2013年7月 Archives

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登場人物を端折った分、テンポは良くなった? 気になった改変もあるが、ドラマ的にはまずまず成功。

予告殺人.jpg  アガサ・クリスティー ミス・マープル /予告殺人001.jpg A Murder is Announced' (2005).jpg
アガサ・クリスティーのミス・マープル Vol.4 予告殺人」(DVD)

Agatha Christie's Marple - 'A Murder is Announced' (2005).jpg チッピング・クレグホーンという村の新聞に「殺人のお知らせ」という広告が掲載され、興味をそそられた村人たちは、予告現場の下宿屋リトル・パドックスとへと集まってくる。この下宿屋には、女主人のレティシア(ゾーイ・ワナメイカー)と幼馴染みのドラ(エレーヌ・ペイジ)、はとこの子供パトリック(マシュー・グッド)とジュリア(シエンナ・ギロリー)のシモンズ兄妹と養蜂場で働く女フィリッパ(キーリー・ホーズ)、そしてメイドのヒンチ(フランシス・バーバー)が住んでいた。指定の時刻、突然電灯が消え、強盗が押し入り、銃声が鳴り響く。明かりがついた時、レティシアはケガをし、強盗に入った男は射殺されていた。男が働いていたホテルに宿泊していたミス・マープル(ジェラルディン・マクイーワン)は、新聞でこの事件を知る。レティシアは以前、億万長者の秘書をしており、彼の遺産を受け継いだ夫人が亡くなった後に相続人となることになっていた。明日をも知れない状態の夫人よりもレティシアが先に死ねば、ゲドラーの妹の子である双子が相続をすることになるが、双子の行方は分からない―。

予告殺人 ハヤカワ・ミステリ文庫.jpg 2004年制作のジェラルディン・マクイーワン主演の英国グラナダ版で、この年に作られた4話の内の第4話(本国放映は2005年1月、1~3話は2004年12月)。原作『予告殺人』は、1950年発表のクリスティ60歳にしての第50作目の作品。1972年にクリスティ研究家数藤康岸田 今日子ド.jpg雄氏の質問に答えクリスティ自身が挙げた「自作ベスト10」に、ミス・マープルものでは『火曜クラブ』(短篇集)、『動く指』と共に入っています。日本語吹き替えの岸田今日子は、放送4日後の2006年12月17日に他界し、本作が遺作となりました(彼女の茶目っ気があって可愛らしい感じの吹替えをもっと聞きたかった気がする)。

第4話「予告殺人」03.jpg 女主人のレティシアを演じたゾーイ・ワナメイカーはユダヤ系米国人女優ですが、1950年代にハリウハリー・ポッターと賢者の石 フーチ先生.jpgッド・ブラックリストに載ったために英国に渡り、その後長く英国に住んでいたためキングスイングリッシュを話し、ハリー・ポッターシリーズ第1作「ハリー・ポッターと賢者の石」('01年/英)にもフーチ先生役で出演していました。

 犯人が意外だった印象が強く残っている原作でしたが、トリッキーな作品でもあり、また、登場人物もかなり多くて錯綜しているため、映像化する際にどうするのかアガサ・クリスティー ミス・マープル /予告殺人02.jpgなと思ったら、やはり若干登場人物を端折っているみたいです。

 但し、その分テンポが良くなっていて、この原作に関しては、映像化する際にこれはこれでありかなとも思いました。それでも原作を読んでいないと、この"アップテンポ"につていくのは結構キツイかも知れません。因みに、原作に忠実なことで知られるジョーン・ヒクソン主演のBBC版は、この原作の映像化作品(1985年制作の)に関しては3部構成で155分という長さになっています(これでもこのシリーズでいちばん短い方なので、テレビ放映用の短縮版が作られなかった。端折ると話が分からなくなるというのもあったのではないか)。

Keeley Hawes.jpgKeeley Hawes1.jpg 人物構成もさることながら、イースターブルック大佐(ロバート・パフ)が奥さん連れでなく、飲酒癖のために妻に離婚され、過去から逃れるように村に来たことになっているなど(しかも、自分を気遣ってくれる女性に恋したり、その息子とやり合ったり、自ら事件の再現をしてみようと言い出したり、何だか忙しい?)、そうした幾つかのキャラクター改変がされているのがやや気になりました。
 養蜂場で働くフィリッパ役のキーリー・ホーズ(Keely Hawes)も野生児というイメージとはちょっと違ったかな(最初から美人過ぎる?)。しかも、ミス・マープルの友人の娘エイミー(クレア・スキナー)と同性の恋人関係(同性愛者)というアレンジ。
Keeley Hawes(上)/Sienna Guillory(下)

Sienna Guillory.jpg第4話「予告殺人」04.jpg このようにドロドロしている割には、田園風景などを明るく綺麗に撮っているせいか、全体にあまりウェットな感じはしませんでした。

 レティシアのまた従兄妹の妹の方ジュリア・シモンズを演じたシエンナ・ギロリー(Sienna Guillory)なども含め、綺麗どころが何人か出ているというのもあったかも。 

 終わりの方で、メイドのヒンチがなぜレティシアに怒鳴り込んでいったのか分からないという声がありますが、ミス・マープルが犯人に仕掛けた罠であったはずです。その「罠」の範囲が、この映像化作品では分かりにくいかも。

 シリーズ第3話「パディントン発4時50分」と同様、ミス・マープルは原作のように事件の解決の後に謎解きをするのではなく、謎解きと犯人への追及を自らが同時にしていますが、ドラマ的な盛り上がりを考えてのことでしょう。これはこれでまずまず成功しているように思います。BBCのヒクソン版支持者から見ればマープルらしくないということになるのかも(むしろポワロ的)。

第4話「予告殺人」09.jpg ミス・マープルは犯人のことを悪人というよりは気の毒な人と思っているようで、一方で、これは犯人に対する絞首刑の宣告でもあるわけであって、謎解きをするジェラルディン・マクイーワンの目に涙を浮かべたような表情は、彼女の演技の見せ所だったかも(普段はどちらかというと茶目っ気あるミス・マープル像を演じている)。但し、こうしたマープル像もすべて、このシリーズにおける独自解釈の一つということになるかと思います。

 因みに、『パディントン発4時50分』の犯人は2人殺害しているわけですが、原作が発表された1957年に英国で死刑判決を限定する法律が制定されているために、原作では「絞首刑に値する人間がいるとすれば彼だ」という表現によって死刑にならないことが示唆されています。
 
第4話「予告殺人」02.jpg 但し、このジェラルディン・マクイーワン主演のシリーズは、時代設定が1950年代前半を想定しているようで(第1話「書斎の死体」には映画「日の当たる場所」('51年/米)の話が出てきて、第2話「牧師館の殺人」ではミス・マープルの部屋のカレンダーが1951年になっている)、死刑制度は存置されているという前提のもとに作られているようです。「牧師館の殺人」には、犯人が絞首刑になるシーンがあるし、この「予告殺人」においても、「(犯人は)絞首刑になるでしょうね」とミス・マープルに言わせています(自分の秘密を知った人物を3人殺害しているわけだから、現在の日本の量刑相場でみても死刑になる公算は高いのだが、英国の場合、もしも何年か遅い時代設定だったら終身刑だったわけか)。

「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第4話)/予告殺人」●原題:A MURDER IS ANNOUNCED, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 1●制作年:2004年(本国放映2005年)●制作国:イギリス●演出:ジョン・ストリックランド●製作:マシュー・リード●脚本:スチュワート・ハーコート●音楽:ドミニク・シャーラー●原作:アガサ・クリスティ「予告殺人」●時間:95分●出演:ジェラルディン・マクイーワン/クリスチャン・コウルソン/シェリー・ルンギ/ロバート・パフ/キーリー・ホーズ/ゾーイ・ワナメイカー/クレア・スキナー/フランシス・バーバー/エレーヌ・ペイジ/マシュー・グッド/シエンナ・ギロリー●日本放送:2006/12/13●放送局:NHK‐BS2(評価:★★★☆)

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 プロットがやや難ありだが原作共々面白い。スーパー家政婦を巡る恋の鞘当も楽しみの一つ。

パディントン発4時50分.jpg  『ミス・マープル』 パディントン発4時50分.jpg 4.50 FROM PADDINGTON 01.jpg
ジョン・ハナー/ジェラルディン・マクイーワン/アマンダ・ホールデン
アガサ・クリスティーのミス・マープル Vol.3 パディントン発4時50分」(DVD)

(第3話)/パディントン発4時50分 title.jpg第3話「パディントン発4時50分」02.jpgMiss Marple - 450 From Paddington.jpg ミス・マクギリカディ(パム・フェリス)は、友人のミス・マープル(ジェラルディン・マクイーワン)に会いに行くために乗ったパディントン発4時50分の列車内で偶然、並走する別のロンドン発列車内で一人の男が女性の首を絞めているのを目撃、恐らく絞殺したに違いないと直感して客室係に通報したが、その列車から死体は見つからなかったとの連絡がある。ミス・マープルに会って彼女の助言で鉄道警察に届けるが、そこでも相手にされない。ミス・マープル4.50 FROM PADDINGTON 02.jpgは、犯人は列車が速度を緩めるカーブで死体を車外に棄てたと推理し、路線で該当する場所に建つブラック・ハンプトンのクラッケンソープ邸ラザフォード・ホールを探るべく、知り合いの才能豊パディントン発4時50分 実況検分.jpgかな美女ルーシー・アイレスバロウ(アマンダ・ホールデン)をクラッケンソープ家の家政婦として送り込む。ルーシーは敷地内の霊廟から女性の遺体を発見、ミス・マープルを自宅に滞在させていた地元警察のトム・キャンベル警部(ジョン・ハンナー)によるクラッケンソープ家の人々への事情聴取が始まった―。

 クラッケンソープ家の当主で今はほぼ寝たきりのルーサー(デビッド・ワーナー)は、家業の製菓事業を継がなかったために父(創業者)の怒りを買い、遺産を孫代に相続させる信託に付されていた。長女のエマ(ニア・キューザック)は、独身を通して父を介護してきたが、主治医のクインパー(グリフ・リース・ジョーンズ)との恋愛が進行中、長男のエドマンドは、フランス女性のマルティーヌと結ばれた上に戦死し、次女も既に死亡、次男アルフレッド(ベン・ダニエルス)は酒飲みで、危ない仕事に手を染めているらしく、三男は事業家のハロルド(チャーリー・クリード・ミルズ)、四男は外国在住の画家セドリック(キアンラン・マクメナミン)。

パディントン発4時50分 05.jpg 兄弟構成などが一部改変されていて、例えば原作では、次男が画家のセドリックで、四男が詐欺師のアルフレッドとなっており、三男の職業は銀行家。このほかに、亡くなった次女の夫で戦争の英雄だったけれども今は一介の保険会社員となっているブライアンが登場し、また、原作では『予告殺人』でマープルとともに事件を解決したロンドン警察の「クラドック警部」に該当する人物が、ミス・マープルが彼の幼時から知るところの地元警察のトム・キャンベル警部となっています。

ルーシー・アイレスバロウ(アマンダ・ホールデン)/トム・キャンベル警部(ジョン・ハナー

パディントン発4時50分 ハヤカワ文庫.jpg 先行するジョーン・ヒクソン版「ミス・マープル」(1984年から1992年にかけてイギリスBBCにより制作)に次ぐ、グラナダTVで2004以降制作された2度目のTVドラマシリーズであり、マープル役のジェラルディン・マキューアン(Geraldine McEwan)は、気品のあったジョーン・ヒクソンに対して、ちょっとお茶目っぽい感じでしょうか(ファーストシーズン第3作である本作の吹き替えは岸田今日子)。この「パディントン発4時50分」の中では、ミス・マープルがダシール・ハメットの『闇の中の女』を読んでいたりもします。

4:50 from Paddington (2004).jpg 原作共々ストーリーとしては面白いのですが、こうして映像で見ると、最後にミス・マープルが仕組んだ「実況検分」(関係者が乗り合わせての走行する列車内での実況見分は原作には無い)において、目撃者が犯行時の犯人の背中しか見ていないのに犯人を断定できるのかという疑念が強まり、更に個人的にはここの点が一番引っ掛かったのですが、再現可能なほどに列車のスピードがいつも同じなのかという疑問も浮かびます。
 
第3話「パディントン発4時50分」03.jpg第3話「パディントン発4時50分」04.jpg 犯人は誰かと気を持たせながらも、結末はややとってつけたような真犯人及び動機ともとれ(元々読者に対する伏線があまり無い)、やはり原作そのものにプロットとしての弱点があることも否めません。それでも傑作ではありますが。

 1957年に発表された原作に対し、この映像化作品の方は、夜の闇を蒸気機関車が行くダイナミックな映像が今風のカメラワークで(但し、列車を2本同時に止めてしまうのはやり過ぎか)、原作で、オクスフォード大学で数学を専攻し主席を通して周囲から将来を期待されるも、好きな家事を極めるために卒業後は家政婦になったとされている32歳の才女ルーシーを演じたアマンダ・ホールデンの現代風Amanda Holden3.jpgAmanda Holden.pngの魅力など、すべて「今風」と割り切って観ればかなり楽しめました(Amanda Holdenは、スーザン・ボイルを世に送った英国の人気オーディション番組「Britain's Got Talent」の審査員でもある)。 


パディントン発4時50分 08.jpg

アマンダ・ホールデン
(Amanda Holden) 

 謙虚且つ聡明、但し、秘めたる好奇心は旺盛なスーパー家政婦。原作では家事・料理における有能さが描かれていますが、この映像化作品では、豹柄のコートを着て真っ赤な高級クラシック・カーで住込先に乗りつけるなど、かなりセレブっぽい印象で、料理しているシーンとかが殆ど無く(皿拭きはしていた)、いきなり家族と一緒の食卓に(BBCのヒクソン版は途中から食卓を共にする)。

パディントン発4時50分6.jpg 原作では、そのルーシーを巡っての「亡くなった次女の夫で今は会社員のブライアン」と「画家である次男セドリック」の恋の鞘当があり、彼女が最後にどちらを選ぶかミス・マープルには見当が付いているものの読者には明かされないということになっていますが(「クラドック警部」も候補か)、この映像化作品では、「次男アルフレッド」のセクハラに遭いつつ、「三男ハロルド」と「四男セドリック」の両方から言い寄られるという展開。ハロルドが本命かと思われたが、彼女が最後に選んだのはやや意外なダークホース...。
ハロルド(チャーリー・クリード・ミルズ)

 こうした恋愛模様も本作の一つの楽しみであり、推理一点張りではないミス・マープルシリーズらしいと言えばそうと言え、しかも、ルーシーが選んだ相手に(結婚するかどうかは別として)一応の結論を出しているようにとれます。第三の選択? これが本作の一番のサプライズだったかも(原作の最後の1行、ミス・マープルがクラドック警部を見遣ったことに呼応しているわけか)。

 因みに、ジョーン・ヒクソン版(1987年/BBC)にはクラドック警部(に該当する人物)は出てこず、原作で読者に判断を委ねたルーシーの選択は、大方の予想であろう二者(ブライアンとセドリック)からの択一になっていて、彼女がブライアンを選んだことが示唆されています(セドリックは最初から横柄なキャラクターとして描かれているため、彼が選ばれないことは自明のこととなっている)。こうした解釈や人物造型の違いを見るのも、映像化作品の楽しみ方かもしれません。

第3話「パディントン発4時50分」01.jpgAmanda Holden2.jpgAmanda Holden1.jpgAmanda Holden at Britain's Got Talent
Britain's Got Talent amanda.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第3話)/パディントン発4時50分」●原題:4.50 FROM PADDINGTON, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 1●制作年:2004年●制作国:イギリス●本国放映:2004/12/19●演出:アンディ・ウィルソン●製作:マシュー・リード●脚本:スティーブン・チャーチェット●音楽:ドミニク・シャーラー●原作:アガサ・クリスティ「パディントン発4時50分」●時間:95分●出演:ジェラルディン・マクイーワン/グリフ・リース・ジョーン/デビッド・ワーナー/ニア・キューザック/ベン・ダニエルス/アマンダ・ホールデン/チャーリー・クリード・マイルズ/シアラン・マクメナミン/パム・フェリス/ジョン・ハナー●日本放送:2006/12/26●放送局:NHK‐BS2(評価:★★★☆)

■AXNミステリー「あなたが選ぶ!ミス・マープル(全23話) ベストエピソード」(2016年)
1位  シーズン1 第3話「パディントン発4時50分
2位  シーズン3 第4話「復讐の女神」
3位  シーズン4 第1話「ポケットにライ麦を」
3位  シーズン5 第4話「鏡は横にひび割れて」(同数票)

5位  シーズン3 第1話「バートラム・ホテルにて」
6位  シーズン2 第1話「スリーピング・マーダー」
7位  シーズン1 第4話「予告殺人」
8位  シーズン6 第1話「カリブ海の秘密」
9位  シーズン1 第1話「書斎の死体」
10位  シーズン1 第2話「牧師館の殺人」

11位  シーズン4 第4話「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」
12位  シーズン6 第3話「終わりなき夜に生まれつく」
13位  シーズン3 第3話「ゼロ時間へ」
13位  シーズン4 第2話「殺人は容易だ」 (同数票)
15位  シーズン5 第1話「蒼ざめた馬」
16位  シーズン5 第3話「青いゼラニウム」
17位  シーズン2 第3話「親指のうずき」
18位  シーズン2 第2話「動く指」
19位  シーズン3 第2話「無実はさいなむ」
19位  シーズン5 第2話「チムニーズ館の秘密」 (同数票)

21位  シーズン2 第4話「シタフォードの謎」
22位  シーズン4 第3話「魔術の殺人」
23位  シーズン6 第2話「グリーンショウ氏の阿房宮」

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第2話「牧師館の殺人」02.jpg原作に比較的忠実に作られていて、"原作と同じように"楽しめる。

牧師館の殺人dvd.jpg 牧師館の殺人 o3.jpg Marple The Murder at the Vicarage  1.jpg
アガサ・クリスティーのミス・マープル Vol.2 牧師館の殺人」(DVD)

Marple The Murder at the Vicarage  2.jpgMURDER AT THE VICARAGE title.jpg ミス・マープル(ジェラルディン・マクイーワン)の住むセント・メアリー・ミードのプロズロウ大佐(デレク・ジャコビ)は口煩く嫌味な性格で、村人達に嫌われていた。ある日、教区委員でもある大佐は、会計台帳を確かめるべく牧師館を訪ねるが、その日、彼はMarple The Murder at the Vicarage  3.jpg牧師館の書斎で遺体となって発見された。
 警察が捜査を始めたところ、プロズロウの妻アン(ジャネット・マクティア)との不倫関係にあった画家の画家ロレンス(ジェイソン・フレミング)が自首。ところが、それを知ったアンは「自分が殺した」と言い出す。だがその日、庭で周囲の人々の行動を見ていたMarple The Murder at the Vicarage  5.jpgミス・マープルの証言により、結局ロレンスとアンは無罪放免となる。逆に怪しい行動をしていたのは、レナード牧師の妻のグリゼルダ(レイチェル・スターリング)、プロズロウ家を取材しているデュフォス教授(ハーバート・ロム)とその秘書エレーヌ(エミリー・ブルーニ)、賭博に嵌っている副牧師ホーズ(マーク・ガティス)、プロズロウが密会していた女性ミセス・レスター(ジェーン・アッシャー)等々。果たして真犯人は誰か―。

牧師館の殺人 ハヤカワ文庫.jpg牧師館の殺人01.jpg ジェラルディン・マクイーワン(Geraldine McEwan)主演の英国グラナダ版で、この年に作られた第1シーズン4話の内の第2話。原作はアガサ・クリスティ(1890‐1976)の1930年に刊行された作品で(原題:The Murder at the Vicarage)、ミス・マープルの長編初登場作品。このグラナダ版の第1話「書斎の死体」の原作が1942年刊行だから、ドラマの制作順が原作の発表順と違っているけれど、この映像化シリーズの方もBBC版同様、全部1950年代ということで統一設定されているようです(この「書斎の死体」は、ミス・マープルの部屋のカレンダーから、1951年の設定であることが窺える)。

Julie Cox(ジュリー・コックス)(若き日のマープル)/マーク・ウォレン(その恋人エインズワース大尉)
Julie Cox.jpgimagesCA6NJW2B.jpg セント・メアリー・ミード村の長閑な自然やミス・マープルの住まいの庭が美しく撮られていて、原作からの改変も比較的少なく(挙動不審の教授と助手のコンビをカットしていない点では、BBC版より原作に忠実?)、こっちを第1話にもってくるべきではなかったのかな。時間に余裕があったのか、原作には無い、若き日のマープル(ジュリー・コックス)と、その恋人の妻子ある男性(マーク・ウォレン)(出征で別れ戦死して不帰の人に)が、彼女の回想シーンの中で登場します。

牧師館の殺人10.jpg ミス・マープルは、偶然、殺人事件の起きた現場付近にいたため(彼女は牧師館の隣に住んでいる)"目撃証言"をしますが、スラック警部(ステフェン・トンプキンソン)から捜査経過を聴くうちに、自分がアリバイ作りに利用されたことに気付く―(この時点までは、マープルより犯人の方がしたたか)。

Marple The Murder at the Vicarage  4.jpg 原作では、先に大佐の殺人事件があって、後からミス・マープルの当時の状況説明があったり、いろんな村人たちが登場してきますが、この映像化作品では、大佐をはじめ村の人々を先にじっくり描いて、原作では終盤にある牧師の説教や副牧師の寄付金横領疑惑も全部前の方にもってきて、更にマープルが現場付近に居合わせた状況も描いて、その後で大佐が死んでいるのが見つかるという順になっているので、観ていて「なかなか殺人事件が起きないなあ」とは思いましたが、これも一つのテレビ的な描き方として悪くないように思いました(変に解説風になっていない。原作は牧師の手記の形をとっている)。

グリゼルダ(レイチェル・スターリング)/レティス(クリスティーナ・コール
Marple The Murder at the Vicarage  6.jpgMURDER AT THE VICARAGE 2004 01.jpg プロズロウ牧師とその若妻グリゼルダは、原作ではやや刺々しい関係でしたが、この作品ではそれほどでも、と言うより、むしろ蜜月状態。彼女も画家ロレンスに肖像を描いてもらっていましたが、プロズロウの娘レティス(クリスティーナ・コール)は水着姿で絵のモデルになっていて、これも原作通り(水着姿のクリスティーナ・コールをしっかり映像化しているのはサービス?)。突然村に来た謎の女性ミセス・レスターの正体も原作と同じです。

グリゼルダ(レイチェル・スターリング)/レティス(クリスティーナ・コール
レイチェル・スターリング.jpgChristina Cole 01.jpg 登場人物も容疑者の数も相変わらず多いけれど、犯人が施した時間トリックが少しややこしいぐらいで、あとはそれほど複雑なプロットでもないし、原作を読んでいなくても、"原作と同じように"楽しめるのではないでしょうか(ミス・マープルがどんな佇まいの家に住んでいるか分かっただけでも収穫)。但し、犯人の絞首刑の映像シーンは要らなかったように思います(何だか変に重くなってしまった)。

Christina Cole
第2話「牧師館の殺人」03.jpgChristina Cole.jpg第2話「牧師館の殺人」01.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第2話)/牧師館の殺人」●原題:MURDER AT THE VICARAGE, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 1●制作年:2004年●制作国:イギリス●本国放映:2004/12/19●演出:チャールズ・パーマー●製作:マシュー・リード●脚本:スティーヴン・チャーチェット●音楽:ドミニク・シャーラー●原作:アガサ・クリスティ「牧師館の殺人」●時間:95分●出演:ジェラルディン・マクイーワン/デレク・ジャコビ/ジャネット・マクティア/ジェイソン・フレミング/レイチェル・スターリング/ハーバート・ロム/エミリー・ブルーニ/マーク・ガティス/ジェーン・アッシャー/ステフェン・トンプキンソン/クリスティーナ・コール/ハーバート・ロム/マーク・ウォレン●日本放送:2006 /12/11●放送局:NHK‐BS2(評価:★★★☆)

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原作からの改変点とビジュアル面の美しさが、シリーズの愉しみ方のポイントか。

ミス・マープル 書斎の死体 dvd.jpg書斎の死体.jpg 第1話「書斎の死体」3.jpg
アガサ・クリスティーのミス・マープル Vol.1 書斎の死体」(DVD)  
ジェラルディン・マクイーワン/ジョアンナ・ラムレイ
Joanna Lumley2.jpg書斎の死体 t.jpg セント・メアリー・ミードにあるバントリー大佐(ジェームズ・フォックス)の屋敷で、ブロンドの若い女性の死体が発見され、同じ頃、観光地のマジェスティック・ホテルでダンス・ホステスをしていたルビー(エマ・ウィリアムス)が失踪したとの情報が入る。ルビーの従姉ジョージーが遺体を確認したところ、殺されたのはルビーであることが判明。バントリー夫人のドリー(ジョアン第1話「書斎の死体」1.jpgナ・ラムレイ)に捜査を依頼されたミス・マープル(ジェラルディン・マクイーワン)は、ドリーと共にマジェスティック・ホテルに滞在することになる。捜査に当たるバントリー大佐の友人メルチェット本部長(サイモン・カロウ)と応援のハーパー警視(ジャック・ダヴェンポート)は、最初はマープルが捜査に口を挟むのを迷惑がるが、次第に彼女の推理に頼るようになる。調べてみると、ルビーは大富豪のジェファーソン(イアン・リチャードソン)に気に入られており、多額の信託財産を受け取ることになっていた。養女になる話まで進んでいたという。ルビーが死ぬことで得をするのは、ジェファーソン家の嫁アデレード(タラ・フィッツジェラルド)と娘婿のマーク(ジェイミー・シークストン)だが、どちらもアリバイがあった。ルビーの相手役ダンサーのレイモンド(アダム・ガルシア)や映画製作者バジル(ベン・ミラー)にも容疑がかる。捜査が難航する中、またもや若い女性の死体が発見される―。

ミス・マープル 書斎の死体 001.jpg 2004年制作のジェラルディン・マクイーワン(Geraldine McEwan)主演の英国グラナダ版で、この年に作られたシリーズ1全4話の内の第1話。グラナダ版は2013年までにシーズン6・全23話が制作され、ジェラルディン・マクイーワンがマープル役を演じたのは第3シーズン通算第12話まで。日本語版吹き替えは、第4話まで岸田今日子が担当しています(第5話から草笛光子)。
 
書斎の死体 ハヤカワ文庫.jpg 原作は1942年にアガサ・クリスティが発表した、ミス・マープルシリーズの第2長篇ですが(第1長編は『牧師館の殺人』)、この映像化作品では時代設定は、映画「日の当たる場所」('51年/米)の話が出てくることから、そのあたりかと思われ、シリーズを通してそういう時代設定になっているようです。

Joanna Lumleyc5.jpg バントリー大佐を「チャーリーとチョコレート工場」('05年)にも出ていたジェームズ・フォックス、その妻ドリーをボンドガールも演じたことがあるジョアンナ・ラムレイ(Joanna Lumley)、マジェスティック・ホテルに滞在中の資産家老人ジェファーソンを、ミュージカル「マイ・フェア・レJoanna Lumley.jpgディ」で知られるイアン・リチャードソン、ジェファーソンの義理の娘アデレードを、「ウェイキング・ザ・デッド 迷宮事件特捜班」で女性法医学者を演じたタラ・フィッツジェラルド、映画関係の仕事をしているということだったが実は下っぱの大道具係りだったというバジル・ブレイクを、「ミステリー in パラダイス」で警部補役を演じたベン・ミラーと、堅い役者らが脇を固めている印象。

 先行するBBC制作のジョーン・ヒクソン版の「書斎の死体」('84年)が156分の長尺であるのに対し、こちらは95分とコンパクトでテンポはいいですが、人物関係が富豪の口から早口で説明されたりするので、原作を知らないと全体把握はキツイかも。逆に、過去に原作を読んでいて、ちょっと忘れかけている人には丁度いいくらいで、その辺りに照準を合わせているのかも。

Joanna Lumley

 原作では飛行機事故で亡くなったことになっていた富豪の息子・娘を、プロローグでいきなり戦争中に自宅で誕生パーティの最中に被弾死したことに変える必要は無かったのでは。但し、そんなことよりもっと大きな変更点は、犯人の一人が男性から別の女性に変えられてしまっていることで、これにはちょっとビックリしました(しかも、共犯者と同性愛関係? シリーズとしてのオリジナリティを出そうとしたのか)。

 ミス・マープルにくっついて事件に身を乗り出してきて、一方で高級ホテルでの生活もエンジョイするドリーを演じるジョアンナ・ラムレイのファッションや、ホテル内やプールなどの豪華な設備、ダンスホールで毎晩繰り広げられるチャールストンやタンゴなど、お洒落、ゴージャス感、音楽を楽しめます。

第1話「書斎の死体」2.jpg マジェスティック・ホテルはクリスティの生まれ故郷トーキーにあるインペリアル・ホテルがモデルとされていますが、この映像化作品での美しい海岸線の白い崖は、映画「さらば青春の光」のラストシーンに出てきたイーストボーン郊外にあるビーチヘッドの崖ではないかと。

アガサ・クリスティー ミス・マープル vol1.jpg グラナダ版はビジュアル面で明るく綺麗に撮っているなあという印象で、ストーリー改変に不満を抱く人も当然いるだろうけれど、こうしたビジュアルを愉しむのと併せて、原作からの改変点を見つけることも(この作品の場合、"探す"というほどのこともないほど明確な違いがあるわけだが)愉しむようにすれば、映像、ストーリー共にそれなりに愉しめるかも。
アガサ・クリスティーのミス・マープル DVD-BOX 1」 
【収録内容】
全4話収録:第1巻『書斎の死体』/第2巻『牧師館の殺人』/第3巻『パディントン発4時50分』/第4巻『予告殺人』

                              Joanna Lumley in 007
女優のジョアンナ・ラムリー.jpgjoanna lumley 007.png「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第1話)/書斎の死体」●原題:THE BODY IN THE LIBRARY, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 1●制作年:2004年●制作国:イギリス●本国放映:2004/12/12●演出:アンディ・ウィルソン●製作:マシュー・リード●脚本:ケビン・エリオット●音楽:ドミニク・シャーラー●原作:アガサ・クリスティ「書斎の死体」●時間:95分●出演:ジェラルディン・マクイーワン/イアン・リチャードスン/タラ・フィッツジェラルド/ジェイミー・シークストン/ジョアンナ・ラムレイ/ジェームズ・フォックス/ベン・ミラー/メアリー・ストックリー/エマ・ウィリアムス●日本放送:2006/12/07●放送局:NHK‐BS2(評価:★★★☆)

ミス・マープル ジェラルディン・マクイーワン.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル」AGATHA CHRISTIE`S MARPLE (ITV 2004~) ○日本での放映チャネル:NHK‐BS2(2006~)/ミステリチャンネル、AXNミステリー
ミス・マープル:

ジェラルディン・マクイーワン (Geraldine McEwan)(1作目「書斎の死体」~12作目「復讐の女神」まで)
ジュリア・マッケンジー (Julia McKenzie)(13作目「ポケットにライ麦を」~)

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最後に生き残ったのは"善男善女"なのか、それともファム・ファタール(悪女)なのか。

そして誰もいなくなった 1945 01 00.jpg  And Then There Were None 2.jpg  そして誰もいなくなった 1945 01.jpg
"And Then There Were None"輸入盤DVD/クラシック・ポスター
「そして誰もいなくなった」岩波ホール公開時(1976) チラシ/パンフレット
そして誰もいなくなった  チラシ.jpgそして誰もいなくなった/1976 岩波ホール パンフレット.jpg 孤島の別荘に8人の男女が招待されてやって来るが、別荘には主人の姿が見えず、執事のロジャース夫婦がいるだけだった。彼らは皆、手紙で招かれたのだが、差出人のユー・エヌ・オーエン(U. N. Owen)氏を誰も知らず、執事夫婦も手紙で雇われ、つい先日島に来たばかりだった。本土との連絡は数日後に来るボートのみで、それ迄彼らは島に閉じ込められたことになる。ホールの10体のインディアンの置物を見てヴェラ(ジューン・デュプレ)は、10人のインディアンが最後は「誰もいなくなった」という古い子守唄を思い出す。彼らがくつろいでいる時、執事がかけたレコードから声がして、10人はいずれも過去に殺人を犯したと告発、全員がそれを否定する。判事(バリー・フィッツジェラルド)は U. N. Owen が Unknown(名無し者)と発音できることに気づく。一人が毒入る酒を飲んで咽喉をつまらせて死んだのを皮切りに、彼らは唄の文句通りに次々殺されてゆき、殺人の後は必ずインディアンの人形が1体壊されていた。殺人者は彼らの中にいることは明らかである。判事、アームストロング医師(ウォルター・ヒューストン)、ブロア、ロンバード(ルイス・ヘイワード)、ヴェラの5人が残る。4人は罪を認めるがヴェラは無実を主張する。更に3人が殺され、残りはヴェラとロンバードの2人となる―。
 
そして誰もいなくなった 洋物ポスター.jpgそして誰もいなくなった クリスティー文庫 新.jpg 原作は1939年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品(原題:Ten Little Niggers (米 Ten Little Indians) (改 And Then There Were None))で、クリスティ作品の中でも最もよく知られ人気も高い作品ですが、この第1回ロカルノ国際映画祭のグランプリ作品でもあるルネ・クレール(René Clair:1898-1981)監督の「そして誰もいなくなった」('45年/米)をはじめ、10回以上映画化されている作品の何れもが、小説の方ではなく、クリスティ自身が舞台用に書いた「戯曲」版をベースにしたものです。「戯曲」では島に残された10人全員が死ぬのではなく、生存者が2人(男女1組)いて、"見立て殺人"のベースになっている童謡の歌詞の最後が「首を吊る」と「結婚する」の2通りあるうちの「結婚する」の方を採用していることになります。

 本当に「誰もいなくなった」ら芝居として成り立ち難いというのもあるし(原作では、謎解きは犯人が瓶に詰めて海に流した手記による)、戯曲化する頃('43年)には原作の結末は広く世に知られており、そこでクリスティが自らヒネリを加えて観客に新たな"お楽しみ"を提供したのではないかとも思われます。

 戯曲は、愛し合う男女を見て犯人が自ら敗北を悟るような結末のようですが、このルネ・クレールの映像化作品は、ウォルター・ヒューストンやバリー・フィッツジェラルドなど名優たちの演技は堅いものの、ラストはちょっと軽かったかなあという印象でした。振り返れば、執事が皆に犯人ではないかと疑われてヤケになって酔っぱらったり、互いが疑心暗鬼になって相手を鍵穴から覗き、その覗いている者をまた別の者が覗いているというのが数珠繋ぎの環になっていたりするなどユーモラスな場面が多く、それはそれで楽しめますが、その分、サスペンスフルな雰囲気がやや削がれてしまったようにも思います。しかし、巷に言われているほどに「失敗作」であるとまでは思いませんでした(特にクリスティの原作のコアなファンから批判が多い?)。

そして誰もいなくなった  1シーン.jpg 他の映画化作品と比べ、最も「戯曲」に忠実に作られているとのことですが、戯曲では、ヴェラとロンバードは実は無実だったということになっているのに対し、この映像化作品では、ヴェラに関して本当はどうだったのか明確ではなく、ロンバードに至っては、ロンバートという人物は既に自殺していて、彼の正体はロンバートの友人で彼に成りすましたチャーリー・モーレイという探偵であったとされています。その彼が、いわばその通り"探偵"となって犯人を炙り出すという構図になっていて、但し、そのこと自体は観終わった後に判るようになっています(彼がチャーリー・モーレイであることは、トランクのイニシャルで示唆されている。但し、これも最後の方で判ることだが)。

そして誰もいなくなった dvd.jpg 原作では、ヴェラがロンバードを射殺した後で自殺しますが、戯曲では、弾が外れて(彼を愛してしまったがゆえに撃てなかった?)ロンバードは死ななかったことになっており、それがこの映画では、ロンバードの発案によりヴェラは彼を撃ったふりをし、そのことによって犯人を欺いたともとれるものになっています。

 戯曲同様、善男善女が1組生き延びたという結末であり、トリックに嵌っことを知った犯人が、最後に「女を信用してはならぬ」という言葉を残して自殺しますが、この言葉を深読みすれば、ヴェラは本当に"善女"なのか、という疑問も残ります(彼女が罪の告白をしなかったのは、その言葉通り妹が犯人だったのかもしれないし、彼女がウソをついているのかもしれない)。

 考えてみれば、島に呼ばれた執事夫婦を含む10人のうち、本物のロンバードは既に自殺していて、残る9人で生き残ったのは彼女のみで、しかも最後に「結婚」を手に入れるという、この結末をフィルム・ノワール風にとれば、彼女こそ実はファム・ファタール(悪女)であったともとれる?(ジューン・デュプレ演じるヴェラは、美人だがやや冷たい印象で翳がある)
そして誰もいなくなった CCP-147 [DVD]

 ただ一般には、当時フランスのドイツ占領を逃れて渡米中の巨匠ルネ・クレールが、無聊を託っていても仕方がないとのことで、余技的に撮った作品であるとの捉えられ方もされていて、また一方で、映画化に際して、クリスティが戯曲に込めた若い女性に対する肯定的な思いに出来るだけ沿って撮ろうとしたとの話もあり、そこまで深読みするものではないのかもしれません(ヴェラが「悪女」だったという解釈の方が面白いには面白いけれどね)。

そして誰もいなくなった 映画 dvd カバー.jpg「そして誰もいなくなった」●原題:AND THEN THERE WERE NONE●制作年:1945年●制作国:アメリカ●監督:ルネ・クレール●製作:ルネ・クレール/ハリー・M・ポプキン●脚本:ダドリー・ニコルズ/ルネ・クレール●撮影:リュシアン・N・アンドリオ●音楽:マリオ・カステルヌオーヴォ・テデスコ●原作:アガサ・クリスティ「そして誰もいなくなった」(戯曲版)●時間:97分●出演:バリー・フィッツジェラルド/ウォルター・ヒューストン/ルイス・ヘイワード/ローランド・ヤング/ジューン・デュプレ/ミーシャ・アウア/C・オーブリー・スミス/ジュディス・アンダーソン/リチャード・ヘイドン/クィーニー・レナード●日本公開:1976/08●配給:インターナショナル・プロモーション(評価:★★★☆)

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誤訳論争はあるが清水俊二訳の方が好みか。再読でも楽しめる("叙述トリック"探しで?)。

そして誰もいなくなった ポケミス.jpg そして誰もいなくなった ポケット.jpg そして誰もいなくなった ポケット2.jpg そして誰もいなくなった クリスティー文庫 旧.png そして誰もいなくなった 青木訳.jpg
そして誰もいなくなった (1955年) (Hayakawa Pocket Mystery196)』['55年・'75年('01年復刻版)/清水俊二:訳]『そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』['03年/清水俊二:訳]『そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』['10年/青木久恵:訳(装幀:真鍋博[1976年4月刊行のハヤカワ・ミステリ文庫初版カバーを復刻)]
ハヤカワ・ミステリ文庫創刊ラインナップ.jpg
 英国デヴォン州のインディアン島に、年齢も職業も異なる10人の男女が招かれるが、招待状の差出人でこの島の主でもあるU・N・オーエンは姿を現さない。やがてその招待状は虚偽のものであることがわかったが、迎えの船が来そして誰もいなくなった (ハヤカワ・ミステリ文庫).jpgなくなったため10人は島から出ることが出来なくなり、10人は島で孤立状態となる―。

そして誰もいなくなった (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-1))』[清水俊二:訳]
          
And Then There Were None.jpgAnd Then There Were None2.jpg 1939年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品(原題:Ten Little Niggers (米 Ten Little Indians) (改題:And Then There Were None))で、1982年実施の日本クリスティ・ファンクラブ員の投票による「クリスティ・ベストテン」で第1位になっているほか、早川書房主催の作家・評論家・書店員などの識者へのアンケートによる「ミステリが読みたい!」の2010年オールタイムベスト100の第1位、2012年実施の推理作家や推理小説の愛好者ら約500名によるアンケート「週刊文春・東西ミステリーベスト100」でも1位となっており(1976年創刊の「ハヤカワ・ミステリ文庫」の創刊ラインアップでもトップにきている)、クリスティの自選ベストテン(順不同)にも入っていて、クリスティ自身、インタビューで、自分でも最も上手く書けた作品であると思うと言っていたこともあります。

Collins Crime Club(1939)

そして誰もいなくなったcontent.jpgAND THEN THERE WERE NONE .Fontana.jpg この作品がよく読まれる理由の一つとして、10人もの人間が亡くなる話なのに長さ的には他の作品と同じかやや短いくらいで、テンポよく読めるというのもあるのではないでしょうか(しかも、後半にいくほど殺人の間隔が短くなる)。その分、登場人物の性格の描写などは極力簡潔にとどめ、心理描写も他の作品に比べると抑制しているように思います。まあ、あまり"心理描写"してしまうと「叙述トリック」になってしまうからでしょう。

AND THEN THERE WERE NONE .Fontana.1990

 それでも、『アクロイド殺し』のようにストレートにではないですが、「叙述トリック」の部分があり、よく知られている箇所では、生存者が残り6名になった時、残り5名になった時、残り4名になった時にそれぞれの内面心理の描写の羅列があって、お互いが疑心悪鬼になっている様が描かれているのですが(どれが誰の心理描写かは記されていない)、4名になった時はともかく6名と5名の時は、この中に「叙述トリック」があると。但し、それが"ウソ"の心理描写になっていてアンフェアでないかという指摘があります(つまり、そのうちの1つは犯人のものであるから)。

清水俊二3.jpg ところが、これは実は一部に訳者の清水俊二(1906-1988)の誤訳があって、正しく訳せば、例えば残り5名になった時の5人の心理描写の内の問題の1つは、当事者それなりのあることを警戒する心理を描いたと解することができるものであり、クリスティが巧妙に(アンフェアにはならないように)仕掛けた「叙述トリック」に訳者の清水俊二自身が嵌ってしまったとする見方があります(但し、清水俊二訳は誤訳には当たらないという見方もある)。

清水俊二(右は戸田奈津子氏)

そして誰もいなくなった  2.JPG 具体的には、清水俊二訳の1955年・ハヤカワ・ポケット・ミステリ版及び1975年改訂版、並びに1976年ハヤカワ・ミステリ文庫版で、残り5人になったときの各人の心理描写の3人目の中に「怪しいのはあの娘だ...」と訳されている部分がありますが、該当する原文は"The girl..."のみです(後に"I'll watch the girl. Yes, I'll watch the girl..."と続くが)。"The girl..."を「怪しいのはあの娘だ...」と訳してしまうと、この部分の心理描写は実は犯人のものであると思われるので、叙述青木久恵:訳 『そして誰もいなくなったe.pngトリックを通り越して読者をミスリードするものになっているという指摘であり、後の清水俊二訳('03年・クリスティー文庫版)ではこの部分は「娘...」のみに修正されています(この時点で清水俊二は15年前に亡くなっているわけだが)。因みに、2010年に清水俊二訳と入れ替わりにクリスティー文庫に収められた青木久恵氏の訳(表紙はハヤカワ・ミステリ文庫の1976年4月初版の真鍋博のイラストを復刻)では、この部分は「あの娘だな...」となっています。何れにせよ、"娘"のことを「次は自分の命を奪うかもしれない犯人ではないか」と怪しんでいるのではなく、「自分の計画を失敗に終わらせる原因となるのではないか」と警戒を強めているといった解釈に変更されているのが最近の翻訳のようです。

そして誰もいなくなった ジュニア版.jpg 青木久恵氏による新訳はたいへん読み易いのですが(「インディアン島」が「兵隊島」になっているのはポリティカル・コレクト化か)、ちょっと軽い印象も受けます。青木久恵氏は、2007年に同じ早川書房の「クリスティー・ジュニア・ミステリ」の方でこの作品を翻訳していて、時間的な制約があったのかどうかは知りませんが、自身による前の翻訳が"底本"になっているような感じがしました。より現代にマッチした言葉使いを意識したということかもしれませんが、個人的には清水俊二訳の方が(誤訳論争の対象になってはいるものの)どちらかと言えば好みです。初読の際の"???"の状態のまま最後の方のページをめくる興奮というのもあったかと思いますが...。但し、この作品は、再読でも楽しめる("叙述トリック"探しで?)傑作であることには違いないと思います。
そして誰もいなくなった (クリスティー・ジュニア・ミステリ 1)

そして誰もいなくなった 1945 01 00.jpgそして誰もいなくなった 1945 01.jpg この作品は、ルネ・クレール監督の「そして誰もいなくなった」('45年/米)をはじめ、ジョージ・ポロック監督の「姿なき殺人者」('65年/英)、ピーター・コリンソン監督の「そして誰もいなくなった」('74年/伊・仏)、アラン・バーキンショー監督の「サファリ殺人事件」('89年/米)など10回以上映画化されていますが、何れも、小説の方ではなく、クリスティ自身が舞台用に書いた「戯曲」版をベースにしたり、それをまた翻案したりしているそうで、そうした意味では、小説の方はまだ映画化されていないとも言えます(但し、「10人の小さな黒人」('87年/ソ連)だけは、戯曲版をベースにしておらず、原作での設定や展開がほぼ改変無しで採用されているという)。
ルネ・クレール監督「そして誰もいなくなった」('45年/米) ★★★☆

〈主な映画化作品〉
・「そして誰もいなくなった」('45年/米)バリー・フィッツジェラルド、ウォルター・ヒューストン出演。
・「姿なき殺人者」('65年/英)雪山の頂上の館が舞台になり、ロープウェーが停止し孤立という設定に。
・「そして誰もいなくなった」('74年/伊・仏・スペイン・西独)ピーター・コリンソン監督。舞台が砂漠の中のホテルに。オリヴァー・リード、リチャード・アッテンボロー、シャルル・アズナヴール出演。
・「10人の小さな黒人」('87年/ソ連)クリミア半島オーロラ岬に実存する1911年築の洋館を舞台に撮影。
・「サファリ殺人事件」('89年/英)舞台がアフリカの大草原に。キャンプ場のロープウェーのロープが切断され孤立。
・「サボタージュ」('14年/米)アーノルド・シュワルツェネッガー主演。内容や設定などは全くの別物か。

そして誰もいなくなった bbc02.jpgそして誰もいなくなった bbc01.jpg(●2015年制作の英BBC版テレビドラマは、時代が現代に置き換えられていて、10人のうち数人の属性(過去に犯した殺人の方法や動機など)が微妙に改変されているが、ラストは「戯曲」に沿ったこれまでの映画化作品と違って、原作「小説」の通り全員が"いなくなる"ものだった。)

 クリスティが自作を戯曲化したものでは、例えば戯曲「ナイルに死す」にはポワロが登場しないし、戯曲「検察側の証人」ではラストで小説にはないヒネリを加えるなど(ビリー・ワイルダー監督の「情婦」('57年/米)は戯曲に即して作られている)、小説からの改変が見られますが、この『そして誰もいなくなった』では、物語の中でも指摘されているように、"見立て殺人"のベースになっている童謡の歌詞の最後が「首を吊る」と「結婚する」の2通りあり、戯曲では「結婚する」の方を採用しています(改変するにしても歌詞に則っているのは立派)。

 従って、戯曲版は小説と結末が異なり、最後に男女が一組生き残るわけですが、おそらく戯曲が上演される頃には小説の方はよく知られ過ぎたものになっていて、そこで新たな"お楽しみ"を加えたのではないでしょうか(戯曲に比較的忠実に作られているルネ・クレール監督の映画作品についても同じことが言える)。まあ、最後タイトル通り誰もいなくなってしまうというのは、謎解きする人がいなくなって舞台や映画では表現しにくいというのもあるのでしょう。

 小説では、犯人が書き残し瓶に入れて海に流した手記が見つかったことによる後日譚風の謎解きになっているわけで、この犯人というのは、「神に代わって裁きを行う」"超越的"人物(ある種サイコ・シリアルキラー?)ともとれますが、裁きを行うという目的よりも、「誰にも解けない完全犯罪」を成し遂げるという手段そのものが目的化している印象も受け、そうした意味では、異常でありながらも、本格推理作家が創作上目指すところと重なる部分があるかもしれません。

【1955年新書化・1975年改訂(2001年復刻版)[ハヤカワ・ポケットミステリ(清水俊二:訳)]/1976年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(清水俊二:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(清水俊二:訳)]/2010年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(青木久惠:訳)]】


そして誰もいなくなった bbcド.jpg そして誰もいなくなった NHK-BS.jpgそして誰もいなくなった bbc .jpg
& Then There Were None [Blu-ray]」英BBC版テレビドラマ

そして誰もいなくなった第1話1.jpg「アガサ・クリスティー そして誰もいなくなった」(全3回)●原そして誰もいなくなった 第2話.jpg題:& Then There Were None●制作年:2015年●制作国:イギリス●本国放送:2015/12/26~28●演出:そして誰もいなくなった 第3話.jpgクレイグ・ヴィヴェイロス●製作:ダミアン・ティマー/マシュー・リード/サラ・フェそして誰もいなくなった!_.jpgルプス●脚本:サラ・フェルプス●時間:210分●出演:メイヴ・ダーモディ/チャールズ・ダンス/エイダン・ターナー/サム・ニール/Mそして誰もいなくなったaeve-Dermody.jpgトビー・スティーヴンス/ダグラス・ブース/バーン・ゴーマン/ミランダ・リチャードソン/ノア・テイラー/アンナ・マックスウェル・マーティン●日本放送:2016/11/27●放送局:NHK-BSプレミアム(評価:★★★☆)
2016年11月27日、12月4日、12月11日NHK-BSプレミアムで放送

Maeve Dermody(メイヴ・ダーモディ)

And Then There Were None そして誰もいなくなった≪英語のみ≫[PAL-UK]

《読書MEMO》
●2017年ドラマ化 【感想】 原作の本邦初映像化作品であるとのこと(監督は和泉聖治、脚本は長坂秀佳)。登場人物および舞台は現代の日本に置き換えられ、一部の人物の職業や過そして誰もいなくなった ドラマ  03.jpgそして誰もいなくなった sawamura .jpg去に犯した殺人の方法、動機も変更されているが、BBC版と同じく、最後は原作「小説」の通り全員が"いなくなる"。そうなると、上述の通り、謎解きをする人がいなくなり、この問題をクリアするため、最終盤で沢村一樹演じる警視庁捜査一課警部・相国寺竜也が登場、彼がリードして捜査し(この部分はややコミカルに描かれている)、犯人が残した手紙ならぬ映像メッセージに辿りついて事件の全容が明らかになるという流れ。

そして誰もいなくなった ドラマ .jpgそして誰もいなくなった 文庫ドラマタイアップカバー.jpgそして誰もいなくなった 渡瀬_.jpg 2017年3月25日・26日の2夜連続ドラマの各冒頭で、3月14日に亡くなった渡瀬恒彦が出演した「最後の作品」であることを伝えるテロップが表示され、エンディングで「このドラマは2016年12月20日から2017年2月13日に掛けて撮影されました。渡瀬恒彦さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます」と流れる。クランクアップの1ヵ月後に亡くなった渡瀬恒彦は、実際に自らが末期がんの身でありながらドラマの中で末期がん患者を演じており、その演技には鬼気迫るものがあった。警部役の沢村一樹の演技をコミカルなものにしたのは、全体として"重く"なり過ぎないようにしたのではないかと思ってしまったほど。同じく和泉聖治監督により2018年には「パディントン発4時50分~寝台特急殺人事件~」、2019年には「アガサ・クリスティ 予告殺人」が制作された。

そして誰もいなくなった ドラマ53.jpg「アガサ・クリスティ そして誰もいなくなった」●監督:和泉聖治●脚本:長坂秀佳●プロデューサー:藤本一彦/下山潤/吉田憲一/三宅はるえ●音楽: 吉川清之●原作:アそして誰もいなくなった ドラマ 01.jpgガサ・クリスティ●出演:仲間由紀恵/沢村一樹/向井理/大地真央/柳葉敏郎/藤真利子/荒川良々/國村隼/余貴美子/橋爪功津川雅彦/渡瀬恒彦/ナレーション‐石坂浩二●放映:2017/03/25・26(全2回)●放送局:テレビ朝日

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ルイ・マル25歳の時のヌーヴェル・ヴァーグの傑作。映像と音楽の融合が素晴らしい。

死刑台のエレベーター2.jpg死刑台のエレベーター パンフ.jpg死刑台のエレベーター【HDニューマスター版】.jpg 死刑台のエレベーター.jpg  Shikei dai no erebêtâ(1958).jpg
死刑台のエレベーター [DVD]」/パンフレット/「死刑台のエレベーター【HDニューマスター版】 [DVD]」/「死刑台のエレベーター」 CD/Shikei dai no erebêtâ(1958) Poster

死刑台のエレベーター ポスター.jpg 会社の技師ジュリアン・タベルニエ(モーリス・ロネ)と社長夫人フロランス・カララ(ジャンヌ・モロー)は愛し合っていて、社長のシモンを殺害する完全犯罪を計画する。実行の日、ジュリアンはバルコニーから錨付ロープをかけて上って社長室に入り、社長を射殺してその手に拳銃を握らせる。手摺から一階下の自屋に戻ってエレベーターで下に降り死刑台のエレベーター00.jpgて外に出る。手摺にロープを忘れて来たことに気付き、またエレベーターに乗るが、エレベーターは階の途中で止まってしまう(ビルの管理人が電源スイッチを切って帰ったため)。ジュリアンは脱出しょうとするが果たせず、フロランスとの約束の時間は過ぎていく。彼を待つフロランスは次第に不安にかられ、彼を求めて夜のパリを彷徨う。一方、花屋の売り子ベロニック(ヨリ・ベルダン)とチンピラのルイ(ジョルジュ・プージュリ「死刑台のエレベーター」 il2.jpgー)は、ジュリアンの車を盗んで郊外に出る(車内には小型カメラ、拳銃がある)。前を走るスポーツカーの後についてあるモーテルに着くと、ジュリアン・タベルニエ夫婦と偽って投宿し、スポーツカーの持主のドイツ人夫婦と知り合ってパーティに呼ばれ、遊び半分にカメラで写真を撮った後、モーテルの現像屋へフィルムを出す。二人はスポーツカーを盗もうとして見つかり夫婦を射殺して逃げるが、アパートにも戻ってから怖くなり心中を図る―。

 先にスタンリー・キューブリック(1928-1999/享年70)監督の劇場デビュー作「現金に体を張れ」('56年/米)を取り上げましたが、この時キューブリックは28歳、これに対し、このルイ・マル(1932-1995/享年63歳)のノエル・カレフのサスペンス小説を原作とした「死刑台のエレベーター」('56年/仏)は、彼が25歳の時の実質デビュー作で、ルイ・マル監督の出世作となりました。

 最初に観て以来ずっと傑作だと思っているのですが、ウェブなどで見ると必ずしも評価が高くなかったりもし、今回久しぶりに観直してみて、主人公が犯行時に凡ミスをしたりするプロット面でケチがつくのかなあと。更に、後半の若者たちの犯行の部分はかなり記憶が薄れていたのですが、今観ると、タイミングよく(折悪く)偶然が重なったり、状況証拠だけで殺人がバレたような終わり方になっていのも、ミステリとしての弱さがあるのかも。でも、個人的にはやはりヌーヴェル・ヴァーグ傑作だと思っています。

モーリス・ロネ 死刑台のエレベータ  .jpg 後から付いてくる理屈はともかく、観ている間は、リアリスティックな映像によってサスペンスフルな雰囲気にどっぷり浸れます。それと何と言っても、モーリス・ロネとジャンヌ・モローが演じる主人公2人の描き方が良く、熱愛という感じではなく2人共人生に倦んでいるような感じでしょうか。もう一組の若者たちも、主人公らと対比的に描かれていると言うよりはむしろ同類かも。

Shikei dai no erebêtâ (1958).jpg死刑台のエレベーター01.jpg こうした緊迫感にアンニュイ感が入り交じったような映像世界にしっくり合っているのが、マイルス・デイヴィスのジャズトランペットで、特に、恋人モーリス・ロネからの連絡が無く、不安の裡にパリの街を彷徨うジャンヌ・モローの姿にマイルス・デイヴィスのトランペットが被るシーンは何とも言えないムードを醸していて素晴らしく、映像と音楽が旨く融合するとスゴイ訴求力になると改めて思いました。

Shikei dai no erebêtâ (1958)

死刑台のエレベーター マイルス.jpg この作品は超低予算映画ということでも知られていて、それにしては"帝王"マイルス・デイヴィスが演奏しているではないかと疑問に思われますが、マイルスがたまたまパリに演奏公演に来ていたのを、ルイ・マル監督が一晩借り受けて、ラッシュに合わせ即興で演奏してもらったということです。
   
ブルースタジオ_20201215_.jpg(●2020年にシネマブルースタジオでニュープリント版で再見した。モーリス・ロネ演じる主人公ジュリアンが犯行に使ったロープを現場にそのままにしてしまうというミスは、犯行を終えたちょうどその時に自分の部屋の方の電話が鳴っていて、出ないと怪しまれると思って焦った結果、ロープの方が意識から飛んでしまったためだった。人間は緊張すると短期記憶が弱くなることがあるらしい。主人公は"密室殺人"を完成させたかに見えたが、元来は犯罪のプロではない素人であり、その意味では凡ミスだがリアリティがあったように思われた。そのようにして見ていくと、元々ミステリとして洗練されたものを目指しているのではなく、主人公らの計画が偶然により狂っていく過程をリアリティを重視しながら描いているように思えた。

 因みに、タイトルは「死刑台のエレベーター」だが、死刑になるのはドイツ人夫妻殺人犯である若者で、ジュリアンもフロランスも有期刑となるだろうことが警部によって示唆されている。シェリエ警部は「ジュリアンは10年で出てこれるでしょうが、奥さんには陪審員も厳しいでしょう。20年か30年は覚悟するんですな」と言う。フロランスが最後に独白する台詞は「10年、20年、無意味な月日が続く..」。この台詞には、ナチス・ドイツと闘ったはずのフランスが、立場一転、植民地の宗主国として非道に振舞い続けていることへの皮肉が込められているという。そう言えば、殺される社長はベトナム、アルジェリアで稼ぐ戦争商人だった。となると本作は、単なる「愛と犯罪のサスペンス・ドラマ」で片付けることの出来なくなるかも。でも、単にサスペンス・ドラマとして楽しんでもそれはそれでいいと思う。)          

シネマブルースタジオ(20-12-15)

 

モーリス・ロネ in「太陽がいっぱい」('60年/仏)/「鬼火」('63年/仏)
モーリス・ロネ 太陽がいっぱい.jpg モーリス・ロネ 鬼火.jpg

死刑台のエレベーター.jpg「死刑台のエレベーター」●原題:ASCENSEUR POUR L'ECHAFAUD(英:ELEVATOR TO THE GALLOWS)●制作年:1957年●制ノエル・カレフ「死刑台のエレベーター」.jpgモーリス・ロネ 死刑台のエレベータ .jpg作国:フランス●監督:ルイ・マル●製作:ジャン・スイリエール●脚本:ロジェ・ニミエ/ルイ・マル●撮影:アンリ・ドカエ●音楽:マイルス・デイヴィス●原作:ノエル・カレフ「死刑台のエレベーター」●時間:95分●出演:モーリス・ロネジャンヌ・モロー/ジョルジュ・プージュリー/リノ・ヴァンチュラ/ヨリ・ヴェルタン/シャルル・デネ/ジャン=クロード・ブリア死刑台のエレベーター8.jpgリ(ノンクレジット)●日本公開:1958/09●配給:ユニオン●最初に観た場所:新宿アートビレッジ (79-02-10)●2回目:新宿アート新宿アートビレッジ3.pngビレッジ (79-02-10)●3回目:高田馬場・ACTミニシアター(82-10-03)●4回目:六本木・俳優座シネマテン(85-02-10)●5回目(ニュープリント版):北千住・シネマブルースタジオ(20-12-15)(評価:★★★★☆)●併映(1回目):「恐怖の報酬」(アンリ=ジョルジュ・クルーゾー)/(3回目):「大人は判ってくれない」(フランソワ・トリュフォー) 
新宿アートビレッジ (歌舞伎町ジャズ喫茶「タロー」3F、16ミリ専門の上映館・席数40) 1980(昭和55)年に活動停止

新宿アートビレッジ上映予告(青島幸男 企画・製作・原作・脚本・監督・主演「鐘」('66年)・萩本欽一 企画・製作・監督・主演「手」('69年))
アートビレッジ.jpg

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スタンリー・キューブリック28歳の時のフィルム・ノワール作品。カットバック映画の第一級品。

THE KILLING 1956.jpgTHE KILLING 1956-2.jpg現金に体を張れ1.jpg  現金に体を張れ.jpg
現金(ゲンナマ)に体を張れ [DVD]
Gennama ni karada wo hare(1956)
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 5年の刑期を終えて出所したジョニー・クレイ(スターリング・ヘイドン)は、恋人フェイ(コリーン・グレイ)との新たな生活のため、仲間を2THE KILLING 1956 .jpg集めて再び犯罪に手を染めようとしていた。それは、ダービーの行われる日に競馬場の売上金を強奪しようというもので、集まったのは、ジョニーの他に、軍資金を出すマーヴィン(ジェイ・C・フリッペン)、競馬場の馬券売場の現金係ジョージ(エライシャ・クック)、競馬場のバーのバーテンダーのマイク( ジョー・ソウヤー)、競馬場の整備を担当している悪徳警官ランディ(テッド・デコルシア)、元レスラーのモーリス(コーラ・クワリアーニ)の5人。ジョニーは更に射撃の名手ニッキを雇う。競馬場近くのモーテルの一室借りて犯行当日の根城とし、決行の前日、一味は最後の打合せをしたが、警官まで仲間に引き込んだ計画に隙はないように思われた。しかし、妻シェリー(マリー・ウィンザー)の尻に敷かれっぱなしのジョーが、妻から嘲りの言葉を浴びてプライドを踏みにじられTHE KILLING 1956.jpg、思わず計画のことを口にしてしまう。彼女からそれを聞いた彼女の不倫相手のヴァル(ヴィンス・エドワーズ)は、彼らが奪った金をさらに強奪する計画を立てる―。

『現金(げんなま)に体を張れ』(1956).jpg 決行の日、先ずモーリスがバーに来て飲物を注文、マイクの出した飲物に因縁をつけ暴れ始める。彼を押さえようとする警備員を大男のモーリスは次々と投げ飛ばして騒ぎは拡がり、競馬場の金庫室を見張っていた警官まで出てくる。一方、ニッキは競馬場の外側コースからレース中の馬を一発で倒してレースを混乱させるが、来合せた警官の銃弾に倒れる。競馬場の騒ぎの間にジョニーはジョージの合図で金庫室に入り、職員を機関銃で脅して200万ドルの紙幣を袋に詰込ませ、それを窓から投げて表へ出る。袋はランディが自分のパトカーに積んでモーテルの一室へ一旦放り込む。先に戻ったジョージら5人は別のホテルの一室で金を持って現れるはずのジョニーを待つが、そこへ現れたのは機関銃を構えたヴァルとその仲間で、その場で銃撃戦となり、重傷のジョージ以外は敵味方とも全員死んでしまう。ジョージは血まみれのまま車で自分のアパートへ戻り、ヴァルとの高跳びのための荷造りしていたシェリーを射殺、自身も息絶える。ジョージが血まみれになって車で行くのを、ホテルへ急ぐ途中で見つけたジョニーは、危険を覚ってフェイの待つ飛行場へ直行する―。

スタンリー・キューブリック.jpg スタンリー・キューブリック(1928-1999/享年70)監督の劇場公開第1作で(原題:THE KILLING)、この時彼は28歳でしたが、自ら脚本も手掛けたこの作品の完成度の高さには目を瞠るものがあります。前年作で同じくフィルム・ノワール系の「非情の罠」('55年)も観ましたが、1年で格段の進歩という感じです(まあ、この「現金に体を張れ」は「非情の罠」より以前から彼が構想を暖めていたものだそうだが)。
Self-portrait taken from Stanley Kubrick : Photographs 1945-1950

 原作は、ライオネル・ホワイトの『見事な結末』("Clean Break")で(ゴダールの「気狂いピエロ」もこの人の『十一時の悪魔』が原作)、綿密なはずの現金強奪計画がちょっとした偶然から崩れていくその様を、同時に起きている出来事を、時間を繰り返し何度も戻してそれぞれの登場人物の立場から描いています。

『パルプ・フィクション』(1994) 2.jpgパルプ・フィクション.bmp こうしたカットバック方式の作品としては、後にクエンティン・タランティーノが自ら脚本を書き監督した「パルプ・フィクション」('94年)があり、これもアカデミー脚本賞受賞の傑作ですが、ジョン・トラヴォルタとサミュエル・L・ジャクソンの二人組がコーヒー・ショップで強盗を働く話であるのに対し、こちらの「現金に体を張れ」の強盗チームは6人組+狙撃犯で、スケールの大きさからみてもプロットの精緻さからみても、その上を行く第一級品だと思います("B級"ノワールと呼ぶには失礼かも)。

 カメラワークやプロットの見事さは勿論のこと、人間の弱さ、夢の儚さもしかっり描けていて(ラストはジャン・ギャバンとアラン・ドロンの「地下室のメロディ」('63年/仏)を想起させるが、「現金に体を張れ」の方が7年早く作られている)、エライシャ・クックをはじめ脇役陣も演技達者の性格俳優ばかり。28歳にしてこの演出力はさすがキューブリックという感じで、テンポの良さもあって、約1時間半の上映時間が短く感じられた作品でした。

 因みに、「フィルム・ノワール」作品の多くに共通する特徴として、主役乃至準主役の女性が明確に悪女(ファム・ファタール)であるか、そうでない場合でも、結果的に主人公の男を破滅させる原因を作ることの多い役柄であることだそうで、この作品の場合は当然のことながら、「悪女」はマリー・ウィンザー演じるシェリーということになります。

非情の罠 00.jpg非情の罠 01.jpg 「現金に体を張れ」の前年作の「非情の罠」('55年、原題:THE KILLER'S KISS)は、スタンリー・キューブリックの長編第2作で、商業映画では第1作に当たる作品で、キューブリックは撮影、編集なども兼ねています。絶頂期を過ぎたのボクサーのデイヴィー(ジャミー・スミス)が、向かい隣りのアパートに住むダンスホールで働くみじめな踊り子グロリア(アイリーン・ケイン)を彼女の情婦ヴィンセント・ラパロ(フランク・シルヴェラ)から救い出そうとするが、実は大物ギャングであったラパロに殺られてしまというだけのB級映画ですが(Wikipediaではデイヴィーはラパロ非情の罠  03.jpgを倒し、グロリアと結ばれるというストーリーになっているけれど、そうだったかなあ)、ストーリーはさることながら、凝った画面構成などにはキューブリックらしさが感じられます。特に、マネキン倉庫で迎えるクライマックスの格闘シーンなどは、マネキンの手足があちこちに転がって、異様な雰囲気を醸し出しています。44分に短縮されて'60年に劇場公開されたままだったのが、'93年にJSB日本衛星放送(WOWOWの前身)が全編を放映、67分の完全版としてはこれが日本初公開となりましたが、個人的にはまだ短縮版しか観ていません。1959年のロカルノ国際映画祭でグランプリを獲っている作品。個人的評価は△ですが、完全版を観れば○に変わるかもしれません。

現金に体を張れ01.jpg現金に体を張れ03.jpg「現金に体を張れ」●原題:THE KILLING●制作年:1956年●制作国:アメリカ●監督:スタンリー・キューブリック●製作:ジェームス・B・ハリス●脚本:スタンリー・キューブリック/ジム・トンプスン●撮影:ルシエン・バラード●音楽:ジェラルド・フリード●原作:ライオネル・ホワイト「見事な結末」●時間:83分●出演:スターリング・ヘイドン/ジェイ・C・フリッペン/メアリ・ウィンザー/コリーン・グレイ/エライシャ・クック/マリー・ウィンザー/テッド・デコルシア/ ジョー・ソウヤー/コーラ・クワリアーニ/ヴィンス・エドワーズ●日本シアターアプル・コマ東宝.jpg公開:1957/10●配給:ユニオン=映配●最初に観た場所:新宿シアターアプル(86-03-22) (評価:★★★★☆)
歌舞伎町・新宿シアターアプル・コマ東宝  2008(平成20)年12月31日閉館

ライオネル・ホワイト原作: 「現金に体を張れ」 ('56年/米)/「気狂いピエロ」 ('65年/仏)
現金に体を張れド.jpg 気狂いピエロ Pierrot Le Fou.jpg

非情の罠 dvd.jpg非情の罠 02.jpg「非情の罠」●原題:THE KILLER'S KISS●制作年:1956年●制作国:アメリカ●監督:スタンリー・キューブリック●製作:スタンリー・キューブリック/モリス・ブーゼル●脚本:スタンリー・キューブリック/ハワード・サックラー●撮影:スタンリー・キューブリック●音楽:ジェラルド・フリード●編集:スタンリー・キューブリック●時間:67分(短縮版:44分)●出演:フランク・シルヴェラ/ジャミー・スミス/アイリーン・ケイン/ジェリー・ジャレット/ルース・ソボトゥカ●日本公開:1960/09●配給:ユナイト映画●最初に観た場所:三鷹オスカー(80-02-09) (評価:★★★)●併映:「時計じかけのオレンジ」(スタンリー・キューブリック)非情の罠 [DVD]

パルプフィクション スチール.jpgパルプ・フィクション ポスター.jpg「パルプ・フィクション」●原題:PULP FICTION●制作年:1994年●制作国:アメリカ●監督・脚本:クエンティン・タランティーノ●製作:ローレンス・ベンダー●原案:クエンティン・タランティーノ/ロジャー・エイヴァリー●撮影:アンジェイ・セクラ●音楽:カリン・ラットマン●時間:155分●出演:ジョン・トラヴォルタ/サミュエル・L・ジャクソン/ユマ・サーマン/ハーヴェイ・カイテル/アマンダ・プラマー/ティム・ロス/クリストファー・ウォーケン/ビング・ライムス●日本公開:1994/09●配給:松竹富士 (評価:★★★★)

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ノンシリーズものを「おしどり探偵」 初老版風に改変? 原作と比べて一長一短という感じ。

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忘れられぬ死(2003年)洋DVD.jpg 大富豪でサッカーチームのオーナーのジョージ・バートン(ケネス・クラナム)は、チームが勝利した記念に祝賀パーティを開催するが、祝賀会の乾杯で、バートンの妻ローズマリー(レイチェル・シェリー)がグラスに口をつけた途端に倒れて命を落とす。パーティ客にチームの支持者でスポーツ省大臣のスティーヴン・ファラデー(ジェームズ・ウィルビー)とその妻アレクサンドラ(クレア・ホルマン)がいて、スキャンダルを避けたい首相補佐官の命令で、政府の秘密捜査官ジェフリー・リース大佐(オリヴァー・フォード・デイヴィス)とその妻キャサリン(ポーリーン・コリンズ)が捜査を開始することに。リースとキャサリンは、ローズマリーがファラデーと不倫関係にあったこと、さらに中絶をしていたことなどを突き止め、パーティに居合わせたローズマリーの妹アイリス(クロエ・ハウマン)や、姉妹の育ての親であるルシーラ・ドレイク(スーザン・ハンプシャー)、彼女が溺愛する息子のマーク・ドレイク(ジョナサン・ファース)、ジョージの秘書ルース・レシング(リア・ウィリアムズ)らに会い、夫婦間の様子や現場の状況などを聞き出すが、それぞれに容疑があり、真相を掴むことが出来なかった。そんな中、妻の死と不貞に悲しみ怒るとともに、彼女は殺害されたのではないかと疑うジョージは、祝賀パーティを再現することにするが、今度は自身が再現パーティの席上で毒殺される―。

忘られぬ死 ハヤカワ文庫09.jpg 原作は、1945年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品で(原題:Sparkling Cyanide(泡立つ青酸カリ))、ポアロもマープルも登場しないノン・シリーズもの。1983年に一度「スキャンダル殺人事件」というタイトルで米国でTVドラマ化されていますが、こちらは2003年制作のグラナダTV版です。

 原作はローズマリーの死から1年を経た時点から始まっており、彼女を巡る様々な人々の心理描写が前半部分を占めますが、この映像化作品では、回想シーンとしてではなくリアルタイムで最初のパーティーが開かれており、テレビらしい演出。但し、ローズマリーの誕生会ではなく、サッカーチームが勝った祝賀会になっています。原作のジョージも富豪ですがサッカー成金などではなく、これも現代風の改変と言えます。

 1年後のパーティでも、原作ではジョージがローズマリー役を演じる女優を探していたが結局呼ばなかったことになっているのに対し、この作品では実際に簡単なモデルオーディション(下着審査!)をやって、身代わりをさせいます。

Pauline Collins.jpg 原作で事件の捜査に当たる元陸軍情報部部長のジョニー・レイス大佐が、リース(オリヴァー・フォード・デイヴィス)とキャサリン(ポーリーン・コリンズ)の初老夫婦に置き換わっています。2人は表向きは軍の年金課員と学校教員となっていて、本職は実の娘にさえ秘密にしているという設定ですが、何だかトミーとタペンスの「おしどり探偵」シリーズの"初老版"みたいな感じで(「おしどり探偵」シリーズも最後の「運命の裏木戸」では二人とも75歳になっているのだが)、キャサリンの方が夫のルースの方にあれこれ指示しているコミカルなタッチも似ています(キャサリンの姓はケンドールで、夫婦別姓? それとも離婚した?)。

Pauline Collins

 キャサリンの部下アンディ(ドミニク・クーパー)が、世界中のどこの監視カメラの映像も見られるといった最新のIT技術を駆使して情報集めをしてくれて、キャサリンらにとっては好都合だけれど、その分ややご都合主義な印象も(こうなると、今風と言うより近未来風か)。

Rachel Shelley.jpg 全体としては、冒頭にローズマリー(レイチェル・シェリー)の亡くなるパーティをもってきている分、登場人物の回想で綴る原作よりはテンポは良くなっていますが、原作では、最初のローズマリーの死が自殺なのか他殺なのか今一つはっきりしなかったのに対し、この映像化作品を見るとどうみても他殺という印象で、それでも検死審問で自殺とされてしまうのがやや不自然にも思えました。要するに、誰にも犯行を遂げようがないから(犯人の見当がつかないから)自殺扱いに―ということなのか。

Rachel Shelley

 原作が心理描写が多い割には、事件が起きた際の状況の描写が少なく、この作品はそれを映像化によって丁寧に描写しているように思いました。また、原作では特にルシーラの姉に対する忘れられぬ死(2003年)02.jpg思いや、不倫がばれた青年大臣スティーヴンの焦りなどが丁寧過ぎるぐらい丁寧に描かれている分、読者側からすれば彼らは早くから犯人候補から外れてしまうわけですが、この映像化作品では、物語がさほど進行しないうちは、彼らも"同等に"犯人候補として扱っている印象。カギとなる犯人男女の関係も、原作では早くから示唆されているのに対し、ここでは最後の方になって、監視カメラの密会映像からやっと分かるという、犯人当ての楽しみをより多く残している作りになっているように思いました。

忘れられぬ死(2003年)03.jpg 結局、ルシーラは単身で犯人の家まで行ってしまい、そこで犯人は誰かを知るわけで、そこへ遅ればせに...という結末が、テレビの刑事ドラマの結末みたいで、やや安っぽかったかな。現代風への置き換えはまあまあ上手く味付けされていると思います。原作と比べて一長一短という感じでした。
 
「アガサ・クリスティ/忘られぬ死」」●原題:AGATHA CHRISTIE`S SPARKLING CYANIDE●制作年:2003年●制作国:イギリス●本国放映:2003/10/05●監督:トリストラム・パウエル●製作:スーザン・ハリソン●脚本:ローラ・ラムソン●撮影:ジェームズ・アスピナール●音楽:ジョン・E・キーン●時間:日本放映版96分(完全版189分)●出演:ポーリーン・コリンズ/オリヴァー・フォード・デイヴィス/ケネス・クラナム/ジョナサン・ファース/スーザン・ハンプシャー/クレア・ホルマン/ジェームズ・ウィルビー/リア・ウィリアムズ/レイチェル・シェリー/クロエ・ハウマン●DVD発売:2005/12●発売元:ハピネット・ピクチャーズ(評価:★★★☆)

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細かい改変点は多々あるが、結局、意外と原作に忠実だったのかも。

蒼ざめた馬 dvd.jpg アガサ・クリスティー・コレクション 蒼ざめた馬.jpg 蒼ざめた馬 1997 axn.jpg
アガサ・クリスティー・コレクション 蒼ざめた馬 [レンタル落ち]
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マーク・イースターブルック(コリン・ブキャナン)
蒼ざめた馬マーク コリン・ブキャナン.jpg ゴーマン神父(ジョフリー・ビーヴァーズ)が、臨終間際のデーヴィス夫人(トリシア・ソーンズ)から紙片を渡されたすぐ後に路上で撲殺され、偶然現場に駆け付けた彫刻家のマーク・イースターブルック(コリン・ブキャナン)は、容疑者にされてしまう。レジューン警視(トレヴァー・バイフィールド)はマークが犯人と決め付けるが、コリガン警部補(アンディ・サーキス)は他の犯人を探っている。マークは自らの無実を証明するため、神父の持っていた紙片に書かれた人物の名前の謎を探るべく、女友達ハーミア(ハミオネ・ノリス)の友人、金持ちのティリー(アンナ・リヴィア・ライアン)を訪ねるが、訪問の翌日に彼女は死ぬ。医師オズボーン(ティム・ポッター)は病死としたが、彼女の親友だったケイト・マーサ(ジェイン・アッシュボーン)は、ティリーは何かにおびえていたと言う。村の「蒼ざめた馬」という屋敷に住むチルザ(ジーン・マーシュ)・シビル(ルース・マドック)・ベラ(マギー・シェヴリン)の三老女は、『マクベス』の魔女さながらに悪魔を呼び出す黒魔術を行っているという噂であり、歩けない名画蒐集家ヴェナブルス(マイケル・バイアン)の用心棒リッキー(ブレッティ・ファンシー)は神父殺害事件の夜、マークが見かけた男だった。
ケイト・マーサ(ジェイン・アッシュボーン)
蒼ざめた馬ケイト ジェーン・アッシュボーン.jpg 紙片の名前の主はみな自然死として死んでいることが判明し、しかも遺産は全て1人か2人に贈られていることから、マークは人を呪い殺す請負業があることを察する。弁護士ブラッドリー(レスリー・フィリップス)を通して、蒼ざめた馬の魔女たちが呪術を行うのだが、本当に人を呪い殺すことが可能なのか。マークはケイトと相談し、ケイトを囮にして犯人を導き出す計画を実行する。ティリーの遺産を受け継いだ叔母フロレンス(ルイ・ジェイムソン)も溺死し、娘ポピー(キャサリン・ホルマン)はおびえる。そしてケイトも、友人ドナルド(リチャード・オーキャラハン)の厳重な見張りにも関わらず、消費者動向調査員(ウェンディ・ノッティンガム)やガス会社の点検員の訪問以降、髪の毛が抜けて弱っていく―。

蒼ざめた馬 アガサ・クリスティ ハヤカワ文庫 2ー.jpg 原作は、1961年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品で(原題:The Pale Horse)、ポアロもマープルも登場しないノン・シリーズもの。この映像化作品は、1997年制作のグラナダTV版です(VHS販売時のタイトルは「魔女の館殺人事件」)。

The Pale Horse 1997 e2.gif 原作でのマーク・イースターブルックはムガール建築の本を執筆中の歴史学者ですが、本作では建築家になっていて、神父の死体の第一発見者ということで、第一容疑者にされてしまいます。その彼の保釈金を払ってくれたのが、原作の女友達ハーミアで、この映像化作品では、ハーミアは大金持ちで、マークはその"ヒモ"的存在になっているなあ。

 原作で、マークと共に事件を探ることになる女友達のジンジャーは、病死したティリーの友達ケイト・マーサに置き代わっていますが、犯人の囮となるのは原作と同じで、マークと新たに知り合った女性との親密度が増すにつれてマークとハーミアの関係が解消されていく点なども原作と同じ。

AGATHA CHRISTIE'S THE PALE HORSE dvd.jpg 原作のマークの旧友で「警察医」のコリガンは「警部補」に置き代わっていて、マークを疑い続けるレジューン警視の下、このまでは自分の出世もおぼつかないと、独自にマークらと接触を図ります(マークとは初対面)。

 原作で、神父殺害現場でヴェナブルスを目撃したと絶対的自信をもって主張する「薬剤師」のオズボーンは、ティリーの死を病死としたオズボーン「医師」に。

 名画蒐集家のヴェナブルスが、車椅子生活を装いながら「実際は歩けた」という話は原作にはありませんが(その分、思いっきり怪しい存在になっているけれど)、結局彼は原作同様、銀行強盗には絡んでいたものの、連続殺人事件には絡んでいなかったということなのでしょう(コリガン警部補は彼を殺人容疑で逮捕してしまうのだが)。

 細かい改変点は多々ありますが、結局、プロット的には意外と原作に忠実だったのかもしれません。最後のマークとジンジャーのために仲間たちが設定したゴーゴー・パーティシーンは楽しいけれども(太縁メガネのコリガン警部補も一緒に踊っている。被疑者と刑事の垣根を越えた同世代共闘がモチーフだったわけか)、振り返ってみて、マークがどこで真犯人に気付いたのかがよく分からなかったなあ。
    
ダルジール警視.jpg蒼ざめた馬 1997 洋dvd.jpg マークを演じたコリン・ブキャナンは、この作品の前年から、BBCのレジナルド・ヒル原作の「ダルジール警視」シリーズに、ウォーレン・クラーク演じるダルジール警視の配下のパスコー刑事役で出ています。

輸入盤DVD

The Pale Horse (1997)
蒼ざめた馬 1997 op.jpg
「アガサ・クリスティ/青ざめた馬(魔女の館殺人事件)」」●原題:AGATHA CHRISTIE`S THE PALE HORSE●制作年:1997年●制作国:イギリス/アメリカ●本国放映:1997/12/23●監督:チャールズ・ビーソン●脚本:アルマ・カレン●撮影:ビトルド・ストック●音楽:コリン・タウンズ●時間:日本放映版102分●出演:コリン・ブキャナン/ジェーン・アッシボーン/レスリー・フィリップス/ハーモインヌ・ノリス/マイケル・バーン/ジーン・マーシュ/アンディ・サーキス/ティム・ポッター●VHS発売:1997/04●発売元:ビデオメーカー(評価:★★★☆)

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概ね原作に忠実だが、元が暗い話だからなあ。

ミス・マープル 魔術の殺人 dvd.jpg ミス・マープル/魔術の殺人 1991 dvd.jpg 魔術の殺人 01.jpg 魔術の殺人 ハヤカワ文庫.bmp
ミス・マープル 第9巻 魔術の殺人 [DVD]」「ミス・マープル[完全版]VOL.10 [DVD]

魔術の殺人 00.jpg ミス・マープル(ジョーン・ヒクソン)は女学校時代の友人ルース・ヴァン・ライドック夫人(フェイス・ブルーク)から、ルイス・セラコールド(ジョス・エイクランド)に嫁いだ妹キャロライン(キャリー)・ルイーズ(ジーン・シモンズ)のことが心配なので様子を見に行ってくれるよう頼まれる。ルイスは自邸の敷地内で私営の少年更正施設を運営している。ルイスの秘書のエドガー(ニート・スウェッテンハム)が駅にマープルを迎えに来るが、キャリーの養女ジーナ・ハッド(ホリー・エアド)がマープルを車に乗せて屋敷へ。ジーナは、アメリカ人のウォルター(トッド・ボイス)と結婚しており、キャリーの二番目の夫の次男スティーヴン・レスタリック(ジェイ・ヴィリアーズ)が、施設内で少年同士の喧嘩が起きた際に及び腰で止めようとしなかったのを、ウォルターが止めさせる。エドガーは孤THEY DO IT WITH MIRRORS 01.jpg児で、自分は正当に評価されていないと思い込んでおり、自分の本当の父親はチャーチルだとマープルに真面目に言う。キャリーの最初の夫(故人)の連れ子で、ガルブランドセン財団の管理者であるクリスチャン・ガルブランドセン(ジョン・ボット)が急に屋敷を訪れ、ルイスと何やら話し合っている。ある晩、ルースが持参した女学校時代の16mmフィルムの映写会にエドガーが銃を持って乱入、ルイスとエドガーが書斎に籠ってルイスが書斎で宥めている間に銃声がし、映写会に顔を見せず別の部屋でタイプを打っていたクリスチャンが射殺体で発見される。ロンドン警察からスラック警部(ディヴィッド・ホロヴィッツ)やレイク警部補(イアン・ブリンブル)が乗り込んでくる。映写会の日に帰省したスティーヴンの兄アレックス・レスタリック(クリストファー・ヴィリアーズ)は、弟スティーヴンと共にジーナに気があり、二人ともウォルターの前で平気でジーナに言い寄る。施設の少年が事件当夜何かを目撃したと言う話をスティーヴンから聞いたアレックスは、刑事のふりをして少年から話を聞こうとするが―。

魔術の殺人 hpm2.jpg魔術の殺人 クリスティー文庫.jpg BBC版ジョーン・ヒクソン(Joan Hickson、1906‐1998)主演のミス・マープルシリーズ全12話の内の第11話(本国放映は1991年)で、原作はアガサ・クリスティ(1890‐1976)の、1952年に発表されたミス・マープルシリーズの長編第5作They Do It with Mirrors (米 Murder with Mirrors)。

 このジョーン・ヒクソン主演のテレビシリーズ、概ね原作に忠実ですが、第11話ともなると若干遊びの要素も入れた方がいいと思ったのか、スラック警部が密かに素人手品に凝っていたりし(タイトルの「魔術」に懸けたのか)、一方で、原作にあるルイスの祖母の話(夫殺しの罪で絞首刑になった)などといった暗すぎる話はほぼ割愛されています。ジュリア・マッケンジー主演のグラナダ版('09年)はその逆を突いたのかどうかわかりませんが、この部分を前面に出しています(結果的にどろっとした感じに)。
 
Joan Hickson THEY DO IT WITH MIRRORS 1991.jpg 犯行が行われた際のフィルム上映会も原作には無く、但し、グラナダ版ではルイスが施設内でやる予定の演劇の練習発表会になっていて、ルイスが何とインディアンの酋長の恰好で出てくるので、まだこちらのジョーン・ヒクソン版の改変は穏やかな方だったか。

 犯人の末路は原作と同じですが、原作ではジーナからマープルへの手紙の中で後日譚として語られるのに対し、この映像化作品では、マープルが犯人を突き止めた直後の出来事として描かれており、まあこの辺りは、映像化するならば流れでこうなるのかなあと。

 ヒロインであるジーナの演じられ方が原作のイメージと違ったのと(快活と言うよりあばずれ。好きになれない)、ジーナとウォルターの後日譚が欠落していることもあって(この部分がこの作品の救いとなるはずなのだが)、個人的評価は星3つ(元が暗い話だからなあ)。

スラック警部2.jpg スラック警部がミス・マープルに一言だけあなたに言いたいことがあると言って、何を言うのかと思ったら、ぎこちなく「ありがとう」と。そうか、スラック警部の「手柄」になっているのかと思いつつも、このシーンは悪くなかったです(続く、シリーズ最終話となった第12話「鏡は横にひび割れて」でスラック警部は「警視」に昇進している)。

Miss Marple   They Do It With Mirrors.jpg「ミス・マープル(第11話)/魔術の殺人」●原題:THEY DO IT WITH MIRRORS●制作年:1991年●制作国:イギリス●本国放映:1991/12/29●演出:ノーマン・ストーン●脚本:T・R・ボーウェン●時間:日本放映版93分(完全版204分)●出演:ジョーン・ヒクソン/ジーン・シモンズ/フェイス・ブルーク/ホリー・エアド/ジェイ・ヴィリアーズ/ニート・スウェッテンハム/ジェイ・ヴィリアーズ/ジョン・ボット/クリストファー・ヴィリアーズ/デビッド・ホロビッチ/イアン・ブリンブル/ギリアン・バージ●日本放映:1997/03/14●放映局:テレビ東京(評価:★★★)

Miss Marple :They Do It With Mirrors
  

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映像化によりカリブ海リゾートのイメージが掴めた。ドナルド・プレザンスの老富豪役も嬉しい。

カリブ海の秘密 dvd1.jpg カリブ海の秘密 dvd2.jpg カリブ海の秘密 01.jpg カリブ海の秘密 011.jpg
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ミス・マープル(ジョーン・ヒクソン)/パルグレイブ少佐(フランク・ミドルマス)/ヴィクトリア(ヴァレリー・ブキャナン)
カリブ海の秘密 1989Joan Hickson.jpgカリブ海の秘密 1989Frank Middlemass.jpgカリブ海の秘密 1989Valerie Buchanan.jpg ミス・マープル(ジョーン・ヒクソン)は、甥のレイモンドに持病の気管支炎の転地療養を勧められ、カリブ海のバルバドス島のホテルに滞在していた。ある日、宿泊客の一人で自慢話好きのパルグレイブ少佐(フランク・ミドルマス)から、2件の妻の自殺に関わった殺人容疑者だという人物の写真を見せられようとした時、彼がマープルの肩越しに誰かを見てそれをやめ、財布に写真をしまってしまうということがあった。その晩に酔っていた少佐は、翌朝自分の部屋で死んでいるのを部屋係のヴィクトリア(ヴァレリー・ブキャナン)に発見される。ヴィクトリアは少佐の部屋で死亡前には無かった不審な錠剤を見つける。
ティム・ケンドール(エイドリアン・ルーキス)/モリー(ソフィー・ウォード)/グレアム医師(T・P・マッケンナ)
カリブ海の秘密 1989Adrian Lukis.jpgカリブ海の秘密 1989Sophie Ward.jpgカリブ海の秘密 1989 T.P. McKenna.jpg ホテルの経営者ティム・ケンドール(エイドリアン・ルーキス)とヴィクトリアから報告を受けたティムの妻モリー(ソフィー・ウォード)は、グレアム医師(T・P・マッケンナ)に相談する。医師は大佐の死は高血圧によるものと判断するが、一応、ネピア総督(ショーガン・シーモア)に依頼してウェストン警部(ジョゼフ・マィデル)に埋葬した死体を再検査させる。
イヴリン(シェイラ・ラスキン)/エドワード(マイケル・フィースト)/ラッキー(スー・ロイド)
カリブ海の秘密 1989 Sheila Ruskin.jpgカリブ海の秘密 1989Michael Feast.jpgカリブ海の秘密 1989Sue Lloyd.jpg マープルはヴィクトリアから、彼女の叔母(イサベラ・ルーカス)が住む村へ招待され、その叔母からSophie Ward & Sheila Ruskin.jpgホテル経営者夫婦の来歴を聞く。ヴィクトリアは、錠剤を本来の持ち主グレッグ(ロバート・スワン)に返す。モリーは一時的に記憶を失うことがある不安を滞在客のイヴリン(シェイラ・ラスキン)に打ち明ける。イヴリンの夫でグレッグに雇われている蝶学者エドワーカリブ海の秘密 1989 Donald Pleasence.jpgド(マイケル・フィースト)は、最初の妻の看護婦で今はグレッグの妻であるラッキー(スー・ロイド)と関係しながらも、妻イヴリンとはとりあえず一緒にいる。カリブ海の秘密 Sue Lloyd .jpgそうした中、モリーが夕食時に、樹の傍で刺殺されているヴィクトリアを発見する。ホテルに滞在していた車椅子の大富豪ジェイソン・ラフィール(ドナルド・プレザンス)は、最初はミス・マープルのことを嫌っていたが、やがて彼女の観察眼の鋭さに気づき、マープルと共に連続殺人事件の推理を始める―。
ジェイソン・ラフィール(ドナルド・プレザンス)

A Caribbean Mystery.jpgカリブ海の秘密 クリスティー文庫.jpg BBC版ジョーン・ヒクソン(Joan Hickson、1906‐1998)主演のミス・マープルシリーズ全12話の内の第10話(本国放映は1989年)で、原作はアガサ・クリスティ(1890‐1976)の、1964年に発表されたミス・マープルシリーズの長編第9作(原題:A Caribbean Mystery)。

 ミス・マープルとカリブ海のリゾートという取り合わせが興味深いですが、原作ではリゾート地の描写があまりされておらず、その分、映像的にどう作るかが一つの見所となり、また、作品のイメージをより身近に感じられるものでもありました。
 
 ストーリー的にも、牧師一行を宿泊客から割愛して登場人物を簡素化したり、マープルがヴィクトリアの実家を訪ねたり、或いはウェストン警部がミス・マープルの名を知っていたりとか一部改変はありますが、ほぼ原作に忠実で、宿泊客の2組の夫婦のドロドロな関係もよく描き分けている印象。犯人は、当初マープルも想定していなかった意外な人物ですが、原作ではその伏線があまり無く、最後まで誰が犯人か判らなかったけれど、この映像化作品では、大佐が殺害される夜に、犯人を示唆するシーンが一瞬あります。しかし、その後、宿泊客のそれぞれが不審な行動をはじめ、そちらの方へミスリードされるようになっていて、その"不審な行動"のそれぞれに理由があるという点で、原作の旨さを改めて認識した次第です。

刑事コロンボ 別れのワイン.jpg別れのワイン ラスト.jpg ミス・マープルと共に推理を展開することになる偏屈な金持ちの車椅子老人ラフィールを(この老人とミス・マープルとの当初険悪だった関係が、やがて共闘関係に転じていくところが本作の面白みの一つ)、映画「大脱走」('63年)でのバイプレーヤーぶりが光り、「刑事コロンボ/別れのワイン」('73年)ではシリーズ最高の犯人役を演じたと評されるドナルド・プレザンス(1919-1995)が演じているのが嬉しいです。

カリブ海の秘密 03.jpg 原作に対しては、やはり伏線が無かった分"掟破り"の印象を抱かざるを得ませんでしたが、この映像化作品ではそのヒントを与えているし、プロットが結構粗いところを、キャラクターをきちんと描き分けてドロドロした人物相関を浮かび上がらせることで補っている原作に倣って、この映像化作品も、ドラマ部分が丁寧に描かれているというか、説明的で分かりやすかったです(原作を先に読んでいるということもあるが)。

カリブ海の秘密 01.jpg 個人的には、原作が星3つ半の評価に対して、原作の魅力を忠実に再現しているという点、プラス、映像化によりカリブ海リゾートのイメージが掴めたり、ドナルド・プレザンスとジョーン・ヒクソンの演技競演が見られたりしたことを加味して星4つ。ミス・マープルがヴィクトリアの葬儀に参列するなども原作からの改変ですが、そのことによって「復讐の女神」というキータームの意味が明確化することに繋がっており、ここまできちんと作られてしまうと、後に来る映像化作品は、独自の改変を加え、"改変の妙"を狙ったものにならざるを得ないのかなあと。ストレートで勝負して、このジョーン・ヒクソン版を超えるのは難しいのでは。

A Caribbean Mystery 1989.jpg「ミス・マープル(第10話)/カリブ海の秘密」」●原題:A CARIBBEAN MYSTERY●制作年:1989年●制作国:イギリス●本国放映:1989/12/25●演出:クリストファー・ペティット●脚本:T・R・ボーウェン●時間:日本放映版108分(完全版203分)●出演:ジョーン・ヒクソン/フランク・ミドルマス/エイドリアン・ルーキス/ソフィー・ウォード/ドナルド・プレザンス/ロバート・スワン/シェイラ・ラスキン/ショーガン・シーモア/ジョゼフ・マィデル/マイケル・フィースト/スー・ロイド/バーバラ・バーンズ/スティーヴン・ベント/ヴァレリー・ブキャナン/イサベラ・ルーカス●日本放映:1996/04/09●放映局:テレビ東京(評価:★★★★)

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クラッケンソープ家の兄弟関係などは原作に忠実。スーパー家政婦のイメージも原作に近い。

パディントン発4時50分 dvd.jpg  パディントン発4時50分 1987.jpg  パディントン発4時50分 07.jpg  パディントン発4時50分 クリスティー文庫.jpg
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パディントン発4時50分 01.jpg セント・メアリー・ミードへ行くためにパディントン発4時50分の急行列車に乗ったマクギリカティ夫人(モナ・ブルース)は、平行して走る列車を追い越す際に窓越しに女性が絞殺される瞬間を目撃、その話を信じるミス・マープル(ジョーン・ヒクソン)はスラック警部(デヴィッド・ボロヴィッチ)に捜査を依頼するが、警察は手掛かりを見つけられず、夫人の勘違いだろうと片づける。そこでミス・マープルは、同じ列車に乗って犯人が死体を遺棄した場所を推察パディントン発4時50分 05.jpgし、フリーのハウスキーパーのルーシー・アイレスバロウ(ジル・ミーガー)に調査を依頼し、付近にあるクラッケンソープ家の住むラザフォード邸に彼女を家政婦として送り込む。屋敷の当主ルーサー(モーリス・デパディントン発4時50分 04.jpgンハム)は、先代の遺言で屋敷や土地を勝手に処分することはできず、遺産は彼の子供らにいくことになっていて、年一回相続権のある人間が集まって会食を開くことも遺言により決まっている。父の世話をしている長女エマ(ジョアンナ・ディヴィッド)のほか、屋敷に集まってきたのは、次男の画家セドリック(ジョン・ハラム)、三パディントン発4時50分 06.jpg男の銀行家ハロルド(バーナード・ブラウン)、四男のディーラーのアルフレッド(ロバート・イースト)、亡くなった次女の夫で子連れの保険会社員ブライアン(ディヴィッド・ビームズ)と息子のアレクサンダー及びその寮友達、そしてクインパー医師(アンドリュー・バート)。見届け人は、弁護士のアーサー・ウィンボーン(ウィル・ティシー)。ルーシーは古い納屋の石棺で女性の死体を見つけ、警察がその身元を探るうちに、今度は事故に見せかけてハロルドが森で殺される―。

パディントン発4時50分 ハヤカワ文庫.jpg BBC版ジョーン・ヒクソン(Joan Hickson、1906‐1998)主演のミス・マープルシリーズ全12話の内の第9話(本国放映は1987年)で、原作はアガサ・クリスティ(1890‐1976)の、1957年に発表されたミス・マープルシリーズの長編第7作(原題:4:50 From Paddington)。日本では1996年4月8日にテレビ東京「午後のロードショー」で放映され、1982年から放送が始まった同番組で最初に放映されたテレビシリーズがミス・マープルシリーズですが、そのミス・マープルシリーズの中で一番最初に放映されたのがこのエピソードです(以降、テレビ東京でのシリーズ作の放映が何作か続くが、結局放映されなかったエピソードもある)。

Miss Marple - 450 From Paddington.jpg 2004年に作られたジェラルディン・マキューアン主演のグラナダ版の同原作TVドラマ(左)が、クラッケンソープ家の男兄弟の順番を入れ替えたりしているのに対し、こちらは原作に忠実で、但し、原作でルーシー・アイレスバロウを巡って恋の鞘当をする画家セドリックと次女の夫ブライアンが、原作では結局ルーシーがどちらを選んだか明かしてしないのに対し、この映像化作品ではセドリックが最初から横柄なキャラクターとして描かれているため、彼がどれだけ強引にルーシーに言い寄ろうと、最終的にはルーシーがセドリックを選ぶことはまずないだろという大方の予想がつくようになっています。
David Horovitch
David Horovitch  'Miss Marple' (1987) 1.9.jpgミス・マープル(第9話)/パディントン発4時50分59.jpg その他にも、原作のクラドック警部(原作の『予告殺人』にも登場)ではなく、スラック警部(デヴィッド・ボロヴィッチ)が登場、彼はこのシリーズで第5話「牧師館の殺人」事件でミス・マープルに面目を潰されたこともあってか、シリーズ中ほとんどずっとミス・マープルを疎ましく思っているという設定で、このシリーズの第3話「予告殺人」に登場のスコットランドヤードのダッカム警部(デイヴィッド・ウォラー)が積極的にミス・マープルの意見を参考にする(ミス・マープルは旧知の友?)という描かれ方と対照的であるのも興味深いです(スラック警部もシリーズの最後の方第11話「魔術の殺人」でミス・マープルと和解(?)し、第12話「鏡は横にひび割れて」では「警視」に昇進、クラドック警部にミス・マープルに相談するようアドバイスする)。

 兄弟関係を原作通りにしているため、セドリックが偽悪的に描かれているほかは、各キャラクター造型は大体しっくりくるものがあり、何よりもジル・ミーガー演じるスーパー家政婦ルーシー・アイレスバロウが極めて原作に近い印象で、また、十分に魅力的、二人の男性に言い寄られて困惑する女性らしさも出ていました(グラナダ版で同役を演じたアマンダ・ホールデンは、今風と言うかアメリカ的なドライな感じ)。料理を作るシーンなどが無かったグラナダ版と比べると、ちゃんと料理もするし、最初から家族と同じ食卓につくようなこともありません。

 屋敷の作りなども本格的で、こんな大邸宅が舞台だったのかと。「納屋」と言ってもスケールが違う。ルーシーは広い庭園でゴルフの練習をするなど、家政婦にしてはハイブロウですが、彼女は元々オックスフォードを優秀な成績で卒業した才媛、但し、奉公先に高級クラシックカーで乗り付けたグラナダ版アマンダ・ホールデンのルーシーの過剰なセレブぶりよりは、これもしっくりきました(ゴルフ練習も実は行方不明の死体探しの方便)。

 セドリックの描き方の改変だけでなく、戦争の英雄でありながら今は一保険会社員に甘んじ屈折気味のブライアンが、ルーシーに感化されて前向きに行動するようになり、最後は犯人逮捕劇でヒロイックなアクションを演じるという、自信を回復してルーシーに相応しい男性へと変貌していく過程が織り込まれていることもあったりして、細部においては原作からの改変が幾つか見られますが、全体としては原作にほぼ忠実、原作のプロットや雰囲気を知る上ではぴったりの作品であり、また、原作の持ち味がよく出ているように思いました。

4:50 FROM PADDINGTON 87.jpg「ミス・マープル(第9話)/パディントン発4時50分」」●原題:4:50 FROM PADDINGTON●制作年:1987年●制作国:イギリス●演出:マーティン・フレンド●脚本:T.R.ボウエン●時間:日本放映版110分(完全版204分)●出演:ジョーン・ヒクソン/モーリス・デンハム/デヴィッド・ボロヴィッチ/デヴィッド・ビームス/モナ・ブルース/ジル・ミーガー/ジョアンナ・デヴィッド/ アンドリュー・バート/ジョン・ハラン/ローダ・ルイス/バーナード・ブラウン/ロバート・イースト/イアン・ブリンブル/ウィル・ティシー●日本放映:1996/04/08●放映局:テレビ東京(評価:★★★★)


●テレビ東京「午後のロードショー」でのシリーズ作放映年月日()内「話数」は本国放映順。「午後のロードショー」放映時のタイトルはいずれも頭に「アガサ・クリスティ」とつき、"短縮版"が放映された。

・1996年4月8日(月)...「ミス・マープル・パディントン発4時50分」(第9話)日本放映版110分(完全版204分)
・1996年4月9日(火)...「ミス・マープル・カリブ海の秘密」(第10話)日本放映版108分(完全版203分)
・1996年4月10日(水)...「ミス・マープル・復讐の女神」(第8話)日本放映版106分(完全版204分)
・1996年5月7日(火)...「ミス・マープル・バートラム・ホテルにて」(第7話)日本放映版108分(完全版205分)
・1996年5月8日(水)...「ミス・マープル・スリーピング・マーダー」(第6話)日本放映版108分(完全版203分)
・1997年3月6日(木)...「ミス・マープル・ポケットにライ麦を」(第4話)日本放映版102分(完全版196分)
・1997年3月7日(金)...「ミス・マープル・牧師館の殺人」(第5話)日本放映版95分(完全版188分)
・1997年3月13日(木)...「ミス・マープル・動く指」(第2話)日本放映版95分(完全版189分)
・1997年3月19日(水)...「ミス・マープル・鏡は横にひび割れて」(第12話)日本放映版93分(完全版204分)
・1997年3月14日(金)...「ミス・マープル・魔術の殺人」(第11話)日本放映版93分(完全版204分)

※ 第1話「書斎の死体」(156分)と第3話「予告殺人」(155分)だけこの時放映されていない(2時間枠の番組に対し、この2作はテレビ放映用の"短縮版"が作られていない)。

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概ね原作に忠実だが、元が過去の事件だからなあ。映像化しにくい原作?

復讐の女神 dvd1.jpg 復讐の女神 dvd.jpg  復讐の女神 主要登場人物.jpg   復讐の女神 ハヤカワ文庫.jpg
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missmarple460.jpg 老富豪ラフィ-ル(フランク・ガットリフ)は、秘書(バーバラ・フランチェスキ)にミス・マープル(ジョーン・ヒクソン)のことを"復讐の女神"だと言っていた。一方ミス・マープルは、妻に追い出された甥のライオネル(ピーター・ティルベリー)を同居させていたが、新聞記事でラフィールの死を知り、カリブ海の島で彼と共に殺人事件を解決したことを思い出した。彼女はラフィールの弁護士ブロードリッブ(ロジャー・ハモンド)とシャスター(パトリック・ゴッドフリー)から、彼が遺言でマープルを「館と庭園の史跡巡り」バス・ツアーに"正義に関心があるならば"と招待していたことを知らされ、礼金は2万ポンドだが調査目的は不明。マープルは、何を解決すべきか分からないながらも故人の期待に応えるべく、ライオネルと共にツアーに参加することに。ツアーがアビー・デューシスに着いた時、旧領主邸からラヴィニア(ヴァレリー・ラッシュ)が、マープルに邸に泊まるよう迎えにを来て、ラフィールの手配であるというこ復讐の女神 03.jpgの招待を彼女は受ける。邸には、彼女の姉クロチルド(マーガレット・ティザック)と妹アンセア(アンナ・クロッパー)がいたが、姉妹は、何年か前にラフィールの息子マイケル(ブルース・ペイン)との婚約後に殺されたヴェリティの親権者だった。マイケルは証拠不十分で釈放され、貧民街で暮らしていた。そんな中、ツアーのメンバーの一人で、かつてヴェリティの教師だったエリザベス・テンプル(ヘレン・チェリーが何者に博物館で石像を落とされて意識不明の重態に。テンプルは、マープルに「あの人たちにヴェリティの真実を聞いて」との言葉を遺して亡くなる。ツアーに参加していたクック(ジェイン・ブッカー)とバロー(アリソン・スキルベック)の女性二人組はマープルを見張っている。同じくツアーメンバーのワンステッド教授(ジョン・ホースリー)は、ラフィールが依頼した犯罪心理学者、これもまたラフィールに呼び寄せられたというブラヴァゾン大執事(ピ-ター・コプリー)は、マイケルとヴェリティは真に愛し合っていたと証言し、ヴェリティは行方不明後半年して水路で顔を潰された死体で発見されたと言う。教授は同時期に行方不明になった少女ノラ・ブレントの母(リズ・フレィサー)に会い、一方マープルは、殺人の動機は"強い愛情"だと断言する―。

復讐の女神 クリスティ文庫.jpg BBC版ジョーン・ヒクソン(Joan Hickson、1906‐1998)主演のミス・マープルシリーズ全12話の内の第8話(本国放映は1987年)。原作はアガサ・クリスティ(1890‐1976)の1971年に発表されたミス・マープルシリーズの長編第11作(原題:Nemesis)で、『カリブ海の秘密』の後日談であり、マープルものでは最後に書かれた長編(この後、続編が予定されていたが、作者の死により未完)。

復讐の女神 1984 01.jpg 『カリブ海の秘密』の「後日談」なのに、このジョーン・ヒクソン版のシリーズでは「カリブ海の秘密」の2年前に作られ放映されていて、そのこと自体が、原作が「続編」と言うより後日談としての「別事件」であることを物語ってはいますが、原作では、ラフィ-ルさんはああ言った、こう言ったという話は結構出てくるんだよなあ(後に作られた「カリブ海の秘密」('89年)では、大富豪ラフィ-ルは、「刑事コロンボ/別れのワイン」('73年)のドナルド・プレザンスが演じている)。

復讐の女神 ラフィ-ルの息子マイケル.jpg ストーリー自体は基本的には原作に忠実ですが、原作では、甥のライオネルがミス・マープルと共にツアーに参加するどころか登場もせず(マープルの単独参加)、エリザベス・テンプルは博物館で石像を落とされて重傷を負うのではなく、野外で岩石を落とされて重体に。また、ラフィ-ルの息子マイケルは、原作では釈放されず収監されているため、貧民窟で貧民救済活動をしているなどといったことはなく、事件解決後に初めて登場する―細かいことを言えばそれ以外にも幾つかありますが、トータルでは概ね原作通りで、このシリーズの基調を外れていません。

 但し、大元(おおもと)の事件が過去のものであるため、それを映像化しないところは原作に忠実ですが(映像化すると"映像のウソ"になってしまうというのもあるが)、その分、やや印象的に弱いような...。原作(マープル物としてはマープルが単身で積極的に謎の解明に関与するという特異な部類?)を大きく下回るものでもないが、原作を超えるものでもないという印象でしょうか。
 2004年以降に作られたグラナダ版のミス・マープルシリーズにおいて、この作品が"純正マープル物"でありながらも今のところ('13年現在)映像化されていないのも、その辺りに理由があるのではないかな。

Miss Marple Nemesis dvd.jpg「ミス・マープル(第8話)/復讐の女神」」●原題:NEMESIS●制作年:1987年●制作国:イギリス●演出:デヴィッド・トッカー●脚本:T・R・ボーウェン●時間:日本放映版106分(完全版204分)●出演:ジョーン・ヒクソン/フランク・ガットリフ/ピーター・ティルバリー/ ブルース・ペイン/ ジェーン・プーカー/ヘレン・チェリー/ジョン・ホースリー/アリソン・スキルベック/ ピーター・コプリー/マーガレット・チザック/ヴァレリー・ラッシュ/ロジャー・ハモンド/パトリック・ゴッドフリー/リズ・フレィサー●日本放映:1996/04/10●放映局:テレビ東京(評価:★★★)

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原作自体に好き嫌いはあるかと思うが、少なくとも原作の持ち味は出し尽くされていた。

バートラム・ホテルにて dvd01.jpg バートラム・ホテルにて dvd02.jpg  バートラム・ホテルにて 02.jpg  バートラム・ホテルにて ハヤカワポケット.jpg
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バートラム・ホテルにてJoan Hickson 1987.gifバートラム・ホテルにて 1987Caroline Blakiston.gifバートラム・ホテルにて 01.jpg ミス・マープル(ジョーン・ヒクソン)が、甥のレイモンドの好意でしばらく滞在することになった古風な格式をが売りの「バートラム・ホテル」。そこに偶々、女性冒険家のベス・セジウィック(キャロライン・ブラキストンン)も投宿していた。ミス・マープルはべス・セジウィックが結婚・離婚を繰り返していることを友人のセリナ(ジョーン・グリーンウッド)から聞く。
バートラム・ホテルにて 1987James Cossins.gifバートラム・ホテルにて 1987Helena Michell.gifバートラム・ホテルにて 1987バートラム・ホテルにて 1987.gif 同ホテルには、ラスコム大佐(ジェイムズ・コッシンズ)が姪と称するエルヴィラ・ブレイク(ヘレナ・ミッチェル)と宿泊しているが、実はエルヴィラはべス・セジウィックの娘で、21歳になると莫大な資産を相続することになっていて、大佐は彼女の後見人であった。また彼女は、母親べス・セジウィックの若い愛人でレーサーのラディスラウス(ロバート・レイノルズ)と連絡を取り合っている。
バートラム・ホテルにて 1987George Baker.gifバートラムPreston Lockwood.gif ホテルが大規模な強盗事件と関係があると以前から睨んでいて、ホテルで張り込みを続けているフレッド警部(ジョージ・ベイカー)は、ミス・マープルに警部であることを見抜かれてしまう。そんな中、宿泊客の一人ペニファーザー牧師(プレストン・ロックウッド)が大事な会議の日を間違えて飛行機に乗れずホテルに戻ってきたところを何者かに襲われ、そのまま失踪するという事件が発生した。 
バートラム・ホテルにて 1987 Neville Phillips.gifバートラム・ホテルにて 1987Brian McGrath.gif フレッド警部は失踪事件を捜査する警部に同行し、ホテルの受付係りやボーイ長のヘンリー(ネヴィル・フィリップス)らに聞き込みをするが、強盗事件、失踪事件とも手掛かりが得られずにいた。そこへ、離れたところで交通事故にあったらしく記憶を失っている牧師が戻ってきて、彼は自分の部屋で"鏡"を見たという。そんな中、ベスの元夫でホテルのドアマンのマイケル・ゴーマン(ブライアン・マクダラス)がホテル前で射殺される。銃撃されたエルヴィラを庇って自分が撃たれたらしい。犯罪組織の黒幕は誰か。ゴーマンを射殺したのは誰か―。

バートラム・ホテルにて ハヤカワ文庫.jpgバートラム・ホテルにて クリスティー文庫2ー.jpg BBC版ジョーン・ヒクソン(Joan Hickson、1906‐1998)主演のミス・マープルシリーズ全12話の内の第7話(本国放映は1987年)で、原作はアガサ・クリスティ(1890‐1976)の、1964年に発表された作品(原題:At Bertram's Hotel)。

 この映像化作品のプロローグでは、列車でロンドンのホテルに向かうミス・マープルと、航空機でホテルに向かうベス・セジウィックが交互に出てきますが、これ、ハヤカワ・ミステリ文庫の真鍋博(1932-2000)による表紙イラストのモチーフと同じです(真鍋博の発案の方が先か。重なったのは偶々だと思う)。

バートラム・ホテルにて 03.jpg 内容はほぼ忠実に原作をなぞっており、この作品の主人公は、表向きは由緒正しく、実は犯罪組織の大掛かりな犯罪のための「舞台装置」である「バートラム・ホテル」そのものであると言ってもよく、それだけにそのホテルをどう撮るかというのが一つの大きなポイントになるわけですが、雰囲気がよく出ているなあという印象(ミス・マープルは、あまりに昔のままであることに却って違和感を抱くわけだが)。原作でかなりの分量を割いているAT BERTRAM`S HOTEL 19871.jpgホテル内の描写や、そこで行われるお茶会の模様が、映像だと一発で分かるわけで、そこが映像の強みですが、逆にイメージと違ったりすると大きな引っ掛かりになるわけで、その点に関しては、この映像化作品は一定水準をクリアしているように思いました。

AT BERTRAM`S HOTEL 19872.jpg 更に、エルヴィラがベス・セジウィックの娘であることも原作よりも早くから明かされており、ますますテンポがいいと言うか、娘エルヴィラに冷たく接するベス・セジウィックの真意というのが作品の一つのテーマになっているため、ドンデン返しの結末の伏線として、早い段階に母娘の対面を持ってきたのも悪くないように思いました。

AT BERTRAM`S HOTEL 19874.jpg この作品、前半部分は、ホテルが何らかの秘密を抱えているらしいという、その謎がメインであって、一方、エルヴィラは、自分の相続関係を調べまくっています。原作を知らないで観ると、メイドが牧師の部屋に入っていったところでその死体を見つけるというのが、時間帯的にもそろそろといったタイミングであるように思われることから、「死体発見シーン」的な典型的な効果音につられて、ついそう思い込んでしまうでしょう。原作を知らない人向けの演出だったんだなあ、あれは(バックの音楽とは裏腹に何も起きないわけだが、このメイドも"一味"だったみたい)。行方不明になった牧師が戻ってきて、ミス・マープルが"鏡"を見たという彼の言葉を頼りに実地検分してみせる場面は、"適度に解説的"でいいのではないかなあ。

 そうこうしているうちに、ドアマンが射殺されるという殺人事件が起きるのですが、それは原作同様、やっとこさ終盤近くになってから。但し、終盤に畳み掛けるように事件の全貌を明かす原作に対し、この映像化作品の方は、途中で少しずつコトの経緯を明かしている印象です。

 それでも、フレッド警部(彼自身が"やり手"であるにも関わらず、次第にミス・マープルべったりになっていく様が愉快で、いい味出している)が"犯人"の自供につられ「組織の黒幕」=「射殺犯」と思い込むに対し、ミス・マープルの意外な謎解きがあって充分に楽しめ、エゴイスティックな犯人は、その場においては見逃されてしまった原作とは異なり(原作のままでは一般には後味悪かろうと考えたのか)しっかり逮捕連行されています。

 原作も好き嫌いはあるかと思いますが、少なくとも原作の持ち味は十分に出し尽くされていた映像化作品ではないでしょうか。ここまでしっかり作られると、後から再映像化する側が、原作にヒネリを加えたくなるのは分かります。2007年に本国イギリスで放映されたジェラルディン・マクイーワン主演の英国グラナダ版では原作を大胆に翻案していますが、それはそれで成功しているように思いました。
 
Agatha Christie's Miss Marple 1.jpg「ミス・マープル(第7話)/バートラム・ホテルにて」」●原題:AT BERTRAM`S HOTEL●制作年:1987年●制作国:イギリス●演出:メアリー・マクマーレイ●脚本:ジル・ハイエン●時間:日本放映版108分(完全版205分)●出演:ジョーン・ヒクソン/キャロライン・ブラキストン/ヘレナ・ミッチェ/ジェームス・コッシンズ/ジョアン・グリーンウッド/ジョージ・ベイカー/ プレストン・ロックウッド/ブライアン・マクダラス/ロバート・レイノルズ●日本放映:1996/05/07●放映局テレビ東京(評価:★★★★)

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原作にほぼ忠実であり、原作同様に推理を堪能できるのではないか。

スリーピング・マーダー dvd00.jpg  スリーピング・マーダー dvd.jpg  スリーピング・マーダー 001.jpg  スリーピング・マーダー クリスティー文庫.jpg
ミス・マープル 第2巻 スリーピング・マーダー [DVD]」「ミス・マープル[完全版]VOL.3 [DVD]

Sleeping Murder, 1987 002.jpg ニュージーランドで育ったグエンダ・リード(ジェラルディン・アレクサンダー)は、夫ジャイルズ(ジョン・モルダー=ブラウン)と新居を購入したが、屋敷の持ち主に案内される前に寝室の場所が分かったり、庭師に頼んだ階段が既に柳の木の下にあったり、建築家に頼んだ扉が壁の裏側にあったりと、初めてのはずの家の中を隅々まで知っているような感覚を抱く。
スリーピング・マーダーDavid McAlister.gif 夫ジャイルズは、ロンドンに住む従弟のレイモンド・ウェスト(ディヴィッド・マカリスター)夫とその妻に会ってグエンダを紹介、レイモンドの叔母ミス・マープル(ジョーン・ヒクソン)と皆で観劇に行くが、劇中の夫が妻を絞殺する場面で、グエンダは恐怖に駆られ叫び出し、マープルはそれは彼女の過去の記憶のせいだと推理、過去は掘り返さない方がよいと助言しつつも調査したところ、グエンダの父はインドから英国へ帰航中にへレンと会って結婚したが、新妻は駆け落ちしていたことが分かる。
スリーピング・マーダー 1987 13.jpg グエンダがヘレンの情報を求める新聞広告を出すと、ヘレンの兄ジェイムズ・ケネディ医師(フレデリック・トレヴェス)が訪ねて来て、彼の話をもとに父の居たナトリウムを訪ね、父の死が、自分がヘレンを絞殺したという妄想に駆られての自殺だったことを知らされる。ヘレンには誰か他の男がいたらしく、グエンダはヘレンの恋人だった男を探し出し、弁護士ウォルター・フェーン(テレンス・ハーディマン)、退役少佐リチャード・アースキン(ジョン・ベネット)、観光会社経営ジャッキー・アフリック(ケネス・コープ)らと会うが、彼らは皆ヘレンに振られただけのようで、犯行証拠は得られない。
 しかし、元料理人イーディス・パジェット(ジーン・ヘイウッド)から、ヘレンの駆け落ち当夜、メイドのリリー(エリル・メイナード)が、旅行鞄の洋服の不自然さから、駆け落ちは見せかけで本当は旦那様に殺されたんだと言っていたことを聞き、リリーから話を聞こうとするが、リリ-は会いに来る途中で絞殺される。マープルが、屋敷の庭の不自然に植えられた柳の下を警察に依頼して掘らせると、そこにはヘレンの死体が埋まっていた―。

スリーピング・マーダー 1987 22.jpg スリーピング・マーダー 文庫.jpg 1984年から1992年にかけて本国イギリスで放映されたBBC版ジョーン・ヒクソン(Joan Hickson、1906‐1998)主演のミス・マープルシリーズ全12話の内の第6話(本国放映は1987年)で、原作はアガサ・クリスティ(1890‐1976)の、その遺言により没後の1976年に刊行された作品(原題:Sleeping Murder)。

 新居探しを夫婦でするなど原作と一部の違いはありますが(原作ではグエンダが単独で探す)、概ね原作に忠実に作られており、原作が充分に推理を堪能できるものであるだけに有難いなあと。これも、「原作を読んだ気」になりたければ、お薦めの映像化作品。

Sleeping Murder, 1987 003.jpg グエンダを演じるジェラルディン・アレクサンダーは、グラナダ版「スリーピング・マーダー」('06年/英)でグエンダを演じたソフィア・マイルズほどには今風の美女というわけではないけれど、本作においては新妻らしさが出ていて良く、ジョン・モルダー=ブラウン(かつて、マクシミリアン・シェル監督、ツルゲーネフ原作の映画「初恋(ファースト・ラブ)」('70年/西独)やイェジー・スコリモフスキー監督の「早春」('70年/英)に美少年俳優として主演)演じるジャイルズもいいです。すぐに仕事に就かなくてもいいという状況設定であるにしろ、根気強く妻の過去の探求に付き合って、いい旦那さんだなあと(まあ、新婚だからね)。

 ヘレンの元恋人たちの、弁護士がマザコンぽかったり、退役少佐が嫉妬深い妻の元であまり幸せそうでなかったり、観光会社経営者が破れた恋を忘れるかのように仕事と趣味に生きていたりする人物造型などもほぼ原作通りですが、主人公である若く希望に満ちたカップルとの対比で、恋愛や夫婦生活というものの様々な位相を上手く見せているように思いました。

 しいて言えば、犯人役が、出てくるなり怪しいという印象を受けなくもないですが、こっちが犯人だと分って観ているせいもあるのかも。原作同様、犯行動機が最後まで伏されているため、原作を未読の人には、推理の面でも楽しめると思います(DVDジャケットが、ミス・マープルがラストで珍しくアクションをすることを仄めかしていて、やや他のものと雰囲気が異なるなあ)。

Sleeping Murder, 1987 001.jpg「ミス・マープル(第6話)/スリーピング・マーダー」」●原題:SLEEPING MURDER●制作年:1987年●制作国:イギリス●演出:ジョン・デイビス●脚本:ケン・テイラー●時間:日本放映版108分(完全版203分)●出演:ジョーン・ヒクソ/ジェラルディン・アレクサンダー/ジョン・モルダー=ブラウン/フレデリック・トレーヴス/ジーン・アンダーソン/テレンス・ハーディマン/ジョーン・スコット/エイリル・メイナード/ケネス・コープ●日本放映:1996/05/08●放映局:テレビ東京(評価:★★★★)

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「原作を読んだ気」になりたければ押さえておくべき作品だが、犯行トリックが分かりにくい。

牧師館の殺人 dvd.jpg  牧師館の殺人 dvd2.jpg 牧師館の殺人 t2.jpg    牧師館の殺人 クリスティー文庫 新訳.jpg
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牧師館の殺人010.jpg セント・メアリ・ミード村の牧師クレメント(ポール・エディントン)の若妻グリセルダ(チェリル・キャンベル)は料理が苦手なメイドに不満を抱いている。そのメイドのマリー(レィチェル・ウィーヴァー)は密猟で刑務所を出たばかりのアーチャー(ジャック・ギャロウェイ)と恋仲で、仕事の方はおざなり。クレメントが牧師館の離れを貸している画家レディング(ジェームス・ヘイゼルダイン)は、プロセロー大佐(ロバート・ラング)の妻アン(ポリー・アダムズ)と恋愛中で、前妻の娘レティス(タラ・マックゴーラン)の水着姿も描いている。副牧師ホゥズ(クリストファー・グッド)は情緒不安定であり、数日前から村に滞在している"謎の女"レストレンジ夫人(ノルマ・ウェスト)を、医師ヘィドック(マイケル・ブラウニング)は親身に思って診察している。そんな中、教会の募金が消えたことに疑いを持ち、帳簿を調べるために牧師館に来ていたプロセロー大佐が書斎で射殺体で見つかり、地元警察のスラック警部(ディヴィッド・ホロヴィッチ)とレイク警部補(イアン・ブリンブル)が捜査に乗り出すが、画家のレディング自首し、誰もが事件は解決と思った。ところが彼にはアリバイがあって犯行不可能とされ、続いて、彼と恋仲にある大佐の妻アンが、自分が夫を殺害したと認めるが、これも筋が通らない―。

牧師館の殺人 マープル.jpg 1984年から1992年にかけて本国イギリスで放映されたBBC版ジョーン・ヒクソン(Joan Hickson、1906‐1998)主演のミス・マープルシリーズ全12話の内の第5話(本国放映は1986年)で、原作はアガサ・クリスティ(1890‐1976)の1930年に刊行されたミス・マープルの長編初登場作品(原題:The Murder at the Vicarage)。ジョーン・ヒクソンはおおよそ80歳だったことになります(後に作られるジェラルディン・マクイーワン(Geraldine McEwan、1932‐)主演の「グラナダ版」は(「牧師館の殺人」は2004年制作)、マクイーワンは当時72歳ぐらいか)。

 ジョーン・ヒクソン版は、シリーズを通して時代設定を1950年代に統一しているため、この「牧師館の殺人」では、原作の戦前の話が戦後の話に置き換わっていますが(ジェラルディン・マクイーワン版もおそらくそう)、どちらかと言えば原作寄りに衣装や風俗、建物や自動車などを再現している感じで、ストーリー展開も原作に忠実です(但し、原作は牧師の手記の形をとっている)。

牧師館の殺人 01.jpg 例えば、この事件の犯人はわざとミス・マープルの目の前を通って行ったうえで犯行を犯し、彼女に捜査をミスリードする証言をさせるわけですが、事件後に捜査が始まってからの「マープル証言」の中での"振り返り"としてその場面が出てくるのに対し、グラナダ版ではリアルタイムでその場面を映しています。

 このように、BBCのこのシリーズは概ね原作に忠実に作られているため、映像化作品を通して「原作を読んだ気」「読み直した気」になりたければ、本作もやはり押さえておくべき作品でしょうか。

 グラナダ版の「牧師館の殺人」の方も、シリーズの中では改変が少ない方ですが(挙動不審の教授と助手のコンビをカットしていない点では、BBC版より原作に忠実?)、原作に無い人物が出てきたりするので、原作に忠実であることを求める人には好かれないのかも。但し、説明的に作られているという点では、このBBC版「牧師館の殺人」よりも犯行の時間差トリックが分かりよいので、BBC版を観てよく分からない部分があった人が、グラナダ版を観て腑に落ちるというこはありそうな気がします。

 画家がレティスの水着姿を描いていることになっているけれど、レティスの水着姿は映像としては出てこず(グラナダ版ではしっかりビキニ姿になっている)、但し、この作品のレティスそのものがあまり魅力的な女性に感じられず、むしろ、牧師の若妻グリセルダや、実はレティスの実の母親で不治の病にあるというレストレンジ夫人の方が、カメラアップに相応しい容貌かも。

牧師館の殺人 02.jpg これ観ると、スラック警部はミス・マープルとの出会いがしらから「事件のあるところにミス・マープルあり」とウンザリしている様子で、最後の最後までミス・マープルを疎ましく思っている印象を受けます。

 ラスト、メイドは恋人と一緒になれてハッピー、一方、マープルは若妻の妊娠を見抜いて、牧師にとってもハッピーエンドですが、レティスと実の母親である(これもマープルが見抜く)レストレンジ夫人が残り僅かながらも濃密な時間を持つことができたというモチーフが、やや脇に回っている印象も。

 ジョーン・ヒクソンの演技はこの作品でも定評通りで、派手さを抑えたちょっとくすんだトーンのセント・メアリ・ミードの描写も良かったですが、デジタル処理してもこのくすみは消えないのかという印象も。それと、オリジナルはもっと長尺(3時間強)であり、このシリーズのテレビ版は概ね上手く短縮編集されていますが、この作品についてはやはり、途中端折ったような印象を受けました。

 本当は関完全版を観て評価すべきなのでしょうが、この作品はテレビ放映でしか観ておらず、テレビでは今まで短縮版しか放映していないのではないかな。この「牧師館の殺人」について言えば、個人的には、グラナダ版の星4つに対してこのBBCの方は星3つぐらいかなあ、BBC版の評価がグラナダ版を下回るのは自分としては珍しいことだけれど、「短縮版としての評価」になってしまうため、その分BBC版にハンディがあるとも言えるかも。

牧師館の殺人.jpg「ミス・マープル(第5話)/牧師館の殺人」」●原題:THE MURDER AT THE VICARAGE●制作年:1986年●制作国:イギリス●演出:ジュリアン・エイミーズ●脚本:T・R・ボーウェン●時間:日本放映版95分(完全版188分)●出演:ジョーン・ヒクソン/ポール・エディントン/ロバート・ラング/シェリル・キャンベル/ポリー・アダムス/タラ・マクゴーラン/ジェームス・ヘイゼルダイン/デヴィッド・ホロヴィッチ●日本放映:1997/03/07●放映局:テレビ東京(評価:★★★)

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美人が出てこないのが故レックスの周辺の暗さを物語っている感じ。原作にほぼ忠実。

ミス・マープル/ポケットにライ麦を dvd.jpg  A Pocketful of Rye title.gif Joan Hickson 1855.gif   ポケットにライ麦を クリスティー文庫2.jpg
ミス・マープル[完全版]VOL.7 [DVD]」 Joan Hickson in Agatha Christie's Miss Marple:A Pocketful of Rye
Rex Fortescue (Timothy West)
ミス・マープル(第4話)/ポケットにライ麦を timothy west.gif 投資会社社長レックス・フォーテスキュー(ティモシー・ウェスト)が事務所で、秘書のミミス・マープル(第4話)/ポケットにライ麦を01.jpgス・グローブナー(スーザン・ギルモア)がお茶を運んだ直後に急死し、その上着のポケット一杯にライ麦が入っていた。ニール警部(トム・ウィルキンソン)とヘイ巡査部長(ジョン・グローヴァー)は数時間前に摂取されたアルカロイド系毒物が死因と鑑識医フレンチ(ルイス・マホニー)から聞き、朝食に毒を盛られたとみて、レックスの自宅であるイチイ邸に行く。
Mary Dove (Selina Cadell)Adele (Stacy Dorning) 
メリー・ダヴ(セリナ・ケイデル).gifStacy Dorning.jpg 家政婦メリー・ダヴ(セリナ・ケイデル)によれば、亡くなったレックスは皆に嫌われていた。若い後妻アディール(スティシー・ドーニング)はヴィヴィアン・デュボア(マーティン・スタンブリッジ)という男と浮気中であり、義理の姉エフィー・ヘンダーソン(ファビア・ドレイク)は階上の自室に籠り切り。邸には長男パーシヴァル(クライブ・メリン)とその妻ジェニファー(レイチェル・ベル)が同居し、他に執事クランプ(フランク・ミルズ)と料理人のクランプ夫人(メレリーナ・ケンドール)、メイドのエレン(ビュー・ダニエルズ)、マープルが躾けを教えたやや愚鈍な小間使いグラディス・マーティン(アネッテ・バッドランド)がいた。
Lance (Peter Davison)
ミス・マープル(第4話)/ポケットにライ麦を  ランス.jpg レックスにアフリカから呼ばれた次男のランス(ピーター・デビソン)が、貴族出身の未亡人での妻パトリシア(フランセス・ロウ)をホテルに置いて邸へ来た夜、アディールが飲み物で毒殺され、グラディスからの電話を受けたミス・マープル(ジョーン・ヒクソン)はマザー・グースの「6ペンスの唄」の歌詞を思い出す。彼女はイチイ邸にタクシーで駆けつけるが邸に入れてもらえず、ニール警部にメモを渡すも彼はそのメモを見ない。その夜、グラディスが洗濯物干し場で殺されているのが発見され、鼻には洗濯バサミが。マザー・グースの歌詞に沿えば、"つぐみ"が事件の背景にあるはずだとミス・マープルは警部に助言し、ランスはアフリカの"つぐみ"鉱山のことだろうと言う。レックスは昔その鉱山で鉱山技師のマッケンジーを見捨てて帰国しており、彼の子供がレックスへの恨みから犯行に及んだ可能性も。更には、犯行にあたって、男性と付き合いたいというグラディスの女心を巧みに利用した男がいるらしい―。

ポケットにライ麦を ハヤカワ文庫.jpg BBC版ジョーン・ヒクソン(Joan Hickson、1906‐1998)主演のミス・マープルシリーズ全12話の内の第4話(本国放映は1986年)で、原作はアガサ・クリスティ(1890‐1976)が1953年に発表したミス・マープルシリーズの長編第6作(原題:A Pocket Full of Rye)であり、マザー・グースの歌詞どおりに殺人が起きる所謂"見立て殺人"です。

 個人的には、原作を読んだ際には、最後の土壇場まで犯人が判らず(ニール警部も同様)、犯人に該当した人物は、『スリーピング・マーダー』の若夫婦や「トミー&タペンス」シリーズの"おしどり探偵"のように事件の真相を探る側に属していると思い込んでしまったために、その意外性が強く印象に残りましたが、それぐらい"好人物"っぽく描かれています(ある意味、"叙述トリック"気味(?)なくらい)。

Patricia Fortescue (Frances Low)
パトリシア(フランセス・ロウ).gif でも、この映像化作品では、ちょっと雰囲気違うなあと。原作を読み犯人が判っていて観ているというのもあったとは思いますが、この犯人、途中でかなりあからさまに怪しげな素振りもみせるし...。

 何よりもイメージが違ったのは、ランスの妻で貴族出身の未亡人パトリシアで、思ったほど美人ではないというか、ハナからこの女性は幸せになれそうな感じではないなあという雰囲気に満ちている...。

Miss Grovenor (Susan Gilmore)/Gladys Martin (Annette Badland)
ミス・グローブナー(スーザン・ギルモア).gifグラディス・マーティン.gif レックスの会社の秘書のミス・グローブナー(スーザン・ギルモア)もそんな美人ではないし、レックスの若い後妻アディールは軽薄そうだし、小間使いグラディスに至っては...。レックスの義姉エフィー・ヘンダーソン(原作ではラムズボトル姓)が一番イメージ通りだったけれど(何だか全てを見透かしている感じ)、これは酸いも甘いも知り尽くしたお婆さんであり、あまり美人が出てこないというのが、故レックスの周辺の暗さを物語っている感じでした。

ポケットにライ麦を 08.jpg 原作は、犯人の手の込んだ遣り口に対して評価が割れるようですが、個人的には面白く読めた作品であり(評価★★★★☆)、プロット的にも精緻だと思われる傑作。その傑作をほぼ忠実になぞっているから(被害者殺害直前の模様を再現シーンで構成しているのは親切)、いろいろ役者のイメージにケチはつけたものの、そう悪い作品にはなりようがないという感じでしょうか。ただ最後だけ、勝手に犯人にカーチェスをやらせて、原作には無い天罰を下してしまったけれど...。

 因みに、ラストシーンのカーチェイス。左右の道路標識(速度制限標識)は'50年代にはまだ無かったタイプのものらしい。

ミス・マープル 第10巻「ポケットにライ麦を.jpgポケットにライ麦を09.jpg「ミス・マープル(第4話)/ポケットにライ麦を」」●原題:A POCKETFULL OF RYE●制作年:1986年●制作国:イギリス●演出:ガイ・スレーター●脚本:T.R.ボウエン●時間:日本放映版102分(完全版196分)●出演:ジョーン・ヒクソン/ティモシー・ウェスト/ファビア・ドレイク/クライブ・メリン/セリーナ・ケイデル/スティシー・ドーニング/トム・ウィルキンソン/ピーター・デビソン/レイチェル・ベル/スーザン・ギルモア/マーティン・スタンブリッジ/フランセス・ロウ●日本放映:1997/03/06●放映局:テレビ東京(評価:★★★★)ミス・マープル 第10巻「ポケットにライ麦を」【字幕版】 [VHS]」 (101分)

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原作にたいへん忠実。箇所によっては原作より丁寧に謎解きしている。

A MURDER IS ANNOUNCED 1985.jpg予告殺人 dvd.jpg Miss Marple A Murder Is Announced (1985).jpg 予告殺人 クリスティー文庫.jpg
ミス・マープル[完全版]VOL.12 [DVD]」『予告殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
Miss Marple: A Murder Is Announced(1985)

マープル 予告殺人 レティシア・ブラックロック夫人.jpg 「リトル・パドックスで今晩7時に殺人があります」という広告が地元の新聞に出たことが村の人の間で話題になり、リトル・パドックスの邸の女主人レティシア・ブラックロック夫人(ウルスラ・ハウェルズ)がパーティの準備をするマープル 予告殺人 マーガトロイド.jpg中、好奇心の旺盛な村の住人たち―イースターブルック大佐(ラルフ・マイケル)とその夫人(シルヴィア・シムズ)、スウエッテナム夫人(メリー・ケリッジ)と息子で作家の卵であるエドマンド(マシュー・ソロン)、豚の世話をするヒンチクリフ(パオラ・ディオニソッティ)と気はいいが頭の弱い友人マーガトロイド(ジョーン・シムズ)、ハーモン牧師(ディヴィッド・コリングズ)とその夫人(ヴィヴィエンマープル 予告殺人 ハナ .jpgヌ・ムーア)―らが集まってくる。やがて7時丁度に居間の明かりが突然消えて銃声がし、見知らぬ男が倒れ絶命していた。銃弾はレティシアの耳をかすめたようで、夫人は耳朶から出血し、夫人の友人で同居人のドーラ・バンニー(レニー・アシャーソン)は気が動転し、難民の外人メイドであるハナ(エレーン・アイヴス・キャメロン)は自分の命が狙われているとヒステリニックに喚く。強盗に入って来た男はホテル従業員のルディ(ティム・チャリングトン)だったが、自殺なのか他殺なのかそれとも事故なのか杳として知れない。
マープル 予告殺人 クラドック警部.jpg 捜査はクラドック警部(ジョン・キャッスル)とフレッチャー巡査部長(ケヴィン・ウェイトリー)によって行われ、居間にいた客をはじめ、レティシアの遠戚であるというジュリア(サマンサ・ボンド)とパトリック(サイモン・シェファード)、夫を戦争で亡くしたという、何か秘密を抱えている様子の若い未亡人フィリッパ(ニコラ・キング)らの証言を探っていく。署長の推薦で意見を求められたマープルは、ルディに強盗をやらせた誰かが犯人だと示唆し、ルディの友達だった女給のマーナ(リズ・クロウサー)に重ねて聞くよう助言したところ、ルディは強盗の真似をして誰かから礼金を貰う約束だったことが判明する。事件には、大富豪ゲドラーの遺産が絡んでいるようで、ゲドラーは妻が死んだ場合は、かつ彼の秘書だったレティシアに遺産が行くようになっていた。そして、ドーラ・バンニーが誕生日パーティの後、毒殺死する―。

予告殺人 ハヤカワ・ミステリ文庫.jpg BBC版ジョーン・ヒクソン(Joan Hickson、1906‐1998)主演のミス・マープルシリーズ全12話の内の第3話(本国放映は1985年)で、原作はアガサ・クリスティ(1890‐1976)の1950年に発表されたミス・マープルシリーズの長編第4作(原題:A Murder Is Announced)。「クリスティ自選のベストテン」にも「日本クリスティ・ファンクラブ員の投票によるクリスティ・ベストテン」にもランクインしている作品であり、また、江戸川乱歩は、クリスティ作品の中で「面白かったもの」のべスト8に挙げていて、それらの中でも『アクロイド殺し』と並んでこの作品を高く評価をしていますが、この映像化作品は、「書斎の死体」などと同じく3部構成ドラマになっており、原作にたいへん忠実で、会話なども原作をそのままなぞっている印象です。

 第3部では、ヒンチクリフとマーガトロイドがルディのやらせ強盗事件の独自の謎解きをして他殺説を裏付け(原作より丁寧に謎解きしている)、事件の夜に誰が居間にいなかったか(つまりその人物がルディの背後に廻ったことになる)をマーガトロイドが思い出したところでヒンチクリフが出かけてしまい、マーガトロイドは洗濯物を取り込んでいる最中に何者かに殺されてしまいます。

 そこでミス・マープルは、犯人を炙り出すための大胆な罠を仕掛けますが(彼女には既にこの時点で犯人の確証はあったということになるのだが)、ミス・マープルが犯人に仕掛けた罠がどういうものであったかが、事件解決の後でマープルが協力者に礼を言う場面などを入れることによって、たいへん分かり易くなっていて、このドラマ版、なかなかの優れものではないかなあと。

 クラドック警部が早くにミス・マープルの才能を見抜くところが、第1話「書斎の死体」のスラック警部と対照的。スラック警部は、第11話「魔術の殺人」で、事件を解決したミス・マープルに「ありがとう」とやっとこさ礼を言い、第一線を退いた第12話「鏡は横にひび割れて」でようやっと、クラドック警部とレイク警部補にミス・マープルの協力も得るようアドバイスするようになりますが、クラドック警部は既にこのエピソードの中で早々と、マープルの信奉者へと変身を遂げています。まあ、常識人であるクラドック警部よりも、ミス・マープルに何度も先を越されても対抗心を燃やし続けるスラック警部の方が、ドラマの構成的には面白いわけだけど...(「弁護士ペリー・メイスン」シリーズなどは、負ける方のライバル検事は一貫してハミルトン・バーガーで、最後はいつも苦虫を噛み潰したような顔していた。このシリーズでそれに該当するのがクラック警部)。

主任警部モース2.jpg クラドック警部を補佐するフレッチャー巡査部長役のケヴィン・ウェイトリーは、英ITVの「主任警部モース」シリーズではモースを補佐するルイス部長刑事役でずっと出ており、この時期、掛け持ちして「別の上司」に付いていたことになりますが、キャラクター的に全く同じに見えるのは、立場が同じだからか。

 このエピソードも「書斎の死体」と同じく、90年代にNHKやテレビ東京などで放映されないままビデオ化され、今でもAXNミステリーなどで放映されるのは完全版です(155分という長さは、「書斎の死体」と同じく完全版の中では一番「短い」類であるということもあるのだろうが)。

マープル 予告殺人 レティシア・ブラックロック夫人2.jpg「ミス・マープル(第3話)/予告殺人」」●原題:A MURDER IS ANNOUNCED●制作年:1985年●制作国:イギリス●本国放映:1985/02/28●演出:デヴィッド・ジャイルズ●脚本:アラン・プレイター●時間:155分●出演:ジョーン・ヒクソン/シルヴィア・シムズ/パオラ・ダイオニソッティ/ メアリー・ケリッジ/ウルスラ・ハウエルス/ジョン・キャッスル/レネ・アシェーソン/ ジョーン・シムズ/ラルフ・マイケル/ケヴィン・ウォートリー/シルヴィア・シムズ/ジョン・キャッスル/マシュー・ソロン/ディヴィッド・コリングズ/ヴィヴィエンヌ・ムーア/エレーン・アイヴス・キャメロン/ティム・チャリングトン/サマンサ・ボンド●ビデオ発売:1998/01●発売元:日本クラウン(評価:★★★★)

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比較的早くにミス・マープルが登場するのは、いい味での"改変"と言えるのは。

動く指 dvd2.jpg動く指 1985 01.jpg ミス・マープル/動く指 dvd.jpg   動く指 クリスティ文庫.jpg
ミス・マープル[完全版]VOL.9 [DVD]」「ミス・マープル 第8巻 動く指 [DVD]
ジェリー(アンドリュー・ビックネル)/ジョアナ(サビーナ・フランクリン)
動く指 1985 Andrew Bicknell.jpg動く指 1985 Sabina Franklyn.jpg 戦争中の飛行機事故で負傷したジェリー・バートン(アンドリュー・ビックネル)とその妹ジョアナ(サビーナ・フランクリン)は、静養でリムストック村を訪ね、ファーズ荘を借りて一時滞在することになるが、やがて兄に妹を中傷する手紙が届き、どうやら中傷の手紙は村の誰彼問わずに送りつけられている模様である。
ガイ(ジョン・アーナット)/モード(ディリス・ハムレット)
動く指 1985John Arnatt.jpg動く指 19851985Dilys Hamlett.jpg 牧師ガイ(ジョン・アーナット)の妻モード(ディリス・ハムレット)は、手紙の主を探るべくミス・マープル(ジョーン・ヒクソン)に相談する。そんな中、弁護士エドワード・シミントン(マイケル・カルヴァー)の妻アンジェラ(エリザベス・カウンセル)が青酸カリを飲んで死亡し、遺体の傍には「次男の父親は違う」という中傷の手紙と「もうダメ」というメモがあっため検死審問では自殺とされたが、ミス・マープルはこれは殺人だと直感する。
マープル(ジョーン・ヒクソン)/エドワード・シミントン(マイケル・カルヴァー)
動く指 1985 Joan Hickson.jpg動く指 1985 Michael Culver.jpg ファーズ荘の料理人パートリッジ(ペネロープ・リー)は、以前ファーズ荘で働いていたメイドのベアトリス(ジュリエット・ウェイリー)から、"自殺"事件の日に奇妙なことがあったので聞いて欲しいと言われ会う約束するが、そのベアトリスはシミントン家の衣装部屋で死体で見つかる。
ミーガン(デボラ・アップルビイ)/エルシー・ホランド(イモジェン・ビックフォード・スミス)
動く指 1985 Deborah Appleby.jpg動く指 1985 Imogen Bickford-Smith.jpg 村に勤めるよそ者の医師オーエン・グリフィス(マーティン・フィスク)はジョアナに恋し、その妹エリル(サンドラ・ペイン)はシミントン氏に思いを寄せる一方、ジェリーはシミントン家の厄介娘ミーガン(デボラ・アップルビイ)の秘めた魅力に気づき、ロンドン行きに同行させて彼女を美しく変身させる。ジョアナは2通目の中傷の手紙を受け取り警察に持参、更に、シミントン家の家庭教師エルシー・ホランド(イモジェン・ビックフォード・スミス)にも中傷の手紙が届き、手紙の指紋からグリフィス医師の妹エリルが逮捕されるが、医師は妹が犯人のはずはないと信じる。クロフォード警視(ロジャー・オスティミー)に依頼して、マープルは真犯人を罠にかける賭けに出る―。

動く指hpm.jpg BBC版ジョーン・ヒクソン(Joan Hickson、1906‐1998)主演のミス・マープルシリーズ全12話の内の第2話(本国放映は1985年)。原作はアガサ・クリスティ(1890‐1976)の1943年に発表されたミス・マープルシリーズの長編第3作(原題:The Moving Finger)で、『牧師館の殺人』(1930)、『書斎の死体』(1942)に次ぐもの。

 原作では、ミス・マープルは、話が全体の4分の3ほど進行して事件が混迷の度を深めた段階でやっと登場し、しかもすぐに引っ込んで、次に登場するラストでは事件を全て解決してしまっているという作りになっているので、クリスティが自作の自選ベストテンに入れている作品でありながらも、読む側としてはやや未消化感が残りましたが、この映像化作品では、そうしないと映像的に持たないというのものあってか比較的早くにミス・マープルが登場し、結構積極的に捜査に関わっており、これはいい意味での"改変"と言えるのでは。あとは概ね原作に忠実ではないでしょうか。

動く指 1985 02.jpg 原作が、田舎町でブラック・メールの飛び交うという陰湿な話のようでありながらそれほど暗くないのは、主人公の兄妹の気の置けない遣り取りと彼らを含む登場人物の恋愛模様を絡めることで毒が中和されているためであり、この映像化作品では、とりわけ妹ジョアナとグリフィス医師、兄ジェリーと二十歳の娘ミーガンとのボーイ・ミーツ・ガール的なストーリーを丁寧に描くことで、更にその中和度を増している印象です。

THE MOVING FINGER 001.jpg 一方で、プロット的には犯人への手掛かりを原作以上に伏線として見せることはしていないので、最後のミス・マープルの謎解きは、原作同様に"ばたばたっ"という印象を受けざるを得ないかも。でもこれ、事件として振り返るとそう複雑なものではないため、下手にヒントを示すと犯人がすぐに解ってしまうというのもあるのかもしれません。

 第1話「書斎の死体」に続き、イギリスの田舎町ののんびりした感じがよく出ている一方(原作の戦中の話が戦後に置き変わっている)、ヒロインのジョアナを演じたサビーナ・フランクリンは、このシリーズとしては現代風のヒロイン像。但し、これだと村の噂では「化粧の濃い女」になってしまうのか。ナルホドね。家庭教師エルシー役のイモジェン・ビックフォード・スミスも美人でした。

動く指 title1.jpg「ミス・マープル(第2話)/動く指」」●原題:THE MOVING FINGER●制作年:1985年●制作国:イギリス●本国放映:1985/02/21●演出:ロイ・ボールティング●脚本:ジュリア・ジョーンズ●時間:日本放映版95分(完全版189分)●出演:ジョーン・ヒクソン/アンドリュー・ビックネル / サビーナ・フランクリン/ジョン・アーナット/ディリス・ハムレット/マイケル・カルヴァー/エリザベス・カウンセル/ペネロープ・リー/ジュリエット・ウェイリー/マーティン・フィスク/サンドラ・ペイン/デボラ・アップルビイ/イモジェン・ビックフォード・スミス/ロジャー・オスティミー/リチャード・ピアソン/ヒラリー・メイソン●日本放映:1997/03/13●放映局:テレビ東京(評価:★★★★)

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BBC版「第1話」。原作にほぼ忠実。スラック警部の"ご機嫌斜め"ぶりが可笑しい。

ミス・マープル 書斎の死体 vhs.jpg  ミス・マープル 第1巻 書斎の死体 dvd.jpg  ミス・マープル 書斎の死体 000.jpg
ミス・マープル 第1巻「書斎の死体」【字幕版】 [VHS]」/「ミス・マープル 第1巻 書斎の死体 [DVD]」ジョーン・ヒクソン
ミス・マープル 書斎の死体 vhs00.jpg セント・メアリー・ミード村の大佐の邸ゴシントン・ホールの書斎で家政婦が若い女性の死体を発見、バントリー大佐(モーレイ・ワトソン)と妻ドリー(グェン・ワットフォード)に知らせるとともに警察に連絡、ドリーは友人のマープル(ジョーン・ヒクソン)を車で呼び寄せて相談する。事件捜査の方は、大佐の友人メルチェット警察本部長(フレデリック・イエガー)が担当し、スラック警部(デヴィッド・ホロヴィッミス・マープル 書斎の死体 01.jpgチ)、レイク警部補(イアン・ブリンブル)が現場を受け持つことに。マジェスティック・ホテルから行方不明者の捜索願が出されていたが、死体はホテルダンサーのルビー・キーン(サリー・ジェイン・ジャクソン)だという証言が得られる。ルビーは足首を痛めたジョージー(トゥルディー・スタイラー)が代わりに雇った少女で、捜索願を出した大富豪コンウェイ・ジェファーソン(アンドリュー・クルイックシャンク)はルビーを養女にするつもりだったと言う。一方、村の男マルコム(コリン・ヒギンズ)が採石場で燃えた車と焼死体を発見するが...。

ミス・マープル 書斎の死体 00.jpg コンウェイは8年前の航空機事故で家族を失い、自らも車椅子でのホテル住まいであり、遺された義理の娘アデレード(シーラン・マッデン)と息子マーク・ギャスケル(キース・ドリンクル)の世話になっていた。スラック警部はダンサー兼テニスコーチのレイモンド(ジェス・コンラッド)らを事情聴取。一方、黒焦げの車はルビーと最後に踊ったバートレット(アーサー・ボストロム)のものであり、焼死体はリーヴ少佐(スティーブン・チャーチェット)の娘パメラ(アストラ・シェリダン)と思われた。普段素行が良くない映画制作者のベィジル・ブレイク(アンソニー・スメー)が事件の夜に外出しており、彼に強い容疑がかかる。

ミス・マープル 書斎の死体 vhs2.jpg マープルはジェファーソンの友人で警視庁の元警視総監のヘンリー・クリザリング卿(レイモンド・フランシス)に、ルビーを殺した人物はパメラ殺しと同一犯で、第三の殺人を計画していると話し、ヘンリー卿は本部長にマープル同席でパメラの友人の再尋問を依頼、本部長はスラック警部に指示、マープルはパメラの友人フローリー(カレン・シーコーム)から映画のカメラ・テストを受けるためホテルへ行くと言っていたとの証言を得る。彼女はベィジルの女ダィナ・リー(デビー・アーノルド)がベィジルと結婚していることを見抜き、夫の助けになるように忠告するが、直後にスラック警部は、ベィジルの車から見つかった敷物の繊維を物証としてベィジルを逮捕する―。
ミス・マープル[完全版]VOL.6 [DVD]

書斎の死体 クリスティー文庫.jpg 1984年から1992年にかけて本国イギリスで放映されたBBC版ジョーン・ヒクソン(Joan Hickson、1906‐1998)主演のミス・マープルシリーズ全12話の内の第1話(本国放映は1984年)。原作はアガサ・クリスティ(1890‐1976)の1942年に発表されたミス・マープルシリーズの長編第2作(原題:The Body in the Library)。

 原作は傑作ですが、この映像化作品もしっかり作られています。登場人物が錯綜しているためか、挙動不審の教授と助手のコンビの存在が割愛されていたりしますが、でも、これ、元々あまり本筋には関係無かったかも。

ミス・マープル 書斎の死体 04.jpg 原作はプロット的にも「死体入れ替え・時間差」殺人とやや凝っていて複雑。書斎で見つかった死体が検分の結果"処女"だったとか、村の知恵遅れの男マルコムが採石場で比較的早いうちに車と焼死体を発見するが最初は警察に相手にされないとか、村人から疑いの目で見られ始めたバントリー大佐に対して、映画制作者(原作では実は道具係り)のベィジル・ブレイクが「お話したいことがあります」と申し出る場面とかは何れも原作には無く、これみんな、視聴者に対する犯人推理の"助け舟"かと思われます(ベィジル・ブレイクが庭で何かを燃やしているのをマルコムに何を燃やしているのか訊かれ、「うちのばあさんさ」と答えたのは、死体を運んだ際の絨毯を処分していたわけか)。

ミス・マープル 書斎の死体 03.jpg マープル物の長編第2作、BBC版第1作でありながら、元警視総監ヘンリー卿をしてミス・マープルのことを「イギリス一の犯罪学者。メアリー・ミード村の観察から世界を見ている」と言わしめているのは、先行する短編集『火曜クラブ』でミス・マープルの推理力の凄さを知ったことによるものでしょう。デヴィッド・ホロヴィッチ演じるスラック警部は、現場の捜査が忙しい割には進展が無い中で上司からマープルの意見を聴くよう言われて、「ばあさんと引退した警視総監の両方の面倒を見なければならない」とご機嫌斜めなわけです(この"ご機嫌斜め"ぶりが可笑しいのは、サラリーマンにとっては、会社の中でもこうしたことが時にあるからかもしれないからか)。

クラドック警部.jpg ミス・マープルとスラック警部は、原作では、『牧師館の殺人』でスラック警部がミス・マープルに事件解決の先を越されているためマープルに対してライバル心を燃やすという設定ですが、このBBC版は「第1話」であるため当然"初顔合わせ"となり、この後、第5話「牧師館の殺人」だけでなく、第9話「パディントン発4時50分」では原作のクラドック警部に代わって登場するなど、このTVシリーズで重要な位置を占めます。それだけに、この第1話は、スラック警部の、やり手ではあるが、それ以上に自らがやり手であるということへの自負心が強いというキャラクターを重点的に描いているように思いました。

 結局スラック警部は、自らのプライドの高さからマープルのことをなかなか認めようとしないのですが、第11話「魔術の殺人」では、事件を解決したミス・マープルに「ありがとう」としゃちほこばってぎこちない礼を言い、第12話「鏡は横にひび割れて」では、クラドック警部とレイク警部補に捜査を指示する際にマープルの協力も得るよう指示し、自らも積極的にマープルの助言を仰いで捜査を進めるようになるという、こうした両者の関係の変化もこのシリーズの見所です。

 この作品は90年代にテレビ東京やNHKでこのシリーズが放映された際の(何れも短縮版)ラインアップに入っておらず、先にVHSが販売され、その後も地上波では放映されなかったという経緯もあってか、近年AXNミステリーなどで放映される場合も常に完全版で放映されています。

ミス・マープル 完全版 DVD BOX .jpg
ミス・マープル 完全版 DVD BOX 1,2

【BOX1】収録内容

Disc.1『復讐の女神』(Nemesis)
Disc.2『バートラム・ホテルにて』(At Bertram's Hotel)
Disc.3『スリーピング・マーダー』(Sleeping Murder)
Disc.4『パディントン発4時50分』(4.50 from Paddington)
Disc.5『カリブ海の秘密』(A Caribbean Mystery)
Disc.6『書斎の死体』(The Body in the Library)


【BOX2】収録内容

Disc.7『ポケットにライ麦を』(A Pocketful of Rye)
Disc.8『牧師館の殺人』(The Murder at the Vicarage)
Disc.9『動く指』(The Moving Finger)
Disc.10『魔術の殺人』(They Do it with Mirrors)
Disc.11『鏡は横にひび割れて』(The Mirror crack'd from side to side)
Disc.12『予告殺人』(A Murder in Announced)
 
 
    
 
「ミス・マープル(第1話)/書斎の死体」」●原題:THE BODY IN THE LIBRARY●制作年:1984年●制作国:イギリス●演出:シルビオ・ナリッツァーノ●脚本:T・R・ボーウェン●時間:156分●出演:ジョーン・ヒクソン/グエン・ワットフォード/モーリー・ワトソン/フレデリック・イエガー/デヴィッド・ホロヴィッチ/アンソニー・スメー/アンドリュー・クルイックシャンク/シーラン・マッデン/トゥルディー・スタイラー/イアン・ブリンブル●ビデオ発売:1997/05●発売元:日本クラウン(評価:★★★★)

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「おしどり探偵」シリーズのパイロット版? ただし、セリフの一つ一つからして原作に忠実。

アガサ・クリスティ なぜ、エヴァンズに頼まなかったか vhs.jpg  アガサ・クリスティ なぜ、エヴァンズに頼まなかったか dvd.jpg  Why Didn't They Ask Evans dvd.jpg
アガサ・クリスティー・ミステリーズ Vol.3「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」【字幕版】 [VHS]」「おしどり探偵[完全版]VOL.7 [DVD]」「Why Didn't They Ask Evans [DVD] [Import]

Why Didn't They Ask Evans? [1980] [VHS].jpgなぜ、エヴァンズに頼まなかったか.jpg 牧師の息子ボビー・ジョーンズ(ジェームズ・ワーウィック)はトーマス医師(バーナード・マイルズ)とゴルフの最中に、崖から転落した瀕死の男を見つける。男は「なぜエヴァンズに頼まなかったか?」という言葉を口にして息絶える。ボビーが男が持っていた美しい女性の写真を見た後、そこへロジャー・バッシントン・フレンチ(リー・ローソン)と名乗る男が現れ、用事があったボビーは彼に後を任して帰宅する。新聞では、死んだ男はアレックス・プリチャードといい、妹の写真を持っていたと報じられたが、ロジャーが、幼馴染みフランシス(フランキー)・ダーウェント(フランセスカ・アニス)と共に臨んだ検死審問に現れた男の妹を名乗る女性ケイマン夫人(ミッツィ・ロジャーズ)は、写真の女性とは似ても似つかなかった。訝しんだボビーは敢えて彼女の問いに応え、男の死に際の言葉を手紙で伝える。その後、ボビーのもとに南米での好条件の仕事の話が舞い込むが、友人のバッジャー(ロバート・ロングデン)と中古車業を開業したばかりだったためにその誘いを断り、すると今度は何者かにビールにモルヒネを盛られて命を落としかける。

Why Didn't They Ask Evans? [1980] [VHS]

Francesca Annis as Frankie Derwent 02.jpg フランキーは、南米行きの話があったり命を狙われたりしたのは謎の言葉のせいだとし、好奇心旺盛な彼女は、写真をすり替えたと思しきロジャー・バッシントン・フレンチの居る邸の前でジョージ医師(ロウランド・ディヴィズ)と組んで偽装クルマ事故を起こし、邸内に客として入り込む。邸の当主のヘンリー・バッシントン・フレンチ(ジェイムズ・コッシンズ)はロジャーの兄でありモルヒネ中毒者、邸内にはヘンリー夫人のシルヴィア(コニー・ブース)と息子トミーがいて、トミーはフレンチ家に出入りするニコルソン博士(エリック・ポーター)に馴染んでいた。フランキーが崖から落ちた男の新聞切り抜き写真を夫人に見せると、リヴィントン夫妻と一緒に来たカナダ人学者で冒険家のアラン・カーステーアズにそっくりだという。

 ボビーもフランキーの指示で彼女の運転手を装って様子を探るが、夜中にニコルソン博士の診療所の庭でモイラ(マデリーン・スミス)に出くわす。彼女は、シルヴィアとの結婚を図っている夫に殺されると言って助けを求めるが、彼女こそロジャーが見た写真の女性だった。しかし彼女は、エヴァンスのことは知らないと言う。フランキーはボビーをリヴィントン夫人(ジョーン・ヒクソン)の元へ行かせ、アラン・カーステーアズが死んだ億万長者のサヴィッジのことで何かを調べていたらしいことを探る。ボビーは、ニコルソン医師が嫉妬してアラン・カーステーアズを殺したのではないかと疑う。そんな中、フレンチ家の当主ヘンリーが自殺と思われる死を遂げるが、ボビーはニコルソン医師を疑い、医師に監禁されていると思われるモイラの救出に燃える―。

なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか? クリスティーb.jpg 1980年制作の英国ITV版で、原作はクリスティ1934年発表の『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか』。2009年にも英国グラナダTVで「ミス・マープル」シリーズ(ジュリア・マッケンジー主演)の1作として映像化されていますが、もともとはポアロやミス・マープルのようなシリーズ・キャラクターは登場しない"ノン・シリーズ"ものです。但し、原作が「トミー&タペンス」の"おしどり探偵"シリーズの先駆けとなったように、この作品でボビーとフランキーを演じたフランセスカ・アニス(Francesca Annis)、ジェームズ・ワーウィック(James Warwick)のコンビで、「トミー&タペンス おしどり探偵(二人で探偵を)」(Partners in Crime)としてTVシリーズ化されています。

Francesca Annis as Frankie Derwent.jpg それだけ、ボビー役のジェームズ・ワーウィックとフランキー役のフランセスカ・アニスの演技が好評だったということだと思いますが、特にフランセスカ・アニスは、好奇心旺盛な貴族令嬢フランキーの役が嵌っていて、ファッションや立ち振る舞いにおいて大人の女性の雰囲気を漂わせる一方で(オードリー・ヘプバーンをよりタフにした風)、ボビーとの軽快でコミカルな遣り取りが楽しく、前半部分はボビーを一方的にリードして謎解きを進め、ボビーに次々指示を出す―それが、後半、ボビーがモイラに惹かれているのを察すると、ボビーと共にモイラの救出にあたるもやや複雑な心境になるという、その心の移り変わりが上手く描けていたように思います(フランセスカ・アニスは「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第9話)/バートラム・ホテルにて」('07年)にも出ている)。

 結局、モイラの前にやや盲目的状態となっているボビーに対して、これはおかしいと気づくのは彼女ですが、彼女の発した言葉からボビーも真相に行き着くという、この辺りの展開も含め、セリフの一つ一つからして原作に忠実で、原作ではもう一人の犯人である男は海外に逃げおうせ、手紙で事の真相を告げてくるのに対し、この作品では、犯人がフランキーに言い寄る形で犯行の経緯を告げる点ぐらいが原作との明確な相違点でしょうか。これは映像化作品としての効果を考えてのことでしょう。

Madeline Smith 01.jpgMadeline Smith 12.jpgMadeline Smith 11.jpg モイラ役を演じたマデリーン・スミス(Madeline Smith)は、「ドラキュラ血の味」('70年/英)などのハマー・ホラーに何作か出ていたほか、「007/死ぬのは奴らだ」('73年/英)でジェーン・シーモアらと共にボンド・ガールとしてロジャー・ムーアの相手役も演じている女優です。このモイラ役は、グラナダ版でも、ナタリー・ドーマー(Natalie Dormer)というセクシー女優が演じていますが、このITV版ではセクシーさよりも翳のあるミステリアスな雰囲気の方を重視した演出となっています。

Joan Hickson1980.jpg アラン・カーステーアズの情報を教えるリヴィントン夫人役で登場するジョーン・ヒクソン(Joan Hickson、1906‐1998)(最初の日本オンエア版ではカットされている)は、1984年から1992年にかけて英国で放映されたBBC版ミス・マープルシリーズ全12話でミス・マープルを演じることになるわけですが、この作品の中では顔つきも体型もややふっくらしたお金持ちの貴婦人といった風で、綺麗な服を着て贅を尽くした応接間に居るため、見た目は"ミス・マープル"とは随分差があり、彼女が出ていることを知らずに観ていると見落としてしまうかも。別に謎解きをするわけでもない、単なる話し好きの有閑婆さんという感じですが、それでも演技はやはりあの"ミス・マープル"でした。

どり探偵[完全版]DVD-BOXI.jpg 尚、この作品の翌年に「七つのダイヤル」('81年)がフランセスカ・アニス、ジェームズ・ワーウィックのコンビで作られていて、その後、'83年から'84年にかけて、同コンビで、『秘密機関』と、『おしどり探偵』所収の10短編がTVドラマ版として映像作品化されており(第1話「桃色真珠紛失の謎」、第2話「謎を知ってるチョコレート、第3話「キングで勝負」、第4話「赤い館の謎」、第5話「サニングデールの怪事件」、第6話「大使閣下の靴の謎」、第7話「霧の中の男」、第8話「婚約者失踪の謎」、第9話「鉄壁のアリバイ」、第10話「かくれ造幣局の謎」)、従ってこの「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」と「七つのダイヤル」は、シリーズのパイロット版乃至は番外編という位置づけになっているようです。本シリーズは、夫婦物ではありますが、子供でも楽しめる極めて"健全"な冒険活劇譚となっています(昔、結構楽しみながら観た。今観るとややご都合主義な展開も目立つが...)。
おしどり探偵[完全版]DVD-BOXI
第1話:桃色の真珠紛失の謎/第2話:謎を知ってるチョコレート/第おしどり探偵[完全版]DVD-BOXII.jpg3話:キングで勝負/第4話:赤い館の謎/第5話:サニングデールの怪事件/第6話:大使閣下の靴の謎/第7話:霧の中の男/第8話:婚約者失踪の謎/第9話:鉄壁のアリバイ/第10話:かくれ造幣局の謎

おしどり探偵[完全版]DVD-BOXII

「秘密機関」「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」「七つのダイヤル」

「トミー&タペンス おしどり探偵(二人で探偵を)」AGATHA CHRISTIE`S PARTNERS IN CRIME (ITV 1983~1984) ○日本での放映チャネル:NHK/AXNミステリー

なぜエヴァンズに頼まなかったのか? vhs2.jpg「アガサ・クリスティ/なぜエヴァンズに頼まなかったのか?」●原題:AGATHA CHRISTIE`S WHY DIDN'T THEY ASK EVANS?●制作年:1980年●制作国:イギリス●監督:ジョン・ハワード・デイヴィス/トニー・ワームビー●脚本:パット・サンダース●撮影:マイク・ハンフリーズ●時間:日本放映版147分(完全版189分)●出演:フランセスカ・アニス/ジェームズ・ワーウィック/ジョン・ギールグッド/バーナード・マイルズ/エリック・ポーター/ジェイムズ・コッシンズ/リー・ローソン/マデリーン・スミス/ロバート・ロンデン/コニー・ブース/リンダ・マーシャル/ジョーン・ヒクソン●日本放映:1981/??/??●放映局:NHK(評価:★★★★) 
Madeline Smith  
Madeline Smith 21.jpgMadeline Smith 04.jpgMadeline Smith 03.jpg007/死ぬのは奴らだ」('73年/英)

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かっちりした構成。ポワロの人間観察の本領がよく発揮された傑作。

ハヤカワ・ポケット・ミステリ クリスティ「五匹の子豚」.jpg五匹の子豚 文庫1.jpg 五匹の子豚 文庫2.jpg新訳(復刻カバー) ハヤカワ・ミステリ文庫 「五匹の子豚」.jpg
ハヤカワ・ポケット・ミステリ(桑原千恵子:訳)/クリスティー文庫(旧訳(桑原千恵子:訳)/新訳(山本やよい:訳(真鍋博カバー絵復刻版))/ハヤカワ・ミステリ文庫(桑原千恵子:訳) 『五匹の子豚 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』『五匹の子豚 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』『五匹の子豚 (ハヤカワ・ミステリ文庫 1-21)

Five Little Pigs Pan264.jpgFive Little Pigs - Fontana 309.jpgFive Little Pigs.jpg 16年前に画家である夫エイミアス・クレイルを殺害したとして死刑を宣告され、その1年後に獄中で死亡した母キャロラインの無実を訴える遺書を読んだカーラ・ルマルションは、母が潔白であることを固く信じポアロのもとを訪れる。彼女の話に興味を覚えたポアロは、あたかも「五匹の子豚」の如き5人の関係者との会話を手掛かりに過去へと遡る―。

Pan Books (1953)/Fontana (1959)/HarperCollins UK(2010)

Five Little Pigs1942.jpg 1943年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品(原題:Five Little Pigs(米:Murder in Retrospect))で、同じ頃に書かれ、作者の遺言により没後に発表された『スリーピング・マーダー』と同じ、所謂"回想の殺人"物です。また、この作品については1960年初演の戯曲版もあり(『殺人をもう一度』)、こちらは『ナイルに死す』の戯曲版などと同様、ポワロが登場しません。『五匹の子豚』は2010年に早川文庫の「クリスティー文庫」で山本やよい氏による新訳が出ましたが、活字も大きくなり読み易いものでした(「クリスティー真鍋博2.jpg文庫」に所収の従来ものは、「ハヤカワ・ポケットミステリ」「ハヤカワ・ミステリ文庫」以来の桑原千恵子訳)。尚、「クリスティー文庫」新訳版のカバーイラストは、「ハヤカワ・ミステリ文庫」の真鍋博のものを復刻させています。

真鍋 博1932-2000/享年68)

五匹の子豚19.jpg カーラがポアロを訪ねて父であるエイミアス・クレイルの死の真相の究明を依頼する前置きがあって、その後が3部構成になっていて、ポアロが、かつて事件が起きた際の関係者に一人ひとり会って話を聞き、更に当時の事を手記に書くよう依頼する第1部、その関係者5人からポアロのもとへ寄せられた当時の状況を回想した手記から成る第2部、ポアロが5人の関係者に一人ずつ最後の質問を行い、最後に全員を集めて謎を解く第3部―となっています。

 再読なので犯人を知りながら読んだのですが、それでも面白かったなあ。最初に読んだ際は、謎解きの面白さ及びラストの展開の意外性と、かっちりした"構成美"に感服しましたが、改めて読むと、登場人物一人ひとりの他者に対する感情や愛憎などの心理的な起伏を見抜くことによって犯人へ至るという、まさにポワロの人間観察の本領がよく発揮されている作品のように思いました。

 クリスティ作品のベスト・ランキングにあまり入ってこないのは、タイトルのせいもあるのかなと。マザー・グースを下敷きにしていても、その歌の通りに殺人が起きる『ポケットにライ麦を』(「6ペンスの唄を唄おう」)や『そして誰もいなくなった』(「10人のインディアン」)と比べると、元歌(「このこぶたは市場にいった」This Little Pig Went to Market)の歌詞との関連が弱いというのもあるかも。元歌の歌詞の一般的な訳詞は次の通り。
 
 このこぶたは 市場にいったよ
 このこぶたは おるすばん
 このこぶたは ローストビーフたべて
 このこぶたには なんにもなし
 このこぶたは ないちゃった
 ウィー ウィー ウィー ウィー ウィー、
 帰る道がわからないよう。

 本書での5人の容疑者が「5匹の子豚」のどれに該当するかは、ポワロが5人を訪問する話の各見出しに(本書による訳での)歌詞の一部がそのまま使われているので一応は判別可能で、それによれば以下の通りになります(山本訳)。

 この子豚はマーケットへ行った → 被害者の親友フィリップ・ブレイク (株取引か何かで儲けた?)
 この子豚は家にいた  → フィリップ・ブレイクの兄メレディス (引き籠りみたいな暮らしぶり?)
 この子豚はロースト・ビーフを食べた → 被害者の元愛人エルサ・グーリア (欲しいものは手に入れる肉食系?)
 この子豚は何も持っていなかった → 元家庭教師のウィリアムズ先生 (今や孤独なオールド・ミス?)
 この子豚は"ウィー、ウィー、ウィー"と鳴く → キャロラインの妹アンジェラ (?????)

 アンジェラが何故「"ウィー、ウィー、ウィー"と鳴く」子豚に該当するのかよく分からないなあ(昔はいたずらっ子だったからか。それとも、彼女だけが姉の無実を信じており、そのために今もその死を悼んでいるからか)。でも、個人的にはこの作品、傑作だと思います。
 「クリスティ作品のベスト・ランキングにあまり入ってこない」と書きましたが、クリスティのディープな読者でこの作品のファンは結構いて、新訳版が出された理由もそこにあるのではないかと思いました。

名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚  00.jpg名探偵ポワロ 五匹の子豚 dvd.jpg名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚_pigs1.jpg名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚ges.jpg「名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚」 (03年/英) ★★★★
                               
 

 

第7話)/五匹の子豚 dvd.jpg五匹の子豚01.jpg五匹の子豚00.jpg「クリスティのフレンチ・ミステリー(第7話)/五匹の子豚」 (11年/仏) ★★★☆ 

【1957年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(桑原千恵子:訳)]/1977年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(桑原千恵子:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(桑原千恵子:訳)]/2010年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(山本やよい:訳)]】

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若夫婦を暖かく見守りつつ事件の核心に迫るミス・マープルの関与の仕方がいい。

Agatha Christie - Sleeping Murder (audiobook).jpgSleeping Murder 01.jpgSleeping Murder 1977.jpg スリーピング・マーダー クリスティー文庫.jpg スリーピング・マーダー 文庫.jpg Sleeping Murder: Miss Marple's Last Case (Miss Marple Mysteries)/Fontana版(1977)/『スリーピング・マーダー (クリスティー文庫)』『スリーピング・マーダー―ミス・マープル最後の事件 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
Sleeping Murder (audiobook) 
『スリーピング・マーダー―ミス・マープル最後の事件』(1977年/ハヤカワ・ノヴェルズ)
『スリーピング・マーダー』.jpg 新婚のグエンダ・リードは、夫ジャイルズとの新居を求め、夫より一足先にニュージーランドから故郷イングランドに戻り、自分で捜し出した物件であるヴィクトリア朝風の家で新たな生活を始めるが、奇妙なことに初めて見るはずの家の中に既視感を抱く。ある日、観劇に行ったグエンダは、芝居の終幕近くの台詞を聞いて突如失神し、彼女は家の階段の下で殺人が行なわれた記憶をふいに思い出したと言う―。

 1976年、アガサ・クリスティ(1890‐1976)の没後に発表されたクリスティ最後の作品ですが、実際にはクリスティが存命中の第二次世界大戦中(1943年)に『カーテン』とともに執筆され、死後出版の契約を結んで、ニューヨークで厳重に保管されていたとのこと。

  1940年頃は、クリスティが『そして誰もいなくなった』や『ゼロ時間へ』を発表した黄金期に該当し、本作も傑作と言っていいのでは。ミス・マープルが18年前の事件の謎を解く、所謂「回想の中の殺人」というもので、3人の容疑者が浮かび上がりますが、最後ぎりぎりまでその内の誰が犯人か分からない―と思ったら...。

 グエンダ、ジャイルズ夫妻は、ミス・マープルの助けを借りつつも自らも謎を解こうとするわけですが、グエンダは、過去を掘り返すことに不安をも覚えていて(父親が殺人者である可能性が当初からあったため)、それでも2人して協力し合っていく前向きな姿が良く、それを暖かく見守りつつ事件の核心に迫るミス・マープルの関与の仕方もいいです。

 訳出当初は、「ミス・マープル最後の事件」とのサブタイトルがついてましたが、一応クリスティの"遺作"ということになっているけれども、作中どこにもミス・マープルが引退を仄めかすような記述は無かったように思います。

 「クリスティー文庫」解説の作家の恩田睦氏が、「『アクロイド殺し』や『オリエント急行の殺人』などの超有名トリック作品というのは、たった一行でネタが割れてしまい、これって結構怖いというか恐ろしいことだと思う」と書いていますが、まさにその通りだなあと。『アクロイド殺し』や『オリエント急行の殺人』は、先に読んだ友人にネタを明かされたらお終いという感じにもなってしまう作品かも。

 本作も、その要素がゼロではないけれど、複数の容疑者のキャラクターや、そうしたキャラクターに絡んでくる容疑のポイントが旨く書き分けられていて、再読でも楽しめるものとなっています。

 クリスティが自分の死後に発表するよう娘に託したのが『カーテン』で、夫に託したのがこの『スリーピング・マーダー』で、おそらく、自分が生前に動けなくなっても作品だけは出せるようにとの意図もあったと思われ、結果的には、『カーテン』の方は、クリスティが亡くなる前年の1975年に発表が許可され、この『スリーピング・マーダー』のみ没後刊行されています。

 自分の存命中に自作の評価を知りたくはなかったのかなあという気もしますが、作者が亡くなった後もその"新作"を読めるようにというファンサービスだったのかあ? (死後発表されたため)自らが選んだベストテンに入っていミス・マープル(第6話)/スリーピング・マーダー00.jpgないけれど、おそらく十分に自信作でもあったんだろうなあと思います。

スリーピング・マーダー dvd.jpgスリーピング・マーダー 001.jpg 「ミス・マープル(第6話)/スリーピング・マーダー」 (87年/英) ★★★★
 


   

ミス・マープル スリーピング・マーダー dvd.jpg
ミス・マープル2 スリーピング・マーダー 03.jpgミス・マープル2 スリーピング・マーダー 02.jpg
「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第5話)/スリーピング・マーダー」 (06年/英) ★★★☆

  
クリスティのフレンチ・ミステリー/杉の柩.jpgフレンチ・ミステリー(第10話)/スリーピング・マーダー.jpg「クリスティのフレンチ・ミステリー(第10話)/スリーピング・マーダー」 (12年/仏) ★★★☆

【1977年単行本[ハヤカワ・ノヴェルズ(綾川梓:訳)]/1990年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(綾川梓:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(綾川梓:訳)]】
  

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"復讐の女神"としての自負心のもと、積極的に事件に飛び込んで行くミス・マープル。

復讐の女神』 (1972.jpg復讐の女神 クリスティ文庫.jpg 復讐の女神 ハヤカワ文庫.jpg  Nemesis.jpg
『復讐の女神』(ハヤカワ・ミステリ)『復讐の女神 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』『復讐の女神 (1980年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』 "Nemesis"(Pocket, 1973/Tom Adams)

 ある日ミス・マープルは新聞の死亡欄で、かつて「カリブ海の秘密」において事件に共に関わった大富豪ラフィールの名を見つける。そして後日、ラフィールの弁護士から遺言状を渡され、そこには犯罪の捜査の依頼が書かれていたが具体的な事件の内容や関係者の名前もなく、解決した暁には二万ポンドの遺産を譲りたいとあるのみ。自分が何をして良いのかわからないマープルの元に観光旅行の招待状が届くが、この旅の中にこそラフィールが解決を希望する謎があると考えた彼女は、何もわからぬまま用意された「庭園めぐり」の旅に出かける。その同じ旅行客の中に富豪の名を知る人物が現れるともに、ラフィールの息子にまつわる過去のある事件が浮かび上がる―。

 1971年に刊行されたアガサ・クリスティのミス・マープルシリーズの長編第11作(原題:Nemesis)で、1964年発表の『カリブ海の秘密』の続編乃至後日談であり、本当は「Woman's Realm」という未完の作品と共に3部作を成す予定だったのが、「Woman's Realm」は発表されないままクリスティが亡くなったため、彼女が書いた最後のマープル物になってしまいした。

 自分から積極的に事件に飛び込んでいくというミス・マープル像は、クリスティの新境地? 『カリブ海の秘密』よりページ数も多く、クリスティ81歳の作品と思うとたいしたものだなあと。

 「庭園めぐり」ツアーの客がス・マープルの外に14名。これ全部容疑者になるのかと思うと、『そして誰もいなくなった』よりスゴイことになるのでは―とも思ったりしましたが、この部分においてはやや見当が外れたかも。

 過去の事件において殺された被害者の少女の顔が潰されていたということで、『書斎の死体』の死体入れ替え、虚偽の遺体確認...といったトリックがそのまま類推適用できてしまうのがプロット的にやや弱いか。

復讐の女神 dvd.jpg復讐の女神 主要登場人物.jpg むしろ、憎しみより愛の方が強い―言い換えれば、憎しみより愛の方が怖い―というテーマ性に重きを置いた作品なのでしょう。

 "復讐の女神"としての自負心のもとに積極的に行動し、最後は自らも命の危険に晒されるというこの作品のミス・マープル像は、シリーズの中でもかなり異色であり、若干の違和感のようなものがありましたが、晩年においても創作意欲が衰えず、意気軒昂だったクリスティ自身がそこに反映されていると見ることもできるのかもしれません。
「ミス・マープル(第8話)/復讐の女神」 (87年/英) ★★★

復讐の女神 dvd.jpg第12話/復讐の女神 00.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第12話)/復讐の女神」 (07年/英) ★★★☆

【1972年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(乾信一郎:訳)]/1980 年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(乾信一郎:訳)]/2004 年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(乾 信一郎:訳)]】

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ホテルが主役。"後味的"にはともかく"プロット的"に見れば、最後の畳み掛け感は良かった。

「バートラム・ホテルにて」1965.jpgバートラム・ホテルにて クリスティー文庫.jpg  バートラム・ホテルにて ハヤカワ文庫.jpg  バートラム・ホテルにて ハヤカワポケット.jpg
バートラム・ホテルにて (クリスティー文庫)』『バートラム・ホテルにて (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『バートラム・ホテルにて (1969年) (世界ミステリシリーズ)
Collins Crime Club 1st edition in UK
At Bertram's Hotel(Fontana, 1969)
At Bertram's Hotel.jpg ロンドンにあるバートラム・ホテルは、今でもエドワード王朝時代の佇まいを保っていたが、ミス・マープルも少女時代に一度このホテルに宿泊した思い出があり、今また甥レイモンドの親切により一週間の予約で宿泊し、昔を懐かしんでいた。ホテルには老年の聖職者や引退した将軍や提督、老貴族の夫婦、判事や弁護士、海外からの本物の英国を求める観光客などが訪れ、贔屓客はいつも決まった部屋に泊まり、ロビーでは本物のお茶と本物のマフィンが給仕ヘンリーの完璧な指示で供されていた。ミス・マープルがホテルの宿泊客を観察するうちに、その中には、退役軍人のデリク・ラスコム大佐や、彼が後見人を務め21歳になったら莫大な財産を引き継ぐことになっているエルヴァイラ・ブレイク嬢、何度も結婚しているらしい女流冒険家のべス・セジウイックらがいることが分かり、更に、ホテルに出入りするレーサーのマリノスキーがエルヴァイラとセジウイックの両方と付き合っていることを見抜いたりする。彼女は何となくホテルに違和感を覚えるようになっていくが、そんな中、ホテルの宿泊客のベニファーザー牧師が失踪するという事件が発生、このところ頻発する強盗事件の捜査において事件とバートラム・ホテルの関係に目を付けていたフレッド・デイビー主任警部は、牧師失踪事件にかこつけて、強盗事件との関連を調べにバートラム・ホテルに乗り込んで来る―。

 1965年に刊行されたアガサ・クリスティのミス・マープルシリーズの長編第10作(原題:At Bertram's Hotel)で、ミス・マープル物としては同じく旅先滞在型の『カリブ海の秘密』('64年発表)とその続編とも言える『復讐の女神』('71年発表)の間に挟まれたかたちですが、こちらは英国国内が舞台です。

 ミス・マープルはこの作品では終盤近くまで観察者の立場にいて、捜査に当たるのはデイビー主任警部ですが、そもそも実際に殺人事件が起きるのは物語全体の4分の3ぐらいを経てからで、それまではむしろ、ホテルが醸す表面上の優雅な雰囲気とは裏腹の、ミス・マープルが感じた、本物と偽物が交じり合ったような感じの違和感の正体というものが一つの大きな謎として浮かび上がってくるようになっており、ホテルが主人公と言ってもいいような展開になっています。

 実際、このホテルは経営者、従業員、宿泊客を含め、巨大な「犯罪装置」のようなものであったわけで、これ、個人的には、なかなか面白い発想だと思われ、マープル物の中でもあまり類を見ないパターンのように思いましたが、その手口が細かく明かされるようにはなってはおらず、その点がやや食い足りないか。登場人物の誰がどこまで関与しているかについて、すべてを明かしているわけではないし...。

 むしろ、前半部分のエルヴァイラの(実は彼女はセジウイックの娘だった)彼女自身の相続関係を探る行動の謎が終盤に明かされるという流れにおいては、結局のところ作者らしい展開だったと言えるかも。

 この作品の最大のドンデン返しは、殺人事件の方の真犯人がミス・マープルによって最後の10数ページで明かされるところにあるのでしょうが(「犯罪装置」の黒幕はその少し前に明かされる)、むしろプロット的なことよりも、最後まで伏せられていたセジウイックの娘エルヴァイラに対する真意の方が肝であるように思います。但し、それに応えるべきエルヴァイラという小娘が、あまりにエゴイスティックで、しかも、自らがやったことについて物語の中では糾弾されないというのは後味的にどうかと...。

 ただ、クリスティ作品の中で相対評価するとそう高い評価にはならないのかもしれませんが、並みの推理小説と比べると、やっぱり流石クリスティという読後感ではありました("後味的"にはともかく"プロット的"に見れば、最後の畳み掛ける感じは良かった)。

バートラム・ホテルにて dvd02.jpgバートラム・ホテルにて 02.jpgバートラム・ホテルにて 03.jpg 因みに、作中のミス・マープルが友人に回想を語る場面で、バートラム・ホテルに泊まったのは14歳の時とあり、暫く行くと「1909年に戻った感じ」との彼女の心象が描かれており、彼女の生年が1895年頃であることが判ります(クリスティの生年は1890年、ミス・マープルは自分より年下だったのか)。
「ミス・マープル(第7話)/バートラム・ホテルにて」 (87年/英) ★★★★

バートラム・ホテルにて dvd.jpg第9話/バートラム・ホテルにて 02.jpg第9話/バートラム・ホテルにて ホテル.jpg
「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第9話)/バートラム・ホテルにて」 (07年/英)  ★★★★

【1969年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(乾 信一郎:訳)]/1976年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(乾 信一郎:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(乾 信一郎:訳)]/2012年Kindle版[早川書房(乾 信一郎:訳)]】

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伏線が弱くやや"禁じ手"っぽいが、マープルとラフィール老人との遣り取りなどは絶妙。

A Caribbean Mystery.jpgカリブ海の秘密 クリスティー文庫.jpg カリブ海の秘密 ハヤカワ文庫.jpg カリブ海の秘密 01.jpg
カリブ海の秘密 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』『カリブ海の秘密 (1977年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』 「ミス・マープル(第10話)/カリブ海の秘密」 (89年/英)
http://www.agathachristie.com

A CARIBBEAN MYSTERY Fontana rpt.1968.jpg 甥のレイモンドに勧められ西インド諸島に一人で療養に来たミス・マープル。そこには多種多様の人々がカリブ海でのリゾートを楽しみに来ていた。お喋り好きで会う人ごとに自慢話や体験談を吹聴していたパルグレイヴ少佐が、ある殺人の話をマープルにしていて、その犯人の顔写真を見せようとした瞬間、突然少佐の顔がこわばった。ミス・マープルの肩越しに誰かを見たらしいのだが、マープルにはそれが誰だか判らなかった。そして次の日、少佐が亡くなった。周囲の話から高血圧が原因の死と判断されたが、納得できないミス・マープルは、問題の写真が大佐の持ち物から消えていることを探り当て、次なる殺人の予兆に焦る。そんな中、第二の殺人が発生した―。

A CARIBBEAN MYSTERY Fontana.1968

 1964年に刊行されたアガサ・クリスティのミス・マープルシリーズの長編第9作(原題:A Caribbean Mystery)で、クリスティ74歳の時の作品。ミス・マープルとカリブ海って何となく合わないような気もしなくもないですが、持病の気管支炎の転地療養のための訪問らしく、それにしても高級リゾートホテルに長期滞在とは、甥のレイモンドが作家としてクリスティ並みに成功しているということなのか。

A CARIBBEAN MYSTERY f.jpg 怪しい人物はいっぱいいますが、犯人は意外な人物でした。直接的な伏線が無いため、個人的には最後ぎりぎりまで誰が犯人か判らず、ある種"禁じ手"のようにも思われましたが、ミステリ通に言わせると、犯人から除外できる人を一人ずつ除いていくとちゃんと犯人に行きつけるとのこと。むしろ、最後にマープルが「最初からわかっていなければならなかったんです。こんな簡単なことなのに」と言っているように、先入観のトリックと言えるかも。

A CARIBBEAN MYSTERY Fontana 1981

 プロット的には評価の分かれるところかもしれませんが("肩越しの視線"のプロットは『鏡は横にひび割れて』でも使われた)、宿泊客の二組の夫婦の微妙な関係など、登場人物のキャラクターの描き分けは流石で、特に、宿泊客の一人で偏屈な大金持ちの老人ラフィールとの遣り取りは絶妙、最初はマープルを好いていなかった彼ですが、いち早く彼女の頭の切れと人間観察の鋭さに気付いて一目置くようになった点はでは、彼もなかなか鋭かった?
         
カリブ海の秘密 dvd2.jpgカリブ海の秘密 01.jpgカリブ海の秘密 1989 Donald Pleasence.jpg BBC版ジョーン・ヒクソン(1906‐1998)主演のミス・マープルシリーズにおけるこの原作の映像化作品('89年)では、「大脱走」('63年)、「刑事コロンボ/別れのワイン」('73年)の名優ドナルド・プレザンス(1919-1995)がラフィール老人を演じています。
「ミス・マープル(第10話)/カリブ海の秘密」 (89年/英) ★★★★

【1971年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(永井淳:訳)]/1977年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(永井淳:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(乾 信一郎:訳)]】

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意外とライト感覚で楽しめた作品。敢えて言えば、犯人がしなくてもいい余計なことを...。

The Pale Horse.jpg蒼ざめた馬 ポケットミステリ.jpg 蒼ざめた馬 アガサ・クリスティ ハヤカワ文庫.jpg 蒼ざめた馬 アガサ・クリスティ クリスティー文庫.jpg
蒼ざめた馬 (1962年) (世界ミステリシリーズ)』『蒼ざめた馬 (1979年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『蒼ざめた馬 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
 
The Pale Horse (Agatha Christie Collection)(2002)

fTHE PALE HORSE     f .jpg 歴史学者のマーク・イースターブルックは、ムガール建築に関して本の執筆のためにチェルシーに部屋を借りていたが、ある日、執筆の息抜きに入ったカフェで女の子同士の喧嘩に遭遇し、喧嘩騒ぎの後に一方が他方の髪の毛をごっそり引き抜いた束が落ちていたのを見る。喧嘩の後に店員から彼女らの名を聞いていた彼は、その1週間後に髪の毛を引き抜かれた方の娘が死んだことを新聞で知る。彼は教会の募金活動への協力を依頼に推理作家のオリヴァ夫人のもとを訪れた折にこの話をする。
 一方、ある霧の夜、ロンドンのある下宿屋である女性の臨終に立ち会い、その告白を聞いた神父が帰り道で撲殺されるという事件が起こるが、彼の靴の中に紙切があり、そこには9人の名が書き連ねられていた。神父の検視を担当した警察医のコリガンは、そのことをルジューン警部から知らされる。その9人には何の関連もないように思われたが、そのうち数人は既に謎の死を遂げているようだ。
 マークは友人たちとの劇場からの帰りのお喋りの中で女友達の一人から「蒼ざめた馬」という言葉を耳にし、翌朝にオリヴァ夫人からの電話でまた募金を行う教会の近くにある「蒼ざめた馬」という名の館の存在を聞かされる。そんな折、友人である警察医のコリガンから先の神父殺しの事件について聞き、最近亡くなった名付け親の名前が死んだ女性のリストにあったと知って事件に関心を持つ。教会に出かけたマークは「蒼ざめた馬」に住む3人の女が魔法で人を呪い殺すという噂を耳にし、一連の事件とこの館は関係があるのではないかと直感して自らを囮に館へ乗り込むが―。
Fontana (1964)
The Pale Horse - Fontana.jpg 1961年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品で(原題:The Pale Horse)、ポアロもミス・マープルも登場しないノン・シリーズもの。謎解きそのものものさることながら、オカルトっぽい雰囲気が独特のマクベス改版 角川文庫クラシックス.jpg作品です。シェイクスピアの「マクベス」のことが触れられていて、三人の魔女とかが出てきて、本作の探偵役とも言える主人公のマークに「魔法は存在する」やら「直接手を下さなくても人を殺すことができる」やら説きます。作者であるクリスティ自身はオカルトを否定していて、それに沿った結末なのですが、「魔法は存在する」はともかく、「直接手を下さなくても人を殺すことができる」はあり得るかも。

マクベス―シェイクスピアコレクション (角川文庫クラシックス)』['96年](カバーイラスト:金子國義)

 「蒼ざめた馬」に読者の関心を引き付けるためにかなりのページを割いているように思いました。但し、マークが、言わば現代の若き知性の代表格のような人物造型であるため(この作品は主に彼の一人称で綴られている)、このオカルトっぽい仕様は、あくまでも犯人が仕組んだ見せかけのものであることは容易に想像がつきます。

 プロット的には意外と複雑では無かったのですが、事件の黒幕たるに相応しい有力な容疑者に読者の疑いをじわじわと引き付けておいて、もうこれが間違いなく犯人だと思わせておいたところでラストはストンと落とされる感じで、マークと彼が新たに出会った女友達のジンジャーが事件の探究を通して急速に接近していくという恋物語も含め、どちらかと言うとライト感覚で楽しめた作品でした。

蒼ざめた馬 dvd.jpgアガサ・クリスティー・コレクション 蒼ざめた馬.jpg蒼ざめた馬 1997 axn.jpg ただ、敢えて言えば、犯人がしなくてもいい余計なことをして自ら墓穴を掘るというパターンが推理小説の一つの常套的The Pale Horse 1997 e22.gif展開であるとは言え、この作品についてはあまりにそれが著しく、そこがどうかなとも。犯人の事件への絡み方も、やや説明不足のような感じがしました。
「アガサ・クリスティ/青ざめた馬 (魔女の館殺人事件)」 (97年/英) ★★★☆

蒼ざめた馬 DVD.jpgTHE PALE HORSE AGATHA CHRISTIE`S MARPLE.jpg蒼ざめた馬 1997 3老婆.jpg 「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第17話)/蒼ざめた馬
」 (10年/英・米) ★★★☆  

  
【1962年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(橋本福夫:訳)]/1979年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(橋本福夫:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(橋本福夫:訳)]】

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細部に?もあるが、全体としてはやはり傑作。事件の行方と併せヒロインの恋の行方も気になる。

4:50 from Paddington3.jpgパディントン発4時50分 (1960年)2.gifパディントン発4時50分 ハヤカワ文庫.jpg  パディントン発4時50分 クリスティー文庫.jpg
パディントン発4時50分 (1976年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『パディントン発4時50分 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
4.50 from Paddington (Elt Reader2012)(ペーパーバック)『パディントン発4時50分 (1960年) (世界ミステリシリーズ)

4:50 From Paddington - Fontana.jpg マクギリカディ夫人は、ミス・マープルに会いにいくため乗り込んだパディントン発4時50分の列車の窓から、たまたま並走する別の列車内で一人の男性が女性の首を絞めていた殺人現場を目撃する。マクギリカディ夫人はマープルの助言を得て警察に通報するが、警察は、犯人も被害者も発見することができない。マクギリカディ夫人の言葉を信じたミス・マープルは、犯人は車外に死体を放り投げたと確信し、その地点は列車が速度を緩めて走るカーブであろうと推理、才能豊かな女性ルーシー・アイレスバロウを雇って、路線で該当する場所に建つブラック・ハンプトンのラザフォード・ホールと言われるクラッケンソープ邸に、彼女を家政婦として送り込む―。
Fontana版(1960)

 1957年に刊行されたアガサ・クリスティのミス・マープルシリーズの長編第7作(原題:4:50 from Paddington、米 What Mrs. McGillicuddy Saw!)です。

 クラッケンソープ家には、当主のルーザー・クラッケンソープをはじめ、妻のマルティーヌ、次男で画家のセドリック、三男で会社重役のハロルド、四男で詐欺師のアルフレッド、長女のエマ、次女のエディス、その夫のブライアン・イーストリイ、その息子のアレグサンダーなどがいて、クラッケンソープ家の主治医のクインパーなども出てきますが、それぞれ怪しげな連中ばっかし、という感じ。

 犯人は最初から殺害現場を目撃されてしまっているため、「大胆なトリック」とかそうした類のものは出てくる余地は無いものの、それでも、ルーシー・アイレスバロウの果敢な冒険から始まって、被害者の遺体の発見、連続殺人へと続く展開は飽きさせず、加えて、ルーシーとクラッケンソープ家の人々の関わりを描いたサブ・ストーリーがそれに絡み、ルーシーの選ぶ相手は誰になるのかという楽しみもある作品。

4:50 from Paddington.jpg 結局、事件の謎を解くのはミス・マープルですが、この作品では現場の捜査はルーシー・アイレスバロウに任せ、自分は安楽椅子探偵的な位置づけになっていて、プロット的に見て不満があるとすれば、マープルはマープルでその間いろいろ調べたのでしょうが、読者に示された情報だけでは犯人を探し当てることは難しいということでしょうか(犯行動機に至っては不可能)。

 それと、マクギリカディ夫人が犯人の顔を見ていないのに犯人が判ってしまうというのもやや腑に落ちず、ミス・マープルが蓋然性に基づく"面通し"をしたのは、理屈よりも彼女なら判るという信念が根拠になっている印象。これはある種の賭けではなかったかと。

 このように細かいところで若干納得がいかない部分もありましたが、全体の構成としてはよく出来ていて、やはり傑作の類と言えるのではないでしょうか。

4:50 from Paddington2.jpg ミス・マープルの依頼をその旺盛な好奇心から請けたルーシー・アイルズバロウが、この作品の言わば"ヒロイン"でしょう。オックスフォード大学数学科を優秀な成績で卒業、将来を嘱望されながらも、家事労働の世界に入り、家政婦として英国中に名が知られるまでになり、3年くらい先まで予約を入れることも可能であるにも関わらず、余暇を楽しむために長期の予定は入れないでいる―という設定が興味深く、今で言えば、「カリスマ主婦マーサ・スチュワート」とか「スーパー主婦・栗原はるみ」みたいなものか?

 彼女は32歳独身の魅力的な女性で、その彼女を巡って「次男セドリック」と「亡くなった次女の夫ブライアン」との恋の鞘当があり、彼女がどちらを選ぶかは作品の中では明かされていませんが、ミス・マープルには読めている様であると。

 この作品のラストの一行のミス・マープルの所作からすると、これが意外な人物ということになるのでは...。事件の伏線と併せて、こちらの方も、伏線を再度辿ってみる楽しみを読者に提供しているように思えました。

ミス・マープル/夜行特急の殺人 dvd.jpg夜行特急の殺人 00.jpg 「ミス・マープル/夜行特急の殺人」 (61年/英) ★★★


 
 
 
 
 


パディントン発4時50分 1987.jpgパディントン発4時50分 07.jpg「ミス・マープル(第9話)/パディントン発4時50分」 (87年/英) ★★★★

 

 
 
 
 
 
パディントン発4時50分.jpg『ミス・マープル』 パディントン発4時50分.jpg 「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第3話)/パディントン発4時50分
」 (04年/英) ★★★☆


 
 
 
  
 

奥さまは名探偵/パディントン発dvd.jpg奥さまは名探偵 パディントン発4時50分 03.jpg 「アガサ・クリスティー 奥さまは名探偵 〜パディントン発4時50分〜」 (08年/仏) ★★★☆

 
  
 
 
 
 

【1960年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(大門一男:訳)/1976年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(大門一男:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(松下祥子:訳)]】

《読書MEMO》
パディントン発4時50分~寝台特急殺人事件 dvd.jpgパディントン発4時50分~寝台特急殺人事件01.jpgパディントン発4時50分~寝台特急殺人事件02.jpg●2018年ドラマ化 【感想】 監督は渡瀬恒彦の遺作となった「アガサ・クリスティ そして誰もいなくなった」('17年/テレビ朝日)と同じく和泉聖治(脚本は今回は竹山洋)。ミス・マープルに相当するのが天海祐希演じる警視庁の元刑事・天乃瞳子で、原作では列車の窓から殺人を目撃するの乃パディントン発4時50分~寝台特急殺人事件x.jpgはミス・マープルの友人マクギリカディ夫人だが、それが草笛光子演じる天瞳子の母親が事件の目撃者ということになっている。意外と原作に沿って作られていたが、屋敷に送り込まれるスーパー家政婦ルーシー・アイレスバロウが前田敦子演じる「パディントン発4時50分tv2.jpg中村彩になっていて、その前田敦子がスーパー家政婦に見えないのがやや難点か。草笛光子がミス・マープルに相当する役で、天海祐希が家政婦役だった方が、原作に近い雰囲気になったと思う(このシリーズの'18年版の第2夜放送は「大女優殺人事件~鏡は横にひび割れて~」、'19年には通算第4弾「アガサ・クリスティ 予告殺人」が制作された)。

「パディントン発4時50分~寝台特急殺人事件~」●監督:和泉聖治●プロデューサー:藤本一彦(テレビ朝日)/山形亮介(角川大映スタジオ)●脚本:竹山洋●原作:アガサ・クリスティ●出演:天海祐希/草笛光子/前田敦子/石黒賢/勝村政信/原沙知絵/鈴木浩介/桐山漣/黒谷友香/橋爪功/西田敏行/松本博之/井上肇/嘉門洋子/和泉ちぬ/宮本大誠/松岡恵望子/清水葉月/望月章男/松下結衣子/松浦眞哉/笹岡サスケ/鈴木和弥/かおる/今薫子/橋野純平/永楠あゆ美●放映:2018/03(全1回)●放送局:テレビ朝日

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マザー・グースを下敷きにしたプロットが精緻で面白い。「意外な犯人」だった作品。

『ポケットにライ麦を』 (1954).jpgポケットにライ麦を ハヤカワミステリ.jpgポケットにライ麦を ハヤカワ文庫.jpg ポケットにライ麦を クリスティー文庫.jpg Pocket Full of Rye by Agatha Christie.jpg
『ポケットにライ麦を』(ハヤカワ・ミステリ)『ポケットにライ麦を (1976年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『ポケットにライ麦を (クリスティー文庫)』 ハ―パーコリンズ版
A Pocket Full of Rye - Fontana 0.jpgA Pocket Full of Rye - Fontana 1.jpg 投資信託会社の社長レックス・フォーテスキューが、オフィスで紅茶を飲んだ後に苦しんで死ぬが、彼の上着のポケットにはなぜかライ麦の粒がたくさん入っていた。死因は自宅の庭に植えられているイチイの木から取れる毒による毒殺であり、捜査に当たったニール警部は、自宅での朝食時に毒物を盛られた可能性を調べる。やがて浮気をしていたレックスの若い後妻アデールが死体で見つかり、メイドのグラディスまでも殺される。グラディスを女中として教育したことのあるミス・マープルは、彼女の無念を晴らすために邸へ赴き、3人の殺害のされ方がマザー・グースの歌詞になぞらえられていることを警部に示唆する―。

英国フォンタナ版(1958年/1968年 Cover painting by Tom Adams)

ポケットにライ麦をe.JPG 1953年に刊行されたアガサ・クリスティのミス・マープルシリーズの長編第6作(原題:A Pocket Full of Rye)で、マザー・グースが引用されたクリスティ作品は他にも多くありますが、童謡の歌詞どおりに殺人が起きる"見立て殺人"ものは『そして誰もいなくなった』('39年)と本作だけであるとのことです。

 レックスには、長男パーシヴァル(ヴァル)、次男ランスロット(ランス)、娘エレーヌがおり、何れもレックスの遺産絡みで怪しいのですが、まず誰よりも怪しいのが若い後妻アデールであり、愛人のヴィヴィアン・デュボアとの共犯が当然の如く疑われる―そのアデールがあっさり殺されてしまうことで、血縁者だけでなく家政婦や執事までが容疑者として同じラインに並んでしまい、事件が混迷を極めるという、そうした展開が上手いなあと思いました。

 犯人がわざわざマザー・グースの歌詞の通りに犯行を重ねていくというのがやや凝り過ぎではないかと見る向きもありますが、振り返ってみれば、邸で起きた、自身は関与していないある出来事をカムフラージュのために利用したわけであり、一応の説明はつくのではないかと。プロット的に精緻であるばかりでなく、面白さを増す効果を生んでいます。

 個人的にはニール警部(この人、マープルとポアロの両方と1度ずつ仕事している)と同様、最後ぎりぎりまで犯人が判りませんでしたが、判ってみれば、自分が最初に犯人候補か ら除外した人物でした。と言うか、おしどり探偵「トミー&タペンス」シリーズみたいに、犯人を探り当てる側かと思っていたほど。ニール警部がミス・マープルから犯人を告げられても、当初は全く釈然としなかった気持ちがよく分かります。ミス・マープルの言うように、簡単に人を信じてはいけないということか...。

Sing a song of sixpence
Sing a song of sixpence a pocket full of rye.jpgSing a Song of sixpence, (6ペンスの唄を歌おう)
A pocket full of rye, (ポケットにはライ麦がいっぱい)
Four and twenty blackbirds, (24羽の黒ツグミ)
Baked in a pie. (パイの中で焼き込められた)

when the pie was opened, (パイを開けたらそのときに)
The birds began to sing, (歌い始めた小鳥たち)
Was not that a dainty dish, (なんて見事なこの料理)
To set before the king? (王様いかがなものでしょう?)

The king was in his counting-house, (王様お蔵で)
Counting out his money, (金勘定)
The queen was in the parlour, (女王は広間で)
Eating bread and honey. (パンにはちみつ)

The maid was in the garden, (メイドは庭で)
Hanging out the clothes, (洗濯もの干し)
There came a little blackbird, (黒ツグミが飛んできて)
And snapped off her nose. (メイドの鼻をついばんだ)
 

ミス・マープル(第4話)/ポケットにライ麦を  ランス.jpgStacy Dorning.jpgミス・マープル(第4話)/ポケットにライ麦を01.jpg 「ミス・マープル(第4話)/ポケットにライ麦を」 (86年/英)★★★★
 
  
 
第13話「ポケットにライ麦を」04.jpg第13話「ポケットにライ麦を」03.jpg 「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第13話)/ポケットにライ麦を」 (09年/英・米) ★★★★

【1954年新書化・1974年改訳[ハヤカワ・ポケットミステリ(宇野利泰:訳)]/1976 年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(宇野利泰:訳)]/2003 年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(宇野利泰:訳)]】

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全体の人物関係図が掴めれば結構面白いが、やや無理があるかなと思った部分も。

魔術の殺人 (1958年).jpg魔術の殺人 hpm2.jpg魔術の殺人 ポケットミステリ.jpg  魔術の殺人 ハヤカワ文庫.bmp  魔術の殺人 クリスティー文庫.jpg
魔術の殺人 (1958年) (世界探偵小説全集)』『魔術の殺人 (1982年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『魔術の殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

THEY DO IT WITH MIRRORS Harper2.jpgtom-adams_they-do-it-with-mirrors_london-fontana-books-1981.jpg ミス・マープルはロンドンで米国在住の旧友のルースと親交を温めていた。ルースとキャリイ(キャロライン)の姉妹は、ミス・マープルの女学校時代の親友であり、ルースは最近会った妹の周辺に、明確な根拠は無いが何か嫌な雰囲気を感じたとひどく心配していた。そしてミス・マープルに、彼女の所へ行って調べてほしいと依頼、ミス・マープルは、ルースの言い伝手でキャロラインの住む屋敷に招かれ、潜入捜査を開始する。

「魔術の殺人」(1981年・英国・フォンタナ版)

 キャリイ・ルイス・セルコールドの最初の夫エリック・クルブランドセンは、ずば抜けた経営感覚を持ち教育熱心な慈善家で数々の基金を創設したが、若くして亡くなった。キャリーの二番目の夫ジョニー・リスタリックはキャリイの財産を目当てに結婚したが、事故死していた。理想主義者だが身体のひ弱なキャリイは、今は、未成年犯罪者の救済に尽力するルイス・セルコールドと結婚をしており、敷地内の私設少年院の隣で暮らしている。そこには彼女の家族と親戚、多くの非行少年たち、医師や精神病患者の青年がいて、その中にルースを不安にさせた何かがあったのだとミス・マープルも思う。そして数日後、訪れたキャロラインの義理の息子クリスチャン・グルブランドセンが射殺された―。
THEY DO IT WITH MIRRORS Harper.1993

They Do It With Mirrors - Fontana.jpg 1952年に刊行されたアガサ・クリスティのミス・マープルシリーズの長編第5作で(原題:They Do It with Mirrors、米 Murder with Mirrors)、クリスティ作品の中で必ずしも評価の高い方ではない作品かもしれませんが、全体の人物関係の構図が掴めれば結構面白いのではないかと。

Fontana (1955)

 話の中心人物キャリイ・ルイズ・セルコールドが3度結婚していて、彼女の周辺に居たり新たに彼女を訪ねてきた人物として、最初の夫の息子であるキャリイより2歳年上の継子クリスチャン・グルブランドセン、養女ビバの娘ジーナ、その米国人の夫ウォルター・ハッド、最初の夫との間の実の娘ミルドレッド・ストレット、二番目の夫ジョニイ・リスタリックとの間の息子で長男のアレックス・リスタリック、次男のスティーヴン・リスタリック、セルコールド家の使用人で施設上がりのエドガー・ローソン、キャリイの付添人ジュリエット・ベルエヴァー、精神医学者のマヴェリック博士などがおり、このように登場人物が錯綜するため、まず最初に"家系図メモ"を手元で作成する心づもりで読んだ方がいいです(その際にはフルネームでメモった方がいい)。

THEY DO IT WITH MIRRORS .Fontana.jpg キャリイ・ルイズの命を狙っている人物がいるらしいという疑惑が浮かぶ中、クリスチャン・グルブランドセンが殺害され、殺された彼以外は全員、その殺害の容疑者になり得るという展開はやはり上手いと思われ、全体としては、ハウダニット(どうやって殺したか)がフーダニット(誰が犯人か)への手掛かりとなる展開。但し、ホワイダニット(なぜ殺したか)が最後に明かされるまで読めないため、ミス・マープルにお付き合いして読者もミスリードされる―といった感じでしょうか。

THEY DO IT WITH MIRRORS .Fontana.1990

 個人的にやや無理があるかなと思ったのは、やはり"ハウダニット"の部分。事件当時もさることながら、そこに至るまでの、分裂症気味のエドガー・ローソンの設定で、気分変調を起こしたわけでも暗示にかけられていたわけでもないとすれば、相当な"役者"ということになるけれど、どーなんだろうか? そんなに長期間演技できるのかなあ。この若者、どこまで正常でどこまで異常だったのかよく分からない。ミス・マープルはかなり早くから、何らかの違和感を抱いていたみたいだけど...。

ミス・マープル/魔術の殺人 1991 dvd.jpg魔術の殺人 01.jpg 犯人はこの後も、事件の真相に気付きかけた義理の息子と少年院の子を殺害してしまいますが、こうなると単なるエゴイスティックな殺人鬼か。但し、最後は実の息子に殉じるような死に方で、自分の息子だけは愛していた(これもエゴと言えばエゴだが)。こうした暗い展開の中で、最初は暗くいじけていた一人の青年が、最後に明るさを取り戻すのが救いだったかも。

 「ミス・マープル(第11話)/魔術の殺人」 (91年/英) ★★★


魔術の殺人.jpg第15話「魔術の殺人」1.jpg 「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第15話)/魔術の殺人」 (09年/英・米) ★★★

【1958年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(田村隆一:訳)/1982年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(田村隆一:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(田村隆一:訳)]】

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描写形式によって更に犯人は絞られる? クリスティらしい作品だが、前半部分がやや冗長か。

忘られぬ死 クリスティー文庫.jpg 忘られぬ死 ハヤカワ文庫09.jpg 忘られぬ死 ポケット・ミステリ - コピー.jpg 忘られぬ死 ポケットミステリ.jpg  忘られぬ死 01.jpg
忘られぬ死 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』『忘られぬ死 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1‐80))』『忘られぬ死 (1954年) (Hayakawa poket mystery books)』 /英国コリンズ版初版

SPARKLING CYANIDE rd.jpg 男を虜にせずにはおかない美女ローズマリー・バートンが、ロンドン市内にの高級レストランで催された自身の誕生パーティーの席上で、青酸が入ったシャンペンを飲んで死亡してから1年が経つ。その時に同席していたのは、ローズマリーの夫のジョージ・バートン、ローズマリーの妹のアイリス・マール、ジョージの有能な女性秘書ルース・レシング、バートン家の隣人で将来を嘱望された若手下院議員スティーヴン・ファラデーとその妻アレクサンドラ、ローズマリーの友人のアンソニー・ブラウンの6人。警察の捜査の結果、ローズマリーが誕生日前にインフルエンザに罹り、病み上がりでふさぎこんでいた事や、彼女のバックの中から青酸を包んでいた紙が発見されたことなどから、事件は自殺として処理された。だが夫のジョージは、彼女に自殺する動機もければその素振りもなかったことから、その死に疑惑を抱いていた。
Sparkling Cyanide: A BBC Full-Cast Radio Drama

Sparkling Cyanide - Pan 345.jpg ローズマリーの死から半年後、ジョージは彼女の死は自殺ではないと記された匿名の手紙を受け取った。その半年後、ローズマリーの死から1年になる万霊節の夜に、ジョージはローズマリーが死んだときにパーティーに参加していた人々を集め、同じレストランでパーティーを催すことにした。彼はこのパーティでローズマリーの死の真相を明らかにしようとしていた。席は1年前と同様に7つ用意されたが、余った席には当然誰も座っていない。参加者はまず主賓アイリスの誕生日と健康を祝って乾杯をし、フロアショーを見た後でダンスに興じるが、ダンスが終わりテーブルに戻った一同を前に、ジョージがローズマリーを偲んで乾杯をした直後、彼は倒れてそのまま死んでしまう。1年前のローズマリーと同じく青酸による中毒死だった―。

Pan Books (1955)

 1945年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品で(原題:Sparkling Cyanide(泡立つ青酸カリ))、ポアロもミス・マープルも登場しないノン・シリーズものですが、ポワロが登場する短編「黄色いアイリス」をベースに長編化され作品であるとのことで忘られぬ死 1947.jpgす。元が短編だったということもあってか、クリスティの長編にしては登場人物がそれほど多くない方ではないでしょうか。

 しかも、前半部分は、亡くなったローズマリーを巡る彼・彼女らの思いが心理小説風に綴られていて、そのうち、心理的内面を詳しく描いているアイリスをはじめ何人かは自然と犯人候補から外れることになり、逆に、内面があまり描かれていない人物は怪しくなり、そうし描写形式によって更に犯人は絞られていくように思いました(外部の犯行や外部共犯者も可能性としては考えられるが)。

米国版ポケットブックス(1947)

 個人的には、前半のローズマリーを巡る男女の心情描写が、文芸小説風で物語に深みを増す一方で、推理小説として読む分にはややまどろこしかったかな。ローズマリーの伯母のルシーラ・ドレイクなんて、話し始めると終わらない感じだし。
SPARKING CYANIDE 2.jpgSPARKING CYANIDE .Pan.jpg でも、警察に協力する形で、『ナイルに死す』などにも登場する、元陸軍情報部部長のジョニー・レイス大佐が捜査に乗り出してからぐっとテンポが良くなり、若手下院議員、その妻などもやはり怪しかったけれど、ルシーラの不良息子ヴィクターがやはり一つのカギかと...。但しこれも、女性秘書ルース・レシングとの関係が早くから示されており、推理小説としては分かり易い方でしょう。
 但し、ジョージ殺人犯はこれでいいとして、では1年前のローズマリーの死は自殺だったのか他殺だったのか、何となくウヤムヤな終わり方をしているようにも思いました。
SPARKING CYANIDE .Pan.1978

 そうしたことを除いては、愛憎の入り組んだ人間関係、犯行に至る動機、複数の容疑者、犯行トリックと偶然に拠る計画の狂い...等々、クリスティらしい作品と言えばそう言えるかも。結果的にはしっかり楽しめましたが、それにしてもやはり前半部分が長すぎたかな。この前半部分を高く評価する人もいるかもしれませんが、それは個人の好みの問題。「推理小説」として読んだ場合には、自分としては冗長感は否めませんでした。

忘れられぬ死 dvd.jpg忘れられぬ死(2003年)axn.jpg「アガサ・クリスティ/忘られぬ死」 (03年/英) ★★★☆

【1953年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(村上啓夫:訳)]/1985年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(中村能三:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(中村能三:訳)]】

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古典的モチーフを扱いながら、クリスティの独特の"調理法"を見せている作品。

書斎の死体 クリスティー文庫.jpg  書斎の死体 ハヤカワ文庫.jpg  書斎の死体 ポケットミステリ.jpg トム・アダムズ104「書歳の死体」.jpg
書斎の死体 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』『書斎の死体 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-16))』『書斎の死体 (1956年) (世界探偵小説全集)』「書斎の死体」(米国版表紙イラスト by Tom Adams)

トム・アダムズ27「書歳の死体」.jpg ある朝バントリー元大佐の書斎で若い女性の死体が発見され、バントリー夫人はミス・マープルに調査を依頼する。警察が行方不明者を調べたところ、ガール・ガイド団員のパメラ・リーヴスと、ホテル・ダンサーのルビー・キーンの2人の若い女性が浮上する。ルビーはホテル専属ホステスで、ホテルに滞在中の大金持ちコンウェイ・ジェファソンに実の娘のように気に入られていて、コンウェイの遺言状でルビーに多額の遺産が遺されることになっていた。警察はルビーのいとこのジョセフィン・ターナーに死体を確認してもらい、死体はルビーであると―。一方、ミス・マープルがバントリー夫人とともに当のホテルに滞在して事件の謎解き始める中、ホテルから数キロはなれた石切場で車が炎上する事件が発生、中にはパメラ・リーヴスと思われる黒焦げの死体が―。

 1942年に刊行されたアガサ・クリスティのミス・マープル・シリーズの第2長篇で(原題:The Body in the Library)、ミス・マープル・シリーズとしては第1長編『牧師館の殺人』以来、十数年ぶりの刊行でした。クリスティ自身が序文で、昔からのミステリの定番として「書斎の死体」を挙げ、いつかこのモチーフの下に作品を書いてみたかったとしていますが、「書斎の死体」という古典的本格ミステリにありがちな設定でありながら、ごく自然に、関係者全員が容疑者になってしまうのが、クリスティならではの展開と言えます。

「書歳の死体」(フォンタナ版・1974年)イラスト:トム・アダムズ

The Body In The Library.jpg書斎の死体ハーパーコリンズ版.jpg 警察の捜査で挙がった容疑者は、映画の仕事をして生活が派手で、いつも自宅で騒がしいパーティを開いているバジル・ブレイク、コンウェイの事故死した息子フランクの嫁アデレード・ジェファソン、同じ事故で死んだコンウェイの娘の婿でギャンブル好きで破産寸前のマーク・ギャスケル、ホテル・ダンサー兼テニスのコーチのハンサム男レイモンド・スター、マジェスティックホテルの客でルビーが行方不明になる直前に一緒にダンスを踊っていたジョージ・バートレット...(容疑者の人数に事欠かないね)。

「書歳の死体」(ハーパーコリンズ版)
 

Great Pan (1959)

 以下、若干ネタばれになりますが、これは「死体入れ替え」トリックであり、犯人の狙いは最初からルビー・キーンであり、パメラ・リーヴスはそのトリック(アリバイ作り)を完成させるだけのために殺されるわけですが、犯人自身も(共犯者も)「書斎」で死体が発見されることは想定していなかったわけで、そういう事態に至った経緯には、いい加減な男のいい加減な行動が一枚噛んでいるわけね(だから犯人らの心中を察するに、彼ら自身「???」だったわけだ)。

 まあ、いい加減と言えばいい加減だけど、普段からバントリー元大佐のことをよく思っていないにしても(そこを犯人に狙われた)、元々この男に罪はないわけで、気が動転してこうした突飛な行動をとったとも解釈でき、"偶然"を"自然に"噛ませて事件の謎を深めている所は、やはり上手いなあと思いました。

 「書斎の死体」というのは、クリスティがこの作品を手掛けた時点で、すでに手垢のついたモチーフになりつつあったんだろうなあ(現代においても"定番"とは言い難い一方で、本格ミステリのジャンルで今でも時々ぶり返すように出てきたりもしているのはある種レトロ趣味か?)。敢えてそうしたモチーフを用いて、クリスティなりの独特の"調理法"を見せてくれている作品と言えます。

 結構、"本格"? ポアロ・シリーズとは異なる、ミス・マープルが醸すのんびりした雰囲気の一方で、クリスティ作品の中でも意外と込み入っている方かも。読みながら簡単な家系図をメモると共に、時間軸に十分注意して読まれることをお勧めします。

ミス・マープル 書斎の死体 vhs2.jpgミス・マープル 書斎の死体 000.jpg 「ミス・マープル(第1話)/書斎の死体」 (84年/英) ★★★★
  
 

  
 
      
    
ミス・マープル 書斎の死体 dvd.jpg第1話「書斎の死体」3.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第1話)/書斎の死体
」 (04年/英) ★★★☆

 

 
 
  

フレンチ・ミステリー(第11話)/書斎の死体 dvd.jpgクリスティのフレンチ・ミステリー⑪書斎の死体05.jpg「クリスティのフレンチ・ミステリー(第9話)/書斎の死体」 (11年/仏) ★★★☆
 
 
 
 
 
 

【1956年新書化(高橋豊:訳)・1976年改版[ハヤカワ・ミステリ]/1976年文庫化(高橋豊:訳)[ハヤカワ・ミステリ文庫]/2004年再文庫化(山本やよい:訳)[クリスティー文庫]】

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沢山殺され、容疑者も一杯いる設定ながらも"無駄のない"展開。

Murder is Easy 05.jpg殺人は容易だ クリスティー文庫.jpg   殺人は容易だ ハヤカワ文庫.jpg   殺人は容易だ ポケット・ミステリ.jpg
殺人は容易だ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』『殺人は容易だ (1978年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『殺人は容易だ (1957年) (世界探偵小説全集)
http://www.agathachristie.com
 植民地駐在警察官の勤務を終えて帰英したルーク・フィッツウィリアムが、列車で偶然に乗り合わせた老婦人ラビィニア・ピンカートンは、スコットランドヤードに自分の住むウィッチウッド村で起きている連続殺人事件のことを訴えに行くところだという。事件とは、ある人物が誰かを特別な目つきで見ると、その人物が暫くすると死んでしまうというもので、今迄3人の人間が死んでいて、昨日はハンブルビー医師がその目つきで見られたと言う。ピンカートン婦人は「殺人はとても容易なんです」と言って列車を降りるが、ルークは翌日の新聞で、彼女がロンドン市内で轢き逃げ死したとの記事を見つけ、更に一週間後には、ハンブルビー医師が急死したとの死亡記事が新聞に載る。ルMurder is Easy - Fontana 1021.jpgークは状況を探るために、友人のいとこブリジェット・コンウェイが、村に住む週刊紙の経営者ホイットフィールド卿の秘書をしているのを頼りに、民族学者を装って村に調査に赴く。ピンカートン婦人の話にあった死んだ3人とは、飲んだくれの居酒屋亭主ハリー・カーター 、だらしないお手伝いエイミー・ギブズ、嫌われ者のいたずら小僧トミー・ピアスで、ハリーはある晩に橋で足を滑らせて川に落ち、エイミーは染料の壜と薬の壜を間違えて染料を飲んで死に、トミーは博物館の窓を拭いているときに墜死、これにピンカートン婦人の自動車事故死とハンブルビー医師の敗血症による死が加わる。ルークが調べていくと村のもう一人の開業医ジョフリー・トーマス、事務弁護士のアボット、退役軍人のホートン少佐、骨董屋の主人エルズワージーらが容疑者として浮かび、聡明なブリジェットと共に調査を続けるうちに、更に思いもかけない容疑者が―。

Fontana版(1966)Cover painting by Tom Adams

 1939年、アガサ・クリスティ(1890‐1976)が49歳の時に刊行された作品で(原題:Murder is Easy)、ポアロもミス・マープルも登場しないノン・シリーズ物であり、終盤に『牧師館の殺人』(1930年発表)のバトル警視が少しだけ登場しますが、実質的には、素人探偵ルークが事件を追う展開です(彼も一応は元植民地警官だが)。

 このルーク、論理的に推理を進めているようで、実際には読者のミスリード役にもなっている感じで、その辺りがクリスティの上手いところだとは思いますが、彼が最後の方で行き着いた"思いもかけない容疑者"が"真犯人"であると思った読者はどれぐらいいるだろうか。但し、殺されたと思われる人物が少なくとも5人いて(更にホイットフィールド卿の運転手も殺されて6人に)、後に残った登場人物の多くがその容疑者になるという"無駄のない"展開は見事です(結果として、クリスティ作品の中では分かり易い部類かも)。

Murder Is Easy - Pan 161.jpgMurder Is Easy - Fontana 428.jpg 主人公は探偵役のルークですが、ブリジェットの方が聡明という印象もあり、ポアロやミス・マープルのような"スーパー探偵"でないことは確か。最後は"キレ"と言うより"閃き"で事件を解決したようでもあり、一方で、すでにホイットフィールド卿の婚約者となっているブリジェットへの恋の鞘当もあって、この2人のロマンスの行方がどうなるかという部分で読者を楽しませてくれるものとなっています。
 クリスティって、普通にラブロマンスを書こうと思えば、それはそれでいくらでも書けたんだろなあ(実際に彼女は、メアリー・ウェストマコットの名前で6冊の恋愛小説を書いており、このペンネームは、サンディ・タイムズが明かすまでほぼ20年間秘密に保たれていた)。
Pan Books (1951)/Fontana (1960)

第14話「殺人は容易だ」011.jpg 作中で、6人もの人を殺している犯人は病的気質であると見做され、おそらく死刑にはならず精神病院送りとなるであろうことが示唆されていますが、となると、犯人が濡れ衣を着せようとした相手も、それが上手くいったとしても死刑にはならない公算が大きいということになり、再審請求とかあったらどうなるんだろうか(そんな制度は当時は無いか)。いずれにせよ、犯人はちょっと多い目に殺し過ぎたのかもね(もはや殺すことが目的化しているわけで、サイコ系シリアルキラーと言えるかも)。
「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第14話)/殺人は容易だ」 (09年/英・米) ★★★☆

 【1957年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(高橋豊:訳)]/1978年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(高橋豊:訳)]/2004年再文庫化[早川書房・クリスティー文庫(高橋豊:訳)]】

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フーダニット、ホワイダニットよりハウダニットが白眉を見出せる作品。

Why Didn't They Ask Evans.jpgWhy Didn't They Ask Evans3.jpgなぜ、エヴァンズに頼まなかったのか? クリスティーb.jpg なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか? ハヤカワb.jpg 『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』 1959.jpg
Dust-jacket illustration of the first UK edition/Minotaur Books(2002)/『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか? (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか? (1981年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』 『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』(ハヤカワ・ミステリ)

The Murder at the Vicarage2.jpg 村の牧師の息子ボビイ・ジョーンズは、トーマス医師と海沿いでゴルフのプレイ中に地面の割れ目に男が倒れているのを発見、トーマスが応援を求める間、男は「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」と言い遺して死ね。ボビイは男のポケットからハンカチを取り出し顔にかけてやるが、その際に美しい女性が写った写真が出てきて、すぐにその写真を元に戻す。牧師館に戻らねばならなかったボビイだが、そこにロジャー・パッシントン-フレンチと名乗る男が通りかり、事情を聞くとボビイの代わりに付き添うことを申し出てくれる。

 死んだ男が持っていた写真から、写真はレオ・ケイマン夫人のもので、死んだ男は夫人の兄のアレックス・プリチャードだと判明。ケイマン夫人が身元を確認、検死審問で事故死の評決が下されて暫くして、今度はボビイがビールに大量のモルヒネを入れられ毒殺されそうになる。ボビイは何とか命を取り留め回復し、幼馴染みの伯爵令嬢レディ・フランシス・ダーウェント(通称フランキー)と事件を追い始めるが、新聞に出た男が持っていたという写真がボビイの見たものとは異なり、彼の不審は決定的となる。

Fontana版カバー(Tom Adams)

WHY DIDN'T THEY ASK EVANS 洋書.jpg フランキーはロジャーの住むパッシントン-フレンチの屋敷の傍で故意に自動車事故を起こし、怪我をして屋敷に担ぎ込まれることでパッシントン-フレンチ家の客となって事件を探るうちに、屋敷の当主ヘンリイがモルヒネ中毒であること、写真の女性が屋敷の近くで麻薬中毒患者の療養所を営んでいるニコルソン博士の妻のモイラであること、死んだ男はアレックス・プリチャードなどではなく探検家のアラン・カーステアズであったことなどが判ってきた。

 そんなある日、ヘンリイの部屋から銃声が聞こえ、鍵を開けて中に入るとヘンリイが死んでいた。状況から自殺と思われたが、ボビイとフランキーは他殺の線も捨てなかった。さらにモイラの行方が行方不明になり、二人はニコルソン博士が怪しいと考え、モイラも監禁乃至殺されているのかもしれないと焦り、別行動で事件を探り出したが、ボビイが何者かに襲われ、続いてフランキーも誘拐される。ボビイとフランキーが監禁され縄で縛られた場所で見たものは―。

WHY DIDN'T THEY ASK EVANS? .Pant.1969

 1934年、アガサ・クリスティ(1890‐1976)が44歳の時に刊行された作品で(原題:Why Didn't They Ask Evans?)、ポアロやミス・マープルのようなシリーズ・キャラクターが登場しないノン・シリーズ作品ですが、昔読んですごく面白かった印象があり、今回読み直してもやはり面白かったです。

 クリスティ作品でノン・シリーズ作品は10作しかないそうで、その中で『そして誰もいなくなった』に次いで高い評価を得ていることを最近知りましたが(もちろん人によって好みはあり、そう高く評価しない人もいるが)読み直しても面白かったという点では、個人的にはかなり上位にくる作品。ある程度ストーリーが込入っているため、前に読んだのを忘れていて(つい確認の意味で長々とストーリーを書き出してしまった)、新鮮な(?)気持ちで読めた部分が多かったというのもあるかもしれませんが。

Why Didn't They Ask Evans? [1980] [VHS].jpgWHY DIDN'T THEY ASK EVANS 2.jpg 犯人は誰か(フーダニット)ということと、犯行の動機は何か(ホワイダニット)ということの両方のバランスがとれていますが、よく読むと犯人が複数であることは早い段階で明かされており、また、犯行の目的もやっぱり遺産目当てかということで、むしろこの作品での白眉は、ハウダニット(どうやって犯行を成し遂げたか)にあるかもしれません。

 作者の狙いもそこにあったと思われ、「なぜエヴァンズに頼まなかったのか?」というタイトルそのものが、そのことを端的に表しているように思います。

WHY DIDN'T THEY ASK EVANS? .Pan.1980

「アガサ・クリスティ/なぜエヴァンズに頼まなかったのか?」 (80年/英) ★★★★

 1980年制作の英国ITV版「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」(フランセスカ・アニス主演)でもその部分がきっちり再現されていましたが、「なぜ、そのメイドに頼まなかったのかしら」と、プリチャードの最期の言葉と全く同じフレーズをフランキーに無意識的に言わせるところが上手いなあと。その言葉の意味の重要性にふと気づいて、それをフランキーに教えるボビイ。オリエント・カフェでのモイラとの対面では、そのフランキーが機転を利かせて...といった具合に、若い二人のコンビネーションも、本作の楽しめる部分です。

、エヴァンズに頼まなかったのか?.jpgミス・マープル なぜエヴァンズに頼まなかったのか01.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第16話)/なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」 (09年/英・米) ★★★☆
謎のエヴァンズ殺人事件.jpg『謎のエヴアンス.png


【1959年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(田村隆一:訳)/1960年文庫化[創元推理文庫)(長沼弘毅:訳『謎のエヴアンス』)]/1981年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(田村隆一:訳)]/1989年再文庫化[新潮文庫(蕗沢忠枝:訳『謎のエヴァンズ殺人事件』)]/2004年再文庫化[偕成社文庫(茅野美ど里:訳『なぜエヴァンズにいわない?』)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(田村隆一:訳)]】謎のエヴァンズ殺人事件 (新潮文庫)

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ミス・マープルを"目撃証人"にして、自らのアリバイ作りに利用した犯人の大胆さ。

『牧師館の殺人』 (1954.jpg牧師館の殺人 クリスティー文庫 新訳.jpg  牧師館の殺人 kurisu.jpg  牧師館の殺人 ハヤカワ文庫.jpg  牧師館殺人事件 sinntyou .jpg
『牧師館の殺人』(ハヤカワ・ミステリ(山下暁三郎:訳))『牧師館の殺人 (クリスティー文庫)』(新訳/羽田詩津子:訳)カバーイラスト:安西水丸 『牧師館の殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』 『牧師館の殺人 (1978年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』(田村隆一:訳) 『牧師館殺人事件 (新潮文庫)』(中村妙子:訳)

The Murder at the Vicarage.jpgThe Murder at the Vicarage - Fontana.jpgThe Murder at the Vicarage - Fontana 839.jpg 小さな田舎村セント・メアリ・ミードにある牧師館の書斎で治安判事のプロズロー大佐が銃殺されているのが発見された。牧師館の住人であるレオナルドド・クレメント牧師とその妻グリゼルダが共に外出している時を狙って行われた犯行らしく、現場には被害者が6時20分に書いたと思われる手紙と、6時22分で止まった時計があった。しかしその時計は牧師が常日頃から15分進めていたもので、警察は犯行時間の特定に苦慮する。そうした中、プロズロー大佐の妻と恋仲に押し入っていた画家のローレンス・レディングが自首してくるが、らにその直後、今度は大佐の妻が自首してきた―。(First Edition Cover (1930)/Fontana (1961・1963))

THE MURDER AT THE VICARAGE  .jpg 1930年に刊行されたアガサ・クリスティ(1890‐1976)の作品で(原題:The Murder at the Vicarage)、ミス・マープルの長編初登場作品(短編では「火曜クラブ」(1928年)に先に登場。但し、『火曜クラブ』が短編集として刊行されたのは1932年)で本作の2年後)。

 早川書房のハヤカワ・(ポケット)ミステリに山下暁三郎訳(1954年)があり、その後ハヤカワ・ミステリ文庫に田村隆一訳(1978年)が、そして、それがクリスティー文庫(2003年)に収められ、その田村隆一訳のクリスティー文庫を羽田詩津子氏の新訳に置き換えたようですが(田村隆一訳から実質30年以上経っていたためか)、クレメント牧師の「手記」という体裁をとっている本作が、更にすらすら読めるようになったようにも思います。

THE MURDER AT THE VICARAGE. .Fontana 1988

 ミス・マープルの住まいと牧師館の位置関係などが図で示されていて、時間トリックなど、このシリーズにしては本格推理っぽい色合いもありますが、一方で、セント・メアリ・ミードの村の(殺人事件を抜きにすれば)長閑な様子や、老婦人たちのお喋りなど、ミス・マープル・シリーズに欠かせない要素が詰まっています。

 最初に画家のローレンス・レディングとロズロー大佐の2人が自首してきて、でも、お互いに相手を庇っての"勘違い"による自首だったということで、そうなると今度は別に怪しいのが4人も5人も出てきて、さあ、この中の誰が犯人か―という、読者の導き方が上手いなあと。

牧師館の殺人 dvd2.jpg牧師館の殺人 t2.jpg  結局、犯人は、物語の"脇役"が最後に突然浮かび上がってくるような、或いは、後から付け足したような人物ではなかった― 但し、こうなると、犯人は捜査がどのように行われるか計算づくであったばかりでなく、村の噂なども利用したことになります。更にスゴイことには、ミス・マープルが観察眼に長けた人物であることを予め見抜いたうえで、逆に彼女を"目撃証人"にして、自らのアリバイ作りに利用しているわけだから、大胆と言えば大胆、強者(つわもの)と言えば強者だったなあ。   「ミス・マープル(第5話)/牧師館の殺人」 (86年/英) ★★★

牧師館の殺人 o3.jpgMURDER AT THE VICARAGE 2004 01.jpg 「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第2話)/牧師館の殺人」 (04年/英) ★★★☆

【1954年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(山下暁三郎:訳)]/1976年文庫化[創元推理文庫(厚木淳:訳)]ミス・マープル最初の事件1978年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(田村隆一:訳(『ミス・マープル最初の事件』)]/1986年再文庫化[新潮文庫(中村妙子:訳)]/2003年再文庫化[早川書房・クリスティー文庫(田村隆一:訳)]/2005年再文庫化[偕成社文庫(茅野美ど里:訳)(『牧師館の殺人―ミス・マープル最初の事件』)]/2011年再文庫化[早川書房・クリスティー文庫(羽田詩津子:訳)]】

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"冒険ミステリ"と割り切ってリアリティを求めない方が楽しめる傑作。

ハヤカワ・ミステリ  チムニーズ館の秘密.jpg チムニーズ館の秘密 ハヤカワ・ミステリ文庫.jpg チムニーズ館の秘密 創元推理.jpg チムニーズ荘の秘密 クリスティ.JPG チムニーズ館の秘密 クリスティー文庫.jpg
ハヤカワ・ポケット・ミステリ/『チムニーズ館の秘密 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』/『チムニーズ荘の秘密 (創元推理文庫 105-29)』/執筆中のクリスティ/『チムニーズ館の秘密 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
BBC:Agatha Christie Comic Strip/Bodley Head版2種
The Secret of Chimneys comic strip.jpgBodley Head.jpgチムニーズ館の秘密09.jpg 旅行会社の社員として南アフリカで旅行案内人を務めるアンソニー・ケイドは、再会した友人のジェイムズ・マグラスから「おいしい話」を持ちかけられる。ジェイムズは以前、町で見かけた喧嘩から老人を救い出したが、それが大変な富豪であったと判ったのだという。しかし、先ごろその老人チムニーズ荘の秘密.JPGが莫大な財産を残して亡くなり、何故か彼に回顧録らしき原稿を送ってきたという。同封のメモによれば、期日までにロンドンの出版社に持ち込めば千ポンドの報酬を支払うとあるが、ジェイムズはどうしても手が離せない仕事を抱えているらしい。アンソニーはその原稿を持ってイギリスに帰国するが、すぐに怪しげな男たちに狙われ、バルカン半島の小国ヘルツォスロヴァキアに王政復古に絡む、国際的な騒動へと巻き込まれる。一方、ヘルツォスロヴァキアの王子が滞在するチムニーズ館で、深夜に一発の銃声が響き渡る。一体この場所で何が起きてるのか? 自らもチムニーズ館に乗り込むケイドだったが...。

The Secret of Chimneys 01.jpg 1925年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品で(原題:The Secret of Chimneys)、クリスティの作品の中で『殺人は容易だ』(1939)、『ゼロ時間へ』(1944)など5作あるバトル警視ものの第1作であるとともに、おしどり探偵トミーとタペンスの『秘密機関』(1922)など8作ある冒険ミステリの内の1作。

 スパイ、大泥棒、悪党、冒険に積極的なヒロインと主人公のナイスガイ、更に敏腕刑事と、もう何でもありの感じで、フランスの大泥棒ってルパンみたいだし、国際的なスキャンダルが絡む点などは、ホームズの「ボヘミアの醜聞」みたいな雰囲気も。

 クリスティ自身も楽しんで書いたらしく、たいへん短い期間で書き上げた作品だそうですが、ともすると大味な冒険譚になりがちなところが、ストーリーは精緻で、文庫だと500ページ弱になりますが、途中、飽きさせる要素は殆ど無かったように思います。

Dust-jacket illustration of the first UK edition

The Secret of Chimneys - Pan.jpg 主人公アンソニー・ケイドと共に事件に巻き込まれていくヴァージニア・レヴェルも、ヒロインとしての魅力を十分に備えているし、初登場のバトル警視のヤリ手ぶりもいいです。強いてこの作品の難点を挙げれば、アンソニー・ケイドの視点から物語が描かれているにも関わらず、彼自身が大きな秘密を有していることで、それが最後になって読者に明かされるという点では、善意に解釈すれば"叙述トリック"ですが、見方によっては"後出しジャンケン"の印象も受ける点です。

Pan books (1956)

 但し、そのことを割り引いてもこの作品は面白いです。そう言えば、本作の翌年に発表された『アクロイド殺し』にも"叙述トリック"が用いられていますが、それでも"傑作"との評価が、"掟破り"との批判を超えていて、そうしたことはこの作品についても言えるのではないでしょうか。

THE SECRET OF CHIMNEYS.jpgThe Secret of Chimneys 02.jpg 最初から"冒険ミステリ"と割り切って、あまり現代スミステリの基準でのリアリティを求めない方が、素直に作品を楽しめるかも。個人的にはクリスティ作品の中でも傑作だと思っています。

 モーリス・ルブランの『カリオストロ伯爵夫人』が1924年の刊行、コナン・ドイルの5大短編集のラスト『シャーロック・ホームズの事件簿』が1927年の刊行と、そうした作品がこの作品の発表と前後していることを考えると、それらの作品と相対比較した場合、この作品はむしろ、実際の当時の国際政治情勢を反映させている点でリアリティもあり、また、プロットの巧みさ、複雑さにおいて、後のミステリ作家の作品に引けを取らない"現代ミステリ"であるとも言えるように思います。
THE SECRET OF CHIMNEYS .Pan.1976   
  
チムニーズ館の秘密 dvd.jpg第18話「チムニーズ館の秘密」02.jpgチムニーズ館の秘密 09.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第18話)/チムニーズ館の秘密
」 (10年/英・米) ★★☆  

【1955年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(赤嶺弥生:訳)]/1976年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(高橋豊:訳)]/1976年再文庫化[創元推理文庫(厚木淳:訳『チムニーズ荘の秘密』)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(高橋豊:訳)]】

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前作「ベルグレービアの醜聞」の"エロス趣向"と今回の"サイエンス趣向"では、前作に軍配。

SHERLOCK/シャーロック シーズン2.jpgsherlock バスカヴィルの犬 01.jpg sherlock バスカヴィルの犬 07.jpg
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sherlock バスカヴィルの犬 04.jpg シャーロック・ホームズ(ベネディクト・カンバーバッチ)のもとに、ダートムアから依頼人ヘンリー(ラッセル・トヴェイ)がやってくる。ダートムアの荒野には政府の科学生物兵器研究施設「バスカヴィル」があり、極秘の実験が行われているという噂があった。ヘンリーは20年前、7歳のときに父親が悪魔のような巨大な犬「ハウンド」に殺されるのを目撃。ショックが生み出した妄想かと思ったが、昨夜、再びその現場で巨大な「ハウンド」の足跡を発見したという。ホームズらは怪物の正体探るためダートムアに向かう―。
            
sherlock バスカヴィルの犬 00.jpgsherlock バスカヴィルの犬 03.jpg 「バスカヴィルの犬(ハウンド)("The Hounds of Baskerville")」は、「ベルグレービアの醜聞」に続く「SHERLOCK(シャーロック)」第2シーズン第2話(通算第5話)で、原作は当然のことながら「バスカヴィル家の犬("The Hound of the Baskervilles")」ですが、「バスカヴィル」というのが、家名から軍の秘密実験基地みたいなものの名前に置き換わっています。

SHERLOCK:THE HOUNDS OF BASKERVILLE.jpg この作品、ダートムアの荒涼としたイメージをどう描くかがポイントかと思って観ましたが、ダートムアが既に"魔犬が出る地"として心霊スポット的な観光地になっていて、ホームズとワトスンは、幼少期に自分の父親がダートムアの窪地で魔物に襲われて殺されるところを見たという青年に導かれて夜のダートムアを走り回るけれども、偽造IDカードで基地内にも潜入して実験施設内も探索するということで、原作のおどろおどろしさは半減しています。

sherlock バスカヴィルの犬 05.jpg 一方で、基地内では怪しげな動物実験が行われていて、先にあった「発光ウサギ」が逃げ出したという、ホームズが一旦は調査の依頼を袖にした"珍事件"もこうした実験と関係があるらしい(下村脩氏が発見したオワンクラゲの緑色蛍光タンパク質を注入した発光ネズミというのは写真で見たなあ)―となると、いよいよ近未来型の「バスカヴィルの犬」の登場かと思ったら、結局は意外としょぼい仕掛けだったと言うか(まあ、怪獣映画になってもマズイわけだけれど)、結末だって怪しげな人物はやっぱり怪しかったし...。

SHERLOCK(シャーロック)/バスカヴィルの犬.jpg 前作「ベルグレービアの醜聞」が"エロス趣向"だとすれば、こちらは"サイエンス趣向"と言え、毎回趣向を変えてくる努力は買いますが、これは今一つノレなかった...。

SHESHERLOCK(シャーロック)/バスカヴィルの犬2.jpg この原作の映像化作品は、「犬」の登場の場面で90年代からCGが使われていますが、この作品でCGであれだけハッキリ見せる必要はなかったのではないかな。前半部分でモンタージュ的な手法を使って「犬」を見せないでいたのに、あそこで登場人物の主観に合わせて見せてしまったら、前後の整合が取れないのでは。

バスカヴィル dvd.jpg「SHERLOCK(シャーロック)(第5話)/バスカヴィルの犬(ハウンド)」●原題:SHERLOCK:THE HOUNDS OF BASKERVILLE●制作年:2011年●制作国:イギリス●本国放映:2012年1月8日●演出:ポール・マクギガン●脚本:マーク・ゲイティス●出演:ベネディクト・カンバーバッチ/マーティン・フリーマン/ルパート・グレイヴス/ユナ・スタッブス/マーク・ゲイティス/ラッセル・トヴェイ●日本放映:2012/07●放映局:NHK-BSプレミアム(評価:★★★)

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まずまず上手いなあと。最後はホームズが「あの女性」を死地から救ったように見える。

SHERLOCK/シャーロック シーズン2.jpgA Scandal in Belgravia 000.png A Scandal in Belgravia01.jpg
SHERLOCK/シャーロック シーズン2 [DVD]」ベネディクト・カンバーバッチ/ララ・パルバー

A Scandal in Belgravia 011.jpg ベネディクト・カンバーバッチ(Benedict Cumberbatch)主演の「SHERLOCK(シャーロック)」は、2010年から始まったBBC製作のドラマで(日本での放映は2011年8月から)、本作「ベルグレービアの醜聞("A Scandal in Belgravia")」は、第2シーズン第1話(通算第4話)にあたり、本国放映は2011年1月、日本ではNHK-BSプレミアムで2012年7月に放映されました。

A Scandal in Belgravia 012.jpg タイトルからも分かるように、コナン・ドイルの短編集でも最も人気のある第1短編集「シャーロック・ホームズの冒険」の中の第1作「ボヘミアの醜聞("A Scandal in Bohemia")」(1891年初出)がオリジナルですが、元が短編なので、このTVシリーズ独特の現代風アレンジに加え、話を膨らませるだけ膨らまして、その上で大幅な改変もしているという印象でしょうか。個人的にはそれなりに面白かったです。

A Scandal in Belgravia02.jpg 原作の敵役であり実質ヒロインでもあるアイリーン・アドラーは、シャーロック・ホームズが「あの女性 (the woman)」と唯一定冠詞をつけて呼ぶ特別な存在になるほどの女性ですが、これがドラマでは、アイリーン(ララ・パルバー、Lara Pulver)の家に無理矢理入り込んだホームズ(原作では怪我して運び込まれたことになっている)の前にいきなり全裸で現れるという趣向で、しかも、両性を手玉に取る所謂"両刀使い"というのがスゴイね。

A Scandal in Belgravia03.jpg その他にもいっぱい"遊び"があるけれど、原作の、ホームズがワトスンに発煙筒を焚かせて、依頼主から奪還を要請されている写真(ドラマでは携帯電話に収められている)の在り処を「アイリーンの目線」から探り当てる場面など、細かいところはオリジナルを踏襲したりしているのが憎いなあと。

SHERLOCK(シャーロック)(第4話)13.jpg 前半は殆どアイリーンにホームズが振り回されっ放しですが(原作でもホームズより能力的に優れていることになっている)、最後はホームズがアイリーンを死地から救ったように見えるね(そうなると、ホームズは殆ど"007"並みの行動をとったことになるが)。原作を巡っては、恋愛感情に縁が無いホームズが唯一恋愛感情を抱いた女性ではないかとか、いや、ワトスンが作中で述べているように、ホームズはアイリーンに恋愛感情を抱いたわけではないとか、いろいろ論議があるようですが、(アイリーンのイメージは随分違っているけれど)引き続きそうした論議の余韻を残すような終わり方はまずまず上手いのではないかと思いました。

A Scandal in Belgravia 003.png「SHERLOCK(シャーロック)(第4話)/ベルグレービアの醜聞」」●原題:SHERLOCK:A SCANDAL IN BELGRAVIA●制A Scandal in Belgravia 022.jpg作年:2011年●制作国:イギリス●本国放映:2012年1月1日●演出:ポール・マクギガン●脚本:スティーブン・モファット●出演:ベネディクト・カンバーバッチ/マーティン・フリーマン/ララ・パルバー/ルパート・グレイヴス/ウーナ・スタッブズ/マーク・ゲイティス/アンドリュー・スコット●日本放映:2012/07●放映局:NHSHERLOCK ベルグレービアの醜聞 .jpgK-BSプレミアム(評価:★★★★)

ベネディクト・カンバーバッチ(ホームズ)/ララ・パルヴァー(アイリーン・アドラー)/マーク・ゲイティス(演出及びマイクロフト・ホームズ役)

ララ・パルヴァー.jpgSherlock (2010)
Sherlock (2010).jpgSHERLOCK.jpg「SHERLOCK (シャーロック)」SHERLOCK (BBC 2010~) ○日本での放映チャネル:NHK‐BSプレミアム(2011~)
 
   

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BBC版。楽しめた。ホームズ、ワトスン共にグラナダ版より若いが、ワトスンが大活躍。恋もした?

バスカヴィル家の獣犬01.jpgバスカヴィル家の獣犬 dvd.jpg    The Hound of the Baskervilles (2002).jpgバスカヴィルの獣犬 [DVD]」リチャード・ロクスバーグ(Richard Roxburgh)

シャーロック・ホームズ 「バスカヴィルの獣犬」 前編.jpg ダートムアの荒野に響く獣の唸り声は、かつてバスカヴィル家の領主だったヒューゴーという男が妻の不倫に怒り沼地に逃げた妻を殺害、その際に妻が大事に飼っていた大きな犬がヒューゴーに飛びかかって殺され、そして今でもその犬の悪霊が沼地を彷徨って遠吠えしているという―そうした伝説が沼沢地の気味悪さを一層深めるこの地で、バスカヴィル家の領主・チャールズ卿が変死し、死体の側に彼のつま先だけの足跡と巨大な犬の足跡が残されていた。当家医師モーティマーの依頼により、ホームズはチャールズ卿の死に関する調査を始めるとともに、新たな当主となったヘンリー卿の身の安全と相続した莫大な財産を守るため、ワトスンが彼の護衛に当たる―。

Hound of the Baskervilles'00.jpg 1901年にコナン・ドイルが発表した、ホームズ物語の4つの長編中最長の作品『バスカヴィル家の犬』の映像化であり、ホームズ物語の映像化では、1994年に完結した英グラナダテレビ製作のジェレミー・ブレッド主演のシャーロック・ホームズシリーズがよく知られていますが、これは英国国営放送(BBC)が2002年に作ったものです(2004年にもう1作放映している。ホントはもっと作ってシリーズ化したかったのか?)。日本では、NHK-BSで2004年に放映されましたが、先行して2003年にDVDが国内発売されています。

 シャーロック・ホームズを演じたリチャード・ロクスバーグ(「ミッション:インポッシブル2」('02年/米)などに出演)は、グラナダ版のホームズ役で高い評価を得たジェレミー・ブレットと比べれば新顔でしたが、4大長編の最後である原作の時代設定が実は一番最初であることを考えると、50代でこの役を演じたブレットよりも、当時40歳だったロクスバーグの方が年齢的には合っているかも知れず、同じことは、ワトスンを演じたイアン・ハート(「ハリー・ポッターと賢者の石」('01年/英)などに出演)にも言えるかと思います。

Hound of the Baskervilles'01.jpg この作品、ホームズ物語で最も数多く映像化されていながら、原作通りに作られているものは一つもないそうで、そうした中では、前半の展開はかなり原作に忠実な方ではないでしょうか。
 原作に比べるとテンポよく話が進んでいき(原作はダートムアの土地柄など文学的な記述表現もあってやや冗長に思える部分もあった)、それでいて軽過ぎる印象を受けないのは、何よりも、ダートムアの荒涼とした気象、土地柄がよく描かれていて、一方で、チャールズ卿の邸宅内などの室内シーンなどはセットに贅を凝らしていて、映像的に全く手抜きがないためでしょう。

Hound of the Baskervilles3.jpg 原作とやや異なるのは、イアン・ハート演じるワトスンが結構活躍する場面が多いことと、ホームズの良き友でありながらも、調査の秘密を明かさなかったホームズに対して強く詰め寄るなど、「助手」と言うより「対等」な関係であろうとしているのが窺える点で、その分、イアン・ハートの人間味溢れるワトソン像が前面に出ていて、これもいいです(対比的に、ロクスバーグのホームズ像はやや冷たい印象か)。

 近所に住む考古人類学者(原作では昆虫学者)スティプルトン(リチャード・E.・ラント)の妹ベリル(ネイブ・マッキントッシュ)が、ヘンリー卿と間違えてワトスンにこの地を立ち去るよう警告するのは原作と同じですが、彼女に惹かれたヘンリー卿と併せて、ワトスンもベリルに惹かれたような印象を受けました(ベリル役のネイブ・マッキントッシュの美貌がかなり目立っている)。

 それで彼女が殺された(原作にはない殺人)ことを知ったワトスンは激昂して...とここからは原作とかなり異なる展開。もともとアクション映画っぽい場面のある原作ですが、よりアクション映画っぽくなっています(最後にホームズが沼にハマる場面は原作にもあるが、とにかくワトスン大活躍といった感じ)。

バスカヴィル家の獣犬 犬.jpg その他にも、原作に無いバスカヴィル家での降霊会や大掛かりなクリスマス・パーティなどがあって(この番組、クリスマスシーズンに放映された)、"膨らまし感"はあるものの"手抜き感"は無いため、これはこれで良しとしていいのではないかと。「犬」はCG(と模型?)を使っていますが、今から10年前のCGだから、まあこんなものかというレベルです。

バスカヴィル家の獣犬 ジョン・ネトルズ.jpgバーナビー警部ド.jpg 「バーナビー警部」のジョン・ネトルズが、モーティマー医師役で登場。「バーナビー警部」のシリーズはもう始まって大いに人気を博していた頃だから、シーズンとシーズンの隙間をぬってのゲスト出演といった感じなのでしょうか。

John Nettles

 繰り返しになりますが、(この映像化作品では)ワトスンもベリルに惹かれたのだと思います。だから、事件が解決しても鬱々としているのではないかなあ(実際、ベリルが殺されたことで、よりダークなトーンになったように思えた)。

 原作とはやや異なった余韻を残す作品で、正統派支持者からはこき降ろされそうなよう要素も多々ありますが、テンポの良さもあって、個人的には改変部分も含め原作より楽しめたかも。

The Hound of the Baskervilles2.jpgシャーロック・ホームズ 「バスカヴィルの獣犬」 後編.jpg「バスカヴィル家の獣犬」●原題:THE HOUND OF THE BASKERVILLES●制作年:2002年●制作国:イギリス●監督:デヴィッド・アットウッド●製作:リストファー・ホール●脚本:アラン・キュービット●撮影:ジェームズ・ウェランド●音楽:ロブ・レイン●原作:アーサー・コナン・ドイル●時間:100分●出演:リチャード・ロクスバーグ/イアン・ハート/マット・デイ/リチャード・E・グラント/ネイブ・マッキントッシュ/ジョン・ネトルズ/ジェラルディン・ジェームズ /ロン・クック●日本放映:2004/09/18●放送局:NHK‐BS2 (評価:★★★★)

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フロント・ページ 9 (2).jpg レトロ・タッチの社会派コメディといったところか。ジャック・レモンの滑舌の良さは"演劇"風。

『フロント・ページ』(1974)dvd.jpg『フロント・ページ』(1974)03.jpg
フロント・ページ [DVD]」ウォルター・マッソー/ジャック・レモン/スーザン・サランドン

『フロント・ページ』(1974)02.jpg 1929年のシカゴの刑事裁判所の記者クラブ。裁判所の庭では、翌朝行われる警官殺しの犯人として死刑を宣告されたアール・ウィリアムズ処刑のための絞首台が設けられていた。シカゴ・エグザミナー紙のデスク、ウォルター・バーンズ(ウォルター・マッソー)は、トップ記者ヒルディ・ジョンソン(ジャック・レモン)をその取材に当たらせようとしたが、彼は今日限りで辞職し、恋人ペギー(スーザン・サランドン)と結婚してシカゴを去ると言う。ウォルターが仕方なく後任に据えた新米記者ケップラー(ジョン・コークス)が記者クラブにいるところへ、モリー(キャロル・バーネット)が、自分のことを死刑囚ウィリアムズの情婦であるように書き立ている新聞記事に文句を言いに来る。モリーと入れ違いにヒルディが来て祝い酒が始まるが、ウィリアムズが脱走したとの知らせで記者たちは一斉に飛び出す。一人残されたヒルディの前にウィリアムズ(オースティン・ペンドルトン)が転がり込んできた。ヒルディは大急ぎでバーンズに電話すると、今度はモリーが来る。再会を喜ぶ2人だが、他社の記者らが戻ってきたため、ヒルディは咄嗟にウィリアムズをトリビューン紙の記者ベンジンガー(デイヴィッド・ウェイン)の大きなロールトップデスクの中に隠す―。

the front page(1974)poster.jpg 1974年のビリー・ワイルダー(1906-2002/享年95)監督67歳の時の作品。「フロント・ページ」とは、文字通り新聞の「第一面」の意で、先に取り上げた「ネットワーク」('76年)がテレビ業界の視聴率競争を描いているならば、こちらは新聞業界のトップネタ争いが背景になっており、同じく"社会派"作品であることには違いないですが、婚約を機に退職を目論む敏腕記者ジャック・レモン(1925-2001/享年76)と、それを引き留めようとするウォルター・マッソー(1920-2000/享年79)の丁々発止の遣り取りが見所のレトロ・タッチの軽妙なコメディとなっています。

『フロント・ページ』(1974)04.jpg オリジナルはベン・ヘクト(ヒッチコックの「汚名」などの脚本家)、チャールズ・マッカーサー原作の1928年初演の戯曲であり、「犯罪都市」(1931年)、「ヒズ・ガール・フライデー」(1940年)に続く3度目の映画化作品だそうで、そう思って観ると殆ど場面転換がなく、「ああ、舞台劇だなあ」という印象であるし('88年にはキャスリーン・ターナー、バート・レイノルズ主演で「スイッチング・チャンネル」というタイトルで4度目の映画化)、ジャック・レモンの機関銃のように早口でまくしたてる職人芸のような喋りも(ウォルター・マッソーもそれによく伍している)、その滑舌の良さも"演劇"風であるならば、大机に隠れたウィリアムズが出てきそうになるのを必死で抑えようとするところなどは典型的なドタバタ・コント風と言えるかもしれません(笑いのツボをオーソドックスに押さえている感じ)。まあ、ジャック・レモンの昔の作品は大体みんなこんな感じなのですが。

 仕事中毒人間をユーモラスに描いた懐かしい作品ですが、この作品自体に、当時からみて35年前の時代へのノスタルジーが込められており、それを作られてから35年以上後の今、デジタル・リマスター版で再び観ているわけであって、それが昔映画館で観た時よりも画面がやけに明るいので、何となく不思議な(時代感覚を喪失するような)感じでした(最近、デジタル・リマスター版で昔の映画を見ると、よくこうした感覚に捉われるなあ)。

スーザン・サランドン.gif スーザン・サランドンは「ロッキー・ホラー・ショー」('75年)より前の出演作品『フロント・ページ』(1974)06.jpgになるわけで、日本では殆ど無名だったのではないかな。昔からあのような容貌だったのだなあと。記者クラブに詰めている他紙記者の中に昨年['12年]12月に亡くなったチャールズ・ダーニング(享年89)がいたことに改めて気付きました。

フロント・ページ6.jpg『フロント・ページ』(1974)01.jpg「フロント・ページ」●原題:THE FRONT PAGE●制作年:1974年●制作国:アメリカ●監督:ビリー・ワイルダー●製作:ポール・モナシュ●脚本:ビリー・ワイルダー/I・A・L・ダイアモンド●撮影:オジョーダン・クローネンウェス●音楽:ビリー・メイ●原作:ベン・ヘクト/チャールズ・マッカーサー●時間:105分●出演:ジャック・レモン/ウォルター・マッソー/スーザン・サランドン/オースティン・ペンドルトン/キャロル・バーネット/デイヴィッド・ウェイン/チャールズ・ダーニング/ジョン・コークス●日本公開:1975/05●配給:ユニバーサル・ピクチャーズ●最初に観た場所:高田馬場ACTミニシアター(84-01-14)(評価:★★★★)●併映:「七年目の浮気」(ビリー・ワイルダー)/「アラビアのロレンス」(デビッド・リーン)/「せむしの仔馬」(イワノフ・ワーノ)/「雪の女王」(レフ・アタマノフ)

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経営陣の企業倫理の逸脱パターンが戯画的に描かれている。フェィ・ダナウェイの演技は絶妙。

ネットワーク 1976 ちらし.jpgネットワーク 1976 vhs.jpg  ネットワーク 1976 11.jpg
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NETWORK title.jpg 最盛期に28%の視聴率を誇ったUBSのビール(ピーター・フィンチ)のイブニング・ニュースも今や12%とに低落、これが引金となり、ジェンセン(ネッド・ビーティ)率いるCCAがUBSを買収し傘下に収め、CCAより新社長が就任、報道部長マックス(network 1976 01.jpgウィリアム・ホールデン)はビールに番組降板を通告する。翌日、ビールは本番中に自分が辞めさせられる事を暴き、さらに自殺予告までするが、そのことで視聴率は27%に上がる。野心家のダイアナ(フェイ・ダナウェイ)は、ビールを現代の偽善と戦う予言者とし「再売り出し」し、雨の日の本番中にスタジオに闖入したビールの社会不満を告発する言動が大ヒットするなどして、「ビール・ショー」の視聴率は48%に。ダイアナのアイデアはエスカレートし、過激Network.jpg派グループと契約して、ビールを絡めた衝撃シリーズを展開、これも成功し、彼女とマックスの社内での地位は逆転するが、過激化するビールが、親会社CCAを番組内で非難し始めたことで危機に陥る。ジェンセンはビールに強制暗示的に言動変更を迫り、感化されたビールは番組内でジェンセンの理論を滔々とぶつが視聴率は低下、ダイアナはジェンセンのロボットとなったビールを番組から降ろすために、上層部のハケット(ロバート・デュヴァル)らを説得して、ついにビールの暗殺を決定させ、テレビ局の走狗と化した過激派をスタジオの観客に紛れ込ませ、ビールを銃撃させる―。

ネットワーク 1976 02.jpg シドニー・ルメット(1924-2011/享年86)監督作品。最初観たときは、こんなのありっこないという荒唐無稽さを覚えましたが興業的には成功し、風刺劇としての世間評価も高かった作品であり(シドニー・ルメットはこの映画は風刺劇ではなくテレビ業界の内実を暴露したルポルタージュであると言った)、アカデミー賞においても主演男優賞(ピーター・フィンチ)、主演女優賞(フェイ・ダナウェイ)、など4部門獲得しました(ノミネート直後に心不全で急死したピーター・フィンチは、アカデミー賞史上初の「死後の主演男優賞受賞者」となった)。

 そうした評価につられてではないですが、観直してみて、よく出来ている作品だったかもと思いました。ピーター・フィンチに扇動される人々の描き方などは戯画的と言うか漫画チックですが、ピーター・フィンチの脇を固める俳優陣の演技が素晴らしいです。

network 1976 03.jpg ウィリアム・ホールデン演じるマックスがダイアナとの関係をなかなか断ち切れないのは、ある種"保護者"感覚ではないかなあ。彼女、傍に誰かいないとどうなるか分からないという...。それでもって、自分の妻(ベアトリス・ストレイト)に別居を切り出すというのも、言われた方の妻の心境は察するに余りありますが、ベアトリス・ストレイトはこのヘビイなNETWORK 1976.jpg状況に置かれた妻の哀しみを好演して、僅か5分間の登場でアカデミー賞の助演女優賞を獲っています。助演男優賞候補となったネッド・ビーティがもし受賞していれば(ネッド・ビーティがピーター・フィンチを緑色のシェードのライトが並んだ部屋で洗脳するシーンもスゴかったが)、アカデミー史上初の主演男優・主演女優・助演男優・助演女優の演技4賞独占となるところでしたが、「欲望という名の電車」('51年)に次ぐ史上2度目の演技賞3冠にとどまりました(因みに「欲望という名の電車」の時はマーロン・ブランドが主演男優賞を逃した)。
Ned Beatty - Network 1976

network 1976 02.jpg ダイアナの無茶苦茶な提案に躊躇するものの、最終的にはそれを是認してしまうテレビ局の上層部―というのは、経営陣が企業倫理を逸脱する際のパターンを描いており("殺人"まで認めてしまうというところが戯画的だが)、そもそもダイアナは、こんな"素晴らしいアイデア"になぜ上層部がすぐに同意を示さないかが解らず、逡巡する経営陣の様を見てきょとんとしている―この時のフェィ・ダナウェイの演技は絶妙です。

ネットワーク 1976 12.jpg 熾烈な視聴率競争を繰り広げるTV業界の中で「壊れていく」人々を描いた作品ですが、ピーター・フィンチ演じるニュースキャスターは「壊れている」と言うよりも「狂っている」のであって、「壊れている」という言葉が相応しいのはむしろフェィ・ダナウェイ演じるダイアナではないかなと思いました。最後はウィリアム・ホールデン演じるマックスも彼女を見切った感じですが、ダイアナの行く末がどうなったかまでは描かれていません。個人的には、再見して、この作品の主人公はダイアナではなかったかと思っただけに気になりました。

Faye Dunaway - Best Actress Oscar for Network 1976.jpgネットワーク [DVD].jpg「ネットワーク」●原題:NETWORK●制作年:1976年●制作国:アメリカ●監督:シドニー・ルメット●製作:ハワード・ゴットフリード●脚本:パディ・チャイエフスキー●撮影:オーウェン・ロイズマン●音楽:エリオット・ローレンス●時間:121分●出演:フェイ・ダナウェイ/ウィリアム・ホールデン/ピーター・フィンチ/ロバート・デュヴァル/ベアトリス・ストレイト/ウェズリー・アディ/ネッド・ビーティネットワーク ロバート・デュヴァル2.jpg/ジョーダン・チャーニー/コンチャータ・フェレル/レイン・スミス/マーリーン・ウォーフィールド●日本公開:1977/01●配給:ユナイト映画●最初に観た場所:池袋・文芸坐(78-12-13)(評価:★★★★)●併映:「カプリコン・1」(ピーター・ハイアムズ)
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プロットはともかく、犯人の心理がよく描かれている。グラス・シーリングが背景テーマ?

刑事コロンボ/秒読みの殺人 vhs.jpg    刑事コロンボ/秒読みの殺人01.jpg  事コロンボ/魔術師の幻想04.jpg
特選「刑事コロンボ」完全版 秒読みの殺人【日本語吹替版】 [VHS]」 Trish Van Devere/Laurence Luckinbill

刑事コロンボ/秒読みの殺人02.jpg刑事コロンボ/秒読みの殺人 title.jpg 「CNCテレビ」西部支局長のチーフ・アシスタント、ケイ(トリッシュ・バン・デバー)はプライベートでは支局長のマーク(ローレンス・ラッキンビル)と同棲関係にあった。彼女は有能かつ野心家で、マークのニューヨーク本社栄転に自分も一緒に行くものと思っていたところがマークから別れ話を持ち出され、更に次期支局長にも推薦しないと言われる。自分が切り捨てられたと分かった彼女は、社内でのTVムービーの試写で映写技師のウォルター(ジェームズ・マクイーチン)に、フィルムのリール交換は自分がするからと言って、別のフィルムを倉庫まで取りに行かせ、その4分間の僅かな時間の隙を利用し、社内の別の部屋にいたマークを射殺する―。

刑事コロンボ/秒読みの殺人03.jpg 第43話「秒読みの殺人」は、第7シーズン第3作、旧シリーズの終わりから数えて3番目の作品で、第44話「攻撃命令」第45話「策謀の結末」と併せて'79年の正月休みにNHKで放映されました。

 コロンボが、被害者が射殺された際に遠近両用眼鏡を頭に乗せたままだったところから犯人は顔見知りだと推理し、被害者宅にクリーニング屋から届いたブレザー左前ボタンだったことから被害者と犯人が同棲していたことを見抜き、フィルムのパンチと映写技師が戻ってきた時に見たドラマのシーンとの関係から犯人のアリバイトリックを見抜くという流れは当時新鮮で、今観てもなかなかのものではないかと。一方で、犯人は、まさにタイトル通りの緻密な完全犯罪を図りながらも、手袋を映写室に置きっ放しにしたり、犯行に使った拳銃をエレベータの天井に置き放しにしたままずっと回収しなかったりと、結構ミスや粗さが目立ったりもします。

刑事コロンボ/秒読みの殺人07.jpg しかし、今回に見直してみると、そうしたプロットとは別に、追い詰められていく犯人の側に立ってその心理がよく描かれていて、加えて、犯人の上昇志向の背景に、小さな家で育って、視聴率競争が激しい(しかも男性社会の)TV業界に身を投じ、現場からの叩き上げで這い上がって勝ち抜きキャリアを築いてきた女性であることが窺え、最後に犯行を認めざるを得ない結末となっても、パターン的には「これで却ってほっとした」と言いそうなところを、「私負けないわ。必ず這い上がってみせる」と言うほどです。この頃のアメリカでは、「ガラスの天井(グラス・シーリング)=女性がぶつかる男性社会の壁」というのが社会テーマになり始めていたのだろうなあと。

ネットワーク 1976 ちらし - コピー.jpgnetwork 1976 02.jpg 同じように競争の激しいTV業界の中で「壊れていく」人間像を描いた作品として、たまたまこの作品の放映の前月に観たシドニー・ルメット監督の映画「ネットワーク」('76年/米)を思い出させます。あの作品のピーター・フィンチ演じるニュースキャスターは「壊れている」と言うより「狂っている」のであって、「壊れている」という言葉が相応しいのはむしろフェイ・ダナウェイ(コロンボ・シリーズに犯人役で登場したこともある)が演じるプロデューサーなんだろなあ。この作品のケイと少しダブりました(フェイ・ダナウェイは"グラス・シーリング"にぶつからず、上司を追い落して出世するのだが)。

 シリーズ第9話「パイルD-3の壁」で犯人の建築家を演じたパトリック・オニール(ジェームズ・コバーン似の渋いオッさん)が、マークがいなくなることで当然自分が支局長になるものと思っていたケイに解雇通告をするTV局の重役の役で出ており(ロマンス・グレイだったのが完全な白髪頭になっているなあ)、また、普段はコロンボを補佐するクレーマー刑事役で出てくることが多いブルース・カービーが、コロンボが故障した自宅のテレビを持ち込んだ電機修理屋の役で出ています。

刑事コロンボ/秒読みの殺人 11.jpg 刑事コロンボ/秒読みの殺人 12.jpg 刑事コロンボ/秒読みの殺人 13.jpg 刑事コロンボ/秒読みの殺人 14.jpg  

刑事コロンボ  秒読みの殺人.jpg事コロンボ/魔術師の幻想7.jpg「刑事コロンボ(第43話)/秒読みの殺人」●原題:MAKE ME A PERFECT MURDER●制作年:1978年●制作国:アメリカ●監督:ジェームズ・フローリー●製作:リチャード・アラン・シモンズ●脚本:ロバート・ブリーズ●音楽:パトリック・ウィリアムズ●時間:90分●出演:ピーター・フォーク/トリッシュ・バン・ディーバー/ローレンス・ラッキンビル/パトリック・オニール/レイニー・カザン/ジェームズ・マクイーチン/ロン・リフキン/ケネス・ギルマン/ブルース・カービイ●日本公開:1979 /01●放送:NHK:★★★☆)  

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再度の「犯人」役ジャック・キャシディ、ロバート・ヴォーン、再演出までしたマクグーハン。

魔術師の幻想 vhs.jpg 刑事コロンボ/魔術師の幻想 dvd.jpg  さらば提督 vhs.jpg 
特選「刑事コロンボ」完全版 魔術師の幻想【日本語吹替版】 [VHS]」「特選 刑事コロンボ 完全版「さらば提督」【日本語吹替版】 [VHS]」ジャック・キャシディ

刑事コロンボ/魔術師の幻想01.jpg刑事コロンボ/魔術師の幻想 title.jpg 魔術師サンティーニ(ジャック・キャシディ)は、ジェローム(ネヘミア・パーソフ)が経営するクラブで「水槽の幻想」という脱出魔術を披露して人気を集めていたが、彼の本名はステファン・ミューラーで第二次大戦中はナチスの親衛隊員だった―彼はその過去を知るジェロームに収入の50%を巻き上げられており、サンティーニが今後は5%しか払うつもりはないとジェロームに伝えると、逆にジェロームに過去の秘密を公表すると脅される。クラブでの「水槽の幻想」マジックでサンティーニは箱の中に入れられ更に水槽に沈められてしまうが、その間の10分を利用してサンティーニは移民局宛の密告の手紙をタイプ中のジェロームを殺害、手紙を持ち出し、何食わぬ顔で舞台に戻って"魔術"を完成させる―。

魔術師の幻想03.jpg刑事コロンボ/魔術師の幻想03.png 「魔術師の幻想(Now You See Him)」(第36話)は第5シーズン第5話。ジャック・キャシディは、第1シーズンのスティーブン・スピルバーグ演出の「構想の死角」(第3話)の"書かない作家"フランクリン役、第3シーズン「第三の終章」(第22話)の出版社経営者グリーンリーフ役に続く3度目の登場で、本当に犯人役がサマになる役者であり、本作の本国での放映から10ヵ月後の1976年12月に自宅の火事で亡くなったのが惜しまれます。

刑事コロンボ/魔術師の幻想 02.png サンティーニという名は希代の魔術師フーディーニのもじりか。脱出マジックの裏側を見せてくれ、「悪の温室」(第11話)の熱血刑事ウィルソン(ボブ・ディシー)の再登場、手品はしょぼいがプロポーションで見せるサンティーニの娘サラ(シンシア・シスク)など配役面でも楽しいけれど、タイプライターのリボンが決定的証拠になるというのがちょっと時代を感じさせるかな(ジャック・キャシディの演技で星半個オマケ)。

The Best Columbo Episodes

刑事コロンボ/さらば提督 title.jpg 世間から「提督」と呼ばれているヨット造船会社所有者オーティス・スワンソン(ジョン・デナー)、今は娘のジョアナ(ダイアン・ベイカー)の夫チャーリー・クレイ(ロバート・ヴォーン)が社長になって経営実権を握っているが、チャーリーの儲け主義が気に入らず密かに会社を売ってしまおうと考えていたところを自邸で殺害され、その後始末をするチャーリーは、提督の服を着込みヨットで夜の海に出て死体を捨てると、潜水服に着替えて泳いで戻ってくる―。

刑事コロンボ/さらば提督01.png 続く第5シーズン第6話(日本ではこちらの方が先に放映された)「さらば提督(Last Salute To Commodore)」(第37話)は、当初、本作を以って「刑事コロンボ」シリーズは終了の予定であったため、そのことを考慮してか、カメラワークにおいてコロンボのアップなどが矢鱈多く、特に前半部分はコロンボが絡むギャグ・シーンが満載―と思ったら、いきなり中盤で、ロバート・ヴォーン演じるチャーリー・クレイに対して「あんたが犯人だ」的なことを早々と宣言してしまうという変則パターン。

刑事コロンボ/さらば提督02.png  チャーリー・クレイが「提督」の遺体を処理したのは、言わば、思い込みからくる"勘違い"によるもので、「カリフォルニア州では夫婦の財産は共有制」ということと、「相続人が被相続人を殺害した場合は相続権を失う」ということが関係しているわけね。妻が「殺人者」ではまずいわけで、別に、実は妻を愛していたということではなく、これはこれで金目当てだったわけか。
 
刑事コロンボ/さらば提督03.png ロバート・ヴォーンは「歌声の消えた海」(第29話)に続く「犯人」役としての再登場で(「海」「船」絡みが続くね)、ところがそのチャーリーがやがてあっさり殺されてしまい(そっか、提督の殺害場面がなくていきなり遺体が出てくるシーンが、視聴者をミスリードさせる"叙述トリック"だったわけか、と)、中盤以降は"フーダニット(Who done it?)"の展開になっていて、ラストはコロンボが関係者全員を集めてエルキュール・ポアロの如く謎解きをやるという、これまた変則パターン。

刑事コロンボ/さらば提督04.png 保守的な「刑事コロンボ」ファンには絶対受け入れがたい"掟破り"の作品だと思いますが、ラストの提督の時計の音を関係者全員に聞かせての犯人の炙り出しがややタルくてポアロほどの精緻さに欠くものの、全体としては、個人的にはまあまあ面白かったです(この方法論についても疑念を挟む人は多いと思うが)。

 演出はパトリック・マクグーハン(1928-2009)で、ここまで「祝砲の挽歌」(第28話)、「仮面の男」(第34話)に犯人役で出演済みで、「仮面の男」では演出も手掛けており、これが演出2作目、アイルランド系ではないのに<マック>を名乗る若手刑事の登場とか、遊んでるなあ(マクグーハン自身はアイルランド系)。

刑事コロンボ/さらば提督05.jpg その他、コロンボのアシスタント、クレイマー刑事(ブルース・カービー)が4度目の登場で今回が一番出番が多く、さらに、ウィルフリッド・ハイド=ホワイト.jpg「ロンドンの傘」(第13話)で執事タナーを演じたウィルフリッド・ハイド=ホワイト(右写真)が弁護士役で、「毒のある花」(第18話)でマーチソン博士役を、「5時30分の目撃者」(第31話)で"目撃者"のモリス氏役を演じたフレッド・ドレイパーが被害者の甥役で、「白鳥の歌」(第24話)で調査官パングボーン氏を演じたジョン・デナーが「提督」役でといった具合に、3人のゲストスターも再登場で、「お別れ同窓会」的様相。

 それなりに本国での評価も高かったのか、この作品でピーター・フォークは、当シリーズ3度目のエミー賞ドラマ部門主演男優賞を受賞しています(それとも、シリーズが終わることを見込んでの餞別的な受賞だったのか)。作中で葉巻を止めるようにカミさんに言われているけれどつい無意識に吸ってしまい、最後は開き直って「まだまだやるよ」といって一人で海へボートを漕ぎ出していくシーンには、いろいろな示唆が込められているように思いましたが、結局、この作品がシリーズの最終作とはならず、旧シリーズだでけでも、この後2シーズン8作が作られています。

魔術師の幻想00.jpg「刑事コロンボ(第36話)/魔術師の幻想」●原題:NOW YOU SEE HIM●制作年:1976年●制作国:アメリカ●監督:ハーベイ・ハート●製作:エヴァレット・チェンバース●脚本:マイケル・スローン●音楽:バーナード・セイガル●時間:92分●出演:ピーター・フォーク/ジャック・キャシディ/ネヘミア・パーソフ/ボブ・ディシー/ロバート・ロジア/シンシア・シスク/パトリック・カリントン/ロバート・ギボンズ/ヴィクター・イザイ/マイク・ラリー●日本公開:1977/12●放送:NHK(評価:★★★☆)

刑事コロンボ/さらば提督06.jpg「刑事コロンボ(第37話)/さらば提督」●原題:LAST SALUTE TO THE COMMODORE●制作年:1976年●制作国:アメリカ●監督:パトリック・マクグーハン●製作:エヴァレット・チェンバース●脚本:ジャクソン・ギリス●音楽:デバーナード・セイガル●時間:93分●出演:ピーター・フォーク/ロバート・ヴォーン/ダイアン・ベイカー/フレッド・ドレイパー/ウィルフリッド・ハイド=ホワイト/ジョン・デナー/デニス・デュガン/ブルース・カービー/スジョシュア・ブライアント/スーザン・フォスター●日本公開:1977/10●放送:NHK(評価:★★★☆)

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逆トリックに乗った犯人に疑問が残るが、船旅というシチュエーションは楽しめた。

歌声の消えた海 vhs.jpg 刑事コロンボ 歌声の消えた海 ヴォーン.jpg アドベンチャー・ファミリー 01.jpg スーパーマンIII 電子の要塞 [Blu-ray].jpg
特選 刑事コロンボ 完全版「歌声の消えた海」【日本語吹替版】 [VHS]」Robert Vaughn「アドベンチャー・ファミリー [DVD]」「スーパーマンIII 電子の要塞 [Blu-ray]

刑事コロンボ 歌声の消えた海 title.jpg メキシコ・アカプルコへ向かう豪華客船で、中古車ディーラーのヘイドン・ダンジガー(ロバート・ヴォーン)は、不倫関係にあり、不倫をネタに恐喝されていた、船専属のショー歌手ロザンナ(プーピー・ボッカー)を殺害、ロザンナに言い寄っていPoupée Bocar.jpgDean Stockwell.jpgたピアニスト、ロイド(ディーン・ストックウェル)に容疑がかかるよう工作を行う。船長は、たまたま缶詰の懸賞に当選し、夫婦で観光で船に乗り込んでいたコロンボを呼び出し、非公式に捜査を依頼することにする―(結局、"カミさん"は映像上一度も出てこないのだが..)。
Poupée Bocar(プーピー・ボッカー)/ Dean Stockwell(ディーン・ストックウェル)

刑事コロンボ 歌声の消えた海 02.jpg 第29話であり、テレビシリーズ「0011/ナポレオン・ソロ」のロバート・ヴォーン演じる犯人は、第24話「白鳥の歌」のジョニー・キャッシュが演じたカントリー&ウェスタン歌手、第25話「権力の墓穴」のリチャード・カイリーが演じたロス市警次長、第27話の「逆転の構図」のディック・バン・ダイクが演じた写真家に続く、「恐妻家」乃至「資産家の奥さんの尻に敷かれている旦那」といったところですが、こっちはこれまでの彼らのように奥さんを殺すのではなく、愛人の方を殺してしまいます。
刑事コロンボ 歌声の消えた海 01.jpg
 犯行現場となった船に最初からコロンボが乗り合わせていたというところからいつもと違って楽しく、大体このシリーズ、あまり定型パターンを外れると意外と面白くなくなるのですが(特に新シリーズにそういうのが多い)、この作品は船内のシチューションや小道具などが上手く謎解きに活かされていて楽しめました(コロンボがいつものよれよれのコートで登場するのは、出航の直前に職場から船に駆け付けたことが冒頭に示唆されている)。

刑事コロンボ 歌声の消えた海3.jpg 撮影には随分費用がかかっているのではないかなあと思いましたが、実際にメキシコのマサトラン経由でアカプルコに向かうクルーズ(出港地はサンフランシスコ)を利用して行なわれ、エキストラは本当の乗船客だったそうです。

 ロバート・ヴォーンの落ち着いた犯行ぶりは様になっていて、一方のコロンボは、船酔いに遭いながらも捜査のためvあちこち走り回っている感じで、船に鑑識係がいるでもなく、指紋、硝煙反応のチェックなども自分でやっている―しかし、意外と犯人は証拠を残していて、最後はコロンボの方が鼻歌を歌いつつ...。

 犯行に使われた使い捨てのゴム手袋さえ見つかればロイドを挙げることが出来るとダンジガーに意図的に漏らして、コロンボの方から犯人の次の行動を促す典型的な逆トリックですが、ゴム手袋の在庫数をコロンボが確認していたことをダンジガーも聞いていたはずではないかと、その一点のみが疑問として引っ掛かりました。

TROUBLED WATERS 1975 01.jpgTROUBLED WATERS 1975 02.jpg 患者として寝ていたはずのダンジガーに後ろをすり抜けられてしまう看護婦メリッサ役のスーザン・ダマンテは、この作品では脇役ですが、この頃、スチュワート・ラフィル監督の「アドベンチャー・ファミリー」('75年)にロバート・ローガンと共に主人公の夫婦役で出演していて、人柄の良さそうな典型的な70年代美女でした。
Susan Damante(スーザン・ダマンテ)
アドベンチャー・ファミリー 1.jpgアドベンチャー・ファミリー 2.jpg ロスの大都会からロッキーの山奥へ移住した家族を描いた「アドベンチャー・ファミリー」は実話がヒントになっているそうですが、佳作ではあるものの、ロッキーでの自給自足生活は、"グリズリー"の襲来などもあって大変そうだなあと(娘の健康を考えての移住なのに、万一子供が羆に襲われたりしたら元も子もない)。クマに襲われたところを家族が助けたクマに救われるという、今思うとちょっと作り話っぽかったかな。

倉本聰.bmp 因みに、脚本家の倉本聰氏は、テレビドラマ「北の国から」の脚本を書く際に制作サイドから、この「アドベンチャー・ファミリー」のようにしてくれと言われたそうです(あと一つ、参考にしてくれと言われたのが映画「キタキツネ物語」だった)(倉本聰『獨白 2011年3月』フラノ・クリエイティブ・シンジケート、2011年)。

0011ナポレオン・ソロ.jpg 一方、知的な悪役が似合うロバート・ヴォーンは、「荒野の七人」('60年)の時からお馴染みですが、グッと人気が出たのはアメリカNBC系列で1964年から1968年まで4シーズンにわたり放送されたTVシリーズ「0011ナポレオン・ソロ」からではないでしょうか。ロバート・ヴォーン演じるナポレオン・ソロとデヴィッド・マッカラム演じるイリヤ・クリヤキンのコンビが活躍するスパイもので、日本では、1966年から1970年まで、日本テレビ系列で放送されました(当初モノクロで、途中からカラーになった。最近またAXNミステリーで再放映されたりしている)。

スーパーマンⅢ/電子の要塞 dvd2.jpgスーパーマンⅢ/電子の要塞 4.jpgRobert Vaughn superman3.jpg ロバート・ヴォーンはその後も渋い脇役や悪役として活躍し、80年代では個人的には「スーパーマンⅢ/電子の要塞」('83年/米)に出ていたのが印象に残っています。リチャード・プライヤー演じる"小物"のワルを背後から操る"大物"のワルといった役どころ。クリストファー・リーヴ演じるスーパーマンをスーパー・コンピュータで打ちのめそうとするコンピュータ会社の悪徳社長の役ですが、現場に送り込まれるのはいつもリチャード・プライヤーで、作品全体のトーンもコメディ調。リチャード・プライヤーって、日本ではマイナーだけど、アメリカではかなり有名なコメディアンだったんだなあ(2005年没)。この作品は、ロバート・ヴォーン自身にとっても、その後の相次ぐコメディ映画出演への転機となった作品でした。因みに、テレビシリーズ「スーパーマン」(1952‐1958年)は日本では1956年からTBSで放映が開始され、最高視聴率74.2%を記録したそうな。スゴイ数字!

華麗なるペテン師たち2.jpg華麗なるペテン師たち01.jpg 「荒野の七人」のメンバー"7人"の中でも、2013年時点で存命しているのはロバート・ヴォーンだけという状況であり、しかも、イギリスのTVドラマシリーズ「華麗なるペテン師たち」で今もバリバリに頑張っている...。AXNでシーズン3をやっているのを見ましたが(本国放映は2010年)、ドラマで見る限り、この人、きびきびしていて、78歳(1932年生まれ)にしてはホント若いなあ(2016年11月11日、急性白血病のため逝去。満83歳。これで「荒野の七人」にガンマン役で出演した7人の男優全員がこの世を去ったことになった)

Bernard Fox(バーナード・フォックス)
刑事コロンボ(第29話)/歌声の消えた海 .jpgBernard Fox.jpg「刑事コロンボ(第29話)/歌声の消えた海」●原題:TROUBLED WATERS●制作年:1975年●制作国:アメリカ●監督:ベン・ギャザラ●製作:エヴァレット・チェンバース●脚本:ウィリアム・ドリスキル●音楽:ディック・デ・ベネディクティス●時間:95分●出演:ピーター・フォーク/ロバート・ヴォーン/ジェーン・グリア/ディーン・ストックウェル/バーナード・フォックス/ロバート・ダグラス/パトリック・マクニー/プーピー・ボッカー/スーザン・ダマンテ/ピーター・マローニー●日本公開:1976/01●放送:NHK(評価:★★★★)
The Adventures of the Wilderness Family (1975)
The Adventures of the Wilderness Family (1975).jpg
「アドベンチャー・ファミリー」●原題:THE ADVENTURES OF THE WILDERNESS FAMILY●制作年:1975年●制作国:アメリカ●監督・脚本:スチュワート・ラフィアドベンチャー・ファミリー 02.jpgル●製作:アーサー・R・ダブス●撮影:ジェラルド・アルカン●音楽:ジーン・カウアー/ダグラス・M・ラッキー●原作:アーサアドベンチャー・ファミリー sanntora.jpgー・R・ダブス●時間:99分●出演:ロバート・ローガン/スーザン・ダマンテ/ホリー・ホルムズ/ハム・ラーセン/ジョージ・"バック"・フラワー/スーザン・ダマンテ・ショウ●日本公開:1977/02●配給:東宝東和●最初に観た場所:中野武蔵野館 (78-01-12)(評価:★★★☆)●併映:「ベンジーの愛」(ジョー・キャンプ)
     「アドベンチャー・ファミリー [EPレコード 7inch]」サントラ盤カバー   
「ぴあ」1978年1月号
ぴあ 中野武蔵野館.jpg
 
0011ナポレオン・ソロ2.jpg0011ナポレオン・ソロ4.jpg0011ナポレオン・ソロ3.jpg「0011ナポレオン・ソロ」 The Man from U.N.C.L.E. (NBC 1964~1968) ○日本での放映チャネル:日本テレビ(1966-1970)/AXNミステリー
0011ナポレオン・ソロ(The Man From U.N.C.L.E )」(CD)  

スーパーマンIII 電子の要塞 [DVD]
スーパーマンⅢ/電子の要塞 dvd.jpgスーパーマンⅢ/電子の要塞5.jpg「スーパーマンⅢ/電子の要塞」●原題:SUPERMANⅢ●制作年:1983年●制作国:アメリカ●監督リチャード・レスター●製作:ピエール・スペングラー●脚本:デイヴィッド・ニューマン/レスリー・ニューマン ●撮影:ロバート・ペインター ●音楽:ケン・ソーン●時間:123分●出演: クリストファー・リーヴ/リチャード・プライアー/アネット・オトゥール/マーゴット・キダー/ジャッキー・クーパー/マーク・マクルーア/ロバート・ヴォーン/アニー・ロス/パメラ・スティーヴンソン/ギャヴァン・オハーリヒー●日本公開:1983/07●配給:ワーナー・ブラザーズ●最東京劇場(1940年).jpg銀座 東劇.jpg銀座・東劇2.jpg東劇 劇場内.jpg初に観た場所:銀座・東劇 (83-07-24)(評価:★★★) 
銀座・東劇 1930年4月、歌舞伎などの演劇の劇場として「東京劇場」オープン(左写真1940年「民族の祭典」公開時)。1950年ロードショー館として再オープン。1972(昭和47)年12月、老朽化につき閉館。1975(昭和50)年7月4日、東劇ビル落成。東劇開場。

華麗なるペテン師たち3.jpg「華麗なるペテン師たち」 Hustle (BBC 2004~2012) ○日本での放映チャネル:NHK‐BS2(2006-)/AXN
Hustle (BBC).jpg

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凝った逆トリックによる鮮やかな結末。作品全体としては何となく楽しい雰囲気。

刑事コロンボ/逆転の構図 vhs.jpg
逆転の構図02.jpg 刑事コロンボ/逆転の構図00.jpg
特選「刑事コロンボ」完全版~逆転の構図~【日本語吹替版】 [VHS]」 ディック・バン・ダイク(Dick Van Dyke) 

ディック・バン・ダイク / アントワネット・バウアー
NEGATIVE REACTION title.jpg逆転の構図01.jpg逆転の構図03.jpg 口やかましい妻との生活に心底嫌気がさした著名な写真家ポール・ガレスコ(ディック・バン・ダイク)は、誘拐事件を偽装して妻フランセス(アントワネット・バウアー)を殺害し、以前から手なずけていた前科者のダシュラー(ドン・ゴードン)を廃車置き場に呼び出し、椅子に縛り付けた妻を写した写真と脅迫状に指紋を付けさせた後に彼を射殺、自分の足も撃ち抜き、身代金の受け渡しの際に犯人に撃たれたように装った―。
ドン・ゴードン / ジョアンナ・キャメロン
コロンボ 逆転の構図.jpg逆転の構図04.jpg シリーズ第27話。犯人のポールは「この世からお前が消えてくれれば良いのと何度も願った」ほど、妻のフランシスを憎んでいたとのことで、元々のシナリオには、コロンボの聞き込みに対し、写真集出版社の社長が、「もともとポールは財産を彼女に半分渡していたんだが、数年前、彼は神経衰弱になってね、フランシスはそれを利用して裁判所に彼の管理能力の喪失を訴え、財産のすべてを自分の管理下に置いてしまったんだ。それにナイーブな彼には、フランシスと争うだけのガッツはない」とのセリフがあったそうです。

逆転の構図07.jpg ナルホドね。助手のローナ(ジョアンナ・キャメロン)の美脚の魅力に駆られて犯行を決意したのかな。でも、かなり冷徹というか、完全犯罪に近い線、いっていたように思います。それが、コロンボに纏わりつかれているうちに、だんだん表情が曇ってくる...。

imagesCA8E9UTV.jpg 犯人役のディック・バン・ダイクは、「メリー・ポピンズ」('64年)よりも、主役だった「チキ・チキ・バン・バン」('68年、原作は007シリーズで知られるイアン・フレミングが唯一著した童話)の方が、学校の課外授業でリアルタイムで観たということもあって印象に残っています(当時、主題歌のソノシートを買って「チュリ・バンバン」とか英語で歌っていた。山本リンダのカバー・ヴァージョンもあったなあ)。

 犯人は2人も殺害している悪い奴であり、ディック・バン・ダイクはこの作品においては渋味のある二枚目キャラクターで通しているのですが、そうした映画のイメージもあって、しかも、何と言ってもこの作品の白眉とも言える、コロンボが犯人に仕掛けた証拠写真を裏焼きしての逆トリックの妙もあって(凝っているし、大胆な手法でもある)、作品全体としては何となく楽しい雰囲気。

VitoScotti2.jpg コロンボが救済所のシスター(ジョイス・バン・パタン、第39話「黄金のバックル」では犯人役を演じる)にホームレスと間違えられたり、たまたまポールの第二の犯行現場に居合わせた「貧乏は恥にあらず」とのたまう浮浪紳士トーマス(ヴィット・スコッティ、またまた登場。第19話「別れのワイン」のレストランの支配人役、第20話「野望の果て」でテーラーの主人役、第24話「白鳥の歌」の葬儀屋に続いて、今度はとうとう"職無し"に)との遣り取りがあったりと、鮮やかな結末だけでなく、その外の部分も楽しめます。

 ディック・バン・ダイク(1925年生まれ)は、TVドラマシリーズ「Dr.マーク・スローン」で再び見(まみ)えることができて、懐かしかったなあ。事件ものでしたが(本業の医師より探偵業の方が忙しそう)、やはり、何となくほのぼのとしたキャラクターでした。

刑事コロンボ(第27話)/逆転の構図.jpg刑事コロンボ(第27話)/逆転の構図 0.jpg「刑事コロンボ(第27話)/逆転の構図」●原題:NEGATIVE REACTION●制作年:1974年●制作国:アメリカ●監督:アルフ・ケリン●製作:エヴァレット・チェンバース●脚本:ピーター・S・フィッシャー●音楽:バーナード・セイガル●時間:95分●出演:ピーター・フォーク/ディック・バン・ダイク/アントワネット・バウアー/ジョイス・バン・パタン/マイケル・ストロング/ドン・ゴードン/ジョアンナ・キャメロン/ヴィット・スコッティ●日本公開:1975/12●放送:NHK(評価:★★★★) 

チキ・チキ・バン・バン チラシ.jpgチキ・チキ・バン・バン2.jpgチキ・チキ・バン・バン3.png「チキ・チキ・バン・バン」●原題:CHITTY CHITTY BANG BANG制作年:1968年●制作国:イギリス●監督:チキ・チキ・バン・バン 01.jpgケン・ヒューズ●製作:アルバート・R・ブロッコリス●脚本:ロアルド・ダール/ケン・ヒューズ●撮影:クリストファー・チャリス●音楽:リチャード・M・シャーマン/ロバート・M・シャーマン●原作:イアン・フレミング●時間:143分●出演:ディック・バン・ダイク●/サリー・アン・ハウズ/アドリアン・ホール/ヘザー・リプリー/ゲルト・フレーベ/アンナ・クエイル/ロバート・ヘルプマン/ライオネル・ジェフリーズ/ジェームズ・ロバートソン・ジャスティス●日本公開:1968/12●配給:ユナイテッド・アーティスツ(評価:★★★☆)

Dr.マーク・スローン00.pngDr.マーク・スローン1.pngDr.マーク・スローン2.jpg「Dr.マーク・スローン」 Diagnosis: Murder (CBS 1993~2001) ○日本での放映チャネル:NHK(1995-1999)/スーパーチャンネル(2003-2005)

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小説の梗概という証拠が凝っている。シリーズの中でもプロット的には優れている方か。

刑事コロンボ(第22話)/第三の終章.jpg刑事コロンボ(第22話)/第三の終章 01.gif
Riley Greenleaf (Jack Cassidy)
特選 刑事コロンボ 完全版「第三の終章」【日本語吹替版】 [VHS]

刑事コロンボ(第22話)/第三の終章op.jpg刑事コロンボ/第三の終章 03.jpg 大衆向けの官能小説で知られる出版社の社長グリンリーフ(ジャック・キャシディ)は、地方紙の記者として燻っていたアラン・マロリー(ミッキー・スピレーン)の作家としての才能を見出したが、その後はマロリーの意思に反して官能小説ばかり書かせていた。売れっ子作家になっていたマロリーはそのことにうんざりし、シリアスな小説を書くために大手の出版社に移籍しようとしていた。そこでグリンリーフはマロリーの新作「サイゴン刑事コロンボ/第三の終章 02.jpgへ60マイル」と保険金を詐取するためにマロリーの殺害を計画。ベトナムからの復員兵で爆弾マニアのエディ・ケーン(ジョン・チャンドラー)を使ってマロリーを射殺。その後、エディも爆弾作成中に事故死したように見せかけて殺害する―。

 第22話「第三の終章」は、このシリーズで3度犯人役を演じているジャック・キャシディ(1927-1976)の第3話「構想の死角」(監督はS・スピルバーグ)に次ぐ登場で(あとの1回は第36話「魔術師の幻想」)、前回は「自分では1行も書かないミステリ作家」という役でしたが、今回も、「売れっ子作家に本人の意に反して官能小説を書かせ、自分は儲ける出版社の社長」という、ちょっと似た感じの役どころかな。

Mickey Spillane COLUMBO.jpg 殺人の被害者となるベストセラー作家マロリーを演じたのが、『裁くのは俺だ』など私立探偵マイク・ハマーが主役のハードボイルド小説の作家ミッキー・スピレーンその人であったり、コロンボがグリンリーフに、「うちの署にも本を書く奴がいましてね」と話すのが、当時、実際にロス市警に勤務しながら小説を発表していたジョセフ・ウォンボー(リチャード・フライシャー監督の映画「センチュリアン」('72年)の原作者)を指していたりと、小説ネタが遊び感覚で織り込まれています。

刑事コロンボ(第22話)/第三の終章 07.jpg グリンリーフは、新作のネタに困っていたマロリーがエディの小説の構想を盗み、それを恨んだエディがマロリー殺害に及んで、本人は爆弾製造中に事故死―という筋書きを完成させますが、たまたまコロンボが、「サイゴンへ60マイル」がロック・ハドソン主演によって映画化されることになったため、主人公を死なせるわけに行かず、最近になって結末を変えたという話を関係者から聞き及んでいて、エディの死亡現場にあった以前にグリンリーフに持ち込んだとされる小説の梗概に、その変えられた結末が既に書かれていたことから、変えられた結末の方しか知らなかったグリンリーフが、エディに罪を被せるために偽造した梗概に最終稿の梗概を書いてしまっていたことが決め手に。

 まあ、いつも通り、コロンボ早くからグリンリーフが犯人であると睨んではいたのでしょうが、小説の梗概の中身が証拠というのが凝っているというかお洒落で、しかも、結末が変更されたものであることを知らされたグリンリーフが、その場でギブアップせざるを得ない強力なものであり、シリーズの中でもプロット的には優れている方だと思います。

橋爪功.jpg 加えて、ジャック・キャシディの不敵な面構えと犯行の大胆さ(「構想の死角」でも、作家に加えて真相を知った雑貨屋の女主人を殺害している)、ジョン・チャンドラーの偏執的な爆弾マニアぶりも良かったです(吹替えは無名時代の橋爪功で、当時、小池朝雄の所属劇団の後輩)。


pubper.jpgモーリス・マルサック.jpg 聞き込みで高級レストランを訪れたコロンボが、メニューに載っていない好物の「チリ」を注文し、更にケチャップやらクラッカーやらを持ってこさせて老ウェイター(モーリス・マルサック)を憮然とさせ、逆に支払いの時はその値段を見て驚くという、お約束のコミカル・シーンなども楽しめます(後で若い警官に「チリには気をつけた方がいい」と聞く側には訳の分からないアドバイスをしている)。

 因みに、この作品は、NHKでの当初の放送予定日だった'74年8月31 日のその前日30日に、丸の内で過激派による「三菱重工本社ビル爆破事件」が発生したため、冒頭に爆破シーンがあることや、爆弾マニアのエディ・ケーンが登場することからNHKは放映を自粛(差替えとして、第23話「愛情の計算」を先に放映)、その年の12月になってやっと放映されました。
 
 「刑事コロンボ(第22話)/第三の終章」●原題:PUBLISH OR PERISH●制作年:1974年●制作国:アメリカ●監督:ロバート・バトラー●製作:スローランド・キビー&ディーン・ハーグローブ●脚本:ピーター・S・フィッシャー●音楽:ビリー・ゴールデンバーグ●時間:74分●出演:ピーター・フォーク/ジャック・キャシディ/ミッキー・スピレーン/マリエット・ハートレイ/ジャック・オービュション/ジョン・チャンドラー/アラン・ファッジ/モーリス・マルサック●日本公開:1974 /12●放送:NHK:★★★★)
マリエット・ハートレイ in「第三の終章」(第22話)/「死者のメッセージ」(第41話)
マリエット・ハートレイ 第三の終章.jpgマリエット・ハートレイ 死者のメッセージ.jpg

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モチーフの時節の捉え方は抜群だが、犯行に用いるには不確実性が高いのではないか。

刑事コロンボ 意識の下の映像 vhs.jpg刑事コロンボ 意識の下の映像 01.pngRobert Culp in "Columbo" Double Exposure (1973)
 

 
 
  

刑事コロンボ 意識の下の映像 07.jpg
特選「刑事コロンボ」完全版 意識の下の映像【日本語吹替版】 [VHS]」ロバート・カルプ

刑事コロンボ 意識の下の映像02.jpg刑事コロンボ 意識の下の映像 タイトル.png 心理学の権威で博士号も持つケプル(ロバート・カルプ)は、宣伝・広告の心理学について多数の著書を持ち、わずか三年間で宣伝の進路を変えたと高い評価を受けている。意識調査研究所を主宰しており、企業からさまざまな販売促進戦略の立案を請け負っているが、その裏では研究所を拡大させるため、妻帯者の男性顧客をキャンペンガールに誘惑させて、その弱みにつけこんで恐喝を重刑事コロンボ 意識の下の映像04.jpgねていくという美人局を行っていた。脅迫対象だったノリス社長(ロバート・ミドルトン)が逆に告発すると反撃に出たため、販売促進用の映画の試写中にサブリミナル効果のトリックを使いロビーにおびき出し銃殺した。すると、そのトリックに気づいた映写技師のホワイト(チャック・マッキャン)がケプルを脅迫し、口止めの金銭的対価を求めてくる―。

刑事コロンボ 意識の下の映像01.png 第3シーズンの第21話「意識の下の映像」は、第1シーズンの第4話「指輪の爪あと」、第2シーズンの第12話「アリバイのダイヤル」で犯人を演じたロバート・カルプ(1930-2010)が再々登板、旧シリーズでの3度の犯人役は、ジャック・キャシディ(1927-1976)と並ぶ最多で、また犯人と同じくロバート・カルプは実際に銃器収集家として有名だったそうです。

 サブリミナル効果については、米国で50年代に、映画の中に「コカコーラを飲め」「ポップコーンを食べろ」というメッセージが書かれたスライドを繰り返し二重映写したところ、コカコーラ、ポップコーンとも売上の増加がみられたとの"実験"が行われたそうですが、その結果は論文としては発表されず、また、その後何度か行われた実験では効果が検証されなかったことです。

 しかし、'73年にウィルソン・ブライアン・キイが自著で、サブリミナル技術が広告で広く用いられているとしたため議論が再燃し、政府の委員会でサブリミナル広告は「公の利益に反する」「人を欺こうとしている」とされ、'74年に法的に禁止されました。

刑事コロンボ 意識の下の映像03.png このエピソードの米国での放映が'73年12月で、丁度サブリミナル広告を巡る議論の真っ盛りの際に、こうしたモチーフを織り込んでいるわけであり、その時節の捉え方は抜群であり、興味深かったけれども、犯行に用いるにはやや不確実性が高いのではないなあ。

 コロンボが同じトリックを使って犯人を誘うのは、こっちは相手の「生理的欲求」ではなく「不安」に働きかけるものであるだけに、尚更のこと不確実性が高いように思います。

 ロバート・カルプ演じる(やはり演技はピカイチ)ケルプ博士は、自らの犯行の手口を察した映写技師も殺してしまいますが、これは結構このシリーズで見られるパターン。

 犯人が2人以上の殺害を行っている(または試みている)エピソードは、第1シーズンでは第3話「構想の死角」、第6話「二枚のドガの絵」、第8話「死の方程式」、第2シーズンでは第13話「ロンドンの傘」、第13話「溶ける糸」、第3シーズンでは第18話「毒のある花」、(この)第21話「意識の下の映像」、第22話「第三の終章」、第24話「白鳥の歌」、第4シーズンでは第27話「逆転の構図」、第31話「5時30分の目撃者」、第5シーズンでは第33話「ハッサン・サラーの反逆」、第6シーズンでは第39話「黄金のバックル」、7シーズンだは第44話「攻撃命令」と、旧シリーズだけでも結構あります。

 2人以上殺害したら死刑は免れないようにも思われますが、'72年6月に米国最高裁判所が死刑執行の違憲判決を出して'76年7月に死刑執行の合憲判決に転じるまでの間、米国では死刑判決は出ておらず、カリフォルニア州は'77年以降に死刑制度を復活させた40州のうちの1つですが、'77年から'11年までの35年何間の間に死刑が執行されたのは13人で(全米の死刑執行数の約1%)、700人以上の未執行の死刑囚がいるそうな(全米の死刑囚の23%で断トツの多さ)。カリフォルニア州では死刑判決は終身刑に近い運用になっているとみていい?

意識の下の映像 ド.jpg「刑事コロンボ(第21話)/意識の下の映像」●原題:DOUBLE EXPOSURE●制作年:1973年●制作国:アメリカ●監督:リチャード・クワイン●製作:ローランド・キビー&ディーン・ハーグローブ●脚本:スティーブン・J・キャネル●音楽:ディック・デ・ベネディクティス●時間:73分●出演:ピーター・フォーク/ロバート・カルプ/ロバート・ミドルトン/チャック・マッキャン/ルイーズ・ラサム/ピーター・ウォーカー/ハリー・ヒコックス●日本公開:1974 /08●放送:NHK(評価:★★★☆)

ピーター・フォーク/ロバート・カルプ

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犯人の殺意に説得力がある「断たれた音」。「二つの顔」は"叙述トリック"。基本形を外れすぎると面白くなくなる例。

刑事コロンボ/断たれた音.jpg THE MOST DANGEROUS MATCH 5.jpg 刑事コロンボ/二つの顔 vhs.jpg
特選 刑事コロンボ 完全版「断たれた音」【日本語吹替版】 [VHS]」ローレンス・ハーベイ「特選 刑事コロンボ 完全版「二つの顔」【日本語吹替版】 [VHS]

刑事コロンボ/断たれた音01.jpg チェスのチャンピオンであるエメット・クレイトン(ローレンス・ハーベイ)だが、かつてチャンピオンだったトムリン・デューディック(ジャック・クルッシェン)が復帰し、自分に挑戦して来たことに恐怖し、夢にうなされる有様。対決前夜にレストランで二人きりで勝負するが、あえなく敗北したクレイトンはデューデックの殺害を決意し、彼をゴミ処理機に突き落とす―。

刑事コロンボ/断たれた音00.jpg 第16話「断たれた音」は、途中のネタを明かすと、犯人による最初の犯行で被害者が瀕死の重傷を負うも死ななかったため、更に犯人は二度目の犯行に及ぶというもので、結果的に被害者が死亡するのが開始から1時間後という、ストレートな倒叙スタイルで描かれた作品中では最も遅い時間帯の作品であるとのことです(レナード・ニモイが犯人役の外科医を演じた第15話「溶ける糸」のように直接の殺害目的であった人物が死ななかった作品もあるけれど、あの時の犯人は関係者2人を殺害している)

 チャンピオン対決の前夜にレストランで密かに直接対決するかなとか、それで負けて相手を殺害することを考えるかなとか、普通に考えればいろいろあるかもしれないけれど、"レストラン対決"が旧チャンピオンの圧勝である上に、彼の態度も負けた相手を思いやるなど余裕綽々であることが、犯人の殺意に説得力を持たせていて、この辺りは構成も両者の演技も上手いなあと。

刑事コロンボ/断たれた音2.jpg刑事コロンボ/断たれた音1.jpg 被害者役ジャック・クルッシェンは、ビリー・ワイルダー監督の「アパートの鍵貸します」(1960)でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされた名バイプレイヤー、犯人役のローレンス・ハーベイは、本作に出演に際には進行した胃ガンを抱えていたと言われ、この作品の1973年3月の本国初放映から8ヵ月後に亡くなっているそうで、そう思って観ると、そうしたことが鬼気迫る演技に繋がっているようにも思えます。


Double Shock title.jpg二つの顔.jpg 続く第17話「二つの顔」は、若い女性と婚約した金持ちのおじ(ポール・スチュワート)を、料理研究家と銀行員である双子の兄弟(マーティン・ランドーが二役)のうちに料理研究家の方が殺害するというもので―と思ったら、そういうことだったのかと。

刑事コロンボ/二つの顔01.jpg 犯人役のマーティン・ランドーは、「スタートレック」に出ていたレナード・ニモイ同様、こちらも「スパイ大作戦」のレギュラー俳優で、今でもそうですが、TVドラマシリーズのレギュラーが、シーズンの合間に他のTVシリーズに出演することがよくあります。

刑事コロンボ/二つの顔02.jpg 推理小説で言うところの「叙述トリック」と言えるかな。アイデア的にはちょっと変わっていて面白いけけれど、双子のそれぞれがキャラがキャラ立ちしていないというか、一人二役がハンディとなっているような印象で、そのため、久しぶりに観た時、この肝心の「叙述トリック」のことを個人的にはすっかり忘れてしまっていた次第です。

 このシリーズは細部の違いが面白いのであって、"基本形"を外れ過ぎるとあまり面白くなくなる傾向にあるのかも。このことは、他のTVドラマシリーズについても言えるが。

imagesCAC7LMUL.jpg「刑事コロンボ(第16話)/断たれた音」●原題:THE MOST DANGEROUS MATCH●制作年:1973年●制作国:アメリカ●監督:エドワード・M・エイブロムズ●製作:ディーン・ハーグローブ●脚本:ジャクソン・ギリス●音楽:ディック・デ・ベネディクティス●時間:74分●出演:ピーター・フォーク/ローレンス・ハーベイ/ジャック・クルッシェン/ハイディ・ブリュール/ロイド・ボックナー/マイケル・フォックス●日本公開:1973 /11●放送:NHK‐UHF(評価:★★★★)

スパイ大作戦 サウンドトラック 1967.jpgマーティン・ランドー2.jpg「刑事コロンボ(第17話)/二つの顔」●原題:DOUBLE SHOCK●制作年:1972年●制作国:アメリカ●監督:ロバート・バトラー●製作:ディーン・ハーグローブ●脚本:スティーブン・ボッコ/ピーター・アラン・フィールズ●音楽:ディック・デ・ベネディクティス●時間:74分●出演:ピーター・フォーク/マーティン・ランドー/ジャネット・ノーラン/ティム・オーコナー/ジュリー・ニューマーン/ポール・スチュワート●日本公開:1973/12●放送:NHK‐UHF(評価:★★★)

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分かり易いけれど難点もある。シリーズ全体の中ではまあまあ佳作の部類の2作。

黒のエチュード vhs.jpg ETUDE IN BLACK 001.jpg アリバイのダイヤル vhs.jpg THE MOST CRUCIAL GAME 001.png
特選 刑事コロンボ 完全版「黒のエチュード」【日本語吹替版】 [VHS]」ジョン・カサヴェテス「特選 刑事コロンボ 完全版「アリバイのダイヤル」【日本語吹替版】 [VHS]」ロバート・カルプ

黒のエチュード 02.jpg黒のエチュード タイトル.jpg 交響楽団の指揮者アレックス・ベネディクト(ジョン・カサヴェテス)は楽団のピアニストのジェニファー(アンジャネット・カマー)と不倫関係にあり、彼女はアレックスに妻のジャニス(ブライス・ダナー)と離婚するように迫る。ジャニスの母は楽団の会長をしており、ジェニファーとの不倫がバレてジャニスと離婚することになればアレックスは追放され地位も名誉も失うことになる。そこでアレックスはジェニファーの殺害を計画、コンサート当日、楽屋に籠っていると見せて、こっそり抜け出し、ジェニファーの家で彼女の後頭部を殴って気絶させ、キッチンのガス栓を開いて自殺に見せかけて予めタイプしておいた遺書も残しておく―。

黒のエチュード01.jpg黒のエチュード00.jpg 前年の大ヒットを受けて制作された第2シーズンの第1作(第10話)であり、"インディペンデント映画の父"と称されるジョン・カサヴェテスが犯人役ですが、ピーター・フォークと仲が良かったこともあっての出演だそうで、そのジョン・カサべテスの演技も悪くなく、クラシック音楽もいろいろ聴けるし、野外音楽ホール「ハリウッドボウル」を舞台背景に使うなど映像的にも綺麗。

黒のエチュード カサヴェテス.jpg 一方、プロット的には、犯人がコンサート指揮の時に胸に付けるカーネーションを犯行現場に落としてしまい、演奏会の後でそれをまた取りにいくという―これがコロンボが犯人を追いつめる契機となるわけですが、分かり易くはあるけれど、犯人の大チョンボという感じで、犯行に使った車も、事前に修理工場に預けるというカムフラージュをしたばかっかりに逆に走行距離メーターからコロンボに怪しまれてしまうという...結構、穴だらけの犯人像ではあります。

 但し、こういう分かり易いのは個人的には好きな方。シーズン1が傑作揃いなので、それらとの比較するとやや物足りないけれど、シリーズ全体の中では佳作と言えるのではないかと。
アリバイのダイヤル タイトル.jpg そうしたことは、同シリーズ第3作(第12話)「アリバイのダイヤル」にも言えるのではないでしょうか。

アリバイのダイヤル01.jpg フットボールチーム「ロケッツ」のゼネラルマネージャー、ポール・ハンロン(ロバート・カルプ)は無能な2代目オーナーのエリック(ディーン・ストックウェル)がまるで経営に興味がないのを歯痒く思い、彼を殺害して会社を自分のものにしようと計画、試合の日に専用観戦ボックスから抜け出して用意していたアイスクリーム販売車でエリックの自宅に向かい、途中、公衆電話からエリックに電話して彼がプールにいることを確認、試合中継のラジオをエリックに聞かせて自分はスタジアムにいると思わせ、エリックの自宅に着くと氷の塊でエリックを撲殺し、すぐにスタジアムに戻る―。

アリバイのダイヤル02.jpgアリバイのダイヤル09.jpg ロバート・カルプは第4話「指輪の爪あと」(1971)に続く登場で、第21話「意識の下の映像」(1974)でも犯人役を演じるなど3年連続での犯人役を演じていますが(更に、新シーズンの「殺人講義」(1990)(通算第56話)で犯人である学生の父親役でも登場している)、そうしたこともあって、このシリーズの犯人役としてはまさにハマっている印象のある俳優です。

 置時計の時刻を告げる音がテープに無かったという分かり易いオチで、そこでスパッと終わるのもいいし、誰もいない広大なフットボールスタジアムの観客席で一人黙考するコロンボなど、これも映像的にも綺麗な場面があります。

THE MOST CRUCIAL GAME.jpg 細かいことで難点を言えば、犯人の犯行動機にやや"読み"を要するのと(オーナーの妻との関係も絡んでいる?)、警察がエリックはプールへのダイビングに失敗しての事故死だと早々に結論を出してしまうのが不自然な点でしょうか(後頭部を打撲していたなら分からなくもないが)。こうした弱点はあるけれど、これもシリーズ全体の中ではまあまあ佳作と言えるのではないかと。

 再見してみて、エリックの父の代からの弁護士キャネル(ディーン・ジャガー)がポール・ハンロンの野心に気付いてハンロンの自宅とエリックの自宅の電話を盗聴していて、ハンロンはそのことを知っていて公衆電話からエリックの家に電話したということだったのだなあと、改めて気付きました。

ディーン・ストックウェル.jpgヴァル・アヴェリー.jpg 被害者エリック役のディーン・ストックウェルは第29話「歌声の消えた海」では、女性歌手殺害の濡れ衣を着せられたバンドのピアニスト役で登場、盗聴器を仕掛けた私立探偵ダブス役を演じたヴァル・アヴェリーは、第5話「ホリスター将軍のコレクション」の貸しボート屋の主人役に続く登場で、この後も、第25話「権力の墓穴」(最終的にはコロンボと"タッグを組み"犯人を挙げることになる宝石泥棒役)と第34話「仮面の男」(ベリーダンスを見せる酒場の元警察官のバーテンダー役)のに登場しています。
 
ピーター・フォーク&ジョン・カサヴェテス
フォーク&カサべテス.jpg「刑事コロンボ(第10話)/黒のエチュード」●原題:ETUDE IN BLACK●制作年:1972年●制作国:アメリカ●監督:ニコラス・コラサント●製作:ディーン・ハーグローブ●脚本:スティーブン・ボッコ●ストーリー監修:ジャクソン・ギリス●音楽:ディック・デ・ベネディクティス●時間:95分(短縮版73分)黒のエチュード ダナー.jpg●出演:ピーター・フォーク/ジョン・カサヴェテス/ブライス・ダナー/マーナ・ロイ/ジェームズ・オルソン/アンジャネット・カマー/ドーン・フレイム/ジェームズ・マクイーチン/ウォレス・チャドウェル/マイケル・フォックス/パット・モリタ●日本公開:1973/09●放送:NHK-UHF(評価:★★★☆)

アリバイのダイヤル カルプ.jpg「刑事コロンボ(第12話)/アリバイのダイヤル」●原題:THE MOST CRUCIAL GAME●制作年:1972年●制作国:アメリカ●監督:ジェレミー・ケーガン●製作:ディーン・ハーグローブ●脚本:ジョン・T・デュガン●ストーリー監修:ジャクソン・ギリス●音楽:ディック・デ・ベネディクティス●時間:73分●出演:ピーター・フォーク/ロバート・カルプ/ヴァル・アヴェリー/ジェームズ・グレゴリー/ディーン・ストックウェル/スーザン・ハワード/バレリー・ハーパー/ディーン・ジャガー/ドン・キーファー/リチャード・スタール/アイヴァン・ナランホ/クリフ・カーネル●日本公開:1973/06●放送:NHK-UHF(評価:★★★☆)

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ラストのロープウェイという"密室"での犯人の追いつめ方に味があった。

死の方程式 vhs.jpg 死の方程式 rm.jpg  猿の惑星 1968.jpg
特選 刑事コロンボ 完全版「死の方程式」【日本語吹替版】[VHS]」ロディ・マクドウォール/「猿の惑星」ポスター
死の方程式・ロンドンの傘 (サラブレッド・ブックス 243―特選・刑事コロンボ4)
死の方程式 本.jpg死の方程式 タイトル.jpg 化学会社の先代社長の道楽息子ロジャー(ロディ・マクドウォール)は叔父で現社長のデビット(ジェームス・グレゴリー)に会社を追放されそうになり、葉巻ケースに仕掛けた爆弾で事故に見せかけ爆殺する。コロンボはロジャーを犯人とにらむが証拠が見つからなかった―。

死の方程式01.jpg 巷の評価はイマイチみたいですが、個人的にはそう悪くないと思っている作品で、コロンボのラストのロープウェイという"密室"での犯人の追いつめ方はなかなか味があったし、それまでずっと調子づいていた犯人が最後で大もがきする、その落差の激しさもいいと思いました。
死の方程式 ロディ・マクドウォール.jpg 犯人が、若くて軽く、お調子者っぽい感じであるのも、あまり高い評価を得ていない理由の一つかもしれませんが、演じているのは「猿の惑お楽しみはこれからだ―映画の名セリフ.jpg星」('68年)でチンパンジーの考古学者・コーネリアスを演じていたロディ・マクドウォール(1928-1998)であり(当時42歳で、実はピーター・フォークと同世代)、こんな犯人がいてもいいかなあと(吹替え担当は野沢那智)。ロジャーはいつもカメラを手にしていますが、和田誠氏の『お楽しみはこれからだ―映画の名セリフ』('75年/文藝春秋)によれば、実際のロディ・マクドウォールはかなり上手な写真家であり、芸能人を大勢撮って写真集も出しているとのことです(代表作は撮られた有名人に関するエッセイを別の有名人が書いている「Double Exposure」シリーズ)。

第6話「二枚のドガの絵」キム・ハンター/「猿の惑星」キム・ハンター/ロディ・マクドウォール
Kim Hunter colombo.jpg猿の惑星1.jpg 「刑事コロンボ」の第6話「二枚のドガの絵」には、被害者の前妻役でキム・ハンターが出ていましたが、キム・ハンターも「猿の惑星」にチャールトン・ヘストン演じる主人公・テイラーを治療するチンパンジーの"獣医"ジーラ博士(ロディ・マクドウォール演じるコーネリアスの婚約者でもある)の役で出ていました。この第8話「死の方程式」の犯人の叔父である被害者役のジェームズ・グレゴジェームズ・グレゴリー.jpgリーも「続・猿の惑星」に出ていたということで、「刑事コロンボ」シリーズ全体では7名の役者が「猿の惑星」シリーズ(全5作ある)の出演者であるとのことです。キム・ハンターは「猿の惑星」シリーズの第2作「続・猿の惑星」('70年)、第3作「新・猿の惑星」('71年)まで出演し、ロディ・マクドウォールとなると「猿の惑星・征服」('72年)、「最後の猿の惑星」('73年)までにも(つまり5作全部に)出演しています。

猿の惑星 1968 1.jpg 「猿の惑星」シリーズは、フランクリン・J・シャフナー(「パピヨン」('73年/米))が監督し、テイラーを演じたチャールトン・ヘストンが出ていた第1作「猿の惑星」が(第2作「続・猿の惑星」も前半だけ出ているが)、まだ「人類はどこへ向かうのか」といった哲学的なテーマを含んでいたように思います(チャールトン・ヘストンは続編の製作に反対していて第2作に出演するつもりがなかったが、テイラーが途中で死ぬことと、自分の出演料を寄付することを条件に第2作の出演を承諾したという)。第1作は、SF映画史に残る記念碑的作品とされていますが、原作者のピエール・ブール(1912-1994)はアカデミー賞作品賞受賞作「戦場にかける橋」('57年/英・米)の原作者でもあり、戦争中は仏印で日本軍の捕虜となった経験もあるようで、『戦場にかける橋』や『猿の惑星』は、仏印での経験を基猿の惑星 1968 2.jpgに書かれたと言われています。ただ、「猿の惑星」の場合、映像化されてみると、テイラーたちが降り立ったのはどうみても地球にしか見えないとか、原始的な生活を送る人類なのに女性(リンダ・ハリソン)がハリウッド的なメイクをしているとか(まあ、この点については「恐竜100万年」('66年)主演の"全身整形美女"ラクエル・ウェルチなど先行例は多々あるが)突っ込みどころは多く、ラストシーンについても、振り返ってみれば、コンクリート建築が補修工事なしに何百年も精巧な形を保つかもやや疑問のように思いました。ただ、そうは言ってもやはり、あのラストシーンはインパクトがあったように思います。


死の方程式 アン・フランシス.jpg その他にこの第8話には、「禁断の惑星」('56年)のアン・フランシス(1930-2011)が犯人の秘書&愛人役で出ていますが、第15話「溶ける糸」にも犯人に殺されてしまう看護婦役で出ているし、被害者デビットの妻(犯人の叔母)役のアイダ・ルピノは、第24話「白鳥の歌」で犯人に殺されてしまう妻役でも出ていたことに気づきました(こうして見ると、複数回このシリーズに出ている役者が結構いるなあと)。

死の方程式03.jpg シリーズ中、世間的にはややマイナーの部類のエピソードのようですが、こうしたクロスオーバーしている役者陣への関心と、ロープウェイ内でのラストシーンの面白さ(恒例の"逆トリック"の中でも秀逸)や野沢那智の吹替えがハマっていることなどもあって、個人的にはお薦めの一作です。

「刑事コロンボ(第8話)/死の方程式」●原題:SHORT FUSE●制作年:1972年●制作国:アメリカ●監督:エドワード・M・エイブロムズ●製作:リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク●脚本:ジャクソン・ギリス●音楽:ギル・メレ●時間:73分●出演:ピーター・フォーク/ロディ・マクドウォール/ジェームズ・グレゴリー/アン・フランシス/ウィリアム・ウィンダム/アイダ・ルピノ/エディ・クィラン/リュー・ブラウン●日本公開:1973/03●放送:NHK‐UHF(評価:★★★★)

「猿の惑星」ポスター  ロディ・マクドウォール/キム・ハンター/チャールトン・ヘストン
猿の惑星 1968.jpg猿の惑星 1968 3.jpg「猿の惑星」●原題:PLANET OF THE APES●制作年:1968年●制作国:アメリカ●監督:フランクリン・J・シャフナー●製作:アーサー・P・ジェイコブス●脚本: マイケル・ウィルソン/ロッド・サーリング●撮影:レオン・シャムロイ●音楽:ジェリー・ゴールドスミス●原作:ピエール・ブール●時間:112分●出演: チャールトン・ヘストン/ロディ・マクドウォール/キム・ハンター/モーリス・エヴァンス/ジェームズ・ホイットモア/ジェームズ・デイリー/リンダ・ハリソン●日本公開:1968/04●配給:20世紀フォックス(評価:★★★★)

ypo896 ●劇場用映画ポスター 【 猿の惑星 PLANET OF THE APES 】 1968年アメリカ映画 

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パイロット版第2作。"コロンボ"のキャラクターや事件解決のパターンが出来上がった作品。

死者の身代金 vhs.jpg リー・グラント.png リー・グラント 死者の身代金 本.jpg 
特選「刑事コロンボ」完全版~死者の身代金~【日本語吹替版】 [VHS]」/『刑事コロンボ 死者の身代金/サラ・ブックス16』

RANSOM FOR A DEAD MAN.jpg 本国で'71年3月に放映されたもので、日本では一応シリーズ第3話となっていますが、本国で'68年2月に放映された「殺人処方箋」と同じく、シリーズ化の前に作られたパイロッット版です。同'71年9月に次の第3話「構想の死角」が放映され、これが本来のシリーズ第1作となります。

死者の身代金01.jpg 日本での放映は、'72年8月に「殺人処方箋」、'72年11月「構想の死角」、そして'73年4月にこの「死者の身代金」となっており、'73年2月に放映された第9話「パイルD-3の壁」などよりも遅く、結局日本では、シリーズの始まる3年前に作られたパイロット版の第1作「殺人処方箋」を放映した後、第3話から第9話までの「シーズン1」を放映し、更にその後で、パイロット版の第2作であるこの作品を放映したことになります。

 人気投票では本作よりも「殺人処方箋」の方が大体上位にくるようですが、個人的には本作の方が"コロンボ"らしくていいかなあ。「殺人処方箋」から3年も間が空いたわけですが、本作でシリーズ化が決定したわけでしょ(この間にピーター・フォークは40歳から43歳になっている)。

死者の身代金03.jpg 「殺人処方箋」でスーツもヘアスタイルもさっぱりしていたのが、ちゃんとよれよれのコートで、もじゃもじゃの髪型になっているし、いざという時に筆記用具を失くしたりなかなか出てこなかったりするのは「殺人処方箋」の時からですが、"バーニーの店"でチリソースを食べるシーンは今回が初めて。あとは、愛車プジョーはまだ出てきていません。

 犯人は、リー・グラント演じる女性弁護士レスリーで、電話を使った偽装誘拐トリックなど、その後のシリーズの作品の同種の場面を彷彿させるシーンが幾つかありますが、何よりも、出だしは犯人に対しても、他の捜査員(FBI)に対してもぐっと控えめでありながらも、レスリーが"夫からの電話"に対し、「あなたご無事?」などと言って夫の安否を訪ねなかったことをまず不審に思うといったところから事件の真相に迫るところが、やはり"コロンボ"らしいなあと(FBI捜査官らはこれを看過してしまう)。

 犯人に対しては、状況証拠がありながらも決定的な証拠がなくてお手上げだというフリをして、最後一気にに犯人から物証を引き出す―このやり方も、その後のシリーズの作品に同様のものがあったし、まさに本作において、シリーズ化以降の"コロンボ"のキャラクターや事件解決手口のパターンが出来上がっていたという感じ。

 犯人に物証となる身代金を使わせるために、普通はこんな手は通用しないとしながらも、レスリー相手ならいけるという確信のもとに芝居を打つ―なぜならば、彼女は欲深い上に、愛する肉親を殺された者でも同様に金で動かすことができると思い込んでいるから―。

死者の身代金02.jpg 完全犯罪が破綻したのは、そうした自分の思い込みによるものだと、この辺りは「殺人処方箋」とも通じるものがありますが、それを犯人である彼女に説いてみせるのは、やや解説過剰かなあ(脚本家は、犯人の口から言わせたかったのだろうなあ)。

 唯一の物証を引き出すために用いたやり方自体には賛否はあるかも知れませんが、目の付け所はやはり秀逸だと思います。レスリーと一緒にセスナに乗るシーンやラストの大金を目の前にして小銭が払えないでいる辺り、ピーター・フォークが「コロンボ」でメジャーになる前に出ていたコメディ映画の雰囲気を帯びている感じがしました。

RANSOM FOR A DEAD MAN2.jpg「刑事コロンボ(第2話)/死者の身代金」●原題:RANSOM FOR A DEAD MAN●制作年:1971年●制作国:アメリカ●監督:リチャード・アービング●脚本・製作:/ディーン・ハーグローブ●音楽:ビリー・ゴールデンバーグ●時間:95分●出演:ピーター・フォーク/リー・グラント/パトリシア・マティック/ハロルド・グールド/ハーラン・ウォード/ハンク・ブラント/ビル・ウォーカー/ジャドソン・モーガン/ジョン・フィンク/リサ・ムーア/ジーン・バイロン●日本公開:1973/04●放送:NHK-UHF(評価:★★★★)
刑事コロンボ完全版 DVD-SET 1.jpg刑事コロンボ完全版 DVD-SET 1 【ユニバーサルTVシリーズ スペシャル・プライス】
刑事コロンボ 1シーン.jpgDisc1 (1) 殺人処方箋: 約99分 (2) 死者の身代金: 約95分
Disc2 (3) 構想の死角 :約76分 (4) 指輪の爪あと:約76分
Disc3 (5) ホリスター将軍のコレクション :約76分 (6) 二枚のドガの絵: 約76分
Disc4 (7) もう一つの鍵: 約75分 (8) 死の方程式 :約75分
Disc5 (9) パイルD-3の壁: 約75分 (10) 黒のエチュード: 約96分

「刑事コロンボ」Columbo (NBC 1971~1978/ABC 1989~2003) ○日本での放映チャネル:NHK-UHF・NHK(1972~1981)ほか

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ストーリー上の突っ込み所は満載だが、笠智衆らの軽妙な演技が楽しめるコメディ。

象を喰った連中 001.jpg  象を喰った連中 1シーン.jpg
象を喰った連中 [VHS]」                      (下写真中央:日守新一/右:笠智衆)
象を喰った連中02.gif 終戦直後の東京の動物園で、象のシロウが謎の病で死に瀕していが、病理学権威の博士はハワイへ新婚旅行中で、手当に当たっていたのは大学の助手達のみ。飼育係の山下(笠智衆)の願いも虚しくシロウは死に、旅先で報せを受けた博士は、その症状から、象の死因はバビゾ菌であろうと新妻に話して聞かせる。その頃、大学の研究室では、助手の和田(日守新一)や馬場(原保美)らが、好奇心から死んだシロウの肉を焼いて食べていて、知らずにそれを食べたのは、研究室に残っていた渡辺(神田隆)と新婚の野村(安倍徹)、それと、偶然、研究室を訪れ、無理矢理勧められた山下の5人だった。話を聞いた山下の妻は、シャムの地で、同じように死んだ象の肉を食べた地元民が死んだのではなかったかと夫に言い、山下はその事実を思い出し、慌てて研究室に戻って助手達に、自分達はあと30時間で死んでしまうのだと告げる。資料を調べた結果、山下の話が本当らしいと気付いた助手達も真っ青になる―。

象を喰った連中 002.jpg 「暖流」「安城家の舞踏会」の吉村公三郎(1911-2000/享年89)監督が、戦後タイから復員して発表した帰国第1作で、有毒の象肉を食べた人々のドタバタを描いたコメディですが、戦争が終わって間もない頃の作品であるためか、努めて明るいタッチで描こうしている意図が感じられます(吉村公三郎自身が陸軍将校だったこともあり、また戦中は国策映画も撮っていたという経歴が、逆に戦後こうしたノンポリ映画を撮ることに繋がっているのかも)。

 因みに、東京の上野動物園の象が第二次世界大戦中に戦時猛獣処分を受けたことは有名な悲話であり、撮影に使われたのは名古屋・東山動植物園の象です。もともと東山動植物園にはサーカスからやってきた4頭の象がいて、それらの象は殺処分は免れたものの(ライオンなどは東山動植物園でも殺処分された)、食料不足から2頭が衰弱死し、終戦時点では2頭の象しかいませんでしたが、戦争を経験し、元気に生き延びた象は日本中で東山動植物園のこの2頭だけでした。この2頭は、戦後も市民の人気者でした。

 タイトルクレジットで、キャストが、「象を喰った連中」「この人たちを巡る女たち」「象を喰はない連中」...と並ぶところから、遊び心が感じられ、冒頭のシロウの看病シーンでも、笠智衆演じる山下(ちょび髭を生やして喜劇役者風)が、「きっとシロウちゃんは風邪をひいたんだ。だってあんなに鼻水が出ている、アスピリンをやってください。玉子酒はどうだろう」といった具合。

象を喰った連中 003.jpg どうやら残り30時間ばかりの命となったらしい5人は、集まって喧々諤々したり、家族や恋人と最後の出会いをしたりしますが、そうするうちに、何とか解毒用の血清を取り寄せることができる見通しに。ところが、5人分の血清の内1つが輸送中に容器が壊れ、誰か一人は犠牲にならざるを得ない―和田は、その犠牲者を籤引きで決めることを提案し、籤に細工を施し自らその一人となる―。自らの死を待つ和田だが、その時間になっても何にも起きず、あれっ?という感じ。

 死を待つ和田からも、それほど重々しい悲壮感は感じられず、むしろ何となく軽妙で、結末にも、それに呼応するようなドンデン返し。深読みすれば、戦争を生き延びた人びとの「生」の実感が反映されているのかな。戦争を生き延びた象が、作品のヒントになっているのかもしれないなあ。

象を喰った連中02.jpg なぜ5人は病院に収容されないのかとか、4人分の血清を5人で分けることは考えられないのかといったストーリー上の突っ込み所は満載ですが、役者陣に関して言えば、笠智衆(1904-1993/享年88)の軽妙な演技は見ものであり(シロウを可愛がっていた山下が、今自分が食べたのがシロウの肉だったと知った際の反応は、まさにギャグコント風)、実質上の主役である日守新一(1907-1959/享年52)も知的でとぼけた味わいがありました(小日向文世にちょっと似ているなあ)。日守新一は、現役真っ盛りでの死が惜しまれます。
日守新一/笠智衆
日守新一
象を喰った連中 日守.jpg象を喰った連中01.jpg「象を喰った連中」●制作年:1947年●監督:吉村公三郎●製作:小倉武志●脚本:斎藤良輔●撮影:生方敏夫●音楽:万城目正 /仁木他喜雄●時間:84分●出演:日守新一/笠智衆/原保美/神田隆/安部徹/村田知英子/空あけみ/朝霧鏡子/文谷千代子/岡村文子/若水絹子/植田曜子/奈良真養/高松栄子/志賀美彌子/中川健三/遠山文雄/西村青兒/永井達郎/横尾泥海男●公開:1947/02●配給:松竹大船(評価:★★★)

《読書MEMO》
● 桂 千穂 『カルトムービー本当に面白い日本映画 1945→1980』['13年/メディアックス]
IMG_1象を喰った連中.JPG

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一教師が障害児教育に目覚めていく様、子供らとの交わりが感動的に描かれている。

忘れられた子等2 vhs.jpg
忘れられた子等 タイトル.jpg  「忘れられた子等」 .jpg 忘れられた子等 2.jpg
「忘れられた子等」VHS 掘 雄二

wasure忘れられた子等.jpg忘れられた子等 1シーン.jpg 戦後間もない京都。新任教師の谷村清吉(堀雄二)は、精神薄弱児を集めた「特別学級」の担任になるが、想像以上に困難だと知り辞めたいと申し出る。しかし杉田校長(笠智衆)に説得され、 2年という期限付きの条件で引き受ける。はじめはどう教育していいのかわからない谷山は、絵ばかり書いて過ごすが、子供達と触れ合ううちに意識が変化する―。

忘れられた子等001.jpg忘れられた子等004.jpg  「手をつなぐ子等」('48年/大映)に続く稲垣浩監督作品で、「手をつなぐ子等」は、知的障害児の研究家・田村一二の原作を故・伊丹万作が脚色した遺作シナリオを、稲垣浩が監督したもので、この「忘れられた子等」も田村一二が原作ですが、独立した一つの物語となっています。
    
忘れられた子等005.jpg忘れられた子等002.jpg 最初のうちは、気の乗らないまま特別学級の担任となった谷山は、黒板の隅に校長との約束の2年間の残日数を書いて、とにかく早いとこ2年間過ぎてしまわないかなあという感じで、教室の窓から野外スケッチばかりして授業時間を過ごします。しかし、子供たちの顔を洗ってやったりしているうちに徐々に彼らに愛情を抱くようになります。

忘れられた子等003.jpg忘れられた子等006.jpg 14,5人の特殊学級の生徒の中には、木登りの名人、歌の天才少女、算数の天才少年、自動車狂の少年、泣虫、理屈家、正義派と色々な能力・個性を持った子等がいて、彼らのそうした能力を社会に活かすことの難しさを知りながらも、谷村の心は、次第に子供等のことで占められていき、一人の男児が一週間近く欠席したのが、谷村の風邪が治るようにと金光詣を続けて発熱したためと知って、谷村の心は完全に教育に目覚めます。

 学校の内外での日常を、文章を綴るように淡々と描いており(今よりずっと貧しい時代だったが、今の子供より皆、素朴だなあ)、そうした中、小事件はあるもののあくまでも日常の範囲内で、谷村と子供達の関係が深まっていく様を描いているのが巧み。その上で、終盤に、木登り名人の子が不良の少年に騙されて、高いポールによじ登って下りられなくなるという「大事件」を持ってきているのも上手い。

忘れられた子等 掘.jpg忘れられた子等笠.jpg 約束の2年が経ったため、校長がその旨を告げようとすると、谷村の方から「まさか辞めさせるつもりではないでしょうね」と言い寄る場面は感動的で、谷村役の掘雄二(1922-1979/享年56)は、早稲田大学政経学部卒、'46年デビューの東宝ニューフェイスでしたが、この作品の教師役はハマっているなあと(この人は後にテレビドラマ「七人の刑事」('61 -'69年/TBS)で七人の刑事 title.jpg堀雄二se.jpg赤木係長を演じることになる)。一方、笠智衆(1904-1993/享年88)は当時40代半ばですが、こちらはこちらで、校長という"フケ役"が既にハマっています(この笠智衆と掘雄二の2人は翌年の小津安二郎監督作品「宗方姉妹(むねかたきょうだい)」('50年/新東宝)にも共に出演している)。

 稲垣プロダクション製作。映画製作当時、東宝争議が続く中、新東宝から作品を買い取って作った(新東宝から請け負った)作品で、画面にはまず東宝マーク、続いて新東宝マーク、タイトルのところで"稲垣プロダクション製作"と出てきます。

忘れられた子等(1949).jpgwasure忘れられた子等 - コピー.jpg「忘れられた子等」●制作年:1949年●監督・製作・脚本:稲垣浩●撮影:安本淳●音楽:西梧郎●原作:田村一二●時間:86分●出演:掘雄二/笠智衆/泉田行夫/岩田直二/葛木香一/浅野光男/葉山富之輔/松浦築枝/滝沢静子/木下サヨ子/宮川喜美枝●公開:1949/10●配給:新東宝(評価:★★★☆)

 
「七人の刑事」●プロデューサー:蟻川茂男●脚本:早坂暁/向田邦子/石堂淑朗/小山内美江子/長谷川公之/砂田量爾/佐々木守/内田栄一/大津皓一/ジェー七人の刑事3.jpg七人の刑事2.jpgムス三木/山浦弘靖/本田英郎 他●演出:鴨下信一/今野勉/蟻川茂男/川俣公明/山田和也/田沢正稔/和田旭/山本脩/久世光彦/浅生憲章 他●音楽:樋口康雄(第43話まで)/佐藤允彦(第44話以降)(テーマ音楽:山下毅雄)●出演:堀雄二/芦田伸介/美川洋一郎(美川陽一郎)/佐藤英夫/城所英夫/菅原謙二/天田俊明/高松英郎●放映:1961/10~1964/05、1964/08~1969/04(全382回)●放送局:TBS

堀雄二(警視庁捜査第二課長) in「点と線」(1958年/東映) 
掘 雄二 点と線.jpg

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"のほほ~ん"とした予定調和。「水戸黄門」が風刺の対象になっている?

殴られたお殿様3621.JPG1「殴られたお殿様」.png 殴られたお殿様 .jpg
「殴られたお殿様」(1946) 羅門光三郎/市川右太衛門

 旅役者中村三津蔵(羅門光三郎)と東家勘平(原健作)の二人は、一座離散のため金に困り、宿屋に泊っては夜になると逃げ出すという旅を続けていたが、ある城下で夕立金左衛門(市川右太衛門)という男に出会う。三人は、お忍びの巡検使と間違えられ、豪華な酒宴に招待されるが、義に厚い金左衛門は、領内の悪政を知って黙ってはおれず、苦しめられていた民衆を救うべくお殿様(阿部九洲男)に直談判を申し入れる―。

 1946(昭和21)年3月公開の、市川右太衛門(1907-1999/享年92)の戦後の映画出演第1作で、GHQ統制下でチャンバラ映画が禁止されていた時期の時代劇であり、そうした所謂"殺陣の無い時代劇"としての戦後初作品である「狐の呉れた赤ん坊」('45年)に続く、同じく丸根賛太郎監督作品です。

 武士階級の非道が糾弾され、民衆の団結が高らかに叫ばれるという展開は、戦後民主主義の勢いを表しているとともに、同年4月に、今井正監督による、戦時中の工場での財閥の横暴を描いた「民衆の敵」('46年/東宝)が公開されていることなどからも、映画制作にGHQに意向が少なからず反映されていた時期でもあったことが窺えます。

 一方、この時期、こうした明るくユーモラスなコメディ映画なども多く(この作品と同時に封切られた大映作品は「明治の兄弟」「町の人氣者」「母性病院」)、時代は終戦の安堵の後に戦争で疲弊し貧困化した暮らしが現実のものとなっていたことを考えると、"努めて"こうした明るい作品が作られたのではないかとも思います。

 この作品もギャグシーンの連発ですが、個々のギャグにはクスッと笑えるものもありましたが、全体のストーリー展開としてはあまりに"のほほ~ん"とした予定調和で、パターン化し過ぎているかなあと

 偽巡検使はゴーゴリの「検察官」をヒントにしているようですが(この作品はフランス映画「検察官」を翻案したものとも言われている)、本物より偽物の方が活躍するというのが面白く、また、三人が化ける「ご隠居と従者」の一行も、後からから出てくる本物の「巡検使」一行も、共に「水戸黄門と助さん・格さん」のイメージをそのままなぞっているのが興味深かったです(つまり、「水戸黄門」が風刺の対象になっている?)。

殴られたお殿様3621 - コピー.JPG殴られたお殿様3621 - コピー (2).JPG「殴られた殿様.」●制作年:1946年●監督・原作・脚本:丸根賛太郎●製作主任:黒田豊●撮影:松井鴻●音楽:西梧郎●時間:83分●出演:市川右太衛門/羅門光三郎/原健作/阿部九洲男/大井正夫/香川良介/小川隆/寺島貢/南部章三/原聖四郎/水野浩/津島慶一郎/上田寛/岬弦太郎/葉山富之輔/大川原左雁次/若松文男/三浦志郎/坂本清之助/堀北幸夫/福井隆次 /長谷川茂/森野鍜治哉/月丘夢路/香住佐代子/江原良子/小松みどり/高木峯子/二葉かほる●劇場公開:1946/03●配給:大映京都●最初に観た場所:京橋フィルムセンター(00-06-03)(評価:★★★)

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忍ぶ恋"が絡む「無法松の一生」と比べるとよりストレートな「父子」愛か。

狐の呉れた赤ん坊 dvd.jpg 狐の呉れた赤ん坊03.jpg
狐の呉れた赤ん坊 [DVD]」阪東妻三郎

狐の呉れた赤ん坊ne.jpg 東海道名代の大井川金谷の宿、酒と喧嘩では人に遅れを取ったことがないという川越人足の張子の寅八(阪東妻三郎)、彼の好敵手は馬方の頭分丑五郎(光岡龍三郎)で、場所は看板娘おとき(橘公子)のいる居酒屋と定まっていた。ある日、街道筋に悪狐が出没するという噂を確かめに行った川越人足仲間の辰(羅門光三郎)が腰を抜かせて戻り、そこで武勇自慢の寅八が勢い込んで出馬したが、ほどなくしてスヤスヤ寝ている赤ン坊を抱いて帰ってくる。寅八にとって思わぬ厄介者の赤ん坊だったが、捨てることも出来ず、意地から「育ててみせる」と言い切ってしい、それから寅八は、酒も喧嘩もすっかりやめた―。
阪東妻三郎/澤村アキヒコ (津川雅彦)
狐の呉れた赤ん坊1.jpg 丸根賛太郎(1914-1994/享年80)監督の戦後初監督作品で、板東妻三郎(1901-1953/享年51)の戦後第1回主演作でもあり、原作は後の衆議院議員・谷口善太郎で、脚本は監督の丸根善太郎が書いています。

 板東妻三郎には日中戦争から太平洋戦争の戦時にかけても、「血煙高田の馬場」('42年)の中山安兵衛役、「将軍と参謀と兵」('42年)の兵団司令官役、「富士に立つ影」('42年)の佐藤菊太郎役、「無法松の一生」('43年)の富島松五郎役、「剣風練兵館」('44年)の桂小五郎役などの主演映画がありますが、終戦直後は進駐軍への配慮から剣戟映画を作れなかったため、この作品は"殺陣の無い時代劇"と呼ばれる作品群の一つになります。

 板妻は当時44歳で、ギョロ目を剥いた表情や、時にオーバーアクション気味とも思えるエネルギッシュな演技は、善太と名付けられた血の繋がりのない息子に対する父性の目覚めとその後の耽溺ぶりがよく表現されていて(子供の顔を覗き込む表情が、後年の「泥の河」('81年)の田村高廣と似ている)、作品を活き活きとしたものにしていて、それと、この作品の中でも「無法松の一生」に劣らず板妻がよく走っています。

 成長した善太のもとへ西国の大名の家臣たちが訪ねて来て、善太は殿様のご落胤で、病で死んだ嫡子のかわりに、世継ぎとして引き取りたいという話になって驚く寅八、善太を拾った頃に寅八が知り合った相撲取り・賀太野山(阿部九州男)は何かを知っている様子...観客を引き付ける無駄のないストーリー展開の人情劇だと思います(この"どこことなく品のある" 7歳の善太を演じている澤村アキヒコは後の津川雅彦)。

狐の呉れた赤ん坊2.jpg 人足仲間の辰を演じる羅門光三郎(作家・中島らものペンネーム由来の役者)、寅八のライバルで寅八に一目置いている馬方の頭分・丑五郎役の光岡龍三郎、質屋大黒屋の主人で阿漕だが人情もある蜂左衛門役の見明凡太朗、巡業の度に善太に力士人形を届ける力士・賀太野山役の阿部九洲男など、脇役も活き活きしています。

 「無法松の一生」でも、血の繋がりの無い少年(幼少期の長門裕之が演じた)への父性愛がテーマになっていましたが、その背景には少年の母である戦争未亡人への主人公の思慕が色濃くあり、一方この作品も、居酒屋の美人娘おときと主人公の関係を通して、寅八・おとき・善太の三人での暮らしが物語的な理想形として示唆されていますが、おときも善太の実の母ではないこともあってか両者の関係はそれほど前面に出てこず、その分、こちらの方がよりストレートな「父子」物語になっています。

狐の呉れた赤ん坊3622.JPG それだけに、ラストの大井川を寅八が善太を肩車して渡るシーンは泣けましたが、「無法松の一生」の"忍ぶ恋"が絡んでいる「父子」愛と比べるとややストレート過ぎた印象も。どちらも秀作で、どちらが上かと言うと、もうあとは好みの問題か。

狐の呉れた赤ん坊3622 - コピー.JPG「狐の呉れた赤ん坊」●制作年:1945年●監督・脚本:丸根賛太郎●製作:清水龍之介●撮影:石本秀雄●音楽:西梧郎●原作:谷口善太郎●時間:85分●出演:阪東妻三郎/橘公子/羅門光三郎/寺島貢/谷譲二/光岡龍三郎/見明凡太郎/阿部九州男/藤川準/水野浩/原健作/荒木忍/阪東太郎/津島慶一郎/原聖四郎/澤村アキヒコ(津川雅彦)●劇場公開:1945/11●配給:大映京都●最初に観た場所:京橋フィルムセンター(98-05-21)(評価:★★★★)

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戦前最後の日本の田舎の風景美。夜間シーンにも撮影の工夫が。次郎をとりまく人びとが暖かい。

島耕二「次郎物語」vhs.jpg 次郎物語 [VHS].jpg   NHKグラフ1965.jpg
映画「次郎物語」(1941)VHS/「次郎物語 [VHS]」/連続テレビドラマ「次郎物語」(「グラフNHK」1965/05)

 本田家の次男として生まれた次郎は里子として、ばあやと呼ぶお浜に育てられたが、やがて実家に戻され、父親の俊亮、母親のお民、祖父の恭亮とお民の実家の正木家の人々に見守られながら成長していく。しかし恭亮が死に、お民は結核に侵され、俊亮も連帯保証人になった相手が破産したため、次郎はお民の療養を兼ねて正木家に引き取られる。お民はすでに自分の死期が近いことを悟り、次郎と短いながらも濃い母子の時間を持つ―。

次郎物語3.jpg下村湖人『次郎物語』.jpg 原作は下村湖人の同名長編小説で、この未完の教養小説(全7部作の構想で第5部まで。1941年から1954年刊行)の映画化作品は、この島耕二監督の作品('41年/日活)以降にも、清水宏監督の作品('55年/新東宝)、野崎正郎監督の作品('60年/松竹)、森川時久監督の作品('87年/東宝)がありますが、一般的評価はこの島耕二監督の作品が高いみたいで、子供の世界の描き方においては、清水宏監督の作品の評価も高いようです。

 4つの映画化作品の内、森川時久監督作品を除く3つは次郎の子供時代しか描いていないわけですが(その方が、ビルドンクスロマンの原点としての普遍性があるとも言えるかもしれないが)、児童文学として翻案されているものも、少年時代しか描いていないものが多いです。

 この島耕二の作品は、映画の制作年が原作第1部の刊行年ですから、子供時代しか描かれていないのは当然なのですが、個人的には、同監督の前作「風の又三郎」('40年/日活)よりもこちらの方が、演出的にも映像的にも洗練されているように思いました。

島耕二「次郎物語」.jpg 衛生劇場の「大林宣彦のいつか見た映画館」で'12年4月に放映され、大林監督自身この作品を、昔観てそんなに感じなかったけれど、今観直して、「名作」であると思ったと―。「映画に映っている日本の風景が、今は無い名作なんですよね。あの山、あの野原、あの川、そこに通る道、そこを歩く人々とのふれあい、語らい、そして交し合う情の深さ、美しさ...それは今より貧しくて、不便や我慢がいっぱいあった暮らしだとは思うんですが、今半世紀を過ぎて観直すと、あの頃の日本は、そこに暮らす人々は、それ自体が何と名作であったか...という事を実感させられるんですよね。非常に実直に淡々と当時の日本を丁寧に描いた映画なんです」と述べています。

次郎物語5.jpg 長回しで映し出す原っぱや藪林と、そこを走る子供の撮り方などは、「風の又三郎」の時から上手かったなあ、この監督。それに加えて、夜の野外のシーンなども、丁度、昼間の世界を反転させたような感じで「光と影」がくっきりしているけれど、これ、まともに夜に撮影したら当時の技術ではこうはならないわけで、昼間に明かりを絞り込んで擬似夜景で撮っているそうです。

 この作品が真珠湾攻撃の3日後に封切られているという意味でも、戦前の最後の日本の田舎の風景を撮った作品と言え、その点でも、大林監督は、この作品に戦前の「日本の美」を見ているようです、失われゆく最後の...。

次郎物語 杉村.jpg二郎物語 杉浦2.jpg お浜役の杉村春子が、昔から演技が上手かったことが分かりますが(イ音を発音する際の口元に特徴がある)、少年期の次郎役の子役も悪くないし、作品全体としても、次郎の周囲の人々が次郎を見守っているという感じがよく出ていました。
 
次郎物語k.jpg でも、NHK版の「次郎物語」のイメージが個人的には強くあって、苛められないと"次郎"じゃない―というふうに、自分の中でイメージが出来上がってしまっているかも。NHKでドラマ化されたのは'64年から'66年にかけてで、池田秀一(この人、俳優歴より声優歴の方が長くなったのでは)演じる次郎が実家で祖母に苛められるエピソードが繰り返され、次郎が可哀そう過ぎるぐらいで(これはこれで、後のペギー葉山s.jpg同じく佐賀を舞台にした連続テレビドラマ「おしん」('83年から'84年)のような人気効果を生んでいたとも言えるが)、ペギー葉山が歌う主題歌も、「一人ぼっちの次郎はころぶ」なんて、ちょっと物悲しいものでした(でも、やっぱり名作ドラマと言えるのではないか)。
NHK連続ドラマ「次郎」物語」('64年~'66年)

次郎物語4.jpg それ比べるとこの映画の方は、祖母の冷たい仕打ちは殆ど端折られていて、むしろ、母親と共に暮らす年月が少なくとも、誰かしらの愛情を受けることによって、次郎がまっすぐ生きていく様にウェイトが置かれていたように思われ、更に、終盤の母親との生活は、母子の絆の修復ともとれます(原作者自身が掲げた第1部のテーマは「教育と母性愛」)。

島耕二「次郎物語」vhs.jpg 次郎は母親の死に際してお浜にすがって泣きはするものの、母の思いを胸に「立派な人」になると星空に誓います(因みに、この星空も、黒い天幕に"星穴"を空けて昼間に撮ったものだそうで、とてもそうは見えない)。

次郎物語 1941.jpg この時、次郎が言った「立派な人」というのを、下村湖人はどう構想していたのか。これ、現実の時代の進行と完全にはリアルタイムではないけれど、それと重なり合う部分もあったかもしれない大河物語だったんだなあと思いました。
8次郎物語.jpg 
「次郎物語」(映画)●制作年:1941年●監督:島耕二●製作:小倉武志●脚色:館岡謙之助●撮影:岡野薫 ●音楽:服部正●原作:下村湖人●時間:84分●出演:杉幸彦(次郎・幼年時代)/杉裕之(次郎・少年時代)/井染四郎/村田知栄子/杉村春子/轟夕起子/北竜二/杉狂児●公開:1941/12●配給:日活(評価:★★★☆)

「次郎物語」tv.jpg「次郎物語」(TV版)2.jpg「次郎物語」NHK.jpg「次郎物語」(TV版)●演出:地挽重俊●脚本:横田弘行●主題歌:(唄)ペギー葉山●原作:下池田秀一.jpg村湖人●出演:池田秀一/久米明/日高ゆりゑ/浅野寿々子/加藤道子/渡辺文雄/折原啓子/二木てるみ/宮城熙松●放映:1964/04~1966/03(全9?回)●放送局:NHK  
          
次郎物語 t.jpgペギー葉山
ペギー葉山 s.jpg

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娯楽性を徹底的に追求した作品。「七人の侍」同様、劇場または大画面テレビで観たい。

用心棒 パンフ.jpg用心棒 ポスター1.jpg用心棒 dvd.jpg 用心棒03.jpg
用心棒<普及版> [DVD]」三船敏郎/加東大介/仲代達矢

「用心棒」パンフレット/ポスター        

用心棒  大.jpg 空風吹き荒ぶ上州・馬目の宿場町は、2つのやくざ勢力の対立によって墓場のように静まり返っていたが、そこへ流離の浪人(三船敏郎)が現れ、居酒屋の亭主の権爺(東野英治郎)から村を荒んだ状況にしている元凶である抗争話を聞きつけ、桑畑三十郎と名乗って両方の勢力に用心棒として売り込みつつ、巧みに相討ちを仕組んでいく。しかし、そこに伊達な雰囲気を漂わせた丑寅の弟、新田(しんでん)の卯之助(仲代達矢)が最新の短銃を手に帰郷して―。

 黒澤明(1910-1998)が映画の娯楽性を徹底的に追求した作品で、三船敏郎もいいし、宮川一夫のカメラもいいです。脚本が、ダシール・ハメットの『血の収穫』を参考にしていることはよく知られており、黒澤明本人が「『血の収穫』だけじゃなくて、本当はクレジットにきちんと名前を出さないといけないぐらいハメット(のアイデア)を使っている」と語っています。

 因みに『血の収穫』は、探偵社支局員の「私」(作中に名前が出てこない)が、ギャングの縄張り抗争で殺人の修羅場と化した町を、町の中の4つの対抗勢力を2対2に分断して抗争させ、更に残った2つを1対1に分断して争わせることで、たった一人で町を浄化してしまうというもので、この「用心棒」もコンセプトは同じで、今風に言えば、グループダイナミクスを利用してレバレッジ効果を得ることで、不可能を可能にしてしまう―といったところでしょうか。

用心棒01.jpg 馬目の名主(なぬし)絹問屋主人の多左衛門(藤原釜足)が肩入れしている女郎屋の清兵衛(河津清三郎)がこの町のやくざの親分で、清兵衛が倅の与一郎(太刀川寛)に縄張りを譲用心棒 志村喬.jpgろうとしたため、一の子分の新田の丑寅(山茶花究)が怒って袂を分かち、それを次の名主の座を狙う造酒屋の徳右兵衛(志村喬)が後押しするという構図になっていて、表向きは「多左衛門vs. 丑寅」のやくざ抗争ですが、それ用心棒 志村喬2.jpgぞれバックに絹問屋と造酒屋が付いているということになり、『赤い収穫』ほど設定は複雑ではないものの、一応枠組みを早めに理解しておいた方が楽しめます(東野英治郎演じる権爺が手短に話してはいるが)。

 両勢力が三十郎を自陣の用心棒にしたいがために、そのことを利用した三十郎の策に翻弄される中、卯之助は唯一人三十郎に疑いを抱き、その計画を見破って、三十郎を袋叩きにし、半殺しにするまでに追い詰めていきます。

 満身創痍の三十郎が権爺の助けで念仏堂に身を隠して怪我を癒す間にも、卯寅方は清兵衛一家に殴り込みをかけて皆殺しにしてしまうなど事態は進展し、三十郎の方は念仏堂で、一見所在なさげに、舞う枯葉に包丁を投げつけている―。

用心棒 ワイド.jpg でも、この包丁投げ、残る丑寅方を潰すには、卯之助さえ封じ込めれば後は何とかなり、但し、短銃を肌身離さず持っている彼を倒すには、こっちも飛び道具でいくしかないという三十郎の読みだったわけで(練習してたのかあ)、権爺が丑寅方に囚われたことを知った三十郎が単身で丑寅方へ乗り込み、「1対大勢」の決闘で三十郎が先ずやったことは―。
    
羅生門綱五郎1.jpg 役者陣が豊富と言うか、丑寅の子分役でジェリー藤尾とか、清兵衛の子分役で天本英世とか、百姓の小倅役で夏木陽介とかも出ていたんだなあと。印象に残っている脇役は、丑寅の子分・閂(かんぬき)を演じた台湾出身の元力士新高山(1940年花籠部屋に入門)こと羅生門綱五郎かな。2メートルを超える大男で三十郎を軽く投げ飛ばしてしまいますが、セリフもちゃんとあって、しっかり演技もしています。

羅生門綱五郎2.png この映画を非公式に(東宝の許諾無しに)リメイクした作品では、クリント・イーストウッドの出世作「荒野の用心棒」('64年/伊)があり(東宝は「荒野の用心棒」の製作側を訴え、勝訴している)、東宝の許諾を得てリメイクしたものには、ブルース・ウィリス主演の「ラストマン・スタンディング」('96年/米)がありますが、「ラストマン・スタンディング」にも大男が出てたなあ。

Yôjinbô (1961)_.jpgYôjinbô(1961).jpg 黒澤明にはかつて助監督時代に山本周五郎の「日日平安」を脚本化しましたが、原作通りの脆弱な人物像の主人公として描いたために映画会社に採用されず、それが、この映画「用心棒」('61年4月公開)が大ヒットして映画会社から続編に近いものを要請されて、オクラ入りになっていた脚本を桑畑三十郎のイメージに合わせて剣豪時代劇風に脚色し直したものが「椿三十郎」('62年1月公開)です。
Yôjinbô(1961)

用心棒02.jpg どちらも傑作ですが、個人的には、最初にビデオで観てしまった「椿三十郎」よりも、名画座ながらも一応は劇場で観た「用心棒」の方がインパクトあったかなあ。「七人の侍」('54年)と同じく本来は劇場で観たい映画ですが、どちらもあまり劇場でのリヴァイバルにはかからない。ただ、最近は大画面テレビもが普及しているし、せっかく大画面テレビがウチにあるなら、こういう作品こそ観るべきではないかなと。作家・吉村昭は、完成度、面白さでこの作品をベストワンに挙げています(2位が「七人の侍」)。[『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版)より]

東野英治郎(居酒屋の権爺)・三船敏郎(桑畑三十郎)・渡辺篤(棺桶屋)/[中央手前]藤田進(用心棒本間先生)・[右]山田五十鈴(清兵衛の女房おりん)
用心棒-yojimbo4.png 用心棒 f.jpg
加藤武(無宿者・瘤八)・加東大介(新田の亥之吉)・西村晃(無宿者・熊)/藤原釜足(名主左多衛門(ラストで発狂する))
「用心棒」62.jpg 藤原釜足 用心棒.jpg

三船敏郎v.jpg三船敏郎(1961年、「用心棒」で日本人初のベネチア国際映画祭男優賞に選ばれる)

用心棒 vhs.jpg「用心棒」●制作年:1961年●監督:黒澤明●製作:田中友幸/菊島隆三●脚本:黒澤明/菊島隆三●撮影:宮川一夫●音楽:佐藤勝●剣道指導:杉野嘉男●時間:110分●出演:三船敏郎(桑畑三十郎)/仲代達矢(新田の卯之助)/東野英治郎(居酒屋の権爺)/河津清三郎(馬目の清兵衛)/山田五十鈴(清兵衛の女房おりん)/太刀川寛(清兵衛の倅与一郎)/志村喬(造酒屋徳右衛門)藤原釜足(名主左多衛門)/夏木陽介(百姓の小倅)/山茶花究(新田の丑寅)/加東大介(新田の亥之吉)黒澤 明 「用心棒」3.jpg/渡辺篤(桶屋)/土屋嘉男(百姓小平)/司葉子(小平の女房ぬい)/沢村いき雄(番屋の半助)/西村晃(無宿者・熊)/加藤武(無宿者・瘤八)/用心棒 有楽座.jpg藤田進(用心棒・本間先生)/中谷一郎(斬られる凶状持)/堺左千夫(八州周りの足軽)/谷晃(丑寅の子分・亀)/羅生門綱五郎(丑寅の子分・閂(かんぬき)/ジェリー藤尾(丑寅の子分・賽の目の六)/清水元(清兵衛の子分・孫太郎)/佐田豊(清兵衛の子分・孫吉)/天本英世(清兵衛の子分・弥八)/大木正司(清兵衛の子分・助十)●劇場公開:1961/04●配給:東宝●最初に観た場所:高田馬場パール座(81-03-23)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(10-12-25)(評価★★★★★ 
「用心棒」公開時(1961年・有楽座)
 
高田馬場パール座入口(写真共有サイト「フォト蔵」)①②高田馬場東映/高田馬場東映パラス ③高田馬場パール座 ④早稲田松竹
高田馬場パール座2.jpg高田馬場パール座 地図.pngパール座.jpgパール座1.jpg高田馬場パール座(高田馬場駅西口、早稲田通り・スーパー西友地下) 1951(昭和26) 年封切館としてオープン。1963(昭和38)年の西友ストアー開店後、同店の地下へ。1989(平成元)年6月30日閉館。
 
  

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鋤を振るう原節子。後半の農村シーンはいいが、全体としてはプロパガンダ映画の枠内。

わが青春に悔なし.jpgわが青春に悔なしdvd6.jpg わが青春に悔なしdvd2.jpg わが青春に悔なし 原節子.jpg
わが青春に悔なし<普及版> [DVD]」藤田進/原節子

「わが青春に悔なし」 原節子.jpg 日本が戦争へと向かい始めていた昭和8年、京大教授の八木原(大河内伝次郎)の娘として何不自由無く活発に育った幸枝(原節子)と、父の教え子である、糸川(河野秋武)、野毛(藤田進)ら7人の学生達がいた。常識と立場を重んじる秀才型の糸川、正しいと信じた事は立場に関係なく主張する熱血型の野毛の2人は幸枝に好意を持っていた。幸枝も対照的な2人それぞれに惹かれるが、八木原教授への弾圧により湧き上がった学生運動を契機に、大学に残った糸川と左翼運動に邁進する野毛は生き方が別れていく。
わが青春に悔なし3.jpg 幸枝は自らの満たされた生き方に疑問を感じ、時代が戦争へと流れていく中、自活の道を探って上京、そこで検事となった糸川、反戦運動をする野毛と再会し、野毛と同棲する道を選ぶが、間もなく野毛はスパイ容疑で検挙され、幸枝も特高警察から屈辱的な尋問を受ける。八木原は野毛の弁護のため上京するが、野毛事件の担任検事である糸川より野毛が獄死したことを知らされ、それを聞かされた幸枝は、スパイの汚名のもとに死んだ野毛の想いを胸に、田舎で百姓をしている野毛の両親の下に走った―。

わが青春に悔なし7.jpg 黒澤明(1910-1998)監督作品ですが、GHQの奨励したいわゆる民主主義映画の一つであり、脚本も黒澤のものではなく、娯楽性もゼロ。一番の注目は、黒澤明が原節子を撮るとこうなるのかいうのが如実に見られる点で、それでも前半の原節子がお嬢さん演技をしている部分はあまり黒澤らしくもなく、黒澤自身、あまり気合いが入っていない印象も。

わが青春に悔なし4.jpg それが、幸枝が野毛の獄死を知ってすぐに野毛の両親の元へ行き、鋤を振るうところから急にアクション映画っぽい演出になり、折角植え終わった苗を野毛家を「スパイの家」として差別する村人にむしり撤かれ、それでもまた田植えをするシーンなどは撮り方が殆どアクション映画、野毛の墓参りに来た糸川を追い返すシーンまでは、ああ、これでこそ黒澤映画だなあという印象でした。
 原節子の演技も、後の小津安二郎作品に出てくるような上品なお嬢さんイメージとは異なって、差別に遭い、泥にまみれながらも自己の信念を貫く芯の強い農民女性を演じています(最後、農村文化指導者として、またお嬢さんっぽくなってしまうのだけれど、この時点では既に一皮剥けて人間的にも成長しているという解釈か)。
 因みに、原節子は本作「わが青春に悔なし」に出るまでに50本以上、出た後に50本以上の映画に出演していますが、全キャリアの中での黒澤作品への出演は本作と「白痴」('51年)の2本のみで、小津安二郎作品への出演は、この「わが青春に悔なし」の後に更に10本以上の映画出演を経て、「晩春」('49年)が最初になります。

 この作品は、同時期に新人監督によって作られた作品と題材が被ったため、労働組合から「新人を潰すのか」との圧力があり、脚本を大幅に変更せざるを得なかったとのこと、後半の農村シーンの迫力、原節子の反骨的な描かれ方には、そうした圧力への反発があったからと、黒澤明自身が述懐しています。

原 節子(八木原幸枝)/志村喬(特高警察「毒いちご」)
『わが青春に悔なし』原節子.gifわが青春に悔なし 志村.jpg プロパガンダ映画でありながら、「キネマ旬報年間ベスト2位」は、やはり黒澤の演出力?―とは言え、プロパガンダ映画の宿命で、糸川などの人物造型があまりにパターン化しており、"卑怯者"の役を押し付けられた河野秋武が何だか気の毒になるぐらいですが、今井正監督が撮った、戦時中の工場での財閥民衆の敵.jpgの横暴を描いた「民衆の敵」('46年4月公開)の方では、河野秋武は藤田進と共に反財閥の闘士の役を演じていて(これもプロパガンダ映画)、この作品では河野秋武の演じる工場長が憲兵に拘引されます(因みに、 「わが青春に悔なし」で幸枝を取調室でねちねち苛める「毒いちご」と呼ばれる特高警察を演じた志村喬は、「民衆の敵」では中小企業の合併を強行する財閥の理事長役と、どちらもの作品においても"悪役"を演じている)。

大河内傳次郎(八木原教授)/原節子/藤田進(野毛隆吉)
わが青春に悔なし  .jpg「わが青春に悔なし」●制作年:1946年●監督:黒澤明●製作:松崎啓次三●脚本:久板栄二郎●撮影:中井朝一●音楽:服部正●時間:110分●出演:原節子藤田進/河野秋武/大河内傳次郎/三好栄子/高堂国典/杉村春子/清水将夫/田中春男/千葉一郎/米倉勇/高木昇/佐野宏/志村喬●劇場公開:1946/10●配給:東宝(評価:★★★)●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(10-10-01)
大河内傳次郎/三好栄子(八木原夫人)  杉村春子(野毛隆吉の母)
[わが青春に悔いなし」(1946年).jpg杉村春子 わが青春に悔なし(1946年).png

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「●「直木賞」受賞作」の インデックッスへ

大きなモチーフで連作とし纏め上げているのは力量だが、直木賞作品としては物足りない?

鍵のない夢を見る.jpg  辻村深月/鹿島田真希.jpg 第147回「直木賞」「芥川賞」受賞の辻村深月・鹿島田真希両氏[共同]
鍵のない夢を見る』(2012/05 文藝春秋)

 2012(平成24)年上半期・第147回「直木賞」受賞作。

 誰もが顔見知りの小さな町で盗みを繰り返す友達のお母さん(「仁志野町の泥棒」)、結婚をせっつく田舎体質にうんざりしている女の周囲で続くボヤ(「石蕗南地区の放火」)、出会い系サイトで知り合ったDV男との逃避行(「美弥谷団地の逃亡者」)―日常に倦んだ心にふと魔が差した瞬間に生まれる「犯罪」。現代の地方の閉塞感を背景に、ささやかな欲望が引き寄せる奈落を捉えた短編集。

 推理小説ではない犯罪小説というか、文芸小説っぽい感じで、文章は上手いと思ったし、同じような切り口で、細部のモチーフに多様性を持たせつつ、大きなモチーフにおいては綺麗に5編を連作として仕上げているところは、第32回吉川英治文学新人賞を受賞し、映画化もされた『ツナグ』('10年/新潮社)の著者らしいなあと。

 この人、綾辻行人のファンで、ゲーム好きでもあり、「女神転生」や「天外魔境」のファンでもあるとのことで、『ツナグ』はファンタジー系だけど(自分としてはあまり肌が合わない)、この『鍵のない夢を見る』は綾辻行人に倣った"本格推理"という風にはならならず、こうなるわけか。1つ1つの作品にリアリティがありながら、これが5つ並ぶ所がエンタメなのかも。

 個人的には、「芹葉大学の夢と殺人」の、自分の夢に自らを浸食されてしまっている男の描き方が秀逸だと思われ、男女間の心の闇をリアルに描いてどろっとした展開もある中で、冒頭の「仁志野町の泥棒」と、ラストの赤ん坊の"失踪事件"を扱った「君本家の誘拐」で、それぞれの結末にちょっとほっとさせられるかなあという感じ。

 但し、これが「直木賞」受賞作と言われると、選考委員の1人である桐野夏生氏が推したのはこのどろっとした雰囲気からも分かる気がしますが、全体的には若干インパクトに欠けるというか、何となく物足りない(?)感じもしました(桐野夏生氏自身の作品のどろっとした雰囲気ってこの程度じゃないだろうに)。

【2015年文庫化[文春文庫]】

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「●「芥川賞」受賞作」の インデックッスへ

表題作は悪くなかった。ある種"ブレークスルー小説"であり、"癒し系小説"でもあるか。

『冥土めぐり』.jpg  辻村深月/鹿島田真希.jpg 第147回「直木賞」「芥川賞」受賞の辻村深月・鹿島田真希両氏[共同]
冥土めぐり』(2012/07 河出書房新社)

 2012(平成24)年上半期・第147回「芥川賞」受賞作。

 裕福だった過去に執着し、借金を重ねる母と弟から資産家と結婚することを望まれていた奈津子が結婚したのは市役所職員の太一で、結婚後に夫・太一は不治の病にかかり働けなくなってしまっていた。すべてを諦め、自分の身に起こる理不尽や不公平、不幸について考えることもしなかった奈津子だったが、ふと思い立った夫を連れての旅を通して、自分の中での何かが変わっていく―。

 作者は、2005年に「六〇〇〇度の愛」で三島由紀夫賞を、2007年に「ピカルディーの三度」で野間文芸新人賞を受賞しており、芥川賞と併せた3賞受賞は2人目で18年ぶりのことだそうな。さすが文章は落ち着いていて上手いなあと思いましたが、14年前の学生時代にデビューしているから、新人とは言えないかも。前半の主人公の脱力ぶりには読ませるものがあったし、後半も悪く、何度か芥川賞の候補にもなっていて、そろそろあげなくちゃという選考委員の思惑と一致した部分があったかも。。

 自分の過去と無意識的に対峙するかのように、夫を連れて以前に家族で宿泊した高級リゾートホテル(今はうらぶれて、五千円で泊まれる区の保養施設になっている)へ旅することを思い立った主人公。その旅を通して何か起こりそうで事象面では何も起こらない、言わば"「何も起こらない」小説"の一典型とも言えます(この類の作品、時々芥川賞に選ばれるなあ)。

 バブル期の夢から醒め切れない母親と弟の姿は、日本社会の今を象徴的に反映しているとの声もあった一方、二人の人格崩壊的なキャラが際立っている割には、主人公の性格が見えてこないとの評もありましたが、そうかな。自分にはあくまで、主人公が前景で、周囲が背景のように描かれているように思えました。

 かつての暮らしぶりが良かった時代の思い出に浸りきっている母と弟は、主人公から見れば生きながらにして死んでいる"冥界の住人"のようなもので、その"冥界"を場所として象徴しているのが、この、かつて高級リゾートで今はうらぶれているホテルなのだろうなあと。

 シニカルに母と弟を眺めつつ、彼らと自らの繋がりに縛られてもいた主人公は、旅を通してその呪縛から徐々に解き放たれると共に、今を素直に生きる夫の姿に、次第に心が変化していく―夫の"聖性"を通して、宗教的な世界と言うか、ホーリー・ワールドに達しようとしている印象もあるね。単なる諦めから日本的な諦念の境地へ。それはある意味、"ささやかな幸せ"の世界であり、 "身近にある浄土"といった感じでもあるかも。

 ある種"ブレークスルー小説"であり、"癒し系小説"であるとも言え、個人的には悪くなかったけれど、併録の「99の接吻」は、この作家の文学少女的趣味と言うかレトロ調のテイスト(三姉妹物語とか四姉妹物語とか昔からあるなあ)がやや陰湿な表れ方をしているように感じられ、全然肌に合わなかったなあ(星3つ半の評価は表題作に対してで、星4つに近い評価なのだが、今後さらに一皮むけることを期待)。

【2015年文庫化[河出文庫]】

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ストーリーが巧みでテンポも良いい。敢えて通俗、通俗だから面白いのでは。

太陽は動かない 吉田修一.jpg吉田修一氏.jpg エントラップメント01.jpg ラストエンペラー02.jpg
 吉田 修一 氏  「エントラップメント [DVD]」ショーン・コネリー/キャサリン・ゼタ=ジョーンズ 「ラストエンペラー ディレクターズ・カット (初回生産限定版) [DVD]」ジョン・ローン/ジョアン・チェン

太陽は動かない』(2012/04 幻冬舎)

『太陽は動かない』5.JPG 表向きはアジア各地のファッションやリゾート情報などを扱う小さなニュース通信社だが、裏では「産業スパイ」としての顔を持つAN(アジアネット)通信情報部の鷹野一彦は、油田開発利権にまつわる機密情報を入手し高値で売り飛ばすというミッションのもと、部下の田岡と共にアジア各国企業の新油田開発利権争いの渦中で起きた射殺事件の背後関係を探っていた。鷹野は、企業間の提携交渉の妨害を意図したウイグル反政府組織による天津スタジアム爆破計画天津スタジアム.jpg情報を入手、その詳細を突き止めるため、闇社会に通じている雑技団団長・張豪(ジャンハオ)の紹介で、首謀者シャマルに会うが交渉は決裂、更に、商売敵デイビッド・キムや謎の女AYAKOが暗躍し、中国国営エネルギー巨大企業CNOX(中国海洋石油)が不穏な動きを見せる中、田岡が何者かに誘拐されたため、張豪の部下である張雨(ジャンユウ)と共に、彼が拉致されていると思われる天津へと飛ぶ―。

天津スタジアム

 スパイ小説ですが、その舞台が「ポスト原発」と呼べる状況にある国際的なエネルギー市場であるところが現代風で、油田開発の利権争いの一方で、日本の無名の技術者が、従来のものとは比較にならない高性能の太陽光発電のパネルを開発した―というのが、何となく夢があっていいなあと。

 お膳立てが揃ってしまえば、後は、政治家、日本企業、中国多国籍企業、CIAなどの様々な組織の利害関係が複雑に絡み合ってのノンストップ・アクション風―ということで、ストーリー・テイリングも巧みだし、実際にテンポも良くて428ページ一気に読めました。

 作者は文芸作家としてデビューし、芥川賞も受賞していますが、『パレード』にはミステリの要素もあったし、『悪人』もエンタテイメント要素はあったように思います。

 この作品に対しては、『悪人』など比べると人物の描き方に深みが無いとの批評も多くありますが、"純粋エンタテイメント"として読めば、それでいいのではないかと思いました。『悪人』とは根本的にテーマもモチーフも異なる作品。敢えて通俗、通俗だから面白いのではないかと。

 日本が"スパイ天国"であるとは、随分と以前から言われていることですが、「スパイ小説」となると、劇画に出てくるような怪しげな外国人が大勢登場して何となく胡散臭いものになりがちという気もし、この作品についてもそのことが言えなくもないけれど、筆の運びの上手さで(さすが芥川賞作家?)、あまりそうしたことに疑念を挟まずにどんどん読めてしまいました。

 最後まで日本人中心であるというのもよく、産業スパイという設定は、日本人を主人公とするのに適しているのかも―と思ったりもしました。

2020年映画化「太陽は動かない」(公開は2021年)
羽住 英一郎(原作:吉田修一)「太陽は動かない」 (2020/05 → 2021/03 ワーナー・ブラザース映画) ★★★☆
太陽は動かない  2021.jpg 太陽は動かない 2.jpg 


「エントラップメント」1.gifエントラップメント03.jpg アクション風ということで、「ミッション:インポッシブル」 ('96年/米)など想起させられる映画が幾つかありましたが、金だけのために敵になったり味方になったりし、それが鷹野とAYAKOという男女間で展開するところは、個人的にはジョン・アミエル監督の「エントラップメント」('99年/米)を想起しました(この系統は「泥棒成金」('55年/米)や「華麗なる賭け」('68年/米)以来、連綿とあるが)。

「エントラップメント」3.gif AYAKOのイメージは、「エントラップメント」で主人公の美術泥棒役のショーン・コネリーと共演し、主人公と様々な駆け引きを繰り広げる保険会社調査員役のキャサリン・ゼタ=ジョーンズかな。ゼタ=ジョーンズの方がよりアクション系で、主人公の相方(弟子?)的立場になったりし、その間、ショーン・コネリーに若干惹かれ気味になったりするんだけど、ラストは...。

峰不二子.jpg キャサリン・ゼタ=ジョーンズはこの作品でゴールデン・ラズベリー賞の最低主演女優賞にノミネートされていますが(すごくいいと言うほどでもないが、そんなに悪くもなかったと思う)、この『太陽は動かない』も、仮に映画化されるとすると、鷹野やAYAKOを演じきれる役者はあまりいないように思います(巷ではAYAKOは「ルパン三世」の峰不二子が相応しいとの声を聞くが、いきなりアニメに行っちゃうのか)。

 「金だけのために」とか言いつつ、主要な登場人物たちがそれぞれに"貸し借り"に律義で(反政府組織の女性指導者までもが)、ラストのデイビッド・キムの登場などには友情めいたものさえ感じられるという、何だか綺麗に出来過ぎた話ですが、カタルシス効果はあったように思います("カタルシス効果"と言うより"読後感の爽やかさ"か)。

 それにしても、作者に関しては、芸域、広いなあという感じ。普段からエスピオナージをよく読み、その分野を読みつけている人から見れば突っ込みどころの多い作品かも知れないし、従来の作者の作品の世界に馴染んだ人から見れば、人物の描き方がステレオタイプだとかいった評価になるのかも知れないけれど、個人的には、とにかく面白く読めたため、そのことを素直に認めてのほぼ5つ星評価―ミステリ界でどういった評価になるのか気になります(「文芸作家は自分たちの領域に立ち入らんでくれ」と言うほど閉鎖的ではないとは思うが)。

静園.jpg 因みに、作者は映画「ラストエンペラー」('87年/イタリア・中国・イギリス)の大ファンということで、版元のサイトによれば本書執筆のため2011年5月に3泊4日という強行スケジュールで、北京→天津→内モンゴル自治区を行く取材旅行し(編集者同行)、北京では紫禁城を、この作品の前半の主要な舞台となる天津では溥儀が暮らしていた邸宅「静園」なども訪問したそうですが、そうしたモチーフはこの作品には織り込まれていなかったなあ(純粋に溥儀の家を見たかったということか)。

「静園」(天津市)

ラストエンペラー01.jpg ベルナルド・ベルトリッチ(最近はベルトルッチと表記するみたい)監督の「ラストエンペラー」は、アカデミー賞の作品・監督・脚本・撮影・美術・作曲など9部門を獲得した作品で(ゴールデングローブ賞作品賞も)、紫禁城で世界初の完全ロケ撮影を行うなど前半のスペクタクルに比べ、ジョン・ローンが演じる庭師になった元・皇帝が、かつて自分が住んでいた城に入場料を払って入るラストが侘しかったです。
 
『ラストエンペラー』(1987).jpg 2時間43分という長尺でしたが、実はこれでも3時間39分の完全版を劇場公開用に短縮したものであり、そのため繋がりの良くないところもあって、個人的には星3つ半の評価でした(これ、有楽町マリオン別館内の「丸の内ルーブル」で観たけれど、たまたま天井の可動式シャンデリアの真下に座ったので、最初それが気になったのを憶えている)。その後、今世紀に入って完全版のDVDが発売されていますが未見。完全版を観れば評価が変わるかもしれません。

 同監督作品では、「1900年」('76年)の方が質的に上のように感じましたが、こちらは、5時間16分の完全版を観ることが出来たというのも影響しているかもしれません(普段は3本立の「三鷹オスカー」で1本のみ上映)。

エントラップメント dvd.jpg「エントラップメント」2.gif「エントラップメント」●原題:ENTRAPMENT●制作年:1999年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・アミエル●製作:ショーン・コネリー/マイケル・ハーツバーグ/ロンダ・トーレフソン●脚本:ロン・バス/ウィリアム・ブロイルズ●撮影:フィル・メイヒュー●音楽:クリストファー・ヤング●原案:ロン・バス/マイケル・ハーツバーグ●時間:113分●出演:ショーン・コネリーキャサリン・ゼタ=ジョーンズ/ヴィング・レイムス/ウィル・ パットン/モーリー・チェイキン/ケヴィン・マクナリー/テリー・オニール/マッドハヴ・ シャーマ/デヴィッド・イップ/ティム・ポッター/エリック・メイヤーズ/アーロン・スウォーツ●日本公開:1999/08●配給:20世紀フォックス(評価★★★)

The Last Emperor(1987)
The Last Emperor(1987).jpg「ラストエンペラー 劇場公開版.jpg「ラストエンペラー」●原題:THE LAST EMPEROR●制作年:1987年●制作国:イタリア・中国・イギリス●監督:ベルナルド・ベルトリッチ●製作:ジェレミー・トーマス●脚本:ベルナルド・ベルトルッチ/マーク・ペプロー●撮影:ヴィットリオラストエンペラーdvd.png・ストラーロ●音楽:坂本龍一●時間:163分(劇場公開版)/219分(オリジナル全長版)●出演:ジョン・ローン/ジョアン・チェン/ピーター・オトゥール/坂本龍一/ケイリー=ヒロユキ・タガワ/デイヴィッド・バーン/コン・スー/ヴィヴィアン・ウー/ヴィクター・ウォン/デニス・ダン/イェード・ゴー/マギー・ハン/リック・ヤング/ウー・ジュンメイ/英若誠/リサ・ルー/ファン・グァン/立花ハジメ/坂本龍一/高松英郎/池田史比古/陳凱歌(カメオ出演)●日本公開:1988/01●配給:松竹富士●最初に観た場所:丸の内ルーブル (88-04-23)(評価:★★★☆)
丸の内ルーブル.jpg丸の内ルーブル シャンデリア.jpg丸の内ピカデリー3の看板.jpg 丸の内ルーブル 1987年10月3日「有楽町サロンパスルーブル.jpgマリオン」新館7階に5階「丸の内松竹」とともにオープン(2005年12月~2008年11月「サロンパス ルーブル丸の内」) 2014年8月3日閉館(「丸の内松竹」は1996年6月12日~「丸の内ブラゼール」、2008年12月1日~「丸の内ピカデリー3」) 

丸の内ピカデリー3.jpg「丸の内ルーブル」シャンデリア.jpg丸の内ルーブルの巨大シャンデリア

【2014年文庫化[幻冬舎文庫]】

「●み 三浦 しをん」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2166】 三浦 しをん 『まほろ駅前狂騒曲
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力のある作家がしっかり取材して書いた作品。素直に上手だなあと思った。

舟を編む10万.jpg舟を編む30万.jpg 
舟を編む』(2011/09 光文社) 「舟を編む」2013年映画化(監督:石井裕也/主演:松田龍平・宮﨑あおい・オダギリジョー)

 2012(平成24)年・第9回「本屋大賞」第1位作品。

 大手出版社・玄武書房の営業部に勤務する馬締(まじめ)は、営業部では変人としてお荷物扱いだったが、辞書編集一筋の荒木に後任として見込まれ辞書編集部に異動、言葉の捉え方における鋭い天性を発揮し、新しい辞書『大渡海』の編纂にのめり込んでいく。定年後嘱託として勤務する荒木や日本語研究に人生を捧げる老学者の松本先生、チャラいが外回りに才能を発揮する西岡、ファッション誌編集部から異動してきたキャリア系の岸辺―問題山積の辞書編集部において、馬締をはじめとするこれらの人々の努力により『大渡海』は完成の日の目を見ることができるのか―。

舟を編む00.jpg 素直に上手いなあと思いました。『まほろ駅前多田便利軒』('06年/文藝春秋)で直木賞を受賞した際に(29歳での直木賞受賞は、平岩弓枝(27歳)、山田詠美(27歳)に続く歴代3位の若さ)、選評で平岩弓枝氏が「この作者の年齢の時、私はとてもこれだけの作品は書けなかった」と一番褒めていたけれど、そこからまた進化した感じ。

 特に、前半の真締と西岡の関係がいい。『まほろ駅前多田便利軒』もそうだけど、男同士の関係を描いて巧み(直木賞選考の際に阿刀田高氏は、作者は男性だと思っていたらしい)。コミカルだけど、『まほろ駅前多田便利軒』に比べると、ギャグ調はむしろ抑え気味ではないかと。

 前半は馬締の香具矢に対する恋物語もあって青春小説のようにもなっていて、前半と後半で十数年の時を置くことで、後半が前半の後日譚のようにもなっている。それでいてダラダラ長くなく、気楽に読めるエンタテインメントに仕上がっているし、前半部では西岡を、後半部では岸辺の眼を通して、真締を主として「見られる側」の存在として描いているのも成功していると思いました。

 辞書が編まれるように、馬締、香具矢、荒木、松本先生、西岡、岸辺といった登場人物の人生が編まれていく―今時、全ての辞書がこうした編纂のされ方をしているのかという疑問も残りましたが、普通は小説の主人公にはならないような人たちに着眼したこと自体が一つの成功要因。そのうえで、もともと力のある作家がしっかり取材して書いた作品とみていいのではないでしょうか。

映画「舟を編む」1.jpg映画「舟を編む」2.jpg(●2013年に石井裕也監督、松田龍平主演で映画化され、第37回日本アカデミー賞で最優秀作品賞をはじめ6部門の最優秀賞を受賞、石井裕也監督は芸術選奨新人賞も受賞したほか、主演の松田龍平をはじめとするキャストやスタッフも多くの個人賞を得た。原作では年代を特定していないが、映画では松田龍平演じる主人公・馬締が辞書編集部に配転になったのが1995年で、原作で後日譚として扱われている部分が船を編む_n.jpg舟を編むeb.jpg舟を編む2d.jpgその12年後となっている。細部での改変はあるが、全体としては原作のストーリーを比較的忠実に追っている感じで、松田龍平、宮﨑あおい、オ「舟を編む」12.jpgダギリジョー、黒木華といった若手の俳優陣も頑張っているが、加藤剛、小林薫、伊佐山ひろ子、八千草薫といったベテランが脇を固めているのが大きく、特に、加藤剛の「先生」は印象的だった。そもそも、原作が、その後数多く世に出た"お仕事系"小説のどれと比べても優れているため、原作の良さに助けられている部分もあるが、少なくとも原作の持ち味を損なわずに活かしているという点で良かったと思う。)


舟を編む 映画.jpg舟を編む_l.jpg「舟を編む」●制作年:2013年●監督:石井裕也●プロデューサー:土井智生/五箇公貴/池田史嗣/岩浪泰幸●脚本:渡辺謙作●撮影:藤澤順一●音楽:渡邊崇●時間:133分●出演:松田龍平/宮﨑あおい/オダギリジョー/黒木華/渡辺美佐子/池脇千鶴/鶴見辰吾/伊佐山ひろ子/八千草薫/小林薫/加藤剛/宇野祥平/森岡龍/又吉直樹/斎藤嘉樹/波岡一喜/麻生久美子●公開:2013/04●配給:松竹=アスミック・エース(評価:★★★★)
 
【2015年文庫化[光文社文庫]】

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細かいところでケチをつけたくなるが、基本的には"力作"エンタテインメント。

ジェノサイド 高野和明2.jpgジェノサイド 高野和明1.jpgジェノサイドb.jpg  
ジェノサイド』(2011/03 角川書店)

 2012(平成24)年・第65回「日本推理作家協会賞」(長編及び連作短編集部門)、第2回「山田風太郎」各受賞作。2011 (平成23)年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)、2012(平成24)年「このミステリーがすごい!」(国内編)共に第1位(2012年・第9回「本屋大賞」2位、2012年「ミステリが読みたい!」国内編・第4位)。

 急死したはずの父親から送られてきた一通のメール。それがすべての発端だった。創薬化学を専攻する大学院生・古賀研人は、その不可解な遺書を手掛かりに、隠されていた私設実験室に辿り着く。ウイルス学者だった父は、そこで何を研究しようとしていたのか。同じ頃、特殊部隊出身の傭兵、ジョナサン・イエーガーは、難病に冒された息子の治療費を稼ぐため、ある極秘の依頼を引き受けた。暗殺任務と思しき詳細不明の作戦。事前に明かされたのは、「人類全体に奉仕する仕事」ということだけだった。イエーガーは暗殺チームの一員となり、戦争状態にあるコンゴのジャングル地帯に潜入するが―。(Amazonより引用)

 殆ど先入観無しで読み始めたため、最初はフレデリック・フォーサイスの『戦争の犬たち』のような傭兵モノかと思いましたが、新人類の出現がストーリーの核になっていて、SFだったのかと...。但し、「人類史における大量殺戮は人間そのものの性によるものなのか」というテーマに加え、薬学や生命学、或いは軍事や兵器、ピグミーの生活などについてマニアックなくらい色々調べ込んでいるみたいで、そうしたテーマ並びに豊富な情報の醸す重厚感はありました。

 現生人類を超える種の誕生ということについても、人類進化の大きな区切りが、2500万年前(類人猿の誕生)、150万年前(直立二足歩行の原人類ホモ・エレクトズの誕生)、20万年前(ネアンデルタール旧人類の誕生)、4万年前(言語の使用)、5千年前(文字の発明)というように一桁ごとに短くなる非連続で起きていて、類人猿→原人類間が2000万年以上もかかったのに、原人類→旧人類間が200万年程度、旧人類→新人類間が15万年とスパンが短くなっていて、新人類が誕生して現代までが5万年ということを考え合わせると、そろそろ「新・新人類」が出てきてもおかしくないという見方もできます。

 Amazonのレビューなどを見ると、すぐに銃で人を殺そうとする日本人が出てくるなど、日本人を悪く描いているようで気に入らないとか、作者の人種的偏見が作中人物に反映されているとかいたもののありましたが、個人的には、どちらかと言うと日本人だけをよく描こうとはしていないことの結果で、それほど偏っているようには思いませんでした。

 歴史観的にも、南京大虐殺の捉え方などに批判があるようですが、個人的にはむしろジンギスカンを殺戮者の代表格として扱っているのがやや疑問。モンゴル帝国は宗教的宥和策をとったからこそあれだけ版図拡大が可能だったわけで、これはオスマン帝国についても言えることであり、宗教戦争について言えば、ヨーロッパ人の方がよほど殺戮を繰り返してきたのではないかな。

 ストーリーの流れとしては、細部を諸々マニアックに語り過ぎて、前半は話の流れそのものが緩慢な感じがしましたが、中盤から後半にかけては、東京、アメリカ、コンゴで起きていることが連動して、畳み掛けるような感じでテンポは悪くなかったかなあと。

 ただ、プロット的にちょっと理由付けが弱いのではないかと思われる部分があり、例えば、核コントロールに用いている暗号を解読される恐れがあるという理由だけで新人類を駆逐しようとするかなあ。新人類が近親交配の劣勢遺伝を取り除くために創薬ソフトを開発するというのもあまりピンとこないし、そのソフトが、難病の子の命を救うことにもなるというのもご都合主義のように見えてしまいます。

 イエーガーの難病の息子に対する思い入れは分かるけれども、古賀研人のたまたま病院で見かけた難病の女の子に対する思い入れは、やや強引と言うか安易な印象も受けました。同じ病気の子どもは他にも大勢いるでしょう。この子だけ、たまたまタイムリミットがこのお話の展開に合致したということ?

 世間一般の評価が高いだけに、逆に見方が厳しくなってしまうというのはあり、細かいところでケチをつけましたが、基本的には、エンタテインメントの"力作"であると思います。

 この作品の新人類って、映画「E.T.」の宇宙人を彷彿させるね。あっちは植物学者で、こっちは単なる子どもだけど、その知能は確かに現生人類を遥かに凌駕している。一個体でこれだけスゴイ能力を有するとなると、新人類の99%が大量殺戮など決して思いつきもしない平和主義者であっても、1%でも破壊主義的な性質を持った'変種'がいれば、その1%によって簡単に種そのものを絶滅に追い込むことが出来てしまうのではないかな。以前、「理科室でも作れる原子爆弾」という話題がありましたが、進み過ぎた文明というのは、あまり長続きしない気がするなあ。

 【2013年文庫化[角川文庫(上・下)]】

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「●「本屋大賞」 (10位まで)」の インデックッスへ 「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「謎解きはディナーのあとで」)

ミステリとして物足りないがコミカルな味付け。中高生向きと思えばまあまあかも。

『謎解きはディナーのあとで』2.jpg『謎解きはディナーのあとで』1.jpg
謎解きはディナーのあとで』(表紙イラスト:中村佑介)

 2011(平成23)年・第8回「本屋大賞」第1位作品。

 アパートの一室で女性が殺され、殺害場所は彼女が住んでいる部屋で、首を絞めて殺されていた。奇妙なのはその格好で、うつ伏せに倒れた状態でリュックを背負い、足にはブーツを履いていた。玄関から部屋までブーツの足跡はなく、死後、何者かによってブーツを履かされた様子もない―(第1話「殺人現場では靴をお脱ぎください」)。

 ミリオンセラーでTVドラマ化もされたため、その内容は多くの人の知るところですが、国立市を舞台に、世界的な企業グループの令嬢で、新人刑事の宝生麗子が遭遇した難事件を、彼女の執事・影山が、現場を見ずとも概要を聞くだけで推理し、解決するというパターンの連作(今年['13年]8月に映画にもなるらしい)。

 執事・影山が「安楽椅子探偵」の変形バージョンになっているわけで、本格ミステリとしてはかなり物足りないけれどコミカルな味付けもあって、普段あまり推理小説を読まない女性層をターゲットに書かれたとのことで、ナルホド、そうしたマーケティング戦略だったのかと(中学生がターゲットかと思った...)。

 いずれにしろ読み易いですが、このライト感はやはり、普段あまり本を読まない中学生から高校生ぐらいに読んでもらうのに丁度いいのではと、マトモにそう思いました(男女の話も出てくるけれど、そんなの普段からTVドラマでさんざん観ている?)。

 パターンが決まっていているところに安定感があり、却って趣向を変えてそのパターンをはずれると(例えば「花嫁は密室の中でございます」みたいに、執事・影山が現場にいたりすると)あまり面白くなくなるというのは、「刑事コロンボ」のようなTVドラマシリーズになっている推理モノに通じるところがあります。

『謎解きはディナーのあとで』tv.jpg Amazon.comのレビューの平均評価を見ると、星2つと厳し目。大体において話題作は厳し目の評価になるけれど、初めから中・高校生向けと思えばそこまでいかなくとも星3つぐらいはあげてもいいのかな(「中高年」向きではない)。小学生の読書することを楽しむ習慣の入口になるかも。

 ネタバレになるけれど、冒頭の、紐ブーツ履いたまま洗濯物を取り込みに行く―なんて、ありそうな話。何だか、この部分だけがやけにリアルに感じられました。

2013年8月2日TVスペシャルドラマ版予告

「謎解きはディナーのあとで」●演出:土方政人/石川淳一/村谷嘉則●制作:伊與田英徳/中井芳彦●脚本:黒岩勉●音楽:菅野祐悟●原作:東川篤哉●出演:櫻井翔/北川景子/椎名桔平/野間口徹/中村靖日/岡本杏理/田中こなつ●放映:2011/10~12(全10回)●放送局:フジテレビ

【2012年文庫化[小学館文庫]】

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平面的なRPGゲームの世界から抜け出ておらず、テンポもあまり良くない。

英雄の書 ノベルズ.jpg  英雄の書 文庫 上.jpg 英雄の書 文庫 下.jpg 英雄の書(上・下)1.jpg
英雄の書 (カッパ・ノベルス)』/『英雄の書(上) (新潮文庫)』『英雄の書(下) (新潮文庫)』/単行本(上・下)

英雄の書.JPG 小学五年生の森崎友理子は、中学二年生の兄・大樹が同級生を殺傷して失踪するという事件に遭い、兄の身を心配する中、彼の部屋で、大叔父の別荘から兄が持ち出した赤い本が「ヒロキは『エルムの書』に触れたため、"英雄"に憑かれてしまった」と囁くのを聞く。兄を救い出すべく、"英雄"が封印されていた"無名の地"に足を踏み入れた彼女は、そこで、兄が"英雄"の負の側面「黄衣の王」に魅入られていたことを知る。無名の地、そして別の「領域(リージョン)」である「ヘイトランド」を行き来する彼女は、「印を戴く者(オルキャスト)」となり「ユーリ」を名乗って、やがて「黄衣の王」と対決する―。

 '07年から'08年にかけて1年3ヵ月にわたり毎日新聞に連載されたファンタジー小説で、『ブレイブ・ストーリー(上・下)』('03年/角川書店)の続編とも言われていますが、ファンタジーの世界に入っていく際に"家族"が絡んでいるのは似ているけれども(『ブレイブ・ストーリー』の場合は両親)、基本的にはそれとは別の独立したストーリーです。

 アニメ映画('06年公開)や漫画、RPGゲームにもなった『ブレイブ・ストーリー』の"陽"をとすれば、こちらは"陰"の世界であるとのことで、その分、大人の感性にも充分耐えるものかとの期待もありましたが、読んでみて、個人的には平面的なRPGゲームの世界から抜け出ていないように思いました。

 前半を引っ張り過ぎているため、テンポがあまり良くない印象で、これは、作者の最近の、ファンタジーに限らないその他の"分厚い"小説にも見られる傾向ではないかと。

 前半を引っ張り過ぎた原因は、この作品を書くにあたって幾つかの"底本"があったようですが、その影響を受け過ぎていることにあるのではないかと思われ、ここがあまり面白くない(単行本を購入し、途中で読むのを中断していたら文庫化されてしまった...)。

 既に「サンデー毎日」で本書の続編「悲嘆の門」の連載が始まっていますが、今度は、自分の子供が無名僧にされてしまった母親がリージョンに子供を取り返しに行く話らしく、「親」「兄弟」の次は「子」ということか。

【2011年ノベルズ化[カッパ・ノベルズ]/2012年文庫化[新潮文庫(上・下)]】

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やや出来過ぎた話もあるけれど、ファンタジーと割り切れば楽しめ、ほろっとさせられもした。
ナミヤ雑貨店の奇蹟2.jpg ナミヤ雑貨店の奇蹟1.jpg  「ナミヤ雑貨店の奇蹟」映画.jpg
ナミヤ雑貨店の奇蹟』(2012/03 角川書店)「ナミヤ雑貨店の奇蹟」2017年映画化(監督:廣木隆一/出演:山田涼介・尾野真千子・西田敏行/主題歌:山下達郎)

 2012(平成24)年・第7回「中央公論文芸賞」受賞作。

 コソ泥をして逃亡中の敦也・翔太・幸平は突然盗んだ車が動かなくなり、仕方なく以前翔太が見つけた廃屋「ナミヤ雑貨店」に逃げ込み夜が明けるのを待つことに。三人が店を物色していると、突然シャッターにある郵便口に手紙が投げ込まれ、そこには月のウサギと名乗る者からの悩み相談が書かれていた。店に残っていた雑誌によると、ナミヤ雑貨店はかつて店主が投函された相談に一生懸命答えてくれる事で有名だった。敦也は放っておこうというが、翔太と幸平は返事を書く事を決意する―(第1章「回答は牛乳箱に」)。

 タイムスリップをモチーフにした連作スタイルの作品で、第1章 の「回答は牛乳箱に」で、廃屋となっている「ナミヤ雑貨店」及びそこにある牛乳箱を介在した、主人公たちと過去の人物との、悩み相談の手紙とその回答の遣り取り―という、この連作を貫く構図が示されます。

 作者自身の談によれば、最初にこの"システム"を思いついて、次に、なぜ「悩み相談」のようなことがそこで行われているかを考え、その上で、「人生の岐路に立った時に人はどうすべきか」ということを年頭に置きつつ、各物語の世界を構築していったとのことです。

ナミヤ雑貨店の奇蹟 2.jpg 以下、「夜更けにハーモニカを」「シビックで朝まで」「黙祷はビートルズで」「空の上から祈りを」と続き、『新参者』('09年/講談社)もそうでしたが、各章で独立した話をもってきながらも、章と章のストーリーや登場人物の関係のさせ方が上手いなあと思いました(その絡ませ方の妙は『新参者』以上かも)。

 ファンタジー系はあまり自分には向いていない気もしていますが、この作品については、割にスンナリ入り込めて思いの外に楽しめ、「夜更けにハーモニカを」とか「黙祷はビートルズで」の最後の方あたりは、結構ほろっとさせられもしました。

 ちょっと出来過ぎた話もあるけれど、ファンタジーだと割り切って読めば、あとは突っ掛かることなく読めたという印象。最後、自分たちが助けた女性を、そうと知らずに縛り上げてしまったのはご愛嬌でしょうか。

 映画「レット・イット・ビー」('70年/英)の海賊版って、何だかありそうな気がしてくるね。

【2014年文庫化[角川文庫]】

ナミヤ雑貨店の奇蹟 映画.jpg2017年映画化
「ナミヤ雑貨店の奇蹟」('07年/松竹)
監督:廣木隆一
出演:山田涼介/西田敏行/尾野真千子/村上虹郎/寛一郎/林遣都/成海璃子/門脇麦/萩原聖人/小林薫/吉行和子
主題歌:山下達郎「REBORN」

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ノンシリーズものだが面白くて味わいがある。長編的素材を圧縮して中編にしたという印象。

麦屋町昼下がり 1989.jpg 単行本['89年] 麦屋町昼下がり 文庫.jpg麦屋町昼下がり (文春文庫)

 片桐敬助は、御蔵奉行で上司の草刈甚左衛門から呼ばれて帰りが遅くなった。呼ばれたのは縁談の話だったが、相手は片桐敬助より身分が上の家柄だった。帰り道、敬助は男に追われる女を救おうとしてその男を斬り殺してしまうが、斬った男は女の舅・弓削伝八郎で、女には不義密通を働いていたという噂があり、嫁の不義に怒った舅が女を追っていた可能性もある。舅の息子、即ち女の夫の弓削新次郎は藩内随一の剣の使い手で、近く江戸詰めから戻ってきたら父の仇を討つのではとの噂が広まる。敬助は家中の試合では弓削に勝ったことはない。敬助は、殺すべきでない男を殺してしまったのではないかと悩む一方、弓削との決闘を覚悟して、師匠が薦めた大塚七十郎について稽古を重ねていたが、ある時その弓削と出会って声掛けされるも、彼は意外にも敵意を見せない。何月か後、弓削が城下で刃傷沙汰に及んでいるとの知らせが入り、敬助に討手としての命が下りる―(「麦屋町昼下がり」)。

 「麦屋町昼下がり」「三ノ丸広場下城どき」「山姥橋夜五ツ」「榎屋敷宵の春月」の短編4編を収録し、何れも「オール讀物」の昭和62年6月号から昭和64年1月号にかけて掲載されたノンシリーズ物の読み切り作品です(作者・藤沢周平は平成元年10月に菊池寛賞受賞)。

 表題作の「麦屋町昼下がり」がやはり一番面白く、個人的には、弓削新次郎というのが、新次郎と敬助との間に一悶着あるだろうという噂が藩内に立つ中で、敬助に直接事情を訊いて、倒すべき相手は誰かを確認したうえで刃傷沙汰に及んでいるのが興味深いです(この弓削新次郎というのは、天才剣士であるものの翳のあり、物語の流れからしても"悲劇的人物"なのだが、ある面でちょっと爽やかな点もあったりして...)。

 「三ノ丸広場下城どき」も剣戟小説風で、藤沢作品では珍しいタイプのものが続きますが、主人公自身は現時点では剣豪というほどでもなく、しかし世間が言うほどにはナマっておらず、最後は―という、「たそがれ清兵衛」などの普段は地味だが実は凄腕だったというのとはまた少し違った趣があってこれもいいです(因みに山田洋次監督の映画「たそがれ清兵衛」('02年/松竹)の清兵衛の描き方は、「麦屋町昼下がり」の片桐敬助に近いか)。

 以下、「山姥橋夜五ツ」「榎屋敷宵の春月」と藩内の政略絡みのものが続き、企業小説の時代劇版みたいな感じですが、その分、身近な感じで読めてしまうのが妙。

 「三ノ丸広場下城どき」では出戻りで怪力の女中・茂登が活躍し、「榎屋敷宵の春月」は寺井織之助の妻・田鶴自身が主人公で、最初はサラリーマンの奥さん同士の世界を描いた風だけど、やがてそこにも政治が影を落とし、結局妻の方が日和見の亭主に見切りをつけて自ら重役の悪事を暴こうと小刀を振るうという、何だか昭和61年の男女雇用機会均等法制施行を背景にしたような感じも。

 人妻の田鶴に言い寄る小谷三樹之丞というのも、公私はきっちり分けていて、それをまた田鶴に問うたりするところが印象に残る人物でした。田鶴が公憤ではなく私情に駆られて三樹之丞のもとを訪れたのならば、自分も私情により...ということでしょうか。

花の誇り2.jpg花の誇り1.jpg この「榎屋敷宵の春月」は、2008年の暮にNHKが「花の誇り」というタイトルでTVドラマとして映像化していますが(脚本:宮村優子、出演:瀬戸朝香/酒井美紀)、個人的には未見です。

NHKドラマ「花の誇り」(原作:「榎屋敷宵の春月」)

 4編は何れも物語の背景の描き方などが丁寧で、短編集と言うより、長編にでも出来そうな素材を圧縮して中編にしたという印象があり、またそれぞれに味わいもあって、こうした密度の濃い作品(作風自体は重厚と言うより爽やかといった感じか)をコンスタントに発表していた作者の力量はやはり並のものではなかったなあと思わされました。

【1992年文庫化[文春文庫]】

《読書MEMO》
●三ノ丸広場下城どき
次席家老の臼井内蔵助は、守屋市之進から、江戸の側用人・三谷甚十郎が自分と新海屋との繋がりに気付き、三谷からの使者が中老の新宮小左衛門を訪ねに来るという話を聞き、その密書を奪うことを画策、三谷が使者に護衛を付けて欲しいと市之進に頼んできたのを幸いとし、昔は剣で鳴らしたが今はナマっていると思われる粒来重兵衛をわざと護衛に選ぶ。重兵衛は護衛を引き受けるが果たして失敗し、自分が罠にかけられたのを悟る。重兵衛は、一体誰が何のために自分を陥れたのかを探索する一方で、鈍った体を鍛え直し始める―。
●山姥橋夜五ツ
柘植孫四郎は息子の俊吾が道場で喧嘩をふっかけていると聞き驚き、原因は、自分が瑞江を離縁したことだろうと思った。離縁したのは、瑞江に不義の噂が立ったためだった。そうした中、塚本半之丞が腹を切り、孫四郎に宛てた遺書の内容は、先代の藩主は病死ではなく謀殺されたという驚くべきものであり、半之丞はそのことを口に出来ず、思い悩んでの憤死だったようだ。孫四郎は、自分の家禄が削られた事件を思い出し、それも先代の藩主の死と関係があるのかもしれないと思って、真相究明に動き始めた―。
●榎屋敷宵の春月
家老の宮坂縫之助の死去に伴い、後任の執政入りの人選が始まろうとしていたが、田鶴は夫・寺井織之助が執政になるための運動が捗々しくないのを知った。競争相手は露骨に金をばらまいているらしいが、寺井家には金銭の余裕はない。今回の競争には古い友達の三弥の夫も加わっており、田鶴は三弥にだけは負けられないと思っていた。三弥は、田鶴にとって特別な存在だった長兄・新十郎の気持ちを知っていたはずであり、だから、三弥が他家に嫁ぎ新十郎が自殺したときには衝撃を受けた。田鶴はお理江さまから呼ばれて小谷家に向かうが、門前でお理江さまの兄・小谷三樹之丞と出会った。帰り際にお理江さまから、三弥が早くに来て三樹之丞と会っていたことを聞く。小谷三樹之丞は藩政に影響力を持っている人物である。その帰り道、家の前で斬り合いが行われ、江戸屋敷からきた関根友三郎という者が襲われていた―。

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強烈な自己規律で武士道に生きた河井継之助の生涯。作者の60年代作品は自由度が高くて面白い。

司馬 遼太郎 峠 単行本 前編.jpg司馬 遼太郎 峠 単行本 後編.jpg 司馬 遼太郎 峠 文庫  上.bmp 司馬 遼太郎 峠 文庫  中.bmp 司馬 遼太郎 峠 文庫  下.bmp峠 (上巻) (新潮文庫)』『峠 (中巻) (新潮文庫)』『峠 (下巻) (新潮文庫)
峠 前編』『峠 後編

河井継之助.jpg 幕末、雪深い越後長岡藩から江戸に出府した河井継之助(つぎのすけ)は、いくつかの塾に学びながら、歴史や世界の動きなど物事の原理を知ろうと努め、更に、江戸の学問に飽き足らなくなった継之助は、備中松山の藩財政を立て直した山田方谷のもとへ留学、長岡藩に戻ってからは藩の重職に就き、様式の銃器を購入して富国強兵に努めるなど藩政改革に乗り出すが、ちょうどその時、大政奉還の報せが届いた―。

河井継之助

司馬遼太郎 峠 3巻.JPG 開明論者であり、封建制度の崩壊を見通しながらも、家老という立場から長岡藩を率いて官軍と戦うという矛盾した行動をとらざるを得なかった河井継之助の悲劇を描いた長編小説で、1966(昭和41)年11月から1967(昭和43)年5月まで約1年半に渡って毎日新聞に連載された新聞小説ですが、『竜馬がゆく』の完成からほぼ半年後に書き始められ、作者が一番脂が乗り切っていた頃の作品と言えるのではないでしょうか。

 この小説によって、坂本竜馬や西郷・大久保や勝海舟などの幕末・維新の立役者に比べると一般にはそれまであまり知られていなかった河井継之助の名は、「最後の武士」として注目を集めるようになったと言われますが、武士の時代の終わりを最も鋭敏に感知しながらも、藩士として生きなければならないという強烈な自己規律によって武士道に生き、「最後の武士」と言われるようになったというのはある意味で皮肉なことなのかも。

 但し、作者自身、本書のあとがきにおいて、継之助がその死にあたって自分の下僕に棺を作らせ、庭に火を焚かせ、病床からそれを見つめ続けていたという、作中の凄絶なエピソードを再度とりあげ、継之助に見る武士道哲学を強調していることからも、この作品において「武士道倫理」「武士道精神」の凝縮された一典型を描こうとしたことは明らかであるように思います。

 継之助が自らの置かれた立場から「いかに藩をよくするか」に専心し、「中立国家」という理想を目指したのは「武士道倫理」からくるものであり、その想いが果たされないまま、「いかに美しく生きるか」という方向に転換されていったのは、これもまた「武士道精神」であるということでしょう。

 実際の河井継之助という人物は、官軍に徴発された藩民を殺戮したりもするなどの冷徹さも持ち、また、維新史上最も壮烈な北越戦争を引き起こした張本人として、その墓碑が砕かれたりもしたりして、必ずしもヒーロー的な存在とは言えない面も多々あったようですが、作品ではその部分はねぐって、継之助の女郎買いの話を織り込むなどして英傑(色傑?)ぶりを強調するだけでなく、公家女との神秘的な交情の話を織り込むなどして、物語としての面白味も全開。

 何せ、継之助の自筆で現存しているのは江戸から備中松山へ向かう際の旅日記『塵壺』のみ、本書が出る前にあった研究書は今泉鐸次郎著『河井継之助伝』(1910年)くらいだったというから、このことが却ってかなり自由に書ける要因になったのではないでしょうか。

 確かに『燃えよ剣』などもかなり自由に書いているけれど、土方歳三と架空の恋人「お雪」との函館での逢瀬の場面で、その日に歳三は函館にはいなかったという指摘が読者からあったりして、改版時に書き直しをせざるを得なかったとのこと。こうしたことに懲りたのかどうかはともかく、この作家の後期の作品には、史実を書き連ねて構成するタイプのものが多くなっており、やはり作者の60年代頃の作品群が一番面白のではないかと、個人的には改めて思いました。

花神 河井継之助1.jpg花神 河井継之助2.jpg 因みに司馬遼太郎が日本近代兵制の創始者・大村益次郎(村田蔵六)の生涯を描いた『花神』(1969(昭和44)年10月から1971(昭和46)年11月まで朝日新聞夕刊に連載)が'77(昭和52)年のNHKの大河ドラマ「花神」として放映された際に、脚本を担当した大野靖子(1928-2011/享年82)は、ドラマの中に『花神』だけではなく、司馬遼太郎作品から『世に棲む日日』『十一番目の志士』、そして、この『峠』の要素も織り込んだため、ドラマ花神4.jpg花神vhs.jpgでは河井継之助の活躍も結構取り上げられていたようです。主人公の大村益次郎を演じたのは中村梅之助(おでこに詰め物をして風貌を本人と似せた)、河井継之助を演じたのは高橋英樹(風貌がカッコ良すぎて実物と随分違うが...)でした。総集編のビデオ(全5巻)はあったものの(後にDVD化)、本編の方はオリジナルテープがNHKにも無いとのことです(当時はTV番組用のビデオテープが高価だったため、どんどん上書きして他の番組に使い回ししていた)。

「グラフNHK」より(下)  「花神」●演出:斉藤暁ほか●脚本:大野靖子●制作:成島庸夫●音花神 河井継之助 グラフnhk .jpg楽:林光●原作:司馬遼太郎「花神」「世に棲む日日」「十一番目の志士」「峠」(「燃えよ剣」)●出演:中村梅之助/中村雅俊/篠田三郎/米倉斉加年/西田敏行/田中健/大竹しのぶ/秋吉久美子/志垣太郎/尾藤イサオ/東野英心/夏八木勲/岡本信人/愛川欽也/月丘夢路/池田秀一/長塚京三/大滝秀治/金田龍之介/草笛光子/田村高廣/加賀まりこ/宇野重吉/浅丘ルリ子/高橋英樹●放映:1977/01~11(全52回)●放送局:NHK

加賀まりこ(蔵六(中村梅之助)の妻・お琴)/夏八木勲(坂本龍馬)
花神 加賀まり子.jpg 「花神」加賀.jpg 「花神」夏八木(竜馬).jpg
秋吉久美子(高杉晋作(中村雅俊)の愛人・おうの)
「花神」秋吉.jpg

田村高廣 NHK大河ドラマ出演歴
・赤穂浪士(1964年) - 高田郡兵衛
・太閤記(1965年) - 黒田孝高
・春の坂道(1971年) - 沢庵
・花神(1977年) - 周布政之助
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【1968年単行本[新潮社(上・下)]・1993年改訂/1997年文庫化(上・下)・2003年改訂[新潮文庫 (上・中・下)]】

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第5章「『悪』を描くとき」が裏話的で面白かったが、あとはそうでもなかった。

高杉 良 『男の貌―私の出会った経営者たち』.jpg男の貌: 私の出会った経営者たち (新潮新書)

 前半3章でそれぞれ、中山素平(「日本興業銀行」特別顧問)、森和夫(「東洋水産」創業者)、八谷泰造(「日本触媒」創業者)を扱っていますが、これは皆『小説 日本興業銀行』『燃ゆるとき』『炎の経営者』といった著者の小説のモデルになっている経営者たちです。
 著者が彼らをモデルとした小説を書こうとした経緯などが分かって興味深いのですが、「リーダー論」と言うより著者自身の「思い出話」になってしまっている感じもしました。

 第4章「さまざまな出会い」に出てくるその外の経営者たちも、『小説 会社再建』のモデルとなった「来島どっく」の坪内寿夫、『挑戦つきることなし』のモデルとなった「ヤマト運輸」の小倉昌男、『青年社長』のモデルとなった「ワタミ」グループの渡邉美樹と、何れも然りですが、故・小倉氏とは本人に直接一度も取材することがないままに小説を書いたという話や、渡邉氏の政界への関心を著者が危惧していることなどに若干興味を抱きました。

 第5章「『悪』を描くとき」が一番面白かったです。『濁流』で、雑誌「経済界」の主幹・佐藤正忠を描いた時は、まさに「筆誅を加える」という気持ちだったそうで、それぐらいの心意気と言うか、"怒り"の原動力が無いと、あのような作品は書けないんだろうなあと思わされ、『労働貴族』で、日産労組のドンで今年('13年)2月に亡くなった塩路一郎をモデルに描いた際は、不審者に尾行されたとのこと、『金融腐蝕列島』第二作「呪縛」連載中も、匿名の脅迫状が送られてきたりして、警察の「マル対」(保護対象者)になったとのこと、そして、日経新聞の鶴田卓彦社長をモデルとした『乱気流』では、訴訟問題にまで発展、新聞各紙では「高杉氏敗訴」と報じられましたが、別に出版差止めになったわけでもなければ謝罪広告を命じられたわけでもなく、賠償請求額の20分の1の支払い命令が下されただけなので、「一部敗訴」が正しいとしています(毎日新聞のみが「一部敗訴」と報じた)。

 最後の第6章で「リーダー論」の締め括りをしていますが、そうした本書全体の流れからやや外れた第5章が、裏話的関心からかもしれませんがやはり一番面白く、あとはそうでもなかったか。
 同趣のものとしては、故・城山三郎の『打たれ強く生きる』や『聞き書き 静かなタフネス10の人生』の方が、若干、対象となる人物により深く入り込んでいた気がします。

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過去の短編集から抜粋し再構成。モチーフ的に古く、テーマも不統一。

高杉 良 『人事の嵐』.jpg人事の嵐: 経済小説傑作集 (新潮文庫)』 (2012/03 新潮文庫)

 入院中の社長の阿部は、後任を江口と定めたが、江口は固辞して一期下の大谷を推した。後任人事決定前に阿部は没した。江口は社長の遺志だと大谷を口説くのだが―(「社長の遺志」)。会社更生法の申請をした商事会社で45歳の取締役が誕生した。人事部長兼務である。しかし、使命は減員計画の推進であった―(「人事部長の進退」)

 『銀行大合併』『社長、解任さる』など過去に文庫された短編集(何れも講談社文庫)の中から、企業人事に関係したものを8編選んで短編集として再構成した新潮文庫版ですが、時代背景が80年代前半と今から30年以上も前のものばかりで、ちょっと古いかなという感じ。

 「人事」に的を絞ったのはいいけれど、「社長の遺志」ほか最初の3編が、企業のトップ人事を巡る新聞の経済記者の情報リーク合戦、夜討ち朝駆けが背景となっていて、あまりに似たような背景のものが並んでしまったなあという印象です(モチーフ的にも古いし、人事と言うより広報の話だったりもする)。当時に読めば、モデルがあったりもして、それなりに面白いのでしょうが。

 「人事部長の進退」に出てくる"小沢商事"は'84年に倒産した大沢商会がモデルで、この話は後に、作中にも出てくる管財人の弁護士を主人公とした長編『会社蘇生』となって結実しますが、やはり長編の方がまだ面白いという印象です。

 後半は、こうした人事部長や現場クラスが主人公のものも出てきますが、結局「トップ人事」に焦点を当てたものか、「人事パーソン」に焦点を当てたものか、全体として焦点(テーマ)の定まらない印象になっており、「人事」という言葉のみを基準にした作品の選抜方法がやや安易だったようにも思います。

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労働基準監督官が何となく今までより身近に感じられるようになった(甘いか?)。

『ディーセント・ワーク・ガーディアン』 沢村凛.jpgディーセント・ワーク・ガーディアン』(2012/01 双葉社)

 「人は、生きるために働いている。だから、仕事で死んではいけないんだ」労働基準監督官である三村は、〈普通に働いて、普通に暮らせる〉社会をめざして、日々奮闘している。行政官としてだけでなく、時に特別司法警察職員として、時に職務を越えた〈謎解き〉に挑みつつ―(本書口上より)。

 労働基準監督官が主人公であるという珍しい小説で、県庁所在地である地方都市の労働基準監督署に勤める主人公の三村全(たもつ)が、かつて同級生で同じ地元の警察署の刑事・清田と組んで、企業内で生じた事故や、その背後にある事件の真相を探っていく6話シリーズの連作です。

 刑事とタッグを組んでの主人公の活躍であるため、刑事ドラマっぽいノリではありますが、労働基準監督官の仕事をよく取材しているように思われ、建設現場や工場内の安全衛生管理の問題についてもよく調べられており、そのため一定のリアリティを保っているように思いました。

 零細の建設下請け会社の作業現場で起きた死亡事故の背景にあったものは―、印刷会社に勤める夫の毎日の帰宅が遅いのを心配し、監督署に長時間残業の疑いがあると訴えた妻だったが―といった具合に、いかにもそこかしこにありそうなモチーフの事件が続きます。

 やや事件の"小粒"感を抱きながらも読み進むと、第5話「フェールセーフの穴」は、無人化工場内での事故に見せかけた殺人事件であり、さらに第6話「明日への光景」は、主人公自身が大きな陰謀の渦に巻き込まれ、罷免の危機に瀕するという、(現実的かどうかはともかく)エンターテインメント性の強いプロットとなっていて、"読み物"としての面白さにも配慮されているように思いました。

 因みに、第6話の内容をもう少し詳しく述べると、時の厚生労働大臣が労働基準監督官分限審議会を開いて、主人公を罷免しようとするというもので、その背後には、かつて主人公が労働基準法違反で検挙し、今は急成長を遂げたベンチャー企業の経営者としてIT企業の寵児となっている男の画策があるというもの(この男は大臣に贈賄をしている)。主人公は上司から、「本省に、お前を守る気はなさそうだ。周知のことだが、あの大臣は、就任直後からさまざまな分野で自己流を通そうとして、本省の幹部連中とバトルになっている。立場上の問題だけでなく、長い期間を費やしてきた重要な政策や施策が危うくなっている状態で、今度のことは...彼らにとっては些末な問題なんだ。監督官の首一つで大臣に貸しを作って、ほかで譲歩を引き出せるなら、利用させて貰おうというのが、大筋の方針のようだ」と言われます。

 つまり、大臣の意向に沿って監督官のクビを切ることで、その後の大臣との交渉において貸しを作っておこうとする省庁サイドの戦略が、その背景にあるということ。でも、臨検先の女性とホテルに行ったという精巧に捏造された証拠があるにしても、「辞めろ」と言われ、何ら自らに非無くして素直に辞められるものかなあ(但し、不倫した奥さんに離婚しましょうと言われて、それに従ってしまう主人公だからアブナイ...)。

 タイトルの「ディーセント・ワーク」とは、国際労働機関(ILO)が21世紀の目標として掲げるもので、作者は作中で主人公に「まっとうな」働き方という日本語訳が一番ぴったりすると言わせています。

 辞職を迫られた主人公が、最後に、自分自身の「まっとうな」権利は、自分自身の努力で保持しなければならないという自覚に目覚めるという落とし込みは上手いと思われ、爽快感が感じられました(と言うか、ほっとした)。

 但し、主人公の家庭内のことや妻との関係もあって寂寥感も残る結末となっており、労働基準監督官というのも一家庭人なのだなあと、何となく今までより身近に感じられるようになりました(甘いか?)。

 企業小説では、池井戸潤氏の『下町ロケット』('10年/講談社)が直木賞を受賞しており、労働問題に近いモチーフの小説では、少し前のことになりますが、リストラ請負会社の社員を主人公とした垣根涼介氏の『君たちに明日はない』('05年/新潮社)が、山本周五郎賞を受賞しています(『下町ロケット』も『君たちに明日はない』もテレビドラマ化された)。但し、労働基準監督官を主人公とした小説は、おそらくこれが本邦初でしょう。

 『君たちに明日はない』も短篇の連作で、単行本でPart3まで刊行されています。この『ディーセント・ワーク・ガーディアン』も、もう少し書き溜めると、テレビドラマ化される可能性が無いことはない?

労働基準監督官 和倉真幸1.jpg労働基準監督官 和倉真幸2.jpg 労働基準監督官を主人公としたドラマは、連続ドラマとして1クール放映されたものはないみたいですが、'05年7月にフジテレビで「労働基準監督官 和倉真幸」というのが単発ドラマとして放映されています。東ちづるが女性監督官を演じたらしく、新聞のテレビ欄の見出しによれば「労災隠し」をモチーフにしたものだったようです。 (その後、日本テレビ系列で「ダンダリン 労働基準監督官」が、竹内結子主演で2013年10月から1クール(全11回)放映された。)

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