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改題増補されて入手できたのは喜ばしい。それにしても、まだ観るべくして観ていない映画が多い。


『映画の中の東京 (平凡社ライブラリー さ 8-1)』['02年]「秋立ちぬ<東宝DVD名作セレクション>」「銀座化粧 [DVD]」田中絹代 「赤線地帯 4K デジタル修復版 Blu-ray」京マチ子
『東京という主役: 映画のなかの江戸・東京』['88年]

日本映画には東京を描いた作品が多いのですが、本書は、一昨年['22年]に91歳で亡くなった映画評論家の佐藤忠男(1930-2022)が、映画における東京の風景の役割や意味、人々の暮らしぶり、監督論等を語ったもので、『東京という主役―映画のなかの江戸・東京』('88年/講談社)の改題増補版になります。
佐藤忠男(1930-2022)
第1章では、小津安二郎、黒澤明、成瀬巳喜男の3人の監督の作品を取り上げていますが、まず何をもってもしても小津安二郎! 生涯に作った53本の作品の内、東京を舞台にしていない作品はせいぜい8本ぐらいしかないそうです。「東京物語」(53年)をはじめタイトルに東京という言葉がついている作品が5本あり、どの作品をとっても東京論になるといった感じ。

黒澤明作品については、「野良犬」(49年)を「東京をかけめぐる映画」だとし、盛り場の描かれ方などに注目しています。そう言えば小林信彦氏が「週刊文春」のエッセイで、闇市の風景を一番忠実に描いているのは、黒澤明の「酔いどれ天使」と「野良犬」だと述べていました。
成瀬巳喜男作品では、ミルクホールを舞台にした「はたらく一家」(38年)に着眼していますが、個人的には未見。「ミルクホール」というものの起源が解説されているのが興味深かったです(ホテルニューオータニに「ミルクホール」という名のそう高くない洋食屋があって、コーヒーのみだが打ち合わせで等で50回近く利用した。また、時々利用する中伊豆・吉奈温泉にある旅館「東府やResort&Spa-Izu」にも「ミルクホール」というフリードリンクスペースがあり、数回行ったことがある)。
ホテルニューオータニ「ミルクホール」/東府やResort&Spa-Izu「大正館」ラウンジ「ミルクホール」

第2章では、江戸から東京への推移を写し出した作品を取り上げていて、山中貞雄監督の「人情紙風船」(37年)などは確かに江戸長屋をよく描いていました。「東京五人男」(46年)の熱の籠った解説がありますが、個人的にはこれも観よう観ようと思っていながらも未見。章の終わりの方では、黒澤明の「素晴らしき日曜日」(46年)や小津安二郎の「風の中の牝雞」(46年)を取り上げています。
第3章は、山の手と下町の比較論で、下町ものとして、小津安二郎の「出来ごころ」(33年)、「東京の宿」(35年)などを挙げていますが、山の手ものと呼ばれる映画の分野はないとのこと。ナルホド。


第4章では盛り場の変遷を浅草・銀座・新宿の順で取り上げ、浅草だと成瀬巳喜男の「乙女ごころ三人姉妹」(35年)、ただしこれも個人的は観れていないです。銀座はこれも成瀬巳喜男の「銀座化粧」(51年)と「秋立ちぬ」(60年)を取り上げていますが、片や酒場(女給バー)が舞台で片や八百屋が舞台だけれども、場所は同じ銀座でした。吉村公三郎の「夜の蝶」(57年)を"究極の銀座讃歌"としていますが、これも観れておらず。新宿のところで取り上げられている大島
渚の「新宿泥棒日記」(69年)も未見。山本政志監督の「闇のカーニバル」(81年)は旧ユーロスペースで観ました。伊藤智生監督の「ゴンドラ」(86年)はラストに疑問が残るとしています。山本監督の「ロビンソンの庭」(87年)は「闇のカーニバル」に続く作品ですが、白黒映画から一転して、鮮やかな緑の溢れる映像美へ(主演は今回も本業ロック歌手の太田久美子)。これを「闇のカーニバル」の"もう一つの悪夢"としています(後に芥川賞作家となる町田康や、室井滋、田口トモロヲなども出ていた)。
第5章は、外国映画の中の東京を取り上げ、ヴィム・ヴェンダース監督(「パリ、テキサス」('84年/西独・仏))の小津安二郎へのオマージュとも言える旅日記風ドキュメンタリー映画「東京画」(85年/米・西独)について、ヴェンダースが撮った東京は、高層ビルとネオンが
林立する、小津の映画とは似ても似つかぬ東京であり、彼は小津の時代は遠くに過ぎ去り、日本的なものが失われたと感じたと(映画の中では、東京タワーで落ち合った友人のヴェルナー・ヘルツォーク監督(「アギーレ/神の怒り」('72年/西独)、「フィツカラルド」 (82年/西独))も同様のことを述べている)。それでもヴィム・ヴェンダース監督は、笠智衆や小津作品のカメラマン原田雄春へのインタビューを通して、二人の人柄がまさしく小津映画そのものであることを発見して満足したようだと。そのヴェンダース監督が40年後に、渋谷近辺の公演のトイレ清掃を舞台とした「PERFECT DAYS」 (23年/日・独)を撮り、第76回「カンヌ国際映画祭」で日本人2人目の男優賞を受賞した役所広司を、「私の笠智衆」と称えることになります。
第6章では、映画における"東京名所"を場所ごとに見ていきますが、吉原(浅草)のところで、溝口健二の遺作「赤線地帯」(56年)を取り上げています。吉原で働く女性たちを描いた群像劇ですが、映画のクレジットに芝木好子「洲崎の女」とあるように、芝木好子の短編集『洲崎パラダイス』の一部を原作にして、舞台は〈洲崎〉から〈吉原〉に置き換えられています。キャラクターの描き分けがよく出来た作品でした。
「赤線地帯」
最終第7章は、映画を軸とした著者の半生の振り返りで、東京から地元の新潟へ戻っての映画論文の投稿家時代から、再上京し、映画雑誌の編集者になるまでの経緯が書かれています。人生の様々場面で映画に自身を照射させていたことが窺え、自ら言う"無学歴"でありながら、映画評論の泰斗となった著者の遍歴が窺え、興味深いものでした。
文庫解説の川本三郎氏の文章もよく、巻末に地名・人名・映画題名の各索引があるのも親切。改題増補されて手にすることができたのは喜ばしいです。それにしても、まだ観るべくして観ていない映画が多く(まったくの個人的理由で著者には責任がないが)そこがやや残念だったでしょうか。というとで、今年['24年]になって観た、ともに成瀬巳喜男監督作で、あたかも「銀座」を定点観察したような関係になる2本「秋立ちぬ」「銀座化粧」と、溝口健二の遺作となった吉原を舞台とした「赤線地帯」を以下に取り上げます。
「秋立ちぬ」

「秋立ちぬ<東宝DVD名作セレクション>」
ある真夏の午後、小学校6年生の秀男(大沢健三郎)は、母・深谷茂子(乙羽信子)に連れられて呆野から上京した。父を亡くし、銀座裏に八百屋を開くおじ山田常吉(藤原釜足)の店に身を寄せるためだった。挨拶もそこそこに、母の茂子は近所の旅館へ女中として勤め、秀男は長野から持って来たカブト虫
と淋しく遊ぶのだった。そんなある日、近所のいたずらっ子に誘われて、駐車場で野球をした秀男は、監視人につかまってバットを取られてしまう。遊び場もない都会の生活に馴染めぬ秀男の友
達は、気のいい従兄の昭太郎(夏木陽介)と、小学校4年生の順子(一木双葉)だった。順子は茂子の勤めている「三島」の一人娘、母の三島直代(藤間紫)は月に2、3回やって来る浅尾(河津清三郎)の二号だった。順子の宿題を見てやった秀男は、すっかり順子と仲よしになった。山育ちの秀男は順子と一緒に海を見に行ったが、デパートの屋上から見る海は遠く霞むばかりであった。しかもその帰り道、すっかり奇麗になった母に
会った秀男は、その喜びもつかの間、真珠商の富岡(加東大介)といそいそと行く母の後姿をいつまでも恨めし気に見なければならなかった。その上、順子にやる約束をしたカブト虫も箱から逃げてしまっていた。
しかも、更に悲しいことに、母が富岡と駈け落ちして行方不明になる。傷心の秀男と順子は月島の埋立地に出掛ける。そこで見つけたキチキチバッタ、しかし、これも秀男がケガをしただけで逃げられてしまう。夏休みも終りに近づいたある日、秀男の田舎のおばあさんからリンゴが届く。箱の中に偶然カブト虫も。秀男は喜び勇んで家を飛び出し、順子の家へ走るが、浅尾の都合で「三島」は商売替えし、順子はいなかった。呆然とした秀男は、カブト虫を手に、かつて順子といっしょにいったデパートの展望台の上で、秋立つ風のなかをいつまでも立ちつくしていた―。
成瀬巳喜男監督の1960(昭和35)年公開作。出演は大沢健二郎(子役)、一木双葉(子役)、乙羽信子、藤原鎌足、賀原夏子、夏木陽介、原知佐子、藤間紫、加東大介、河津清三郎など。
子どもを主人公に、その眼を通して大人たちを描いた作品ですが、ちゃんと子どもの心情を中心に据えていて、個人的には、成瀬巳喜男ってこういう作品も撮ることができたのかあとちょっと意外でした。少年のひと夏の出来事が切なく描かれており、これって傑作ではないでしょうか。感動させようと過度な感情を交えるようなことはせずに、淡々と描いているのが成功しています。銀座で、八百屋が舞台というのが独特(今ではちょっと考えられない)。そこの気のいいあんちゃんを夏木陽介が好演していました。
「銀座化粧」

「銀座化粧 [DVD]」
銀座のバー「ベラミ」で女給をしている津路雪子(田中絹代)は5歳になる息子の春雄(西久保好汎)と暮らしているが、昔の愛人・藤村安蔵(三島雅夫)は今でも金の無心に来る。ある日雪子は昔の仲間・佐山静江から上京してきた資産家の息子・石川京介(堀雄二)の案内役を頼まれる。相手をしているうちに雪子は石川との結婚を夢見るが、春雄の行方が突然わからなくなってしまい、石川の相手を妹分の女給・京子(香川京子)に頼んで自分は帰宅する。春雄は見つかったが、その一夜の間に京子と石川は婚約してしまっていた。諦めた雪子は今日も銀座で働くのだった―(「銀座化粧」)。
成瀬巳喜男監督の1951(昭和26)年公開作で、出演は田中絹代、花井蘭子、香川京子、堀雄二、柳永二郎、三島雅夫、東野英治郎など。
「秋立ちぬ」と同じく銀座を舞台にしています。ただし、遡ること9年、女給バーとかちょっとレトロな感じ(一応"高級バー"ということらしい)。雪子(田中絹代)が東京案内を頼まれた、お上りさんの資産家の息子を演じていたのは、後にドラマ「七人の刑事」('64年~'69年/TBS)でキャップの赤木係長を演じる堀雄二(1922-1979)ですが、若いなあ(まあ、「忘れられた子等」('49年/新東宝)や「宗方姉妹(むねかたきょうだい)」('50年/東宝)に出ていた時はさらに若かったのだが)。
堀雄二については、私生活において前年に次のようなエピソードがあります。仕事で京都のある旅館に泊まっていた時、後に妻となるる甲斐はるみと偶々旅館が一緒で、堀のほうが先に仕事が終わり、その晩東京都に帰る時、「食事でもしましょう」と先斗町へ連れて行き、その時から親しくなったとのこと。本作との比較で面白い話ですが、当時堀には妻子がおり「女房と別れるから結婚してくれないか」とプロポーズしたというのは本作と大違い(笑)。
田中絹代演じる雪子は、堀雄二演じる石川との結婚
を夢見ますが、最初から"夢"で終わるのは見えていたのではないかな(それでも夢を見るのが女性というものなのか)。ましてや、香川京子演じる若い京子(満19歳で女給役を演じた)がライバルではかなわない(かえっ
て諦めがついたか)。京子が、石川が一晩同じ部屋にいて何もしなかったのでますます好きになるというのは、どうなんだろう(その結果、一晩で婚約を決める)。これって当時の女性の一般的な感覚なのだろうか。現代女性だったらどうだろうか―いろいろ気を揉んでしまいました。
「赤線地帯」

「赤線地帯 [DVD]」
売春防止法案が国会で審議されている頃、吉原の「夢の里」では娼婦たちがそれぞれの事情を負って生きていた。より江(町田博子)は普通の主婦に憧れている。ハナエ(木暮実千代)は病気の夫と幼子を抱えて一家の家計を支えている。ゆめ子(三益愛子)は一人息子との同居を夢見ている。やすみ(若尾文子)は客を騙して金を貯め、仲間の娼婦に金貸しを行って更に貯金を増やしていた。不良娘のミッキー(京マチ子)も加わり「夢の里」は華やぐが、結婚したより江は夫婦生活が破綻する。ハナエの夫は将来を悲観して自殺未遂を起こす。ミッキーは自分を連れ戻しに来た父親を、女癖の悪さを責めて追い返す。ゆめ子は愛する息子に自分の仕事を否定されて発狂する。やすみは自分に貢ぐために横領した客に殺されかける。ラジオが法案の流産を伝え、行き場のない彼女たちは今日も勤めに出る。しかしやすみだけは倒産して夜逃げした元客の貸布団屋を買い取って女主人に納まった。退職したやすみに変わって、下働きのしず子(川上康子)が店に出る事になる。着物を換え、蠱惑的な化粧を施されるしず子。女たちがあからさまに男たちの袖を引く中、ためらいながら、しず子は男に誘いかける―(「赤線地帯」)。
溝口健二監督の1951(昭和26)年公開作で、出演は若尾文子、三益愛子、町田博子、京マチ子、木暮実千代、川上康子など。
映画の一部が芝木好子の原作とされていて、実際タイトル隅に「洲崎の女」よりと出ますが(前述の通り、映画の舞台は〈洲崎〉から〈吉原〉に置き換えられている)、これは芝木好子の短編集『洲崎パラダイス』(川島雄三監督により映画化された表題作「洲崎パラダイス 赤信号」('56年/日活)が有名)の中で唯一、遊郭の中にいる人物を描いた作品。三益愛子演じる「ゆめ子」は(原作では「登代」)は、年増女であるため思うように客が付かず、さらに上京した息子に冷たくされて
発狂しますが、原作では最初から精神を少し病んでいて(それも客がつかない原因になっている)、息子のために働いてきたのにその息子に自分の仕事を非難され(これは映画と同じ)、かつて息
子を連れて空襲の中を逃げ回った記憶に囚われながら入水自殺します(映画よりさらに悲惨!)。このほかに、ミッキー(京マチ子)のような、享楽のために(?)特飲街に居続ける女性もいて、自分を連れ戻しに来た父親を、その女癖の悪さを責めて追い返しています。さらには、やすみ(若尾文子)のよう
に客に貢がせて、最後はその客を破綻させ、自分が代わって経営者になるといったヤリ手も。一方で、ハナエ(木暮実千代)のように、病気の夫と幼子を抱えて一家の家計を支えるために特飲街で働く女性もいて、四者四様で、群像劇でありながら、この描き分けにおいて新旧の女性像が浮き彫りにされてた、優れた映画でした(やすみ・ミッキーが「新」、ゆめ子・ハナエが「旧」ということになるか)。実は、このやすみ・ミッキーに似たタイプの女性も短編集『洲崎パラダイス』にある作品に登場するので、おそらく溝口健二はそれらも参考にしたのではないかと思われます。
「秋立ちぬ」[Prime Video]


「秋立ちぬ」●制作年:1960年●監督・製作:成瀬巳喜男●脚本:笠原良三●撮影:安本淳●音楽:斎藤一郎●時間:80分●出演:大沢健三郎/一木双葉/乙羽信子/藤間紫/藤原釜足/夏木陽介/原知佐子/加東大介/河津清三郎/菅井きん●公開:1960/10●配給:東宝●最初に観た場所:神保町シアター(24-05-02)(評価:★★★★☆)

「銀座化粧」●制作年:1951年●監督:成瀬巳喜男●製作:伊藤基彦●脚本:岸松雄●撮影:三村明●音楽:鈴木静一●原作:井上友一郎●時間:87分●出演:田中絹代/西久保好汎/花井蘭子/小杉義男/東野英治郎/津路清子/香川京子/春山葉子/明美京子/落合富子/岡龍三/堀雄二/清川玉枝/柳永二郎/三島雅夫/竹中弘正/田中春男●公開:1951/04●配給:新東宝●最初に観た場所:神保町シアター(24-05-02)(評価:★★★☆)

「ロビンソンの庭」●制作年:1987年●監督:山本政志●製作:浅井隆●脚本:山本政志/山崎幹夫●撮影:トム・ディッチロ/苧野昇●音楽:JAGATARA/吉川洋一郎/ハムザ・エル・ディン●時間:119分●出演:太田久美子/町田町蔵(町田康)/上野裕子/CHEEBO/坂本みつわ/OTO/ZABA/横山SAKEV/溝口洋/利重剛/室井滋/田トモロヲ/江戸アケミ●公開:1987/10●配給:レイライン●最初に観た場所:渋谷・ユーロスペース(88-07-09)(評価:★★★☆)
「東京画」●制作年:1985年●製作国:アメリカ・西ドイツ●監督・脚本:ヴィム・ヴェンダース●製作:クリス・ジーヴァニッヒ●撮影:エド・ラッハマン●音楽:ローリー・ペッチガンド●時間:93分●出演:ヴィム・ヴェンダース(ナレーション)/笠智衆/ヴェルナー・ヘルツォーク/厚田雄春●公開:1989/06●配給:フランス映画社(評価:★★★☆)
東京タワーで語るヴェルナー・ヘルツォーク(「アギーレ/神の怒り」('72年/西独)、「フィツカラルド」 ('82年/西独))/ヴィム・ヴェンダース(「パリ、テキサス」('84年/西独・仏)、「PERFECT DAYS」 (23年/日・独))とヴェルナー・ヘルツォークのスナップ写真(映画ではヴェンダースはナレーションのみで姿は映らない)


「赤線地帯」●制作年:1956年●監督:溝口健二●製作:永田雅一●脚本:成澤昌茂●撮影:宮川一夫●音楽:黛敏郎●原作:芝木好子(一部)●時間:86分●出演:若尾文子/三益愛子/町田博子/京マチ子/木暮実千代/川上康子/進藤英太郎/沢村貞子/浦辺粂子/十朱久雄/加東大介/多々良純/田中春男●公開:1956/03●配給:大映●最初に観た場所:国立映画アーカイブ(24-05-26(評価:★★★★☆)
前列左より京マチ子、溝口健二監督、後列左より町田博子、宮川一夫、若尾文子、木暮実千代、三益愛子


京マチ子

「進藤英太郎映画祭」中野武蔵野ホール

《読書MEMO》
●目次
第1章 東京の顔--映画監督と東京
第2章 江戸から東京へ--時代と東京
第3章 山の手と下町--東京の都市構造と性格
第4章 盛り場の変遷--浅草・銀座・新宿
第5章 アジア的大都市TOKYO--外国映画の中の東京
第6章 映画の東京名所
第7章 出会いと感激の都--私と映画と東京と


芸者上りの倉橋きん(杉村春子)は言葉の不自由な女中・静子(鏑木ハルナ)と二人暮し。今は色恋より金が第一で、金を貸したり土地の売買をしていた。昔の芸者仲間たまえ(細川ちか子)、とみ(望月優子)、のぶ(沢村貞子)の三人も近所で貧しい生活をしているが、きんはたまえやのぶにも金を貸して喧しく利子を取り立てた。若い頃きんと無利心中までしようとした関(見明凡太郎)が会いたがっていることを呑み屋をやっているのぶから聞いても、きんは何の感情も湧かない。しかし、かつて燃えるような恋をした田部(上原謙)から会いたいと手紙を受けると、
彼女は懸命に化粧して待つ。だが田部が実は金を借りに来たのだと分かると、きんはすぐに冷い態度になり、今まで持っていた彼の写真も焼き捨てる。たまえはホテルの女中をしているが、その息子・清(小泉博)は、お妾をし
ている栄子(坪内美子)から小遭いを貰っている。息子が手に届かない所にいる気がして、たまえは母親としては悲しかった。雑役婦のとみには幸子(有馬稲子)という娘がいて、雀荘で働いていたが、店へ来る中年の男と結婚することを勝手に決めていた。無視されたとみは、羽織を売った金でのぶの店へ行き酔い潰れる。北海道に就職した清は、栄子と一夜別れの酒を飲み、幸子はとみの留守に荷物を纏め、さっさと新婚旅行に出かけた。子供たちは母親のもとを離れたが、清を上野駅へ見送った後のたまえととみは、子供を育てた喜びに生甲斐を覚えるのだった。一方のきんは、のぶから関が金の事で警察へ引かれたと聞いても、私は知らないと冷たく言い捨てて、不動産の板谷(加東大介)と購買予定の土地を見に出掛ける―。
もともとは別の話だったのを、3人ともかつて芸者仲間だったという設定にし、原作には無いキャラクターの呑み屋を営んでいるのぶ(沢村貞子)が、これもまたかつての芸者仲間という設定で、扇の要のように3人を繋いでいます。それが極めて自然で、まさに脚本の妙と言えます。
金満家への道を突き進むきんと、貧乏を嘆くたまえ、のぶの二人を対立構造的に描いていて、しかも後者の二人は共に子どもの問題も抱えています。それが、金の亡者と思われたきんは、昔の恋人に会えるとなると夢心地の気分になり、ところが実際にその彼に会ってみて幻滅、恋人の写真を焼いて過去と決別します(上原謙は「
林芙美子は1949年から1951年に掛けて9本の中長編を並行して新聞・雑誌に連載しており、私用や講演や取材の旅も繁くして、1951(昭和26)年6月27日の夜分、「主婦の友」の連載記事のため料亭を2軒回ったところ、帰宅後に苦しみ出し、翌28日払暁、心臓麻痺で急逝しています(新聞連載中の「
「晩菊」●英題:LATE CHRYSANTHEMUMS●制作年:1954年●監督:成瀬巳喜男●製作:藤本真澄●脚本:田中澄江/井手俊郎●撮影:玉井正夫●音楽:斎藤一郎●原作:林芙美子●時間:97分●出演:杉村春子/沢村貞子/細川ちか子/望月優子/上原謙/小泉博/有馬稲子/見明凡太郎/沢村宗之助/加東大介/鏑木ハルナ/坪内美子/出雲八枝子/馬野都留子●公開:1954/06●配給:東宝●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-05-02)(評価:★★★★☆)



昭和初期、第一次大戦後の日本。幼い頃から行商人の母親と全国を周り歩いて育ったふみ子(高峰秀子)は、東京で下宿暮らしを始める。職を転々としながら、貧しい生活の中で詩作に励むようになった彼女は、やがて同人雑誌にも参加する。創作活動を通して何人かの男と出会い、また別れるふみ子。やがて、その波乱の中で編んだ「放浪記」が世間で評価され、彼女は文壇へと踏み出していく―。
から幾つかのエピソードを拾って忠実に映像化する一方で、林芙美子の『放浪記』にはない文壇作家・詩人たちとの交流からライバ
ルの女流作家との競い合い、さらにエピローグとして作家として名を成した後、自身の半生を振り返るような描写があります(菊田一夫脚本・森光子主演の舞台のにあるようなでんぐり返しもはない)。
しかし、林芙美子って面食いだったのだなあ。貧しい彼女に金を援助してくれ、優しく献身してくれる隣室の印刷工・安岡(加東大介)には素気無い態度で接する一方、若い学生(岸田森)に目が行ったり、詩人で劇作家の伊達(仲谷昇)を好きになったりして、ただし伊達の方は二股かけた末に女優で詩人の日夏京子(草笛光子)の方を選んだために振られてしまうと、今度は同じくイケメンの福池(宝田明)に乗りかえるもこれがひどいダメンズ。甘い二枚目役で売り出した宝田明(1934-2022(87歳没))が演技開眼、ここではDV夫を好演しています。これらの男性にはモデルがいるようですが

はっきり分かりません(宝田明が演じた福池は詩人の野村吉哉がモデルか)。実際に林芙美子は当時次から次へと同棲相手を変え、20歳過ぎで画家の手塚緑敏(映画では藤山(小林桂樹))と知り合ってやっと少し落ち着いたようです。
草笛光子が演じた芙美子のライバル・日夏京子も原作にない役どころです(菊田一夫原案か)。白坂(伊藤雄之助)が新たに発刊する雑誌「女性芸術」に、村野やす子(文野朋子)の提案で、芙美子と日夏京子とで掲載する詩を競い合うことになって、芙美子が京子の詩の原稿を預かったものの、自分の原稿だけ届け、京子の原稿は締め切りに間に合わなくなるまで手元に置いていたというのは実話なのでしょうか(これが芙美子の作家デビューであるとするならば、芙美子のこの時の原稿が「放浪記」だったということになる。「放浪記」は長谷川時雨編集の「女人芸術」誌に1928(昭和3)年10月から連載された)。
映画の中で、草笛光子(1933年生まれ)は本気で高峰秀子をぶったそうです。高峰秀子をぶった女優が現役でまだいて、来年['22年]のNHKの大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に出演するは、「週刊文春」に連載を持っているは、というのもすごいものです。イケメン・ダメンズ役の宝田明もDV夫なので高峰秀子をぶちますが、草笛光子のビンタの方が強烈でした。林芙美子は面食いでなければもっと早くに幸せになれたのかもしれず、その点は樋口一葉などと似ているのではないか思ったりしました。

個人的には、原作は『放浪記』(★★★★★)と『浮雲』(★★★★☆)で甲乙つけ難く、しいて言えば原石の輝きを感じるとともにポジティブな感じがある『放浪記』が上になりますが(物語性を評価して完成度が高い『浮雲』の方をより高く評価する人もいておかしくない)、映画は、同じ成瀬巳喜男監督の「浮雲」(★★★★☆)の方が原作を比較的忠実に再現していて好みで、それに比べると「放浪記」(★★★★)は、菊田一夫的要素はそれなりに面白いですが、やや下でしょうか(それでも星4つだが)。高峰秀子は当時38歳。実際の年齢よりは若く見えます
が、本当はもう少し若い時分に林芙美子を演じて欲しかった気もします(「浮雲」の時は30歳だった)。ただ、それでもここまで演じ切れていれば立派なものだと思います。 
![元禄忠臣蔵 前後編[VHS].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E5%85%83%E7%A6%84%E5%BF%A0%E8%87%A3%E8%94%B5%E3%80%80%E5%89%8D%E5%BE%8C%E7%B7%A8%5BVHS%5D.jpg)

浅野内匠頭(五代目嵐芳三郎)は江戸城・松の廊下で吉良上野介(三桝萬豐)に斬りつけたかどにより切腹を命じられる。さらに浅野が藩主を務める赤穂藩はお家取り潰しとなってしまう。赤穂藩では国を守るために戦うか、あるいは主君に殉じて切腹をするか、意見が真っ二つに分かれた。家老の大石内蔵助(四代目河原崎長十郎)は、幕府に城を明け渡すことにする。上野介を討つため、内蔵助は主君の妻である瑶泉院に別れを告げる。その他の赤穂浪士も家族と別れ、続々と大石のもとに集まった。討ち入りを終え吉良の首を討ち取った大石は、泉岳寺にある浅野の墓を訪れる。その後、大石ら浪士たちに切腹の命が下る―。
1941年12月に前編が公開され、翌年2月に後篇が公開された溝口健二監督による3時間43分の大型時代劇。劇作家の真山青果(1878-1948)による新歌舞伎派の演目「元禄忠臣蔵」を、原健一郎と依田義賢が共同で脚色し、厳密な時代考証、実物大の松の廊下をはじめとする美術、ワンシーンワンカットの実験的手法を用いた流麗なカメラワークなどによって、それまでの「忠臣蔵もの」とは全く異なる作品に仕上げています。映画はいきなり江戸城内松の廊下で浅野内匠頭(嵐芳三郎)が吉良上野介(三桝萬豐)に斬かかる場面から始まります(まるで御所のようなセットのスケールの大きさ!)。事件後、上野介が沙汰無しで、内匠頭が切腹との御下知を伝える使者に対し、多門伝八郎(小杉勇)が、内匠頭が斬りつけようとした時に、吉良が損得のために脇差に手をかけなかったことを、侍として風上にも置けない人物だと批判しています(これは明らかに創作だろうなあ)。
また、内蔵助(河原崎長十郎)を幼馴染みの井関徳兵衛(板東春之助)が訪ね、一緒に籠城に加えてくれと申し出る話があります。内蔵助は思うところがあってその申し出を拒絶し、家臣たちに対し開城を宣言します。その夜、内蔵助は帰宅途中で息子と共に自害した徳兵衛を見つけ、徳兵衛の死に際に、内蔵助はその本心を打ち明けます。
内蔵助は浅野家再興が正式に潰えると、時機到来とばかりに吉良邸に乗り込む準備をして、浅野内匠頭の未亡人・瑶泉院(三浦光子)に別れの挨拶に行きますが、外部に情報が漏れるのを怖れ、瑶泉院に本心を打ち明けられず、彼女の怒りを買ってしまう。密偵に悟られないよう、自分の詠んだ歌と称し、服差包みを瑶泉院に仕えるお喜代(山路ふみ子)に渡して去る。昼間の内蔵助の態度が気に掛かり眠れずにいた瑶泉院が服差包みを開けると中に連判状が―と、この「南部坂雪の別れ」は通常の「忠臣蔵もの」と同じですが、すぐそこに吉良への討ち入り成功の知らせが届き、画面は、討ち入りを果たして、泉岳寺の亡き主君の墓へ報告に向かう内蔵助ら義士一行に切り替わるといった流れです。
討ち入り後、まだ45分くらい映画は続き、内蔵助が義士らが潔く切腹したのを見届けるところまでいきますが('99年のNHKの大河「元禄繚乱」(原作:船橋聖一/脚本:中島丈博)も中村勘九郎(五代目)演じる内蔵助が義士らの切腹を見届けるまでをやっていたなあ)、その間に最も時間を割いているエピソードが、磯貝十郎左衛門(五代目河原崎國太郎)とその許嫁おみの(高峰三枝子)の悲恋物語です。十郎左衛門への想いから吉良邸の情報を十郎左衛門に提供したおみのは、討ち入り後に蟄居を命じられている十郎左衛門に、その気持ち
が本心なのか吉良邸の情報が欲しかっただけなのかを確かめるため会おうと、身の回りを世話をする小姓に擬して接近しますが、内蔵助に女だと見抜かれます(高峰三枝子は誰が見ても女性にしか見えないが(笑))。それでも、十郎左衛門の懐におみのの琴の爪が忍ばせてあることを知った彼女は喜び、これから切腹の場に向かおうとする十郎左衛門と最期の面会を果たします(こんなことが可能とは思えないが、ここはお話)。
討ち入りの場面がなく、セリフも堅苦しくてあまり人気のある作品ではないですが、前半は忠とは何か?義とは何か? 武士とは何か? をとことん問う価値観の「論争劇」的な展開であり、内蔵助が、浅野大学頭を立ててのお家再興願いが叶えば、仇討ちの大義がなくなることに苦悩する場面があったりします。一方、討ち入りシーンが無いまま迎えた終盤は、高峰三枝子演じるおみのにフォーカスした、溝口健二お得意の「女性映画」であったように思いました。
また、この磯貝十郎左衛門と女性の悲恋物語は、諸田玲子が『四十八人目の忠臣』('11年/毎日新聞社)として小説に描いており、NHKの「土曜時代劇」枠で「忠臣蔵の恋~四十八人目の忠臣」('16年~'17年・全

菅原文太(肥後国熊本藩藩主・細川越中守綱利(内蔵介らがお預けとなった細川家の当主))



「元禄忠臣蔵 前編・後編」●英題:The 47 Ronin●制作年:1941・42年●監督:溝口健二●製作総指揮・総監督:白井信太郎●脚本:原健一郎/依田義賢●撮影:杉山公平●音楽:深井史郎●原作:真山青果●時間:(前編)111分/(後編)112分●出演:(前進座)四代目河原崎長十郎/三代目中村翫右衛門/四代目中村鶴蔵/五代目河原崎國太郎/坂東調右衛門/助高屋助蔵/六代目瀬川菊之丞/市川笑太郎/橘小三郎/市川莚司(加東大介)/市川菊之助/中村進五郎/山崎進蔵/市川扇升/市川章次/市川岩五郎/坂東銀次郎/生島喜五郎/山本貞子/(松竹京都)海江田譲二/坪井哲/風間宗六/和田宗右衛門/竹内容一/征木欣之助/梅田菊蔵/大川六郎/村時三郎/大河内龍/松永博/大原英子/岡田和子/(第一協団)河津清三郎/浅田健三/(フリー)三桝萬豐/島田敬一/(新興キネマ)市川右太衛門/加藤精一/荒木忍/梅村蓉子/山路ふみ子/(松竹大船
)高峰三枝子/三浦光子/(その他)五代目嵐芳三郎/山岸しづ江/四代目中村梅之助/三井康子/市川進三郎/坂東春之助/中村公三郎/坂東みのる/六代目嵐德三郎/筒井德二郎/川浪良太郎/大内弘/羅門光三郎/京町みち代/小杉勇/清水将夫/山路義人/玉島愛造/南光明/井上晴夫/大友富右衛門/賀川清/粂譲/澤村千代太郎/嵐敏夫/市川勝一郎/滝見すが子●公開:(前編)1941/12/(後編)1942/02●配給:松竹(評価:★★★★)




戦時中の1943年、農林省のタイピストとして仏印(ベトナム)へ渡ったゆき子(高峰秀子)は、同地で農林省技師の富岡(森雅之)に会う。当初は富岡に否定的な感情を抱いていたゆき子だが、やがて富岡に妻が居ることを知りつつ2人は関係を結ぶ。終戦を迎え、妻・邦子(中北千枝子)との離婚を宣言して富岡は先に帰国する。後を追って東京の富岡の家を訪れるゆき子だが、富岡は妻とは別れていなかった。失意のゆき子は富岡と別れ、米兵ジョー(ロイ・ジェームス)の情婦になる。そんなゆき子と再会した富岡はゆき子を詰り、ゆき子も富岡を責
めるが結局2人はよりを戻す。終戦後の混乱した経済状況で富岡は仕事が上手くいかず、米兵と別れたゆき子を連
れて伊香保温泉へ旅行に行く。当地の「ボルネオ」という飲み屋の主人・清吉(加東大介)と富岡は意気投合し、2人は店に泊めてもらう。清吉には年下の女房おせい(岡田茉莉子)がおり、彼女に魅せられた富岡はおせいとも関係を結ぶ。ゆき子はその関係に気づき、2人は伊香保を去る。妊娠が判明したゆき子は再び富岡を
訪ねるが、彼はおせいと同棲していた。ゆき子はかつて貞操を犯された義兄の伊庭杉夫(山形勲)に借金をして中絶する。術後の入院中、ゆき子は新聞報道で清吉がおせいを絞殺した事件を知る。ゆき子は新興宗教の教祖になって金回りが良くなった伊庭を訪れ、養われることになる。そんなゆき子の元へ落魄の富岡が現れ、邦子が病死したことを告げる。富岡は新任地の屋久島へ行くことになり、身体の不調を感じていたゆき子も同行するが―。
成瀬巳喜男監督の1955年作品で、同年のキネマ旬報ベストテン第1位、監督賞、主演女優賞(高峰秀子)、主演男優賞受賞作品(森雅之)。「毎日映画コンクール」日本映画大賞、「ブルーリボン賞」作品賞も受賞。『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫)で第5位、キネ旬発表の1999年の「映画人が選ぶオールタイムベスト100・日本映画編(キネ旬創刊80周年記念)」で第2位、2009年版(キネ旬創刊90周年記念)」でも第3位に入っています。
しかし、なぜ主人公のゆき子は、富岡みたいな優柔不断なくせに女には手が早いクズ男をいつまでも追いかけまわすのか、これが映画を観ていても原作を読んでいても常について回る疑問でした。だだ、この点について訊かれた水木洋子は、彼女が別れられないのは「身体の相性が良かったからに決まっているじゃない」といった類の発言をしている
そうです。そう思って映画を観ると、あるいは原作を読むと、映画にも原作にもそうしたことは全く描かれていないのですが、にもかかわらず何となく腑に落ちて、これって所謂"女の性(さが)"っていうやつなのかなあと。
当初主演を依頼された高峰秀子は「こんな大恋愛映画は自分には出来ない」と考え、自分の拙さを伝えるために台本を全て読み上げたテープを成瀬らに送ったが、それが気合いの表れと受け取られ、ますます強く依頼される羽目になったとのことです(潜在的には演じてみたい気持ちがあったのでは)。

「浮雲」●制作年:1955年●監督:成瀬巳喜男●製作:藤本真澄●脚本:水木洋子●撮影:玉井正夫●音楽:斎藤一郎●原作:林芙美子●時間:124分●出演:高峰秀子/森雅之(大映)/岡田茉莉子/山形勲/中北千枝
子/加東大介/木匠マユリ/千石規子(東映)/村上冬樹/大川平八郎/金子信雄/ロイ・ジェームス/林幹/谷晃/恩田清二郎/森啓子/馬野都留子/音羽久米子/出雲八重子/瀬良明/堤康久/
木村貞子/桜井巨郎/佐田豊●公開:1955/01●
配給:東宝●最初に観た場所(再見):神田・神保町シアター(21-04-13)(評価:★★★★☆)


戦後4年が過ぎたが、巣鴨拘置所には多くのBC級戦犯が服役している。その一人・山下(浜田寅彦)は、戦時中南方で上官・浜田(小沢栄太郎)の命令で一人の原地人を殺したのだが、その浜田の偽証で罪を被せられ、重労働終身刑の判決を受けている。また横田(三島耕)は戦時中、米俘虜収容所の通訳だっただけで巣鴨に入れられた。横田が戦時中、唯一人間らしい少女だと思つた隠亡燒(北竜二)の娘・ヨシ子(岸惠子)は、今では渋谷の歓楽街に働いている。朝鮮人の許(伊藤雄之助)も、戦犯の刻印を押された犠牲者の一人だった。山下はある日脱獄を企てて失敗、その直後に母の死を知る。葬儀のため時限付で出所を許された山下は、浜田へのかつての恨みと、浜田が山下の母と妹(林トシ子)を今まで迫害し続けていたことへの怒り
から、浜田家に向かうも、恐怖に慄く浜田を見て殺意が失せる。たった一人の妹は、「これからどうする?」という山下の問いに、「生きて行くわ」とポツリ答える。再び拘置所に戻り、横田らに迎えられる山下、そこには厚い壁だけが待っていた―。
小説家の安部公房の脚本ということもあるためか、人間心理を深く追求しながらも、余分な説明は削ぎ落とし、多くのエピソードを組み込んでいます。同じ部屋(雑居房)の受刑者6人の話という構成ですが、信欣三が演じる男がやはり手を下したくなかった処刑で人を殺めてしまった苦悩から狂い死ぬ(自殺)という凄絶な場面が早々にあり、あとは5人になります。
その5人の中心となる浜田寅彦演じる山下は、戦地で疑心暗鬼に駆られた上官に現地人の殺害を命じられたわけですが、その現地人は部隊が食料も無くジャングルを彷徨い歩いていたところを助けてくれた言わば命の恩人であり、山下自身は上官に抗議するも、それでも殺害命令に従わなければ反逆罪として銃殺すると言われて、失意の中で恩人の命を奪ったものでした。
それが戦犯として裁かれる際に、上官の方は偽証により罪を全て山下になすりつけ、山下には瞬く間に死刑判決が下って、現地で執行ぎりぎりのところで刑を減免されて巣鴨刑務所に送致されたわけです。そこではまた人間扱いされず不当な処遇のもと強制労働させられる「BC級戦犯」が多く収容されていて、中には精神を病む者もいる状況。この山下の自身が置かれた理不尽な状況は、カフカ的不条理の世界にも通じ、その辺りが安部公房なのかなとも思いました。
この映画は社会派作品であることは確かですが、今の時代でも人の心を揺さぶるような戦争というものの根本に迫った作品でもあります(且つ、
カフカ的不条理の世界にも通じるということか)。一時的に出所を許された山下は、世の中がすっかり平和ムードに変化しているのに驚かされますが、一方で、横田が戦時中、唯一人間らしく優しい少女だと感じたヨシ子は、戦後は米兵に体を売る女となっていて、心もすれっからしになっており、そこにも戦争の悲劇が縮図として組み込まれています。岸惠子が、戦時中の可憐な少女と、戦後の淪落した女性の両方を演じ分けています。
もともとこの雑居房の6人は普通の市井の善良な市民であり、それがいわれなき罪を負わされて重い刑に服しているわけです。無実の人間が戦犯とされてしまう話としては、「壁あつき部屋」と同じように、戦争中に上官の命令で捕虜を刺殺した理髪店主が、戦後C級戦犯として逮捕され処刑されるまでを描いた「私は貝になりたい」('59年/東宝)があります。もともと1958年10月にテレビ放映された作品が、芸術賞受賞をきっかけに翌年4月に映画化されたもので、監督はTV版の脚本を書いた橋本忍です(橋本忍にとっての初監督作品)。
<1958年TV版> ラジオ東京テレビ(KRT/現TBS)(第13回芸術祭文部大臣賞受賞)〈出演〉フランキー堺/清水房江/桜むつ子/平山清/高田敏江/佐分利信(特別出演)/大森義夫/原保美/南原伸二(特別出演)/清村耕次/熊倉一雄/小松方正/内藤武敏/恩田清二郎/浅野進治郎/増田順二/坂本武/十朱久雄/垂水悟郎/河野秋武/田中明夫/ジョージ・A・ファーネス(特別出演)/佐野浅夫/梶哲也/織本順吉
こちらは、主人公の理髪店主・豊松(フランキー堺)が戦後やっとの思いで家族のもとに戻り、理髪店で再び腕を揮い、やがて二人目の子供を授かったことを知
り平和な生活が戻ってきたかに思えた―その時、突然やってきたⅯP(ミリタリーポリス)に従軍中の事件の戦犯として逮捕されてしまうというもので、しかも最後は死刑になるという結末であるため、相当にヘビーです。
いかにも橋本忍っぽい脚本に思えなくもないですが、こちらもBC級戦犯・加藤哲太郎の巣鴨獄中手記「狂える戦犯死刑囚」が一部モチーフとなっていて、そこには「私は貝になりたいと思います」という囚人の切実な叫びが綴られています(加藤哲太郎自身は、絞首刑→終身刑→有期刑と減刑されている)。
「壁あつき部屋」は、北千住・シネマブルースタジオでの「戦争の傷跡特集」で観ました。「私は貝になりたい」と観比べてみるのもよいかと思います。「私は貝になりたい」はその後、1994年に所ジョージ主演でテレビドラマ・リメイク版が放送されたほか、2008年に福澤克雄監督、中居正広主演で再映画化されています。
<1994年TV(所ジョージ)版> TBS(第43回日本民間放送連盟賞ドラマ番組部門優秀受賞)〈出演〉所ジョージ/田中美佐子/長沼達矢/瀬戸朝香/津川雅彦/春田純一/桜金造/柳葉敏郎/渡瀬恒彦/矢崎滋/石倉三郎/杉本哲太/森本レオ/三木のり平/室田日出男/すまけい/小宮健吾/小坂一也/段田安則/竹田高利/寺田農/尾藤イサオ/ラサール石井
「壁あつき部屋」●制作年:1956年●監督:小林正樹●脚本:安部公房●撮影:楠田浩之●音楽:木下忠司●原作:「壁あつき部屋―巣鴨BC級戦犯の人生記」●時間:110分●出演:浜田寅彦/三島耕/下元勉/信欣三/三井弘次/伊藤雄之助/内田良平/林トシ子/北竜二/岸惠子/小沢栄太郎/望月優子/小林幹/永井智雄/大木実/横山運平/戸川美子●公開:1956/10●配給:松竹●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(20-10-12)(評価:★★★★) 

「私は貝になりたい」●制作年:1959年●監督・脚本:橋本忍●製作:藤本真澄/三輪礼二●撮影:中井朝一●音楽:木佐藤勝●原作:(物語、構成)橋本
忍/(題名、遺書)加藤哲太郎●時間:113分●出演:フランキー堺/新珠三千代/菅野彰雄/水野久美/笠智衆/中丸忠雄/藤田進/笈川武夫/南原伸二/藤原釜足/稲葉義男/小池朝雄/佐田豊/平田昭彦/藤木悠/清水一郎/加東大介/織田政雄/多々良純/桜井巨郎/加藤和夫/坪野鎌之/榊田敬二/沢村いき雄/堺左千夫/ジョージ・A・ファーネス●公開:1959/04●配給:東宝●最初に観た場所:高田馬場・ACTミニシアター(84-12-09)(評価:★★★★) 


加東大介(豊松に赤紙を届ける町役場職員・竹内)/フランキー堺(清水豊松)



杉山正二(池部良)は蒲田から丸ビルの会杜「東亜耐火煉瓦」に電車通勤するサラリーマンで、結婚後8年の妻昌子(淡島千景)とは、子供を疫痢で失って以来互いにしっくりいかないものを感じている。毎朝同じ電車に乗り合わせることから親しくなった通勤仲間に、青木(高橋貞二)、辻(諸角啓二郎)、野村(田中春男)たち、それに「キンギョ」という綽名の金子千代(岸惠子)がいて、正二は退社後は男仲間で麻雀にふけるのが日課のようになっていた。昌子は毎日の単調を紛らわすため、荏原中
延の実家に帰り、小さなおでん屋をやっている母のしげ(浦邊粂子)に愚痴をこぼしていた。杉山は、通勤仲間で日曜に江ノ島へハイキングに出かけたのを機に千代と急接近し、千代の誘惑に屈して一夜を共にしてしまう。それが他の仲間
に知れて、千代は仲間に吊し上げられ、その辛さを杉山の胸に縋って訴えるが、杉山はそれを持て余す。一方、夫と千代の秘密を見破った昌子は家を出る。その日、杉山は会社の同僚で前夜に見舞ったばかりの三浦(増田順二)の
死を聞かされ、サラリーマン人生に心から希望を託していた男だっただけに、その死は杉山に暗い影を落とす。仕事面でも家庭生活でも杉山はこの機会に立ち直りたいと思い、丁度話に出た岡山県三石の工場への転勤内示を受諾し、千代との関係を清算して田舎へ行くのもいいかもしれないと考える。一方、昌子は家を出て以来、旧友の婦人記者の富永栄(中北千枝子)のアパートに同居して、杉山からの電話にさえ出ようとしない。杉山は三石の工場に単身で赴任する途中に大津に寄り、仲人の小野寺(笠智衆)を訪ね助言を得る。山に囲まれた侘しい三石に着任して幾日目かの夕方、杉山が工場から下宿に帰ると―。
小津安二郎監督の1956年監督作で、当時の若者向けに撮ったと言われているそうです。サラリーマンとして自宅と会社を往復するだけの生活だった杉山(池部良)が、ちょっとしたきっかけから通勤仲間の千代(岸恵子)と関係を持ってしまう、などといったことは今でもありそうですが、密会を重ねるうちに、二人の関係が社内で噂となり、(社内不倫ではないのに)同期社員らに詰問されてしまうというのは、昭和的かもしれません(今の若者はプライバシー問題を気にしてそこまでおせっかい焼かないのでは)。そもそも、通勤仲間でハイキングに行ったのが契機になったというのにも昭和的なものを感じます。

、彼は会社を辞めて今は喫茶店・バーを経営していて(常連客に定年間際の東野英治郎!)、要するに「脱サラ」したのだと思われますが、会社一筋とは違った男の生き方もこの映画では見せています。
興味深く観ることが出来ました。不倫を扱っていますが、最後はハッピーエンドというか「雨降って地固まる」と言えるのでは(そう言えば、「
イスするというのにも時代を感じました(内示の段階で組合に知らされているのか?)。仲人をしてもらった人に人生相談するというのもある意味昭和的かも。



「早春」●制作年:1956年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧/小津安二郎 ●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●時間:144分●出演:池部良/淡島千景/浦辺粂子/田浦正巳/宮口精二/杉村春子/岸惠子/高橋貞二/藤乃高子/笠智衆/山村聰/三宅邦子/織田順二/長岡輝子/東野英治郎/中北千枝子/加賀不二男/田中春男/糸川和広/長谷部朋香/諸角啓二郎/荻いく子/山本和子/中村伸郎/永井達郎/三井弘次/加東大介/菅原通済/村瀬禅/杉田弘子/山田好一/川口のぶ/竹田法一/島村俊雄/谷崎純/長谷部朋香/末永功/南郷佑児/佐々木恒子/千村洋子/佐原康/稲川善一/鬼笑介/今井健太郎/松野日出夫/峰久子/鈴木康之/叶多賀子/井上正彦/千葉晃/山本多美/太田千恵子/中山淳二●公開:1956/01●配給:松竹(評価:★★★★) 


槍持ちの権八が(片岡千恵蔵)は、若様酒匂小十郎(島田照夫)に付き従い、仲間の源太(加東大介)と東海道を江戸へ向かっている。同じ道を旅するのは、小間物商人の伝次(加賀邦男)、身売りに行く娘おたね(田代百合子)と老爺の与茂作(横山運平)、按摩の藪の市(小川虎之助)、旅の巡礼(進藤英太郎)、旅芸人のおすみ母子(喜多川千鶴・植木千恵)、挙動
不審の旅人・藤三郎(月形龍之介)、権八の槍に見とれた浮浪児の次郎(植木基晴)等である。折しも街道には大泥棒「風の六右衛門」詮議の触れ書が廻っているが、権八はそれどころではない。気立てが優しいが、酒乱癖のある若様を守って旅を終るのが主命であり、供の源太が酒好きなので気が気ではない。一行が袋井に投宿した際に、藤三郎
が大金を持っているのに目をつけた伝次(実は岡っ引)は、さては大泥棒とつけ廻すが、隣室で藪>の市に肩を揉ませている巡礼こそ大泥棒の六右衛門だった。その夜、権八が外出すると、その隙に小十郎は源太を連れて酒を飲み始めて乱れるが、駈けつけた権八が制して事無
きを得る。また旅が始まったが、大井川付近で馬鹿殿ら(渡辺篤・坊屋三郎・杉狂児)が野立てを始めたため通行止めに。隙を狙って六右衛門は馬鹿
殿の路銀を盗むが、その時に顔を見られた次郎に宿で再び出くわし、騒ぎになって抵抗するも、来合わせた権八の槍を前にお縄となる。与茂作が女衒久兵衛(吉田義夫)におたねを渡して帰ろうとすると藤三郎に引留められる。5年前預けた娘を引取るため金山で刻苦精励し貯めた金を持って来たのだが、娘は既に亡くなっていて、その金をおたねを引き取るために使ってくれと言う。小十郎は、素朴な人々を見て武士の世界に嫌気がさし、再び源太と居酒屋に入る。しかし、酔いどれの武士らと口論から斬り合いになり、権八の駈けつけた時には小十郎と源太は惨殺されていた。権八の怒りが爆発する―。
1955(昭和30)年2月公開の内田吐夢監督の戦後第一作で、井上金太郎が原作・脚本・監督作を務め「道中悲記」('27年/マキノプロダクション)の再映画化作品であるとのこと(旧作では槍持ちの権八を月形龍之介、仲間の源太を杉狂児が演じている)。内田吐夢監督中国から復員したのが昭和31年というからかなり遅いです。でも、監督業に復帰してすぐにこれだけの作品を撮るというのはやはりスゴイと思います。
ラストの片岡千恵蔵の槍の立ち回りは良かったです。槍持ちは所謂「中間(仲間)」の範疇であって、戦闘員である足軽(一応、士分)と家事労働をする下男の中間の身分であり、士分ではなく単なる従者であるとみていいと思います。それでも、槍持ちの権八が主人の死に対して命を賭けて闘うというのが、それまでのストーリーのディテール(例えば、権八が足にまめができて歩けなくなり、心配した主人が高価な膏薬を渡して遅れて来ればよいと言う場面など)から、主人が情け深い人間であることが窺えるため、それに恩義を感じている権八の忠義心の発露として自然に繋がっていきます。しかも、普段は"非戦闘員"であることからくる、テクニックも何も無く、ただ憤りのみで槍を振り回しては突く、泥にまみれた素人っぽい槍遣いの立ち回りを敢えて見せていて、これが所謂"剣戟スター"と言われる人の典型的かつ華麗な殺陣とはまた違っていて、リアルな迫力がありました(それを"剣戟スター"である片岡千恵蔵がやっているのがいい)。


「酒と女と槍」●制作年:1955年●監督:内田吐夢●製作:大川博●脚本:三村伸太郎●撮影:吉田貞次●音楽:小杉太一郎●●時間:94分●出演:片岡千恵蔵/島田照夫/加東大介/喜多川千鶴/植木千恵/加賀邦男/小川虎之助/横山運平/田代百合子/月形龍之介/進藤英太郎/渡辺篤/坊屋三郎/杉狂児/吉田義夫/高松錦之助●公開:1955/02●配給:東映●最初に観た場所(再見):シネマヴェーラ渋谷(16-05-26)(評価:★★★★☆)●併映:「十一人の侍」(工藤栄一)



京都の造り酒屋・小早川の長男は早く死に、その未亡人の秋子(原節子)に親戚の北川(加東大介)が再婚話を持ってくる。相手の磯村(森繁久彌)は鉄工所の社長でちょっとお調子者だ。また、次女の紀子(司葉子)も婚期を迎えて縁談が持ち込まれるが、彼女は大学時代の友人で、札幌に転勤することになっ
ている寺本(宝田明)に思いを寄せていた。一方、小早川の当主・万兵衛(中村鴈治郎)は最近、行き先も告げずにこそこそと出かけることが目立つようになった。店員の丸山(藤木悠)が後を
尾けるが、したたかな万兵衛に見つかってしまい失敗。小早川の経営を取り仕切る入り婿の久夫(小林桂
樹)と長女の文子(新珠三千代)夫婦が心配して行方を突き止めると、そこはかつての愛人・佐々木つね(浪花千栄子)の家だった。さんざん死んだ母を泣かせた万兵衛の女好きがまた始まったと怒る文子。万兵衛はつねとその娘・百合子(団令子)との触れあいに、特別な安らぎを感じているようだったが、そこで倒れて亡くなる―。
1961年公開作で、小津安二郎が東宝に招聘されて撮った作品。時期的には「
物語は導入部の森繁久彌と加東大介の未亡人を巡る会話からコミカルなタッチで進み(まるで森繁の「社長シリーズ」('58年~'70年/
東宝)みたい)、万兵衛(中村鴈治郎)が孫とかくれんぼしている間に抜け出して昔の愛人(浪花千栄子)に会いに行くところで滑稽さはピークに達しますが、そうやって軽妙に描かれた道楽旦那の〈老いらくの恋〉の後に突然のその死が訪れ、葬式の日に紀子(司葉子)が秋子(原節子)に札幌の寺本の下へ行く決心を告げる場面こそありますが、全体として無常感の漂う作品となっています(火葬場の近くで川漁りをする笠智衆と望月優子の夫婦の会話が効いている)。
当時57歳の小津安二郎の死生観が反映された作品であるのに違いなく、また万兵衛のコミカルさにも、自らを「道化」と称していた小津自身が反映されているとの見方もあるようです(万兵衛の死すらも愛人(浪花千栄子)によって、或いは万兵衛の妹・しげ(杉村春子)によってコミカルに語られる。死んでしまえば自分だってどう言われるかわからないという思いが小津にあったのか?)。
歌舞伎役者でありながら「映画スターの中村鴈治郎」と言われた2代目・中村鴈治郎(1902-1983)(大映から借り受け)の洒脱でコミカルな演技から、名女優・杉村春子のやっぱり上手いと思わせるショートリリーフ的な演技まで(「東京物語」の時も葬儀で帰りの時間を気にしていたなあ)何かと楽しめますが、東宝が用意した新珠三千代、宝田明、小林桂樹、団令子、森繁久彌、白川由美、藤木悠ら錚々たる俳優陣を小津安二郎がどう演出したかというのも大きな見所かもしれません。
因みに、小津の好みに適ったのは小林桂樹、藤木悠、団令子、最も惚れ込んだのは新珠三千代で、新珠三千代には撮影の合間に松竹での次回作の出演を持ちかけていたとか(結局、次回作「秋刀魚の味」の主演は岩下志麻になったが)。一方、小津が演出しづらかったのはアドリブで演技する森繁久彌や山茶花究らで、特に森繁久彌(1913-2009)は小津のかっちりした演出が自分の肌に合わず、「小津に競輪なんか撮れっこない」と言ったというエピソードなども知られています(但し、映画の中で競輪を観に行くのは中村鴈治郎と浪花千栄子)。因みに、この作品は、オープニングタイトルバックの出演者の最初に原節子、司葉子、新珠三千代の名がきて、最後に中村鴈治郎、森繁久弥の名がきます)。
それにしても、役者の演技は小津安二郎自身が演出するとして、小津が松竹からスタッフを一人も連れて行かずに撮った作品であるのに、照明やカメラなどに何の違和感も無く、調度品の色調まで"小津トーン"が再現
されているというのはなかなかのものではないでしょうか。名匠・小津安二郎を招聘する立場で作品を作った東宝側のスタッフの緊張感が伝わってくるような印象です。個人的は、昭和30年代の造り酒屋の様子や競輪場の風景などが興味深かったです(競輪場の壁にあるのは何かの映画のポスターか)。因みに、小津安二郎は「

「小早川(こはやかわ)家の秋」●制作年:1961年●監督:小津安二郎●製作:藤本真澄/金子正且●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:中井朝一●音楽:黛敏郎●時間:103分●出演:中村鴈治郎/原節子/司葉子/新
珠三千代/森繁久彌/小林桂樹/宝田明/加東大介/団令子/白川由美/山茶花究/藤木
悠/杉村春子/望月優子/浪花千栄子/笠智衆/東郷晴子/環三千世/島津雅彦/遠藤辰雄/内田朝雄●公開:1961/10●配給:東宝(評価:★★★☆)


中村鴈治郎 in 「
浪花千栄子 in 「小早川家の秋」('61年/東宝)/ 「悪名」('61年/大映)
山茶花究 in 「





江戸の貧乏長屋で浪人の首吊りがあり、長屋の住人で髪結いの新三(中村翫右衛門)は、長屋の連中で通夜をしてやろうと言って大家から酒をせしめる。長屋の連中はタダ酒が飲めると喜び、通夜で馬鹿騒ぎする。同じ長屋にいる病み上がりの浪人の海野又十郎(河原崎長十郎)は(妻のおたき(山岸しづ江)は紙風船貼りの内職をしている)、亡父の知人・毛利三左衛門(橘小三郎)に仕官の口を頼みに行くが、邪険に扱われ相手にしてもらえない。その毛利三左衛門は質屋・白子屋の娘お駒(霧立のぼる)を高家の武士の嫁にしようと画策しているが、当のお駒は番頭の忠七(瀬川菊之丞)とできている。新三は自分で賭
場を開いていたが、ヤクザの大親分・弥太五郎源七(市川笑太朗)の怒りを買って散々な目に遭い、金に困って髪結いの道具を白子屋に持ち込むが相手にしてもらえない。海野又十郎は何度も毛利三左衛門に会いに行くが、ある土砂降りの雨の夜、「もう来るな」と言われてしまう。同夜、忠七が店へ傘を取りいったのを待っているお駒を見かけた新三は、白子屋の用心棒をしている弥太五郎源七を困らせるため、彼女を自分の長屋に連れて帰ってしまう。誘拐を知った白子屋は、源七らを使って長屋にお駒を引き取りにくるが、新三は源七らを追い返してしまう。その後、大家の計らいでお駒は無事に白子屋へ帰され、大家と新七は50両の大金を得、その金でその夜宴会をする。誘拐の片棒を担いだ又十郎も分け前の金を貰って宴会に行くが、真面目だと思われていた又十郎の行為に長屋の女房たちは良い顔をしない。それを知った妻おたきがとった行動とは―。
1937(昭和12)年8月25日公開のこの作品は、28歳の若さで早世した映画監督・山中貞雄(1909-1938)の現存する3本の監督作の1つで、山中貞雄はこの作品の封切り当日に赤紙が届き、神戸港から中国に出征、戦中、手記に「紙風船が遺作とはチト、サビシイ」と書き遺していますが、1938(昭和13)年9月17日に河南省で戦病死し、実際この作品が遺作となりました。

新三」として再構成され、そこでまた独自の改変がされている)。歌舞伎の「髪結新三-梅雨小袖昔八丈」は、近年では18代目中村勘三郎(1955-2012/享年57)の当たり役でした。
この映画で総出演している劇団前進座の代表的な演目でもあり、前進座の現在の代表は、この映画で新三を演じた中村翫右衛門(かんえもん、1901-82)の子である中村梅之助(1930-2016/享年85)ですが(TV「
さん捕物帳」、大河ドラマ「
山中貞雄自身が戦地にて「紙風船が遺作とはチト、サビシイ」と書き留めているというのは、それまでの喜劇タッチの作品から一転して、この作品が破局的な終わり方になっているというのもあるのでしょう。
ラストの海野又十郎の妻おたきによる無理心中は衝撃的ですが(おたきが又十郎が女を"連れ込んだ"と思ったならばある意味「事故」とも言えるが)、以前、映画評論家の田中千世子氏も書いていましたが、もしかしたら妻に刺されて死ぬことは、次第に追い詰められていく(但し自分では死ねない)海野又十郎が無意識的に望んでいたことだったのかもしれません。結局この作品で、海野又十郎は成り行きからお駒を匿ったこと以外は何もしなかったし、また出来なかったということになるなあ。海野又十郎の次第に無力感を増す表情の変化は絶妙でした。とても、溝口健二監督の「宮本武蔵」('44年)で武蔵を演じ、中村翫右衛門演じる佐々木小次郎を倒すのと同じ役者が演じているようには見えません(因みに、海野又十郎を演じた河原崎長十郎と又十郎の妻おたきを演じた山岸しづ江はこの作品の前年'36年に結婚しており、実生活でも夫婦だった)。
それに比べ新三の方は次第に侠気を見せて輝き始め、長屋のスター的存在になります。そして、そのままハッピーエンドで終わりかけていただけに、ギャング映画のような暗いラストは、最後にズドンと落とされる印象がより強かったように思います。作品全体としても、プロセスにおいてはコメディタッチなシーンも多いため、プロセスとラストのギャップはやや唐突であるとも感じられます。コメディとしてスタイル的完成されている「
氏は日本映画全体の第1位に「人情紙風船」、第2位に「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」をもってきていました(『
かつて、作家の吉村昭がこの作品について、「江戸の町の浪人の生活が面白かった」とし、「時代考証もしっかりしていた」とコメントしていました(美術考証は画家であるとともに美術考証家でもあった岩田専太郎)。長屋の暮らし、じわっと滲む季節感と、どれをとっても20代の監督が撮ったとは思えないところがこの作品のスゴイところです。作品の殆どが消失し、しかも戦死したために本作以降の作品に見(まみ)えることが無かったというのは、本当に残念なことです。



中村翫右衛門/河原崎長十郎/霧立のぼる/市川莚司[加東大介]
結新三)/山岸しづ江(又十郎の女房おたき)/霧立のぼる(白子屋の娘お駒)/助高屋助蔵(家主長兵衛)/市川笑太朗(弥太五郎源七)/中村鶴蔵 (金魚売源公)/市川莚司[加東大介](猪助)/橘小三郎[藤川八蔵](毛利三左衛門)/御橋公(白子屋久左衛門)/瀬川菊乃丞(忠七)/市川扇升(長松)/原緋紗子(源公の女房おてつ)/坂東調右衛門/市川樂三郎/市川菊之助/岬たか子●公開:1937/08●配給:東宝映画●最初に観た場所:早稲田松竹(07-08-12)●2回目:

●田中千世子(映画評論家・映画監督)マイベスト10(『



小藩・柳生家に伝わる「こけ猿の壺」に、先祖が埋め隠した百万両の在り処が示されていることが判明するが、壺は先日江戸の道場屋敷に婿入りした弟・源三郎(沢村国
太郎)が知らずに持って行ってしまっていた。やがて、その秘密は江戸の源三郎にも知れるところとなるが、壺は道具屋に売り渡されていた。ほどなく壺は道具屋の隣に住む安吉の金魚入れとなる。しかしその夜、安吉の父親は行きつけの遊技場である矢場で、
チンピラとの諍いから刺し殺されてしまう。矢場で用心棒の傍ら居候をしている隻眼隻腕の浪人・丹下左膳(大河内傳次郎)と矢場の女将・お藤(喜代三)は男の家を見つけるが、そこで、安吉が母親を早くに亡くし父親との二人きりだったことを知る。仕方なく二人は安吉を預かることにし、安吉が大事にしている金魚を入れた壺と共にお藤の矢場へと連れ帰る。一方、源三郎は壺を探して市中を回るが、そこでたまたま目にした矢場で働く娘に軽い浮気心を抱く。以来養子の身である源三郎は壺を探すと称しては矢場へ入り浸り羽を伸ばすようになり、いつしか安吉、左膳とも親しくなるのだったが―。
「丹下左膳余話 百萬両の壺」DVD版ジャケット
1935(昭和10)年公開のこの作品は、28歳の若さで戦死(戦地にて病死)した早世の天才映画監督・山中貞雄(1909-1938)の現存する3本の監督作の1本で、残り2本は「河内山宗俊」('36年)と「
丹下左膳の映画を撮っていた伊藤大輔監督(「





大河内傳次郎と月形龍之介の確執に相馬千恵子が絡むというもので、脚本が「用心棒」「野良犬」の菊島雄三のせいか、ここでも棺桶が出てきて、棺桶に隠れて本土へ渡ろうとした大河内傳次郎でしたが、月形龍之介に見破られてしまい、棺桶から飛び出して斬り合いに。この時の姿が白装束であるばかりでなく、メイクが隻眼でないことを除いては若干丹下左膳風であり、3年後の「大河内・左膳」復活を予感させるものとなっていました。40代前半で撮った「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」の時ほ
どには飛び跳ねたりはしないけれども、50代後半になっても剣捌きは変わらず、どんなピンチでも動じない堂々たる剣豪ぶりは流石です。大河内傳次郎は強度の近眼であったにも関わらず真剣を使いたがる傾向があったので、剣戟の斬られ役の方は結構ビビったという話(嵐寛寿郎談)があります(勿論、当時はコンタクトレンズなどは無い)。
月形龍之介演じる屈折した敵役の桐太郎もハマっていましたが、最初は主水正の敵側として現れ、やがて主水正に惹かれていき、身を挺して主水正やいとを守ろうとするアイヌとの混血芸者おみつを演じた相馬千恵子(1922- )がなかなか良かったです。アイヌの人たちがおみつの知らせを受け、集団で主水正側に加勢するという描かれ方になっているのも、蝦夷地を舞台とした作品らしい味付けでした。



「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」●制作年:1935年●監督:山中貞雄●脚本:三村伸太郎●潤色:三神三太郎●撮影:安本淳●音楽:西梧郎●原作:林不忘●時間:92分●出演:大河内傳次郎/喜代三/沢村国
太郎/山本礼三郎/鬼頭善一郎/阪東勝太郎/磯川
勝彦/清川荘司/高勢実乗/鳥羽陽之助/宗春太郎/花井蘭子/伊村理江子/達美心子/深水藤子●公開:1935/06●配給:日活●最初に観た場所:早稲田松竹(07-08-12)(評価:★★★★☆)●併映:「人情紙風船」(山中貞雄)
「ごろつき船」●制作年:1950年●監督:森一生●製作:辻久一●脚本:成澤昌茂/菊島隆三●撮影:牧田行正●音楽:深井史郎●原作:大佛次郎●時間:88分●出演:大河内傳次郎/相馬千恵子/月形龍之介/坂東好太郎/若杉紀英子/葛木香一/東良之助/香川良介/上田吉二郎/加東大介/阿
部修/羽白修/寺島貢/堀北幸夫/小松みどり/玉置一恵/片岡好右衛門●公開:1950/11●配給:大映(評価:★★★★)
●田中小実昌(作家・翻訳家,1925-2000)の推す喜劇映画ベスト10(『


初老のサラリーマン平山周平(笠智衆)は、
妻を亡くして以来、24歳になる長女・路子(岩下志麻)と次男・和夫(三上真一郎)の三人暮らしで、路子に家事を任せきって生活している。そのことに後ろめたさを感じつつ、まだ嫁にやるには早い思いたい周平に、同僚の河合(中村伸郎)が路子の縁談を持ちかける。最初は乗り気でない周平だったが、河合のしつこい説得と、一人娘の婚期を遅れさせ後悔する恩師の姿を見るにつれ、ついに路子へ縁談話をするが、急な話に路子は当惑する―。
小津安二郎監督の1962(昭和37)年作品で、同監督の遺作となった作品。原作は「
前半部分は、周平、河合、堀江(北竜二)らかつての中学の同級生たちが恩師の漢文教師で、通称"瓢箪"先生(東野英治郎)を招いて同窓会をした話が主軸になっています。その席で"瓢箪"はかつての教師の威厳も無く酔っぱらってしまいます(この元教師、鱧(はも)を食べたのは初めてか?この映画で出てくる料理魚は鱧だけで、先に述べた通りサンマは出てこない)。
東野英治郎って「東京物語」以来、小津映画で酔っ払いの役が多いなあ(実際にはあまり飲めなかったようだが。一方、中村伸郎は酒好きで、笠智衆は完全な下戸だった)。笠智衆が実年齢58歳で57歳の周平を演じているのに対し、東野英治郎は実年齢55歳で17歳上の72歳の老け役です。"瓢箪"を家まで送ると独身の娘(杉村春子)が悲憤の表情でそれを迎える(杉村春子(1906年生まれ)は実年齢56歳で東野英治郎(1907年生まれ)演じる元教師の48歳の娘を演じている)―"瓢箪"は、今は独身の娘が経営するラーメン屋の親父になっていたわけ
で、後日周平がその店を訪ねた際にもその侘しさが何とも言えず、"瓢箪"が周平の会社へ礼に来た際に河合と共に料理屋へ誘うと「あんたは幸せだ、私は寂しい、娘を便利に使って結局嫁に行きそびれた」とこぼす始末。それを聞き河合は「お前も"瓢箪"になるぞ。路子さんを早く嫁にやれ」と周平に忠告する―といった出来事が、後半の伏線となっています。
周平の長男・幸一(佐田啓二)は妻・秋子(岡田茉莉子)が団地住まいをしていますが、夫は大企業に勤めているものの、共稼ぎの妻の方が帰りが遅い時は夫が自分で夕飯を作るところが、当時としては目新しかったといいます。幸一が以前から欲しかったゴルフクラブを会社の同僚(吉田輝雄)から買うために周平から金を借りると、それを秋子にさらわれてしまったため不満が募るといった具合に、共稼ぎのせいか妻の発言権が強く、最終的には秋子は月賦で買うことを認めますが、その代わり自分もハンドバッグを買うと言います。雰囲気的に、この作品で小津監督は、夫婦生活、結婚生活というものをあまり明るいものとしては描いていない印象を受けます(因みに佐田啓二はこの映画に出演した2年足らずの後に自動車事故で亡くなっている(享年37))。
路子の縁談の話は周囲が色々動き過ぎてあっちへ行ったりこっちへ行ったりしますが、最後に路子は結婚を決意し、河合が紹
介した医師の元へ嫁ぐことに―。路子の花嫁姿に接し、平山は「うーん、綺麗だ。しっかりおやり、幸せにな」と言葉をかけ、式の後は亡き妻に似たマダム(岸田今日子)がいるバーへ行き独りで飲みながら軍艦マーチを聴く。ラスト、周平は自宅で「うーん、一人ぽっちか」と呟き、台所へ行くと急須から茶を注いで飲む―。
がっくりしてはいるが泣いてはいないという(笠智衆は映画において泣く演技を拒否した)、「晩秋」に似た終わり方でした(テーマも同じく「娘を嫁にやった男親の悲哀と孤独」であるし)。会社のオフィスの撮り方や宴席、料理屋の撮り方なども、同じセットを使ったのではないかと思われるくらい似ていて、しかも俳優陣も重なるため、やや印象が弱かった感じも(ヒロイン・路子役の岩下志麻は、「秋日和」で会社の受付嬢というチョイ役だった)。路子の花嫁姿はあっても結婚式の場面が無いのも「晩秋」と同じで、これは路子の結婚生活が必ずしも幸せなものとはならないことを暗示しているとの説もありますが、個人的には何とも言えません。
杉村春子(娘)
東野英治郎(父)
「秋刀魚の味」●制作年:1962年●監督:小津安二郎●製作:山内静夫●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●原作:里見弴●時間:113分●出演:笠智衆/岩下志麻/佐田啓二/岡
田茉莉子/中村伸郎/東野英治郎/北竜二/杉村春子/加東大介/吉田輝雄/三宅邦子/高橋とよ/牧紀子/三上真一郎/環三千世/岸田今日子/浅茅しのぶ/須賀不二男/菅原通済(特別出演)/緒方安雄(特別出演)●公開:1962/11●配給:松竹●最初に観た場所:三鷹オスカー(82-09-12)●2回目(デジタルリマスター版):神保町シアター(13-12-23)●3回目(デジタルリマスター版):北千住・シネマブルースタ

ジオ(19-06-11)(評価:★★★★)●併映:「東京物語」(小津安二郎)/「彼岸花」(小津安二郎)






空風吹き荒ぶ上州・馬目の宿場町は、2つのやくざ勢力の対立によって墓場のように静まり返っていたが、そこへ流離の浪人(三船敏郎)が現れ、居酒屋の亭主の権爺(東野英治郎)から村を荒んだ状況にしている元凶である抗争話を聞きつけ、桑畑三十郎と名乗って両方の勢力に用心棒として売り込みつつ、巧みに相討ちを仕組んでいく。しかし、そこに伊達な雰囲気を漂わせた丑寅の弟、新田(しんでん)の卯之助(仲代達矢)が最新の短銃を手に帰郷して―。
馬目の名主(なぬし)絹問屋主人の多左衛門(藤原釜足)が肩入れしている女郎屋の清兵衛(河津清三郎)がこの町のやくざの親分で、清兵衛が倅の与一郎(太刀川寛)に縄張りを譲
ろうとしたため、一の子分の新田の丑寅(山茶花究)が怒って袂を分かち、それを次の名主の座を狙う造酒屋の徳右兵衛(志村喬)が後押しするという構図になっていて、表向きは「多左衛門vs. 丑寅」のやくざ抗争ですが、それ
ぞれバックに絹問屋と造酒屋が付いているということになり、『赤い収穫』ほど設定は複雑ではないものの、一応枠組みを早めに理解しておいた方が楽しめます(東野英治郎演じる権爺が手短に話してはいるが)。
でも、この包丁投げ、残る丑寅方を潰すには、卯之助さえ封じ込めれば後は何とかなり、但し、短銃を肌身離さず持っている彼を倒すには、こっちも飛び道具でいくしかないという三十郎の読みだったわけで(練習してたのかあ)、権爺が丑寅方に囚われたことを知った三十郎が単身で丑寅方へ乗り込み、「1対大勢」の決闘で三十郎が先ずやったことは―。
役者陣が豊富と言うか、丑寅の子分役でジェリー藤尾とか、清兵衛の子分役で天本英世とか、百姓の小倅役で夏木陽介とかも出ていたんだなあと。印象に残っている脇役は、丑寅の子分・閂(かんぬき)を演じた台湾出身の元力士新高山(1940年花籠部屋に入門)こと羅生門綱五郎かな。2メートルを超える大男で三十郎を軽く投げ飛ばしてしまいますが、セリフもちゃんとあって、しっかり演技もしています。
この映画を非公式に(東宝の許諾無しに)リメイクした作品では、クリント・イーストウッドの出世作「荒野の用心棒」('64年/伊)があり(東宝は「荒野の用心棒」の製作側を訴え、勝訴している)、東宝の許諾を得てリメイクしたものには、ブルース・ウィリス主演の「ラストマン・スタンディング」('96年/米)がありますが、「ラストマン・スタンディング」にも大男が出てたなあ。

どちらも傑作ですが、個人的には、最初にビデオで観てしまった「椿三十郎」よりも、名画座ながらも一応は劇場で観た「用心棒」の方がインパクトあったかなあ。「七人の侍」('54年)と同じく本来は劇場で観たい映画ですが、どちらもあまり劇場でのリヴァイバルにはかからない。ただ、最近は大画面テレビもが普及しているし、せっかく大画面テレビがウチにあるなら、こういう作品こそ観るべきではないかなと。作家・吉村昭は、完成度、面白さでこの作品をベストワンに挙げています(2位が「七人の侍」)。[『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版)より]



三船敏郎(1961年、「用心棒」で日本人初のベネチア国際映画祭男優賞に選ばれる)
「用心棒」●制作年:1961年●監督:黒澤明●製作:田中友幸/菊島隆三●脚本:黒澤明/菊島隆三●撮影:宮川一夫●音楽:佐藤勝●剣道指導:杉野嘉男●時間:110分●出演:三船敏郎(桑畑三十郎)/仲代達矢(新田の卯之助)/東野英治郎(居酒屋の権爺)/河津清三郎(馬目の清兵衛)/山田五十鈴(清兵衛の女房おりん)/太刀川寛(清兵衛の倅与一郎)/志村喬(造酒屋徳右衛門)/藤原釜足(名主左多衛門)/
夏
木陽介(丑寅の子分(元は百姓の小倅))/山茶花究(新田の丑寅)/加東大介(新田の亥之吉)/渡辺篤(桶屋)/土屋嘉男(百姓小平)/司葉子(小平の女房ぬい)/沢村いき雄(番屋の半助)/西村晃(無宿者・熊)/加藤武(無宿者・瘤八)/藤田進(用心棒・本間先生)/中谷一
郎(斬られる凶状持)/堺左千夫(八州周りの足軽)/谷晃(丑寅の子分・亀)/羅生門綱五郎(丑寅の子分・閂(かんぬき)/ジェリー藤尾(丑寅の子分・賽の目の六)/清水元(清兵衛の子分・孫太郎)/佐田豊(清兵衛の子分・孫吉)/天本英世(清兵衛の子分・弥八)/大木正司(清兵衛の子分・助十)●劇場公開:1961/04●配給:東宝●最初に観た場所:高田馬場パール座(81-03-23)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(10-12-25)(評価★★★★★) 







大学の医学部教授の小宮(斎藤達雄)は日頃から、口うるさい妻の時子(栗島すみ子)に頭が上がらなかったが、それは、夫婦円満を保つ彼流の秘訣でもあった。そんなある日、大阪より時子の姪・節子(桑野通子)が上京、小宮家にやって来る。自分とは対照的に思ったままに行動する彼女に触発された小宮は、ある揉め事を契機に初めて時子に平手打ちをくらわせてしまう―。
31際の若さで夭逝した桑野通子が演じる(当時22歳)姪の節子は、いわば当時のモダンガールといったところでしょうか。未婚だがタバコも酒も嗜むし、車の運転にも興味がある活発な彼女は、妻の尻に敷かれる小宮を見て、夫権の復活を唱えて盛んに小宮をけしかける―そこへ時子がいきなり現れたりして、小宮が節子を叱るフリをする、時子が去ると節子が小宮を軽く小突くなどといった具合に、小宮と節子の遣り取りが、爆笑を誘うというものではないですが、クスッと笑えるものとなっています。
この作品の斎藤達雄はいいです。サイレント時代の小津作品では、もてない大学生(「若い日」)やしがないサラリーマン(「生まれてはみたけれど」)を演じたりもしていましたが、この作品で「ドクトル」と世間から呼ばれるインテリを演じてもしっくりきています(独りきりになると結構このドクトルは剽軽だったりするが)。
有閑マダム3人組(栗島すみ子、吉川満子、飯田蝶子)の会話なども、それまでの小津作品には無かったシークエンスですが、関西弁で話しているためかどことなくほんわかした感じがあり、それでいて畳み掛けるところは畳み掛けるという、トーキー2作目にしてこの自在な会話のテンポの操り方には、トーキー参入に際しての小津の周到な事前準備が感じられました。
その他に、小宮家で家庭教師をすることになる大学の助手・岡田を佐野周二が演じていますが、息子・関口宏より相当濃いハンサム顔に似合わず、この作品では教え子の友達(突貫小僧)に先に算数の問題を解かれてしまって面目を失うというとぼけた役回り。
岡田と節子の間で何かあるのかなと思いましたが、これは"夫婦"がテーマの映画なのでそうはならず、結局、「雨降れば地固まる」みたいな映画だったんだなあと。
また、この作品は、日本映画史上初のスター女優と言われた栗島すみ子(1902-1987)の映画界引退作品でもあり、さすがに堂々たる存在感を見せています。彼女はその後、成瀬巳喜男監督の「流れる」('56年/東宝)で一度だけスクリーンに復帰、田中絹代(1909-1977)、山田五十鈴(1917-2012)、杉村春子(1906-1997)、高峰秀子(1924-2010)らと共演しましたが、それら大女優の更に先輩格だったわけで、まさに貫禄充分!
そもそも、成瀬巳喜男の監督デビュー(1930年)よりも栗島すみ子の映画デビューの方が先であり(1921年)、年齢も彼女の方が3歳上。成瀬監督を「ミキちゃん」と呼び、「流れる」撮影の際は、「あたしはミキちゃんを信用して来てるのだから」と、セリフを一切覚えず現場入りしたという話があり、小津安二郎の「お嬢さん」('30年/松竹蒲田)で
それにしても「流れる」の配役陣は、今になった見れば見るほどスゴいなあという感じ。大川端にある零落する置屋を住込みのお手伝いさん(田中絹代)の視点から描いた作品でしたが、先に挙げた田中絹代、山田五十鈴、高峰秀子、杉村春子ら大物女優に加えて、岡田茉莉子、中北千枝子、賀原夏子らが脇を固めるという布陣で、成瀬巳喜男作品は個人的には合う合わないがあって、世間で評価されるほど自分としての評価は高くないのですが(若い頃に観たというのもあるかもしれない)、この作品も、ストーリーよりも一人一人の演技が印象に残った感じでした。
杉村春子を除いて皆、着物の着こなしがいい、との評がどこかにありましたが、年増芸者を演じた杉村春子は、あれはあれで役に合わせた着こなしだっだのでしょう。個人的には、水野の女将を演じた栗島すみ子の演技は"別格"として、当時、田中絹代・山田五十鈴・高峰秀子の三大女優より一段格下だった杉村春子が一番上手いのではないかと思いました(高峰秀子は子役としてのデビューは早かったが、1940
年、豊田四郎監督の「小島の春」に出演した杉村春子の演技にショックを受けて演技開眼したという。杉村春
子を"格下"と言ったら失礼にあたるか)。岡田茉莉子などは実に若々しく、和服を着ると昭和タイプの美女という感じでしたが(着物を着た際にスレンダーで足長に見える)、演技そのものは当時はまだ大先輩たちの域には全然達していなかったのではないでしょうか。機会があれば、また観直してみたいと思います。
「淑女は何を忘れたか」●制作年:1937年●監督:小津安二郎●脚本:伏見晁/ジェームス槇(小津安二郎)●撮影:茂原英雄/厚田雄春●音楽:伊藤冝二●時間:71分●出演:斎藤達雄/栗島すみ子/桑野通子/佐野周二/飯田蝶子/坂本武/吉川満子/葉山正雄/突貫小僧/上原謙●公開:1937/03●配給:松竹大船●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-05)●2回目:神保町シアター(10-12-11)(評価:★★★)●併映(1回目):「お早よう」(小津安二郎) 神保町シアター 2007(平成19)年7月14日オープン
「
督: 成瀬巳喜男●製作:藤本真澄●脚本:田中澄江/井手俊郎●撮影:玉井正夫●音楽:斎藤一郎●原作:幸田文「流れる」●時間:117分●出演:田中絹代/山田五十鈴/高峰秀子/杉村春子/岡
田茉莉子/中北千枝子/賀原夏子/栗島すみ子(特別出演)/泉千代/加東大介/宮口精二/仲
谷昇/中村伸郎●公開:1956/11●配給:東宝(評価:★★★☆)



山水建設設計部勤務の田丸圭太郎(谷啓)は母・久子(京塚昌子)との母ひとり子ひとりの暮らし。溺愛する「ガマラ」人形を見ていると、いつの間にかガマラが巨大化して動き出し、その背中に乗って空を飛ぶ白日夢を見るほどの空想家だった。空想の中ではいつも大活躍するが、現実の仕事は失敗ばかりで、同じ設計部の二枚目・前野(宝田
明)にいつも先を越され、いいところがない。その挙句、守衛に格下げされ、更には機密書類を盗まれために産業スパイの疑いを掛けられてしまう―。
昨年('10年)9月に亡くなった谷啓(1932-2010/享年78、自宅階段から転落して脳挫傷により急逝。認知症を患っていた)の主演映画で、12月の「銀座シネパトス」での追悼上映ラインナップにもあった作品ですが、ほぼ同時期に日本映画専門チャンネルでも放映されました。クレージー・キャッツ(故人はハナ肇、植木等、安田伸、石橋エータロー、そして谷啓。存命は2011年4月現在、犬塚弘、桜井センリの2人)らが総出演するシリーズ映画は、60年代を中心に撮られたものだけで25,6本ありますが、一方で、こうした谷啓主演の番外編的な映画も何本かあったのだなあと。アメリカのボードビリアンであるダニー・ケイの映画「虹を掴む男」('47年)を下敷きにしているとのことで、ダニー・ケイから芸名をとった谷啓の意向がかなり反映されているのではないかと思われます。
監督は「
早稲田大学で心理学を教えていた
その慎太郎氏は、'69年に『スパルタ教育―強い子どもに育てる本』(カッパ・ホームズ)を著していて、その中には「ヌード画を隠すな」「いじめっ子に育てよ」「子どもに酒を禁じるな」「子どもの不良性の芽をつむな」とかいろいろ激しいフレーズがありますけれど、これで「強い子ども」が育つのかなあ。実際に育った3人の息子達は、そんな図太い感じはしないけど、この偽悪的とも思えるポーズは、弟の裕次郎を意識したのではないかと(実際、裕次郎主演で映画化されている―と言っても、元が小説ではないので、脚本は書き下ろしだが)。
「空想天国」●制作年:1968年●監督:松森健●製作:渡辺晋●脚本:田波靖男●撮影:西垣六郎●音楽:萩原哲晶●時間:84分●出演:谷啓/京塚昌子/奈加英夫/酒井和歌子/宝田明/北あけみ/藤岡琢也/佐田豊/藤
木悠/権藤幸彦/田中浩/木村博人/西岡慶子/中川さかゆ/矢野陽子/矢野間啓治/沢村いき雄/藤田まこと/頭師孝雄/中山豊/ハナ肇/桜井センリ/田崎潤/荒木保夫/ハンス・ホルネフ/小松政夫/豊浦美子/田辺和佳子●日本公開:1968/08●配給:東宝(評価:★★★)●併映:「連合艦隊司令長官 山本五十六」(丸山誠治) 

「連合艦隊司令長官 山本五十六」●制作年:1968年●監督:丸山誠治●特技監督:円谷英二●製作:田中友幸●脚本:須崎勝彌/丸山誠治●撮影:山田一夫●音楽:佐藤勝●時間:128分●出演:山本五十六(連合艦隊司令長官):三船敏郎/辰巳柳太郎/荒木保夫/堤康久/佐田豊/若宮忠三郎/豊浦美子/中谷一郎/伊吹徹/黒部進/黒沢年男/八世松本幸四郎/平田昭彦/土屋嘉男/藤木悠/佐原健二/田島義文/坂本晴哉/今福正雄/柳
山健二郎/佐々木孝丸/清水将夫/宇留木康二/江原達怡/船戸順/(ナレーター)仲代達矢●日本公開:1968/08●配給:東宝(評価:★★★)●併映:「空想天国」(松森健) 





寛永18年、肥後熊本の城主・細川忠利が逝去し、生前より主の許しを受け殉死した者が18名に及んだが、殉死を許されなかった阿部弥一右衛門(市川笑太郎)に対しては、家中の者の見る眼が変わり、結局彼は息子達の目の前で切腹して果て、更に先君の一周忌には、長男・権兵衛(橘小三郎)がこれに抗議する行動を起こし非礼として縛り首となり、次男・弥五兵衛(中村翫右衛門)以下阿部一族は、主君への謀反人として討たれることになる―。
熊谷久虎(1904‐1986)監督により1938年に映画化されていますが(このほかに深作欣二(1930‐2003)監督も1995年にテレビ映画化している)、黒
澤明監督が演出の手本にしたという熊谷久虎作品はたいへん判り易いもので、但し、判り易すぎると言うか、弥一右衛門のことを噂する家中の者の口ぶりは、サラリーマンの職場でのヒソヒソ話と変わらなかったりして(親近感は覚えるけれど)、小説の中でも触れられている犬飼いの五助の殉死や、小心者の畑十太夫などについても、コミカルで現代的なタッチで描かれています(この辺りで残酷な場面はない)。
一方、登場人物中で殉死に唯一懐疑的な隣家の女中・お咲(堤真佐子)と、彼女と親しい仲間多助(市川莚司)は映画オリジナルのキャラであり、市川莚司(後の加東大介)の主君の追い腹を切ろうとしてもいざとなるとビビって切れないという演技もまたコミカルでした。


「阿部一族」●制作年:1938年●監督:熊谷久虎●製作:東宝/前進座●脚本:熊谷久虎/安達伸男●撮影:鈴木博●音楽:深井史郎/P・C・L管絃楽団●原作:森鷗外「阿部一族」●時間:106分●出演:中村翫右衛門/河原崎長十郎/市川笑太郎/橘小三郎/山岸しづ江/堤真




平安末期、侍(森雅之)が妻(京マチ子)を伴っての旅の途中で、多襄丸という盗賊(三船敏郎)とすれ違うが、妻に惹かれた盗賊は、藪の中に財宝があると言って侍を誘い込み、不意に組みついて侍を木に縄で縛りつけ、その目の前で女を手込めにする。
翌朝、侍は死骸となって木樵り(志村喬) に発見されるが、女は行方不明に。後に、一体何が起こり何があったのかを3人の当事者達は語るが、それぞれの言い分に食い違いがあり、真実は杳として知れない―。
1951年ヴェネツィア国際映画祭「金獅子賞」並びに米国「アカデミー外国語映画賞」受賞作で、共に日本映画初の受賞でした。原作は芥川龍之介の1915(大正4)年発表の同名小説「羅生門」というよりも、1922(大正11)年1月に雑誌「新潮」に発表の短編「藪の中」が実質的な原作であり、「羅生門」は、橋本忍と黒澤明が脚色したこの映画では、冒頭の背景など題材として一部が使われているだけです。
原作は、事件関係者の証言のみで成り立っていて、木樵、旅法師、放免(警官)、媼(女の母)の順に証言しますが、この部分が事件の説明になっている一方で、彼らは状況証拠ばかりを述べて事件の核心には触れません。続いて当事者3人の証言が続き、多襄丸こと盗人が、侍を殺すつもりは無かったが、女に2人が決闘するように言われ、武士の縄を解いて斬り結んだ末に武士を刺し、その間に女は逃げたと証言、一方の女は、清水寺での懺悔において、無念の夫の自害を自分が幇助し、自分も死のうとしたが死に切れなかったと言います。 そして最後に、侍の霊が巫女の口を借りて、妻が盗人を唆して自分を殺させたと―。
芥川龍之介の原作は、タイトルの通り誰の言うことが真実なのかわからないまま終わってるわけですが、武士が語っていることが(霊となって語っているだけに)何となく侍の言い分が真実味があるように思いました(作者である芥川龍之介は犯人が誰かを示唆したのではなく、それが不可知であることを意図したというのが「通説」のようだが)。
映画では、原作と同様、盗人、女、侍の証言が再現映像と共に続きますが、女の証言が原作とやや異なり、侍の証言はもっと異なり、しかも最後に、杣売(そまふ)、つまり木樵(志村喬)が、実は自分は始終を見ていたと言って証言しますが、この杣売の証言は原作にはありません。
芥川の「藪の中」と「羅生門」は、岩波文庫、新潮文庫、角川文庫、ちくま文庫などで、それぞれ別々の本(短編集)に収められていますが("やのまん"の『芥川龍之介 羅生門―デカい活字の千円文学!』 ('09年)という単行本に両方が収められていた)、'09年に講談社文庫で両方が1冊入ったもの(タイトルは『藪の中』)が出ました。講談社が製作に加わっている中野裕之監督、小栗旬主演の映画「TAJOMARU(多襄丸)」('09年/ワーナー・ブラザース映画)の公開に合わせてでしょうか。「藪の中」を原作とするこの映画(要するに「羅生門」のリメイク)の評価は散々なものだったらしいですが、「藪の中」という作品が映画「羅生門」の実質的な原作として注目されることはいいことではないかと思います。


「羅生門」●制作年:1950年●監督:黒澤明●製作:箕浦甚吾●脚本:黒澤明/橋本忍●撮影:宮川一夫●音楽:早坂文雄●原作:芥川龍之介「藪の中」●時間:88分●出演:三船敏郎/森雅之/京マチ子/
映●最初に観た場所:高田馬場ACTミニシアター(84-12-0



ACTミニシアターのチラシ http://d.hatena.ne.jp/oyama_noboruko/20070519/p1 大山昇子氏「女おいどん日記」より





レフ・ニコライビッチ・トルストイ(1828‐1910/享年82

とその世俗的な生涯の振り返りから始まるこの作品は、黒澤明監督の「生きる」と主人公が役人である点が似ており、また映画「生きる」も、『イワン・イリッチの死』
のように主人公の葬儀の場面から始まるわけではないですが、物語の後半はほとんど主人公の葬儀(通夜)の場面であり、役所の同僚たちが生前の主人公についてのエピソード語ったりしており(その都度回想シーンが挿入される)、黒澤はこの作品から「生きる」を着想したとされています。映画関連のデータベースでは、「生きる」の原作としてこの小説が記されているものがありましたが、実際のクレジットはどうだったでしょうか。最初観た時は評価★★★★でしたが、後にテレビなどで観直したりして★★★★☆に評価修正しました(●2024年1月8日のなぜか「成人の日」にNHK総合で放映されたのを再々見。自分がこの作品が重くのしかかってくる年齢になったのかということを改めて実感させられた。)。

映画は映画で独立した傑作であり(第4回ベルリン国際映画祭「市政府特別賞」受賞、第26回キネマ旬報ベスト・テン第1位)、トルストイのイワン・イリッチの死』が「原作」であるというより、この作品を「翻案」したという感じに近いかもしれません(或いは、単にそこから着想を得たというだけとも言える。伊藤雄之助が演じた無頼派作家に該当しそうな人物なども『イワン・イリッチの死』には登場しないし)。
『イワン・イリッチの死』の主人公イワン・イリッチは、「カイウスは人間である、人間は死すべきものである、従ってカイウスは死すべきものである」という命題の正しさを信じながらも、「自分はカイウスではない」とし、死を受け入れられないでいます。一見、バカバカしいように思われますが、一歩引いて考えると、ほとんどの人がこれに近い感覚を持ち合わせているような気もします。
「生きる」●制作年:1952年●製作:本木莊二郎 ●監督:黒澤明●脚本:黒澤明/橋本忍/小国英雄●撮影:中井朝一●音楽:早
レフ・トルストイ「イワン・イリッチの死」●時間:143分●出演:

志村喬/小田切みき/金子信雄/関京子/浦辺粂子/菅井きん
/丹阿弥谷津子/田中春男/千秋実/左ト全/藤原釜足/

サー)●公開:1952/10●配給:東宝●最初に観た場所:大井武蔵野館 (85-02-24)(評価★★★★☆)●併映「隠し砦の三悪人」(黒澤明)









◆『大アンケートによるわが青春のアイドル女優ベスト150』 〔'90年〕
と続いています。これらの内の何冊かは、'90年代に毎年刊行されていた現代教養文庫(版元の社会思想社は倒産)の『映画イヤーブック』と共に愛読・活用させてもらいました。角川文庫にも『日本映画ベスト200』('90年)などのアンケート・シリーズがありますが、「ビジュアル版」と謳っている文春文庫のシリーズの方が、掲載されているスチール、ポートレート、ポスターの量と質で、角川文庫のものを上回っています。

本書『邦画ベスト150』には、赤瀬川順・長部日出雄・藤子不二雄A氏らの座談会や、映画通が選んだジャンル別のマイベスト、井上ひさしの「たったひとりでベスト100選出に挑戦する!」といった興味深い企画もありますが、メインの「ベスト150」は、1位が「七人の侍」で、以
下「東京物語」「生きる」「羅生門」「浮雲」と続く"まともな"ラインアップとなっています。また、井上ひさしの「たったひとりでベスト100選出に挑戦する!」も、第1位が「七人の侍」で、あと「天国と地獄」「生きる」と黒澤作品が続きます(因みに「七人の侍」は、1954年度「キネマ旬報ベストテン」第3位だったが、本書の10年後発表の「キネマ旬報オールタイムベスト・ベスト100日本映画編(1999年版)」では第1位(下段参照))。

「荒野の七人」もいい映画ではあるものの、やはりオリジナルは遥かにそれを凌ぐレベルの作品だったことを実感しました。アクション映画としても傑作ですが、脚本面でも思想性という面でも優れた作品だと思い
ます(2018年10月29日、英BBCが最も偉大な外国語映画100本を発表、世界43の国と地域の映画評論家209人が挙げたベストテンをポイント別に集計して順位が付けられているそうで、その第1位に「七人の侍」が選ばれた[当ページ再下段参照])。
(ウィキペデイアの「
『洋・邦名画ベスト150 中・上級篇』の方では、「日本映画ベスト44」の1位が工藤栄一(1929‐2000)監督の「十三人の刺客」、「外国映画ベスト109」の1位は「マダムと泥棒」となっていて、「七人の侍」は前述の通り個人的にも大傑作だと思いますが、「七人の侍」がこれほど賞賛されるならば「十三人の刺客」ももっと注目されるべきであるし、ヒッチコック(個人的は好きな監督)の作品に人気が集まるならば、「マダムと泥棒」も見て!という印象は確か受けます。
「十三人の刺客」は、将軍の弟である明石藩主というのが実は異常性格気味の暴君で、事情を知らない将軍が彼を老中に抜擢する話が持ち上がったために、筆頭老中が暴君排除を決意し、暗殺の密命を旗本島田新左衛門に下すというもの。

本書にもあるように、アクション映画は、シチュエーションを単純にしてディテールに凝ったほうが面白いと言うその典型で、ラストの30分にわたるリアルな決戦シーンとそこに至るまでの作戦の積み重ねは、「早すぎた傑作」と呼ばれるにふさわしく、公開当時はあまり評価されなかったとのこと。大体、時代物に疎く、かなり後になってビデオで観たのですが、劇場で観たかったです(オールド・プリントで、ちょっと画面が暗い。DVDの方はどうなのだろうか(2019年にNHK-BSプレミアムで放映されたものを観たが、クリアな画像だった)。

「七人の侍」●制作年:1963年●監督:黒澤明●製作:本木莊二郎●脚本:黒澤明/橋本忍/小国英雄●撮影:中井朝一●音楽:早坂文雄●時
間:207分●出演:志村喬/三船敏郎/木村功/稲葉義男
/加東大介/千秋実/宮口精二/藤原釜足/津島恵子/土屋嘉男/小杉義男/左卜全/高堂国典/東野英治郎/島崎雪子/山形勲/渡辺篤/千石規子/堺左千夫/千葉一郎/本間文子/安芸津広/多々良
純/小川虎之/熊谷二良/上田吉二郎/谷晃/中島春雄/(以下、エキストラ出演)仲代達矢(右写真)/宇津井健/加藤武●公開:1954/04●配給:東宝 ●最初に観た場所:渋谷東宝(渋東シネタワー4)(91-12-01)(評価:★★★★★)
藤原釜足(志乃の父・万造)/千秋 実(林田平八)/稲葉義男(片山五郎兵衛)/山形 勲(鉄扇の浪人―腕は立つが七人には加わらない)

階にあったシネタワー1と2を閉鎖・改装し、同年7月15日、TOHOシネマズ渋谷スクリーン1・2・3・4がオープン。次いで下層階のシネタワー3・4を改装し、同年11月30日にTOHOシネマズ渋谷スクリーン5・6がオープン。

「十三人の刺客」●制作年:1963年●監督:工藤栄一●製作:東映京都撮影所●脚本:池上金男●撮影:鈴木重平●音楽:伊福部昭●時間:125分●出演:片岡千恵蔵/里見浩太朗/嵐寛寿郎/阿部九州男/加賀邦男/汐路章/春日俊二/片岡栄二郎/和崎俊哉/西村晃/内田良平/山城
新伍/丹波哲郎/月形龍之介/菅貫太郎/水島道太郎/沢村精四郎/丘さとみ/藤純子/河原崎長一郎/三島ゆり子/

高松錦之助/神木真寿雄●公開:1963/12●配給:東映(評価:★★★★☆)
