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「死んだものは生きている者に対して大いなる力を持つが...」。

『異人たちとの夏』['87年]『異人たちとの夏(新潮文庫)』['91年](カバー絵:榎 俊幸)
1988(昭和63)年・第1回「山本周五郎賞」受賞作品。
壮年のシナリオライターである原田は妻子と別れ、マンションに一人暮らし。ある日、幼い頃に住んでいた浅草で、12歳のときに交通事故死した両親に出会う。原田は早くに死に別れた両親が懐かしく、少年だった頃のように二人の元へ通い出す。そして、同じマンションに住む桂という女性にも出会い、不思議な女性だと感じながら彼女と愛し合うようになる。しかし、二つの出会いとともに原田の身体はみるみる衰弱していく―。
一昨年['23年]11月に89歳で亡くなった山田太一(1934-2023)の小説で、「小説新潮」'87(昭和62)年1月号に発表され、同年12月に新潮社より刊行。'91年11月に新潮文庫に収録され、解説を田辺聖子が担当しています。因みに、主人公は40歳ぐらいですが、作者54歳ごろの作品ということになります。単行本刊行から1年を置かず1988年秋に市川森一脚本、大林宜彦監督でタイトルのまま「異人たちとの夏」として映画公開され、さらに、2023年に「異人たち」(原題:All of Us Strangers)のタイトルで、アンドリュー・ヘイ監督による2度目の映画化がなされています。
スタイル的にはある種"幽霊譚"ですが、文庫解説の田辺聖子は、「私はこの物語を、お化け小説ともSFとも思わず、素直に一篇の小説として読めた」としており、「浅草をさまよい歩いて出会う若い父母も、無人のビルで知り合った寂しい女、ケイも、小説のなかでは重いリアリティがあった」としていて、まったく同感です。
テレビドラマのシナリオライターである主人公が、ついドラマのセリフのようなつまらない口をきいてしまって苦々しく思うなんて(文庫21p)、実際にありそう。亡くなったはずの両親を目の前にして、「ここにいる父と母は昔の両親ではなく、私の頭の中の産物であり、本当の死んだ父と母は、どうあがいても帰ってはこないのだ。こんな自慰行為は打ち切らなければならない」と主人公が思うのも(文庫108p)、ごくリアルな心理反応でしょう。
主人公が行く仕事場近くの高層ホテルの最上階のバーは、「赤坂プリンスホテル」の最上階にあったカクテルラウンジ「トップ オブ アカサカ」か。浅草国際通りに面する最近建ったホテルとは、1985年開業の「浅草ビューホテル」、両親と行くすき焼き屋は「浅草今半」でしょう。因みに、作者の山田太一は浅草出身で、小学校3年(9歳ぐらいか)のとき、強制疎開で伊豆の湯河原町に家族ごと疎開しているので、12歳までの記憶を辿る主人公と重なることになります。
因みに、山田太一は小学校5年生(11歳くらいか)のときに母親を亡くしており、疎開先で父親から「お前のことを本当に心配しているのは、お父ちゃんと死んだお母ちゃんだけだ。そのことを忘れちゃいけない。世間っていうのはそういうもんだ」と言われ、「父は疎開先で心を許せる人がいない自分の孤独を語ったんだと思います。僕は、それはすごくリアリティがある言葉だなと思いました」と語っています(2014年5月雑誌「AERA」でのラストレーターの山藤章二との対談)。
文庫解説の田辺聖子に戻ると、「亡父母を恋うのは、男にも女にもある感情だろうが、男の場合は女より逃げ道がないだけ、より切実なものがあるのではなかろうか。女は、夫、子供、恋人、そのほか、かなりの広範なもので、喪失感を補填できるところがあるが、男は、自分をいつくしんでくれた亡父母の記憶にとって代わるものは何もなく、そこは空洞になっている」としており、頷かされるものがありました。
山田太一が脚本を書き、中村登が監督した「愛と死」('71年/松竹)の武者小路実篤の原作『愛と死』の中に、「死んだものは生きている者に対して大いなる力を持つが、生きているものは死んでいる者に対して無力である」という言葉ありますが、この作品にもこの言葉に通じるものがあったように思います。
【1991年文庫化[新潮文庫]】
