートが行われる準備が進められていて、町には、イベント関係者や働き口ナッシュビル 映画.jpgを求める者、野次馬、音楽ファンなど、多くの人間が集まってきていた。その中には、自分がカントリー歌手であることに疑問を感じている黒人や、芸能界で生きることを夢見る運転手、歌手希望の音痴のウエイトレス、家出してきたノイローゼ青年、カントリー歌手になりたくて田舎の農家の夫から逃れきた女など、様々な人間がいた―。

 「ナッシュビル」('75年/米)はロバート・アルトマン(Robert Altman、1925-2006)監督の1975年の作品で(Nashville)、主人公が24人もいるという所謂「グランド・ホテル」形式の映画ですが、最初に観た時はむしろ、「主人公がいない映画」という印象でした。

「グランド・ホテル」米国版パンフレット(1932)
グランドホテル(GRAND HOTEL)パンフレット.jpgグランドホテル オールキャスト.jpg 「グランド・ホテル」形式という呼び方の起源となった、エドマンド・グールディング監督の「グランド・ホテル」('32年/米)を後に観ましたが、ベルリンの一流ホテルのそれぞれの部屋で1日の間に起きる人間ドラマを描いた映画で、旧い映画のわりには面白かったです。但し、この"元祖"作品よりも、新「グランド・ホテル」形式とも言われた「ナッシュビル」の方がより面白かったと言うか、インパクトありました。

マンハッタン乗換駅.jpg こうした試みは、文学では既に先行して行われていて、例えば、ジョン・ドス=パソス(John Roderigo Dos Passos, 1896-1970)が1925年に発表した『マンハッタン乗換駅(Manhattan Transfer)』(中央公論社「世界の文学36」)は、ニューヨークの一画に住み、同じ乗換駅を利用する何人もの人々の、彼らの意識を1つ1つ切り取るように描いた作品ですが、これもある種「グランド・ホテル」的形式と言えるのではないでしょうか(コーラスグループ「マンハッタン・トランスファー」の名は、この小説に由来する。「マンハッタン乗換駅」とは要するに「グランド・セントラル駅」なのだが)。
     
『グランド・ホテル』.jpg 「グランド・ホテル」は、オーストリアの作家ヴィッキー・バウム(Vicki Baum、1888-1960)の小説『ホテルの人びと』を、アメリカで舞台化した戯曲に基づき映画化したもので、ヴィッキー・バウムはこの小説を書くために実際にホテルでメイド(客室係)として働いたそうな(実際にあった有名企業経営者と速記者とのスキャンダルがストーリーに使われているが、ホテル従業員としての守秘義務違反にならないのか?)。映画は第5回アカデミー賞の作品賞を受賞しましたが、他部門でのノミネートは無く作品賞でしか候補に挙がらずに受賞を果たした珍しいケースです(主演○○賞とか助演○○賞とかを与えようとしても、誰が主演で誰が助演なのか判別しにいくい作品であるというのも一因か)。

ジョーン・クロフォード&ウォーレス・ビアリー in 「グランド・ホテル」

 「グランド・ホテル」の出演者には有名スターが名を連ねていて、彼らが演じている役柄がそのまま中心的登場人物ということになり、こちらの方は「集団」と言うより「複数主人公」というイメージに近いかも。その中でもグレタ・ガルボとジョーン・クロフォードが目を引きますが、今思い起こしても、"共演"していたという印象はあまりないです(その辺りはまさに「グランド・ホテル」形式と言える面かもしれないが)。

Joan Crawford
ジョーン・クロフォード.jpg これ、実は、『淀川長治究極の映画ベスト100』('03年/河出文庫)によれば、撮影初日、ホテルのセットが出来上がって、グレタ・ガルボが一段高い所に立っていた、そこにジョーン・クロフォードが入ってきて、ガルボの所へ行って「お早うございます」と言ったら、ガルボは上から見下ろして、「ご苦労さん」と言ったもので、クロフォードはかんかんに怒って、「私だって主役よ。何がご苦労さんなの。絶対にこんな映画淀川長治究極の映画ベスト100_1.jpgになんか出ません」と言い出す騒ぎになり、それで二人が一緒に映る場面がこの映画には無いそうです。ジョーン・クロフォードはこの悔しさから、雨 マイルストン.jpgハリウッドの第一級プロデューサーのサミュエル・ゴールドウィンに泣きついて、生涯最高の作品に出演させて欲しいと頼み込み、そこでゴールドウィンはサマセット・モームの小説の映画化作品「」('32年/米)の主演の娼婦の役を与えたとのことです。 『淀川長治 究極の映画ベスト100 (河出文庫)

 但し、「雨」におけるクロフォードが演じた娼婦サディ・トンプソン役は、後の高評価はともかく、公開当時は評判がよくなくて、興行的にも失敗作となっています。一方、「雨」の1ヵ月前に公開され、第5回アカデミー作品賞を受賞した「グランド・ホテル」は1932年度のMGMで興行成績ナンバー1作品であり、この年に「モーション・ピクチャー・ヘラルド誌」が実施した「もっとも興行成績をあげられるスター」の投票企画で、クロフォードはマリー・ドレスラー、ジャネット・ゲイナーに続く3位となっています。マリー・ドレスラーは1931年に、ジャネット・ゲイナーは1928年に、それぞれアカデミー主演女優賞を獲得していましたが、クロフォードはその後も映画に出続けるも傑作に恵まれない状態が続きます。クロフォードが復活を果たすのは、ワーナー・ブラザースへ移籍してから出演したマイケル・カーティスミルドレッド・ピアース poster.jpgミルドレッド・ピアース 01.jpg監督の「ミルドレッド・ピアース」('45年/米)で、劇場未公開作ですが、「深夜の銃声・偽りの結婚」や「ミルドレッド・ピアース 深ミルドレッド・ピアース 幸せの代償.jpg夜の銃声」といったタイトルでテレビ放映されたこともある作品です(2011年にケイト・ウィンスレット主演でテレビドラマ化され、同年WOWOWで放映(「ミルドレッド・ピアース 幸せの代償」全5話)された)(2012年9月にWOWOWシネマでオリジナルが「深夜の銃声・偽りの結婚」のタイトルで再放映され、2013年5月、原題通りの「ミルドレッド・ピアース」のタイトルでDVDが発売された)。クロフォードはこの作品で初のノミネートミルドレッド・ピアース02.jpgでアカデミー主演女優賞を獲得、女優としての評価を蘇らせ、その後の数年間、ハリウッドで最も成功した女優として君臨することになります。「ミルドレッド・ピアース」は『郵便配達は二度ベルを鳴らす』『殺人保険』の作者ジェイムズ・M・ケインの1941年発表の同名小説が原作のフィルム・ノワールであり、深夜のビーチハウスでひとりの男が銃撃され、やがて警察の取調室で、殺された男性モンティの妻ミルドレッド(クロフォード)が自らの過ミルドレッド・ピアース  001 .jpg去を振り返りつつ、供述を始めるという構成です(但し、原作には殺人事件は無く、サスペンスでもなく、純粋な人間ドラマである)。彼女は、最初の夫と別れた後、苦しい家計を支えるために外で働き出し、やがて自分のレストランを経営、チェーン店化するまでに成功し、モンティと再婚しやっと幸せを手に入れたものの、娘のケイが考えもしなかったようなわがミルドレッド・ピアース04.jpgまま娘に育ってしまうというもの(この流れ自体は原作通り)。ビジネス界での成功と引き換えに、母親の役割に失敗して娘を思わぬ悪女へと成長させ、苦悩するヒロインをクロフォードが熱演しています。クロフォードはこの映画出演の10年後に後にペプシコの会長CEOとなるアルフレッド・スティールと4度目の結婚をし、その夫の死後もペプシコ社で重役として経営に関わっていた期間がありますが、実人生でそうなる前に「ミルドレッド・ピアース」でやり手実業家を演じていて、それが板についているというのが興味深いです。因みに、ジェイムズ・M・ケイン原作、ローレンス・カスダン監督の映画「白いドレスの女」('81年/米)は、原作『殺人保険』('43年)と同じく犯人が"完全犯罪"をやり遂げますが、この映画では犯人が罰を受けるような結末になっています(前述通り、原作では殺人事件そのものが無いが、母娘の関係が破綻で終わるのは同じ)。
 
ナッシュビル 映画002.jpgNashville (1975).jpg 「グランド・ホテル」からジョーン・クロフォードの話になりましたが、 話を戻して、ロバート・アルトマン監督の「ナッシュビル」はどのようにして作られたかと言うと、アルトマン監督がスタッフをナッシュビルに滞在させて毎日日記を書かせ、それを繋ぎ合せてストーリーを作り上げたのだそうで、ナッシュビルでの撮影期間中も、スタッフやキャストは全員同じモーテルに泊まっていたそうです(出演者のギャラは均一だった)。そのためか、観ていてアドリブ感があると言うか、いかにも撮りながら作り、作りながら撮っていったという感じがします(カレン・ブラックが"カントリーの女王"という役どころで自作の歌を歌うなどのお遊び感も)。当時としては抜きん出て有名なスター俳優は(カメオ出演以外は)使っていないということもあって(当時無名で、後に有名になる役者も多く出ているが)、結果として「集団主人公」という映画の特質がよく出ているように思いました。

アメリカン・アイドル.bmp ロバート・アルトマンは「M★A★S★H マッシュ」('70年/米)の監督でもあり、ある意味、ベトナム戦争終結当時の「病めるアメリカ社会」の断片像ともとれますが、オーデション歌番組「アメリカン・アイドル」の地方予選などは、いまだにこの「ナッシュビル」とう映画の雰囲気と重なる部分があるような気もします。

M★A★S★H マッシュ ポスター.jpg★A★S★H マッシュ 3.jpg 「M★A★S★H」は、朝鮮戦争を舞台にしたブラック・コメディで、野戦病院(マッシュ)に派遣されたドナルド・サザーランド、エリオット・グールド、トム・スケリット演じる3人の医師が、軍規を無視して婦長の尻を追いかけたり、女性将校(サリー・ケラーマン)をからかったりとやりたい放題をやる話。でも、この3人、実は極めて優秀な外科医であって、負傷して血だらけの患者を面白可笑しく冗談を言いながら手術するけれど、結局は治してしまうし、いたずらや悪「M☆A☆S☆H」.jpg事を企んだりはするけれど、人情味もあるということで、ちょっと憎めない...コメディ部分にもやや毒気のある鬼才ロバート・アルトマンらしい作品でしたが(1970年の第23回カンヌ国際映画祭でグランプリ受賞(現在の最高賞パルム・ドールに該当))、個人的には「ナッシュビル」の方がやや上でしょうか(「ナッシュビル」は全米映画批評家協会賞・作品賞&監督賞受賞)。両作品について言えることですが、アルトマンの社会批判精神はストレートな表され方をするのはでなく、ユーモアを介するなどして屈折した形で表現されるので、背景が掴めていないと、ただ面白かったで終わってしまうこともあるかもしれません(その面白さにもクセがあって、人や作品によって評価が分かれるが)。

Nashville(1975) ヘンリー・ギブソン in「ナッシュビル」(全米映画批評家協会賞「助演男優賞」受賞) リリー・トムリン in「ナッシュビル」(ニューヨーク映画批評家協会賞「助演女優賞」、全米映画批評家協会賞「助演女優賞」受賞)
Nashville(1975).jpgナッシュビル ヘンリー・ギブソン.jpgリリー・トムリン ナッシュビル.jpg「ナッシュビル」●原題:NASHVILLE●制作年:1975年●制作国:アメリカ●監督・製作:ロバート・アルトマン●脚本:ジョーン・テューケスベリー●撮影:ポール・ローマン●音楽:リチャード・バスキン/キース・キャラダイン●時間:160分●出演:ヘンリー・ギブソン/カレン・ブラック/アレン・ガーフィールド/ネッド・ビーティー/マイケル・マーフィー/ジェフ・ゴールドブラム/リリー・トムリン/ジェラルディン・チャップリン/キース・キャラダイン/ロニー・ブレイクリー/グウェン・ウェルズ/バーバラ・ハリス/スコット・グレン/エリオット・グールド/ジュディー・クリスティー/デイヴィッド・アーキン/バーバラ・バクスレイ/ティモシー・ブラウン/ロバート・ドキ/シェリー・デュヴァル/アラン・ニコルズ/デイヴィッド・ピール/バート・レムゼン/新宿西口パレス3.jpg新宿三葉ビル.bmpキーナン・ウィン●日本公開:1976/04●配給:パラマウント映画=CIC●最初に観た場所:新宿西口・新宿(西口)パレス(78-02-08)(評価:★★★★)●併映:「バーブラ・ストライサンド スター誕生」(フランク・ピアスン) 
新宿(西口)パレス 新宿西口小田急ハルクそば「新宿三葉ビル(三葉興行ビル(現・三葉興業本社ビル))」内。1986(昭和61)年11月閉館。


有楽座(旧)3.bmpみゆき座.jpg「グランド・ホテル」●原題:GRAND HOTEL●制作年:1932年●制作国:アメリカ●監督:エドマンド・グールディング●製作:ポール・バーン/アーヴィング・G・サルバーグ●脚本:ウィリアム・A・ドレイク●撮影:ウィリアム・H・ダニエルズ●音楽:ウィリアム・アックスト/グランド・ホテル dvd ivc.jpgチャールズ・マックスウエル●原作:ヴィッキー・バウム●時間:112分●出演:グレタ・ガルボ/ジョン・バリモア/ジョーン・クロフォード/ウォーレス・ビアリー/ライオネル・バリモア/ロバート・テイラー/ジョージ・キューカー●日本公開:1933/10●配給:MGM日本支社●最初に観た場所:日比谷・みゆき座(86-11-18)(評価:★★★)●併映:「暗黒街の顔役」(ハワード・ホークス)グランド・ホテル《IVC BEST SELECTION》 [DVD]
>旧・みゆき座 1957(昭和32)年、東宝会館ビル(東宝本社ビル)竣工に伴い、同年4月、1階に邦画の「千代田劇場」、地下1階に洋画の「みゆき座」オープン。2005(平成17)年3月31日閉館(同年4月1日「日比谷スカラ座2」が「みゆき座」の名を引き継ぐ)。[写真]千代田劇場・みゆき座[1984(昭和59)年9月]「ぼくの近代建築コレクション」より

ミルドレッド・ピアース 00 .jpgミルドレッド・ピアース03.jpg「ミルドレッド・ピアース」●原題:MILDRED PIERCE●制作年:1945年●制作国:アメリカ●監督:マイケル・カーティス●製作:ジェリー・ウォルド●脚本:ラナルド・マクドゥガル●撮影:アーネスト・ホーラー●音楽:マックス・スタイナー●原作:ジェイムズ・M・ケイン●時間:111分●出演:ジョーン・クロフォード/ブルース・ベネット/ザカリー・スコット/アン・ブライス/ジャック・カーソン/イヴ・アーデン●DVD発売:2013/05●発売元:ブロードウェイ(評価:★★★★)

マッシュ [DVD]
★A★S★H マッシュ dvd.jpgM★A★S★H マッシュ ケラーマン.jpg「M★A★S★H マッシュ」●原題:M*A*S*H●制作年:1975年●制作国:アメリカ●監督:ロバート・アルトマン●製作:インゴ・プレミンジャー●脚本:リング・ランドナーJr.●撮影:ハロルド・E・スタイン●音楽:ジョニー・マンデル●時間:116分●出演:ドナルド・サザーランド/トム・スケリット/エリオット・グールド/ロバート・デュヴァル/サリー・ケラーマン●日本公開:1970/07●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:三鷹オスカー(79-05-13)(評価:★★★★)●併映:「まぼろしの市街戦」(フィリプド・ロカ)/「博士の異常な愛情」(スタンリー・キューブリック)

ドナルド・サザーランド(ホークアイ・ピアース大尉)/ロバート・デュヴァル(フランク・バーンズ少佐)
M★A★S★H マッシュ サザーランド.jpg M★A★S★H マッシュ  .jpg

アメリカン・アイドル1.jpgアメリカン・アイドル2.bmp「アメリカン・アイドル」American Idol (FOX 2002/06~ ) ○日本での放映チャネル:FOX(2006~)

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コルタサルの「悪魔の涎」に想を得た作品。ポップな背景のもと、人間の孤独と疎外を描く。

blow-up-pt.jpg欲望 パンフ.jpg 欲望 ポスター.jpg 欲望.jpg from Blow-Up.jpg 「欲望」パンフレット/「欲望」ポスター 「欲望 [DVD]」 デヴィッド・ヘミングス

 ファッション・カメラマンのトーマス(デヴィッド・ヘミングズ)が、公園で隠し撮りしたカップルの写真を自宅のラボで現像してみると、そこには偶然、殺人者と死体が小さく写っていた。現場に戻ると確かに死体があり、この事実を共有しようと友人を訪ねている間に、写真も死体も消えてしまう―。

 イタリアの映画監督ミケランジェロ・アントニオーニ(1912‐2007)が、海外(英国)で初めて撮った作品で、カンヌ国際映画祭グランプリ(現在の最高賞悪魔の涎・追い求める男.jpgパルム・ドールに該当)、全米映画批評家協会賞作品賞受賞作。アルゼンチンの作家のフリオ・コルタサル(1914‐1984)の幻想短篇小説「悪魔の涎」に触発されてこの映画を作ったとのことです。コルタサルは作家生活の殆どをフランスで過ごした作家であり、但し、その作品は母国語であるスペイン語で書かれていて―となると、何だか作品の背景は、伊・英・仏・南米と入り混じっていて、素地としては結構インターナショナルであるということになります。

欲望8.jpgBlow-Up2.jpg 但し、映画のトーンは、それまでのアントニオーニ作品とはうって変わってほぼ完全にブリティッシュ調、「スウィンギング・ロンドン」と言われた当時のロンドンのポップな風潮を反映しており(郷に入れば郷に従え?)、当時としては最先端モードのモデルのファッションなども含め、今観るとモダンなレトロ感が溢れています。また、音楽はハービー・ハンコックが担当し、ジェフ・ベックとジミー・ペイジがWリードとして加っていた当時の「ヤードバーズ」のライブシーンなどの貴重映像もあります(ジミー・ペイジにとってはレッド・ツェッペリン結成の前年に当たる)。

欲望07.jpg 原作(と言えるかどうか)「悪魔の涎」の舞台はパリで、映画の舞台はロンドン、原作の主人公は翻訳家(コルタサル自身がモデルか)で写真は「趣味」ということなのに対し、映画では「プロ」写真家ですが、写真に撮られたカップルの片割れの女性が、主人公に気づいてフィルムをよこすよう迫るのを主人公が拒絶し、自分で写真を大判に現像してみるところなどは、原作も映画も共通しています。

 原作の方は、主人公が自分で引き延ばした写真の中の女性が動き出して、彼を脅かし始めるという、現実の非現実の混在したコルタサルならではの幻想的な作りになっていますが、映画では、撮欲望 dvd.jpgヴァネッサ・レッドグレイブ.jpgられた女(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)が彼のもとを訪れ、ヌードモデルになることと交換条件でフィルムをよこすよう要求したため、カメラマンはその話の乗ったフリして、愉しむだけ愉しんで偽フィルムを彼女に渡し、後で不審に思って写真を引き伸ばし(Blow Up)てみると、そこに殺人の現場と思われる場面が写っていたという展開。
Vanessa Redgrave
ヴァネッサ・レッドグレーヴ -02.jpg こう書くと完全に推理小説仕立てのようですが、主人公のカメラマンはこの事件情報を仲間や世間の人々に伝えようとするものの、誰も彼の話に関心を示すものは無く、不条理かつ人間疎外的な世界を照射したようなシークエンスの連続の中をひたすら彷徨するという流れになっていて、ミステリとして完結するわけではなく、こうした点はいかにもアントニオーニらしいなあと思わされます(「情事」('60年)なども、冒頭に女性が行方不明になり、どこへ消えたのか皆が探すが、いつの間にか途中から、そうしたミステリ的要素はどこかにいってしまう)。

BLOW-UP 1967  .jpg顔を白塗りした若者のグループがテニスコートに現れ、ボールもラケットも持たずに黙ってプレイを始め、観客達はありもしないボールを眼で追うといった非リアル且つ抽象的なシーンが多く、今だとちょっとベタかなあという気もしますが、このカメラマン、結構売れっ子で若い女性達とよろしくやっているけれども、実は孤独なんだということは伝わる―こうした一見華やかな職業人を通して、人間の孤独や疎外を象徴的に普遍化する切り口は旨いと思いました。

バーキン.jpgBlowup.jpg 主人公のカメラマンがモデル達と裸になってふざけ合う場面に、無名時代のジェーン・バーキン(Jane Birkin)が出ていて、18歳で出演した「ナック」('65年)は、映画そのものは日本でも話題になりましたが、彼女自身はまだそんな有名ではなかったです(この映画でも、どちらか言うと、金髪のバーキンより茶髪の Gillian Hills の方が日本人受けしたのではないか)。

ジェーン・バーキンx.jpg ジェーン・バーキンは1946年12月14日ロンドン生まれで17歳の時グレアム・グリーンの戯曲「彫刻の像」で初ステージを踏み、この作品撮影当時は19美しき諍い女  ジェーン・バーキン.jpg歳。この映画に出た翌年にフランスに渡ってセルジュ・ゲンズブールと結婚し、「ナイル殺人事件」('78年/英)「や「地中海殺人事件」('82年/英)にも出ていましたが、個人的に映画で観たのは「美しき諍い女(いさかいめ)」('91年/仏)が最後で、今は人道支援活動をしたり、娘のシャルロット・ゲンズブールのステージママ的存在でもあるようです。

ミシェル・ピコリ/ジェーン・バーキン in「美しき諍い女」(1991)

blow-up.bmp blow-up3.jpg  Jane Birkin.jpg

yokubou.jpg   「欲望」●原題:BLOW-UP●制作年:1967年●制作国:イギリス/イタリア●監督:ミケランジェロ・アントニオーニ●製作:カルロ・ポンティ●脚本:ミケランジェロ・アントニオーニ/トニーノ・グエッラ/エドワード・ボンド●撮影:カルロ・ディ・パルマ●音楽:ハービー・ハンコック●原作:フリオ・コルタサル「悪魔の涎」●時間:111分●出演:デヴィッド・ヘミングス/ヴァネッサ・レッドグレイヴ/サラ・マイルズ/ジェーン・バーキン/ヤードバーズ●日本公開:1967/06●配給:MGM●最初に観た場所:新宿アートビレッジ(79-02-03)(評価:★★★★☆)●併映「さすらい」(ミケランジェロ・アントニオーニ)

ジェーン・バーキン3.jpgジェーン・バーキン2.jpgジェーン・バーキン.jpgジェーン・バーキン(Jane Birkin)

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限りある生を超え、"伝説"として人々の記憶に生き続ける―芸術家の究極の姿か。

猫を抱いて象と泳ぐ.jpg  『ブリキの太鼓』(1979)3.jpg ブリキの太鼓.jpg
猫を抱いて象と泳ぐ』(2009/01 文藝春秋) 映画「ブリキの太鼓 HDニューマスター版 [DVD]

 唇が閉じて生まれ、切開手術で口を開いたという出生の経緯を持つ寡黙な少年は、体が大きくなりすぎて屋上動物園で生涯を終えた象と、壁の隙間に挟まり出られなくなった女の子を架空の友とし、7歳で廃バスにポーンという名の猫と暮らす巨漢の男と遇って、彼を師匠にチェスを習い、その才能を開花させる。男が象と同様にその巨体のために亡くなると、彼は自らの意思で11歳のまま身体の成長を止め、名棋士アリョーヒンに因んでリトル・アリョーヒンと名づけられたチェスのカラクリ人形の中に入り、人知れず至高の対戦を繰り広げる―。

 作者の『博士の愛した数式』('03年/新潮社)が"数式"をモチーフにしていたのに対して、今度は"チェス"がモチーフということで、そうした独自の素材が物語にうまく溶け込んでいるという点では、『博士の愛した数式』を凌いでいるかも。
『ブリキの太鼓』(1979).jpg飛ぶ教室 実業之日本社.gif 自らの意思で成長を止めた少年というのは、ギュンター・グラスの『ブリキの太鼓』(フォルカー・シュレンドルフ監督の映画「ブリキの太鼓」('79年/西独・仏))の"オスカル少年"のようでもあり、廃バスに住むマスターは、エーリッヒ・ケストナーの『飛ぶ教室』の学校近くの廃車となった禁煙車両に住む"禁煙先生"をも想起させます。

「ブリキの太鼓」('79年/西独・仏)

 個人的には『博士の愛した数式』のような母子モノの話には感動させられ易いのですが、現実を描いている風でありながら大人のメルヘン的要素を醸した『博士の...』に比べると、こちらは、最初から「物語」乃至「寓話」であることがフレームとして読者の前に提示されている感じで、いったん物語の中に入り込めてしまえば、よりすんなり感動できるかも知れません(実際、感動した。自分は「母子モノ」に弱いと言うより、このタイプの「小川作品」に弱いのかも)。

 主人公の師匠である巨漢男だけでなく、優しい祖母や老人ホームに住まう往年の名プレーヤーたちなど、印象に残る登場人物が多く、彼らはやがて死んでいきますが、それぞれに生きている者の中に記憶として生きていると言えます。
 そして、主人公の最期もまたあっけないものですが、彼は"伝説"として人々の記憶に生き続けることになる―、ある意味、人間の限りある生を超えられるものは何かを問いかけるような作品でもあります。

 主人公はチェスプレーヤーですが、「ビショップの奇跡」と呼ばれる1枚の棋譜と1葉のスナップ写真のみを残したその生き方は、芸術家の究極の姿でもあるように思えました。
 そのことは、「もし彼がどんな人物であったかお知りになりたければ、どうぞ棋譜を読んで下さい。そこにすべてのことが書かれています」という、この作品の最後のフレーズにも象徴されているかと思います。

Bobby Fischer.jpgBOBBY FISCHER 2.jpg 実際、チェスの世界は伝説的な話には事欠かないようで、'08年にアイスランドで亡くなったボビー・フィッシャー(米国)みたいに、何度も世界チャンピオンになりながら何度も消息不明になった人などもいて、ボビー・フィッシャーの再来といわれた天才少年ジョシュ・ウェイツキンを主人公にした「ボビー・フィッシャーを探して」('93年/米)という映画も作られるなどしました(Photo:Bobby Fischer: (1958)He wins US Chess Championship at age 14)。

羽生善治.jpg ボビー・フィッシャーは日本に潜伏していた時期もあったらしく、無効パスポート保持で成田で拘束されたこともあり、米国に強制送還される恐れがあったため、チェスが"趣味"の羽生善治氏が、彼に日本国籍を与えるよう当時の小泉首相に嘆願メールを出したということもありました。

チェス部が小川洋子氏の取材を受ける.jpg 作者が取材した麻布高校のチェスサークルは、在学中に全日本チャンピオンとなり、'08年度まで4年連続タイトルを保持した小島慎也氏('09年度は、アイルランドのIM(インターナショナル・マスター)サム・コリンズに敗れ準優勝だった)の出身サークルでもありますが、小島氏に言わせれば、日本チェス界で一番強いのは羽生善治であるとのこと、羽生は主に海外で対局していて、国際レイティングは今も('09年)日本人トップで、羽生を倒せるようになるのが"全日本チャンピオン"の座に4度輝いた小島氏の目標だそうです(羽生ってスゴイなあ。まるで、生ける"伝説"みたいな感じ...)。

 「ボビー・フィッシャーを探して」('93年/米)と同様、チェスの世界大会を舞台にした映画では、カール・シュンケル監督の「美しき獲物」('93年/米・独)があり、チェスの世界選手権に絡んで起きた猟奇殺人事件を描くサスペンス・サイコ・スリラーで、ストーリーそのものは悪くないのですが、主演のクリストファー・ランバートとダイアン・レイン(私生活で当時は恋人同士)の2人とも、それぞれに「チェスの天才」にも「女性心理学者」にも見えないのが難、「ボビー・フィッシャーを探して」に出演した子役は賢そうに見えたけれど...。

ブリキの太鼓2.jpgブリキの太鼓 ポスター.jpg「ブリキの太鼓」●原題:DIE BLECHTROMMEL●制作年:1979年●制作国:西ドイツ・フランス●監督:フォルカー・シュレンドルフ●製作:アナトール・ドーマン/フランツ・ザイツ●脚本:ジャン=クロード・カリエール/ギュンター・グラス/フォルカー・シュレンドルフ/フランツ・ザイツ●撮影:イゴール・ルター●音楽:モーリス・ジャール●原作:ギュンター・グラス●時間:142分●出演:ダーフィト・ベンネント/マリオ・アドルフ/アンゲラ・ヴィンクラー/カタリーナ・タールバッハ/ダニエル・オルブリフスキ/ティーナ・エンゲル/ローラント・トイプナー●日本公開:1981/04●配給:フランス映画社●最初に観た場所:有楽町スバル座(81-04-26)(評価:★★★★)

SEARCHING FOR BOBBY FISCHER (1993).jpgボビー・フィッシャーを探して.jpg「ボビー・フィッシャーを探して」●原題:SEARCHING FOR BOBBY FISCHER●制作年:1993年●制作国:アメリカ●監督・脚本:スティーヴン・ザイリアン●製作総指揮:シドニー・ポラック●撮影:コンラッド・ホール●音楽:ジェームズ・ホーナー●原作:フレッド・ウェイツキン●時間:110分●出演:マックス・ポメランツ/ジョー・マンティーニャ/ジョアン・アレン/ローレンス・フィッシュバーン/ベン・キングズレー/マイケル・ニーレンバーグ●日本公開:1994/02●配給:パラマウント映画=UIP (評価★★★☆)

美しき獲物.png美しき獲物 チラシ.jpgKnight Moves (1992).jpg「美しき獲物」●原題:KNIGHT MOVES●制作年:1992年●制作国:アメリカ/ドイツ●監督:カール・シェンケル●製作:クリストファー・ランバート/ジアド・エル・カウリー ●脚本:ブラッド・ミルマン●撮影:ディートリッヒ・ローマン●音楽:アン・ダッドリー●時間:116分●出演:クリストファー・ランバート/ダイアン・レイン/トム・スケリット/ダニエル・ボールドウィン/アレックス・ディアクン/フェルディ・メイン/キャスリーン・イソベル/アーサー・ブラウス●日本公開:1992/11●配給:アスキー(評価★★★)

【2011年文庫化[文春文庫]】

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巻き込まれ型ワンナイト・ムービーみたいだったのが、次第にマンガみたいな感じになり...。

夜は短し歩けよ乙女2.jpg夜は短し歩けよ乙女.jpg  after-hours-martin-scorsese.jpg アフター・アワーズ.jpg 『アフターアワーズ』.jpg
夜は短し歩けよ乙女』['06年](カバー絵:中村佑介)「アフター・アワーズ 特別版 [DVD]」グリフィン・ダン/ロザンナ・アークェット カンヌ国際映画祭「監督賞」、インディペンデント・スピリット賞「作品賞」受賞作

 2007(平成19)年度・第20回「山本周五郎賞」受賞作。2010(平成22)年・第3回「大学読書人大賞」も受賞。

 「黒髪の乙女」にひそかに想いを寄せる「先輩」は、夜の先斗町に、下鴨神社の古本市に、大学の学園祭に、彼女の姿を追い求めるが、先輩の想いに気づかない彼女は、頻発する"偶然の出逢い"にも「奇遇ですねえ!」と言うばかり。そんな2人を、個性的な曲者たちと珍事件の数々が待ち受ける―。

 4つの連作から成る構成で、表題に呼応する第1章は、「黒髪の乙女」の後をつけた主人公が、予期せぬ展開でドタバタの一夜を送るという何だかシュールな展開が面白かったです。

Griffin Dunne & Rosanna Arquette in 'After Hours'
After-Hours-Scorsese.jpgIアフター・アワーズ1.jpg これを読み、マーチン・スコセッシ監督の「アフター・アワーズ」('85年/米)という、若いサラリーマンが、ふとしたことから大都会ニューヨークで悪夢のような奇妙な一夜を体験する、言わば「巻き込まれ型」ブラック・コメディの傑作を思い出しました(スコセッシが大学生の書いた脚本を映画化したという。カンヌ国際映画祭「監督賞」、インディペンデント・スピリット賞「作品賞」受賞作)。 

アフター・アワーズ 1985.jpg グリフィン・ダン演じる主人公の青年がコーヒーショップでロザンナ・アークェット演じる美女に声を掛けられたきっかけが、彼が読んでいたヘンリー・『アフター・アワーズ』(1985).jpgミラーの『北回帰線』だったというのが、何となく洒落ているとともに、主人公のその後の災厄に被って象徴的でした(『北回帰線』の中にも、こうした奇怪な一夜の体験話が多く出てくる)。映画「アフター・アワーズ」の方は、そのハチャメチャに不条理な一夜が明け、主人公がボロボロになって会社に出社する(気がついたら会社の前にいたという)ところで終わる"ワンナイト・ムービー"です。

夜は短し歩けよ乙女 角川文庫.jpg 一方、この小説は、このハチャメチャな一夜の話が第1章で、第2章になると、主人公は訳の分らない闇鍋会のようなものに参加していて、これがまた第1章に輪をかけてシュール―なんだけれども、次第にマンガみたいな感じになってきて(実際、漫画化されているが)、う〜ん、どうなのかなあ。少しやり過ぎのような気も。

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

 山本周五郎賞だけでなく、2007(平成19)年・第4回「本屋大賞」で2位に入っていて、読者受けも良かったようですが、プライドが高い割にはオクテの男子が、意中の女子を射止めようと苦悶・苦闘するのをユーモラスに描いた、所謂「童貞小説」の類かなと(こういう類の小説、昔の高校生向け学習雑誌によく"息抜き"的に掲載されていていた)。

 京都の町、学園祭、バンカラ気質というノスタルジックでレトロっぽい味付けが効いていて、古本マニアの奇妙な"生態"などの描き方も面白いし、文体にもちょっと変わった個性がありますが、この文体に関しては自分にはやや合わなかったかも。主人公の男子とヒロインの女子が交互に、同じ様に「私」という一人称で語っているため、しばしばシークエンスがわからなくなってしまい、今一つ話に身が入らないことがありましたが、自分の注意力の無さ故か?(他の読者は全く抵抗を感じなかったのかなあ)

(2017年に「劇場版クレヨンしんちゃんシリーズ」の湯浅政明監督によりアニメーション映画化された。登場人物は比較的原夜は短し歩けよ乙女 映画title.jpg作に忠実だが、より漫画チックにデフォルメされている。星野源吹き替えの男性主人公よりも、花澤香菜吹き替えのマドンナ役の"黒髪の乙女"の方が実質的な主人公になっている夜は短し歩けよ乙女 映画01.jpg。モダンでカ夜は短し歩けよ乙女 映画00.jpgラフルでダイナミックなアニメーションは観ていて飽きないが、アニメーションの世界を見せることの方が主となってしまった感じ。一応、〈ワン・ナイト・ムービー(ストーリー)〉のスタイルは原作を継承(第1章だけでなく全部を"一夜"に詰め込んでいる)しているが、ストーリーはなぜかあまり印象に残らないし、京風情など原作の独特の雰囲気も弱まった。映画の方が好きな人もいるようだが、コアな森見登美彦のファンにとっては、映画は原作とは"別もの"に思えるのではないか。)
 
 

After Hours.jpgIMG_1158.jpgIアフター・アワーズ9.jpgグリフィン・ダン演じる主人公の青年がコーヒーショップでヘンリー・ミラーの『北回帰線』を読んでいると、ロザンナ・アークェット演じる美女に声を掛けられる...。 
 
「アフター・アワーズ」●原題:AFTER HOURS●制作年:1985年●制作国:アメリカ●監督:マーチン・スコセッシ●製作:エイミー・ロビンソン/グリフィン・ダン/ロバート・F・コールズベリー●脚本:ジョセフ・ミニオン●撮影:ミハエル・バルハウス●音楽:ハワード・ショア●時間:97分●出演:グリフィン・ダン/ロザンナ・アークェット/テリー・ガー/ヴァーナ・ブルーム/リンダ・フィオレンティ下高井戸京王2.jpgーノ/ジョン・ハード/キャサリン・オハラ/ロバート・プランケット/ウィル・パットン/ディック・ミラー●日本公開:1986下高井戸シネマ.jpg下高井戸東映.jpg/06●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:下高井戸京王(86-10-11)(評価:★★★★☆)●併映:「カイロの紫のバラ」(ウディ・アレン)

下高井戸京王 (京王下高井戸東映(東映系封切館)→1980年下高井戸京王(名画座)→1986年建物をリニューアル→1988年下高井戸シネマ) 


夜は短し歩けよ乙女 映画04.jpg夜は短し歩けよ乙女 映画ポスター.jpg「夜は短し歩けよ乙女」●●制作年:2017年●監督:湯浅政明●脚本:上田誠●キャラクター原案:中村佑介●音楽:大島ミチル(主題歌:ASIAN KUNG-FU GENERATION「荒野を歩け」)●原作:森見登美彦●時間:93分●声の出演:星野源/花澤香菜/神谷浩史/秋山竜次(ロバート)/中井和哉/甲斐田裕子/吉野裕行/新妻聖子/諏訪部順一/悠木碧/檜山修之/山路和弘/麦人●公開:2017/04●配給:東宝映像事業部●最初に観た場所:TOHOシネマズ西新井(17-04-13)(評価:★★★)
TOHOシネマズ西新井 2007年11月6日「アリオ西新井」内にオープン(10スクリーン 1,775+(20)席)。
TOHOシネマズ 西新井 ario.jpgSCREEN 1 106+(2) 3.5×8.3m デジタル5.1ch
SCREEN 2 111+(2) 3.4×8.2m デジタル5.1ch
SCREEN 3 111+(2) 3.4×8.2m デジタル5.1ch
SCREEN 4 135+(2) 3.5×8.5m デジタル5.1ch
SCREEN 5 410+(2) 7.0×16.9m デジタル5.1ch
SCREEN 6 146+(2) 3.7×9.0m デジタル5.1ch
SCREEN 7 148+(2) 3.7×8.9m デジタル5.1ch
SCREEN 8 80+(2) 4.1×9.9m MX4D® デジタル5.1ch
SCREEN 9 183+(2) 4.1×9.9m デジタル5.1ch
SCREEN 10 345+(2) 4.8×11.6m デジタル5.1ch

 【2008年文庫化[角川文庫]】

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イデオロギー至上主義が人間性を踏みにじる様が具体的に描かれている。

私の紅衛兵時代1.jpg私の紅衛兵時代―ある映画監督の青春.jpg    さらばわが愛~覇王別姫.jpg 写真集さらば、わが愛/覇王別姫.jpg
私の紅衛兵時代 ある映画監督の青春 (講談社現代新書)』['90年/'06年復刻]/「さらば、わが愛覇王別姫」中国版ポスター/写真集『さらば、わが愛覇王別姫』より

陳凱歌(チェン・カイコー).jpg 中国の著名な映画監督チェン・カイコー(陳凱歌、1952年生まれ)が、60年代半ばから70年代初頭の「文化大革命」の嵐の中で過ごした自らの少年時代から青年時代にかけてを記したもので、「文革」というイデオロギー至上主義、毛沢東崇拝が、人々の人間性をいかに踏みにじったか、その凄まじさが、少年だった著者の目を通して具体的に伝わってくる内容です。

紅衛兵.jpg 著者の父親も映画人でしたが、国民党入党歴があったために共産党に拘禁され、一方、当時の共産党員幹部、知識人の子弟の多くがそうしたように、著者自身も「紅衛兵」となり、「毛沢東の良い子」になろうとします(そうしないと身が危険だから)。

 無知な少年少女が続々加入して拡大を続けた紅衛兵は、毛沢東思想を権威として暴走し、かつて恩師や親友だった人達を糾弾する、一方、党は、反国家分子の粛清を続け、"危険思想"を持つ作家を謀殺し、中には自ら命を絶った「烈士」もいたとのことです。

 そしてある日、著者の父親が護送されて自宅に戻りますが、著者は自分の父親を公衆の面前で糾弾せざるを得ない場面を迎え、父を「裏切り」ます。

 共産党ですら統制不可能となった青少年たちは、農村から学ぶ必要があるとして「下放」政策がとられ、著者自身も'69年から雲南省の山間で2年間農作業に従事しますが、ここも発狂者が出るくらい思想統制は過酷で、但し、著者自身は、様々の経験や自然の中での肉体労働を通して逞しく生きることを学びます。

 語られる数多くのエピソードは、それらが抑制されたトーンであるだけに、却って1つ1つが物語性を帯びていて、「回想」ということで"物語化"されている面もあるのではないかとも思ったりしましたが、う~ん、実際あったのだろなあ、この本に書かれているようなことが。

紅いコーリャン [DVD]」張藝謀(チャン・イーモウ)監督
紅いコーリャン .jpgチャン・イーモウ(張藝謀).jpg 結果的には「農民から学んだ」とも言える著者ですが、17年後に映画撮影のため同地を再訪し、その時撮られたのが監督デビュー作である「黄色い大地」('84年)で、撮影はチャン・イーモウ(張藝謀、1950年生まれ)だったとのこと。

 個人的には、チャン・イーモウ監督の作品は「紅いコーリャン」('87年/中国)を初めて観て('89年)、これは凄い映画であり監督だなあと思いました(この作品でデビューしたコン・リー(鞏俐)も良かった。その次の作品「菊豆<チュイトウ>」('90年/日本・中国)では、不倫の愛に燃える若妻をエロチックに演じているが、この作品も佳作)。 
               
童年往事 時の流れOX.jpg童年往事 時の流れ.png童年往時5.jpg その前月にシネヴィヴァン六本木で観た台湾映画「童年往時 時の流れ」('85年/台湾)は、中国で生まれ、一家とともに台湾へ移住した"アハ"少年の青春を描いたホウ・シャオシェン(侯孝賢、1947年生まれ)監督の自伝的作品でしたが(この後の作品「恋恋風塵」('87年/台湾)で日本でも有名に)、中国本土への望郷の念を抱いたまま亡くなった祖母との最期の別れの場面など、切ないノスタルジーと独特の虚無感が漂う佳作でした(ベルリン国際映画祭「国際批評家連盟賞」受賞作)。
【映画チラシ】童年往時/「童年往事 時の流れ [DVD]」 (パンフレット)

坊やの人形.jpg ホウ監督の作品を観たのは、一般公開前にパルコスペースPART3で観た「坊やの人形」('83年/台湾)に続いて2本目で、「坊やの人形」は、サンドイッチマンという顔に化粧をする商売柄(チンドン屋に近い?)、家に帰ってくるや自分の赤ん坊を抱こうとするも、赤ん坊に父親だと認識されず、却って怖がられてしまう若い男の悲喜侯孝賢.jpg劇を描いたもので、台湾の3監督によるオムニバス映画の内の1小品。他の2本も台湾の庶民の日常を描いて、お金こそかかっていませんが、何れもハイレベルの出来でした。

坊やの人形 [DVD]」/侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督

 両監督作とも実力派ならではのものだと思いましたが、同じ中国(または台湾)系でもチャン・イーモウ(張藝謀)とホウ・シャオシェン(侯孝賢)では、「黒澤」と「小津」の違いと言うか(侯孝賢は小津安二郎を尊敬している)、随分違うなあと。

陳凱歌監督 in 第46回カンヌ映画祭 「さらば、わが愛~覇王別姫 [DVD]」 /レスリー・チャン
覇王別姫第46回カンヌ映画祭パルムドール.jpgさらば、わが愛/覇王別姫.jpg覇王別姫.jpgレスリー・チャン.gif 一方、チェン・カイコー(陳凱歌)監督の名が日本でも広く知られるようになったのは、もっと後の、1993年・第46回カンヌ国際映画祭パルム・ドール並びに国際映画祭国際映画批評家連盟賞受賞作「さらば、わが愛/覇王別姫」('93年/香港)の公開('94年)以降でしょう(これも良かった。妖しい魅力のレスリー・チャン、残念なことに自殺してしまったなあ)。

 本書も刊行されたのは'90年ですが、その頃はチェン・カイコー監督の名があまり知られていなかったせいか、一旦絶版になり、「復刊ドットコム」などで復刊要望が集まっていたのが'06年に実際に復刻し、自分自身も復刻版(著者による「復刊のためのあとがき」と訳者によるフィルモグラフィー付)で読んだのが初めてでした。

 「さらば、わが愛/覇王別姫」にも「紅いコーリャン」にも「文革」の影響は色濃く滲んでいますが、前者を監督したチェン・カイコー監督は早々と米国に移住し(本書はニューヨークで書かれた)、ハリウッドにも進出、後者を監督したチャン・イーモウ監督は、かつては中国本国ではその作品が度々上映禁止になっていたのが、'08年には北京五輪の開会式の演出を任されるなど、それぞれに華々しい活躍ぶりです(体制にとり込まれたとの見方もあるが...)。


「中国問題」の内幕.jpg中国、建国60周年記念式典.jpg 中国は今月('09年10月1日)建国60周年を迎え、しかし今も、共産党の内部では熾烈な権力抗争が続いて(このことは、清水美和氏の『「中国問題」の内幕』('08年/ちくま新書)に詳しい)、一方で、ここのところの世界的な経済危機にも関わらず、高い経済成長率を維持していますが(GDPは間もなく日本を抜いて世界第2位となる)、今や経済界のリーダーとなっている人達の中にも文革や下放を経験した人は多くいるでしょう。記念式典パレードで一際目立っていたのが毛沢東と鄧小平の肖像画で、「改革解放30年」というキャッチコピーは鄧小平への称賛ともとれます(因みに、このパレードの演出を担当したのもチャン・イーモウ)。

 中国人がイデオロギーやスローガンに殉じ易い気質であることを、著者が歴史的な宗教意識の希薄さの点から考察しているのが興味深かったです。
 
童年往来事ド.jpg「童年往時/時の流れ」●原題:童年往来事 THE TIME TO LIVE AND THE TIME TO DIE●制作年:1985年●制作国:台湾●監督:侯孝賢(ホウ・シャオシェン)●製作:徐国良(シュ・クオリヤン)●脚本:侯孝賢(ホウ・シャオシェンシネヴィヴァン六本木.jpg)/朱天文(ジュー・ティエンウェン)●撮影:李屏賓(リー・ピンビン)●音楽:呉楚楚(ウー・チュチュ)●時間:138分●出演:游安順(ユーアンシュ)/辛樹芬(シン・シューフェン)/田豊(ティェン・フォン)/梅芳(メイ・フアン)●日本公開:1988/12●配給:シネセゾン●最初に観た場所:シネヴィヴァン六本木(89-01-15)(評価:★★★★)
シネヴィヴァン六本木 1983(平成5)年11月19日オープン/1999(平成11)年12月25日閉館

坊やの人形 <HDデジタルリマスター版> [Blu-ray]
坊やの人形 00.jpg坊やの人形 00L.jpg「坊やの人形」(「シャオチの帽子」「りんごの味」)●原題:兒子的大玩具 THE SANDWICHMAN●制作年:1983年●制作国:台湾●監督:侯孝賢(ホウ・シャオシェン)/曹壮祥(ゾン・ジュアンシャン)/萬仁(ワン・レン)●製作:明驥(ミン・ジー)●脚本:呉念眞(ウー・ニェンジェン)●撮影:Chen Kun Hou●原作:ホワン・チュンミン●時間:138分●出演:陳博正(チェン・ボージョン)/楊麗音(ヤン・リーイン)/曽国峯(ゾン・グオフォン)/金鼎(ジン・ディン)/方定台(ファン・ディンタイ)/卓勝利(ジュオ・シャンリー)●日本公開:1984/10●配給:ぶな企画●最初に観た場所:渋パルコスペース Part3.jpg渋谷シネクイント劇場内.jpgCINE QUINTO tizu.jpg谷・PARCO SPACE PART3(84-06-16)(評価:★★★★)●併映:「少女・少女たち」(カレル・スミーチェク)
PARCO SPACE PART3 1981(昭和56)年9月22日、演劇、映画、ライヴパフォーマンスなどの多目的スペースとして、「パルコ・パート3」8階にオープン。1999年7月~映画館「CINE QUINTO(シネクイント)」。 2016(平成28)年8月7日閉館。

「さらば、わが愛/覇王別姫」(写真集より)/「さらば、わが愛/覇王別姫」中国版ビデオ
『さらば、わが愛/覇王別姫』(1993) 2.jpgさらばわが愛~覇王別姫.jpg「さらば、わが愛/覇王別姫」●原題:覇王別姫 FAREWELL TO MY CONCUBI●制作年:1993年●制作国:香港●監督:陳凱歌(チェン・カイコー)●製作:徐淋/徐杰/陳凱歌/孫慧婢●脚本:李碧華/盧葦●撮影:顧長衛●音楽:趙季平(ヂャオ・ジーピン)●原作:李碧華(リー・ビーファー)●時間:172分●出演:張國榮(レスリー・チャン)/張豊毅(チャン・フォンイー)/鞏俐(コン・リー)/呂齊(リゥ・ツァイ)/葛優(グォ・ヨウ)/黄斐(ファン・フェイ)/童弟(トン・ディー)/英達(イン・ダー)●日本公開:1994/02●配給:ヘチャン・フォンイー、コン・リー、レスリー・チャン.jpgさらば、わが愛 覇王別姫 鞏俐 コン・リー.jpgラルド・エース=日本ヘラルド映画(評価:★★★★☆)
鞏俐(コン・リー)in「さらば、わが愛 覇王別姫」(1993年・二ューヨーク映画批評家協会賞 助演女優賞受賞)
チャン・フォンイー、コン・リー、レスリー・チャン in 第46回カンヌ国際映画祭フォトセッション

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高評価作品が多い30年~50年代。40年~50年代の12作品の著者の評価を自分のと比べると...。

ミュージカル洋画 ぼくの500本.jpg     巴里のアメリカ人08.jpg バンド・ワゴン 映画poster.jpg 南太平洋 チラシ.jpg
ミュージカル洋画ぼくの500本 (文春新書)』 「巴里のアメリカ人」1シーン/「バンド・ワゴン」ポスター/「南太平洋」チラシ

 著者の外国映画ぼくの500本('03年4月)、『日本映画 ぼくの300本』('04年6月)、『外国映画 ハラハラドキドキぼくの500本』('05年11月)、『愛をめぐる洋画ぼくの500本』('06年10月)に続くシリーズ第5弾で、著者は1910年10月生まれですから、刊行年(西暦)の下2桁に90を足せば、刊行時の年齢になるわけですが、凄いなあ。

 本書で取り上げた500本は、必ずしもブロードウェイなどの舞台ミュージカルを映画化したものに限らず、広く音楽映画の全般から集めたとのことですが、確かに「これ、音楽映画だったっけ」というのもあるにせよ、500本も集めてくるのはこの人ならでは。何せ、洋画だけで1万数千本観ている方ですから(「たとえ500本でも、多少ともビデオやDVDを買ったり借りたりするときのご参考になれば幸甚である」とありますが、「たとえ500本」というのが何だか謙虚(?))。

天井桟敷の人々 パンフ.JPG『天井桟敷の人々』(1945).jpg 著者独自の「星」による採点は上の方が厳しくて、100点満点換算すると100点に該当する作品は無く、最高は90点で「天井桟敷の人々」('45年)と「ザッツ・エンタテインメント」('74年)の2作か(但し、個人的には、「天井桟敷の人々」は、一般的な「ミュージカル映画」というイメージからはやや外れているようにも思う)。
 85点の作品も限られており、やはり旧い映画に高評価の作品が多い感じで、70年代から85点・80点の作品は減り、85点は「アマデウス」('84年)が最後、以降はありません。
 これは、巻末の「ミュージカル洋画小史」で著者も書いているように、70年代半ばからミュージカル映画の急激な凋落が始まったためでしょう。

 逆に30年代から50年代にかけては高い評価の作品が目白押しですが、個人的に観ているのは40年代半ば以降かなあという感じで自分で、自分の採点と比べると次の通りです。(著者の☆1つは20点、★1つは5点)

①「天井桟敷の人々」 ('45年/仏)著者 ☆☆☆☆★★(90点)/自分 ★★★★(80点)
天井桟敷の人々1.jpg天井桟敷.jpg天井桟敷の人々 ポスター.jpg 著者は、「規模の雄大さ、精神の雄渾において比肩すべき映画はない」としており、いい作品には違いないが、3時間超の内容は結構「大河メロドラマ」的な要素も。占領下で作られたなどの付帯要素が、戦争を経験した人の評価に入ってくるのでは? 著者は「子供の頃に見た見世物小屋を思い出す」とのこと。実際にそうした見世物小屋を見たことは無いが(花園神社を除いて。あれは、戦前というより、本来は地方のものではないか)、戦後の闇市のカオスに通じる雰囲気も持った作品だし、ヌード女優から伯爵の愛人に成り上がる女主人公にもそれが体現されているような。

「天井桟敷の人々」●原題:LES ENFANTS DU PARADIS●制作年:1945年●制作国:フランス●監督:マルセル・カルネ●製作:フレッド・オラン●脚本:ジャック・プレヴェール●撮影:ロジェ・ユベール/マルク・フォサール●音楽:モーリス・ティリエ/ジョセフ・コズマ●時間:190分●出演:アルレッティ/ジャン=ルイ・バロー/ピエール・ブラッスール/マルセル・エラン/ルイ・サルー/マリア・カザレス/ピエール・ルノワール●日本公開:1952/02●配給:東宝●最初に観た場所:池袋文芸坐(82-03-21)●併映:「ネオ・ファンタジア」(ブルーノ・ボセット)

②「アメリカ交響楽」 ('45年/米)著者 ☆☆☆★★(70点)自分 ★★★☆(70点)
アメリカ交響楽 RHAPSODY IN BLUE.jpgアメリカ交響楽.jpg この映画の原題でもある「ラプソディー・イン・ブルー」や、「スワニー」「巴里のアメリカ人」「ボギーとベス」などの名曲で知られるガーシュウィンの生涯を描いた作品で、モノクロ画面が音楽を引き立てていると思った(著者は、主役を演じたロバート・アルダより、オスカー・レヴァント(本人役で出演)に思い入れがある模様)。因みに、日本で「ロード・ショー」と銘打って封切られた映画の第1号。

「アメリカ交響楽」 ●原題:RHAPSODY IN BLUE●制作年:1945年●制作国:アメリカ●監督:アーヴィン・クーパー●製作:フレッド・オラン●脚本:ハワード・コッホ●撮影:ソル・ポリート●音楽ジョージ・ガーシュウィン●時間:130分●出演:ロバート・アルダ/ジョーン・レスリー/アレクシス・スミス/チャールズ・コバーン/アルバート・バッサーマン/オスカー・レヴァント/ポール・ホワイトマン/ジョージ・ホワイト/ヘイゼル・スコット/アン・ブラウン、アル・ジョルスン/ジュリー・ビショップ●日本公開:1947/03●配給:ワーナー・ブラザース映画●最初に観た場所:テアトル新宿(85-09-23)

③「錨を上げて」 ('45年/米)著者 ☆☆☆★(65点)自分 ★★★(60点)
錨を上げて08.jpg錨を上げて2.jpg錨を上げて.jpgAnchors Aweigh.jpg 4日間の休暇を得てハリウッドへ行った2人の水夫の物語。元気のいい映画だけど、2時間20分は長かった。ジーン・ケリーがアニメ合成でトム&ジェリーと踊るシーンは「ロジャー・ラビット」の先駆けか(著者も、その技術を評価。ジーン・ケリーが呼び物の映画だとも)。
錨を上げて アニメ.jpg
「錨を上げて」●原題:ANCHORS AWEIGH●制作年:1945年●制作国:アメリカ●監督:ジョージ・シドニー●製作:ジョー・パスターナク●脚本:イソベル・レナート●撮影:ロバート・プランク/チャールズ・P・ボイル●音楽監督:ジョージー・ストール●原作:ナタリー・マーシン●時間:140分●出演:フランク・シナトラ/キャスリン・グレイソン/ジーン・ケリー/ホセ・イタービ /ディーン・ストックウェル/パメラ・ブリットン/ジョージ・シドニー●日本公開:1953/07●配給:MGM日本支社●最初に観た場所:テアトル新宿(85-10-19)

④「夜も昼も」 ('46年/米)著者 ☆☆☆★(65点)自分 ★★★(60点)
NIGHT AND DAY 1946.jpg夜も昼も NIGHT AND DAY.jpgNight and Day Cary Grant.jpg アメリカの作曲家コール・ポーターの伝記作品。著者の言う通り、「ポーターの佳曲の数々を聴かせ唄と踊りの総天然色場面を楽しませる」のが目的みたいな作品(曰く「その限りにおいては楽しい」と)。

「夜も昼も」●原題:NIGHT AND DAY●制作年:1946年●制作国:アメリカ●監督:マイケル・カーティズ●製作:アーサー・シュワルツ●脚本:チャールズ・ホフマン/レオ・タウンゼンド/ウィリアム・バワーズ●撮影:ペヴァレル・マーレイ/ウィリアム・V・スコール●音楽監督:レオ・F・フォーブステイン●原作:ナタリー・マーシン●時間:116分●出演:ケーリー・グラント/アレクシス・スミス/モンティ・ウーリー/ジニー・シムズ/ジェーン・ワイマン/カルロス・ラミレス●日本公開:1951/01●配給:セントラル●最初に観た場所:テアトル新宿(85-10-19)

⑤「赤い靴」('48年/英)著者 ☆☆☆☆(80点)自分 ★★★(60点)
赤い靴 ポスター.jpg赤い靴.jpg赤い靴2.jpg ニジンスキーとロシア・バレエ団の主宰者ディアギレフとの関係がモデルといわれているバレエもの(ハーバート・ロス監督の「ニジンスキー」('79年/英)は両者の確執にフォーカスした映画だった)だが、主人公が女性になって、「仕事か恋か」という今も変わらぬ?テーマになっている感じ。著者はモイラ・シアラーの踊りを高く評価している。ヨーロッパには「名人の作った赤い靴をはいた者は踊りの名手になれるが、一生踊り続けなければモイラ・シアラー.jpgならない」という「赤い靴」の伝説があるそうだが、「赤い靴」と言えばアンデルセンが先に思い浮かぶ(一応、そこから材を得ているとのこと)。

「赤い靴」 ●原題:THE RED SHOES●制作年:1948年●制作国:イギリス●監督:エメリック・プレスバーガー●製作:マイケル・パウエル/エメリック・プレスバーガー●脚本:マイケル・パウエル/エメリック・プレスバーガー●撮影:ジャック・カーディフ●音楽演奏:ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラ●原作:ハンス・クリスチャン・アンデルセン●時間:136分●出演:アントン・ウォルブルック/マリウス・ゴーリング/モイラ・シアラー/ロバート・ヘルプマン/レオニード・マシーン●日本公開:1950/03●配給:BCFC=NCC●最初に観た場所:高田馬場パール座(77-11-10)●併映:「トリュフォーの思春期」(フランソワ・トリュフォー)
モイラ・シアラー

⑥「イースター・パレード」('48年/英)著者 ☆☆☆☆(80点)自分 ★★★☆(70点)
Easter Parade (1949).jpgイースター・パレード dvd.jpg ジュディ・ガーランドとフレッド・アステアのコンビで、ショー・ビズものとも言え、一旦引退したアステアが、骨折のジーン・ケリーのピンチヒッター出演で頑張っていて、著者の評価も高い(戦後、初めて輸入された総天然色ミュージカルであることも影響している?)。

「イースター・パレード」●原題:EASTER PARADE●制作年:1948年●制作国:アメリカ●監督:チャールズ・ウォルターズ●製作:アーサー・フリード●脚色:シドニー・シェルダン/フランセス・グッドリッチ/アルバート・ハケット●撮影:ハリー・ストラドリング●音楽演奏:ジョニー・グリーン/ロジャー・イーデンス●原作:フランセス・グッドリッチ/アルバート・ハケット●時間:136分●出演:ジュディ・ガーランド/フレッド・アステア/ピーター・ローフォード/アン・ミラー/ジュールス・マンシュイン●日本公開:1950/02●配給:セントラル●最初に観た場所:テアトル新宿(85-10-19)

⑦「踊る大紐育」('49年/米)著者 ☆☆☆☆★(85点)自分 ★★★☆(70点)
踊る大紐育.jpg 24時間の休暇をもらった3人の水兵がニューヨークを舞台に繰り広げるミュージカル。3人が埠頭に降り立って最初に歌うのは「ニューヨーク、ニューヨーク」。振付もジーン・ケリーが担当した。著者はヴェラ=エレンの踊りが良かったと。

踊る大紐育(ニューヨーク) dvd.jpg「踊る大紐育」●原題:ON THE TOWN●制作年:1949年●制作国:アメリカ●監督:スタンリー・ドーネン●製作:アーサー・フリード●脚本:ベティ・カムデン/アドルフ・グリーン●撮影:ハロルド・ロッソン●音楽:レナード・バーンスタイン●原作:ベティ・カムデン/アドルフ・グリーン●時間:98分●出演:ジーン・ケリー/フランク・シナトラ/ジュールス・マンシン/アン・ミラー/ジュールス・マンシュイン/ベティ・ギャレット/ヴェラ・エレン●日本公開:1951/08●配給:セントラル●最初に観た場所:テアトル新宿(85-09-23)

巴里のアメリカ人 ポスター.jpg⑧「巴里のアメリカ人」 ('51年/米)著者 ☆☆☆☆★(85点)自分 ★★★★(80点)
巴里のアメリカ人2.jpg巴里のアメリカ人 dvd.jpg 音楽はジョージ・ガーシュイン。踊りもいいし、ストーリーも良く出来ている。著者の言う様に、舞台装置をユトリロやゴッホ、ロートレックなど有名画家の絵に擬えたのも楽しい。著者は「一番感心すべきはジーン・ケリー」としているが、アクロバティックな彼の踊りについていくレスリー・キャロンも中国雑伎団みたいで凄い(1951年アカデミー賞作品)。

ジーンケリーとレスリーキャロン.jpg巴里のアメリカ人09.jpg「巴里のアメリカ人」●原題:AN AMERICAN IN PARIS●制作年:1951年●制作国:アメリカ●監督:ヴィンセント・ミネリ●製作:アーサー・フリード●脚本:アラン・ジェイ・ラーナー●撮影:アルフレッド・ギルクス●音楽:ジョージ・ガーシュイン●時間:113分●出演:ジーン・ケリー/レスリー・キャロン/オスカー・レヴァント/ジョルジュ・ゲタリー/ユージン・ボーデン/ニナ・フォック●日本公開:1952/05●配給:MGM日本支社●最初に観た場所:高田馬場パール座(78-05-27)●併映:「シェルブールの雨傘」(ジャック・ドゥミ)

⑨「バンド・ワゴン」('53年/米)著者 ☆☆☆☆★(85点)自分 ★★★★(80点)
バンド・ワゴン08.jpgバンド・ワゴン2.jpgバンド・ワゴン.jpgバンド・ワゴン 特別版 [DVD].jpgシド・チャリシー.jpg 落ち目のスター、フレッド・アステアの再起物語で、「イースター・パレード」以上にショー・ビズもの色合いが強い作品だが、コメディタッチで明るい。ストーリーは予定調和だが、本書によれば、ミッキー・スピレーンの探偵小説のパロディが織り込まれているとのことで、そうしたことも含め、通好みの作品かも。但し、アステアとシド・チャリシーの踊りだけでも十分楽しめる。シド・チャリシーの踊りも、レスリー・キャロンと双璧と言っていぐらいスゴイ。

THE BANDO WAGON.jpg「バンド・ワゴン」●原題:THE BANDO WAGON●制作年:1953年●制作国:アメリカ●監督:ヴィンセント・ミネリ●製作:アーサー・フリード●脚本:ベティ・コムデン/アドルフ・グリーン●撮影:ハリー・ジャクソン●音楽:アドルフ・ドイッチ/コンラッド・サリンジャー●時間:112分●出演:フレッド・アステア/シド・チャリシー/オスカー・レヴァント/ナネット・ファブレー●日本公開:1953/12●配給:MGM●最初に観た場所:テアトル新宿(85-10-19)

⑩「パリの恋人」('53年/米)著者 ☆☆☆☆(80点)自分 ★★★☆(70点)
パリの恋人dvd.jpg『パリの恋人』(1957).jpgパリの恋人 映画ポスター.jpg 著者曰く「すばらしいファション・ミュージカル」であり、オードリー・ヘプバーンの魅力がたっぷり味わえると(原題の「ファニー・フェイス」はもちろんヘップバーンのことを指す)。
Funny Face.jpg 衣装はジバンシー、音楽はガーシュウィンで、音楽と併せて、女性であればファッションも楽しめるのは確か。
'S Wonderful.bmp ちょっと「マイ・フェア・レディ」に似た話で、「マイ・フェア・レディ」が吹替えなのに対し、こっちはオードリー・ヘプバーン本人の肉声の歌が聴ける。それにしても、一旦引退したこともあるはずのアステアが元気で、とても57才とは思えない。結局、更に20余年、「ザッツ・エンタテインメント」('74年)まで活躍したから、ある意味"超人"的。

『パリの恋人』(1957) 2.jpgパリの恋人 パンフ.jpg「パリの恋人」●原題:FUNNY FACE●制作年:1956年●制作国:アメリカ●監督:スパリの恋人 パンフ.jpgタンリー・ドーネン●製作:アーサー・フリード●脚本:レナード・ガーシェ●撮影:レイ・ジューン●音楽:ジョージ・ガーシュウィン/アドルフ・ドイッチ●時間:103分●出演:オードリー・ヘプバーン/フレッド・アステア/ケイ・トンプスン/ミシェル・オークレール●日本公開:1957/02●配給:パラマウント映画●最初に観た場所:高田馬場ACTミニシアター(85-11-03)●併映:「リリー・マルレーン」(ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー) 
南太平洋パンフレット.jpg
⑪「南太平洋」('58年/米)著者 ☆☆☆★(65点)自分 ★★★☆(70点)
  1949年初演のブロードウェイ版の監督であるジョシュア・ローガンが映画版でもそのまま監督したもので、ハワイのカウアイ島でロケが行われた(一度だけ行ったことがあるが、火山活動によって出来た島らしい、渓谷や湿地帯ジャングルなど、野趣溢れる自然が満喫できる島だった)。
 著者は「戦時色濃厚な」作品であるため、あまり好きになれないようだが、それを言うなら、著者が高得点をつけている「シェルブールの雨傘」などは、フランス側の視点でしか描かれていないとも言えるのでは。超エスニック、大規模ロケ映画で、空も海も恐ろ「南太平洋」(自由が丘武蔵野館).jpgしいくらい青い(カラーフィルターのせいか?)。トロピカル・ナンバーの定番になった主題歌「バリ・ハイ」や「魅惑の宵」などの歌曲もいい。

「南太平洋」映画チラシ/期間限定再公開(自由が丘武蔵野館) 1987(昭和62)年7月4日~7月31日 
       
                                             
南太平洋(87R).jpg南太平洋.jpg「南太平洋」●原題:SOUTH PACIFIC●制作年:1958年●制作国:アメリカ●監督:ジョシュア・ローガン●製作:バディ・アドラー●脚本:ポール・オスボーン●撮影:レオン・シャムロイ●音楽:リチャード・ロジャース●原作:ジェームズ・A・ミッチェナー「南太平洋物語」●原作戯曲:オス自由が丘武蔵野館.jpgカー・ハマースタイン2世/リチャード・ロジャース/ジョシュア・ローガン●時間:156分●出演:ロッサノ・ブラッツィ/ミッチー・ゲイナー/ジョン・カー/レイ・ウォルストン/フランス・ニューエン/ラス・モーガン●日本公開:1959/11●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:自由が丘武蔵野館(87-07-05)(リバイバル・ロードショー) 自由が丘武蔵野館 (旧・自由が丘武蔵野推理) 1951年「自由が丘武蔵野推理」オープン。1985(昭和60)年11月いったん閉館し改築、「自由が丘武蔵野館」と改称し再オープン。2004(平成16)年2月29日閉館。

⑫「黒いオルフェ」('59年/仏)著者 ☆☆☆☆(80点)自分 ★★★★(80点)
黒いオルフェ2.jpg黒いオルフェ (1959).jpg黒いオルフェ dvd.jpg 娯楽作品と言うより芸術作品。ジャン・コクトーの「オルフェ」('50年)と同じギリシア神話をベースにしているとのことだが、ちょっと難解な部分も。著者も言うように、リオのカーニヴァルの描写が素晴らしい。カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作。

「黒いオルフェ」●原題:ORFEO NEGRO●制作年:1959年●制作国:フランス●監督:マルセル・カミュ●製作:バディ・アドラー●脚本:マルセル・カミュ/ジャック・ヴィオ●撮影:ジャン・ブールゴワン●音楽:アントニオ・カルロス・ジョビン/ルイス・ボンファ●原作:ヴィニシウス・デ・モライス●時間:107分●出演:ブレノ・メロ/マルペッサ・ドーン/マルセル・カミュ/ファウスト・グエルゾーニ/ルルデス・デ・オリベイラ/レア・ガルシア/アデマール・ダ・シルバ●日本公開:1960/07●配給:東和●最初に観た場所:八重洲スター座(79-04-15)

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危うい偶然に支えられた主人公のブレークスルー。何と言ってもロバート・デ・ニーロの演技。
taxi driver 1976 poster.jpg
タクシードライバー2.jpgタクシードライバー1.jpg  タクシードライバー パンフレット.jpg
タクシードライバー コレクターズ・エディション [DVD]」 /パンフレット
Taxi Driver(1976) マーティン・スコセッシ/ロバート・デ・ニーロ
Taxi Driver(1976).jpgマーティン・スコセッシ 「タクシードライバー」.jpg 海兵隊上がりの不眠症の男トラヴィス(ロバート・デ・ニーロ)がタクシードライバーの仕事に就く場面から始まるこの映画は、ニューヨークという大都会の中で、運転手仲間ともうちとけず、女性(シビル・シェパード)にもフラれ、孤独に生きる彼が、社会に対する漠たる憤りや自らの無力感、虚しさを募らせ、徐々に精神が病んでいく様が見事に描かれていたように思います。やがて彼は、独自の腐敗浄化計画のようなものに傾倒し、自らの身体を鍛え、銃器を購入し、まず、彼が偽善的だと感じた大統領候補の暗殺を図るも果たせず、今度は、たまたま知り合った少女(ジョディ・フォスター)がヒモ男(ハーヴェイ・カイテル)に囲われている、腐敗と搾取に満ちた売春宿を襲撃して、その結果、街のヒーローになる―。

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TD3.jpg 「大統領候補の暗殺」と「売春窟の掃討」という行動が、トラヴィスの中では同じベクトル上にあるというのが、必ずしも説明的に描かれているのではないのに観ていてよくわかるというのが、この映画のスゴイところかも。「大統領候補の暗殺」を果たしてしまえば、彼は「凶悪犯」になっていたわけで、それが、最終的には「ヒーロー」になってしまうというある意味の逆説が、鮮やかに描かれているように思えました。

 近年は日本でも、本来は1人で行う自殺行為が自己顕示的な形に置き代わって周囲を巻き込んだと言えるのではないかと思われるタイプの犯罪が見られるようになりましたが、「売春窟の掃討」を果たした彼が拳銃自殺をイメージしている(ように見えた)場面には、こうした行為の予兆的なものを感じます。

「タクシードライバー」3.jpgTaxi Driver (Martin Scorsese).jpg しかし、銃弾が尽きていたためトラヴィスは自殺もせず、結果として生き残り、以前と同じようにタクシーで街を流しますが、前に自分のことをフッた女性(シビル・シェパード)をたまたま客として乗せても、ゆったりとした気持ちで彼女を迎えることができる―。

「タクシードライバー」7.jpg 1人の男のレベルで見れば、ある種のブレークスルー・ムービーであり"ハッピーエンド"になっているわけですが、そこに至るまでに、「大統領候補の暗殺」の失敗と「自殺」の未遂という2つの偶然があったというのが、いかにも危ういのではないでしょうか(個人的にはラストをブレークスル―と解したが、実は主人公は事件で死んでおり、ラストはその死の前に主人公が見た白日夢であるとの解釈もあるらしい)。

ハーヴェイ・カイテル/ロバート・デ・ニーロ
   
ジョディ・フォスター タクシードライバー.jpgタクシードライバー3.jpg この作品はアカデミー賞の作品賞や主演男優賞などにノミネートされましたが、作品賞は「ロッキー」という有力候補があったために獲れなかったのは仕方なかったのかもしれないけど、結局アカデミー賞に関してはどの賞も獲っていないのが意外です(ロバート・デ・ニーロは'80年の「レイジング・ブル」で主演男優賞淀川長治2.jpgを受賞)。「タクシードライバー」におけるロバート・デ・ニーロの演技について故・淀川長治が当時、「ああいう演技をするにはとてつもない集中力が必要なはず」と言っていたのが印象的でした。

タクシードライバー」02.jpgタクシードライバー」03.jpg 共演のジョディ・フォスターは後にアカデミー主演女優賞を2度受賞するまでの女優になっていますが(「告発の行方」('88年)と「羊たちの沈黙」('96年))、彼女も、この作品でのロバート・デ・ニーロの演技を見て(当時まだ13歳だったのだが) "演技開眼"したと後に述べています(ロバート・デ・ニーロはこの作品で、ニューヨーク、全米、ロサンゼルスの3大映画批評家協会賞の「主演男優賞」を受賞しているが、ジョディ・フォスターもこの作品で全米映画批評家協会賞の「助演女優賞」を受賞している)。

Cybill Shepherd in TAXI DRIVER/MOONLIGHTING
シビル・シェパード 1.jpgこちらブルームーン探偵社.jpg 作中でトラヴィスがアタックをかける女性を演じたシビル・シェパードは、その後テレビシリーズ「こちらブルームーン探偵社」(1985-1989)で主役に抜擢され、「タクシー・ドライバー」の中ではクールなキャリア・ウーマンという感じでしたが、「こちらブルームーン探偵社」ではコメディタッチのドラマ展開の中でその演技の幅を見せて、1986年、1987年と連続してゴールデン・グローブシビル・シェパード.jpg賞(テレビシリーズ・コメディー・ミュージカル部門)のこちらブルームーン探偵社 dvd.jpg最優秀女優賞を獲得、共演のシリーズ当初は無名だったブルース・ウィルスも1987年に最優秀男優賞を獲得し(エミー賞・ドラマシリーズ部門の主演男優賞も獲得)、それが彼の「ダイ・ハード」('88年)の主役の座へのオファーに繋がっています。

「こちらブルームーン探偵社」MOONLIGHTING (ABC 1985~1989) ○日本での放映チャネル:NHK(1986~1993)

タクシードライバー」01.jpgタクシー・ドライバー チラシ.jpg「タクシードライバー」●原題:TAXI DRIVER●制作年:1976年●制作国:アメリカ●監督:マーティン・スコセッシ●製作:マイケル・フィリップス/ジュリア・フィリップス●脚本:ポール・シュレイダー●撮影:マイケル・チャップマン●音楽:バーナード・ハーマン●時間:114分●出演:ロバーTAXI DRIVER.PETER BOYLE AND ROBERT DE NIRO.jpgト・デ・ニーロ/シビル・シェパード/ジョディ・フォスター/ハーヴェイ・カイテル/ピーター・ボイル/アルバート・ブルックス/マーティン・スコセッシ/ジョー・スピネル/ダイアン・アボット/レナード・ハリス/ヴィクター・アルゴ/ガース・エイヴァリー/リチャード・ヒッグス/ロバート・マルコフ、/ハリー・ノーサップ/スティーブン・プリンス●日本公開:1976/09●配給:コロムビア映画●最初に観た場所:早稲田松竹(77-11-05)●2回目:池袋文芸坐(79-02-11)●3回目:三鷹オスカー(81-03-18)●4回目:早稲田松竹(85-03-23)(評価:★★★★★)●併映(1回目):「アメリカングラフィティ」(ジョ早稲田松竹 予定表.jpg早稲田松竹.jpgージ・ルーカス)早稲田松竹内.jpg●併映(2回目):「ローリング・サンダー」(ジョン・フリン)●併映(3回目):「アリスの恋」(マーティン・スコセッシ)/「ミーン・ストリート」(マーティン・スコセッシ)●併映(4回目):「ミッドナイト・エクスプレス」(アラン・パーカー) 早稲田松竹 1951年封切館としてオープン、1975年からいわゆる「名画座」に。2002年4月1日閉館、有志の手で2002年12月21日再建、2003年1月25日から本格的再開。

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ラストの鮮烈なコントラストによる象徴表現には充分な説得力と余韻がある。
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甘い生活 1シーン.jpg甘い生活.jpg 甘い生活 ポスター.jpg
甘い生活 デジタルリマスター版 [DVD]」/ 「甘い生活」 チラシ/「甘い生活」 スチール

甘い生活11_m.jpg甘い生活_10_m.jpg 作家志望の夢を抱いてローマに出てきたマルチェロだったが、夢破れて今はしがないゴシップ記者となっている。エンマ(イヴォンヌ・フルノー)という娘と同棲しながらも、ナイト「甘い生活」02.jpgクラブで富豪娘(アヌーク・エーメ)と出会ってホテルで一夜を明かしたり、ハリウッドのグラマー女優(アニタ・エクバーグ)を取材がてらに彼女と野外で狂騒したりし、エンマは彼の言動を嘆く―。マルチェロ・マストロヤンニ(Marcello Mastroianni、1924-1996/享年72)の名声を一気に高めた作品で、主人公の"マルチェロ"をその名の通り演じているけれども、まさにハマリ役でした。

「甘い生活」paparatti.jpg "マルチェロ"の仕事は、ゴシップ・カメラマン「パパラッチ」の"記者版"のようなもので(「パパラッチ」の通称はこの映画に登場するゴシフェデリコ・フェリーニ 「甘い生活」.jpgップ・カメラマン「パパラッツォ」の名前に由来する)、乱痴気と頽廃に支配された街ローマを象徴するような仕事であり、同時に、主人公である彼が、爛熟したローマの現況の「語り部」的役割も果たしているようです。

 冒頭にある、キリスト像をヘリコプターで吊るして低空飛行するというカトリック主催のイベント(このシーン、ローマカトリックの猛抗議に遭ったそうだ)の取材から始まり、場末の村で子供が「聖母を見た」という"現代の奇蹟"話があれば、多くのマスコミ取材陣と共に現場へ駆けつける、という何か騒がしいばかりで中身のない日々。

Anita Ekberg 2.jpg甘い生活 パンフレット.jpgAnita Ekberg.jpg 主人公のマルチェロは元々プレイボーイなのですが、虚しい仕事ばかりで心身は疲れきっている―。それでも、仕事絡みで深夜にアニタ・エクバーグみたいな女優とトレビの泉で戯れたりすることが出来るのであれば、結構"役得"ではないかとも、そのような僥倖に巡り合ったことの無い自分などは傍目に思ったりするのですが、マルチェロの場合はそれでもどこか満たされない思いがあるようで、実際、彼の周囲の人も幸せになる人は少なくなり、彼自身も"甘い生活"に浸れば浸るほど不幸になっていきます。
アニタ・エクバーグ/パンフレット(日映・1960)

アラン・キュニー.jpg マルチェロにもメンター的存在であった友人(アラン・キュニー)がいて、マルチェロもいつかは彼らのような安寧の生活を送りたいと思っていたのですが、その友人夫婦がある日突然に自分達の子供を道連れに一家心中したという事件があり、このことが彼にとってあまりにショックであったために、自らの人生を見直させる契機にはならず、むしろ虚無感を増幅させたと言えるかと思います。

少女.jpgei.jpg マルチェロが海辺の別荘で仲間らと遊び耽り、翌朝、享楽に疲れ果てた体のほてりを醒ますために出かけた浜辺に、醜悪な怪魚(エイ?)が打ち上げられていて悪臭を放っている。小さな浅干潟を隔てたその向こうに、顔見知りの可憐な少女がいて、マルチェロは声かけるが潮風にかき消されて彼女には届かない―。

「甘い生活」last.jpgMarcello Mastroianni in La dolce vita.jpg 腐りつつある「醜悪な怪魚」はマルチェロ自身の今の姿であり、少女がいる「静謐な世界」は、自分がそこに行くことを望んでももはや達し得なくなってしまった場所であるという、ラストシーンの、鮮烈なコントラストを以って示した象徴表現には充分な説得力と余韻があり、自分自身もマスコミ業界にいたことがありますが、そうした"ギョーカイ"の人がこのラストを観たら、なおのことグッと迫るものがあるのかも知れません。逆に言えば、干潟を渡って少女の所へは行かず、また仲間達の所へ戻ってしまうであろう(戻っていくしかない)マルチェロだからこそ、我々俗人の目から見て、その哀しみに共鳴できるのかもしれないとも思いました。
 
「甘い生活」パンフレット (2001年リバイバル公開時)/輸入版ポスター Amai seikatsu(1960)
甘い生活 .png甘い生活 輸入版ポスター.jpgAmai seikatsu(1960).jpg「甘い生活」●原題:LA DOLCE VITA●制作年:1959年●制作国:イタリア・フランス●監督:フェデリコ・フェリーニ●製作:ジュゼッペ・アマト/アンジェロ・リッツォーリ●脚本:フェデリコ・フェリーニ/エンニオ・フライアーノ/トゥリオ・ピネッリ/ブルネッロ・「甘い生活」01.jpgロンディ●撮影:オテッロ・マルテッリ●音楽:ニーノ・ロータ●時間:174分●出演:マルチェロ・マストロヤンニ/アニタ・エクバーグ/アヌーク・エーメ/バーバラ・スティール/ナディア・グレイ/ラウラ・ベッティ/イヴォンヌ・フルノー/マガリ・ノエル/アラン・キュニー/ニコ●日本公開:1960/09●配給:イタリフィルム●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ (81-06-06)●2回目:六本木・俳優座シネマテン(82-07-20)●3回目:飯田橋ギンレイホール(83-07-10)(評価:★★★★☆)●併映(3回目):「情事」(ミケランジェロ・アントニオーニ)

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