【3610】 ◎ 芝木 好子 『洲崎パラダイス (1955/12 講談社) ★★★★☆

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「赤線地帯」の男と女を描いた短編集。映画「赤線地帯」にも反映されている。

洲崎パラダイス (ちくま文庫)2.jpg洲崎パラダイス (ちくま文庫).jpg 洲崎パラダイス (集英社文庫).jpg 「赤線地帯」1960.jpg
洲崎パラダイス (ちくま文庫 し-57-1) 』['23年] 『洲崎パラダイス (集英社文庫)』['94年]「赤線地帯 4K デジタル修復版 Blu-ray」京マチ子

 芝木好子(1914-1991/77歳没)が戦後江東区の水の町〈洲崎〉(現・木場駅付近)にあった「洲崎パラダイス」、所謂"赤線地帯"の男と女を描いた短編集(1955年12月講談社刊)。表題作「洲崎パラダイス」は1953(昭和28)年発表作で、川島雄三監督の「洲崎パラダイス 赤信号」('56年/日活)の原作として知られていますが、売春防止法の公布が1956年、施行が1957(昭和32)年4月ですから、原作も映画もほぼリアルタイムということになります。原作が書かれた翌年1954(昭和29)年に〈洲崎〉は、カフェ220軒が従業婦800人を擁し、合法的に営業をしていたとのことで、〈吉原〉を上回る規模だったとのことです。

州崎パラダイス .jpg「洲崎パラダイス 赤信号」01.jpg「洲崎パラダイス」... 深川・木場の洲崎遊郭入口前に流れ着いた義治と蔦枝。二人は仕事も金もない。ほどなく蔦枝は遊郭入口前の吞み屋に雇われ、義治は蕎麦屋の出前になる。義治の生活力の無さを嘆きながら離れられない蔦枝。酔客と戯れる蔦枝を疑い、狂ったように行方を捜す義治。蔦枝はパトロンを見つけるが、義治はそれに自棄を起こし洲崎から消えてしまう。蔦枝はせいせいした風を装うが、男にきちんと別れを告げると文句を言いながら、男の許へ行く―。

「洲崎パラダイス 赤信号」芦川.jpg 先に川島雄三監督の「洲崎パラダイス 赤信号」('56年/日活)を観ていました。芦川いづみが演じた、義治が勤めたそば屋の同僚店員・玉子は、映画のオリジナルだったのかあ。原作では、蔦枝が勤めた飲み屋の"女将さん"は行きかう男女をすべてを見通した上で見送るだけの位置づけですが、映画では呑み屋「千草」の女将(轟夕起子が演じた役名は"お徳")は蔦枝を義治と別れさせようとし(義治は玉子とくっつけさせようとする)、さらには、何年も前に女と出奔した彼女の夫が戻ってきて、それで元の鞘に収まったと思いきや...。原作を改変してダメにしてしまう映画監督は多いですが、付け足して原作の雰囲気を損なわず、起承転結の話が出来たのはさすが川島監督。原作の雰囲気は、豊田四郎監督 (原作:織田作之助)の「夫婦善哉」('55年/東宝)にも通じるような気がしました。

「洲崎パラダイス」千草.jpg「黒い炎」... かつて特飲街傍の呑み屋「千草」この作品以降、店の名前が「千草」、女将の名が「徳子」と特定されている。前述のとおり映画「洲崎パラダイス 赤信号」の舞台となる店の名は「千草」、女将の名は「お徳」である)に勤め、店の客だった正造が今の夫である京子。彼女の許へ、婚家で虐待された挙げ句、放火した京子の姉・久子が3年ぶりに出所し、自分(京子)を頼りに上京して来て、逃げた夫・千尋の消息を求め東京の下町を探し回る―。

 探し回る先が、蒲田、板橋、十条、千住、上野...とスゴイね、ほとんど刑事ドラマの聞き込み捜査みたいだと思ったら、最後は亀有の占い師の所へ(笑)。過去を捨てきれない姉と、姉のために附近の火事で出た焼材木を使ってでも普請をしようとする現実に前向きな妹が対照的でした。

「洲崎界隈」... 特飲街の建物を手に入れようと金策に思いを巡らす菊代。頼りない亭主をよそに、場末の役者に色目を使い、金満家に金を出させようと接触を図る。呑み屋の女将・徳子はそんな彼女を「なんでも二つ欲しい人だからね」と―。

「橋を渡ったら、お終いよ。あそこは女の人生のおしまいなんだから」。デスパレイトな雰囲気の漂う特飲街で、生命力溢れる生き様の女主人公・菊代。彼女は26,7歳とまだ若いですが、それまでにたいへんな苦労をしているということか。雰囲気的には、成瀬巳喜男監督(原作:林芙美子)の「晩菊」('54年/東宝)で杉村春子が演じた、元芸妓で今は金貸しに精を出す主人公を想起しました。

「歓楽の町」... 夫とこじれて離れ、実家へも戻れない恵子は、特飲街傍の店にいる女学校時代の親友・徳子に厄介になるが―。これって、カルチャーショックというのでしょうか。堕ちるのは簡単。堅気でいられるならば、夫との関係修復に力を注いだ方が良い。

「蝶になるまで」... 北陸から出てきた16歳の鈴子を、女中を求めた「千草」のおかみさん・徳子は気に入り、「身をひさぐ」という言葉の意味も分からない彼女を娼婦から遠ざけようと気配りするが―。「娼婦に負けるものか」と叫ぶ彼女の行く末はどうなるのでしょう。おかみさんの意と逆になる可能性大です。

「洲崎の女」... 本書の中で唯一特飲街の内側の様子を描いたこの物語は、子どもの凄惨な溺死から始まる。満洲帰りの登代は、一人息子の満夫を満州で行方不明になった夫の実家に預けて働く「中年の娼婦」だが、年増女である上に精神を病んでいるため、思うように客が付かない。登代は、上京した満夫に冷たくされた後、かつて満夫を連れて空襲の中を逃げ回った記憶に囚われながら入水する―。

 ちくま文庫解説の水留真由美氏は、「洲崎の女」はいささか湿っぽく、同じく戦争の被害を受けながらも登代とは対照的な生き方をする「洲崎界隈」の菊代の方が「本書の真骨頂だという気がする」としていますが、フェニミズム的にはそうなるのかなあ。個人的には、「洲崎の女」の方が好みです。

 川島雄三監督の「洲崎パラダイス」より4か月早く公開された溝口健二監督の「赤線地帯」('56年/大映)に登場するゆめ子(三益愛子)は、映画のクレジットに「洲崎の女」よりとあるように、登代をモデルにしています(舞台は〈洲崎〉から〈吉原〉に置き換えられ、ロケを多用している「洲崎パラダイス」に対し、こちらはオールセット撮影となっている)。ゆめ子は、愛する息子に自分の仕事(売春であるわけだが)を完全否定されて発狂します。

赤線地帯 やすみ.jpg 因みに、「洲崎界隈」の菊代は、頼る者は自分しかないと、職を転々とした上で特飲街に入り、その後、自力で家を建て、夫を得て特飲街から足を洗い、男性を手段とみなし、近代的な物件に触手を動かしますが、これは「赤線地帯」におけるやすみ(若尾文子)には反映されているようにも見えます。仲間の娼婦に金貸しを行って更に貯金を増やしていたやすみは、馴染みの客の貸布団屋の主人から金をむしり取りって夜逃げに追い込み、最後は貸布団屋の女主人に収まります。ただし、自分に貢ぐために横領した客に殺されかけるなど危ない目にも遭います。

 このほかに、ミッキー(京マチ子)のような、享楽のために(?)特飲街に居続ける女性もいて、自分を連れ戻しに来た父親を、その女癖の悪さを責めて追い返しています。一方で、ハナエ(木暮実千代)のように、病気の夫と幼子を抱えて一家の家計を支えるために特飲街で働く女性もいて、四者四様で、群像劇でありながら、この描き分けにおいて新旧の女性像が浮き彫りにされてた、優れた映画でした(やすみ・ミッキーが「新」、ゆめ子・ハナエが「旧」ということになるか)。

「洲崎パラダイス 赤信号」p.jpg「洲崎パラダイス 赤信号」03.jpg「洲崎パラダイス 赤信号」●制作年:1956年●監督:川「洲崎パラダイス 赤信s.jpg島雄三●製作:坂上静翁●脚本:井手俊郎/寺田信義●撮影:高村倉太郎●音楽:眞鍋理一郎●原作:芝木好子●時間:81分●出演:新珠三千代/三橋達也/轟夕起子/植村謙二郎/平沼徹/松本薫/芦川いづみ/牧真介/津田朝子/河津清三郎●公開:1956/07●配給:日活●最初に観た場所:神保町シアター(24-02-01)(評価:★★★★☆)


赤線地帯 出演者.jpg赤線地帯00.jpg「赤線地帯」●制作年:1956年●監督:溝口健二●製作:永田雅一●脚本:成澤昌茂●撮影:宮川一夫●音楽:黛敏郎●原作:芝木好子(一部)●時間:86分●出演:若尾文子/三益愛子/町田博子/京マチ子/木暮実千代/川上康子/進藤英太郎/沢村貞子/浦辺粂子/十朱久雄/加東大介/多々良純/田中春男●公開:1956/03●配給:大映●最初に観た場所:国立映画アーカイブ(24-05-26(評価:★★★★☆)

前列左より京マチ子、溝口健二監督、後列左より町田博子、宮川一夫、若尾文子、木暮実千代、三益愛子

赤線地帯 9.jpg赤線地帯 1.jpg

京マチ子
赤線地帯ps.jpg


【1994年再文庫化[集英社文庫]/2023年再文庫化[ちくま文庫]】

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This page contains a single entry by wada published on 2025年7月20日 04:52.

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