【3600】 ○ 五木 寛之 『五木寛之傑作対談集Ⅰ (2024/11 平凡社) ★★★☆

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<対談の中身もさることながら、対談していたと知ったことの方が大きい。

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五木寛之傑作対談集 I』['24年]

 村上春樹と小説論を語り合い、美空ひばりと「才能」について話し、ミック・ジャガーとはロック談義に花を咲かせる―。1970年代から現在までの対談から14篇を選りすぐった本です。対談相手は以下の通り。

  モハメド・アリ「余は如何にしてボクサーとなりしか」
  村上春樹「言の世界と葉の世界」
  美空ひばり「よろこびの歌、かなしみの歌」
  長嶋茂雄「直感とは単なる閃きではない」
  ミック・ジャガー「ぼくはル・カレが好き」
  キース・リチャーズ「男と女のあいだには」
  唐十郎、赤塚不二夫「やぶにらみ知的生活」

  篠山紀信「"大衆性"こそ写真の生命」
  山田詠美「女の感覚、男の感覚」
  坂本龍一「終わりの季節に」
  瀬戸内寂聴「京都、そして愛と死」
  福山雅治「クルマ・音楽・他力」
  太地喜和子「男殺し役者地獄」
  埴谷雄高「不合理ゆえに吾信ず」

 豪華な対談相手が並びますが、やはり、モハメド・アリ、村上春樹、美空ひばり、長嶋茂雄と続く初っ端が強烈と言うか貴重です。後の人の対談の方が話の内容は深かったりもしますが、そもそもモハメド・アリと対談していたなんて知りませんでした。対談の中身もさることながら、対談していたということを知ったことの方が、個人的には大きいかもしれません(かつて『白夜の季節の思想と行動―五木寛之対談集 (1971年)』などこれらより古い対談集は読んだのだが...)。

五木寛之傑作対談集 Iアリ.jpg モハメド・アリとの対談は1972年のもので、日本武道館にて行われるマック・フォスターとのノンタイトル戦(4月1日)のために初来日した際のものと思われます(ジョージ・フォアマンと闘った"キンシャサの奇跡"はこの2年後の1974年、アントニオ猪木との「格闘技世界一決定戦」のために再来日したのはさらに2年後の1976年)。1972年当時は日本では未だ"カシアス・クレイ"と呼ばれていて、本人は1964年、ネーション・オブ・イスラムへの加入を機にリングネームをモハメド・アリに改めていたため、この対談でも、カシアス・クレイという名との関係について五木氏が問うてますが、カシアス・クレイというのは捨てた名だと。そこからアリが滔々と自身の宗教観を語っています。ただし、五木氏は、自分の考えと相容れないところは、はっきり自分はそうは思わないと言っています(アリの持論がイスラム原理主義的で、かなり極端な面があることもあるが)。

五木寛之傑作対談集 I村上.jpg 村上春樹との対談は1983年で、3作目の長編小説『羊をめぐる冒険』を発表した頃。かつての若者の間での人気作家と、今の若者の間での人気作家との対談ということで興味深いですが、この対談で五木氏は村上春樹が自分と同じく早稲田大学出身だと初めて知ったのだなあ。あまり村上春樹を意識してなかったのかな。「(入学年が16年と)そのくらい離れてしまうと、共通のものって、まるでないんだよね。早稲田と言っても」と。でも『風の歌を聴け』から『羊をめぐる冒険』までちゃんと読んで対談に臨んでいるようで、前半は村上春樹中心にずっと彼に話をさせて、後半はかなり自分の論考も述べているという感じでしょうか。このバランス感覚はやはり対談の名手なのでしょう。

五木寛之傑作対談集 I美空.jpg これに対し、1984年に行われた美空ひばりとの対談は、年齢は五木氏の方が5歳上なのですが、かなり相手に気を遣い、また、相手を持ち上げている感じです。まあ、実際、五木氏も関係が無くもない業界にいたことがあるわけで、また、「演歌」をテーマにした小説などの書いているわけであり、そうした人にとって美空ひばりというのは絶大の存在なのだろうなあと思いました。何かと弱音を言う美空ひばりに対し、「弱さを出せるには強くなった時」と励まし、最後美空ひばりは涙しています。何れにせよ、貴重な対談と言えます。

 長嶋茂雄との対談は2002年で、2001年監督業から勇退しているので、それを機に実現したのでしょう。4歳年上の五木氏に、長嶋氏の方が気を遣ったのか知りませんが、ちゃんと五木氏の『運命の足音』(2002年/幻冬舎)などを読み"予習"して対談に臨んだ感じ。五木「『他力』は私の信条ですが、でもスポーツマンは自力じゃないですか」、長嶋「いえいえ、これはなかなか軽視できなくて。キャッチボールだってひとりじゃできないですから」「人生はある程度キャッチボールという意味合いがありますから」―と、結局は分かったような分からないような話になるところが長嶋茂雄らしいです(笑)。

 五木氏は「私は対談の機会があれば一度もそれを拒むことがなかった」とのことです。まさに贅沢な対談集(「朝日新聞」評)です。

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This page contains a single entry by wada published on 2006年7月 1日 00:08.

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