2025年12月7日 新文芸坐


2025年12月7日 新文芸坐


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日本初の本格的トーキー映画。「音」をモチーフにしている点が工夫されていた。

「あの頃映画 マダムと女房/春琴抄 お琴と佐助 [DVD]」

劇作家の芝野新作(渡辺篤)は、「上演料500円」の大仕事を受け、静かな環境で集中して台本を書くため、郊外の住宅地で借家を探し歩いていた。そのうち路上で写生をしていた画家(横尾泥海男)と言い争いになり、それを銭湯帰りの隣の「マダム」こと山川滝子(伊達里子)が仲裁する。妻・絹代(田中絹代)や2人の子供とともに新居に越してきた新作だったが、仕事に取りかかろうとするたびに、野良猫の鳴き声や、薬売りなどに邪魔をされ、何日も仕事がはかどらない。ある日、隣家でパーティーが開かれ、ジャズの演奏が始まった。新作はたまらず隣家に乗り込むが、応対したのはかつての「マダム」だった。マダムは自身がジャズ・バンドの歌手であることを明かし、音楽家仲間を紹介した。新作は言われるままに隣家に上がり、酒をすすめられ、とも
に歌った。その頃、絹代は窓越しに隣家の様子を見ていた。「ブロードウェイ・メロディー」を口ずさみながら上機嫌で帰宅した新作を絹代は叱りつけ、嫉妬心からミシンの音を立て始め、果てには「洋服を買ってちょうだい」とねだる。新作はそんな絹代に取り合おうとせず、「上演料500円。不言実行」と告げて机に向かう。数日後。芝野家は、百貨店から自宅へ戻る道を歩いていた。住宅の新築工事や、空を飛ぶ飛行機をながめながら談笑し、一家はささやかな幸福を噛みしめる。そのうち「マダム」宅から「私の青空」のメロディが流れ、一家は口ずさみながら家路につく―。
1931(昭和6)年公開の五所平之助監督作で、松竹キネマ製作(松竹キネマ蒲田撮影所撮影)の日本初の本格的トーキー映画。全編同時録音で撮影され、カットの変わり目で音が途切れぬよう、3台のカメラを同時に回して撮影されており、1931年度の「キネマ旬報ベストテン」で第1位作品です。
脚本の北村小松は、同年の小津映画監督「淑女と髯」「東京の合唱(コーラス)」の脚本家(原作者)でもあります(「東京の合唱」は同年「キネマ旬報ベストテン」第3位にランクインしている)。
ストーリーだけ見れば何てことはない話ですが、トーキーということを意識して「音」というのを1つの重要なモチーフにしている点が工夫されているように思いました。ラストでそれまで和装だった一家が洋装になっていて、空飛ぶ飛行機を見上げながら自分たちもいつかそれに乗ろうという話をしているのも、新しい時代を感じさせ、トーキー第1作に相応しいと言えるかも(ただし、映画公開の翌月1931年9月に満州事変が勃発しているのだが)。
小津安二郎監督の 「大学は出たけれど」('29年)で当時19歳で主人公の許嫁を演じて初々しかった田中絹代は、この作品当時は当時21歳。役柄上、手のかかる子どもが二人いて、しかも旦那の稼ぎが安定しないために、少しやつれた感じになっています(21歳で夫とは倦怠期で、二人の子どもを抱え、生活に追われているのかあ。昔は今より早婚だったから現実にこうしたことがあったかもしれない)。
結局ハッピーエンドだったのですが、ラストシーンで彼女も夫に倣ってばっちり洋装で決めたかと思ったら、仕立ての良さそうな和服で、髪だけがやや洋髪の和洋折衷(?)でした。う~ん、'29年に世界恐慌があり、「大学は出たけれど」('29年)や「東京の合唱(コーラス)」('31年)にはバックグラウンドとしてその影響が観られますが、この映画を観ていると(飛行機で旅行したいという夢の行き先がハワイと大阪の違いはあるが)昭和の高度経済成長期の初期と重なるイメージがあって、不思議な印象も。
冒頭に出てくる新作と喧嘩する画家に横尾泥海男(でかお、身長が185㎝あり、黒澤明監督の「虎の尾を踏む男達」('52年(製作は'45年)に常陸坊の役で出演している)、その喧嘩で倒れたイーゼルのために自分が運転するトラックが通行できなくなり、「このガラクタを轢いちまうぞ」と叫ぶ運転手に、「出来ごころ」('34年)、「浮草物語」('34年)、「東京の宿」('35年)などの主演で小津映画の常連の坂本武(カメオ出演)、新作の家に薬の訪問販売に来る怪しげな(最初の内は不気味ですらある)男に、「一人息子」('36年)など小津映画で気のいい人物を演じることが多い日守新一(清水宏監督の「按摩と女」('34年)や「簪(かんざし)」('41年)にも出演)などが出ていました(日守新一らしく、結局、単にい調子のいい押し売りだった)。

「マダムと女房」●制作年:1931年●監督:五所平之助●脚本:北村小松●撮影:水谷至宏/星野斉/山田吉男●時間:56分●出演:渡辺篤/田中絹代/市村美津子/伊達里子/横尾泥海男/吉谷久雄/月田一郎/日守新一/小林十九二/関時男/坂本武/井上雪子●公開:1931/08●配給:松竹キネマ●最初に観た場所:神保町シアター(24-02-27)(評価:★★★☆)
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シリアスな中にコミカルな要素がうまく散りばめられている。生活風俗記録としても貴重。

「煙突の見える場所 [DVD]」上原謙/田中絹代「煙突の見える場所 [DVD]」芥川比呂志/高峰秀子
東京北千住のおばけ煙突―それは見る場所によって一本にも二本にも、又三本四本にも見える。界隈に暮す人々を絶えず驚かせ、そして親しまれていた。......足袋問屋に勤める緒方隆吉(上原謙)は、両隣で競いあう祈祷の太鼓とラジオ屋の雑音ぐらいにしか悩みの種をもたぬ平凡な中年男だが、戦災で行方不明の前夫をもつ妻・弘子(田中絹代)には、どこか狐独な影があった。だから彼女が競輪場のアルバイトでそっと貯金していることを知ったりすると、それが夫を喜ばせるためとは判っても、隆吉はどうも裏切られたような気持になる。緒方家二階の下宿人で人のいい税務署員・久保健三(芥川比呂志)は、隣室にこれまた下
宿する上野の街頭放送のアナウンサー・東仙子(高峰秀子)が好きなのだが、相手の気持がわからない。彼女は残酷なくらい冷静なのだ。そんな一家の縁側にある日、捨子があった。添えられた手紙によれば弘子の前夫・塚原(田中春男)の仕業である。戦災前後のごたごたから弘子はまだ塚原の籍を抜けていない。二重結婚の咎めを怖れた隆吉は届出ることもできず、徒らにイライラし、弘子を責める。泣きわめく赤ん坊が憎くてたまらない。夜も眼れぬ二階と階下の
イライラが高じ、とうとう弘子が家出したり引戻したりの大騒ぎに。さらには赤ん坊が重病に罹る。慌てて看病をはじめた夫婦は、病勢の一進一退につれて、いつか本気で心配し安堵するようになる。健三の尽力で赤ん坊は塚原の今は別れた後妻・勝子(花井蘭子)の子であることがわかり、当の勝子が引取りに現われた時には、夫婦は赤ん坊を渡したくない気持ちになっていた。彼らはすつかり和解していた。赤ん坊騒ぎに巻き込まれて、冷静一方の仙子の顔にもどこか女らしさが仄めき、健三は楽しかった―。
1953年公開の五所平之助監督作で、「文學界」に掲載された椎名麟三の「無邪気な人々」を小国英雄が脚色したもので、原作は世田谷区の下高井戸あたりが舞台でしたが、それを荒川沿いにあった通称"お化け煙突"の見える足立区の小さな町に変えています('53年「ベルリン国際映画祭 国際平和賞」受賞作)。
今住んでいるぼろ家の家賃が三千円と安いため、引っ越しできないという上原謙と田中絹代の主人公夫婦が置かれている状況は、社会派リアリズムと言っていいのでは。少しでもやり繰り
をと2階の6畳と4畳半を若い人に貸していますが(又貸しはOKか)、その若者2人を演じるのが芥川比呂志と高峰秀子で、考えてみれば、場所は狭いが配役は豪華では(笑)。この男女2人が襖一つ挟んで会話しているところから、2人の仲はそう悪くないということが窺われますが(それでも今だったら考えられないシチュエーション)、下で上原謙と田中絹代が繰り広げる夫婦喧嘩の内容が全部聴こえてくるというのは、益々プライバシーも何もあったものではないなあと。
上原謙と田中絹代の主人公夫婦は共に悲観主義者で、どんどん暗くなっていき、田中絹代演じる妻は最後には荒川で入水自殺しようまでします(「山椒大夫」みたいだけれど荒川で死ねるのか?)。こうしたぺシミズムの進行に待ったを掛けるのが、高峰秀子が演じる あくまでも前向きな(今風に言えば)OLで、このオプティミズムは高峰秀子にぴったり。一方、そうしたおせっかいに付き合わされる人のいい税務署員が芥川比呂志で、このコミカルな演技ぶりが意外性があり、また、全体としても、(ラストはハッピーエンドだがプロセスにおいて)シリアスな中にコミカルな要素がうまく散りばめられる効果にもなっていました。芥川比呂志はこの作品の演技で、1953年・第8回「ブルーリボン賞 男優助演賞」受賞。音楽の芥川也寸志が同賞の「音楽賞」を受賞しているため、兄弟受賞になります(最後、入水自殺を図る妻を助けるのも彼。気付けに川の水を飲ませていたけれど、隅田川ではなく荒川だから、何とか飲めるのか)。
因みに「お化け煙突」があった千住火力発電所は、かつて東京都足立区にあった東京電力の火力発電所で、1926(大正15)年から1963(昭和38)年までの間、隅田川沿いに在りましたが、施設の老朽化と豊洲に新しい火力発電所が建設されたことが理由で、翌年には取り壊されました。煙突の一部が2005(平成17)年3月末まで存在した足立区立元宿小学校で、滑り台として使用されていましたが、現在は帝京科学大学千住キャンパスの敷地内でモニュメントとして保存されています。映画の人々が住んでいる場所は、隅田川の北岸にあった煙突のさらに荒川を挟んで北側で、現在の足立区・梅田近辺と思われます。「お化け煙突」はもちろん、当時の庶民の生活風俗記録としても貴重な側面を持った映画かと思います。
お化け煙突モニュメント



「煙突の見える場所」●制作年:1953年●監督:五所平之助●製作:内山義重●脚本:小国英雄●撮影:三浦光雄●音楽:芥川也寸志●原作:椎名麟三●時間:108分●出演:上原謙/田中絹代/芥川比呂志/高峰秀子/関千恵子/田中春男/花井蘭子/浦辺粂子/坂本武/星ひかる/大原栄子/三好栄子/中村是好/小倉繁●公開:●最初に観た場所:神保町シアター(24-03-19)(評価:★★★☆)「煙突の見える場所 [DVD]」

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佐野周二主演では川島雄三監督の「とんかつ大将」と同じくらい泣けたかも。

「大阪の宿 [DVD]」
東京の保険会社に勤める独身の三田(佐野周二)は、組合側に加担して重役を殴り、大阪に左遷された。彼が首にならなかったのは、親友の田原(細川俊夫)が多額な保険金を契約しているからであった。三田が下宿した安旅館「酔月荘」にはおりか(水戸光子)、おつぎ(川崎弘子)、お米(左幸子)という三人の女中がいた。甲斐性のない亭主を持つおりかは、同宿人
の金を盗み酔月荘を追放されるが、三田は就職等いろいろ面倒をみてやった。おつぎは忙しく働かされて一人息子に会う暇もない。十四の時から男を知っているというお米は、三田を口説きにかかるが、とっつき難さに愛想をつかす。毎夜遅くまで内職の飜訳をしている三田の許へ南地の芸者うわばみ(乙羽信子)が訪ねてきて、大酒を飲む。田原に誘われて飲みに行って以来の知り合いで、彼女は三田を愛していた。しかし二人の関係は友
人以上には発展しない。三田には秘めた片想いの恋人がいたのだ。通勤の途中、御堂筋のポストの所で必ず会う女事務員である。彼女・井元貴美子(恵ミチ子)は田原の先輩で大洋々行を経営する井元(北沢彪)の娘である事をつきとめるが、井元は三田の会社の支店長に浮貸を取立てられて自殺し、大洋々行も閉鎖したので、貴美子も行方知れずとなった。憤慨したうわばみは或る酒席でこれを暴露し、三田は再び支店長と喧嘩して東京の本社へ追放されることとなる。酔月荘も時流に抗しきれず、おかみは温泉マークの連れ込み宿に改造する決心をし、おつぎは迫出され、お米は女中とも商売女ともつかず働く。止宿人も宿変えを迫られる。三田は商業都市・大阪の生んだ不幸な庶民、おつぎ、おりか、うわばみ等に見送られながら、感慨をこめて大阪を後にする―。
五所平之助監督の1954年公開作で、原作は水上滝太郎。同じ三田派の久保田万太郎が監修し、八住利雄と監督の五所平之助の共同脚本作です。
東京から大阪に左遷された佐野周二演じる主人公の会社員・三田が下宿する「酔月荘」という安旅館で働く3人の女中(演じるのは水戸光子・川崎弘子と当時23歳と若い左幸子)が良く、"うわばみ"というあだ名の大酒飲みの芸者を演じた乙羽信子も当然のことながらいいです。
三田が突き付けられる"貧困"の現実は厳しいですが、リアリズムと並行して、女性たちの喜怒哀楽が、慈しみのこもったタッチで描かれているは、五所平之助監督のきめ細い演出の賜物です。監督の戦後の作品の中でも秀作とされているようです。

佐野周二が演じる三田は、女性たちの生き方を描く際の狂言回し的な位置づけですが、悪くないです。「今の世の中、カネ、カネ、カネだ。一体「人」はどこへ行ってしまったんだろう」と嘆き、本当に彼女たちが困っている時は助けますが、どちらかというとそう積極的に行動を起こす方ではなく、最後には乙羽信子演じるうわばみに対しても「君とは住む世界が違う」と言ってしまいます。言われた方は傷つくだろうなあ(この辺りに反発を抱き、この映画を評価しない人もいるようだ)。
それでも、三田が東京に戻ることになった前夜の送別会には女たちが集い(まさに彼が皆から愛されていた証拠!)、盟友であり、正論を主張して重役を首になった田原も相席して、「月が~出た出た~月が~出た~三池炭鉱の~上に出た~」と皆で歌うシーンには涙腺が緩みます。
その席に一つだけ座る者の居ない座布団があって、来なかったのは当時19歳の安西郷子演じる薄幸の少女です。でも、彼女も缶工場で活き活きと働いている姿があって良かった! ただ1つ欠けていたピースを最後に嵌めたという感じしょうか。その工場の傍を三田が乗っていると思われる列車が駆け抜けていくラストが旨いです。
佐野周二主演では川島雄三監督の「とんかつ大将」('52年/松竹)と同じくらい泣けたかもしれません(この2作、エリートから見た庶民という点で、少し似ている面がある)。
藤原釜足(おっちゃん)

「大阪の宿」●制作年:1954年●監督:五所平之助●監修:久保田万太郎●脚本:八住利雄/五所平之助●撮影:小原譲治●音楽:団伊玖磨●原作:水上滝太郎●時間:122分●出演:佐野周二/細川俊夫/乙羽信子/恵ミチ子/水戸光子/川崎弘子/左幸子/三好栄子/藤原釜足/安西郷子/多々良純/北沢彪/十朱久雄/中村彰/水上貴夫/若宮清子/城実穂●公開:1954/04●配給:松竹●最初に観た場所:神保町シアター(24-03-15)(評価:★★★★)<.font>
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ゴールデングローブ賞外国語映画賞受賞作。家族をテーマにその心情の機微を描くのは日本映画の得意分野?


「黄色いからす」[Prime Video]
台湾版DVD
吉田一郎(伊藤雄之助)が15年ぶり中国から戻った時、妻マチ子(淡島千景)は鎌倉彫の手内職で息子・清(設楽幸嗣)と細々暮していた。博古堂の女経営者・松本雪子(田中絹代)は隣家のよしみ以上に何かと好意を示していたが、雪子の養女・春子(安村まさ子)と清は大の仲良し。一郎は以前の勤務先・南陽
商事に戻り、かつて後輩だった課長・秋月(多々良純)の下で、戦前とまるで変った仕事内容を覚えようと必死。清は甘えたくも取りつくしまがない。一年が過ぎ、吉田家には赤ん坊が生れ、光子と名付けられたが、清は一郎の愛情が移ったのに不満。小動物小昆虫の飼育で僅かにうさを晴らすが、一郎にそれまで叱られる。ある日、清らは上級生と喧嘩の現場を担任の靖子先生(久我美子)に見つかる。その晩、会社の不満を酒でまざらして一郎が戻った処に、喧嘩仲間の子のお婆さん(飯田蝶子)が孫がケガしたと文句をつけてきた。身に覚えのない清だが、一郎に防空壕へ閉め込まれてしまう。翌日は清と雪子、春子3人のピクニックの日。猟銃で負傷したカラスの子を幼い2人は自分らの〈動物園〉に入れようと約束した。留守中、吉田家を訪れた靖子は、清の絵に子供の煩悶と不幸が現われていると語り、マチ子は胸をつかれる。その夜は機嫌のいい一郎、清も凧上げ大会に出す大凧をねだるが、カラスのことは話せなかった。次の日、靖子先生が近く辞めると聞いた清は落胆。加えて留守番中、上級生の悪童らにからかわれて喧嘩となり、赤ん坊の光子まで傷を負う。マチ子の驚き、一郎の怒り、揚句の果て可愛いカラスまで放り出され凧の約束も無駄、清は「お父さんのうそつき、死んじまえ」と書いた紙を残し、大晦日の晩、靖子先生に貰ったオルゴールを抱いて家出し、林の中や海辺を彷徨う―。
1957年公開の五所平之助監督作で、1958年・第15回「ゴールデングローブ賞」の「外国語映画賞」受賞作。木下惠介の「二十四の瞳」('54年/松竹)や市川崑監督の「鍵」('59年/大映)が同賞を獲った時もそうですが、この頃のゴールデングローブ賞の「最優秀」外国語映画賞は(賞のワールドワイドな権威づけを図ってのことと思うが)一時に4作品から5作品に与えられることがあり、この「黄色いからす」も受賞作3作のうちの1作。それでも凄いことには違いありません、ただし、日本映画でこのレベルのものはまだまだ多くあるように思われ、それだけ、家族をテーマにその心情の機微を描いてみせるのは、昔から日本映画の得意分野(?)だったのかなとも思ったりします。
30代の淡島千景(1924年生まれ)、40代の田中絹代(1909年生まれ)、20代の久我美子(1931年生まれ)の3人の女優の演技が楽しめる映画でもありますが、淡島千景の夫を気遣いながら、夫と子の会話の橋渡しを(時におろおろしながら)する演技は、妻と母の心情を旨く表現できていたと思いました。田中絹代は磐石の安定感、久我美子は女学生役から脱して今度は先生に、といったところでしょうか。
伊藤雄之助(黒澤明監督「生きる」('52年/東宝)の小説家役が印象的)は役者としては強面な感じで、この父親の役はどうかなと思いましたが、観ているうちに次第に嵌っているように思えてきました。会社に戻ってきたら、かつての自分の部下が上司になっていて、彼の言うには仕事の「システム」がもう昔とは違うと。何だか、今の企業社会の「年上の部下」(「年下の上司)問題や「デジタルデバイド」の問題とダブるところがあるようにも思えました(現代で15年仕事から遠ざかったら、完全復帰は絶対無理かも)。
この作品も、最後は何とかハッピーエンド。親たちの方が自分たちの非を悟るという、「子どもの権利」という意味でも、わりかし今日的課題を孕んだ映画でした(昔は「教育ママ」と言われて揶揄のレベルだったものが、今日では「教育虐待」として虐待の一類型とされる時代だからなあ)。
とまれ、妻が夫に戦争の傷痕から来た家庭の危機を涙と共に訴えたことで、お隣の雪子に連れられ清が戻って来た時、一郎も始めて清を力強く抱きしめることに。明けて元旦、靖子先生に送る、と清の描く画も今は明るい色調となり、凧上げに急ぐ一郎と清の足どりも軽く弾む―。やや甘い気もしますが、この映画を観た神保町シアターの特集のタイトルが「叙情派の巨匠―映画監督・五所平之助」とのことで、この監督らしい作品と言えばそういうことになるのかもしれません。
「黄色いからす」●制作年:1957年●監督:五所平之助●製作:加賀二郎/内山義重●脚本:館岡謙之助/長谷部慶次●撮影:宮島義勇●音楽:芥川也寸志●時間:103分●出演:淡島千景/伊藤雄之助/設楽幸嗣/田中絹代/安村まさ子/久我美子/多々良純/高原駿雄/飯田蝶子/中村是好/沼田曜一●公開:1957/02●配給:松竹●最初に観た場所:神保町シアター(24-03-19)(評価:★★★☆)
淡島千景...吉田マチ子
伊藤雄之助...夫一郎
田中絹代...松本雪子
久我美子...芦原靖子
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「●岡田 茉莉子 出演作品」の インデックッスへ(「愛情の系譜」「香華」)「●乙羽 信子 出演作品」の インデックッスへ(「愛情の系譜」「香華」)「●桑野 みゆき 出演作品」の インデックッスへ(「愛情の系譜」)「●山村 聰 出演作品」の インデックッスへ(「愛情の系譜」)「●高峰 三枝子 出演作品」の インデックッスへ(「愛情の系譜」)「●殿山 泰司 出演作品」の インデックッスへ(「愛情の系譜」)「●田中 絹代 出演作品」の インデックッスへ(「香華」)「●岡田 英次 出演作品」の インデックッスへ(「香華」)「●杉村 春子 出演作品」の インデックッスへ(「香華」)「●菅原 文太 出演作品」の インデックッスへ(「香華」) 「●奈良岡 朋子 出演作品」の インデックッスへ(「香華」)「●芥川 也寸志 音楽作品」の インデックッスへ(「愛情の系譜」)「●木下忠司 音楽作品」の インデックッスへ(「香華」)「●「芸術選奨(監督)」受賞作」の インデックッスへ(木下惠介) 「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ 「●え 円地 文子」の インデックッスへ 「●あ 有吉 佐和子」の インデックッスへ
単なるメロドラマになってしまった「愛情の系譜」。岡田茉莉子はやはり「香華」か。

「愛情の系譜」(1961/11 松竹)

「香華」(1964/05 松竹)
米国留学を終えた吉見藍子(岡田茉莉子)は、帰国してから国際社会福祉協会に勤め社会事業に打ちこんでいた。その関係から彼女は、旋盤工の兼藤良晴(宗方勝巳)を補導しながらその更生を願っていたが、良晴は彼女に一途な思いを寄せていた。しかし藍子には、米国で結ばれた電力会社の有能な技師・立花研一(三橋達也)という恋人があった。藍子の母・克代(乙羽信子)は家政婦紹介所を営み、妹の紅子(桑野みゆき)は高校に通っていた。勝気な克代は子供達に父親は戦死したといっているが、夫の周三(山村聡)は杉電気の社長として実業界の大立物であった。藍子と紅子はふとしたことから父のことを知った。二十年前、克代の父に望まれ彼女と結婚して吉見農場の養子となった周三は、老人の死後、老母や兄夫婦の冷たい仕打ちに家を飛び出してしまった。杉を愛する克代は彼を追って復縁を迫ったが断わられ、克代は無理心中を図った。だが、二人とも生命をとりとめたのであった。藍子は自分の体の中に母と同じ血が流れていることを知った。その頃、立花には縁談が進められていた、化粧品会社を経営する未亡人・香月藤尾(高峰三枝子)の一人娘・苑子(牧紀子)との話である。ある日良晴は、藍子が自分に寄せる好意を、男女の愛情と勘違いして藍子に迫るが、藍子に突放されてしまう。それからの良晴の生活は荒れ、遂には夜の女を殺害するという事態に陥る。一方、立花は苑子との結婚のために藍子との関係を清算しようとしていた。立花のアパートを訪れた藍子は、眠っている立花の枕元からの手紙でそのことを知り、立花を殺そうとするが、どうしても殺すことができなかった。傷心の藍子は、父のところに飛び込む。翌朝、杉の知らせで克代も駆けつけて来た―。
五所平之助監督の1961年11月公開作で、原作は円地文子の『愛情の系譜』('61年5月刊/新潮社)。原作を比較的忠実に映像化していますが、結果として「てんこ盛り」的になったという感じです。原作のイメージを視覚的に確認するのにはいいですが、ややストーリー全体のテンポが鈍くなってしまいました(例えば、原作では、藍子が父親の存命や母親との過去の経緯を知るのは前半部分のかなり早い段階だが、映画では後半に入ってから)。
『愛情の系譜』['61年]『愛情の系譜 (1966年) (角川文庫)』
原作のテーマは、文庫解説の竹西寛子が指摘しているように、形而上学的なものなのですが(敢えて言えば、「エゴイスティックな愛」を超えた「博愛」のようなもの)、そうした観念を振りかざさずことをせず、皮膚感覚的な面も含め、描写を通して読者に接しているところに、原作の「独自性」があります。映画の方は、その表象のみを描いたため、ちょっと単なるメロドラマになってしまった感じで、「愛情の系譜」の何たるかは分からなくもないですが、主人公がそれを乗り越えたという実感がイマイチでした。
映画は、主人公・藍子が外人のガイドをして鷺山を見学している場面から始まり、そこへ、鷺を撮影している一人の中年の男性が話しかけます。藍子はガイド以外に罪を犯した青少年を更生させたりする仕事もしていて、その仕事に生き甲斐を感じていますが、結婚直前まで進んでいる恋人の立花はあまり評価していない様子。妹の紅子は最近派手な行動が目立ってきて母・克代は心配していますが、実は紅子が会っていたのは死んだと聞いていた父で、今は杉周三という名で事業を成功させおり、それが、藍子が鷺山で出会った紳士でした。杉は北海道で克代と結婚していたものの確執があり、克代からは離れようとした際に克代が杉をナイフで刺して怪我を負わせてしまい、克代は今も杉を恨み関わることを嫌っています。一方、立花は取引先の実業家の娘との縁談が持ち上がり、はっきり藍子に話せずにいて、藍子の方は、面倒を見ていた不良少年が殺人を犯してしまい、原因は藍子にそっけなくされて自暴自棄になったためらしい―と、やっぱり今一度振り返っても"盛り沢山"過ぎます(笑)。
最後、藍子は立花を殺そうとガスの元栓を開けますが、すんでのところで留まって立花との別れを決心するのも、母・克代が父・杉周三を訪ね和解するのも原作と同じ。ただし、藍子が殺人を犯した良晴を諭して自首しに行くのに付き添うところで映画は終わりますが、原作はその前に、妹・紅子の恋人の法学生・叶正彦(園井啓介)が良晴を諭して自首しに行くのに付き添います。
多分、正彦の役どころを映画で藍子に置き換えたのは、テーマを浮かび上がらせるためだったと思いますが、結果的に、正彦って何のためにいるのか分からない存在になってしまいました。原作では、良晴のメンター的存在であることが窺えます。映画では、紅子が自分の部屋に泊りに来ても手を出さない聖人君子みたいな描かれ方ですが、原作では正彦の内面での葛藤が描かれています。やはり、原作を読んでしまったから物足りなさを感じるのでしょうか。
同じく乙羽信子が母親、岡田茉莉子が娘を演じた映画に、木下惠介監督の「香華」('64年/松竹)があり、原作は有吉佐和子ですが、こちらの方が良かったです(原作を読んでいないせいか)。母娘の確執を描いたものでは、今村昌平監督の「にっぽん昆虫記」('63年/日活)から、最近でも湊かなえ原作、廣木隆一 監督の「母性」('22年)など数多くありますが、そうした類の映画ではベストの部類ではないかと思います。二部構成で、木下惠介作品では最長の3時間超(204分)の長さですが、冗長とは感じませんでした。
乙羽信子演じる母・郁代が実に身勝手そのものの性格で、その淫蕩な生活
がたたって岡田茉莉子演じる娘・朋子は芸者に売られることになりますが、それから暫くして借金苦のため、郁代自身も芸者となり、芸者として成功する娘に対して母の方はすっかり落ちぶれ、それでもあれやこれやで娘に迷惑をかけるという展開の話です(同じ置屋に母と娘がいるというのが凄まじい)。
岡田茉莉子は 吉田喜重監督の「秋津温泉」('62年)で温泉旅館の娘・新子の17歳から34歳までを演じましたが、この「香華」では娘・朋子の17歳から63歳までを演じています。個人的には彼女の代表作であり、最高傑作の部類だと思います。
木下惠介監督はこの作品で、1964(昭和39年)年度・第15「芸術選奨(映画部門)」を受賞していますが、世間ではあまり評価されているように思えない作品で、原因としては、「原作を忠実に映画化しただけではないか」との評価があるためのようです。

原作と比べてしまうと、そういった評価になってしまうのでしょうか。「香華」の原作も「婦人公論読者賞」や「小説新潮賞」を受賞しており、映画を観てから原作を読みましたが、これがまた傑作。ただし、映画は原作を上手く映像化しており、そこには岡田茉莉子をはじめとする俳優陣の果たしている役割も大きいように思いました。もし、原作を先に読んで映画を観ていたら、物足りなさを感じたでしょうか。自分でも分かりません。今回映画「愛憎の系譜」の方が、先に原作を読んでしまった(それで映画化作品に物足りななさを感じる結果となった)こととの関係で、ちょっと考えさられました。
『香華 (1962年)』『香華 (新潮文庫)』['65年]
「愛情の系譜」●制作年:1961年●監督:五所平之助●製作:月森仙之助/五所平之助●脚本:八住利雄●撮影:木塚誠一●音楽:芥川也寸志●原作:円地文子●時間:108分●出演:岡田茉莉子/三橋達也/桑野みゆき/山村聡/園井啓介/牧紀子/乙羽信子/高峰三枝子/宗方勝巳/市川翠扇/千石規子/殿山泰司/陶隆/十朱久雄●公開:1961/11●配給:松竹●最初に観た場所:神保町シアター(24-03-15)(評価:★★★)<.font>
神保町シアター
岡田茉莉子/桑野みゆき/山村聡/高峰三枝子/殿山泰司

「香華(こうげ)」●制作年:1964年●監督・脚本:木下惠介●製作:白井昌夫/木下惠介●撮影:楠田浩之●音楽:木下忠司●原作:有吉佐和子●時間:201分●出演:岡田茉莉子/乙羽信子/田中絹代/北村和夫/岡田英次/宇佐美淳也/加藤剛/三木のり平/村上冬樹/桂小金治/柳永二郎/市川翠扇/杉村春子/菅原文太/内藤武敏/奈良岡朋子/岩崎加根子●公開:1964/05●配給:松竹●最初に観た場所:シネマブルースタジオ(19-08-27)(評価:★★★★☆)
「木下惠介生誕100年「香華〈前篇/後篇〉」 [DVD]」
岡田茉莉子 (朋子)
乙羽信子 (郁代)
田中絹代 (つな)
岡田英次 (野沢)
杉村春子 (太郎丸)
菅原文太 (杉浦)
奈良岡朋子(江崎の妻)
●「香華」あらすじ
〈吾亦紅の章〉明治37年紀州の片田舎で朋子は父を亡くした。3歳の時のことだ。母の郁代(乙羽信子)は小地主・須永つな(田中絹代)の一人娘であったが、大地主・田沢の一人息子と、須永家を継ぐことを条件に結婚したのだった。郁代は二十歳で後家になると、その美貌を見込まれて朋子をつなの手に残すと、高坂敬助(北村和夫)の後妻となった。母のつなは、そんな娘を身勝手な親不孝とののしった。が幼い朋子には、母の花嫁姿が美しく映った。朋子が母・郁代のもとに引きとられたのは、祖母つなが亡くなった後のことであった。敬助の親と合わない郁代が、二人の間に出来た安子を連れて、貧しい生活に口喧嘩の絶えない頃だった。そのため小学生の朋子は静岡の遊廓叶楼に半玉として売られた。悧発で負けず嫌いを買われた朋子は、芸事にめきめき腕を上げた。朋子が13歳になったある日、郁代が敬助に捨てられ、九重花魁として叶楼に現れた。朋子は"お母さん"と呼ぶことも口止めされ美貌で衣裳道楽で男を享楽する母をみつめて暮した。17歳になった朋子(岡田茉莉子)は、赤坂で神波伯爵(宇佐美淳也)に水揚げされ、養女先の津川家の肩入れもあって小牡丹という名で一本立ちとなった。朋子が、士官学校の生徒・江崎武
文(加藤剛)を知ったのは、この頃のことだった。一本気で真面目な朋子と江崎の恋は、許されぬ環境の中で激しく燃えた。江崎の「芸者をやめて欲しい」という言葉に、朋子は自分を賭けてやがて神波伯爵の世話で"花津川"という芸者の置屋を始め独立した。
〈三椏の章〉関東大震災を経て、年号も昭和と変わった頃、朋子は25歳で、築地に旅館"波奈家(はなのや)"を開業していた。朋子の頭の中には、江崎と結婚する夢だけがあった。母の郁代は、そんな朋子の真意も知らぬ気に、昔の家の下男・八郎(三木のり平)との年がいもない恋に身をやつしていた。そんな時、神波伯爵の訃報が知らされた。悲しみに沈む朋子に、追い打ちをかけるように、突然訪れた江崎は、結婚出来ぬ旨告げて去った。郁代が女郎であったことが原因していた。朋子の全ての希望は崩れ去った。この頃44歳になった母・郁代は、年下の八郎と結婚したいと朋子に告げた。多くの男性遍歴をして、今また結婚するという母に対し、母のため女の幸せを掴めない自分に、朋子は狐独を感じた。終戦を迎えた昭和20年、廃虚の中で、八郎と別れて帰って来た郁代に戸惑いながらも、必死に生きようとする朋子は"花の家"を再建した。それから3年、新聞に江崎の絞首刑の記事を見つけた朋子は、一目会いたいと巣鴨通いを始めた。村田事務官(内藤武敏)の好意で金網越しに会った江崎は、三椏の咲く2月、十三階段に消えていった。病気で入院中の朋子を訪ねる郁代が、交通事故で死んだのは朋子の52歳の時だった。波乱に富んだ人生に、死に顔もみせず終止符を打った母を朋子は、何か懐かしく思い出した。母の死後、子供の常治を連れて花の家に妹の安子(岩崎加根子)が帰って来た。朋子は幼い常治の成長に唯一の楽しみを求めた。昭和39年、63歳の朋子は、常治を連れて郁代のかつての願いであった田沢の墓に骨を納めに帰った。しかしそこで待っていたのは親戚の冷たい目であった。怒りに震えながらも朋子は、郁代と自分の墓をみつけることを考えながら、和歌の浦の波の音を聞くのだった―。
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『友情』『愛と死』が原作。『友情』の主体の入れ替えにやや混乱。栗原小巻は魅力全開。



「愛と死」('71年/松竹)監督:中村登/脚本:山田太一/出演:栗原小巻・新克利・横内正・芦田伸介
水産研究所の研究員・大宮雄二(新克利)は、長かった四国の勤務を終えて横浜に帰ってきた。そして高校時代からの親友・野島進(横内正)の恋人・仲田夏子(栗原小巻)と、テニスを通じて知り合った。ある日、大宮は夏子の誕生パーティーに招待され、無意識のうちに夏子に魅せられている自分に気づき愕然とする。大宮はその時から夏子を避けようと努めたが、野島から満たされないものを感じていた夏子は、積極的に大宮に愛を打ち明けた。大宮は、友情で結ばれた野島を思うと、自然と夏子へ傾きかける自分の気持を許すことができなかった。大宮は、八戸の研究所へ2カ月間勤務することを申し出た。その夜、大宮のアパートに夏子が訪れ、彼女は野島には
愛情を感じていなかったと言う。二人が歩く姿を野島に目撃されたのを契機に、大宮の心は激しく夏子を求めるようになる。夏子への愛は、野島との友情さえも断ち切ってしまうほど強くなっていった。八戸に出発する日が近づいたある日、大宮は夏子の両親に会い、夏子との結婚の許しを得る。大宮は、その足で野島に会い、自分の不義を詫びた。野島は何も言わず大宮を殴り倒した。出発の日、大宮は、自分の両親に引き会わせるため夏子を連れ秋田へと向かった。2人は大宮家で2カ月間の別れを惜しんだ。独り東京に帰った夏子は、一日も欠かさず大宮に手紙を書き、2カ月間の時間が経つのを祈った。八戸に向った大宮も同じ気持だった。手紙は毎日書くという別れ際の約束も破られる事なく時間は流れていった。そしてあと2日で会えるという日、大宮のもとに夏子の父・修造(芦田伸介)から、ある電報が届く―。
山田太一(1934-2023)


1971年公開作で、監督は中村登、脚本は山田太一。原作者は武者小路実篤ですが、『愛と死』だけではなく『友情』も原作にしていて、両者を合体させて時代を現代(70年代)にもってきているため、まさに脚本家の腕の見せ所といった感じでしょうか。
前半部分は『友情』をベースにしているようですが、『友情』では「野島」は脚本家、「大宮」は作家で、ヒロインは「仲田杉子」という令嬢です。それが映画では、横内正が演じる「野島進」はCMディレクターという派手な職種で、新克利が演じる「大宮雄二」は魚類が専門の水産研究所の研究員とこちらは地味、栗原小巻が演じるヒロイン「仲田夏子」は、製薬会社の研究員となっています。ただ、原作と異なるのは、原作の主人公は「野島」であり、彼の視点で(つまり想い人を友人に奪われる側の視点で)物語が進むのに対し、映画では、新克利が演じる「大宮雄二」の視点で(つまり友人の恋人を結果的に奪う側の視点で)話が進んでいき、この辺りの主体の入れ替えが、最初観ていてやや混乱しました。
後半は主に『愛と死』をベースにしていますが、「大宮」は罪悪感からしばしば「野島」のことを口にするという、夏目漱石の『門』みたいな雰囲気も。因みに、『愛と死』の主人公は小説家の端くれである「村岡」で、これは、新克利が演じる「大宮雄二」に引き継がれています(前半部分の"主体の入れ替え"は後半に話を繋ぐためか)。原作の『愛と死』のヒロインは、「村岡」が尊敬する小説家で友人の「野々村」の妹である「夏子」となっており、栗原小巻が演じるヒロイン「仲田夏子」は、苗字の「仲田」を『友情』から、名の「夏子」を『愛と死』からとってきていることになります。
原作では、2人は「村岡」の巴里への洋行後に結婚をするまでの仲になり、実質的に婚約へ(ただし、「大宮」が秋田県・角館の自分の実家に夏子を連れていったりする話は映画のオリジナル)。半年間の洋行の間でも互いに手紙を書き、帰国後の夫婦としての生活にお互い希望を抱いていたが...となりますが、映画では洋行ではなく、先にも述べたように八戸への2か月の赴任になっていたものの、手紙で遣り取りするのは原作と同じ(映画では電話を使わないことを「互いに声を封印した」と説明)。しかし、ラストに悲劇が訪れ、原作ではそれが夏子がスペイン風邪=新型インフルエンザによる突然死ということになっていたのが、映画では、仕事場での実験中の同僚のミスによる爆発事故死になっていました。
原作のヒロインも利発で活発ですが、映画ではキャリアウーマン(仕事する女性)であることをより強調している感じです。一方で、友達の男女を10人ばかり自邸に呼んでゴーゴーダンスとか踊ったりして、(無理に)今風にしようとしているみたいな印象も。栗原小巻が当時流行のミニスカートでゴーゴーを踊る場面など、今観ると逆にレトロっぽいのですが、後半にかけて主人公が人間的に大人っぽっくなっていくため、その成長効果には繋がっていたかも。
原作では、「村岡」は帰国後に深い悲しみを負いながら野々村と一緒に墓参りし、「死んだものは生きている者に対して、大いなる力を持つが、生きているものは死んでいる者に対して無力である」という人生の無常を悟りますが、映画では夏子の父親(芦田伸介)が語るセリフがそうした哲学的な内容になっています(この中では芦田伸介でないと喋れないセリフかも。本作より先に映画化された1959年の石原裕次郎・浅丘ルリ子の日活版ではどうだったろうか)。
全体としてメロドラマ風になるのは仕方がないでしょうか。栗原小巻は当時26歳。原作のような「可愛い」というイメージよりも「キレイ」という感じですが、その魅力は引き出していたと思います(むしろ「全開」と言っていいのでは)。
新(あたらし)克利と横内正は俳優座養成所の第13期生、栗原小巻は第15期ですが、栗原小巻は在籍中に抜擢されて初舞台を踏んでいます。栗原小巻は、生年月日が1日違いの吉永小百合とアイドル的人気を二分し、吉永小百合が、オファーがあって出演したかったもののヌードシーンがあるために父親か出演を許さなかったという映画「忍ぶ川」('72年)に栗原小巻が出演して、多くの演技賞を獲ったといったこともありました。
「キネマ旬報」 1971年6月下旬号(表紙:愛と死 (栗原小巻) )
中年以降は吉永小百合が映画を主軸に据えているのに対し、栗原小巻は舞台を主軸としており、現在も活躍中です。そう言えば、「水戸黄門」の初代・格さんで知られた横内正も、シェイクスピア劇の俳優&舞台演出家として活躍中。新克利も演劇界の重鎮として存命しているのは喜ばしいことです(3人とも俳優座出身のため、演劇に回帰していくのか)。
栗原小巻(1949年生まれ)
2015年10月調布CATCH映画「愛と死」上映会/2019年2月舞台「愛の讃歌ーピアフ」/2021年6月「徹子の部屋」
横内 正(1941年生まれ)
1969年-1978年ドラマ「水戸黄門」初代渥美格之進(格さん)/1978年-1997年ドラマ「暴れん坊将軍 吉宗評判記」初代大岡忠相/2019年2月三越劇場「マクベス」(主演)のポスターを前に
新(あたらし)克利(1940年生まれ)
1975年-1976年ドラマ「必殺仕置屋稼業」僧・印玄/1977年ドラマ「華麗なる刑事」刑事・田島大作(大作さん)/近影

「愛と死」●英題:LOVE AND DEATH●制作年:1971年●監督:中村登●製作:島津清/武藤三郎●脚本:山田太一●撮影:宮島義勇●音楽:服部克久●原作:武者小路実篤●時間:93分●出演::栗原小巻/新克利/横内正/芦田伸介/木村俊恵/野村昭子/伴淳三郎/東山千栄子/執行佐智子/三島雅夫/鶴田忍/中田耕二/江藤孝/加村赴雄/加島潤/河原崎次郎/茅淳子/田中幸四郎/前川哲男/山口博義/ザ・ウィンキーズ●公開:1971/06●配給:松竹●最初に観た場所:神保町シアター(24-03-27)(評価:★★★☆)
ポスター[上]
パンフレット[左・下]

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「主人公」は小春(有森也実)だが「主演」は渥美清、誰が誰のモデルか、で愉しめる。

「あの頃映画 「キネマの天地」 [DVD]」有森也実/中井貴一
かつて旅回りの役者だった喜八(渥美清)は、一人娘の小春(有森也実)と二人で長屋暮らし。小春は浅草「帝国館」で人気の売り子として働いていた。ある日、小春の噂を聞きつけた映画監督の小倉(すまけい)がスカウトに来たことで
、小春は女優への道に。小春は見学に行った撮影現場で看護婦の役を与えられたが、いきなりのことで散々な結果となる。意気消沈した小春は女優を諦めようとするが、思いを寄せる助監督の島田(中井貴一)が説得し、大部屋女優として歩み始めた―。
1986年公開の「松竹大船撮影所」50周年記念作品で、1920(大正9)年から大船に移転する1936(昭和11)年まで映画を作り続けた「松竹蒲田撮影所」が舞台。製作の契機としては、松竹映画の象徴である「蒲田行進曲」('82年/松竹)が、同じ松竹配給映画でありながらも、松竹のライバル会社の東映出身の深作欣二監督が東映京都撮影所で撮ったことを野村芳太郎プロデューサーが無念に思い、松竹内部の人間で「過去の松竹映画撮影所」を映画化したいという思いがあったとのことです。
「蒲田行進曲」は、キネマ旬報ベスト・テン第1位となり、毎日映画コンクール日本映画大賞、ブルーリボン賞作品賞、報知映画賞作品賞、山路ふみ子映画賞などを受賞、賞レースを席巻しましたが、この「キネマの天地」はノミネートこそされたものの、主だった映画賞の作品賞(最高賞)レベルでは無冠に終わったようです。ただし、個人的には、銀四郎とヤスのサド・マゾ的な捻じれた関係から「自発的隷従」的な印象を抱いた「蒲田行進曲」は肌に合わず(もしその方向でいくなら、根岸季衣が小夏を演じた舞台のように徹底すべきだった)、山田洋次監督らしいほんわりしたこの「キネマの天地」の方が好みかもしれません(自分が歳とったせいもあるか)。
脚本に井上ひさし、山田太一が加わる力の入れ様で、「蒲田行進曲」をライバル視しつつも「蒲田行進曲」に出ていた松坂慶子や平田満まで出ているオールスターキャスト、「男はつらいよ」シリーズの製作を1回飛ばしてこちらに注力しているので、渥美清、倍賞千恵子、前田吟、下條正巳、三崎千恵子、笠智衆、佐藤蛾次郎など「男はつらいよ」のレギューラーが総出演(当時15歳の吉岡秀隆は、倍賞千恵子と前田吟の夫婦の間の子の役で、役名もそのまま「満男」)、すまけい、笹野高史、美保純など凖レギューラー、毎回ノンクレット出演の出川哲朗も含め「男はつらいよ」から全員引っ越してきたという感じです。
一方で、浅草の映画館の売り子からスター女優になる主役の「田中小春」役を「それから」('85年)の藤谷美和子が"ぷっつん"降板したため(リハーサル中に突然涙ぐんだり、気分が乗らないと芝居もウワの空で、渥美清とぶつかるなどして現場に来ない日があり、我慢強い山田洋次監督も最後はお手上げ状態になり降板となった)、エース女優降板でピンチヒッターとして主役に起用された役モデルと同様に、新人の有森也実が抜擢されました。ただ、彼女と中井貴一とのコンビは初々しいながらも、渥美清と倍賞千恵子が画面に出てきて演技をすると一気に霞んでしまう感じで、「主人公」は小春(有森也実)でペアの相手は島田(中井貴一)だけれども、「主演」は渥美清で相方は倍賞千恵子、という映画だったように思います。
有森也実が演じた田中小春は田中絹代(1909-1977)がモデルだそうで、そうなると"すまけい"演じる小倉金之助監督は、特定モデルはいないようですが、近いところで「マダムと女房」('31年)で田中絹代をスターダムに押し上げた五所平之助(1902-1981)監督でしょうか。
松坂慶子が演じる、突然の逐電で主役を降板し、小春にチャンスをもたらすことになる川島澄江は、岡田嘉子(1902-1992)がモデル(1927(昭和2)年3月27日、主役を務める「椿姫」(村田実監督)の相手役であった竹内良一との失踪事件を起こした。小津安二郎監督の「東京の宿」('35年)などにも出ていたが、1937(昭和12)年35歳でソ連に亡命し日本に帰ったのは35年後)ですが、役名は日本映画史上初のスター女優と言われた栗島すみ子(1902-1987)に近いでしょうか。中井貴一が演じる島田健二郎は、特定のモデルはいないようですが、これも、松竹の島津保次郎(1897-1945)監督と40年代に松竹専属だった溝口健二(1898-1956)監督を掛け合わせた風の名前で、二人とも田中絹代と繋がりの深い監督でした(特に溝口健二は田中絹代に恋愛感情を抱いていたと言われている)。
岸部一徳が演じる緒方監督は小津安二郎(1903-1963)監督を明確にモデルにしており、その演出の様子まで再現していますが、小津の演出を知る笠智衆がその岸部一徳の演技を"語り下ろ
し"の自著『大船日記―小津安二郎先生の思い出』('91年/扶桑社)(後に『小津安二郎先生の思い出』('07年/朝日文庫))の中で褒めています(女優がうまく演技できない時、「外で深呼吸をして来なさい」とか言ったのかなあ)。そのほか、9代目松本幸四郎が演じた城田所長は城戸四郎がモデル、堺正章が演じた内藤監督は、蒲田時代にナンセンス喜劇の名手として鳴らした斎藤寅次郎(1905-1982)がモデルです。
女中役の演技が上手くいかず、いったん外に出る小春(有森也実)(手前は小使トモさん(笠智衆))
渥美清のキャラクターは、小津安二郎監督の「出来ごころ」('34年)や「浮草物語」('34年)で主役を演じた坂本武を髣髴させ、その渥美清と笹野高史演じる屑屋との掛け合いは森の石松の「スシ食いねえ」の完全なパロディ(オリジナルは中川信夫監督の「エノケンの森の石松」('39年)での柳家金語楼と榎本健一の掛け合いなどで見ることができる)。有森也実演じる小春の初主演作は、「浮草物語」を小津自身がリメイクした「浮草」('59年)と同じタイトルでした。
「蒲田行進曲」ほど賞には恵まれませんでしたが、山田洋次監督らしい作品でした。以前、蒲田撮影所の跡地に行きましたが、敷地内に映画「キネマの天地」で使用された松竹橋(蒲田撮影所前に架かっていた橋を再現したもの)があり、跡地に建った区民ホール「アプリコ」の玄関ホールに本物がありました。ただし、それ以外は、ここに撮影所があったという痕跡はまったく無かったように思います。
松竹キネマ蒲田撮影所(1920(大正9)年~1936(昭和11)年)/跡地:現ニッセイ「アロマスクエア」&大田区民ホール「アプリコ」)(2023.5.13撮影)

映画「キネマの天地」で使用された松竹橋(再現版)と区民ホール「アプリコ」内にある実物(2023.5.13撮影)


「キネマの天地」●英題:FINAL TAKE-THE GOLDEN DAYS OF MOVIES●制作年:1986年●監督:山田洋次●製作:野村芳太郎●脚本:山田洋次/井上ひさし/山田太一/朝間義隆●撮影:高羽哲夫●音楽:山本直純●時間:135分●出演:渥美清/中井貴一/有森也実/すまけい/岸部一徳/堺正
章/柄本明/山本晋也/なべおさみ/大和田伸也/松坂慶子/津嘉山正種/田中健/美保純/広岡瞬/レオナルド熊/山城新伍/油井昌由樹/アパッチけ(中本賢)/光石研/山田隆夫/石井均/笠智衆/桜井センリ/山
内静夫/桃井かおり/木の実ナナ/下條正巳/三崎千恵子/平田満/財津一郎/石倉三郎/ハナ肇/佐藤蛾次郎/松田春翠/関敬六/倍賞千恵子/前田吟/吉岡秀隆/笹野高史/ 出川哲朗(ノンクレジット)/(以下、特別出演)9代目松本幸四郎/藤山寛美●公開:1986/08●配給:松竹●最初に観た場所:神保町シアター(24-04-05)(評価:★★★☆)
山田洋次監督(手前は すまけい)
神保町シアター

岸部一徳(緒方監督(小津安二郎がモデル))/柄本明(佐伯監督)/松坂慶子(川島澄江(岡田嘉子がモデル))/すまけい(小倉金之助監督)/9代目松本幸四郎(城田所長(城戸四郎がモデル))/笠智衆(小使トモさん)/桃井かおり(彰子妃殿下)/倍賞千恵子(ゆき)/前田吟(ゆきの亭主・弘吉)
「あの頃映画 the BEST 松竹ブルーレイ・コレクション キネマの天地 [Blu-ray]」
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かなりぶっ飛んだ内容だが、ちゃんと神話や遺跡などをベースにしているようだ。

『暗黒神話 (1977年) (ジャンプスーパー・コミックス)』『暗黒神話 (ジャンプスーパーコミックス)』['88年]『暗黒神話 (集英社文庫(コミック版)) 』['96年]『暗黒神話 (愛蔵版コミックス) 』['17年]
中学生の少年・武はある日、父の友人を名乗る男・小泉から「君のお父さんは実は殺された」と告げられる。確かに武には、幼い頃に倒れた父親の傍で泣いている記憶があった。小泉に連れられ父が死んだ場所へ来た武は、おぼろげな記憶を頼りに父の目的地と思しき洞窟を発見。洞窟の奥で武は思いもかけないモノと遭遇しする―。
諸星大二郎による「週刊少年ジャンプ」1976(昭和51)年20号から 25号に連載された漫画です。少年が辿る数奇な運命を、ヤマトタケル伝説を軸に、古代日本の各神話や遺跡、仏教、果ては呪術やSF要素までを取り込んで描いた、ある意味かなりぶっ飛んだ内容の話です(特に、最後に明かされる"武の正体"には驚いた)。

それでも初読の時は面白ければいいという感じだったのですが、「別冊太陽」の「太陽の地図帖」シリーズに「諸星大二郎 『暗黒神話』と古代史の旅」('14年/平凡社)というのがあり、それを読んで、一つ一つのモチーフが神話やそれにまつわる実在の遺跡などをベースにしていることが分かり、その博覧強記と取材力、構想力に改めて感じ入った次第です(あまり表に出て来ない作者のインタビューなどもあって貴重)。
ただし、本作の序盤において、当時類例のなさから重要文化財指定とされていた深鉢形土器をモチーフとした蛇紋縄文土器を登場させていますが、この土器は後に、(土器自体は縄文時代のものだったが)蛇形装飾の把手が推定復元であることが判明し、指定解除となっているそうです。この土器をモチーフに話が進んでいくので困ったものですが、古代史研究の場合、まあ、こういうことも起き得るのでしょう(笑)。
1988年版には、「週刊少年ジャンプ増刊」1979(昭和54)年1月号掲載された「徐福伝説」が併収されています。中国の秦の時代、始皇帝に命じられて不老不死の秘薬を得るために東方に渡った徐福の一行が嵐のため日本に流され、中国の文明人が未開の日本を訪れることになるという伝説の図式を背景に、男女の悲恋物語を描いています(こちらも、土器が出てくる一方で、徐福が染色体数と同じ47組の男女を連れ行くというSF的要素もあったりする)。
ただし、ここで描かれる徐福は、日本で一般に伝わる、呪術や祈祷・薬剤の調合に長け、医薬・天文・占術等にも通じたインテリで、その像などからも窺える温厚な人柄の人物というイメージと違って、どちらかと言うと始皇帝のイメージに近い、暴君的な強面のキャラクターになっています。この点については、作者独自の人物造型なのでしょうか、実際そういうキャラだったという言い伝えもあるのでしょうか。その辺りはよく分からなかったです。
徐福像(和歌山県新宮市)
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正統派ラインアップ。漫画で(起承転結ではなく)「オチ」が愉しめる。

『滝田ゆう落語劇場 〔第1輯〕 (文春文庫 (302‐1))』『滝田ゆう落語劇場 第2輯 (文春文庫 302-2)』['83年]/『滝田ゆう落語劇場 全 (ちくま文庫 た 11-2)』['88年]/『落語劇場 1巻 (双葉漫画名作館) 』『落語劇場 2巻 (双葉漫画名作館) 』['91年]
『滝田ゆう落語劇場 1巻』『滝田ゆう落語劇場 2巻』[Kindle版]
作家の名作22篇をコマ漫画に仕立てあげた『滝田ゆう名作劇場』('78年/文藝春秋、'83年/文春文庫、'02年/講談社漫画文庫)、野坂昭如の作品を描いた『怨歌劇場』('80年/講談社、'83年/講談社文庫)に続く「劇場シリーズ」第3弾は、落語をコマ漫画にしたものです。
第1輯は「王子の狐」「素人鰻」「蕎麦の羽織」「夢の酒」「猫の災難」「味噌倉」「死神」など20話、第2輯では「青菜」「狸賽」「二階ぞめき」「包丁」「ぬけ雀」「茶の湯」「あくび指南」「千両みかん」など18話、合計で38編を所収。個人的には内容を知らないものもありますが、落語に詳しい人からすれば、正統派ラインアップではないでしょうか。
読んでいて、これまでのシリーズと違うのは、(「落語劇場」と謳っているので当然だが)元が小説ではなく落語であるということです。そのため、無意識的に起承転結の「結」を求めて読んでいたら(小説を読むという行為はだいたいそうしたものだ)最後に「オチ」が来て「落とされる」というところでしょうか。そうした面白さ、愉快さが、ああ、やっぱり落語だなあと。
漫画家でこの手のオチを描く人っていないかなあと思ったら、東海林さだおがいた! あの人はエッセイも、昭和軽薄体と呼ばれる独特なリズム感のある文体だなあ。本書を読んで落語を聴きたくなったというのはフツーでしょうが、東海林さだおのエッセイを読みたくなった、というのはちょっと変わっているかも。
本書は、'83年にいきなり文庫で、講談社文庫で第1輯、第2輯として出版され(「輯(しゅう)」というのは「集」みたいな意味か)、その後'88年にちくま文庫の全1巻として刊行されていますが、さらに'91年に「双葉漫画名作館」として第1巻・第2巻が刊行されています。
落語なのでセリフが大事です。読み易さからすると、「双葉漫画名作館」版が単行本サイズであるためお薦め。作者独特の小さな吹き出し(その中になぜか無意味な絵が描かれている)のようなものもあることですし(ただし、絶版のため入手しにくいと思ったら、シリーズでこの「落語劇場」のみKindle版がリリースされた。端末で画面拡大ができるので便利かも)。
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最後の大殺陣シーンに尽きる。赤牛の最期は"自殺願望"の充足か。

「あの頃映画 「浪人街 RONINGAI」 [DVD]」
江戸下町のはずれ、一膳飯屋の"まる太"で2人の浪人が対立した。この街で用心棒をしている赤牛弥五右衛門(勝新太郎)と、新顔の荒牧源内(原田芳雄)だ。対立する2人の前に、源内とかつてただならぬ仲であったお新(樋口可南子)に密かに心を寄せている浪人・母衣権兵衛(石橋蓮司)が仲裁に入る。一方、長屋の井戸端には土居孫左衛門(田中邦衛)という浪人が妹おぶん(杉田かおる)と共に住んでいた。2人にとって帰参は夢だが、それにはどうしても百両という大金が必要だった。そんな時、街で夜鷹が次々と斬られる事件が起こる。赤牛は白塗りの夜鷹に扮し、夜鷹殺しの侍を斬るが、それにもかかわらず夜鷹斬りは続く。翌朝、まる太の主人・太兵衛(水島道太郎)の惨殺死体が発見される。すべては旗本・小幡七郎右衛門(中尾彬)一党の仕業だった。お新をはじめとする夜鷹たちが集まって太兵衛の遺骸を囲んでいる時、突然その夜鷹斬りの旗本・小幡ら7人が乗り込んでくる。一触即発の気配が漂う中、赤牛は小幡一党らと共にその場を去るが、その日赤牛は戻って来なかった。数日後、お新は、小幡を銃で暗殺しようとして逆に彼らに捕らえられてしまう。そして、その一味の中には何と赤牛がいた。その頃、孫左衛門のところに、おぶんから相談を受けていた豪商・伊勢屋(佐藤慶)の妾・お葉(伊佐山ひろ子)が百両の情報を持って飛び込んできた。孫左衛門は手形を預かった同心の柏木(津村鷹志)を斬り倒し、首尾よく百両を手に入れるが、その夜、赤牛は酒盛りの席で小幡に「手形を盗んだのは源内に違いない」と告げ口をする。そこで、小幡は源内を誘い出す手として、おぶんを逃がし、お新を牛裂の刑に処することにした。おぶんから聞いて事態を知った源内は、十数本の剣を体中にくくり付け、お新のもとへと駆け出す。それを知った権兵衛、孫左衛門たちも―。
黒木和雄監督の1990年公開作。マキノ正博監督により1928(昭和3)年に制作・公開された「浪人街 第一話 美しき獲物」の4度目のリメイク作品で、もともとはマキノ正博監督によるセルフリメイクとして企画されたものの、マキノの健康上の理由で断念し、マキノの後押しもあって、黒木和雄が監督したもの(マキノは総監修という立場。また、終盤の17分間の大殺陣シーンの撮影は宮川一夫が特別参加している)。
原田芳雄/勝新太郎/樋口可南子/石橋蓮司/田中邦衛/中尾彬
公開を目前にした1990年1月16日、勝新太郎がハワイのホノルル国際空港で下着にマリファナとコカインを入れていたとして現行犯逮捕されるという事態が発生しため、公開は先送りとなり、ようやく8月18日になって公開にされたとのこと。勝新にとって最後の映画出演作となりました(この映画を観ていると、セリフが何言っているかよくわからないところもあったが、まだまだやれたと思われて惜しい)。
この映画、最後の大殺陣シーンに尽きる気もします。最初は原田芳雄演じる荒牧源内が一人で120人相手に刀を振り回していたけれど、原田芳雄らしいハチャメチャな殺陣でした。しかし、これではさすがに持ちこたえられない―というところへ、石橋蓮司演じる母衣権兵衛が白装束で駆け付け、こちらはきりっとした殺陣で、よれよれの原田芳雄を上回る獅子奮迅の大活躍、さらに田中邦衛演じる土居孫左衛門も戦国騎馬武者の姿(元小倉藩藩士!)で登場します(白装束に着替えたり甲冑を身に纏ったりしている時間が惜しくはないのかと思うけれど、まあ、そこは突っ込まないことに)。絶体絶命のお新を救うということに、3人がそれぞれの思いで順次かぶさって来る作りが上手いと思います。そして最後に赤牛弥五右衛門―。
考えてみれば、勝新太郎演じる赤牛弥五右衛門は、一膳飯屋の用心棒でありながら夜鷹たち習字の先生であり、原田芳雄演じる荒牧源内は、蘭学・医学を学ぶ学究の徒でもあり(平賀源内に倣ったネーミングか)、現在と将来の先生でもあるわけで、その辺りも面白いです。
後日談で、石橋蓮司演じる母衣権兵衛が、荒牧源内は医学を学ぶために長崎に行ったと、語っている相手は赤牛弥五右衛門の"位牌"であるのが寂しいです。赤牛は戦略的に中尾彬演じる小幡七郎右衛門側にくっついたフリをしたのかと思ったけれど、本当に本気で一度寝返ったのだったら、あの最期は仕方がないのかも...。いや、ここは、戦略的に小幡七郎右衛門側にくっついたフリをして(手形を盗んだ犯人を源内として小幡をそそのかしたのは疑問が残るが)、ラストは、それまでにもその気配がちらちら見られた本人の"自殺願望"を、自分が納得のいく形で満たしたととるべきなのかもしれません(一見虚無的に見える荒牧源内にではなく、赤牛弥五右衛の根底にあるものこそが"虚無"だったということか)。
勧善懲悪のある程度パターナルな結末ではありますが、原田芳雄、勝新太郎、石橋蓮司、田中邦衛が演じる4人の浪人のキャラの描き分けがしっかりできているほか、勝新とやりとりする長門裕之の蕎麦屋、伊佐山ひろ子のお葉のきりっとした視線、絵沢萠子の殺される哀れな遊女おとく、天本英世の琵琶法師...etc. 絶妙の配役が隅々まで行き渡っている感じの作品でした。
「浪人街」●制作年:1990年●監督:黒木和雄●総監修:マキノ雅広●脚本:笠原和夫●特別協力:宮川一夫●撮影:高岩仁●音楽:松村禎三●原作:山上伊太郎●時間:117分●出演:原田芳雄/樋口可南子/石橋蓮司/杉田かおる/伊佐山ひろ子/藤崎卓也/絵沢萌子/賀川雪絵/天本英世/水島道太郎/中村たつ/紅萬子/賀川雪絵/外波山文明/津村鷹志/青木卓司/甲斐道夫/中田譲治/中尾彬/佐藤慶/長門裕之/田中邦衛/勝新太郎●公開:1990/08●配給:松竹●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-09-15)(評価:★★★★)
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「敗者3部作」第2作。貧しい暮らしをしている人々の方が男に親切。

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フィンランドのヘルシンキに向かう列車の乗客の中にその男(マルック・ペルトラ)はいた。辿り着いた夜の公園で彼は一眠りしていたが、そこに現れた3人組の暴漢に身ぐるみ剥がれた上にバットで執拗に殴打され、半死半生の身で病院に搬送された。一時は死んだと診断された男だったが奇跡的に蘇生した。その後、港の岸辺で再び昏倒していた男を救ったのは、コンテナに住むニーミネン(ユハニ・ニユミラ)一家であった。徐々に回復していった彼であったが、一家の妻カイザ(カイヤ・パリカネン)
に何者か問われたときに、答えられなかった。彼は、頭を殴られたことにより、それまでの記憶、それまでの自分を失ってしまっていたのだ。そんな「過去を失った男」である彼に港町の人々は快く手を貸してくれる。コンテナ一家の主人は金曜日にスープを配給する救世軍の元に男を連れて
行き、「人生は後ろには進まない」と励ます。地元の悪徳警官アンティラ(サカリ・クオスマネン)は彼に空きコンテナを貸し与え、男はその前にじゃがいも畑を作り、拾ったジュークボックスを置いた。職安では身分がないという理由で門前払いされたが、救世軍の事務所で仕事を得ることが出来た。そして、そこに属する下士官の女性イルマ(カティ・オウティネン)と仲を深めながら、男は徐々に人間としての生活を取り戻していく―。
アキ・カウリスマキ監督の2002年公開作。「浮き雲」('96年)に続く「敗者3部作」の第2作。'02年・第55回 「カンヌ国際映画祭」で「グランプリ」と、救世軍の女性イルマを演じたカティ・オウティネンが「女優賞」を受賞しています(カンヌは格差社会を描いたものがよく賞を獲る)。
コンテナで暮らすような貧しい暮らしをしている人々の方が、役人などよりよほど親切だったなあ。そんな貧しい人が「ディナーに行く」といっておめかししているので、どんなレストランに行くのかと思ったら...(笑)。救世軍が貧しい人々のスープを配るというのは、現代でも同じなのか。神田神保町に日本本営があるけれど...。それにしても、救世軍の弁護士って年寄りだったけれど有能だったなあ。拘留された男の許にその弁護士を遣わして彼の身柄を救ったのもイルマだったという、この辺りは分かりやすかったです。
「植物人間になるくらいなら死なせてやろう」って医者が口に出して言うのが、あちらの国らしいと思いました。
この年の「パルム・ドール」はロマン・ポランスキー監督の「戦場のピアニスト」でしたが、優秀な演技を披露した犬に贈られる「パルム・ドッグ賞」を、犬のタハティ(役名:ハンニバル)が受賞しています(同監督作品は必ず犬が登場し、その後、何度かこの賞を受賞している)。フィンランドのムード歌謡=イスケルマの曲の数々とともに(同時監督の作品にはしばしば地元のバンドやミュージシャンが出てくる)、アキ・カウリスマキ監督がファンだと公言する日本のクレイジーケンバンドの「ハワイの夜」が挿入歌として流されています(もともとカウリスマキ・ファンである小野瀬雅生が、自分たちのCDが出るたびに欠かさずカウリスマキ監督に送っていて、その彼らのサウンドが監督に気に入られたという経緯がある)。
因みに、救世軍の女性を演じたカティ・オウティネンは「ルアーヴルの靴みがき」('11年)などにも出演し、悪徳警官を演じたサカリ・クオスマネンも「希望のかなた」('17年)でのレストラン店主役など出ていて、二人とも同監督作品の常連です。この監督、常連の俳優か、そうでなければ素人に近い人を使う傾向があるのではないでしょうか。おそらく、中途半端に演技されるのが嫌なんだろうなあ。
「過去のない男」●原題:MIES VAILLA MENNEISYYTTA(仏:L'HOMME SANS PASSE、英:THE MAN WITHOUT A PAST)●制作年:2002年●制作国:フィンランド・ドイツ・フランス●監督・脚本・製作:アキ・カウリスマキ●撮影:ティモ・サルミネン●音楽:レーヴィ・マデトーヤ●時間:97分●出演:カティ・オウティネン/マルック・ペルトラ/アンニッキ・タハティ/マルコ・ハーヴィスト&ポウタハウカ(救世軍バンド)/ユハニ・ニユミラ/カイヤ・パリカネン/エリナ・サロ/サカリ・クオスマネン/アンネリ・サウリ/オウティ・マエンパー/ペルッティ・スヴェホルム/タハィ(犬のハンニバル)●日本公開:2003/03●配給:ユーロスペース●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-04-29)((評価:★★★★)
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「敗者3部作」第3作。"人生、捨てたもんじゃない"と思わせてくれる。

「街のあかり [DVD]」
ヘルシンキの百貨店で夜間警備員を務める冴えない男コイスティネン(ヤンネ・フーティアイネン)は、魅力的な女性ミルヤ(マリア・ヤルヴェンヘルミ)と出会う。2人はデートをし、コイスティネンは恋に落ちた。人生に光が射したと思った彼は、起業のため銀行の融資を受けようとするが、まったく相手にされなかった。それでも恋している彼は幸せだった。
しかし、実は恋人は彼を騙していた。ミルヤは、宝石強盗を目論むリンドストロン(イルッカ・コイヴラ)の手先だった。まんまと利用されたコイスティネンだったが、惚れたミルヤを庇って服役する。リンドストロンはそこまで読んで、孤独な彼を狙ったの
だ。馴染みのソーセージ売りアイラ(マリア・ヘイスカネン)の彼への思いには気づかぬまま、粛々と刑期を終え社会復帰を目指すコイスティネン。だがある日、リンドストロンと一緒のミルヤと居合わせた彼は、そこで初めて自分が利用されていたに過ぎないことを悟る―。
2006年公開の、アキ・カウリスマキ監督の、「浮き雲」('96年)、「過去のない男」('02年)に続く「敗者3部作」の第3作(完編)で、'06年カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品。
この作品の主人公の男は"孤独"の中にいて、彼の身に起こる不幸はとても辛いものだけれど、彼自身は自分の不幸に気づいてない様子でもあります。さらには、幸せの芽がすぐ傍にあることをも―(やや"無力症"気味?)。そんな彼が起業を思い立ったのはいいですが、職業訓練校の終了証明だけを持って銀行に行き、それだけでもって融資を受けようとするのが滑稽(この辺り、カウリスマキ独特のユーモアか)。それでも、切ない出来事のあとにジンワリ心に広がる希望があって、誰かがこの映画についてそう言ってたけれど、"人生、捨てたもんじゃない"と思わせてくれる、やさしさで包み込むような物語が心地いいです。
コイスティネンを演じるヤンネ・フーティアイネンは、アキ・カウリスマキ作品では前作「過去のない男」などに脇役出演し、今回がカウリスマキ作品で初めての主演。恋人のいない寂しい男を演じるにはマルチェロ・マストロヤンニに似ていて男前過ぎる気もしましたが、その分、寂しそうな姿は絵になっていました(職場でも孤立し、男たちは彼のことを蔑んでいるのに、女性たちは同情的であるのはこのイケメンのせい?)。一方、アキ・カウリスマキ作品主役級常連のカティ・オウティネンは、スーパーのレジ係の役で出ていました。
「街のあかり」●原題:LAITAKAUPUNGIN VALOT(英:LIGHTS IN THE DUSK)●制作年:2006年●制作国:フィンランド・フランス・ドイツ●監督・脚本・製作・撮影:アキ・カウリスマキ●時間:78分●出演:ヤンネ・フーティアイネン/マリア・ヤルヴェンヘルミ/イルッ
カ・コイヴラ/マリア・ヘイスカネン/ヨーナス・タポラ/ペルッティ・スヴェホルム/メルローズ(バンド)/カティ・オウティネン(カメオ出演)/パユ(犬)●日本公開:2007/07●配給:ユーロスペース●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(24-05-12)((評価:★★★☆)
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「●「山本周五郎賞」受賞作」の インデックッスへ 「●「本屋大賞」 (10位まで)」の インデックッスへ
"大風呂敷"を拡げた分、欠点も多いが、エンタメとして一定水準には達している。


『楽園のカンヴァス』['12年]2025.3.30 蓼科親湯温泉にて
2012(平成24)年・第25回「山本周五郎賞」受賞作。2013(平成25)年・第10回「本屋大賞」第3位。
ソルボンヌ大学院で博士号をコース最短の26歳で取得している早川織絵は、オリエ・ハヤカワとして国際美術史学会で注目を浴びるアンリ・ルソー研究者であるが、今は倉敷の大原美術館で「一介の監視員」となっている。ティム・W・ブラウンは、ニューヨーク近代美術館 (MoMA) のアシスタント・キュレーターである。コレクターのコンラート・バイラ―は、スイスのバーゼルにある、自らが住む大邸宅に織絵とティムを招き、彼が所蔵する、ルソーが最晩年に描いた作品『夢』に酷似した作品『夢をみた』について、1週間以内に真作か贋作かを正しく判断した者に、その作品の取り扱い権利を譲ると宣言する―。
「山本周五郎賞」選考の際は5人の選考委員の内 角田光代氏ら3人が強く推して受賞に至りましたが、「直木賞」の方は8人の内 強く推したのは宮部みゆき氏だけで、受賞に至りませんでした。スイスの大富豪とかインターポール(国際刑事警察機構)などが出てきて、雰囲気的には、ジェフリー・アーチャーの『ゴッホは欺く』やダン・ブラウン『ダ・ヴィンチ・コード』みたいなスケールの大きいアート・ミステリという感じ。日本にもこうした作品の書き手が登場したかという印象がありましたが、"大風呂敷"を拡げた分、欠点も多い作品のようにも思いました。
「山本周五郎賞」選考の際も、まったく欠点の指摘が無かったわけではなく、強く推した角田光代氏ですら、「気になるところはいくつかある。このミステリーに関わってくる多くが「偶然」あらわれる。バイラーの孫娘があらわれたときはさすがに鼻白んだ」と。でも、「欠点を承知しつつ、でもやっぱり面白かった、いい小説だったという感想で読み終えた」とのこと。佐々木譲氏は、「キュレーターだったという著者の専門知識が惜しみなく投入されている印象を受けた」とし、唯川恵氏も「この作品に、私は圧倒的な『情熱』を感じた。ルソーの創作に対する情熱、主人公たちのルソーに対する情熱、そして原田さんの作品に対する情熱が、行間から立ち昇ってくる。最後、涙した自分が嬉しかった」と。
これが「直木賞」になると、宮部みゆき氏は「(良い意味で)大風呂敷を広げ、知的な興奮を与えてくれた」と推し、桐野夏生氏も「一気読みできるアイデアの面白さは評価したい」としながらも、「登場人物に深みがないため、どうしても物語全体が幼く感じられてしまう」と。その他の選考委員も、「ストーリーテールに追われていた印象の方が強く惜しい気がした」(伊集院静氏)、「ピカソの上にルソーが描いている絵のアイデアは、きわめてミステリー的であり、スリリングでさえあった。ただ、絵の周囲にいる人間たちが、そのアイデアを生かしきれていない」(北方謙三氏)など、やや厳しい意見が多くなっています。
確かにピカソがルソーを見出し、叱咤激励したとうのは面白いアイデアですが、「文中の物語がやや幼稚で感動を呼ぶものとは思えなかった」(林真理子氏)というのは自分も感じた点でした(なんだか教科書的だった)。結局、「できは悪くないように感じられたが、それでも私は多少の疑問と物足りなさを覚えた」(宮城谷昌光)というあたりが押しなべての評価になってしまった感じです。
でも、エンタメとして一定水準には達していると思います。この回の直木賞受賞作は、辻村深月『鍵のない夢を見る』でしたが、個人的にはこの『楽園のカンヴァス』の方が良かったでしょうか。ただ、この手の作品、好きな人は本当に好きなのでしょうが、自分はのめり込むほどでは。
でも、ピカソの「鳥籠」の見方なども参考になりました(この絵は、同著者の短編集『〈あの絵〉のまえで』('20年/幻冬舎)にもモチーフとして出てくる)。ルソーの「夢」がMoMA(ニューヨーク近代美術館)にあることにも改めて思い当たったし(昔行ったんだけどなあ。情けないことに覚えていない)、モデルについても知ることが出来ました(勉強になった?)。
ピカソ「鳥籠」「アビニヨンの娘たち」

アンリ・ルソー「夢」

アンリ・ルソー「エッフェル塔とトロカデロ宮殿の眺望」

【2015年文庫化[新潮文庫]】
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「●「本屋大賞」 (第10位まで)」の インデックッスへ
"史実と創作とバランスの絶妙さ。スゴイ構想力・想像力だなあと。

『たゆたえども沈まず』['17年]
2025.3.30 蓼科親湯温泉にて
日本国内では、瀬戸物の包み紙程度の認識しかなかった日本の浮世絵。これが海外に持ち出された時、その画に芸術的価値を見いだしたのは、後に印象派と呼ばれる名もなき若く貧しい画家たちだった。パリ・グーピル商会で働く若き画商テオは、金を散財するくせに、書いた画を一枚も売れずにいる画家の兄フィンセントに頭を悩ませている。兄を疫病神のように嫌う一方で、彼の描く画に魅せられ、また高く評価もしていた。行き詰まりを感じている兄に、その自由な画風が若き芸術家の間で評判となっている浮世絵を見せたいがため、テオは同じパリで美術商をしている林忠正や加納重吉との交流を深めてゆく。テオから紹介されたフィンセントにただならぬ才能を感じた林は、彼が描く最高の一枚を手に入れるため、ある閃きから、アルルへの移住を薦めるが、それはゴッホ兄弟にとって悲劇の始まりだった―。
ゴッホ兄弟とパリで活躍した日本人画商の交流の物語です(2018(平成30)年・第15回本屋大賞「本屋大賞」第5位)。自分の作風に時代が追いつかずに苦悩する画家・兄フィンセント、本当に売りたい作品を売れずに苦悩する画商・弟テオのゴッホ兄弟が苦しみながらも、己が信じる人生を歩んでいく姿が題名に重なります。パリで画商を営むアヤシこと林忠正と、その許で働くシゲこと加納重吉が彼らと出会うことで触媒効果のようなものが生まれ、それがゴッホを世に出す契機になるとともに、悲劇の始まりにもなります。
ポール・ゴーギャン(1848-1903)をはじめ、実在した人物も多く登場し、史実と創作とバランスの絶妙さを愉しめました。主要登場人物である林忠正(1853-1906)、加納重吉、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)、テオドルス・ファン・ゴッホ(1857-1891)の4人のうち、加納重吉は架空の人物で物語に進行役のような役割です。林忠正が浮世絵からヒントを得て、新しい絵画を創りつつあった印象派の画家たちと親交を結び、日本に初めて印象派の作品を紹介した人物であることは事実ですが、エドゥアール・マネ(1832-1883)などとは親しんだものの、ゴッホ兄弟と交流したという記録は無いらしいです。
でも、同じ時期にゴッホ兄弟と林忠正がパリにいたことは事実で、そこからゴッホが浮世絵に影響を受けて新境地を切り開いていく様や、コッホ兄弟の微妙に複雑な関係を描いていく、その構想力・想像力はスゴイと思いました。文庫解説の美術史家の圀府寺司氏は、解説の冒頭で「いいなあ...話がつくれて...」と書いていますが、ミステリとしての要素は『楽園のカンヴァス』や『リボルバー』に比べて薄いですが、物語全体が事実と虚構とを織り交ぜた"ファクション"になっている作品だと思いました。
敢えてミステリ的に史実を改変している箇所に言及するならば、この作品によれば、フィンセント・ファン・ゴッホが自らを撃ったリボルバーは、弟テオがフィンセントとの諍いがあった時のために所有していたもので(兄が何か過激な行動に出た際に、自殺を仄めかすことで抑止するため)、ゴッホがパリからアルルに移ってしまった後は鞄に入れていたのをすっかり忘れていたのを、その鞄を借りることになったゴッホが偶然リボルバーの存在を知り、後で鞄だけテオに返却して、リボルバーは手元に置いていたということになります。
通説では、リボルバーはゴッホが終焉の地で寝泊まりしていた「ラヴァー亭」の経営者が所持した物で、それをゴッホが持ち出し、麦畑で自らを撃ち(ただし、現場を目撃した者はおらず、また、自らを撃ったにしては銃創や弾の入射角が不自然な位置にあるという主張や、子供たちとじゃれ合っていて暴発したという説もある)、数年経って農家によって偶然ゴッホが自らを撃ったとされる畑の中で発見されたとされています(口径は遺体から回収された銃弾と一致している。銃弾については当時、医師が記録に残していた。科学的な調査の結果、銃が1890年代から地中に埋まっていたことも判明している)。
フィンセント・ファン・ゴッホが起こした「耳切り事件」や、その後も引き続いた発作の原因については、てんかん説、統合失調症説、梅毒性麻痺説、メニエール病説、アブサン中毒説など数多くの仮説がありますが(数え方により100を超えるそうだ)、個人的には、統合失調症ではないかと思います(統合失調症患者に銃を持たせることは、自殺の機会を与えるようなもの)。また、記憶や想像によって描くことができない画家であり、900点近くの油絵作品(いったい毎月何作描いたのか!)のほとんどが、静物、人物か風景であり、眼前のモデルの写生であるそうです。
後日談として、テオの妻ヨーはテオの死後、画家ヨハン・コーヘン・ホッスハルク(1873-1912)と再婚しましたが、1914年、テオの遺骨をフランスのオーヴェール=シュル=オワーズにあるフィンセントの墓の隣に改葬し、フィンセントとテオの墓石が並ぶようにし、また夫人と息子フィンセント(義父と同じ名前)は長年かけゴッホ書簡の編纂・出版を行っています。

文庫解説で圀府寺司氏が、この作品を黒澤明監督の「夢」('90年)の5番目のエピソードでマーティン・スコセッシ監督がファン・ゴッホ役を演じた「鴉」に絡めて論じているのが興味深かったです。
黒澤明監督「夢」寺尾聰/マーティン・スコセッシ
読んでいて、有名な作品がタイトル名を敢えて出さず、物語の中に突然現れたり、今コッホによって描かれたばかり(或いは作成中)の作品として登場したりするので、どの作品か確認しながら読むのも愉しいと思います。
「星月夜」1889年6月/「ゴッホの寝室(第2バージョン)」1889年/「夜のカフェ」1888年9月

「ジャガイモを食べる人々」1885年/「タンギー爺さん」1887年夏・冬/「ファン・ゴッホの椅子」1888年11月/「ゴーギャンの肘掛け椅子」1888年11月

【2020年文庫化[幻冬舎文庫]】
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ミステリとしても愉しめるが、あまりミステリ、ミステリして読まない方がいい。

『リボルバー』['21年] ゴッホ「オーヴェルの教会」「星月夜」
2025.3.30 蓼科親湯温泉にて
パリ大学で美術史の修士号を取得した高遠冴(たかとおさえ)は、小さなオークション会社CDC(キャビネ・ド・キュリオジテ)に勤務している。週一回のオークションで扱うのは、どこかのクローゼットに眠っていた誰かにとっての「お宝」ばかり。高額の絵画取引に携わりたいと願っていた冴の元にある日、錆びついた一丁のリボルバーが持ち込まれる。それはフィンセント・ファン・ゴッホの自殺に使われたものだという。ファン・ゴッホは、本当にピストル自殺をしたのか?―殺されたんじゃないのか?...あのリボルバーで、撃ち抜かれて―。
ゴッホとゴーギャンという存命中はほとんど世に顧みられることのなかった二人の孤高の画家の関係に焦点を当て、ゴッホの自殺に使われた拳銃を巡るアート・ミステリっぽい話。プロのキュレーター資格を持つ作者(と言うより、キュレーターから作家になった)ですが、ゴッホ、ゴーギャンは特にこの人の得意な分野なのでしょうか。ゴッホを主人公の1人にした『たゆたえども沈まず』(幻冬舎)という作品もあります(因みに、この作品『リボルバー』は、戯曲化することを前提にした原作小説として書かれ、実際戯曲化されている)。以下、ネタバレになります。
ゴッホが自殺に使ったとされるリボルバーは、弟のテオがパリで護身用に所持していた銃という設定です。それを、ゴッホのかねてからの願いでアルルで共同生活を送ることになったゴーギャンに、テオがゴッホと何か諍いが起きた時の護身用として(弾は装填せずに)送ったのが、実はゴッホの依頼で弾を一つだけ装填してゴーギャンに郵便で送られます。しかしゴーギャンはそのことを知らずにその銃を、アルルを去った後タヒチにも持って行きます。
ところが、タヒチから一度フランスに戻って来たゴーギャンは、ゴッホから自殺を仄めかす手紙を受け取ったため、ゴッホの身を案じ、ゴッホの居るオーヴェール=シュル=オワーズにその銃を持って訪れます。リボルバーに弾は装填されていないと信じていたゴーギャンは、ゴッホとの言い争いで自殺を装うように銃を自らのコメカミに銃を当てます。弾を一つだけ装填されていると知るゴッホはゴーギャンの命を救おうと飛び掛かり、そして揉み合いから、ゴッホの脇腹に―。
「ファン・ゴッホは、本当は殺されたんじゃないのか」という疑惑からスタートとしているので、映画「アマデウス」におけるモーツァルトとサリエリみたいなことになるかと思ったら"事故"だったということで、やや拍子抜けした面もあります。自分をすでに追い越していると思われるゴッホの才能をゴーギャンが感じ取り、より自分の才能を開花させるためにタヒチに行ったことは事実に近いのかもしれませんが、この物語では、再びゴッホを振り切るために狂言自殺を演じたら、不運なことになってしまったというこという作りになっています。
そう言えば『たゆたえども沈まず』もゴッホの話で、リボルバーはテオがゴッホとの諍いがあった時にと所有していたもので、ゴッホがパリからアルルに移ってしまった後は鞄に入れていたのをすっかり忘れていたのを、その鞄を借りることになったゴッホが偶然リボルバーの存在を知り、後で鞄だけテオに返却して―という作りになっていました。
通説では、リボルバーはゴッホが終焉の地で寝泊まりしていた「ラヴァー亭」の経営者が所持した物で、それをゴッホが持ち出し、麦畑で自らを撃ち(ただし、現場を目撃した者はおらず、また、自らを撃ったにしては銃創や弾の入射角が不自然な位置にあるという主張や、子供たちとじゃれ合っていて暴発したという説もある)、数年経って農家によって偶然ゴッホが自らを撃ったとされる畑の中で発見され、元々の所有者であるラヴァー亭に返却され、店に一時展示されていたということのようです(小説に中でも、一般的理解はそうだとされている)。仮に小説の方が"真実"だとすると、オークションにかけられた約16万ユーロ(約2千万円)で落札された「ラヴァー亭」のリボルバーは、ゴッホが畑に落っことしただけのものということになる?
ミステリとしても愉しめるものの、完全にミステリとして読んでしまうと穴も多いので、あまりミステリ、ミステリして読まない方がいいです(笑)。むしろ、ウィリアム・サマセット・モームの『月と六ペンス』など他の作品(著者の前作『たゆたえども沈まず』も含まれる)におけるゴッホやゴーギャンの描かれ方と比べながら読むと、こういう解釈もあるのかと多角的に見れて愉しめます。
ゴーギャン「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」

【2023年文庫化[幻冬舎文庫]】
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ホテル内密室殺人と航空機トリックの二重構造のアリバイ崩しで愉しめる。

『高層の死角』(1972/09 講談社ロマン・ブックス)/『高層の死角 (講談社文庫 も 1-1)』(1974/04 講談社文庫)/『高層の死角 (カッパ・ノベルス) 』(1984/04 カッパ・ノベルズ)/『高層の死角』(1997/07 廣済堂文庫)/『高層の死角』(2000/06 ハルキ文庫)/『高層の死角』(2009/10 祥伝社文庫)/『高層の死角 (角川文庫) 』(2015/02 角川文庫)
『高層の死角』['69年]/『高層の死角 (1977年) (角川文庫)』

1969(昭和44)年度・第15回「江戸川乱歩賞」受賞作。
昭和4X年7月22日午前7時ごろ、東京竹橋のパレスホテル3401号室で、オーナー社長である久住(くじゅう)政之助が刺殺体で発見された。死亡推定時刻は午前1時~2時の間という鑑識の報告と、部屋と寝室の両方のドアが施錠されたいわゆる「二重の密室」状態であったことから、刑事たちは内部犯行として捜査を進め、美人社長秘書の有坂冬子に容疑の目を向けるが、彼女には完璧なアリバイがあった。彼女はその日、捜査員の一人である警視庁刑事部捜査一課の平賀高明刑事とホテルで一夜を過ごしていたのだった。その直後、冬子は福岡のホテルで死体となって発見される―。
2023年7月に亡くなった森村誠一(1933-2023/90歳没)の作品。1965年、32歳で『サラリーマン悪徳セミナー』を雪代敬太郎というペンネームで出版し、作家デビュー。34歳でホテルマンからビジネススクールの講師に転職して執筆を続け、青樹社からビジネス書や小説『大都会』を出版するが売れず、1969(昭和44)年、「ミステリを書いてみたら?」と言われて執筆したホテルを舞台にした本格ミステリがこの「江戸川乱歩賞」受賞作品です。
『人間の証明』('76年/角川書店)に出てくる東京・赤坂にある「東京ロイヤルホテル」のモデルは、作者が勤務していた「ホテルニューオータニ」と思われますが、この作品で事件が起きるのは竹橋の地上35階の「パレスサイドホテル」で(丸の内の「パレスホテル」がモデル? ただし、構造は「ホテルニューオータニ」に近い)、そのライバルとして新たに出現したというホテルが地上42階の「東京ロイヤルホテル」となっており、このモデルもやはり「ホテルニューオータニ」ではないでしょうか(「ホテルニューオータニ」は'64(昭和39)年9月竣工。ただし、当時は最上階に回転ラウンジを擁する地上17階建てで、10年後の'74(昭和49)年に地上40階の新館タワーが完成する。作者は、この計画を知っていて書いているのか?)。
ホテル内での密室殺人と航空機トリック(松本清張の『点と線』に新味加えた感じ)の二重構造のアリバイ崩しという「本格推理」っぽい作品。「江戸川乱歩賞」選考委員の高木彬光も、「トリックに関するかぎり抜群である。ことに前半、四つの鍵をめぐる密室トリックがすばらしい。ホテルに関する知識もずばぬけていて、最初はホテルマンかと思ったくらいだが、そうでないとすればその努力には敬意を惜しまない」としていますが、実際に前職はホテルマンだったわけです(ホテルマンが推理小説を書くというイメージが無かった?)。
高木彬光は、「難は文章のまずさだが、この点は今後の努力によって解決されるもの」としていますが、同じく選考委員の松本清張も「ホテルを舞台に、飛行機をアリバイ造りに使った本格推理で、ホテルに関する精細な知識を裏付けとし、ホテル戦争という現代的事象を殺人動機として興味を盛り上げ、後半のアリバイ崩しもよく出来ていた。但し、内容に比して、いささかお粗末である。文章についての一層の研鑚を望む次第である」としています。
また、これも同じく選考委員である横溝正史は、「『高層の死角』を読んだとき、私はただちにこれに決めてしまった。推理小説のつねとして、いろいろ無理もあり、説明不足の部分もなきにしもあらずだが、今度の候補作品のなかでは圧倒的に優れていると思った。読みおわったあと、今日の立身出世主義の権化のような犯人像が、かなりハッキリ印象づけられるのもよかった。だいたいこれに決めた」と(横溝正史は、文章のことは言っていない)。
先にも述べたように、ホテル内密室殺人(四つの鍵をめぐるトリックはホテルマンだった作者ならでは)と航空機トリック(飛行機の搭乗者名簿に名前が載らないようにするには、当該飛行機に乗らなければ良いということかあ)の二重構造のアリバイ崩しで愉しめる作品。チェックインの際の用紙に記してあるナンバーなんて、ホテルマンでないと思いつかないかも。今読むと、それほどひどい文章にも思えないし、と言うか、もっとひどい文章の書き手が世に横溢している気もします。
1977年に、NHK「土曜ドラマ」枠にて藤岡弘主演で、1983年にテレビ朝日「土曜ワイド劇場」枠にて高橋英樹主演で、2003年にTBS「棟居刑事シリーズ2・高層の死角」として 中村雅俊主演で(平賀刑事をシリーズキャラクターの棟居弘一良に改変)、それぞれドラマ化されています。
1977年・NHK「土曜ドラマ・高層の死角」藤岡弘・新藤恵美/2003年・TBS「棟居刑事シリーズ2・高層の死角」中村雅俊・華原朋美

【1974年文庫化[講談社文庫]/1977年再文庫化[角川文庫]/1984年ノベルズ版[カッパ・ノベルズ]/1997年再文庫化[廣済堂文庫]/2000年再文庫化[ハルキ文庫]/2009年再文庫化[祥伝社文庫]/2015年再文庫化[角川文庫]】
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<対談の中身もさることながら、対談していたと知ったことの方が大きい。


『五木寛之傑作対談集 I』['24年]
村上春樹と小説論を語り合い、美空ひばりと「才能」について話し、ミック・ジャガーとはロック談義に花を咲かせる―。1970年代から現在までの対談から14篇を選りすぐった本です。対談相手は以下の通り。
モハメド・アリ「余は如何にしてボクサーとなりしか」
村上春樹「言の世界と葉の世界」
美空ひばり「よろこびの歌、かなしみの歌」
長嶋茂雄「直感とは単なる閃きではない」
ミック・ジャガー「ぼくはル・カレが好き」
キース・リチャーズ「男と女のあいだには」
唐十郎、赤塚不二夫「やぶにらみ知的生活」
篠山紀信「"大衆性"こそ写真の生命」
山田詠美「女の感覚、男の感覚」
坂本龍一「終わりの季節に」
瀬戸内寂聴「京都、そして愛と死」
福山雅治「クルマ・音楽・他力」
太地喜和子「男殺し役者地獄」
埴谷雄高「不合理ゆえに吾信ず」
豪華な対談相手が並びますが、やはり、モハメド・アリ、村上春樹、美空ひばり、長嶋茂雄と続く初っ端が強烈と言うか貴重です。後の人の対談の方が話の内容は深かったりもしますが、そもそもモハメド・アリと対談していたなんて知りませんでした。対談の中身もさることながら、対談していたということを知ったことの方が、個人的には大きいかもしれません(かつて『白夜の季節の思想と行動―五木寛之対談集 (1971年)』などこれらより古い対談集は読んだのだが...)。
モハメド・アリとの対談は1972年のもので、日本武道館にて行われるマック・フォスターとのノンタイトル戦(4月1日)のために初来日した際のものと思われます(ジョージ・フォアマンと闘った"キンシャサの奇跡"はこの2年後の1974年、アントニオ猪木との「格闘技世界一決定戦」のために再来日したのはさらに2年後の1976年)。1972年当時は日本では未だ"カシアス・クレイ"と呼ばれていて、本人は1964年、ネーション・オブ・イスラムへの加入を機にリングネームをモハメド・アリに改めていたため、この対談でも、カシアス・クレイという名との関係について五木氏が問うてますが、カシアス・クレイというのは捨てた名だと。そこからアリが滔々と自身の宗教観を語っています。ただし、五木氏は、自分の考えと相容れないところは、はっきり自分はそうは思わないと言っています(アリの持論がイスラム原理主義的で、かなり極端な面があることもあるが)。
村上春樹との対談は1983年で、3作目の長編小説『羊をめぐる冒険』を発表した頃。かつての若者の間での人気作家と、今の若者の間での人気作家との対談ということで興味深いですが、この対談で五木氏は村上春樹が自分と同じく早稲田大学出身だと初めて知ったのだなあ。あまり村上春樹を意識してなかったのかな。「(入学年が16年と)そのくらい離れてしまうと、共通のものって、まるでないんだよね。早稲田と言っても」と。でも『風の歌を聴け』から『羊をめぐる冒険』までちゃんと読んで対談に臨んでいるようで、前半は村上春樹中心にずっと彼に話をさせて、後半はかなり自分の論考も述べているという感じでしょうか。このバランス感覚はやはり対談の名手なのでしょう。
これに対し、1984年に行われた美空ひばりとの対談は、年齢は五木氏の方が5歳上なのですが、かなり相手に気を遣い、また、相手を持ち上げている感じです。まあ、実際、五木氏も関係が無くもない業界にいたことがあるわけで、また、「演歌」をテーマにした小説などの書いているわけであり、そうした人にとって美空ひばりというのは絶大の存在なのだろうなあと思いました。何かと弱音を言う美空ひばりに対し、「弱さを出せるには強くなった時」と励まし、最後美空ひばりは涙しています。何れにせよ、貴重な対談と言えます。
長嶋茂雄との対談は2002年で、2001年監督業から勇退しているので、それを機に実現したのでしょう。4歳年上の五木氏に、長嶋氏の方が気を遣ったのか知りませんが、ちゃんと五木氏の『運命の足音』(2002年/幻冬舎)などを読み"予習"して対談に臨んだ感じ。五木「『他力』は私の信条ですが、でもスポーツマンは自力じゃないですか」、長嶋「いえいえ、これはなかなか軽視できなくて。キャッチボールだってひとりじゃできないですから」「人生はある程度キャッチボールという意味合いがありますから」―と、結局は分かったような分からないような話になるところが長嶋茂雄らしいです(笑)。
五木氏は「私は対談の機会があれば一度もそれを拒むことがなかった」とのことです。まさに贅沢な対談集(「朝日新聞」評)です。
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死が見え隠れする短編集。全て「私小説」だとのこと。どれも印象的。


『死のある風景 (文春文庫 よ 1-25)』['92年]
『死のある風景』['89年]
吉村昭(1927-2006/79歳没)が'76(昭和51)年から'88(昭和63)年の13年間に発表した10編の短編で、単行本刊行は'89(平成元)年11月。単行本の帯に「通りすぎて行ったさまざまな人たち」とあるように、死に関する作品が集められています(作品選びをしてくれた編集者から、死に関する短編ばかりだと言われ、編集者のすすめに従って「死」という文字を入れたタイトルになったとのこと)。
「金魚」... 終戦の年3月に中学を卒業した「私」は、それまで周りの皆が出征していくのを目の当たりにしていた。若者にとって戦争とは何なのか―。兵籍に入りたくないという私の正直な気持ちが綴られている。この気持ちは、当時の多くの若者の本音だったのかもしれない。終戦の年の暮れに亡くなった父の話。戦時に、不倫の清算にため一家心中した歯科医の挿話が印象に残った。
「煤煙」... 戦後間もない東京で、物資不足の中、餓死した屍を横目に見ながら4人で汽車に乗り、秋田へ米を入手に行く。しかし、米は統制品で売買や交換は禁じられていた―。米を運べた組と、途中で没収されて運べなかった組に分かれる結末が皮肉。自分の取り分だけ確保して...。人ってそんなものか。
「初富士」... 普段正月を家で過ごす「私」は、嫂や弟夫婦と富士山近くの菩提寺に参る気になる。住職たちとつかの間の一コマ―。住職も人間なのだから、肉欲がある。そのことを小説に書いて、今は老女となった住職の妻から恨みを買う作者。作家も下手なこと書けないなあ。
「早春」... 叔母が「私」に話があるという。叔父が余命幾ばくもないという中、叔母は叔父のいる前で、叔父の女性遍歴を語り出す―。作者が父と女性のことを小説に書いたことに触発されたらしいが、甥としては居辛いなあ。末期がんと判って、そうだと悟られないためにと、見舞いに行かない口実ができたことに安堵する私。
「秋の声」... 肝機能の低下で禁酒を余儀なくされる。その「私」に馴染みの飲み屋の女主人が、子宮ガンで亡くなったと聞く―。亡くなったことを聞いて、その人物が「今度入院することになった」と言っていた時のことを思い出すというのは、自分も経験あるなあ。「通夜に行ってみようか」と一瞬思う私。
「標本」... 昭和23年に肺結核治療のため、5本の肋(あばら)骨を切除した。その骨が病院にあるという―。そう言えば作者には「透明標本」といった短編もあった。「私」と同じ頃に入院し、12本の肋骨を切除され、苦痛を伴う手術に毅然とした態度を貫いた望月久子という女性の思い出が印象的。
「油蝉」... 68歳になる従妹が亡くなった。静岡に葬式に出かける「私」。従妹の人生と次々に訪れる一族の死と向き合う―。火葬の後、焼いた骨をその日のうちに洗う習わしがある地方ってあるんだなあ。従妹の夫が、エリートサラリーマンでありながら、突然無気力になり自殺したという話が印象的。
「緑雨」... その昔、同人雑誌で一緒だったある女性の告別式に誘われた。「私」は一応了解したものの、参加するかどうか迷う―。これと同じで、人から葬式に誘われた際に迷う事ってあるなあ。大きなチャンスを掴めず自ら死んでいった女性と、今まさに愛人と会わんとしている、生きている女性との対比が印象的。
「白い壁」... 耳の病気で入院した「私」は、そこでさまざまな病と闘う人たちと出会う。元気に退院する後ろめたさと向き合うことになる―。何だか重病患者の多い耳鼻咽喉科だなあ。退院するということで張り切っていた少年の話が印象的。家族に会わせるための一時退院だったのかあ。作者の後ろめたさも分かる気がする。
「屋形船」... 誘われて花火大会を見に隅田川へ船で出た「私」。40年前の終戦直後には数多くの死体が漂い流れていた―。1988(和63)年発表作。戦争末期の悲惨な光景が蘇ってきてしまう私。終戦の年の暮れに亡くなった父。冒頭の「金魚」へと話は繋がっていく。
作者「あとがき」によれば(また、読んでいて見当のつくことであるが)、本書収録の10作品は全て「私小説」であり、戦時中のことから自身の身の回りで最近起こったことまで、ほぼ事実を描いているようです。また、そこには何らかの形で死というものが見え隠れしています。これは、作者自身が青年期に結核を患って死の淵を彷徨ったという経験が、作者の人生観や作品に大きな影響を与えているためと思われます。
因みに、吉村昭は、2006(平成18)年2月に膵臓全摘の手術を受け、同年7月30日夜、東三鷹市の自宅で療養中に、看病していた長女に「死ぬよ」と告げ、自ら点滴の管を抜き、次いで首の静脈に埋め込まれたカテーテルポートも引き抜き、数時間後の7月31日午前2時38分に死去しています(79歳だった)。自分がどういう風に死にたいか、ずっと前から考えていたのだろうなあ。
【1992年文庫化[文春文庫]】