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ヒース・レジャー亡きあとを3人の代役で繋いだ作品。クリストファー・プラマーらが怪演。

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Dr.パルナサスの鏡 [DVD]
「Dr.パルナサスの鏡」2009.jpg「Dr.パルナサスの鏡」ages.jpg 2007年、ロンドン。1000年生きたと称するパルナサス博士(クリストファー・プラマー)は、下僕の侏儒パーシー(ヴァーン・J・トロイヤー)、若い団員アントン(アンドリュー・ガーフィールド)、そして自分の娘のヴァレンティナ(リリー・コール)の4人で旅を続けながら、鏡の中に客を誘い、人の心の中の欲望の世界を見せるという「パルナサス博士のイマジナリウム」の公演を行っていた。実は、博士は鏡の中でどちらが客を誘惑できるか「Dr.パルナサスの鏡」ko-ru.jpg、悪魔のMr.ニック(トム・ウェイツ)と賭けをしていた。そして、かつて悪魔との賭けにより不死の命を手に入れたパルナサス博士だったが、その代償にヴァレンティーナを16歳の誕生日に悪魔に引き渡さねばならなくなっていた。そんな折、一行は橋の上から吊るされた若者トニー(ヒース・レジャー/ジョニー・デップ/ジュード・ロウ/コリン・ファレル)を救い上げる。助けられた男トニーは一行の仲間になり、商才を発揮して見世物を繁盛させる。だが、悪魔との賭けのタイムリミットは目前に迫っていた。それぞれの思惑が交錯するなか、悪魔と一行は鏡の中の世界でヴァレンティナを巡る駆け引きを繰り広げる―。

「Dr.パルナサスの鏡」cg.jpg シネマブルースタジオの2022年「異世界へようこそ vol.2」特集の1作目。「モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル」('75年/英)など「モンティ・パイソン」シリーズの監督で、自身もコメディグループ「モンティ・パイソン」のメンバーの一人であるテリー・ギリアム監督の2009年公開作。「未来世紀ブラジル」('85年/英)や「フィッシャー・キング」('91年/米)、「12モンキーズ」('95年/米)の監督でもあり、時期ごと、作品ごとに作風が異なるのが興味深いです。本作はまさに異世界を描いたファンタスティックな作品ですが、これに最も近いのは、テリー・ギリアム監督自身の他の作品よりも、CGの使い方などからしてティム・バートンが監督の「チャーリーとチョコレート工場」 ('05年/米)ではないかと思いました。

「Dr.パルナサスの鏡」04.jpg 期せずしてこの映画の見所となった部分があり、それは、この映画の撮影中の2008年1月にトニーを演じるヒース・レジャーが急逝、撮影が中断し一時完成が危ぶまれたものの、彼と親交のあったジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレルの3人が別世界にトリップしたトニーを演じて映画が完成したという経緯があって(3人はヒース・レジャーの娘に出演料を寄付しているトム・クルーズも自分から出演を申し込んだが、テリー・ギリアム監督は「ヒースをよく理解している本当の友だちに演じてほしい」と断っている)、トニーが鏡の中に入る度に演じる俳優が変わるという設定になっている点です。

 ヒース・レジャーの出演している最初の方のシーンはそのまま使われていて、それがジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレルの順で入れ替わっていきますが、メイクがほぼ同じなので、ぼーっと観ているといつの間にか入れ替わっていたという感じ。最初観た時は、事前の予備知識がないまま観に行ったので、後日、どこで入れ替わっているのか確認のためもう1度観に行きました。

「Dr.パルナサスの鏡」es.jpg 物語の方は終盤、父親が悪魔と取引したことを隠し続けてきたことに怒ったヴァレンティナは、自らの魂を悪魔(ニック)に捧げますが、安易な勝利に幻滅した悪魔は、パルナサスに、トニーを地獄に落とせば娘を返すという別の賭けを持ち掛けます。そして暴徒がトニーを吊るすために近づいてきたとき、吊るされても生き残れる黄金のパイプ(飲み込んで首吊りから喉を防御するという単純な仕掛けだが)をパルナサスは差し出し、その際、ひとつは真の頑丈な黄金のパイプで、もう一つは偽物の脆いパイプを選ばせますが、パルナサスはトニーが間違った選択をすることを望み、実際に、トニーは偽物のパイプを選び、死して地獄に落ちる―。

「Dr.パルナサスの鏡」 図2.jpg 一見アンハッピーエンドに見えますが、エピローグでは、娘を失ったパルナサスがロンドンで物乞いになって身を窶(やつ)していると、ヴァレンティナが偶然に傍を通りかかり、彼は娘がアントンと幸せな結婚生活を送っていて、二人の間に女の子がいることを知ります。かつての下僕である侏儒のパーシーに、ヴァレンティナの新たな生活を邪魔しないよう諭され、声は掛けられないものの、彼は娘の幸せを知ってようやく心の平穏を得ます。博士とパーシーの二人は再び手を組み、街角のおもちゃの劇場を基に事業を始めるようで、悪魔が新しい賭けにパルナサスを誘惑しますが、パーシーがそれを制します(トニーの後日譚は無いのか? 彼の役割は何だったのか?)。

「Dr.パルナサスの鏡」00.jpg「Dr.パルナサスの鏡」05.jpg トニー役のヒース・レジャーら4人とアントン役のアメリカ合衆国生まれのイギリス人俳優アンドリュー・ガーフィールド(彼はこの作品以降の活躍が目覚ましい)は好演していますが、パルナサス博士役のカナダ人俳優クリストファー・プラマー(1929-2021/91歳没、「サウンド・オブ・ミュージック」('65年/米)のトラップ大佐役で知られる)、悪魔のニック役のトム・ウェイツ(元はシンガーソングライターだが、「ダウン・バイ・ロー」('86年/米・西独)など多くの映画に出演)の二人の怪演にちょっと押され気味だったでしょうか。

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アンドリュー・ガーフィールド(上右) in「わたしを離さないで」('10年/英・米)、「ソーシャル・ネットワーク」('10年/米)、「アメイジング・スパイダーマン」('12年/米)、「沈黙 -サイレンス-」('16年/米)
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トム・ウェイツ in「ダウン・バイ・ロー」('86年/米・西独)※右端
トム・ウェイツ ダウン・バイ・ロー.jpg

クリストファー・プラマー/リリー・コール
「Dr.パルナサスの鏡」 リリー・コール.jpg「Dr.パルナサスの鏡」●原題:THE IMAGINARIUM OF DOCTOR PARNASSUS●制作年: 2009年●制作国:イギリス・カナダ●監督:テリー・ギリアム●製作:ウィリアム・ヴィンス/エイミー・ギリアム/サミュエル・ハディダ/テリー・ギリアム●脚本:テリー・ギリアム/チャールズ・マッケオン●撮影:ニコラ・ペコリーニ●音楽:マイ「Dr.パルナサスの鏡」アンドリュー・ガーフィールド.jpgケル・ダナ/ジェフ・ダナ●時間:124分●出演:ヒース・レジャー/ジョニー・デップ/ジュード・ロウ/コリン・ファレル/クリストファー・プラマー/トム・ウェイツ/リリー・コール/アンドリュー・ガーフィールド/ヴァーン・J・トロイヤー/ピーター・ストーメア●日本公開:2010/01●配給:ショウゲート●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(22-11-15)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(22-11-21)((評価:★★★☆)

リリー・コールとテリー・ギリアム監督(2010年1月来日時)
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ヒトラー暗殺計画「7月20日事件」の実際を知るうえで参考になる映画。

「ワルキューレ」2009.jpg「ワルキューレ」01.jpg  0シュタウフェンベルク大佐.jpg
ワルキューレ DVD」トム・クルーズ   クラウス・フォン・シュタウフェンベルク伯爵(1907-1944)
「ワルキューレ」04.jpg 1943年3月、ドイツの敗色濃い中、国防軍の反ヒトラー派将校トレスコウ将軍(ケネス・ブラナー)はヒトラー(デヴィッド・バンバー)の暗殺を企図するが失敗、同志のオルブリヒト将軍(ビル・ナイ)から、メンバーがゲシュタポに逮捕されたことを知らされ、後任の人選を急ぐ。同じ頃、北アフリカ戦線で左目・右手・左手の薬指と小指を失う重傷を負ったシュタウフェンベルク大佐(トム・クルーズ)が帰国し、ベルリンの国内予備軍司令部に転属、上官となったオルブリヒトは、シュタウフェンベルクにヒトラー暗殺計画に加わるよう求めるが、会合に参加した彼は、ゲルデラー(ケヴィン・マクナリー)たち文官にヒトラー打倒後の明確なビジョンがないことを理由に一度は断る。しかし、ドイツを破壊から救うにはヒトラーを倒すしかないと考え直してメンバーに加わる。トレスコウが前線勤務に戻った後、メンバーの中心となったシュタウフ「ワルキューレ」02.jpgェンベルクは暗殺を渋るゲルデラーたちを説得し、ヒトラーを暗殺した後に「SSの反乱を鎮圧するため」と称してベルリンを制圧するワルキューレ作戦を策定する。シュタウフェンベルクは、日和見な態度をとるフロム国内予備軍司令官(トム・ウィルキンソン)と共にベルクホーフ山荘での会議に出席し、ヒトラーにワルキューレ作戦の修正案を承認させ、さらに国内予備軍参謀長に任命されて、ヒトラー臨席の会議に出席する機会を得る。1944年7月15日、ヴォルフスシャンツェ(狼の巣)での作戦会議に出席したシュタウフェンベルクはヒトラー暗殺を試みるが、会議にヒムラー(マティアス・フライホフ)が出席していなかったため、ベルリンのオルブリヒトやゲルデラー、ベック退役将軍(テレンス・スタンプ)から作戦中止を指示される。しかし、シュタウフェンベルクはクイルンハイム大佐(クリスチャン・ベルケル)と共に暗殺の決行を決め、クイルンハイムはオルブリヒトを説得しワルキューレ作戦を発動させる。勝手に部隊を動員されたフロムは怒るが、シュタウフェンベルクは「政治家の優柔不断さが計画を狂わせる」と主張、自分たちの判断で暗殺を決行すると宣言する。 7月20日、再び狼の巣での会議に出席したシュタウフェンベルクは暗殺を決行、会議室に仕掛けた爆弾が爆発するの「ワルキューレ」03.jpgを確認した後、副官のヘフテン中尉(ジェイミー・パーカー)と共にベルリンへ帰る。同志のフェルギーベル将軍(エディー・イザード)は狼の巣とベルリンの通信回線を断絶させるが、ベルリンに「ヒトラー死亡」の情報が届かなかったため、オルブリヒトはワルキューレ作戦の発動を保留し、しびれを切らせたクイルンハイムは独断で部隊に動員を命令する。3時間後、ベルリンに戻ったシュタウフェンベルクは作戦が開始されていないことに激怒し、オルブリヒトを説得して計画に反対するフロムを拘束し、ワルキューレ作戦を発動させる。計画は順調に進み、部隊はベルリン一帯を制圧していくが、ゲッベルス(ハーヴェイ・フリードマン)逮捕に向かったレーマー少佐(トーマス・クレッチマン)は、ヒトラーからの電話をゲッベルスから受け取り、彼が生きていることを知る―。

 第2次大戦中の1944年7月20日、ナチスのクラウス・フォン・シュタウフェンベルク大佐を首謀者として決行された、最後のヒトラー暗殺計画と言われる「7月20日事件」とそこまでに至る経緯を、ブライアン・シンガー監督(この人はドイツ系ユダヤ人移民の家系)、トム・クルーズ主演で描いた歴史サスペンスです。

 トム・クルーズには最初、事変に翻弄されるトレーマー少佐の役が予定されていたのが、ヒトラー暗殺計画のリーダーのシュタウフェンベルク大佐をやることになったとのことで、やはり、その方が興行的に成功すると見たのでしょうか。本人の要望(ごり押し?)もあったのかもしれません。ただ、シュタウフェンベルク大佐は事件当時36歳で、当時40代半ばだったトム・クルーズが演じてもおかしくなく、得意の体を張ったアクションではなく、軍人としての誇りや苦悩、家族への愛、主人公の複雑な心理を表現し、新たな一面を披露しました。ヒトラー暗殺計画が失敗に終わることが分かって観ていてても、サスペンス・エンタテインメントとしての盛り上がりがあるのも、トム・クルーズが主演したことの効果かと思います。

 映画では、計画が失敗に終わったのは、文官メンバーの決断力の無さに拠るところが大きかったという描かれ方をしていますが、直接的な原因で比較的有名なのは総統大本営での爆発についてであり、ヒトラーが爆殺を免れた理由として、①当日の気温が高く、地下会議室で行われる予定の作戦会議が地上の木造建築の会議室で行われることになったため、爆風が戸外へ逃げた、②会議の開始が直前になって30分早まったため、用意していた2個の爆弾のうち1個しか時限装置を作動できなかった、③シュタウフェンベルクは爆弾が入った鞄を会議用テーブル下のヒトラーに近い位置に置いたが、総統副官のブラント大佐がその鞄を邪魔に感じ、それを木製脚部の外側へ移動させ、その偶然により、テーブル脚部がヒトラーに直撃する爆風への盾となった―という3点があるようですが、これらは映画でそのまま再現されていたように思います。

テレンス・スタンプ(ルートヴィヒ・ベック)
「ワルキューレ」ts.jpgベック大佐.jpg 計画全体が失敗に終わった直後の7月20日午後11時頃、フロム(トム・ウィルキンソン)はその場で軍法会議を開き、ベック(テレンス・スタンプ)が直ちに自決の許可を求め、フロムはそれを認めたのは事実です(ただし、ベックは2度自決に失敗し、最後はフロムの命令で一兵士がベックに止めの銃弾を撃ち込んだとのこと)。続いてフロムがオルブリヒト、シュタウフェンベルク、クイルンハイム、ヘフテンらに「即時死刑」を宣告したのも事実で、日付が替わった7月21日午前0時過ぎ、映画にもある通り、国内予備軍司令部の中庭で4トレスコウ少将(ケネス・ブラナー).jpgトレスコウ少将.jpg人は相次いで銃殺されましたが(東部戦線のトレスコウ少将(ケネス・ブラナー)は、これも映画の通りソ連軍との最前線付近で手榴弾を爆発させ自決)、テロップにもあったように、後にフロムもシュタウフェンベルクらを勝手に処刑した事が口封じと見なされて逮捕され、事件当日の態度が陰謀に断固抵抗せず、優柔不断だったとして1945年3月12日に銃殺されています。
ケネス・ブラナー(トレスコウ少将)

 「7月20日事件」の実際を知るうえで参考になる映画。同じく1944年7月20日のヒトラー暗殺未遂事件を描いた映画は幾つかあり、テレビ映画ですが、この作品の1つ前にヨ・バイアー監督の「オペレーション・ワルキューレ(原題:Stauffenberg)」('04年/ドイツ)があり、フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督の「善き人のためのソナタ」('06年/ドイツ)で反体制・反ナチスの劇作家を演じたセバスチャン・コッホがシュタウフェンベルク役(主役)を演じており、DVD化もされています(言語は当然ドイツ語)。

「ワルキューレ」00.jpg 因みに、ドイツでは、シュタウフェンベルクは反ナチ運動の英雄として称えられていると同時に敬虔なカトリック教徒として知られていて、その彼をサイエントロジーの信者であるトム・クルーズが演じることに強い反発が起きたそうです(ドイツでは、サイエントロジーは悪質なカルトと見なされていて、シュタウフェンベルクの遺族も不快感を示したという)。一時は、ドイツ国防省が事件の舞台であるベンドラー街(現・シュタウフェンベルク街)などの国防軍関連施設での撮影を許可せず、それに対してドナースマルク監督が非難声明を発表する事態となって撮影が許されたとのことです。

 個人的には、登場人物と俳優を一緒にしてしまうのはどうかなと思います。多くの人に「7月20日事件」を知ってもらう効果の方が大きいのではないでしょうか。

「ワルキューレ」06.jpg「ワルキューレ」●原題:VALKYRIE●制作年: 2008年●制作国:アメリカ・ドイツ●監督:ブライアン・シンガー●脚本:クリストファー・マッカリー/ネイサン・アレクサンダー●製作:ブライアン・シンガー/ギルバート・アドラー/クリストファー・マッカリー●撮影:ニュートン・トーマス・サイジェル●音楽:ジョン・オットマン●時間:120分●出演:トム・クルーズ/ケネス・ブラナー/カリス・ファン・ハウテン/ビル・ナイ/ ジェイミー・パーカー/クリスチャン・ベルケル/ テレンス・スタンプ/ケヴィン・マクナリー/エディー・イザード/デヴィッド・スコフィールド/トム・ウィルキンソン/トーマス・クレッチマン/ デヴィッド・バンバー/トム・ホランダー/ケネス・クラナム/ マティアス・フライホフ/ハーヴェイ・フリードマン●日本公開:2009/03●配給:東宝東和(評価:★★★★)

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バレエ団の練習と舞台裏。ノンナレーション160分、飽きることなく観られる。
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パリ・オペラ座のすべて [DVD]

「パリ・オペラ座のすべて」1.jpg フレデリック・ワイズマン監督の2009年発表のフランス・アメリカ合作作で、フランス国王ルイ14世が権力を尽くして作り上げた世界最古のバレエ団「パリ・オペラ座」の舞台裏を84日完全密着して記録したドキュメンタリーです。公演では見られない、「エトワール」と呼ばれる最高位のダンサーたちの練習風景や、ダンサーたちを支えるスタッフの日常を映し出しています。

「パリ・オペラ座のすべて」2.jpg 主な登場シーンとしては、エトワールやダンサーたちの稽古風景、舞台のリハーサル、ゲネプロ、公演のレセプション、大口寄付者への特典について話合うスタッフ、経営陣からダンサーに年金についての説明(ダンサーの定年は40歳のようだ)、運営についてのミーティング、メーク風景、食堂のランチ風景、音響テスト、裏方の衣装の制作、屋上でミツバチの巣箱からハチミツを採取するスタッフ(オペラ座の屋上で養蜂しているのは有名)などの多岐にわたるシーンが盛り込まれています。

「パリ・オペラ座のすべて」d.jpg「パリ・オペラ座のすべて」r.jpg 特に稽古に関するシーンでは、メートル・ド・バレエ(振付師)との様々なやり取りや、役柄について芸術監督に直訴する場面などがあり、映画のメインとなっています。ダンスシーンに緊張感があって、ずっとそれだけ観ているとしんどい感じもしますが、ちょうど合間に、裏方の仕事ぶりなどの紹介があったりするので(ただし、全編を通じてノンナレーション)、それがいいアクセントになっていて、160分を飽きずに観ることができました(自分でもちょっと意外だった?)。

「パリ・オペラ座のすべて」c1.jpg「パリ・オペラ座のすべて」c2.jpg「パリ・オペラ座のすべて」d1.jpg「パリ・オペラ座のすべて」d2.jpg エトワールは皆、超一流であることが、素人目にも分かります。ダンスシーンは、前半の部分は主にパートごとの練習風景で、後半にいくと完成状態のリハーサルを主に見せるようになっていて、この構成も良かったです。また、コンテンポラリー・ダンスがバラエティに富んでいて、その力強さに圧倒されました。ただし、映像の中で芸術監督がコンテンポラリーを練習するダンサーが少ないと嘆いてました。興行としての裾野を広げていくのならば、コンテンポラリーの充実は不可欠であろうことは分かるように思いました。

 因みに、バレエダンサーには階級があり、

(1) プリンシパル ... 主役級ダンサー(そのバレエ団の顔)
(2) ファースト・ソリスト ... 準主役級のダンサー
(3) ソリスト ... 主要な役を与えられ、ソロを踊ることができるダンサー
(4) ファースト・アーチスト(コルフェ)... 群舞の中でもリーダー役となるダンサー
(5) アーチスト ... 群舞、コールド(バレエ)とも呼ばれるダンサー

となりますが、パリ・オペラ座バレエ団では一部呼び方がこれとは異なり、

(1) エトワール ... プリンシパルと同じ階級(バレエ団の顔)
(2) プルミエール・ダンスーズ ... 準主役級(ファースト・ソリストと同じ階級)
(5) カドリーユ ... アーチストと同階級

となります。クレジットによれば、この記録映画には17人のエトワールが名を連ねています。

「パリ・オペラ座のすべて」オニール.jpg パリ・オペラ座はほとんどがフランス人で占められており、またパリ・オペラ座バレエ学校出身者が多いため、外部からの入団は難しいとされていますが、オペラ座でプルミエール・ダンスーズとして活躍する日本人にオニール八菜(はな)がいて(父親はニュージーランド人のラグビー選手で、12年間にわたって伊勢丹ラグビー部でスクラムハーフとしてプレイ、母親は日本人)、もし最高峰「エトワール」に昇格すれば、日本人としてはもちろんアジア人としてオペラ座史上初の快挙となるため、期待されるところです(バレエ用品メーカーのチャコットは、オニール八菜をイメージ・キャラクターとして起用している)。パリ・オペラ座バレエ団は2023年3月2日、オニール八菜(30)を最高位「エトワール」に任命した。)

オニール八菜

「パリ・オペラ座のすべて」海外.jpg「パリ・オペラ座のすべて」●原題:LA DANSE - LE BALLET DE L'OPERA DE PARIS●制作年: 2009年●制作国:フランス●監督:フレデリック・ワイズマン●製作:フランソワ・ガズィオ/ピエール=オリヴィエ・バルデ/フレデリック・ワイズマン●撮影:ジョン・デイヴィ●時間:160分●出演:(エトワール)エミリー・コゼット/オーレリー・デュポン/ドロテ・ジルベール/マ「パリ・オペラ座のすべて」d3.jpgリ・アニエス・ジロ/アニエス・ルテステュ/デルフィーヌ・ムッサン/クレールマリ・オスタ/レティシア・プジョル/カデル・ベラルビ/マチュー・ガニオ/ジェレミー・ベランガール/マニュエル・ルグリ/ニコラ・ル・リッシュ/エルヴェ・モロー/ウィ「パリ・オペラ座のすべて」3.jpgルフリード・ロモリ/バンジャマン・ペッシュ/ジョゼ・マルティネス/(メートル・ド・バレエ、他)ブリジッド・ルフェーブル(オペラ座バレエ団芸術監督)/ローラン・イレール(メートル・ド・バレエ)/エマニュエル・ガット(メートル・ド・バレエ)/ウェイン・マクレガー(メートル・ド・バレエ)/アンジュラン・プレルジョカージュ(メートル・ド・バレエ)/マッツ・エック(メートル・ド・バレエ)/ピエール・ラコット(振付家)●日本公開:2009/10●配給:ショウゲート●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(22-10-04)(評価:★★★★)

《読書MEMO》
●オニール八菜さん、オペラ座エトワールに(2023/03/04 読売新聞オンライン)
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「罪と罰」―人は神に代わって人を裁けるか―。映画版よりずっと重かった。

「オリエント急行の殺人」2010 dvd.jpg「オリエント急行の殺人」2010 dvd1.jpg 名探偵ポワロDVDコレクション 49号.jpg 「オリエント急行の殺人」2010 2.jpg
名探偵ポワロ 47 [レンタル落ち]」「名探偵ポワロDVDコレクション 49号 (オリエント急行の殺人) [分冊百科] (DVD付)
名探偵ポワロ ニュー・シーズン DVD-BOX 4
「オリエント急行の殺人」2010 1.jpg 中東での仕事を終えたポアロが連絡船で移動し、イスタンブール発カレー行きのオリエント急行へ。新しい事件のために急遽帰途に就くことになったのだが、一等寝台「オリエント急行の殺人」2010 3ressya.jpg車は満室で、列車は混み合っていた。やがて、車内でアメリカ人の大富豪ラチェットが計12回刺されて殺害される。事件の容疑者は、1人の車掌と12人の一等客室の乗客たち。ユーゴスラビアで積雪により立ち往生する列車内で、ポアロは謎解きに乗り出す―。

「オリエント急行の殺人」2010 かお.jpg「オリエント急行の殺人」2010 4.jpg デビッド・スーシェがポアロを演じる英ITV制作の「名探偵ポワロ」(1989~2013)の第64話(第12シリーズ第3話)で103分の長尺版。原作は、アガサ・クリスティが1934年に発表した、あまりに有名な作品です。原作出版から75年を記念して制作にとりかかり、本国放映は2010年12月25日、本邦初放映は2012年2月9日(NHK-BSプレミアム)です。


オリエント急行殺人事件 映画 アルバート・フィニー.jpg 1974年のシドニー・ルメット監督による「オリエント急行殺人事件」('74年/米)は、アルバ「オリエント急行殺人事件」ふ.jpgート・フィニー(1936-2019)がポワロを演じ、チャード・ウィドマーク、アンソニー・パーキンス、ジョン・ギールグッド、ショーン・コネリー、ヴァネッサ・レッドグレーヴ、ウェンディ・ヒラー、ローレン・バコール、イングリッド・バーグマン、マイケル・ヨーク、ジャクリーン・ビセット、ジャン=ピエー「オリエント急行殺人事件」33.jpgオリエント急行殺人事件 snow.jpgル・カッセルら豪華俳優陣を配したものでしたが、ラストで皆が乾杯するシーンがあるなど(目出度し目出度しといったところか)、原作より明るい雰囲気でした。シドニー・ルメット監督自身が「スフレのような陽気な映画」を目指したと述べています(評価:★★★☆)。

オリエント急行殺人事件 2017 00.jpg「オリエント急行殺人事件」ぷらな3.jpg その43年後に作られた、2017年のケネス・ブラナー監督・主演のリメイク作品「オリエント急行殺人事件」('17年/米)は、1974年版に何一つ新しいものを付け足せていないとの評価もありましたが、それでも前作に対抗したのか、ポワロが事件にどう片を付けるか悩む部分が強調されていて、ラストの謎解きもダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を模した構図の中でケネス・ブラナーの演劇的な芝居が続く、" やや重"を目指したような印象を受けました(ただ、一方で、列車が雪中を行くシーンなどにCGを使った分、旧作にはあった重厚感が削がれた)(評価:★★★)(ケネス・ブラナーはその後「ナイル殺人事件」('22年/米)も撮るが、ここでも長広舌を奮っている(笑))。

「オリエント急行殺人事件」野村1.jpg「オリエント急行殺人事件」野村2.jpg その前に、2015年に三谷幸喜脚本で「オリエント急行殺人事件」('15年/フジテレビ)としてドラマ化されていて、野村萬斎がポアロに相当する名探偵・勝呂武尊を演じましたが、他の俳優陣が普通に演技している中で一人だけ狂言チックな演技をしています。ただ、これは彼の主演映画「のぼうの城」('12年/東宝)などで既に体験していて、個人的にはそう抵抗はなかったです。かなりコメディタッチになっていて、ラストで、「これは勝呂武尊が解決できなかった初めての事件。しかし、これほど誇らしいことはない」とこれまた、シドニー・ルメット版よりさらに明るいです(第2弾「黒井戸殺し」('18年)、第3弾「死との約束」('21年)も同じような感じか)。全2夜放送の第1夜は原作に則して描き、第2夜は犯人の視点から犯行の流れを描いたオリジナル構成としているのも旨く、2015年「東京ドラマアウォード」の単発ドラマ部門でグランプリを受賞しています(当ブログでは90年代以降のドラマは星による評価をしていないが、仮に評価するとすれば★★★★)。

「オリエント急行の殺人」2010 5.jpg そしてこの2010年のデヴィッド・スーシェ主演の「名探偵ポワロ」の1話としてのドラマ化作品ですが、「罪と罰」―人は神に代わって人を裁けるかというテーマを前面に出していて、これが一番(ケネス・ブラナーの映画版などを超えて)重かったように思いました。

 プロローグとして原作にはない2つのエピソードがあります。1つは、ポワロがある事件で、犯人の目の前で威圧的な早口で事件の真相をまくしたてると、追い詰められた犯人がピストル自殺してしまうという出来事があり、後に、犯人が人格面では立派な人物だったことを知っていた人物から、一度の過ちで支払った代償が大きすぎる批判され、それに対してポワロが反論するというもの。もう一つは、ポアロがイスタンブールで、姦淫の罪を犯した女性が民衆に引き摺られて、石打ちの刑を受ける刑場に連れていかれる場面に遭遇し、後にオリエント急行の乗客として再会する女性もその場に居合わせ、なんとか止めてと言われるが、どうにもならない、というもの。この2つに共通するのは、罪を犯したら罰を受けなければならないということであり、それがポワロの信念であるということでしょう。 

「オリエント急行の殺人」2010 last.jpg こうした前振りがあると、物語の結末を知った上で観ていて、最後どうなるのだろうと思いましたが、案の定、ポワロは自分の考えを曲げず、今回の事件を起こしたことについては、事に至った思いを訴える人たちに対し、「そんな権利はどこにもない」「何様のつもりか」といった具合です。そして、警察が現場に到着し、いよいよポワロが事件の説明をする場面がやってきます。もちろん、物語の結末は変わりません。ポワロは結局、「外部犯行」であったと説明します。その時のポワロの苦渋に満ちた表情―。「これほど誇らしいことはない」と言った三谷幸喜・野村萬斎版のドラマと真逆と言えます。日本版ドラマの明るさもいいですが、この本国版ドラマの暗さの方が本筋でしょう。本エピソードが「名探偵ポワロ」全70話の中でベストエピソードに選ばれることが多いというのも分かる気がします(評価:★★★★☆)。

 従って、時系列で並べると以下のような評価一覧となります。
  シドニー・ルメット/アルバート・フィニー版「オリエント急行殺人事件」 (1974年/英・米)★★★☆(○)
  デビッド・スーシェ版 「名探偵ポワロ/オリエント急行の殺人」 (2010年/英ITV)★★★★☆(◎)
  三谷幸喜・野村萬斎版「オリエント急行殺人事件」(2015年/フジテレビ)★★★★(○)
  ケネス・ブラナー版 「オリエント急行殺人事件」 (2017年/米) ★★★(△)


■AXNミステリー「あなたが選ぶ!名探偵ポワロ(長編全34話)ベストエピソード」(2016年)
1位  シーズン12 第3話 「オリエント急行の殺人」(第64話)
2位  シーズン4 第1話 「ABC殺人事件」(第31話)
3位  シーズン13 第5話 「カーテン~ポワロ最後の事件」(第70話)

4位  シーズン9 第4話 「ナイルに死す」(第52話)
5位  シーズン6 第1話 「ポワロのクリスマス」 (第42話)
6位  シーズン9 第2話 「五匹の子豚」(第50話)
7位  シーズン6 第4話 「もの言えぬ証人」(第45話)
8位  シーズン3 第1話 「スタイルズ荘の怪事件」(第20話)
9位  シーズン8 第1話 「白昼の悪魔」(第48話)
10位  シーズン7 第1話 「アクロイド殺人事件」(第46話)
10位  シーズン8 第2話 「メソポタミア殺人事件」(第49話)

12位  シーズン9 第2話 「杉の柩」(第51話)
13位  シーズン10 第3話 「葬儀を終えて」(第56話)
13位  シーズン2 第1話 「エンドハウスの怪事件」(第11話)
15位  シーズン6 第3話 「ゴルフ場殺人事件」(第44話)
16位  シーズン6 第2話 「ヒッコリー・ロードの殺人」(第43話)
17位  シーズン4 第2話 「雲をつかむ死」(第32話)
18位  シーズン11 第4話 「死との約束」 (第61話)
19位  シーズン12 第2話 「ハロウィーン・パーティー」(第63話)
20位  シーズン11 第2話 「鳩のなかの猫」(第59話)
20位  シーズン4 第3話 「愛国殺人」(第33話)

22位  シーズン13 第2話 「ビッグ・フォー」(第67話) 
23位  シーズン10 第2話 「ひらいたトランプ」 (第55話)
23位  シーズン7 第2話 「エッジウェア卿の死」(第47話)
25位  シーズン13 第4話 「ヘラクレスの難業」(第69話)
26位  シーズン10 第1話 「青列車の秘密」(第54話)
26位  シーズン11 第3話 「第三の女」(第60話)
28位  シーズン9 第4話 「ホロー荘の殺人」 (第53話)
29位  シーズン13 第1話 「象は忘れない」 (第66話)
30位  シーズン12 第1話 「三幕の殺人」 (第62話)

31位  シーズン11 第1話 「マギンティ夫人は死んだ」(第58話)
31位  シーズン12 第4話 「複数の時計」(第65話)
33位  シーズン10 第4話 「満潮に乗って」 (第57話)
34位  シーズン13 第3話 「死者のあやまち」(第68話)

「オリエント急行の殺人」2010 dore.jpg「オリエント急行の殺人」2010 syuugou.jpg「名探偵ポワロ(第64話)/オリエント急行の殺人」●原題:AGATHA CHRISTIE'S POIROTⅫ:MURDER ON THE ORIENT EXPRESS●制作国:イギリス●本国放映:2010/12/25●演出:フィリップ・マーティン●脚本:スチュワート・ハーコート●時間:103分●出演:デビッド・スーシェ(ポアロ)/トビー・ジョーンズ(サミュエル・ラチェット)/バーバラ・ハーシー(ハバード夫人)/ブライアン・J・スミス(ヘクター・マックイーン)/ジェシカ・チャステイン(メアリー・デベナム)/セルジュ・アザナヴィシウス(ザビエル・ブーク)/アイリーン・アトキンス(ナターリア・ドラゴミノフ)/ヒュー・ボネヴィル/デヴィッド・モリッシー/ズザンネ・ロータ/マリ=ジョゼ・クローズ/スタンレイ・ウェーバー/エレナ・サチン/ジョゼフ・マウル/ドゥニ・メノーシェ/サミュエル・ウェスト●日本放映:2012/02/09●放映局:NHK-BSプレミアム(評価:★★★★☆)


オリエント急行殺人事件 スペシャル・コレクターズ・エディション[AmazonDVDコレクション]
オリエント急行殺人事件  1974 dvd.jpgオリエント急行殺人事件02.jpg「オリエント急行殺人事件」●原題:MURDER ON THE ORIENT EXPRESS●制作年:1974年●制作国:イギリス・アメリカ●監督:シドニー・ルメット●製作:ジョン・ブラボーン/リチャード・グッドウィン●脚本:ポール・デーン●撮影:ジェフリー・アンスワース●音楽:リチャード・ロドニー・ベネット●原作:アガサ・クオリエント急行殺人事件03.jpgリスティ「オリエント急行の殺人」●時間:128分●出演:アルバート・フィニー/リチャード・ウィドマーク/アンソニー・パーキンス/ジョン・ギールグッド/ショーン・コネリオリエント急行殺人事件 ショーン・コネリー.jpgオリエント急行殺人事件 バコール.jpg/ヴァネッサ・レッドグレーヴ/ウェンディ・ヒラー/ローレン・バコール/イングリッド・バーグマン/マイケル・ヨーク/ジャクリーン・ビセット/ジャン=ピエール・カッセル●日本公開:1975/05●配給:パラマウント=CIC(評価:★★★☆)

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オリエント急行殺人事件 2017 dvd.jpgオリエント急行殺人事件 20172.jpg「オリエント急行殺人事件」●原題:MURDER ON THE ORIENT EXPRESS●制作年:2017年●制作国:アメリカ●監督:ケネス・ブラナー●製作:リドリー・スコット/マーク・ゴードン/サイモン・キンバーグ/ケネス・ブラナー/ジュディ・ホフランド/マイケル・シェイファー●脚本:マイケル・グリーン●撮影:ハリス・ザンバーラウコス●音楽:リパトリック・ドイル●原作:アガサ・クリスティ「オリエント急行の殺人」●時間:114分●出演:ケネス・ブラナー/ペネロペ・クルス/ウィレム・デフォー/ジュディ・デンチ/ジョニー・デッ/ジョシュ・ギャッド/デレク・ジャコビ/レスリー・オドム・Jrオリエント急行殺人事件 2017michelle-pfeiffer.jpgミシェル・ファイファー/デイジー・リドリー/トム・ベイトマン/オリヴィア・コールマン/ルーシー・ボイントン/マーワン・ケンザリ/マオリエント急行殺人事件 2017 deppu.jpgヌエル・ガルシア=ルルフォ/セルゲイ・ポルーニン/ミランダ・レーゾン●日本公開:2017/12●配給:20世紀フォックス(評価:★★★)

Johnny Depp

Michelle Pfeiffer 

「オリエント急行殺人事件」野村3.jpg「オリエント急行殺人事件」●脚本:三谷幸喜●監督:河野圭太●音楽:住友紀人●原作:アガサ・クリスティ●時間:333分●出演:野村萬斎/松嶋菜々子/二宮和也/杏/玉木宏/沢村一樹/吉瀬美智子/石丸幹二/池松壮亮/黒木華/八木亜希子/青木さやか/藤本隆宏/小林隆/高橋克実/笹野高史/富司純子/草笛光子/西田敏行/佐藤浩市●放映:2015/01(全2回)●放送局:フジテレビ
「オリエント急行殺人事件」2015 しゅ.jpg野村萬斎(名探偵・勝呂武尊(すぐろ たける))

佐藤浩市(実業家・藤堂修/笠原健三)/富司純子(羽鳥夫人)
「オリエント急行殺人事件」2015佐藤k.jpg 「オリエント急行殺人事件」2015 富司.jpg

「オリエント急行殺人事件」野村4.jpg

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記念すべき第1話は2つの事件を扱う拡大版。第2話でいきなり変化球。

名探偵モンク d1.jpg 「狙われた市長候補」1.jpg 「第一発見者は超能力者」1.jpg
名探偵モンク シーズン1 バリューパック [DVD]」第1話「狙われた市長候補」"Mr. Monk and the Candidate"/第2話「第一発見者は超能力者」"Mr. Monk and the Psychic"
第1話「狙われた市長候補」
「狙われた市長候補」2.jpg サンフランシスコ市警の名刑事だったモンクは、ある事件以来、極度の神経症のため3年間の休職を余儀なくされながらも、犯罪コンサルタントとして怪事件の解決に貢献していた。ある日、サンタクララで起きた女性の殺人事件のコンサルタントを頼まれたモンクは、シャローナと一緒に犯罪現場を訪れ、犯人の特徴を言い当てる。その後自宅に戻ってきたモンクだが、サンフランシスコ市長選挙の候補者の一人ワレン(マイケル・ホーガン)が演説中に暗殺未遂に遭い、ボディガードが殺される。事態を重く見た助役から捜査の協力を頼まれ―。

 「狙われた市長候補」は、2002年7月スタートのシーズン1(全13話)(日本ではNHK-BS2で2004年3月からレギュラー放送を開始したが、シーズン1については2003年6月から「モンク」のタイトルでビデオレンタルとしてVol.1〜6(全13話)が出されていた)の記念すべき第1話であり、前後編から成る拡大版で、内容的にも2つの事件を扱うものになっています。

「狙われた市長候補」3.jpg この頃は、モンクが警察官への復職を強く望み、一方で元上司のストットルマイヤー警部や元同僚のディッシャー警部補はモンクの異常な潔癖ぶりに彼をややお荷物のように感じている面もあった感じです。モンクは、そうして元上司・同僚に疎まれながらも難事件・怪事件を解決していくというパターンが主でしたが、やがてストットルマイヤー警部などはだんだんモンクを頼りにするようになっています。

 市長選挙の候補者暗殺未遂事件の謎解きが見事です。関係者を調べていくと暗殺者を雇って流れ弾で護衛の方を殺したのではないかと考え、事件時にビル街にも関わらず発砲音のあった方向から狙撃手のいた場所を言い当てた選挙参謀がどうやら怪しいと―。結局、モンクはこの事件を解決して、以来、市長から直接指名で事件捜査に当たるよう要請があったりするようになったわけです。

第2話「第一発見者は超能力者」
「第一発見者は超能力者」2.jpg 警察本部長のアシュコム(ジョン・ブルジョワ)の妻、キャサリンが行方不明に。アシュコムは記者会見を開き、妻に呼びかける。モンクはトゥルーディのことを思い出し、捜査の解決に協力を申し出る。ところがその後、事件は急展開を迎える。霊能者のドリー(リンダ・キャッシュ)がある朝目を覚ますとがけの下におり、そこにはキャサリン・アシュコムの死体が。ドリーはキャサリンの霊に招かれたと言うが、モンクは到底信じることができない。やがてモンクはアシュコムが犯人だと確信するが、一体なぜドリーが第一目撃者に選ばれ、そして何のために夫人は殺されたのか?

 「第一発見者は超能力者」は、シーズン1第2話にしてかなりコメディ的要素が強まった印象です。でも、ミステリとしてもまずまずでした。犯人が夫で市警本部長アシュコムであることも、妻を殺害する手口も冒頭から明かされていて、本題となる謎は、どのような理由で死体発見の霊能力者を絡ませたかということでした。

「第一発見者は超能力者」3.jpg モンクならずともドリーの霊能力なるものがインチキだとは誰もが思うわけですが(シャロローナは信じている風。過去に実績もあったというが偶然か)、彼女がどうして死体の第一発見者になり得たのかが(これが事件解決のカギになるわけだが)どうしても分かりませんでした。

 結局、犯人は彼女の霊能者としてもっともらしく振舞う性質を利用したわけで、ただ、死体発見後の彼女のどや顔的な振る舞いはともかく、犯人が彼女を現場に導くまでが計画犯罪としてはかなり不確定要素が大きいようにも思いました。

 最後、ドリーも超能力なんてデタラメだと自ら告白し、捜査に協力するのが可笑しいです。悪い人じゃないということですね。「刑事コロンボ」や「古畑任三郎」と同じく倒叙ミステリーでしたが、これはシリーズ全体の中では少数派であり、ある意味、第2話にしていきなり変化球できたとも言えるかと思います。

「狙われた市長候補」4.jpg「名探偵モンク(第1話)/狙われた市長候補」(Season1 | Episode 1・2)●原題:Mr.MONK and the CANDIDATE●制作年:2002年●制作国:アメリカ●本国放映:2002/07/12●監督:ディーン・パリソット●脚本:アンディ・ブレックマン●時間:86分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)マイケル・ホーガン/ベン・バス●日本放映:2004/03/30●放送:NHK-BS2(評価:★★★★)
   
「第一発見者は超能力者」4.jpg「名探偵モンク(第2話)/第一発見者は超能力者」(Season 1 | Episode 3)●原題:Mr.MONK and the PSYCHIC●制作年:2002年●制作国:アメリカ●本国放映:2002/07/19●監督:ケビン・インチ●脚本:ジョン・ロマノ●時間:43分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)リンダ・キャッシュ/ジョン・ブルジョワ●日本放映:2004/04/06●放送:NHK-BS2(評価:★★★☆)

●「名探偵モンク」エピソード別IMDbレーティング(評価)
「名探偵モンク」エピソード別IMDb.jpg

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後の怪物のイメージとかなり違う話。終盤、加速的に面白くなる。

フランケンシュタイン (光文社古典新訳文庫)2010.jpg フランケンシュタイン (新潮文庫)2014.jpg フランケンシュタイン 角川.jpg  幻の城/バイロンとシェリー.jpg
フランケンシュタイン (光文社古典新訳文庫)』『フランケンシュタイン(新潮文庫)』『新訳 フランケンシュタイン (角川文庫)』「幻の城/バイロンとシェリー」ヒュー・グラント

 小説は、イギリス人の北極探検隊の隊長ロバート・ウォルトンが姉マーガレットに向けて書いた手紙という形式になっている。ウォルトンはロシアのアルハンゲリスクから北極点に向かう途中、北極海で衰弱した男性を見つけ、彼を助ける。彼こそがヴィクター・フランケンシュタインであり、彼がウォルトンに自らの体験を語り始める枠物語である。
 スイスの名家出身でナポリ生まれの青年フランケンシュタインは、父母と弟ウィリアムとジュネーヴに住む。父母はイタリア旅行中に貧しい家で養女のエリザベスを見て自分たちの養女にし、ヴィクターたちと一緒に育てる。科学者を志し、故郷を離れてドイツ・バイエルンの名門のインゴルシュタット大学で自然科学を学んでいた。だが、ある時を境にフランケンシュタインは、生命の謎を解き明かし自在に操ろうという野心にとりつかれる。そして、狂気すらはらんだ研究の末、「理想の人間」の設計図を完成させ、それが神に背く行為であると自覚しながらも計画を実行に移す。自ら墓を暴き人間の死体を手に入れ、それをつなぎ合わせることで11月のわびしい夜に怪物の創造に成功した。
 誕生した怪物は、優れた体力と人間の心、そして知性を持ち合わせていたが、細部までには再生できておらずに、筆舌に尽くしがたいほど容貌が醜いものとなった。そのあまりのおぞましさにフランケンシュタインは絶望し、怪物を残したまま故郷のジュネーヴへと逃亡する。しかし、怪物は強靭な肉体のために生き延び、野山を越え、途中「神の業(Godlike science)」 である言語も習得して雄弁になる。やがて遠く離れたフランケンシュタインの元へたどり着くが、自分の醜さゆえ人間たちからは忌み嫌われ迫害されたので、ついに弟のウィリアムを怪物が殺し、その殺人犯として家政婦のジュスティーヌも絞首刑になる。
 孤独のなか自己の存在に悩む怪物は、フランケンシュタインに対して、自分の伴侶となり得る異性の怪物を一人造るように要求する。怪物はこの願いを叶えてくれれば二度と人前に現れないと約束する。フランケンシュタインはストラスブルクやマインツを経て、友人のクラ―ヴァルに付き添われてイギリスを旅行し、ロンドンを経てスコットランドのオークニー諸島の人里離れた小屋で、もうひとりの人造人間を作る機器を備えて作り出す作業に取りかかる。
 しかし、さらなる怪物の増加を恐れたフランケンシュタインはもう一人作るのを辞めて、怪物の要求を拒否し(フランケンシュタイン・コンプレックス)、機器を海へ投げ出す。怪物は同伴者の友人クラーヴァルを殺し、海からアイルランド人の村に漂着したフランケンシュタインはその殺人犯と間違われて、牢獄に入れられる。
 この殺人罪が晴れて、彼は故郷のジュネーヴに戻り、父の配慮で養女として一緒に育てられたエリザベスと結婚するが、その夜、怪物が現れて彼女は殺される。創造主たる人間に絶望した怪物は、復讐のためフランケンシュタインの友人や妻を次々と殺害したことになる。憎悪に駆られるフランケンシュタインは怪物を追跡し、北極海まで到達するが行く手を阻まれ、そこでウォルトンの船に拾われたのだった。
 全てを語り終えたフランケンシュタインは、怪物を殺すようにとウォルトンに頼み、船上で息を引き取る。また、ウォルトンは船員たちの安全を考慮し、北極点到達を諦め、帰路につく。そして、創造主から名も与えられなかった怪物は、創造主の遺体の前に現れ、フランケンシュタインの死を嘆く。そこに現れたウォルトンに自分の心情を語った後、北極点で自らを焼いて死ぬために北極海へと消える。怪物のその後は誰も知らない―。(Wikipediaより)

 イギリスの詩人パーシー・ビッシュ・シェリーの夫人メアリー・シェリー(1797-1851)原作の『フランケンシュタイン』(1816年頃に執筆開始、1818年3月に匿名で出版した)は、文学史上でも最もよく知られた作品でありながら、原作は殆ど読まれていないということでも有名な作品ですが、以上見てきたように、「フランケンシュタイン」は怪物(クリーチャー)の名前ではなく、怪物を生み出した人物の名前です(怪物には名がない)。

 『フランケンシュタイン』の文庫で主なものは以下の通り。
 森下 弓子:訳『フランケンシュタイン』 (1984 創元推理文庫)
 山本 政喜:訳『フランケンシュタイン』 (1994 角川文庫)
 小林 章夫:訳『フランケンシュタイン』 (2010 光文社古典新訳文庫)
 芹澤 恵:訳 『フランケンシュタイン』 (2014 新潮文庫)
 田内 志文:訳『新訳 フランケンシュタイン』(2015 角川文庫)
 このうち何冊か当たりましたが、光文社古典新訳文庫(小林章夫:訳)が読み易そうだったので、それで読みました。新潮文庫版なども同様ですが、作者メアリーと夫シェリーの序文があり、本書が書かれた経緯がわかります。

 1816年5月、メアリーは後に夫となるシェリーと駆け落ちし、バイロンやその専属医のジョン・ポリドリらと、スイス・ジュネーヴ近郊のレマン湖畔にあるディオダティ荘に滞在していて、長く降り続く雨のため屋内に閉じこめられていた折、バイロンが「皆でひとつずつ怪奇譚を書こうと提案したのが、この物語の誕生のきっかけであることは、後に取り上げる映画「幻の城/バイロンとシェリー」('88年/スペイン)でも描かれています。

 小説の枠組みは〈三重構造〉になっていて、ウォルトン隊長が姉に宛てた手紙が最も外側の円を成し、その中にフランケンシュタインの回想が組み込まれ、さらにその内側に怪物の告白があるというもので、冒頭はウォルトンの手紙が50ページほ続きます。その部分はプロローグ的位置づけで、本文に入ってからフランケンシュタインの回想になりますが、23章から成る本文の内、第11章から第16章までの6章は、怪物自身の語りになります。そして、フランケンシュタインの回想に戻って第23章でそれが終わり、その後またウォルトン隊長が姉に宛てた手紙になるという構成です。読み始めた時は、この構成がまどろっこしかったですが、怪物自身の語りに入ってから面白くなり、あとはエンタメ活劇(笑)みたいになっていくので引き込まれます。

 何よりも世間の怪物のイメージと異なるのは、怪物の語りに入ってから、怪物が『失楽園』『プルターク英雄伝』そして『若きウェルテルの悩み』を論評するなどしていることです。つまり、知識ゼロからスタートして人間の言葉を短時間で覚え、あっという間に高度の知性を身につけてしまった、いわばSF的天才のような存在となっています。

 また、自らの醜悪な容貌のため、生みの親であるビクター・フランケンシュタインからも見放され、彼のことを憎むようになりますが、それは、創造主としての彼への敬愛の気持ちのアンビバレントとともとれ、人間全体を憎みながら、人間からの愛情と理解を常に求めているというような、たいへん複雑な心性を有する存在でもあります。

 その醜いと言う容貌については、継ぎはぎ状であることが示唆されていますが、具体的な描写は無く、また、どうやって誕生したかについても、電気(雷?)が関与していることは示唆されていますが、ビクター・フランケンシュタインの研究室の様子や怪物誕生の具体的な描写はありません。

フランケンシュタイン 1931 01.jpgフランケンシュタイン 1931 ポスター.png やはり、今の怪物(こっちがフランケンシュタインと呼ばれるようになった)のイメージを作ったのは、ボリス図説ホラー・シネマ.jpg・カーロフが怪物を演じたジェイムズ・ホエール監督の「フランケンシュタイン」('31年/米)でしょう(石田一著『図説 ホラー・シネマ―銀幕の怪奇と幻想 (ふくろうの本)YOUNG FRANKENSTEIN.jpg('01年/河出書房新社)でも、一番最初に紹介されているフランケンシュタイン映画はコレ)。だから、墓地から盗み出した死体を接合し、恩師である教授の研究室から人間の脳を盗んだけれども、それが狂人の脳だったというのも、原作にはない、映画のオリジナルということになります。フランケンシュタインのパロディ映画で、メル・ブルックス監督の「ヤング・フランケンシュタイン」('74年/米)なども、通好みのコメディですが、この古典映画がベースになっています。

フランケンシュタイン (1994年).jpgフランケンシュタイン (1994年) dvd.jpg その他にも多くのフランケンシュタイン映画が作られていますが、フランシス・フォード・コッポラが製作し、ケネス・ブラナー監督が撮った「フランケンシュタイン」('94年/英・日・米)などもあり、ロバート・デ・ニーロが演じたクリーチャー(被造物)は、見かけは醜怪だけれど心性的には子どものようであるという設定でした。

ケネス・ブラナー監督「フランケンシュタイン」('94年/英・日・米)ロバート・デ・ニーロ

 ケヴィン・コナー監督「フランケンシュタイン」('04年/米・スロバキア)は、スロバキアのテレビ・ミニシリーズ。後にテレビ映画として再編もので、個人的に未見ですが、ドナルド・サザーランドやウィリアム・ハートなど俳優陣が豪華。予告を観ると、怪物が自分で自分の"花嫁"を創ろうとする場面があったような。

ケヴィン・コナー監督「フランケンシュタイン」('04年/米・スロバキア)
   
 原作は、怪物の哀しみが伝わってくるものとなっているように思いますが、自らが怪物であったり人工物であったりしたために人間世界から物理的に迫害されたり、精神的に疎外されるというモチーフは、フランケンシュタイン映画に限らず、その後の多くのSF作品、SF映画に影響を与えたように思います。「ブレードランナー」('82年/米)が)そうであるし、「ターミネーター2」('91年/米)のラストもそうだと言う人もいます。この辺りは、小野俊太郎著『フランケンシュタインの精神史: シェリーから『屍者の帝国』へ (フィギュール彩)』に詳しいです。

 そう言えば、「フランケンシュタイン・コンプレックス」という言葉もあります。創造主に成り代わって人造人間やロボットといった被造物(=生命)を創造することへの憧れと、さらにはその被造物によって創造主である人間が滅ぼされるのではないかという恐れが入り混じった複雑な感情・心理のことで、SF作家アイザック・アシモフが名付けたものです。

「幻の城/バイロンとシェリー」0.jpg「幻の城/バイロンとシェリー」1.jpg「幻の城/バイロンとシェリー」3.jpg また、作者メアリーを軸に、シェリーとバイロンの関係を描いた「幻の城/バイロンとシェリー」('88年/スペイン・英)という映画もありました(メアリーをリジー・マキナニー、バイロンをヒュー・グラント、その恋人クレアをエリザベス・ハーレイが演じている。ヒュー・グラントとエリザベス・ハーレイはこの共演がロマンスのきっかけとなり13年間にわたって交際したが、結局別れた)。途中までは『フランケンシュタイン』誕生のエピソードが描かれていますが、途中から、彼女の想像が生み出した怪物が一人歩きし始め、彼女の周囲の人々が次々死ぬ度に姿を現すことになり、シェリーはヨットの遭難で水死し、時を経ずしてバイロンもギリシア独立戦争に身を投じようとして死んだ後、メアリーは、北極の海で怪物(怪人)と訣別する―という、メアリーがビクター・フランケンシュタインに置き換わったようなゴチック・ホラーっぽい作りになっていました(「伝記映画」と呼ぶには飛躍しすぎ)。

エリザベス・ハーレイ、元恋人.jpg エリザベス・ハーレイと元恋人のヒュー・グラント

ハイファ・アル=マンスール監督「メアリーの総て」(2018)作者の伝記映画
メアリーの総て1.jpg メアリーの伝記映画としては、サウジアラビア初の女性監督で「少女は自転車にのって」 ('12年/サウジアラビア・独)などの作品により「女性映画の旗手」とされるハイファ・アル=マンスールが監督した「メアリーの総て」('18年/アイルランド・ルクセンブルク・米)がありますが、個人的には未見です(主演は「バベル」('06念/米)でリチャードとジョーンズ(ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット)の娘デビーを演じたエル・ファニング)。


FRANKENSTEIN 1931 poster.jpg「フランケンシュタイン」●原題:FRANKENSTEIN●制作年:1931年●制作国:アメリカ●監督:ジェイムズ・ホエール●製作:カール・レームル・Jr●脚本:ギャレット・フォート/ロバート・フローリー/フランシス・エドワード・ファラゴー●撮影:アーサー・エジソン●音楽:バーンハルド・カウン●原作:メアリー・シェリーFRANKENSTEIN 1931.jpg●時間:71分●出演:コリン・クライヴ/ボリス・カーロフ/メイ・クラークメイ・クラーク.jpgエドワード・ヴァン・スローン/ドワイト・フライ/ジョン・ポールズ/フレデリック・カー/ライオネル・ベルモア●日本公開:1932/04●配給:ユニヴァーサル映画●最初に観た場所:渋谷ユーロ・スペース (84-07-21)(評価:★★★☆)●併映:「フランケンシュタインの花嫁」(ジェイムズ・ホエール)

「ヤング・フランケンシュタイン」2.jpgヤング・フランケンシュタイン.gif「ヤング・フランケンシュタイン」●原題:YOUNG FRANKENSTEN●制作年:1975年●制作国:アメリカ●監督:メル・ブルックス●製作:マイケル・グラスコフ●脚本:ジーン・ワイルダー/メル・ブルックス●撮影:ジェラルド・ハーシュフェルド●音楽:ジョン・モリス●原作:メアリー・シェリイ●時間:108分●出演:ジーン・ワイルダー/ピーター・ボイル/マーティ・フェルドマン/テリー・ガー/マデリーン・カーン/ジーン・ハックマン●日本公開:1975/10●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:飯田橋ギンレイホール (78-12-14) (評価:★★★★)●併映:「サイレントムービー」(メル・ブルックス)

FRANKENSTEIN 1994 2.jpgFRANKENSTEIN 1994.jpg「フランケンシュタイン」●原題:FRANKENSTEIN●制作年:1994年●制作国:イギリス・日本・アメリカ●監督:ケネス・ブラナー●製作:フランシス・フォード・コッポラ/ジェームズ・V・ハート/ジョン・ヴィーチ/ケネス・ブラナー/デビッド・パーフィット●脚本:ステフ・レイディ/フランク・ダラボン●撮影:ロジャー・プラット●音楽パトリック・ドイル●原作:メアリー・シェリー●時間:123分●出演:ロバート・デ・ニーロ/ケネス・ブラナー/トム・ハルス/ヘレナ・ボナム=カーター/エイダン・クイン/イアン・ホルム/ジョン・クリーズ/シェリー・ルンギ/リチャード・ブライアーズ/アレックス・ロー●日本公開:1995/01●配給:トライスター・ピクチャーズ(評価:★★★)

幻の城/バイロンとシェリー1.jpg幻の城/バイロンとシェリー2.jpg「幻の城/バイロンとシェリー」●原題:ROWING WITH THE WIND(REMANDO AL VIENTO)●制作年:1988年●制作国:スペイン・イギリス●監督・脚本:ゴンザロ・スアレス●撮影:カルロス・スアレス●音楽:アレハンドロ・マッソ●時間:96分●幻の城/バイロンとシェリー.jpg出演:ヒュー・グラント(バイロン)/リジー・マキナニー/ヴァレンタイン・ペルカ/エリザベス・ハーレイ(バイロンの恋人・クレア)/ホセ・ルイス・ゴメス/ヴァージニア・マタイス//ホセ・カルロス・リヴァス●日本公開:1989/07●配給:俳優座シネマテン●最初に観た場所:六本木・俳優座シネマテン(89-09-14)(評価:★★★)
エリザベス・ハーレイ(2020年・55歳)
エリザベス・ハーレイ(55).jpgエリザベス・ハーレイ.jpg

《読書MEMO》
●舞台「フランケンシュタイン-cry for the moon-」
2022年1月7日(金)~1月16日(日) 東京・紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA
演出:錦織一清 脚本:岡本貴也
出演:七海ひろき 岐洲匠 彩凪翔/蒼木陣 佐藤信長 横山結衣(AKB48) 北村由海/永田耕一

光文社古典新訳文庫 フランケンシュタイン.jpg

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権力者の末路の惨め。ヒトラーの次にレーニンを同じように描いているのがスゴイ。

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「モレク神」ド.jpg「モレク神」h.jpg 1942年春、舞台はベルヒテスガーデンのヒトラーの山荘・通称イーグルネスト。ドイツとオーストリアの国境付近にある雄大な景色を望めるこの山荘で、重臣や愛人エヴァ・ブラウンと休暇を過ごすフューラー(総統)ことアドルフ・ヒトラーの1日を、その権力者とは思えないようなダラダラした姿を、或いは重臣に突然当たり散らす様を、或いはまた、愛人のエヴァと二人きりになり、自分はガンで体が痛いとエヴァに向かって甘える様などを描く―。

「モレク神」01.jpg 「モレク神」は'98年公開のロシア映画で、アレクサンドル・ソクーロフ監督の「権力四部作」と呼ばれる連作の1作目であり、1999年・第52回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞しています。ソクーロフ監督は連作の2作目「牡牛座 レーニンの肖像」('01年)ででレーニンを、3作目「太陽」('05年)で昭和天皇を描いています。「モレク神」とは子供を人身御供にさせた古代セム族の信仰に由来する神の名、旧約聖書では、悲惨な災いや戦火の象徴で、ユダヤ人にとっては避けるべき異教の神とみなされ、キリスト教世界では偽の神を意味するそうで、この映画の主人公はアドルフ・ヒトラーであり、まさに偽神と呼ぶにふさわしい人物ということになります(「モレク神」はヘブライ語で王をも意味する)。

「モレク神」-3.jpg 晩年のヒトラーを描いていますが、戦争映画風でも政治映画風でもなく、冒頭に述べたように、別荘(本作では現存するヒトラーのティーハウスでロケをしている)で愛人のエヴァ・ブラウンや側近らと過ごす彼の1日が描かれていて、従って、オリヴァー・ヒルシュビーゲル 監督の「ヒトラー~最期の12日間~」('04年/独・墺・伊)などとは全く異なる切り口のヒトラ―映画ということになりますが、これはこれでなかなか興味深かったです。「ヒトラー~最期の12日間~」では、ヒトラーは常に激昂している人物のように描かれ、映画のトーンもそれに沿ったものでしたが、この映画では、幽玄な山を背景に、常に靄のかかったような暗い別荘内で、ヒトラーとその取り巻きの奇妙な会話や滑稽なやり取りが、ただただ延々と続きます。

「モレク神」23a.png 1942年春の時点でドイツ軍の敗走はまだ始まっていませんが、この映画で描かれるヒトラーは我儘な子供のようで、もう既に常軌を逸しているという印象であり、エヴァ・ブラウンとの関係も、赤ん坊とそれをあやす母親のような感じです。ただし、この別荘滞在時にはすでに梅毒の症状が出ていたという話もあるので、全部が全部、大袈裟に描かれた創作とは言えないかもしれません。

 駄々をこね、笑えないジョークを飛ばし、愛人に甘え、無邪気に踊り、果ては被害妄想に取り憑かれて自分を蔑む―こうしたヒトラーを描くことで、彼も一人の弱い人間に過ぎなかったことを浮き彫りにしています。そうした人間が戦争を起こし、ユダヤ人の大量虐殺などをやってのけたことに、歴史の不思議と言うか、不合理を覚えざるを得ません(ただし、この映画ではヒトラーが重臣に「アウシュビッツ「モレク神」g.jpgとはなんだ?」と尋ねる場面があり、ヒトラーはユダヤ人の大量虐殺を知らなかった説が採用されている)。

 このヒトラーに心酔し、最も忠実な部下として常にヒトラーの傍にいるゲッベルスの異常さも、「ヒトラー~最期の12日間~」とはまた違った意味で不気味でした(小柄であることも含め本物と似ている)。妻と6人の子供を巻き添えに殉死するのは当然ながら「ヒトラー~最期の12日間~」と同じ。確かに暗い映画ですが、「ヒトラー~最期の12日間~」と同様、どこか滑稽な場面もあって、ヒトラーを描いた映画ってつい観てしまうなあ、何となく―と思った次第です。

 
「牡牛座 レーニンの肖像」ド.jpg牡牛座 レーニンの肖像06.jpg これに続く'01年公開の「権力四部作」の第2作にあたる「牡牛座 レーニンの肖像」では、暗殺未遂事件から4年後の1922年、52歳となり、最初の脳梗塞の発作のためモスクワ郊外のゴールキ村で療養していたウラジーミル・レーニンのある1日を描いてます(2001年カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品、2001年ニカ賞最優秀監督賞・作品賞・主演男優賞・女優賞・撮影賞・脚本賞・美術賞受賞、ロシア映画評論家協会最優秀最優秀監督賞・最優秀作品賞・主演男優賞・主演女優賞・撮影賞・脚本賞・美術賞受賞)。

「牡牛座 レーニンの肖像」4.jpg この映画におけるレーニンも、自分ではほぼ何も出来ないような要介護老人のように描かれています。ヒトラーの次にレーニンを同じように描いているというのがスゴイです(これ、レーニン廟があるロシアの映画だものなあ)。

「牡牛座 レーニンの肖像」3.jpg ただ、終盤、お手伝いに用意して貰いながらも満ち足りた食事をする場面で、「人民は飢えているのに私たちは贅沢に耽る。恥ずかしい」とレーニンが言っているところに、まだ、自らの基本理念を保持し続ける彼の姿があり、その点が、壊れてしまっているヒトラーとの違いでしょうか。
    
1922年、スターリンと.jpgレーニン(1923年夏).jpg その前に、見舞いに来たスターリンとの面会シーンがあり(実際にはソビエト連邦をどう形成するかで意見を求めに来たのだが、レーニンとスターリンとの間には考えの隔たりがあった)、そこでスターリンと政治権力上の力関係が逆転してしまったことをまざまざと実感させられるレーニンの姿もあって(スターリンには自信に満ち、見舞いに来ているのに内心では喜色満面の様子)、権力者の末路の惨めさを描いている点では「モレク神」と同じです。

レーニンとスターリン(1922年)/レーニン(1923年夏)


 「権力四部作」の第3作で、イッセー尾形を起用して大日本帝国時代の昭和天皇を描いた「太陽」('05年)も観てみたいです。因みに第4作は、ドイツの文豪ゲーテの代表作を映画化した「ファウスト」('11年)です。シネマブルースタジオへ観に行くつもりだったのが、新型コロナ感染予防のための緊急事態宣言の3回目の発出で上映打ち切りになってしまいました。

アレクサンドル・ソクーロフ監督/「太陽」('05年)イッセー尾形(昭和天皇)/「ファウスト」('11年)
アレクサンドル・ソクーロフ.jpg 「太陽」ソクーロフ.jpg  アレクサンドル・ソクーロフ「ファウスト.jpg
   
   
「モレク神」ges.jpg「モレク神」●原題:Молох●制作年:1999年●制作国:ロシア・ドイツ●監督・脚本:アレクサンドル・ソクーロフ●製作:トマス・クフス/ヴィクトール・セルゲーエフ●脚本:ユーリー・アラボフ●撮影:アレクセイ・フョードロフ/アナトリー・ロジオーノフ●時間:108分●出演:レオニード・マズガヴォイ/エレーナ・ルファーノヴァ/レオニード・ソーコル/エレーナ・スピリドーノ/ヴァウラジミール・バグダーノフ●日本公開:2001/03●配給:ラピュタ阿佐ヶ谷●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(21-04-06)(評価:★★★★)

「牡牛座 レーニンの肖像」9.jpg「牡牛座 レーニンの肖像」2.jpg「牡牛座 レーニンの肖像」●原題:Телец●制作年:2001年●制作国:ロシア●監督:アレクサンドル・ソクーロフ●製作:ヴィクトール・セルゲーエフ●脚本:ユーリー・アラボフ●撮影:アレクサンドル・ソクーロフ●音楽:アンドレイ・シグレ●時間:94分●出演:レオニード・モズゴヴォイ/マリヤ・クズネツォーワ/ナターリヤ・ニクレンコ/レフ・エリセーエフ/セルゲイ・ラジューク●日本公開:2008/02●配給:パンドラ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(21-04-15)(評価:★★★★)

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面白かったが、原作を読んだ人からは原作の方がいいと言われ、読後にもう一度皆で鑑賞会を...。

パフューム ある人殺しの物語 2007.jpg パヒューム ある人殺しの物語01.jpg パヒューム ある人殺しの物語02.jpg
パフューム ある人殺しの物語 [DVD]」ベン・ウィショー/ダスティン・ホフマン
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ある人殺しの物語 香水 (文春文庫).jpgパフューム 01.jpg 18世紀のフランス・パリ。悪臭漂う魚市場で、一人の赤子が産み落とされた。やがて孤児院で育てられたその男児の名はジャン=バティスト・グルヌイユといい、生まれながらにして数キロ先の匂いをも感じ取れるほどの超人的な嗅覚を持っていた。成長したグルヌイユ(ベン・ウィショー)はある日、街で素晴らしい香りに出合う。その香りを辿っていくとそこには一人の赤毛の少女がいた。少女の体臭パフューム ある人殺しの物語es.jpgにこの上ない心地よさを覚えるグルヌイユであったが、誤ってその少女を殺害してしまう。少女の香りは永遠に失われてしまった。しかしその香りを忘れられないグルヌイユは、少女の香りを再現しようと考え、橋の上に店を構えるイタリア人のかつて売れっ子だった調香師ジュゼッペ・パフューム 02.jpgバルディーニ(ダスティン・ホフマン)に弟子入りし、香水の製法を学ぶ。同時にその天才的な嗅覚を生かして新たな香水を考え、バルディーニの店に客を呼び戻す。さらなる調香技術を学ぶパフューム ある人殺しの物語 09.jpgため、香水の街・グラースへ旅に出るグルヌイユはその道中、なぜか自分だけ体臭が一切ないことに気づく。グラースで彼は、裕福な商人リシ(アラン・リックマン)の娘ローラ(レイチェル・ハード=ウッド)を見つける。以前街角で殺してしパフューム ある人殺しの物語08.jpgまった赤毛の少女にそっくりなローラから漂う体臭は、まさにあの運命的な香りそのものだった。これを香水にしたい、という究極の欲望に駆られたグルヌイユは、脂に匂いを移す高度な調香法である「冷浸法」を習得する。 そして時同じくして、若い美少女が次々と殺される事件が起こり、グラースの街を恐怖に陥れる。髪を短く刈り上げられ、全裸で見つかる美少女たち。グルヌイユは既に禁断の香水作りに着手していたのだった―。

香水 文庫.jpg 2006年公開のトム・ティクヴァ監督によるドイツ・フランス・スペイン合作映画で、原作は世界中で1500万部を売り上げているパトリック・ジュースキントの1985年発表の小説『パフューム ある人殺しの物語』(ジュースキントはスタンリー・キューブリックとミロス・フォアマンのみが正しく映画化できると考えており、他の者による映画化をを拒否していたという)。

 面白かったですが、原作を読んだ人からは原作の方がいいと言われて、原作を読んでみたら確かにそうでした。その後、4人くらいで新ためてPrime Videoで鑑賞会をしたのですが、原作を先に読んだ人が、映画の方はちょっともの足りないというのも分かったように思いました。

 この作品の翻訳者の池内紀氏が、文庫版の解説で(2003年に映画化の噂を聞いた段階で)「主役にあたる"匂い"をどうやって表現するのだろう。匂いをたどっていくのがおおかたの演技というのは、前代未聞のことではあるまいか。とどのつまりは、あとかたもなく消え失せる男。やはり映像よりも、活字を通してこそふさわしい」と述べていますが、この"予言"は的中したとも言えるかも。

パフューム 06.jpg そもそもスタンリー・キューブリックが映画化に意欲を示しながらも断念しているし、私財を投げ打って映画化権を得た映画プロデューサーのベルント・アイヒンガー(脚本も担当)も、最大の問題は「主人公は自分自身を表現していない。小説家はこれを補うために物語を使用することができる。それは映画ではできない」として苦心し、3人の脚本家による脚本は最終的な撮影台本となるまでに20以上の段階を経たとのことです。

 ただし、それだけの苦労もあり、また、元々ドラマ性を持つ話であるため、結果的には良く出来た(面白い)映画になっていたと思います。このストーリーは、ラスト近くで一気に寓話性を帯びてますが、そこに至るまでをリアリズムにこだわって作っている分、終盤の展開が効いているように思いました(個人的評価としては一応★★★★)。

パフューム ある人殺しの物語07.jpg 映画を観直してみて、ストーリー的にも概ね原作に忠実であったと思いました。それでは、原作との違い(違和感とも言っていい)をどこで感じたかというと、グルヌイユが少女に近づくとき、映画ではどうしても"香り"的なものと性的なものが混然としているように見えてしまう点です。原作ではその点がはっきり峻別されていました。

 結局、グルヌイユは、女性を性的な意味合いも含め人として愛することができない特殊な人物であるということなのでしょう。でも、映像化すると、若干"変態"性欲者っぽく(つまり普通のストーカーっぽく)見えてしまうのは、まさに「主人公は自分自身を表現していない」ことによるかと思います。

 全体を通して、ナレーションによる"ト書き"的表現が多いのも、また、そのナレーションにジョン・ハートという名優を起用しているのも、そうしたことと無関係ではないように思います。

パフューム ある人殺しの物語 ho.jpg ダスティン・ホフマンが調香師バルディーニ役で出演しています。そう言えば、昔から、ヨーロッパの監督の撮る文芸映画に、ハリウッドで活躍するスター俳優が出演するということがあったと思います。ルキノ・ヴィスコンティ(伊)監督の「家族の肖像」('74年/伊・仏)のバート・ランカスター、フェデリコ・フェリーニ(伊)監督の「カサノバ」('76年/伊・米)のドナルド・サザーランドなどがそう。もっと後では、マイケル・ラドフォード(英)監督の「ヴェニスの商人」('04年/米・伊・英)にアル・パチーノがシャイロック役で出ていました。当時、ダスティン・ホフマンのシャイロックを見たいと思ったのですが、ユダヤ系であるダスティン・ホフマンがシャイロックを演じるのは、何か差し障りがあったのでしょうか(調香師バルディーニの方が名前からイタリア系で、アル・パチーノ向きという気がしなくもないが)。

ベン・ウィショー/アラン・リックマン/レイチェル・ハード=ウッド
パフューム 05.gifパフューム 04.jpgパフューム 03.jpg「パフューム ある人殺しの物語」●原題:PERFUME: THE STORY OF A MURDERER●制作年:2006年●制作国:ドイツ・フランス・スペイン●監督:トム・ティクヴァ●製作:ベルント・アイヒンガー●脚本:トム・ティクヴァ/アンドリュー・バーキン/ベルント・アイヒンガー●撮影:フランク・グリーベ●音楽:アトム・ティクヴァ●原作:パトリック・ジュースキント『香水 ある人殺しの物語』●時間:147分●出演:ベン・ウィショー/ダスティン・ホフマン/アラン・リックマン/レイチェル・ハード=ウッド/(ナレーション)ジョン・ハート●日本公開:2007/03●配給:ギャガ・コミュニケーションズ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(19-04-09)(評価:★★★★)

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「恋愛はバスを待っているようなもので、一台のバスを逃しても、また次のバスが来る」。

シングルマン 2009.jpg シングルマン01.jpg シングルマン02.jpg
シングルマン [DVD]」コリン・ファース/ジュリアン・ムーア  ニコラス・ホルト
「シングルマン」4.jpg 1962年11月30日の朝。LAの大学で英文学を教えている内省的でシニカルなジョージ(コリン・ファース)にとって、この8ヶ月間は苦痛に満ちた日々だった。16年間共に暮らした建築家のジム(マシュー・グード)が交通事故で亡くなって以来、その悲しみは癒えるどころか、日に日に深くなっていた。だが、彼は自らの手でこの悲しみを終わらせようと決意する。大学のデスクを片付け、銀行の貸金庫の中身をカラにし、新しい銃弾を購入。着々と準備「シングルマン」0.jpgを進めるジョージだったが、一方で、今日が最後の日だと思って世界を眺めると、些細なことが少しずつ違って見えてくる。最後の授業ではいつになく自らの信条を熱く語り、講義に触発された教え子ケニー(ニコラス・ホルト)が、学校の「シングルマン」ages.jpg外で話したいと追いかけてくる。彼の誘いを断って銀行に行くと、いつも騒がしい隣家の少女と偶然出会う。ジョージは少女の可憐さに始めて気付き、彼女との正直な会話に喜びさえ感じる。だが、帰宅したジョージは、遺書、保険証書、各種のカギ、「ネクタイはウインザーノットで」のメモを添えた死装束......全てを几帳面にテーブルに並べる。そし「シングルマン」81.jpgて銃、とその時、かつての恋人で今は親友のチャーリー(ジュリアン・ムーア)から電話が入り、ジョージは破るつもりだった約束を守って彼女の家を訪れる。夫と子供に去られ「シングルマン」l.jpgて孤独な彼女の身勝手な言動に振り回されながらも、未熟で奔放だった青春時代を共にロンドンで過ごした彼女と心から笑い合うジョージ。そして、一日の終わりには、彼の決意を見抜いていたケニーの思いがけない行動にジョージは心を揺さぶられる―。

「シングルマン」ヴェネチア3.jpg 原作はクリストファー・イシャーウッドの同名小説で、ファッションデザイナーとして知られるトム・フォードの監督の2009年の監督デビュー作です。この作品でコリン・ファースに第66回Venice filmfest honors.jpgヴェネツィア国際映画祭の男優賞をもたらしたほか、続く「ノクターナル・アニマルズ」('16年)で監督第2作にして、第73回ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(審査員グランプリ)に輝いています。
トム・フォード監督、ジュリアン・ムーア、コリン・ファース(第66回ヴェネチア国際映画祭)

「シングルマン」cf.jpg イギリスとイタリアの国籍を持つコリン・ファースは、同性愛者である大学教諭を演じたこの作品で、前述の第66回ヴェネツィア国際映画祭男優賞のほか、英国アカデミー賞主演男優賞受賞など多くの賞を受賞しています(2年後の「裏切りのサーカス」 ('11年/英・仏・独)でも同性愛者のスパイを演じた)。また、この映画の翌年の「英国王のスピーチ」('10年/英・豪・米)で吃音に悩まされたイギリス王ジョージ6世を演じて、第83回アカデミー賞の主演男優賞と第68回ゴールデングローブ賞主演男優賞(ドラマ部門)をダブル受賞しています。

「シングルマン」ew.jpg 一方、ジュリアン・ムーアは、この時すでに「エデンより彼方に」('02年/米)でヴェネツィア国際映画祭女優賞、「めぐりあう時間たち」('03年/米)でベルリン国際映画祭女優賞を受賞していましたが、その後「マップ・トゥ・ザ・スターズ」('14年/米)でカンヌ国際映画祭女優賞を受賞したため、ジュリエット・ビノシュに次いで世界三大国際映画祭すべての女優賞を制覇した二人目の女優となり、さらに「アリスのままで」('14年/米)でゴールデングローブ賞とアカデミー賞の各主演女優賞をダブル受賞と、この二人のその後の活躍には進境著しいものがありました。

「シングルマン」a ges.jpg 映画はというと、ジョ「シングルマン」ニコラス・ホルト.jpgージの元恋人で親友のチャーリーの母の言葉「恋愛はバスを待っているようなもので、一台のバスを逃しても、また次のバスが来る」という、まさにその通りの内容でしたが、その言葉どおりのことががゲイの登場人物に起きるというのがこの映画であり、男同士の恋愛(マイノリティの恋愛)も男女の恋愛(マジョリティの袁愛)と基本的に同じであるということが言いたかったのではないでしょうか。

「シングルマン」la.jpg 冷戦下の緊張が高まる1962年のアメリカが舞台で、キューバ危機への社会不安、経済成長の影で崩壊する中産階級、ヒッピー文化の幕開け(荒廃した若者のモラルと相俟って、主人公はこれを嫌悪する)等々―そうした時代の波が押し寄せる中、主人公のジョージは、学問と孤独な精神性に魂の救いと安息を求める、いわば保守的な人間であるわけですが、そうした保守的な(しかもインテリ)人間がゲイであるという設定も、この作品の注目すべきポイントかもしれません(LGBTは文化人類学上の必然であるという近年の思潮に沿っていると言える)。

 ジョージが死を意識することで、今まで見ていた景色が色づき、自分が思っていたよりずっと愛おしいものだと気づいていく、その彼が改めて世界の素晴らしさを発見する過程が明快に描かれていて、その上で、「次のバスが来る」という結末に繋がっていくのが自然でした。この自然さは、かなりの部分、コリン・ファースとジュリアン・ムーアの演技力に負うのではないかと思われました。

「シングルマン」ges.jpg「シングルマン」●原題:A SINGLE MAN●制作年:2009年●制作国:アメリカ●監督:トム・フォード●製作:トム・フォード/アンドリュー・ミアノ/ロバート・サレルノ/クリス・ワイツ●脚本:トム・フォード/デヴィッド・スケアス●撮影:エドゥアルド・グラウ●音楽:アベエル・コジェニオウスキ/梅林茂●原作:クリストファー・イシャーウッド●時間:128分●出演:コリン・ファース/ジュリアン・ムーア/マシュー・グード/ニコラス・ホルト/ジョン・コルタジャレナ/ジニファー・グッドウィン/テディ・シアーズ/ライアン・シンプキンス/リー・ペイス/エリン・ダニエルズ/アリーン・ウェバー/ジョン・ハム(声のみ)●日本公開:2010/10●配給:ギャガ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(19-03-12)(評価:★★★★)

「英国王のスピーチ」('10年/英・豪・米)/「裏切りのサーカス」 ('11年/英・仏・独) 
英国王のスピーチ.jpg 裏切りのサーカス02.jpg

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こんな結末でいいのかなと思ったりもするが、この監督の場合あまり気にならないのが不思議。

ルアーヴルの靴磨き 2011.jpg ルアーヴルの靴磨き es3.jpg ルアーヴルの靴磨き 03.jpg
ル・アーヴルの靴みがき [DVD]
アンドレ・ウィルム/カティ・オウティネン
「ルアーヴルの靴磨き」01.jpg 北フランスの大西洋に臨む港町ル・アーヴル。ここに暮らすマルセル・マルクス(アンドレ・ウィルム)は、かつてパリでボヘミアン生活を送っていたが、今はル・アーヴルの駅前での靴磨きを生業としている。ベトナム移民のチャング(クォック=デュン・グエン)と共に日々靴磨きに精を出し、夕暮れともなると微々たる儲けながら代金を持ち帰り、献身的な妻・妻のアルレッティ(カティ・オウティネン)に迎えてもらうのを楽しみにしていた。ずっと苦労をかけてきた妻は、マルセルアーヴルの靴磨きges.jpgルにしてみれば勿体ないくらいの女房と感じられてならなかった。そんなある日、アルレッティは病に倒れ、医師から治る見込みはない、余命も長くないと宣告されるが、彼女はマルセルには絶対にこのことは言わないで欲しいと医師に頼む。一方、港にアフリカのガボンからの不法移民が乗った船が漂着し、密航者らのコンテ「ルアーヴルの靴磨き」02.jpgナから逃げ出し、警察の検挙をすり抜けた一人の少年イドリッサ(ブロンダン・ミゲル)にマルセルは偶然出くわす。警視のモネ(ジャン=ピエール・ダルッサン)はマルセルを尋問し、不審者を見なかったかと訊ねるが、少年を見捨てられないと考えたマルセルは、街の一同と共に少年を庇う。ところが隣の住人(ジャン=ピエールルアーヴルの靴磨き3.jpg・レオ)が、黒人の少年が出入りするのを目撃し、警察に通報してしまう。モネ警視はマルセルに付きまとい馬鹿な真似はするなと忠告する。マルセルは収監されたイドリッサの祖父に会いに行き、ロンドンにイドリッサの母親がいて、自分は捕まってしまったが、イドリッサをロンドンに行かせてほしいと頼まれる。マルセルは密航に必要ま300ユーロを集めるため、人気ロックスターのリトル・ボブ(ロベルト・ピアッツァ)にチャリティコンサートを依頼する。資金が集まって、いよいよ密航の日、イドリッサを港まで運び船に乗せることがたが、そこに警視モネがやって来る―。

 フィンランドのアキ・カウリスマキ監督・脚本による2011年の映画で、フランスの港町のル・アーヴルを舞台にしたフランス語映画です。第64回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門でプレミア上映され、FIPRESCI賞を獲得しています。

 移民問題というやや重のテーマを扱いながら、どことなくユーモアも漂い(資料によってはコメディ映画として紹介されていたりする)、映画に出てくる人々も皆、質素ながらも互いに支え合って生きていて、日本映画でよく描かれる下町の人情のようなものに通じるところがあります。

 マルセルの妻が倒れるとご近所さんは奥さん手を差し伸べるし、イドリッサが捜査対象になっていることを新聞で知ると皆で庇います。カフェの女主人や常連客、靴みがき仲間までもがマルセルに協力するのがいいです。マルセル自身も、イドリッサを母の元に届けるために奮闘し、最後はイドリッサを追う警視モネまでも、実は人情味ある人間だったとは! 

 加えて、アルレッティにも奇跡が起きるとなると、こんなハッピーな結末にしてしまっていいのかなと思ったりもしますが、この監督の場合、この作り方があまり気にならない、不思議な作品です。多分、作為的に盛り上げるような作り方をしていないため、かえって受け入れやすいのではないかと思います。

ルアーヴルの靴みがき 01.jpg 主人公のマルセル・マルクスという名前はカール・マルクスにインスパイアされたそうで、また、モネ警視はフョードル・ドストエフスキーの小説『罪と罰』に登場する、ラスコーリニコフを疑い心理面から追い詰める捜査官ポルフィーリー・ペトローヴィチにインスパイアされているそうです。

「ルアーヴルの靴磨き」con.png マルセルの頼みでチャリティ・コンサートをやってくれる人気ロックスターのリトル・ボブ(ロベルト・ピアッツァ)は実在のロックローラーで、つまり本人役で出ているわけです。カウリスマキ監督は、「ロケ地を探していたとき、リトル・ボブの存在がル・アーヴルを舞台に選んだ理由のひとつだった」と言い、「ル・アーブルはフランスのメンフィス、リトル・ボブはさながらそこのエルヴィス・プレスリー」と、その歌声を絶賛しています。

LE HAVRE Jean-Pierre Léaud.jpgJean-Pierre Léaud.jpg ジャン=ピエール・レオは、トリフォーやゴダールの映画によく出ていたヌーヴェルヴァーグ映画の代表的俳優ですが、まさかこんな密告者役で出ているとは思いませんでした(この密告者の男だけが映画の中で"嫌な奴"なのだが)。2016年には第69回カンヌ国際映画祭においてパルム・ドール・ドヌール(名誉パルム・ドール)を受賞しています。過去の同賞の受賞者は以下の通り錚々たる顔ぶれです。

パルム・ドール・ドヌール受賞者(※印は俳優としての受賞)
  1997年  イングマール・ベルイマン(スウェーデン)
  2002年  ウディ・アレン(米)
  2003年  ジャンヌ・モロー(仏)※
  2005年  カトリーヌ・ドヌーヴ(仏)※
  2007年  ジェーン・フォンダ(米)※
  2008年  マノエル・ド・オリヴェイラ(ポルトガル)
  2009年  クリント・イーストウッド(米)
  2011年  ベルナルド・ベルトルッチ(伊)
       ジャン=ポール・ベルモンド(仏)※
  2015年  アニエス・ヴァルダ(仏)
  2016年  ジャン=ピエール・レオ(仏)※
  2017年  ジェフリー・カッツェンバーグ(米)
  2019年  アラン・ドロン(仏)※

 また、この映画に出たカウリスマキ監督の愛犬"ライカ"は、2001年から始まったカンヌ国際映画祭で優秀な演技を披露した犬に贈られる賞「パルム・ドッグ賞」の「審査員特別賞」を受賞しています。

ルアーヴルの靴磨き 0.jpgルアーヴルの靴磨き8.jpg「ルアーヴルの靴みがき」●原題:LE HAVRE●制作年:2011年●制作国:フィンランド・フランス・ドイツ●監督・製作・脚本:アキ・カウリスマキ●撮影:ティモ・サルミネン●時間:93分●出演:アンドレ・ウィルム/カティ・オウティネン/ジャン=ピエール・ダルッサン/ブロンダン・ミゲル/エリナ・サロ/イヴリーヌ・ディディ/クォック=デュン・グエン/フランソワ・モニエ/ロベルト・ピアッツァ/ピエール・エテックス/ジャン=ピエール・レオ●日本公開:2012/04●配給:ユーロスペース●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-12-04)(評価:★★★★)

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観ている観客が主人公と同じ"記憶喪失"状態を体験していたという作りが画期的。

エターナル・サンシャイン  2005.jpg エターナル・サンシャイン01.jpg エターナル・サンシャイン02.jpg
エターナル・サンシャイン [DVD]」ジム・キャリー/ケイト・ウィンスレット
「エターナル・サンシャイン」01.jpg バレンタイン目前のある日、ジョエル(ジム・キャリー)は、最近ケンカ別れした恋人のクレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)が、自分との記憶を全部消してしまったという不思議な手紙を受け取る。ショックを受けたジョエルは、自らもクレメンタインとの波乱に満ちた日々を忘れようと、記憶除去を専門とするラクーナ医院の門を叩く。ハワード・ミュージワック博士(トム・ウィルキンソン)が開発したその手術法は「エターナル・サンシャイン」2.jpg、一晩寝ている間に、脳の中の特定の記憶だけを消去できるというもの。さっそく施術を受けるジョエル。技師のパトリック(イライジャ・ウッド)、スタン(マーク・ラファロ)、メアリー(キルスティン・ダンス「エターナル・サンシャイン」3.jpgト)が記憶を消していく間、無意識のジョエルは、クレメンタインと過ごした日々を逆回転で体験する。しかしやがて、ジョエルは忘れたくない素敵な時間の存在に気づき、手術を止めたいと思うようになるが、そのまま手術は終わる。そして朝。家を出たジョエルは、衝動的に仕事をさぼって海辺へと向かい、そこでクレメンタインと出会う。二人は互いに惹かれ合うが、彼らのもとに、消された記憶について二人がそれぞれ語っているテープが届く。自分と博士との不倫の記憶を消されたと知ったメアリーが、彼らに送ったのだ。テープから聞こえてくるお互いの悪口。しかし二人は、それでも改めて恋に落ちるのだった―。

エターナル・サンシャインdoctor.jpgエターナル・サンシャイン 2005.jpg 2004年公開のミシェル・ゴンドリー監督作で、アカデミー賞脚本賞、放送映画批評家協会賞作品賞などを受賞していますが、確かに脚本が巧みでした。「記憶除去」を扱った映画SFでもあり、サターン賞の最高賞である「SF映画賞」も受賞していますが、SFチックな部分はわざとキッチュに作っている感じで、やはり、サターン賞も含め、評価されたのは脚本の面白さだったのではないでしょうか(映像も、金をかけないなりに撮り方に凝っていた)。

「エターナル・サンシャイン」r.jpg 冒頭にジム・キャリー演じるジョエルとケイト・ウィンスレット演じるクレメンタインの列車での出会いの場面があります。朝、家を出て職場に向かおうとしたジョエルは、衝動的に仕事をさぼってロングアイランドの果て「モントーク」の海辺へと向かい、そこでクレメンタインと出会う―クレメンタインがかなり積極的にジョエルにアプローチしていて、ちょっとエキセントリックですらありましたが、これ全部、伏線があったのだなあ。思えば、映画の構成自体が、推理小説で言うところの"叙述トリック"と言うか、観客に対する一つのトリックみたいになって、そのことに気づいたのは観始めてかなり経ってからでした。

エターナル・サンシャイン30.jpg 二度目の二人の出会いのシーンが出てきて、「えっ、何これ」という感じになりましたが、それこそがこの映画の画期的にユニークな点だったわけです。要するに、観ている観客がいつの間にか主人公と同じ"記憶喪失"状態を体験していたということです(「何、言っているか分からない」って、分からない方が幸せ。実際に映画を観て味わって欲しい)。コレ、この方法が使えるのはこの作品1回きりだろなあという気がします。誰かが後から真似ようと思っても、この映画から「盗んだ」という捉え方しかされないのではないでしょうか。

「エターナル・サンシャイン」7.jpg ラブ・ストーリーとしても良く出来ていますが、ジム・キャリー演じるジョエルとケイト・ウィンスレット演じるクレメンタインでは、後者の方が完全に"キャラ立ち"しており、ケイト・ウィンスレットはこの作品で、ロンドン映画批評家協会賞「英国主演女優賞」、放送映画批評家協会賞「主演女優賞」などを受賞しています(アカデミー「主演女優賞」、ゴールデングローブ賞「主演女優賞(ドラマ部門)」にもノミネート)。彼女は2年後の「愛を読むひと」('08年/米・独)で、アカデミー「主演女優賞」とゴールデングローブ賞「助演女優賞」を受賞することになります(「タイタニック」('97年)で共演したレオナルド・ディカプリオより7年早くアカデミー俳優になった)。

エターナル・サンシャイン .jpg「エターナル・サンシャイン」●原題:ETERNAL SUNSHINE OF THE SPOTLESS MIND●制作年:2004年●制作国:アメリカ●監督:ミシェル・ゴンドリー●製作:スティーヴ・ゴリン/アンソニー・ブレグマン●脚本:チャーリ「エターナル・サンシャイン」es.jpgエターナル・サンシャイン hair.jpgー・カウフマン●撮影:エレン・クラス●音楽:ジョン・ブライオン●時間:107分●出演:ジム・キャリー/ケイト・ウィンスレット/イライジャ・ウッド/キルスティン・ダンスト/マーク・ラファロ/トム・ウィルキンソン/デヴィッド・クロス●日本公開:2005/03●配給:ギャガ=ヒューマックス●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(19-02-26)(評価:★★★★)

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先進国の経済は発展途上国の犠牲の上に成り立っているのではないかと考えさせられる。

ナイロビの蜂 2005.jpg ナイロビの蜂01.jpg ナイロビの蜂02.jpg
ナイロビの蜂 [DVD]」レイチェル・ワイズ/レイフ・ファインズ
「ナイロビの蜂」pos.jpg ガーデニングが趣味の物静かな英国外務省一等書記官のジャスティン(レイフ・ファインズ)は、スラムの医療施設を改善する救援活動に励む妻テッサ(レイチェル・ワイズ)と、ナイロビで暮らしていた。しかし突然、テッサがトゥルカナ湖の南端で殺害されたという報せが届く。彼女と同行していた黒人医師アーノルド(ユベール・クンデ)は行方不明。警察はよくある殺人事件と断定して処理しようとするが、その動きや、テッサに密かに思いを寄せていた同僚サンディ(ダニー・ヒューストン)の不審な振る舞いから、疑念にかられたジャスティンは、妻の死の真相を独自に調べ始める。そして、アフリカで横行する薬物実験、大手製薬会社と外務省のアフリカ局長ペレグリン(ビル・ナイ)の癒着という、テッサが生前暴こうとしていた世界的陰謀を知る。命の危険にさらされながら、テッサの想いを引き継ぐジャスティンは、その過程で、改めてテッサへの愛を実感していく。しかし、やがてジャスティンもテッサと同じように―。

「ナイロビの蜂」l.jpg 2005年制作のブラジル人監督フェルナンド・最優秀助演女優賞 レイチェル・ワイズ.jpgメイレレスによる作品で、原作は、昨年結果的に['20年]12月に亡くなったジョン・ル・カレ(『寒い国から帰ってきたスパイ』『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』)が2001年に発表した同名小説『ナイロビの蜂』(原題:The Constant Gardener)です。この映画化作品で、ナイロビのスラム街で医療救援活動に励む女性テッサを演じたレイチェル・ワイズは、2005年のアカデミー助演女優賞を受賞しています(「ニューオーリンズ・トライアル」('03年)の時はあまり印象に残らない使い方をされていたので、この作品で受賞出来て良かった)。

 ストーリーは1980年前後に原作者が実際に取材した内容を下敷きにしたフィクションだそうですが、その時の取材対象は、新型コロナウイルスワクチンが目下['21年]世界中の争奪戦になっているあのファイザー製薬が、かつてナイジェリアで治験を行った細菌性髄膜炎治療だったとのことです(小説と類似した問題が存在したことを匂わせている)。

THE CONSTANT GARDENER1.jpg 原題の意味は「誠実な庭師」で、レイフ・ファインズが演じた外務省一等書記官であるジャスティンの趣味がガーデニングであることに重ねて、彼が外交官でありながらも元来は政治に関心の薄いノンポTHE CONSTANT GARDENER2.jpgリであることを示唆しているようです。そのジャスティンが、亡きテッサへの信愛から、その死の謎を探るうちに、大手製薬会社と政治家の癒着という闇の世界にどんどん喰い込んでいき、改めて彼女への愛を深めつつ、自らを犠牲にしてまでも、彼女から引き継いだ真相究明の責務を果たすまでに変貌する様が、テンポよく描けているように思いました。

「ナイロビの蜂」9.jpg ケニアの首都ナイロビのスラム街は、「シティ・オブ・ゴッド」('02年/ブラジル)で同じくリオのスラム街をで撮ったフェルナンド・メイレレス監督をして「見たことない劣悪さ」と言わしめたそうですが、現地での撮影交渉やエキストラ確保において困難を極める中で、現地の人々い映画の趣旨を丁寧に説明して賛同を得たり、交換条件として橋を建造したりして協力を得たとのことです。結果的には、ハンディカメラなどを使って現地の人々をドキュメンタリータッチで撮るというやり方は、貧困の中でも逞しく生きる現地の人々の息吹を伝え、成功しているように思いました。その上で、先進国の経済は発展途上国の犠牲の上に成り立っているのではないかということを改めて考えさせられる重い作品でした。

「ナイロビの蜂」7.jpg この映画におけるテッサとジャスティンの出会いについて、テッサがジャスティンに最初は突っかかるような感じの質問をしてそのあ「ナイロビの蜂」f.jpgと極めて能動的に接近したのは(すぐにベッドインしたね)、ジャスティンが外交官であり、彼と結婚すればアフリカに行けると考えたからではないかとの見方があるようですが、確かにテッサには目的のためには手段を選ばないという一面もありはするものの、ヒロインに関してそういう解釈のもとに映画を撮る監督が果たしているものでしょうか。個人的には、やや穿ち過ぎた見方のように思います。

「ナイロビの蜂」bk.jpg ラストで、テッサと不倫関係にあったのではと噂されたアーノルドが実はゲイだったというのは(この映画、ここだけ笑える)、テッサもきっちりジャスティンを愛していたということの証左とまでは言わないまでも、そうした疑念への反証を示唆しているように思えました(もしかしたら、監督はそんなことまで考えてなかったかもしれないが)。

「ナイロビの蜂」22.jpg「ナイロビの蜂」●原題:THE CONSTANT GARDENER●制作年:2005年●制作国:イギリス・ドイツ・アメリカ・中国●監督:フェルナンド・メイレレス●製作:サイモン・チャニング・ウィリアムス●脚本:ジェフリー・ケイン●撮影:セザール・シャローン●音楽:アルベナイロビの蜂  .jpgルト・イグレシアス●原作:ジョン・ル・カレ「ナイロビの蜂」●時間:128分●出演:レイフ・ファインズ/レイチェル・ワイズ/ダニー・ヒューストン/ビル・ナイ/ユベール・クンデ/ドナルド・サンプター/ジェラルド・マクソーリー/リチャード・マッケイブ/ピート・ポスルスウェイト/ジュリエット・オーブリー/アネク・キム・サルナウ●日本公開:2006/05●配給:ギャガ・コミュニケーションズ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(19-02-12)(評価:★★★★)

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「世界はつながっている」ということか。日本編のラストは、芥川の「藪の中」みたいだった。

バベル00.jpg バベル01.jpg バベル02.jpg
バベル スタンダードエディション [DVD]」ケイト・ブランシェット/ブラッド・ピット  菊地凛子
モロッコ
「バベル」11.jpg 裏売買で父親が手に入れたライフルを羊を狙うジャッカルの退治に渡された遊牧民の兄弟。羊の放牧に出た真面目な兄アーメッド(サイード・タルカーニ)と要領のいい弟ユセフ(ブブケ・アイト・エル・カイド)は射撃の腕を競ううちに遠くの観光バスを標的にしてしまう。バスの乗客の中には、互いに心の中に「バベル」12.jpg相手への不安を抱えながら、旅行でモロッコを訪れたアメリカ人夫婦のリチャード(ブラッド・ピット)とスーザン(ケイト・ブランシェット)が乗っていたが、スーザンがその銃撃を受けて負傷、観光客一行は近くの村へ身を寄せる。リチャードは必死に救助を要請するが助けはなかなか来ず、バスに残された他の観光客たちとも不和が広がっていく。次第に事件が解明され、ライフルの入手元がモロッコに来た日本人の観光ハンターのヤスジロー(役所広司)であることが判明する。
アメリカ・メキシコ
「バベル」20.jpg リチャード・スーザン夫妻の家で子ども2人の世話するメキシコ人の使用人で不法就労者のアメリア(アドリアナ・バラッザ)は、故郷のティフアナで催される息子の結婚式が迫るも、夫妻が旅行中のトラブルで帰国できず、代わりに子どもの面倒を見てくれるはずの親戚も都合がつかない。しかたなく彼女は子どもたちを結婚「バベル」21.png式に同行させる。式の後、甥のサンティアゴ(ガエル・ガルシア・ベルナル)が3人をアメリカまで送り返すが、国境の検問所で子どもたちを不法に連れ込んだと見なされたのと飲酒運転がばれ、取り調べを受けそうになったところを強行突破する。警察に追われ逃げ切れないと焦ったサンティアゴは、真夜中の荒野にアメリアと子どもたちを置き去りにする。
日本
「バベル」31.jpg 父・綿谷安二郎(役所広司)と二人暮しの聾者の女子高生・綿谷千恵子(菊地凛子「バベル」役所・菊池.jpg)は、自殺した母親を亡くした苦しみを父とうまく分かち合うことができない。不器用な父娘関係に孤独感を深める千恵子だが、街に出ても聾であることで疎外感を味わう。ある日、警察が父親に面会を求めて自宅を訪れるが、千恵子は刑事の目的を母親の死と関係があると誤解する―。

「バベル」カンヌ.jpgbabel golden globe.jpg 2006年公開のメキシコのアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督作で、第59回カンヌ国際映画祭で監督賞、第64回ゴールデングローブ賞でドラマ部門の作品賞を受賞した作品。脚本は同じくメキシコ出身で、この作品の2年後には、「あの日、欲望の大地で」('08年/米)で監督も手掛けることになるギジェルモ・アリアガです。

 カンヌでソフィア・コッポラ監督の「マリー・アントワネット」('06年/米)が不評で、代わりに注目を浴びたのがこの作品だったとのこと。更に、この作品では、「アビエイター」('04年)でアカデミー助演女優賞受賞を獲得した女優ケイト・ブランシェット(後に「ブルージャスミン」('13年)でアカデミー主演女優賞も受賞)が、銃弾で負傷して只々横たわってうんうん唸っている演技場面しかなく(誰かが"無駄使い"と評していた)、代わりに注目を浴びたのが菊池凛子―といったところでしょうか。菊地凛子は、アカデミー賞の「助演女優賞」にノミネートされたほか、2006年ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞の「ブレイクスルー女優賞」などを受賞しています。

「バベル」2006 0.jpg 映画公開時のキャッチコピーは「届け、心。」、「神よ、これが天罰か。」でしたが、「世界は繋がっている」とかの方が良かったのではないでしょうか。何で繋がっているかと言えば、モノとしては「ライフル」であり、それはある意味「罪」の象徴として繋がっていたということになるのかもしれません。

 菊地凛子の演技はそんなスゴイとは思いませんでしたが、脱ぎっぷりが良かったのでしょうか。ただ、ラストシーンは、日本編の冒頭で千恵子が見せる男性への"誘惑魔"的な態度の答えになっていました。ネタバレ気味になりますが、つまり彼女は、父との関係から抜け出したかったということでしょう。

「バベル」役所広司2.jpg そうなると、それは母親の死と関係があるのか―そもそも母親はなぜ死んだのか、またどのようにして死んだのかですが、まず、母親が安二郎と千恵子の関係を知ったのはほぼ間違いなく、そこから死に至った経緯として考えられるのは、
 ① 千恵子の言うように、母親はベランダから飛び降り自殺した
 ② 父・安二郎の言うように、母親はベランダでライフル自殺した
 ③ 二人とも嘘をついていて、母親が千恵子をベランダから突き落とそうとしたため、安二郎がライフルで撃った

の3通りではないかと思います(外にもいろいろ考えられるが取り敢えず)。

 以上の内、①は、もしそうとすれば「ライフルつながり」の話ではなくなるため、②が本当のところなのでしょうか。③はやや穿ち過ぎた話になるような気もしますが、①で千恵子が「その時父親は寝ていた」とわざわざ証言していることから、その証言が嘘であるならば、逆にあり得るなあと思います。

 日本編のラストは、芥川龍之介の「藪の中」みたいだったように思います。

「バベル」(アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ).jpg「バベル」●原題:BABEL●制作年:2006年●制作国:アメリカ●監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ●製作:スティーヴ・ゴリン/ジョン・キリク/アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ●脚本:ギレルモ(ギジェルモ)・アリアガ●撮影:ロドリゴ・プリエト●音楽:グスターボ・サンタオラヤ(坂本龍一 ※ オリジナル・アルバムより3曲使用されている)●時間:142分●出演:ブラッド・ピット/ケイト・ブランシェット/ブブケ・アイト・エル・カイド/サイード・タルカーニ/ムスタファ・ラシーディ/アドリアナ・バラッザ/ガエル・ガルシア・ベルナル/ネイサン・ギャンブル/エル・ファニング/モハメド・アクザム/クリフトン・コリンズ・jr/マイケル・ペーニャ/役所広司/菊地凛子/二階堂智/小木茂光/ミチ・ヤマト●日本公開:2007/04●配給:ギャガ・コミュニケーションズ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(19-01-22)(評価:★★★☆)

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「人を受け入れることから、愛が生まれる。」―罪を犯した者を赦せるかがテーマ。

息子のまなざし 2002.jpg息子のまなざし 00.jpg 息子のまなざし 01.jpg
息子のまなざし [DVD]」オリヴィエ・グルメ
息子のまなざし  1.jpg息子のまなざし  2.jpg 職業訓練所で働くオリヴィエ(オリヴィエ・グルメ)は、自身が受け持つ木工クラスにある日一人の少年フランシス(モルガン・マリンヌ)が新しく入ってくる。フランシスの顔にハッとしたオリヴィエは仕事を終えた後、離婚した元妻マガリ(イザベラ・スパール)に会って「"あの少年"が訓練所の生徒としてやって来た」と話す。5年前オリヴィエと元妻は、まだ子供だったフランシスに幼い息子を殺されており、少年院を出た彼は指導員が被害者の父親とは知らずに訓練所に訪れたのだった。オリヴィエは元妻の「彼に関わらない方がいい」との意見も聞かず、訓練所で他の少年たちと同じく彼にも木工技術を教え始める。フランシスが息子を殺した状況や動機を知りたくなるオリヴィエだが、とりあえず作業の様子や帰りに一緒に食事をするなどして彼の現在の様子をうかがう。フランシスに事件当時の話をそれとなく聞くことを決めたオリヴィエは、「木の種類を覚えるための勉強」と称してクルマで2人きりで製材所に材木を買いに行くことに。翌日その車中フランシスの方から数年前に盗みなどをして少年院に入ったことを打ち明けた後、オリヴィエに後見人になってくれるよう持ちかける。これに乗じてオリ息子のまなざし  3.jpgヴィエは盗みの話を詳しく聞くと、フランシスは「クルマからカーラジオを盗もうとしたら後部座席にいた子供に見つかり、もみ合ってる内に殺してしまった」と告白する。オリヴィエは息子が殺された当時の話にショックを受けながらも、製材所に着いた後フランシスと必要な材木の長さを計測して持ち帰る作業にかかる。しかしオリヴィエが「お前が殺したのは俺の息子だ」と真実を告げた途端、フランシスが高く積まれた材木置き場に身を隠してしまう。材木の上に登ったフランシスは棒きれをオリヴィエに投げつけて抵抗するが、その後興奮状態で少年を捕まえたオリヴィエは彼の上にまたがり首に両手をかける―。

LE FILS 2002 in Cannes.jpg ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督の2002年の作品で、同年のカンヌ国際映画祭「主演男優賞」(オリヴィエ・グルメ(左写真中央))受賞作。日本公開時のキャッチコピーは「人を受け入れることから、愛が生まれる。」で、まさに「赦し」をテーマにした映画でした。

Cannes film festival 2002 - Morgan Marinne/Jean-Pierre Dardenne/Olivier Gourmet/Luc Dardenne/Isabella Soupart

息子のまなざし 7.jpg オリヴィエ・グルメは演じる、職業訓練所の木工クラスの指導員で、生徒たちから先生と呼ばれている、その名もオリヴィエがいいです。あまり感情を表に出すことがなく、いつもぶっきらぼうなものの言い方で、自宅のイスを使って腹筋を鍛えるのが日課。仕事柄5ⅿ程度までの距離なら目視で長さを言い当てることができるというまさに職人。心の中では過去に息子を殺してしまったフランシスに怒りの感情を抱きながらも、表向きはただの先生と生徒として交流を続けますが、そのことで元妻からは尋常ではないと批判されます。

The Son (2002) -.jpg オリヴィエ自身も、最初から確信をもって彼のことを赦すつもりだったようには見えず、どうして、またどうやって彼が息子を殺害したのか知りたい、彼の口から聞きたいという気持ちから、彼を生徒として受け入れたように見えますが、愛情に恵まれない生活を送ってきたと思しき彼を見るうちに、次第に彼に愛情を抱くようになったように見えます。説明を排除したドキュメンタリー風のタッチで撮っているため(さらにはオリヴィエが感情をあまり表に出さないため)、観る側がそうとるしかないのですが...。

 罪を犯した者を許せるかがテーマの作品だと思いますが、それを被害者家族の立場から描き、"果たして人間は最も憎いと思われる人間を受け入れることが出来るのか?"という問いになっているのがポイントです。

 例えば、日本は死刑制度の存置国ですが、欧州先進諸国では死刑制度を残している国はもうありません。死刑制度の意義について、「再犯防止」「犯罪抑止」「遺族感情」などが挙がりますが、犯人による再犯防止は本来なら"更生"させる努力をすべきであり、更生しなければその間は社会から隔離すればよいのであって、また、犯罪全般の抑止効果については、「死刑が他の刑罰に比べて効果的に犯罪を抑止する」という確実な証明は国内でも海外でもなされていません。となると、あと一つは、死刑が廃止されては被害者や遺族の感情が納得いかないという「遺族感情」の問題が残るだけで、実際、同程度の重さの犯罪であっても、被害者や遺族の処罰感情の強弱の違いで刑罰の重さが変わってくるということがあるのが、日本の裁判制度の実態です。

 しかし、犯罪者が死刑になったところで被害者や遺族の感情が癒えるかというと、"処罰感情"という感情の端的な部分においては解消されるにしても、気持ち全体として何か救われるといったことは無かったというのが、大方の被害者や遺族の意識のようです。そう考えると、重罪人に対して死刑を科すのはやむ得ないとし、死刑制度の存置を支持する世論が8割を占めるのが日本の現状ですが、罪を犯した者を許せるかどうかということをもっと考える方向に行くべきではないかと個人的には思います。

 話が死刑制度の方に行ってしまいました。フランシスはまだ16歳の少年であり、映画そのものは、貧困社会と少年犯罪の関係や、いったん犯罪を犯した者の社会復帰の難しさなど様々な社会的問題を内包していますが、"赦し"ということに関して、ちょっとそんなことも考えさせられた作品でした。

息子のまなざし (2002) モルガン・マリンヌ/イザベラ・スパール/オリヴィエ・グルメ
息子のまなざし (2002).jpgLE FILS 2002 Isabella Soupart.jpg「息子のまなざし」●原題:LE FILS●制作年:2002年●制作国:ベルギー・フランス●監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ●撮影:アラン・マルクーン●時間:103分●出演:オリヴィエ・グルメ/モルガン・マリンヌ/イザベラ・スパール/レミー・ルノー/ナッシム・ハッサイー/クヴァン・ルロワ/フェリシャン・ピッツェール/アネット・クロッセ/ファビアン・マルネット/ジミー・ドゥルーフ/アンヌ・ジェラール●日本公開:2003/12●配給:ビターズ・エンド●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(19-10-07)(評価:★★★★)

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実写と見紛うCG。「大人の寓話」的要素の強い原作であることを再認識した。

Disney's クリスマス・キャロル  2009.jpg Disney's クリスマス・キャロル01.jpg  クリスマス・カロル 新潮文庫.bmp クリスマス・キャロル (角川文庫).jpg
Disney's クリスマス・キャロル [DVD]」『クリスマス・カロル (新潮文庫)』(村岡花子:訳)『クリスマス・キャロル (角川文庫)』['20年/越前敏弥:訳]
Disney's クリスマス・キャロル1.jpgDisney's クリスマス・キャロル 56.jpg スクルージ&マーレイ商会を営んでいた初老の男スクルージは冷酷で無慈悲な人間で、彼を知る者の多くはエゴイストのスクルージを忌み嫌い、仕事仲間であったマーレイの葬儀の際にも布施を出し渋るばかりか、亡骸の瞼に置かれた冥銭を持ち去るほど金に取り憑かれた男であった。葬儀から7年後のクリスマスイブの夜、亡霊となったマーレイが彼を訪ねてきた。生前、会計事務所に籠って人生を無駄にした自分の愚かさを嘆き、犯した罪の分だけ重Disney's クリスマス・キャロル45.jpgく長くなった鎖に囚われた自らの姿を指して、このままでは「お前も同じ運命を辿る」と忠告をしにきたのだ。そして「お前のもとに3人の精霊が現れる」と言い残して去っていく。程なくして最初の精霊がスクルージの前に姿を現した。彼はスクルージの過去のクリスマスの精霊だと自らを名乗った―。

"A Christmas Carol (Bantam Classic)"
A Christmas Carol (Bantam Classic).jpg 2009年のアメリカ映画で、原作は勿論あの有名なチャールズ・ディケンズが1843年に発表した小説『クリスマス・キャロル』。何しろ、英国では一時家族でクリスマスを祝う風習が廃れていたのが、この小説のお陰で一気に復活し、今に続いている言われているほどの作品です。

Disney's クリスマス・キャロル2.jpg 監督は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」('85年)、「ロジャー・ラビット」('88年)、「フォレスト・ガンプ/一期一会」('94年)のロバート・ゼメキスであり、「ポーラー・エクスプレス」('04年)、「ベオウルフ/呪われし勇者」('07年)で駆使した3D:CGアニメーション技術を更に発展させたCG技術が使われています。具体的には、通常のモーション・キャプチャーなら数台から10数台程度A CHRISTMAS CAROL 2009 performance capture2.jpgA CHRISTMAS CAROL 2009 performance capture.jpgのカメラで身体の主要な部分に取り付けた数十のガラス球(マーカー)を観測するところを,この映画では200台ものカメラを用意し、マーカーは,ボディ部に約60個に対し、顔面と頭皮には153個も着けてデータを計測しています。表情から指先までしっかりと観測し、俳優の微妙な演技をCGキャラに伝えることができるので、これを「パフォーマンス・キャプチャー」と呼ぶそうです。奥行きの表現が豊かになり、実写と見紛うほどで、かつての、登場人物が皆のっぺりしていて、プラスチック粘土か何かに見えるCG映画からは、格段の進歩を遂げたと言えるでしょう。

ゲイリー・オールドマン、コリン・ファース.jpg ジム・キャリー、ゲイリー・オールドマン、コリン・ファース、ケイリー・エルウィズといった芸達者が声を担当し、しかもジム・キャリーはスクルージの子供時代から今の大人までの4役に加え3人の亡霊役の全7役、ゲイリー・オールドマンはマーレイとティムの2役、ボブ・ホスキンスも2役、ケイリー・エルウィズは脇役4役とそれぞれ複数役をこなしています。ジム・キャリーが声を担当したスクルージもそうですが、ゲイリー・オールドマンのクラチット(スクルージの事務所で働く事務員)やコリン・ファースのフレッド(スクルージの甥)のアニメは本人とよく似ています。モーション・キャプチャーと原理は同じだから、声だけでなく実際に演技したということでしょうが、「顔芸」も反映されているようです(ジム・キャリーの場合は、スクルージはスクルージ、亡霊は亡霊で別々に撮ったのだろなあ。でも、何れも動きがジム・キャリーっぽい)。

ゲイリー・オールドマン/コリン・ファース(2009)
  
Disney's クリスマス・キャロル7.jpg テクニカルな面はともかく、セリフが原作をかなり忠実に追っているのがいいです。アクションや表情はCGで大袈裟になっていますが、原作を捻じ曲げなかったのは良かったと思います(ディズニー映画は往々にして原作の"毒"の部分を消してしまうことがある)。ただ、結果的に、精巧なCGによる見た目のリアルさと相俟って、大人は楽しめるけれども、極々小さい子どもには怖く感じられる部分もあったように思います。

Disney's クリスマス・キャロル 3.jpg この話は一面で、主人公の金持ちのスクルージが、(ユダヤ人には金持ちが多い)、禁欲的(スクルージやマーレイは贅沢はしていない)で貯金を良しとするユダヤ人の価値観を捨てて、キリスト教徒的価値観を受け入れる話とも読めます。一方で、イエスの誕生や復活を祝うという色合いはさほど強くなく、ディケンズはクリスマスをプディングと七面鳥の日にしてしまったという批判があるくらいです。

IMG_20201223_160122.jpg そもそもこの映画(原作)のテーマは何か。個人的には、過去を振り返って今の自分を見つめ直した時、今の自分はかつてなりたかった自分と一致しているだろうかを振り返ってみよ!ということではないかと思っています。

A CHRISTMAS CAROL 2009es.jpg 長い鎖を引き摺って死後7年間彷徨っているスクルージのかつての同僚マーレイの幽霊は、ある意味、資本主義社会における人間疎外の象徴であり、その幽霊が去っていくとき、スクルージが窓の外から眺めた夜空には、同じように鎖を引き摺る多くの幽霊で満たされていたというのは、アニメで見ると却って怖いかもしれません。寓話的ですが、「大人の寓話」的要素の強い原作であることを、アニメを観て改めて認識させられました。

A CHRISTMAS CAROL 2009  t.jpgDisney's クリスマス・キャロル4.jpg「Disney's クリスマス・キャロル」●原題:A CHRISTMAS CAROL●制作年:2009年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ロバート・ゼメキス●製作:ロバート・ゼメキス/スティーヴ・スターキー/ジャック・ラプケ●撮影:ロバート・プレスリー●音楽:アラン・シルヴェストリ●原作:チャールズ・ディケンズ「クリスマス・キャロル」●時間:97分●出演:ジム・キャリー/ゲイリー・オールドマン/コリン・ファース/ボブ・ホスキンス/ロビン・ライト・ペン/ケイリー・エルウィズ/ダリル・サバラ/フェイ・マスターソン/レスリー・マンヴィル/モリー・C・クイン●日本公開:2009/11●配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・モーション・ピクチャーズ・ジャパン(評価:★★★☆)

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ゲイ・バーの様子などにシズル感と鬱屈感。中華系監督の撮るゲイ・ムービーの系譜。

スプリング・フィーバー_01.jpg スプリング・フィーバー 03.jpg スプリング・フィーバー 02.jpg
スプリング・フィーバー [DVD]
プリング・フィーバー1.jpg 南京の女教師・林雪(リン・シュエ)(江佳奇(ジャン・ジャーチー))は、夫・王平(ワン・ピン)(呉偉(ウー・ウェイ))の浮気を疑い、羅海濤(ルオ・ハイタオ)(陳思成(チェン・スーチェン))に探偵を依頼、羅が王を尾けると、相手は江城(ジャン・チョン)(秦昊(チン・ハオ))という青年で、2人の仲睦まじい証拠写真を見せられ林雪は絶句する。王は妻・林雪に江を"友達"として紹介するが、江は自分を見る林雪の目に不安を覚える。妻の携帯に件の証拠写真を見つけた王は「尾行したのか」と怒鳴り、林雪も「変態!」と叫んで修羅場に。更に林雪は江が勤める旅行代理店に乗り込み、社員らの前で騒ぐ。江は会社を飛び出し馴染みのゲイバーのステージで女装して歌うが、尾行しているうちに江に惹かれた羅がそれを見ていた。羅は客とトラブルになった江を助けて逃げ、ホテルで一夜を過ごす。羅には李静(リー・ジン)(譚卓(タン・チュオ))というコピー商品の洋服の縫製工場に勤める恋人がいたが、工場に警察の立ち入り調査が入り、彼女は不倫関係にあった工場長(張頌文(チャン・ソンウェン))から裏金を持って逃げるよう指示される。李静は羅に電話し、羅は江のアパスプリング・フィーバー669.jpgートに李静と2人で泊めて貰う。李静が帰った後、江と羅は喧嘩しては仲直りを繰り返す。工場長は不正がばれて逮捕され、李静は取引先の男にキスをして「警察に働きかけて彼を助けて」と懇願する。一方、王は江に連絡を取るが拒絶され、妻・林雪とは別居状態で、絶望し自殺する。王の死を知った羅が江を探すと、江はゲイ・バーのトイレで女装姿のまま泣いていた。会社を辞めた江は、羅と一緒に車で小旅行に出かけることに。李静は保釈される工場長を迎えに行くが、既に心は離れていて、工場スプリング・フィーバー5.jpg長を残して立ち去り、羅に「会いたい」と電話する。江と出発するところだった羅は、彼女も旅行に誘い、3人は車を走らせ、ホテルの一室に泊まる。買い物から戻った李静は江と羅がキスしているのを見るが、見なかったふりする。夜中に李静がカラオケルームで独り涙を流しながら歌っていると、江がやって来る。江が李静の手を握ると、彼女は「彼ともこうして手を?」と聞く。そこへ羅も来て、同じ歌を歌う。翌日3人はプールではしゃぐが、雨が降り出スプリング・フィーバー 9.jpgし、いつしか3人とも黙り込む。帰宅途中で店に寄った男2人が車に戻ると、李静は姿を消していた。羅が「君について来るんじゃなかった。李静は尚更...」と言うと、「じゃあ、行けばいい」と江は突き放し、羅は泣きながら去る。南京へ帰った江は、道で林雪に襲われる。林は妊娠していた。江は彼女に剃刀で首を切られて血まみれで倒れるが、道行く人は無関心に通り去る。病院に搬送され治療を受けた江は、退院後首の傷の上にタトゥーを入れる。アパートに帰ると若い男が待っていた。彼と抱き合う江の脳裏に、自殺した王がかつて朗読した郁達夫「春風沈酔の夜」の一節が浮かんでいた―。

スプリング・フィーバー ロウ・イエ.jpg 婁燁(ロウ・イエ)監督による2009年の中国映画で、「天安門、恋人たち」('06年)で中国当局から5年間の映画製作禁止処分を受けた監督が、その通告を無視して家庭用ハンディカメラでゲリラ的に撮り上げ、2009年・第62回カンヌ映画祭で脚本賞を受賞した作品です(脚本は梅峰(メイ・フォン))。原題の「春風沉醉的晚上」は、中国で高校の国語の教材にもなっている中国の小説家・詩人の郁達夫(いく・たっぷ、1896-1945)の代表作で、郁達夫は蘇州出身、日本に留学後、上海・北京・広東など中国各地や香港、シンガポール、スマトラなどに移り住んでいたといいいます。この「春風沉醉的晚上」の一部が映画の中で繰り返し引用されており、映画のモチーフにもなっています。

スプリング・フィーバー春风沉醉的夜晚.jpg 婁燁監督はインタビューで、「パーソナルなもの、日常の中にあるものを描いた。何かを強く求めようとすれば失うものも大きい」と語っていますが、郁達夫は中国最初の私小説作家と言われており、その辺りも繋がりがあるのかも。そう言えば、同監督の「天安門、恋人たち」も、邦題が示すように天安門事件を背景にしながら、基本的に4人緒の男女の青春と恋愛を描いたものでした。ただし、天安門事件が彼らの運命に色濃く影を落としているのは間違いなく(最も端的なのはニンフォマニアのように男性遍歴を重ねる女性主人公)、すると、5人の男女の人間模様を描いたこの「スプリング・フィーバー」についても、「天安門、恋人たち」ほどポリティカルには見えないものの、彼らの極私的状況における閉塞感は、中国の国家としての圧力が影を落としているのかもしれません。ゲイ・バーの様子などにシズル感はこの監督ならではのものであると共に、中国の若者の鬱屈感のようなものが反映されているように思いました(最も端的なのは他人を傷つけてしまってばかりいて最後は自分も傷つける女装嗜好の男性主人公の江(ジャン)か)。

 もう一つの特徴は、5人の軸となる主人公をゲイとして描いていることで、この男がなぜか魅力があるようで、他の男を惹きつけ、結局、二組の男女の関係を破局させてしまうことになっている点かと思います。二つ目の、江・羅・李静(ジャン、ルオ、リー・ジン)の三角関係は、何だかフランソワ・トリュフォーの「突然炎のごとく」('62年)を想起しなくもなかったですが(「天安門、恋人たち」にも同じような関係が出てくる)、「スプリング・フィーバー」の場合はゲイの要素を含んでいることで、むしろ、アン・リー(李安)監督の「ブロークバック・マウンテン」('05年)に近いかも。そう思うと、中華系監督の撮る映画にも、陳凱歌(チェン・カイコー)監督の「さらば、わが愛/覇王別姫」('93年)から始まって、ウォン・カーウァイ(王家衛)監督の「ブエノスアイレス」('97年)など経てその後も続々と連なるゲイ・ムービーの系譜があることが思い浮かばれ、この作品もその1つと言えるでのしょう。

秦昊(チン・ハオ)[江(ジャン)]/陳思成(チェン・スーチェン)[羅(ルオ)]
チン・ハオさんとチェン・スーチョン.jpg 個人的には、江(ジャン)が〈ゲイ仲間のスター〉と言われるほどに魅力的にも見えないもかかわらず、探偵役だったはずの羅(ルオ)が、あっさり彼に魅入られてしまうのが、ややついて行けなかったでしょうか。江はラストでも〈男〉には困っていないんだなあ。待っていた男が女装したけれど、江にも女装嗜好があってややこしい(江は"男役"kか)。まあ、そんなことはともかく、そんなにモテるならそれなりにイケメン俳優でああって欲しかった気がします(映画って、そんなところで引っ掛かったりする)。まあ、これは好みの問題で、見る人が見れば江も羅もイケメンなのかもしれませんが。

ジャンを演じたチン・ハオ.jpgルオ役のチェン・スーチョン.jpg「スプリング・フィーバー」●原題:春風沉醉的晚上(英:SPRING FEVER)●制作年:2009年●制作国:香港・中国・フランス●監督:婁燁(ロウ・イエ)●製作:耐安(ナイ・アン)/シルヴァン・ブリュシュテイン●脚本:梅峰(メイ・フォン))●撮影:曹剣(ツアン・チアン)●音楽:ペイマン・ヤズダニアン●時間:115分●出演:秦昊(チン・ハオ)/陳梅峰(メイ・フォン).jpg思成(チェン・スーチェン)/譚卓(タン・チュオ)/呉偉(ウー・ウェイ)/江佳奇(ジャン・ジャーチー)/張頌文(チャン・ソンウェン)●日本公開:2010/11●配給:アップリンク●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(20-03-11)(評価:★★★☆)

梅峰(メイ・フォン)(映画監督・脚本家) 「スプリング・フィーバー」で「カンヌ国際映画祭 脚本賞」受賞

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(理想の)"愛"というものは存在せず、結婚も安定であっても"愛"ではないということか。

天安門、恋人たち dvd.jpg 天安門、恋人たち dvd2.jpg 天安門、恋人たち_1.jpg 天安門、恋人たち_003.jpg
天安門、恋人たち [DVD]」 郝蕾(ハオ・レイ)/郭暁冬(グオ・シャオドン)

 1987年、中国と北朝鮮国境の図們(トゥーメン)で父と暮らす余紅(ユー・ホン)(郝蕾(ハオ・レイ))は大学の合格通知を手にする。故郷を離れ、北京「北清大学」に進学する彼女は、恋人の暁軍(シャオ・ジュン)(崔林(ツイ・リン))との最後の夜に彼と初めて結ばれる。大学で寮生活を始めた余紅に、李緹(リー・ティ)(胡伶(フー・リン))という女友達ができ、彼女の年上の恋人・若古(ロー・グー)(張献民(チャン・シャンミン))から周偉(チョウ・ウェイ)(郭暁冬(グオ・シャオドン))という男子学生を紹介される。余紅は周偉と出会った瞬間、彼こそが探し求めていた理想の恋人だと感じ、二人は恋に落ちる。折しも学生たちの間に自由と民主化を求める嵐が吹き荒れる中で、二人は狂おしく愛し合うが、余紅は周偉にあまりに強く魅かれるあまり天安門、恋人たち2.jpg、いつか離れる日が来るのを恐れ、自ら別れを口にする。周偉は彼女の気持ちを理解できず、互いに求め合いながらも二人の心はすれ違う。学生たちの激しい抵抗活動の続くある夜、彼女を心配して北京にやって来た故郷の恋人・暁軍と共に余紅は大学から姿を消す。 一方、天安門事件後、軍事訓練に参加させられた周偉は、自由を求めて李緹、若古と一緒にベルリンへと移り住む。10年の月日が流れ、余紅は図們から深圳、武漢、重慶へと各地を転々としながら仕事や恋人を変えて生活している。既婚の男性と不倫をしたり、年下の恋人に求婚されても、胸の奥底では周偉を忘れられない。周偉もまた、外国暮らしの孤独の中、余紅のことを思い続ける。帰国した周偉は偶然に大学時代の友人に遭遇して余紅の居所を知り、北戴河に彼女に会いに行く―。

頤和園.jpgSummer Palace.jpg 婁燁(ロウ・イエ)監督による2006年の中国映画で、同年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作。原題の「頤和園(いわえん)」(英題 "Summer Palace"、仏題は "Une jeunesse chinoise"(中国の若者))は、清朝末に西太后の命で造られた人造湖のある庭園で、1998年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されていますが、北京大学や清華大学が近くにあり、学生のデートスポットでもあるよ天安門、恋人たちes.jpgうです。この映画でも、余紅(ユー・ホン)と周偉(チョウ・ウェイ)がこの公園でデートしますが、映画は次第にそうしたほんわかムードを通り越して、中国映画史上初と言われる全裸セックスシーンが何度も出てくるようになり、この映画が中国で上映禁止になっているのは、中国映画で初めて天安門事件を扱ったこともさることながら、その過剰とも言えるセックスシーンのせいもあるようです(政府当局から「技術的に問題がある」という理由で中国国内での上映禁止と監督の5年間の表現活動禁止という処分が言い渡されたが、「技術的に問題」と言っているとことがそれっぽい)。

郝蕾(ハオ・レイ)
郝蕾(ハオ・レイ).jpg天安門、恋人たち ハオレ2.jpg 主人公の余紅が恋人との性愛に溺れ(映画初主演の郝蕾(ハオ・レイ)はまさに体当たり演技だった)、さらにその後もニンフォマニアのように男性遍歴を重ねるのは、天安門事件(1987年)後の中国の閉塞的状況と無関係ではなく、むしろ深く関係していると思われます。但し、この映画では、政治的な部分はあくまでも背景として描かれているように思いました。李緹(リー・ティ)や若古(ロー・グー)といった主要登場人物も、政治より恋愛の方に熱心なタイプにとして描かれているし、周偉(チョウ・ウェイ)も、当局に追われているわけでもないのに、国を見放すかのように彼らにくっついてベルリンに行ったわけだし、「ベルリンの壁の崩壊」もたまたま「天安門事件」が同じ年の出来事だったので、映画の中で関連づけられているといった印象を持ちました。

「天安門、恋人たち」012.jpg 大学にいた頃からベルリン行きにかけて、この3人の関係が所謂"三角関係"化して複雑になりますが、自由恋愛主義の先駆的実践者と思われ「愛など共有すればいいじゃないの」と言っていた李緹(リー・ティ)がある日、ビルの屋上パーティの最中に何ら前兆無く投身自殺を遂げます。この自殺を単なる"謎"のままにしておくか、彼女の中で何かがバランスを欠いた結末と見るかは人それぞれだと思いますが、もしかしたら、彼女は(若古も周偉も手元に置いているわけだから)自分にとって一番いい時に自死したのかなあとも思いました。

「天安門、恋人たち」022.jpg この作品のテーマは、その李緹が独白で示唆しているように、愛の対象は、愛しているという自覚をもつその対象ではなく、その対象から受ける自らの心の傷の方であるということであり、それはある意味"自己愛"に過ぎず、したがって本来(理想の)"愛"というものは存在せず、その帰結として、「結婚」も「安定」であっても「愛」ではないということになるのかもしれません。実際、周偉が北戴河に会いに行った余紅は既に2年前に結婚していましたが、それが愛の無い結婚であることも示唆されています。と言って、二人が再会して愛が再燃するかというとそうはならないわけであり(ちょっと昔の日活の青春映画っぽいラストでもあった)、でも二人は互いに相手のことを10年間思い続けてきたわけで、そうなると、"理想の恋人"って一体何なのだろうと思ってしまいます。

149094_01.jpg天安門、恋人たち 女子寮.jpg 1989年の天安門事件が実写映像なども交え描かれていますが、むしろ個人的には、前半の「北清大学」(中国語版のQ&Aサイトに「北清大学在哪儿?」(北清大学はどこにある?)という問いがあって「在北京大学和清华大学之间」(北京大学と清華大学の間にある)という答えがあった(笑)。台湾版の字幕では「北京大學」になっている)の女子寮の様子などの、1987年当時の彼らの学生生活の描かれ方がシズル感があって良かったです(余紅の視点でみるとダンス、キス、寮内での秘密裏のセックス等々これも彼女の性遍歴の一環となっているのだが)。同監督の「ふたりの人魚」('00年)同様、ハンディカメラを駆使していると思われますが、「ふたりの人魚」の冒頭の上海市街の描写などとともに、この監督の才気を最も感じるパートでした。
       
天安門、恋人たち_002.jpg「天安門、恋人たち」●原題:頤和園((英)Summer PalaceUne、(仏)Une jeunesse chinoise)●制作年:2006年●制作国:中国・フランス●監督:婁燁(ロウ・イエ)●製作:耐安(ナイ・アン)/方励(ファン・リー)/シルヴァン・ブリュシュテイン●脚本:婁燁(ロウ・イエ)/梅峰(メイ・フグオ・シャオドンとハオ・レイ.jpgェン)/英力(イン・リー)●撮影:花清(ホァ・チン)●音楽:ペイマン・ヤズダニアン●時間:140分●出演:郝蕾(ハオ・レイ)/郭暁冬(グオ・シャオドン)/胡伶(フー・リン)/張献民(チャン・シャンミン)/崔林(ツゥイ・リン)/曾美慧孜(ツアン・メイホイツ)/白雪云(パイ・シューヨン)●日本公開:2008/07●配給:タゲレオ出版●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(20-03-03)(評価:★★★★)
郭暁冬(グオ・シャオドン)と郝蕾(ハオ・レイ)/2008年8月、中国本土上映禁止映画「天安門、恋人たち」を台湾でノーカット上映 (Record China)

天安門、恋人たち6.jpg

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第18話、第19話比べると、個人的には第18話の方がかなり良かった。
名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX.jpg 18話「同居人に文句あり」.jpg 19話)/スター誕生1.jpg
名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX」/第18話「同居人に文句あり」"Mr. Monk and the Very, Very Old Man"/第19話「スター誕生」"Mr. Monk Goes to the Theater"

第18話「同居人に文句あり」
18話)/同居人に文句あり3.jpg 老人ホームで暮らしていた男性長寿世界一のホリング(パトリック・クランショー)が、115歳の誕生日直前に死ぬ。以前、彼を取材したことがあるーランド警部の妻でドキュメンタリー映画監督のカレン(グレン・ヘドリー)は、彼のクセを熟知し18話)/同居人に文句あり2.jpgていて、ベッドで亡くなったのは、誰かに殺されたからだと言う。捜査を頼み込むカレンに警部は、モンクが殺人だと言えば捜査をすると言い、渋々モンクを現場に派遣するが、警部の意に反してモンクは他殺説を支持する。そこで遺体を掘り起こして検死解剖すると、死因は窒息死だった。この件で妻と喧嘩になった警部は、モンクの家に転がり込むことに―。

18話)/同居人に文句あり1.jpg 115歳の老人の殺人事件の犯人は誰かという話ですが、ストットルマイヤー警部が奥さんと夫婦喧嘩してモンクの家に転がり込んできたサブストーリーの方がメインになっている印象が強く、邦題もそれに沿ったものとなっています。しかし、夜中にいきなり掃除を始めるとはモンクらしいけれど、同居人にすればさすがに文句も言いたくなる? 結局、これに我慢しきれなくなった警部は、最後は自ら奥さんのところに戻ることになり、モンクにお前は最高に結婚生活カウンセラーだと言い放つのが可笑しいです。

Mr Monk and the Very Very Old Man.jpg また、警部は、奥さんが老人の死が他殺であると主張するのに対し、自分はそれが見抜けなかったことで自信喪失になっていましたが、最後は奥さんのドキュメンタリーのビデオを見てモンクに先んじて犯人を推察するという、この辺りの自信回復に至る作りも上手いです。更には、すべてが整然としてしているモンクの家で、リビングのテーブルだけが椅子と平行になっていない(むしろ警部の方がそのことが気がかりになっている)、その謎が最後に明かされるのも良かったです(評価★★★★)。


第19話「スター誕生」
 シャローナはモンクを連れて、妹19話)/スター誕生2.jpgで女優のゲイル(エイミー・セダリス)の舞台を観に来ていた。だが、劇中でゲイルが相手俳優ハルをナイフで刺す場面で、倒れたままのハルは目撃者300人の観客の前で死亡が確認される。最近、交際していたハルに振られたゲイルは、殺人容疑者として拘束されてしまう。娘の芝居を観ようとフロリダからやって来たシャローナ姉妹の母親シェリル(ベティ・バックリー)から捜査の依頼を受けたモンクは、ゲイルの代役として準備万端の様子で張り切るジェナ(メリッサ・ジョージ)に違和感を覚える―。

19話)/スター誕生3.jpg モンクが殺害された俳優のピンチヒッターで舞台に立つことになるなど、変わった趣向で面白かったです。ライバル女優を殺害するのではなく、その元恋人を殺害してその女優に容疑を被せるというのが凝っていて、どうやって犯行に及んだのかと思ったら、共犯者がいたというのも意外でした。でも、300人の観客の前であのような犯行が実際可能なのかと、ふと思ってしまいました(評価★★★)。

 IMDbの評価を見ると、第18話、第19話ともに8.1ポイントとまずまずの評価で拮抗していますが、個人的には第18話の方がかなり良かったでしょうか。
     
MR. MONK AND THE VERY, VERY OLD MAN2.jpg18話)/同居人に文句あり4.jpg「名探偵モンク(第18話)/同居人に文句あり」(Season 2 | Episode 5)●原題:MR. MONK AND THE VERY, VERY OLD MAN●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/07/25●監督:ローレンス・スリリング●脚本:ダニエル・ドラッチ●時間:44分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)グレン・ヘドリー/パトリック・クランショー●日本放映:2004/08/10●放送:NHK-BS2(評価:★★★★)

Mr. Monk Goes to the Theater 3.jpg19話)/スター誕生0.jpg「名探偵モンク(第19話)/スター誕生」(Season 2 | Episode 6)●原題:MR. MONK GOES TO THE THEATER●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/08/01●監督:ロン・アンダーウッド●脚本:ウェンディー・マス/スチュー・リーヴァイン/トム・シャープリング●時間:44分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)エイミー・セダリス/ベティ・バックリー/メリッサ・ジョージ●日本放映:2004/08/17●放送:NHK-BS2(評価:★★★)

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犯人が誰なのか、わからない話(第16話)、犯人がどうやったのか、わからない話(第17話)。

名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX.jpg 名探偵モンク(第16話)/ホームランボールの謎.jpg 名探偵モンク(第17話)/宙を舞う殺人者.jpg
名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX」/第16話「ホームランボールの謎」"Mr. Monk Goes to the Ballgame"/第17話「宙を舞う殺人者」"Mr. Monk Goes to the Circus"

第16話「ホームランボールの謎」
MR. MONK GOES TO THE BALLGAME 01.jpg GPSカーナビの入力先とは違う、見知らぬ工場団地駐車場に誘導された大富豪ローレンスと妻エリン。そこでエリンは銃弾4発を撃ち込まれ、ローレンスも撃たれ、「具はチリ・エビ15枚のピザ」という謎の言葉を残して息絶える。遺体発見時、車にカーナビは無かった。警察はローレンスを狙った犯行だと主張するが、モンクは妻が標的だと断言。彼女がプロ野球のスターMR. MONK GOES TO THE BALLGAME04.jpg選手スコット(クリストファー・ウィール)と不倫関係にあったことを突き止め、彼に会いに行くが―。

MR. MONK GOES TO THE BALLGAME05.jpg 野球選手と心を通わすモンクというのが珍しいですが、愛する者を喪った者同士ということで(野球選手の方は不倫相手なのだが)、もの悲しくもあります。ホームランボールの話が出てくるのはモンクが犯人が誰だか気づく最終盤であり、日本語タイトルはイマイチかも。犯人の殺人の動機としてもやや牽強付会と言うか、確実性は必ずしも高くないかもしれません(評価★★★☆)。


第17話「宙を舞う殺人者」
第17話「宙を舞う殺人者」ド.jpg レストランのオープンテラスで食事をしていたセルゲイが、建物の避難ハシゴから飛び降りてきた人物に撃たれて死亡。犯人はテーブルに飛び乗り、派手な宙返りをして逃げ去る。被害者がサーカス団員だったことから、モンクらは町へ来ているサーカスへ事情聴取に向かう。セルゲイが殺害された際同席していた女性は、犯人は彼の嫉妬深い元妻で軽業師のナターシャだと告げる。モンクはナターシャが犯人だとにらむが、2週間前に骨折した彼女に犯行は不可能だった―。
  
第17話「宙を舞う殺人者」1.jpg 面白かったです。凝っていると思いました(ロマって現代医療を拒否しているのか。そういえばナターシャはテントでジプシーカード占いみたいなことしてたなあ)。ただ、このシリーズにしては珍しくエグい殺人のシチュエーションがあり、実際にそのシーンは映してませんが、その前のゾウのスイカ割りのシーンでモンタージュ効果十分。あれではシャローナはますますゾウ恐怖症になってしまうのではないかなあ(自分を撥ねようとしたクルマの前に立ちふさがってくれただけでは治らない?)。それと、賢い犯人が犯行に使った小道具を"現場"にそのままにしておくとは考えにくく(普通は即回収するでしょう)、サーカスに関係するシーンが本格的だっただけに、そこが惜しかったでしょうか(評価★★★☆)。
  
 第16話「ホームランボールの謎」は犯人が誰なのか、なかなかわからない話(フーダニット)、第17話「宙を舞う殺人者」は犯人がどうやって殺人を犯したのか、なかななかわからない話(ハウダニット)。切り口が違って面白いです。なかなかわからないもので、どちらの話も、モンクがセラピーの最中にクローガー先生(スタンリー・カメル)に事件が壁にぶつかっていることを相談をしてたなあ。

MR. MONK GOES TO THE BALLGAME06.jpg「名探偵モンク(第16話)/ホームランボールの謎」(Season 2 | Episode3)●原題:MR. MONK GOES TO THE BALLGAME●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/07/11●監督:マイケル・スピラー●脚本:ハイ・コンラッド●時間:43分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)クリストファー・ウィール/レイン・ウィルソン●日本放映:2004/07/06●放送:NHK-BS2(評価:★★★☆)
   
第17話「宙を舞う殺人者」2.jpg「名探偵モンク(第17話)/宙を舞う殺人者」(Season 2 | Episode4)●原題:MR. MONK GOES TO THE CIRCUS●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/07/18●監督:ランドール・ジスク●脚本:James Krieg●時間:43分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)ロリータ・ダヴィドヴィッチ●日本放映:2004/07/13●放送:NHK-BS2(評価:★★★☆)

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モンクのキャラも確立し、安定感ある第2シーズンのスタート。第14話、第15話とも愉しめた。

名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX.jpg MONK14-0.jpg monk15-0.jpg
名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX」/第14話「時計台の殺人」"Mr. Monk Goes Back to School"/第15話「空からの水死体」"Mr. Monk Goes to Mexico"
 主人公のエイドリアン・モンクは、サンフランシスコ警察の元刑事で、妻トゥルーディが何者かに殺害され、その事件が迷宮入りとなって以来、妄想や強迫観念に囚われるようになり、過度の恐怖症に陥って休職を余儀なくされています。高い所や暗い場所がダメで、目に見えない細菌が気になり、除菌ティッシュが手放せない潔癖症。加えてちょっとした物のズレが気になって仕方ない神経質な所があり、社会への適応能力はゼロに等しいモンクですが、いざ事件の現場に立つと、比類なき洞察・推理力で難事件を解決していきます。

 2002年7月スタートのシーズン1(全13話)(日本ではNHK-BS2で2004年3月からレギュラー放送を開始したが、シーズン1については2003年6月から「モンク」のタイトルでビデオレンタルとしてVol.1〜6(全13話)が出されていた)では、モンクが警察官への復職を強く望み、元同僚や上司に疎まれながらも難事件・怪事件を解決していくというパターンが主でしたが、次第に彼の特質に対する周囲の理解が浸透し、シーズン後半では、警察からの信頼が増し、関係性の改善が図られています。それに伴い、コンサルタントmonk tv series  season2.jpgとしてのモンクのポジションが安定し、違和感なく事件に関わるようになってきます(モンクの哀愁は妻の事件が絡む時に集約されるようになったが、細部へのこだわりの方はむしろ強くなった?)。2003年6月スタートの第2シーズンでは、モンクの才能全開という感じでしょうか。因みに、モンク役のトニー・シャルーブは2003年にゴールデングローブ賞コメディシリーズ部門、エミー賞コメディ部門で共に主演男優賞を受賞しています(エミー賞コメディ部門主演男優賞は2005年・2006年度も受賞)。

第14話「時計台の殺人」
MONK14-1.jpg モンクはリーランド・ストットルマイヤー警部(テッド・レヴィン)の依頼で、亡き妻トゥルーディの母校で転落死した教師ベスの調査に当たる。ベスは化学教師フィルmonk14 6.jpgビー(アンドリュー・マッカーシー)と不倫関係にあり、モンクはフィルビーが殺害したと確信するが、彼にはその時間には授業をしていたという完璧なアリバイがあった。モンクが代理教師として学校へ入り込み捜査を続ける中、第二の不審死が発生。モンクは二件ともフィルビーの犯行だと考えるが―。

 第2シーズンのスタートとして、まずはオーソドックスにいこうとしたのか、第一の殺人の目撃者の口封じのために第二の殺人を犯MONK14-2.jpgすというのはある種パターンであるし、時計台の時計の針を使ったトリックというのもありそうだし、証拠物件をわざと放置して、それをエサに犯人をおびき寄せるというのも「刑事コロンボ」などでもありましたが、それらを自然に組み合わせているのが上手いと思います。市長から捜査の協力依頼がくるということから、モンクの評価は定着していることを窺えます。モンクのキャラクターも確立し、モンクを馬鹿にした生徒に詰め寄るシャローナ(ビティ・シュラム)などのキャラも相変わらずいいです。安定感のある第2シーズンのスタートといった感じでしょうか(評価★★★★)。

第15話「空からの水死体」
monk15-2.jpg 休暇中に訪れたメキシコでスカイダイビングを無料体験した米国人学生チップが、地面に激突。しかし、検死結果は溺死だった。チップの父親が友人のサンフランシスコ市長に相談したことから、モンクが現地に派遣される。事件の鍵を握る人物を探しに来たホテルで、手掛かりを得るモンクとシャローナ。だが、酒豪のモンク15-.jpgシャローナは学生たちと羽目を外してしまい、モンクは単独で捜査を続行。翌日、二日酔いのシャローナのもとに思わぬ訃報が舞い込む―。

 市長からのご指名ということで、モンクの評価は確立済みということでしょうか。メキシコの刑事が最初はモンクなど捜査に役立たないと思っていたのが、最後は、その仕事ぶりに接して光栄だったと彼モンク15-1.jpgにすがりつくのが可笑しいですが、それ以上に可笑しかったのが、ストットルマイヤー警部が、モンクがメキシコで死んだという連絡を受けて警察葬をすると言い、ディッシャー警部補(ジェイソン・グレイ=スタンフォード)が警官でないから出来ないと言うと、それが出来ないなら自分は辞めるとまで言った矢先、実はそれは誤報でモンクは生きていると分かり、その途端に「アイツなんか大嫌いだ」と言い放つのが可笑しかったです。シャローナが、殺害されたのはモンクではなかったことに気づくところもいいです。モンクにとって、メキシコに着いた矢先に衣類から何から荷物を全部盗まれたという災難が、逆に命拾いすることに繋がったという作りも上手いし、「ライオンに噛まれて亡くなった男」の事件の挟み込み方も上手。フーダニット色が強く、これも愉しめました(評価★★★★)。


monk 14-5.jpg「名探偵モンク(第14話)/時計台の殺人」(Season 2 | Episode 1)●原題:MR. MONK GOES BACK TO SCHOOL●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/06/20●監督:ランドール・ジスク●脚本:デイビット・ブレックマン/Rick Kronberg●時間:44分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)アンドリュー・マッカーシー/デヴィッド・ラッシュ●日本放映:2004/06/22●放送:NHK-BS2(評価:★★★★)

MR. MONK GOES TO MEXICO.jpg「名探偵モンク(第15話)/空からの水死体」(Season 2 | Episode 2)●原題:MR. MONK GOES TO MEXICO●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/06/27●監督:ロン・アンダーウッド●脚本:リー・ゴールドバーグ/ウィリアム・ラブキン●時間:43分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)マイケル・B・シルヴァー●日本放映:2004/06/27●放送:NHK-BS2(評価:★★★★)


monk tv series  season1.jpgモンク タイトル.jpg「名探偵モンク」 Monk (USA Network 2002 ~2009/12) (2004/03~2010/07 NHK BS2/ミステリチャンネル)

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実質的な1位は自分が"隠れ"ファンを自認していた作品だった(笑)。

週刊文春「シネマチャート」全記録.jpg イノセント1シーン.jpg 家族の肖像 デジタル修復完全版.jpg ミリオンダラー・ベイビード.jpg
週刊文春「シネマチャート」全記録 (文春新書)』「イノセント」「家族の肖像」「ミリオンダラー・ベイビー」

 「週刊文春」の映画評「シネマチャート」が、1977(昭和42)年6月に連載を開始してから丸40年を迎えたのを記念して企画された本。40年間で4千本を超える映画に29名の評者が☆をつけてきたそうですが、その☆を今回初めて集計し、洋画ベスト200、邦画ベスト50選出しています。

地獄の黙示録01ヘリ .jpg 洋画のベスト1(評者の中で評価した人が全員満点をつけたもの)は10本あって(ただし、2003年までの満点が☆☆☆であるのに対し、2004年以降は☆☆☆☆☆で満点)、その中で評価(星取り)をしなかった(パスした)評者がおらず、全員が満点をつけたものが1977年から2003年までの間で9本、2004年以降が2本となっています。さらに、2003年までは評者の人数にもばらつきがあり、最も多くの評者が満点をつけたのがルキノ・ヴィスコンティ監督の「イノセント」('76年/伊・仏)(☆☆☆8人)、次がフランシス・フォード・コッポラ監督の「地獄の黙示録」('79年/米)(☆☆☆7人、無1人)となっています。

 選ばれた作品を見て、あれが選ばれていない、これが入っていないという思いは誰しもあるかと思いますが、巻頭に選定の総括として、中野翠、芝山幹朗両氏、司会・植草信和・元「キネマ旬報」編集長の座談会があり(中野翠、芝山幹朗両氏は現役の評者)、彼ら自身が選定に偏りがあるといった感想を述べていて、特定の作品が高く評価されたりそれほど評価されなかったりした理由を、その時の時代の雰囲気などとの関連で論じているのが興味深かったです。

 それにしても、全般に芸術映画の評価は高く、娯楽映画の評価はそうでもない傾向があるようですが、洋画ベスト200の実質的なトップにルキノ・ヴィスコンティ監督の「イノセント」がきたのは、この作品の"隠れ"ファンを自認していた自分としては意外でした(全然"隠れ"じゃないね)。しかも、この時の評者が、池波正太郎、田中小実昌、小森和子、品田雄吉、白井佳夫、渡辺淳など錚々たるメンバーだからスゴイ。彼らが「イノセント」を高く評価したというのも時代風潮かもしれませんが、だとすれば、「家族の肖像」('74年)、「ルードウィヒ/神々の黄昏」('80年)が共に62位と相対的に低いのはなぜでしょうか(ただし、個人的評価は、「イノセント」★★★★☆、「ルードウィヒ/神々の黄昏」★★★★、「家族の肖像」★★★★で、今回の順位に符号している)。

家族の肖像 78.jpg家族の肖像00.jpg(●「家族の肖像」は2020年に劇場でデジタルリマスター版で再見した。日本ではヴィスコンティの死後、1978年に公開されて大ヒットを記録し、日本でヴィスコンティ・ブームが起きる契機となった作品だが、上記の通り個人的評価は星5つに届いていない。今回、読書会のメンバーから、「家族」とその崩壊がテーマになっているという点で小津安二郎の「東京物語」に通じるものがあるという見解を聞き、そのあたりを意識して観たが、バート・ランカスター演じる大学教授は平穏な生活を求める自分が闖入者によって振り回された挙句、最後家族の肖像01.jpgには「家族ができたと思えばよかった」と今までの自分の態度を悔やんでいることが窺えた。ただし、「家族の肖像」の場合、主人公の教授がすでに独り身になっているところからスタートしているので、日本的大家族の崩壊を描いた「東京物語」と比べると状況は異なり、「家族」というモチーフだけで両作品を敷衍的に捉えるまでには至らなかった。一方、主人公の教授がヘルムート・バーガー演じる若者に抱くアンビバレントな感情には同性愛的なものを含むとの見解もあるようで、それはどうかなと思ったが、再見して、シルヴァーナ・マンガーノ演じるその若者を自分の愛人とする女性が、教授に対して「あなたも彼の魅力にやられたの」と言って二人の間に同性愛的感情があることを示唆していたのに改めて気づいた。)

 ☆☆☆☆☆で満点となった2004年以降で満点を獲得したのは、ゲイリー・ロス監督の「シービスケット」('03年/米)と クリント・イーストウッド監督の「ミリオンダラー・ベイビー」('04年/米)ですが、クリント・イーストウッド監督は洋画ベスト200に9作品がランクインしており、2位のルキノ・ヴィスコンティ監督の6作品を引き離してダントツ1位。この辺りにも、この「シネマチャート」における評価の1つの傾向が見て取れるかもしれません。クリント・イーストウッド監督の9作品のうち、個人的に一番良かったのは「ミリオンダラー・ベイビー」なので、自分の好みってまあフツーなのかもしれません。

ミリオンダラー・ベイビー01.jpg 「ミリオンダラー・ベイビー」は重い映画でした。女性主人公マギーを演じたヒラリー・スワンクは、イーストウッドに伍する演技でアカデミー主演女優賞受賞。作品自体も、アカデミー作品賞、全米映画批評家協会賞作品賞を受賞しましたが、公開時に、マギーが四肢麻痺患者となった後で死にたいと漏らしフミリオンダラー・ベイビー04.jpgランキーがその願いを実現させたことに対して、障がい者の生きる機会を軽視したとの批判があったようです。批判の起きる一因として、主人公=イーストウッドとして観てしまうというのもあるのではないでしょうか。「J・エドガー」('11年)などもそうですが、イーストウッドのこの種の映画は問題提起が主眼で、後は観た人に考えさせる作りになっているのではないかと思います。

 因みに、邦画ベスト50では1位の「愛のコリーダ2000」('00年)だけが評者全員(5人)が満点(☆☆☆)でした。この作品は、「愛のコリーダ」('76年)における修正を減らしたノーカット版により近いものであり、実質的なリバイバル上映だったと言えます(これ、現時点['19年]でDVD化されていない)。


●週刊文春「シネマチャート」満点作品(評者全員が満点をつけた作品)1977-2017
 (洋画)
 ・1975年「イノセント」 (伊)ルキノ・ヴィスコンティ監督
 ・1979年「地獄の黙示録」(米)フランシス・フォード・コッポラ監督
 ・1983年「風櫃(フンクイ)の少年」(台湾)侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督
 ・1984年「冬冬(トントン)の冬休み」(台湾)侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督
 ・1990年「コントラクト・キラー」(フィンランド)アキ・カウリスマキ監督
 ・1994年「スピード」(米)ヤン・デ・ボン監督
 ・2000年「愛のコリーダ2000」(仏・日)大島渚監督
 ・2001年「トラフィック」(米)スティーヴン・ソダーバーグ監督
 ・2002年「ボウリング・フォー・コロンバイン」(米)マイケル・ムーア監督
 ・2006年「シービスケット」(米)ゲイリー・ロス監督
 ・2004年「ミリオン・ダラー・ベイビー」 (米)クリント・イーストウッド監督

Inosento(1976)
イノセント .jpgInosento(1976).jpg「イノセント」●原題:L'INNOCENTE●制作年:1976年●制作国:イタリア・フランス●監督:ルキノ・ヴィスコンティ●製作:ジョヴァンニ・ベルトルッチ●脚本:スーゾ・チェッキ・ダミーコ/エンリコ・メディオーリ/ルキノ・ヴィスコンティ●撮影:パスクァリーノ・デ・サンティス●音楽:フランコ・マンニーノ●原作:ガブリエレ・ダヌンツィオ「罪なき者」●時間:129分●出演:ジャンカルロ・ジャンニーニ/ラウラ・アントネッリ/ジェニファー・オニール/マッシモ・ジロッティ/ディディエ・オードパン/マルク・ポレル/リーナ・モレッリ/マリー・デュボア/ディディエ・オードバン●日本公開:1979/03●最初に観た場所:池袋文芸坐 (79-07-13)●2回目:新宿・テアトルタイムズスクエア (06-10-13) (評価★★★★☆)●併映(1回目):「仮面」(ジャック・ルーフィオ)

Jigoku no mokushiroku (1979)
Jigoku no mokushiroku (1979).jpg「地獄の黙示録」●原題:APOCALYPSE NOW●制作年:1979年●制作国:アメリカ●監督・製作:フランシス・フォード・コッポラ●脚本:ジョン・ミリアス/フランシス・フォード・コッポラ/マイケル・ハー(ナレーション)●撮影:ヴィットリオ・ストラーロ●音楽:カーマイン・コッポラ/フランシス・フォード・コッポラ●原作:ジョゼフ・コンラッド「地獄の黙示録 デニス・ホッパー_11.jpg闇の奥」●時間:153分(劇場公開版)/202分(特別完全版)●出演:マーロン・ブランド/ロバート・デュヴァル/マーティン・シーン/フレデリック・フォレスト/サム・ボトムズ/ローレンス・フィッシュバーン/アルバート・ホール/ハリソン・フォード/G・D・スプラドリン/デニス・ホッパー/クリスチャン・マルカン/オーロール・クレマン/ジェリー・ジーズマー/トム・メイソン/シンシア・ウッド/コリーン・キャンプ/ジェリー・ロス/ハーブ・ライス/ロン・マックイーン/スコット・グレン/ラリー・フィッシュバーン(=ローレンス・フィッシュバーン)●日本公開:1980/02●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:銀座・テアトル東京(80-05-07)●2回目:高田馬場・早稲田松竹(17-05-07)(評価★★★★)●併映(2回目):「イージー・ライダー」(デニス・ホッパー)

家族の肖像 デジタル・リマスター 無修正完全版 [DVD]
家族の肖像.jpg家族の肖像 dvd.jpg「家族の肖像」●原題:GRUPPO DI FAMIGLIA IN UN INTERNO(英:CONVERSATION PIECE)●制作年:1974年●制作国:イタリア・フランス●監督:ルキノ・ヴィスコンティ●製作:ジョヴァンニ・ベルトルッチ●脚本:ルキノ・ヴィスコンティ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ/エンリコ・メディオーリ●撮影:パスクァリーノ・デ・サンティス●音楽:フランコ・マンニーノ●時間:121分●出演: バート・ランカスター/ヘルムート・バーガー/シルヴァーナ・マンガーノ/クラウディア・マルサーニ/ステファノ・パトリッツィ/ロモロ・ヴァリ/クラウディア・カルディナーレ(教授の妻:クレジットなし)/ ドミニク・サンダ(教授の母親:クレジットなし)●日本公開:1978/11●配給:東宝東和●最初に観た場所:池袋・文芸座(79-09-24)●2回目(デジタルリマスター版):北千住・シネマブルースタジオ(20-11-17)(評価:★★★★)●併映(1回目):「郵便配達は二度ベルを鳴らす」(ルキノ・ヴィスコンティ)

ルートヴィヒ 04.jpgルードウィヒ 神々の黄昏 ポスター.jpg「ルートヴィヒ (ルードウィヒ/神々の黄昏)」●原題:LUDWIG●制作年:1972年(ドイツ公開1972年/イタリア・フランス公開1973年)●制作国:イタリア・フランス・西ドイツ●監督:ルキノ・ヴィスコンティ●製作:ウーゴ・サンタルチーア●脚本:ルキノ・ヴィスコンティ/エンリコ・メディオーリ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ●撮影:アルマンド・ナンヌッツィ●音楽:ロベルト・シューマン/リヒャルト・ワーグナー/ジャック・オッフェンバック●時間:(短縮版)184分/(完全版)237分●出演:ヘルムート・バーガー/ロミー・シュナイダー/トレヴァー・ハワード/シルヴァーナ・マンガーノ/ゲルト・フレーベ/ヘルムート・グリーム/ジョン・モルダー・ブラウン/マルク・ポレル/ソーニャ・ペドローヴァ/ウンベルト・オルシーニ/ハインツ・モーグ/マーク・バーンズ1962年の3人2.jpgロミー・シュナイダー.jpg●日本公開:1980/11(短縮版)●配給:東宝東和●最初に観た場所:(短縮版)高田馬場・早稲田松竹(82-06-06) (完全版)北千住・シネマブルースタジオ(14-07-30)(評価:★★★★)
ロミー・シュナイダー(Romy Schneider,1938-1982)
ロミー・シュナイダー(手前)、アラン・ドロン、ソフィア・ローレン(1962年)

シルヴァーナ・マンガーノ in 「ベニスに死す」('71年)/「ルートヴィヒ」('72年)/「家族の肖像」('74年)
シルヴァーナ・マンガーノ.jpg

ナオミ・ワッツ(Naomi Watts1968- )(2012年)
大統領たちが恐れた男 j.エドガー dvd2.jpgナオミ・ワッツ.jpg「J・エドガー」●原題:J. EDG「J・エドガー」01.jpgAR●制作年:2011年●制作国:アメリカ●監督:クリント・イーストウッド●製作:クリント・イーストウッド/ ブライアン・グレイザー/ロバート・ロレンツ●脚本:ダスティン・ランス・ブラック●撮影:トム・スターン●音楽:クリント・イーストウッド●時間:137分●出演:レオナルド・ディカプリオ/ ナオミ・ワッツ/アーミー・ハマー/ジョシュ・ルーカス/ジュディ・デンチ/エド・ウェストウィック●日本公開:2012/01●配給/ワーナー・ブラザーズ(評価★★★☆)

ミリオンダラー・ベイビー [DVD]」 モーガン・フリーマン(アカデミー助演男優賞)
ミリオンダラー・ベイビー.jpgミリオンダラー・ベイビー02.jpg「ミリオンダラー・ベイビー」●原題:MILLION DOLLAR BABY●制作年:2004年●制作国:アメリカ●監督:クリント・イーストウッド●製作:ポール・ハギス/トム・ローゼンバーグ/アルバート・S・ラディ●脚本:ポール・ハギス●撮影:トム・スターン●音楽:クリント・イーストウッド●原案:F・X・トゥール●時間:133分●出演:クリント・イーストウッド/ヒラリー・スワンク/モーガン・フリーマン/ジェイ・バルチェル/マイク・コルター/ルシア・ライカ/ブライアン・オバーン/アンンソニー・マッキー/マーゴ・マーティンデイル/リキ・リンドホーム/ベニート・マルティネス/ブルース・マックヴィッテ●日本公開:2005/05●配給:ムービーアイ=松竹●評価:★★★★

《読書MEMO》
●『観ずに死ねるか!傑作絶望シネマ88』 (2015/06 鉄人社)
ミリオンダラー・ベイビー_7893.JPG

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「女たちの肖像」特集からの2作は、女優の演技を堪能できる映画。

あの日、欲望の大地で dvd.jpg あの日、欲望の大地で セロン.jpg ギジェルモ・アリアガ.jpg まぼろし dvd.jpg フランソワ・オゾン.jpg
あの日、欲望の大地で [DVD]」シャーリーズ・セロン/ギジェルモ・アリアガ監督 「まぼろし<初回限定パッケージ仕様> [DVD]」シャーロット・ランプリング/フランソワ・オゾン監督
キム・ベイシンガー/ジェニファー・ローレンス(当時17歳)
あの日、欲望の大地でes.jpg シルヴィア(シャーリーズ・セロン)は、ポートランドの海辺に建つ高級レストランのマネージャーとして働いている。だが、ひとたび職場を離れると、行きずりの男と安易に関係を持ち、自傷行為に走る。そんな彼女の前に、カルロス(ホセ・マリア・ヤスピク)と名乗るメキシコ人男性が現れ、彼が連れてきた12歳の少女マリア(テッサ・イア)の姿にシルヴィアは動揺し、思わず逃げ出す。その胸に、砂漠の中で真っ赤に燃え上がるトレーラーハウスの幻影が浮かび上がる...。シルヴィアがマリアーナと呼ばれていた10代の頃、彼女の一家はニあの日、欲望の大地で mix.jpegューメキシコ州の国境の町で暮らしていた。病気を克服したばかりの母親ジーナ(キム・ベイシンガー)に代わって、父親ロバート(ブレット・カレン)と3人の幼い兄弟の面倒を見るのはマリアーナ(ジェニファー・ローレンス)の役目だった。そんな中、ジーナは隣町に住むメキシコあの日、欲望の大地で 574_01.jpg人のニック(ヨアキム・デ・アルメイダ)と情事を重ねていた。お互いに家庭を持つ二人は、中間地点のトレーラーハウスを忍び逢いの場所に選び、貪るように愛を交わすが、その情事は唐突に終わりを告げる。二人が密会中にトレーラーハウスが炎上、二人は帰らぬ人とあの日、欲望の大地で   セロン.jpgなった。母の事故死は、多感なマリアーナの心に大きな傷跡を残したが、それはニックの息子・サンティアゴ(J・D・パルド)にとっても同様だった。やがて、両親を真似るように密会を重ねるようになった二人は、本気で恋に落ちていく―。それから12年、シルヴィアは、マリアーナの名前と共に置き去りにした過去と向き合うべき時が来たことを悟る―。


Charlize Theron/Kim Basinger/Jennifer Lawrence
あの日、欲望の大地で 8.jpg 「あの日、欲望の大地で」('08年/米、原題:The Burning Plain)は、メキシコ出身の脚本家・作家で「21グラム」('03年)、「バベル」('06年)などの脚本映画があるギジェルモ・アリアガが、2人のオスカー女優、シャーリーズ・セロン(1975年生まれ)とキム・ベイシンガー(1953年生まれ)を主演に迎えて撮り上げた2008年の監督デビュー作。「時代と場所を越えて3世代にわたる女性たちが織りなす愛と葛藤と再生の物語を、時制を錯綜させた巧みな語り口で描き出していく」という謳い文句ですが、まさにその通りの佳作でした。

 まず冒頭に、草原の中にあるトレーラーハウスが爆発炎上するシーンがあって、その後、アメリカ北東部メイン州の海辺の街ポートランドで高級レストランの女マネージャーとして働きながら、複数の男性といきずりの関係を繰り返す、シャーリーズ・セロン演じるシルヴィアの話と、アメリカ南部ニューメキシコ州の国境沿いの町でメキシコ人男性とトレーラーハウスで不倫を重ねる、キム・ベイシンガー演じる主婦ジーナの話が交互に展開され、まさに「場所を越えた」話になっています。さらに、ニューメキシコでの話には、シルヴィアの娘マリアーナが重要な位置を占めるようになり、3人の女性の物語かと思ったら実は...。

あの日、欲望の大地で7.jpg "脚本家"監督のまさに脚本の上手さを感じさせますが、驚くべきは、重要な役どころであるシルヴィアの娘マリアーナを演じたジェニファー・ローレンス(1990年生まれ)の演技力で、当時17歳にして、2人のオスカー女優の体当たり演技(これはこれで流石と言うべき好演)に拮抗する演技となっています。ギジェルモ・アリアガ監督には「メリル・ストリープの再来かと思った」と言わしめ、2008年・第65回ヴェネツィアジェニファー・ローレンス マルチェロ・マストロヤンニ賞.jpg国際映画祭ではマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞しました。その4年後、コメディ映画「世界にひとつのプレイブック」('12年/米)でアカデミー賞主演女優賞を受賞、彼女自身もオスカー女優となっていますが、この「あの日、欲望の大地で」での演技の方が「世界にひとつのプレイブック」より上のように思います(シリアスドラマとコメディを比較するのは難しいが)。

ジェニファー・ローレンス(18歳)2008年・第65回ヴェネツィア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)受賞(「あの日、欲望の大地で」)

 この作品は、シネマブルースタジオで「女たちの肖像」特集の1本として観ましたが、この特集でその前に上映されたのが、最近「2重螺旋の恋人」('17年/仏・ベルギー)が日本公開されたばかりの、フランソワ・オゾン監督の「まぼろし」('00年/仏)でした。この監督も、ほぼ全作自分で(共同脚本もあるが)脚本を書いています。

ブリュノ・クレメール(ジャン)/シャーロット・ランプリング(マリー)
まぼろし ブリュノ・クレメール(左、ジャン).jpg 大学で英文学を教えるマリー(シャーロット・ランプリング)は、夫ジャン(ブリュノ・クレメール)とは結婚して25年になる50代の夫婦。子どもはいないが幸せな生活を送っている。毎年夏になると、フランス南西部・ランド地方の別荘で過ごし、今夏も同様にヴァカンスを楽しみに来た。昼間、マリーが浜辺でうたた寝する間、ジャンは海に泳ぎに行く。目を覚ましたマリーは、ジャンがまだ海から戻っていないことに気づく。気を揉みながらも平静を装うマリーだが、不安は現実のものとなる。ヘリコプターまで出動した大がかりな捜索にもかかわらずジャンの行方は不明のまま。数日後、マリーはひとりパリへと戻るが―。

まぼろし シャーロット・ランプリング(マリー).jpg シャーロット・ランプリング(1946年生まれ)が演じる、夫の死を受け入れられないマリーが、"壊れている"感がある分、どこかいじらしさもありました。彼女がパリに戻って最初の方のシーンで夫が出てくるため、その部分はカットバックかと思ったら、どうやらそうではなかったみたい。すでに「まぼろし」は始まっていた?(原題: Sous le sableは「砂の下」の意)。そう言えば、すでに女友達のアマンダ(アレクサンドラ・スチュワルト)に精神科に診てもらうよう勧められていました。

ジャック・ノロ(ヴァンサン)/アレクサンドラ・スチュワルト(アマンダ)
まぼろし ジャック・ノロ(左、ヴァンサン).jpg0まぼろし アレクサンドラ・スチュワルト.jpg 彼女にとって夫は生きているわけで、女友達のアマンダはヴァンサン(ジャック・ノロ)を再婚相手として紹介したつもりなのだろうけれども(一見カットバック・シーンと思われた食事会は、二人をくっつけるためのものだったわけか)、彼女自身は不倫のスリルと快感を味わっているようなまぼろし シャーロット・ランプリング まぼろし.jpg感じでした(やや滑稽にも見える)。夫の薬棚からうつ病の薬を見つけて夫が自殺することを心配し、医者に行ってヴァカンス以降は薬を受け取りに来ていないことを知っても、あくまでも自殺を心配しています。仕舞には、ラスト近くで夫と思しき水死体が揚がって自ら検死に行くも、腕時計が違うという理由だけで(それが正確かどうかも怪しいが)夫とは認めようとしない―精神分析でいう"合理化"なのでしょうが、やっぱり"壊れている"!

 ストーリー的にはそれだけで、「あの日、欲望の大地で」に比べるとずっとシンプルでした。ラストに救いがあり、それが主人公の"ブレークスルー"にもなっている「あの日、欲望の大地で」とは異なり、主人公が夫の死を受け入れられないまま(壊れたまま)終わるところが個人的にはややあっけなく、これってヨーロッパ映画的なのかなと思いましたが、この作品は本国フランスのみならずアメリカでも好評を得たというのが興味深いです(日本でも、キネマ旬報ベストテンで外国映画の5位にランクインした)。

シャーロット・ランプリング まぼろし .jpg アメリカでも好評を得た理由の1つは、シャーロット・ランプリングがアメリカ映画にもよく出ていることもあるのでは。まさにシャーロット・ランプリングの演技を観る映画になっているような感じですが、彼女はその負託に応えている感じで、この作品の演技が、「さざなみ」('15年/英)などでの高い評価を得た近年の演技の下地として連なっているのではないかと思います。かつて「愛の嵐」('74年/伊)の頃は、こんなに息の長い女優になるとは思われていなかったように思います。また、彼女は実際に活動が一時低調であったわけで、フランソワ・オゾン監督にこの作品で起用されたことで、再び注目を集めることになったとも言えます。
シャーロット・ランプリング in「まぼろし」('00年)

愛の嵐 [DVD]
「愛の嵐」1974.jpg「愛の嵐」1.jpg 「愛の嵐」は、リリアーナ・カヴァーニ監督の1973年のイタリア映画。ウィーンのとあるホテルの夜番のフロント係兼ポーターとして働くマクシミリアン(ダーク・ボガード)は、実は元ナチス親衛隊の将校で収容所の所長だった人物。アメリカから有名なオペラ指揮者がホテルに泊り客としてやってきますが、その妻ルチア(シャーロット・ランプリング)は、13年前マックスが強制収容所でその権力を使って倒錯した愛の生活を送ったユダヤ人の少女で、二人は再び倒錯した愛欲「愛の嵐」2.jpgの世界にのめり込んでいくという話です。この映画において、主人公マックスはじめとして元ナチ党員たちが孤立せずに、横のつながりを持ちながら生きていることが描かれていて(この部分は実際の社会や政治を反映している)、そうした輩にとってルチアは危険な存在になっていくが―。

シャーロット・ランプリング/ダーク・ボガード

「愛の嵐 「.jpg 「美しい」とか「醜い」とか様々な評価のある映画ですが、シャーロット・ランプリングの美貌が光る作品であったには違いなく、上半身裸にサスペンダーでナチ帽をかぶって踊る場面は、映画史に残る有名なシーンの1つとなりました。原題は「ナイトポーター」。昔観たときは、ヨーロッパのホテルにはダーク・ボガードみたいな顔のポーターがよくいるけれど、みんなスゴイ過去を持っているのかも...とも思ったりしました。

Liliana Cavani Leone d'oro alla carriera.jpg(●2023年・第80回「ヴェネチア国際映画祭」にて、リリアーナ・カヴァーニ監督は、俳優のトニー・レオンとともに栄誉金獅子賞を受賞した。)

Venezia 80: a Liliana Cavani e Tony Leung Chiu-wai vanno i Leoni d'Oro alla Carriera


 シネマブルースタジオの「女たちの肖像」特集からの2作は、ストーリー的には「あの日、欲望の大地で」が良かったですが、2作とも女優の演技を堪能することができる映画でした。


あの日、欲望の大地でs.jpg「あの日、欲望の大地で」●原題:THE BURNING PLAIN●制作年:2008年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ギジェルモ・アリアガ●製作:ウォルター・パークス/キム・ベイシンガー欲望の大地.jpgローリー・マクドナルド●撮影:ロバート・エルスウィット●音楽:ハンス・ジマー/オマール・ロドリゲス=ロペス●時間:106分●出演:シャーリーズ・セロン/キム・ベイシンガー/ジェニファー・ローレンス/ホセ・マリア・ヤスピク/ジョン・コーベット/ダニー・ピノ/テッサ・イア/ジョアキム・デ・アルメイダ/J・D・パルド/ブレット・カレン●日本公開:2009/09●配給:東北新社●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-09-07)(評価:★★★★)
キム・ベイシンガ in「ネバーセイ・ネバーアゲイン」('83年/米・英)/「ナインハーフ」('85年/米)/「バットマン」('89年/米)/「L.A.コンフィデンシャル」('97年/米)/「あの日、欲望の大地で」('08年/米)
キム・ベイシンガー001.jpg 
キム・ベイシンガー002.jpg
   
まぼろしSOUS LE SABLE.jpg「まぼろし」●原題:SOUS LE SABLE/(英)UNDER THE SAND●制作年:2000年●制作国:フランス●監督:フランソワ・オゾン●製作:オリヴィエ・デルボス/マルク・ミソニエ●脚本:フランソワ・オゾン/エマニュエル・ベルンエイム/マリナ・ドゥ・ヴァン/マルシア・ロマーノ●撮影:アントワーヌ・エベルレ/ジャンヌ・ラポワリー●音楽:フィリップ・ロンビ●時間:95分●出演:シャーロット・ランプリング/ブリュノ・クレメール/ジャック・ノロ/アレクサンドラ・スチュワルト/ピエール・ヴェルニエ/アンドレ・タンジー●日本公開:2002/09●配給:ユーロスペース●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-09-03)(評価:★★★☆)


「愛の嵐」00.jpg「愛の嵐」3.jpg「愛の嵐」●原題:IL PORTIERE DI NOTTE/(英)THE NIGHT POTER●制作年:1974年●制作「愛の嵐 THE NIGHT PORTER.jpg国:イタリア●監督:リリアーナ・カヴァーニ●製作:ロバート・ゴードン・エドワーズ●脚本:リリアーナ・カヴァーニ/イタロ・モスカーティ●撮影:アルフィーオ・コンティーニ●音楽:ダニエレ・パリス●原作:リリアーナ・カヴァーニ/バルバラ・アルベルティ/アメディオ・パガーニ●時間:117分●出演:ダーク・ボガード/シャーロット・ランプリング/フィリップ・ルロワ/ガブリエル・フェルゼッティ/マリノ・マッセ/ウーゴ・カルデア/イザ・ミランダ/カイ・ジークフリート・シーフィルド●日本公開:1975/11/(ノーカット完全版)1997/03●配給:日本ヘラルド映画/(ノーカット完全版)彩プロ●最初に観た場所:八重洲スター座(79-02-01) (評価:★★★★)●併映:「ルシアンの青春」(ルイ・マル)

リリアーナー・カバーニ/イタロ・モスカティ共著『愛の嵐 THE NIGHT PORTER 』【ノベライズ小説】
   
シャーロット・ランプリング in「スパイ・ゲーム」('01年/米)/「わたしを離さないで」(10年/英)(原作:カズオ・イシグロ)/「デクスター 警察官は殺人鬼(シーズン8)」('13年/米)
Charlotte Rampling-spy-game-(2001) -.jpg シャーロット・ランプリング わたしを離さないで.jpg シャーロット・ランプリング デクスター.jpg

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初めて読んだ時は驚いたが、「限られた生」という意味では自分たちも登場人物らと同じか。

わたしを離さないで 文庫 2008.jpgわたしを離さないで 2006.jpg わたしを離さないで 映画dvd__.jpg わたしを離さないで dorama d_.jpg
わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)』/単行本/「わたしを離さないで [DVD]」/「わたしを離さないで DVD-BOX


 キャシー・Hは31歳、優秀な介護人として11年間、提供者と呼ばれる人たちを世話している。生まれ育ったヘールシャムでの親友、ルースとトミーもキャシーが介護してきた。キャシーはヘールシャムで過ごした日々を懐かしく回想していく。毎週の健康診断や、図画工作に力をいれた授業など、保護官の監視のもと「外」とは違う奇妙な、しかし懐かしい日々。「教わっているけど教わっていない」ヘールシャムでの日常を回想しながら、運命に翻弄された人々の真実が徐々に明らかになっていく―。

Never Let Me Go .jpg 2017年のノーベル文学賞受賞者となったカズオ・イシグロの2005年発表の長編第6作であり(原題:Never Let Me Go)、その前の第5作『わたしたちが孤児だったころ』(2000年)が歴史探偵小説風、この後の第7作が『忘れられた巨人』(2015年)がファンタジー小説風であるのに対し、この作品はSF小説風ということで、一作毎にいろいろな小説スタイルを採り入れているのが興味深いです。SF作家でノーベル文学賞を受賞した人はいませんが、"代表作"の中にSF小説がある作家というと、カズオ・イシグロは当て嵌まるかもしれません(ノーベル文学賞受賞の際に、受賞理由である「世界と繋がっているという我々の幻想に隠された深淵を偉大な感情力で明るみにした一連の小説」を体現する代表作として本作を紹介する解説者が多くいた)。

"Never Let Me Go"ペーパーバック(2011)

 この作品は、個人的には、まだカズオ・イシグロが日本でそれほど話題になっていない頃に予備知識無しで読んだため、途中で登場人物たちの負っている運命が明かされた時は本当に驚いてしまい、よくこんな話を考えたものだと思いました。作者は、未読の人にネタバラシしても構わないと言っているようですが、そのことはとりもなおさず"読み物"の形を借りた"文学"であることを意味しているのでしょう。とは言え、個人的には、読んでいて途中でそうした事実が明かされた時の衝撃の大きさが本の一番の印象になっているため、もうかなり知られているとは思いますが、ここでストレートにすべてを明かしてしまうのはやや気が引けます(読んでいるうちに分かってしまうが)。

ドリー・パートン.jpgクローン羊ドリー.jpg 作者は、1996年に英国で世界初のクローン羊"ドリー"(米国のシンガーソングライター兼女優ドリー・パートンの巨乳に因んで名づけられた)が誕生したニュースから、この作品のモチーフを着想したそうです。この作品の発表の翌年2006年に、山中伸弥教授が率いる京都大学の研究グループがiPS細胞を開発し、その時点でノーベル受賞が確実視されるほど話題になりましたから(2012年ノーベル生理学・医学賞を受賞)、そのニュースの後だったら違った作品になっていたかもしれないという気もします(iPS細胞の開発はこの作品の前提を変えてしまうから)。

「ブレードランナー」より
『ブレードランナー』4.jpg この作品の登場人物たちは、自分たちの運命に抵抗もしますが、それを宿命として受け入れている部分がかなり大きいように思います。P・K・ディックの小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』の映画化作品リドリー・スコット監督の「ブレードランナー」('82年/米)における"レプリカント" (クローン技術の細胞複製(レプリケーション)からとった造語)は彼らよりもっと自らの運命に抗ったし、さらに遡ると、カレル・チャペックの1920年刊行の戯曲『ロボット』では、創造主である人間に抵抗し滅ぼそうとする"ロボット"たちが登場し、最後、人間は一人だけが生き残り、ロボット同士の結婚を認めるというスゴイ話になっています。

 それらに比べると、この作品は冒頭から何となくシュール感が漂うものの、リアリズム基調を維持していて、"異常"でありながらも"劇的"な事態は生じず、「記憶の物語」が静かに進行していくという感じです。そのため、どうして彼らは逃げ出さないのかという疑問は誰もが抱くのではないかと思いますが、作者は、この英国の片田舎の"平行世界"を舞台とした小説を、2015年までの自身の作品のうちでもっとも「日本的」な小説だと考えているとしており、それは所謂"日本的諦念"というのが反映されているということでしょう。別のところで作者は、登場人物たちの死生観を、難病の子供たちのそれに擬え、彼らは決して絶望しているわけではないともしていました。

日の名残り%E3%80%80文庫.jpg また、同じ作者の代表作『日の名残り』について、作者自身が「われわれは皆"執事"のようなものである」ということが言いたかったと述べているのは、この作品にも当て嵌まるように思います。つまり、相対比較で見れば、この小説の登場人物のような境遇でなくて良かったということになるのかもしれませんが、絶対的に限られた時間を生きているという意味では自分たちも彼らとまったく同じであり、ただ、"限られた生をどう生きるか"そこまで突き詰めて考えていないで日常を過ごしているだけなのかもしれないと思いました。この小説に引き込まれるのは、登場人物の思念を通して、そうした生の有限性や生きることの意味を考えさせられるためではないかと思います。

わたしを離さないで 01.jpg この作品は、2010年にマーク・ロマネク監督、キャリー・マリガン、キーラ・ナイトレイ、アンドリュー・ガーフィールド主演により、イギリスにおいて映画化されています。キャリー・マリガン、キーラ・ナイトレイ共に1985年生まれで、キーラ・ナイトレイは「プライドと偏見」('05年/英)でアカデミー主演女優賞にノミネートされ、ハリウッド映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズでジョニー・デップの相手役でブレイク、一方のキャリー・マリガンは、そのキーラ・ナイトレイが主演した「プライドと偏見」がデビュー作ということで、当初はキャリアに相当差がありましたが、その後「17歳の肖像」('09年/英)で英国アカデミー賞主演女優賞を受賞、この「わたしを離さないで」では、キャリー・マリガンが主人公キャシーを演じ、ルースを演じたキーラ・ナイトレイ、トミーを演じたアンドリュー・ガーフィールドと共に2010年・第13回英国インディペンデント映画賞の主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞にそれぞれノミネートされ、キャリー・マリガンだけが受賞しています。

キャリー・マリガン/キーラ・ナイトレイ/アンドリュー・ガーフィールド
わたしを離さないで05.jpg 役者達の演技は悪くなく、特にキャリー・マリガンはいいです。子役たちも、意図して選んだのだと思いますが、3人の役者にそれぞれ似ていました。ただ、小説におけるヘールシャムからは英国のパブリック・スクールに代表される「イギリス的学校」の雰囲気が感じられ、ここにも作者の"英国的"なものへの批判が込められていると思わたしを離さないで シャーロット・ランプリング.jpgいましたが、映画ではもろにパブリック・スクールそのものになってしまっていて、ストレートすぎて逆にイマジネーションが阻害された感じ。それと、シャーロット・ランプリング演じるヘールシャムの校長が、かなり早い段階で生徒たちに事実を告げてしまうので、これもどうかなと思いました。原作を読んでいて、読みながら何かこの学校にはあるぞという思いを巡らせる、そうした時間に相当する部分が短かすぎたため、原作を"追体験"した気分にならなかったです(そう考えると、原作は"引っ張る"ことの効果まで計算されていたということか)。

わたしを離さないで 舞台.jpg 日本では2014年に蜷川幸雄演出、多部未華子主演により舞台化され、2016年には森下佳子(「おんな城主 直虎」('17年/NHK))脚本、綾瀬はるか主演でテレビドラマ化されました。多部未華子の舞台は観ていまわたしを離さないで  ドラマ.jpgせんが(PVは観た)、綾瀬はるかのドラマの方は、全10話の内最初の3話が登場人物の幼年期で、子役の演技をずっと見せられるのはややしんどかったです(NHKの大河ドラマで言えば、4月まで子役が児童劇を演じているようなもの)。しかも、この間に生徒(児童)たちに事実が告げられ、告知が映画より更に早わたしを離さないで  ドラマs.jpgまっています(これ、何歳でそうした事実を知らされるかで、話がやや違ってくるように思われ、児童劇のような序盤と併せ、原作と最もイメージが違った点だった)。更に、ラストの方は、ドラマのオリジナルの話になっています。映画化も舞台化もされているため、オリジナリティを出そうとしたのかもしれませんが、ドラマ化は初なので、原作通りで真っ向勝負して欲しかった気もします(歴史さえ改変してしまう「直虎」の脚本家だから、何でもありか)。


わたしを離さないで 02.jpgわたしを離さないで03.jpg「わたしを離さないで」●原題:NEVER LET ME GO●制作年:2010年●制作国:イギリス●監督:マーク・ロマネク●製作:アンドリュー・マクドナルド/アロン・ライヒ●脚本:アレックス・ガーランド●撮影:アダム・キンメル●音楽:レイチェル・ポートマン●原作:カズオ・イシグロ●時間:105分●出演:キャリー・マリガン/アンドリュー・ガーフィールド/キーラ・ナイトレイ/イソベル・メイクル=スモール/エラ・パーネル/チャーリー・ロウ/エミリシャーロット・ランプリング/サリー・ホーキンス/ナタリー・リシャール/アンドレア・ライズボロー/ドムナル・グリーソン●日本公開:2011/03●配給:フォックス・サーチライト・ピクチャーズ(評価:★★★)

キーラ・ナイトレイ in「プライドと偏見」('05年/英)/「はじまりのうた」('13年/米)
キーラ・ナイトレイ プライドと偏見.jpg はじまりのうた98.jpg
アンドリュー・ガーフィールド in「ソーシャル・ネットワーク」('10年/米)/「沈黙-サイレンス-」('16年/米)
アンドリュー・ガーフィールド.jpg 沈黙%E3%80%80サイレンス.jpg
シャーロット・ランプリング in「まぼろし」('00年/仏)/「スパイ・ゲーム」('01年/米)/「デクスター 警察官は殺人鬼(シーズン8)」('08年/米)
シャーロット・ランプリング まぼろし .jpg Charlotte Rampling-spy-game-(2001) -.jpg シャーロット・ランプリング デクスター.jpg

わたしを離さないで  ドラマ s.jpgわたしを離さないで tv.jpg「わたしを離さないで」●演出:吉田健/山本剛義/平川雄一朗●プロデューサー:渡瀬暁彦/飯田和孝●脚本:森下佳子●原作:カズオ・イシグロ●出演:綾瀬はるか/三浦春馬/水川あさみ/真飛聖/伊藤歩/甲本雅裕/麻生祐未●放映:2016/01~03(全10回)●放送局:TBS

●朝日新聞・識者120人が選んだ「平成の30冊」(2019.3)
1位「1Q84」(村上春樹、2009)
2位「わたしを離さないで」(カズオ・イシグロ、2006)
3位「告白」(町田康、2005)
4位「火車」(宮部みゆき、1992)
4位「OUT」(桐野夏生、1997)
4位「観光客の哲学」(東浩紀、2017)
7位「銃・病原菌・鉄」(ジャレド・ダイアモンド、2000)
8位「博士の愛した数式」(小川洋子、2003)
9位「〈民主〉と〈愛国〉」(小熊英二、2002)
10位「ねじまき鳥クロニクル」(村上春樹、1994)
11位「磁力と重力の発見」(山本義隆、2003)
11位「コンビニ人間」(村田沙耶香、2016)
13位「昭和の劇」(笠原和夫ほか、2002)
13位「生物と無生物のあいだ」(福岡伸一、2007)
15位「新しい中世」(田中明彦、1996)
15位「大・水滸伝シリーズ」(北方謙三、2000)
15位「トランスクリティーク」(柄谷行人、2001)
15位「献灯使」(多和田葉子、2014)
15位「中央銀行」(白川方明2018)
20位「マークスの山」(高村薫1993)
20位「キメラ」(山室信一、1993)
20位「もの食う人びと」(辺見庸、1994)
20位「西行花伝」(辻邦生、1995)
20位「蒼穹の昴」(浅田次郎、1996)
20位「日本の経済格差」(橘木俊詔、1998)
20位「チェルノブイリの祈り」(スベトラーナ・アレクシエービッチ、1998)
20位「逝きし世の面影」(渡辺京二、1998)
20位「昭和史 1926-1945」(半藤一利、2004)
20位「反貧困」(湯浅誠、2008)
20位「東京プリズン」(赤坂真理、2012)

【2008年文庫化[ハヤカワepi文庫]】

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「●「ヴェネツィア国際映画祭 金獅子賞」受賞作」の インデックッスへ(「ラスト、コーション」「ブロークバック・マウンテン」) 「●トニー・レオン(梁朝偉) 出演作品」の インデックッスへ(「ラスト、コーション」)「●「ロンドン映画批評家協会賞 作品賞」受賞作」の インデックッスへ(「ブロークバック・マウンテン」)「●「ニューヨーク映画批評家協会賞 作品賞」受賞作」の インデックッスへ(「ブロークバック・マウンテン」)「●「ロサンゼルス映画批評家協会賞 作品賞」受賞作」の インデックッスへ(「ブロークバック・マウンテン」)「●「インディペンデント・スピリット賞 作品賞」受賞作」の インデックッスへ(「ブロークバック・マウンテン」)「●「放送映画映画批評家協会賞 作品賞」受賞作」の インデックッスへ(「ブロークバック・マウンテン」)「●た‐な行の外国映画の監督」の インデックッスへ「●マイケル・ケイン 出演作品」の インデックッスへ(「ダークナイト」) 「●モーガン・フリーマン 出演作品」の インデックッスへ(「ダークナイト」) 「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ 「●海外文学・随筆など」の インデックッスへ「○海外文学・随筆など 【発表・刊行順】」の インデックッスへ

アン・リー監督2度目の金獅子賞。原作短編を「長編に展開」し、女性映画として秀逸な「ラスト、コーション」。
ラスト、コーション チラシ.jpgラスト、コーション .jpg ラスト、コーション 集英社文庫.jpg ブロークバック・マウンテン dvd.jpg
ラスト、コーション [DVD]」(トニー・レオン(梁朝偉)/タン・ウェイ(湯唯))『ラスト、コーション 色・戒 (集英社文庫)』「ブロークバック・マウンテン [DVD]」(ヒース・レジャー/ジェイク・ギレンホール)
ラスト、コーション 03.jpg 1938年、日中戦争の激化によって混乱する中国本土から香港に逃れていた女子大学生・王佳芝(ワン・チアチー)(タン・ウェイ)は、学ラスト、コーション04.jpg友・鄺祐民(クァン・ユイミン)(ワン・リーホン)の勧誘で抗日運動を掲げる学生劇団に入団し、やがて劇団は実践を伴う抗日活動へと傾斜していく。翌1939年、佳芝も抗ラスト、コーション09.jpg日地下工作員(スパイ)として活動することを決意し、特務機関の易(イー)(トニー・レオン)暗殺の機を窺うため麦(マイ)夫人として易夫人(ジョアン・チェン)に麻雀・買い物友達として接近、易を誘惑したが、学生工作員の未熟さと厳しい警戒でラスト、コーション37.jpg暗殺は未遂に終わる。3年後、日中戦争開戦から6年目の1942年、特務機関の中心人物に昇進していた易暗殺計画の工作員として上海の国民党抗日組織から再度抜擢された佳芝は、特訓を受けて易に接触したが、度々激しい性愛を交わすうち、特務機関員という職務から孤独の苦悩を抱える易にいつしか魅かれていく。工作員としての使命を持ちながら、暗殺対象の易に心を寄せてしまった佳芝は―。

ラスト、コーション99.jpg 「ブロークバック・マウンテン」('05年/米)で2005年・第62回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞や2005年度アカデミー監督賞を受賞したアン・リー(李安)監督の2007年公開作で、1942年日本軍占領下の中国・上海を舞台に、日本の傀儡政権である汪兆銘政権の下で、抗日組織の弾圧を任務とする特務機関員の暗殺計画を巡って、抗日運動の女性工作員ワン(タン・ウェイ)と、彼女が命を狙う日本軍傀儡政府の顔役イー(トニー・レオン)による死と隣り合わせの危険な逢瀬とその愛の顛末を描いたもので、2007年・第64回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞と撮影賞をW受賞し、アン・リー監督はルイ・マルや張藝謀(チャン・イーモウ)と並んで、金獅子賞を2度獲った歴代4人目の監督となりました。

世界文学全集 第3集.jpgZhang_Ailing_1954.jpg 原作は、ドミニク・チャン南カリフォルニア大学教授によれば、「国民党と共産党の政治的分裂がなければノーベル賞を受賞していたはずだ」という作家・張愛玲(ちょう あいれい、アイリーン・チャン、1920-1995)による小説『惘然記』(1983)に収められた短編小説「色、戒」で、1939年に実際にあった暗殺事件にヒントを得て書かれたものです。1955年に作者は米国に移り住むことになりますが、その頃から既に構想されていたもののようです(1977年初出)。映画公開に併せて『ラスト、コーション 色・戒』('07年/集英社文庫)など訳書が刊行され、『短編コレクションⅠ(池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 Ⅲ‐05)』('10年/河出書房新社)にも収められていますが、池澤夏樹氏は、「『色、戒』はぼくには圧縮された長編小説と読める」としています。
短篇コレクションI (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

ラスト、コーション 0.jpg 原作は女性工作員・王佳芝(ワン・チアチー)の数日を描いていますが(それは劇的な結末で終わる)、映画も、その形をきっちり踏襲した上で、回想の部分に肉付けして2時間38分の作品にしています。そして、その肉付けの仕方が、ぎゅっと詰まった高密度の原作を分かりやすく展開して"長編小説"に戻したような形になっています。ジェーン・オースティン原作の「いつか晴れた日に」('95年/米・英)のように英国小説が原作の映画を撮れば英国の監督が撮ったように撮り、「ブロークバック・マウンテン」のように米国小説が原作の映画を撮れば米国の監督が撮ったように撮るアン・リー監督ですが、やはりこの中国を舞台とした小説の映画化で一番力を発揮したように個人的には思います。

ラスト、コーション 99.jpg ヒロインの王佳芝を演じた湯唯(タン・ウェイ)は、オーディションで約1万人の中から主演に選ばれたそうですが、当時28歳ながら学生を演じれば学生らしく見え、男を誘惑する女スパイを演じればそれなりに魅力的な女性に見えました(タン・ウェイは第44回台湾金馬奨最優秀新人賞受賞)。原作とイメージが若干違うのは、原作では「ねずみ顔の中年の小男」とされている特務機関の易(イー)をトニー・レオンが演じているため、"いい男"過ぎる点でしょうか(笑)(トニー・レオンはアジア・フィルム・アワード主演男優賞、台湾金馬奨最優秀主演男優賞受賞)。

鄭蘋茹(Zheng Pingru)/丁黙邨(てい もくそん)
Zheng_Pingru_02.jpg丁黙邨.jpg 因みに、「色、戒」の王佳芝のモデルは、父親が中国人、母親が日本人の女スパイ・鄭蘋茹(テン・ピンルー、1918 -1940/享年22)で、易のモデルは、汪兆銘政権傘下の特工総部(ジェスフィールド76号)の指導者・丁黙邨(ていもくそん、1903-1947)です。鄭は丁に近づき、1939年12月、丁の暗殺計画を実行するも失敗、特工総部に出頭して捕らえられ、1940年2月に銃殺されますが、後に中華民国より殉職烈士に認定されています。一方の丁は、戦後も蒋介石の国民政府に再任用されるなどしましたが、結局は漢奸として逮捕され、1947年に死刑判決を受け、南京で処刑されています(享年45)。

ラストコーション8735_l.jpg この映画は所謂「漢奸問題」を引き起こしました。佳芝を演じたタン・ウェイは、トニー・レオンが演じる戦時中日本の協力者と見なされた漢奸を愛するようになる役柄であることから、漢奸を美化し「愛国烈士」を侮辱する象徴として中国国内のネット上では批判された時期があったようです。張愛玲の原作では愛欲描写は殆ど無いものの、佳芝が易を逃がすのは原作も同じです。原作者の張愛玲は人生半ばで渡米して今は故人、そうなるとこの作品を選んだアン・リー監督に矛先が行きそうですが、当のアン・リーは台湾出身で米国国籍も有し普段は中国にはいないので、トニー・レオンと大胆なラブシーンを演じたタン・ウェイに批判の矛先が向けられたのかもしれません(タン・ウェイは2008年に香港の市民権を得て、その後は主に香港映画に出演、ハリウッドにも進出した)。

ラスト、コーション92.jpg 原作では、佳芝が易にどのような理由で愛情を抱くようになったかは明確に描かれていません。また、佳芝が易を逃がしたことが、同時に彼女が仲間を裏切ったことになり、そのため彼女だけでなく仲間が皆捕まって処刑されたということも、原作ではさらっと触れているだけで、この佳芝の言わば"裏切り"行為は、原作よりも映画の方がより前面に押し出されていると言えます。敢えてそうした上で(つまり批判を見越した上で)、それでもヒロインとして観る者を惹きつける佳芝の描きっぷりに、アン・リー監督による"原作超え"を感じました。3年も経ってからやっと佳芝に口づけをしたかつての学友に、「3年前にしてくれていれば...」と佳芝が言う場面で、「ああ、これは"女性映画"なのだなあと」とも思いました(アン・リー監督は女性映画の名手として定評がある)。

51eLWoDzrkL._SL250_.jpgアニー・プルー.jpg この作品の2年前にヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を獲った「ブロークバック・マウンテン」は、ワイオミング州ブロークバック・マウンテンの雄大な風景をバックに、2人のカウボーイの1963年から1983年までの20年間にわたる秘められた禁断の愛を綴った物語で、原作は『シッピング・ニュース』でピューリッツァー賞を受賞した女流作家E・アニー・プルーの同名中編で、1997年に雑誌「ニューヨーカー」に掲載され、1998年の全米雑誌賞とO・ヘンリー賞を受賞した作品です(これも佳作だった。彼女は「ブロークバック・マウンテン」がアカデミー作品賞にノミネートされるも受賞を逃したことで、代わりにアカデミー作品賞を受賞した「クラッシュ」を酷評した)。

"Brokeback Mountain"ペーパーバック

ブロークバック・マウンテンa5.jpg 1963年、ワイオミング。ブロークバック・マウンテンの農牧場に季節労働者として雇われ、運命の出逢いを果たした2人の青年、イニス・デル・マー(ヒース・レジャー)とジャック・ツイスト(ジェイク・ギレンホール)。彼らは山でキャンプをしながら羊の放牧の管理を任される。寡黙なイニスと天衣無縫なジャック。対照的な2人は大自然の中で一緒の時間を過ごすうちに深い友情を築いていく。そしていつしか2人の感情は、彼ら自身気づかぬうちに、友情を超えたものへと変わっていくのだったが―。

 2005年のアカデミー賞で8部門にノミネートされましたが、監督賞、脚色賞、作曲賞の3部門の受賞にとどまりました(保守的な傾向があるアカデミー賞では作品賞は難しいのではないかという事前予想はあった)。ただし、ゴールデングローブ賞作品賞、英国アカデミー賞作品賞、インディペンデント・スピリット賞作品賞ほか、ニューヨーク、ロサンゼルスブロークバック・マウンテン_c1.jpgブロークバック・マウンテン_c2.jpg、ロンドンなどの各映画批評家協会賞作品賞を受賞し、ゲイ・ムービーにはスティーヴン・フリアーズ監督の「マイ・ビューティフル・ランドレット」('85年)やウォン・カーウァイ監督の「ブエノスアイレス」('97年)など先行する作品が結構ありましたが、多くの賞を受賞したという点では画期的な作品でした。2000年代中盤以降LGBT映画がますますその数を増していく契機にもなり、最近では、バリー・ジェンキンス監督の「ムーンライト」('16年)がアカデミー作品賞を受賞し、ルカ・グァダニーノ監督の「君の名前で僕を呼んで」('17年)がアカデミー脚色賞を受賞するなどしています(「君の名前で僕を呼んで」の脚本は「モーリス」('87年)のジェームズ・アイヴォリー監督)。

ブロークバック・マウンテンes.jpg この映画の場合、主人公の2人の男性は共に家庭も持っていて、しかも時代設定が60年代から80年代にかけてということで、ゲイに対する偏見が今よりもずっと強かった時代の話であり、それだけ"禁断の愛"的な色合いが強く出ブロークバック・マウンテン4.jpgているように思います。一方で、その"禁断の愛"をブロークバック・マウンテンの美しい自然を背景に描いており、山の焚火%E3%80%80チラシ.jpgドロドロした印象はさほどなく、自然の美しさが浄化作用のように効いているという点で、アルプスの自然を背景に姉弟の近親相姦を描いたフレディ・M・ムーラー監督のロカルノ国際映画祭「金豹賞」受賞作「山の焚火」('85年/スイス)を想起したりしました。
     
ブロークバック・マウンテン ヒース.jpg イニスとジャックを演じた、故ヒース・レジャー(1979-2008/享年28)とジェイク・ギレンホールの演技も良かったです。この作ヒース・レジャー.jpg品のイニス役でニューヨーク映画批評家協会賞主演男優賞などを受賞し、アカデミー主演男優賞にもノミネートされたヒース・レジャーは、映画の中でイニスと結婚したアルマを演じたミシェル・ウィリアムズと実生活において婚約しましたが、両者の間に女の子が産まれたものの婚約を解消しています。

ダークナイト.jpg その後ヒース・レジャーは、クリストファー・ノーラン監督のバットマン映画「ダークナイト」('08年/米・英)にバットマンの宿敵ジョーカ役で出演、バットマン役のクリスチャン・ベールを喰ってしまうほどの演技でジャック・ニコルソンのとはまた違ったジョーカー像を創造することに成功し、アカデミー助演男優賞、ゴールデングローブ賞助演男優賞、英国アカデミー賞助演男優賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞助演男優賞など主要映画賞を総なめにしたものの、2008年1月に薬物摂取による急性中毒でニューヨークの自宅で亡くなっています。アカデミー助演男優賞の受賞は亡くなった後の決定であり、故人の受賞は「ネットワーク」('76年/米)のピーター・フィンチ以来32年ぶり2例目でした(因みに、共演のクリスチャン・ベールも2年後の「ザ・ファイター」('10年/米)でアカデミー助演男優賞を受賞している)。

ブロークバック・マウンテン 85.JPG 「ブロークバック・マウンテン」においてイニスがジャックの事故死を彼のジャックの妻ラリーン(アン・ハサウェイ)から聞かされた時に、リンチを受けるジャックの姿をイメージしたのは、単にイニスのトラウマからくる思い込みというより、実際にリンチ死だったということだったのでしょう。原作では、イニスは最初はジャックがリンチ死だったのか本当に事故死だったのか分からないでいますが、後になってジャックはリンチ死したと確信するようになります。

ブロークバック・マウンテン (集英社文庫(海外))

 「ブロークバック・マウンテン」「ラスト、コーション」とも傑作映画です。原作に比較的忠実に作られている「ブロークバック・マウンテン」もいいですが、個人的には、原作からの"展開度"という点で(しかも"正しく"肉付けされている)「ラスト、コーション」の方がやや上でしょうか。

ジョアン・チェン(易夫人)/ワン・リーホン(鄺祐民(クァン・ユイミン))
ラスト、コーション ジョアン・チェン.jpgラスト、コーション ワン・リーホン.jpg「ラスト、コーション」●原題:色,戒/LUST, CAUTION●制作年:2007年●制作国:アメリカ・中国・台湾・香港●監督:アン・リー(李安)●製作:アン・リー/ビル・コン/ジェームズ・シェイマス●脚本:ワン・ホイリン/ジェームズ・シェイマス●撮影:ロドリゴ・プリエト●音楽:アレクサンドル・デスプラ●原作:張愛玲(ちょう あいれい、アイリーン・チャン)「色、戒」●時間:158分●出演:トニー・レラスト、コーション36.jpgオン(梁朝偉)/タン・ウェイ(湯唯)/ジョアン・チェン(陳冲)/ワン・リーホン(王力宏)/トゥオ・ツォンファ/チュウ・チーイン/ガァオ・インシュアン/クー・ユールン/ジョンソン・イェン/チェン・ガーロウ/スー・イエン/ホー・ツァイフェイ/ファン・グワンヤオ/アヌパム・カー●日本公開:2008/02●配給:ワイズポリシー)(評価:★★★★☆)

トニー・レオン(梁朝偉)/タン・ウェイ(湯唯)/アン・リー(李安)監督/ワン・リーホン(王力宏)/ジョアン・チェン(陳冲)〔2007年・第64回ヴェネツィア国際映画祭〕

アン・ハサウェイ(ジャックの妻ラリーン)/ミシェル・ウィリアムズ(イニスの妻アルマ)
ブロークバック・マウンテン アン・ハサウェイ.jpgブロークバック・マウンテン ミシェル・ウィリアムズ.jpg「ブロークバック・マウンテン」●原題:BROKEBACK MOUNTAIN●制作年:2005年●制作国:アメリカ●監督:アン・リー(李安)●製作:ブロークバック・マウンテンe2.jpgダイアナ・オサナ/ジェームズ・シェイマス●脚本:ワダイアナ・オサナ/ジェームズ・シェイマス●撮影:ロドリゴ・プリエト●音楽:グスターボ・サンタオラヤ●原作:E・アニー・プルー「ブロークバック・マウンテン」●時間:134分●出演:ヒース・レジャー/ジェイク・ギレンホール/アン・ハサウェイミシェル・ウィリアムズ/ランディ・クエイド/リンダ・カーデリーニ/アンナ・ファリス/ケイト・マーラ●日本公開:2006/03●配給:ワイズポリシー(評価:★★★★)

ダークナイト dvd.jpgダークナイト2.jpg「ダークナイト」●原題:THE DARK KNIGHT●制作年:2008年●制作国:アメリカ・イギリス●監督:クリストファー・ノーラン●製作:クリストファー・ノーラン/チャールズ・ローヴェン/エマ・トーマス●脚本:クリストファー・ノーラン/ジダークナイト ヒースレジャー.jpgョナサン・ノーラン●撮影:ウォーリー・フィスター●音楽:ハンス・ジマー/ジェームズ・ニュートン・ハワード●原作:ボブ・ケイン/ビル・フィンガー「バットマン」●時間:152分●出演:クリスチャン・ベールヒース・レジャー/アーロン・エッカート/マギー・ジレンホール/マイケル・ケイン/ゲイリー・オールドマン/モーガン・フリーマン/メリンダ・マックグロウ/ネイサン・ギャンブル/ネスター・カーボネル●日本公開:2008/08●配給:ワーナー・ブラザース(評価:★★★☆)

モーガン・フリーマン(バットマンのテクノロジーをサポートするルーシャス・フォックス)/マイケル・ケイン(ウェイン家の執事・アルフレッド・ペニーワース)
the dark knight 2008 morgan freeman michael caine.jpg

「ラスト、コーション」...【2007年文庫化[集英社文庫(『ラスト、コーション 色・戒』)]】
「ブロークバック・マウンテン」...【2006年文庫化[集英社文庫(『ブロークバック・マウンテン』)]】

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「風物を撮っているだけでも映画が成り立ってしまうのが日本映画」ということの証明?

珈琲時光-movie-posters-cinema.jpg珈琲時光 2004 .jpg珈琲時光01.jpg
珈琲時光 [DVD]」浅野忠信/一青窈

珈琲時光02.jpg 2003年夏、東京。フリーライターの陽子(一青窈)は、古本屋を営む鉄道マニアの肇(浅野忠信)の力を借りて、30~40年代に活躍した台湾出身の音楽家・江文也について調べている。お盆の帰省で実家のある高崎へ戻った際、父(小林稔侍)と継母(余貴美子)に妊娠していることを告げる。相手は台湾に住む恋人だが、結婚する気は無い。東京へ戻った彼女は、肇と一緒に文也の足跡を辿る取材に出かけるが、その途中、気分を悪くする。彼女の妊娠を知り心配した肇は、何かと世話を焼こうとするも、その胸の内に秘めた彼女に対する想いを伝えることは出来なかった。ある日、知人の葬儀に出席する為、両親が上京して来た。あくまでも、シングルマザーの道を選ぼうとする陽子のことを心配する二人。だが、彼らもまたその想いを上手く口に出せない。翌日、陽子は電車の中で眠ってしまう。そんな彼女の側には、いつの間にか肇がいた―。

珈琲時光coffee.jpg 侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の2004年公開作で、台湾の映画監督による作品であるため一応ここでは分類上"外国映画"としましたが、小津安二郎監督の生誕100周年、逝去40周年を記念して日本映画として撮られたものです。従って、「東京物語」など小津作品へのオマージュがいっぱい込められているのかなあと思いましたが、確かに東京を描くも(そのほかに高崎なども出てきて、北海道・夕張でもロケしているが)その撮影時点での"今"を切り取っているため、当然のことながら「東京物語」などと違った作りになっています。

侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督、一青窈、浅野忠信(2003年7月29日「珈琲時光」製作発表会見(帝国ホテル))

珈琲時光es.jpg 例えば、旧来の日本的な大家族が崩壊して、家族の関係性が変遷していく過渡期的状況を描いた「東京物語」などに比して、この「珈琲時光」の主人公の家族は既に核家族を通り越して親子が離れて住み、娘である一青窈演じる主人公・陽子は親が知らない間に妊娠しているという状況。しかも彼女は、シングルマザーの道を選ぶことを既に独りで決めていて、そうした重大な決意をしつつも淡々としており、「紀子三部作」と呼ばれる「晩春」('49年)、「麦秋」('51年)、「東京物語」('53年)の原節子演じる紀子が、いずれの作品でも最後の方で結婚に関する大きな決断をする度に号泣していたのとは対照的です。

珈琲時光b892.jpg 一方で、大きな事件が無いまま映画が進行していく点は小津作品と似ていると思いました。時代は異なりますが、背景に日本人的な日常の生活風景や風俗を多く織り込んでいる点でも似ているかもしれません。主人公の下宿アパートから始まり、神田の古書店街や鬼子母神周辺、御茶ノ水駅、都電荒川線やJR中央線・山手線の電車等々。この映画に関しては、「監督は結局何を何を撮りたかったの?」「電車じゃないか」という遣り取りのジョークがあるくらいです。

 外国人が撮った映画なのだと思いながら観るから一層意識されるのだろうと思いますが、双葉十三郎(1910-2009)の日本映画「風物病」論を思い出しました。双葉十三郎は、小津安二郎の「晩春」や清水宏の「小原庄助さん」をそれなりに優れた作品であるとしながらも、日本映画につきものの風物ショットが多く、映画そのものは内容に乏しいとしています。裏を返せば、仮に90分なら90分の映画の殆どを、主に風物(風景・風俗)を撮っているだけでも映画として成り立ってしまうのが日本映画であるということではないでしょうか珈琲時光03.jpg。そして、侯孝賢監督はこの作品で、小津作品へのオマージュが先にあったのは勿論だと思いますが、結果としてそのことを逆説的に証明しているような気がします。個人的にはそのことが日本映画の弱点珈琲時光04.jpgだとは思いませんが、たとえば外国人が小林稔侍が演じる陽子の父親や浅野忠信が演じる肇を観た場合、どうして喋るべき時にセリフが無く、ただただ山手線ホームに入ってくる電車や卓袱台を囲む家族などといった絵ばかりを撮っているのだろうかと思うかも。

珈琲時光 ド.jpg 侯孝賢監督は一青窈のコンサートを観て、彼女の起用しようと考えたそうで、ストーリーはそれから考えたのかなという気もします。一青窈はこの作品が映画デビュー作ですが、2年前の2002年に「もらい泣き」で歌手デビュー、2003年には紅白疑戦に出場し、2004年には「ハナミズキ」が大ヒットと、かなり忙しい時期だったのではないでしょうか。でも、浅野忠信ほかベテランで脇を固めていたというのもあったかと思いますが、ごく自然に演技できているように思いました(ウォン・カーウァイ(王家衛)監督の「恋する惑星」('94年/香港)に出た香港の歌手フェイ・ウォン(王菲)を想起した。そう言えば、あの映画に出ていた金城武も一青窈と同じ日台ハーフだった)。

 喫茶店のマスターとか、どこまでがプロの役者でどこまでが素人なのかよく分からない部分がありました(蓮實重彦が古本屋の客の役で出演したシーンは早々にカットされたらしいがクレジットだけは残っている)。一部に完全にドキュメンタリーっぽい撮り方をしているシーンもあって(江文也の妻本人に陽子が取材するところなど)、これらの点はむしろ小津映画に無い特徴であったと思います。

『珈琲時光』 平成16年.jpg「珈琲時光」●原題:珈琲時光●制作年:2004年●制作国:日本●監督:侯孝賢(ホウ・シャオシェン)●脚本:侯孝賢/朱天文(チュー・ティエンウェン)●製作:宮島秀司/廖慶松(リャオ・チンソン)/山本一郎/小坂史子●主題歌:「一思案」(作詞:一青窈 作曲:井上陽水)●撮影:李屏賓(リー・ピンビン)●衣装デザイン:星野和美/山田洋次●時間:103分●出演:一青窈/浅野忠信/萩原聖人/余貴美子/小林稔侍/江乃ぶ●日本公開:2004/09●配給:松竹●最初に観た場所:神田・神保町シアター(13-10-26(評価:★★★☆)

神保町シアター「神保町、御茶ノ水、九段下―"本の街"ぶらり映画日和」

ロケ地のマップ

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「お迎え」のイメージは意外と日本的か。一方で、「説明してよ~」という所も多々あったが...。

ブンミおじさんの森@._V1_.jpgブンミおじさんの森@._V2_.jpgブンミおじさんの森 dvd.jpg アピチャッポン・ウィーラセタクン.jpg
ブンミおじさんの森 スペシャル・エディション [DVD]」アピチャッポン・ウィーラセタクン

 腎臓の病により死を間近にしたブンミ(タナパット・サイサイマー)は、後先長くないことを悟り、タイ東北部の自らの農園に、亡き妻の妹・ジェン(ジェーンジラー・ポンパット)と都会で暮らす甥のトン(サックダー・ケァウブアディー)をブンミおじさんの森01.jpg呼び寄せる。ある日の3人での夕食の席に突然、19年前に亡くなったブンミの妻・フエイ(ナッタカーン・アパイウォン)の幽霊が現れる。彼女はブンミの病気が心配でやってきたという。彼らはブンミおじさんの森02.jpg最初こそ驚くものの、懐かしさから語り合う。暫くすると、今度は長年行方不明になっていたブンミの息子・ブンソンが姿を変えて現れる。息子は、森で猿の精霊に出会い、猿の精霊たちの仲間になっていた。愛する者たちを取り戻したブンミは、いよいよ最期の時が来たと悟り、皆で森の中に入っていく。彼は、洞窟の闇の中で、自分の前世を思い出す―。

ブンミおじさんの森00.jpg アピチャッポン・ウィーラセタクン(アピチャッポンが「名」で、ウィーラセタクンが「姓」、アピチャートポン・ウィーラセータクンの表記も。Apichatpong Weerasethakul、1970- )の2010年監督作で、2010年・第63回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞しました(2011年・第35回香港国際アピチャッポン・ウィーラセタク.jpg映画祭「アジア・フィルム・アワード(第5回)」最優秀作品賞も受賞)。原題は「前世を思い出せるブンミおじさん(Uncle Boonmee Who Can Recall His Past Lives)」で、監督が着想を得たのも、タイの僧侶による著書「前世を思い出せる男」という本です。カンヌの審査員長のティム・バートンは「我々は映画にサプライズを求めている。この映画はそのサプライズを多くの人々にもたらした」と語っています。タイ映画史上初めてとなるパルム・ドール受賞でしたが、この監督は2002年に「ブリスフリー・ユアーズ」が第55回カンヌ国際映画祭のある視点部門のグランプリを受賞し、2004年に「トロピカル・マラディ」が第57回カンヌ国際映画祭の審査員を受賞しているので、受賞はフロックとは言えないでしょう。日本では受賞を逃した北野武監督の「アウトレイジ」ばかりに話題が集中しましたが、フランスをはじめとする欧米の映画界ではアピチャートポン監督の受賞は至極当然であり、むしろ遅きに失した感があるといった評価だったようです。

ブンミおじさんの森ges.jpg ファンタジー映画と言うか、他の作品に無い独特の雰囲気を醸しており、例えば―ある王女の手が若い兵士に触れ、王女が顔を水面に映すと、たちまち美しく若返って、王女と兵士は抱き合いうが、滝の近くの水中に大ナマズがいて、王女はナマズと共に泳ぎ(ナマズと交接したように見える)、やがてナマズに変身し、二匹のナマズは戯れるように泳ぐ―という不思議な挿話があります。この王女はブンミの前世の姿なのでしょうか。一方、ブンミの来世を表していると思われる場面では、、独裁者の支配する世界になっていて、そこにまたしても猿の精霊が現われ(出て来るたびに着ぐるみっぽくなってくる)、これはブンミが猿の妖精になっているということなのでしょうか。

ブンミおじさんの森V3_.jpg ブンミが亡くなった後行われた葬式も、不思議な雰囲気でしたが、タイの地元の人が見れば、自分たちの土地の風俗を描いたに過ぎないのかもしれません。ただ、その後も不思議な話は続き、ラストで、僧になったトンが寺を抜け出してジェンとその娘の泊まるホテルにやってきますが、2人が食事に出掛ける際に、依然として娘と一緒にテレビを見続けているもう一組のジェンとトンがいて、2人はちょっと驚きますが、そのまま外出してしまいます。映画は、この"幽体分離"の場面(状況)のままで終わります。

ブンミおじさんの森s.jpg 全体として、輪廻転生というのがモチーフになっていて、それがまた、死を迎えようといるブンミの達観した態度にも繋がっていうように思いました(このブンミを演じている人、"演技"をしてる感じが全然しない)。亡くなる時に死者が「お迎え」に来て、そのことにより人は安らかに逝くことができるというのは、日本だけの話ではなかったのだなあと。こうしたモチーフが日本人には思ったよりしっくりくる一方で、「説明してよ~」という感じの所も多々あったりしましたが(村上春樹の小説みたい)、説明的になってしまうと削がれる要素というのも多いのかもしれません。

ブンミおじさんの森es.jpg ウィーラセタクン監督のインタビューなどを見ると、「理屈は捨てて、イメージや音が自分の中に流れ込むのを、自然体で受け入れてください」とのことで、やはり自ら解題したりしてはいないようです(これも村上春樹みたいで賢明かも)。技巧的には、監督が幼い頃から観てきたタイの映画のいろんな要素を盛り込んだとのことで、ファンタジー映画、怪奇映画、アドベンチャー映画などの思い出をブンミの体験や前世の記憶を描くときの参考にしたのが、この映画であるとのことです(「スター・ウォーズ」のチューバッカ風の猿の精霊は、意図的にキッチュなものにしたらしい)。

ブンミおじさんの森V1_.jpg 監督はこの映画について、「先入観を持たずに、まるで外国を旅しているかのような気持ちで観てほしいですね。車窓から景色を眺めるように、鑑賞ではなく映画を"体験"していただきたいと思っています」とも述べていて、そう言えば、劇場に、おそらくタイ語も分からなければ日本語字幕も読めないであろう(チケットを買うのに苦労していた)西洋人男性3人組が観に来ていて、多分彼らは(少なくともその内1人は)この映画の鑑賞方法を事前に理解していたのだろうなあと思いました。
     
Loong Boonmee raleuk chat (2010)
Loong Boonmee raleuk chat (2010).jpg
ブンミおじさんの森V0_.jpg「ブンミおじさんの森」●原題:UNCLE BOONMEE WHO CAN RECALL HIS PAST LIVES●制作年:2010年●制作国:タイ・イギリス・フランス・ドイツ・スペイン●監督・脚本:アピチャッポン・ウィーラセタクン(アピチャッポン・ウィーラセータクン)●製作:アピチャッポン・ウィーラセタクン/サイモン・フィールド/キース・グリフィス/シャルル・ド・モー●撮影:サヨムプー・ムックディプローム●音楽:清水宏一●時間:114分●出演:タナパット・サイサイマー/ジェーンジラー・ポンパット/サックダー・ケァウブアディー/ナッタカーン・アパイウォン●日本公開:2011/03●配給:ムヴィオラ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-02-12)(評価:★★★★)

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子どもたちの活き活きとした演技。"感動作"と言うより"考えさせられる映画"。

パリ20区、僕たちのクラス 2008.jpg パリ20区、僕たちのクラス 00.jpg ローラン・カンテ.jpg
フランソワ・ベゴドー原作・脚本・主演   ローラン・カンテ監督
パリ20区、僕たちのクラス [DVD]

 パリ20区にある中学校の教室。始業のベルが鳴っても、24人の生徒たちはなかなか席に着こうとせず、授業では、教師の言い間違いは嬉々として指摘する。そんな生徒たちに囲まれた国語教師のフランソワ(フランソワ・ベゴドー)は、4年目になるパリ20区、僕たちのクラスs.jpg新学年を迎えた。移民も多いこのクラスの生徒たちは、出身国、生い立ち、将来の夢もみんな異なる。フランソワは語尾変化もを書けない生徒たちに正しく美しいフランス語を教えようとするが、スラングにパリ20区、僕たちのクラス 03.jpg慣れた生徒たちは接続法半過去など文語で金持ちの言葉だと反発する。しかし、フランソワは国語を、生きるための言葉を学ぶこと、他人とのコミュニケーションを学び、社会で生き抜く手段を身につけることだと考えている。そこで「アンネの日記」を読ませた後に、生徒たちに自己紹介文を書かせる。最初は高圧的だったフランソワも、彼らとの何気ない対話の一つ一つが授業であり、真剣勝負ということが分かり、24人の生徒に真正面から対峙し、悩んだり葛藤する―。

パリ20区、僕たちのクラス32.jpgローラン・カンテ .jpg 2008年のローラン・カンテ監督作で、2008年・第61回カンヌ国際映画祭で、純粋なフランスの映画としては「悪魔の陽の下に」('87年/仏)以来21年ぶりとなるパルム・ドール受賞作となりました。審査委員長のショーン・ペンは「作品は完璧に一体化されている。演技、脚本、挑発、寛大さすべてが魔法だ」と評しています。原作は、フランソワ・ベゴドーが実体験に基づいて2006年に発表した小説『教室へ』(早川書房)であり、そのフランソワ・ベゴドー自身が脚本及び主演を務めています(フランソワ・ベゴドーの本職はあくまで作家であり、映画出演はこの作品のみ)。

 24人の生徒は、ローラン・カンテ監督が現役の生徒を対象にオーディション選考を行って選んだ、全員が演技経験の無い本物の中学生で、それでいて、彼らの活き活きとして演技には驚かされますが、監督は生徒たちと週1回、7ヶ月にわたるワークショップを行って信頼関係を築いて撮影に臨んだそうです(ドキュメンタリーではなく、皆が演技しているということになる)。個人的には、学年はやや下になあの子をさがして09.jpgりますが、張芸謀(チャン・イーモウ)監督の「あの子を探して」('99年/中国)を想起しました。小学校で1年から4年まで28人の生徒たちを中学生相当の女の子が代用教員として教える話で、こちらも生徒たちは全員演技経験は無しでしたが(主人子の代用教員役の女の子も)、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞しています。張芸謀監督の演出力はスゴイと思いましたが、ローラン・カンテ監督も負けていないし、生徒たちと本気で遣り合っているようなフランソワ・ベゴドーの演技も効いていると思います。
「あの子を探して」('99年/中国)

 この映画を観ていてもう1つ想起したのが、2005年・第58回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールある子供01.jpgを受賞したジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督の「ある子供」('05年/ベルギー・仏)で、社会の下層にいる若者をドキュメンタリータッチで描いた作品ですが、社会の下層にいる若者が描かれていることに加えて、ドキュメンタリータッチであること、必ずしも予定調和では終わっていないことなどこの作品と通じるところがあり、こういう作品が国際的な映画祭に出品されるところがフランスらしいのかもしれません(日本の場合、社会の底辺を描いた映画は減っているし、それを海外の映画祭に出品するということは殆ど無いのではないか)。
「ある子供」('05年/ベルギー・仏)

パリ20区、僕たちのクラス .jpg 勿論、この作品は、日本における中学校等の"学級崩壊"問題と対比させて観ることも可能で、そこから色々な示唆も得られるかもしれません。しかし、一方で、フランス特有の移民社会の問題とそこから派生する生活や教育の格差の問題を分かりやすく反映させたものでもあります(しかしながらその解決は大変難しい)。一説には、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した背後には、「排除」の問題がフランスで重要な問題になっていたという事情があったと言われています。映画の中でスレイマンという少年が行きがかりから先生に暴言を吐いたことにより、退学処分になるという結果を招きますが、彼が退学になることで学校側は規律を保つことになり、退学になった彼は新たな転校先で受け入れられる―或いはフランソワ先生が危惧するように彼の父親(映画には姿を見せない)によってアフリカの故国に送り還される―ということでいいのだろうか、という問題提起がなされているように思いました。ラストもいわばアンチクライマックスで、"感動作"と言うより"考えさせられる映画"です。

Paris 20-ku, Boku tachi no Class (2008).jpg こうした多国籍社会特有の問題は2008年当時に限らず、移民問題がヨーロッパ圏の大きな問題となっている今日、引き続いてフランスに存する(或いはヨーロッパの各国にもある)のだと思います。その後、フランスでは、ジュリー・ベルトゥチェリ監督が、同じく中学校を舞台に、多文化学級に通う20の国籍、24人の生徒たちの出会いと友情を描いたドキュメンタリー「バベルの学校」('13年/仏)を撮っていて、こちらも機会があれば観てみたいと思います。

Paris 20-ku, Boku tachi no Class (2008)

「パリ20区、僕たちのクラス」●原題:ENTRE LES MURS●制作年:2008年●制作国:フランス●監督:ローラン・カンテ●製作:キャロル・スコッタ/カロリーヌ・ベンジョー/バルバラ・レテリエ/シモン・アルナル●脚本:ローラン・カンテ/フランソワ・ベゴドー/ロバン・カンピヨ●撮影:バリー・マーコウィッツ●音楽:ピエール・ミロン●原作:フランソワ・ベゴドー「教室へ」●時間:128分●出演:フランソワ・ベゴドー●日本公開:2010/06●配給:東京テアトル(評価:★★★★)

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ブレッソンっぽい。ドメンタリーの手法を上手く生かし、最後まで貫き通すことで成功している。

ある子供 2005 dvd.jpgある子供01.jpg ダルデンヌ兄弟 58回カンヌ国際映画祭パルム・ドール.jpg
ある子供 [DVD]」デボラ・フランソワ/ジェレミー・レニエ  ダルデンヌ兄弟 in 第58回カンヌ国際映画祭(2005)(プレゼンター:モーガン・フリーマン/ヒラリー・スワンク)
ある子供00.jpg 20歳のブリュノ(ジェレミー・レニエ)と18歳のソニア(デボラ・フランソワ)のカップルは、生活保護給付金と、ブリュノある子供02.jpgが14歳の少年スティーヴ(ジェレミー・スガール)らと盗みを働きながら得た金で食いつなぐ、その日暮らしの生活を送っていた。二人に赤ん坊が出来たとき、ソニアはブリュノに真面目に働くようにと紹介ある子供04.jpgされた仕事を教えるも、相変わらずブリュノに定職に就く気はなく、職業斡旋所に並ぶ列から離れた彼は、赤ん坊と二人っきりになった隙に、闇取引業者に赤ん坊を養子として売ってしまい、それを聞いたソニアは卒倒し病院に運ばれる。ブリュノは闇取引業者から赤ん坊を取り返したものの、意識を戻したソニアは警察に事の次第を話していた。怒りの収まらないソニアに家を追い出されたブリュノは、再び手下の少年スティーヴを使って、スクーターによるひったくり強盗を働くが、私服刑事に追われることに―。

ダルデンヌ兄弟Dardenne-brothers.jpg 2005年公開のジャン=ピエール&ダルリュック・ダルデンヌの兄弟の監督によるベルギー・フランス映画で、第58回カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞作。ダルデンヌ兄弟は1999年に「ロゼッタ」('99年/ベルギー・仏)で第52回カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞しており、この作品で、パルム・ドールを2度受賞した5組目の監督となりました(日本人では今村昌平監督が2度受賞している)。

Dardenne-brothers

ラルジャン.jpg 元々ドキュメンタリー映画出身の兄弟監督ですが、この作品はそのドメンタリーの手法を上手く生かしているよう思いました。音楽は一切なく、1つのシーンにおける時間の流れも出来るだけ切らないようにして撮っているのが感じられました。すでに言われているように、ロベール・ブレッソンの映画を強く受けていることが窺え、ブリュノの犯行の犯行の手口を克明に追う様などは「スリ」('59年/仏)を、ブリュノが転落して行く様や、ラストでソニアがブリュノに面会に来る場面などは、「ラルジャン」('83年/仏・スイス)を想起させられました。

ある子供03.jpg 子どもがが生まれたことによって、母性に目覚め、いち早く今までの生活から抜け出そうと考えるようになったソニアと、何とその子どもを他人に売ってしまい、一時的に大金を得て喜んでいるブリュノ―という2人が対比的に描かれていて、「その子供」とは、2人の間に生まれた赤ん坊("子ども")を指すというよりも、むしろ、貧困と無知ゆえに、常人ならば備えているはずの倫理道徳観を持たないブリュノ("子供")を指していることが窺えます。どうしてソニアがもっと早くにブリュノに見切りをつけないのかなと思ってしまいますが、"子ども"が生まれるまではソニア自身も"子供"であったということなのでしょう。

ある子供06.jpg 最後にブリュノは、共に私服刑事に追われ、冷たい川に逃れたために低体温症となった末警察に捕まったスティーヴを救うために、自分が首謀者だと警察に自首するという初めてまともな行動をし、更に、刑務所を訪れて再びブリュノの気持ちに寄り添うソニアと共に涙を流します。それが、この作品の救いとなっていますが、この2人が本当にこれから一緒にやっていけるのか、また一緒にやっていくことがソニアにとっていいことなのか、それは誰にも分からない―といった終わり方になっているところが、ヨーロッパ映画らしいと言うか、この監督らしいと言えます(少なくともハリウッド映画的ではない)。

L'enfant (2005).jpg もしこれが、ソニアの愛情によってブリュノが《心底改悛し、将来立直ることが誰の目にも明らかに分かる》終わり方だったら、これまでずっと緊迫したドメンタリー・タッチできたものが、最後の部分だけとって付けたように"お話"になってしまうため、そうならないようにしたのではないかと思います。

Deborah_François_César_2016.jpg 但し、観る人によっては、ストレートに感動作ととる人、一歩引いて"お涙頂戴"ではないかとる人もいれば、ラストがはっきりしない(二人がこの先どうなるか分からない)のを不満に思う人もいるかもしれません。この加減が難しいところですが、個人的には、先に述べた通り、ドメンタリー・タッチを最後まで貫き通しているように思われ、そのことによって成功している作品だと思います。

L'enfant (2005) デボラ・フランソワ Deborah_François__2016(ベルギー出身)

ある子供 ges.jpg「ある子供」●原題:L'ENFANT●制作年:2005年●制作国:ベルギー・フランス●監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ●製作:ジャン=ピエール&リュック・ダルデン/デニス・フレイド●撮影:アラン・マルコァンツ●時間:95分●出演:ジェレミー・レニエ/デボラ・フランソワ/ジェレミー・スガール/ファブリツィオ・ロンジョーネ/オリヴィエ・グルメ/ステファーヌ・ビソ/ミレーユ・バイ●日本公開:2005/12●配給:ビターズ・エンド(評価:★★★★)

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「羅生門」「切腹」との類似(オマージュ?)。映像美的には飽きさせないが、演出は大味に。

HERO~英雄~01.jpgHERO~英雄~ dvd.jpg  HERO~英雄~0.jpg
英雄 ~HERO~ スペシャルエディション [DVD]」章子怡(チャン・ツィイー)/梁朝偉(トニー・レオン)/李連杰(ジェット・リー)/陳道明(チェン・タオミン)/張曼玉(マギー・チャン)/甄子丹(ドニー・イェン)

hero_018.jpg 中国の戦国時代末期、後に始皇帝となる秦王(陳道明(チェン・タオミン))は刺客に狙われており、忠実な家臣を除いては常に百歩以内の距離には誰も近づけさせることはなかった。過去のとある一件以来、宮殿の中も刺客が人の中に紛れ込むことの無い様、宮殿の外を多くの衛兵が守りを固めているのとは対照的に、敢えてがらんどうにしていた。そんなある日、一本の槍と二本の剣を携えた無名(ウーミン)(李連杰(ジェット・リー))と呼ばれる名無しの男が刺客を倒したと告げ、宮殿にやってくる。槍と剣には、中国最強と言われる3人の刺客の名前が記されていた。そして彼は秦王の前で、槍の使い手・長空(チャンコン)(甄子丹(ドニー・イェン))、剣の使い手・残剣(ツァンジェン)(梁朝偉(HERO~英雄~ges.jpgHERO~英雄~s.jpgトニー・レオン)、残剣の恋人で同じく剣の使い手・飛雪(フェイシエ)(張曼玉(マギー・チャン))の3人の刺客を倒した経緯を語り始める。秦王は刺客を倒した褒美として無名に自分の側に近づくことを許すが、彼の話を聞いていくうちに不自然な何かに気付く―。

無名(ジェット・リー)/飛雪(マギー・チャン)・残剣(トニー・レオン)
如月(チャン・ツィイー)
HERO~英雄~05 チャン.jpg 2003年の張芸謀(チャン・イーモウ)監督による自身初の武術映画。台湾出身のアン・リー(李安)監督が、章子怡(チャン・ツィイー)らを起用して撮った「グリーン・デスティニー」('00年/中国・香港・台湾・米)で、トロント国際映画祭の最高賞「観客賞」や米アカデミー外国語映画賞を受賞したのに対抗したのでしょうか。こちらも、第53回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(アルフレード・バウアー賞)を受賞するなどしています(チャン・ツィイーはこの映画にも、密かに残剣に恋する鴛鴦鉞の使い手・如月(ルーユエ)の役で出ていて、本作は結局、ジェット・リー、ドニー・イェン、トニー・レオン、マギー・チャン、チャン・ツィイーによる「5剣士」の物語となっている)。

HERO~英雄~ 09.jpg ジェット・リー演じる無明が語る話に虚構があり、そのことに気付いた秦王に促されて、同一人物に関する話が何度か異なった話として彼の口から語られ、それらが何れも映像となっています。従って、ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞作した、黒澤明監督の「羅生門」('50年/大映)の実質的な原作は芥川龍之介の「藪の中」ですが、それと似た感じの、あたかも「羅生門」に対するオマージュのような構成になっていることは、多くの人が指摘しています。

無名(ジェット・リー)・飛雪(マギー・チャン)

HERO~英雄~  .jpg 但し、個人的には、まず最初に似ているなあと思ったのは小林正樹監督の「切腹」('62年/松竹)で、秦王の前で無名が3人の刺客を倒した経緯を語るというのは、仲代達矢演じる津雲半四郎が、井伊家上屋敷に井伊家の3人の剣客の髷を持ってきて、家老・斎藤勘解由(かげゆ)(三國連太郎)に、無理矢理切腹させられた娘婿の仇である3人を斃した経緯を語るのとそっくりで、ラストもやや似ています(「秦王」と「家老」の物語における価値ポジションは、最終的に真逆のものとなるが)。「切腹」もカンヌ国際映画祭審査員特別グランプリを受賞しているので、張芸謀監督も知っている作品であると思います(「切腹」へのオマージュも込められている(?))。

HERO~英雄~04.jpg 映像美的は飽きさせませんでした。「ストHERO~英雄~012.jpgーリーを色彩で語る」をコンセプトに、赤は無名の語る創作の世界、青は秦王の語る想像の世界、緑は実際にあった過去の世界、白は真実の現在と分けられ、それぞれの色HERO~英雄~03.jpgでエピソードが語られ、最後にやっと真相が明らかになるという構成は凝っていた思います。雨の中で闘うシーンや、池や砂漠での戦闘シーンなどもたいへん美しかったです。ワダエミ2.jpgカメラは「花様年華」('00年/香港)のクリストファー・ドイルが担当し、衣装は、黒澤明監督の「乱」('85年/東宝)で日本人女性初となるアカデミー賞(衣裳デザイン賞)を受賞したワダエミ(1937-2021/84歳没)が起用されています。

HERO~英雄~9s.jpg李陵・山月記22.jpg 刺客達のワイヤーアクションやCGなどによる超絶的な技に関しては、物理的法則に反しているとか言わないことがもう"お約束"なのでしょう。中島敦の短編に「名人伝」というのがあって(『李陵・山月記 (新潮文庫)』所収)、名人同士が矢を放ってひじりがぶつかり合うといった場面があり、こうした極端な表現も中国では伝統的なのかもしれません。
 
 
HERO~英雄~06.jpg 但し、武術映画で且つCGを駆使して大掛かりに見せた分、個々の役者の演技が背景に埋没してしまって大味になった印象を受けました。それまでの作品で素晴らしい演出力を見せてきた監督が、折角トニー・レオン、マギー・チャンといった繊細な演技が出来る俳優を揃えながら、ちょっと勿体ない気がします(この2人はウォン・カーウァイ(王家衛)監督の「花様年華」('00年/香港)のコンビでもある。そのウォン・カーウァイも、トニー・レオン、チャン・ツィイー主演の武術映画「グランド・マスター」('13年/香港・中国)を撮っている)。

 CGの魅力(技術力・低コスト性)に抗しきれないというのは、「ジュラシック・パーク」('93年/米)で、恐竜の全体像をマイケル・クライトンの原作よりうんと早く観客に見せてしまったスティーヴン・スピルバーグが辿った道と同じでしょうか。張芸謀監督は2006年に、2年後に開催される北京オリンピックの開会式および閉会式のチーフディレクターに就任、2年間映画製作をせず、2008年の北京オリンピック開会式および閉会式の演出を行いましたが、後に開会式の演出において打ち上げられた花火の多くが事前に用意されたCG映像だったことが明らかとなっています(因みに、北京オリンピック開会式の衣装は石岡瑛子(1938-2012/73歳没)が担当した)。


「HERO」(「HERO~英雄~」)●原題:英雄/HERO●制作年:2002年●制作国:香港・中国●監督:張芸謀(チャン・イーモウ)●製作:ビル・コン/張芸謀●脚本:李馮/張芸謀/王斌●撮影:クリストファー・ドイルHERO~英雄~ro02.jpg●音楽:譚盾(タン・ドゥン)●衣装デザイン:ワダ・エミ●時間:99分●出演:李連杰(ジェット・リー)/甄子丹(ドニー・イェン)/梁朝偉(トニー・レオン)/張曼玉(マギー・チャン)/章子怡(チャン・ツィイー)/陳道明(チェン・タオミン)●日本公開:2003/06●配給:ワーナー・ブラザース(評価:★★★☆)
トニー・レオン/マギー・チャン/チャン・イーモウ/ジェット・リー/チャン・ツィイー/ドニー・イェン

グランド・マスター032.jpgグランド・マスター56.jpgトニー・レオンチャン・ツィイー
in「グランド・マスター」['13年/香港・中国]ウォン・カーウァイ(王家衛)監督
    
     
     
    
《読書MEMO》
"巨匠"監督の「武侠映画」個人的評価と受賞した主要映画賞
グリーン・デスティニー(00年/中・香・台・米).jpgアン・リー(李安)グリーン・デスティニー」('00年/中国・香港・台湾・米)★★★☆
 トロント国際映画祭「観客賞」アカデミー賞「外国語映画賞」ゴールデングローブ賞「外国語映画賞」インディペンデント・スピリット賞「作品賞」ロサンゼルス映画批評家協会賞「作品賞」香港電影金像奨「最優秀作品賞」
HERO~英雄~2002.jpg張藝謀(チャン・イーモウ)HERO」('02年/香港・中国)★★★☆
 ベルリン国際映画祭「銀熊賞(アルフレード・バウアー賞)」
グランド・マスター 2013.jpgウォン・カーウァイグランド・マスター」('13年/香港・中国)★★★
 アジア・フィルム・アワード香港電影金像奨「最優秀作品賞」
黒衣の刺客 2015 .jpg侯孝賢(ホウ・シャオシェン)黒衣の刺客」 ('15年/台湾・中国・香港)★★★
 カンヌ国際映画祭「監督賞」アジア・フィルム・アワード

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"他者としてしか生きられない" インパーソネーターの哀しみ。
ミスター・ロンリー dvd.jpg    
ミスター・ロンリー [DVD]」 「ミスター・ロンリー」ザ・レターメン版

ミスター・ロンリー 00.jpg 大道芸人のマイケル(ディエゴ・ルナ)はマミスター・ロンリー 01.jpgイケル・ジャクソンのインパーソネーターとしてパリの路上で生計を立てるも、一向に生活が苦しくなるばかり。ある時、マリリン・モンローのような彼女(サマンサ・モートン)に出会う。彼女もマイケルと同じインパーソネーターであり、不器用で有名人になりきる事でしか生きられないのだった。そんな彼女に惹かれたマイケルはある日、彼女からスコットランドの古城に誘われる。そこには自分たちと同じようになりきる事でしか生きられない、様々なインパーソネーターたちによるコミュニティがあった。チャップリン、マドンナ、リンカーン大統領、ローマ法王、エリザベス女王、サミー・デイヴィスJr.、ジェームズ・ディーン、シャーリー・テンプルなどがいる夢のような理想郷だったが―。

サマンサ・モートン/ディエゴ・ルナ

ミスター・ロンリー  .jpg 「KIDS/キッズ」('95年)の脚本で世界中にセンセーショナルを巻き起こし、その後「ガンモ」('97年)や「ジュリアン」('99年)などで映画監督として活躍してきた(共に脚本も担当)ハーモニー・コリンによる2007年の監督作で、第60回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」出品作品です。英・仏・米の合作映画で、マイケルが路上でインパーソネーターをしているのがパリで、インパーソネーターたちによるコミュニティがあるのがスコットランド、彼らが模している人物が殆ど米国の有名人と、まさに3国入り交じっている感じです。

ミスター・ロンリー07.jpg 更には、マイケルを演じたディエゴ・ルナはメキシコ出身の俳優、マリリンを演じたサマンサ・モートンは英国出身(「マイノリティ・リポート」('02年))、チャップリンを演じたドニ・ラヴァンはフランス人俳優、神父を演じたヴェルナー・ヘルツォークはドイツの映画監督で(「フィツカラルド」('82年))、レナード役のレオス・カラックスはフランスの映画監督(「ポンヌフの恋人」('91年)、「ポーラX」('99年))、ローマ法王を演じたジェームズ・フォックスは英国の俳優(「日の名残り」('93年))、エリザベス女王を演じたアニタ・パレンバーグ(「バーバレラ」('68年/伊・仏))はイタリアの女優と多様です(サブストーリーとしてあるヴェルナー・ヘルツォークが演じる神父がいる修道院はどこの国かよく分からないし、ほぼ、無国籍映画と言っていいのでは)。

ミスター・ロンリー  .jpg 北千住のシネマブルースタジオで「自分の人生を生きる 特集」のラストを締め括る1本として上映されたのを観ましたが、この作品が最も特集のタイトルに沿っていました。主人公はマイケル・ジャクソンに憧れ、焦がれ、いつしか「マイケル」としてしか生きられなくなってしまってアイデンティティを見失い、日々ストリート・パフォーマーとして物真似をしながら生きている孤独な若者であり、そんな彼がマリリン・モンローのインパーソネーターと出会って、彼女の導きでコミュニティを訪れます。

ミスター・ロンリー08.jpgミスター・ロンリー05.jpg 当初は理想郷のようにも思えたコミュニ>ティでしたが、次第にそうでもないらしことが窺えるようになります。そこにいる"他者としてしか生きられない"インパーソネーターたちは常に神経症的であり、コミュニティがある種ヘイブン(避難所)乃至サナトリウミスター・ロンリー6.jpgム(療養所)のような機能を果たしているようにも見えます。彼らは、メンバー総出演の「史上最大のショー」を企画しますが、実施されたショーは、楽しいものというより、インパーソネーターがひたむきさに演じれば演じるほど、彼らの哀しみが滲み出てくるようなものでした(チャップリンのインパーソネーターが演じたのは「大酔(たいすい)(午前一時)」 ('16年/米)か。結構マニアック)。もとより観客もまばらで、興行的にも大失敗、そして遂にある悲劇が起き、それを機に、マイケルはパリに戻り、コミューンで出会った人々のことを回想しつつも新たな決断をします。

マイ・アメリカ―立木義浩ノンフィクション (1980年)
myAMERICA.jpgマイ・アメリカ.jpg立木 義浩 『マイ・アメリカ』.jpg かつて写真家・立木義浩氏の『マイ・アメリカ』('80年/集英社)という本を読んで、アメリカにはタレントのそっくりさんだけを集めたプロダクションがあり、チャップリン、ウッディ・アレン、チャールズ・ブロンソン、ロバート・レッドフォードなど多くの"有名人なりきり人間"(当時まだインパーソネーターという言葉は日本に入って来ていない)がいるということを知りました。著者は、ロスにあるモンローのそっくりさんの住まいを訪ね、それが侘びしいアパートであることにちょっとしんみりさせられます。それでもカメラを向けると彼女自身はモンローになり切ってしまうので、おかしいというより哀しい気分になったというのを、この映画を観て思い出しました。

ミスター・ロンリー 0.jpg タイトル通りの「ミスター・ロンリー」の曲がオープニングシーンからよくマッチしています。予告編のキャッチは「かりものの人生の、ほんものの幸せ」。月並みですが、人は皆、いつか自らの孤独と向き合わなければならない時が来るといったところでしょうか。たとえ、コミュニティで"永遠の子供"のように暮らしていたとしても。但し、ハーモニー・コリン監督は、コミュニティに残るの者や死んでいった者ミスター・ロンリーes.jpgにも、暖かい視線を注いでいるように思えました。いい映画でしたが、ところどころで挿入されるノン・パラシュートでスカイダイビングする修道院のシスターたちの"奇跡"と"悲劇"のエピソードは、やや寓話的すぎて理解しにくかったでしょうか。

三ばか大将1.jpg三ばか大将.jpg三ばか大将図2.jpg インパーソネーターたちの中に「三ばか大将」のそっくりさんもいて、ちょっと懐かしかったです。マイケル・ジャクソンが幼少時に「三ばか大将」の大ファンだったのは有名で、特にデブのカーリーのものまねをしていたと明言しています(このカーリーを演じた喜劇役者は、1952年に48歳の若さで死去し、日本で放送されたころには既に亡くなっていたことを最近知った)。

「三ばか大将」The Three Stooges(ABC 1949~52(第1期))○日本での放映チャネル:日本テレビ(1963.06~64.11)

ミスター・ロンリーc2.jpg「ミスター・ロンリー」●原題:MISTER LONELY●制作年:2007年●制作国:イギリス・フランス・アメリカ●監督:ハーモニー・コリン●製作:ナージャ・ロメイン●脚本:ハーモニー・コリン/アヴィ・コーリン●撮影:マルセル・ザイスキンド●音楽:ジェイソン・スペースマン/サン・シティ・ガールズ(イメージソング:「ミスター・ロンリー」(1964年発売)ボビー・ヴィントン)●時間:111分●出演:ディエゴ・ルナ/サマンサ・モートン/ドニ・ラヴァンサマンサ・モートン Samantha Morton.jpgミスター・ロンリー06.jpg/ヴェルナー・ヘルツォーク/レオス・カラックス/ジェームズ・フォックス/ジョセフ・モーガン/アニタ・パレンバーグ ●日本公開:2008/02●配給:ギャガ・コミュニケーションズ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-01-16)(評価:★★★☆)
Samantha Morton
サマンサ・モートン マイノリティ・リポート.jpgサマンサ・モートン in 「マイノリティ・リポート」('02年)

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実話がベース。予定調和だが、俳優陣の演技力のお蔭で感情移入できた。

ザ・ファイター dvd .jpg 
「ザ・ファイター」クリスチャン・ベイル/マーク・ウォールバーグ
ザ・ファイター01.jpg ミッキー・ウォード(マーク・ウォールバーグ)の異父兄のディッキー・エクランド(クリスチャン・ベイル)は、かつてシュガー・レイ・レナードをダウンさせたことがあり(実はスリップダウンだったようだが)、地元ではローウェルの誇りと呼ばれているが、試合に敗れた落胆から麻薬依存症になってしまった上に、その短気で怠惰な性格から破綻した日々を送っている。一方、弟であるミッキーは才能に恵まれず、世界チャンピオンなどは遠い夢である。それでもミッキーに過度の期待を寄せる過保護の母親アリザ・ファイター02.jpgス(メリッサ・レオ)と、かつて名ボクサーだった兄のディッキーに言われるがままに試合を重ねるが、一度も勝利を収めることが出来ず、次第に家族の絆もボロボロになっていく。そんな中、薬物中毒の兄ザ・ファイター クリスチャン・ベール .jpgディッキーが警官を殴る騒ぎを起こして監獄送りに。人生のどん底まで落ちた兄を見て、ミッキーは彼と縁を切る決断をする。ミッキーを支え続けるガールフレンドのシャーリーン(エイミー・アダムス)と共に再起をかけてトレーニングを重ねるが、そんなミッキーに、ディッキーは監獄の中からもアドバイスを送り続ける。どんなに弟に拒否されても、弟を応援し続ける兄ザ・ファイター05.jpg。そして、兄の出所の日、ミッキーはディッキーをふたたびコーチに迎え、二人三脚で再度世界の頂点を目指し始める―。

 2010年公開のデヴィッド・O・ラッセル監督作で、実話に基づいた話であるとのこと。第83回アカデミー賞で作品賞など6部門にノミネートされ、助クリスチャン・ベール メリッサ・レオ.jpg演男優賞(クリスチャン・ベール)、助演女優賞(メリッサ・レオ)の2冠を獲得しています(ゴールデングローブ賞でも5部門にノミネートされ、同じく助演男優賞、助演女優賞の2冠を獲得、第16回放送映画批評家協会賞でも助演男優賞、助演女優賞を受賞し、更にメリッサ・レオは2010年・第76回ニューヨーク映画批評家協会賞助演女優賞も受賞している)。

第83回アカデミー賞 助演男優賞・クリスチャン・ベール(「ザ・ファイター」)、主演女優賞・ナタリー・ポートマン(「ブラック・スワン」)、助演女優賞・メリッサ・レオ(「ザ・ファイター」)、主演男優賞・コリン・ファース(「英国王のスピーチ」)

ザ・ファイター11.jpgザ・ファイター03.jpg クリスチャン・ベール(「ダークナイト」('08年))が演じた、かつては天才と言われたボクサーだったが今は自堕落な生活を送り、それでも弟ミッキーのボクサー人生に何とか関わろうとする兄ディッキーのキャラが立っていました。加えて、メリッサ・レオ演じる過干渉の母親のキツさも。この兄と母親と彼女の7人の娘(何れもバカっぽい異父姉妹軍団)に対抗するのがエイミー・アダザ・ファイター04.jpgザ・ファイター9.jpgムス演じるミッキーの恋人シャーリーンで、エイミー・アダムスも、ゴールデングローブ賞とアカデミー賞の両方で助演女優賞にノミネートされています。息子と家族の分断に悩まされ、しかもすべてにおいて主導権を妻に握ザ・ファイター12.jpgられ、それでも息子の将来に心を砕く父親役のジョージ・ウォードも良かったし、こうなると、一番キャラが立っていないのが、マーク・ウォールバーグ(「ザ・シューター/極大射程」('06年))がペイン&ゲイン 史上最低の一攫千金.jpg演じた主人公のミッキーのような気もしますが、彼は肉体で勝負といったところでしょうか。出演料よりも肉体改造のためにトレーナーに払った費用の方が高かったとのことですが、演技そのものはそう悪くなかったように思います(マーク・ウォールバーグはその後「ペイン&ゲイン 史上最低の一攫千金」('13年)でジムトレーナー役を演じることになり、更に筋肉を増量することに。共演は「スコーピオン・キング」('02年)のドウェイン・ジョンソン)。

 ストーリーは、実話ベースとは言え、定番と言えば定番であり、こうした予定調和的な話では俳優の演技力が感情移入できるかどうかにかかってきますが、主要な役柄で下手な人はいなくて(むしろ上等。何せ、内2人はアカデミー賞の演技)、感情移入できる、いい映画でした(最後、ディッキーがそれまでのトラブルメーカー的な彼から変貌を遂げるのは、感動的だった)。重要なウェイトを占めるボクシングの試合シーンもよく撮れていたように思います(普通のシーンでもハンディカメラを多用している。慣れるまでちょっと時間がかかったが、リズム感のある小気味の良い映画を撮る監督だと思った)。

マーク・ウォールバーグ.jpgマット・デイモン.jpg 当初ディッキーはマット・デイモン(「ボーン・アイデンティティー」('02年))が演じる予定だったがスケジュールの都合で降板し、次の候補となったブラッド・ピットもまた他作品の出演を理由に降板、最終的にクリスチャン・ベールが務めることになりましたが、それでアカデミー賞獲得(!)かあ。因みに、クリスチャン・ベールは英国ウェールズ出身です。

マーク・ウォールバーグ(1971年生まれ)/マット・デイモン(1970年生まれ)

 主演のマーク・ウォールバーグはスウェーデン、アイルランド、イングランド、フランス系カナダ人の血を引くそうで、マット・デイモンと見た目が似ていますが(マット・デイモンもイングランド、スコットランド、フィンランド、スウェーデンの血を引く)、二人が兄弟役だったら、区別がつかなかった? また、シュガー・レイ・レナードが本人役で出演しているほか、警官兼トレーナーのミッキー・オキーフは本人が自分自身を演じています。

 因みに、ミッキー・ウォードが1997年にアルフォンソ・サンチェスを破ってライトウェルター級のチャンピオンとなったWBUは、ボクシング主要4団体(WBA・WBO・WBC・IBF)に比べ影の薄いマイナーな団体で、ミッキー・ウォードがWBU王者になったところで誰も彼には注目していなかったのが、その後、2002年から2003年にかけて"稲妻"アルツロ・ガッティと繰り広げた3連戦の死闘(1勝1敗となったためラバーマッチが行われた)で、その名を広く知られるようになりました。3戦とも激しい打ち合いの試合で、ボクシング史に残る"伝説の試合"と呼ばれています。

 兄ディッキー・エクランドがシュガー・レイ・レナードと闘った試合は、映画では実際の映像を使っているようでした。ネットで観ることができるので、スリップダウンかどうか、自分の目で確認してみるのもいいです。ミッキー・ウォードがアルフォンソ・サンチェスからタイトルを奪い、予想外の展開に実況が「アンビリーバブル!」と叫ぶ試合も、ウォードとアルツロ・ガッティとの歴史に残る名勝負と言われる3連戦の試合も、何れもクライマックスシーンをネットで観ることができます。

ディッキー・エクランド vs.シュガー・レイ・レナード  ミッキー・ウォード vs.アルフォンソ・サンチェス
 

ザ・ファイター0.jpg「ザ・ファイター」●原題:THE FIGHTER●制作年:2010年●制作国:アメリカ●監督:デヴィッド・O・ラッセル●製作:デイヴィッド・ホバーマン/トッド・リーバーマン/ライアン・カヴァノー/マーク・ウォールバーグ/ドロシー・オーフィエロ/ポール・タマシー●脚本:スコット・シルヴァー/ポール・タマシー/エリック・ジョンソン●撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ●音楽:マイケル・ブルック●時間:115分●出演:マーク・ウォールバーグ/クリスチャン・ベール/エイミー・アダムス/メリッサ・レオ/ミッキー・オキーフ/シュガー・レイ・レナード●日本公開:2011/03●配給:ギャガ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(17-11-20)(評価★★★★)
The Fighter (2010)

マーク・ウォールバーグ in「ザ・シューター/極大射程」('06年/米)/クリスチャン・ベール in「ダークナイト」('08年/米・英)
ザ・シューター/極大射程 1.jpg ダークナイト2.jpg

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主人公が "彼女の秘密"に気づく場面はミステリの謎が明かされるようで白眉。

愛を読むひとdvd 2008.jpg 愛を読むひと .jpg 朗読者 新潮文庫.jpg タイタニック bvd.jpg
愛を読むひと<完全無修正版> [DVD]」ケイト・ウィンスレット ベルンハルト・シュリンク『朗読者 (新潮文庫)』「タイタニック(2枚組) [AmazonDVDコレクション]
愛を読むひと 01.jpg 第二次世界大戦後のドイツ。15歳のマイケル(ダフィット・クロス)は、体調が優れず気分が悪かった自分を偶然助けてくれた21歳も年上の女性ハンナ(ケイト・ウィンスレット)と知り合う。猩紅熱にかかったマイケルは、回復後に毎日のように彼女のアパートに通い、いつしか彼女と男女の関係になる。ハンナはマイケ愛を読むひと 03 2.jpgルが本を沢山読む子だと知り、本の朗読を頼むようになる。彼はハンナのために『オデュッセイア』や『犬を連れた奥さん』などを朗読する。ある日、ハンナは働いていた市鉄での働きぶりを評価され、事務職への昇進を言い渡されると、マイケルの前から姿を消愛を読むひと80.jpgしてしまう。理由がわからずにハンナに捨てられて8年が経ったある日、ハイデルベルク大学法学部生となったマイケルは、ロール教授(ブルーノ・ガンツ)のゼミ研究のためにナチスの戦犯を裁くアウシュビッツ裁判を傍聴し、被告席の一つにハンナの姿を見つける。彼女は第二次世界大戦中に強制収容所で看守をしていたのである。裁判はハンナに不利に進み、彼女は無期懲役の判決を受ける―。
 
Der Vorleser(ドイツ語paperback)/Bernhard Schlink
Der Vorleser.jpgベルンハルト・シュリンク.jpg 2008年のアメリカ・ドイツ合作映画で、監督は英国人のスティーブン・ダルドリー、原作は1995年に出版されたベルンハルト・シュリンク(Bernhard Schlink)の長編小説『朗読者』('00年/新潮社、原題:Der Vorleser/The Reader)です。映画は(終盤に主人公がニューヨークへ行く場面を除き)ドイツで撮影されていますが、英語による製作であるため、主人公の名前も、原作のミヒャエルからマイケルになっています。但し、少年時代のマイケルを演じたダフィット・クロスはドイツの俳優、母親を演じたズザンネ・ロータもドイツ人女優、法学部のロール教授はスイス出身のブルーノ・ガンツが演じていてます。ハンナ役のケイト・ウィンスレットは英国人女優、成人してからのマイケルを演じたレイフ・ファインズも英国人俳優、アウシュヴィッツの生存者母子ローゼ・マーターとイラーナ・マーターの二役を演じたレナ・オリンはスウェーデン出身、若き日のイラーナを演じたアレクサンドラ・マリア・ララはルーマニア人、成人したマイケルの娘を演じたハンナー・ヘルツシュプルングは、これまたドイツ人女優です(アメリカ人、いないね)。

愛を読むひとes.jpg 先に原作を読みましたが、かつて齋藤美奈子氏が「包茎小説」と呼んでいたのを思い出しました。15歳のミヒャエルと21歳年上のハンナが出会い、男女の関係を持って別れるまでを描いた第1章だけならば、確かに"筆おろし"小説と言えなくもなく、元判事で法学部教授である作者がこういうの書くのが興味深いと思いました。しかし、第2章の裁判の場面はまさにキャリアに裏打ちされたもので、作品に深みを与えることにも繋がっているように思いました。小説はこれに、裁判以降の主人公とハンナの話を描いた第3章を加えた3つの章から成ります。

レイフ・ファインズ(現在のマイケル)/ダフィット・クロス(少年時代のマイケル)
愛を読むひとralph_fiennes_in_the_reader.jpg愛を読むひと kurosu.jpg 一方の映画の方は、1995年の主人公マイケルの「現在」を軸に、1958年の15歳の時にハンナと出会った少年期、1966年のハンナの裁判を偶然傍聴することになった法学部生愛をよむ人 s.jpg時代、1976年のマイケルが本を朗読しテープに録音して、それを獄中のハンナに送ることを思いついた時期、1980年のハンナから届いた短い文章の礼状にマイケルが感動した出来事、1988年の20年の刑に減刑されたハンナが釈放されることが決まった時などとの愛を読むひと ブルーノ・ガンツ.jpg間を行き来する形をとっていますが、概ね原作に忠実であるといっていいでしょう(マイケルが離婚して娘となかなか会えないでいるといった現況は映画のオリジナル。あとは、ブルーノ・ガンツ演じる教授のウェイトが原作より大きくなって、主人公に精神的に導き支えるという点で、原作における主人公の父親である哲学教授の役割を一部代替していたりする)。

ブルーノ・ガンツ(後ろ)

愛を読む人aioyomu.jpg 原作でも言えるのは、ハンナが幾つか謎を抱えている女性であるという点であり、①なぜマイケルと交わるようになったのか?(単なる気まぐれ?)、②なぜ裁判で不利になることを承知で自らの"秘密"を明かさなかったのか?(主人公がその"秘密"に気づく場面は、ミステリの謎が明かされるようで、原作でも映画でも白眉)、③そして最後に彼女がとった行動の理由は?―等々。映画を観て、①の理由は、マイケルが彼女にとっての癒しとなる"朗読者"であり、自らを成長させるパートナーであったことが窺えましたが心と響き合う読書案内2.jpg新潮文庫 20世紀の100冊.jpg、②については、映画を観てもまだ解らない部分が残りました。小川洋子氏は、「彼女は疲れ切っていたに違いない。彼女は裁判で闘っていただけではなかった。彼女は常に闘っていたのだ。何ができるかを見せるためではなく、何ができないかを隠すために」としています(『心に響き合う読書案内』('09年/PHP新書)。この原作は、関川夏央氏の『新潮文庫20世紀の100冊』('09年/新潮新書)にも取り上げられている)。

愛を読む人 ウィンスレット.jpg こうした"秘密"を持つ女性を演じるのは難しいだろうなあと思いますが、それだけ魅力的でもあり、ケイト・ウィンスレット(1975年生まれ)はそこに上手く嵌ったように思います(ニコール・キッドマンが妊娠で降板し、当初の候補だったケイト・ウィンスレットが結局演じることになった)。ケイト・ウィンスレットは、この作品で「タイタニック」('97年)以来4度目のアカデミー賞主演女優賞ノミネート(「助演賞」ノミネートを含むと6度目)にして、初の受賞を果たしています。「タイタニック」で共演したレオナルド・ディカプリオ(1974年生まれ)も、「レヴェナント:蘇えりし者」('15年)で4度目のアカデミー賞主演男優賞ノミネート(「助演賞」ノミネートを含むと5度目)にして初受賞していますが、若い頃から演技の天才などと呼ばれたレオナルド・デカプリオよりもケイト・ウィンスレットの方が受賞は7年早かったことになります。

タイタニック vhs.jpg 「タイタニック」の興行収入は、全米で6.6億ドル、日本で262.0億円(配給収入160.0億円)、全世界で21.9億ドルに達し、「ジュラシック・パーク」('93年)を抜いて当時の世界最高興行収入を記録し、この記録は同じジェームズ・キャメロン監督作品の「アバター」('09年)に抜かれるまで保持され、日本でも「もののけ姫」('97年)を抜いて日本歴代興行収入記録を更新し、「千と千尋の神隠し」('01年)に抜かれるまで記録を保持していました。逆に、これほどヒットすると劇場に観に行かなかったりして、結局ビデオで観てしまいましたが、「アビス」('89年)の監督によるCG映画だと思って軽く見ていてのが、結構ドラマ部分もしっかりしていて、事前の予想よりも良かったです。

 ケイト・ウィンスレット演じるローズは1等客室の客、レオナルド・ディカプリオ演じるジャックは3等客室の客。「船」って階層社会の縮図だなあ。階級差を超えた恋という定番の設定ですが、意外と感情移入できたのは、振り返ってみれば二人の演技がしっかりしていたのかも。個人的には、昔、八戸と苫小牧間のフェリーで1等の個室部屋がとれなくて2等の部屋に雑魚寝部屋にいったん入ったのを思い出しました。すぐに1等のキャンセル待ちに並んで、窓ありの個室部屋に移りましたが、やはり天と地の差があったなあ(笑)。学生時代は、雑魚寝部屋で伊豆大島に行ったりしていましたが、その頃は全然抵抗なかったけれど...。

ケイト・ウィンスレット in「いつか晴れた日に」('95年)/「タイタニック」('97年)
いつか晴れた日に ケイト・ウィンスレット2.jpg 「タイタニック」デカプリオ・ウィンスレット.jpg
ブルーノ・ガンツ in「ヒトラー~最期の12日間~」('04年)
「ヒトラー」ガンツ.gif

愛を読むひig.jpg「愛を読むひと」●原題:THE READER●制作年:2008年●制作国:アメリカ・ドイツ●監督:スティーブン・ダルドリー●製作:アンソニー・ミンゲラ/シドニー・ポラック/ドナ・ジグリオッティ/レッドモンド・モリス●脚本:デヴィッド・ヘアー●撮影:クリス・メンゲス●音楽:ニコ・マーリー●原作:ベルンハルト・シュリンク「朗読者」●時間:124分●出演:ケイト・ウィンスレット/レイフ・ファインズ/ダフィット・クロス/ブルーノ・ガンツ/レナ・オリン/アレクサンドラ・マリア・ララ/ハンナー・ヘルツシュプルング/ズザンネ・ロータ●日本公開:2009/06●配給:ショウゲート●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(17-09-19)(評価★★★★)

タイタニック (1997年3.jpgタイタニック (1997年0.jpg「タイタニック」●原題:TITANIC●制作年:1997年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ジェームズ・キャメロン●製作:ジェームズ・キャメロン/ジョン・ランドー●撮影:ラッセタイタニック (1997年2.jpgル・カーペンター●音楽:ジェームズ・ホーナー(主題歌:セリーヌ・ディオン「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」●時間:194分●出演:レオナルド・ディカプリオ/ケイト・ウィンスレット/ビリー・ゼイン /デビッド・ワーナー/フランシス・フィッシャー/ダニー・ヌッチ/ジェイソン・ベリー/エイミー・ガイバ/ビル・パクストン/グロリア・スチュアート/スタイタニック (1997年1.jpgージー・エイミス/ルイス・アバナシー/キャシー・ベイツ/バーナード・ヒル /ジョナサン・ハイド/ヴィクター・ガーバー/マーク・リンゼイ・チャップマン/ヨアン・グリフィズ/エドワード・フレッチャー /エリック・ブレーデン/マイケル・エンサイン/バーナード・フォックス/●日本公開:1997/12●配給:20世紀フォックス(評価★★★★)

 

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エトランゼの孤独。佳作だが、賞を獲りまくるほどの映画かなあという気もする「ロスト・イン」。
ロスト・イン・トランスレーション  dvd2.jpgロスト・イン・トランスレーション  dvd.jpg ロスト・イン・トランスレーション001.jpg  マリー アントワネット 2006 DVD .jpg
ロスト・イン・トランスレーション [DVD]」「ロスト・イン・トランスレーション [DVD]」/「マリー・アントワネット」チラシ
ロスト・イン・トランスレーション003.jpg サントリーウイスキーのテレビCMに200万ドルで出演するために来日した年配のハリウッド俳優ボブ・ハリス(ビル・マーレイ)は、異国で言葉も通じず孤独を感じていた。同じホテルに滞在していたロスト・イン・トランスレーション004.jpgシャーロット(スカーレット・ヨハンソン)は大学を卒業したてで結婚したばかりだが、セレブ写真家の夫ジョン(ジョバンニ・リビシ)は仕事に忙しく、彼女もボブと同じく孤独だった。シャーロットは夫が自分よりも、若く人気のある女優ケリー(アンナ・ファリス)のようなセレブなモデルに興味があるのではないかと不安を抱く。ボブの方は、長年の夫婦生活に疲れ、"中年の危機"にある。ある晩、長時間の撮影を終え、ホテルのバーでロスト・イン・トランスレーション009.jpg疲れを癒していたボブに、ジョンや友人達といたシャーロットが気づき、ウエイターに日本酒を渡してもらう。2人はホテル内で顔を合わせる内に親しくなる。シャーロットは日本の友人に会う時にボブを誘い、二人は共に日米の文化の違い、世代間のギャップを経験しながらロスト・イン・トランスレーション014.jpg東京の夜を冒険する。ボブが発つ前々夜、彼はホテルのバーのバンド歌手にアプローチされ、翌朝目を覚ますと彼女が部屋にいて、どうやら一夜を共にしたらしい。シャーロットがボブを朝食に誘いに部屋に行くとその女性がいたため、しゃぶしゃぶの昼食時の空気が悪くなる。その夜、ホテルの火災報知機が鳴るアクシデントがあり、ボブとシャーロットはお互いが寂しかったことを伝えて和解する。そして翌朝、ボブは米国へ帰ることになっていた―。

ロスト・イン・トランスレーション チラシ0.jpg 2003年公開の「ロスト・イン・トランスレーション」は、ソフィア・コッポラ監督の、ジェフリー・ユージェニデスの『ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹』('01年/ハヤカワepi文庫)を原作とする「ヴァージン・スーサイズ」('99年)に次ぐ第2作で、400万ドルの少予算と27日間で撮影されたこの作品は、本国で4400万ドルの興業収入という成功を収め、2004年のゴールデングローブ賞の脚本賞(ソフィア・コッポラ)、ミュージカル・コメディ部門の作品賞、同主演男優賞(ビル・マーレイ)の3部門で受賞、アカデミー賞では主要4部門(作品賞・監督賞・主演男優賞・オリジナル脚本賞)にノミネートされて脚本賞を受賞し、インディペンデント・スピリット賞も作品賞・監督賞・主演男優賞を受賞、ソフィア・コッポラは新鋭若手監督として一躍注目される存在になりました。ビル・マーレイとスカーレット・ヨハンソンは、英国アカデミー賞の主演男優賞と主演女優賞もそれぞれ受賞し、ビル・マーレイはさらにニューヨーク映画批評家協会賞・全米映画批評家協会賞・ロサンゼルス映画批評家協会賞の各主演男優賞を受賞しており、ソフィア・コッポラはニューヨーク映画批評家協会賞の監督賞を受賞―といった具合に、賞を獲りまくった作品と言えるかもしれません。

ロスト・イン・トランスレーション007.jpg 新宿のパークハイアットホテルのスィート・ルームやバーから始まって、渋谷のクラブやカラオケボックスなど主人公の2人が巡る先々において、外国人から見たTOKYOという都市の生態が上手く描かれているように思いました。また、それが、共にエトランゼである2人の孤独を映し出し、孤独な者同士であるゆえに2人が接近していくプロセスも自然であるし、ところどころにユーモアも織り込まれていたりして、その分、ラストの別れの切なさも際立っています。2人の関係がプラトニックなまま続き、そのままで終わるのもいいです。

ロスト・イン・トランスレーション   .jpgロスト・イン・トランスレーション002.jpg ビル・マーレイの演技も渋いし、スカーレット・ヨハンソンも悪くないです。ビル・マーレイは喜劇のイメージがあるので、演技の幅の広さを感じました。スカーレット・ヨハンソンは、今やすっかり肉体派アクション女優になってしまいましたが、幼い頃から演劇教室(リーストラスバーグ・シアターインスティテュート・フォー・ヤングピープル)に通い、8歳のときオフ・ブロードウェイにデビュー、10歳で映画デビューし、本作出演時は(シャーロットは大学を卒業したてという設定だが)まだ18歳でした。スカーレット・ヨハンソンは、女優人生のこの時でないと出来ない演技をしているように思います。

ロスト・イン・トランスレーション しゃぶ.jpg この映画に関しては、日本人を上から目線で戯画化していて、日本や日本人を馬鹿にしているといった批判も一部にあるようですが、その点はそれほど気になりませんでした。例えば、ボブがシャーロットとしゃぶしゃぶ料理店に行って、「自分で料理する店だなんて」と憤慨しているのも、歌手の女性と一夜を共にしてしまったことをシャーロットに知られた気まずさから、しゃぶしゃぶ料理店に八つ当たりしているという、いわばユーモアの構図なのでしょう(「ぐるなび」の渋谷「しゃぶ禅」のページに「ロストイントランスレーションで使われた席」という写真が今も出ている)。

Sofia Coppola & her Father Francis Ford Coppola.jpgソフィア・コッポラ.jpg 佳作ではありますが、そんなにたくさん賞を獲るほどの映画かなあという気もします。ソフィア・コッポラ監督の才能は、他の作品をもっと観てみないと分からないといった感じでしょうか。スカーレット・ヨハンソンを見るとソフィア・コッポラ監督の演出力を感じますが、ビル・マーレイを見ると、俳優が元々有している実力のような気もします。

Sofia Coppola (1971- )
Sofia Coppola & her Father Francis Ford Coppola

マリー アントワネット 2006_1.jpg そこで、ソフィア・コッポラ監督の次の作品「マリー・アントワネット」('06年)も観てみましたが、何でこんな駄作を撮ってしまったのかなあという感じでした。主演は「ヴァージン・スーサイズ」のキルスティン・ダンストで、撮影はフランスのヴェルサイユ宮殿で行われましたが(撮影料は1日1万6千ユーロで、3か月かかったという。製作費は4000万ドルで前作の10倍)、カンヌ国際映画祭に出品された際に、プレス試写ではブーイングが起き、フランスのマリー・アントワネット協会の会長も「この映画のせいで、アントワネットのイメージを改善しようとしてきた我々の努力が水の泡だ」とコメントしたとのことです。

マリー アントワネット 2006 8.jpg ものすごく時代がかった背景でしたが(アカデミー賞衣装デザイン賞を受賞)、14歳から33歳までのマリー・アントワネットを演じたキルスティン・ダンストは当時24歳で、一人その演技だけが現代の女子大生みたいで、周囲からすごく浮いていたように思います。Wikipediaによると、「根本的なテーマが誰も知る人のいない異国にわずか14歳で単身やってきた少女の孤独である点は、監督の前作の『ロスト・イン・トランスレーション』と類似している」とのことで、ナルホドね。どうやらソフィア・コッポラ監督はこうしたテーマを追い続けているようですが、この作品に関して言えば、オーストリアからフランスにやって来た少女というより、21世紀のアメリカから18世紀のフランスにタイムスリップした女子大生といった感じでしょうか。「ヴァージン・スーサイズ」から連なる"ガーリームービー"の系譜ともとれます。この作品を支持する人もいますが、個人的には、ソフィア・コッポラ監督の作品は、出来不出来のムラが大きいのかもしれないと思いました(この作品を支持する人はおそらく、歴史モノとしてではなく、ガーリームービーとしてこの作品をとらえたのではないか)。

「マリー・アントワネット].jpg「マリー・アントワネット]2.jpgマリー・アントワネットのウィーン時代の飼い犬、パグ犬モップス(映画では、お輿入れの際にマリーとモップスは引き離されてしまうが、それがフランスに行ってからのマリーの夢の中に現れて、却ってマリーがつらい思いをする)が、2001年から始まったカンヌ国際映画祭で優秀な演技を披露した犬に贈られる賞「パルム・ドッグ賞」を受賞していますが、何か皮肉が込められた受賞なのかなとも思ってしまいます。


ゴーストバスターズ ビル・マーレイ.jpg3人のゴースト SCROOGED 1988  ビル.jpgビル・マーレイ in「ゴーストバスターズ」(1984)/「3人のゴースト」(1988)(原作:チャールス・ディッケンス「クリスマス・カロル」)
   
スカーレット・ヨハンソン ママの遺したラヴソング.jpgスカーレット・ヨハンソン マッチポイント.jpgスカーレット・ヨハンソン in「ママの遺したラヴソング」(2004)ゴールデングローブ賞 主演女優賞(ドラマ部門)ノミネート/「マッチポイント」(2005)ゴールデングローブ賞 助演女優賞ノミネート
   

「ロスト・イン・トランスレーション」 (03年/米).jpglost in translation 2003 .jpg「ロスト・イン・トランスレーション」●原題:LOST IN TRANSLATION●制作年:2003年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ソフィア・コッポラ●製作:ソフィア・コッポラ/ロス・カッツ(製作総指揮:フランシス・フォード・コッポラ/フレッド・ルース)●撮影:ランス・アコード●音楽:ブライアン・レイツェル/ケヴィン・シールズ●時間:102分●出演:ビル・マーレイスカーレット・ヨハンソンスカーレット・ヨハンソン『エスクワイア』.jpgスカーレット・ヨハンソン『ヴァニティ・フェア』.jpg/ジョバンニ・リビシ/アンナ・ファリス/フランソワ・デュ・ボワ/キャサリン・ランバート/ティム・レフマン/藤ロスト・イン・トランスレーション015.jpg井隆●日本公開:2004/04●配給:東北新社●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(17-04-17)(評価★★★☆)
スカーレット・ヨハンソン in 『エスクワイア』『ヴァニティ・フェア』/in「ロスト・イン・トランスレーション」

マリー・アントワネット (通常版) [DVD]
マリー・アントワネット dvd.jpgマリー アントワネット 2006s.jpg「マリー・アントワネット」●原題:MARIE-ANTOINETTE●制作年:2006年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ソフィア・コッポラ●製作:ソフィア・コッポ「マリー・アントワネット]3.jpgラ/ロス・カッツ(製作総指揮:フランシス・フォード・コッポラ/フレッド・ルース/ポール・ラッサム)●撮影:ランス・アコード●原作:アントニア・フレイザー「マリー・アントワネット」●時間:122分●出演:キルスティン・ダンスト/ジェイソン・シュワルツマン/アーシア・アルジェント/マリアンヌ・フェイスフル/ジュディ・デイヴィス/ジェイミー・ドーナン/リップ・トーン/スティーヴ・クーガン/ローズ・バーン●日本公開:2007/01●配給:東宝東和=東北新社●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(17-05-02)(評価★★)

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お茶を飲む前に逡巡したポワロ。どこまでが演技だったのか考えると興味深い。

名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩 2003.jpg名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩 ロード.jpg 名探偵ポワロ/杉の柩   dvd.jpg 名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩  00.jpg
名探偵ポワロ ニュー・シーズン DVD-BOX 1」「名探偵ポワロDVDコレクション 52号 (杉の柩) [分冊百科] (DVD付)

名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩 02.jpg名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩 00.jpg 裁判で、被告エリノア・カーライが、殺人罪で裁かれている。数カ月前、エリノアは婚約者ロデとハンタベリー・ハウスの叔母ローラ・ウェルマンを訪ねていたが、そこに庭師の娘で幼なじみのメアリーがニュージーランドから帰って来ていた。数日前にエリノアは、"雪のように白い"人物が叔母の遺産の横取りするという悪意のある手紙を受け取っていた。エリノアは叔母の主治医ロードに相談、ロードは知り合いのポワロを紹介し、自ら手紙を持参し来談する。ロディはメアリーとの再会を喜んでいた。叔母は発作を起こし、弁護士を依頼して名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩 03.jpgメアリーに遺産を遺そうとしているようにみえた。夜中、エリノアは別部屋でロディがメアリーと抱き合っているのを目撃した直後、叔母の容態が急変し急死、遺言書は無く、遺産は全て最も身近な姪のエリノアに行くことになる。ロディの心が自分から離れてしまったことで、エリノアは彼との婚約を解消し、メアリーには七千ポンドを譲ることに。叔母の看護師ホプキンズとオブライエンの薦めで遺言書を作ったというメアリーは名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩 04.jpg、ニュージーランドの叔母に自分の遺産が渡るようにしたとエリノアに話す。エリノアは家政婦に暇を出し、自分で昼食用のサンドイッチを作って、メアリーにサケのサンドを、自分とホプキンズとでエビとカニのサンドを食べる。お茶を飲んだ暫く後、メアリーが居間のソファーで死んでいる見つかる。毒物はモルヒネで、叔母の死体が掘り返され、司法解剖の結果これもモルヒネ死だったことがわかる。庭師テッドはメアリーが好きだったが、最近メアリーは人が変わったようにお高くとまっていたとポワロに話す。マースデン警部はエリノアを容疑者として逮捕する。ロード医師は彼女が殺人犯のはずがないと言うが、ポワロはエリノア犯人説を主張する。そして裁判ではエリノア有罪・絞首刑の判決が下されたのだった。刑の執行まで日が残されていない中、ポワロはエリノアの無実を証明する―。

杉の柩 ミステリ文庫.jpg 「名探偵ポワロ」の第51話(第9シーズン第2話)で2003年製作のロング・バージョン。本国放映は2003年12月26日で、本邦初放映は2005年8月24日(NHK-BS2)。原作はクリスティが1940年に発表した長編推理小説で(原題:Sad Cypress)で、原作もエリノアが法廷に立つ場面から始まる倒叙法を採っています。

 原作では、自分が嫉妬心に駆られていたことを自覚するエリノアが、無罪を主張しながらも、自分が"無意識"にサンドイッチに毒を仕込んだかのような錯覚に陥りかけているという―こうした彼女の揺らめく心理を、心理小説的な手法で描いており、この部分(3部構成の第1部)はいわば"文芸小説"風でもあります。これを映像化するのはなかなか難しかったのではないかと思われますが、それほど不自然にならずにそれをやってみせている点は評価できるかと思います。

 原作でメアリーに想いを寄せるテッドが、ドラマでは庭師の別の男と1つのキャラになって"庭師テッド"になっていました。サンドイッチ食べてお茶飲んだのは室内になっていますが、原作では野外ではなかったでしょうか。ロディはヒトラーを尊敬していたりして、原作よりも良くないキャラになっていました(メアリーに対してもロディの方から働きかけた?)。

名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩 images.jpg ポワロがお茶を飲んで苦しむ振りをするのは、視聴者には分かり易かった演技かも。むしろ飲む前に逡巡した理由が分かりにくかったかもしれません。お茶に毒が入っているかもしれないということではなく、カップの中に入っていたのが、ポワロ自らがすり替えた花瓶の水だったというわけです。ポワロが、エリノアが殺人犯のはずがないと言うロード医師に対し、彼女が犯人であるとしか考えられないと強弁したのは、あれも演技なのでしょうか(もし演技ならば、敢えてそういう振りをするメリットは?)。どこでポワロが犯人が分かったのかが分かりにくかったため、その部分もちょっと分かりにくかったです。

名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩 ケイリー・ライリー.jpg 前作第49話から暗いトーンになっていますが、最後はエリノアの将来に光明が見える終わり方でほっとします(原作が暗示的であるのに対し、かなり明示的と言えるか)。こうなると、ケリー・ライリー演じる、最初は大いに怪しかったけれど結局は殺害されたメアリーが気の毒になります(なんで前の庭師の娘がこんなに厚遇されるのかと思ってしまうが、他に怪しいことが多くあってそこまで気が廻らない?)。

ケリー・ライリー(メアリ)

 因みに、看護師ホプキンズを演じたフィリス・ローガンは、「主任警部モース(第30話)/カインの娘たち」('96年)や「バーナビー警部(第7話)/首締めの森(カラスの森が死を招く)」 ('99年)にも出演しています。

Phyllis Logan THE DAUGHTERS OF CAIN 1996.jpgPhyllis Logan STRANGLER'S WOOD 1999.jpgPhyllis Logan SAD CYPRESS 2003.jpgフィリス・ローガン in「主任警部モース(第30話)/カインの娘たち」('96年)/「バーナビー警部(第7話)/首締めの森(カラスの森が死を招く)」 ('99年)/「名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩」 ('03年)

Sad Cypress .jpg「名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩」●原題:AGAHTA CHRISTIE'S POIROT SEASON9:SAD CYPRESS●制作年:2003年●制作国:イギリス●本国放映:2003/12/26●監督:デビッド・ムーア●脚本:デビッド・ピリ●時間:94 分●出演:デビッド・スーシェ(ポアロ)/エリザベス・ダーモット・ウォルシュ(エリノア) /ルパート・ペンリー・ジョーンズ(ロディ) /ポール・マクガン(ドクター・ロード) /フィリス・ローガン(ホプキンス) /ダイアナ・クイック(ウェルマン夫人) /ケリー・ライリー(メアリ) /ジャック・ギャロウェイ(マーズデン警部)●日本放映:2005/08/24●放映局:NHK‐BS2(評価:★★★☆)
Sad Cypress

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このシーズンから雰囲気が重くなる。緻密にプロットを再現、ドラマ的にも重厚。

名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚  00.jpg名探偵ポワロ 五匹の子豚 dvd.jpg名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚 01.jpg 名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚pigs2.jpg
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名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚_pigs1.jpg名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚a4.jpg ポワロはルーシー・ルマルション(旧姓クレイル)という21歳の女性に、14年前に母キャロラインが画家である父アミアスを殺害した罪で絞首刑になった事件の真相を探って欲しいと依頼される。母キャロラインは処刑される直前に娘ルーシーに自分は無実であるという手紙を遺していたのだ。ポワロは事件を担当した弁護士から事件の概要を聴く。当時アミアスは、妻子がありながら、頼まれてその肖像画を描名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚ges.jpgくことになった大金持ちの美少女エルサ・グリアーに夢中になっていた。アミアスは結婚後も芸術家として何度も女性と付き合っていたが、今回はエルサに公然と一緒に住むよう迫られ、そのためアミアスと妻キャロライ名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚es.jpgンの間で口喧嘩が多発し、当時近くにいた人々もキャロライン自身がアミアスを殺すかもしれないと言っていたのを聞いていた。近所の住人名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚  07.jpgメレディス・ブレイクの薬棚から毒物のコニンが紛失しており、妻がビールグラスに入れて夫を毒殺したことは疑いようも無かった。ポワロは事件の関係者、アミアスの親友でメレディスの弟のフィリップ・ブレイク、エルサ・グリアー、メレディス・ブレイク、当時の家庭教師ミス・ウィリアムズ、キャロラインの異父妹アンジェラの5人を訪ねる。アンジェラは幼い頃、キャロラインが投げつけた文鎮で右目を失明していた。ポワロは、それぞれが語る当時の様子から事件の真相に辿りき、メイドのスプリッグも加えて古い屋敷に関係者が集められ、ポワロによる謎解きが行われる―。

五匹の子豚 文庫2.jpg 「名探偵ポワロ」の第50話(第9シーズン第1話)で2003年製作のロング・バージョン。本国放映は2003年12月14日で、本邦初放映は2005年8月25日(NHK-BS2)。原作はクリスティが1943年に発表した長編推理小説で(原題:Five Little Pigs)で、『スリーピング・マーダー』などと同じく所謂"回想の殺人"物です。
五匹の子豚 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』(クリスティー文庫山本やよい新訳版・真鍋博復刻カバー)

 テレビドラマの方は、第9シーズンの第1作であるこの第50話から製作会社や製作者が変わって転換点を迎え、以降の21話分はそれまでの49話分とがらっと変わってシリアスなトーンになっています(第49話と第50話の間に2年8カ月のブランクがある)。ヘイスティングス、ジャップ警部、ミス・レモンのレギュラー3人が登場しなくなり、これまでユーモラスな描写が結構あったのが極端に減って、全体に暗く重いトーンになっていきます。こうした変化については賛否あるかもしれませんが、この「五匹の子豚」などは原作も結構重い話なので、こうした演出が合っているかもしれません(IMDbの評価スコアは「8.4」とシリーズトップクラス)。

名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚 001.jpg 原作ではルーシーの母キャロラインは死刑を宣告され、その1年後に獄中で死亡したことになっていますが、このドラマ版では死刑を宣告されてすぐに刑死したことになっており、冒頭その処刑シーンから始まるので、かなり暗いです(「クリスティのフレンチ・ミステリー(第7話)/五匹の子豚」では、キャロラインが獄中でまだ生きていた設定に変えられている)。一方で、メレディスの弟のフィリップ・ブレイクが殺害された当の画家アミアスに対して以前からボーイズ・ラブ的な感情を抱いていて、片や幼馴染みのキャロラインにも気があって...といった脚色もされています(フィリップが、寝室に誘い込んだキャロラインにアミアスへの自分のの感情を指摘されて激高するのは、ある種の分裂症気味だが、ここにもまた重いモチーフが設けられていると言える)。

五匹の子豚  .jpg名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚 09.jpg キャロラインが自分が右目を失明させた異父妹アンジェラを守るために敢えて犠牲になろうとする一方、娘のルーシーに自分は無実であることを知っておいて欲しいという、その母としての気持ちが分かるだけにやるせないです。一方で、オリジナルの精緻なプロットは損なわずに映像化しており、ラストのポワロの関係者一同を集めての謎解きにもドラマ的な重厚感がありました。しかし、犯人は憎らしいくらい堂々としていたなあ。ポワロがルーシーに犯人は処罰を受けるだろうと言ったのは、今更死刑になるということではなく(一事不再理か)、生きて精神的な罪苦を受け続けるということなのでしょうが、ここまでエゴイストだと、どれくらい罪の意識を感じるのか。犯人に銃を向けたルーシーの気持ちが分かります(母親の仇ということだからなあ)。

エイミー・マリンズ(Aimee Mullins)
名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚   es.jpgエイミー・マリンズ g.jpg 因みに、ルーシーを演じたエイミー・マリンズ(Aimee Mullins)はアメリカのエイミー・マリンズ tedド.jpg女優で、両脚の骨の一部(腓骨)を持たずに生まれ、1歳で両膝から下を切断、両脚とも義足です。義足エイミー・マリンズ.jpgながらもスポーツをずっと好きでやっていて、5年間ソフトボールをした後、高校からはずっと競技スキーをやり、やがて陸上競技でパラリンピックを目指すようになり、'96年、アトランタ・パラリンピックで女子100Mと走り幅跳びに出場、その後ス―パーモデルとして活躍しながら女優業もこなしているという女性です。但し、この作品に関して言えば、演技力よりもヘアスタイルやメイクアップなどヴィジュアルの方が印象に残るといった感じでしょうか。

ジュリー・コックス(Julie Cox)/ジュリー・コックス in「名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚」/ジュリー・コックス&マーク・ウォレン in「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第2話)/牧師館の殺人」('04年)
Julie Cox2.jpgJulie Cox FIVE LITTLE PIGSド.jpg牧師館の殺人B.jpg エルサ・グリアー役のジュリー・コックス(Julie Cox)とメレディス・ブレイク役のマーク・ウォレンは、ジェラルディン・マクイーワン主演「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第2話)/牧師館の殺人」 ('04年)において、若かりし日のミス・マープルと、その恋人エインズワース大尉をそれぞれ演じています(「若かりし日のミス・マープル」という設定はドラマのオリジナル)。また、キャロライン・クレイル役のレイチェル・スターリング(Rachael Stirling)も、レイチェル・スターリング .jpg名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚Poirot_Five_little_pigs3.JPGグリゼルダ(レイチェル・スターリング).jpg同じ「牧師館の殺人」でグリゼルダ役を演じるなどしていますが、彼女はアガサ・クリスティ原作の映画「地中海殺人事件」('82年/英)で元女優アレーナ・スチュアートを演じたダイアナ・リグの娘です。

レイチェル・スターリング(Rachael Stirling)/レイチェル・スターリング(右)/レイチェル・スターリング in「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第2話)/牧師館の殺人」('04年)

エイミー・マリンズ 9.jpgFive Little Pigs .jpg「名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚」●原題:AGAHTA CHRISTIE'S POIROT SEASON9:FIVE LITTLE PIGS●制作年:2003年●制作国:イギリス●本国放映:2003/12/14●監督:ポール・アンウィン●脚本:ケヴィン・エリオット●時間:100分●出演:デビッド・スーシェ(ポアロ)/エイミー・マリンズ(ルーシー)/ジュリー・コックス(エルサ)/レイチェル・スターリング(キャロライン)/エイダン・ギレン(アミアス)/ソフィー・ウィンクルマン(アンジェラ)/トビー・スティーブンス(フィリップ)/マーク・ウォーレン(メレディス)/ジェマ・ジョーンズ(ウィリアムズ)/パトリック・マラハイド(ディプリーチ)●日本放映:2005/08/25●放映局:NHK‐BS2(評価:★★★★)
Five Little Pigs

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本格推理の色濃い原作のプロットを、丁寧に分かり易く映像化している。

名探偵ポワロ48/白昼の悪魔 dvd.jpg名探偵ポワロ/白昼の悪魔 0_.jpg 
名探偵ポワロ 完全版 Vol.31「白昼の悪魔」 [DVD]」「名探偵ポワロDVDコレクション 17号 (白昼の悪魔) [分冊百科] (DVD付)
名探偵ポワロ/白昼の悪魔1.jpg ヘイスティングスが投資したアルゼンチン・レストランのオープンでポワロは食事中に倒れて入院し、ミス・レモンの手配で、ヘイスティングスに付き添われてヘルス・リゾートホテルのある島に行くことになる。目的の島への船で、記者のパトリックとクリスティンのレッドフ名探偵ポワロ/白昼の悪魔im.jpgァーン夫婦に出会うが、パトリックは島で女優アレーナ・スチュアートと再会し、彼女にべったりになる。ホテルにはアレーナの夫ケネス・スチュアートと彼の息子ライオネルもいて、ポワロとは以前にある殺人事件で知り合ったロザモンド・ダーンリー夫人もいた。ロザモンドはケネスが自分の初恋相手だと言う。ポワロはロザモンドから、アレーナは前夫の死で得た遺産で潤ってい名探偵ポワロ/白昼の悪魔 hotel.jpgるとの話を聞く。ライオネルは継母のアレーナを嫌い、同じく島に来ている活動的な女性エミリー・ブルースター、狂信的な牧師レイン、バリー名探偵ポワロ/白昼の悪魔 00.jpg少佐らも彼女を嫌い、牧師は邪悪視さえしていた。ポワロはホテルでスチーム・バスに入れられ、隣にいた職業不詳のヨット好きの男ブラットと知り合う。彼のヨットは何故か日によって赤い帆だったり白い帆だったりした。ポワロはパトリックにアレーナとの浮気を咎めるが、逆ギレされてしまう。翌名探偵ポワロ/白昼の悪魔35.jpg朝、ポワロとヘイスティングスはピクシー洞窟に船外機付きボートで行こうとするアレーナを目撃するが、そのことを彼女から口止めされる。一方、クリスティンとライオネルはガル洞窟に、それぞれスケ名探偵ポワロ/白昼の悪魔 5.jpgッチと海水浴に出掛ける。パトリックはエミリーを誘ってボートを漕ぎ出し、ピクシー洞窟の浜辺で俯せに倒れているアレーナらしき女性を発見する。急いで上陸して駆け寄った彼は「脈が無い」と言い、エミリーがホテルに通報をすることに。クリスティンは12時からテニスの約束はあるためホテルに引き返していたが、そこにはケネスやヘイスティングスもいて、そこへ「アレーナが殺された」との報が入り、ジャップ警部が島に捜査に入る―。

地中海殺人事件 1982 poster.jpg白昼の悪魔  cb.jpg白昼の悪魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫2.jpg 「名探偵ポワロ」の第48話(第8シーズン第1話)で2001年製作のロング・バージョン。本国放映は2001年4月20日で、本邦初放映は2002年1月2日(NHK)。原作はクリスティが1941年に発表した長編推理小説で(原題:Evil Under the Sun)、ガイ・ハミルトン監督、ピーター・ユスティノフ主演の「地中海殺人事件」('82年/英)の原作でもあります(映画では舞台をアドリア海の孤島に改変している)。
   
名探偵ポワロ/白昼の悪魔4.jpg 原作と比べるとこの映像化作品では、島に滞在している人物の内、あまり事件に関係ないガードナー夫妻がカットされ(原作でも容疑者たり得なかった)、その代り、冒頭に島に来る以前のレイン牧師の教会での狂信的な説教の場面があって、その狂信ぶりが強調されており(後でその狂信ぶりが妻に不倫され逃げられたことからくるものであると分かるがこれはドラマのオリジナル)、また、後で謎解きに関係してくる過去の事件の一場面があります。更に、ケネス・スチュアートの連れ子である"娘"が"息子"に置き換わっています(容疑者の一人であることには変わりない)。
 
名探偵ポワロ/白昼の悪魔 (1).jpg 原作には、ヘイスティングスが投資したアルゼンチン料理のレストランが出てきたり、ポワロが島のホテルで無理やり食事療法をさせられたりスチーム・バスに入れられたりすることもなく、また、ヘイスティングスが名探偵ポワロ/白昼の悪魔ges.jpgポワロの療養にお供して島に来たり、事件後ジャップ警部が島に乗り込んで来た英国バー・アイランド.jpgり、ポワロがミス・レモンに殺害されたアレーナの財務状況や過去の未解決の類似事件について調べてもらったりすることなどもありません。ポワロがほぼ誰からの協力を得ることもなく一人で事件を解決します(『そして誰もいなくなった』のようなクローズド・サークルバー島.jpg型に近いミステリと言える。このドラマ版のロケ地は、クリスティが実際に滞在し、小説を執筆する際にモデルにしたとされるバー・アイランドで、この島は『そして誰もいなくなった』のインディアン島のモデルとも言われている)。

英国デヴォン州バー・アイランドと島に渡るSea Tractor

 このように細部においては原作と異なりますが、プロット的には、本格推理の色濃い凝ったプロットの原作を、出来るだけ端折らずにうまく再現しているように思いました。原作も傑作だと思いますが、唯一の難点は、実際にこのような複雑な犯行が実行可能かということではないかと思います。でも、映像化作品を見ると、少なくとも理論的には実行可能であると改めて思いました(蓋然性が伴うが)。

 牧師の過去についてはドラマの付け足しですが、過去の類似の事件については、事件解決のための重要事項でありながら原作ではそれほど詳しく描かれていなかったように思われ、それを分かり易く映像化しているのは親切だと思いました。また、そのことにより、犯人の動機もより明らかになっているように思いました。ピーター・ユスティノフ主演の映画版でも冒頭で過去の事件を映像化していますが、原作には無い模造宝石の事件とかも出てきて、あまり分かりよくなかったです。ゴージャスさを楽しむなら映画ですが、プロットを楽しむならドラマでしょうか。

Evil Under the Sun
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名探偵ポワロ/白昼の悪魔).jpg「名探偵ポワロ(第48話)/白昼の悪魔」●原題:AGAHTA CHRISTIE'S POIROT SEASON8:EVIL UNDER THE SUN●制作年:2001年●制作国:イギリス●本国放映:2001/04/20●監督:ブライアンEvil Under the Sun_1.jpg・ファーナム●脚本:アンソニー・ホロウィッツ●時間:100分●出演:デビッド・スーシェ(ポアロ)/ヒュー・フレイザー(ヘイスティングス)/フィリップ・ジャクソン(ジャップ警部)/ポーリン・モラン(ミス・レモン)/ティム・ミーツ(スチーブン・レーン)/タムジン・メールソン(クリスチン・レッドファン)/マイケル・ヒッグス(パトリック・レッドファン)/ロジャー・アルボロー(ウェストン警視正)/ケビン・ムーア, ルイス・デラメア(アリーナ・スチュワート)/デビッド・マリンソン(ケネス・マーシャル)●日本放映:2002/01/02●放映局:NHK(評価:★★★★)

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原作をかなり改変しているが、意外性がありこれはこれで楽しめた。

名探偵ポワロ 死との約束(2009).jpg 名探偵ポワロDVDコレクション 8号 (死との約束).jpg 名探偵ポワロ 死との約束(2009) 00.jpg
「名探偵ポワロ 43」「名探偵ポワロDVDコレクション 8号 (死との約束) [分冊百科] (DVD付)

名探偵ポワロ 死との約束Poirot.jpg 1937年のシリア。考古学者ボイントン卿はヘロデ王がヨハネの首を埋めた遺跡を突き止めたと信じ、その発掘は話題となって見学者が訪れていた。ポアロも見学に来ていたし、卿の妻やその子供たちも当地を訪れていた。医師サラ・キングが日射病で倒れ、レイモンド・ボイントンが介抱する。夫である卿の発掘資金を提供しているレオノラ・ボイントン夫人は、子どもたちに対しては独裁者で、彼女の養子であるレイモンド、キャロル、、ジニーは、幼い頃にレオノラに命じられた乳母により折檻されていた。そのため、彼らの中にはレオノラが死ねばいいと言う者もいるし、ボイントン卿の発掘を手伝っている卿の前妻の子レオナードも、義母を名探偵ポワロ 死との約束 es.jpgお母さんとは呼ばない。発掘現場に向かうバスに、ポワロや子どもたち以外に、精神科医のテオドール・ジェラール、修道尼アニエシュ、米国人の投資家ジェ名探偵ポワロ 死との約束(2009) 05.jpgファーソン・コープも同乗し、更に旅行家のウェストホルム卿夫人が合流する。発掘現場に着いてからジェラールはマラリアらしい熱病で倒れキャンプへ戻る。キャンプでは、ハチに刺されたと言っていたレオノラ夫人が、日光浴中に何者かによって刺殺されていた。ちょうど、人身売買の実態を探る密命で当地に来ていたカーバリ大佐がポアロに事件の捜査を依頼する。ポアロの目の前に、亡くなったボイントン夫人の過去の養子や養子候補たちに対する虐待の実態が明らかになり、乳母によれば、今は行方不明だが、レスリーという名前の子も比較的長い期間いた養子だったという。その乳母は、自責の念から浴槽で自殺してしまう。そんな折、ジニーが人身売買組織に拉致されかけて修道尼を石で殴ってしまうという出来事が起きる。ショックを受けるジニーをウェストホルム卿夫人が慰める。事件の全容を把握したポアロは、関係者を集めて真相を説明することにする―。

agatha-christie-poirot-appointment-with-death.jpg 「名探偵ポワロ」の第61話(第11シーズン第4話)で2008年製作のロング・バージョン。本国放映は2009年12月25日で、2009年に英国で放映されたシリーズ新作は本作1本のみです(前年の9月死海殺人事件2.jpg死との約束HM.jpgに英国の一部とスウェーデンで先行放映されている)。本邦初放映は2010年9月16日(NHK-BS2)。原作はクリスティが1938年発表したポアロシリーズの第16作で(原題:Appointment with Death)、マイケル・ウィナー監督、ピーター・ユスティノフ主演で「死海殺人事件」('88年/英)の邦題で映画化されています。

名探偵ポワロ 死との約束 06.jpg 先に映画化されていることを意識したのか、原作をかなり改変してる感じで、殺されるレオノラ・ボイントンが未亡人ではなく、ちゃんと夫がいて、その夫は考古学者として発掘作業をしているということで、この辺りで『メソポタミヤの殺人』のように考古学的モチーフを事件にだぶらせています(原作では、ペトラ遺跡への単なる観光ツアーに皆が参加するという設定になっている)。

 その他、登場人物も微妙に改変し、また原作にある登場人物であってもそのバックグラウンドを変えたりしています。例えば、修道尼や乳母(元乳母)は原作に無いキャラクターであり、また、殺害されるレオノラ・ボイントン夫人は原作では元看守であり、旅行家のウェストホルム卿夫人は原作では英国国会議員であって、そのことが事件の大きなカギとなっています。更に、原作は時間差トリックであり、しかも容疑者の多くが訳あって嘘の証言をするため、話がややこしくなるというものでしたが、この映像化作品では全く別の種類のトリックが用いられています。原作でも映画でも新米医師サラ・キングは夫人の死亡推定時刻について1時間前という正しい見立てをし、この作品でも1時間内という見立てをしますが、ある意味、そのことを知っている視聴者の思い込みを利用したプロットとも言えます(実はこのドラマ版では、後で考えてみてこの点が一番引っ掛かったのだが)。

名探偵ポワロ 死との約束o.jpg 映画の方は、容疑者達の陳述が真実であろうと虚偽であろうと、その陳述に沿った映像化がされているため、後で真実が明らかになった時に違和感があり(起きなかったことが映像化されていることが引っ掛かった)、この問題をドラマ版ではどう扱うのかと思ったら、そもそもトリックからして違っていて、そうした問題が生じる余地がありませんでした。ラストでは登場人物たちのそれまで明かされなかった関係がポワロによって次々と明らかになり、衝撃的というか、これはこれで意外性があって楽しめましたが、ドラマしか観ていない人は、原作または映画と比べてみてはどうでしょうか。異国情緒も十分あり(ロケ地はモロッコのカサブランカとアル・ジャディーダ)、個人的には映画より面白かったように思います。

エリザベス・マクガヴァン(ウェストホルム卿夫人)/ティム・カリー(ウエストホルム卿)/マーク・ゲイティス(レナード)
名探偵ポワロ 死との約束D.jpg名探偵ポワロ 死との約束(2009) ティム.jpg名探偵ポワロ 死との約束(2009) 09.jpg 映画では、ウエストホルム卿夫人を演じたローレン・バコールがピーター・ユスティノフをも凌ぐ貫禄でしたが、このドラマでのウエストホルム卿夫人役はエリザベス・マクガヴァン(「ダウントン・アビー」)です。ボイントン卿を演じたティム・カリー(「THE ROCKY HORROR SHOW  .jpgロッキー・ホラー・ショー」('75年)の変態博士役。「名探偵モンク」にも凶悪犯の役で出ていた)をはじめ、ボイントン夫人を演じたシェリル・キャンベル(「バーナビー警部(第13話)/裂かれた肖像画(古城の鐘が亡霊を呼ぶ)」('00年)のSHERLOCK マーク・ゲイティス3.jpg修復画家役)、レナードを演じたマーク・ゲイティス(「SHERLOCK(シャーロック)」のマイクロフト役で脚本や演出も担当)、ジニーを演じたゾーイ・ボイル(「ダウントン・アビー」)、ジェラール医師役のジョン・ハナー(映画「ハムナプトラ」シリーズ、「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第3話)/パディントン発4時50分」('04年)のトム・キャンベル警部役)、サラ・キング医師役のクリスティーナ・コール名探偵ポワロ 死との約束 08.jpg名探偵ポワロ 死との約束(2009)ハナー.jpg名探偵ポワロ 死との約束  .png(「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第2話)/牧師館の殺人」('04年)の画家の描く絵の水着モデルになる娘役、「SUITS/スーツ」)など、映画やTVドラマシリーズで知る俳優が多く出ていて、トリビアな楽しみがありました。

ゾーイ・ボイル(ジニー)/ジョン・ハナー(ジェラール医師)/クリスティーナ・コール(サラ・キング医師)

名探偵ポワロ(第61話)/死との約束c.jpg「名探偵ポワロ(第61話)/死との約束」●原題:AGAHTA CHRISTIE'S POIROT SEASON11:APPOINTMENT WITH DEATH●制作年:2008年●制作国:イギリス●本国放映:2009/12/25●監督:アシュレイ・ピアース●脚本:ガイ・アンドリュース●時間:103分●出演:デビッド・スーシェ(ポワ名探偵ポワロ 死との約束s.jpgロ)/ティム・カリー(ボイントン卿)/シェリル・キャンベル(ボイントン夫人)/ゾーイ・ボイル(ジニー)/エマ・カニフェ(キャロル)/トム・ライリー(レイモンド)/マーク・ゲイティス(レナード)/ポール・フリーマン(カーバリ大佐)/クリスティーナ・コール(サラ・キング医師)/ベス・ゴダード(シスター・アニエシュカ)/ジョン・ハナー(ジェラール医師)/エリザベス・マクガヴァン(ウェストホルム卿夫人)/クリスチャン・マッケイ(コープ)●日本放映:2010/09/16●放映局:NHK-BS2(評価:★★★☆)
Christina Cole
Christina Cole_0N.jpgChristina Cole.jpg名探偵ポワロSL250_.jpg名探偵ポワロ ニュー・シーズン DVD-BOX 3
全4話収録
第40巻『マギンティ夫人は死んだ』(原題:Mrs. McGinty's Dead)
MURDER AT THE VICARAGE 2004 01 .jpg第41巻『鳩(はと)のなかの猫』(原題:Cat Among the Pigeons)
第42巻『第三の女』(原題:Third Girl)
第43巻『死との約束』(原題:Appointment with Death)
アガサ・クリスティー ミス・マープル(第2話)/牧師館の殺人」('04年)

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映画よりも謎解きが分かりやすかった。プロットを落ち着いて確認できるのはドラマのメリットか。

名探偵ポワロ 52  ナイルに死す.jpg名探偵ポワロ  ナイルに死す 02.jpg ナイルに死す2.jpg ナイル殺人事件 DVD.jpg
名探偵ポワロ 34 [レンタル落ち]」『ナイルに死す (ハヤカワ・ミステリ文庫)』「ナイル殺人事件 デジタル・リマスター版 【プレミアム・ベスト・コレクション\1800】 [DVD]

名探偵ポワロ  ナイルに死す 01.jpg 解雇に遭って文無しのサイモン・ドイルと婚約したジャックリーンは資産家の友人リネットに彼を雇ってもらうが、若く美しいリネットは友人の婚約者を奪って結婚してしまい、エジプトへ新婚旅行に出かける。リネットは、エジプトのホテルで一緒になったポワロに、ジャクリー名探偵ポワロ  ナイルに死す .jpgンが執拗に二人を追いまわしているので交渉してほしいと相談をもちかけるが、略奪婚の話を聞いているポワロは断る。ポワロはジャクリーンにストーキング行為を止めるよう注意するが彼女は聞き入れず、サイモン夫妻が参加したナイル川クルーズの同じ船に彼女もいた。クルーズには、ゴシップ好きなアラートン夫人、その息子ティム、リネットの会社の米国管財人ペニントン、小説家サロメ・オタボーン、その娘ロザリー、ヴァン・シュワイラー夫人、その娘コーネリア、共産主義者ファーガソン、医師ベクターなどもいた。遺跡見学中にリネットの頭上から石が落ちてくる出来事名探偵ポワロ  ナイルに死す6.jpgがあった。一方、ポワロは旧知のレイス大佐と再会。その晩、ポワロが早く寝てしまった後、ブリッジをしていた人たちの所にジャクリーンとコーネリアが来てリネットが寝室に戻たところで、ジャクリーンが突然ピ名探偵ポワロ  ナイルに死す 04.jpgストルでサイモンの脚を撃つ。自身狼狽するジャクリーンをコーネリアとファーガソンが部屋に連れて行き、ベクター医師がサイモンの膝を治療、鎮静剤を打って眠らせる。翌朝、起床したポワロにレイス大佐から、リネットが撃たれて死んだとの知らせが入り、大佐の指揮で捜査が始まるが、不審者の目撃を仄めかしたドイルのメイドのルイーズが刺殺され、更にはルイーズと会った人物について話そうとしたサロメが射殺される―。  

 「名探偵ポワロ」の第52話(第9シーズン第3話)でロング・バージョン。本国放映は2004年4月12日、本邦初放映は2005年8月23日(NHK-BS2)。原作はアガサ・クリスティが1937年に発表した長編作品であり、クローズド・サークルものの傑作とされ、1982年に行われた日本クリスティ・ファンクラブ会員の投票ではクリスティの全作品中5位に入っています。

「ナイル殺人事件」('78年/英)
ナイル殺人事件 スチール.jpg 同じ原作の映画化作品であるジョン・ギラーミン監督の「ナイル殺人事件」('78年/英)が、ポワロ役のピーター・ユスティノフ他オールスター・キャスト映画としてよく知られていて、しかも"クルーズ観光映画"とでも言うべきか旅行気分も味わえる作品ですが、犯人が誰だったかということについては強烈な印象があるものの、事件の細かい経緯は忘れてしまったので(映画は'78年の公開年に観てその後テレビでも観たと思うが)、この「名探偵ポワロ・シリーズ」で改めて観て経緯を再確認したといったところでしょうか(原作の船客からは考古学者のリケティ、弁護士のファンソープ、看護師のミス・バワーズの3人が削られている)。

名探偵ポワロ(第52話)/ナイルに死す .jpg 犯人の解明に至るプロセスを改めて堪能したという感じです。映画の方は、推理半分・観光半分みたいな感じで、最後ポワロが関係者全員を集めて定番の謎解きをするのですが、それがややバタバタっという印象であったのに対し(後で原作を読んで細部について納得した記憶がある)、このテレビ版は、ポワロがさほど大げさなことはしませんが丹念に謎解きをしてくれているように思いました(舞台の派手さよりも。謎解き重視か)。"観光映画"としては、劇場版に比べるとさすがに地味ですが、それでもTVシリーズとしては結構お金がかかっている感じです。戯曲にもなっているように、その気になれば全て室内での演技でも出来てしまう作品なのですが、原作より上流の方らしいけれどちゃんとナイル川に船を出して遺跡巡りもしています(エジプトが舞台の第7話「海上の悲劇」('89年)はギリシャで、第34話「エジプト墳墓のなぞ」('93年)はスペインでそれぞれ撮影されている)。

ナイルに死す エミリー・ブラント.jpgエミリー・ブラント プラダを着た悪魔.jpg 映像化作品では、リネットがお金持ちであるだけでなく美人であり(このドラマでは「プラダを着た悪魔」('06年/米)でブレイクする直前のエミリー・ブラントが金髪のウィッグで演じている)、一方のエマ・グリフィス・マリン(「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第15話)/魔術の殺人」 (09年)にも出演している)演じるストーカー行為を行うジャクリーンはコンプレックスをしょい込んだような、普通の男性だったらあまり近づきたくない感じEmma Griffiths Malin as Jacqueline de Bellefor.jpgの女性であって(映画版ではミア・ファロー_3.jpg演技派ミア・ファローが好演)、ジャクリーンからリネットに"乗り換えた"サイモン・ドイルはややとっぽい感じの美男子というのがミソでしょうか。男女間の意外な関係がラストで明かされるというのは、クリスティだけでなく、その後も英国ミステリで何度か使われていますが、この作品の場合、先入観無しで映像(見た目)から入っていくと尚更分からないだろなあ(映画もそうだった)。

Emma Griffiths Malin as Jacqueline de Bellefort

 最初に映画を観た時には、動機について伏線が全然無かったではないかとの印象で星3つの評価(△評価)をつけましたが、このTVドラマ版では、ポワロが先入観ではなくロジックで謎解きをしていることがよく分かり、映画よりやや上の星3つ半(○評価)にしました。映画とTVシリーズとで同列で評価するのは難しいけれど、プロットを落ち着いて確認できるというTVドラマのメリットが生かされていたように思います。
Death on the Nile
Death on the Nile.jpg
名探偵ポワロ  ナイルに死す 03.jpg「名探偵ポワロ(第52話)/ナイルに死す」●原題:AGAHTA CHRISTIE'S POIROT SEASON9:DEATH ON THE NILE●制作年:2004年●制作国:イギリス●本国放映:2004/04/12●監督:アンディ・ウィルソン●脚本:ケヴィン・エリオット●時間:99分●出演:デビッド・スーシェ(ポワロ)/エマ・グリフィス・マリン(ジャクリーEMMA GRIFFITHS MALIN -Death On The Nile.jpgン)/JJ・フィールド(サイモン)/エミリー・ブラント(リネット)/バーバラ・フリン(アラートン夫人)/ダニエル・ラパイン(ティム)/ジュディ・パーフィット(ヴァン・シュワイラー)/デイジー・ドノヴァン(コーネリア)/フランセス・デラチュアEmma Griffiths Malin2.jpg(オタボーン夫人)/デビッド・ソウル(ペニストン)/ジェームズ・フォックス(レイス)●日本放映:2005/08/23●放映局:NHK‐BS2(評価:★★★☆)

Emma Griffiths Malin

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ロバート・レッドフォード、ブラッド・ピット「初共演」のCIAもの。

スパイ・ゲーム dvd.jpg スパイ・ゲーム01.jpg   スパイ・ゲーム|文庫|竹書房.jpg
スパイ・ゲーム [DVD]」ロバート・レッドフォード、ブラッド・ピット「スパイ・ゲーム (竹書房文庫)

スパイ・ゲーム02.jpg 1991年春、数々の困難な任務を遂行し今や伝説の存在であるCIA工作員ネイサン・ミュアー(ロバート・レッドフォード)は、引退前の最後の勤務日を迎えようとしていた。彼にとってトム・ビショップ(ブラッド・ピット)はその弟子でもあり最も信頼のおける相棒でもあった。ミュアー自身がスカウトし、スパイに関するあらゆることを教え育て上げ、二人は互いに固い絆で結ばれていた。しかし、まさにミュアーのCIA退官日に、ビショップが中国側にスパイ容疑で逮捕される事件が起きる。本来ビショップはCIA香港支局長のダンカン(デヴィッド・ヘミングス)が指揮をとっていた米中通商会談の盗聴作戦に従事するはずだったが、許可なく中国人協力者を指揮して蘇州刑務所に侵入したのだった。ミュアーはビショップを見捨てようとするCIA上層部の反対を押し切り、背後の巨大な陰謀を承知の上で、ビショップ救出の壮大な作戦を計画する―。

トニー・スコット.bmp 2012年に高い橋から飛び降りて自殺してしまったトニー・スコット監督(1944-2012)。彼の2001年監督作で、 ロバート・レッドフォードが監督した「リバー・ランズ・スルー・イット」('92年)以来のロバート・レッドフォードとブラッド・ピットのコラボレーションですが、「リバー・ランズ・スルー・イット」の時はレッドフォードは監督及び製作総指揮で出演はナレーションのみだったため、この作品が「初共演」と言えます。そうしたこともあってか、むしろロバート・レッドフォードが主演した、同じくCIAの内実を扱った「コンドル」('75年)の系譜に近いという印象の方が個人的には強いです。

スパイ・ゲーム レッドフォード.jpg レッドフォードは「コンドル」ではCIA職員でありながら凄腕の諜報部員でも何でもない単なる素人役だったのが、ここでは伝説的存在の工作員ミュアー役となっています。捕らえられてから24時間後に処刑予告されているブラッド・ピッスパイ・ゲーム buraddo.jpgト演じるビショップをいつ助けに行くのかと思ったら、ミュアーはCIAの幹部らにビショップをCIA工作官に育て上げた経緯を語るばかりで、なかなか助けに行かない。その間に、ミュアーの口からベトナム戦争での二人の出会いから、西ドイツでの仕事やベイルートでの仕事が語られ、映画の大部分の時間はそのカットバックで占められ、ビショップがなぜ蘇州刑務所に侵入したのかも明かされます。

スパイ・ゲーム03.jpg ミュアーが延々と過去を語るのは、ビショップの解放を外交交渉に委ねるための時間稼ぎだったわけですが、結局CIAは中国との通商交渉を控えたホワイトハウスの意向に沿ってビショップを見殺しにすることになり、これではミュアーは観客に過去の経緯を見せるためだけに"昔話"をしていたようなものだなあと思いましたが、実はミュアーはしっかり裏で手を打っていた―。

スパイ・ゲーム  reddo.jpg ロバート・レッドフォードがおいしいところの殆どを持っていってしまったような映画で、監督第一作の「普通スパイ・ゲーム ブラッドピット.jpgの人々」('80年)でアカデミー賞監督になったレッドフォードですが、こうした映画に出る時は昔ながらにカッコいい役をやるのだなあと。ブラッド・ピット演じるビショップは助けを待っているだけなので、ブラッド・ピットのファンには相当物足りない映画ではないでしょうか。

デヴィッド・ヘミングス  young & old.jpg 最後、あまりにすんなり事が運んで、ちょっと話が出来すぎている感じもしました。終わり方もあっさりしすぎたかな。もう少しCIAの幹部らが唖然とする様を見たかったような気もします。CIA香港支局長を演じたデヴィッド・ヘミングス(1941-2003)が、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「欲望」('66年)に出ていた頃とはえらい変わり様なので、ちょっと驚きました。それに比Charlotte Rampling-spy-game-(2001)-.jpgべると、キャスカート大使夫人役のシャーロット・ランプリングは、最近でもアンドリュー・ハイ監督の「さざなみ」('15年/英)でベルリン国際映画祭銀熊賞(女優賞)を受賞するなどして、かつての美貌を維持しながら齢を重ねているという感じでしょうか(この作品の前年にはフランソワ・オゾン監督の「まぼろし」('00年/仏)に主演している)。

Charlotte Rampling-spy-game-(2001)

Spy Game (2001)
Spy Game (2001).jpgスパイ・ゲーム ド.jpg「スパイ・ゲーム」●原題:SPY GAME●制作年:2001年●制作国:アメリカ●監督:トニー・スコット●製作:ダグラス・ウィック/マーク・エイブラハム●脚本:マイケル・フロスト・ベックナー●撮影:ダニエル・ミンデル●音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ●原案:マイケル・フロスト・ベックナー●時間:126分●出演:ロバート・レッドフォード/ブラッド・ピット/キャサリン・マコーマック/スティーヴン・ディレイン/ラリー・ブリッグマン/マリアンヌ・ジャン=バプティスト/デヴィッド・ヘミングス/シャーロット・ランプリング●日本公開:2001/12●配給:ユニバーサル・ピクチャーズ(評価★★★☆)

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次第に狂人化していくヒトラーと、どうすることも出来ない取り巻き将校たち。

ヒトラー 最期の12日間 2005.jpg  ヒトラー 最期の12日間  .jpg ヒトラー 最期の12日間 011.jpg
ヒトラー ~最期の12日間~ ロング・バージョン(2枚組) [DVD]」 ブルーノ・ガンツ(アドルフ・ヒトラー)

ヒトラー 最期の12日間  12.jpg 1942年、トラウドゥル・ユンゲ(アレクサンドラ・マリア・ララ)は数人の候補の中からヒトラー総統(ブルーノ・ガンツ)の個人秘書に抜擢された。1945年4月20日、ベルリン。第二次大戦は佳境を迎え、ドイツ軍は連合軍に追い詰められつつあった。ヒトラーは身内や側近と共に首相官邸の地下要塞へ潜り、ユンゲもあとに続く。そこで彼女は、冷静さを失い狂人化していくヒトラーを目の当たりにするのだった。ベルリン市内も混乱を極め、民兵は武器も持たずに立ち向かい、戦争に参加しない市民は親衛隊に射殺されていく。そして側近たちも次々と逃亡する中、ヒトラーは敗北を認めず最終決戦を決意するが―。

ヒトラー 最期の12日間02.jpg オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督の2004年作品で、ヨアヒム・フェストによる同名の研究書『ヒトラー 最期の12日間』('05年/岩波書店)、およびヒトラーの個人秘書官を務めたトラウドゥル・ユンゲの証言と回想録『私はヒトラーの秘書だった』('04年/草思社)が本作の土台となっています。映画はヒトラーが地下の要塞で過ごした最期の12日間に焦点を当て、トラウドゥル・ユンゲの目を通して、歴史的独裁者の知られざる側面を浮き彫りにしていくほか、混乱の中で国防軍の軍人やSS(親衛隊)隊員らが迎える終末、宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルス一家の最期、老若男女を問わず戦火に巻き込まれるベルリン市民の姿にも焦点が置かれています。

ヒトラー 最期の12日間 11.jpg この映画の圧巻は、ブルーノ・ガンツ(1941-2019)が演じる、次第に冷静さを失い狂人化していくヒトラーではないでしょうか。その演技は話題になり、動画投稿サイトにおいて台詞パロディの題ヒトラー 最期の12日間 12.jpg材として広く用いられています(日本では「総統閣下シリーズ」と銘打たれている)。ただ、ブルーノ・ガンツの演技ばかりでなく、ヒトラーが総統官邸地下壕から出てきてヒトラー・ユーゲントを激励するシーンなどは、実際の記録映像を忠実に再現していて(元になった記録映像は生前のヒトラー最後の映像として残っているもの)、作りの細かさからリアリティを感じさせるものとなっています(ゲッペルスの6人の子供達も本モノそっくりしのようだ)。

ヒトラー 最期の12日間 32.jpg しかし、この映画に描かれていることが全て真実かと言うと、例えば、地下要塞の最後の生き残りだった(この映画にも登場する)親衛隊曹長で地下壕の電話交換手ローフス・ミッシュ(1917-2013/享年96)は、映画は全く事実と異なっていると言い、ヒトラーが映画みたいに怒鳴ってばかりいたというのは誇張で、また、将校らが地下壕内で乱痴気パーティのようなことをしたことも無かったとのことです(ルキノ・ヴィスコンティ監督の「地獄に堕ちた勇者ども」('69年/伊)の影響?)

アレクサンドラ・マリア・ララ(トラウデル・ユンゲ)/トラウデル・ユンゲ
トラウデル・ユンゲ 1.jpgトラウデル・ユンゲ.jpg そもそもこの映画の原作者の一人、ヒトラーの秘書だったトラウデル・ユンゲ(1920-2002/享年81)の父は積極的なナチス協力者であり、また、彼女の夫は親衛隊将校だったとのことで、その証言の中立性に疑問を挟む向きもあるようです。彼女は、出版社の勧めで1947 - 48年に本を執筆しましたが「このような本は関心を持たれない」という理由で出版されなかったのが、『アンネの伝記』の著者メリッサ・ミュラーと2000年に知り合い、その協力を得て2002年に初の回顧録『最期の時まで―ヒトラーの秘書が語るその人生』を出版したとのこと。その回顧録の内容に関するインタビューの様子がドキュメンタリー映画に収められ(ベルリン映画祭観客賞)、2002年2月、この映画の公開数日後に死去しています(この「ヒトラー~最期の12日間~」でも、冒頭と最後にも生前の彼女のインタビューが出てくる)。

ハインリヒ・シュミーダー(ローフス・ミッシュ)
ヒトラー 最期の12日間 ローフス・ミッシュ1.jpg トラウデル・ユンゲは戦後比較的早くからヒトラーの最期について証言していますが、ローフス・ミッシュは彼女がそうした証言によって金を稼いだと批判しています。そのローフス・ミッシュ自身も1970年代からドキュメンタリー映画に登場するようになり、特に1990年代以降、ヒトラーや第二次世界大戦に関する番組によく登場していたとのことです。2006年にも「最後の証人―ロフス・ミシュ」と題するテレビ・ドキュメンタリー番組に出演、『ヒトラーの死を見とどけたローフス・ミッシュ.jpgヒトラーの死を見とどけた男.jpg男―地下壕最後の生き残りの証言』('06年/草思社)という本も書いています。また、映画製作にあたって、オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督が自分の所へ全く取材に来なかったことに不満を呈しています。

ローフス・ミッシュ『ヒトラーの死を見とどけた男―地下壕最後の生き残りの証言』('06年/草思社)

私はヒトラーの秘書だった.jpg この映画でのヒトラーの描かれ方の特徴として、ヒトラーが(特にユンゲが秘書に採用された1942年頃は)人間味もちゃんと持ち併せている人物として描かれている点で、ユンゲの著書でヒトラーが、もともとは紳士的で寛大で親切な側面があり、ユーモアのセンスさえあったように描かれていることの影響を若干反映しているように思います。こうしたユンゲのヒトラーの描き方に、彼女が直接政治には関与しなかったもののあまりに無自覚だという批判があるわけですが、それが映画にも少し反映されていることで、この映画が批判される一因ともなっているようです(彼女自身はレニ・リーフェンシュタールなどと同様、自身はナチズムやホロコーストと無関係であると生涯主張し続けたとされているが、この映画の中のインタビューでは無関係では済まされないと"懺悔"している)。 トラウデル・ユンゲ『私はヒトラーの秘書だった』('04年/草思社)

ヒトラー 最期の12日間 33.jpg 全体としては概ね事実に忠実だという評価のようですが、細部においては何が真実なのか、証言者の数だけ"真実"があって分からないということなのかもしれないです(歴史とはそういうものか)。但し、映画としては、最初はまともだったのが次第におかしくなり、最後はすっかり狂人化していくヒトラーと、最初はヒトラーに忠誠を誓っていたものの次第にその行いに疑問を感じるようになり、それでも従来の"忠誠パターン"から抜け出せないまま、最後はその異様な変貌ぶりに驚きつつ、どうにもすることも出来ずにいる取り巻き将校たちという構図が、一つの大きな見せ所となっているように思いました(ゲッペルス夫妻のように狂的に最後までヒトラーに追従して行く者もいたが、これはごく一握りか)。

ヒトラー 最期の12日間 21.jpg 今どきのビジネス書風に言えば、上司を諌めるフォロワーシップが働かなかったということでしょうか。たとえ合理的な観点から或いは良心の呵責からヒトラーに物申す将校がいたとしても、それを撥ねつヒトラー 最期の12日間 441.jpgけて二度と自分に口答えさせないだけの迫力ある(?)狂人と化したヒトラーを、ブルーノ・ガンツは力演していたように思います。普通ならば"浮いて"しまうようなオーバーアクションなのですが(パロディ化されるだけのことはある?)、オーバーアクションであればあるほど風刺や皮肉が効いてくる映画でした。

クリスチャン・ベルケル(エルンスト=ギュンター・シェンク)
ヒトラー 最期の12日間 エルンスト=ギュンター・シェンク.jpg 但し、この映画で良心的な人物として描かれている医官のエルンスト=ギュンター・シェンク親衛隊大佐(クリスチャン・ベルケル)は、強制収容所で人体実験を行って多数の犠牲者を出したとされており、民間人の犠牲者を回避するよう繰り返し訴えるヴィルヘルム・モーンケ親衛隊少将(アンドレ・ヘンニック)は、史実においては少なくとも2度に渡り彼の指揮下の部隊が戦争捕虜を虐殺した疑いが持たれているとのことです。同監督の「ヒトラー暗殺、13分の誤算」('15年/独)でも、ヒトラー暗殺計画の手引きをしたとしてヒトラーに処刑される秘密警察のアルトゥール・ネーベを「いい人」のように描いていますが、ネーベはモスクワ戦線進軍中、ユダヤ人やパルチザンと目される人々大勢の殺害を命令した人物で、ネーベの隊だけで4万5,467人の処刑が報告されています。人にはそれぞれの顔があるわけで、映画的に分かり易くするためにその一面だけを描く傾向がこの監督にはあるのかも。一つの映画的手法だとは思いますが、対象がナチスであるだけに、これもまた異議を唱える人が出てくる原因になるのでしょう。アカデミー外国語映画賞にノミネートされましたが、受賞はアレハンドロ・アメナバル監督の「海を飛ぶ夢」に持っていかれています。

Hitorâ: Saigo no 12nichi kan (2004)
Hitora Saigo no 12nichi kan (2004).jpg
「ヒトラー~最期の12日間~」●原題:DER UNTERGANG(英:DOWNFALL)●制作年:2004年●制作国:ドイツ・オーストリア・イタリア●監督:オリヴァー・ヒルシュビーゲル●製作:ベルント・アイヒンガー●脚本:ベルント・アイヒンガー●撮影:ライナー・クラウスマン●音楽:ステファン・ツァハリアス●原作:ヨアヒム・フェスト「ヒトラー 最期の12日間」/トラウデル・ユンゲ「私はヒトラーヒトラー 最期の12日間 55.jpgの秘書だった Bis zur letzten Stunde」●時間:156分●出演:ブルーノ・ガンツ/アレクサンドラ・マリア・ララ/ユリアーネ・ケーラー/トーマス・クレッチマン/コリンナ・ハルフォーフ/ウルリッヒ・マテス/ハイノ・フェルヒ/ウルリッヒ・ヌーテン/クリスチャン・ベルケル/アレクサンダー・ヘルト/ハインリヒ・シュミーダー/トーマス・ティーメ●日本公開:2005/07●配給:ギャガ●最初に観た場所:渋谷・シネマライズ(05-09-24)(評価:★★★★) ウルリッヒ・マテス(ヨーゼフ・ゲッベルス)・ブルーノ・ガンツ(アドルフ・ヒトラー)

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ジョン・カーニー監督の原点的作品。映画監督がその初期にしか作れない、原石の輝き。

ONCE ダブリンの街角(07年/アイルランド)  .jpgONCE ダブリンの街角でes.jpg Once/ダブリンの街角で Marketa_Irglova_and_Glen_Hansard.jpg
ONCE ダブリンの街角で [DVD]」グレン・ハンサード/マルケタ・イルグロヴァ Glen Hansard and Marketa Irglova accept the Oscar for best original song

ONCE ダブリンの街角で01.jpg ダブリンの街中、ストリートミュージシャンの男(グレン・ハンサード)が誰もが知る曲を弾いている。夜になると自分の書いた曲を歌うが、足を止めるものはいない。そこへ、雑誌や花を売っている女(マルケタ・イルグロヴァ)が現れ、小銭をギターケースに入れる。男は皮肉交じりに礼を言うが、女の「お金のため?誰のための歌?恋人はいないONCE ダブリンの街角でs.jpgの?」という問いかけを疎ましく思いながらも相手するうちに、彼の昼の本業である掃除機修理を約束されてしまう。翌日、演奏する男の前に掃除機を引き摺った彼女が現れ、昼食を共にする。女はチェコからきた移民で、父ONCE ダブリンの街角で02.jpg親が音楽家だったという。2人は女がピアノを弾かせてもらっているという楽器店に立ち寄り、メンデルスゾーンを弾く彼女のピアノの腕を確信した男も一緒に演奏、2人のセッションは美しいハーモニーを生む。男はその演奏に自身の喜びを感じ、女に惹かれていく。翌日、男は街で花を売り歩く女を見つけ声をかけるが、前日彼女を短絡的に誘ったため女の態度はそっけない。男は謝り、自分の曲が入ったCDとプレイヤーを渡す。強引に彼女を家まで送ると、家へあがらないかと誘われる。家では母親と幼い娘を紹介され、厳しい移民の生活を目の当たりにする。男は、自分の曲に詞をつけてみないかと提案する。女はその夜、働くばかりの生活を忘れ、心に抱えていた想いを詞に込める―。

ONCE ダブリンの街角で92.jpg ジョン・カーニー監督・脚本による2007年公開のアイルランドの音楽映画。アイルランド映画局の出資を受けつつも製作費10万ドルという低予算で作られた作品で、撮影期間も17日間という短さだったそうです。2007年1月のサンダンス映画祭で観客賞を受賞し、同年3月からの全米一般公開での上映劇場数はたった2館だったのが口コミで話題になり、140館まで劇場数を増やしたとのことで、アカデミー賞の歌曲賞を受賞し(授賞式で主演の1人マルケタ・イルグロヴァが「低予算でも良いものを作れば必ず認めてもらえる」とスピーチを行い、会場から大喝采を受けた)、ミュージカル化されるまでに至っています。自身の監督第2作となるカーニー監督は「ザ・フレイムズ」の元ベース奏者であり、主演のグレン・ハンサードとマルケタ・イルグロヴァの2人も共にプロのミュージシONCE ダブリンの街角で2.jpgャンです。コスト削減のために自然光や友人達の家を使用したりし、パーティのシーンはハンサード自身のアパートが使われ、ハンサードの実際の友人がパーティ参加者および演奏者として出演したとのこと、パーティの席上で歌を披露た婦人はハンサードの母親だそうです。ダブリンの街角でのシーンは許可無しのゲリラ撮影で、望遠レンズを使うことで役者はカメラを意識することなく演技が出来たとのこと、勿論、通行人の多くも自分が映画に映り込んでいることを知らず映っていたわけで、全体として、ドキュメンタリー映画のような雰囲気があります(カメラがずっと細かく揺れていて、アドリブにカメラマンが笑って大きく揺れている場面もある)。

ONCE ダブリンの街角で03.jpg ストーリー的には所謂"ボーイ・ミーツ・ガール"の物語ですが、主人公の男女(最後まで名前で呼ばれることはなく、エンドロールでの役名が'guy''giri'となっているのが洒落ている)が互いに惹かれ合いながらも普通の恋愛映画みたに一緒にはならず、最後は(最後も行き違いのようになってしまうのだが)爽やかに別れるのが却っていいです(ロンドン行きを決めた自分に対する父親からの選別でチェコ製のピアノを買ったのかあ)。

「いいえ、私はあなたを愛している」(字幕なし)

 街でバンドのメンバーを集めるというモチーフや街角でのゲリラ演奏という撮影手法も、主人公の男女が普通の男女の関係にはならず音楽を通してそれ以上の関係になるという展開も、カーニー監督の日本公開第2作「はじまりのうた」('13年/米)に引き継がれています。「はじまりのうた」のキーラ・ナイトレイ演じる主人公の女性はイギリスからONCE ダブリンの街角で1.jpgニューヨークに来たという設定ですが、この作品のマルケタ・イルグロヴァ演じる女性は、チェコからダブリンに来た移民という設定で、共に'異邦人'であることで共通しています(イルグロヴァ自身がチェコのモラヴィア出身)。そうした意味では、カーニー監督の原点的な映画でしょうか。男女のロマンスの部分もカーニー監督の実体験がモチーフになっているとのことです(通りで演奏中にお金が盗まれるシーン、銀行でお金を借りるシーンなどは、グレン・ハンサードの下積み時代の実話だそうだ)。

スウェル・シーズン 来日公演.jpgスウェル・シーズン01.jpg 主演のハンサードとイルグロヴァは映画を通して実生活でも交際を始め、カーニー監督によれば、そのことが2006年1月のダブリンでの僅か17日での撮影を容易にしたとのことですが(1988年生まれのイルグロヴァは当時18歳だった)、2人はその年デュオ・アルバム「The Swell Season」を発表、その後私生活上は別れたものの、「スウェル・シーズン」というデュオは継続しており、2009年には初来日して公演をしています。

 ハンサードとイルグロヴァは私生活でも映画のストーリーのような関係になったわけですが、映画のストーリーで2人が結ばれなかったことにも満足していて、インタビューでハンサードは「アメリカの配給社が結末を変えて私達にキスをさせ、私は映画の宣伝活動に全くやる気をなくした」と語ったとのこと。ハンサードは、男が女に別居中の夫を今も愛しているのか尋ねる場面で、イルグロヴァがチェコ語のアドリブで「いいえ、私はあなたを愛している」(字幕なし)と言ったのに対し、ハンサードは撮影中は役の男同様に彼女が何と言ったのかわからなかったと語っており、映画と現実がいくつかの面でシンクロしているのが興味深いです(男が女にその言葉を英訳するよう求めるが、女の方は含みを持たせながらも自分の言葉の意味は教えなかったという、この一連のセリフや演技も全部アドリブなのか?)。

 「観始めて3分で泣ける」と評判の「はじまりのうた」は、ある意味映画として洗練されており、それに比べると本作は、荒削りの良さとでも言うか原石の輝きとで言うべきか、映画監督がその初期においてしか作れない作品であるように思いました。

Once Dublin no Machikado de (2007).jpgONCE ダブリンの街角で00.jpg「ONCE ダブリンの街角で」●原題:ONCE●制作年:2007年●制作国:アイルランド●監督・脚本:ジョン・カーニー●製作:マルティナ・ニーランド●撮影:ティム・フレミング●87分●出演:グレン・ハンサード/マルケタ・イルグロヴァ/ ヒュー・ウォルシュ/ゲリー・ヘンドリック/アラスター・フォーリー/ゲオフ・ミノゲ/ ビル・ホドネット/ダヌシュ・クトレストヴァ/ダレン・ヒーリー/ マル・ワイト/ マルチェラ・プランケット/ ニーアル・クリアリー●日本公開:2007/11●配給:ショウゲート●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(16-07-02)(評価:★★★★)
Once Dublin no Machikado de (2007)

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一見型破りながらも原作のホームズ像に忠実な一面もあったか。ラストがやや大味になった。

シャーロック・ホームズ 2009 dvd.jpgシャーロック・ホームズ 2009 dvd.jpgシャーロック・ホームズ 映画 2009 2.jpg
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シャーロック・ホームズ 映画 2009 00.jpg シャーロック・ホームズ(ロバート・ダウニー・Jr)と相棒で同居人のジョン・ワトスン博士(ジュード・ロウ)は、5人の女性を儀式で殺害したブラックウッド卿(マーク・ストロング)の新たな殺人を阻止し、ブラックウッドは警察に捕まる。ホームズは死刑宣告されたブラックウッドに刑務所で面会、ブラックウッドは更に3人が死に世界が変化するだろうと言い遺して絞首刑になり、ワトスンが死亡を確認する。3日後、プロの泥棒でであるアイリーン・アドラー(レイチェル・マクアダ シャーロック・ホームズ 2009s.jpgムス)がホームズのもとを訪れ、リオドンという男の捜索を依頼、ホームズは彼女を尾行し、顔の隠れた謎の雇い主に会うところを目撃する。ブラックウッドの墓が壊され棺からはリオドンの死体が現れ、リオドンの家でホームズとワトスンは、科学と魔術の融合を目的とした実験の痕跡シャーロック・ホームズ 映画 2009 03.jpgを発見、ここでブラックウッドの手先と戦った後、修道会の寺院でそのリーダーたちに会い、ブラックウッドを止めるよう依頼される。ホームズはブラックウッドは修道会のトマス卿(ジェームズ・フォックス)の息子であると言い当てるが、彼はブラックウッドによって殺され、ブラックウッドが修道会を支配する。ブラックウッドの目的は英国政府転覆と世界征服だった。ブラックウッドはホームズへの囮としてアドラーを使い、彼女は倉庫で肉切りマシンで斬られそうになったのをホームズに助けられるが、仕掛けられた爆弾でワトスンが負傷する。ホームズはブラックウッドの次の標的は議会であると結論し、ウェストミンスターSHERLOCK HOLMES 2009 london towerロード.jpg宮殿でリオドンの実験に基づいて作られた議会室にシアン化水素を流す装置を発見する。議会室に現れたブラックウッドは事前に支持者に解毒剤を飲ませており、「自分の味方にならない者は全員死ぬだろう」と宣言、ホームズとワトスンはブラックウッドの手先と戦い、アドラーは装置からシアン化化合物を盗み出して逃げる。ホームズは未完成のタワーブリッジまで逃げたアドラーを追うが、そこに計画が失敗したことに気づいたブラックウッドも現れる―。
Guy Ritchie
シャーロック・ホームズ 2009  .jpgガイ・リッチー.jpg 2009年公開の英米合作映画で、監督は、読字障害のため15歳で学校を辞めて働き始めたというガイ・リッチー(1968年生まれ)、ホームズ役は、長年の薬物依存から脱却し、2008年公開の「アイアンマン」で復活を果たしたロバート・ダウニー・Jr(1965年生まれ)です(ロバート・ダウニー・Jrは本作のホームズ役で、ゴールデングローブ賞主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞)。

シャーロック・ホームズ 映画 2009 01.jpg 「東洋武術で闘うホームズ」など、今までにないアクションスタイルのホームズ像ですが、一見型破りながらも原作の記述に忠実であるとのことで、但し、これまでに映像化されてこなかった部分を重点的に映像化しているようです。確かにそうした面はあったように思われ、最初はこんなのホームズじゃないと思っていましたが、観ているうちにだんだん馴染んでくる感じがするのもそのせいでしょうか。

シャーロック・ホームズges.jpg 闘いを事前に頭の中でシミュレーションする〈ホームズ・ビジョン〉など、ベネディクト・カンバーバッチ主演のBBCのドラマ「SHERLOCK(シャーロック)」にも通じるSFXなどもあって、「SHERLOCK」がスタートしたのがこの映画の公開の翌年ですから、多少はドラマが先行した映画の影響を受けたということがあるのではないかという気もし、そうでなくともなかなか先駆的です。

SHERLOCK HOLMES 2009 london tower.jpg ストーリーもそれなりに凝っているし、1890年という時代の雰囲気を出すために実写・CGの両面に渡って細かい描写が施されており、この辺りも英国がシャーロック・ホームズTower-Bridge.jpg製作に噛んでいる映画らしいという感じがしました。但し、最後の建設中のタワーブリッジ(1894年開通)でのホームズとブラックウッドの対決は、CGが勝りすぎてやや大味になった印象も受けました(米国風になった?)。娯楽映画としては悪くないですが、結果として逆に印象が弱くなったかも。

 アイリーンを雇った男はホームズの宿敵であるモリアーティ教授で、この作品では顔は見せませんが、続編があるような終わり方をしています。そして、実際(映画の興業的成功もあって)続編「シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム」('11年)が作られていますが、こちらはキャラクター造型だけでなく実際のコナン・ドイルの作品『最後の事件』を下敷きにしており、モリアーティも出てくるようですが個人的には未見、独立した話になっているようなので、急いで観る必要もないかなという感じでしょうか。

シャーロック・ホームズ 映画 2009  01.jpg「シャーロック・ホームズ」●原題:SHERLOCK HOLMES●制作年:2009年●制作国:イギリス・アメリカ●監督:ガイ・リッチー●製作:ジョエル・シルバー/ライオネル・ウィグラム/スーザン・ダウニー/ダン・リン●脚本:マイケル・ロバート・ジョンソン/アンソニー・ペッカム/サイモン・キンバーグ●撮影:フィリップ・ルースロ●音楽:ハンス・ジマー●原作(キャラクター創造):アーサー・コナン・ドイル●128分●出演:ロバート・ダウニー・Jr/ジュード・ロウ/レイチェル・マクアダムス/マーク・ストロング/エディ・マーサン/ケリー・ライリー/ジェラルディン・ジェームズ/ウィリアム・ヒューストン/ジェームズ・フォックス●日本公開:2010/03●配給:ワーナー・ブラザーズ(評価:★★★☆)

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ミュージカルの映画化だが原作に近いテイストも。怪人がイケメン過ぎる?

オペラ座の怪人 2004 dvd.jpg オペラ座の怪人 2004 01.jpg オペラ座の怪人 2004 02.jpg
オペラ座の怪人 通常版 [DVD]」 ジェラルド・バトラー/エミー・ロッサム

オペラ座の怪人 2004s.jpg 1870年、パリ・オペラ座。「ファウスト」の上演を控える中、劇場への不満を抱えるスター歌手のカルロッタ(ミニー・ドライヴァー)が主役を降板する。スターのドタキャンに関係者全員が浮き足立つ中、急遽、若き歌姫クリスティーヌ・ダーエ(エミー・ロッサム)がその代役を射止めるが、稀代の美声を披露したクリスティーヌは関係者の不安も一掃し、一躍スターの座に上り詰める。そんな中、劇場のパトロンで幼馴染の美青年の子爵ラウル(パトリック・ウィルソン)との再会に心を弾ませるクリスティーヌだったが、実は彼女の成功にはある秘密が隠されていたのだった―。

オペラ座の怪人5.jpg フランスの作家ガストン・ルルーによって1909年に発表された『オペラ座の怪人』の9回目の映画化作品で(ブライアン・デ・パルマ監督の「ファントム・オブ・パラダイス」('74年/米)など"翻案映画化作品を除く)、アンドリュー・ロイド・ウェバー版のミュージカルをベースにした作品であり、ミュージカルの映画化と言った方が正しいのかもしれません(アンドリュー・ロイド・ウェバーはこの映画の製作者でもあり、音楽も担当、更に脚本にも参加している)。

オペラ座の怪人 ブロードウェイ.jpg ブロードウェイ・ミュージカルの方は1988年初演で、個人的には1995年に観ましたが(野茂秀雄が大リーグに移籍した年だった)、当時で、「キャッツ」(14年目)、「レ・ミゼラブル」(9年目)に次ぐ8年目というロングランで、一方で、シガニー・ウィーバー主演のミュージカルが客の不入りで2週間で打ち切られるような出来事もあって、やはり厳しい舞台の世界の中でのロングランというのはスゴイことなのだなあと実感した記憶があります。結局、「オペラ座の怪人」の舞台は、「キャッツ」「レ・ミゼラブル」を抜いて今も続いており(今年['16年]で19年目)、ブロードウェイ・ミュージカルのロングラン記録を更新中。追いかける「シカゴ」(1996年初演)、「ライオン・キング」(1997年初演)を大きく引き離しているため、当分はこれを抜くロングランは出てこないでしょう(ただし、ブロードウェイに限った話で、オフ・ブロードウェイやロンドンにはこれ以上のロングラン記録がある)。

オペラ座の怪人 2004 08.jpg 映画の方は、モノクロの現在(1919年)において、パリ・オペラ座で1870年に起こった惨事の遺品オークションが開かれ、当時の支援者であったラウル子爵とバレエ教師のマダム・ジリーがペルシャの衣装を纏ったサルのオルゴールを競った後、競りは昔に天井から落下して大参事を引き起こしたシャンデリアへと移り、道具方がシャンデリアを天井へ吊り上げると、子爵の記憶の中で、シャンデリアが劇場の天井に燦然と輝き、当時の記憶が甦っていくという流れでカラーの物語当時(1870年)に移っていき、多くの踊子たちが今まさに舞台稽古をする活気ある劇場の場面になるという、このモノクロからカラーに切り替わって、風化した劇場がみるみる当時の輝きを取り戻してく場面は圧巻でした。

iオペラ座の怪人 2004 09.jpg アンドリュー・ロイド・ウェバーは舞台ミュージカル「オペラ座の怪人」の作曲家であり製作者でもあって(2006年に「オペラ座の怪人」に抜かれるまでのロングラン記録を持っていた「キャッツ」も彼が手がけた)、原作をミュージカルにする際に、それまでのホラー映画的な脚本をラブロマンスに改変したことで知られています。従って、「ミュージカルの映画化」であるこの作品も、殆どロマンチック映画と言ってもよい作品なっているのと、あと、映画化される度に、怪人(ファントム)が美男子になっていく傾向にあり、この作品の怪人(ジェラルド・バトラー)で頂点に達した印象もあります。

オペラ座の怪人 2004 05.jpg 但し、クリスティーヌとラウルの素性や馴れ初めといった背景は原作から変わっておらず、映画でも原作の雰囲気を保っています。ミュージカルの映画化でありながら、原作のテイストも保っている映画化作品と言えるでしょう。原作と異なるのは、怪人の過去を知るペルシャ人のダロガ(実は元秘密警察署長で、原作では後半の主役的存在)を登場させず、マダム・ジリー(ミランダ・リチャードソン)にその役割を吸収させていることで、これは、アンドリュー・ロイド・ウェバーによってミュージカル化された際のオペラ座の怪人 2004es.jpg改変ですが、怪人、クリスティーヌ、ラウルの3者の関係を際立たせるために、ややアクのあるダロガを省いたのでしょう。マダム・ジリーが怪人の過去を知っていて(かつて怪人を匿ったのもマダム・ジリーになっている。原作ではダロガが怪人の全てを知っていて、ペルシャで彼を救ったのもダロガ)、マダム・ジリーはラウルを怪人の隠れ家の手前まで導きますが、あとは、ラウルにこの先は自分一人でお行きなさいという感じでした(原作では、ダロガはクリスティーヌを救い出そうとするラウルに最後まで付き合い、ラウルと一緒に散々危険な目に遭う)。

 そしてラストでモノクロ(1919年)に戻って、1917年に61歳で他界したクリスティーヌの墓を怪人が訪れた事を示唆するカットで終わります(ダロガの役割を兼ねたマダム・ジリーが語り部的位置づけであることも、ダロガが語り部的位置づけにある原作を一部踏襲していることなる)。

オペラ座の怪人 2004 light.jpg 大掛かりな仕掛けもあって映像的には楽しませてくれますが(落下するシャンデリアはスワロフスキー社の製作費1億2千万円のガラス製で、"一発撮り"だった)、やはり、怪人を演じたジェラルド・バトラーのイケメンぶりが一番目立っていました。マスクを外してもあまり醜い感じがしませんでしたが(原作では唇の跡も残っていないことになっている)、終盤のクリスティーヌが怪人にキスをするシーンに観客を感情移入させるにはやむを得ないのでしょうか。そのキスが、怪人が無駄な抵抗や殺戮を止める契機となるわけだし(但し、原作では怪人は連続殺人を犯すのに対し、映画ではカルロッタの恋人の歌手が唯一の犠牲者だったのでは)。

オペラ座の怪人 2004 03.jpg クリスティーヌを演じたエミー・ロッサムの歌唱は良かったように思います。他の歌唱部分もそれぞれの役者が吹き替え無しで歌っています(カルロッタ役のミニー・ドライヴァーのみ吹き替えであったが、ドライヴァーも歌唱力を生かしてエンディング・テーマを歌った)。ただ、歌とセリフが重なってしまっている部分もあって、そのことに対する否定的評価もあったようです。これは、この作品に限らずミュージカル映画の場合、歌の部分を先に収録して、それに合わせて後で演じる姿を撮る手法が一般的であるため、そうしたことが起きることがあるようですが、最近ではトム・フーパー監督の「レ・ミゼラブル」('12年/英)のように、撮影時にピアニストを常駐させて仮の伴奏をする中で、俳優たちがその場で歌い、演技をするという手法なども用いられているようです(これなら歌とセリフが重なることはない)。

オペラ座の怪人 bw.jpg 因みに、ブロードウェイでミュージカルを観る時はきちんとした服装で観るようにと人から言われていましたが、90年代当時からバミューダ・パンツなどラフな格好で来ているニューヨーカーは多かったです。但し、カーテンコールで正装の客もラフな格好の客も全員が立ち上がって「ブラボー」と叫びながら拍手する様は圧巻でした。そうした幕が降りた後の盛り上がりは映画館では体感できませんが、映画としては充分に愉しめます。本来は悲劇なのだけど、「レ・ミゼラブル」のように泣けるという感じにはならない作品、ストーリーよりもパッションを堪能する作品でしょうか。

オペラ座の怪人 2004 tx.jpg「オペラ座の怪人」●原題:THE PHANTOM OF THE OPERA●制作年:2004年●制作国:アメリカ●監督:ジョエル・シュマッカー●製作:アンドルー・ロイド・ウェバー●脚本:ジョエル・シューマカー/アンドリュー・ロイド・ウェバー●撮影:ジョン・マシソン●音楽:アンドルー・ロイド・ウェバー●原作:ガストン・ルルー●時間:143分●出演:ジェラルド・バトラー/エミー・ロッサム/パトリック・ウィルソン/ミランダ・リチャードソン/ミニー・ドライヴァー/キーラン・ハインズ/サイモン・キャロウ●日本公開:2005/01●配給:ギャガ・コミュニケーションズ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(15-09-01)(評価:★★★★)

【2436】 ○ ルパート・ジュリアン (原作:ガストン・ルルー) 「オペラ座の怪人」 (25年/米) ★★★★
オペラ座の怪人 1925 dvd1.jpg オペラ座の怪人 1925 dvd2.jpg オペラ座の怪人 1925 vhs.jpg オペラ座の怪人 1925 02.jpg
IVC BEST SELECTION オペラ座の怪人 [DVD]」['13年]/「オペラ座の怪人 【サイレント】 [DVD] FRT-302」['08年]/「オペラ座の怪人【字幕版】(淀川長治 名作映画ベスト&ベスト) [VHS]」['98年] Lon Chaney

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知識人目線、外国人目線は感じるが、ラストシーンは青春のノスタルジーに満ちていて秀逸。

Chisana chûgoku no ohariko(2002).jpg中国の小さなお針子 dvd 中文.jpg中国の小さなお針子 dvd.jpg
        
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戴思杰(ダイ・シージエ)

小さな中国のお針子 [DVD]
Chisana chûgoku no ohariko(2002)

中国の小さなお針子 マー・ルオ.jpg 1971年、文革の嵐が吹き荒れる中国。青年マー(馬剣鈴)(劉燁〈リウ・イエ〉)とルオ(羅明)(陳坤〈チェン・クン〉)は医者を親に持つことから、反革命分子の子として再教育のために奥深い山村へ送り込まれた。彼らはそこで過酷な肉体労働を強いられる。ある日二人は、美しい少女、お針子(周迅〈ジョウ・シュン〉)に出会う。ルオはお針子に一目惚れした。彼らは、同じ再教育で来ている若者が禁書である西洋の本を大量に隠し持っていることを知り、それ中国の小さなお針子 THE LITTLE CHINESE SEAMSTRESS 3.jpg中国の小さなお針子 THE LITTLE CHINESE SEAMSTRESS 2.jpgを盗み出す。そして、文盲のお針子に毎夜西洋の文学を読み聞かせてあげるのだった。許されない秘密を共有することで結びつきを強める三人。そして、お針子は西洋文学が語る自由に次第に目覚めていく―。

 戴思杰(ダイ・シージエ)監督・脚本による2002年製作のフランス・中国の合作映画で、原作は戴監督の自著『バルザックと小さな中国のお針子』(早川書房刊)。マーとルオが農村に行かされたのは、文化大革命当時の所謂「下放」運動の対象となったわけですが、戴思杰監督自身、この作品の主人公らと同じく10代の時に「下放」されており、原作及び映画にはその時に実際にあったことなども盛り込まれているとのことです(お針子の祖父の仕立て屋に9晩かけて「モンテクリスト伯」を物語るエピソードは実際にあった話らしい)。

中国の小さなお針子 THE LITTLE CHINESE SEAMSTRESS.png 「下放」に出された経験がある監督は、「第五世代監督」の旗手と言われる「紅いコーリャン」の張芸謀(チャン・イーモウ)、「さらば、わが愛/覇王別姫」の陳凱歌 (チェン・カイコー)を筆頭に数多くいて、「下放」そのものを扱った映画も、陳監督の「子供たちの王様」('87年/中国)や、「紅いコーリャン」に主演した姜文(チアン・ウェン)が監督した「太陽の少年」('94年/中国・香港)、陳冲(ジョアン・チェン)監督の「シュウシュウの季節」('98年/米)、池谷薫監督の「延安の娘」('02年/日)などがあります。

 但し、陳凱歌は2002年以降アメリカで活動しているし、姜文は00年代に中国当局より7年間映画製作・出演禁止処分を受けています。「シュウシュウの季節」はアメリカ映画、「延安の娘」は日本映画で、この「小さな中国のお針子」も、フランス・中国の合作映画ですが実質的にはフランス映画です。

 戴思杰監督自身は福建省で医師の両親のもとに生まれ、1971年から74年まで四川省の山岳地帯で「再教育」を受けたあとに1984年に政府給費留学生としてパリ映画高等学院に留学、そのままフランスに在住し、フランス語で書いた初の小説『バルザックと小さな中国のお針子』で作家デビュー、これがフランスで40万部のベストセラーとなり、フランス人プロデューサーにより映画化に至ったという経緯です(多くのプロデューサーから映画化権獲得の申し入れがあった)。

中国の小さなお針子s.jpg中国の小さなお針子 ルオ・お針子3.jpg そのように、実質フランス映画であるということもあってか、観ていてそれっぽい筋書きや演出、或いは撮り方をしていると感じれる部分がありました。主人公の二人、ヴァイオリン青年マー(より作者の分身に近いと言える)と歯科医を目指すルオが違った形でお針子に恋をするため、二人の青年とお針子の恋愛を描いた青春映画としての色合いも濃いように思います。革命思想に洗脳されたかのように見えた村長も実は人柄はそう悪くなく、後にマーが再訪した時は歓待してくれたという―いくら恋愛絡みにしても、みんな懐かしくていい思い出となり、苦楽ともにノスタルジーによって美化されてしまうというのはどうなのかという印象は若干あります。しかし、戴監督自身は、「下放」というのは映画の背景に過ぎず、描きたかったのは「文学の力が人を変えていく」様だったというようなことを、どこかのインタビューで答えていたように思います。

中国の小さなお針子 マー・お針子.jpg 個人的に印象に残った場面があり、それは、お針子がルオの子どもを身籠ってしまって違法ながらも中絶するしかなくなり、マーが町で何とか産科医に会い、自分の父親の名前を告げると、マーの父親の名も政治的不遇をも知っていたにも関わらずその産科医に身構えられてしまい(マーが「妹」に生理が無いので相談に乗って欲しいと切り出し「お前の父親に娘などいない」と嘘がバレれたということもあるが)、マーが最後に一縷の望みを賭けて、この窮状を救ってくれるならば「バルザックの本を一冊差し上げます」と言ってその本を見せると、産科医がその中の一文を読んで、「この翻訳は傅雷だな、文体で分かる。可哀そうに、お前のお父さんと同じ人民の敵だ」と言いい、こらえきれなくなって泣きじゃくるマーを慰め、お針子や青年たちのために危険を冒してひと肌脱ぐ決意をするという箇所で、ああ、これは当時弾圧を受けながらも内面の矜恃を保った多くの「知識人」に対するオマージュなのだなあと思いました。

中国の小さなお針子 G.jpg そうした「知識人目線」みたいなのは確かにあり、その辺りもこの映画に対する批判的な見方の要因としてあるようです。お針子の描き方は、川端康成の原作で何度も映画化された「伊豆の踊子」などにも通じるところがあるように思いました(あの作品には東大生から見た"上から目線"との批判もある)。あとはやはり「外国人目線」でしょうか(正確には"外国からの目線"か)。中国語タイトル「巴爾扎克与小裁縫」(バルザックと小さなお針子)に対し、フランス語タイトルは「Balzac Et La Petite Tailleuse Chinoise」(原著共)。原著の仏語タイトルに倣って日本語タイトルに「中国の」とわざわざ入れたことで一層「外国人目線」が意識させられるようになってしまいましたが、ある意味、この作品の微妙な本質というか性格を表しているようにも思います。

 とは言え、批判するのは簡単、中国に外国からスタッフが入って映画を作るのは大変、という事情もあったかと思います。まず、中国国内での撮影許可を得るために当局と交渉があって、原作で27年後に再会する主人公二人が、作者及び監督の分身であるマーの方はバイオリンの名手となってパリで友人と四重奏団を組んでいて、ルオの方はアメリカで歯科医になっているのに対し、「二人とも海外に行ってしまっているのはけしからん」という当局のクレームで、ルオは上海で歯科医となりその分野での国家的権威になっているという具合に改変されています。これも現地でロケを行う許可を得るためのバーター条件だったとのことでやむを得ないのかも。

張家界.jpg 中国で中国の俳優を使って中国の地で撮影出来たことはやはり大きかったように思います。ロケ地の張家界(湖南省)は幻想的に美しく今や中国の一大観光名所ですが、当時は60人の映画クルーが何日もかけてやっと辿り着き、そこには何も無かったと言います。撮影のために建てた主人公の青年らが寝起きした住居などは、後に休憩所として使えるように取り壊さないで残してきたとのことです。

 ストーリーの中では鳳凰山にあるこの美しい村が三峡ダムの工事で水没することになったため、マーは懐かしさに駆られて村を再訪するわけですが、村長など老人はいてもお針子がいないというのが辛いです(文学によって村以外の世界を知ったお針子は、マーやルオがいる時に村を出てしまっていたのだが、戻ってはいなかった)。二人がお針子に文学を読んで聞かせた部屋が水没するラストシーンのイメージ映像は、惜別の念と青春のノスタルジーとに満ちていて秀逸。やはりコレ、青春恋愛映画だなあ。思い出の土地が水没するというのは、痕跡は無くとも土地がそのままであるというのとはまた違った深い寂しさがあるだろうなあ、などと思いました。

周迅(ジョウ・シュン).png劉燁〈リウ・イエ〉.png陳坤〈チェン・クン〉.jpg 当局との中国でのロケ交渉と併せ、中国との共同製作作品とし中国の俳優を使うことを条件として作られた映画であるのに(何れも中国国内で上映できるようにとの仏側からの提案だった)、結局、中国では上映もされていなければ原作も刊行されていない状態が今も続いていますが、周迅(ジョウ・シュン)をはじめ主演俳優のその後の人気もあって、海賊版のビデオやインターネット動画などで結構多くの人が観ているのではないかという気もします。
周迅(ジョウ・シュン)/劉燁(リウ・イエ)/陳坤(チェン・クン)

中国の小さなお針子 wakare.jpg「小さな中国のお針子」●原題:巴爾扎克与小裁縫/BALZAC ET LA PETITE TAILLEUSE CHINOISE/BALZAC AND THE LITTLE CHINESE SEAMSTRESS●制作年:2000年●制作国:フランス・中国●監督:戴思杰(ダイ・シージエ)●脚本:戴思杰(ダイ・シージエ)/ナディーヌ・ペロン●撮影:ワン・プージャン●音楽:ジュン=マリー・ドリュージュ●原作:戴思杰(ダイ・シージエ)●時間:110分●出演:周迅(ジョウ・シュン)/陳坤(チェン・クン)/劉燁(リウ・イエ)/王双宝(ワン・シュアンパオ)/叢志軍(ツォン・チーチュン)/王宏偉(ワン・ホンウェイ))●日本公開:2003/01●配給:アルバトロス・フィルム(評価:★★★☆)

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独特のセンスとメッセージ性。「心地よい読後感」といった感じの「アメリ」。「地下鉄のザジ」を髣髴させる。
アメリ dvd.jpgアメリ dvd3.jpg アメリ m.jpg 「地下鉄のザジ」1960.jpg
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アメリ 4.jpg 神経質で元教師の母親と冷淡な元軍医の父親を持つアメリはあまり構ってもらえず、両親との身体接触は父親による彼女の心臓検査時だけ。いつも父親に触れてもらうのを望んでいたが、稀なことなので心臓が高揚し、心臓に障害があると勘違いした父親は、学校には登校させず周りから子供たちを遠ざけてしまう。その中で母親を事故で亡くし、孤独の中で彼女は想像力の豊かな、しかし周囲と満足なコミュニケーションがとれない不器用な少女になっていく。そのまま成長して22歳となったアメリ(オドレイ・トトゥ)は実家を出てアパートに住み、モンマルトルにある元サーカス団員経営のカフェで働き始める。ある日、偶然に自室から小さな箱を発見し、中に入っていた子供の宝物を持ち主に返そうとした彼女は、探偵の真似事の末に前の住人を探し、箱を持ち主に返して喜ばれたことで、彼女は人を幸せにすることに喜びを見出すようになる―。

アメリ01.jpgアメリ 原作.jpg 2001年のジャン=ピエール・ジュネ監督作で、原題"Le Fabuleux Destin d'Amélie Poulain"は「アメリ・プーランの素晴らしい運命」の意。フランスではかなりヒットしたはずの作品ですが、日本ではゲテモノ映画と間違えられたとの話もあります(イポリト・ベルナールの原作の翻訳刊行は映画公開後)。当時低予算のB級映画を専門としていたアルバトロスによって配給され、渋谷・シネマライズで単館上映され観客約18万人を動員し、シネマライズの歴代ナンバーワン興行収入作品となりました。全体興行収入では16億円を突破してアルバトロス初のヒット作品となり、それ以降、同社が再びアート作品を配給するきっかけとなります(この配給会社は1980年代の創業時は、主にヨーロッパやアジアの良質な映画も取り扱っていた)。2001年アカデミー賞外国語映画賞、美術賞、撮影賞、音響賞、脚本賞ノミネート作品、2002年セザール賞(フランスにおける映画賞で、同国における米アカデミー賞にあたる)最優秀作品賞受賞作品であり、かつフランス映画批評家協会賞・ジョルジュ・メリエス賞(これもその年の最高のフランス映画に贈られる賞)受賞作です(そのほかに第55回エディンバラ国際映画祭「観客賞」(=最高賞)、第26回トロント国際映画祭「観客賞」(=最高賞)、第14回ヨーロッパ映画祭「ヨーロピアン・フィルム・アワード」(=最高賞)なども受賞)。

アメリ02.jpg 個性的なセンスと独特のビジュアル、エスプリとユーモアに溢れた作品で(結構ブラックユーモアが多いためゲテモノ映画と間違えられたのか?)、こんなの今まで見たことないという感じでした。敢えて言えば、駅のスピード証明写真機のボックスに定期的に現れる男は一体何者かといったミステリ風味を効かせている点で、ジャン=ジャック・ベネックスの「ディーバ」('81年/仏)を想起しましたが、やはり作品全体がこの監督のオリジナリティを色濃く反映したものとなっているように思います。

アメリ04.jpg そして何よりもオドレイ・トトゥ演じるアメリがいいです。クレーム・ブリュレの表面をスプーンで割ったり、パリを散歩しサン・マルタン運河で石を投げ水切りをするなど、ささやかな一人遊びと空想にふける毎日を送っていたアメリは、子供時代の宝箱を持主に届けて喜ばれたことで、「この時、初めて世界と調和が取れた気がし」、以降、父親の庭の人形を父親に内緒で世界旅行をさせ父親に旅の楽しさを思い出させるなど、様々な人に関与するようになります。

アメリ03.jpg そうした彼女にも気になる男性が現れ、それはスピード写真のボックス下に捨てられた他人の証明写真を収集する趣味を持つ若者でしたが、気持ちをどう切り出してよいのかわからず、他人を幸せにしてきた彼女も自分が幸せになる方法は見つからない―でも最後は、アパートの同居人で絵描きである老人らに励まされて...。

 観終わってみれば、単に独特のセンスの作品であるということだけでなく、運命は変えられるという強いメッセージ性を含んだ作品であり、コアなファンがいる作品ですが、「大感動」というより「心地よい読後感」といった感じでしょうか(全体にナレーションが多く物語調で話は展開されている)。「世界を旅する人形」の謎と「駅の証明写真機に定期的に現れる男」の正体がそれぞれ解った時は、思わずクスリとさせられました。

「地下鉄のザジ」ポスター(和田誠:画)
「ザジ」p.jpg「ザジ」01.jpg ところで、この映画に雰囲気、どこか既視感があると思ったら、ルイ・マル監督の「地下鉄のザジ」('60年/仏)が髣髴されました。コミカルでシュールなタッチ、好奇心旺盛な女の子、美しいパリの風景と、共通点が多いです(「地下鉄のザジ」は途中から加速的にスラップスティック・コメディ化するため、想起するのにやや間があった)。ネットで調べてみたら、「アメリの元ネタ」などと言われているようで、一昨年['14年]目黒シネマで「名作チョイス 第一弾 ~おかっぱ★Love~」として「地下鉄のザジ」と「アメリ」を組み合わせた上映があったそうです。その際に「おかっぱ割引」として、"おかっぱ頭"の髪型(おかっぱボブ)の人は割引料金だったようです。確かに、"おかっぱ頭"という点でも「地下鉄のザジ」と「アメリ」の主人公、共通していたなあと改めて思った次第です。

「ザジ」02.jpg 因みに、ラストで、ザジは約束の時間に叔母さんと母親の待つ駅に行き、母親が地下鉄に乗ったかと聞くとザジはただ「乗らない、疲れちやった」と言って終わるのですが、これをもってザジは地下鉄に乗らず終いだったと思っている人が多いようです。実はパリ滞在中にザジの相手をしていた叔父さんが、店で勃発した大乱闘から避難するために、疲れて眠り込んだザジを抱えて地下鉄に避難したとたんに、ストが解決して地下鉄が動き出したのですが、その時まだザジは眠りこけていたために、自分が地下鉄に乗ったという記憶が無いのです。

「ザジ」03.jpg 「地下鉄のザジ」は、登場人物らのドタバタがドリフターズのコントみたいで(クレージー・キャッツがこの映画を参考にしたとも)楽しいのですが、大乱闘になだれ込む終盤の頃には食傷気味になり、最初に観た際の評価は★★★ぐらいでした。ただし、今観ると、1960年のパリの街のあちこちの風景を多数切り取っており、これは映像記録として貴重なのではないかと思われ、星半分プラスしました。「アメリ」で観られるその40年後のパリの風景と見比べてみるのもオツかもしれません(観る順番としては「地下鉄のザジ」→「アメリ」がお薦め)。

アメリ maruti.jpg「アメリ」●原題:TLE FABULEUX DESTIN D'AMELIE POULAIN●制作年:2001年●制作国:フランス●監督:ジャン=ピエール・ジュネ●製作:クロディー・オサール●脚本:ジャン=ピエール・ジュネ/ギヨーム・ローラン●撮影:ブリュノ・デルボネル●音楽:ヤン・ティルセン●原作:イポリト・ベルナール●時間:122分●出演:オドレイ・トトゥ/マチュー・カソヴィッツ/セルジュ・マーリン/ジャメル・ドゥブーズ/ヨランド・モロー/クレア・モーリア/ドミニク・ピノン/クロディルデ・モレ/リュファス/イザベル・ナンティ/アータス・デ・ペンクアン/(ナレーション)アンドレ・デュソリエ●日本公開:2001/11●配給:アルバトロス・フィルム●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(15-03-25)(評価:★★★★)

「ザジ」12.jpg「地下鉄のザジ」●原題:ZAZIE DANS LE MÉTRO●制作年:19601年●制作国:フランス●監督・製作:ルイ・マル●脚本:ジャン=ポール・ラプノー/ルイ・マル●撮影:アンリ・レイシ●音楽:フィオレンツォ・カルピ●原作:レーモン・クノー●時間:93分●出演:カトリーヌ・ドモンジョ/フィリップ・ノワレ/カルラ・マルリエ/ヴィットリオ・カプリオーリ/ユベール・デシャン/アニー・フラテリーニ/アントワーヌ・ロブロ/ジャック・デュフィロ/イヴォンヌ・クレシュ/ニコラ・バタイユ/オデット・ピケ●日本公開:1961/02●配給:映配●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(14-06-22)(評価:★★★☆)


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オリジナルに大きく及ばない。人間ドラマを期待すると肩すかしを喰う。

ポセイドン 2006 dvd.jpgポセイドン [DVD]」 ポセイドン (06年/米).jpg

ポセイドン 2006 090.png 大晦日、豪華客船ポセイドン号は北大西洋を航海していた。客室にいたクリスチャン(マイク・ヴォーゲル)と恋人ジェニファー(エミー・ロッサム)は、彼女の父ラムジー(カート・ラッセル)が来たため慌てて離れる。賭博師ディラン(ジョシュ・ルーカス)は、エレナ(ミア・マエストロ)という女性とぶつかるが、実はエレナは、ウエイターのヴァレンタイン(フレディ・ロドリゲス)の手引きでの密航だった。乗客はダンスホールに集まり、船長(アンドレ・ブラウアー)の挨拶でパーテポセイドン 2006        .jpgィーが始まる。歌手グロリア(ファーギー)がステージに登場し、バンドの演奏で歌い始めた。ラムジーやディラン、ラッキー・ラリー(ケヴィン・ディロン)といった面々は、カジノでカードに興じている。ジェニファーはクリスチャンとディスコに向かい、ディランは、シングルマザーのマギー(ジャシンダ・バレット)と息子のコナー(ジミー・ベネット)に出会う。建築家のネルソン(リチャード・ドレイファス)は仲間たちに、妻から別れ話を切り出されポセイドン 2006 81.pngたことを打ち明ける。新年が訪れ、ダンスホールで乗客たちが盛り上がる中、ブリッジでは一等航海士が異変を感じ取っていた。異常波浪に気付いた彼は慌ポセイドン 2006 a3.pngてて面舵を切らせるが、ポセイドン号は激しい揺れに見舞われ転覆、ディスコでは火災が発生して照明が消え、船は逆さまになり、大勢の犠牲者が出る。衝撃が収まると、船長は「ここに留まって助けを待っていれば安全だ」と告げるが、ディランは船長のポセイドン 2006 ac2d.png言葉に従わず、船底から外に出るつもりだと言い、ラムジーも娘を捜すため同行を決める。ネルソンは建築家の見地から、船長の安全宣言に懐疑的だった。ラムジーはディランに、共に協力し合おうと持ち掛けるが、彼は断わる。ラムジーはヴァレンティンに乗務員出口に案内してくれたら報酬を払うと持ちかけ、ディランにも改めて協力を持ちかけるとディランは承諾し、マギー母子、ネルソンも彼らに付いていくことに。一方、ディスコではクリスチャンが瓦礫に足を挟まれて動けなくなっており、ジェニファーとエレナが救出を試みていた―。

「ポセイドン・アドベンチャー」('72年)
ポセイドン・アドベンチャー パンフr.jpgポセイドン・アドベンチャー01.jpg 「ポセイドン・アドベンチャー」('72年)のリメイクであり、監督は「アウトブレイク」('95年)などのウォルフガング・ペーターゼン。期待された見所は、スペクタクルシーンを最新のCGなどを使ってどのように撮るかという点と、オリジナルの人間ドラマの部分をどのように再構成するかという点だったと思われますが、アカデミー賞視覚効果賞にノミネートされたスペクタクルシーンの方はまあまあだったものの、人間ドラマの方は、批評家からは、オリジナルの「ポセイドン・アドベンチャー」で描かれていた人間ドラマ的な面は大きく省かれてしまったという評価を受け、ゴールデンラズベリー賞の最低リメイク賞にもノミネートされることになってしまいました。

ポセイドン 2006 08.png 話の枠組みだけは「ポセイドン・アドベンチャー」を踏襲しており、皆が留まっているダンスホールから独自に脱出を図るメンバーの数が「10名」であるのも同じです(早い段階でその内2人が犠牲ポセイドンY.jpgになるのも同様)。序盤で彼らの出自が簡単に紹介的に描かれているだけに、それらがどう人間ドラマとして反映されるのかと思いましたが、やはり、結局はあまり深く描かれてなかったという印象でした。期待して観ると肩すかしを喰います(但し、人間ドラマより純粋スペクタクルを好む人にはそう悪くないかも)。

 オリジナルではジーン・ハックマンとアーネスト・ボーグナインの2大キャラのぶつかり合いが大きな見所でしたが、この作品では、カート・ラッセルとジョシュ・ルーカスが、一旦はオリジナルのように反発し合うものの、すぐさま協力体制に入ってしまい、ジーン・ハックマンにおける、脱出行のメンバーの中に自分の考えに反発する者もいる中で(しかもメンバーの一部はそちらに靡きそうになる中で)、皆をどう導いていくかといったリーダーとしての難しい局面も出てきません。

ポセイドン 2006 07.jpg そもそも、カート・ラッセルはジーン・ハックマンのように他の乗客に一緒に脱出しようと強く働きかけることもしないし、脱出行に出たコアメンバ-もオリジナルに比べると何となく結束力が弱い感じ。潜水で犠牲者が出るのはオリジナルと同じですが、オリジナルではジーン・ハックマンを救うためにシェリー・ウィンタース演じる中年女性が犠牲ポセイドン 2006 01.pngになるのだけれど、この作品でエレナ(ミア・マエストロ)の死は殆ど事故のようなもの。カート・ラッセルは最後にヒロイックな犠牲的精神を発露しますが、ジーン・ハックマンのような牧師が"神"に向かって呼びかけるといった重い感じもありません。

エミー・ロッサム/カート・ラッセル

 オリジナルで淀川長治が「その背中に天使の羽根が見えた」と褒め讃えた、船底に"上がる"ために少年が巨大なクリスマスツリーをよじ登っていくシーンなども再現されていなかったなあ。折角、淀川長治がその象徴性を高く評価したほどの場面だったのに...。

ポセイドン 2006 04.jpgポセイドン エミー・ロッサム.jpg 一方で、オリジナルは、3人の女性がアクションシーンで何かと脚線美を披露するなど、B級映画的要素も兼ね備えていたのに、そうした部分はこのリメイクでは(慎み深く?)抑え気味で、歌手のファーギーやブエノスアイレス出身の女優ミア・マエスポセイドン リチャード・ドレイファス.jpgトロ、「オペラ座の怪人」('04年)のエミー・ロッサムなども、ビジュアル面でも演技面でもやや勿体ない使われ方をしていたように思います。リチャード・ドレイファスの役も、誰が演じてもいいようなものでした(まあ、客演のようなものか)。いろいろな見方できますが、総じてオリジナルに大きく及ばなかったと言っていいのではないでしょうか(ゴールデンラズベリー賞の最低リメイク賞ノミネートは順当)。
      
ファーギー(ステイシー・ファーガソン)ミア・マエストロエミー・ロッサム in「オペラ座の怪人」
ファーギー.jpgミア・マエストロ.pngエミー・ロッサム オペラ座の怪人.png「ポセイドン」●原題:POSEIDON●制作年:2006年●制作国:アメリカ●監督:ウォルフガング・ペーターゼン●製作:ウォルフガング・ペーターゼン/アキヴァ・ゴールズマン/ダンカン・ヘンダーポセイドン 2006 メンバー.jpgソン/マイク・フレイス●脚本:マーク・プロトセヴィッチ●撮影:ジョン・シール●音楽:クラウス・バデルト●原作:ポール・ギャリコ●98分●出演:カート・ラッセル/ジョシュ・ルーカス/ジャシンダ・バレット/リチャード・ドレイファス/エミー・ロッサムミア・マエストロ/マイク・ヴォーゲル/ジミー・ベネット/アンドレ・ブラウアー/フレディ・ロドリゲス/ケヴィン・ディロン/カーク・B・R・ウォーラー/ファーギー(ステイシー・ファーガソン)/ケリー・マクネア●日本公開:2006/06●配給:ワーナー・ブラザーズ●最初に観た場所:丸の内ピカデリー1(06-07-01)(評価:★★☆)
丸の内ピカデリー1・2 1984年10月6日「有楽町マリオン」西武(現ルミネ)側9階にオープン(1957年オープン、1984年閉館の旧「丸の内ピカデリー」の後継館) 

丸の内ピカデリー1・2(2019.10.7撮影)「丸の内ピカデリー1」(席数802)は、2014年12月の「新宿ミラノ1」(1,064席)閉館、2018年2月の「TOHOシネマズ日劇(スクリーン1)」(948席)閉館により、2019年時点で単一のスクリーンとしては国内最多の座席数を持つ映画館となった(その後、623席に)。
7丸の内ピカデリー.jpg
2021年11月26日リニューアルオープン(623席)
2丸の内ピカデリー1.jpg
    
Poseidon Adobenchâ (1972).jpgポセイドン・アドベンチャーes.jpg「ポセイドン・アドベンチャー」●原題:THE POSEIDON ADVENTURE●制作年:1972年●制作国:アメリカ●監督:ロナルド・ニーム●製作:アーウィン・アレン●脚本:スターリング・シリファント/ウェンデル・メイズ●撮影:ハロルド・E・スタイン●音楽:ジョン・ウPicture of The Poseidon Adventure.jpgィリアムズ/アル・カシャ/ジョエル・ハーシュホーン●原作:ポール・ギャリコ「ポセイドン・アドベンチャー」●時間:117分●出演:ジーン・ハックマン/アーネスト・ボーグナイン/レッド・バトンズ/キャロル・リンレー/ロディ・マクドウォール/ステラ・スティーヴンス/シェリー・ウィンタース/ジャック・アルバートソン/パメラ・スー・マーティン/エリック・シーア/レスリー・ニールセン/アーサー・オコンネル●日本公開:1973/03●配給:20世紀フォックス(評価:★★★☆)
      

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エピローグの抑制の効いた展開。ラストの主人公の一言に感動させられた。

善き人のためのソナタ ps.jpg善き人のためのソナタ廉価版.jpg善き人のためのソナタ dvd.jpg 善き人のためのソナタ 00.jpg
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善き人のためのソナタ 1.jpg 1984年、東西冷戦下の東ベルリン。国家保安省(シュタージ)局員のヴィースラー大尉(ウルリッヒ・ミュー善き人のためのソナタ 0.jpgエ)は、後進の若者たちに大学で尋問の手法を講義する教官をしている。ある日、ハムプフ文化相(トーマス・ティーメ)の意により、劇作家のドライマン(セバスチャン・コッホ)と舞台女優である恋人のクリスタ(マルティナ・ゲデック)が反体制的であるという証拠を掴むよう命じられる。国家を信じ忠実に仕えてきたヴィースラーだったが、かつての同期ヴォルヴィッツ(ウルリッヒ・トゥクル)が今は国家保安省の中佐として彼の上司となっている。但し、この盗聴作戦に成功すれば彼にも出世が待っていた。しかし、権力欲にまみれた大臣や、それに追従し自らの政界進出のために手段を選ばないヴォルヴィッツを見るにつけ、彼のこれまでの信念は揺らぐ。更に、盗聴器を通して知る劇作家のドライマンと恋人クリスタの、これまで彼が経験したことのなかった自由、愛、音楽、文学の世界に影響を受け、いつの間にか新しい価値観が彼の中に芽生えてくる―。

善き人のためのソナタ 4.jpg フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督33歳の時の初の長編作品であるとともに、ヨーロピアン・フィルム・アワード主要3部門制覇、アカデミー賞外国語映画賞受賞など多くの賞を受賞した出世作でもあり、映画監督ヴェルナー・ヘルツォークは「ドイツ映画史上、最も素晴らしい作品である」との賛辞を寄せています。記録文書のリサーチだけで4年を費やしたとのことで、人類史上最大の秘密組織と言われる"シュタージ"の内幕を正確に描いているそうです(撮影も当時の建物などが使われた)。ストーリーの本筋そのものは実話ではありませんが、断片的には当時の記録や証言をもとに多くの実話的要素を織り込んでいるようです。

善き人のためのソナタ 2.jpg ある意味、人は変われるかということをテーマにしている作品ともいえ、公開当時は"シュタージ"にヴィースラーのような人間はいなかったとの批判もあったようです。更には、作品の描かれ方としても、ヴィースラーの変化が一部には唐突感をもって受け止められたようですが、個人的には、ヴィースラーの変わっていく様子は、ウルリッヒ・ミューエの抑制の効いた演技によって説得力をもって伝わってきました。

善き人のためのソナタ 3.jpg スパイ映画的な緊迫感もあって、エンタテインメントとしても上手いと思いました。ただ、終盤に大きな悲劇があって、ここで終わりかと思ったら、ややもの足りない印象も。ところが話はやや長めのエピローグへと入っていきます。エピローグが長い映画でいい作品は少ないように思われ、どう落とし込むのかと思ったら、最後はいい意味で予想を裏切り、オリジナリティのある展開で大感動させてくれました。

善き人のためのソナタ 5.jpg ベルリンの壁崩壊後に自分達が盗聴されていたことを初めて知ったドライマン。では当時なぜ当局にすぐさま検挙されることが無かったのか、その謎を探るうちにある真実が浮かび上がり、その"当事者"に行き着く―。当のヴィースラーは、ベルリンの壁崩壊前は国家保安省で閑職に追いやられていましたが、ベルリンの壁崩壊後もチラシを投函する仕事をしていて、かつての大学教員の面影は無く落魄しています。しかし、ドライマンは彼を見つけても声を掛けないし、駆け寄って有難うと言って抱きついたりもしない―この抑制がいいです。でも、作品としてのカタルシスという面ではどうかなと思ったら...。

善き人のためのソナタ 6.jpg 最後、ヴィースラーは相変わらずチラシ配りをしています。そのヴィースラーが偶々ドライマンの新刊の広告を書店前で見かけて店に入り、その著作『善き人のためのソナタ』を手にしてページをめくった時に、もう何が出てくるか、さすがにここまでくれば観ていて分かってしまうのですが、やはり感動してしまいます。そして、ギフト用に包みましょうかと声をかける若い店員に、「私のための本だ」と言ったときのヴィースラーの表情といい、その表情のストップモーションで終わるエンディングといい、カタルシス全開でした(ラストで一番泣かせてくれるというのがニクイ)。

 この作品の中には、幾つもの相似形・相対系が見られたように思います。例えば、好色の文化相に蹂躙されボロボロになって帰って来たクリスタを責めることなく慰めるように受け入れるドライマンと、モダンで無機質な印象を受ける部屋にコールガールを呼ぶ孤独なヴィースラーとの対比、或いは、権力者に弄ばれるクリスタと、それを見ながら自分も同じように権力者に使役されていることを悟るヴィースラー(クリスタが当初は当局の協力者だったならば、その変化という意味でもヴィースラーと重なる)、ドライマンを天井裏から監視する善き人のためのソナタ9.jpgヴィースラーと、終盤のヴィースラーを発見するも観察するだけのドライマン、大学で尋問手法の講義で使われたヴィースラーが被尋問者の人格を否定するかのように番号で呼ぶ場面と、本の献辞の中にあったHGW XX/7というヴィースラー自身を指すコード(但し後者は、ドライマンにとっては自分を助けてくれた恩人の唯一の手掛かりとなり、ヴィースラーにとっては自らの人生の選択が正しかったことを再確認させるものとなった)、等々。

Yoki hito no tame no sonata (2006) .jpg ヴィースラーを演じたのウルリッヒ・ミューエの抑制の効いた演技が何と言っても素晴らしかったですが、彼自身も東ドイツ時代にシュタージの監視下に長年置かれていた経験の持ち主であるとのことです。この作品に出演した翌年の2007年7月に癌のため54歳で逝去しているのが惜しまれます。

「善き人のためのソナタ」●原題:DAS LEBEN DER ANDEREN(英題:THE LIVES OF OTHERS)●制作年:2006年●制作国:ドイツ●監督・脚本:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク●製作:クヴィリン・ベルク/マックス・ヴィーデマン●撮影:ハーゲン・ボグダンスキー●音楽:ガブリエル・ヤレド/ステファン・ムーシャ●時間:137分●出演:ウルリッヒ・ミューエ/マルティナ・ゲデック/セバスチャン・コッホ/ウルリッヒ・トゥクル/トーマス・ティーメ/ウーヴェ・バウアー/フォルクマー・クライネルト/マティアス・ブレンナー●日本公開:2007/02●配給:アルバトロス・フィルム●最初に観た場所:渋谷・シネマライズ(07-04-01)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(15-06-09)(評価:★★★★☆)
Yoki hito no tame no sonata (2006)
    
シネマライス31.JPGシネマライス9.JPGシナマライズ 地図.jpgシネマライズ 1986年6月、渋谷 スペイン坂上「ライズビル」地下1階に1スクリーン(220席)で「シネマライズ渋谷」オープン。1996年、2階の飲食店となっていた場所(1986年6月から1991年6月まで「渋谷ピカデリー」だった)に2スクリーン目を増設。「シネマライズシネマライズ220.jpgBF館」「シネマライズシアター1(2階)(303席)(後のシネマライズ)」になる。2004年、3スクリーン目、デジタル上映劇場「ライズX(38席)」を地下のバースペースに増設。地下1階スクリーン「シネマライズBF館(旧シネマライズ渋谷)」2010年6月20日閉館(地下2階「ライズⅩ」2010年6月18日閉館)。2011年、編成をパルコエンタテインメントに業務委託。地上2階「シネマライズ」2016年1月7日閉館。[写真:2015年11月26日/ラストショー「黄金のアデーレ 名画の帰還」封切前日]

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重くのしかかってくる作品ではあるが、"謎"の残る作品でもあった。

ヒトラー暗殺、13分の誤算ps.jpg ヒトラー暗殺、13分の誤算 .jpg ヒトラー暗殺、13分の誤算0.jpg
「ヒトラー暗殺、13分の誤算」('15年/独)
ヒトラー暗殺、13分の誤算es.jpgヒトラー暗殺、13分の誤算 cast.jpg 1939年11月8日、ミュンヘンのビアホールで恒例の記念演説を行っていたヒトラーは、いつもより早く退席するが、その僅か13分後ホールに仕掛けられていた爆弾が爆発する。当日のヒトラーの予定を徹底的に調べあげたその計画は緻密かつ大胆、更に時限装置付きの爆弾は精密かつ確実なものだった。ドイツ秘密警察ゲシュタポは、単独犯はあり得ないと考え、英国諜報部の関与を疑うが、逮捕されたのはゲオルク・エルザー(クリスティアン・フリーデル)という36歳の平凡な家具職人だった。彼はスパイどころか所属する政党もなく、すべて自分一人で実行したと供述。それを知ったヒトラーは、犯行日までの彼の人生を徹底的に調べるよう命じる。やがて、人妻エルザ(カタリーナ・シュットラー)との恋、音楽、そして自由を謳歌していた"普通の男"の信念が明らかになっていく―。

 監督は、「ヒトラー~最期の12日間~」('04年/独・墺・伊)でアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされたオリヴァー・ヒルシュビーゲル監督で、ヒトラーの暗殺計画は幾つもあったゲオルク・エルザー.jpgようですが、この作品の中で取り上げられているものはその中でもマイナーなもののようであり、このゲオルク・エルザーは、小林信彦氏によれば、戦後ドイツが東西に分断されていた時は、西ドイツでは共産主義者と見做され、東ドイツでは無視されて、彼が見直されたのは1990年のドイツ再統一以降のことであり、復権署名運動が始まったのは1993年になってとのことだそうです。
ゲオルク・エルザー

ヒトラー暗殺、13分の誤算11.jpg そうした意味では、戦後70年を迎え、ドイツにおいても過去を振り返る戦争映画が多く作られている、その流れの中で作られた作品であるとも言えるし、裏を返せば、エルザーのことはまだドイツでも詳しくは知られてはおらず、彼の復権運動は現在進行形であるとも言え、ドイツ国民に彼のことを知らしめる目的で作られた、何よりも先ず国内向け映画であるとも言えます。

ブルクハルト・クラウスナー(アルトゥール・ネーベ)/ヨハン・フォン・ビュロー(ハインリッヒ・ミュラー)/クリスティアン・フリーデル(ゲオルク・エルザー)

 そのことは、ドイツ国民が知っているようなことは説明が端折られている点にも現れており、例えば、エルザーを尋問していた秘密警察のアルトゥール・ネーベ(ブルクハルト・クラウスナー)が終盤では自らが処刑されてしまうシーンがありますが、これはヒトラー暗殺計画の中でも最も有名な1944年7月20日の暗殺計画が失敗に終わった後、その首謀者らと通じていたネーベの謀反も発覚し(映画でその誘因が仄めかされているように彼は途中からゲシュタポのやり方に疑問を感じて反ヒトラーに転じた)、ネーベは逃亡するも1945年1月にゲシュタポに捕まって死刑を宣告され、その年の3月にヒトラー自身の望みによりピアノ線による絞首刑が行わヒトラー 〜最期の12日間〜b.jpgれたことに符合しています。そして、この(大掛かりな方の)暗殺未遂事件の関係者の摘発と逮捕を担当しヒトラー暗殺、13分の誤算FJ.jpgたのが、映画でヨハン・フォン・ビュローが演じているハインリッヒ・ミュラーです(ナチ党指導者で逮捕されず、死亡も確認されていない唯一の人物でもある)。但し、そうした事実をある程度知らないと、なぜネーベがミュラーの目の前で絞首刑に処されるのか、また、なぜ、そうした処刑方法がとられるのかが解らない。因みに、この作アルトゥール・ネーベ.jpg品では、ネーベは根はいい人だったようにもとれますが、彼は1941年にアインザッツグルッペンが組織された際のB隊司令官となり、モスクワ戦線への進軍中、ユダヤ人やパルチザンと目される人々大勢の殺害を指揮命令した人物で、ネーベのB隊だけで4万5,467人の処刑が報告されています。
アルトゥール・ネーベ

ヒトラー暗殺、13分の誤算02.jpg 一方、エルザーの回想として描かれる彼の私生活の部分は、一部フィクションが混ざっているそうですが、どの程度なのか。人妻に恋をし(件の人妻が夫のDVに遭っているといった設定は何となくフィクションっぽいが)、友を思い遣り、音楽を愛するヒトラー暗殺、13分の誤算01.jpg彼のキャラクターはなかなか人間味があっていいし、そうした自由な雰囲気が少しずつ奪われていく中で彼がヒトラーの暗殺計画を思い立つという流れは解らなくもないですが、他の人の中にもヒトラーに盲目的に追従する人ばかりではなく、そうした風潮に危惧を抱いていた人はいたはずであるのに(実際この映画にもパルチザンが登場するが)、なぜ彼だけが、こうした勇気と根気、大胆さと綿密さを要する計画をその実施にまで漕ぎ着けることが出来たのか、その辺りが今一つ見えにくく、"あの時代にこんな人もいたんだよ"的なところで終わってしまっているようにも思えなくもありませんでした。

ヒトラー暗殺、13分の誤算12.jpg ゲオルク・エルザーの背後に英国諜報部の関与があると疑ったのは、映画にある通りヒトラー自身であり、その背後関係を調べるよう命を受けたハインリヒ・ヒムラーが直接エルザーを取り調べ、エルザーに罵声を浴びせながら足蹴にし、ゲシュタポの一人にエルザーを鞭で苦痛で悲鳴をあげるまで打ちすえたというから、映画ではヒムラーの人物像がミュラーに置き換えられていると見ることもできますが、そんなことより、エルザーがそうした拷問に耐え抜いたことが不思議な気も。彼は1945年4月9日にダッハウ強制収容所内で処刑されますが、ヒットラーが自殺を遂げたのはその3週間後。ネーベなどが既に処刑されているのに、その5年前に事件を起こしたエルザーがそこまで生かされていたというのも不思議。ドイツ人に非ずとも重くのしかかってくる作品ではありますが、個人的には、"謎"の残る作品でもありました。
Elser (2015)
Elser (2015).jpgヒトラー暗殺、13分の誤算 es.jpgヒトラー暗殺、13分の誤算s.jpg「ヒトラー暗殺、13分の誤算」●原題:ELSER/13 MINUTES●制作年:2015年●制作国:ドイツ●監督:オリヴァー・ヒルシュビーゲル●製作:ボリス・アウサラー/オリバー・シュンドラー/フレート・ブライナースドーファー●脚本:レオニー=クレア・ブライナースドファー●撮影:ユーディット・カウフマン●音楽:デヴィッド・ホームズ●114分●出演:クリスティアン・フリーデル/カタリーナ・シュットラー/ブルクハルト・クラウスナー/ヨハン・フォン・ビュロー●日本公開:2015/10●配給:ギャガ●最初に観た場所:渋谷・シネマライズ(15-11-26)(評価:★★★☆)

シネマライス31.JPGシネマライス9.JPGシナマライズ 地図.jpgシネマライズ 1986年6月、渋谷 スペイン坂上「ライズビル」地下1階に1スクリーン(220席)で「シネマライズ渋谷」オープン。1996年、2階の飲食店となっていた場所(1986年6月から1991年6月まで「渋谷ピカデリー」だった)に2スクリーン目を増設。「シネマライズシネマライズ220.jpgBF館」「シネマライズシアター1(2階)(303席)(後のシネマライズ)」になる。2004年、3スクリーン目、デジタル上映劇場「ライズX(38席)」を地下のバースペースに増設。地下1階スクリーン「シネマライズBF館(旧シネマライズ渋谷)」2010年6月20日閉館(地下2階「ライズⅩ」2010年6月18日閉館)。2011年、編成をパルコエンタテインメントに業務委託。地上2階「シネマライズ」2016年1月7日閉館。[写真:2015年11月26日/ラストショー「黄金のアデーレ 名画の帰還」封切前日]
渋谷シネマライズ 1986年~2016年 上映作品ラインナップ
渋谷シネマライズ 1986~201 上映作品.jpg【1986年】
『プレンティ』 Plenty
『ホテル・ニューハンプシャー』 The Hotel New Hanpshire
『ポリエステル』 polyester
『ドリーム・チャイルド』 DREAMCHILD
『クロスオーバー・ドリーム』 CROSSOVER DREAMS

【1987年】
『恋は魔術師』 EL AMOR DRUJO
『男と女II』 A MAN AND A WOMAN:20 Years Later
『モナリザ』 MONA LISA
『ブルー・ベルベット』 Blue Velvet
『カラヴァッジオ』 CARAVAGGIO
『悪の華・パッショネイト』 VILLAGE DREAMS
『アリア』 ARIA

【1988年】
『汚れた血』 MAUVAIS SANG
『私は人魚の歌を聞いた』 I'VE HEARD THE MERMAIDS SINGING
『バーフライ』 BARFLY
『ロッキー・ホラー・ショー』 THE ROCKY HORROR PICTURE SHOW
『フランスの思い出』 LE GRAND CHEMIN
『セプテンバー』 September
『ファントム・オブ・パラダイス』 PFANTOM OF THE PARADISE
『ア・マン・イン・ラブ』 a man in love
『ストーミー・ウェザー』 STORMY WEATHER

【1989年】
『シエスタ』 SIESTA
『ワッツタックス』 WATTSTAX
『パスカリの島』 PASCALI'S ISLAND
『バグダッド・カフェ』 BAGDAD CAFE
『ハンドフル・オブ・ダスト』 A HANDFUL OF DUST
『サマーストーリー』 A Summer Story
『神経衰弱ぎりぎりの女たち』 WOMEN ON THE VERGE OF A NERVOUS BREAKDOWN

【1990年】
『二十世紀少年読本』
『サンタ・サングレ』 SANTA SANGRE
『ロザリー・ゴーズ・ショッピング』 Rosalie Goes Shopping
『マイ・レフトフット』 MY LEFT FOOT
『夫たち、妻たち、恋人たち』 LES MARIS LES FEMMES LES AMANTS
『コックと泥棒、その妻と愛人』 "THE COOK,THE CHIEF,HIS WIFE & HER LOVER"
『キャンディ・マウンテン』 CANDY MOUNTAIN

【1991年】
『ドラッグストア・カウボーイ』 DRUGSTORE COWBOY
『侍女の物語』 THE HANDOMAID'S TALE
『エマ』 EMMA
『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』 ROSENCRANTZ AND GUILDENSTERN ARE DEAD
『メルシー・ラ・ヴィ』 MERCi LA ViE
『グリフターズ』 THE GRIFTERS
『ボイジャー』 VOYGER

【1992年】
『プロスペローの本』 PROSPERO'S BOOKS
『レイジ・イン・ハーレム』 a rage in harlem
『ポンヌフの恋人』 Les Amants du Pont-Neuf
『ヨーロッパ』 EUROPA
『鉄男II/BODY HAMMER』 TETSUO II BODY HAMMER
『エドワードⅡ』 EDWARD Ⅱ

【1993年】
『ハイヒール』 HIGHHEELS
『ポイズン』 Poison
『ジョニー・スエード』 JOHNNY SUEDE
『レザボアドッグス』 RESERVOIR DOGS
『野性の夜に』 LES NUITS FAUVES
『イレイザーヘッド[完全版]』 ERASERHEAD

【1994年】
『ベイビー・オブ・マコン』 THE BABY OF MACON
『春にして君を想う』 Children of Nature
『ディーバ』 DIVA
『時の翼にのって』 FARAWAY.SO CLOSE!
『アリゾナ・ドリーム』 Arizona Dream
『エンジェル・ダスト』 Angel Dust
『カウガール・ブルース』 COWGIRL BLUES

【1995年】
『ミナ』 mina TANNENBAUM
『うたかたの日々』 l'ecume des jours
『地球交響曲 ガイアシンフォニー第二番』
『カストラート』 IL CASTRATO farinelli

【1996年】
『ジェリコー・マゼッパ伝説』 GRAND PRIX DE LA COMMISSION SUPERIEURE TECHNIQUE
『バスケットボール・ダイアリーズ』 The Basketball Diaries
『ロスト・チルドレン』 La Cite des Enfants Perdus
『アンダーグラウンド』 UNDERGROUND
『天使の涙 Fallen Angels』 Fallen Angels
『小便小僧の恋物語』 Manneken Pis
『シクロ』 Cyclo
『ミュリエルの結婚』 muriel's Wedding

【1997年】
『トレインスポッティング』 Trainspotting
『ファーゴ』 FARGO
『ラブ・セレナーデ』 Love Serenade
『奇跡の海』 Breaking the Waves
『シド・アンド・ナンシー』 SID AND NANCY
『ピーター・グリーナウェイの枕草子』 THE RILLOW BOOK
『ラリー・フリント』 THE PEOPLE vs. LARRY FLYNT
『ブエノスアイレス』 happy together

【1998年】
『地球交響曲 ガイアシンフォニー 第三番』
『モハメド・アリ かけがえのない日々』 MUHAMMAD ALI "WHEN WE WERE KINFUS"
『ラブetc.』 Love etc.
『シーズ・ソー・ラヴリー』 She's So Lovely
『ブレイブ』 THE BRAVE
『ツイン・タウン』 TWIN TOWN
『ムトゥ 踊るマハラジャ』 MUTHU
『スウィート・ヒアアフター』 THE SWEET HEREAFTER
『イヤー・オブ・ザ・ホース』 YEAR OF THE HORSE
『ガンモ』 GUMMO

【1999年】
『ビッグ・リボウスキ』 The Big Lebowski
『ベルベット・ゴールドマイン』 VELVET goldmine
『愛の悪魔 フランシス・ベイコンの歪んだ肖像』 LOVE IS THE DEVIL STUDY FOR A PORTRAIT OF FRANCIS BACON
『ワンダフルライフ』 AFTER LIFE
『グッバイ・モロッコ』 HIDEOUS KINKY
『ハイ・アート』 high art
『ムーンライト・ドライブ』 CLAY PIGEONS
『ラン・ローラ・ラン』 LOLA RENNT
『π』 Pi
『アナザー・デイ・イン・パラダイス』 ANOTHER DAY IN PARADISE
『ホール』 Hole

【2000年】
『ポーラX』 PolaX
『ハイロー・カントリー』 THE HI-LO COUNTRY
『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』 BUENA VISTA SOCIAL CLUB
『ミフネ』 MIFUNES SIDSTE SANG
『フェリシアの旅』 FELICIA'S JOURNEY
『ヴァージン・スーサイズ』 the Virgin Suicides
『ボーイズ・ドント・クライ』 Boys Don't Cry
『オルフェ』 Orfeu
『黒いオルフェ』 ORFEU NEGRO
『カノン』 SEUL CONTRE TOUS
『ブラッド・シンプル/ザ・スリラー』 BLOOD SIMPLE the thriller

【2001年】
『キャラバン』 Himalaya-L'enfance D'un Chef
『ジュリアン』 Julien donkey-boy
『ファストフード・ファストウーマン』 Fast Food Fast Women
『キング・イズ・アライヴ』 The King is Alive
『ドッグ・ショウ!』 BEST in SHOW
『ベーゼ・モア』 BAISE-MOI
『DOWNTOWN81』 DOWNTOWN81
『ベンゴ』 Vengo
『ディスタンス』 DISTANCE
『王は踊る』 Le Roi Danse
『ELECTRIC DRAGON 80000V』 ELECTRIC DRAGON 80000V
『チアーズ!』 Bring It On
『ビヨンド・ザ・マット』 Beyond The Mat
『夜になるまえに』 Before Night Falls

【2002年】
『リリイ・シュシュのすべて』 All About Lily Chou-Chou
『アメリ』 Le FABULEUX DESTIN D'AMELIE POULAIN
『あのころ僕らは』 Don's Plum
『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』 HEDWIG AND THE ANGRYINCH
『青い春』 Blue Spring
『ピンポン』 PING PONG
『DOGTOWN & Z-BOYS』 DOGTOWN & Z-BOYS
『まぼろし』 Sous le Sable
『水の女』 WOMAN OF WATER
『8人の女たち』 8 Femmes
『マシュー・バーニー』 Matthew Barney "The CREMASTER Film Cycle"

【2003年】
『僕のスウィング』 swing
『歓楽通り』 RUE DES PLAISIRS
『モーヴァン』 MORVERN CALLAR
『少女の髪どめ』 BARAN
『ギャングスター・ナンバー1』 GANGSTER NUMBER1
『ホテル・ハイビスカス』 HOTEL HIBISCUS
『エデンより彼方に』 Far From Heaven
『キャンディ』 CANDY
『アダプテーション』 Adaptation.
『インターステラ 5555』 INTERSTELLA 5555
『リード・マイ・リップス』 sur mes levres
『木更津キャッツアイ 日本シリーズ』 KISARAZU CAT'S EYE
『ブラウン・バニー』 the brown bunny

【2004年】
『クリビアにおまかせ!』 Ja Zuster Nee Zuster
『ドッグヴィル』 DOGVILLE
『メイキング・オブ・ドッグヴィル~告白~』 DOGVILL CONFESSIONS
『モンスター』 Party Monster
『パーティ』
『こまねこ』
『ロスト・イン・トランスレーション』 Lost In Translation
『スイミング・プール』 SWIMMING POOL
『茶の味』 The Taste Of Tea
『ステップ・ イントゥ・ リキッド』 Step Into Liquid
『リヴ・フォーエヴァー』 LIVE FOREVER
『赤線』 AKA-SEN
『モンスター』 MONSTER
『恋の門』 KOI NO MON
『ジェリー』 Gerry
『雲のむこう、約束の場所』 The place promised in our early days
『スーパーサイズ・ミー』 SUPER SIZE ME
『ジャッカス・ザ・ムービー 日本特別版』 jackass the movie
『バッドサンタ』 BAD SANTA
『アマレット』 amoretto

【2005年】
『真夜中の弥次さん喜多さん』
『ライトニング・イン・ア・ボトル』 Lightning in a bottle
『レイ』 Ray
『アラキメンタリ』 ARAKIMENTARI
『緑玉紳士』 MONSIEUR GREENPEAS
『サラ、いつわりの祈り』 The Heart is Deceitful Above All Things
『おわらない物語-アビバの場合-』 Palindromes
『メゾン・ド・ヒミコ』 La Maison de HIMIKO
『ヒトラー ~最後の12日間~』 DOWNFALL
『カクレンボ』 KAKURENBO
『バス174』 BUS174
『埋もれ木』 BURIED FOREST
『スプラウト』 Sprout
『トゥルーへの手紙』 A LETTER TO TRUE
『テレビマンユニオン レトロスペクティブ Part1』
『プライマー』 Primer
『<絶対恐怖 NEW GENERATION THRILLER>』 Pray
『<絶対恐怖 NEW GENERATION THRILLER>』 Booth
『ロード・オブ・ドッグタウン』 LORDS OF DOGTOWN
『ミリオンズ』 MILLIONS
『フリークス デジタルリマスター版』 FREAKS
『TABOO』 タブー
『ダウン・イン・ザ・バレー』 Down in the Valley

【2006年
『RIZE』 ライズ
『HAZE』 ヘイズ オリジナル・ロング・バージョン
『「スキージャンプ・ペア」』 SKI JUMPING PAIRS -Road to TORINO-
『ラストデイズ』 Last Days
『マシュー・バニー「拘束のドローイング9」』 Matthew Barney Drawing Restraint 9
『たべるきしない』
『変態村』 CALVAIRE
『ブロークバック・マウンテン』 BROKEBACK MOUNTAIN
『ブロークン・フラワーズ』 BROKEN FLOWERS
『アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶』 Henri Cartier-Bresson Biographie d'un regard
『ハチミツとクローバー』 honey and clover
『ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン』 GET RICH or DIE TRYIN'
『≒天明屋尚』 near equal tenmyouya hisashi
『フーリガン』 HOOLIGANS
『ハード キャンディ』 Hard candy
『木更津キャッツアイ ワールドシリーズ』 KISARAZU CAT'S EYE
『ビースティ・ボーイズ 撮られっぱなし天国』 AWESOME; I FUCKIN'SHOT THAT!
『サムサッカー』 THUMBSUCKER
『ファントマ映画祭2006』 Trilogie de FANTOMAS
『悪魔とダニエル・ジョンストン』 THE DEVIL AND DANIEL JOHNSTON
『こま撮りえいが こまねこ』
『ダーウィンの悪夢』 Darwin's Nightmare
『エコール』 INNOCENCE
『エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したのか?』 ENRON THE SMARTEST GUYS IN THE ROOM

【2007年】
『連作短編アニメーション秒速5センチメートル』 a chain of short stories about their distance
『NARA:奈良美智との旅の記録』
『星影のワルツ』
『ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッド』 BROTHERS OF THE HEAD
『善き人のためのソナタ』 Das Leben der Anderen
『マジシャンズ』 Magicians
『恋愛睡眠のすすめ』 THE SCIENCE OF SLEEP
『神童』
『それでも生きる子供たちへ』 All the Invisible Children
『ダフト・パンク エレクトロマ』 DAFT PUNK'S ELECTROMA
『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ FUNUKE』 Show Some Love, You Fools!
『100万ドルのホームランボール』 Up For Grabs
『クワイエットルームにようこそ』 Welcome to The Quiet Room
『ショートバス』 SHORTBUS
『ブラインドサイト~小さな登山者たち~』 blindsight
『マラノーチェ』 MALA NOCHE
『サッドヴァケイション』 sad vacation
『アフロサムライ』 AFRO SAMURAI
『バレエ・リュス 踊る歓び、生きる歓び』 BALLETS RUSSES
『ヴォイス・オブ・ヘドウィグ』 voice of hedwig
『レディ・チャタレー』 Lady Chatterley
『ペルセポリス』 PERSEPOLIS
『ベティ・ペイジ』 The Notorious Bettie Page
『ニュー・アニメ・クリエイターズ』

【2008年】
『ミスター・ロンリー』 MISTER LONELY
『≒草間彌生~わたし大好き~』 NEAR EQUAL KUSAMA YAYOI
『潜水服は蝶の夢を見る』 Le Scaphandre et le Papillon
『非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎』 IN THE REALMS OF THE UNREAL : THE MYSTERY OF HENRY DARGER
『コントロール』 CONTROL
『アイム・ノット・ゼア』 I'M NOT THERE
『ファクトリー・ガール』 Factry Girl
『ぐるりのこと。』
『屋敷女』 A L' INTEIEUR
『リボルバー』 REVOLVER
『TOKYO!』
『ビューティフル・ルーザーズ』 BEAUTIFUL LOSERS
『闇の子供たち』
『闘茶 tea fight』 tea fight
『グーグーだって猫である』
『僕らのミライへ逆回転』 Be Kind Rewind
『マシュー・バーニー:拘束ナシ』 Matthew Barney: No Restraint
『七夜待』
『ファニーゲーム U.S.A.』 FUNNY GAMES US
『大丈夫であるように ─Cocco 終らない旅─』
『バンク・ジョブ』 THE BANK JOB
『その男ヴァン・ダム』 JCVD

【2009年】
『天使の眼、野獣の街』 EYE IN THE SKY
『ヘブンズ・ドア』 HEAVEN'S DOOR
『罪とか罰とか』
『デイヴィッド・リンチ・ワールド』 DAVID LYNCH WORLD
『REPO! レポ』 Repo! The Genetic Opera
『A SHADED VIEW ON FASHION FILM』
『メイプルソープとコレクター』 Black White + Gray A Portrait Of Sam Wagstaff + Robert Mapplethorpe
『ミルク』 MILK
『ウェディング・ベルを鳴らせ!』 Promets Moi
『USB』
『奥秀太郎 クラシックス』
『レスラー』 THE WRESTLER
『選挙』 CAMPAIGN
『蟹工船』
リバイバル上映『蟹工船』(1953年)
『悔恨のミュージック』 The Music of Regret
『バーダー・マインホフ 理想の果てに』 THE BAADER MEINHOF:COMPLEX
『イサム・カタヤマ=アルチザナル・ライフ』 ISAMU KATAYAMA=ARTISANAL LIFE
『ノーボーイズ、ノークライ』 No Boys, No Cry
『リミッツ・オブ・コントロール』 THE LIMITS OF CONTROL
『ライアン・ラーキン 路上に咲いたアニメーション』 RYAN LARKIN and his animations
『空気人形』 Air Doll
『母なる証明』 mother
『こま撮りえいが』
『オール・トゥモローズ・パーティーズ』 ALL TOMORROW'S PARTIES
『脳内ニューヨーク』 SYNECDOCHE, NEW YORK
『アフロサムライ:レザレクション』 AFRO SAMURAI RESURRECTION
『誰がため』 Flammen og Citronen
『牛の鈴音』 Old Partner

【2010年】
『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』 Millennium The Girl with the Dragon Tattoo
『フローズン・リバー』 FROZEN RIVER
『金瓶梅』
『ルド and クルシ』 Rudo y Cursi
『スイートリトルライズ』 SWEET LITTLE LIES
『息もできない』 Breathless
『名画座ライズ』 Presented by CINEMARISE × myシアター
『プレシャス』 Precious: based on the novel by Sapphire
『ホームレス・ワールドカップ』 KICKING IT
『鉄男 THE BULLET MAN』 TETSUO THE BULLET MAN
『ガールフレンド・エクスペリエンス』 GIRLFRIEND EXPERIENCE
『Bubble/バブル』 Bubble
『フェアウェル さらば、哀しみのスパイ』 L' affaire Farewell
『ミレニアム2 火と戯れる女』 Millennium2 The Girl Who Played with Fire
『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』 Millennium3 The Girl Who Kicked the Hornet's Nest
『スプリング・フィーバー』 SPRING FEVER
こま撮りえいが『こまねこのクリスマス』
『バスキアのすべて』 JEAN-MICHEL BASQUIAT:THE RADIANT CHILD

【2011年】
『ソウル・キッチン』 Soul Kitchen
『エグザイル・プライド』 EXILE PRIDE
『ブンミおじさんの森』 UNCLE BOONMEE WHO CAN RECALL HIS PAST LIVES
『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』 SCOTT PILGRIM VS. THE WORLD
『奇跡』
『英国王のスピーチ』 THE KING'S SPEECH
『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』 EXIT THROUGH THE GIFT SHOP
『未来を生きる君たちへ』 IN A BETTER WORLD
『女と銃と荒野の麺屋』 A Woman, A Gun, and A Noodle Shop
『ウォーリアー&ウルフ 狼災記』 THE WARRIOR AND THE WOLF
『サラリーマンNEO 劇場版(笑)』
『The Rolling Stones: Some Girls - Live in Texas'78』
『マイティ・ウクレレ』 MIGHTY UKE
『ドワーフのアニメ映画まつり』
『永遠の僕たち』 Restless

【2012年】
『荒川アンダー ザ ブリッジ THE MOVIE』
『ヒミズ』
『映画 桜蘭高校ホスト部』 Ouran High School Host Club
『ドラゴン・タトゥーの女』
『アーティスト』 The ARTIST
『容疑者、ホアキン・フェニックス』 I'M STILL HERE
『ブレーキ』 BRAKE
『私が、生きる肌』 THE SKIN I LIVE IN
『きっと ここが帰る場所』 THIS MUST BE THE PLACE
『ヘルタースケルター』
『ゴッド・ブレス・アメリカ』 GOD BLESS AMERICA
『トガニ 幼き瞳の告発』
『岩井俊二を予習せよ 【レトロスペクティブ上映】』
『ヴァンパイア』 VAMPIRE
『ザ・レイド』 THE RAID
『ボーンズ・ブリゲード』 BONES BRIGADE:AN AUTOBIOGRAPHY
『EXILE PRIDE 2』
『ダイアナ・ヴリーランド 伝説のファッショニスタ』 Diana Vreeland: The Eye Has to Travel

【2013年
『ムーンライズ・キングダム』 Moonrise Kingdom
『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』 Om Shanti Om
『ハッシュパピー バスタブ島の少女』 BEASTS OF THE SOUTHERN WILD
『君と歩く世界』 DE ROUILLE ET D'OS
『アンチヴァイラル』 Antiviral
『スプリング・ブレイカーズ』 SPRING BREAKERS
『アート・オブ・ラップ』 Something from Nothing: The Art of Rap
『スヌープ・ドッグ/ロード・トゥ・ライオン』 Reincarnated
『上京ものがたり』
『さよなら渓谷』
『TRASHED ~ゴミ地球の代償~』 Trashed
『ムード・インディゴ うたかたの日々』 L'écume des jours
『フィルス』 FILTH
『ゲバルト』
『風俗行ったら人生変わったwww』 FU-ZOKU CHANGES MY LIFE
『トレインスポッティング』 Trainspotting
『トランス』 TRANCE
『キューティー&ボクサー』 CUTIE AND THE BOXER

【2014年】
『メイジーの瞳』 WHAT MAISIE KNEW
『鑑定士と顔のない依頼人』 La migliore offerta(The Best Offer)
『トリック ─劇場版─ ラストステージ』
『5つ数えれば君の夢』
『ドン・ジョン』 DON JON
『土竜(モグラ)の唄 潜入捜査官 REIJI』
『パンドラの約束』 PANDORA'S PROMISE
『100,000年後の安全』 Into Eternity
『スチューデント・オブ・ザ・イヤー 狙え! No.1!!』 Student Of the Year
『ミスターGO!』 Mr.GO
『SHAME-シェイム-』 Shame
『それでも夜は明ける』 12 YEARS A SLAVE
『アデル、ブルーは熱い色』 LA VIE D'ADELE CHAPITRES 1 ET 2
『マドモアゼルC』 Mademoiselle C
『her/世界でひとつの彼女』 HER
『ぼくを探しに』 ATTILA MARCEL
『イヴ・サンローラン』 YVES SAINT LAURENT
『アバウト・タイム 』 ABOUT TIME
『嗤う分身』 THE DOUBLE
『アオハライド』

【2015年】
『ハルサーエイカー THE MOVIE エイカーズ』
『hide ALIVE THE MOVIE  hide Indian Summer Special 2015 Edition』
『グランド・ブダペスト・ホテル』 THE GRAND BUDAPEST HOTEL
『フォックスキャッチャー』 Foxcatcher
『地球交響曲 第八番』 GAIA SYMPHONY No.8
『マリア・カラス 伝説のオペラ座ライブ Maria Callas』 La grande nuit de l'opéra
『ワイルド・スタイル』 WILD STYLE
『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』BIRDMAN or (The Unexpected Virtue of Ignorance)
『hide 50th anniversary FILM 「JUNK STORY」』
『しあわせはどこにある』 Hector & the Search for Happiness
『ピッチ・パーフェクト』 Pitch Perfect
『人生スイッチ』 WILD TALES
『ピース オブ ケイク』
『ヒトラー暗殺、13分の誤算』 Elser
『黄金のアデーレ 名画の帰還』 WOMAN IN GOLD

「●海外児童文学」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒【1387】 エルケ・ハイデンライヒ 『黒猫ネロの帰郷
「○海外児童文学・絵本 【発表・刊行順】」の インデックッスへ 「●た ロアルド・ダール」の インデックッスへ 「●は行の外国映画の監督①」の インデックッスへ 「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ 「○存続中の映画館」の インデックッスへ(丸の内TOEI2)

映画化で再注目された面もあるが、個人的には原作も映画も(特にそこに込められた毒が)好き。

チョコレート工場の秘密 yanase.jpg チョコレート工場の秘密 tamura1.jpg チョコレート工場の秘密 tamura 2.jpg  チャーリーとチョコレート工場 dvd.jpg Roald Dahl.png
チョコレート工場の秘密 (ロアルド・ダールコレクション 2)』柳瀬 尚紀:訳 クェンティン・ブレイク(イラスト)/田村 隆一:訳 J.シンデルマン(イラスト)(1972/09 評論社)/『チョコレート工場の秘密 (児童図書館・文学の部屋)』 田村 隆一:訳 J.シンデルマン(イラスト)(評論社・改訂版)/「チャーリーとチョコレート工場 [DVD]

Charlie and the Chocolate Factory1.jpgCharlie and the Chocolate Factory2.jpgCharlie and the Chocolate Factory.jpg 外界から隔離された巨大なチョコレート工場がある大きな町の片隅で、貧乏な暮らしを余儀なくされている少年チャーリーとその一家。ある日、チョコレート工場の工場主ウィリー・ワンカ氏が、自社のチョコレートの中に5枚のゴールデンチケットを隠し、チケットを引き当てた5人の子供を工場見学に招待すると発表する―。

Roald Dahl(著), Quentin Blake(イラスト)

 1964年にロアルド・ダール(Roald Dahl、1916-1990/享年74)が発表した児童小説(原題:Charlie and the Chocolate Factory)で、個人的には、子どもの頃に心と響き合う読書案内.jpg何となく見聞きした覚えがある気もしますが、最近ではまずティム・バートン監督、ジョニー・デップ主演の映画化作品「チャーリーとチョコレート工場」('05年/米)を観て、作者名と併せて再認識したのは小川洋子氏の『心と響き合う読書案内』('09年/PHP新書)で紹介されていたことによるものでした(周囲にも大人になって原作を読んだ人が多くいるような気がするが、映画の影響か)。

 子どもの頃のチョコレートが目一杯食べられたらいいなあという願望を投影した作品とも言えますが、小川氏の場合は、社会科の工場見学にわくわくした記憶が甦ったようで、その気持ちも分かる気がします。一方で、この作品の中にはちょっと怖い場面もありますが、これも童話につき物の「毒」のようなものとみることができるのではないでしょうか(この「毒」がいいのだが)。

 チャーリー以外の4人の悪ガキのうち、デブの男の子がチョコレートの川に落ちて吸い上げられたパイプに詰まったり、女の子が巨大なブルーベリーに変身させられたりするため、発表時はこんなものは子どもに読み聞かせ出来ないとの批判もあったそうですが、作者は毎晩自分の子どもたちに読み聞かせしているとして批判をかわしたそうな。但し、最初の草稿では、面白がって悪ガキを15人も登場させたら、さすがに試しに読んでもらった甥に「このお話は不愉快で嫌だ」と言われて書き直したそうです(「チョコレート工場の秘密の秘密」―『まるごと一冊ロアルド・ダール』より)。

 また、この作品の邦訳は、柳瀬尚紀氏の訳の前に田村隆一氏の訳がありますが(柳瀬尚紀氏の訳は映画化に合わせたものか)、田村隆一氏の訳では主人公の名前がチャーリー・バケットとなっているのに対し、柳瀬尚紀氏の訳ではチャーリー・バケツとなっているなど、登場人物名に作者が込めた意味が分かるようになっています(例えば、肥満の子どもだったら「ブクブトリー」とか)。この訳し方にも賛否両論があるようですが(小川洋子氏は、柳瀬訳は「手がこんでいる」としている)、既にオーソドックスな翻訳(田村訳)があることを前提にすれば、こうした訳もあっていいのではないかという気もします。個人的にはどちらも好きですが。

まるごと一冊ロアルド・ダール.jpgクェンティン・ブレイク.jpg 但し、挿絵は、柳瀬訳のクウェンティン・ブレイク(Quentin Blake、1932年生まれ)のものが良く、大型本である『まるごと一冊ロアルド・ダール』('00年/評論社)によるとロアルド・ダールは何人かの画家と組んで仕事をしているようですが、クウェンティン・ブレイクとのコンビでの仕事が最も多く、また、クウェンティン・ブレイクの絵は、ちょっとシュールな話の内容よくマッチしたタッチであるように思います。
まるごと一冊 ロアルド・ダール (児童図書館・文学の部屋)
         
チャーリーとチョコレート工場o.jpg このお話は、メル・スチュアート監督(「夢のチョコレート工場」('71年/米)ジーン・ワイルダー主演)と、先に述べたティム・バートン監督(「チャーリーとチョコレート工場」('05年/米))によってそれぞれ映画化されていますが、ジョニー・デップがチョコレート工場の工場主ワンカ氏に扮した後者「チャーリーとチョコレート工場」は比較的記憶に新しいところで、ジョニー・デップの演技力というより、演CHARLIE & CHOCOLATE FACTORYI.jpg出に「バットマン」シリーズのティム・バートン色を感じましたが、ストーリー的には原作を忠実になぞっています。男の子がパイプに詰まったり、女の子が巨大なブルーベリーに変身してしまったりするのもCGを使って再現していますが(映画館で近くに座った男の子が「CGだ、CGだ」といちいち口にしていた)、庭園のモニュメントや芝生はパティシェによって作られた本物の菓子だったそうです。

チャーリーとチョコレート工場 set.jpgティム・バートン「チャーリーとチョコレート工場」('05年/米)

チャーリーとチョコレート工場1.jpg 但し、ジョニー・デップ扮するワンカ氏が、幼少時代に歯科医である厳格な父親に半ば虐待に近い躾を受けたことがトラウマになっている"アダルトチルドレン"として描かれているのは映画のオリジナルで、これに原作の続編である『ガラスのCHARLIE & CHOCOLATE FACTORYR.jpg大エレベーター』('05年/評論社)の話をミックスさせて、ラストはワンカ氏がチャーリーとその家族を通して新たな「家族」に回帰的に出会う(トラウマを克服する)というオチになっており、やや予定調和的である気もしますが、プロセスにおいて悪ガキが散々な目に遭い、一方のワンカ氏はケロッとしている(或いはふりをしている)という結構サディスティックな「毒」を孕んでいるため、こうしたオチにすることでバランスを保ったのではないでしょうか(映画はそこそこヒットし、映画館はロード終盤でも週末はほぼ満席。結構口コミで観に行った人が多かったのか)。結局は「家族愛」に搦め捕られてしまったワンカ氏といった感じで、個人的には、折角の「毒」を弱めてしまった印象が無くもありません。

チャーリーとチョコレート工場 uppa.jpg 「2001年宇宙の旅」「サタデー・ナイト・フィーバー」「鳥」「サイコ」「ベン・ハー」「水着の女王」「アフリカの女王」「アダムス・ファミリー」「スター・ウォーズ」といった映画作品へのオマージュも込められていて、後でまた観直してみるのも良し。音楽面でもクイーンやビートルズ、キッスへのオマージュが込められています。こうした味付けもさることながら、ビジュアル面で原作の(クウェンティン・ブレイクの絵の)イメージと一番違ったのは、チョコレート工場で働くウンパ・ルンパ人(柳瀬訳は「ウンパッパ・ルンパッパ人」)でしょうか。ワンカ氏がアフリカの何処かと思しきジャングルの地から連れてきた小人たちですが、色黒のオッサンになっていたなあ。演じたのはディープ・ロイというケニア生まれのインド人俳優で、インドで26代続くマハラジャの家系だそうですが、この映画で165人のウンパルンパ役をこなしたとのことです。個人的には原作も映画も(特にそこに込められた毒が)好きですが、映画は子どもも楽しんでいたのでは。

Roald Dahl2.jpg単独飛行2.jpg ロアルド・ダールは学校を卒業して、まず石油会社に入社して最初の勤務地が東アフリカで、第二次世界大戦では空軍パイロットとして活躍したとのことですが、乗Roald Dahl going solo.jpgった飛行機が燃料切れを起こして墜落、九死に一生を得たとのこと。その後、文筆家として活動するようになり、まずアフリカで聞いた話やパイロット時代の経験を生かして短編小説を書き始め、やがて児童文学の方へ進んだとのことです。初期の作品は、自伝的短編集『単独飛行』('00年/早川書房)に収められているほか、『まるごと一冊ロアルド・ダール』('00年シンバ.JPG/評論社)でもその一部を読むことが出来ますが、最初に原稿料を貰ったのが、アフリカでライオンに咥えられ連れ去れたけれども無事だった女性を実際に目撃した話の記事だったというからスゴイね(「シンバ」―『単独飛行』より)。

『まるごと一冊ロアルド・ダール』('00年/評論社)

サン=テグジュペリ2.png宮崎駿2.jpg 自らの飛行機が墜落して生還するまでのドキュメントも記していますが、『夜間飛行』のサン=テグジュペリ(1900-1944)と、同じ飛行機乗りであって遭難も経験している点で似ており(サン=テグジュペリは第二次世界大戦中に撃墜されて結局不帰の人となったが)、あの宮崎駿監督は、サン=テグジュペリ同様にロアルド・ダールをも敬愛していて、自らの作品においてオマージュをささげたり、共に文庫本の作品の解説を書いたりしています(サン=テグジュペリ『人間の土地』(新潮文庫)とロアルド・ダール『単独飛行』(ハヤカワ・ミステリ文庫))。

007は二度死ぬ チラシ.jpgチキ・チキ・バン・バン 01.jpg 因みに、ロアルド・ダールは「007シリーズ」のイアン・フレミング(1908-1964)と親交があり、映画007は二度死ぬ」('67年/英)と「チキ・チキ・バン・バン」('68年/英)の脚本も手掛けています(イアン・フレミングが「チキ・チキ・バン・バン」の原作者と知った時は今一つぴんとこなかったが、間に児童文学作家ロアルド・ダールが噛んでいたのか)。

チャーリーとチョコレート工場 dvd2.jpg「チャーリーとチョコレート工場」●原題:CHARLIE & CHOCOLATE FACTORY●制作年:2005年●制作国:アメリカ●監督:ティム・バートン●製作:ブラッド・グレイ/リチャード・D・ザナック●脚本:ジョン・オーガスト●撮アナソフィア・ロブ.jpg影:フィリップ・ルースロ●音楽:ダニー・エルフマン●原作:ロアルド・ダール●時間:115分●出演:ジョニー・デップ/フレディ・ハイモア/デヴィッド・ケリー/ヘレナ・ボナム=カーター/ノア・テイラ/ミッシー・パイル/ジェームズ・フォックス/アナソフィア・ロブ/アダム・ゴドリー/アダム・ゴドリー/ディープ・ロイ/クリストファー・リー/ジュリア・ウィンター/ジョーダン・フライ/フィリップ・ウィーグラッツ/リズ・スミス●日本公開:2005/09●配給:ワーナー・ブラザーズ●最初に観た場所:丸の内TOEI2(05-10-23)(評価:★★★☆) アナソフィア・ロブ(AnnaSophia Robb) in 「ソウル・サーファー」('11年)/「チャーリーとチョコレート工場」('05年)
丸の内東映.jpg丸の内toei.jpg丸の内TOEI2(銀座3丁目・東映会館) 1960年丸の内東映、丸の内東映パラスオープン(1992年~丸の内シャンゼリゼ)→2004年10月~丸の内TOEI1・2

【1972年単行本[評論社(児童図書館・文学の部屋)/田村隆一:訳(『チョコレート工場の秘密』)]/2005年単行本[評論社(ロアルド・ダールコレクション)/柳瀬尚紀:訳(『チョコレート工場の秘密』)]】

丸の内TOEI1・2(2022年12月20日撮影)
IMG_20221220_130353.jpg

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卿の方が娘たちに利用されていた(?)「選ばれし者の遺伝子」。

第78話/選ばれし者の遺伝子 dvd.jpg第78話/選ばれし者の遺伝子 dvd2.jpg 第79話/ボクシングに沸く村 dvd.jpg
"Midsomer Murders" Master Class (選ばれし者の遺伝子)/The Noble Art (ボクシングに沸く村)

第78話/選ばれし者の遺伝子0.jpg マイケル・フィールディング卿(ジェームズ・フォックス)と2人の娘は、ピアノの英才教育を行うプライベート・スクールを運営していた。生徒の中でも優れた才能を持つ一人ゾーイが、ある日、白いドレスの若い娘が川で溺れるのを目撃する。早速、捜索が行われるが何も発見されなかった―(「第78話/選ばれし者の遺伝子」)。

バーナビー警部(第78話)/選ばれし者の遺伝子.jpg 最初にゾーイが川で見たものがあまりにクリアで、そこからミスリードされてしまいましたが、犯人もまた個人的には想定外の人物でした。このシリーズ、「第40話/千里眼の系譜」で超能力を存在を肯定的に扱っていましたが、ここでは、音楽における「遺伝的才能」の絶対性を肯定的に扱っていて、こうした本来ならば議論が分かれそうなものについて、大胆に一つの"見解"を示しているところが、なかなか興味深かったです。

第78話/選ばれし者の遺伝子 1.jpg 犯人としては自分は絶対に「天才」なわけで、あとは天賦の才を持った女性と交わり、今度はその娘と―といった具合に"再生産"していくわけかあ。それにしても「父親でもあり祖父でもある」というのがスゴかったなあ。その前の代からそれを繰り返しているのか。

 これ、完全に近親相姦であり、遺伝学上危ないです。でも、自分の遺伝子が入っていることに意義があるわけだから、そうしたことも織り込み済みなのでしょう。あの有名なバッハの家系などはこれと似たようなものだったらしいし(演奏中に鼻血が出てしまったは、劣勢遺伝だったのか)。

2第78話/選ばれし者の遺伝子 .jpg第78話/選ばれし者の遺伝子 3.jpg しかし、音楽学校の生徒も変なのが多かったなあ。特にマスタークラスの最終選抜に漏れてストーカーみたいになってしまった男子。それと、子供ながらに、ゾーイとそのライバル(性格悪そうな娘だなあ)の二股かけて、結局、殺害されてしまった男子。その子の母親はその時、フィールディング卿に対する色仕掛け攻勢の真っ最中だったわけで、卿自身にはアリバイがあるわけだけど、まさか、学校全体でやっていたとはねえ。「魔女の館」みたいで、卿よりも娘(オバサン)達の方が怖かった(若干「ローズマリーの赤ちゃん」風)。見方によっては卿の方が彼女らに利用されていたのかも。


第79話/ボクシングに沸く村 1.jpg ミッドサマー・モーチャード出身のジョン・キンセラ対ガルシア・ラ・トサのボクシング試合が行われ、キンセラが勝利する。キンセラの祝賀会が催されるが、飛行機の遅れで本人やトレーナー、プロモーターは参加できなかった―(「第79話/ボクシングに沸く村」)。

第79話/ボクシングに沸く村 0.jpg 最初、登場人物が皆あまり乱脈で、誰と誰が不倫していて誰が二股かけているのか、本筋の人物相関はどうなっているのか、把握するのが難しかったです。仕舞には、ゲイ関係まで出て来るし...領主ジェラルド(ケビン・R・マクナリー、「ミス・マープル(第19話)/青いゼラニウム」('10年)にサマーセット警部役で出演)の息子セバスチャンが何を嘆いているのか最初は解らなかったけれど、実は殺害された弁護士とそういう関係だったのか...)。

第79話/ボクシングに沸く村 8.jpg でも、バーナビーが領主ジェラルドに対し、やけに友人としての信頼を置いているところで、ああ、これ、彼が往年のロックスターに再会した歓びでその目が曇った「第55話/悲憤の刃」と、もしかしたら同じパターンではないかと思いました。

Midsomer Murders (The Noble Art) house.jpg しかし、今度は、自分が意識的に彼を容疑者から外していることを充分に自覚していたなあ。ジョイスに自分が情に流され易いタイプか訊いているところで、観ている側としてはほぼ犯人は判ったという感じでしょうか。但し、それもかなり後半の方で、そTHE NOBLE ART.jpgれまでは自分もミスリードされ続けたわけですが(ジョーンズとのアクション付きボクシング談義で、一応、容疑者候補の一人ではあったけれど)。
 金に執着が無いと思われた人物の方が実は一発勝負を賭けていたわけかあ(邸を賭けの担保にするかね、フツー。それも大邸宅!)。冒頭のマジソン・スクェア・ガーデンからのタイトルマッチ中継でキンセラが勝った瞬間の映像が謎解きの時に改めて流れたけれど、全然印象に無かったなあ。

 犯人の目星がついてからは、意外と余裕のように見えたバーナビーでした。全く無駄な殺人を3件もやってしまった、その皮肉を嘆く犯人に関して、「我々の目の前で3件の殺人をやってのけるような人間は、我々とは別の人間だ」と部下ジョーンズに言い聞かせるくらい割り切った様子(最初の頃の、「判事(領主)はこちら側の人間だ」発言はもうさっぱり忘れてしまっている?)。

 まあ、バーナビーは学習した(?)のか以前の轍は踏まなかったわけで、その点では満足しているみたいだし、イギリスはとっくの昔に死刑制度を廃止していることもあって、この軽さなのかも。

Midsomer Murders Master Class .png第78話/選ばれし者の遺伝子 2.jpg「バーナビー警部(第78話)/選ばれし者の遺伝子」●原題:MIDSOMER MURDERS:MASTER CLASS●制作年:2010年●制作国:イギリス●本国上映:2010/10/06●監督:レニー・ライ●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:ニコラス・マーティン●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ジェイソン・ヒューズ/ジェーン・ワイマーク/バリー・ジャクソン/カースティ・ディロン/ジェームズ・フォックス●日本放映:2013/10/25●放映局:AXNミステリー(評価:★★★☆)

第79話/ボクシングに沸く村.jpg第79話/ボクシングに沸く村 si.jpg「バーナビー警部(第79話)/ボクシングに沸く村」●原題:MIDSOMER MURDERS:THE NOBLE ART●制作年:2010年●制作国:イギリス●本国上映:2010/10/13●監督:リチャード・ホルトハウス●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:Barry Purchese●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ジェイソン・ヒューズ/ジェーン・ワイマーク/バリー・ジャクソン/カースティ・ディロン/ケビン・R・マクナリー●日本放映:2013/11/02●放映局:AXNミステリー(評価:★★★)

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バーナビーの従兄弟ジョン・バーナビーが前フリ的登場。スプラッター・モードだが観光気分も。

第75話「ギヨームの剣」dvd.jpg 第75話「ギヨームの剣」dvd2.jpg バーナビー警部(第75話)/ギヨームの剣 バーナビー.jpg  The Sword of Guillaume 3.jpg
Midsomer Murders : Season 13, Episode 1 Sword of Guillaume (ギヨームの剣)

バーナビー警部(第75話)/ギヨームの剣 1.jpg第75話「ギヨームの剣」被害者1.jpg 長年関係が途絶えていた2つの町、コーストンとブライトン。コーストンがブライトンの土地の購入を検討中ということもあって、2つの町の友好関係を築く目的の旅行が計画されるが、裏には個人利益を狙う人々がいた。そして、ツアーの最中、参加者の一人ダルグリーシュがお化け屋敷列車で首を切り落とされた姿で見つかる―。

Hugh Dalgleish(Tim McInnerny)

バーナビー警部(第75話)/ギヨームの剣 3.jpg第75話「ギヨームの剣」被害者2.jpg バス旅行ツアーにバーナビーが参加するという設定は、アガサ・クリスティの『復讐の女神』を想起させ、そして、その行った先で殺人事件が起きるというのも同じだなあと(クリスティ作品へのオマージュであることは間違いない?)。殺害されそうな人物は大体予測がつきましたが、それにしても生首がゴロンとは。そして、次なる殺人も生首状態で発覚、被害者は、ツアー中にバーナビーに秋波を送り続けていたジェニー・ラッセル。スプラッター・モード全開といったところでしょうか。

Jenny Russell (Lucy Cohu)
バーナビー警部(第75話)/ギヨームの剣 ジョン.jpg シーズン13の第1話にあたりますが、トム・バーナビー警部の従兄弟のジョン・バーナビー警部(ニール・ダジョン Neil Dudgeon)がブライトン署の刑事として登場。シーズン14、第82話から主役交代することになるわけですが、その前フリでしょうか(ということは従兄弟ジョン・バーナビーはコーストンからブライトンへ転勤してくるのか)。「バーナビー警部」と呼ばれて2人とも同時に反応するところが可笑しいです(一番笑ったのは、牧師が神の存在に疑念を抱いて悩んでいる時に"奇跡"が起きた場面だったのだが。蝋燭の上に偶々物が落ちて火がついただけなのだが、当の牧師は思わずひれ伏していた)。

 トム・バーナビーを演じるジョン・ネトルズの降板が決まった後、後継主役候補として、ナサニエル・パーカー、ルパート・ペンリー=ジョーンズ、ジェイソン・アイザックス、ブラッドリー・ウォルシュ、フィリップ・グレニスターなど錚々たる名前が挙がっていましたが、ニール・ダジョンに決定。まあ、そう悪い選択ではなかったように思います。
DCI John Barnaby (Neil Dudgeon)
バーナビー警部(第75話)/ギヨームの剣 牧師.jpg
 いつもながらに人間関係が錯綜していて、最初の内はとても犯人の見当などつきそうにもなかったけれど、脇役と思われた人物が被介護者を抱きかかえて階段を楽々と上っていく場面で、ああ、もしかして...と。背後関係や動機はかなり後の方にならないと分からなかったのですが、牧師がゲイだったとはね。「第34話/炎の惨劇」でも牧師と副牧師がホモ関係というのがありましたが。
                       Rev Giles Shawcross (Mark Gatiss)
バーナビー警部(第75話)/ギヨームの剣 2.jpg しかし、女当主マチルダ、子孫を残すためにそこまでやるのかあ。事件解決後は「可哀そうな○○○○」の一言で済ませてしまって(まあ、自分の計画を潰した一方で、自分の代わりに復讐してくれたのも○○○○だったとも言えるが)、そそくさとバーナビーを追い返した感じ。そんな中、当主の息子である被介護人リチャードのバーナビーに向けた目線が気になります。
Lady Matilda William (Janet Suzman)

The Sword of Guillaume 2.jpg それにしても、バーナビーの部下ジョーンズ巡査部長とスティーブンス巡査の若い2人の職場恋愛はなかなか進展しないなあ。バーナビーの居ぬ間に携帯電話持っているから大丈夫と水辺でのランチを洒落込んだら、上司バーナビーからその携帯に殺人事件発生の急報が入り、「何故アヒルの声が聞こえるんだ」と言われて冷や汗をかく始末。

The Sword of Guillaume Landscape.jpg コーストンが架空の町であるのに対し、ブライトンは実在の観光地で、実業家や有名芸能人などが引退後に暮らす地としても人気の場所。いつもの長閑な田園風景とはまた一味違った、風光明媚な海沿いの光景や垢抜けた街並みがちょっとした観光気分で楽しめるエピソードでもありました。

バーナビー警部(第75話)/ギヨームの剣 sfx.jpg「バーナビー警部(第75話)/ギヨームの剣」●原題:MIDSOMER MURDERS:SWORD OF GUILLAUME●制作年:2010年●制作国:イギリス●本国上映:2010/02/10●監督:レニー・ライ●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:マイケル・エイトケンス●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ジェイソン・ヒューズ/ジェーン・ワイマーク/バリー・ジャクソン/カースティ・ディロン/ニール・ダジョン●日本放映:2013/10/04●放映局:AXNミステリー(評価:★★★☆)

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冷戦時代の裏切り行為に対する壮絶な復讐劇。制服警官から私服刑事になったゲイル。ジョーンズとの関係はどうなる?

バーナビー警部 69「スパイたちの秘密」dvd1.jpgバーナビー警部 69「スパイたちの秘密」dvd2.jpg バーナビー警部 69「スパイたちの秘密」01.jpg
Midsomer Murders: Season 12, Episode 3 Secrets and Spies(スパイたちの秘密)

SECRETS AND SPIES.jpg アレンビー・ハウスの当主フレーザー卿は、かつてMI6に所属し、ベルリンの壁崩壊以前に東ベルリンから西側へ逃亡者を送る作戦を指揮していた。そのチームには彼の息子ニッキーと妻ジェニーも入っていた。しかしフレーザー卿は現在は、自分の棺を用意したり、葬儀のリハーサルをするなどして家族に持て余されていた。フレーザー卿は、生活維持費のために、アレンビー・ハウスバーナビー警部 69「スパイたちの秘密」6.jpgをMI6のセイフ・ハウスとして提供することに了承する。そこへやってきたバーナビー警部 69「スパイたちの秘密」3.jpgラーキンは、フレイザー卿とも息子ニッキーとも反りの合わなかったが、その彼が、クリケットの試合の直後に死体で発見される。死体には、獣に噛まれたような痕があり、羊番のセスは「ミッドサマーの伝説」の復活をマスコミに吹聴する―。

バーナビー警部 69「スパイたちの秘密」4.jpg クリケットの試合が出てくるのは、このシリーズでは「第8話/不実の王(採石場にのろいの叫び)」('99年)以来で、その時はトロイ巡査部長が試合に出ましたが、今度はジョーンズ巡査部長が試合に出ています。一方のバーナビーも、ジョーンズに依頼されて審判をやることになってルールを猛勉強。「主任警部モース」シリーズの「第10話/欺かれた過去」('89年)でもクリケット・シーンがありましたが、モースが試合を見ているだけで、しかもそのうち居眠りしてしまうのとは対照的(一方のモースの部下ルイス巡査部長はプロ級の腕前を見せる)。

バーナビー警部 69「スパイたちの秘密」05.jpg クリケットの試合って、合間に「お茶とお菓子の時間」があるのが普通なのか。バーナビーがその際に妻ジョイスに、クリケットの審判は「神になれる」から楽しいと漏らした背景には、事件の方が情報機関の管轄になって捜査権を奪われてしまったことへの不満があったのでしバーナビー警部 69「スパイたちの秘密」2.jpgょう。そのバーナビーもかつてMI6に所属していたことをジョイスは初めてバーナビーから知らされますが、その彼女が読んでいる本が、John Le Carréのスパイ小説の古典"Tinker Tailor Soldier Spy"(邦題も『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』)で、2011年に「裏切りのサーカス」(英・独・仏合作)として映画化されており、ジョイスは映画化に合わせて原作を読んでいたのかも。

 事件は、冷戦時代の裏切り行為に対する壮絶な復讐劇だったわけで、考えてみれば随分と時間をかけた且つ手の込んだ復讐方法だったように思われますが、推理音痴の自分にとっては犯人の意外性はありました。プロローグをよく注意して見て考えれば、分からないことはないのですが...(妻ジェニー(アリス・クリーグ)の"スゴ技"って何だ?? )。
Alice Krige

バーナビー警部 69「スパイたちの秘密」03.jpg ジョーンズは同僚の女性警官ゲイル・スティーブンス(カースティ・ディロン)が念願叶ってDC(DC DITECTIV Constable=巡査)になったことを自らも喜んでいるけれど(因みにジョーンズ自身は第51話「呼ばれた殺人者」でDCからDS(DS DITECTIV Sergeant=巡査部長)に昇進しており、前々任のトロイはそのDS(番組表記はSgt.)からDI(DI DITECTIV Inspector=警部補)に昇進した。バーナビーは更にその1つ上のDCI(DCI DITECTIV Chief Inspector=警部))、いざ仕事となるとやりにくいのか、彼女を置いてきぼり気味。事件関係者の聞き込みの際に女性学芸員の甘い誘惑に乗らないところ(上)は彼らしいけれど、制服警官から私服刑事になってどんな服を着ればよいか迷っているスティーブンスの相談に対してもつれないです。
バーナビー警部 69「スパイたちの秘密」02.jpg 彼女からチームワークで仕事すべきだと言われ、防犯カメラの映像分析の仕事をさせると、彼女の方がそこから犯人の絞り込みに繋がるヒントを見つけ出し、逆に一歩遅れをとる(スティーブンスはその前には容疑者の情事が映っている場面を見て、男女の付き合いの長いことを断言し、男性らを絶句とさせている(左))―といった具合に、いいコンビと言えばいいコンビだし、お互い頭にくることもあると言えばそうとも言えます。バーナビーの娘カリーの結婚で「娘の恋愛」ネタが無くなった後は、このジョーンズとスティーブンスの「異性の同僚」ネタがしばらく続いており、男女ネタのサイドストーリーで視聴者を惹きつけるのが上手いなあと思いました(スティーブンスは制服姿の印象が強くて、彼女の私服姿を見慣れるのに時間がかかりそう)。

バーナビー警部 69「スパイたちの秘密」ロケ地.jpg「バーナビー警部(第69話)/スパイたちの秘密」●原題:MIDSOMER MURDERS:SECRETS AND SPIES●制作年:2009年●制作国:イギリス●本国上映:2009/06/29●監督:レニー・ライ●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:マイケル・エイトケンス●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ジェイソン・ヒューズ/ジェーン・ワイマーク/バリー・ジャクソン/カースティ・ディロン/アリス・クリーグ●日本放映:2013/01/18●放映局:AXNミステリー(評価:★★★☆)

The cricket match was filmed at Wormsley Park, former home of Sir Paul Getty, where he built a replica of The Oval cricket ground, Kennington, London.

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プロット的には秀作だが、バーナビーの"ロック・マニア"ぶりがやや浮き気味。スージー・クワトロが懐かしかった。

バーナビー警部(第55話)/悲憤の刃 dvd.jpg バーナビー警部(第55話)/悲憤の刃 アックスマン.jpg バーナビー警部(第55話)/悲憤の刃 バーナビー1.jpg
Midsomer Murders: Season 10, Episode 4 The Axeman Cometh(悲憤の刃)

バーナビー警部(第55話)/悲憤の刃 感電.png ミッドサマーで野外ロックフェスティバルが開かれることになった。30年ぶりの再結成で注目を集める「ハイヤード・ガン」というバンドも出演予定だったが、このバンドは、メンバーの1人が30年前に事故に遭ったまバーナビー警部(第55話)/悲憤の刃 被害者.jpgま失踪していた。ロック・コンサートが始まり、ボーカルのミミ(スージー・クワトロ)が歌い出しマイクを握った途端、高圧電流が流れ彼女は感電死する。バンドリーダーのゲイリーは警察に、切り裂かれた豚や鳥の死骸を送り付けられる脅迫を受けていたことを明かす。やがて、バンドメンバーのアックスマンのバイクが爆破され、もう一人のメンバーのニッキーは車ごとプールに沈められた死体で見つかる―。

 バーナビーがこれほどのオールド・ロックファンだったなんバーナビー警部(第55話)/悲憤の刃 スージー・クアトロ.jpgて。これまでそんなこと、おくびにも出さなかったのに、今回はやけにはしゃぎ気味。アックスマンへの崇拝ぶりに、ジョーンズ巡査部長も、捜査に偏見が入るのではないかと心配するぐらいで、いつものバーナビーとかなり雰囲気が異なりました(個人的には、久しぶりに見るスージー・クワトロが懐かしかったが、歌い始めたと思ったらいきなり殺されてしまった...)。
Suzi Quatro

バーナビー警部(第55話)/悲憤の刃 カリー.jpg カリーがバンドのマネージャーのサイモンにたまたまイベント会場で足を踏んづけられて、お詫びに楽屋裏に出入りできるチケットを貰ったことから、二人の交際が始まります(サイモン君、ボートハウス暮らしかあ。カリーは誘われて中に入ったところで"OK"ということか)―これが、第60話「結婚狂想曲」で二人は結婚式を挙げることになるわけだから、男女の付き合いとは偶然によって始まるのものだなあと(足を踏んづけなければ二人の結婚は無かった?)。

バーナビー警部(第55話)/悲憤の刃 娘.jpg ストーリーは、随分と手の込んだ復讐劇だったなあという印象です。何のための復讐なのかは最後にならないと明かされませんが、アックスマン愛用のバイクが爆破されたというのは、ミスリードをさせるものでした(疑いを呈したジョーンズ巡査部長、いつもミスリードさせられる役回りなのに、今回は彼の方が侮れなかった。むしろ彼が正鵠を射ていたことの方が決定的なミスリード要因か?)。

バーナビー警部(第55話)/悲憤の刃 プール.jpg 車ごとプールに沈められたメンバーの殺人も、アリバイの作り方が大胆でした("映像の欺瞞"スレスレのところでやっているなあ)。フツー、人妻とベッドにいたことを娘に証言させるかねえ。まあ、それはたまたまそうなったわけだけど。それに、動物の死骸の送り付けによる脅迫も入り混じってややこしい。復讐劇がダブルで進行していたわけか。これはもう、犯人を当てるのは不可能という印象でした(スティーブン・セガール似の執事は禿だったのかあ)。

バーナビー警部(第55話)/悲憤の刃 バーナビー2.jpg ラストは、犯人の動機としては説得力がありましたが、バーナビーはどこで犯人が判ったのか(写真がヒントになったことは間違いないが)それがよく解りませんでした。バーナビーに疑惑を進言しながらも、結局はちんぷんかんぷんのジョーンズ巡査部長に対して、「ここで見ていれば解る」と最後は余裕綽々でしたが。

 プロット的には秀作エピソードと言っていいでしょうか。犯人のキャラクターも、豪放磊落な「表」の陰に繊細な「裏」があったのが意外。ただ、バーナビーのいきなりの"ロック・マニア"ぶりがやや浮いている印象でした。

バーナビー警部(第55話)/悲憤の刃 ロケ地.jpg「バーナビー警部(第55話)/悲憤の刃」●原題:MIDSOMER MURDERS:THE AXEMAN COMETH●制作年:2009年●制作国:イギリス●本国上映:2007/02/02●監督:レニー・ライ●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:マイケル・エイトケンス●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ジェイソン・ヒューズ/ジェーン・ワイマーク/ローラ・ハワード/バリー・ジャクソン/スージー・クワトロ●日本放映:2011/02/25●放映局:AXNミステリー(評価:★★★☆)
Midsomer Murders Locations - Rickmansworth,
Simon takes Cully on his canal boat here in 'The Axeman Cometh'

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ラロジエールに娘が...太すぎるサイドストーリー。面白かったが、改変の一部がやや気に入らない。

Épisode 5 鳩の中の猫.jpg鳩のなかの猫 フレンチ・ミステリ0.jpg 鳩のなかの猫 フレンチ・ミステリ2.jpg
Les Petits Meurtres d'Agatha Christie Épisode 5 : Le chat et les souris(鳩のなかの猫)

鳩のなかの猫 フレンチ・ミステリ3.jpg 森で身元不明の女性の遺体が発見される。遺体に着衣はなく、頭を砕かれていた。時を同じくして、森の近くの女子寄宿学校では、学生達が休みから学校に戻ってきた。新任の教師も集まり、学校は活気を取り戻していた―。

 ポワロやミス・マープルに代わって、ラロジエール警視とランピオン刑事のコンビが事件を解決していく「フレンチ・ミステリー」の2010年の作品(第5話)で、2011年9月に「AXNミステリー」で放映されました(女性の全裸死体をそのまま映すところがフランスのTVっぽい?)。

鳩のなかの猫 クリスティ文庫.png 原作は1959年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品で、原題「Cat among the Pigeons」は、女生徒(鳩)達の園である学園に殺人者(猫)が紛れ込んでいるという意。中東の王国で起きた革命騒ぎのさなか、莫大な価値をもつ宝石が消えうせ、一方、ロンドン郊外の名門女子校で新任の体育教師が何者かに射殺されるのですが、ふたつの事件には実は関連があったという話です。

 原作で最後に事件を解決するのはポワロですが、そのポワロは原作を読み始めて3分の2を過ぎないと出てきません。原作に比較的忠実に作られているとされている英国ITVデヴィッド・スーシェ主演の「名探偵ポワロ」シリーズでも、この原作の映像化作品(第59話/2008年製作)では、ポワロを最初から登場させたり、登場人物の一部を端折ったりしていました。

クリスティのフレンチ・ミステリー(第5話)/鳩のなかの猫.jpg "改変の妙"が売りのこの「フレンチ・ミステリー」シリーズですので、この作品も、新学期から学校に転入してきた革命があった国の王女と、国王から宝石を託された男性の姉の娘(同じくこの学校の生徒)を同一人物にしたりしています(原作では王女はニセモノだったけれど、この作品ではホンモノになっている!)。

 更に、事件解決の鍵となる宝石の在り処に辿り着く女子校生ジュリエット(原作ではジュリア)の母親は、原作ではトルコにのんびりバス旅行に行っている有閑マダム(実は昔諜報機関にいた)になっていますが、ここでは学校の寮母と同一人物になっていて、寮母の娘であるジュリエットはその関係で、庶民でありながら上流階級の子女が集うこの学校に入学が許されたことになっています(従って、学校で高慢ちきでイヤミな女子学生からイジメを受けている。但し、寄宿寮で同室の王女とは仲良し)。

鳩のなかの猫 フレンチ・ミステリ1.jpg でも、何よりの改変は、ジュリエットの母親である寮母とラロジエール警視は昔一夜を共にしたことがあり、実は彼女の娘ジュリエットはラロジエールの娘でもあったという―このもの凄い改変が、それまで娘がいることを知らなかったラロジエールと、父親を知らなかった娘の出会いの物語という、太いサイドストーリーを形成しています(太過ぎる!)。

 「テニスラケットの入れ替え」などは原作を踏襲していてそれなりに面白かったですが、原作の犯人は宝石狙いだったのに、ここではそれに加えて、中東国で国王を殺害したことになっていて、最後、王女が剣でブスリと父の仇を討つという、ややぶっ飛び過ぎの結末。「目には目を歯には歯を」はかつてのイスラム圏の話で、フランスだと一応は殺人罪が適用されると思うのですが、何となく目出度し目出度しで終わってしまったような...。

 ラロジエールとジュリエットの父娘の別れは切ないけれど、そんなに裕福ではない母子家庭に対し、ラロジエールには今後しばらくは養育費を送り続ける義務が発生しているのではないかなあ、などと考えてしまいます。

鳩のなかの猫 フレンチ・ミステリ.jpg鳩の中の猫.jpg 原作では、女子校の校長は立派な人物で、彼女の教育観には原作者クリスティの教育観が織り込まれていますが、ここでは、頑なに学校の名誉にこだわる石のような女性にキャラクター改変されていて、全体として面白Flore Bonaventura.jpgかったなりにも、この改変が個人的にはやや気に入らず、評価は「△」としました。

「クリスティのフレンチ・ミステリー(第5話)/鳩のなかの猫」●原題:LES PETITS MEURTRES D'AGATHA CHRISTIE/LE CHAT ET LES SOURIS●制作年:2010年●本国放映:2010/9/8●制作国:フランス●監督:エリック・ウォレット●出演:アントワーヌ・デュレリ/マリウス・ コルッチ/Flore Bonaventura/Stéphane Caillard/Isabelle Candelier/Marilyne Canto●原作:アガサ・ クリスティ●日本放映:2011/09●放映局:AXNミステリー(評価:★★★)

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ポアロが出てくるのは後の方だけれど、やはりポアロ物らしい傑作。

鳩のなかの猫 ポケミス.jpg 鳩のなかの猫 hm文庫.jpg 鳩のなかの猫 クリスティ文庫.png  鳩のなかの猫 dvd.jpg「名探偵ポワロ 41」
鳩のなかの猫 (1960年) (世界ミステリシリーズ)』『鳩のなかの猫 (1978年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『鳩のなかの猫 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』「名探偵ポワロ ニュー・シーズン DVD-BOX 3」(2010)

 中東のラマット国での革命勃発当日、アリ・ユースフ国王は、自分が生き延びられなかった場合に備え、一族伝来の巨額の価値を持つ宝石を国外へ持ち出すよう、英国出身の親友ボブ・ローリンスンに託す。ボブは、自分は国王の国外脱出行に同行するため、別の誰かに宝石を託そうとするが、姉のジョアン・サットクリフが娘ジェニファーの肺炎の療養のため当地に滞在し、やがて英国へ戻ることになっているのに目をつける。そのジェニファーが通うロンドン郊外の名門女子校メドウバンクは、新たに夏季学期を迎えていたが、新任の体育教師が何者かに射殺されるという事件が起きる。その学校には、今学期からラマット国の国王の従妹であるシャイスタ王女が転入してきたところでもあった。莫大な価値を持つ消えた宝石の謎と、名門女子校で起きた体育教師殺害事件には何か関連があるのか―。

鳩のなかの猫 原著.jpg 1959年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品で、原題「Cat among the Pigeons」は、女生徒(鳩)達の園である学園に殺人者(猫)が紛れ込んでいるという意。ポワロ物ですが、ポワロが登場するのは、メドウバンクの生徒で知人の娘であるジュリアが彼に相談を持ち込んできてからで、これが全体の3分の2を過ぎてからということもあって、今一つポワロ物という印象が薄かった作品でした(作家の浅暮三文氏もハヤカワ・クリスティー文庫の解説で、ポワロは「友情出演」の感が強いとしている)。でも今回読み直してみて、ラストの畳み掛け感は素晴らしく、やはりポワロ物らしい傑作ではないかと感じました。

Cat Among the Pigeons Dust-jacket illustration of the first UK edition

 冒頭の中東のラマット国での革命の話は、作者の政治的冒険譚風の初期作品の雰囲気もありますが、これはポアロ物では全33の長編の内の第28長編とのことで、かなり後の方。実は1958年に起きたイラン革命をモチーフにしているとのことで、その頃の作者は、遺跡の発掘作業のため毎年のようにイラクに赴いていた考古学者である夫に随行して当地を訪ねていたとのことです。また、メドウバンク校のモデルは、作者の娘が通っていた全寮制の女子予科校だそうです。そうしたこともあって作者にとっても愛着があるのか、この作品は作者の自選ベスト10にも入っています。

 第2の殺害事件が起き、ポワロが捜査に乗り出してからも第3の殺害事件が発生するなど、相変わらず殺人事件に"事欠かない"状況ですが、「3連続殺人」でしかも被害者は同じ学校の女教師ばかりというというのが、振り返れば、推理をミスリードさせる1つのポイントでした。ミステリ書評家の濱中利信氏は、この作品を傑作としながらも、物語の視点が一定していない、探偵役が不在である、犯人がアリバイ不在の状況の中で犯行を犯すとは考えにくい等ミステリとしての欠点も指摘しています。個人的にもその辺りが、星5つまでには至らない理由でしょうか。但し、中盤部分の探偵役は、ジェニファーとテニスラケットを交換したことから宝石の在り処に辿り着いたジュリアでしょう。

 嫌な人物も多く出ていますが、国王とボブの厚い信頼に基づく友情から始まって、国王が密かに結婚していた女性が、宝石の受け取りを拒否し、更に、その1つを、宝石の在り処を突き止めたジュリアに贈ることを言付けるなど、清廉な人物も登場し、読後感は悪くありません(メドウバンクの校長オノリア・バルストロードも立派な人物)。

鳩のなかの猫 ドラマ.jpg 英国LWT(London Weekend Television)制作・デヴィッド・スーシェ主演の「名探偵ポワロ」シリーズで、第59話(本国放映2008年)として映像化されていますが、ポワロがなかなか登場しないのではマズイと思ったのか、原作の冒頭にあるメドウバンクの新学期が始まる場面からポワロが登場します(引退を考えている校長オノリアが、自分の後継者の人選にあたり、人間洞察に優れたポワロの助言を求めたという設定。原作ではポアロは、女生徒ジュリアの母親を介して学園と繋がるが、校長のオノリアとは直接面識がなく、初めて会う直前はやや警戒気味。但し、会ってから後はオノリアの人格者ぶりに感心する)。

鳩のなかの猫 ドラマ2.jpg ポワロが女生徒らの只中にいたりする場面は原作には無く、また、第2の殺人事件の被害者ヴァンシッタートをカットし、被害者を別の人物に変更しています(但し、結末の整合性は保っている)。更には、宝石の1つがジュリアに贈られることになったエピローグで、ポアロがわざわざキャンディドロップに混ぜて、この中に1つだけ固いキャンディがある、なんて言って彼女に贈るのも、原作でのポワロの登場時間の少なさを補うTVドラマ版のオリジナル。但し、時間を遡ったりしてはいるけれども、大筋では原作のプロットに忠実であり、原作の持ち味は活かしていたと思います(「IMDb」のレーティングは8.0という高ポイント)。

鳩のなかの猫 dvd2.jpg「名探偵ポワロ(第59話)/鳩のなかの猫」●原題:AGAHTA CHRISTIE'S POIROT SEASON11: CAT AMONG THE PIGEONS●制作年:2008年●制作国:イギリス●本国放映:2008/09/21●監督:ジェームス・ケント●脚本:マーク・ゲイティス●時間:94分●出演:デビッド・スーシェ(ポワロ) /ハリエット・ウォルター(バルストロード) /アマンダ・アビントン(ブレイク) /エリザベス・バーリントン(スプリンガー) /アダム・クローズデル(アダム) /ピッパ・ヘイウッド(アップジョン夫人) /アントン・レッサー(ケルシー警部) /ナターシャ・リトル(アン) /キャロル・マクレディ(ジョンスン) /ミランダ・レーゾン(ブランシュ) / クレア・スキナー(アイリーン) /スーザン・ウールドリッジ(チャドウィック) /ロイス・エドメット(ジュリア) /アマラ・カラン(シャイスタ王女) /ケイティ・ルング(スイ・タイ) /ジョー・ウッドコック(ジェニファー)●日本放映:2010/09/14●放映局:NHK‐BS2(評価:★★★☆)名探偵ポワロDVDコレクション 20号 (鳩のなかの猫) [分冊百科] (DVD付)

Épisode 5 鳩の中の猫.jpg鳩のなかの猫 フレンチ・ミステリ0.jpg 「クリスティのフレンチ・ミステリー(第5話)/鳩のなかの猫」 (10年/仏) ★★★

【1960年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(橋本福夫:訳)]/1978年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(橋本福夫:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(橋本福夫:訳)]】

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このシリーズ第1作が一番面白く、その後はどんどん大味になっていく。

ダイハード 1988 ちらし.jpg ダイハード 1988 02.jpg ダイハード 1988 05.jpg
「ダイ・ハード」チラシ
ダイハード 1988 01.pngダイハード dvd.jpgダイハード 1988 04.jpg 「ダイ・ハード シリーズ」の中で一番面白かったのはやはり第1作の「ダイ・ハード」('88年)であり、「テロ集団に襲われたロサンゼルスの高層ビル」という設定を生かして、縦のアクションに徹したのが成功した1つの要因だったと思います。
ダイ・ハード [DVD]

ダイ・ハード-04.jpgダイハード 1988 03.jpg ブルース・ウィリス演じるニューヨーク市警マックレーン刑事は、これまでに無かった新たなヒーロー像を産み出した言えるし(その"嘆き節"も受けた)、マックレーンが高層ビル内で孤軍奮闘する状況の中、外部から無線の声だけでサポートする黒人刑官(レジナルド・ヴェルジョンソン)との男同士の見えない絆なども、観客を熱くさせるものがあったと思います。

ダイハード 1988 アラン・リックマン.jpgダイハード 1988 リックマン.jpg また、英ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー出身のアラン・リックマン(1946-2016/享年69)演じるテロリストも良かったです。アラン・リックマンは「ロビン・フッド」('91年)でもケビン・コスナー演じるロビンの敵役の悪役を演じましたが、半ばコメディ仕立てということもあってか、「ダイ・ハード」で見せたほどの凄味や演技のキレはありませんでした(但し「ロビン・フッド」の演技で英国アカデミー賞助演男優賞を受賞している)。「ダイ・ハード」での好演は、リックマンの落下シーンで事前に打ち合わせていたタイミングより早く彼を落下させ、"素"の驚きの表情を撮るなどした、ジョン・マクティアナン監督の演出の妙にあるのでしょうか(撮影は、後に「スピード」('94年)を監督することになるヤン・デ・ボン)。

 その後「ダイ・ハード2」、「ダイ・ハード3」、「ダイ・ハード4.0」と作られましたが、だんだん質が落ちていったような...。

エルム街の悪夢4.jpg 「ダイハード2」('90年)は、スイス出身で、「エルム街の悪夢4 ザ・ドリームマスター最後の反撃」('88年)を撮ったレニー・ハーリンの監督作です。「エルム街の悪夢」シリーズは'84年から'97年までの間に7作作られいて、ライバルシリーズであった「13日の金曜日」シリーズは'88年から'02年までの間に10作作られています('03年には「フレディ vs ジェイソン」が作られている)。「エルム街の悪夢4」は「フレディ対超能力少女」で、その前に観た「13日の金曜日 PART6/ジェイソンは生きていた!」('86年)が、"ジェイソン"はコメディアンだったのか?と思えるほど怖くなかったのですが、「エルム街の悪夢4」ダイ・ハード2 1990.jpgにおけダイハード2   .jpgる"フレディ"のコメディアン化は、ジェイソンのそれを上回っているように思えました。そんなこともあって、「ダイハード2」も劇場に行くのをためらわれたのですが、劇場で観たらまあまあの出来だったでしょうか。但し、雪のワシントン・ダレス空港を舞台に(原作はウォルター・ウェイジャー『ケネディ空港/着陸不能』)、旅客機ダイハード2 03.jpgの爆発、滑走路の大火災とスペクタル・シーンが大掛かりになった分だけ主人公のマックレーン刑事がスーパーマン化し、「1」と比べると大味な印象を受けました。レニー・ハーリンは、この後、シルヴェスター・スタローン主演の「クリフハンガー」('93年)を撮っています(「ダイハード2」の終盤のクライマックスシーンでのマックレーン刑事が懐からライターを取り出すところから、彼がまだ喫煙者であったころが窺える)。
ダイ・ハード2 [DVD]」('90年)

ダイ・ハード3.jpg 「ダイハード3」('95年)で監督をマクティアナン、舞台をニューヨークに戻して原点回帰? ニューヨーク市内で突如爆弾テロが発生し、「サイモン」と名乗る犯人は警察に電話し、ジョン・マクレーンを指名する。嫌がらせの様に、黒人達が多く住むハーレムのど真ん中で、「黒ん坊は嫌いだ(I hate Niggers)」というカードを下げさせられたマクレーンは、自身が白人である事も災いし、当然それを見た黒人ギャング達に半殺しにされかける。しかし、その近くで店を経営する黒人の男・ゼウス(サミュエル・L・ジャクソン)に助けられ、それを知り、面白くなかったサイモンの指示によって、2人は行動を共にする事になるというあらすじ。
ダイ・ハード3 [DVD]」('95年)

ダイハード3 ジェレミー・アイアンズ.jpg マクレーンに協力する黒人ゼウスを演じたサミュエル・L・ジャクソン(前年の「パルプ・フィクション」('94年/米)で一気に知名度をアップさせていた)、敵役サイモンを演じたジェレミー・アイアンズと(個人的には「運命の逆転」('90年/米)以来だったなあ)、共に演技達者で、途中まではそれなりに楽しませてくれましたが、途中から主人公のスーパーマン化は前作より更に進行し、最終的には一層大味な作品になってしまいました。

ダイ・ハード4.0 01.jpg その12年後に作られた「ダイハード4.0(フォー)」('07年)では(いきなりマクレーンの娘が出てきた)、不正にネットワークへアクセスするハッカーを利用して、政府機関・公益企業・金融機関への侵入コードを入手したテロリストがライフラインから防衛システムまでを掌握し、サイバーテロによって全米を揺るがすという設定で、それでもテロリストとまともに戦っていダイ・ハード4.0 3.jpgるのは(若いハッカーを従えた)マクレーンただ1人という不思議な設定で、彼の娘は例のごとくテロリストの人質に。一部にサイバー合戦も見られますが、遂には国防省から最新鋭戦闘機F-35まで出てきてしまって、これが結構間抜けな役回りで、通信システムを掌握するテロリストのミスリードでマクレーンを攻撃(いくら命令とは言え、街中のハイウェイで戦闘機が機銃を乱射するかなあ)、これはもう、カネをかければいいものが出来ると勘違いしているのではないかと思わざるを得ません。マクレーンはトラックから戦闘機に飛び乗り、戦闘機からハイウェイに舞い降りと、殆ど人間ではあり得ない超絶アクションで、これまた更に大味に。まあ、自分の中では既に「3」でこのシリーズは終わったという印象ではありましたが...。

ダイ・ハード/ラスト・デイdvd.jpgダイ・ハード/ラスト・デイ1.jpg 最近作のシーリズ第5作となる「ダイ・ハード/ラスト・デイ」('13年)は、舞台をシリーズ初の海外であるロシアに移しての展開でしたが(今度はいきなりマクレーンの息子が出てきた)、周囲の迷惑を顧みない滅茶苦茶なカーチェイスから始まって(巻き添えの死傷者が何十人と出てもおかしくない)、ラストでは女性敵役がマックレーンに対する怨みからヘリコプターで突っ込んでくるという、殆ど盲目的自爆の様相。彼女イリーナ(ユーリヤ・スニギル)はそれまで何のためにマックレーンを欺こうとしていたのか。もう完全にリアリティとはサヨナラした上に、ストーリーまでも破綻気味―「3」以降「5(ラスト・デイ)」まであまり評価する気にならないのですが、「5」はこれまでの中で最も劣るように思いました。 「ダイ・ハード/ラスト・デイ [DVD]」('13年)

 これでホントに終わりにするのかと思ったら「6」を作る予定があるらしく、ブルース・ウィリスの当シリーズへの思い入れは解らなくもないけれど、どうなんだろうか。

ダイハード 1988 00.jpg「ダイ・ハード」●原題:DIE HARD●制作年:1988年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・マクティアナン●製作:ローレンス・ゴードン/ジョエル・シルバー●脚本:スティーヴン・E・デ・スーザ/ジェブ・スチュアート●撮影:ヤン・デ・ボン●音楽:マイケル・ケイメン●原作:ロデリック・ソープ「ダイ・ハード」●時間:131分●出演:ブルース・ウィリス/アラン・リックマン/アレクサンダー・ゴドノフ/ボニー・ベデリア/レジナルド・ヴェルジョンソン/アート・エヴァンス/ウィリアム・サドラー●日本公開:1989/02●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:渋谷東宝(89-02-12)●2回目:三軒茶屋映劇(89-07-01)(評価:★★★★)●併映(2回目):「レッド・スコルピオン」(ジョセフ・シドー)
渋谷 東横映画劇場(1936年).jpg渋谷東宝.jpg渋谷東宝 1936年「東横映画劇場」として開場(座席数1,401席)。1944年「渋谷東宝映画劇場」に改称、後に渋谷東宝(渋谷東宝会館1階)、渋谷スカラ座(同4階)、渋谷文化劇場(同地階)の3館体制に。1989(平成元)年2月26日閉館(閉館時座席数1,026席)。1991年7月6日、跡地に渋東シネタワーが開館。(右写真:「渋谷東宝会館」(渋谷東宝劇場・渋谷スカラ座/地階・渋谷文化劇場)
三軒茶屋映劇 2.jpg三軒茶屋シネマ/中央劇場.jpg三軒茶屋付近.png三軒茶屋映画劇場 1925年オープン(国道246号沿い現サンタワービル辺り)。1992(平成4)年3月13日閉館(左写真)。菅野 正 写真展 「平成ラストショー hp」より 同系列の三軒茶屋中央劇場(右写真中央)は1952年、世田谷通りの裏通り「なかみち街」にオープン。(「三軒茶屋中央劇場」も2013年2月14日閉館)  ①三軒茶屋東映(→三軒茶屋シネマ) ②三軒茶屋映劇(映画劇場)(現サンタワービル辺り) ③三軒茶屋中劇(中央劇場)

ダイ・ハード2-38.jpgダイ・ハード2.jpg「ダイ・ハード2」●原題:DIE HARD 2: DIE HARDER●制作年:1990年●制作国:アメリカ●監督:レニー・ハーリン●製作:ローレンス・ゴードン/ジョエル・シルバー/チャールズ・ゴードン●脚本:スティーヴン・E・デ・スーザ/ダグ・リチャードソン●撮影:オリヴァー・ウッド●音楽:マイケル・ケイメン●原作:ウォルター・ウェイジャー「ケネディ空港/着陸不能」●時間:124分●出演:ブルース・ウィリス/デニス・フランツ/ウィリアム・サドラー/フランコ・ネロ/ジョン・エイモス/ボニー・ベデリア/ウィリアム・アザートン/レジナルド・ヴェルジョンソン/フレッド・トンプソン●日本公開:1990/09●配給:20世紀フォックス(評価:★★★)
ダイ・ハード2 [DVD]

スマイルBEST エルム街の悪夢4 ザ・ドリームマスター 最後の反撃 [DVD]
エルム街の悪夢4 ザ・ドリームマスター.jpg「エルム街の悪夢4 ザ・ドリームマスター最後の反撃」●原題:A NIGHTMARE OF ELM STREET 4 THE DREAM MASTER●制作年:1988年●制作国:アメリカ●監督:レニー・ハーリン●製作:ロバート・シェイ/レイチェル・タラレイ●脚新宿オデヲン座0.jpg本:スコット・ピアース/ ブライアン・ヘルゲランド●撮影:スティーヴン・ファイアーバーグ●音楽:クレイグ・セイファン●時間:94分●出演:ロバート・イングランド/リサ・ウィルコックス/チューズデイ・ナイト/アンドラス・ジョーンズ/ダニー・ハッセル/ブルック・ゼイス/トイ・ニューカーク/ニコラス・メレ/ブルック・バンディ/ロドニー・イーストマン/ケン・サゴーズ●日本公開:1989/04●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:新宿オデヲン座(89-04-30)(評価:★★)
新宿オデヲン座 1951(昭和26)年11月、現在の歌舞伎町「第二東亜会館」の場所に開館。1959年4月「グランドビル」(後の「第一東亜会館」)地下1階に移転。2009(平成21)年11月30日閉館。(写真:歌舞伎町「第一東亜会館」(左から新宿オスカー・新宿オデヲン座・新宿アカデミー)

13日の金曜日 PART6 ジェイソンは生きていた! [DVD]」/チラシ
13日の金曜日 PART6ジェイソンは生きていた.jpg13日の金曜日 PART6/ジェイソンは生きていた! tirasi.jpg「13日の金曜日 PART6/ジェイソンは生きていた!」●原題:FRIDAY THE 13TH PART6:JASON LIVES●制作年:1986年●制作国:アメリカ●監督・脚本:トム・マクローリン●製作:ドン・ビーンズ●撮影:ジョン・R・クランハウス●音楽:ハリー・マンフレディーニ●時間:87分●出演:トム・マシューズ/ジェニファー・クック/デヴィッド・ケーガン/トム・フリドリー/レネー・ジョーンズ/ケリー・ヌーナン/トニー・ゴールドウィン/ナンシー・マクローリン/ヴィンセント・ガスタフェッロ/ロン・パリロ●日本公開:1986/10●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:東急レックス(89-04-30)(評価:★★)東急レックス.jpg東急レックス2.jpg
東急レックス(渋谷東急3) 東急文化会館の地下1階(地下東急ストア隣り)。1956年12月1日オープン。当初はニュース映画館「東急ジャーナル」。1969年7月5日~封切館「東急レックス」(466席)。1990(平成2年)10月、「渋谷東急3」に改称。2003(平成15)年6月30日閉館。
(モノクロ写真:東急レックス(1977(昭和52)年)/カラー写真:「東急文化会館」(左から渋谷東急2(旧東急名画座)・渋谷東急・渋谷パンテオン・東急レックス(後の渋谷東急3)

ダイ・ハード3-47.jpgダイ・ハード3 ps.jpg「ダイ・ハード3」●原題:DIE HARD: WITH A VENGEANCE●制作年:1995年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・マクティアナン●製作:ジョン・マクティアナン/マイケル・タッドロス●脚本:ジョナサン・ヘンズリー●撮影:ピーター・メンジース・ジュニア●音楽:マイケル・ケイメン●時間:128分●出演:ブルース・ウィリス/サミュエル・L・ジャクソン/ジェレミー・アイアンズ/グラハム・グリーン/コリーン・キャンプ/ラリー・ブリッグマン/アンソニー・ペック/ニック・ワイマン/サム・フィリップス/ケヴィン・チェンバーリン/シャロン・ワシントン/スティーヴン・パールマン/マイケル・アレクサンダー・ジャクソン/アルディス・ホッジ●日本公開:1995/07●配給:20世紀フォックス(評価:★★☆)
ダイ・ハード3 [DVD]

ダイ・ハード4.0 02.jpgダイ・ハード4.0 [DVD].jpg「ダイハード4.0(フォー)」●原題:DIE HARD 4.0: LIVE FREE OR DIE HARD●制作年:2007年●制作国:アメリカ●監督:レン・ワイズマン●製作:マイケル・フォトレル●脚本:マーク・ボンバック●原案:マーク・ボンバック/デヴィッド・マルコーニ●撮影:サイモン・ダガン●音楽:マルコ・ベルトラミ●時間:129分●出演:ブルース・ウィリス/ジャスティン・ロング/メアリー・エリザベス・ウィンステッド/ティモシー・オリファント/マギー・Q/シリル・ラファエリ/エドアルド・コスタ/ジョナサン・サドウスキー/クリフ・カーティス/ケヴィン・スミス/ヤンシー・アリアス●日本公開:2007/07●配給:20世紀フォックス(評価:★★☆)
ダイ・ハード4.0 [DVD]

ダイ・ハード/ラスト・デイw.jpg「ダイ・ハード/ラスA GOOD DAY TO DIE HARD 01.jpgト・デイ」●原題:A GOOD DAY TO DIE HARD●制作A GOOD DAY TO DIE HARD 02.jpg年:2013年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・ムーア●製作:アレックス・ヤング●脚本:スキップ・ウッズ●撮影:ジョナサン・セラ●音楽:マルコ・ベルトラミ●キャラクター創造:ロデリック・ソープ●時間:98分(劇場公開版)・102分(最強無敵ロング・バージョン)●出演:ブルース・ウィリス/ ジェイ・コートニー/セバスチャン・コッホ/メアリー・エリザベス・ウィンステッド/ユーリヤ・スニギル/ラシャ・ブコヴィッチ●日本公開:2013/02●配給:20世紀フォックス(評価:★★)
Yuliya Snigir

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原作のポイント部分をきっちり抑えていたため楽しめた。

クリスティのフレンチ・ミステリー⑧満潮に乗ってdvd.jpgクリスティのフレンチ・ミステリー⑧満潮に乗って01.jpg  クリスティのフレンチ・ミステリー⑧満潮に乗って06.jpg
DVD(輸入盤)

クリスティのフレンチ・ミステリー⑧満潮に乗って05.jpg ある日、ランピオン刑事はラロジエール警視の所属する"スタークラブ"の集会に参加する。名士達が集まる会場で、ラロジエール警視は、かつての上官で大富豪のドラリーブ大尉と感動の再会を果たす。しかし、警視が大尉の屋敷での家族との食事会に招かれた数日後、滞在先の火事により大尉が亡くなったとの悲報が警視にもたらされる。大尉は孫のような年の娘アルベルティーネと結婚したばかりで、大尉によって多くの親族が養われていた屋敷へ、その若妻の兄が、大尉の遺言によりその全財産の相続人となった妹を連れて乗り込んで来る―。

満潮に乗って クリスティー文庫.jpg フランス2で2009年から放映されている「クリスティのフレンチ・ミステリー」シリーズの、2011年放映の通算第8話で、原作は1948年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品(原題:Taken at the Flood)で、戦争が生んだ一族の心の闇をポアロが暴くもの(但し、ポワロは後半部からしか登場しない)。原作では大尉は空襲により亡くなったことになっていますが、この映像化作品では火事によって亡くなったことになっています(因みに、英国ITV(グラナダ)のデヴィッド・スーシェ版「名探偵ポアロ」ではガス爆発による事故死だった)。
    
クリスティのフレンチ・ミステリー⑧満潮に乗って6.jpg 冒頭、科学的捜査に執心するランピオンとそれを軽んじる警視との間に確執があり、そこへ大尉の訃報が入り、警視は実の父親を失ったような思いに駆られ虚脱状態に。事件の捜査どころか刑事を辞めるとまで言い出し、話は一体どうなるのかと思いましたが(事件現場にランピオンから貰ったキノコのバスケットを抱えて悄然と立ち、親族から「あの人、大丈夫」と言われているのが可笑しい)、そこから警視の"復活"に至るまでのサイドストーリーはサイドストーリーとして楽しめ、むしろデヴィッド・スーシェ版が原作を改変してまでポワロが最初から事件に関与していたのに比べると、前半部分で警視が事件捜査に直接関与しない分、原作に近かったかも。

クリスティのフレンチ・ミステリー⑧満潮に乗って04.jpg 原作と同じく死体が上がるのは3体。原作の妙味は、それらが自殺・事故・他殺とそれぞれ死亡原因が異なることが考えられる点と、AがBを殺害し、CがDを殺害したという一般的な推理を、例えばAがDを殺害したとすればどうかという具合に置き換えてみないと事件の謎は解けないという点で、細部のキャラクターの改変はあるものの、この原作のポイント部分はきっちり抑えていたと思われます。親族たちが若妻の死を願う気持ちが、個々の"妄想"を映像化することで巧く表現されていたりした点も含め、十分楽しめました。

クリスティのフレンチ・ミステリー⑧満潮に乗って062.jpg 「若妻」の「兄」は、 原作でも大尉の親族を屋敷から追い出して財産の"総取り"を狙う悪い奴なのですが、この映像化作品では、登場早々に見るからにワルそう。親族の中で唯一そうした"妄想"に駆られることのなかったセリアが、婚約者を差し置いてこんな男に惹かれる気持ちが知れないですが、一見しっかり者に見える女性がジゴロ風の男が好きだったということがあってもおかしくないのかも。田舎の生活にやや飽きがきていて、更には婚約者との結婚後に待っている平凡な牧場暮らしにもあまり魅力を感じていなかった矢先だったというのもあるかもしれません。或いは、深読みすれば、婚約者の欲得やその中に潜む危険な何かを本能的に嗅ぎ取っていて、その反動だったのかも(婚約者が性的不能であることも暗示されている。加えて言えば、大尉の焼死にこのジゴロ風の男が関与していたことも暗示されていて、これらは原作には無い設定)。

クリスティのフレンチ・ミステリー⑧満潮に乗って03.jpg このシリーズ、何れも細部にコメディ風のアレンジをしていますが、一方で、原作の抑えるべきところはきっちり抑えていたりもし、特にこの作品についてはそのことが言え、ロケに使われたドラリーブ大尉の屋敷なども豪勢でした。本場英国のクリスティ物テレビ映画にほぼ負けていない一作ではないかと。
マリー・ドゥナルノー(Marie Denarnaud)
Marie Denarnaud est Célie.jpg「クリスティのフレンチ・ミステリー(第8話)/満潮に乗って」」●原題:LES PETITS MEURTRES D'AGATHA CHRISTIE/ LE FLUX ET LE REFLUX(Flux and Reflux)●制作年:2010年●制作国:フランス●本国上映:2011/4/15●監督:エリック・ウォレット●脚本:Sylvie Simon●出演:アントワーヌ・デュレリ/マリウス・コルッチ/マリー・ドゥナルノー/Alexandre Zambeaux/Yves Pignot/Blandine Bellavoir/Nicky Marbot/Dominique Labourier/Luce Mouchel/Pascal Ternisien●日本放映:2011/09●放映局:AXNミステリー(評価:★★★★)

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壊れかけてはいたが壊れてはいなかった「聖歌隊」。意外とヒネリが無かった「ビジネスの...」。

DEATH IN CHORUS dvd.jpg第50話/壊れかけた聖歌隊 dvd2.jpg 第50話/壊れかけた聖歌隊 00.jpg  第49話)/ビジネスの総決算 dvd1.jpg
"Midsomer Murders" Death in Chorus(壊れかけた聖歌隊) Country Matters(ビジネスの総決算)

第50話/壊れかけた聖歌隊 01.jpg ジョイスやジョージも参加するミッドサマー・ワーシー聖歌隊が大会に向け猛練習の最中、メンバーの一人コナーが突然心臓発作で倒れ、軽症だったためにそもまま帰宅するが、自分の忘れ物を取りに来たステファンが、偶然コナーの携帯電話を見つけ届けに行くと、コナーは何者かに頭を殴られDEATH IN CHORUS 3.jpg死んでいた。キッチンのゴミ箱からは「お前の嘘つきな心臓」と書かれた紙とともに、豚の心臓が見つかる―。(第50話「壊れかけた聖歌隊」)

 指揮者ローレンスの過度な猛練習に聖歌隊の雰囲気は悪くなっていましたが、そのローレンスと、アストン聖歌隊の指揮者で、かつて経歴詐称をして大聖堂のオルガン奏者の座を手に入れたというフランシスとの間に憎悪に近いライバル心があり、聖歌隊メンバーへの嫌がらせもフランシスの仕業だったけれど、一方のローレンスも、自分の妻エレンとコナーとの不倫の証拠をもみ消して無かったことにしようとして、コナー宅に忍び込んでそこ(殺人現場)で音叉を落としてしまっていて、こうした彼らの行動が犯人推理を大いにミスリードさせてくれたなあ。

DEATH IN CHORUS house.jpg そうこうしている内に、教会の周辺でメンフクロウを観察をしていたサムという男が、墓地で遺体で発見され、実際に殺害された場所は彼が以前不動産管理を任されていたハーツメイドというジャイルズの屋敷の納屋だったようだ―。結局、ギャンブルで大損こいたコナーとレオという男とジャイルズが、ジャイルズの妻キャロラインが相続したバッハの肖像画の贋作を売って儲けようとしたところ(コナーはかつて贋作画家だった!)、本物を手にしたコナーがそれを売ってエレンと駆け落ち資金にしようとしたということからの仲間割れが原因だったのか。
Used as the Giles & Carolyn Armitage's house in 'Death in Chorus'

第50話/壊れかけた聖歌隊 04.jpg 妻キャロラインに薬を飲ませて入水自殺に見せかけ殺そうとしたジャイルズが一番のワルか。男たちの喧嘩を仲裁しようとして池にドボンしたジョーンズ巡査に続いて、キャロラインを助けようとしたバーナビーもびしょ濡れに。スティーブンという男性も最初はやや怪しかったけれど、キャロラインに対する純愛のみの男だったわけで、事件解決後暫くしたら彼女と結ばれる? エレンの方は、妻と縒りを戻すのを諦めたローレンスが家をおん出て、彼女はバーナビーからコナーが自分のために描いてくれた絵を返してもらい、コナーの想い出に生きるのでしょう。

DEATH IN CHORUS 05.jpg だんだん刑事らしくなってきたジョーンズは(次回「第51話「呼ばれた殺人者」で巡査部長に昇進する)、バーナビー宅でシャワーを浴びていた際の歌声を見込まれてコナーの代わりに聖歌隊のテノール担当になっていましたが、指揮者ローレンスはヤケクソになったのか聖歌大会の場にも現れず、前から聖歌隊の一員だった検視官ブラード博士が熱弁を振るって皆を鼓舞し、ローレンスの代わりに指揮棒を振ってミッドサマー・ワーシー聖歌隊が優勝!と、やや出来過ぎた作りですが、事件のプロセスが暗めであるだけに、"お口直し"的エンディングということでいいのではないでしょうか。

 
COUNTRY MATTERS 7.jpg 田舎町エルバートンで、大手スーパー「グッドフェア」の進出を巡り、議会と一部住民が対立していた。ある晩、村の集会で、グッドフェア側は、スーパーを誘致すれば、世帯向け物件を提供するほか、建設予定地の汚染土壌浄化を行うと住民に説明したが、賛成COUNTRY MATTERS 8.jpg派と反対派の間で小競り合いが起きて収拾がつかなくなる。その頃、集会を抜け出した子供達が製材工場で男性の刺殺体を発見、被害者の名はフランク・ホップカークと判明し、現場にあった凶器と思われる高級ナイフは、地元で料理教室を経営している女性ローズのものと判るが、警察の問いに彼女は、ホップカークが偽名で料理を習いに来ていたが、ナイフが何時なくなったのかは覚えがないと言う―。(第49話「ビジネスの総決算」)

第49話)/ビジネスの総決算 01.jpg第49話)/ビジネスの総決算 3.jpg スーパー反対派のオーランドは馬の調教師をしている妻ジニー差し置いてローズに執心、ジニーは当てつけにパブ店主を愛人にするものの、その愛人もジニーに入れ込むという、この料理教室のオバさんのモテぶりは不思議。ホップカークも彼女目当てに料理教室に通っていた? 躰を許さないというのが却って男が惹かれる要因なのでしょうか、それとも、調教師ジニーの"調教"(SM強要)に男達は付き合い切れなかったということだったのかも。

第49話)/ビジネスの総決算 4.jpg 狩猟場では「コスプレ人間罠」ごっこみたいな変てこなビジネスをやっているし(ちゃんとお客がいるわけだ)、村の女性司祭は雑貨屋店主と不倫しているし、こんな誰もが乱脈な環境だと、子供達も製材所で隠れて酒と煙草に耽るようになってしまうということなのでしょうか。死体を見つけてショックを受けるどころか、「学校に行って友達に話さなくっちゃ」と、むしろ新たな刺激を見つけて張り切っている様子です。

 見るからに怪しげな人物は犯人ではないというのがパターンになっているように思いましたが、今回は、怪しげで無い人は殆どおらず、犯人も結局その怪しげな人物の中の一人だったわけで、その分ヒネリがあまりなかった印象も受けました(「ビジネスの総決算」と言うより、それに便乗した「愛情(嫉妬)の総決算」だった)。

 犯人が誰かをぎりぎりまで引っ張らず、少し早めに犯人を明かして、犯行の経緯をじっくり犯人に話させる(同時に再現映像を流す)というのが、ここのところ見られる新たなパターンと言えるでしょうか。
 
MIDSOMER MURDERS 50.jpgMidsomer Murders Set 12.jpg「バーナビー警部(第50話)/壊れかけた聖歌隊」●原題:MIDSOMER MURDERS:DEATH IN CHOURUS●制作年:2006年●制作国:イギリス●本国上映:2006/09/03●監督:サラ・ヘリングス●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:デヴィッド・ハーセント●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ジェイソン・ヒューズ/ジェーン・ワイマーク/ローラ・ハワード/バリー・ジャクソン/パトリック・ドルーリー/ピーター・キャパルディ●日本放映:2010/05●放映局:AXNミステリー(評価:★★★☆)

Midsomer Murders Set 12 [DVD] [Import]」(Four Funerals and a Wedding/Country Matters(ビジネスの総決算)/Death in Chorus(壊れかけた聖歌隊)/Last Year's Model) 

COUNTRY MATTERS 6.jpg第49話)/ビジネスの総決算 dvd2.jpg「バーナビー警部(第49話)/ビジネスの総決算」●原題:MIDSOMER MURDERS:COUNTRY MATTERS●制作年:2006年●制作国:イギリス●本国上映:2006/09/10●監督:リチャード・ホルトハウス●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:アンドリュー・ペイン●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ジェイソン・ヒューズ/ジェーン・ワイマーク/バリー・ジャクソン/クレア・ホルマン/ティム・ハーディ●日本放映:2010/05●放映局:AXNミステリー(評価:★★★)

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面白かった。まともに見える人が犯人に違いないと思いつつつも、やはり騙されてしまう。

第47話「消えないセピア色」dvd.jpg 第47話「消えないセピア色」04.jpg  MIDSOMER MURDERS 11.jpg   第47話「消えないセピア色」バーナビー夫妻.jpg
MIDSOMER MURDERS. DOWN AMONG THE DEAD MEN  「Midsomer Murders Set 11 [DVD] [Import]」(The House in the Woods/Dead Letters/Vixen's Run/Down Among the Dead Men(消えないセピア色))

第47話「消えないセピア色」店主.jpg 役所の給与係バレットが散弾銃で殺される。バーナビーは、彼の部屋にあったオークションの切り抜きの絵の持ち主であるパブ店主ジャックに事情を聞きに行く。店主はバレットを「誰にでも好かれる男」と話すが、パブで働き、バレットの家で掃除の仕事もしていたルビーは「最低の男」だと言う。店主は、父親のものだった絵を、相続税を逃れるため売却しようとしたのを、それを知ったバレットに脅迫されていたのだった。バレットはその他にも、問題児を9人引き取って育てた地元の名士ウェーバリーを、その内の一人と密通していたというデマを流すとして脅し、石油採掘をしているというフロリアン夫妻についても脅迫ネタを探していたらしい。また、彼ら全員の家の掃除の仕事をしていたルビーも盗癖を知られて脅され、フロリアン夫妻についての情報を取るようバレットに指示されていた。バレットは夫妻が別荘を持つフェナコム湾にある魚屋のレシートを持っていたが、バーナビーが魚屋を訪ねると、店主ピーターは以前に香港で警官をしていた人物で、捜査にも協力的だった。フロリアン夫妻はよく沖の岩礁付近に出かけたが、そこには沈没船があるという噂があった―。

第47話「消えないセピア色」別荘.png第47話「消えないセピア色」03.jpg 面白かったです。今回も登場人物は皆怪しげ。見るからに怪しげな人物は犯人ではないというのがパターンになっているようで、そのことを念頭に置きつつも(つまり、まともに見える人が犯人に違いないと思って観つつつも)、やはり騙されてしまいます。と言っても、今回のケースなどは、犯行動機が最後の最後にならないと分からないから無理もないかも。海外での昔の出来事を巡る復讐劇でした。

 バーナビーも今回は、わざとではなく明らかな誤認逮捕をしてしまったわけで、一件落着したかのように思えて何となくスッキリしないところへジョーンズの言葉でやっと閃いた...(冷たい海の水で目が覚めた?)。

 考えてみれば、事件解決に幾つかの偶然が働いていて、例えば、ピーターに「ガソリンスタンドのレシートを取って来い」と言われたルビーが間違って魚屋のレシートを取って来たのもその1つであるし、ピーターの奥さんのキャロルがたまたま好意でジョイスにウサギ肉を贈ったのもそうです(ウサギ料理の中から散弾が出てきたことをバーナビーが思い出したことで、ジョイスとカーリーは残飯漁りをしなければならなくなったが、散弾は見つかり、それが決定的な犯行証拠になった)。

Down Among the Dead Men.jpg お宝探しの夫婦は夫婦で、殺人事件解決後はお宝の隠し場所を追及されてシラを切り通すも、ジョーンズが誤ってペットボトルを倒したことから井戸の存在が明らかになり...と、ジョーンズは推理ではバーナビーの足元にも及ばないものの、"本人の能力以外"のところで意図せず事件の解決に貢献しているなあ(スコットから交替して才気煥発ぶりが目立ったため、ここらでほどほどに調整している?)。

 小説や映画などから、沈没船のお宝は引き揚げた人のものになるというイメージがありますが、日本では1年間所有者が名乗り出なければ発見者のものになるものの、ヨーロッパなどでは最初から国のものと規定しているケースが殆どで、それを黙って自分のものにしてしまうと窃盗罪になるようです。所有権争いを避けるのが狙いのようですが、沈没船が近海にそれだけ数多くあり、徒に射幸心を煽らないようにするというのもあるのでは。

第47話「消えないセピア色」マッケンジー.jpg ルビーを演じたジュリア・マッケンジーは、2009年からグラナダ版「アガサ・クリスティー ミス・マープル」でミス・マープルを演じることになりますが、ここではパブの手伝いと掃除人の仕事の掛け持ちと忙しく、その上、パブの店主の内縁の妻みたいになっていて、家から鉄砲が出てきて、互いに相手が犯人ではないかと疑心暗鬼になり、"夫婦喧嘩"の末に鉄砲が暴発、自ら警察を招き入れることになって、窃盗癖も白状するという、ミス・マープルとは全く異なる役どころを演じているのが興味深かったです(でも、どことなく品のある感じ)。

Martin Barrett's house in 'Down Among the Dead Men'.jpg
「バーナビー警部(第47話)/消えないセピア色」●原題:MIDSOMER MURDERS:DOWN AMONG THE DEAD MEN●制作年:2006年●制作国:イギリス●本国上映:2006/03/12●監督:レニー・ライ●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:ダグラス・ワトキンソン●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ジェイソン・ヒューズ/ジェーン・ワイマーク/ローラ・ハワード/バリー・ジャクソン/ジュリア・マッケンジー●日本放映:2010/04●放映局:AXNミステリー(評価:★★★★)
Martin Barrett's house in 'Down Among the Dead Men'

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巡査ジョーンズが「刑事」に。双子兄弟の一人二役に続いて、キャラ立ちしている親子の二人四役。

MIDSOMER MURDERS 11.jpg  MIDSOMER MURDERS 44真相の眠る屋敷.jpg 真相の眠る屋敷.jpg   第45話/カーニバルの傷痕 dvd.jpg
Midsomer Murders Set 11 [DVD] [Import]」(The House in the Woods(真相の眠る屋敷)/Dead Letters(カーニバルの傷痕)/Vixen's Run/Down Among the Dead Men)

バーナビー警部(第44話)/真相の眠る屋敷 03.jpg ニュートンの森にひっそりと佇むウィンヤード屋敷は、近頃幽霊が出ると噂になり、地元の子供たちの肝試しスポットとなっていた。ある日、物件探しでこの屋敷に惹かれた夫婦が、屋敷から車に戻ったところで何者かに絞殺されてしまう―。(第44話「真相の眠る屋敷」)

 屋敷を売り出しているチャーリーには実は双子のジャックという兄弟がいて、昔起こした事件(警官殺し)で服役中とのこと。しかし、実際には、ジャックがチャーリーの罪を被って服役していたんだなあ。そのジャックは屋敷に思い入れがあって、脱獄までして屋敷を見に来る―。

バーナビー警部(第44話)/真相の眠る屋敷 04.jpg う~ん、双子の兄弟で自分が知能も人格も全ていいところばかり取ってしまって、弟には悪いところばかりいったからと言って、そのことに後ろめたさを感じて弟の罪を被るかなあというのはありますが、実際ジャックは子供にも好かれるいい人という感じで、自分を愛してくれた女性とも会えて、まあ最後は犯人に殺されなくて良かったという感じでしょうか。
 兄弟を同じ俳優が演じていますが、きっちり演じ分けていたし、両者がもみ合う場面などは巧く撮っていました(但し、ジャックを簡単に脱獄させてしまう刑務所や、チャーリーに易々と屋敷に入り込まれる警察というのは如何なものか)。

バーナビー警部(第44話)/真相の眠る屋敷 01.jpg チャーリーも充分に怪しいのですが、それまでに怪しい人物が目一杯出てくるので、初登場の時は相対的にまともに見えてしまうという、いつもながらの巧みなミスリードのさせ方でした。ある程度まで混迷を深めた段階で、少年がチャーリーをジャックだと思って「ジャック」と呼びかけて反応が無かったという、視聴者から見れば分かり易い謎解きの手立て示したのは親切か。

バーナビー警部(第44話)/真相の眠る屋敷 02.jpg 本作から第9シーズン。バーナビーは、スコット巡査部長の病欠で、代わりに巡査ジョーンズ(ジェイソン・ヒューズ)を警官の制服からスーツに着替えさせて巡査部長代理として共に捜査に当たらせますが(「キミ、やってみるか?」って感じだったね)、もしかしてこの人、スコットより優秀? 一方のスコットは、結局、前シーズンを最後に、このシリーズに復帰することは無かったようです(やや気の毒)。


カーニバルの傷痕 3.jpg ミッドサマー・バートンで年一度開催されるオークアップル祭。お祭り気分の中、マリオン・スレードの水死体が発見される。彼女は精神安定剤のダイラシンを多量に服用しており自殺かと思われたが、肩には押さえつけられたような痕があったバーナビーとジョンは捜査を開始、聞き込みを続けるうちに、マリオンに8年前に食中毒で死亡した娘がいたことを知らされる。その後ベラのかつての同級生マークが、自分の犬を祭りのドッグショーに出すと言っていたが現れず、森で首を切られて死んでいるのが見つかる。彼もマリオンと同様にダイラシンを飲まされて殺されたのだった―(第45話「カーニバルの傷痕」)

第45話/カーニバルの傷痕11.jpg第45話/カーニバルの傷痕12.jpg 今回も怪しげな人物が目一杯出てきますが、極めつけは「第1話/謎のアナベラ」に出てきた覗き趣味の"塩沢とき"風オバサンと葬儀屋の息子の親子が、村の祭りの仕切り屋と図書館員の役でまた出てきている点―といっても、2人は第1話で犯人によって殺害されているため、それはあり得ないと思って観ていましたが、どう見ても同じ役者が演じている! 結局、このアリスター親子というのは、第1話のレインバード親子の姉と義兄だったわけかあ(スゴイ役者の使い回し方! それだけあの親子のキャラが視聴者受けしたということか)。

 バーナビーがどこかでお会いしましたね、とか、ずっとこの村に住んでいるのですかとか色々訊いて、やっと9年前に妹親子が殺害されたことを聴き出し得心しますが、意外と自分が手掛けた事件のことを覚えていないのかな(9年前ならまあ無理もないか)。こっちのオバサンも覗き趣味だし、息子には溺愛していた甥と同じ格好をさせているし、それがまた葬儀屋の恰好なので、怪しさ全開なのですが、まあ今回も被害者になることはあっても犯人ではないんだろうなあと。

第45話/カーニバルの傷痕2.jpg第45話/カーニバルの傷痕 医師2.jpg お祭り男の旦那はプロのコメディアンを目指していて実入りのある仕事はしておらず、その旦那にあなたコメディアンにはなれない、なぜならば「あなたの人生そのものがコメディなのよ」と言い放つ妻。その妻も医師と浮気していて、この医師(医者なのにヘビースモーカー)も好色...といった具合に、犯人を除く残りの人たちの方が問題ありではないかと思わせるような村の人々でした。

 ジョーンズ巡査の優秀さが結構目立ちました。バーナビーが相手に質問したいことを先回りして聴いていくため、バーナビーもやや感心している様子。「巡査」(階級名)がスーツで仕事しているのを「刑事」と俗称で呼ぶのは日本だけなのかなあ。"DITECTIV"は日本語で「探偵」とか「刑事」とか訳されることが多いですが、本来は階級名の一部でもあるようです(「巡査」が私服刑事になるのに特に試験とはないわけか)。

 因みに、イギリスでは、警視以下の役職階層は次の通り。
  警視    DSI DITECTIV Superintendent     
  警部    DCI DITECTIV Chief Inspector
  警部補   DI DITECTIV Inspector  
  巡査部長  DS DITECTIV Sergeant
  巡査    DC DITECTIV Constable
 バーナビーは「警部」(DCI DITECTIV Chief Inspector、番組のオープニングでは「DCI」の表記)で、かつての部下トロイは「巡査部長」(DS DITECTIV Sergeant、同「Sgt. 」の表記)から「警部補」(DI DITECTIV Inspector)に昇進して番組を去り、今度の部下ジョーンズは、一番下の「巡査」(DC DITECTIV Constable、同「DC」の表記)ということになるようです(トロイの初登場時より年喰っているように見えなくもないが)。

3真相の眠る屋敷 .jpg真相の眠る屋敷 5.jpg「バーナビー警部(第44話)/真相の眠る屋敷」●原題:MIDSOMER MURDERS:THE HOUSE IN THE WOODS●制作年:2005年●制作国:イギリス●本国上映:2005/10/09●監督:ピーター・スミス●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:バリー・シンナー●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ジェイソン・ヒューズ/ジェーン・ワイマーク/バリー・ジャクソン/ジョージ・ベイカー●日本放映:2010/04●放映局:AXNミステリー(評価:★★★☆)

MIDSOMER MURDERS:DEAD LETTERS 2.jpg「バーナビー警部(第45話)/カーニバルの傷痕」●原題:MIDSOMER MURDERS:DEAD LETTERS●制作年:2006年●制作国:イギリス●本国上映:2006/02/26●監督:レニー・ライ●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:ピーター・ハモンド●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ジェイソン・ヒューズ/ジェーン・ワイマーク/バリー・ジャクソン/エリザベス・スプリッグス/リチャード・キャント●日本放映:2010/04●放映局:AXNミステリー(評価:★★★☆)

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ソース工場の経営を巡る一族の確執。後味は良くないけれど、そこそこに巧いエピソード。

SAUCE FOR THE GOOSE dvd.jpgSECOND SIGHT dvd2.jpg  SAUCE FOR THE GOOSE 00.jpg SAUCE FOR THE GOOSE 02.jpg   
"Midsomer Murders" Sauce for the Goose (斜陽の喧騒)「Midsomer Murders Set 10 [DVD] [Import]」(Second Sight/Hidden Depths/Sauce for the Goose/Midsomer Rhapsody)

SAUCE FOR THE GOOSE 03.jpg 1851年創業のソース工場プラマー社のピリ辛ソースは、英国内外で愛され、売れ続けていたが、いつしか経営難に陥り、フィールドウェイ社から買収話がもちかけられていた。今年の年次総会でプラマー社の一族が集まった時、工場見学に来ていた男が殺される―。

SAUCE FOR THE GOOSE 01.jpg 被害者の死体が全裸で高熱消毒のベルトコンベアから出てきたというのが凄いね。検視官ブラード博士が、今回の死体は"見もの"だと言ってるぐらいですから、確かに充分にユニーク且つグロテスク。バーナビーらの調べで、斜陽の喧騒.jpg殺害された男はフィールドウェイの社員デクスター・ロックウッドで、消毒される前にフォークリフトでソース瓶の壁に挟まれて圧死していたことが判り、彼は買収会社の社員であるだけでなく、祖父がプラマー社の創業メンバーの一人でありながら、解雇され自殺したという過去経緯もありました。

SAUCE FOR THE GOOSE 4.jpg プラマー社の経営権は、母親と3人の兄弟・妹にあるものの、長男レイフは社長でありながらも会社経営よりバードウォッチングに執心しており、実質的にはその妻ヘレンが経営を仕切っていて、残るアンセルム、キャロラインの弟妹は遊び人みたいな感じで、工場を売却することで金を得たいと考えていますが、大株主の母親と長男がそれを拒んでいるという状況です。

 バーナビーは長男の妻ヘレンに事情聴取しようとして逆にレストランを指定され、そこでいい雰囲気で話していると、スコットもキャロラインを伴って同じレストランへやってきて"Wデート"みたいな感じになりますが、スコットの方はキャロラインから事件に関する事実を聞き出そうとして、彼女から"実利主義者"呼ばわりされて決裂(キャロラインは「実利主義の家族から自由になろうとする女の話」を小説に書こうとしていて、その話をスコットに聴いて欲しかったみたい)、一方のバーナビーは"いい雰囲気"でヘレンと別れ、外で待っていたスコットに、「偏見を持ってはいけませんよ」と負け惜しみ的に言われ、やや憮然とするのが可笑しいです。

斜陽の喧騒5.jpg 一族の中でも最も意外な線が犯人だったというのはこのシリーズらしいですが、夫が妻を庇って全ての罪を被ろうとしていたのに、妻の方は夫が所有し大事にしている森を売って(そっか、自分の森だったのか)経営を立て直そうとしていて、その齟齬が哀しいなあ。こうなると、純粋な人ではあるが、社長なのにあまりにも経営から逃げ続けてきた夫も問題ありでしょう。

 バナービーが事件の進捗を家族に話すのはいつものことですが、容疑者の一人と食事したことを妻ジョイスに話す際に、相手は美人だったとかそんなことまで話しちゃったのかなあ。最後は、自分が捜査に偏見を持っていないことをスコットの前で実証してみせたけれど、ジョイスはずっと不機嫌だったなあ。

 最後、母親が認知症になってしまうのも哀しいけれど、会社を売りたがっていたはずのアンセルムらが、働くことを覚えなきゃなんてことを言い出したということは、プラマー社の存続を示唆しているのでしょうか(その場合、森を売るんだろうなあ)。どちらにしても、バーナビーが、昔の好きだった味とは違ってしまったプラマー社のピリ辛ソースはもう要らないと言っているは、事件の後味の悪さと重なっているように思いました。確かに後味は良くないけれど、そこそこに巧いエピソードではあると言えるかも。

斜陽の喧騒 3.jpg「バーナビー警部(第42話)/斜陽の喧騒」●原題:MIDSOMER MURDERS:SAUCE FOR THE GOOSE●制作年:2005年●制作国:イギリス●本国上映:2005/04/03●監督:レニー・ライ●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:アンドリュー・ペイン●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ジョン・ホプキンズ/ジェーン・ワイマーク/バリー・ジャクソン/ジェームズ・フリート/ジェラルディン・アレクサンダー●日本放映:2010/04●放映局:AXNミステリー(評価:★★★☆)
80 High St, Amersham, Bucks, UK - Midsomer Murders, Sauce For The Goose

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「千里眼」(超能力)を肯定的に捉えているのが興味深い。後味も悪くない。

SECOND SIGHT dvd1.jpgSECOND SIGHT dvd2.jpg  千里眼の系譜 01.jpg
"Midsomer Murders" Second Sight (千里眼の系譜)「Midsomer Murders Set 10 [DVD] [Import]」(Second Sight/Hidden Depths/Sauce for the Goose/Midsomer Rhapsody)

 ある日、ミッドサマー・ミアのパブを追い出された若い男ジョン・ランサムは男達と争っている中、死亡した。パブの店主ジミー・カーヴィは、「ジョンが暴れ出し、押さえつけたところ死亡した」と説明するが、彼の頭には火傷のような跡がいくつも残っていた―。

Second Sight 3.jpg 息子ジョンが亡くなっても、科学者一家ランサム家の父親グレゴリーはあまり悲しんでいないところから、バーナビーが一家の家系に疑問を抱き始めるのは比較的分かり易い展開でした。科学者一家と対立する「千里眼」一家カーヴィ家(千里眼って遺伝するのか)のジミーの奥さんエマは、赤ん坊の千里眼に怯えている感じで、その赤ちゃんと奥さんを牧師が無理矢理赤ちゃんに洗礼を受けさせるために連れ去ります。

千里眼の系譜 03.jpg 超能力ブームみたいなものがずっと続いている村というのも変わっているいるけれど、村人の中で超能力者を自認するのは胡散臭そうな人ばかり。そうした風潮を改め、村人を教化するという牧師の意気込みは一見真っ当なように見えましたが、な~んだ、自分の布教成績を上げて栄転を果たしたい(これ以上の僻地(?)へ飛ばされたくない)ということだったのかあ。そもそも、エマへの接し方が最初から怪しかった...(赤ん坊が洗礼を受ければ千里眼の呪縛から解き放たれると強引に説得したわけか)。

千里眼の系譜 02.jpg 村の超能力ブームの背景には、マル(カーヴィ家の父親)が昔、ブレーキがかかってない状態で坂の上に停められた無人トラックが暴走して小学校に突っ込むのを予知して、大勢の生徒達を救ったという出来事があったためでした。そのマルは、今は世捨て人のような生活を送っています。

 実は亡くなったジョンはマルの息子で、実際に予知能力があり(隔世遺伝ではなかったわけか)、牧師の異動を予知して「アンタは左遷されるよ」と本人に告げてしまったということだったのかと。マルが言うように、超能力は持っていても矢鱈と使うもんじゃないね。科学者一家の息子マックスなどは、異父弟ジョンの超能力を研究していたというより、それを使って競馬で儲けようとしていたみたいで、まさに論外です。

 ずっと千里眼とは縁を切ったような生活を送っていたマルが、最後にジミーや似非超能力者たちの目の前で、裏返しにされたトランプを次々当てるなどして超能力の実力を見せつける場面は圧巻で(マル自身の哲学には反するのかもしれないけれど、本人も意外とジミーとの親子対決を楽しんでいるみたい?)、それまでジミーの中途半端な千里眼しか見ていなくて超能力に懐疑的だったバーナビーも、マルこそは"本物"の千里眼であることを認めざるを得ないことになります。犯人と赤ちゃんの居所まで当ててしまって、バーナビーも後はそこへ駆けつけるばかりという、ちょっといつもとは違った展開でした。

The cottage used as  Mal Kirby's house in 'Second Sight'.jpg マルが、事件解決後、旅立つカーリーを心配そうに見送るバーナビー夫妻に対して「彼女は大丈夫」と言ったかと思うといつの間にか消えてしまったのはカッコ良過ぎ。でも、マルが大丈夫といったからにはカーリー大丈夫なのでしょう。前エピソード(「第39話/闇に下る鉄槌」)の、子供が犯人で、しかも、頭の弱い叔父を実行犯として操っていた...といった話などと比べて、後味は悪くありませんでした(と言うか、こっちの方が断然いい)。

The cottage used as Mal Kirby's house in 'Second Sight'.

 大方の推理ドラマで超能力者が出てくるとそれは大概ニセモノなのに対し、このエピソードでは「千里眼」(超能力)の存在を肯定的に捉えているのが興味深いです(脚本のトニー・エッチェルズはこのシリーズ初起用)。結局、マルはどこまで見えていたのか、予知に不確実性は伴うのか(マルの自身が教会の入り口で最期を迎えるという予知は一応外れたことになる)といったことを後で考えてみると、案外と面白いエピソードだったように思います。

Emma & Jimmy Kirby's house in 'Second Sight'.jpg「バーナビー警部(第40話)/千里眼の系譜」●原題:MIDSOMER MURDERS:SECOND SIGHT●制作年:2005年●制作国:イギリス●本国上映:2005/01/23●監督:リチャード・ホルトハウス●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:トニー・エッチェルズ●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ジョン・ホプキンズ/ジェーン・ワイマーク/ローラ・ハワード/バリー・ジャクソン/オーウェン・ティール●日本放映:2010/03●放映局:AXNミステリー(評価:★★★★)

Emma & Jimmy Kirby's house in 'Second Sight'.

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ちゃんと素人を推理の正解に導いてくれる作りもたまにはいい。

愛憎の終幕 dvd.jpg第37話「愛憎の終幕」11.jpg 愛憎の終幕 7.jpg
"Midsomer Murders" Dead in the Water(愛憎の終幕)

愛憎の終焉 3.jpg第37話「愛憎の終幕」ボート.jpg ミッドサマーでレガッタ大会が開催され、レースが盛り上がる中、川でボートクラブの会長ガイ・スイートマンの水死体が発見された。同じボートクラブのトレントやパークウェイは、事件にショックを受けた様子もなくレース続行を主張、一方バーナビーらは、クラブのバーテンから「彼らは、金に困ってて揉めていた」との証言を得ると共に、トレントら数名が毎週トレントのボートで極秘の打ち合わせをしている事実を掴む―。

第37話「愛憎の終幕」1.jpg レガッタ大会をやってもらわないことには、保険金詐欺計画がおじゃんになるということだったのかあ。モテ男のガイは、仲間内のイザコザで仲間らに殺されたのかと思ったら、この連中には黒幕がいて、その黒幕が直接手を下したということだでした。保険金詐欺計画も全部、この黒幕の発案です。但し、金蔓となる女性サンドラを見つけたことで仲間を抜けたガイの口から計画の秘密が漏れるのを恐れて殺したと言うよりも、ガイが若くて実家が金持ちの娘サンドラに走ったという愛情の裏切り行為に対し、かっとなって殺したと言った方が正解でしょう。

愛憎の終幕 00.jpg 犯人はサンドラの口をも封じるために殺害を試みるが、これはバーナビーに先を越されて失敗、そこで御用となり、黒ヘルメットを外す前に、大方の視聴者には犯人が誰だか判ったのではないでしょうか。ちゃんと素人を推理の正解に導いてくれる作りもたまにはいいです。

愛憎の終幕 6.jpg と言うことで、被害者も少ないし、意外とシンプルだった? むしろ、地方のレガッタ大会風物を愉しめる?(レガッタって、別にテムズ川だけでなく、英国のあちこちでやっているわけか)。ジョイスが「またよ、一緒に出かけると10分で事件に出くわすわ」とボヤいているけれど、前作では被害者と別れた直後の殺人事件だったし、ちょっと異常なまでの"事件居合わせ率"?

オウェイン・イオマン1.jpg ボート選手ヘンリー役のオウェイン・イオマン(Owain Yeoman)は、米国のコメディ・ドラマ「キッチン・コンフィデンシャル」で副料理長役で出ていたけれど、最近では同じく米国のクライム・サスペンスドラマ「THE MENTALIST メンタリストの捜査ファイル」の恋愛に不器用なCBI捜査官の印象が強く、ガタイはいいけれど、やや三枚目っぽい役が似合う印象です(そのつもりで観てしまうから、生意気娘ヘティとボートクラブの会計係兼コーチのクレアとの二股を掛けた女好きというこのエピソードの役柄においても、あまり女性の気持ちを理解していなさそうな...)。

オウェイン・イオマン メンタリスト2.jpgオウェイン・イオマン メンタリスト1.jpg

Owain Yeoman in The Mentalist (「THE MENTALIST メンタリストの捜査ファイル」)                                                         
                                 
「バーナビー警部(第37話)/愛憎の終幕」●原題:MIDSOMER MURDERS:DEAD IN THE WATER●制作年:2004年●制作国:イギリス●本国上映:2004/10/17●監督:レニー・ライ●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:ダグラス・ワトキン愛憎の終焉 ロケ地.jpg愛憎の終焉 張り込み.jpgソン●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ジョン・ホプキンズ/ジェーン・ワイマーク/ローラ・ハワード/バリー・ジャクソン●日本放映:2010/02●放映局:AXNミステリー(評価:★★★☆)

ASTON, OXFORDSHIRE Seen in 'Dead in the Water'. Barnaby & Scott use this house as a lookout to spy on Trent's boat.

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霊媒師の宣託の虚実皮膜は上手いと思ったが、犯人像がややチンケな印象も。

止まらない凶行 dvd.png 止まらない凶行 dvd.jpg  止まらない凶行 0.jpg
"Midsomer Murders Set 9 [DVD] [Import]" Things That Go Bump in the Night(止まらない凶行)/Dead in the Water/Orchis Fatalis/Bantling Boy
止まらない凶行 01.jpg ミッドサマーの小村フレッチャーズ・クロスでは、霊媒師ロゼッタによる降霊会が大人気で、愛する人に先立たれた人々が、死者のメッセージを聞くために集まっていた。最近引っ越してきたエリザベスと親しくなったジョイスが、彼女に誘われてその降霊会に行った晩、ロゼッタは「誰かに不幸なことが起こる」と警告、その晩に葬儀屋パトリック・ペニマンが霊安室で殺され、次にはエリザベスが自宅前でジョイスとの別れ際に、更に降霊会を手伝う男ジョンがフレッチャーズ・クロス駅付近の線路上で殺される―。

止まらない凶行 3.jpg 犯人が全然読めなかったなあ。葬儀屋の妻ジャネットが両手首を切られた夫の死体を発見して驚いて助けを求めに外に飛び出すシーンは、推理小説でいうところの"叙述トリック"に当たるのではないかな。これに完全に騙されてしまったけれど、やや"掟破り"の印象も受けました("演技"がプロの役者並みに上手過ぎ。若干の不自然さが欲しかった―と言うか、誰も見てはいないところでどうして演技する必要がある?)。

止まらない凶行 2.jpg クリスティ作品などにも出てくる降霊会と、ロゼッタに馮衣したヴィクトリア朝時代の少女の霊(サラ・ウォーターズの『半身』を想起した)、「きかんしゃトーマス」みたいな鉄道列車の保守並びに止まらない凶行 天然石屋.jpgフレッチャーズ・クロス駅の再開に携わる人々といった英国ならではの味付け。霊媒師の他にも「天然石屋」とか、いろいろ出てきます(これも半分占い師みたいなものだなあ)。ロゼッタが亡くなった人の家族しか知らないような身体的特徴を言い当てることが出来たのは、"葬儀屋情報"だったわけかあ、ナルホド(土葬だとエンバーミングするわけか。火葬でも湯灌するけれど)。

「天然石屋」のセット[上]/Long Crendon Manor(降霊会会場)[下]
止まらない凶行 1.jpg止まらない凶行 降霊会.png 殺害されたエリザベスは、冷やかしで降霊会に出ていたわけではなく、ロゼッタのインチキを暴くためだった(それと盗品の謎も追及しようとしていた)―ロゼッタが宣託した「復讐の天使」は、ジョイスが警部を妻に持つ自分のことかと勘違いしたようですが、実はエリザベスのことだったと考えると、ヴィクトリア朝時代の少女の霊は本物だった? 常識的に考えれば偶然だとは思いますが、この辺りの虚実皮膜は上手いと思いました。

 ただ、不倫と欲得のための犯行動機で、ジャネットと共犯の不倫相手も色呆け老人となると、沢山殺した割には、犯人像がややチンケな印象も(スコットの単純な尋問テクニックにも嵌ってしまったし)。あの笑い方からして、ある意味2人とも"壊れた"人だったなあ。

 止まらない凶行 降霊会 bb.jpg ミッドサマーでは村ごとにブラスバンドがあって、「バーナビーのテーマ」が定番曲なのか?

「バーナビー警部(第36話)/止まらない凶行」●原題:MIDSOMER MURDERS:THINGS THAT GO BUMP IN THE NIGHT●制作年:2004年●制作国:イギリス●本国上映:2004/10/10●監督:ピーター・スミス●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:ピーター・ハモンド●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ジョン・ホプキンズ/ジェーン・ワイマーク/ローラ・ハワード●日本放映:2010/02●放映局:AXNミステリー(評価:★★★☆)

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シリーズの中でも秀作エピソードだと思う。鬼のような長姉と「名探偵コナン」みたいな少年。

バーナビー警部 「錯覚の証明」dvd 輸入盤2.jpgバーナビー警部 「錯覚の証明」 dvd輸入盤.jpg  バーナビー警部 「錯覚の証明」2.jpg
"Midsomer Murders" Ghosts of Christmas Past(錯覚の証明)

バーナビー警部 「錯覚の証明」1.jpg クリスマスの日、バーナビーは妻のジョイスの両親を家に招待していたが、妻の父親が苦手なバーナビーは、スコットが彼を事件で呼び出す事を願っていた。時を同じくして、由緒あるヴィリアーズ家の人間たちも、クリスマスを祝っていたが、そうした中、大叔母のリィディアがガレージで車の排ガスによって殺害されそうになり、次は階段から突き落とされて―。

バーナビー警部 「錯覚の証明」犯人.jpg ヴィリアーズ家では、プロの手品師を目指していた長兄のファーディが、唯一心を通わせた女性クレアの悪行を聞かされて9年前のクリスマスに自殺したという暗い過去があり、実はそのクレアも、その時には既に更生していたにも関わらず、信頼していたリィディアの裏切りに遭ったことを知って自殺していた...。

バーナビー警部 「錯覚の証明」3.jpg でも、これ、一番悪いのは、どう見ても長姉ジェニファーでしょう。長兄に彼の生きがいである手品師になる夢を諦めるように言い、クレアにヌレギヌを着せるようリィディアに警察に電話させた彼女は鬼のような女性であり、殺されてもあまり同情できず、むしろリィディアの方は、犯人の復讐に巻き込まれた感じでしょうか。9年前からこの家の家族と友人になったというドミニクが、実は...。

バーナビー警部 「錯覚の証明」 3.jpgバーナビー警部 「錯覚の証明」少年.jpg 息子のガールフレンドで家族にとってはよそ者となるエミリーがヒロインっぽくって(情緒不安定の頼りない青年と、彼のことを気遣うしっかり者の若い女性という、よくある組み合わせパターン)、彼女が探偵役を務めるのかと思ったら、ハワードという次女の息子がこれまた「名探偵コナン」みたいに利発で、この辺りは楽しめます(手品も上手で、トリックに騙されたスコットは本気で不機嫌だったなあ)。

錯覚の照明 3.jpg 犯人の犯行手口をバーナビーが現場でスコットに解き明かす一方で、ハワード少年は現場から離れた場所で、バーナビーと同じタイミングで犯行トリックを家族の皆に説明していたから、考えてみればこれはスゴイことです。バーナビー自身、ハワード少年の言葉から、犯行の謎を解くヒントを得ています。

錯覚の証明 スコット.jpg バーナビー家のクリスマスの様子が見られるのも興味深く、スコットも招かれますが、この辺りから少しずつ、バーナビーとスコットの上司・部下としての関係が変わってきたかな。スコットも、前回エピソード「炎の惨劇」の悲惨な体験で一皮剥けたのか、クリスマスイブに女性と一緒になっても、待機命令を受けているからと言って、"2次会"は断っていたなあ。住まいは依然"仮住まい"っぽいけれど、犯人の行方については、持ち前の勘を働かすなど、当初は気が乗らなかった地方勤務に、やや本腰になってきた感じです。

バーナビー警部 「錯覚の証明」 ロケ.jpg 屋敷に犯人がいるということで、バーナビーが禁足令を出して一人ずつ尋問に当たるという、名探偵ポアロのようなどことなくクラシカルなパターンでしたが(家族は勝手に狩りに出てしまうが)、最後の犯人逮捕の場面は、犯人も最初から捕まるつもりでいたし、また犯行に至った心情も理解できるだけにしんみりさせられます。いろいろな意味で秀作エピソードであるように思います。

'Draycott Hall' used as Villiers family's house

 「じゃじゃーん」は英語でも「ジャジャーン」でした。ファーディという名は、「脱出王」の異名を取った希代の魔術師ハリー・フーディーニに懸けたものなのかなあ(但し、姓ではなく名だし、しかも本名のようだが)。

錯覚の照明 4.jpg「バーナビー警部(第35話)/錯覚の証明」●原題:MIDSOMER MURDERS:GHOSTS OF CHRISTMAS PAST●制作年:2004年●制作国:イギリス●本国上映:2004/12/25●監督:レニー・ライ●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:デヴィッド・ホスキンス●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ジョン・ホプキンズ/ジェーン・ワイマーク/ローラ・ハワード/バリー・ジャクソン●日本放映:2009/03●放映局:ミステリチャンネル(評価:★★★★)

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スコットにとってはまさに"悲惨な"体験。これで彼も一皮剥けるか。

バーナビー警部 「炎の惨劇」dvd輸入盤.jpg炎の惨劇 dvd.jpg  バーナビー警部 「炎の惨劇」 バーナビー.gif バーナビー警部 「炎の惨劇」 スコット.jpg
Midsomer Murders - The Straw Woman (炎の惨劇)

炎の惨劇 わら人形.jpgバーナビー警部 「炎の惨劇」 title.jpg ミッドサマー・パーヴァで「女わら人形祭り」が行なわれ、提案者は教師のフランシスで、昔の女達が偏見により火あぶりになった歴史を通し、無知がもたらす恐怖を子供達に教えるのが目的だった。巨大なわら人形に牧師が火をつけると中から叫び声がし、教会の副牧師が焼死体で見つかる―。

バーナビー警部 「炎の惨劇」牧師.jpg 副牧師、牧師、医師と次々に殺害されていきます。バーナビー警部 「炎の惨劇」1.jpg村に屋敷を構え、毎晩のパーティ三昧で教会と対立するアランが最初に疑われますが、一番最初に怪しいと疑われる人物は真犯人ではないというのがもうパターンになってるね。アラン自身、最初の殺人で、「自分が容疑者になる予感がする」と言っているぐらいだから、もうこれは犯人じゃない。そうなると、誰か...。

バーナビー警部 「炎の惨劇」 ケイト.gif 実はアランは末期患者で、村の民間療法士ケイトと看護師アグネスを頼って治療をしているけれど、この2人の関係に大元があったのだなあ。嫉妬からくる動機としても、ちょっと殺し過ぎ。犯人は、三角関係のライバル本人を殺害しないで、副牧師、牧師、医師と、「師」の字の方を殺していったなあ。
バーナビー警部 「炎の惨劇」 ジョー.gif
 事件をややこしくしたのは、アランの娘ジョーでしょうか。セクハラ医師をからかったのはともかく、純朴なマシューをたぶらかしたのはいただけません(ヌードになるだけだったらまだいいんだけれどね)。

バーナビー警部 「炎の惨劇」2.jpgバーナビー警部 「炎の惨劇」リズ.gif そして最後は教師フランシスが犠牲となり、彼女が殺害される前夜に、携帯を留守電にして仕事そっちのけ状態で彼女と一夜を共にしたスコット巡査部長には、目の前で彼女が焼かれて亡くなるのを見たのはキツかっただろうなあ(この辛い経験で、彼はこの後一皮剥けるか?)。

 「女わら人形祭り」はクリスティの「蒼ざめた馬」を想起させますが、但し、ミッドサマー・パーヴァでのものは今回が第1回。でも、こうしたお祭りに英国人は郷愁を感じるのでしょうか。シリーズのベストエピソード・ランキングでもベスト10に入ることの多い作品です(しかし、牧師と副牧師がホモ関係にあるなんて、こんな設定で教会からクレームがこないのかな)。

Trivia:The character of Alan Clifford's nurse, Agnes Waterhouse, is named after the first witch to be executed in England (hanged, not burned, in 1566).

'The Straw Woman'.jpg「バーナビー警部(第34話)/炎の惨劇」●原題:MIDSOMER MURDERS:THE STRAW WOMAN●制作年:2004年●制作国:イギリス●本国上映:2004/02/29●監督:サラ・ヘリングス●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:ジェフ・ドッズ●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ジョン・ホプキンズ/ジェーン・ワイマーク/ローラ・ハワード/バリー・ジャクソン●日本放映:2009/02●放映局:ミステリチャンネル(評価:★★★☆)

Scott and School Teacher Liz Francis got really serious in 'The Straw Woman'. Unfortunately it was to end in tragic circumstances

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老人たちが秘めたシルバー・パワーを見せた2作。

バーナビー 委託の代償dvd .jpg バーナビー 委託の代償2.jpg    バーナビー 聖女の池 dvd.jpg
Midsomer Murders [VHS] [Import]」SINS OF COMMISSION (委託の代償)/THE MAID IN SPLENDOUR (聖女の池)

バーナビー 委託の代償1.jpg 第12回ミッドサマー文芸祭の前日、作家のリチャードが自宅で殺害されているのを友人のケイが発見する。現場に駆け付けたバーナビー警部は、ケイがリチャードの部屋に飾られていた絵葉書をバッグにしまいこむのを目撃するが―。(第32話「委託の代償」)

 まず、一番最初に怪しいと疑われる人物(今回は若手の男性作家)は真犯人ではないというのがこのシリーズのパターンですが、その後が全然判らなかったなあ。まさか、犯人がスーパーお婆ちゃんとは。プロット的には面白かったけれど、最後の謎解きでの再現シーンは笑ってしまいました。自然に身体が動いてしまう殺人のプロかあ。

 まあ、確かに、殺害された人物が全て"刺客"的要素を帯びていたと解すれば筋は通り、法廷で全て正当防衛だとして罪に問われないよう尽力するというバーナビーの言葉は、彼が現場に立ち会ってなくとも頷けるものでしたが、このシリーズとしては(お婆ちゃんのアクションシーンも含めて)かなり異色作の部類に入るのではないでしょうか(脚本のエリザベス・アン・ホイールはこのシリーズ初仕事)。

SINS OF COMMISSION.jpg 例の我儘し放題の女流作家の小説もお婆ちゃんが書いていたわけだけど、色恋でもまだまだ現役であることを匂わせる場面がありましたね。本はジョイスに酷評されていたけれど、わざと通俗風に書いていたのでしょうか。

 バーナビーと一緒に捜査に当たる巡査部長がトロイ(ダニエル・ケーシー)からスコット(ジョン・ホプキンズ)に代わって3作目。結構トッポい感じで、聞き込み相手が美人だと捜査を忘れそうになってしまう一方で、巧みに筆跡鑑定の素材を得たり、思わぬところで証拠を見つけたりして、それをバーナビーも叱ったり褒めたりと、こまめにOJTしているなあ。


バーナビー 聖女の池 3.jpg オーナーだったマイケル・バナーマンが引退し、常連客で賑わうレストランとバーを備えたミッドサマーの人気店「美しい池の娘」は息子のスティーブンと妻ローナにより経営されているが、スティーブンはバーを閉めて、レストランを拡大しようと計画して不動産屋との間で売却話を進めていた―。(第33話「聖女の池」)

バーナビー 聖女の池 4.jpg オーナーのスティーブンは絶対に殺されると思ったけれど、そこからの展開が判らなかったなあ。尤も、過去から続く結構複雑な人間関係(2世代にわたる不倫関係と三角関係が、爺さんの老いらくの恋のおかげでクロスしてしまっている)が意外とすんなり頭に入ったのは、見せ方の上手さでしょうか。

バーナビー 聖女の池 店.jpg 実行犯は爺さんだったけど、それを仄めかしたのは、かつて不倫関係にあり、今も結婚を迫っているオバさん。爺さんが心臓発作で亡くなって、バーナビーは「委託の代償」とうって変って、今度は厳しい態度で教唆犯に臨んでいました(前回が異例だった?)。

 まあ、日本の法律でも、「殺人」と「殺人教唆」は最低懲役5年から最高刑は死刑と同じで、時として教唆犯の方が実行犯より重刑となる場合もあるわけですが、このオバさん、バーナビーの追及に観念したのか、殺人教唆の手口を弁護士もいないところで結構バーナビーに喋っていたなあ。

The George Hotel - used as 'The Maid in Splendour' pub

バーナビー 聖女の池 バー'.jpg プロット的には面白かったけれど、愛する男に自分の息子を殺すよう仕向けるかなあ。殺されたオーナーの妻ローナも、亭主が殺されたとたんに店を改装して前オーナーの爺さんを追い出すし、オバさんの娘は、見かけの清楚さとは裏腹に意外と金目当ての蓮っ葉だったし、エゴイスティックな女性ばかりで、主要登場人物がろくなのがおらず、後味はイマイチでした。

 スコットはここでもその娘への関心から単独行動に出て、そこで聞き知ったことをバーナビーに報告せずにいてキツく叱られていたけれど、一方で、爺さんとオバさんの昔の関係を探るヒントを見つけ出してバーナビーを唸らせるなど、誤った推理や挙句の果ての誤認逮捕を繰り返していたトロイに比べる、結構意外なところで鼻が効いたりするのが特徴でしょうか。

The bar in 'The George Hotel' used as one of the interiors for 'The Maid in Splendour'

 爺さんは店の経営を断念せざるを得ないほどに身体は弱っていて、しかもアル中気味だったのに、いざ殺しとなると矍鑠と行動していたわけか(色恋の力?)。前作のスーパーお婆ちゃんといい、秘めたシルバー・パワーを見せた2作でした。

第32話)/委託の代償.jpg「バーナビー警部(第32話)/委託の代償」●原題:MIDSOMER MURDERS:SINS OF COMMISSION●制作年:2004年●制作国:イギリス●本国上映:2004/01/18●監督:ピーター・スミス●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:エリザベス・アン・ホイール●時間:96分●出演:ジョン・ネトルズ/ジョン・ホプキンズ/ジェーン・ワイマーク/ローラ・ハワード/バリー・ジャクソン●日本放映:2009/02●放映局:ミステリチャンネル(評価:★★★☆)

第33話)/聖女の池.jpg「バーナビー警部(第33話)/聖女の池」●原題:MIDSOMER MURDERS:THE MAID IN SPLENDOUR●制作年:2004年●制作国:イギリス●本国上映:2004/01/25●監督:ジリチャード・ホルトハウス●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:アンドリュー・ペイン●時間:95分●出演:ジョン・ネトルズ/ジョン・ホプキンズ/ジェーン・ワイマーク/ローラ・ハワード/バリー・ジャクソン●日本放映:2009/02●放映局:ミステリチャンネル(評価:★★★☆)

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昇進したトロイの門出に花を持たせた脚本? バーナビーがトロイを送り出すに相応しいエピソード。

Midsomer Murders the green man dvd.jpg 森の聖者 01.jpg Midsomer Murders.jpg
Midsomer Murders [VHS] [Import]」 The Green Man (2003)(森の聖者) Sergeant Gavin Troy's last appearance as regular
森の聖者 00.jpg 産業遺産としての運河の再開に向けて、バーナービー夫人ジョイスや娘のカーリーを含む多くのボランティアが清掃活動に参加する中、トンネル崩落事故が起き、ジョイスらは中に閉じ込められるものの何とか救出される。救出活動中に、トンネル内から18~19世紀頃の工夫ものと思われる複数体の人骨が発見されるが、一体だけ20世紀の歯科技術を施されていた。同じ頃、村の若者たちが運河のある森に住むホームレスの老人トム(デイヴィッド・ブラッドリー)に暴行を加えたという匿名の通報があり、警部補への昇進通知を受け取ったばかりのトロイは、トムに会うため森へ向う。その内に、トムに暴行を働いた若者の一人が猟銃で撃たれて殺される事件が起き、更にまた1人―。

森の聖者 02.png 警部補へ昇進したトロイを実質的に独り立ちさせるためか、バーナビーはトンネルの遺体の謎の解明に専念し、ホームレス老人への暴行事件は敢えてトロイに一人で捜査させているといった感じ。しかし、そのトロイは、森の住人トムを捜して会うだけで苦労しているといったところでしょうか。そしたら、連続殺人事件が起きて...いよいよトロイには荷が重そう?

greenman8.jpg このエピソードは、トロイがレギュラーで登場する最後の回で、ところがいきなり「森の聖者」を誤認逮捕(しかも警察犬にがぶりと噛ませて)、このまま良いとこ無しに終わるのかと思ったら、二転三転して何とか一件落着したように見えた事件に対し、何となく腑に落ちないものを感じたトロイがいきなり閃いて、最後の最後に彼が事件の真相を突き止めるという、トロイの新たな門出に脚本家が花を持たせた感じでした。

森の聖者 03.jpg 「第28話/真実の鳥」では鳥が"演技"していたけれど、今度はキツネが演技していました。そのキツネが若者に撃たれたのは可哀そうだったし、キツネを友とする森の老人(聖者または哲人風?)も痛々しかったですが、その後、何とか救いのある場面もあったし、最後の、バーナビー一家によるトロイの昇進祝い&送別会的な団欒も、一家の息子を送り出すようで、いい味が出ていました(結局、トロイとカーリーとは友達で終わってしまったが)。総じて、バーナビーがトロイを送り出すに相応しいエピソードだったと思います。

バーナビー&トロイ.jpg トロイの新たな赴任地はニューカッスル。トロイは子供の時に北部から引っ越してきたので、いまだに北部訛りがあるという設定ですが、演じているダニエル・ケーシーも、1972年イギリス北部、ストックトンオンティーズの生まれ(ニューカッスルに近い)。父親はジャーナリストでテレビの司会者、姉妹はジャーナリストだったり作曲家だったりし、ダニエル・ケーシー自身も歌とバイオリンを8年間習い、ギターも習っているし、そのうえ乗馬などのスポーツを愛し、結構、お坊ちゃん育ちという感じ(作中のトロイは労働者階級の出身という設定)。トロイは原作にもあるキャラクターですが、ドラマでのトロイ像には、ダニエル・ケーシー自身の役作り観が大いに織り込まれていたとのことです。ダニエル・ケーシーは、10年前のこの頃に比べ今は太ったのが残念。この頃が一番良かった?

「バーナビー警部(第29話)/森の聖者」●原題:MIDSOMER MURDERS:THE GREEN MAN●制作年:2003年●制作国:イギリス●本国上映:2003/11/02●監督:サラ・ヘリングス●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:マイケル・ラッセル●撮影:ダグ・ハロウズ●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ダニエル・ケーシー/ジェーン・ワイマーク/ローラ・ハワード/バリー・ジャクソン/デイヴィッド・ブラッドリー/John Carlisle/Tim Woodward/Cherie Lunghi/Marc Buchner●日本放映:2009/01●放映局:ミステリチャンネル(評価:★★★★)

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真犯人の意外性はそれなりだが、共に若干のもの足りなさも残るエピソード。

領主の資質 dvd.jpg 領主の資質 dvd 輸入盤.jpg 真実の鳥 dvd.jpg 真実の鳥 dvd輸入盤.jpg
バーナビー警部「領主の資質」第27話 [DVD]」A Tale of Two Hamlets(領主の資質)/「バーナビー警部「真実の鳥」第28話 [DVD]」Birds of Prey(真実の鳥)
領主の資質 1.jpg ウェブスター家が村の歴史を題材にした小説の映画化のアトラクション施設を作ったが、そのお披露目会場で、映画に主演した領主の甥で俳優のラリーが爆死する。バーナビーとトロイは、二つの村の対立から事件が起きたと考え捜査するが、今度はラリーの叔父である映画プロデューサーのフランクも自宅でトレーニング中に殺害される―。(第27話「領主の資質」)

A Tale of Two Hamlets.jpg 一族に怨みを持つ者の犯行と思わせておいて、「第25話/背徳の絆」と同様、未熟な若者のエゴみたいな犯行動機だったなあ。実行犯は実は知らないうちに身内を殺していたわけか。
領主の資質 ロケ地.jpg 事情を知っていながら実行犯を操っていた主犯格は恐ろしいけれど、「背徳の絆」の方が年齢が低い分、より怖かったかも。

 実行犯を操っていた人物が背後事情を知っていて、領主と実行犯本人という当事者らが事情を知らないというのはどうなんだろうか。噂が当事者の耳に入るのは、周辺の人たちが全員知った後、一番最後ということか。
 ウェブスター家の邸が立派なのに対し、フランクが宣伝のために作った"悪魔の体験館"というのが、田舎っぽくてキッチュでした。

真実の鳥 0.jpg 車ごと池に突っ込んだと思われる元古本屋ジュリアン・シェパードの遺体が発見される。彼は仕事に失敗し妻にも逃げられているため、家政婦は自殺しても不思議ではないと証言するが、ブラード検視官は、遺体の肺からは微生物が発見されなかったので他所で溺死させられたに違いないと言う。シェパードは、発明家エドモントンへの投資から手を引こうとしていたことが判ったが、そのエドモントンも殺害される―。(第28話「真実の鳥」)

真実の鳥 5.gif 件(くだん)の発明家はアルツハイマーだったのだなあ。無燃料機関がキックスケーターだったとは。キックスケーターを現物配当された出資者側も、さぞビックリするやら、がっくりするやらだったでしょう。
 発明家の奥さんが何だか怪しいですが、ただ夫のアルツハイマーを直視したくがないために、猛禽類飼育にのめり込んでいたということだったのでしょうか。最後は、危うく犯人の犠牲となるところを鳥に助けられた...。
 トロイ巡査部長が野生保護鳥の卵の密猟者捜索に乗り出して、アウトドアっぽい美女と知り合うのがサイドストーリーでしたが、結局、2人の関係もそう発展しそうになかったですね。

真実の鳥 車.jpg 溺死体と思われた遺体の肺に水が入っていなかったので他所で殺害されたという推理はよくありますが、池で死んでいたのに肺から微生物が検出されなかったというのはナルホドね。「刑事コロンボ」に、プールで見つかった溺死体の肺にシャボンの成分が含まれていたことから、コロンボが浴槽に沈められて殺されたと推理するものがあったのを思い出しました(「刑事コロンボ(第25話)/権力の墓穴」)。

 
 真犯人の意外性はそれなりなのに、共に、若干のもの足りなさも残るエピソードに感じられるのは、電気による殺害とか、過去のエピソードからくる既視感があるせいでしょうか。
 
Barry Jackson, who plays pathologist George Bullard.jpg検視官ブラード博士.jpg 検視官ブラード博士役のバリー・ジャクソンは今月[2013年12月]5日に逝去したとのこと。日本では、AXNの番組ホームページ以外はどこも報じていないけれど、ご冥福を祈ります。

Barry Jackson, who plays pathologist George Bullard/検視官ブラード博士 in 「第17話/大胆な死体」

領主の資質 DVD 輸入盤.jpg「バーナビー警部(第27話)/領主の資質」●原題:MIDSOMER MURDERS:A TALE OF TWO HAMLETS●制作年:2003年●制作国:イギリス●本国上映:2003/01/24●監督:ピーター・スミス●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:アラン・プレイター●撮影:ダグ・ハロウズ●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ダニエル・ケーシー/ジェーン・ワイマーク/バリー・ジャクソン/レオ・ビル/ベス・ゴダード/クリストファー・グッド/ジョナサン・ハイド/アレックス・ロー●DVD発売:2004/11●発売元:キングレコード(評価:★★★)  「Midsomer Murders [VHS] [Import]

真実の鳥 1.jpg「バーナビー警部(第28話)/真実の鳥」●原題:MIDSOMER MURDERS:BIRDS OF PREY●制作年:2003年●制作国:イギリス●本国上映:2003/01/31●監督:ジェレミー・シルバーストン●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:マイケル・ラッセル●撮影:ダグ・ハロウズ●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ダニエル・ケーシー/ジェーン・ワイマーク/ローラ・ハワード/バリー・ジャクソン/ケイト・バッファリー/デヴィッド・コールダー/アレクサンドラ・ギルブレス/アントン・レッサー●DVD発売:2004/11●発売元:キングレコード(評価:★★★)

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バーナビーの指摘のように愉快犯に近く、その意味でも、犯人は壊れ過ぎていたという印象。

バーナビー警部(第25話)/背徳の絆 dvd.jpgバーナビー警部(第25話)/背徳の絆 01.jpg バーナビー警部(第25話)/背徳の絆 8.jpg
バーナビー警部「背徳の絆」第25話 [DVD]」"Midsomer Murders" Death and Dreams

バーナビー警部(第25話)/背徳の絆 title.jpgバーナビー警部(第25話)/背徳の絆 院長.jpg うつ病の治療を受けていたマーティンが射殺死体で発見される。自殺を装っていたが体内から薬物が検出され、バーナビーは他殺の線で捜査を開始、マーティンが通っていた病院の、バーナビーの知り合いの女性院長ジェーンを訪ねるが、その後病院の関係者が次々と殺される―。

 第25話「背徳の絆」は、精神病院が舞台で、当然のように怪しげな人物がいますが、大体、怪しげな人物は犯人ではないというバーナビー警部(第25話)/背徳の絆 02.jpgのがこのシリーズのパターン。では一体犯人なのかという思いで観ていましたが、結局最後まで判らなかったなあ。犯人が壊れ過ぎていたというのもあるかも。遂にはバーナビーまで狙われ、「犯人は犯行を愉しんでいる」と、バーナビーもご機嫌斜め(犯人にクスリを飲まされたため気分も優れないわけだが)。

バーナビー警部(第25話)/背徳の絆 03.jpgバーナビー警部(第25話)/背徳の絆 7.jpg 犯人は犯行を問い詰められても悪びれた様子もなく、実は過去に父親も殺していたわけで(バーナビーの異常者のモードに合わせた訊き方が興味深い)、特にブラスバンド狂いの薬局店主を殺害する時の様子は、よくこれを再現映像化したものだと(英国のTVコードは緩い?)。それにしても精神科医であるジェーンは、全く気が付かなかったのか。犯人が判ったと伝えられても、誰が犯人か思い当るフシは無かったみただけれど。

バーナビー警部(第25話)/背徳の絆 05.jpg ロープ屋などから大量のロープが盗まれたりした謎は、連続殺人にロープが絡んでいたため、女性院長を守ろうとした患者の一人がそれを隠そうとしてやったわけか。病者特有の偏執的な思い込みはともかく、わざわざ推理をややこしくするような場所に隠さんでくれと言いたくなります。

バーナビー警部(第25話)/背徳の絆 04.jpg バーナビーの娘カーリーの久しぶりの登場で(移動図書館は地域奉仕活動の一環?)、トロイは彼女の前でいいところを見せようとする一方、バーナビーと女性院長の親密度にも気になって、結局、「僕も刑事だ」と彼女の前で自らの人間観察力をアピールしつつも、余興でスプーン伴奏の妙技を見せたぐらいで、事件推理にはいいところ無しでした。カーリーとのキスシーンはあったものの、カーリー初の死体発見で、そうした雰囲気もぶっ飛んでしまったし、上司であるバーナビーからは、死体発見現場にカーリーと二人でいたことについて、露骨に不愉快だと言われてしまう始末です。

 一方、バーナビーが最後に妻ジョイスの助けを借りるところは、「やっぱり奥さん一筋」ということを視聴者にアピールした演出だったのかな。

バーナビー警部(第25話)/背徳の絆 6.jpg 振り返ってみれば、妹が「ママのこと好き?」とバーナビー聞いたりしたのは、カマをかけてきたわけか。怖いね。面白かったけれど、病院の事務長といい薬局店主といい、その殺害は副次的なもので、動機的にはやや弱いか。どちらかというと、バーナビーの指摘するように愉快犯に近く、その意味でも、犯人は壊れ過ぎていたという印象です。

MORETON, NR. THAME, OXFORDSHIRE used as Martin's home (the first victim)
バーナビー警部(第25話)/背徳の絆 ロケ.jpg「バーナビー警部(第25話)/背徳の絆」●原題:MIDSOMER MURDERS:DEATH AND DREAMS●制作年:2003年●制作国:イギリス●本国上映:2003/01/10●監督:ピーター・スミス●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:ピーター・J・.ハモンド●撮影:ダグ・ハロウズ●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ダニエル・ケイシー/ジェーン・ワイマーク/ローラ・ハワード/バリー・ジャクソン/イズラ・ブレア/スチュアート・バンス/フィリップ・フォックス/ペルディータ・ウィークス●DVD発売:2004/11●発売元:キングレコード(評価:★★★☆)

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「死を告げる鐘」の"壊れた人"と、「デヴィントン学院の闇」の"壊れた人たちの集まり"。

バーナビー 死を告げる鐘 dvd.jpg 死を告げる鐘 01.jpg  デヴィントン学院の闇dvd.jpg デヴィントン学院2.jpg
バーナビー警部 ~死を告げる鐘~ [DVD]」'Ring Out Your Dead'「バーナビー警部 ~デヴィントン学院の闇~ [DVD]」'Murder on St. Malley's Day'
バーナビー 死を告げる鐘 zenntai.jpgバーナビー 死を告げる鐘 title.jpg バーナビーと同じ署に勤めるピーターは、鐘撞き競技大会優勝を目指している6人チームのリーダーだった。レジー中佐らが苦言を呈する中、チームは練習に励むが、メンバーが次々と何者かに襲われ殺されていく―。

 第22話「死を告げる鐘」は、鐘撞き大会が事件背景。6人の鐘撞きメンバーのうち3人が殺害され、最終的に残った3人で大会に出場して各人2つずつの鐘を担当して優勝してしまいます。この結果からすると、最初から大会優勝に異常な執着を見せていたピーターが、足手纏いとなるメンバーを殺害して上手な人だけ残したような気もしましたが、ピーターを除く5人の鐘つきの技量にさほど差はなかったような...。

バーナビー 死を告げる鐘07.jpg そこで、プロローグにある、昔、牧師が殺害され井戸に投げ捨てられたという話が生きてくるわけですが、5世代前の先祖の死に対する復讐劇だったのかあ。ピーターの鐘撞き大会への執着は異常だったけれど(部署は総務らしいけれど、署内では競馬中継を見ているし、仕事しているのかな?)、5世代前の先祖の復讐というのは、それを上回る異常さであり、この犯人もある意味"壊れている"と言えます。

バーナビー 死を告げる鐘 .jpg 本国では人気エピソードの上位に入っている作品で、叔父であるレジーの思い遣りを理解できない死を告げる鐘 02.jpg甥の焦った行動や(最初は甥に意地悪しているのかと思った)、聞き込みに行った先で女地主(カルメン・デュ・ソートイ、「007 黄金銃を持つ男」('74年)に出演))の強烈なモーションに骨抜きにされてしまうトロイなど(急な呼び出しで慌ててネクタイを置いてきてしまった?)、サイドストーリーも豊かですが、やはり「鐘撞き大会」というのが英国人にとってはノスタルジックなのではないかな。日本の寺でもやっているところがあるけれど、制限時間内に何回撞けるかを競うもので、こんな練習を重ね、高度なテクニックを競う"演奏会"的なものは英国ならではないかと思います(ハンドベルのジャンボ版と言えるか)。

The church seen in 'Ring Out Your Dead'


デヴィントン学院の闇 2.jpgデヴィントン学院の闇 1.jpg コーストン郊外にある寄宿制男子校デヴィントン学院。この学院に向かう途中の道で、学院のOBで外交官のベリンガムが襲われ行方不明になる。数日後、デヴィントン学院の聖マリー・デー・レースを見物していたバーナビー夫妻の眼前で、1等でゴールに現れた、学院の創設者の孫で生徒会長を務めるダニエルが倒れ死亡する。ダニエルは選ばれた学生しか入会することのできない"プディング・クラブ"のメンバーだったが、どうやらクラブを抜けたがっていたらしい。バーナビーは学院の実態を探り始めるのだが―。

デヴィントン学院の闇 3.jpg 第23話「デヴィントン学院の闇」は、厳しい教育と規範で有名な全寮制の伝統校が事件の舞台。今どき、こんな学校があるのかと。殆ど"ハリー・ポッター"の魔法学校の「裏版」みたいな世界でした。

デヴィントン学院の闇 4.jpg 学院の理事長も怪しいし、その他にも怪しい人物がいる中、プディング・クラブのクラブルームに謎が隠されているとバーナビーに示唆していた学院OBのカルーが、頭を殴られ口にプディングを突っ込まれたうえグラウンド整備用ローラーの下敷きされた惨殺死体で見つかり、ベリンガムも、生徒達が水練中の池の中から死体となってバーッと浮き上がってきます(まるでゾンビみたい)。

デヴィントン学院の闇 6.jpg 主演のジョン・ネトルズ自身が自選ベストテンに"Most Dramatic Episode"として入れている作品ですが、主犯と実行犯が別々なので分かりにくかったね。そこが面白さでもあるのでしょうが、実行犯は1人とみていいのかな(水練指導の体育教師がベリンガムを殺害デヴィントン学院.jpgしたということはないよね。やはり、○○○が3人を殺害した?)

 ダニエルが殺害された理由は、ダニエルの恋人が実は村の娘だったため?(二人の逢引きを知っていた人物にもっと聞き込みをすべきだった)。 学生たちのいざこざは、そのことがクラブの沽券に関わるということより、奨学金狙いだったわけか。最初は斜に構えたはみ出し者だったのに、口封じと引き換えにクラブのメンバーに迎えられるや、クラブ内での覇権を握ろうとしたチャーリーにみられるが如しです(みんな金持ちの子弟ではなく、意外と苦学生なの?)

 壊れた人の集まりみたいな感じで、バーナビーもトロイもやれやれという感じ。そうしたこともあって、後味的にも何となくイマイチのお話でした。

Holloway College, Egham, Surrey Used as 'Devington School'

バーナビー 死を告げる鐘 05.jpg「バーナビー警部(第22話)/死を告げる鐘」●原題:MIDSOMER MURDERS:RING OUT YOUR DEAD●制作年:2002年●制作国:イギリス●本国上映:2002/06/23●監督:サラ・ヘリングス●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:クリストファー・ラッセル●撮影:スティーヴ・ソーンダーソン●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ダニエル・ケイシー/ジェーン・ワイマーク/エイドリアン・スカーボロ/シーマス・ホイッティ/リンゼイ・マーシャル/ヒュー・ボネヴィル/グレアム・クラウデン/カルメン・ドゥ・ソートイ/ジェマ・ジョーンズ●DVD発売:2004/10●発売元:キングレコード(評価:★★★☆)

「バーナビー警部(第23話)/デヴィントン学院の闇」●原題:MIDSOMER MURDERS:MURDER ON ST. MALLEY'S DAY●制作年:2002年●制作国:イギリス●本国上映:2002/09/22●監督:ピーター・スミス●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:アンドリュー・ペイン●撮影:スティーヴ・ソーンダーソン●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ダニエル・ケイシー/ジェーン・ワイマーク/デズモンド・バリット/ジェレミー・チャイルド/パトリック・ゴッドフリー/ピーター・ワイト/ニコラス・オーズリー●DVD発売:2004/10●発売元:キングレコード(評価:★★★)

MyTopDozen(海外サイト)
List of Best Midsomer Murders Episodes
Only top dozen Best Midsomer Murders Episodes, according to different criteria, are presented. The ranking is in particular based on the number of occurences of each midsomer murders episode in web pages, news, pictures and people votes in corresponding context.
◎ Overall popularity
Rank  Score              Item
 1.   97  Murder on St. Malley's Day (第23話/デヴィントン学院の闇
 2.   91  The Maid in Splendour (第33話/聖女の池
 3.   82   Down Among the Dead Men (第47話/消えないセピア色
 4.   79  Death and Dreams (第25話/背徳の絆
 5.   76  Country Matters (第49話/ビジネスの総決算
 6.    74  Vixen's Run (第46話/薄情なキツネたち)
 7.   74   Destroying Angel (第15話/人形劇の謎
 8.    73  Last Year's Model (第51話/呼ばれた殺人者)
 9.   72  Midsomer Rhapsody (第43話/不協和なラプソディ)
 10.   71  Things That Go Bump in the Night (第36話/止まらない凶行
 11.   70  Sauce for the Goose (第42話/斜陽の喧騒
 12.  62  Dead in the Water (第37話/愛憎の終幕

◎ Popularity on the Web
Rank  Score         Item
  1.  590  Ring Out Your Dead (第22話/死を告げる鐘
  2.  435  Second Sight (第40話/千里眼の系譜
  3.  393   Birds of Prey (第28話/真実の鳥
  4.  349  The Green Man (第29話/森の聖者
  5.  342  The Fisher King (第31話/古墳の報復)
  6.  319  Electric Vendetta (第16話/UFOの殺人
  7.  294  Dark Autumn (第18話/時代遅れの殺意
  8.  289  Who Killed Cock Robin? (第17話/大胆な死体)
  9.  288  Garden of Death (第14話/庭園の悲劇
  10. 286  Bad Tidings (第30話/旧友の縁)
  11. 283  Destroying Angel (第15話/人形劇の謎
  12. 268  Dead in the Water (第37話/愛憎の終幕

◎ Popularity in pictures
Rank  Score         Item
  1.   30  The Maid in Splendour (第33話/聖女の池
  2.   28  Vixen's Run (第46話/薄情なキツネたち)
  3.   27  Country Matters (第49話/ビジネスの総決算
  4.   25  Murder on St. Malley's Day (第23話/デヴィントン学院の闇
 5.   21   Sauce for the Goose (第42話/斜陽の喧騒
 6.   20   Bad Tidings (第30話/旧友の縁)
 7.   18   Death and Dreams (第25話/背徳の絆
 8.   16  Dead in the Water (第37話/愛憎の終幕
 8.   16  Death in Chorus (第50話/壊れかけた聖歌隊
  8.   16  Last Year's Model (第51話/呼ばれた殺人者)
 11.   15   Second Sight (第40話/千里眼の系譜
 11.   15  Midsomer Rhapsody (第43話/不協和なラプソディ)

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ミスリードさせると言うより、見当がつかなかったという感じか。ちびっこ探偵が活躍。

セトウェル森の魔 輸入盤dvd2.jpgセトウェル森の魔 dvd.jpg セトウェル森の魔 ちびっこ探偵1.jpg
バーナビー警部 ~セトウェル森の魔~ [DVD]」"Midsomer Murders" A Worm in the Bud

セトウェル森の魔 01.jpg 破産寸前のジェームズ・ハリントンは、自らが所有するセトウェル森を更地にして売却しようとして、森を守ろうとする自治体から訴えられていた。裁判では勝利を収めるが、自治体メンバーと諍いになり、その内の一人サイモン・バートレットと殴り合いになったのを、別裁判に証人として出廷していたバーナビーとトロイが止める。サイモンは、裁判に自治体側として関与している女性弁護士と不倫関係にあった。翌朝、セトウェル森の池で、サイモンの妻スーザンの死体が見つかる。スーザンはかつてジェームズの恋人だった。スーザンの死因は溺死で、夫サイモンの元にスーザンのパソコンから「真実からは逃れられない。死んだ方がまし」というメールが送られていたことから、子供ができないことを悩んでの自殺かと思われた。しかしそのメールが送信された時刻の6時間以上前に、森で遊んでいたジュリーとショーンのフィールディング姉弟は、池ではなく茂みの中で倒れているスーザンを発見し、その傍に一匹のジャックラッセルテリアがいたのを目撃していた―。

 ジェームスとサイモンの母親同士も幼馴染で、こちらは今も仲は悪くないなど、相変わらずの複雑かつ微妙な人間関係です。大体このシリーズ、いかにも怪しそうな人物は犯人ではないのですが、犯行動機、と言うよりその遣り口があまりに常識離れしていたため、誰が犯人なのかを推理するのが難しかったです。主演のジョン・ネトルズ自身が、犯人について"Favorite Leading Lady"として、この作品を自選ベストテンに入れていますが、ミス・リーディングさせると言うより、見当がつかなかったという感じでしょうか(伏線は、「牛の種付け」の話のみ?)。

セトウェル森の魔 ちびっこ探偵2.jpg 森で犬を目撃したフィールディング姉弟が、犬とその飼い主が事件に関わっていると考え、「ちびっこ探偵」ぶりを発揮するのが楽しく、村中のジャックラッセルテリアを調べ上げ、飼い主はサイモンの農場で働くブロクサムであることを突き止めて、学校をサボってバーナビー宅にまで押しかけます(実質的に鋭いのは姉ジュリーの方で、弟ショーンの方はバーナビー宅で能天気にケーキのおかわりを貰っていたりしていたが)。A Worm in the Bud 03.jpg最初は子供の証言に懐疑的だったバーナビーが、ジュリーのテリアの識別能力を目の当たりにして認識を改めるのが愉快(姉弟の父親は猟犬の訓練士)。更に、ジュリーの、被害者は「眠っているようだった」という証言も、事件解決の糸口に。

 但し、バーナビーよりも早く犯人が誰かを察知した人物が少なくとも3人いたわけで、その内の1人は犯人を庇い、1人は犯人を脅迫し、1人は犯人に報復したことになります。なかなかお決まりの第二の殺人が起きないなあと思ったら、終盤になってジェームスが殺害されて、これでジェームスとサイモンの母親同士の関係も180度変わってしまったということでした。

A Worm in the Bud 01.jpg でも、自分を庇ったサイモンを襲って瀕死の重傷を負わせたのもこの犯人だとすれば、目的のためには手段を選ばずと言う感じで、ラストで報復により殺されてしまうのはやむを得ない感じでしょうか。「ちびっこ探偵」の活躍は、シャーロック・ホームズの「ベーカー街イレギュラーズ」ならばいざらず、このシリーズでは珍しいですが、「暗~い話」と「微笑ましい話」が隣り合わせ的に併存するという意味では、シリーズの特徴が出ていたように思います(これが、このシリーズの独特かつ定番的な"バランス感覚"?)。

Cottages seen in 'A Worm in the Bud'/The village shop -used In 'A Worm in the Bud'
セトウェル森の魔コテージ.jpgセトウェル森の魔店.jpg「バーナビー警部(第21話)/セトウェル森の魔」●原題:MIDSOMER MURDERS:A WORM IN THE BUD●制作年:2002年●制作国:イギリス●本国上映:2002/06/23●監督:デヴィッド・タッカー●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:マイケル・ラッセル●撮影:スティーヴ・ソーンダーソン●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ダニエル・ケイシー/ジェーン・ワイマーク/バリー・ジャクソン/ジリアン・バージ/ウェンディ・クレイグ/ジャニー・ディー/イアン・ホッグ/エミリー・ジョイス●DVD発売:2004/10●発売元:キングレコード(評価:★★★☆)

1-IMG_0390.JPG●本国個人サイト (Muffy Aldrich The Daily Prep

Midsomer Murders Episodes.jpgHere are some favorite episodes (or characters or scenes or...):

Made to Measure (第74話/ミルトン・クロスの秘密) - As one might guess by the name, it centers around a village tailoring shop. Not only are there bolts of estate tweeds but one can see an uncharacteristically somber Plilip Bretherton . (He played Allister Deacon on favorite series As Time Goes By.)
Worm in the Bud (第21話/セトウェル森の魔) - My absolute favorite. There are Barbours, tattersalls and Jack Russells, but best of all there is the utterly charming family of the Kennel Master.
Ring Out Your Dead第22話/死を告げる鐘) - Adrian Scarborough gives a wonderfully convincing performance as an obsessed bell ringer. Expect lots and lots of bell ringing and a few quick shots of a nice old yellow lab.
Murder at Badger's Drift第1話/謎のアナベラ) - The first episode ever made, and features the marvelously creepy undertaker and his mother. It has a shooting scene with some beautiful Purdeys.
Dead in the Water第37話/愛憎の終幕) - This episode focuses completely on the Rowing Club and it would be hard to imagine where I could see more examples of exquisite wooden boats, replete with dashing men wearing Navy blazers and caps. Although because it is on a river, it may feature an odd rat or two.
Death of a Stranger第10話/絶望の最果て) - Worth watching for some beautiful fox hunting scenes.
Stranglers Wood第7話/首締めの森) - It features Phyllis Logan, who to my surprise, plays Mrs. Hughes in Downton Abbey.
St. Malley's Day第23話/デヴィントン学院の闇) - "Ludlow, the bell!" "The bell, Ludlow!"
Dead Man's Eleven第8話/不実の王) - I will watch anything that features Robert Hardy, but even if he wasn't in this episode, it is worth watching solely for the one line about how they are planning to sell their massive estate so they can move to... Orlando. (How much fun was had in that writing room choosing that destination.)
Judgement Day第12話/審判の日) - How many celebrations can one region support? Worth it to see a tipsy Josephine Tewson, Keeping Up Appearances's Elizabeth.
Birds of Prey第28話/真実の鳥) - Beautiful birds of prey, their eggs, and over-sized waxed jackets.
Market for Murder第20話/殺人市況) - Just to see Angela Thorne looking fabulous - whether up on the roof in her pearls or driving her old 240 wagon. In real life she was the wife to Peter Penry-Jones ("Peter, Marquis of Ross" in Midsomer's "The Electric Vendetta"), and mother to Rupert Penry-Jones (who played Adam Carter on MI-5 or better known as Spooks) and who is in turn is the spouse of Dervla Kirwan (Assumpta Fitzgerald on Ballykissangel).
The Creeper (第72話/謎の侵入者): Great Dower house.
The Great and The Good (第73話/眠れぬ日々): Good woolens, great cottage, and an always appreciated dog in the lap.
Death in Chorus第50話/壊れかけた聖歌隊) - Choral music and pretty, cold weather village scenes.

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分かり易さもあって、個人的には楽しめた。ラストも爽やか且つユーモラス。

殺人市況 dvd.jpg殺人市況07.jpg 第20話/殺人市況 03.jpg
バーナビー警部 ~殺人市況~ [DVD]」 "Midsomer Murders" Market for Murder

MIDSOMER MURDERS:MARKET FOR MURDER title.jpg第20話/殺人市況 02.jpg殺人市況4.jpg コーストン郊外の高級住宅地で、株式仲買人の車が炎上する事件が起きる。この地に住む「読者会」メンバーの5人の女性、マージョリー(会の主宰者で未亡人)、ジニー(ちょっと美人でナイスボディ?)、タムジン(仲買人の妻。過去に秘密を持つ)、殺人市況1.jpg殺人市況2.jpg殺人市況5.jpg殺人市況3.jpgラビニア(年老いた夫を介護中。自身は邸の屋根の修理に執心)、サンドラ(医師の妻)らは今日もマージョリーの家に集っていたが、実は「読書の会」とは表向きの名で、家族に秘密で株式投資をしているサークルだった。投資を始めたのは5人に各事情があったからで、今現在でか第20話/殺人市況 025.jpgなりの利益を上げており、運用が順調な今のうちに株を売却するか投資を続けるかで意見が分かれていた。会の主宰者マージョリーは仕切り屋で、メンバーからはあまり良く思われていなかった。その彼女が自宅で撲殺死体で発見される。室内が荒らされ銀食器が持ち去られているところから強盗による犯行の疑いもあった。そして彼女の家のどこからも、会で保有している株の証券が見つからなかった―。

殺人市況8.gif 高級住宅地にプール清掃員として出入りする男ハリーや、サンドラの夫でセレブ達の秘密に触れる機会の多い医師ルパートなど、何となく怪しい人物はいますが、その後、メンバーのジニーが自宅のプールで殺され(自宅プールって、一晩中灯りをつけているのかあ。贅沢!)、ラビニアも屋根から転落して死亡。そうなると、この事件の犯行動機は、サークルで運用していた資産を独占することしか考えられず、そうなると、サークルの秘密が外部にもれていない限りはサークル内の誰かが犯人であり、そうなるとタムジンとサンドラしか残っていないわけで、ここで犯人が判った感じも。

The 'Proctors' House seen in 'Market for Murder'
殺人市況3.jpg このシリーズで自分がここまで犯人を絞り込めたのは珍しい方で、実際の展開としても、いつものように最後ぎりぎりまで犯人が判らないようなものではなく、その殺人市況2.jpg少し前に誰が犯人か示唆していました。たまにはこういうのもありかな。この犯人も、第18話「時代遅れの殺意」の犯人と同じく、最初は普通の人に見えていたけれど、実は精神的に壊れていました(こんな女性に言い寄られた老人男性の方も災難)。犯人が捕まってから、自分がどうやって殺したのか一人一人について解説してくれるのも同じ殺人市況10.gif。分かり易さもあって、個人的には充分楽しめました。

Seen as a Newsagents in 'Market for Murder'
殺人市況 4'.jpg 高級住宅地が舞台ということで、風景や建物がキレイな上に、ラストも爽やか。第19話「腐熟の愛情」と同じく、女性が最後に決断をして新たな人生を歩む、という終わり方だけど、鼻持ちならない大金持ちと結婚した後で離婚して、相手の鼻をへし折ってやろうという「腐熟の愛情」の看護婦サリーよりは、こちらのヒロインの方が好感が持てました。

殺人市況5.jpg プール清掃人の男は実はいい奴だったね。マッチョで意外と男前だし。以前の仕事は○○○だったのかあ。その道のプロでした。さくさくパソコンを操作し、パスワードの前で立ち往生したところでは、今度はバーナビーが刑事の勘を発揮します。

BRAZIERS COLLEGE, IPSDEN, OXFORDSHIRE.seen in 'Market for Murder'
殺人市況 OXFORDSHIRE.jpg バーナビーが年金対策で投資したばかりの保険会社が、加入企業のタイかどこかの工場が水害で大損害を被って保険金の高額支払が見込まれ株価が暴落、所持しているコミック誌に高値がつくことが分かったトロイとは対照的に、彼だけが最後にムスッとしているのが可笑しいです。「腐熟の愛情」のラストに比べるとクセの無い、爽やか過ぎる終わり方に対する、ある種"照れ隠し"的味付けでしょうか。こうしたエピソード間のバランス感覚は絶妙。

 それにしてもトロイのコミック好きはともかく、コミック誌を隠すために一緒に新聞も買うのか。まあ、大の大人が電車内で堂々とコミック誌を読んでいる国は日本ぐらいというから、アリかも。それよりも、彼はいつから高所恐怖症になったのか?

 因みに、自宅プールで華麗な素潜りを見せた後に殺害されるジニーを演じたセレナ・ゴードン(Serena Gordon)は、「007/ゴールデンアイ」('95年/英)に出演。ボンドガールではなく、冒頭でピアーズ・ブロズナンの坂道カーチェイスに無理矢理付き合わされるMI6か何かの女性職員の役でした。

「バーナビー警部(第20話)/殺人市況」●原題:MIDSOMER MURDERS:MARKET FOR MURDER●制作年:2002年●制作国:イギリス●本国上映:2002/06/16●監督:サラ・ヘリングス●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:アンドリュー・ペイン●撮影:スティーヴ・ソーンダーソン●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ダニエル・ケイシー/ジェーン・ワイマーク/バリー・ジャクソン/ジェシー・バーズオール/セレナ・ゴードン/バーバラ・リー=ハント/キャロライン・ハーカー●DVD発売:2004/09●発売元:キングレコード(評価:★★★★)

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事件の本筋とサイドストーリーの両方が楽しめ、ラストも粋。

第18話/時代遅れの殺意 dvd.jpg第18話/時代遅れの殺意 dvd 輸入盤.jpg 第18話/時代遅れの殺意 dvd 輸入盤2.jpg Midsomer Murders Season 4 Episode 5.jpg
バーナビー警部 ~時代遅れの殺意~ [DVD]」輸入盤DVD"Midsomer Murders" Dark Autumn

第18話/時代遅れの殺意 被害者.jpg グッドマンズ・ランド村の郵便配達員デイヴ・カトラーが配達中に喉を掻き切られて殺される。彼は村で"人妻キラー"と呼ばれていて、彼に妻を寝取られた男は数多くいた。バーナビー(ジョン・ネトルズ)は村のかつてダンスホールだった建物内に本部を設置して捜査を開始するが、その後も次々と残虐な犯行が繰り返され、村の男女それぞれに犠牲者が出る―。

 トム・バーナビー警部のシリーズ第18話「時代遅れの殺意」(原題:Dark Autumn)の本国放映は2001年9月16日で、シーズン4第5話です。

 結局、最初の殺人の後も立て続けに3人殺害されていて、被害者の横の繋がりが全然読めなかったかったのですが、最後に、ああ、そーゆーことだったのかと。このシリーズでは久しぶりのサイコパスでした。

第18話/時代遅れの殺意 サイコパス.jpg 子供時代に亡くなった母親に対する愛情と悔恨の念から、気に入った女性に母親像を重ねて一方的に崇拝し、但し、その女性が実際にはさほど清純でも貞淑でもないことが分かると殺害してしまうという―。犯人は見かけ上は普通のパブ従業員か何かだったけれど、後で振り返れば、架空の相手に電話をかけていたりしたわけで、そうしたことも含め、ヒチコックの「サイコ」と重なる部分もありました。

 犯行は、妻を寝取られた男の"人妻キラー"への報復か思わせておいて、その直後に女性も殺されていたりするからややこしいのですが、郵便配達員は、女性を食い物にしているという理由で殺害し(犯人の目から見るとそうなるわけで、実際には女性の方も期待していて、必ずしもそういう一方的な悪でもないのだけれど)、男性編集者は、母の想い出について書いた自分の本を出版しなかったから殺したわけか。最後に犯人がバーナビーの問いに答えて1人ず殺害理由を解説(?)してくれたので、よく分かりました。

第18話/時代遅れの殺意 トロイ.jpg 村の女性巡査ジェイに対するトロイ巡査部長(ダニエル・ケーシー)の恋愛感情がサイドストーリーになっていて、最後は予想通りトロイはフラれてしまうのですが、彼女の断りの理由は、「破れた恋愛からまだ立ち直っていないから」とのこと。ジェイとトロイが夜中に元ダンスホールだった場所で踊るのを偶然垣間見て、事件捜査中にトロイを"グッドダンサー"と呼んで冷やかしていたバーナビーですが、彼女の手に渡ることのなかったトロイのプレゼントであるバイロン(ジェイの好きな詩人)の詩集を見て、カトラーの葬儀の際に、赤いバラの花束の無記名の献花にバイロンの詩の一節が添えてあったのを思い出すものの、そのことをトロイには話さないところが部下への気遣いです。

 そう言えば、ジェイは、カトラーの写真を見てバーナビーが「いい男だな」と言った際に、「ホントに」といって写真を撫でていたなあ。事件の本筋とサイドストーリーの両方が楽しめ、ラストも粋でしたが、殺された郵便局員は"人妻専科"ではなかったわけなのか。だとしたら、よくやるなあ。それを女性側も望んでいたりするわけで、"グッドマンズ・ランド"という村の名前も皮肉が効いていました(仮にカトラーとジェイの間に関係があったとしても不倫には該当しないが)。

Midsomer Murders - John Nettles:My Top Ten [DVD].jpgOxfordshire .jpg 因みに、このエピソードは、主演のジョン・ネトルズ自身が選んだ「ベストテン」に、「Best Location」(最高の撮影場所)作品として入っており、それだけに風景にも素晴らしいものがありました(署から遠い場所にあるため、捜査本部を現地に置いたということなのか)。

Oxfordshire Seen in 'Dark Autumn' as the 'August's' house

Midsomer Murders - John Nettles: My Top Ten [DVD] (2011) 
Little Parmoor Farm used as Holly Reid's cottage in 'Dark Autumn'/The Church where the funeral takes place in 'Dark Autumn'
Little Parmoor Farm used as Holly Reid's cottage in 'Dark Autumn'.jpgThe Church where the funeral takes place in 'Dark Autumn'.jpg

 
 
 
 

 

 

  

'The Plough' pub, Great Haseley, Oxfordshire - seen in 'Dark Autumn'
第18話/時代遅れの殺意 パブ.jpg第18話/時代遅れの殺意 パブ2.jpg「バーナビー警部(第18話)/時代遅れの殺意」●原題:MIDSOMER MURDERS:DARK AUTUMN●制作年:2001年●制作国:イギリス●本国上映:2001/09/16●監督:ジェレミー・シルバーストン●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:ピーター・J・ハモンド●撮影:グラハム・フレーク●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ダニエル・ケイシー/ジェーン・ワイマーク/バリー・ジャクソン/ニッキー・ヘンソン/アラン・ハワード/ジリアン・カーニー/セリア・イムリー●DVD発売:2004/09●発売元:キングレコード(評価:★★★★)

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よく出来た脚本。これでもかと言うくらい複雑に愛憎入り乱れて...。

UFOの殺人 dvd.jpg UFOの殺人 輸入盤dvd.jpg  UFOの殺人 01.jpg 
バーナビー警部 ~UFOの殺人~ [DVD]」/輸入盤DVD"Midsomer Murders" The Electric Vendetta(UFOの殺人)

UFOの殺人 全体.jpg プロローグは40年前。2人の男が1人の女性(イザベラ)を巡ってフェンシングで決闘し決着をつける。そして現在のミッドサマー・パーヴァ。小麦畑のミステリーサークルで男の全裸死体が発見される事件が起きる。殺害されたのは前科者のロニーで、死因は感電死と判明、地元のUFO研究家ロイド・カービー(ケネス・コリー)はこれは宇宙人の仕業だと言う。バーナビー(ジョン・ネトルズ)がロイドに参考人として署で話を聴くと、ロイドの友人でサー・クリスチャン・オーバリー(アレック・マッコーエン)という貴族が、彼の釈放を求めてくる。そしてまた、ミステリーサークルで男の全裸死体が発見され、これも被害者は前科者であることが判明する。クリスチャンの妻イザベラ(ウルスラ・ハウェルズ)は不治の病で死期が迫っていた。一方、村に住むサー・ハリー・チャトウィン(ジョン・ウッドヴァイン)の妻ベアトリス(アリソン・フィスク)は、ロイドと幼馴染であり、夫のハリーはロイドを嫌っていた。更にハリーは、自分の娘ルーシー(デイジー・ベイツ)と不仲にある夫スティーブン・ラムジー(パトリック・バラディ)をも嫌っていた。それはスティーブンが、村の看護婦サリー(アマンダ・メアリング)と不倫していたからだが、ハリー自身も、サリーと密会していた。サリーはハリーとスティーブンの両方を手玉に取りつつ、別の愛人と盗品の銀器の売買を図っていた。そのスティーブンが、車の中で感電死して死体となって発見され、更にはロイドも、ミステリーサークルで全裸死体となって発見される―。

UFOの殺人2.jpgUFOの殺人3.jpg トム・バーナビー警部のシリーズの第16話「UFOの殺人」(原題:The Electric Vendetta)の本国放映は2001年9月2日で、シーズン4の第3話になります。主演のジョン・ネトルズ自身の「ベストエピソード10選」の中に"Most Difficult to Film"として入っているのは、"UFO"の登場シーンを指してのことなのでしょうか。車で夜道を運転中にいきなりのスピルバーグ映画「未知との遭遇」みたいな光景が現れ、トロイ巡査部長(ダニエル・ケイシー)の仰天ぶりが可笑しかったです。

 人物関係は相変わらず複雑。結局、決闘に負けた男が、復讐相手に殺し屋を送り続けていたということだったのかと。狙われた方も、家中に高圧電線を張り巡らせて防御していたわけで、バーナビーもトロイもこの罠にハマってしまうのが可笑しく、更には、殺し屋を差し向けたクリスチャンの旧敵、当の子爵ピーター(ピーター・ペンリー-ジョーンズ)までもが―。

 ジョン・ネトルズの「自選10話」に入るだけあって、よく出来た脚本。最後は、クリスチャンとピーターがイザベラの臨終に同席して仲違いを解消するような形で、なんとなくしんみりさせられますが、クリスチャンが殺し屋2人を返り討ちにしているのが正当防衛では済まないのでは当然で、クリスチャンは殺人、ピーターは殺人教唆で逮捕されることになるのでしょう。

 話がややこしくなっているのは、もう1人の犯人がスティーブンを車の中で感電死させていることで、たまたま電気に詳しい人が揃ったというのがご都合主義に思えなくもないですが、但しこれも、すでに起きている殺人の遣り口に便乗して捜査の攪乱を狙ったのだとすれば不自然ではないのかも(あの色呆け爺さん、意外と知能犯だった?)。遂には、看護婦サリーの愛人男までが、ロイドの死体を全裸にしてミステリサークルへと、元々最初にロイド自身が商売繁盛を狙って死体にそれらしき細工をしてミステリサークルに置いたのを皮切りに、もう"便乗合戦"の様相。ロイドがなぜ、わざわざ盗品の銀器の隠し場へふらふらと行ったのかかと言うと、そこはたまたまハリーの妻ベアトリスとの密会の場だったのだなあと(昔懐かしさ、と言うより今現在不倫していたわけか)。

UFOの殺人 ウルスラ・ハウェルズ.jpg このように、これでもか、これでもかと言うくらい複雑に愛憎入り乱れていて、よくここまで込み入った脚本を考えるなあと思わされますが、まあこの辺りが、日本の推理ドラマなどではまず見られない、このシリーズの特徴なのでしょう。UFOという奇抜なモチーフではありますが、シリーズの特色がよく出ていました。

 クリスチャンの妻イザベラを演じたウルスラ・ハウェルズ(1922年生まれ)は、BBC版「ミス・マープル(第3話)/予告殺人」('85年)では、リトル・パドックス邸の女主人レティシア・ブラックロック夫人を演じていました(犯人役だったということ)。

UFOの殺人 ロケーション.jpg「バーナビー警部(第16話)/UFOの殺人UFOの殺人 輸入盤 dvd.jpg」●原題:MIDSOMER MURDERS:THE ELECTRIC VENDETTA●制作年:2001年●制作国:イギリス●本国上映:2001/09/02●監督:ピーター・スミス●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:テリー・ホッジキンソン●撮影:グラハム・フレーク●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ダニエル・ケイシー/ジェーン・ワイマーク/ケネス・コリー/ジョン・ウッドヴァイン/アリソン・フィスク/デイジー・ベイツ/パトリック・バラディ/アマンダ・メアリン/アレック・マッコーエン/ウルスラ・ハウェルズ/マイケル・バーテンショウ/ドナルド・ジー/ナイジェル・ハリソン/ピーター・ペンリー-ジョーンズ●DVD発売:2004/08●発売元:キングレコード(評価:★★★☆)
Midsomer Murders [DVD] [Import]

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プロットはよく出来ていたが、純粋な天誅劇にした方がよかった。殺し方いろいろ...。

人形劇の謎 dvd.jpg 人形劇の謎 dvd 輸入盤2.jpg 人形劇の謎 0.jpg 
バーナビー警部 ~人形劇の謎~ [DVD]」'Destroying Angel'(人形劇の謎)

人形劇の謎輸入盤 dvd.jpg バーナビー夫妻(ジョン・ネトルズ、ジェーン・ワイマーク)が参列したイースタングランジホテルの所有者カール(エドワード・ジョーズベリー)の葬儀に、ホテルの相続人の一人グレゴリー・人形劇の謎 人形劇.jpgチェンバース(フィリップ・ボー)が現れない。同じく相続人であるグレゴリーの妻スザンナ(サマンサ・ボンド)は、普段通りホテル業務を続け、気に留めようとしていないようだ。ケネス・グッダーズ(ジョナサン・コイ)も相続人の一人で、妻はジュリア(アビゲイル・マッケーン)は情緒不安定気味。スザンナは、ホテルの料理人トリスタン(トム・ウォード)を愛人にしていて、グレゴリーの方も、森の狩猟番マシュー・タイソン(トニー・ヘイガース)の娘アニー(アディ・アレン)と愛人関係にあったらしい。人形劇の主催者で、その役割をグレゴリーに譲っていたエブリン・ポープ(ローズマリー・リーチ)は彼の行方を心配するが、やがて森の中でグレゴリーのものと思われる片手が見つかる―。 
'The Easterly Grange Hotel' in 'Destroying Angel'.jpg
 トム・バーナビー警部のシリーズの第15話「人形劇の謎」(原題:Destroying Angel)の本国放映は2001年8月26日で、シーズン4の第2話になります。

'The Easterly Grange Hotel' in 'Destroying Angel'

 グレゴリーの死体が見つからない間に、相続人の一人ケネスが倒れてきた食器棚に潰されて殺され、更にスザンナの愛人トリスタンが毒キノコにあたって後は死を待つばかり。そのスザンナも―と、相続人やそれに近しい人物がが次々と死に追いやられていきます。

 ミステリ音痴の自分は、これが壮大且つ精緻に仕組まれた復讐劇だということに、かなり後の方まで気づきませんでしたが、人形劇の主催者エブリンは、バーナビーよりもずっと早くから、グレゴリー殺しの背景構造を掴んでいたわけだなあと(殆ど、ミス・マープルかジェシカおばさん並み)。

 天誅劇にも似た復讐劇かと思いきや、これも動機は遺産相続だったんだんなあ。良く出来たプロットだとは思いましたが、「犯人たちを殺した犯人」には遺産を絡めない方がスッキリしたように思われて残念。ラストは病死だったのか自殺だったのか。これも病死だとすればややご都合主義で、深みが無いように思いました。

バーナビー警部(第15話)/人形劇の謎.jpg 弓矢を駆使したランボー風の殺害方法及び死体隠滅方法から、心理的に追い込んで同士討ちさせるなどの凝った殺害方法まで色々出てきて、食器棚に圧殺されたというのもさることながら、ドクツルタケを食べてしまったイケメン料理人トリスタン(トム・ウォード)の、もう死を待つしかないという状況が一番悲惨だったかな。どちらかと言うと、スザンナが一番悪女という感じなんだけど(夫を枕で窒息死させていたとは)、こちらはあっという間の射殺(一番シンプル)。

人形劇の謎 きのこ.jpg 因みに、ドクツルタケは欧米では「死の天使」(Destroying Angel) という異名を持ち、それがそのままこのエピソードの原題となっているわけですが、このキノコ、日本でも死亡率の高さから、タマゴテングタケ、シロタマゴテングタケとともに「猛毒キノコ御三家」とされているそうです。

ドクツルタケ(Destroying Angel)

 海外の絵本童話に出てきそうな家に住んでいる"森を愛する男"コリン・スレーター(ロジャー・フロスト、「チャーリーとチョコレート工場」('05年/米・英)、「ウルフマン」('10年/米)に出演)は、キノコに関しては超専門家級に詳しかったね。女性と森を"散歩"するだけが好みというわけではなかったみたいだけど、男の「裸エプロン」はさすがに気色悪かった...。

隠れ家.jpg「バーナビー警部(第15話)/人形劇の謎」●原題:MIDSOMER MURDERS:DESTROYING ANGEL●制作年:2000年●制作国:イギリス●本国上映:2001/08/26●監督:デヴィッド・タッカー●製作:ブライアン・トゥルー=メイ●脚本:デヴィッド・ホスキンス●撮影:グラハム・フレーク●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ダニエル・ケイシー/ジェーン・ワイマーク/バリー・ジャクソン/エドワード・ジョーズベリー/フィリップ・ボー/サマンサ・ボンド/ジョナサン・コイ/アビゲイル・マッケーン/トム・ウォー/ロバート・ラング/ローズマリー・リーチ/マドレーヌ・ウォラル/アディ・アレン/トニー・ヘイガース/ロジャー・フロスト●DVD発売:2004/08●発売元:キングレコード(評価:★★★☆)

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脚本家に「ご苦労様」と言いたいぐらいの改変。オリジナル作品として楽しんだ方が良さそう。

復讐の女神 dvd.jpg 「復讐の女神」.jpg 第12話/復讐の女神 00.jpg

第12話/復讐の女神00.jpg 1940年、独軍戦闘機が英国で墜落し、操縦士は英国女性ベリティ(ローラ・ミシェル・ケリー)に助けられた。11年後の1951年、大富豪ラフィールの訃報を新聞で知ったミス・マープル(ジェラルディン・マクイーワン)のもとへ彼の秘書が現れ、ミス・マープルを「ネメシス(復讐の女神)」と呼んでいたラフィールの、事件の解決を依頼する遺言と、「ミステリー・ツァー」のチケットが2枚届き、ミス・マープルは甥で作家レイモンド・ウェスト(リチャード・E・グラント)とツアーに参加す第12話/復讐の女神 04.jpgることに。ツァーのコンダクター兼バス運転手はジョージア(ルース・ウィルソン)で、ツアー参加者はマーガレット(ローラ・ミシェル・ケリー、ベリティと二役)とシドニー(ジョニー・ブリッグズ)の夫婦、元執事レイバン(ジョージ・コール)、派手な赤コートの女アマンダ第12話/復讐の女神 01.jpg(ロニー・アンコーナ)とその弁護士ターンブル(エイドリアン・ローリンズ)、足が不自由で顔中に縫い傷の痕があるワッディ(ウィル・メラー)とその妻ロウィーナ(エミリィ・ウーフ)、アグネス修道院長(アン・リード)とクロチルド修道女(アマンダ・バートン)、ドイツ人のマイケル(ダン・スティーブンズ)らで、全員ラフィール氏に招待されていた―。

第12話/復讐の女神 09.jpg ツアーで訪れたフォレスター卿の邸で、邸の相続続人であるアマンダが癇癪を起こし、そこにあったベリティの写真を踏みつける。宿泊先でコリン・ハーズ(リー・イングルビー)という若者が作家志望だとレイモンドに話しかけてくる。ミス・マープルは孤立しているマイケルに話し掛け、彼がラフィールの息子であることを掴む。夜中に宿の階段から落ちたレイバンは、マーガレットに「ベリティ?」と問いかけるが、彼女は否定する。翌朝、レイバンはベッドで亡くなっており、実は警官だったコリンに、ミス・マープルは毒殺の可能性を示唆する。朝食の席で修道尼らは、ベリティは第12話/復讐の女神 05.jpg男に追われて修道院に逃げ込んできたと言い、その男とはシドニーのようだ。また、ベリティはフォレスター卿の隠し子だったようで、アマンダがメイドをしていた彼女を邸から追い出し、行方不明のまま死亡宣告されため、相続権は無いと彼女は言う。ボナヴェンチュア・ロックッス見物で、ミス・マープルと同じ川縁コースを選んだ修道女らは、マイケル(=ラフィールの息子)がベリティを殺したに違いないと話す。一方、山道コースを選んだロウィーナが何者かに突き落とされ、翌日死体で発見される。コリンとレイモンド、マープルの3人はツアー客らから聞き込みを行う―。

復讐の女神 クリスティ文庫.jpg 2009年1月1日に本国イギリスで放映されたジェラルディン・マクイーワン主演の英国グラナダ版で、2007年に放映されたシーズン3の「バートラム・ホテルにて」「無実はさいなむ」「ゼロ時間へ」に続く第4話(通算第12話)。このシーズン3の4作は、全て英国に先行してカナダで2007年中に放映されています。ジェラルディン・マクイーワンはこの「復讐の女神」を以ってミス・マープル役を降板、同名シリーズのまま、マープル役はジュリア・マッケンジーに交代します。日本ではNHK‐BS2で2010年3月26日に初放映。原作は1971年に刊行されたアガサ・クリスティのミス・マープルシリーズの長編第11作(原題:Nemesis)で、1964年発表の『カリブ海の秘密』の続編乃至は後日談ですが、ジョーン・ヒクソン主演のBBC版と同じく、「カリブ海の秘密」より先に放映されています。

「復讐の女神」レイモンド.jpg 原作ではミス・マープルが単独で「ミステリー・ツァー」に参加するのに対し、BBC版もこのグラナダ版も、甥で作家のレイモンド・ウェストを伴っての参加となっていますが、このグラナダ版の方がBBC版よりもレイモンドの事件解決へ向けてへの関与度はすっと大きくなっています(でも、事件を実質的に解決するのはやはりミス・マープルなのだが)。

第12話/復讐の女神 02.jpg 真犯人は、原作では「魔女の館」っぽい邸にいた3姉妹の1人であり、BBC版ではこれを踏襲していましたが、この映像化作品では、ツアー客の中の独自のキャラクターに置き換えています(犯行動機などから見て、犯人まで変えているとは必ずしも言えないが)。また、原作では、ラフィールの息子マイケルは事件が解決するまで収監されていたのを、BBC版では貧民屈でボランティア活動をしている(自らも浮浪者?)風に置き換えていましたが、この映像化作品では、これもまたツアー客の1人になっています。

 彼らばかりでなく、この映像化作品では、マープル、レイモンド以外の10名の参加者が全員何らかの形でベリティに纏わる過去の出来事に関与しているという(原作ではミス・マープルの外に14名いたツアー参加者の大半が事件には直接絡んでこなかった)―その絡み方につてはオリジナルの脚本になっているわけで、加えて、犯人の案山子を使ったトリックや、死体入れ替えトリック、そのための記憶喪失者への別人の記憶注入と、独自のプロット&トリック満載、もうこれは、半ばオリジナル作品として楽しんだ方が良さそう...。まあ、これはこれで面白かったと見るべきでしょうか。

 コアなクリスティの原作ファンからは大いに叩かれそうな改変ぶりですが、個人的には、原作でツアー客の殆どが事件に絡んでこないことにやや拍子抜けの感があっただけに、10人全員を事件に関与させたことに対して、脚本家に「ご苦労様」といいたいくらいです。結果的に、原作に全く無い話の部分でかなりごちゃごちゃしてしまった面もありますが、一応これでも、クリスティ協会だかクリスティ財団だかのお墨付きは得ているのだろうなあ。

NEMESIS  MARPLE SEASON 2007.jpgローラ・ミシェル・ケリー.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第12話)/復讐の女神」●原題:NEMESIS, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 3●制作年:2007年●制作国:イギリス●演出:ニコラス・ウィンディング・レフン●脚本:スティーヴン・チャーチェット●原作:アガサ・クリスティ「バートラム・ホテルにて」●時間:93分●出演:ジェラルディン・マクイーワン/ローラ・ミッシェルローラ・ミシェル・ケリー .jpgLaura Michelle Kelly2.jpg・ケリー/ダン・スティーブンズ/グレイム・ガーデン/リチャード・E・グラント/ルース・ウィルソン/ジョニー・ブリッグズ/ジョージ・コール/ロニ・アンコーナ/エイドリアン・ローリンズ/ エミリー・ウーフ/ウィル・メラー/アン・リード/アマンダ・バートン/リー・イングルビー●日本放送:2010/03/26●放送局:NHK‐BS2(評価:★★★☆)

Laura Michelle Kelly

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ミス・マープルの「割り込み感」が気になったが、基本的なプロット改変は思ったほどもない。

ゼロ時間へ dvd.jpg 第11話/ゼロ時間へ 00.png 第11話/ゼロ時間へ 01.jpg
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第11話/ゼロ時間へ 00.jpg 物語のプロローグで、ホームパーティの席上、犯罪学に関心を持つ高名な弁護士(元判事)トリーブス(トム・ベイカー)がミス・マープル(ジェラルディン・マクイーワン)に、殺人が起きたところから始まるというのは誤りであって、殺人は結果であり、物語はそのはるか以前から始まっていると語る。スケッチ旅行でソルトクリークを訪れ、当地のバル 第11話/ゼロ時間へ 04.jpgモラルコート・ホテルに滞在していたミス・マープルは、古い学友でソルトクリークにある大邸宅の女主人カミーラ(アイリーン・アトキンス)に、邸でのパーティに招待されていた。パーティには、カミーラの甥で有名プロZoe Tapper marple.jpgテニスプレーヤーのネヴィル・ストレンジ(グレッグ・ワイズ)とその現在の妻ケイ(ゾーイ・タッパー、ケイの男友達でマープルと同じホテルに泊まっているテディ・ラティマー(ポール・ニコルズ)、ネヴィルの元妻Saffron Burrows marple.jpgオードリー(サフラン・バローズと彼女が誘ったマラヤ帰りの従兄トーマス・ロイド(ジュリアン・サン第11話/ゼロ時間へ 02.jpgズ)、カミーラの亡夫の友人だったトリーブス元判事らが招待されていた。ケイは、パーティの招待客の中に夫の元妻オードリーがいるのが不満で、わざとテディと親密げに振る舞い、そのオードリーに好意を寄せるトーマス・ロイドはオードリーを気遣っていた。ホームパーティの場で、トリーブス元判事は、かつて子供が成した事故を装った計画殺人の話をし、形質学的な特徴は一生変わらないので、大人になったその人物にゼロ時間へ 3.jpg会えば今でも分かると話すが、その晩彼は、宿のエレベータが故障して階段を使おうとして心臓発作で亡くなる。ミス・マープルは彼の死が、事故ではなく計画殺人であると確信し、地元警察のSaffron Burrows marple 2.jpg警視に元判事が話した昔の犯罪話の人物を探すよう依頼するが、警視はミス・マープルの話にまともに取り合わない。そんな中、女主人カミーラが寝室で、ゴルフクラブで頭を強打された死体姿で発見され、明白な状況証拠から、テニス選手の甥ネヴィルが第一容疑者として浮かび上がる―。

ゼロ時間へ クリスティー文庫.jpg 2007年1月に本国イギリスに先行してカナダで放映されたジェラルディン・マクイーワン主演の英国グラナダ版で(本国放映は2008年8月)、シーズン3の第3話(通算第11話)。日本ではNHK‐BS2で2010年3月25日に初放映。原作はアガサ・クリスティが1944年に発表した長編ミステリで(原題:Towards Zero)、作者自身がマイベスト10に選んでいて、日本の「クリスティー・ファンクラブ」の会員アンケートでもベスト10に入っている作品です。

 原作は、『チムニーズ館の秘密』や『殺人は容易だ』など全5作ある「バトル警視」物の中でもバトル警視が最も本領を発揮する作品ですが、この映像化作品としての「ゼロ時間へ」では、非マープル物にミス・マープルを登場させたこともあってか、バレット警視に置き代わっています(このシリーズの「チムニーズ館の秘密」もフィンチ警視に置き代わっているが、やはり「警部」ではなく、その上の「警視」をもってきていている)。

ゼロ時間へ 9.jpg プロテニス選手の甥とその新妻及び前妻、更にその2人の女性にそれぞれ恋心を抱く2人の男たちという嫉妬や恨みが渦巻く一触即発の雰囲気の中で事件は起きますが、原作の犯人は、意外だったと言うか、秘められた異常性を持つある種サイコパスでした。それに比べると、原作を読んで犯人の見当がついてしまっているのもありますが、やや最初から当該人物は怪しげだったかな。

「ゼロ時間へ」.jpg 実は原作で本当に事件解明に繋がる鋭い閃きを見せたのは、冒頭と最後の方にしか登場しない、たまたま当地に滞在していた自殺未遂の心の傷を克服しつつある男だったのですが、この人物はこの映像化作品には登場しません。代わりに、マープルと同じホテルに泊まっている犬を連れた少女が登場して、彼女の「ビリヤード場で腐った魚の匂いがした」との証言からマープルは犯人の確証を得ます。

 しかし、あくまでも状況証拠なので、最後は犯人にカマをかけて、犯人の自分は完全犯罪を成し得る人物だという自尊心を逆手にとって自白を導き出しますが、この辺りは原作と同じか。但し、そこに至るまでに、バレット警視の協力のもと、関係者全員を船に乗せて、船上でポワロ風に謎解きをやるのは、元々非マープル物とは言え、原作とかなり趣きが違います。

 このシリーズ、結構、原作には無いポワロ風の「一同集めての」謎解きが見られますが、まあ、この方が映像的に見栄えがするのでしょうか。ただ、船縁に乗っかって脚をぶらぶらさせているテディ・ラティマーをいきなり海に突き落としたのは、ちょっとやり過ぎの印象も受けました。全体を通してミス・マープルの「割り込み感」が気になる映像化作品でしたが、原作がよく出来ていて、基本的なプロット改変は思ったほど多くなかったこともあり、楽しめました。

ゼロ時間へ 4jpg.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第11話)/ゼロ時間へ」●原題:TOWARDS ZERO, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 3●制作年:2007年●制作国:イギリス●演出:デヴィッド・グリンドリー●脚本:ケヴィン・エリオット●原作:アガサ・クリスティ「ゼロ時間へ」●時間:93分●出演:ジェラルディン・マクイーワン/ジュリアン・サンズ/ゾーイ・タッパー/ポール・ニコルズ/グレッグ・ワイズ/サフラン・バローズ/ジュリー・グレアム/トム・ベイカー/アイリーン・アトキンス/アラン・デービス●日本放送:2010/03/25●放送局:NHK‐BS2(評価:★★★☆)

Saffron Burrows(元妻オードリー)         Zoe Tapper(現妻ケイ)
Saffron Burrows.jpgゾーイ・タッパー.jpg

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ノン・シリーズものの原作を改変して原作より面白くなるならばともかく、そうもなっていない。

007 死ぬのは奴らだps.jpgミス・マープル3 無実はさいなむ dvd.jpg ミス・マープル3 無実はさいなむ 4人兄弟.jpg
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ミス・マープル3 無実はさいなむ グェンダ.jpg ミス・マープル(ジェラルディン・マクイーワン)は、昔マープル家で奉公していたグェンダ(ジュリエット・スティーヴンソンが、自分が秘書を勤める歴史家リオ・アーガイル(デニス・ローソン)と婚約したため、その結婚祝に招待される。リオの妻レイミス・マープル3 無実はさいなむ シーモア.jpgチェル(ジェーン・シーモアは2年前に書斎で殺害されていて、犯人とされた養子のジャッコ(バーン・ゴーマン)は日頃から問題児で、その日もグェンダに金の無心をしに来てと口論になり、彼女に掴 ミス・マープル3 無実はさいなむ キャルガリ.jpgみかかっていた。彼は殺害時刻には他人の車に乗っていたとアリバイを主張するも、証人が現れず死刑になっていた。ケンブリッジ大学の動物学者アーサー・キャルガリ(ジュリアン・リンド・タットは、南極探検で英国を離れていて帰国してから古い新聞記事で、自分が処刑されたジャッコの証言にある人物であることに思い当り、ジャッコの無実を告げにアーガイルの邸サニー・ポイントに駆けつける―。

ミス・マープル3 無実はさいなむ キャルガリの訪問.jpg 邸にはリオ家族である、長女メアリ(リサ・スタンスフィールド)、長男ミッキー(ブライアン・ディック)、次女ヘスター(ステファニー・レオニダス)、ジャッコの双生児ボビー(トム・ライリー)、末女で混血児のティナ(グーグー・ムバサ・ロー)がいて、ジャッコと同様、皆レイチミス・マープル3 無実はさいなむ フィリップ.jpgェルの養子だった。リオ、グェンダ、養子の兄弟姉妹の外には、メアリの夫で車椅子生活のフィリップ・デュラント(リチャード・アーミテージと、家政婦のカーステン・リカーステン・リンツトロム(<font color=deeppink>アリソン・ステッドマン</font>).jpgンツトロム(アリソン・ステッドマンがいた。キャルガリがもたらしたジャッコ冤罪の知らせは皆を喜ばせることはなく、むしろ家族の間で疑心暗鬼が深まる。ミス・マープルが家政婦カーステンから家族の事情を聞くと、レイチェルの葬儀の日に、ジャッコが密かに結婚していた妻モーリーン(アンドリア・ロウ)が家を訪ねて来たと言う。翌日、ヒュイッシ警部補(リース・シェアスミス)が到着して捜査を始めると、家族間の疑心暗鬼は更に深まり、カーステンは、リオの妻の座を狙った秘書のグェンダが犯人だと糾弾する。そのグェンダが、何者かによってレター・オープナーで刺殺される―。

無実はさいなむ ハヤカワ・ミステリ文庫 .bmpMiss Marple & Lisa Stansfield as Mary Durrant.jpg 2007年に本国イギリスで放映されたジェラルディン・マクイーワン主演の英国グラナダ版で、この年から翌年にかけて作られたシーズン3全4話の内の第2話(通算第10話)であり、日本ではNHK‐BS2で2010年3月24日に初放映。原作はアガサ・クリスティ(1890‐1976)の、1958年に発表された作品で(原題:Ordeal by Innocence)、で、ポアロもミス・マープルも登場しないノン・シリーズものでで、クリスティはマイベスト10に選んでいますが、巷では評価が割れている作品です。

Miss Marple & Lisa Stansfield as Mary Durrant

 原作はミス・マープルものではないため、グェンダがミス・マープルの元奉公人という話は当然のことながら無く、ジャッコは刑死ではなく無期懲役で獄中で病死しており、キャルガリの専門は動物学ではなく地理学、彼を除く養子の兄弟姉妹は、長女メアリ・デュラント、長男ミッキー、次女ヘスター、末娘ティナの4人で、ジャッコの双子の兄弟ボビーというのは登場しません(グェンダがミス・マープルの元奉公人ということで視聴者目線では容疑者から外れるため、容疑者の人数合わせで一人足した?)。

ヒュイッシ警部補.jpgMiss Marple and Gwenda Vaughan.jpg 前半部分は、ほぼそれ以外は原作通りに進行しますが、原作では、キャルガリが真相究明に燃えるほか、フィリップも真実の解明に乗り出しますが、この映像化作品では、キャルガリの推理は冴えず、フィリップは推理することすらしないし、原作のヒュイッシ警視は、原作より年齢が下の"警部補"になっていて、あまり冴えないメガネ男に変えられている―要するに、オイシイ箇所は全てミス・マープルが持って行ってしまった感じです。
Miss Marple and Juliet Stevenson as Gwenda Vaughan

 後半部分になると急に改変が目立つようになり、グェンダは刺殺されるわ、ボビーは溺死するわで、これみんな原作には無い話です(原作では、真相に近づき過ぎたフィリップが殺害され、事件当日の不審な出来事を思い出したティナも刺される)。特に、グェンダを殺してしまったのは、ちょっとねえという感じ。「ポケットにライ麦を」でも、ミス・マープルの元奉公人が殺害されますが、あれは原作通りだからいいとして、わざわざ改変してまで殺さなければならなかったのかなあ。容疑を掛けられたまま殺されたグェンダが気の毒過ぎました。

キャルガリ.jpg 原作では、事件解決後に、キャルガリとヘスターとの間に恋が芽生えるのですが、これも無し(それ以前に、ヘスターの恋人で医師のドナルドというのが登場するが、これも出てこない)。まあ、ラストのヘスターの新たな恋の目覚めは、原作においても唐突感があるため端折ってもいいかなという気はするし、さすがに真犯人までは変えていなかったけれど、様々な改変によって原作より面白くなるならばともかく、そうもなっていないため、自分としてはイマイチでした。
Julian Rhind-Tutt as Dr Arthur Calgary

Jane Seymour
Jane Seymour 007.pngJane Seymour 3.jpg  グェンダ役のジェーン・シーモアは、"007シリーズ"第8作、ガイ・ハミルトン監督、ロジャー・ムーア主演「007死ぬのは奴らだ」('73年/英)のボンドガールであり、自分が初めて映画館で見た007作品であるため懐かしかったです。この作品も、"007シリーズ"の中で評価が割れている作品ですが、個人的にはそう嫌いではないです(懐かしさもあって)。

ジョアンナ・ラムレイ .jpgティモシー・ダルトン.jpg この"ミス・マープル"シリーズの第8話「シタフォードの謎」('06年)では、ロジャー・ムーアの次にボンド役を演じたティモシー・ダルトンが登場し、また、第1話「書斎の死体」('04年)第20話「鏡は横にひび割れて」('10年)には、「女王陛下の007」('69年/英)のボンドガール、ジョアンナ・ラムレイが登場しています。

  
ミス・マープル3 無実はさいなむ title.pngミス・マープル3 無実はさいなむ 食卓.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第10話)/無実はさいなむ」●原題:ORDEAL BY INNOCENCE, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 3●制作年:2007年●制作国:イギリス●演出:モイラ・アームストロング●脚本:スチュアート・ハーコート●原作:アガサ・クリスティ「バートラム・ホテルにて」●時間:93分●出演:ジェラルディン・マクイーワン/ジュリエット・スティーヴンソン/デニス・ローソン/アリソン・ステッドマン/リチャード・アーミテージ/ステファニー・レオニダス/リサ・スタンスフィールド/バーン・ゴーマン/ジェーン・シーモア/トム・ライリー/リース・シェアスミス/ジュリアン・リンド・タット/ブライアン・ディック/グーグー・ムバサ・ロー/マイケル・フィースト/ピッパ・ヘイウッド/カミーユ・コドゥリ●日本放送:2010/03/23●放送局:NHK‐BS2(評価:★★★)

ジェーン・シーモアロジャー・ムーア「007 死ぬのは奴らだ」0.jpg
クレオパトラ=ジェーン・シーモア.jpgJane Seymour2.jpg「007 死ぬのは奴らだ」●原題:LIVE AND LET DIE●制007 死ぬのは奴らだ dvd.jpg作年:1973年●制作国:イギリス●監督:ガイ・ハミルトン●製作:ハリー・サルツマン/アルバート・R・ブロッコリ●脚本:トム・マンキーウィッツ●撮影:テッド・ムーア●音楽:ジョージ・マーティン● 原作:イアン・フレミング●時間:121分●出演:ロジャー・ムーア/ヤフェット・コットー/ジェーン・シーモア/クリフトン・ジェームズ/ジュリアス・W・ハリス/ジェフリー・ホールダー/デイヴィッド・ヘディソン/グロリア・ヘンドリー/バーナード・リー/ロイス・マクスウェル●日本公開:1973/07●配給:ユナイテッド・アーティスツ(評価:★★★☆) 
死ぬのは奴らだ (アルティメット・エディション) [DVD]

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完全に原作とは別の「推理ドラマ」として、立派に成り立ってしまっている。

バートラム・ホテルにて dvd.jpg 第9話/バートラム・ホテルにて 02.jpg 第9話/バートラム・ホテルにて 01.jpg
アガサ・クリスティーのミス・マープルDVD-BOX3

第9話/バートラム・ホテルにて title.jpg第9話/バートラム・ホテルにて 04.jpg 少女時代の訪れたことがある憧れのバートラム・ホテルを60年ぶりに訪れ宿泊することになったミス・マープル(ジェラルディン・マクイーワン)は、伯父リチャード卿の遺言状読み上げに来た友人セリーナ・ヘイジー(フランチェスカ・アニス、"トミーとタペンスシリーズ"でタペンス役を演じていた女優)と出会う。ホテルには女性冒険家のベス・セジウィック(ポリー・ウォーカー)が訪れ、彼女が育児放棄した娘第9話/バートラム・ホテルにて 05.jpgエルヴィラ(エミリー・ビーチャム)とその友人ブリジット(メアリー・ナイ)も泊りに来ていた。その他にも、ペニフェザー神父(チャールズ・ケイ)、ドイツの帽子屋ムッティ(ダニー・ウェッブ)、双子のジャックとジュール(ニコラス・バーンズ)、レーサーのマリノフスキー(エド・ストッパード)らが客としていた。そんな中、ホテル屋上でメイドのティリー(ハンナ・スペアリット)が絞殺され、バード警部補(スティーブン・マンガ第9話/バートラム・ホテルにて メイド.jpg)が捜査に乗り出す。ティリーの同僚メイド、ジェーン・クーパー(マルティン・マッカッチャオン)とミス・マープルは、同じファーストネームということで意気投合し、バード警部補も頭が良くて行動力のあるジェーンに惹かれるとともに、鋭い観察眼を持ったミス・マープルも頼りにするようになる―。

第9話/バートラム・ホテルにて 03.gif メイド絞殺事件の翌日、ホテルの123号室で湯船から溢れた湯が下の階に洩れてレストランが停電し、客がラウンジに移動すると外で銃声がして、ベスを庇ったとみられるドアマンのミッキー・ゴーマン(ヴィンセント・リーガン)が撃たれて死ぬ。ミッキー・ゴーマンはベスの前の夫であり、彼が庇ったと思われたのはベスではなくエルヴィラだった。彼女はすぐにピストルを狙撃犯がいる2階の部屋に向けて撃つが、バード警部補が部屋に駆けつけると、部屋は無人でライフルが窓辺に置かれ、しかも内側から鍵が掛かっていた。ミス・マープルは、ベスが血の色で書かれた脅迫状を受け取っていたことを、偶然掴んでいた―。

バートラム・ホテルにて クリスティー文庫.jpg 2007年に本国イギリスで放映されたジェラルディン・マクイーワン主演の英国グラナダ版で、この年に作られたシーズン3全4話の内の第1話(通算第9話)であり(他3話は「無実はさいなむ」「ゼロ時間へ」「復讐の女神」)、日本ではNHK‐BS2で2010年3月23日に初放映。原作はアガサ・クリスティ(1890‐1976)の、1964年に発表された作品(原題:At Bertram's Hotel)。

 BBC版ジョーン・ヒクソン(Joan Hickson、1906‐1998)主演のミス・マープルシリーズの「バートラム・ホテルにて」(1987)が、古色蒼然としたホテルの重厚感をかなり高いレベルで映像化していたのに対し、こちらは、ホールでルイ・アームストロング(1901-1971、シェントン・ディクソンン)が演奏し、アメリア・ウォーカー(架空の人物? 演じているのはソウル・シンガーのミーシャ・パリス)がジャズを歌う設定で盛り上げています。

ミス・マープル(第9話)バートラム・ホテルにて.jpg ストーリーの方は、BBC版がほぼ原作に忠実であったのに対し、こちらは、原型をとどめないほどに改変されていて、もうここまで変えてしまうとこれはこれで楽しむしかないかと思いつつ(「えーっ」と何度も声を上げながら)観てましたが、観終えてみれば、十分楽しめてしまったようにも思います。逆に感心してしまいました。

Mica Paris,Geraldine McEwan & Francesca Annis

 原作のストーリーは周知のことという前提のもとに、改変の妙を愉しんで下さいという趣旨なのでしょうが、原作を中途半端に改変して、或いは大幅に改変してがっかりさせられるものが多い中、この映像化作品の脚本家は、なかなかの才人ではないかと思わせるものがあり、これはこれで完全に原作とは別の「推理ドラマ」として、立派に成り立ってしまっているように思えました。これしか観たことが無い人には、是非とも原作と読み比べるか(これを観て原作を読んだ気にならないように)、BBC版と観比べて欲しいです(そこでまた、改変の妙が愉しめる。但し、"改変"しているのは、当然のことながら、原作ではなくこっちの方だが)。

 まず、原作ではなかなか殺人事件が起きないのに、こちらはいきなり原作に出てこないメイドが殺され、次にペニフェザー神父がいつ誘拐されるのかと思って観てたら結局誘拐されず、しかも最後に明かされた彼の正体は―。それにレーサーのマリノフスキーや帽子屋が絡んで、ナチス狩りの話だったのかあと驚かされました。

 ホテル全体が犯罪装置のような役割を果たしている点は原作を踏襲しているのかな。犯行のアリバイ作りに利用するというより、盗品の保管場所みたいになっています。ホテルに飾ってあったレンブラントやフェルメールの絵が本物だったというアイデアは秀逸。リチャード卿の遺言で相続の恩恵に与れなかったマープルの友人セリーナの、最後の頼みの綱である宝石が消えた話は、組織的犯行ではなく、双子の"単独"犯行だった? 元々こんな話は原作には無かったわけですが。

 ドアマンのマイケル・ゴーマンも、随分と早めに殺害されたけれど、改変の決定打は、真犯人が原作と異なること! 従って、犯行の手口もぜぇ~んぶ原作と違ってくるのですが、これはこれで全く予想がつかないものであり、なかなか凝っていました。因みに、「原作での真犯人」であるべスは、原作でも娘のエルヴィラを庇いますが、このエルヴィラという小娘、あまりにエゴイスティックで、母親の愛情に応えていない印象を、原作からも受けました。

AT BERTRAM'S HOTEL 2007.jpg第9話/バートラム・ホテルにて 10.jpg 原作で捜査に当たるのはベテランのフレッド・デイビー主任警部でしたが、この映像化作品では、若いバード警部補が、ミス・マープル、メイドのジェーン・クーパーの協力を得て3人で事件の謎を解こうとし、結局、マープル以外の2人は自力では真犯人に辿り着かないのですが、その間、バードとジェーンの距離がぐんぐん狭まってきて(これも原作には無い話なので「えーっ」だったが)、ラストはハッピーエンドに(「あなたが私に何を頼もうとも私の答えはイエスよ」なんてセリフは上手い)。これはこれで爽やかな終わり方だったのではないでしょうか。ミス・マープルは"復讐の女神"ならぬ"縁結びの女神"か。

第9話/バートラム・ホテルにて ホテル.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第9話)/バートラム・ホテルにて」●原題:AT BERTRAM`S HOTEL, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 3●制作年:2007年●制作国:イギリス●演出:ダン・ゼフ●脚本:トム・マクレイ●原作:アガサ・クリスティ「バートラム・ホテルにて」●時間:93分●出演:ジェラルディン・マクイーワン/ビンセント・レーガン/マーク・ヒープ/ エミリー・ビーチャム/メアリー・ナイ/マルティーヌ・マカッチャン/チャールズ・ケイ/エド・ストッパード/ニコラス・バーンズ/ミーシャ・パリス/フランチェスカ・アニス/ピーター・デーヴィソン/スティーブン・マンガン/ハンナ・スピアリット/ポリー・ウォーカー/●日本放送:2010/03/23●放送局:NHK‐BS2(評価:★★★★)

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ノン・シリーズものを「面白く」と言うより「複雑に」改変した、「スリークラウンの謎」と呼ぶべき別物の話。

シタフォードの謎 dvd.jpg第8話シタフォードの謎 01.jpg 第8話シタフォードの謎 title.jpg
アガサ・クリスティーのミス・マープル DVD-BOX 2

第8話シタフォードの謎 00.jpg プロローグで、エジプトの秘宝発掘現場で2人の男が王の墓から財宝を見つける。その25年後、「シタフォード荘」に住むトレヴェリアン大佐(ティモシー・ダルトンは、現首相チャーチルの後継と目されている。彼が後見人となっているジム・ピアソン(ローレンス・フォックス)は、素Zoe Telford.jpg行不良のため遺産相続人から外す旨の手紙を大佐から受け取ったとして怒っているが、大佐は、自分がその手紙を書いたことを否定する。酔い潰れたジムを、その婚約者エミリー(ゾーイ・テルフォードは、パーティーで偶然知り合った新聞記者チャールズ・バーナビー(ジェームズ・マリー)とともに家に送り届けるが、翌日ジムは大佐に会うと言って、降りしきる雪の中、シタフォード荘に向かう。ミス・マープル(第8話シタフォードの謎 07.pngジェラルディン・マクイーワン)は甥で作家のレイモンドの別荘を訪ねてシタフォードに来たが、レイモンドは戻れず、彼女は、近くの「シタフォード荘」に泊めてもらうことになる。大佐の親友エンダービー(メル・スミスは、大佐の政務官であり「シタフォード荘」を管理している。大佐は、そのエンダービーにも行先を告げずに山荘を出るが、ミス・マープルは彼が、ホテル「スリークラウン館」に偽名で予約を入れるのを聞いていた。エンダービーは、山荘に送り届けられたゼリーを食べた飼い鷹が死んだのを見て、大佐の身を案じて吹雪の中「スリークラウン館」に向第8話シタフォードの謎 o6.jpgかうが、歩いて2時間はかかる。更にそれを案じたチャールズが後を追う。「スリークラウン館」は、カークウッド(ジェームズ・ウィルビー)が昨年ここを買い取ったもの第8話シタフォードの謎 04.jpgで、ミセス・ウィレット(パトリシア・ホッジ)と娘のヴァイオレット(キャリー・マリガン、ミス・パークハウス(リタ・トゥシンハム)ら何人かの客がいて、ウィレット夫人の提案で、ホテルの客たちを集めての心霊占いが始まるが、占いの結果「今夜トレヴェリアン大佐が死ぬ」という言葉が現れる。エンダービーが到着し、途中で彼に追いついたチャールズと共に大佐の部屋に行くと、彼は胸を刺されて死んでいた。大雪で警察が来られないため、エンダービーが捜査に当たる―。

シタフォードの秘密  ハヤカワ・ミステリ文庫.jpg第8話シタフォードの謎 06.jpg 2006年に本国イギリスで放映されたジェラルディン・マクイーワン主演のグラナダ版で、シーズン2の第4話(通算第8話)。日本ではNHK‐BS2で2008年6月26日に初放映。原作は、アガサ・クリスティ(1890‐1976)が1931年に発表し作品で(原題:The Sittaford Mystery (米 Murder at Hazelmoor))で、ポアロもミス・マープルも登場しないノン・シリーズものです。
エミリー(ゾーイ・テルフォード)/チャールズ・バーナビー(ジェームズ・マリー

 原作は、結構、登場人物が多くて人物相関が複雑な割には、犯行に直結するプロットも動機も単純で、個人的にはクリスティ作品としては物足りなかった印象があり、「面白い方向」に改変してくれるならばいいかなと思いましたが、「面白い方向」と言うより「複雑な方向」に改変しただけの映像化作品でした。

第8話シタフォードの謎 シタンフォード荘.jpg 降霊会の行われるのが原作の「シタフォード荘」でではなく、「スリークラウン館」に改変されていて、「シタフォード荘」の降霊会で「大佐が死ぬ」というお告げがあったちょうどその頃、「スリークラウン館」で大佐は殺害されたらしい、というのが原作のミソであるのに対し、「スリークラウン館」で行われた降霊会に大佐自身が加わっていて、その後で殺害されるので、その分、ミステリアスな雰囲気は削がれてしまっています。

 ジム・ピアソンが第一容疑者として拘束されるのは原作と同じ。原作では、「シタフォード荘」のコテージに住む隣人たちが次に疑わしい容疑者になるわけですが、ここでは「スリークラウン館」の客らがそれに該当します(彼らの人物像は、ウィレット夫人と娘のヴァイオレット以外は全面改変されている)。原作での真犯人バーナビー少佐に該当するエンダービーが、なんと、いきなり刑事役を買って出ます(原作での素人探偵役は、ジム・ピアソンの婚約者エミリーと新聞記者のチャールズ・"エンダービー")。

Zoe Telford2.jpg 原作では、事件を解決したエミリーが、頼りない男である婚約者ジムと、事件を通して距離の狭まった新聞記者チャールズのどちらを選ぶかが1つの見所で、最終的にはやはり婚約者の方を選んで、出来る女性というのは意外と頼りない男の方を選んだりするものだなあと思わせる面がありましたが、この映像化作品に登場するジム・ピアソンは最初からどうしようもない男で、そもそもなぜエミリーはこんな男と婚約したのかと思わざるをえません(そのエミリーも、やや高慢ちきで、原作ほど魅力的な女性にはなっていないのだが)。 エミリー(ゾーイ・テルフォード

第8話シタフォードの謎 09.jpg 「この線でいくと、こっちは最後、チャールズの方を選ぶだろうなあ」と思わせるのが1つの引っ掛けだったわけかと。原作の真犯人バーナビー少佐がエンダービーに改名され、新聞記者のチャールズ・"エンダビー"の名前がチャールズ・"バーナビー" に改名されていることが「伏線」だったわけですが、凝り過ぎていて分かんないよ、そんな細かいところは...(因みに、ミセス・ウィレットの娘で原作のヴァイリットも"ヴァイオレット"に改変され、トレヴェリアン大佐がエジプト時代に愛した娘と同名という設定になっているが、こんな話は原作には元々は無い)。 トレヴェリアン(ティモシー・ダルトン)/ヴァイオレット(キャリー・マリガン

 第2の殺人となるドクターの殺害や、エジプトでの過去の殺人(大佐も殺人犯だったのか)、そして最後は、エメリーによるチャールズの○○(どうして、その後の女2人の南米行きに繋げることができるのだろうか。取り敢えず、身柄拘束されて警察の尋問を受けるのでは?)等々、原作に無い話がてんこ盛りで、脚本家がもう好き放題に造っている感じ。 「シタフォードの謎」ではなく、「スリークラウンの謎」とでも呼ぶべき、原作とは別物の話でした。

007 リビング・デイライツ ポスター.jpg007 リビング・デイライツ 洋物.jpg ティモシー・ダルトンは007シリーズの4代目ジェームズ・ボンド役で、シリーズ第15作、第16作に主演(原作は共にイアン・フレミングの短編、監督は共にジョン・グレン)。第15作「007 リビング・デイライツ」('87年)は、高齢ロジャー・ムーアからの大幅若返りということで、ハードアクションが多く、アンケートによっては、シリーズの中、ショーン・コネリーの「ロシアより愛をこめて」に次いで人気が高いという結果が出ているものもありましたが、ロケや仕掛けにお金がかかっている割には個人的にはイマイチでした。アクションも、最初の、久しぶりにシリーズで復活したアストン・マーチンで山から下っていくカーチェイスは迫力がありましたが、それ以外は...。

007 消されたライセンス チラシ.jpg007 消されたライセンス 1シーン.jpg 続く第16作「007 消されたライセンス」('89年)は、'89年11月にベルリンの壁が崩壊したこともあり、冷戦下で作られた最後の007シリーズ作品です。ストーリー的も冷戦の要素が組み込まれた最後の作品とされていますが、ボンドの実質的な敵役は既に、前作のKGBから麻薬王へと変わっています。「古い時代の名残を感じられる最後のボンド映画」との見方もありますが、個人的には、ティモシー・ダルトンになってアメリカのアクション映画とあまり変わらなくなってきた印象を受けました。麻薬王の役は前年に「ダイ・ハード」('88年)でFBI特別捜査官を演007 消されたライセンスes.jpgじたロバート・デヴィ、ボンド・ガールはキャリー・ローウェル(味方側)とタリサ・ソト(敵側)でこちらも共に米国出身、ティモシー・ダルトン"ボンド"は、この敵味方二人の女性に助けられてばかりだったなあ。

ティモシー・ダルトン2.jpg ティモシー・ダルトンは、'71年にショーン・コネリーの後任としてボンド役を依頼されていますが、ボンドを演じるには若すぎるという理由で辞退し、'79年にロジャー・ムーアが降板を考えていたために来た依頼も断っており、3度目の依頼でようやく引き受けたとのことです。但し、この2作でボンド役を降ろされてしまい、次回作からボンド役はピアース・ブロスナンになっています。もう何本かボンド役を演じていればまた違ったかもしれませんが、結果的には、ちょうどシリーズの転換期にボンドを演じた俳優であり、方向性試行錯誤の犠牲になったというイメージがあります。


Carey Mulligan.jpg第8話シタフォードの謎 2.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第8話)/シタフォードの謎」●原題:THE SITTAFORD MYSTERY, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 2●制作年:2006年●制作国:イギリス●演出:ポール・アンウィン●脚本:スティーヴン・チャーチェット●原作:アガサ・クリスティ●時間:93分●出演:ジェラルディン・マクイーワン/ティモシー・ダルトン/マイケル・ブランドン/ローレンス・フォックス/ロバート・ハーディ/パトリシア・ホッジ/ポティモシー・ダルトン 007.jpgール・ケイ/マシュー・ケリー/ジェフリー・キッスーン/キャリー・マリガン/ジェームズ・マリー/メル・スミス/ゾーイ・テルフォード/リタ・トゥシンハム/ジェームズ・ウィルビー●日本放送:2008/06/26●放送局:NHK‐BS2(評価:★★★)

Carey Mulligan 


007 リビング・デイライツ  dvd2.jpg「007 リビング・デイライツ」●原題:JAMES BOND 007 THE LIVING DAYLIGHT●制作年:1987年●制作国:イギリス・アメリカ007 リビング・デイライツ  dvd1.jpg●監督:ジョン・グレン●製作:マイケル・G・ウィルソン/アルバート・R・ブロッコリ●脚本:リチャード・メイボーム/マイケル・G・ウィルソン●撮影:アレック・ミルズ●音楽:ジョン・バリー●原作:イアン・フレミング●時間:130分●出演:ティモシー・ダルトン/マリアム・ダボ/ジェローン・クラッベ/ジョー・ドン・ベイカー/ジョン・リス=デイヴィス/アート・マリック/ジョン・テリー/アンドレアス・ウィズニュースキー/デスモンド・リュウェリン/ロバート・ブラウン/キャロライン・ブリス●日本公開:1987/12●配給:MGM=ユナイテッド・アーティスツ(評価:★★★) 「007 リビング・デイライツ アルティメット・エディション [DVD]

007 消されたライセンス dvd.jpg「007007 消されたライセンス dvd2.jpg 消されたライセンス」●原題:JAMES BOND 007 LICENCE TO KILL●制作年:1989年●制作国:イギリス・アメリカ●監督:ジョン・グレン●製作:マイケル・G・ウィルソン/アルバート・R・ブロッコリ●脚本:リチャード・メイボーム/マイケル・G・ウィルソン●撮影:アレック・マイルズ●音楽:マイケル・ケイメン●原作:イアン・フレミング●時間:133分●出演:ティモシー・ダルトン/キャリー・ローウェル/ロバート・ダヴィ/タリサ・ソトアンソニー・ザーブ/フランク・マクレイ/エヴェレット・マッギル/ウェイン・ニュートン/デスモンド・リュウェリン●日本公開:1989/09●配給:MGM=ユナイテッド・アーティスツ(評価:★★★) 「消されたライセンス (デジタルリマスター・バージョン) [DVD]

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"トミ・タぺ"にミス・マープルがしゃしゃり出て、何から何まで全て解決してしまったように見えてしまう。

ミス・マープル2 親指のうずき dvd.jpg ミス・マープル2 親指のうずき.jpg   マープル2 親指のうずき0.jpgアガサ・クリスティーのミス・マープル DVD-BOX 2

マープル2 親指のうずき2.jpg トミー(アンソニー・アンドルー)とその妻タペンス(グレタ・スカッキ)は、トミーの叔母エイダ(クレア・ブルーム)に会いに養護ホーム「サニー・リッジ」に行く。養老院には、タペンスのブローチを誉める老ランカスター夫人(ジェーン・ウィットフィールド)や時間にこだわるマジョリー(ミリアム・カーリー)がいた。エイダ叔母から邪険にされたタペンスは、ランカスター夫人の部屋で、彼女から突然、「暖炉の奥の子供はあなたのお子さん?」と聞かれ驚く。数週間後、エイダ叔母が心臓病で急死し、遺品の引き取りに来たタペンスは、その中に、以前には彼女の部屋には無かった風景画と、1通の手紙を発見、手紙には「ランカスター夫人は安全ではない。なにかあったらこの絵を見て」とあった。 タペンスは、エイダの死んだ日にランカスター夫人が身内に引き取られたと聞き、マージョリーに面会に来ていたミス・マープル(ジェラルディン・マクイーワン)から、ランカスター夫人は無理やり連れ去られたらしいと聞かされる。タペンスとマープルは、絵に描かれていた家から、その家のある村を探し出す。村で酒場の女主人ハンナ(ジョシー・ローレンス)や司祭(チャールズ・ダンス)とその妻ネリー(リア・ウィリアムズ)、ジョンソン夫妻と娘ノラ、フィリップ卿(レスリー・フィリップス)などに会うが、皆、何かを隠している雰囲気がある―。

 2006年に本国イギリスで放映されたジェラルディン・マクイーワン主演の英国グラナダ版で、この年に作られたシーズン2全4話の内の第3話(通算第7話)であり、日本ではNHK‐BS2で2008年6月24日に発放映(第6話「動く指」の前日)。原作『親指のうずき』はアガサ・クリスティ(1890‐1976)が1968年、78歳の時に発表した、トミー&タペンス・ベレズフォード夫妻シリーズの長編第3作ですが(原題:By the Pricking of My Thumbs)、トミ・タぺ夫婦は齢を重ね、原作ではこの時点で2人共60代後半になっています。

 この映像化作品では、時代設定を第二次世界大戦後(50年代初め)にしているようで、それでも既に2人とも探偵染みたことはしていませんが、トミーはそれなりに老けているけれど(「新・刑事コロンボ/汚れた超能力」で犯人役グレタ・スカッキ.gifを演じたアンソニー・アンドリュース。この時、実年齢58歳)、仕事上はまだ現役、一方のタペンスは彼より随分と若い感じで(「推定無罪」「ザ・プレイヤー」のグレタ・スカッキ。この時の実年齢は46歳)、暇を持て余し気味の状態にあり、しかも、夫から相手にされていないという思い込みから、ややキッチン・ドランカー気味(これは原作にない描写)。彼女なりの直感で事件の臭いを嗅ぎつけ、持ち前の好奇心で、ランカスター夫人誘拐(?)事件を追います。

グレタ・スカッキ(Greta Scacchi)

親指のうずき 映画タイアップカバー2.jpg パスカル・トマ監督の映画化作品『アガサ・クリスティーの奥様は名探偵』('05年/仏)の原作が同じくこの『親指のうずき』ですが、話がちょっと分かりづらかった印象があり、このTV版にも背後関係においてそのキライはあったかも(村全体が、ある種"犯罪装置"みたいになっているのだが、元々原作が、その部分の説明的要素が少ない)。

ミス・マープル2 親指のうずき3.jpg 非マープル物に強引にミス・マープルを登場させていることによって、改変される部分が自ずと多くなるわけですが、更にオリジナリティを出そうとして、駐留米軍兵士のクリス(O・T・ファグベンル)と警官イーサン(マイケル・ベグリー)の村の娘ローズ(ミシェル・ライアン)を巡る恋の鞘当の話があり、警察はクリスを疑うという―原作に無い話、原作に無い登場人物、原作に無い容疑者―もはや改変過剰...。

親指のうずき ミステリ文庫 2.jpg 絵に描かれた家は、原作では早いうちに「運河の家」をタペンスが見つけるのに、この映像化作品では「魔女の家」がなかなか見つからない―この原作の焦点である「意外な犯人」はさすがに変えてなかったけれど、エイダ叔母さんも犯人の犠牲者にしてしまったなあ。タペンスを甥の嫁とも思わず邪険に扱い、認知症にさしかかっているかに思えた彼女が、実は、原作以上に事の真相に気付いていて、絵の中で色々とそのことを示唆し、それゆえに殺害されたということなのでしょう(絵に書き加えられた暗示は、原作では、ハヤカワ・ミステリ文庫の表紙の真鍋博のイラストにもあるように、舟一艘だけだったのではないか。この映像化作品では外にも色々と...)。

ミシェル・ライアン.jpg ミス・マープルは、クリスの無実を晴らして彼のローズへの想いをバックアップし、更に、最後にはタペンスに「あなた一人で事件を解決したのよ」と言って、トミーも改めて彼女のことを評価し直し愛おしく思うという、夫婦の倦怠期の脱却にも彼女が一役果たした終わり方ですが、どうみても、ミス・マープルがしゃしゃり出て、何から何まで全てを解決してしまったように見えてしまうなあ。

ミシェル・ライアン(Michelle Ryan)

ミシェル・ライアン2.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第7話)/親指のうずき/●原題:BY THE PRICKING OF MY THUMBS, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 2●制作年:2006年●制作国:イギリス●演出:ピーター・メダック●脚本:スチュワート・ハーコート●原作:アガサ・クリスティ「親指のうずき」●時間:93分●出演:ジェラルディン・マクイーワン/アンソニー・アンドルーズ/グレタ・スカッキ/パトリック・バーロウ/マイケル・ベグリー/スティーブン・バーコフ/クレア・ブルーム/ブライアン・コンリー/チャールズ・ダンス/ミシェル・ライアン/O・T・ファグベンル/クレア・ホルマン/ミリアム・カーリン/ボニー・ラングフォード/ジョシー・ローレンス●日本放送:2008/06/24●放送局:NHK‐BS2(評価:★★★)

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ジェリーの自信回復及び新たな恋愛物語の色彩が濃くなっている。女優にばかり目がいった。

アガサ・クリスティー ミス・マープル/動く指 09.jpg動く指 輸入盤dvd.jpgアガサ・クリスティー ミス・マープル/動く指 dvd.jpg  動く指 02.png
"The Moving Finger"輸入盤DVD/「アガサ・クリスティーのミス・マープル DVD-BOX 2

アガサ・クリスティー ミス・マープル/動く指 03.jpg 元軍人で、無気力な日々に嫌気がさしてバイクで自滅事故を起こして脚を負傷したジェリー・バートン(ジェームズ・ダーシー)は、妹ジョアナ(エミリア・フォックス)と一緒に静養のためリムストック村に来たが、村では村人を中傷する匿名の手紙、所謂ブラックレターが出回っていて、そんな折にアップルトン大佐が拳銃自殺を遂げる。ジェリーはシミントン弁護士(ハリー・エンフィールド)の家の2人の息子の家庭教師エルシー・ホランド(ケリー・ブルック)に心を奪われ、シミントン家には夫人(イモジェン・スタッブス)の連れ子で変わり者の二十歳の娘ミーガン(タルラ・ライリー)がいた。ジェリーとジョアナは、招かれたお茶会で村人たちの噂話を聞くが、シミントン夫妻の夕食会には、ジェリーの主治医グリフィス(ジョーン・パートウィー)と妹のエメ(ジェシカ・スティーブンソン)、オルガン奏者パイ(ジョン・セッションズ)、大佐の葬儀のために村に来ていたミス・マープル(ジェラルディン・マクイーワン)が集っていた。やがて、中傷の手紙を受け取った毒舌家のシミントン夫人(イモジェン・スタッブス)が、「もうダメ」というメモを遺して青酸カリで自殺し、検死審問では、大佐の死も夫人の死もブラックメールを苦にした自殺とされる。ジェリーはミーガンを自分の家に預かり、不安に怯えていたミーガンは生気を取り戻すが、エメが意見したために再び自宅に戻ったミーガンは、階段下で召使アグネス(エレン・カプロン)の死体を発見する―。

動く指 クリスティ文庫.jpg第6話/動く指.png 2006年に本国イギリスで放映されたジェラルディン・マクイーワン主演の英国グラナダ版で、この年に作られたシーズン2全4話の内の第2話(通算第6話)であり、日本ではNHK‐BS2で2008年6月25日に初放映。原作『動く指』はアガサ・クリスティ(1890‐1976)が1943年に発表した、ミス・マープルシリーズの長編第3作(原題:The Moving Finger)で、『牧師館の殺人』(1930)、『書斎の死体』(1942)に続くものであり、クリスティが自作の自選ベストテンに入れている作品でもあります。

 原作ではミス・マープルは安楽椅子探偵を決め込んでか、前半から中盤位かけては殆ど登場せず、最後に犯人に罠を仕掛けた後で、読者向けにばたばたと謎解きをしてしまうという印象ですが、先行するジョーン・ヒクソン主演のBBC版('85年/英)では、最初からちょくちょく出てきて謎解きに積極的に関与し、個人的には結構それが良かったように思われました。

 このグラナダ版におけるミス・マープルの事件関与度は、原作とBBC版を足して二で割った感じでしょうか。第3の事件が起きてから警察がより本格的に動き始めますが、一旦は"探偵ごっこ"はやめるように警部から諭されたジェリーに警部が自らの推理を展開している横で、更にマープルまでもが一人編み物をしていたりする場面は、やや不自然な印象を受けなくもないものの、マープルの推理のプロセスを窺わせるものとしてはむしろアリかなあと(但し、途中のプロセスにおいては自らの推理をなかなか明かさないという点では原作に近いか)。
エルシー・ホランド(ケリー・ブルック)/ミーガン(タルラ・ライリー
エリシー・ホーランド(ケリー・ブルック).jpg動く指 08.jpg 綺麗どころの女優が複数出ていて、家庭教師エルシー・ホランド(ケリー・ブルック)は、ジェリーがあれで子供たちは勉強に集中できるのかと冗談めかすほどの美人で、爽やかなセクシーさを醸しています。でもそのジェリーは、自分がエルシーではなく実はミーガン(タルラ・ライリー)に魅かれていることに気がつく―。子供っぽかった野生児ミーガンを、「マイ・フェア・レディ」の如く淑女に大変身させたのは、原作ではジェリー自身でしたが、この映像化作品では妹のジョアナ(エミリア・フォックス)になっていて、その変身後のミーガンの登場シーンは、すでに美形としてエルシーが登場しているだけに、ハレーションを施して、それを超えるものにしたという印象。まあ、同じ美人でも、タイプは異なるけれど(女優ばっかり観ているね)。

アガサ・クリスティー ミス・マープル/動く指 07.jpgアガサ・クリスティー ミス・マープル/動く指 10.jpg 妹ジョアナとグリフィス医師の接近も原作通りですが、男優は、ジェームズ・ダーシーの男前ぶりを除いてはやや格落ち? 原作もそうですが、この映像化作品は、ジェリーの自信回復及び新たな恋愛を基調とした青春物語の色彩がより濃くなっているため(原作では自滅事故で負傷したのではなく、戦争中の飛行機事故によるいわば名誉の負傷のはずだった)、主人公とも言えるジェリー役はやはり二枚目であることが必須条件だったのか(一応、その点は満たしている)。

 ストーリーや人間関係は結構複雑で、犯人もなかなか判らず、マープルが最後に犯人に大胆な罠を仕掛けるのも原作と同じ。但し、犯人が判ってしまえば、動機は意外と単純です。シミントンが妻の葬儀の際に、エルシー・ホランドの胸元を見ている場面があったけれど、男性ならどうしても目がいってしまうかも(それをまたしっかり観察しているマープル-という構図が凄いけれど)。個人的には、妹ジョアナの胸元も気になったけれど...(胸ばっかり観ているね)。
Kelly Brook
ケリー・ブルック.jpgアガサ・クリスティー ミス・マープル/動く指 ラッセル.jpg ラテン語の説教を皆に披露したがる「頭が良すぎて偉くなれなかったという」司祭役を演じているのは、映画監督のケン・ラッセル、死体でしか出てこないアップルトン大佐を演じているのは、このシリーズで前作「スリーピング・マーダー」など幾つかの作品の脚本を手掛けているスティーヴン・チャーチェット。モデル出身のケリー・ブルックをはじめキレイどころを揃えて、結構、仲間内で楽しみながら作った印象もありますが、映像化作品としての一定の質は保っているように思いました。 

「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第6話)/動く指」●原題:THE MOVING FINGER, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 2●制作年:2006年●制作国:イギリス●演出:トム・シャンクランド●脚本:ケヴィン・エリオット●原作:アガサ・クリスティ「動く指」●時間:93分●出演:ジェラルディン・マクイーワン/キース・アレン/セルマ・バーロウ/ケリー・ブルック/ジェームズ・ダーシー/フランシス・デ・ラ・トゥーアケリーブルック.jpgケリー・ブルック7.jpg/ハリー・エンフィールド/エミリア・フォックス/ショーン・パートウィー/タルラ・ライリー/ジョン・セッションズ/ジェシカ・スティーブンソン/イモジェン・スタッブズ/ケン・ラッセル●日本放送:2008/06/25●放送局:NHK‐BS2(評価:★★★☆)

 
Kelly Brook
  
Talulah Riley
タルラ・ライリー04.jpgタルラ・ライリー 00.jpgTalulah Rileyド.jpg 

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継母が実は実母だったという改変もさることながら、一番の改変点は"ハッピーエンド"の中身か。

ミス・マープル スリーピング・マーダー dvd.jpg         ミス・マープル2 スリーピング・マーダー 03.jpg
アガサ・クリスティーのミス・マープル DVD-BOX 2」 ソフィア・マイルズ/エイダン・マクアードル

ミス・マープル2 スリーピング・マーダー 観劇.jpg インド滞在中に交通事故で妻クレアを亡くしていたケルヴィン・ハリデイ(ジュリアン・ウォダム)の娘で、幼い頃からインドで育ったグエンダ(ソフィア・マイルズ)は、婚約者の会社の部下ヒュー・ホーンビーム(エイダン・マクアードル)とイギリスで新居探しする中、ディルマスのヒルサイド荘に一目惚れして早速契約しリフォームにかかるが、不思議なことにグエンダにはこの邸に既視感があり、更にホールで絞殺される女性の幻影を見る。ホーンビームは知り合いのミス・マープル(ジェラルディン・マクイーワン)に電話し、グエンダを喜劇の観劇に連れ出すが、公スリーピング・マーダー09.jpg演中の演劇は喜劇ではなくウェブスター原作『マルフィ公爵夫人』に変わっていて、復讐劇の絞殺シーンに女性の幻影が重なったグエンダは思わず「ヘレン!」と叫ぶ。マープルは,グエンダが幼いころ殺人事件を目撃したと考え、家を手配した弁護士ウォルター・フェーン(ピーター・セラフィノウィッツ)の事務所で邸の1934年当時の持主がグエンダの父親ケルヴィンだったことを突き止めるが、フェーンはそれ以上その事に触れたがらない。マープルは町で探し出した邸の元召使ミセス・パジェット(ウーナ・スタッブス)から、当時、毎夏来ていた旅回りの一座「ファニーボンズ」のことを聞く。クレアの兄で精神分析医のジェイムズ・ケネディ(フィル・デービス)の話から、ケルヴィンは幼いグエンダを連れてイギリスに戻りヒルサイド荘に住んでいたことが分かる。妻ミス・マープル2 スリーピング・マーダー 02.jpgクレアを亡くしていたケルヴィンは、一座の看板歌手ヘレン(アナ・ルイーズ・プロウマン)と婚約したが、ヘレンは結婚式前日に姿を消していた。看板歌手が抜けてファニーボンズが解散した夜のことを次第に関係者は想い出す。一座のメンバーは、ジャッキー・アフリック(マーティン・ケンプ)を中心に、手品師のライオネル(ニコラス・グレイス)、そしてディッキー・アースキン(ポール・マッギャン)とジャネット(ドーン・フレンチ)(2人はその後結婚していた)、更に、当時は垢抜けず誰からも愛されなかったが今や独立して大スターのイーヴィ(サラ・パリッシュ)ら。フェーンの母(ジェラルディン・チャップリン)はヘレン失踪事件に息子が関係していたのではないかと疑っている。定年間近のプライマー警部(ラス・アボット)がマープルに調査の協力をする―。

岸田 今日子ド.jpg 2006年に本国イギリスで放映されたジェラルディン・マクイーワン主演の英国グラナダ版で、この年に作られたシーズン2全4話の内の第1話(通算第5話)。2008年6月から日本で放映されたこの第2シーズンでは、それまでマープルの吹き替えをしていた岸田今日子が2006年12月に他界したため、声は草笛光子に交替しています。原作『スリーピング・マーダー』は第二次世界大戦中(1943年)に書かれた作品ですが、アガサ・クリスティ(1890‐1976)の遺言により没後の1976年に刊行された作品(原題:Sleeping Murder)です。

ソフィア・マイルズ.jpg グエンダを演じるソフィア・マイルズ(英国の女優だが、この年3本のアメリカ映画に出演している)の魅力で見せる部分が大きい作品でしょうか。その分、そのお嬢様ぶりに対する好悪で、作品に対する好き嫌いも決まってしまうかも(こんな女優中心の見方をしている人ばかりではないと思うが)。

 原作では3人の男性容疑者が浮かび上がりますが、この映像化作品では内1人が女性となっていて、被害者も含め何れも旅芸人の一座に所属していたという設定。更には、後妻のヘレンがなんと交通事故で亡くなっていたはずのクレアと同一人物だったという...(グエンダのお嬢様ぶりと、追想シーンに出てくるヘレンの田舎一座の看板歌手という境遇が、イメージ的にどうしても結びつかないのだが...)。

 継母が実は実母だったという改変もさることながら、一番の改変点は、原作で途中からグエンダと一緒に真相の究明に当たったはずの"優しい婚約者" ジャイルズが、この映像化作品では、部下のホーンビームに「彼女の話を聞くか、聞くふりをする調査員を頼め」と電話で指示したのみで全く登場しない点でしょうか。いつになったら出てくるのかと思っていたけれど、その内にグエンダとホーンビームの距離は狭まり、最後はマープルに励まされてホーンビームがグエンダに跪いて求婚! そうか、あの電話で部下にいい加減な指示した段階で、婚約者はフィアンセよりも仕事の方を優先する男であることが暗示されていたわけかと。

 既に原作はよく知られており、先行するジョーン・ヒクソン版(1987年/BBC)では、家探しの段階からグエンダとジャイルズが共に行動するなど、「トミー&タペンス」の「おしどり探偵」シリーズの若手版風に2人の仲の良さが強調され、また、実に爽やかな2人であったため、このグラナダ版の方は、新味を持たせるために逆方向を狙ったのかな。これはこれで、なかなか面白かったし、「え~っ、婚約者に対する裏切りじゃん」と思う人もいるかもしれないけれど、ホーンビームのグエンダへの想いが抑制的に描かれていてずっと気になっていた分、ラストの改変された"ハッピーエンド"の後味はそう悪くなかったです(マープルは、一途に女性のことを想う男の味方だったわけか)。

SLEEPING MURDER 1.jpg 考えてみれば、原作で若い新婚の2人を暖かく見守っているマープルが、ここでは、ホーンビームを後押しすることで相手の女性の婚約を破棄させる(寝取られ男を一人生み出す)手助けをしているとも言えるけれど、女性を大事にしない男は、たとえ婚約者であろうと女性から見捨てられても当然、という意味では、より現代的な展開を示して見せたと言えるかも。

 さすがに真犯人までは変えていなかったけれど、この原作の映像化作品って、(原作を読んで真犯人を知っているというのもあるかもしれないが)犯人に該当する人物は、いつも出て来るなり何となく怪しいなあ。真犯人は、ヘレンとクレアが同一人物であると判っていたわけか。

ミス・マープル2 スリーピング・マーダー.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第5話)/スリーピング・マーダー」●原題:SLEEPING MURDER, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 2●制作年:2006年●制作国:イギリス●演出:エドワード・ホール●脚本:スティーブン・チャーチェット●原作:アガサ・クリスティ「スリーピング・マーダー」●時間:93分●出演:ジェラルディン・マクイーワン/ラス・アボット/ジェラルディン・チャプリン/フィル・デービス/ドーン・フレンチ/マーティン・ケンプ/エイダン・マクアードル/ポートランスフォーマー ロストエイジ  ソフィア・マイルズ.jpgル・マッギャン/ソフィア・マイルズ/アナ・ルイーズ・プロウマン/ピーター・セラフィノウィッツ/ウーナ・スタッブズ/ジュリアン・ウォダム/サラ・パリッシュ●日本放送:2008/06/23●放送局:NHK‐BS2(評価:★★★☆)

ソフィア・マイルズ in「トランスフォーマー/ロストエイジ」('14年/米)

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コメディ風味付けの夫婦の"倦怠期脱出"物語。カトリーヌ・フロの演技達者ぶりが楽しませる。

奥さまは名探偵/パディントン発dvd.jpg 奥さまは名探偵/パディントン発 00.jpg 奥さまは名探偵 パディントン発4時50分 03.jpg
アガサ・クリスティー 奥さまは名探偵~パディトン発4時50分~ [DVD]

奥さまは名探偵 パディントン発4時50分 01.jpg 引退後のベリゼール・べレスフォード大佐(アンドレ・デュソニエ)と妻のプリュダンス(カトリーヌ・フロ)は田舎でのんびり過ごしているが、プリュダンスは退屈を持て余し気味。そんな折、大佐の叔母のバベットが二人のもとを訪ねるために乗った夜行列車の車中で深夜、すれ違う列車内で女性が首を絞められているのを目撃、車掌に伝えるが寝ぼけていたのだと相手にされない。翌日、大佐夫妻に事件を伝えたが、新聞に事件の記事は載っていない。プリュダンスは、その列車がモルガン発4時50分の列車で、死体は犯行直後の急カーブで窓から外に投げ出されたと推理、線路近くの邸が怪しいと、夫に内緒で家政婦として単独その邸に入り込む。そこには、大富豪とその長女及び3人の息子たちがいた―。

奥さまは名探偵 パディントン発4時50分 02.jpg パスカル・トマ監督による、トミーとタペンスのおしどり夫婦探偵シリーズの『親指のうずき』をフランス風に改変した「奥様は名探偵」('05年)、ノンシリーズ物の『ゼロ時間へ』の舞台をブルターニュ地方に改変した「ゼロ時間の謎」('07年)に続く、アガサ・クリスティのフランス映画化シリーズ第3弾で、原作はもちろんミス・マープルシリーズの『パディントン発4時50分』(原題:4:50 from Paddington)ですが、映画の原題(「 奥さまは名探偵」に呼応する部分)は「Le Crime est notre affaire(犯罪こそ私たちのビジネス)」で、英パディントン駅も仏モルガン駅となっています。

奥さまは名探偵 パディントン発4時50分 03.jpg カトリーヌ・フロ、アンドレ・デュソリエ主演のおしどり夫婦探偵物としては第2弾で、他にもトミーとタペンスのおしどり夫婦探偵シリーズ物の原作はあるのに、なぜこの本来ミス・マープル物である『パディントン発4時50分』をおしどり夫婦探偵物に改変したのかということについては、前作「奥様は名探偵」の原作が一旦引退したトミーとタペンスのその後の活躍を描いたものであったために、それ以前の作品をもってこれなかったんだろうなあ。「おしどり探偵」シリーズも最後の『運命の裏木戸』では2人とも75歳と更に年齢がいっており、これはカトリーヌ・フロが演じるには原作の方が年齢が高すぎるという判断からではないでしょうか。

奥さまは名探偵 パディントン発4時50分 01.jpg シリーズ3作の前2作は劇場公開されたのに対し、こちらは劇場未公開でしたが、比較的原作通りに作られた「奥様は名探偵」に対し、本来は「ミス・マープル物」であるところを「おしどり夫婦探偵風」のサスペンスコメディにアレンジした作品でありながらも結構愉しめ、劇場公開されなかったのがやや不思議。

 ストーリー的には、邸の4人兄弟が3人兄弟になっているなど原作がやや端折られていたりしますが、ミステリのプロットとしては概ね原作に忠実ではなかったでしょうか。但し、犯人が料理に砒素を混入させて兄のオーギュスタンを殺害し、弟のラファエルに毒薬を送りつけて窓から転落死させるのは、やや毒殺過剰か。これじゃあ、職業から犯人がすぐに判ってしまう...。

奥さまは名探偵 パディントン発4時50分 00.jpg カトリーヌ・フロとアンドレ・デュソリエの遣り取りが楽しく、未亡人と偽って邸に乗り込んだところへ夫のべレスフォード大佐が捜査に乗り込んで来て、邸の人々の前では初対面をつくろいながら、裏では、夫が妻の冒険に苦言を呈し、妻がそれを宥めすかすという構図が愉快です。

 やや、こうしたコメディの方にウェイトがかかり過ぎてミステリの方は脇に追いやられた感じもしなくはないですが、まあ、ストーリーは既に周知のことという前提のもとに作られているのでしょう。特にカトリーヌ・フロは、原作の30代の"スーパー家政婦"ルーシー・アイルズバロウとはまた違った熟年の魅力で、演技達者ぶりを遺憾なく発揮、全体としても、べレスフォード夫婦のちょっと捻った"愛情再確認"("倦怠期脱出"?)物語のような作りで、この温かさがミステリ部分の弱さを補って余りある作品であるように思いました。

奥さまは名探偵 パディントン発4時50分 スカート.jpg コメディ部分において、スコットランド系フランス人のべレスフォード大佐のキルトスカートが、ポーチのベルトがマンホールに引っ掛かった際にめくれるといった場面はややベタでクドかったかな。でも、叔母バベットが蛾の大家という設定で、べレスフォード大佐に頼まれて嫌々ながら乗り込んだ邸で蛾の講釈を垂れる場面など、素直に笑えるシーンの方が多かったように思います。

キアラ・マストロヤンニ.jpgクリスチャン・ヴァディム.jpg 大富豪の長女エンマ役のキアラ・マストロヤンニと次男で彫刻家(原作では画家)のフレデリク役のクリスチャン・ヴァディムカトリーヌ・ドヌーヴの娘と息子で、キアラ・マストロヤンニはクリスティ原作の主演作「ゼロ時間の謎」('07年/仏)に続く出演ですが、クリスチャン・バディムとはこの作品が姉弟の映画初共演でした(それぞれマルチェロ・マストロヤンニ、ロジェ・ヴァディムとの間の子という異父きょうだい。クリスチャン・ヴァディム、渋くなったね。ドヌーヴの子供って父親の方の血が強い気がする)。

C. Deneuve、Chiara Mastroianni/Christian Vadim
奥さまは名探偵 パディントン発4時50分 04.jpg「アガサ・クリスティー 奥さまは名探偵 〜パディントン発4時50分〜」●原題:LE CRIME EST NOTRE AFFAIRE(Crime Is Our Business)●制作年:2008年●制作国:フランス●本国上映:2008/10/15●監督・脚本:パスカル・トマ●製作:ナタリー・ラフォリ●原作:アガサ・クリスティ●時間:119分●出演:カトリーヌ・フロ/アンドレ・デュソリエ/キアラ・マストロヤンニ/メルヴィル・プポー/クリスチャン・ヴァディム/クロード・リッシュ/アレクサンドル・ラフォーリ/イポリット・ジラルド/イヴ・アフォンソ/アニー・コルディ●DVD発売:2011/05●発売元:ファインフィルムズ(評価:★★★☆)

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ランピオン刑事の女装が効き過ぎて、ドタバタ・コメディに。

クリスティのフレンチ・ミステリー/杉の柩.jpg DVD(輸入盤) クリスティのフレンチ・ミステリー⑥杉の柩03.jpg

クリスティのフレンチ・ミステリー/杉の柩02.jpg フランスの大富豪の館で起きた2つの殺人事件の判決が下ろうとしていた。容疑をかけられているクレール・ヴィゾル(レナ・ブレバン)という女性は、館の主である実母エリザベット(フレデリク・ティルモン)と下男の娘である母の付き添い人だったクレマンス(ルー・ドゥ・ラージュ)殺害したとされ、彼女には死刑が宣告される。殺害された二人には、3ヵ月前に「財産が狙われている」との脅迫状が届いており、エリザベットの秘書でクレールの無罪を信じるルイ・セルヴェ(ヤニック・ショワラ)は、古くからの友人でもあるランピオンに助けを求めていた―。

 ポワロやミス・マープルに代わって、ラロジエール警視とランピオン刑事のコンビが事件を解決していく「フレンチ・ミステリー」の2010年の作品で、2009年に本国フランスで放送された「ABC殺人事件」「無実はさいなむ」「動く指」「エンドハウスの怪事件」の好評を受けて制作された通算第5話から第8話の内の第6話です(他は、第5話「鳩のなかの猫」、第7話「五匹の子豚」、第8話「満潮に乗って」)。

杉の柩 ミステリ文庫.jpg 原作は、アガサ・クリスティ(1890‐1976)が1940年に発表した名探偵ポワロシリーズの一作で(原題:Sad Cypress)、すごく面白いというわけでもないですが、登場人物の心理描写がキメ細やかな作品。特に、婚約者の前に現れた美しい付添人に婚約者を奪われたことから、嫉妬心から自分が本当に彼女を殺したのではないかと思い込んでしまう主人公の心理がよく描けています。

クリスティのフレンチ・ミステリー(第6話)/杉の柩03.jpg こちらの"フレンチ版"も倒叙スタイルで彼女の裁判から始まる点は原作と同じであり、彼女の無実を信じるランピオン刑事の友人の男性秘書(原作では家付きの医師)に頼まれて、ラロジエール警視とランピオン刑事が調査をしたが、結局、彼女の無実を証明できなかった―彼女は処刑の日を待つしかないのか、といった状況から、事件発生当時に時を遡って話が展開していきます。

クリスティのフレンチ・ミステリー⑥杉の柩02.jpg  クレールの実母は女権推進者で(という話は原作には全く無いのだが)、邸に女権活動家を招いて庭で講演会を開こうとしているという設定になっていて、そこへラロジエール警視の命により、ランピオン刑事が女性活動家に化けて乗り込む(しかも、そこで本物に成り代わってj女権拡張講演をしなければならない)というスゴイ無茶な話で、ラロジエール警視は妻の尻に敷かれているその夫という役回りなのに、邸に早めに来たある女性の後を追いまわすという、いつもながらの猟色漢ぶりを発揮します。

クリスティのフレンチ・ミステリー⑥杉の柩 01.jpg 原作がストーリー的にそう複雑ではないためか、女装がばれそうになって慌てるランピオン刑事など、ドタバタのユーモアにウェイトが置かれてしまった感じで、第二の殺人が起きて(原作の毒殺ではなく刺殺になっている)、いきなり仕掛人のラロジエール警視自身に皆の前でその正体を明かされてしまったのはやや気の毒でした(ラロジエール警視が追い回していた件の女性が、「あなたより奥さんの方が好み」と言っていたのはどこまで本気か。女装したランピオン刑事は実は同性愛者であるだけに複雑?)。

 でも、クレールの死刑執行が翌日に迫った土壇場になって、ある新聞記事から事件解決への糸口を見出したのはランピオン刑事で、友人である男性秘書への義理も果たす―しかし、裁判所が捜査に協力して犯人逮捕に向けて一芝居打つなんてことは、ちょっと現実には考えられないのでは。

クリスティのフレンチ・ミステリー(第6話)/杉の柩04.jpg ラスト近くでのクレールと彼女を思い続けてきた男性秘書との会話は切ないのですが、原作ではポワロが「彼女にはあなたが必要だ」と男性を後押しする優しさを珍クリスティのフレンチ・ミステリ杉の柩.jpgしく見せるのに、このラロジエール警視の方はそうした役回りが苦手なのかこうした場面には出てこず(むしろここまでランピオン刑事が男性を後押ししている)、最後は二人が別れの言葉を交わす感じになっていて、えーっという印象も。

 全体としては、やはりランピオン刑事の女装が効き過ぎて、ドタバタ・コメディ風になっているけれど、こうした展開もフランス風の味付けということなのでしょうか。個人的には今一つノリ切れなかったという感じでした。

「クリスティのフレンチ・ミステリー(第6話)/杉の柩」」●原題:LES PETITS MEURTRES D'AGATHA CHRISTIE/ JE NE SUIS PAS COUPABLE(I'm not Guilty)●制作年:2010年●制作国:フランス●本国上映:2010/9/15●監督:エリック・ウォレット●脚本:Thierry Debroux●出演:アントワーヌ・デュレリ/マリウス・コルッチ/Jennifer Decker/Sophie Le Tellier/Patrick Descamps●日本放映:2011/09●放映局:AXNミステリー(評価:★★★)

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意外と原作に忠実。観終わった後で、犯人の死は自殺か他殺か、解釈議論に花が咲きそう。
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鏡は横にひび割れて 10.jpg鏡は横にひび割れて02.jpg ミス・マープル(ジュリア・マッケンジー)は友人のドリー・バントリー(ジョアンナ・ラムレイ/左)と一緒に女優マリア・グレッグ(リンゼイ・ダンカン/右)の主演映画「マリー・アントワネット」を鑑賞し、王妃が息子を奪われる場面に涙する。そのマリア・グレッグは、ゴシントン・ホールをドリーから買い取って村の住人になったばかりで、二人は邸に招かれるが、帰り道ミス・マープルは暴走する車鏡は横にひび割れて05.jpgに煽られて転んで足首を捻挫し、傍にいたヘザー・バドコック(キャロリーネ・クエンティン)に介抱してもらうことになる。よって、後日、マリア・グレッグが映画監督で彼女の5番目の夫ジェィソン・ラッド(ナイジェル・ハーマンと共にゴシントン・ホールで開いたお披露目の慈善パーティには、邸の前所有者であるドリーだけが出席するが、パーティ大いに賑わい、グレッグの4番目鏡は横にひび割れて03.jpgの夫で芸能ゴシップ記者のヴィンセント・ホグ(マーティン・ジャーヴィスが愛人で女優のローラ・ブルースター(ハンナ・ワディンガムまで連れてやってくる(彼女はジェイソンの元愛人)。その時、グレッグの昔からの熱狂的ファンで、戦時中に病気をおして彼女に会いに行ったことがあるヘザー・バドコックが、その話をグレッグに一方的に話したあと、何者かが抗うつ剤のカーモで規定の6倍の量入れたダイキリを飲んで死んでしまう。ドリーは、ヘザー・バドコックがグレッグに一方的にお喋りしていた時、グレッグの表情は、テニスンの詩にあるシャロット姫のような"鏡が横にひびわれた"表情をしていたとミス・マープルに話す。鏡は横にひび割れて04.jpgヒューイット警部(ヒュー・ボネヴィルと若いティドラー巡査部長(サミュエル・バーネットが事件捜査にあたるが、ティドラーもグレッグのファン。一方、ヒューイット警部は、警視総監からミス・マープルに話を聞くことを勧められていた。
鏡は横にひび割れて04.jpg マープルの捻挫を治療した医師ヘイドック(ニール・ステューク)の話では、ヘザーがダイキリのグラスをこぼしてグレッグの服を濡らし、グレッグは自分のグラスをヘザーに渡したという。そうすると、これはグレッグの命を狙った犯行だったのか。パーティ会場では、写真家のマーゴット・ベンス(シャーロット・ライリーが写真を撮っていたが、ドリーとそのスタジオを訪ねたマープルは、グレッグのこわばった表情が写った問題の写真を見つけるとともに、彼女が、グレッグが3番目の夫との間でも子どもができないでいた時に養子になったものの、直後にグレッグが妊娠するや相手にされなくなったという過去があることを知る。そのグレッグが生んだ息子には重度の障害があり、彼女は以来、情緒不安定を繰り返しているのだった―。

鏡は横にひび割れてクリスティー文庫.jpg 2010年制作のグラナダ版「ミス・マープル」第5シーズンの第4話(通算第20話)で(本国放映は米国2010年、英国2011年、)。原作は、アガサ・クリスティ(1890‐1976)が1962年、72歳で発表した作品で(原題"The Mirror Crack'd from Side to Side")、個人的にはミス・マープルのシリーズの中でも傑作だと思います。先行するBBCのジョーン・ヒクソン(Joan Hickson、1906‐1998)主演のミス・マープルシリーズでは最後に作られていますが(1992年、第12話)、こちらのジュリア・マッケンジー主演のものも、当シリーズでは今のところ('13年現在)最近作に位置しています。

 ジョーン・ヒクソン版はかなり原作に忠実に作られていますが、ジュリア・マッケンジー版は改変の多いものも目立ち、どうなるのかなあと思っていたら、いきなりミス・マープルが足を挫いてパーティに出てこない! このまま、安楽椅子探偵のスタイルでいくのかと思いきや、後の流れは意外と原作に忠実であり、原作が傑作であるだけにほっとした感じも(このシリーズ、非マープルものの原作にマープルが出てくると改変が激しく、元がマープルものであればそうでもないという傾向か)。

Joanna Lumley and Julia McKenzie.jpg ゴシントン・ホールはシリーズ第1話「書斎の死体」(2004年)の舞台でもありますが、ドリー・バントリーを同じくジョアンナ・ラムレイが演じていて、マープルの方はジェラルディン・マクイーワンからジュリア・マッケンジーに交代しているのに、この人は変わらないなあ。元ボンドガールだけあって、マリア・グレッグ役のリンゼイ・ダンカンよりむしろ派手かも。

Joanna Lumley and Julia McKenzie

 ジェイソン・ラッドの元愛人が今は妻グレッグの4番クリスタル殺人事件45.jpg目の夫の愛人で、元恋人がグレッグの秘書で(今も恋人)、映画監督ってそんなにモテるのかなあ。ハリウッド女優をイギリスに連れてきて「クレオパトラ」を撮ることもないだろう、同原作の映画版「クリスタル殺人事件」('80年)のエリザベス・テイラーに懸けたのか?

 このシリーズ、毎回刑事が変わるけれど、この回の、片手に手袋を嵌めた「ヒューイット警部」もなかなかよかったね。ミス・マープルに子供の頃に自分の母親が亡くなっ時の話を語ったり、女優のローラ・ブルースターに聞き込み中に彼女からセクシーポーズを見せつけられてたじたじとなったり、マリア・グレッグに夢中で捜査に身の入らないティドラー巡査部長に活を入れたりと、結構細かいところで見せ場がありました。

 細部はともかく、全体としては原作の持ち味を損ねていない佳作となっていますが、この作品の主人公とも言える犯人は、最後は自殺だったのか、それとも夫が全ての幕引きをしたのか―原作並びにジョーン・ヒクソン版では、夫による他殺の線が色濃いですが、この映像化作品では、夫が早くから全てを察していたという点では同じですが、グレッグが重度障害の息子を訪ねる場面などがあり、自殺とも他殺ともとれる終わり方をしています(どちらかと言うと自殺っぽい)。これはこれで、"余韻"と言うより"推理の余地"を残す終わり方であって、見方によっては犯人に寄り添っているとも言えます。観終わった後で、一体どっちだ、との解釈の議論に花が咲きそうで、こういうのもありかなあと。

鏡は横にひび割れて03.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第18話)/鏡は横にひび割れて」●原題:THE MIRROR CRACK'D FROM SIDE TO SIDE, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 5●制作年:2010年(本国放映[米国]2010年(5/23)/[英国]2011年)●制作国:イギリス・アメリカ●演出:トム・シャンクランド●脚本:ケヴィン・エリオット●撮影:シンダース・フォーショウ●音楽:ドミニク・シャーラー●原作:アガサ・クリスティ「鏡は横にひび割れて」●時間:89分●出演:ジュリア・マッケンジー/ジョアンナ・ラムレイ/リンゼイ・ダンカン/ナイジェル・ハーマン/マーティン・ジャーヴィス/ハンナ・ワディンガム/ヴィクトリア・スマーフィット/ブレナン・ブラウン/シャーロット・ライリー/ロイス・ジョーンズ/キャロライン・クエンティン/ウィル・ヤング/ミッシェル・ドトリス/ニール・ステューク/ヒュー・ボネヴィル/サミュエル・バーネット●日本放送:2012/03/29●放送局:NHK‐BSプレミアム(評価:★★★★)

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短編集『火曜クラブ』の一話を映像化。原作のことは考えないで、これだけで十分に楽しめる。

青いゼラニウム dvd.jpg     青いゼラニウム 2010.jpg 青いゼラニウム axn01.jpg
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青いゼラニウム axn08.jpg青いゼラニウム axn04.jpg  航空会社社長ジョージ・プリチャード(トビー・ステーヴンス)の妻メアリー(シャロン・スモール)は、占いに凝って青い花を恐れていたが、ある朝、メイドのキャロライン(クレア・ラッシュブルック)が食事を持っていくと部屋には鍵が掛かっており、ジョージが扉を突き破って中に入ると、彼女は口から血を吐いて死んでいた。事件は「青いゼラニウム事件」として報じられ、浮気をしていた夫ジョージが逮捕された。半年後に新聞で公判の予告記事を読んだミス・マープル(ジュリア・マッケンジー)は、庭師ジョン(イアン・イースト)の蜂避け薬を混ぜる作業を見て、自分は事件現場に居合わせながら真犯人を突き止められなかったことを悟り、警察を引退したサー・ヘンリー・クリザリング(ドナルド・シンデン)に会って、ジョージは間違って死刑にされようとしていると説明する。
青いゼラニウム axn19.jpg マープルは6ヵ月前、友人のダーモット牧師(ディヴィッド・カルダー)に招かれ向かったリトル・アンブローズ村行きのバスで、エディー・セワード(クリザリング・ジェイソン・ダー)と乗り合わせたことから話す。彼はどもりがちで、アルコール依存症のようだった(後に断酒施設から来たことが判明する)。マープルは教会の寄付活動を手伝いに来たのだが、寄付の目当Claudie Blakley marple.jpgてのプリチャード家は兄弟、姉妹で結婚していた。ジョージは元婚約者フィリッパ(クラウディー・ブレイクリー)を振って、そこへ割り込んだ姉のメアリーと結婚していたが、メアリーがすぐに癇癪を起こすためうんざりしていた。フィリッパはジョージの弟で売れない作家ルイス(ポール・リス)と結婚し、競馬に金を注ぎ込み作品を完成させない夫のために生活苦に陥っていた。ダーモット牧師の姪で、プリチャード家の料理人ヘスター(ジョアンナ・ペイジ)とは、マープルは、彼女が幼い頃に会ったきりの再会だった。
 メアリーは公衆の面前で暴言を吐くなど皆の嫌われ者だったが、夫ジョージの地元ゴルフクラブの会長就任式でも、ダーモットの教会をこき下す。その式典でジョージのティーショットの行方を追った子供らが、エディの溺死体を発見する。メアリーは女占い師に「青い花は死の宣青いゼラニウム axn 医師.jpg告」と脅され発狂寸前で、壁紙のゼラニウムが赤から青になったと大騒ぎして皆をうんざりさせるが、彼画家青いゼラニウム axn.jpg女が亡くなったのはその翌朝だった。彼女は常に薬を飲んでいたが、医師ジョナサン・フレイン(パトリック・バラディ)は「本当は病気じゃない」とニセ薬(水)を与えていた。メアリーが恐慌をきたした夜、壁紙のゼラニウムは青く変色していたため、その壁紙を描いた画家で、ジョージの不倫の恋人ヘイゼル(キャロライン・キャッツ)が疑われる。ヘスターが、ジョージがメアリーの前看護婦スーザン・カーステアーズ(レベッカ・マニング)に、室内でゴルフを教えながらキスしていたと話すのを聞いたヘイゼルはショックを受ける。そのスーザンが絞殺死体で発見され、彼女は妊娠しており、首にはジョージのネクタイが巻かれていた―。

 2010年制作のグラナダ版「ミス・マープル」第5シーズンの第3話(通算第19話)。原作は、1932年に刊行されたアガサ・クリスティ(1890‐1976)の短編集『火曜クラブ』全13話の中の一話(原題:The Blue Geranium)で、「火曜クラブ」とは、マープルの甥で作家のレイモンド・ウェストが彼女の家を借りて主催する、メンバーが過去に遭遇した難事件を披露して皆で謎解きをするという趣向もの。もともと全6話でしたが、単行本化するにあたって7話書き加えられ、「青いゼラニウム」は7話目(つまり、書き加えられた第1話)で、後の長編『書斎の死体』(1942)の舞台となるゴシントン・ホールの持主であるバントリー大佐が披露した話。事件の話そのものの中にはミス・マープルは登場しないわけであって、原作はミス・マープルものでありながら、「非マープルもの」であるとも言えますが、この映像化作品では、最初から事件の中にマープルが居て、但し、その大部分は、6ヵ月前の出来事として彼女の口から語られるという枠組み。因みに、そのマープルの話を聞く元警視総監のサー・ヘンリーもこの「火曜クラブ」のメンバーの一員でしたが、このクラブを通してミス・マープルの抜群の推理力に圧倒され、以降、彼女の有力な支持者となります(この映像化作品では、もう完全にマープル信奉者になり切っている?)。

青いゼラニウム axn09.jpg 元が短編であるだけに、かなり話を膨らませていますが、教会での牧師ダーモットのメアリー追悼シーンなどはかなりドタバタ。メアリーにこき下された経験を持つ牧師は、説教の中で「神もメアリーの人生は無駄なものだったと言われるでしょう」なんて言っちゃうし、それに反発するかの如く、フィリパは、メアリーは殺されたのだと(犯人はヘイゼルだと)言う―聖域どころじゃないね。教会でこんなことってあるのかなという気もしますが、犯人は誰かをミスリードさせる上では効を奏していて、以前に原作は読んでいるはずなのに、観ていて誰が真犯人なのか判らなくなってきてしまいました(共犯者もいたのだなあ。どちらかと言えば、こっちの方が主犯っぽいかも)。

青いゼラニウム axn02.jpg 牧師はミス・マープルに、実はフィリパが告発した時刻、ヘイゼルは自分にジョージとの恋愛について告解に来たのだがこのことは守秘義務上話せなかったのだと言いますが、牧師が、フィリッパがメアリーのために作ったスープをつまみ食いして体調がおかしくなった時点でも、フィリパにさほど疑念を抱いていなかったのか。サマーセット警部(ケヴィン・R・マクナリー)はジョージを犯人だと確信して彼を逮捕し、その時点ではミス・マープルも彼が犯人だと(或いは第一容疑者だと)思っていたことになるのかな。「私が間違ったことがありますか」とサー・ヘンリーに言うミス・マープルにしてみれば珍しいチョンボかも。サマーセット警部って、かつて酒で失敗して今地方で燻っているのに(その辺りは全てミス・マープルに見抜かれてしまっている?)、未だにアルコールが手放せない。人間臭いと言えば人間臭い警部だけれど、この事件の解決は彼の功績になるのか気になります。

青いゼラニウム axn05.jpg青いゼラニウム axn 12.jpg ジョージは、始まった公判でエディ、メアリー、スーザンの殺害を認めますが、半年後にして真相に気付いたミス・マープルは、ジョージが愛する女性を守るために罪を被っていると言って、それを聞き驚いたヘンリー卿の急遽の計らいで、開廷中の法廷に駆け込んで証人の立場で謎解きをし、まるで、E・S・ガードナーの「ペリー・メイスン」シリーズみたい。

 壁紙の花の色が変わったのは、本来メアリーの薬のアンモニア塩を予め張ってあったリトマス紙に吹き付けたためで、これは原作通りですが、謎解きには化学の基礎知識も必要なわけだなあ(犯人の方には当然その心得があるが、原作ではマープルも、これは初歩的知識だとしていた)。

ミス・マープル(第19話)/青いゼラニウム00.jpg 今回映像化作品を観て、ああ、そうだったのかと思ったのは、マープルがバスで乗り合わせた、ワーズワースの詩を唱えていたアルコール依存症のエディ・セワードが会いに来た相手は、ヘイゼルだったということ(最初はよく解らなかった)。ジョージとヘイゼルの繋がりは、不幸な結婚をした者同士ということか(フィリッパの結婚も不幸だったわけで、その源はジョージにあるのだが)。犯人はジョージに罪を着せるために、エディを殺したということか。そのジョージは、ヘイゼルが犯人だと思い込んで身代わりになって絞首刑に処せられようとしたわけか。但し、ヘイゼルの方も、ジョージの逮捕に対する抗弁のシーンが無いことからすると、ジョージが自分と結婚するために3人を殺したのではないかと疑ってしまったものと解されます(お互いの誤解。う~ん、原作、こんな複雑な話だった?)。

 細部で突っ込み所はありますが、元が短編だから膨らませるしかないわけであって、その膨らませ方の方向性としては悪くなかったように思います。婚約者から振られて不幸な結婚をした犯人には同情の余地あり? 結局、財産目当てで犯人と共謀した(犯人を脅した)奴が一番悪いということになるね。原作のことは考えないで、これだけで十分に楽しめる作品です。

「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第19話)/青いゼラニウム」●原題:THE BLUE GERANIUM, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 5●制作年:2010年●制作国:イギリス・アメリカ●演出:デビッド・ムーア●脚本:スチュワート・ハーコート●撮影:ピーター・グリーンハーフ●音楽:ドミニク・シャーラー●原作:アガサ・クリスティ「青いゼラニウム」●時間:89分●出演:ジュリア・マッケンジー/シャロン・スモール/トビー・スティーヴンス/ケヴィン・R・マクナリー/ジョアンナ・ペイジ/クローディー・ブレイクリー/クレア・ラッシュブルック/キャロライン・キャッツ/パトリック・バラディ/ ポール・リス/ドナルド・シンデン/デヴィッド・コールダー●日本放送:2012/03/26●放送局:NHK‐BSプレミアム(評価:★★★★)

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原作(バトル警視もの)が面白いだけに、原型を留めない改変ぶりはどうしても楽しめなかった。

チムニーズ館の秘密 dvd.jpg 第18話「チムニーズ館の秘密」02.jpg チムニーズ館の秘密 09.jpg
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第18話「チムニーズ館の秘密」05.jpg 1932年、チムニーズ館階下で開催された舞踏会の曲に合わせて踊っていたメイドのアグネス(ローラ・オトゥール)は侵入者に気付いて止めようとして殴られ、鉄枠に頭を打って死ぬ。それから23年後の1955年、チムニーズ館所有者のクレモント・ケイタラム卿(エドワード・フォックス)は、政府高官ジョージ・ロマックス議員(アダム・ゴッドリィ)から、オーストリアの鉄鉱石の権利を有するルードウィッヒ伯爵の依頼により、チムニーズ館で取引交渉したいとの申し出を受シャーロット・ソルト1.jpgけていた。一方、ケイタラム卿の娘ヴァージニア・レヴェル(シャーロット・ソルト)は、男に誘拐されそうになったところを通りがかりのアンソニー・ケイド(ジョナス・アームストロング)に救われ、犯人はアンソニーを殴って逃走する。ミス・マープル(ジュリア・マッケンジー)は、従妹の娘に当たるヴァージニアの運転でチアンソニー・ヒギンズ.jpgムニーズ館へ。週末に館に集まって来た人々は、ケイタラム卿の上の娘バンドル(デルヴラ・キルワン)、オーストリアの伯爵ルードウィッヒ(アンソニー・ヒギンズ)、社会活動家ブランケンソープ(ルース・ジョーンズ)など。伯爵がチムニーズ買収の話を持ち出すとバンドルは「売り物じゃない」と反発するが、ケイタラム卿は売買契約を受け入れる。同日の真夜中、護衛が誰かに殴られ、客らは警報で起こされるが、館の秘密の通路から銃声が聞こえ、そこでは伯爵がアンソニー・ケイドの腕の青いゼラニウム.jpg中で死んでいた。アンソニーは容疑者として部屋に監禁され、スコットランド・ヤードから主任警視フィンチ(スティーブン・ディラン)が来て調査を進める。全員から話を聞いた後、フィンチはミス・マープルと秘密の通路を現場検証し、伯爵のポケットから暗号文(楽譜)を発見する。アンソニーはチムニーズ館に夜忍んで来るようにという手紙を受け取っており、夜警を殴り倒して秘密の地下通路に入ったが、23時30分頃に館の煙突から煙が出ているのを目撃したという。バンドルとマープルは楽譜の謎を解こうとする。
第18話「チムニーズ館の秘密」06.jpg フィンチとマープルが召使トレッドウェル(ミシェル・コリンズ)に話を聞くと、1923年の夜会の晩にメイド仲間のアグネスが誰かに殺されたのを目撃したと言い、離れの石棺をフィンチとケイタラム卿が開くと、彼女の白骨死体が発見された。楽譜はバンドルが解読し、当時この館でルードウィッヒ伯爵は秘密の恋人に呼び出されたらしい。侯爵のダイイング・メッセージ「ヴァント」はドイツ語の「壁」の意味だとフィンチとマープルは気付く。夕食時にヴァージニアは、ジョージの助手ビル(マシュー・ホーン)に作らせた館の立体模第18話「チムニーズ館の秘密」01.jpg型で銃撃当夜の人々の位置を示すが、それぞれにアリバイがあるようだった。そんな中、皆の気分が急に悪くなり、夕食を中断してそれぞれ部屋に帰る。食中毒らしいが、トレッドウェルは翌朝亡くなり、残された彼女の昔の手紙がかつて楽団員だったルードウィッヒ伯爵への恋文であったことから、マープルは彼女は毒殺されたと推理する。更にマープルは、タイプライターの文字の特徴から、アンソニーを呼び出した手紙の主はビルで、ヴァージニア誘拐未遂は、南アフリカで事業に失敗した友人の金策していたアンソニーと組んだ狂言だったとの告白を彼から引き出す。アンソニーはチムニーズのダイヤをネタに脅迫されていた。彼に裏切られたヴァージニアはロマックスの求愛を受け入れようと決心する―。

チムニーズ館の秘密 クリスティー文庫.jpg 2010年制作のグラナダ版「ミス・マープル」第5シーズンの第2話(通算第18話)。原作は1925年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品で(原題:The Secret of Chimneys)で、クリスティの作品の中で『殺人は容易だ』(1939)、『ゼロ時間へ』(1944)など5作あるバトル警視ものの第1作であるとともに、おしどり探偵トミーとタペンスの『秘密機関』(1922)など8作ある冒険ミステリの内の1作です。

 原作は、バルカン半島のある国を巡って王政派と共和政が争っているという政治背景に加え、ルパンのような怪盗まで出てくる冒険譚ですが、時代設定が30年後にずれているということもあってか、ミス・マープルものにしてしまったということもあってか、大幅にスケールダウンしている印象。リアリティ重視が裏目に出ているのではないかなあ。それにしても改変が甚だしいです。

 原作ではヴァージニアはジョージ・ロマックス議員の従妹なのに、この作品ではケイタラム卿の娘で、バンドルの妹ということになっており、ロマックスからは求婚されています。そうすると、アンソニー、ビルと三つ巴の争奪戦かあ。う~ん、美人ではあるけれど、原エドワード・フォックス.jpg作ほどに社交の場を仕切るような超絶的魅力は無いなあ。また、原作では快男児であるはずの主人公のアンソニー・ケイドも、ここではスティーブン・ディラン.jpgチンケな詐欺師みたいな設定になっているし、率先して謎解きをするはずが、伯爵殺しの容疑者として部屋に監禁され、ヴァージニアに助けを求めるという情けない設定。原作で殺害される賓客は、ヘルツォスロヴァキアの王子ミカエルですが、この作品では、オーストリアの伯爵ルードウィッヒで、王族ではない上にかなりのお年寄。「ジヤッカルの日」のエドワード・フォックス演じるケイタラム卿ばかりが矢鱈その存在感が目立ちましたが、これも原作とは違った意味で俗物だった...。フィンチ警視のスティーブン・ディランも悪くは無いけれど、原作のバトル警視はポアロ、ミス・マープルに次ぐキャラだからなあ。ここではミス・マープルの相手役にならざるを得ない。とは言え、これまで多くの部下の刑事がミス・マープルを最初は小馬鹿にして最後は彼女に鼻を明かされてきたのに対し、最初から協調路線で彼女と推理を遣り取りして、共に事件を解決していく様は、これまでの警部連中より一段レベルが高いと言えるでしょう。さすが、スコットランド・ヤードの主任警視。

 原作にある怪盗キング・ヴィクターも政治的ごろつきも謎の探偵もパリ警視庁の刑事も出てこず、チムニーズ館にあると目される消えたダイヤの謎よりも、男女の愛を巡る個人の(端的に言えば"寝取られ男"の)復讐譚になってしまっています。それによって犯人も置き換えられており、殆ど原作の面影を留めないプロットになっています。

 この作品だけ観れば結構面白いのかもしれませんが、先に原作を読んでしまうと、原作が面白いだけに、これらの改変はどうしても楽しめないものでした。元がノン・シリーズ物であるところへミス・マープルが出てくると、どうしてもミス・マープルの出しゃばり感がつきまといますが、こも映像化作品は特にそれを感じてしまいました。

第18話「チムニーズ館の秘密」04.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第18話)/チムニーズ館の秘密」●原題:THE SECRET OF CHIMNEYS, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 5●制作年:2010年●制作国:イギリス・アメリカ●演出:ジョン・ストリックランド●脚本:ポール・ラトマン●原作:アガサ・クリスティ「チムニーズ館の秘密」●時間:89分●出演:ジュリア・マッケンジー/スティシャーロット・ソルト2.jpgーヴン・ディレイン/シャーロット・ソルト/エドワード・フォックス/アダム・ゴドリ/デヴラ・カーワン/マシュー・ホーン/ョナス・アームストロング/ミシェル・コリンズ/ルース・ジョーンズ/アンソニー・ヒギンズ●日本放送:2012/03/27●放送局:NHK‐BSプレミアム(評価:★★★)

シャーロット・ソルト(CHARLOTTE SALT)

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原作はノン・シリーズもの。犯人の意外性が高い原作の特徴を活かしているが、原作の弱点も反映。

蒼ざめた馬 DVD.jpg  THE PALE HORSE AGATHA CHRISTIE`S MARPLE.jpg  ミス・マープル 蒼ざめた馬 title.jpg
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第17話「蒼ざめた馬」08.jpg 霧深い夜、瀕死のディビス夫人(エリザベス・ライダー)を訪ねたゴーマン神父(ニコラス・パーソンズ)は、夫人から邪悪な計画の犠牲者たちの名前を伝えられ、その名前リストを封筒に入れてミス・マープル(ジュリア・マッケンジー)宛に投函するが、その直後に何者かに襲われ撲殺される。封書は翌朝マープルの許に届き、新聞で神父の死を知ったマープルは警察に捜査を依頼するが、ルジューン警視(ニール・ピアソン)と監察医のケリガン(ジェイソン・メレルズ)はリストにあまり関心を示さない。故ディビス夫人の宿を訪問したマープルは、ディビス夫人の靴の中から神父のメモと同じ名前の書かれたホテル「蒼ざめた馬」の便箋を見つける。宿の女主人コピンズ夫人(リンダ・バロン)によれば、ディビス夫人は何かに怯えていたと言い、宿泊人で会計士のポール・オズボーン(JJ・フィールド)は、神父撲殺事件当夜に現場付近で目撃した頬に傷のある男のことを語ってくれた。
 ルジューン警視はリストにあった珍しい名前ヘスケス・デュボワ宅に電話をし、資産家の彼女が6ヵ月前に亡くなっていることを知る。電話に出たのは、デュボワの甥の民俗学者マーク・イースターブルック(ジョナサン・ケイク)で、警視の空軍時代の知人だった。マークは最初の妻が事故死して悲嘆にくれていた際に励ましてくれた、名付け親でもある夫人の死の真相を探り始め、警視らも、リストに名のある人達は皆最近死んでいるのではないかと疑い始める。

蒼ざめた馬 1997 3老婆.jpgPauline Collins as Thyrza Grey/Holly Valance as Kanga
第17話「蒼ざめた馬」03.jpg第17話「蒼ざめた馬」04.jpg 一方、ミス・マープルは、ハンプシャーの小村マッチディーピングにある小さなホテル「蒼ざめた馬」を訪れ、経営者のサーザ・グレイ(ポーリーン・コリンズ、受付のシビル・スタンフォーディス(スーザン・リン第17話「蒼ざめた馬」02.jpgチ)、料理人ベラ・エリス(ジェニー・ギャロウェイ)らに挨拶される。「蒼い馬亭」の客は、家事で家が焼けたコッタム大佐(トム・ワード)とその妻カンガ(ホリー・ヴァランス、ポリオの後遺症で車椅子生活で頬に傷のあるヴェナブルズ(ナイジェル・プラナー)。マープルは大佐の家政婦リディア・ハースネット(サラ・アレクサンダー)やマーク・イースターブルック、友人トマシーナ・タッカートンの死を悲しむジンジャー・コリガン(エイミー・マンソン)らと会う。
 翌日、サーザが黒魔術による死についてミス・マープルらに熱っぽく言及している際に、客室からリディアの叫び声が聞こえ、コッタム大佐が寝室で死んでいるのが発見される。解剖の結果、大佐の死は性的興奮剤によるものだった。マープルは毒がスパニッシュ・フライを粉にしたものだと推理、自分が日頃使うクリームの瓶の置き方の違いから殺人者の接近を感じたマープルは、資格を剥奪された弁護士ブラッドリー(ビル・パターソン)を訪ね、彼が死の請負業の金銭授受に関わっていると推理する―。

蒼ざめた馬 アガサ・クリスティ ハヤカワ文庫 2ー.jpgアガサ・クリスティー・コレクション 蒼ざめた馬2.jpg 2010年制作のグラナダ版「ミス・マープル」第5シーズンの第1話(通算第17話)で(本国放映は英国2010年、米国2011年)。原作は、1961年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品で(原題:The Pale Horse)、ポアロもマープルも登場しないノン・シリーズもの。映像化作品としては、1997年制作のTV版「アガサ・クリスティ/青ざめた馬」 が先行してあります(VHS販売時のタイトルは「魔女の館殺人事件」)。

 原作では、マーク・イースターブルックがジンジャー・コリガンと協力して事件の真相を探ろうとしますが、ミス・マープルシリーズの一つとして作られたこの作品では、ジュリア・マッケンジー演じるミス・マープルが早くから登場して、マークらや警察に先行して「蒼ざめた馬」に乗り込み、ぐいぐい彼らを先導していきます。そして、最後に、関係者に協力を依頼して、「ヴェナブルズは本当は歩けた」「マークはコリガンと大喧嘩の末に喧嘩別れした」などの芝居を仕組んで、殺人犯をトラップにかける―という、まさにミス・マープルの独壇場。

 ミス・マープルシリーズだからこれでいいんだけど、マーク・イースターブルック(ジョナサン・ケイク)の影がやや薄くなったか。ジンジャー・コリガン(エイミー・マンソン)については、原作では、マークを励まして自ら率先して犯人に対する囮になるという積極派であるのに対し、この映像化作品では、やや線細で受動的な印象。ルックス的にも、コッタム大佐の妻カンガ(ホリー・ヴァランス)や、コッタム大佐と不倫関係にあったリディア・ハースネット(サラ・アレクサンダー)の方が印象に残る感じかな。この二人、何となく感じが似ているけれど、原作には無いキャラであり、そもそも原作では「蒼ざめた馬」は宿屋業はもうやってなかったように思います。黒魔術の儀式がそこで行われ、マークが弁護士ブラッドリーを介してそこへ依頼人を装って乗り込むのは原作と同じ。彼の職業は民族学者になっているけれど、原作では歴史学者。ポール・オズボーンは会計士になっているけれど、原作では薬局店主(因みに、「魔女の館殺人事件」では、マークは彫刻家、オズボーンは医師に改変されていた)。

 結局、黒魔術で人を殺しているわけではなく、ある種犯罪ネットワークであるわけですが、その黒幕は誰かというのが焦点で、ヴェナブルズに容疑がかかるのは原作通りですが、原作では彼は謎の美術品蒐集家で、実は銀行強盗の黒幕でもあったというのに対し、この映像化作品にはそうしたことは全く出てきません。そうしたこともあって、全体的に原作のイメージとちょっと違っている印象ですが、一方で、原作の分かりにくい部分を解説的に表現している箇所もあり、原作を読んでから観た方がいい作品です。

 犯人の意外性の度合いが高い原作の特徴をよく活かしていますが、ブラッドリー弁護士やサーザ・グレイの動機は金銭目的であるとして、彼らの元締めである犯人の動機が今一つ掴めないという原作の弱点もそのまま反映されているような印象でしょうか(結局、"サイコ・キラー"だったということか)。

Pauline Collins.jpg忘れられぬ死(2003年)洋DVD.jpg 「蒼ざめた馬」の女主人サーザ・グレイを演じたポーリーン・コリンズ(Pauline Collins)は、「アガサ・クリスティ/忘られぬ死」 ('03年/英)では、探偵役となって事件を解決する側でした(老夫婦"おしどり探偵"の妻の役。かなり夫役のリヴァー・フォード・デイヴィスをこき使っていた)。

Holly Valance Kiss Kiss.jpg また、コッタム大佐の妻カンガを演じたホリー・ヴァランス (Holly Valance)はオーストラリア出身で、モデル、歌手を経て女優になった人です。かつて、ヒット曲"Kiss Kiss"(2002)で一世を風靡し、また、セクシーなプロモーションビデオで話題になりましたが、いつの間にか演技派女優に転身していたのだなあと。

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ホリー・ヴァランス(Holly Valance)
Holly Valance 2011.jpgHolly Valance1.jpg Holly Valance3.jpg 
  
  

アガサ・クリスティーのミス・マープルDVD-BOX5.jpgアガサ・クリスティーのミス・マープルDVD-BOX5
【収録作品】
 『青いゼラニウム』     脚本:スチュワート・ハーコート、演出:デビッド・ムーア
 『チムニーズ館の秘密』   脚本:ポール・ラトマン、演出:ジョン・ストリックランド
 『蒼ざめた馬』       脚本:ラッセル・ルイス、演出:アンディ・ヘイ
 『鏡は横にひび割れて』   脚本:ケビン・エリオット、演出:トム・シャンクランド

第17話「蒼ざめた馬」01.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第17話)/蒼ざめた馬」●原題:THE PALE HORSE, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 5●制作年:2010年(本国放映[英国]2010年/[米国]2011年)●制作国:イギリス・アメリカ●演出:アンディ・ヘイ●脚本:ラッセル・ルイス●原作:アガサ・クリスティ「蒼ざめた馬」●時間:89分●出演:ジュリア・マッケンジー/ニール・ピアソン/エイミー・マンソン/ジョナサン・ケイク/ポーリーン・コリンズ/JJ・フィールド/サラ・アレクサンダー/ジェイソン・メレルズ/スーザン・リンチ/ホリー・ヴァランス/リンダ・バロン/ナイジェル・プレイナー/ビル・パターソン/ジェニー・ギャロウェイ/ニコラス・パーソンズ/エリザベス・ライダー/トム・ウォード●日本放送:2012/03/28●放送局:NHK‐BSプレミアム(評価:★★★☆)

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最後、スゴかった。改変には目くじらを立てずに観ようと決め込めば、充分に楽しめた。

、エヴァンズに頼まなかったのか?.jpg ミス・マープル なぜエヴァンズに頼まなかったのか01.jpg Miss Marple  Why Didn't They Ask Evans02.jpg
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Miss Marple  Why Didn't They Ask Evans title.jpgWHY DIDN'T THEY ASK EVANS dormer 0.jpg ボビー(ショーン・ビガースタッフ)はゴルフのプレー中に崖の上で瀕死の男を発見する。男は息絶える前に「なぜ、エヴァンズに頼まなかったか?」という言葉を残す。男は事故死とされたが、男の最後の言葉と男が持っていた美女の写真が紛失していることが気になったボビーは、幼馴染みの第16話「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」02.jpg第16話「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」01.jpg令嬢フランキー(ジョージア・モフェット)と母親の友人ミス・マープル(ジュリア・マッケンジー)と共に謎解きを始める。3人は男の持ち物のなかにサベッジ城に印の付いた地図を発見し、ボビーは何者かに命を狙われた矢先で怯えるが、好奇心旺盛なフランキーは単身で城に乗り込み、城の前でクルマ事故を起こしてしまい、サベッジ家の女主人シルヴィア・サヴェィジ(サマンサ・ボンド)の世話になる―。 Georgia Moffett/Sean Biggerstaff

なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか? クリスティーb.jpg 2009年制作のグラナダ版第4シーズンの第4話(通算第16話)で(本国放映は米国]2009年、英国2011年)、ミス・マープル役はジュリア・マッケンジー(Julia McKenzie、1941-)で吹替版の声の担当は藤田弓子。原作『なぜエヴァンズに頼まなかったのか』は、1934年の刊行で、ポアロやミス・マープルのようなシリーズ・キャラクターは登場せず、この作品限りのキャラクターが主人公です。

 フランキーが乗り込んだ城では、主人のジャック・サヴェィジは心臓発作で半年前に亡くなっており、女主人シルビア・サヴェィジの外に、毒蛇を飼う病的な青年トム(フレデリー・フォックス)とやや小生意気なその妹ドロシー(ハンナ・マレー)の姉弟、ピアノ教師のロジャー・バッシントン(ラフェ・スポール)がおり、近所には、シルヴィアの主治医アレック・ニコルソン(リック・メイオール)と妻のモイラ(ナタリー・ドーマー)、ジャックのかつての共同経営者で今は庭師のクロード・エヴァンズ(マーク・ウィリアムズ)などが住み、女主人の知己には警視長ピーターズ(ウォーレン・クラーク)も―。

なぜエヴァンズに頼まなかったのか?00.jpg 原作に出てこないミス・マープルがどう事件に絡むのかと思ったら、いきなりフランキーの元家庭教師ということで乗り込んできて(「城」という住いは、いつ誰が来ても滞在する部屋はあるのかと...)、それにボビーがフランキーの運転手に扮してミス・マープルに付いてきて(原作ではこれはフランキーのアイディアとなっている)、淡い恋心を抱く二人が偽の主従関係を演じる中、フランキーはピアノ教師ロジャー・バッシントンに言い寄られ、ボビーはドロシーに追い回されたり、ニコルソン医者の妻モイラと真夜中に思わぬ場面で遭遇したりで、二人の関係の行方はどうなるのかみたいな趣向も。

 犯人はエヴァンズだとかニコルソン医師だとか二人でやり合っているうちに、そのエヴァンズは庭で蛇の毒で殺され、警視長ピーターが捜査に乗り出し、蛇の毒はニコルソン医師から貰ったとのトムの証言をもとに医師を逮捕、ボビーらは医師に監禁されていたモイラを救い出すが―。

 これで一件落着したかに見えますが、この作品の本当の結末はこれからであり、その結末には犯人の過去の怨念が絡んでいてヘビィで、ちょっとおどろおどろしい雰囲気も。原作は、タイトル通り、フーダニット(誰が犯人か)、ホワイダニット(動機は何か)より、ハウダニット(どうやって犯行を成したか)に白眉を見出せる作品ですが、この映像化作品はホワイダニットが結構重いね。

WHY DIDN'T THEY ASK EVANS dormer2.jpg しかし、それにしても随分と原作と変えちゃったなあ(原作の保守的なファンは許さないだろうね)。原作は、確かに大富豪のジョン・サヴェィジは既に死んでいますが、物語の舞台はバッシントン・フレンチという地元の名家で、こちらの当主ヘンリイ・バッシントン・フレンチは物語の前半まで生きており(彼がモルヒネ中毒)、原作の女主人シルヴィア・サヴェィジに該当するであろうその奥さんシルビア・バッシントン・フレンチはまだ若く(こちらは健全)、ヘンリイ・バッシントンの弟がロジャー・バッシントン・フレンチ。毒蛇を飼う病的な青年も生意気なその妹も登場せず、更には庭師のクロード・エヴァンズも登場することなく、物語の途中で殺されるのはエヴァンズではなく、当主のヘンリイ・バッシントン・フレンチとなっています。
 
 原作では、書き変えられた遺言はジョン・サヴェィジのものとみられ、そこでジョン・サヴェィジの死が終盤怪しくなるわけですが、その点においては、本作でジャック・サヴェィジの死が怪しくなるのと一応は符合するのかも。ただ、犯人の犯行動機は純粋に相続財産狙いで、この映像化作品にあるような、植民地在留時代の父親兄弟を巡る凶行に対する、成人となったその子供たちの復讐―という風にはなっていません(原作では、女は捕まるが、男は海外に逃げおうせる。この点は、原作の方にややもやもやした印象が残る)。

WHY DIDN'T THEY ASK EVANS dormer 02.jpgWHY DIDN'T THEY ASK EVANS Natalie Dormer.jpgWHY DIDN'T THEY ASK EVANS dormer.jpg
 Natalie DormerWHY DIDN'T THEY ASK EVANS dormer3.jpg
 それにしても、ナタリー・ドーマー(Natalie Dormer)演じるモイラがどんどん美しくなっていく(原作でも、フランキー自身モイラが自分より美しいことを認めているが)。そして、一番美しく見える時が一番怖いNatalie Dormer as Anne Boleyn.jpg時...。最初のうちは、ジョージア・モフェット(Georgia Moffett)演じるフランキーの明るく活発で、突然「城」を訪ねてそれなりに丁重に扱われる英国風お嬢さんぶりが目を引く一方、モイラの方は、初登場時はやつれた感じでしたが、次第に存在感が逆転していき、最後はスゴかった...。ナタリー・ドーマーって、怖い時が一番美しく見える女優なのか(最近は「THE TUDORS〜背徳の王冠〜」に出ている)。

WHY DIDN'T THEY ASK EVANS dormer 4.jpg 改変の激しさには賛否があるかと思いますが、元がミス・マープルものではないこともあってそれはある程度仕方ないとしても、子供向けにも翻訳されている原作に対して、ある意味"人間の業"を描いており、かなりヘビィな仕上がりかも。但し、あのラストの背中のスネーク・タトゥーはあまりにエロチックで、シリーズのトーンからやや外れていたかもしれません(ちょっとやり過ぎ?)。でも、改変には目くじらを立てずに観ようと決め込めば、「こう来ましたか」という感じで充分に楽しめた作品でした。星3つ半の個人評価は、ある程度原作と切り離してのもので(このシリーズに「原作に忠実であること」を求めても詮無いことなのか)、原作との対比で評価すると星3つ。「ダルジール警視」のウォーレン・クラークがピータース警視長役で出てたけれど、濃いなあ、この人。

ジョージア・モフェット(Georgia Moffett)/ナタリー・ドーマー(Natalie Dormer)
Georgia Moffett.jpgNatalie Dormer.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第16話)/なぜエヴァンズに頼まなかったのか?」●原題:WHY DIDN'T THEY ASK EVANS?, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 4●制作年:2009年(本国放映[米国]2009年/[英国]2011年)●制作国:イギリス・アメリカ●演出:ニコラス・レントン●脚本:パトリック・バーロウ●原作:アガサ・クリスティ「殺人は容易だ」●時間:93分●出演:ジュリア・マッケンジー/ショーン・ビガースタッwarren clarke.jpgフ/ジョージア・モフェット/ヘレン・レデラー/サマンサ・ボンド/リック・メイオール/レイフ・スポール/マーク・ウィリアムズ/ウォーレン・クラーク/ハンナ・マレー/フレディー・フォックス/ナタリー・ドーマー/リチャード・ブライアーズ/シューアン・モリス/デビッド・ブキャナン●日本放送:2012/03/21●放送局:NHK‐BSプレミアム(評価:★★★☆)

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それなりに面白かったけれど、改変の意図がよく分からなかったりする。

魔術の殺人.jpg 第15話「魔術の殺人」1.jpg 第15話「魔術の殺人」3.jpg
アガサ・クリスティーのミス・マープルDVD-BOX4

THEY DO IT WITH MIRRORS title.pngミス・マープル 魔術の殺人01.jpg ミス・マープル(ジュリア・マッケンジー)は、友人のルース・ヴァン・リドック(ジョーン・コリンズ)から、青少年更正施設を運営するルイス・セロコールド(ブライアン・コックス)と結婚した妹キャリー・ルイーズ(ペネロープ・ウィルトン)のことが心配だと第15話「魔術の殺人」2.jpg聞かされる。キャリーは最初の夫の遺産で暮らしているが、数週間前に屋敷でEmma Griffiths Malin THEY DO IT WITH MIRRORS.jpg火事があった。ルースに調査を依頼されたミス・マープルは、静養を装ってキャリーのもとを訪れる。彼女を駅に出迎えたのは,キャリーの養女で明朗なジーナ・エルスワース(エンマ・グリフィス・マリン)で、アメリカで結婚した夫ウォルター(ウォリー)・ハッド(エリオット・コーワン)と実ミス・マープル 魔術の殺人02.jpg家へ戻っているのだが、義弟(キャリーの二番目の夫の息子)のスティーヴン・魔術の殺人 インディアン.jpgレスタリック(リーアム・ギャリガン)は彼女に気があるようだ。その他に屋敷には、キャリーの実娘ミルドレッド(サラ・スマート)、施設上がりの秘書の青年エドガー・ローソン(トム・ペイン)、家政婦ジョリー・ベレバー(マキシーネ・ピーケ)らがいた。そこへ、ルイスの共同経営者クリスチャン・ガルブランドセン.jpgクリスチャン・ガルブランドセン(ナイジェル・テリー)が尋ねて来るが、彼はキャリーの最初の夫の長男である。ルイスは施設で予定されている演芸会の練習に余念が無く、その夜もインディアンの酋長に扮装して皆を相手に練習していた。そこへエドガーが拳銃を携えてやって来て、ルイスに恨みがあると言い立て、拳銃を発射、偶然やって来たキャリーの二番目の夫で演劇プロデューサーのジョニー・レスタリック(イアン・オジルビー)に取り押さえられる。その騒ぎの最中に、隣室でクリスチャンが刺殺され、カリー警視(アレックス・ジェニングス)が来訪して捜査を始める―。

魔術の殺人 hpm2.jpg 原作は1952年に発表されたアガサ・クリスティのミス・マープルシリーズの長編第5作で(原題:They Do It with Mirrors)、この映像化作品は2009年制作のグラナダ版のシーズン4(ジュリア・マッケンジー(Julia McKenzie)主演)の第3話(通算第15話、本国放映は米国]2009年、英国2010年))、演出のアンディ・ウィルソンは、当シリーズでは、第1話「書斎の死体」と第3話「パディントン発4時50分」を手掛けています。

 このシーリズ、シーズン4以降は、ノン・マープル物にミス・マープルを登場させて脚色したりしている作品もあり、それだけ原作からの改変も激しいのですが、この映像化作品は元がマープル物とあって、登場人物も、原作では故人のはずの二番目の夫ジョニー・レスタリックが、(殺害されるところまで含め)原作におけるその長男アレックス(スティーヴンの兄)の役割を果たしていた点を除いては原作と比較的符合しており、シリーズの中では改変が少ない方か?

 いやいや、結構細かい部分でも改変があったかも。ルイスがいきなりインディアンの酋長の恰好で出てきたのにはビックリ。原作では普通に皆が居間にいるところに事件が起きて、別に芝居の練習をしていたわけではなかったはず。原作の肝(キモ)である殺人事件の起きた状況をより分かりよいものにするための「舞台」設定だったのでしょうか。でも、根は明朗なジーナを、「暗~いモンロー」風のインディアンの娘に仕上げる必要はあったかなあ(自らの出生の秘密を知ってしまったということか)。

 キャリー・ルイーズが、原作のひ弱な老女から、ごつい感じのお婆さんになっていたりするなどのキャラクター改変も行われていますが、一応、誰が誰だか分からなくなるようなことはありませんでした。但し、原作からして、キャリー・ルイーズ・セロコールドの今の夫ルイス・セロコールドは彼女3番目のジョーン・コリンズ.jpg夫ということで、前夫の子や養女もいたりして、人物相関の複雑さは相当なもの。キャリーの最初の夫の長男クリスチャン・ガルブランドセンがやけに老けているのがややこしいけれど、原作でも、この継子の方が継母のキャリーより2歳年上となっています。原作を読んでいないと人物関係を追うのがややキツイかも。因みに、原作では、彼女の姉ルース・ヴァン・リドックも3回結婚し、3回離婚して、その度に金持ちになっていった女性という設定です(この役を演じているジョーン・コリンズは実生活で5回結婚している)。

Joan Collins

リーアム・ギャリガン(Liam Garrigan)
ミス・マープル 魔術の殺人03.jpg この映像化シリーズの特徴で、若い男女、とりわけヒロインに相当する女性の恋愛の行方をミステリと同じくらいの比重で扱ったりするものが幾つかある中で、この作品はその典型であり、そうなると、エンマ・グリフィス・マリン(Emma Griffiths Malin)演じるジーナにどれぐらい好感が持てるかが、この作品に対する好悪の分かれ目になることもあるかもしれません。彼女は、離れて見ている分にはいいけれど、付き合うとなる(ましてや結婚するとなると)大変そう―という感じかな。

エンマ・グリフィス・マリン(Emma Griffiths Malin)
Emma Griffiths Malin0.jpgEmma Griffiths Malin2.jpg 犯人は原作ではエゴイスティックな殺人鬼という印象でしたが、この作品では、配偶者への思いやりから殺人を犯しているような解釈になっていて、原作ではあと2人若者を殺害していますが、この映像化作品では、あと1人、オジさん(ジョニー・レスタリック)を殺すのみ―と、やや犯人寄りの改変?(犯人に共感的に描くことで、その加害性をうやむやにしてしまうというのは、「パディントン発4時50分」などにも見られたこの演出家の傾向か)

 原作からの改変が激しいと嫌気がさす人も多いかと思いますが、このシリーズ、先行するBBCのジョーン・ヒクソン版が原作に忠実に作られているのと差別化するために、「改変の妙を愉しむ」趣向にしているのではないでしょうか。その意味では本作もそれなりに面白かったけれど、例えばジーナが矢鱈暗かったりしたかと思ったら最後は明るかったりで、改変のトーンに一貫性がないようにも思えました。

Emma Griffiths Malin
Emma Griffiths Malin.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第15話)/魔術の殺人」●原題:THEY DO IT WITH MIRRORS, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 4●制作年:2009年(本国放映[米国]2009年/[英国]2010年)●制作国:イギリス・アメリカ●演出:アンディ・ウィルソン●脚本:ポール・ラトマン●原作:アガサ・クリスティ「魔術の殺人」●時間:93分●出演:ジュリア・マッケンジー/ペネロープ・ウィルトン/ブライアン・コックス/エマ・グリフィス・マリン(Emma Griffiths Malin)/サラ・スマート/マキシン・ピーク/エリオット・コーワン/リアム・ギャリガン/トム・ペイン/イアン・オギルビー/ナイジェル・テリー/ジョーン・コリンズ/ジョーダン・ロング/アレクセイ・セイル/アレックス・ジェニングス/ショーン・ヒューズ●日本放送:2012/03/22●放送局:NHK‐BSプレミアム(評価:★★★)

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「アガサ・クリスティー協会」公認の改変とはいえ、大枠からしてどうみても改変過剰気味。

殺人は容易だ.jpg 第14話「殺人は容易だ」011.jpg SHERLOCK A STUDY IN PINK.jpg 
アガサ・クリスティーのミス・マープルDVD-BOX4」「SHERLOCK / シャーロック [DVD]」【収録話数】第1話:「ピンク色の研究」(A Study in Pink)/第2話:「死を呼ぶ暗号」(The Blind Banker)/第3話:「大いなるゲーム」(The Great Game) 

Marple - Murder is Easy  title.jpg 地方の村の教区の牧師が養蜂作業中に毒を吸い込んで死ぬ。ミス・マープル(ジュリア・マッケンジー)は列車内で村の老婦人ラヴィニア・ピンカートン(シルヴィア・シムズ)に出会うが、彼女は牧師の毒死も以前に村で起きた老婦人の毒キノコ中毒死も何れも殺人事件だと言い、捜査依頼のためロンドン警察へ行くところだと。彼女は「殺人は容易だ」と連続死を仄めかすが、その直後、乗換駅で何者かにエスカレーターで突き落とされて死亡する。
Marple - Murder is Easy 1.jpg 新聞でその死亡記事を見たミス・マープルは葬儀に参列し、植民地から来た元警官ルーク・フィッツウィリアム(ベネディクト・カンバーバッチ)と知り合ってホテルに間借りし、共に謎解きを始める。ラヴィニアの予言通り、今度はハンブルビー医師(ティム・ブルック・テイラー)が敗血症で死亡するが、その夫人ジェシー(ジェンマ・レッドグレイヴ)は夫の死に疑問を持っていない。

Julia McKenzie/Benedict Cumberbatch

James Lance / Shirley Henderson / Russell Tovey
第14話「殺人は容易だ」06.jpg第14話「殺人は容易だ」02.jpg第14話「殺人は容易だ」07.jpg その娘ローズ(カミラ・アーフウェドソン)、彼女と恋仲でハンブルビーの後継のトーマス医師(ジェイムズ・ランス)、退役軍人ホートン少佐(デヴィッド・ヘイグ)、公立図書館員アボット(ヒューゴ・スピア)、教会のオルガン弾きオノリア(シャーリー・ヘンダーソン)、メイドのエイミー(リンゼイ・マーシャル)といった面々に若い捜査官テレンス・リード(ラッセル・トビー)はマープルの助言をもとに聞き込みを行う―。

 2008年制作のグラナダ版第4シーズン第2話(通算第14話)で(本国放映は2009年)、第3シーズンまでミス・マープル役を務めたジェラルディン・マクイーワン(Geraldine McEwan、1932‐)が退き、第4シーズン通算第13話からジュリア・マッケンジー(Julia McKenzie、1941-)がミス・マープルを演じています(吹替版の声の担当は藤田弓子)。

殺人は容易だ[装]上泉秀俊 pm.jpg 原作『殺人は容易だ』は、1939年にクリスティが発表した「バトル警視もの」でミス・マープルは出てきませんが(といってもバトル警視も最後ちょっと出てくるだけで、中心となる探偵役は元警官ルーク)、この映像化作品ではマープルがルークや若い捜査官テレンス・リードと協力して事件を解決します(と言っても、解決するまでにいっぱい人が死ぬわけだが)。

MURDER IS EASY 2008 リディア.jpg オノリアには知的傷害者の弟がいて、昔、泥酔して川に落ちて死亡しており、エイミーは、教会で何かを告解しようとしていた矢先に帽子塗料をセキ止め薬と誤飲して死亡(彼女は妊娠していた)、ホートン少佐は議員選挙に出馬するつもりだったが、過去の買収行為をネタに脅喝されて出馬を取りやめ、それに落胆したかのようには妻リディア(アナ・チャンセラー)が浴室で死亡、インスリンの過剰注射による自殺と思われたが―。牧師、老婦人、医師、メイド、少佐夫人と、ホント次々と人が死ぬなあと。

 ここまで5人死ぬのは原作と同じ。但し、原作で亡くなるのは、老婦人、医師、メイドの外は、飲んだくれの居酒屋亭主ハリーが川に落ちて死に、嫌われ者のいたずら小僧トミーが博物館の窓を拭いているときに墜死、この映像化作品でルークが村に入ってから亡くなる医師、メイドも含め5人とも、ルークが村に入る前に亡くなっており、ルークが村に来てから更に1人死にます。原作の方も人物が錯綜していて、これを更に改変して93分位に詰め込んでいるだけに、テンポはいいけれど人物の相関関係を追うのがたいへんかも。

Margo Stilley(マーゴ・スティリー) in MURDER IS EASY
第14話「殺人は容易だ」03.jpg第14話「殺人は容易だ」08.jpgMarple_Murder_is_easy2.JPG 原作の先入観無しで見ると、ベネディクト・カンバーバッチが演じる元警官が先ず怪しげな雰囲気ですが、しばらくすると今度はアメリカから教会に古文書の拓本を採りに来たというブリジット(マーゴ・スティリー)が怪しげに見えてくるかも(彼女は幼いころ親に棄てられた過去を持つ。その親とは...という話もこの映像化作品の全くのオリジナル。原作では、ブリジットは早くからルークと捜査上の協力関係となる)。

 原作に覚えがある人は、登場人物の造形や殺害方法などの"改変の妙"を楽しめるかも。夫が愛犬家だったのが、妻が愛猫家であることに変わっていたり、交通事故死がエスカレーターでの事故死になっていたり...。

MURDER IS EASY 2008.jpg 但し、こうしたトリビアな改変はさておき、大枠そのものについても「アガサ・クリスティー協会」公認の改変とはいえ、どうみても改変過剰気味で、結局、何と犯人まで改変されていたけれど(完全に別個の犯人当てクイズみたいになっている。原作にこだわりを持つ人には受け容れられないだろう)、原作では犯人はサイコっぽいシリアルキラーという印象でしたが、この作品では、人間の原罪を背負った悲劇的人物という描かれ方をしている印象もあり(これも原作には無い近親相姦の話が絡んでいる)、一方で、ミス・マープルが謎解きと犯人への追及を同時に行うため、クライマックス場面は結構キツイ感じの作りになっています。
Margot Stilley
Margot Stilley.jpgPicture of Margo Stilley.jpg 別の意味で楽しめたのは、'10年にTVシリーズ「SHERLOCK (シャーロック)」の主役に抜擢されることになるベネディクト・カンバーバッチ(一度見たら忘れられない英国俳優)演じるルークと、スタイル抜群のマーゴ(マルゴ)・スティリー(アダルト女優からセレブ女優へ転身?)演じるブリジットの遣り取りで、"将来のシャーロック"は、魅惑的な謎の女ブリジットに惹かれるも、ずっと彼女に翻弄されっぱなしで、でも最後は何となく脈ありの雰囲気で終わる―という、ドロドロした話にしてしまった後の"口直し的ラスト"とも言えますが、事件解決によって明らかになったブリジットの"出自の重さ"を考えると、こんなんでいいのか~という、やっかみめいた感想も抱かざるを得ませんでした(改変も含め、トータルではそれなりに楽しめたが)。

SHERLOCK s1.jpgピンク色の研究.jpg 因みにTVシリーズ「SHERLOCK」は、ドイルの原作でホームズとワトスンが初めて出会う『緋色の研究』を読んだうえでシーズン1第1話「ピンク色の研究」を観ると、今風にアレンジされた"改変の妙"が効いていて、ベネ君の英国俳優らしい雰囲気と併せて、これ、かなり楽しめます。

ピンクの研究5.jpg ワトスンが、軍医として従軍したアフガン戦争で負傷して右足が不自由なうえに、戦争トラウマにより左手に断続的な痙攣があって職業生活に困難をきたし、 物価の高いロンドンで暮らしていくため必要に迫られて下宿をシェアできるルームメイトを探し、そこでホームズと出会うという設定になっていて、まずホームズは初対面のワトスンを一目見て、彼の経歴や現況からからストレスの原因まで全て言い当ててしまう―というのはお約束通りでしょうか。ワトスンがそうしたホームズのことを最初は気味悪く思いながらも、彼を通して次第にトラウマを克服していく一方、やや引き籠り傾向のあるホームズも、ワトソンを通して現実社会との関わりを保っていくという両者の"共生"関係のようなものが、第1話にして分かり易く示唆されていたのは、今思えば、かなりの"巧みの技"だったかも。やはり、目の肥えた視聴者が多い英国だと、ただ改変すればいいということでは済まないのだろうなあ。

ピンク色の研究 dvd.jpgピンク色の研究 04.jpg「SHERLOCK(シャーロック)(第1話)/ピンク色の研究」」●原題:SHERLOCK:A STUDY IN PINK●制作年:2010年●制作国:イギリス●演出:ポール・マクギガン●脚本:スティーブン・モファット/マーク・ゲイティス●出演:ベネディクト・カンバーバッチ/マーティン・フリーマン/ルパート・グレイヴス/ウーナ・スタッブズ●日本放映:2011/08●放映局:NHK-BSプレミアム(評価:★★★★)
SHERLOCK / シャーロック [DVD]」【収録話数】第1話:「ピンク色の研究」(A Study in Pink)/第2話:「死を呼ぶ暗号」(The Blind Banker)/第3話:「大いなるゲーム」(The Great Game)

Margo Stilley 5.jpgMarple - Murder is Easy 1.5.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第14話)/殺人は容易だ」●原題:MURDER IS EASY, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 4●制作年:2008年(本国放映2009年)●制作国:イギリス・アメリカ●演出:ヘティ・マクドナルド●脚本:スティーヴン・チャーチェット●原作:アガサ・クリスティ「殺人は容易だ」●時間:93分●出演:ジュリア・マッケンジー/ベネディクト・カンバーバッチ/シャーリー・ヘンダーソン/マーゴ(マルゴ)・スティリー/アナ・チャンセラー/ジェンマ・レッドグレイブ/カミラ・アーフウェドソン/デビッド・ヘイグ/ヒューゴ・スピア/ラッセル・トビー/ジェームズ・ランス/ティム・ブルック・テイラー/シルビア・シムズ/リンゼイ・マSHERLOCK (シャーロック) .jpgーシャル●日本SHERLOCK.jpg放送:2012/03/20●放送局:NHK‐BSプレミアム(評価:★★★☆) Margo Stilley(マーゴ・スティリー)

「SHERLOCK (シャーロック)」SHERLOCK (BBC 2010~) ○日本での放映チャネル:NHK‐BSプレミアム(2011~)

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ジュリア・マッケンジー初登場版は、意外と原作に忠実だった。

ミス・マープル ポケットにライ麦を dvd.jpg 第13話「ポケットにライ麦を」01.jpg 第13話「ポケットにライ麦を」04.jpg
アガサ・クリスティーのミス・マープルDVD-BOX4」      Julia McKenzie/Helen Baxendale

第13話「ポケットにライ麦を」03.jpg第13話「ポケットにライ麦を」05.jpg 朝の投資信託会社内で社長秘書のグロブナー(ラウラ・ハドック)が社長のレックス・フォテスキュー(ケネス・クランハム)にお茶を持って行くと、お茶を飲んだ社長は苦しみ出してじき亡くなる。ニール警視(マシュー・マックファディンとビリングスリィ巡査部長(ポール・ブルーク)の調べにより、自宅での朝の紅茶に毒物のタキシンが入れられたと考えられたが、社長の上着のポケットにライ麦が詰め込まれていたことの意味は解らない。
第13話「ポケットにライ麦を」07.jpg第13話「ポケットにライ麦を」06.jpg フォテスキュー家には、レックスの若い後妻アデール(アンナ・マデリー)、長男のパーシヴァル(ベン・マイルズ)、パーシヴァルの妻で元看護婦のジェニファー(リズ・ホワイト)、娘のエレーヌ(ハッティー・モラハン家政婦のメアリー・ダヴ(ヘレン・バクセンデール、執事のクランプ(ケン・キャンベル)とその妻で料理人の(ウェンディ・リチャード)、ミス・マープル(ジュリア・マッケンジー)が教育した養護施設出身の小間使いグラディス(ローズ・ハインニー)がいて、アデールにはヴィヴィアン・デュボア(ジョセフ・ビーティー)という若い男の愛人がいた。

第13話「ポケットにライ麦を」5.jpg ちょうど翌日、放蕩のため家を追い出されていたパーシヴァルの弟ランスロット(ルパート・グレイヴズが、父に呼ばれたからと妻パット(ルーシー・コフ)と共にアフリカのケニアから戻ってくる。そのランスが帰還した日に、アデールが飲んだ紅茶に入っていた青酸カリのために亡くなる。そして同じ夜、小間使いのグラデイスが洗濯場で絞殺死体で発見され、鼻を洗濯バサミで挟まれていた。自分が仕込んだグラディスが亡くなったことで、ミス・マープルは、ニール警視とピックフォード巡査部長(ラルフ・リトル)による事件捜査に協力を申し出る。ミス・マープルは、事件の経緯が執事クランプの口ずさんだマザーグースの歌と符合していることに気づき、歌の中に出てくるクロツグミ(ブラックバード)のことで家人に聴いてみるようニール警視に示唆すると、クロツグミの死骸がレックス・フォテスキューの机の引き出しに入れられていた事件が何か月か前にあったことと、アフリカのクロツグミ鉱山を共同経営していたマッケンジーという男がアフリカの地でレックスに置き去りされる形で横死し、彼には妻との間に息子と娘がいたらしいことがわかる。ミス・マープルがサナトリウムいるマッケンジーの妻を訪ねると、息子は戦死し、娘はいないと言うが、ミス・マープルは、娘のルビー・マッケンジーが偽名を使って復讐のためにフォーテスキュー家に潜入していると推理、ニール警視は、しっかり者だがどことなく冷たい感じの家政婦メアリー・ダヴがルビーではないかと疑うが―。

第13話「ポケットにライ麦を」02.jpg 2008年制作のグラナダ版第4シーズン第1話(通算第13話)で(本国放映は2009年)、第3シーズンまでミス・マープル役を務めたジェラルディン・マクイーワン(Geraldine McEwan、1932‐)が退き、この第4シーズン第1話からジュリア・マッケンジー(Julia McKenzie、1941-)がミス・マープルを演じています(吹替版の声の担当は藤田弓子)。

ポケットにライ麦を ハヤカワ文庫.jpg 原作『ポケットにライ麦を』は1953年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品で、グラナダ版の映像化作品は原作の独自の改変が目立つものが多いのですが、このチャールズ・パーマー演出、ケヴィン・エリオット脚本の映像化作品は、原作にほぼ忠実に作られています。

Julia McKenzie

 ミス・マープルはニール警視に、これはクロツグミ事件を利用した犯罪であり、レックス・フォテスキュー殺しはグラデイスがそうとは知らずにマーマレードに毒を入れたことによるもので、そのグラデイスを利用した真犯人がアデールとグラデイスを殺し、但し、グラデイスは歌の順番と異なりアデールより先に殺されていたとの推理を話します。

 ミス・マープルの話を聞いてもニール警視には真犯人が分からないのも原作と同じ。真犯人の名を聞いてビックリ。納得はしたものの、証拠が無いため、立証するのは貴方の仕事ですよ、頭のいい貴方ならできます、とマープルが励ますところでほぼ終わるのも原作通りで、これが"原作に忠実に作られている"として評価の高いジョーン・ヒクソン主演のBBC版('86年)では、最後、犯人を自動車事故死させてしまっていることを考えると、むしろこちらの方が原作に忠実と言えるかもしれません(このシリーズ、演出・脚本のコンビによって、改変度にかなり差がある)。

 原作に対する評価で、犯人がわざわざ証拠を多く残すようなことをするかとの疑問が付されることもありますが、個人的にはマザーグースを実際のプロットに用いた傑作だと思われ(クリスティ作品にマザーグースの引用は多いが、この作品や『そして誰もいなくなった』のようにそれがプロットに完全に組み込まれているものは少ない)、この映像化作品は、「原作を読む代わり」とするには手頃かも。但し、BBC版もそうでしたが、登場人物のイメージが自分が抱いていたものとやや異なりました。

ヘレン・バクセンデール.jpg 家政婦メアリー・ダヴ役のヘレン・バクセンデールは、悪女ぶりがものすごくキマっていたように思います(原作より存在感が大きい)。パーシヴァルの妻で元看護婦のジェニファー(リズ・ホワイト)は、本来は影がある女性ではないかと思われるですが、ヒステリニックかと思ったら落ち込んだりの情緒不安定で、あまり頭も良さそうでなく、むしろ、レックスの実の娘のエレーヌ(ハッティー・モラハン)の方が魅力的だったかも(原作でも元々影が薄いというのはあるが)。ランスロット(ルパート・グレイヴズ)の妻パット(ルーシー・コフ)も、ちょっと老けた感じだったなあ。あなたはまだ若いんだから...とは言いにくい?

Helen Baxendale

 何よりも、原作の魅力は、嫌な人間ばかりがいる中で最も好人物だと思われた人物が実は―という(ある種、叙述トリックに近いような)点にあるわけですが、それに該当する人物がそう魅力的に描かれておらず、最初から、複数の「犯人であっもおかしくない人物」の内の一人になっているのが難点かな。「眺めのいい部屋」「モーリス」のルパート・グレイヴズは"久しぶり!"という感じだったけれど。

 それでも、原作が個人的には気に入っているものであるだけに、原作に忠実であるは喜ばしいことでした。

ミス・マープルdvd4.jpgアガサ・クリスティーのミス・マープルDVD-BOX4
ミス・マープル マッケンジー.jpg【収録内容】
全4話収録
 第1巻 『ポケットにライ麦を』
 第2巻 『殺人は容易だ』
 第3巻 『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』
 第4巻 『魔術の殺人』
 主演:ジュリア・マッケンジー(声:藤田弓子)

ミス・マープル マッケンジー2.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第13話)/ポケットにライ麦を」●原題:A POCKETFULL OF RYE, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 4●制作年:2008年(米国放映2009年7月5日/英国放映2009年9月6日)●制作国:イギリス・アメリカ●演出:チャールズ・パーマー●脚本:ケヴィン・エリオット●原作:アガサ・クリスティ「ポケットにライ麦を」●時間:93分●出演:ジュリア・マッケンジー/マシュー・マクファディン/ルパート・グレイヴス/ベン・マイルズ/ルーシー・コウ/ヘレン・バクセンデイ/リズ・ホワイト/アンナ・マデリ/ハティ・モラハン/ラルフ・リトル/ケン・キャンベル/ウェンディ・リチャード/ジョセフ・ビーティー/プルネラ・スケイルズ/ローズ・ハイニー/クリス・ラーキン/ケン・クラナム/エドワード・チューダー・ポール/ローラ・ハドック/ティア・コリンズ●日本放送:2012 /03/19●放送局:NHK‐BS2(評価:★★★★)

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登場人物を端折った分、テンポは良くなった? 気になった改変もあるが、ドラマ的にはまずまず成功。

予告殺人.jpg  アガサ・クリスティー ミス・マープル /予告殺人001.jpg A Murder is Announced' (2005).jpg
アガサ・クリスティーのミス・マープル Vol.4 予告殺人」(DVD)

Agatha Christie's Marple - 'A Murder is Announced' (2005).jpg チッピング・クレグホーンという村の新聞に「殺人のお知らせ」という広告が掲載され、興味をそそられた村人たちは、予告現場の下宿屋リトル・パドックスとへと集まってくる。この下宿屋には、女主人のレティシア(ゾーイ・ワナメイカー)と幼馴染みのドラ(エレーヌ・ペイジ)、はとこの子供パトリック(マシュー・グッド)とジュリア(シエンナ・ギロリー)のシモンズ兄妹と養蜂場で働く女フィリッパ(キーリー・ホーズ)、そしてメイドのヒンチ(フランシス・バーバー)が住んでいた。指定の時刻、突然電灯が消え、強盗が押し入り、銃声が鳴り響く。明かりがついた時、レティシアはケガをし、強盗に入った男は射殺されていた。男が働いていたホテルに宿泊していたミス・マープル(ジェラルディン・マクイーワン)は、新聞でこの事件を知る。レティシアは以前、億万長者の秘書をしており、彼の遺産を受け継いだ夫人が亡くなった後に相続人となることになっていた。明日をも知れない状態の夫人よりもレティシアが先に死ねば、ゲドラーの妹の子である双子が相続をすることになるが、双子の行方は分からない―。

予告殺人 ハヤカワ・ミステリ文庫.jpg 2004年制作のジェラルディン・マクイーワン主演の英国グラナダ版で、この年に作られた4話の内の第4話(本国放映は2005年1月、1~3話は2004年12月)。原作『予告殺人』は、1950年発表のクリスティ60歳にしての第50作目の作品。1972年にクリスティ研究家数藤康岸田 今日子ド.jpg雄氏の質問に答えクリスティ自身が挙げた「自作ベスト10」に、ミス・マープルものでは『火曜クラブ』(短篇集)、『動く指』と共に入っています。日本語吹き替えの岸田今日子は、放送4日後の2006年12月17日に他界し、本作が遺作となりました(彼女の茶目っ気があって可愛らしい感じの吹替えをもっと聞きたかった気がする)。

第4話「予告殺人」03.jpg 女主人のレティシアを演じたゾーイ・ワナメイカーはユダヤ系米国人女優ですが、1950年代にハリウハリー・ポッターと賢者の石 フーチ先生.jpgッド・ブラックリストに載ったために英国に渡り、その後長く英国に住んでいたためキングスイングリッシュを話し、ハリー・ポッターシリーズ第1作「ハリー・ポッターと賢者の石」('01年/英)にもフーチ先生役で出演していました。

 犯人が意外だった印象が強く残っている原作でしたが、トリッキーな作品でもあり、また、登場人物もかなり多くて錯綜しているため、映像化する際にどうするのかアガサ・クリスティー ミス・マープル /予告殺人02.jpgなと思ったら、やはり若干登場人物を端折っているみたいです。

 但し、その分テンポが良くなっていて、この原作に関しては、映像化する際にこれはこれでありかなとも思いました。それでも原作を読んでいないと、この"アップテンポ"につていくのは結構キツイかも知れません。因みに、原作に忠実なことで知られるジョーン・ヒクソン主演のBBC版は、この原作の映像化作品(1985年制作の)に関しては3部構成で155分という長さになっています(これでもこのシリーズでいちばん短い方なので、テレビ放映用の短縮版が作られなかった。端折ると話が分からなくなるというのもあったのではないか)。

Keeley Hawes.jpgKeeley Hawes1.jpg 人物構成もさることながら、イースターブルック大佐(ロバート・パフ)が奥さん連れでなく、飲酒癖のために妻に離婚され、過去から逃れるように村に来たことになっているなど(しかも、自分を気遣ってくれる女性に恋したり、その息子とやり合ったり、自ら事件の再現をしてみようと言い出したり、何だか忙しい?)、そうした幾つかのキャラクター改変がされているのがやや気になりました。
 養蜂場で働くフィリッパ役のキーリー・ホーズ(Keely Hawes)も野生児というイメージとはちょっと違ったかな(最初から美人過ぎる?)。しかも、ミス・マープルの友人の娘エイミー(クレア・スキナー)と同性の恋人関係(同性愛者)というアレンジ。
Keeley Hawes(上)/Sienna Guillory(下)

Sienna Guillory.jpg第4話「予告殺人」04.jpg このようにドロドロしている割には、田園風景などを明るく綺麗に撮っているせいか、全体にあまりウェットな感じはしませんでした。

 レティシアのまた従兄妹の妹の方ジュリア・シモンズを演じたシエンナ・ギロリー(Sienna Guillory)なども含め、綺麗どころが何人か出ているというのもあったかも。 

 終わりの方で、メイドのヒンチがなぜレティシアに怒鳴り込んでいったのか分からないという声がありますが、ミス・マープルが犯人に仕掛けた罠であったはずです。その「罠」の範囲が、この映像化作品では分かりにくいかも。

 シリーズ第3話「パディントン発4時50分」と同様、ミス・マープルは原作のように事件の解決の後に謎解きをするのではなく、謎解きと犯人への追及を自らが同時にしていますが、ドラマ的な盛り上がりを考えてのことでしょう。これはこれでまずまず成功しているように思います。BBCのヒクソン版支持者から見ればマープルらしくないということになるのかも(むしろポワロ的)。

第4話「予告殺人」09.jpg ミス・マープルは犯人のことを悪人というよりは気の毒な人と思っているようで、一方で、これは犯人に対する絞首刑の宣告でもあるわけであって、謎解きをするジェラルディン・マクイーワンの目に涙を浮かべたような表情は、彼女の演技の見せ所だったかも(普段はどちらかというと茶目っ気あるミス・マープル像を演じている)。但し、こうしたマープル像もすべて、このシリーズにおける独自解釈の一つということになるかと思います。

 因みに、『パディントン発4時50分』の犯人は2人殺害しているわけですが、原作が発表された1957年に英国で死刑判決を限定する法律が制定されているために、原作では「絞首刑に値する人間がいるとすれば彼だ」という表現によって死刑にならないことが示唆されています。
 
第4話「予告殺人」02.jpg 但し、このジェラルディン・マクイーワン主演のシリーズは、時代設定が1950年代前半を想定しているようで(第1話「書斎の死体」には映画「日の当たる場所」('51年/米)の話が出てきて、第2話「牧師館の殺人」ではミス・マープルの部屋のカレンダーが1951年になっている)、死刑制度は存置されているという前提のもとに作られているようです。「牧師館の殺人」には、犯人が絞首刑になるシーンがあるし、この「予告殺人」においても、「(犯人は)絞首刑になるでしょうね」とミス・マープルに言わせています(自分の秘密を知った人物を3人殺害しているわけだから、現在の日本の量刑相場でみても死刑になる公算は高いのだが、英国の場合、もしも何年か遅い時代設定だったら終身刑だったわけか)。

「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第4話)/予告殺人」●原題:A MURDER IS ANNOUNCED, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 1●制作年:2004年(本国放映2005年)●制作国:イギリス●演出:ジョン・ストリックランド●製作:マシュー・リード●脚本:スチュワート・ハーコート●音楽:ドミニク・シャーラー●原作:アガサ・クリスティ「予告殺人」●時間:95分●出演:ジェラルディン・マクイーワン/クリスチャン・コウルソン/シェリー・ルンギ/ロバート・パフ/キーリー・ホーズ/ゾーイ・ワナメイカー/クレア・スキナー/フランシス・バーバー/エレーヌ・ペイジ/マシュー・グッド/シエンナ・ギロリー●日本放送:2006/12/13●放送局:NHK‐BS2(評価:★★★☆)

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 プロットがやや難ありだが原作共々面白い。スーパー家政婦を巡る恋の鞘当も楽しみの一つ。

パディントン発4時50分.jpg  『ミス・マープル』 パディントン発4時50分.jpg 4.50 FROM PADDINGTON 01.jpg
ジョン・ハナー/ジェラルディン・マクイーワン/アマンダ・ホールデン
アガサ・クリスティーのミス・マープル Vol.3 パディントン発4時50分」(DVD)

(第3話)/パディントン発4時50分 title.jpg第3話「パディントン発4時50分」02.jpgMiss Marple - 450 From Paddington.jpg ミス・マクギリカディ(パム・フェリス)は、友人のミス・マープル(ジェラルディン・マクイーワン)に会いに行くために乗ったパディントン発4時50分の列車内で偶然、並走する別のロンドン発列車内で一人の男が女性の首を絞めているのを目撃、恐らく絞殺したに違いないと直感して客室係に通報したが、その列車から死体は見つからなかったとの連絡がある。ミス・マープルに会って彼女の助言で鉄道警察に届けるが、そこでも相手にされない。ミス・マープル4.50 FROM PADDINGTON 02.jpgは、犯人は列車が速度を緩めるカーブで死体を車外に棄てたと推理し、路線で該当する場所に建つブラック・ハンプトンのクラッケンソープ邸ラザフォード・ホールを探るべく、知り合いの才能豊パディントン発4時50分 実況検分.jpgかな美女ルーシー・アイレスバロウ(アマンダ・ホールデン)をクラッケンソープ家の家政婦として送り込む。ルーシーは敷地内の霊廟から女性の遺体を発見、ミス・マープルを自宅に滞在させていた地元警察のトム・キャンベル警部(ジョン・ハンナー)によるクラッケンソープ家の人々への事情聴取が始まった―。

 クラッケンソープ家の当主で今はほぼ寝たきりのルーサー(デビッド・ワーナー)は、家業の製菓事業を継がなかったために父(創業者)の怒りを買い、遺産を孫代に相続させる信託に付されていた。長女のエマ(ニア・キューザック)は、独身を通して父を介護してきたが、主治医のクインパー(グリフ・リース・ジョーンズ)との恋愛が進行中、長男のエドマンドは、フランス女性のマルティーヌと結ばれた上に戦死し、次女も既に死亡、次男アルフレッド(ベン・ダニエルス)は酒飲みで、危ない仕事に手を染めているらしく、三男は事業家のハロルド(チャーリー・クリード・ミルズ)、四男は外国在住の画家セドリック(キアンラン・マクメナミン)。

パディントン発4時50分 05.jpg 兄弟構成などが一部改変されていて、例えば原作では、次男が画家のセドリックで、四男が詐欺師のアルフレッドとなっており、三男の職業は銀行家。このほかに、亡くなった次女の夫で戦争の英雄だったけれども今は一介の保険会社員となっているブライアンが登場し、また、原作では『予告殺人』でマープルとともに事件を解決したロンドン警察の「クラドック警部」に該当する人物が、ミス・マープルが彼の幼時から知るところの地元警察のトム・キャンベル警部となっています。

ルーシー・アイレスバロウ(アマンダ・ホールデン)/トム・キャンベル警部(ジョン・ハナー

パディントン発4時50分 ハヤカワ文庫.jpg 先行するジョーン・ヒクソン版「ミス・マープル」(1984年から1992年にかけてイギリスBBCにより制作)に次ぐ、グラナダTVで2004以降制作された2度目のTVドラマシリーズであり、マープル役のジェラルディン・マキューアン(Geraldine McEwan)は、気品のあったジョーン・ヒクソンに対して、ちょっとお茶目っぽい感じでしょうか(ファーストシーズン第3作である本作の吹き替えは岸田今日子)。この「パディントン発4時50分」の中では、ミス・マープルがダシール・ハメットの『闇の中の女』を読んでいたりもします。

4:50 from Paddington (2004).jpg 原作共々ストーリーとしては面白いのですが、こうして映像で見ると、最後にミス・マープルが仕組んだ「実況検分」(関係者が乗り合わせての走行する列車内での実況見分は原作には無い)において、目撃者が犯行時の犯人の背中しか見ていないのに犯人を断定できるのかという疑念が強まり、更に個人的にはここの点が一番引っ掛かったのですが、再現可能なほどに列車のスピードがいつも同じなのかという疑問も浮かびます。
 
第3話「パディントン発4時50分」03.jpg第3話「パディントン発4時50分」04.jpg 犯人は誰かと気を持たせながらも、結末はややとってつけたような真犯人及び動機ともとれ(元々読者に対する伏線があまり無い)、やはり原作そのものにプロットとしての弱点があることも否めません。それでも傑作ではありますが。

 1957年に発表された原作に対し、この映像化作品の方は、夜の闇を蒸気機関車が行くダイナミックな映像が今風のカメラワークで(但し、列車を2本同時に止めてしまうのはやり過ぎか)、原作で、オクスフォード大学で数学を専攻し主席を通して周囲から将来を期待されるも、好きな家事を極めるために卒業後は家政婦になったとされている32歳の才女ルーシーを演じたアマンダ・ホールデンの現代風Amanda Holden3.jpgAmanda Holden.pngの魅力など、すべて「今風」と割り切って観ればかなり楽しめました(Amanda Holdenは、スーザン・ボイルを世に送った英国の人気オーディション番組「Britain's Got Talent」の審査員でもある)。 


パディントン発4時50分 08.jpg

アマンダ・ホールデン
(Amanda Holden) 

 謙虚且つ聡明、但し、秘めたる好奇心は旺盛なスーパー家政婦。原作では家事・料理における有能さが描かれていますが、この映像化作品では、豹柄のコートを着て真っ赤な高級クラシック・カーで住込先に乗りつけるなど、かなりセレブっぽい印象で、料理しているシーンとかが殆ど無く(皿拭きはしていた)、いきなり家族と一緒の食卓に(BBCのヒクソン版は途中から食卓を共にする)。

パディントン発4時50分6.jpg 原作では、そのルーシーを巡っての「亡くなった次女の夫で今は会社員のブライアン」と「画家である次男セドリック」の恋の鞘当があり、彼女が最後にどちらを選ぶかミス・マープルには見当が付いているものの読者には明かされないということになっていますが(「クラドック警部」も候補か)、この映像化作品では、「次男アルフレッド」のセクハラに遭いつつ、「三男ハロルド」と「四男セドリック」の両方から言い寄られるという展開。ハロルドが本命かと思われたが、彼女が最後に選んだのはやや意外なダークホース...。
ハロルド(チャーリー・クリード・ミルズ)

 こうした恋愛模様も本作の一つの楽しみであり、推理一点張りではないミス・マープルシリーズらしいと言えばそうと言え、しかも、ルーシーが選んだ相手に(結婚するかどうかは別として)一応の結論を出しているようにとれます。第三の選択? これが本作の一番のサプライズだったかも(原作の最後の1行、ミス・マープルがクラドック警部を見遣ったことに呼応しているわけか)。

 因みに、ジョーン・ヒクソン版(1987年/BBC)にはクラドック警部(に該当する人物)は出てこず、原作で読者に判断を委ねたルーシーの選択は、大方の予想であろう二者(ブライアンとセドリック)からの択一になっていて、彼女がブライアンを選んだことが示唆されています(セドリックは最初から横柄なキャラクターとして描かれているため、彼が選ばれないことは自明のこととなっている)。こうした解釈や人物造型の違いを見るのも、映像化作品の楽しみ方かもしれません。

第3話「パディントン発4時50分」01.jpgAmanda Holden2.jpgAmanda Holden1.jpgAmanda Holden at Britain's Got Talent
Britain's Got Talent amanda.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第3話)/パディントン発4時50分」●原題:4.50 FROM PADDINGTON, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 1●制作年:2004年●制作国:イギリス●本国放映:2004/12/19●演出:アンディ・ウィルソン●製作:マシュー・リード●脚本:スティーブン・チャーチェット●音楽:ドミニク・シャーラー●原作:アガサ・クリスティ「パディントン発4時50分」●時間:95分●出演:ジェラルディン・マクイーワン/グリフ・リース・ジョーン/デビッド・ワーナー/ニア・キューザック/ベン・ダニエルス/アマンダ・ホールデン/チャーリー・クリード・マイルズ/シアラン・マクメナミン/パム・フェリス/ジョン・ハナー●日本放送:2006/12/26●放送局:NHK‐BS2(評価:★★★☆)

■AXNミステリー「あなたが選ぶ!ミス・マープル(全23話) ベストエピソード」(2016年)
1位  シーズン1 第3話「パディントン発4時50分
2位  シーズン3 第4話「復讐の女神」
3位  シーズン4 第1話「ポケットにライ麦を」
3位  シーズン5 第4話「鏡は横にひび割れて」(同数票)

5位  シーズン3 第1話「バートラム・ホテルにて」
6位  シーズン2 第1話「スリーピング・マーダー」
7位  シーズン1 第4話「予告殺人」
8位  シーズン6 第1話「カリブ海の秘密」
9位  シーズン1 第1話「書斎の死体」
10位  シーズン1 第2話「牧師館の殺人」

11位  シーズン4 第4話「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」
12位  シーズン6 第3話「終わりなき夜に生まれつく」
13位  シーズン3 第3話「ゼロ時間へ」
13位  シーズン4 第2話「殺人は容易だ」 (同数票)
15位  シーズン5 第1話「蒼ざめた馬」
16位  シーズン5 第3話「青いゼラニウム」
17位  シーズン2 第3話「親指のうずき」
18位  シーズン2 第2話「動く指」
19位  シーズン3 第2話「無実はさいなむ」
19位  シーズン5 第2話「チムニーズ館の秘密」 (同数票)

21位  シーズン2 第4話「シタフォードの謎」
22位  シーズン4 第3話「魔術の殺人」
23位  シーズン6 第2話「グリーンショウ氏の阿房宮」

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第2話「牧師館の殺人」02.jpg原作に比較的忠実に作られていて、"原作と同じように"楽しめる。

牧師館の殺人dvd.jpg 牧師館の殺人 o3.jpg Marple The Murder at the Vicarage  1.jpg
アガサ・クリスティーのミス・マープル Vol.2 牧師館の殺人」(DVD)

Marple The Murder at the Vicarage  2.jpgMURDER AT THE VICARAGE title.jpg ミス・マープル(ジェラルディン・マクイーワン)の住むセント・メアリー・ミードのプロズロウ大佐(デレク・ジャコビ)は口煩く嫌味な性格で、村人達に嫌われていた。ある日、教区委員でもある大佐は、会計台帳を確かめるべく牧師館を訪ねるが、その日、彼はMarple The Murder at the Vicarage  3.jpg牧師館の書斎で遺体となって発見された。
 警察が捜査を始めたところ、プロズロウの妻アン(ジャネット・マクティア)との不倫関係にあった画家の画家ロレンス(ジェイソン・フレミング)が自首。ところが、それを知ったアンは「自分が殺した」と言い出す。だがその日、庭で周囲の人々の行動を見ていたMarple The Murder at the Vicarage  5.jpgミス・マープルの証言により、結局ロレンスとアンは無罪放免となる。逆に怪しい行動をしていたのは、レナード牧師の妻のグリゼルダ(レイチェル・スターリング)、プロズロウ家を取材しているデュフォス教授(ハーバート・ロム)とその秘書エレーヌ(エミリー・ブルーニ)、賭博に嵌っている副牧師ホーズ(マーク・ガティス)、プロズロウが密会していた女性ミセス・レスター(ジェーン・アッシャー)等々。果たして真犯人は誰か―。

牧師館の殺人 ハヤカワ文庫.jpg牧師館の殺人01.jpg ジェラルディン・マクイーワン(Geraldine McEwan)主演の英国グラナダ版で、この年に作られた第1シーズン4話の内の第2話。原作はアガサ・クリスティ(1890‐1976)の1930年に刊行された作品で(原題:The Murder at the Vicarage)、ミス・マープルの長編初登場作品。このグラナダ版の第1話「書斎の死体」の原作が1942年刊行だから、ドラマの制作順が原作の発表順と違っているけれど、この映像化シリーズの方もBBC版同様、全部1950年代ということで統一設定されているようです(この「書斎の死体」は、ミス・マープルの部屋のカレンダーから、1951年の設定であることが窺える)。

Julie Cox(ジュリー・コックス)(若き日のマープル)/マーク・ウォレン(その恋人エインズワース大尉)
Julie Cox.jpgimagesCA6NJW2B.jpg セント・メアリー・ミード村の長閑な自然やミス・マープルの住まいの庭が美しく撮られていて、原作からの改変も比較的少なく(挙動不審の教授と助手のコンビをカットしていない点では、BBC版より原作に忠実?)、こっちを第1話にもってくるべきではなかったのかな。時間に余裕があったのか、原作には無い、若き日のマープル(ジュリー・コックス)と、その恋人の妻子ある男性(マーク・ウォレン)(出征で別れ戦死して不帰の人に)が、彼女の回想シーンの中で登場します。

牧師館の殺人10.jpg ミス・マープルは、偶然、殺人事件の起きた現場付近にいたため(彼女は牧師館の隣に住んでいる)"目撃証言"をしますが、スラック警部(ステフェン・トンプキンソン)から捜査経過を聴くうちに、自分がアリバイ作りに利用されたことに気付く―(この時点までは、マープルより犯人の方がしたたか)。

Marple The Murder at the Vicarage  4.jpg 原作では、先に大佐の殺人事件があって、後からミス・マープルの当時の状況説明があったり、いろんな村人たちが登場してきますが、この映像化作品では、大佐をはじめ村の人々を先にじっくり描いて、原作では終盤にある牧師の説教や副牧師の寄付金横領疑惑も全部前の方にもってきて、更にマープルが現場付近に居合わせた状況も描いて、その後で大佐が死んでいるのが見つかるという順になっているので、観ていて「なかなか殺人事件が起きないなあ」とは思いましたが、これも一つのテレビ的な描き方として悪くないように思いました(変に解説風になっていない。原作は牧師の手記の形をとっている)。

グリゼルダ(レイチェル・スターリング)/レティス(クリスティーナ・コール
Marple The Murder at the Vicarage  6.jpgMURDER AT THE VICARAGE 2004 01.jpg プロズロウ牧師とその若妻グリゼルダは、原作ではやや刺々しい関係でしたが、この作品ではそれほどでも、と言うより、むしろ蜜月状態。彼女も画家ロレンスに肖像を描いてもらっていましたが、プロズロウの娘レティス(クリスティーナ・コール)は水着姿で絵のモデルになっていて、これも原作通り(水着姿のクリスティーナ・コールをしっかり映像化しているのはサービス?)。突然村に来た謎の女性ミセス・レスターの正体も原作と同じです。

グリゼルダ(レイチェル・スターリング)/レティス(クリスティーナ・コール
レイチェル・スターリング.jpgChristina Cole 01.jpg 登場人物も容疑者の数も相変わらず多いけれど、犯人が施した時間トリックが少しややこしいぐらいで、あとはそれほど複雑なプロットでもないし、原作を読んでいなくても、"原作と同じように"楽しめるのではないでしょうか(ミス・マープルがどんな佇まいの家に住んでいるか分かっただけでも収穫)。但し、犯人の絞首刑の映像シーンは要らなかったように思います(何だか変に重くなってしまった)。

Christina Cole
第2話「牧師館の殺人」03.jpgChristina Cole.jpg第2話「牧師館の殺人」01.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第2話)/牧師館の殺人」●原題:MURDER AT THE VICARAGE, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 1●制作年:2004年●制作国:イギリス●本国放映:2004/12/19●演出:チャールズ・パーマー●製作:マシュー・リード●脚本:スティーヴン・チャーチェット●音楽:ドミニク・シャーラー●原作:アガサ・クリスティ「牧師館の殺人」●時間:95分●出演:ジェラルディン・マクイーワン/デレク・ジャコビ/ジャネット・マクティア/ジェイソン・フレミング/レイチェル・スターリング/ハーバート・ロム/エミリー・ブルーニ/マーク・ガティス/ジェーン・アッシャー/ステフェン・トンプキンソン/クリスティーナ・コール/ハーバート・ロム/マーク・ウォレン●日本放送:2006 /12/11●放送局:NHK‐BS2(評価:★★★☆)

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ノンシリーズものを「おしどり探偵」 初老版風に改変? 原作と比べて一長一短という感じ。

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忘れられぬ死(2003年)axn.jpg

忘られぬ死 [DVD]

忘れられぬ死(2003年)洋DVD.jpg 大富豪でサッカーチームのオーナーのジョージ・バートン(ケネス・クラナム)は、チームが勝利した記念に祝賀パーティを開催するが、祝賀会の乾杯で、バートンの妻ローズマリー(レイチェル・シェリー)がグラスに口をつけた途端に倒れて命を落とす。パーティ客にチームの支持者でスポーツ省大臣のスティーヴン・ファラデー(ジェームズ・ウィルビー)とその妻アレクサンドラ(クレア・ホルマン)がいて、スキャンダルを避けたい首相補佐官の命令で、政府の秘密捜査官ジェフリー・リース大佐(オリヴァー・フォード・デイヴィス)とその妻キャサリン(ポーリーン・コリンズ)が捜査を開始することに。リースとキャサリンは、ローズマリーがファラデーと不倫関係にあったこと、さらに中絶をしていたことなどを突き止め、パーティに居合わせたローズマリーの妹アイリス(クロエ・ハウマン)や、姉妹の育ての親であるルシーラ・ドレイク(スーザン・ハンプシャー)、彼女が溺愛する息子のマーク・ドレイク(ジョナサン・ファース)、ジョージの秘書ルース・レシング(リア・ウィリアムズ)らに会い、夫婦間の様子や現場の状況などを聞き出すが、それぞれに容疑があり、真相を掴むことが出来なかった。そんな中、妻の死と不貞に悲しみ怒るとともに、彼女は殺害されたのではないかと疑うジョージは、祝賀パーティを再現することにするが、今度は自身が再現パーティの席上で毒殺される―。

忘られぬ死 ハヤカワ文庫09.jpg 原作は、1945年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品で(原題:Sparkling Cyanide(泡立つ青酸カリ))、ポアロもマープルも登場しないノン・シリーズもの。1983年に一度「スキャンダル殺人事件」というタイトルで米国でTVドラマ化されていますが、こちらは2003年制作のグラナダTV版です。

 原作はローズマリーの死から1年を経た時点から始まっており、彼女を巡る様々な人々の心理描写が前半部分を占めますが、この映像化作品では、回想シーンとしてではなくリアルタイムで最初のパーティーが開かれており、テレビらしい演出。但し、ローズマリーの誕生会ではなく、サッカーチームが勝った祝賀会になっています。原作のジョージも富豪ですがサッカー成金などではなく、これも現代風の改変と言えます。

 1年後のパーティでも、原作ではジョージがローズマリー役を演じる女優を探していたが結局呼ばなかったことになっているのに対し、この作品では実際に簡単なモデルオーディション(下着審査!)をやって、身代わりをさせいます。

Pauline Collins.jpg 原作で事件の捜査に当たる元陸軍情報部部長のジョニー・レイス大佐が、リース(オリヴァー・フォード・デイヴィス)とキャサリン(ポーリーン・コリンズ)の初老夫婦に置き換わっています。2人は表向きは軍の年金課員と学校教員となっていて、本職は実の娘にさえ秘密にしているという設定ですが、何だかトミーとタペンスの「おしどり探偵」シリーズの"初老版"みたいな感じで(「おしどり探偵」シリーズも最後の「運命の裏木戸」では二人とも75歳になっているのだが)、キャサリンの方が夫のルースの方にあれこれ指示しているコミカルなタッチも似ています(キャサリンの姓はケンドールで、夫婦別姓? それとも離婚した?)。

Pauline Collins

 キャサリンの部下アンディ(ドミニク・クーパー)が、世界中のどこの監視カメラの映像も見られるといった最新のIT技術を駆使して情報集めをしてくれて、キャサリンらにとっては好都合だけれど、その分ややご都合主義な印象も(こうなると、今風と言うより近未来風か)。

Rachel Shelley.jpg 全体としては、冒頭にローズマリー(レイチェル・シェリー)の亡くなるパーティをもってきている分、登場人物の回想で綴る原作よりはテンポは良くなっていますが、原作では、最初のローズマリーの死が自殺なのか他殺なのか今一つはっきりしなかったのに対し、この映像化作品を見るとどうみても他殺という印象で、それでも検死審問で自殺とされてしまうのがやや不自然にも思えました。要するに、誰にも犯行を遂げようがないから(犯人の見当がつかないから)自殺扱いに―ということなのか。

Rachel Shelley

 原作が心理描写が多い割には、事件が起きた際の状況の描写が少なく、この作品はそれを映像化によって丁寧に描写しているように思いました。また、原作では特にルシーラの姉に対する忘れられぬ死(2003年)02.jpg思いや、不倫がばれた青年大臣スティーヴンの焦りなどが丁寧過ぎるぐらい丁寧に描かれている分、読者側からすれば彼らは早くから犯人候補から外れてしまうわけですが、この映像化作品では、物語がさほど進行しないうちは、彼らも"同等に"犯人候補として扱っている印象。カギとなる犯人男女の関係も、原作では早くから示唆されているのに対し、ここでは最後の方になって、監視カメラの密会映像からやっと分かるという、犯人当ての楽しみをより多く残している作りになっているように思いました。

忘れられぬ死(2003年)03.jpg 結局、ルシーラは単身で犯人の家まで行ってしまい、そこで犯人は誰かを知るわけで、そこへ遅ればせに...という結末が、テレビの刑事ドラマの結末みたいで、やや安っぽかったかな。現代風への置き換えはまあまあ上手く味付けされていると思います。原作と比べて一長一短という感じでした。
 
「アガサ・クリスティ/忘られぬ死」」●原題:AGATHA CHRISTIE`S SPARKLING CYANIDE●制作年:2003年●制作国:イギリス●本国放映:2003/10/05●監督:トリストラム・パウエル●製作:スーザン・ハリソン●脚本:ローラ・ラムソン●撮影:ジェームズ・アスピナール●音楽:ジョン・E・キーン●時間:日本放映版96分(完全版189分)●出演:ポーリーン・コリンズ/オリヴァー・フォード・デイヴィス/ケネス・クラナム/ジョナサン・ファース/スーザン・ハンプシャー/クレア・ホルマン/ジェームズ・ウィルビー/リア・ウィリアムズ/レイチェル・シェリー/クロエ・ハウマン●DVD発売:2005/12●発売元:ハピネット・ピクチャーズ(評価:★★★☆)

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BBC版。楽しめた。ホームズ、ワトスン共にグラナダ版より若いが、ワトスンが大活躍。恋もした?

バスカヴィル家の獣犬01.jpgバスカヴィル家の獣犬 dvd.jpg    The Hound of the Baskervilles (2002).jpgバスカヴィルの獣犬 [DVD]」リチャード・ロクスバーグ(Richard Roxburgh)

シャーロック・ホームズ 「バスカヴィルの獣犬」 前編.jpg ダートムアの荒野に響く獣の唸り声は、かつてバスカヴィル家の領主だったヒューゴーという男が妻の不倫に怒り沼地に逃げた妻を殺害、その際に妻が大事に飼っていた大きな犬がヒューゴーに飛びかかって殺され、そして今でもその犬の悪霊が沼地を彷徨って遠吠えしているという―そうした伝説が沼沢地の気味悪さを一層深めるこの地で、バスカヴィル家の領主・チャールズ卿が変死し、死体の側に彼のつま先だけの足跡と巨大な犬の足跡が残されていた。当家医師モーティマーの依頼により、ホームズはチャールズ卿の死に関する調査を始めるとともに、新たな当主となったヘンリー卿の身の安全と相続した莫大な財産を守るため、ワトスンが彼の護衛に当たる―。

Hound of the Baskervilles'00.jpg 1901年にコナン・ドイルが発表した、ホームズ物語の4つの長編中最長の作品『バスカヴィル家の犬』の映像化であり、ホームズ物語の映像化では、1994年に完結した英グラナダテレビ製作のジェレミー・ブレッド主演のシャーロック・ホームズシリーズがよく知られていますが、これは英国国営放送(BBC)が2002年に作ったものです(2004年にもう1作放映している。ホントはもっと作ってシリーズ化したかったのか?)。日本では、NHK-BSで2004年に放映されましたが、先行して2003年にDVDが国内発売されています。

 シャーロック・ホームズを演じたリチャード・ロクスバーグ(「ミッション:インポッシブル2」('02年/米)などに出演)は、グラナダ版のホームズ役で高い評価を得たジェレミー・ブレットと比べれば新顔でしたが、4大長編の最後である原作の時代設定が実は一番最初であることを考えると、50代でこの役を演じたブレットよりも、当時40歳だったロクスバーグの方が年齢的には合っているかも知れず、同じことは、ワトスンを演じたイアン・ハート(「ハリー・ポッターと賢者の石」('01年/英)などに出演)にも言えるかと思います。

Hound of the Baskervilles'01.jpg この作品、ホームズ物語で最も数多く映像化されていながら、原作通りに作られているものは一つもないそうで、そうした中では、前半の展開はかなり原作に忠実な方ではないでしょうか。
 原作に比べるとテンポよく話が進んでいき(原作はダートムアの土地柄など文学的な記述表現もあってやや冗長に思える部分もあった)、それでいて軽過ぎる印象を受けないのは、何よりも、ダートムアの荒涼とした気象、土地柄がよく描かれていて、一方で、チャールズ卿の邸宅内などの室内シーンなどはセットに贅を凝らしていて、映像的に全く手抜きがないためでしょう。

Hound of the Baskervilles3.jpg 原作とやや異なるのは、イアン・ハート演じるワトスンが結構活躍する場面が多いことと、ホームズの良き友でありながらも、調査の秘密を明かさなかったホームズに対して強く詰め寄るなど、「助手」と言うより「対等」な関係であろうとしているのが窺える点で、その分、イアン・ハートの人間味溢れるワトソン像が前面に出ていて、これもいいです(対比的に、ロクスバーグのホームズ像はやや冷たい印象か)。

 近所に住む考古人類学者(原作では昆虫学者)スティプルトン(リチャード・E.・ラント)の妹ベリル(ネイブ・マッキントッシュ)が、ヘンリー卿と間違えてワトスンにこの地を立ち去るよう警告するのは原作と同じですが、彼女に惹かれたヘンリー卿と併せて、ワトスンもベリルに惹かれたような印象を受けました(ベリル役のネイブ・マッキントッシュの美貌がかなり目立っている)。

 それで彼女が殺された(原作にはない殺人)ことを知ったワトスンは激昂して...とここからは原作とかなり異なる展開。もともとアクション映画っぽい場面のある原作ですが、よりアクション映画っぽくなっています(最後にホームズが沼にハマる場面は原作にもあるが、とにかくワトスン大活躍といった感じ)。

バスカヴィル家の獣犬 犬.jpg その他にも、原作に無いバスカヴィル家での降霊会や大掛かりなクリスマス・パーティなどがあって(この番組、クリスマスシーズンに放映された)、"膨らまし感"はあるものの"手抜き感"は無いため、これはこれで良しとしていいのではないかと。「犬」はCG(と模型?)を使っていますが、今から10年前のCGだから、まあこんなものかというレベルです。

バスカヴィル家の獣犬 ジョン・ネトルズ.jpgバーナビー警部ド.jpg 「バーナビー警部」のジョン・ネトルズが、モーティマー医師役で登場。「バーナビー警部」のシリーズはもう始まって大いに人気を博していた頃だから、シーズンとシーズンの隙間をぬってのゲスト出演といった感じなのでしょうか。

John Nettles

 繰り返しになりますが、(この映像化作品では)ワトスンもベリルに惹かれたのだと思います。だから、事件が解決しても鬱々としているのではないかなあ(実際、ベリルが殺されたことで、よりダークなトーンになったように思えた)。

 原作とはやや異なった余韻を残す作品で、正統派支持者からはこき降ろされそうなよう要素も多々ありますが、テンポの良さもあって、個人的には改変部分も含め原作より楽しめたかも。

The Hound of the Baskervilles2.jpgシャーロック・ホームズ 「バスカヴィルの獣犬」 後編.jpg「バスカヴィル家の獣犬」●原題:THE HOUND OF THE BASKERVILLES●制作年:2002年●制作国:イギリス●監督:デヴィッド・アットウッド●製作:リストファー・ホール●脚本:アラン・キュービット●撮影:ジェームズ・ウェランド●音楽:ロブ・レイン●原作:アーサー・コナン・ドイル●時間:100分●出演:リチャード・ロクスバーグ/イアン・ハート/マット・デイ/リチャード・E・グラント/ネイブ・マッキントッシュ/ジョン・ネトルズ/ジェラルディン・ジェームズ /ロン・クック●日本放映:2004/09/18●放送局:NHK‐BS2 (評価:★★★★)

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「フリーダは人生も凄いけど、絵もおもしろい!」

フリーダ・カーロのざわめき.jpg とんぼの本  フリーダ・カーロ―痛みこそ、わが真実.jpg 「知の再発見」双書    フリーダ・カーロ 愛と芸術に捧げた生涯.jpg DVD
フリーダ・カーロのざわめき (とんぼの本)』『フリーダ・カーロ―痛みこそ、わが真実 (「知の再発見」双書)』「愛と芸術に捧げた生涯 [DVD]

フリーダ・カーロ.jpg 『フリーダ・カーロのざわめき』は、森村泰昌氏による序文及び第1章「フリーダをめぐる12のざわめき」と、芸術新潮編集部による第2章「苦痛と快楽に生きた47年」及び第3章「永遠のフリーダ」の3章構成で、2章と3章の間に建築が専門の藤森照信のフリーダが住んだ「青い家」訪問記が入るという構成で、なぜこうした構成になっているかというと、本書が、「芸術新潮」の2003年9月号のフリーダ・カーロ特集から抜粋して新潮社の「とんぼの本」に移植したものであるためです。

 何と言っても、フリーダ・カーロの作品を通して、その生い立ちから波乱と苦悩に満ちた人生を浮き彫りにし、また、作品の分かりやすい分析を通して彼女の心象風景に迫る森村泰昌氏の語りが圧巻で、まさに氏が序文で「フリーダは人生も凄いけど、絵もおもしろい!」と言っているだけのことはあります。

フリーダ・カーロ4.jpgフリーダ・カーロ(Frida Kahlo、1907-1954/享年47)

フリーダ・カーロ01.jpg 絵筆に生き、恋に生きたフリーダの生涯における男性遍歴は華々しいものがありますが(晩年病臥に伏し、男性とのセックスができなくなると今度は同性愛に耽った)、やはり生涯を通してみれば2度結婚したメキシコの壁画の巨匠ディエゴ・リベラが真の伴侶だったことが窺え(ディエゴ・リベラもフリーダの妹との不倫などで彼女を悩ませたりしたのだが)、触れると火傷しそうな情熱の塊のような女性だったフリーダを相手にするには、彼ぐらいのふてぶてしさを持った大物でなければ手に負えなかったのかも。

Frida Kahlo,Diego Rivera 1932

 元々フリーダは彼の追っかけだったわけですが、追っかけ対象のディエゴ・リベラ自身が自分よりフリーダの方が絵が上手いと絶賛していたとのこと、没後の両者の世界的な認知度は完全に逆転し、フリーダの方が上にきています。

 本書が、雑誌から移植であるため構成にやや一貫性を欠き、重複した記述も見られるのに対し、「知の発見」双書の『フリーダ・カーロ―痛みこそ、わが真実』は、訳本ながらも一人の著者によるフリーダ・カーロの人生及び作品解説となっており、入門書としてはこちらの方がオーソドックスで一貫性もあります。同じくビジュアル系叢書であるため、掲載作品も『フリーダ・カーロのざわめき』同様に豊富ですが、ただ判型がやや小ぶりであるため、絵がやや小さいのが難点か。

 フリーダ・カーロの生涯は映画化もされ、記録映画もありますが、「フリーダ・カーロ 愛と芸術に捧げた生涯」(The Life and Times of Frida Kahlo、2004)は、DVD入手可能なTV用ドキュメンタリー作品です。

 フリーダに関係した人物の証言をもとに彼女の人生を辿り、更に彼女の作品も紹介していますが、冒頭に出てくるのがカルロス・フエンテス(1928-2012/享年83)で(肩書がライターになっているが、この人、ノーベル文学賞クラスと言っていい大作家)、彼が語る、「椿姫」のオペラが上演された劇場で、芝居よりも観客として来ていたフリーダの方が周囲を圧倒していたといったエピソードは面白く、その彼が、フリーダの生涯やその作品の意義をメキシコの歴史なども併せて解説し、その他に、すでに高齢となった「フリーダの生徒」だった人たちの証言が続きます。

フリーダ・カーロ 1.jpg また、『フリーダ・カーロ―痛みこそ、わが真実』に詳しく書かれている、彼女が18歳の時に遭遇した、通学バスに路面電車が衝突して死傷者が出、彼女自身、バスの手摺りが腹部を貫通して脊椎が砕かれるという大怪我を追った事故についても映像で紹介されており、更にフリーダ自身も記録フィルム的に登場し、夫であるディエゴ・リベラがアメリカに招かれ壁画創作の仕事をする間、その傍らの工事現場の櫓のような場所で本を読んでいるフリーダや、レオン・トロツキーと立ち話するフリーダなど、"動いている"フリーダが見られるのは貴重であり、また、容貌やファッションだけでなく、その立ち振る舞いが非常に女性的で洗練されていたことが窺えます。

フリーダ・カーロ 2.jpg フリーダ・カーロの母親はメキシコ人(母親の両親はメキシコ先住民とスペイン人)で父親はドイツ人(父親の両親はユダヤ系ハンガリー人)であり、その出自を通してフリーダの絵画に表されたメキシコ的な要素と西洋的な要素を『フリーダ・カーロのざわめき』において森村泰昌氏が鋭く分析していますが、この記録映画においても、フリーダの絵画はメキシコの国民的壁画家であったディエゴ・リベラ以上にメキシコの土着性に根付いたものであったことを指摘する一方で、夫に付き添って訪れたアメリカの各都市やパリの地で、彼女が欧米的な文化にごく自然に馴染んでいったことも紹介されているのが興味深かったです。

 せっかくの映像化作品なので、もう少し、フリーダ・カーロの作品を取り上げて欲しかった気もしますが、エンドロールのバックでクリスティーズのオークション会場で彼女の自画像がオークションにかけられている映像が流れ、最初に100万ドルの値が付き、その後どんどんセリ上がっていくところで終わっていて、生前それほど評価されなかった彼女の作品が、死後にオークション記録を次々と塗り替えていくほどの高評価を得たことを象徴的に表していました。

フリーダ・カーロ 愛と芸術に捧げた生涯  c.jpgフリーダ・カーロ 愛と芸術に捧げた生涯  .jpg「フリーダ・カーロ 愛と芸術に捧げた生涯」●原題:THE LIFE AND TIMES OF FRIDA KAHLO●制作年:2004年●制作国:アメリカ●監督:エイミー・ステッチラー●時間:86分●出演:フリーダ・カーロ/ディエゴ・リベラ/レオン・トロツキー/カルロス・フエンテス●日本発売:2006/09●DVD販売:アップリンク(評価:★★★★)

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