【1947】 ○ アガサ・クリスティ (乾 信一郎:訳) 『バートラム・ホテルにて (1969/12 ハヤカワ・ミステリ) ★★★★

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ホテルが主役。"後味的"にはともかく"プロット的"に見れば、最後の畳み掛け感は良かった。

「バートラム・ホテルにて」1965.jpgバートラム・ホテルにて クリスティー文庫.jpg  バートラム・ホテルにて ハヤカワ文庫.jpg  バートラム・ホテルにて ハヤカワポケット.jpg
バートラム・ホテルにて (クリスティー文庫)』『バートラム・ホテルにて (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『バートラム・ホテルにて (1969年) (世界ミステリシリーズ)
Collins Crime Club 1st edition in UK
At Bertram's Hotel(Fontana, 1969)
At Bertram's Hotel.jpg ロンドンにあるバートラム・ホテルは、今でもエドワード王朝時代の佇まいを保っていたが、ミス・マープルも少女時代に一度このホテルに宿泊した思い出があり、今また甥レイモンドの親切により一週間の予約で宿泊し、昔を懐かしんでいた。ホテルには老年の聖職者や引退した将軍や提督、老貴族の夫婦、判事や弁護士、海外からの本物の英国を求める観光客などが訪れ、贔屓客はいつも決まった部屋に泊まり、ロビーでは本物のお茶と本物のマフィンが給仕ヘンリーの完璧な指示で供されていた。ミス・マープルがホテルの宿泊客を観察するうちに、その中には、退役軍人のデリク・ラスコム大佐や、彼が後見人を務め21歳になったら莫大な財産を引き継ぐことになっているエルヴァイラ・ブレイク嬢、何度も結婚しているらしい女流冒険家のべス・セジウイックらがいることが分かり、更に、ホテルに出入りするレーサーのマリノスキーがエルヴァイラとセジウイックの両方と付き合っていることを見抜いたりする。彼女は何となくホテルに違和感を覚えるようになっていくが、そんな中、ホテルの宿泊客のベニファーザー牧師が失踪するという事件が発生、このところ頻発する強盗事件の捜査において事件とバートラム・ホテルの関係に目を付けていたフレッド・デイビー主任警部は、牧師失踪事件にかこつけて、強盗事件との関連を調べにバートラム・ホテルに乗り込んで来る―。

 1965年に刊行されたアガサ・クリスティのミス・マープルシリーズの長編第10作(原題:At Bertram's Hotel)で、ミス・マープル物としては同じく旅先滞在型の『カリブ海の秘密』('64年発表)とその続編とも言える『復讐の女神』('71年発表)の間に挟まれたかたちですが、こちらは英国国内が舞台です。

 ミス・マープルはこの作品では終盤近くまで観察者の立場にいて、捜査に当たるのはデイビー主任警部ですが、そもそも実際に殺人事件が起きるのは物語全体の4分の3ぐらいを経てからで、それまではむしろ、ホテルが醸す表面上の優雅な雰囲気とは裏腹の、ミス・マープルが感じた、本物と偽物が交じり合ったような感じの違和感の正体というものが一つの大きな謎として浮かび上がってくるようになっており、ホテルが主人公と言ってもいいような展開になっています。

 実際、このホテルは経営者、従業員、宿泊客を含め、巨大な「犯罪装置」のようなものであったわけで、これ、個人的には、なかなか面白い発想だと思われ、マープル物の中でもあまり類を見ないパターンのように思いましたが、その手口が細かく明かされるようにはなってはおらず、その点がやや食い足りないか。登場人物の誰がどこまで関与しているかについて、すべてを明かしているわけではないし...。

 むしろ、前半部分のエルヴァイラの(実は彼女はセジウイックの娘だった)彼女自身の相続関係を探る行動の謎が終盤に明かされるという流れにおいては、結局のところ作者らしい展開だったと言えるかも。

 この作品の最大のドンデン返しは、殺人事件の方の真犯人がミス・マープルによって最後の10数ページで明かされるところにあるのでしょうが(「犯罪装置」の黒幕はその少し前に明かされる)、むしろプロット的なことよりも、最後まで伏せられていたセジウイックの娘エルヴァイラに対する真意の方が肝であるように思います。但し、それに応えるべきエルヴァイラという小娘が、あまりにエゴイスティックで、しかも、自らがやったことについて物語の中では糾弾されないというのは後味的にどうかと...。

 ただ、クリスティ作品の中で相対評価するとそう高い評価にはならないのかもしれませんが、並みの推理小説と比べると、やっぱり流石クリスティという読後感ではありました("後味的"にはともかく"プロット的"に見れば、最後の畳み掛ける感じは良かった)。

バートラム・ホテルにて dvd02.jpgバートラム・ホテルにて 02.jpgバートラム・ホテルにて 03.jpg 因みに、作中のミス・マープルが友人に回想を語る場面で、バートラム・ホテルに泊まったのは14歳の時とあり、暫く行くと「1909年に戻った感じ」との彼女の心象が描かれており、彼女の生年が1895年頃であることが判ります(クリスティの生年は1890年、ミス・マープルは自分より年下だったのか)。
「ミス・マープル(第7話)/バートラム・ホテルにて」 (87年/英) ★★★★

バートラム・ホテルにて dvd.jpg第9話/バートラム・ホテルにて 02.jpg第9話/バートラム・ホテルにて ホテル.jpg
「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第9話)/バートラム・ホテルにて」 (07年/英)  ★★★★

【1969年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(乾 信一郎:訳)]/1976年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(乾 信一郎:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(乾 信一郎:訳)]/2012年Kindle版[早川書房(乾 信一郎:訳)]】

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