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改題増補されて入手できたのは喜ばしい。それにしても、まだ観るべくして観ていない映画が多い。


『映画の中の東京 (平凡社ライブラリー さ 8-1)』['02年]「秋立ちぬ<東宝DVD名作セレクション>」「銀座化粧 [DVD]」田中絹代 「赤線地帯 4K デジタル修復版 Blu-ray」京マチ子
『東京という主役: 映画のなかの江戸・東京』['88年]

日本映画には東京を描いた作品が多いのですが、本書は、一昨年['22年]に91歳で亡くなった映画評論家の佐藤忠男(1930-2022)が、映画における東京の風景の役割や意味、人々の暮らしぶり、監督論等を語ったもので、『東京という主役―映画のなかの江戸・東京』('88年/講談社)の改題増補版になります。
佐藤忠男(1930-2022)
第1章では、小津安二郎、黒澤明、成瀬巳喜男の3人の監督の作品を取り上げていますが、まず何をもってもしても小津安二郎! 生涯に作った53本の作品の内、東京を舞台にしていない作品はせいぜい8本ぐらいしかないそうです。「東京物語」(53年)をはじめタイトルに東京という言葉がついている作品が5本あり、どの作品をとっても東京論になるといった感じ。

黒澤明作品については、「野良犬」(49年)を「東京をかけめぐる映画」だとし、盛り場の描かれ方などに注目しています。そう言えば小林信彦氏が「週刊文春」のエッセイで、闇市の風景を一番忠実に描いているのは、黒澤明の「酔いどれ天使」と「野良犬」だと述べていました。
成瀬巳喜男作品では、ミルクホールを舞台にした「はたらく一家」(38年)に着眼していますが、個人的には未見。「ミルクホール」というものの起源が解説されているのが興味深かったです(ホテルニューオータニに「ミルクホール」という名のそう高くない洋食屋があって、コーヒーのみだが打ち合わせで等で50回近く利用した。また、時々利用する中伊豆・吉奈温泉にある旅館「東府やResort&Spa-Izu」にも「ミルクホール」というフリードリンクスペースがあり、数回行ったことがある)。
ホテルニューオータニ「ミルクホール」/東府やResort&Spa-Izu「大正館」ラウンジ「ミルクホール」

第2章では、江戸から東京への推移を写し出した作品を取り上げていて、山中貞雄監督の「人情紙風船」(37年)などは確かに江戸長屋をよく描いていました。「東京五人男」(46年)の熱の籠った解説がありますが、個人的にはこれも観よう観ようと思っていながらも未見。章の終わりの方では、黒澤明の「素晴らしき日曜日」(46年)や小津安二郎の「風の中の牝雞」(46年)を取り上げています。
第3章は、山の手と下町の比較論で、下町ものとして、小津安二郎の「出来ごころ」(33年)、「東京の宿」(35年)などを挙げていますが、山の手ものと呼ばれる映画の分野はないとのこと。ナルホド。


第4章では盛り場の変遷を浅草・銀座・新宿の順で取り上げ、浅草だと成瀬巳喜男の「乙女ごころ三人姉妹」(35年)、ただしこれも個人的は観れていないです。銀座はこれも成瀬巳喜男の「銀座化粧」(51年)と「秋立ちぬ」(60年)を取り上げていますが、片や酒場(女給バー)が舞台で片や八百屋が舞台だけれども、場所は同じ銀座でした。吉村公三郎の「夜の蝶」(57年)を"究極の銀座讃歌"としていますが、これも観れておらず。新宿のところで取り上げられている大島
渚の「新宿泥棒日記」(69年)も未見。山本政志監督の「闇のカーニバル」(81年)は旧ユーロスペースで観ました。伊藤智生監督の「ゴンドラ」(86年)はラストに疑問が残るとしています。山本監督の「ロビンソンの庭」(87年)は「闇のカーニバル」に続く作品ですが、白黒映画から一転して、鮮やかな緑の溢れる映像美へ(主演は今回も本業ロック歌手の太田久美子)。これを「闇のカーニバル」の"もう一つの悪夢"としています(後に芥川賞作家となる町田康や、室井滋、田口トモロヲなども出ていた)。
第5章は、外国映画の中の東京を取り上げ、ヴィム・ヴェンダース監督(「パリ、テキサス」('84年/西独・仏))の小津安二郎へのオマージュとも言える旅日記風ドキュメンタリー映画「東京画」(85年/米・西独)について、ヴェンダースが撮った東京は、高層ビルとネオンが
林立する、小津の映画とは似ても似つかぬ東京であり、彼は小津の時代は遠くに過ぎ去り、日本的なものが失われたと感じたと(映画の中では、東京タワーで落ち合った友人のヴェルナー・ヘルツォーク監督(「アギーレ/神の怒り」('72年/西独)、「フィツカラルド」 (82年/西独))も同様のことを述べている)。それでもヴィム・ヴェンダース監督は、笠智衆や小津作品のカメラマン原田雄春へのインタビューを通して、二人の人柄がまさしく小津映画そのものであることを発見して満足したようだと。そのヴェンダース監督が40年後に、渋谷近辺の公演のトイレ清掃を舞台とした「PERFECT DAYS」 (23年/日・独)を撮り、第76回「カンヌ国際映画祭」で日本人2人目の男優賞を受賞した役所広司を、「私の笠智衆」と称えることになります。
第6章では、映画における"東京名所"を場所ごとに見ていきますが、吉原(浅草)のところで、溝口健二の遺作「赤線地帯」(56年)を取り上げています。吉原で働く女性たちを描いた群像劇ですが、映画のクレジットに芝木好子「洲崎の女」とあるように、芝木好子の短編集『洲崎パラダイス』の一部を原作にして、舞台は〈洲崎〉から〈吉原〉に置き換えられています。キャラクターの描き分けがよく出来た作品でした。
「赤線地帯」
最終第7章は、映画を軸とした著者の半生の振り返りで、東京から地元の新潟へ戻っての映画論文の投稿家時代から、再上京し、映画雑誌の編集者になるまでの経緯が書かれています。人生の様々場面で映画に自身を照射させていたことが窺え、自ら言う"無学歴"でありながら、映画評論の泰斗となった著者の遍歴が窺え、興味深いものでした。
文庫解説の川本三郎氏の文章もよく、巻末に地名・人名・映画題名の各索引があるのも親切。改題増補されて手にすることができたのは喜ばしいです。それにしても、まだ観るべくして観ていない映画が多く(まったくの個人的理由で著者には責任がないが)そこがやや残念だったでしょうか。というとで、今年['24年]になって観た、ともに成瀬巳喜男監督作で、あたかも「銀座」を定点観察したような関係になる2本「秋立ちぬ」「銀座化粧」と、溝口健二の遺作となった吉原を舞台とした「赤線地帯」を以下に取り上げます。
「秋立ちぬ」

「秋立ちぬ<東宝DVD名作セレクション>」
ある真夏の午後、小学校6年生の秀男(大沢健三郎)は、母・深谷茂子(乙羽信子)に連れられて呆野から上京した。父を亡くし、銀座裏に八百屋を開くおじ山田常吉(藤原釜足)の店に身を寄せるためだった。挨拶もそこそこに、母の茂子は近所の旅館へ女中として勤め、秀男は長野から持って来たカブト虫
と淋しく遊ぶのだった。そんなある日、近所のいたずらっ子に誘われて、駐車場で野球をした秀男は、監視人につかまってバットを取られてしまう。遊び場もない都会の生活に馴染めぬ秀男の友
達は、気のいい従兄の昭太郎(夏木陽介)と、小学校4年生の順子(一木双葉)だった。順子は茂子の勤めている「三島」の一人娘、母の三島直代(藤間紫)は月に2、3回やって来る浅尾(河津清三郎)の二号だった。順子の宿題を見てやった秀男は、すっかり順子と仲よしになった。山育ちの秀男は順子と一緒に海を見に行ったが、デパートの屋上から見る海は遠く霞むばかりであった。しかもその帰り道、すっかり奇麗になった母に
会った秀男は、その喜びもつかの間、真珠商の富岡(加東大介)といそいそと行く母の後姿をいつまでも恨めし気に見なければならなかった。その上、順子にやる約束をしたカブト虫も箱から逃げてしまっていた。
しかも、更に悲しいことに、母が富岡と駈け落ちして行方不明になる。傷心の秀男と順子は月島の埋立地に出掛ける。そこで見つけたキチキチバッタ、しかし、これも秀男がケガをしただけで逃げられてしまう。夏休みも終りに近づいたある日、秀男の田舎のおばあさんからリンゴが届く。箱の中に偶然カブト虫も。秀男は喜び勇んで家を飛び出し、順子の家へ走るが、浅尾の都合で「三島」は商売替えし、順子はいなかった。呆然とした秀男は、カブト虫を手に、かつて順子といっしょにいったデパートの展望台の上で、秋立つ風のなかをいつまでも立ちつくしていた―。
成瀬巳喜男監督の1960(昭和35)年公開作。出演は大沢健二郎(子役)、一木双葉(子役)、乙羽信子、藤原鎌足、賀原夏子、夏木陽介、原知佐子、藤間紫、加東大介、河津清三郎など。
子どもを主人公に、その眼を通して大人たちを描いた作品ですが、ちゃんと子どもの心情を中心に据えていて、個人的には、成瀬巳喜男ってこういう作品も撮ることができたのかあとちょっと意外でした。少年のひと夏の出来事が切なく描かれており、これって傑作ではないでしょうか。感動させようと過度な感情を交えるようなことはせずに、淡々と描いているのが成功しています。銀座で、八百屋が舞台というのが独特(今ではちょっと考えられない)。そこの気のいいあんちゃんを夏木陽介が好演していました。
「銀座化粧」

「銀座化粧 [DVD]」
銀座のバー「ベラミ」で女給をしている津路雪子(田中絹代)は5歳になる息子の春雄(西久保好汎)と暮らしているが、昔の愛人・藤村安蔵(三島雅夫)は今でも金の無心に来る。ある日雪子は昔の仲間・佐山静江から上京してきた資産家の息子・石川京介(堀雄二)の案内役を頼まれる。相手をしているうちに雪子は石川との結婚を夢見るが、春雄の行方が突然わからなくなってしまい、石川の相手を妹分の女給・京子(香川京子)に頼んで自分は帰宅する。春雄は見つかったが、その一夜の間に京子と石川は婚約してしまっていた。諦めた雪子は今日も銀座で働くのだった―(「銀座化粧」)。
成瀬巳喜男監督の1951(昭和26)年公開作で、出演は田中絹代、花井蘭子、香川京子、堀雄二、柳永二郎、三島雅夫、東野英治郎など。
「秋立ちぬ」と同じく銀座を舞台にしています。ただし、遡ること9年、女給バーとかちょっとレトロな感じ(一応"高級バー"ということらしい)。雪子(田中絹代)が東京案内を頼まれた、お上りさんの資産家の息子を演じていたのは、後にドラマ「七人の刑事」('64年~'69年/TBS)でキャップの赤木係長を演じる堀雄二(1922-1979)ですが、若いなあ(まあ、「忘れられた子等」('49年/新東宝)や「宗方姉妹(むねかたきょうだい)」('50年/東宝)に出ていた時はさらに若かったのだが)。
堀雄二については、私生活において前年に次のようなエピソードがあります。仕事で京都のある旅館に泊まっていた時、後に妻となるる甲斐はるみと偶々旅館が一緒で、堀のほうが先に仕事が終わり、その晩東京都に帰る時、「食事でもしましょう」と先斗町へ連れて行き、その時から親しくなったとのこと。本作との比較で面白い話ですが、当時堀には妻子がおり「女房と別れるから結婚してくれないか」とプロポーズしたというのは本作と大違い(笑)。
田中絹代演じる雪子は、堀雄二演じる石川との結婚
を夢見ますが、最初から"夢"で終わるのは見えていたのではないかな(それでも夢を見るのが女性というものなのか)。ましてや、香川京子演じる若い京子(満19歳で女給役を演じた)がライバルではかなわない(かえっ
て諦めがついたか)。京子が、石川が一晩同じ部屋にいて何もしなかったのでますます好きになるというのは、どうなんだろう(その結果、一晩で婚約を決める)。これって当時の女性の一般的な感覚なのだろうか。現代女性だったらどうだろうか―いろいろ気を揉んでしまいました。
「赤線地帯」

「赤線地帯 [DVD]」
売春防止法案が国会で審議されている頃、吉原の「夢の里」では娼婦たちがそれぞれの事情を負って生きていた。より江(町田博子)は普通の主婦に憧れている。ハナエ(木暮実千代)は病気の夫と幼子を抱えて一家の家計を支えている。ゆめ子(三益愛子)は一人息子との同居を夢見ている。やすみ(若尾文子)は客を騙して金を貯め、仲間の娼婦に金貸しを行って更に貯金を増やしていた。不良娘のミッキー(京マチ子)も加わり「夢の里」は華やぐが、結婚したより江は夫婦生活が破綻する。ハナエの夫は将来を悲観して自殺未遂を起こす。ミッキーは自分を連れ戻しに来た父親を、女癖の悪さを責めて追い返す。ゆめ子は愛する息子に自分の仕事を否定されて発狂する。やすみは自分に貢ぐために横領した客に殺されかける。ラジオが法案の流産を伝え、行き場のない彼女たちは今日も勤めに出る。しかしやすみだけは倒産して夜逃げした元客の貸布団屋を買い取って女主人に納まった。退職したやすみに変わって、下働きのしず子(川上康子)が店に出る事になる。着物を換え、蠱惑的な化粧を施されるしず子。女たちがあからさまに男たちの袖を引く中、ためらいながら、しず子は男に誘いかける―(「赤線地帯」)。
溝口健二監督の1951(昭和26)年公開作で、出演は若尾文子、三益愛子、町田博子、京マチ子、木暮実千代、川上康子など。
映画の一部が芝木好子の原作とされていて、実際タイトル隅に「洲崎の女」よりと出ますが(前述の通り、映画の舞台は〈洲崎〉から〈吉原〉に置き換えられている)、これは芝木好子の短編集『洲崎パラダイス』(川島雄三監督により映画化された表題作「洲崎パラダイス 赤信号」('56年/日活)が有名)の中で唯一、遊郭の中にいる人物を描いた作品。三益愛子演じる「ゆめ子」は(原作では「登代」)は、年増女であるため思うように客が付かず、さらに上京した息子に冷たくされて
発狂しますが、原作では最初から精神を少し病んでいて(それも客がつかない原因になっている)、息子のために働いてきたのにその息子に自分の仕事を非難され(これは映画と同じ)、かつて息
子を連れて空襲の中を逃げ回った記憶に囚われながら入水自殺します(映画よりさらに悲惨!)。このほかに、ミッキー(京マチ子)のような、享楽のために(?)特飲街に居続ける女性もいて、自分を連れ戻しに来た父親を、その女癖の悪さを責めて追い返しています。さらには、やすみ(若尾文子)のよう
に客に貢がせて、最後はその客を破綻させ、自分が代わって経営者になるといったヤリ手も。一方で、ハナエ(木暮実千代)のように、病気の夫と幼子を抱えて一家の家計を支えるために特飲街で働く女性もいて、四者四様で、群像劇でありながら、この描き分けにおいて新旧の女性像が浮き彫りにされてた、優れた映画でした(やすみ・ミッキーが「新」、ゆめ子・ハナエが「旧」ということになるか)。実は、このやすみ・ミッキーに似たタイプの女性も短編集『洲崎パラダイス』にある作品に登場するので、おそらく溝口健二はそれらも参考にしたのではないかと思われます。
「秋立ちぬ」[Prime Video]


「秋立ちぬ」●制作年:1960年●監督・製作:成瀬巳喜男●脚本:笠原良三●撮影:安本淳●音楽:斎藤一郎●時間:80分●出演:大沢健三郎/一木双葉/乙羽信子/藤間紫/藤原釜足/夏木陽介/原知佐子/加東大介/河津清三郎/菅井きん●公開:1960/10●配給:東宝●最初に観た場所:神保町シアター(24-05-02)(評価:★★★★☆)

「銀座化粧」●制作年:1951年●監督:成瀬巳喜男●製作:伊藤基彦●脚本:岸松雄●撮影:三村明●音楽:鈴木静一●原作:井上友一郎●時間:87分●出演:田中絹代/西久保好汎/花井蘭子/小杉義男/東野英治郎/津路清子/香川京子/春山葉子/明美京子/落合富子/岡龍三/堀雄二/清川玉枝/柳永二郎/三島雅夫/竹中弘正/田中春男●公開:1951/04●配給:新東宝●最初に観た場所:神保町シアター(24-05-02)(評価:★★★☆)

「ロビンソンの庭」●制作年:1987年●監督:山本政志●製作:浅井隆●脚本:山本政志/山崎幹夫●撮影:トム・ディッチロ/苧野昇●音楽:JAGATARA/吉川洋一郎/ハムザ・エル・ディン●時間:119分●出演:太田久美子/町田町蔵(町田康)/上野裕子/CHEEBO/坂本みつわ/OTO/ZABA/横山SAKEV/溝口洋/利重剛/室井滋/田トモロヲ/江戸アケミ●公開:1987/10●配給:レイライン●最初に観た場所:渋谷・ユーロスペース(88-07-09)(評価:★★★☆)
「東京画」●制作年:1985年●製作国:アメリカ・西ドイツ●監督・脚本:ヴィム・ヴェンダース●製作:クリス・ジーヴァニッヒ●撮影:エド・ラッハマン●音楽:ローリー・ペッチガンド●時間:93分●出演:ヴィム・ヴェンダース(ナレーション)/笠智衆/ヴェルナー・ヘルツォーク/厚田雄春●公開:1989/06●配給:フランス映画社(評価:★★★☆)
東京タワーで語るヴェルナー・ヘルツォーク(「アギーレ/神の怒り」('72年/西独)、「フィツカラルド」 ('82年/西独))/ヴィム・ヴェンダース(「パリ、テキサス」('84年/西独・仏)、「PERFECT DAYS」 (23年/日・独))とヴェルナー・ヘルツォークのスナップ写真(映画ではヴェンダースはナレーションのみで姿は映らない)


「赤線地帯」●制作年:1956年●監督:溝口健二●製作:永田雅一●脚本:成澤昌茂●撮影:宮川一夫●音楽:黛敏郎●原作:芝木好子(一部)●時間:86分●出演:若尾文子/三益愛子/町田博子/京マチ子/木暮実千代/川上康子/進藤英太郎/沢村貞子/浦辺粂子/十朱久雄/加東大介/多々良純/田中春男●公開:1956/03●配給:大映●最初に観た場所:国立映画アーカイブ(24-05-26(評価:★★★★☆)
前列左より京マチ子、溝口健二監督、後列左より町田博子、宮川一夫、若尾文子、木暮実千代、三益愛子


京マチ子

「進藤英太郎映画祭」中野武蔵野ホール

《読書MEMO》
●目次
第1章 東京の顔--映画監督と東京
第2章 江戸から東京へ--時代と東京
第3章 山の手と下町--東京の都市構造と性格
第4章 盛り場の変遷--浅草・銀座・新宿
第5章 アジア的大都市TOKYO--外国映画の中の東京
第6章 映画の東京名所
第7章 出会いと感激の都--私と映画と東京と


某省局長の娘・田沢輪香子(桑野みゆき)は、旅行先の上諏訪で一人
の青年(津川雅彦)に知りあい、帰京して友人・佐々木和子(峯京子)と深大寺に出かけた時、美しい女性(有馬稲子)と同伴の彼に再会した。青年は小野木喬夫という東京地検の新任検事だった。連れの女性は結城頼子といい、小野木とは一昨年演舞場で知りあってから、逢瀬を重ねていた。小野木は頼子を
輪香子たちに紹介しなかった。輪香子は二人の間になにか暗い秘密の影を感じた。頼子の夫・結城庸雄(南原宏治)は政治ブローカーで、夫婦間は冷く、結城は家を空けることがしばしばだった。ある日、頼子と小野木は身延線の下部温泉へ旅行する。着くと間もなく台風に襲われ、帰りの中央線は不通、二人は東海道線に出るため山道を歩き、番小屋で一夜を明かす。そこで頼子は人妻であることを告白するが、喬夫の心は変らなかった。小野木は某官庁の汚職事件の担当になる。所用で新潟へ出張して帰京する小野木を頼子は駅で迎えた。それを結城の仲間・吉岡(佐野浅夫)が目撃し、結城に告げる。結城は妻の情事を察し、下部まで調べに出掛ける。一方、汚
職事件の捜査も着着と進んでいた。輪香子は頼子のことが気になり、家に出入りする新聞記者・辺見(石浜朗)に調査を頼む。頼子は汚職事件の中心人物・結城の妻で、自分の父(二本柳寛)も関係していると聞き呆然とする。結城は妾宅で検挙された。家宅捜査のため小野木は結城邸へ向う。そこで頼子と小野木は対面し、二人の心は驚きと悲しみで一杯になる。結城の弁護士・林(西村晃)は小野木と頼子の情事を調べ、司法界の長老を動かし事件の揉み消しにかかった。小野木は休職になった。彼は辞表を出し、頼子と二人だけの生活に入る決心をする。約束の夜、小野木は東京駅で待っていたが、その頃頼子は新宿発の列車に乗っていた―。
中村登監督の1960年10月公開作。
結城と離婚して自由の身になることも頼子には出来たわけですが、それは破滅に通じることも知っていて、小野木との約束を破ることが彼女の最後の愛の表現だったということでしょう。ラスト、富士の裾野、黒い樹海の中に吸いこまれるように入っていく頼子。今の若い世代から見れば、なぜこうならなければならないのかと思われるやや古風な結末ですが、そこが"昭和"なのでしょう。



有馬稲子と津川雅彦は、前年の木下惠介監督作「惜春鳥」('59年/松竹)でも共演していました。「惜春鳥」は、福島県会津若松市を舞台に大人へと成長していく青年たちの友情を描いた作品で(詳しいあらすじは最下段の通り)、有馬稲子が演じるみどりの相手は津川雅彦が演じる康正ではなく、佐田啓二が演じる康正の叔父の英太郎であるわけで、津川雅彦演じる康正の相手は十朱幸代が演じる蓉子になるため"共演"したという印象が薄いかもしれません。
加えて、この「群像劇」的映画については、男女間の愛情よりも男性同士の親密な関係に着目した論考が少なくなく、例えば、映画評論家の 石原郁子氏が「木下はこの映画で一種捨身のカムアウ
トとすら思えるほどに、はっきりとゲイの青年の心情を浮き彫りにする。邦画メジャーの中で、初めてゲイの青年が〈可視〉のものとなった、と言ってもいい」と述べているように、日本初の「ゲイムービー」とも言われているようです。故・ 長部日出雄も、「いま初めて観る人は、作中に描かれる男同士の愛情表現の強烈さに驚くだろう。(中略)ゲイ・フィルムであるかどうかは別として、作中の山本が川津を恋しているのは、間違いなくその通りだと思う」としています。冒頭の詩吟が「白虎隊」であることなども示唆的かもしれません。
そうしたこともあって、有馬稲子と津川雅彦が出ていた男女の恋愛映画というと、やはり「波の塔」の方が思い浮かびます。
「波の塔」●制作年:1960年●監督:中村登●製作:小松秀雄●脚本:沢村勉●撮影:平瀬静雄●音楽:鏑木創●原作:松本清張●時間:99分●出演:有馬稲子/津川雅彦/南原宏治/桑野み
ゆき/岸田今日子/石浜朗/峯京子/二本柳寛/沢村貞子/西村晃/佐藤慶/佐野浅夫/石黒達也/佐々木孝丸/深見泰三/幾野道子/関千恵子/柴田葉子/平松淑美/高橋とよ/田村保●公開:1960/10●配給:松竹●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-06-30)(評価:★★★☆)
「惜春鳥」●制作年:1959年●監督・脚本:木下惠介●製作:小出孝/脇田茂●撮影:楠田浩之●音楽:木下忠司●時間:102分●出演:津川雅彦/小坂一也/石濱朗/山本豊三/川津祐介/有馬稲子/佐田啓二/伴淳三郎/岸輝子/十朱幸代/藤間紫/村上記代/清川虹子/伊久美愛子/笠智衆/末永功/宮口精二/岡田和子/永田靖/桜むつ子●公開:1959/04●配給:松竹●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(19-08-10)(評価:★★★)
「惜春鳥」あらすじ... 会津の飯盛山、白虎隊の墓前で、一人の青年が吟ずる"少年白虎隊"の詩にあわせて4人の青年が剣舞を舞っていた。詩を吟じているのは会津塗りの下職のビッコの馬杉彰(山本豊三)、舞っているのは大滝旅館の息子・峯村卓也(小坂一也)、工場に働く手代木浩三(石濱朗)、"サロンX"の息子・牧田康正(津川雅彦)、それにアルバイトしながら東京の大学に通っている岩垣直治(川津祐介)の4人。岩垣の帰郷を機会に久しぶりに旧交を温める5人だったが、彼らの胸には幼き日の友情と、現在のそれぞれの境遇の変化からきた感情の食違いが複雑に流れていた。というのも岩垣は出資者・鬼塚(永田靖)の家の女中と変なことになって追い出されてきたのであり、そんな彼を手代木は冷く責め、馬杉は庇っていた。康正の家にも東京から叔父の英太郎(佐田啓二)が転り込んできていた。彼は土地の芸者みどり(有馬稲子)と駈け落ちしたが、みどりは芸者屋の女将に連れ戻され、彼自身は胸を患っていた。康正の母・米子(藤間紫)は質屋の桃沢悠吉(伴淳三郎)の妾で、英太郎にいい顔をしなかったが、康正はこの叔父が好きで、芸者をしているみどりと再会させてやりたいと思った。が、みどりは近く鬼塚の妾になる身の上だった。そんなある日、桃沢家に、悠吉の妻・たね(岸輝子)の姪で養女にしていた蓉子(十朱幸代)に婿養子をもらう話が、鬼塚の肝入りで持ち上がった。相手に見込まれたのは手代木である。ところが蓉子は康正を慕っていた。康正は本妻と妾の子といった互いの関係から蓉子を諦めていたのだが...。手代木は蓉子と見合する前に、友達として康正に一言断りに来たが、康正は是認する外なかった。しかし、見合いの日、蓉子は「康正さんが好きです」と座を立つ。そんなところへ、鬼塚のもとへ電話があり、岩垣が詐欺犯として追われていることが判った。鬼塚は
岩垣の処置を、手代木ら4人との友情を考え、彼らに任せる。4人は岩垣を逃そうとした。が、岩垣が金に困った末、卓也の時計を盗んで逃げようとするを見た手代木は、怒って警察へ電話し、卓也がそれを止めようとしたが岩垣は警察に捕る。数日後、手代木の行動を友人として許せないと、馬杉は彼に決闘を申込む。手代木は、馬杉が待つ戸ノ口原へ向った。2人を心配して康正と卓也が戸ノ口原へ行こうとしたとき、英太郎とみどりが心中したという報せが来た。2人は悄然と戸ノ口原へ行く。馬杉と手代木は激しく格闘していた。そこへ康正が乗り出していった。「今度は俺が相手になろう、俺は蓉子を諦めないぞ」―康正は叔父の心中で、蓉子への気持ちを固めたのだ。康正と手代木は向い合った。それを卓也が止めた。「最後の友情じゃないか」と。4人は戸ノ口原を後にした―。



茂呂井民雄(もろいたみお)(川口浩)は平和大学を卒業し、駱駝麦酒株式会社に就職した。日本には我々が希望をもって坐れる席は空いてない。訳もなく張り切らなくては、というのが彼の持論。新人研修の日、東北・一関の高校教師となって行く同窓で恋人の壱岐留奈(小野道子)に逢い、二人は軽くキスして別れた(茂呂井はほかに、百貨店の女店員と映画館
のもぎりの二人の恋人たちにも別れを告げる)。研修が終わると、民雄は関西・尼崎へ赴任した。そこで彼は先輩の更利満(船越英二)から、「健康が第一、怠けず休まず働かず」というサラリーマンの原則を聞かされる。ある日、故郷の父・権六(笠智衆)から母・乙女(杉村春子)が発狂したと知らせてきた。民雄は平和大学生課に月二千円で母の発狂の原因、治療を研究する学生を依頼した。応募したのは和紙破太郎(わしわたろう)(川崎敬三)という精神科医の卵。彼は民雄の父・権六に
会い、時計屋の権六が市会議員でもあり、市の有力者であることを利用して、精神病院の設立を約束させる。ある日民雄の許に、県の財政縮小で教職リストラされた留奈が訪ね、生きるために結婚を迫る。しかし、気持はあっても毎月の出費に追われる彼としては断るしかなく、彼女は帰って行く。その後、民雄は膝の痛み止め注射に苦しみ、高熱のため髪が真白になる。そこへ気狂いになったはずの母が訪ねてきて、狂ったのは父だと聞かされる。民雄
は病院で和紙に会い、父を利用した彼を難詰する。チャンスは利用すべきと
の「三段跳び」論を振り回す和紙は、三段跳びの勢いが余ってバスにはねられ、止めようとした民雄は電柱に頭をぶつけて昏倒。目覚めると髪は元の黒。看護婦は精神に休養を与えたからだと。しかし尼崎に帰った彼は、1カ月の無断欠勤でクビになっていた。安定所で職を求める彼に小学校の小使いの口。そして、職安の人だかりの中で偶然留奈に逢った彼は、嬉しさの余り結婚を申込むが、既に彼女は別の小使いと結婚していた。ある小学校での入学式に、万国旗をあげる民雄の小使姿があった。が、すぐに彼は、帝大卒を隠していたことがばれてクビになる。彼は母親とバラック小屋に住むことになるも、一念発起してそこで学習塾を開くことを思いつく―。
て面白くも何ともない」とする人もいて、個人的には自分も小谷野敦氏の感想に近いです。実は、市川崑と増村保造(助監督)もこの作品を口を揃えて「失敗」と切り捨てていますが、監督からも見捨てられた分、今になってカルト的価値が出てきたのかもしれません。
また、民雄は「駱駝麦酒」株式会社入社後に尼崎工場に赴任しますが、かつて尼崎駅北側には2万7千平方メートル以上の敷地を持つキリンビールの大工場があり、'96年に今の神戸工場(神戸市北区)に移転するまで、映画にも見えるように、煙突が林立する工場と社員寮や社宅が立ち並ぶ企業城下町でした(跡地は今は大型商業施設で、ある調査では「住みやすい街」関西1位となり、若い家族やカップルが住む街となっている)。
「満員電車」●制作年:1957年●監督:市川崑●脚本:和田夏十/市川崑●撮影:村井博●音楽:宅孝二●時間:99分●出演:川口浩(茂呂井民雄)/笠智衆(その父・権六)/杉村春子(その母・乙女)/小野道子(茂呂井の彼女で教師になった壱岐留
奈)/川崎敬三(精神科医の卵・和紙破太郎)/船越英二(茂呂井の先輩社員・更利満)/潮万太郎(山居直)/山茶花究(駱駝麦酒社長)/見明凡太郎(本社総務部長)/伊東光一(場場博士)/浜村純(平和大学総長)/入江洋佑(若竹)/袋野元臣(曾根武名夫)/杉森麟(町の歯医者)/響令子(その奥さん)/新宮信子(女歯科医)/葉山たか子(看護婦)/半谷光子(看護婦)/佐々木正時(茂呂井のYシャツを修理する洋服屋)/酒井三郎(既卒者・茂呂井の就職あっせんを断わる学生課長)/葛木香一(小学校校長)/泉静治(教頭)/杉田康(教師)/花布辰男(新人教育講師の工場長)/高村栄一(新人教育講師の営業部長)/春本富士夫(尼崎工場の給与課長)/南方伸夫(人事課長)/宮代恵子(茂呂井の彼女で百貨店の女店員)/久保田紀子(茂呂井の彼女で映画館の女)/直木明(体格の良い男)/志保京助(青白い顔の男)/此木透(無精たらしい男)/志賀暁子(社長秘書)/吉井莞象(大学総長(明治時代))/河原侃二(大学総長(大正時代))/宮島城之(大学総長(昭和時代)/(ノンクレジット)田宮二郎(大学卒業式の場に茂呂井といる同期生)●公開:1957/03●配給:東宝●最初に観た場所:シネマブルースタジオ(23-04-29)(評価:★★★☆)


旅先で病気になってしまい、宿の女中(悠木千帆)に親兄弟があるのか心配された寅次郎(渥美清)は、とらやの人びとの写真を見せ、ついさくらを「奥さん」、満男を「自分の赤ちゃん」、おばちゃん・おいちゃんを「おふくろとおやじ」と見栄を張ってしまう。久々に故郷柴又に帰ってきた寅次郎を見合い話が待っていた。本人もすっかりその気になったが、相手の駒子(春川ますみ)は寅次郎と旧知の仲であり、しかも旦那持だった。寅次郎は、駒子の妊娠も知らずに旦那が浮気したと聞くや、二人の仲を取り持つために一肌脱ぐ。しかし、二人のための結婚式や新婚旅行まがいの宴会やハイヤーの代金をとらやに請求したことが原因で、おいちゃん(森川信)と大ゲンカして
しまい、いたたまれなくなった寅次郎は再び旅に出る。旅先の伊勢・湯の山温泉で腹を下した寅次郎は、便所を借りに温泉宿・もみじ荘に入り浸り、そこの女将・お志津(新珠三千代)の同情を買って宿に泊めてもらう。未亡人のお志津に惚れ込んた寅次郎は、宿代がないことを理由にもみじ荘に居着くようになり、住み込みの番頭として一生懸命働く。お志津の弟・信夫(河原崎建三)となじみの芸者・染奴(香山美子)との仲を取り持つことに奔走してお志津に感謝され、お志津の小さな女の子を可愛がるあまり風邪を引いてお志津に看病してもらって、寅次郎は有頂天になる。しかし、寅次郎の知らないところで、お志津には再婚を考えている相手(高野真二)がいたのだった―。
ストーリー的には、おいちゃん・おばちゃんが湯の山温泉を訪れた際、寅次郎が働いている宿に泊まり、寅と出会う(さらにマドンナのお志津の存在を知る)という設定になっていて、お志津がとらやを一度も訪れていないことも含め、旅先の寅次郎が中心の話になっており、さくら役の倍賞千恵子の出番は非常に少ないのが特徴でしょうか。
あとは、自分なりに"細部"を突き詰めていくと、おいちゃんと喧嘩したり(まあ、これはシリーズの他の作品でもあることが、この回のはかなり激しくやり合い、それが原因で寅次郎は再び旅に出ることになる)、染奴の中風にかかった父・清太郎(花沢徳衛)が元テキ屋であるということで、寅次郎の将来を暗示するかのように見えてしまったりするのがやや暗かったりします。駒子と再び一緒になった夫が、寅次郎からの電話をプツリと切ってしまうあたりもちょっと冷たい感じがしました。
森崎東監督の演出は、シリーズ第4作「新・男はつらいよ」の監督・小林俊一とは相通じるものがあるかもしれません(小林俊一は山田洋次と共にこの作品に脚本参加している)。定番である「寅次郎の失恋」も、山田流では哀愁が漂う切ない雰囲気ですが、森崎・小林流だと、寅次郎の勘違いが際立っていて、可哀そうなのは同じですが、やや乾いた感じでした。暗い部分と明るい部分でバランスをとっていて、結局、前作に比べ「雰囲気を大きく外してはいない」という個人的感想に至ったのですが、観る人によって山田洋次監督版とは「大きく異なる」という人がいても納得です(細部を見ていけば必然的にそういうことになる)。
「男はつらいよ フーテンの寅」●制作年:1970年●監督:森崎東●脚本:山田洋次/小林俊一/宮崎晃●撮影:高羽哲夫●音楽:山本直純●原作:山田洋次●時間:90分●出演:渥美清/新珠三千代(東宝)/倍賞千恵子/香山美子/河原崎建三/前田吟/春川ますみ/三崎千恵子/野村昭子/悠木千帆/佐々木梨里/高野真二/左卜全(特別出演)/佐藤蛾次郎/太宰久雄/晴乃ピーチク/晴乃パーチク/森川信/笠智衆/花沢徳衛●公開:1970/01●配給:松竹●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-02-02)(評価:★★★☆)

浅間山麓に牧場を営む青山正一(坂本武)の娘おきん(高峰秀子)は、東京からの便りで、友達を一人連れて近日帰郷すると言ってくる。しかも署名にはリリイ・カルメンとしてある。正一はそんな異人名前の娘は持った覚えが無いと怒鳴るので、おきんの姉のおゆき(望月美惠子)は村の小学校の先生をしている夫の一郎(磯野秋雄)に相談に行き、校長(笠智衆)に口を利いてもらって正一を宥めようと相談が纏まる。田口春雄(佐野周二)は出征して失明して以来愛用のオルガンで作曲に専心していて、妻の光子(井川邦子)が馬力を出して働いているが、運送屋の丸十(小沢栄)に借金のためにオルガンを取り上げられ、息子に手を引かれて小学校までオルガンを弾きに通っている。その丸十は、村に観光ホテルを建てる計画に夢中になり、そのため東京まで出かけて行き、おきんや朱実(小林トシ子)と一緒の汽車で帰って来た。東京でストリップ・ダンサーになっているおきんと朱実の派手な服装と突飛な行動とは村にセンセーションを巻き起こし、正一はそれを頭痛に病んで熱を出す。校長も、正一を説得したことを後悔している。村の運動会の日には、せっかくの春雄が作曲し
た「故郷」を弾いている最中、朱実がスカートを落っこどして演奏を台無しにしてしまう。春雄は怒って演奏を中止するし、朱実は想いを寄せている小川先生(佐田啓二)が一向に手ごたえがないので、きんと二人で腐ってしまう。しかし丸十の後援でストリップの公演を思い立った二人はまたそれで張り切り村の若者たちは涌き立つ。正一は、公演の夜、校長宅で泊りきりで自棄酒を飲んでいたが、公演は満員の盛況で大成功だった。その翌日おきんと朱実は故郷を後にする―。
木下惠介(1912-1998/享年86)監督の1951(昭和26)年公開作で、同年「キネマ旬報 ベスト・テン」で第4位。脚本が良く出来ていると思います。群像劇のような感じなので、どこが見どころかは人によって異なるかもしれませんが、個人的には、いいと思った箇所が2つありました。
一つは、正一が娘おきんのことを親不孝者と嘆いていたのが、最後はやっぱり可愛くてたまらないということで、娘から公演の出演料を受け取る気になって、それをそっくり学校へ寄付するという流れ。もう一つは、丸十が公演の儲けに気を良くしてオルガンを春雄に只で返してやったことで、春雄が一度は腹を立てたおきんたちに済まないと思い、光子と一緒に汽車の沿道へ出ておきんと朱実に感謝の手を振るという流れです。
ラストの方で、この二つの"和解"を重層的に織り込んでいる点が上手いと思いました。やや話が出来過ぎの感もあるし、考えてみれば、"芸術"で村興しすると言っても、外から来た観光客が金を落としていったわけではなく、金の出所は村人たちであるわけですが、何となくほろりとさせられます。
木下惠介と高峰秀子との出会いは、高峰秀子のマネージャーが勝手に 「破れ太鼓」に出るよう契約して、何も聞いていなかった高峰秀子が勝手に契約したのを怒って、脚本読んだら面白いけれど主役じゃないし、やっぱり辞退しようと木下惠介のところへ直に言いに行き、木下惠介から、ケチのついた仕事なら降りたほうがいいよと、 代わりに今度はあなたのために脚本書いてあげるということになって、出来た脚本が「カルメン故郷に帰る」のストリッパーの役だったとのことです。木下惠介は自分で脚本を書くから、こういう時に強いなあと思います。
戦後日本初の「国産カラー映画」としても知られていて(富士写真フイルム(現:富士フイルム)と協力して製作)、カラー映画として満足のゆく出来にはならなかった場合は、カラー撮影そのものが無かったことにしてフィルムを破棄し、従前のモノクロ映画として公開することを内約していたため、まずカラーで撮影を行い、それが終わってから改めてモノクロの撮影を行うという、二度手間をかけて撮り上げたそうです。結果として映画の発色技術面は必ずしも満足のゆくものではなく、基本的に赤と緑の発色に問題があることも分かって、かなりどぎつい色彩感覚になっていますが、「総天然色映画」と前面に打ち出して公開したら、興業的には大成功となりました。
個人的にはこの映画の全部がいいと思ったわけではないですが、やはりポイントは押さえているという感じで、単に総天然色であるというだけでなく、脚本がよく出来ているということも、興業的な成功に結びつく要因としてあったのではないかと思います(カルメンらが芸術舞踏家と勘違いされるところが、娼館の娼婦たちが皆でピクニックに行った田舎で貴婦人の一行と間違われるモーパッサンの「
「カルメン故郷に帰る」●制作年:1951年●監督・脚本:木下惠介●製作:月森仙之助●撮影:楠田浩之●音楽:木下忠司(主題歌:黛敏郎)●時間:86分●出演:高峰秀子/小林トシ子/佐野周二/井川邦子/笠智衆/坂本武/佐田啓二/望月優子/見明凡太郎/三井弘次/山路義人/磯野秋雄/高堂国典●公開:1951/03●配給:松竹●最初に観た場所:シネマブルースタジオ(19-07-19)(評価:★★★☆)

矢切の渡しの舟客・斎藤政夫翁(笠智衆)は老船頭(松本克平)に、遠い過去の想い出を語る...。この渡し場に程近い村の旧家の次男として育った政夫(田中晋二)が15歳の秋のこと、母(杉村春子)が病弱のため、近くの町家の娘で母の姪に当る民子(有田紀子)が政夫の家を手伝いに来ている。政夫は二つ年上の民子とは幼い頃から仲が良い。それが嫂のさだ(山本和子)や作女お増(小林トシ子)の口の端にのって、本人同志もいつか稚いながら恋といったものを意識するようになる。祭を明日に控えた日、母の吩咐で山の畑に綿を採りに出かけ二人は、このとき初めて相手の心に恋を感じ合ったが、同時にそれ以来、仲を裂かれなければならなかった。母の言葉で追われるように中学校の寮に入れられた政
夫が、冬の休みに帰省すると、渡し場に迎えてくれるはずの民子の姿はなかった。お増の口から、民子がさだの中傷で実家へ追い帰されたと聞かされ、政夫は早々に学校へ戻る。二人の仲を心配した母や民子の両親の勧めで、民子は政夫への心を抑えて他家へ嫁ぐ。ただ祖母(浦辺粂子)だけが民子を不愍に思った。やがて授業中に電報で呼び戻された政夫は、民子の死を知る。民子の最期を看取った母によると、民子は政夫の手紙を抱きしめながら息を引きとったという。政夫の名は一言もいわずに...。渡し船を降りた翁は民子が好きだった野菊の花を摘んで、墓前に供えるのであった―。
木下惠介(1912-1998/享年86)監督の1955(昭和30)年公開作で、同年「キネマ旬報 ベスト・テン」で第3位。原作「野菊の墓」は、歌人であった伊藤左千夫が43歳で初めて発表した小説で、1906(明治39)年1月、雑誌「ホトトギス」に掲載、その年の4月に俳書堂から単行本として刊行されています。15歳の少年・斎藤政夫と2歳年上の従姉・民子との淡い恋を描き、夏目漱石が絶賛したというこの作品は、過去に3度映画化されており、その第1作は木下惠介が監督した本作です(2作目('66年)の主演は太田博之と安田道代(大楠道代)、3作目('81年)は澤井信一郎監督、の
物語の設定では民子の方が2歳年上ですが、主演の田中晋二と有田紀子は共に1940年生まれの当時15歳。有田紀子は女優に憧れ学習院女子中等科に在学中に木下惠介監督に手紙を書いたことが契機となり、民子役に抜擢されましたが、学習院は生徒の映画出演を認めておらず、転校して映画に出演しています。この映画は、旧弊な気風が根強い田舎を舞台にしている分、有田紀子の清楚で現代的なリリシズムが光っていたように思います。ただし、彼女が出演した木下作品は田中晋二と共演した3作品だけです。その後は学業に専念し、1958年早稲田の文学部演劇科に進みますが、それを知った多くがの若者が早稲田を受験したという逸話があります。伊藤左千夫は「野菊の墓」という作品があってこその作家という印象がありますが、有田紀子も、結婚で女優業を引退したということもあって、代表作はこの「野菊の如き君なりき」ということになるのでしょう。
ところで、映画は矢切の渡しの舟客・斎藤政夫老人(笠智衆)が60年前の自らが数え年で15(「月で数えると13歳と何月」と原作にある)の時のことを回想する(船頭に語る)形式で進み、政夫老人は現在73歳ということになりますが(演じる笠智衆は当時51歳)、原作では、「十余年も過去った昔のこと」とあり、語り手の年齢はもしかしたら30歳前後くらいかもしれず、この年齢の差は、「政夫の今」を映画が作られた1955年を現在に設定したためではないかと思われます(小説が発表された年とも約40年の開きがある)。世間一般にも原作の語り手がかなり年齢が高いように思われている気がしますが(コミック版などもそうなっている)、思えば、伊藤左千夫がこの小説を書いたときでさえまだ43歳だったわけで、作者はそこからさらに10歳以上若い"語り手"を設定しているように思います(物語は伊藤左千夫自身の幼い頃の淡い恋が基になっているというから、概算すると原作の時代設定の方が映画より少し古いということになるのかも)。
因みにこの作品、作品の大部分を占める過去の回想部分は全体を楕円にしてまわりをボカした手法にをとっていますが、先に読んだ『
有田紀子、田中晋二の演技は「


戦後4年が過ぎたが、巣鴨拘置所には多くのBC級戦犯が服役している。その一人・山下(浜田寅彦)は、戦時中南方で上官・浜田(小沢栄太郎)の命令で一人の原地人を殺したのだが、その浜田の偽証で罪を被せられ、重労働終身刑の判決を受けている。また横田(三島耕)は戦時中、米俘虜収容所の通訳だっただけで巣鴨に入れられた。横田が戦時中、唯一人間らしい少女だと思つた隠亡燒(北竜二)の娘・ヨシ子(岸惠子)は、今では渋谷の歓楽街に働いている。朝鮮人の許(伊藤雄之助)も、戦犯の刻印を押された犠牲者の一人だった。山下はある日脱獄を企てて失敗、その直後に母の死を知る。葬儀のため時限付で出所を許された山下は、浜田へのかつての恨みと、浜田が山下の母と妹(林トシ子)を今まで迫害し続けていたことへの怒り
から、浜田家に向かうも、恐怖に慄く浜田を見て殺意が失せる。たった一人の妹は、「これからどうする?」という山下の問いに、「生きて行くわ」とポツリ答える。再び拘置所に戻り、横田らに迎えられる山下、そこには厚い壁だけが待っていた―。
小説家の安部公房の脚本ということもあるためか、人間心理を深く追求しながらも、余分な説明は削ぎ落とし、多くのエピソードを組み込んでいます。同じ部屋(雑居房)の受刑者6人の話という構成ですが、信欣三が演じる男がやはり手を下したくなかった処刑で人を殺めてしまった苦悩から狂い死ぬ(自殺)という凄絶な場面が早々にあり、あとは5人になります。
その5人の中心となる浜田寅彦演じる山下は、戦地で疑心暗鬼に駆られた上官に現地人の殺害を命じられたわけですが、その現地人は部隊が食料も無くジャングルを彷徨い歩いていたところを助けてくれた言わば命の恩人であり、山下自身は上官に抗議するも、それでも殺害命令に従わなければ反逆罪として銃殺すると言われて、失意の中で恩人の命を奪ったものでした。
それが戦犯として裁かれる際に、上官の方は偽証により罪を全て山下になすりつけ、山下には瞬く間に死刑判決が下って、現地で執行ぎりぎりのところで刑を減免されて巣鴨刑務所に送致されたわけです。そこではまた人間扱いされず不当な処遇のもと強制労働させられる「BC級戦犯」が多く収容されていて、中には精神を病む者もいる状況。この山下の自身が置かれた理不尽な状況は、カフカ的不条理の世界にも通じ、その辺りが安部公房なのかなとも思いました。
この映画は社会派作品であることは確かですが、今の時代でも人の心を揺さぶるような戦争というものの根本に迫った作品でもあります(且つ、
カフカ的不条理の世界にも通じるということか)。一時的に出所を許された山下は、世の中がすっかり平和ムードに変化しているのに驚かされますが、一方で、横田が戦時中、唯一人間らしく優しい少女だと感じたヨシ子は、戦後は米兵に体を売る女となっていて、心もすれっからしになっており、そこにも戦争の悲劇が縮図として組み込まれています。岸惠子が、戦時中の可憐な少女と、戦後の淪落した女性の両方を演じ分けています。
もともとこの雑居房の6人は普通の市井の善良な市民であり、それがいわれなき罪を負わされて重い刑に服しているわけです。無実の人間が戦犯とされてしまう話としては、「壁あつき部屋」と同じように、戦争中に上官の命令で捕虜を刺殺した理髪店主が、戦後C級戦犯として逮捕され処刑されるまでを描いた「私は貝になりたい」('59年/東宝)があります。もともと1958年10月にテレビ放映された作品が、芸術賞受賞をきっかけに翌年4月に映画化されたもので、監督はTV版の脚本を書いた橋本忍です(橋本忍にとっての初監督作品)。
<1958年TV版> ラジオ東京テレビ(KRT/現TBS)(第13回芸術祭文部大臣賞受賞)〈出演〉フランキー堺/清水房江/桜むつ子/平山清/高田敏江/佐分利信(特別出演)/大森義夫/原保美/南原伸二(特別出演)/清村耕次/熊倉一雄/小松方正/内藤武敏/恩田清二郎/浅野進治郎/増田順二/坂本武/十朱久雄/垂水悟郎/河野秋武/田中明夫/ジョージ・A・ファーネス(特別出演)/佐野浅夫/梶哲也/織本順吉
こちらは、主人公の理髪店主・豊松(フランキー堺)が戦後やっとの思いで家族のもとに戻り、理髪店で再び腕を揮い、やがて二人目の子供を授かったことを知
り平和な生活が戻ってきたかに思えた―その時、突然やってきたⅯP(ミリタリーポリス)に従軍中の事件の戦犯として逮捕されてしまうというもので、しかも最後は死刑になるという結末であるため、相当にヘビーです。
いかにも橋本忍っぽい脚本に思えなくもないですが、こちらもBC級戦犯・加藤哲太郎の巣鴨獄中手記「狂える戦犯死刑囚」が一部モチーフとなっていて、そこには「私は貝になりたいと思います」という囚人の切実な叫びが綴られています(加藤哲太郎自身は、絞首刑→終身刑→有期刑と減刑されている)。
「壁あつき部屋」は、北千住・シネマブルースタジオでの「戦争の傷跡特集」で観ました。「私は貝になりたい」と観比べてみるのもよいかと思います。「私は貝になりたい」はその後、1994年に所ジョージ主演でテレビドラマ・リメイク版が放送されたほか、2008年に福澤克雄監督、中居正広主演で再映画化されています。
<1994年TV(所ジョージ)版> TBS(第43回日本民間放送連盟賞ドラマ番組部門優秀受賞)〈出演〉所ジョージ/田中美佐子/長沼達矢/瀬戸朝香/津川雅彦/春田純一/桜金造/柳葉敏郎/渡瀬恒彦/矢崎滋/石倉三郎/杉本哲太/森本レオ/三木のり平/室田日出男/すまけい/小宮健吾/小坂一也/段田安則/竹田高利/寺田農/尾藤イサオ/ラサール石井
「壁あつき部屋」●制作年:1956年●監督:小林正樹●脚本:安部公房●撮影:楠田浩之●音楽:木下忠司●原作:「壁あつき部屋―巣鴨BC級戦犯の人生記」●時間:110分●出演:浜田寅彦/三島耕/下元勉/信欣三/三井弘次/伊藤雄之助/内田良平/林トシ子/北竜二/岸惠子/小沢栄太郎/望月優子/小林幹/永井智雄/大木実/横山運平/戸川美子●公開:1956/10●配給:松竹●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(20-10-12)(評価:★★★★) 

「私は貝になりたい」●制作年:1959年●監督・脚本:橋本忍●製作:藤本真澄/三輪礼二●撮影:中井朝一●音楽:木佐藤勝●原作:(物語、構成)橋本
忍/(題名、遺書)加藤哲太郎●時間:113分●出演:フランキー堺/新珠三千代/菅野彰雄/水野久美/笠智衆/中丸忠雄/藤田進/笈川武夫/南原伸二/藤原釜足/稲葉義男/小池朝雄/佐田豊/平田昭彦/藤木悠/清水一郎/加東大介/織田政雄/多々良純/桜井巨郎/加藤和夫/坪野鎌之/榊田敬二/沢村いき雄/堺左千夫/ジョージ・A・ファーネス●公開:1959/04●配給:東宝●最初に観た場所:高田馬場・ACTミニシアター(84-12-09)(評価:★★★★) 


加東大介(豊松に赤紙を届ける町役場職員・竹内)/フランキー堺(清水豊松)



杉山正二(池部良)は蒲田から丸ビルの会杜「東亜耐火煉瓦」に電車通勤するサラリーマンで、結婚後8年の妻昌子(淡島千景)とは、子供を疫痢で失って以来互いにしっくりいかないものを感じている。毎朝同じ電車に乗り合わせることから親しくなった通勤仲間に、青木(高橋貞二)、辻(諸角啓二郎)、野村(田中春男)たち、それに「キンギョ」という綽名の金子千代(岸惠子)がいて、正二は退社後は男仲間で麻雀にふけるのが日課のようになっていた。昌子は毎日の単調を紛らわすため、荏原中
延の実家に帰り、小さなおでん屋をやっている母のしげ(浦邊粂子)に愚痴をこぼしていた。杉山は、通勤仲間で日曜に江ノ島へハイキングに出かけたのを機に千代と急接近し、千代の誘惑に屈して一夜を共にしてしまう。それが他の仲間
に知れて、千代は仲間に吊し上げられ、その辛さを杉山の胸に縋って訴えるが、杉山はそれを持て余す。一方、夫と千代の秘密を見破った昌子は家を出る。その日、杉山は会社の同僚で前夜に見舞ったばかりの三浦(増田順二)の
死を聞かされ、サラリーマン人生に心から希望を託していた男だっただけに、その死は杉山に暗い影を落とす。仕事面でも家庭生活でも杉山はこの機会に立ち直りたいと思い、丁度話に出た岡山県三石の工場への転勤内示を受諾し、千代との関係を清算して田舎へ行くのもいいかもしれないと考える。一方、昌子は家を出て以来、旧友の婦人記者の富永栄(中北千枝子)のアパートに同居して、杉山からの電話にさえ出ようとしない。杉山は三石の工場に単身で赴任する途中に大津に寄り、仲人の小野寺(笠智衆)を訪ね助言を得る。山に囲まれた侘しい三石に着任して幾日目かの夕方、杉山が工場から下宿に帰ると―。
小津安二郎監督の1956年監督作で、当時の若者向けに撮ったと言われているそうです。サラリーマンとして自宅と会社を往復するだけの生活だった杉山(池部良)が、ちょっとしたきっかけから通勤仲間の千代(岸恵子)と関係を持ってしまう、などといったことは今でもありそうですが、密会を重ねるうちに、二人の関係が社内で噂となり、(社内不倫ではないのに)同期社員らに詰問されてしまうというのは、昭和的かもしれません(今の若者はプライバシー問題を気にしてそこまでおせっかい焼かないのでは)。そもそも、通勤仲間でハイキングに行ったのが契機になったというのにも昭和的なものを感じます。

、彼は会社を辞めて今は喫茶店・バーを経営していて(常連客に定年間際の東野英治郎!)、要するに「脱サラ」したのだと思われますが、会社一筋とは違った男の生き方もこの映画では見せています。
興味深く観ることが出来ました。不倫を扱っていますが、最後はハッピーエンドというか「雨降って地固まる」と言えるのでは(そう言えば、「
イスするというのにも時代を感じました(内示の段階で組合に知らされているのか?)。仲人をしてもらった人に人生相談するというのもある意味昭和的かも。



「早春」●制作年:1956年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧/小津安二郎 ●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●時間:144分●出演:池部良/淡島千景/浦辺粂子/田浦正巳/宮口精二/杉村春子/岸惠子/高橋貞二/藤乃高子/笠智衆/山村聰/三宅邦子/織田順二/長岡輝子/東野英治郎/中北千枝子/加賀不二男/田中春男/糸川和広/長谷部朋香/諸角啓二郎/荻いく子/山本和子/中村伸郎/永井達郎/三井弘次/加東大介/菅原通済/村瀬禅/杉田弘子/山田好一/川口のぶ/竹田法一/島村俊雄/谷崎純/長谷部朋香/末永功/南郷佑児/佐々木恒子/千村洋子/佐原康/稲川善一/鬼笑介/今井健太郎/松野日出夫/峰久子/鈴木康之/叶多賀子/井上正彦/千葉晃/山本多美/太田千恵子/中山淳二●公開:1956/01●配給:松竹(評価:★★★★) 



東海道線の夜行列車にある男が乗り込み、そこである女を見つける。その女・水原秋子(岡田茉莉子)は、元は安酒場で働いていたが、ふとしたことでファッションモデルの幸運を掴みこれを手放すまいと懸命になっていた。一方の男・飯島(山内明)は無免許の堕胎医だった。秋子はプロ野球二軍選手の江波(森美樹)と結婚しようとしていたが、飯島は酒場時代の秋子の古傷に触れ彼女を苦しめていたのだ。飯島は、秋子の大阪でのショーの帰りを追って夜行列車に乗り込んだのだが、洗面所で秋子と口論となり、揉み合いになって列車から落ち、付近の病院に搬送されるも間もなく死亡する。警察
は事件を軽く見たが、長谷川刑事(笠智衆)は何かあると確信、病院の死体置場に贈主不明の花束が届いたことから疑念を深め、列車の乗客で事件の目撃者である石岡三郎(大木実)に辿り着く。石岡は洗面所で秋子の顔を見たという。その新聞記事を見て秋子はモデルをやめ、江波と田舎に帰る決心するが、秋子の最後のショーに、長谷川刑事が石岡を連れて首実検に来る。驚く秋子だったが、石岡は犯人はいないと刑事に告げる。止むなく警察は石岡を尾行したがマカれてしまう。その頃、秋子のアパートでは江波が田舎へ行くため荷造りをしていた。
そこへ石岡が現れ、秋子はいなかったが、去り際に表で帰って来た秋子に会う。石岡は秋子を旅館に連込み脅迫したが、そこを出た途端トラックに轢かれ死ぬ。秋子がアパートに戻ると、江波は石岡との関係を難詰、別れると言い出す。秋子は、呆然として外に出た。長谷川刑事らは漸く飯島殺し犯人として秋子を突止める。夜の銀座を彷徨う秋子。それをパトロールカーのサイレン音がけたたましく追う―。
となり(所収作品:顔、殺意、なぜ「星図」が開いていたか、反射、市長死す、張込み)、この短編集は1957(昭和32)年・第10回「日本探偵作家クラブ賞(第16回以降「日本推理作家協会賞」)」を受賞しています。
ただし、原作の「顔」の主人公はファッションモデル女性ではなく、井野良吉という劇団員で、最近味のある役者として人気が出てきて、映画出演も決まり始めた男性です(つまり映画は主人公の性別を改変している)。実は彼は過去に女性を旅行に誘って殺害しようとして目的を果たすも、その土地に向かう途中の列車内で女性が知り合いの男性と出会ったところから二人でいるのを目撃されたため、今度はその男を理由をつけて旅行に誘い出し、殺害しようとします。ところが、その誘いを訝った男性は警察に相談し、警察は井野が犯人と確信、その旅行についてきて、旅館が井野と同宿だったために鉢合わせに。そこで実質的に首実検の状況になったわけですが、ところが、男には井野が自分が列車内で見た人物と同一人物には見えない! 見えないから当然、コイツが犯人だととも言えない(この点が、石岡が秋子を同一人物と分かりながらも、後で脅迫するために、その場では「犯人はここ中にはいない」と刑事に言っている映画とは大きく異なる)。
原作者の松本清張は、自分の短編が映像化する際に話を膨らますことについては鷹揚であったようで、むしろ、短編をどうやって1時間半なり2時間なりの物語に加工するかこそが映画監督らの力量とみていたようです。自身の短編の映画化作品で最も評価していたのは、野村芳太郎監督の「




「顔」●制作年:1957年●監督:大曽根辰夫●脚本:井手雅人/瀬川昌治●撮影:石本秀雄●音楽:黛敏郎●原作:松本清張「顔」●時間:104分●出演:岡田茉莉子/大木実/笠智衆/森美樹/宮城千賀子/佐竹明夫/松本克平/千石規子/小沢栄(小沢栄太郎)/山内明/細川俊夫/内田良平/永田靖/乃木年雄/草島競子/永井秀明/十朱久雄/笹川富士夫/高村俊郎●公開:1957/01●配給:松竹(評価:★★★☆) 





この間たまたま観たシリーズ第27作「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」('81年)では、寅さんが瀬戸内海のどこかの島で一人で夏物ワンピース(俗に言うアッパッパ)を売っているシーンと(ここで初めてマドンナと出会う)、東大阪市の石切神社の参道で"バイ"しているシーンがありましたが(ここで偶然マドンナと再会する)、参道に露店を出すときはやはり、地元の親分に対して口上を述べたということになるのでしょうか。ヤクザへの連想を避けるために、そうしたシーンを山田洋次監督は敢えてシリーズでは殆ど取り扱っていない気もします(テキヤの生活が最もよく描かれているのは森崎東監督によるシリーズ第3作「男はつらいよ フーテンの寅」('70年)だと言われている)。
この「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎」のマドンナ役は松坂慶子(撮影時28歳)で(寅さんは参道で「水中花」を売っていた)、松坂慶子はこの作品で第5回「日本アカデミー賞」最優秀主演女優賞など多数の賞を受賞しています。個人的には"演技力"より"美貌"がもたらした賞のように思われなくもないですが、この頃の松坂慶子はこの後に「


「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎」●制作年:1981年●監督:山田洋次●製作:島津清/佐生哲雄●脚本:山田洋次/朝間義隆●撮影:高羽哲夫●音楽:山本直純●時間:104分●出
演:渥美清/松坂慶子/倍賞千恵子/三崎千恵子/太宰久雄/前田吟/下條正巳/吉岡秀隆(シリーズ初登場)/正司照江/正司花江/笑福亭松鶴/関敬六/大村崑/笠智衆/初音礼子/芦屋雁之助●公開:1981/08●配給:松竹(評価:★★★☆)




杉山周吉(笠智衆)は銀行に勤め、停年も過ぎ今は監査役の地位にある。男手一つで子供達を育て、次女の明子(有馬稲子)と静かな生活を送っている。そこへ、長女の孝子(原節子)が夫との折り合いが悪く幼い娘を連れて出戻ってくる。一方、短大を出たばかりの明子は、遊び人の川口(高橋貞二)らと付き合うようになり、その中の一人である木村憲二(田浦正巳)と肉体関係を持ち、彼の子を身籠ってしまう。憲二は明子を避けるようになり明子は彼を捜して街を彷徨う。中絶費用を用立てするため、明子は叔母の重子(杉村春子)に理由を言わずに金を借りようとするが断られ、重子からこれを聞いた周吉は訝しく思う。その頃、明子は雀荘の女主人・喜久子(山田五十鈴)が自分のことを尋ねていたと聞き、彼女こそ自分の実母ではないかと孝子に質すが、孝子は即座に否定する。喜久子はかつて周吉がソウルに赴任していたときに
周吉の部下と深い仲になり、満洲に出奔した過去があったのだ。明子は中絶手術を受けた後で、喜久子がやはり自分の母であることを知って、自分は本当に父の子なのかと悩む。蹌踉として夜道へ彷徨い出た彼女は、母を訪ねて母を罵り、偶然めぐりあった憲二にも怒りに任せて平手打を食わせ、そのまま一気に自滅の道へ突き進んで行った。その夜遅く、電車事故による明子の危篤を知った周吉と孝子が現場近くの病院に駈けつけたが明子は既に殆ど意識を失っていた。その葬儀の帰途、孝子は母の許を訪れ、明子の死はお母さんのせいだと冷く言い放つ。喜久子はこの言葉に鋭く胸さされ東京を去る決心をする。また、孝子も自分の子のことを考え、夫の許へ帰り、家は周吉一人になった。今日もまた周吉は心侘しく出勤する―。


1957年公開の小津安二郎監督で、今年['18年]開催の第68回ベルリン国際映画祭のクラシック部門で、ヴィム・ヴェンダース監督の「ベルリン・天使の詩」('87年)などと併せて選出され、プレミア上映されました。小津安二郎監督作品のデジタル修復版は、2013年のベルリン国際映画祭の「東京物語」から世界三大映画祭クラシック部門で7作目の選出となり、小津安二郎の世界的な評価の高さが窺えます(ヴィム・ヴェンダースに至っては、「小津安二郎は私の師匠」と以前から公言し、同映画祭においても審査員の坂本龍一氏を前に、"天国の大島渚"にごめんなさいと謝るジョークを交え、"小津愛"を繰り返し吐露している)。

しかしながら、戦後期の大女優山田五十鈴(1917-2012)が出演した唯一の小津作品であり、姉妹の実母で雀荘の女主人・喜久子を演じたそのリアルな演技はさすが。夫役の中村伸郎も、後の出演作に多く見られる会社役員や大学教授の役ばかりでなく、こういった市井の人を演じても上手いということがよく分かります(まあ、「
その意味でも興味深い作品ですが、評価が当時は芳しくなかったことに懲りたのか、小津安二郎はもうこの手の作品は撮らず、志賀直哉に「里見弴君が仕事が無くて困っているから彼の作品を使ってくれ」と言われ、里見弴の原作作品を「
「小津4K 巨匠が見つめた7つの家族」<生誕115年記念企画>2018年6/16~6/22 新宿ピカデリー、6/23~7/7 角川シネマ新宿 有馬稲子




「東京暮色」●制作年:1954年●監督:小津安二郎●製作:山内静夫●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●時間:140分●出演:原節子/有馬稲子/笠智衆/山田五十鈴/高橋貞二/田浦正巳/杉村春子/山村聰/信欣三
/藤原釜足/中村伸郎/宮口精二/須賀不二夫/浦辺粂子/三好栄子/田中春男/山本和子/長岡輝子
/櫻むつ子/増田順二/長谷部朋香/森教子/菅原通済(特別出演)/石山龍児●公開:1957/04●配給:松竹●最初に観た場所(再見):角川シネマ新宿(シネマ1・小津4K 巨匠が見つめた7つの家族)(18-06-28)((評価:★★★★)
有馬稲子/高橋貞二/菅原通済(菅井の旦那)



ネマ1(300席)・シネマ2(56席)
2006(平成18)年12月9日〜旧文化シネマ1・4が「新宿ガーデンシネマ1・2」として、旧文化シネマ2・3が「シネマート新宿1・2」として再オープン、2008(平成20)年6月14日「新宿ガーデンシネマ1・2」が「角川シネマ新宿1・2」に改称。2018(平成30)年7月7日休館、同月28日
「角川シネマ新宿」シネマ1はアニメ作品のみを上映する「EJアニメシアター新宿」に改称、シネマ2は「アニメギャラリー」としてリニューアルオープン。2023(令和5)年8月24日「EJアニメシアター新宿」閉館。跡地(4・5階)に「kino cinéma(キノシネマ)新宿」(シアター1(294席)・シアター2(53席))が同年11月16日からオープン。



1928(昭和3)年、大石久子(高峰秀子)は新任教師として、瀬戸内海小豆島の分校へ赴任する。1年生の磯吉、吉次、竹一、ミサ子、松江、早苗、小ツル、コトエなど12人が初めて教壇に立つ久子には愛らしく思え、田舎の古い慣習に苦労しながらも、良い先生になろうとする。ある日、久子は子供
のいたずらで落とし穴に落ちて負傷し、長期間学校を休んでしまうが、先生に会いたい一心の子供たちは2里の道程を歩いて見舞いに来てくれ、皆で海辺で記念写真を撮る。しかし、自転車に乗れない久子は、住まい近くの本校へ転任することに。1933(昭和8)年、5年生になって子供たちは本校へ通うようになり、久子は結婚していた。子供たちにも人生の荒波が押しよせ、大工の娘・松江は母親が急死し、奉公に出される。久子は修学旅行先の金比羅で偶然に松江を
見かけることになる。軍国主義の影が教室を覆い始めたことに嫌気さした久子は、子供たちの卒業とともに教壇を去る。8年後の1941(昭和16)年、戦争が本格化し、教え子の男子5人と久子の夫は戦争に出征、漁師の娘コトエは大阪へ奉公に出るが、肺病になり物置で寝たきりになる。1945(昭和20)年、久子の夫は戦死し、かつての教え子も、竹一ら3人が戦死、ミサ子は結婚し、早苗は教師に、小ツルは産婆に、
そしてコトエは肺病でひっそりと死んだ。久子には既に子が3人あったが、2歳の末っ娘は空腹に耐えかねた末に木になる柿の実を採ろうとして転落死する。翌1946(昭和21)年、久子は再び岬の分教場に教師として就任する。児童の中には、松江やミサ子の子供もいた。一夜、ミサ子、早苗、松江、マスノ、磯吉、吉次が久子を囲んで歓迎会を開いてくれ、磯吉は両目の視力を失っていた。かつての教え子たちは久子に自転車をプレゼントする。数日後、岬の道には元気に自転車のペダルを踏む久子の姿があった―。
木下惠介(1912-1998/享年86)監督の1954(昭和29)年公開作で、同年「キネマ旬報 ベスト・テン」で第1位(2位も同監督の「女の園」('54年/松竹))、「毎日映画コンクール」日本映画大賞、「ブルーリボン賞」作品賞、1954年度「ゴールデングローブ賞」外国語映画賞受賞作。文藝春秋刊『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版)第7位。壺井栄(1899-1967/享年67)の原作『二十四の瞳』は第二次世界大戦の終結から7年後の1952(昭和27)年に発表されていて(原作は瀬戸内海に浮かぶ島を舞台としているが、その島の名前は一度も出てこない。但し、小豆島は作者の出身地である)、映画は原作発表の翌年春から撮影が始まり、翌々年に公開されたということになります。
あの三島由紀夫は、最も好きな日本の映画監督に木下惠介監督を挙げていますが、「二十四の瞳」に関しては、「間がどうも古いね。泣かせる間がちゃんとできている。(中略)絶対、泣かなくなっちゃう、腹が立ってきてね」と雑誌の読者座談会で発言しており(同じ理由でビットリオ・デ・シーカの「自転車泥棒」('48年/伊)なども嫌いだったらしい)、「泣かせる」演出に嫌悪感があったようです(川内由紀人『三島由紀夫、左手に映画』('12年/河出書房新社))。自分も40代くらいまではあまり好きでなかったし、テレビなどでやっているとチャンネルを変えたりしていたように思いますが、今は年齢と共に素直に(?)"泣ける"ようになったのかも(やっぱり劇場で観る方がいい)。
リメイクされたりもしていますが(映画では田中裕子版('87年)が、テレビドラマでは黒木瞳版('05年)、松下奈緒版('13年)などがある)、戦後10年以内に作られたこの作品が持つ独特の時代的、地方的な雰囲気があり(風光明媚な瀬戸内の風景や、素朴な人々の暮らしぶりといった背景)、それより後の映像化作品でこの作品を超えるのは難しいように思います(同じことが同監督の3年後のカラー作品「喜びも悲しみも幾歳月」('57年/松竹)についても言える。両作品とも季節の違いはあるが波止場で人々が出征兵士を見送るシーンがあり、それがまるで記録映像を観ているように見える)。勿論、「時代色」「地方色」だけでなく、木下惠介監督の演出のきめ細かさも光っているように思います。
先に書いたように、物語には1928(昭和3)年、1933(昭和8)年、1941(昭和16)年、そして1945(昭和20)年から1946(昭和21)年という、大まかに言って4つのシークエンスがあり(こうした構成も「喜びも悲しみも幾歳月」に似ている)、この間に子供たちはそれぞれ6歳(小学校1年生)、10歳(小学校5年生)、18歳、22歳と成長し、大石先生も20代から40代になるわけですが、20代から40代の大石先生を巧みに演じ分けている高峰秀子もさることながら、子役たちも子供から大人になるまでが自然に繋がっているという感じです。
特に、6歳(小学校1年生)と10歳(小学校5年生)の配役は、全国からよく似た兄弟、姉妹を募集し、3600組7200人の子供たちの中から、12組24人が選ばれたとのことで(大人になってからの役者も、その子供たちとよく似た役者を選んだ)、観ていて「あの子が成長してこうなったのだな」などとと分かり、顔立ちや目元まで似ていたりすると結
構はっとさせられます。でも、兄弟、姉妹を顔が似てるかどうかを基準に選んだということは、それをどう演出するかは、木下惠介監督には相当な自信があったのではないでしょうか。実際、子役たちから巧まざる上手さを引き出しているように思いました。「泣ける」背景には、こうした戦略的かつ細やかな技巧の積み重ねがあり、それが、声高ではないのに反戦映画としての訴求力があることに繋がっているのだと改めて思われ、評価「◎」としました。
音楽の木下忠司(きのした・ちゅうじ、1916-2018)は木下惠介監督の弟で、この「二十四の瞳」をはじめ、「女の園」('54年/松竹)、「
には、「大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン」('66年/大映)や「トラック野郎シリーズ」(東映、全10作中、8作を担当)なども手掛けています。NHKのテレビドラマ「
黄門様(東野英治郎)が悠々自適の生活を送っている常陸の国・西山荘。そこに程近い山道を必死に急ぐ二人の武士がいた。その二人を追う黒覆面の武士の一団が突如二人に襲いかかる。必死に応戦する二人は炭焼小屋へ逃げ込むが、火を放たれ、一人は倒れ、残る侍も危機に陥った。だが、間一髪、危ういところを風車の弥七(中谷一郎)が救う。西山荘にかつぎこまれた若侍は、実は加賀百万石前田家の城代家老・奥村作左衛門(三船敏郎)の息女・由美(栗原小巻)であった。由美の話では、加賀百万石は次席家老・村井主水(安部徹)の悪企みでお家騒動の渦中にあるという。話を聞いた黄門一行は加賀藩とその領民を救うべく加賀へと向った。越後へさしかかった一行は、とある旅籠に"水戸御老公様御宿"と大書した看板を見つける。何とニセ黄門の逗留だ。敵の目をくらますため、この連中を江戸へ立たせた黄門一行は加賀へと向かう―。
TV放送当時の第9部のキャスト陣が中心だそうで、88分という小品の尺に4話分くらいの話を詰め込みコンパクトに纏めている。当時のレギュラーメンバー(東野英治郎・里見浩太朗・大和田伸也・中谷一郎・高橋元太郎)に大物ゲスト(三船敏郎・栗原小巻・竹脇無我・ハナ肇・植木等・谷啓)そしてお馴染みの悪役俳優(安倍徹・川合伸旺・遠藤太津朗・富田仲次郎・汐路章・牧冬吉・深江正喜)と総出演。加賀藩次席家老・村井主水(安部徹)や悪代官・黒部八太夫(遠藤太津朗)が暗躍、彼らの悪事を挫くため黄門一行が動くも、ニセ黄門一行(ハナ肇・植木等・谷啓)が現れるなど、一筋縄にいかない展開。ただ、大筋としては黄門様が、三船敏郎が演じる城代家老を次席家老の陰謀から救う話なのだが、三船敏郎と東野英治郎の関係が「
「二十四の瞳」●制作年:1954年●監督・脚本:木下惠介●製作:桑田良太郎●撮影:楠田浩之●音楽:木下忠司●原作:壺井栄●時間:156分●出演:高峰秀子(大石久子)/天本英世(大石久子の夫)/夏川静江(久子の母)/笠智衆(分教場の男先生)/浦辺粂子(男先生の妻)/明石潮(校長先生)/高橋豊子(小林先生)/小林十九二(松江の父)/草香田鶴子(松江の母)/清川虹子(よろずやのおかみ)/高原駿雄(加部小ツルの父)/浪花千栄子(飯屋のかみさん)/田村高廣(岡田磯吉)/三浦礼(竹下竹一)/渡辺四郎(竹下竹一(本校時代))/戸井田康国(徳田吉次)/大槻義一(森岡正)清水龍雄(相沢仁太)/月丘夢路(香川マスノ)/篠原都代子(西口ミサ子)/井川邦子(川本松江)/小林トシ子(山石早苗)/永井美子(片桐コトエ)●公開:1954/09●配給:松竹●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(18-05-08)(評価:★★★★☆)










「水戸黄門」(劇場版)●制作年:1978年●監督:山内(やまのうち)鉄也●製作(プロデューサー)西村俊一/郡進剛/森誠一/神先頌尚/杉本直幸●原案・脚本:葉村彰子●撮影:増田敏雄●音楽:木下忠司●時間:88分●出演:東野英治郎/里見浩太朗/大和田伸也/高橋元太郎/中谷一郎/和田浩治/山口いづみ/鮎川いづみ/谷幹一/遠藤太津朗/富田仲次郎/稲葉義男/浜田寅彦/川合伸旺/東野英心/深江章喜/汐路章/牧冬吉/正司歌江/正司照江/正司花江/伊藤洋一/ハナ肇/植木等/谷啓/加藤嘉/安部徹/岩尾正隆/栗原小巻/竹脇無我/三船敏郎●公開:1978/12●配給:東映)(評価:★★★)
「水戸黄門(14-21)(西村晃版)」)●監督:山内鉄也/荒井岱志/居川靖彦/倉田準二/居川靖彦/倉田準二ほか●脚本:葉村彰子/櫻井康裕/大西信行/芦沢俊郎/大久保昌一良/廣澤榮/伊上勝ほか●音楽:木下忠司●出演:西村晃/里見浩太朗/伊吹吾朗/高橋元太郎/山口いづみ/片平なぎさ/鳥越マリ/せんだみつお/由美かおる/野村将希/中谷一郎/あおい輝彦●放映:1983/10~1992/11(全283回)●放送局:TBS


シリーズ第11作「男はつらいよ 寅次郎忘れな草」のマドンナ・リリー(浅丘ルリ子)が再登場。葛飾柴又の"とらや"で、寅次郎(渥美清)の帰省が遅いことを皆が心配しているところへリリーが訪れ、寿司屋の亭主と離婚した彼女は、再びドサ回りの歌手をしているという。寅次郎に会えなかったことを残念がるリリー。その寅次郎は青森で、通勤途中不意に蒸発したくなったというサラリーマン・兵頭謙次郎(船越英二)と出会う。自由な生き方に憧れるという兵頭に手を焼く寅次郎だった
が、そこで偶然にも、青森に来ていたリリーと再会、寅次郎とリリーは兵頭も巻き込んで北海道へと向
かう。ごろ寝や啖呵売もこなして楽しい道中となるが、小樽に着いた兵頭はどうしても彼の初恋の人に会いたいと言う。その女性・信子(岩崎加根子)は夫を亡くし女手一つで子供を育てており、懸命に生きる姿を見た兵頭はいたたまれなくなる。そんな彼の複雑な心中をめぐって寅次郎とリリーは対立し、ついには喧嘩別れしてしまう
。やがて柴又に帰ってきた寅次郎だが、リリーとの一件を悔やんで表情は沈んだまま。そこへひょいとリリーが現れ、リリーもまたあの一件を悔やんでおり、二人はあっという間に寄りを戻す。リリーとすっかりいい仲になった寅次郎だが、その仲睦ましさが近所でも噂になり始めた時、さくらは寅次郎がこのままリリーと結ばれればいいと思うようになる―。
1975(昭和50)年8月公開のシリーズ第15作で、第11作「男はつらいよ 寅次郎忘れな草」('73年)以来の再登場。以後、第25作「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花」('80年)、渥美清(1928-1996/享年68)の遺作となった第48作「男はつらいよ 寅次郎紅の花」('95年)と通算4回、松岡リリーという同一キャラクターでマドンナ役を務めたことになります。満男のマドンナとしてシリーズ終盤に出演した後藤久美子の5回を除いて、寅次郎のマドンナとしては、竹下景子の3回を超えて最多となっていますが、むしろ同じキャラクター(歌子)で2回登場した吉永小百合が比較の対象となるでしょうか。4回は傑出していると思います。
この「寅次郎相合い傘」は、男女の機微を浮き彫りにしつつ余韻を残して終わるラストもいいですが(寅次郎とリリーは恋人同士である以上に、むしろ友情で結ばれた"同志"に近かったのか)、この1本の作品の中に、シリーズを通しての名シーンと言われ、よく「名場面ベスト10」などで挙げられるシーンが2か所もあり、それぞれ「寅のアリア」「メロン騒動」と呼ばれています。
「寅のアリア」は、リリーをキャバレーまで送った寅次郎が、そのあまりの環境の劣悪さに驚き、「俺にふんだんに銭があったら」と大ステージで歌い上げるリリーの姿を、さくらたちに臨場感たっぷりに想像で語るもので、スタッフによれば、後日リリー役の浅丘ルリ子がこのシーンを見て涙したとのことです(倍賞千恵子著『お兄ちゃん』('97年/廣済堂出版)。渥美清の本領発揮というか、山田洋次監督は渥美清に初めて会った頃、彼が語る的屋の口上を聞いてこの人は天才だと思ったそうですが、こうしたところでその力を引き出しているのはスゴイと思いました。
「メロン騒動」は、寅次郎に世話になったと兵頭から高級メロンを貰ったとらやの面々が切り分けて食べ始めたところへ寅次郎が外から戻って来て、寅次郎の分を勘定に入れ忘れていたこ
とに気付いた一同が大慌てで場を取り繕う様に、とらやの連中は心が冷たいと激しくなじる寅次郎に対し、リリーが核心を
突いた言葉で寅次郎を一喝してしまうという場面ですが、こちらは、浅丘ルリ子の演技が渥美清のそれに拮抗した場面であるとも言え、大袈裟に言えば、シリーズを通してそれまで憧れの対象でしかなかったマドンナの位置づけを、主体的な存在にパラダイム変革させた場面でもあったかと思います。
浅丘ルリ子は最近またNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」の寿桂尼役やテレビ朝日系ドラマ「やすらぎの郷」への出演で注目されていますが、もともと演技も歌も上手い方だと思います。歌の方は20曲以上シングルを出した後に、「
リリーが仕事で歌う場末の酒場のうらぶれた様子は、寅次郎の口から語らせるものの映像化せず、一方で、リリーが別の女性と同居する狭いアパートに相手方の男が来て彼女がそこにおれなくなる場面は映像化しており、その辺りのリアリティの出し方の加減が上手いと思いました。あまり全部隠してしまうとリアリティが湧かないし、あまり見せ過ぎると暗くなり過ぎるし...(シリーズ全作を通して観ると、この加減に失敗しているものも幾つかある)。
サラリーマン・兵頭を演じた船越英二の演技も手堅く、兵頭に纏わるサイドストーリーもまずまずでしょうか。ただ、失踪事件をモチーフにした野村芳太郎監督(松本清張原作)の「
因みに、冒頭にある、映画館でうたた寝しながら寅次郎が見る夢は、前年['74年]12月日本公開の「シンドバッド 黄金の航海」('73年/米)のパロディだそうですが(統一劇場と米倉斉加年、上條恒彦がノンクレジットで友情出演している)、個人的には、こちらもまた当時より一昔前の、小野田嘉幹監督の「

「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」●制作年:1975年●監督:山田洋次●脚本:山田洋次/朝間義隆●撮影:高羽哲夫●音楽:山本直純●時間:91分●出演:渥美清/浅丘ルリ子/船越英二/倍賞千恵子/下條正巳/三崎千恵子/太宰久雄/佐藤蛾次郎/吉田義夫/岩崎加根子/久里千春/早乙女愛/中村はやと/宇佐美ゆふ/村上記代/光映子/秩父晴子/米倉斉加年(ノンクレジット)/上條恒彦(ノンクレジット)/谷よしの/笠智衆●公開:1975/08●配給:松竹(評価:★★★★)



「今現在」を「1970年11月25日」に置いて、三島(緒形拳)が自決した当日の起床からの経過を現在進行形でカラー・ドキュメンタリー風に描き、その「今現在」の時の流れをベースに、三島の幼少期から「楯の会」結成までの半生をモノクロームで描いた「フラッシュバック(回想)」シーンを交える一方、第1章「美(beauty)」で『金閣寺』、第2章「芸術(art)」で『鏡子の家(Kyoko's House)』、第3章「行動(action)」で『奔馬(Runaway Horses)』(『豊饒の海』第2部)の各作品をダ
イジェストで映像化しており、最後の第4章「文武両道(harmony of pen and sword)」で、三
島が市ヶ谷駐屯地に到着した場面から自決に至るまでを描いています。こうなるとかなり複雑な印象を与
えますが、回想部分はモノクロで、作品部分は「劇中劇」として極めて演劇的に作られているため(石岡瑛子(1938-2012/73歳没)が美術担当)、観ていてたいへん分かり易いものとなっています。
冒頭で、三島が母(大谷直子)や祖母(加藤治子)との特異な幼少期を経て、思春期から同性愛的指向を自覚したことなどを紹介、第1章では簡略化された『金閣寺』が劇中劇として描かれ、ドモリでコンプレックスの
塊のような学生(ある意味、三島のペルソナである)で金閣寺の住職になることを目指して修行する溝口(五代目 坂東八十助=十代目 坂東三津五郎)が、障害者でありながらをそれを逆手にとって高い階級の女を籠絡している柏木(佐藤浩市)と出会い、その

手ほどきで女性に接するも臆して何もできなかった後(ここでフラッシュバックで青年期の三島(利重剛)が病弱だったために戦争の徴兵を逃れ得たことなどが描かれる)、今度は老師(笠智衆)から施された
金で遊郭で遊女(萬田久子)を抱き、女に「どでかいことをする」と言うが、それは金閣寺を燃やすことだった―とい
うもの(ここで三島が自邸を出て「盾の会」のメンバーと市ヶ谷駐屯地へ向かうため車に乗り込む"現在"のシーンに切り替わり、更に今度は、モノクロで『潮騒』などの作品で作家として高い評価を得た頃の三島を描く)。 
第2章では『鏡子の家』を演劇化しており、原作では鏡子というある種"巫女"的な女性を軸に、恵まれた結婚をし将来が嘱望されるエリート会社員「清一郎」、拳闘家でボクシングで王座を獲る「俊
吉」、美貌の無名俳優でボディビルで鋼の肉体を得る「収」、天分豊かな童貞の日本画家で画壇での名声を博す「夏雄」の4人が登場しますが(それぞれが三島のペルソナと言える)、ここでは俳優の「収」(沢田研二)にフォーカスして、母親(左幸子)や恋人(烏丸せつこ)との関係を描いています(ここでまたモノクロのフラッシュバックになり、男とダ
ンスし―ダンス相手のモデルは美輪明宏か―同性愛者として美醜にこだわり、ボディビル
によって肉体改造に励む三島の姿が描かれる)。次に、ラーメン屋台のような所に収、俊吉(倉田保昭)、夏雄(
を結ばされ(その間、三島のセミヌード写真の撮影模様や出演した映画のポスターなどがフラッシュバックで入る)、母親にはいい役がついたと報告し、最後はピンク色の部屋でその清美に自分の肉体をマゾヒスティックに傷つけられている―(ここで市ヶ谷に向かう車中の三島と「盾の会」のメンバーのシーンに切り替わる)。
第3章は、『奔馬』の主人公・飯沼勲(永島敏行)を描いた劇中劇で、剣道3段の飯島青年が政界
の黒幕を倒すべく陸軍中尉(勝野洋)や同志らとクーデターを謀るという二・二六事件をモチーフにした原作通り
の展開で(フラッシュバックで日本刀を振るって剣術に精進する三島が描かれる)、彼が首謀者となって同じ学生仲間らと決行を誓い合いますが(そこでまた緒形拳演じる三島の歩んできた道のフラッシュバックで、「盾の会」の結成やその閲兵式の模様が描かれ、更に、'69年の東大全共闘との討論会の様子が描かれる)、事を起こす前に飯島らは逮捕され、飯島は聴取にあたった尋問官(池部良)に拷問してくれと
頼むが叶わない。その後、飯島は脱獄に成功し、政界の黒幕・蔵原(根上淳)を暗殺
すると、海を見渡す断崖へと直行し、暁の太陽を背に割腹自殺を図る―(ここでいきなり、映画「憂国」の切腹シーンを撮影中の三島のモノクロ・フラッシュバックになる。そして、映画「憂国」の完成記者会見の模様が入る)。
第4章は、これまで「今現在」として描かれてきた「1970年11月25日」の部分の続きで、三島らが市ヶ谷駐屯地に到着してから自決に至るまでが描かれており(間にフラッシュバックで「盾の会」の自衛隊体験入隊の模様が描かれる)、自決前のバルコニーでの演説をはじめ、「三
島事件」を克明に描いています(更に間に、ロッキードF104戦闘機に試乗した際の模様が描かれる)。最後に三島が切腹して雄叫びする場面に続いて、第1部から第3部の小説のラスト
シーンがワンカットずつ描かれ、『奔馬』の最後の一行のナレーションと共に、冒頭のタイトルバックにあった太陽が正面に昇っている風景でエンドロールとなります。なお、「フラッシュバック」で描かれる半生の挿話やナレーションには、自伝的小説『仮面の告白』や随筆『太陽と鉄』などからの引用が使用されています。
優として知られ、2013年のゴールデングローブ賞授賞式において、自身が同性愛者であることをほぼ公表したジョディ・フォスターが絶賛している)。主人公の三島の役は、最初は高倉健にオファー
されていたらしいのですが(高倉健はポール・シュレイダー脚本、シドニー・ポラック監督の「
ものの、ここまで三島の作品と人生を再現していれば立派なものだと思います(それが理解できるかどうかはまた別の問題として)。細かい点で事実と異なるとの指摘もあるようですが(第2章のフラッシュバックに写真集『薔薇刑』の撮影模様があるが、三島はこの映画のように撮影の際に自らカメラのアングルを指示するようなことはなく、完全に「被写体」に徹していたという当のカメラマン
結局、上映自体が遺族側の了解が得られず、作品は日本では劇場公開されなかったわけで、惜しいことです(同性愛を示唆する場面は結構あったが、それ以外に政治的な理由があったともされている)。長年ビデオ・DVD化されない「幻の作品」であっため、自分自身も、中身がよく分からないのでやや"色物"的な作品ではないかとの先入観が以前はありましたが、『三島由紀夫と一九七〇年』('10年/鹿砦社)付録として"ゲリラ・リリース"された米国版DVD(区の図書館で借りられた)で観てみると、映像も綺麗だし、演技陣も錚々たるメンバーであり、また、よく演出したものだと思いました。作家とその作品の関係性を描くという意味でも非常に大胆な試みであり、それは100%成功しているわけではないですが、分かり易いというだけでも評価できるのではないでしょうか。

稔 [第1章・金閣寺]坂東八十助/佐藤浩市/萬田久子/沖直美/高倉美貴/辻伊万里/笠智衆(米国版のみ) [第2章・鏡子の家]沢田研二/左幸子/烏丸せつこ/倉田保昭/横尾忠則/李麗仙/平田満 [第3章・奔馬]永島敏行/池部良/誠直也/勝野洋/根上淳/井田弘樹●米国公開:1985/10●DVD発売:2010/11●発売元:鹿砦社(『三島由紀夫と一九七〇年』附録)(評価:★★★★)



会社勤務の佐竹茂吉(佐分利信)は長野出身で質素な生活を好む。妻の妙子(木暮実千代)とはお見合い結婚だが、上流階級出身の妙子にとって夫の質素さが野暮にしか見えず、学生時代の友人たちである雨宮アヤ(淡島千景)、黒田高子(上原葉子)、姪っ子の山内節子(津島恵子)らと遊び歩いて憂さをはらしている。茂吉はそんな妻の気持ちを知りながらも、あえて触れないようにしていた。ところが、節子がお見合いの席から逃げ出したことをきっかけに、茂吉と妙子が衝突する。妙子は口をきかなくなり、あげくのはてに黙って神戸の友人のもとへ出かけてしまう。一方の茂吉はウルグアイでの海外勤務が決まって羽田から出発するが、それを聞いても妙子は帰ってこない。茂吉が発った後、家に帰ってきた妙子にさすがの友人たちも厳しい態度をとる。平然を装う妙子だったが、茂吉の不在という現実に内心は激しく動揺していた。そこへ突如茂吉が夜中になって帰ってくる、飛行機のエンジントラブルだという。喜ぶ妙子に茂吉はお茶漬けを食べたいという。二人で台所に立って準備をし、お茶漬けを食べる二人。お互いに心のうちを吐露し、二人は和解する。夫婦とはお茶漬なのだと妙子を諭す茂吉。妙子は初めて夫のありがたさ、結婚生活のすばらしさに気づく。一方、お見合いを断った節子は若い岡田登(鶴田浩二)にひかれていくのだった―(「Wikipedia」より)。
1952(昭和27)年公開の小津安二郎監督作で、野田高梧、 小津安二郎のオリジナル脚本ですが、小津が1939年に中国戦線から復員したあとの復帰第一作として撮るつもりだったのが「有閑マダム連がいて、亭主をほったからしにして遊びまわっている」という内容が内務省の検閲に引っ掛かってお蔵入りになっていたのを、戦後に再度引っ張り出して改稿したものであり、その際に、主人公夫婦がよりを戻す契機となったのが夫の戦争への応召であったのを、ウルグアイのモンテビデオ赴任に変えるなどしています。
木暮実千代の演技の評価が高い作品ですが、茂吉を演じた佐分利信もいい感じではないでしょうか。奥さんの言いなりになっているようで、実は全て分かった上での行動や態度という感じで、最後の和解のシーンも良かったです。その後、木暮実千代演じる妙子が雨宮アヤ(淡島千景)ら女友達に夫婦和解の様子を伝え、妙子自身大泣きした一方で、茂吉の方も「わかっている」と言って目に涙を溜めて泣いたと夫婦2人で泣いたような話をしますが、この辺りは妙子が話を作っているのではないかなあ(彼女の性格上、自分だけが泣いたことにはしたくなかったのでは)。
個人的には、この打ち明け話のシーンが無く、そのまま節子(津島恵子)と岡田(鶴田浩二)が連れだって歩くシーンで終わっても良かったようにも思いましたが、この"のろけ話"ともとれる話を節子が実質2度も聞かされるところが軽くコメディなのだろなあ。妙子から"旦那さんの選び方"の講釈を受けた上で(そうなったのは偶々なのだが)、ラストの岡田と連れだって歩くシーンに繋がっていきます。
女性3人でのプロ野球観戦(後楽園球場でのパ・リーグ試合でバッターボックスには毎日オリオンズの別当薫が。後楽園球場は当時、毎日オリオンズなど5球団の本拠地だった)や、競輪観戦(後楽園競輪場。1972年に美濃部亮吉都知事の公営ギャンブル廃止策により休止)、パ
チンコなど(パチンコは当時立ったまま打つものであり、「
競輪レースの模
様を"執拗に"撮っているのが興味深い。「
その後、パチンコに夢中で帰りの遅くなった岡田(鶴田浩二)と節子(津島恵子)がラーメン屋のカウンターで並んで
ラーメンを食べる場面は、夫婦でお茶漬けを食べるメインストーリーの方のラストの伏線と言えなくもありません。男女が並んでラーメンを食べる場面は後の「
木暮実千代の他、淡島千景、上原葉子(上原謙の妻)、津島恵子らの演技も楽しめるし、ちょい役ながら当時19歳の北原三枝(後の石原裕次郎夫人)もバーの女給役で出ていて、鶴田浩二や笠智衆らの演技も同様に楽しめます。でも、やはり、真ん中にいる佐分利信が安心して見ていられるというのが大きいかも。何のことはないストーリーですが、観終わった後の印象はそう悪くはない作品でした。


楽幸嗣/志賀直津子/石川欣一/上原葉子/北原三枝●公開:1952/10●配給:松竹●最初に観た場所:高田馬場・ACTミニシアター(90-08-19)(評価:★★★☆)併映:「東京の合唱(コーラス)」(小津安二郎)「



京都の造り酒屋・小早川の長男は早く死に、その未亡人の秋子(原節子)に親戚の北川(加東大介)が再婚話を持ってくる。相手の磯村(森繁久彌)は鉄工所の社長でちょっとお調子者だ。また、次女の紀子(司葉子)も婚期を迎えて縁談が持ち込まれるが、彼女は大学時代の友人で、札幌に転勤することになっ
ている寺本(宝田明)に思いを寄せていた。一方、小早川の当主・万兵衛(中村鴈治郎)は最近、行き先も告げずにこそこそと出かけることが目立つようになった。店員の丸山(藤木悠)が後を
尾けるが、したたかな万兵衛に見つかってしまい失敗。小早川の経営を取り仕切る入り婿の久夫(小林桂
樹)と長女の文子(新珠三千代)夫婦が心配して行方を突き止めると、そこはかつての愛人・佐々木つね(浪花千栄子)の家だった。さんざん死んだ母を泣かせた万兵衛の女好きがまた始まったと怒る文子。万兵衛はつねとその娘・百合子(団令子)との触れあいに、特別な安らぎを感じているようだったが、そこで倒れて亡くなる―。
1961年公開作で、小津安二郎が東宝に招聘されて撮った作品。時期的には「
物語は導入部の森繁久彌と加東大介の未亡人を巡る会話からコミカルなタッチで進み(まるで森繁の「社長シリーズ」('58年~'70年/
東宝)みたい)、万兵衛(中村鴈治郎)が孫とかくれんぼしている間に抜け出して昔の愛人(浪花千栄子)に会いに行くところで滑稽さはピークに達しますが、そうやって軽妙に描かれた道楽旦那の〈老いらくの恋〉の後に突然のその死が訪れ、葬式の日に紀子(司葉子)が秋子(原節子)に札幌の寺本の下へ行く決心を告げる場面こそありますが、全体として無常感の漂う作品となっています(火葬場の近くで川漁りをする笠智衆と望月優子の夫婦の会話が効いている)。
当時57歳の小津安二郎の死生観が反映された作品であるのに違いなく、また万兵衛のコミカルさにも、自らを「道化」と称していた小津自身が反映されているとの見方もあるようです(万兵衛の死すらも愛人(浪花千栄子)によって、或いは万兵衛の妹・しげ(杉村春子)によってコミカルに語られる。死んでしまえば自分だってどう言われるかわからないという思いが小津にあったのか?)。
歌舞伎役者でありながら「映画スターの中村鴈治郎」と言われた2代目・中村鴈治郎(1902-1983)(大映から借り受け)の洒脱でコミカルな演技から、名女優・杉村春子のやっぱり上手いと思わせるショートリリーフ的な演技まで(「東京物語」の時も葬儀で帰りの時間を気にしていたなあ)何かと楽しめますが、東宝が用意した新珠三千代、宝田明、小林桂樹、団令子、森繁久彌、白川由美、藤木悠ら錚々たる俳優陣を小津安二郎がどう演出したかというのも大きな見所かもしれません。
因みに、小津の好みに適ったのは小林桂樹、藤木悠、団令子、最も惚れ込んだのは新珠三千代で、新珠三千代には撮影の合間に松竹での次回作の出演を持ちかけていたとか(結局、次回作「秋刀魚の味」の主演は岩下志麻になったが)。一方、小津が演出しづらかったのはアドリブで演技する森繁久彌や山茶花究らで、特に森繁久彌(1913-2009)は小津のかっちりした演出が自分の肌に合わず、「小津に競輪なんか撮れっこない」と言ったというエピソードなども知られています(但し、映画の中で競輪を観に行くのは中村鴈治郎と浪花千栄子)。因みに、この作品は、オープニングタイトルバックの出演者の最初に原節子、司葉子、新珠三千代の名がきて、最後に中村鴈治郎、森繁久弥の名がきます)。
それにしても、役者の演技は小津安二郎自身が演出するとして、小津が松竹からスタッフを一人も連れて行かずに撮った作品であるのに、照明やカメラなどに何の違和感も無く、調度品の色調まで"小津トーン"が再現
されているというのはなかなかのものではないでしょうか。名匠・小津安二郎を招聘する立場で作品を作った東宝側のスタッフの緊張感が伝わってくるような印象です。個人的は、昭和30年代の造り酒屋の様子や競輪場の風景などが興味深かったです(競輪場の壁にあるのは何かの映画のポスターか)。因みに、小津安二郎は「

「小早川(こはやかわ)家の秋」●制作年:1961年●監督:小津安二郎●製作:藤本真澄/金子正且●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:中井朝一●音楽:黛敏郎●時間:103分●出演:中村鴈治郎/原節子/司葉子/新
珠三千代/森繁久彌/小林桂樹/宝田明/加東大介/団令子/白川由美/山茶花究/藤木
悠/杉村春子/望月優子/浪花千栄子/笠智衆/東郷晴子/環三千世/島津雅彦/遠藤辰雄/内田朝雄●公開:1961/10●配給:東宝(評価:★★★☆)


中村鴈治郎 in 「
浪花千栄子 in 「小早川家の秋」('61年/東宝)/ 「悪名」('61年/大映)
山茶花究 in 「



いているという文子の様子を見に行くことになる。一方の平山にも、適齢期を迎えた娘・節子(有馬稲子)がいた。彼は節子の意思を無視して条件のいい縁談を進める傍ら、平山の馴染みの京都の旅館の女将・佐々木初(浪花千栄子)の娘・幸子(山本富士子)が見合いの話を次々に持ってくる母親の苦情を言うと「無理に結婚することはない」と物分かりのいい返事をする。一方、平山が勝手に縁談を進めていた自分の娘・節子には、実は親に黙って付き合っている谷口(佐田啓二)という相手がいた。そのことを知らされ、それが娘の口から知らされなかったのが平山には面白くなく、彼は娘の恋愛に反対する―。
弴ってこんな話ばかり書いていた?)、本作品では、他人の娘には自由恋愛を勧めるのに、自分の娘には自分のお眼鏡に適(かな)った相手でなければ結婚を許さないという、佐分利信の"昭和的頑固親父"ぶりが全開です(浪花千栄子の関西のおばはんぶりも全開だったが)。
佐分利信、中村伸郎、北竜二が演じる旧友3人組は「
佐分利信演じる平山は、三上の娘・文子(久我美子)には理解を示す一方で(その恋人役は渡辺文雄)、自分の娘・節子(有馬稲子)の結婚には反対し、平山の妻・清子(田中絹代)や次女・

が演じたヒロインの結婚相手でしたが、この「彼岸花」と「秋日和」「秋刀魚の味」の3作の中で(主要人物の)結婚式の場面があるのは「秋日和」だけです。結婚式の場面が無いのはその結婚が必ずしも幸せなものとはならなかったことを暗示しているとの説もあるようですが、この「彼岸花」の場合どうなのでしょう(渡辺文雄、何となく頼りなさそう)。「秋刀魚の味」で佐田啓二は、岡田茉莉子演じる妻の尻の下に敷かれて、ゴルフクラブもなかなか買えないでいましたが...(因みに、「秋刀魚の味」では佐田啓二が会社の屋上でゴルフの練習をしているが、この「彼岸花」では佐分利信がゴルフ場で独りラウンドしている。しがないサラリーマンと重役の違いか)。
モチーフばかりでなくセリフや撮影面においても、その後の小津カラー作品の原型的なスタイルを多く含んでおり、この作品に見られる料亭での同期の男たちの会話やそれに絡む女将(高橋とよ)との遣り取り、家の1階に夫婦が暮らし2階に娘たちが暮らすが、階段は映さないという"ルール"(映さないことで親子の断絶を表しているという説がある)、会社のオフィスやバーのカウンターでの会話やその際のカメラワークなど、そして例えばオフィスであればくすんだ赤と緑を基調とした色使いなど、その後も何度も繰り返されるこうした後期の小津作品における"セオリー"的なものを再確認するうえでは再見の価値ありでした。
この作品で、佐分利信演じる平山の部下で、佐田啓二演じる谷口の後輩でもある近藤役を演じてコメディ的な味を出している高橋貞二(佐田啓二の後輩を演じたが、佐田啓二と同じ1926年生まれで生まれ月は高橋貞二の方が2カ月早い)は、この作品に出た翌年1959年に33歳で自らの飲酒運転で事故死しています(この年に結婚したばかりだった妻も3年後に自殺、青山霊園に夫と共に埋葬されている)。
そして佐田啓二も、1964年に37歳で、信州蓼科高原の別荘から東京に戻る際にクルマで事故死していますが(運転者は別の人物)、共に4人でクルマに乗っていて事故に遭い、亡くなったのはそれぞれ高橋貞二と佐田啓二の一人ずつのみでした。

「彼岸花」●制作年:1958年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●原作:里見弴●時間:118分●出演:佐分利信/有馬稲子/山本富士子/久我美子/田中絹代/佐田
啓二/高橋貞二/笠智衆/桑野みゆき/浪花千栄子/渡辺文雄/中村伸郎/北竜二/高橋とよ/桜むつ子/長岡輝子/十朱久雄/須賀不二男/菅原通済/江川宇禮雄/竹田法一/小林十九二/清川晶子/末永功●公開:1958/09●配給:松竹●最初に観た場所:三鷹オスカー(82-09-12)●2回目(デジタルリマスター版):神保町シアター(13-12-08)(評価:★★★★)●併映(1回目):「東京物語」(小津安二郎)/「秋刀魚の味」(小津安二郎)


大和へ来るよう勧めて帰っていく。紀子の会社の上司である佐竹(佐野周二)も彼女に、商社の常務で旧家の次男、という男性を紹介するという。家族はそれを歓迎するが、年齢が数えで42歳だと分かると志げと史子は不満を口にし、康一はそれを「贅沢は言えない」と非難する。康一の勤務先の医師・矢部謙吉(二本柳寛)の母親・たみ(杉村春子)の耳にもこの話が入る。矢部は戦争で亡くなった間宮家の次男
・省二とは高校からの友人だが、妻が一昨年に幼い娘を残して亡くなっており、たみが再婚相手を探していた。やがて、矢部が秋田の病院へ転任することになり、出発前夜、矢部家に挨拶に訪れた紀子は、たみから「あなたのような人を息子の嫁に欲しかった」と言われ、それを聞いた紀子は「あたしでよ
かったら...」と、矢部の妻になることを承諾する。急な展開に間宮家では皆が驚き、緊急家族会議が開かれ、紀子は詰問されるが、彼女は自分の決意を示して譲らず、皆も最後には諒解する。紀子の結婚を機に、康一は診療所を開業し、周吉夫婦は大和に隠居することにし、間宮家はバラバラになることとなった。初夏、大和の家で、周吉と志げが豊かに実った麦畑を眺めながら、これまでの人生に想いを巡らせていた―。
1951(昭和26)年10月公開の小津安二郎監督作で、原節子が「紀子」という名の役(同一人物ではない)を演じた所謂「紀子三部作」の第1作「
「晩春」同様、行き遅れの娘が嫁に行くまでを描いた話ですが、同時に、戦前型の大家族の終焉を描いており、そうした意味では、テーマが拡がっていて(テーマに幅が出て)、「東京物語」にも通じるものがあります。また、大家族の終焉は"幸福な時"の終わりとも重なり、それはそのまま、家長夫婦には後に残されたものは、人生を振り返ることしかない、つまり「死」しかないという無常感にも連なるものがあります。小津自身も、本作において「ストーリーそのものより、もっと深い《輪廻》というか《無常》というか、そういうものを描きたいと思った」と発言しています(幅と併せて、深みのあるテーマと言っていいか)。
原節子を美しく撮っています。この映画が公開された時、小津安二郎と原節子は結婚するのではないかという予測が週刊誌などに流れたそうですが、結局、小津安二郎は生涯独身を通しました。小津自身は後に、結婚しようと思った相手がいなくはなかったが、(シャイな性格で)この映画のようなきっかけを与えてくれる人がいなかったという発言もしていたように思います。ということは、(映画の中では)原節子の方に自分を重ねているのでしょうか。因みに、小津は自分の母親が死ぬまで母親と一緒に暮らし、母親が亡くなった翌年に自らも亡くなっていますが、そう考えると、「晩春」における原節子演じる"紀子"にも自分を重ねていたような気がしなくもないです。
この映画の原節子演じる紀子は、終始誰に対しても明るいです。それだけに、ラスト近くで一人号泣する場面は重かったです(このそれまでの感情の抑制が一気に剥がれたように急変する手法は「東京物語」でも使われた)。この場合、幸福な大家族の終焉というこの作品のテーマを一人で負ってしまった感じでしょうか。逆
に言えば、テーマを原節子の号泣に象徴的に集約させた小津の手腕は見事だと言うべきでしょう。
但し、「紀子三部作」の中では個人的には後の方で観たため、最初は、笠智衆が紀子(原節子)の兄(職業は医師)を演じているというのが、原節子の父親を演じた「晩春」と比べるとやや意外な感じもして、更には東山千栄子と老夫婦を演じた「東京物語」に対して、ここでは笠智衆は東山千栄子の長男ということになっているため、笠智衆が出てくる度に、そのギャップ修正に慣れるのにコンマ何秒か要したかも。三宅邦子と夫婦で男の子が2人というのは、この作品で子供達が演じるコミカルな様子ごと「
他にもコミカルな要素はあって、例えば、紀子とその結婚を知らされた友人・田村アヤ(淡島千景)との会話で、アヤが、紀子が秋田に行くことになったことに「よく思いきったわね。あんたなんて人、とても東京を離れられないんじゃないかと思ってた」といい、「だって、あんたって人、庭に白い草花かなんか植えちゃって、ショパンかなんかかけちゃって、タイルの台所に、電気冷蔵庫かなんか置いちゃって、こう開けるとコカ・コーラかなんか並んじゃって、そんな奥さんになるんじゃないかと思ってたのよ」と早口でまくしたてるのが可笑しいです。彼女が言ってるのが、昭和26年の女性の「憧れる結婚のイメージ」だったのでしょうか(因みに、日本でテレビ放送が始まる2年前)。それに比べると、謙吉との結婚は、医者との結婚とはいえ、子持ちの勤務医でしかも赴任先が秋田ということで、やはりアヤには意外だったのだろなあ。
この映画でもう1人号泣したのが、杉村春子演じる謙吉の母親で、紀子の結婚の承諾で信じられない僥倖とばかりに泣くわけですが、やはりこの人の演技はピカイチでした。こうした演技があるから、やや突飛とも思える展開にもリアリティが感じられるのかも。号泣して「ありがとう」のすぐ後に「ものは言ってみるもんね、もし言わなかったらこのままだったかもしれなかった」と思わず本人の前で言ってしまうところは、それを言わせている脚本の妙でもありますが、杉村春子が演じることを前提にこうした台詞を入れているのでしょう。杉村春子は出演しているどの作品でも上手いですが、この作品における彼女は「東京物語」の彼女以上にいいです。
「麦秋」●制作年:1953年●監督:小津安二郎●製作:山本武●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田
雄春●音楽:伊藤宣二●時間:124分●出演:原節子/笠智衆/淡島千景/三宅邦子/菅井一郎/東山千栄子/杉村春子/二本柳寛/佐野周二/村瀬禪/城澤勇夫/高堂国典/高橋とよ/宮内精二/井川邦子/志賀真津子/伊藤和代/山本多美/谷よしの/寺田佳世子/長谷部朋香/山田英子/田代芳子/谷崎純●公開:1951/03●配給:松竹(評価:★★★★☆)







東京に住む宗方節子(田中絹代)は、京都の大学教授・内田(斉藤達雄)を訪ねた際、父・忠親(笠智衆)はガンであと1年か半年の余命だと知らされる。節子の妹・満里子(高峰秀子)も父を訪ね、父の旧知の田代
宏(上原謙)と出会う。後日、満里子は神戸で家具屋を営む宏を訪ね、姉の日記を盗み読みしたため、姉がかつて宏と交際していたのを知っていると言うが、宏は笑って聞き流す。節子の夫・三村亮助(山村聰)は失業中で仕事が見つからず、同居の義妹・満里子とソリが合わない。満里子は日記を読んだことを姉にも白状し、なぜ宏と結婚しなかったのか訊ねる。節子は「当時は、あの人のことが好きかどうか分らなかった。そのうちにあの人はフランスへ行ってしまったの」と淡々と答える。節
子は生計のためバー「アカシア」を経営しているが、「アカシア」に訪ねてきた宏にバーの経営が苦しいことを打ち明けると、宏は「僕に任
せてください」と言う。ある日、節子が満里子へ帰りの遅いことを注意すると「この家は陰気臭い」と日頃の鬱憤を吐き出す。節子は「結婚とは良いことばかりではない」と諭すが、満里子は「姉さんは古い」と言って立ち去る。後日、満里子は神戸の宏宅に行き、何故姉と一緒にならなかったか問いただすと、宏は「節子さんを幸せにする自信がなかった」と答える。満里子は宏に「満里子と結婚してくれない」と切り出し立ち去る。節子の家では、亮助が節子にバーの資金の事を訊き、「宏から借りたのか。俺には知られたくなかったのか。宏とはちょくちょく会っているのか」と問い詰める。節子は誤解だと答えるが、亮助は二階に上がってしまい、節子が追いかけて店は辞めるというと「好きなようにしろ」と冷たく言う。満里子は東京に来た宏の旅館を訪ね、「結婚してくれ」というのは本気の部分もあるが冗談だったと言い訳し、節子がバーを辞めようとしているので会ってほしいと頼む。満里子が「アカシア」で客待ちしていると亮助が来て、「明日で店は終わりよ」と言うと亮助は「知らんよ」と答える。満里子が「勝手すぎる」と言うと「酒を飲んでふらふらしているのも捨てがたい」と言い壁にコップを投げつける。数日後、亮助は節子へ「俺達は別れたほうがい
いのか」と切り出し、「何故」と問う節子へ「お前が一番知ってることだ」と口調を荒げて節子を叩く。そのことで節子は亮助と別れる決心をし、宏の居る旅館を訪ねるが、亮助も後から旅館に来て、「仕事が見つかった。ダム建設の仕事だ。喜んでくれ」と話し、祝杯だと言って立ち去ってしまう。その夜雨でずぶぬれになった亮助は、帰宅後心臓麻痺で死んでしまう。宏と会った節子は「亮助は普通の死ではない。そんな暗い影を背負って貴方の所へ行けない」と言い残して宏と別れ、満里子に対しても「自分に嘘をつかないことが、一番いいと思っている」と言い京都御所から山を見上げながら二人で帰宅する―。
1950(昭25)年8月公開で、小津安二郎にとっては初めて松竹を離れて撮った作品。原作は大佛次郎の同名小説で、古風な姉(田中絹代)と進歩的な妹(高峰秀子)が対比的に描かれている点はよく知られていますが、背景として、死期を悟っている父(笠智衆)がいて、病弱であるのに酒浸りの姉の夫(山村聰)と洋行帰りの姉の元恋人(上原謙)がいて、更にはその恋人に思いを寄せる未亡人(高杉早苗)がいてと、結構複雑な人間関係でした。
一番はじけていたのは妹・宗方満里子を演じた高峰秀子(当時26歳)でしょうか(これはちょっとはじけ過ぎ)。子役時代に「
出演で、やはりこの人は成瀬巳喜男監督の方が相性いいのかと思ったりもしました。但し、『わたしの渡世日記』(朝日新聞社)によれば、あのコミカル過剰な演技の背景では、「瞬きの数まで指導されたばかりか、事あるごとにペロっと舌を出す演技を要求され、その舌の出し方まで厳しく演技指導を受けた」とのことです(個人的には、後年の「秋日和」('60年)の岡田茉莉子のはじけ方の方が自然だったと思う)。
ただ、その『わたしの渡世日記』によると、この作品で小津安二郎監督から最も多くダメ出しされたのは田中絹代(当時40歳)だったそうで、この頃の彼女は、例の日米親善使節として渡米した際に、出発時は小袖姿だったのが、帰国時はドレスと毛皮のコートで報道陣に「ハロー」と言い、銀座のパレードで投げ
キッスを連発したことでメディアから「アメリカかぶれ」とのバッシングを受け、自殺まで考えていた時期だったとのこと(ロケバスで隣に座った高峰秀子に死にたいと漏らしたそうな)。その割にはしっかり演技している印象ですが、彼女が演じた姉・宗方節子というのが、個人的には最後まで理解しにくかったような...。ある意味、ストイック過ぎて、2人の男を傷つけているようにも感じました。ラストは究極の"忍ぶ恋"か(彼女がそういう時期だったから小津安二郎がわざわざ意図的に古風な女性の役をあてがったとも思えないが)。
上原謙の田代宏に思いを寄せる未亡人・真下頼子を演じた高杉早苗(1918年生まれ)は「スーパー歌舞伎」の生みの親・二代目市川猿翁(旧名:三代目市川猿之助)の"生みの親"で(香川照之は息子の三代目猿之助と浜木綿子の間にできた孫にあたる)、梨園に入って一度引退した後の出演です。女優復帰は、戦後すぐ疎開先から東京への転居費用等で借金がかさんだことからで、但し、梨園の妻としての行動に支障が出ない範囲ならという条件付きだったとのことです。引退前では、清水宏監督の「
脇役では、松竹映画ではなく新東宝映画であるということもあって、飲み屋の給仕役で黒澤映画の常連である千石規子(1922年生まれ)が
出ていているのが小津作品としては珍しく、節子が経営するバー「アカシア」の従業員で、元特高隊員で今はギャンブルにうつつを抜かしている前島五郎七を演じた堀雄二(1922年生まれ)の演技も良かったです(この作品の前年の稲垣浩監督の「
一人一人の役者を見ていくと結構興味深い作品。小津作品独自のカメラワークも「晩春」('49年)の翌年、「麦秋」('51年)の前年、「東京物語」('53年)の3年前ということで、ほぼ完成されていると言っていいのではないでしょうか。ただ、ストーリー的には、今の時代の人が観れば、「ラスト、これでいいのか」と思う人も結構多いように思います。穿った見方をすれば、誰かが死ぬことでハッピーエンドになるというのは、"倫理観"的にと言うより、"美学"的に映画にそぐわないということなのかも。
「宗方姉妹(むねかたきょうだい)」●制作年:1950年●監督:小津安二郎●製作:児井英生郎●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:小原譲治●音楽:斎藤一郎●原作:大仏次郎「宗方姉妹」●時間:112分●出演:田中絹代/高峰秀子/上原謙/山村聡/高杉早苗/堀雄二/藤原釜足/河村黎吉/千石規子/一の宮あつ子/堀越節子/坪内美子/斎藤達雄/笠智衆●公開:1950/08●配給:新東宝(評価:★★★☆)





年期:津田晴彦)をここまで男手ひとつで育ててきた。しかし勤め先の中学の修学旅行先、箱根・芦ノ湖でボート転覆事故があり、教え子が溺死したことに責任を感じた彼は学校を退職する。出身地の信
州に帰り、豊かな自然の中で新生活を始めた周平だったが、良平が中学に上がる頃になると、「このままでは良平を上の学校に行かせる事が出来ない」と考え、上京して働く旨を良平に伝える。父と共に暮らしたい良平は涙を流すが、そんな良平に周平は「泣いちゃおかしいぞ、男の子が男の子は、泣かんもんだ」と諭す。周平は、中学生になった良平を寄宿舎に預け、東京の工場に勤める。それから月日は流れ、良平(佐野周二)は25歳
になり、仙台の帝大を卒業し秋田の学校で教師となっている。周平と温泉宿で久々に再会し、教師を辞めて一緒に暮らしたいと告げる。しかし周平
は「今の仕事を投げ出してはいけない」と息子を諭す。周平は、金沢時代の同僚だった平田(坂本武)の娘ふみ(水戸光子)を貰ってはどうかと良平に聞く。良平は照れながらも任せると言うが、数日後、周平は脳溢血で倒れ、ふみに「良平を頼みます」と言い遺して息を引き取る。その何日か後、秋田へ向かう列車の中に、父の遺骨を抱いた良平とふみの姿があった―。
1942(昭17)年4月公開の小津安二郎監督作で、先に取り上げた「
既に先の「
笠智衆演じる教師・周平の同僚教師・平田をかつての小津映画の定番俳優・坂本武(1899年生まれ)が演じ、後半、かつての2人の教え子たちが2人を招いて同窓謝恩会のような宴を催しますが(こうしたモチーフも後の「
周平・良平親子が渓流釣りをする場面が、子供時代と温泉宿での再会の後とにあり、構図を重ねているのが巧み。親子が渓流釣りをする場面は、「
周平が中学で幾何の問題を教えていますが、演じる笠智衆の解説ぶりはなかなか流暢。この時取り上げている問題は、「
「父ありき」●制作年:1942年●監督:小津安二郎●脚本:池田忠雄/柳井隆雄/小津安二郎●撮影:厚田雄治●音楽:彩木暁一●時間:94分(現存83分)●出演:笠智衆(堀川周平) /佐野周二(堀川良平) /津田晴彦(良平の少年時代) /佐分利信(黒川保太郎) /坂本武(平田真琴) /水戸光子(平田ふみ) /大塚正義(平田清一) /日守新一(内田実) /西村青児(和尚さん) /谷麗光(漢文の先生) /河原侃二(中学の先生) /倉田勇助(中学の先生) /宮島健一(会社員)/文谷千代子(堀川の女中) /奈良真養(医師) /大山健二(卒業生) /三井秀男(卒業生) /如月輝夫(卒業生)/久保田勝巳(卒業生) /毛塚守彦(写真師) /大杉恒雄(北陸の中学生) /葉山正雄(北陸の中学生) /永井達郎(北陸の中学生) /藤井正太郎(北陸の中学生) /小藤田正一(東北の工業生) /緒方喬(東北の工業生) /横山準(東北の工業生) /沖田儀一(東北の工業生) ●公開:1942/01●配給:映画配給社(松竹大船)(評価:★★★☆)

を中学校に行かせる経済的目途が立ってなかったが、級長をして成績も優秀な良助のために必死で働くことに決める。これからの時代は学問がなければ出世はできないと大久保先生も言うし、彼自身も教師を辞めチャンスを求めて上京していく。それから十数年。良助は上の学校に進み、今は東京に暮らしている。つねは、久しぶりに息子の顔を見たいと上京することにする。1936年の東京。ようやく辿り着いた郊外の良助(
日守新一)の家はぼろ屋で、隣の工場の騒音が喧しい。良助が結婚し、子供が一人産まれていたことも彼女にはショックだった。妻の杉子(坪内美子)は大人しく素直な女でつねは気に入った
が、市役所を辞めたばかりで今は夜学の教師をしているという良助は一体どうやって生計を立てているのか。実際、良助の給料は少なく、母親の突然の訪問で同僚から少しずつ金を借りる有様だった。翌日、つねは良助に連れられ近所の大久保先生の家を訪れるが、かつて希望に燃えた若者だった恩師は、今はトンカツ屋を細々と営んでいた。良助はつねを連れて東京見物に出掛けるが、散財の後給料日までどう暮らすかが
気掛かりで、母親との夕食も屋台のラーメンになってしまう。一方のつねは、若くして人生を諦めているような息子を見てしっかりしろと叱責する。妻の杉子は自分の着物を売って良助に金を渡し、これでお母さんをどこかに連れていってあげてと言う。ところが貧しい隣家の息子・富坊(突貫小僧)が馬に蹴られたとの知らせが入り、幸い怪我は軽かったが母親のおたか(吉川満子)が治療費を払えず、見かねた良助は先のお金をおたかに渡す。息子の優しさを知ってつねは喜び、また誇りに感じる。貧乏暮らしでは常に互いに助け合う気持が必要なのだと言い、つねは信州に戻る。良助夫婦は鏡台につねが置いていったささやかな金を見つける。つねは、生糸工場に戻るが、仲間から東京のこと訊かれ、とても大きくて人が多かったと話した後、自分の息子も随分と偉くなったとつい言ってしまう。彼女は工場の外に出て思わず溜息をつく―。
アットフォームだったという撮影現場の雰囲気はともかく、内容的には人生の悲哀というか侘しさが漂う作品でした。母親は子に人生の希望を託し、自らは身を粉にして働くが、それが子どもにとっては逆に重荷となることもあるのでしょう。この映画の母子はまさにその典型で、母親が、自分の息子が大人になって、自分で思い描いていたようにならなくて落胆するのは、それはそれで辛いけれど、その落胆した母親を見る息子の立場
としては、それ以上に辛いものがあるかも。いや、母親の方は全てを息子に賭けてきたわけだから、やはりそっちの方が辛いか―とか、いろいろ考えてしまう作品です。終盤、息子の貧しい人への思いやりに触れ、それを喜び誇りに思う母親―という救いがありますが、それだけで無理矢理ハッピーエンドにしてしまわないところが、小津安二郎のエライところだったかもしれません。
更に、この作品で笠智衆演じる地元の学校で担任だった恩師が、今は上京してトンカツ屋をやっているという設定は、「
営み、妻(浪花友子)と共に次々と産まれた子供の世話に忙殺されているという落魄ぶりは、笠智衆の十八番とも言える老け役と相俟って、東野英治郎のそれとはまた違った意味で超絶した侘しさです。
笠智衆と主演の飯田蝶子とは、後に老人役で評価されることになるという点で共通し、飯田蝶子はこの時まだ40歳前でしたが、作品の後半では老女を自然に演じており(因みに、彼女が働く工場も14年前と今とで機械を入れ替えて撮影されているとのこと)、笠智衆に至っては当時まだ32歳、この時が初の老け役でしたが、前半部が若々しいだけに、後半部分は14年後にしてはちょっと老けすぎではないかという気もするぐらいの老けぶりでした(さすが40代で「東京物語」の老人を演じるだけのことはある?)。
息子・
良助役の日守新一(1907-1959/享年52)は、その後、「
じさせたら右に出るものはいなかったと言われました。その日守新一演じる良助が母親を連れて観に行った映画は「未完成交響楽」('33年/墺)でしょうか(1935年3月日本公開。そう言えば、良助の家の襖のポスターもドイツ映画っぽい。暮らし向きはそう楽でもない一方、部屋には洒落た外国映画のポスターが貼ってあるというのは、初期小津作品の定番)。映画を観ているうちに母親が寝てしまうというのは、小津安二郎の実体験のようにも思えてしまいました。
「一人息子」●制作年:1936年●監督:小津安二郎●脚本:池
田忠雄/荒田正男●撮影:杉本正次郎●音楽:伊藤宣二●原作:ゼームス槇(小津安二郎)●時間:87分(現存83分)●出演:飯田蝶子/日守新一/葉山正雄/笠智衆/坪内美子/浪花友子/吉川満子/突貫小僧/爆弾小僧/加藤清一/高松栄子/加藤清一/小島和子/青野清●公開:1936/09●配給:松竹蒲田(松竹キネマ)(評価:★★★☆)





自首すると告
げる。その時、周二が乗って来たタクシーの運転手が訪ねてくる。実はタクシーの運転手に変装した刑事の香川(山本冬郷)だった。上がり込んだ香川にまゆみは銃を突きつけ、周二にみち子の看病を頼む。しかし、夫婦は眠り込んでしまい香川はピストルを取り戻すが、朝まで逮捕は待つと言う―。
アメリカ映画に影響を受けた小津のモダニズムが表れている作品とされていますが、海外物を急ごしらえで日本向けにしたためか全体にどことなくぎこちなさのある作品で、突っ込みどころは満載。娘の治療費工面のためにいきなり拳銃強盗とは如何かというのもあるし、その割には、その夜が容態のヤマ場であるはずの当の娘は結構元気そうだったりして...。ただ、「
それと、刑事役の山本冬郷(1886-没年不明)の'渋さ'が良かったです。おそらく小津がこの時目指していたであろう〈スタイリッシュなフィルム・ノワール〉を最も体現していていたのがこの山本冬郷ではなかったでしょうか。早稲田大学政治経済科を中退後渡米し、舞台や映画に出演した人で、ハリウッド映画への出演歴もあります(敵役が多かったようだ)。顔つき自体がアメリカのギャング映画に出てきそうなタイプで、それがやがて病気の娘を抱える夫婦に温情を見せるようになるという流れは予想がつくのですが、その強面ぶりがどう変化するのか、ついつい引き込まれてしまいます(それに比べると、当時美男子で鳴らしたはずの岡田時彦の演技は、スタイリッシュとは言い難い気がした)。
アメリカ映画の雰囲気に近づけようとしたのかよく判りませんが、主人公夫婦の住まいの壁にアメリカ映画のポスター(「Broadway Scandals」(
'29年))などが貼られていて、「
着物姿の八雲恵美子が刑事役の山本冬郷に紳士帽を被らされる場面があり、諸々のアンバランスはすべて小津の計算によるものであるというのが
蓮實先生の見方であるようですが(「非常線の女」のトレンチコートも拳銃も似合わない田中絹代然り)、個人的にはその辺りは今後の'研究課題'ということにし、とり敢えずは星3つにしておきます(「非常線の女」と同じになってしまったが、細かく言えばややこちらが上か。これも、その時の気分で変わるかも)。
「その夜の妻」●制作年:1930年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧●撮影:茂原英雄●原作:オスカー・シスゴール「九時から九時まで」●時間:66分●出演:岡田時彦/八雲恵美子/市村美津子/山本冬郷/斎藤達雄/笠智衆(ノンクレジット).●公開:1930/07●配給:松竹キネマ●最初に観た場所(ピアノ伴奏付きで):神保町シアター(14-01-06)(評価:★★★)
坪田譲治 


表題作の「風の中の子供」は、あの筒井康隆氏も幼い頃に読んで涙したという傑作ですが、清水宏監督によって1937(昭和12)年に映画化されています。
がないが、父(河村黎吉)は結構なことだと思って気にしない。そんな時、父が私文書偽造の容疑で逮捕され、三平は叔父(坂本武)に引き取られることになる―。
父親が私文書偽造の容疑で捕えられたのは、実は会社の政敵の策謀によるもので、坪田譲治自身、家業の島田製作所を兄が継いだものの、以後会社の内紛が続いて兄が自殺したため同社の取締役に就任するも、造反により取締役を突然解任される('33年)といったことを経験しています。そうした経験は「風の中の子供」以外の作品にも反映され
ていますが、こうしたどろどろした大人の世界を童話に持ち込むことについて、本書の中にある「私の童話観」の、「世の童話作家はみな子供を甘やかしているのである。読んでごらんなさい。どれもこれも砂
糖の味ばかりするのである」「このような童話ばかり読んで、現実を、現実の中の真実を知らずに育つ子供があるとしたらどうであろうか」「色はもっとジミでもいい。光はもっとにぶくていい。美しさは足りなくても、人生の真実を描いてほしいと思うのである」という考えと符合するかと思います。
日本人女性初の五輪金メダルを獲っていた)。叔父の家に預けられた三平は、腕白が過ぎて叔父の手に負えず戻されてしまうのですが、その原因となった出来事の1つに、川で盥を舟の代わりにして遊んでいて、そのままどんどん川下り状態になって流されていってしまった事件があり、「畳水泳」どころか、この「川流れ」も、実地で再現していたのにはやや驚きました。ロケ主義、リアリズム重視の清水宏監督の本領発揮というか、今だったら撮れないだろうなあ。そうしたことも含め、オリジナルのストーリーを大事にし、自然の中で伸び伸びと遊び育つ子供を映像的に上手く撮ることで、原作の持ち味は生かしていたように思います。
笠智衆がチョイ役(巡査役)で出演していますが、老け役でなかったため、逆に最初は気がつきませんでした。
「風の中の子供」...【1938年単行本[竹村書房]/1949年文庫化[新潮文庫/1956年再文庫化[角川文庫]/1971年再文庫化[潮文庫]/1975年再文庫化[旺文社文庫(『風の中の子供 他四編』)]/1983年再文庫化[ポプラ文庫]】


街道を練り歩くお寺参りの蓮華講一行の中に玄人然とした二人の女、恵美(田中絹代)とお菊(川崎弘子)がいた。この団体はやがて下部温泉のある宿に。その宿には先生(斎藤達雄)と呼ばれるこうるさいインテリと帰還兵の納村(なんむら)(笠智衆)他が泊まっていた。露天の朝風呂でひとしきり文句をたれていた先生。そんな時納村が風呂の中に落ちていた簪で足をケガする。再び文句たらたらの先生だったが、納村自身は「情緒的なことだ」とサラリと言う。その簪は恵美のものだった。落とした簪を取りに宿へ戻った恵美は、自分の簪で納村がケガをしたことを知って詫び、暫く宿に逗留して彼のリハビリを見守る―。
清水宏監督作品の中では「
ただ、ラストは好対照。「按摩と女」で按摩の徳市(徳大寺伸)の恋心も虚しく更に逃げ延びて行った女(高峰三枝子)に対し、恵美(田中絹代)は、納村のリハビリを見守ることが期せずして「お天道様の下で」健康な日々を送ることとなって、気持ちが吹っ切れて、迎えに来たお菊(川崎弘子)の誘いも断って納村が泊まる宿に逗留を続けます。
ところが、宿への不満から先生(斎藤達雄)が宿を引き上げてしまい、更に納村も足が治って東京に帰ってしまって恵美一人になってしまう―そこへ、納村から東京での再会を期するハガキが―。納村のリハビリに付き添った川や寺を、一人思い出を
噛み締めるように散策する恵美。中盤部分で、納村のリハビリの様子が、夏休みで同宿していた別家族の子どもらとのやり取りも含めほのぼのと、或いは時にユーモラスに時にスリリングに描かれていたのが伏線として効いていて、しみじみとした情感を滲ませるとともに、恵美の決心を暗示するものとなっていますが、はっきり結末まで描かずに終わっているところがいいです。
個人的には悲恋風の「按摩と女」の方がやや上か、いや、やっぱり観る時の気分によるか。ただ、同宿の逗留者同士でコミュニティのようなものが出来上がって、納村の簪負傷"事件"には皆が心配するし(心配がてら首を突っ込みたがるが)、逗留者同士で「常会」を定期的に開こうといった話にもなったりするなど、のんびりしているのは舞台が湯治場ということもあるのかもしれませんが、昔はいい時代だったのだなあと。恵美が納村個人に宛てた電報を、先生はじめ他の泊り客が先に見て、先生などは張り切ってしまうというのは困ったものですが、プライバシーとか個人情報といったことがとやかく言われなかったおおらかな時代が背景にあるのでしょう。
舞台となっているのは高級旅館というわけでもなく、お寺参りの団体客など質より量で成り立っている鄙びた温泉宿といった感じでしょうか。但し、広々とした 露天風呂は野趣満点。この映画の主たる登場人物を構成する二階の客たちは、皆値切った末の長逗留らしくて、団体客が押し寄せると無理矢理に相部屋
にさせられてしまうも、唯々諾々それに従っています。インテリ先生(斎藤達雄)も根は堅物ではないことが窺え、女が簪を取りに宿へ戻ってくると知って、その女は「美人でなければならぬ」と勝手に決めつけたのはともかく、女のための部屋を用意しますが、それは二間使っていた自分の部屋を障子で仕切っただけ。今は殆ど見かけない風ですが、昔の旅館ではこんな風にして部屋割りするのは珍しいことではなかったのかも。
笠智衆(1904-1993)、田中絹代(1909-1977)が共に30代で(37歳と32歳)、笠智衆は先生役の斎藤達雄(1902-1968)と比べてかなり若く見えるほか(実年齢で2歳しか違わ
ない)、宿の亭主を演じた坂本武(1989-1974)、奥さんにも先生にも頭が上がらない泊り
客を演じた日守新一(1907-1959)などと比べても若く見えて(吉村公三郎監督「
井伏鱒二の原作は、1938(昭和13)年(作者40歳、前年発表の『ジヨン万次郎漂流記』で直木賞を受賞した年)11月に「四つの湯槽」という題で「週刊朝日」に4回にわって連載したもので、『おこまさん』('41年/輝文館)に収録され、その
後「かんざし」と改題されて、『かんざし』('49年/輝文館)などに収録されています(改題は映画化タイトルに合わせたのだろう)。原作は映画とほぼ同じようなストーリーですが、映画で斎藤達雄が演じた「先生」は、宿主が先生に言われて払った納村への見舞い金を自分の懐に入れてしまうなど、映画以上に困った存在として描かれていて、「週刊朝日」連載時の触れ込みが「連載ユーモア小説」であったことが窺えるものであると同時に、知識人への皮肉が映画より前面にきています。笠智衆が演じた納村(なんむら)と田中絹代が演じた恵美の接触はありますが、恵美が納村のリハビリに付き合うといったことまではなくてそのまま別れ、再会を示唆するようなこともなく、あっさりとした終わり方の中編になっています(これはこれで面白かった)。映画だと、納村と恵美の関係に目がいきますが、田中絹代が笠智衆を負んぶするという邦画史上"記念碑"的とも言えるシーンは原作には無いものであり、脚本も手掛けた清水宏監督の創意だったということになります。
下部温泉(山梨県)


「簪(かんざし)」●制作年:1941年●監督・脚本:清水宏●製作:新井康之●撮影:猪飼助太郎●音楽:浅井挙曄●原作:井伏鱒二「かんざし(四つの湯槽)」●時間:75分●出演:田中絹代/笠智衆/斎藤達雄/川崎弘子/日守新一/坂本武/三村秀子/河原侃二/爆弾小僧/大塚正義/油井宗信/大杉恒夫/松本行司/寺田佳世子●公開:1941/08●配給:松竹(評価:★★★★)


黒澤明(1910-1998/享年88)の長女である著者が、『黒澤明の食卓』('01年/小学館文庫)、『パパ、黒澤明』('00年/文藝春秋、'04年/文春文庫)に続いて、父の没後6年目を経て刊行した3冊目の"黒澤本"で、「選択する」「反抗する」「感じる」「食べる」「着る」「倒れる」など24の動詞を枕として父・黒澤明に纏わる思い出がエッセイ風に綴られています。
著者が最初にアシスタントとして衣装に関わった「夢」は(衣装の主担当はワダエミ)、黒澤明80歳の時の作品で、「影武者」('80年)、「乱」('85年)とタイプ的にはがらっと変わった作品で比較するのは難しいですが、初めて観た時はそうでもなかったけれど、今観るとそれらよりは面白いように思います。80歳の黒澤明が少年時代からそれまでに自分の見た夢を、見た順に、「日照り雨」「桃畑」「雪あらし」「トンネル」「鴉」「赤冨
士」「鬼哭」「水車のある村」の8つのエピソードとして描いたオムニバス形式で、オムニバス映画というのは個々のエピソードが時間と共に弱い印象となる弱点も孕んでいる一方で(「赤ひげ」('65年)などもオムニバスの類だが)、観直して観るとまた最初に観た時と違った印
象が残るエピソードがあったりするのが面白いです(小説で言うアンソロジーのようなものか)。個人的には、前半の少年期の夢が良かったように思われ、後になるほどメッセージ性が見え隠れし、やや後半に教訓めいた話が多かったように思われました。全体として絵画的であるとともに、幾つかのエピソードに非常に土俗的なものを感じましたが、最初の"狐の嫁入り"をモチーフとした「日照り雨」は、これを見た時に丁度『聊齋志異』を読んだところで、「狐に騙される」というのは日本だけの話ではないんだよなあみたいな印象が、観ながらどこかにあったのを記憶しています。

第5話「鴉」(マーティン・スコセッシ(ゴッホ))/第8話「水車のある村」笠智衆(老人)
本・アメリカ●監督・脚本:黒澤明●製作総指揮:スティ
ーヴン・スピルバーグ●製作:黒澤久雄/井上芳男●製作会社:黒澤プロ●撮影:斎藤孝雄/上田正治●音楽:池辺晋一郎●時間:119分●出演:寺尾聰/中野聡彦/倍賞美津子/伊崎充則/建みさと/鈴木美恵/原田美枝子/油井昌由樹/頭師佳孝/山下哲生
/いかりや長介/笠智衆/常田富士男/木田三千雄/本間文子/東郷晴子/七尾伶子/外野村晋/東静子/夏木順平/加藤茂雄/門脇三郎/川口節子/音羽久米子/牧よし子/堺左千夫●公開:1990/05●配給:ワーナー・ブラザーズ(評価:★★★☆)






長崎で和蘭陀医学を学んだ青年・保本登(加山雄三)は、医師見習いとして小石川養生所に住み込むことになる。養生所の貧乏臭さとひげを生やし無骨な所長・赤ひげこと新出去定(三船敏郎)に好感を持てない保本は養生所の禁を犯して破門されることさえ望んでいた。しかし、赤ひげの診断と医療技術の確かさを知り、また彼を頼る貧乏な人々の姿に次第に心を動かされていく―。
の話」「駆込み訴え」「むじな長屋」に対応するのが映画での第1話から第3話に該当する「狂女おゆみ」「老人六助とその娘おくに」「佐八とおなか」の話で、但し、映画における続く第4話「おとよ」の話は、原作の第5話「徒労に賭ける」と設定は似てなくはないものの人物像や展開は原作と異なり、この部分はドストエフスキー『虐げられた人びと』の少女ネリーを巡る話をもとにした映画オリジナルの設定です。また、映画における第5話に当たる「長次」は、第6の診療譚「鶯ばか」の中の一少年の話を膨らませて改変した映画のオリジナルになっています。
それら5話を挟むようにして、冒頭に、登が「赤ひげ診療所」に来て、保本と入れ替わりで診療所を去っていく津川玄三(江原達怡)に案内されて、診療所の凄まじい実態を突きつけられ、赤ひげこと新出医師に対して沸き起こった反発心を同僚の杉半太夫(土屋嘉男)に吐露する様と、ラストに、登とかつての登の許嫁であったちぐさ(藤山陽子)の妹であるまさえ(内藤洋子)との結婚内祝い並びに、登が診療所に留まることを赤ひげに懇願する場面がきています。
以前観た時は、オムニバス系形式であるうえに、登の冒頭とラストの大きな変化も物語的に見れば予定調和と言えば予定調和でもあるために、ストーリー的にインパクトが弱かったような気がして、おそらく黒澤作品の中で相対評価したのでしょうが、◎ではなく○の評価でした。しかし今回観直してみて、3時間を飽きさせずに見せる要因として、話がオムニバス形式になっているのが効いているのではないかと思いました。また、昔観た時に、ちょっと話が出来過ぎているなあと思った部分も、今観ると、カタルシス効果という面でヒューマン・ドラマの王道を行っているし(しかも完成されたモノクロ映像美の雄弁さ)、この作品は、黒澤映画における最後の「白黒映画作品」「三船敏郎出演作品」「泥臭いヒューマニズム作品」とされているそうですが、"泥臭い"というのは確かに当たっているなあと思う一方で、黒澤にとって赤ひげのような人物を演じ切れる三船敏郎という役者の存在は大きかったなあと思いました(三船敏郎はこの作品で「
この『赤ひげ』という作品の中にスタッフ全員の力をギリギリまで絞り出してもらう。そして映画の可能性をギリギリまで追ってみる」という熱意で臨み、そのため結局完成までに2年もかかってしまったということですが、それだけに、三船敏郎ばかりでなく、各エピソードの役者の熱演には光るものがあります。
まず、「狂女おゆみ」の話の座敷牢に隔離された美しく若い狂女を演じた
かったと思います(原作ではおくには既に北町奉行所に囚われていて、赤ひげは藤沢周平の「獄医・立花登」的な立場で会いに行くのだが、映画では診療所内で彼女の告白がある)。おくにを演じた根岸明美は、このシーンは本番で一発で黒澤明監督のOKを引き出したというからますますスゴイことです(ラッシュを観て、その時の苦心を思い出して居たたまれなくなり席を外したという)。
「佐八とおなか」の話は、
女房・おなか(桑野みゆき)に対する罪滅ぼしであったことを臨終の床で語るもので、この部分だけ回想シーン使われていますが、考えてみればこれもまた告白譚でした。山崎努は、「天国と地獄」の次に出た黒澤作品がこの「赤ひげ」の"臨終男"だったことになりますが、「天国と地獄」の誘拐犯役で日本中の嫌われ者になってしまったと黒澤監督にぼやいたら、「それは気の毒をした」と黒澤監督が山崎努を"超"善人役に配したという裏話があります。
第4話「おとよ」の話は、赤ひげが、娼家の女主人(杉村春子)の元から、二木てる
み演じる少女おとよを治療かたがた"足抜け"させるもので、ここで赤ひげは娼家の用心棒をしている地廻りのヤクザらと大立ち回りを演じますが(ここだけアクション映画になっている!)、この二木てるみのデビユーは黒澤明監督の「七人の侍」('54年/東宝)で当時3歳。個人的にはこの名を知った頃には既に名子役として知られていましたが、名子役と言われた由縁は、この第4話「おとよ」と次の「長次」を観ればよく判ります。
その映画内での第5話にあたる「長次」では、貧しい家に生まれ育ち、一家無理心中に巻き込まれる
男の子・長次を頭師佳孝が演じていますが、二木てるみと頭師佳孝とが出逢う子役2人だけの会話で綴られる6分間のカットは、撮影現場で見ている人が涙ぐむほどの名演で、黒澤明監督も百点満点だと絶賛したそうです。個人的には、おとよが井戸に向かって長次の名を呼び、死の淵をさまよう彼を呼び戻そうとする場面は、黒澤作品全体の中でも最も"泣ける"場面であるように思います(原作では長次は死んでしまうが...)。
この作品、原作者の山本周五郎さえも「原作以上」と絶賛したそうで、原作も傑作ながら(原作では「おくめ殺し」というのが結構ミステリっぽくて面白かった)、「おとよ」は原作を大きく変えているし、「長次」に至っては全くのオリジナルですが、原作から改変しているのに原作者が「原作以上」と褒めているというのが黒澤明のスゴイところではないかと(その前に3話、ほぼ忠実に原作を再現しているというのはあるが)。
ラストの登とまさとの結婚内祝いの場面で、登の母親役の
「赤ひげ」●制作年:1965年●監督:黒澤明●製作:田中友幸/菊島隆三●脚本:井手雅人/小国英雄/菊島隆三/黒澤明●撮影:中井朝一/斎藤孝雄●音楽:佐藤勝●原作:山本周五郎「赤ひげ診療譚」●時間:185分●出演:三船敏郎/加山雄三/山崎努/団令子/桑野みゆき/香川京子/江原達怡/二木てるみ/根岸明美/頭師佳孝/土屋嘉男/東野英治郎/志村喬/笠智衆/杉村春子/田中絹代/柳永二郎/三井弘次/西村晃/千葉信男/藤原釜足/三津田健/藤山陽子/内藤洋子/七尾伶子/辻伊万里/野村昭子/三戸部スエ/菅井
きん/荒木道子/左卜全/渡辺篤/小川安三/佐田豊/沢村いき雄/本間文子/出雲八重子/中村美代子/風見章子/常田富士男●公開:1965/04●配給:東宝●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(10-09-04)(評価:★★★★☆)
(阿部嘉典『




和田 誠
このシリーズは、映画の中の名セリフを取り上げて、リレー方式というか連想方式的に一定サイクル話を繋いでいっていますが(それと、勿論のことだが、イラストとの組み合わせ)、著者によれば、日本映画の方がセリフに関する記憶が少なく、洋画においてスパーインポーズで読んだものの方が記憶に残っているとのことです(そういうものかもしれないなあ)。

その代りのお楽しみとして、毎回違った"マドンナ"が登場するパターンになったということなのでしょう。初代マドンナは昨年['13年]食道癌で亡くなった光本幸子でした。また、著者が矛盾を指摘する「俺がいたんじゃお嫁にゃ行けぬ」という主題歌の歌詞はもともとTV版用に作られたものですが、映画版の第2作からは別の歌詞に差し替えられています。
第1作は、黒澤明監督映画の重鎮俳優・志村喬(諏訪飈一郎役)が出演し、さくらの披露宴のシーンで小津映画の重要俳優・笠智衆(御前様役)と同じ画面に収まっているというのが珍しいかもしれません(黒澤監督の「
第1作がヒットして、山田洋次監督が松竹
「


「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」●制作年:1935年●監督:山中貞雄●脚本:三村伸太郎●潤色:三神三太郎●撮影:安本淳●音楽:西梧郎●原作:林不忘●時間:92分●出演:大河内傳次郎/喜代三/沢村国太郎/山本礼三郎/鬼頭善一郎/阪東勝太郎/磯川勝彦/清川荘司/高勢実乗/鳥羽陽之助/宗春太郎/花井蘭子/伊村理江子/達美心子/深水藤子●公開:1935/06●配給:日活(評価:★★★★☆)
「男はつらいよ 〈シリーズ第1作〉」●制作年:1969年●監督・原作:山田洋次●脚本:山田
洋次/森崎東●製作:上村力●撮影:高羽哲夫●音楽:山本直純●時間:91分●出演:渥美清/倍賞千恵子/光本幸子/笠智衆/志村喬(特別出演)/森川信/前田吟/津坂匡章/佐藤蛾次郎/関敬六

志賀真津子/津路清子/村上記代/石井愃一/市山達己/北竜介/川島照満/水木涼子/谷よしの/●公開:1969/08●配給:松竹(評価:★★★★)








大学陸上部の花形選手である関(佐野周二)と谷(笠智衆)は親友ながらライバル。時節を反映して行軍軍事教練が実施され、学生らは軍歌を歌いながら田舎道行く。時に早足で、時に川を渡って行軍の道すがらでは、モガ(モダンガール)一
行とのやり取りがあったり、腹痛起こす学徒が出たりする。関は門付(かどづけ)の女(坪内美子)の連れの子供に柿をあげたりもする。行軍は宿泊する村に到着する。しかし、柿をあげた女の子が病気になったこと
を知って関は―。
関が女の子にあげたのは渋柿だったようですが、そんなに重い症状になるものかな。女(坪内美子)が治療費を工面するため売春に走るというのは、戦前と戦後の違いはありますが、小津安二郎監督の「
軍事教練を戯画化して描いているようなところに清水宏の反骨を感じますが、物語としては結局何てことはない、男同士の友情を描いた作品だったなあと。あの笠智衆が陸上選手を演じているというのが見所、と言うより意外性があるかな(400メートル走選手? 時計回りで走っている)。佐野周
二24歳に対し、笠智衆はこの時33歳くらいでしょうか。学生を演じるのにはきつい年齢のはずですが、後年の老け役のイメージの反動からか、実年齢より若く見えます(因みに、隊長役の大山健二も笠智衆と同い年。見るからにオッサンだけれども、「
「花形選手」●制作年:1937年●監督:清水宏●脚本:鯨屋當兵衛(清水宏・荒田正男)/荒田正男●撮影:猪飼助太郎●時間:64 分●出演:佐野周二/日守新一/近衛敏明/笠智衆/大山健二/坪内美子/爆弾小僧/突貫小僧/水戸光子/小牧和子/東山光子/森川まさみ/槇芙佐子●公開:1937/10●配給:松竹大船(評価:★★★)

醤油問屋「丸藤」の若旦那・藤井実(藤井貢)は大学ラグビー部の花形選手だが、半玉芸達・星千代(光川京子)との仲が公になり退部させられる。ラグビー嫌いの父親(武田春郎)はこれで息子も商売に身が入ると喜ぶが、藤井の方は、今度はラグビー部の後輩・北村(三井秀男)の姉でレビューガールのたき子(逢初(あいぞめ)夢子)に入れ 込んでレビューに足しげく通うようになる。そうした藤井をよそにチームは猛練習を続けていたが、大事な試合を目前にして、どうしても試合に勝つために藤井を復部させることを決める―。
清水宏(1903-1966/享年63)監督の1933年作品で、サイレント・サウンド版(BGMの他に応援団の手拍子などの効果音が入る)。原作者の「源尊彦」は清水のペンネームであり、この人、小津安二郎監督の「
同シリーズ作でスターダムに。
の叔父役の坂本武(簾髪の鬘(カツラ)を被
っての出演)や、藤井の妹の婿で気の弱そうな若原役の斎藤達雄、ラグビー部員役の日守新一など、小津安二郎の初期作品の常連が脇を固め、笠智衆もその他大勢のラグビー部員の中の一人としてノンクレジットで出ています(笠智衆は、清水宏監督の「花形選手」('37年)では佐野周二とライバルの大学陸上選手の役で出ている)。
の妹みや子を、後に転落・流転の道を歩む
ことになる"伝説のアイドル女優"
星千代が藤井の練習ぶりを見たいと言うので、妹のみや子からセーラー服を宴会芸用と偽って借り出し、クルマの中で着替えさせ、女学生らしい歩き方も指南。ところが、星千代を連れてきた練習場に偶々みや子が通りかかり慌てて星千代を隠そうする―といったドタバタ・コメディ調の場面もあれば、藤井が芸者屋へ通うために、糸に繋いだカブトムシを使って帳場の金銭籠から紙幣を釣り上げるというコントみたいな場面もあったりし、更に芸者屋の女中が応援団を暴力団と勘違いしたり(柔道部主将で応援団長の堀部役の大山健二、当時29歳であるにしても角帽を被っているのに間違えられるかなあ)、星千代がセーラー服姿で大学に来て人前で藤井のことを思わず「若旦那」と呼んでしまう(まさに「大学の若旦那」)といったちょっと笑える場面等々、大・中・小の笑いをきめ細かく揃えたという印象です。
藤井を巡る女性たちだけでなく、こうした複数の男女の関係性をテンポ良く織り交ぜて巧みですが、一方で、ちょっとやり過ぎではないかと思われる場面も目立ったかなあ。星千代に兄と別れるように迫るみな子、たき子を「藤井をダメにしやがって」と平手打ちする彼女の弟・北村、等々(藤井と彼を崇拝する北村との関係はややホモセクシュアルな感じもあるが、北村が藤井を巡って妹に嫉妬したというのは穿った見方か)。
「大学の若旦那」●制作年:1933年●監督:清水宏●脚本:荒田正男●撮影:青木勇/佐々木太郎●原作:源尊彦●時間:86分●出演:藤井貢/武田春
郎/坪内美子/水久保澄子/坂本武/斎藤達雄/徳大寺伸/光川京子/若水絹子/大山健二/日守新一/山口勇/三井秀男/逢初夢子/吉川満子/笠智衆(ノンクレジット)●公開:1933/11●配給:松竹蒲田(評価:★★★☆)![風の中の牝鶏 [DVD].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E9%A2%A8%E3%81%AE%E4%B8%AD%E3%81%AE%E7%89%9D%E9%B6%8F%20%5BDVD%5D.jpg)


雨宮時子(田中絹代)は、夫・修一(佐野周二)が戦争に出征して外地へ赴いているため、健気にミシンを踏んで生計を立てていた。苦しい家計の毎日ではあるが、息子・浩の成長ぶりを夫に見てもらう日を心の支えにした生活であった。ある時、浩が病に倒れ入院して、まとまった金が必要になり、途方に暮れた時子は、いかがわしい安宿で見知らぬ男に身体を売ってしまう...。そして、やっと外地から戻った夫は、留守中の妻の真実を知ることになる―。
当時は、戦争により外地で捕虜になっていた兵士が徐々に復員していたものの、シベリアなどに抑留されたままの人々も多く、また、国民皆保険制度が未整備だったため、こうした映画のような状況はあったかもしれません。ただ、時子が夫に事実を話したのが良かったのか。黙っていた方がいいよ、旦那が苦しむだけだからと言ってくれた友人(村田知英子)の意見の方が妥当のような気がしますが、まあ、隠し立て出来ない性分というのはあるのだろうなあと。
そんなこと、簡単に請け負っていいのかなと思ったら、会社の先輩同僚の佐竹(笠智衆)に相談したわけでした。自分の苛立つ気持ちを打ち明け、更に、見ず知らずの他人の採用のお願いまでして、頼りがいのある先輩なのだなあ、佐竹は。その佐竹が、「その女のことは許せて、奥さんのことは許せないのはおかしい」と修一を諭すのは至極真っ当に思えました。
米国の批評家ジョーン・メレンは、時子は日本人の生活の優れた点を守るために身を売ったのだとして、この作品は日本人に、その優れた点、つまり占領によって汚されることのない日本人の生活の貴重なものを守るために、新しい社会を受け入れるべきだと語っているとし、その他にも、フランスの映画評論家ユベール・ニオグレの「戦後日本の道徳的雰囲気についての最も素晴しい要約の1つであり、小津作品の中で戦争の時代を締め括った後期作品に先立つ転回点としての作品でもある」との評価もあります。
機を与えたのは間違いないように思います。自分にとっては「脇役2人の役柄が良かった映画」というのが第一印象になるでしょうか。
小津安二郎●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●時間:83分●出演:田中絹代/佐野周二/村田知英子/笠智衆/坂本武/高松栄子/三井弘次/岡村文子/文谷千代子/水上令子/清水一郎●公開:1948/09●配給:松竹●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-11)(評価:★★★☆)●併映:「東京の宿」(小津安二郎)


初老のサラリーマン平山周平(笠智衆)は、
妻を亡くして以来、24歳になる長女・路子(岩下志麻)と次男・和夫(三上真一郎)の三人暮らしで、路子に家事を任せきって生活している。そのことに後ろめたさを感じつつ、まだ嫁にやるには早い思いたい周平に、同僚の河合(中村伸郎)が路子の縁談を持ちかける。最初は乗り気でない周平だったが、河合のしつこい説得と、一人娘の婚期を遅れさせ後悔する恩師の姿を見るにつれ、ついに路子へ縁談話をするが、急な話に路子は当惑する―。
小津安二郎監督の1962(昭和37)年作品で、同監督の遺作となった作品。原作は「
前半部分は、周平、河合、堀江(北竜二)らかつての中学の同級生たちが恩師の漢文教師で、通称"瓢箪"先生(東野英治郎)を招いて同窓会をした話が主軸になっています。その席で"瓢箪"はかつての教師の威厳も無く酔っぱらってしまいます(この元教師、鱧(はも)を食べたのは初めてか?この映画で出てくる料理魚は鱧だけで、先に述べた通りサンマは出てこない)。
東野英治郎って「東京物語」以来、小津映画で酔っ払いの役が多いなあ(実際にはあまり飲めなかったようだが。一方、中村伸郎は酒好きで、笠智衆は完全な下戸だった)。笠智衆が実年齢58歳で57歳の周平を演じているのに対し、東野英治郎は実年齢55歳で17歳上の72歳の老け役です。"瓢箪"を家まで送ると独身の娘(杉村春子)が悲憤の表情でそれを迎える(杉村春子(1906年生まれ)は実年齢56歳で東野英治郎(1907年生まれ)演じる元教師の48歳の娘を演じている)―"瓢箪"は、今は独身の娘が経営するラーメン屋の親父になっていたわけ
で、後日周平がその店を訪ねた際にもその侘しさが何とも言えず、"瓢箪"が周平の会社へ礼に来た際に河合と共に料理屋へ誘うと「あんたは幸せだ、私は寂しい、娘を便利に使って結局嫁に行きそびれた」とこぼす始末。それを聞き河合は「お前も"瓢箪"になるぞ。路子さんを早く嫁にやれ」と周平に忠告する―といった出来事が、後半の伏線となっています。
周平の長男・幸一(佐田啓二)は妻・秋子(岡田茉莉子)が団地住まいをしていますが、夫は大企業に勤めているものの、共稼ぎの妻の方が帰りが遅い時は夫が自分で夕飯を作るところが、当時としては目新しかったといいます。幸一が以前から欲しかったゴルフクラブを会社の同僚(吉田輝雄)から買うために周平から金を借りると、それを秋子にさらわれてしまったため不満が募るといった具合に、共稼ぎのせいか妻の発言権が強く、最終的には秋子は月賦で買うことを認めますが、その代わり自分もハンドバッグを買うと言います。雰囲気的に、この作品で小津監督は、夫婦生活、結婚生活というものをあまり明るいものとしては描いていない印象を受けます(因みに佐田啓二はこの映画に出演した2年足らずの後に自動車事故で亡くなっている(享年37))。
路子の縁談の話は周囲が色々動き過ぎてあっちへ行ったりこっちへ行ったりしますが、最後に路子は結婚を決意し、河合が紹
介した医師の元へ嫁ぐことに―。路子の花嫁姿に接し、平山は「うーん、綺麗だ。しっかりおやり、幸せにな」と言葉をかけ、式の後は亡き妻に似たマダム(岸田今日子)がいるバーへ行き独りで飲みながら軍艦マーチを聴く。ラスト、周平は自宅で「うーん、一人ぽっちか」と呟き、台所へ行くと急須から茶を注いで飲む―。
がっくりしてはいるが泣いてはいないという(笠智衆は映画において泣く演技を拒否した)、「晩秋」に似た終わり方でした(テーマも同じく「娘を嫁にやった男親の悲哀と孤独」であるし)。会社のオフィスの撮り方や宴席、料理屋の撮り方なども、同じセットを使ったのではないかと思われるくらい似ていて、しかも俳優陣も重なるため、やや印象が弱かった感じも(ヒロイン・路子役の岩下志麻は、「秋日和」で会社の受付嬢というチョイ役だった)。路子の花嫁姿はあっても結婚式の場面が無いのも「晩秋」と同じで、これは路子の結婚生活が必ずしも幸せなものとはならないことを暗示しているとの説もありますが、個人的には何とも言えません。
杉村春子(娘)
東野英治郎(父)
「秋刀魚の味」●制作年:1962年●監督:小津安二郎●製作:山内静夫●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●原作:里見弴●時間:113分●出演:笠智衆/岩下志麻/佐田啓二/岡
田茉莉子/中村伸郎/東野英治郎/北竜二/杉村春子/加東大介/吉田輝雄/三宅邦子/高橋とよ/牧紀子/三上真一郎/環三千世/岸田今日子/浅茅しのぶ/須賀不二男/菅原通済(特別出演)/緒方安雄(特別出演)●公開:1962/11●配給:松竹●最初に観た場所:三鷹オスカー(82-09-12)●2回目(デジタルリマスター版):神保町シアター(13-12-23)●3回目(デジタルリマスター版):北千住・シネマブルースタ

ジオ(19-06-11)(評価:★★★★)●併映:「東京物語」(小津安二郎)/「彼岸花」(小津安二郎)






亡き友・三輪の七回忌に集まった間宮(佐分利信)、田口(中村伸郎)、平山(北竜二)の3人は、未亡人の秋子(原節子)とその娘アヤ子(司葉子)と談笑するうち、年頃のアヤ子の結婚に話が至る。
3人は何とかアヤ子を結婚させようと動き始めるが、アヤ子は母親が一人になることが気がかりでなかなか結婚に踏み切れない。間宮の会社の後藤(佐田啓二)がアヤ子に似合いだと考えた3人は、アヤ子が嫁ぐ気になるためにはまず母親が再婚することが先決と考え、平山を再婚相手の候補として画策する。
その動きを察したアヤ子は同僚の佐々木百合子(岡田茉莉子)に相談し、それを聞いて憤慨した百合子は間宮らを一堂に会させてやり込めるが、彼らの説明を聞いて百合子も納得し、母娘の結婚話が進むことになる。しかし秋子は娘と二人で出かけた伊香保温泉の宿で、自分は一人で生きていく決意だと伝え、娘の背中を押す―。
原節子は当時実年齢40歳にして45歳の未亡人秋子役で、娘役の司葉子は実年齢26歳で24歳のアヤ子を演じていますが、実年齢では14歳差ということになります。当時56歳の笠智衆が秋子の義兄(59歳)という設定であるため、「晩春」と比べると原節子が1世代上にスライドしたことになります。
但し、「晩春」のラストで笠智衆は、娘を嫁にやった後に家で独りになって林檎の皮を剥きながら深くうなだれますが、この作品の原節子演じる秋子は、娘の結婚式を終えてアパートに戻った後、独り静かに微笑を浮かべます。原節子が母親役を演じていることに注目が行きがちな作品ですが、「晩春」と比べるとこの点が大きく異なるように思います。

名匠・小津の作品として気負って観たところで、話としては何てことない話のような気もしますが、主人公のアヤ子を演じた司葉子を美しく撮っているほか、アヤ子は同僚の佐々木百合子を演じた小津映画初出演の岡田茉莉子(当時27歳)の活き活きとした演技も印象的であり、特に百合子が秋子に会いに行く場面は、昭和前期型(原節子)と昭和後期型(岡田茉莉子)の異なる演出パターンが1つの場面に収まっているという点が興味深かったです。
小津安二郎監督の映画と言えば、鉄道の駅や走っている列車を映すところから始まるものが多いのですが(或いは作中に必ず駅や列車が出てくる)、この作品は2年前に完成した東京タワーが冒頭に映し出されています。では列車
は出てこないかというと、アヤ子や百合子が
勤めるオフィスの屋上から東海道線が映し出されていました(その列車には、新婚旅行に向かう二人のかつての同僚が乗っていて、二人は列車に向かって手を振る)。
「秋日和」●制作年:1960年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●原作:里見弴●時間:128分●出演:原節子/司葉子/佐分利信/岡田茉莉子/佐田啓二/中村伸郎/北竜二/桑野みゆき/三宅邦子/沢村貞子/三上真一郎/渡辺文雄/高橋とよ/十朱久雄/南美江/須

賀不二男/桜むつ子/笠智衆/田代百合子/設楽幸嗣/千之赫子/岩下志麻●公開:1960/11●配給:松竹●最初に観た場所(デジタルリマスター版):神保町シアター(13-12-21)●2回目:(デジタルリマスター版):北千住・シネマブルースタジオ(19-06-04)(評価:★★★★)
桑野みゆき(宗一(佐分利信)の娘・間宮路子)
渡辺文雄(アヤ子(司葉子)の同僚で遊び仲間・杉山常男)


林家の子供たちは、先にテレビを自宅に入れている隣の丸山家にテレビを見に行きますが、1959(昭和34)年頃はそういうことがあちこちであったのだろなあと(因みに、テレビ画面の大相撲中継に出てくる栃錦は既に全盛期を過ぎていたが、昭和34年年3月場所で千秋楽に若乃花を破り「奇跡」と言われた復活優勝を遂げている)。
当時55歳の笠智衆が46歳の父親の役を演じていて、実年齢よりかなり若い役作りになっていますが、49歳の時に70歳の役を演じた「
民子の妹・節子(久我美子)は、勤めていた会社が潰れて失業中で近所の子供たちに英語を教えている福井平一郎(佐田啓二)の元へせっせと翻訳の仕事を届ける―というこの2人の仄かな恋愛感情がサイドストーリーの1つとしてあり、平一郎は林家の子供が口数が多いことを叱られて「大人だってコンチワ、オハヨウ、イイオテンキデスネ、余計なこと言ってるじゃないか」と反論したという話を節子から聞いて興味を抱き、そうした一見無駄であるような言葉が世の中の潤滑油になっているんだろうけれど、子供にはまだ解らないのだろうなあと節子に解説してみせる―その様子を、節子が帰った後に、同居の姉で自動車のセールスをしている加代子(沢村貞子)に、あなただって節子さんに肝腎なことは言わないで余計な話ばかりしているとたしなめられます。
その平一郎がラストで駅のホームで節子と偶然出会って、またしても挨拶と天気の話を繰り返しているのがくすりと笑えます。但し、2人の間に言葉が途切れて間があったと思ったら、平一郎が「あの雲は面白い形をしていますね」とか言い始めたのは、おいおい大丈夫かという感じも。まあ、優しい節子が相手だからともかく、普通だったら「見切られ時」ではないかという気もしなくはありませんでした。
佐田啓二は当時32歳、5年後に自動車事故で亡くなっており(享年37歳)、一瞬、息子・中井貴一に似ているかなと思わせる部分がありますが、息子の方はもう50歳を超えているのだなあ。長屋風住宅街のロケ地は現在の多摩川緑地付近でしょうか。テレビ有りの丸山家の主人を演じているのは大泉滉、近所に鉛筆やゴム紐などを売り歩く押売りに殿山泰司など、懐かしい面々も。


杉村春子
東野英治郎 
「お早よう」●制作年:1959年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:黛敏郎●時間:94分●出演:佐田
啓二/久我美子/笠智衆/三宅邦子(左写真)/設楽幸嗣/島津雅彦/高橋とよ/杉村春子/沢村貞
子/東野英治郎/長岡輝子/三好栄子/田中春男/大泉滉(中)/泉京子/殿山泰司(右)/佐竹明夫/諸角啓二郎/桜むつ子/千村洋子/須賀不二男●公開:1959/05●配給:松竹●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-05)●2回目(デジタルリマスター版):神保町シアター(13-12-09)(評価:★★★☆)併映(1回目):「淑女は何を忘れたか」(小津安二郎)

戦死した次男の妻の紀子(原節子)であり、彼女は仕事を休んで、2人を東京の観光名所に連れて行く。周吉ととみは、子供たちからはあまり温かく接してもらえなかったが、それでも満足した様子を見せて尾道へ帰る。しかし、その数日後に、とみが危篤状態であるとの電報が子供たちの元に届く。子供たちが尾道の実家に到着した翌日未明に、とみは死去する。とみの葬儀が終わった後、志げは次女の京子(香川香子)に形見の品をよこすよう催促する。その上、紀子以外の子供たちは、葬儀が終わるとそそくさと帰ってしまい、京子は憤慨するが、紀子は義兄姉を庇って若い京子を諭す。紀子が東京に帰る前に、周吉は上京した際の紀子の優しさに感謝を表す。がらんとした部屋で周吉は独り静かな尾道の海を眺めるのだった―。
小津安二郎監督の代表作とされ、日本映画を代表する傑作とされていますが、世界的な評価も高く、2012年には、英国映画協会発行の「サイト・アンド・サウンド」誌が発表した、世界の映画監督358人が投票で決める最も優れた映画に選ばれています(同誌は小津監督が同作品で「その技術を完璧の域に高め、家族と時間と喪失に関する非常に普遍的な映画をつくり上げた」と評価した)。最初に観た当時は、そんなにスゴイ作品なのかなという印象
個人的には、『
長女(杉村春子)の勧めで熱海に行って、旅館の部屋が麻雀部屋の真下で寝付かれなかったなど散々な目に遭って帰ってきたけれど、お金を出したのは子供達なので文句も言えず、逆に早く帰って来たことで文句を言われる始末だが、「宿無しになってしもうたなあ」とか言いながらも、それぞれ友達(十朱久雄・東野英治郎)の所と次男の未亡人(原節子)のアパートへと行く―。
この点について土居健郎は、映画評論家・佐藤忠男氏の「小津安二郎は、大人になることは、親に対して他人になっていくことである、と言おうとしているようだ」との指摘を非常に鋭いものとして評価しています(因みに、佐藤忠男の『完本・小津安二郎の芸術』(朝日文庫)は、小津映画に見られる「甘え」をしばしば指摘している。『小津安二郎の芸術』の単行本(朝日新聞社)の初版は1971年の刊行であり、これは『
この映画で笠智衆は実年齢49歳にして70歳の平山周吉を演じたわけですが、その「老成」を演じ切っているのは見事。原節子演じる
紀子がラスト近くで自分の複雑な思いを周吉に打ち明けて号泣する場面は名シーンとされていますが、紀子の全てを受け止める周吉の態度との相互作用からくる場面状況としての美しさと言えるのでは。
2013年が小津安二郎の生誕100周年だったため、梶村啓二 著 『

Poster for Yasujiro Ozu Season at BFI Southbank (1 January - 28 February 2010)
「東京物語」●制作年:1953年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●時間:136分●出演:笠智衆/東山千榮子/原節子/香川京子/三宅邦子/杉村春子/中村伸郎/山村聰/大坂志郎/十朱久雄/東野英治郎/長岡輝子/高橋豊子/桜むつ子/村瀬禪/安部徹/三谷幸子/毛利充宏/阿南純子/水木涼子/戸川美子/糸川
和広●公開:1953/11●配給:松竹●最初に観た場所:三鷹オスカー(82-09-12)(評価:★★★★☆)●2回目(デジタルリマスター版):神保町シアター(13-12-07)●併映(1回目):「彼岸花」(小津安二郎)/「秋刀魚の味」(小津安二郎)


1位:『東京物語』"Tokyo Story"(1953/日) 監督:小津安二郎 

させようとするが、周吉と昔から親友である京大教授・小野寺(三島雅夫)が後妻を娶ることに不潔さを感じていた紀子は、父への嫌悪と別れの予感にショックを受けてしまう。マサの持ってきた縁談を承諾した紀子は、周吉と京都旅行に出かけ再度心が揺れるが、周吉に説得されて結婚を決意する―。
原作は広津和郎の短編小説「父と娘」。原節子が小津映画に初めて出演した作品であり、娘の縁談、親の孤独という戦後の小津作品で繰り返されるテーマがこの作品で確立されたとされており、ま
た、「
されていることを改めて感じます。1942年公開の同じく小津監督の「父ありき」(小津作品の中では初主演)で7歳年下の佐野周二の父親を演じてから老け役が定着していたというのもありますが、この「晩春」でも、実年齢(45歳)より10歳余り年上になる56歳の初老の父親を演じています。所謂よく知られている「笠智衆」のイメージに近いですが、「風の中の牝雞」の時と比べると、僅か1年後の出演作品でありながらも、その"見た目年齢"の違いに驚かされます。
笠智衆は演技について演出家と対立するようなことはなかったそうで、小津作品でも小津の言うとおりに演技をしたとのことですが、自らが泣くシーンを演じることはだけは拒否していて、この「晩春」のラストの独りリンゴの皮を剥くシーンで、その後に「慟哭する」というというシナリオだったのが、それを拒否して、うなだれるシーンに変更されたとのこと。彼が小津の演出に従わなかったのはこの時だけだったと言われています(「眠っているみたいだ」と評されて憤りを感じたとも(『
よく原節子の美しさが絶賛される作品で、またその号泣シーンなどでも知られているわけですが(続く「麦秋」「東京物語」でも原節子は号泣する)、個人的には、自分の娘を嫁にやる初老の男の複雑な心境にウェイトを置いて観ました(あくまでも主人公は周吉かと)。但し、この作品を、父に対して性的コンプレックス(エレクトラコンプレックス)を抱いていた娘が、そこから解放される物語であるとの見方があることで知られており、言われてみればナルホドなあと。
そうなると、京都旅行で父と娘が同じ旅館部屋で枕を並べて寝るシーンなども、やや性的な意味合いを帯びてくるわけですが、その場面の終りの方で一瞬床の間の壺が映し出されるシーンがあり、それが、ヒロインがエレクトラコンプレックスから解放された瞬間だという説もあるそうです。蓮實重彦氏が『
この"壺"を誰が見ているのかによっても解釈は異なってきますが、父・周吉は先に眠ってしまうことから、後は、ヒロインか「神の眼」かの何れかにならざるを得ない―ヒロインのそれまでの結婚に対する頑な態度が変わったのは、この時の旅館部屋での"枕を並べての"父子の会話以降であり、その会話からもヒロインの気持ちのターニングポイントは見て取れなくもないですが、その延長線上にある"壺"は、映画評論家ドナルド・リチーの指摘のように、それを見ているのはヒロインであると解釈するのが自然かもしれず、ドナルド・リチーは壺に、それを見つめるヒロインの結婚の決意が隠されていると分析しています(因みに蓮實重彦氏は、『監督 小津安二郎』の最後の章をこのシーンの捉え方に割いていて、ポール・シュレーダー、ドナルド・リチー両氏の解釈を批判し、それらとはまた違った見解を示しているが、ここではこれ以上は引用しないでおく)。



「晩春」●制作年:1949年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:伊藤冝二●広津和郎「父と娘」●時間:108分●出演:笠智衆/原節子/月丘夢路/宇佐美淳/杉村春子/青木放屁/三宅邦子/三島雅夫/坪内美子/桂木洋子/清水一郎/谷崎純/高橋豊子/紅沢葉子●公開:1949/09●配給:松竹●最初に観た場所:大井武蔵野館 (84-02-07)(評価:★★★★☆)●併映:「早春」(小津安二郎)
●NHK-BS2 視聴者の投票による「小津映画ベスト10」(「生誕100年小津安二郎特集」ホームページ(2003年))

終戦直後の東京の動物園で、象のシロウが謎の病で死に瀕していが、病理学権威の博士はハワイへ新婚旅行中で、手当に当たっていたのは大学の助手達のみ。飼育係の山下(笠智衆)の願いも虚しくシロウは死に、旅先で報せを受けた博士は、その症状から、象の死因はバビゾ菌であろうと新妻に話して聞かせる。その頃、大学の研究室では、助手の和田(日守新一)や馬場(原保美)らが、好奇心から死んだシロウの肉を焼いて食べていて、知らずにそれを食べたのは、研究室に残っていた渡辺(神田隆)と新婚の野村(安倍徹)、それと、偶然、研究室を訪れ、無理矢理勧められた山下の5人だった。話を聞いた山下の妻は、シャムの地で、同じように死んだ象の肉を食べた地元民が死んだのではなかったかと夫に言い、山下はその事実を思い出し、慌てて研究室に戻って助手達に、自分達はあと30時間で死んでしまうのだと告げる。資料を調べた結果、山下の話が本当らしいと気付いた助手達も真っ青になる―。
「暖流」「安城家の舞踏会」の吉村公三郎(1911-2000/享年89)監督が、戦後タイから復員して発表した帰国第1作で、有毒の象肉を食べた人々のドタバタを描いたコメディですが、戦争が終わって間もない頃の作品であるためか、努めて明るいタッチで描こうしている意図が感じられます(吉村公三郎自身が陸軍将校だったこともあり、また戦中は国策映画も撮っていたという経歴が、逆に戦後こうしたノンポリ映画を撮ることに繋がっているのかも)。
どうやら残り30時間ばかりの命となったらしい5人は、集まって喧々諤々したり、家族や恋人と最後の出会いをしたりしますが、そうするうちに、何とか解毒用の血清を取り寄せることができる見通しに。ところが、5人分の血清の内1つが輸送中に容器が壊れ、誰か一人は犠牲にならざるを得ない―和田は、その犠牲者を籤引きで決めることを提案し、籤に細工を施し自らその一人となる―。自らの死を待つ和田だが、その時間になっても何にも起きず、あれっ?という感じ。
なぜ5人は病院に収容されないのかとか、4人分の血清を5人で分けることは考えられないのかといったストーリー上の突っ込み所は満載ですが、役者陣に関して言えば、笠智衆(1904-1993/享年88)の軽妙な演技は見ものであり(シロウを可愛がっていた山下が、今自分が食べたのがシロウの肉だったと知った際の反応は、まさにギャグコント風)、実質上の主役である日守新一(1907-1959/享年52)も知的でとぼけた味わいがありました(小日向文世にちょっと似ているなあ)。日守新一は、現役真っ盛りでの死が惜しまれます。
「象を喰った連中」●制作年:1947年●監督:吉村公三郎●製作:小倉武志●脚本:斎藤良輔●撮影:生方敏夫●音楽:万城目正 /仁木他喜雄●時間:84分●出演:日守新一/笠智衆/原保美/神田隆/安部徹/村田知英子/空あけみ/朝霧鏡子/文谷千代子/岡村文子/若水絹子/植田曜子/奈良真養/高松栄子/志賀美彌子/中川健三/遠山文雄/西村青兒/永井達郎/横尾泥海男●公開:1947/02●配給:松竹大船(評価:★★★) 


戦後間もない京都。新任教師の谷村清吉(堀雄二)は、精神薄弱児を集めた「特別学級」の担任になるが、想像以上に困難だと知り辞めたいと申し出る。しかし杉田校長(笠智衆)に説得され、 2年という期限付きの条件で引き受ける。はじめはどう教育していいのかわからない谷山は、絵ばかり書いて過ごすが、子供達と触れ合ううちに意識が変化する―。
「手をつなぐ子等」('48年/大映)に続く稲垣浩監督作品で、「手をつなぐ子等」は、知的障害児の研究家・田村一二の原作を故・伊丹万作が脚色した遺作シナリオを、稲垣浩が監督したもので、この「忘れられた子等」も田村一二が原作ですが、独立した一つの物語となっています。
最初のうちは、気の乗らないまま特別学級の担任となった谷山は、黒板の隅に校長との約束の2年間の残日数を書いて、とにかく早いとこ2年間過ぎてしまわないかなあという感じで、教室の窓から野外スケッチばかりして授業時間を過ごします。しかし、子供たちの顔を洗ってやったりしているうちに徐々に彼らに愛情を抱くようになります。
14,5人の特殊学級の生徒の中には、木登りの名人、歌の天才少女、算数の天才少年、自動車狂の少年、泣虫、理屈家、正義派と色々な能力・個性を持った子等がいて、彼らのそうした能力を社会に活かすことの難しさを知りながらも、谷村の心は、次第に子供等のことで占められていき、一人の男児が一週間近く欠席したのが、谷村の風邪が治るようにと金光詣を続けて発熱したためと知って、谷村の心は完全に教育に目覚めます。
約束の2年が経ったため、校長がその旨を告げようとすると、谷村の方から「まさか辞めさせるつもりではないでしょうね」と言い寄る場面は感動的で、谷村役の掘雄二(1922-1979/享年56)は、早稲田大学政経学部卒、'46年デビューの東宝ニューフェイスでしたが、この作品の教師役はハマっているなあと(この人は後にテレビドラマ「七人の刑事」('61 -'69年/TBS)で赤木係長を演じることになる)。一方、笠智衆(1904-1993/享年88)は


「忘れられた子等」●制作年:1949年●監督・製作・脚本:稲垣浩●撮影:安本淳●音楽:西梧郎●原作:田村一二●時間:86分●出演:掘雄二/笠智衆/泉田行夫/岩田直二/葛木香一/浅野光男/葉山富之輔/松浦築枝/滝沢静子/木下サヨ子/宮川喜美枝●公開:1949/10●配給:新東宝(評価:★★★☆) 



1929(昭和4)年公開の小津安二郎監督の第8作にして初の長編作品。小津安二郎の監督作品は記録映画も含めると全部で54作ありますが、その内の現存する37作品の中ではこれが最初期の作品で、個人的には今回が初見。本来はBGMも無い「完全サイレント」作品ですが、神保町シアターで、エレクトーン奏者・柳下美恵氏の伴奏により鑑賞しました。
そうして知り合った千恵子が赤倉にスキーに行くことを知った2人ですが、渡辺には仕送りが来ず、山本は財布を落としたために共にその資金が無く、山本の下宿に転がり込んだ渡辺が、山本に「上を向け」と言って、その間に山本の部屋の書籍や家財道具をかき集め、それを質屋に持っていき"軍資金"を作る下りは、渡辺の部屋にポスターが貼ってあったフランク・ボーゼージ監督の1927年映画「第七天国」の、掃除夫の主人公が自分はもっと偉くな
るのだという前向きな気持ちを表した「上を向け」という台詞のパロディで、主人公が自分の住む部屋を「第七天国」と称した「七」に「質」を懸けています(柳下美恵氏の解説による)。このように、小津安二郎監督の初期サイレント映画には必ずといっていいほどモダンな洋画ポスターが出てきます。本作ではその「第七天国」のポスターが、元の下宿でも引っ越し先の下宿でも映っています。
渡辺と山本がゲレンデで千恵子を巡って恋の鞘当を繰り広げる場面は、随所にスラップスティックなノリが感じられ、山本が渡辺にスキー板を流され取りに行く間に、渡辺と千恵子が仲好く語らう場面など、チャップリン映画さながら(この作品に多分に影響を与えていると思われるキートンの「カレッジ・ライフ」(1927)ほどまではいかないが)。
ストーリーの方は、実は、千恵子は、母親(飯田蝶子)と共にお見合いをするためにスキー場に来ていたのであり、見合いの相手は、渡辺らの同級生(日守新一)だったという皮肉な展開に(それでも諦めない渡辺なのだが...)。
思ったよりゲレンデ・シーンが多く、小津安二郎版「私をスキーに連れてって」('87年/東宝)といったところでしょうか。スキー部の学生の一人として出演した笠智衆(当時25歳)の回想録によると、スキー初心者のままロケ地に入ったが、1週間の撮影が終わって帰る頃にはスキーの腕前も上達し、駅まで滑って帰ったとのことです(『
「私をスキーに連れてって」の方の舞台は奥志賀のゲレンデ。主人公(原田知世)が恋人へのプレゼントを届けるために横手山から万座へ夜中にスキーで山越えをするといった話だったと思いますが、あまりに現実離れしたストーリーで、しかも出演者の演技はみんな下手(もう一人の主演の三上博史は、最初に脚本を読んだ時、あまりのバカバカしさにゴミ箱に捨てたというから、最初からモチベーション低かった? そんな演技にOK出しする作り手の方に問題があるのだろうが)。ユーミンの挿入歌「恋人はサンタクロース」くらいしか印象に残らなかった作品ですが、「見栄講座」のホイチョイ・プロダクションの映画だから、ストーリーや演出よりも、バブル景気に湧いていた当時の「猫も杓子もゲレンデへ」といった世相を映し出すことが主眼の作品だった言えなくも無く、その目的は果たしたか?
ホイチョイ・プロダクションはその後"青春ムービー"第2弾として、東京アーバン・マリンリゾートを舞台に、海底に眠る財宝を追う女性ダイバー(原田知世)とヨット乗りの青年(織田裕二、当時は殆ど無名の"ほぼ新人"だった)との恋と冒険を描いた「彼女が水着にきがえたら」('89年/東宝)も製作。「私をスキーに連れって」と同じく、馬場康夫・監督、一色伸幸・脚本で、音楽はユーミンからサザン・オールスターズへ。「渋谷宝塚劇場」の映画館前で開演待ちをしていた客は若いカップルばかりで、"デート用映画"と割り切るにしてもちょっと異様な光景でした(その「渋谷宝塚劇場」も今は無く、跡地に立ったQ‐FRONTビルにオープンした「渋谷シネフロント」も昨年['10年]閉館した...)。 
さすがに小津安二郎はダイビング映画までは撮っていませんが、「世相を描く」ことが主眼となっているという点では「青春ロマンス 若き日」にも当て嵌る部分があり(演出はこっちの方がしっかりしていて、昭和初期とは思えないほど現代的)、スキーをする時にパイプを咥えたりベレー帽をかぶるのが流行りだったのか(?)とか、「ゲレンデ交際」という当時の若者風俗を描いていること自体に大いに関心を引かれました(時代期には共に、その後に不況が控えていたという点でも共通するかも)。
冒頭「都の西北」とあることから、主人公たちは早稲田の学生なのでしょうが(ロケも早稲田キャンパスでやっている模様)、その他にもいろいろと当時の学生の気風や生活ぶりが窺えるのが興味深かったです。まあ、主人公の渡辺は当時としてはかなりの軟派系だとは思いますが(因みに、小津安二郎自身は現役の時に神戸高等商業学校(現在の神戸大学)を受験して失敗、更に1浪後に三重師範学校(現在の三重大学教育学部)を受験してこれも失敗し、大学に行っていない)。
「私をスキーに連れてって」●制作年:1987年●監督:馬場康夫●脚本:一色伸幸●撮影:長谷川元吉●音楽:杉山卓夫(挿入歌:松任谷由実/テーマ曲「恋人がサンタクロース」)●原作:ホイチョイ・プロダクション●時間:98分●出演:原田知世/三上博史/ 原田
貴和子/沖田浩之/高橋ひとみ/布施博/鳥越マリ/上田耕一/飛田ゆき乃/小坂一也/竹中直人/田中邦衛●公開:1987/11●配給:東宝(評価:★★)
「彼女が水着にきがえたら」●制作年:1989年●監督:馬場康夫●脚本:一色伸幸●撮影:長谷川元吉●音楽:サザンオールスターズ(テーマ曲:「さよなら





第66回「
坂本武/岡田嘉子
失業し、妻にも逃げられた喜八(坂本武)は、善公(突貫小僧)と正公(末松孝行)の2人の子供を連れ、職を求めて東京・下町の工業地帯を彷徨うが、どの工場でも門前払いばかり。何とか夜のねぐらとして確保した木賃宿・万盛館で、同じく宿無しの女・おたか(岡田嘉子)に出会うが、おたかも娘の君子(小嶋和子)を連れて職を探していた―。
原作者のウィンザード・モネとは、小津安二郎、池田忠雄、荒田正男の合体ペンネーム(without moneyをもじったもの)ですが、冒頭部分の父親と子供らが殺伐とした工業地帯をとぼとぼと行く様はイタリア・ネオリスモを彷彿させます(その代表作「自転車泥棒」より13年早い作品だが)。細かいカット割りを繋げる特有の手法ながらも、何となくゆったり感があるのは小津ならでは(個人的には、「
おたかは娘が疫痢になったため、入院費を稼ぐために呑み屋に酌婦として働きに出ますが、喜八はそんな金で病気が治っても娘は喜ばないから娘の傍にいてやれと言い、では自分に金も当てがあるのかというと、世話になっている叔母さん(飯田蝶子)に金を借りようとして断られ、茫然自失の中、とうとう盗みを働く―。
ストーリーよりも演出(カメラワークを含む)が光る作品。岡田嘉子(1902-1992)は坂本武を凌ぐ好演で(やはり父性愛よりも母性愛か)、当時33歳ぐ
らいでしょうか(35歳でソ連に亡命し日本に帰ったのは35年後)。宿無しの失業者の割には綺麗過ぎ、やつれ感が足りない気もしますが、喜八の犠牲的精神の根底にはおたかへの思慕があり、その思いの対象たるに相応しい外見的要件を持たせることがストーリー上必要なためやむをえないのかも(寅さんとマドンナの関係と同じか)。
子役の演技は、突貫小僧だけでなく、末松孝行(弟)、小嶋和子(おたかの娘)も良くて、べーっと舌を出すシーンのリフレインなど、"人情喜劇"としてのユーモアの部分は殆ど子役達が担っていたという感じの作品でした。
「東京の宿」●制作年:1935年●監督:小津安二郎●脚本:池田忠雄/荒田正男●撮影:茂原英朗●原作:ウィンザード・モネ(小津安二郎/池田忠雄/荒田正男)●時間:83分●出演:坂本武/岡田嘉子/突貫小僧/末松孝行/小嶋和子/飯田蝶子/高橋貞二/笠智衆(ノンクレジット)●公開:1935/11●配給:松竹鎌田●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-11)(評価:★★★)●併映:「風の中の牝雞」(小津安二郎)

信州のとある田舎町に、旅役者・市川喜八(坂本武)の一座がやってくるが、実はこの町には、喜八の昔の女(飯田蝶子)と、2人の間にできた息子・信吉(三井秀男)がいる。喜八は自分が父とは名乗らず、毎日のように女の家を訪ねて行くが、喜八の今の世話女房(情婦)のおたか(八雲理恵子)はこのことを知って嫉妬し、当てつけに妹分の女優おとき(坪内美子)に信吉を誘惑させるよう仕向ける。ところが、おときと信吉は本当に好き合うようになってしまう―。
小津安二郎(1903-1963)監督の1934(昭和9)年の無声映画作品で、小津安二郎はこの作品で、「
まま観ても、ぐっとくる作品ではないでしょうか。
同じ坂本武の"喜八もの"と言っても、喜八が下町定住者だった「出来ごころ」に対し、こちらは旅役者であって状況設定はかなり異なっており、また、小津作品全体を通しても、こうした旅役者を扱ったものは珍しいようです("流れ者"という意味では、小津に影響を受けた山田洋次監督の「寅さんシリーズ」の原点とも言えるが)。
暗くてじめじめした話かと思ったら、ユーモラスなギャグが絡むことで救われて、喜八の情婦が妹分の女優を使って喜
八の息子を籠絡しようとするところで、いやあ今度こそホントに嫌な話になってきたなあと思ったら、予想外の展開(「蛙の子は蛙、学があっても女には手が早い」とか、深刻な場面なのに、ここでも笑わせる)、結局、この坪内美子演じる妹分女優のおときと
いうのが、一番可哀想だったなあと思いました(「寅さん」における浅丘ルリ子のリリーか)。
小津自身による原作は(ジェームス槇は小津のペンネーム)、旅まわりのサーカスの一座を舞台としたアメリカ映画「煩悩」を下敷きにし
ているそうですが、完璧に日本的な人情話に仕上がっていて、人物や部屋の調度などを映し出すローアングルのカメラも良く、親子で渓流釣りをする場面(片方は親子だとは知らないわけだが)や、飯田蝶子演じる母親が息子に屹然と事実を告げる場面など、印象に残るシーンが多くありました(学生である息子が若干老けて見えたのが難か。おときとのバランス上、敢えてそうしたのかもしれないが)。完璧な「人情話」。ストーリー、カメラ、演出のどれをとっても完成度はかなり高いように思います(親子が並んで渓流釣りをする場面は後の「
「浮草物語」●制作年:1934年●監督:小津安二郎●脚本:池田忠雄●撮影:茂原英朗●原作:ジェームス槇(小津安二郎)●活弁:松
田春翠●時間:85分(118分)●出演:坂本武/飯田蝶子/三井秀男/八雲理恵子/坪内美子/突貫小僧/谷麗光/西村青児/山田長正/青野清/油井宗信/平陽光/若宮満/懸秀介/青山万里子/
池部光村/笠智衆(ノンクレジット)●公開:1934/11●配給:松竹蒲田●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-13)(評価:★★★★☆)●併映:「出来ごころ」(小津安二郎)

ビール工場に勤めながら小学生の息子・富夫(突貫小僧)と貧乏長屋に暮らしをする喜八(坂本武)は、寄席帰りのある日、失業して行くあてのない若い娘(伏見信子)と出会い、行きつけの食堂の女主人(飯田蝶子)に頼んで、娘に食堂での住み込みの働き口を世話する。喜八は、その娘に惚れるが、年の差を考えて口には出せず、一方、娘は喜八の隣に住むビール工場の同僚の青年(大日方傳)に気があり、しかし、青年は喜八への義理立てから娘に冷たく当たり、3人はギクシャクした関係になる―。
小津安二郎監督の1933(昭和8)年の無声映画作品で、前年の「生れてはみたけれど」で社長役をやっていた坂本武が、あたかも「寅さん」の 原点はここにあるのではないかと思わせるような、若い娘に恋慕する下町のオジさんを演じています。
話の方は、喜八は娘の想いの相手が同僚の青年と知って気落ちするが、複雑な心境ながらも娘と青年の結婚話を進めるために一肌脱ごうとし、逆に青年と意地を張り合うことに。事が旨く運ばず、ヤケ酒に浸って仕事にも行かない喜八を、息子は父の顔を何度も叩いてなじるが、そんな中その息子が病気になり、回復したものの医者代が工面できない。その窮状を知った青年が、北海道に行って"蟹工船"(開拓民船?)に乗り込み金を工面しようと考えるが、そのことを知った喜八は青年を殴り倒して、代わりに北海道行きの船に乗り込む―。
ベースは暗い話なのですが、合間々々にユーモラスな表現を織り込んで、コメディタッチにしているのは、「浮草物語」などと同じです。ただ、ラストはあまりに軽かったかなあ(手拭を頭に乗せて温泉気分?)。北海道行きの船に乗り込んだのが"出来ごころ"だったということなのでしょうが、一旦は青年を殴り倒してまでそうしたわけで、息子を想う気持ちが北海道行きをやめた理由ならば、北海道行きを決めた理由も同じだったはずで、自家撞着を生じている?
北海道行きを決めた理由は「娘に対する自分の想い」の喜八ならではの美意識の発露ともとれ、また、友情も絡んでいると思われますが、それと、息子の傍にいてやりたいという気持ちはまた別なのか、あるいは、結局は、最後のそれが一番喜八にとって大事なことだったのか。
るとのことだが)。因みに、息子の富夫という役名は突貫小僧の本名(青木富夫)から取っています。
新文芸坐で、澤登翠氏門下の片岡一郎氏の活弁で上映していましたが行けず、松田春翠の活弁付きビデオで鑑賞しました(片岡一郎氏は松田春翠の孫弟子ということになる)。娘役の伏見信子(1915- )はいかにも戦前の清楚な美人スターという感じでこの作品でその人気を不動のものとしています。また、ちょっと阿部寛に似た大日方傳(1907-1980/享年73)の一見ニヒルだが内に熱いものを秘めた青年も良かったですが、突貫小僧(青木富夫)の天才子役ぶりが発揮された作品でもあったように思いました。笠智衆が喜八と船で乗り合わせる人夫としてノンクレジットで出演しています(1933(昭和8)年度・第10回「キネマ旬報ベスト・テン」第1位作品)。 
「出来ごころ」●制作年:1933年●監督:小津安二郎●脚本:池田忠雄●撮影:杉本正二郎●原作:ジェームス槇(小津安二郎)●活弁:松田春翠●時間:100分●出演:坂本武/伏見信子/大日方傳/飯田蝶子/突貫小

僧/谷麗光/西村青児/加藤清一/山田長正/石山隆嗣/笠智衆(ノンクレジット)●公開:1933/09●配給:松竹蒲田●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-13)(評価:★★★)●併映:「浮草物語」(小津安二郎)


良一(菅原秀雄)、啓二(突貫小僧)兄弟のサラリーマンの父(斎藤達雄)は、会社の重役・岩崎(坂本武)の家の近くに引っ越して出世のチャンスを窺うようなヒラメ男だが、兄弟の前では厳格に振舞っている。一方、兄弟は転校するなり地元の悪ガキグループと喧嘩し、憂鬱になって学校をサボるが、父にばれて大目玉を喰う。悪ガキグループと和解した兄弟は、やがてグループ内で台頭し、岩崎の息子も子分にしてしまう。ある日、「うちの父ちゃんが一番偉い」という自慢話が出るが、兄弟も自分の父親が一番偉いと信じて疑わなかった。ところが、岩崎の家で観た16ミリフィルムの中に写っていた父は、重役の前でモノマネをしてご機嫌伺いをしていた―。
タイトルからサラリーマン映画だと思われているフシもありますが(広い意味ではそうかもしれないが)、前半部分は殆ど子供たち同士の世界を描いていて、これがなかなか微笑ましく(小津安二郎(1903‐1963)って子供を撮るのがこんなに上手だったのだ)、ほのぼのとした、小津らしいゆったりとしたテンポで進みます。
それが重役宅での映写会で、映し出されたフィルム映像に父親の上司にへつらう姿を見たことを契機に、父親に幻滅した兄弟らの父親に対する抵抗が始まり、「なぜ重役は偉いのか」「父ちゃんはなぜ重役になれないのか」と父親を問い詰めますが、これには父親の方もキレて怒りを爆発させ、母親(吉川満子)は部屋に籠ってウィスキーを煽る夫を諫める―(う~ん、一気に重たいムードになるなあ)。
サラリーマンである父の会社の中での媚びへつらいは、この2つの領域の狭間でのアイデンティの分裂を示していると―(これを「映画内『映画』という手法でみせている小津の巧みさ!)。それを目の当たりに見てしまった子どもの心理的ギャップは、通常は父親の私的領域と公的領域が分離されているため見ることのなかったものが、突如として目の前に露わになったことによるものであるということでしょう。
「生まれてはみたけれど、一生押さえつけられて生きるのか」―観ている側には父親の心情もよく解るだけに、その日の夜、父親が寝ている兄弟の顔を覗き込みながら「俺のようなヤクザな会社員になんかなるなよ」と語りかける場面は泣かせますが、その気持ちは子供には伝わらず、子供達はハンガーストライキみたいなことまでして暫く抵抗を続けます。
昭和初期のサラリーマン家庭の暮らしぶりなどが窺えるのが興味深いです。"郊外"に引っ越したその"郊外"というのは、東急池上線沿線でロケをしたそうで(映画の中で何度か列車や線路が登場する)、周りに何も無くて、"郊外"と言っても、今の基準でみれば"田舎"だなあとか、上司の引っ越しに部下が駆り出されるというのは昭和の中頃まであったのではないかなあとか、いろいろ考えさせれます(自分の会社の重役に新居の入口に掲げる表札の文字を揮毫してもらうというのには、さすがに時代を感じたが)。
元々は無声映画ですが、自分が観たビデオ版は松田春翠(1925‐1987)による「活弁」付きで、お陰で無声映画を観ているという感覚がありませんでした(収録は昭和30年代か。最近では、松田春翠門下の女性活弁士・澤登翠(さわとみどり)氏が小津作品の活弁をライブでやっている)。

大人の社会と子供の世界は別であって、子供の自由な世界観が大人の不自由な世界観によって歪められてはならない―といったテーマ解説までしてしまっているものだからそれ以上突っ込みようがなく、小津の後期作品に比べて取り上げられることが少ないのかな。
「大人の繪本 生れてはみたけれど」●制作年:1932年●監督:小津安二郎●脚本:伏見晁●撮影:茂原英朗●原作:ジェームス槇(小津安二郎)●活弁:松田春翠●時間:90分●出演:斎藤達雄/吉川満子/菅原秀雄/突貫小僧/坂本武/早見照代/加藤清一/小藤田正一/西村青児/笠智衆(ノンクレジット)●公開:1932/06●配給:松竹蒲田(評価:★★★★)


大学卒業者の就職率が約30%という不況の底にあった昭和初期を舞台に、仕事に就けない男が奔走する様をコメディっぽく描いた小津
安二郎監督の1929(昭和4)年の無声映画作品。原作は、小津安二郎と親交の深かった、同じく松竹系の映画監督・![「大学は出たけれど(吹替・活弁版) [VHS]」.jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E3%80%8C%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E3%81%AF%E5%87%BA%E3%81%9F%E3%81%91%E3%82%8C%E3%81%A9%28%E5%90%B9%E6%9B%BF%E3%83%BB%E6%B4%BB%E5%BC%81%E7%89%88%29%20%5BVHS%5D%E3%80%8D.jpg)
ただ、そうしたこともあってか、松田春翠(1925‐1987)の「活弁」付きのI・V・C版ビデオで鑑賞したのですが(松竹ビデオ(S・H・V)版は活弁無し)、「
大学を卒業した時に許婚(田中絹代が初々しい)がいて、それで就職が決まらないというのは結構キツイなあと思ってしまいましたが、母親と許婚の手前、会社に行くふりをして弁当を持って出かける主人公にとっての"仕事の場"は公園であり、"仕事" は公園に来ている子供らとボール遊びをすること、子供らとすっかり仲良くなるが、雨が降った日は"仕事"が休みになる―といった具合に、ユーモラスに描くことで救われています。恋女房となった田中絹代に実は就職が決まっていないと打ち明ける場面でも、「サンデー毎日」の新聞広告を見せるギャグ(つまり自分は、実は毎日が休日状態だと)。因みに、「サンデー毎日」は1922(大正11)年)に「週刊朝日」と並んで創刊された日本で最も歴史の長い総合週刊誌になります(「週刊朝日」は創刊101年後の2023年をもって休刊となった)。
途中、客として訪れたカフェで、夫に内緒で働いている奥さんを見てしまったりするハプニングもあったりして(カフェの先客で、その奥さんに「君は最近新しく入った子か」などと声掛けしているのは笠智衆)、最後は、女房の健気さに勇気づけられて主人公は発奮、「受付ならば」と言われて頭にきて辞去した会社を再訪し、「受付でも何でもやります」と―(それまで"雨天休業"だった主人公がどしや降りの日に出掛けていくところもミソ。見送る田中絹代が可憐)。
いい話に纏め過ぎている感じもしますが、まあ、そういう映画なのでしょう。当時の若者にリアルタイムでエールを送った作品とも言えるのでは。
昨今の新卒就職難と比べると、厚生労働省と文部科学省が、全国の大学や短大など112校の6250人の学生を抽出して、その就職内定率を調査した結果によれば、2011年3月に4年制大学を卒業した学生の就職内定率は4月1日の時点で91.1%と過去最悪とのこと(この調査の数字は"甘め"に出るとの批判もあるが、それでも90%を超えている)、この"過去最悪"とは、同統計を取り始めてからの"過去最悪"であって、昭和初期にはもっと厳しい時代があったのだなあと。
田中 絹代
留吉(渡辺篤)と芳造(吉谷久雄)は、親しい仕事仲間、貧しいゆえに2人でルームシェアをしているトラック運転手である。あるとき偶然、身寄りのない娘・お美津(浪花友子)と出逢う。住むところのないお美津が2人の長屋に転がり込み、お美津はかいがいしく家事をしてくれるが、2人の男の間では、恋の鞘当てが始まる。やがて、留吉・芳造の長屋の近くに住む学生・岡村(結城一朗)と、お美津が相思相愛であったのだ、という現実を、留吉・芳造は知ることとなる。お美津と岡村をさわやかに見送る留吉・芳造であった(「Wikipedia」より)。
これも元々は77分の作品でありながら、デジタル復元版で現在観ることができるのは当時家庭用に編集された14分の短縮版です(「小津安二郎 名作セレクションV」に所収)。男同士の二人暮らしのところへ若い女性が居ついて、2人が彼女を巡って牽制し合うも、最後はその女性に好きな人が出来て...というこの展開は、リチャード・ウォレスの喜劇映画「喧嘩友達」('27年)をベースにしているということで(タイトルに「和製」とつくのはそのため)、脚本の野田高梧(1893‐1968)が小津と組むのは「懺悔の刃」('27年)に次いで2作目。結局、小津の遺作「秋刀魚の味」('62年)までの付き合いとなるわけですが、この頃、小津は満25歳、野田高梧は満35歳
と若く(主演の渡辺篤は満31歳、吉谷久雄は満25歳、浪花友子は満20歳、結城一朗は満24歳と出演者も皆若いのだが)、とりわけ小津の監督としての若さが光るとともに、彼の出自が喜劇であることを改めて感じさせる作品となっています。

因みに、「大学は出たけれど」の高田稔と「和製喧嘩友達」の吉谷久雄(ハンチングを被った小柄な方)は、翌年の同じく小津作品である「朗かに歩め」('30年/松竹蒲田)でヤクザ仲間の役で共演します(就職が決まらない学生とトラック運転手のそれぞれ次の役がチンピラ役かあ。こちらはヤクザ稼業から足を洗おうとする男たちの話であり原作は清水宏)。
田中絹代・笠智衆 in「大学は出たけれど」('29年/松竹蒲田) 笠智衆はカフェの客の役

「大学は出たけれど」●制作年:1929年●監督:小津安二郎●脚本:荒牧芳郎●撮影:茂原英朗●原作:清水宏●活弁:松田春翠●時間:70分(現存11分)●出演:高田稔/田中絹代/鈴木歌子/日守新一/大山健二/木村健二/飯田蝶子/坂本武/笠智衆/筑波雪子/小藤田正一●公開:1929/09●配給:松竹蒲田(評価:★★★☆)
「和製喧嘩友達」●制作年:1929年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧●撮影:茂原英朗●原


長崎沖・伊王島の炭鉱労働者・風見精一(30歳)(井川比佐志)は、炭鉱閉山で転職を余儀なくされ、自らの夢であった北海道での牧場経営に乗り出したいと願う。妻の民子(25歳)(倍賞千恵子)は当初反対するが、長男(3歳)長女(1歳)の子供2人を連れて一緒に入植することに。精一の父である源蔵(65歳)(笠智衆)を広島県福山市に住む次男の力(前田吟)と同居させる予定だったが、訪ねてみると力の家は源蔵を同居させる状態になく、民子が精一と源蔵を説得し一緒に北海道へ向かうことに。家族5人はまず大阪へ向かい、そこで開催直後の大阪万博を見物に出かけ、その日の内に新幹線に乗り込み東京へ。
東京駅から上野駅に移動し、更に青森行きの夜行に乗る予定だったが、子2人のうち赤ん坊の方の様子が急変、上野の旅館に入り病院を探すが手遅れで死んでしまう。荼毘に付すために東京に2泊し、精一と民子が夫婦喧嘩をする険悪なムードの中、家族は夜行で青森に向かい、青函連絡船で函館に、それからまた長い列車の旅を経てやっと中標津に辿り着く。翌日、近所の人達が歓迎会を開いてくれた時、「炭坑節」を気持ちよく歌った源蔵は、その夜布団の中で静かに息を引き取る―。
え、その中で消えていく命もあれば新たに生まれる命もあるという、今思えばそういう作品だったのだなあと(年齢がいって観ると、段々いい作品に思えてくる...)。
全体にドキュメンタリータッチで撮られていて、演技陣は難しい演技を強いられていたのではないかと思いましたが、この夫婦は旅程でしばしば険悪な雰囲気になる(これだけツライ目に合えば愚痴も出るか)その加減にリアリティがあり、その中でも倍賞千恵子の演技は秀逸。
この作品を見ていると、倍賞千恵子は「男がつらいよ」シリーズがあんなに長く続かなければ、もっと違った作品に出る機会もあったのではないかという気もしましたが、「故郷」('72年)、「同胞(はらから)」('75年)、「遙かなる山の呼び声」('80年)などシリーズの合間に撮られた山田洋次作品に主演しています。この内、「家族」「故郷」「遙かなる山の呼び声」での役名は同じ"民子"であるため、小津安二郎監督が原節子を"紀子"という役名で起用した紀子3部作(「晩春」('49年)、「麦秋」('51年)、「東京物語」('53年))に対して「民子3部作」と呼ばれ(「遙かなる山の呼び声」の舞台は"家族"が目指した中標津)、また、漢字2文字の作品とし
て「家族」「故郷」「同胞」を山田・倍賞コンビの3部作と呼ぶこともあるようです。
「家族」●制作年:1970年●監督:山田洋次●脚本:山田洋次/宮崎晃●撮影:高羽哲夫●音楽:佐藤勝●時間:106分●出演:井川比佐志/倍賞千恵子/木下剛志/瀬尾千亜紀/笠智衆/前田吟/富山真沙子/竹田一博/池田秀一/塚本信夫/松田友絵/花沢徳衛/森川信/ハナ肇とクレージーキャッツ/渥美清/松田友絵/春川ますみ/太宰久雄/梅野泰靖/三崎千恵子●公開:1970/10●配給:松竹●最初に観た場所(再見):京橋・フィルムセンター(10-01-21)(評価:★★★★)




1954(昭和29)年・第7回「野間文芸賞」受賞作。
『山の音』は、「改造文芸」の1949(昭和24)年9月号に「山の音」として掲載したのを皮切りに、「群像」「新潮」「世界春秋」などに「雲の炎」「栗の実」「島の夢」「冬桜」「朝の水」「夜の声」「春の鐘」などといった題名で書き継がれて、1954年に完結、同年4月に単行本『山の音』として筑摩書房から刊行されたもので、作家の50歳から55歳にかけて
の作品ということになりますが、山本健吉の文庫解説によれば、「川端氏の傑作であるばかりでなく、戦後日本文学の最高峰に位するものである」と。三島由紀夫も、『山の音』を川端作品のベストスリーの首位に挙げることを当然とし、中村光夫は、主人公の変遷の観点から、『伊豆の踊子』、『雪国』がそれぞれ作者の「青春の象徴」、「中年の代表」をしているとすれば、『山の音』には、「川端康成の老年の姿」が描かれているとしています。
この作品は映画化されていて('54年/東宝)、個人的にはCS放送であまり集中できない環境でしか観ていないので十分な評価は出来ないのですが(一応星3つ半)、監督は小津安二郎ではなく成瀬巳喜男ということもあり、それなりにどろっとしていました(小津安二郎の作品も実はどろっとしているのだという見方もあるが)。
62歳の信吾を演じた山村聰(1910‐2000)は当時44歳ですから、「東京物語」の笠智衆(当時49歳)以上の老け役。息子・修一役の上原謙(1909‐1991)が当時45歳ですから、実年齢では息子役の上原謙の方が1つ上です。
そのためもあってか、原節子(1920‐2015)演じる菊子が舅と仲が良すぎるのを嫉妬して修一が浮気に奔り、また、菊子を苛めているともとれるような、それで、ますます信吾が菊子を不憫に思うようになる...という作りになっているように思いました(菊子が中絶しなければ、夫婦関係の流れは変わった
この作家は、こうした家族物はお

「山の音」●制作年:1954年●監督:成瀬巳喜男●製作:小林一三●脚本:水木洋子●撮影:玉井正夫●音楽:斉藤一郎●原作:川端康成「山の音」●時間:94分●出演:原節子/上原謙/山村聡/長岡輝子/杉葉子/丹阿弥谷津子/中北千枝子/金子信雄/角梨枝子/十朱久雄/北川町子/斎藤史子/馬野都留代●公開:1954/01●配給:東宝●評価:★★★☆ 










「お葬式」('84年/ATG)で映画界に旋風を巻き起こした伊丹十三監督でしたが、個人的には続く第2作「

趣旨のことを後に述べていますが、確かに、鬼沢さえも黒幕に操られている駒の1つに過ぎなかったという展開は重いけれども、ラストは前作の方がスッキリしていて個人的には「1」の方がカタルシス効果が高かったかなあ。監督自身は、高い娯楽性と巨悪の存在を一般に知らしめることとの両方を目指したのでしょう。




「県庁の星」●制作年:2006年●監督:西谷弘●製作:島谷能成/
亀山千広/永田芳男/安永義郎/細野義朗/亀井修朗●脚本:佐藤信介●撮影:山本英夫●音楽:松谷卓●原作:桂望実「県庁の星」●時間:131分●出演:織田裕二/柴咲コウ/佐々木蔵之介/和田聰宏/紺野まひる/奥貫薫/井川比佐志/益岡徹/矢島健一/山口紗弥加/ベンガル/酒井和歌子/石坂浩二●公開:2006/02●配給:東宝(評価:★★★)


「スーパーの女」●制作年:1996年●監督・脚本:伊丹十三●製作:伊丹プロダクション●撮影:前田米造/浜田毅/柳島克巳/高瀬比呂志●音楽:本多俊之●原作:安土敏「小説スーパーマーケット」●時間:127分●出演:宮本信子/津川雅彦/三宅裕司/小堺一機/伊東四朗/金田龍之介/矢野宣/六平直政/高橋長英/あき竹城/松本明子/山田純世/柳沢慎吾/金萬福/伊集院光●公開:1996/06●配給:東宝(評価:★★★★)
「お葬式」●制作年:1984年●監督・脚本:伊丹十三●製作:岡田裕/玉置泰●撮
影:前田米造●音楽:湯浅譲二●時間:124分●出演:山
崎努/宮本信子/菅井きん/財津一郎/大滝秀治/江戸家猫八/奥村公廷/藤原釜足/高瀬春奈/友里千賀子/尾藤イサオ/岸部一徳/笠智衆/津川雅彦/佐野浅/小林薫/長江英和/井上陽水●公開:1984/11●配給:ATG●最初に観た場所:池袋日勝文化 (85-11-04)(評価:★★★☆)●併映「逆噴射家族」(石井聰互)




「マルサの女」●制作年:1987年●監督・脚本:伊丹十三●製作:玉置泰/細越省吾●撮影:前田米造●音楽:本多俊之●時間:127分●出演:宮本信子/山崎努/津川雅彦/大地康雄/桜金造/志水
季
里子/松居一代/室田日出男/ギリヤーク尼ヶ崎/柳谷寛/杉山とく子/佐藤B作/絵沢萠
子/山下大介/橋爪功/伊東四朗/小沢栄太郎/大滝秀治/芦田伸介/小林桂樹/岡田茉莉子/渡辺まちこ/山下容里枝/小坂一也/打田親五/まる秀也/ベンガル/竹内正太郎/清久光彦/汐路章/上田耕一●公開:1987/02●配給:東宝





徹他/マッハ文朱/加藤善博/浅利香津代/村井のりこ/岡本麗/矢野宣/笠智衆/上田耕一/中村竹弥/小松方正●公開:1988/01●配給:東宝●最初に観た場所:新宿シネパトス (88-03-12)(評価:★★★☆)●併映「マルサの女」(伊丹十三)




「祭りの準備」('75年/ATG)は、昭和30年代の高知を舞台に、1人の青年がしがらみの多い土地の人間関係に圧迫されながらも巣立っていく姿を描いた青春映画で、主人公(江藤潤)が信用金庫に勤めながらシナリオライターになることを夢見ていることからも窺えるように、原作は中島丈博の自伝的小説であり、監督は'06年に亡くなった黒木和雄です。


青年がシナリオを書くとセックス描写が頻出し、左翼かぶれの"心の恋人"に「労働者階級をもっときちんと描くべきで、どうしてセックスのことばかり書くの」となじられる始末。そのくせ、彼女はオルグの男性にフラれると、宿直中の青年に夜這いして来て、そこで小火(ボヤ)事件が起きてしまうという、青年同様に彼女自身、青春の混沌の中でちょっと取りとめが無い状態になっています。
こんな状況から脱したいという青年の気持ちがよく分かり、その旅立ちを駅のホームで列車に伴走しながら万歳して見送る、青年の隣家の泥棒一家「中島家」の次男で殺人の容疑をかけられ逃亡の身の男「中島利広」を演じているのが原田芳雄(1940-2011)で、

竹下景子(1953年生まれ、当時22歳)の映画デビュー2作目、主演級は初で、桂木梨江(1955年生まれ、当時20歳)も映画デビュー2作目。この作品は竹下景子のヌードシーンで話題になることがありますが、主人公の青年に夜這いした際の下着姿と引き続く火事の炎の向こうにチラッと見える全裸(半裸?)姿程度で(この頃の彼女は結構コロコロ体型、よく言えばグラマラスだった)、この後清純派で売り出し、"お嫁さんにしたい
女性No.1"などと言われたために以降全くスクリーン上では脱がなくなり(「天の花と実」('77年/テレビ朝日)ではヌードを拒否した)、そんな経緯もあって「祭りの準備」のこのシーンの付加価値が出たのかも? むしろ、この作品で大胆なヌードを見せたのは「中島家」の末娘で男達の性欲の捌け口となっている狂女を演じた桂木梨江の方で、彼女はこの演技で第18回ブルーリボン賞新人賞、第49回キネマ旬報ベスト・テン助演女優賞にノミネートされています。

長崎の軍艦島から漫画家を志望して上京し、遊園地の修理工場で働いている主人公の二十歳の松岡純(江藤潤)は、恋人がいながらその手さえ握らず、通勤電車の中で痴漢行為に耽ける―漫画家を志望で軍艦島から東京に出てきたというところが、脚本家志望で高知・四万十から都会へ行こうとする「祭りの準備」の主人公と似ていますが、ラストまでのプロセスが観ていて気が滅入るくらい暗くて(痴漢行為に耽っているわけだから明るいはずはないが)、脇を固めている俳優陣は非常にリアリティのある演技をしていたものの、イマイチ自分の肌には合わなかったなあ(リアリティがあり過ぎて?)。江藤潤はやはり「祭りの準備」の彼が良かったように思います(「純」はどうして海外でウケたのだろう。外国人には痴漢が珍しいのかなあ。そんなことはないと思うが、クロード・ガニオン監督の「Keiko」('79年/ATG)でも冒頭に痴漢シーンがあった)。
女優のデビュー時乃至デビュー間もない頃のスクリーン・ヌードという点では、「高校生ブルース」('70年/大映)の関根(高橋)惠子(1955年生まれ、当時15歳)、「旅の重さ」('72年/松竹)の高橋洋子(1953年生まれ、当時19歳)、「十六歳の戦争」('73年制作/'76年公開)の秋吉久美子(1954年生まれ、当時19歳)、「恋は緑の風の中」('74年/東宝)の原田美枝子(1958年生まれ、当時15歳)、「青春の門(筑豊篇)」('74年/東宝)の大竹しのぶ(1957年生まれ、当時16歳)、「はつ恋」('75年/東宝)の仁科明子(亜季子)(1953年生まれ、当時22歳)などがありますが(これらの中では、関根惠子と原田美枝子の15歳が一番若くて、仁科明子の22歳が竹下景子と並んで一番遅いということになる)、個人的には、'05年に亡くなった岡本喜八監督の「肉弾」('68年/ATG)の大谷直子(1950年生まれ、当時17歳)が鮮烈でした。

この「肉弾」という作品は、特攻隊員(寺田農)を主人公に据え(「肉弾」とは「肉体によって銃弾の様に敵陣に飛び込む攻撃」のこと)、戦争の悲劇というテーマを扱っていながら、コミカルで悲壮感を(一応は)表に出していないという変わった映画で、映画
自体は、太平洋に漂流するドラム岳の中で魚雷を抱えている(ある意味、既に死んでいる)主人公の回想という形で進行し、主人公が1日だけの外出許可日に古本屋に行くつもりが思わず女郎屋に駆け込んでしまい、そこにいたセーラー服姿の肥溜めに咲いた一輪の白百合のような少女と防空壕の中で結ばれるという、その少女の役が映画初出演の大谷直子でした(その後、NHKの朝の連ドラ「信子とおばちゃん」('69年)でTVデビュー)。
笑えないなあ。岡本監督はその後も自らと同年代の戦中派の心境を独特のシニカルな視点で描き続けますが、「独立愚連隊」('59年)とこの「肉弾」は、そのルーツ的な作品でしょう。「日本のいちばん長い日」('67年)のようなオールスター大作を撮った後に、私費を投じてこのような自主製作映画のような作品を撮っているというのも凄いことだと思います。

「祭りの準備」●制作年:1975年●監督:黒木和雄●製作:大塚和/三浦波夫●脚本:中島丈博●撮影:鈴木達夫●音楽:松村禎三●原作:中島丈博●時間:117分●出演:江藤潤/馬渕晴子/ハナ肇/浜村純/竹下景子/原田芳雄/杉本美樹/桂木梨江/石山雄大/三戸部スエ/絵沢萠子/原知佐子
/真山知子/阿藤海/森本レオ/斉藤真/芹明香/犬塚弘/湯沢勉/瀬畑佳代子/夏海千佳子/石津康彦/下馬二五七/福谷強/中原鐘子/柿谷吉美●公開:1975/11●配給:ATG●最初に観た場所:飯田橋・ギンレイホール(78-07-25)(評価:★★★★☆)●併映:「


高田昭●音楽:一柳慧(1933-2022)●時間:88分●出演:江藤潤/朝加真由美/中島ゆたか/榎本ちえ子/赤座美代子/山内恵美子/田島令子/橘麻紀/花柳幻舟/原良子/江波杏子/小松方正/深江章喜/大滝秀治/安倍徹/小坂一也/小鹿番/
今井健二/森あき子/田中小実昌●公開:1980/12●配給:東映セントラルフィルム●最初に観た場所:新宿昭和館(83-05-05)(評価:★★☆)●併映:「

7月13日新宿3丁目にオープン(前身は1932年開館の洋画上映館「新宿昭和館」)。1956年、昭和館地下劇場オープン。2002(平成14)年4月30日 建物老朽化により閉館。跡地にSHOWAKAN-BLD.(昭和館ビル)が新築され、同ビル3階にミニシアター「K's cinema」(ケイズシネマ)がオープン(2004(平成16)年3月6日)。 

「肉弾」●制作年:1968年●監督・脚本:岡本喜八●撮影:村井博●音
楽:




晃一(主題歌「冬物語」作詞:

寺田農 2024年3月14日未明、肺がんのため81歳で死去。代表作「肉弾」など。出演作「.jpg)





森田芳光(1950-2011)監督・脚本の「家族ゲーム」('83年/ATG)は、家族が食卓に横一列に並んで食事するシーンなど凝ったカットの多い作品でしたが、個人的には、川沿いの団地へ松田優作(1949‐1989/享年40)が演じる家庭教師が小舟に乗って赴く冒頭シーンと、教え子が無事に志望校に合格した後の家族全員の食事の席で、その家庭教師が食卓をぐちゃぐちゃにしてしまうラストが印象的でした。




みではなかったでしょうか。「セーラー服と機関銃」('82年/角川春樹事務所)では相米慎二(1948-2001)監督の魔術的演出に救われていましたが、「探偵物語」では、岸田今日子のような演技達者を起用して脇を固めようとしてはいるものの、そんな演技未熟の薬師丸ひろ子を相手に演技している松田優作の苦闘ぶりが目につきました。玉川大学文学部就学のため一時芸能活動を休止していた薬師丸ひろ子の復帰第一弾を角川事務所が企画した作品であり、あくまでも薬師丸ひろ子が主人公の探偵(ごっこ)物語であって、脇だけ固めても主役があまりに未熟では...。それでも映画はヒットし、ラストの新東京国際空港での松田優作と薬師丸ひろ子の"身長差30センチ"キスシーンは当時話題となったのは、彼女がアイドルとしていかに人気があったかということでしょう。松田優作に関して言えば、TV版の方がハードボイルド・ヒーローでありながらずっこけたような面があるという点で、より"優作らしい"演技だったと言えるかも。
役で蜷川幸雄(1935-2016)が出演し、実際に劇中劇の演出も担当しています。三田佳子がベテランらしい渋い演技を見せ(日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞)、薬師丸ひろ子もそれに触発され
演技開眼したのか、そう悪くない演技でした(高木美保の映画デビュー作でもあり、主人公を陥れようとする敵役だった)。夏樹静子の原作は、その後、テレビドラマとしてそれそれアレンジされながら繰り返し作られることとなります('83年TBS(秋吉久美子主演)、'86年フジテレビ(高峰三枝子主演)、'01年テレビ東京(名取裕子主演)、'10年TBS(菅野美穂主演)、'12年テレビ朝日(武井咲主演))。
因みに、「探偵物語」と「Wの悲劇」の併映作品はそれぞれ「時をかける少女」('83年/角川春樹事務
所)、「天国にいちばん近い島」('84年/角川春樹事務所)でした。共に大林宣彦監督、原田知世主演で、「時をかける少女」は、原作は筒井康隆が学習研究社の「中三コース」1965(昭和40)年11月号にて連載開始し、「高一コース」1966(昭和41)年5月号まで全7回掲載したものであり、原田知世の映画デビュー作でした。
配役発表の時点では原田知世は当時圧倒的人気を誇っていた薬師丸ひろ子
のアテ馬的存在でしたが、「時をかける少女」一作で薬師丸ひろ子と共に角川映画の二枚看板の一つになっていきます。「時をかける少女」は筒井康隆の原作の舞台を尾道に移して、大林監督の「尾道三部作」(他の2作は「転校生」「さびしんぼう」)の第2作目という位置づけになっていますが、後に「SFジュブナイルの最高傑作」とまで言われるようになった原作に対し、原田知世の可憐さだけでもっている感じの映画になってしまった印象がなくもない作品でした。
「尾道三部作」の中でいちばんの秀作と思われる「転校生」('82年/松竹)に比べるとやや落ちるでしょうか。「転校生」は、原作は山中恒(この人も「高一コース」とかにちょっとエッチな青春小説を連載していた)の『おれがあい
神社の階段から転げ落ち、そのはずみで心と身体が入れ替わってしまう話ですが、二人が入れ替わるまでをモノ
クロで、入れ替わってからはカラーで描き分け、また8ミリ映像も効果的に挿入しながら、古き良き町・尾道を魅力的に活写していました。この作品にはまだ、自主制作映画のようなテイストがあったなあ。第4回「ヨコハマ映画祭」作品賞受賞作(田中小実昌(1925-2000)が「喜劇映画ベスト10」に選んでいたことがある)。
れていない」としていますが、(昨年['08年]7月にCXで2度目のテレビ放映されたのを観た)個人的感想は筒井氏の前者と富野氏の後者に近いでしょうか。主人公たちの「告白したい!」という台詞が「SEXしたい!」と自分には聞こえるとまで富野由悠季は言い切りましたが、鋭い指摘だと思います('10年に更にそのアニメの実写版のリメイクが作られている(主演はアニメ版の主人公の声を務めた仲里依紗)。'16年に日本テレビでテレビドラマ化された「時をかける少女」はまたオリジナルに戻っている(主演は黒島結菜)。テレビドラマ化はこれが5回目になる)。
「Wの悲劇」の併映作品だった「天国にいちばん近い島」は、個人的にはイマイチもの足りない映画でしたがこれもヒットし、舞台となったニューカレドニアに初
めてリゾート・ホテルが建ったとか(バブルの頃で、日本人観光客がわっと押しかけた)。原作者・森村桂(1940-2004)が行った頃はリゾート・ホテルなど無かったようです。舞台は美しいけれど、バブルは崩壊したし、原作者が自殺したということもあって、今となってはちょっと侘しいイメージもつきまとってしまいます(森村桂の自殺の原因はうつ病とされている)。![それから [DVD].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E3%81%9D%E3%82%8C%E3%81%8B%E3%82%89%20%5BDVD%5D.jpg)
「家族ゲーム」の後、松田優作が森田芳光監督と再び組んだ「それから」('85年/東映)は、評論家の評価は高かったですが(松田優作は文芸作品はこれが初めてではなく、「家族ゲーム」「探偵物語」の前年、泉鏡花原作、鈴木清順監督の「
森田芳光監督には、「の・ようなもの」('81年/N.E.W.S.コーポレーション)というある若手の落語家の日常と恋を描いた劇場用映画デビュー作があり、映画のつくりそのものはやや荒削りな面もありましたが、落語家の世界の描写に関しては丹念な取材の跡がみてとれ(森田監督は日大落研出身)、落語家志望の青年に扮する伊藤克信のとぼけた個性もいいし、彼が通うソープ嬢エリザベス役の秋吉久美子も"軽め"のしっとりした演技で好演しています(第3回「ヨコハマ映画祭」作品賞受賞作)。

「愛と平成の色男/バカヤロー!2 幸せになりたい。」


鈴木保奈美はカネボウのCMモデル、財前直美は東亜国内航空の沖縄キャンペーンガール、鈴木京香はカネボウの水着キャンペーンガール出身。少女モデルから歌手になった武田久美子は中学生時代の1981年11月、東大駒場祭「第2回東大生が選ぶアイドルコンテスト'81」に自身で応募し、総数1263人の中で優勝、「東大生が選んだアイドル」として一時人気を博し、後に「
「タクシードライバー」とも言われたが、個人的にはよくわからなくてイマイチ)。それが、昭和が終わったこの年に刊行された"貝殻ビキニ"の写真集が売れに売れて人気復活。この頃は、CMもグラビアも撮影と言えば3泊4日でハワイでというのが当たり前のバブル期でした。時の流れを感じますが、武田久美子だけ今もって肉体派路線を継続中? 「
監督(第4話)の山田邦子が再就職に苦戦するハイミスに扮した「女だけがトシとるなんて」が良かったように思います。あとの2話は、本田昌広監督(第1話)の小
林稔侍が家族のためにとったニューカレドニア旅行のチケットを会社から顧客に回すように言われた旅行代店社員を演じた「パパの立場もわかれ」と、堤真一が深夜の
コンビニでバイトしてお客の扱いで頭を悩ますうちに妄想ノイローゼになっていく男を演じた鈴木元監督(第二話)の「こわいお客様がイヤだ」(堤真一にとっては初主演映画。他に爆笑問題の太田光・田中裕二が映画初出演、太田光は後に「バカヤロー!4」('91年)の第1話を監督している)でした。
秋吉久美子は柳町光男監督の「
優陣が惜しげもなく脱いでいますが、スラップスティク・コメディ調であるためにベタベタした現実感がなく、さらっと乾いた感じの作品に仕上がっています(ただ、原作のシュールな雰囲気までは出し切れていないか)。秋吉久美子って「70年代」というイメージのある女優ですが、80年代の作品を観ても、演技の幅が広かったなあと改めて思わされます。

「家族ゲーム」●制作年:1983年●監督・脚本:森田芳光●製作:佐々木志郎/岡田裕/佐々木史朗●撮影:前田米造●原作:本間洋平「家族ゲーム」●時間:106分●出演:松田優作/





三樹夫/山西道広/竹田かほり/ナンシー・チェニー/平田弘美/橘雪子/重松収/倍賞美津子/佐藤蛾次郎/中島ゆたか/片桐竜次/草薙幸二郎/清水宏/広京子/川村京子/三原玲奈/真辺了子/戸浦六宏/熊谷美由紀(松田美由紀)●放映:1979/09~1980/04(全27回)●放送局:日本テレビ



「探偵物語」●制作年:1983年●監督:根岸吉太郎●製作:角川春樹●脚本:鎌田敏夫●撮影:
仙元誠三●音楽:加藤和彦(主題歌:薬師丸ひろ子)●原作:赤川次郎●時間:106分●出演:薬師丸ひろ子/松田優作/秋川リサ/岸田今日子/北詰友樹/坂上味和/藤田進/中村晃子/鹿内孝/荒井注/蟹江敬三/財津一郎/三谷昇/林家木久蔵/ストロング金剛/山西道広/清水昭博/榎木兵衛/加藤善博/草薙良一/清水宏●公開:1983/07●配給:角川春樹事務所●最初に観た場所:東急名画座 (83-07-17)(評価:★★☆)●併映:「時をかける少女」(大林宣


彦) 東急名画座 (東急文化会館6F、1956年12月1日オープン、1986年〜渋谷東急2) 2003(平成15)年6月30日閉館![Wの悲劇 [DVD].jpg](/book-movie/archives/Wの悲劇 [DVD].jpg)
子/世良公則/三田村邦彦/仲谷昇/高木美保/蜷川幸雄/清水浩治/内田稔/草薙二郎/南美江/絵沢萠子/藤原釜足/香野百合子/志方亜紀子/幸日野道夫/西田健/堀越大史/渕野俊太/渡瀬ゆき●公開:1984/12●配給:東映/角川春樹事務所●最初に観た場所:新宿武蔵野館 (85-01-15)(評価:★★★★)●併映:「天国にいちばん近い島」(大林宣彦)

「時をかける少女」●制作年:1983年●監督:大林宣彦●製作:角川春樹●脚本:剣持亘●撮影:前田米造●音楽:松任谷正隆(主題歌:原田知世(作詞・作曲:松任谷由実))●原作:筒井康隆●時間:104分●出演:原田




「転校生」●制作年:1982年●監督:大林宣彦●製作:森岡道夫/大林恭子/多賀祥介●脚本:剣持亘●撮影:阪本善尚●原作:山中恒「おれがあいつであいつがおれで」●時間:112分●出演:尾美としのり/小林聡美/佐藤允/樹木希林/宍戸錠/入江若葉/中川勝彦/井上浩一/岩本宗規/大
山大介/斎藤孝弘/柿崎澄子/山中康仁/林優枝/早乙女朋子/秋田真貴/石橋小
百合/伊藤美穂子/加藤春哉/鴨志田和夫/鶴田忍/人見きよし/志穂美悦子●公開:1982/04●配給:松竹●最初に観た場所:大井武蔵野舘 (83-07-17)●2回目:テアトル吉祥寺 (84-02-11)(評価:★★★★☆)●併映(1回目):「の・ようなもの」(森田芳光)/「ウィークエンド・シャッフル」(中村幻児)●併映(2回目):「家族ゲーム」(森田芳光)
「時をかける少女(アニメ)」●制作年:2006年●監督:細田守●製作:渡邊隆史/齋藤優一郎●脚本:奥寺佐渡子●音楽:吉田潔●原作:筒井康隆●時間:98分●声の出演:仲里依紗/石田卓也/板倉光隆/原沙知絵/谷村美月/垣内彩未/関戸優希子●公開:2006/07●配給:角川ヘラルド映画(評価:★★☆)








セー尾形/森尾由美/羽賀研二/
川上麻衣子/遠藤京子/泉じゅん/一の宮あつ子/小林勝彦/佐原健二/加藤和夫/水島弘/小林トシエ/佐藤恒治/伊藤洋三郎●公開:1985/07●配給:東映●最初に観た場所:新宿ミラノ座 (85-11-17)(評価:★★☆)








「愛と平成の色男」●制作年:1989年●監督・脚本:森田芳光●製作:鈴木光●撮影:仙元誠三●音楽:野力奏一●時間:96分●出演:石田純一/鈴木保奈美/財前直見/武田久美子/鈴木京香/久保京子/桂三木助/佐藤恒治●公開:1989/07●配給:松竹●最初に観た場所:渋谷松竹(89-07-15)(評価:★☆)●併映:「バカヤロー!2」(本田昌広/鈴木元/岩松了/成田裕介、製作総指揮・脚本:森田芳光)



「シャッフル」●制作年:1981年
●監督・脚本:石井聰亙(石井岳龍)●製作:秋田光彦●撮影:笠松則通●音楽:ヒカシュー●原作:大友克洋●時間:34分●出演:中島陽典/森達也/室井滋/武田久美子●公開:1981/12(1983)●配給:ATG●最初に観た場所:大井ロマン(89-07-15)(評価:★★☆)●併映:「レッドゾーン」(神有介)
「バカヤロー!2 幸せになりたい。」●制作年:1989年●製
作総指揮・脚本:森田芳光●監督:本田昌広(第1話「パパの立場もわかれ」)/鈴木元(第2話「こわいお客様がイヤだ」)/岩松了(第3話「新しさについて
いけない」)/成田裕介(第4話「女だけがトシとるなんて」)●製作:鈴木光●撮影:栢原直樹/浜田毅●音楽:土方隆行●時間:98分●出演:(第1話)小林稔侍/風吹ジュン/高橋祐子/橋爪功/(第2話)堤真一/金子美香/イッセー尾形/太田光/田中裕二/金田明夫/島崎俊郎/銀粉蝶/ベンガル/宮田早苗(第3話)藤井郁弥/荻野目慶子/尾
美としのり/柄本明/佐藤恒治/竹中直人/広岡由
里子/(第4話)山田邦子/香坂みゆき/辻村真人/水野久美/加藤善博/桜金造●公開:1989/07●配給:松竹●最初に観た場所:渋谷松竹(89-07-15)(評価:★★★)●併映:「愛と平成の色男」(森田芳光)













○エノケンのちゃっきり金太('37年、山本嘉次郎)
富野「僕が細田監督の『時かけ』の嫌な点は、現代の高校生を安易に描いているんじゃないのかと。主人公たちの『告白したい!』という台詞が『SEXしたい!』と僕には聞こえるんです。ただの風俗映画になっているんじゃないかという危うさを感じるんです。アニメという実写映画以上に記号的なものを使って、映画的構造の中で単に風俗映画にしてしまうのはもったいないぞと。作品としてスタイリッシュな分、若者たちが無批判で受け入れてしまう可能性があるわけです。ウラジミール・ナブコフの小説を原作にした『ロリータ』('62)や文化革命を背景にした『

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野村芳太郎(1919‐2005)監督、橋本忍・山田洋次脚本による映画化作品('74年/松竹)は、他の野村監督作品と比較しても、また同じ時期に映画化された他の松本清張原作のものと比べても比較的良い出来だったと思います(個人的には同監督の
加藤剛が演じた〈和賀英良〉は、
ただし、幼児期の暗い記憶や、自分をいじめた社会に対しての見返してやるという登場人物のリベンジ・ファクターが清張作品ならではのものだと思うのですが、どこまで映像で表現されていただろうかという気もします。テレビ版では「ハンセン病」というファクターを抜いてしまっているので、なおさらに原作とのギャップを感じざるを得ませんでした。
個人的には、この小説が今まで読んだ清張作品の中で一番だとは思わないし、「ハンセン病」に対する偏見を助長したという批判までありますが、作者の代表的な傑作作品であることに異存はなく、結末を知ったうえでも原作を読む価値はあると思います。
「砂の器」●制作年:1974年●製作:橋本忍/佐藤正之/三嶋与四治●監督:野村芳太郎●脚本:橋本忍/山田洋次●音楽:芥川也寸志●原作:松本清張●時間:143分●出演:丹波哲郎/森田健作/加藤剛/加藤嘉/緒形拳/山口果林/島田陽子/佐分利信/渥美清/笠智衆/夏純子/松山省二/内藤武敏/春川ますみ/花沢徳衛/浜村純/穂積隆信/山谷初男/菅井
きん/殿山泰司/加藤健一/春田和秀/稲葉義男/信欣三/松本克平/ふじたあさや/野村昭子/今井和子/猪俣光世/高瀬ゆり/後藤陽吉/森三平太/今橋恒/櫻片達雄/瀬良明/久保
晶/中本維年/松田明/西島悌四郎/土田桂司/丹古母鬼馬二●劇場公開:1974/10●配給:松竹●最
初に観た場所:池袋文芸地下(84-02-19) (評価★★★★)●併映:「球形の荒野」(貞永方久)







京野ことみ/永井大/
かつて旅回りの役者だった喜八(渥美清)は、一人娘の小春(有森也実)と二人で長屋暮らし。小春は浅草「帝国館」で人気の売り子として働いていた。ある日、小春の噂を聞きつけた映画監督の小倉(すまけい)がスカウトに来たことで
、小春は女優への道に。小春は見学に行った撮影現場で看護婦の役を与えられたが、いきなりのことで散々な結果となる。意気消沈した小春は女優を諦めようとするが、思いを寄せる助監督の島田(中井貴一)が説得し、大部屋女優として歩み始めた―。
1986年公開の「松竹大船撮影所」50周年記念作品で、1920(大正9)年から大船に移転する1936(昭和11)年まで映画を作り続けた「松竹蒲田撮影所」が舞台。製作の契機としては、松竹映画の象徴である「
脚本に井上ひさし、山田太一が加わる力の入れ様で、「蒲田行進曲」をライバル視しつつも「蒲田行進曲」に出ていた松坂慶子や平田満まで出ているオールスターキャスト、「男はつらいよ」シリーズの製作を1回飛ばしてこちらに注力しているので、渥美清、倍賞千恵子、前田吟、下條正巳、三崎千恵子、笠智衆、佐藤蛾次郎など「男はつらいよ」のレギューラーが総出演(当時15歳の吉岡秀隆は、倍賞千恵子と前田吟の夫婦の間の子の役で、役名もそのまま「満男」)、すまけい、笹野高史、美保純など凖レギューラー、毎回ノンクレット出演の出川哲朗も含め「男はつらいよ」から全員引っ越してきたという感じです。
一方で、浅草の映画館の売り子からスター女優になる主役の「田中小春」役を「
松坂慶子が演じる、突然の逐電で主役を降板し、小春にチャンスをもたらすことになる川島澄江は、岡田嘉子(1902-1992)がモデル(1927(昭和2)年3月27日、主役を務める「椿姫」(村田実監督)の相手役であった竹内良一との失踪事件を起こした。小津安二郎監督の「
岸部一徳が演じる緒方監督は小津安二郎(1903-1963)監督を明確にモデルにしており、その演出の様子まで再現していますが、小津の演出を知る笠智衆がその岸部一徳の演技を"語り下ろ
し"の自著『
渥美清のキャラクターは、小津安二郎監督の「


「キネマの天地」●英題:FINAL TAKE-THE GOLDEN DAYS OF MOVIES●制作年:1986年●監督:山田洋次●製作:野村芳太郎●脚本:山田洋次/井上ひさし/山田太一/朝間義隆●撮影:高羽哲夫●音楽:山本直純●時間:135分●出演:渥美清/中井貴一/有森也実/すまけい/岸部一徳/堺正
章/柄本明/山本晋也/なべおさみ/大和田伸也/松坂慶子/津嘉山正種/田中健/美保純/広岡瞬/レオナルド熊/山城新伍/油井昌由樹/アパッチけ(中本賢)/光石研/山田隆夫/石井均/笠智衆/桜井センリ/山
内静夫/桃井かおり/木の実ナナ/下條正巳/三崎千恵子/平田満/財津一郎/石倉三郎/ハナ肇/佐藤蛾次郎/松田春翠/関敬六/倍賞千恵子/前田吟/吉岡秀隆/笹野高史/ 出川哲朗(ノンクレジット)/(以下、特別出演)9代目松本幸四郎/藤山寛美●公開:1986/08●配給:松竹●最初に観た場所:神保町シアター(24-04-05)(評価:★★★☆)
神保町シアター
岸部一徳(緒方監督(小津安二郎がモデル))/柄本明(佐伯監督)/松坂慶子(川島澄江(岡田嘉子がモデル))/すまけい(小倉金之助監督)/9代目松本幸四郎(城田所長(城戸四郎がモデル))/笠智衆(小使トモさん)/桃井かおり(彰子妃殿下)/倍賞千恵子(ゆき)/前田吟(ゆきの亭主・弘吉)