「●濱口 竜介 監督作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 「●あ行の日本映画の監督」【3247】 青山 真治 「EUREKA(ユリイカ)」
「●「カンヌ国際映画祭 脚本賞」受賞作」の インデックッスへ(濱口竜介/大江崇允)「●「アジア・フィルム・アワード」受賞作」の インデックッスへ「●「フランス映画批評家協会賞(外国語映画賞)」受賞作」の インデックッスへ 「●「ロンドン映画批評家協会賞 外国語映画賞」受賞作」の インデックッスへ 「●「ニューヨーク映画批評家協会賞 作品賞」受賞作」の インデックッスへ「●「全米映画批評家協会賞 作品賞」受賞作」の インデックッスへ「●「ロサンゼルス映画批評家協会賞 作品賞」受賞作」の インデックッスへ 「●「アカデミー国際長編映画賞」受賞作」の インデックッスへ 「●「ゴールデングローブ賞 外国語映画賞」受賞作」の インデックッスへ「●「キネマ旬報ベスト・テン」(第1位)」の インデックッスへ「●「毎日映画コンクール 日本映画大賞」受賞作」の インデックッスへ 「●「日刊スポーツ映画大賞 作品賞」」受賞作」の インデックッスへ「●「芸術選奨(監督)」受賞作」の インデックッスへ(濱口竜介) 「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ「●む 村上 春樹」の インデックッスへ
良かった。村上春樹作品がモチーフだが、もう一つの原作は「ワーニャ叔父さん」か。


「ドライブ・マイ・カー」(2021)西島秀俊/三浦透子
舞台俳優で演出家の家福(西島秀俊)は、妻・音(霧島れいか)と穏やかに暮らしていた。そんなある日、思いつめた様子の妻がくも膜下出血で倒れ、帰らぬ人となる。2年後、演劇祭に参加するため広島に向かっていた彼は、寡黙な専属ドライバーのみさき(三浦透子)と出会い、これまで目を向けることのなかったことに気づかされていく―。
2021年公開の濱口竜介監督の商業映画3作目となる作品で、妻を若くして亡くした舞台演出家を主人公に、彼が演出する多言語演劇の様子や、そこに出演する俳優たち、彼の車を運転するドライバーの女性との関わりが描かれています。

村上春樹の短編集『女のいない男たち』('14年/文藝春秋)所収の同名小説「ドライブ・マイ・カー」より主要な登場人物の名前と基本設定を踏襲していますが、家福の妻・音が語るヤツメウナギや女子高生の話は同短編集所収の「シェエラザード」から、家福が家に戻ったら妻・音が見知らぬ男と情事にふけっていたという設定は、同じく「木野」から引いています(家福の妻・音はクモ膜下出血で急死するのではなく、原作では、物語の冒頭ですでにガンで亡くなっている設定となっている)。
映画は、原作では具体的内容が書かれていないワークショップ演劇に関する描写が多く、そこで演じられるアントン・チェーホフの戯曲「ワーニャ伯父さん」の台詞を織り交ぜた新しい物語として構成されていて、村上春樹作品がモチーフではあるけれど、もう一つの原作は「ワーニャ叔父さん」であると言っていいくらいかもしれません。
テーマ的にも、喪失感を抱きながらも人は生きていかねばならないという意味で、「ワーニャ叔父さん」に重なるものがあります。原作は短編であるためか、家福が、妻・音の内面を知り得なかったことに対して、みさきが「女の人にはそういうところがあるのです」と解題的な(示唆的な)言葉を投げかけて終わりますが、映画ではこのセリフはなく、より突っ込んだ家福の心の探究の旅が続きます。
それは、演劇祭での上演直前にしての主役の高槻の事件による降板から、上演中止か家福自身が主役を演じるか迫られたのを機に、どこか落ち着いて考えられるところを走らせようと提案するみさきに、家福が君の育った場所を見せてほしいと伝えたことから始まり、二人は広島から北海道へ長距離ドライブをすることに。このあたりはまったく原作にはない映画のオリジナルです。
北海道へ向かう車中で、家福とみさきは、これまでお互いに語らなかった互いの秘密を明かしますが、何だか実はみさきの方が家福より大きな秘密を追っていたような気がしました。それを淡々と語るだけに、重かったです。母親の中にいた8歳の別人格って、「解離性同一性障害」(かつては「多重人格性障害」と呼ばれた)だったということか...。
喪失感を抱えながらも生きていかねばならないという(それがテーマであるならば、村上春樹からもそれほど離れていないと言えるかも)、ちゃんと「起承転結」がある作りになっていて、商業映画としてのカタルシス効果を醸しているのも悪くないです(この点は村上春樹が短編ではとらな
いアプローチか)。言わば、ブレークスルー映画として分かりやすく、ラストのみさきが韓国で赤いSAABに乗って買い物にきているシーンなどは、彼女もブレークスルーしたのだなと思わせる一方で、映画を観終わった後、「あれはどういうこと?」と考えさせる謎解き的な余韻も残していて巧みです。
演出が素晴らしいと思いました。もちろん脚本も。絶対に現実には話さないようなセリフを使わないということで、脚本を何度も書き直したそうですが、「演技」させない演技というのも効いていたように思います。演劇ワークショップ(原作にはワークショップの場面は無い)での家福の素人出演者に対する注文に、濱口監督の演出の秘密を探るヒントがあったようにも思いますが、濱口監督自身、これまで素人の出演者に対してやってきた巷で"濱口メソッド"といわれるやり方が、プロの俳優でも使えることを知ったと語っています。韓国人夫婦の存在も良くて、原作の膨らませ方に"余計な付け足し"感が無かったです。「手話」を多言語の1つと位置付けているのも新鮮でした。
第74回「カンヌ国際映画祭」で脚本賞などを受賞、第87回「ニューヨーク映画批評家協会賞」では日本映画として初めて作品賞を受賞、「全米映画批評家協会賞」「ロサンゼルス映画批評家協会賞」でも作品賞を受賞(これら3つ全てで作品賞を受賞した映画ととしては「グッドフェローズ」「L.A.コンフィデンシャル」「シンドラーのリスト」「ソーシャル・ネットワーク」「ハート・ロッカー」に次ぐ6作品目で、外国語映画では史上初。「全米映画批評家協会賞」は主演男優賞(西島秀俊)・監督賞・脚本賞も受賞、「ロサンゼルス映画批評家協会賞」は脚本賞も受賞)、第79回「ゴールデングローブ賞」では非英語映画賞(旧外国語映画賞)を日本作品としては市川崑監督の「鍵」(1959)以来62年ぶりの受賞、第94回「アカデミー賞」では、日本映画で初となる作品賞にノミネートされたほか、監督賞(濱口)・脚色賞(濱口、大江)・国際長編映画賞の4部門にノミネートされ、国際長編映画賞を受賞しています。また、アジア圏でも第16回「アジア・フィルム・アワード」を受賞、国内でも「キネマ旬報ベスト・テン」第1位で、「毎日映画コンクール 日本映画大賞」や「日刊スポーツ映画大賞 作品賞」、「芸術選奨」(濱口監督)を受賞しました。
まさに、一気に映画界のホープとなった感がありますが、この1作をだけでも相応の実力が窺える作品でした。原作者の村上春樹にとっては、やっと自分の作品を映画化するに相応しい監督に巡り合ったという感じではないでしょうか。
「朝日新聞」2022年3月28日夕刊
「ドライブ・マイ・カー」●英題:DRIVE MY CAR●制作年:2021年●監督:濱口竜介●製作:山本晃久●脚本:濱口竜介/大江崇允●撮影:四宮秀俊●音楽:石橋英子●原作:村上春樹●時間:179分●出演:西島秀俊/三浦透子/霧島れいか/岡田将生/パク・ユリム/ジン・デヨン/ソニア・ユアン(袁子芸)/ペリー・ディゾン/アン・フィテ/安部聡子●公開:2021/08●配給:ビターズ・エンド●最初に観た場所:TOHOシネマズ上野(スクリーン7)(22-03-17)(評価:★★★★☆)


時は冷戦最中、元英国秘密情報部MI6の諜報員ジェームズ・ボンド(ショーン・コネリー)は、スパイ活動を一時引退していが、新たな上司のM(エドワード・フォックス)から新たに命令を受ける。国際的犯罪組織"スペクター"のNo.1メンバー、マキシミリアン・ラルゴ(クラウス・マリア・ブランダウアー)が、2つの核弾頭を強奪したのだ。これは、スペクターの首領で、No.2のブロフェルド(マックス・フォン・シドー)の新
たな作戦「アラーの涙」の一環だった。核弾頭を取り戻す命令を受けたボンドは、ラルゴを追ってバハマへ向かうことに。バハマに到着したボンドは、ラルゴの部下で殺し屋ファティマ(バーバラ・カレラ)に殺されそうになる。しかし、2度の暗殺の危機を切り抜けて、なんとか生き残る。さらに、ニースのカジノでドミノ(キム・ベイシンガー)という女性に出会ったボンドは、ドミノの兄ジャック(ギャヴァン・オハーリー)が、核弾頭を手に入れるためにラルゴに殺されたことを明かす。その後、ミサイルの一つがワシントンの大統領のもとにあると知ったボンドは本部に通報、引き続きもう一つのミサイルの行方を追うが―。
1983年公開のアーヴィン・カーシュナー監督作で、ジェームズ・ボンドの映画の制作会社イーオン・プロダクションズとは別の会社の制作であるため。007シリーズとしては番外編になります。初代ジェームズ・ボンドを演じたショーン・コネリー(1930 - 2020/90歳没)が「007 ダイヤモンドは永遠に」('71年/英・米)から12年ぶりの復活、7回目にして最後のボンド役を演じました(原題の意味は「ボンド、やめるなんて言わないで」ということらしい)。内容は1965年に公開された4作目「007 サンダーボール作戦」のリメイクですが、使用権の問題のためか、いつものシリーズとオープニングが違ったり(ガンバレル(銃口)のシークエンスが無い)、音楽が
敵のラルゴ役のクラウス・マリア・ブランダウアーは、主演作であるイシュトバーン・サボー監督の「メフィスト」('81年/西独・ハンガリー)を新宿のシネマスクウェア東急で'82年に観ました。ナチス政権下で権力に翻弄される実在した「ファウスト」の名優グリュントゲンスをモデルにしたクラウス
・マンの小説の映画化作品(第34回カンヌ国際映画祭「脚本賞」受賞作)でしたが、そうした芸術色の強い映画(個人的評価は★★★☆)に出ていた俳優が、まさかその後すぐジェームズ・ボンド映画に出るとは思ってもみませんでした(言語も違ったし)。ただし、この作品では、彼、クラウス・マリア・ブランダウアーとショーン・コネリーとの心理戦的演技が、当時の典型的なボンド映画よりも感情に訴えかけるものがあると評価されて好評を博し、映画の商業的な成功にも繋がっています。クラウス・マリア・ブランダウアーはその後も活躍を続け、シドニー・ポラック監督の「
スペクターの首領ブロフェルドにマックス・フォン・シドー(1929 - 2020/90歳没)で、ドナルド・プレザンス(「
サバラス(「女王陛下の007」)('69年))、チャールズ・グレイ(「ダイヤモンドは永遠に」('71年))に続いての配役。マックス・フォンシドーも「
教の王と対峙する善の王オズリック王の役でしたが、スティーヴン・スピルバーグ監督、トム・クルーズ主演の「
ボンドガールの一人は、スペクターの女殺し屋(スペクターNo.12)ファティマを演じたバーバラ・カレラ(1951年生まれ)。ファティマは最後までボンドを追い回して危機に落とし入れる
も、Q(アレック・マッコーエン)が開発した万年筆型ロケットで爆殺されます。ボンドを追いつめた際に、自分が最高の女だったとボンドに書き付けを要求す
るシーンが見せ場でしたが、結局それが仇となった(笑)。バーバラ・カレラはこの「ネバーセイ・ネバーアゲイン」の出演が一番のキャリアとされていますが、「エンブリヨ」('76年)、「ドクター・モローの島」('77年)といった作品の彼女に思い入れがある人もいるかと思います。
もう一人は、ラルゴの愛人でどうやらラルゴに殺害されたジャックの妹ドミノを演じたキム・ベイシンガー(1953年生まれ)で、こちらは敵側からボンド側に寝返る(これはシリーズのいつものお約束通り)言わ

個人的には「ナインハーフ」はイマイチだったかも。原題は「9週間半」。監督は「フラッシュダンス」('83年)のエイドリアン・ラインで、相変わらず映像には凝っていて、哲学的な語り口を装っていますが、本質はエンターテイメントではなかったかなあ(キム・ベイシンガーのボディにばかり目が行く。この頃のミッキー・ロークってなぜか好きになれない)。
キム・ベイシンガーはその25年後、ギジェルモ・アリアガ監督の「
そう言えばキム・ベイシンガーは、アカデミー賞の授賞式でのプレゼンターとして舞台に立った際に(その年の作品賞は「
この「ネバーセイ・ネバーアゲイン」では、これら準主役級のほかに、Mの役が「
ローワン・アトキンソン
「ネバーセイ・ネバーアゲイン」●原題:NEVER SAY NEVER AGAIN●制作年:1983年●制作国:アメリカ・イギリス●監督:アーヴィン・カーシュナー●製作:ジャック・シュワルツマン●脚本:ロレンツォ・センプル・ジュニア●撮影:ダグラス・スローカム●音楽:



「メフィスト」●原題:MEPHISTO●制作年:1981年●制作国:西独・ハンガリー●監督:イシュトバン・サボー●脚本:イシュトバン・サボー/ペーテル・ドバイ●撮影:ラホス・コルタイ●音楽:ゼンコ・タルナシ●原作:クラウス・マン●
時間:145 分●出演:クラウス・マリア・ブランダウアー/クリスティナ・ヤンダ/イルディコ・バンシャーギィ/カーリン・ボイド/ロルフ・ホッペ/ペーター・アンドライ/クリスティーネ・ハルボルト●日本公開:1982/04●配給:大映インターナショナル●最初に観た場所:新宿・シネマスクウェア東急(82-05-01)(評価:★★★☆)



「ナインハーフ」●原題:NINE 1/2 WEEKS●制作年:1985年●制作国:アメリカ●監督:エイドリアン・ライン●製作:アンソニー・ルーファス・アイザック/キース・バリッシュ●脚本:パトリシア・ノップ/ザルマン・キング●撮影:ピーター・ビジウ●音楽:ジャック・ニッチェ●原作:エリザベス・マクニール●時間:117分●出演:ミッキー・ロー/キム・ベイシンガー/マーガレット・ホイットンン/ドワイト・ワイスト/クリスティーン・バランスキー/カレン・ヤング/ロン・ウッド●日本公開:1986/04●配給:日本ヘラルド(評価:★★★)
「あの日、欲望の大地で」●原題:THE BURNING PLAIN●制作年:2008年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ギジェルモ・アリアガ●製作:ウォルター・パークス/ローリー・マクドナルド●撮影:ロバート・エルスウィット●音楽:ハンス・ジマー/オマール・ロドリゲス=ロペス●時間:106分●出演:シャーリーズ・セロン/キム・ベイシンガー/ジェニファー・ローレンス/ホセ・マリア・ヤスピク/ジョン・コーベット/ダニー・ピノ/テッサ・イア/ジョアキム・デ・アルメイダ/J・D・パルド/ブレット・カレン●日本公開:2009/09●配給:東北新社●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-09-07)(評価:★★★★)



1938年、日中戦争の激化によって混乱する中国本土から香港に逃れていた女子大学生・王佳芝(ワン・チアチー)(タン・ウェイ)は、学
友・鄺祐民(クァン・ユイミン)(ワン・リーホン)の勧誘で抗日運動を掲げる学生劇団に入団し、やがて劇団は実践を伴う抗日活動へと傾斜していく。翌1939年、佳芝も抗
日地下工作員(スパイ)として活動することを決意し、特務機関の易(イー)(トニー・レオン)暗殺の機を窺うため麦(マイ)夫人として易夫人(ジョアン・チェン)に麻雀・買い物友達として接近、易を誘惑したが、学生工作員の未熟さと厳しい警戒で
暗殺は未遂に終わる。3年後、日中戦争開戦から6年目の1942年、特務機関の中心人物に昇進していた易暗殺計画の工作員として上海の国民党抗日組織から再度抜擢された佳芝は、特訓を受けて易に接触したが、度々激しい性愛を交わすうち、特務機関員という職務から孤独の苦悩を抱える易にいつしか魅かれていく。工作員としての使命を持ちながら、暗殺対象の易に心を寄せてしまった佳芝は―。
「ブロークバック・マウンテン」('05年/米)で2005年・第62回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞や2005年度アカデミー監督賞を受賞したアン・リー(李安)監督の2007年公開作で、1942年日本軍占領下の中国・上海を舞台に、日本の傀儡政権である汪兆銘政権の下で、抗日組織の弾圧を任務とする特務機関員の暗殺計画を巡って、抗日運動の女性工作員ワン(タン・ウェイ)と、彼女が命を狙う日本軍傀儡政府の顔役イー(トニー・レオン)による死と隣り合わせの危険な逢瀬とその愛の顛末を描いたもので、2007年・第64回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞と撮影賞をW受賞し、アン・リー監督はルイ・マルや張藝謀(チャン・イーモウ)と並んで、金獅子賞を2度獲った歴代4人目の監督となりました。
原作は、ドミニク・チャン南カリフォルニア大学教授によれば、「国民党と共産党の政治的分裂がなければノーベル賞を受賞していたはずだ」という作家・張愛玲(ちょう あいれい、アイリーン・チャン、1920-1995)による小説『惘然記』(1983)に収められた短編小説「色、戒」で、1939年に実際にあった暗殺事件にヒントを得て書かれたものです。1955年に作者は米国に移り住むことになりますが、その頃から既に構想されていたもののようです(1977年初出)。映画公開に併せて『ラスト、コーション 色・戒』('07年/集英社文庫)など訳書が刊行され、『短編コレクションⅠ(池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 Ⅲ‐05)』('10年/河出書房新社)にも収められていますが、池澤夏樹氏は、「『色、戒』はぼくには圧縮された長編小説と読める」としています。
原作は女性工作員・王佳芝(ワン・チアチー)の数日を描いていますが(それは劇的な結末で終わる)、映画も、その形をきっちり踏襲した上で、回想の部分に肉付けして2時間38分の作品にしています。そして、その肉付けの仕方が、ぎゅっと詰まった高密度の原作を分かりやすく展開して"長編小説"に戻したような形になっています。ジェーン・オースティン原作の「
ヒロインの王佳芝を演じた湯唯(タン・ウェイ)は、オーディションで約1万人の中から主演に選ばれたそうですが、当時28歳ながら学生を演じれば学生らしく見え、男を誘惑する女スパイを演じればそれなりに魅力的な女性に見えました(タン・ウェイは第44回台湾金馬奨最優秀新人賞受賞)。原作とイメージが若干違うのは、原作では「ねずみ顔の中年の小男」とされている特務機関の易(イー)をトニー・レオンが演じているため、"いい男"過ぎる点でしょうか(笑)(トニー・レオンはアジア・フィルム・アワード主演男優賞、台湾金馬奨最優秀主演男優賞受賞)。
因みに、「色、戒」の王佳芝のモデルは、父親が中国人、母親が日本人の女スパイ・鄭蘋茹(テン・ピンルー、1918 -1940/享年22)で、易のモデルは、汪兆銘政権傘下の特工総部(ジェスフィールド76号)の指導者・丁黙邨(ていもくそん、1903-1947)です。鄭は丁に近づき、1939年12月、丁の暗殺計画を実行するも失敗、特工総部に出頭して捕らえられ、1940年2月に銃殺されますが、後に中華民国より殉職烈士に認定されています。一方の丁は、戦後も蒋介石の国民政府に再任用されるなどしましたが、結局は漢奸として逮捕され、1947年に死刑判決を受け、南京で処刑されています(享年45)。
この映画は所謂「漢奸問題」を引き起こしました。佳芝を演じたタン・ウェイは、トニー・レオンが演じる戦時中日本の協力者と見なされた漢奸を愛するようになる役柄であることから、漢奸を美化し「愛国烈士」を侮辱する象徴として中国国内のネット上では批判された時期があったようです。張愛玲の原作では愛欲描写は殆ど無いものの、佳芝が易を逃がすのは原作も同じです。原作者の張愛玲は人生半ばで渡米して今は故人、そうなるとこの作品を選んだアン・リー監督に矛先が行きそうですが、当のアン・リーは台湾出身で米国国籍も有し普段は中国にはいないので、トニー・レオンと大胆なラブシーンを演じたタン・ウェイに批判の矛先が向けられたのかもしれません(タン・ウェイは2008年に香港の市民権を得て、その後は主に香港映画に出演、ハリウッドにも進出した)。
原作では、佳芝が易にどのような理由で愛情を抱くようになったかは明確に描かれていません。また、佳芝が易を逃がしたことが、同時に彼女が仲間を裏切ったことになり、そのため彼女だけでなく仲間が皆捕まって処刑されたということも、原作ではさらっと触れているだけで、この佳芝の言わば"裏切り"行為は、原作よりも映画の方がより前面に押し出されていると言えます。敢えてそうした上で(つまり批判を見越した上で)、それでもヒロインとして観る者を惹きつける佳芝の描きっぷりに、アン・リー監督による"原作超え"を感じました。3年も経ってからやっと佳芝に口づけをしたかつての学友に、「3年前にしてくれていれば...」と佳芝が言う場面で、「ああ、これは"女性映画"なのだなあと」とも思いました(アン・リー監督は女性映画の名手として定評がある)。
この作品の2年前にヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を獲った「ブロークバック・マウンテン」は、ワイオミング州ブロークバック・マウンテンの雄大な風景をバックに、2人のカウボーイの1963年から1983年までの20年間にわたる秘められた禁断の愛を綴った物語で、原作は『シッピング・ニュース』でピューリッツァー賞を受賞した女流作家E・アニー・プルーの同名中編で、1997年に雑誌「ニューヨーカー」に掲載され、1998年の全米雑誌賞とO・ヘンリー賞を受賞した作品です(これも佳作だった。彼女は「ブロークバック・マウンテン」がアカデミー作品賞にノミネートされるも受賞を逃したことで、代わりにアカデミー作品賞を受賞した「クラッシュ」を酷評した)。
1963年、ワイオミング。ブロークバック・マウンテンの農牧場に季節労働者として雇われ、運命の出逢いを果たした2人の青年、イニス・デル・マー(ヒース・レジャー)とジャック・ツイスト(ジェイク・ギレンホール)。彼らは山でキャンプをしながら羊の放牧の管理を任される。寡黙なイニスと天衣無縫なジャック。対照的な2人は大自然の中で一緒の時間を過ごすうちに深い友情を築いていく。そしていつしか2人の感情は、彼ら自身気づかぬうちに、友情を超えたものへと変わっていくのだったが―。
、ロンドンなどの各映画批評家協会賞作品賞を受賞し、ゲイ・ムービーにはスティーヴン・フリアーズ監督の「マイ・ビューティフル・ランドレット」('85年)やウォン・カーウァイ監督の「
この映画の場合、主人公の2人の男性は共に家庭も持っていて、しかも時代設定が60年代から80年代にかけてということで、ゲイに対する偏見が今よりもずっと強かった時代の話であり、それだけ"禁断の愛"的な色合いが強く出
ているように思います。一方で、その"禁断の愛"をブロークバック・マウンテンの美しい自然を背景に描いており、
イニスとジャックを演じた、故ヒース・レジャー(1979-2008/享年28)とジェイク・ギレンホールの演技も良かったです。この作
品のイニス役で
その後ヒース・レジャーは、クリストファー・ノーラン監督のバットマン映画「
「ラスト、コーション」●原題:色,戒/LUST, CAUTION●制作年:2007年●制作国:アメリカ・中国・台湾・香港●監督:アン・リー(李安)●製作:アン・リー/ビル・コン/ジェームズ・シェイマス●脚本:ワン・ホイリン/ジェームズ・シェイマス●撮影:ロドリゴ・プリエト●音楽:アレクサンドル・デスプラ●原作:張愛玲(ちょう あいれい、アイリーン・チャン)「色、戒」●時間:158分●出演:トニー・レ
オン(梁朝偉)/タン・ウェイ(湯唯)/ジョアン・チェン(陳冲)/ワン・リーホン(王力宏)/トゥオ・ツォンファ/チュウ・チーイン/ガァオ・インシュアン/クー・ユールン/ジョンソン・イェン/チェン・ガーロウ/スー・イエン/ホー・ツァイフェイ/ファン・グワンヤオ/アヌパム・カー●日本公開:2008/02●配給:ワイズポリシー)(評価:★★★★☆)
ジョアン・チェン/ベルナルド・ベルトルッチ監督「
「ブロークバック・マウンテン」●原題:BROKEBACK MOUNTAIN●制作年:2005年●制作国:アメリカ●監督:アン・リー(李安)●製作:
ダイアナ・オサナ/ジェームズ・シェイマス●脚本:ワダイアナ・オサナ/ジェームズ・シェイマス●撮影:ロドリゴ・プリエト●音楽:グスターボ・サンタオラヤ●原作:E・アニー・プルー「ブロークバック・マウンテン」●時間:134分●出演:ヒース・レジャー/ジェイク・ギレンホール/アン・ハサウェイ/ミシェル・ウィリアムズ/ランディ・クエイド/リンダ・カーデリーニ/アンナ・ファリス/ケイト・マーラ●日本公開:2006/03●配給:ワイズポリシー(評価:★★★★)
「ダークナイト」●原題:THE DARK KNIGHT●制作年:2008年●制作国:アメリカ・イギリス●監督:クリストファー・ノーラン●製作:クリストファー・ノーラン/チャールズ・ローヴェン/エマ・トーマス●脚本:クリストファー・ノーラン/ジ
ョナサン・ノーラン●撮影:ウォーリー・フィスター●音楽:ハンス・ジマー/ジェームズ・ニュートン・ハワード●原作:ボブ・ケイン/ビル・フィンガー「バットマン」●時間:152分●出演:クリスチャン・ベール/ヒース・レジャー/アーロン・エッカート/マギー・ジレンホール/マイケル・ケイン/ゲイリー・オールドマン/モーガン・フリーマン/メリンダ・マックグロウ/ネイサン・ギャンブル/ネスター・カーボネル●日本公開:2008/08●配給:ワーナー・ブラザース(評価:★★★☆)



90歳の通称"ラッキー"(ハリー・ディーン・スタントン)は、今日も一人で住むアパートで目を覚まし、コーヒーを飲みタバコをふかす。ヨガをこなしたあと、テンガロンハットを被って行きつけのダイナーに行き、店主のジョー(バリー・シャバカ・ヘンリー)と無駄話をかわし、ウェイトレスのロレッタ(イヴォンヌ・ハフ・リー)が注いだミルクと砂糖多めのコーヒーを飲みながら新聞のクロスワード・パズルを解く。夜はバーでブラッディ・マリーを飲み、馴染み客たちと過ごす。そんな毎日の中で、ある朝突然気を失ったラッキーは、人生の終わりが近いことを思い知らされ、「死」について考え始める。子供の頃怖かった暗闇、逃げた100歳の亀、"生餌"として売られるコオロギ―小さな町の、風変わりな人々との会話の中で、ラッキーは「それ」を悟っていく―。
昨年[2017年]9月に91歳で亡くなったハリー・ディーン・スタントン主演のジョン・キャロル・リンチ監督作品で、ハリー・ディーン・スタントンの遺作となりました。ジョン・キャロル・リンチは本来は俳優で(最近では「
」の創始者マクドナルド兄弟の兄モーリスを演じていた)、この「ラッキー」が初監督作品になります。一方、2017年のTV版「ツイン・ピークス」でハリー・ディーン・スタントンを使ったデヴィッド・リンチ監督が、主人公ラッキーの友人で、逃げてしまったペットの100歳の陸ガメ"ルーズベルト"に遺産相続させようとしとする変な男ハワード役で出演しています(役者として目いっぱい演技している)。
ントンは太平洋戦争時に、映画の中でダイナーの客が語る沖縄戦に実際に従軍している)、映画では少々偏屈で気難しいところのあるキャラクターとして描かれています。自分の言いたいことを言い、そのため周囲の人々と小さな衝突をすることもありますが、でも、ラッキーは周囲の人々から気に掛けられ、愛されていて、彼を受け容れる友人・知人・コミニュティもあるといった
具合で、むしろこれって"ラッキー"な老人の話なのかもと思いました。但し、彼自身はウェット感はなく、どうやら無神論者らしいですが、そう遠くないであろう自らの死に、自らの信念である"リアリズム"(ニヒリズムとも言える)を保ちつつ向き合おうしています。ある意味、精神的"終活映画"と言えるでしょうか。その姿が、ハリー・ディーン・スタントン自身と重なるのですが、孤独でドライな生き方や考え方と、それでも他者と関わりを持ち続ける態度の、その両者のバランスがなかなか微妙と言うか絶妙かと思いました。
ハリー・ディーン・スタントンはこの映画撮影時は90歳で、「八月の鯨」('87年/米)で主演したリリアン・ギッシュ(1893-1993)が撮影当時93歳であったのには及びませんが、「サウンド・オブ・ミュージック」('65年/米)のクリストファー・プラマーが「手紙は憶えている」('15年/カナダ・ドイツ)で主演した際の年齢85歳を5歳上回っています(クリストファー・プラマーはその後「ゲティ家の身代金」('17年/米)で第90回アカデミー賞助演男優賞に88歳でノミネートされ、アカデミー賞の演技部門でのノミネート最高齢記録を更新した)。
ハリー・ディーン・スタントンがこれまでの出演した作品と言えば、SF映画の傑作「エイリアン」や、準主役の「レポマン」、主役を演じた「パリ、テキサス」など多数ありますが、第37回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した、ヴィム・ヴェンダース監督の「パリ、テキサス」が特に印象深いでしょうか。この「ラッキー」のエンディング・ロールで流れる彼に捧げる歌の歌詞に「レポマン」「パリ、テキサス」と出てきます。また、米国中西部らしい舞台背景は「パリ、テキサス」を想起させます(ジョン・キャロル・リンチ監督は


「パリ、テキサス」('84年/独・仏)は、失踪した妻を探し求めテキサス州の町パリをめざす男(スタントン)が、4年間置き去りにしていた幼い息子と再会して親子の情を取り戻し、やがて巡り会った妻(ナスターシャ・キンスキー)に愛するがゆえの苦悩を打ち明ける―というロード・ムービーであり、当時まだアイドルっぽいイメージの残っていたナスターシャ・キンスキーに、「のぞき部屋」で働いている生活疲れした人妻を演じさせ新境地を開拓させたヴィム・ヴェンダース監督もさることながら、ハリー・ディーン・スタントンの静かな存在感も作品を根底で支えていたように思いま
す。ヴィム・ヴェンダース監督は、ロマン・ポランスキー監督が文豪トマス・ハーディの文芸大作を忠実に映画化した作品「
ハリー・ディーン・スタントンは、主役だった「パリ、テキサス」に比べると、リドリー・スコット監督の「エイリアン」('79年/米)では、"怪物"に「繭」にされてしまい、最後は味方に火炎放射器で焼かれて
しまう役だったからなあ(それもディレクターズ・カット版の話で、劇場公開版ではその部分さえカットされている)。ただ、あの映画は、英国の名優ジョン・ハートでさえも、エイリアンの幼生(チェスト・バスター)に胸を食い破られるというエグい役でした。最初に観た時はストレートに怖かったですが、最後に生き残るのはシガニー・ウィーバー演じるリプリーのみという、振り返ればある意味「女性映画」だったかも。シリーズ第1作では男性に置き換えられていますが、チェスト・バスターが躰を食い破って出て来るというのは、哲学者・内田樹氏の「街場の映画論」等での指摘もありましたが、女性の出産に対する不安(恐怖、拒絶感)を表象しているのでしょうか。
この恐れは、シガニー・ウィーバー演じるリプリーが完全に主人公となったシリーズ第2作以降、リプリー自身の見る「悪夢」として継承されていきます。「エイリアン2」('86年/米)の監督は、「ターミネーター」のジェームズ・キャメロン。ラストでエイリアンと戦うリプリーが突如「機動戦士ガンダム」風に変身する場面に象徴されるように、SF映画というよりは戦争アクション映
画風で、「1」に比べ大味になったように思います(海兵隊のバスケスという男まさりの女兵士は良かった)。デヴィッド・フィンチャー監督の「エイリアン3」('92年/米)になると、リドリー・スコット監督がシンプルな怖さを前面に押し出した第1作に比べてそう恐ろしくもないし(馴れた?)、ジェームズ・キャメロン監督がエイリアンを次々と繰り出した第2作に較べても出てくるエイリアンは1匹で物足りないし、ラストの宗教的結末も、このシリーズに似合わない感じがしました(「エイリアン」「エイリアン2」は共に優れたSF映画に与えられる「サターンSF映画賞」を受賞している)。
チェスト・バスターの出現がシリーズを象徴する場面として印象に残るという意味では、「エイリアン」でのジョン・ハートの役は、エグいけれどもオイシイ役だったかも。この人、「
そのジョン・ハートも「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」('17年/英)のチェンバレン役を降板したと思ったら、昨年['17年]1月に膵臓ガンで77歳で亡くなっています。「ウィンストン・チャーチル」ではゲイリー・オールドマンがアカデミー賞の主演男優層を受賞していますが、そのゲイリー・オールドマンと、第22回「サテライト・アワード」(エンターテインメント記者が所属する国際プレス・アカデミが選ぶ映画賞)の主演男優賞を分け合ったのがハリー・ディーン・スタントンです。但し、スタントンは"死後受賞"でした。遅ればせながらこれを機に、ジョン・ハートとハリー・ディーン・スタントンに追悼の意を捧げます(「冥福を祈る」と言うと、"ラッキー"から「冥土なんて存在しない」と言われそう)。
そう言えば、ハリー・ディーン・スタントンは生前、"The Harry Dean Stanton Band"というバンドで歌とギターも担当していて、2016年に第1回「ハリー・ディーン・スタントン・アウォード」というイベントが開催され、ホストが今回の作品にも出ているデヴィッド・リンチで、ゲストが「沈黙の断崖」('97年)でハリー・ディーン・スタントンと共演したクリス・クリストファーソンや、「ラスベガスをやっつけろ」('98年)などで共演経験のあるジョニー・デップでしたが(ジョニー・デップの登場はハリー・ディーン・スタントンにとってはサプラズ演出だったようだ)、この「ハリー・ディーン・スタントン賞」って誰か"受賞者"いたのかなあ。

公開:2018/03●配給:アップリンク●最初に観た場所:ヒューマントラストシネマ有楽町(シアター2)(18-04-13)(評価:★★★★)


「ワン・フロム・ザ・ハート」●原題:ONE FROM THE Heart●制作年:1982年●制作国:アメリカ●監督:フランシス・フォード・コッポラ●製作:グレイ・フレデリクソン/フレッド・ルース●脚本:アーミアン・バーンスタイン/フランシス・フォード・コッポラ●撮影:ロナルド・V・ガーシア/ヴィットリオ・ストラーロ●音楽:トム・ウェイツ●時間:107分●出演:フレデリック・フォレスト/テリー・ガー/ラウル・ジュリア/ナスターシャ・キンスキー/レイニー・カザン/ハリー・ディーン・スタントン /アレン・ガーフィールド/カーマイン・コッポラ/イタリア・コッポラ/レベッカ・デモーネイ●日本公開:1982/08●配給:東宝東和●最初に観た場所:目黒シネマ(83-05-01)(評価:★★★)●併映:「ひまわり」(ビットリオ・デ・シーカ)

「エイリアン」●原題:ALIEN●制作年:1979年●制作国:アメリカ●監督:リドリー・スコット●製作:ゴードン・キャロル/デヴィッド・ガイラー/ウォルター・ヒル●脚本:ダン・オバノン●撮影:デレク・ヴァンリント●音楽:ジェリー・ゴールドスミス●時間:117分●出演:トム・スケリット/シガニー・ウィーバー/ヴェロニカ・カートライト/ハリー・ディーン・スタントン/ジョン・ハート/イアン・ホルム/ヤフェット・コットー●日本公開:1979/07●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:三軒茶屋東映(84-07-22)(評価:★★★★)●併映:「遊星からの物体X」(ジョン・カーペンター)





「エレファント・マン」●原題:THE ELEPHANT MAN●制作年:1980年●制作国:イギリス●監督:デヴィッド・リンチ●製作:ジョナサン・サンガー●脚色:クリストファー・デヴォア/エリック・バーグレン/デヴィッド・リンチ●撮影:フレディ・フランシス●音楽:ジョン・モリス●時間:124分●出演:ジョン・ハート/アンソニー・ホプキンス/ジョン・ギールグッド/アン・バンクロフト●日本公開:1981/05●配給:東宝東和●最初に観た場所:不明 (82-10-04)(評価:★★★☆)


米国陸軍・ウィラード大尉(マーティン・シーン)に、カーツ大佐(マーロン・ブランド)暗殺の命令が下る。ウィラードと同行者は、哨戒艇でメコン河を上り、やがて、ジャングルの奥地にあるカーツ大佐の王国へとたどり着く―。
をかけて作られた大作であり、カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作でもあって、鳴り物入りで日本公開されましたが、当時テアトル東京に観に行って、解らないままに圧倒されたという印象でした。こうした映画って、観てから時間が経つうちに、ああ、あれってこういことだったんだなあとか解ってくることがありますが、この映画に関してそれが無く、ずっと解らないままでした(先日ちょうど37年ぶりに劇場で観たが、今観ても解らず、解らないままに圧倒される?)。そのうち、この映画が"ワースト1"映
画に選ばれたりするような時期があり、例えば『
田中小実昌が映画評論家の北川れい子氏との対談で、「ぼくはそんなに気に入らないことはないですね」とし、ワーストに選ばれる作品はみんな大作なんですよ」と言っていて、ナルホドなあと思いました。
映画の公開前に映画監督の長谷川和彦氏がコッポラ監督にインタビューしていて、この映画のテーマは何かと質問したら、コッポラは「撮っていて途中で分からなくなった」と答えたとのこと。完成作に寄せた序文でもコッポラは、「撮影の間に映画が徐々にそれ自体で一人歩きを始めた」としていて、映画製作のプロセスをウィラード大尉が奥深いジャングルの河を上って行く旅に重ね合わせています。
簡単に言ってしまえば戦争の狂気を描いた映画ということになり、ゆえに「
反戦映画」ということになるのかもしれませんが、多くの戦争映画がそうであるように、同時に戦争と人間の親和性を描いた映画でもあるように思います。特にこの映画は、ロバート・デュヴァル演じるサーフィンをするために敵方の前哨基地を襲撃するビル・キルゴア中佐などに、その部分がよく表象されているように思います。もちろんマーロン・ブランド演じるカーツ大佐にも狂気と戦争への親和性は見られ、むしろカーツ大佐は戦争に過剰に適
応してしまい、王国を築いて自分でも壊せなくなってしまったため、マーティン・シーン演じるウィラード大尉に「殺される」運命を選んだのかもしれません。
評論家の立花隆氏は、ギリシャ神話を隠喩的に織り込んでいると述べていますが、ウィラード大尉によるカーツ大佐殺害は、「父親殺し」の暗喩ととれなくもないでしょう。
村上春樹氏が評論『同時代としてのアメリカ』(単行本化されていない)の中でこの映画について、「いわば巨大なプライヴェート・フィルムであるというのが僕の評価である。大がかりで、おそろしくこみいった映画ではあるが、よく眺めてみればそのレンジは極めて狭く、ソリッドである。極言するなら、この70ミリ超大作映画は、学生が何人か集まってシナリオを練り、素人の役者を使って低予算で作りあげた16ミリ映画と根本的には何ひとつ変りないように思えるのだ」と述べていて、コッポラ監督の談話などから映画製作自体が何か自分探しみたいになっていることが窺えることからも、村上氏の指摘はいいところを突いているように思いました。
ハリソン・フォードの起用も検討されましたが、「スター・ウォーズ」('77年)の撮影があって無理となり、最終的にマーティン・シーンに落ち着いています。ハリソン・フォードは、撮影の見学に来たときに、映画の序盤部分に端役として出演しており、その時の役名は「ルーカス大佐」となっています。
「地獄の黙示録」●原題:APOCALYPSE NOW●制作年:1979年●制作国:アメリカ●監督・製作:フランシス・フォード・コッポラ●脚本:ジョン・ミリアス/フランシス・フォード・コッポラ/マイケル・ハー(ナレーション)●撮影:ヴィットリオ・ストラーロ●音楽:カーマイン・コッポラ/フランシス・フォード・コッポラ●原作:ジョゼフ・コンラッド「
闇の奥」●時間:153分(劇場公開版)/202分(特別完全版)●出演:マーロン・ブランド/ロバート・デュヴァル/マーティン・シーン/フレデリック・フォレスト/サム・ボトムズ/ローレンス・フィッシュバーン/アルバート・ホール/ハリソン・フォード/G・D・スプラドリン/デニス・ホッパー/クリスチャン・マルカン/オーロール・クレマン/ジェリー・ジーズマー/トム・メイソン/シンシア・ウッド/コリーン・キャンプ/ジェリー・ロス/ハーブ・ライス/ロン・マックイーン/スコット・グレン/ラリー・フィッシュバーン(=ローレンス・フィッシュバーン)●日本公開:1980/02●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:銀座・テアトル東京(80-05-07)●2回目:高田馬場・早稲田松竹(17-05-07)(評価★★★★)●併映(2回目):「イージー・ライダー」(デニス・ホッパー)





ローマに住む映画監督のサルヴァトーレ(中年期:ジャック・ペラン)は、アルフレード(フィリップ・ノワレ)という老人が死んだという知らせを受ける。アルフレードは、かつてシチリア島の小さな村にある映画館・パラダイス座で働く映写技師だった。「トト」という愛称で呼ばれていた少年時代のサルヴァトーレ(少年期:サルヴァトーレ・カシオ)は大の映画好きで、母マリア(中
年期:アントネラ・アッティーリ)の目を盗んではパラダイス座に通いつめていた。「トト」はやがて映写技師のアルフレードと心を通わせるようになり、ますます映画に魅せられていった。アルフレードから映写技師の仕事も教わる
ようになった「トト」だったが、フィルムの出火から火事になり、アルフレードは重い火傷を負って失明してしまう。その後、焼失したパラダイス座は「新パラダイス座」として再建され、父の戦死が伝えられた「トト」は、家計を支えるためにそこで映写技師として働くようになる。やがて思春期を迎えた「トト」ことサルヴァトーレ(青年期:マルコ・レオナルディ)は駅で見かけた美少女
エレナ(アニェーゼ・ナーノ)との初恋を経験、それから兵役を経て成長し、今は映画監督として活躍するようになっている。成功を収めた彼のもとに母マリア(壮年期:プペラ・マッジオ)からアルフレードの訃報が届き、映画に夢中だった少年時代を思い出しながら、サルヴァトーレは故郷のシチリアに30年ぶりに帰って来たのだった―。
ジュゼッペ・トルナトーレ監督(1956年生まれ)の1988年公開作で、1989年カンヌ国際映画祭審査員グランプリを受賞したほか、イタリア映画としては15年ぶりにアカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞した作品です(ゴールデングローブ賞外国語映画賞も受賞)。日本でも'89年12月に公開され、「シネスイッチ銀座」での単館ロードながら40週というロングランを記録し、観客動員数約27万人、売上げ3億6900万円という数字は、単一映画館における興行成績としては未だ破られておらず、単館ロードそのものが減っているため、この記録は今後も破られないと言われています。
この映画について、母性(女性)原理への回帰という意味で日本人の気質に通じるものがあって、日本人に受け入れられやすいのではないかという見方をどこかで読んだ覚えがありますが、確かにシシリア人気質というのは家族の絆を非常に重んじるところがあるようです。但し、映画において「トト」ことサルヴァトーレにとって疑似的な父親の役割を果たすアルフレードは、サルヴァトーレに「この村から出て行け。ローマに行って、もう戻ってくるな」と諭すわけであって、これは完全な父性(男性)原理と言えるのではないかと思いました(「ノスタルジーに惑わされるな」と言っているのも同じことだろう。極論すれば、家族を犠牲にしてもわが道を行けと言っているともとれる)。
それがいいのか悪いのかというと、結局トトことサルヴァトーレは、映画監督としては成功したものの、アルフレードの教えを守ったばかりに母親は30年間息子に会えず、そして、成功しているはずのサルヴァトーレ自身も、実を結ばなかった初恋の思い出を引き摺っているのか、結婚もせずに付き合う女性をとっかえひっかえし、何となく虚無感を漂わせている感じです。但し、これをもってアルフレードの教えが誤っていたとかそんなことは言えないだろうなあ。アルフレードの教えを守ったからこそ映画人としての今の自分があるのかもしれないし、何かを得れば何かを失う、人生って大方そのようなものではないかなあと思いました。
「ニュー・シネマ・パラダイス」●原題:NUOVO CINEMA PARADISO●制作年:1988年●制作国:イタリア・フランス●監督・脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ●製作:フランコ・クリスタルディ●撮影:ブラスコ・ジュラート●音楽:エンニオ・モリコーネ/アンドレア・モリコーネ●時間:155分(オリジナル版)/124分(国際版(劇場公開版))/175分(完全版(ディレクターズカット版))●出演:フィリップ・ノワレ/ジャック・ペラン/サルヴァトーレ・カシオ/マルコ・レオナルディ/アニェーゼ・ナーノ/アントネラ・アッティーリ/プペラ・マッジオ/レオポルド・トリエステ/エンツォ・カナヴェイル/レオ・グロッタ/イサ・ダニエリ/タノ・チマローサ/ニコラ・ディ・ピント●日本公



1942年、トラウドゥル・ユンゲ(アレクサンドラ・マリア・ララ)は数人の候補の中からヒトラー総統(ブルーノ・ガンツ)の個人秘書に抜擢された。1945年4月20日、ベルリン。第二次大戦は佳境を迎え、ドイツ軍は連合軍に追い詰められつつあった。ヒトラーは身内や側近と共に首相官邸の地下要塞へ潜り、ユンゲもあとに続く。そこで彼女は、冷静さを失い狂人化していくヒトラーを目の当たりにするのだった。ベルリン市内も混乱を極め、民兵は武器も持たずに立ち向かい、戦争に参加しない市民は親衛隊に射殺されていく。そして側近たちも次々と逃亡する中、ヒトラーは敗北を認めず最終決戦を決意するが―。
オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督の2004年作品で、ヨアヒム・フェストによる同名の研究書『ヒトラー 最期の12日間』('05年/岩波書店)、およびヒトラーの個人秘書官を務めたトラウドゥル・ユンゲの証言と回想録『私はヒトラーの秘書だった』('04年/草思社)が本作の土台となっています。映画はヒトラーが地下の要塞で過ごした最期の12日間に焦点を当て、トラウドゥル・ユンゲの目を通して、歴史的独裁者の知られざる側面を浮き彫りにしていくほか、混乱の中で国防軍の軍人やSS(親衛隊)隊員らが迎える終末、宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルス一家の最期、老若男女を問わず戦火に巻き込まれるベルリン市民の姿にも焦点が置かれています。
この映画の圧巻は、ブルーノ・ガンツ(1941-2019)が演じる、次第に冷静さを失い狂人化していくヒトラーではないでしょうか。その演技は話題になり、動画投稿サイトにおいて台詞パロディの題
材として広く用いられています(日本では「総統閣下シリーズ」と銘打たれている)。ただ、ブルーノ・ガンツの演技ばかりでなく、ヒトラーが総統官邸地下壕から出てきてヒトラー・ユーゲントを激励するシーンなどは、実際の記録映像を忠実に再現していて(元になった記録映像は生前のヒトラー最後の映像として残っているもの)、作りの細かさからリアリティを感じさせるものとなっています(ゲッペルスの6人の子供達も本モノそっくりしのようだ)。
しかし、この映画に描かれていることが全て真実かと言うと、例えば、地下要塞の最後の生き残りだった(この映画にも登場する)親衛隊曹長で地下壕の電話交換手ローフス・ミッシュ(1917-2013/享年96)は、映画は全く事実と異なっていると言い、ヒトラーが映画みたいに怒鳴ってばかりいたというのは誇張で、また、将校らが地下壕内で乱痴気パーティのようなことをしたことも無かったとのことです(ルキノ・ヴィスコンティ監督の「地獄に堕ちた勇者ども」('69年/伊)の影響?)
そもそもこの映画の原作者の一人、ヒトラーの秘書だったトラウデル・ユンゲ(1920-2002/享年81)の父は積極的なナチス協力者であり、また、彼女の夫は親衛隊将校だったとのことで、その証言の中立性に疑問を挟む向きもあるようです。彼女は、出版社の勧めで1947 - 48年に本を執筆しましたが「このような本は関心を持たれない」という理由で出版されなかったのが、『アンネの伝記』の著者メリッサ・ミュラーと2000年に知り合い、その協力を得て2002年に初の回顧録『最期の時まで―ヒトラーの秘書が語るその人生』を出版したとのこと。その回顧録の内容に関するインタビューの様子がドキュメンタリー映画に収められ(ベルリン映画祭観客賞)、2002年2月、この映画の公開数日後に死去しています(この「ヒトラー~最期の12日間~」でも、冒頭と最後にも生前の彼女のインタビューが出てくる)。
トラウデル・ユンゲは戦後比較的早くからヒトラーの最期について証言していますが、ローフス・ミッシュは彼女がそうした証言によって金を稼いだと批判しています。そのローフス・ミッシュ自身も1970年代からドキュメンタリー映画に登場するようになり、特に1990年代以降、ヒトラーや第二次世界大戦に関する番組によく登場していたとのことです。2006年にも「最後の証人―ロフス・ミシュ」と題するテレビ・ドキュメンタリー番組に出演、『ヒトラーの死を見とどけた


全体としては概ね事実に忠実だという評価のようですが、細部においては何が真実なのか、証言者の数だけ"真実"があって分からないということなのかもしれないです(歴史とはそういうものか)。但し、映画としては、最初はまともだったのが次第におかしくなり、最後はすっかり狂人化していくヒトラーと、最初はヒトラーに忠誠を誓っていたものの次第にその行いに疑問を感じるようになり、それでも従来の"忠誠パターン"から抜け出せないまま、最後はその異様な変貌ぶりに驚きつつ、どうにもすることも出来ずにいる取り巻き将校たちという構図が、一つの大きな見せ所となっているように思いました(ゲッペルス夫妻のように狂的に最後までヒトラーに追従して行く者もいたが、これはごく一握りか)。
今どきのビジネス書風に言えば、上司を諌めるフォロワーシップが働かなかったということでしょうか。たとえ合理的な観点から或いは良心の呵責からヒトラーに物申す将校がいたとしても、それを撥ねつ
けて二度と自分に口答えさせないだけの迫力ある(?)狂人と化したヒトラーを、ブルーノ・ガンツは力演していたように思います。普通ならば"浮いて"しまうようなオーバーアクションなのですが(パロディ化されるだけのことはある?)、オーバーアクションであればあるほど風刺や皮肉が効いてくる映画でした。
但し、この映画で良心的な人物として描かれている医官のエルンスト=ギュンター・シェンク親衛隊大佐(クリスチャン・ベルケル)は、強制収容所で人体実験を行って多数の犠牲者を出したとされており、民間人の犠牲者を回避するよう繰り返し訴えるヴィルヘルム・モーンケ親衛隊少将(アンドレ・ヘンニック)は、史実においては少なくとも2度に渡り彼の指揮下の部隊が戦争捕虜を虐殺した疑いが持たれているとのことです。同監督の「
の秘書だった Bis zur letzten Stunde」●時間:156分●出演:ブルーノ・ガンツ/アレクサンドラ・マリア・ララ/ユリアーネ・ケーラー/トーマス・クレッチマン/コリンナ・ハルフォーフ/ウルリッヒ・マテス/ハイノ・フェルヒ/ウルリッヒ・ヌーテン/クリスチャン・ベルケル/アレクサンダー・ヘルト/ハインリヒ・シュミーダー/トーマス・ティーメ●日本公開:2005/07●配給:ギャガ●最初に観た場所:渋谷・シネマライズ(05-09-24)(評価:★★★★) ウルリッヒ・マテス(ヨーゼフ・ゲッベルス)・ブルーノ・ガンツ(アドルフ・ヒトラー)

チャン・ツィイー
剣の名手として武林にその名を知られた李慕白(リー・ムーバイ)(チョウ・ユンファ〈周潤發〉)は、血で血を洗う江湖の争いに悩み、剣を捨てて引退することを決意、自身の名剣「青冥剣(グリーン・デスティニー)」を北京の鐵(ティエ)貝勒に寄贈するために、密かに恋心を抱いていた同門の弟子で、鏢局を営む兪秀蓮(ユイ・シューリン)(ミシェル・ヨー〈楊紫瓊〉)に託す。シューリンは剣を無事に北京のティエ宅に届けるものの、その夜、剣は何者
かに盗まれる。シューリンに続いて北京にやってきたムーバイは、剣を盗んだのは、リーの師匠を毒殺した仇の女性・碧眼狐(ジェイド・フォックス)(チェン・ペイペイ〈鄭佩佩〉)ではないかと考える。一方シューリンは、そこで結婚を間近に控えた貴族の娘の玉嬌龍(
イェン・シャオロン)(チャン・ツィイー〈章子怡〉)と出会い義姉妹の契りを交わすが、賊と戦った時の印象から、剣を盗んだ賊とはそのシャオロンではないかと疑う。シューリンの読み通り、剣を盗んだのはシャオロンで、シャオロンに剣を教えたのはジェイド・フォックスだった。結婚を控えたシャオロンには恋をした過去があり、新疆でその地の賊・羅小虎(ロー・シャオフー)(チャン・チェン〈張震〉)と出会い、シャオロンとシャオフーは今も深く愛し合っていた―。
アン・リー〈李安〉監督による2000年の中国・香港・台湾・米国の合作作品で、原作は王度廬の武侠小説『臥虎蔵龍』ですが、五部作の第四部だけを映画化してもの。第73回アカデミー賞で英語以外の言語による作品でありながら作品賞ほか10部門にノミネートされ(監督、脚色、撮影、編集、美術、衣装デザイン、作曲、歌曲、外国語映画)、外国語映画賞など4部門を受賞しています。トロント国際映画祭の最高賞「観客賞」も受賞しており、トロント国際映画祭はアカデミーが公認している映画祭であるため、アカデミー作品賞ほかにノミネートされたものと思われます(ゴールデングローブ賞外国語映画賞、インディペンデント・スピリット賞及びロサンゼルス映画批評家協会賞の各「作品賞」も受賞)。
アン・リー監督は「両岸三地の中国人が力を合わせた結果、中国文化をアメリカに持ち込むことができた」と言っていますが、因みに、アン・リー監督とチャン・チェンは台湾出身、チョウ・ユンファは香港出身、ミシェル・ヨーは中国系マレーシア人で彼女も主に香港で活躍、チャン・ツィイーは中国出身。中国武侠映画は中国人に深く浸透しているものの、中国圏以外ではそれまであまり知られておらず、中国圏では古いタイプの物語がアメリカや日本の観客の眼には新鮮に映り、関心を持って迎えられたという事情はあったかと思います。
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それ以上に意外だったキャスティングが、我儘お嬢様で実は武闘家のイェン・シャオロンを演じるチャン・ツィイー(「
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でここまで撮れてしまうのかと感心する一方で、竹林のアクションシーンでは俳優達をずっと4,50フィートの高さに吊っていたというから、それなりの大変さはあったのでしょう。カメラマンのピーター・パウ〈鮑徳熹〉は、「あのようなアクションはハリウッドでは永遠に撮れないだろう。なぜなら、ハリウッドには、俳優を10フィート以上吊ってはいけないという規定があるから」と述べています。悪役・碧眼狐を演じたベテラン女優チェン・ペイペイさえも「今の武侠映画はCGを使えるのでとても便利だ」と言っているぐらいですから、こうした生身のアクションシーンはだんだん見られなくなるのではないでしょうか。
武侠映画のスタイルを取りながら、ストーリーとしては恋愛&ファンタジーといった感じですが、ラストで"ヒロイン"のイェン・シャオロンが

「グリーン・デスティニー」●原題:臥虎藏龍/CROUCHING TIGER, HIDDEN DRAGON●制作年:2000年●制作国:中国・香港・台湾・米国●監督:アン・リー(李安)●製作:アン・リー/ビル・コン●脚本:ジェームズ・シェイマス/ツァイ・クォジュン/ワン・ホエリン●撮影:ピーター・パウ(鮑徳熹)●音楽:タン・ド
ゥン/ヨーヨー・マ●原作:王度廬(ワン・ドウルー)「臥虎蔵龍」●時間:120分●出演:チョウ・ユンファ(周潤發)/ミシェル・ヨー(楊紫瓊)/チャン・ツィイー(章子怡)/チャン・チェン(張震)/チェン・ペイペイ(鮑徳熹)/ラン・シャン(郎雄)/リー・ファーツォン●日本公開:2000/11●配給:ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント●最初に観た場所:渋谷東急(00-12-03)(評価:★★★☆)



チャン・ツィイー







神経質で元教師の母親と冷淡な元軍医の父親を持つアメリはあまり構ってもらえず、両親との身体接触は父親による彼女の心臓検査時だけ。いつも父親に触れてもらうのを望んでいたが、稀なことなので心臓が高揚し、心臓に障害があると勘違いした父親は、学校には登校させず周りから子供たちを遠ざけてしまう。その中で母親を事故で亡くし、孤独の中で彼女は想像力の豊かな、しかし周囲と満足なコミュニケーションがとれない不器用な少女になっていく。そのまま成長して22歳となったアメリ(オドレイ・トトゥ)は実家を出てアパートに住み、モンマルトルにある元サーカス団員経営のカフェで働き始める。ある日、偶然に自室から小さな箱を発見し、中に入っていた子供の宝物を持ち主に返そうとした彼女は、探偵の真似事の末に前の住人を探し、箱を持ち主に返して喜ばれたことで、彼女は人を幸せにすることに喜びを見出すようになる―。

個性的なセンスと独特のビジュアル、エスプリとユーモアに溢れた作品で(結構ブラックユーモアが多いためゲテモノ映画と間違えられたのか?)、こんなの今まで見たことないという感じでした。敢えて言えば、駅のスピード証明写真機のボックスに定期的に現れる男は一体何者かといったミステリ風味を効かせている点で、ジャン=ジャック・ベネックスの「ディーバ」('81年/仏)を想起しましたが、やはり作品全体がこの監督のオリジナリティを色濃く反映したものとなっているように思います。
そして何よりもオドレイ・トトゥ演じるアメリがいいです。クレーム・ブリュレの表面をスプーンで割ったり、パリを散歩しサン・マルタン運河で石を投げ水切りをするなど、ささやかな一人遊びと空想にふける毎日を送っていたアメリは、子供時代の宝箱を持主に届けて喜ばれたことで、「この時、初めて世界と調和が取れた気がし」、以降、父親の庭の人形を父親に内緒で世界旅行をさせ父親に旅の楽しさを思い出させるなど、様々な人に関与するようになります。
そうした彼女にも気になる男性が現れ、それはスピード写真のボックス下に捨てられた他人の証明写真を収集する趣味を持つ若者でしたが、気持ちをどう切り出してよいのかわからず、他人を幸せにしてきた彼女も自分が幸せになる方法は見つからない―でも最後は、アパートの同居人で絵描きである老人らに励まされて...。
ところで、この映画に雰囲気、どこか既視感があると思ったら、ルイ・マル監督の「地下鉄のザジ」('60年/仏)が髣髴されました。コミカルでシュールなタッチ、好奇心旺盛な女の子、美しいパリの風景と、共通点が多いです(「地下鉄のザジ」は途中から加速的にスラップスティック・コメディ化するため、想起するのにやや間があった)。ネットで調べてみたら、「アメリの元ネタ」などと言われているようで、一昨年['14年]目黒シネマで「名作チョイス 第一弾 ~おかっぱ★Love~」として「地下鉄のザジ」と「アメリ」を組み合わせた上映があったそうです。その際に「おかっぱ割引」として、"おかっぱ頭"の髪型(おかっぱボブ)の人は割引料金だったようです。確かに、"おかっぱ頭"という点でも「地下鉄のザジ」と「アメリ」の主人公、共通していたなあと改めて思った次第です。
因みに、ラストで、ザジは約束の時間に叔母さんと母親の待つ駅に行き、母親が地下鉄に乗ったかと聞くとザジはただ「乗らない、疲れちやった」と言って終わるのですが、これをもってザジは地下鉄に乗らず終いだったと思っている人が多いようです。実はパリ滞在中にザジの相手をしていた叔父さんが、店で勃発した大乱闘から避難するために、疲れて眠り込んだザジを抱えて地下鉄に避難したとたんに、ストが解決して地下鉄が動き出したのですが、その時まだザジは眠りこけていたために、自分が地下鉄に乗ったという記憶が無いのです。
「地下鉄のザジ」は、登場人物らのドタバタがドリフターズのコントみたいで(クレージー・キャッツがこの映画を参考にしたとも)楽しいのですが、大乱闘になだれ込む終盤の頃には食傷気味になり、最初に観た際の評価は★★★ぐらいでした。ただし、今観ると、1960年のパリの街のあちこちの風景を多数切り取っており、これは映像記録として貴重なのではないかと思われ、星半分プラスしました。「アメリ」で観られるその40年後のパリの風景と見比べてみるのもオツかもしれません(観る順番としては「地下鉄のザジ」→「アメリ」がお薦め)。
「アメリ」●原題:TLE FABULEUX DESTIN D'AMELIE POULAIN●制作年:2001年●制作国:フランス●監督:ジャン=ピエール・ジュネ●製作:クロディー・オサール●脚本:ジャン=ピエール・ジュネ/ギヨーム・ローラン●撮影:ブリュノ・デルボネル●音楽:ヤン・ティルセン●原作:イポリト・ベルナール●時間:122分●出演:オドレイ・トトゥ/マチュー・カソヴィッツ/セルジュ・マーリン/ジャメル・ドゥブーズ/ヨランド・モロー/クレア・モーリア/ドミニク・ピノン/クロディルデ・モレ/リュファス/イザベル・ナンティ/アータス・デ・ペンクアン/(ナレーション)アンドレ・デュソリエ●日本公開:2001/11●配給:アルバトロス・フィルム●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(15-03-25)(評価:★★★★)
「地下鉄のザジ」●原題:ZAZIE DANS LE MÉTRO●制作年:19601年●制作国:フランス●監督・製作:ルイ・マル●脚本:ジャン=ポール・ラプノー/ルイ・マル●撮影:アンリ・レイシ●音楽:フィオレンツォ・カルピ●原作:レーモン・クノー●時間:93分●出演:カトリーヌ・ドモンジョ/フィリップ・ノワレ/カルラ・マルリエ/ヴィットリオ・カプリオーリ/ユベール・デシャン/アニー・フラテリーニ/アントワーヌ・ロブロ/ジャック・デュフィロ/イヴォンヌ・クレシュ/ニコラ・バタイユ/オデット・ピケ●日本公開:1961/02●配給:映配●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(14-06-22)(評価:★★★☆)



1984年、東西冷戦下の東ベルリン。国家保安省(シュタージ)局員のヴィースラー大尉(ウルリッヒ・ミュー
エ)は、後進の若者たちに大学で尋問の手法を講義する教官をしている。ある日、ハムプフ文化相(トーマス・ティーメ)の意により、劇作家のドライマン(セバスチャン・コッホ)と舞台女優である恋人のクリスタ(マルティナ・ゲデック)が反体制的であるという証拠を掴むよう命じられる。国家を信じ忠実に仕えてきたヴィースラーだったが、かつての同期ヴォルヴィッツ(ウルリッヒ・トゥクル)が今は国家保安省の中佐として彼の上司となっている。但し、この盗聴作戦に成功すれば彼にも出世が待っていた。しかし、権力欲にまみれた大臣や、それに追従し自らの政界進出のために手段を選ばないヴォルヴィッツを見るにつけ、彼のこれまでの信念は揺らぐ。更に、盗聴器を通して知る劇作家のドライマンと恋人クリスタの、これまで彼が経験したことのなかった自由、愛、音楽、文学の世界に影響を受け、いつの間にか新しい価値観が彼の中に芽生えてくる―。
フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督33歳の時の初の長編作品であるとともに、ヨーロピアン・フィルム・アワード主要3部門制覇、アカデミー賞外国語映画賞受賞など多くの賞を受賞した出世作でもあり、映画監督ヴェルナー・ヘルツォークは「ドイツ映画史上、最も素晴らしい作品である」との賛辞を寄せています。記録文書のリサーチだけで4年を費やしたとのことで、人類史上最大の秘密組織と言われる"シュタージ"の内幕を正確に描いているそうです(撮影も当時の建物などが使われた)。ストーリーの本筋そのものは実話ではありませんが、断片的には当時の記録や証言をもとに多くの実話的要素を織り込んでいるようです。
ある意味、人は変われるかということをテーマにしている作品ともいえ、公開当時は"シュタージ"にヴィースラーのような人間はいなかったとの批判もあったようです。更には、作品の描かれ方としても、ヴィースラーの変化が一部には唐突感をもって受け止められたようですが、個人的には、ヴィースラーの変わっていく様子は、ウルリッヒ・ミューエの抑制の効いた演技によって説得力をもって伝わってきました。
スパイ映画的な緊迫感もあって、エンタテインメントとしても上手いと思いました。ただ、終盤に大きな悲劇があって、ここで終わりかと思ったら、ややもの足りない印象も。ところが話はやや長めのエピローグへと入っていきます。エピローグが長い映画でいい作品は少ないように思われ、どう落とし込むのかと思ったら、最後はいい意味で予想を裏切り、オリジナリティのある展開で大感動させてくれました。
ベルリンの壁崩壊後に自分達が盗聴されていたことを初めて知ったドライマン。では当時なぜ当局にすぐさま検挙されることが無かったのか、その謎を探るうちにある真実が浮かび上がり、その"当事者"に行き着く―。当のヴィースラーは、ベルリンの壁崩壊前は国家保安省で閑職に追いやられていましたが、ベルリンの壁崩壊後もチラシを投函する仕事をしていて、かつての大学教員の面影は無く落魄しています。しかし、ドライマンは彼を見つけても声を掛けないし、駆け寄って有難うと言って抱きついたりもしない―この抑制がいいです。でも、作品としてのカタルシスという面ではどうかなと思ったら...。
最後、ヴィースラーは相変わらずチラシ配りをしています。そのヴィースラーが偶々ドライマンの新刊の広告を書店前で見かけて店に入り、その著作『善き人のためのソナタ』を手にしてページをめくった時に、もう何が出てくるか、さすがにここまでくれば観ていて分かってしまうのですが、やはり感動してしまいます。そして、ギフト用に包みましょうかと声をかける若い店員に、「私のための本だ」と言ったときのヴィースラーの表情といい、その表情のストップモーションで終わるエンディングといい、カタルシス全開でした(ラストで一番泣かせてくれるというのがニクイ)。
ヴィースラーと、終盤のヴィースラーを発見するも観察するだけのドライマン、大学で尋問手法の講義で使われたヴィースラーが被尋問者の人格を否定するかのように番号で呼ぶ場面と、本の献辞の中にあったHGW XX/7というヴィースラー自身を指すコード(但し後者は、ドライマンにとっては自分を助けてくれた恩人の唯一の手掛かりとなり、ヴィースラーにとっては自らの人生の選択が正しかったことを再確認させるものとなった)、等々。

BF館」「シネマライズシアター1(2階)(303席)(後のシネマライズ)」になる。2004年、3スクリーン目、デジタル上映劇場「ライズX(38席)」を地下のバースペースに増設。地下1階スクリーン「シネマライズBF館(旧シネマライズ渋谷)」2010年6月20日閉館(地下2階「ライズⅩ」2010年6月18日閉館)。2011年、編成をパルコエンタテインメントに業務委託。地上2階「シネマライズ」2016年1月7日閉館。[写真:2015年11月26日/ラストショー「黄金のアデーレ 名画の帰還」封切前日]


ベルトラン・タヴェルニエ(Bertrand Tavernier、1941- )監督の初期作品で、第37回カンヌ国際映画祭監督賞作(原作は脚本家ピエール・ボストの遺作『ラドミラル氏はもうすぐ死んでしまう』)。ストーリー的にはただこれだけの話ですが、パリ郊外の田舎の風景の映像も美しく、何となくじわーっとくる作品です。こうした作品を飽きずに最後まで見せるのは、相当な力量ではないかと最初に観た当時思いましたが(途中で退屈になってしまう人もいておかしくない作品でもあるが)、この監督はその後も佳作を世に送り続けています。でも、自分が観たベルトラン・タヴェルニエの作品ではこれが一番かと。娘イレーヌ役のサビーヌ・アゼマは、1985年(第10回)セザール賞(フランスにおける映画賞で、同国における米アカデミー賞にあたる)の最優秀女優賞を受賞しています。
邸での些細な出来事の殆どが、老境の画家ラドミラル氏の視点から描かれているように思えますが、彼が数年前までは風景画を描いていたのが、最近はアトリエの中の椅子等のオブジェを描くように変わっているのが興味深いです。更に、娘イレーヌは、父のアトリエの屋根裏部屋で、美しいレースのショールと情熱的な画を見つけて感動しますが、これらも、老画家のこれまでの内面の精神的歩みを物語っているように思えました。
妻に先立たれたとはいえ、美しい田舎の邸に住まい、訪ねてきてくれる子どもも孫もいて、しかも自分には創作という"定年の無い仕事"があるという、ある意味、ラドミラル氏は充分に恵まれた老人なのかもしれません。それでも、全体として見れば、老いと人生の侘しさをしみじみと描いた作品であると言え(印象派絵画のように描かれる田舎の紅葉の光と影が主人公の老境にすごくマッチしている)、家族のこと(娘イレーヌの恋愛)が心配事に絡んでいる点など、小津安二郎の作品にも通じるものがあるように思いました。
しかし、最後に家族が去った後、新たな創作にとりかかろうとするラドミラル氏のその姿からは、非常に強い「個人」や「自我」というものが見て取れ、小津安二郎などの日本映画とはまた違った趣も感じられました。
「田舎の日曜日」●原題:UN DIMANCHE A LA CAMPAGHE●制作年:1984年●制作国:フランス●監督・製作・脚本:ベルトラン・タヴェルニエ●共同脚本:コロ・タヴェルニエ●撮影:ブルーノ・ド・ケイゼル●音楽:ガブリエル・フォーレ●原作:ピエール・ボスト「ラドミラル氏はもうすぐ死んでしまう」●時間:95分●出演:ルイ・デュクルー/サビーヌ・アゼマ/ミシェル・オーモン/ジュヌヴィエーヴ・ムニック/カティア・ボストリコフ●日本公開:1985/11●配給:フランス映画社●最初に観た場所:テアトル新宿(86-03-30)(評価:★★★★)●併映:「パリ、テキサス」(ヴィム・ヴェンダース)




『
個人的なイチオシは、リドリー・スコット監督の「テルマ&ルイーズ」('91年/米)で、専業主婦のテルマ(ジーナ・デイヴィス)とレストランでウエイトレスとして働く独身女性のルイーズ(スーザン・サランドン)の親友同士が週末旅行に出掛けた先で、自分たちをレイプしようとした男を射殺したことから、転じて逃走劇になるという話(ロンドン映画批評家協会賞「作品賞」「女優賞(スーザン・サランドン)」受賞作)。
リドリー・スコットが女性映画を撮ったという意外性もありましたが、ジーナ・デイヴィスとスーザン・サランドンが、どんどん破局に向かいつつも、その過程においてこれまでの束縛や因習から解放され自由になっていく女性を好演し、彼女ら追いつつも彼女らの心情を理解し、何とか連れ戻したいと
思う警部役のハーベイ・カイテルの演技も良かったです(まださほど知られていない頃のブラッド・ピットが、彼女らの金を持ち逃げするヒッチハイカー役で出ていたりもした)。
「ダンス・ウィズ・ウルブス」といったアカデミー賞受賞作品と並んで「羊たちの沈黙」や「ターミネーター2」が星4つの評価を得ているというのがこの年の特徴でしょうか。
ジェームズ・キャメロン監督の「ターミネーター2」('91年/米)は、形状記憶疑似合金でできたT1000型ターミネーターが登場したものでしたが、この作品の前に「アビス」('89年)を撮り、ずっと後に「アバター」('09年)を撮ることになる
ジェームズ・キャメロン監督らしい特撮CGが冴えていたように思われ、T1000型を演じるロバート・パトリックも、華奢なところがかえって凄味がありました。一方、アーノルド・シュワルツネッガーが演じる旧タイプのT800型ターミネーターを善玉にまわしてヒューマンにした分、前作「ターミネーター」に比べ甘さがあるように思いました(これ、本書において山口猛氏が書いている批評とほぼ同じなのだが、山口氏の評価は最高評価になる星4つ)。IMDb評価は、「ターミネーター」が[8.1]、「ターミネーター2」が[8.6]で、「2」が上になっています。後からまとめて観た人は「2」の方がいいのかもしれないけれど、それぞれリルタイムで観た自分の場合、「1」のインパクトが大きかったです。
督デビュー作「殺人魚
フライング・キラー」(81年)に続く監督2作目であり、彼の出世作と言えます。ジェームズ・キャメロン監督はシュワルツネッガーと1度会食をしただけで、キャリアが浅く当初脇役で出演の予定だった彼をT800型ターミネーター役に抜擢することを決めたそうですが、シュワルツネッガーの全裸での登場シーンから始まって、そのストロングタイプのヒールぶりは今振り返っても
強烈なインパクトがあったように思います。ただ、この作品の後、「ターミネーター2」との間の7年間の間隔があり(ヒットしたB級映画にありがちだが、すぐにでも続編を撮りたいところが版権が複数社に跨っており、撮ろうにもなかなか撮れなかった)、その間に
シュワルツネッガーは「レッドソニア」「コマンドー」「ゴリラ」「プレデター」「バトルランナー」「レッドブル」「ツインズ」「
因みに、91年は、これも映像表現に特徴のあるデイヴィッド・リンチ監督のテレビ・シリーズ「ツイン・ピークス」が6月にWOWOWで日本で初公開、9月にビデオがリリースされており、日本中のレンタルビデオ店が「ツイン・ピークス」入荷&予約待ち状態になるという大ブームになりましたが、この作品もある意味「脱日常」的な作品だったなあと(まあ、「Xファイル」にしろ「LOST」にしろ、どれもみんな「脱日常」なのだが)。
ビデオ14巻、全29話(パイロット版(「序章」)を含めると30話)、25時間強のサスペンス・ミステリーですが、毎回毎回いつもいいところで終わるので、続きを観るまで禁断症状になるという(あの村上春樹も米国でリアルタイムでハマったという)―ラストは腑に落ちなかったけれども(「えーっ
、これが結末?」という感じか)、そのことを割り引いてもテレビ・ムービーの金字塔と言えるのでは(デイヴィッド・リンチによると、このラストはあくまでも第2シーズンの最終話に過ぎず、「ツイン・ピークス」という物語そのものの結末ではないとのことだが、続編は未だ作られていない)。(●その後、2017年に物語の25年後を描いた「リミテッド・イベント・シリーズ(全18話)」(邦題「ツイン・ピークス The Return」)が作られた。)

「テルマ&ルイーズ」●原題:THELMA & LOUISE●制作年:1989年●制作国:アメリカ●監督:リドリー・スコット●製作:リドリー・スコット/ミミ・ポーク●脚本:カーリー・クーリ●撮影:エイドリアン・ビドル●音楽:ハンス・ジマー●時間:129分●出演:スーザン・サランドン/ジーナ・デイヴィス/ハーヴェイ・カイテル/マイケル・マドセン/ブラッド・ピット●日本公開:1991/10●配給:松竹富士(評価:★★★★☆)
「ターミネーター2」●原題:TERMINATOR2:JUDGMENT DAY●制作年:1991
年●制作国:アメリカ●監督・製作:ジェームズ・キャメロン●脚本ジェームズ・キャメロン/ウィリアム・ウィッシャー●撮影:アダム・グリーンバーグ●音楽:ブラッド・フィーデル●時間:137分(公開版)/154分(完全版)●出演:アーノルド・シュワルツェネッガー/リンダ・ハミルトン/エドワード・ファーロング/ロバート・パトリック/アール・ボーエン/ジョー・モートン/ジャネット・ゴールドスタイン●日本公開:1991/08●配給:東宝東和(評価:★★★)
「ターミネーター」●原題:THE TERMINATOR●制作年:1984年●制作国:アメリカ/イギリス●監督:ジェームズ・キャメロン●製作:ゲイル・アン・ハード●脚本:ジェームズ・キャメロン/ゲイル・アン・ハード
●撮影:アダム・グリーンバーグ●音楽:ブラッド・フィーデル●時間:108分●出演:



(1段目)デイル・クーパー捜査官(カイル・マクラクラン)/ローラ・パーマー(シェリル・リー)/アルバート・ローゼンフィールド捜査官(ミゲル・フェラー)/ハリー・S・トルーマン保安官(マイケル・オントキーン)/ハリーの部下、アンディ・ブレナン(ハリー・ゴアズ)/(2段目)ホーク保安官補佐(マイケル・ホース)/署の受付嬢ルーシー(キミー・ロバートソン)/ローラの同級生ドナ・ヘイワード(ララ・フリン・ボイル)/ローラの同級生オードリー・ホーン(シェリリン・フェン)/シェリー・ジョンソン(メッチェン・アミック)/(3段目)製材所経営者の未亡人ジョスリン・パッカード(ジョアン・チェン)/ボビー・ブリッグス(ダナ・アッシュブルック)/マイク・ネルソン(ゲイリー・ハーシュバーガー)/ローラの同級生ジェームズ・ハーレイ(ジェームズ・マーシャル)/シェリーの夫レオ・ジョンソン(エリック・ダ・レー)/(4段目)小さな男(マイケル・アンダーソン)/片腕の男(アル・ストロベル)/丸太おばさん(キャサリーン・コウルソン)/ネィディーン・ハーレイ(ウェンディ・ロビー)/謎の男ボブ(フランク・シルバ)
992年●制作国:アメリカ●監督:デイヴィッド・リンチ●製作:グレッグ・ファインバーグ●脚本:デイヴィッド・リンチ/ロバート・エンゲルス●撮影:ロン・ガルシア●音楽:アンジェロ・バダラメンティ●時間:135分●出演:シェリル・リー/レイ・ワイ
ズ/メッチェン・アミック/カイル・マクラクラン/デヴィッド・ボウイ/ミゲル・フェラー/キーファー・サザーランド/ダナ・アシュブルック/フィービー・オーガスティン●日本公開:1992/05●配給:日本ヘラルド映画(評価:★★★?)
デイヴィッド・リンチ(映画監督)2025年1月15日逝去。78歳。人気ドラマシリーズ「ツイン・ピークス」や、映画「マルホランド・ドライブ」など、カルト的人気を得た多くの作品で知られる。

●2025年ドラマ化【感想】2025年6月22日からNHKBSの「プレミアムドラマ」枠にて、直木賞作家での父である井上光晴と瀬戸内寂聴の不倫を基に描いた『あちらにいる鬼』('19年/朝日新聞出版)が話題になった井上荒野の『照子と瑠衣』('23年/祥伝社)のドラマ化作品が風吹ジュン・夏木マリのW主演で放映されたが、井上荒野の原作はまさに映画「テルマ&ルイーズ」へのオマージュ的な小説であり、従ってドラマも「テルマ&ルイーズ」を原案としていると
見ていい。ただし、原作は主人公の二人の女性の年齢を70代に引き上げており、ドラマでも実際に共に1952年5月生まれで73歳の風吹ジュン、夏木マリが演じている(二人は初共演)。70歳の親友同士の照子と瑠衣がそれぞれ、照子はモラハラ気味の夫との生活に見切りをつけ、瑠衣は老人マンションでのトラブルから逃れるために、二人一緒に逃避行を始め、長野県・八ヶ岳の別荘地で素性を隠して暮らし始めるというストーリー(因みに、井上荒野も2019年より長野県八ヶ岳の麓に暮らす)。風吹ジュンは年齢を重ねるごとにいい役者になっていく。
「照子と瑠衣」●演出:大九明子●脚本:大九明子/フル
タジュン●音楽:侘美秀俊●原作:井上荒野『照子と瑠衣』●時間:49分●出演:
2010年ゴールデングローブ賞 作品賞(ドラマ部門)受賞作。
全世界で5億人以上のユーザーが登録しているFacebookの創業にまつわる物語で、一躍時代の寵児となったザッカーバーグは、若くして億万長者へと成り上がっていくのですが、この映画によれば、Facebookの前身が、ザッカーバーグがガールフレンドのエリカ(ルーニー・マーラ、「
鎖されると、やはり女の子との出会いを目的としたハーバード大生専用のコミュニティサイト「ハーバード・コネクション」の制作に協力して、そこからヒントを得て、「ザ・フェイスブック」が誕生し、それがエドゥアルドの所属する大学一のファイナル・クラブである「フェニックス」の人脈を利用して瞬く間に広まっていったという―真偽のほどはともかく、その過程が興味深かったです。
結局、ザッカーバーグは、「ハーバード・コネクション」の創設者ウィンクルボス兄弟と、彼が共同設立した会社のCEOとなったエドゥアルド(ショーン・パーカーを巡って2人の意見が対立し、結局彼はザッカーバーグに設立会社の重役を降ろされてしまう)の両者から訴えられていて、映画は、ザッカーバーグが抱える2つの訴訟場面を現在とし、過去を時系列で顧みる形で物語が展開されていくため、必ずしもハッピーエンドとは言えない現在が予め観客に提示されている「成功物語」ということになります。
IT業界の裏側を覗き見ると言うより、Facebookがどのようにして生まれたか自体に関心があって観ましたましたが、意外だったのは、最初は極端にオタクっぽく見えたザッカーバーグ(この人、アスペルガー症候群?)が、後半になると随所で経営者才覚を発揮する点で、ビル・ゲイツなどもこのプロセスを経てきているのだろうけれど、前半及び裁判シーンでザッカーバーグの"KY(空気読めない)ぶり"がやや強調され過ぎている感じもしました(映画として面白くするため?)。
えば、Facebookを作った理由が"女の子にモテたいから"ってなってたけど、僕と彼女はFacebookを作る前から付き合っているし、別れたこともないんだよ(実際にザッカーバーグは'12年5月、このハーバード時代の同窓生である東洋系の彼女と結婚式を挙げた)。ただ、映画を観た多くのFacebookユーザーから"感激しました!"という反応があった。この映画を観て、コンピューターの分野に進むことを決意する人が出てきたり、そういう影響を与えたことは最高に凄いと思う。その部分だけはね」とコメントしており、割合マトモな談話ではないかなあ(元々はマトモな人物なのか、それとも財界人になって社会的協調性を身につけたのか?)。


「ソーシャル・ネットワーク」●原題:THE SOCIAL NETWORK●制作年:2010年●制作国:アメリカ●監督:デヴィッド・フィンチャー●製作:スコット・ルーディン/マイケル・デ・ルカ/シーアン・チャフィン●脚本:アーロン・ソーキン●撮影:ジェフ・クローネンウェス●音楽:トレント・レズナー/アッティカス・ロス●原作:ベン・メズリック「facebook」●時間:121分●出演:ジェシー・アイゼンバーグ/アンドリュー・ガーフィールド/ジャスティン・ティンバーレイク/ブレンダ・ソング/ラシダ・ジョーンズ/ジョゼフ・マゼロ/マックス・ミンゲラ/ルーニー・マーラ/アーミー・ハマー/ダグラス・アーバンスキ/ダコタ・ジョンソン/トレヴァー・ライト/ウォレス・ランガム●日本公開:2011/01●配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(評価:★★★)


中国の著名な映画監督チェン・カイコー(陳凱歌、1952年生まれ)が、60年代半ばから70年代初頭の「文化大革命」の嵐の中で過ごした自らの少年時代から青年時代にかけてを記したもので、「文革」というイデオロギー至上主義、毛沢東崇拝が、人々の人間性をいかに踏みにじったか、その凄まじさが、少年だった著者の目を通して具体的に伝わってくる内容です。
著者の父親も映画人でしたが、国民党入党歴があったために共産党に拘禁され、一方、当時の共産党員幹部、知識人の子弟の多くがそうしたように、著者自身も「紅衛兵」となり、「毛沢東の良い子」になろうとします(そうしないと身が危険だから)。
結果的には「農民から学んだ」とも言える著者ですが、17年後に映画撮影のため同地を再訪し、その時撮られたのが監督デビュー作である「黄色い大地」('84年)で、撮影はチャン・イーモウ(

その前月にシネヴィヴァン六本木で観た台湾映画「童年往時 時の流れ」('85年/台湾)は、中国で生まれ、一家とともに台湾へ移住した"アハ"少年の青春を描いたホウ・シャオシェン(
劇を描いたもので、台湾の3監督によるオムニバス映画の内の1小品。他の2本も台湾の庶民の日常を描いて、お金こそかかっていませんが、何れもハイレベルの出来でした。


一方、チェン・カイコー(陳凱歌)監督の名が日本でも広く知られるようになったのは、もっと後の、
(●2023年10月12日、シネマート新宿にて4K修復版を鑑賞(劇場で観るのは初)。張國榮(レスリー・チャン)と鞏俐(コン・リー)が一人の男を巡って恋敵となるという、ある意味"空前絶後"的映画だったと改めて思った。)
中国は今月('09年10月1日)建国60周年を迎え、しかし今も、共産党の内部では熾烈な権力抗争が続いて(このことは、清水美和氏の『「中国問題」の内幕』('08年/ちくま新書)に詳しい)、一方で、ここのところの世界的な経済危機にも関わらず、高い経済成長率を維持していますが(GDPは間もなく日本を抜いて世界第2位となる)、今や経済界のリーダーとなっている人達の中にも文革や下放を経験した人は多くいるでしょう。記念式典パレードで一際目立っていたのが毛沢東と鄧小平の肖像画で、「改革解放30年」というキャッチコピーは鄧小平への称賛ともとれます(因みに、このパレードの演出を担当したのもチャン・イーモウ)。
「童年往時/時の流れ」●原題:童年往来事 THE TIME TO LIVE AND THE TIME TO DIE●制作年:1985年●制作国:台湾●監督:侯孝賢(ホウ・シャオシェン)●製作:徐国良(シュ・クオリヤン)●脚本:侯孝賢(ホウ・シャオシェン






CONCUBI●制作年:1993年●制作国:香港●監督:陳凱歌(チェン・カイコー)●製作:徐淋/徐杰/陳凱歌/孫慧婢●脚本:李碧華/盧葦●撮影:顧長衛●音楽:趙季平(ヂャオ・ジーピン)●原作:李碧華(リー・ビーファー)●時間:172分●出演:張國榮(レスリー・チャン)/張豊毅(チャン・フォンイー)/鞏俐(コン・リー)/呂齊(リゥ・ツァイ)/葛優(グォ・ヨウ)/黄斐(ファン・フェイ)/童弟(トン・ディー)/英達(イン・ダー)●日本公開:1994/02●配給:ヘラルド・エース=日本ヘラルド映画(評価:★★★★☆)●最初に観た場所(再見)[4K版]:シネマート新宿(23-10-12)


鞏俐(コン・リー)in「さらば、わが愛 覇王別姫」(1993年・





就職先も決まっていた教立大学4年の秋平(本木雅弘)は、ある日、卒論指導教授の穴山(柄本明)に呼び出され、授業に一度も出席しなかったことを理由に、卒業と引き換えに穴山が顧問をする相撲部の試合に出るよう頼まれる―。
何故そんなに面白かったのかを考えるに、劇画チックではあるけれど、スポ根モノとしては極めてオーソドックな展開で、観る側に充分なカタルシス効果を与えると共に、きっちりした取材の跡が随所に窺えること、何よりもそのことが大きな理由ではないかと思いました。
同じく周防監督の「Shall We ダンス?」('96年/東宝)も、充分な取材の跡が感じられ、内容的にみても、多くの賞を受賞し(第70回「キネマ旬報ベスト・テン」第1位作品)、ハリウッド映画としてリメイクされるぐらいですからそう悪くはないのですが、この監督のカタルシス効果の編成方法が大体見えてきてしまったというのはある...。
但し、草刈民世を(演技的には無理させないで)キレイに撮っているなあという感じはして、外国の映画監督でもそうですが、ヒロインの女優が監督の恋愛対象となっている時は、女優自身の魅力をよく引き出しているということが言えるのでは。
因みに「Shall we ダンス?」は、第20回「日本アカデミー賞」において史上最多の13冠を獲得しています。主要7部門に限っても、最優秀作品賞、 最優秀監督賞、 最優秀脚本賞(周防正行)、最優秀主演男優賞(役所広司)、最優秀主演女優賞(草刈民代)、最優秀助演男優賞(竹中直人)、最優秀助演女優賞(渡辺えり子)と7冠全て制覇して他の作品の共同受賞さえ許さなかったのは('09年現在)この作品だけです(残り6冠は、音楽・撮影・証明・美術・録音・編集。残るは新人賞や外国作品賞だから、実質完全制覇と言っていい)。「キネマ旬報ベスト・テン」第1位のほか、「毎日映画コンクール 日本映画大賞」「報知映画賞 作品賞」「日刊スポーツ映画大賞 作品賞」も受賞しています。「シコふんじゃった。」がこれらに加えて受賞した「ブルーリボン賞 作品賞」は受賞していませんが、英「ロンドン映画批評家協会賞 作品賞」、米「ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞 外国語映画賞」など、海外で賞を受賞しています(2004年にアメリカにて「Shall We Dance?」のタイトルで、リチャード・ギア、ジェニファー・ロペス、スーザン・サランドンらが出演するアメリカ版のリメイク作品が製作された)。
「シコふんじゃった。」●制作年:1991年●監督・脚本:周防正行●撮影:栢野直樹●音楽:周防義和/おおたか静流●時間:105分●出演:本木雅弘/清水美砂/柄本明/竹中直人/水島かおり/田口浩正/六平直政/宝井誠明/ロバート・ホフマン/梅本律子/松田勝/宮坂ひろし/村上冬樹/桜むつ子/片岡五郎/佐藤恒治/みのすけ●公開:1992/01●配給:東宝(評価:★★★★☆)

「Shall We ダンス?」●制作年:1996年●監督・脚本:周防正行●製作:徳間康快●撮影:栢野直樹●音楽:周防義和/おおたか静流●時間:136分●出演:役所広司/草刈民代/竹中直人/田口浩正/徳井優/宝井誠明/渡辺えり子/柄本明/原日出子/草村礼子/森山周一郎/本木雅弘/清水美砂/上田耕一/宮坂ひろし/井田州彦/田中英和/峰野勝成/片岡五郎/大杉漣/石山雄大/本田博太郎/香川京子/田中陽子/東城亜美枝/中村綾乃/石井トミコ/川村真樹/松阪隆子/馬渕英俚可●公開:1996/01●配給:大映(評価:★★★☆)



ヒロイン・ルーシー(ヘレナ・ボナム・カーター)は、年配の従姉(マギー・スミス)に付き添われイタリアを旅行する中、フィレンツェの宿で景色の良くない部屋に当たってしまうが、風変わりなエマソン父子と知り合い、眺めいい部屋と交換してもらうことになる。言葉数は少ないが自分の気持ちに正
ーシーは、イギリスでの日常生活に戻ると上流階級のインテリのシシル(ダニエル・デイ・ルイス)と婚約をし、彼女にとってジョージとの出来事は旅の思い出に留まるはずだったのが、何とエマソン父子が近所に越してきてしまう―。

血筋あり、彼女自身ケンブリッジ大学に合格したインテリです。
原作はE・M・フォースター(1879-1970)の同名小説で、ジェームズ・アイヴォリー監督の作品では、「インドへの道」('84年)、「モーリス」('87年)、「ハワーズ・エンド」('92年)もフォースターの原作ですが、いかにもイギリス映画という感じでありながら、異文化要素が織り込まれており(「モーリス」は、地理的な異文化ではなく、ホモ・セクシュアルという異文化だが)、いずれの作品も複数の文化を相対化する視点のもと、貴族社会(即ち"世俗的なもの")に対する批判や皮肉が込められているように思います(因みに、E・M・フォースター自身ゲイだったそうで、「モーリス」を観ると彼自身がそのことで苦悩したことが窺える)。
あの村上春樹も「カズオ・イシグロのような同時代作家を持つこと」を幸せだとインタビューで述べている、そのカズオ・イシグロが原作の「
恋"を想起させられる)。尤も、アンソニー・ホプキンス(「羊たちの沈黙」('91年/米)でハンニバル・レクターを演じアカデミー賞主演男優賞を受賞した)という俳優は、「台本至上主義」「台本絶対主義」で知られる役者で、撮影に入る前にはもう台本上の役の人物になり切っているそうですが。
「眺めのいい部屋」●原題:A ROOM WITH A VIEW●制作年:1986年●制作国:イギリス●監督: ジェームズ・アイヴォリー●製作:イスマイール・マーチャント●脚色:ルース・プラヴァー・ジャブヴァーラ●撮影:トニー・
ピアース・ロバーツ●音楽:リチャード・ロビンズ●原作:E・M・フォースター●時間:114分●出演:ヘレナ・ボナム・カーター/ジュリアン・サンズ/マギー・スミス/
「モーリス」●原題:MAURICE●制作年:1987年●制作国:アメリカ●監督: ジェームズ・アイヴォリー●製作:イスマイール・マーチャント●脚本:キット・ヘスケス・ハーヴェイ/ジェームズ・アイヴォリー●撮影:ピエール・ロム●音楽:リチャード・ロビンズ●原作:E・M・フォースター●時間:140分●出演:
「日の名残り」●原題:REMAINS OF THE DAY●制作年:1993年●制作国:イギリス●監督: ジェームズ・アイヴォリー●製作:マイク・ニコルズ/ジョン・キャリー/イスマイール・マーチャント●脚色:ルース・プラヴァー・ジャブヴァーラ●撮影:トニー・ピアース・ロバーツ●音楽:リチャード・ロビンス●原作:カズオ・イシグロ 「日の名残り」●時間:134分●出演:アンソニー・ホプキンズ/エマ・トンプソン/ジェームズ・フォックス/クリストファー・リーヴ/ヒュー・グラント●日本公開:1994/03●配給:コロムビア映画(評価:★★★★)

裕福な家庭の出ではあるがユダヤの血をひくために差別と偏見を受け、走ることによって栄光を獲て真のイギリス人になろうとするハロルド・エイブラハムスと、スコットランド人宣教師の家に生まれ、自身も神のために走る宣教師であるエリック・リデルという、1924年のパリ・オリンピックで祖国イギリスに金メダルをもたらした2人の陸上短距離ランナーの友情を描く―。
米アカデミー賞と英国アカデミー賞の両方で作品賞を受賞した作品(トロント国際映画祭の最高賞である「観客賞」、ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞「作品賞」、ゴールデングローブ賞外国映画賞、ロンドン映画批評家協会賞「作品賞」なども受賞)。ヴァンゲリス・O・パパサナシュー(最近は"ヴァンゲリス"としか表記しないがギリシャ人)作曲の「タイトルズ(Chariots of Fire)」が陸上競技の美しい映像にマッチして耳にも心地良く、スポ根・ライバル物でもイギリス人が撮るとこんなに優雅なものになるのかと。
実在の2人の陸上選手がモデルになっているそうですが、映画公開当時は、70年代から80年代にかけて活躍したイギリスの陸上選手スティーブ・オベットとセバスチャン・コーをすぐに想起しました。'80年のモスクワ五輪でオベットはコーの得意とする800mで、コーはオベットの得意とする1500mでそれぞれ金メダルを獲っていますが(コーは4年後のロス五輪でも金)、2種目でメダルをわけ合った点も似ているし、コーが優等生タイプでオベットがコーの敵役と見られていた点も似ています。
オリンピックの100m競技が日曜日に行われることになっていたのを、リデルが"安息日"であるためとして出場を拒否し、代わりに走ったエイブラハムスが出場し金メダルを獲得したというのは史実であり、このことは、より近年の話ですが、三段跳びの'00年シドニー五輪の金メダリストで、現世界記録保持者であるジョナサン・エドワーズ(彼も敬虔なクリスチャンだが)が、'91年の世界陸上東京大会で、競技日が日曜日だったため「神の定めた安息日に競技を行うことはできない」として欠場したことを想起させます(その後、彼は考えを変えたが)。アメリカの陸上選手は黒人ばかり。一方イギリスは、陸上スポーツの世界にも、こうしたエスタブリッシュな伝統が受け継がれているのだなあと。




