【1112】 ○ 森 鷗外 『護持院原(ごじいんがはら)の敵討―他二篇』 (1933/07 岩波文庫) ★★★★

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手軽に読め、面白くて興味深い「護持院原の敵討」と「安井夫人」。

護持院ヶ原の敵討 他二篇.jpg護持院原の敵討―他二篇 森鴎外著.png 『護持院原の敵討―他二篇 岩波文庫
(1933年岩波文庫/1996年改版)

 1833(天保4)年、姫路城主の江戸藩邸において、奉行・山本三右衛門が邸の小使に突然斬りつけられ、犯人は逃亡し三右衛門は絶命、三右衛門の息子・宇平とその姉りよは、叔父・九郎右衛門の助太刀を得、藩主からも敵討の許可を得るが、九郎右衛門は女は連れていけないとりよを諭し、男2人には犯人の顔を見知っている文吉という男が付き添う―。

 1913(大正2)年10月発表の表題作「護持院原(ごじいんがはら)の敵討」は「阿部一族」などと同じく鷗外の史実モノですが、文章も締まっていて且つ読み易くいものでした。
 その史実とは、1846(弘化3)年、神田護持院ヶ原で幕臣・井上伝兵衛と松山藩士・熊倉伝之丞の兄弟を殺害した本庄辰輔(茂平次)を、伝兵衛の剣術の弟子・小松典膳と伝之丞の子・伝十郎とが仇討を果たした事件だそうです(鷗外はかなり改変している?)。

 敵(かたき)を求めて江戸を発ち、北関東、甲信越から北陸、中部、近畿、中国四国、九州と巡る旅、大変だなあと(昔の人はよく歩いたものだ)。これ、長編小説の素材ではないかなと思いつつも、実際には文庫で50ページ程度であるため、読む側からすれば手軽に読めてしまうという逸品(?)。

 淡々とした記述の中にも鷗外の敵討に対する肯定、賛美の念が窺えますが、大願成就の場に居合わせたのは、九郎右衛門とりよと文吉で、肝心の宇平は途中でドロップアウトしてしまっており、"100%の美談"になっていない点が興味深いです(この部分は史実に近いらしい)。

 宮崎ケーブルTV 2003.03 放映
儒学者・息軒の残したもの-安井息軒」より
安井息軒1.jpg 併録2篇のうち「安井夫人」は江戸時代の大儒・安井仲平(息軒)の人生を辿ったもので、貧しい儒者の家に生まれ、幼少時から真面目な勉強家でありながらも、仲間から「猿が本を読む」と蔑まれるほどの不男(ぶおとこ)であるために、三十路を控えて嫁話が無かった彼に、それを気にした周囲が知人の姉妹のうち器量十人並みの姉の方に話を持ちかけるも、彼女にさえも、「仲平さんはえらい方だと思つてゐますが、御亭主にするのは嫌でございます」と冷たく断られたところ、何とその妹で「岡の小町」と言われるほどの評判の美人だった16歳のお佐代の方が、思いもかけず自らの意思で嫁に来たという...。

 結局2人は子も何人かもうけ、息子の夭折や貧しい暮らしぶりが続いたりしながらも、妻が夫を助ける良き夫婦であり、仲平は学者として後に幕府の要職にも登用されたりし、また陸奥宗光など多くの門下を育てます。

安井息軒.jpg 数え78歳まで生きた仲平に対しお佐代は51歳で亡くなり、仲平に"投資"した彼女がその分の回収をみないうちに亡くなってしまったともとれますが、鷗外はそうは解釈せず、常にお佐代は未来に望みを託しており、自分の死の不幸すら感じる余裕が無かったのではと、こちらは鷗外のお佐代に対する好感とその人生への肯定が、直截に表されています。

 仲平と役人仲間との会話で、
 「御新造様は學問をなさりましたか。」
 「いゝや。學問と云うほどのことはしてをりませぬ。」
 「して見ますと、御新造様の方が先生の學問以上の御見識でござりますな。」
 「なぜ。」
 「でもあれ程の美人でお出になつて、先生の夫人におなりなされた所を見ますと。」
 などといったのも、なかなか楽しい記述です。

 【1933年文庫化・1955年・1996年改版[岩波文庫]】

《読書MEMO》
●「護持院原の敵討」...1913(大正2)年10月発表★★★★
● 「安井夫人」...1914(大正3)年4月発表★★★★

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This page contains a single entry by wada published on 2009年3月 4日 23:58.

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